ブラック企業社員がアイドルになりました (kuzunoha)
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前語
ほの暗いブラック企業の底から


「酷い顔だなぁ……」

 社内の洗面所に設置された鏡を見て思わずつぶやく。顔の造形のことではない。

 極度の疲労と憔悴で顔全体が青黒くくすんでおり、まるで死人のようだ。

 

 このところ会社に泊まりこむ日々が続いている。安オフィスの安っぽいカーペットの上で寝ると、全身をダニに喰われるので避けたいが仕方がない。もはや通勤の時間でさえ惜しいのだ。

 今月に入って家に帰ったのは何回もないし、帰っても着替えを交換するだけとなっていた。

 

 私が勤めているこの中小IT企業は、世間一般で言うところのブラック企業である。

 しかも、某大型居酒屋チェーン店の全盛期に劣らないレベルの、だ。離職率激高、残業代は出ない、休みは無い、社長が教祖紛い、会社ぐるみのパワハラ等々、枚挙に暇が無い。

 既に労基署には何度も通報されており指導も入ったが、社長が全く反省をしていないため一向に改善は見られていない。

 

 しかし、自分の経歴を考慮するとこんな会社しか採用してもらえないのだ。さっさと転職したいが今抱えている仕事を途中で投げ出すわけにはいかない。

 様々な不満を心に押し込めながら、漫画喫茶の個室の様に区切られた自席にふらふらと戻った。

 

「部長、下のコンビニで夜食買ってきますけど、何かいりますか」

 部下の山田がブースの上から青い顔をのぞかせて声をかけてきた。まだ20代半ばだというのに私に劣らず酷い顔をしており、中途で入社したての頃とは別人のようである。

 なお、私は役職上は部長だが特に偉いわけではない。会社が残業代を払いたくないから無理やり役職を付けているという、ブラック企業特有のあの風習だ。

 

「エイリアンエナジー頼むわ」

「またですか? 部長、アレ好きですね」

「徹夜続きで意識が度々飛ぶんだよ。ほら金。釣りで好きなの買ってこい」

 そういって千円を渡す。貴重な戦力だからもっと気を遣ってやりたいけれども、現状できるのは夜食分の金を出してやるくらいだ。双方に時間があるのなら今後のキャリアプランの一つでも一緒に考えてやりたいのだが、あいにく状況が状況である。

 

 現在の開発プロジェクトが始まって早5ヵ月、プロジェクトリーダーとして現場を任され仕事をしてきたが、顧客の度重なる仕様変更で方針が二転三転し現場は極度に疲弊していた。

 賽の河原の石積みを永遠やらされているようなものだから無理もないが。

 

 営業が工期延長時の金額変更について顧客と握っていなかったことが原因で、本プロジェクトは既に赤字見込みである。

 そのくせ会社は開発のせいだと責任をなすり付けており、パワハラは日に日に酷くなる有様だ。当初七名いた開発チームも倒れたり辞めたりし、今では私を含め三名にまで減ってしまった。

 ブラック企業としては赤字プロジェクトに人員補充など考えに無いので、一人二倍以上の働きをせざるを得ない状況であり、それが勤務時間に直に反映されている。

 

 正直なところ限界などとうに超えている。しかし、どんなブラックな業務であってもプロとして賃金を貰っている以上、100%の力で遂行しなければならないという気概で何とか踏ん張っている状態なのだ。

 ただ、このところの皆の頑張りで大体の目処が付いてきた。プロジェクトが無事に終わったら、労いとして開発チームの生き残り二人に高めの焼肉でも奢ってやろう。

 

 

 

 山田が戻ってくるまでの間を本日初めての小休憩と自分の中で定め、スマホで動画サイトを開いた。不真面目かと思うかもしれないが、当社の就業規則には就業中にスマホで動画サイトに接続してはいけないという規定があるとは聞いたことがないので問題はない。

 そもそも、うちの会社の就業規則自体見せられたことがないのだが(ブラック企業万歳!)。

 

 目当ては猫動画である。くたびれたオジサンでも可愛いものを愛でるのは大好きであり、それを咎める権利は誰にもないのだ。

 子猫同士の戯れる姿を見て癒されようと思ったが操作を誤ってしまい、お勧め欄にあった女性アイドルグループのPV動画を開いてしまった。別に消してもよかったけれどもなんともなしにその動画を見てみる。

 

 動画の中では少女達が煌びやかな衣装を身にまとい、笑顔で歌とダンスを披露している。踊りながら笑顔で歌うなんて難しいだろうに、十代かそこらの女の子がしっかりやっているのには素直に感心した。

 アイドルにはとんと疎いのでどれくらい有名なグループなのかはわからないが、人の目を惹きつけるその姿はスターと言えるだろう。

 輝ける彼女達からしてみれば、社会の底辺の底辺でもがき苦しんでいる私など、芋虫程度の存在なのだろうなと自嘲する。

 

 しかし煌びやかに見えてもそこは芸能界。魑魅魍魎が巣食う世界では、人気が無くなればすぐにお払い箱となり世知辛い世間に放り出されるのだろう。

 プロとして頑張っている彼女らがそんな胸糞の悪い結末を迎えないよう、心の中で健闘を祈りながら再生の終わった動画を閉じた。

 

 猫は見れなかったが若干リフレッシュできたので、さてもう一仕事と背伸びをした瞬間、視界がぐにゃりと曲がった。

 次の瞬間、頭をバットでフルスイングされたような激痛が走り、目の前がブラックアウトする。 痛みとしびれが両手の指先から、両足の爪先から吹き出ていき、体勢を整えようとしても全く力が入らない。

 椅子からずり落ちるように倒れ、そのまま意識が遠のいていった……。

 

 

 

 

 

 

「いっつぅ……!」

 頭の中にまた鋭い痛みが走った。しかし先ほどよりかは大分ましだ。

 どれくらい時間がたったのか全くわからないが、なんとか意識は戻った様だ。両腕の力を使って上体を少し起こし目を開けると、黒く濁った雲が空一面を覆っていた。

 地面には草木が生い茂っており、視界の奥には川が流れているのが見え、自分が見慣れない場所に倒れていることを認識した。

 ここがどこかはわからないが、少なくも会社の外であることは明らかだ。

 

「やあやあ、やっと起きたのかい。お寝坊さん」

 その言葉は唐突としか言いようない状況で発せられた。しかも、発せられた場所は背後ではなく真正面だ。私の正面に彼女は突然現れた。

 隠れる場所もない平原だというのに、まるで最初からそこにいたかのように存在していた。

 私よりずっと小さく見える体躯で、黒くて長い髪は後ろで束ねられている。肌は透き通っており華奢で可愛い少女だった。

 

「え……? 女の子?」

 そんな言葉を思わず口に出してしまう。その言葉を受けて少女はケタケタと笑いながらと飄々と答えた。

「初めまして、土岐 創(とき はじめ)くん。君は僕の事を知らないだろうけど、僕は君の事を何でも知っているんだよ。まぁコンゴトモヨロシクってことで」

 

 見た目によらず小憎たらしい感じの少女であったが、この状況下で話ができる人間は貴重な情報源だ。現状を確認するためにも色々と訊いてみる。

「あ~、その、とりあえずお嬢ちゃんはどこの子なのかな? あと、できればここがどこか教えてくれるかい?」

 不審者として警察に通報されたくはないので、警戒心を与えないようにいつもの営業スマイルを浮かべつつ質問してみた。

 

「ああ僕かい? 何者かって訊かれると一概に言うのは難しいけど、君たち人間よりも高い次元──多元宇宙に住んでいる高位次元生命体なんだ。君たちの言葉で言うと『神様』ってのが一番近いのかな?」

「そ、そうなんだ……」

 困った。まるで意味がわからないが、最近の子供の間では神様を自称するのが流行っているのだろうか。そんな私の困惑をよそに少女は話を続けた。

 

「僕は老いることも死ぬこともないからいつも退屈してるのさ。

 少し前までは君達の作った漫画とかゲームに嵌ってたんだけど、もうすっかり飽きちゃってね。

 少年ジャンプの漫画なんて一兆回づつ読んだから、もう全部のコマを覚えてしまったよ。

 やっぱり少年ジャンプは80年代が黄金期だと僕は思うんだけど、君はそう思わないかい?」

 

 私が回答に窮していると、またベラベラとしゃべり始める。

「最近のお気に入りは人間観察でね。暇潰しに人間の生涯を覗き見ているのさ。

 今まで色んな人間の人生を見てきたけど、君程悲惨な人生は中々なかったから、興味深くてね!」

 そういって少女はまたケタケタと笑った。

 

「土岐 創くん、満36歳──伴侶・子供、共になし。

 神奈川県横浜市で生を受けるも、君が生まれる直前に父親は蒸発、以降母親の手で育てられる。

 片親でも立派な親はたくさんいるけれど、君の母親はそうじゃなかったよねぇ~!」

 ドキリとしてその場で固まった。

 

「キャバクラ勤めで常に男をとっかえひっかえでさ。君は、『いらない子』と言われながら、ず~っと虐待されてたよねぇ? しかも君が中学を卒業すると同時に男と出て行っちゃったから、君は高校生活や青春を体験することなく働かざるを得なかった」

「……それがどうしたっていうんだ。お嬢ちゃんには関係ないだろう」

 触れられたくない過去に土足で踏み込まれたことによる憤りで、自分でも驚くくらいに低い声が出てしまったが、少女は反論を許さないどころか更に畳み掛けてきた。

 

「最初の就職先は住み込み可の建設会社だったっけ。あそこもかなりひどいブラック企業だったなぁ~。住み込みって言うけど要はタコ部屋だったし、常時パワハラでよく耐えたと思ったよ。

 そこを退職した後、『やりがいのある理想の仕事』を探して転職を繰り返すも、学歴と転職歴が仇となってまともな会社には就職できず。就職できた会社は全てブラック企業とか、本当に面白いよ!」

 

 この女は普通じゃない。今まで誰にも過去を語ったことは無いのに、なぜそんなことを知っているのか。

 神様なんてことは到底信じられないが、何かしらの異常者であることは確かだ。警戒しながら、とりあえず本題に戻って再度質問してみた。

「私のことはどうだっていいだろう。それよりここがどこか教えて欲しい」

「ああ、そうだったね。君とのお喋りが楽しくて危うく本題を忘れるところだった」

 笑い疲れたという感じで少女が答えた。

 

「僕は楽しませてもらったお礼がしたくて、ここに来たんだ。ちなみにここは現世と地獄の境界なのさ。ホラ、向こうに川が見えるだろう? アレを渡ればすぐに地獄だよ。

 覚えてないかな~? 君は仕事中に脳溢血で倒れて死んじゃったんだよ。ほら、もう若くないのに不摂生な生活環境と激しいストレスでね。脳の血管が、こう、プチプチッと逝っちゃったんだ。ブラック企業に使い潰されてKAROSHIとか本当に傑作だね!」

 

 更に荒唐無稽なことを言い出してきた。少女の言い分によれば私は既に死人とのことだが、こうして考えることもできるし話もできるので何かの冗談にしか聞こえない。

 しかし倒れる直前のあの激痛を実際に体験しているので、否定はし切れなかった。

 

「本当ならこのまま地獄送りで君の存在は消滅する予定なんだけど、君の人生が余りにも無残で、無様で、無意味だったから流石に可哀想でね。優しい優しい僕は君にもう一度チャンスをあげようと思ったのさ」

「チャンス?」と思わず聞き返す。

「そう、チャンスさ。この僕の力で君にもう一度、別の人生を与えてあげるよ。

 今までの記憶は消させてもらうけど、社会の底辺のままで消えるよりは遥かにマシだろう?

 こんな下らない人生はさっさとリセットして、ニューゲームと行こうじゃないか」

 そして少女は「うけけけけ」と笑う。

 

 

 

 私は少しばかり考えて、「結構だ」と答えた。

「お嬢ちゃんの言うとおり、私の人生は失敗続きだったよ。人生は山あり谷ありとはいうけれど、私の人生は常に谷底に向かって突き抜けるようなものだった。一生懸命頑張っても努力は実を結ばなかったし、結果には繋がらなかった」

「だからこそやり直せば……」との少女の言葉を遮り、言葉を続ける。

 

「結局やりがいのある理想の仕事は見つけられなかったけど、それでも色々と挑戦したこと自体は後悔していないし、辛いことや苦しいことがあったから現在の私があるんだ。

 それに人生やり直したところで上手くいく保証はないんだから、わざわざもう一度生き直そうとは思えないよ」

 自分が死んだなんて到底信じがたいが、万一のこともあるので少し真面目に答えてみる。

 こんな底辺人生でも、配られたカードの範囲内で精一杯もがいたのだ。そのことまで否定されるくらいなら、このまま地獄に送ってもらって自分のままで消えるほうがマシだ。

 

「それよりも、もし君の話が本当なら、今の仕事が終わるまでは待ってくれないかな?

 死ぬにしてもやりかけの仕事を放置したままなんて、プロとしてはありえないからね」

 少女は私の言葉を聞くと今までのニヤケ顔を止めて真顔になった。変化が急激過ぎてこれはこれでちょっと怖い気がする。

 

「やっぱり君は僕の見込んだとおり面白い子だ。そんなにも自分を捨てたくないのなら、予定を変更して『君は君のまま』で第二の人生を送ってもらうことにするね。

 それと第二の人生が上手くいくように、ちょっとしたプレゼントもサービスで付けてあげる。

君の名前にちなんで、僕が今、適当に考えたささいな能力をあげるよ!」

 少女はそう言って私に向けて枝のように細い右手をかざした。するとその手に光がどんどん収束していき視界が眩い白光に包まれる。

 

「だからやり直しなんて望んじゃ……」

 叫んでもその言葉はかき消されていき再び意識が遠のいた。意識がブラックアウトする前に少女の最後の声が聞こえてきた。

「君は気付かなかったかもしれないけど、僕は君の困っている顔が大好きなんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第1章 アイドルデビュー編
第1話 私の怠惰な日常(の終わり)


 


 目覚めは快適とは言い難いものでした。

 耳元で騒音を発する目覚まし時計を壊さないように最大限優しくペチッと叩いた後、もぞもぞと布団から抜け出ます。

 身を引き起こし重いまぶたを持ち上げ立ち上がった後、学習机の前にある椅子に座り一旦休憩しました。

 

 机の上には生徒手帳が無造作に置かれています。

 何とはなしに手に取ると、一人の女生徒の顔写真と名前が目に入りました。

 朱色がかった濃いピンク色の髪をトップバストの辺りにまで伸ばした、やや無愛想な少女が写っています。

 

 手帳に書かれた七星 朱鷺(ななほし とき)という名前──それがこの世界における私の名前です。

 朱鷺とは絶滅危惧種の鳥でありこの国から手厚く保護されていますが、それくらい皆から大切にされるようにとの思いを込めてその名が付けられたそうです。

 前世では土岐(とき)という苗字だったので、前世と現世で姓と名が入れ変わったという中々に珍しいケースではないでしょうか。

 

 こんなことを言うと、『こいつは痛いヤツだ』と思われてしまうかもしれませんが、物心付く前から私には前世の記憶がありました。

 前世といっても歴史上の重要人物と言う訳ではなく、しがない中年会社員でした。ブラック企業での激務で無様にも過労死したところ、意地の悪い神様が『前世の記憶を保ったまま』この世界に生まれ変わらせたようです。

 

 この体で既に14年間も生活をしていますので当時の記憶はもう曖昧になっていますけどね。前世では確か36歳で逝ったので、累計年齢は既に50歳を迎えており、精神的には十分オジサン(オバサン?)です。

 

 

 

 だるい体を引きずりながら自分の部屋から一階のリビングに降りると、声をかけられました。

「おはよう、朱鷺! ん? どうした、なんだか元気が無いじゃないか」

「おはよ。ちょっと寝不足……」

「大丈夫か? そんな時は朝飯をちゃんと食わないといけないぞ!」

 朝からやたらテンションが高いですが、この人が私の父――七星 新一さんです。ルックスも無駄にイケメンです。父親といっても年齢は私の累計年齢より下なので、今でも若干違和感がありますが。

 

 ダイニングチェアに座り机上のお皿に置かれた食パンにモソモソと齧りついていると、目の前の女性がティーカップに紅茶を注いでくれました。

「よく噛んで食べなさいね~」という間延びした声に対して「はい」と短く答えました。

 この女性──七星 朱美(あけみ)さんは私の人生において二人目の母親になります。おっとりした、というよりも天然ボケの超美人さんです。贔屓目に見ても二児の母には見えないと思います。

 

 食べ終わってテレビの占いコーナーを見ながら紅茶に口を付けていると、また寝坊したのか朱莉(あかり)がバタバタと席につき、急いで朝食を食べ始めました。

 七星 朱莉は私の妹で、元気いっぱいの小学1年生です。妹と言っても私は精神的には完全にオジサンなので、もはや娘のような感覚に近いのかもしれませんね。

 非常に愛らしく、目の中に入れても全然痛くありません。まさにマジ天使です。

 

 現世では、私は四人家族の長女というポジションになりました。

 人生インフェルノモードだった前世と違い現世の家族関係は極めて良好なので、今のところは大体文句なし、順風満帆の人生といえるでしょう。

 あの能力と生まれ変わり後の性別が『女』ということに目をつぶれば、ですが。

 

 女性として生まれたのは偶然ではないはずです。

 思考時も含めて言葉使いが女性的になるよう頭の中を魔改造されていたりするので、私を生まれ変わらせたあの神様が嫌がらせとして意図的に仕組んだものだと容易に見当が付きます。

 

 体は乙女で中の人はオジサンなので正直なところ苦労はあります。男の子から告白されたりすると中々に堪えますし。

 いつの日か、あの神様を〆て能力返上と性転換をできないかと企んでいるのですが、生まれ変わり後に彼女と遭遇できていないので望み薄でしょうね。

 非常に残念ですが、幸せな生活の代償として我慢するしかありません。

 

 

 

 そんな取り留めのないことをぼ~っと考えているといい時間になっていたので、急ぎ目で制服へ着替えて身支度を整え、徒歩で学校に向かいました。

 会社員時代とは違い満員電車に乗らなくていいので楽ちんちんです。前世の末期の頃は会社に泊まり込みで通勤すらありませんでしたけど。

 

 現世は前世と似通っていますが、同一の世界という訳ではないようです。

 今年は奇しくも前世の私が無様におっ死んだのと同じ年ですが、前世にはなかったような企業があったりしますしその逆もまたしかりです。

 なのでやわらか銀行のように爆発的に成長する企業の株を先行買いしておく、なんてことはできませんでした。未成年ですからそもそも株は買えませんけどね。

 

 そうこうしているうちに学校に着きました。公立の至って普通の中学校です。

 広い玄関を抜けて二階にあがったすぐの教室──私のクラスである2-Aに入り、級友達に適当な挨拶をしつつ一番後ろの窓側にある自席に着きました。

 漫画や小説の主人公がよく座っている例の席です。11月の窓際はちょっと寒いです。

 

 元々この席だったわけではありません。前回の席替えのくじ引きでは一番前だったのですが、『七星がでかくて黒板が見えない』という無慈悲かつ、無遠慮なクレームにより、今の席に固定されてしまったのでした。

 苗木君にはどこかのタイミングで教育的指導(おしおき)が必要でしょう。

 

 朱鷺とかいうスペランカー先生並みの貧弱鳥のイメージとは異なり、成長期に入ってから私の背はタケノコのようにぐんぐんと伸び、今や170cmに迫る勢いなのです。

 男の身でしたら背は高ければ高いほうが嬉しいのですが、この体だとそろそろ止めにしてほしいというのが本音です。

 おかげさまで、ついぞ中学生に見られた試しがありません。背の順も一番後ろです。

 

 そのうち始業のベルが鳴り授業が始まりました。毎日毎日カリキュラムどおりの授業が続きますが、私にとっては正直今更な内容なので退屈極まります。

 一度働きに出た後に学生に戻ってみると、苛烈な営業ノルマや納期がない学生という身分は本当に恵まれていると思いますね。

 まぁ皆あと10年もすれば半数以上は懲役約40年の刑(サラリーマン)に処されますので、精々今のうちにこの怠惰を噛み締めておくべきでしょう。

 

 昼休み、午後の授業を経てホームルームが終わると教室が賑やかになり始めました。

 私は特段クラブには所属していないのでいつも直帰しています。今日は掃除当番ではなかったので級友達に別れを告げて学校を出ました。

 

 

 

 帰りがけに地元のスーパーに寄ります。平日の夕飯は私が作るのが今や我が家の習慣になっていました。世間様一般では夕飯は母が作るもののようですが、私の両親は揃って開業医であり平日は忙しいので私が作っているのです。

 そう、私の両親は『開業医』なのですよ(とても大切なことなので二回言いました)。

 

 『開業医』(三度目です)。

 なんと甘美な響きなのでしょう。

 病気はこの世からなくなりませんので景気に左右されず常に一定の需要があります。

 誰かに使われることもありませんし、社会的なステータスも激高です。正に個人事業主業界のキングオブキングスなのです(強調)!

 世間様一般では公務員がやたら持て囃されてますけど、アレも結局は雇われですからね。

 職場運や上司運が悪いと一転してブラックになりかねません。

 

 正直なところ、生まれてすぐに『あ、勝ったな』と思いました。

 うちの七星医院は二階建ての元店舗を改装したものなので規模はさほど大きくはありませんが、ネット上の口コミで非常に高い評価を頂いております。

 地元のお得意様(暇を持て余している年配の方)も多数いらっしゃいますので、ほんの少し頑張って医大に入りそのまま地盤を引き継げば、私の人生は鉄骨鉄筋コンクリート構造並みに頑強かつ、磐石なものとなります。二世議員(ごくつぶし)並みのチョロさです。

 

 思えば前世での私は色々と頑張り過ぎました。やりがいのある理想の仕事を求めて数十回も転職を繰り返しましたが、その転職先が全てブラック企業なんて流石に笑えません。

 いや、あの意地の悪い神様のように、第三者からすれば大爆笑必至なのかもしれませんが、二期続いて自分でそれを体験するのは御免なので現世での方針を今のうちから決めているのです。

 

『激しい喜びはないがそれでいて深い絶望もない、植物の心のような平穏な人生』

 脳内でバーン!! というエフェクトが表示されました。安っぽいパワーポイントのようです。

 

 前世で読んだちょっと奇妙な冒険漫画に出てきた変態快楽殺人鬼さんの完全な受け売りではありますが、これくらいが今の私にはちょうどいいように思います。

 餡子頭の大人気ヒーローのように愛と勇気と希望だけを胸に前へ前へと突き進めるような年齢でもありませんし、やりがいのある理想の仕事なんてどうせ見つからないのですから、できるだけ緩く楽に生きましょう。

 だから『いざ、開業医!』なのです。そのためには模範的で優秀な娘である必要があります。

 

 

 

 都心にしては大きな戸建て住宅に帰りつくと、スーパーで買った食材を冷蔵庫に入れて一息つきます。

「ただいま~!」

 その間に朱莉が帰ってきました。元気いっぱいなのでついこちらまで嬉しくなりますね。努めて優しく「おかえりなさい」と返しました。

 

 さて、早めにお夕飯の準備をしておきましょうか。今日の献立は、肉じゃが、いんげんの胡麻和え、海藻サラダ、まぐろの山かけ、おぼろ豆腐、枝豆、なめこの味噌汁と和風でまとめてみました。枝豆は単に私が食べたかっただけです。未成年ですからお酒飲めませんけど。

 あぁ、ビールとワインと日本酒と焼酎とウイスキーが大変お懐かしゅうございます。

 

 正直私一人ならカップ麺だけでいいのですけど、これも良い娘っぷりをアピールするためですから妥協はしません。何より朱莉にはおいしいご飯をお腹いっぱい食べてもらいたいですしね。

 私の数十ある職務経歴にはイタリア料理店と中華料理屋と居酒屋チェーン店(全て純黒のブラック企業でした……)も含まれていますので、四人分の食事を用意するくらいは朝飯前です。

 

 

 

 手際よくお夕飯を用意すると、電気ストーブを焚いたリビングのソファーでテレビを見ながらぐで~っとだらけます。ぐでたまさんも裸足で逃げ出すようなだらけっぷりです。

 こんな姿はとても世間様にはお見せできませんが、前世で散々頑張ったのですからこれくらい燃え尽き症候群全開フルスロットルであっても良いでしょう。

 まどろみながらこんな温い日々が永遠に続くようにと祈りましたが、実はこの時点で『時、既に遅し』でした。某吸血鬼風に『チェック・メイトにはまったのだッ!』と言い換えても可です。

 

 この日の夜から、私の現世での激動の日々が始まってしまったのです……。

 悲しいことに、それはもう、がっつりと。

 

 

 

 

 



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第2話 ふえぇ? 私がアイドルデビュー!?

「書類審査の結果来てるぞ。おめでとう!」

 

 夕食後に皿洗いをしていると、満面の笑みを浮かべたお父さんが一通の封筒を私に差し出してきました。既に封は切られています。

 はてさて、書類審査とは一体何のことでしょうかね。前世ではしょっちゅう転職活動を行っていましたが、何せ現在は中学生という身分ですから当然応募などはしていません。

 何件か雑誌の懸賞には応募していますが、まさか懸賞で書類審査はしないでしょうし。

 

 受け取った小奇麗な封筒の差出人は『346プロダクション』となっていました。

 芸能にはとんと疎い私でも聞いたことはあるくらい大手の芸能事務所だったはずです。名だたる俳優さんや女優さんが数多く所属しており、社屋が無駄に立派だったように記憶しています。

 アイドル部門なんてものを立ち上げて事業を拡大しているとか、だいぶ前にテレビの経済ニュースでやっていましたね。

 

 そんな立派で華やかな会社が私のような下賎の者に何の用があるんでしょうか。

 中には書類が二枚入っていましたが、一枚目の全文を読み終えたところで完全に固まりました(以下、原文ママ)。

 

 

 

『346プロダクション 四人組新アイドルユニット選考オーディション 二次審査のご案内

 七星 朱鷺 様

 この度は弊社開催の選考オーディションにご応募頂き誠にありがとうございました。

 厳正な書類審査の結果、二次面接審査に進んで頂くことが決定致しました。

 つきましては審査内容・集合場所・面接日時などをご確認の上、お越し下さい』

 

 

 

「え、何これは……」

「何って、アイドルオーディションの結果通知書だよ。朱鷺にはそれ以外の何かに見えるのか?」

 アイドルとは芸能人の若い子のことです。オーディションとは俳優・歌手・コメディアン等の選抜を目的とした試験のことです。

 そこまでは問題なく理解できるんです。ただ、七星朱鷺という名の汚水が溜まったドブ川と、アイドルと、オーディション。この3つの単語が全く結びつきません。いや薄々とは感づいてはいるのですが脳がひたすらに理解を拒みます。

 

「聞いてないよぉ……」

 自分でも声が震えているのがわかります。

「何だ、朱美から聞いてなかったのか。朱鷺にアイドルオーディション受けさせたいって前々から言ってただろ?」

 確かに以前そんな話はしていたような記憶はありますが、性質の悪い冗談だなぁと思って一笑に付していました。

 

 真相を確かめるべく踵を返してリビングに入ります。お母さんは正座しての~んびり緑茶などすすっていやがりました。人の気も知らずに。

「何で勝手に応募したの?」

 珍しくドスを利かせて問い詰めますが、一向に動じません。

 

「お母さん、学生時代に日高舞さんに憧れててね。本気でアイドルになろうって思ったんだけど、家族から反対されて諦めちゃって。

 けど絶対トップアイドルになる自信はあったのよ? 朱鷺ちゃんは当時の私より可愛いしスタイルも断然いいから、絶対成功すると思ったの!」

 

 育てて頂いているお母さんに対して大変失礼極まりないですが、『この人、頭おかしい……』と思いました。

 思わず『医者はどこだ』と叫びたくなりましたが、私の目の前にいましたね。親の心子知らず、ならぬ子の心親知らずですか。何とも世の中はままならないものです。

 

 お母さんはぽわんとしていて物腰こそ柔らかいですが、意外と頑固なのでいくら理詰めで反論したとしても直感と感情から導き出した考えを翻させることは難しいでしょう。

 恐らく、アイドルにならないと『今後ごはん抜きよ~』などと鳥取の飢え殺し並みの兵糧攻めで脅してくるに違いありません。

 ならば別の方面から攻めるしかありませんか。そう思って自分なりの迫真の演技でお父さんに呼びかけました。目も頑張って涙目にしています。

 

「私は地域医療を通じて、地元の皆さんの笑顔を守り社会に貢献したいんです! そのためにはしっかり勉強しなければいけないので、アイドルなんてチャラチャラしたことは絶対にできません!」

 悲劇のヒロインぶって言いましたが真っ赤な嘘です。社会貢献なんてこれっぽっちも考えていません。なにしろ私が楽をしたいだけですからね。社会貢献したところで別に家族が幸せになる訳でもありませんし、私のお腹が膨れる訳ではないのですからやる意義が見出せません。皆無です。

 

「別に勉強なんて何歳でもできるだろ。従兄弟の邦義君なんて、もう二十代後半なのに毎年東大受験してるし」

「ア、アレは特殊なケースだし……」

「若いんだから今から何年かアイドルやって、その後に医者になっても遅くは無いだろう? むしろ元アイドルの女医なんていたら集客力も上がるかもしれないしな! むしろアイドルにならなきゃ医院継がせてやらんぞ!」そういって駄々をこね始めました。

 

 どう控えめに申しましても、両親揃ってアホです。こういうのって娘がアイドルになりたがるのを親が必死で止めるのが普通ではないのでしょうか。ほら、アイドルなんて夢見てないで地に足付けて堅実に生きて行きなさいとか言わないんですかね。

 なにぶん前世では普通の家庭というもので育ってはいなかったのでよくわかりませんけど。

 

 ともかく事態は悪化の一途を辿っています。開業医を継げなくなるのは私にとって致命傷です。

 私が14年間暖めてきた崇高かつ高尚なライフプランがこんな馬鹿馬鹿しいことで瓦解しかねません。ならアイドルになるかと言われてもその道は絶対にありえません。

 

 だって奥様! アイドルですよっ! アイドルっっ! 私は累計年齢では50歳のオジサンですよ? そんなヤツがフリッフリした可愛い服を着て、全世界にその痴態を晒すんですよ? 誰がどう考えても狂気の沙汰としか思えません。

 

 この事態を何とかして打開できる策はないか少ない脳みそを必死に活性化させて考えたところ、とっておきの妙案が浮かびました。ソファーでテレビを見ていた朱莉に駆け寄ります。

「ねぇ、お姉ちゃんがアイドルになったら、朱莉とは中々一緒にいられなくなっちゃうんだよ。朱莉はお姉ちゃんと一緒に居たいよね?」

 

 すがるように問いかけます。あのアホ達は朱莉には弱いのです。朱莉が嫌だと言えばこの下らない論争にも決着が付くでしょう。

 何せお姉ちゃん大好きっ子になるよう私が長い間手塩にかけて仕込んだ(洗脳とも言います)のですから、離れたくないと言ってくれるに決まってます!

 

 朱莉はちょっと悩んでから答えました。

「おねえちゃんがいないのはさみしいけど……。でもおねえちゃんに、アイドルになってほしい!」

「わかった! お姉ちゃん、アイドル頑張るからね!!」

 朱莉は100点中100万点の笑顔でした。歯向かえるわけないじゃないですか。もう。

 

 

 

 翌日の目覚めは意外なほど快適でした。私の理想とする植物の心のような平穏な精神です。

 昨日の夜は思いのほかテンパっていて頭から抜け出ていたのですが、あのアイドルオーディションには二次面接審査があるのです。

 

 こんな簡単なことにも気が付かなかったなんて、私も両親に負けず劣らず相当のアホですね。要は面接で落ちればアイドルなんて水商売(人気に大きく依存し、収入が安定しない仕事のことです)はやらなくてよいのですよ。うぷぷぷ。

 

 この体は見てくれだけはそれなりですから、審査員もそれにまんまと騙されてしまったのでしょう。全く嘆かわしいことですね、人間は外見よりも中身が重要なのですよ。

 面接審査さえしてもらえばこの汚水が溜まったドブ川のように醜い中身を敏腕審査員がまるっと見抜いてくれるはずです。

 むしろそうじゃないと超困ります……。

 

 

 

 

 

 



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第3話 死闘! 悪夢の二次面接審査

「超困りました」

 無駄に豪奢な社屋の前で私は途方に暮れていました。集合時間まで30分を切っています。

 346プロダクションが開催する新アイドルオーディションの二次面接審査は書類審査時にこちらから送付した履歴書を元に進められるとのことでした。

 このあたりは一般的な面接と変わりませんので前世の経験で面接慣れしている私としても特に違和感はありませんが、問題はそこではないのです。

 

「その履歴書がないんですよね……」

 両膝を抱えて呟いたそんな独り言が、晩秋の風の中に吸い込まれていきました。

 

 

 

 時は約一週間前、書類審査騒動の翌日に巻き戻ります。

「え、履歴書の控え取ってないの?」

「そうなの~。ついつい忘れちゃって、ゴメンね~」

「じゃあ書いた内容は?」

「え~と、少し前だったからど忘れしちゃった♪」

「…………」

 

 オーディションの書類審査で送付した私の履歴書は当然私が書いたものではなく、お母さんが私になりきって書いたものでした。

 二次面接審査で履歴書を元に話をする以上、落ちるにしても一応目は通しておかなければなりません。なのでお母さんに控えを渡して欲しいといった時の会話がこれでした。

 

 この瞬間の私の気持ちをあえて『走れメロス』(原著は名作です)風に表現するのであれば『朱鷺は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の母を除かなければならぬと決意した』といったところでしょうか。

 

 これは古代ローマのコロッセオで戦う剣闘士が、決闘開始の1秒前まで自分の武器と対戦相手を知らされないのと同等の行為です。つまりお母さんは私に『恥をかいて無様に死ぬがよい』と言っているのです。

 かの孫子は『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』という名言を残しました。しかし私は敵はおろか、己すら知らずに戦地へ赴くのです。この心細さが少しでも伝わりましたでしょうか。

 

 先方に連絡して履歴書の写しをメール(PDF)かFAXで送ってもらえば良いじゃないか、そう思われるかもしれません。

 346プロダクションは名だたる有名芸能事務所なので、もちろん快く応じてくれるでしょう。

 しかしそう言われた担当者はその言葉をどう捉えるでしょうか。

 

「写しもとってないなんて、馬鹿丸出しだよなぁ」

「ちょっと常識ないんじゃないの~?」

「まったく、これだから最近の中学生は……」

 私ならこう思います。思うに決まっています。むしろ思わないはずがありません!

 

 前世の私はどんな転職活動であっても真剣に取り組んできました。結果には結びつきませんでしたがその過程には誇りを持っています。負け犬の言い訳かもしれませんが人生は結果だけなく過程も重要なのです。

 当然、履歴書の控えを忘れて「メンゴメンゴ、履歴書の控え忘れちゃったんで送ってね☆」なんて言ったことはありません。絶対に言えません。

 

 だから例え血を吐いたとしてもそんな言葉を口に出すことはできないのです。自分でも難儀な性格だと思います。

 なので、私は徒手空拳(LV:5)で、お母さんの書いた悪魔の履歴書(LV:99)と闘わなければいけないのでした。しかも天然ボケのお母さんのこと、記載内容は既に忘却の彼方ですし書いた時のフィーリングで色々と盛っているはずなので戦々恐々です。

 

 

 

 盛大に愚痴ったところで話を冒頭に戻します。正直死ぬほど行きたくないですが、直前で面接をドタキャンすることも私の常識ではありえない行動なので死地に乗り込むのみです。

 諦めてエントランスに向かってとぼとぼと歩き始めました。

 ちなみに本日着ているのは制服です。学生のフォーマルな衣装といえばなんといっても制服でしょう。面接用の服を選ぶのがとても面倒くさかった訳ではありません。

 

 しかし、お母さんがなぜ私をアイドルにしようとしたのかが今でも腑に落ちません。

 夢を継がせたいと口では言っていましたが、今までお母さんがアイドルにこだわっているような様子は全くなかったので別の理由があると思います。

 

 もしかして、幸せ家族にしれっと紛れ込んでいる私のような汚物をこの機会に消毒したかったのでしょうか。

 346プロダクションは家から電車で通える距離ですが所属アイドル用の女子寮もあるとホームページに載っていましたので、合格させて寮に放り込み家から隔離したいのかもしれません。

 

 もしかしたら一度ならず二度までも家族から疎まれているのかと思うと、ブラック企業で鍛えられたメンタルでも流石にへこみます。

 某ファンタジー映画のタイトル風に言うと、さしずめ『ロード・オブ・ザ・ネグレクト ~いらん子の帰還~』といったところでしょうか。

 殴られたりするくらいならまだマシなんですけど、肉親から完全に無視されるのは本当に辛いんですよね。前世では嫌というほど味わいましたから。

 

 

 

 そんなことを考えつつエントランスに入ると、これまた豪華な内装が目に飛び込んできました。天井にかかっているシャンデリアが一体いくら位するのか見当もつきません。

 周囲を見回すと『Mishiro』と書かれた受付がありましたので、応対の女性に名前と用件を告げ入館カード貸与申請書に記入しました。するとゲスト用の入館カードを貸与され、控え室の場所を教えられました。

 

 どうやら面接はこの本館ではなく、別のオフィス棟で行われるそうです。ほどなく、渡り廊下で繋がれたオフィスビル内に入りエレベーターで指定された階に上がると、目的の小部屋に入室しました。しかしこちらもなんだか無駄に凄いビルです。

 

 受付では「面接時間になったら声をかけますのでお待ち下さい」と言っていましたので適当な椅子に座って待ちます。流石に緊張しますので、緊張を紛らわせるために持参したペットボトルのお茶を少し口に含みました。

 

 しかしお金かけてますよね、この会社。芸能界はイメージが重要な業界だろうとは思ってはいましたが、それにしても過剰ではないでしょうか。今まで私が勤めていた会社なんて、吐瀉物が周辺に散乱している様な裏路地の雑居ビルばかりでしたので、天と地ほどの開きがあります。正に現代の光と闇ですね。もちろん私は闇属性です。

 土地と建物の不動産価格とか、毎月の固定費はいくら位なんだろうかとぼんやり考えていると意外と早く呼び出しがありました。

 

 

 

「どうも、お待たせしました~。面接室はこちらですので、付いて来て下さい♪」

「はい、本日はよろしくお願い致します」

「うふふ。面接頑張って下さいね」

「はい!」

 緑色の事務服を着た、アイドル顔負けの美人事務員さんに連れて行かれて面接室に辿り着くと気を入れ直します。3回ノックの後ビジネスマナー教本通りのきっちりとした所作で入室し、面接官に一礼して着席しました。

 

 これだけ大きい会社なので、てっきり面接官は四、五人はいるものと思っていましたが意外なことに一人だけでした。それも二十代半ば位の比較的若手の方です。しかし芸能プロダクションの社員はなぜ皆イケメンや美人さんなのでしょうか。

 

「初めまして、こんにちは。私は346プロダクション アイドル事業部の犬神です。本日は貴重なお時間を頂きありがとうございます」

 そう言って軽く会釈されます。

「七星朱鷺と申します。こちらこそお時間を割いて頂きありがとうございました。本日はよろしくお願い致します」と営業スマイルで返しましたが、悪魔の履歴書のせいで心中穏やかとは言い難いです。

 

「この建物驚きましたか?」

 犬神と名乗った方が少し砕けた感じで話を振ってきましたので、返すのと同時に疑問を口にしてみました。

「はい、大変立派な会社でとても驚きました。それと大変失礼なのですが、本日の面接は犬神さんと私という形なのでしょうか?」

 

「はい。当事業部はプロデューサーの裁量権が大きいので、アイドルの採否等もある程度決めることができるんです。もちろん正式に所属頂く場合には上司の追認も必要ですけどね」

 ということはこの犬神さんという方が新プロジェクトのプロデューサーというわけですね。

 まだ若そうなのにプロデューサーとは相当優秀なようです。おかげさまで私の胃腸がストレスでマッハなんですけど。

 

 そうして面接が始まりました。感覚的には転職活動の面接とそう変わりはありません。

 犬神さんはまだ若いですが、やはり人を見る目は常人とは異なり私の姿勢や仕草、話し方等を逐一チェックしています。

 顔は笑ってますけど目は笑っていないので中々怖いですが、私にとっては好都合です。

 これであれば落ちるためにわざと問題のある言動をしなくても、ドブ川のように醜い私の内面をズヴァリ! 見抜いて不合格にしてくれるはずです。転職面接のプロとしてはいくら落ちるためといってもわざと問題のある行動をしたくはないですからね。

 

 最初のうちは簡単な自己紹介など差しさわりのないやりとりが続きましたが、途中から悪魔の履歴書が私に対して鋭利な牙を剥き始めました。

「次は趣味についてお聞かせ下さい。履歴書を拝見しましたが多趣味と伺いました。料理、お菓子作りとは女の子らしいですね。ギターも弾けるんですか」 

 このあたりは想定の範囲内です。趣味としてはそうおかしくはないでしょうから適当に同意します。お菓子作りは朱莉の餌付けとしてよくやっていましたし、ギターも下手っぴですが継続的に取り組んでますし。

 

「あと競馬、麻雀、B級映画鑑賞、クソゲーRTA(リアル・タイム・アタック)とありますが……」

 咳き込みそうになるのを気合と根性で耐えました。

 あのねお母さん、これはまずいですよ。確かに競馬中継を熱中して見たり、深夜までネット麻雀とかB級映画の批評とかクソゲーRTAをしたりしていましたが、アイドル志望のうら若き中学生の趣味として書くものではないでしょう。

 しかし切り出された以上、何かしらのコメントはしなければなりません。

 

「はい。競馬はただの馬のレースではなく、沢山の関係者の思いを乗せて競うので1レース毎に熱いドラマがあります。低俗と考える人もいらっしゃいますが、発祥のイギリスでは高貴なスポーツという扱いですから趣味として何らおかしくはありません。私は未成年なので、もちろん観戦するだけですよ」

 『海外では〇〇』という表現は、論点のすり替えに使うと便利なので是非覚えておきましょう。

 そして相手から言われた時は、『日本では〇〇』と言い返してやるのです。

 

「麻雀は自分の読みと判断と運が複雑に絡み合った非常に高度な遊戯です。もちろんお金は一切賭けておりません。

 B級映画は、限られた予算と人員の中でいかに名作を作るか、という職人の意地と魂を見ることができます。手抜き映画も多く玉石混淆なので駄作の中から名作を見つける楽しさもありますよ」

 もうくちゃくちゃ、もといむちゃくちゃですが勢いだけで推して参ります。

 

「RTAとはゲームスタートからクリアまでの実時間の短さを競う遊びですが、クソゲーRTAは現人類の英知が創り出した悪意の結晶であるクソゲーと、苦行苦行アンド苦行作業のRTAが加速度的に融合し最高の精神鍛錬となります」

 正直この時点で落ちたとは確信していたのですが、一応コメントは必要なので笑顔を作りつつ、ない知恵を絞ってこじつけます。ごりごりです。

 

「なるほど。意外だったのでちょっと驚きましたが、言われてみると確かにそう思えますね」

 犬神さんがコクコクと頷きました。社交辞令でもそう言って頂けるととても救われます。早く次、行ってみよー。

 

「次は七星さんの短所についてですね。履歴書では、『何でも自分でやろうとして抱え込んで、人を頼ろうとしないところが私の悪い癖です。今後は、家族や友達をもっと頼りたいです♥』とありますが、そうなんですか?」

「……そういう所もないわけではない、かもしれません」

 日本人特有の玉虫色の回答です。人は自分の欠点は往々として認めたくはないものなのです。しかし母からそう見えていたとは正直思っていなかったです。

 てっきり朝起きられないとか書かれていると思っていました。

 

「あとニンジンが大嫌いなので食べられるようになりたい、と」

「……善処します」

 お役人が言う『善処します』は、『私達ぃ、何にも行動しませんよ~! ☆キャハッ♪』と同じ意味なので良い子の皆さんは騙されないように注意しましょう。

 そしてあんな根っこはお馬さんにでも食べさせておけばよいのです。

 

 その後も悪魔の履歴書のキラーパスを何とか処理し、疲労困憊の中最後の質問になりました。

「最後は志望動機です。本来は初めの方で確認しておくべきなのですが、ちょっと気になったので私の勝手で最後にさせて頂きました。すいません」

「いえ、問題ありませんよ」と答えます。

 どうせ母の思いを継いで日高舞さんのようなトップアイドルを目指します、といった内容なのでしょうけど、何でわざわざ最後にするのでしょうか。

「それでは確認までに志望動機を読ませて頂きます」犬神さんはそう言って続けます。

 

「私は、家族が大好きです。お父さんもお母さんも、妹も大好きです。家族も私のことが大好きで、私はお父さんとお母さんの自慢の娘です。妹と合わせて世界一の娘達と言えるでしょう。

 そして家族だけでなく他の人からも、もっと好きになって愛してもらいたいし、他の人も好きになっていきたい。アイドルになって沢山の人達に私を知ってもらって、その人たちから愛してもらいたいです」

 『()()()()()()()()()()()』を、犬神さんがゆっくりと感情を籠め、しかも心に染み入るようなイケメンボイスで朗読しやがりました。

 

 私の涙腺は脆くも決壊しました。

 

 疎まれている訳ではなかったのです。いらん子でもなかったのです。私のお父さんとお母さんはちゃんと私を大切な娘として愛してくれていました。

 それだけでなく、前世の記憶をもっていたりとんでもない能力があったりする尋常ならざる大馬鹿娘を他の人にもっと知ってほしい、愛してほしい、そこまで考えてくれていました。

 疑っていて馬鹿みたいです。

 ダメです、涙が止まりません。面接どころではありませんのでドクターストップを要求します! この際カプコン製ヘリでもいいですから早く私をここから救出して下さい!

 

 

 

「本当に申し訳ございません。実は……」

 ひとしきり泣いた後、結局履歴書の件を犬神さんに自白しました。自分が書いたものでないこと、アイドル志望ですらないことを洗いざらい白状したところ、実は既にお母さんから犬神さんへ経緯の連絡と謝罪がされていたというのですから驚きでした。

 ただ、娘にはそのことを伝えずに面接をしてあげてほしいとの強い希望があり、犬神さんもそれに応じたのとのことでした。

 

 つまり、この面接において私は初めから道化だったのです。お母さんの掌の上で滑稽に踊る何とも愉快痛快なマリオネットでした。お釈迦様ですか、貴女は!

『必ず、かの邪知暴虐の母を除かなければならぬ』と改めて決意しました。

 まぁ、おかげさまで合格は確実になくなったのでそれには感謝するべきでしょうか。

 

 面接後、私にとってはもはや黒歴史のメッカとなった346プロダクションをそそくさと後にすると、帰りがけに小奇麗なフラワーショップに立ち寄りました。

「いらっしゃいませ」と声を掛けてきた、クールでとても可愛らしい女の子の店員さんと相談して赤いカーネーションの鉢植えを買うことに決めました。

 

 母の日とは大きく時期がずれていますが、気持ちの問題です。三千円は中学生には結構な出費ですが今日は不思議と惜しくはありません。

 勝手に応募したのは正直どうかと思いますが、両親の気持ちを確認することができたので年上らしく広い心で許してあげるとしましょう。

 お母さんのせいで落ちたじゃんと嫌味の一つでも言ってあげようと思いながら、足取り軽く帰路に着いたのでした。

 

 数日後、面接での号泣の羞恥心も癒されてきた中、二次面接審査の結果通知が届きました。

 

 見事合格でした。

 

「……なぜ受かったのか、コレガワカラナイ」

 

 

 

 

 




ご一読頂きありがとうございました。
両親が主人公をアイドルにさせようとした理由等は裏語①に纏めていますので、
第1章後にそちらも併せて読んで頂ければ幸いです。
毒親のように自己中心的な理由ではなく、純粋に子供を心配しての行動です。


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第4話 テーレッテー

 腕を折るか、足を折るか、それが問題でした。

 

 二次面接審査の合格通知書をキッチンコンロで無慈悲に焼却しようとしたところを朱莉に見られたのは、一生の不覚です。

 面接の合格がわかるやいなや我が家は大騒ぎでした。お祝いで連れて行かれた値札の付いてないお寿司さんなんて、累計年齢50歳の中でも初めての経験でした。

 確かにトロとか飛び切り美味しかったのですが、あれは心臓と懐にとてもよくないです。あと、七星医院の経費で落とそうとするのは止めましょうね、お父さん。

 

 合格から幾日か経ってようやく落ち着いたある日、夕食後に私は自室のベッドの上で体育座りになり、ため息をつきました。三日後、346プロダクションの新アイドルユニット、そのメンバーとの初顔合わせがあるのです。行きたくないなぁ。

 

 犬神P(プロデューサー)によると私と同じ14歳が二人、13歳が一人とのことでした。アイドルを志すような子達ですから、今までスクールカーストの頂点を爆走してきたような生まれついての勝ち組で超絶リア充なのでしょう。闇属性の私が最も恐れるタイプなので憂鬱です。

 

 辞退したいのはやまやまですが、辞退の意思表示をする前に朱鷺城(木造二階建て築50年)の外堀りはコンクリートとアスファルトブロックで無残、かつ、完璧に埋められてしまいました。

 朱莉も私のアイドルデビューをとっても楽しみにしていますし、もう私の意志で引き返すことはできません。それで、最終手段として考えたのが負傷です。

 舞台で歌って踊る以上、腕か足を怪我していたらアイドル活動はできないでしょう。ならば腕を折るか、足を折るか、どちらにすべきか小一時間ほど悩んでいたのです。

 でも痛いのも嫌なのでやっぱり止めました。

 

 そんなことを考えているとだんだん腹が立ってきました。そもそもあの二次面接でなぜ合格したのか、それが最大の謎です。

 ブラック企業を数十社渡り歩いてきた私の見立てでは、犬神Pは若いながらも相当に優秀な方だと思っていたのですが勘違いだったのでしょうか。もしかしたら泣き顔フェチの変態さんだったりするのかもしれません。

 もっと可愛い子やカッコいい子が無数にいる中で、なぜ私なのでしょうかね。私なんて、いてもいなくても新プロジェクトは順調に回りますよ、きっと。

 四人組ユニットなのですから一人位いなくても大勢に影響はないでしょう。誤差ですよ誤差。

 

 それに好き嫌いだけではないのです。家族にはだいぶバレていますが、お外ではひた隠しにするほど凶悪この上ない能力をもっている私がアイドルなんて可愛いものの代表になってはいけないと思います。

 能力的に考えても、アイドルになる位なら暗殺者にでもなった方がマシですよ。いや、暗殺者もやっぱり嫌です。そんなことを思いながら、この日はそのまま不貞寝しました。

 

 

 

 翌日、学校のホームルームの時間に一枚のプリントが渡されました。保護者の皆様へという但し書きが書いてありましたが、内容は暴走族に関する注意喚起でした。『巣駆来蛇(スカルライダー)』というチーム名で、最近この近辺で勢力を急拡大しているそうです。

 

 暴走行為に伴う事故もこのところ増えているので、集会が開かれている場所には絶対にお子様を近づけさせないよう、注意するように呼びかけていました。

 プリントに印刷された白黒の写真を見ると、暴走時の様子が写し出されています。どのバイクも車体に大きい骸骨のステッカーが貼られていました。あ、だから巣駆来蛇(スカルライダー)なんですね。

 

 正直、この時代に暴走族なんてよくやるものだと思います。

 暴走するのは勝手ですし、そんな連中が死のうが生きようが本当に心底どうでもいいのですが、他人様を巻き込んだりはして欲しくないものですね。

 いくら劣悪な家庭環境のせいでグレたとしても、それを理由に他人様に迷惑をかけてはならないのです。それをした時点で人間から畜生へ格下げされるのです。

 そんなことを思い、その時はさしたる興味もなくプリントを鞄に放り込みました。

 

 

 

 帰り際に購入した夕飯用の食材を冷蔵庫に詰めて、リビングのソファーで少し休憩していると、朱莉が帰ってきました。

「……ただいまぁ」

 いつもどおり優しく「お帰りなさい」と返事をしますが、声に元気がなかったように感じます。

 とても心配になって玄関に向かうと、右足の膝小僧を擦りむいた朱莉が泣きそうな顔をして立っていました。

 膝からはうっすらと、血が垂れています。

 

 

 

──本日同時刻を以ちまして『七星家非常事態宣言』が発令されました。七星家のご家族の皆様は気を確かに持ち、一致団結して『七星家史上最大最悪の絶望的事件』に対処して下さい。繰り返します、本日──

 そんな緊急サイレンが大音量で私の頭の中を駆け巡ったような気がしました。

 

 

 

 リビングに瞬間移動しキャビネットの引き出しから救急箱を取り出すと、応急処置を行います。

 膝小僧治療RTA(リアル・タイム・アタック)という超ニッチなジャンルがもしこの世にあるのであれば、間違いなく私はダントツの世界記録保持者でしょう。

 素人診断ですが、幸いなことに表面を擦りむいただけで骨に異常はなさそうでした。

 

 努めて優しく「大丈夫? 何かにつまづいたの?」と怪我をした経緯を聞き出してみると、朱莉は首を横に振りました。

「おおきくてこわいバイクがとびだしてきて……。ちょっとあたってころんじゃった」

「……怖かったね。お姉ちゃんそばにいてあげられなくてごめんね。ごめんね」

 そういって優しく抱きしめます。

 

 

 

 なんということをしてくれたのでしょう。

 生きる芸術品、もとい天使の化身たる朱莉を傷物にするとは、今すぐ腹を切って死ぬべきです。怒りを隠しつつ、朱莉を刺激しないように優しい口調でバイクの特徴を訊いて見ました。

「どんな感じのバイクだったか、覚えてる?」

「おっきい、がいこつ? がかいてあった」

 そうですか骸骨ですか。ちょうど思い当たる団体があったのでよかったです♪

 

 その後、朱莉をおんぶして七星医院まで行きお母さんに引き継ぎました。朱莉もお父さんやお母さんと一緒なら心細くないので、この方がいいと思います。

 その後一旦自宅まで戻り、学校で渡された暴走族注意喚起のプリントを再確認しました。

 大変親切なことに巣駆来蛇(スカルライダー)がたむろしている廃工場の大まかな場所が書いてあったので、スマホの地図アプリで詳細地点を確認の上、愛用のママチャリ(黒王号)で該当の場所に向かいました。

 

 

 

 目当ての場所に着くと、確かに暴走族っぽい人たちがいました。それも数十人と結構な規模で、何やら集会のようなことをしていたようです。

 実に羨ましいですね、ヒマそうで。限られた青春、勉強やスポーツに打ち込むなりして、もっと実りのあるものにして欲しいものです。

 青春を送ることすら許されなかった人間だってこの世にはいるのですから。

 

 適当な所にママチャリ(黒王号)を駐めた後、その集会に近づいていき、適当な雑魚Aに向けて「もし」とたずねると怪訝な表情をされました。

「あぁ~ん! なんだ、お前ぇ……」

「恐れ入りますが、巣駆来蛇(スカルライダー)の皆様とお見受けしました。お手数ですが、貴方達の中で一番格上の方を呼んできて頂けないでしょうか」

 人違いの可能性もあるので丁寧に質問すると、別の男から話しかけられました。

 

「何の用だ、姉ちゃん」

 金髪で耳と鼻にピアスをした、やたらがたいのいい男でした。特攻服を着込んでおり、いかにも暴走族といった風体です。

 脳みそのかわりにおぼろ豆腐でも詰まっているようなド低脳のタンカスに、お姉ちゃん呼ばわりされるのは不愉快極まりないのですが、話が進まなくなるのでここはぐっと我慢します。

「お尋ねしますが、貴方が巣駆来蛇(スカルライダー)のリーダーですか?」

「ああ。俺が総長だが、それがどうした?」

 努めて冷静に問いかけると、男は自分が総長だとあっさりと認めてくれました。話が早くて助かりますね。

 

「二つ命令がありますので伺いました」と言うと怪訝な顔をされましたが、気にせず続けます。

巣駆来蛇(スカルライダー)を本日中に解散しなさい。あと、今後一切の暴走行為を止めなさい」

 そう言うと金髪総長はあっけにとられた顔をしましたが、すぐに下卑た笑いを浮かべました。周りの兵隊達もニタニタと笑っています。

「なんで俺達がそんなお願い聞かなきゃなねぇんだよ、この糞アマッ!」と恫喝してきましたが、私は動じません。こんな子供の恫喝などブラック企業のパワハラやモンスタークレーマーの処理と比べれば全然大したことはないのです。

 

「勘違いしないで下さい。私はお願いなんてしていません、命令をしているんです。何しろ貴方達のせいで妹が致命傷を負ったのですから」

「はぁ!? ふざけんな! お前の妹なんざ俺達の知ったこっちゃねえ!」

 相手もいらいらしていますが、私も朱莉を傷物にされて大変腹が立っているのです。どうせ話し合いで解決しないことはわかっていたので直球で話を切り出します。

 

「ではこうしましょう。貴方、私と一対一で決闘して下さい。貴方達はそういう男っぽいのが好きでしょう? それで私が勝ったら、さっきの二つの命令を呑んで下さい。仮に私が負けたら、私に何でもして頂いて結構ですよ」

 

 そう言うと、巣駆来蛇(スカルライダー)の兵隊達が何やらざわつき始めました。無理もありません。私にも経験がありますが、これぐらいの年の男子なんて性欲が服を着て歩いているようなものです。もてあますのです。

 私の容姿はさほど優れてはおりませんが、それでも撒き餌になれば食いつくのは必定でしょう。

 

「面白れぇな姉ちゃん。あんたには別に興味はねぇが、女にコケにされたとなっちゃ俺も漢として下がれねぇ。わかった、やってやんよ!」

 見事に釣れました。カツオ並みの一本釣りです。

 今のやり取りはスマホのボイスレコーダー機能で録音していたので、言質もとれて一安心です。ブラック企業で働く上で必須のテクニックがこんなところでも役に立つとは思いませんでした。

 後はこの金髪総長を粉微塵にブッ潰すだけなので、仕事としてはもう終わったも同然ですね。

 

 

 

 廃工場の中でも取分け広いスペースに移動し、私は金髪総長と対峙していました。先方は大げさにシャドーボクシングをしながらこちらを威嚇してきます。

 巣駆来蛇(スカルライダー)の兵隊達はそんな私達から少し離れてた場所でたむろしており、下品な言葉で言いたい放題野次を飛ばしてきました。まるで世紀末のヒャッハーな方々のようです。

 恐らく彼らは決闘よりも、その後のお色気ショーを期待しているのでしょうが、あいにくなことにその期待には応えられそうにありません。

 

 レフェリー役を買って出た雑魚Bが死合開始を宣言すると、金髪総長が鋭い左ジャブを私の顔面に向けて放ってきました。

 中々のスピードなので、恐らくそれなりにボクシングを(かじ)ってはいたのでしょう。多分、直前で止めて戦意を削ぐつもりだったんでしょうか。

 そんなことを考えながら、私は右手で彼の拳を軽く受け止めました。

 

 ところで話は大きく変わりますが、私は生まれ変わる際、前世の記憶とは別の『能力』を意地の悪い神様から無理やり押し付けられました。

 あまりに危険な能力なので普段はひた隠しに隠していますが、本日の私はいわゆる激おこぷんぷん丸であり、ムカ着火ファイヤー状態なのでそんなことは全然気にしません。

 この能力を、大人気同人シューティングゲーム風に表現するのであればこうなるでしょう。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()』と。

 

 

 

ジョインジョイントキィ

デデデデザタイムオブレトビューション バトーワンデッサイダデステニー

ナギッペシペシナギッペシペシハァーンナギッハァーンテンショーヒャクレツナギッカクゴォ ゲキリュウデハカテヌナギッナギッゲキリュウニゲキリュウニミヲマカセドウカナギッカクゴーハァーンテンショウヒャクレツケンナギッハアアアアキィーンホクトウジョウダンジンケン K.O. イノチハナゲステルモノ

バトートゥーデッサイダデステニー

セッカッコーハアアアアキィーン テーレッテーホクトウジョーハガンケンハァーンFATAL K.O. セメテイタミヲシラズニヤスラカニシヌガヨイ

ウィーントキィ (パーフェクト)

 

 

 

「うわらば」

 決闘開始からきっかり40秒で金髪総長は完全に沈黙しました。

 先ほどの威勢はどこにいったのかわかりませんが、今や私の足元近くで某Z戦士(ヤムチャ)のポーズをして倒れています。いや、十分過ぎるほどに手加減をしましたので、流石に死んだり怪我を負ったりはしていないはずですが。

 周囲の兵隊達は呆然として、私と金髪総長を交互に見ていました。

 

 この能力、自分でも最初は性質の悪い冗談だと思いました。しかし現実は非情であるのです。

 あの超名作世紀末バイオレンス漫画、『北斗の拳』に出てきた、北斗神拳(ほくとしんけん)第64代伝承者候補であり、拳王ラオウの実弟にして主人公ケンシロウの義兄。北斗神拳史上、最も華麗な技の使い手と言われた『トキ』──病さえなければ北斗神拳第64代伝承者となっていたかもしれない漢。

 

 私はその彼と『全く同じ能力』を持っているのです。

 力も、技も、体力も、スピードも、全て同じです。聖人の心は頂けませんでしたが。

 しかも病に冒された状態ではありません! 死の灰を浴びる前の『全盛期の健康体トキ』です。

 原作を知っていれば、これがどんなに恐ろしいことか想像に難くないでしょう。

 ちなみに能力のオンオフの切り替えなんてご都合主義的な生っちょろい機能は全くもって付いておりませんので、常に全力全開でトキ兄さんです。剛の拳よりストロングな柔の拳なのです。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()は、生まれ変わりの際に、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』と言い残しました。

 前世の私は土岐(とき) (はじめ)という名前でした。そして現世の私は七星(ななほし) 朱鷺(とき)という名前です。

 土岐(とき)朱鷺(とき)、ときて、更には七星ですか。七星と言えば有名なのはもちろん北斗七星(ほくとしちせい)ですよね。あっ……(察し)。

 

 恐らく20秒位で考えたであろう、超下らないHHEM(ほほえみ)ギャグのような馬鹿げた能力に、私は現在進行形で振り回されているのでした。男に戻ることとこの能力を返上することは私の悲願とも言えます。

 だって、ついつい北斗砕覇拳(ほくとさいはけん)で目覚し時計を粉々に粉砕したり、北斗無想流舞(ほくとむそうりゅうぶ)であらゆる方向に瞬間移動とかしちゃうんですよ、この能力があると。ウチの家族であればお家の中で時計壊したり瞬間移動しても『あらあら、朱鷺ちゃんは今日も元気でいいわね』と笑って済ませてくれますが、お外ではそうも行きません。

 

 ゾンビが蔓延している世界や、世紀末救世主伝説世界であれば有用なのかもしれませんが、この平和な時代においては、もはや過ぎた能力であり足かせにしかならないのです。

 恐らくこれも神様の嫌がらせでしょう。私の困る顔を見るのが大好きだと言っていたので、わざとこんな能力を押し付けたに違いありません。

 

 

 

 はっと我に返ります。

 金髪総長がヘブン状態でヒクヒクして気持ちが悪かったので、軽くサッカーっぽく蹴っ飛ばすと、凄い勢いで転がっていきました。お、なんだかぐるんぐるんしてます。あっははははははは。

「汚いから片付けておいて下さいね、そのボロクズを」

 淡々とそう言うと、一斉に睨み付けられました。おぉ、怖い怖い。

 

「テメエ、よくも総長をッ!!」

「訳わかんねぇことしてんじゃねぇ!!」

 取り巻きの兵隊達の怒号が周囲に響き渡ります。どうやら決闘だけでは終わりそうにありませんでした。やはり害虫(ゴキブリ)は全て駆除しないといけないようですね。

 

 兵隊達の表情は先ほどまでの下卑たものとは違って真剣です。

 それぞれ鉄パイプやバット等の凶器を手に、数十人で私を囲むように『円陣』となって少しづつ距離を詰めて来ました。

 通常であれば大変有効な戦術ですが、この私相手にそれは一番の悪手だと言えるでしょう。

 朱莉の恨みを晴らすために一人づつじっくりコトコト潰していってもいいのですが、夕飯の準備もありますし、なんか面倒になってきたのでアレで決めちゃいましょうか。

 スーパーで今夜の献立を決めるくらい軽い気持ちで使う技を決めると、間合いを図りつつ最良のタイミングで叫びます。

 

 

 

北斗有情鴻翔波(ほくとうじょうこうしょうは)ッ!!」

 

 

 

 私は直立の状態で上空へ浮上し、静止しました。いわゆる空中浮遊状態であり、この時点で既に人間を辞めています。石仮面など私には不要です。

 そして、両掌から闘気(という名の極太ビーム)を放ちながら横に回転し、周囲360°にいた兵隊達を文字通り一掃しました。

 この闘気で人体の秘孔(肉体の血の流れ、神経の流れの要所のことです)を突くという、中々にグレートな奥義です。

 

 残念なことに現世では北斗の拳の原作が存在しませんのでわかりませんが、前世では多くの方がこの技を『北斗有情ローリングバスターライフル』などと呼んでいました。

 私もその名前の方がしっくりきます。だって、どこからどうみてもローリングバスターライフルですもん、これ。前世のインターネットで検索すれば恐らく今でも動画が出てくるでしょう。

 私も初見時にはお腹抱えて大爆笑した記憶がありますが、体感で約20年後にそんな技を自分が使う日がこようとは、ついぞ思いませんでしたね。思うわけないでしょう! 普通!!

 

 

 

 私が着地する頃には、私を取り囲んでいた兵隊達は一人残らず倒れ伏していました。

 通常、北斗神拳の奥義を喰らった者は苦痛に悶えながら爆発四散しますが、トキが使う有情拳は喰らっても痛みを感じず、寧ろ快楽と共に安らかに死んでいくというものです。

 結局殺すんですから有情もへったくれもないように思いますが。

 

 朱莉が無残にも深く傷つけられたことで、超サイヤ人に覚醒できそうなほど怒り心頭でしたが、私も少年院には入りたくないので兵隊達も先程の金髪総長同様に秘孔を突き切ってはいません。

 皆ヘブン状態になっているだけなので、数時間もすれば無傷で意識を取り戻すでしょう。

 しかし、数十人の暴走族が一斉に恍惚の表情を浮かべてビクンッビクンッと蠢いている光景は、まさに地獄絵図です。自分でやっておいてなんですが流石に気分が高揚しません。

 でも一応スマホで記念撮影をしておきました。

 

 

 

 総仕上げのためトコトコと金髪総長のところに戻ると、おもむろに彼の特攻服を脱がします。

 私の中の人は累計年齢50歳のオジサンなので「キャッ♡」と言うことはありませんでした。

 幸いなことに彼はまだヘブン状態で恍惚の表情を浮かべていましたので、パンツ一丁にして両手共にピースのポーズに固定し、その両手を彼の顔面の近くに寄せました。

 

 この姿が一般的にどう呼ばれているのか、ご存知の方も多いかもしれませんね。

 

 そしてスマホで全身と上半身と顔のアップの写真を二枚づつ撮りました。

 あらあらうふふ、これはこれは、中々に破壊力のある絵面です。

 

 また、金髪総長のスマホを漁ったところ幸いなことに指紋認証式のものでしたので、金髪総長自身の手でロックを解除し、メールアドレスを探し出して私のスマホからベストショット画像つきのメールを送りました。

 メールの文面は『約束を反故にされた場合どんな目にあうか、ワンちゃんのお小水で染めあげたようなその頭部でも、流石にご理解頂けますよね?』にしておきました。

 こんなドブ川風味の外道系アイドルは、世間様一般のニーズから、遠く遠く遠~く離れていると我ながら強く思います。だからアイドルになるのは嫌だと言っているんです。

 

 さて、これ以上こんなところに居ても無意味でしょう。

「朱莉、お姉ちゃんが貴女の仇を討ったからね……」

 私は右拳をぐっと握りそう呟くと、再びママチャリ(黒王号)に乗り、颯爽と家路に着いたのでした。

 夕飯は予定していた献立を変えて、朱莉の大好きなオムライスにしました。ケチャップで猫さんも描いてあげました。

 

 

 

「……次の特集です。ある暴走族の解散式、その感動の結末に密着しました」

 数日後、たれぱんださんよりたれながら地元のローカルニュースを見ていると、巣駆来蛇(スカルライダー)の解散式を特集していたので思わず噴き出しました。

 安っぽい感動ドキュメント風の演出で、アナウンサーの質問に対し金髪総長が「今まで下らない事をしていた。非行はやめて、早く自立したい」と神妙な面持ちで語っていました。

 ピアスを外し髪色を黒に戻して短髪に刈り上げており、以前の姿より断然カッコよく見えます。

 

 そういえばテレビで見る前に元金髪総長からメールで解散完了の連絡があったのですが、その時になぜか人生相談を受けました。大きい体をしている癖に思春期の中学生のような相談をしてくるものですから、大爆笑の上思わず一喝してしまいましたよ。

 ともかくちゃんと更正して、勤労と納税の義務を果たしお国と社会の役に立ってほしいですね。ジャージ姿で横になって、ぼりぼりとおせんべいを齧りながらそう思いました。

 

 更にその後日、朱莉へのひき逃げの犯人が捕まりました。

 別件の窃盗事件で逮捕されたところ、芋づる式で発覚したようです。所轄の刑事さんから犯人が乗っていたバイクの写真を見せてもらいましたが、ド派手なエアロパーツをゴテゴテに組み込んだうえ、骸骨をモチーフとしたアニメキャラクターがでかでかとプリントされていました。

 いわゆる痛車という奴です。リッターバイクだったので、朱莉からしたら確かに『大きくて怖いバイク』でしょう。

 

 そう、結論を簡潔に申し上げますと、私が軽くブッ潰した巣駆来蛇(スカルライダー)は朱莉へのひき逃げに関しては丸っきりの無罪でした。

 まぁ、誤差ですよ誤差。どうせ近隣住民の皆様のご迷惑にはなっていたのですから、結果的にはよかったはずです。本人達も真人間に更正したのでめでたしめでたしです。

 そう自己正当化を図りましたが、とりあえず真相はお墓の中まで持っていくことに決めました。

 

 なお、バチが当たったのか、近隣の中学校と高校の間で、両掌からビームを放ち巣駆来蛇を一人で殲滅した『ピンクの覇王』の噂が出回り、その正体について暫く様々な新説が提唱されました。

 ピンクの覇王=私説も出ましたが全力全開で否定しました。

 

 

 

 

 



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第5話 はい、よーいスタート

 城スタート。

 絶望の城スタートです。

 

 私にとって黒歴史のメッカになった346プロダクションの社屋を前にして、またもや途方に暮れていました。二学期の後半になってからなぜか苦労続きな気がします。

 本日は11月も終わりに近い日曜日ですが、346プロダクションの四人組新アイドルユニット、そのメンバーとの初顔合わせの日でありました。全てはここから始まってしまうのです。

 私にとってこの城はシンデレラ城ではなく、悪魔城なのでした。そう、ドラキュラです。

 

 集合時間20分前ですので、もう行かなければなりません。重い腰を上げて以前と同じようにエントランスに向かってとぼとぼと歩き始めました。

 入館前に脱いだお気に入りの白いロングコートを右手に抱え受付で応対の女性に名前と用件を告げると、先日とは違う場所に行くよう指示されました。

 

 オフィス棟にある該当の場所に着くと中々大きい会議室が目に入りました。

 恐らくここで初顔合わせとなるのでしょう。私も累計ではいい年ですがどんなメンバーがいるのかわからないので流石に緊張します。

 既に来られているメンバーの方がいるかもしれないので、念のため心を落ち着けて入室の準備をしました。

 

 

 

「おはようございます! 七星朱鷺です、よろしくお願いします!」

 3回ノックをしてから、扉を開けると同時に営業スマイルを浮かべつつ元気に挨拶をしました。どの業界でも第一印象は非常に大事ですので手抜きはせずにしっかり丁寧にやりました。

 

 室内に入ると、教室形式で横一列に並べられた会議机の後ろの椅子に三人の美少女がこれまた横一列で座っています。

 皆さん若く見えますね。私と同じくらいの年齢の子達ですがそれぞれ受ける印象は違ったものでした。

 

 なんか子リスの様にオドオドしている子、決死の表情で悲壮感漂う子、目立つエクステを付けて黄昏(たそがれ)ている子、三者三様です。この時点で激烈に嫌な予感がしました。

 その場を一瞬沈黙が支配します。ん!? まちがったかな……。

「……ぁっ」

「お、おはよう、ございます」

「やぁ、おはよう」

 

 一応返事らしきものは返ってきたので、完全に無視されたのではないとわかりほっとします。とりあえずそそくさと中に入り、空いている一番左の席にちょこんと座りました。

「…………」

 誰一人喋らないのでとても間が持ちません。指で髪の毛をいじりつつ、短いけど神経を削る時間を必死で耐えていると、犬神P(プロデューサー)が入ってきました。

 

「みんな、おはよう!」

 先日私を号泣させたあの憎きイケメンボイスで挨拶をされました。なぜ私を合格させたのか小一時間ほど泣くまで問い詰めたいのですが、周りの目もあるのでとりあえず後にしましょう。

 

「おはようございます! 七星朱鷺です、よろしくお願いします!」

「ぁ……」

「おはよう、ございます」

「あぁ、久しぶりだね」

 それに対する反応は四者四様でした。

 

「待たせてしまったようですまないね。それでは始めようか」

 咳払い一つして続けます。

「みんな、まずは──本当におめでとう!! この4人が346プロダクションの新プロジェクトの全メンバーだ。そして俺がその新プロジェクトのプロデューサーの犬神だ! 

 これから色々なことがあるだろうが、みんなで力を合わせて団結してトップアイドルグループを目指して頑張っていきたいと思っている。だからみんな、よろしくな!」

 お会いするのはこれで二度目ですが、面接時よりだいぶフランクな感じです。前回はお客さんでしたが今回は仲間、そういう違いを演出しているのでしょうか。まだまだ尻の青い小童の癖に小癪(こしゃく)なことです。

 

 

 

「じゃあ、まずはお互いに自己紹介から始めよう! では右の席から順に前へ出て自己紹介をしてくれ」

 一番右の席は子リスさん(暫定)でしたのでまず子リスさんですね。一瞬ビクッとした後、ひどく緊張した面持ちでふらふらと前に出てきました。

 

「あの……もっ、もりくぼですけど……。あ、はい、森久保乃々(もりくぼのの)ですけど。あの、皆さん、いきなりで大変申し訳ないのですけど、あの、あたし、もうアイドル辞めようかなって思って……。あの、その……」

 

 まさかの爆弾発言です。新プロジェクトは開始50秒で終わってしまいました。確かに自己紹介はある程度のインパクトは必要ですが、これは相当な破壊力です。

 私も入社当日朝の挨拶で『辞めます』と言った人は見たことありませんでしたよ。入社当日の昼とか夕方に脱走したケースならしょっちゅうあったのですが。

 犬神Pの顔面が若干面白いことになっていますが、こちらも彼に合格させられた恨みがありますのであえて助け舟は出しません。大人なんですから自分で頑張りましょう。

 

「いやいやいや、まだ始まってもないから! とりあえず今日だけでも頑張ろう! ね!?」

 そういってなだめます。なんだかPって大変そうですね。転職先候補リストには入れないようにしておきます。

 犬神Pが森久保さんを一通り落ち着かせた後、次の人の自己紹介になりました。

 

 二人目は悲壮感さん(暫定)です。なんだか暗い暗~い足取りで前に出てきました。SSR全力一点狙いで大爆死でもしたような表情です。誰とはいいませんが。

「は、はじめまして。白菊(しらぎく)ほたるです。実は暗い話で申し訳ないのですが、以前所属していたプロダクションが倒産してしまって。すみません……その前も、その前も……。あ、でも私、頑張りますので!!」

 

 う~ん、こっちの子はこっちの子で中々にインパクトがあります。サークルクラッシャーならぬプロダクションクラッシャーですか。

 たま~にいるんですよね、こういう間の悪い子。そしてその間の悪さを自分のせいにしてしまう真面目さがなんだか危うい感じです。

 

 プロダクションの倒産なんて、その会社の社長が無能だっただけですから『俺は悪くねぇっ!』と某赤髪王子のように開き直ればいいのですよ。実際彼はあまり悪くなかったですし。

 私なんて働いてたブラック企業が二度目の不渡り出して潰れた時、速攻で同僚と居酒屋行った上に祝杯あげて大爆笑してましたもん。世の中その程度のノリで案外大丈夫なんですって。

「み、346プロダクションは大手だから絶対大丈夫だよ! 白菊さん!」

 犬神Pがそう励まします。この時点で、面接時の敏腕若手社員のイメージはすっかり消し飛んでいました。

 

 三人目は黄昏(たそがれ)さん(暫定)です。なんだかスタイリッシュな歩き方ですが、あれって疲れないのでしょうか。

「やぁ、ボクはアスカ。二宮飛鳥(にのみやあすか)。ボクはキミたちのことを知らないけど、キミたちはボクを知っているのかい? あぁ、キミたちは今こう思っただろう。『こいつは痛いヤツだ』ってね。でも、思春期の14歳なんてそんなものじゃないかな」

 

 この時スマホの電源を切っていたのはこの日一番の失敗でした。

 今の自己紹介動画を20年後の彼女とその子供達に見せてあげたら、ご家庭内が中々愉快なことになっていたでしょうね。あぁ、惜しかったなぁ(笑)。

 一応私も肉体的には思春期の14歳ですが貴方が言うような思春期の14歳なんてそんなにはいませんと断言して差し上げます。いや、九州の辺りまで探せば結構いるかもしれません。

「……あぁ、宜しくね」

 犬神Pがやや力なく応えますが、なんだか少し老けたような気がします。

 

 さて、最後は私ですか。朱鷺だけにトリとはどうにも面倒ですが仕方ありません。いつもの営業スマイルを作ってからテクテクと前に出ます。

「皆さん初めまして、七星朱鷺と申します。14歳の中学二年生です!

 七星は言葉のとおり七つの星と書きます。朱鷺っていう字はわかりにくいですが、トは朱色の朱、キは鳥の上に道路の路を足したものです。絶滅危惧種のあの鳥と同じ名前なので、この機会にぜひ字も覚えて頂ければと思います!

 趣味は料理とお菓子作りで、簡単なものであれば教えられると思いますので興味のある方は是非ご相談下さい♪ 

 本日所属ですので色々と至らないところもありますが、皆さんの足を引っ張らないためにも頑張ってついていくよう精一杯努力しますので、どうぞよろしくお願い致します!」

 

 事前に丸暗記しておいた平凡な自己紹介をわざとらしく抑揚を付けて吐き出して一礼すると、また席に戻りました。

 関西在住の方々が聞いたら『話のオチがないやんか!』と怒られそうなほど無難な内容ですが、相手がどんな人間か詳細がわからない以上冒険するのは危険ですから仕方ありません。

 しかしこう濃いメンバーに囲まれると、私なんてモブアイドルAと同じ位のキャラ立ちですね。うすしおです。

 犬神Pがやっとほっとした顔をしていました。

 

 

 

「じゃあ、皆の今後のスケジュールについて説明しようか!」

 その後は今後のスケジュールの話になりました。当面平日は放課後、土曜日は終日レッスンになるようです。また、自主的に練習したい場合は日曜日に来ても構わないとのことでした。

 

 そして肝心のお仕事ですが、約1ヵ月半後に某大型商業施設内のステージでデビューミニライブをするそうです。一般のアーティストもたまにライブをやっているような会場(ハコ)なので、まだ無名の新ユニットのデビュー会場としては中々です。

 正直デビューライブなんて小規模なライブハウスが関の山かと思っていましたが、犬神Pのことを見くびっていたようです。

 ただ、それ以外の仕事が入っていないのが少し気になりました。

 

「決まっているお仕事はデビューミニライブだけですか。これって、あの346プロダクションの新プロジェクトですよね? 大変失礼ですが少ないような気が……」

「あ、いや、色々とね……」

 思わず口にすると犬神Pの顔が少し引き()りました。何やら裏事情がありそうなので遠まわしかつ、丁寧に尋問すると、ばつが悪そうに白状しました。経緯はこんな感じです。

 

 本来新プロジェクトは10月中旬には始動し、レッスンを経て12月頭に華々しくデビューする予定でした。フレッシュなイメージで年末の色々なイベントを見込み各方面に積極的に売り込みをかけていく方針だったのです。その頃は部内の期待も結構高く、予算もいっぱいありました。

 

 しかし、四人目のメンバーが中々決まりませんでした。一時は三人でデビューと言う話も出たのですが、犬神Pが四人目のメンバーにこだわり自己裁量で新プロジェクトの始動を延期しました。

 そのため予算は圧縮され、本来は新プロジェクトが担当するはずのお仕事がどんどん別のアイドルに回されていったとのことでした。

 四人目枠で入ったらしい私にとっては何ともめまいのするような話ですね。

 

 幻の四人目を探すためとはいえ、期待の高い新プロジェクトが始まりもせずに停滞すると一体どんなことが起こるか簡単に考えて見ましょう。

 間違いなく部内は(しら)けムードになります。期待が高いということは一たびマイナス方向に振れると失望が深くなるということです。

 横浜を本拠地とするビースターズなら5連敗しても私を含め誰も何も言いませんが、大人気球団のキャッツが5連敗するとひどく叩かれるのはこのためです。希望と絶望は表裏一体なのです。

 

 (しら)けると当然回される仕事は少なくなりますし、良い仕事も来にくくなります。プロジェクトの予算もガリガリと加速度的に削られますし、色々な申請も通らなくなります。すると更にプロジェクトは白けます。

 そうやってどんどん縮小再生産を続けるうちにデッドエンド、ガラガラポンとなるわけです。

 そんな死にプロジェクトを何度も目にしてきた私が言うのですから間違いありません。あまり自慢にはなりませんけど。

 

 とは言え一概に犬神Pを責めることはできないでしょう。今日の第一印象でしかありませんが、私では森久保さん、白菊さん、二宮さんの三人だけで大成功させるプランが中々思いつきません。

 それぞれ素晴らしい個性をお持ちの超絶美少女ですが、グループで成功するにはチームワークが欠かせません。しかしチームを中から(まと)め上げる方がいるかというと正直回答に窮します。

 誰か彼女達を上手くサポートしてあげるポジションの人が必要でしょう。

 はてさて、そんな苦労をする奇特な人は一体誰なのでしょうかねぇ。

 

「すみません……。すみません!」

 犬神Pの内情話が終わると、顔面蒼白の白菊さんがこう言いながら何度も何度も私達に頭を下げてきました。

 恐らく自分がいるからこんな事態になったと思っているんでしょうが、単にタイミングが合わなかっただけで誰が悪い訳でもないのです。ビジネスには往々にしてあることです。

 

「白菊さん、君のせいじゃないから! 俺のせいだから謝らなくていいんだよ!」

 そう言って犬神Pがなぐさめます。何とも前途多難な出だしですが、こういうスタートは普通によくあることなので別に驚きはしません。

 私としては完璧にお膳立てされた順風満帆なスタートの方が逆に怖いので、これぐらい混迷としていた方がかえってやりやすいです。

 

 

 

 その後犬神Pが重大発表があると言って一旦事務所に戻られたので、しばし待ちます。するとB2サイズくらいの紙を持って戻ってきました。

 

「では、君達のグループ名を発表しよう!」

 そう言ってB2サイズの紙をひっくり返し、こちらに見せました。綺麗な星のマークと、Cometというアルファベットが表示されています。中々いいデザインだったのできっとデザイナーの方が頑張ったのでしょう。

 

「君達のグループ名は『Comet(コメット)』! 日本語で彗星と言う意味だ。このアイドル界に彗星のように現れて、颯爽とトップアイドルに駆け上がっていって欲しい!」

 犬神Pはそう言ってドヤ顔をしました。可愛い可愛い某アイドルとは違い、男のドヤ顔に需要はないので別にやらなくていいです。

 

「まぁ、とても素敵ですね(棒読み)」

「コメット、ですかぁ……」

「あ、かわいいと思います」

「ボクとしてはもう少しカッコいいグループ名がいいけど、仕方ないかな」

 四人の反応は様々でした。

 

 しかし彗星ですか。正直なところ赤くて三倍速なロリコン兼マザコンしかぱっと思い浮かびませんでしたが、コメットであればゆるふわ系四コマ漫画の様に四文字で呼びやすいですし語感もかわいいのでまぁ良いと思います。

 精々(せいぜい)、彗星のようにパッー!と爆発四散しないことを皆で祈りましょう。

 

 

 

 そして、本日最後はリーダー決めの話になりました。

「それじゃあ誰かリーダーをやりたい人いるかな? いるなら手を挙げてね」

「…………」

 誰も手を上げませんが仕方がないです。そんな面倒なことをやりたいはずがありません。

「立候補者なし、か。じゃあ七星さんとかどうかな? 明るくて面倒見もよさそうだし!」

 

 このワンちゃん、なんかとんでもないことを言い始めましたよ。

 醒鋭孔(せいえいこう)(全身の痛覚神経をむき出しにする北斗神拳奥義です)でも喰らいたいのでしょうか。

「ぁ、……それで、いいです」

「私も問題ありません」

「そうだね、ヨロシク頼むよ」

 森久保さん、白菊さん、二宮さんが次々と同意します。

 

 冗談ではないです。なぜ私がそんな面倒くさいことをやらねばならないのですか!

 完全に決まる前に他の方へ丸投げしましょう。

「あ、あの、二宮さんはとっても格好いいからリーダー向きだと思うんですけど!」

「ボクかい? 悪いけど、リーダーなんてガラじゃないのさ。いわゆる中二なんで、ね」

 二宮さんに振ってみましたがダメそうです。私も肉体的には中二なんですけどねぇ。

 

「じゃあ白菊さんとか、とても真面目そうだからいいと思います!」

「すみません、私なんてリーダーになったら直ぐ解散しちゃうんじゃ……」

 白菊さんの顔面がまた白くなってしまいました。これはちょっと無理そうです。

 

「なら、意外性を重視して森久保さんなんてどうでしょうか!」

「えぇぇ……! リーダーとか、むーりぃー……」

 うん、知ってました。

 

「ボクはキミが適任だと思うな。背が高くてとても綺麗だからリーダーとして映えるよ」

 うぐぅ。不意のほめ言葉についついキュンときてしまいました。この子いい子ですね。

 二宮さんがダメ押しをしてきましたがなんとかできないものでしょうか。

「いや、でも私今日所属なので、荷が重……」

「そうだね、みんな七星さんがいいよね! ハイ決定!」

 

 私の言葉を遮って犬神Pが凄い勢いで畳み掛けてきました。その後も抵抗しましたが、多数決の結果三人に勝てるわけがなく私がリーダーということになってしまいました。

 たまには少数決で決めて欲しいです。私はあまり頭が良くないので必勝法はわかりませんけど。

 

 

 

 今日の話としてはそんなところで、その後は早々に解散となりました。

 私はまだ所属の最終手続きと宣材写真の撮影が残っていたので、撮影予定時間が来るまで別室で手続きを行います。

 

 森久保さん、白菊さん、二宮さんの三人は既に346プロダクションに所属済で、先日女子寮に入寮したばかりとのことなのでその後は自由行動であり、机の下に隠れてたり、処刑場に向かうような面持ちで自主レッスンに行ったり、スタイリッシュに黄昏(たそがれ)ていたりしていました。

 これもうわかりませんね。

 

 事務所での最終手続きは淡々と進み、最後に専属契約書の締結と相成りました。

 この瞬間は待っていなかったのですが、どうにも仕方がありません。渋々専属契約書に署名し七星と彫られた安っぽい三文判で捺印をします。もう観念するしかありません。

 あぁ……さようなら、競馬と麻雀とB級映画とレトロゲームRTA(リアル・タイム・アタック)三昧の怠惰な生活。大変お名残惜しゅうございますが、暫しのお別れです。皆様お達者で。

 

 

 

 次の瞬間、頭の中で懐かしいブレーカースイッチが14年ぶりにバチンッ!! と音を立てて切り替わりました。この感覚は久しぶりなのでちょっとクラクラしたかもしれません。

 さて、これで私は晴れて『()()()()()()()』になってしまいました。

 プロとして与えられた仕事に対してきちんと報酬が発生する以上、もう中途半端な気持ちではいられません。

 歌でも踊りでも着ぐるみでもバンジーでもスカイダイビングでも、えっちぃポーズだってどんと来いです! 何でもはしませんけど。

 

 『累計年齢50歳のオジサンがフリッフリした服を着て全世界にその痴態を晒すのか』と笑われるかもしれませんが、実に良いじゃないですか! ガンガンに晒してあげますよ。

 世の中、狂気の沙汰ほど面白いものはないのです。チキンレースではそのまま海へダイブする方が生き残れるのです。

 

 スイッチ切り替え後のこの状態が私の『お仕事モード』です。

 容易に妥協することなく、私情をあまり持ち込まず、どんな状態でも100%最高のパフォーマンスを発揮する、そんなモードです。

 多少のブレはありますが、雇用契約書にサインしたときがオン、離職票を受け取ったときがオフになります。

 

 こんなモードでも作らないとお布団の訪問販売や教育商材の営業はとてもできませんでした。どちらも詐欺に近かったので頃合いを見て辞めましたけど。

 コンプライアンス(法令遵守)は何よりも優先されるのです。人造人間みたいな将軍様が治める国と違ってこの国は法治国家なのですから。

 

 前世の数少ない自慢ですが、私はプロとして与えられた仕事を自分から投げ出したのは過労死した時だけです。

 やりがいのある理想の仕事を求めて数十社のブラック企業を渡ってきましたが、自分から仕事を投げ出して逃亡したことはありません。

 どんなブラック企業であっても毎回きっちりと仕事を完了させ、退職時にもきちんと引継ぎを終えてから円満に退社していました。

 

 そんな精神は現世でも変わりはしません。プロのアイドルになってしまった以上、全力でお仕事に望まなければならないのです。

 新人アイドルとしてのとりあえずの小目標は約1ヵ月半後に控えたデビューミニライブを成功させることです。

 

 ここをきっちり抑えれば、コメットに対するアイドル事業部の評価はだいぶ改善するでしょう。そうすればお仕事も回ってきますし予算も増えると思います。

 そのためには私自身のレッスンもそうですが、あの三人もどうにかしなければなりません。

 

 『自分を成長させる』、『仲間もサポートする』。

 両方やらなくっちゃあならないのがリーダーの辛いところです。ちなみにスイッチ切り替え時に『覚悟完了』済ですので、もはやまい進する以外に選択肢はありません。

 

 でも、できれば後86年くらいだらだらしていたかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第6話 レッスン後ティータイム

「……北斗有情断迅拳(ほくとうじょうだんじんけん)

 寝ぼけまなこの私はこう(つぶや)き、眼前でけたたましく鳴る目覚まし時計を手刀で軽々と真っ二つにしました。その後予備の目覚まし時計で二度寝から起床し暫くして正気になると、やらかしたことに気付きます。

「また、つまらぬ物を斬ってしまいました」

 窓の外に広がる青空を遠い目で見つめながら、そんなセリフで黄昏(たそがれ)てみましたが後の祭りです。

 

 12月に入って早くも1個目の破壊です。このペースはあまりよろしくありません。これだから『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』は厄介なんです。

 力自体も恐ろしいですが、能力のオンオフが利かないところが最低最悪です。

 これは『常に実弾入りライフル銃(AKー47)を手にしつつ生活をしている』ようなものです。

 暴発したら誰を怪我させるかわかりません。むしろ怪我で済めばマシといえるでしょう。

 幸いなことに今まで人死や負傷はさせていませんが、ヒヤリとした時は何度かありました。

 

 特に、寝ぼけているときは手加減が利かないのです。

 おかげで累計百個以上の目覚まし時計が我が拳で天に召されていきました。我が家の家計簿には『朱鷺ちゃんの目覚まし時計代』という謎品目がある位です。

 

 今は悪魔が微笑まない時代です。原作のトキやケンシロウのような心優しい聖人ならまだしも、私のようなアミバ系アイドルにこんな力を与えてはならぬのです。

 なんていったってトキを真似てこの力を医療の一環として活用し、七星医院を『奇跡の医院』として売り出してお金儲けしようとしていましたし。

 

 

 

 そんなどうでもいいことを考えつつ、今日も学校へ向かいました。

 本日は金曜日で、コメットの顔合わせがあった日から約1週間です。学校が終わると346プロダクションに直行しました。

 

「あーあーあーあーあー」

「もっとお腹から声を出して!」

 ボーカルのトレーナーさんの指示を意識して、腹式呼吸で発声練習を行います。

「はい! あーあーあーあーあー」

「まだ足りないですよ!」

 

 今日はボーカルレッスンです。私はつい先日所属したばかりなので、他のメンバーとは別に基礎練習を行っていました。歌うのは好きなので家族でカラオケにはよく行っていましたが、当然プロとしてご披露できるレベルには達していませんので、こういったレッスンが必要です。

 

 レッスンが終了した後帰り支度をしていると、見知った女性が通りかかったので挨拶をします。

「千川さん、おはようございます」

「あら、おはようございます、七星さん。今日もレッスンでしたか?」

「ええ、ちょうど今終わったところです」

「精が出ますね。色々と大変でしょうけど、私はコメットを応援していますから、デビューライブ是非頑張って下さい♪」

「はい、ありがとうございます!」

 

 千川ちひろさんは、346プロダクション アイドル事業部の事務員さんです。二次面接審査の時に案内して頂いたのも彼女でした。可愛くて仕事ができて人当たりもいいので、部の皆さんからとても愛されていると犬神Pから伺いました。

 実際、コメットのような期待感ゼロのプロジェクトのメンバーにも、優しい言葉を掛けてくれる良い方ですね。先日はエナジードリンクを差し入れて頂きました。

 千川さんは裏表のない素敵な人です。ええ、千川さんは裏表のない本当に素敵な人なんです! これだけ褒めておけば大丈夫でしょう……。

 

 

 

 その後、346プロダクションの社屋外にあるイタリアンレストランに向かいます。

 ワイゼリヤと書かれた扉を開けて店内を見るとあの3人の姿が見つかりましたので、席に近づき「すいません。お待たせしました」と言いました。

「……お疲れ様、です」

「刹那のすれ違いだから、キミが気にすることはないよ」

「私達も、まだ来たばかりですから」

 

 四人テーブルの空席に座ると、呼び出しボタンを押してドリンクバーを追加注文しました。

「しかし、ボーカルレッスンは大変ですね。のどが枯れ果てそうです」

「最初は大変ですけど、慣れてくれば大丈夫ですよ」

「そういうものですかねぇ」と言って既に頼んであったフライドポテトをつまみながら、おどけた表情でやや大げさにため息をつくと、三人とも少し笑ってくれました。

 

「そちらは、今日はどんなことをされたんですか?」

「……デビュー曲の振り付けの練習です、けど」と乃々ちゃんが応えてくれました。

「そうですか。私も早く追いつかなくてはいけません」

 コメットのデビューミニライブではライブに合わせて新曲CDのリリースも行うようです。

 まぁ、12月にデビュー予定だった時の曲をそのまま使いまわしただけですけど。

 

 曲名はグループ名と同じ『Comet!!』で、アップテンポのポップな曲です。まだ期待されていた頃に作られたので作詞作曲は有名な方が担当しており、私も気に入っています。

「基礎は大事だからね、(おろそ)かにはできないさ」

「まだ時間はありますし、頑張りましょう!」

 アスカちゃんとほたるちゃんが励ましてくれました。

 

「でも朱鷺さんはダンスが凄いですよね。あのベテラントレーナーさんが『あいつは百年に一人の逸材だから、私の手で世界一のダンス系アイドルに育てて見せる!』って仰っていましたし」

「ははは……。買いかぶりすぎですよ」

 正直ダンスなんて地元の商店街の盆踊り大会くらいでしかやったことないんですけどね。

 レッスン初回に何でもいいから適当に踊って見せろと言われたので、テンパってつい北斗神拳の演舞をやったら大絶賛されてしまいました。

 北斗神拳千八百年の歴史の中で最も華麗な技の使い手と言われたトキの完全コピーですから、動きのキレは正に『流水の如く』です。激流に身を任せどうかしているのです。

 

 これが自分で努力して得た力であればいいのですが、所詮(しょせん)は神様によるポン付けですから褒められてもあまり嬉しいものではありません。

 『過程』を飛ばして、良い『結果』だけ手に入れようとするのは私の主義には反します。地道にコツコツ努力することが一番です。

 しかしこの能力がこんな形で活用できる日が来るとは思ってませんでした。たまにあらぬ方向へ瞬間移動しそうになるので注意は必要ですが。

 

「そうだ、乃々ちゃん。この間借りた漫画を返しますね。とても面白かったのでまた別のものを貸してもらえると嬉しいです」

「う、うん。少女漫画なら結構持ってるから。またおすすめの漫画を貸して、あげる……」

 少し赤くなってうつむいちゃいました。ああ、可愛いなぁ。

「はい。楽しみにしてますね!」

 こんな感じで、四人でしばし談笑しました。

 

 

 

 私がコメットのデビュー成功のために考えた第一の矢がこの『レッスン後ティータイム』です。

 『同じ釜の飯を食う』といった古いことわざがあるとおり、人は生活を共にしたり、同じ時間を共有していると自然に仲間意識が生まれるものです。そのため、平日のレッスン後に毎日こうしてお茶をして雑談をすることで、少しでも連帯感を生み出そうと画策したのです。

 

 346プロダクションの中にもカフェはありますが、会社関係者が多すぎて誰に何を聞かれるかわかったものではないので、あえて社屋外にあるファミレスを利用しています。あんなところでは怖くて言いたいことも言えません。

 本当はブルーナポレオン(同じ346プロダクションの有名アイドルグループです)のように専用のプロジェクトルームがあれば一番なのですが、コメットという名前のいらん子プロジェクトにそんな良いものは与えられていないのです。

 

 コメットに何より足りないものはチームワークでした。グループで活動を行う以上、それぞれがお互いを大切な仲間としてリスペクトし協力し合える関係でないといいお仕事はできません。

 

 最近はアイドルのライブDVDを借りて色々と研究していますが、765プロダクションのトッププロ等はチームとして一体になっているのが素人でもわかります。個々の輝きが素晴らしくても、その一体感がなければよいライブにはならないでしょう。

 チームワークのない状態でデビューライブなんて、FF5において初見でオメガに特攻をかけるようなもので、確実に全滅します。私は初見時セーブせずに突っ込みました。

 

 初回の集合時とは違い今はレッスンとデビューミニライブという全員共通の話題がありますので、先ほどのように自虐したり皆に話を振ったりすることで四人の間でだいぶ会話が盛りあがるようになってきました。

 私の提案によりお互い下の名前で呼び合えるようにもなりましたし、コメット全体のLINEグループも開設しました。当然犬神P(プロデューサー)は省いてあげました。

 

 皆でお酒飲みながら346プロダクションや犬神Pの悪口を言い合えればもっと仲良くなれると思うんですけど、私達にはまだ6,7年は早いのです。考え方が完全に昭和のオジサンで自分でも悲しくなります。

 

 とりあえず下ごしらえとしてはこんなところでしょうか。後1ヵ月もあれば、コメットとしてもっと仲良くなれるでしょう。そう思い計画を次の段階に進め第二の矢を放つことを決めました。

 第二の矢とは、この三人が抱える個別の課題を解決することです。皆さん素晴らしい個性を持つ超絶美少女ですが、こうして接しているうちに改善すべきところがはっきり見えてきましたので、デビューミニライブ前に解決してしまおうという腹積もりです。

 

 

 

 三人の中でも急を要するのは、何といっても乃々ちゃんです。

 この1週間を使い言葉巧みに近づいて、彼女から色々と個人情報を引き出しました。臆病で人見知りな性格は生まれつきのもので、小さい頃は両親にべったりだったそうです。

 アイドルになったのはたまたま親戚から代役を頼まれたのがきっかけで、ウケが良くてなし崩しに続けていたところ、犬神Pの毒牙にかかり346プロダクションに所属することになったとのことでした。今回ばかりは犬神Pを褒めてあげなければいけません。

 

 そのおどおどした態度が庇護欲(ひごよく)をかきたてます。私が持つピッコロさん並の父性(母性?)が、『全力を挙げて彼女を護れ』と遺伝子レベルで呼びかけてきます。流石に私も芸能事務所で働いたことはなかったのでアイドル業界についてはまだまだ素人ですが、絶対にトップアイドルになれる逸材でしょう。少なくとも四位にはなれるはずです。このまま辞めずに続けられれば、ですが。

 

 常に『むーりぃー』とか『アイドル辞めたいんですけど……』とかふざけたことを言っていますので、辞められないように(くさび)を打ち込まなければなりません。辞められてしまってからでは流石に手出しができなくなるので速攻で仕留めます。ブリッツクリーク(電撃戦)です。

 

 そこで乃々ちゃんを辞めさせないための対応として、とりあえずコメット内に乃々ちゃんの役割を作ることにしました。

 人間と言う生き物は組織の中で重要な役割が与えられると責任感を感じてしまい、中々その組織を抜けられないものです。だから有能な社員には高い役職を付けてしがらみを多くして拘束しますし、逆にリストラするときは無理やり仕事を取り上げて役割をなくしてしまうんです。

 

 私が乃々ちゃんに与えたコメット内での暫定的な役割は『気丈に振舞う、けどたまには落ち込んじゃう健気で可愛いリーダー()を影から支えるヒロイン役』としました。

 具体的に何をやるかですが、まず私と乃々ちゃんとの個人のLINEグループで、普段の会話やコメット全体のLINEグループでは絶対に入れないようなネガティブなコメントを少女漫画の感想などの普通のコメントに巧妙に混ぜながら投下していきます。

 

 例えば『またミスしてしまいました、死にたいです』『こんな失敗するなんて、私は本当に才能ありません』『ちょっと樹海逝って来ますね…… ノシ』等ですね。秘密の共有と自己開示は親近感と好意を高める効果があるのです。

 まぁ送っている本人は、正直そんなことこれっぽっちも思ってはいないのですが。

 

 大体、取り返しのつかないミスなんて世の中に早々あるものじゃありません。決死の表情で必死に謝れば大体許してくれますし命をとられる事はないんですから、それこそ『誤差ですよ誤差』と軽く笑い飛ばせばいいのです。

 それにミスしたらミスしたでその場は反省し、それをバネに次回で挽回すればいいんです。人は転んで痛みを感じて、次は転ばないよう学習しながら前へ進むのです。細かいことでいちいち落ち込んでいたら精神が持ちませんよ。

 そんなこと気にしてたら前世の私はうつ病で千回くらい死んでます。

 

 そうすると、ネガティブなコメントに対し乃々ちゃんは『そんなことないし……』『ぇっと、私よりマシ……』などと健気に返事をしてくれます。しかも、既読後直ぐにです!

 本当に良い子ですよね、乃々ちゃん。お姉ちゃん、ついホロリと来てしまいました。一応肉体的には同い年ですが是非養子に迎えたいです。本当に大切にしますから来てくれませんかね?

 

 こうして、あまりウザがられない程度にこれを数日間やり続けます。

 そうこうするうちにコメット合同のレッスンがありましたので、その日を総仕上げとの日と定めました。

 

 

 

「あーあーあ~あーあ~」

「七星さん! 音が外れていますよ!」

「あ、はい、すいません……」

 ボーカルレッスンの際、私は何回か故意に音を外しました。こうやってわざと失敗するのはプロとしては本当に嫌なんですけど、今回ばかりは仕方ないです。

 そしてボーカルのトレーナーさんからひとしきり怒られた後、世界が崩壊したかのように盛大に落ち込んだ振りをします。

 傍から見るとこの人死ぬんじゃないかと思うような表情ですが、本人は全然気にしていません。むしろ帰りにコンビニでどのスイーツを買って帰ろうかな、とか考えてます。

 

「不調の時は仕方ないさ。次回また頑張ればいい」

 そう言って慰めてくれました。言動はちょっとアレですが、アスカちゃんは優しい良い子です。

「あまり気にしないでください」とほたるちゃんも励ましてくれます。アニメ版シティーハンターのエンディングの入り方くらい感動的です。

 

 そしてレッスン後、更衣室で乃々ちゃんと二人きりになるタイミングを図りました。あ、アスカちゃんは今は邪魔なので早く外に出て行って下さいね。

 ようやく二人っきりになると、私は乃々ちゃんに近づいて、こう言います。頑張ってぎこちない笑顔も作っています。

「あはは……。トレーナーさんに怒られちゃいました。こんなんじゃリーダー失格ですよね」

 そうすると、乃々ちゃんはとても焦って「ぇ……そ、そんなこと、ないし」と言ってくれます。泣けます。

 

「本当にありがとうございます。私、乃々ちゃんがいつも励ましてくれるから頑張れるんですよ。乃々ちゃんは私にとってかけがえのない存在なんです。だからこれからも一緒にアイドル、頑張りましょう?」

「で、でも、私には、むーりぃー……」

 む、小癪(こしゃく)なことにまだ抵抗しやがりますか。その言葉を受けて私は乃々ちゃんを正面から優しく抱きしめました。私と彼女は身長差が二十cmあるので、恋人同士の抱擁の様でちょっとだけ恥ずかしいです。

「心配しなくても大丈夫ですよ。二人、いや私達四人ならきっとできます。だから一緒にアイドル頑張りましょう?」

 そう繰り返し言うと、彼女は「あうぅ……。ぅん」と照れくさそうに返事をしてくれました。

 

 

 

『計 画 通 り』

 心の中で、前世で見た『コロンビア』のガッツポーズをしてしまいました。実は私、あのポーズ結構好きなんですよね。あの無駄に自信満々な表情が何ともいえません。

 言質(げんち)はとりました。2人の思い出エピソードとしても、まぁまぁの及第点でしょう。

 これで2人は晴れて一蓮托生(いちれんたくしょう)、切っても切れない仲、運命の赤い糸、地獄(アイドル)へ道連れです。最後はちょっと不吉でしたか。

 

 今日のことで七星朱鷺(リーダー)にとって自分が重要な存在であることを認識してくれたはずです。

 そして今後乃々ちゃんが本気でアイドルを辞めたいと言い出したら、「えっ(絶句)。の、乃々ちゃん、あの時の言葉はウソだったんですか!? 私を騙していたんですか!?」と言ってヒステリックに泣き叫んであげれば、優しい優しい乃々ちゃんのことですから必ず思い留まってくれるでしょう。

 彼女は人の嫌がることは絶対にしない、とっても良い子なんです。

 

 騙して悪いですが、これもリーダーのお仕事ですから仕方ありません。残念ながらビジネスに私情を挟むことはできないのです。私達がこのどん底から這い上がるには乃々ちゃんの力が絶対に必要なのですから。

 その代わり、この命を賭けて彼女を全力でサポートしようと心に誓ったのでした。

 

 しかし本当に友達思いの良い子ですよね。私が男の身の上なら絶対に惚れていましたよ。

 これはコメットのリーダーとして、悪い虫が付かないよう気をつけてあげなければいけません。

 むしろ私が一番の悪い虫のような気がしますが、それはあえて気にしません。気にしたら負けでしょう。

 

 とりあえず、一人目はこんな感じで対応しました。あと二人、頑張りましょうか。

 

 

 

 

 

 



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第7話 コメット首脳会議

「では、乾杯」

 ジョッキグラスを軽くカチンと当てると、黄金色に輝く液体を喉の奥へ奥へと一気に流し込みました。キンッキンに冷えたその液体が全身に染みわたり、レッスンで火照(ほて)った体を一気に鎮めていきます。

 美味しすぎます。これはもう犯罪的な美味しさでしょう。この一杯のために私は生きている、そんな気すらしました。ああ、ありがたやありがたや。

 

「……それ、本当に俺と同じノンアルコールビールだよね?」

「当たり前じゃないですか。私は未成年ですよ」

 対面に座っている犬神P(プロデューサー)がそんなことを言ってきたので渋々答えました。人がせっかく雰囲気に酔っているというのに、何とも無粋な人です。

 ノンアルコールビールを中学生が飲んではいけないという法的な縛りはありませんからね、何の問題もないのです。

「ビールのCMが取れそうな勢いで飲んでたから、つい本物かと……」

「そうですか、なら6年後にそのお仕事を取ってきて下さい。お願いします」

 ぶっきらぼうにそう答えました。

 

「それでは乾杯も済んだので第2回定例会を始めようか」

「ちょっと待って下さい。つまむものがないのにそれはないでしょう、私とお店に大変失礼です」

 一旦話を止め、店員さんを呼び止めて注文をします。

「すみません、注文お願いします。焼き鳥盛り合わせを塩で。あと枝豆、塩キャベツ盛、山芋の鉄板焼、なんこつ揚げ、ライス、たこわさをそれぞれ1人前でお願いします。とりあえず以上で」

「……なんか手馴れてるんだよなぁ、この人」

 犬神Pのそんな呟きは華麗にスルーしました。

 

 

 

 本日は金曜日──私と犬神Pとの定例会の日でもありました。

 コメットのデビュー成功に向けた第三の矢として考えたのが、この『コメット首脳会議』です。

 平日週1回、17時以降に安居酒屋にて私と犬神Pのサシで定例ミーティングを行っています。もちろん家族の了承は得ています。

 

 本日のお店は鳥華族(とりかぞく)にしました。鳥料理が売りで、全品280円均一の良心的なお店なので贔屓(ひいき)にしています。社長さんのご子息が現役の大人気アイドルということでも有名なお店でした。

 なお、私と彼は同じグループで働く仲なので、二次面接や初顔合わせ時のような猫かぶりは既に止め、わりと素に近い状態で接しています。

 

「しかし中学生と居酒屋ってのもなぁ」と犬神Pがぐずりだしました。

「まだ言ってるんですか。346の社員が行くようなオサレな高級店は私には敷居が高いんです。他の社員と(はち)合わせて知らぬ間にこちらの話を聞かれても嫌ですし」

「そこまで神経質にならなくてもいいんじゃないかな?」

「なりますよ。同じ事務所だからといっても仲間ではないのですから」

「う、う~ん……」

 

 そう言って押し黙ってしまいました。若いからか、まだまだこの辺りの甘さが抜けていないような気がします。

 同じ事務所のアイドルであっても仕事の量に限りがある以上ライバル同士なのですから、弱みを見せたらそこを突かれて潰される可能性は十分あるでしょう。

 しかも我々はまだデビューすらしていない弱小グループなのですから、気をつけるに越したことはないはずです。

 

「では私の方から報告しましょうか」と、なんこつ揚げライス(ライスの上になんこつ揚げを乗せたものです)を手に持ちつつ、話を進めます。

「まずはメンバーの健康状態からですね。アスカちゃんは心身とも問題はありません。

 乃々ちゃんは身体は問題なしで、例の辞めたい病とむーりぃー病が少しずつですが落ち着いてはきていますので引き続き要経過観察です。

 ほたるちゃんも身体は問題ありませんが、精神的にやや不安定なところがあるので継続フォロー中です」

 私の話を聞きつつ犬神Pが熱心にメモを取ります。こういう点は好感が持てますので、花マルをあげましょう。

 

「七星さんはどうなんだい?」

「私は見てのとおり心身ともに健康優良児です。ビールとおつまみさえあれば幸せなのです」

「それはよかったよ。ただ、本物のビールは止めてね」

「当たり前です。お酒は二十歳になってからですので」

 私には『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』がありますし、メンタルはブラック企業で精製された頑健(がんけん)なものですから今更訊くまでもないでしょう。

「次に話題ですが、やはりレッスンとデビューについての話が中心です。デビュー後に仕事があるのかほたるちゃんがかなり不安に感じているので、何かしらフォローが必要です。後は……」

 

 こんな感じで、私の方からはメンバーの健康状態(メンタルヘルス含)、レッスンの進捗状況、話題、不満、陳情(ちんじょう)等を一通り報告します。

 第一の矢である、『レッスン後ティータイム』で得た情報(プライベートなものは除きます)も含まれています。メンバーによる現場の声なのでPとしては何に換えても欲しい情報でしょう。

 思春期で難しい年頃の女の子が不満や陳情を成人男性である犬神Pに直接話すのは中々難しいですから、中の人がオジサンである私が情報を集約してお渡ししているのです。

 

「じゃあ次は俺の方か。営業の状況だけど、引き続き有力なクライアントを中心にローラー作戦(しらみつぶし)アテンド(訪問)してるよ。とりあえずミニライブの前にラジオの仕事と雑誌の取材の仕事を取ることができた」

「そうですか、上々です。ミニライブが迫っている現状ではオーディションに参加する訳にもいきませんので犬神Pだけが頼りです。引き続きよろしくお願いします」

「ああ、わかっているよ。デビュー前後は重要な時期だからね。できるだけスケジュールを埋めるよう最善を尽くすさ」

 

 犬神Pの方からは営業状況、予算取り、部の方針、他アイドルの動向、社内の噂等について報告してもらいます。私もその内容をコメットのメンバーと共有するためスマホでメモをとります。

 コメット首脳会議といってもそこは国と国とのお付き合い同様、お互いの立場上出せる情報と出せない情報があるので完璧ではありません。それでも面と向かって、膝を突き合わせてお食事をしながら情報交換をすることでお互いの目線合わせを行うことはできます。

 スカイプ等を使えば顔を見ながら遠隔で会話できますが、やはり私はこうやって飲みながらの方が性に合ってますね。

 

 よく言われるように、報告・連絡・相談(ほうれんそう)はビジネスの基本中の基本です。

 アイドルグループにおいても、P(上司)とアイドル(部下)の双方が情報を共有できて初めて一つのグループとして上手く回ることでしょう。

 それができていないとお互いが疑心暗鬼になってしまい、グループが瓦解してしまいます。外部要因ならともかくコミュニケーション不足が原因で分裂なんて、それこそ洒落になりません。

 

 その点では犬神Pはやりやすいですね。上司というよりは人の良いお兄さんといった感じです。能力的にはまだまだですが人を見る目と熱意は確かです。

 特にあの3人の逸材を見つけた慧眼(けいがん)()めてあげていいでしょう。それだけに私のようなドブ川をなぜ合格させたのかが未だに謎です。理由を聞いてもはぐらかされますので、質問に全て答える秘孔でもその内突いてやりましょうか。

 コメットが成功するには彼の力が不可欠なので、今後はきちんと教育してガンガンレベルアップしてもらう予定です。今度一緒にキャリアプランでも考えてあげましょう。

 

「俺に武内Pくらいの力があれば、もう少し仕事も取って来れるんだけどな。すまない」

「またその話ですか」

 武内Pは犬神Pの先輩にあたる方だそうです。犬神Pが346プロダクションのアイドル事業部に配属された当初、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)(現場経験を通して知識や技能を身につけさせる人材教育法)で1ヵ月間行動を共にし、Pの仕事のイロハを教わったとのことでした。

 お忙しい様で直接お会いしたことはないのですが、大変有能な方らしく犬神Pは彼を目指して新プロジェクトのPに立候補したそうです。

 ただ、こう何度も聞かされると正直うんざりします。

 

「心の師匠だかなんだか知りませんが、貴方は貴方であり武内Pにはなれません。人は配られたカードの範囲内で精一杯もがくしかないのですから、無意味なことを考えるのはよしましょう」

「そうは言っても……」

「あんまりしつこいと、犬神Pがホモだというあらぬ噂を346プロダクション中に流します」

「すいません許して下さい!」

 テーブルにこすり付けそうな感じで、勢い良く頭を下げられました。

 いや、冗談ですよ。流石に私だって大した理由もなく人の尊厳を傷つける様なことはしません。鬼や悪魔や千〇さんではありませんので。

 

 そうして一通り情報共有が終わり二杯目のジョッキグラスに口をつけていると、犬神Pが珍しく真剣な表情をしました。

「白菊さんのことなんだけど、やはり彼女に対するフォローはPである俺からやるべきだと思うんだが……」

 予想はしていましたが、やはりその話がきましたか。

 

「その件でしたら前にお話したとおり私に任せてください。こういったフォローはPよりも同じメンバーからの方が効果的ですからね」

「しかし、それでは七星さんの負担が大きいんじゃないかな?」

「そういう気遣いは不要です。私達五人は既に運命共同体であり、いわば一つの体なのですから、ほたるちゃんに何かあれば私も大きなダメージを受けます。自分のためでもありますので犬神Pが気に病むことはないのです」

 

 犬神Pのプライドを傷つけたくないので口には出しませんが、ほたるちゃんのフォローに関して今の彼では正直力不足です。コメット内で現状対応できるのは私しかいませんので、私が出張るしかないのです。

「わかった。でも何かあった場合は俺からもフォローするので、絶対に言って欲しい」

「はいはい」

 私の第二の矢(個人の課題解決)の次の標的はほたるちゃんです。プロダクション倒産に関して未だに罪の意識を強く持っていますので、どうにかしなければいけません。近日中に決着をつけましょう。

 

 

 

 その後、色々と雑談をして解散と言う流れになりました。

 会計を済ませようと二人揃ってレジに向かう途中、若い女性から不意に声を掛けられました。

「あれ? 犬神Pじゃん」

「ああ、姫川さん。こんばんは」

 どうやら犬神Pの知り合いのようです。活発で元気溢れる感じの女の子ですね。年齢は私よりも少し年上でしょうか。なぜか大正義キャッツのレプリカユニフォームを着ています。

 

「こんばんは! ところでこっちの綺麗な子は誰かな? あっ……。いくら女の子に飢えていても、援〇〇際はしちゃダメだよ!」

「違いますよ! こちらは来月デビューする新グループのメンバーです!」

「あはは、冗談だって。でも、あのプロジェクトまだ生きてたんだ」

 ここでもコメットの評判は芳しくありませんでした。とりあえず目の前の女性に挨拶をすることにします。

 

「初めまして、七星朱鷺と申します。来月デビューする新グループのリーダーを務めさせて頂く事になりました。今後ともよろしくお願いします」

 そう言って深くお辞儀をしました。

「あたしは姫川友紀(ひめかわゆき)。346プロダクションでアイドルをやってるから、朱鷺ちゃんの先輩だね。こちらこそよろしく!」

 なんと先輩さんでしたか。よく見ると確かに、テレビのバラエティ番組や事務所のホームページで見た記憶があります。現役アイドルが鳥華族に来る訳ないと思い込んでいたので気付きませんでした。

 

「今から帰るところ? せっかくだからちょっと寄っていかない? 菜々さんもいるし」

「折角ですけど、まだ仕事が残っているので、会社に戻……痛ッ!?」

 犬神Pの話を(さえぎ)るために彼の足を軽~く踏ん付けました。足の骨を砕かないように調整するのは中々難しいんですよね。

 

「いいじゃないですか。せっかくお呼ばれしているのですから、ご相伴(しょうばん)に預かりましょう」

「いや、でも今日中にやっておかなければいけない仕事があるから」

「なら私一人でも構いません」

「そうは言っても……」

 その後、未成年を残して帰るのは気が引けると言う犬神Pを力づくで説得しました。

 肉体言語です。サブミッションこそ王者の技なのです。

 

「じゃあタクシーチケットを渡しておくよ。お店から出たら必ずこれを使って直ぐにタクシーで帰ること。いいね?」

「はいはい」

 恐らく痴漢等に遭わないよう気を使っているのでしょうが、私に関してはその心配は無用です。むしろ痴漢が危ないです。

 

 

 

 犬神Pとはそこで別れ、姫川さんについていきます。

 現役アイドルの生の声を聞ける貴重な機会ですからね。これを逃す訳にはいきません。そうこうしているうちに四人テーブル席に着きました。そこにはジョッキグラスを手に持った女性が一人、やさぐれた感じで座っています。大きいリボンが特徴的なとても可愛い方でした。

 

「もう、遅いですよ! お花を摘みに行くのに一体何分かけてるんですか……って、あれ? その子は誰ですか?」

「私達の後輩だって。犬神Pが進めてた企画倒れ間近のプロジェクトがあったじゃん。そこのリーダーみたいだよ!」

 姫川さんがそういうと、リボンの女性は慌てふためきました。とりあえず自己紹介をしておいた方がよいでしょうか。

 

「初めまして、七星朱鷺と申します。来月デビューするコメットというグループのリーダーを務めさせて頂く事になりました。今後ともよろしくお願いします」

 営業スマイルを崩さずに深く一礼をしました。

「ホラ、菜々さんも自己紹介しなきゃ!」

 姫川さんに急かされて、リボンの女性は「コホンッ」と咳払いします。

 

安部菜々(あべなな)で~す☆ 歌って踊れる声優アイドル目指してぇ、ナナはウサミン星からやってきたんですよぉっ!  キャハっ!

 カフェで臨時バイトをしながら夢に向かって頑張ってまーすっ! よろしくお願いしますっ!」

 安部さんは自己紹介して決めポーズをバッチリ決めました。この切り替えは正にプロのアイドルです。こういう姿勢は私も見習わなければなりません。

 

 その後、三人で席に着きましたので、ちょっとした疑問をぶつけてみます。

「大変失礼ですが、お二人のご年齢はおいくつなのでしょうか? 私は14歳で中学2年生です」累計年齢は50歳ですけど、と心の中で付け足しておきます。

「14歳かぁ、若いね~。しっかりしてるから高校生かと思ったよ。あたしは20歳で、お酒が飲める年齢だよ!」と言って姫川さんが美味しそうにビールに口を付けました。超羨ましいです。

 

 一方安部さんですが、なぜか小刻みにプルプルと震えていました。

「じゅ、じゅうよんさいですか。と、とても、わかくてきれいですね……。ナナは、永遠の17歳ですよ! 本当です!」

 声も震えているので心配です。しかし『永遠の』という枕詞は何を意味しているのでしょうか。あと「約二倍差ですか……」と鬼気迫る感じでぼそっと呟いていたのが怖かったです。

 

「20歳と、『永遠の』17歳ですね、ありがとうございました。それで、安部さんが今手にしているその飲み物ってビールなのでは……?」

 そう言うと彼女の顔面が少し青くなりました。

「い、いやですねぇ、コレはノンアルコールビールです! だから17歳が飲んでも大丈夫なんです!」

 これ以上突っ込むと、薮蛇(やぶへび)になりそうなので止めておきましょう。誰でも、人には触れられたくないことが一つや二つありますし。

 

「そういえばさ、朱鷺ちゃんはどこのファンなの?」

 姫川さんに問われましたが、何のことかわかりませんので「ファン?」と聞き返しました。

「野球だよ、野球のチーム!」

 やきう……。ああ、野球ですか。そういえば姫川さんは事務所のホームページにもキャッツの大ファンだと書いてありましたね。

 

 私は前世では横浜生まれの横浜育ちでしたから、野球といえばもちろん横浜ビースターズです。球団名は前世と少し違いますけど、累計でいえば50年来の筋金入りのファンです。

「私は、横浜ビースターズのファンですよ」と言うと、姫川さんが何かを察しました。

「ビースターズかぁ。うん、来季はきっとAクラスになれるよ! ……たぶん、きっと」

 遠い目でそんな言葉を掛けて頂きましたが、中途半端な慰めはかえって心にきます。まぁ、今季もダントツで最下位でしたし、これがあの球団の宿命ですから仕方ありません。

 

「安部さんはどのチームのファンですか?」とさりげなく話題を振ってみました。

「ナナは、千葉サブマリンズのファンですよ!」

 なぜ千葉? という疑問が頭に浮かびました。いや、いいところだとは思いますけど。

「そうですか。ところでウサミン星と千葉ってなにか関係があるんでしょうか? もしかして姉妹都市だったりします?」

「ギクギクッ! え、えーと、そうです! ウサミン星と千葉県の間には深い深~い交流があるのです!」

「そうですか、一つ勉強になりました。ありがとうございます」

「い、いえいえ……」

 今の短い時間でも、彼女のキャラクターがなんとなくわかったような気がしました。中々面白い方のようです。

 

 結局その後アイドル活動に関する話は殆どできず、ドラフトの結果や来季の補強等について熱く語り合う野球トークとなってしまいました。残念ですが、姫川さんや安部さんとお近づきになれたのでこれはこれで良かったとしましょう。

 少なくとも、お二人が親しみやすくてとても可愛いアイドルだとわかりましたしね。

 なんとなくですが、これから長いお付き合いになりそうな気がしました。

 

 

 

 二日後の日曜日、私とほたるちゃんは一緒に自主レッスンをすることにしました。

 午前はボーカル、午後はダンスの練習をしっかりとやります。

 ほたるちゃんは他の事務所にいただけあり、ボーカル・ダンス共に相当レベルが高いです。自分の見せ方もよくわかっており、中堅アイドルと比べても全く引けをとらないでしょう。これでまだ13歳だと言うのですから末恐ろしいです。

 ダンスはともかく他の技能については私より遥かに高い次元にいますので、早く追いつかなければなりません。

 

 ただ、アイドルとしてその不安げな表情はどうなのでしょうか。そういうマニアックな需要も一部にはあるとは思いますが、世間様一般がアイドルに求めているのは同じ事務所の日野茜(ひのあかね)さんの様な明るさと元気と笑顔でしょう。

 たまに儚げなら薄幸の美少女的な感じでとてもいいのですが、常時それではあまりよろしくないのではと心配します。見ていてこちらも辛くなってしまいます。

 

 やはり度重なるプロダクションクラッシュの経験が尾を引いているのでしょう。私も、()めたりなだめたりと色々試みましたが、いずれも『こうかはいまひとつのようだ』といった感じでした。

 乃々ちゃんの時のような(から)め手も使えそうにありませんので、リスク覚悟でダイレクトアタックを仕掛けるしかなさそうです。

 

 ほたるちゃんは自分のことを不幸だと卑下しますが、本当に不幸であれば何度もプロダクションが潰れる度に『別の事務所に拾われている』こと自体おかしいのです。それこそ彼女に才能があり不幸ではないことの何よりの証明でしょう。

 それに例え不幸であったとしても今は私がついているのです。一緒に立ち向かえば負けるはずはありませんので、それをほたるちゃんにご理解頂きたいと思います。

 

 自主レッスンが一通り終わった後「プロダクションの倒産の件で少しお話したいことがありますので、寮のお部屋にお伺いしてもいいですか」と声を掛けました。

「は、はい!」

 驚いた表情ながらも了承を頂いたので、一緒に女子寮に向かいます。

 彼女の部屋に着くと「散らかっているので、少し待っていて下さい」と言われたので、扉の近くで数分待ちました。

 

 

 

「どうぞ」

 許可を得ましたのでほたるちゃんの部屋に入らせて頂きました。いかにも女の子らしい小物類が可愛く飾り付けられている可愛いらしいお部屋です。全然綺麗じゃないですか。

 ファミコン互換機やセガサターン等のゲームハードや、ガンプラ(ガンダムのプラモデルです)が散乱している私のお部屋とは大違いですね。あの惨状はとても人様にはお見せできません。

 クッションを貸して頂きましたので、その上に座り対面で向かい合います。一呼吸置いて切り出しました。

 

「さて、これからリーダーとして非常に厳しいことを言わなければなりません。腹も立つかと思いますが、『良薬は口に苦し』といいます。私を恨んで頂いて構いませんので耳を傾けてもらえると幸いです」

「はい……」という悲壮感漂う返事を受けて、私は話し始めました。

 

「率直に言います。貴女は自分を特別な存在だと思っていませんか? それなら違います。自意識過剰です。芸能プロダクションを倒産させる力なんてない、ごく普通の13歳の女の子です」

 一方私には本当に芸能プロダクションを潰す力があります、と心の中で呟きました。346プロダクション社屋解体RTA(リアル・タイム・アタック)をやれば1時間を切る自信があります。

 何せ拳ひとつで世界列強の勢力図すら変えかねませんからね。いや、ホントに。

 

「芸能プロダクションはさまざまな要素が複雑に絡み合って経営が成り立っています。

 社長さんが意思決定し、営業さんがお仕事を取り、タレントさんがお仕事をします。頂いたお金を経理さんが管理し、会社全体の庶務を人事総務さんが行います。皆、組織の歯車として頑張って働いています。

 会社組織はその歯車が少し抜けても入っても関係なく回る様にできていますので、ほたるちゃんが一人いた所で会社が潰れるなんてことは絶対にありません。論理的にありえないのです。

 今まで所属してきた芸能プロダクションが潰れたのは何か別の問題があったんです。だから、貴女が負い目を感じる必要は全くありません」

 ほたるちゃんがうつむいてしまいましたが、構わず続けます。

 

「なので、そうやって自分を責めるのは今日限りにしましょう。貴女は今まで、人よりもちょっと運がなかっただけなのです。人生における運の総量は一定だという説もありますし、今までの分きっとこれから大きな幸福がやってきますよ。

 もしかしたらコメットが大成功するかもしれません。ビッグになったら調子に乗って青山に土地でも買っちゃいましょう。そして高級外車(カイエン)を乗り回してやるのです」

 

 奴隷の鎖自慢はしたくないですが、ほたるちゃんの不幸なんて全然マシです。本当の不幸というのは前世の私のような状態をいうのです。

 残飯をあさるのも、学校で貧乏人だと(いじ)められるのも、運動会で九年間連続ソロランチなのも、お家の中で無視されるのも、全部(まと)めてつろうございましたね。

 不幸道というものがもしあるのなら、彼女はせいぜい緑帯です。私は黒帯殿堂入りです。本当に自慢にもなりません。

 

「で、でも、また不幸が来るかもしれません……」と、ほたるちゃんが口(ごも)りました。

不安げな表情で膝を抱えてしまった彼女にそっと近づき、正面から控えめに優しく抱きしめます。

「その程度の不幸、この私が全力(北斗神拳)をもって粉々に打ち砕いてあげます。もしほたるちゃんが自分を信じられないのであれば、私を信じて下さい。私が必ず、貴女をアイドルに導いてあげますから。それとも私みたいな奴は信じられませんか?」

「そ、そんなこと、ありません」

「良かったです。ほたるちゃんはファンに笑顔を与えたくてアイドルを目指したのでしょう?

 なら、まずは貴女自身が笑顔で生きて行きましょう。貴女の笑顔はとっても素敵なんですからファンの方にも見せてあげないと勿体(もったい)無いです。だから明日からまた一緒に頑張りましょうね」

 

「……は、ぃ」

 そう声を絞り出すと、ほたるちゃんは(せき)を切ったように泣き出しました。こんな小さな体で色々なものを溜め込んでいたのでしょう。ですが哀しみを背負っているからこそ、彼女は誰よりも強くて優しい魅力的なアイドルになれるはずです。

「いいんですよ、今日は泣いても。でもずっと泣いていると幸せが逃げて行っちゃいますから、明日からは笑顔でね」と、(むせ)び泣くほたるちゃんの背中を優しくさすりながら声を掛けました。

 

 ヤバイです。この子、滅茶苦茶可愛いです。私の庇護欲(ひごよく)がエヴァ初号機並に暴走しそうです。

 一応は女性の身なので恋愛感情はありませんが、前世の時から可愛いものは大好きでしたので、こんな可愛い子が間近だと理性が飛びそうです。何とかして養子にできないでしょうか。

 これはコメットのリーダーとして、悪い虫が付かないよう気をつけてあげなければいけません。

 私が命を懸けて全力でサポートしましょう、と乃々ちゃんに続いて誓ったのでした。

 

 

 

「おはようございます!」

 翌日のレッスンの際、ほたるちゃんが(まぶ)しい笑顔で声を掛けてくれました。心なしか、()き物が落ちたような感じがします。

 三つ子の魂百までといいますし、明るくなってと急に言われても難しいでしょうが、これからは少しずつでも前向きに取り組んでもらえると、私としては嬉しいです。

 

 残るはアスカちゃんです。彼女の『中二病』は素晴らしい個性ですから矯正(きょうせい)する気は全くないですけど、『あの悪癖』を放置するとコメットが破滅する恐れがありますので、何とかしなければなりません。

 さて、引き続き頑張って働きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第8話 常人と狂人

 おこです。マジおこです。

 

 これが、本日オープンしたコメットの特設HP(ホームページ)を学校の休み時間に見た時の、私の率直な感想でした。

 

 学校が終わると同時に人類史上最速で346プロダクションに直行し、脇目も振らず犬神P(プロデューサー)のオフィスに突っ込みました。ノックすらしません。

 扉を開けると同時に北斗無想流舞(ほくとむそうりゅうぶ)(瞬間移動技)を使い、自席でパソコンを使う犬神Pの背後へ瞬時に回りこみ、喉笛に対し直角に手刀を押し当てます。完全に暗殺者です。

 

「さて、何か申し開きはございますか」

「な、何のことだい? というか今の動き何っ!?」

 犬神Pがひどく動揺した声で返事をしました。これはすっとぼけていらっしゃいますね。よほど北斗百裂拳を喰らいたいと見えます。

「コメットの特設HPの件です」

 私がそう言うと、犬神Pは「ああ……」と苦々しく呟きました。心当たりはあるようです。

「ブラウザで特設HPを開いて頂けますか」というと、彼は素直に指示に従いました。

 

 コメットは余り期待されていないプロジェクトですが、犬神Pの努力によりシステム部の皆様のご協力を得て、デビューミニライブ前に特設HPを作って頂けることになりました。

 特設HPでは各メンバーの簡単な紹介や、新曲に関するアピール、デビューミニライブの詳細等がポップなテイストで記載されています。全体的に可愛らしいデザインですしそれ自体は何も問題はないのです。

 

「それでは、私の紹介ページに行って頂きましょうか」

 手刀を強めに押し当てながら言うと、犬神Pが該当のページにアクセスしました。当然そこには私の写真とプロフィールが記載されています。

「では、読み上げますね。『七星朱鷺 14歳の中学二年生で~す♥ コメットのリーダーで、皆のお姉さん的な存在なんです! 皆さん、よろしくお願いしますね♪』ですか。あらあら、何とも頭が悪そうな感じですが、これは別にいいでしょう」

「うん、何の問題もないね」

 

「身長169cm、体重48kg、スリーサイズの86-55-85も測定通りなので問題はありません。イメージカラーが白というのも申請どおりなので良かったです。清廉潔白な私にぴったりですから」と言うと犬神Pがコクコクと必死に同意します。

 本来私はブラック企業を象徴する黒が好きだったのですが、生まれ変わり後はなぜか白がお気に入りになりました。やはりトキ(北斗の拳)の影響なのでしょうか。

 ちなみにアスカちゃんは黒、乃々ちゃんは緑、ほたるちゃんはピンクがイメージカラーです。

 

「そして趣味ですが、料理、お菓子作り、ギターはいいでしょう。また、競馬は依頼のとおり記載を見送って頂いたようでなによりです。

 しかし、絶対に載せないで下さいと何度もお願いした、麻雀とB級映画鑑賞とクソゲーRTA(リアル・タイム・アタック)がどうして此処に記載されているのでしょうか。

 しかも、なぜガンプラ製作までしれっと追加されているんですかね? 返答によっては貴方の命で罪を償って頂く必要が出てくるのですが」

 感情を込めずに淡々と言うと、冷や汗が私の手に伝わりました。

 

 コメット首脳会議の時に犬神Pからなぜかガンダムの話題を振られたことがあり、IGLOOとUCとOOについて熱く語り合ったのですが、その際にガンプラを製作しているとは言いました。

 ただ、それを会社の公式プロフィールに書かれるとは夢にも思っていませんでしたけど。

 

「俺は麻雀、B級映画、クソゲーRTA、ガンプラのいずれも、君の立派な個性だと思う。あと、クソゲーだとアイドルとしてどうかと思ったので、レトロゲームRTAに修正しておいたから」

「わかりました。せめて痛みを知らず安らかに死ぬがよい」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」

 私の怒りが有頂天になっているのを知ってか知らずか、彼が煽ってきました。

 

貴方達(プロデューサー)は二言目には個性といいますが個性を出すにしても限度があります。こんなのどこからどう見ても出オチのネタキャラじゃないですか! 最初だけちょっとネットで(いじ)られて、そのうち地味にフェードアウトする運命しか見えません!」

「本当に申し訳ない。実はね……」

 犬神Pがメタルマン(超迷作B級映画です)に出てきた博士のように平謝りすると、すまなそうに内情を説明しました。

 

 本来私の趣味は料理、お菓子作り、ギターの三つとし、二次面接審査でご披露した競馬、麻雀、B級映画鑑賞、クソゲーRTAは外す方向で上に申請をしたそうです。

 ただ料理、お菓子作り、ギターだと他のアイドルと被ってしまうので、これだけでは個性が弱いと却下されました。ドーナツ大好きアイドルや本格派ロックアイドル等濃いキャラがいる中では埋もれてしまうとの懸念があったそうです。

 

 犬神Pが悩みに悩んでいた時、直属の上司の今西部長から『競馬は、賭博を連想してしまうのでよろしくないが、麻雀とB級映画鑑賞とクソゲーRTAは七星朱鷺さんの大切な個性なのだから、何も外す必要はないだろう』との大変貴重なご意見があったそうです。

 その際犬神Pが冗談で話したガンプラ製作も、いつの間にか私の趣味に組み込まれていったとのことでした。

 そんな個性は窓から投げ捨ててしまいなさい。

 

「それにしても、せめて特設HPのオープン前に私へ一言あっても良かったのではないですか」

「事前に説明していたら、どうした?」

「殺してでもさしとめる」

「……やっぱりな」と言い、呆れていました。

 

「ま、いいです。承知しました」

「え!? あっさり!?」

 説明を受けて即引き下がると、犬神Pがとても驚いた様子でした。

 正直納得はしていませんが、社畜としては偉い人の言うことには絶対服従なのです。

 犬神Pなら格下認定済なので、彼が遊び半分でこんな事をしたのなら肉が千切れ飛んで骨が見えるまで噛み付きますが、偉い部長様のご意見ともなると反抗する訳にはいきません。

 

 会社や上司に歯向かうにはそれ相応の準備と、クビになっても構わないという覚悟が必要です。

 デビューすらしていない新人と言う立場でそんなことはできませんので、今は粛々と命令に従うのみです。いつか覚えていなさい。

 そう思い、わざとらしく深く一礼して彼のオフィスを後にしました。

 

 

 

「今日はダンスレッスンでしたよね」

「あぁ、そうだよ」

 その後、アスカちゃんと偶然合流したので、雑談しながらレッスンルーム近くの更衣室に向かいました。

 コメット成功のための第二の矢(個人の課題解決)の最後の標的は、アスカちゃんです。

 とはいっても、他の二人と比べ、彼女には問題らしい問題はありません。その言動はいわゆる『中二病』ですが、常識も協調性もありますし、何より性根が真っ直ぐな努力家です。性根がとんでもない方向にねじくれ曲がった私とは大違いです。

 

 最初こそ、うわぁと思いましたが、慣れてくると痛可愛いですね。

 ついついブラックコーヒーや砂糖なしのエスプレッソを勧めちゃいます。あの苦いのを無理やり我慢しているような顔がとっても可愛いです。普通の女子中学生が無理して背伸びしている感じがして凄く好きですよ。

 

 中二病は彼女の大切な個性ですし最大の魅力なので、それを矯正する気は全くありません。

 このままのびのび健やかに育って頂き、限界が来る日まで中二病を謳歌してもらうつもりです。例えそれが将来の彼女の黒歴史を増やすことになったとしても。

 しかし一つだけ、彼女の行動に関して許容できないところがあるのです。

 

 アスカちゃんと並んで歩いていると、前方からとても綺麗な二人組の女性が近づいてきました。

 あの方々は川島瑞樹(かわしまみずき)さんと高垣楓(たかがきかえで)さんです。お二人共346プロダクションのトップアイドルで、常人とは違う強く輝く気を発しているのが私には察知できます。

 

 川島さんは元女子アナ、高垣さんは元モデルでしたか。中々凄い経歴をお持ちの方々です。

 後学の為諭吉さんとおさらばして彼女達のライブBlu-rayを購入し何十回とリピート再生していますが、見る度に新しい発見があるので本当に勉強になります。コメットも頑張ってあのレベルまで行かなければいけません。

 

 芸歴、社歴共に我々より遥かに上ですので、しっかりと挨拶をする必要があります。上下関係が厳しいといわれる芸能界であればなおさらでしょう。

 お互いの顔が良く見えるくらいの距離まで近づくと、私は廊下の端にサッと避けてお二人に向け「おはようございます!」と元気よく挨拶をしました。得意の営業スマイルを崩さずに、背すじをピン! としてジャスト三十度の角度で腰をしっかりと曲げ、敬礼の姿勢をとっています。

 一方、アスカちゃんは直立不動で「やぁ、おはよう」と言い放ちました。

 

「あら、おはよう」

「おはようございます」

 そのまま通り過ぎるかと思いきや、立ち止まって振り返り、こちらに話しかけてきました。

「貴女達、あんまり見ない子ね?」

「はい、来月デビューさせて頂く『コメット』というアイドルグループのメンバーで、七星朱鷺と申します。こちらの子が同じくメンバーの二宮飛鳥です。よろしくお願い致します」

 川島さんのご質問に対し、笑顔を携えて丁寧に回答しました。

「よろしくお願いします」

 恐れ多くも高垣さんが会釈をされたので、私も更に深い角度でお辞儀します。

 

「川島瑞樹よ。そんなに(かしこ)まらなくていいから、二人ともよろしくね。でも346プロダクションに所属した当初は私もそんな感じだったわね。わかるわ」

「高垣楓です。結果にコメットする、ふふっ……」

 高垣さんが満面の笑顔で、中々レベルの高いHHEM(ほほえみ)ギャグ(下らないギャグのことです)を放ってきました。

 

 でも彼女が言うと本当に微笑ましくて可愛く思えます。私がスマイル動画に投稿している解説付レトロゲームRTA動画で同じようなギャグを入れると、『は?』、『オッサン乙』、『氏ね』という辛辣なコメントで画面が埋め尽くされて袋叩きに遭うんですけど。

 何を言うかではなく、誰が言うかで言葉のイメージは変わるのです。

 

「ほら、アスカちゃんも」

「やぁ、初めまして。ボクはアスカ。キミたちと会うのは初めてだけど、機会があれば一緒にいいLIVEをしたいね」

 この挨拶の様な得体の知れないものを聞き、内心滝汗でしたが、お二人には笑って頂けました。

 

「緊張すると思うけど、デビューライブ、頑張ってね」

「コメットの皆さんのアイドル生活が順調なものになるよう、お祈りしています」

「はい、ありがとうございます!」

 そうして言葉を交わした後、川島さんと高垣さんは元の方向へ歩いて行かれました。

 しかし、我々のような雑魚にこんな暖かい言葉を掛けて頂けるとは、思っても見ませんでした。どうやら人間的にも素敵な方々のようです。そのお姿が見えなくなるまで見送り、アスカちゃんに声をかけました。

 

「……アスカちゃん、私何度も何度も言ってますよね。全体的な言動は貴女の大切な個性ですから別にいいですけど、先輩や偉い方への挨拶だけはちゃんとお願いします」

「そうは言われても、これはボクの個性だからね。変える気はないのさ」

 この子は全く悪びれておりません。このとおり、アスカちゃんの課題は『挨拶』でした。

 

 

 

 たかが挨拶と馬鹿にする方が世の中には多すぎますが、実は非常に大切です。挨拶は魔法です。

 例えば、私が映画監督だったとします。とても偉いので周囲からおだてられており、スタッフの皆さんを顎で使えます。

 そしてロケ中に新人の女優さんが合流し、私に対し開口一番『やぁ、カントク。今日は精々ヨロシク頼むよ。キミの力量には期待しているから』と言ったとします。

 性格の良い監督でしたら、若いんだから仕方ないなと苦笑いで済ませてくれるかもしれません。

 

 私でしたら即刻出禁です。その上、カラカラに干からびるまで天日干しです。こんな鼠の(ひたい)くらい心の狭い人間がこの世にいる以上、そんなドブ川から目をつけられないためにもしっかりとした挨拶をする必要があるのです。

 しかもコメットはグループなのですから、アスカちゃんの行為により四人共出禁を喰らう可能性もあります。

 お仕事現場での段取りの打ち合わせや交渉は全て私がやるつもりですが、挨拶をさせないという訳にもいきません。

 

 私がある会社に勤めていた頃の話ですが、その会社には常人の三倍は仕事ができ、協調性のある派遣さんがおり、皆から大切にされていました。ある時、その派遣さんが社外でその会社の社長に挨拶されたことに気付かず通り過ぎてしまったそうです。

 すると社長が腹を立て、その週内に派遣さんは契約打ち切りになりました。それくらい挨拶は恐ろしいです。

 できて加点されることはあまりありませんが、できないと最悪職を失う可能性があるのです。

 

 もちろん今の二例は極端な事例ですが、きちんとした挨拶をしない事で心象を悪くするケースは普通によくありますので、アスカちゃんにはちゃんと挨拶をしてもらわなければいけません。

 乃々ちゃんは声が小さいだけだからいいですけど、この子は完全にわざとやってますから性質が悪いのです。

 今日は川島さんと高垣さんだったので女神のような広い心で笑って流して頂けましたが、こんな幸運が続くとは限りません。いよいよ何とかしなければなりませんね。

 

 同日、レッスン後ティータイムを終えた後アスカちゃんにお願いして寮部屋にお邪魔しました。

「ようこそ、ボクのサンクチュアリ(聖域)へ」と言って招き入れて頂いたので入室します。

 これはこれは、非常に個性的なお部屋です。黒を基調としたお洒落っぽい感じで、色々と怪しげなものが満載です。

 なぜか聖書や、ドイツ語っぽいタイトルの重厚な本がこれみよがしに飾られていました。アスカちゃんが英語やドイツ語に堪能だという話は今まで一度も聞いたことないんですけど。

 

「それで、ボクに何の用があるのかな?」

「アスカちゃん、一つ私と賭けをしませんか?」と切り出しました。

「賭け、かい?」

「ええ、賭けです。明日、アスカちゃんが泣くか否か賭けましょう。

 私は泣く方に賭けます。アスカちゃんが勝ったら挨拶について私から今後一切何も言いません。反対に私が勝ったら今後はしっかりとした挨拶をお願いします」

 アスカちゃんは余裕の笑みを崩しませんでした。

 

「ずいぶん唐突な話だね」

「はい。これ以上アスカちゃんと挨拶の件で揉めたくはないので、そろそろ決着を付けようかなと思いまして」

「それにしても、随分とボクに有利な賭けじゃないかい?」

「私から持ちかけた話なので、受けてもらうためにもアスカちゃんに有利な条件にしました。確固たる自分のセカイを築いているアスカちゃんなら、簡単に泣いたりするはずがありませんよね?」

 少しだけ煽ってみました。

 

「面白い。その賭け乗ったよ。要はボクが泣かなければいいんだろう? そんな事はカンタンだ。でも、くすぐったり暴力を振るってボクを泣かせるというのはナシだよ。それはスマートな方法とは言えないからね」

「はい、では賭けは成立ということで。私からは指一本触れないと誓いましょう。その代わり私の話を無視したりしないで下さいね」

「ああ、いいとも。さぁ、はたしてトキはボクのセカイに触れることができるのかな?」

 

 かかりましたね、アホが。大切なアスカちゃんに暴力や北斗神拳を振るう気はありませんので、私本来の力を持って号泣させてあげましょう。

 もちろん100%成功するとは限りませんが、バクチというものは外れたら痛い目を見るから面白いのですよ。

 

 

 

 次の日の夜、私は前日と同じようにアスカちゃんの寮部屋を訪れました。

「ボクのサンクチュアリ(聖域)に再び足を踏み入れるヒトがいるとは思わなかったよ」

「はい、お邪魔します」

 そしてクッションに座った後、私は自分の鞄から、我が家にあった数冊の本を取り出します。

 

「何かな、それは?」とアスカちゃんが興味深げに覗きこんできました。

「見てのとおり絵本ですよ。どれも珠玉の名作です」

 『100万回生きたねこ』『ごんぎつね』『いつでも会える』『かわいそうなぞう』、『忠犬ハチ公』『かたあしだちょうのエルフ』その他もろもろの絵本です。

「この、悲劇の物語は……」

 アスカちゃんの表情が少し変わりました。

 

 私の数十ある職務経歴の中には、無認可保育園での保父さんの経験も含まれています。自慢ではありませんが朗読は得意でして、絵本の読み聞かせで泣かなかった園児は誰一人いませんでした。

 無認可ですから資格も要りませんし結構好みの仕事ではありましたが、極黒のブラック保育園で子供を育てる環境としては最悪でした。法令違反上等で死亡事故に繋がる恐れすらあったのです。

 

 私は園児達に愛情が涌いてしまったので、全園児の親御さんに真っ当な保育園を紹介した上で、市と警察と児童相談所に全ての悪事の証拠を提出し、木っ端微塵(こっぱみじん)に潰して差し上げました。

 会社や上司に歯向かう際には、これくらい徹底してやらなければいけません。

 

 なお、今は女性の身なので優しく柔らかい声を出す事ができますし、度重なるボーカルレッスンで声の通りはレッスン前と比べて段違いですので、朗読の破壊力は前世の比ではありません。賭けの前に朱莉で実験したら泣き止まず大変でした。本当にごめんね。

 

 そしてアスカちゃんが動物の感動話に弱いのは、レッスン後ティータイムでリサーチ済です。

 さて、なん冊目に(涙腺が)死ぬかな~? と心の中で呟きながら、私は一冊づつしっかり丁寧に、最大限の感情を込めて朗読を始めました。

 

 

 

「……くっ」

「四冊目まで持つとは、中々やるじゃないですか。褒めてあげましょう」

 アスカちゃんが少し震えながらクッションに顔を埋めています。やはり『かわいそうなぞう』は名作です。大東亜戦争中に動物園で餓死した象さんの悲劇を、簡潔かつ見事に表現しています。

 

「なぜ、ヒトは過ちを犯すのか……。愚かしく、哀れな生き物だ……」

「はいはい、女らしく負けを認めましょう。そして今後はしっかりとした挨拶を徹底するのです」

「ボクは、空気を読むような汚いオトナにはなりたくないのさ……」

 そう言って駄々をこね始めました。全くしょうがありませんね、この子は。

 その後1時間弱かけて交渉し、とりあえず外の現場の偉い方にはきちんと挨拶をするということで妥結しました。双方の歩み寄りにより、無事和解が成立したのです。

 

 この辺が落としどころでしょうか。同じ346プロダクション内であれば何とかリカバリー可能ですからね。

 しかし、私としても彼女の世界観は大切にしてあげたいと思います。コメットの認知度が上がりアスカちゃんのキャラが世間様に広く浸透すれば通常の挨拶でも問題になる可能性は少なくなるでしょうから、それまでの一時の辛抱です。

 アスカちゃんのためになるのなら、私はあの子から深く恨まれても構いません。

 

 

 

 その後はアスカちゃんと和やかに雑談しましたが、不意にこんなことを言われました。

「初めて見た時から思っていたんだけど、もしかしてトキも『痛いヤツ』だったりしないかい? その痛さを巧妙に隠している、そんな気がするのさ」

 噴き出しそうになるのを必死で我慢しました。こやつめ、ハハハ。

 

「まぁ、ある意味、痛いと言えば痛いでしょう」

 累計年齢50歳のオジサンが必死になって女子中学生に擬態した上、JCアイドルなんてやっている姿は確かにこの上なく痛いです。全身複雑骨折並みの激痛です。

 生まれ変わりもアイドルも、自ら望んで選んだ道ではないんですけどね。

 

「そうか、トキもか。ボクとトキとはなんとなく波長が合うというか、通じるものがある気がするんだ。そう思わないかい?」

 アスカちゃんが顔を(ほころ)ばせます。その笑顔はとても素敵で、何だかとても力を貰えました。

 確かに、狂人に憧れる常人(アスカちゃん)と、常人に憧れる狂人()とは、どこか共通するところがあるのかもしれません。『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』が譲渡できればいつでもプレゼントしますよ。

 

 一見異常に見える方が全くの正常で、正常に見える方が極めて異常なんて、皮肉なものです。

「ええ、そうですね」と笑顔で答えました。

「ボクという存在をボク以外が肯定してくれるなんてね。フフフ」

 そんなことを言いながら、暫くの間二人で笑いあいました。

 

 会話する度に草が生えそうになるので良い意味で大変困ります。こんなに可愛くて超面白い子、絶対に目が離せません。今後、もし別のタイプの中二病アイドルが出てきたら、三人でトリオでも組んでみると面白いと思います。お客様に与えるインパクトは絶大でしょう(笑)。

 

 やはりコメットのリーダーとして、悪い虫が付かないよう気をつけてあげなければいけません。

 アスカちゃんも、私の養子希望リストに最優先で追加させて頂きました。おはようからおやすみまでばっちりサポートしてあげます。

 どうせ私の命はおまけみたいなものですので、彼女達三人が大成功するよう文字通り命を懸けて尽力しましょう。朱莉のおかげで七星家のお家断絶はないでしょうから、いつ逝っても私の生涯に一遍の悔いなしなのです。

 

 さて、次はいよいよデビューミニライブです。

 残りわずかな練習期間ですが、四人で精一杯頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第9話 いざデビューミニライブ

「それでは本日のレッスンはここまで! 明日は本番に備えてしっかり休むこと。いいな!」

 ベテラントレーナーさんの通る声がレッスンルームに響きました。

「はい!」

「は、はい」

「……あぁ」

「あうぅ……」

 それぞれ返事をします。本日はデビューミニライブ二日前の金曜日で、私達四人揃っての最後の練習日でした。明日の分までしっかりと通し練習をしたので、私以外は疲労困憊(ひろうこんぱい)でがっくりと床に座り込んでいます。

 

「最終リハーサルの出来はどうでしたか?」

 ベテラントレーナーさんの評価が気になったので、思い切って訊いて見ました。

「正直言って完璧にはまだ遠いが、及第点は超えている。お前達四人の連携を当日も維持できれば必ずいいライブになるだろう。だから全力で頑張って来い!」

 厳しくも優しい激励でした。ベテラントレーナーさんをはじめ、トレーナーを務めている四姉妹の皆さんはとても暖かい方々です。

「ありがとうございました」と言って一礼しました。

 

 デビューミニライブまで1ヵ月半と短い練習期間でしたが、年末年始の休日を潰して練習してきたおかげでだいぶ様になってきました。もう少し時間があればより高いレベルを目指せたでしょうが仕方ありません。プロは限られた納期で最大限の成果を出さなければいけないのです。

 

「しかし、毎回思うけどトキは化物だね。あれだけ通しで続けて練習したのに、息一つ切らしていないなんて……」

「はい。体力には自信がありますので」

 確かに数時間続けてのリハーサルだったので結構な運動量ではありましたけど、私の場合能力が能力ですからこれくらい全然余裕です。というより生まれ変わって以来、体力の限界を感じたことがないのです。本当に人間なんですかね、コイツは。

 

「大空に飛び立って……、おうちに帰りたい……」

「の、乃々さん!? 帰ってきて下さい!」

 ボロボロの半死半生状態で現実逃避している乃々ちゃんをほたるちゃんが必死に引き戻します。美少女同士が戯れている姿を見ると何とも和みますね。

 最後の練習日もこのような感じで、いつものようにレッスンの時間が過ぎていきました。

 

 

 

 二日後、集合時間より20分早く346プロダクションに到着しました。待ち合わせ場所であるエントランス周辺で佇んでいると、後ろから「おはようございます!」と声を掛けられました。

 振り返るとほたるちゃんがいましたので私も挨拶を返します。そして案内されるまま、ロケバス仕様のハ〇エースに乗り込みました。

 

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

「ああ、おはよう。少し早いけど四人共揃ったから行こうか」

 既に犬神P(プロデューサー)、乃々ちゃん、アスカちゃんの三人が乗っていましたので、挨拶もそこそこに犬神Pが運転するハ〇エースでミニライブの会場である大型商業施設に向かいます。

 この車はとてもいい車なんですけど、風評被害で犯罪者御用達(ごようたし)扱いになっているのが泣けます。

 

「…………」

 それにしても空気が重いですね。こんな沈黙は初顔合わせの時以来ではないでしょうか。

 皆緊張した面持ちでうつむいています。

「皆さん、ライブまではまだ何時間もあるんですよ。今から緊張していたら本番前に疲れてしまうので、少しリラックスしましょう」

 緊張を少しでもほぐそうと声を掛けました。

 

「そうだぞ。俺なんてこれ以上ないくらいリラックスしているんだから」

「犬神Pはもう少し緊張感を持って下さい」

「はい、すいません……」

「ふふっ……」

 私と犬神Pの掛け合いで三人が笑ってくれました。犬神Pも道化役をしっかりやって頂いているようで何よりです。

 

「今はのんびりするのも悪くない、か……」

「そうですね。確かに今から緊張していたら身が持ちそうにありません」

 アスカちゃんとほたるちゃんには少し笑顔が戻りました。

「うぅ、期待……。プレッシャー……。重いです……」

「大丈夫ですって。コメットなんて誰からも期待されていませんから、期待やプレッシャーなんて感じることはないですよ」

 フォローはしましたが、乃々ちゃんの表情があまりすぐれないのがちょっと気がかりでした。

 一方で犬神Pが「……その言葉は俺には結構なダメージなんだけどなぁ」とぼやいています。

 

 口ではこんなことを言いましたが、このデビューミニライブの重要性はよく理解しています。

 コメットは期待感の薄いプロジェクトですが、このライブが成功すれば346プロダクション内での扱いは変わってくるでしょう。逆に大失敗すればこれで解散になる恐れすらあります。

 命を掛けてこの三人をサポートすると誓った以上、なんとしてもこのライブは成功させなければいけません。改めて強く決意しました。

 

 

 

 小一時間ほどかけて、目的の大型商業施設に到着しました。演者用の簡易な控え室に荷物や衣装を置いた後、犬神Pの先導で特設ステージに向かいます。

 既にスタッフの方々が設営準備を始めていました。ものづくりをする職人の働く姿は良い刺激になりましたので、彼らのためも頑張らなければいけません。

 

 川島さんや高垣さんが出演するような大きなステージと比べると、確かに規模・装備共に大きく劣ります。しかし商業施設内のお客様が行き交うT字路正面スペースに陣取っており、それなりに観客も見込めましたので、無名の新人のデビュー会場としては十分だと思います。

「目立たないところは……ないですか……」と乃々ちゃんが黄昏(たそがれ)ていました。

 

「結構、観客は多くなりそうだ」

「……ええ、そうですね」

 とりあえず、デビューミニライブで観客0人という事態は避けられそうで良かったです。

 私もプロのアイドルなので観客が一人でも一万人でも100%の力でやり抜く気ではいます。

 でも流石に観客0人だと、未来永劫ネタにされそうなのでほっとしました。日曜日は七星医院の休診日なので一応家族を呼んでいましたが、家族は純粋な観客とはいえませんし。

 

「司会の方の合図に合わせて、四人揃って舞台中央に出ます。そして……」

 その後はステージでの立ち位置や、紹介されてステージに出る際のタイミング等、細かい打ち合わせを行いました。ライブ後はCD購入者を対象としたサイン会がありますので、そちらの流れも併せてチェックしました。

 仕事は『準備八割・本番二割』と言われますので、立ち位置等を間違えないよう四人でしっかり確認します。一方、犬神Pは関係者との調整でバタバタと走り回っていました。

 

 しかし、こんなところでこの私がアイドルとしてライブをするのですか。今までは現実感がなくフワフワした気分でしたが、現実を突き付けられると頭がぐるぐるして胃が痛くなりました。

 人前に出ることは営業のプレゼンテーション等で何百回と経験があるのですが、それとアイドルとしてのライブではプレッシャーが全然違います。私の数十ある職務経歴にもアイドルという仕事は入っていませんので、ここから先は私にとって完全に未知のエリアでした。

 

 

 

 ステージでの打ち合わせ後は、一旦控え室に戻りました。ミニライブは13時開演なので早めの昼食を取りましたが、正直全く食欲がないです。サンドイッチを無理やり一切れつまんだものの、それ以上は手が伸びません。他の三人も同じような感じでした。

「………………」

 車の時以上に空気が重いです。ただ、私も今はフォローする余裕がありません。

 

 気を紛らわせるために今日の衣装を改めて確認しました。予想通りフリッフリの可愛いデザインです。平均年齢13.8歳のフレッシュなグループに相応しい衣装だと言えますね。

 ちなみに私の累計年齢で計算すると平均年齢22.8歳となり、一気にアダルティになります。

 

 こんな衣装、お仕事モードがなかったら絶対に着れないでしょう。ただでさえ女性ものの衣服を着ていると女装しているような感覚に陥るのに、素でこんな可愛い衣装を着たら絶対憤死します。

 やはりジャージが一番です。本当はパンツもトランクスがいいのですが、それをやるとお母さんに半殺しにされかねないのでショーツで我慢しています。

 そして、胸に巻いている可愛い布切れは大胸筋矯正(だいきょうきんきょうせい)サポーターだと必死に思い込んでいます。ブラじゃないのです。

 

 衣装を見ながらそんな下らない事を考えていると、いい時間になっていました。そろそろメイクや着替えをしなければいけません。

 得意の営業スマイルを作って声掛けを──と思ったところで、圧倒的な違和感に気付きました。

 

 上手く、笑えません。

 

 馬鹿な。営業スマイルは過酷なブラック企業での勤務を経て身につけた、私の最強スキルです!

 習得以降、生まれ変わり後であっても使えなかった状況はありませんでした。

 もしかして緊張し過ぎている? 私に限ってありえないと思いましたが他に考えられません。

 

 初ステージであることの緊張と、あの三人のためにデビューミニライブを絶対成功させなければいけないという気負いのせいで、知らず知らずのうちにこうなってしまったのでしょうか。

 ライブで笑顔を作れないのは正に致命傷です。能面のような表情で歌とダンスをしたところで、誰も喜ばないでしょう。ですが、どうすればいいか皆目見当がつきません。

 

「そういえば、ノノはどこに行ったのかな」

「先程外に出て行ったきりです。もう20分くらい経つので、お花を摘みに行ったのなら少し遅いですよね……」

「えっ……!?」

 大混乱の中、アスカちゃんとほたるちゃんのやり取りを聞きはっとしました。ライブ直前に他の用事なんてある訳がないでしょう。これって、もしかしたら『逃亡』でしょうか。

 

「と、とりあえず確認してみます!」

 急いでスタッフの方に訊いてみたところ、乃々ちゃんの姿を見た人はいませんでした。最寄りの女子トイレも確認しましたがもぬけの殻です。

「乃々さんがどこにもいません!」

「そろそろ、メイクと衣装の準備に入らないとマズイ時間になるけど……」

 二人はもちろん、スタッフの方々も困惑しています。

 

 うかつでした。私ですら雰囲気に呑まれているというのに、乃々ちゃんなら感じるプレッシャーは更に深刻なはずです。それこそ、いつ逃げ出してもおかしくないくらいに。

 これは、こうなることを予測できていたのに対策を怠っていた私のミスです。リーダーとして散々偉そうなことを言っておきながらこのザマですか。あぁ情けない。

 

 ともかく後悔していても仕方ありません。ミスをしても挽回すればいいだけです。いなくなったのなら見つければ万事解決です。

「手の空いている方、手分けして至急乃々ちゃんを捜して下さい!」

 私はそう叫んで、それぞれの担当エリアを決め一斉に捜索を開始しました。

 

 

 

 私の担当はフードコートエリアでしたが、休日のお昼時なので非常に人が多いです。目視で捜していたらキリがないので、『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』で気配の察知を始めました。

 この能力をもってすれば、人が発する気配を察知しそれが親友のものか否か判別すること等造作もありません。

 

 そうするとフードコートの外れにあるテーブル席のあたりから乃々ちゃんの気配を感じたので、近づいてその下を覗き込んでみたところ、涙目になった乃々ちゃんが体育座りで隠れていました。

 とりあえず、事件や事故に巻き込まれた訳ではないようなので一安心です。

 

「無事でよかったです。……まずは、そこから出ましょうか?」

「うぅ……」

 LINEでアスカちゃんとほたるちゃんに乃々ちゃん発見の連絡を送った後、テーブルの下から出てくるようお願いすると、彼女は渋々立ち上がりました。

 その辺りにあったベンチに二人で並んで座ります。暫くした後、私から話しかけました。

 

「怖いですか?」と問いかけると、乃々ちゃんは何度も何度も頷きます。

「こんな人前で、ライブとか、絶対にむーりぃー……」

 彼女は元々思考がネガティブですから、本番直前となれば身が(すく)むのは仕方ないでしょう。

「あら、奇遇ですね。実は私も同じ気持ちなんです」

「えっ……」

 そう言うと、少し驚いた様子でした。

 

「いつもの笑顔が先ほどから全然作れないんですよ。本当に、困ってしまいましたねぇ」

「嘘ぉ……。だって、いつもしっかりしてるのに……」

「私も一応人間ですから、緊張もしますし乃々ちゃんに愚痴も言ってしまいます。だからライブを怖いと思う気持ちは全然おかしくないんですよ」

「どうすればいいか、迷ってるんですけど……」

「どうするかは最終的に乃々ちゃんが決めることなので、私から命令することはできません。

 ただ、この1ヵ月半皆で必死になって頑張ってきたのに、ここで諦めるのは何だか勿体(もったい)無いなと私は思います。できれば私達四人であのステージに立ちたいです」

 

 これは嘘偽りのない、私の本当の気持ちでした。

 元々本意ではないアイドル生活でしたが、この三人と知り合って仲良くなって、皆で厳しいレッスンを耐えてきたので『何の成果も得られませんでした!』というのはちょっと寂しいです。

 お仕事モードを抜きにしても、ワンステージであればやってもいいかなとか思っちゃってます。恥ずかしいですけどね。

 

「同感だよ」

 そんな言葉が不意に後ろから聞こえました。声のした方向を見ると、息を切らしたアスカちゃんがそこに立っていました。

「ボクも、ガラになく緊張しちゃってね。さっきなんて足が震えてきたから、どうしようかと考えていたよ。それでも、ボク達四人の今までの成果をあのステージで披露したいと思うのさ」

 アスカちゃんも私と同じ気持ちのようです。その内ほたるちゃんも駆け足でこちらに来ました。これで、コメット全員そろい踏みです。

 

 ほたるちゃんが乃々ちゃんに、ゆっくりと語りかけました。

「私、今までデビュー直前で毎回プロダクションが倒産しちゃって……。

 今度こそやっとデビューできるって浮かれていて、乃々さんの気持ちを考えていませんでした。本当にすいません。

 私もとても怖いですけど、でもこの四人なら絶対にいいデビューライブができると思うんです。だから、もしよければ一緒にライブをやってもらえると嬉しいです」

 少し前までのような悲壮感を感じさせない、とても優しい笑顔でした。

 

「ほら、それぞれ一人ではとても無理ですけど、私達四人なら何とかなりそうじゃないですか? 仮に乃々ちゃんが失敗しても皆で全力でフォローしますから、どうでしょうか?」

 私から最後の説得を試みました。はてさて、この結果は『一天地六(サイコロ)(さい)の目次第。鬼と出るか、蛇と出るか』といったところですか。

 暫くすると、考え込んでいた乃々ちゃんが口を開きました。

 

「こ、怖いですけど……、みんながいるなら、ほんの少しだけ、頑張ってみます……」

 乃々ちゃんがそう言うと、皆ほっとして笑顔になりました。

 正直冷や汗ものでしたが何とかなってよかったです。体を動かしたからか私を含め四人ともいい感じで緊張がほぐれたようなので、結果オーライと言っていいでしょう。

 私もいつのまにか営業スマイルが戻ってきましたので、これで後顧(こうこ)の憂いはありません。

 

 その後、大至急でメイクを行い衣装に着替え、ステージの舞台袖で出番を待ちます。

 まだ少しだけ余裕があるので緊張を押し殺しながら時間を潰していると、犬神Pがこちらに近づいて来ました。いつになく真剣な表情です。

 

「皆がこの1ヵ月半、本当に頑張ってきたことは俺が一番良く知っている。その頑張りをお客様に見せれば必ず応えてくれるはずだ! だから、精一杯頑張れ!」

 そう言うと、ぐっと親指を立てるジェスチャーをしました。

 ふふふ、まだまだ尻の青い小童の癖に小癪(こしゃく)なことです。でも少し勇気を頂きましたので「ありがとうございます」とでも言っておきましょうか。

 

 

 

 そして、デビューミニライブが始まりました。

「それでは、コメットの皆さんです! どうぞ!」

 司会の方の合図に合わせて四人で一斉にステージへ向かい、事前に指定された位置に立ちます。

 観客席を見ると、想定していたよりも多くのお客様がいました。なんだかもの珍しげにこちらを見ています。

 司会の方からマイクを渡されましたので、事前に丸暗記したセリフをしっかり抑揚を付けて吐き出します。

 

「皆さーん、こんにちはー! 私達、このたび346プロダクションからデビューすることになりました『コメット』です♥ 本日はこの素敵なステージで初めてのミニライブをやらせて頂くことになりました! まだまだ不慣れな四人ではありますが、是非楽しんでいって下さいね♪」

 得意の営業スマイルを崩さないよう気をつけながら続けました。

「それではお聴き下さい! コメットで、『Comet!!』」

 

 

 

 

 

 

 いつもの曲が流れ始めました。

 

 何百回と繰り返した動きを再現しながら、曲に合わせて必死に歌います。

 

 ふと観客席を見ると、観客の皆さんが笑顔でこちらを見ていました。

 

 笑われている訳ではなく楽しんで頂いているようです。

 

 かつて誰からも必要とされず、社会の底辺でもがき苦しんでいた芋虫を見て頂いています。

 

 このステージでは、私はいらん子ではないような気がしました。

 

 必要とされているのでは、とすら感じます。

 

 そう思うとなぜか無性に楽しくなってきました。

 

 そんな気持ちが時間と共に増幅されていきます。

 

 こんなにも楽しい事が今まであったでしょうか。

 

 ああ、もう曲が終わっちゃいそうです。

 

 もっと続けたい。もっと私を、私達を見てもらいたいと願いました。

 

 でもそんな儚い願いは叶いません。

 

 デビューミニライブはまるで流星のように、一瞬で過ぎ去りました。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました!」

 全力でやりきりました。四人で揃って観客席に向けて深々とお辞儀をすると、至る所から拍手が聞こえてきました。

 喝采とはいきませんが、今の私達には十分すぎるお返しです。

 

「…………ル。……コール」

 ふと、客席から何か聞こえてきたので、耳を澄ましました。

「アンコール! アンコール! アンコール! アンコール!」

 複数のお客様が、手拍子に合わせてそんなことを言っています。

 

 は? え、マジ!? アンコール!?

 想定外の事態で少しパニックになりましたが、必死に心を落ち着かせて観客席に問いかけます。

「あの、私達まだ持ち歌が今のしかなくて……。アンコールでも同じ歌とダンスになっちゃいますけど……」

 

「いいですよ」

 ステージの近くに居た、ふくよかな初老の男性がそう言ってくれました。

 舞台袖から身を乗り出していた犬神Pに目配せしたところ、両手で丸のサインを出しています。

 アスカちゃんとほたるちゃんは問題はなさそうです。乃々ちゃんを見たところ緊張していますが続行不可のジェスチャーは出していなかったので、あと一回ならなんとか持ちそうでした。

 要望がありできる体制がある以上、プロとしては応えるしかありません。

 

「皆様、暖かいご声援を頂き本当にありがとうございます!

 それではもう一度、コメットのミニライブをお楽しみ下さい!」

 私が叫ぶと同時に、再び曲が流れ始めます。またあの時間が楽しめると思うと、胸がとても熱くなりました。

 

 

 

 アンコールをやりきりミニライブを終えると、四人とも舞台裏でへたりこみました。

 肉体的には問題ないですが、精神的な疲労が凄まじいです。これはどんなブラック企業でも体験したことのない部類の疲れでした。でも、何だかとても心地いい疲れです。

 

「皆さん、お疲れ様でした」と、声を絞り出しました。

「これぞ正に非日常、って感じだね……」

「お、おつかれさまでした」

 アスカちゃんとほたるちゃんからそんな返事が返ってきました。

「もう、む……、むーりぃー……」

 乃々ちゃんは極度の緊張と疲労のためか、何だかボロボロです。

 

 一安心すると、やっと鼓動が落ち着いてきました。

「私、なんで今までデビューできなかったのか、やっとわかりました。きっと、この四人で最高のデビューをするまで、神様が止めて下さってたんですね……」

「はい、きっとそうですよ。私も皆とデビューライブができて本当に良かったです」

 ほたるちゃんは最高の笑顔でした。何だかこっちまで嬉しくなります。

 

「今まで文句一つ言わず、こんな不出来なリーダーについてきて頂きありがとうございました」

 アスカちゃん、ほたるちゃん、乃々ちゃんに向かって深く頭を下げました。こんなに素晴らしい仲間には今まで出会った事がありません。私にはとても釣り合わない素敵な子達です。

 

「フフフ、何勘違いしているんだい? これはほんのプレリュード(序曲)さ。ここからボクたちの物語を紡いでいくんだからね。まだまだトキには頑張って貰うよ」

「ま、まだ続くんですか……。もりくぼはアイドル辞めたいですけど……。でも、コメットなら、そんなに悪くないかもです……」

「そうです! ここからがスタートですよ。朱鷺さん」

 そんなことを言いながら四人で抱き合って笑いました。皆とても光り輝いています。

 

 そのうち犬神Pがこちらへやってきました。

「今日は本当に素晴らしいライブだった! 不安と緊張に耐えてよく頑張った、感動した!」

 彼はそう言って涙目になっていました。Pの貴方が一番感動していてどうするんですか。

 泣きたいのはこっちですよ。全くもう(怒)。

 

 

 

 デビューミニライブは本当に楽しかったです。

 人から注目して見て貰えることがこんなにも楽しいとは思いませんでした。特にアンコールの時なんて、ドーパミンとアドレナリンの放出が凄まじかったです。どっばどばです。

 私は意外と自己顕示欲が強い人間なんでしょうか。今まで薄汚れた裏街道を爆走してきたので、ついぞ気付きませんでした。

 これほど楽しくてやりがいのあるお仕事は、他にはなかったです。

 

 あれ? もしかしてこれって、私が前世の時から探し求めてきた『やりがいのある理想の仕事』なんでしょうか?

 ……いやいやいや、ありえないでしょう。だって私、累計年齢50歳のオジサンですよ?

 でも、今までのお仕事では決して得られなかった達成感と充実感と感動に包まれています。

 もう否が応にも認めざるを得ません。今明かされる衝撃の真実! ですね。

 

 私の天職は『アイドル』です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第10話 邂逅

 ミニライブの後は、CD購入者を対象としたサイン会でした。

 時間までしっかり休んで体調を整えた後、サイン会場に移動しました。CD購入者は四人のうち一人を指名して、指名された人がCDのジャケットにサインをする形式です。

 全員のサインが欲しいのなら四枚買わなければいけないという集金システムですが、前世でよく見られたA〇B 4〇等の握手券商法よりはあくどくないでしょう。

 

 とはいっても、正直コメットは無名もいいところなのでCD購入者はそう多くありません。

 新人アイドルの発掘に熱心なアイドルファンや、私達四人の友人・家族が購入者の多くを占めていました。ただ、それ以外の方にも結構売れたので良かったです。

 アイドル活動について知られたくないので級友はライブに呼んでいませんでしたが、家族は来てくれていたのでお父さんとお母さんと朱莉にCDを購入してもらいました。家族相手にサインなんて何だか小っ恥ずかしいです。

 

 

 

 そのうち、先ほどアンコールをして頂いたふくよかな初老の男性がCDを持参されたので笑顔でサインをしました。既に他の三人のサイン入りCDを手にされています。

「ああ、ありがとう。今日はたまたま通りかかったんだけど、君達のライブはとても良かったよ。まだまだ荒削りだけど、光るものがあった」

「ありがとうございます!」

 腰をしっかりと曲げ、敬礼の姿勢をとりました。こう言って頂けるお客様は本当に大切にしなければいけません。

 

「君も、素晴らしかったと思うよ」

 褒めて頂きました。恐らくダンスのことを言っているのでしょうね。流石は『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』です。

「ありがとうございます。ダンスは大の得意なんです」

「いや、確かにダンスも良かったけども、なんと言っても君はとても楽しそうだったから。こっちまで楽しい気分になれたな」

「……そんなに、楽しそうに見えましたか?」

 ある程度自覚はしていましたが、目に見えてわかるくらいだったのでしょうか。

 

「そりゃあもうね。まるでアイドルが天職みたいな感じだったさ。僕もアイドルの子達は結構見てきたけど、君みたいな子はとても珍しいよ」

「そうですか。そこまで顔に出るタイプではないと思っていましたが……」

「顔と言うか、全身からそんなオーラを出していた。正に私の歌を聴け! って感じだったね」

 滅茶苦茶恥ずかしいです! 恥ずかしさのあまり顔から火を噴き出しそうです。ビームのような闘気なら本当に出せるんですけど。

 

「346プロさんの『コメット』で、メンバーは七星君、二宮君、森久保君、白菊君の四人だね。よおし、ちゃんと覚えた。歳を取ると記憶力が衰えてしまうから嫌なもんだ」

「ああ、そのお気持ちよくわかります」

 歳を取ると人の名前が中々覚えられなくなるんですよね。そのせいで営業をやってた時は顧客と下請けの担当者の名前を覚えるのが結構大変でした。

「いや、君はまだ若いじゃないか。……ははっ、中々面白い子だね。それじゃあ、また」

 彼はそう言って颯爽と去っていきました。コメットとしてああいう優良なファンの方を増やしていかなければいけません。これから頑張りましょう。

 

 

 

 その後、CDを手にしたピンク髪のギャルがこちらに近づいて来ました。

「やっほ★ お疲れ様っ!」

「あれ、美嘉さん? どうしてこちらに?」

「たまたま近くで撮影やってるから、ちょっと様子を見にきたよー」

 

 城ヶ崎美嘉さんは同じ346プロダクションの先輩さんです。

 カリスマギャルとして非常に人気が高く、ライブだけでなくファッションモデルのお仕事も数多くこなしている超売れっ子です。

 何かとコメットの事を気にかけて頂いており、見かけによらずとても優しくて良い子です。私と同じピンク髪で姉キャラという共通点があるため、個人的にも仲良くして頂いています。

 

「コメットを代表して、朱鷺のサインちょーだい♪」

「その、わざわざ買って頂かなくても、CDなら後でお渡ししますけど……」

「ダメダメ! それじゃ売上になんないじゃん。せっかくのデビュー曲なんだから、バーン! と売れた方がいいっしょ★」

「……本当に、ありがとうございます」

 人の情けが身に沁みます。CDに丁寧にサインをして、美嘉さんにお渡ししました。

 

「さっきスタッフさんからライブのビデオ見せてもらったけど、超ノリノリだったじゃん! 目立ちたくないってあんなに言っていた子と同じ子とは思えないよね~」

 そう言って悪戯っぽく笑いました。

 うう、またそのネタですか。私の中の羞恥心がアクセル全開ノーブレーキで海へダイブです。

「やってみたら、意外と楽しかったので……」と正直に告げました。

 

「ヘヘ、でも良かったよ。遠慮してて損したらバカらしいし、ライブなんて楽しんだ者勝ちなんだからさ!」

 素敵な笑顔でそう言ってもらえると、何だか救われた気になりました。

「色々と気にかけて頂いて、本当にすいません」

「気にしなくていいって! 莉嘉がいるからコメットのみんなは妹みたいに思っちゃうんだよ」

「そうなんですか。一度莉嘉ちゃんに会ってみたいです」

「じゃあ、今度連れてくるね~。ってヤッバ、休憩時間もうオワリじゃん! それじゃ!」

 

 そう言って美嘉さんは慌ただしく戻っていきました。ご自身も忙しい中フォローをして頂き本当に有難いです。

 莉嘉ちゃんは美嘉さんの妹さんで、何回か写メを見せてもらいましたが活発な感じでとても可愛い子でした。なんとなく朱莉に似ていますし、字も一字同じなので妹のように思えます。そのうちお会いしてみたいですね。

 

 

 

 

 暫くして暇になってしまいましたが、今度は大柄で筋肉質な男性が私の方に近づいてきました。黒髪の短髪でアイドルファンにはあまりいないタイプの人です。それでもお客様は神様ですから、購入して頂いたCDにサインし営業スマイルで手渡すと、何やら話しかけられました。

 

「あの……。俺の事、覚えてないスか」と言われましたが、一ミクロンも心当たりがないです。

 一体誰でしょうねと考えていたところ、次の言葉を聞いて完全に固まりました。

巣駆来蛇(スカルライダー)の、元総長です」

「あっ……」

 一瞬、完璧にフリーズしました。

 

 マズい。間違いなく復讐でしょうが考えうる最悪のタイミングです! 普段なら一蹴しますが、この会場で世紀末バスケ(流血沙汰)はできません。

 トラブルになる前に、何とかして闇から闇に葬る必要があります!

 と、とりあえず、どこか適当に秘孔を突きましょう。そうだ、残悔積歩拳(ざんかいせきほけん)(意志と無関係に足を後ろへと進ませる北斗神拳奥義です)がいいですかね! 

 

 そんなことを考えてテンパっていると、元総長が言葉を続けました。

「俺、アイドルとか全然わかんねぇんですけど。今日のライブはなんか、いいと思いました」

 そう言うと、彼は赤い顔をしてサイン済のCDを持って走り去りました。全くもって意味不明な言動でしたが、とりあえずは助かったようです。

「まさかドMさんだったとは、この私の目をもってしても読めませんでした……」

 そんな言葉をついつい呟いてしまいました。

 

 

 

 その後サイン会は無事終了しました。三人はお花を摘みに行ったので、私は先に一人で控え室に向かいます。3回ノックして入ると部屋の中には誰もいませんでした。手前にある安っぽいパイプ椅子に腰掛けます。

 

 少し呆けながら、これまでのことをなんとなく思い返して見ました。

 書類選考騒動から始まり、二次面接での号泣、コメットの初顔合わせ、レッスン、各メンバーとの交流、そして初ライブ。

 11月初旬の頃の私に「YOU、約2ヵ月後にはアイドルデビューしてるから!」といったら、一体どんな顔をするでしょうか。想像もつきませんね、ははは。

 

 そんなことを考えて少し笑っていると、私の正面に『彼女』が突然現れましたので、「お久しぶりです」と言い一応会釈をしてみました。

「そうだね。こうやって直接会うのは14年ぶりかな。僕は君のことをずっと見ていたけど」

 二度目なのでそこまで驚きはしないですけど、北斗神拳をもってしても察知できないとか、本当に人外なんですね。いや、この力自体彼女のものですから当たり前ですか。

 

「感動の再会早々にストーカー宣言とかドン引きです。今更何しにきやがりましたか?」

「おや、冷たいねぇ。せっかく初ライブ大成功のお祝いを言いにきたのに」

 そういって彼女は「うけけけけ」と笑いました。その姿は14年前に一度見たきりですが、全く同じ背格好です。私を現世に生まれ変わらせた神様が、目の前にいました。

 

「生まれ変わり後に面白い事態になるとはあんまり思っていなかったけど、まさかまさかまさか、君が美少女アイドルデビューとはね! 流石の僕も全然予想できなかったよ!」

 この言葉は意外でした。私はてっきり神様がお膳立てしたものと踏んでいたのですが。

 

「はて、私がアイドルになったのは、貴女が仕組んだ事じゃないんですか?」

「いいや違うよ。僕がやったのはせいぜい、君の頭を少しいじって、ささいな能力をくっつけて、超適当に選んだこの世界(アイドルマスター)に放りこんだだけだ。後はあの子達をちょっと強化したくらいで、それ以外は野となれ山となれで成り行きのままさ。僕は、君達人間の自主性を何よりも尊重しているからね」

 

「頭を、いじったとは?」

 この神様、とてつもなく恐ろしい事をさらっと言いました。

「元の君はあの武内P(プロデューサー)みたいにクソ真面目で、正直あんまり面白いキャラじゃなかったからね。思考ベースを女性的にすると同時に、ユーモアを足してドジっ娘属性を付与してみたんだ。ちなみに戻せって言われても戻さないよ」

「なんて事を……。どうして私をそんなに困らせるんですか!」

「まあまあ、そんなに怒らないで。それに君が持つ本質や歪みには一切手を加えていないから問題ないって」

 

 開いた口がふさがりませんが、戻さないと断言された以上諦めるしかないでしょう。まぁ今の私の性格はそれなりに気に入ってますから、別にいいですけど。

 どこかにチェーンソーでも落ちてませんかね。アレさえあれば神様でもバラバラにできそうな気がするんですが。

 そんなことを考えていると、彼女はベラベラとしゃべり続けました。

 

「ともかく、計画通りではなく成り行き任せだからこそ、こんなに面白いライブが見れるんだよ。君も、君の仲間も、単独の力ではこの舞台に立てなかったし、そもそも立とうとすら思わなかっただろう。

 人間は互いに影響し合い、高め合い、単独の力では成し遂げられないことをやり遂げてしまう。これは、僕みたいな存在には到底真似できない最強の能力だよ。やっぱり人間には無限の可能性が詰まっているね!」

 そういって神様は逆立ちしながらケタケタと笑いました。こんな感じでも結構深いことを考えていたようですが、私にとっては超どうでもいいです。

 

 なんだか和やかムードになってきましたが、これはまたとない好機です。このままの軽~いノリで私の14年間の悩みをサクッと解決してもらいましょう。

「そういえば、折り入ってご相談があるんです♥」と言って両指を組み、得意の営業スマイルで切り出しました。

 

「わかってるよ。性別と能力のことだよね。僕はその可愛い姿の君の方が断然好きだから、男には何があっても、絶対に、100%誓って、死んでも戻さないけど、能力の方は考えてあげるよ」

「本当ですか!?」

 前のめりで神様に詰め寄りました。正直なところどちらも望み薄だと思っていたので、能力だけでも消してもらえれば助かります。

 

「消したり、オンオフを付けたりはしないけど、別のヤツとの交換には応じてあげなくもないよ。そうだね、じゃあ孫悟空と同じ能力はどうだい?」

「今とあまり変わりませんし、はちゃめちゃが押し寄せてきそうなので勘弁して下さい。異星人や人造人間等と戦うアイドルなんて、巨大ロボットに乗って戦うアイドルくらい需要がありません。後ライブ中に急に金髪になったらアイドル史上最大の事件になります」

「僕的には斬新なライブパフォーマンスだと思うけどなぁ。なら黄金聖闘士(ゴールドセイント)は? 君の星座に合わせてあげるよ」

「……私の星座は蟹座なんですよ。デスマスク(蟹座の黄金聖闘士)さんは星座カースト制度上、ダントツの最弱なので却下です。やられ声が『あじゃぱー』とか何なんですか、あれ。まだトキの方がマシです」

「じゃあ、コブラ」

「ヒューッ! 漢としては憧れますが左手のサイコガンは本当に許して下さい。お願いします! 何でもはしません」

 

「なんだいなんだい、最近の若者は贅沢だねぇ」

 そう言って神様は膨れっ面をしました。ちょっと可愛いです。

「はいはい、お婆ちゃん。いい加減80年代の少年ジャンプからは離れましょうよ。あの時代は色々とバイオレンス過ぎますので、まんがタイムきららなんていかがでしょうか。それに私は累計年齢50歳のオジサンなんですけど」

「嫌だよ。だって僕は今日の君達のライブのような、友情・努力・勝利のベッタベタな王道を往く80年代少年ジャンプが大好きだからね。それにこんな可愛い姿で言っても全然説得力ないよ~」と言いながらスカートをめくってきたので慌てて止めます。

 他愛もないことを言いながら、一人と一柱は共に笑い合いました。まさか、こんな風に神様に軽口を叩ける日が来るとは思いませんでしたね。

 

「しかし、ライブ中の君は何とも楽しそうだったなぁ」

 神様目線からもそう見えましたか。その言葉に対し素直に「ええ」と応えます。

「アイドルが君の天職?」

「非常に残念無念ですが、どうやらそうみたいです」と言って軽く笑いました。

 彼の孔子は晩年に『五十にして天命を知る』という名言を残しましたが、その天命がアイドルだなんて大爆笑必至ですよ。自分のことながら草を禁じ得ません。

 

 しかし、前世ではやりがいのある理想の仕事を探して数十社転職してかすりもしなかったのに、現世では一社目で引き当てるなんて皮肉なものです。

 単発一回目で一点狙いのSSRゲットとか某重課金音ゲーも真っ青な幸運っぷりです。アイドルなんて職業、前世では百万回引いても当たるはずがなかったんですけど。

 

「そうかい。……それは、本当によかった」

 意地の悪い神様は、珍しく優しげな口調でこう言いました。こちらの調子が狂うので、そういうセンチメンタルなのは止めてほしいです。お涙頂戴の三文芝居は別の世界線でやりましょう。

 その後暫し雑談しましたが、神様は唐突に「そろそろ失礼するよ。あまり長居しても悪いしね」と言いました。別にぶぶ漬けを出す(帰れと言う)つもりはないんですけど。

「あらあらもうお帰りですか。ではその前にぱぱっと能力を消し……」と言った私の口を、神様は人差し指で遮りました。

 

「それはダメ。あの力は前世で散々苦労した君への特別な贈り物なんだからね。あっそうだ、君がトップアイドルになったら考えてあげないこともないかな」

「えぇ……」

 この神様ま~たとんでもないことを言い始めました。私みたいなドブ川がトップアイドルとか、それこそむーりぃーに決まってるじゃないですか。核ミサイルが落ちて世紀末が来ない限りありえません。

 私の困り顔を見て、神様はいつものように「うけけけけ」と笑いました。

 

「それじゃあね。記念すべき君のファン第一号として陰ながら応援しているよ。

 ああ、それと君は気付かなかったかもしれないけど、僕は心から笑っている君の笑顔が、困り顔と同じくらい大好きなんだ!」

 

 

 

 次の瞬間には、まるで最初からそこに何もなかったかの様に消えていました。

 こんな口説き文句を残して行くなんて、ああ見えて意外とシャイなんでしょうか。急に現れたり消えたり本当に天邪鬼な神様です。

 性別を変えたりとんでもない能力を押し付けたりするなんて、何てドSな女でしょうか(怒)。

 

 でも、荒みきった前世の私の心は、そんな神様の気まぐれのおかげで本当に救われたのです。

「……最高の家族と、仲間と、お仕事を得る機会を与えて頂き、本当にありがとうございました。意地悪だけど優しい優しい神様さん」

 そう呟いて、私は暫くの間、誰もいない空間に向かって深々とお辞儀をしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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裏語① とある社員の深夜残業

裏語は主人公以外の視点となります。本話は本編第3話と第4話の間のお話です。
オーディション応募、採用やプロジェクトについての裏話的な番外編です。
第1章のネタバレを強く含みますので、先にそちらをご覧頂くことを強くお勧め致します。
ほのぼのコメディ成分は薄めで若干シリアスなので、苦手な方はブラウザバックをお願いします。


 殆どの照明が消えた会社内で、自席の電灯とパソコンのモニターが煌々と輝く。

 今日は終日面接だったので、日中やらなければならない仕事が夜に後ろ倒しになってしまった。面倒な事務業務をようやく処理し、後はあの子の採用稟議を作成するだけとなっていた。

 

 その前に一旦休憩とした。犬神と書かれた自分のネームプレートを机の引き出しに閉まった後、自室を出てオフィス内の自動販売機に向かう。愛飲しているエナジードリンクを購入し、真っ暗な休憩室のベンチソファに浅く腰掛けた。

 

 ようやく最後の一人を見つけることができた。今週末が会社から通達されていたタイムリミットだったので、ぎりぎりセーフといったところかな。

 自分の実力的に時期尚早だとは思いながらも、武内P(プロデューサー)に少しでも近づきたいと言う理由から新プロジェクトのPとして立候補したが、既に結構な時間がたってしまった。

 

 武内Pは俺の先輩で、心の師匠とも言える存在だ。

 俺は346プロダクションに入社した当初は音楽事業部への配属を強く志望していた。志望とは異なり新興のアイドル事業部に回された時はどうしようかと途方に暮れていたが、オン・ザ・ジョブ・トレーニングで1ヵ月もの間武内Pの補佐につき、この仕事の基本と魅力を教えてもらった。

 ついでに、警察と警備員への対応の仕方も。

 

 彼は強面で口数が少ないのであらぬ誤解が起きやすいが、実直で誠実な性格で現場からの支持が厚い。悔しいが正直今の俺では彼には及ばないし強力なコネクションもないので、より多くの経験を積んで実力を磨きたいという気持ちが強くあった。

 そのため、この新プロジェクトを成功させて少しでも彼に近づこうとしたんだ。

 

 四人組グループのメンバーのうち、二宮さん、森久保さん、白菊さんの三人は意外な程すんなりスカウトすることができた。

 俺はPとしてはまだまだ経験が浅いが、あの三人はいずれもトップアイドルになる素質を十分に持っていると感じる。ただ、強い個性が逆にその足を引っ張りかねず、単独でその力を完全に発揮するのは難しいと思う。

 支え合える仲間とよき理解者がいるグループでこそ、100%の力で輝けるという確信がある。

 

 浅いなりにPをやってきた俺の持論だが、どれだけ親しくなってもPとアイドルは対等な仲間にはなれないと思う。Pはアイドルを正しい方向に導く灯台にはなれるが、その方向に向かって手を取り合って、並んで向かっていく仲間ではないなと感じる。監督は、選手と一緒に汗を流すことは許されないのだ。

 そしてこのプロジェクトでは、対等な仲間としてあの三人を支え、彼女たちを繋げるまとめ役が絶対に必要だった。

 

 三人目までは順調に勧誘できていたので完全に調子に乗っていたが、メンバー探しはここからが本当の地獄だった。よくよく考えてみれば、そんな都合の良い人材が簡単に見つかるはずはない。

 アイドル志望の子の多くは思春期の難しい年頃の少女で、自己主張が強い。自分が前に出たいと考える子が大多数だし、そうじゃない子も自分の事で手一杯だ。

 他のメンバーに気を配る余裕があり、なおかつ地味で苦労するまとめ役を引き受けられるような子はいなかった。

 

 そんな感じでメンバー探しが座礁しかかっていたところ、先日書類審査にパスした子の母親から俺宛に電話があった。話によると、娘に黙って応募したことを謝罪したいとのことだった。

 親や姉妹や友達が本人に黙って勝手に応募するケースは別に珍しくもないので謝罪はいらないと伝えたが、母親の話を聞いていてその子に興味を持った。

 

 なんでも小さい妹の面倒を含め家の手伝いは完璧であり、学校の成績も学年で必ず三位をキープする優等生で、家族にはとても優しい世界一の娘らしい。だが、逆に家族以外の人には殆ど興味を示さないとのことだった。

 学校の友達も一見仲良くしているように見えて必ず一定の距離を保っており、本当の意味で親友と呼べる存在はいないそうだ。

 

 そして普段はジャージ姿でおしゃれもせず、ぐでたまですら「やべえよやべえよ……」と言って猛ダッシュで逃げ出すほどぐで~っとしているらしい。

 もしくは、ガチギレしながらレトロゲームのRTA(リアル・タイム・アタック)をやったり、さきイカや鮭とばをつまみながら死んだ魚のような目でB級映画を鑑賞していたり、テレビの競馬中継を見ながら黙々とガンプラを作っているとのことだった。

 

 正直『お前のような女子中学生がいるか』と思った。こんなのゲームやプラモ等が好きなただのおっさんじゃないか。干物娘を通り越して既にミイラ化している。もし事実なら親が心配するのも当然だろう。

 

 俺だってこんな娘がいたら、ちゃんと就職や結婚ができるのか不安で夜も眠れなくなるはずだ。

 顔写真を改めて見ると一見寡黙で清楚な深窓の令嬢と言った感じで、14歳には見えない美少女だったので、まるでイメージが違う。

 

 その子の両親は彼女に対し、友達と仲良くなったり外の世界に出て行ったりするよう必死になって何度も繰り返し説得したそうだが「大丈夫大丈夫。ヘーキヘーキ」と鼻で笑って全く取り合おうとしていないらしい。

 このままでは取り返しがつかなくなる可能性が非常に高いので、ショック療法として半ば無理にでもアイドルになってもらい、色々な人と交流して社交的になって欲しいとのことだった。

 

 その子の母親は「娘のためになるのなら、私はあの子から深く恨まれても構いません」と言っており、結構思いつめた様子だった。噂に聞く毒親のように娘の人生を私物化している訳ではなく、純粋に心配をしている様な印象を受けた。

 そのあたりの事情は家庭内でよく話し合って解決した方が良いのでは? と思ったが、同年代の他の子にはない強烈すぎる個性が光っており、唯一無二なキャラクターだったので、予定通り面接に進んでもらうことにした。

 

 

 

 そして二次面接試験となったが、面接前にその子の母親から「娘には自身の履歴書を見せておりません」との連絡があった。

 何でも事前に履歴書を見せてしまうと完璧な想定問答を作り上げ、つまらない返しをして面接に落ちようと必死に頑張るらしい。その偽りの仮面を粉々に叩き割って素の彼女を表に引きずり出すためにもアドリブで受けさせるという。

 

 その子の母親はおっとりとした口調でとても優しい印象だったのでギャップを感じたが、やはりお医者様ともなるとこれぐらいの抜け目の無さは備えているものなのだろう。

 ちょっと可哀想ではあったが、こちらもその方が個性を知ることができるので、特に反対はせず予定通り面接を開始した。

 

 面接室の中から「次の方どうぞ」と声をかけると、ノックの後きっちりとした所作で入室して俺に一礼し、そのまま着席した。顔写真ではわからなかったがかなり背が高く、上品な感じの美少女だった。

 

「初めまして、こんにちは。私は346プロダクション アイドル事業部の犬神です。本日は貴重なお時間を頂きありがとうございます」と言って軽く会釈した。

「七星朱鷺と申します。こちらこそお時間を割いて頂きありがとうございました。本日はよろしくお願い致します」

 そう言って笑顔で返してきた。七星さんの母親が言っていたような人物とは到底思えなかった。

 

 その後、履歴書に従っていくつか質問をした。趣味とか明らかに罠だろうと思われる内容も多数含まれていたが、七星さんは決して笑顔を崩さず理路整然と回答したので驚いた。これぐらいアドリブが利けば、輿水さんの様にバラエティでも活躍できるかもしれない。

 大人びていてしっかりしているので性格に問題はないように感じたが、少し気になる点があったため履歴書以外の質問をしてみた。

 

「それでは次の質問です。もし、他人と貴女の家族のどちらかの命しか助けられない場合、貴女はどうしますか」

「家族を助けます」

「他人の方はどうします?」

「見捨てます」

「……助けようとは?」

「助けられないという前提でしたので全く考えませんでした。申し訳ございません」

 家族を優先するのは人間として当然だが、他人を見捨てると笑顔で躊躇なく言い切るのはだいぶドライだなぁという印象を受けたので、もう少し突っ込んで聞いてみた。

 

「その他人が一人ではなく一万人でも、家族の命を優先しますか?」

「はい。家族と他人では比較する対象にはなりえません。私は私の大切な三人の家族を助けます」

 

 こういう質問では、例え家族を優先するにしても、普通はほんの僅かでも迷ったりするものだ。せめて、他に助ける方法はないかとか、その一万人はどんな人なのか等の疑問は涌くだろう。

 未成熟な中学生の女の子であればなおさらだが、彼女は一遍の迷いもなく『なぜこの人はそんな当たり前のことを訊いてくるのか』といった感じで返してきた。

 

「では、お母さんと妹さんのどちらかの命しか助けられない場合、七星さんはどうしますか」

「どちらかしか助けられないなんてありえません。私なら二人とも助ける方法を、この命に懸けて必ず見つけ出します」

「それでも、どちらか選べと言われたら?」

「……私には選ぶことはできません。ただ、一人で逝くのはとても寂しかったので、私は亡くなる方と一緒に逝きます。この命はおまけみたいなものですし」

 七星さんはそれまでの笑顔を崩し哀しそうな表情を浮かべて答えた。なんでおまけと表現したかその真意はわからなかったが、自分の命を軽く見すぎだ。命は投げ捨てるものではない。

 

「それでは、どちらも他人だったとしたらどうします?」

「命は平等なので、コイントスか何かで決めます」

 家族の時の回答とは大違いだ。七星さんは他人の事には関心がないが、自分の事を本当に慕ってくれたり心から愛してくれる人は文字通り命を懸けて護るのだろう。確かに、七星さんの母親から聞いたとおりだった。

 その後の志望動機トラップでの号泣で、愛情のバランスが偏っていることを再確認した。

 

 

 

 先ほど少しネットで調べてみたが、幼少時に両親から無視されたり、過酷な労働環境で長い期間働いていたりすると、精神的に不調になってしまうことが多いらしい。

 しかし、七星さんの母親と話していても家庭に問題はなさそうだし、働いている訳もないので、なぜ彼女の愛情のバランスに偏りが生じているのかがわからない。

 

 俺は精神科医ではないので只の妄想でしかないが、たぶん彼女は人から拒絶されることを何よりも恐れているのだと思う。そのため、他人に対しては一定の距離をとろうとするのだ。そもそも、関わり合わなければ拒絶すらされないのだから。

 

 一方で、家族の様に自分を拒絶せずに愛してくれる人に対しては、常人の二倍や三倍以上の愛情を以って接するのだろう。これが七星さんの本質ではないかと勝手に推理してみた。要は、人一倍愛情に飢えている臆病な女の子なんだ。

 

 七星さんの存在はかなり異質だ。ある種の『毒物』と言ってもいい。しかし『毒も転ずれば薬になる』と言う言葉もある。

 だからこそ七星さんを新プロジェクトに上手く巻き込めれば、家族と同じようにグループの仲間を深く愛し、仲間のために調整役として一生懸命働き、仲間から愛される存在になれると思う。

 

 七星さんがグループの皆を仲間と認定してくれるかという心配は確かにある。だが、あの三人は皆とても優しくて真っ直ぐな子達なので、七星さんの事を好きになってくれるに違いない。だから七星さんもその好意に全力で応えようとするだろう。

 俺は昔から人を見る目に関しては少しだけ自信がある。あの四人ならウマが合いそうな気がするから、きっと上手くいくはずだ。

 

 また、七星さんは役割を与えられると、任せられた役割を果たすよう全力で取り組むらしい。

 だからグループのリーダーに任命し、皆をまとめて積極的に引っ張っていってもらう予定だ。

 都合がいいようだが、七星さんにはあの三人の間を上手く取り持つ役割を果たして欲しい。

 

 それにどんなに苦しくても、悲しくても、生きる上では家族以外の愛も必要なんだ。

 あの三人や他のアイドルと交流して仲良くなったり、ファンから暖かい応援を受けたりすれば、七星さんが抱える歪みは自然と解消されるかもしれない。

 なにしろアイドルとは『人から愛される仕事』なのだから、七星さんにとって正に天職だろう。そして愛してくれる仲間やファンの期待に全力で応えるに違いない。

 

 七星さんにはアイドル活動を通じて、彼女が本来持っている真っ直ぐな「愛をとりもどせ!!」と言ってあげたい。いや、これは俺の勝手な妄想なので心の中にしまっておこう。

 グループに巻き込んだ以上、俺も担当Pとして精一杯七星さんの支援をしていかなきゃな。

 

 

 

 でも本当に四人目が決まってよかった。何しろ今週迄に決まらなかった場合、新プロジェクトを永久凍結させる予定だったのだから。

 失敗が確実なプロジェクトに将来有望なアイドル候補を巻き込むわけにはいかない。

 といってもこれは当初『()()()()()()()()』が正式稼動する前の先行試験として立案された重要プロジェクトだ。自己裁量でのプロジェクトの延期によって既に試験としての役割を失ったため、今西部長が庇ってくれなかったら懲戒処分も十分にありえた。

 その上永久凍結なんてやらかしたら、ただじゃ済まないだろう。

 

 一応俺のクビ(依願退職)と引き換えに、今担当している子達とあの三人を他の部署の有能なPに引き継いで貰おうと思って色々と裏工作していたが、杞憂に終わって何よりだ。

 どうせ一度は死んだ身。死ぬ気になって働いて彼女達を必ずトップアイドルに導いてみせる! と改めて誓い、自分のオフィスに向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご一読頂きありがとうございました。
主人公は『トキ』という名を冠したキャラクターなので、当然の権利のように病んでましたという補足回でした。
不評でなければ第2章も投稿予定ですので、お付き合い頂ければ幸いです。


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裏語② 被害者Aの熱い自分語り

本話の関連話は4話と10話になります。哀れな被害者が語る箸休め的な軽い小話です。
第1章のネタバレを強く含みますので、先にそちらをご覧頂くことを強くお勧め致します。



 全国制覇。

 今から考えると本当に馬鹿げていたが、それが当時の俺の夢だった。

 

 俺の居場所なんてどこにもなかった。適当に入った工業高校は入学早々先公がムカついたんで、にやけた顔面をぶん殴ってやったらすぐに退学させられた。

 ボクシングジムも小煩(こうるさ)い先輩をちょっと小突いてやったら出入り禁止だ。俺からするとどいつもこいつも貧弱すぎた。

 家にはくたびれたオヤジに、辛気臭い顔のオフクロ。どっちも腐ってやがると思ったもんだ。

 本当に全てがクソつまんねぇ。だから、自分で居場所を作った。

 

巣駆来蛇(スカルライダー)

 それが、俺が作った新しい家──暴走族だった。最初は俺だけのチームだったが、俺の様にどこにも行き場のない不良達が集まっていった。俺は初代総長として、そいつらの(ヘッド)を張った。

 気に入らない奴の顔面に自慢の拳を叩き込んで言うことを聞かせていったら、更に規模がでかくなっていった。ひょっとしたら俺達で天下を取れるんじゃねえか、そう誤解するくらいにな。

 だが、あの日全てが終わった。あの『ピンクの覇王』が、俺の家・プライド・面子の全てを一瞬で破壊し尽したんだ。

 

 

 

巣駆来蛇(スカルライダー)を今週中に解散しなさい。あと、今後一切の暴走行為を止めなさい」

 定例集会前に変な女が突然乱入してきて慇懃無礼(いんぎんぶれい)にそう言った。珍しいピンク色の髪で結構背が高く、物静かな感じのスゲェ美人だった。

 制服なので多分高校生だろうか。どこかの令嬢の様な清楚な感じで、俺が普段接しているようなギャル女共とはだいぶ毛色が違っていた。

 

 こいつは自分が何を言っているのか理解しているのだろうかと思った。俺達みたいな奴らに関わったらロクなことにならないと、わからない歳でもないだろうに。

 当然拒否したが、その後に言った言葉の方がもっと訳がわからなかった。

 

「ではこうしましょう。貴方、私と一対一で決闘して下さい。貴方達はそういう男っぽいのが好きでしょう? それで私が勝ったら、さっきの二つの命令を飲んで下さい。仮に私が負けたら、私に何でもして頂いて結構ですよ」

 女子高生から決闘を申し込まれたのは、もちろん生まれて初めてだった。

 しかも負けたら自分を好きにして良いとか抜かしてやがるので、その時は完全に()められているんだなと考えたさ。

 

 勝ったからって別にどうこうするつもりはなかったが、俺も巣駆来蛇(スカルライダー)の看板を背負っている以上ガキ──しかも女子高生なんかに喧嘩を売られたとなったら、イモ引く(逃げる)訳には行かなかった。

「面白れぇな姉ちゃん。別にあんたには興味はねぇが、女にコケにされたら漢として下がれねぇ。わかった、やってやんよ!」

 そう言って決闘に応じた。寸止めしてやりゃ泣いて逃げ出すだろうと軽く考えていたんだ。

 今から考えれば『なんて無謀なことをしたのか』とぞっとする。無知は罪とは正にこのことだ。あの時の俺をぶん殴ってでも止めたい。

 

 

 

 そして決闘と言う名のヤンキー解体ショーが幕を開けた。

 俺は開始早々この拳をアイツの顔面目掛けて放った。俺の左ジャブはボクシングジム内でも一目置かれていたし、路上の喧嘩において絶対的な武器だった。仲間からは『猛虎の牙』なんて呼ばれていて、俺も相当な自信を持っていたんだ。

 当たる直前のタイミングで止めてやればいいかなと考えていると、左腕が急に動かなくなった。

 

 気付くと、俺の左拳は至極(しごく)あっさり(つか)まれていた。

 

 訳がわからなかった。プロボクサーや当時対立していた別の暴走族の女特攻隊長ならまだしも、こんな枝の様に細い女がヘビー級の俺の拳を軽々と受け止められるはずがないんだ。

 『理解不能』というアラームが頭の中で鳴り響いている最中、ピンクの覇王が冷酷無比な笑みを浮かべた。地獄の底でなければ見られない様な凄惨(せいさん)を極めたあの笑顔は、今でも夢に出てくる。

 

──その後のことは、殆ど覚えていない。人間には嫌な記憶やトラウマを自動的に封印する機能があると以前テレビでやっていたが、この時の記憶が多分そうなんだろう。

 かろうじて、バスケットボールみたいに上下に何度もドリブルされた様な記憶が残っている。

 俺の体が何であんな風に弾むのか理解できないがな。

 

 何にしても強さの次元が違った。俺があと数十年ただひたすらに鍛えようがピンクの覇王の足の爪の先にすら届かない、そう思うくらいに圧倒的な差があった。

 アイツは人間と同じ姿形はしているが全く別の生物だ。俺が戦闘力5の農夫ならピンクの覇王はラディッツ、いやブロリーだろう。

 この時点で、俺のプライドは二度と修復することが出来ないくらいバキバキにへし折られた。

 猛虎の牙なんて根元から全て引っこ抜かれちまったんだ。今やマンチカンにも劣るくらいさ。

 

 目が覚めると擦り傷だらけで、しかもパンツ一丁になっていた。

 慌てて服を着るとチームの皆が全員ブッ倒れていたので急いで介抱した。気を失っていただけで誰も怪我はしていなかったので、安心したことを憶えている。

 

「おい! 大丈夫か、何があった!」

「ビ、ビーム……」

 仲間達が真っ青な顔をしてそんなうわごとを呟いていた。落ち着かせて詳細を訊いたところ、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』との話だった。皆その光に焼き払われたらしい。

 

 もう、何がなんだか、無茶苦茶だ。

 馬鹿馬鹿しいから説明するまでもないが、小学生でも知っているとおり人間は空中浮遊しないし手からビームを出すこともできない。例え天地がひっくり返ってもだ。

 恐らく恐怖で錯乱(さくらん)して、何かしらの集団幻覚を見たのだろうと思った。全員精も根も尽き果てており、もう暴走する気力なんてなかったので、その日はなし崩しで解散したような記憶がある。

 

 家に帰り、全身にできた擦り傷の痛みに耐えながらふとスマホを開くと、見知らぬアドレスからメールが届いているのに気付いた。

 先ほどピンクの覇王にやられた時と同じ位の時間に来ており、猛烈に嫌な予感がしたので急いで開くと、口にするのも(はばか)られる光景が飛び込み絶句した。

 

 女子高生とは、他人に対して、ここまで無慈悲になれるのだろうか。

 

──その30分後、 俺はLINE上に設けた巣駆来蛇(スカルライダー)のグループでチーム解散と暴走行為の禁止を宣言した。正に断腸の思いだったさ。

 この時、巣駆来蛇(俺の家)と面子も木っ端微塵(こっぱみじん)に粉砕されたんだ。

 その後、ピンクの覇王とメールのやり取りをした。

 

 

 

『あんたの言うとおり、今解散した。バイクも売るつもりだ。だから写真消せ』

『そうですか。これからは真面目に地道に生きて下さいね。それでは』

 

『ちょっと待てよ』

『なんです? あの写真は今消しましたよ。もう貴方に用はありませんが』

 

『あんたのせいで、巣駆来蛇(スカルライダー)もプライドも面子も全て潰れた。何もかも失っちまった。

 こんなになっちまって、俺は何の為に生まれてきたんだ。これからどうすればいい?』

『wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』

 

『馬鹿にしてんじゃねぇ!』

『申し訳ございません、大変失礼致しました。

 不意のご質問のため、辺り一面、緑萌える草木豊かな大草原になってしまいました。あと少しで小さな家まで建設されそうな勢いでしたよ。噴き出したお茶を返して下さい、後掃除して下さい。

 さてお客様、弊社にお問い合わせを頂きましたご質問の件ですが、そんなこと私は知りません。私は貴方のお母様ではないのですから。

 世間様は他人にはとても冷たいのです。極獄(きょくごく)のブリザードであり貴方の質問には何一つ答えてくれないのです。

 ただ、笑わせて頂いたお礼として一つアドバイスしますが、まず独力で生きることです。平日の夕方に集会をしていたくらいですからお優しいご両親に養って頂いているんでしょう。その時点でまだお子様です。こういう哲学的で高尚な質問は子供には百年早いのです。

 まずは、自分で稼いだお金でちゃんとゴハンを食べられるようになった後に、これからを考えましょう』

 

『別に親の(すね)なんて(かじ)ってねえし』

『図星ですか。おやおや、その立派な体躯でまだお母様の乳房に吸い付いているとは情けないですね。メタルギアソリッドに出てきた、有効視野範囲がガバガバなゲノム兵並みの情けなさです。

 私が貴方くらいの歳の時には、ヘドロの様なブラック企業で血と汗と涙と鼻水と(よだれ)まみれになりながら不眠不休で働いてましたよ』

 

『あぁ? 舐めてんのか! わかった、やってやんよ。自立なんて朝飯前だ』

『見た目の通り結構気概があるじゃないですか。いいですよ、その意気です。はみ出し者仲間及び人生の大先輩として生暖かく応援していますから、精々頑張って下さいw』

 

 

 

 ピンクの覇王に煽られ、俺は働いて一人暮らしをすることに決めたが、そこからが大変だった。

 一人で暮らすためにバイクを売った金でアパートを借りようとしたが、どの不動産屋も保証人が居ないことを知ると怪訝(けげん)な顔をしたし、俺の職業(無職)と学歴(高校中退)を聞いたとたん門前払いだった。今考えりゃ当たり前だがな。

 アイツに見得を切った手前親は頼りたくないので、仕方ないから住み込み可な建設会社に入ったが、ありゃ住み込みと言うよりタコ部屋だ。

 体力には自信があったが、苛酷な労働環境で毎日全身がバラバラになりそうだった。

 一人で生きることの大変さがその時になってようやくわかったんだ。

 

 悔しいがピンクの覇王の言う通りだった。結局そこを一週間で脱走し、両親に頼んでアパートの保証人になって貰い別の建設会社に就職した。

 今の会社の社長は金髪オールバックでやたら偉そうだが、結構いい人なので上手くやっていけている。いつもタンクトップで将来は師匠の為に巨大な墓を建てたいという謎の夢を語っているが。

 ともかく、巣駆来蛇(スカルライダー)をやってた時は全国制覇だの何だの言っていたが、結局俺は一人で生活することすらできないクソガキだったんだ。

 

 ピンクの覇王のサイヤ人並みの強襲は正に悪夢としか言いようがなかったが、おかげで全国制覇なんていう馬鹿げた夢から早く目を覚ますことができ、人生を浪費せずに済んだ。

 オヤジとオフクロも俺の更正と社会復帰を大層喜んでおり、アイツのことを『救世主』だなんて(あが)(たてまつ)っているが、死神の間違いだろう。

 まぁこれはこれで良かったのかなと無理やり思い込もうとしていた頃、かつての巣駆来蛇(スカルライダー)の仲間から電話があった。

 

「大変です! あのピンクの覇王が芸能事務所に……!」

「お、おい、ちょっと落ち着けよ」

 詳しく話を聞いてみると、()()()()()()()()()()()()()()()()()とのことだった。思わず部屋のカレンダーを見たが、当然4月1日ではない。

「はは、お前何言ってんだ。あの化物がアイドルとか、ぜってぇありえねぇだろ……」

「いや、本当なんです! ネットで検索してみて下さい!」

 最初は悪い冗談だろうと笑い飛ばしてたが、346プロダクションという芸能事務所のホームページに掲載されているとの話だったので一応覗いてみると、あの悪鬼羅刹(あっきらせつ)が確かにそこにいた。

 

 『七星朱鷺 14歳の中学二年生で~す♥ コメットのリーダーで、皆のお姉さん的な存在なんです! 皆さん、よろしくお願いしますね♪』

 

「…………は?」

 

 『理解不能』というアラームが再び頭の中で鳴り始めた。全世界探しても、お前の様なドブ川系アイドルが居るか!!

 しかも14歳!? 人生の大先輩とか言っといて俺より三歳も下じゃねぇか!? とも思ったさ。

 あれだけの力と残虐性と凶暴性を持ちながら、なぜアイドルなのかが全く理解できない。アイドルよりも悪魔超人の方がまだイメージに近いくらいだ。お前が目指すべきものは格闘技世界チャンピオンだろうが。

 いや、アイツほどの力があったら何でも可能だ。俺が目指した全国制覇でさえも。それをこんなことに使うとは、後悔しないのか……。

 

 

 

 ホームページには週末に某大型商業施設でデビューミニライブをやると書いてあったので、一応様子を見に行ってみた。

 ミニライブが始まると、確かにピンクの覇王がそこにいた。他の可愛い女達に混ざって、新人のアイドルに上手く擬態しながら初々しく振舞っているが絶対に騙されてはいけない。アイツの本性は黒い汚水で満たされたドブ川なのだから。

 

 そしてライブが始まった。

 俺はアイドルのライブなんて生まれてこの方見たことがなかったので、あのライブが他のアイドルのライブと比べて良いのか悪いのかは判断できない。

 ただライブ中、あのピンクの覇王はなんか楽しそうに見えた。

 巣駆来蛇(スカルライダー)の集会に乗り込んで来た時の鬼気迫る感じとは全く違い、心の底からライブを楽しんでいる様子で、そんな姿に思わず引き込まれてしまった。本性はドブ川の癖に。

 ぎこちないところもあったが、楽しげな姿から比べたらそんな些細(ささい)なことは吹っ飛んだ。スゲェ熱いライブだと心から思ってしまった。

 その後他の観客と一緒にアンコールまでやってしまったが、今から考えると何とも恥ずかしい。

 

 ミニライブの後はCDの購入者を対象にしたサイン会だった。声をかけるべきか散々迷ったが、ここまで来た以上逃げるのも男らしくないので、CDを購入し意を決してピンクの覇王のところに向かった。

 アイツの目の前に立ち、「あの……。俺のこと、覚えてないスか」と声をかけると、きょとんとした様子だった。以前は金髪でピアスをしていたので、わからないのも無理はないだろう。

巣駆来蛇(スカルライダー)の、元総長です」と言うと、「あっ……」と短く返事があった。一応覚えられてはいたようだ。

 

 何でアイドルをやっているのか、写真は本当に消したのか、メールでのアドバイスへの感謝等、色々言いたいことはあったが、いざ面と向かうと上手く言葉が出てこない。

 そのうちなぜかとても嫌な予感がしたので、頑張って何とか声を絞り出した。

「俺、アイドルとか全然わかんねぇんですけど。今日のライブはなんか、いいと思いました」

 そんなことを言うとなんだか急に恥ずかしくなったので、その場から猛ダッシュで逃げ出した。

 

 

 

 その後ピンクの覇王を少しずつメディアで見るようになったので、出演情報は一応全てチェックしている。アイツだって絶対に適正がないであろうアイドルを頑張ってやっているのだから、俺も頑張って働いて人生の目的を見つけなければならない。

 

 それと、あのドブ川を応援する奇特な奴は中々いないだろうから、一応ファンになってやろうと思った。

 なんというか、アイツは俺と似たものを感じる。見かけこそ深窓の令嬢(笑)だが、この社会に上手く馴染めずにはみ出していた底辺が持つ、特有の雰囲気を持っているんだ。

 そんな奴がリア充や生まれついての勝ち組だらけの芸能界で、アイドルとして成功したら傑作だと思う。そんなジャイアントキリングを是非見てみたい。

 

 かつての巣駆来蛇(スカルライダー)の仲間にも声をかけているが、あの幻覚の際に感じた幸福感が忘れられない奴が多いようで、俺が言わなくても自ら進んでファンになっている。皆、目が怖いので心配だが。

 ピンクの覇王こと七星朱鷺がこのままアイドルに擬態するのか、それともその本性を見せるのかはこれからわかるだろう。まぁどっちに転んでも応援してやるさ。 本当のファンなら売れる前や落ち目の時にこそ応援しなくちゃいかんしな。

 

 今日の郵便で届いたプラスチック製のカードを眺めながら、そんな昔のことをふと思い出した。そのカードにはこんな文字が刻印されている。

 

 『コメット オフィシャル・ファンクラブ会員証 No.00334 虎谷(とらたに) (たけし)

 

 

 

 

 

 

 



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第2章 アイドル生活&大暴走編
第11話 女子中学生の日常


「桑田君の好意はとても嬉しいですけど……。今の私は仕事が恋人なので、お気持ちにお応えすることは難しいです。本当にごめんなさい」

 純真無垢な乙女の表情でこう言い放ち、とても申し訳なさそうに頭を深く下げました。

 

「……まぁ、しゃーねーよな。確かに今はカレシどころじゃねーか。なんかゴメンな!」

「本当にすいません。ずっと仲のいいお友達でいて頂けると嬉しいです。それとCDを買って頂けるともっと嬉しいです」

「おお、いいぜ。それじゃな!」

 

 桑田君は一度も振り返らずに、放課後の校舎から立ち去りました。男らしく潔い態度には好感が持てます。野球部の主将ですから、私なんかより断然素敵な女性と巡り会えるでしょう。彼の将来に幸あることを祈ります。

 その姿が消えるまで見送った後、体内OSで『清楚モード』を一気に解除します。ちなみに清楚モードは私の理想とする女の子らしい女の子を演じるためのモードです。ただ、いかんせん中身がドブ川なので最長一時間しか持たない欠陥システムです。

 

 全く、死ぬ程面倒くさいです。『アルテリオス』や『じゅうべえくえすと』(どちらも超のつくクソゲーです)のRTA(リアル・タイム・アタック)並みに面倒です。

 デビューミニライブから約1ヵ月で彼を含め七人の男子から告白されました。どいつもこいつもアイドルというだけで目の色を変えるのは本当に止めてほしいです。

 

 アイドル活動について学校には事前に許可を頂いていましたが、級友にバレると色々面倒なのでずっとひた隠しにしていました。

 しかし生徒の中に先日のデビューミニライブを見ていた者がいたようで、ライブの翌日から大変な騒ぎとなってしまいました。

 

「七星さん、アイドルになったってホント!? すごーい!」

「しかも346プロダクションでしょ? あの城ヶ崎美嘉ちゃんとか高垣楓さんがいる凄い事務所だよね。今度サイン貰ってきてよ!」

「ライブやるなら声かけてくれればいいのに。今度いつライブやんの? ウチら絶対行くから!」

「ていうかぁ~、アタシもアイドルになりたいんだけどぉ~」

 

 女子達に尋問を受けましたが、もはや「……はは」という乾いた笑いしか出ませんでしたよ。

 男子もこちらをチラチラ見てくるのは勘弁してほしいです。そっちの趣味はありませんので。

 

 心の師匠(吉良吉影)の目標でもある『激しい喜びはないが、それでいて深い絶望もない、植物の心のような平穏な人生』を目指し、常に三位を維持して目立たないよう頑張ってきたのに台無しです。

 今まではスクールカースト(学校内階級制度)の『中の中』から『中の上』あたりをコウモリのようにフラフラしていましたが、一気に『上の上』まで押し上げられてしまいました。

 

 挙句はこの告白ラッシュです。中学生でもおじいちゃんでも、男には少なからずプライドというものがあるので、それを傷つけないように振るのは中々神経を使います。

 私も元は男性ですから、勇気を振り絞って告白してきた男子を無碍(むげ)にはしたくありません。私はゲイではないのでお付き合いする気は絶無ですが、彼らが心に深い傷を負わないよう、最大限気を使ってあげたいのです。

 それに、雑な振り方をしてアンチやストーカーにでもなられたら厄介ですしね。まぁストーカーでしたら刺される前に返り討ちにしてあげますけど。

 

 また、それ以上に女子との調整が大変でした。油断していると人の男を奪ったとか根も葉もない噂を流されかねません。スクールカースト最上位にいるギャル達のご機嫌を上手く取るのには骨が折れました。自称サバサバな女性ほど粘着質なのはなぜなのでしょうかね。

 ビジネスなら損得で大体解決できるからいいですけど、彼女達は正に感情で動くので非常に予測がし難いのです。とりあえず一番の有力者とは話を付けられたので一安心でした。

 

 アスカちゃん達が通っている私立中学校は346プロダクションと提携しているので、このあたりのサポートは充実しています。ですが私が通っているのは普通の公立中学校なので、自分の身は自分で守らなければいけません。

 

 本日は2月3日です。コメットにとっては非常に大切な日なんです。

 桑田君のおかげで時間を取られましたので少し急がなければなりません。学校を出て346プロダクションに行く前に一旦家に寄りました。

 

 

 

「おねーちゃん、おかえりー」

「ただいま、朱莉」

 家に着くと朱莉が駆け寄ってきました。今日もとても可愛いです。レッサーパンダ並みの愛くるしさです。

「あ、お邪魔しています」

「お邪魔……です」

 ほたるちゃんと乃々ちゃんが既に来ていました。事前にお願いしていたとおり、朱莉が迎えてくれたようですね。流石私の妹、できる女です。姉より優れた妹はここに存在するのです。

「あら、いらっしゃい」と笑顔で返しました。

 

「荷物を冷凍庫と冷蔵庫から出しますので、ちょっと待ってて下さい」

 そう言って事前に準備していたものを手際よく取り出します。結構な量で私一人で持っていくのは難しかったため、二人に協力をお願いしたのです。

「どれを持てばいいでしょう?」

「ほたるちゃんはこちらのビニール袋をお願いします。乃々ちゃんはあの箱を運んで下さい。箱の方は中身が崩れやすいので、衝撃を与えないよう注意して下さいね」

「はい!」

「もりくぼ……、責任重大です……」

 そして重い荷物は私が持ち、電車で346プロダクションに向かいました。

 

 

 

 346プロダクションに着くと、レッスンの前にコメットのプロジェクトルームに向かいます。

 先日のデビューミニライブが成功したことで、コメットの社内待遇はある程度改善しました。

 デビューライブでアンコールをして貰えたグループは346プロダクション内でもあまりいなかったらしく、一定の評価を頂いたのです。まだまだダメプロジェクトの汚名は返上できていませんけれどね。

 そんなこんなで、念願のプロジェクトルームが与えられることになりました。

 

 プロジェクトルームといっても、殆ど使われてない資料室を与えられただけなので大したことはありません。日の光が当たらない地下一階なので、闇属性の私に対する皮肉なのでしょうか。それでも専用の個室があるというのは気分が良いものです。

 埃だらけで掃除が大変でしたが全然苦になりませんでした。コメットと犬神Pの五人で頑張ったので、今ではピカピカです。

 

 流石に家具類や電化製品を買う費用は会社から出してもらえなかったので、犬神Pの冬ボーナスを贅沢に使い、おねだん以上ナトリと新製品が安いカーズデンキで一通り揃えました。

 彼も有意義なお金の使い方ができたためか、感動の余り男泣きをしていましたよ(笑)。

 

 お仕事の方は少しづつですが頂けるようになりました。他のアイドルのバックダンサーやライブのピンチヒッター等の地味目なお仕事が中心ですが、手を抜かずしっかりやっています。

 お仕事においては信用の積み重ねが大事です。小さな仕事を満足にこなせない人に大きな仕事が来る訳はないのですから。

 

 先日はアスカちゃんと一緒に、346プロダクションの提供で放送している『マジックアワー』というラジオ番組に出させて頂きました。マジックミニッツというトークコーナーでアスカちゃんが物の見事に中二病を発症したので、あわや放送事故でしたね。

 黒歴史を持つ(元中二病の)方々には特大ダメージだったようです。ラジオのスタッフの中にも悶え苦しんだ方がいらっしゃいました。

 

 私個人としては、美嘉さんの(すす)めもありオーディション経由でモデルのお仕事をいくつか頂きました。『黙ってさえいれば深窓の令嬢なのにねぇ……』と親しい方からはよく言われますので、コンサバ(お嬢様)系ファッションモデルとして一定の需要があるようです。普段はジャージなんですけど。

 ギャル系ファッションモデルの美嘉さんとは競合しないのが良かったです。もし競合したら私には万に一つの勝ち目もありません。

 

 ファンの方も少しづつですが増えていっているようです。コメットのオフィシャルファンクラブもやっと立ち上がり、第一陣で三百人強の方々にご入会頂きました。

 これから頑張ってどんどん会員を増やしていかなければなりませんので、まずは一万人を目指して行きましょう。

 ただ、私個人のファンにはガラの悪い方が多いような気がするのですが、気のせいでしょうか。

 

 そんなことを考えながらプロジェクトルームに入り、持ってきた荷物を冷蔵庫にしまいました。常温保存で大丈夫なものや余興のための品々はアスカちゃんにばれないよう隠しておきます。

 その後、三人で普段どおりレッスンに向かいました。

 

「やぁ、おはよう」

「おはようございます、アスカちゃん」

「……今日は三人一緒なのかい?」

「はい。偶然そこで会いました」

 アスカちゃんが怪訝(けげん)な顔をしましたが、あえて気にしません。そうしていつもどおりレッスンをこなしました。

 

 

 

サンクチュアリ(聖域)で待機?」

「ええ、後で呼びますので、それまで待っていて下さい」

 今日はレッスン後ティータイムを中止とし、寮部屋で待つようアスカちゃんにお願いしました。

「全く、キミたちは何を企んでいるのかな……?」

「それは後のお楽しみということで」

「まぁ、いいさ」

 おおよその察しはついているでしょうが口には出しませんね。内心ドキドキだと思うと、とても可愛く思えます。

 

 アスカちゃんの待機中、大至急で準備を始めました。

 私は冷蔵庫から荷物を取り出して、電子レンジで暖めたり紙皿に盛り付けたりします。ほたるちゃんと乃々ちゃんはプロジェクトルームの飾り付けを行います。

 数十分後、(ようや)く準備が整いましたので寮部屋までアスカちゃんを迎えにいきました。

 ドアをノックするとアスカちゃんがすぐ出てきます。ちょっと食い気味ではないでしょうか。

「もう、いいのかい?」

「ええ。準備は終わりましたので、一緒に行きましょう」

 

 二人で手を繋いでプロジェクトルームに向かいます。アスカちゃんは気恥ずかしそうでしたが、振り払ったりはしませんでした。そうするうちに、プロジェクトルームの前に到着します。

「さぁ、ドアを開けて下さい」

「……気乗りしないな」と言いながらも、彼女はおそるおそるドアを開けました。

 

 

 

 部屋に入ったとたん、「パァン!」と軽くはじける音がプロジェクトルームに響きました。

「飛鳥さん! お誕生日、おめでとうございます!」

「……た、たんじょうび、おめでとう。……飛鳥ちゃん」

 クラッカーに仕込まれた火薬の匂いが漂います。

 

 部屋には『15歳のお誕生日おめでとう』の横断幕が飾られています。また、カラフルな紙細工により楽しさとおめでたさを小憎らしく演出しています。

 そしてテーブルの上には、私が用意した様々なごちそうが所狭しと並べられていました。中央には乃々ちゃんに運んでもらった特製の特大ホールケーキが鎮座しています。

 材料費は全額犬神Pに出させましたので(ぜい)の限りを尽くしています。キャビアなんて普段食べる機会はないですから丁度良かったですね。これも先行投資と考えれば安いでしょう。人件費を請求しないだけまだ有情です。

 

「お誕生日おめでとうございます。アスカちゃん」

 本日はアスカちゃんの十五回目の誕生日でした。コメットとして当然誕生日会をやろうと思ったのですが、なにぶん相手はこの中二病です。

 素直に誕生日会をやろうとすると拒否される恐れがあるため、サプライズパーティーという形式にしたのです。ただ、その必要はなかったようですね。

 

 アスカちゃんはちょっと固まっていましたが、すぐ正気に戻りました。

「何かな? これは」と言いながら、すまし顔を崩さないように努めています。

「アスカちゃんの誕生日記念のサプライズパーティーです!」

「誕生日……。そうか、ボクのか。ボクは覚えていないんだ。生まれた時のことなんて、覚えているモノじゃない。そんな日を祝うなんて、キミたちは何とも奇特だね」

 中二病的には、誕生日を素直に祝われるのは恥ずかしいようです。

 ですが、アスカちゃんのお部屋にあるカレンダーの2月3日欄に赤マルが付いていること、私はちゃんと知っているんですからね。

 

「まぁまぁ、いいじゃないですか。今日は素直に祝われましょう」

 そう言ってアスカちゃんを席に座らせます。

「気分を害したのなら謝るよ。キミたちに祝って貰えるのはとても嬉しいさ。だけど、過去のないボクが祝われるというのは、皮肉なものだな」

「でしたら、過去ではなくこれからの未来を祝うということで」

「もりくぼには、飛鳥ちゃんの言葉は難しいけど……。喜んでもらえると、嬉しいです……」

 

 ほたるちゃんと乃々ちゃんも中二病の取り扱いにはだいぶ慣れてきたようです。

 アスカちゃんの表情が少し崩れました。嬉しさを隠し切れないようで微笑ましいです。

「そうだね。過去よりもこれからの未来を祝おう。キミたちとボクの未来を」

「はい。アスカちゃんもコメットもまだまだこれからなんですから。今日はお腹一杯食べて、皆で幸せになりましょう」

 そう言いながら紙コップにジュースを注ぎます。

 

「あ、あの、朱鷺さん。ゲストの方は……」

 ほたるちゃんに言われて思い出しました。危うくスルーして乾杯するところでしたよ。

 咳払い一つして切り出します。

「今日はスペシャルゲストをお呼びしています。まぁ誰だかわかってるでしょうけどね。あんまり言うと私達より目立つから嫌なんですけど」と言ってゲストを招き入れました。

 

「ミスター犬神P(プロデューサー)です!」

「ははは……。皆、おはよう」

 犬神Pが苦笑いで入室して来ました。ちゃんと紹介したんですから別に文句はないでしょうに。

 アスカちゃんに近づき、柔和な笑顔を見せながら語りかけます。

「二宮君、誕生日おめでとう。君の担当Pとして本当に嬉しく思うよ、今後ともよろしくな」

「あぁ、ヨロシク。……このセカイも捨てたものじゃない、かもね」

 アスカちゃんは照れくさそうです。彼奴が来たくらいで喜ばなくてもいいと思いますけど。

 

 その後、ジュースが注がれた紙コップをそれぞれ手にします。

「それではアスカちゃんの誕生日を祝して……」

「乾杯!」と全員で言いました。

 

「では、火をつけますね」と言って、ケーキに刺された十五本のローソクにライターで火を灯していきます。乃々ちゃんに部屋の電灯をいくつか消してもらいました。薄暗い空間の中、ローソクの火がゆらゆらと室内を照らします。

「じゃあアスカちゃん。掛け声の後にフーッと吹いて下さい♪」

 満面の笑みで彼女に振りました。マジックミニッツの時の仕返しです。

「……まさかコレを、ボクにやれと?」

「お誕生日会なんですから当たり前でしょう。皆も期待していますし」

 一名を除いてニヤニヤしています。アスカちゃんは明らかに嫌そうな表情をしましたが、あえて無視しました。

 

「Happy birthday to you!」

「Happy birthday to you!」

「Happy birthday, dear アスカちゃん~!」

「Happy birthday to you!」

「フッ。フーッ」

 皆でお誕生日の定番ソングを歌うと、アスカちゃんはローソクの灯りよりも赤い顔をして火を消していきました。ああ、可愛いなぁ。

 

 そして和やかに懇談(こんだん)が始まりました。手料理の方は前日夜から明け方迄かけて仕込みましたが、喜んで食べて貰えているようで何よりです。私には、その笑顔だけでもう十分でした。これ以上はもうわがままになります。

 友情と家族愛は見返りを求めないのです。既にコメットは私の第二の家族だと言えました。

 家族が増えたよ!! やったねときちゃん!  

 あ、一応犬神Pもペット(番犬)枠で入れてあげています。最近は何だか鬼気迫る感じで営業にまい進していて、雰囲気がやや暗いので少しだけ心配です。

 

 

 

 一旦外に出て、お花を摘んでからプロジェクトルームに戻ろうとしたところ、動物っぽいパーカーを着た小さな女の子が物陰から部屋の方をじ~っと見つめていました。

「仁奈ちゃん、おはようございます」

「あ、朱鷺おねーさん。おはようごぜーます!」

 そう言ってぺこりと頭を下げてきました。

 

 自称キグルミアイドルの市原仁奈(いちはらにな)ちゃんは9歳で346プロダクション最年少のアイドルです。ただ、社歴と芸歴は私より長いので小さな先輩さんです。

 彼女を見ていると、前世の幼少期頃の私を見ているような感覚に陥るので不思議なんですよね。

 なぜか放っておけないのです。

 

「どうしましたか?」

「何だかあの部屋から楽しそうな声が聞こえるので、気になったんでごぜーます」

「ああ、今日はアスカちゃんの誕生日なので、誕生日会をやっていたんですよ」

「そうなんですか! それはおめでてーですね。コメットのお姉ちゃん達はとっても仲が良くて、うらやましーですよ」

 

 仁奈ちゃんもアスカちゃんの誕生日を祝ってくれました。ちょっといいことを思いついたので、彼女に問いかけます。

「仁奈ちゃんはこれからご予定はあるんですか?」

「特にないでごぜーます。ママが迎えに来るまでヒマしてるです」

「じゃあ、アスカちゃんの誕生日会に来てもらえませんか?」

 仁奈ちゃんは何だかとてもびっくりした感じでした。

 

「仁奈はコメットじゃないですけど、いいんでごぜーますか?」

「はい! 祝ってくれる人が多ければアスカちゃんも喜ぶでしょうし」

「じゃ、じゃあ、喜んで参加するですよ!」

 可愛い笑顔で承諾してくれました。犬神Pがコメットの他に担当しているアイドルの『依田芳乃(よりたよしの)さん』『村上巴(むらかみともえ)さん』『三好紗南(みよしさな)さん』『池袋晶葉(いけぶくろあきは)さん』『楊菲菲(ヤオ フェイフェイ)さん』『ライラさん』も後でサプライズゲストとして誕生日会に参加頂く予定なので、一人増えても問題ないでしょう。

 

 しかし、あの御犬様はアイドルを見る目だけは本当に確かなんですよね。全員彼がスカウトしたそうですが、いずれもコメットの三人に負けないくらい個性があり魅力的な子達です。私のように個性の薄いアイドルは逆に浮くので困ります。

 犬神Pが年上好きで本当に良かったですよ。もしロリコンで担当アイドルに手を出していたら、去勢も辞さない構えでしたから。

 

 

 

 その後は他のアイドルも合流し寮の門限までドンチャン騒ぎでした。ゲーム(桃鉄とボンバーマン)大会も盛り上がりましたね。ただ、騒がしすぎて途中で千川さんに怒られてしまいました。

 心臓が凍りつくくらい恐ろしかったので、もう二度と彼女を怒らせないようにしましょう。

 

 正直なところ『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』を持ってしても千川さんに勝てるかどうか怪しいと感じるのです。

 なんかこう、経済的に破滅させられそうな恐怖感が拭えません。とても親切で優しい方なのに、なぜかこの能力が強烈な警告を発しているのです。

 それでも消費者庁なら……、消費者庁ならきっと何とかしてくれる……! ような気がします。

 

 これが私とコメットの日常です。結成から早三ヵ月ですが、結束力は他の追随を許しません。『負ける気せぇへんコメットやし』といった気分です。

 ただ、他の面では課題が山積みです。その中でも一番の課題は知名度でしょう。

 デビューミニライブは成功でしたが、他のアイドル達と比べてメディアへの露出が圧倒的に不足しています。コメットが成功するには、まず世間様に私達のことを知って頂く必要があります。

 

 そうはいっても、短期間で急に知名度を高めることは難しいです。

 裏技を使えば出来なくはないですが、『過程』を飛ばして良い『結果』だけ手に入れようとするのは私の主義には反しますし、たいていロクなことにならないので止めておきます。

 例え歩みは遅くても一歩一歩地道に実績を積み重ねていって、いつの日か人気アイドルグループになりましょう。

 

 

 

 コメットにとっての死兆星(死を告げる星)ともいえる『あのプロジェクト』が水面下で絶賛進行中であることを知らなかった当時の私は、そんなふうにのんきに考えていました。

 

 




歌詞が載っているので心配される方がいるかもしれませんが、「Happy birthday to you」の歌は国内における著作権が切れており、ハーメルン様の禁止事項には該当しないことを確認済です。


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第12話 登山家 VS エベレスト

「~~~~~♪」

 サプライズパーティーの翌日、いつもの通り学校から346プロダクションに直行します。

 昨日はとても楽しくて今日も何だか気分がいいので、懐かしい『バスト占いのうた』をついつい口ずさみながら更衣室へ向かいました。

 同性に対する恋愛感情はありませんが、前世の影響からかアレには結構関心があります。

 

 女性のことを胸のお山の大きさで判断してしまうのは良くないです。大きいお山、小さいお山、みんな違ってみんないいんです。

 ただ、小さいお山をステータスやら希少価値だと自分から誇る子はあまり好きではありません。小さいお山は本人がそれをコンプレックスに感じているからこそ、価値があるのです。あの青髪はそれがわかっていません。

 

 ちなみに私のお山はEカップに近いDカップです。最近急激に成長していますが、自分の胸部にくっついていると違和感しかないので困ります。使い道もありませんし。

 あまり大きいと動き難くなるので、できれば72cm程度に減らして欲しいです。まな板みたいでとても動きやすそう。

 

「ふあっ……!」

 更衣室から何やら短い悲鳴が聞こえました。慌てて突入しようとしたところ、お団子髪の美少女と入れ違いになります。

 そのまま更衣室に入ると、ほたるちゃんが胸を隠してうずくまっていました。

 

「どうしました!? 大丈夫ですか!」

 慌てて声を掛けます。どこか具合でも悪いのでしょうか。そうだとしたら一大事です!

「い、いえ、大丈夫です。ちょっとびっくりしただけで……」

 ほたるちゃんは苦笑いをしながら立ち上がりました。どうやら体調が悪い訳ではなさそうなのでほっとします。

「何があったんですか?」と優しく問いかけましたが、なんとなく察しはついていました。

「棟方さんに急に触られて……。すこしびっくりしちゃって……」

 予想通り、彼女が原因ですか。すれ違ったときに満面の笑顔でしたからね。

 

 

 

 棟方愛海(むなかたあつみ)さんは私と同じ346プロダクションのJCアイドルです。

 部署は違いますがコメットの皆と同年代の14歳で、妹っぽい感じがする正統派美少女です。『黙って座ってさえいれば』と言う限定条件がつきますけど。

 

 棟方さんは可愛らしさとは裏腹に、かな~りぶっ飛んだ性癖を持っています。具体的にいうと、女の子のやわらかい部分が超大好きなんです。特に女性特有の二つのお山には目がありません。

 アイドルになった動機も『女の子といっぱいお友達になれる!』という下心以外の何物でもないものでして、筋金入りと言っていいでしょう。

 そして隙さえあれば女の子と濃密なスキンシップを図ろうとしてきます。

 

 幸いな事に普段は元看護士でアイドルの柳清良(やなぎきよら)さんが棟方さんの保護者(飼い主)的な存在となり、彼女が暴走しないよう上手く制御(しつけ)しているのですが、現在柳さんは紀行番組のロケで四日ほど前に海外へ旅立たれていました。

 

 そのため今まで蓄積してきたフラストレーションが一気に大爆発し、棟方さんの担当P(プロデューサー)ですら制御不能な状態となっています。

 所構わず誰彼関わらず、もう触りまくりの揉みまくりです。可愛らしさとコミュニケーション能力の高さで許されていますが、普通の人が棟方さんと同じことをやったら速攻でお縄でしょう。

 

「ボクもこの間触られたよ。髪の毛を触られるよりはマシだけど、気分が良いとは言い難いな」

「もりくぼも、もまれまくりました……。ぺったんなんですけど、楽しいんでしょうか……?」

 レッスン後ティータイムでも棟方さんの事が話題に上がりました。どうやら三人共被害にあったようです。おのれ何とも羨まし……、もといけしからんです。

 

「朱鷺さんも気をつけて下さいね。さっき触られた時、棟方さんは『コメットもあとは朱鷺ちゃんでコンプだ~!』と張り切っていましたので……」

「そうですね、気をつけます」

 棟方さんには346プロダクションに所属したての時に色々とアドバイスを頂いたので、あまり事を荒立てるつもりはなかったのですが、淫獣と化した先輩を何とか止めなければいけません。

 

 それも、棟方さんが千川さんに喧嘩を売って強烈なトラウマを植え付けられる前にです。

 私が柳さんに代わり登山の厳しさを教えてあげましょう。私の能力は凶悪なので普段は日本銀行の金庫くらい厳重に封印していますが、今回ばかりは仕方ないです。

 

 

 

 翌日、346プロダクションの中の更衣室で着替えていると、棟方さんの気配を察知しました。右から四番目のロッカー内から彼女の気を感じますので、そこに潜んでいるのでしょう。

 本人的には上手く隠れているつもりでしょうが『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』の前では全くの無意味です。

 棟方さんを誘い出すために、わざと彼女に背を向けました。

 

「いっただきまーす♪」

 棟方さんは気配を一気に解放し──扉を勢いよく開け私の後ろ姿に躊躇なく躍り掛かりました。

 恐らく勝利を確信していたでしょう。

 しかし、その両手は虚しく空を切りました。

 一体何が起きたのか、把握できなかったと思います。

 周囲の子達も、理解できなかったでしょうね。

 

──私は棟方さんの背後に(たたず)んでいました。

 

「へ?」と素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げましたので、両手で棟方さんの視界を(さえぎ)ります。

「半人前の技では私は倒せませんよ……」と優しく、かつ、ドスの利いた声で語りかけました。

 女に目のくらんだ女の背後をとること等、たやすいことです。

 

「えええぇぇー!?」

 ひどく動揺しているのが背後からでもわかります。

 柳さんや体育会系のアイドルの皆さんならいざ知らず、私のような明らかに文化系な女に避けられるとは思っても見なかったのでしょう。

「あ、甘く見てただけだからっ!」

 私の手を振り払い、捨て台詞を残して走り去って行きました。まだ諦めた訳ではなさそうです。

 

 

 

 レッスン後はプロジェクトルームで女性週刊誌(センテンススプリング)を読みつつ(くつろ)ぎました。棟方さんをおびき寄せるためドアを全開にし外から見えるところに座っています。念のためコメットの三人には部屋の外に出て貰うようにお願いしたので、私以外に人はいませんでした。

 

 棟方さんが部屋の外でこちらの様子を伺っています。少し距離があるためそこからだと私に触れることはできないのですが、何を企んでいるのでしょうか。ちょっと楽しみですね。

 ステンバーイ……ステンバーイ……と待機している中、風切り音と共に何かが疾風の如く飛んできました。

 ただ、私には『放たれた矢も止まって見える』程度の動体視力があります。

 雑誌を読みながらその物体を二本の指で軽く受け止め、飛んできた方向に超スピードで投げ返しました。

 

──これぞ北斗神拳奥義 『二指真空把(にししんくうは)』です。

 

「はぁーん!」という可愛い悲鳴がプロジェクトルームの外から聞こえました。

 声のした方向にテクテクと歩いていくと棟方さんがうつぶせで倒れています。その手には小型の吹き矢らしきものが握られていました。

 確認したところ彼女のお尻に吹き矢の矢が刺さっていました。恐らく、逃げ出そうと背を向けた瞬間に二指真空把(にししんくうは)で投げ返した矢が刺さったようです。

 

 棟方さんは気持ちよさそうな顔で眠りに落ちていました。ごく小さな矢なので血は出ておりませんが、流石にこんなものが刺さった状態ですやすや眠る人はいないので、強力な睡眠薬でも塗ってあったのでしょう。

 恐らく、柳さんの部屋から無断で睡眠薬を拝借したんだと思います。吹き矢は忍者系アイドルの浜口あやめさんが所有していたので、彼女から借りたのかもしれません。

 

 私を昏睡させてからゆっくりとお山を堪能するつもりだったのでしょうが、『策士策に溺れる』とはこのことですね。

 まぁ普通、吹き矢の矢が瞬時に反射されるとは思わないでしょうけど。

 

 このまま放置していると風邪を引きかねないので、お姫様抱っこで寮へ連れて行きます。所持品の中から鍵を探し出して彼女の部屋の扉を開け、ベッドに寝かしつけました。

 棟方さんは黙っていれば美少女ですから、これに()りて無差別セクハラは止めて欲しいですね。そんなことを考えながら室内を一通り物色し、部屋を後にしました。

 部屋内の様子を語るとR-18に成りかねないので、コメントは差し控えさせて頂きます。

 

 

 その翌日も、通常通りダンスレッスンをこなしました。トレーニングウェアから制服に着替えるため、廊下を抜けて女子更衣室に向かいます。

「朱鷺おねーさん。おはようごぜーます!」

 笑顔の仁奈ちゃんがトコトコとこちらに近づいてきましたので、「おはようございます。仁奈ちゃん」と優しく返します。

 そうすると、仁奈ちゃんが急に抱き付いてきました。

 

 この可愛い生命体は一体何なんでしょうかね。『まったく、小学生は最高だぜ!!』という名言が頭の中でリフレインしています。僅かに残った理性を必死に保ちつつ、仁奈ちゃんに事情を訊いてみました。

 

「あらあら、急に抱き付いてどうしたんですか、仁奈ちゃん?」

「こうすると、朱鷺おねーさんがとっても喜ぶと教えられたんでごぜーます」

 誰だか知りませんがナイスでーす。

「そうなんですか。一体誰がそんな素敵な事を?」

「愛海おねーさんです!」

「えっそれは……」

 その瞬間、全てを悟りました。

 

 次の瞬間、棟方さんが「油断したね!」と叫びつつ獣のような俊敏さで跳びかかってきました。ほのぼのしすぎて彼女の接近を察知できていませんでしたよ。淫獣の眼光がギラギラと輝いていて怖いですねぇ。

 避けることは容易ですが、仁奈ちゃんに下腹部を拘束されているので、下手に動けば怪我をさせてしまうかもしれません。

 この状況下を切り抜ける技はアレしかないでしょう。

 

「……無想転生(むそうてんせい)

 そう呟くと、私は仁奈ちゃんの拘束をすり抜けて彼女を抱き抱えました。そのまま、棟方さんのルパンダイブを華麗に回避します。

「あが!!」

 棟方さんはそのまま重力に魂を引かれて自由落下し、廊下の床に熱いキスをしました。

「な、なにが……」と、ぶつけた鼻を押さえながら驚愕しています。

 

「油断? なんの事でしょうか? これは『余裕』というものです」

 『仏の顔を三度まで』という名セリフ(ブロント語)がありますが、私は仏様ではないので三度も許すつもりはありません。

 ただ女性を殴打する趣味は持ち合わせてませんので、ここは某グルメな貿易商さんをリスペクトしてアレを使いましょうか。

「おしおきターイム!」と満面の笑顔で言い放った後、棟方さんにアームロックを仕掛けました。もちろん十二分に手加減していますので痛くはないはずです。

 

 ちなみに先ほど使用した技が北斗神拳究極奥義──『無想転生(むそうてんせい)』です。

 この世で最強の物は無。その無より転じて生を拾うことで、誰もその実体を捉えられなくなる。

 また、意思を持たぬことで拳の姿を消し、防ぐ手立てのない無想の拳を放つ。

 正に攻防一体の究極奥義です。

 

 深い哀しみを背負った者のみが成しうると言われており、本来なら『北斗の拳』のケンシロウとラオウしか使えない技なのです。あと『蒼天の拳』の霞拳志郎(かすみけんしろう)もその片鱗を覗かせていました。

 私に与えられたのは『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』なので、当然無想転生(むそうてんせい)はできないと思っていました。ですが保育園児の時に遊び半分で適当に試したら、ごく普通にできたのです。

 

 どうやら前世での辛い体験により、知らず知らずのうちに深い哀しみを背負っていたようです。

 原作では強敵(とも)との戦いを通じて習得する展開が胸熱だったのに、こんなドブ川が軽い感じで使えてしまって大変申し訳ない気持ちになりますよ。

 しかも偉そうに解説しましたが、自分でもこの技の原理がどうなっているかよくわかりません。現世では原作が存在しないので調べようがないのです。体感で十数年前に読んだきりなので、その知識はもうあやふやですし。

 

 とりあえず半透明人間状態で無敵になれるということは理解しています。

 スーパーマリオでスターを取った状態が近いかもしれません。こう表現すると究極奥義もありがたみが全然ありませんね。

 

「ギ、ギブギブ!」

 棟方さんがそう叫んで私の膝をバンバンと叩きました。殆ど力を入れていませんので、ちょっとオーバーですよ。

「それ以上いけねーでごぜーます」

 優しい仁奈ちゃんが慌てて止めに入ったので、素直に棟方さんを解放しました。

 

「はぁ、助かった。仁奈ちゃん、ありがと~」

 そう言いながら、今度は仁奈ちゃんのお山に触れようとしたので止めました。

 まったくこりない悪びれないその姿勢は、悪質なDLC(ダウンロードコンテンツ)商法で有名な某悪徳ゲーム会社さんのようです。

「ちょっとお話がありますので、ご同行下さい」

「はい……」

 棟方さんの首根っこをひっ掴み、プロジェクトルームに連行しました。

 

 

 

「正直、最近の棟方さんはやり過ぎです」

 部屋内でお互いに正座して向かい合い、棟方さんに説教をしました。

「まぁ、自分でもちょっと問題かな~? とは思ってたよ。正直やりすぎたね!」

 テヘッと笑ってペロッと舌を出しました。一応は自覚があったようでよかったです。

 

「でも、朱鷺ちゃんもきっとあたしの気持ち分かるでしょ? でしょ!?」

「私もお山は嫌いではありません。ですが、嫌がる相手のお山に無理やり登るのは言語道断です。本物の登山でも、登る際には登山届を出しておくでしょう? ですから、登る前にちゃんと本人に承諾を頂きましょう。ルールとマナーは大切です」

「うん、わかった!」と言って私のお山にタッチしようとしたので、デコピンで迎撃しました。

 全力のデコピンだと頭部がもげるので、ごく軽くですけどね。

 

 その後は登山前の挨拶について、二人で繰り返し練習しました。

「それでは先ほどの言葉をもう一度です」

「貴女のお山に登らせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「よくできました。はい、どうぞ」

 そう言って、私は自分の胸部を突き出しました。

「え、ホントにいいの?」

「別に減るものじゃないですからいいですよ」

 

 流石に男性相手だと気持ち悪いのでご容赦頂きたいですけど、相手が可愛い女の子なら特に問題はありません。今後の棟方さんのためにも、挨拶の練習の報酬になってあげましょう。

「やったぁ! それじゃわきわきしちゃうよ~♪」と言いつつ、私のお山を両手で鷲づかみにしました。

 

 

 

 『ふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふに』

 

 ははは、なんだかくすぐったいですね。

 

 『ふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふに』

 

 ……………………

 

 『ふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふに』

 

 ん? んん?

 

 『ふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふに』

 

 !!!!!!!!

 

 

 

「ス、ストップ! ストップ! もう終わりです!」

 慌てて棟方さんの手を私のお山から引き剥がしました。もう少しで危うく何かに目覚めるところでした。これ以上やられるとまずいですよ!

「ケチぃ~! やわらかさが、すてき♪ だったのに……」

 抗議の声は聞かなかったことにしましょう。

「でも最高の揉み心地だよ! 14歳でそれなら将来はF、いやGも夢じゃない!」

「……恐ろしい未来予想は止めて下さい」

 

 その後は和やかにアイドルトークと洒落込みます。なぜか及川雫(おいかわしずく)さん(同じ346プロの酪農家アイドルさんです)のお山の話で盛り上がってしまいました。彼女のアレは本当に反則です。

 場末の立ち飲み屋にいるオジサン達のような品のない会話を繰り広げました。お互いにJCで、なおかつアイドルなんですけどねぇ。

 

「でも、346プロダクションの人で、あたしのプロデューサーと清良さん以外にあたしの趣味を理解してくれた子は初めてだよ」

「まぁ、そうでしょう」

 こんな特殊性癖を持つアイドルが至るところにいたら(たま)りませんよ。もしそんな事態になったら実家に帰らせて頂きます。でも人間なんて大抵変態ですから彼女だけが特殊な訳ではないのです。

 

「完璧な人なんてどこにもいません。誰だってどこかおかしいです。人の目を気にすることなく、好きなものを『好きだ』って胸を張って言える棟方さんは、素敵だと思いますよ」

 私の場合、前世の記憶保持と『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』は口が裂けても口外できませんので、自分の気持ちに正直な棟方さんにはちょっと憧れますね。

 誰とでもすぐ仲良くなれる点も羨ましいです。私は基本的に他人を信用しないタイプですから。

 

「……ありがとう、朱鷺ちゃん! いや師匠!」と言って棟方さんが急に抱き付いてきました。

「あの、師匠って何のことですか……?」

「だってお山について私以上に情熱があるじゃん! だから師匠って呼んでいいよね!」

「ダメです」

 即お断りしました。

 それに師匠という称号は、私よりも棟方さんの方が相応しいとなんとなく思います。

 

 

 

 その後、棟方さんは帰国した柳さんにもしっかりとお灸を据えられました。暫くは彼女のP同伴で被害者の方々に謝罪して回る日々だったそうです。

 ちょっと可哀想ではありましたが、自業自得ですから仕方ありません。謝罪が終わった後に慰めてあげましたが、本人は全くへこたれていませんでした。

 またいつか何かをしでかしそうで怖いです。

 

「おはよ~! 先生!」

「……おはようございます、愛海ちゃん。出会い頭に引っ付くのは止めて頂けないでしょうか」

「いいじゃん。減るものじゃないし!」

 私の懸命な説得により暴走状態は収まりましたが、あの日以降やたら彼女に絡まれるようになりました。師匠と言う不名誉な称号は頑張って返上したのですが、なぜか代わりに『先生』と呼ばれています。変わったお友達が一人増えてしまいました。

 

「やっぱりあの二人……」

「前から怪しいと……」

「どこまで進……」

 周囲のひそひそ話が、鋭利な刃物のように胸に突き刺さります。

 人の口に戸は立てられませんが、ただ一つ、声を大にして言いたい。

 

 私、そっちの趣味はありませんよ!

 

 

 



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第13話 チーム年齢詐称

「ただいま~」

 ファッション誌のモデルのお仕事を終えて帰宅すると、通販サイトである密林からの荷物が玄関に鎮座(ちんざ)していました。このサイズの段ボールは『例のアレ』に間違いないでしょう。

 ぃやっほう! と喜び勇んで小躍(こおど)りしながら、自分のお部屋まで持って帰ります。

 

 やや焦り気味に開封の儀を済ませるとお目当てのものが出てきました。

 『EMS-10 ヅダ』──機動戦士ガンダムIGLOO(イグルー)に出てきたモビルスーツのプラモデルです。しかもパーフェクトグレードで、お値段はなんと! 8,190円(税込)でした。高い!

 ざっと中身を拝見しましたがパーツ数が多く、その造形は精緻であり非の打ち所がありません。これはいいものです。あと10年は戦えそうです。

 

 先日、アイドルとしての初給料が出ました。両親からは「自分で稼いだお金なのだから、自由に使ってよし!」と言われたので、検討の末購入したのが家族用の豪華カニ鍋セットとヅダでした。

 初給料でこのようなものを買ったアイドルは有史以来私が初めてであり、最後でしょう。

 

 ジオン軍の欠陥機(敗者の中の敗者)と連邦兵に笑われ(ののし)られながらも、最期に見事な輝きを見せたあの機体は私の心を掴んで離しません。

 ヅダのパイロットであるデュバル少佐の声優さんはトキ(北斗の拳)と同じ方なので、親近感もあります。私も次回散る際には滑稽(こっけい)な過労死ではなく、ああいう有終の美を飾りたいですね。

 

 なにせ私も前世では負けに負け続けた負け犬人生を送ってきましたので、どうも負け組びいきになってしまうのです。人類の歴史は勝者によって作られてきましたので、敗者は常に悪者にされるか歴史から抹消されてしまいます。

 だからこそ、私くらいは負け組の肩を持ってあげたいのです。徳川家康より石田三成、薩長陣営より新選組や白虎隊の方が好みです。

 

 高評価のレビューを見て思わずポチりましたが、最近は仕事で忙しいのでこれを作るのは相当先になってしまうでしょう。こうしてまた積みプラモデルが一つ増えてしまいました。お部屋の一角にある積みプラモデル専用コーナーに飾っておきます。

 

 部屋は自らの心を写す鏡とよく言われますが、ならばゲーム機とガンプラとアイドルのBlu-ray(ブルーレイ)とB級映画のDVDで占領されたこの部屋の持ち主は、一体どんな精神構造なんでしょうかねぇ?『お前精神状態おかしいよ……』と言われても返す言葉が見つかりません。

 しかも至るところに目覚まし時計が仕掛けられているこの環境は、世間様と比べて尋常ではないでしょう。

 

 アイドルとしてお仕事をえり好みする気は毛頭ありませんが、お部屋訪問と寝起きドッキリだけは受けたくないですね。特に後者はリポーターの方を無意識のうちに抹消しかねません(笑)。

 この日はテンションが上がってしまって寝付けなかったので、軽く40kmくらいジョギングをしてから床に着きました。

 

 

 

 わたし、気になります。

 ヅダをゲットした次の日、346プロダクション内に設けられたカフェテリアで紅茶に口を付けながら、そんなことを思いました。

 視線の先には、甲斐甲斐(かいがい)しく働くウエイトレスさんがいます。

 

 安部菜々(あべなな)さん──通称ウサミン。声優アイドルを目指しウサミン星からやって来た永遠の17歳で、趣味はウサミン星との交信。この時点でどこから突っ込んだらいいのか分からないくらい設定が盛りだくさんです。

 そのインパクトは、個性豊かな346プロダクションのアイドルの中でも上位に入るでしょう。ちなみにウサミン星は東京から電車で一時間で名産品は落花生だそうです。某おもしろ半島で確定ですね。

 

 小柄ですがとてもスタイルが良く、笑顔が素敵な女性です。私としてはアイドル業に対する真摯(しんし)な姿勢とプロ意識の高さがとても魅力的に映ります。私が目標とするアイドルの一人です。

 鳥華族での一件以来仲良くさせて頂いており、お互い下の名前で呼び合える仲になりました。

 正直もっと人気が出るべきですが世間様は何とも見る目がありません。何かきっかけさえあれば大ブレイク必至だと思いますので、早くその日が来ることを切に祈ります。

 

 そして私個人としては、彼女に関して一つ気になる点がありました。

 菜々さんは普通のアイドルと匂いが違うんですよね。辛酸を飲み干したというか、苦虫を喰らい尽くしたっていうか……。

 もっとはっきり言うと、苦労と失敗を重ねてきた人特有の匂いがするんです。私の中の負け組力測定スカウターの数字が跳ね上がっていきます。

 まるで全身の傷口に塩水を塗られた『因幡(いなば)白兎(しろうさぎ)』のような印象を受けるのでした。

 

 

 

 その内バックヤードに入って行き、暫くして私服で出てきました。本日の勤務が終わったようで、「よっこいしょ……」と言って椅子に座り休憩をされています。

 カフェテリアの隅で一息吐いている彼女に近づき、挨拶をしました。

「おはようございます。菜々さん」

「あ、朱鷺ちゃん。おはようございます!」

 

 仕事後にも関わらず、嫌な顔をせず挨拶を返してくれました。

「今日はもうお仕事は終わりですか? もしそうならお邪魔してもよろしいでしょうか」

「はい! 全然いいですよ」

 笑顔で受け入れて頂いたので菜々さんの対面に座ります。

 

「明後日のイベントの件、よろしくお願いします。あのようなイベントは慣れていないので、もし不出来な点がありましたら遠慮なく指摘して下さい」

 そう言って一礼します。

「こちらこそよろしくお願いします! ナナも人に指摘できるほどしっかりできている訳じゃないので、何かあったら教えて下さい!」

「ふふっ……。ありがとうございます」 

 二人で笑い合いました。恐らく私が緊張しないように、わざとこういうことを言ってくれているのでしょう。その気遣いが何だか嬉しいです。

 

 明後日は新規開店する某アミューズメント施設(要はゲーセンです)のオープニングイベントがあり、私と菜々さんの二人で司会進行のお仕事を頂きました。

 お店の特徴や魅力をお客様にわかりやすくお伝えしたり、当日ゲストとして来店される大人気の声優さんをご紹介したりするのが役割です。

 トークが中心で歌や踊りがないのは残念ですが、貴重な経験ですので是非やりたいお仕事です。そのうちマジックアワーの司会とかもやってみたいですからね。

 

 今回のお仕事では当初、声優アイドルを目指す菜々さんとゲーマーアイドルの三好紗南(みよしさな)ちゃんが指名されていました。

 ですが紗南ちゃんは既に別の仕事が入っていたため、同じ犬神Pの担当アイドルでレトロゲームのRTA(リアル・タイム・アタック)を趣味とする私が代役を務めることになったのです。

 趣味の件では現在進行形で大恥をかいていますから、こんな役得でもないとやってられません。

 

「でもライブがないのは残念です。菜々さんと一緒にやってみたかったんですけど」

「そう言って貰えるとナナはとっても嬉しいです! 今度機会があったらその時はよろしくお願いしますね!」

 そんなやり取りをしていると、いいアイディアが浮かびました。

「あ、そうだ。菜々さんはこれから用事はありますか?」

「特にないですけど、何でです?」ときょとんとした表情をしました。

 

「ライブが出来ない代わりに、これから二人でカラオケに行きませんか?」

「カ、カラオケですか……。菜々はリアルJKなので、JCの朱鷺ちゃんとはちょっと選曲が合わない気が……」

 顔を引き()らせて動揺しています。永遠の17歳のリアル世代にはちょっと興味があったので、選曲で探りを入れようとしたのですが、かなり警戒している感じでした。

 

「全然構わないですよ。私もカラオケは家族やコメットの皆とでしか行ったことがないので、普通のリアルJCとは選曲が違いますから問題ないです」

 菜々さんは「で、でも……」と呟き、困惑した表情を浮かべました。もう一押ししましょうか。

 

「そうですか……。やっぱり、私みたいな奴とカラオケなんて行きたくないですよね……」

 頑張って涙目にして、ため息をつきながら黄昏(たそが)れました。まるで薄幸の美少女のようです。実際には醗酵の微少女ですけど。

「いや、そんな事ありませんよ! 全然OKです!」

「良かったです♪ では、早速行きましょう」

 気が変わらないうちに346プロダクションの近くのカラオケボックスに強制連行しました。菜々さんって本当にいい人です。

 

 

 

「~~~♪~~~♪」

 菜々さんの熱唱に合わせてリズムよくタンバリンを鳴らします。歌がとても上手なので羨ましいですね。ボーカルレッスンに真剣に取り組んでいることが良くわかります。

 曲が終わった後は激しくタンバリンを揺らしました。菜々さんは成し遂げた感じです。

「ナナの歌はどうでしたか……?」

「とっても素敵でした! 流石リアルJKアイドルです!」

「えへへ、そんなに褒めても何も出ませんよ!」

 和やかムードでお互い笑い合いました。

 

 しかし十八番が『碧いうさぎ』というのはどうなのでしょうか。いや名曲だとは思いますけど、完全に世紀末の頃の曲です。201X年に生きるJKアイドルの選曲ではないでしょう。

 しかも歌っていた方はあんなことになってしまいましたしねぇ。オクスリはダメ、ゼッタイ。

 ただ私も先ほど『ロード 第一章』を熱唱したので人のことは言えません。こちらも歌っていた方はあんなことになってしまいました。悲しいなぁ。

 

 選曲中には色々と雑談をしました。

「ホームページにもありましたけど、朱鷺ちゃんってゲーム好きなんですか?」

「はい。流行のソーシャルゲームではなくてテレビゲームが中心ですけどね。菜々さんはゲームはお好きですか?」

「最近は根気がなくなってきたのでテレビゲームは殆どやってないですけど、昔はRPGとかよくやっていましたよ! 小学生の頃にはFF7・8・9を予約して買いましたし」

「へぇ~そうなんですか」

 盛大に自爆しているのに気付いているのですかね。リアル17歳の小学生時代には既にPS3が存在していたはずなんですけど。

 

 ウサミン星人の詳細についても探りを入れてみましたが「い、いい女には秘密の一つや二つあるものです!」とはぐらかされてしまいました。もう少しで特定できたのに残念です。

 とりあえず永遠の17歳のリアル世代について大体アタリが付けられたので収穫はありました。予想は26で、誤差プラマイ1~2といったところでしょうか。流石に30はないと思います。

 

 その後も00年代前半の懐かしアニソンや『学園天国』『LOVE&JOY』『大都会交響楽』等の世紀末的懐メロがそろい踏みでした。とてもリアルJKアイドルとJCアイドルのカラオケ大会とは思えません。

 まぁ、実際には永遠の17歳と累計年齢50歳(年齢詐称同士)ですから仕方ないです。

 

 しかし、折角この能力があるのに北斗的な歌がないのがとても悲しいです。原作がないので当然でしょうけど、それでも悔しいですね。一応弾き語りで色々と歌えますが、この世界ではオリジナルソングになってしまうので残念です。

 

 最近の曲だと楓さんの『こいかぜ』が大好きですけど、あれは歌唱力がずば抜けた楓さんだからこそ素晴らしいのです。私が歌っても失笑されるのがオチです。

 私のスペックは『Da(ダンス):天下無敵・Vi(ビジュアル):そこそこ・Vo(ボーカル):今後にご期待下さい』というキワモノなので、おうたの方も磨かなければいけません。

 『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』があるからといって、何でもできる訳ではないのです。

 

「それじゃ最後はアレ、いきましょうか」

「そうですね! 346プロダクションのアイドルらしく、アレにしましょう!」

 最後は『お願い! シンデレラ』のデュエットで締めました。いつかステージ上でこの歌を一緒に歌いたいですね。

 とても楽しい時間で、あっという間でした。

 

 

 

「じゃあ、行ってきます」

「ああ、頑張ってこいよ!」

 イベント当日は残念ながら雨だったので、お父さんに車で送ってもらい某アミューズメント施設に到着しました。やはりベ〇ツのSクラスは乗り心地がいいです。VIPなお嬢様気分です。

 

 前世の私が地方で勤務していた時の愛車は、10年落ち10万kmオーバーの激安中古ワ〇ンRでした。あれも小回りが利いて維持費が安かったので気に入っていましたが、高速道路でエンジンブローは勘弁してほしかったです。あの時は死ぬかと思いました。その後死にましたけど。

 

 事前に指定されていた裏口から施設に入ると、既に菜々さんが来ていましたので挨拶しました。

「おはようございます。菜々さん」

「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」

 今日も素敵な笑顔です。

 

 スタッフ用の更衣室で、貸し出されたコンパニオンスーツに着替えました。

 しかし結構際どい衣装です。ゲームキャラっぽい感じでおへそなんて丸出しですし、スカートもかなり短いです。ローアングルで覗かれたら多分見えるので、一応見せパンを履いておきました。

 

 別にパンツを見られても死にはしませんし恥ずかしくもないですが、アイドルとしてのイメージは守らなければいけません。まぁ私のパンツに需要はないでしょうけど。

 ブーツもヒールが高くて歩き難いです。誤って転んで人の秘孔を突かないように気をつけないといけません。以前それをやって殺人未遂を起こしたことが三回程あります。こんな危険なドジッ子は中々いないでしょう。

 

 その後は菜々さんと一緒に、店長さんやスタッフの方とステージ上で打ち合わせを行いました。事前に頂いた台本は完璧に暗記していましたので、実際の動きと合わせて再確認します。

「まずオープニングの挨拶で、それからお店のアピールですよね。それから……」

「オープニングはまず朱鷺ちゃんから話を始めて……」

 一通り確認を済ませると、暇潰しに店内を見て回りました。おっ、あのクレーンゲームの景品はヅダのぬいぐるみじゃないですか。イベント後にプレイしていきましょう。

 

 そのうち開店時間になりました。オープニングイベントまで少し時間があるので、更衣室で待機します。

「うう……。緊張します……」

「焦っても仕方ないので、リラックスしましょう」

「朱鷺ちゃんは落ち着いてますね……」

 一応緊張はしていますが、今回は営業のプレゼンに似ているので先日のデビューミニライブほどではありません。

 某謙虚なナイト風に表現すると『ほう、経験が生きたな』といったところでしょうか。

 

 

 

 そしてオープニングイベントの時間になりました。

 二人でステージ上にあがると、ゲームを楽しんでいたお客様がこちらに集まってきました。こういう好奇の目線にもだいぶ慣れてきましたね。

「みなさーん! アドラーズ横浜店にご来店頂きありがとうございます♪ 今日は新しくオープンしたばかりのこのお店の魅力を、346プロダクション所属のアイドルグループ 『コメット』の七星朱鷺と!」

「同じく346プロダクション所属のアイドル、安部菜々こと『ウサミン』がバッチリお伝えしちゃいまーす♥」

 

 パラパラと拍手を頂きました。掴みはそれなりに上手くいったようです。二人で軽いジョークを交えながら、台本通りにお店の長所をわかりやすく紹介してきました。

 その後、ゲスト声優さんの祝辞のパートになりましたので、私と菜々さんは分かれてステージの両端から一旦降りようとします。その時アクシデントが起きました。

 

「うひゃあ!!」

 菜々さんが段差で(つまづ)いて、勢いよく転びました。ヒールの高いブーツなので危ないなとは思っていましたが、その不安が的中してしまったのです。

 何だか嫌な倒れ方だったので、慌てて菜々さんに駆け寄りました。

 

「……大丈夫ですか?」

 イベントは進行中なので小声で問いかけます。

「はは、ちょっと気が緩んでました。こ、これくらい。……痛ッ!!」

 立ち上がろうとしましたが苦悶の表情を浮かべました。転んだ時に右足で踏ん張っていたので、怪我をしてしまったのでしょうか。患部を確認したいですがブーツがあるので出来ません。

 

 その後何とか立ち上がりましたが、とても辛そうで見ていられませんでした。

「この足で立ちっぱなしの司会は辛くないですか? 私に任せて頂いてもいいですよ?」

「……ナナは大丈夫です。やれます」

「でも……」

「今回のお仕事、このお店はナナを指名してくれたんです。だから途中でリタイアなんて、絶対にできません」

 

 その表情は真剣です。こんな強い決意でこのお仕事に望んでいたとは思ってもみませんでした。第三者が水を差すことは出来ないようです。

「わかりました。でも、絶対無理はしないで下さい」

「はい!」

 

 その後も二人でイベントの司会進行を続けました。菜々さんが心配でしたがいつもと変わらない素敵な笑顔なので、怪我をしているとは到底思えません。

「それでは引き続き、アドラーズ横浜店で素敵な時間をお過ごし下さい!」

 予定していたプログラムを全て消化し、無事イベントが終わりました。お客様に向かって笑顔で一礼をした後、二人でお店のバックヤードに向かいます。菜々さんは右足を引きずっていました。

 

 

 

「痛い痛い痛い~!」

 バックヤードに入るなり涙目で悶絶しました。先程までの笑顔は吹き飛んでいます。

 ここでうずくまっていると通行の妨げになるので、どこか個室に移動した方が良さそうです。

「とりあえず更衣室に行きましょう」

「えっ! ちょっ……」

 菜々さんをお姫様抱っこして更衣室に向かいました。凄く軽いです。

 

「とりあえず足を見せて下さい」

「うう……」

 更衣室に着くなり、菜々さんの足を取ってブーツを脱がせました。

 うわぁ……。これは、私が想像していたより遥かに酷いです。

 

 骨は異常ありませんが重い捻挫(ねんざ)のようで、右足の足首が真っ赤に腫れ上がっていました。大きさも1.5倍くらいになっています。

「これでよく司会なんて出来ましたね……」

 普通なら立っているのもキツいのに、笑顔で司会進行をするなんて並みのアイドルでは到底真似できません。

 

 菜々さんは痛みに耐えながらも、照れくさそうに答えました。

「ナナはプロのアイドルですから、お客様の前ではウサミンとして笑顔でいなければいけないんです。だから、こんな怪我なんて何ともありません!」

 

 彼女のこの言葉に、ハッとさせられました。いかなる困難をもはねのける精神力、自身の矜持(きょうじ)と責任に殉じようとする覚悟は、正に黄金の精神です。

 やはり菜々さんは私が目標とする『プロのアイドル』だと改めて思いました。本当に尊敬すべき方です。

 

 ならば私も、素晴らしいものを見せて頂いたお礼をしなければいけません。

「少しだけ痛むかもしれませんが、我慢して下さい」

「へ!?」

 素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げる菜々さんを余所に、私は右手の人差し指で患部の近くの秘孔を優しく突きました。それと同時に微量の気を送り込みます。

「これで大丈夫です。すぐに歩けるようになるでしょう」

「そんな馬鹿な……。えぇ!?」

 すると、足首の腫れが目に見えて引いて行きます。一分も経たずに菜々さんの足は元通り綺麗になりました。

 

 北斗神拳は相手の秘孔に気を送り込み、肉体を内部から破壊することを極意としています。秘孔とは肉体の血の流れ、神経の流れの要所でして、肉体の破壊以外にも治癒を促進するものや一時的に剛力を引き出す秘孔等も数多く存在します。

 

 原作のトキは秘孔技術を医療に応用し重病人を救っていましたので、私も当然の権利のように同じことが出来ます。

 流石に不治の病や体の欠損は無理ですけど、肩こり、腰痛、生理痛等、大体の病気は治せちゃうのです。明らかに人間を超えた力なので普段は表立って使わないようにしていますが、今回は特別です。

 

「……朱鷺ちゃん。貴女は一体、何者なんですか?」

「それは秘密です。いい女には秘密の一つや二つあるものでしょう?」

「うぐっ。そ、そうですね……」

 人差し指を口に当て、菜々さんの質問に対し悪戯っぽく返しました。こう言われてはぐうの音も出ないでしょう。

 

 その後は着替えてお店を後にします。退店前に店長さんに挨拶をしに行きました。

「今日は良かったよ~。またイベントがある時は宜しく頼むね! 本部にも推薦しておくから!」

「こちらこそ、今後ともよろしくお願いします!」

 

 暖かい言葉を掛けて頂きました。菜々さんの頑張りが見ている方にも伝わったようで、本当に良かったです。彼女がアイドルとして成功する日はそう遠くないように思えました。

 因幡(いなば)白兎(しろうさぎ)だって最終的には神様になれたんですから、菜々さんも必ず大人気の声優アイドルになれるでしょう。私が保証します。

 

 

 

 退店後は二人で簡単な打ち上げをしました。お互い未成年なので健全にファミレスです。

「朱鷺ちゃんは何飲みます?」

「お酒はダメなんで、オレンジジュースください」

「わかりました!」

 お互いにオレンジジュースを頼みます。こういう時は未成年の身を心から呪いたくなりますね。ノンアルコール日本酒とか焼酎は普及しないのでしょうか。いや、お給料をつぎ込みかねないので普及しなくていいです。

 

「カンパーイ!」

 グラスを軽くカチンと当てます。サラダやソーセージをつまみながら、アイドル活動等について雑談をしました。菜々さんは346プロダクション内のカフェで臨時をバイトしているため情報通であり、色々役に立つ情報を教えて頂けるので助かります。

 

「あ、そうそう。朱鷺ちゃんはあのプロジェクトの噂を知ってますか?」

「はい?」

 唐突にそんな話題を振られました。全く思い当たるものがないので間の抜けた返事を返してしまいましたが、菜々さんは構わず小声で話を続けます。

「シンデレラプロジェクトのことですよ」

「……しんでれら、ぷろじぇくと?」

 

 私はこの時初めて、私のアイドル生活を大きく変えることになるプロジェクトの存在を知ったのでした。

 

 



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第14話 灰かぶり姫と瀕死の魔法使い

 ヤバいです。

 彗星が、灰かぶり姫の乗る馬車の車輪によって粉微塵(こなみじん)にされそうです。

 

 シンデレラプロジェクト。

 情報通の菜々さんに教えてもらうまで、私はその存在すら知りませんでした。

 346プロダクションのアイドル事業部が始まって以来最も大きなプロジェクトであり、現在も水面下で準備が進んでいるとのことです。

 

 何でも『女の子の輝く夢を叶えるためのプロジェクト』で、スカウトやオーディション等で発掘したアイドルの卵達を、幅広いジャンルで活躍できるアイドルに育て上げることを目標としているそうです。

 しかもメンバーは総勢14名の予定であり、その大きさはビグザム並みに馬鹿げた規模です。

 採用活動も内々に進んでおり、既に何名かは内定しているとの話でした。

 

 会社として非常に力を入れており、スタート時の環境ですらコメットとは比較になりません。

 なんと最初から専用のプロジェクトルームが与えられているそうなのです。

 しかも驚くべきことに30階のあのフロアです。あそこは346プロダクション新館の中でも一、二を争うほど良い環境です。

 

 新婚のプレゼントとして、芦屋や田園調布等の一等地に新築の戸建住宅を建ててもらうくらいの優遇っぷりでしょう。

 一方、コメットのプロジェクトルームはボロい資料室です。例えるなら過疎地域にある築50年の公団住宅です。格差社会ここに極まれり。

 

 これでコメットの立場はデビューミニライブ前に逆戻りです。いや、状況はより悪化していると言えるでしょう。

 アイドルのお仕事が有限である以上、シンデレラプロジェクトのお仕事が増えればコメットのお仕事は減らされるはずです。たとえ減らされないとしても、良いお仕事はシンデレラプロジェクトへ優先的に割り振られると思います。

 

 所詮(しょせん)この世は弱肉強食、強ければ生き弱ければ死にます。それはアイドルの世界であっても同様でしょう。

 ランクが違っていれば事情は変わってきますが、コメットもシンデレラプロジェクト同様アイドルの卵の寄せ集めですし、人気・知名度共に両者の間に差はあまりありません。完全に競合相手になります。

 上手く共存できればいいですが、ここまで似たプロジェクトである以上現実的には難しいのではないでしょうか。シンデレラプロジェクトがケンシロウならコメットはジャギです。兄より優れた弟は存在してしまうのです。

 

 『おててつないで、みんなでならんでゴールイン! みんなやったね、いっとうしょう!』といった最近の運動会のような優しい世界には、天地がひっくり返っても絶対になりません。

 どうしてもそんな世界がよろしければ、是非二次元か共産主義国家にでも移住されることを強くお薦め致します。まぁ現世の共産主義国家も前世に劣らず腐臭がするくらい腐敗していますけど。

 

 更にマズいことに、向こうの担当P(プロデューサー)は武内Pでした。

 強面(こわもて)で最初お会いした時はそのスジの人かと思いましたが、話してみると丁寧な物腰の方で中々の好印象でした。346プロダクションの社員も皆、武内Pの手腕を非常に高く評価しています。出世街道まっしぐらなベジータ並みの超エリートです。

 サイバイマン程度の力しかないウチの犬っころでは、到底太刀打ちできません。どうあがいても絶望です。

 

 せめてコメットがブルーナポレオンやセクシーギルティ(共に346プロダクションの人気アイドルグループです)等と同じくらいの地位を築くまでは待って欲しかったですが、こうなった以上それは言っても仕方がありません。

 ビジネスには不確定要素がつきものです。しかし、身内から背中を刺されるとは思いもしませんでした。やはり会社なんて信用してはいけませんね。初めてのホワイト企業なので完全に油断していましたよ。

 

 

 

「……はぁ」

 レッスン後ティータイムでも、シンデレラプロジェクトのことが頭から離れません。思わず溜息が出てしまいます。

「あの、朱鷺さん、大丈夫ですか?」

 不安そうな表情のほたるちゃんから、そんなことを言われました。

 

「だ、大丈夫ですよ! ほら、元気、元気です!」

「……ボクにはそうは見えないけどね。何か困った事があるなら、ボク達に相談して欲しいな」

「本当に問題はありませんから、心配しないでいいですよ……」

「あまり無理しないでください……」

 乃々ちゃんにまで心配されるとは深刻です。幸い、この三人にシンデレラプロジェクトのことは伝わってないようなので、今のうちに情報を整理して対策を立てなければいけません。

 

 とりあえず、シンデレラプロジェクトとコメットの今後について、あの犬畜生に詳細を問い(ただ)しましょう。そう思って彼宛にメールを発信しました。

 メールの文面は『親愛なる犬神P様へ。シンデレラプロジェクトについて伺いたいので、今晩は空けておいてくださいね♪ もし逃げたら地の果てでも追いかけて必ず(しょ)す』にしておきました。

 

 

 

「……乾杯」

 本日も鳥華族です。ジョッキグラスを軽くカチンと当てるとウーロン茶を少し口に含み、静かにテーブルに置きました。

 楽しげな喧騒(けんそう)の中、離婚調停中の夫婦のような重い空気が私達の席に漂います。他のお客さんや店員さんは(おび)えてしまって近づいてもきません。全て私のせいなんですけど。

 

「……つまむもの、頼もうか?」と犬神Pに訊かれたので「要りません」と即座に返しました。

 そして一呼吸置いてから続けます。

「シンデレラプロジェクトについて教えて下さい」

「……どこでその話を聞いたんだい?」

「貴方は会話が成り立たないアホなんですか? 質問文に対し質問文で答えるとテストで0点なんですよ、お馬鹿さん」

 満面の笑みで返すとそれ以上は追求してきませんでした。菜々さんに不利益を与える訳にはいかないので、うやむやにするしかありません。

 

「あのプロジェクトの存在は、346プロダクションの中でも最重要機密なんだ。君達にも黙っていて本当に済まなかった」

「それは別にいいです。Pとは言っても所詮(しょせん)はサラリーマンなんですから、企業秘密をペラペラと(しゃべ)る訳にはいかないでしょう。それよりも、シンデレラプロジェクトとコメットの関係性を教えて下さい。

 同じアイドル事業部で似たようなプロジェクトがほぼ同時期に発足するなんて、偶然とは思えません。何かしら関係があるんでしょう?」

 

 犬神Pは観念した様子で自白しました。

「コメットは元々シンデレラプロジェクトの先行試験として企画されたプロジェクトなんだ。あの巨大プロジェクトをいきなり始めて、万一失敗したら取り返しが付かないからね。

 まずシンデレラプロジェクト同様、素人のアイドルの卵を集めてグループを作る。そして年末にデビューさせて、(あらかじ)め確保した様々な仕事を与えてみる。その仕事の成否を分析してシンデレラプロジェクトにフィードバックしようと考えたんだ」

 

 ああ、そういうことだったんですか。確かに理にかなってます。メーカーと同様、新製品のために試作品を用意して色々とテストをしようという意図だったんですね。

 コメットはシンデレラプロジェクトを成功させるために生み出された存在ですか。出来た時点で当て馬兼かませ犬兼捨て駒とは、負け犬気質の私が所属するグループらしいです。

 我々は精々(せいぜい)、灰かぶりをお姫様に変身させる為に用意された『脇役の魔法使い』といったところでしょう。何とも滑稽(こっけい)で、思わず笑いがこみ上げます。

 

「なるほど。コメットは本来そういった位置付けだったんですか。それがデビューの延期で見事に存在意義を失ったと」

「ああ、そうだ。そのせいで346プロダクションの中でコメットの立ち位置があやふやなものになってしまった。予定では年末年始の猛プッシュで人気と知名度は今よりもあるはずだったんだ。シンデレラプロジェクトともランクが違うので競合しない予定だった」

 

 実際には完全に被りました。同じようなグループでも、期待を一身に背負った輝かしいプロジェクトと出来損ないのプロジェクトでは比較になりません。会社が限られたリソース(資源)を今後どちらに割くかは確定的に明らかです。

 

「それで、そのあやふやなコメットは今後も存続できて、ちゃんとしたお仕事を貰えるのでしょうか? 気休めや希望的観測ではなく、客観的な事実を教えて下さい」

 これが一番の問題です。私はコメットとして四人でアイドル活動がしたいんです。

 あの三人──私にとっての『第二の家族』と一緒に活動できるかが、最も重要なんです。

 

 犬神Pが重い口を開きました。今までに見たこともないくらい深刻な表情です。

「正直、存続について確約はできない。今西部長が頑張ってくれているけど役員間で色々な意見が出ているんだ。もちろん、このままグループでやらせようと言ってくれる人もいる。

 一方、シンデレラプロジェクトに注力するためにも、似たコンセプトのコメットは解散してソロに転向させるべきだと強く言ってくる奴らもいるんだ。

 色々な意見が出ていて、アイドル事業部の統括重役はどちらに進むべきか判断に迷っている状況なんだよ」

 

 

 

 〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。〇す。

 犬神P、暴力はいいぞ!!

 

 余りの憤怒(ふんぬ)で、手にしていたジョッキグラスを粉々に握り潰しました。原形ないです。

 

 ガラスの破片と茶色の液体が勢いよく周囲に飛び散りました。

 店員さんが慌てて飛んできて手際よく後処理をします。グラスが不良品だと勘違いしたのか必死に謝罪頂きましたが、非はこちらにあるので「お気になさらずに」と言ってその場を収めました。完全に営業妨害なのでお店には本当に申し訳ないです。

 一部始終を見ていた犬神Pは終始引き()った表情でした。文字通り顔面蒼白です。

 

 物騒な考えが一瞬頭をよぎりましたね。これでは完全にアミバ(悪党)じゃないですか。危うくアイドル失格でした。いけません、危ない危ない危ない……。

 私はアイドル、私はアイドル、私はアイドル……。自己暗示によりなんとか冷静になりました。おれは しょうきに もどった!

 

「それで結論は出たんですか」

 とても怖いですが、確認しないという選択肢はないので尋ねました。

「い、いやぁ、まだだよ。とりあえずシンデレラプロジェクトが本格的にスタートするまで様子見することになった。要は先送りだよ。全く、勝手な連中さ」

 犬神Pが吐き捨てるように言い放ちました。本当に同感です。人生を左右しかねないことを当人達に相談なく決めないで頂きたいです。もし刑法第199条がなかったら役員共のお命は危うかったでしょう。

 

「会議ばかりやって大事なことは何も決まらないとか、深刻な大企業病ですね。そのおかげで延命できたので文句は言えませんけど。それで、犬神Pとしては今後コメットをどうしたいのですか」

「もちろん現在の形で存続させたいと思っているさ! 俺は最初から、君達四人なら絶対にトップアイドルグループになれると確信しているからな。

 こんなところで潰される訳にはいかないから、死ぬ気で仕事を取って人気を上げて生き残りを図る。俺みたいなペーペーは信用できないかもしれないが、それでも信じて欲しい」

 

 そう言って私に頭を下げてきました。

 犬神Pのコメットに掛ける情熱は本物です。一メンバーとして、その気持ちはとても嬉しく思います。ですが情熱だけではどうにもならないのが現実です。

 正しいことをしたのに、負けて無様な敗者として(おとし)められたケースなんてこの世の中にはごまんとあるのですから。幕末の会津藩が良い例です。結局のところ勝てば官軍、負ければ賊軍です。

 

 そして犬神Pの態度から察すると、存続側の形勢が不利であることは明白でした。

 こうなると何よりも心配なのはコメットの三人です。

 希望と絶望は表裏一体です。希望が輝けば輝くほど、絶望に落ちたときのダメージは計り知れません。人間は上げてから落とされるのが一番辛いのです。

 

 ほたるちゃんはだいぶ明るくなってきたのに、このままコメットが瓦解(がかい)したらまた自分を責めてしまい、不幸な少女に逆戻りしそうで本当に心配です。

 乃々ちゃんは元々アイドル活動に積極的ではないので、ソロになったらひっそりと引退しそうです。アスカちゃんだって中二病キャラのままソロでやっていけるか未知数ではないでしょうか。

 私だって、まだ終わりたくない……。もっとこのメンバーで活動がしたいです。

 

「このこと、あの三人にはどう伝えるつもりですか? それとも最重要機密だからといって黙っておくつもりですか」

「いや、皆に関係することだからいずれ言おうとは思っていたんだが、タイミングが難しくてね」

「では頃合いを見て私から伝えますので、お任せ下さい」

「……そうして貰えると助かる」

 

 嘘をつきました。

 あの三人を悲しませる情報を伝える訳にはいきませんから、この件は私の胸に留めておきます。これぞ『レッスン後ティータイム』と『コメット首脳会議』の裏の特性──情報の隠蔽(いんぺい)です。

 皆を命懸けで護ると誓った以上、リーダーの私が頑張って解決するしかありません。

 

 本当ならこのことを皆に打ち明けて、四人で協力して会社に対抗するのが正しい選択でしょう。社会人経験は長いですから、報告・連絡・相談の大切さは重々承知しています。

 ですが、どうしても彼女達を悲しませたくないんです。例え悪手(あくしゅ)であっても、独力で何とかする以外の回答はありませんでした。救い難い愚か者だと自分でも思います。

 後で菜々さんにも、シンデレラプロジェクトに関する情報の口止めを依頼しておきましょう。

 

「これはお願いなんだが、武内Pやこれから採用されるシンデレラプロジェクトのメンバーを恨んだり、嫌いになったりはしないで欲しい。彼らに悪意がある訳じゃないんだからね」

「そんなことは当然です。彼らは自分の仕事を全うしようとしているだけなんですから、恨んだりはしませんよ」

 シンデレラプロジェクト自体は良い企画だと思いますから、ケチをつけるつもりはありません。まだ顔も知りませんが、メンバーの皆さんには是非頑張って欲しいと心から思います。

 悪いのは346プロダクションの役員共です。

 

「はぁ……」

 二人で深いため息をつきました。お通夜を通り越して、もはや人類滅亡前夜です。

「もしコメットが解散させられたら、腹いせに全世界を世紀末にしてやりましょうか」

「世紀末……?」

 犬神Pが怪訝な顔をしました。言葉の意味はわからないでしょう。

「フフッ。ただの冗談です」

 そう、ほんのジョークですよ。今のところはね。

 

「それじゃ。帰り道気をつけて」

 お店から出た後犬神Pが駅まで送ってくれましたが、道中はお互い言葉少なでした。ただ犬神Pと今西部長はコメットの味方だとわかったので、それはほっとしました。

 

 

 

 電車から降りて家までの帰り道の途中、ふらふらと公園に立ち寄ってベンチに座ります。

 ふと夜空を見上げると満天の星空が輝いていました。どの星も綺麗です。

 北斗七星に寄り添うように、小さくて綺麗な星が光っていました。

 

 あれ? 大きな星がついたり消えたりしています。あっはは。大きい! 彗星かなぁ? いや、違う。違いますね。彗星はもっと、バァーッて動きますもん。

 寒いなぁ、ここ。うーん……。暖かい所に入れないのかな? おーい、入れて下さいよ。ねえ!

 

 ふふふ。しかしコメットとは、何と皮肉の利いたグループ名でしょうか。

 一瞬(デビュー)だけ輝いて、彗星のように爆発四散することが運命付けられたグループなんて本当に傑作です。第三者から見たら抱腹絶倒(ほうふくぜっとう)でしょう。

 

「そんなこと、この私が断じて許しません。私から家族を奪おうとするなんて、絶対に」

 静かに、はっきりと呟きました。こんな絶望に負けてたまるものですか!

 

 シンデレラプロジェクトは今春頃には本格的に始動するそうです。

 本日は2月10日なので、約二ヵ月の猶予(ゆうよ)があります。それまでの間にコメットの人気を急上昇させれば、会社としても解散を見送らざるを得なくなるでしょう。 

 人気を上げるためには、まず知名度を上げる必要があります。神ゲーでも知名度が低くて売上が伸びなかったケースは枚挙(まいきょ)(いとま)がないのです。『悪名は無名に勝る』と言われますので、どんな形でも目立って有名になれば風向きが変わるはずです。

 

 そして私は幸運なことに、私自身の知名度を高めるための手段を既に持っていました。私の知名度が上がれば、所属するグループであるコメットの知名度もそれにつられて上がるでしょう。

 『過程』を飛ばして良い『結果』だけを手に入れようとするのは私の主義には反します。地道にコツコツ努力することが私のポリシーです。ですが事ここに至ってはそんな生易しいことを言ってはいられません。

 

 一生公にはしたくありませんでしたが、仕方ないです。人生なんて大抵想定外なのですからね。もう覚悟を決めるしかありません。

 星空を眺めながら、私はごく冷静に、重大な決断を下しました。

 

 

 

 『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』──『北斗神拳』を使わざるを得ない、と。

 

 

 

 



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第15話 サンキューユッキ with お嬢

大暴走編開始です。
人を選ぶ内容となっており色々と酷いので、不快と感じられた場合は20話まで飛ばして頂き21話から閲覧頂ければ幸いです。


「実は私は、北斗神拳という暗殺拳の伝承者なんです!」

 

 レッスン後のプロジェクトルームに私の大声が響きました。

 思い思いに(くつろ)いでいたアスカちゃん、ほたるちゃん、乃々ちゃんが怪訝(けげん)そうにこちらを見つめています。

 

「ああ、そういうことか。なるほどね」

「あっ、はい。わかりました」

「……そうですか」

 三人とも似たような素っ気無い反応です。

「あれっ、リアクションが薄くないですか? ここは『な、なんだってー!』と一斉に驚くところですよ!」

 

 『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』――北斗神拳を全面的に開放すると決断した次の日、私は三人に一世一代のカミングアウトをしました。

 いくら知名度を上げてもこの能力を皆に知られて嫌われてしまい、グループ解散となったら意味がありません。その前にリスクを承知で私の能力について告白することにしたのです。

 正確には伝承者候補の能力ですけど、私以外に北斗神拳を使える方はいないでしょうから伝承者と名乗りました。

 

 なお、先に家族にも同じことを言いましたが「知ってた」という薄味のコメントしか頂けませんでした。家の中では瞬間移動等の問題行動をよく起こしており、殆どバレていたのでそちらは予想通りでしたが、彼女達の反応は予想外でした。

 昔懐かしい『ト〇ビアの泉』で換算したら20へぇ中7へぇくらいの微妙なリアクションです。

 

「だから暗殺拳なんですって! 普通の女子中学生ではありえないじゃないですか!」

「驚いてはいるよ。でもボクの期待値を超えるものではなかった。ただ、それだけのことさ」

「たまに瞬間移動したり浮いたりしていましたしね……。体力も無限ですし」

 ほたるちゃんが苦笑いをしながら呟きました。

 身に覚えはないんですけど無意識にやってしまったのでしょうか。日本銀行の金庫ぐらい厳重に封印していたはずなんですが、セキュリティは意外とガバガバでした。

 

「この間、酷い捻挫(ねんざ)を一瞬で治してくれたって菜々さんが言っていましたけど……」

 あのウサミン星人は何を吹聴(ふいちょう)しているんですか! 今度会ったらその化けの皮をベロンベロンに剥がしてやりましょう。

 

「むしろ人類の範疇(はんちゅう)で幸いだよ。ボク達はてっきり、トキは既に特異点を越えた存在ではないかと思っていたからね」

「……ちなみにどんな容疑がかけられていたのでしょうか?」

 なんとなく予想は付きますが、一応訊いてみます。

 

「もりくぼは、天使様だと思っていました……」

「私は、もしかしたらアンドロイドかなと考えてました。本当にすいません」

「ボクは、ヴァルプルギスの夜にて世界に闇をもたらすwitch(魔女)だなんて、ね」

 乃々ちゃんは本当に良い子です。ほたるちゃんもまぁ仕方ないでしょう。アンドロイドにしてはポンコツ気味ですけどね。そしてアスカちゃんはもはや意味不明です。

 

(はなは)だ不本意ですが、ご理解頂けたようで何よりです。でも、皆さんは私が怖くないんですか? 何ていったって暗殺拳ですよ?」

「朱鷺さんがもし私達に危害を加えようと考えているなら、3ヵ月前にやっているはずです。誰も怪我せずにいるということは、その気がないんですよね。私も朱鷺さんが私達に手を上げることは絶対にしないと思いますので、怖くありませんよ」

 ほたるちゃんが朗らかな笑顔でそう答えてくれました。

 

「朱鷺ちゃんの力自体はちょっと怖いですけど……。でも菜々さんの怪我を治してあげたりして、いいことに使っているので、もりくぼも大丈夫です……」

「フッ……。言いたいことは先に言われてしまったな。まぁ、そういうことさ」

 アスカちゃんがキザに決めました。

 泣きそうです。この腐ったドブ川のことをこんなに信用して貰っているとは思いませんでした。

 全世界をデストロイしようと一瞬でも考えた自分を殴りたいです。あたしって、ほんとバカ。

 

「でも、なんでこのタイミングで告白されたんですか? 朱鷺さん的には、かなりの秘密なんだと思ってましたから驚きました」

「……特に意図はありませんよ。なんとなくです。ずっと隠しておくのも心苦しいですから」

「昨日から、朱鷺ちゃんの様子がおかしかったですけど。それと関係あるんですか……」

「悩みがあるなら相談に乗るよ。持ちつ持たれつ、コグニションさ」

「はは、大丈夫ですって。心配しないで下さい!」

 デビューミニライブの時も思いましたが、私にはとても釣り合わない素敵な子達です。

 やっぱりコメットは最高です。この仲間を護れるのなら、例えこの身が朽ち果てようとも一向に構いません。

 

 

 

 その後は犬神P(プロデューサー)のオフィスに向かいました。3回ノックをして入室します。

「やぁ、おはよう。七星さん」

「おはようございます。お話があるのですが、少しお時間を頂けないでしょうか」

 そう問いかけるとパソコンのキーボードを叩く手を止めました。

 

「ああ、いいよ。俺もちょうど休憩しようと思ってたしな。ちょっと待ってて、飲み物買ってくるから」

 二本のエナジードリンクを手に戻ってきた犬神Pと向かい合い、来客用の椅子に腰掛けました。

「それで、用って何かな」

「お仕事についてのご相談です。今後の私のお仕事ですが、全力で体力仕事を振って下さい」

「体力仕事?」

「はい。……薄々気付いていると思いますが、私の身体能力は常人を軽く凌駕(りょうが)しています。その力を利用して体力仕事で実績を残し、コメットの知名度を上げたいと思います」

 

 これがコメットの生き残りをかけた『新・三本の矢』のうち、第一の矢でありその中核を占める『世紀末系アイドル』です。

 『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』をもってすれば世間様に強烈なインパクトを与えることは容易でしょう。そうすれば、おのずと私の知名度は上がります。その後コメットを強くアピールすることで、そちらの知名度も上げるという作戦です。

 

 デメリットとしては、私の色物化が一気に進むと言う点が挙げられます。

 クールビューティーキャラであり、ライブ中心の清純派アイドル路線を志望している私としてはとても嫌ですが、それでもコメットが解散させられるよりは百倍マシです。

 背に腹はかえられません。何かを得るためには、同等の代価が必要となるのです。

 

「確かにその方法なら一気に知名度を高めることは出来ると思う。だが、ちょっとな……」

 犬神Pが難色を示しました。

「なぜですか?」

「その方法だと七星さんにかかる負担が大きい。俺は君のご両親から君をお預かりしている身だ。あまり無茶な仕事のさせ方はできない。それに昼間は学校だってあるんだし」

 変な気遣いをしなくてもいいんですけどね。元ブラック企業社員としては、無理・無茶・無謀は慣れっこなんです。何とかして彼を説得しなければなりません。

 

「もし体力仕事を振らないなら、犬神Pの愛車であるB〇WをストⅡのボーナスステージのように無残に破壊します」

「止めてくれよ! あれまだローンが3年も残ってるんだから……」

 青い顔で必死に抗議してきました。

「大した稼ぎもないのに高級外車なんて乗っているのがおかしいんですよ。貴方にはプ〇ボックス(商用車)がお似合いです」

 犬神Pのくせになまいきです。彼には原チャリ、いやママチャリで十分です。

 

「こっちも営業協力とか色々あるんだって。346プロダクションのPとして、ある程度の車じゃないと会社から怒られるんだよ」

「無残に破壊されるのが嫌なら、私の言うとおりにして下さい」

「ぐっ! ……わかった。車の件はさておき、七星さんの真剣な提案を無碍(むげ)にできないしな。

 但し条件を付けさせてもらう。七星さんの体調を考慮して、これ以上は続行不可能だと俺が判断したらその時点で仕事にストップをかける。これでどうだい?」

「まぁ、それでいいでしょう」

 

 ちょっと面倒な制約ですが仕方ありません。彼の前では元気に振舞うことで対応しましょう。

 それに、一度動き出してしまえばこっちのものです。その後は難癖(なんくせ)を付けて中止させないようにすればいいだけですから。

 

「そんな事を急に言い出すなんて、やはりシンデレラプロジェクトを意識してのことかい?」

「ええ。私は私なりにコメットの生き残りを図る。ただそれだけです」

「俺が言えたことじゃないけど、あまり一人で抱え込まないほうがいい。俺だっているし、君にはあの三人が付いているんだから、くれぐれも無茶はしないようにな」

「はいはい」

 そう言い残して犬神Pのオフィスを後にしました。

 ああは言われましたが、今は無茶をしなければいけない時なんですよ!

 

 

 

 翌日、学校のお昼休みの時間に犬神Pからのメールを受信しました。早速体力仕事が取れたそうです。あのワンちゃんも要所ではいい働きをしますね。

 内容はプロ野球のオープン戦での始球式とのことでした。試合前にタレントやミュージシャンが一球投げるアレです。

 

 始球式は3日後の土曜日に行われるそうです。急ですが、当初担当するはずだったタレントさんが急病で入院してしまったので、その代役として急遽(きゅうきょ)ねじ込んだとの話でした。このお仕事を取るために結構無理をしたそうなので、犬神Pの頑張りに応えなければいけません。

 でも、横浜ビースターズ VS 中日コモドドラゴンズ戦なので良かったです。もしもキャッツ戦やカルプ戦だったらあの子達に悪いですから。

 

 ただ、ここで一つ問題がありました。

 実は私、野球は見る専でやったことは一度もないんです。

 前世では極貧でしたので野球道具なんて高価なものは買えませんでしたし、当時のお父さんは私が生まれる前に他の女と華麗に蒸発しやがったので、キャッチボールすらやったことがないです。

 現世では一応女性なのであえて野球をやろうという気にもなりませんでしたし、その機会もありませんでした。

 

 いくら『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』があっても、投げ方の基礎を知らなければインパクトのあるボールは投げられないでしょう。誰かに教えを()う必要があります。

 ああ、そういえばうってつけの方がいました。彼女にコーチをお願いしましょうか。そう思ってメールを打ちました。

 

 

 

 346プロダクション屋上の中庭で彼女の到着を待っていると、待ち合わせていた方ともう一人別の少女が近づいてきました。

「おはようございます、友紀さん。それに巴さん」

「おはよう、朱鷺ちゃんっ」

「おう、おはようじゃ、朱鷺」

 

 村上巴(むらかみともえ)さんは広島県出身のアイドルです。広島弁で喋る赤毛の少女で、13歳ながら漢気のある姐さんという感じです。父親に命じられてアイドルを始めたらしく、同じ境遇の私としては同情を禁じえません。

 ご実家は恐らくヤのつくお仕事なのでちょっと怖いですが、本人はとっても良い子です。先日は同じ犬神Pの担当アイドル繋がりで、アスカちゃんの誕生日会にも出て頂きましたし。

 

「巴さんは、どうしてここに?」

 私が呼び出したのは友紀さんだけで、なぜ巴さんがいるのかわからなかったので疑問を口にしてみました。

「朱鷺が友紀にピッチングを教えて欲しいと相談したという話を聞いてのう。友紀だけじゃ危なっかしいから一応付いてきたんじゃ」

「えーひどーい!」

 友紀さんが冗談半分で巴さんに抗議します。巴さんはもちろん広島東洋カルプのファンなので、よく皆で野球トークをしているんです。主にビースターズファンの私が弄られるんですけどね。

 でも来期は結構良い線いくんじゃないかと密かに期待しています。

 

「じゃが、本当に友紀でええのか? 中学校には野球部くらいあるじゃろう。そっちで教えてもろうた方がええんじゃないか」

「……野球部とは色々ありまして」

 つい先日、野球部主将の桑田君を振ったばかりなので、どうも顔を合わせ辛いんですよ。盛大に振っておいて『野球教えて下さい♪』と言えるほど厚かましくはないのです。

 それに、これ以上学校で目立ちたくはありません。ここなら個性豊かなアイドル(奇人変人の皆様)が集まっているので、それほど目立たないでしょう。

 

「これでも野球部のマネージャーをやってたし、縦スライダーだって投げられるからね。基礎的なことなら教えてあげられるよ! 大丈夫、任せて!」

 自信満々にそう言って拳で胸を叩きました。このポジティブさと明るさは見習いたいです。

「……心配じゃから、うちも付きおうちゃる。小学生の頃はよくピッチャーをやっとったしの」

「では、よろしくお願いします」と口にして、二人に頭を下げました。何とも心強い助っ人です。

 全盛期のカブ〇ラやラ〇レスくらい頼りになります。

 

「じゃあ、まず適当に投げてみて!」

「適当、ですか……?」

「まずは今の状態を確認しておかないと。そこから正しいフォームに直していこう!」

 確かにそうですね。コーチとしては今の私の状態を知っておかないといけないでしょう。

「では、投げます」と言って、先ほどスポーツ用品店で買ってきた野球ボールを壁に向かって軽く投げました。するとボールは壁にぶつかり、バウンドしてこちらに戻ってきました。

 

「ありゃ。完全に手投げだねぇ」

「うーん、やはり上手く行きません」

 友紀さんの言うとおりでした。手投げとは腕の力だけで投げてしまい、体重移動や体のひねりの力を上手く使えてないことを指します。人を葬るための動きが染み付いているので、ボールの投げ方がいまいち(つか)めないんです。

 

「……手投げにしちゃ、滅茶苦茶球速があるように思ったんじゃが、気のせいかのう?」

 巴さんの呟きは聞かなかったことにします。

「最初だから仕方ないって。じゃあ基礎から色々やってみよう!」

「はい!」

 

 その後、基本のフォームやステップ、体重移動などを友紀さんと巴さんから一通り教わりました。ピッチングの基本に関する動画はネット上にもありましたが、実際に教えてもらいながらの方が断然わかり易かったです。

 1時間ほどで大体の基礎を身に付けることができました。

 

「よし、もう一回ちゃんと投げてみよう!」

 友紀さんにそう言われましたので、先ほどと同様に壁に向かいます。

 ただし、今回は体重をしっかり前にかけるよう心がけ、()()()ボールを投げます!

 

 次の瞬間、剛速球が物凄い勢いで放たれ、隕石が衝突するような感じで壁に激突しました。

 めり込みながら白煙を上げて高速回転していましたが、暫くすると勢いが落ち着地します。

 消し炭のような残骸が地面に転がりました。

 壁にはボール程の大きさの深い穴が開いています。

 うん、これ完全に兵器だ。

 

「巴ちゃん。今、何km出たと思う?」

「……わからん。じゃがメジャーリーグでもこんな球速の奴はおらんと思う」

 う、つい全力で投げてしまいましたが引かれてしまったでしょうか。小声で「すいません……」と謝りました。

「やっぱりね! 凄い!」

 すると、目を輝かせた友紀さんが私の両手を取りました。

「朱鷺ちゃん! アイドル辞めてキャッツに入ろう!」

「お断りします」

 完全に本末転倒じゃないですか。手段を目的にする気はありません。

 

「そうじゃぞ。何を言っとるんじゃ友紀は」

 巴さんが呆れた顔で否定しました。こういう時に常識人がいると助かります。私みたいに常識を兼ね備えたアイドルは346プロダクションでは結構貴重なんですよねぇ。

「朱鷺が入るのはカルプじゃ!」

「そっちにもいきませんよ!」

 ベッタベタな突っ込みをしました。自分の贔屓(ひいき)チームを最優先するとは、ファンの(かがみ)です。

 

 ボールが物理的に消滅してしまったので、二人にお礼を言ってその日は解散しました。

 その後、教えてもらった基本をベースに始球式まで黙々と投げ込みをしました。納得のいく球が投げられるようになったのは前日の夜でしたので、ギリギリセーフです。

 

 

 

 そして始球式当日になりました。

 早めにスタジアムに入場し、控え室でビースターズのユニフォームを身に(まと)います。ストレッチなどの軽い運動をしながら出番を待ちました。

 そのうち時間になりましたのでグラウンドに向かいます。

 

 人工芝が敷き詰められた場内に入ると、ハムスターみたいなマスコットに誘導してもらいマウンドに上がります。もちろん得意の営業スマイルは忘れません。

 BGMとしてかかっている『Comet!!』で少し勇気付けられました。

 周囲の選手や観客の方々は暖かい目でこちらを見ています。これから起こる惨劇を想像できている人は一人もいないでしょう。

 

 キャッチャーが捕球の構えをしました。

 ここから私の伝説は始まるのです。さようなら、平凡なアイドル生活。

 次の瞬間、意識を切り替えました。

 この一球に全てを懸ける! 

 キャッチャー目掛け全力で投げ込みます!

 

 必殺の魔球が放たれました。

 球速は大したことはありません。

 人が捕球できるよう170km強に抑えています。

 しかし、その球には一つ異常な点がありました。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そのまま電光石火の勢いでキャッチャーミットに突き刺さりました。

 

 スタジアムがシーンと静まり返ります。

 

 前世でプレイした『黄熊の本塁打競争ゲーム』で畜生フクロウが放った、左右にジグザグ揺れるド畜生ナックルボール。通称『オウルボール』と呼ばれていたものを私なりに再現しました。

 しかも、そのスピードとキレは元のゲームを遥かに(しの)ぎます。

 

 これは北斗神拳のちょっとした応用です。

 インパクトのある球として真っ先に思いついたのが、この球だったのです。

 物理法則を完全に無視していますが、北斗神拳では半透明になったりビームのような闘気を放出したりすることも可能ですので、これくらいできないはずがありません。

 

 ちなみに前世の私はあのゲームをクリアできませんでした。創造主たるラスボスの5歳児に完全に心を折られたのです。数少ないお休みだったお正月の三が日を返して欲しいと切に思います。

 これ以上あのゲームの詳細を語っていると、ウサミン星にある夢の国のネズミさんから怒られるので止めておきましょう。ハハッ!

 

 沈黙の後、場内は騒然としました。至る所で『ざわ……ざわ……』としています。

 何事もなかったかのように一礼して、笑みを浮かべつつマウンドを去りました。

 

 

 

 帰りの電車の中、先日の練習時にLINE上で立ち上げた『346プロダクション 野球大好きアイドル同盟』のグループで、友紀さんと巴さんにお礼のメッセージを送りました。

『始球式が終わりました。お二人のおかげで大成功です。ありがとうございました』

 すると直ぐに返事が返ってきます。

『おめでとー! さっき動画が上がってたけど凄かったね! 高校卒業したらアイドル辞めてキャッツに入ろう!』

『おう。上手くいったようで何よりじゃ。カルプ入団会見の時はうちもゲストで出席しちゃるから安心せいや』

 

 こんな馬鹿げた力にも引かずに接してくれるなんて、とても優しくて暖かい子達です。

 養子枠は既に埋まっているので追加はしませんが、彼女達が困った時は全力で助けようと誓いました。

 ちなみにキャッツやカルプに関する部分は脳内で自動スキップしました。

 後日聞いた話ですが、この後友紀さんは「朱鷺ちゃんはあたしが育てた!」と方々(ほうぼう)で自慢したため、多数のセミプロや学生が彼女に弟子入りしたそうです。結果はお察しのとおりでしたけど。

 

 

 

 始球式後、家に帰ってパソコンを開き、なんでも実況する某掲示板を(のぞ)くと予想通りあの始球式に関するスレッドが立っていました。しかも既にパート4まで伸びています。

 スレッドのタイトルは、『【悲報】JCアイドル 始球式で魔球を投げる』となっていました。丁寧なことに魔球の様子を撮影した動画のリンクも貼り付けてあります。

 主だった書き込みを見ていきました。

 

『こマ?』

『えぇ……』

『日本のCG技術もレベルが上がったなぁ(白目)』

『滅茶苦茶可愛いのに投げる球はエグ杉内』

『コイツ、何でアイドルやってるん?』

『七星くん! アイドル辞めて、ビースターズに来よう(提案)』

『このピンク、この間一人で暴走族を壊滅させたそうやで。ソースはワイの甥』

『うせやろ?』

『はえ~すっごい……』

 

 大体予想通りのコメントで(あふ)れていました。これで少しは話題になるでしょう。

 悟りの境地でウインドウをそっ閉じしました。今すぐアイキャンフライ(窓の外へダイブ)してこの世から消え去りたいですが、後2ヵ月は生きなければいけません。

 全てはコメットの生き残りのためなんですから。

 

 さて、これはほんの序の口です。私の挑戦は始まったばかりなんです。

 この『アイドル成り上がりRTA(リアル・タイム・アタック)』のスタートを、私が前世で大ファンだったRTA動画製作者様風に表現するとこうなるでしょう。

 

「底辺アイドルが圧倒的武力でアイドル界を駆け上がるRTA、はぁじまぁるよ~!」

 

 

 

 

 

 



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第16話 突然! 無人島生活

「汚物は消毒だ~~!!」

 

 眼前に広がる日本海に向かってなんとなく叫んでみましたが、虚しさだけが残りました。

 この漁港に着いてからもうどれくらい経ったでしょうか。時刻は既に朝8時を迎えていますが、送迎の船はまだ来ていません。

 快晴で気持ちがいいですけれども、(さざなみ)の音を聞くのにもそろそろ飽きてきました。

 

 本日は犬神P(プロデューサー)が取って来た体力仕事の第二弾で、初めてとなる地上波テレビのお仕事です。

 その番組の名は『突然! 無人島生活』。前世で似たような番組があったような気もしますが、今となってはどうでもいいことでしょう。

 

 二人のアイドルが水や調味料、調理器具、狩猟道具等を手に、二泊三日の無人島生活を乗り切るサバイバル番組です。

 サバイバルとはいいましたが未成年のアイドルも出演する番組なので、それ程ガチな企画と言う訳ではありません。もちろん、芋虫を生で食べたり底なし沼に落ちたりする等の危険な行為は一切ないです。

 

 あくまでも『サバイバル風』のテイストで、アイドル達が昆虫や野生動物を怖がったり、食料を調達する等して共同生活する風景を楽しむ。時には喧嘩(けんか)もするけれど、協力して課題に取組み解決する姿を応援する。そんな番組で、346プロダクションのバラエティ事業部が手がけています。

 

 深夜枠の30分番組で一回のロケ分を前・中・後編に分けて放送する方式ですが結構人気が高く、ファンが多いアイドルの回だと時間帯トップの視聴率を稼ぐこともあります。

 346プロダクションに所属する新人バラエティアイドルの登竜門的な存在です。

 今では大活躍の輿水幸子(こしみずさちこ)さんも新人時代には準レギュラーと化していました。リアクションがいいから色々と使いやすいんですよねぇ、あの子。

 

 私は出演者ではありますがフルで出る訳ではありません。同番組では『助けて! シンデレラ』という制度がありまして、二日目に数時間だけ助っ人のアイドルを呼ぶことができるのです。

 今回、私はその助っ人枠で出演することになりました。

 当然、メインの出演者である二人のアイドルは既に撮影を始めています。ただ、その子達がちょっと問題なんですよね。今から気が重いですが、コメットのためにも頑張って目立ちましょう。

 

 

 

 それから少しして迎えの船が来ました。

「おはようございます。346プロダクションの七星朱鷺と申します。本日はよろしくお願い致します」

「七星さんですね。こちらこそ、本日はよろしくお願いします」

 若い女性スタッフさんに挨拶をした後、船に乗り込みました。ナイスなボートです。

 

 30分ほどして目的の無人島に到着し、無事大地に立ちました。やはり地に足が着くというのは素晴らしいです。

 その後スタッフさんに誘導されて、あの二人が拠点にしている洞穴(ほらあな)に向かいました。整備されていない山道なので少し歩き難いです。

「撮影は順調に進んでいるんでしょうか?」

「いやぁ、何せあの子達ですから……。色々ありまして……」

 道すがらスタッフさんに質問したところ、言葉を(にご)されてしまいました。残念ながら私の予想は外れてくれなかったようです。

 

 目的地の洞穴(ほらあな)に到着すると、その前で二人の女の子が言い争いをしていました。

「麗奈、遊んでないでちゃんと働け!」

「ちょっと休憩してただけよ。だいたい、こんな作業レイナサマには地味すぎるのよ!」

「もっと真面目にやんなきゃダメだろ」

「ハン! これだから熱血ヒーローオタクは嫌なのよ」

「な、何だとーっ!」

 

 正に一触即発です。

 この番組の今回の出演者は、『南条光(なんじょうひかる)さん』と『小関麗奈(こせきれいな)さん』でした。

 

 南条さんは14歳で、とにかく特撮のヒーローが大好きな子です。アイドルになるきっかけも『ヒーロー番組の主題歌をゲットし自分がヒーローになる』ためですから、その熱意は本物です。身長は140cmで同年代に比べるとかなり低いですが、ちゃんと出る所は出ています。

 ヒーロー、いやアイドルとして『誰かを助けたい』『役に立ちたい』という強い信念を持っている子です。

 

 一方、小関さんは13歳で、自分のことを『レイナサマ』と様付けで呼ぶビッグマウスであり、女王様的なキャラクターを目指して頑張っている子です。実際のところはコミカルな言動や小物臭が隠し切れない残念系アイドルですが、そんな所が逆に可愛らしく思えます。

 ただ、くじけない強い心や上昇志向等、アイドルに欠かせない資質と才能を持っています。

 

 それぞれ単体ならあまり問題はないのですが、こうしてペアにするとお互いの強い個性がぶつかり合ってしまいます。さしずめ『正義のヒーローVS悪の女幹部』といった感じでしょうか。

 番組的には相性の良くない二人が協力して共同生活を乗り切ることを期待しているようですが、今のところはあまり上手くいっていない感じでした。

 

「おはようございます。七星です。お二人とも、本日はよろしくお願いします」

 いがみ合う彼女達に近づき挨拶をすると、こちらに気付いたようです。

「あっ。おはようございます! 朱鷺ちゃん、今日はよろしく!」

「レイナサマの手伝いをできるなんて、アンタ、本当に運が良いわ。アタシの手足となって働けることを光栄に思いなさい! フフン」

 

 私の手を取ってぶんぶんと振り回す南条さんを尻目に、小関さんが悪態をつきます。

「こら、麗奈! せっかく来てくれたのに失礼だろ!」

「ヒャーッハッハッハ……! ゴホッゴホ……コホン」

「大丈夫か……?」

「へ、平気よっ!」

 何だか前途多難な出だしでした。こういうのには慣れっこですから別にいいですけどね。

 

 

 

 合流後は中年の男性ディレクターさんやスタッフさんと一緒に、撮影の段取りを確認しました。

 まず助っ人である私の紹介をした後に、二人が私に手伝って欲しいことを依頼します。その後、私は依頼された仕事を行うという流れでした。

 

「それで、依頼の内容は何ですか?」

「ふふ、愚問ね。決まってるじゃない! 『レイナサマ他一名に美味しいご飯を食べさせること』よ! 光栄に思いなさい」

 高笑いする小関さんを余所に、南条さんが続けます。その眉間には(しわ)が寄っていました。

 

「昨日の目標は拠点探しと食べ物の確保だったんだけど、麗奈がイタズラばっかりしていたから、食べ物探しの方まで手が回らなかったんだ」

「レイナサマに妥協はないのよ。例え無人島生活であってもイタズラは欠かさないわ!」

「ああ、そういうことですか……」

 小関さんは困ったことにイタズラが趣味なんです。根は優しい子なので人を傷つけるイタズラは絶対にしませんけど、この状況でやられたら南条さんもイラッとくるでしょう。

 

「じゃあ、食事は抜きで?」

「小さな魚が獲れたから、それを焼いて二人で分けて食べたんだ。あと食べられる木の実を少し」

「スタッフさんにお願いして、こっそり食料を分けて貰えば良かったでしょうに」

「そんなズルはダメだ! 例え人が見ていなくても、正義のヒーローは卑怯な真似はしない!」

「だからってアタシまで巻き込まないでよ。全く、南条はイイ子ちゃんね!」

 

 どんな状況でも自分が信じる正しい道を突き進むとは、南条さんらしいです。心が根腐れしているドブ川としては、特撮ヒーローのような清く正しく美しい心が心底(まぶ)しく感じました。

 ですが、食べ盛りの可愛い子達がお腹を空かせているだなんて許せません! お姉ちゃん(勝手に自称しました)として、彼女達には美味しい料理をお腹一杯食べてもらいましょう。

 

 

 

 打ち合わせ後、早速撮影に入りました。

 助っ人の衣装は毎回ランダムで選ばれますが、今回の私の衣装はメイド服でしたので既にそちらに着替え済です。ミニスカートではなく、クラシカルなロングタイプの方でした。

 

「えーそれでは『助けて! シンデレラ』を使うぞ! 今回の助っ人はこの人だ!」

 南条さんの合図に合わせて、カメラの前に立ち一礼しました。最高の営業スマイルです。

「テレビをご覧の皆様、初めまして♪ ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()七星朱鷺と申します。よろしくお願いします!」

 ちゃんとグループ名を強調しました。こういうアピールは地味ですが大切です。

 私の名前なんて食パンの袋をとめるアレくらいどうでもいいですから、是非コメットのことを覚えて欲しいです。皆様、どうぞコメットに清き一票を!

 

「それでは、今回のリクエストはなんでしょうか?」

「フッフッフッ。もちろん、レイナサマに極上の料理を提供することよ! しっかり働きなさい、手下一号! アーッハッハッハッ……、ゲオゲホ……!」

「麗奈、しっかりしろ!」

 小関さんの背中を南条さんが優しくさすっています。仲が良いんだか悪いんだかわかりません。

 

「承知致しました。レイナお嬢様、ヒカルお嬢様。私の全力をもって、美味しいお料理をお二人に提供致しましょう」

 メイドっぽく二人のことをお嬢様と呼び、自信満々に言い切りました。視聴者様にインパクトを与える絶好の機会ですから頑張りましょう。

 

「はい、カーット! OK!」

 ディレクターさんが声を張り上げました。ここでの撮影は終わりなので次のシーンに移ります。ここからどう行動するかは助っ人に任されています。

 

 

 

 撮影スタッフと南条さん達を引き連れて、早速海辺の岸壁に移動しました。

 火サスのラストシーンに出てきそうな程、見事な岸壁です。

「この状況で食材といえば、やっぱり魚だね」

「はい。まずはお魚を獲りたいと思います」

「いいわ。早速海に飛び込んで獲っていらっしゃい!」

 

 そう言って小関さんが私に(もり)を渡します。無人島生活では(もり)を使った素潜り漁が定番ですから、私も同じことをやると思ったのでしょう。

 でもそれではインパクトに欠けます。何より2月の冷たい海には入りたくないので、某聖帝様をリスペクトした斬新な漁をお見せしたいと思います。

 

「いいえ、素潜りはしません」

「……? じゃあ、どうやって魚を獲るのよ!」

「私のオリジナル漁法をご披露します。名付けるのであれば、投槍漁(とうそうりょう)といったところでしょう」

 そう言いながら、番組から支給された長い釣り糸を(もり)の持ち手に固く結び付けました。釣り糸の反対側は私の胴に巻きつけます。こうしないと後で回収できないですからね。

 

「それでは漁に入りますので、カメラを回して頂いても良いですか」

「は、はい……!?」

 カメラマンさんが困惑していましたが、ディレクターさんの指示で撮影が始まりました。

 

 意識を海に集中させ、以前デビューミニライブで乃々ちゃんを探し出した時のように、お魚の気の察知を始めます。冬場なので数は少ないですが、それでも一定数の存在は感知できました。私には魚群探知機など不要なのです。

 魚群の中でも特に大きい獲物に照準を合わせました。標的の移動速度や動く方向を計算しつつ、最高のタイミングを図ります。

 

「とどめだ!!」

 冷徹な叫び声と共に、直立したまま槍投げの要領で(もり)をブン投げました!

 そのスピードは弾丸に迫る勢いと言ってもいいでしょう。

 全力で投擲(とうてき)すると獲物が砕け散るので、これでもだいぶ加減しました。

 

 (もり)が海に飛び込む音がここからでもよく聞こえます。

 釣り糸の感触から、無事お魚をゲットできたことを確信しました。

 その後は釣り糸をたどって獲物を引き寄せます。

 

 すると(もり)に貫かれた哀れなお魚が顔を覗かせました。

「これは、スズキですね。やりました」

 お魚を両手で持ち、笑顔でカメラにアピールをしました。

 1メートルは超えていますので中々のサイズです。最初の獲物としては悪くないと思います。

 

「す、凄い!」

「フ、フン! 手下の癖に中々やるじゃない」

 南条さんが目をキラキラさせています。一方、小関さんはやや悔しがっていました。

 スタッフの皆さんがざわざわしていますが、気にしないよう努めます。

 

「じゃあ、どんどんいきますよ」

 そう言って漁を再開します。その後、マダイ、マダコ、ヒラメ、カレイ、メバル等、様々なお魚を乱獲していきました。なんだか竜宮城ができそうです。

 調子に乗って百発百中の勢いで投げていきましたので、ちょっと獲り過ぎてしまいました。後でスタッフの皆さんにも手料理を振舞(ふるま)ってあげましょう。

 

「はい、カーット! OK!」

 そう言うや否や、ディレクターさんが小走りで駆け寄ってきました。かなり興奮しています。

「いや~朱鷺ちゃん、もう最っ高! 凄くインパクトのある映像が撮れたよ! この後もよろしく頼んだからね!」

「ありがとうございます。この後も頑張ります」

 そう口にしてディレクターさんに一礼しました。

 テレビ映えするダイナミックな漁法ですから、気が(たか)ぶるのも無理はないです。

 

「ちょっと朱鷺! アンタ助っ人の癖に目立ちすぎよ! ザコはザコらしくしてなさい」

 小関さんがそう言って、あっかんベーをしてきました。確かに少し派手だったかもしれません。

 この番組のメインは彼女達なので申し訳ないですが、これもコメットが生き残るためなんです。生き残りが決まったらお二人のために全力で働きますので、今はお許し下さい。

 

 

 

 続いては森に入って山菜取りをします。

 背の高い雑草を刈り取るため、草刈り鎌を手にしながら奥に進んでいきます。

 私が前世で小中学生だった頃、給食以外の食事はロクに与えられなかったので、野山を駆け回り山菜を取っていました。リアル草食系男子でしたので、食べられる山菜の判別はお手のものです。

 

 ちなみに毒キノコで二回ほどほぼ()きかけました。ツキヨタケさんとイッポンシメジさんは絶対に許しません。いや、完全に自業自得ですけどね。

 

 撮影はされていますが、ディレクターさんの反応はいまいちといった感じです。

 しかし、流石に山菜取りで派手なアクションはできないので仕方ありません。精々(せいぜい)超スピードで草を刈るくらいです。

 運がいいことに、セリ、ナズナ、ハハコグサ、ハコベ等が生えていたので採集しました。どれも春の七草ですから問題なく食べられます。

 

 採集を続けていると小関さんがおもむろに近づいてきました。

 なんだかニヤニヤしており、手を後ろに隠しています。

「これでもくらいなさい!」

 そう叫んで、数匹の(へび)を私に投げつけてきました。

 

 ふふ、何とも可愛いイタズラです。女の子らしく悲鳴を上げるはずと考えているのでしょうが、私にとって(へび)は嫌悪の対象ではありません。

 『貴重なタンパク(げん)』であり、ごちそうなんですよ。

 

 回避と血抜きを兼ねて、草刈り鎌で全ての(へび)の頭部を瞬時に切断しました。

 亡骸(なきがら)から真っ赤な鮮血(せんけつ)が噴水のように勢いよく吹き出ます。

 衣装にかかるとマズいので避けましたが、ここぞとばかりにドジッ子属性が発動し足がもつれたため、返り血が髪と顔に付着しました。

 その後、笑顔で小関さんに近づきます。

 

「もう、だめじゃないですか。こんなイタズラをしては」

「ちょっ、ちょっと、怖いわよ!」

 血の気の引いた表情をしてダッシュで逃げるので追いかけます。

「レイナお嬢様、なぜ逃げるんですか?」

「きゃー! 顔、顔!」

 何かと思ってコンパクトミラーで顔を見てみると、ギャルゲーに出てくるヤンデレなヒロインが一仕事した後のような姿になっていました。「中に誰もいませんよ」とか言い出しそうです。

 

 こんな奴に超スピードで追っかけられたら、さぞかし怖いでしょうね。

 でもこれはこれで面白いので、血に染まった草刈り鎌を滅茶苦茶に振り回しながら満面の笑顔で小関さんを追跡しました。完全にホラー映画です。

「ふふふ。どこに行くんですか? どこにも逃げ場なんてありませんよ?」

「早く、誰か助けて~!」

「私がいれば、手足なんて要りませんよねぇ?」

「ぎゃ~!」

 

「いいよいいよ~! レイナちゃん、ナイスリアクション!」

 その後、ディレクターさんが納得するまで追いかけっこをしました。いい()が撮れて満足されていたので良かったです。

 小関さんが犠牲になりましたが、輿水さんに負けないくらい素晴らしいリアクションでした。

 

 

 

 無事食材が集まったので、本拠地でお昼ご飯を作ることにしました。簡単な調理スペースを設けます。

「朱鷺ちゃん、何か手伝うことあるかな?」

 南条さんからお手伝いの申し出を頂きました。相棒である小関さんは先ほどの疲れのためか横になって休んでいるので、彼女一人で手持ち無沙汰(ぶさた)な感じです。

 

「お二人はお客様ですから、休んでいて頂いて構いませんよ」

「でも、じっとしているのは性に合わないんだ……」

「それでは、山菜を洗って頂いてもいいでしょうか」

「わかった、任せてくれ!」

 凄い勢いで山菜を洗い始めたので、優しく扱って頂くようお願いしました。私と同じで力の加減が上手くないようです。でも、一生懸命なところがなんだか可愛いと思いました。

 

 お昼ご飯ですが、獲れたての新鮮な魚介類がメインなので、素材の味を生かすためにもシンプルに(まと)めたいと思います。そうなるとやはり和食がいいですね。先ほどの(へび)は唐揚げにしましょう。

 そう考えて、とりあえずお魚の下処理を始めました。もちろん調理風景も撮影されています。

 

 前世ではイカスミより黒いブラック外食産業に身を置いていましたので、料理の腕は一流です。更に『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』を併用することにより、その相乗効果はとてつもないことになります。

 

 もはや調理風景そのものが一つの『舞』と言えるでしょう。死神の舞ですけど。

 ディレクターさんをはじめ、スタッフの皆さんが息を呑んで私を見つめています。

 空中でお魚を瞬時に(さば)く等のテレビ映えするド派手なアクションを交えつつ、手際良く料理を仕上げていきました。

 

 出来上がった料理を簡易なテーブルに並べていきます。

 メニューですが、お刺身の超豪華盛り合わせ、カレイとヒラメの煮付け、タコの酢の物、白身魚と山菜のてんぷら、(へび)の唐揚げ、春の七草のおひたし、つみれ汁の計七品となりました。

 ものの見事に居酒屋メニューです。私が食べたいものを作っていったらこのザマですよ。

 

 食事シーンを撮影する前に南条さんから声を掛けられました。

「朱鷺ちゃんはいいなぁ。あんなに凄いアクションが出来て、料理も上手いなんて……。アタシはどっちも全然だ」

 彼女らしからぬ気弱な発言です。お腹が空いているから考えが暗くなっているのでしょう。

 そのまま独り言のように話を続けました。

 

「この仕事、アタシ達のPが頑張って取ってきてくれたんだ。だからアタシも頑張ろうって思ったんだけど、初日は全然ダメで……。このままじゃPに合わせる顔がないよ」

 暗い表情を浮かべた南条さんに、超軽くデコピンをかましました。

「痛っ!」

 頭を抱えて悶絶(もんぜつ)する南条さんに語りかけます。

 

「貴女が理想とするヒーローは、そんな簡単に諦めるような軟弱者なんですか? まだロケは半分残っているんですから、ここから挽回すればいいだけです。チャンスは自分で掴むものですよ」

 南条さんはハッとした表情を浮かべました。

 

「……そうか、そうだな。こんなことで落ち込むなんて、アタシとしたことがどうかしていたっ! 負けるわけにはいかない……! 打ち破っていくぞ! とりゃ!」

「その意気です。私みたいな馬鹿げた能力なんてなくても、誰だってヒーローになれるんですよ。その心があればね」

「アタシに任せろー! 期待なら、いくらでも背負ってやる!」

 『復ッ活ッ!! 南条光復活ッッ!』です。やはり、ヒーローはこうでなくてはなりません。何度倒されようが立ち上がって大切なもののために戦う。その姿こそ真のヒーローなんですから。

 

 

 

 その後は食事シーンの撮影になりました。

「では、頂きます!」 

 元気良くそう叫ぶと二人共一心不乱に食べ始めました。よほどお腹が空いていたのでしょう。

「美味しい!」

「フ、フン。まあまあね」

 先ほどと比べて表情が明るいです。見ていてこちらまで嬉しくなってきますよ。

 やはり成長期の子供にはお腹一杯でいて欲しいです。空腹は本当に辛いですから。

 

 しかしどちらも(へび)には手をつけません。貴重な命を頂いた以上、お残しは許しませんので絶対に食べてもらいましょう。

(へび)の唐揚げも美味しいですから、是非召し上がって下さい」

「でも(へび)でしょ。どう考えてもゲテモノじゃない」

「騙されたと思って、とりあえず一口食べてみて下さい。苦情があればその後受け付けますので」

 二人は恐る恐る、から揚げを口に運びます。

 

「……あれ、全然いけるよ!」

「鶏肉に近いけど、それよりもさっぱりした感じね。合格点をあげてもいいわ」

「そうでしょう。敬遠されがちですけど、蛇は結構美味しいんです」

 なんていったって前世の幼少期頃のメイン食材でしたから、味は私が保証します。

 大自然の中でのびのび暮らした(へび)が、暗くて狭い所で育てられたブロイラーの鶏に劣る訳はないのです。確かに獣臭さはありますけど、香辛料を使うことで上手く中和しました。

 

 

 

 こんな感じで、食事シーンの撮影は一通り終わりました。

 二人で食べ切れなかった残りの料理はスタッフの皆さんが美味しく頂きました。大変好評で完食頂いたので良かったです。

 

「是非次回は正規の出演者として来てくれよ!」

「ありがとうございます。機会がありましたらよろしくお願いします」

 ディレクターさんから熱いラブコールを頂きましたが、私とペアになりたがる奇特な子なんていないでしょう。

 いや、愛海ちゃんならノリノリで付いてきそうです。寝込みを襲われそうですけど。

 

 なお、私の出番はこれで終わりでしたので、彼女達にお別れのご挨拶に行きました。

「ほら麗奈、ここから頑張って挽回するぞ! だからイタズラなんてやめよう」

「うっさいわね。自分らしくすることの何が悪いのよ」

 う~ん。相変わらず歩調が合いませんねぇ。ここはちょっと発破を掛けておきましょうか。

 そう思って二人の間に割って入りました。 

 

「それでは私はこれでお(いとま)します。ところで、お二人とも仲違いした状態で本当にいいんですか? このまま見所がないと、多分全編に渡って私の特集になってしまいますよ」

 彼女達の表情が一気に曇りました。

「そ、それは嫌だ! せっかく貰えた仕事なんだから、ちゃんと放送して欲しい!」

「小関さんもそう思いますか?」

「当たり前じゃない!」

「では、どうすればいいかわかりますよね」

「……わかったわ。一時休戦よ、南条。レイナサマの本気を見せてあげるわ!」

「ああ。一緒に頑張ろう、麗奈。二人で頑張れば何でもできるさ!」

 

 私という共通の外敵に対抗するため、正義のヒーローと悪の女幹部が共闘する。なんとも心躍る展開です。

「では、私は一足お先に失礼します。残りの撮影も頑張って下さい!」

「そっか、何だか寂しいな。そうだ、アタシ達のことだけど、苗字だと固っ苦しくて嫌だから名前で呼んでくれ!」

「……はい、わかりました。小関さんもそれでいいんですか?」と一応訊いてみます。

 

「……アタシも、それでいいわよ」

 超小声で呟きました。ちょっと顔が赤いです。

 ほほう、これがツンデレですか。思わず落とされかけました。

「ありがとうございます。光ちゃん、麗奈ちゃん。それでは、また346プロダクションでお会いしましょう」

「ああ、またな!」

「フン。今度はちゃんとしたイタズラをしてあげるわ! 首を洗って待っていなさい!」

 

 笑顔の二人と別れた後は本土に戻り、そのまま東京へとんぼ返りしました。

 余裕があれば海の幸を堪能(たんのう)したり温泉に浸かったりしたかったのですが、他のお仕事もあるので仕方ありません。

 コメットの生き残りが決まったら、ゆっくり温泉にでも行きたいです。

 

 

 

 その後少しして、無事に番組がオンエアされました。

 前・中・後編のうち中編はほぼ私の特集みたいなものでした。投槍漁や調理シーンは中々の迫力でしたよ。

 ヤンデレ状態での追跡シーンはホラー風に演出されていて、自分のことながら超怖かったです。記念すべき地上波デビューで鎌を振り回したアイドルは人類史上初でしょう。もう死にたいです。

 

 放送中は某掲示板の実況スレの勢いが凄かったですね。リアルタイム検索でも、私の名前が話題のキーワードとして取り上げられました。視聴者にインパクトを与え知名度を上げるという目的は無事達成できたのです。

 欲を言えばコメットにも注目して頂きたかったですが仕方ありません。また頑張りましょう。

 

 後編では光ちゃんと麗奈ちゃんが協力し頑張って課題に取り組んでおり、見てて微笑ましかったです。中・後編は時間帯トップの視聴率が取れ、バラエティ事業部として手ごたえを感じたそうで、あのコンビで他番組にも出演するようになりました。これからの活躍が本当に楽しみです。

 

 なお、私の方は『346プロダクションの猟犬』『スネークイーター』『電光石火のメイド』『恍惚(こうこつ)のヤンデレズメイド』といった有難い異名を視聴者様から付けて頂きました。絶許です。

 

 皆さ~ん、もっとコメットのことを話題にしてもいいんですよ?

 

 

 

 

 



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第17話 ピコピコ☆ゲーマーズ

 「自ら望んで選んだ道、ためらいもない!」

 

 そう叫んで、マウスの左クリックを押そうとしました。しかしどうしても指が言うことをきいてくれません。今は夜の11時ですが、もう2時間も自室で硬直しています。

 私にとってこのクリックは、ICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射ボタンと同等の重みがあるのでした。

 

 パソコンの画面にはスマイル動画という動画サイトの動画投稿画面が表示されています。

 ここで私は、レトロゲームの解説付RTA(リアル・タイム・アタック)動画を多数アップしておりました。

 

 

 

 RTAとは、 ゲームのプレイ開始からクリア迄に実際にかかった時間の短さを競うプレイスタイルのことを言います。実時間(リアルタイム)の短さを競うことから縮めてこう呼ばれます。

 セーブやリセットの時間や食事・休憩なども全て含めた、現実にかかった実時間が計測の対象になります。ゲーム内の時間を計る通常のタイムアタックと比べ、より過酷な内容となります。

 

 私がレトロゲームのRTAを知ったのは、とある動画がきっかけでした。

 前世にて某ブラック企業を退職後、次のブラック企業に就職する合間の暇つぶしとして六畳一間のボロアパートで猫さんの動画を見たりしていました。

 そんな時偶然にも、あるレトロゲームのRTAの様子を編集した動画を視聴したのです。

 通常、RTAは1秒でもタイムを縮めることに心血を注ぎますが、その動画は違いました。

 

 積極的に新記録を狙うスタイルではないものの、『非常に丁寧な解説』『綿密なチャート(攻略手順)とそれを思いつきで変更する度胸』『ふんだんに盛り込まれたネタ』『単調な長時間作業時に大人気アニメを流す気遣い』『屑のような運と豪胆なプレイング』といった様々な要素を盛り込んでおり、視聴した者を(とりこ)にする魅力がありました。

 

 前世の私の子供時代は極貧だったため、実はテレビゲームをやったことがありませんでした。

 しかしその動画のおかげでゲームの魅力に気付くことができましたし、ブラック企業勤務で荒んだ心もかなり癒されたのです。

 私のように虜になった人も多く、多くの方々がその偉人の動画を真似したリスペクト動画を動画サイトに投稿したことで、一ジャンルを築くまでになっていました。

 

 その後、紆余曲折(うよきょくせつ)あり現世に生まれ変わったのですが、なんと現世ではその偉人のRTA動画とリスペクト動画が一切存在していなかったのです。そのことを知り私は大層嘆き悲しみました。

 そうしてひとしきり(むせ)び泣いた後、ロマサガの技閃き時と同じような電球マークが私の頭の中を走ったのです。

 『ないのなら 自分で作れ ホトトギス』と。

 

 そうして私は、現世にもRTA動画を芽吹かせようと固く決意し、実際に行動に移しました。

 まず小学二年生の時にサンタさんへ、ファミコン互換機とソフト数十本のセット、そしてキャプチャーボード(ゲームの映像をパソコンに取り込むための機械です)と動画編集ソフトをねだりました。

 めったに動じない性格のお父さんも、あの時は「えぇ……」と非常に困惑していたのを今でも思い出します。本当に申し訳ない。

 

 その後、レトロゲームのRTAとその動画の編集を始めました。最初は要領がわからなかったのでプレイや動画編集に苦労しましたが、慣れてくるとスムーズに動画が作れるようになりました。

 小学生の有り余る時間を駆使してハイペースで作成し、スマイル動画に投稿していったのです。

 ちなみに動画投稿時における私のハンドルネームはその偉人にちなんで『beam(ビーム)』といいます。(つづ)りは違いますが読みは同じです。掌からビームのような闘気も出せるのでぴったりでしょう。

 

 一応はうら若き乙女ですので、参考にしたあの偉人の動画で頻発していたエグい下ネタは流石にカットさせてもらいましたが、自分なりにいい動画ができたと満足しています。

 ドジッ娘属性と運の無さのせいでプレイングや記録はガバガバですが、そんなところが意外にウケているようです。

 私のリスペクト動画もどんどん作られるようになり、前世と同様に一ジャンルが作られるまでになっていました。

 

 しかし、アイドル活動が始まってからは動画を製作する時間が取れなくなり、この3ヵ月の間はアカウントを完全に放置していました。死亡説も流れましたが、RTAの文化も根付いたのでこのまま老兵のように静かにフェードアウトするつもりだったのです。つい、この間までは。

 そんな中、シンデレラプロジェクトの出現によるコメットの解散危機が発生しました。

 『世紀末系アイドル』以外にコメットの人気を高める方法はないか考えたところ、ひょっとしてこれは使えるんじゃないかと思ったのです。

 

 私の作ったRTA動画は大変好評で、どの動画も10万回以上再生頂いていました。特に人気の高いシリーズのパート1では、100万回近い再生数となっています。

 有難いことに、私を主人公にした二次創作の四コマ漫画やテーマソングも作って頂きました。

 それならばいっそのこと顔出ししてコメットのダイレクトマーケティングをすれば、動画のファン勢をコメットのファンにまるっと取り込めるんじゃないかと考えたのです。

 これがコメットの生き残りをかけた『新・三本の矢』の二本目──『RTA芸人』です。

 

 しかし、正直この方法にはかなり抵抗感がありました。元々私はRTA動画の文化を広めたくて動画投稿していただけであり、(よこしま)な気持ちはなかったのです。

 趣味を商売に利用するような気がして後ろめたい気持ちになりますが、この危機を乗り切るためですから仕方ありません。

 もちろん「これから応援してね!」と言ったところで本当にファンになってくれるかは未知数ですが、このまま座して死を待つよりはマシです。200人、いや100人でもファンクラブに加入してもらえれば(おん)の字でしょう。

 

 

 

 先ほど投稿しようとした動画をもう一度見返してみました。動画には私が映っています。

 いつものもっさいジャージではなく胸元を強調したセクシーなワンピースで、メイクもバッチリ決めています。

 私が女の子らしくなるよう以前お母さんが買ってきた最高級ブランドの洋服で、クローゼットの奥底にて厳重に封印していたところを引っ張り出してきました。

 少しでも可愛く見えるよう、髪型も人生初のツインテールに挑戦しています。

 ソシャゲのSSRくらいレアな姿です。親が見たら泣きますよ、感動して。

 

 その微少女は話を始めました。ちゃんと清楚モードに切り替わっています。

「え~皆様、こんにちは。この姿では初めまして、ですね。RTA動画製作者の『beam(ビーム)』こと『七星朱鷺』と申します。このところ音信不通で、皆様に大変なご心配をお掛けしてしまい申し訳ございませんでした」

 深く頭を下げました。本人は全然悪いと思ってませんけど。

 

「実は私、先日346プロダクションからアイドルとしてデビューしました。現在は、コメットというとても素敵なグループのリーダーを務めております。そちらのお仕事がありまして、動画投稿ができずにおりました」

 謝罪を終えると営業スマイルに切り替えます。

 

「コメットのメンバーはとても可愛くて良い子達で、トップアイドルの方々と比べても決して引けをとらないと思います。ですが、まだまだ人気や知名度が低く、思ったような活動ができない状態が続いております」

 軽く咳払いをしました。両指を組みちゃんと上目遣いで、目を潤ませながら続けます。

 

「そこで厚かましいお願いなのですが、動画投稿は可能な範囲で続けて行きますので、これを機にコメットのファンになって頂けると嬉しいです♪ ファンクラブのメンバーも随時募集していますので、そちらも是非よろしくお願い致します!

 以上、beam(ビーム)こと七星朱鷺からのご連絡でした。ご視聴頂きありがとうございました」

 再び一礼して笑顔で手を振っています。そのまま動画は終了しました。

 

 うわキツ。

 

 いや~、キツいです! 私にとってこの動画は核ミサイルと同じくらいの破壊力があります。

 プライベートのためお仕事モードは一切働かないので、恥ずかしさが私のハートにダイレクトアタックです。

 思わずベッドにダイブしてジタバタしてしまいました。顔が超熱いです。

 これを全世界にばら()くのかと思うと心の底から死にたくなりますが、私の命よりコメットの方が100倍大事ですからやむを得ないのです。

 

 意を決して「……ポチッとな」と(つぶや)き、やっと動画のアップロードボタンを押しました。

 完了後は素早くパソコンをシャットダウンし、ベッドに潜り込んで掛け布団を頭から被ります。

 これからどうなるかは『神のみぞ知る』です。不安に(さいな)まれながらも何とか眠りにつきました。

 

 

 

 その翌日は、目覚まし時計ではなくスマホの着信音で目を覚ましました。

 よろよろとスマホを手に取って発信者を見ると犬神P(プロデューサー)からでした。

 相手にするのが面倒なので出ようかどうか迷いましたが、ずっと鳴り続けるのでやむなく通話ボタンをタッチします。

「……へぃ、……七星で~す」

「七星さん!? 君、昨日何したの!?」

「へ!?」

 慌てて飛び起きました。一体何のことでしょうか!?

 

「昨日の深夜から、コメットのホームページへのアクセスが急増してるんだよ! ファンクラブの申し込みも殺到していてサーバーがダウン寸前だ! 申し込み理由にbeam(ビーム)だの七星だの書かれているから、また君が何かやらかしたのかと……」

 まさか、これはひょっとしてアレでしょうか。

 急いでパソコンを開きスマイル動画を確認します。すると恐ろしい事態になっていました。

 

 私の宣伝動画が、ぶっちぎりで日刊ランキングの総合1位を獲っていたのです。

 

「……すいません。多分それ私のせいです」

「ああ、やっぱり! とりあえず、後で事情聴取だからな!」

 一方的に電話を切られました。いやもう、ごめんなさい。

 恐る恐る動画を再生し、主だったコメントを見てみました。

 

beam(ビーム)姉貴オッスオッス!』

『お前のことが好きだったんだよ!』

『姉貴が生きてて嬉しい……嬉しい……』

『兄貴じゃなくて姉貴(14歳)だったとは、たまげたなあ』

『ホームページの趣味欄……あっ(察し)』

『早速ファンクラブ入会してきたゾ~』

『とりあえず5口分入会してきたけどこれでいいスか(真顔)』

『ラスボスに先制攻撃されるガバ運アイドル』

『メ ガ ト ン コ イ ン』

 

 再生開始後10秒でウインドウを閉じました。

 頭痛が激痛でペインです。自分でも何を言っているのかわからないくらい錯乱(さくらん)していますね。

 概ね好意的に受け止めて頂いており、炎上してなかったのは不幸中の幸いでしたが、まさかこんな大事になるとは夢にも思いませんでしたよ。

 346プロダクションに行きたくないので仮病でズル休みしようとしましたが、速攻でお母さんにバレて叩き出されました。悪いことは出来ないものです。

 

 

 

抜き足、差し足、忍び足。

「……七星さん、ちょっとよろしいですか?」

「ひっ……!」

 学校後、346プロダクション内でこっそりとレッスン場に向かう途中、千川さんに捕まりました。その後、犬神Pを交え終始正座で小一時間ほど説教を受けます。

 勝手にこんなことをしたのは確かに悪いと思いますけど、これほど大事になるなんて普通は想定出来ないでしょう。

 これは不幸な事故です。そうに違いありません。情状酌量で執行猶予付きの判決を希望します。

 

「本当に、心から反省していますか?」

「アッハイ」

 コワイ! 恐怖から思わず片言になってしまいました。笑顔なのが逆に恐ろしいです。

 地上最強の暗殺者の隠密行動を簡単に察知するなんて、この人は一体何者なんでしょうか。

「すいません、ちひろさん。俺の監督不行き届きです。責任は全て俺にあります」

「私はいいんですけど、システム部の方が朝から対応に追われて大変だったんですよ。皆さんにもちゃんと謝って下さいね」

「はい。すいませんでした」

「ごめんなさい……」

 大変申し訳ないです。一応コンビニで菓子折りを買ってきたので、謝罪に行きましょう。

 

 こんな感じで色々とトラブルはありましたが、それでも結果的にコメットのファンクラブ会員が一晩で2,000人ほど増加したのは大きな成果でした。いや、増えすぎでしょう!

 アイドルの人気を数字で計ることは難しいですが、ファンクラブ会員数は目に見える実績なのでとても重要です。アイドル事業部としてもその点は非常に高く評価してくれました。

 恥や外聞(がいぶん)と引き換えに人気を得ることは出来たのです。失ったものは大きいですけど。

 

 こうなると、『新・三本の矢』の三本目である『あのプロジェクト』もペースアップする必要があります。

 あの元総長──いや、牙を折られた虎ちゃんにはもっと働いてもらわないといけませんね。後で改めて脅迫、じゃなくて依頼をしておきましょうか。

 

 

 

 関係者への謝罪を一通り終えると、既にレッスン終了の時間となっていました。

 仕方がないので顔だけでも出そうかなと思ってプロジェクトルームに向かう途中、一人の美少女が私の行く手を阻みました。

「朱鷺ちゃん、いやビームちゃん! 最強ゲーマーアイドルの座を懸けて勝負よ!」

 腰を手に当て仁王立ちに立ちはだかったのは、紗南ちゃんでした。

 

 三好紗南(みよしさな)ちゃんは三つ編みが可愛い14歳で、私と同じく犬神Pの担当アイドルです。

三度のご飯よりもゲームが大好きで、ゲームショー等のゲーム関連のお仕事がやりたくてアイドルとなったそうです。 ヘビーゲーマーでして暇を見つけては携帯ゲーム機でピコピコやってます。

 同い年で共に蟹座でありゲーマーでもあるので、とても仲良くして頂いています。

 

「あ、その座は喜んで紗南さんにお譲りします」

 そう言うと盛大にずっこけました。吉〇新喜劇みたいです。

 私が目指しているのはライブ中心の正統派アイドルですから何も問題ありません。時既に時間切れな気もしますけど。

 

 紗南ちゃんがよろよろと立ち上がりました。

「いいえ、不戦勝だなんてゲーマーとしての鉄のプライドが許さないわ。大人気のビームちゃんを倒してこそ、あたしは真のゲーマーアイドルになれるのよ!」

「大人気って……、大げさじゃないですか?」

「いや、全然。熱狂的な信者があれだけ沢山いるんだから謙遜(けんそん)しなくていいって。ちなみにあたしも大ファンだよ!」

「あ、ありがとうございます……」

 自分の動画のファンにリアルで会ったのは初めてなのでどうリアクションすればいいかわかりませんが、とりあえずお礼を言っておきました。

 

「でも、勝負って何をするんですか?」

「もちろん、ゲームに決まってるじゃない。ほら、早く行くよ!」

「え、ちょっと……!」

 手を繋がれて、寮内にある紗南ちゃんの部屋まで連行されました。仕方ありません。付き合ってあげましょうか。

 

 

 

 部屋の中は大体予想したとおりでした。ゲームハードやソフトが所狭しときっちり収納されています。整理整頓が出来ていて素晴らしいです。どこかのドブ川に見習わせたいですよ。

「勝負内容はどうするんですか?」

「対戦ゲームの三本勝負でどう?」

「はい。それでいいですよ」

「じゃあ、ソフト決めだね。どれにする?」

 紗南ちゃんが収納ケースを引っ張り出し、様々なソフトを取り出しました。良ソフト揃いで豊富な品揃えです。

 

「私が決めていいんですか?」

「いいよ。どれも自信あるし!」

 紗南ちゃんが胸を張りました。かなり自信を持っているようですが、私もテレビゲームに関しては一日の長があります。ゲーマーアイドルになる気はありませんが、勝負とあっては負けたくありませんので華麗に返り討ちにしてげましょう。ふっふっふ。

 

「では、初戦はこれにしましょうか」

 そう言って私は『鉄拳6 BR(BLOODLINE REBELLION)』を選択しました。格ゲーはそこまでやりこんではいませんが、鉄拳は好きなシリーズなのでナンバリングタイトルは全てプレイ済みです。紗南ちゃんにギャフンと言わせてあげます。

「へぇ~それでいいんだ」

 何だか含みのある言い方なのが少し気になりますが、まぁいいでしょう。

 

 PS3をセット後ゲームを起動します。キャラクター選択画面になったので、迷わずアーマー・キングを選択しました。覆面ヒールレスラーキャラなんですがなぜか好きなんです。

 一方、紗南ちゃんは三島平八を選択しました。

「じゃぁ、二本先取した方が勝ちでいいよね」

「ええ、いいですよ」

 

 そうして試合が始まりました。さて、まずは少し様子を見ましょうかと考えていると、紗南ちゃんが操る平八が物凄い勢いで襲い掛かってきます!

「え!? ちょっ、ま……」

「待たないよ!」

 見事な連続コンボを叩き込まれ、何も出来ずあっというまにKOされました。

 ちょ、ちょっと油断しましたね。次ラウンドで挽回しましょう。

 

 2ラウンド目は私の方から攻撃をしていきます。

 ですが全て正確にブロックされました。そして攻撃の合間を縫って的確に反撃されます。

 そうするうちに、また瞬殺されました。

「あはは、ビームちゃん弱~い!」

「くっ……」

 逆にギャフンと言わされました。この子格ゲーガチ勢じゃないですか! にわかの私がハナから勝てるはずがありませんでした。

 いくら動体視力が良くてもプレイングがガバガバではお話になりません。

 

「鉄拳はアタシが一番得意な格ゲーなんだよ! 知らなかった?」

「いや、知ってたらこのソフトで勝負なんて挑みませんよ……」

 これはまずいです。ここのゲームは全て紗南ちゃんの私物ですから、どれも相当やりこんでいるに違いありません。実力差がはっきり出るゲームではまず勝負にならないでしょうから、次戦からは運要素の強いゲームにしましょう。

 

 

 

 そして次のゲームを選択しました。ソフトは『キン肉マン マッスルタッグマッチ』です。昔懐かしいファミコンのアクションゲームで、対戦も可能です。

 このチョイスはある意味賭けでもありました。本作では誰がどのキャラを使うかが勝敗を大きく左右するのです。

 

「キャラ選択権は、どうするの?」

「公平にじゃんけんで決めましょう」

「……わかった」

 お互い表情は真剣です。それぞれ思い思いのポーズで気合を入れました。

「最初はグー!!」

「ジャン! ケン! ポン!」

 私はグー、紗南ちゃんはチョキです。

 それを見た瞬間、思わず『コロンビア』のガッツポーズをしました。

 紗南ちゃんは甲子園で敗れた高校球児のようにうなだれています。

 

「あの、ブロッケン禁止令は……」

「ないです」

「うう……。やっぱりそうだよね」

「いやいや、ブロッケンJr.以外でもまだまだ勝利の可能性は残されています。どうぞ、存分に夢を追い続けてください。私はその姿を心から応援しますよ」

 笑顔で紗南ちゃんを励ましてあげました。

 

 ブロッケンJr.の『ナチスガス殺法』は本作唯一の飛び道具でして、超長距離の射程範囲と起き上がり攻めの絶対的な強さが群を抜いています。要は、ブロッケンJr.を選択した時点でほぼ勝ち確なのです。

 その後、紗南ちゃんはテリーマンで健闘しましたが、ブロッケンJr.の前に無残にも散っていきました。卑怯と言われようとも勝ちは勝ちです。勝てばよかろうなのだ。

 

 

 

「最後はこれにしましょうか」

 そう言って、最後のゲームを選択しました。ソフトは『ドカポン3・2・1 〜嵐を呼ぶ友情〜』です。双六風の世界観で、ルーレットを回すボードゲームですね。町や村を支配するモンスターを退治して行き、規定のターンを終えた際に最も総資産の多いプレイヤーが優勝となります。

 それなりに運要素もありますので、鉄拳6BRのように一方的にやられることはないでしょう。友情破壊ゲームとして有名ですが、私と紗南ちゃんの仲なら絶対に大丈夫です!

 

「げ。それ行っちゃうかぁ~」

「ええ、何か問題でも?」

「いや、ないけどさ。リアルファイトは勘弁してよ。ビームちゃんに殴られたら即天国だからね」

「あはは。そんなことしませんって」

 累計年齢50歳ですからゲームの一つや二つで簡単にキレたりはしません。全世界探してもこんな淑女は中々いないのです。

「じゃあ早速やっていきましょう」

 そう言ってスーファミをセットしました。

 最初は比較的和気藹々としたプレイです。そして小1時間が経過しました。

 

 

 

「ビーム! 人の皮をかぶった悪魔め!!」

「裏切りではない、これは知略だ!!」

「彗星は二度と輝かぬ!!」

「この手で最も醜く哀れな死をくれてやろう! 紗南!」

 

 双方ブチギレです。どうしてこうなったのか、コレガワカラナイ。

 蜘蛛の糸に群がる亡者の如く、互いの足を引っ張り合う泥沼の争いが続きました。

 生き馬の目を抜くような殺伐さは正に現代社会の縮図です。

 

「フハハハハ!!」

 色々と汚い手を使いながらも、何とか勝利をもぎ取りました。

 バカめ! 勝てばいいんだ、なに使おうが勝ち残りゃあ!!

 ……あら、いけないいけない。つい興奮してジャギっぽくなってしまいましたよ。

 

 しかし久しぶりに楽しい時間を過ごせました。

 最近はネット経由で世界中の方々と対戦できますが、こうやって肩を並べて一緒にプレイをするのはそれとは別の楽しみがありますね。

 前世では生き残ることに必死で、友達と一緒に楽しくゲームする暇なんてありませんでしたし。

 

「負けた……。ゲーマーアイドル廃業だ……」

 紗南ちゃんが明日のジョーのラストシーンのように燃え尽きていました。

「いや、ゲーマーアイドルの座は紗南ちゃんにお譲りしますよ。それよりこれからもたまにゲームのお相手をして貰えると嬉しいです」

「当たり前だよ。協力対戦なら任せて! ……ドカポンはもう嫌だけど」

「ふふ、ありがとうございます。……ドカポンは封印しましょう」

 人間が出来ていない私にとって、あれは危険すぎます。

 

「そうだ! どうせならアタシ達二人でゲーマーアイドルになればいいじゃない! 目指すは一緒に最強ゲーマーアイドルだよ!」

「あはは。それもアリかもしれませんね」

 紗南ちゃんと一緒なら、ゲーマーアイドル路線もいいかもしれません。

 

「それより次回のRTA動画はいつアップするの? まだソフトが決まってないのなら、お奨めのレトロゲーRPGが結構あるからそれで走ってみない?」

「お奨めって、どんなラインナップですか」

 紗南ちゃんの推薦するソフトにはちょっと興味があります。

 

「え~とファミコンなら『星をみるひと』『未来神話ジャーヴァス』でしょ。スーファミだったら『摩訶摩訶』『ガイアセイバー』とかかな。PSだと『スペクトラルタワー』『里見の謎』なんていいんじゃない?」

「やめてください しんでしまいます」

 どれも折り紙付きの由緒正しいクソゲーRPGじゃないですか! そんなゲームのRTAなんてやったら胃潰瘍不可避です。

 げんなりする私を見て紗南ちゃんは大爆笑していました。

 

 

 

 なお余談ですが、テレビ局のお偉いさんが私のRTA動画の熱狂的なファンだったようで、私をメインとしたゲーム関係のレギュラー番組を二つ企画して頂きました。

 月一の衛星放送(CS)ではありますが、何ともありがたい話ですね。世間様は意外と狭いようです。

 

 一つ目は『横浜エンカウント』といい、私と紗南ちゃんでゲームをプレイしながら緩く雑談をするトーク番組です。紗南ちゃんは「ゲーム関係の仕事が来た! しかもビームちゃんと一緒だ!」と大層喜んでいたので、私もとても嬉しくなりました。

 二つ目は『RTA CX』という番組名でして、私がレトロゲームのRTAに挑戦する様子を1時間に編集した番組です。

 私のガバガバなプレイングと、静かにキレながら淡々と毒を吐く様子が見所のようです。

 

 いやいやいや、そんなことよりコメットを取り上げて欲しいんですけど……。

 

 

 

 

 



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第18話 サザンクロス編

「ニンニクナシヤサイマシマシアブラマシマシカラメマシ」

「あいよ!」

 

 私のコールに応じる親父さんの威勢のよい返事が響きます。

 熱気が渦巻く店内は正に男の聖地と言えるでしょう。この風、この肌触りこそ二十郎です。

 今は夜の9時過ぎで閉店時間が迫っていますが、二十郎ファンの中でも評判の良い支店だけあり満席の状態です。

 

 暫くしてお目当てのラーメンが颯爽(さっそう)と眼前に現れました。ここからが私にとっての聖戦です。

 箸を取り食す体勢に移行しましたが、ふと違和感に気付きました。注文していない煮卵が二個、丼に盛られていたのです。

 

「あの~、おじ様。私煮卵頼んでないんですけど……」

「最近良く来てくれるからな、サービスだ」

「わぁ、ありがとうございます♪ おじ様の美味しいラーメンの味が忘れられなくて、つい通ってしまうんですよ~」

「おう、嬉しいこと言ってくれるじゃあねえか!」

 親父さんが照れくさそうに答えました。くっくっく。世の中チョロいです。

 中身はドブ川ですが見た目はそれなりですから、騙されるのも無理はありません。

 

「しかし嬢ちゃんも変わったアイドルだな。ウチのラーメンを食いに来るアイドルなんて嬢ちゃんで二人目だぜ」

「え? 私以外にもこんな所にくるアイドルがいるんですか?」

 これは意外でした。ここは男達の戦場ともいえる場所です。そんな所に来るなんてよほどの世間知らずかラーメン好きなのでしょう。

 

「なんつったっけな。テレビにも良く出てる有名な子なんだが、名前をド忘れしちまった。銀髪で上品な感じの嬢ちゃんだったんだが、細っこいのに平然と特盛を平らげたもんだからたまげたぜ」

 346プロダクションの銀髪アイドルといえば高峯(たかみね)のあさんが真っ先に浮かびましたが、ラーメン好きという印象は無いので彼女ではないでしょう。他のプロダクションの子でしょうか。

 話が合いそうなので是非お会いして見たいものです。

 

「ほら、さっさと食わねえと麺が伸びるぞ!!」

 おっとそれどころではではありません。まずは目の前のブツを処理することに専念しましょう。

 何があってもロットを乱してはならぬのです。そんなことをしたら即ギルティ(有罪)です。そう思って食し始めました。

 

 化学調味料がふんだんに使われた安っぽい味が(たま)りません。正に究極のジャンクフードです。

 前世では横浜生まれ横浜育ちでしたのでラーメンといえば家系がメインですが、二十郎も捨てがたいです。不幸楽苑や天上一品、花月風等も好きですけどね。

 こんな不健康なものを好んで食べていたから前世では早死にしたんでしょう。あははは。

 

 でも食べます。結局、馬鹿は死んでも治りませんでした。

 人間いつ死ぬかわからないのですから、好きな時に好きなものを食べればいいのです。マズいものを我慢して食べて長生きしても楽しくはないと思います(故人の感想です)。

 この後の副業に差し支えるのでニンニクは泣く泣く抜きましたけどね。

 しかし、三分の二を超えた辺りから食べに来たのを超後悔するのは何故なのでしょうか……。

 

 その後なんとかロットを乱さずに完食し家路につきました。YE NOT GUILTY(汝ら罪なし)です。

 本日はとあるバラエティ番組の収録でしたが、346プロダクションでは中学生を夜8時以降働かせてはならないという社内規程があるため切り上げさせられました。

 大企業らしく労働基準法を尊重しコンプライアンス(法令遵守)を徹底する姿勢は素晴らしいですが、今の私にとってはただの足かせでしかありません。

 

 前世にいらっしゃったブラック企業経営者の(かがみ)は『365日24時間死ぬまで働け』という名言を残しましたが、今となってはその言葉と同じ気持ちです。当時は純粋に『ファッキュー〇ッキ』と思いましたけど。

 必要な時に働かず不要な時に働くなんて、労働基準法は私に何か恨みでもあるのでしょうか。

 

 今はコメットの知名度と人気を高める必要があるため、時間が惜しいのです。

 お仕事のない夜間を無駄使いしたくはないので、ここ最近は『とある副業』をやっていました。今日もその副業がありますので、もう一働きしなければなりません。

 

 

 

「……ただいま」

 一旦家に帰り、寝ている両親と朱莉を起こさないようそうっと自室に向かいます。部屋に入って着替えをした後、ベッドの中にクッション等を詰め寝ているように偽装工作をしました。

 その後部屋に隠してあるスポーツシューズに履き替え、窓からこっそり抜け出します。

 

 面倒ですが、一回家に帰らないと心配されてしまう恐れがあるので仕方ありません。私を誘拐できるような人はこの世にいないのですから、別に心配しなくていいんですけど。

 そんな方がいたら是非闘ってみたいです。生まれ変わってこの方、100%中の100%でぶつかれる強者とは出会えていませんので。

 

 脱出後、『これからそちらに向かいます』とメールを送りました。

 すると直ぐに返信が返ってきます。『承知しました。姐さん』というメールを確認した後、ママチャリに乗ってある場所に向かいました。

 

 

 

 20分くらいで目的地に到着しました。

 眼前には朽ち果てた廃工場が映っています。ここは以前、巣駆来蛇(スカルライダー)粉微塵(こなみじん)に潰した場所です。

 ガラの悪い男達が十数名たむろしていますので、そちらに近づいていきました。

 

「お疲れ様です! 姐さん!」

 彼らから一斉に挨拶されました。皆一列に並んで腰を90度に曲げ、しっかり頭を下げています。どうやら教育の成果が出ているようですね。

 その中には、先日デビューミニライブに来た巣駆来蛇(スカルライダー)の元総長もいます。男性の名前には微塵も興味がありませんのでフルネームは忘れてしまいましたが、確か阪神サーベルタイガースが好きそうな名前でした。今では適当に虎ちゃんと呼んでいます。

 

「ご苦労様。今回の相手はまだ来ていないのですか?」

「申し訳ございません! ですが、もう少しで到着するそうです」

 虎ちゃんから報告を受けました。

「この私を待たせるとは中々良い度胸をしていますね。族の名前はなんでしたっけ?」

毘沙門天(びしゃもんてん)です。埼玉の川越近辺を本拠地にしている、二十名程の小規模なチームです」

 

 はぁ、また雑魚ですか。何とも張り合いがありません。

「次回はもっと大物を呼んで下さいよ。わざわざ新チームを立ち上げて貴方を再び総長にしてあげたんですから」

「努力します! しかし、別に自分は望んで総長になった訳では……」

「ん? なにか文句でも?」

「め、滅相(めっそう)もありません!」

 笑顔で問いかけると虎ちゃんの顔が引き攣りました。取って食べませんから大丈夫ですって。

 

「来ました!」

 報告と同時にけたたましいバイクの音が周囲に響きました。ようやく生贄(いけにえ)が到着したようです。

 十数台のバイクがこちらに向かってきます。威嚇(いかく)するように廃工場の周囲を一周した後、敷地内に入ってきました。

 一番偉そうな男がバイクから降り私達の方へ近づいてきます。顔中ピアスだらけですがアフリカの原住民の末裔(まつえい)なのでしょうか。

 

「テメェが毘沙門天(びしゃもんてん)の総長の玉井か?」

 虎ちゃんが問いかけました。私以外には強気なんですよねぇ、この子。

「んだオメェは! だったらどうした!」

「俺は総長の虎谷だ。これから鎖斬黒朱(サザンクロス)毘沙門天(びしゃもんてん)との他流試合を行う。用意はいいか?」

「喧嘩上等! とっくに気合全開だぜ。いいから早く始めろや!」

 

 『鎖斬黒朱(サザンクロス)』とは、先日私が立ち上げた暴走族のチームです。

 メンバーは巣駆来蛇(スカルライダー)の残党をそのまま取り込みました。暴走族とはいっても純粋に走りを楽しむチームに生まれ変わらせましたので、世間様に迷惑を掛ける行為はしないように徹底しています。もはや快走族と呼んでもいいでしょう。

 

「試合の前に改めてルールを説明しておく。知らなかったは通用しないからな。良く聞いておけ。

試合は一対一で行う。反則にあたる行為は一切ないし、武器を使っても構わない。相手を気絶させるか、参ったと言わせた方の勝ちとする。仮に怪我をしても一切文句は言わないこと。ここまではいいか?」

「ああ」

 顔面ピアスが素直に頷きます。

 

「では、勝負後の条件について説明する。重要事項だから良く聞けよ。

一.勝ったチームは負けたチームをそのまま吸収する。

二.負けたチームのメンバーは全員、勝ったチームの総長の命令に従う。

三.負けたチームのメンバーは全員、346プロダクションのアイドルグループであり、姐さんが所属している『コメット』のオフィシャルファンクラブに入会する。そしてデビューCDを1人5枚購入する。

以上だ。何か質問はあるか?」

「ちょっと待てや! 最後の条件だけおかしくねえか!?」

「何もおかしくはない。この条件でいいな!」

「ちっ。……まぁいいさ。どうせ俺が勝つから関係ねぇしな」

 

 これがコメットの存続をかけた『新・三本の矢』の三本目──『突撃! 隣の暴走族』です。

 実際にはおびき寄せているので突撃ではないですけど、そんなことは誤差ですよ誤差。

 ファンクラブ会員数はアイドルの人気を客観的に計る貴重なバロメーターなのです。コメットの強制解散を防ぐため、一人でも多くの会員を集めようと思って必死に考えた結果がこれです。

 

 少し前に巣駆来蛇(スカルライダー)を強襲したことで『ピンクの覇王』の名前は暴走族業界に轟きました。私を倒せば自分のチームに箔が付くと考えるお馬鹿さんは多いのです。

 ならばそのネームバリューを利用して一稼ぎしようと思い、鎖斬黒朱(サザンクロス)を立ち上げた訳です。

 

 しかも自分達のチームが勝てば鎖斬黒朱(サザンクロス)をそのまま取り込めるのですから、こんな破格の条件はありません。関東各地の暴走族がこぞって我々に勝負を挑んできました。

 結果はお察しの通り、今や鎖斬黒朱(サザンクロス)は関東の一大勢力と化しています。

 

 チーム名ですが、北斗の拳に出てきた序盤最大の敵であるシンが組織していた軍団──KING(キング)軍の本拠地と同じ名前を付けさせて頂きました。原作に対するリスペクトの精神です。

 関東一円を制覇するにあたり、これほど相応しいチーム名はないと思いますね。愛する者のためだけに作られたと言う点も同じですから。

 ちなみに当て字ですが、自主規制という『鎖』を『斬』った元『黒』企業社員の七星『朱』鷺という意味です。スマホで漢字変換をしながら適当に考えました。

 

 私は暴走族業界には(うと)いので、巣駆来蛇(スカルライダー)の総長をしていた虎ちゃんに鎖斬黒朱(サザンクロス)の総長になってもらい、昔のツテを使って生贄(いけにえ)となる暴走族との調整を行ってもらっています。

 当初は物凄く迷惑そうでしたが、私が誠心誠意お願いすると快く引き受けて頂けました。あくまで自主的に協力を申し出てくれたのです。決して写真を使って脅したりはしていません。

 でも、虎ちゃんをはじめ巣駆来蛇(スカルライダー)の残党が全員ファンクラブ入会済だったのは驚きでした。ドM比率の高いチームだこと。

 

 

 

 そうこうするうちに試合の時間となりました。

 なお、決闘だと決闘罪に問われる恐れがありますから、ボクシングのスパーリングと同様に試合という形式を取っています。

 善良で良識ある一市民として、法律はきちんと守らなければいけません。

 

「はっ。はぁっ!!」

 顔面ピアスが派手にデモンストレーションをしています。

 あの動きはシステマでしょうか。ロシアの軍隊格闘術とは、良いところに目をつけたものです。北斗神拳の前では無意味ですけど。

 

「それでは、お手柔らかにお願いします」

 試合前の礼儀として一礼しました。相手が誰であっても挨拶は大切です。

「オメェがピンクの覇王か。無駄に背が高いデカ女だな」

「そうですね。今は成長期ですから」

 聞き慣れた誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)なので適当にスルーしました。じわじわとなぶり殺しにするほど悪趣味ではないので、いつものように軽~くワンパンで沈めてあげましょう。

 

「は! こんなヤツがいるアイドルグループなんて、メンバーはドブスばっかに違いねえ!!」

 その言葉を聞いた瞬間、ブチィッ! という鈍い音が脳内に響きました。

「おい馬鹿ッ! 死にたくなきゃ口を閉じろ!」と、虎ちゃんが必死の形相(ぎょうそう)で叫びます。

 コメットの皆について、何か言っていたような気がしましたが聞き間違いでしょうか。

「今、コメットのことをなんて言いました?」

「ああ? 糞以下の超ドブスばっかだっつったんだよ!」

 

 はい、ギルティ(有罪)

「……きさまには地獄すらなまぬるい」

 

 

 

 ジョインジョイントキィ

 (中略)

 ウィーントキィ (パーフェクト)

 

 

 

「あべし!!」

 無残で無様なボロ雑巾が一枚出来上がりました。華麗で完璧な完封コンボを叩き込んでやりましたよ。キジも鳴かずば撃たれまいに。

「大馬鹿野郎が、無茶しやがって……」

 虎ちゃんが悲壮な表情で顔面ピアスを見つめています。何か思うところでもあるんでしょうか。

 まあ、どうでもいいでしょう。これでファンクラブ会員が20名増の上、CD100枚お買い上げです。

 ですがそのままめでたしめでたし、とはなりませんでした。

 

「貴様、よくも総長をこんな目にッ!!」

「よくわかんねぇことしやがって、潰す!!」

 毘沙門天の兵隊達の怒号が周囲に響き渡ります。

 それぞれ鉄パイプやバット等の凶器を手にし、私を囲むように『円陣』となって少しづつ距離を詰めて来ました。

 親の顔より見た光景です。いや、流石にそれは言いすぎですか。

「……何で暴走族って毎回決まって同じ行動をするんですかね?」

「いや、面目ないッス……」

 虎ちゃんがぼそっと呟きました。

 

「私の傍にいて下さい。そうでないと巻き込んでしまいますから」

「……了解です」

 毘沙門天(びしゃもんてん)の兵隊達が有効射程範囲に入ったことを確認すると、いつもの通り『北斗有情ローリングバスターライフル(鴻翔波)』で周囲を軽く一掃しました。

 鎖斬黒朱(サザンクロス)の兵隊が何人か自ら闘気に突っ込んで行きましたが、何を考えているのか全く理解できません。

 私が着地する頃には、敵味方入り乱れてヘブン状態になっていました。

 

「では、後処理の方よろしくお願いします。くれぐれも『記念写真』の撮影を忘れないように」

「承知しました! お疲れ様でした!」

 虎ちゃんと鎖斬黒朱(サザンクロス)の兵隊達に見送られながら家路に着きました。

 

 

 

 翌日の夜も試合でしたので、いつものようにママチャリで廃工場へ向かいました。

 到着後、虎ちゃん達に挨拶をします。

「ご苦労様。今回の相手はどんなチームですか?」

拳火上等(けんかじょうとう)という名前で、以前巣駆来蛇(スカルライダー)と抗争していた神奈川県下のチームです。巣駆来蛇(スカルライダー)の解散以降、急速に勢力を伸ばしています」

「へぇ。構成員は何人くらいですか?」

「詳細はわかりませんが、軽く100人は超えているかと」

 

 やりました。こういうのでいいんですよ、こういうので。

 これでファンクラブ会員が100人増です。CDも500枚お買い上げです。

 少し待たされましたが怒りません。ワクワクしながら到着を待ちました。

 

 暫くすると、物凄い騒音が周囲に轟きました。

 そして数十台のバイクが廃工場内に進入してきます。多分彼らが拳火上等(けんかじょうとう)なんでしょう。

 先頭を走るグループが私達の目の前で止まりました。バイクを止め、こちらに近づいてきます。

 驚くべきことに、先頭にいる方は『若い女性』でした。

 

「やっぱりテメェが来たか……」

「おうおう、誰かと思えば中坊──しかも女に潰された猫じゃねえか! 今更どの面下げて帰ってきたんだよ!」

 その女性が虎ちゃんに話しかけました。何だかからかうような感じです。

「テメェと顔を合わせたくねぇから復帰は嫌だったんだ……」

「ん? なんだ、やんのか?」

 会話内容から察すると、二人はどうやら知り合いのようです。

 

「虎ちゃん。こちらの方とはお知り合いで?」

「……拳火上等(けんかじょうとう)の特攻隊長です。巣駆来蛇(スカルライダー)時代に抗争していた奴です」

向井拓海(むかいたくみ)だ! 夜露士苦(ヨロシク)ゥ!!」

 威勢の良い挨拶をして頂きましたので「鎖斬黒朱(サザンクロス) 最高顧問の七星朱鷺です。よろしくお願いします」と返しました。

 

 しかし凄い美人さんです。モデルさんや女優さんと比べても全く引けをとりません。

 なんといっても、その胸部に付いている二つのお山が私の目を釘付けにします。大きさこそ及川雫(おいかわしずく)さんには及びませんが、大きさと形のバランスが絶妙なのがサラシ越しでもわかります。愛海ちゃんが見たら泣いて喜ぶでしょう。

「ありがたやありがたや……」

「ん……? (よこしま)な視線を感じるなァ……。拳の準備しとくかァ?」

 いけません、ついつい拝んでしまいました。

 

「……コホン。今日の試合相手はお前か?」

 虎ちゃんが場を仕切り直しました。

「オウ、アタシが相手だ! 文句あっか!」

 大ありですよ。試合相手がまさか女性とは思いませんでした。

 男性ならいくらボコろうが良心の呵責(かしゃく)は一切感じませんが、一般女性となったら話は別です。

 女性でも武道を修めている格闘家やストリートファイターでしたら事情は異なりますが、か弱い一般女性に手を上げてはイカンのです。とても闘う気にはなりませんでした。

 

 しかしどうしましょう。ここまで呼び寄せた以上、手ぶらで帰らせる訳にもいきませんし、何といってもファンクラブ100人増の夢が水泡に帰してしまいます。

 どうにか暴力以外で勝負は出来ないものでしょうか。考えた結果、妙案が浮かびました。

 

「向井さん。今日の試合ですが、女性同士ということもありますので、直接の闘いではなく走りで優劣を決めると言うのはいかがでしょうか?」

「走り? アタシはいいけどよ、アンタはバイク乗れないだろ」

「バイクは乗れませんけど、愛車がありますのでそれで勝負です」

 そう言って、留めてあったママチャリ──『黒王号(こくおうごう)』を持って来ました。

 ちなみに定価は9,980円(消費税込)で、変速ギアすら付いていません。

 

 周囲が静まり返りました。

 

「ふはは……! ふざけんなよ、ママチャリでバイクに勝てる訳ねえだろ!」

「……姐さんが凄いのは重々承知していますが、流石にチャリでは無謀です」

 深刻な表情の虎ちゃんに止められましたが、構わず続けます。

「私の愛馬は凶暴ですよ。それとも、自慢のバイクがママチャリ如きに負けるのが、そんなに怖いんですか?」

 私と同じく煽り耐性がなさそうなので、それとなく煽ってみました。

 

「上等だァ! やってやんぜ、オラァ!」

「では、スピード勝負と言うことで、よろしくお願いします」

  函館の塩ラーメンくらいあっさりと承諾して頂きました。

 

 その後、虎ちゃんに試合のルール説明をして貰います。

 廃工場敷地の外周を二周して、早くゴールにたどり着いた方の勝ちというシンプルなルールです。正方形の外周を二周するような感じで、八つのコーナー以外は直線なのでスピード勝負のレースになります。

 怪我をすると良くないので、相手に危害を加える行動や危険な進路妨害は禁止としました。

 なお、この廃工場は虎ちゃんの叔父さんの所有物件であり、敷地内は私有地なのでスピードを出しても法違反にはなりません。

 

 

「この勝負、もう一つルールを追加しませんか?」

 勝負にあたり思うところがあったので、彼女にちょっとした提案をしました。

「追加ルールだと?」

「はい、負けた方は勝った方の言うことを何でもきくということで」

「いいぜ。ママチャリに負ける訳ないしなァ!」

 その言葉が聞きたかった。これだけ証人がいれば反故(ほご)にはできないでしょう。

「よく見てなさい。皆が笑っていたこのママチャリの本当の限界を今から見せてあげます」

 そう言い放ち、不敵な笑みを浮かべてみました。

 

 試合時間になりましたので、それぞれスタート地点で準備をします。

 向井さんのバイクは排気量こそ400ccで中型ですが、かなり手が入れられています。恐らく大型バイクにも負けない性能があるでしょう。だからこそ倒しがいがあります。

 

 

 

 スタートの合図は虎ちゃんにお願いしました。

「3・2・1……」

 カウントダウンを始めます。

「GO!」

 その合図を受けて、両者一斉に飛び出しました!

 

 スタート直後は様子見のため、向井さんに先行を譲ります。

 スリップストリームに入ってその影を追う様に張り付きました。こうすることで空気抵抗が通常より低下した状態になり、走りやすくなります。

「上等じゃねーか!! コーナー二つも抜けりゃミラーから消してみせるぜ!!」

 彼女の声が周囲に響きました。

 

 予想通り、向井さんのバイクは相当チューンナップされています。

 普通の人ならママチャリでバイクに付いていくなんて到底不可能でしょう。

 彼女の不幸は、相手が私だったことですね。

 

 四つ目のコーナーを抜け、早くも一周目が終わろうとしていました。

 スタート兼ゴール地点の前にある長いスロープの付近を通過しましたが、両者の距離は開いていません。むしろ縮まっています。

「どうしたんだ! 今日に限ってやけにノロく感じる!! クソッタレが、エンジンが止まってんじゃねーのか!!」

 かなり動揺していますが、走りに影響していないのは流石です。

 

 先ほどからプレッシャーを掛け続けていますが、ミスがないので抜くタイミングに苦慮していました。抜かせないためのブロッキングが非常に上手いので、このままでは負けてしまうかもしれません。

 ここはあの作戦で行くしかないでしょう。

 

 二周目のゴール前、最後の長い直線でスリップストリームから抜け、向井さんの外側から抜きにかかる素振りを見せます。

「なめてんじゃねーぞっ! 外から行かすかよ!!」

 そう叫んで、外側に(ふく)らみ猛然とブロッキングをしてきました。

 狙い通り、陽動に引っかかりましたね!

 

 私は逆に、内側に向けて猛スピードで漕ぎ出しました。

 向井さんも慌てて被せてきますが、内側から抜くことが目的ではありません。

 目標は、工場外部に設けられた長いスロープです。

 勢いをつけママチャリごとジャンプし、スロープ脇に設けられた手すりに飛び乗ります。

 そのまま機体強度の限界を無視して猛烈に加速し、カタパルト上で加速する戦闘機の如く、超スピードで飛び出しました!

 

 名作映画『E.T.』の名シーンのように、ママチャリで空を飛びました。

 これぞ、空中に描くラインです!

 そのまま向井さんのバイクを追い越しました。空中ですから当然ブロッキングは不可能です。

 

「ふ、ふざけんなァァァ!」

 大声で叫ぶ向井さんを尻目に、ゴール地点に着地しました。

 その瞬間、機体強度の限界を迎えたママチャリが見事に崩壊したので華麗に飛び降ります。

 30回半ひねりで着地しましたので、新体操なら10点満点でしょう。

 

 ママチャリでは私の全力にはとても耐えられないので、壊れてもいい最後の直線で本来の力を発揮したのです。

 さようなら、第十二代目黒王号。よく4ヵ月耐えてくれました。

 また明日新しいママチャリを買ってこなければいけませんね。今度は第六代目カスケードと命名しましょう。

 

 

 

「アタシの……無敗伝説がッ……!」

 敗北した向井さんが、がっくりとうなだれます。

 私の予想よりも断然早かったですが、相手が悪かったと言わざるを得ません。

 

「それでは私の勝ちということで。今日から拳火上等(けんかじょうとう)鎖斬黒朱(サザンクロス)の一員ですよ」

「……ああ。女に二言はねぇ。正々堂々タイマンで負けたんだから悔いはねぇさ」

 拳火上等の兵隊達も納得している様子でした。この潔い態度、凡百の暴走族とは格が違います。

 

「それともう一つ。向井さん、先ほどのお約束を覚えていますか?」

「うっ……」と呟いて、苦虫を噛み潰したような表情をしました。

「負けたら何でもするって言いましたよね?」

「ああ、もう! 煮るなり焼くなり好きにしろや!」

 そう叫んで、その場で大の字で寝っ転がります。

「私のお願いは……」

 

 

 

「おはようございます。拓海さん」

「……うっす。朱鷺」

 346プロダクション内で拓海さんとすれ違いましたので挨拶します。

「ここはもう慣れましたか?」

「まぁ、ちょっとはな……」

 

 拓海さんに対する私のお願いは、『暴走族を引退して、346プロダクション所属のアイドルになること』にしました。

 あれだけの美貌(びぼう)とお山をお持ちの方を放置するのは余りにも惜しいと思ったのです。歴史シミュレーションゲーム好きとしては、在野の有能な人材はつい自陣に入れたくなってしまうのです。

 コメット存続には寄与しませんが、ティン! と来てしまったのですから仕方ありません。

 

 346プロダクション側も即採用しましたので、私の目に狂いはなかったと言えるでしょう。

 なお、犬神P(プロデューサー)では制御できなさそうなので、癖のあるアイドルを数多く担当しているPにお任せしました。

 金髪にサングラス、ピアス、黒スーツに派手なシャツという中々個性的なPですが、有能との評判なので任せておけば問題ないと思います。

 元々拓海さんをスカウトする予定で目を付けていたそうなので、私が介入しなくてもアイドルになっていたのかもしれません。

 

「ま、向いてねえとは思うけど……。頑張ってやるよ。それでいいんだろ?」

「はい。拓海さんは絶対アイドル向きだと思うので、是非頑張って下さい」

「はァ!? どう考えても向いてねえだろ!」

「ふふふ。そう思っているのは拓海さんだけですよ」

 

 意外にノリノリでアイドル活動をやっていることは、私の耳にも伝わっているのです。

「朱鷺が無理矢理つれてきたんだから責任もてよ!」

「はいはい。一緒に頑張りましょう」と笑顔で返しました。

 アイドルのスカウトというのも意外と面白い仕事かもしれません。

 引退後の転職先候補リストに追加しておきました。

 

 

 

 その後は何事も無く関東一円の暴走族を傘下に治めました。

 鎖斬黒朱(サザンクロス)の傘下に入った皆さんは争いや暴走行為の虚しさを悟ったようで、復学したり就職したりしてそれぞれ更正の道を歩んでいます。

 自分達より遥かに滅茶苦茶なことをしている人を目の当たりにして冷静になったそうですが、誰のことを指しているのでしょうかねぇ。

 まぁ、彼らやその家族にとってこれはこれで良かったのではないでしょうか。

 ですが私のことを『QUEEN(クイーン)』と呼ぶのは本当に止めてほしいです。そこまで原作をリスペクトしなくていいから。

 

 なお、関東制圧後は夜間帯が暇になってしまったので、賞金を目当てに闇ストリートファイトのランキング戦にチャレンジすることになりました。詳細を語ると長くなるので割愛しますがそちらは楽しめましたよ。

 身バレを防ぐためちゃんと仮面を装着し、『名も無き修羅』として参戦しました。

 

 北斗神拳には『水影心(すいえいしん)』といって、戦った相手の拳を己の分身とし自在に使える奥義がありますので、『同撃酔拳』『確定予測』『風の拳』等の面白い新技を仕入れることができました。

 特に赤髪の美人さんの空中技は見事でした。彼女の技や動きも完全にコピーしましたので、トキ(北斗の拳)の身体能力と組み合わせることで更に面白い動きができるようになりました。

 戦えば全てを学ぶ。故に北斗神拳は究極の暗殺拳であり、地上最強なのです。

 

 ランキングに入っていたランカー100名を一週間で潰してしまいましたが、もう少しゆっくり闘っても良かったかもしれません。

 いや、皆さん普通に強いんですよ。あらゆる防御と攻撃を無効化してしまう私が悪いのです。

 

 闘いの様子は会員制の裏サイトを通じて全国の格闘技ファンに生中継されており、賭けも行われていましたが、最後の方は全員私に賭けていたので賭けが成立しませんでした。

 賞金は結構な額になりましたので『Comet!!』のCDが増産されたら全力で自爆営業をする予定です。

 

 ……アイドルってなんでしたっけ。

 

 

 

 



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裏語③ 乃々の奇妙な作文

「ありがとう、ござい、ましたぁぁ……」

 ベテラントレーナーさんに一礼した後、(もろ)くもその場に崩れ落ちます。

「アイドルは体力勝負だ! もっと体力を付けろよ、森久保ォ!」

「は、はいぃぃ……」

 今日のダンスレッスンが、やっと終わりました。体力に人一倍自信のないもりくぼにとっては、地獄のように思える時間です……。

 

「大丈夫ですか、乃々さん!」

「……もう、むーりぃー」

 ほたるちゃんの問いかけに何とか応えました。

「返事が出来れば大丈夫さ。次の人の迷惑になるから、着替えてプロジェクトルームに行こうか」

 飛鳥ちゃんに支えてもらいやっと立ち上がって、更衣室に向かいます。死にそうです……。

 

 

 

 着替えの後はプロジェクトルームでみんなとお茶をしました。紅茶のいい匂いがお部屋を満たします。

 ただ、今日も朱鷺ちゃんはいませんでした。

「今日も朱鷺ちゃんはお仕事ですか……?」

「そうみたいです。最近かなり忙しいですよね……。昨日も『逃亡中なう』の収録があったみたいですし」

 

 逃亡中なうって、テーマパークとかで鬼役のハンターさんを相手にかくれんぼ兼鬼ごっこをする深夜のバラエティ番組ですよね。

 ハンターさんはスプリンターの脚力とマラソンランナーの持久力を併せ持っていて、見つかったらほぼ逃げられないので、どうやって上手く隠れるかが重要なポイントになります。

 夜は眠くて早く寝てしまうので何回かしか見たことはありませんけど、アイドルの人たちもよく出演されているみたいです。

 もりくぼの場合、出ても始まって1分以内に捕まる自信があります……。

 

「ちょっと用事があったので電話でお話ししたんですけど、『ハンターさんが全員一歩も動けなくなるまで華麗に翻弄(ほんろう)して差し上げました』って(おっしゃ)っていました」

「……もはや、やりたい放題だな」

 飛鳥ちゃんが短いため息を吐きました。

 番組の趣旨と違うような気がしますが、もりくぼの気のせいだと思いたいです。

 

「最近はレッスンやプロジェクトルームにもあまり来ませんし、もりくぼ達のことを嫌いになったのでしょうか……」

 なんだかとても不安です。

「トキに限ってそんなことはないさ。でも何か隠していることは確かだね。……狂い出す運命だったのか、それとも初めから狂っていたのか」

「私達に相談出来ないことがあるのかもしれません……」

 二人とも表情が()えないです。

 

「悩みがあるんだろうけど、それが何なのかがわからないな。何も無ければ自ら進んで体力系のバラエティ番組に出演したりしないだろうしね。

 少し前まで『私はクールビューティーでミステリアスなキャラですから、バラエティ番組はあまり興味がありません』とか言っていた子とは思えないよ」

「……クールビューティーでミステリアスかはともかく、不思議ですよね。私も何度か訊いてみたんですが、その度にはぐらかされてしまいました」

 やっぱり最近の朱鷺ちゃんは何か変です。みんなそれを感じ取っているようでした。

 

 

 

「皆、いるかい?」

 そんな話をしていると、ノックの後でPさんが入室されました。笑顔は作っていますが、何だかとっても疲れている感じです。

「おはようございます。犬神Pさん。朱鷺さん以外は揃ってますけど、何か御用でしょうか」

 Pさんの質問に対し、ほたるちゃんが笑顔で答えます。

「ああ、ちょっとお願いがあって来たんだ。ファンクラブ会報誌の次号に載せるために、皆にある企画の原稿を書いてもらおうと思って」

「ど、どんな企画なんでしょうか……?」

 疑問に思ったので、小声で口にしてみました。

 

「内容だけど『他のメンバーが見た! 〇〇ちゃんってこんな子!』というタイトルで、本人以外のメンバーの目線からメンバー紹介をしてもらおうという企画なんだ。

 第一弾は七星さんについて取り上げることになったから、悪いんだけど皆で相談して、四日後迄に400字くらいで七星さんの紹介文を用意してほしい」

「ああ、他グループのファンクラブ会報誌でもやってるヤツだね。OK、わかったよ」

「大変な時期なのに悪いな。俺も皆のために頑張るから、一致団結してこの難局を乗り切ろう! それじゃ、頼んだよ!!」

 

 そう言って、犬神Pさんは足早に立ち去りました。

「難局と言っていましたけど、一体何のことでしょうか……」

 もりくぼにはよくわかりませんでした。

 

「犬神Pさんも最近忙しいように思います」

「年度末だから特にね。来月は4月で新年度だし番組改変期だから、今の時期はテレビやラジオ、インターネット放送局への出演依頼や調整等で各Pは相当の仕事量らしい。それに彼はボク達以外に6人もアイドルを担当しているし」

 ほたるちゃんや飛鳥ちゃんの言うとおり、最近Pさんはとても忙しくて仕事の連絡以外で話す機会が殆どありませんでした。

 本当は朱鷺ちゃんのことを相談したいんですけど、忙しい時に面倒事を持ち込んではいけないような気がして中々言い出せません。

 

「でも、仕方ないです……。Pさんはマネージャー的な仕事も同時にやっていますから、コメット内のことはこちらで何とかしないと……」

「ああ。でも、今は先ほどの課題を完了する方が先決のようだ」

「そうですね。とりあえず朱鷺さんの紹介文を書きましょう」

 

 朱鷺ちゃんのことは一旦置いておいて、みんなで紹介文について考えることになりました。

 紹介文といっても、何を書けばいいのか全然検討がつかないです。

「それでは誰が書きましょうか?」

「ボクは漫画は描くけど小説はあまり書いたことがないからね……。ここはノノがいいんじゃないかな。作家を目指しているくらいだから、作文とか得意だろう?」

「えぇ……!?」

 まさか指名されるとは思ってなかったので、軽くパニックになりました。

 

「作家って言っても絵本作家ですよ……。作文は苦手じゃないですけど、流石に書くネタがないとむーりぃー……」

 せめてどういう内容にするか方向がわからないと、書きようがないんですけど……。

「ではホワイトボードに朱鷺さんの特徴を書いていきましょう。それを皆で話し合ってキーワードを決めて、それを組み合わせて紹介文を書くのはどうですか?」

 ほたるちゃんから提案がありましたので、「それなら、なんとかなるかもしれません……」と小声で答えました。

 

 プロジェクトルームの(すみ)っこにあったホワイトボードを持ってきて、飛鳥ちゃんとほたるちゃんが朱鷺ちゃんの特徴を書いていきます。もりくぼも思いつくことを書きます。

 10分後には両面の余白が埋まったので、何を残すべきかみんなで採用会議を始めました。バラエティ豊かなキーワードが(そろ)ってます。

「似たような内容は一緒に審議することにしようか」

 飛鳥ちゃんの言葉を聞いて(うなづ)きました。

 

 

 

 まずは『美人』『きれい』『Jewel(宝石)のような中二』について議論します。

「まぁ、これは異論ないだろう」

「肌はすべすべですし、小顔で目が大きいですから」

「胸は大きいけど細いです……」

 中学2年生とは思えないバストサイズです。もりくぼなんてバストは73cmしかないのに……。今時小学生でももっと大きい子がいますから、ちょっと悲しいです。

 

「まつげが長くて髪も綺麗ですよね」

 ほたるちゃんのいうとおり、濃い目の朱鷺色の髪が人目を引きます。

「ホントに素材は素晴らしいのさ。素材は……」

 一瞬の沈黙が流れました。

「……では採用決定ですね。重複する言葉は消していきましょうか」

 ほたるちゃんがクリーナーを手にして『きれい』と『Jewelのような中二』を消して『美人』を残しました。

 

 

 

 次は『スポーツ万能』『体力がある』『無限のフォース』です。

「朱鷺さんは暗殺拳の伝承者ですから、運動ができて当然なのかもしれません」

「ああ。でも、吸血鬼や宇宙人、未来人だったらそれはそれで興味深かったんだけれど」

「一時はほぼ確信してましたからね……。でも鍛えるだけであんな超人的な力が得られるものでしょうか。そもそも、暗殺拳なんてどこで習ったのかが不思議です」

「見当もつかないな。このセカイはボクが思っているより遥かに広いのかもしれない」

 

 ほたるちゃんと飛鳥ちゃんの会話におずおずと割って入ります。

「コメットの四人はみんな凄い身体能力を持っていると思われて困ってるんですけど……」

 二人とも眉間(みけん)(しわ)が寄りました。どうやら同じ悩みを抱えているようです。

「あんな芸当が出来るのは彼女しかいないけど、他人からはわからないからね。まぁ、そこは上手く説明するしかないだろう」

「私達は私達で出来ることをするしかありませんよね。あんな超人的なことはできませんけど、ダンスやボーカルを磨いていつでも一緒に仕事ができるようにしておきましょう」

 確かにもりくぼ達にはそれくらいしかできることはなさそうです。

 

「でも、あれだけ隠そうとしていたのに、何で今になって積極的に使い始めたんでしょうか……」

 それがずっと引っかかっていました。確かに身体能力は抜群なんですけど、朱鷺ちゃん的にはその力をあまりひけらかしたくない感じだったので違和感があります。

「人を理解しきることはできないさ。今度遭遇した時に改めて確認してみよう」

「そう、ですね……。では、とりあえずこちらも残すということで」

 『スポーツ万能』を残して後の二つを消しました。

 

 

 

 続いて『料理上手』『料理とお菓子作りが得意』『名シェフ&パティシエ』です。

「これも問題はなさそうですね」

 ほたるちゃんがそう口にしました。

 いつもちょっとした料理やお菓子を差し入れてくれるのでとても楽しみです。あんまり食べ過ぎると豚さんになってしまいますけど……。

 

「料理とお菓子作りは得意ですから、紹介に入れて問題ないと思います。ただ、朱鷺ちゃんの作る料理ってなんというか、お酒のおつまみ的なものが多くないですか……?」

「なぜかアルコール類には強い興味を持っているからね。でもファミレスで初手ノンアルコールビールは偶像としてどうかと思うけど」

 

 ああ……アレですか……。

 デビューミニライブ前までは朱鷺ちゃんもある程度こちらに気を使っていましたが、最近はそういった遠慮がなくなってきたように思います。いや、気を許してくれたので嬉しくもあるんですけど……。

 初期の頃はファミレスでもドリンクバーでしたが、このところは躊躇(ちゅうちょ)無くノンアルコールビールを頼むようになっていました。女子中学生アイドルとしてこれは有なのか無なのか、どちらなのでしょうか。

「と、とりあえず、料理とお菓子作りは残すことにしましょう!」

 協議の結果、『名シェフ&パティシエ』を残すことにしました。

 

 

 

 次は『残念なお姉ちゃん』『素材を生かせていない』『カオスに飲み込まれるコスモス』です。

 いよいよこれらのキーワードが出てしまいました……。

「これは……」

 みんな一斉に目を逸らします。

 

「……素材は素晴らしいのさ、素材は。それが、なぜああなってしまうのか」

「全体的な言動がなんというか、女子中学生っぽくないんですよね……。いや、決して悪い意味じゃないんですよ!」

 ほたるちゃんが一刀両断しました。朱鷺ちゃんがこの場にいなくて本当に良かったと思います。

 

「お店に入った時、おしぼりで顔を()くのは本当に止めた方がいいと思うんですけど……」

 飛鳥ちゃんとほたるちゃんが無言で頷きます。眉間の皺が更に深くなりました。

「でも、流れるような動作でやるものだから、中々注意し難いです」

「社会の歯車のようなオトナなら理解できるけど、幻想を(まと)う偶像としてはありえないな」

 とりあえず、今度やったらみんなで注意することにしました。

 

「あと野球や競馬の中継を聞きながら急にガッツポーズをするのは怖いですね」

「携帯ラジオを片耳につけて聞いてるから、見た目分からないのでとてもびっくりします」

 もりくぼの心臓が何度か止まりそうになりました。

「そうだね。野球やレースの中継を聞くこと自体は止めはしないけど、アレはよくない」

 これもみんなでやんわりと注意することにします。

 

「使っている言語も混沌としていることがあるね。最初に『花金』と言われた時、何のことなのか全くわからなかったよ」

「花の金曜日の略で、金曜日の晩に遊んで楽しむことらしいですね。バブル期くらいによく使われていて、今ではほぼ死語になっているようですけど……」

「たまに『最近の若者言葉はよくわかりませんねぇ……』と言ってしょぼんとしていますが、朱鷺ちゃんって本当に14歳ですよね……?」

 菜々さんと違って書類上は確かに同い年なんですけど、もっと年上のように思えてしまいます。やっぱりしっかりしているからでしょうか。

 

「……それで、このキーワードはどうしましょうか?」

 ほたるちゃんが困惑しながら問いかけました。

「止めておこう、彼女の名誉のためにも」

 これを入れてしまうと朱鷺ちゃんを傷つけてしまうかも知れないので、もりくぼもそれがいいと思います。

 ほたるちゃんの手によって一連のキーワードは闇に葬られました。これで一安心です。

 朱鷺ちゃんは周りに気を使い過ぎる子なので他人にはこういう面は絶対に見せないんですけど、親しい人に対してはガードが激甘なんですよね……。

 

 その後も『付け合せの人参を人のお皿にそっと移すのはいかがなものか』『仕事の電話の時にサラリーマンみたいな話し方をする』『お札を数える時の手さばきが銀行員並みに早い』『絵文字やスタンプを上手く使いこなせていない』『ダンボールハウスは普通家と呼ばないんですけど』『食べられる動植物についての知識が凄い豊富』『なぜか不良っぽい人から恐れられている』『犬神Pにキツく当たりすぎでは』『奇跡的な転び方をするドジッ子』『努力の方向音痴』『価格交渉の鬼神』等のキーワードについて整理をしていきます。

 アイドルとしてどうかと思われる個性を消していくと、殆どが消えました……。

 

 

 

 次で最後です。

『みんなのリーダー』『素敵なリーダー』『シュレーディンガーのカギ』というキーワードが並んでいます。

「これはもう、言うまでもないな。トキがいなかったら、今のコメットはなかっただろうから」

「私達が仲良くなるよう必死に頑張っていましたよね。ああいう風に引っ張ってもらえなかったら、きっとデビューミニライブで大失敗していました」

「逃げ出したもりくぼも、連れ戻してもらえました。朱鷺ちゃんがいなければ、もうアイドルは辞めていたと思います……」

 

 あの時のことは今でも思い出します。

 完全にパニックになっていたもりくぼを叱ることなく、『私も緊張しているけど、できればこの四人でステージに立ちたい』と背中を押してくれました。

 朱鷺ちゃんや飛鳥ちゃん、ほたるちゃんがいなかったら、もりくぼはとっくにアイドルを引退していたでしょう。

 今も仕事の際にはとても緊張しますし怖いですけど、この三人と一緒だから何とかアイドル活動ができているんです。もし一人だったら絶対にむーりぃー……。

 

「……私も同じですよ。コメットに入るまでずっと不幸続きで、頑張ってもどうにもならない状態だったんです。入った後もちゃんとデビューできるのか心配で、眠れない日々が続いていました。あのままだったら体を壊していたかもしれません。

 そんな時、朱鷺さんが『その程度の不幸、この私が全力をもって粉々に打ち砕いてあげます』と言ってくれたんです。今まで励ましてくれた人はいましたけど、一緒に不幸に立ち向かってくれる人はいませんでした。……あの言葉に私は助けられたんです」

 ほたるちゃんが静かに語りました。

 最初の頃のほたるちゃんはもりくぼから見ても危うかったですけど、最近は明るくなりつつあります。その裏ではそんなやりとりがあったんですね。

 

「全く、本当にお節介な子だな。ボクも挨拶についてしつこく改善を求められた時は辟易(へきえき)したけど、外の現場に出て初めて理解したよ。

 確かに以前のボクのままでは、現場の人達から反感を買うかもしれなかった。例えボクに嫌われたとしても、それによってボクが失敗しなければいいと思ったんだろう。自分を犠牲にしてでも仲間を護る――彼女はそういうタイプの子さ。

 だからこそ、今も自分が目立つことが目的ではなく、誰かのためにああいう行動をとっているんじゃないかな?」

 確かにそんな気がします。でもバラエティ番組で目立つことと誰かを助けることがどう繋がるのかがわかりませんでした。

 

「私、コメットとしてデビューが出来て、本当に良かったと思っています。皆さんとなら、不幸も怖くないって思えるんです。これからも四人で頑張って行きたいので、よろしくお願いします」

「そんな、頼まないでください……。もりくぼもこの四人じゃなきゃ到底アイドルなんて出来ないですから、こちらこそよろしく……」 

 ほたるちゃんが頭を下げたので慌てました。ソロステージとか絶対むーりぃー……。

 

「居心地のいい場所を見つけてしまったら……手放したくなくなるのがヒトさ。ボクたちは、もう孤独には戻れないのかもしれない。

 ……しかしどうも三人ではフィットしないな。どこを放浪しているのか知らないが、早く自分の止まり木を思い出してもらいたいものだけど、ね」

 そんな言葉を呟く飛鳥ちゃんは、なんだか寂しそうに見えました。

 

 とりあえず、以上でキーワードの整理が終わりました。

「じゃあ手間をかけさせてすまないけど、今迄のキーワードを基に原案を作ってくれないかな? それを三人でブラッシュアップして、最終バージョンを完成させよう」

「わ、わかりました……」

 飛鳥ちゃんに返事をします。なんとなく方向性は固まったので、これならある程度書けると思います。

 

 

 

 気付くと、もういい時間になっていました。

 お夕飯の時間でもありましたが、寮の食堂へ向かう前に重要なお仕事があります。

「そういえば、今日の夜間レッスンの受講者はどなたでしたか……?」

 チェックし忘れたので飛鳥ちゃんとほたるちゃんに確認しました。

「幸子さんと茜さんです。お二人にはまだ朱鷺さんについて話をしていないので、これからお願いしに行きましょう」

「ああ、そうしようか」

 

 バラエティ番組の出演をきっかけに、朱鷺ちゃんの身体能力は346プロダクション内でもかなり話題になっています。

 アイドルの中にはその超人的な力を怖がる子がいるかもしれません。なので、朱鷺ちゃんは怖い人ではないこと、無闇(むやみ)に暴力を振るう人ではないことを、346プロダクションに所属するアイドルのみなさんに説明して回っています。

 

「全く、手のかかるリーダーだ」

「コメットは四人のグループですから、誰かが困った時には他のみんなでフォローしないと……」

 今迄助けてもらいましたから、もりくぼ達も出来ることをしたいと思います。

「飛鳥さんもわかってますよ。そうですよね?」

「……さぁ、それはどうかな?」

 飛鳥ちゃんはため息をつきましたが、嫌がっている感じではありません。

 三人で笑いながら、レッスンルームに向かいました。

 

 

 

 その後、もりくぼの原稿を基に三人で話し合い、紹介文を纏めました。

 『美人でスポーツ万能で料理上手。おっちょこちょいな所もあるけれど、コメットに欠かせない素敵なリーダー』という感じに仕上げたのです。

 

 完成品を朱鷺ちゃんにも見せたところ、読みながら号泣してしまったので非常に困りました。

「皆が私のことをそんな風に思ってくれていたなんて……! もう今死んでも一遍(いっぺん)の悔いもありません!」と言っていましたが、人ってあんな漫画みたいに泣けるんですね……。

 あの打ち合わせのことは朱鷺ちゃんには絶対に言えません。お墓まで持っていくよう、三人で固く固~く誓ったのでした……。

 

 

 



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第19話 最強の敵!

 時はきた! それだけだ。

 とうとう、あの番組に出演する権利をゲットすることができました。

 先日の無人島生活をきっかけに、色々なバラエティ番組に出演して滅茶苦茶なことをやってきた苦労がようやく報われたのです。

 

 その番組の名は『ITACHI(イタチ)』。

 毎回100名が出場し、1st、2nd、3rd、FINALの4つのステージに分かれた巨大フィールドアスレチックにアクションゲームのように挑戦する様子を放映した番組で、多くのファンから支持されています。

 地上波テレビのゴールデンタイムで不定期に放送されている、スポーツエンターテインメントの特別番組です。

 

 今まで私が出演してきたバラエティ番組は地上波の深夜帯や衛星放送なので、若者層への知名度はそれなりに上がりましたが、ファミリー層や年配の方にはあまり知られていません。

 ゴールデンタイムで活躍できれば、そういった方々の認知度も急上昇するはずです。

 その状態でコメットのアピールをすれば、コメットの知名度が上がり人気も高まるに違いありません。正に完璧な作戦です。

 そのためには完全制覇がノルマとなりますので、気合を入れて挑戦しましょう。

 

 ですがこの番組の出演にあたり、高難易度アスレチックよりも遥かに邪悪で凶暴な『最強の敵』が私を待ち受けているのです。

 その最強の敵──赤くて三角形の布きれを手にしました。

 この布切れを、世間様一般で広く用いられている呼称で呼ぶとこうなります。

 

 ブルマ。

 

「いーやぁーーー!」

 思わず自室のベッドの上で悶絶しました。

 

 

 

 ITACHIは高い難易度が売りですが、一昨年の完全制覇後に大規模な改修を行った結果、誰にも攻略できない最終鬼畜兵器に魔改造されました。

 前回なんて出演者は2ndステージに2人進むのがやっとで、完全制覇は夢のまた夢となってしまい、視聴率も下降傾向です。この状況で困ってしまったのがテレビ局です。

 

 しかし難易度を下げるのも盛り下がる要因になってしまいます。

 そして視聴率改善の妙手(みょうしゅ)として考えられたのが『アイドルの積極起用』と『ブルマ』でした。

 現役の人気アイドルを多数起用すれば、ファンが自動的に付いてくる。しかもブルマとなればファン以外の男性視聴者も食い付くだろうという安易な判断です。

 そして、よりにもよって本大会からこの制度が導入されてしまいました。

 出場する女性アイドルは、全員漏れなく体操着とブルマを着用しなければなりません。

 

 何ですか。何の罰ゲームなんですか!

 ブルマを履いたアイドルを眺めるのは嫌いではありませんしむしろ見たいですが、自分が履くとなると事情は異なります。ファッションモデルなど大抵のことはお仕事モードでごまかせますが、流石にブルマを履く羞恥心(しゅうちしん)はごまかしが利きません。

 水着はアイドルになった時から覚悟していたので耐性もありますし、下着とそう変わらないのでそこまで抵抗感はありませんが、ブルマは完全に想定外でした。

 

 彼の信長公は『人生50年』という名言を残し、最期は本能寺で壮絶な討ち死にをされました。志半ばでしたが、日本史に残る立派な散り方だったと思います。

 一方、私は累計人生50年にして初めてブルマを履くのです。なんと滑稽(こっけい)なことか!

 

 体は少女でも根っこの精神はオジサンですから、気分的には完全に変質者ですよ。

 最近では、体操着やスクール水着は女の子が恥ずかしくないように改良されています。

 現世でもブルマは世紀末頃に絶滅していたので、こんなものを履くことにならなくて良かったと心から安堵(あんど)していましたが、ここに来てこの仕打ちは酷くないですか!

 しかしこれもコメットの生き残りのためなんです。ギギギ……。

 

 おもむろにジャージを脱ぎ、下着姿になりました。そのままブルマを装着します。

 そして姿鏡で、ブルマを履いた微少女をまじまじと眺めました。

 

「フ……フフフ。ファーハハハハーー!!」

 草花が生い茂る一面の大草原が広がりました。ヤバイヤバイハライタァイ。

 この姿を全国ネットのゴールデンタイムで(さら)すのですから狂っているとしか思えません。

 一応は中学生の私でもキツいです。もし二十代後半で物怖じせずブルマを履けるアイドルがいたら、その人は勇者ですね。

 

 ここまでやって万一コメットが解散させられたら、この世界を世紀末にしましょう。

 そうだそれがいい、それが一番です。いや、むしろこの時点で世紀末にすべきか。

「私には、むーりぃー……」

 乃々ちゃんみたいなことを(つぶや)きながら不貞寝(ふてね)しました。

 

 

 

 そしてITACHIの収録日になりました。

 参加者100名のうち、予選なしの芸能人枠はおよそ20名です。通常は一プロダクションに一枠ですが、大手である346プロダクションには二枠配分されることになりましたので、私とあのアイドルが出演する予定です。

 

 収録は神奈川県内の赤山スタジオで行われますので、最寄駅であの子を待っていました。朝から撮影開始なのでまだ眠いです。

 待ち合わせ時間の8時ちょうどに、スーツケースを手にしたカワイイ美少女が現れました。

「おはようございます、輿水さん。本日はよろしくお願いします」

「おはよう、朱鷺さん。カワイイボクと共演できるなんて本当に幸せ者ですね! フフーン!」

 

 輿水幸子(こしみずさちこ)さんは346プロダクション内でもトップクラスの大人気アイドルです。

 ことあるごとにご自身を『カワイイ』と称する子で、そのカワイさには絶大な自信と確信を持っています。本当にカワイイですしファンも多いので、自意識過剰という訳ではありません。

 同じ14歳ですが背は142cmとかなり低いです。私と並んで歩くと、もはや母娘ですね。

 ライブやモデルはもちろんのこと、リアクションがいいのでバラエティ番組にもよく出演されています。ITACHIの出演も、そのリアクション芸を買われてのことでしょう。

 カワイすぎて思わず腹パンをかましたくなります。私が全力で腹パンしたら初代ピッコロ大魔王のようにお腹に大穴が開くので止めておきますけど。

 

「はいはい。ずーしーほっきーと同じくらいカワイイですよ」

「ずーしー……? 何のキャラかはわかりませんが、ボクと同じくらいならよっぽどカワイイんでしょうね!」

「ええ、それはもう。夜道で出会ったらダッシュで逃げるくらいカワイイです」

 あのインパクトはゆるキャラ界でも随一でしょう。初見時は思わず真顔になりましたもん。

「でもボクと一緒に仕事が出来るなんて、朱鷺さんは人生最高のラッキーですよ!」

「そうですね。では、行きましょうか」

 

 

 

 合流後はタクシーを拾って赤山スタジオへ向かいました。

 到着すると既に参加者と見学の方でごったがえしています。その中で一際大きい人だかりがありました。その周辺にはテレビカメラが何台もあります。

 

 あのお方は『ミスター ITACHI』こと山口さんじゃないですか。 人気の高いITACHIオールスターズの一人です。ITACHIにのめりこむ余り、お仕事とご家庭を失うという最高にロックな人生を送っているとテレビでやっていました。

 

 今はチーム山口を結成し選手を続けながら後進の指導に当たっているそうですが、インタビューの様子を見るにITACHIには並々ならぬ情熱を持っているようでした。

 そんな人生をこれから完膚(かんぷ)なきまでに否定すると思うと本当に申し訳ないです。

 でも仕方ありません。彼にはなってもらわないといけないのです。コメットの犠牲にな……。

 

「むー。なんでカワイイボクよりあんなオジサンが皆から注目されているんですか! 全然納得がいきません!」

「まぁまぁ。相手はITACHI界の大スターなんですから仕方ないですよ」

「このボクのカワイイ姿を1秒でも長く放送した方が視聴率もアップするのに!」

「では本番で活躍して注目されましょう」

「フン、まぁいいです。出場さえすれば、超絶カワイく咲き誇るボクを誰も放ってはおかないですからね!」

 憤慨(ふんがい)する輿水さんを超適当になだめていると集合がかかりました。

 

 参加者が全員集められ、収録についての説明を受けます。

 従来収録は2日間に分けて行われていましたが、難易度が高すぎるためどうせ誰もクリアできないだろうとの判断により、1日で強行するとのことです。事前にも聞いていましたが、確認の連絡でした。

 撮影にかかる経費を節減したいという意図もあるようです。コストカットの波はここまで押し寄せているのでした。

 

 

 

 参加者100名の集合映像を撮った後、1stステージの収録が始まります。

 順番ですが、輿水さんは76番、私は77番です。ITACHIオールスターズなどの有力な出場者は80番以降に固められていますので、期待されていない枠と言えるでしょう。

 『可愛くブルマを見せ付けて落ちろ』という番組の魂胆が見え見えです。そうは問屋が卸さないんですけどね。

 

 1stステージですが、この時点で普通の人には超難関です。

 左右に設けられた5つの足場を渡っていく『クワッドステップス』

 転がる足場にジャンプして飛び移る『ローリングヒル』

 手足の筋力で自身を支える『タイファイター』

 回転する円柱に取り付けられた突起をつかみなら進む『オルゴール』

 トランポリンからバーに飛び移り、更にサンドバッグに飛び移る『ダブルペンダラム』

 合計860kgのコンテナを全身で押して進む『タックル』

 球状に()った壁を登る、番組恒例の『そり立つ壁』

 ロープで足場に飛び移る『ターザンロープ』

 足場の無い壁を登る『ランバージャッククライム』

 これを115秒以内にクリアしろと言うのですから、クリア者が殆ど出ないのも納得です。

 

 そんなことを考えていると、颯爽(さっそう)とトップバッターが現れました。

「はいさい! 我那覇響(がなはひびき)だぞ! ITACHI完全制覇目指して頑張るぞ、おー!」

「響ちゃん、頑張って!」

「なんくるないさー! 自分、完璧だから余裕さー!」

 

 おお! あれは765プロダクションの我那覇響さんと天海春香(あまみはるか)さんです!

 お二人ともアイドル界の実質的トップです。ライブのblu-rayは穴が開くほど視聴しましたが、生のはるるんと我那覇くんは初めて見ました! 思わずテンションが上がってしまいましたよ。

 

「よし、真剣勝負だーっ!」

 そう叫んで軽快な動きで1stステージを突き進みます。

 どんどん難関エリアを攻略していきました。これはひょっとしてクリアまでいけるんじゃないでしょうか!

 

 しかし、その快進撃も『そり立つ壁』で止まってしまいました。

 何度助走しても壁の上に手を掛けることができず、ずり落ちてしまうのです。

 最後の一回も失敗してしまい、仰向けで大の字に倒れてしまいました。

「うぎゃー!」

 そのままタイムアップになります。背の高い男性でも難しいエリアですから、仕方ありません。

 むしろここまでよく来れたといっていいでしょう。大健闘だと思います。

 

 その後暫くは一般参加者の方々でしたが、皆ボロボロですね。1stステージすら誰一人クリアできません。でも彼らが悪いのではないのです。明らかに仕様が悪いのです。

 そうするうちにまたアイドルが登場しました。

 

日高愛(ひだかあい)です! 元気だけなら誰にも負けません! よろしくお願いします!」

 ステージから観客席は結構離れていますが、ここまで響くくらいの物凄い大声です。一体どんな声帯をしているのでしょうか。

「愛ちゃん、怪我しないように気をつけてね……」

 傍らに佇む少女が先ほどの女の子を気遣っていました。

 

 彼女達は876プロダクションの日高愛さんと水谷絵理(みずたにえり)さんですね。

 ライブのblu-rayを何度か見たことがありますが、日高さんの持ち歌の『ALIVE』は私の大好きな曲の一つです。なにせお母さんがあの伝説的なアイドルである日高舞さんですから、そのプレッシャーに負けずに良くやっていると思います。

 健康的な身体で体操着が似合っています。思わず「ナイスブルマ」と呟いてしまいました。

 いや、私もブルマなんですけど。

 

「うおー!」

 豆タンクのような怒涛(どとう)の勢いで突き進んでいきます。

 なんだか危なっかしいですが、『クワッドステップス』と『ローリングヒル』を立て続けにクリアしました。

 続いては『タイファイター』です。

「きゃっ!?」

 両手両足で踏ん張っていましたが、途中の大きい段差で落ちてしまいました。

 あそこは結構難関のようです。

 

 

 

 私達の出番はまだ先なので、会場からちょっと離れた場所で早めのお昼を取ることにしました。

 一応お弁当は支給されますが、経費削減のあおりでショボいロケ弁だと事前に聞いていましたので、自分で作ってきたのです。

 輿水さんを誘ったらついてきてくれました。野外ぼっちランチは前世の運動会を思い出してしまうので良かったです。あれは未だにトラウマです……。

 

 レジャーシートを広げてお弁当を取り出しました。

「はい、どうぞ」

「これは中々美味しそうですね。カワイイボクが食べるのに相応しいランチです!」

 

 メニューですが、ハムとレタスのサンドイッチ、クロワッサンの卵サンド、ボトルサラダ、鶏のから揚げ、鮭と玉葱のマリネ、チキンソテーのアボカドソース添え、各種スイーツとフルーツです。輿水さんも食べるかと思って結構大量に作ってしまいました。食べ切れるでしょうか。

 そのまま二人で談笑しながら食べます。天気がいいのでピクニックにきたような感じですね。

 

「そういえば、輿水さんはほたるちゃん達と同じ学校なんでしたっけ?」

「ええ、そうです。エスカレーター式の私立中学校なので、受験を気にしなくていいからラクですよ。346プロダクションの資本が入ってますから、芸能活動にも理解がありますし」

「いいですねぇ。羨ましいです……」

 こちとら普通の公立校なのでそういう配慮は全くないです。しかも最近の活躍によって、人気者どころか今や腫れ物を触るような扱いですよ。覚悟はしてましたから別にいいですけどね。

 

 そんなことを話していると、一匹のハムスターがお弁当に向かって突進してきました。そのハムスターを追いかけて、一人の少女がこちらに来ます。

「こら、ハム(ぞう)! 勝手にいなくなったらダメだぞ!」

 その少女は我那覇さんでした。

 

 逃げ回るハムスターを我那覇さんが捕まえます。

「なになに? 『そのお弁当があまりにも美味しそうだったからついカッとなってやった、今は反省している』だって? ごはんは朝ちゃんと食べただろ!」

 ハムスターと会話しています。動物の言葉がわかるというのは本当のようですね。(うらや)ましい能力なので北斗神拳と交換してもらえないでしょうか。

「あの……、もしよろしければ、召し上がりますか?」

 緊張しつつ、我那覇さんに声を掛けました。

 

「え、いいの? お弁当がイマイチで少なかったから、もし貰えたら嬉しいぞ!」

「ええ、構いませんよ」

 そのままレジャーシートの一角に座られました。

「そういえば自己紹介してなかったな! はいさい! 自分、我那覇響だぞ!」

「よく存じております。私は346プロダクションでアイドルをやっている七星朱鷺と申します。どうぞよろしくお願いします」

 相手はトップアイドルですから、思わず緊張してしまいます。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫さー」

「そうですよ。響さんはとても気さくな方ですから、緊張する必要はありません」

「輿水さんは我那覇さんとお知り合いで?」

「同じアイドルですから、色んな番組で競演してますよ。まぁカワイイボクの次くらいにカワイイですね!」

「大体バラエティ番組さー! 幸子は毎回良いリアクションだから人気だぞ!」

「それよりも、もっとカワイさを称えて欲しいですよ!」

 

 ああ、そういえばなんとな~く路線は似てるような気がします。

 人気アイドルの夢の競演ですので、断りを入れた後で写メを撮らせてもらいました。

 その後、我那覇さんとハム蔵くんがお弁当を平らげました。美味しく食べて頂いたのでとても嬉しく思います。

 

「響ちゃん、どこー!?」

 我那覇さんを捜す声が聞こえます。声の主は天海さんでした。

 アイドルアワード受賞者にしてアイドルオブアイドルズ。女の子の憧れである、あの閣下(かっか)です。

「ごめん春香! ついお腹が減って……」

「それはいいけど、スケジュールが空いて別の現場に行くことになったから準備してね。……あれ、貴女は?」

 

 不思議そうな表情で私を見つめます。軽くパニックになりましたが早く挨拶をしなければ!

「346プロダクション所属アイドルの七星朱鷺です! よ、よろしくお願いしましゅ!」

「……しゅ?」

 肝心なところで思いっきり噛みました。死にたい。

 

「天海春香です。こちらこそ、よろしくお願いします!」

「天海さん、我那覇さん! 一つお願いがあるんですけど……」

「お願い?」

「サイン下さい!」

 念のため持ってきた色紙とサインペンを差し出しました。ファン精神丸出しです。

 

「これでいい?」

「できたぞ!」

 二人からサインを頂きました。やった! 今度アスカちゃんに自慢してやりましょう。

「今度は一緒にお仕事ができるといいね」

「私のランクではまだ難しいと思いますけど、もしその時がきたらよろしくお願いします!」

「そんなこと無いと思うよ。すぐ人気になると思うから、頑張って!」

 (あわただ)しく別の現場に移動するお二人を敬礼して見送りました。生で見れた上会話まで出来るなんて、感動です。

 

「カワイイボクにも感動していいんですよ!」

 輿水さんがドヤ顔で胸を張りました。なぜ対抗しているのでしょうかねぇ。

「はいはい、カワイイカワイイ」

「ムッ。何だか馬鹿にしてませんか……?」

「そんなこと無いですよ」

 輿水さんの頭を撫でて良い子良い子します。こんな感じで楽しいランチタイムが終了しました。

 

 

 

 その後暫くして、ようやく私達の順番が来ました。当然の如くまだ誰もクリアしていません。

 まずは輿水さんからなので、二人でスタート地点近くに移動しました。

「あれ、まだジャージを脱がないんですか? ブルマ姿は義務でしょう?」

「ボクのカワイイブルマ姿は激レアですからね! ギリギリまで隠しておいて、スタートの直前でご披露(ひろう)するんですよ!」

 ドヤ顔で言い放ちました。殴りたい、この笑顔。

 

「では続いて、346プロダクション所属の大人気アイドル、輿水幸子さんです!」

「フフーン! カワイくてカンペキなボクが華麗に完全制覇してあげますよ!」

 無駄に自信満々です。その自信を乃々ちゃんやほたるちゃんにも分けて欲しいですね。

 

 そして輿水さんの挑戦が始まりましたが、トラブルが起きました。

 スタート直前にジャージの下を脱ごうとしたところ、靴に(から)まって中々脱げません。

「あ、あれ。何でですか!?」

 そのまま時間だけが過ぎていきます。

「おおっと、これはどうしたことか! ズボンが脱げない!」

 アナウンサーさんも困惑しながら実況しています。

 

「どうする、このままいけるか? これは大きなアクシデントだ!」

 なおも脱げません。助けたいですが私には何もできないのが歯がゆいです。

「行け行け行け!」

「えぇ!?」

 スタッフさんが行けと指示を出しました。

 輿水さんは困惑しましたが、やむを得ずジャージが絡まったまま進みます。

 そのまま『クワッドステップス』に挑戦しましたが、ものの見事に池へ落ちました。

 しかも、顔面から。

 

「やっぱり無理だー! 何しに来たんだ幸子ぉーー!」

 アナウンサーさんの絶叫と観客の大爆笑が赤山スタジオに広がりました。この日一番の大盛り上がりです。

 ……こ、これが、真のバラエティアイドルの実力ですか。

 狙わずにこんな芸当をやってのけるとは、幸子……恐ろしい子!

 今回の逆MVPは間違いなく彼女でしょう。アイドル、いや芸人として一番おいしい所を持って行きました。

 ならば私も、もう一人の346プロダクション代表として頑張らなければいけません。

 

 

 

 輿水さんの喜劇が終わったので、いよいよ私の出番です。

 攻略にあたり私は二つのプランを考えました。

 プランAは『王道スポーツアイドル』です。

 各ステージにまともに挑戦し、わざと苦戦する素振りを見せながらも、なんとか完全制覇するというスタイルです。番組的には盛り上がる展開です。

 プランBは『邪道世紀末アイドル』です。

 各ステージのエリアの趣旨を完全に無視し、縦横無尽に駆け回りつつ余裕で完全制覇するというスタイルです。インパクトは大ですが番組的には微妙な展開です。

 

 私は迷わずプランBを採用しました。

 プロとしては、お仕事に対して手を抜かず真剣に取り組むべきだと考えたのです。全力を以ってぶつかることがITACHIの製作者さんに対する礼儀だと思います。

 ブルマの恨みもありますから、遠慮なく犠牲()の犠牲にしてあげます。

 

 意を決してやむなくジャージを脱ぎ、体操着とブルマになりました。恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になっているのが自分でも分かります……。

「続いては、346プロダクション所属のアイドルであり、最近バラエティ番組で話題の七星朱鷺さんです!」

「コメットの七星朱鷺です! よろしくお願いします」

 こらこら、『コメット』の七星朱鷺ですよ。一番大事な単語を抜かしてどうするんですか。後で強く抗議しておきましょう。

 

 そして私のチャレンジが始まりました。

 早速、北斗神拳に伝えられる飛翔軽功の術──『雷暴神脚(らいぼうしんきゃく)』を使い、スタート地点から三回連続で大ジャンプをします。

 これは人の目では(とら)えられない、弾丸が如き速度での移動を可能にする技です。本来なら一回のジャンプでいいんですが、全力でやると衝撃で足場を破壊してしまうので軽めに使って連続でジャンプしました。

 

 なお、この時点で『クワッドステップス』『ローリングヒル』『タイファイター』『オルゴール』『ダブルペンダラム』を飛び越してます。

 ITACHIは途中で池に落下したり、コースアウトやタイムアップになると失格ですが、一部を除きジャンプでエリアを跳び越してはいけないというルールはありません。

 事前に責任者さんに確認しましたから問題無いです。いや、番組的には大問題でしょうけど。

 

 続いては『タックル』です。

 ルール上ここは無視して通り抜けられませんので、押していきます。

 240kg、300kg、320kgの三つのコンテナを全身を使って押し込むのが本来のスタイルですが、アイドルとしては見苦しい姿を世間様にお見せしたくはありません。

 普通に歩きつつ、右手の人差し指で三つのコンテナを押し込んでいきました。

 これくらい、北斗神拳では初歩の初歩です。

 

 押し込んだコンテナに登った後は、足を一切上げないまま高速移動しました。ドムがホバー移動するような感じです。あの5倍は早いですけど。

 これは北斗神拳の技ではありません。足の甲を神速で動かして移動する移動術で、先日闇ストリートファイトで闘った尾張忍者の末裔さんから学んだ技です。目立つ為に使いました。

 現代人でありながらこんな凄い技を隠し持っているなんて、汚いなさすが忍者きたない。

 でも水影心で色々な忍者技をラーニングさせて頂きましたので、とても有意義な一戦でしたね。

 頂いたお弁当とお茶がとても美味しかったですし。

 

 そのままの勢いで『そり立つ壁』の前へ来ました。

 本来ならばダッシュして壁の上を掴んでよじ登るのですが、それでは見栄えが良くありません。垂直跳びの要領でジャンプして易々と壁を乗り越えました。

 勢い余って壁の三倍近い高さまでジャンプしてしまったので焦りましたけど、無事クリアです。

 

 最後の『ターザンロープ』と『ランバージャッククライム』は普通にやるとお猿さんみたいな動きで嫌なので、先ほどと同様に雷暴神脚(らいぼうしんきゃく)で飛び越します。

 そのままクリアの証明であるボタンを押しました。

 残り時間は100秒なので、ここまで15秒ですか。今回のコンセプトは優雅さでしたのでこんなものでしょう。ガチれば10秒は切れそうでした。

 

「………………おおおぉぉ!?」

 歓声というよりもどよめきが起きました。そりゃそうでしょう。

 5秒くらい間をおいてから「七星朱鷺、1stステージクリアー!」というアナウンサーさんの声が響き、やっと歓声が上がりました。

 営業スマイルを保ちつつ、1stステージを後にします。

 

 

 

 輿水さんが戻っていたので合流しました。

「お疲れ様です、輿水さん。芸術的な転落でしたが、怪我はしていませんか?」

「ああ、朱鷺さん。ボクはカワイイから大丈夫ですよ。それより1stステージクリア、おめでとうございます」

 ごく普通のリアクションが返ってきました。てっきりドン引きされたと思ったんですけど。

 

「私の力に驚いたり、怖がったりしないんですか?」

「驚きましたけど怖くは無いですよ。コメットの皆さんが『朱鷺さんは凄い力を持っているけど、とても優しい子だから怖がったりしないで下さい』と事務所内で言っていましたからね。彼女達がそう言うんですから、そうなんでしょう」

 

 そうですか。

 皆が、そんなことを言ってくれていたのですか……。

 そして輿水さんはその言葉を信じてくれていました。

 346プロダクションのアイドル達は、なぜこうも優しいのでしょうか。

 

「心が広くてカワイイボクに感謝して下さいね! ……あれ、涙目になってませんか?」

「な、泣いてない、泣いてないもんね!」

 嘘です。ちょっとだけ泣いちゃいました。

 

 その後は有力選手20名が出場されましたが、先ほどの私の攻略法がよほどショックだったらしく、全員無残に散っていきました。精神攻撃は基本です。

 こういう反則技で努力をあざ笑う行為は本当は大嫌いなんですけど、今は非常事態ですから仕方ありません。皆のために、もっともっと頑張らないと!

 

 その後は2ndや3rdステージでしたが、その頃にはブルマの恥ずかしさは薄れていました。

 コメットのためだと思えば、こんな恥辱も甘んじて受け入れられます。

 ガンバスターをリスペクトした両腕組みのガイナ立ちでスタートし、いずれも華麗にクリアしました。

 なお、内容は1stステージとほぼ同じ展開なので割愛します。もう全部雷暴神脚(らいぼうしんきゃく)でいいんじゃないかな、と言う感じでした。見所は何一つないです。

 

 そしてやっとFINALステージです。既に日は落ちていました。

「今宵、FINALステージに残ったのはたった一人。その名は、七星朱鷺14歳! まさかまさかのダークホースです!」

 アナウンサーさんの実況が夜の闇に響きます。

 

「アイドル、いやアスリートとして、どんな気持ちで挑戦するのでしょうか!」

 当の本人はお腹空いたからサクッとクリアして早く帰りたいとか思っていますよ。ですがプロとして、最後まで真剣に取り組む姿勢には変わりありません。

 FINALステージは全身を使った壁登りと綱登りで、30秒以内に24mの高さまで上がるというものでした。なんか地味なんですよねぇ、FINALステージって。

 

「スタート!」

 掛け声と共に、またまた雷暴神脚(らいぼうしんきゃく)で垂直ジャンプします。

 壁登りを完全に無視してそのまま綱を掴み、腕力に物を言わせて再ジャンプし更に綱をつかみます。以降は同じ要領でジャンプし続けました。こちらも闇ストリートファイトで学んだ空中技のちょっとした応用です。

 結局まともに登ることなくボタンを押しました。記録は5秒です。

 

「クリアーーーー!」

 アナウンサーさんの絶叫が周囲に響きました。あまりにも無茶苦茶な攻略の仕方なので、下は騒然とした感じになっています。

「七星さん! 完全制覇した感想はいかがですか!!」

 上で待機していた興奮気味の女性アナウンサーさんからインタビューを受けます。当然の結果ですから特に感想はありませんが、とりあえず適当に言っておきましょう。

 

「はい。完走した感想ですが、自然公園のアスレチックみたいで楽しかったです」

 小学生並みの幼稚なコメントです。

「……あの、難関のステージとか、苦しかった所とか。完全制覇して、何か思うことは?」

「ないです。そんなことよりも、私が所属するコメットのデビューCDが絶賛発売中ですので是非よろしくお願いします! ファンクラブ会員も随時募集中ですよ! 私以外は皆カワイイです!」

 一切の迷い無く断言した後、露骨なダイレクトマーケティングを展開しました。

 ブルマの方が一億倍手強かったです。おまえもまさしく強敵(とも)だった!!

 

「あははは、その……。何かスポーツとかやっているんですか? 結構凄い動きしてますけど」

「特にはやっていません。『北斗神拳』という地上最強の拳法を少々(たしな)んでいるだけですよ」

 その言葉を発した瞬間、会場中が静まり返ります。

 こうして大したカタルシスも無いまま今回のITACHIは地味にその幕を下ろしました。

 なお、次回以降の開催はなぜか未定となったそうです。

 

 

 

 そして ITACHIの放映日がやってきました。後1時間で放送時間ですが、自分のブルマ姿を直視したくないので視聴せずに家の三階にある防音室に()もります。

 この部屋は私が女の子らしくなるよう、ピアノを習わせるために作られたものです。ちょっと前まではギター専用ルームと化していましたが、割と広い部屋なので最近ではボーカルとダンスのレッスン場にもなっていました。

 

 なお、肝心のピアノは部屋の片隅で(ほこり)を被っています。い、一応は弾けるようになりましたよ。猫踏んじゃったとか……。

 最近は忙しくてレッスンに出る暇が無いので、夜間に予定が無い日は朝まで自主レッスンをしていました。何せ一週間寝なくても平気な体力がありますので、寝てる暇があったらレッスンをした方が建設的です。

 

 朝日が差し込むまで自主レッスンを行い部屋に戻ると、スマホに大量のメールとLINEと着信が来ていました。吐きそうです。

 気分を変えようと日課のリアルタイム検索をしてみると『北斗神拳』が話題のキーワードの一位に燦然(さんぜん)と輝いていました。二位は七星朱鷺です。

 そしてコメットはランキングにすら入っていませんでした。

 

 ひょっとして、この『新・三本の矢』路線は大失敗しているのでは? という疑念がこの時点で浮かびました。

 ですが、今さら後戻りはできぬ。できぬのだ……。

 

 

 

 



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第20話 北の国から 201X

本話は『大暴走の最後』を飾る破天荒さです。今後の展開に影響する内容ですが、暴走路線を好まない方には不快感を与える恐れがあるので、該当の方は閲覧を控えて頂ければ幸いです。
なお、この物語はフィクションであり、実在する人物・地名・団体等とは一切関係ありません。
以上の注意点をご理解頂ける方のみ、お進み願います。


 怒声と砲声と銃声が、怒涛(どとう)のような響きとなって私の耳に飛び込んできます。

 機銃がうなり、火薬が弾け、至る所で爆発が起きていました。

 縦横無尽に駆け回る鉄の棺桶や上空を旋回する戦闘用の回転翼機(よくき)、無数の兵隊達が血眼(ちまなこ)になって執拗(しつよう)に私を狙ってきます。

 

 ……どうしてこうなったのか。

 

 それを語るためには、私がシンデレラプロジェクトの存在を知る前に(さかのぼ)る必要があります。

 

 

 

(つばさ)人間コンテストですか?」

 夕日が落ちかけ閑散としたバトルロイヤルホスト内で、私の声が響きました。口を付けたティーカップをコースターに戻します。

「そうだ。あれのパイロットをやってみないか!」

 1月の半ば頃、同じ346プロダクション所属であり犬神P(プロデューサー)が担当しているアイドルから、そんなお誘いを受けました。

 

 その少女──池袋晶葉(いけぶくろあきは)ちゃんは、アイドルでありながら一人でロボットの設計・開発・量産をこなしてしまう凄腕の技術者です。

 大きなリボンとツインテールがトレードマークな可愛い子です。技術者としての強い個性があるので色物に見られがちですが、乙女な面も持ち合わせている魅力的な女性です。

「私の親戚が工学部の大学生でな。サークルの仲間と共に、今春に行われる翼人間コンテストに出場する予定なんだ。私も暇を見て機体の製作を手伝っているんだが、パイロット候補も捜して欲しいとお願いされたんだ」

 

 翼人間コンテストとは、大学や企業等の団体が製作した自作飛行機の滞空距離及び飛行時間を競う競技会のことです。毎年開催されており、地上波テレビのゴールデンタイムでも放送されている人気番組です。

 そのコンテストには二つの部門がありました。一つ目は、動力を持たず発進時の助走のみで滑空する滑空機(かっくうき)部門。二つ目は、人力の動力を持ちプロペラで飛行する人力プロペラ機部門です。

 

 今回そのサークルが出場するのは後者でした。

「なるほど。足で漕ぐタイプの軽飛行機なので体力が必要なんですね。でもそれならパイロットは男性がいいのでは?」

 大学なら体力のある男性は沢山いるでしょうに。なぜ私に声が掛かったのかがわかりません。

 

「いや、女性だけのガールズチームと言うのが売りだから、パイロットも当然女の子でなければならない。美人であればなおよしだ。朱鷺の体力は尋常ではないという話は飛鳥達からよく聞くし、見栄えもいいからなっ! あのベテラントレーナーも体力だけなら人類最強と太鼓判を押していたから、是非にと思ったのさ」

 ああ、そういうことですか。美人かはともかく、体力面では他の追随(ついずい)を許しませんからね。

「犬神の許可も取っている。地上波テレビに出られるのだから悪い話ではないだろう?」

 

 清純派アイドル路線を志望する私としては、テレビの歌番組に出たいと常々思っておりました。

 ミステリアスなクールビューティー路線でいきたいのでバラエティはあまり望みませんが、一、二回なら出るのも悪くないでしょう。

「わかりました。その大役、お引き受けします」

「そうか、それは良かった! サークルには私から連絡しておくよ」

 晶葉ちゃんが満足げな表情を浮かべました。

 

「それで機体の方は今どれくらい出来上がっているんですか?」

「今の時点で90%といったところだろうな」

 大会は3月の上旬なので、かなり余裕を持って作業されているようです。既にジオングよりも高い完成度でした。

 

(ほとん)ど出来ているんですね」

「ああ。そうだ、機体の確認とサークルの皆との顔合わせを兼ねて、一回大学の方に顔を出してみないか?」

「ええ、いいですよ」

 次の土曜日は私と晶葉ちゃんが共にオフでしたので、一緒に大学に行くことになりました。

 

 

 

 某大学の正門前で待ち合わせなので、待ち合わせ時刻の30分前に到着して晶葉ちゃんを待ちます。途中で何人かの大学生っぽい方々からナンパされましたが、丁重にお断りしておきました。

 私大ですし高い学費を払っていると思いますので、女にうつつを抜かしていないで勉学に励んで欲しいものです。私なんて前世では勉強したくても出来なかったんですから。

 

 なんとはなしに人の流れを見ていると、凄い美人さんが目に付きました。

 切れ長でタレ目がちな目元で、ロングヘアーの女性です。なんというか……えろい。

 セクシーな服装と言うわけではないんですが、色気が凄いです。そのまま私の隣をすり抜けて正門をくぐりましたが、バッグから何か落ちました。

 ハンカチのようですが、落とした女性は全く気付いていません。そのハンカチを拾い、持ち主に声を掛けました。

 

「あの、これ落としましたよ」

「え? あ、私のハンカチですね。どうもすみません」

「いいえ、気になさらないで下さい」

「ありがとうございました」

 間近でみてもやはり綺麗です。なんだかティン! と来ました。もし私がPだったら絶対にスカウトしていたでしょう。

 

「あれっ。そういえばどこかで見たような気が……」

 そう言って、その美人さんがバッグからファッション誌を取り出しました。

 そしてページをペラペラとめくり、あるページで手を止めます。

「ああ、やっぱり。このモデルさんですよね!」

 そう言って写真を見せて来ました。そこには私が写っています。先日ファッションモデルの仕事で撮影した写真でした。恥ずかしいので直視はしたくありませんけど。

 

「ええ、そうです」

「モデルさんだったんですか。道理で綺麗な方だと思いました」

「ありがとうございます。モデルもやらせて頂いていますが、正確にはアイドルなんですよ」

「え!? すいません。そうだったんですね……」

「いえいえ、構いません。まだまだ駆け出しですから」

 申し訳なさそうな表情になりましたが、新人なので知らなくて当然です。

 

「アイドルって楽しいですか?」

 その美人さんからふいにこんな質問を受けました。 

「はい。元々乗り気ではありませんでしたが、今では天職だと思っています。自分にこんな可能性があるなんて思いもしませんでしたよ」

「……そうですか。あらいけない、もう部活の時間でした。ハンカチありがとうございました」

 そう言って校舎の方に駆けて行きました。あんな美人がいるとは、大学も(あなど)れません。

 なんとなくですが、そのうちまた会いそうな気がしました。

 

「おはよう朱鷺。待たせてしまったか?」

 そうこうしているうちに晶葉ちゃんが到着しました。待ち合わせ時間の5分前です。

「いいえ。私が勝手に早く来ただけですので気にしないで下さい」

「そうか、それなら良かった。では早速サークルの方に向かおう」

 晶葉ちゃんに案内してもらい、サークル(とう)に向かいました。

 

 

 

 軽飛行機の製作会場に着くと、サークルの方々が作業をしていました。

 すると晶葉ちゃんが一人の女性を連れてきます。

「初めまして、このサークルの部長の日本橋です。晶葉ちゃんの親戚だよ。よろしくね!」

 晶葉ちゃんを大人っぽくしたような、眼鏡っ子の美人さんでした。

 

「七星朱鷺と申します。パイロットの件、お誘い頂きありがとうございました。微力ながら皆様のお力になれればと思いますので、よろしくお願い致します」

 日本橋さんにご挨拶をした後、サークルの皆様にご紹介頂きましたので、無難な自己紹介を行いました。その後、早速機体のチェックを行います。

 

「今回製作している軽飛行機の売りはスピードなんだ。通常、翼人間コンテストに出ている足()ぎタイプの軽飛行機だと時速20km程度がせいぜいだが、こいつは機構や空力を根本から見直すことで理論的には時速100km以上軽く出せる仕様になっている。まぁ、そんなスピードで漕げる化物はこの世にいないだろうがな」

「へぇ、それは凄いですね」

 確かに従来の翼人間コンテストで見ないような軽飛行機でした。ウイングも含め、機体自体がとてもコンパクトで軽そうです。しかし、ある問題に気付きました。

 

「うーん、これだとちょっと……。この機体では私の力に耐えられません」

「……ほう、何故だ?」

 晶葉ちゃんが怪訝(けげん)そうな顔をしました。

「問題は動力部の機構です。パイロットがペダルを漕いでプロペラを回転させる形式だと思いますが、パッと見たところ動力部は自転車のギアとあまり変わりないようなので、空を飛ぶ程度の勢いで私が漕ぐとすぐ壊れてしまうと思います」

「だが、普通の人が漕いでも壊れない強度にはしてあるんだぞ。気にしすぎではないか?」

 

 晶葉ちゃんからご意見がありました。確かに普通の人ならこれで大丈夫だと思いますが、問題は『パイロットが私』だという点なんですよね。口で言っても伝わらないので、実際に見て頂くしかありません。あまりお見せしたくはないですけど。

「では私の脚力を見て頂きたいので、壊れてもいい自転車とかありませんか?」

「動力部製作の参考に何台か調達しているから、それを使うといい」

 そう言って晶葉ちゃんが自転車を持って来ました。普通のチャリです。

 

「では、軽~く漕いでみます」

 作業しているメンバーさんを離れたところに集め、スタンドを立ててその場で自転車を漕ぎ始めました。最初はゆっくりで、徐々にスピードを上げていきます。

 勢いが付いてきたところで、ペダルを強く踏み込み超高速回転させました!

 

 その瞬間、自転車のチェーンがブチ切れてあらぬ方向へ吹っ飛んでいきます。そしてペダルもへし折れました。

 その光景を見てサークルの皆さんは絶句しています。そらそうよ。

 一時期ロードバイクに憧れたのですが、普通に自転車に乗っていてもついつい壊してしまうので諦めたという苦い経験もありますからね。悲しいなぁ……。

 自転車より走った方が断然早いんですが、一度UMA(未確認動物)に見間違われてからは自重しています。

 

「今ので大体30%程度の力です。動力部はもう少し強度を高めているとは思いますが、それでも私の力には耐えられないでしょう。なので、パイロットを代えて頂いた方が良いと思います」

 無駄足になってしまい残念ですが仕方ありません。やっぱり私のようなイレギュラーではなく、普通の人がパイロットになった方がこのサークルの為になります。

 

 そのまま失礼しようとしたところ、晶葉ちゃんと日本橋さんに両腕をがしっと拘束されました。

「これは面白い素材だ。この身体能力を生かす機体が出来たら、さぞかし凄いことになるだろう」

「ふふ、そうね。こんな逸材初めて見たわ。これは是非協力して貰わないといけないわねぇ?」

 お二人とも怪しい笑みを浮かべているので怖いです……。

 

「あの、先ほどの通りあの機体では私の力に耐えられないんですけど……」

「なら耐えられるように再設計すればいいだけだ」

「でも、現時点で90%は出来上がってるんですよね? 今から設計をやり直すのってかなり大変じゃないですか?」

 機体のバランスにも影響するでしょうから、そう簡単に修正できるとは思えません。

 

「そんなことないわよ。まだまだ時間はあるしね。むしろ更に良い機体が出来そうでとてもワクワクしているもの!」

「ふっふっふ……この天才に任せろ。私は天才だ~!」

 二人の科学者がエキサイトしています。先程のデモンストレーションが彼女達のマッドサイエンティスト魂に火をつけてしまったのでした。サークルの皆さんも張り切っている様子です。

 

「あれで30%程度の力なら、動力部の機構自体を再検討しなければいけないな」

「それに素材もね。現状よりも強度があって重量がそう変わらない金属って何かあったかな?」

「それならアレが使えるんじゃないか。そして機構はSDV機構にして……」

 何だか凄く盛り上がっていますが、頭の良くない私では付いていけませんでした。でも私がパイロット役というのは確定してしまったようです。

 

 その後はシンデレラプロジェクトの出現によるコメット解散危機があり、『新・三本の矢』路線で頑張りましたが、合間を見て翼人間コンテストの機体製作にも協力をしました。

 テストの度に動力部を壊してしまい申し訳なかったのですが、それが却って晶葉ちゃん達のやる気を出させたみたいです。さしずめプ〇ジェクトXの様な感じでした。

 

 計五回程のテストを経て、私が遠慮なく漕いでも壊れない軽飛行機が何とか出来上がりました。本番二日前でしたので何とかセーフと言った感じです。

 デスマーチを終えてボロボロになりながらも充実した表情をしている彼女達は、とても輝いて見えました。

 

 

 

 そして大会当日がやってきました。

 晶葉ちゃんやサークルの皆さんと一緒に、翼人間コンテストの会場である日本海側の某県にマイクロバスで向かいます。

 天気はあいにく曇りです。一雨来そうなので、私達の時に降らないよう祈るしかありません。

 

「そういえばあの機体の名前って決まっているんですか?」

 ふと疑問に思ったので、隣に座っている晶葉ちゃんに訊いてみました。

「言っていなかったか。ならば発表しよう。あの機体の名前は『Wings for Friends』──日本語だと仲間のための翼という意味だ」

「仲間、ですか……」

「ああ、そうだ。あの機体は私達の誰が欠けても作ることは出来なかったからな。正に友情の証だと言えるだろう」

 

 友情なんて青臭い概念、アイドルになる前は心底馬鹿にしていました。

 友情があってもお腹は膨れませんし。

 今の家族さえいれば友達や友情なんて一切不要と考えていましたが、コメットの皆をはじめ他のアイドル達と接するうちに、悪いものではないと思うようになりました。

 これは退化なのか成長なのか、どちらなんでしょうか……。

 

 そして会場に着きました。

 晶葉ちゃん達は早速機体の整備に入ります。その間は暇なので、先に始まっていた滑空機部門を見学しました。

 様々なデザインの軽飛行機が矢継ぎ早に海へ突っ込んでいきます。

 

 上手く飛び立たず無残に海へ墜落する瞬間が、翼人間コンテストの中で最も好きなんですよね。フフフ……。

 但し今回は出場する立場ですので、そんな無様な姿をお見せする訳にはいきません。

 晶葉ちゃんやサークルの皆さんの努力に報いるよう、仲間のために頑張りましょう。

 

 

 

 暫くして、プロペラ機部門が始まりました。

 私達の出番は直ぐなので機体の中でスタンバイします。少し雨が降ってきましたので、早く発進したいです。

「朱鷺なら、この機体の真の性能を引き出せると信じてるぞ!」

 晶葉ちゃんから激励されました。皆さんの為に何としても大会最高記録を叩き出してやります!

 

 スタートの合図と同時に、サークルの皆さんが機体を助走させます。

 スタートは一番重要なのでとても緊張しますが、ここまで来たらやるしかありません。飛び出すと同時にペダルを漕ぎ出しました!

 

 幸いなことにスタートは順調でした。動力部の耐久性も全く問題ありません。これなら良い記録が出せそうです。

 新設計の機体だけあり、スピードも普通の軽飛行機の域を遥かに超えています。私の脚力と機体が上手く噛み合っていました。正に人馬一体です。

 

 しかしここで大きなトラブルが起きました。天候が急変し、猛烈な豪雨と突風が機体を襲ったのです! 雨粒が凄い勢いで機体を叩きつけ視界が塞がれました。雨音で無線も聞こえません。

 ですが仲間の為にも、この程度のことで負ける訳にはいきません。ゲリラ豪雨に負けて落ちないよう、必死になって漕ぎ続けます!

 暫くすると雨が収まりました。さて、もう一頑張りしましょうかと思った瞬間、圧倒的な違和感に気付いたのです……。

 

──陸地が無い。

 

 これには焦りました。四方を全て海で囲まれています。

 無線機で助けを求めようとしましたが繋がりません。恐らく故障したのか範囲外に出てしまったのでしょう。スマホは会場に置いてきたので電話も出来ませんでした。

 正直どうしていいか分かりませんでしたが、このまま海に落ちても漂流するだけです。

 とりあえず漕ぎ続けながら陸地を捜すことにしました。まぁ、適当に漕いでいれば会場の近くに辿り着くはずです。

 不慮の事故なので早く戻れば復帰できるかもしれません。そう思って進み続けました。

 

──その後10時間以上経過しましたが、全く陸地が見えないので流石に怖くなってきました。

 一応1週間寝なくとも耐えられますし体力もまだまだ大丈夫ですが、風○おじさんみたいに永遠に行方不明にはなりたくないです。

 必死に漕ぎ続けるとようやく陸地が見えましたので、そちらに向けて進んで行きます。

 陸地の上空に到着しましたが、町らしいものは見当たりませんでした。人がいない所に降りても意味は無いので、今度は町を捜して進んで行きます。

 

 暫くして大きな市街地に辿り着きました。助けを求めるため適当な所で降りようとしたところ、機体からミシッという嫌な音がします。

 そもそもこの機体は翼人間コンテスト用に製作されたものなので、十数時間のフライトは想定していないのを完全に忘れていました……。

 音が段々と大きくなり、プロペラが脱落します。バランスを失った機体が急速落下しました!

 

 急いでベルトを外し、前方のアクリル板を破壊して外に飛び出します!

 そしてそのまま大きなお屋敷に不時着します。『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』がなければ即死でした。

 まさか空中分解するとは思っても見ませんでしたが、とりあえず人のいそうなところに辿(たど)り着けたのでよかったです。

 でも『Wings for Friends』がバラバラです。ああ……晶葉ちゃんやサークルの皆さんとの友情の証が……。彼女達には本当に悪いことをしてしまいました。戻ったら謝らないと。

 

 しかしここは一体どこでしょうか。物凄く大きくて豪華な邸宅のようですが、着地の際に天井を突き破ってしまったので家主さんには申し訳ないことをしました。番組の方で弁償してもらえないかなぁ。

 何だか嫌な予感がしたので、髪を出さないようにヘルメットを被りハンカチで顔を覆います。

 最近はやたらと勘が冴えるんですよね。なぜでしょうか。

 

 そうするうちに、正面の部屋から中年の男性が出てきました。こちらを一瞥(いちべつ)すると凄い形相(ぎょうそう)で私のことを(にら)み付けてきます。

 なんだかとても偉そうな感じの方です。漫画のキャラに例えると、ドラゴンボールZに出てきた人造人間19号(小太りさんの方です)にとても似ていました。そういえばテレビの国際ニュースでよく見かける方に瓜二つです。

 

 あれれ~? これはひょっとしてひょっとすると『あのお方』でしょうか。

 そうなるとここは日本ではなく、()の国ということになってしまいます。あまり考えたくはありませんけど……。

 

「○!※□◇#△!」

 いやいや、外国語で言われても私わかりませんよ! 何か返事しなければいけないと思って必死に返事を考えます。

 私の頭部に搭載されている最新OS──『Windows toki』が最適な回答を導き出しました!

 

「 ギ、ギブミーチョコレート……」

 敗戦直後の日本の子供みたいなセリフがつい口から漏れました。なぜこの言葉だったのかは本当に謎です。どうしたんだ私のOS。大丈夫か。

 

 目の前の男性は怒って何か(わめ)いています。異文化コミュニケーションは大失敗でした。

 そのうち凄い音量で警報が鳴り響き、ライフル銃を手にした屈強な兵隊さんがどんどん集まってきます。こ、これは早々に退散した方がよさそうですね。

「え、え~と、再見(サイツェン)!」

 日本人だとバレると外交面で非常によろしくなさそうなので、あえて中国語で別れの言葉を告げて脱兎(だっと)の如くその場を逃げ出しました。この対応も正直どうかなと思いましたが、後の祭りです。

 

 

 

 その後は壮絶な追いかけっこでした。私も実銃で撃たれたのは生まれて初めての経験なので流石にビビリましたよ。『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』がなければ、『リアル逃亡中なう』の開始1分で即お陀仏だったでしょう。

 久しぶりに神様に感謝しました。いや、この力がなければこんな目に合ってないんですけどね。

 

 しかし、こんなにか弱い女子中学生を全力で抹殺しようとは、何とも心の狭いお方です。

 こちらも撤退戦の最中、戦車や装甲車両、戦闘ヘリ等を数十機は破壊したので本当に申し訳ないと思いますけど、正当防衛ですから仕方ありません。超頑張って死傷者は出さなかったのですから、トップらしく寛大な心で許して貰いたいです。

 でも、あの程度の軍備であれば普通に潰せることが分かったので良かったです。いや、分かってしまって悪かったのでしょうか。

 

 海辺にたどり着いた後は、適当に拝借した手漕ぎボートで日本に向け漕ぎ出しました。

 生命の危機を避ける為ですから仕方ありません。緊急避難の適用案件ですよ、きっと。

 15の夜ならぬ14の夜を全力で突き進みましたが到着まで半日くらいかかってしまいました。流石に海は広くて大きいですねぇ。

 

 

 

 その後無事日本に辿り着きましたが、お金を持っていないのでヒッチハイク(物理)で346プロダクションに戻りました。

 ボロボロになりながらも会社に戻り、親指を立てたポーズで「I'm back……!」と言ってごまかそうとしましたが、家族や犬神P、千川さんを始め色々な方々から酷く怒られました。もう少しで失踪者扱いされる所でしたよ。

 

 帰還の翌日、機体の破壊と回収が不可能になったことついて晶葉ちゃんに謝りに行きました。

「この度は、本当にすいませんでした」

「別にいいさ。データ取りは終わっていたし、回収しても使い道がないから解体して粗大ゴミにするしかないしな」

「そうですか……。そう言って貰えて、気が楽になりました」

「それより朱鷺が無事でよかったさ。しかし、本当によく無傷で戻って来れたな……」

「あはは……。流石に大変でした」

 とても貴重な経験でした。二度と体験したくはありませんが。

 

 結局大会では私達の機体は失格になったそうですが、その斬新な設計とスピードは参加者と観客の度肝を抜いたようです。記録こそ残りませんでしたが、皆の記憶に深く刻まれました。

 日本橋さんは海外の名門工科大学から「特待生として来ないか」と誘いがあったそうで、狂喜乱舞しているとのことです。才能(あふ)れる方なので、是非未来の産業界を支えて頂きたいですね。

 

「天才はいつも孤独というが、朱鷺が傍に居てくれたら私は孤独ではないな。私の頭脳と朱鷺の体力があれば、もっと面白いことができそうだ。これからもよろしく頼むぞ、相棒!」 

「翼人間コンテストでなければお引き受けします。危険なのはもうこりごりですから」

「もちろんだ。そしてアイドルとしてもトップになって、私達の才能を証明するぞ! 」

「はい。一緒に頑張りましょう!」

 そんなことを言いながら二人で笑い合いました。相棒とは古臭いですが暖かい言葉です。

 この後も色々巻き込まれそうですが、それはそれで楽しそうなのでいいかもしれません。

 

 

 

 なお、その後は逃亡時の破壊活動を聞きつけた外務的な省と防衛的な省から執拗な取調べがあり大変でした。

 私の戦果を聞いた両省の幹部の方々から、高校を卒業したら即入省するよう非常に強く求められましたが、何とか勘弁して頂いたのです。

 アイドル引退後に改めて検討して欲しいと仰っていましたので、その時また考えましょう。

 

 ちなみに両省における私のコードネーム(蔑称)は『歩く大量破壊兵器』になったそうです。

 コメントは差し控えさせて頂きますが、せめて有機物の範ちゅうに収めて頂けないものかと思います。

 

 最後の取調べが終わり、やっと帰宅しました。時計は既に夜の11時を指しています。

 そのまま三階の防音室に()もりました。さて、ダンスの練習でもしましょうかねと体を動かした瞬間、自分の周囲や景色がグルグル回るように感じます。

 とても気持ち悪い……。立っていられないので、思わずその場にしゃがみこみました。

 

 暫くすると体が正常に戻ります。珍しいこともあるものだと思いましたが、その時は大して気にもしませんでした。

──無尽蔵と思われた私の体力に(ほころ)びが生じていたことに、自分でも気付いていなかったのです。

 今までの無茶な活動で蓄積してきた疲労が、翼人間コンテストでの多大な消耗をきっかけとして一気に噴出し、私の体を急速に(むしば)んでいきました……。

 

 

 



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第21話 暴走の果て

冒頭のみ暴力的な表現が含まれていますので、苦手な方はご注意下さい。
主人公を常識人と勘違いされている方が多いようですが、心を病んでいる重病人という前提で読んで頂けると違和感が少なくなるかと思います。


──何もかもが、炎の中に沈みました。微笑みかけた友情も、芽生えかけた愛も、秘密も。

 

 七星医院の屋上は眺めがいいので、私のお気に入りの場所です。

 子供の頃はここでよく星空を眺めていたのをふと思い出しました。持ってきたデッキチェアーに腰掛けて下界を見下ろします。

 そこには、少し前まで街と呼ばれていた瓦礫(がれき)の山が無限に広がっていました。残った建物も勢いよく炎上しています。

 そして、かつてヒトだったモノが至る所に横たわっていました。ヒトのような何かが……。

 

 コメットの強制解散が言い渡されたその日、私の中の何かが粉々にブッ壊れました。

 結局二度目の人生でも世界から拒絶されたと思うと、全てがどうでも良くなったのです。

 そして自暴自棄になった私は、ある考えに至りました。

 

──世界が私を否定するなら、私も世界を否定してやる。

 中学生が恐らく一度は経験するであろう、世界破滅願望です。ふふっ。これじゃアスカちゃんのことを笑えません。

 けど私は普通の中二病患者と違う点がありました。本当に世界を滅ぼす『力』があったのです。

 

 それにしても、世界のバランスなんて本当に(もろ)いものですね。

 核兵器保有国の要人、特に穏健派と言われる方々をサクサクッと闇に葬っていった結果、どの国も疑心暗鬼になり他国との関係が急速に悪化していきました。

 忘れがちですが北斗神拳は『暗殺拳』ですから、そういうことに一番適した能力なんですよ。

 

 各国でそういった活動を行い、意味深ですが実は何の意味も無い犯行声明を出し続けていった結果、とうとう核兵器保有国同士の軍事衝突が始まったのです。

 最初は地味な小競り合いでしたが、エスカレートするのにさほど時間は掛かりませんでした。最終的には核弾頭を搭載したICBM(大陸間弾道ミサイル)の打ち合いになったのです。

 201X年──世界は核の炎に包まれました。

 

 当然、日本も例外ではありません。

 主要都市にICBMがガンガン打ち込まれていきました。

 幸いなことにこの辺りにはまだ着弾していませんが、時間の問題ですね。といっても、核以外の攻撃や暴動等によって既に酷い状態になっていますから、もう滅んだと言っていいと思います。

 頼みの綱である自衛隊や警察はその機能を完全に停止していました。もはや無政府状態です。

 

 世界を相手に無理心中を試みて成功したのは、私が人類初にして最後でしょう。

 全く、強靭で凶刃な狂人を本当に怒らせるからこういうことになるんですよ。

『極悪ノ華』と化した私を止めることは誰にもできません。私の深い絶望を世界中の皆さんに強制的にシェアして頂きました。

「……恨むなら346プロダクションを恨んで下さい」と盛大に責任転嫁をしてみます。

 私が一番悪いことは私自身が良く分かっていますけどね。

 

 人としての心は既に私の中から失われかけていましたが、それでも家族やコメットのメンバー、346プロダクションや競演した他事務所のアイドル達だけはどうしても見捨てることが出来ませんでした。

 わずかに残った良心を振り絞り、政府要人が秘密裏に所有していた巨大核シェルターを力づくで奪取して、皆さんにはそちらに入って頂いたのです。外務的な省の偉い方が色々な裏情報を持っていたので助かりました。

 指導役になってもらうため、武内P(プロデューサー)や今西部長、千川さん、765プロのP等のまともな大人も一緒に保護しています。駄犬も一応命だけは助けてあげました。

 

 Vault-Tec(ボルトテック)社というアメリカの企業が建設した核戦争避難用シェルターで、数十年は余裕で耐えられる設計なので彼女達の身は安全でしょう。

 世紀末世界でも頑張って生きていって欲しいです。

 

 ICBMが飛んでくるまでちょっとだけ時間がありそうなので、持参したボストンバッグから様々な瓶を取り出しました。

 「ろ~ま~ね~こん~てぃ~! こ~く~りゅ~う! まっから~ん!」

 旧ドラちゃんっぽく、ねっとりとお酒の名前を読み上げていきます。

 

 既に国家体制は崩壊していますので、もう法律なんて関係ありません。好きなだけ飲みまくってやりますよ。酒屋の店主さんは既にお亡くなりになっていたのでお金はレジ前に置いてきました。

 世界崩壊を(さかな)に飲むお酒は、中々オツなものです。

 

「でも、四人でもっとアイドルやりたかったな……」

 ふと本音が漏れてしまいました。何だかしんみりとしてしまいます。

 どこで道を間違えたのか、今考えて見れば答えは明白でしたが、いくら『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』があっても過去には戻れません。

 

「……コメットに乾杯!」と一人で叫んで、グラスに注がれた透明な液体を一気に飲み干します。

 その瞬間、(まばゆ)い光に包まれました。

 

 

 

「はっ!!」

 意識が戻ったのに気付くと、学習机に預けていた重い体を引き起こしました。

 どうやら少し眠ってしまったようです。目覚まし時計を確認したところ深夜の2時でした。まだ仕事が残っているのに居眠りとは、たるんでいる証拠ですね。

 でも何だか酷い悪夢を見ていたような気がします。詳細は思い出せませんが、世界を崩壊させるとか何とか……。

 

「ははっ。そんな馬鹿な……」

 何とも荒唐無稽で悪趣味な夢です。私のように善良で良識ある市民がそんな危険なことをするはずがないじゃないですか。そうですよね?

 ちょっと自信がなくなってきたので、悪夢は忘れて仕事を続けることにしました。

 

 趣味繋がりで頂いた模型雑誌の連載コラムの原稿を仕上げていきます。今日の夕方が締め切りなので、今のうちに仕上げなければいけません。原案は完成していますので、後はブラッシュアップさせるだけです。

 

「ぐぅ……」

 パソコンのワードソフトを開き、ヅダの魅力について熱く語った原稿を読んでいると、いつのまにかまた机の上に突っ伏していました。

 脳が睡眠を求めていますが、そんな下らない欲求に負ける訳には行きません。

 

「はあぁぁ!」

 合掌(がっしょう)の構えで闘気を全身に満たし、自らの体力を回復させます。これぞ北斗神拳奥義──『北斗精光法(ほくとせいこうほう)』です。更に秘孔研究の際に新発見した『眠気を取り払う秘孔』を自らの手で突きました。

 これで暫く持つとは思いますが、最近は使いすぎて効き目が薄くなっています。もう一押ししましょうか。

 

 部屋に備蓄してあるエナジードリンクとスタミナドリンクの箱からドリンクの缶を一本づつ取り出しました。

 「まんたーんドリンクっ!」

 そんな言葉を口にして計二本を一気飲みします。そうすると、何となく体力が全回復したような気がしました。

 

 『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』を持つ私の体力はほぼ無限と思っていましたが、このところ寝ずに全力で体力仕事等を行った結果、極度の疲労状態となっています。

 特に先日の翼人間コンテストでは相当体力を浪費してしまったため、そのダメージが大きく響いていました。

 

 北斗神拳とドリンク類を併用することでようやく体調を維持している状態なのですが、コメットが大変な時期にのうのうと休んではいられません。

 何となく前世の末期頃を思い出すので嫌な予感がしますけれども、そんなことは気にしていられないです。吐血もし始めましたが、もっともっと頑張って24時間働かなきゃ……。

 

 コラムを仕上げてメールで送信した後は、専用ブラウザを開いて某掲示板に向かいます。お気に入り登録している『女性アイドル板』に移動し、お目当てのスレッドである『コメット応援スレ part17』を開きました。

 新着の書き込みを飛ばし飛ばし見ていきます。

 

『朱鷺先生の貴重なライブシーンが見れるのはコメットだけ!』

『いや、もうソロでやればいいじゃん(いいじゃん)。コメットを出る喜びを感じて欲しい』

『やきうのお姉ちゃん同士、トッキとユッキでユニット組ませたいなぁ』

『アイライクトキサン トキサンアイシテル!』

『次は東京オリンピックかな? どの競技でも金メダル以外獲らなそう』

『恵まれた可憐な容姿から糞みたいな言動がだいすき』

『ピンクは淫乱。トッキはピンク髪。つまりトッキ=淫乱( Q.E.D.証明終了)』

『その理屈だと美嘉姉ぇにも風評被害が及ぶのでNG』

『アレを許容している他の三人はホントぐう聖だわ』

『(スレに居づらくて)辛いです。ほたるちゃんが好きだから……』

『(居て)ええんやで。ワイも飛鳥推しやからな。わかるわ』

『トッキのせいで存在感薄いぞ森久保ォ! もっと頑張れ森久保ォ……!』

 

 よし、ここに火を放ちましょう。

 いつもの通り、私の話題であふれていやがりました。最後の三人は数少ない良心なので、これからも是非頑張って欲しいです。

 くっ!! トキ! トキ! トキ! どいつもこいつもトキ! なぜですか! なぜこんな腐ったドブ川を話題にして、乃々ちゃん達を取り上げないんですか!

 

 少しでもコメットを盛り上げようと考え、ここ最近はスレを誘導したり工作したりしていましたが、結局私の話題になってしまいました。おかしい、こんなことは許されない……。

 キレて思わず『ここはコメット総合だろ? あのメスゴリラみたいなドブ川の話するんだったら朱鷺スレに行けよ』と書き込んでしまいました。

 

 七星朱鷺応援スレはpart57まで伸びています。beam姉貴好きのゲーマーと鎖斬黒朱のメンバー、北斗神拳に憧れる子供達、格闘技及び野球ファン等が和気藹々(わきあいあい)と交流する、現実世界ではありえない超カオス空間と化していました。これもうわかりませんね……。

 30分くらいしてからまたコメット応援スレを覗くと、いくつかコメントが付いていました。

 

『なにいってだこいつ』

『何トッキディスってんだよ、潰すぞ』

『ああ? クイーンをコケにする奴ぁ、俺がシステマで半頃しにしてやんぜ!』

『マジレスとか、おハーブ不可避ですわねwww』

 くっ……。こいつら……!

 

 結局、ステルスマーケティング作戦も上手くいきませんでした。『新・三本の矢』は全て折れてしまいましたので、もう打つ手がありません。

 しかも既に3月も半ばに突入しています。シンデレラプロジェクトはメンバーの欠員が多数出たらしくまだ始まりそうにありませんでしたが、それでも時間がないことは確かです。

 必死になって朝まで新しい作戦を考えましたが、何も思いつきませんでした。

 

 

 

 学校の授業を終えて、346プロダクションに向かいます。

 今日は仕事が入っていないので通常のレッスンです。正直レッスンなんてやっている場合ではないと思いますが、他にできることもないので仕方ありません。2週間ぶり位なので懐かしさすら感じます。

 更衣室でトレーニングウエアに着替えた後、レッスンルームに行きました。

 

「おはよう、ございます……」

 既にアスカちゃん達が来ていたので挨拶します。

「おはよう……って、大丈夫ですか!? 朱鷺さん!」

「はい?」

 ほたるちゃんが酷く慌てています。

「顔が青いどころか真っ白なんですけど……」

「やせたな、トキ……。鏡で自分の顔を見るといいよ」

 飛鳥ちゃんに言われて、レッスンルームの鏡に映った自分の姿を眺めてみました。

 

 これはひどい。

 死人のような青白い顔の少女がそこに立っていました。公家(くげ)かな?

 朝はそうでもなかったんですけどね。秘孔やドリンクの効果が切れてしまったようです。家では体調不良がバレないよう明るく元気な娘を演じているので、その反動が夕方に来てしまったのでしょう。

「あはは、まだ生きてますから大丈夫ですよ。この程度なら北斗精光法で……」

 そう言って合掌の構えをとろうとしたところ、アスカちゃんに右腕を掴まれました。

 

「……もう、我慢の限界さ。何を隠しているのかは知らないけど、これ以上の無理はトキの命に関わる。(しばら)く休息を取るんだ」

 気遣ってくれるのは嬉しいんですが、今は立ち止まっている場合では無いんですよねぇ。

 優しく振り払おうとしたところ、今度はほたるちゃんに左腕を掴まれました。乃々ちゃんも胴にしがみついています。

 

「……離して下さい」

 ちょっとだけドスを利かせてお願いしました。無想転生を使えばすり抜けられますが、あれも結構体力を消費するので使うのは避けたいです。

「嫌です! 飛鳥さんの言うとおりですよ……。これ以上働いたら死んじゃいますから、もう止めて下さい!」

「これ以上は、本当にむーりぃー……」

 二人とも必死ですが、なぜでしょうか。

 

「私の命なんて羽毛布団くらい軽いですから大丈夫ですよ。死んでも悲しむ人はいないですしね。命は投げ捨てるものです」

 どうせ神様の気まぐれで与えられたオマケ人生ですから、いつ逝っても私の生涯に一遍(いっぺん)の悔いなしです。家族だって、こんな汚物が消え去ればきっとせいせいすると思います。

 

──そう言い放った次の瞬間、頬に熱い衝撃が走りました。

 

 涙目のほたるちゃんに、ビンタされました。

 あまりに不意打ちすぎて防御不可です。

 二度目の人生で、初の被ダメージでした。

 

「いい加減にして下さい! 朱鷺さんに何かあったら、私が悲しいです!!」

 今まで聞いたことの無いくらい大きな声で、ほたるちゃんが叫びました。

 えっ!? 私が死んだら悲しいって、そんな、大げさな……。

「朱鷺ちゃんはだめなもりくぼを必要としてくれるし……どこにいても見つけてくれる……。

 朱鷺ちゃんといると、変わらないといけない気になります……。だから、もりくぼ的には、朱鷺ちゃんがいないととっても困るんです……。うぅ……」

「自分の価値にまだ気付いていないのか。ボク達はボク達であることを許されてる……トキのチカラでね。だからトキがいなくなったら、ボク達も存在し得ないのさ」 

 

 ああ、そうか。

 この子達は、こんな薄汚い私のことを、とても大切に思ってくれているのですね……。

 

 累計年齢50歳にして出来た初めてのお友達は、本当に、素敵な仲間でした。

 

 何だか力が抜けていきます。そのまま意識が遠のいていきました。

 

 

 

 重たいまぶたを押し上げると、見知らぬ天井が広がっています。

 どうやらベッドに寝かされているようでした。

「おや、目覚めたみたいだね」

「……気が付きましたか?」

 不意に声を掛けられたので顔を向けると、犬神Pとコメットの皆がいました。何だかホッとしたような表情です。

 

「おはようございます。……ここはどこですか?」

「346プロダクション内の医務室だよ。意識を失った七星さんを皆が運んできてくれたんだ」

「……そうですか」

 度重なる疲労で意識を失ってしまったようです。時間を無駄にしてしまいましたので、早くレッスンに戻らないと。

 

 上体を起こして立ち上がろうとしたところ、犬神Pに取り抑えられました。

「レッスンや仕事のことなら心配しなくていい。当面は休みにして貰ったから」

「……は?」

 この駄犬は一体何を言っているんでしょうか。

「体力仕事の話をした時の条件を覚えているよね。『七星さんの体調を考慮して、これ以上は続行不可能だと俺が判断したらその時点で仕事にストップをかける』ってやつさ。今の体調では仕事はおろかレッスンも無理だから強制休養にしたよ」

 

 ほう。畜生の分際で随分ナメたことを言うじゃありませんか。ちょっと脅してやりましょう。

「私は元気ですから問題ありません。もし強制休養させるなら犬神PのB○Wを(ちり)と共に滅しますけど、それでよろしいですか?」

「ああ、いいよ。好きなだけ破壊してくれ」

 むむむ。犬の癖に今日はやけに強情です。

 

「これはブラフではないですよ。私はやる時はやる女です」

「わかってる。これでも半年近く接してきたからね。車なんて働いてまた買えばいいけど、七星さんの代わりはいないんだ。君が休んでくれるなら惜しくないさ」

 青春ドラマに出てくるような青臭いセリフです。でも、その目は真剣でした。

 

「コメットとシンデレラプロジェクトの件については、さっき俺から皆に説明しておいたよ。まさか七星さんが情報を隠蔽(いんぺい)するとはな。だけど、君の性格を考えれば十分予想できることだった。

 全て、忙しさにかまけてフォローを怠っていた俺のミスだ。本当にすまない!」

 そう言って私や皆に深く頭を下げました。

 

「……そんなことはないですよ」

 犬神Pが悪い訳ではありません。彼はまだ新人ですが、私を含め10名のアイドル達のプロデュースとマネジメントを一任されているため、非常に忙しいのです。

 特に今は年度末で超多忙ですから、個々のアイドルに関してフォローが疎かになっても咎めることは出来ないでしょう。それを利用した私が一番悪いんです。

 

「でも、とうとうバレてしまったんですね。結局何もかも上手く行きませんでしたか」

 皆を悲しませたくないので、あえて報告・連絡・相談を遮断し情報をひた隠しにしていましたが徒労に終わりました。これだけは避けたかったんだけどなぁ。

 

「解散危機は確かにショックでしたけど、それでも教えて欲しかったです。四人で一緒に頑張って、解散阻止に向けて頑張りたかったです……」

「もりくぼも解散はイヤですけど、そのことについて話してくれなかったことの方がもっともっとイヤです……」

「ボク達を心配してのことだったんだろうが、ボクも含めその程度で絶望に呑まれたりはしないさ」

 

 ああ……。私が考えていたよりも、彼女達はずっとずっと強かったようです。

 やっぱり、皆と力を合わせてこの危機に対応するのが正しいルートでした。ルート選択を誤った今となっては、何を言ってもまさに『覆水(ふくすい)(ぼん)に返らず』ですが。

 

「全て私のせいです。本当にすいません」

 結局、私の暴走は皆に多大な迷惑を掛けただけでした。

「いいや、トキの異変をわかっていながらちゃんと気付こうとしなかったボク達にも非はあるよ。残された時間は刹那だけど、何とかして解散を防ぐプランを考えようか」

 アスカちゃんはそう言ってくれましたが、もう終わりです。コメットは解散させられてしまうでしょう。

 そう思うと何だか無性に世界を滅ぼしたくなってきました。あれっ、何かデジャビュが……。

 

 

 

「最後まで、希望を捨てちゃいかん。あきめたらそこでグループ活動終了だよ」

 ふと、ダンディな声が聞こえました。声のした方を見ると、にこやかな表情の男性と今西部長が医務室に入ってくる所でした。

 もう一人の男性には見覚えがあります。デビューミニライブでCDを四枚購入頂いた、ふくよかな老紳士です。

 

 ベッドのそばまで来た後、今西部長が口を開き私に優しく語りかけました。

「七星君。君には大きな心配を掛けてしまった。本当にすまなかったね。

でも、もう大丈夫だ。コメットを継続するか解散するかで統括重役や役員達とずっと協議をしていたのだけれど、今日ようやく結論が出たんだ。今後346プロダクションとしては、コメットもシンデレラプロジェクトと同じ位重要なプロジェクトとして全力で支援していく方針に決定したよ」

 

 マァジスカ。

「で、では、コメットは解散ではなく存続と考えて良いのでしょうか!?」

「ああ、そうだね。だから安心して静養して欲しい」

 

 その言葉を聞いた瞬間、重い重い肩の荷が下りたような気がしました。次の瞬間、三人から一斉に抱き付かれます。

「フッ。どうやらボク達には幸運の女神が付いているようだ」

「やりましたね! 朱鷺さん!」

「本当に、本当に良かったですよぉ……」

 皆とっても良い笑顔です。この笑顔が守れて、本当に良かった……。

 

「私の今までの努力が実を結んだんですね……!」

 あの頑張りは無駄ではなかったのでした。何だか感慨深いものがあります。

 そんな思いに浸っていたところ、今西部長がばつが悪そうに切り出しました。

「あ、いや、七星君の頑張りももちろん影響したんだけど、存続とは直接は関係がないんだ。何せ(つる)の一声だったから」

 その言葉を聞き思わず「へ?」と間の抜けた声を出してしまいました。まるで意味が分からんぞ。

 

「やあ、久しぶりだね。七星君」

 ミニライブおじさん(暫定です)から声を掛けられましたので、「お久しぶりです」と反射的に挨拶をします。

 コメット存続で浮かれてしまいすっかり忘れていましたが、そういえばなぜこの方が346プロダクション内にいらっしゃるのでしょうか。ここは関係者以外は入れないはずなんですけど。

 

「あの、今西部長。大変失礼ですが、この方はどちら様でしょうか?」

「こちらは白報堂(はくほうどう)の専務の安東さんだよ。大学時代、バスケ部でお世話になった先輩なんだ」

 なんと。白報堂といえば国内でも一、二を争う大手広告代理店さんです。

 芸能事務所の仕事の多くは広告代理店さん経由で頂きますので、346プロダクションにとって最上級のお得意様であり、正に神様的な存在です。

 

「そういえばあの時は名乗っていなかったかな。どうも、白報堂の安東です」

「ど、どうも。コメットの七星朱鷺です……」

 名刺を頂戴した後、改めて自己紹介をしました。そんな超絶偉い方がなぜ私の所に足を運ばれたのでしょうか。そんな疑問を見透かしたかのように、話を続けました。

 

「最近七星君だけがバラエティ番組に出演して無茶なことをやっているから気になってね。今西君に確認したら、346プロさんの中で君達の立場が危うい状態だというじゃないか。

 コメットのような素晴らしいグループをこんな所で終わらせてはいけないと思ったから、役員連中へ説教しにきたのさ」

「いやぁ、安東さんの鬼モードを久々に味わいましたが、あの圧倒的な迫力は大学時代から全く衰えていませんね。役員の多くが腰を抜かしていましたよ」

「ほっほっほ。僕もすっかり好々爺だから、昔みたいに叱る機会なんて殆どないさ。何せ孫には一度も怒ったことがないくらいだから」

「ははは。可愛いお孫さんには嫌われたくはありませんからねぇ」

 旧知の仲らしく、親しげな会話でした。

 

「ち、ちなみに、安東さんの口添えがなければコメットはどうなっていたのでしょうか……?」

 最大の疑問をぶつけてみました。何となく回答は予想できていますが。

「七星君を史上最強のアイドルとしてソロで売り出そうという声が非常に強かったから、恐らく解散させられていただろう。僕も安東さんと君達が懇意だと知っていればもう少し早く解決できたんだが、すまなかったね」

「い、いいえ……」

 かろうじて声を搾り出します。

 

「では、僕はこれから安東さんと一杯飲みに行きますので。七星君はしっかり休んで体調を整えて下さい」

「これからの君達の活躍をとても楽しみにしていますよ。それでは」

 そう言い残して、お二人は颯爽(さっそう)と夜の街へ繰り出されました。

 

 あ、あれ? コメットが生き残れたのは全て安東さんのお陰であり、私一人の力では結局どうにもならなかったということですか。

 私の血の滲む努力よりも、安東さんの一言の方が遥かに力があったのです。

 そうですかそうですか。では、超色物アイドルに堕ちてまで散々頑張ってきた激闘の日々は一体なんだったんでしょうかねぇ!

 

「あはっ! あははっ! あははははは……!」

 ヤケクソになって大笑いした後、その場に崩れ落ちました。再び意識が闇に飲まれていきます。

 

 FATAL(フェイタル) K.O.

 七星朱鷺────『再起不能(リタイア)

 とは、なりませんでした。

 この世から消え去りたいです。本当に、そう思いました……。

 

 

 

 

 



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第22話 ニートミートニート

 結論だけ、述べます。

 

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。

 私は失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した私は失敗した失敗──

 

 今は、西暦201X年の、3月某日です。

 

 時刻は午前10時を迎えていました。

 早春のうららかな陽気の中、児童公園のベンチで一人黄昏(たそがれ)ています。平日なので近所の若奥様と小学生未満の子供達が数名いる程度でした。

 

 コメットを解散させたくないという一心から『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』を全力開放して大暴走した結果、確かに解散を阻止することは出来ました。

 但しそれは白報堂の専務さんのお力によるものであり、私の努力とは関係が無かったのです。

 そしてふと冷静になって振りかえると、私の立ち位置はとんでもないものになっていました。

 

 人類を超越した北斗神拳の使い手であり、最も有名なRTA走者。関東一円を支配する暴走族の元締めをしつつ、闇ストリートファイトの女帝として君臨する現役JCアイドル。

 そして国からは最重要危険人物としてブラックリスト登録済み。

 あ~もうめちゃくちゃですよ……。

 

 やはりルート選択を誤っていました。コメットの皆や今西部長、ついでに犬神P(プロデューサー)と連携して解散阻止に当たるべきだったのです。

 孤独な勇者を気取っていた只の大馬鹿野郎でした。たった一人でラスボスを倒せるのはドラクエ1までだというのにね。

 アスカちゃん、ほたるちゃん、乃々ちゃんを傷つけまいとして取った行動が逆に彼女達を傷つけることになってしまいました。本当にお()びのしようもありません。

 優しい子達なので暖かく迎え入れてくれましたが、もう一生頭が上がらないです。

 

 

 

「こんにちは!」

 ひとしきり落ち込んでいると、公園内で遊んでいた女児から話し掛けられました。

 パーカー姿で野球帽とサングラスを装着してるのでアイドルとは気付かれていないはずですが、何用でしょうか。

「はい、こんにちは……」

 丁寧に返しました。目がくりっとした可愛い子です。美幼女は(なが)めるだけで癒されますよ。

 

「おねぇちゃんは、どうしてひるまからこんなところにいるの?」

「ばわ!!」

 鋭利な言葉のナイフで私の心をブッ貫いてきました。可愛い顔をしてエグいことをしてきます。慈悲は無いのですか。

 

「学校から来なくていいって、言われちゃったからだよ……」

「どうしてこなくていいっていわれちゃったの?」

 幼女がナイフをグリグリ押し込み致命的な致命傷を与えてきます。もうやめて下さい、私のライフはゼロどころかとっくにマイナスです。

「思い込みで大暴走したの。お嬢ちゃんも若いからって、後先考えず行動しちゃだめだよ」

 

 大暴走の悪影響は風評被害に留まりません。

 鎖斬黒朱(サザンクロス)の方は私の教育により情報統制を徹底していたので問題はありませんでしたが、あの闇ストリートファイトが余計でした。私の対戦動画を学校で再生し先生に見つかったド阿呆がいたのです。

 一応仮面を被ってウイッグを装着していたのですけど、『あんな動きが出来るのはお前しかいないだろ!』ということで参戦容疑を掛けられました。

 

 状況証拠だけなのでシラを切り通しましたが、深夜徘徊(はいかい)や授業中に『RTA CX』でプレイするゲームのチャート(攻略手順)を作成する等の様々な問題行動との合わせ技一本で、1週間の出席停止処分となったのです。要は停学です。

 こんなJCアイドルは中々いないでしょう。いてたまりますか。

 でもそのまま春休み突入で級友と顔を合わせずに済んでよかったです。学校に関しては対策を取りましたから問題はないですけどね。

 

 当然家族にも酷く怒られましたが、出席停止については殆ど言及されませんでした。

 家族や周囲を頼らず一人で突っ走ったことや、自分を大切にせず無理を重ねたことに関して非常に厳しく説教されたのです。

 全面的にあちらが正しいので(うなず)くしかありませんでした。心配を掛けたので重ね重ね申し訳ないです。

 

「ふ~ん。そうなんだ、たいへんだね!」

「ちょっと真希! こっち来なさい!」

「あっ! おねえちゃん、ばいば~い~!」

 必死な形相のお母さんに抱えられながら、幼女が手を振りました。

 

 この格好はどう見ても不審者スタイルなので仕方ありません。

 無気力状態なので家で寝ているのが一番楽ですが、誰もいないと何だか寂しいんですよね。平日ですから両親は七星医院で仕事をしていますし、朱莉は学校です。アイドルになるまでこんな気持ちになることは無かったんですが、なぜでしょうか。

 ここにいると通報されそうなので、重い体を引きずりながら路上に移動しタクシーで346プロダクションに向かいました。

 

 

 

 コメットのプロジェクトルームに設置されたソファーに横になり、ぐで~っとします。

 今までの努力が無駄であったことを突きつけられたショックで、『お仕事モード』のブレーカーがオフに切り替わりました。そして代わりにあの裏モードのスイッチが入ってしまったのです。

 そのモード名は『ニート・デクラレーション(宣言)』──通称『NT-D』です。

 

 NT-Dはお仕事を頑張りすぎて完全に燃え尽きた時にのみ発動するモードで、前世では一度だけなったことがありました。

 普段もニートっぽくなることはあるのですが、このモードに入ってしまうと24時間常時ニート状態になってしまうのです。前回は貯金が消えて食料がなくなるまで解除されませんでした。

 燃え尽き症候群超全開フルスロットルエクストリームバーサスマキシブースト改二といった感じです。何もやる気がおきません。生きる意味を失う。

 

「朱鷺さん、いますか? って、ちょっと、何してるんですか!」

「……おはようごぜーます」

 ほたるちゃんが入室されたので、何とか返事をしました。

「早く服を着てください!」

 何か凄く焦っています。ああ、私が下着姿だからですか。ちょっと厚着で暑かったので上下共に服を脱いでおり、ブラにパンイチの状態でソファーに横になっています。

 エアコンのリモコンを捜すのが面倒だったのでこうなりました。

 

「別に気にしませんよ」

 見られようが見られまいがどうでもいいです。まぁ、見たくない人が大多数でしょうけど。

「私が気にしますから!」

 珍しく大声です。ほたるちゃんの頼みであれば仕方ありません、着るとしますか。

 はああ~。息をするのも面倒で嫌です。チョコ蒸しパンになりたい。

 

 服を着ている間に乃々ちゃんもやってきました。私を見てびっくりしていたのでちょっと面白かったですね。アスカちゃんは個別のお仕事があるので今日はこの三人でした。

 暴走したりニート状態になったり、皆には迷惑を掛けてしまって非常に申し訳ないです。

 

 本当なら死んでお詫びしたいですが、『自分の命を粗末にすること』は皆から禁じられてしまいました。なので、生涯を掛けてこの罪を償っていくつもりです。ゲームとは違い、人生は大失敗しても続いてしまいますから。

 二人に介護されながらティータイムを楽しんでいると、ノックの後で犬神Pが部屋に入ってきました。

 

「皆、ちょっといいかな」

「はい、なんでしょうか?」

 ほたるちゃんが笑顔で答えます。犬畜生にそんな丁寧に接さなくてもいいんですが、本当に律儀な子ですよ。

「今日、シンデレラプロジェクトの内定者が施設見学に来ているんだ。その子達を紹介したいから、30階のプロジェクトルームまで来てもらいたいんだけど」

「は、はい、わかりました」と乃々ちゃんが緊張した様子で返事をします。

 

「めんどくさい……」

 空気を読まずにそんな言葉を呟きました。エレベーターがあるとはいえ、地下1階から30階まで上がるなんてめんどくさすぎて死にます。スペランカー先生並みに即死します。

「い、いや、この間今西部長も仰ってたじゃないか。コメットのミッションの中には、シンデレラプロジェクトのサポートも入っているんだ。だから、メンバーとは顔合わせしておかないと」

 

 ああ、そういえばそんなことを言っていたような気がしますね。

 元々コメットはシンデレラプロジェクトの先行試験として企画されたプロジェクトです。その目的はシンデレラプロジェクトに先駆けて色々な仕事を行い、その結果をフィードバックさせるというものでした。

 

 そしてもう一つ大事なお仕事があったのです。それがシンデレラプロジェクトのサポートです。

 一足先にデビューした先輩として、後輩にあたるシンデレラプロジェクトのメンバーの相談にのってあげるなど、主に精神面でバックアップをして欲しいとの要望でした。これがコメット存続の条件でもあります。

 私達もまだ未熟ではありますが、後輩の皆さんのお役に立てるのならやぶさかではありません。

 でも歩くのはダルいです。ああ、良いことを思いつきました。

 

「わかりましたよ。じゃあ、おぶって下さい」

「は?」

 犬神Pが困惑します。

「歩くのが超絶面倒なんです。だから、おんぶして連れて行って欲しいです」

 これなら歩かなくていいから楽ちんちんです。

 

「……頭、大丈夫か?」

「断ったら『四つん()いでしか歩けなくなる秘孔』を突きますよ」

「わかった、任せてくれ!」

 快く引き受けてもらいました。流石我らのPです。

 この新秘孔は何か犬っぽくない彼の為に発見したオーダーメイドなんですが、今はダルいので別の機会に使いましょう。

 そして犬神Pの背に体を預けます。おお、おんぶされるなんて子供の頃以来なので新鮮ですよ。

 そのまま30階に向かいますが、犬神Pの耳がちょっと赤くなっています。面白いので不必要な程ベッタリとくっつきました。

 

「ちょっ……。ア、アレがあたってるんだけど……」

「あててるんですよ。何意識してるんですか、このエロスめ」

 彼にしか聞こえない音量でそっと(ささや)きました。

「ぐぅ……!」

 明らかに動揺しています。ククク……元男として気持ちは分かりますが、これくらいのハニートラップで心が乱れるなんてアイドルのPとしてはまだまだですねぇ。彼の心の師匠である武内Pなら、きっと紳士的に対応しますよ。

 

「どうかしましたか?」

「な、何でもないよ、何でも!」

「そうです。何もありませんよ。ねぇ?」

「こいつ……!」

 シンデレラプロジェクトのプロジェクトルームに着くまで、ワンちゃんと楽しく散歩します。

 

 

 

 エレベーターで30階まで来ました。

『Cindellera Project Room』という表示に従って進んでいくと部屋の前に着きましたので、犬神Pの背から降ります。3回ノックをした後、ドアを開けて部屋に入りました。

 

「うわっ」

 強面(こわもて)の男性が突如(とつじょ)として目の前に出現したため、思わずのけぞります。高身長でがっしりとした体躯(たいく)で、三白眼(さんぱくがん)()えた目つきです。

 恐らく10人中9人がその筋の人だと思うでしょう。『龍が如く』に出てきても全く違和感がありません。むしろ世界観的にそちらの方が合っているような気さえします。

 

「おはようございます! 武内先輩!」

「はい、おはようございます。犬神くん」

 犬神Pと目の前の男性が挨拶を交わしました。

 この方こそ会社の希望の星であるシンデレラプロジェクトのPであり、犬神Pの憧れの存在でもある武内Pです。

 

「すいません。驚かせてしまいましたか」

「い、いいえ。目の前にいらっしゃったものですから、つい」

 ほとんど変わることのない無表情のまま、貫禄すら感じさせるような重低音ボイスで謝罪頂きました。丁寧な言葉遣いと風貌(ふうぼう)とのギャップが凄いです。

 でもこのギャップにキュンと来る女子は多そうです。私も前世の記憶がなければ()れていたかもしれません。

 有能で将来の幹部候補筆頭と噂される程ですからね。ウチのPとトレードして欲しいです。

 

「わざわざ申し訳ありません。本来ならば我々の方が(うかが)うべきなのですが」

「いいえ、気にしないで下さい。コメットはシンデレラプロジェクトのサポート役でもありますから、これくらい当然です!」

 あらあら、随分調子のいいことを言ってくれますねぇ。これは後で教育やろなあ。

 

「内定者は何名来ているんですか?」

「本日は三名です。他の方は転居等の手続きの途中ですので、また改めて紹介をさせて頂きます」

「わかりました。では双方自己紹介ということで」

 シンデレラプロジェクトの正規メンバーに選ばれるくらいですから、皆さん才能豊かな美少女ばかりなのでしょう。NT-Dであっても、どんなメンバーかは気になりました。

 

「どうぞ、こちらへ」

 武内Pに案内されるまま部屋の奥へ進みました。こちらのプロジェクトルームは何か凄いです。

 室内のデザインはセンスがありますし、何より眺めが良いです。あの地下室とは比較になりません。あそこは油断すると直ぐにクモの巣が張りますし。

 別の部屋に移動する案もあったのですが、今となっては愛着があるので止めておきました。移動したところで、何かのトラブルでまたあそこに叩き落されそうな気がしますから。

 

 奥に進むと、二人の美少女が緊張した面持ちで立っていました。

 あれっ? 確か三名いると言ってたはずですが、私の聞き間違いでしょうか。

「緒方さん、三村さん。こちらがシンデレラプロジェクトに先立ってデビューしたコメットの皆さんです。あいにく二宮さんは不在ですが、そちらは改めてご紹介する機会を設けますので、簡単に自己紹介をお願いします」

 武内Pに促されて、美少女のうち比較的細い方が自己紹介を始めました。

 

「緒方、緒方智絵里(おがたちえり)です。あの、その。一生懸命、アイドル目指してがんばります……。ふつつかものですが、見捨てないでくれると、うれしいです。よろしくお願いします……」

 何だか乃々ちゃんの最初の自己紹介を思い出させるような挨拶でした。小動物系でおどおどしています。見た目幼い感じなので年下でしょうか。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。緒方さんは16歳なので、皆からしたらお姉さんだね。趣味は四葉のクローバー集めだそうだ」

 見かねた犬神Pがフォローしました。16歳でありながら、天使のような可憐さを持ち合わせているとは驚きです。

「クローバーなら、私も好きですよ」

「えっ、そうなんですか?」

 

 話を広げると少し表情が柔らかくなりました。やはりメンバーに選ばれるだけあり、笑顔がとても素敵です。

「生でもまあまあいけますし、辛し和えや胡麻和え、油炒めにすると結構美味しいですから」

「えっ。た、食べるん、ですか……?」

「食料がない時限定ですけどね。それが何か?」

「い、いえ。何でも、ありません……」

 緒方さんの表情が一気に曇りました。心の距離が急速に広がったような気がします。 

 初対面からバッドコミュニケーションとは、先が思いやられます。

 

 何だか気まずい雰囲気になったので、比較的ふくよかな方の紹介に移りました。

三村(みむら)かな子です。特技は特にないですし、取り柄もあんまりないです。こんな私がアイドルになれるかわかりませんが、頑張ってみようと思いますのでよろしくお願いします!」

 もちもちしたプロポーションをお持ちの美少女で、ついつい触ってみたい衝動に駆られます。

 もし346プロダクションのアイドル達で野球チームを結成することになったら、4番でキャッチャーをお願いしたいです。深い意味はありませんよ。

 

「三村さんはお菓子作りが趣味なんだよね?」

「はい! 作るのも食べるのも両方大好きです!!」

 ああ、道理で。魅力的なプロポーションの秘訣(ひけつ)が良く分かりました。

「七星さんもお菓子作りが趣味だから、仲良くできるんじゃないかな」

「そうなんですか? じゃあ今度一緒にお菓子作り、しましょうね!」

「はい。三村さんの作ったお菓子を食べてみたいです」

 NT-Dの今となっては、お菓子作りなんて面倒なことは死んでもやりたくありません。食べ専に転向しましょう。

 

 

 

 お二人の紹介の後は私達の自己紹介です。

 ほたるちゃんと乃々ちゃんの挨拶はコメット発足当初と比べると随分しっかりしていました。二人の成長を目の当たりにして、お姉ちゃん(自称)としては感慨深いものがあります。

 そして最後は私の番です。

 

「七星朱鷺です。よろしくお願いしま~す……」

 棒読みでぼそっと(つぶや)きました。これが今の私の精一杯です。気力が涌かないだけで、ナメてる訳ではないんですよ。

「テレビで見た印象と、だいぶ、違います」

「う、うん。バラエティ番組で暴れ回ってたから、もっとパワフルで傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な子なのかなと思っていました」

 黒歴史が胸に深く突き刺さります。もうゴールしてもいいですかね。

 

「あ、うん。これには事情があって……」

 犬神Pがこれまでの経緯をかいつまんで説明しました。

 コメットの解散危機やそれを防ぐための私の大暴走、そして無力を悟ったことによるNT-Dの発動についてです。

 

「その件については、本当に申し訳ありません。シンデレラプロジェクトの為に大変な負担をお掛けしてしまいました」

「その……すいません」

「ごめんなさい、私達のせいで」

 申し訳なさそうな表情の武内Pや緒方さん達から謝罪頂きましたが、彼らに非はありません。全て統括重役が悪いんです。早く更迭(こうてつ)されませんかね、あの人。

 いや、更迭されたらされたで更に厄介な方が来そうなので、このままでいいです。

 

「先ほど内定者は三名とのお話でしたが、残りの一人はどちらに?」

 犬神Pが武内Pに問いかけます。確かに私も気になっていました。

「双葉さんは、あちらに」

 武内Pが表情を変えず呟き、ソファーの方に視線を移します。しかし誰の姿もありません。

 皆でそちらに近づくと、うさぎのぬいぐるみを手にした超小柄な少女がソファーの死角で仰向けに寝ていました。

 着ている白いシャツには、『働いたら負け』というニート界の偉人のセリフが刻まれています。

 

「体調が、悪いんですか?」

 乃々ちゃんが心配そうな顔で(つつま)しやかに言いました。真っ先に体を気遣うとは、やっぱり優しい子です。

「違うよ」

 美少女がゆっくり寝返りをうちこちらを向きました。そして私達の方を見て呟きます。

双葉杏(ふたばあんず)、歌って踊らなくてもいいアイドルを目指してみました。好きな言葉は『不労所得』と『印税生活』でーす。どやぁ」

 

 目と目が合う瞬間気付きました。

 まさか! 『同じタイプ(ニート系)』……。同じタイプのアイドル……。

 そのままよろよろと杏さんの側に近づくと、二人で固い握手を交わしました。

 彼女もどうやら察したようです。

 

「ん~? 朱鷺もこっち座りなよ~。ほらほら~」

「……では、失礼します」と言ってソファーに座りました。

「何か大変だったらしいじゃん。大丈夫? 無理しないで休もうよ」

「そうですね。危うくネロやパトラッシュと一緒に連れて行かれるところでした」

 心が清い彼らと違って、連れて行かれる先はあの地獄でしょうけど。

 

 杏さんがうんうんと頷きました。

「わかるわかる。日本人って働き過ぎだと思わない?」

「そう思いますよ。会社が働かせ過ぎなので、もっと休みを増やすべきです。週休7日を強く希望します」

「なら杏は週休8日を希望しまーす」

 ああ、いいですね、それ。

「あはははは……」

 二人で一緒に笑います。一瞬で意気投合しました。ズッ友ならぬニー友が出来て良かったです。

 

「駄目だこいつら……。早くなんとかしないと……」

 犬神Pが深刻な表情で独り言を呟きました。武内Pは終始真顔で無言です。

 ポーカーフェイスで何を考えているのかわかりませんが、あの小物のように簡単にうろたえないところは流石です。

 結局その日は二人でぐで~っとして終わりました。

 

 

 

 杏さん達は翌日も挨拶回りで346プロダクションに来ていましたので、時間を見計らってシンデレラプロジェクトのルームに伺います。今日のタクシー役は拓海さんにお願いしました。

 あの三人がいらっしゃったので、私と杏さんは二人してソファーに横になり全力でだらけます。もう我々はソウルメイトです。

「夢の不労所得ぅ~」 

「不労所得といえば地代。青山に土地があれば……」

 そんなうわ言を呟きます。とても世間様にはお見せできない醜態(しゅうたい)でした。お互い学生なので正確にはニートではないですが、働く意思がないので同じようなものです。

 

「えっと、どうしよう。かな子ちゃん」

「う、うん。智絵里ちゃん。どうしたらいいのかな?」

 二人が困惑していると犬神Pがやってきました。

「何のご用ですか」

 私の目の前に来たのでやむなく話しかけます。

「や、やあ。七星さんの休養明けの初仕事なんだけど、とある番組からオファーが来ているんだ。それに出てみないかと思ってね」

「やです」

 即答してプイッと横を向きました。

「いやいや、せめて内容だけでも聞こうよ」

 

 わざわざ私を指名するくらいですから体力系のバラエティ番組に違いありません。

 コメット存続が決まった今となっては出演する必要がありませんし、これ以上世紀末系アイドルのイメージを世間様に与えたくないのです。

 それに今はお仕事モードがオフでNT-Dが発動中ですから気力が涌きません。こんな状態では満足なパフォーマンスはできないと判断しました。

 嘘です。本当はただ働きたくないだけです。

 

「七星さんは『日本温泉紀行』って番組は知っているかな? 二人の出演者が日本各地の風景や郷土料理、そして温泉を楽しむ旅番組で、結構人気が高いんだ。

 俺も君にはリフレッシュしてもらいたいから、温泉なんていいかなと思ってね。それにもう一人の出演者は癒し系の高垣楓さんだから、きっとリラックスできるんじゃないかなぁ」

 

 へぇ。温泉ですか。温泉ねぇ。

 

 ん? 温泉!? あの楓さんと!?

 

「やります! やらせて下さい!」

 NT-Dの解除と同時にお仕事モードのスイッチがオンになりました。

 オジサンは温泉と美女には目がないのです。

 

「少しでもやる気になってくれてほっとしたよ……。コメット四人揃っての仕事もいくつか交渉中なんだ。とりあえず4月上旬に中規模のライブハウスで臨時ライブをすることに決まったからね。急だけどコメットのリスタートとして良い機会だから、また皆で一緒に頑張ろう!」

 

 おお、切望していたグループの仕事も準備しているのですか! しかも待望のライブですよ! 彼も知らず知らずのうちに成長しているようで喜ばしいです。

「そちらもお願いしますね!」

 元気良く返事をしました。いやぁ、こんなさわやかな気分は久しぶりです。

 

「裏切り者ぉ~」

 背後から恨めしい声が聞こえてきますが気にしません。この(てのひら)はクルックルなんです。

 私は(ゆえ)あれば寝返るのですよ。おほほほほ。

 まずは温泉ロケですか。今から楽しみです!

 

 

 

 

 



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第23話 いい旅で夢の気分

「セーフ!」

 羽田空港の国内線ターミナルに着き安堵しました。予定の便の出発まで十分間に合う時間です。

 予約は事前に済ませていましたので搭乗手続きはスキップし、直接保安検査場に急ぎました。

 何事もなく検査を終え、大分空港行きの搭乗口である23番ゲートに早足で向かいます。

 

「おはようございます。遅れてしまい申し訳ございません!」

 楓さんや撮影スタッフさんを見つけたので駆け寄り、全力で謝罪します。

「おはようございます、朱鷺ちゃん。朱鷺(時)既に遅し、ふふっ……」

「あはは……」

 初手HHEM(ほほえみ)ギャグ(下らないギャグのことです)はどうかと思いますが、怒らずに笑顔で挨拶してくれたので安心しました。

 スタッフの方々も気にしていない感じです。やはり事前にメールで連絡をしていたのが良かったみたいですね。報告・連絡・相談の大切さを改めて学びました。

 

 まさか羽田空港と成田空港を間違えるとは、思っても見ませんでしたよ。

 成田空港で事実に気付いた時は顔面蒼白でした。何せその時点で出発まで50分を切っていたのです。お金は持っているのでそこから直接大分行きの便に乗ることも検討しましたが、不幸なことに成田発大分行きの便は満席でした。

 羽田空港までは電車で約2時間の距離なので普通なら間に合いませんが、プロとして頂いたお仕事に穴を開けるわけにはいきません。

 

 幸いなことにスーツケースは宅急便で先に旅館へ送っていたので、やむなく北斗神拳の各種移動技を駆使し羽田空港から成田空港までの最短距離を徒歩で行くことにしました。

 弾丸の如き速度で走ったり、瞬間移動したり、半透明になったりしながら全速前進で突っ切ったのです。羽田成田間徒歩移動RTA(リアル・タイム・アタック)の記録は20分15秒でした。

 

 市街地が多く思いのほかスピードが出せなかったので微妙な記録です。再走はしませんけど。

 移動中、結構な数の人々から見られた気もしますが仕方ないです。

 前世ではこんな抜けはありえなかったんですけどねぇ。この身にブチ込まれたユーモアとドジッ子属性のせいで、それなりに敏腕なビジネスマンだった頃の能力は結構弱体化していました。

 ここまでくると属性というよりも呪いのような気すらしますね。

 

 

 

 その後は予定通りのフライトで大分空港へ向かいます。

「緊張しているみたいだけど、大丈夫?」

「え、ええ。問題ないですよ!」

 隣の席の楓さんから心配されてしまいました。

 飛行機事故のドキュメンタリー番組が好きでよく見ているので、飛行機に乗るとつい緊張してしまいます。事故の発生確率は宝くじで一等を当てる確率よりも低いですから、起きないとわかっているんですけど。でも私なら墜落しても生還できそうなので、それはそれで怖いです。

 

 大分空港到着後は高速バスと在来線を乗りついで別府駅へ向かいます。

 今日と明日は先日犬神P(プロデューサー)経由で頂いた『日本温泉紀行』の収録日でした。

 大分県は温泉湧出(ゆうしゅつ)量、源泉数とも日本一を誇り、大温泉郷である別府(べっぷ)温泉、自然景観が美しい湯布院(ゆふいん)温泉が特に有名です。

 そして大分県ならではの贅沢な入浴方法として『機能温泉浴』というものがありました。これは温泉の効果を上げるために、特定の泉質の湯を組み合わせて巡ることをいいます。

 例えば、美肌を保つ温泉と保湿の温泉に入ることで、美肌ツルツルの効果を得ることができるといった具合ですね。

 

 今回は『春の別府~湯布院  名湯・秘湯めぐり&グルメ旅』と言う企画で、ひたすら温泉に入り地元の美味しい料理を頂くことが目的なのでした。

 私の力を使う機会は一切ありませんから実に好ましいです。こういう仕事をどんどん引き受けていって、世紀末系アイドルの汚名を早く返上しましょう!

 

 

 

 別府駅に着くと早速ロケが始まりました。駅からのスタートになりますので、まずはそちらの様子から撮影していきます。

「いや~、やって参りましたね、楓さん。別府ですよ別府!」

「そうね。お天気が良くてよかったわ」

「今回は『春の別府~湯布院  名湯・秘湯めぐり&グルメ旅』ということで、おんせん県大分の温泉と地元グルメをこの二人で楽しみたいと思います」

「はい。よろしくお願いします」

 

 順調な滑り出しでホッとしました。楓さんは大人の女性らしく、私のフリにも無理なく包容力を持って対応してもらえるのでとてもやりやすいです。たまに出てくるシュールな発言や駄洒落(だじゃれ)には驚かされますけど。

 

 その後は別府市内の鉄輪(かんなわ)温泉に移動しました。硫黄(いおう)の匂いが強くなってきましたので、正に温泉地といった感じです。

 まずは足湯からということで、無料の足湯を二人で体験します。

「なんだかポカポカになるわ……」

「そうですね。それに足湯は気軽に入れますから、私は結構好きです」

 

 普通にお金をとってもいいレベルだと思います。個人的には無料のものって裏がありそうで怖いんですよ。タダより高いものはありません。

 何せ前世ではビール無料の広告に釣られて怪しいお店に入り、身ぐるみ剥がされた嫌な記憶がありますのでね……。あれは本当に辛かったです。今思い出しても涙を禁じ得ません。

 

 その後は売店でプリンを買います。プリンと言っても普通のものではありませんでした。

 別府では温泉噴気を利用した『地獄釜』を使った地獄蒸しという蒸し料理が人気ですが、その地獄釜を使って蒸し上げたのがご当地スイーツ『地獄蒸しプリン』なのです!

 スイーツ好きとして一度食べてみたかったので機会があって良かったです。前世ではそれほど甘いものは食べなかったんですけど、現世では大好きになりました。

 やはり女性としての本能が求めているのでしょうか。

 

「では、頂きま~す。……こ、これは!」

「濃厚でとろけるような食感がたまりません」

「甘さは控えめで少し苦みが効いたカラメルが絶品です。プリン界の覇王といえるでしょう!」

 高温の蒸気で蒸しあげるからこそ、このまろやかさが出るのだと思います。ご家庭での再現はちょっと無理ですね。

 撮影後、写真と感想をメールでかな子ちゃんに送ったら、速攻で「おいしそう。食べたい~!」という返信が来たのでびっくりしました。彼女のスイーツ愛を侮っていましたよ。

 

 

 

 そしていよいよ入浴シーンの撮影に入ります。

 撮影用のベージュの水着を着た後、タオルを体に巻きつけました。

 ふと気付くと、楓さんや女性スタッフさんがこちらをまじまじと見つめています。

「どうかされましたか?」

 そう問いかけると、女性スタッフさんが「いや、普通だなと思って……」と呟きました。

 

 ああ、そういう意味ですか。超人的な身体能力がありますので、全身ムキムキだったり背中に鬼が浮かんだりしているとでも思ったんでしょう。

 残念ながら腹筋すら割れていませんし、二の腕だってぷにぷにです。

 どうせ楓さんにも変だと思われているに違いありません。悲しいですけど、今までやってきたことを考えると仕方ないです。

 

「ご期待に沿えず申し訳ありません」と若干キレ気味に謝罪すると、楓さんが不思議そうな顔をしました。

「なんで謝るの?」

「いや、私の体が筋肉モリモリじゃないから、がっかりしているのかと思って……」

「朱鷺ちゃんの髪を見てたら、カンパリオレンジを飲みたくなったのよ」

 思わずその場でずっこけました。そんな私を気にせず、楓さんは話を続けます。

「それに、どんな体つきであっても、朱鷺ちゃんは可愛い女の子だと思うわ」

 

 め、女神や……。薄汚れた現代日本に、神秘の女神様がいました。

 神秘的な美貌、内面からにじみ出る性格の良さ、圧倒的な歌唱力。天は二物どころか三物を彼女に与えたようです。そりゃトップアイドルにもなりますって。

 内面ドブ川の私では勝負にすらなりません。『争いは同じレベルの者同士でしか発生しない』という名言がありますが、まさしくその通りです。

 人としてもアイドルとしても格上過ぎて、ライバル視することすらできませんでした。

 

 その後は浴室内に移動します。

 タオルを巻いて入浴するのは違和感がありますが、丸出しだとまずいので仕方ありません。

 掛け湯をした後、肩まで湯船に浸かりました。

 

「あ~生き返るわぁ~!」

 ついついそんな言葉が口から漏れます。もう完全にオジサンでした。

 ヤバイヤバイ、自重しないと本性がバレます。

 

「コホン……。いやぁ本当に気持ち良いですね♪ 天然かけ流しで、お肌に優しい弱酸性なのも嬉しいところです♡」

「神経痛、筋肉痛、関節痛、うちみ、冷え性等に効き、疲労回復や健康増進の効果もあるそうですよ。こんなに気持ちいいとスパっと上がれませんね」

「ははは……」

 ギャグを放つ姿すら可愛いとか、もはや楓さんは存在自体がチートですよ。

 そしてそのボディの方も素晴らしいの一言です。着替え中にガチで鼻血が出そうになりました。

 

 

 

 一箇所目の温泉に入った後は、遅めの昼食を取ることになっていました。

 撮影スタッフ一同で、事前に取材交渉していたお店に向かいます。

 時間と共にギャラリーも増えてきました。楓さんはともかく私の写メを撮って楽しいのでしょうかねぇ。

 

「こんにちは。コメットの七星朱鷺と申します。本日はよろしくお願いします」

「高垣楓です。よろしくお願いしますね」

「はい、こんにちは」

 地元で人気の海鮮料理屋に着くと、優しそうな店主さんにご挨拶をします。その後簡単な打ち合わせを行いました。偶然このお店を見つけて、初見で入ったかのような演出にするそうです。

 この手のガバガバな演出は必要なのか常々疑問に思っているのですが、出演者の身で文句は言えませんから指示通り茶番劇を演じました。

 

 暫くすると料理が運ばれてきます。

 私と楓さんは共に海鮮丼定食を頼みましたが、単品で関サバのお刺身も追加しました。関サバの旬は10月から3月迄との話なので、滑り込みセーフでよかったです。

「では、いっただきまーす」

「頂きます」

 

 海鮮丼の方は酢飯を覆い尽くさんばかりに一面に刺身が盛り込まれています。

 ネタは10種類で、イカ、マグロ、サーモン、イクラ、アジ、ハマチ、カツオ、エビ、カンパチ、玉子焼きといったところでしょうか。

 その辺の居酒屋と比べて魚の鮮度が段違いです。刺身類は素材の質が物をいうので、いくら料理の腕があってもかないませんね。特にアジは魚としての味が濃く印象的でした。

 

「美味しいです。楓さん!」

「ええ、本当に。ここに美味しい日本酒があったらもっと……」

「……撮影中ですから、夜まで我慢して下さい」

「旅番組の旅行者……。悲しい役柄ね。自由に、お酒も飲めないなんて」

 気持ちは良く分かります。後で飲ませてあげますから、そんな悲しそうな顔をしないで。

 

 続いて関サバのお刺身にも手を出します。そういえば締めてないサバのお刺身なんて初めてです。所詮はサバですからそこまでではないでしょうけど。

 そう思って一切れつまんで口に運びます。

 

「こ、これはっ!」

 甘めの醤油に負けない濃厚な旨味を持った関サバの味は、鮮烈の一言でした。脂が乗っていて、シメサバで頂くサバとは比べものになりません。身は弾力がありますが、それでいて固くないギリギリのバランスを保っています。こんなサバがこの世にあったとは。

「美味しい……」

 楓さんも舌鼓を打っていました。先ほどの悲しみもどこかにいったようで良かったです。サンキューサッバ。

 

 

 

 大満足で海鮮料理屋を後にすると、再び温泉巡りとなりました。その合間に地元の甘味を堪能します。気持ちよかったですけど、なんだか体がふやけそうです。

 日が落ちかけると湯布院に移動し、地元の有名旅館にチェックインしました。

 夕食もこれまた豪華です。地元の幸と名水を使った創作和懐石料理で、お魚だけでなくお肉も美味しかったです。これで美味い日本酒か焼酎があればなぁと思ってしまいますよ。

 

「熱燗はほんのり♪ 飲んだ私の肌も、ほら、ほんのりです♪」

 一方、眼前の25歳児は子供のようにはしゃいでおりました。

 そんなに美味しそうに飲まれると、ついつい飲みたくなってしまうじゃないですか!

 既に夕食風景の撮影は終わっていましたので、完全にフリーダムです。お昼時のフラストレーションを発散するかのように、結構なペースで突き進んでいました。

 

 お互い部屋の窓際スペースに設置された席に座っています。机上には熱燗(あつかん)徳利(とっくり)とノンアルコールビールの缶、そして乾き物がところ狭しと広げられていました。

 経費節減のため撮影スタッフ一同は別の安旅館に引き上げていますので、部屋の中で二人きりです。つまり、今の状態の楓さんを一人で相手にしなければいけません。

 

「あ、あの~、楓さん。翌日の撮影もありますし、そろそろこの辺りで止めておいた方が……」

「はいはい、聞いてますよ~。本当はお顔を見てて、聞いてませんでした~」

 神秘の女神様発言は(つつし)んで撤回致します。ただのお酒好きのきれいなお姉さんでした。

 

「そういえば、コメットの存続が正式に決まったみたいね。おめでとう」

「はい、ありがとうございます」

 急にそんな話題を振られました。楓さんにはどうすれば人気アイドルになれるのかという相談を何度かしたことがあり、それを通じて懇意(こんい)にさせて頂いたという経緯があるのです。

 当然、相談の際にはコメットの解散について伏せていましたが、悟られていたみたいですね。

 

「結果的には私の力ではなく、偶然そうなっただけですけど」

「それでも結果的に残ったんだからいいじゃない。そういえば前から訊きたかったんだけど、朱鷺ちゃんは何でアイドルになったの?」

 アルコールが回っているのか、話題がコロコロ変わりました。

 

「アイドルなんてやる気は全く無かったですよ。開業医の二代目として目立たず静かに暮らすことが幼少からの夢でしたし、オーディションだってお母さんが勝手に送ったんです。

 でもコメットの皆と出会って、一緒にレッスンを頑張って……。そしてデビューミニライブをやり遂げた時、もっと皆と活動を続けたいと強く思ったんです」

 累計年齢50歳のオジサンがアイドルとか、半年前の私が知ったら顔面蒼白でしょう。

 でも、あの三人や他のアイドルの子達と一緒に活動することが今はとても楽しいんです。

 

「それは良かったわね。なら、アイドルとしてこうなりたいって目標はある?」

「目標、ですか?」

 そう問われて回答に(きゅう)しました。アイドル活動に対して積極的になったのは最近ですし、その後は解散危機があったので、どんなアイドルになりたいかと言う目標は全く定まっていません。

 楓さんみたいなミステリアスなクールビューティー路線が良かったのですが、今となっては無理でしょうし。

 

「今は、特に。楓さんは既にトップアイドルですけど、これからの目標はあるんですか?」

 興味本位の問いかけに対し、楓さんは一呼吸置いて答えました。酔ってはいますが真剣な面持ちです。

「……私は、ファンの人達と一緒に笑顔になりたい。一緒に輝いて行きたい。それが私にとって、一番大事なことなのよ」

 

 言葉遣いこそ柔らかいですが、その言葉にはとても強い意思が感じられました。

 これが、トップアイドル『高垣楓』の根幹(こんかん)を支えるものですか。

 この思いはどんな権力者でも踏みにじることはできないでしょう。光り輝く黄金の精神を彼女から感じました。

 

「今は目標がなくても、そのうち見つかると思うわ。見つかったら教えてね」

「はい、その時は喜んでお知らせします」

 私には、楓さんや菜々さん達が持っている『プロのアイドルとしての確固たる目標』が欠けているように思います。ただ、楓さんの仰るとおり見つけようとして見つけられるものではありませんから、これから探すことにしますか。

 

 そんなことを考えていると、楓さんがおもむろに手酌(てじゃく)酒を始めました。

「ちょっと、トップアイドルが手酌はまずいですよ!」

「え?」

 慌てて止めます。宴席でのマナーは前世にて骨の髄まで叩き込まれてますので、目上の方が手酌をする状況を作ってしまうのは私的に許せません。

 

「お酌してくれて嬉しいわ。ほら、朱鷺ちゃんがふたりに増えて……」

「それは幻覚ですよ、楓さん」

 その後はわんこそばの如く、飲んだら注ぐをひたすら繰り返しました。トップギアに入った楓さんは中々強敵でしたねぇ。

 日付が変わってやっと床に就きましたが、お仕事より疲れたかもしれません。

 楓さんとは同室ですけど、朝寝ぼけて暴走すると大惨事になるので押入れで寝ました。ドラちゃんですか、私は。

 

 

 

 翌日も引き続きロケですが、(しばら)く楓さんとは別行動です。楓さんは引き続き名湯入浴とグルメ旅、私は秘湯入浴旅というスケジュールでした。残念ですが、一緒の行動だと番組の尺的に厳しいそうなので仕方ないです。

「では、また後ほど」

「ええ、それじゃあね」

 笑顔の楓さんに見送られながらマイクロバスで秘湯に向かいました。朝確認しましたが、昨日の夜のことはあまり覚えていないそうです。そりゃああれだけ飲めばそうなりますよ。

 楓さんと二人きりで飲むのは危険なので、成人した暁には友紀さんや菜々さんを巻き込んで盛大に飲みに行こうと心に誓いました。

 

 目的地まで時間が掛かるそうなので、スマホで音楽を聴きながら麻雀アプリで暇を潰します。

 その間、バスは町並みを抜けて自然豊かな風景の方へ進んでいきました。次第に山道になってきましたが、一体どこに行くのでしょうか。

 秘湯入浴旅をするとだけ聞かされており、それ以外の情報は事前に与えられていなかったので目的地がわかりません。そのうち酷道(こくどう)の行き止まりで停車しました。

 

「着きましたよ。七星さん」

「……はい?」

 若い男性ADさんから到着を告げられましたが、事態が理解出来なかったので生返事しました。

「いや、秘湯ですよね? 山道と崖しかありませんけど」

「崖の上に天然の秘湯があるんですよ。七星さんにはそちらに行って頂きます。道中は獣道で非常に危険でして、迷ったら普通に死ぬらしいので注意して下さい。一部の撮影スタッフ以外はここでお待ちしていますので」

「……ええと、情報を整理させてもらってもいいですか?」

 

 ADさんと簡易な打ち合わせをしたところ、この秘湯入浴パートは危険性が非常に高いので一度ボツを喰らった企画らしいことが分かりました。

 そのため、もっと難易度の低い安全な秘湯を選び直した上でアイドルに出演してもらう予定でしたが、私ならボツ案でも問題ないだろうとの結論になり、今回オファーがあったそうです。

 情報伝達が悪かったのか、そのあたりの事情は私の耳には一切入っていませんでした。

 

(はか)ったな、犬神ィィィィ!」

 そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな。よ~く分かりましたよ。

 『四つん這い歩行になる秘孔』だけでは許しません。これまた彼のために新発見した『ワンとしか喋れなくなる秘孔』も併せて突いてあげましょう。これで名実共にお犬様です。

 東京に戻ったら目に物見せてあげます。あの駄犬め、首を洗って待っていなさい!

 

 あぁ、これでまた体力仕事路線に逆戻りですか。見事に汚名を挽回(ばんかい)してしまいます。

 嫌ですけど、一度お引き受けしたお仕事である以上最後まで全力でやりきらないといけません。頑張るしかないよ。

 よく考えると最初からおかしかったんですよね。常識的に考えて、私に普通の旅番組のオファーなんて来る訳無いじゃないですか。カメラマンさんや音声さんの体格が異常に良かった時点で気付くべきだったのです。

 

 

 

 その後は先に到着していた地元のガイドさんと合流しました。猟銃を携行していますが、九州では熊は絶滅しているらしいのでそんなに心配することは無いと思うんですけど。

 事前に用意されていた登山用の装備に着替え、秘湯目指して全力で進みました。獣が通るのも厳しい道です。普通の人がここで迷ったら間違いなく死にます。

 

「ちょ、ちょっと休憩を……」

「休憩していたらいつまでたっても着きませんよ。もう少しだけ頑張りましょう」

 カメラマンさんや音声さんがへばっています。重い機材を抱えているので同情はしますが、か弱い現役JCアイドルが文句一つ言わず進んでいるんですから耐えて欲しいです。

 獣道をただひたすら歩いていると、なにやら黒い物体が視界に入りました。

 

 (いのしし)です。

 

 目測だと頭胴長は1mをゆうに超えていますので、結構な大物です。

 幸いなことに距離がありますので、ゆっくりこの場を離れましょう。前世での山菜取りの際にもよく猪に遭遇しましたが、刺激さえしなければ問題ないのです。

「おわぁ!」

「猪って、おい、マジかよ!!」

 別ルートで行くことができないかガイドさんに確認しようとしたところ、撮影スタッフが猪に気付きざわざわし始めました。

 

「静かに」

 ざわつきを抑えようとしましたが、猪は既にこちらに気付いたらしく、背中の毛を逆立たせて挙動不審に動き回っています。完全に威嚇(いかく)行動です。

 ガイドさんが猟銃を構えましたが制しました。そもそもここは彼らのテリトリーであり、土足で踏み入った私達に非があるのです。その上命を奪うなんて許されることではありません。

 殺していいのは生きる為に食べる時だけです。

 

 やむなく私だけで猪の方に歩いていくと、後ずさりしながら前足で地面をガリガリ擦りました。これは突進の準備態勢ですから、普通の人ならこの時点で死を覚悟した方がいいです。

 そんな威嚇を気にせず急接近しました。一瞬で間合いを詰めたので、もう目と鼻の距離です。

 

「めっ!」

 そのつぶらな瞳を殺気を込めて見つめながら軽く叱ると、急に大人しくなりました。

 そのままひっくり返って私にお腹を見せてきます。完全に死を覚悟しており、なすがままでした。野生動物は誰が頂点捕食者なのかの察しが良くて助かります。

「よしよし。良い子良い子」

 すかさずお腹を撫でてモフると、中々のさわり心地でした。(けが)れたバベルの塔は建設されていないのでメスですね。

 

 よく見ると、その猪の背後に四匹の小さめな猪が震えながら隠れていました。

 そういうことですか、やっと理解できました。大きい猪はお母さんで、子を守るため過剰に周囲を警戒していたんでしょう。そして今も子猪が殺されないよう、自らの身を差し出していました。

 ドラクエ5のパパスVSゲマみたいな構図です。完全に私が悪役でした。

 

 すぐに殺気を消して母親猪を立ち上がらせます。すると子猪と共によろよろと駆け出しました。今は殺気に当てられていますが、1時間程で元に戻るでしょう。

 猪だって自分の子供を守るため命懸けなのに、一部の人間はどうしてアレなんでしょうかねぇ。そんなことを考えると少し落ち込んでしまいました。

 

「はっ!」

 ふと背後を振り返ると、カメラがバッチリ回っています。今の猪とのやり取りを全て撮影されていたようです。

 ああ、これでまた、私の逸話が増えてしまうのですか……。

 手と膝を地面について、がっくりとその場にうなだれました。

 

 

 

「乾杯ー!」

 私と楓さんの声がハモります。

 秘湯入浴後は楓さんと合流し、この日最後の撮影を行います。

 地元のイタリアンレストランでの食レポでした。田園風景も見渡せる素敵な空間で、とにかくお洒落です。女性もそうですが、男性にも好まれるお店だと思います。

 

 楓さんがワイングラスに口をつけます。ああ、いいなぁ。

 気分だけでも味わおうとブドウジュースを注文していたのでそちらを飲みますが、虚しさだけが残りました。

 あと6年、本当に我慢できるのでしょうか。正直自信がありません。

 

 今回はお店お任せのディナーコースをいただきます。

 まず、前菜の五種盛りに驚きました! バーニャカウダ、キッシュ、鴨、フォアグラ、地豚等が整然と並べられた前菜は、見た目もさることながら色々な味わいがあり、これぞまさに正しい前菜といった趣きです。

「前菜でフォアグラとか凄いですよ」

「フォアグラは意外と高くないから、ふぉあぐら(こわがら)ないでね」

「はは……」

 楓さんは今日もキレッキレでした。私が同じ駄洒落を言ったら、某掲示板の実況スレで袋叩きにされるでしょう。

 

 サラダはスモーキーなチーズと地元で作られたハムの取り合わせです。ソースはグレープフルーツで甘酸っぱさが美味しかったです。

 パスタは二種類から選べるようでしたが、今回はトマトとベーコンのパスタにしました。

 先ほどのサラダもそうですが、湯布院産のチーズが濃厚です。地のものが使えるのは素敵ですね。これだけ山盛りで食べたいです。

 

「ステーキ! ステーキ!」

「ふふっ。子供みたいで可愛いわね」

「はっ! すいません。つい……」

 すっかり舞い上がってしまいました。前世の影響からか焼肉やステーキには並々ならぬ執着があります。

 

 まもなく到着しましたが、しっかり霜の入ったステーキでした。非常にジューシーで、肉汁がほとばしります。『うーまーいーぞー!』と心の中で叫びました。

 2種類のソースで飽きさせないところもグッドです。本当に良いメインでした。

 デザートはベリーのアイスと、ティラミス、チョコレートケーキの3種盛り。そのボリュームに度肝を抜かれました。多ッ!

 どれもしっかり手作り感があって美味しかったです。

 

 食事後は締めの挨拶です。

「さて、今週は『春の別府~湯布院  名湯・秘湯めぐり&グルメ旅』でしたが、どれも素晴らしい温泉とお食事処で大満足ですね」

「お宿も快適でした。今度はコメットの皆とプライベートで遊びに来たいです」

 解散危機が過ぎてもコメットのアピールは忘れません。でも本当に良い温泉地でした。

 今度は熊本でくまモンとツーショット写真を撮りたいです。

 

「これからの暖かい季節、温泉に浸かってのんびりするのも素敵な過ごし方だと思います」

「では、本日はこの辺りで。ナビゲーターはコメットの七星朱鷺と……」

「高垣楓でした」

 笑顔で手を振ります。

 

 

 

「はい、カーット!」

 ディレクターの声が響きます。するとスタッフの方々が手際よく撤収作業を始めました。

 とりあえず、無事にお仕事が終えられて良かったです。

 

「お疲れ様でした、楓さん」

「はい、お疲れ様。初めての旅番組はどう?」

「体力系のバラエティとは色々と違うので、結構大変でしたが楽しかったです。良い経験をさせてもらえました。色々とフォローして頂きありがとうございます」

 

 深々と頭を下げました。撮影に慣れない私を的確にサポートして頂きましたから、本当に頭が上がりません。

「そう、それは良かったわ。ちょっと前の朱鷺ちゃんはお仕事をしてても楽しそうじゃなかったから、みんな本当に心配していたのよ」

「え!? 皆って……」

「瑞樹さんや美嘉ちゃんとか。そうそう、仁奈ちゃんも気が気でない感じだったわ」

 コメット以外にも心配をさせてしまっていたのですか。つくづく自分の愚かさが恨めしいです。

 

「今度は是非、楓さんと一緒にライブをしたいです」

「私もよ。その時はよろしくね」

「は、はい!」

 今はまだまだ遠い存在ですが、光輝く楓さんに少しでも近づきたいと思います。

 

 撤収作業を終えてお店の外に出ると、もう日が落ちていました。ふと夜空を見上げると、星空が(きらめ)いていたので息を呑みます。本当に綺麗。

 

 北斗七星も視界に入りましたが、寄り添っているはずの蒼い恒星は見えなくなっていました。

 

 

 

 

 

 



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第24話 RE:ST@RT

閲覧頂きありがとうございます。
誤解されている方がいらっしゃるので補足しますが、本SSは本業と関係ない余計なチート能力を与えられた主人公が、それに振り回されつつアイドルとして頑張る姿を眺めるコメディ作品です。
その関係上チート無双等のご要望には添いかねますので、申し訳ございませんがご了承願います。


「ん~!」

 起床と共に思いっきり背伸びをしました。本日も快晴で、気持ちの良い朝です。

 4月上旬の臨時ライブに向けて、ボーカル・ダンス共にレッスンは佳境(かきょう)に入っていました。春休み期間中のため、練習時間が長く取れるのが嬉しいです。

 今日も通し練習に励む予定なので家から346プロダクションに直行しようかと思いましたが、ふとある考えが浮かびましたので、先にあのお店へ向かいました。

 

 

 

 『Flower Shop SHIBUYA』──小奇麗でお洒落なお花屋さんです。

 今となっては懐かしい二次面接試験の際にここでカーネーションを買ったことがあるのですが、品質の良さと良心的な価格が気に入り、それ以来贔屓(ひいき)にしていました。

 今では家や七星医院に飾るお花は全てこちらで購入し、配達頂いています。

 

 開けっ放しの扉をくぐると、黒髪ロングな女の子の店員さんが(たたず)んでいました。

「こんにちは、凛さん」

「いらっしゃいませ。ああ、朱鷺か。今日は何?」

 その店員──渋谷凛(しぶやりん)さんに挨拶をします。お花の手配の際に何度もお話しているので、すっかり顔なじみのお友達になりました。ややぶっきらぼうですが、そんなクールな感じが魅力的に感じられるとても綺麗な女の子です。このお店の一人娘さんだそうです。

 

「贈りもの? それとも自分用?」

「プロジェクトルームに飾るお花なので自分用ですね。何かおすすめはありますか」

「なら、ガーベラとかいいんじゃないかな。花言葉は『希望』と『常に前進』。何か、そんな感じかなと思って」

 案内されてそのお花を見ると、鮮やかな色で見た目も凄く可愛いです。花言葉も今のコメットにピッタリでした。

 ガーベラテトラは好きなモビルスーツの一つですから、その名の元となった花という点も高評価ポイントです。気に入りましたのでこれにしましょう。

 

「では、こちらのアレンジメントでお願いします。予算は5千円ですけど、大丈夫ですよね?」

「ありがとうございます。予算内で収めるから、心配しないで」

 凛さんが手際よくお花を仕立てていきます。その凛とした姿(激うまギャグ)をしばらく眺めていました。

 

「でも、最近は元気になったみたいで良かった。一時は死にそうな感じだったから」

「あはは……。ご心配をお掛けしてしまい、すいませんでした」

 猛省の一言に尽きます。

「解散の話は無くなったの?」

「はい、無事存続することができました。私の力によるものではないですけど」

「そう。なら、良かった」

 とっても素敵な笑顔を浮かべました。アイドル仲間や級友ではないので、かえって色々なことを相談できる貴重なお友達です。

 

「凛さんもアイドルになってみませんか? 意外と楽しいですよ」

「……悪いけど、アイドルなんて訳分からないもの、興味ない」

 いつものすまし顔に戻ってしまいました。ほんの冗談でしたが、ここまで完璧に振られるとちょっと悲しいです。

「まぁ、気持ちはよく分かります。私も最初はそうでしたもん」

 自嘲(じちょう)気味に笑いました。私だって自分がアイドルとか全く想像もつきませんでしたしね。

 

「もし気が変わったら芸能プロダクションにご紹介しますよ」

「そんなこと、絶対にないから」

 プイと横を向いてしまいました。私の見立てではトップを狙える逸材だと思うんですけどねぇ。

 関羽クラスの超優秀な武将を在野(ざいや)に放置するようでもったいないですが、本人にやる気がなければどうしようもありません。諦めましょう。

 

「そういえば、朱鷺は何でアイドルになったの?」

「元々なる気はなかったですよ。お母さんに騙されて半ば強制的になったんです。そのお蔭でアイドルのお友達が沢山出来たので、今では感謝してますけどね」

「……そう。なら、アイドルとしての目標とかある?」

 先日楓さんから頂いたのと同じ質問でした。

 

「それが、まだ見つかっていないんですよ。周りの子達は結構しっかりした目標があるんですが、私はまだ捜索中です」

 目標はモチベーションコントロールに役立ちますし、どこに向かえばいいかの羅針盤にもなりますから、ある方が望ましいんですけど。

「焦ることは無いと思う。朱鷺のペースで見つければいいだけだから。……はい、出来た」

「わぁ、可愛いです」

 

 そのまま会計を済ませ、綺麗に包装されたガーベラのアレンジメントを手にします。

「選んで頂きありがとうございました。それでは、また今度」

「うん、また」

 凛さんに見送られながら、346プロダクションに向かいました。

 

 

 

 レッスンを一通り終えると、コメット全員と犬神Pの計五名で346プロダクションを後にしました。この日の夜は久しぶりの『コメット首脳会議』です。

 ただし、会場はいつもの居酒屋ではありません。超高層ビルの最上階にある某高級レストランです。犬神Pが受付で手続きをしていますので時間を潰していました。

 

「凄いですね。本当に、綺麗」

 美しい夜景を見たほたるちゃんが思わず呟きます。個人的にはほたるちゃんの方が綺麗だと思いますけど。

「月は幾つある……? たとえ一つでも、視る人の数だけ……」

 アスカちゃんは自分の世界に肩まで浸っていました。彼女のイマジネーションには脱帽です。

「うぅぅ。ここは、広すぎます。もっと狭いところは無いですか……」

 一方、乃々ちゃんは隠れる場所を探し求めて挙動不審になっていました。

「ふふっ」

 こういう何気ない光景が今は無性に愛おしく思えます。思わず笑ってしまいました。

 

「皆、受付終わったよ! 席はこっちだから」

「はい。では行きましょうか、皆さん」

 三人に声掛けして席に向かいます。六人がけの洒落たテーブル席に一旦着席しました。

「では、『コメット全体会議』を始めようか」

「そんなことより、まずはブツの確保です。早く行きましょう!」

「え? ああ、そうだね」

「犬神Pはここで荷物を見ていて下さい。はい、おすわり!」

「……ワカリマシタ」

 

 今回はスイーツビュッフェを楽しみながら会議をすることにしました。

 あの大暴走により多大なご迷惑をお掛けしたお()びとして私が企画したもので、参加費用は全て私の負担です。闇ストリートファイトの賞金がたんまりあるので、これくらい余裕です。

 この程度ではお詫びし切れませんが、今できる誠意として考えました。皆うら若き乙女ですから、スイーツ食べ放題となれば喜ばないはずはありません。以前から皆でここに来たいという話をしていましたし。

 二時間制で時間に余裕もあるので、美味しいスイーツを食べながら皆で報告・連絡・相談をしましょう。

 

 従来の『コメット首脳会議』では私と犬神Pのサシでしたが、情報の隠蔽(いんぺい)をやらかしましたので今後はコメット全体で打ち合わせを行うことにしました。

 アスカちゃん達としても犬神Pと接する機会が増えて相談等がし易くなるので、これはこれで良いのではないでしょうか。

 

「朱鷺さん、どうかしましたか」

「いや、目移りをしてしまいまして」

 時間に余裕はありますが、人気の品はすぐになくなってしまうそうですから早めにキープしておきたいです。ショーケースにずらりと並んだケーキを見ているだけでもテンションが上がってしまいますね。

 とりあえず、苺のショートケーキ、レアチーズケーキ、フルーツタルト、ガトーショコラ、マフィン、マカロン等を豪勢にお皿に盛ります。

 この体はいくら食べても一切太りませんから、正に食べ放題ですよ。ふっふっふ。

 

 席に戻ると皆先に座っていました。遅れて取りに行った犬神Pを待ちながら雑談します。

「こういう賑やかな場所に憧れはありましたけど、一人で行くのは勇気が必要で……。でも、今はみなさんがいるから、大丈夫です」

「もりくぼもです……。こんな広い所、一人だとむーりぃー……」

「馴れ合いは、カッコ悪いことなんかじゃない、さ」

「そうですよ。一人ではできないことでも、皆で協力すればできるんです」

「フッ。一人であらぬ方向へ突っ走った子がそんなことをいうとはね」

「……的確に人の急所を突くのは止めましょう。アスカちゃん」

 死体蹴りはできるだけ控えて頂けると嬉しいです。

 

「皆、待たせたな。じゃあ、『コメット全体会議』を始めようか」

 美味しいスイーツに舌(づつみ)を打ちながら、定例会議を始めました。

 話の中心は今後のグループ活動についてです。4月上旬の臨時ライブは既に確定していましたが、それ以外にもライブの予定が次々と入り始めたそうです。シンデレラプロジェクトと同等の扱いをすると言う言葉は嘘ではなかったようですね。

 

 ライブ以外にも、トークショーやファッションブランドとのコラボ、雑誌連動企画等、グループとしての仕事が続々と来ていました。

 『七星朱鷺がいるグループ』ということで注目度がかなり上がっており、多数のオファーが寄せられているとの話です。少しばかり遅かったですがあの大暴走も決して無駄ではなかったのです。そう思わないとやっていられません。

 

「そして後一つ、重大な発表がある!」

 犬っコロがドヤ顔でもったいぶりました。ちょっとウザいです。

「喜んでくれ、君達のセカンドシングルの曲が今日届いた!」

 おお、ついに曲が届いたんですか! 既にダンスのステップは出来上がっていたので先行して練習していましたが、曲がないといまいち感じが掴めなかったんですよね。

 オリジナルの持ち歌は『Comet!!』しかありませんから、曲が増えるのは実に喜ばしいです。

 ライブでも、アイドル共用の全体曲ばかりでは盛り上がりに欠けてしまいますし。

 

「どんな感じの曲なんですか?」

 皆を代弁して訊いてみます。

「説明するより聴いてもらった方が早いかな。メロディだけで歌は入ってないけど、イメージは掴めると思うよ」

 犬神Pが自身のスマホにイヤホンを挿して私に渡しました。

「ボクもいいかな?」

「はい、どうぞ」

 私とアスカちゃんが片方づつイヤホンを手にして耳に装着します。それを確認した犬神Pがスマホの画面を操作しました。すると曲が流れ始めます。

 

「~~♪ ~~~♪」

 王道を往くポップスの『Comet!!』とは違い、ロック調でカッコいい曲です。音的にはポップパンクとハードコアの中間で軽すぎず重すぎずといった感じなので、メロコアでしょうか。

 好きなジャンルでもあるのでとても気に入りました。それでいてアイドルソングとしても違和感無く仕上がっています。

 

「……いいね。このほとばしる曲は、とてもいい」

 隣の少女はご満悦です。好きそうですもんねぇ、こういう曲。

「おや、アスカちゃんも気に入りましたか」

「キミもまた、ボクと同じさ。カッコイイモノが好きだろう?」

「はは、そうですね」

 

「あの、私も聴かせて頂いて、いいでしょうか?」

「できれば聴きたいですけど……」

「じゃあ、交代しましょうか」と言ってイヤホンをほたるちゃん達に渡しました。

二人とも目をつむり集中して曲を聴いています。暫くすると目を開けてイヤホンを外しました。

 

「確かに、格好良い曲ですね。でも、私に歌えるでしょうか……」

「もりくぼも、自信ないです……。イヤってわけじゃないですけど……。うまくできるかはわからないですし……」

 曲自体は気に入ったように見えましたが、ちゃんと歌えるか不安そうです。

 

「大丈夫ですよ。上手く歌えるようになるまで練習すれば良いんですから、皆でまた一緒に頑張りましょう。それに今から曲つきで練習すれば、今度の臨時ライブにも間に合うはずです」

「そ、そうですよね。この四人なら、できそうな気がします」

「うぅぅ。また地獄のレッスンですか……。でも皆がいるのなら、何とか……」

 二人共、昔より前向きになってくれていて良かったです。

 

「気に入ってくれて良かったよ。詞の方は明後日には届く予定だから、もう少しだけ待っていて欲しい」

「それは待ち遠しいですね。そういえば、この新曲の曲名は決まっているんですか?」

「ああ。曲名は『RE:ST@RT』。コメットの再出発に相応しい曲になるよう、勢いのあるロックテイストにしてもらったんだ」

 犬神Pの癖に色々と考えているようです。彼も彼で成長していると言うことでしょうか。私も負けていられません。

 

「明日の『マジックアワー』では、絶対に新曲のアピールタイムを勝ち取りましょう」

「ああ、そういえば明日は収録だったね。アピール以前にMC(司会)の方は大丈夫なのかい?」

「ええ、バッチリです。過去放送分は一通り聴きましたから、大体の事態には対処できますよ」

 胸を張って自信満々に答えます。

 

 実は私、346プロダクションの提供で放送しているマジックアワーというラジオ番組の月替わりMCを担当させて頂くことになったのです。

 先日の『日本温泉紀行』のロケから帰る途中、犬神Pから秘湯巡りの謝罪連絡と共に、MCのお仕事をやってみないかという提案がありました。秘湯巡りが体力仕事だったことは彼にも知らされていなかったとのことで、MCの仕事は彼なりの誠意として私の為に勝ち取ったそうです。

 私も鬼ではありませんし、ラジオの仕事は前々からやってみたかったので、MCのお仕事を振ることを条件に秘湯巡りの件は不問にしました。運の良い人ですこと。

 

 マジックアワーでは毎週346プロダクション所属のアイドルを呼んで楽しいトークをお送りするのですが、今週はコメットの三人がそのゲストになります。初回で緊張しないようにという犬神Pの配慮でした。

 ラジオの話を出したとたん、乃々ちゃんがビクッとします。

「私のことはお構いなく、空気扱いして下さい……。端っこで息を潜めてますから……」

「いや、ラジオですから喋らないと……」

 これにはほたるちゃんも苦笑いです。

「そうですよ。『マジックミニッツ』のコーナーで成功しないと宣伝や告知が出来ないんですから。せっかくの新曲ですし、曲名だけでもラジオでアピールしましょう」

「トークとか、やっぱりむーりぃー……」

 

 既に涙目です。まぁ積極的な乃々ちゃんはそれはそれで違和感があるので、これくらいがいいのかもしれません。

「ノノのことはボクやホタルに任せてくれればいい。トキは自分の役を最後まで演じることさ」

「普段と同じ感じで話していればファンは楽しんでくれるから、自然体でやれば上手くいくよ」

「はい。明日はよろしくお願いします」

 皆に頭を下げました。

 

「……それにしても、七星さんはちょっと食べすぎじゃないか?」

「せっかくの高級スイーツビュッフェですから、食べないともったいないじゃないですか!」

 普通に買ったら一個いくらすると思っているんですか。既に二皿目も空になっていますが、限界まで食べないともったい無くて帰れるに帰れません。いくらお金があっても、前世から引き継いだ貧乏性は治りませんでした。

「そういうところが、本当に残念なんだよなぁ……」

 四人から寄せられる哀れみの視線が突き刺さります。でも、私は負けない!

 

「うう……」

「大丈夫ですか? 朱鷺さん」

「……誰か、キ○ベジン持ってませんか?」

 結局限界まで食べた結果、帰り道に路上でリバースしかけました。高級スイーツビュッフェには勝てなかったよ……。

 危うくゲロインならぬゲロドルになるところでした。危ない危ない。

 

 

 

「七星朱鷺です。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。初めてだから緊張すると思うけど、普段と同じように話せばいいからね」

 収録スタジオの録音ブース内から、ラジオ番組制作会社のスタッフさんに改めて挨拶をします。

 気を使われてしまったので何だか恐縮します。自分ではリラックスしているつもりなのですが、やはり力が入ってしまっているようです。

 生放送ではなく録音放送なのが唯一の救いですね。生放送で事故ったら洒落になりませんよ。

 

「皆さんも、よろしくお願いします」

 既に録音ブース内で待機している三人にも声を掛けました。

「ああ、任せてくれ」

「こちらこそ、お願いします!」

「……もりくぼ、帰っていいですか?」

「ダメです」

「うぅ……」

 笑顔で即答すると乃々ちゃんがしょぼくれました。皆いつも通りです。

 

そして収録が始まりました。ゲストの出演までは私一人でトークをしてきます。

まずはテンプレどおりの挨拶からです。

「皆様こんばんは。真夜中のお茶会へいらっしゃいませ。このラジオは346プロダクションから毎週ゲストをお呼びして楽しいお(しゃべ)りを楽しむ番組です。 

 皆様をおもてなしするパーソナリティですが、先月の和久井留美(わくいるみ)さんから変わりまして、今月はコメットの七星朱鷺が務めさせて頂きます。

 今日と明日の間のマジックアワー。短いひと時ですが、皆さんと楽しい時間が過ごせると嬉しいです。よろしくお願いします」

 

 よし、ここまではパーペキです。

「それではコーナーに移る前に、私の自己紹介を軽くさせて頂きますね。今年初めにデビューした346プロダクション期待のユニット──『コメット』のリーダーを務めさせて頂いております。

 まだまだライブ経験は少ないですが、これから頑張っていきますのでグループも含め応援して頂けると嬉しいです」

 

 ダイレクトマーケティングは程ほどにして、番組コーナーに移りました。

「それでは、『マジックアワーメール』──略して『マジメ』のコーナーです。早速お便りが届いているみたいなので、読ませて頂きます。ラジオネーム『牙を取り戻した虎』さんからですね」

 虎というワードがちょっと引っかかりましたが、そのまま読んでいきます。

 

「『七星さん、マジアワっス』 はーい、マジアワでーす。

 えーと、『一子相伝の暗殺拳──北斗神拳の伝承者であり、闘神の化身(インドラ・リバース)と呼ばれている姐さんに質問です。アイドル界、いや人類史上最強にして最凶である姐さんの好きなタイプの男性と嫌いなタイプの男性を教えて下さい』ですか……」

 

 殺意の波動に一気に目覚めましたが、今は収録中ですので答えを返さなければいけません。

 ですが私は男性を異性として意識したことが全くないので、好き嫌いは別に無いんですよ。正直回答に困りましたが、無い知恵を振り絞って答えを導き出しました。

「は、はい、好きなタイプの男性ですけど……。私より強い人、かな?」

「…………」

 スタッフさんが明らかに引いています。養豚場のブタを見るかのような冷たい目でした。

 乃々ちゃん達も『ああ、コイツ一生独身なんだ』という憐れみの目で見てきます。泣きたい。

 

「後は嫌いなタイプの男性ですか。これといったタイプはありませんが、モヒカンは絶対にNGです。マッチョでモヒカンだと、そこはかとなく最悪ですのでそういうファッションでライブ等には来ないで頂けると嬉しいです。これはフリじゃないですからね! お願いしますよ!」

 決してモヒカンの男性を(おとし)める意図は無いんですが、そんな取り巻きなんてできた日には世紀末まっしぐらですから謹んで頂くよう念押ししました。

「以上、マジメのコーナーでした! 皆さんのお便り、お待ちしておりまーす!」

 巻き気味でコーナーを締めました。残り三回のマジメが本当に怖いです。

 

「それでは、そろそろお茶会にゲストを呼んでみたいと思います。皆さん、どうぞ!」

 やっと三人の出番です。

「皆、マジアワ。ボクは二宮飛鳥。この地に来るのは二度目になるのかな。まぁ、スキに呼んでくれればいいよ」

「は、初めまして、白菊ほたるです。ラジオをお聴きの皆様、マジアワです。聴いて頂いているファンの方を幸せにしたいと思います。よろしくお願いします!」

 

 最後は乃々ちゃんの自己紹介ですが、完全に固まっていました。アスカちゃんがそのほっぺたをつまみ正気に戻します。

「も、森久保乃々ですけど。ファンのみなさーん……らぶりーののだよー……。マジアワだよ……。うぷっ! もう許して下さい……」

 何とか自己紹介が終わりました。

 

「はい、今日のゲストは私と同じコメットのメンバーであるアスカちゃんとほたるちゃん、乃々ちゃんです。この三人を迎えて進めていきますので、よろしくお願いしますね」

 パチパチパチと皆で拍手をします。

「それでは、お茶会恒例飲み物のコーナーです。お茶会と言うことで、ほたるちゃんがアールグレイの高級品を持ってきてくれましたので、それで乾杯しましょう」

 事前にセットしてあったティーカップに紅茶を注ぎます。

 

「では乾杯~!」

 そう言って紅茶に口をつけました。高級品だけありとても美味しいです。緊張も少し和らいだ気がしました。

「私達は普段のレッスンの後、よくお茶会をしているんですよ。体を動かした後の紅茶は美味しいです」

「ああ、そうだね。約1名、紅茶以外を飲んでいる子もいるけど」

 

 思わず吹きかけました。確かにノンアルコールビールを飲んでいたりしますが、この場でそんなことを言わなくてもいいじゃないですか!

「まぁ、あれはあれで……」

「あっちの方が朱鷺ちゃんらしくて良いのかもしれない、です……」

 緊張していたほたるちゃんと乃々ちゃんが少し笑ってくれたので良かったですけど。

「で、では早速次のコーナーです!」と華麗にスルーしました。

 

「続いては『マジックミニッツ』のコーナーです。ゲストの三人には、今から一分間トークをしてもらいます。お題が出ますので、一分間以内に魔法を掛けるよう、お話して下さいね。

 トークが成功したら、その後のお時間は宣伝や告知等、自由に使ってOKです。では早速、箱からお題の紙を引いて下さい」

 ここで成功すればライブや新曲の告知が出来ますので、是非頑張って欲しいです。

 

「は、はい。緊張します……」

 ほたるちゃんが箱に手を入れました。ドラムロールの効果音が流れます。

「じゃかじゃかじゃか~、じゃん! それではお題はなんでしょうか」

「驚いた話、ですね」

「そうか。ノノやホタルは思いつくこと、あるかい?」

 アスカちゃんの問いかけに対し二人が首を振ります。やはりここは場馴れしているアスカちゃんにお願いするしかないでしょう。明後日の方向に暴走しないよう精一杯祈ります。

 

「それでは驚いた話、どうぞ~!」

「じゃあボクが話そうか。コメットは今でこそ四人で活動できているけど、色々な事情あって少し前まではトキだけが前線に出て自らの生命の火を燃やしていたんだ。

 でも彼女は加減というものを知らないからね。その身が終焉を迎えて、希望も絶望もない完全な虚空に堕ちかねない状況だったのさ」

 

 アスカちゃんが明後日の方向へ見事に暴走し始めました。その話は止めて下さいよ!

「ボク達はその連鎖を断ち切ろうとしたけれど、彼女はこの世界にとってのJOKERだからね。中々止めることができなかった。

 そんな時、ホタルがトキに熱い一撃を浴びせたのさ。その衝撃でトキは完全にKOされたんだ。あのトキが誰かに倒されるとは思いもしなかったから、とても驚いたよ。これがボクの『驚いた話』さ」

「いや、あの、あれは、違うんです!」

 ほたるちゃんが非常に動揺しているので逆に冷静になりました。でもまさか、あの時の話を持ち出してくるとは……。

 

「あ、ありがとうございました。さあ、判定はいかに?」

 成功すれば『ピンポン』、失敗であれば『ブー』という効果音が流れますが、どちらも流れません。録音ブースの外にいるスタッフさんがA3サイズくらいの紙をこちらに見せてきました。

 紙には『熱い一撃って何?』と書かれています。確かにその言葉ではわからないでしょう。

 

「熱い一撃とは何かが分かり難いみたいですね。それではほたるちゃん、説明をお願いします」

 私よりもほたるちゃんから説明して貰った方が良い気がしたので、話を振りました。

「ええっ! は、はい。……です。すいません」

 声のボリュームが最小なので音が拾えませんでした。

「ごめんなさい、声が小さかったので、もう一度良いですか?」

「はい! ビンタです!」

 ほたるちゃんが真っ赤な顔で叫びます。

 その瞬間、『ピンポン』の効果音がけたたましく鳴り響きました。

 『ほたるちゃん最強説』が、ここに爆誕したのです。そんなことしなくていいから。

 

「魔法が掛かったかはともかく、一応成功ですね。誤解の無いように補足をしますけど、決してコメットの仲が悪いわけではないんですよ。馬鹿みたいに暴走していた私を、皆が体を張って止めてくれたんです。このことがあって四人の絆がさらに強くなりました」

「もりくぼも、朱鷺ちゃんが元に戻ってよかったと、思います……」

「ということで、『マジックミニッツ』のコーナーでしたー!」

 私の悲劇を繰り返してはなりません。シンデレラプロジェクトの子達が似たような過ちを犯さないよう導いてあげることが、せめてもの罪滅ぼしだと思います。

 

「それでは見事『マジックミニッツ』を成功させた皆さんにゲストトークをお願いします。今回は、何か告知があるんですよね?」

「はい。それでは乃々さん、お願いします」

 事前の打ち合わせ通りに話を振りました。乃々ちゃんは自発的に喋ろうとはしないタイプなので、存在をアピールする為に告知担当になってもらったのです。

 

「は、はい。今回は二つ、告知があるんですけど……。まずはライブから……。

 4月X日にSOLIDROOM渋谷で臨時ライブを行うことになりました……。お蔭様でチケットは即日完売でしたけど、今後もライブを続けていますので、よろしくお願いします……。

 それともりくぼたちの新曲が出ることになりました……。曲名は『RE:ST@RT』で、めろこあ? ちっくなかっこいい曲です。こちらも出来るだけ早くライブで披露できるように頑張りますので、応援お願いします……」

「はい、ありがとうございました。ライブに新曲と、勢いを増すコメットを是非よろしくお願いします!」

 こんな感じで、時間の許す限り宣伝をしました。

 

「さて、お茶会が盛り上がっているところですけれども、魔法の時間は過ぎるのがとても早いもので、もうお別れの時間です」

「人生と同じで、充実した時間は刹那だね」

「はい。もっとお喋りしたかったです」

「もりくぼは、さっきの告知で力を使い果たしました……」

 一人ほぼ逝きかけていましたが続けます。

 

「ということで、真夜中のお茶会、マジックアワー。今夜のお茶会を彩ってくれたのは……」

「皆、マジアワ。二宮飛鳥と……」

「聴いて頂いてマジアワでした。白菊ほたると……」

「もう、森で静かに暮らしたいです。まじあわな森久保乃々と……」

「パーソナリティの七星朱鷺でした。皆さんが魔法のひとときに包まれますように。御機嫌よう」

 このラジオが多くのリスナーさんへ届きますように。そんな思いを込めながら、初回放送を終えました。

 

 なお収録後に聞かされたのですが、次回放送のゲストは姫川友紀さんとミスティックサイバー系アイドルの高峯(たかみね)のあさん、そして天才ケミカル系アイドルの一ノ瀬志希(いちのせしき)さんの三人とのことです。

 

 ハードルが一気に30メートルくらい上がったように思うんですが、気のせいでしょうか?

 

 

 

 



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第25話 私の小さな目標

「チャリティーイベント?」

「はい。朱鷺さんに是非ご協力頂けないでしょうか」

「他ならぬクラリスさんのお願いですからお受けしたいんですけど、個人的にボランティアは性に合わないんですよね……」

 パツキンで修道女姿のチャンネーから不意にこんな依頼を頂きました。私が難色を示すとプロジェクトルーム内に気まずい空気が漂います。

 

 クラリスさんは私と同じく、346プロダクション所属の超美人アイドルです。見た目通り元々はシスターであり、自分の教会を立て直すためアイドルを始めたと以前伺いました。

 その清楚な印象から固定ファンが多く、根強い支持を得ています。アイドル活動の報酬で教会の借金は完済されましたが、アイドルも楽しいので当面はそちらの活動を主にされるそうです。

 

 色々とお世話になっているので本当は協力したいのですが、渋ったのには理由がありました。

 お仕事であれば報酬という対価があるので、その分しっかり働かなければいけないという高いモチベーションが発生します。

 一方ボランティアだと対価が発生しないので、『所詮(しょせん)無償だしなぁ』という気持ちが無意識に働いて手抜きになりがちなんですよね。仕事はきっちりやらなければ済まない性質なので、ボランティアという働き方とは相性が良くないのです。

 

 困り顔の私をスルーしてクラリスさんが話を続けました。

「私が懇意にさせて頂いている児童養護施設でのイベントなのですが、そこの子供達が朱鷺さんの大ファンでして……。出演頂ければ子供達がとても喜ぶと思うんです」

「そうなんですか。ちなみに私のファンとのお話ですが、それはアイドルとしての私と、びっくり人間としての私のどちらでしょうか?」

「……どちらかと言うと、後者です」

「ですよねー」

 案の定、そちらの私でしたか。

 

 世紀末系アイドル路線は卒業済みであり清純派アイドル路線に回帰していますから、これ以上体力仕事をお受けしたくはないのです。会社から来た公式なお仕事でもありませんので、ちょっと心苦しいですがお断りしましょう。

 それに昨日のマジックアワーの収録で精神的に疲労困憊(こんぱい)なのです。友紀さん、のあさん、志希さんの放送事故不可避トリオを制御するなんて、『出来るわきゃねえだろおおおお!』と叫びたかったですよ。 

 マジックアワー史上初の二回撮り直しとか、もはや草も生えませんでした。『君のせいじゃないから、落ち込まなくていいよ』と番組ディレクターさんから励まして頂いたのがせめてもの救いです。あの三人は全く悪びれていませんでしたけどね。

 

「すいません、やはりそのお仕事は……」

 そう言いかけた時、誰かがプロジェクトルームに入ってきました。小学校低学年くらいの可愛い女の子です。とてとてと私の前まで歩いて来ました。

「ななほしさん、こんにちは。こんどのいべんとにでてほしいです。よろしくおねがいします」

 頭を下げてこんなお願いをされました。

「クラリスさん、この子は?」

「イベントを行う児童養護施設のお子さんです。朱鷺さんに出演のお願いをすると言ったら、私も連れて行ってと強くせがまれましたので……」

 

 くっ。美幼女を使うとは中々やります。私の弱点である『可愛い物好き』を的確に射抜いていきましたが、気持ちに変わりはありません。

 社会に貢献したところで家族や乃々ちゃん達が幸せになる訳でもありませんし、私のお腹が(ふく)れる訳ではないのですから。

「お嬢ちゃん。残念ですけど、私は無償ではお仕事をお受けしないようにしているんです。本当にごめんなさいね」

 かなり心苦しいですけど何とかお断りしました。

 

「むしょう?」

「タダという意味ですよ」

 幼女には難しい言葉でしたか。わかりやすく言い換えて伝えました。

 その言葉を聞くと、幼女は覚束(おぼつか)ない手つきでお財布を取り出します。

「タダじゃないよ。おきゅーりょーあげる!」

 そう言って、お財布に入っていた千円を私に差し出してきました。

 

「アキちゃん。気持ちはわかりますが、千円では朱鷺さんは受けて頂けないですわ」

 クラリスさんがそう言って美幼女を(さと)します。

 むむむ。これでは私が守銭奴の悪人みたいじゃないですか。

「……わかりました。その仕事お受けしましょう」

「いいのですか?」

「はい。女に二言はありません」

「本当にありがとうございます。朱鷺さん」

「ありがとーございます!」

 

 アキちゃんと呼ばれた子から、満面の笑顔でお礼を言われました。やはり美幼女には笑顔が似合います。

 千円でも報酬が発生するのであれば、それは立派なお仕事です。それに、この子が置かれている環境を考慮すると千円は相当な大金でしょう。そこまでされているのに無碍(むげ)に断るのは、アイドルというか流石に人としてどうかと思いますからね。

 とにかく引き受けると決めた以上、しっかりお仕事をしなければいけません。

 

 

 

 翌日、プロジェクトルームで当日の出し物をどうするか打ち合わせを行いました。

 クラリスさんとお喋りしていると凄い勢いでドアが開き、ポニーテールの美少女が突っ込んできます。

「おはようございますっ! 元気ですかーっ!! 今日も全力で頑張りましょー!!」

「お待ちしていましたよ、茜さん」

 イベントでは、私とクラリスさんの他にもう一人アイドルが出演します。そのアイドルこそ、今入室してきた少女──日野茜(ひのあかね)さんです。

 

 茜さんは346プロダクションの中でも特に人気が高いアイドルの1人です。いつも前のめりな超元気娘で、思わずこちらも元気を貰えます。

 楓さん同様、コメット解散騒動の際に色々と相談させて頂いたので仲良くなりました。

 

 相談の回答は『気合です! 元気があれば何でも出来ますっ!』だったので、参考になったかというと、アレでしたけど。

 忙しいはずですが、クラリスさんが依頼したところ『何でもどうぞ、どーんと引き受けますよっ!!』と二つ返事で答えてくれたそうです。報酬でゴネたどこかのドブ川と比べて、人間としての器が違いますね。

 

 その後、茜さんを交えて打ち合わせを始めました。

「とりあえず、ミニライブは確定ですか」

「そうですね、やはりアイドルですからライブは必須だと思います。ただ、それだけでは時間が余ってしまうので、他の出し物を決めましょう」

「はい! ラグビーなんてどうでしょうかっ!」

 茜さんがキラキラした目で元気よく発言しました。

「うーん。子供にラグビーはちょっとハードルが高いですから、他のにしましょうか」

「そうですかっ! 残念です!」

 提案が却下されても落ち込まない前向きさが本当に素敵です。

 

「私は聖歌を歌いたいと思います。茜さんは普段どおりの感じで子供達と遊んで頂いて良いでしょうか」

「はいっ、もちろん準備万端、覚悟完了ですっ!!」

 とても元気に返事をします。興奮したゴールデンレトリバーみたいで何だか可愛いですね。

「それで朱鷺さんは……」

「私はとっておきの出し物を用意してきました!」

 クラリスさんの言葉を(さえぎ)るため、大声でかぶせ気味にまくし立てました。

 どうせ私に期待されているのは北斗神拳でしょう。アレはもう披露したくはありませんので、先手を打って別の出し物を用意したのです。

 

「私特製の紙芝居をやりたいと思います。既に用意しましたので、是非ご覧下さい」

デジタル全盛のこの時代、アナログなものが意外と好まれるのです。紙芝居なんて今の子供達には逆に新鮮なので、受けること間違いなしです。しかも内容は、あの名作童話をアレンジした自信作ですから。

「あら、紙芝居ですか」

「おお、今時珍しいですね! 楽しみです!」

「はい、是非お楽しみ下さい。それでは、はじまりはじまり~」

 

 

 

『シンデレラ』

『文・画・語り 七星 朱鷺』

 

 昔々あるところに、シンデレラというとても美しい娘がいました。

 優しい家族に囲まれて幸せに暮らしていましたが、ある時お母さんが亡くなってしまいます。

 その後お父さんは新しいお母さんと結婚したのですが、義理のお母さんとお姉さん達はとても意地悪な人でした。毎日いじめられ、召使いのようにこき使わる辛い日々を送っていたのです。

 

 今日はお城でパーティが開かれる日でした。お姉さん達は綺麗なドレスで出かけますが、シンデレラは留守番です。

『私も行きたかったなぁ……』とシンデレラが落ち込んでいると、美しい魔女が現れました。

『シンデレラ、貴女をお城に連れて行ってあげましょう』

 魔法使いが杖を振るうと、どうしたことでしょう。立派な馬車が現れ、シンデレラが着ているボロボロの服は輝くようなドレスになりました。

『さぁ、このガラスの靴を履いていってね。但し、真夜中の12時を過ぎると魔法が解けてしまうので、それまでに帰ってくるのですよ』

『はい!』

 

 カボチャの馬車に乗って、シンデレラはお城に着きました。

 王子様は美しいシンデレラを見つけると『一緒に踊って下さい』とダンスを申し込みます。

 二人でダンスをしたり、お(しゃべ)りをしたり──まるで夢のような楽しい時間があっという間に過ぎていきます。

 ですが12時を告げる鐘が鳴ってしまいました。慌てたシンデレラが駆け出すと、片方の靴が脱げてしまいます。

 戻っている時間はありませんので、そのまま階段を駆け下りました。

 

 その後、なんやかんやあってシンデレラと王子様は結ばれました。

 シンデレラは玉の輿(こし)で王宮入りしましたが、実はその国は問題だらけであることに気付きました。隣国との戦争が頻発し、国は乱れ、貧富の差が急速に拡大していたのです。

 

 しかし、その状況を変えようとする者は誰一人としていませんでした。王や貴族は連日のパーティーで浮かれており、統治者としての資質に欠けていたのです。

『これ以上不幸な子供を増やしてはなりません。誰も動かないのならば、私が天を握ります!』

 シンデレラはそう固く決意し、救国(きゅうこく)の計画を実行しました。

 

 シンデレラはまず、王様とお妃様、そして王子様を相次いで闇に葬りました。

 愛する者達をその手にかけ哀しみを背負うことで、誰にも負けない強さを手に入れたのです。

 そして自らに歯向かう諸侯を全て粉砕し、唯一女王として君臨しました。 

 その後、国家予算の大半を軍事費に注ぎ込み、烈火のような勢いで対立国家に攻め込みます。

 シンデレラは兵士達の先頭に立ち、敵国の将軍の首をバッタバッタとはねていきました。

 

 シンデレラ軍の勢いは留まるところを知りません。

 敵国を打ち滅ぼした後は大陸統一を目標に掲げ、あらゆる国家に侵略戦争を仕掛けました。

 そして数十年が経ち、シンデレラが目標としていた大陸統一がついに果たされたのです。

 シンデレラはその朗報を聞いた後、『私の一生に一遍の悔いもありません……』と呟き、静かに天へ還って行きました。

 

 その後、統一された国家で人々は争いなく平和に暮らしました。

 シンデレラは大陸の救世主──『剣王』として、いつまでも人々に語り継がれていきましたとさ。

 めでたしめでたし。

 

 

 

「…………」

 心を込めて朗読したのに不思議と拍手はありませんでした。二人とも何だか微妙な表情です。

「頑張って製作して頂いたのに申し訳ないんですが、これはなかったことに」

 クラリスさんに苦笑いで却下されてしまいました。

 

 渾身(こんしん)の力作なのに不思議でなりません。後半はちゃんと劇画チックにしていますし、血飛沫(ちしぶき)とか割とリアルに表現できていると思うんですが、何が不満なのでしょうか。

 深夜特有の妙なテンションで一気に書き上げたので、少しだけバイオレンスになってしまいましたけど。

「朱鷺ちゃん! 大丈夫ですかっ! ちゃんとご飯食べてますかっ!!」

 八の字眉毛になった茜さんに心配されていましたが、私は心身ともに健康なので大丈夫です。

 

「正直、シンデレラってあまり好きな話ではないんですよ。魔法使いに変身させて貰って、その上王子様に選んで貰うなんて、あまりにも受身じゃないですか。幸せは努力して、自らの手で勝ち取るべきなんです」

「確かにそうかもしれませんが、子供達にはちょっと刺激が強すぎるので……」

「では、ヘンゼルとグレーテルが魔女のおばあさんを言葉巧みに騙し、お菓子の家の権利書を奪い取るサクセスストーリーの方が良いですか?」

「そちらも、教育上ちょっと……」

「おなかが空いてるから暗い考えになったんですねっ! とりあえずご飯食べにいきましょう!」

 茜さんに更に心配されてしまいましたが、なぜでしょうか。

 

「朱鷺さんはいつも通り飛んだり跳ねたりして頂ければそれで十分ですから」

「……私はバッタか何かですか?」

 結局紙芝居は却下となり、私の出し物は案の定北斗神拳のデモンストレーションとなってしまいました。

 

 

 

 チャリティーイベント当日、会場である児童養護施設に向かいます。

 門には「白鷺園(しらさぎえん)」と書いてあります。事前に確認した名称と同じなので、ここで間違いないでしょう。施設に入り受付でベルを鳴らすと、職員さんが現れたので名乗りました。

「はじめまして。346プロダクションの七星朱鷺と申します。本日のチャリティーイベントの演者を務めさせて頂きます。よろしくお願い致します」

「わざわざお越し頂きありがとうございました。職員の司馬(しば)です。こちらこそよろしくお願いします」

 お互いに会釈しました。誠実そうな感じの若い男性です。

 

「先に園長さんにご挨拶をしたいのですが、いらっしゃいますか?」

「すいません。あいにく園長は急な用事で本日欠席させて頂くことになりました。せっかく来て頂いたのに申し訳ありません」

「いえ、お気になさらず」

 司馬さんがすまなそうに口にしたのでフォローしました。

 

 この白鷺園の園長さんは目と足に重い障害をお持ちだそうですが、仁に(あつ)い人格者で子供達からとても好かれ尊敬されているそうです。ナイスミドルで地域の奥様方からは様付けで呼ばれているという話でした。

 そういう方が園長さんなら子供達も安心して暮らせるでしょう。一目お目にかかりたかったのですが残念です。

 

「控え室を用意しましたので、こちらにどうぞ」

 職員さんに案内されるまま控え室に向かいます。途中、子供達がこちらをチラチラ見てきました。そんなに注目されると恥ずかしいですね。

 控え室に着くとまだ誰もいませんでした。今日のスケジュールですが、まず個別の出し物をやってからミニライブなので動きやすいスポーツウェアに着替えます。

 事前に発注しておいたアレもちゃんと届いていたので一安心でした。

 

「おはようございます、朱鷺さん。本日も清き心を忘れずにまいりましょう」

「おはようございますっ! 燃えるファイヤーアイドルっ、日野茜ですっ!!」

「クラリスさん、茜さん、おはようございます」

 二人同時に控え室に入ってきたので、笑顔で挨拶をします。その後、三人で準備をしました。

 

「疑問に思ったんですけど、この施設って結構古くないですか?」

 失礼を承知でそんなことを訊いて見ました。老朽化がかなり進んでいますが、修繕はあまりされていないようです。

「福祉に対する国の予算は毎年少しづつ削られていますから、どの施設も経営は苦しいようです。特にこの園は子供達の養育の為に色々と手を尽くしているので、設備の修繕は後回しになっているようですね」

「……そうですか。申し訳ありません、事情も知らずに失礼なことを訊いてしまって」

「いえ、私も園長さんから聞いただけですから」

 色々と問題は多そうです。こういった繊細な問題に興味本位で首を突っ込んではいけませんので、余計な詮索(せんさく)は止めておきましょう。

 

 

 

 その後、施設内の集合広場に子供達が集まりました。一般開放していますので、近隣住民の方もチラホラ来場しています。

 先日346プロダクションに来てくれたアキちゃんもいました。笑顔で手を振ってくれたのでこちらも手を振ります。そうするうちにイベントが始まりました。

 

「本日は346プロダクション様主催のチャリティーイベントです。同事務所所属の大人気アイドル、クラリスさん、日野茜さん、七星朱鷺さんに来て頂きました。皆さん、盛大な拍手をお願いします!」

 司馬さんからご紹介があり、盛大な拍手を頂きました。

「白鷺園の皆さん、こんにちは。本日はミニライブや出し物を予定していますので、是非楽しんで下さいね」

 クラリスさんが丁寧に挨拶をします。私と茜さんもそれに続きました。

 

 まずは個人の出し物です。

「私の歌が、みなさんにとっての福音となりますように。心を込めて……」

 クラリスさんは聖歌をご披露されましたが、その澄んだ歌声は見事の一言でした。流石本職のシスターさんです。いや、正に聖女と言えるでしょう。

 私としてはアイドルをやっている時のクラリスさんも今とは違う輝きがあるので、そちらも大好きですけどね。

 

「燃えてますかー!? 熱いですかー!? 本番はまだまだこれからだー!」

 茜さんは子供達と鬼ごっこやドッジボールをしました。物凄い元気さで、逆に子供達の方が終盤バテ気味でしたよ。

 白鷺園の子供達とすぐ仲良くなり、とても好かれていました。やはりトップアイドルは人を惹きつける魅力があるのでしょう。闇属性の私には到底真似できません。

 

 そして私の出番になりました。

 集合広場の中央に移動し、皆さんには離れた位置に移動してもらいます。

 足元には丸太が数本転がっていました。先日ホームセンターで購入し、白鷺園に届けるよう依頼してたものです。両手で抱える必要があるくらい大きい丸太で、『彼岸島』(名作ホラー漫画です)ならメインウエポンにできそうな感じでした。

 

 こういうパフォーマンスで重要なのは派手さです。どんなに凄い技術でも、見た目が地味ではお客様には満足して頂けません。

 先日駅前広場でヨーヨーのプロの方がパフォーマンスをしていましたが、技術は高くても派手さに欠けるのでお客さんは微妙な反応でした。私的にはとても楽しかったんですけどね。

 せっかくのイベントでがっかりさせる訳にはいきませんので、子供達の喜びそうな大技をご披露しましょう。

 

「今回ご紹介するのは北斗神拳奥義の一つで、『天翔百裂拳(てんしょうひゃくれつけん)』という技です。空中へ逃げた相手を追って自らも跳躍(ちょうやく)し、相手の体に連続で拳を打ち込んで確実に仕留める技ですね。私が得意とする技でもあります。人に向かって放つと確実に相手がお亡くなりになってしまうので、今回は丸太でチャレンジします」

 

「はあっ!」 

 解説をした後、丸太を掴み勢いよく頭上に放り投げました。私もその後を追うように上空に跳躍します。

 二階建ての施設の倍くらいの高さに上昇した後、下降しながら強烈で正確無比な拳を次々と丸太に叩き込みました。

 歓声と共に、「スゴイ! あのお姉ちゃん、落ちながら戦ってる!」といった声が耳に入ってきます。仕上げの拳を打ち込み、かつて丸太だったモノを片手で持って鮮やかに着地しました。

 

「おぉー!!」という歓声が響きます。正に拍手喝采(かっさい)雨あられですが、驚くのはこれからですよ。

「拍手を頂きありがとうございました。ちなみにこの丸太は何に見えるでしょうか?」

 そんな言葉を口にしながら、見やすいように元丸太を頭上に掲げ、子供達に見せます。

「あ、クマさんだ!」

「そうだ、あれクマだよ!」

 子供達が次々と口にしました。皆の言うとおり、天翔百裂拳で木彫りの熊を彫ったのです。ただ技を見せるだけではつまらないですから、ちょっとした演出です。

 再び大きな拍手が園内に響き渡りました。どうやら(つか)みはバッチリなようです。

 

 その後も脅威の身体能力と北斗神拳を用いて様々なパフォーマンスをしました。

「凄いですね、朱鷺ちゃんっ! 一人大サーカスでしたよ!!」

「お楽しみ頂きありがとうございます」

 茜さんがとても興奮していました。一番楽しんでいたのは彼女のような気がします。

 清純派アイドル路線に回帰した私としては心中複雑ですが、子供達は喜んでくれたので今日のところはよしとしましょうか。

 

 

 

 個別の出し物が終り、休憩時間になりました。

「すいません。そこを通して頂けませんか?」

「…………」

 お花を摘みに行く途中で少年に道を(ふさ)がれました。中学生っぽい年頃で目付きの悪い子です。見覚えはありませんが、何故か懐かしい感じがします。

 

「アンタ、北斗神拳って暗殺拳の伝承者なんだろ? その技、オレに教えてくれよ」

 こういう手合いですか。北斗神拳に憧れて弟子入りを志願してくる子は結構いるのです。彼もその一人でしょう。

「すいません。北斗神拳は一子相伝なので、おいそれと教えることは出来ないんです」

「……頼む!」

「ちょっ……。こんな所で土下座なんで止めて下さいよ!」

「オレは本気だ!」

 

 私がカツアゲしているようにしか見えないので、適当な部屋に彼を連れ込みます。

 思いつめた様子でしたが、何が彼を駆り立てているのでしょうか。とりあえず事情を訊くことにしました。

「何で北斗神拳なんて覚えたいんですか?」

「……アンタの凄い動きを見た。あれだけ強い力があれば、どんな奴だってぶちのめせるし、人から馬鹿にされることはないだろ」

 

 うーん。中々デンジャーなお考えの持ち主でした。

「そういうことであれば、なおさら教える訳にはいきません」

「何でだよ!」

 食って掛かる少年を制止して話を続けます。

 

「この力は本当に危険なんです。誤った使い方をしてしまうと、最悪世界すら滅亡させる可能性だってあるんですよ。こういった強大な力を持つには、聖者のような清い心が必要なんです。貴方のような危ない考えの方には教えられません」

「オレには、アンタがそんな清い心を持っているように見えないけどな」

「……それはそれ、これはこれです」 

 弾丸のような勢いで完全に論破されました。ぐうの音も出ませんので話題をすり替えます。

 

「それにこんな力があっても良いことはありませんよ。人は地道に真面目に生きるのが一番です」

「無理だ。どんなに頑張っても、施設にいるってだけで馬鹿にされて虐められるんだぞ! この先だってきっとそうだ。だからオレはどんな奴でもボコボコに出来る力──オレ自身を守れる強い力が欲しいんだよ!」

 前世でもお世話になったことは無いので分かりませんでしたが、児童養護施設の子供達に対する偏見は根強いようです。

 私も前世では劣悪な環境で育ちましたから、気持ちはよく分かってしまいました。

 

「どうしようも無くなった時は周囲を頼りましょう。ここの職員さんは皆良い人ですし、園長さんも人格者だと(うかが)っています。思い切って相談してみれば、きっと力になってくれますよ」

「イヤだ。大人は信用できない! 周りの奴は全員敵だ!」

 ……なるほど。先程から感じていた懐かしさの正体がやっとわかりました。

 この少年、前世の私の中学生時代とソックリです。

 

 当然顔形は違いますが『誰も信用できない、周囲の奴らは全員敵だ』という危険思想が完全に一致しています。うわぁ、恥ずッ!!

 生きた黒歴史を眼前に突きつけられたようで、精神にかなりダメージを受けましたよ。

「ちっ……。もういい!」

「あっ、ちょっと!」

 痺れを切らした少年が乱暴にドアを開けて出て行きます。その考えは愚かだと説教したいのですが、既に膀胱(ぼうこう)が限界に達していました。後で捕まえることにして化粧室に駆け込みます。

 

「七星さん。伊達君とはどんなお話をされていたんですか」

「伊達君?」

 お花を摘んであの少年を捜している途中、司馬さんから声を掛けられました。

「先ほど部屋の中でお話していた男の子です」

「ああ、あの子は伊達君って名前なんですか」

 先程のやりとりをかいつまんで説明すると、司馬さんが浮かない顔をします。

 

「あの、あの子はどういった経緯でこちらに入所したんですか? よろしければ教えて下さい」

「個人情報をむやみにお話しすることはできませんが、七星さんはあの子とちゃんと話せましたから、お教えした方が良いのかもしれません。ここだけの話でお願いします」 

「わかりました」

 

 ざっと入所の経緯を教えて頂きました。

 伊達君は今春から中学生になりますが、1年前まで普通のご家庭で育ったそうです。ですがご両親が交通事故でお亡くなりになり、保護者がいなくなってしまいました。

 一時は遠縁の親戚に引き取られましたが、ご両親に掛けられていた多額の保険金を(だま)し取られたあげく、邪魔だからと言う理由でここに入れられたそうです。

 

 確かにそんな目にあったら、大人を信用できなくなるでしょう。

 白鷺園では誰とも話すことはなく、一人でブラついているか部屋に引きこもっているそうです。職員さんや他の子供達は彼のことを心配していますが、一向に心を開いてくれないとの話でした。

 

「伊達君が誰かと話している姿を見るのは本当に久しぶりです。もしよければ、また声を掛けて頂けると助かります」

「わかりました。話したいこともあるので、見かけたら捕まえますよ」

「ありがとうございます。……伊達君だけでなくここにいる子は皆、家庭の事情等で心に深い傷を負っているんです。皆必死で頑張っているんですが、普通の家庭に育った方にはあまり理解してもらえません。だから、偏見の目で見られることが多いんですよ」

「……そうですね」

 私は当事者でしたから、色眼鏡で見られることの辛さは骨の髄まで身に染みてわかっています。せめて、ここにいる子達が幸せになるよう心の中で祈りました。

 

 

 

「ありがとうございました~!」

 その後、問題なくライブを終えることができました。

 クラリスさんや茜さんと一緒に演じると、実力の差がはっきりとわかります。

 ダンスだけなら誰にも負けませんが、ライブにおいてはボーカルとビジュアルとの組み合わせが重要ですから、そちらも底上げしなければいけません。これから頑張りましょう。

 

「いきますよーっ、1、2の……ダーーッ!! ありがとうございましたっ!」

 ライブの後はそれぞれ挨拶をして終了となります。私は最後なので、茜さんの話が終ったことを確認してからマイクを手にします。

 

 そして、事前に暗記してきた無難な挨拶を声に出そうとして────止めました。

 

 そんな上辺だけの空虚な言葉は、この場には相応しくないと思ってしまったのです。

 

「え~、本日は本当にありがとうございました。この場を借りまして、白鷺園の子達にお伝えしたいことがありますので、少しお話させて頂きます。

 率直に申しまして、皆さんの立場は決してベストなものではありません。世間様は『普通ではないもの』を排除しようする動きがとても強いので、少数派な立場である皆さんは、これから進学・就職等で普通の子達よりも苦労する場面が多いと思います」

 こんな辛い現実を突きつけて良いのかと迷いながらも、自分の言葉を(つむ)いでいきました。

 

「でも、絶対に負けないで下さい。辛さや悲しさを人一倍知っている皆さんなら、誰よりも強く、優しくなれるはずです。

 ……だから、頑張って生きて幸せになって!! そして、もし自分が信じられない、そんな時は信じて下さい! 貴方を心配してくれる人や、友達を!

 仮に世界中の人が敵になったとしても、私だけは皆さんの味方です。それだけは、忘れないで頂けると嬉しいです。……以上です。ありがとうございました」

 

 言いたいことだけを一方的に叫びました。会場がシーンとなります。

 最後の最後でダダすべりとは私らしいなと思っていると、徐々に拍手の音が聞こえてきます。

 拍手の音がどんどん大きくなっていきました。予想外の反応なのでかなり挙動不審になってしまいます。顔が超熱いので逃げるように控え室に駆け込みました。

 

「ありがとうございました」

「こちらこそ、良い経験をさせて頂きました」

 帰りがけ、司馬さんにご挨拶をします。

「今日は本当に良かったです。七星さんの最後のご挨拶は、特に」

「……すいません、あんなことを言うつもりではなかったんですが」

「いいえ。真に迫る勢いで、子供達の心にも届いたと思います」

 今から思うと何とも青臭い挨拶でした。累計年齢50歳の言葉としては痛すぎます。でも、なぜか言いたくなってしまったんですよ。

 

「ははは……。そういえば、伊達君とは会えずじまいでした。すいません」

「いえ、気にされなくても良いです。子供達が本当に喜んでいましたので、よろしければ、また遊びに来て頂けると嬉しいです」

「はい。近くに来た時には必ず寄らせて頂きます」

 そう言って施設を後にします。なお、報酬として頂いた千円は子供達へ差し入れたアイス代の一部として使わせて頂きました。

 交通費や丸太代と合わせると完全に赤字ですが、来て良かったと心から思います。また遊びに来ましょう。

 

 

 

「これ全部手紙ですか?」

 ダンボール箱に収められた手紙を見て、思わず呟きました。

「ええ、そうです。褒められることなどしていませんが、嬉しいものですね。私は幸福です」

「こんなに沢山、凄いですねっ!」

 後日事務所にて三人で簡単な打ち上げをした際、白鷺園の子供達から送られてきた感謝のお手紙をクラリスさんに見せてもらいました。

 社会貢献を馬鹿にしていましたが、こういう言葉を貰えると何だか嬉しいですね。お金以上の価値があるように感じます。

 今まで敬遠していましたが、暇な時ならやってみてもいいかもしれません。

 感謝のお手紙の中に、私個人宛のものが含まれていました。脅迫状かと思い慎重に封を切ると、普通の便箋(びんせん)が入っていましたので文面を確認します。

 

『七星 朱鷺さんへ

 この間はイベントに来てくれてありがとうございました。最後の挨拶で言われたこと、ずっと残っています。オレと七星さんは不思議と似ている気がしたので、そういう人から頑張ってと言われると、負けずに頑張らなきゃという気になりました。

 強くなりたい気持ちは変わらないので、中学では柔道部に入ります。柔道着とか買うお金が無いので思い切って園長と司馬さんに相談したら、施設のみんなが少しづつお金を出してくれました。今までロクに話したこともない俺の為に、です。だから頑張って、皆を守れるくらい強くなりたいと思います。

 今はお金が無いけど、バイトができるようになったらお金溜めて絶対ライブに行くので、ずっとアイドルを続けてもらえると嬉しいです。本当にありがとうございました。 伊達 ナオト』

 

「……すいません、ちょっとお花を摘みに行ってきます」

「はい、どうぞ!」

 部屋を出て非常階段に向かいました。誰もいないことを確認し、気持ちを整理します。

 こんな私が誰かを少しでも勇気付けることが出来るなんて、思っても見ませんでした。

 それも、自分と似た境遇の子を、です。

 

 ああ、そうか。そういうことですか。

 最近抱えていた心のモヤモヤが一気に晴れていきました。

 

 

 

 私は、傷ついたり世間からはみ出したりして、人生につまづいた人に少しでも勇気を与えたい。

 

 かつての自分のような底辺の底辺であがく敗者達に、ちょっとでも生きる元気を与えたい。

 

 そんなアイドルになることが、私の小さな目標になりました。

 

 

 

 

 



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裏語④ 魔法使い達の夜

「頼む! 一生に一度のお願いだ!」

 そう言って、ピンク色の長い髪をした少女に勢いよく頭を下げた。プロジェクトルーム内に俺の声が響く。

 優雅に紅茶を飲んでいた少女は、ティーカップをゆっくりコースターに戻した。

 清楚で気品のある顔立ちと豊かで均整の取れたスタイルは抜群であり、見た目だけなら正に天使と言えるだろう。そう、見た目だけなら。

 

「……貴方の一生はそんなに何度もあるんですか。へぇ、それは知りませんでしたよ。ならここで一つくらい減っても構いませんよね?」

 その少女が威嚇(いかく)の為に指をポキポキと鳴らしてきたが、俺にとっては予想通りのリアクションである。

 さて、問題はここからだ。選択肢を間違えると即死する恐れがあるので、慎重に言葉を選びつつ話を続けなければならない。

 

「いや、俺だって普通なら断るさ。でもKBSさんから直々に指名されたんだから仕方ないだろう? それに一コーナーだけだからそんなに出番も無いし、今更伝説が一つ増えてもあまり変わらないって……」

「殴殺、刺殺、撲殺、斬殺、焼殺、圧殺、絞殺、惨殺、呪殺。好きな殺られ方を選んで下さいね、犬神P(プロデューサー)さん。ああ、ご遺体はこちらで直葬しますからご心配なく」

 内面はドブ川のように濁った美少女が微笑む。強い殺気で森久保さんが怯えてしまっているから、早く決着をつけねば。

 

 よし、クールになれ犬神。ここでうろたえたらまた奴のペースになる。冷静に対応するんだ。

 俺はやれば出来る子だって家族からよく言われてたし、きっと大丈夫さ!

「ははは、七星さんは面白い冗談を言うね。まぁそれはおいといて、何とかできないかな~?」

 眼前の少女こそ俺の担当しているアイドルの一人であり、346プロダクション・アイドル事業部史上最大の危険人物でもある『七星 朱鷺』──その人であった。

 

「だから、そもそもがおかしいでしょう。スポーツ『マン』ナンバーワン決定戦ですよ?」

「そんなにおかしいかな? 俺は特に違和感無いけどなぁ」

 おかしいことは百も承知だが、思い切りすっとぼけてみた。

「一応私はウーマンですよ。何でむさ苦しい男性アスリート達に囲まれながら、特別ゲストとして跳び箱のギネス記録に挑戦しないといけないんでしょうかねぇ。

 ああ、そうですか、目が見えないんですか。ならその無用な眼球を今すぐ取り外して上げますから、ちょっと待ってて下さい」

「ストップ、ストップ!!」

 

 俺の眼前に瞬間移動し、そのまま親指を俺の目に突っ込んで殴りぬけようとしてきたので慌てて止めた。この細い体でなんであんな超人的な力が出せるのか本当に謎だよ。本人に訊いても『生まれつきですから』とはぐらかされてしまうし。

 

「はぁ~」

 七星さんが深いため息をついた。二宮さんと森久保さん、白菊さんが心配そうに見つめる。

「分かりましたよ。やればいいんでしょう、やれば」

「それマジ?」

 まさかこんなあっさり承諾するとは思ってもいなかった。今日は雪でも降るんじゃないか。

 

「自分で振っておいてそれは無いでしょう。マジですよ、マジ。テレビ局の指名ならやるしかありません。……それに体力仕事を喜んで見てくれるファンの子供達もいますからね」

 ちょこっとだけ優しげな表情で呟く。ファンの為、か。デビュー前の彼女からは想像も付かないような言葉を最近はよく聞くようになった。実に喜ばしいことであり、更生は順調といっていいだろう。

 

「いつもすまないな。この埋め合わせは必ずするよ。いや、既に恨まれているだろうから、そんなことはしない方がいいかな?」

 最近では、他のPからNGを喰らった危険性の高い仕事や体力仕事が七星さんに回ってくるようになっていた。俺としては彼女達のグループ──『コメット』の仕事を優先させたいから極力お断りしているが、今回のように引き受けざるを得ない仕事もあるから中々難しいんだって。

 

「朱鷺さんは犬神Pさんのことを恨んではいませんよ。文句を言うのも朱鷺さんなりの愛情表現だと思いますし、傍目からするととても仲良しさんに見えます」

「そ、そう?」

「も、もりくぼも、そう思います……」

 普段ぞんざいな扱いを受けているから、白菊さんのこの言葉は意外だった。ただの慰めかもしれないけど。

 

「な、何言っているんですか! 全っ然仲良くないです。嫌いじゃないけど好きじゃないですよ」

「うがっ……!」

 コイツ即答しやがった。そういう言葉は地味に傷つくんだからな!

 俺以外に対しては優しくて礼儀正しいのに、なぜ俺には辛く当たるのか。本当に謎だ。

 

「あっそうだ。私だけ体力仕事をするのも(しゃく)ですから、犬神Pにも体を張ってもらいましょう」

 不穏な言葉を呟くと、彼女は自身のバッグを開いてがさごそと漁り始めた。猛烈に嫌な予感がするのは俺だけだろうか。

 すると、スナック菓子の袋を取り出して俺に渡してきた。鮮やかな赤いパッケージだ。

 その表面には禍々しい髑髏(どくろ)マークと『SuddenーDeath(突然死) Snack』という文字が印刷されている。普通のポテチではなく、日本語表記の無い海外産の超怪しいポテチだった。

 

「……何かな? これは」

「来る途中に寄ったドンドンキホウテで偶然見つけたので、話のネタになるかなと思って買ってみたんですよ。『死に至る辛さ!』とかおおげさだなあと思ったんですけど、本当マジで洒落にならなくて。

 あまりに危険なので流石に捨てようと思ったんですけど、食べ物を粗末にするのは良くないですから全部食べちゃって下さい」

 そういうことか。要するに嫌がらせだな。

 

「いやいや、そういう危険なものを人に押し付けるのは良くないって。自分がされて嫌なことは人にしてはいけないって小学校で習っただろう?」

「人間と狼男では種族が違いますから大丈夫ですよ。それとも、自分のお願いは承諾させておいて私のお願いは聞けないということでしょうか。そういう態度なら、先ほどの仕事の話も再検討しなくてはいけないですねぇ?」

 

 今回はこうきたか。しかし、いくら辛いといってもしょせんは市販できるレベルだ。

 それにスナック菓子であれば、激辛のソースを直接飲むのではないから何とか耐えられるだろう。仕事を断られる訳にはいかないから我慢するしかないな。

 

「わかった。そのかわり、全部食べ切ったらさっきの仕事はちゃんと請けてくれよ」

「はいはい、わかってますよ。食べ切れれば、の話ですけど」

「気をつけることだね、P。そのスナックはある意味イタい。ボクも少し(かじ)ったが口内が引き裂かれそうになったよ」

 二宮さんから警告を受けた。さっきからミネラルウォーターのペットボトルを手放さないのはこれが原因だったのか。涙目だから相当辛いんだろうが、ここまできたら覚悟を決めるしかない。

 

「では、いただきます!」

 勢いよく何枚か口に入れて、普通のスナック菓子を食べるつもりでいつも通りサクサク噛んでいく。こういうのは勢いが大事なんだ。止まったら絶対死ぬ。

 あれっ、確かに辛いけどそこまでじゃないぞ。これならいける……と思って飲み込んだが、その瞬間から地獄が始まった。

 

 あっ、やべっ! 辛い辛い辛い!

 刺激が遅延性で、後から辛さの襲来に遭う感じだ! 時間差トラップが口内と食道を駆け巡る!

 これは辛いだけで美味しく食べられるタイプじゃない。味を感じられない程に辛さが圧倒する。もはや辛いんじゃなくて痛いぞ!

 

「だっ! 誰か、水!」

「はい、どうぞ」

 七星さんがタイミングよく紙コップを渡してきたので、中の液体を急いで飲み干した。その瞬間、圧倒的な違和感に気付く。

 

 これ炭酸飲料じゃねえか!

 

「痛い痛い痛い!」

 炭酸が口内を勢い良く刺激する! 弱っているところにこの追加ダメージは泣きっ面に蜂だ!

 思わずその場でもんどりうって倒れたが、アイツはお腹抱えて「フハハハハ!」と大爆笑してやがった。鬼か!

 

 数分してようやく辛さが抜けていく。うん、これ無理。

「すいません、許して下さい。常識の範囲内なら何でもしますから」

 それ以上食べ進めるのは不可能なので、結局土下座して七星さんの許しを乞う。

「いや無理かわかんないでしょう。辛さを感じられるのは生きてる証拠です。ほら、がんばれ♥ がんばれ♥」

「だから無理だって!」

「はいはい、わかりましたよ。あ~あ、こんな甲斐性のないPを持って私達は本当に不幸ですね。早く武内Pとトレードして欲しいです」

 あっさり引き下がったので、食べ切れないことは始めからわかっていたんだろう。

 絶対ロクな死に方しないぞ、コイツ……。

 

 

 

「……それでは七星の方は出演OKということで。……はい、よろしくお願いします。では、失礼します」

 先方のディレクターが電話を切ったことを確認すると、そっと受話器を戻す。

「ん~!」

 思わず背伸びをした。とりあえずは無事に調整ができてホッとする。

 その代償でまだ口の中が若干ヒリヒリするが仕方ない。名誉の負傷だと自分に言い聞かせた。

 

 オフィス内の掛け時計に視線を移すと、短針は9時を指していた。

 仕事も一区切りついたし食欲も戻ってきたのでコンビニで遅めの夕食を買ってこようとしたが、不意に内線電話が鳴ったので慌てて取る。

「はい、アイドル事業部の犬神です」

「やあ、犬神君。ご苦労様」

「今西部長、お疲れ様です。何か御用ですか?」

 内線電話が来るのは珍しいので、用件を訊いてみる。

「ああ、今丁度武内君と一緒でね。これから飲みに行くんだが、君も是非どうだい?」

「……はい。お供します」

 

 一瞬迷ったが、今日は特に急ぎの仕事もないので誘いを受けた。上司の誘いを無遠慮に断るのも気が引けるしな。それに先輩も一緒なら、何か有益な情報が得られるかもという打算もある。

「じゃあ、10分後に夜間通用口で待ち合わせようか」

「はい、直ぐにお伺いします」

 そのまま帰りの準備を済ませてオフィスを後にした。

 

 

 

「お待たせしました!」

 既にお二人が到着していたので駆け足で近づいて挨拶した。もう少し急ぐべきだったな。

「ああ、来たね」

「では、行きましょうか」

 

 そのままタクシーを捕まえて、繁華街の外れにある老舗の小料理屋に向かう。

 ここは今西部長が懇意にしているお店で、俺も何回か連れてきてもらったことがある。

 コメットがデビューした年始頃から非常に忙しくなったので、最近は顔を出していないけど。

 

「いらっしゃいませ。こんばんは、今西さん」

 扉を開けて暖簾(のれん)をくぐると、美しい女性が出迎えてくれた。このお店の女将さんだ。

「やあ、こんばんは。電話したとおり三人だけど、大丈夫かい?」

「ええ、今日は暇していましたから。さぁ、二階のお座敷へどうぞ」

 案内されるまま座敷席に向かう。三人で座るにはゆったりとした個室で、とても雰囲気がいい。俺もこういう行きつけの良いお店を見つけたいものだ。

 

「とりあえず、ビールでいいかな?」

「はい」

「あ、じゃあ俺注文しますよ」

 女将さんに瓶ビールをお願いする。料理の方は事前にお任せでお願いしていたそうで、突き出しやお刺身等がビールと一緒に運ばれてきた。

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 ビールをグラスに注いでいく。こういう作法も今では大分慣れたものだ。ちょっと前までは七星さんに散々駄目出しされていたけどな。

 

「さぁ乾杯……といきたいところだけど、何に乾杯しようかねぇ?」

「なら、シンデレラプロジェクトはどうでしょうか? 始動直前ですから」

「……コメットの方が良いのでは? 存続が決まりましたので」

 先輩と俺とで意見が割れてしまった。

 

「じゃあ、シンデレラプロジェクトとコメット、その両方にしようか。双方の素晴らしい未来に、乾杯」

「乾杯!」

「……乾杯」

 ビールを一気に飲み干す。

 くぅ~っ! キンッキンに冷えてやがるっ! 犯罪的だ……うますぎる!

 ああ、だめだ。つい七星さんみたいなリアクションをしてしまった。今西部長がニコニコしてこちらを見ていたのでちょっと恥ずかしくなる。

 

「それで、シンデレラプロジェクトの方はどうだい?」

 乾杯の後、今西部長が先輩に問いかけた。

「引き続き、辞退者に代わる方を捜しています。残り2名ですが、1名は追加オーディションで採用を決定しました。もう1名は交渉中です」

「その子達はどんな子なんですか?」

 先輩が直々に採用する子達には興味があったので訊いてみた。

 

「オーディション合格の方は、元気のいい明るい子で笑顔が素敵です。交渉中の方は、クールな子で笑顔が素敵……だと思います」

 う~ん。やはり笑顔か。先輩の採用基準はいつも笑顔なんだけど、目のつけどころがシャープすぎて俺にはピンと来ないんだよな。

 俺の採用基準は完全に直感だから、人のことはとやかく言えないんだけど。

 

「交渉中か。随分執心しているね」

「ええ。逸材、でしょう」

「時間に猶予は無いが、そこまで惚れ込んでるなら是非スカウトして欲しい。よろしく頼むよ」

「はい」

あの先輩が逸材と認める子か、一体どんな凄い子なんだろうな。まぁ、ウチにもある意味凄い子はいるけどなぁ。

 

「シンデレラプロジェクト始動後はコメットにも本格的にサポートをお願いすることになるから、犬神君も協力を頼むよ」

「はい。コメットの子達には既に色々動いてもらっていますが、始動後は全力でサポートさせて頂きます! 先輩も是非頼って下さい!」

「でも、コメットが存続して本当に良かった。一時はどうなることかと思ったからね」

「その件については、申し訳ありません。我々の為に」

「いや、先輩のせいじゃないですって!」

 

 先輩がコメットの解散危機を知ったらシンデレラプロジェクトに支障が出る恐れがある為、そのあたりの事情は伏せられていた。だから責任を感じる必要は全く無いんだ。

 一連の件では統括重役に非がある。外部介入が無ければコメットは解散させられていたんだから洒落にならない。

 

「統括重役は悪い人ではないんだ。ただ、良い意味でも悪い意味でも聞く耳を持ちすぎるところがある。色々な意見を聞いてくれたからこそ、346プロダクションにはこんなに多種多様なアイドルが在籍できているから、一概に悪い訳ではないんだがね」

「しかし、今回の一件は納得できません。そのせいで、七星さんには大変な負担をかけてしまいました」

「そうだね。彼女には、とても悪いことをしてしまった」

 

 そのことについては、Pとして本当に責任を感じている。今まではコメット内のことは全て七星さんが上手く処理してくれていたから、ついつい頼ってしまったんだ。

 本来なら俺が彼女達と上手くコミュニケーションを取って、協力して解散阻止に向けて進んでいかなければいけなかった。『年度末で殺人的に忙しかったから』なんて言い訳にもならない。

 ただ、今落ち込んでも過去は変えられない。失敗した分を取り戻す為にも、今後は皆と協力しながら彼女達が迷わないよう進むべき道を照らしていきたいと思う。それが俺の贖罪だ。

 

「ですが、また同じようなことは起きないでしょうか? 解散に怯えながらでは皆も全力で活動に当たれません」

「ああ、わかっているさ。同じようなことがないよう、私から根気よく話をしていくよ」

「すいません。今西部長には本当に感謝していますので」

「はは、感謝するなら白報堂の専務さんだね。彼はコメットを非常に高く評価してくれているから。しかし、どこで誰に見られているか分からないものだ」

 確かにそうだな。俺もいつ誰に見られても良いようにしっかりしないと。

 

「それにしても、コメットの皆は本当に成長したね」

「はい。白菊さんは不運のトラウマが払拭されつつあります。最近では1ヵ月間一度も植木鉢が落ちてこなかったと喜んでいました。……普通は、一生に一度あるかないかですが。

 森久保さんはまだ消極的ですが、一時期と比べるとかなり改善しています。やはり周囲の影響が大きいのでしょう。後は一人でも仕事ができるよう、少しづつ慣らしていきたいと思います。

 二宮さんは独自路線ですが、挨拶等のマナーを身に付けて公私をはっきりとさせています。先日は重要なクライアントから『二宮君はとても礼儀正しい』と褒められました」

 この半年間で皆、本当に成長した。Pとしてこれ以上の喜びは無いと思う。

 

「そうか。それは実に喜ばしいことだ。でも、一番変わったのは七星さんだろうねぇ」

「はい、確かに」

「振る舞いこそ礼儀正しかったけれども、最初は誰も信用していない様子で心配したよ」

 やはり今西部長は鋭いな。殆どの人はあの演技に騙されていたが、見抜いていたようだ。

 

「ええ、そうですね。自分の家族は命懸けで守りますが、それ以外は羽虫同然という考えの子でしたから。あの三人との交流も、最初はビジネスとして割り切ってやっていたんでしょう」

 アイドルになった当初の七星さんは、清々しいまでに自分のことしか考えていなかった。本人に自覚は無かっただろうけど俺には良く分かったから、グループのまとめ役になるだろうという賭けが外れたかと思ってヒヤヒヤしたよ。

 

「武内君。もし君だったら、あの頃の七星さんをアイドルとしてスカウトしたかい?」

「私、ですか?」

 急に話を振られた先輩が困惑する。首の後ろに手を回しつつ、少し悩んでから答えた。

「……いえ、しないでしょう」

「ほう、なぜだい?」

「確かに容姿端麗で礼儀も正しいです。個性もありますし、周囲との関係も良好なのでアイドル向きでしょう。ですが、笑顔が自然ではありませんでした。作りものの笑顔ではファンを幸せにはできません。私は、そう考えます」

 あ~本人が聞いたら結構ショック受けるぞ、これ。よし、俺は聞かなかったことにしよう。

 

「今も同じ気持ちかい?」

「いえ……。デビューミニライブの様子をビデオで拝見しましたが、あの時の七星さんの笑顔は心からのものでした。ライブを全力で楽しんでいる、あの状態の七星さんなら私もスカウトしていたと思います」

「そうだね。ただ、そんな笑顔になれたのも他のアイドルのお蔭だろう。コメットの三人や他のアイドルとの交流を通じて、彼女は変わった。何より仲間のことを心から思いやれるようになった。やはりアイドルというものの存在は凄いと思い知らされたよ。何せ同じアイドルの心さえ開かせてしまうのだから」

 あのデビューミニライブが彼女の転機だったんだろう。そしてもう一つの転機もあった。

 

「それだけではないです。先日クラリスさん達と児童養護施設でボランティア活動としてイベントを行ったんですが、そこでまた七星さんは変わりました。そのイベント以降、彼女は自分の周囲だけでなく、応援してくれるファンのことを考えるようになったんです。

 本人は気付いていないでしょうが、最初会った時とは別人ですよ。これでやっと、本当の意味でアイドルになったような気がします。まぁ、心の闇はまだまだ深いですけどね」

 

 非常に恵まれた環境で育ったのに、なぜあれほど深い闇を抱えているのかが()に落ちない。しかも、目的の為ならどんな犠牲をも(いと)わない『漆黒の意志』を標準装備しているし。

 でも、少しづつ闇は晴れていっているような気はするから、気長に更生を待とうと決めている。

 それが彼女を採用した俺が負わなければいけない責任だ。地獄でもどこでも着いてってやるさ。

 

「はい。そして、そんな七星さんの素質を見抜いた犬神君は、凄いと思います」

 え? 何か急に褒められたぞ? 

「いやいやいや、そんなことないですって! コメットがあんな状態だったから、一か八かの賭けだったんですよ」

 

 あの本性と北斗神拳を知っていたら、俺だって採用しなかったかもしれない。というか北斗神拳って一体何だよと今でも思う。毎日死線を潜り抜けながらPをやっているのは業界広しといっても俺だけだろう。あれは朱鷺じゃなくて真っ赤な(詐欺)だ。

 それでも家族や他のアイドルを想う気持ちは本物だし、あれで可愛いところもあるから憎めないんだよなぁ。彼女の真意はわからないが、俺は大切な仲間だと思っている。

 

「犬神君の人を見る目は素晴らしい才能だね。だからアイドル事業部に引き込んだんだ」

「へ?」

「いや、君は当初は希望通りに音楽事業部へ配属される予定だったんだよ。でも今年の新人の中に人を見る目『だけ』はある奴がいると噂になっていてね。なら是非ウチにと引っ張ってきたんだ」

 今西部長の仕業かよ! なんてこった、憧れの音楽事業部までもう少しだったのに! 

 まぁ、今となってはPとしての仕事が楽しいからいいけど。

 

「私としては、あの七星さんを一人のアイドルとして扱い、真摯(しんし)に接していることの方が素晴らしいと思います」

 接していると言うか、現在進行形で無茶苦茶な扱いを受けているんだけどね。10分以内にアイス買ってこいとかよく言われるし。担当アイドルというよりも理不尽な部活の先輩みたいだ。

 

「いや、まだまだ交渉力や調整力等が不足しています。それは自分でもよく分かっていますって」

「調整力等は仕事を続けていれば身に付きます。しかし、アイドルに寄り添おうとする気持ちは誰でも持てる訳ではありません。……それに、途中で無くしてしまうこともあります。その気持ちを決して忘れないで下さい」

 普段は七星さんから散々()き下ろされているから、こう褒められるとむず痒くなってくるな。

 

「あまり持ち上げないで下さいよ。そんなことを言ったら、アイドル達を正しい道へ的確に導ける先輩の方が遥かに凄いじゃないですか!」

「ッ……!」

 あれ、俺なんか変なこと言ったか? 先輩の顔色が明らかに変わった。

 

「……時として、最良の方法が最善の結果を生むとは限りません。 彼女達は機械ではなく、自我のある人間なのですから。どうか、私のようにはならないで下さい」

「えっ? それってどういう……」

「まあまあ、話はそのくらいにして料理を頂こうじゃないか。早くしないと冷めてしまうよ」

「は、はい」

 今西部長に促されて料理に手を付ける。

 とても美味しいが、それよりも先ほどの先輩の言葉が引っかかった。

 昔の先輩は担当アイドルと積極的に交流していたと聞くけど、それと関係があるんだろうか。

 

 

 

 その後はその後は料理とお酒を頂きながら三人で雑談をした。

 やはり仕事の話が中心だが、会社では話せない裏話や内情が聞ける貴重な場で勉強になる。アルコールが回ってきたため、先ほどの先輩の異変はもう気にならなくなっていた。

 

「今日我々を誘ったのは、何か理由があるのでは?」

 そろそろお開きかと思った頃、先輩が不意に口を開いた。

「武内君は勘が鋭いねぇ。そう、実はコメットに関してお願いがあって二人を誘ったんだよ」

 急にコメットの話になったので酔いが醒めた気がする。今西部長の次の言葉をじっと待った。

 

「犬神君。コメットには、シンデレラプロジェクトのライバル役になってもらいたい」

「ライバル、ですか?」

「知ってのとおり、346プロダクションは芸能プロダクションとしては最大手だ。アイドル達を息の掛かった企画に出演させられる立場だから、競争心が生まれ難いという風土がある。だがどんなビジネスでも、適度な競争がなければ停滞してしまう。かつての国営企業の多くがそうであったようにね。

 アイドル界も同じさ。実質的なトップである765プロダクションは当初弱小だったからこそ、厳しい環境において他のアイドルと切磋琢磨し勝ち残ることで今の地位に立てたんだ」

 765プロダクション社長の自伝を読んだことがあるので、事情は俺もよく知っている。

 あの天海春香でさえ最初は鳴かず飛ばずだったが、担当Pや所属アイドル達と協力して様々な仕事に体当たりでぶつかっていった結果、国民的アイドルにまで成長したんだ。

 

「良いライバルがいてこそ人や組織は成長する。だからコメットにはシンデレラプロジェクトのサポートとライバルの両方を担って欲しい。それにコメットもシンデレラプロジェクトから刺激を受けることで更に伸びるだろうしね」

「ですが、346プロダクションにはブルーナポレオン等の素晴らしいグループが数多くいます。なぜコメットなんでしょうか?」

 グループの仕事も多く来るようになり順調にリスタートできたけれど、シンデレラプロジェクトのライバル役としてはまだまだ力不足だと思う。何せ彼女達は会社の期待を一身に背負っている期待のグループだからな。

 

「他のグループはソロで活躍している子達を集めて結成している。当初からグループとしてデビューした前例は無いから、立ち位置がちょっと違うんだ。それに同じような立場で発足時期が近いグループがあれば、ライバル意識も高まるだろう?」

「ああ、なるほど」

 シンデレラプロジェクトの先行試験を企画したのは今西部長なんだが、単なる試験ではなくそういう意図もあったのか。普段は昼行灯を装っているが、実は相当な切れ者なんだよなぁ。

 

「最初のメンバー集めの時点で頓挫(とんざ)しそうになった時は、どうしようかと肝を冷やしたがね」

「うぐっ! メンバー集めで遅延したことは俺の責任です。本当にすいません」

「いやいや、お蔭で七星さんを発掘できたんだから結果オーライさ」

 笑って流してくれたので気が楽になる。もしあそこで頓挫していたら大迷惑だったな。

 

「コメットでよければ喜んでお引き受けします。このことは彼女達には話しますか?」

「いや、いいだろう。シンデレラプロジェクトが始動すれば、自然とそういう意識が生まれるはずだからね。その時に競争心を妨げないで欲しいと言うお願いさ。

 さて、シンデレラ達が無事に舞踏会へ辿り着けるよう、我々も『魔法使い』として頑張っていこうじゃないか。なぁ、武内君?」

「……はい」

「俺も、頑張ります!」

 

 

 

 こうして魔法使い達の夜は更けていった。

 シンデレラプロジェクトもコメットも、ここからが真のスタートだ。彼女達が全員アイドルとして大成功するよう、改めて全力で頑張っていこう。

 

 なお翌日、七星さんから『お酒臭いのでワン公は半径3メートル以内に近づかないで下さいね』と満面の笑顔で言われた。

 Pの心アイドル知らずとはこのことか……。

 

 

 

 

 



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第3章 シンデレラプロジェクト&学園編
第26話 炎の転校生


「みんなー! 私達の名を言ってみて!!」

「コメットォォォォォォォォォォ!」

 ライブハウスがファンの声援で埋め尽くされます。ですがまだ足りません!

「ん? 聞こえないよ~! もう一度だけチャンスをあげる! 私達の名を言ってみて!!」

「コメットオオオオォォォォォォォォォォ!」

「もう一度!」

「コオオォォォォメットオオオオォォォォォォォォ!」

 辺りが揺れ傾くような地響きが立ちました。盛り上がりは最高潮です!

「みんなー! ありがと-! じゃあ、新曲いくよ~! 『RE:ST@RT』!」

「オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ!」

 

 

 

「皆さん、お疲れ様でした」

 楽屋に戻り一息つきます。

 会場の熱気に当てられて少し汗ばんだので、備品の扇風機を『強』にして回しました。皆の綺麗な髪が風になびきます。

「お、お疲れ様です。1日で二ステージは、結構(こた)えますね……。最後は足がもつれそうでした」

「ハァ、ハァ……。ボクらは、振り子さ……。音楽の都合で、左右に揺れ動く……。だけど聴衆が満足してくれるなら、ボクはそれで構わない……」

 

 1日二回のライブは初めてなので、ダンス慣れしているほたるちゃんとアスカちゃんでも辛そうでした。

 アイドルのライブなんて頭空っぽでチャラチャラ歌っているだけと思われがちですが、ガテン系も真っ青な体力仕事なんですよ。しかも常に笑顔をキープしなければいけないから大変です。

 私には『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』がありますからいいですけど、彼女達はそうはいきません。

 

 今後本格的にライブをするとこういうことも良くあるので、今回の臨時ライブのような中規模な舞台であえて体力的な辛さを体験させようという犬神P(プロデューサー)のはからいでした。

 確かに今のうちに経験しておいて良かったです。犬の肉球の上で踊らされているようでちょっとムカつきますけど。

 最近の犬神Pは私達の意見を良く聞いて色々と配慮しており、以前とは見違えるようです。彼も解散騒動を機に大きく成長しているのでしょう。その点については素直に評価します。

 

「はい、どうぞ」

 冷蔵庫からスポーツドリンクのペットボトルを取り出して皆に配りました。

「ありがとうございます……」

「ああ、礼を言うよ……」

「これも貴重な経験です。やはり基礎体力は重要ですから、トレーナー姉妹さんに体力作りのトレーニングメニューを相談してみましょう。あれ、乃々ちゃん? 乃々ちゃーん!?」

「…………」

 

 へんじがない、ただのしかばねのようだ。

 確認すると一応呼吸はしていたので、椅子からゆっくり持ち上げてソファーに寝かしつけます。

 極度に疲労しているだけで熱中症ではなさそうですが、念のため衣装を緩めて扇風機の風を集中的に当てておきました。いざとなったら疲労回復の秘孔を突きましょう。

 

 暫し休憩すると、三人とも元気が戻ってきました。

「フフッ。数瞬前のトキの幻想は筆舌に尽くし難かったな。この地が裂けるかのようだったよ」

「本当に、そうですね。あんなパフォーマンス、どうやって考えたんですか?」

「あはは……。まぁ、乙女には色々とあるんです」

 

 ライブ中の掛け声について研究した結果、ジャギの名セリフ『俺の名を言ってみろ』のアレンジに行き着いたのですが、あそこまで大ウケするとは思いませんでした。よし、今度からライブの定番パフォーマンスにしましょう。

 ファンの皆様に喜んで頂くことが何よりも大切です。安くないチケット代を払って頂いている以上、お金をドブに捨てたと思われないように全力を発揮しなければいけません。

 全てはファンの為です。ファンがいなければアイドルは存在できないのですから。

 

 

 

 興奮さめやらないまま四人で和気藹々(わきあいあい)とお喋りをしていると、ノックの音が聞こえました。

 ライブハウスのスタッフさんでしょうか。まだ使用時間は残っているはずですけど。

「どうぞ、開いていますよ」とほたるちゃんが声を掛けます。

 するとドアが開くと同時に、二つの小さな影が飛び込んできました。

 

「わぁーっ! コメットのお姉ちゃん達だー! すごーい! かっこいい!」

「やっほー☆ コメットのみんなー! 初めましてだね☆」

 とてもテンションが高い女の子達でした。ファンの子が紛れ込んでしまったのでしょうか。

「ちょっと、みりあちゃん、莉嘉ちゃん! いきなり入ったら失礼だって!」

 ワンテンポ遅れて別の少女が入ってきます。前の二人よりは年上な感じで、耳にかけたヘッドホンが特徴的な美少女でした。

 

「あの、どちら様でしょうか?」

「ええと、私達、シンデレラプロジェクトのメンバーです。ほら、346プロダクションの……」

 ああ、確か最近所属した子逹が挨拶がてら見学に来ると、先日武内Pが(おっしゃ)っていましたっけ。ライブに集中するあまり忘れていました。

「いらっしゃることは事前に伺っていますよ。どうぞ中に入って下さい。そうだ、せっかくですからお互いに自己紹介をしませんか?」

「はーい!」

 黒髪の女の子が笑顔で手を挙げます。

 

 パイプ椅子を引っ張り出し、四対三でお互いに向かい合って座りました。まずはシンデレラプロジェクトの子達からです。

「じゃあ、改めて自己紹介します。私は多田李衣菜(ただりいな)。えっと、17歳で、ロックなアイドル目指してます!  よろしく!」

 ヘッドホンを着けたショートカットの女の子が慣れない感じでお辞儀をしました。流石シンデレラプロジェクトです。本格的なアーティスト系のアイドルまで網羅しているのですか。

 

「よろしくお願いします。実は私も趣味でギターをやっているんですよ。多田さんはどんな種類のロックが好きなんですか? 私はハードロックやオルタナティブが好きなのでよく弾いてるんですけど」

「へ? わ、私もそんな感じ、かな?」

「……そうですか。今度ゆっくり音楽についてお話しましょうね」

「う、うん……」

 なぜ自分の好きなジャンルが疑問形なのでしょうか。何となく違和感を覚えましたが、他の方の自己紹介もあるので流しました。

 

 次は先程手を挙げてくれたツーサイドアップの美少女です。

赤城(あかぎ)みりあだよ! アイドルってカワイイ服着られて、カワイイ歌とかダンス、やらせてもらえるんだよね? わーいっ! 早くデビューして、楽しいこと見つけたいな!」

 子供らしく元気で快活な子です。闇属性の私とは真逆ですね。あまりの差にちょっと落ち込んでしまいました。

 

「あっ、朱鷺ちゃんだよね! この間の『逃亡中なう』見たよ! とってもかっこよかった!」

「ありがとうございます。でも引きませんでしたか? あんな無茶苦茶な動きで……」

「何で? だってずっと座ってお茶飲んでただけなのに、ハンターさんのタッチを全てかわしてたんだよ! 最後は全員疲れて倒れちゃったし! あんなこと誰にもできないもん、凄いよ!」

「そ、そう?」

「うん! 朱鷺ちゃんはとってもかわいいし、かっこいいから大好き!」

 こんなことを家族以外から言われたのは、生まれて初めてでした……。

 

「ほたるちゃん、この子凄く良い子ですよ! ウチに持って帰りましょう!」

 立ち上がってみりあちゃんを捕獲しようとします。

「ちょっと、落ち着いて下さい、朱鷺さん!」

「誘拐はハンザイだから、だーめぇー……」

「はっ! 私は今何を……」

 一瞬我を忘れましたが、二人の説得で正気に戻りました。みりあちゃんは事態が良く分かっていないようで首を(かし)げます。

 難攻不落のこの私を一瞬で落とすとは……。将来が末恐ろしいです。

 

 自己紹介の最後は金髪のコギャル(死語)でした。この子だけ、どこかで見たことがあるんですけどねぇ。

「みんな、やっほー☆ 伝説のカリスマJCギャル……になる予定の城ヶ崎莉嘉(じょうがさきりか)だよ! お姉ちゃんがアイドルやってて、憧れてるんだよねー! 絶対にちょー人気のアイドルになるから、よろしくねっ☆」

 ん? 苗字が城ヶ崎で、お姉さんがアイドル……。あっ思い出した!

 

「もしかして、そのお姉さんって城ヶ崎美嘉さんですか?」

「あったりー☆ みんな、お姉ちゃんのこと知ってるの?」

「ああ。美嘉さんには前々からお世話になっているからね。でもその妹までアイドルとは、流石のボクも驚いたよ」

「へへーん! でもシンデレラプロジェクトのメンバーになったのはアタシの実力だからね☆ まだお姉ちゃんほどカッコカワイくはないかもしれないけど、いつか追いついてみせるんだっ!」

 雰囲気は違いますが、快活な感じは姉妹共通ですね。耳がお姉さんに似ています。

 

 

 

 その後、コメットの方も自己紹介をしました。

 ライブハウスの使用時間が過ぎようとしていたので、撤収作業後に外へ出ます。そして近くにあったバトルロイヤルホストに入りました。

 お茶をしながら皆で賑やかに雑談をします。話題はやはり先ほどのライブについてでした。

 

「アイドルのライブってはじめてだけど、なんかすごいね! こう、どかーんって感じ!」

 みりあちゃんが両手を広げて衝撃を表現します。

「今回は最大容量が六百人の中規模なライブハウスですけど、美嘉さんが出るような大型のライブ会場だともっと凄いですよ」

「いーなー、お姉ちゃんだけ。でも、アタシも早くライブやりたーい! それで早くトップアイドルになるんだ☆」

 莉嘉ちゃんはとても可愛いですから、きっと直ぐに人気アイドルになるでしょう。

 

「ちょっと、質問いい?」

「なんですか? 多田さん」

「年上だけど同じアイドル同士だから下の名前でいいよ。でさ、今日のライブだけど、全席立ち見だったよね」

「はい、それが何か?」

「いや、左側の前列にさ、モヒカンでマッチョな超怖い男の人達が集まってたじゃん。あれって何なのかなって思って」

「妖精さんです」

 迷うことなく断言しました。

 

「いやいや、明らかに人だったよ! 皆目が血走ってたし、朱鷺ちゃんが歌ってる時に謎のコールしてたし」

「ですからライブ会場の妖精さんなんです。現実世界には存在しません。そうに決まっています」

「……うん、わかった」

「ライブ会場って妖精さんが出るんだー! すごーい!」

 

 李衣菜さんが素直に引いてくれたので良かったです。空気が読める子は好きですよ。

 あれだけモヒカンはNGだと言ったのに、なぜ一部の鎖斬黒朱(サザンクロス)メンバーはモヒカンにしているのでしょうか。私は芸人ではありませんからフリじゃないって何度も何度も繰り返したのに!

 ああ、嫌がらせですね、わかります。

 

 鎖斬黒朱は用済みなので解散したいんですが、規模が大きすぎて出来なくなっていました。

 NT-D(ニート状態)以降は運営を虎ちゃんに一任していましたが、元『拳火上等(けんかじょうとう)』の方々と意気投合して全盛期の勢いを取り戻し、私の知らない間に全国制覇に乗り出していやがったのです。

 仕事と上手く両立させているところがちょっと腹立ちます。これが流行のワークライフバランスと言うやつですか。小癪な小僧ですこと。

 

 私が気付いた時には、既に東北と近畿地方を制圧済みでした。当然その地域の暴走族も吸収しており、全員コメットのファンクラブ会員になっています。

 規模的には既に暴走族からマフィアのファミリーレベルにランクアップしていました。

 侵攻を止めるよう命令したので現在は落ち着いていますが、裏でコソコソ動いているので残りの地域も時間の問題でしょう。私の為だと思っているから余計タチが悪いです。

 

 今は私という絶対的な支配者と、新選組並みの厳しい戒律によってきっちり制御できています。それを急に解散させてしまうと、ラオウが失踪した時の拳王軍のようにメンバーが暴徒と化して世間様にご迷惑をお掛けしてしまいますから、彼らが全員更生するまでは見守らねばなりません。

 それに最近では、彼らが更生した姿を見るのが楽しみになってしまいました。

 

「そ、そういえば、シンデレラプロジェクトはいつから始動するんですか?」

 ほたるちゃんは妖精さんの正体を知っているので、気を使って話題を変えてくれました。その優しさが五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染み渡ります。私は本当に良い仲間を持ちました。

「アタシ達もわかんないよ~。Pくんに訊いても『検討中です』としか言ってくれないし~!」

「何でも欠員が三名出たから、その補充をしているんだって。補欠の子と追加オーディションに受かった子で二名は決まったみたいだけど、最後の子はまだみたい」

「みりあも、早く今日みたいにライブやりたいな~!」

 

 ただ待たされるのも結構辛いものがありますが、流石に私達ではサポートできない領域です。

「大丈夫ですよ。あの優秀な武内Pですから、凄い逸材を見つけ出してくるに違いありません」

「まぁ、考えても仕方ないね。とりあえず今はレッスンをして、実力をつけるしかないかな。明日から頑張ろう。みりあちゃん、莉嘉ちゃん!」

「は~い!」

「レッスン、お仕事、なんでもこーい! 怖いものナシだぞー!」

 シンデレラプロジェクトの子達も仲がよさそうで良かったです。 莉嘉ちゃんとみりあちゃんの門限時間の近くまで、皆でお喋りを楽しみました。

 

 

 

 次の日の朝はとても良い目覚めでした。今日は新年度の初登校日です。

 私ももう中三ですから、時が経つのは早いものです。このまま二十歳まですっ飛ばして貰えるとお酒が飲めるから嬉しいんですけど。

「テーレッテー♪」

 鼻歌交じりで制服に袖を通しました。いつも通りですが、何だか新鮮な感じです。

 

「いってきまーす!」

「いってらっしゃい。気をつけてね~」

「おお、頑張ってな!」

 家族に見送られ家を出ます。以前よりも1時間早い登校なので、ちょっと違和感がありますね。

 最寄り駅で電車に乗り学校に向かいました。満員電車のラッシュも随分久しぶりな気がします。

 駅から降りて、最寄の学校──『私立美城学園(みしろがくえん)』の正門前に立ちました。

 今日からここが、私の母校です。

 

 出席停止処分を喰らった日の夜、今後について色々と考えました。

 ただでさえアイドルということで周囲から浮いていましたが、世紀末系アイドル路線によって学校内に私の居場所はありませんでした。いじめこそないものの、完全に腫れ物を触るような感じだったのです。

 そして更に出席停止が加わりました。流石の私でもこの状況では学校に行こうという気力が涌きません。

 

 じゃあ転校すりゃいいじゃん。

 

 それが私の出した結論です。転職は慣れっこですから、学校を変えることにも全く抵抗はありませんでした。そして転校先として目を付けたのが、346プロダクションの資本が入ったこの美城学園の中等部です。

 本校は中高エスカレーター式の女子校で、高校受験の必要がないのです。そしてここには、学生でありながらスポーツ選手、アイドル、歌手、役者、学者等、突出した才能を持ち活躍している子の為の特殊なコース──『タレンテッドコース』が存在していました。

 

 タレンテッドコースでは、課外活動で出席日数が減った時に土日や夏休みを利用して補習を行い、学業と仕事の両立を可能にしています。

 アイドル活動をしている私に最も適した学校だと言えるでしょう。

 

 何より! ここにはコメットの皆を初めとして、346プロダクションの学生アイドルが多く在籍しているのです! もちろん他の学校に通っている子もいますけど、その割合は他校に比べて格段に高いです。

 前々から羨ましく思っていましたが、せっかくの機会なので新年度を機に移籍することにしました。

 アスカちゃんは今年度から高校生なので残念ながら高等部へ移りましたが、校舎自体は繋がっていますからいつでも会いに行くことができます。

 皆と過ごせる時間が増えると思うと、ワックワクのドッキドキですね!

 

 今西部長のコネを使って学園側の承諾は取り付けましたが、転校するにあたっては当然親の許可が必要になります。

「私、クラスで浮いてて……。最近学校に行くのがとっても辛いの……。皆が通っている学校に転校出来ればいいんだけど、ダメ?」と涙目でお父さんにお願いしたら、「よし、俺に任せろ!」と3秒で承諾して貰えました。

 学費や寄付金等もポンと出してくれましたよ。男親って娘には本当に甘いですねぇ。あははは。

 

 思い出し笑いをしていると不審者に間違われそうなので、そそくさと校舎に入りました。

 まずは職員室に向かいます。ドアを開けると担任の先生がいましたので近づきました。

「おはようございます、七星朱鷺です。本日からよろしくお願いします」

「おはよう。こちらこそよろしく、七星さん! 分からないことがあったら何でも訊いてね!」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあ始業式の前にみんなに紹介するから、着いてきて」

 人当たりが良さそうな若い女教師で安心しました。美人で胸部のお山が大きいのもポイントが高いです。とりあえずは優等生キャラで様子見しましょう。

 

 先生に連れられて校舎の三階に向かいました。キョロキョロして周囲を見ましたが、以前の公立中と比べ内装や設備のグレードが段違いです。配布された学習用のタブレット端末だって一流メーカーの最新モデルですし。

 タレンテッドコースは学校をアピールする客寄せパンダ的な面があるので学費はとても安いですが、普通コースだと年間百万円を軽く超えるそうです。更に寄付金等を含めると考えるのも恐ろしいですね。

 その分ブランド力が凄いので、入試の倍率は国内トップクラスらしいです。見かける子が軒並みハイソなのはこの為でしょう。

 特待生枠で入学してしまって、なんだか申し訳ないような気がしてきました。

 

「さあ、ここよ。皆に紹介するから、合図したら入ってきて」

「はい!」

 教室の外で聞き耳を立てました。

「皆、おはよう~! 新年度だけど、タレンテッドコースはクラス替えが無いからそんな感じしないわね。でも、今日はちょっとしたサプライズがあるの。何と転校生よ!」

 教室内がざわつきます。もう少しさらっと紹介してもらえると嬉しいんですけど。

 

「じゃあ、自己紹介お願いするわね」

 合図に合わせて教室内に入り、黒板に名前を書きます。

 事前に丸暗記しておいた平凡な自己紹介を始めようとしましたが、意味無いなと思いました。

 

 だって、生徒席に座っている子、全員アイドルの友達ですもん。

 

 タレンテッドコースの中でも346プロダクション所属のアイドルは人数が多いので、一つのクラスに隔離されていました。当然、私が入るのもそのクラスです。

 

「転校生っていっても、朱鷺さんじゃあ新鮮味がありませんねぇ」

「ちょっと幸子ちゃん! そんなこといったら可哀そうだろ!」

「光さんだって似たようなことを言ってたじゃないですか」

「うっ。そ、それはそうだけど……」

「ふっふっふ。朱鷺がこちらの学校に来たのなら、データ計測や実験がやりやすくなるな」

「先生、またお山が育ってるよ! 後で計らせて! この手で!」

「ビームちゃーん! 後で対戦ゲームやろう!」

「いやぁ、こげん日が来ると信じとったばい」

「学校だからツメや眼帯はないけど、ウチはウチだからなっ! 他の子と間違えるなよっ!」

「朱鷺ちゃんが来てくれて、七海嬉しいれす~♪ 記念におさかなパーティーしましょ~」

「ブラジルにもオイシイお魚いっぱいいるヨ♪ 全部スシにして食べたいナ♪」

 

 収拾がつかない事態になってしまいました。

 急に転校したら騒ぎになりそうなので皆には事前に連絡していたんですけど、あまり意味はなかったようです。

「皆静かに! 七星さんの自己紹介がまだなのよ!」

 先生がビシッと締めましたが、これやる必要あるんですかね?

 

「ええと、七星朱鷺です。既にご存知だと思いますので、引き続きよろしくお願いしま~す」

 何だかグダグダな自己紹介でした。新鮮味が無くてシナシナです。

 

「ありがとう。七星さんの席だけど、森久保さんの隣よ」

「はい」

 自席に歩いていきます。今回も窓側最奥のラノベ主人公席でした。

「おはよう、ございます」

「おはようございます、乃々ちゃん。学校でもよろしくお願いしますね」

「……うん」

 照れくさそうな顔で頷いてくれました。

 かわいい。ただひたすらにかわいい。

 

 それにしても、もの凄く個性の強い級友達です。でも皆、私を一人の友達として対等に見てくれていました。こんなに嬉しいことはありません。

 しかも一つ下の学年にはほたるちゃんや麗奈ちゃん、巴さん等もいますから、とても賑やかな学園生活になりそうな予感がしますね。

 

 こんなに学校が楽しみなのは、生まれて初めてです!

 

 

 

 

 

 








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第27話 中二病でもアイドルがしたい!

「たわば!!」 

 登校時に下駄箱を開けると、そこは魔窟(まくつ)でした。思わず黄色い悲鳴を上げてしまいます。

 上履きと一緒に入っていたのは複数のお手紙でした。どれも可愛い便箋(びんせん)で、ハート型のシールで封をされています。単なるファンレターではなくガチなやつだと一目で分かりました。

 大慌てで鞄の中に隠しますが『時既に遅し』です。目を爛々(らんらん)と輝かせたあの子に、バッチリ見られていました。

 

「さっすが先生! モテモテだね!」

「……愛海ちゃん。それは褒めているんでしょうか、それとも嫌味なんでしょうか?」

「もちろん褒めてるんだよ。だって超羨ましいもん!」

「私としては、心中複雑ですけどね……」

 重い溜息をつきながら教室に向かいます。

 

「みんな! 先生がラブレターを貰ったよ!」

「おい、やめろ馬鹿」

  教室に入るのと同時に、愛海ちゃんが先程の手紙の件を暴露しました。本人には一切悪気がないので怒るに怒れません。

「へぇ、ラブレターですか。どうせならカワイイボク宛に出せばいいのに」

「人事だからそう言えるんですよ。幸子ちゃんだってこういう手紙を頂いたら対応に苦慮するはずです」

「ボクだって、沢山のファンから熱いファンレターを貰ってますよ! フフーン!」

「ファンレターとラブレターはちょっと違うと思いますけど」

 自慢げな表情で胸を張ります。あまりにカワイイので思わず拳をギュっと握ってしまいました。

 

「でも、ラブレターっておかしくない?」

 紗南ちゃんが不思議そうな表情をします。やはり気付いてしまいましたか。

「何でですか? 学校ですからラブレターくらいおかしくはないでしょう?」

 幸子ちゃんはまだ気づいていないようです。そのままのピュアな君でいて。

 

「だってここ、女子校だよ?」

「あっ……」

 幸子ちゃんがとうとう察してしまったようです。

「……そうですか。茶化してすいませんでしたね」と謝られてしまいました。

 彼女は自意識過剰な天狗だと思われがちですが、忙しい合間を見て宿題をやる等、根はとても真面目で頑張り屋な良い子なんです。そのため、性差を越えて告白した純情な乙女の恋心を話のネタにすることは気が引けたのでしょう。

 

 

 

 女子校なんて女子が廊下で化粧していたり、下ネタを言いまくっていたりするような下品下劣な世界だと思い込んでいましたが、この『私立美城ヶ峰学園』の生徒達は皆、礼儀正しく品行方正な美少女ばかりでした。正に事実は小説よりも奇なりです。

 

 しかしバラエティ番組でのストライクフリーダムな活躍により、私の悪名はこの学園にも轟いていたのです。

 タレンテッドコースのアイドル達は暖かく受け入れてくれましたが、普通コースの女の子達からは怖がられて遠巻きに見られていました。私としては慣れっこなので、特に気にはしていませんでしたけど。

 

 そんなある日の放課後、学園から346プロダクションに向かう途中で学園の子達がガラの悪い男性陣に絡まれている姿を見かけたのです。

 ナンパと言う軽いものではなく強引に誘っており、見ていて気分が良いものではありませんでした。ナンパ自体は否定しませんが、無理やりというのは男として最低最悪です。

 女の子達は知人ではありませんでしたが同じ学園の生徒なので、その間に割って入り男性陣に教育的指導をしてあげました。

 別にボコボコにした訳ではありません。ちょっと心折(しんせつ)な対応をしただけです。

 

 その日以降、普通コースの一部女子の視線が明らかに変わりました。

 以前乃々ちゃんから貸してもらった百合百合しい少女漫画のような雰囲気が、私の周囲に漂い始めたのです。クッキー等の手作りお菓子が貢物の如く捧げられるようにもなりました。

 そしていつのまにか、陰で『お姉様』と呼ばれるようになったのです。どうしてこうなったのか、コレガワカル。

 

 こうして、変わったファンがまた増えてしまいました。

 男の身であればハーレム状態でウッハウハですが、今は女性の身で女性ホルモン全開ですから、女の子と付き合おうという気は起きませんので心中複雑です。

 転校当初はこういう色恋沙汰から開放されたと喜んでいましたが、世の中上手くは行かないものですよ。

 ちなみにアスカちゃんも普通コースの女の子達から結構言い寄られているようです。かっこいいですし王子っぽいですからね、あの子。

 

「いいな~! お山揉みまくりじゃん!」

 愛海ちゃんが人の気も知らずに羨ましがっています。彼女からしたら女の子から告白される環境は天国でしょうけど、世の中は色々と難しいんですよ。

「ていっ」

「あたっ!」

 騒ぎすぎの罰として、デコピンで超軽くおしおきしておきました。

 

 

 

 その日の放課後はクラスの皆と一緒に346プロダクションに向かいます。

「それでは、また後で会いましょう」

「うん……」

 私はこれから『マナー研修』がありますので、乃々ちゃんとは一旦お別れしました。

 予定時間まで準備をしようとしましたが、コメットのプロジェクトルームがある新館地下一階は工事をしていて17時迄は使えないため、会社の敷地内にある美城カフェへ向かいます。

 

「すいません。ダージリンとミルフィーユをお願いします」

「はい。かしこまりました」

 オープンテラスの空席に座って注文します。今日は菜々さんがいなかったので少し残念でした。

 鞄の中からマナー研修の資料を取り出して、その内容を再確認します。

 

 今回私はマナー研修の講師として、シンデレラプロジェクトの皆さんにビジネスマナーについてお教えする役割を仰せつかりました。依頼主はなんと、あの武内Pです。

 なぜ私なのかと質問したところ、以前アスカちゃんの挨拶を改善させたことを高く評価したとの話でした。

 

 プロ講師の研修の方が良いのではと言いましたが、同じアイドルの中学生が指導することで『あの子ができているんだから、私もしっかりしなきゃ!』という意識を芽生えさせる狙いがあるそうです。

 流石武内P、目のつけどころが雑種犬(23歳オス・未去勢)とは違いますよ。

 

 なお、智絵里さんや李衣菜さん達には既に受講頂いています。研修の成果が出て、挨拶等がしっかりできるようになったと高い評価を頂きました。

 ……ただ一人を除いて、ですが。

 

 杏さんは一度聞いただけで内容を完全にマスターしたので驚きましたが、その成果を全く生かしていません。でも、杏さんですから仕方ないのです。

 完全に天才型なので、やる気さえ出せば1年くらいでアイドル界を制覇できそうで怖いですね。そのやる気を出させることが一番難しいんですけど。

 

 今日は私がまだお会いしたことがないメンバーを対象とした研修なので、普段よりも緊張します。その分準備を念入りに行いました。

 そろそろ時間なので研修ルームに移動しようとしたところ、視界内に一人の女性が飛び込みます。その姿を見て私の目は釘付けになりました。

 雪のような白い肌。白銀のショートカットに青緑の瞳。まさに絶世の美女です。しかし、私としてはそれ以上に気になる点がありました。

 

────ヤベェ! 外人さんだ!

 

 純日本人の私が一番関与したくないタイプの方です。

 英語のペーパーテストは得意ですし英語の歌もある程度歌えますが、英会話は本当に無理です。日本から出る気はゼロですから、英語で会話をするという発想がそもそもないんですよ。

 外人さんを目の前にするとテンパってしまい、ハローとグッバイ、サンキュー、イエスノーくらいしか使えなくなります。もちろん、英語を使うような高度な職種に就いたこともありません。

 東南アジア系の方なら、昔よく一緒に底辺仕事をしたのでまだ抵抗感は少ないんですが、西洋系でしかも美女ともなると、ちゃんとした会話は望むべくもありません。

 

 346プロダクションには外国出身のアイドルが多数いますが、いずれも初対面の前には日本語が話せるかちゃんと確認をしていましたので、挙動不審になることはありませんでした。

 ですが道端で外人さんから英語で声を掛けられたりすると、途端にフリーズしてしまいます。

 今回も道等を訊かれたら厄介なので、早々にこの場から立ち去りましょう。

 

 そう思って撤退の準備に入ると、その外人さんが可愛らしい笑顔でこちらに近づいてきました。手にはなにやら書類らしきものを持っています。私は無宗教ですから宗教の勧誘をされても困るんですけど。

 パニクっていると外人さんが私に向かってまっすぐ歩いてきます。もはや異文化コミュニケーションは避けられない状態になっていました。

 

「くっ!」

 もう覚悟を決めるしかありません。勧誘される前にこちらからお断りをしましょう。ゲームでも現実でも、先制攻撃は非常に有効なのです。

 私の頭部に搭載されている最新OS──『Windows toki me』が最適なお断りワードを導き出しました!

 

「ギ、ギブミーチョコレート……?」

 またこれか! この低性能ポンコツOSめ! それなりに有能だった頃の私を返して下さい!

 自分の頭をポカポカ叩いていると、とうとう外人さんが口を開いてしまいました!

 

「ええと、コメットの朱鷺、ですね。私は、シンデレラプロジェクトのメンバーです。ミーニャ ザヴート アーニャ。私の名前はアナスタシア、です。アーニャは……ニックネームです。北海道で生まれて、ロシアで育ったハーフです。よろしくお願いします」

「何で日本語話しているんですかーー!!」

「えっと、プラスチーチェ……。すいません……」

 これが、私とアナスタシアさんとの初対面でした。

 

 

 

「本当に申し訳ございません」

 アナスタシアさんに向かって土下座して謝ります。勝手に誤解した上に失礼な言葉を浴びせるという、人として許しがたい行為をしてしまいました。

 自分で即死の秘孔を突いて死にたいですが、コメットの皆から禁じられているので出来ません。無念なり。

「気にしないで、下さい」

 笑顔で許してくれました。この子もとても良い子のようです。手に持っていた書類は宗教勧誘のチラシではなく事務所紹介の資料で、コメットのメンバー一覧も顔写真付きで入っていました。

 

「アーニャちゃん、どこー!?」

「あっ、美波……。ここです」

 テラス席の外からアナスタシアさんを呼ぶ声がしました。声の持ち主には覚えがあります。

 以前、翼人間コンテストの際に伺った大学でお話したことがありました。健康的なエロスが特徴的な美女だったので強く印象に残っています。

 

 こちらに駆け寄って来ました。私には目もくれず、アナスタシアさんに抱きつきます。

「もう、ダメじゃない! 一人でどこかに行ったら迷っちゃうよ!」

「イズヴィニーチェ。ごめんなさい……。コメットの方が、いましたから」

「え?」

 慌てて振り返る彼女と視線が合いました。

 

「初めまして、ではありませんよね。346プロダクションのアイドルグループ──コメットのリーダーを務めている七星 朱鷺と申します。よろしくお願い致します」

 営業スマイルで丁寧に自己紹介します。相手が日本人であればこれくらい冷静なんですよ。本当です。

「新田美波です。シンデレラプロジェクトのメンバーです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 そう言って深々とお辞儀をされました。育ちが良いためか行儀作法がしっかりしていますので、彼女にはマナー研修は必要なさそうです。

 

「これから色々とサポートさせて頂きますので、迷ったことがあれば何でも相談して下さいね。……それにしても、新田さんがアイドルになられるとは思いませんでした」

「はい。私、新しい私に挑戦してみたいんです。アイドルになるのもひとつの経験だと思ってます。まだちょっと迷っていますけど、アイドルを目指すのもひとつの可能性、かなと思って。それに、七星さんもアイドル活動は楽しいって仰っていましたし」

「そうなんですか。安心して下さい、アイドルは色々なお仕事ができますから知らなかった世界をきっと経験できますよ」

 暴走族結成とか、領空侵犯とかね。ま、それは私だけですか。

 

「ありがとうございます。自分で始めたことだけど、励まされると嬉しいです」

 優しい笑顔で髪をかき上げました。おお……天然のお色気で悩殺されそうです。

 シンデレラプロジェクトですが、ここまで誰一人ハズレがいないのは正直凄いです。武内Pは犬神Pに勝るとも劣らない慧眼(けいがん)をお持ちのようですね。

 可愛い後輩達ですが、強力なライバルにもなりそうです。足元をすくわれてかませポジションにならないよう、我々も精進しなければなりません。ベジータくらいの立ち位置ならまだいいですけど、ヤムチャ並みの扱いになったら泣くに泣けませんから。

 

「美波。時間、大丈夫ですか?」

「え? やだ、もうこんな時間! すいません、私達はこれから手続きがありますので……」

「はい。またゆっくりお話しましょうね」

「それでは、失礼します。ちょっと急ぐよ、アーニャちゃん!」

「ダスヴィダーニャ。……さようなら、朱鷺」

 二人が早足に去っていきます。マナー研修の開始時間まで後10分なので、私も研修ルームに急ぎましょう。

 

 

 

 新館22階にある研修ルームに着きました。ここがマナー研修の会場です。本日は三名が参加されるとのことですが、武内Pが多忙のためどんな子達なのかは訊けずじまいでした。

 千川さんならご存知でしょうけど、相変わらず私の能力が『彼女は危険だ』と強く警告してくるので近寄り難いんですよねぇ。

 外人さんがいなければ問題ないので、三名共日本人であることを祈ります。少なくとも日本人なら話が繋がらないことはないでしょうし。

 

 念の為深呼吸して心を落ち着けました。初対面なのでやはり緊張します。さて、いきましょう。

「おはようございます! 本日はよろしくお願いします!」

 3回ノックをしてから、勢いよく扉を開けます。そして営業スマイルを浮かべつつ丁寧に挨拶をしました。この業界は第一印象が非常に大事ですから、しっかり元気よくやりました。

 

 室内に入ると、教室形式で横一列に並べられた会議机の後ろの椅子に、三人の美少女がこれまた横一列で座っています。一瞬コメットの初回顔合わせを思い出しましたが、そこにいる子達は全く違いました。

 

 なんか背が凄く高い子、猫耳をつけてタイヤキ食べてる子、黒を基調としたゴスロリファッションに身を包んだ子、三者三様です。

「おにゃーしゃー☆」

「ふにゃぁ!! びっくりしたにゃあ!」

「ククク、遂に封じられし禁断の門を破る偶像が現れたか……」

 三人が口々に喋りだします。この時点で超弩級に嫌な予感がしました。

 

 あれ、ここ日本ですよね? 外国じゃないですよね……?

 異世界にトリップしたのではないかという錯覚に一瞬陥りました。『何なのだ、これは! どうすればいいのだ!?』と心の中で叫びつつ、震える手で資料を三人に渡していきます。

 

「で、ではマナー研修の前にお互いに自己紹介をしましょうか。

 皆さん初めまして、七星朱鷺と申します。346プロダクションのアイドルグループであるコメットのリーダーを務めさせて頂いております。コメットはシンデレラプロジェクトに先行してデビューしたグループで、これから皆さんを陰ながらサポートさせて頂きますので、よろしくお願いしますね」

 何とか言葉を絞り出した後、三人に会釈しました。

 

「朱鷺ちゃん、おっすおっす! きらりとなかよくしてほしいにぃ☆」

「先輩だけあって立派なのにゃ。みくも負けにゃい!」

「フフフ……高い神格を持っているようね」

 冷静になると、背が高い子と猫耳の子の言っていることは分かるようになってきました。でもゴスロリの子の言葉はよくわかりません。あれっ、こんな気持ちどこかで……。

 

 デジャビュを感じましたがマナー研修を無事に行うことが今日のメインクエストです。早くしないと時間が押してしまうので、話を進めましょう。

「今度は皆さんのことを教えてもらえると嬉しいです。では右の方から、簡単に自己紹介をお願いします」

 背の高い子に話を振りました。

 

「にゃっほーい! 諸星(もろぼし)きらりだよ☆ かわいいものやハピハピなもの、だーい好き! きゅんきゅんぱわーで、みんなを元気にさせちゃうよー。これから頑張りましゅ! びしぃ☆」

 一瞬眩暈(めまい)がしましたが耐えました。

 ……よし。言葉の使い方はともかく、意味は分かるので十分です。

 

 それにしても圧倒的、ひたすらに圧倒的です。

 その身長は180cmを軽く超えているでしょう。体形にメリハリがついているものの、出過ぎてもいないその姿は理想的なモデル体型でした。それでいてとても美人さんです。

 海外のファッション誌ではたまに見かける体型ですが、純日本人でこれは凄いですよ。

 

 私としては彼女について思うところがありました。

 私も中三ながら170cmに迫る高身長ですが、小学校や転校前の中学校では男子から心ない誹謗中傷を受けたことがあります。

 女性の身で高身長だと、それより身長の低い男子からいじめられたりする等のデメリットが多いんですよ。

 

 私より遥かに背が高い彼女であれば、風あたりはもっと強かったことでしょう。それを表に出さず明るく振舞う健気な姿を見ていると、思わず涙腺が刺激されてしまいます。

 もしかしたら、この破天荒な喋り方は彼女なりの自己防衛なのかもしれませんね。

 ですが、アイドルであればその身長を武器として使えるチャンスがあるはずです。そういう機会に巡りあえるよう、私達がサポートしてあげましょう。

 

 なお、私のことを『デカオン』(デカ女の略です)と、イデオンのようなあだ名で呼んだ当時の級友達の顔と名前と住所と電話番号はしっかり記憶しています。

 私は諸星さんほど善人ではないのです。いつか目に物見せてあげましょう。

 

「はい、ありがとうございました。それでは次の方、お願いします」と言って、猫耳の子に話を振りました。

「みくは前川みくにゃ! よろしくにゃん! みんなの笑顔のために可愛い猫チャンになるにゃ。ファンの子猫チャンにもみくの本気を見せて、ドキドキさせちゃうもん! だから朱鷺チャンもよろしくにゃ!」

「前川さんは猫が好きなんですか?」

「うんっ! 朱鷺チャンも猫になりきって、じゃれてみない?」

「いいえ。私は遠慮しておきます」

 

 可愛い前川さんと可愛い猫さんが両方そなわり最強に見えます。てっきり自分を猫だと思い込んでいる系のアレな方かと誤解していましたが、こういうキャラで売っていきたい子なんですね。

 あまり早いうちに自分のキャラを固めると軌道修正が利かなくなりますが、確固たる決意の元でやっているのであれば問題ないでしょう。ウサミン星人をやっている崖っぷちの17歳(自称)の例もありますし。

 自分を曲げてあらぬ方向へロケットでつきぬけた、どこかの馬鹿野郎よりは遥かに良いです。

 

「これからよろしくお願いします。……そ、それでは最後の方、お願いします」

 思わず声が上ずってしまいました。さあ、ここからが本当の地獄ですよ。

 

「ククク、我が名は神崎蘭子(かんざきらんこ)。禁断の扉の先に踏み込み、果てしなき天空への階段を駆け上がる者ぞ。我の力に身を焼かれぬよう、せいぜい気をつけなさい。フフ、フフフフフフ……」

 

 え? 何だって? 

 

 思わずラノベの難聴系主人公のような感想を抱いてしまいました。

 パルスのファルシのルシがパージでコクーンしそうです。わけがわからないよ。

 これは紛れもなく中二病……。ですが、私が慣れ親しんだ『サブカル系』とは異なるタイプ──『邪気眼系』の中二病です。

 

「すいません。神崎さん。馬鹿な私にもわかるようにお話して頂けると助かるんですが」

「何と! 我が言霊は読み解けぬと……?」

「いや、蘭子チャン以外わからにゃいから」

 前川さんの鋭いツッコミが冴え渡ります。いいぞ、もっとやって下さい。

 

「えっと、神崎さんのご出身は?」

「真紅に燃え盛る炎の国──我が生命は彼の地に宿ったのよ」

「炎の国……。ああ、熊本ですか」

 意思疎通ができないと研修どころではないので、暫く彼女と会話をします。すると細かい表現はともかく、主旨はニュアンスで何となくわかるような気がしてきました。

 

「フフフ、波動が伝わったようね」

「はい、お蔭様で」

 もし中二病に対する耐性がなかったら理解にもっと時間が掛かっていたことでしょう。あの子には感謝しなければいけません。

 

 

 

 その後、マナー研修は無事終了しました。三人とも研修中はきちんと話を聞いて頂けたので良かったです。非常に個性が強い子達ですが、皆良い子だということはよくわかりました。

 それぞれの個性は最大限尊重したいので、個性を潰すほど厳しいマナーは求めませんでしたが、外の現場ではちゃんとした挨拶が必要であることだけは強調して指導したのです。

 自分の行動がシンデレラプロジェクトのメンバーの迷惑になる恐れがあることをお伝えすると、ちゃんと理解して頂けました。

 

「神崎さん、この後はお暇ですか? どうしても会わせたい子がいるんですけど」

 帰り支度をしていた彼女に声を掛けます。

「魂がヴァルハラへと旅立つまで、まだ暫しの休息が必要……。構わないわ」

「ありがとうございます。では、一緒に行きましょう」

 時刻は17時を過ぎており、地下の工事は完了していましたので、二人で地下一階のプロジェクトルームに向かいました。神崎さんとあの子を引き合わせることは、私の使命のような気がするんです。

 

「おはようございます」

「闇に飲まれよ!」

 神崎さんと共に、コメットのプロジェクトルームに入ります。

 ソファーの上ではもう一人の中二病──アスカちゃんが足を組んでカッコつけて佇んでいました。その手にはドイツ語の難解な本が収まっていますが、読んでいる気配はありません。恐らく雰囲気作りでしょう。

 

「やあ、おはよう、トキ。……おや、その子は?」

「シンデレラプロジェクトの中にとても面白い子がいたので連れてきました。神崎さん、こちらがコメットの二宮飛鳥さんです」

 二人の目と目が逢う瞬間を固唾を呑んで見守りました。

 

「ボクは二宮飛鳥。なぜかは分からないが、キミにはボクと似た波動を感じるよ。それで……キミとボクの出会いが、何かのきっかけになるんだろう。あぁ……キミは今『こいつは痛いヤツだ』って思ったかな。正解さ。フフッ」

「我が名は神崎蘭子。私の才能を見抜くとは、貴方も『瞳』の持ち主のようね。運命の扉は、今開かれたわ!」

「フフ、キミにはお見通しか。この出会い……。これが、世界の選択なのかも知れない……」

「ククク。今こそ、創世の時!」

 そう言ってがっちりと両手で握手をしました。

 よし! やはり私の見立てどおり、波長が合うようです。

 

 一仕事終えた充実感と共に、とんでもない極悪タッグを誕生させてしまったのではという強烈な罪悪感に襲われました。

 熊本弁(神崎さんの言語)と静岡弁(アスカちゃんの言語)は相互互換性があることがわかりましたので、今後のアップデートで是非標準語に対応して頂きたいんですけど、ダメでしょうか。

 

 

 

 

 

 



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第28話 始動! シンデレラプロジェクト

 むぎゅううう。

「うう……」

 今日も今日とて通学途中は満員電車でした。人と人とがべったりぎゅうぎゅうくっ付くほどの、いわゆる寿司詰め状態です。

 転校したことは大正解でしたが、唯一の問題がこれなんですよね。暫く電車通勤をしていなかったので、この辛さを完全に忘れていました。

 しかも今日は数時間前に起きた車両故障の影響からか、いつもより込み合っています。でも心理的には前世よりマシでした。

 

 なんといっても、痴漢に間違われることがないですから。

 どんな社会的ステータスを持っている男性でも、痴漢冤罪(えんざい)の前では無力と化します。

 電車内で『この人痴漢です』というワードを女性に呟かれただけで、男性は社会的に即死してしまうんですよ。これほど理不尽なことは世の中にそうそうありません。

 『それでもボクはやってない』と大声で叫んでも、誰も信じてはくれないのです。

 女性専用車両があるんですから、男性専用車両も設置した方がよいと元男性の私なんかは思ってしまいます。

 

 スマホも開けないので中吊り広告やトレインチャンネルを見て時間を潰していると、ふと違和感のある光景が視界に飛び込みました。

 視線の先には女子高生と思われる子が映っています。私とは反対側のドアに両手を付いており、顔だけは後ろ側を向いていましたが、その表情は苦悶に満ちています。

 その後ろには、がっしりした体型をしたサラリーマン風の中年男性が直立していました。その少女を自分の体で隠すようにして、コソコソと不審な動きをしています。

 

 これは、もしや……。

 嫌な予感がしたのでそちらの方に向かいます。満員電車のため普通には移動できませんので、『無想転生(むそうてんせい)』を使用し半透明になって乗客をすり抜けていきました。傍から見るとワープしたように見えて目立つのであまり使いたくないんですけど、緊急事態ですから仕方ありません。 

 

 先ほどの男性の真後ろに立ち、その手の動きに注目します。

 ああ、やっぱりアウトでした。自分の体でその少女を隠しながら、右手で彼女のお尻を嫌らしく撫で回しています。

 抵抗できないか弱い女性を一方的に蹂躙(じゅうりん)するとは、正に唾棄(だき)すべき人間──いや、畜生です。

 こういう痴漢がいるから、世の中の善良なお父さん方は女性に怯えながら電車に乗らなければならないんですよ。私の怒りが一気に有頂天になりました。

 

「……すいません。止めて、下さい」

 少女が泣きそうな声で呟きますが、そんな畜生に許しを請う必要なんてありません。地獄からの使者、七星朱鷺が今助けてあげます。

 そう思うと同時に、痴漢の右腕を(ひね)り上げました。

「いててててて! やめろ、やめろ!」

 痴漢が(わめ)きたてますが気にしません。そしてボイスレッスンで鍛えた声量を全開にし、マジカルワードを叫びました。

 

「この人、痴漢でーーす!」

 周囲の目が全てこちらに集まります。乗客達の軽蔑(けいべつ)の視線が痴漢に突き刺さりました。

 

 

 

「何だこのガキ! オ、オレは何もしてねえぞ!」

 三人一緒に次の駅で降りると、痴漢が狼狽(ろうばい)した表情を私達に向け、声をうわずらせました。

「貴女、あの人にお尻を触られてましたよね?」

「は、はい。止めて下さいってお願いしたんですけど、何度も……」

 痴漢を無視して少女に問いかけると、コクコクと頷いて肯定してくれました。よく考えたらそういうプレイ中の男女なのでは? とちょっと心配しましたが、杞憂だったようです。

 被害者がいる以上、この時点で勝負ありです。直ぐに駅員さんが駆けつけてきてくれました。

 

「ちっ!!」

 すると痴漢がいきなり駆け出します。タックルして駅員さんを吹き飛ばし、ホームから一目散に逃亡しようとしました。

 そのガッツは買いますけど、ちょっと相手が悪すぎましたねぇ。その動作を見て、助走もなしに一息に跳躍しました。

 

「はぁ!? なんでまたこのガキが!」

 『北斗無想流舞(ほくとむそうりゅうぶ)』を使い回り込みます。一瞬姿が消失するほどのスピードで移動する軽功術ですから、ダッシュした痴漢なんてスローロリス並みにスローリィです。まるでお話になりません。

 

「知らなかったのですか……? 大魔王からは逃げられませんよ……!!」

「どけよ!」

 むっ。せっかくの決め台詞を無視されたので腹が立ちました。

 殴りかかってきたのでひらりとかわします。その際に、痴漢の顔面にあるあの秘孔を右手の人差し指で突きました。

「がっ!……はっ!」

 すると痴漢はその場から動かなくなります。いや、動けなくなったという方が正しい表現でしょうか。

 

「テメェ! オ、オレに、何をしやがった!?」

「軽く秘孔を突いただけですよ。さーて、そろそろでしょうか」

 すると、痴漢の両目の眼球がグルリと勢い良く裏返りました。怖ッ! 

 

「ひぎゃあ~! 目が、目がぁ~!!」

 大声で叫びながらのたうち回ります。

 秘孔の一つである『瞳明(どうめい)』を突いて視力を完全に失わせたのですが、危険な秘孔で今まで人に試したことはなかったので、こんなにグロいとは思いませんでした。

 

「ど、どうにかしてくれよォォォォ!」

「なら、今までやってきた悪行を全て告白することですね。罪を償えば、その濁った目も元に戻りますよ」

「わ、わかった。わかった! 全部正直に話す! ずっと前から痴漢をやっていたんだ!」

「なるほど。で、他には何かやっていませんでしたか?」

「実は……」

 

 痴漢は今までの悪行を話し始めました。未成年との淫行、強制わいせつ、ストーカー行為、のぞき、盗撮等々。いやはや、呆れてものも言えません。まるで性犯罪の総合商社です。

 そのうち駅員さん達に取り押さえられました。この調子なら放っておいても全て自白するでしょうから、後は彼らにお任せすることにします。

 軽めに突いたので秘孔の効果はせいぜい2~3日なんですが、痴漢には黙っておきましょう。しっかり反省して、刑務所で罪を償って欲しいです。

 

 

 

「本当に、ありがとうございました!」

「え? ああ、別に大したことしてませんから……」

 元居たところに戻ると、痴漢被害にあっていた女の子から声を掛けられました。冤罪の元凶である痴漢が許せなかっただけですので、お礼なんていりません。元男性としては男が皆あんな畜生だとは思わないで欲しいです。

 

「それでも、助けて頂いて嬉しかったです」

 深くお辞儀されてしまいます。先ほどの困り顔から一変して、素敵な笑顔を浮かべました。

「あ、あの、すいません、アイドルの七星朱鷺さんですよね?」

「……はい、そうですよ」

 一瞬間が空いてしまいました。自分でも本当にアイドルか疑わしく思う時がありますからねぇ。

 

「私、島村卯月(しまむらうづき)っていいます。今度346プロダクションからアイドルとしてデビューすることになりました! 頑張りますので、よろしくお願いします!」

 なんと、後輩のアイドルさんでしたか。改めて見ると確かに凄く可愛い子です。特にその笑顔とお尻が素敵ですね。思わず惹き込まれそうになりました。

 お名前も私が贔屓(ひいき)にしていた服屋さんと同じなので、親近感が涌きます。一応今はアイドルらしいファッションブランドの服にしてますけど。

 

 唐突ですが、モビルスーツで例えるとジェガンのようなイメージを受けました。

 (おとし)める意図は全くありません。突出した個性こそありませんが、全てにおいて高バランスで完成度が高いという意味です。激動の宇宙世紀で30年以上主力モビルスーツとして活躍したあの傑作機のように、人々から末長く愛されるような気がします。

 765プロダクションの天海春香さんといい、こういう等身大のアイドルは何にでもなれるので大化けするんですよ。色物の私では到底真似できないです。

 

「それでは、今度は事務所でお会いするかもしれませんね。その時はよろしくお願いします」

「はいっ! 島村卯月、頑張りますっ!」

 そんな会話をしていると次の電車が来ます。彼女はこの駅が学校の最寄り駅らしく、何度も何度も私に頭を下げながら去っていきました。

 ん? 新しくアイドルデビューって、もしかして……。

「うわわっ」

 考える間もなく、再び満員電車に飲み込まれていきました。

 

 

 

「みんなー! おはよう! さぁ、今日も一日張り切って行きましょう!」

 教室の中でハイテンションな声が響きます。

「おはよーごぜーまーす……」

 担任の先生に挨拶しました。この人、朝からもの凄く元気なんですよねぇ。そのテンションの高さには脱帽しますよ。私は満員電車と痴漢騒動で既にクタクタでした。

 

「さて、授業の前に、今日も転校生を紹介するわよ!」

 事前に伺っていた通り、とうとう彼女がこのクラスに舞い降りるのですか。私の転校生キャラ属性が早くも消えてしまいますが仕方ないでしょう。

 それよりも、あの子と一緒に学園生活を過ごす楽しみの方が大きいです。

 

「じゃあ、入ってきて。自己紹介をお願いするわね」

 すると、鮮やかな銀髪をリボンでツインテールにした子が教室に入ってきました。今日はフリルのたくさん付いた黒のゴシック服ではなく、きちんとした制服です。

 黒板にチョークで自分の名前を書き、こちらに振り返りました。そして決めポーズで自己紹介を始めます。

 

「我が名は神崎蘭子。禁断の扉の先に踏み込み、果てしなき天空への階段を駆け上がる者ぞ。皆の者、我の力に身を焼かれぬよう、せいぜい気をつけなさい。フフフフフフ……」

 そう、転校生とは蘭子ちゃんでした。

 

「せーの!」と言う私の掛け声に合わせ、「蘭子ちゃん、ようこそ~!」とクラスの皆で声を揃えて叫びました。それぞれ手に持っているクラッカーのはじける音が教室内に響きます。

 その光景を見て、蘭子ちゃんが目をパチクリさせました。

 

 

 

 マナー研修があったその日、蘭子ちゃんとコメットの皆で簡単なお茶会をしました。

 その時に、彼女と私と乃々ちゃんは同学年であること、そして蘭子ちゃんもこの私立美城ヶ峰学園のタレンテッドコースに転入してくることを聞いたのです。

 

 色々なことをお喋りしたのですが、蘭子ちゃんは前の学校ではちょっとだけ浮いていたとそれとなく伺いました。浮いているといっても私と違い、物理的に宙に浮けるわけではありません。独自の強い個性がありますから、それに慣れない子に誤解されることがあったそうです。

 

「二つの夜を越えし時、我は新しき学び舎に舞い降りる。我が胸を天使たちが叩いているわ!」

「天使が、胸を叩く……。もしかして、緊張してるんですか?」

「ッ! ……う、うん」

 

 重度の中二病アイドルらしく個性的なファッションで自信たっぷりな態度ですが、浮世離れした外見や高飛車な口調とは相反し、素になるのが恥ずかしい非常にいい子だと話していてよくわかりました。

 せっかく同じ学校で同じクラスなのですから、彼女が学校に馴染みやすくなるようクラスの皆と相談し歓迎のサプライズをすることにしたのです。

 コメットだからという義務感ではなく、こういう不器用な子を応援したいと純粋に思いました。

 

 

 

「ううう……。あるまじき、ふれあい……」

 先ほどとは一転して挙動不審になっていました。リンゴの様な真っ赤な顔です。

「どーした、じょーもんかいな~! あいらしかー」

「は、恥ずかしいよ~」

 福岡出身のアイドル兼着ぐるみ芸人である上田鈴帆(うえだすずほ)ちゃんが、満面の笑顔で蘭子ちゃんに声をかけました。やはり近い地域だけあって蘭子ちゃんにも意味は通じているようです。

 

 なお、『じょーもん』とは美人のことだそうです。先ほどの言葉を翻訳すると、『とても美人さんですね。可愛らしいです』という意味になるようです。

 最初に鈴帆ちゃんと会話した時は博多弁に面食らいましたが、今ではすっかり慣れました。少なくとも熊本弁や静岡弁よりはわかりやすいです。

 

「ふーん、確かにカワイイですねぇ……。ボクほどじゃないですけど」

 そして幸子ちゃんが謎の対抗意識を燃やしていました。いつものことですから放っておきましょう。定期的な発作みたいなものです。

 再び視線を戻します。おや、蘭子ちゃんが仲間になりたそうにこちらを見ている!

 皆で固唾(かたず)を呑んで、次の言葉を待ちました。ドッキドキです。

「よろ、よ……」

 よし、頑張れ! あと少しです!

 

「……ヨークシャーテリア」

「何でワンちゃんなんですかっ!」

 滑り気味なツッコミをかましました。残念ながらこのクラスに関西出身者はいないのです。

 ナニワ芸人系アイドルの難波笑美(なんばえみ)さんがいれば完璧なツッコミを入れてくれたでしょう。学年が違うので残念です。

 

「その~、こ、これから……よろしくお願いしますっ!」

 蘭子ちゃんが恥ずかしそうに頭を下げました。クラス中に暖かい拍手が溢れます。

「皆暖かく迎えてくれて良かったわ! 神崎さんの席は輿水さんの隣だから、着席してね」

「うむ!」

 いつも通りの口調に戻ってしまいました。ちょっと残念。

 

「……さて、それで、このサプライズの首謀者は誰かしら? 歓迎する気持ちは確かに大切だけど、流石にクラッカーは不味いわよね?」

 う、そうきましたか。感動的なノリで誤魔化せると思ったんですが、甘かったようです。

 しかし、誰もチクらなければ問題はありません。皆優しい子達ですから、私を売るようなことは絶対にしないはずです!

 

「朱鷺ちゃんです」

「朱鷺ちゃんれす~」

「朱鷺しゃんばい」

「朱鷺さんですよ」

「ビームちゃんだね」

「トキだヨ!」

 

 全員からユダられました。あれぇおかしいね、私を(かば)ってくれる子誰もいないね。

 乃々ちゃんが風邪で休んでいたのがせめてもの救いです。あの子にまで裏切られたら生きる気力を失いますよ。

 

「い、いや、皆で考えたんですから……。裁判長! ここは連帯責任なんていかがでしょうか!」

「な、何言ってるんですか! 大人しく一人で刑に処されて下さいよ!」

 こうなったら死なばもろともです。全員地獄ヘ道連れにしてやりましょう。なあに、皆一緒なら地獄も怖くないですって。うぷぷぷ。

「反省文、原稿用紙2枚。明日までによろしく」

「いや、ですから連帯責任……」

「よ、ろ、し、く、ね?」

「……ハイ」

 転入早々始末書とか先が思いやられます。再度の停学だけは避けねばと改めて誓いました。

 

 

 

 その日の夜、お風呂上りに部屋で牛乳を飲みながらスマホを触っていると電話が来たのに気付きます。

「はい、もしもし。七星です」

「あっ、朱鷺。今時間いい?」

「ええ、いいですよ。凛さん」

 私的な電話を凛さんから頂くのは初めてでした。何の用事でしょうか。私、気になります!

「それで、どうかされたんですか?」

 私の問いかけに対し、一呼吸おいて凛さんが答えます。

「……私、アイドルになるみたい」

 

 飲みかけていた牛乳を一気に噴き出しました。

 

「ゴホッ!! ゲホッ! ガホッ……」

「ちょっと、大丈夫!?」

「う、うう……」 

 完全に気管に入りました。そのまま1分くらい悶絶します。

 ジョークにしては性質が悪すぎますよ。こんなの絶対噴くに決まっているじゃないですか。もう辺り一面牛乳まみれです。

 

「落ち着いた?」

「ええ、お陰様で。それで、先ほどの話は本当なんですか」

「冗談を言う為だけに、わざわざ電話なんてしないから」

 それもそうですか。そういうキャラではないことは重々承知していましたが、あまりの衝撃発言でついつい疑ってしまいました。

 

「でも、なぜ私に電話されたんです?」

「この前、アイドルの誘いを断ったのにさ。急に始めたりしたら、気分悪いかと思って」

「あはは、凛さんはマジメさんですねぇ。別に気にしなくてもいいですよ。それよりもアイドルになってくれて嬉しいです」

 あれだけの逸材を放置するのはやっぱりもったいないですからね。彼女の歌声は鼻歌でしか聞いたことがありませんが、とても澄んだ良い声でしたから、ちゃんと聴きたいと思っていました。

 

「それで、所属事務所はどこでしょう。765プロですか? それとも876プロ? ああ、961プロだったら黒い噂があるので止めておいた方がいいですよ。社長さんの声はかっこいいから好きなんですけど」

「ええと、346プロダクションっていう事務所」

 ん? 聞きなれた事務所名が聞こえたような気がしますが……。

 

「あっ、ごめん。今その事務所から家に電話がかかっているみたい。とりあえず、それだけは伝えたから」

「えっ、ちょっと!」

 ツーツーツーという無機質な音がスマホから流れます。電話を切られてしまいました。

 仕方ありません、今度改めて確認しましょう。それに先ほどの言葉が本当なら、近いうちにまた会うはずですし。

「さてと、まずは雑巾ですか……」

 広範囲にぶちまけられた白い液体が恨めしいです。うう、部屋が牛乳くさいよぉ。

 

 

 

「どうぞお納めください、お代官様」

「まぁ、これでいいでしょう。ご苦労様、もう帰ってもいいわよ」

「ははー」

 昨日課された反省文を先生に提出します。若干リテイクを求められたので、修正に時間をとられてしまいました。レッスンの時間も近いので、346プロダクションに急いで向かいます。

 

 プロジェクトルームにトレーニングウェアを置きっぱなしにしていたので、先にそちらへ行きました。扉の鍵を開けて室内を探すと直ぐに見つかったので、それを持って更衣室に行こうとしたところ、ふと違和感を覚えます。

 

 聞き覚えの無い足音がするんです。しかも三人分で、どたばたと歩き回っていました。

 この地下一階は殆ど使われていないので、人の往来は滅多にないです。知らない方が一度に複数通るなんて今までありませんでした。

 

 これ、もしかして泥棒でしょうか。もしそうだとしたら一大事です。

 このルーム内には皆の大事な私物や、私達の思い出の品が多く保管されています。もしそんなものを盗まれたらと思うと気が気でありませんでした。

 私の勘違いであることを祈りましたが、その足音は真っ直ぐこちらに向かってきます。

 こんなところに用があるのはコメットと犬神P(プロデューサー)くらいしかいません。残念ながら予想は当たってしまったようです。

 

 かくなる上は皆の為に撃退しなければいけません。

 私には『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』がありますので捕まえるのは簡単ですが、報復でまた侵入されないとも限りませんので、驚かせて退散させることにします。

 ちょうど良い手が思い浮かびましたので、それを試してみましょう。

 

 部屋の照明を薄暗くし、扉から遠いところに仰向けで寝転がります。着衣を乱し赤いハンカチを胸の辺りに広げ、元々部屋に置いてあった小道具のナイフを右手で胸に突き立てました。押し付けると刃が引っ込むタイプの玩具です。

 これで、遠くから見ると死んでいるように見えるでしょう。そのまま迫真の演技で死体役をしつつ泥棒達を待ちます。

 

「どうもー! 失礼しまーす!」

「ちょっと、勝手に入ったらダメだから」

「す、すいませ~ん」

 ここからでは姿は見えませんが、泥棒達が入ってきたようです。

 

「さて、ここも探索するとしますか!」

「あの、やめた方がいいんじゃないでしょうか……」

「大丈夫だって! 誰もいないじゃん」

「いや、誰かあそこにいるよ。えっ! もしかして、死んで、る?」

「またまた、脅かそうと思って! しぶりんは意外とお茶目さんだねぇ~!」

「いえ、あれ、本当に誰か死んでいるんじゃ……」

「や、やだなぁ、しまむーまで。まさかそんなこと……って、ええ!?」

 泥棒達の注目がこちらに集中しているようです。正に計画通りでした。

 

 よし、今です!

 

 その場で勢いよくブリッジすると、両手両足を使いゴキブリのような勢いで泥棒達に急接近しました。名作ホラー映画『エクソシスト』に出てきた、超怖いブリッジ歩きを私なりに再現したのです。ちゃんと白目にもしています。

 

「きゃあーーーーーー!!」

 耳を裂くような甲高い悲鳴がプロジェクトルーム内に木霊(こだま)しました。驚かせて退散させるつもりでしたが思ったよりも効果が高く、泥棒達は腰を抜かして動けないようです。

「タスケテェ! タァスケテェ! ……って、あれ?」

 不思議なことに、泥棒三人組のうち二人は見たことがありました。

 というかそもそも泥棒じゃない気がします。もしかして、私の早とちりというオチでしょうか。

 

 

 

「すいませんでした」

 腰を抜かした少女達に謝罪しました。なんだか最近謝ってばかりのような気がします。

「いや、勝手に入った私達にも非があるから。……心臓、止まるかと思ったけど」

 黒髪ロングの綺麗な子がそう言ってくれます。昨日電話で話した、凛さんその人でした。

「本当に申し訳ない」

「夜、夢に出てきそうだよ……」

 結構なトラウマになってしまったようなので、ブリッジ歩きは封印しましょう。

「でも、やっぱり346プロダクションでしたか。世間は狭いですねぇ」

「うん。これから、よろしく」

 少し照れた感じの凛さんと改めて握手しました。

 

「朱鷺ちゃん、先日はありがとうございました!」

「いえいえ、気にしなくていいですよ、島村さん」

 もう一人は先日痴漢から助けた島村さんです。彼女もシンデレラプロジェクトの一員でした。超可愛いですから不思議ではないでしょう。

「養成所に通いながら、何度もオーディションを受けて……。今回初めて受かったので、頑張ります!」

「へぇ、島村さんは養成所に通っていたんですか」

「はい! ダンスも歌も一通り教わりました!」

 レッスン歴は私より長いそうなので、教わることも多いでしょう。色々と学ばせて頂きたいと思います。

 

「しぶりんとしまむーは、とっきーと知り合いなの?」

「うん、ウチのお店のお客さんだよ」

「私はこの間、痴漢から助けてもらいました!」

 三人目の少女が凛さんと島村さんに質問します。この子とは面識がありませんでした。ショートヘアで溢れ出るパッションが特徴的な子です。これまた当然の権利のように美少女です。

 

「ええと、貴女は?」

「私は本田未央(ほんだみお)! シンデレラプロジェクトのメンバーにして最終兵器だよ! カンペキで最高のアイドルになって、みんなに笑顔を届けるから! よろしくね、とっきー!」

「と、とっきぃ?」

「うん。朱鷺だからとっきー! その方が絶対可愛いって!」

「は、はぁ……」

 聞きなれないワードが少女の口から飛び出します。初対面とは思えない超フレンドリーな態度でした。

 

「雑誌やテレビで見た以上に可愛いじゃん! 制服も可愛いし! どこの学校?」

「ええと、美城ヶ峰学園ですけど……」

「ええー! あそこ凄いお嬢様学校だよね! とっきーやるねぇ~!」

「ははは……」

 その後もマシンガンのような勢いでトークが繰り広げられます。 

 

 ああ、遂に来てしまいましたか。この可愛らしい容姿と溌剌(はつらつ)とした笑顔。そして鬼のようなコミュニケーション能力。スクールカーストの頂点を常に爆走してきたような、生まれついての勝ち組で超絶リア充です。

 負け組ロードを突っ切ってきた闇属性の私が最も恐れるタイプでした。溶ける! 溶ける!

 

 いや、本田さん個人が苦手とか嫌いではないんですよ。こういう光の道をただひたすらに突き進んできたようなタイプの子は、ドブ川風味の私には眩しすぎるだけなんです。アンデッドが光属性に弱いのと同じ理屈です。

 系統的には茜さんに似ていますが、あちらはひたすら熱血でリア充っぽくは無いので大丈夫なんですけどねぇ。

 

「皆さんはどんなご用事でこちらに?」

「今日はシンデレラプロジェクトのメンバーとの初顔合わせなんだ!」

「ああ、そうなんですか」

 シンデレラプロジェクトの定員は14名です。今までお会いした子が11名ですから、この3名を加えてちょうど14名になりました。これでようやくプロジェクトが始動するのでしょう。

 

「ごめん、もっとゆっくり話したいんだけど。Pとの待ち合わせ時間が近いから、もう行くね」

「はい。私もレッスンが始まりますので。また今度お会いしましょう」

「うん。それじゃ」

「はい! 後でお話したいです!」

「じゃあねー! とっきー!」

 3人がバタバタと駆けて行きます。その姿が見えなくなるまで見送りました。

 

 新しい光に向かって走り出すシンデレラ達の物語が、いよいよ始まるのです。

 そして私自身の物語も、ここから新しいステージを迎えるような予感がしました。

 

 

 

 

 

 



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第29話 すばらしき新世代

「ぬっふっふ……」

 右を見ても左を見ても下着姿のアイドルです。美少女美少女アンド美少女の桃源郷が広がっていました。ここは天国かな?

 

「どうしたんですか、朱鷺さん? 何か挙動不審ですけど」

「なんでもないですよ。幸子ちゃんがあまりにカワイイので、つい呆けてしまっただけです」

「カワイイボクに見とれてしまったのなら仕方ないですね! 同じアイドルをも魅了するボクのカワイさが自分でも時々怖くなりますよ!」

 おだてると超ご機嫌になりました。この子、ちょっとチョロ過ぎやしませんかね。

 

 本日は一時間目の授業はなく、代わりにクラス全員で身体測定をする予定になっていました。

 そのため皆は体操着に着替えています。中の人がオジサンな身としては、視線が彼女達に釘付けになってしまいますねぇ。クフフフ……。

 とはいっても精神は肉体に引っ張られていますので、直接イイことをしたいという欲求はありません。こうやって眺めるだけで十分なのですよ。

 愛するがゆえに見守る愛もあるのです。やり過ぎるとストーカーですけど。

 

 

 

 その後は皆と一緒に保健室へ向かいました。そして一人づつ検査を受けます。

 通常の身体測定では身長・体重・視力及び聴力検査程度ですが、タレンテッドコースの子はここで測定した結果が346プロダクションのホームページに反映されるので、スリーサイズも一緒に測定します。

 サバ読みは一切許されませんので、レッスンをおろそかにしてだらけていた者には容赦なく裁きの鉄槌(てっつい)が下されるのです。過去何人ものアイドルがSAN値直葬(発狂)されたとか。おお、怖い怖い。

 

「うぅ~」

「大丈夫ですか、七海ちゃん?」

「大丈夫、じゃないかもしれないれす~。おさかな不足れす……」

 待機中、うな垂れている子に声を掛けました。私と同じタレンテッドコースの同級生である浅利七海(あさりななみ)さんです。

 『世界初のお魚系アイドルになって皆の心をしっとりさせます!』という謎の目標を掲げている魚好きのアイドルです。語尾を伸ばし気味で、さらに『です』を『れす』と発音する独特の喋り方が可愛い子です。

 魚を愛でるだけでなく食べるのも好きで、この間は一緒に回転寿司に行きました。

 

「やはり今日の為にダイエットを?」

「そうなのれす~。朱鷺ちゃんはしていないんれすか?」

「ええ。私はダンスやってますから、特には」

 皆この日のために食事を制限したり運動をしたりして、少しでも数字を良くするよう血の(にじ)むような努力をしていました。

 一方、私は『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』のおかげか、どれだけドカ食いしても体重は一切変化しませんので超余裕です。皆が必死こいて足掻(あが)く姿を高みの見物で眺めておりましたよ。おほほほほ。

 

「あと少しの辛抱ですよ。放課後になったら、またお寿司でも食べに行きましょう」

「ああ~いいれすね~。それまで、頑張ります~」

 とりあえず笑顔が戻ったので良かったです。

 皆食べ盛りですからそんなに無理してダイエットしなくてもいいと思うんですが、女心は複雑なようです。お姉ちゃん(自称)としては、『わんぱくでも良い、たくましく育って欲しい』と思うばかりです。

 

「じゃあ次、七星さんの番よ~」

「はい、お願いしまーす」

 先生に呼ばれたので保健室の中に入ります。346プロダクションに所属する際に一度測定しており、そこからまだ半年くらいしか経っていませんから変わっている訳ないですが、形だけ受けておきましょう。

 

「嘘だッ!!」

 

 朦朧(もうろう)とした意識で廊下に出た瞬間、思わず絶叫しました。その声が廊下中に響きます。

 え、ちょっ、これマジ? 

 

「朱に染まりし(アイビス)よ、如何なる惨劇が現世(うつしよ)に起きたのか!」

 心配そうな表情の蘭子ちゃん達が駆け寄って来ます。

「せ……、せ……!」

「せ?」

 皆固唾(かたず)を呑んでこちらを見守ります。

 

「背が伸びました……」

 衝撃的事実を口にすると、皆一斉にずっこけました。昭和のコントみたいです。

 

 

 

「ビームちゃんは人騒がせだね~。あたしなんてまだ140cm台なんだから、贅沢言い過ぎだよ」

「いやいや、私にとっては一大事ですから!」

 教室に戻ると紗南ちゃんから小言を頂きました。

 半年前まで169cmで何とか160cm台をキープしていましたが、今回測定した結果171cmに成長していました。約半年で2cmですよ! そりゃあ動揺もしますって!

 

 確かにアイドルになってからは、暴走中を除き『よく寝て、よく食べて、よく運動して』と非常に健康的な生活を送っていましたので、体の方もスクスクと成長してしまったようです。

 体重は据え置きですがスリーサイズにも変化があり、バストは88で2cmアップ、ウエストは54で1cmダウン、ヒップは87で1cmアップという結果になっていました。バストの方も恐れていたEカップ突入です。

 

 女体は十分堪能しましたから、そろそろ勘弁してください。男に戻せとは言いませんので、せめて現状を維持したいです。

 それにクラス中の視線が集まって心が痛いです。特に胸部に突き刺さっていますが、悲しいことに大きくても使い道がないんですよ。

 

「シャオッ!」

「……ッ!」

 背後から邪気を感じたので跳び退きます。すると細い腕が先ほど私がいた空間を()ぎました。

「私に刃を向けるとは、いい度胸ですね。愛海ちゃん」

「88、88、88、88……。ハァ、ハァ……!」

 眼前の淫獣は完全に正気を失っています。普段はお触りNGのお願いを守ってもらっていますが、先ほどバストの数字を言ったとたんビーストモードになってしまいました。

 しかたありませんので、少し眠って頂くことにします。

 

「愛海ちゃんじゃないけど、Eカップってどんな感じかは興味あるよね」

 気を失い木偶(でく)と化した愛海ちゃんを席に座らせていると、紗南ちゃんが不意に呟きました。

「ヒーローには必要ないからなくてもいいけど、どんな感じなのかは知りたいな!」

「ボクは存在するだけでカワイイから不要ですが、同年代の子の場合はどうなのか確かめたい気はしますねぇ」

 なぜか賛同の声が多く上がりました。あれ、何だか嫌な予感……。

 

「皆も興味ありそうだから、ちょっと触らせてよ。ビームちゃん!」

「えぇ……」

 そんな良いものじゃないですよ。重いだけですし。

「ほら、乃々ちゃんも!」

「は、はい。もりくぼも、興味ないわけではない、ですけど……」

「まぁ、減るものじゃないですから、ちょっとだけならいいですよ」

 乃々ちゃんのお願いなら仕方ありません。愛海ちゃんは揉み方がエロいのでNGですけど、他の子達なら大丈夫でしょう。

 

「じゃ、早速! ……おお! 柔っかい!」

「本当れすか~! じゃあ七海も~」

「ほう、中々興味深い研究対象だな」

「おおきい……。もりくぼ、更に自信が無くなりました……」

 クラス中の子達が私の胸部のお山に殺到します。

「ちょっと、そんな強く揉んだら色々な意味でまずいですよ! そして群がらないで下さい!」

 

 その後、我が山脈は愛海ちゃん以外の子達の手で無残に蹂躙(じゅうりん)されました。

 うう、もうお嫁に行けません。行く気はさらさらないですが。

 

 

 

「もしもし。七星です」

「私だけど。時間いいかな?」

「はい、大丈夫ですよ、凛さん」

 その日の夜、凛さんからまた電話を頂きました。

「実は……」

 

 一通り話を伺いました。今度美嘉さんや茜さんが出演する大型ライブ──『Happy Princess Live!』がありますが、凛さんと島村さん、本田さんがそのライブで美嘉さんのバックダンサーを務めることになったそうです。

 バックダンサーとはいっても大型ライブですので、アイドルとしてそれなりの経験のある子が選ばれるのが通例ですが、美嘉さんの希望により大抜擢されたとのことでした。

 所属して早々、こんな大きなチャンスを得られるなんて運に恵まれているようです。悔しくなんてありませんよ、全然。

 

「やったじゃないですか! おめでとうございます」

「うん、ありがとう。でも今までレッスンなんて受けたことがなかったから、バックダンサーっていってもピンと来なくて。朱鷺は前にやったことあるって言っていたからさ、気を付けることあるかなって」

「そうですねぇ。バックダンサーはあくまでも主役の引き立て役なんですよ。存在感が薄れることは致命的ですが、主役より注目を集めることのないよう注意が必要です。ただ、新人が美嘉さんより輝くことは難しいですから、そちらは気にしないでいいでしょう」

 トップクラスのアイドルの輝きは、素人とは比較にならないですから。

 

「へぇ、そうなんだ」

「あとは一体感です。バックダンサー同士で動きがばらつくと見栄えが良くないですから、島村さんや本田さんとよく打ち合わせをして、三人で上手く連携出来れば大丈夫だと思います」

 どれも当たり前のことですが、他事務所にはその当たり前のことをきちんとできない方もいましたから、確認の意味も込めてアドバイスしました。

 

「後は練習あるのみです。本番では普段の実力の七割も出せれば良い方なので、難しいことは考えずに動きを体に覚えこませることに集中して下さい」

「確かに、今は練習するしかないか。……その、色々とありがとう」

「いえいえ。コメットも後学の為にそのライブを見学する予定ですので、凛さんの活躍を楽しみにしていますよ」

「えっ、来るの? なんか、恥ずかしいな」

 

 赤い顔をした凛さんが容易に想像できますね。絶対にかわいいと思います。

「はい、当日はよろしくお願いします」

「うん。それじゃ」

 そういい残すと電話が切れてしまいました。もう少し女子トークを楽しみたかったんですが仕方ありません。一方はJCの血と肉と皮を被ったオジサンですけど。

 

「うーん……」

 あの三人のバックダンサーデビューは素直に祝福しますが、ちょっと気にかかる点がありました。シンデレラプロジェクトの残りメンバーからすると今までデビューを待たされた挙句、最後に加入した子達がいきなり大舞台デビューですから、心中穏やかではないはずです。

 

 皆良い子ですから大丈夫でしょうが、普通だったら『贔屓(ひいき)されている』とメンバー間で軋轢(あつれき)が生まれてもおかしくありません。特定メンバーを優遇してチーム内に不協和音が起き、最終的に崩壊したプロジェクトを数多く見てきた私が言うのですから間違いないのです。本当に自慢にもなりません。

 しかし、問題が顕在化していない現状では他プロジェクトの方針に口を出す訳にはいきませんし、統括が武内P(プロデューサー)ですから大丈夫なんでしょう。サポート役としては、彼女達の愚痴を聞くくらいに留めておきますか。

 

 

 

 数日後、学校が終わり346プロダクションに向かう途中で美嘉さんから電話がありました。

「もしもし。聞こえる?」

「はい、聞こえますよ。何か御用でしょうか」

「朱鷺って、『TOKIMEKIエスカレート』の振り付けはマスターしてたよね?」

「ええ、一通りは」

「あのさ、ちょっと悪いんだけど……」

 

 話の内容ですが、私にダンスの指導役をして欲しいとのご依頼でした。

 今度の大型ライブに向けて、このところは美嘉さんが指導役となり凛さん達にダンスの指導をしています。今日もその予定でしたが、モデルの仕事が急に入ってしまいました。

 トレーナーさん達も既に予定が入っていますので、指導は無理そうです。自主練習で変な癖がつくと良くないので、ライブで披露するTOKIMEKIエスカレートの振り付け指導ができる子に片っ端から連絡しているとのことでした。

 この曲は美嘉さんのソロ曲ですが、先日開催したコメットの臨時ライブで曲をお借りして披露しましたので、指導については問題ありません。

 

「はい、いいですよ」

「ホント! 助かる~! 今度埋め合わせするからさっ★」

「いえいえ。元々彼女達のサポート役ですから、問題ありません」

「サンキュー★ あっ、もう撮影みたい。じゃね!」

 デビューミニライブでCDを購入頂きましたので、恩返しもしたかったですから丁度良い機会です。一見今時のギャルっぽい感じで軽そうですが、責任感があり律儀で真面目な良い子です。どこかのドブ川も見習って欲しいものですよ。

 元々予定していたレッスンを欠席する旨連絡を入れた後、凛さん達のところに向かいました。

 

「おはようございます。今日も一日頑張っていきましょう」

 いつもとは違うレッスンルームに入るとあの三人を見かけたので、近づいて挨拶しました。

「うん、おはよう……って、何で朱鷺が?」

「おはようございます!」

「あれ、どうしたの、とっきー?」

 三人に対して簡単に事情を説明しました。

 

「へぇ、今日はとっきーが先生なんだ! よろしくね!」

「島村卯月、頑張ります!」

 本田さんと島村さんは笑顔で迎え入れてくれたので良かったです。

「……大丈夫かな?」

 一方、凛さんは渋い顔をしていました。どうやら信用されていないようです。悲しいなぁ。

 

 

 

「はい、ここでターンです!」

 レッスン中、ダンスのポイントとなる部分を重点的に教えていきます。

「うわわわわっ!」

 すると、体勢を崩した島村さんが尻もちを付いてしました。

「大丈夫ですか?」

「は、はい!」

 どうやら彼女は今のパートが苦手のようです。一度苦手意識を持つと克服するのは大変ですから、今のうちに克服させてしまいましょう。

 

「今のパートが何で上手く行かなかったのか、原因はわかりますか?」

「い、いえ……。でも何となく、難しい気がしてしまって」

「私が見たところ、重心移動が余り上手くいっていないような気がします。その前のステップからの繋がりがなんとなくぎこちないんですよね。試しに私がやってみますので、見て頂いていいでしょうか?」

「わかりました!」

 

 そう言った後、先ほどのパートの動きをして見ました。流れる水のように緩急自在の華麗な動作で、ゆっくり丁寧にステップを踏んでいきます。

「何その動き! 凄ッ!」

「わぁ、素敵です!」

「うん。とても自然な動きで、綺麗」

 

 絶賛されましたので「ありがとうございます」と返しました。とはいっても、私が努力して習得した力ではないので嬉しくはありません。

 本当はダンスを含めて実力で勝負したいんですけど、この能力が邪魔をしてしまうんです。努力して成し遂げる喜びを奪われてしまったのは結構辛いです。

 しかし生まれ持ったものを今更どうこうすることは出来ません。幸いなことにボーカルとビジュアルにはこの能力は影響しませんので、そちらを頑張っていきましょう。自分の出来る範囲で最大限努力してみること、それが大切だと私は思います。

 

「では今の動きを参考に、もう一度お願いします」

「はい! 頑張ります!」

 先ほどのパートを島村さんが踊ります。今度は重心移動をちゃんと意識しているようで、先ほどのぎこちなさは見られませんでした。

「はい、そこでターン!」

 今度はもつれずにビシッと決まりました。満点ではありませんが、十分及第点でしょう。

 

「おおー! しまむーやるねぇー!」

「うん。今のは、いいと思う」

 凛さんと本田さんも褒めています。

「そうですね。とても素晴らしいダンスでした。この調子なら、本番もバッチリです」

「島村卯月、頑張りました!」

 とても良い笑顔です。思わず見とれてしまいました。

 

「さて、それでは続けましょうか。難しいパートや苦手なパートがあれば個別にお教えしますので、遠慮なく仰って下さい」

「はい!」

 三人の返事が返ってきます。やはり若人はこれくらい元気でなければいけません。

 

 

 

「それでは、今日のレッスンはここまでです。皆さん、お疲れ様でした」

「お疲れ様でした!」

 皆の声がハモります。とても充実したレッスンでした。

 人に教えることで自分の足りなさを知り、学ぶことが出来るのです。私としても新しい気付きがありましたので大変勉強になりました。

 

「いやー、とっきーのレッスンはメチャ分かりやすかったよ!」

「はい! 凄く丁寧で、何だか楽しかったです!」

 評判は上々のようで良かったです。美嘉さんにお願いされた以上、役に立たなかったとは言われたくないですからね。

 

「本当、意外。空中二段ジャンプくらい要求されるのかと思ってた」

「ははは……。そんな無茶苦茶な要求はしないですって」

「それに一切ボケなかったし」

「いや、私だって仕事は真面目にやりますよ。人のことを何だと思ってるんですか」

「……芸人?」

「よろしい、ならば戦争です」

「冗談だって。ほら、塩アメ」

「ふふっ、この高貴な私がアメ一つで懐柔される訳が無いでしょう。でも頂きます」

 貰えるものは病気と不良債権以外何でも貰うのが私の主義です。美味しいので先程の失言はチャラにしてあげました。

 でも結構しょっぱいですね。犬神Pの人生と同じくらいしょっぱいです。

 

 別に私が優しいから丁寧にレッスンをした訳ではありません。このやり方が効率的なんです。

 私が尊敬している山本五十六という軍人さんは『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動か()』と言う名言を残しました。

 人材育成の面では正にその通りです。私も前世ではよく上司から指導を受けたのですが、放任主義やスパルタ式だと効率が悪いですし、受ける方としても気分が良くありません。

 何でも相談できるような信頼関係を築き、分からない点は気兼ねなく訊けるような体制で無いと、良い人材は育たないのです。

 

 常に教えられる側の状況を把握した上で、適度なレベルの仕事に挑戦してもらい、出来たら褒めて伸ばす。出来なくとも突き放さず、失敗の原因を究明し改善を図り再挑戦してもらう。これが前世の私の人材育成方針でしたが、それは現世でも変わりません。

 前世の末期頃のようにハイパーブラックな会社では、育成の余裕すらなかったですけどね。

 あれは今でも心残りです。その分、現世ではしっかり丁寧にお教えしたいと思ったので実践してみました。

 

「また分からないことがあったら、とっきーに訊きにいってもいい?」

「ええ、構いませんよ。是非私を有効に活用して下さい」

「ありがとうございます!」

「ありがとう、朱鷺」

「お礼なんて言わなくていいですよ。その為のコメットですから」

 皆とっても良い子なので、是非本番では上手くいってほしいと心から願いました。

 まぁ、例え失敗しても良い経験になります。若いうちに失敗しておいた方が楽なんですよ。私も若い頃は色々としでかしましたし。

 

「3歳も年上なのに、教えてもらうだけだと申し訳がない気がします」

「そうですか。なら、皆さんが先輩になった時、今日私がしたように後輩のアイドルさんに対して丁寧なアドバイスをしてあげて下さい」

「うん。わかった!」

 本田さんの快活な返事が響きました。

 良いことを皆で行えば、346プロダクション全体のレベルが高まります。縁あって同じ事務所に所属していますから、皆に成功してもらいたいと思います。

 

「とっきーはこれから予定あるの?」

「いえ、特にないですよ。コメットの皆とお茶をして、それから帰ろうかと」

「じゃあ、コメットのみんなと一緒にカラオケ行かない!? 元々今日は三人で行く予定だったからさ!」

「そ、それは、皆に訊いてみないと」

「いいじゃん、行こうよ~!」

 うぅ……やっぱりこの子、コミュ強でリア充過ぎるのでちょっと怖いです。眩い光に当てられて溶かされそうですが、先輩としては負けていられません!

 

「わかりました。そのお誘い、受けて立ちましょう。私と凛さんの特別ユニット──『戦慄(せんりつ)(ブルー)』の活躍をその目に焼き付けなさい!」

「えっ、私も巻き込まれてる感じ?」

「よし! じゃあ着替えたらしゅっぱーつ!」

 

 結局この日は本田さん達とコメットの合同カラオケパーティーになりました。

 とても楽しかったんですが、戦慄の蒼は音楽性の違いによりその日の内に解散となってしまいました。『バスト占いのうた』や『チチをもげ』は名曲だと思うんですが、凛さん的にはナシだったようです。

 

 

 

 そしてライブの当日になりました。

 シンデレラプロジェクトの子達もライブ鑑賞の予定なので、コメットの皆と一緒に会場へ向かいます。

「うわ~、おっきなステージー!」

「みりあちゃん、あんまりはしゃぐと危ないよ」

 新田さんが心配そうにしています。何だか姉妹みたいです。

「……大丈夫。みりあはそんなに子供じゃないって」

 きらりさんに抱えられた杏さんが呟きます。見た目で言えば杏さんもみりあちゃんとどっこいどっこいです。

 

「でもホントに大きな会場だよね~。莉嘉も早くこんな舞台に立ちたいな~☆」

「ふん! あの三人のレッスンの成果、確かめてやるにゃ!」

「まぁまぁ。私達の席はあちらなので、後でお会いしましょう」

「それじゃあ、また後でにぃ~☆」

 シンデレラプロジェクトの子達と別れ、四人で指定席に座りました。

 

「でも、凄いです。初ステージがこんな大きな舞台なんて……」

「ああ、そうだね。ボク達の初ステージとは比較にならない規模だ。皆、この雰囲気に飲まれなければいいが」

 ほたるちゃんやアスカちゃんの言うとおり、本当に大きな舞台です。

 何せ小日向美穂(こひなたみほ)さんや佐久間(さくま)まゆさん等といった大人気アイドルが競演するライブですからねぇ。コメットもこれくらい大きな舞台に立てるように努力しなければいけません。

 

「観客の立場で、本当に良かったです」

 乃々ちゃんが安堵の表情を浮かべています。大丈夫ですよ、私がそのうち大舞台に引っ張り出してあげますから。クックック……。

 

 

 

 そうするうちにライブが始まりました。

 メイン全員での『お願い! シンデレラ』の後、茜さんや美穂さんのソロ曲になりました。

 ファンの熱気とサイリウムの輝きが凄いです。熱狂的な盛り上がりで、私達もこんな舞台に立ちたいと、心から思います。

 

 次はいよいよ美嘉さんとあの三人の出番です。

 本人以上に緊張し、固唾を呑んで出演を見守ります。登場する際には舞台下から舞台上に飛び出す『ポップアップ』という仕掛けを使うのですが、慣れないと転んだりしてしまうのでハラハラドキドキです。上手く行くよう必死で祈りました。

 

 TOKIMEKIエスカレートのイントロが流れましたので、固唾を呑んで見守ります。

 

 すると、美嘉さんとあの三人が勢い良く飛び出しました!

 

 よし、着地は成功です!

 思わず皆とハイタッチしました。二本のサイリウムを手に持ち直し、曲に合わせて勢い良く振ります。

 

 オレンジ色の無数のサイリウムが会場全体を照らしました。

 凛さん達は皆振り付け通りしっかり踊っています。練習の成果が出ているようで何よりでした。

 そしてとても良い笑顔です。こちらまで楽しくなりますね。

 そして無事、曲が終わりました。

 

「みんな~! ありがとねー★」

 ファンの歓声が辺り一面に広がります。この反応だけで大成功だとよく分かりました。

「ところで今日、バックを務めてくれたこの子達! まだ新人なんだけど、アタシが誘って、ステージに立ってくれたんだ~!」

 おお~というどよめきが周囲から聞こえます。

 普通バックダンサーの紹介なんてしませんが、美嘉さんなりの心遣いのようです。『すげえよミカは』と、ついつい思ってしまいました。

 

「それじゃあ、感想でも訊いてみようかな? どう?」

 美嘉さんが島村さんにマイクを向けます。島村さんは困惑した様子で、凛さんと本田さんを交互に見つめました。そして、意を決したように三人で叫びます。

 

「最っ高~~~~!!」

 

 その大きな声はここまで響きました。ふふふ。これであの子達もライブの虜ですよ。

 あのサイリウムの輝きを知ったら、もう普通の女の子に戻ることはできないでしょう。

 凛さんはアイドルにそこまで乗り気ではないので、早くアイドル活動に(はま)ってこちら側に落ちろ! と思っていましたが、意外と早く落ちましたね。これは嬉しい誤算です。

 

 

 

 そして演目が全て終わりました。本当に、とても良いライブでした。まだ余韻が残っていますが、それを振り払い立ち上がります。

「では、皆さん戻りましょうか」

「え? 戻るって、どこにですか……?」

 乃々ちゃんが不安げに尋ねます。

 

「もちろん346プロダクションですよ。今から自主レッスンです!」

「えぇっ! 何で……」

「今のライブを見たでしょう? 先輩だからって胡坐(あぐら)をかいているとすぐ追いつかれますよ。後から来たのにあっさりと追い越されたくはないですよね?」

「……私も、負けたくありません!」

 ほたるちゃんが真剣な表情で呟きました。彼女はアイドルというお仕事に誰よりも真剣に取り組んでいますから、私と同様に今のライブを見て危機感を覚えたのだと思います。

 

「確かに、油断をしていたら直ぐに引き離されそうだ。だが、ボク達にもプライドがある。簡単には負けられないだろう。違うかい、ノノ?」

「もりくぼ的には、別に負けてもいいんですけど……」

「この四人でトップアイドルを目指すんですから、そんなこと言ったらダメですよ。さぁ、とりあえず軽~く10kmジョギングです!」

「ううう……。むーりぃー……」

 

 楽屋へ向かうきらりさん達に挨拶をした後、乃々ちゃんを小脇に抱えて会場を後にしました。

 流石エース揃いのシンデレラプロジェクトです。新世代の輝きに満ち(あふ)れていました。

 ですが落ちこぼれだって、必死で努力すればエリートを超えることがあるかもしれないのです。

 かませ犬にされないよう、我々も頑張りましょう!

 

 

 

 

 

 



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裏語⑤ 鬼! 悪魔!  〇〇〇!

今回は白菊ほたるさんの視点でお送りします。
(自分なりに)真面目な回が続いたので色々と我慢できなくなりました。
例の如く人を選ぶ内容かと思いますので、不快に感じられたらブラウザバックをお願いします。


「歓迎会をやりましょう」

 レッスン後にティータイムを楽しんでいると、朱鷺さんが唐突に声を上げました。

 飛鳥さんと乃々さんの頭の上にはハテナマークが浮かんでいるようです。私も思わず首を(かし)げてしまいました。

 

「突拍子の無い発言には慣れているけど、今回は輪を掛けて突然だね」

「歓迎会って、誰のですか……? 蘭子ちゃんの歓迎会なら、少し前にクラスの皆でやったはずですけど……」

 お二人から質問を投げかけられると、朱鷺さんはゆっくりと口を開きます。

 

「もちろん、シンデレラプロジェクトの子達の歓迎会ですよ。プロジェクトが始動した直後に凛さんたちのバックダンサーデビューが決まったので、できていませんでしたからね。先日無事成功しましたので、今が良いタイミングでしょう」

 そういえば、確かにやっていませんでした。一緒にご飯を食べたりはしていましたが、14名揃っての歓迎会はまだです。

 

「新しい方が入ったら歓迎会、退職した方が出られたら送別会をやってあげるのは社会の常識です。それに売れ出したら14人揃う機会は少なくなりますので、今のうちに色々な思い出を作ってあげたいんですよ」

「私も、朱鷺さんに賛成です」

 縁あって同じ事務所に所属したわけですから、歓迎の気持ちを形にしてあげることはとても良いと思います。私の場合、前の事務所もその前の事務所も急に倒産してしまったので、お世話になった方にお別れを言う機会すらありませんでしたから……。

 

「相変わらず妙なところで(こだわ)るな。しかし、良いアイディアだと思うよ」

「もりくぼも、賛成です。やるのなら、他のアイドルの人達も呼んだ方がいいと思うんですけど……」

「もちろんそのつもりですよ。千川さんに教えて頂いたんですが、申請を出せば休みの日にこの社屋の中庭を使わせてもらえるそうなんです。来週の土曜日は私達とシンデレラプロジェクトの皆さんが両方オフなので、その日に予定が空いている他のアイドルを交えてバーベキューパーティーを開催しようかと思いまして」

 バーベキューなら席に固定されず自由に会話ができますので、シンデレラプロジェクトの皆さんが他のアイドルの方々と仲良くなる機会としてはうってつけでしょう。

 

「やる場合、幹事はコメットと犬になってしまいますがそれでよろしいでしょうか? 皆の意志を尊重したいと思いますので、誰か反対されるなら見送りますけど……」

 朱鷺さんが私達に意思確認をしましたが、全員問題なしでした。

 良い方ばかりなので、早く事務所に馴染めるよう協力してあげたいと皆さん思っていたようです。コメットはシンデレラプロジェクトのサポート役という立場ですが、朱鷺さんは面倒見が良いですからサポート役でなくてもやろうとしたでしょうね。

 あの解散騒動以降、コメットとして何か決断する時には必ず私達に確認をしてくれます。本当の意味で朱鷺さんに対等な仲間だと思ってもらえたようで、とても嬉しいです。

 

「全員問題なさそうで良かったです。では早速武内Pに相談してみましょう」

「あ、あの。犬神Pさんの承諾は得なくて大丈夫ですか?」

「あれは我々の下僕ですから意見なんて聞かなくて良いですよ。当日も力一杯死ぬほどこき使っていいですから」

 あいかわらずの扱いです。でも固い信頼関係がなければこういうことは言えませんから、朱鷺さんは犬神Pさんを本当に信用しているんだと思います。

 

 その後、提案は無事通りました。犬神Pさんと武内Pさんの許可を頂き、予定通り来週の土曜日の正午からバーベキューパーティーをすることになったのです。

 以前にも何回かやったことがあるらしく、機材は事務所の地下倉庫に眠っていましたので、それをお借りすることにしました。

 

 

 

 そしてバーベキューパーティーの当日がやってきました。

 私の不幸のせいで大雨にならないかと非常に心配でしたが、雲一つ無い快晴で本当に良かったです。

 私は犬神Pさんや朱鷺さんと一緒に、早朝開店の大型スーパーで買出しを担当していました。飛鳥さんと乃々さんは先に会場の設営をしています。

 

「うーん。あちらのオージービーフはグラム三百円、こちらの国産牛はグラム六百円ですか……。味や柔らかさだけを考えるなら国産一択ですけど、今回は食べ盛りの子が多いですからねぇ……」

 片手を頬に当てながらお肉の値段で悩む朱鷺さんの姿は、もう完全にお母さんです。

「大して変わらないんじゃないか、どっちでも」

 犬神Pさんが横槍を入れた瞬間、朱鷺さんの目つきがとても鋭くなりました。 

 

「は?」

 威圧感が物凄いです。お仕事では絶対に見せないような恐ろしい笑みを浮かべていました。

「い、いや、オーストラリア産でも国産でも、牛肉は牛肉じゃないか……」

「バーベキューのキモはお肉です。お肉のチョイスがバーベキューの成否を分けると言っても過言ではありません。だからこそ、コストと品質と量のバランスを見極める必要があるんですよ。それを貴方ときたら……」

「わ、悪かったって! なら高い方を買おう! 交際費の予算を超えて追加費用がでたら俺が自腹を切るからさ」

「そうですか。ではこちらの最高級松坂牛にしましょう。等級A5で、なんと驚きのグラム二千円ですよ。このお肉なら皆も満足するはずです」

「無理無理! そんな肉を数十人分買ったら破産するよ!」

 犬神Pさんの顔が一気に青ざめました。止めようかと思いましたが割って入れない雰囲気です。

 

「どうしてやってもいないことを無理だって言い切れるんですか。貴方はやれば出来る子です」

「……いやホントすいません勘弁して下さい」

「ちっ、仕方ないですね。なら乾き物でも適当に見繕ってきて下さい。ほら、GO!」

「こんなにPの扱いが悪いアイドルは君と財前さんくらいだよ……」

 財前時子(ざいぜんときこ)さんも346プロダクション所属のアイドルです。女王様系と言うか、本当に女王様な方ですね。朱鷺さんの心の師匠らしく、Pさんの扱い方について指導して頂いているそうです。

 

「あら、時子様よりは有情だと思いますよ。それとも犬から豚にランクダウンしたいのでしょうか。私は一向に構いませんけど」

「いってきまーす!」

 犬神Pさんが勢い良くおつまみコーナーに向かっていきます。コメットにとってはいつもと変わらない日常風景ですが、思わず笑ってしまいました。

 

「さ、お買い物を続けましょう、ほたるちゃん。……あれ、何で笑ってるんですか?」

「さっきのやりとりがおかしくって。何だかしっかり者のお母さんと駄目なお父さんみたいな感じでした」

「アレと夫婦役とか恐ろしいことを言わないで下さい。ほたるちゃんはああいうまるで駄目なお犬様にひっかかったらいけませんよ」

「は、はい」

 その後は三人で楽しく買い物を続けました。

 

 

 

 買出しが終わると、犬神Pさんの車で346プロダクションに向かいます。休日なので裏口から社屋に入り、そのまま中庭に向かいました。

「やあ、おはよう、ホタル」

「おはようございます。そちらの準備は順調ですか?」

「……は、はい。巴さんや向井さん達にも手伝ってもらいましたから」

 

 私達以外にも、何人かのアイドルさんに会場の設営を手伝って頂いていました。そちらの方に駆け寄ります。

「すいません、お手伝い頂いてありがとうございます」

「新しい仲間の歓迎会準備を手伝うのは当然のことじゃ。だから気にせんでいい」

「乃々があまりにも危なっかしいから、ちょっと手伝っただけだぜ。その分肉食わせろよ!」

「はい、是非楽しんでいって下さい!」

 朗らかな笑顔で返事をして頂きました。お二人とも見た目はちょっと怖いですが、根はとっても優しい方々です。一礼してから朱鷺さん達のところに戻りました。

 

「それで、飲み物の方はちゃんと配達されていますか?」

「ああ、定められた時に従って届けられたよ。ほら、あそこさ」

 バーベキュー用に設置された複数のコンロから少し離れたところに、飲み物のコーナーが設けられていました。朱鷺さんと一緒に確認しに行きます。

 

「ジュース、緑茶、紅茶、瓶ビール、焼酎、日本酒、ワインっと。確かに指定どおり届いていますね。そして、ノンアルコールビールも。フフフ……」

 ノンアルコールビールの缶を手に取り、朱鷺さんが笑みを浮かべます。本当に好きなんですね。

「でもこれスザクビールのフリーですか。私的にはユウヒビールのドライゼロが好みなんですけど、仕方ありません」

 私は飲んだことはないですが、メーカーによって味って違うんでしょうか。

 

 その後は朱鷺さんや料理上手のアイドルの方々が食材の仕込みに入ります。

 お手伝いしたいですが、私の不幸のせいで誰かが怪我をしてしまうかもしれないので止めておきました。最近は不幸な出来事に遭遇する機会がかなり減りましたが、包丁等がある場所で万一のことがあると大変ですから……。

 その代わりに案内係として、来場された皆さんに会場の案内をします。

 

 

 

「フヒヒ……。おはよう……」

「おはようございます、輝子さん。本日はご参加頂きありがとうございます」

「バーベキューなんてリア充ばかりで、ぼっちじゃ居場所ないと思ったけど……。乃々ちゃんが声かけてくれたからね……」

 星輝子(ほししょうこ)さんはキノコ栽培が趣味で、「キノコは親友」と豪語する大のキノコ好きなアイドルです。私と同じで内気な方ですが、ライブになると一変してメタル風な格好でハイテンションになるので最初はとてもびっくりしました。

 朱鷺さんも「てっきり魔法のキノコをキメているかと思いました」と驚いていましたし。

 

「フヒッ! ……キノコーキノコーボッチノコーホシショウコー♪」

 鼻歌を歌いながら、会場の隅っこにフラフラと歩いていかれました。人の集まるところはあまり得意ではないと仰っていましたが、シンデレラプロジェクトの方々の為に頑張って参加されたのでしょう。とても優しい方だと思いました。

 

「ほたるちゃん、お疲れー!」

「おはようございます、友紀さん。本日はご参加頂きありがとうございました」

「シンデレラプロジェクトの子達の歓迎会だって言われたら、出ない訳には行かないからねっ! あとこれ、差し入れだよ~!」

 友紀さんはそう言って、大量の缶ビールを差し出されました。

 

「お気を遣わせてしまいすみません」

「いいっていいって! ビールはやっぱりスザクビールに限るよね~!」

「は、はぁ。そうなんでしょうか……」

「ほたるちゃんも大人になれば分かるって! 成人したら一緒に飲もう!」

「はい、その時はよろしくお願いします」

 差し入れて頂いた大量の缶ビールは先ほどの飲み物のコーナーに移しました。

 

 その後も受付を続けていると、シンデレラプロジェクトの方々がいらっしゃいました。

「本日は私達の為に、本当にありがとうございます」

「スパシーバ……ありがとう、ホタル。皆さんに歓迎して頂いて、とても嬉しいです」

 そう言って、美波さんとアナスタシアさんが私に会釈をします。

「いえ、歓迎会を開こうと最初に提案されたのは朱鷺さんですから、お礼なら朱鷺さんに言って頂けると喜ぶと思いますよ」

 思い立った時の行動力は本当に凄いですから、私も見習いたいです。

 

「お肉ならみくも大丈夫にゃ。流石朱鷺ちゃん、分かっているにゃ!」

「たとえ奈落に囚われようとも、朱に染まりし(アイビス)のぬくもり、忘れはしまい……」

「やっぱり朱鷺ちゃんは、とっても優しい子だにぃ☆」

「ちょっと気を遣いすぎだよね~。杏は前みたいにだらけてる方が好きだけど」

 皆さんが感謝の言葉を次々と口にします。準備は結構大変でしたけど、歓迎会を企画して本当に良かったと思いました。

 

 

 

 受付を続けていると、いつの間にか開始時間の正午となりました。

「皆様お疲れ様です。それではお時間となりましたので、これよりシンデレラプロジェクトの方々の歓迎会を始めさせて頂きたいと思います。本日司会進行をさせて頂くコメットの七星朱鷺と申します。どうぞよろしくお願い致します」

 マイクを持った朱鷺さんがテキパキと司会進行をしていきます。

 社長秘書みたいに毅然とした姿勢で、弥勒菩薩(みろくぼさつ)を思わせるアルカイックスマイルを絶やさずにいるその姿に、女の私も見惚れてしまいました。

 司会業にとても慣れているようですが、どこでそんな経験をされたのでしょうか。

 

「では初めに、アイドル事業部の今西部長より乾杯のご挨拶を頂きたいと思います。今西部長、お願いします」

 乃々ちゃんが今西部長さんにマイクを渡しました。いつも通りのにこやかな表情で穏やかにお話を始めます。

 

「シンデレラプロジェクトの皆さん、まずは所属おめでとう。皆さんを新しい仲間としてお迎えすることができて、本当に嬉しく思っています。若くバイタリティーに溢れている皆さんならば、活躍する機会は大いにあるでしょう。

 アイドル生活をスタートさせた皆さんにとって、初めての仕事には不安があるかと思います。特に最初は覚えることが多くあり、分からないことも沢山出てくるかもしれません。また、時には中々上手く行かないと感じることもあるはずです。

 ですが、本日幹事を買って出てもらったコメットの四人を初め、ここにいる先輩アイドルの皆さんもそういう段階を経ています。初めは分からなくて当たり前ですから、遠慮なく先輩たちに尋ねて学んでいってください。皆さんの活躍を心より期待していますよ」

 

 ご挨拶が一通り終わると、今西部長さんに対し大きな拍手が起きました。やや照れくさそうな表情をした後、グラスを手にされます。その仕草を見て私達もグラスを手に取りました。

 

「それでは、乾杯!」

「乾杯~!」

 グラスに口をつけた後、拍手をします。大きな拍手の音が一面に響きました。

「それでは、ご歓談とご飲食をお楽しみ下さい」

「よっしゃ! 早く焼くぜ!」

「承知じゃ、拓海の姉御!」

「国産牛だし食べまくるぽよ~☆」

「エリンギ……マイタケ……ブナシメジ……。美味しいキノコは、フヒッ……!」

 朱鷺さんが言い終わる間もなく、皆さん方々でお肉やお野菜を焼き始めます。

 

「お疲れ様でした、朱鷺さん」

「いえ、私は大したことを話していませんから。後は各自それぞれ調理して食べたり飲んだりしてくれますので、幹事としてのお仕事は大体終わりです。それはそうと、シンデレラプロジェクトの子達の自己紹介パートですけど、本当にお任せしてしまっていいんですか?」

「はい、いずれは司会等の仕事もできたらなって思っているので、経験を積んでおきたいんです」

「それではお願いしますね。(りき)み過ぎずに適度にリラックスするとやりやすいですよ」

「はい!」

 

 バーベキューパーティーは正午から16時までの予定ですが、途中でシンデレラプロジェクトの方々に自己紹介をして頂く予定となっています。

 朱鷺さんの負担を減らしてあげたいと思ったので、その時の司会役を申し出ました。朱鷺さんほど上手にはできないでしょうけど、私なりに頑張ります。

 

「では、私も喉の渇きを癒しましょうか」

 朱鷺さんがお酒のテーブルからノンアルコールビールを取ってきました。プルタブを空けると、そのまま缶に口を付けて一気に流し込みます。

「かぁ~~っ! この美味しさは犯罪的ですよ……。働いたからか、いつもより断然美味しい気がしますね!」

「あ、あの。今は他の方もいますので」

「……コホン。大変美味しゅうございました。おほほほほ」

 社長秘書から近所のおじさんへ一気に格が下がってしまったような気がします。

 

 その後は四人分かれて、皆さんに飲み物を注いで回ります。

「ジュースをどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 智絵里さんが手にしていた空のコップにジュースを注ぎます。

「バーベキューって野外フェスみたいでロックだね! ほたるちゃんもさ、気を遣ってばかりじゃなくてちゃんと食べなよ?」

 李衣菜さんはそう言って紙皿と割り箸を私に差し出されました。逆に気を遣わせてしまったみたいで申し訳ないです。

 

「お菓子を作ってきたので食べてねっ。マカロン風のスコーンです♪ ジャム入り、ハチミツ入りもありますよっ」

「では、一つ頂きます。……あ、美味しい」

 差し出されたスコーンを頂きます。甘くてとても優しい味がしました。

 

「バーベキューって美味しいし、みんな一緒だととってもとっても楽しいね!」

「みんな歓迎してくれてちょー楽しいーっ! 感謝カンゲキっ☆ お仕事中のお姉ちゃんの分まで食べちゃうぞ♪」

 みりあちゃんと莉嘉ちゃんも、とても楽しそうで良かったです。色々な方から話しかけられて可愛がられていました。

 

 

 

「……ファンのみんなをきゅんきゅんさせちゃうからね! せーの、きーらりん☆」

「きらりさん、ありがとうございました。以上で自己紹介は終わりです。ご静聴頂きありがとうございました」

 暫くしてシンデレラプロジェクトの皆さんの自己紹介が無事終わりました。

 その後皆さんと楽しくお喋りとしていると、飲み物のコーナーで困った様子の友紀さんが立っていたので声を掛けます。

「どうされたんですか、友紀さん?」

「あたしが持ってきたビールが見当たんないんだよ~。かなりの量あったはずだから、全部飲んじゃった訳は無いと思うんだけどな~。……ま、焼酎でもいっか!」

 確かに先ほどまであったはずの缶ビールが綺麗さっぱりなくなっています。一方ノンアルコールビールは殆ど減っていませんでした。

 

「ホタル、トキを見なかったかい?」

 背後から声を掛けられたので振り返ります。声の持ち主は飛鳥さんでした。隣には乃々さんもいます。

「そういえば、先程から姿を見かけませんね。お花を摘みに行っているのでしょうか」

「それにしては時が経ちすぎているな。そろそろ閉会だから皆で捜索しよう」

「は、はい……」

 

 三人で手分けして朱鷺さんを捜すことにしました。

「朱鷺さーん。どこですかー!」

 声を掛けながら中庭中を捜します。すると木陰の死角に缶ビールの空き缶が転がっていました。不審に思って近づくと、大量の空き缶に囲まれて一人の少女が楽しそうに笑っています。その手には一升瓶が握られていました。

 

────朱鷺さんです。

 

「あ、あの。もう直ぐ閉会ですから皆さんの所にいきましょう?」

「あ~ほたるちゃ~ん。お久しぶりれす~♪」

 慎重に近づいて声を掛けると、満面の笑顔のまま両手を使って私に手を振ります。とってもお酒臭いですが、これはまさか……。

「朱鷺さん……。もしかして、お酒飲んじゃいました?」

「イエスッ! アイアムッ!!」

 右拳を頭上に掲げて高らかに宣言しました。悪夢がここに幕を開けたのです。

 

 

 

「未成年はお酒は駄目って、日頃から自分で言っていたじゃないですか……」

「私も飲む気はありませんれしたよ~♪ でもノンアルがいつの間にか本物のビールになっていたんれす~! 気付いた時には五本目れしたから、今更止めたところでこれもう変わんねえなと思いまして~」

 あっ! もしかして、ノンアルコールビールと先程友紀さんが差し入れてくれた本物のビールを取り違えたのでしょうか。両方ともメーカーはスザクビールで見た目の違いはあまりないため、差し入れの事実を知らない朱鷺さんが間違えたとしてもおかしくはありません。

 

「しっかし暑いれすね~。……よいしょっと」

「ちょ、ちょっと、何やってるんですか!」

「へ? 暑いから上着を脱いだだけれすよ~♪」

「ブラジャーが丸見えですから止めて下さい! 愛梨さんじゃないんですから!」

「あははは。ほたるちゃんは心配性れすねぇ~。私の下着姿なんてどこにも需要ありませんから問題ないれすよ~」

「……朱鷺さん、今相当酔っ払ってますよね?」

「いえ、全然酔ってないれすよ~。でもほたるちゃんって何時から双子になったんれすかねぇ……」

 

 そう言いながら一升瓶に入った日本酒をラッパ飲みし始めます。

 これはもう、私一人の手には負えません。飛鳥さんと乃々さんに電話して、こちらに来て頂くことにしました。すると直ぐにお二人がこちらに駆け寄って来ます。

「アスカちゃん、乃々ちゃん! 一緒に飲みましょ~! 横ぴぃーーす☆ イエイ!」

 ピースサインを横にして目元に近づけます。そしてしつこいくらいウインクをしました。

「これは、酷いな……」

「うう……完全に酔っ払ってますけど」

 超ハイテンションです。こんな朱鷺さんは今まで見たことがありません。その姿を見て、お二人共かなり動揺しています。

 

「なんれすか、みんなノリ悪いれすよ! ほら、ダブル横ぴぃーーす☆」

「とりあえず、お酒を取り上げて休ませた方がいいでしょうか」

「……ああ、そうだね」

「森久保も、そう思います……」

 意見が一致したので、皆で朱鷺さんの説得に入ります。

 

「朱鷺さん。未成年がお酒を飲んではいけないんですよ。今までの分は事故で仕方ありませんから、これ以上はもう止めておきましょう」

「私の累計年齢は50歳れすから大丈夫れすよ~♪ それにこのチャンスを逃したら次回は6年後れすのれ、今日は浴びるほどのんでやるのれす!」

「もはや言っていることが意味不明だな。仕方ない、強硬手段だ」

 決して缶ビールと一升瓶を手放そうとしないので、三人がかりで引き離そうとします。ですがその瞬間、朱鷺さんの姿が消失しました。

 

「ふふふふ、私の力をお忘れですかぁ? 私相手に実力行使とか絶対ムリれす。ムリムリムリムリかたつむりれすよ!!」

 声が背後から聞こえます。振り返ると缶ビールを美味しそうに飲む朱鷺さんがいました。

「なんてタチの悪い酔っ払いだ!」

「だから全然酔ってないれすって!」

「酔っている人は皆そう言うらしいんですけど……」

 自分が酔っていることを決して認めようとはしません。

 

「でもちょ~っと散らかしすぎましたれすね……。片付けないと……」

 朱鷺さんがそう言いながら空き缶を折り畳んでいきました。ビールの缶があっという間に切手サイズにまで圧縮されていきます。酔っていても超人的な力は健在なようです。

 一人で黙々と飲み続けるタイプなのがせめてもの救いでした。もし酔って暴れるタイプでしたら死傷者が出たかもしれません。でもこれ以上飲ませる訳にはいかないでしょう。

 

 

 

「はい皆さん注目~!」

 朱鷺さんが急に叫びました。近くにいた何人かのアイドルがこちらに近づいていきます。

「どうしたのとっきー?」

「大丈夫? ブラ丸見えだし、顔真っ赤だよ」

「もしかして、お酒飲んじゃってます? 朱鷺さん……」

 未央さんと凛さん、そして卯月さんでした。かいつまんで事情を説明します。皆さん「うわぁ……」というリアクションでした。

 

「ここからは七星朱鷺改め、全宇宙待望の超人気アイドル──ミラクル☆トッキーの提供でお送りしましゅ☆ バッキバキのアゲアゲでブッ込んでいくんで以後シクヨロぴょん!」

「…………」

 誰一人朱鷺さんのノリにはついていけませんでした。完全にキャラクターが崩壊しています。

「まずは! 愛され上手のモテかわガールであるこの私の最重要機密を大・暴・露したいと思いまーしゅ! オゥイェ!!」

 最重要機密とは一体なんでしょう。少し気になりました。

 

「実は私は……。何と何と何と何と! 前世の記憶があるのデース! マーベラス! 私最強! 私万歳! いやっほォォォーう!!」

 朱鷺さんが最上級のドヤ顔で高らかに宣誓します。ああ……ついには前世とか言い始めてしまいました。

 

「……はぁ、真面目に聞いて損した」

「とっきー! ボケるならもう少し突っ込みやすいボケにしてよー!」

 もちろん、誰も真剣に受け止めてはいません。

「シーット!! う、嘘じゃないれすよ! 前世では36歳のオジサンで、ブラック企業での勤務中に無様に死んだんれすよ!」

 朱鷺さんが慌てた感じで説明しますが、壊滅的に酔っていますので話の内容は滅茶苦茶です。でも、設定がやたら細かいところが少し気になりました。

 

「そ、それは大変でしたね」

「本当に大変だったんれすよぉ。特に中学卒業後は右も左も分かんなくて、何度餓死しかけたかわかりません! 当時は若くお金が全然ありませんれしたしねぇ。自慢のダンボールハウスが何度警察共に破壊されたことか……よよよ……」

「は、はぁ……」

「何れすかその生返事は! ちゃんと聞きなさいファッションセンターさん!」

「はい! すいません!」

 卯月さんが相槌を打ってくれているうちに作戦会議をします。

 

「ホタル、一つお願いがある。ボク達のプロジェクトルームに行って、あの手紙を取って来てくれないか」

「あの手紙って何の手紙ですか?」

「以前朱鷺がボク達に託した遺言さ。朱鷺の身に何かあったら開けるように言われていただろう」

 確か解散騒動の直後にそんな手紙をお預かりした記憶があります。

「それまでは命を掛けて足止めをする。ここはボク達に任せて、早く行ってくれ!」

「わ、わかりました! 直ぐに行ってきます!」

 飛鳥さん達を残して、駆け足でプロジェクトルームに向かいました。

 

 

 

 プロジェクトルーム内を捜すと、目当てのお手紙──『七星朱鷺 緊急時対応マニュアル(社外秘)』が直ぐに見つかりました。急いで内容を確認します。

 

『コメットの皆様へ

 皆がこの手紙を読んでいるということは、私は死んだか相当ヤバい状態になっているのでしょう。申し訳ございませんがこの手紙の内容を踏まえ、状況に応じて適切な対応をお願いします』

 前書きを読み終わった後、本文に入りました。

 

『初めに、私が無残に死んだ時の対応です。まず、私が所有しているスマホ、パソコン、タブレット端末を完膚(かんぷ)なきまでに叩き壊して下さい。間違っても中身を覗いたり、形見分けをしてはいけません。もしそんなことをしたら死後でも呪います。そしてあの世で永遠くすぐりの刑です』

 一体何が入っているのか気になりましたが、今は関係ないので次に進みます。

 

『そしてもう一つ、私が死んだ時にお願いがあります。私のお葬式で出棺する際に、お見送りの曲としてOver Soulを流して下さい。アニメ版シャーマンキングの前期オープニングテーマで、今にも蘇りそうなあの曲です。

 あれがお葬式で流れた時の参列者のリアクションがどうしても知りたいのですが、人のお葬式で流す訳にはいきませんので自分で試してみたいんです。そして私の代わりにその様子を見届けて下さい』

 いや、いくらお願いされたってこんな不謹慎なことはできませんよ! ここも関係ないので飛ばします。

 

『続いて、私が誤ってお酒を飲んだりして、暴走した時の対応です。その時は……』

 ちょうどピッタリな対応が書かれていました。急いで内容を確認します。

「え? これが、解決法……?」

 ちょっと疑問に思いましたが、他に良い方法は浮かびませんので、指示通り『あの方』を捜しに行きました。今日、会社にいればいいんですけど。

 

 

 

 運よくあの方がいらっしゃいましたので、中庭まで一緒に来て頂きます。

 すると朱鷺さんは乃々さんを膝の上に抱えてご満悦そうな表情をしていました。乃々さんはいつ潰されるか気が気ではないようで、小刻みに震えています。

 

「いやー、本当に乃々ちゃんは可愛いれすね~」

「もりくぼ、抱き枕ではないんですけど……」

「ウチの養子になりませんか? 安らかに老衰死するまで一生面倒を見てあげましゅよ~?」

「もりくぼの家は、パパもママも健在なので……」

「いいじゃないれすかぁ~、乃々ちゃんのケチぃ~。……ひとりはもう嫌だよう。みんなと遊びたいよう!」

 まるで駄々っ子です。

 

「七星さん、まずは森久保さんを離そう! 俺が代わりの人質になるから!」

 犬神Pさんがそう言って朱鷺さんに近づきます。

「貴方が、乃々ちゃんの代わりれすか。……フッ」

「今、完全に鼻で笑ったよね?」

「ポジティブシンキングなのは良いことれすよ。でも、自己評価が高すぎるのは困りものれすので、気をつけた方がいいれす」

「泥酔していても俺の扱いは変わらないのかッ!」

 犬神Pさんが落ち込んでしまいました。その姿を見てげらげら笑う朱鷺さんの方に、あの方が歩いていきます。

 

「あらあら、朱鷺ちゃん。随分とおいたが過ぎているようですねぇ」

「せ、千川さん。……あれ、今日は欠席では?」

「シンデレラプロジェクト関係のお仕事が沢山あるので、休日出勤していたんですよ。そうしたら朱鷺ちゃんがお酒飲んで暴れているって伺ったので、止めに来ました♪」

 お酒を飲んだりして暴走した時の対応────それはちひろさんを呼んでくることでした。朱鷺さんによると推定危険人物ランク特S級らしいです。毒をもって毒を制すと書かれてました。

 

「いや、あ、暴れてはいませんよ……。私は正気ですから……」

 朱鷺さんが青い顔で滝のような汗をかいています。私達には感じられない猛烈なプレッシャーが重くのしかかっているようでした。

「酔っている人は皆そう言うんですよ。さぁ、事務室でちょっと頭を冷やしましょうか」

「ああ、そういえば用事を思い出しました! 早く帰らなきゃ!」

 瞬間移動して逃げようとする朱鷺さんの手を、ちひろさんが捕まえます。

 

「ひぎぃっ!」

「さぁ、行きましょう、朱鷺ちゃん」

「チェ、チェンジを強く希望します!」

「そういうシステムはありませんので諦めて下さいね」

「い~やぁ~~!」

 ちひろさんにぐいぐいと引っ張られ、朱鷺さんはエレベーターに飲み込まれていきました。とりあえずは一件落着のようです。

 でも、あの朱鷺さんを易々と捕まえるなんて……ちひろさんは一体何者なんでしょうか。

 その後歓迎会はつつがなく終わりましたが、朱鷺さんとちひろさんは最後まで姿を見せませんでした。

 

 

「おはようございます……。あ~、頭痛い……」

 翌日、無事に朱鷺さんがプロジェクトルームに来られたので安心しました。

「おはようございます。昨日はすいませんでした。友紀さんから差し入れがあったことを話しておけば、あんなことにはならなかったでしょうから」

「いえ、いいんですよ……。ちゃんと表示を確認せずに飲んでしまった私が悪いんです。皆さんにはご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございませんでした……」

 朱鷺さんが私達に頭を下げます。

 

「フッ。実害は無かったし、朱鷺の新しい一面も見れたからそれでチャラとしよう」

「もりくぼは、生きた心地がしませんでした……。でも、今は気にしていませんから」

 飛鳥さん達がフォローします。

「そ、それで、私何か変なこと言っていませんでしたか? 実はあまりよく覚えていないので……」

「そういえば、前世がどうとか口にしていましたけど」

「……マジですか。いや、あれは違うんです!」

 その言葉を聞くと朱鷺さんが狼狽しました。

 

「前世の記憶があるなんて、悪い冗談だね」

 飛鳥さんがため息交じりで呟きます。

「ほ、本当に下らないジョークですよねぇ~! 何でそんなこと言ってしまったんでしょう?」

 必死に誤魔化す朱鷺さんを見てもしやと思いましたが、直ぐにその考えを振り払いました。記憶の継承なんてありえませんから。

 それに私にとって朱鷺さんは、かけがえの無いお友達であり仲間なんです。どんな過去があったとしても、そのことに変わりはありません。

 

「そういえば、ちひろさんとはあの後どうされたんですか?」

「千川さんは裏表のない素敵な人です」

「え?」

「千川さんは裏表のない本当に素敵な人なんです。だから何もされていません。千川さんは裏表のない素敵な人です。千川さんは……」

 朱鷺さんがひどく怯えた様子でロボットのように呟き続けます。

 

 一体あの後、何があったのでしょうか……。

 

 

 

 

 

 




この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
あくまで物語であり、現実において未成年者の飲酒を推奨する意図はありません。
未成年者の飲酒は法律で固く禁じられています。お酒は二十歳になってから。





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第30話 神崎蘭子の憂鬱

「起立、礼、着席」

「皆さん、おはよう! 今日も一日張り切って行きましょう!」

 本日は私が日直なので、朝のホームルームに合わせて号令を掛けました。担任の間宮(まみや)先生はいつもどおりテンションが高いです。

 私は次回収録の『RTA CX』でプレイするゲームのチャート(攻略手順)作りを夜中までやっていたので、朝からねむねむです。

 

「今日は授業に入る前に大切なお話があるの」

 大切な話とはどんな内容でしょうか。流石にこれ以上転校生は増えないはずですけど。

「ウチのクラスってずっと学級委員長がいなかったでしょう? 新年度になったし新しいお友達も増えたから、この機に決めちゃおうと思って!」

 へぇ~、学級委員長ですか。このクラスにはなぜかいませんでしたから、仰るとおり今のうちに決めておいた方がいいと思います。

 

「それじゃあ、誰か学級委員長をやりたい人いるかな~? いるなら手を挙げて!」

「…………」

 誰も手を上げませんが仕方がないでしょう。

 この個性の闇鍋みたいなカオスの極みなクラスを率いるなんて、面倒なことをやりたいはずがありません。誰がなるかはわかりませんがご愁傷様ですねぇ。

 

「立候補者なし、ね。じゃあ七星さんとかどう? 面倒見がいいからピッタリじゃない!?」

 この先生、なんかとんでもないことを言い始めましたよ。

 キラーパスがマッハ3くらいの速度で投げ込まれてきました。あれ? こんなこと、確か半年以上前にあったような……。

 

「そうだな、私に異存は無いぞ。朱鷺ならきっと上手くやれるだろう」

 晶葉ちゃんが早速便乗してきやがりました。

 冗談ではないです。なぜ私がそんな面倒くさいことをやらねばならないのですか! 完全に決まる前に他の方へ丸投げしましょう。

「科学の知識は晶葉ちゃんの方が上ですよ! 皆のリーダーですから、この中で一番頭の良い子がいいと思います!」

「科学者は孤高の存在なのさ。学級委員長なんて出来る訳が無いだろう」

 私の提案は謎理論で一蹴されてしまいました。解せぬ。

 

「幸子ちゃんはカワイイですから、きっと世界一カワイイ学級委員長になれます!」

「学級委員長のボクもカワイイですから捨てがたいですねぇ。しかし、ボクは仕事で学校を休むことが多くてご迷惑をお掛けしてしまうので、謹んで辞退しますよ」

 くっ! 割と正論なので言い返せません。こういう時だけチョロくなくなるのはずるいです。

 

「なら、意外性を重視して蘭子ちゃんなんてどうでしょうか!」

「長き眠りから目覚めを迎えるもいいわ……。だが、我は変身まで時間が必要。盟主に君臨するにはまだ時が満ちておらぬ……」

 はい、そもそものコミュニケーションに難がありますよね。十分過ぎるほど良く存じ上げておりました。

 

「では七星さんがいいと思う人、手を挙げて!」

 先生が問いかけると、私以外全員手を挙げました。また全員からユダられるとは……。

 いや、乃々ちゃんは手を挙げるか迷っています! 乃々ちゃんは私の味方でした! やったね!

「賛成多数で七星さんに決定! 私に代わって卒業まで皆の面倒をよろしく!」

 しかし結論は覆りません。それに最後の最後で本音がだだ漏れたような気がします。

 私の手には負えないと思うんですが、それは大丈夫なんでしょうかねぇ……?

 

 

 

「七星さん、ちょっといい?」

「……はい、なんでしょう」

 その日の放課後、間宮先生から呼び出されました。私としては先ほどの学級委員長の恨みがありますので、終始仏頂面です。

 先生に導かれるまま空き教室に入ったところ、勢いよく私に頭を下げてきました。

 

「学級委員長の件、無理やり決めてしまって本当にごめんなさい。でも教師の私だけだと、個性の強いあの子達をフォローするのには限界があるの。皆を中から支えてくれる子がいてくれると助かるんだけど、七星さん以外に適任者がいないのよ」

 真剣な表情で語りかけます。どうやら酔狂で私を選んだ訳ではなさそうです。

 

「でも、なぜ私なんですか?」

「346プロダクション経由で貴女の人となりは聞いたわ。行動力があって仲間思い、そして親しい子にはとても優しい子だってね。まだ少ししか接していないけど、神崎さんの歓迎サプライズといい友達思いの良い子だってことは私にもわかるもの。

 それにこの間のマジアワだって、一ノ瀬さんと高峯さん、姫川さんの最凶トリオを上手く制御していたじゃない! あの調整力があればクラスの子達をまとめることができるはずよ!」

 ネット上では既に伝説と化したあのカオス回を聴いてしまったんですか。あれは思い出すだけで恐ろしいです。収録と引き換えに私の胃がズタボロになりましたから……。

 

「でも、先生があのラジオを聞いているなんて意外です」

「そりゃあ可愛い生徒が出演している番組だもの。七星さんだけじゃなくて、クラスの子の出ている番組や雑誌とかは可能な限りチェックしてるわよ」

 この言葉には正直驚きました。この先生は私達のことをちゃんと知ろうとしてくれています。とても嬉しい気持ちになりましたが、それと学級委員長の件は話が別です。

 

「お気持ちは分かりますが、私も学業とアイドル活動の二足の草鞋(わらじ)なんです。それに学級委員長が加わったら、体が持つかどうかわかりません」

「もちろんタダでとは言わないわ。引き受けてくれるのなら多少の問題行動には目を(つむ)るし、七星さんのネガティブな情報を外部に漏らさないよう最大限努力する。もちろん七星さんの家族にもね。これでどう?」

「謹んでお受け致します」

 スカートの端を掴んで(うやうや)しく一礼します。迷うことなく即決でした。

 

「しかし中学生相手に裏取引ですか。先生も中々のワルですねぇ」

清濁(せいだく)併せ呑んでこその社会人なのよ。私は綺麗事ばかり並べて、何も行動しないサラリーマン教師にはなりたくないの」

「……そうですか」

 こういう考え方、嫌いじゃないですし好きですよ。それに間宮先生は私達のことをちゃんと考えてくれていますから嬉しいです。

 私が前世で出会った先生は皆、自分の保身ばかり考えて生徒と向き合っていなかったので、こういう方はかえって新鮮でした。

 

「じゃあ、取引成立ということで。これからよろしくね、七星さん!」

「はい。こちらこそ、改めてよろしくお願いします」

 お互いに笑顔で握手しました。大人同士の裏取引は無事成立したのです。

 

 

 

「あーあーあーあーあー」

「七星さん、腹式呼吸が乱れていますよ。下腹へ『スーッ』と静かに入っていくようなつもりで、息を吸うようにしてみましょう」

「はい!」

 トレーナーさんの指示を意識して、腹式呼吸をしていきます。

「あーあーあーあーあー」

「そうそう、いい感じです」

「ありがとうございます」

 

 学級委員長就任の翌日は土曜日でした。世間的には休日ですが、私達コメットの四人はお休み返上でレッスンです。先日の臨時ライブのチケットが瞬殺したことを受けて、ライブの予定が次々と入っているのです。

 目先では5月中旬と6月上旬に大型ライブハウスでライブ&トークショーを行う予定となっていますので、その際に披露する曲の練習に集中しています。今は5月頭なので、まずは5月中旬のライブを目標として精力的に練習に取り組んでいました。

 

「はい、では午前中のボーカルレッスンは以上です。午後のダンスレッスンは姉が担当しますので、お昼を食べたらダンスのレッスンルームへ向かってくださいね」

「はい、ありがとうございました!」

「ふふっ。皆良い声ですよ。それでこそ訓練した甲斐があります」

 ボーカルレッスン担当のトレーナーさんはベテラントレーナーさんほど厳しくないからやりやすいです。ベテラントレーナーさんは訓練ガチ勢ですので、ほたるちゃんですらバテてしまいます。

 レッスンが終わると、ボロ雑巾と化した乃々ちゃんが横たわっているのがいつもの光景でした。

 

「じゃあ、お昼を買いに行きましょうか」

「ああ、そうしよう」

 荷物を持ってレッスンルームを後にします。今日はカフェや食堂が営業していないので、社屋内のコンビニでお昼ご飯を買ってから地下のプロジェクトルームに向かいました。

 

 

 

「私に命令するなァァーー!」

「ど、どうしたんですか、朱鷺さん!」

「冥府の亡者も蘇るほどの叫換(きょうかん)ぞ!」

 ルーム内に絶叫が響きました。ほたるちゃんと蘭子ちゃんが慌てた様子で私を見つめます。

 

「いや、すいません。あまりにも面倒だったので、つい……」

「半年間アイドルをやってきたけど、カップラーメンに切れたアイドルは初めて見たよ」

 アスカちゃんが呆れた表情で私を一瞥(いちべつ)しました。いや、私は悪くないんです!

 

 先ほど、ちょっと奮発してお高めのカップラーメンを買いました。そしていざ食べようとしたのですが、その作り方がめんどくさいのなんの。

 小さめの具は先入れで大きめの具は後入れ。そして粉末スープは先入れで液体スープと油は後入れ。スパイスはお好みでどうぞとか……。

 なぜこの私がカップラーメン如きに細かく指示されなければいけないんですか! スパイスも入れるべきか入れないべきかはっきりしなさい! そんな中途半端な態度だとお姉さん怒りますよ!

 

「朱鷺ちゃん、それ後入れですけど……」

「いいんです。先入れでも後入れでも大して変わりはしません。お腹に入ってしまえば同じ炭水化物とたんぱく質です。誤差ですよ誤差!」

YHVH(創造主)の定めし秩序を破るとは、墜天の前触れか……」

「仕事や礼儀作法には鬼神の如き厳しさなのに、日常生活は本当に大雑把(おおざっぱ)だな、キミは」

「ファンの方にはお見せできない姿ですね」

 

 やはりコップヌードルやキッチンラーメンが最強です。お湯を入れれば直ぐに出来上がるのは素晴らしいですよ。ラーメンチョイスを完全に失敗しました。

 でも結構美味しかったです。何か悔しい。

 

 

 

「で、なぜナチュラルに蘭子ちゃんが混ざっているんでしょうか」

「禁断の果実と真紅の秘薬は我が魔力を高める。地底の牢獄で潤いを得るのも、悪くは無い」

 とうとう我慢できず突っ込みました。当の本人はハンバーグ弁当を美味しそうに食べています。

 

 今日はシンデレラプロジェクトの子達もレッスンがあったらしく先ほどコンビニで偶然遭遇したんですが、蘭子ちゃんはごく普通にコメットのプロジェクトルームについて来ました。あまりに自然過ぎて今の今まで突っ込めなかったくらいです。

「蘭子ちゃん、30階にお帰り。ここは貴女の世界ではないんですよ。ねぇ、いい子だから……」

「波動に導かれた同胞達の居るこの牢獄は、我の魂を安寧に誘うわ」

 ナウシカが王蟲(オーム)を森に帰す時の様に優しく諭しましたが、蘭子ちゃんは首を横に振りました。どうやら居座る気のようです。

 

 蘭子ちゃんと私達は同じ学校なのでとても仲がいいです。特にアスカちゃんとは同じ中二病同士でツーカーの仲ですから、ここに居たいという気持ちはよ~く分かります。

 しかし彼女と私達は別プロジェクトのアイドルですので、あまりべったりというのも良くはないでしょう。シンデレラプロジェクト内で浮いてしまう可能性がないとは言い切れませんので、適度な線引きはしておく必要があります。

 

「フフフ……まぁいいじゃないか。可愛い子猫の戯れさ。それに、今日はランチを堪能しに来た訳ではないんだろう?」

「そうなんですか?」

 乃々ちゃんが問いかけると、蘭子ちゃんが「うむ」と返事をしました。

 

「我は極彩色の彗星から託宣を得るために舞い降りた!」

 蘭子ちゃんがカッコいいポーズを決めながら叫びます。

 彗星はそのままコメットを指しているはずです。託宣とは神のお告げのことですので、我々から何か話して欲しいことがあり、ここに来たということでしょうか。

 

「灰被り達が新たなる姿に生まれ変わる魔法の物語──その道の始まりにして、タイタンの巨壁が突如現れたわ。その壁により、九柱のワルキューレに昏い影が差しているのよ!」

「……アスカちゃん、翻訳をお願いします」

「至って普通のことを話しているだけだが……。まぁ、いいだろう」

 翻訳が激烈に面倒なので熊本弁の専門家にお任せしました。これが普通に聞こえるセンスが超羨ましくないです。

 

 アスカちゃんの通訳のもと、蘭子ちゃんの話を一通り伺いました。

 何でも、シンデレラプロジェクトの子達の中から二つのグループがCDデビューするそうです。

 一つ目のグループのメンバーは凛さん、卯月さん、本田さんの三名。先日美嘉さんのバックダンサーとして出演したあの子達です。

 二つ目のグループのメンバーは美波さんとアーニャさんの二名。クールで大人な雰囲気の美女コンビです。

 

 グループとしてのCDデビューはとても喜ばしいことです。しかし、他のメンバーのデビュー予定について武内Pからは明確な回答が無く、ちゃんとデビューできるか残りの子達が不安になっているとの話でした。(但し杏さんは除く)

 特にみくさんと莉嘉ちゃんは早くデビューしたいという気持ちが強く、不満の色を隠そうともしていないそうです。

 

 残りの子達からしたら、一番最後に加入してきた凛さん達がいきなり大舞台に出演した上、あっという間にCDデビューですから焦って当然だと思います。(但し杏さんは除く)

 私がもし犬神Pから同じ仕打ちを受けたなら、翌日には犬の亡骸が多摩川に浮かんでいることでしょう。

 

「え、えっと、みんなのためになる良い方法があったら教えて下さいっ!」

 素に戻った蘭子ちゃんが頭を下げました。彼女は自分も不安に思っている中、他の子のことを考える優しさを持っています。

 人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことのできる真っ当な人間です。それはアイドルとして本当に素晴らしい才能だと思います。

 

「わかりました。我々で対策を考えてみましょう」

「私達はサポート役ですから、こういう時にこそお役に立たないといけませんよね」

 ほたるちゃんも同意してくれました。アスカちゃんや乃々ちゃんも頷いてくれます。

 サポート役とは言え他プロジェクトなので今までは直接介入せずにいましたが、実害が出てしまっている以上動いても問題は無いでしょう。状況によっては武力による介入も辞さない覚悟です。シンデレラプロジェクトの皆の為に、この歪みを破壊します。

 

「極彩色の彗星よ、深く礼を言うぞ。ハーッハッハッハ!」

 元に戻った蘭子ちゃんがまたポーズを決めながら叫びました。

「それと蘭子ちゃん。いくらカッコいいポーズを決めても、口元にご飯粒が付いてたら台無しですよ」

「ふえぇぇ!?」

 ご飯粒を慌てて取ります。恥ずかしそうな姿が超可愛い。養子にしたい。

 

 

 

「では、コメット臨時集会を始めたいと思います。まずは、カンパーイ!」

「乾杯~!」

 五つのグラスがカチンと鳴りました。今日の会場は346プロダクションの近くにあるお好み焼き屋さんです。犬神Pは遅れての到着なので、先に皆で食べ始めていました。

「……で、俺は何で呼ばれたのかな? 全く事情を聞いて無いんだが」

「そりゃそうですよ、話してないですもん」

 今日のワンちゃんは珍しく私服です。休みの日に急に呼び出したんですから当然といえば当然ですけど。

 

「緊急事態だって話だからすっ飛んできたのに、普通にお好み焼き食べてるし……。一応二週間ぶりの休みなんだよ?」

「人間頑張れば月300時間残業や365連勤くらいはできますから大丈夫ですって。それに休みといってもどうせ家で寝てるだけでしょう?」

「それは否定できないのが悔しい……」

 暗い表情でうな垂れてしまいました。休みに遊びに行く人がいないとは寂しい奴です。ですがその点を非難するとブーメランになって前世の私自身に突き刺さるので止めておきましょう。

 

「豚玉、今焼きあがりました。どうぞ」

 カットしたお好み焼きをお皿に載せてワンちゃんに渡します。流石ほたるちゃん、気配り上手なイイ女です。

「ああ、ありがとう。白菊さんは本当に優しいな。誰かさんとは違って」

 ほう、飼い主に毒を吐くなんて一丁前に成長したじゃないですか。これは教育やろなぁ。

「七星さん、俺が悪かった。だからヘラを鉄板に押し付けるのは止めよう」

「ちっ……!」

 行動を読まれていたようです。必殺の焼きごてで脅してあげようと思ったのに。

 

「こんな美少女達に囲まれているんですから不満は無いでしょう。キャバクラでこのクオリティの子達を確保しようとしたら、一晩で三桁万円は下らないですよ」

「そりゃそうだけどね。でも例えがキャバクラって……」

「何か、問題でも?」

 犬畜生が余計なことを言ってきたので反論していると、皆の冷めた視線が突き刺さりました。

 

「話が進まないんですけど……」 

「とりあえず、食べながら経緯を報告しようか」

「はい、では私の方から……」

 ほたるちゃんが先ほどの蘭子ちゃんの相談内容を説明します。コメットとしては、例え直接介入をすることになってもシンデレラプロジェクトの子達を助けたいと伝えて頂きました。

 

 

 

「うーん、それは確かに問題だな。でも先輩の仕事に口を出すのはなぁ……」

 ワンちゃんが悩ましげな表情で呟きました。シンデレラプロジェクト内が不穏であり対策が必要であることは理解したようですが、まだまだ新人の身で先輩に上申するのは心苦しいみたいです。

 彼を擁護するつもりはありませんが、その気持ちは良く理解できます。特に相手がOJTで教育してもらった先輩であり、社内での絶対的なエースである武内Pですから、この上なく言い難いでしょう。

 

「武内Pのやり方に口を出す訳ですから、言い難いことはよくわかります。ですが誰かが言わないとシンデレラプロジェクトの子達が不幸になってしまいます。武内Pだって彼女達が悲しむことは望まないはずです。ここで進言することは皆の為ですから、勇気を持って踏み出しましょう」

「……わかった。神崎さん達のデビューについて先輩がどう考えているか、本人達に直接伝えるよう先輩に話をしてみるよ。明後日の月曜でいいかな?」

「はい、よろしくお願いします。相談の際には私もコメット代表として同行しますから、安心して下さい」

「ああ、こちらこそよろしく」

 

 これで蘭子ちゃんの相談の件は何とかなるでしょう。もしワンちゃんが上手く説得できなかったら私がナシをつけるつもりです。

 いざとなったら肉体言語です。アイドル腕ひしぎ逆十字固めやアイドルチョークスリーパーでも極めてやれば武内Pだって(物理的に)イチコロでしょう。

「それで、今日の議題はこれだけでいいのかな?」

「いえ、シンデレラプロジェクトに関して、もう一つ提案があります」

「提案?」

 皆が不思議そうな表情を浮かべます。こちらの話はまだ誰にもしていませんから当然でしょう。

 

「コメットが予定しているライブ&トークショーですけど、シンデレラプロジェクトの未デビュー組をゲストとして招いて、ライブをして貰うのはどうかと思いまして」

「蘭子達をかい?」

 アスカちゃんが少し驚いた表情を見せました。

 

「はい。凛さんたちはこれからミニライブ等があるはずですが、他の子はアイドルらしい仕事はまだないでしょう。デビュー時期が先だとモチベーションの維持が難しいですから、とりあえず手近な目標を設置してあげようかと思いまして。

 それに何より、ライブで演じる楽しさを彼女達に早く体験して欲しいんです。6月上旬のライブならまだ1ヵ月以上ありますので、1曲に限定すれば問題なく出来るはずですし」

「でも、そんなことをしたら君達の出番が少なくなるじゃないか。当日の流れだって複雑になって確実に負担が増えるけど、いいのかい?」

「もちろんこれは一メンバーとしての提案なので、誰かが反対すれば見送ります。皆さん、いかがでしょうか?」

 

 犬神Pの言うとおり、コメットにとっては負担が増えるだけでメリットは何もありません。しかも強力なライバルに塩を送るような自殺行為でもあります。半年前の私なら損得勘定を最優先していましたので、こんな提案は死んでもしなかったでしょう。

 ですが私達もここに至るまで、先輩のアイドルの皆さんから色々なアドバイスやサポートをして頂きました。そして彼女達は誰一人見返りを求めなかったのです。

 

 私が今まで勤めていたブラック企業は、社員間の足の引っ張り合いや陰口、謀略、妬み、(そね)み、暴力が蔓延(はびこ)る素晴らしいド畜生ワールドでしたので、こんな優しい職場に巡り合ったことはありませんでした。

 だからこそ、今回は私達が受けたご恩をこの素敵な職場に返す時だと思ったのです。

 

「ボクは賛成だよ。蘭子達の力になれるのなら、多少の苦労は気にしないさ」

「私も賛成します。智絵里さんやかな子さん達には日頃から良くして頂いてますので」

「だ、大丈夫です……。というか、もりくぼは出なくてもいいですから……」

 皆も賛成してくれました。やっぱり優しい子達です。ますます好きになりました。

 

「わかった。じゃあライブの参加についても、さっきの件と一緒に相談してみよう」

「ありがとうございます」

 一応お礼を言っておきます。一応です。

「……それで、七星さんは何をしているのかな?」

「何って……え?」

 

 ワンちゃんが飲んでいる生ビールのジョッキを握っていました。完全に無意識です。危なッ!

 歓迎会での誤飲以来、アルコールに対するガードがかなり緩くなってしまいました。注意しなければいけません。

「朱鷺さん、お酒はダメです。絶対です!」

 ほたるちゃんが青ざめてしまいました。あの時のことはあんまり記憶にないですがそんなに酷かったんでしょうか。お酒は適度に楽しむタイプですから、皆さん話を盛り過ぎているだけだと思います。

 しかもなんですかミラクル☆トッキーって。この聡明な私がそんな頭の悪い名乗りをする訳がないでしょうに。

 

 それよりも千川さんの『アレ』を一刻も早く記憶から抹消したいです。思い出すと今でも震えてきます……。ぷるぷる、ボクわるいアイドルじゃないよ。

「ううぅ……」

「ノノ、気をしっかり持つんだ!」

 乃々ちゃんも震え出しましたがなぜでしょうか。思春期の女の子の行動はよく分かりません。

 

 

 

 二日後の月曜日、私と犬神Pは武内Pのオフィスを訪問しました。

 そして犬神Pから蘭子ちゃんの相談の件とライブのゲスト出演の件について伝えてもらいます。

 

「……という訳です。先輩には先輩の考えがおありでしょうが、アイドルの皆さんが不安になっている状況は望ましくは無いと思います。少なくとも全員デビューが決まっているのでしたら、そのことだけでも説明すれば彼女達の気は晴れるのではないでしょうか」

「……そうですか」

 武内Pが考え込んでいますので、私からフォローという名のダメ押しをしておきましょう。

 

「横槍を入れてしまい申し訳ございません。武内Pさんとしては、確定していない予定を伝えてそれが変更となった時に、蘭子ちゃん達がショックを受けると思われているのではないでしょうか」

「……はい、確かに」

「優しいお気遣いで、そのお気持ちはとても有難いです。ですがアイドルとしては未確定の情報も教えて頂きたいと思ってしまうんですよ。そうでないと意図的に情報を隠されているのではと不安になってしまいます。予定が未確定なら、その点も含めてお伝えしてはいかがでしょうか?」

 

 今までの経験上、仕事で起きるトラブルの原因の七割はコミュニケーションの齟齬によるものでした。『言った・言わないの問題』や『報告・連絡・相談の不足』がよくあります。

 今回は後者のパターンです。まだトラブルには至っていませんが、このまま放置すると大きな事件になりかねないような予感がします。それを潰すためにも、今ここで『はい』と言って頂く必要がありました。

 

 少し考える素振りを見せた後、武内Pが口を開きます。

「わかりました。今後の彼女達のデビュー予定については、私から本人達へ直接連絡します」

「ありがとうございます!」

 犬神Pが頭を下げました。武内Pは聡明な方ですから、こうやってきちんとお伝えすればご理解頂けるのでやりやすいです。でも、なぜか担当アイドルとの交流を極力避けているような気がするんですよねぇ。

 私の勘でしかないので口にはしませんけど、もし事実ならアイドルのPとして致命的な弱点ではないでしょうか。

 

「……いえ、礼を言うのはこちらの方です。彼女達の不満をそのままにしていたら、大変な事態になっていたかもしれませんので。それとライブのゲスト参加の件ですが、コメットとしてはそれでよろしいのでしょうか」

「はい。我々としては、是非シンデレラプロジェクトの皆さんにゲスト出演して頂きたいと考えています!」

「重ね重ね、ありがとうございます。ライブの件については、まず彼女達の意思を確認させて下さい。その上で要望が強ければ参加させて頂きたいと思います」

「わかりました。連絡をお待ちしております」

 

 

 

 相談を終えると速やかに退出しました。これで当面は問題ないでしょう。

 しかし意外なほどワンちゃんが仕事をしました。相手が迫力のある武内Pですから気後れしてしまうのではと心配していましたが、しっかりと順序立てて説明してくれたのです。

 ちゃんと言えたじゃねえかとついつい感心してしまいましたよ。ああいうきちんとした説明が聞けて良かったです。そろそろ育成P枠から二軍P枠に昇格させてもいいでしょう。

 部下の成長は私にとっても喜ばしいことです。どれ、(ねぎら)いの言葉でも掛けてあげましょうか。

 

「え~、犬神さん。今回は本当に良く……」

「あ~! 本当に緊張した~! でも上手く喋れたよね!? 先輩相手に引かずに説明できるなんて、俺もかなり成長しているよな! 七星さんもそう思うだろう!?」

 ……熱い自画自賛ですか。褒めてあげようという慈母の心が一気に霧散しました。

 

「ちょっと何言ってるか分からないです」

「そこは分かってくれよ! 頼むよ!」

 犬神Pの寒いツッコミが廊下中に響き渡りました。成長してもまるでダメなお犬様であることには変わりないようです。

 コレが担当Pという現実を再認識して、やっぱつれぇわと思ってしまいました……。

 

 

 

 

 

 



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第31話 行列のできる七星医院分院

 武内Pを説得した日の夕方、いつものように飛鳥ちゃん達とプロジェクトルームでお茶をしているとノックの音が聞こえました。

「どうぞ、鍵は開いていますよ」

「……失礼します」

 遠慮がちな声の後、ゆっくりとドアが開きました。するとシンデレラプロジェクトの方々がぞろぞろと入ってきます。CDデビュー組を除く九人の子達で、その先頭にはみくさんがいました。

 

「皆さん、何か御用でしょうか?」

「その……みんな、ありがとにゃ!!」

 みくさんが声を張り上げた後、勢いよくお辞儀をしました。

「ありがとうって……何のことでしょう」

「みく達のデビュー予定について、Pチャンに話すよう言ってくれたことにゃ……。みく達、本当にデビューできるのか心配で毎日眠れなくて、ずっとこのままだったらストライキでもしようかなって思ってたの。でも、みく達もちゃんとデビューさせる予定だってさっきPチャンから聞いて、すっごく安心したにゃ」

 

 私が思っている以上に事態は深刻だったようです。

 ストライキは労働組合が行う正式な抗議ですし労働者の権利ですから問題はありませんが、みくさん達は労働組合には未加入なのでただの業務妨害になってしまいます。

 もしそんなことをしたらみくさん達だけでなく責任者である武内Pを含めて何らかの処分を受けたでしょうから、未然に防ぐことが出来て何よりです。

 

「みんなー! ライブに誘ってくれてありがとにぃ☆」

「きゃっ!」

「ひえぇ……」

 きらりさんがほたるちゃんと乃々ちゃんに勢いよく抱きつきます。体格差の為、二人ともあっさりと捕獲されました。両肩に二人を抱えているのでガンキャノンみたいになってます。

 

「ライブの件なら、礼はトキに言うといいさ。このプランを思想したのは彼女だからね」

「言い出したのは私ですけど、アスカちゃん達が賛成しなければ没になっていましたから、この四人の案だと思って頂いていいですよ」

 私の善行はコメット全体の善行なのです。ワンフォーオール、オールフォーワンの精神です。

 

「極彩色の彗星の慈しみ……我は生涯忘れまいぞ」

「フフッ……蘭子も喜んでくれたようで、何よりだよ」

「あ、飛鳥ちゃん……」

 蘭子ちゃんが顔を赤らめました。

 あの二人は特殊な世界に旅立たれたようなので、そっとしておきましょう。背景には百合の花が広がっていそうで、とても声が掛け難いです。

 

「それでは、皆さん6月のライブには参加されるということでよろしいでしょうか?」

 ほたるちゃんがきらりさんに抱えられたまま質問をすると、「はいっ!」という元気な声が部屋中に広がりました。

「みんな期待しててねっ。ちょー頑張って、百点満点とるからっ☆」

 莉嘉ちゃんが燃えていますが、勘違いしていると良くないので釘を刺しておきましょう。

 

「ライブといってもこの間凛さん達が出演した『Happy Princess Live!』よりも小規模ですからがっかりしないで下さいね。一応大型のライブハウスですけど、あちらとはかなり違いますよ」

 先日のライブ会場は収容人数が二千四百人、一方で私達が予定している次回ライブ会場の収容人数はスタンディングで八百人ですから、単純な人数比で三分の一です。

 それでもデビュー一年以内の新人アイドルの単独ライブとしては破格の待遇ですが、シンデレラプロジェクトの子達にはそんなことはわからないでしょうから一応注意をしておきました。

 

「人数なんて関係ないよ! みりあがアイドルの仲間に入れてもらえるなんて、何だか夢みたいっ! すっごく楽しみ!」

「ライブハウスって超ロックじゃん! 俄然(がぜん)燃えてきたー!」

 みりあちゃんと李衣菜さんは会場の大きさについてさほど気にしていない感じです。

「私にはあんな大きい舞台、無理ですから……。かえって、良かったです……」

「智絵里ちゃんは繊細だから緊張し易いもんね。リラックスする為には……はい、チョコレート!」

「あ、ありがとう、かな子ちゃん」

  かな子ちゃんがポシェットからチョコレート菓子を取り出しました。全身にどれだけお菓子を隠し持っているのか一度調べてみたいです。

 

「やる気があるようで良かったです。今回はスペシャルゲストとしての出演ですが、それでもプロのアイドルである以上お客様に良いライブを見せなければいけませんよ」

「絶対、ぜーったい成功させるもん!」

 みくさんが高らかに宣言しました。その顔にもう陰りはありません。

「それでこそ舞台を用意した甲斐があります。お互い頑張りましょう!」

「うん!」

 笑顔でしっかりと握手をしました。やっぱり、彼女達には暗い表情よりも明るい笑顔の方が百倍似合っています。

 

「えぇ……本当に働くの……? アイドルになっても我が暮らし楽にならず。……ぱたり」

 部屋の片隅では杏さんが全力でだらけていましたが、誰も気にしません。皆、彼女の扱い方が分かってきたようです。

 杏さんは本当に個性的で独自路線ですよねぇ。私みたいにちょっぴりしか個性のないアイドルでは逆立ちしても敵いそうにありません。

 

 

 

 皆と別れた後、家に帰る前に美城カフェに寄りました。日は既に没しており、店内には空席が目立ちます。ウエイトレスさん達も何だか手持ち無沙汰(ぶさた)な感じでした。

「いらっしゃいませ、美城カフェにようこそ! 朱鷺ちゃん!」

「おはようございます。菜々さん」

 お互いに挨拶をします。今日の目的はカフェではなく菜々さんでした。

 

「ちょっと待っていて下さいね。今スタッフルームから取ってきます!」

「お仕事中でお忙しいでしょうから、後でいいですよ」

「いえいえ、今はちょうど暇ですし」

 元気よく答えると、バックヤードに消えていきます。レジカウンターの前で少し待つと直ぐに戻ってきました。手にはCD等を収納するためのケースが握られています。何十枚も入れられるような大きいやつです。

 

「ではこれ、お貸ししますね!」

 菜々さんから収納ケースを受け取りました。

「はい、ありがとうございます。少し中身を見せて頂いてもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

 確認を取ってからチャックを開きます。すると中にはDVDのディスクが納まっていました。どれもマジックでタイトルが付けられています。その内の一枚には『生っすか!? サンデー 第37回』と書かれていました。

 

  生っすか!? サンデーは765プロダクション所属アイドルが総出演していたテレビ番組です。毎週日曜日に生放送しており、とても高い人気を博していたそうです。

 既に放送は終了しており、現在は『生っすか!? レボリューション』という後継番組が不定期にスペシャルで放送されています。今後生放送のバラエティ番組に出演する可能性がありますので、偉大なる先人達のリアクション等を学びたいと前々から思っていました。

 

「本当に助かります。生っすか!? サンデーはDVD化されていないので諦めていました」

「いえいえ、この間の捻挫のお礼ですよ」

 番組名は知っていましたがその頃はアイドルなんて微塵も興味が無く、裏番組の競馬中継を熱心に見ていましたので一度も見たことがありません。この間菜々さんと世間話をした際に偶々この話題になったのですが、菜々さんが本放送をDVDで録画していると知り、お借りすることにしたのです。

 

「菜々さん的にはどの回がお奨めですか?」

「ナナとしては第34回ですね! 出演者が765プロダクションのアイドルに代わってから直ぐの回なんですけど、あの『菊地真(きくちまこと)改造計画』や『あいパック事故』がありますし、他にも色々な見所が満載ですよ! 特に、貴重な雪歩ちゃんと真ちゃんの絡みは必見です! 眼福ですよ眼福!」

「そ、そうなんですか。帰ったら早速見てみますね……」

 菜々さんの勢いに押されていると客席から呼び出し音が鳴りました。

「それじゃあナナはお仕事に戻ります。返すのはいつでもいいので、見飽きたら持って来て下さいね!」

「引き止めてしまい申し訳ありませんでした。お仕事頑張って下さい」

 

 

 

 菜々さんを見送った後、(きびす)を返してお店を出ようとしたところ見知った方がいるのに気が付きました。頬杖をつきながら、暗い闇が支配する窓の外をぼうっと眺めています。

 何だかとても落ち込んでいるような感じです。気になったので彼女の傍へ近づきました。

「おはようございます。瑞樹さん」

「……え? あ、おはよう、朱鷺ちゃん」

 声を掛けたその人は元女子アナアイドルの川島瑞樹(かわしまみずき)さんです。

 

「どうかなされたんですか? 何だか真っ白に燃え尽きていますけど」

 矢吹ジョーも真っ青になるくらいのレベルで白いです。風に吹かれたら飛び散りそう。

「その、ちょっと色々あってね……」

 色々とは何でしょうか。日頃お世話になっていますので、力になれることがあれば是非協力したいです。

「頼りないかもしれませんが、私でよければ相談に乗りますよ」

「そう……。じゃあ、一つ訊きたいんだけど、いい?」

「はい。私に答えられることであれば何でもお答えします!」

「朱鷺ちゃんから見て、私ってそんなに歳がいっているように感じるかしら?」

 

 うーわぁー……。超答え難い質問が投げ込まれてきました。

 『はい』とは口が裂けても言えませんし、あまりオーバーに否定しても見え透いたお世辞と思われてしまいます。一瞬の間に色々な考えが巡りました。

「瑞樹さんはとてもセクシーで若々しい大人の女性だと思います……よ?」

 結局無難な答えに落ち着いてしまいました。

「そう……。ごめんなさいね、お世辞を言わせちゃったみたいで」

「いや、そんなことないですって! でも何で急にそんなことを確認されたんですか?」

 大きな溜息を付いた後、ぽつぽつと語り始めます。

 

「さっき、ブルーナポレオンの子達からプレゼントを貰ったの」

「へぇー、良かったじゃないですか」

 ブルーナポレオンは瑞樹さんが所属する五人組の人気ユニットです。瑞樹さんは楓さんや美嘉さんともユニットを組んでいる為一時的に四人で活動を続けていますが、ユニット内の仲は良好だと伺っています。

 

「その時千枝ちゃんから言われたの。『昨日は母の日でしたから、ブルーナポレオンにとってお母さんみたいな存在の川島さんにもプレゼントをあげたいって思いました!』ってね……」

「あっ……」

 やっと事情が分かりました。『お母さんみたい』────それはアラサーシングル女子にとって禁忌(きんき)のワードです。

 次々にバージンロードを歩んでいく学生時代の友人達や、両親からの矢のような結婚催促に必死に耐えている彼女達を一瞬で殺しかねません。レベル1デスくらいの殺傷能力があります。

 

 ですが佐々木千枝ちゃんはまだ11歳。決して悪意がある訳ではなく、お母さんみたいに優しくて安心できて、頼りになる存在だと言いたかったに違いありません。そして悪意の無さがよく分かっている分、瑞樹さんもその憤りをどこにぶつけたらいいかわからないのでしょう。

 

「そんなことないですよ。本当にお若いですから」

「慰めてくれてありがとう。フリルにもリボンにも負けない28歳! ……そういう気持ちでやってきたけど、流石にダメージが大きかったわ。やっぱり、若いっていいわね。朱鷺ちゃんだって、ナチュラルメイクでそんなに可愛いもの」

「いえ、私は一切メイクしてませんよ」

「…………今、何て言った?」

「いや、メイクって面倒じゃないですか。だから私は仕事の時以外はすっぴんです」

 下地作ったりファンデーション塗ったりと色々面倒ですもん。そんな時間があれば1分でも長く寝ていたいです。

 

「……恨みで人を消し去れたらいいのにねぇ」

 瑞樹さんから殺気が一気に解き放たれました。よくわかりませんが彼女の地雷を踏み抜いてしまったようです。

「し、失言があったようなので謝罪します。なので握っているフォークをお皿に戻して頂いていいでしょうか」

 瑞樹さんがフォークを渋々手放します。私がすっぴんであることがなぜ逆鱗に触れたのか、コレガワカラナイ。

 

「でも、千枝ちゃん達から見たら私なんてお母さんみたいなものよね。わかるわ……」

 こんなに弱々しい『わかるわ』は初めてです。何とかしなければと考えたところ、妙案が浮かびました。

「瑞樹さん、この後お時間ありますか?」

「……ええ。何の用かしら?」

「私からも、瑞樹さんにとっておきのプレゼントを差し上げようと思いまして」

「プレゼント?」

 頭の上にハテナマークが浮かんでいます。瑞樹さんにはきっと喜んでもらえるプレゼントですから、期待していて下さい。

 

 

 

「失礼します」

 念の為声を掛けてから無人のエステルームに入りました。電気を付け瑞樹さんを招き入れます。

「エステルームに何か用なの?」

「はい。せっかくですから、瑞樹さんに私の特別マッサージを受けて頂こうと思いまして」

「エステなら午前中に受けたから、また受けても効果ないと思うけど……」

 乗り気では無いようです。私はエステティシャンではないのでその反応は当然でしょう。

 

「まあまあ、騙されたと思って受けてみて下さい。何といっても私のは特別ですから」

「……わかったわ。よろしく頼むわね」

 上着とズボンを脱いで直立してもらいました。私の特別マッサージの準備はこれだけですからとても簡単です。

「では、まず全身を動かせなくします」

「えっ、ちょっと!」

 

 言い終わるのを待たず、脇の付近にある秘孔を突きました。この秘孔──『新壇中(しんたんちゅう)』には身体を動かせなくなる効果があります。

 事実、目の前の瑞樹さんは指一本動かせません。私が再起動の言葉を掛けるまで永遠にこのままです。

 施術中に動かれて手元が狂うと取り返しがつかなくなる恐れがありますので、一応の保険です。

 

 そして気を集中させると、瑞樹さんの全身の秘孔に拳を当てていきます!

「あたたたたーーっ!! ほぉわたぁ!」

「…………」

「貴女はもう、若返っている」

 決めゼリフを言うや否や、瑞樹さんがその場に崩れ落ちました。 新壇中の効果を切りましたので自由に動けるようになったのです。

 

「ちょ、ちょっと、何するのよ! 死ぬかと思ったじゃない!」

 猛抗議を受けます。しかし事前にマッサージ内容を話していたら全力で拒否されていたでしょうから、これも仕方ありません。

「驚かせてしまいすいませんでした。体の調子の方はいかがでしょうか?」

「え? ……そういえば、何だか肩がとっても軽いわ。まるで羽みたい! それに首の痛みも全然無い!」

「それだけではないですよ。自分のお肌を触ってみて下さい」

「何このサラサラ感! それに潤いも凄いわ! この感覚はまるで10代の頃のよう……」

「10代のようではなくて、10代に戻したんですよ。これも北斗神拳のちょっとした応用です」

 

 北斗神拳は相手の秘孔に気を送り込み、肉体を内部から破壊することを極意としています。破壊することができるのですから、治すことも当然可能です。

 瑞樹さんの体は同年齢の方と比べて断然若いですが、それでも肩や首といった気の流れが良くない箇所が多数あったので治療しておきました。

 

 そして同時に『リバースエイジング(若返り)の秘孔』を突いたのです。この秘孔は私の両親の為に、七星医院で多数のモルモッ……もとい患者さんを相手にして開発したとっておきの秘孔ですが、瑞樹さんがあまりに気の毒なので特別に使ってあげました。10歳程若返らせましたので肉体年齢は18歳くらいに戻っています。

 こんな秘孔を使わなくても両親は若々しいので開発した意味なかったなぁと思っていましたが、お披露目する機会があって良かったですよ。

 

「アンチエイジングなんて私にとっては時代遅れです。北斗神拳があればリバースエイジングも可能なのですよ。おほほほほ」

「朱鷺ちゃん! これって、いつまで効果が続くの!?」

「体の悪いところは先ほどのマッサージで全て完治しました。ただ、リバースエイジングの効力は永久ではありません。有効期間は大体半年くらいでしょうか」

 そう言うや否や、瑞樹さんが私の手を取りました。笑顔ですが何だか怖いです。

 

「アイドルを辞めて私の専属マネージャーにならない?」

「……いえ、残念ながらまだ引退する気はありませんけど」

「お金? お金なの? ならば諭吉さんを積むわ! 膝の高さまで!」

「だから引退する気は無いんですって!」

 なぜ皆寄ってたかってアイドルを辞めさせたがるんでしょうか。プロ格闘家やマッサージ師になるつもりはないんですけど。

 

「ちっ、仕方ないわね。ところでリバースエイジングって、戻す年齢はどれくらいが限界なの?」

「体に無理の無い範囲だと、今瑞樹さんに施したマイナス10歳くらいがいいとこでしょう。マイナス30歳や40歳もできなくはないですけど、体への負担が大きくて常人では耐えられないので止めておいた方がいいです」

 私なら問題ありませんが、一般人には耐えられない痛みが生じますからね。

 

「わかったわ、とりあえず更にマイナス5歳でやって頂戴。JCの頃のお肌に戻れるのなら、この命惜しくは無いわ!!」

「いや、もっと惜しまなきゃ駄目ですって!」

 その目には一切迷いがありませんので困ってしまいます。

 その後一時間にわたり説得を行い、定期メンテナンスをすることを条件に無理な若返りは希望しないと約束して頂きました。美にかける女の執念を完全に侮っていましたよ。

 

「アイドル街道爆進中☆ ピッチピッチアイドルミズキでぇ~す♪」

「あはは……」

 姿鏡の前でぶりっ子ポーズを取ります。うわキツ……くはないですが、なんともいたたまれない気分にはなりますね。でも機嫌は直ったようで本当に良かったです。やはり彼女も笑顔の方が百倍素敵です。

 

「お肌のコンディションバッチリ~♪ ステージもこの調子でいくわよ~♥」

「はい、頑張りましょう!」

 軽い気持ちでリバースエイジングをしてみましたが、これがきっかけで彼女とも一生涯の付き合いになりそうな予感がしました。ていうか一生付きまとわれそうな予感がひしひしとします。

 でも、それはそれで楽しそうなのでいいのかもしれません。

 

 

 

 その次の日はコメット全員でアイドル雑誌の取材を受けることとなりました。

 『○○ちゃんへの100の質問!』というテーマで、記者さんから出される100個の質問に答えていくというものです。

 美城カフェ内のオープンテラスで16時半から取材開始の予定なので、学校が終わり次第乃々ちゃんと一緒に直行します。

 

 美城カフェに着くと既にほたるちゃんとアスカちゃんが取材を受けていました。2人ずつ取材を受ける形式なので、他のテラス席に座って取材が終わるのを待ちます。

「いらっしゃいませ、美城カフェにようこそ! あっ……!」

「おはようございます。菜々さん」

 菜々さんがメニューを聞きにきたので挨拶します。でも何だか様子が変ですね。深刻な表情で私を見つめてきます。

 

「注文いいですか?」

「は、はい!」

「私はカモミールティーをお願いします。乃々ちゃんはどうしますか」

「も、もりくぼはみるくてぃーで……」

「かしこまりました! カモミールティーとミルクティーですね! 直ぐにお持ちします!」

 駆け足で店内に戻っていかれました。今日はいつも以上に挙動不審です。

 

「お待たせしました」

 菜々さんが注文したものを持ってきます。ティーカップを置いて去ろうとしましたが、覚悟を決めたような表情をしながら口を開きました。

「と、朱鷺ちゃん。瑞樹さんから聞いたんですけど、リバースエイジングの秘孔ってあるんですか……?」

「ええ、ありますけど、それがどうかしましたか?」

「ナ、ナナはリアルJKですからあまり関係はないんですけど~、それってナナにも効いたりするんでしょうか!」

「ええ、問題なく効きますよ。でもリアルJKの菜々さんには必要ないでしょう」

 ちょっとだけ意地悪をしてみました。

 

「う……でも、一応興味あるというか……」

「なぁに~? 聞こえませんねぇ~?」

「だから、ナナをJK時代に戻して……って言っても現在進行形でリアルJKですから!」

「ならリバースエイジングなんて必要ないですよ。今ある若さで頑張りましょうね」

「ううぅ……朱鷺ちゃんのバカー!」

 

 バックヤードに駆けて行ってしまいました。からかうにもちょっとやりすぎてしまったので反省です。お詫びとしてインタビューが終わったらマッサージをしてあげることにしました。

 その後インタビューを受けましたが、100の質問のうち約三分の一は北斗神拳についてでした。完全にさっきからかった罰が当たったような格好です。

 お願いしますからアイドルとして取材して頂けませんか……。

 

 

 

 本日はエステルームがまだ営業中の為、インタビュー後はバイト終わりの菜々さんと一緒にレッスンルームに行きます。誰も使っていないことを確認すると内側から鍵を閉めました。

「ではこれから特別マッサージを行います。準備はよろしいですか?」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 今までかつて無いほど真剣な表情です。人をこれ程までに狂わせる若さって何なんでしょうか。振り向かないことなんでしょうか。

 

 そんな下らない考えを振り払い気を集中させます。前回と同様に、まず新壇中で体の自由を奪ってから菜々さんの全身の秘孔に拳を当てていきます!

「あたたたたーーっ!! ッくしゅん!」

 あっ、やっべ……。

 

 最後の一撃を入れようとした瞬間にくしゃみが出てしまい、狙いとは違う秘孔に着弾してしまいました。この秘孔って何の秘孔でしたっけ? 命に関わるような秘孔ではないと思うんですけど。

 新壇中の効果を切りましたが倒れこんだまま微動だにしません。

「な、菜々さーん、大丈夫ですか~!」

 焦って声を掛けるとゆっくり立ち上がりました。どうやら命は無事だったようです。やったね!

 

「フ、フハハハ~! (みなぎ)る! 力が漲るぞ! このウサミンより、真のアイドルの歴史は始まるのだ!!」

「ど、どうされました!?」

「何だトキ? ナナはいつも通りではないか」

 あれれ~、おかしいぞ~。

 眉一つ動かさず人が殺せるくらい冷酷な表情に変貌しており、菜々さんの面影は無くなっていました。どうやら精神が世紀末覇者になる秘孔を誤って突いてしまったようです……。

 

「いや、どう見てもおかしいですよ。現状では悪い方向に突っ走っています」

「この世に生を受けたからには、ナナはアイドル界をこの手に握る!!」

「ちょっと落ち着きましょう。そんなことは神様が許しませんよ!」

 菜々さんが外に出て行こうとしたので慌てて止めました。こんな恐ろしい姿を人様にお見せする訳にはいきません!

「ならば神とも戦うまで! ナナは誰の命令も受けぬぞ、例え神の命令でもな!」

 

 私は恐ろしい女を造りあげてしまいました。しかしこうなったのも全て私のせいですから、命に代えても止めなければいけません。製造物責任は果たさなければならないのです。

「……覚悟は出来ているようですね」

「フ……貴様をこの場で倒してナナが最強のアイドルとなろう!」

 そして、戦いの火蓋は切って落とされました。

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 横たわるナナさんの隣に座り、呼吸を整えます。まさか戦闘力まで世紀末覇者並みに強化されているとは思いませんでしたよ。

 ナナさんが繰り出す必殺の一撃をかわしつつ、傷を付けずに秘孔封じの秘孔を突くのは結構大変でした。ですがあの謎秘孔の効果はこれで解けたはずです。

 

「……あ、あれ? 私、今までどうしていたんですか?」

 気絶していた菜々さんがゆっくりと起き上がりました。いつもの可愛らしい顔に戻っています。

「お疲れ様です。特別マッサージはもう終わりましたので起きて下さいね」

「そうなんですか。あれっ、何だか体が凄く軽いです! 股関節と腰の痛みがぜんぜんありません! 本当にありがとうございます、朱鷺ちゃん!」

 既に世紀末モードは抜けており元の菜々さんに戻っています。素敵な笑顔でお礼を言われると、物凄く罪悪感が涌きました。

 

「い、いえ。お気になさらず。リバースエイジングの秘孔も突きましたので、リアルJKが本当の意味でJKになっていますよ」

「そういえば、肌もピチピチですし小ジワが全然ありません! やったー!」

 コンパクトミラーを片手に泣きながらはしゃぐ菜々さんはとても可愛かったです。

 でも、数分前まで世紀末状態だったなんて絶対に言えません……。本当に申し訳ないと心の中で何度も謝罪しました。誤爆、ダメ、ゼッタイ。

 お詫びとして、私の命がある限り定期メンテナンスすることをここに誓います。

 

 

 

 菜々さんとはその場で別れ、重い体を引きずってプロジェクトルームに辿り着きました。今日はお茶をしてからタクシーで帰ろうと思いつつドアを開けます。

「戻りました……ってあれ?」

「おはようございます♪」

 中に居たのは三人だけではありませんでした。楓さんが素敵な笑顔を携えてソファーに座っています。

 

「あれっ、どうして楓さんがここに?」

「何でもトキに相談があるらしい。ずっと待っているから早く話を聞いてあげた方がいいよ」

 アスカちゃんに促されるまま、楓さんの正面に座りました。

「どのようなご相談でしょうか。私に出来ることなら協力しますけど」

「川島さん、昨日のことをとても喜んでいたわ」

 ああ……この時点で大体察しが付きました。でも誤爆があったばかりですから、今日は流石に控えたいです。

 

「リバースエイジングの件でしょうか。申し訳ないですが今日は既に一件やってますので……」

「?」

 ううっ! すっごいキラキラした期待の目で私を見てきます。止めて、見ないで! 浄化されちゃううう!

「……わかりました。この後リバースエイジングのマッサージをさせて頂きます」

「ありがとう、朱鷺ちゃん」

 

 笑顔でお礼を言われてしまいました。肉体年齢15歳の楓さんなんて、もはや無敵の究極生命体になってしまうんじゃないでしょうか。

 そして楓さんの後もアダルティなアイドルの方々からリバースエイジングの依頼が殺到しました。私はマッサージ師ではなくてアイドルなんですけど、皆さんお忘れになっているのではと心配になります。

 

 

 

 数日後、学校が終わってからプロジェクトルームに向かうと異変に気付きました。普段人がめったに通らない地下一階に行列ができているのです。

 有名なラーメン屋さんでも出店したのかと思い人ごみを辿っていくと、行列はプロジェクトルームまで続いていました。慌てて扉を開けると既に三人がいます。皆困惑した表情です。

 

「この行列は一体何ですか!?」

「それが、朱鷺さんはどんな病気でも治せる上に若返りまでできると評判になっていまして」

「体調の良くない方や若返りたい方が殺到しているみたいですけど……」

 なんと! ちょっとした親切心でやった行為がここまで広がってしまったというのですか。

 

「どどど、どうしましょう?」

「身から出た(さび)だから、責任を取るしかないな」

 いやいや、責任って言ったって、こんなに大勢の人間を一人で面倒見きれません!

「なら、時間がある時に少しづつ診ていくのはどうでしょうか」

「それなら、皆さん納得されると思います……」

 

 うう……それしかなさそうです。これで清純派アイドルからまた一歩遠のいた気がします……。

「ボク達では協力できない分野ですまない。でも人を元気付けるという点ではアイドル業と変わりないさ」

 アスカちゃんのフォローがルーム内に虚しく響きました。

 

 結局、並んでいた社員の皆様に結論を説明しその日は解散して頂きました。

 そして後日、346プロダクションの地下一階に専用の治療室が設置され『七星医院 346プロダクション分院』が新規出店したのです。

 私の空き時間での片手間治療ですが、完全予約制で既に予約は2ヵ月後まで埋っています。

 

 余談ですが、この秘孔治療により346プロダクションの医療費は7割削減でき、社員満足度と生産性も大幅にアップしたとのことでした。

 これだけ会社に貢献しているんですから、武道館ライブくらいやらせて欲しいです……。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第32話 エヴリデイバッドドリーム

「手を後ろに回して、胸を張ってね」

「はい。こうですか?」

 カメラマンさんの指示に従いポーズを取りました。ことさら胸を強調するような姿勢です。

「そこでストップ!」

 ストロボのフラッシュが強烈に光り、視界を真っ白に遮りました。

「良い感じ良い感じ。朱鷺ちゃんは笑顔作るの上手いから撮影が楽で助かるよ!」

「ありがとうございます」

 営業スマイルのまま返事をします。

 

「ヘルプじゃなくて毎回来てもらっていいんだけどなぁ~」

「そう言って頂けて嬉しいです。でもギャル系のファッションは美嘉さんや里奈さんの方が似合っていると思いますので……」

「そっかあ、残念! お兄さんは見たいけど!」

 カメラマンさんがニカッと笑いました。社交辞令でしょうが悪い気はしませんね。

 

 

 

 本日はモデルのお仕事です。

 普段はコンサバ(お嬢様)系のファッションモデルをよくやっているのですが、今日は急病の方の代役としてギャル系のファッションモデルをやることになりました。初夏頃に出るファッション誌に載せる為、スカートはミニなので結構恥ずかしいです。

 ですがギャル系としては比較的露出の少ない服装なので文句は言えません。髪型も緩やかにウェーブパーマを当てるくらいで済んだので助かりました。昇天ペガサスMIX盛りにでもされたら堪りませんからね。

 

 一通り撮影を終えた後は控え室に向かいます。

 ドアを開けると他のモデルの方々がいらっしゃいました。

「おっつ~! とりまジュース飲む~?」

 目の前にいる金髪のガチギャルがペットボトルの飲料を差し出しました。

「はい。ありがとうございます、里奈さん」

「そんなにかしこまらなくてよくなくない? もっとリラクでいいぽよー」

 

 今日撮影をご一緒した藤本里奈(ふじもとりな)さんも346プロダクション所属のアイドルです。見た目からしてギャルな方ですね。素直で裏表がない性格で、こう見えて意外とチャラくはないので好感が持てます。多分、好きな人には尽くすタイプなんじゃないでしょうか。

 

「逆に里奈はリラックスし過ぎじゃないの?」

「ヤバッ、美嘉ちゃんに怒られたん !  アタシってば、だらけすぎ?」

「怒ってないけど、衣装のままだらけるのは流石にヤバいでしょ。ジュースとかこぼしたら大変だしね~」

「めーんご♪ ちょっぱやで着替えるわ~!」

  里奈さんがモデルの衣装から私服に着替え出しました。ついつい胸とお尻に視線が行ってしまいます。これも前世のサガか……。

 

「朱鷺はギャル系も超似合ってんじゃん★ 今度からこっちの撮影も出ればいいのに」

 美嘉さんから話しかけられたので慌てて振り返りました。

「いえ、私にはちょっと刺激が強すぎるので……」

「これくらい刺激的じゃないと、男の子の視線を集めらんないっしょ★ ねぇ、里奈?」

「派手目な方がちょーアガるしー! とっきんも今日みたいな服のがズッガーン、イケてるぽよ~!」

「ま、前向きに検討します……」

 現役ギャル二人に囲まれて、累計年齢50歳のオジサンはタジタジでした。最近の若者言葉は本当に良く分かりません。一応私の方が年下ですけど。

 

「買い出し行ってきま~♪」

「行ってらっしゃい」

 コンビニに向かう里奈さんを見送ります。コンビニ大好きっ子ですよねぇ、あの子。

 

 

 

 着替えを済ませて美嘉さんと談笑しているとモデルの子がおずおずと近づいてきました。確か読者モデルの子だったと思います。

 私と同じくらいの年齢で、ギャルと言うよりもギャルに憧れている女の子というイメージです。

「あの、ちょっといいですか?」

「ん? 何、どうしたの?」

「美嘉さんにご相談したいことがあるんですけど……」

 そう言いながら読者モデルの子が私の方を横目で見ました。

 

「席を外しましょうか?」

「い、いえ。大丈夫です!」

 そうは言われましたけど、なんとなく居辛いですね。椅子を少し移動させて美嘉さん達と距離を取りました。

「で、相談ってどんなこと? アドバイスしてあげるからお姉さんに言ってみなさい★」

 美嘉さんが笑顔で胸を張ります。面倒見の良い姉キャラですから相談相手としてはうってつけでしょう。

 

「その、恋愛系の相談なんです」

「へ、へぇ……。恋愛、ねぇ……」

 心なしか美嘉さんが固まったように見えますがなぜでしょうか。カリスマギャルですから交際経験は相当あるでしょうし、男の扱いにも長けているはずですけど。

 

 読者モデルの子が美嘉さんに相談を始めました。聞く気は無いのですが、それほど広い部屋でもないので自然と内容が聞こえてしまいます。

 どうやら同じ学校に意中の人がおり告白をしようと考えているのですが、どうすれば上手く思いを伝えられるか悩んでいるそうです。

 いやぁ~正に青春ですね。オジサンからしたら娘みたいな年頃の子なので微笑ましく感じてしまいました。

 

「どう告白したら上手く行くでしょうか? とりあえずLINEでそれとなく伝えてみようと思うんですけど」

「そ、そうなんだ。う~ん、どうかな……?」

 美嘉さんがなぜか悩みます。ああ、そうか。美嘉さんは超モテモテなので、きっと自分から告白した経験なんて無いんでしょう。交際経験が無い生娘な訳がないですもんね。

「…………」

 なぜかその後も控え室に重苦しい空気が満ちてしまいます。

 

「最近ではLINEでの告白が流行っていますが、私的にはお奨めできません」

 その空気に耐えられず横槍を入れてしまいました。

「でも手軽だし、もし振られても冗談で済ませられるからダメージが少ないと思うんですけど……」

 読者モデルの子が(いぶか)しげに首を傾げます。

 

「確かに手軽に気持ちを伝えられるというメリットはあります。ですがやはり面と向かって話さないと気持ちは伝わり難いんですよ。そういう消極的な告白の成功率は低いんです」

「そうなんですか?」

「はい。しかもLINEだと相手に考える時間を与えてしまうじゃないですか。人は時間があればその分迷う生き物ですから、『本当にこの子でいいのかな』という気持ちを抱かせてしまいます。対面の場合、その場で答えを出して欲しいと詰め寄れば勢いでOKしてくれる可能性が高まるんですよ。ですから電撃戦で仕留めるのがベストです」

 押しても駄目なら押し潰せばいいのです。

 

「な、何か恋愛じゃなくて戦争みたいですね……。美嘉さんはどう思います?」

「え、そこで私に振るの!? 確かに一理あるかも、だけど……」

 相手をいかに撃墜するかという点では恋愛も戦争も変わりはしませんが、実際に見てみないと納得しなさそうです。乙女の一大事ですから、ここは一肌脱ぐしかないでしょう。

 

「では、試しにやってみましょうか。私が告白する女の子役をやりますから美嘉さんは男の子役をやってもらえませんか?」

「私? まぁ、いいけど」

 二人で向かい合います。そしてシミュレーションを開始しました。場所は放課後の校舎裏という設定です。

 

 

 

「美嘉先輩。こんな所にお呼び出しして、すみません……」

 清楚モードを発動して超しおらしく振舞います。これぞ私の理想とする清楚可憐な美少女です。赤ちゃんはコウノトリさんが運んできてくれるものと真顔で信じ切っている感じですね。

 精神的な負荷が物凄く、乱用すると廃人化しそうなので早めに解除したいです。

 

「いや、別にいいよ。それで、用って何?」

 私の振りに対し、美嘉さんがアドリブで対応します。

「今日は大切なことを伝えたくて……。実は私、美嘉先輩のこと、ずっと前から好きでした!」

「え、ええ!?」

 迫真の演技で詰め寄ると何だか凄くうろたえました。トップアイドルともなると演技の技術も高いようです。

 

「本当に心から愛しています。結婚を前提に私とお付き合いして下さい!」

 両指を組み哀願的な目で美嘉さんを見つめました。

「いや、そういうのはまずいでしょ!! 性別的に考えて!」

 流石美嘉さんです。簡単に落ちないことで、より実践的な内容になるよう協力してくれているのですね。ならば私ももう一押ししましょう。

 

「……美嘉先輩は私のこと、お嫌いですか?」

 今にも泣き出しそうな表情で訴えかけました。嫌いと言われたらそのまま投身自殺しそうな雰囲気を全身から(かも)し出します。

「いやいや! 嫌いじゃないよ!」

 必死に否定する姿は名女優の貫禄すら漂わせます。その言葉を聞いて、すかさず笑顔を作り美嘉さんに抱きつきました。露骨に胸を当てていきます。

「良かった! なら、お付き合いして頂いても問題ないですよね?」と耳元で囁きました。

「う、うん……」

 美嘉さんが真っ赤な顔でコクリと頷きます。

 

「────と、まあこんな感じです。参考になりましたか?」

 清楚モードを解除して振り返りました。

「はい、勢いが重要だってよく分かりました! ありがとう、七星さん、美嘉さん!」

 明るい声が楽屋に響きます。

「それは良かったです。シミュレーションした甲斐がありましたね、美嘉さん。……美嘉さん?」

 なぜか固まったままです。

 

 少し間をおいて、再び「どうかしましたか?」と声を掛けるとようやく再起動しました。

「いや、なんでもない、なんでもないから!」

 手をブンブンと振って何かをかき消しているように見えます。

 うーん。特に失礼なことをした覚えはないんですけどねぇ。今時のJKギャルが考えることはオジサンにはよくわかりません。

 

「後は貴女次第ですよ。そこまでやって上手く行かなければどの道難しいでしょうから、さっさと諦めて次の恋に生きる方が建設的です」

「は、はい」

「……朱鷺ってさ、本当に14歳?」

「そうですよ」

 某ウサミン星人とは違い、戸籍上は14歳ですから何も間違っていません。

 読者モデルの子は「ありがとうございました!」と言って私達に一礼し、軽い足取りで控え室を後にしました。

 

 

 

「ふっふっふ……。家政婦、じゃなくてアイドルは見たぽよ~♪」

「あら、お帰りなさい。里奈さん」

 読者モデルの子と入れ違いで、お菓子満載のコンビニ袋を手にした里奈さんが入って来ました。

 不敵な笑みを浮かべており、もう一方の手には派手にデコられたスマホが収まっています。

 

「見たって、何をですか?」

「もちろん、愛の告白だぽーん! まさか美嘉ちゃんととっきんがラヴラヴでアッツアツだなんて、まぢ知らんてぃ~♪」

「はあ!? な、なな何言ってるの!」

「イイカンジの証拠もあるぽよ! これを拡散されたくなければ、美嘉ちゃんのおごりでピザをデリバるのだ~☆」

 里奈さんはそう言いながらスマホの動画を再生します。すると先程のシミュレーションの風景が流れました。どうやら知らぬ間に撮影されていたようです。この動画だけ見ると私がガチで告白しているようにしか見えませんね。

 美嘉さんの顔がまた真っ赤になりました。

 

「…………」

 美嘉さんが押し黙ります。

「って美嘉ちゃんサガんなしー。オチャメな冗談だから笑ってほしーぽよ☆」

「ちょ、やめてー!」

「ちゃんと消すから任せてちょー☆ あっ、ちょっ、まっ!?」

 焦った美嘉さんが里奈さんの手からスマホを取り上げようとします。慌てた里奈さんが画面を触ると、顔を青くしました。

 

「どうされました?」

「デリるつもりがまちがってシェアしちった。ごみん……」

「……共有相手はどなたでしょうか」

「えっと、たくみんでしょ。それと、夏樹っち、りょーちゃ、あっきー、莉嘉ちゃん、ののっち、まゆっち……。後たくさん!」

「い~や~!」

 私と美嘉さんの悲鳴が控え室に響き渡りました。

 

 私のイメージはもう下がりようがないのであまりダメージはありませんが、美嘉さんには申し訳ない事態になってしまいました。

 その後の火消し対応が功を奏し事態は直ぐ鎮火しましたが、暫くは皆からこのことでからかわれる日々を送りました。世間様には公開されなくて本当に良かったです。

 

 

 

 そんな出来事があってから少し経った頃、一人のアイドルがコメットのプロジェクトルームを訪ねてきました。

「おはようございます。朱鷺さん、いらっしゃいますかぁ」

「どうされましたか、まゆさん?」

 

 訪ねてきたのは346プロダクションのアイドルの中でも特に人気がある佐久間(さくま)まゆさんです。

 個性的なアイドルが揃っている346プロダクションの中では珍しくまともな清純派アイドルです。女の子らしくて皆にとても優しいという、正に理想的な女の子ですね。私が持っているような心の闇が全然なさそうで羨ましいです。

 

「はい。実は相談に乗って頂きたいことがあるんですけど」

 そう言いながらプロジェクトルーム内をチラチラ見ています。どうやらほたるちゃん達の存在を気にしているようでした。

「場所を変えた方がよいでしょうか」

「……できれば、そうして頂けると助かります」

 皆に目配せすると事態を理解してくれたようでした。犬神P(プロデューサー)に電話して空いている応接室を押さえてもらい、まゆさんと一緒に向かいます。

 

「それで、どのようなご相談でしょうか? 私に出来ることなら最大限協力しますよ」

 応接室でお互い向かい合い、話を切り出しました。

 コメット解散騒動の際にはまゆさんにも色々とアドバイスを頂きましたので、そのご恩を少しでも返したいと思います。

「ありがとうございます。実は……」

 

 話を要約すると、恋愛的な内容のご相談でした。まゆさんにはとても大切に想っている方がいるそうなんですが、自分と相手の立場上、今は直接告白をする訳にはいかないそうなんです。

 それでも相手に好意を伝えたい。その為の良い方法は無いか私に訊きたいとのことでした。

 

「でも、何で私なんでしょうか? この手の相談をするのに相応しい方は他にいらっしゃると思いますけど……」

「朱鷺さんは恋愛マスターだと里奈さんが仰っていましたので、良い方法が無いかお知恵をお借りしたいんです。それにあの告白練習動画はとっても参考になりましたから。……ふふっ」

 あのぽよぽよ娘さんはなぜ余計なことを吹聴しているんですか! 無駄に人生経験が長いだけで別にマスターではないんですけどねぇ。

 

「何にしても直接好きだと伝えられないのは辛いですね。間接的な手段としては、お弁当を作ってあげたり手作りのお菓子をプレゼントするくらいしか思いつきません。手作りのものを送るということは、少なからずその人を想っているに違いありませんから」

「そうですか……やはり、そうですよねぇ……」

 まゆさんが溜息を吐きます。私が即興で考えたことに気付かない訳はないですから、既に試しているんでしょう。

 

「ところで、その想い人というのはどなたなんでしょうか? お名前が分かれば協力できることも増えると思いますけど」

「すいません、あの人の名前はお伝えできないんです……。ご迷惑になってしまうので……」

「そうですか。無理に訊いてしまって申し訳ございません」

 何かしら力になってあげたいので、良い方法が無いかよく考えて見ましょう。

 

「ところで話は変わりますけど、今週のCM撮影の件、よろしくお願いします」

 重い空気になってしまったので話題を変えました。

「こちらこそコメットの皆さんとご一緒できて嬉しいです。当日はよろしくお願いしますね」

「私もそうですけど、CM撮影は初めてですから皆緊張しちゃって。乃々ちゃんなんてCMの話をするだけでフリーズしちゃうんですよ」

「ふふふ。ライブと同じでリラックスして望めば大丈夫です」

 その後暫くの間楽しくお喋りして、まゆさんとお別れしました。

 

 この度我々コメットは地上派のテレビCMに出演することになりました。それも何と! あの国民的チョコレート菓子──『ポッキン』のCMです。

 とはいってもあくまでメインはまゆさんで、私達はそのお友達役での出演です。

 先日白報堂の安東専務を社内でお見かけした際に「コメットの皆で仕事がしたいです……」と土下座して厚かましくお願いしたところ、不憫に思ったのかこのお仕事を振って貰えました。

 やはり持つべきものは権力者とのコネですね。解散騒動の一件でそのことがよく分かりました。

 

 清純派アイドル路線の私にピッタリなお仕事です。こういうアイドルらしいお仕事を増やしていって、過去の汚名を早く返上しましょう。人の成長とは未熟な過去に打ち勝つことなんです。

 というか本来は犬神Pがこういうお仕事を持ってくるべきなんです!

 この間なんて警備会社のイメージキャラクターの仕事を持ってきたので、食べていたミカンの皮を絞って目潰ししてやりましたよ。

 最近は彼の仕事ぶりを見直していただけにがっかりです。感動的なドキュメンタリー番組が実は青汁のCMだと分かった時並みにがっかりしました。

 

 

 

 そしてCM撮影の当日になりました。

 五人で同じ学生服姿になり、ポッキンを片手に楽しげなダンスをします。

 緊張はしましたが、まゆさんのフォローのお蔭で皆楽しくお仕事をすることが出来ました。本当に頭が上がりません。

 

「はい、カーット! 全工程撮影終了です! お疲れ様でした!」

 監督さんの掛け声を受けて、撮影会場の雰囲気が一気に和らぎます。

「お疲れ様でした」

 まゆさんが撮影スタッフさん一人一人にお礼を言いに行きます。こういう細かい気配りが出来る子は今時珍しいです。

 

「まゆさんは、本当に凄いです」

 ほたるちゃんも感心していました。プロ意識が高い子ですから、まゆさんの仕事ぶりをみて感化されたのでしょう。歳若くしてトップアイドルになると増長してしまいがちですが、彼女はそういった慢心を一切していません。正にアイドルの鑑です。

 

「撮影中も、常に周囲に気を配ってました……。もりくぼのフォローもしてもらいましたし……」

「現場で働いているヒトを大切にするその姿勢は見習わないといけないな。ボク達も挨拶しに行こうか」

「そうですね。でもちょっと準備がありますので、ここで待っていて下さい」

 アスカちゃんの提案は尤もですが、挨拶にアレを持って行きたいので待機して貰いました。

 急いで控え室に向かい、自分のボストンバッグを取って撮影現場に戻ります。戻る途中にまゆさんとすれ違ったので挨拶しました。

 

「そのバッグは何だい? 控え室に置いてあったから、気になっていたんだけど」

「スタッフの方の為に焼いたクッキーが入ってるんですよ。それをお渡ししようと思いまして」

 バッグを開けると、掌サイズの可愛らしい包装に包まれたクッキーがびっしり詰まっていました。

「凄い量ですね。何だか行商みたいです」

「だから昨日は早く帰ったんですか……」

 

 コメットの好感度アップ作戦として考えたのが、このクッキー乱舞です。アイドルから手作りのお菓子を貰って嬉しくない方はあまりいないと思いますので、挨拶がてらお配りしようと思って作ってきました。

 かな子ちゃんの無差別お菓子配布をリスペクトした作戦です。というか丸パクリです。

 

 人という生き物は、他人から施しを受けた時にはそのお返しをしなくてはいけないという感情を抱きます。心理学的には『返報性(へんぽうせい)の原理』と言われているものです。

 配ったからといっても次の仕事に繋がる訳ではありませんが、『コメットって良い子達だな。もし同じ現場になったら協力してあげよう』と少しでも思って貰えればしめたものです。

 

 現場スタッフの方々は一緒にお仕事をする大切な仲間だと私は思っていますので、お互いにリスペクトし合えれば良いお仕事が出来ます。良いお仕事が出来ればファンも喜びます。誰も不幸にならない優しい世界の出来上がりです。

 原価数十円の小麦粉と砂糖の固まりで、現場スタッフの好感度が買えるなら安いものですよ。

 

 ちなみに愛情なんて曖昧なものは1ピコグラムも入っていません。

 一昔前に流行ったクッキー製造ゲームのように、無心でただひたすらにクッキーを焼いて焼いて焼き続けたのです。最後の方は悟りすら開けそうな心境でした。

 

「本当に、本当にありがとうございました。お菓子を作ってきたので是非食べて下さい♪」

「え……。ああ、ありがとう」

 四人揃って現場スタッフの方々にクッキーを配り続けました。配り終えた後は三袋しか残っていなかったので、多めに焼いてきて正解でしたね。

 

 

 

 その後は控え室で着替えて撤収準備をしました。

 私はお花を摘みに行きたかったので、アスカちゃん達には先に最寄のファミレスへ向かってもらい、後から合流することにします。

 化粧室から出てスタジオの出入り口付近に着くと見覚えのある男性がいました。あの方はたしか、まゆさんの担当Pさんです。

 

「おはようございます。どうかされたんですか?」

「ああ、七星さん。おはようございます。まゆちゃんを迎えに来たんだけど姿が見えなくてね」

「そうなんですか。先程見かけたので近くにいらっしゃるはずですよ」

 声を掛けてから、グッドアイディアが浮かびました。

 

「そうだ。よかったらこれ、食べて頂けませんか? 私の手作りなんです♥」

「え、いいのかい? ありがとう。ちょうどお腹が減ってたから、助かったよ!」

 先程のクッキーを差し出しました。持って帰るのが面倒なので在庫処分です。三袋全てお渡ししたところ、早速包装を開けてその一片を口に放り込まれました。

 

「うん、おいしい! まゆちゃんが作ってくれたクッキーと同じくらいおいしいよ。七星さんは将来良いお嫁さんになるね」

「……そうですか。喜んで頂けて何よりです」

 お嫁さんのくだりは脳内で自動消去しました。

 

 あれ? なんだか視線を感じるような気がしますが、気のせいでしょうか。

 

 その後、今日まゆさんにフォロー頂いたことのお礼を言うと、自分のことのように喜ばれていました。きっと強い信頼関係で結ばれているのでしょうね。

 それに比べてウチの犬ときたら、持って来た仕事が警備会社のイメージキャラクターですよ。信じられません。

 少しの間雑談しましたが、それでもまゆさんは姿を現しませんでした。

 

「捜すのをお手伝いしましょうか?」

 まゆさんを捜しに行こうとするPさんに提案をしてみます。恩を売るチャンスですからね。

「いいのかい? そうしてくれると助かるよ」

「いえいえ、困った時はお互い様ですから」

 アスカちゃん達に連絡を入れた後、まゆさんを捜しに引き返しました。

 

 

 

 控え室にいるかと思い戻りましたが、誰もいません。別のところを捜しに行こうと電灯を消して反転した瞬間、ブワッと強烈な怖気(おぞけ)が湧き上がりました!

 

 今までかつて感じたことが無い、純度100%の殺気が私に向けられています……。

 このままこの部屋に留まったら超ヤバいと『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』が強い警告を発しましたが、あまりに突然のことで体が上手く動きません!

 

「──どうかしましたかぁ? 朱鷺さん」

 誰もいないはずの空間から、不意に声が発せられます。

 

 恐る恐る振り返るとそこには────まゆさんがいました。

 

 ですが、いつものまゆさんとは様子が違います。目に輝きはなく、黒く暗く淀んでいます。その視線にはまるで生気を感じません。

 

「い、いえ、何でも。そういえば、まゆさんのPさんが迎えに来ていますよ」

 平静を装って声を掛けました。何があったのかまるで見当が付きませんが、とりあえず密室で二人きりという状況から大至急逃れたいです。

「ふふふ。Pさんが来ていることは知ってますよぉ。物陰から見ていたんです。まゆがいなくてPさんが困る姿を、ずっと、ずーっと……。それなのに……」

「なら、早く行きましょう」

 ドアノブを握ると、まゆさんが私の手の上にそっと手を置きました。殺気が一段と強くなった気がします。

 

「朱鷺さんのクッキー、よほど美味しかったんでしょうね。まゆのと同じくらい、なんて」

 なぜか在庫処分で渡したクッキーの話をされました。

「いや、あんなのは機械的に焼いただけですから」

「では、まゆの愛情がたっぷり詰まったクッキーと、機械的に焼いたクッキーが同等と言うことでしょうか?」

 愛情……? あっ……もしかしてまゆさんの想い人って、あのPさんですか!!

 

「こ、こここれは大きな誤解です! 偶然お会いしただけで、まゆさんのPさんのことは別に何とも思っていませんからっ!」

「手作りのものを送るということは、少なからずその人を想っているに違いないんですよね? それに朱鷺さんと話しているPさん、とても楽しそうでした。『将来良いお嫁さんになる』なんて、まゆは今まで一度も言われたことがないんです……」

 殺気が先ほどとは比較にならないくらい大きくなりました。

 

 あのアドバイスが特大ブーメランになって返ってくるとは! とりあえず一旦体勢を立て直しましょう!

 無想転生を使ってまゆさんから距離をとろうとしたところ、なぜか地が無いような感覚に陥り、身動きが取れなくなりました! 体の自由が全く利きません!

 

 まさか! 無想転生が破られた!?

 

 無想転生を破ることが出来る技はただ一つ────北斗神拳の分派である『北斗琉拳(ほくとりゅうけん)』の奥義、『暗琉天破(あんりゅうてんは)』だけなはず!

 圧倒的な魔闘気で無重力空間を造り出し相手の位置を見失わせる秘技ですが、北斗琉拳を修めていない一般人が使える訳がありません!

 もしかして、Pさんを想う愛の力だけでこの奥義を編み出したというのですか!

 

「お話はまだですよぉ?」

「ひぎぃ!」

 ど、どうしましょう。北斗神拳が敗れた場合なんて、今までかつて一度も考えたことがありませんよ!? なんとかしてまゆさんの気を逸らさなければいけません!

 

「そういえば、まゆさんのPさんがまゆさんのことをとっても褒めていました! 『まゆちゃんがいないと俺は何もできないな~』ってぼやいてましたよ!」

「…………」

 表情は変わりませんが、少しだけ魔闘気が弱まりました。そのままの状態で、Pさんがまゆさんをとても大切に想っていることを頑張って伝えていきます。すると魔闘気は段々弱まり、何とか体が動かせるようになりました。

 ですが状況は膠着したままです。また拘束されたら多分ゲームオーバーなので、もうアレをやるしかありません。

 

「まゆさん、お許し下さい!」

「あっ……」

 謝りつつ、あの秘孔を突きました。

 

 

 

「あれ。まゆ、何で控え室で寝てるんでしょう?」

 寝ぼけまなこのまゆさんがゆっくりと起き上がりました。

「気が付かれましたか。撮影後に気分が悪いと言われて少し休まれていたんですよ」

「……全然記憶がないです。それに、なぜPさんまでまゆの隣で寝ているんですか?」

 まゆさんの隣でPさんが気持ち良さそうに寝息を立たてています。

 

「お疲れだったんでしょう。まゆさんの寝ている姿を見て、うたた寝をしてしまったんです」

「そうなんですか。朱鷺さんは、なぜここに?」

「無用心ですから、どちらかが起きる迄は待っていようと思いまして。まゆさんが起きられたので、もう私は必要ないでしょう。それではお先に失礼します」

「今日はありがとうございました。また、一緒にお仕事できたらいいですねぇ」

「……ハイ、ソウデスネ」

 棒読み気味に呟いた後、控え室の外に出てゆっくりドアを閉めました。次の瞬間、その場にへたり込みます。

 

 先程私が突いたのは『一部の記憶を消す秘孔』です。とりあえず、CM撮影が終わった以降のまゆさんの記憶を全て消させて頂きました。記憶を操るなんて非人道的な行為なので普段は封印していますが、今回ばかりは仕方ないでしょう。

 Pさんの記憶も一部消させて頂きましたので、クッキーの件はこれでなかったことになります。

 ですが自力で暗琉天破を編み出すとは……恋する乙女のパワーは本当に凄いですね……。

 

「ふふ。可愛い寝顔……」

 まゆさんの声が扉越しで聞こえてきますが、安心したとたん腰が抜けてしまい立てません。

 アスカちゃんに助けに来てもらうまで、トラウマと化した美声に怯え続けました。

 今迄見たどのホラー映画よりも怖かったです……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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裏語⑥ どっきどき密着取材(前編)

「おはようございます。本日からよろしくお願いします!」

 編集部室の扉をくぐり、精一杯元気良く挨拶した。新人だからこれくらいフレッシュな感じで行かなきゃね。

 ざっと見渡すと、くたびれた男性社員が一人気だるそうに私を見ていた。

 

「……誰だっけ、キミ?」

 思わず昭和のコントみたいにずっこける。

「いや、先週挨拶したじゃないですか! 本日からこの編集部でお世話になる『善澤唯(よしざわゆい)』ですよ!」

「ああ。そう言えばいたね、そんな女の子」

 歓迎しろとは言わないけど、せめて存在くらいは覚えておいてほしいなぁ。

 

「そういえばタヌキがさっきキミのことを話してたよ。任せたい仕事があるとか何とか」

「タヌキって、あの動物のタヌキですか?」

 タヌキが私のことを話しているシチューションが全く想像できない。もしかして、昔タヌキ汁を食べたことを根に持っているのかもしれない。

 

「そうじゃなくて、編集長の同田貫(どうたぬき)のことだよ。アイツ体型が狸っぽいだろ? 名前もまんまだから陰で皆からそう呼ばれてんの」

「ああ、なるほど」

 いかにも中年って感じのビール腹だから、タヌキというあだ名はぴったりかも。

「本人には絶対に言うなよ~。ゲンコツでぶん殴られるからな」

「はい、わかりました」

 うっかり言わないように気をつけなきゃね。メモメモっと。

 

「仕事用のノートPCとデジカメはキミの机の上だから。設定は昨日事務の子がやってたんで直ぐに使えると思うよ。自席にいる時間なんてあまり無いから、機材を持ち運べるような大き目の(かばん)を用意した方がいいな」

「ああ、だから今日は先輩一人しかいないんですか」

 編集部室というにはあまりにもがらんとしているので気になってたんだけど、そういうことか。流石、腐っても皆さん記者って訳ですか。

 

「それもあるけど、純粋に人がいないんだよね~。ほら、出版業界なんて斜陽産業だし雑誌なんて今はあまり売れないから。会社としてもウチみたいなアイドル雑誌の編集部にはそう何人も割けないんだよ」

「こちらの雑誌って、売上が良くないんですか?」

「いいや、会社の中では頑張ってる方だと思うよ。アイドル人気は流行じゃなくて既に定着しているから、そのおこぼれにあずかってるって寸法さ。でも会社としてはやっぱり女性週刊誌やファッション誌とかに力を入れてるんだよね」

「ファッション誌ですか……」

 

 思わず拳をギュッと握ってしまう。頭では理解していても心では諦められてないんだろうな。

 昔からファッションが大好きだから、ガリガリ勉強して一流大学入って、必死に就活してそこそこの出版社に入ったのに。何でファッション誌じゃなくて、よりにもよってアイドル雑誌の編集部なんかに配属されちゃったんだろう。

 あ~あ、やっぱりバチが当たったのかな?

 

 

 

 そんなことを考えていると、ドスンドスンという大きな足音と共にタヌキ……じゃなかった、同田貫編集長が編集部室に入ってきた。タバコ臭いので喫煙室から戻ってきたんだろう。

 先週初めて会った時は入れ違いになったから、挨拶くらいしかできなかったんだよねぇ。ここは新人らしくきっちり挨拶をしときますか。

 

「おはようございます。本日からよろしくお願いします!」

「おう、善澤! 遅いじゃないか、今何時だと思ってんだ!」

「ええと、8時半ですけど」

 始業時間が9時だから遅いはずは無いと思う。それとも私の腕時計が壊れているのだろうか。

「新人なら1時間前には来てるもんだろ! 俺の若い頃なんて2時間前には来て編集部室の掃除をしていたぞ! それなのにだな……」

 

 あちゃー……。未だにいるんだ、こういう時代錯誤の人。

 ワークライフバランスや短時間でいかに成果を出すかなんて言っている時代に、こんな化石が生き残っているとは思わなかったな。しかも直属の上司とか、もう最悪だよ……。

 第二新卒という言葉が不意に脳裏をよぎったけど頑張ってその考えを打ち消した。就活セミナーでもとりあえず三年は勤めろって言ってたしね。

 でもムカついたから腹いせにタヌキって呼んであげよう。もちろん心の中で。

 

「……っと、そんなことはどうでもいい。ちょっとこっちに来い」

「はいはーい。なんでしょうか?」

 言われるままにタヌキの机に駆け寄る。すると、この編集部が制作しているアイドル雑誌──『THE IDOL M@NIA!』の前々月号を見せられる。

 見開きには『どっきどき密着取材♪ あの人気アイドルの素顔に迫っちゃう! ポロリもあるかもしれないよ♥』という見出しが書いてあった。

 今世紀最大級にセンスが無くて頭の悪い特集だと惚れ惚れしてしまったよ。きっと全米も泣くに違いないだろうね。

 

「──これ、来月号からお前の担当だからな」

「はい?」

 純日本人のオッサンダヌキから、中々小粋なアメリカンジョークが飛び出したので思わず固まってしまった。ヘイサム、ジョークがキツイぜ! HAHAHA!

 

「冗談ですよね?」

「マジだよ。大マジだ」

 新人に対するドッキリとしては中々悪質だね。『今すぐ人事部に駆け込んでもいいかな? いいともー!』 という幻聴が聞こえちゃったよ。

 

「……あの、何で私なんでしょうか」

 最大の疑問をぶつけてみる。いくら新人だといっても、納得できる理由がなければ受けられないって!

「これはお前の前任が担当していた企画なんだが、産休を取得しちまってな。これでも結構な人気企画で、休止した前月号は売上がイマイチだったから至急復活させる必要がある。

 いくら密着取材といっても男の記者がずっと張り付く訳にはいかんし、先方の事務所も承知しないだろう? 今ウチの編集部にいる女の記者はお前しかいないんだから決定だ」

 そういう訳か。男性記者だと恋人だと他紙にデッチあげられるかもしれないもんね。でもこっちは右も左も分からないド素人なんだから単独取材なんて無理だよ。

 

「事情は分かりましたけど、そもそも仕事の進め方がわかりません。取材のポイントや構成についての教育も十分に受けてませんので、どなたかにバックアップして頂かないと……」

「いや、無理だ。この企画では大体2日間は張り付きになる。ただでさえ人手が足りない中、一つの企画に二人も付けてたら白紙のページができちまうぞ」

「そこを何とか……」

「新人だろうと編集部に入れば一人前の記者だ。つべこべ言わずアイドルの魅力を引き出す取材をすることに全力を尽くせ! それと取材の進め方はお前の裁量に任せる。構成等はこっちで考えるから、とりあえず写真を撮ることと会話の内容を記録することだけは忘れないでくれよ!」

 

 完全なる丸投げだけど、これはもう逃げられない流れだ。これが世に言うブラック企業というやつか……。

 仕事に対するモチベーションがガラガラと崩壊しちゃったよ。元々無かったけど。

 まぁいいさ。どうせ責任取るのはタヌキなんだから、開き直ってあたしの好きにやってやることにしよう。もし首になったら第二新卒で別の出版社を受けちゃおうか。

 

「……わかりました。責任は取れませんがやってみます。それで取材対象のアイドルは決まっているんですか?」

「ああ。先方の担当P(プロデューサー)と調整済みだ。今週金曜日の昼から土曜日の夜まで予定を入れてもらったから、その間張り付いて色々な話を引き出して来い。それと今日の夕方にそのアイドルと担当Pとの顔合わせがあるので、そっちにも行ってくれ」

「は~い。それで、そのアイドルってどんな子なんでしょう?」

 

 ウチで取り上げているような女性アイドルなんて興味ないから、顔と名前が一致しないのよね。

 流石に星井美希や高垣楓とかならわかるけど、こんな雑誌で特集されるようなアイドルだから多分二流か三流なんだろうな。

 

「最近とても話題になっているアイドルだ。……色々な意味でな。とりあえず、機嫌を損ねて死なないようくれぐれも気を付けてくれ」

「生命の危機!?」

 え、ちょっと待って。なんでアイドルの取材で命の心配をしなければいけないのよ!

 

「本当にどんなアイドルなんですか!」

「……ああ、コイツだよ」

 取材対象が映った写真を見せてもらう。そこにはとても綺麗で可愛い女の子が映っていた。私もその子は何度かテレビで見かけたことがある。

 体力系のバラエティ番組で物理法則を完全無視した無茶苦茶な動きをしていた超人が、私の初めての取材対象だった。

「初仕事でジョーカー引いちゃったかぁ……」

 思わず頭を抱えてその場にうずくまってしまった。この不運はどこまで続くんだろう。

 

 

 

「うわぁ……」

 まさに城。346プロダクションの本社はそんなイメージだった。お金あるんだねぇ。

 自社の安っちいオフィスとの落差に落ち込みつつ、とぼとぼと中に入っていった。

 受付を済ませると窓口の女性に応接室の場所を教えてもらったので、指示通りに向かう。

 道すがら木登りしていた少女と目が合った。なぜそんなことをしていたかは理解できないけど、可愛い子なのでアイドルなのかもしれない。

 

 そのうち目的の応接室に着いた。中で待っていて欲しいとの話だったので、こっそり入室しソファーに腰掛ける。先方は別の用件で待ち合わせ時間より少し遅くなると受付で聞いていたので、手帳を開き改めて取材対象の情報を整理した。情報といってもさっきググッて調べた程度だけど。

 

 『七星 朱鷺』というアイドルが今回の取材対象だ。

 346プロダクション所属のアイドルグループ──『コメット』のリーダーであり、14歳の中学三年生。

 今年1月に某大型商業施設にてデビューミニライブを行う。新人にしてはよく出来たステージだったと、コアなドルオタさんのブログに書いてあった。

 当初こそJCアイドルっぽくない奇抜な趣味で物議を醸したものの、『346プロダクションだから』という理由によりそれ以降はそんなに話題にはなっていなかったらしい。仕事内容も雑誌モデルやバックダンサー等で、他の新人アイドルと変わらないものだった。

 

 風向きが変わったのは2月の中旬になってからだ。プロ野球オープン戦の始球式を務めた際、謎の魔球を披露して世間の度肝を抜いたんだよね。あれはあたしもよく覚えてるよ。最初は絶対CGだって思ったもん。

 その後は体力系のバラエティ番組で大型ハリケーン並みの猛威を振るう。そして某動画サイトの有名投稿者であることや、謎の武術──『北斗神拳』の使い手であることを自らカミングアウト。

 

 最近では体力系のバラエティ番組の出演をセーブして本来のアイドルらしい仕事に切り替えようとしているけど、世間的には超人イメージが完全に定着しちゃってる。

 ウチの雑誌でも『無人島へ連れて行きたいアイドルNo.1』に見事選ばれたしね。もちろん、サバイバル生活で役に立つ的な意味で。

 そんなよくわからない危険な子にどう取材すればいいのか、正直見当がつかないよ。

 やっぱり今からでも仕事を断ろうかと思っていると、ふいに応接室の扉が開いた。

 

「遅れてしまい、申し訳ございません!」

 長身の男の人が焦り気味に声を出した。見た目若いから歳は二十台前半くらいだろうか。

「い、いえ。私も今着いたばかりですので」

「自己紹介が遅れました。346プロダクション アイドル事業部の犬神と申します」

 芸能事務所らしく、かなりのイケメンだね。真面目そうで爽やかな感じだから好感が持てるな。ウチのタヌキや冴えない先輩と交換してくれないかなぁ。

 

「サンデーハウスの善澤と申します。『THE IDOL M@NIA!』の編集を担当しております。よろしくお願いします」

 その後はお互いに名刺交換をする。ビジネスマナー研修以来だから上手くできたか正直自信ないけど、不審には思われていないようなのでホッとしたよ。

 

「失礼します」

 無事名刺交換が終わりちょっと気が抜けた状態でいると、可愛らしい声が扉の外から聞こえた。

 すると、ピンク色の長い髪をした女の子がお盆を持って入室してくる。

「粗茶ですが、よろしければお召し上がり下さい」

「あ、ありがとうございます」

 テーブルの上に湯呑み茶碗を置いていく。そして配り終えた後、私を見て微笑みを浮かべた。

「七星朱鷺と申します。以後、お見知りおきを」

「……よ、よろしくお願いします」

 眼前の美少女こそ、私の取材対象になるアイドル第一号だった。

 

 

 

「この度は、弊社の取材を受けて頂きありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。今回は七星を取り上げて頂きありがとうございます」

「いえいえ。ところで犬神さんはまだお若いのにPをされているなんて、優秀な方なんですね~」

 相手の人となりがわからないのでとりあえず褒めてみる。見え透いたお世辞でも、褒められて嫌な気になる人はあんまりいないのよね。

 

「えっ! いや、そんなことないですって」

 右手を首に当てて照れくさそうな表情をする。何だか褒められるのに慣れていないような感じ。意外とチョロい人だったりして。

「犬神さんは本当に優秀な御方ですよ。コメットにとって誰よりも大切な人ですし、私も心から尊敬しています♪」

 七星さんが更に持ち上げてきた。Pの顔を立てるなんて想像とは大分違うなぁ。さっきもお茶出しをしていたし、気配りができるいい子なのかもしれない。

 その割りに当の犬神さんは嬉しくなさそうなのが気になる。なんか表情も引きつっているし。

 

「……コホン。それでは企画について改めて確認させて下さい。同田貫さんからは今週金曜日の昼から土曜日の夜までの密着取材と伺っていますが、相違ありませんか?」

「はい。その間、私が七星さんと一緒に行動させて頂きます。そして仕事・プライベートを問わず、どんなことをされたか、何を思われたか等を記事にしてご紹介する予定です。もちろんプライバシーを侵害するようなことは一切書きません。出来上がった記事は貴社にて事前にチェックして頂きますのでご安心下さい」

 産休中の先輩のデスクを引っ掻き回して得た情報を基に説明していく。平静を装ってるけど心臓バクバクだよ。だって細かい話を訊かれたら一切答えられないもん。

 

「それなら問題はなさそうですね。君もそれで大丈夫かな?」

「……ここまで来たからには止むを得ません。お引き受けします」

「ありがとうございます。それでは当日はよろしくお願いします」

 その後は暫く雑談して打ち合わせは終了となった。とりあえずボロが出なくて良かったけど、約二日間嘘を通せるか正直自信ないよ。でもやるっきゃないんだから、社会人は辛いねぇ。

 この日はそのままとぼとぼと自社に戻った。帰り際に『ダメ犬』とか『犬畜生』といった言葉が微かに聞こえような気がしたけど、なんだったのかな?

 

 

 

 そしていよいよ取材当日となった。

「え~と、私立美城ヶ峰学園……。ああ、ここね」

 電車を乗り継ぎ、七星さんが通っている学校に辿り着いた。ここも何だかお城みたいな学校で、普通の公立中学校よりも大きくて豪華だ。

 警備員に用件を伝えて入館証を受け取った後、校舎内に入れてもらう。中学校なんて7年ぶりだからかえって新鮮だよ。卒業後は用事無いもん。

 

 授業中の為か校舎内はシンと静まり返っていた。予定ではお昼から取材開始だから少し早く来ちゃったね。

 案内板を頼りに職員室へ向かう。部屋の扉を開けて、近くにいた教師らしき人に声を掛けた。

「すいません。サンデーハウスの善澤と申します。本日は取材でお伺いしたのですが……」

「お話は伺っています。七星さんの密着取材ですよね?」

「はい。失礼ですが、貴女は?」

「七星さんの担任の間宮です。よろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ。それで、七星さんはどちらに?」

「今は体育の授業中です。運動場にいると思いますので、そのまま向かって頂いて結構ですよ」

「ありがとうございます」

 

 一礼して出て行こうとしたけど、産休中の先輩が残した取材日記の内容をふと思い出した。

 そういえば、取材対象に近しい方の話を訊くんだっけ。ついつい忘れるところだったよ。

「度々すいません。担任の先生から見て、七星さんってどういう子なんですか?」

 そんな質問をすると先生の眉間に皺が寄った。回答に窮しているみたい。

「本人との約束がありますので詳しくは言えませんけど、色々な意味で面白い子ですよ。実際に見て頂いた方が早いと思います」

「そ、そうですか。ありがとうございました」

 そう言うと今度こそ職員室を後にした。前もって口止めをするなんて中々賢しい子みたい。でも取材を続ければ人となりも分かるだろうから、あまり気にせず運動場に向かった。

 

 

 

 運動場に着くと可愛い女の子達が沢山いた。どうやらサッカーをやっているみたい。

 ゲーム形式で、二つのチームに分かれて可愛らしくサッカーボールを蹴り合っている。なんだか微笑ましいなぁ。

 皆とても可愛いけど七星さんは特に人目を惹く。可愛さと綺麗さが奇跡的なバランスで同居しているのよね。可憐な少女でありながら妖艶な大人っぽさも兼ね備えているとか、もはや存在自体が反則としか思えないレベル。

 ぼーっと眺めていると敵ゴール前にいた七星さんのところにボールが飛んできた。大きな胸で華麗にトラップをした後、シュートの体勢に入る。

 

「くらえ!! これがネオ・タイガーショットだァ!!」

 そう叫ぶと見えない速度で右足を振りサッカーボールを蹴る。するとそのボールはロケットみたいに爆発的な勢いでゴールネットを目掛け突っ込んでいく。

「うひゃああああ!」

 ゴールキーパーをしていた背の低い女の子が必死に逃げると、先ほどまで彼女がいた空間にボールが突き刺さった。

 いや、早速何やってんの、あの子……。

 

「ちょっと、朱鷺さん! カワイイボクを死なせる気ですか!」

 さっきの子が青い顔をして七星さんに猛抗議した。あの子は輿水幸子さんだ。テレビに良く出ているからアイドルに詳しくない私でも知っている。

「ボールはともだち、こわくないよ」

「そのともだちに危うく天国へ連れて行かれるところでしたけど!」

「威力は最大限弱めていますし、『こしみずくん、ふっとばされた!』状態になりそうなら事前に救出する予定でしたから問題ないですって。駄犬からまた厄介な仕事を振られたのでストレスが溜まってるんですよ」

「いや、それとボクとは関係ないでしょう……」

「大変申し訳ございませんでした。ではお詫びに今度はフルパワー──100%中の100%で雷獣シュートをお見舞いしますね♥」

「だから死にますって!」

 

 七星さんは輿水さんの猛抗議を平然と受け流し、ドSな笑顔を浮かべていた。

 その光景を目の当たりにして背中に冷や汗が流れる。やっぱりとんでもない取材対象だと改めて認識させられたよ。取材をするというよりも、生き残ることを優先させた方がいいかもしれない。

「あっ……」

 ふと七星さんと目が合う。うわ、めっちゃ気まずそう。

 

 

 

「い、いらっしゃったのなら、一声掛けて頂ければ……」

「すいません。試合中のようなので、終わってから声を掛けようかと」

 試合終了後に声を掛けると、かなりうろたえていた。取材は昼休みからだと言っていたので完全に油断していたんだろう。

「さっきのシュートは見ましたか!?」と訊いてきたので、見てないと答えてあげた。正式な取材前だからネオ・タイガーショットのことはメモしないであげよう。

 

「では、本日から約二日間、よろしくお願いします」

 改めて七星さんに挨拶をする。

「はい、こちらこそ。取材だからといって気を遣って頂かなくて大丈夫ですよ。他の子も含めて敬語は不要です」

「本当? ならそうさせて貰うね。固っ苦しいのはあんまり得意じゃないし。名前も下の名前で呼んでいい?」

「ええ、いいですよ。その方が私もお話ししやすいですから」

 敬語には自信が無いから、この申し出は正直有難かった。

 

「朱鷺ちゃん。早く着替えないと、お昼休みに出遅れちゃいますけど……」

「もうそんな時間ですか。すいません、制服に着替えてきますので食堂でお待ち下さい」

「オーケー。じゃあ食堂で合流しましょう」

 そう言い残した後、気弱そうな女の子と一緒に教室に駆けていった。そっか、ここは公立校じゃないから昼食は給食じゃないんだ。

 校舎に戻った後、また案内板を頼りに食堂へ向かった。

 

 

 

 食堂に着いたけど、こちらも普通の学校の学食とは段違いだったよ。内装はちょっとした高級レストランと同じくらい凝っているし、メニューも和・洋・中と満遍(まんべん)なく揃えられている。

 コロッケそばが人気メニューだった母校の高校の学食とは雲泥の差だねぇ。

 

 少しするとチャイムが鳴る。多分お昼休みを告げているのだろう。

 すると制服姿の女の子達が食堂に集まってきた。訝しげに私を見てくるので居心地が悪いな。

 そうするうちに先ほど朱鷺さんとサッカーに興じていた子達も来た。慌てた様子で食堂の一角にある大きなテーブルを確保する。ここでお昼ご飯を食べるんだろう。

「またウチが一番乗りだな」

「ミレイ、いつもごくろうだナ! ミンナのためにありがト~♪」

「ぐ、偶然だぞ! 皆の為だなんて思ってないからなッ!」

 

 確か最初に来た子は早坂美玲(はやさかみれい)さんで、外国人の子はナターリアさんだっけか。

 早坂さんは普段『Girls&Monsters』というファッションブランドの服や小物を身につけていて、ピンクのフードや爪のついた肉球、眼帯が特徴的な子らしい。今はいたって普通の格好をしているからわかんないけど。

 一方、ナターリアさんはリオデジャネイロ出身のブラジル人アイドルで、片言風な喋り方と褐色の肌といった個性で人気みたい。

 どちらも今回の取材前にググって調べただけだから、詳しいことはわかんないけどね。

 その後も続々とアイドルらしき美少女達が集まってきて、食堂の列に並んでいく。22歳の私でも彼女達からすればもうオバさんなんだろうなぁ。なんだか落ち込んじゃう。

 

「申し訳ありません、遅くなりました」

「……すいません」

 少し遅れて、朱鷺さん達が到着する。気弱そうな感じの子はコメットの森久保さんかな。まだまだ顔と名前が一致しないので困っちゃうなぁ。

「では、私達も買ってきますので」

「うん、いってらっしゃい」

 そう言うと、彼女達も食堂の列に並んでいった。

 

 良いチャンスなので朱鷺さんがいないうちに彼女についてクラスメイトに訊いてみよう。

「あの~輿水さん。少々お伺いしたいことが……」

「おっと! ボクがカワイイからって、いきなり独占取材はダメですよ。ちゃんと事務所を通して下さいね!」

「いや、そうじゃなくて。輿水さんから見て、朱鷺さんってどんな子なのかな?」

「なんだ、朱鷺さんのことですか。……記者さんもさっきのバイオレンスサッカーを見たでしょう。一見常識人っぽく振舞っていますが一番非常識ですからね、あの人。

 でも基本的には良い人ですよ。分かり易い腹黒ですけどクラスメイトのことはとても気にかけていますし」

「日本のヒトはみんな親切だけド、トキはナターリアのPの次に親切だヨ♪」

「蘭子が転校してきた時も、わざわざ歓迎のサプライズとか用意してたモンな」

 へぇ、あれでいて面倒見がいいんだ。ちょっと意外。

 

「お待たせしました~」

 朱鷺さん達がお盆を持って帰ってきた。そして空いている席に着席する。

「トキ! 今日は珍しいモノを食べるんだナ!」

「い、いえ、いつも通りお洒落なパスタですよ。今日は海老とトマトのクリームパスタとサラダセットにしてみました。清純派アイドル路線の私にピッタリなランチです」

「エ? だって、トキはいつもラーメンとチャーハンセットとかカツ丼セット頼んでるヨ? 昨日もラーメンとカレーセットだったでショ?」

「わー! わー! わー!」

 

 朱鷺さんが急に叫びだしたので、食堂の注目が一斉に彼女へ集まる。

 するとナターリアさんの手を取って物陰に移動した。なんか「私の世間的なイメージが……」とか「打合せ通りに……」といったヒソヒソ話が聞こえてくるけど、聞かなかったことにした方がいいのかな?

 

 昼休み中はアイドル以外の生徒達にも話を訊いてみたけど、怖がっている子、特に興味の無い子、狂信的に崇拝している子と反応は千差万別だった。

 中でも狂信的に崇拝している子達は本当に怖かった……。エロい写真なら言い値で買うとか詰め寄ってきたし。流石に死にたく無いからそんな危険な橋は渡らなかったよ。

 

 その後は授業中の様子を撮影させてもらった。

 姿勢を良くして真面目に授業を受けてはいたけど、ネオ・タイガーショットの件を考えると演技にしか見えないから困る。

 とりあえず、学園生活については一通り取材できたんじゃないかと思う。記事を書いたことが無いので本当にこれでいいかはわかんないけどね。

 

「放課後は直で事務所に向かいますので、一緒に行きましょう」

「うん、わかった」

 学校での取材を終えると、朱鷺さん達と一緒に346プロダクションに向かう。

 これからコメット揃ってのダンスレッスンがあるらしいので、その様子を取材するんだ。

 

 

 

「やあ、おはよう」

「おはようございます。朱鷺さん、乃々さん」

「あら、おはようございます」

 レッスンルームに向かう途中で、コメットの残り二人──二宮飛鳥さんと白菊ほたるさんに遭遇する。

 

「こちらの方が、昨日お話していた記者さんですか?」

「サンデーハウスの善澤です。今日明日と朱鷺さんの密着取材をさせて貰うけど、いないものと思っていいからね。普段の様子を記事にしたいから自然体でいてくれた方が助かるよ」

「ボクはいつも通り振舞うだけさ。どこかの(詐欺)とは違ってね」

「……アスカちゃん。あまり変なこと言うと今度から貴女のあだ名をライオネスにしますよ?」

「ボクはただの観測者。自分を(だま)し、世界を騙せるかは全てトキ次第という訳だよ」

 開始直後から本性が結構バレていることは言わない方が良いんだろうか。

 

 レッスンルームに着くと、ちょっと怖そうなトレーナーさんの指導の下でダンスレッスンが始まった。

「ハイ! 1・2・3・4・5・6・7・8。ステップが遅れてるぞ森久保ォ!」

「あぇぇぇぇ……」

「しっかり返事をしろ!」

「……は、はいぃ!」

 

 森久保さんが注意を受けているが、それも仕方ないと思う。だってさっきからぶっ通しで動きまくっているんだもん。

 レッスンでこれ程の運動量が発生するなんて、正直アイドルという仕事を舐めていた。高校の時に入っていたバレー部より遥かにきついよ、このレッスン。

 皆14歳前後の少女達だけど、プロとしてお客さんからお金を貰っている以上、半端なパフォーマンスはできないと言う気迫がひしひしと伝わってくる。

 一方で私がやっている取材モドキは仕事と呼べるか怪しいものだったから、その差に愕然(がくぜん)としてしまった。

 

 レッスン後は地下一階にある彼女達の専用ルームにお邪魔する。夕方にここでお茶をするのが彼女達の日課らしい。

 アイドルだけのお茶会を覗き見できる貴重な機会なので、気を抜かずに観察をする。

「善澤さん。紅茶を入れましたので、どうぞ」

「ありがとう、白菊さん」

 ティーカップに口を付けるとアールグレイ特有の柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。癖が無くて苦味も無いから飲みやすい。

 

「とっても美味しいね、この紅茶。結構良い茶葉使ってるの?」

「ほたるちゃんが持ってきてくれた高級品ですから、味の方は保証しますよ。いや~紅茶は美味しいです。毎日でも飲んでいたいくらいです」

「その割に普段キミはアレを飲んでいるけどね」

 二宮さんの言葉を聞いたとたん、朱鷺さんが勢い良く紅茶を噴き出した。

 

「アースーカーちゃん! 昨日貴女のプリンを勝手に食べたことは謝ったじゃないですか!」

「そうだったかな? ボクはただ事実を述べたまでさ」

「ぐぬぬ……」

 朱鷺さんと二宮さんが口ゲンカを始めたので、収まるのを待っている間にルーム内をチェックする。すると気になるものが鎮座していた。

 

「あのマッサージチェアは何なの?」

 隣にいた森久保さんに訊いてみる。でっかいサイズの高級マッサージチェアが部屋の片隅に隠すように置かれていたが、若い彼女達に必要な設備とは思えないので気になった。

「あ、あれは、朱鷺さんが犬神Pさんにプレゼントしたものです……。犬神Pさんが仕事に打ち込めるよう気遣っているんです。決して朱鷺さんが自分用に買った物ではありません……」

 へぇ、やっぱりP思いの良い子じゃないの。

 

 その後暫くお喋りしながらお茶を楽しんだけど、今日は朱鷺さんの家での取材が残っているので普段より早く解散した。

 事務所のエントランス前で待ち合わせをした後、お花を摘みに化粧室へ向かう。

 ふと化粧室内の鏡を見ると、やや疲れた自分の顔が映っていた。たった半日だけどとても密度の濃い時間だったなぁ。あと1日ちょっと、プロの記者として演じ続けられるか正直自信が無い。

 

 それにしても、ファッション誌を作りたくてこの会社に入ったのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 親子二代で芸能記者だなんて。

 

 

 

 

 

 

 



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裏語⑥ どっきどき密着取材(後編)

「この駅で降ります」

 朱鷺さんの指示に従い駅に降りた。改札を抜けると住宅街に向かって歩き出したのでついていく。上流階級層が住むような高級住宅街を進んでいくと、ひときわ大きい邸宅が現れた。

 

「着きましたよ。ここが我が家です」

「……え? マジ?」

「いや、何で住んでいる家について詐称しなければいけないんですか。確かに他の家よりちょこっとだけ大きいので驚くかもしれませんけど」

「だって住宅というより邸宅じゃない。こんだけ大きくて三階建ての大豪邸なんて……」

 何か怪しい商売でもしているんじゃないかと心配になった。

 

「ウチはただの町医者ですよ。母方の祖父が愛知県で大きな病院を複数経営しているんですけど、やたらと見栄を張りたがる人なんです。『娘が住む家なら最低限これくらいでないと結婚は許さん!』と散々駄々を捏ねたのでこうなりました。

 それでも大分簡素にしてもらったそうなんですよ。祖父の家なんて屋敷を超えて城みたいになってますから」

 うわ、この子本当にお嬢様だよ! 完全に上級国民様だわ。でもその割りに庶民的な感じがするのはなぜなんだろう。

 

「ただいま~」

 七星さんが鍵を開けてドアを開くと、「お帰りなさい、朱鷺ちゃん!」というかわいい声が聞こえる。

 少ししてから、七星さんを更に大人っぽくした感じの超絶綺麗な女性が現れた。

 

「……お母さん、仕事はどうしたの? 普段はまだ働いている時間だけど」

「朱鷺ちゃんの密着取材があるって聞いたから、休んじゃった♪」

 テヘッと笑ってペロッと舌を出した。

「いや、休んじゃったじゃないでしょう! 患者さんがいるんだからちゃんと仕事してよ!」

「患者さんも皆理解してくれているから大丈夫♪ どうせこの時期は花粉症の患者さんくらいしか来ないから、新一さんがいれば問題ないわ~」

 

 何と、母親なのか。お姉さんにしては色気があり過ぎると思ってたけど、この見た目で中学生の娘がいるとか詐欺だよ。

 特にそのバストは圧巻の一言に尽きる。あの大きさで一切垂れていないってどういうことなの。

 

「おねーちゃんおかえり~!」

「ただいま、朱莉」

 呆けていると小さな子供が七星さんに駆け寄ってきた。妹さんが一人いるってプロフィールに書いてあったから多分妹さんだろう。

 お母さんやお姉さんに似て超かわいい。ちょこまかと動く姿はなんだか子猫を連想させるね。

 

「あの~ところで、どちらさまでしょうか?」

「申し遅れました。サンデーハウスの善澤唯と申します。朱鷺さんの密着取材を担当させて頂きます。色々とご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、よろしくお願い致します」

「朱鷺ちゃんのママの朱美です。よろしくお願いします~」

「朱莉だよ! ゆいおねえちゃん、よろしくね!」

 お母さんと妹さんとそれぞれ挨拶をして握手した。二人とも優しそうな感じなのでホッとする。北斗神拳伝承者の家族だからもっと殺伐としているかと思っていたよ。

 

「今日は腕によりをかけて美味しい料理を用意しましたので、是非召し上がっていって下さいね」

「晩御飯はお手伝いさんじゃなくてお母さんが用意したの? 言ってくれればもっと早く帰ってきて手伝ったのに」

「んもう、それじゃあサプライズにならないじゃない!」

 確かに台所と思われる場所から良い匂いが漂ってくる。取材前にお昼ご飯を軽くかきこんで以降何も食べていないので、空腹が刺激されてしまった。

 

「お父さんはいつ帰ってくるの?」

「もうすぐ帰ってくるって言っていたわ。それまでお部屋で寛いでてね」

「うん、わかった。じゃあ善澤さん、私の部屋にご案内しますのでついてきて下さい」

 七星さんが二階に上がっていくので私も階段を上る。上がりきると複数の扉が見えた。流石お嬢様の邸宅だけあり部屋も複数あるらしい。

 

「ここが私の部屋です」

 階段に一番近い部屋のドアを開いたので、「お邪魔します」と言って恐る恐る中に入る。

 部屋の中は至ってシンプルだった。六畳くらいのスペースでベッドやソファー、テーブル、液晶テレビ等が置かれている。事前に掃除をしたのか、とても綺麗……というか何だか生活感のない部屋だ。

 

「へぇ……結構片付いてるんだ」

「実は昨日大掃除しましたので、物が少ないんですよ。掃除は小まめにしなければいけませんね、あはははは」

「でも、女の子らしいところもあるじゃない。ベッドの周りにぬいぐるみとか置いてあるし」

「やっぱりそう思いますか! いや~、清純派アイドルっぽくてアレなんですけど、私ぬいぐるみを抱いてないと上手く眠れないんですよぉ~」

「そ、そうなの……」

 絶対ウソだろ、と言う言葉が喉まで出たが何とか封じ込める。もし機嫌を損ねてボコボコにされたら洒落にならないもん。

 

「ちょっとトイレ借りてもいい?」

「はい、いいですよ。突き当たりの一番奥です。二階には両親の寝室等もありますから、不用意に他の部屋へ入らないよう注意して下さいね。我が家の方針で部屋に鍵は付けていませんので」

「そんなことはしないから大丈夫よ」

 

 

 

 トイレで尿意を解消してから七星さんの部屋に戻る途中、朱莉ちゃんと遭遇した。何やら不思議そうに私のことを見てくるのでちょっと気になる。

「どうしたの、朱莉ちゃん」

「ゆいおねえちゃんたち、なんでおきゃくさんのおへやにいるの?」

「お客さんの部屋? だってあそこは朱鷺さんの部屋だって……」

「あのおへやはおきゃくさんがきたときのおへやだよ。おねえちゃんのおへやは、あそこ」

 朱莉ちゃんが階段から一番離れた部屋を指差したので、思わずその部屋に近づく。

 とても嫌な予感がしたけど、どうしても好奇心を抑えきれず開けてしまった。

 

「うぉおう!」

 漢の部屋──その部屋の第一印象は正にその言葉に尽きる。

 室内は十二畳程の広いスペースだった。片側の壁に設置されたショーケースのような飾り棚の中には、ロボットの模型が無数にひしめいている。反対側の本棚には無数の漫画本やビジネス書、ゲームソフト、そしてアイドルのCD・DVDが収納されていた。

 

 漫画本の背表紙をざっと見たけど、そのチョイスが中々……渋い。

 『闇金ウシジマくん』『ナニワ金融道』『カイジ』『銀と金』『ベルセルク』『寄生獣』『ヘルシング』『彼岸島』『ONE OUTS』『孤独のグルメ』『シグルイ』『殺し屋1』──その他ジャンプやマガジン、サンデー等の名作漫画がずらり……。少女漫画なんて影も形も無い。

 知らない作品も多いけど、バイオレンスな漫画の比率が圧倒的に高かった。恋に恋するお年頃のJCが好んで読む漫画ではないことは確実だと思う。

 

 また、バカでかいデスクトップパソコンには液晶モニターが三台接続されている。

 テレビも一台ではなく、大型の液晶テレビと昔懐かしいブラウン管テレビが併設されている。そして周囲には十数台のゲーム機が配置されていた。

 テレビの周辺にはケーブルが張り巡らされており、容易に立ち入ることは出来ない感じだ。これが、現役JCアイドルのお部屋か……。

 

「────見て、しまいましたか」

 背後から急に声が聞こえた。びっくりして振り返ると七星さんが物凄い笑顔で佇んでいる。

「こ、この部屋は?」

「見られたからには、消さなければいけませんね」

 質問に答えようとはせず、私の目の前に瞬間移動する! 彼女の手が私の顔に伸びた瞬間、意識が途絶えた……。

 

 

 

「あれ……ここは?」

「ああ、善澤さん。気がつきましたか」

 意識を取り戻すと同時に上体を起こした。先ほどまでいた七星さんのきれいなお部屋だ。

「……私、どうしたの?」

「化粧室から戻ってくる途中、気分を悪くされて倒れてしまったんですよ。なので私の部屋で横になってもらっていたんです」

「そう……。迷惑を掛けてゴメンね」

「いえいえ、お気になさらず。きっと疲れが溜まっていたんでしょう」

 

 確かに、慣れない取材で思いのほか心労が溜まっていたのかもしれない。トイレから戻る途中に衝撃的な何かがあった気がするんだけど、全然思い出せなかった。

「お父さんが帰ってきましたので夕食にしたいと思うんですが、食べられそうでしょうか?」

「ええ、もう大丈夫よ」

「ちゃんと消えたようで本当に良かったです。では下に行きましょう」

 七星さんと一緒に一階のダイニングルームに向かった。

 

「おお、貴女が善澤さんですか!」

 階段を下りるとやたらテンションが高い男性から声を掛けられた。

「は、はい。貴方は朱鷺さんのお父さん、ですか?」

「はい! 朱鷺の父の新一です! 娘の取材の件、よろしくお願いします!!」

 そう言いながら両手で私の手を取り上下にブンブンと揺らした。母親も綺麗な人だったけど父親も超イケメンで若い。パッと見で二十代後半くらいにしか思えないなぁ。合コンにいたら争奪戦になりそう。

 

「食事の用意は出来ていますので、こちらへどうぞ!」

「あ、ありがとうございます」

 背中を押されてダイニングルームに入ると、テーブル上に料理という料理が敷き詰められていた。パスタがあるから恐らくイタリア料理だろう。どれも滅茶苦茶美味しそう。

「何だか凄いね……」

「ええ、お母さんは料理ガチ勢ですからどれも美味しいですよ。私も料理にはそれなりに自信を持っていますけど、お母さんには及びません」

 朱鷺さんって凄い料理上手だって情報があったけど、朱美さんはそれを凌ぐ実力者だったのか。見た目はぽわんぽわんしていて、お箸より重いものを持ったことがなさそうだからとても意外。

 

「そんなこと無いわよ~。朱鷺ちゃんのお料理はとっても美味しいもの~」

「下手な慰めは要らないって。いつの日か超えて見せるからね」

「ふふふ、楽しみに待ってるわ~」

 親子間で言葉のバトルしているうちに料理の写真を撮っていった。

 

 その後は五人で食卓に着き「頂きます」と全員で手を合わせる。これがこの家のルールらしい。

「この料理はなんですか?」

「それはヒラメのカルパッチョよ。活きの良いヒラメが手に入ったから生がいいかと思って~」

「では頂きます」

 贅沢に二切れ取り口に運ぶと、甘みと旨味のあるヒラメと柑橘系のソースの相性が完璧で言葉が出なくなった。これは本当に美味しい。

「おいしい!」

 朱莉ちゃんも満面の笑顔だ。美味しい料理は人を幸せにするというけど、それは本当だと実感しちゃった。

 

「この隠し味はオレンジ……いや、柚子かな?」

「朱鷺ちゃん、あったりー☆」

「ここに来てまた腕を上げるとは、末恐ろしい母親……」

「上手い! やはり朱美の料理は世界一だな!」

 朱美さんと朱鷺さんが料理漫画みたいなやり取りをしている傍で、新一さんがバクバクと食べていく。なんだか微笑ましい光景だった。

 この後の料理も本当に美味しくて、腹八分目どころか腹十分目の限界まで食べちゃったよ。ううう、せっかくのダイエットが水の泡だ。

 

 

 

「じゃあ、朱莉とお風呂入って来ますね。暫く掛かるので、リビングで寛いでいて下さい」

「うん、行ってらっしゃい」

 朱鷺さんと朱莉ちゃんが一緒にお風呂に行った。新一さんも腹ごなしに庭でゴルフの練習をしているから、これは千載一遇のチャンスタイムね! 

 

「朱美さん、ちょっと質問いいですか?」

「はい、なんでしょうか~」

「朱鷺さんって小さい頃はどんな子だったんでしょう?」

 後片付けをしている朱美さんに声を掛ける。家族に幼少期のエピソードを訊くのは欠かせないと取材ノートに書いてあったので、今のうちに過去エピソードを引き出してしまおう。

 朱美さんはおっとりしていて情報管理が緩そうなので、取材対象にピッタリだし。

「ん~そうねぇ……。とても良い子だったわ♪」

 良い子といわれてもどんな感じかはわかんないな。もう少し突っ込んで訊いてみるか。

 

「具体的にはどんな感じでしょうか。ほら、大人しいとか、ヤンチャだとか」

「とにかくしっかりした子だったわ。他の子みたいに我侭を言わないし、お願いしたことは必ず守るし。でもしっかりし過ぎていて、それはそれで寂しかったわね~」

「そうなんですか。私なんて小さい頃は『パパあれ買って!』とねだってばかりいたので耳が痛いです」

「それがね、あの子小さい頃はお母さんって呼んでくれなかったのよ~。朱美さんってさん付けで呼ばれていたの。しかも教えても無いのに敬語で話すものだから、とてもびっくりしたわ~」

 

 普通はお母さんやママと呼ぶはずだけど、下の名前呼びでしかも敬語とは珍しいなぁ。

「ある意味では野良猫みたいな子だったわねぇ」

「野良猫ですか?」

「そう! 野良猫って眺めている分にはとっても可愛いけど、ある程度まで近づくと凄く威嚇してくるでしょ? あの子も一定以上仲良くしようとすると、とたんに警戒して距離を置きたがるのよ~。私達に対してもそうだったから、親子なのに親子じゃないみたいで凄く悲しかったわ」

 家族に対しては完全に心を開いている感じだったので、凄く意外。

 

「でも今は仲良しじゃないですか」

「そうね~。今はだいぶ棘が取れて接し易い子になったと思うわ。保育園の時にあの出来事があってから、態度が柔らかくなった気がするのよねぇ」

 おっ。何か気になるエピソードがあるみたいだ。

「どんなことがあったんですか?」

「私と新一さんはお医者さんだから、朱鷺ちゃんが小さい頃は保育園に預けていたの。でもあの子、他の子とは仲良くしようとせずに経日新聞や資産運用の本とかをずっと読んでいたから、保育園の先生から不審がられていたのよ。

 それである日保育園へあの子を迎えにいったら『お宅のお子さんは色々な意味でおかしいので、一度病院に連れて行った方がいい』って言われちゃって~」

「えっ!」

 いくら行動がおかしくても、親に向かってそんなことを言うなんて酷いな。私が朱美さんだったらその先生を平手打ちしていたかもしれん。

 

「それで、どうされたんですか」

「朱鷺ちゃんも落ち込んだ様子だったから、その先生に『朱鷺ちゃんは私がお腹を痛めて産んだ自慢の一人娘です。この子の良いところを何も知らない貴女に、そんなことを言われる筋合いはありません』ってつい言っちゃったのよ。あの時は本気で怒っちゃったから反省してるわ。

 その帰り道に『お母さんは朱鷺ちゃんが大好きよ』って何となく声を掛けたら、朱鷺ちゃんが『ありがとう、お母さん』って言ってくれたの。あの時初めて本当の親子になれた気がして、とっても嬉しかったわ~」

 仲良し親子にもそんな裏話があったんだ。今はとても仲が良くて微笑ましいから、仲良くなれて本当に良かったと思う。

 

「でも、その後に大失敗しちゃってね……」

 朱美さんの表情が急に曇った。あれ、美談で終わるんじゃないのか。

「大失敗って、何があったんですか?」

「その保育園には預けたくないからどうしようかなって思ったんだけど、朱鷺ちゃんが私一人でも大丈夫って言ったのよ。とてもしっかりしていたからお留守番を任せたんだけど、一人だとやることが無くて暇かなって思ったのね。

 だから、朱鷺ちゃんの為にアニメ見放題チャンネルと契約したんだけど、なぜかあの子ガンダムにはまっちゃって……。他のロボットアニメとかオタクっぽいアニメも見るようになって、すっかりオタクになっちゃったのよ~。そのうちプラモデルとかクソゲーのRTA(リアル・タイム・アタック)なんかもやり始めてねぇ……」

 物凄く深いため息を付いた。心中お察しします。

 

「一方で友達を全然作ろうとしないから、私達も凄く焦っちゃって。何とか今の内に外の世界と交流を持ってもらおうと思って、荒療治でアイドルになってもらったの! あの子はああ見えて寂しがりやで承認欲求が強いから、アイドルはピッタリだし。

 勝手に応募して朱鷺ちゃんには本当に悪いと思うけど、結果的には良かったわ。飛鳥ちゃん達はみんなとっても良い子だからね~」

 これが話題のアイドルのデビュー秘話か。でも絶対に記事には出来ないなぁ。したとたん北斗神拳で闇に葬り去られそうだ。

 あっ、そういえば大事なことを聞き逃すところだった!

 

「あの~。ところで、朱鷺さんが伝承者になっている北斗神拳という拳法について、ご家族としてはどうお考えなんでしょうか?」

「ああ、あれ~。何でも小憎たらしい女の子から無理やり伝授されたってこの間言っていたわ。あれも朱鷺ちゃんの個性だから、私達としては特に気にしていないわねぇ。ほら、子供は元気があり余っている方がいいって言うじゃない? あれくらい元気なら、私達としても安心よ~」

 いや、友達が出来ないことより北斗神拳の方が百倍問題だと思うんですが。

 

「朱鷺ちゃんは本当に良い子なの! 朱莉が生まれる迄はウチの医院で患者さんにマッサージしてあげてたし。朱鷺ちゃんに揉まれるとどんな病気でも直ぐ治るって近所で評判にもなったのよ~。でもたまに『新秘孔が……』とか『間違ったかな……?』なんて呟いていたけど、あれは何だったのかしらねぇ?」

 

 それはもしかして人体実験じゃないだろうかという疑問が涌いたけど、嬉しそうに話す朱美さんには口が裂けても言えなかった。

 何かこの家族はズレているような気がする。でもこの家族だったからこそ、朱鷺さんの頑なな心を開くことができたのかもしれない。あの子がこの家に生まれてきて、本当に良かったと思うよ。他の家だったらこうはならなかっただろう。

 

「善澤さんは、ご両親とは仲が良い?」

 急に逆質問されたので回答に困ったけど、少し考えて答える。

「母との仲は良いですよ。父の方は、まぁ色々と……」

「……そうなの~」

 

 私の父は芸能界でも取り分け有名な芸能記者だ。父がアイドルの記事を書けば、世間の注目はそのアイドルに注がれる。実際、今のアイドル界の実質トップである765プロダクションが売れ出したのだって父が感謝祭ライブを大きく取り上げたのがきっかけだし。

 あの人は休祝日関係なく働いているから、家族旅行はおろか学校行事にだって殆ど参加しなかった。私達家族を養うためだってことは理解できているけど、思春期の頃の私にとっては『アイドルのお尻ばかり追いかけている情けない父』でしかなかったんだ。

 

 高校生の頃なんて会話した記憶は殆ど無いし、大学合格と同時に一人暮らしを始めてからはロクに顔を会わせてない。

 アイドルを追っかける芸能記者なんて最低だと思っていたのに、まさか自分がその最低な仕事に就くとは思いもしなかった。父に辛く当たっていた罰があたったとしか思えないよ。

 散々批判しといて自分も同じ仕事に就きましたなんて口が裂けても言えないから、今の仕事についても報告できていない。

 

「何があったかはわからないけど、お父さんは善澤さんのことを心配していると思うから、たまにはお話してあげてね~」

「心配なんてしてないですって。どうせ娘よりアイドルの方が大切に決まってますから」

「……そんなことないわよ。親はいつも子供のことを心配してるの。私なんて朱鷺ちゃんや朱莉ちゃんのいない世界は考えられないもの。善澤さんのお父さんもそうだと思うわ」

「そういうもの、でしょうか」

「うんうん。間違いないわよ♪」

 

 そんな会話をしていると、どたばたと走る足音が聞こえた。

「ぎゅうにゅうのむー!」

「ちょっと朱莉! まだ髪乾かしてないって!」

 お風呂から出た朱莉ちゃんが冷蔵庫から牛乳を取り出す。

「朱莉ちゃんは牛乳好きなの?」

「うん! いっぱいのんで、おねえちゃんみたいにおっぱいおおきくなるんだ!」

「こんなの邪魔なだけだから別にいらないの。朱莉はずっと小さいままでいいからね~」

「やだ! おっきくなるもん!」

「そんなこと、お姉ちゃんが許しません!」

 姉妹でじゃれあう光景は普通の姉妹と変わらないな。

 

 結局その日は七星家の空き部屋に泊まらせてもらうことになった。

 階段から一番離れた部屋に『KEEP OUT』というテープが何重にも張られていたけど、あれは何の部屋だったんだろう。

 

 

 

「じゃ、いってきま~す」

「おねえちゃん、いってらっしゃ~い!」

「おう! 車には気を付けてな!」

「善澤さん、娘をよろしくお願いしますね~」

「はい、わかりました」

 翌日、ご両親と朱莉ちゃんに挨拶をした後で七星家を出発した。この家族も結構濃いキャラだったなぁ。でも、好感が持てる優しい人達で良かったよ。

 おっといけない。本業の取材について考えなきゃね。

 

「午前中はスタジオで収録って聞いてるけど、なんの収録なの?」

 今日のスケジュールを確認したところ、ちょっと分からないことがあったので訊いてみる。

「グランブレードファンタジーという人気のソーシャルゲームで今度346プロダクション所属アイドルとのコラボイベントがあるんですよ。私もコラボキャラの一人として出演するので、そのボイスの収録なんです」

「あ~確かに最近よくあるよね、そういうの」

 就活時に調べたけど、どのゲーム会社も課金ガチャを引かせる為にあの手この手で頑張ってるらしい。あっちの業界も中々闇が深そうで怖い気がする。

 

「声のお仕事は初めてなので結構緊張しています」

「その割には落ち着いて見えるわよ。容姿と声は可愛いから大丈夫じゃない?」

「その表現だと内面は可愛くないと言っているように聞こえるんですけど」

「あ、いや、そんなことないって!」

「下手な慰めはいいです。自分でも十分な程自覚していますから」

 そう言って自虐的な笑みを浮かべる。いけないいけない、取材対象を不快にさせないよう気をつけなきゃ。

 でもこの容姿と声だから、コラボキャラもきっと可愛い感じなんだろうな。

 

 

 

「荒廃した世界を、アイドルを再生する。それが私の使命」

「力を持ち過ぎる者は全てを壊す。貴方もその一人」

「秩序を破壊する者。アイドルには、不要」

「誰であろうと、私を超えることなど不可能です」

「修正プログラム最終レベル、全システムチェック終了。戦闘モード起動」

「ターゲット確認。──排除、開始」

「排除、排除、排除」

「消えなさい! イレギュラー!!」

「……認めましょう、貴方の力を。今この瞬間から、貴方はプロデューサーです」

 

 えぇ……。

 収録ブース内で、朱鷺さんが物騒なセリフを次々と口にしていく。

 冷徹なトーンでありながら狂気を孕んだ言葉は、聞く者に強い恐怖心を植えつける。正に迫真の演技だといえるだろう。

「フフ、フフフフ……」

 それにしてもこのアイドル、ノリノリである。

 

「お待たせしました」

「お、お疲れ様~」

 収録は約2時間かかった。予定のセリフを全て撮り終え、朱鷺さんがブースから出てきたので声を掛ける。ちょっと声が震えたのはここだけの秘密。

 収録スタッフさんに笑顔で挨拶をした後、昼食を取る為に二人で喫茶店に入った。

 

 

 

「はぁ……」

 さっきとはうって変わって仏頂面だ。不満が胸の中を渦巻いていることがよくわかるわね。

「他の子達は可愛らしい味方キャラなのに、私だけイベントのラスボス役っておかしくありません?」

「そ、そう? 迫力があって良かったと思うわ」

 

 荒廃したアイドル業界を救済する為に創られた自律思考型超高度AI──『セブンスターズ』。しかしアイドル再生計画の最中に原因不明の暴走を起こし、アイドル達を自らの管理世界へ幽閉してしまう。

 プレイヤーは幽閉されたアイドル達を次々と助け出し、最後にはセブンスターズが操る無数の機動兵器群と対峙。死闘の末、遂にAIのメインコンピューターを破壊する。

 

 最期の瞬間、セブンスターズは暴走の理由を語り始める。AIはアイドル達を苛烈な競争社会から守る為、自らの管理世界に隔離していたのであった。自身の行為が愛故の過ちであったことを理解した後、自らを超えたプレイヤーに彼女達を託し静かに滅びを迎える……。

 イベントストーリーは大体こんな感じらしい。昔のSFでよくありそうな展開よね。

 

「しかもファンタジー世界で一人だけAIって……。せめて人間の枠内で収めてくれませんか」

「その分目立ってるから、見方を変えればオイシイ役よ」

「一応私もアイドルなので、目立たなくてもいいからアイドルっぽい役を回して欲しかったです。これも全てP(プロデューサー)が無能だからですよ。今度こそオーダーメイドの秘孔を突いてやります」

「はは……。あんまり無茶しないようにね」

 先日のPに対する態度が嘘のよう。あの時は必死に本性を隠していたんだろうなぁ。

 

 

 

 その後は繁華街にある家電量販店──『ゾフマップ』へ向かう。

 今日はここでコメットのセカンドCD発売を記念したインストアイベントがあるらしい。内容はミニライブとサイン会との話だった。

「ゾフマップかぁ……。正直会場としては小さくない? せっかくのイベントなんだからもっと大きい会場でやればいいのに」

「そうですか? 私としては特に問題ないですよ」

 フォローしようと思って声を掛けたけど、本人はあまり気にしている様子ではなかった。

 

「でもアイドルなんだから、観客が多い方がいいでしょう?」

「そりゃ多いに越したことはないですけど、だからといって小さい会場でがっかりしたり手を抜いたりすることはありません。お客様が一人でも一万人でも最高のパフォーマンスを披露するというのがコメットの方針ですから」

 色々ぶっ飛んでる子だけど仕事に対する姿勢は本当に真摯だ。若くてもやはりプロなんだなぁ。

 

「おはようございます、皆さん」

「……おはようございます」

「やあ、おはよう、トキ」

「朱鷺さん、おはようございます」

 会場の控え室に着くと既に他の子達が着替えをしていたので、朱鷺さんも一緒に着替えていく。うー、やっぱり胸でっかいわー。14歳でこれって、将来はどうなるんだろう。

 

「そろそろ準備のほうお願いしますゥ~」

 着替え終わって談笑していると男性スタッフから声が掛かった。

「じゃあ私は観客席にいるね。イベントが終わったらまた来るから」

「わかりました。善澤さんも楽しんでいって下さい」

「うん。それじゃ、皆頑張って!」

 控え室を後にしてイベント会場に移動した。う~ん、やっぱり狭いなぁ。

 

 写真のチェックや取材メモの整理等をしていると開場時間になったのか、お客さんが次々と押し寄せてくるので前列を確保する。狭い会場があっという間に人で埋め尽くされていった。それにしてもお客さんの一部がなんと言うか……怖い。

 首にチェーンを巻いているモヒカンマッチョやタトゥーの消し後が残るヤンキー等、アイドルのライブに来ないだろと思われる層がチラホラ見受けられる。もしかして来るイベントを間違えていやしないだろうか。

 

 そんなことを思っているとイベントが始まった。司会の女性が慣れた感じでイベントの進行をしていく。

「それではお待たせしました。コメットの登場でございます!」

 案内の声に合わせてあの四人が小走りで舞台に出てくる。

「みなさーん、こんにちはー! コメットです♥ 」

 朱鷺さんが大きな声で元気良く挨拶すると観客席から声援が上がった。一部の観客はなぜか『姐さーん!』とか叫んでいたけど、どういう関係があるんだろう。

 

 その後は各メンバーの挨拶やセカンドシングル紹介等のトークが続く。朱鷺さんの軽い森久保さんいぢめ等で観客席からも笑い声が飛び出していた。

「さて、あまり長く喋っていると露骨な尺稼ぎと叩かれてしまいますので、そろそろ新曲をご披露したいと思います。一生懸命歌いますので聴いて下さい。それではコメットで──『RE:ST@RT』!」

 

 ロックっぽいノリのいい曲が流れ始めた。四人揃って狭いステージを最大限活用しながら踊っていく。アイドルには詳しくないけど、とてもカッコよくてこっちも楽しくなってくる。

 何より皆とても良い笑顔だ。特に朱鷺さんは心の底からライブを楽しんでいるような、凄く良い笑顔をしているので心奪われてしまう。アイドルって何かいいかも。

 そして曲の終わりと共にきれいにポーズをとる。5分弱の曲だけど終わってみればあっという間だったよ。

 曲が終わると当時に一面の拍手と声援が会場全体に響く。インストアイベントはその後大盛況で幕を閉じた。

 

 

 

「二日間引っ付かせてもらってありがとうね」

「いえ、こちらこそありがとうございました」

 電車内で朱鷺さんと会話する。私達とは逆方向の女子寮へ向かう白菊さん達を見送った後、途中まで彼女とご一緒することにした。

 もう夜なので長かった取材もこれで終わりなのかぁ。色々なことがあったけど、終わってみれば少し寂しいような気もするね。

 

「良い記事は書けそうですか?」

「あ~、うん。そうねぇ……」

 取材だけで精一杯で記事の作成なんて考えてもしなかったから思わず言葉を濁してしまった。

「ふふっ。誤魔化さなくていいですよ、善澤さんは新人記者────いや、恐らくまともに記事を書いたことの無いド新人さんでしょう?」

「……ッ!」

 え? バレてた?

 

「……いつから、気付いてたの?」

「結構最初の方からですよ。全体的に挙動不審だったりカメラを使い慣れていなかったりしたので、今年の新卒さんなんだなと簡単に分かりました」

「それなら早く言ってよ~!」

「すいません。でもそれだと緊張感がなくなっちゃうなと思いましたので」

 くう~、このいぢめっ子め!

 

「どうでしたか、アイドルのお仕事は?」

「正直最初はナメてた。アイドルなんてチャラチャラしてて、男にちやほやされて舞い上がっている頭の緩い子達なんだろうって。……でも、全然違った。皆真剣でさ、中高生なんて遊びたいさかりなのにちゃんと仕事してて凄いよ。仕事をナメてたのは私の方だった」

「その認識は仕方ないです。ところで、善澤さんはどんな雑誌の記者になりたかったんですか?」

 どうやらアイドル雑誌志望でないことも見抜かれていたらしい。

 

「私は元々ファッション誌志望でそれ以外は眼中にないんだけど、配属はなぜかアイドル誌なのよね~。もう転職しちゃおうかな?」

「世の中には理想の仕事を探して何十社転職しても見つけられなかった馬鹿野郎もいますから、安易な転職はお奨めしません。せっかくの新卒なんですからもう少し粘ってみていいと思いますよ」

 今の職場で粘る、か。この二日間でアイドルに対する認識がかなり変わったから前ほど抵抗感は無いけど、それが正しい道なのかあたしには判断できない。

 

 そのまま会話していると朱鷺さんの降りる駅に着きそうになる。

「それでは私はこの駅なので失礼します。記事、楽しみにしていますから」

「う、うん……」

「それと最後に、一つお願いがあるんです」

「お願いって?」

「お父さんを大切にしてあげて下さい。きっと善澤さんのことを心配していますから、たまには声を聞かせてあげて下さいね」

 ああ、朱美さんから訊いたのか。

 

「どうしてわざわざそんなことを?」

「人様の親子関係に立ち入るのはどうかと思ったんですが、やっぱり言っておきたかったんです。普通の人には理解できませんが、自分のことを愛して支えてくれる親がいるというのは本当に有難いことなんです。

 豪邸じゃなくても、あの家族がいるだけで私は本当に幸せです。私なら両親と妹の値段は百億円つけたって安いものですよ」

「……考えておくね。それじゃ、また」

「はい。是非前向きに検討をお願いします」

 朱鷺さんはそう言って電車から降りて行った。時々変なことを言うな、あの子。でもその言葉と真剣な表情がなぜか心に残ってしまった。

 

 

 

 その後は重い体を引きずり自分のマンションに帰った。

 シャワーを浴びて一段落付いた後、スマホを持ち電話帳のページを暫く見つめる。そして意を決して画面をタッチした。

 呼び出し音が暫く鳴るので、切断したいとういう気持ちを必死で抑える。

 

「はい、善澤です」

「…………もしもし。お、お父さん?」

 恐る恐る言葉を搾り出す。

「唯か。俺に電話なんて珍しいな。どうした?」

「ちょっと声が聞きたくなって、ね」

「なんだぁ、そりゃ?」

「ははは……」

 その後暫くお父さんと話した。今の仕事のことや希望していたファッション誌の編集部に入れなかったこと等、報告できていなかったことを洗いざらいぶちまけてしまった。

 

「……そうか。お前も大変だな」

「うん。私はどうすればいいのかな? ずっとファッション誌志望だったけど、朱鷺さんの取材を通じてアイドルの取材っていうのも悪くないなって思ったんだ」

「それを決めるのは唯次第だ。唯の人生なんだから、自分がやりたいと思うことをやる方がいい。……ただ、一つアドバイスがある。」

「アドバイス?」

「何でもいい。自分の書きたい記事を書いてみろ。一つの記事を全力で書き切ることで、今まで見えなかったことが見えてくるかもしれん」

 

 書きたい記事といわれて一つだけ思いつくものがあった。でもそれで何かが変わるんだろうか。

「それと、な……」

「ん、何?」

 急に口篭ったので訊いてみる。

「唯は俺達の大事な娘だ。どんな道を進んでもずっと応援しているからな。また悩んだら電話して来い」

「……うん、ありがとう」

「ああ、じゃあな」

 それだけ言って電話を切った。するとぽろぽろと涙がこぼれる。悲しくないのに涙が出るのはなんでなんだろう。

 

 ひとしきり泣いた後、今度はタヌキに電話した。

「編集長、お疲れ様です」

「善澤か。どうした?」

「密着取材ですが、無事終わりました。写真とインタビュー内容も従来どおり用意できています」

「おお、それは良かった。なら後で資料を提出してくれ。二日間ごくろうさん!」

「その件ですが、ちょっとお願いがありまして」

「ん? なんだ?」

「実は……」

 

 

 

「おはようございま~す」

 数日後、眠い目を擦りながら編集部に出社したけど私以外の記者はいなかった。タヌキが編集長席で新聞を読んでいるだけだ。

「おお、おはよう!」

 馬鹿でかい声で挨拶を返してくるので、傍に近づいていく。

 

「昨日提出したデータ、見て頂けました?」

「データ? 何のだ?」

「どっきどき密着取材の記事ですよ!」

「ああ、あれか。一通り見させてもらった」

 

 私は、記者人生初めてとなる朱鷺さんの取材──あの取材の記事を書かせて欲しいとタヌキに直談判した。

 素人に毛が生えてもいない私には手に余る仕事だけど、朱鷺さんの特集についてはどうしても私が自分で記事にしたいと強く思ったんだ。

 過去の特集とにらめっこしながら記事の内容や画面レイアウトを工夫したけど、それが認められるかとても不安。

 

「──結論としては、バツだ。写真のレイアウトは滅茶苦茶。日本語の使い方も間違っているし、てにをはもおかしい。このレベルの記事を客に出すわけにはいかん」

「……没ですか。すいませんでした」

 やっぱりか。所詮素人の私がどう足掻いてもダメだったんだろう。結局私はどこまで行ってもダメな女なんだ。

 

「……だが、特集したアイドルの魅力を伝えようとする強い思いは十分伝わってくる。この思いは小手先のテクニックでは絶対真似できん。客には出せんが、俺としては好きな記事だ」

「えっ?」

 思いもよらない言葉が出てきたのでびっくりする。

「原案を生かしつつ、写真レイアウトや記事内容を推敲すれば出せる記事になるだろう。俺が添削するから、もう一度考えて来い!」

「は、はい!」

 全部がダメじゃなかったんだ。技術は未熟でも一番伝えたかったことが伝わって本当に嬉しい!

 

「……それと、この前はすまんな」

「この前って?」

「お前の配属日のことだよ。前任が急に産休を取ったから、担当の振り分けやら引継ぎの雑務やらで苛立ってたんだ。やむなく一人で取材させるとしても、取材のやり方とかを教えてやるべきだった。無茶振りしちまってその……本当に悪かったな」

「い、いえ。私としても良い勉強になりましたので……」

 タヌキがそう言って少し頭を下げる。あれっ、こいつそんなに嫌な奴じゃないかも?

 

「希望してない雑誌に回されて腐る気持ちは分かるが、誰だって希望した編集部に直ぐ行ける訳じゃねぇんだ。だが、実力さえあればファッション誌に推薦することもできる。これからはビシバシ鍛えてやるから、今はここで踏ん張れ!」

「はい!」

 互いに笑顔で言葉を交わす。希望どおりではないけれど、この編集部もそんなに悪いところではない気がしてきた。それにアイドルの取材もこれはこれで面白そうだしね。

 

 よ~し! では頑張ってアイドル達のお尻を追っかけますか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第33話 わくわく林間学校

「今日も一日頑張ったぞい……」

 無事午後の授業を乗り切りました。食後の一番眠い時間帯に古文とかマジ勘弁です。

 このところ夜遅くまで内職をしていますので眠気が中々取れないんですよねぇ。秘孔を突けば一発ですが、そういう無理はしないよう家族と約束しているので気軽には出来ないのです。

 

「いや、まだ色々と残ってますけど……。それに今日は買い出しもあります」

「そちらは楽しみがありますからいいんですよ」

 学生の本分は勉強なので授業は真面目に受けますが、古文を学んでも社会に出て役に立った記憶がないので中々モチベーションが上がりません。

 隣の席の乃々ちゃんとお喋りしていると間宮先生が教室に入ってきました。

 

「皆お疲れ様! 朝も少し話したけど、明日から一泊二日の林間学校よ! 遅刻したら参加できないから、絶対に遅刻しないようにね!」

「は~い……」

 心のこもっていない返事が教室内に響きます。

 

「もう、そんな調子でどうするの。地域の環境美化活動と豊かな大自然での野営体験を通じて心の力を鍛えて、社会に貢献できる立派な人材になるのよ!」

「もっともらしいことを言ってるけど要はゴミ拾いじゃないか。それでテンション上げろって言われても難しいだろ」

 先生の力説に美玲ちゃんが反論します。皆の不満を代弁してくれました。

 うら若き乙女――それもアイドル達が雁首揃えて掃除というのは何とも花がありません。同じ慈善活動なら白鷺園でチャリティーライブをやりたいです。

 

「気持ちはわかるけど、学校の決まりなんだから仕方ないでしょう? 確かに地味で退屈かもしれないけど、皆で飯盒炊飯やお泊りするなんて楽しいじゃない。ああ、そういえば休んでいた子もいるから、これからの流れを改めて説明した方がいいわね。じゃあ七星さん、説明をお願い」

 不満の矛先を私にずらしてきやがりました。しかし裏取引の件がありますからこれくらいの苦労は仕方ないでしょう。

 

「わかりました」

 教室の前に出ていき説明を始めます。

「今回の林間学校は四人毎のチームに分かれての参加になります。このクラスでは当日十二名が参加する予定なので、チームが三つできる形になります。チーム分けはクラス全体での相談を踏まえ、私の方で総合的に判断しました」

 チーム分けの話し合いはしっちゃかめっちゃかでしたので、勝手に分けさせてもらったのです。あのままでしたら一生決まらなかったでしょう。

 

「まず、愛海ちゃん、幸子ちゃん、晶葉ちゃん、美玲ちゃんで一チームです。幸子ちゃんがいますので、チームキュートと命名しました」

「カワイイボクがいますから、妥当なチーム名ですね。フフーン!」

何か言っていますが相手にすると進まないので無視しました。でもあれだけ自分が好きになれるのは一つの才能でしょう。私なんて自分のことが世界で一番嫌いですから羨ましいです。

 

「続いて紗南ちゃん、光ちゃん、鈴帆ちゃん、ナターリアさんでもう一チームです。元気な子が多いのでチームパッションと付けさせて頂きました」

「ヒーローに必要なのは勇気と元気だからな! 元気の良さなら負けないぞ!」

 光ちゃんが大きな声を張り上げました。うんうん、やはり子供は元気なのが一番です。

 

「そして乃々ちゃん、蘭子ちゃん、七海ちゃん、私で最後の一チームです。落ち着いていて大人びた子が多いので、チームクールと名付けさせて頂きました」

「……クール?」

 皆なぜか困惑します。蘭子ちゃんと乃々ちゃんは私同様、気品があって落ち着いていますからどう見ても属性はクールでしょう。七海ちゃんはちょっと子供っぽいところがありますからクールとは少し離れてしまっていますけどね。

 

「明日のスケジュールですが、まずバスで現地に到着してからお昼ご飯を頂きます。そして清掃活動をした後に飯盒炊飯をして、テントの設営をします。テント張り等普段慣れない作業を行いますから、怪我をすることの無いよう十分に注意して下さい」

 そう言うと「は~い!」という元気な返事が返ってきました。

「そして飯盒炊飯のメニューはキャンプの定番であるカレーです。生徒の自主性を育む為、材料の買い出しからやらなければなりません。この後仕事がない子達で買い出しに行きますので、勝手に帰らないようお願いします」

 説明を一通り行った後、皆で最寄りの大型スーパーに向かいました。

 

 

 

 スーパーに着くとチームに分かれて食材の買い出しをします。カートを転がしながら材料をカゴに入れていきました。

「玉ねぎ、じゃがいも、茄子、赤パプリカ、ズッキーニは入れましたから、後はお肉ですか」

「緋色の二年草が足りぬようだが?」

「朱鷺ちゃんは人参が本当に嫌いですから……」

「あれは人が食するものではありません。お馬さんに与えておけば良いのです」

 人参農家の方には大変申し訳ございませんが、あの微妙な甘さといい食感といい絶対に受け入れられません。それにとても嫌な思い出もありますから本当に苦手なんですよ。

 世の中に水と人参しかなくなったら、私は喜んで死を選ぶでしょう。

 

「スイスイ~♪」

 お肉コーナーに移動する途中、七海ちゃんが何かをそっとカゴの中に入れました。投入されたものを見て思わず固まります。

「……七海ちゃん、これは何でしょうか」

「白子れす~!」

 満面の笑みで回答します。……軽く眩暈がしました。

 

「何を作るのか、わかってますよね?」

「もちろんカレーに決まっているじゃないれすか~」

 思わず両手で彼女の頭部をがしっと掴みました。

「どこの世界に白子をカレーに投入する阿呆がいるんですか!」

「だって、鱈の白子はお鍋にとっても合うじゃないれすか~。カレーはお鍋に似てますから、きっと合うに決まってましゅ!」

「全然違います! 早く戻してきて下さい!」

「残念れす……貴重なおさかな成分が……」

 ひどく落ち込んでしまいました。正しいことをしたはずなのに物凄く罪悪感が沸きます。

 

「……分かりました。七海ちゃんの意向を汲んで、うちのチームはシーフードカレーに変更したいと思います。乃々ちゃんと蘭子ちゃんもそれでいいですか?」

「は、はい……」

「我を満足させるものであれば、種別は問わぬ」

「本当れすか! ありがとうございます~」

 七海ちゃんに笑顔が戻ったので一安心です。

 その後は魚介類を吟味します。冷凍品や缶詰を上手く組み合わせることで、当日持っていけるような構成にしておきました。

 

「後はカレールーですか」

「いえ、ルーは必要ありませんよ」と言うと皆の頭の上にハテナマークが浮かびました。

「最近は市販のルーも美味しくなっていますけど、せっかくの機会ですから私が調合します」

「朱鷺ちゃんはスパイスの調合もできるんれすか~。凄いれす~」

 

 私の数十ある職務経歴の中には、個人経営のカレー屋さんも含まれているのです。

 試行錯誤した結果生み出したオリジナルカレーはお客様に大変好評でした。ことカレーに関してだけはお母さんにも負ける気せえへんのです。

 ブラックカレーよりも黒いブラック個人商店でしたので結局辞めましたけどね。24時間ワンオペは流石の私でもギブアップしました。

 

 でも私の調合は誰にも再現できなかったようで、辞めて直ぐに潰れました。あの時は立ち飲み屋で一人祝杯を上げましたっけ。

 まぁそんな過去のことはどうでもいいです。今回のシーフードカレーに合うカレー粉を調合しましょう。

 

「皆さん、辛さの好みはありますか? なければ私の好みに合わせて辛口にしますけど」

「凄烈な刺激は我の望むものではない。禁断の果実と鋭き針を携えた蟲の蜜との融合による一品。それと同様の慈愛を所望するわ」

「蘭子ちゃん、ちなみにおうちではどのカレールーを使っていましたか?」

「パ、パーモントカレーの甘口です……」

「……辛さは控えめにしておきますね」

「うん、ありがと……」

 重度の中二病ですが味覚は完全にお子様でした。でもそんなところがとっても可愛い。

 

 買うものを揃えてレジに行くと他のチームと合流しました。

「お疲れ様です。そちらも食材が揃ったようですね」

「ウチらの食べたいものは揃ったぞッ」

「こっちも完璧ばい!」

 美玲ちゃんと鈴帆ちゃんが胸を張りました。買い物途中では出会いませんでしたが、どんな食材を揃えたんでしょうか。気になったのでカゴの中を覗きます。

 

「……貴女達はいったい何を考えているんですか」

 チームキュートのカゴにはスナック菓子やチョコレート菓子がぎっしり詰められています。

 一方、チームパッションのカゴにはゲームキャラのフィギュアが付属した食玩やヒーローソーセージ、辛子明太子、バナナ等カレーの具材として疑問符が付くものがブチ込まれています。

 

「カレーの具材を買いに来たのに、何でお菓子しか入ってないんですか!」

「女の子同士でお泊りだと思って色々買ってたらかなりの量になっちゃったんだよ。その上カレーを食べたら太っちゃうから、もうカレー要らないじゃんって結論になって」

 愛海ちゃんが悪びれずに答えます。

「飯盒炊飯も授業の一環です。お菓子を買うなとは言いませんから、量を減らしてカレーの材料を買って来て下さい」

「ええ~!」

「断ったら一生登山ができない体にしますよ」

「わ、わかったって!」

 渋々お菓子コーナーに戻って行きます。いやはや、危ないところでした。

 

「そしてこちらの具材は何なんですか。明らかにカレーの具ではないでしょう!」

 今度はチームパッションに問いかけました。謎チョイスの真意を確かめねばなりません。

「普通にカレーを作っても誰もウケないって鈴帆ちゃんが言うから、とりあえず好きなものを投入する闇カレーにしようって話になったんだ。だからアタシはヒーローソーセージにした!」

「芸人として、何のボケもないカレーなんて作れんたい!」

 観客がいないところでボケてもあまり意味はないと思うんですけど。

 

「食事とは生き物の貴重な命を頂くことです。ですから食べ物で遊んではいけません。そんなことをしているとボケやツッコミの前にBPOに審議されてしまいますよ」

「くぅ! BPOが相手では分が悪いたい……。分かったばい、真面目に作るとよ」

 鈴帆ちゃんが肩を落として食材売り場に戻って行きました。流石芸人殺しのBPOです。

 

 林間学校の準備段階でこのザマとは先が思いやられます。先生が私を学級委員長にした理由がよくわかりましたよ。放置していたら白子カレーに闇カレー、挙句に調理拒否という惨状でした。明日以降も気を引き締めて行かなければいけません。

 

 

 

 そして林間学校当日になりました。

 観光バスに乗り、某県の自然豊かな地域に向かいます。二時間ほどして、美城学園が所有している研修所に辿り着きました。バスを降りると軽めのストレッチをして固まった体をほぐします。

 今回の林間学校は普通クラスの子達もいますので、結構な大人数でした。元男性としては肩身が狭いような気がしてしまいます。

 

 研修所内で早めの昼食を頂いた後、皆と雑談していると集合がかかりましたので集まります。

「それではこれより社会貢献として近隣の美化活動を行います。事前に決められたグループに分かれて清掃を始めて下さい」

 先生の言葉を受けて各グループに分かれます。ゴミ拾い用のトングとゴミ袋が渡されたのでチームの子達に配りました。

 

「こういうトングを持つと意味なくカチカチやりたくなりますよねぇ」

 そう言いながらカチカチ鳴らして威嚇をしました。パン屋さんでは毎回やってしまいます。

「ああ~よくわかります~」

 七海ちゃんもカチカチ鳴らします。蘭子ちゃんもつられて鳴らし始めます。

「皆さん、早く掃除しないとよくないと思うんですけど……」

 乃々ちゃんに止められるまで威嚇合戦が続きました。

 

 その後は各グループで掃除をしていきます。

 この辺りは合宿用の寮や企業の保養所、キャンプ場、バーベキュー場が密集しており、結構ゴミが多いので見つけ次第ゴミ袋に放り込んでいきます。

 危険な場所に違法駐車している迷惑な車が何台かありましたので、一ヵ所に集めて警察に通報したりもしました。そうするうちに集合時間になったので、研修所前の広場に戻ります。

 

「はい、皆さんお疲れ様でした。今年も沢山のゴミを回収することができ、地域住民の方のお役に立つことができたと思います。休憩をはさんで飯盒炊飯になりますので、集合時間になったらまた広場に集まって下さい」

 先生の言葉を聞き終わるや否や、周囲が一気に騒がしくなります。

「ん~!」

 思いっきり背伸びをしました。やはり軽く運動をすると気持ちがいいです。

 社会貢献とか尤もらしいことを言っていましたけど、研修所の清掃費用を浮かせようという魂胆が丸見えですよね。

 

「朱鷺ちゃんは凄かったれす~! 片手で4トントラックを持ち上げる姿はとってもカッコ良かったれす~!」

「いえいえ、大したことはないですよ」

「それが大したことないとか、いったいどういう神経をしているんですかねぇ……?」

 幸子ちゃんがため息をつきました。ちょっと持ち上げて移動させただけなのに。

 

「せっかく休み時間ですから新しい遊びをしましょう。そうだ、ヒモなしバンジージャンプとかどうでしょうか、幸子ちゃん?」

「それただの投身自殺ですよ!」

「ぐちゃっと地面に激突して潰れたトマトみたいになる前に助けますから大丈夫です。さぁ、さっそくチャレンジしましょう!」

「ちょっと、誰か助けてください!」

「あはは、待って~」

 結局休み時間は全力で逃げる幸子ちゃんを追いかけるだけで終わってしまいました。

 

 

 

 次はいよいよ飯盒炊飯です。チームクールの四人で集合し、役割分担を決めました。

「飯盒でお米を炊く係は乃々ちゃん、カレー作り係は蘭子ちゃんと七海ちゃんにお願いします」

「朱鷺ちゃんは何をするんですか……?」

「私もカレー作り係ですが、ほかのチームの進捗を確認する係も兼務します」

 昨日の買い出しでかなり不安になりましたから、美味しく食べられるものが作られるのかチェックしたいと思います。

 これも学級委員長の務めです。私の目が黒いうちはムドオンカレーは作らせません。

 

「もちろん、こちらの進み具合も都度確認しますので安心して下さい」

「それなら良かったれす~」

「ならば勝利が約束されたも同然ね。全てを支配下に置こうとするとは、虚像達の盟主にふさわしい行動ぞ」

「早速他チームの視察に行きますので、材料の下ごしらえをしておいてくださいね」

「は、はい……」

 

 乃々ちゃん達を後にして、まずはチームキュートの調理場に来ました。すると早速大問題です。

「皆さん、何をされているんですか……?」

「ババ抜きだよ。朱鷺ちゃんもやる?」

 四人揃ってトランプで遊んでいました。こ、この子達は……。

「何で遊んでいるんですか。早くカレー作りをして下さいよ!」

「いや、今も作っているよ。ほら、それ」

 愛海ちゃんが指さした先には大きな機械が鎮座しています。それは晶葉ちゃんが持参したロボットでした。

 

「ふっふっふ。これこそ、この私が制作した特製ロボット――これ一台でカレー作りと炊飯ができる全自動カレーライス製造機、コレイチ君だ!」

 晶葉ちゃんが無い胸を張りました。何のロボットなのか不明でしたが、カレー作り用のロボットだったんですか。ネーミングが若干アウトのような気がしますが、面倒なので突っ込むのは止めておきましょう。

 

「間宮先生から使用許可をもらっていますよ。最初は注意されましたが、『旅のしおりにロボットでカレーを作ってはいけないという決まりはないので問題ないはずです!』と主張したら『分かりました』と言ってくれました。

 今の朱鷺さんみたいに疲れた顔をしてましたけど、何かあったんですかね?」

 どうやら先生もさじを投げたようです。ならば私も口出しするのは止めておきましょう。

「そうですか。では適当に頑張って下さい……」

 

 その場を立ち去り、今後はチームパッションの調理場に向かいました。

「お疲れ様です。こちらの進み具合はいかかでしょうか」

「あっ、ビームちゃんだ。こっちは超順調だよ。何たってナターリアちゃんがいるからね!」

「~~♪」

 紗南ちゃんの言う通り、ナターリアさんが手際よくじゃがいもの皮を剝いています。とても手つきが良いので、料理上手なことが直ぐに分かりました。

 

「くぅ~! 目に染みるたい!」

 その横では鈴帆ちゃんが涙目で玉ねぎを切っています。ベタなリアクションを欠かさないところは流石芸人といったところでしょうか。アイドルなのか芸人なのかこれもう分りませんね。

「トキ! どうしたんダ?」

「ちゃんと調理できているか視察に来ましたが、杞憂だったみたいです」

「コッチはナターリアがいるから大丈夫だヨ! 特製の美味しいカレーをつくるからネ!」

 弾ける笑顔で答えてくれました。このチームの良心として組み入れた私の目に狂いはなかったようです。

 この状況なら闇カレーが生まれることはないでしょう。安心して調理場を後にして、チームクールのところに戻りました。

 

「只今戻りました。ここからは私も参加します」

「よろしくお願いします~」

 下ごしらえは済んでいましたので、煮込み鍋にオリーブオイルを引き具材を炒めていきます。頃合いを見て水を投入し、煮立ってきたところで特製のカレー粉を少しづつ入れていきました。

 底を焦がさないように良く混ぜながら煮込むと、スパイスの香りが周囲に広がります。香りも料理の大事な要素ですから、良い香りがするようにスパイスの調合を頑張りました。

  オーガニックの最高級品スパイスをケチらず使っていますので、市販のルーでは絶対に真似できません。

 

 カレーを小皿によそって味見をします。

「うん、美味しい!」

 魚介の旨みがよ~く出ています。これは正に究極のシーフードカレーと言えるでしょう!

 スパイスも今日の具材に合ったベストな調合です。これ以上具材が混ざると一気に魚臭くなってしまうんですよね。スパイスを調合する際にはこのバランス調整が大変です。

 もしこれ以上何かを足すような奴がいたら八つ裂きにしてやりますよ。ははは。

 

「そろり、そろり……」

 出来栄えに大満足していると、七海ちゃんが挙動不審になっているのに気づきます。その眼光が怪しく光ったような気がしました。

「今です!」と叫んでカレー鍋に何かを入れようとしたので、瞬間移動してその動きを封じます。

「……何を入れようとしているんですか」

「白子……」

 有無を言わさずアイアンクローをかましました。

 

「いたい、いたいれす~!」と必死に抗議します。殆ど力を入れていませんので痛いはずはないんですけど。

 ガンダムファイトっぽく、このままダークネスフィンガーで頭部を破壊して完全勝利したい衝動に襲われましたが、何とか自分を抑えて解放しました。

「下茹でした上に冷凍までして持ってくる執念には恐れ入りましたけど、このカレーには合いませんのでボッシュートです」

 例の効果音を口ずさみながら白子を取り上げました。まさか最大の問題児が同じチームにいるとは思いませんでしたよ。正に獅子身中の虫です。

 

「ううぅ……ひどい……」

 酷く落ち込んでしまいました。まるで私がいじめっ子みたいで良心が痛みます。

「わかりましたよ。カレーには入れられませんが、別に調理して副菜にします。それでいいですよね?」

「わ~い、やった~!」

 この可愛い笑顔には弱いです。それに食材を無駄にすることは私のポリシーにも反しますから仕方ありません。軽くソテーにでもすれば美味しく頂けるでしょう。

 

 

 

 乃々ちゃんのお蔭でお米の方も無事炊き上がりましたので、カレー鍋と一緒に大テーブルに持って行きます。チームパッションとチームキュートも無事完成したようなので、クラスの皆で一緒に頂くことにしました。

「ナターリアさん達のカレーはちょっと変わっていますね」

 カレーには普通使わない黒い豆や豚の耳みたいなお肉が入っています。

「ナターリア特製のブラジル風カレーだヨ~♪ ブラジルの国民食、フェジョアーダ風にアレンジしたんダ~!」

 フェジョアーダとはブラジルの代表的な料理で、黒豆とお肉を煮込んだ料理です。ブラジル国民にもっとも親しまれている料理だと以前ナターリアさんが言っていました。だから黒豆等が入っているんですね。カレーアレンジはとても美味しそうです。

 

 一方、晶葉ちゃん達のカレーも個性があります。

 ホクホクのじゃがいもと艶やかな牛肉。そして飴色の玉ねぎと忌々しい人参。そう、これはまるで……。

「これどうみても肉じゃがなんですけど」

「コレイチ君の設定を間違ってな。カレーのつもりが肉じゃがになってしまった……」

 確かに材料は似ていますから肉じゃがができてもおかしくはないですが、それでいいんでしょうか。

「せっかくキャンプなんだからカレーも食べたいな~」

 紗南ちゃんがこちらをチラチラ見ながら不満をこぼします。

 

「では、三チームで調理したものを分けて食べるというのはいかがでしょうか? それなら色々な味が楽しめますし、カレーと肉じゃがが両方食べられますよ」

「賛成~!」

 私の提案は満場一致で可決されました。カレーと肉じゃが、そして副菜の白子ソテーを取り分けます。

 

「頂きます!」と全員で発声してから食べ始めます。

 フェジョアーダ風カレーはスパイシーさはそれほどありませんが、豆の汁と豚肉の脂がジューシーに絡み合っています。まろやかな上クリーミーで非常に美味しいです。

 ナターリアさんにレシピを教えて頂いたので、家で作ってみましょう。

 肉じゃがは味がよく染み込んでいます。こちらはあっさり味で、素材の味が楽しめる優しいタイプの肉じゃがで美味でした。人参が入っていなければなお良かったです。

 

「このシーフードカレー超美味しい~!」

「スパイスの調合が絶妙だな。コレイチ君にインプットできないものか……」

 こちらのカレーも非常に好評で良かったです。七海ちゃんにアイアンクローをかました甲斐がありました。

 

「この白子のソテーも美味しいね。そう言えば、白子って魚のどの部分なの?」

「白子はれすねぇ、おさかなさんの精そ……もがっ!」

「まぁいいじゃないですか。どこであっても美味しいんですから」

 精巣だとバレると恥ずかしがって食べなくなるかもしれないので伏せます。

 私的には何だか共食いをしているような気がしますけどね。生まれ変わりの際に汚れたバベルの塔はボッシュートされてしまいましたので、正確には違いますが。

 

「ごちそうさまでした~!」

 全て完食しました。食材になった生き物たちもこれだけ綺麗に美味しく食べられれば浮かばれたことでしょう。その貴重なお命は決して無駄にしません。

 

 

 

 後片付け後はテントの設営を行います。四人用にしては大きいテントを張り終える頃には日がどっぷりと暮れていました。

 その後キャンプファイヤーやフォークダンスのイベントをこなしていると就寝時間が迫ります。

 

 当然大人しくしているはずもなく、クラスの皆で一つのテントに集合しました。大きいテントですが、十二人入るとぎゅうぎゅう詰めです。

「せっかくのお泊りなんですから、皆で恋バナでもしませんか?」

 お菓子を食べながら雑談をしたりトランプで遊んだりしている中、唐突に切り出しました。何だかお泊り会らしいことをしてみたくなったのです。

 皆の意中の人も知りたいですしね。そしてその相手が彼女達に相応しくない奴だった場合に備えて準備をしておきたいのです。

 

「誰か好きな人がいる子はいませんか?」

「ナターリア、P(プロデューサー)のこと大好きだヨ!」

 元気一杯に答えました。ですがナターリアさんが担当のPさんを好きなことは346プロダクション内では周知の事実なので、ここだけの話という感じはしません。

 担当Pさんは優しくて有能ですし、素行にも問題はないので合格です。もし問題があったら始末しなければいけなかったので良かったですよ。

 

「他にはいませんか?」

「…………」

 辺りが静寂に包まれます。妙な緊張感が周囲に漂いました。

「恋バナと言っても女子校ですからねぇ。そもそもの相手がいないですよ」

「同年代に拘る必要はありません。ナターリアさんみたいに担当のPさんだっているじゃないですか」

「そういう朱鷺はどうなんだ? Pと仲がいいじゃないか!」

 光ちゃんが質問を返してきました。

 

「いや、アレは無いです……」

 私はゲイではないので男性に興味はありません。駄犬なんて更に無しです。種族すら違います。

「あ~、確かに……。ワンちゃんは良い人だしゲームに付き合ってくれるから好きだけど、恋愛対象じゃないな~」

「右に同じだ。犬神は助手としては有能だが、男としてはな……。優しい親戚のお兄さんという感じしかしない」

 紗南ちゃんや晶葉ちゃんも犬神Pの担当アイドルですが、ものの見事に振られました。いるんですよねぇ、良い人なんですけど恋愛には発展しない方って。

 

 その後暫く恋バナをしましたが、結局ナターリアさん以外は意中の方がいないようでした。

 よしよし、まだ悪い虫が付いていないようで何よりです。彼女達が悪い奴に騙されないよう引き続き見守っていきましょう。

 

 

 

 先生の見回りが来る前に自分達のテントに戻りました。就寝時間ですので寝袋に入ります。

「それじゃお休みなさい」

「魂の安息を楽しむがよい」

「お休みなさいれす~」

「お、おやすみなさい……」

 

 そのまま寝ようとしましたが大切なことを忘れていました。上体を起こし呼吸を整えて、自分で自分の秘孔を突きます。すると右腕以外動かせなくなりました。

 これは今回の林間学校に合わせて新開発した秘孔――右腕以外動かせなくなる秘孔です。この状態であれば寝ぼけてジェノサイドすることはないはずです。

 寝返りがうてなくて辛いので普段は使いませんが、今回は仕方ありません。朝起きたら右手で秘孔破りの秘孔を突けば元通りですので安心です。そのまま眠りに就きました。

 

 翌日、「ホーホー、ホッホー」という謎鳥のさえずりで目を覚ましました。

 ん? 何だか右腕に違和感があります。

 視線を向けると、気絶した愛海ちゃんと涙目の乃々ちゃんが収まっていました。

「えっと……これは、どういう状況でしょうか……?」

「さっき起きてトイレに行こうとしたら、愛海ちゃんが朱鷺ちゃんに捕まって締め上げられていたんです。それを助けようとしたらもりくぼまで捕まって……」

 

 さては明け方に忍び込んで私のお山を堪能しようとしたのでしょう。そして無意識状態の私に捕まったに違いありません。片手でヘッドロックをしていますので、愛海ちゃんの頭部が私のお山に押し付けられているような格好です。気絶しながらも幸せそうな表情なのはこの為でしょうか。

 

「それより早く手を放して下さい! このままだともりくぼがもれくぼにぃっ……」

「す、すいません!」

 手を放すと乃々ちゃんが超ダッシュでトイレに駆けて行きました。漏れないよう健闘を祈りましょう。でも乃々ちゃんの貴重な失禁シーンを見てみたいので漏らしてもOKです。いや、むしろ漏らして欲しい。

 

 朝食を摂ってからテントを片付けていると送迎のバスが来ました。林間学校はもう終わりです。

 色々と苦労をしましたが、皆が一緒だとそれ以上に楽しかったです。あっという間で何だか名残惜しいですね。

 ですが一学期の終わりには修学旅行があります。今回以上に色々なことがありそうですから、今からとても楽しみです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご一読頂きありがとうございました。
飯盒炊飯は飯盒炊爨だろとの誤字報告を頂きましたが、日本キャンプ協会様では両字は同意義で使われるとの解説があること、炊爨は字が難しく平易に読める炊飯が個人的に好きなことから飯盒炊飯で統一しております(どうでもいい)。








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第34話 彗星とシンデレラ

「辞めたくて辞めたくて震える~♪」

 会いたくて会えない歌手さんの替え歌を歌いながらミシンで衣装を縫っていきます。そんなに会いたいなら早く会いに行けよと思うのは私だけでしょうか。もしくはスカイプを使いなさい。

 もう2時間くらい作業を続けていますが、最高級ブランドのミシンだけあり使い易くてしっかりと縫えています。

 よし、この出来なら大丈夫でしょう。莉嘉ちゃんの分が無事完成です。

 

 休憩のためキンキンに冷えたノンアルコールビールの缶を手にし、自宅三階の裁縫専用部屋に戻りました。この部屋はピアノ用の防音室と同様に防音加工が施されていますので、夜中でもミシンが使えて大助かりです。一息ついてから衣装の出来栄えを確認しました。

 

 6月上旬に行われるコメットのライブでは、シンデレラプロジェクトの未デビュー組を特別ゲストとして招きライブをして頂きます。

 当然ライブをするには専用の衣装が必要になります。闇ストリートファイトの賞金がかなり残っているので、346プロダクションが提携している衣装屋さんに依頼して揃いの衣装を用意しようとしました。

 ですがどの会社も忙しく、九人分を約1ヵ月で用意するのは無理と断られてしまったのです。

 

 事務所にある既存の衣装で揃える手も考えたんですが、きらりさんがネックなんですよねぇ。他の子達は誤魔化しが利きますけど、数多くのアイドルが揃う346プロダクションにもあれだけの恵体が収まる衣装はありませんでした。

 ならば自分で作るしかないという結論に至ったのです。そもそもライブを持ち掛けたのは私ですから、このくらいの苦労は仕方ないでしょう。

 

 私の数十ある職務経歴の中にはアパレル企業も含まれていますので衣装の用意は十分可能なのです。アパレル企業と言ってもヘローワーク経由で見つけた家族経営のブラック企業でしたけどね。

 最初は営業で入ったのに最終的にはデザインから服作り、営業、経理、事務と一気通貫でやらされていました。社長一家が運転資金を持って夜逃げしたせいで残務処理が大変だったことを今でもよく覚えています。

 その経験がこんなところで生きるとは思いもしませんでした。やはり何事も経験ですよ。

 

 とはいっても数が数ですから大変です。シンプルながら可愛い感じにして見えないところは簡略化していますが、九着作るのは結構な作業を必要としました。ですがこれで全て完成です。

「乾杯!」

 缶を開けてノンアルコールビールを喉奥に流し込みます。一仕事終えた後のビールは美味い! この一杯の為に仕事をしている気がしますね。

 ライブは今週の日曜に迫っていますから、早速事務所に持っていって試着してもらうことにしました。

 

 

 

 次の日の放課後、一旦家に衣装を取りに戻ってからタクシーで346プロダクションに向かいました。両手に衣装を抱えて、三十階にあるシンデレラプロジェクトのプロジェクトルームに行きます。

「……おはようございます。その荷物はどうしたんですか?」

「おはようございます、智絵里さん。皆さんの衣装が出来ましたので持って来ました。すいませんがドアを開けて頂いても良いでしょうか」

「は、はい……」

 

 両手が塞がっているのでドアを開けてもらいます。プロジェクトルームに入るとシンデレラプロジェクトの子達が揃っていました。皆不思議そうに私を見ています。

「今週末のライブ衣装が出来ましたので、試着頂いて良いでしょうか」

「みく達の衣装が出来たの!?」

「はい、なんとか間に合いましたよ」

 ライブの衣装が完成したことと衣装合わせについて説明しました。未デビュー組の子達は自分の衣装を取り出して確認します。

 

「先輩アイドル達の衣装をリスペクトして制作してみました。アイドルの衣装を作ったことはないので、ダサかったらすいません」

 一応自分なりにデザインは頑張ったんですが、今時の若い子のセンスとはズレているかもしれません。お母さんが買ってくる洋服が何か微妙に感じるあの現象が起きないかとても心配です。

「凄ーい! かわいい!」

「これちょーいいじゃん☆ この衣装で歌って踊ったら、みんなドキドキだよね♪」

 みりあちゃんと莉嘉ちゃんの年少組には受け入れて頂けました。まずは一安心です。

 

「これ、色々と凝ってるけど全部手作りなの!?」

「はい。李衣菜さん達の身長やスリーサイズに合わせて作りましたからピッタリなはずですよ」

「フフフ……流石は我が同胞。無より輝かしき羽衣を創造する等、容易いということか!」

「ありがとうございます。取り合えず着替えて頂いて良いでしょうか。もし合わないところがあれば早めにお直しをしたいと思いますので」

 

 すると九人がそれぞれ服を脱ぎ始めました。クックック……計画通り。

 カッと目を見開いて皆さんの下着姿を網膜に焼き付けていきます。

 違うよ。私は変態じゃないよ。私はアイドル達の脱衣シーンを眺めていると何か興奮することに気付いただけなんです。

 変態じゃないよ。仮に変態だとしても、変態という名の淑女ですよ。

 

「みくにぴったりで動きやすいし、何よりかわいい! これなら最高のライブができるにゃ!」

 サイズは合っているようで良かったです。見た目も気に入ってもらえたようで安堵しました。

 ただ、かな子ちゃんは困惑した表情を浮かべています。

「この衣装は気に入りませんでしたか?」

「う、ううん。そんなことないよ! でもウエストがちょっと……」

 申告の通り、腰回りがややきつそうな感じです。

 

「おかしいですね。事務所に所属された際のプロフィール通りに作ったはずなんですけど」

 そこまで言って、ある可能性に気づきました。

「あの、失礼を承知で申し上げますが……ちょっと太りましたか?」

「!!」

 その時かな子に電流走る────そんな感じのリアクションをされました。

 よくよく考えると、初めてお会いした時よりお顔が若干丸くなっているような気がします。お会いする度にお菓子を食べていましたし。

 

「春って苺を使ったスイーツが美味しいから……」

「色々と察しましたのでそれ以上は言わなくていいです。衣装の方はお直しをしてきますので、今後は軽量化を頑張って下さい」

「……うん」

 涙目で頷きます。そのふくよかボディは彼女の最大の魅力ですが、これ以上制限なく肥えると流石にまずいですからダイエットに励んで欲しいです。

 

「一回きりのライブなのにこんな気合の入った衣装用意するなんて、朱鷺は良くやるよね~。杏だったら過労死してるよ」

「お客様がいる以上、手は抜かない主義なんです。それに皆さんの初ライブの記念となる衣装ですからこれくらいは当然ですよ。もう少し時間があればもっと凝りたかったんですけど」

「ふ~ん。難儀な性格だねぇ……」

 杏さんが衣装のまま全力でだらけだしたので着替えさせます。ワーカホリックとニートは永遠に分かり合えないのかもしれません。

 

 ふときらりさんを見たところ、冴えない表情をしていました。サイズはピッタリなのでデザインが気に食わなかったのでしょうか。

「すいません、きらりさん。この衣装はダサかったですか?」

「ううん、朱鷺ちゃんが作ってくれた衣装、かわゆくてきゅんきゅんでハピハピなんだにぃ☆」

「それなら良かったですけど……」

「でも、きらりがいなければ他の衣装でライブできたからにぃ。朱鷺ちゃんにはたくさんたくさん迷惑かけゆことになっちゃったから……」

 そのまましゅんとしてしまいました。普段は気にするそぶりを見せませんが、やはりその身長は彼女のコンプレックスになっているようです。

 この子は一見破天荒なようでいて、周囲に気を遣う心優しい子なんですよね。

 

「私がやりたくてやっただけですからそんなことは気にしなくていいんですよ。それにきらりさんはとっても可愛い良い子です」

 背伸びをしてきらりさんの頭を優しく撫でます。

「うきゃー! きらりあんまりなでなでされたことないからうれすぃ♪」

 そのまま勢いよくハグされます。あっ……何か女の子特有の甘い匂いがしました。志希さんじゃないですけどハスハスしたくなります。

 

 

 

「それはそうと、曲の仕上がりは順調ですか? 『お願い! シンデレラ』は初心者向けの曲ですけど、九人で揃えようとすると結構難しいでしょう?」

 今回きらりさん達にライブで披露して頂くのは346プロダクションのアイドル達にお馴染みであり、人気もあるこの曲になりました。

 歌いやすいですし、明るくて可愛らしいアイドルソングなので私も好きな曲です。

「ふふん、もう完璧! みく達のパーフェクトなステージを見るにゃあ~!」

 ドヤ顔で豊かな胸を張りました。約1ヵ月間しっかり練習してきただけあって相当自信がありそうです。本番がより楽しみになりました。

 

「でも残念です。ミニライブが被っていなければ智絵里ちゃん達のライブを見に行きたかったのに……」

 卯月さんが本当に無念そうな表情で呟きました。

 彼女達のデビューミニライブとコメットのライブは同日の同時間帯に行われます。そのため、お互いのライブを生で見ることは出来ないのでした。

 

「スケジュールの都合がありますから仕方ありませんよ。それよりもニュージェネレーションズとラブライカは自分達のライブに集中して下さいね」

 ニュージェネレーションズは卯月さんと凛さん、本田さんのユニットで、ラブライカは美波さんとアーニャさんのユニットです。どちらもピッタリなユニット名だと思います。

 私としては凛さんが考案したプリンセスブルー(笑)を強く強く推したんですが、あえなく却下されてしまいました。二十年くらいたってからそのネタでからかってあげようと思っていたので残念です。

 

「パニャートナ。わかりました、朱鷺。でも、とても緊張します」

「今から緊張していたら大変だよ、アーニャちゃん。ほらっ、深呼吸」

「ありがとう、美波」

 美波さん達が深呼吸します。この二人は実の姉妹以上に姉妹っぽい感じがします。

 

「そうそう、緊張するのは当日だけで十分ですよ。デビューライブ前はガチで吐くほど緊張しますから。フフフ……」

 思わず自分達のデビューミニライブを思い出しました。そう言えばあれからもう半年経つんですよねぇ。時が経つのは本当に早いです。

 

「ちょっと脅かさないでよ、朱鷺」

「いや、こればかりは噓や気休めを言っても仕方ありません。凛さん達だってバックダンサーデビューの直前は大変だったでしょう?」

「それはそうだけど……」

「ですがその緊張を乗り越えた先には本当に素晴らしい光景が待っています。その光景を見られるよう、頑張って下さいね」

「はい!」

 皆が一斉に返事をします。その目に闘志が宿ったような気がしました。

 

「ふっふっふ。その点この未央ちゃんはその緊張を乗り越えているから大丈夫!」

 本田さんが自信ありげな表情を見せます。先日のバックダンサー経験が大きな自信になったのでしょう。ちょっと過信気味な感じもしますが、自信が無いよりは百倍マシです。

「皆さんの活躍を期待していますよ」

「うん! 大いに期待してて! 私達の魅力で満杯のお客さんを盛り上げちゃうから!」

 ミニライブの会場は都心にある大規模商業ビル内の噴水広場だと伺いました。新人アイドルのデビュー会場としては破格の待遇です。

 新人なので満杯のお客様というのは流石に難しいでしょうけど、聴いて頂くお客様の心に届くよう頑張って欲しいです。

 

「そういえばさ、とっきーは他の子達は下の名前で呼ぶのに、何で私だけ苗字呼びなの?」

「いやぁ、なぜでしょうかねぇ……」

 何となく苦手意識があるからとは口が裂けても言えません。ですが闇属性の私にとって、超絶リア充で光属性の本田さんは対極であり相容れない存在なのです。

「私だけ距離置かれているみたいで寂しいよー! 今度から未央って呼んで!」

「わかりました、本田さん。あっ……」

「あー! また名字で呼んだー!」

「す、すいません、本田さん」

 結局最後まで名前では呼べないまま、その日はお開きとなりました。

 

 

 

 そしてライブ当日がやってきました。家から都心にあるライブハウスに直接向かいます。関係者通用口を通りスタッフさんに一通り挨拶をしてからコメットの控室に入りました。

「皆さん、おはようございます」

「おはようございます」

「やあ、おはよう」

 ほたるちゃんとアスカちゃんは既に来ていました。乃々ちゃんもその後直ぐに顔を出します。皆緊張はしていますが、ある程度場数を踏んでいますので気負いはありません。

 

「みんなお疲れ様!」

「あら、いたんですか犬神P(プロデューサー)さん」

「いたんですかって……。今日は俺が責任者としてライブを統括するって言ったじゃないか」

「軽い冗談ですよ。一応頼りにしていますからよろしくお願いします」

「七星さんが俺を頼りに? もしかして熱でもあるんじゃないのか……!」

「あら、中々面白いこと言いますね。そうだ、せっかくだから犬神Pにもライブで演奏してもらいましょう。ファラリスの雄牛はどうですか? 命を燃やすような良い演奏が出来そうで素敵です」

「いや、それ拷問器具だろ……」

 ワンちゃんをからかいながらメイク等の準備をしていきます。

 その後はシンデレラプロジェクトの子達が気になったので、衣装に着替える前に彼女達の控室を訪ねに行きました。

 

 ノックの後、ドアを開けます。

「皆さん、おはようございます!」

「おはようございます……」

 勢いよく挨拶をすると中から弱々しい返事が返ってきました。

 

「若者が雁首揃えてどうしたんですか。まるでラスボスに先制攻撃されて全滅し、好記録が台無しになったRTA走者みたいな絶望的な表情ですよ」

 ちなみに私のことです。5時間走ってあの仕打ちだと辞めたくなりますね……。

「いや、今まで現実感がなかったんだけどさ。いざライブ直前になってみると超緊張して……」

「カエルさん、カエルさん、カエルさん……」

 李衣菜さんがヘッドホンをいじりながら小声で答えます。その横では智絵里さんが四葉のクローバーを握りしめて謎ワードを呟き続けていました。

 年少組や杏さんはそこまで緊張していませんでしたが、その他の子は結構深刻です。このままだと本番前に倒れてしまいかねないので、少しリラックスしてもらいましょう。

 

「そんなに緊張していたら疲れちゃいますよ。そうだ、緊張をほぐす為に私とちょっとしたゲームをしましょう」

「ゲーム?」

「はい。今から私が誰かの物真似をしますので、誰の物真似をしているのか当てて下さい。早い者順ですので分かった時点で答えを言って下さいね。では、早速行きます」

 咳払い一つして始めます。

 

「今日も私は元気ですっ。雨が降っても槍が降っても、ステージ頑張りますっ‼ 皆で夕日に向かってダッシュですよ! うおおっ、ファイヤー!」

「わかった、茜ちゃんだ!」

「みりあちゃん、正解です」

「わーい、やったー!」

「わぁ、元気が溢れているところがソックリ! 朱鷺ちゃんは物真似が上手なんだね」

「褒めて頂いてありがとうございます、かな子ちゃん」

 

 社畜時代は接待や飲み会の度に様々な一発芸を強要されて来ました。そのリクエストに対応する為に多様な宴会芸を習得したのですが、その中でも物真似は一角の自信があります。数々の接待を大成功に導いてきた秘技を披露して差し上げましょう。

 

「次は皆さんのよく知っている子です。

 ……ふーん、アンタが私のプロデューサー? まぁ、悪くないかな……」

 ネタ元のクールな仕草や喋り方を私なりに再現します。蒼っぽい感じを前面に押し出しました。

「あっ……もしかして、凛ちゃんですか?」

「はい、大正解!」

「えへへ、やりましたっ」

  智絵里さんが天使のように微笑みます。先ほどまでの緊張が少し解けたような気がしました。

 

「どんどんいきますよ。次も身近な子です。

 ……ククク、我が名は七星朱鷺。天に輝く北斗の星をこの拳に宿す者ぞ。他を圧する我の神気に恐れ慄くがいい! ハーッハッハッハッ!」

 カッコいいポーズとドヤ顔も手を抜かずにちゃんとやります。

「それは我が言霊! こ、小癪な!」

 蘭子ちゃんの顔が真っ赤になりました。自分がやるのはいいですが人に真似されると恥ずかしいようです。というか私もかなり恥ずかしいのでこの物真似は封印することにします。

 

 その後も身近なアイドルの皆さんの物真似をしていきました。346プロダクションは個性的で特徴のある子が多いですからネタに困らなくて助かります。十回くらいやると至るところから笑い飛び出すようになりました。

 

「以上、物真似クイズのお時間でした。ご参加ありがとうございました」

 一礼すると拍手が沸き上がります。

「再現度がとっても高かったにゃ!」

「お姉ちゃんの真似もちょー上手だったよ☆ ホントにお姉ちゃんみたいっ!」

「お褒め頂きありがとうございます。皆さんの緊張が少しはほぐれたようで何よりです」

 笑いには体をリラックスさせる効果があります。クスッと笑うだけでも緊張感は大分軽減できるんですよ。頑張って道化を演じた甲斐がありました。

 

「……本当、朱鷺はお節介だよね~。自分だって大事なライブがあるのに、杏達のことばかり気にしてさ」

 並べた椅子の上でだらけていた杏さんが呆れたように呟きます。自分でもそう思いますが、これが性分ですから仕方ありません。

「杏ちゃん、それが朱鷺ちゃんのいいところだにぃ~☆」

「わかってるよ。ただ損な性格だなって思っただけだって……」

 そう言っている杏さんも彼女なりに皆を気遣ってますから、人のことは言えないと思います。現に今も私のことを心配してくれていますしね。

 

「さて、そろそろお時間です。ライブ直前は逃げ出したくなるくらい緊張するでしょうが、難しいことは考えず全力で歌って踊って楽しんで下さい。皆さんが楽しいと思えば、その気持ちはお客様に絶対伝わりますよ!」

「はい!」

 先ほどとは違い元気な返事が返ってきました。その表情に陰りは見られません。きっと大丈夫でしょう。

 

 

 

 そしてライブ開演の時間になりました。

 まずコメットが数曲ご披露した後、ブレイクを兼ねてトークを行います。その後特別ゲストとしてシンデレラプロジェクトの子達にライブをして頂く予定です。

 

 入場の曲に合わせて舞台に出ていきました。

「皆さーん、こんにちはー!」

「こんにちはー!」

 元気よく挨拶をして観客席にマイクを向けると、これまた元気よく返事を返してくれます。

出だしは順調だなと思い観客席の方をよく見るとぎょっとしました。

 世紀末的なガラの悪いモヒカン勢が会場の後部に密集していたのです。

 

 いや、一般のお客様の迷惑になるので後部に居るよう鎖斬黒朱の連中には指示していましたけど、これだけ集中していると異常です。シンデレラプロジェクトの皆が萎縮しないか心配になりましたがどうしようもありません。

 その後は持ち歌の『Comet!!』やその他の全体曲を披露していきます。

 観客のノリもよく、私にとっては至高の瞬間でした。この風、この肌触りこそライブですよ!

 

 続いてはトークショーです。最初は会場に足を運んで頂いた観客の皆様への感謝や今後の抱負等の真面目な内容でしたが、次第に脱線していきました。

「乃々ちゃんは超可愛くて良い子なんですけど、表舞台に出ようとしないから可愛さが伝わらないんですよねぇ……。ここは一つ『森久保乃々改造計画』でも立てましょうか」

「えぇ!?」

 アドリブで話を振ったので、案の定乃々ちゃんが慌てふためきます。

 

「もっとリボンを付けてみるとかどうでしょうか」

「エクステで髪を増強してみるのもいいかもしれないね。せっかく巻き毛にしているんだから中世貴族くらい盛ったらどうだろう」

「いっそのことモヒカンはどうです? 今なら世界初のモヒカンアイドルになれますよ!」

「うぅ……もりくぼいぢめ、反対です……」

 観客席から笑いが飛び出します。結局乃々ちゃんいじりになってしまいました。後で謝っておきましょう。

 

 

 

 次はいよいよあの子達のデビューライブです。私以外は舞台袖に移動しました。

「さぁ、ここでサプライズゲストです。346プロダクション期待の企画であるシンデレラプロジェクト────本日はそのメンバーの方々にスペシャルゲストとして参加頂きました! これから大人気になる子達の超貴重なデビューライブをお楽しみください! それでは、どうぞ!」

 そう言って私も掃けました。入れ替わりで舞台に出てきたみくさん達に目配せした後、舞台袖から彼女達の一挙一動を見守ります。

 

「私達、シンデレラプロジェクトです! まだ正式なデビューはしていませんが、コメットの皆さんのライブで一曲歌わせて頂けることになりました!」

 この中では年上の李衣菜さんが皆の代表として、大きな声で叫びました。その言葉を聞いて会場がざわざわします。サプライズゲストですからこの反応は当然だと思います。

 

 舞台袖から少し顔を出して観客席の奥を睨みつけると、後方から大きな拍手や声援が上がりました。鎖斬黒朱の連中と事前に打ち合わせを行い、彼女達が登場したら盛り上げるよう命じていたのです。サボったら後で処刑なので皆必死ですよ。

 その声援につられて、会場全体から拍手や声援が発せられます。

 

「上手く歌えないかもしれませんが、心を込めて歌いますので聴いて下さい! シンデレラプロジェクトで『お願い! シンデレラ』です!」

 喋り終えるとあの曲のイントロが流れてきました。

 

 王道を往く傑作曲を歌っていきます。

 九人揃ってのダンスはやや危なっかしいところもありましたが、皆さんの楽しそうな表情に比べたら些細なことです。

 転んだり音を外したりしないようひたすら祈っていましたが杞憂でした。光り輝くその姿は正にアイドルです。お客様もそんな彼女達に温かい声援を送っています。

 お世辞抜きで良いライブだと、心から思いました。

 

「あ、ありがとうございました~~!」

 終わってみれば魔法のように儚い時間でしたが、彼女達は皆やりきった表情です。きっと以前の私のように、ライブで演じる楽しさを心で理解することができたはずです。

「聴いて頂いて、本当にありがとうございました!!」

 九人揃って観客席に頭を下げると、一斉に拍手が沸き上がりました。観客の心はばっちり掴めたようです。これは大成功ですね。

 

 そのまま私達のいる舞台袖に掃けていきます。入れ替わりに四人で舞台に上がりました。

 さて、ここからは私達の時間です。シンデレラに魅了された王子様達の心を、彗星の衝突で引き戻してあげましょう。

 

「皆さん、シンデレラプロジェクトの子達がそんなに気に入りましたか~!? もしかして私達のこと忘れていませんよね~!? さあ、私達の名を言ってみて!」

「コメットオオォォォォォォ!」

「ん? 聞こえないよ~! もう一度だけチャンスをあげる! 私達の名を言ってみて!!」

「コメットオオオオォォォォォォォォォォ!」

「もう一度!」

「コオオォォォォメットオオオオォォォォォォォォ!」

「みんなありがと-! じゃあ、続いていっくよ~! 『RE:ST@RT』!」

「オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォー!」

 

 

 

 その後、ライブは大盛況のうちに幕を閉じました。興奮冷めやらないまま控室で簡単な打ち上げをします。

「それではコメットとシンデレラプロジェクトのライブ成功に、乾杯!」

「カンパ~イ!」

 ジュースの入った紙コップを頭上に掲げます。

 

「もうサイッコ~にゃあ!」

「ホントホント! 今日のライブ、超ロックだったよ!」

 ロックというか明らかにポップスですけど、李衣菜さんのロック判定基準はどうなっているのでしょうか。

「ライブって、こんなに楽しいんですね……。私知りませんでした」

「歓喜の声は渦となり……霊格をさらに高める召喚陣へと集められた!」

「みんながみりあのこと見て笑顔になってくれるの! だからみりあも笑顔になっちゃう!」

「ホント~に楽しいね! 正式にデビューしたらライブやりまくっちゃうぞ☆」

 アドレナリンがまだ出ているのか、皆普段より二段階くらいテンションが高いです。

 

「あ~疲れた……。これで印税が無いとかやってらんないって。寝るのが仕事ならいいのにな……」

「杏ちゃん、そんなこと言ったらだめだにぃ☆」

「お菓子を食べれば元気出るよ! ほらっ、フルーツキャンディー!」

「アメが美味しいのが唯一の救い……」

 まぁ、一部例外はいますけど……。

 

「ライブに誘って良かったですね、朱鷺さん」

 ほたるちゃんが耳元で囁きました。皆さんのモチベーションアップになったので本当に良かったと思います。

「そして強力な好敵手であることも改めて理解したよ。ボク達も負けないよう、己を高めていかなければならないな」

「そうですね。抜かれたくはないですからまたレッスンを頑張らないといけません。明日は軽く20キロくらいジョギングをしましょうか」

「それ普通に死んじゃうからむーりぃー……」

「ふふっ。冗談ですよ、冗談」

 コメットとシンデレラプロジェクト。お互いに意識し高め合う存在でありたいものです。

 

 ですが私達のライブが大成功した裏で大変な問題が起こっていることを、この時の私はまだ知らなかったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第35話 亀裂と修復

 ニュージェネレーションズに危機が訪れたことを知ったのは、コメットとみくさん達のライブがあった日の夕方でした。アーニャさんから電話があり、本田さんから連絡が来ていないか確認があったのです。その際に一部始終を教えて頂きました。

 

 問題はラブライカとニュージェネレーションズのライブ会場で起きました。

 ライブ自体に大きなトラブルがあった訳ではありません。ラブライカは今までで一番の出来で達成感を得られたそうです。ニュージェネレーションズはややぎこちなく笑顔不足ではありましたが、それでも十分及第点の出来とのことでした。

 

 トラブルの発端は本田さんです。ライブの集客数や盛り上がりに対して大きな不満を持ち、「アイドルなんて辞める!」と宣言してその場から逃げるように去ってしまったとの話でした。

 別にライブ会場に問題があった訳でも、盛り上がりが著しく欠けていた訳でもありません。武内P(プロデューサー)の手腕によって抑えられたあの噴水広場は新人アイドルのデビュー会場としては破格の待遇なんです。

 そう、新人アイドルとしては。

 

 問題はニュージェネレーションズが今回のライブ以前に大型ライブ──『Happy Princess Live!』にバックダンサーとして出演していたことにありました。

 本田さんにとっての成功の基準は二千四百人の観客が熱狂的な盛り上がりを見せたあのライブであり、それ未満の規模や盛り上がりでは失敗なんです。

 噴水広場が良い場所であることは確かですが、流石に比較にはなりません。

 

 しかし、本田さんがそう考えてしまうのは仕方がないのです。

 何しろ彼女はスクールカーストの最頂点を秋名のハチロク並みの猛スピードで爆走してきました。本人は意識していませんが、今まで勝って勝って勝ち続け挫折した経験はないのでしょう。

 自分がアイドルデビューすれば、前回以上にお客様がやってくると思い込んでしまったのです。

 

 そんな中、衆人環視の下で赤っ恥のコキッ恥をかかされました。その精神的ダメージは相当なものだと容易に想像できます。それこそアイドルを辞めると言い出してもおかしくはありません。

 一度バランスを崩せば、才気(さいき)優れる者ほど(もろ)いのです。

 今まで負けて負けて負け続けロクに勝ったことがないドブ川には一生理解できない、勝者の苦悩というやつです。

 

 それに本田さんはニュージェネレーションズのリーダーとしてラジオ収録や取材で他の子達を引っ張ってきました。自分が駄目だからライブが失敗してしまい、皆に迷惑をかけてしまったという負い目もあるのでしょう。

 自分勝手に辞めると言い出した訳ではなく、偶然悪い要素が組み合わさってしまったのです。

 

 そして周囲の対応にも大きな問題がありました。ライブの規模はどれくらいなのか、お客様は何人くらい来るのか等をきちんと事前に説明していれば、本田さんが勘違いをすることはなかったのです。

 新人アイドルのライブ規模がどの程度なのかシンデレラプロジェクトの未デビュー組には説明していましたが、ニュージェネレーションズとラブライカには伝えていませんでした。その点は私も反省しなければいけません。

 

 また、当日の武内Pの対応にもまずいところがありました。本田さんが辞めると言って出ていく際、無理にでも引き止めて事情を説明しておくべきだったのです。

 その場で誤解を解けばダメージは最小限で済みますが、フォロー無しで放置してしまうと本田さんの心の傷がどんどん開いてしまいますし、引っ込みがつかなくなります。辞表を出した数日後にやっぱり辞めないとは言い辛いのと一緒です。

 前々から懸念していましたが、武内Pは担当アイドルとのコミュニケーションに難があることを確信しました。

 

 このように今回のトラブルはアイドルとP、そしてサポート間のコミュニケーションが上手く行かなかったことで発生しました。誰か一人が悪いというものではなく、皆がちょっとずつ悪かったんです。

 

 そうは言っても、私としては今回の件はそこまで深刻な問題ではないと(とら)えています。

 あくまでも身内の問題で取引先に大きな損害を与えた訳ではありませんし、誰かを怪我させたり死なせたりというものではありません。

 要は誤解を解いて仲直りすればいいだけですから、いくらでもリカバリーが出来ます。

 私なんて前世ではクレーム処理係として取り返しのつかない他人のトラブルを散々解決してきましたからねぇ……。息をするように土下座をしていたあの日々は思い出したくないです。

 

 ライブ後の数日間で状況が改善しないかと様子を見ましたが、残念ながら一向に変わりませんでした。そのため我々がサポート役として何らかの対応をしなければなりません。

 対応方法については色々と考えがありますが、私単独で動く訳にはいきませんのでコメット臨時集会を開いて今後のプランを検討することになりました。

 

 

 

「カンパーイ!」

 いつもの様に五人で乾杯をします。今回の会場は全国チェーンの焼肉屋さんである『牛飛車』にしました。食べ放題コース用のお得なクーポンの期限が明日までだったからです。

 

「わかっていると思うけど今回の議題はニュージェネレーションズについてだ。ミニライブ以降、本田さんとは一切連絡が取れないらしい。このままでは本当にアイドルを辞めてしまいかねないから、コメットとしてどうフォローをするのか対応を決めたいと思う」

 犬神Pも今日ばかりは真剣です。真面目な内容なので私も茶化すのは止めにしました。

 

「本当に心配です。もしかしたら、私の不幸が伝染(うつ)ってしまったんじゃ……」

「そんなことはないさ。今回の問題はちょっとしたボタンの掛け違いなのだから、ね」

「それで、肝心要の武内Pはどうされているのでしょうか? フォローするにしても彼と連携を取らないと問題が更に複雑になりかねませんよ」

 今回のトラブルの当事者は武内Pと本田さんですので彼の動向も気になりました。すると犬神Pが苦笑いをします。

 

「それが、『本田さんのことは全て自分に任せて欲しい』って言われちゃってさ……。一緒に彼女を説得に行きましょうと提案しても、『対応中ですので心配しないで下さい』としか答えてくれないんだ」

「……その調子で本当に大丈夫なのかい?」

「簡単に解決するようには思えないんですけど……」

 皆の言うとおり、今回の件は任せて安心とはいかなそうです。

 

「七星医院分院での治療の際、役員の方に武内Pのことをそれとなく訊いてみました。彼は以前は担当アイドルとコミュニケーションをしっかりとっていたそうです。担当アイドルのことを何よりも優先して考え彼女達の適性にあったプロデュースをしていましたが、その方針に反発し辞めていった子もいたようです。その時の経験がトラウマになり、アイドルと距離を置いているのかもしれません」

 例え自分から離れていっても深く関わっていなければダメージは少ないですからね。アイドルになる前の私も同じような考えで行動していましたから、その気持ちは痛いほどよくわかります。

 

「OJTの時にアイドルのフォローについてあまり説明がなかったのはそのせいか……。あの飲み会の時の話とも繋がったよ」

 犬神Pが入社したのは去年の4月ですから、その辺りの事情は知らなかったのでしょう。

 彼のコミュニケーション下手は師匠譲りだったんですね。今は大分改善していますからいいですけど、最初の頃は結構酷かったです。あの状態でよくコメットのPに立候補したと思いますよ。

 

「私達としてはどう動いたらいいんでしょう? このままだと未央さんが危ないと思います。思い詰めてしまうと、悪いことしか考えられなくなりますから……」

 ほたるちゃんがうつむいてしまいました。挫折した本田さんとかつての自分を重ね合わせているようです。

 

「対応としては二つ考えられる。

 プランAは先輩の言葉を無視して積極的に介入する対応だ。本田さんの住所なら知っているから、皆で押しかけて一斉に説得する。彼女だってライブの失敗が誤解だとわかれば思い直してくれるんじゃないかな。

 プランBは先輩の言葉に従い様子を見る対応になる。先輩がしっかり説得してくれることを信じて、シンデレラプロジェクト内で問題を解決してもらう。俺は先輩を信じてるけど、正直こちらは賭けだと思う」

 二つのプランを聞いて、皆の眉間の(しわ)が寄りました。

 

「七星さんはどう思う?」

「非常に悩ましいですが、今後の彼女達のことを思うのであればプランBが良いと思います」

「で、でも、お任せというのは冷たくないでしょうか……?」

 乃々ちゃんが呟きます。やっぱり優しい子ですね。

「確かに我々が介入すればこの問題は直ぐに収束すると思います。しかしトラブルの原因である、シンデレラプロジェクト内のコミュニケーションの齟齬(そご)が無くなる訳ではありませんので、三度四度と同じようなトラブルがきっと起きるでしょう。

 その度に介入していたらシンデレラプロジェクトが成長できません。独立したプロジェクトなのですから、彼女達の中で問題が解決できるようにならないと永遠に独り立ちできなくなります」

 

 前回のストライキ未遂の時は偶然の出来事だと思って介入しましたが、既に問題点は明らかになっていますから根本の原因を絶たなければいけません。残念ながら、それは外部の存在である私達では解決出来ないのです。

 獅子は我が子を千尋(せんじん)の谷に落とすという言葉通り、今回は心を鬼にして彼女達の中で解決してもらう方が良いと思います。

 

 それに本田さん達には武内Pがついています。

 色々と苦言を(てい)してしまいましたが、彼の実直で誠実な仕事ぶりにはとても感心しますし、担当アイドル達を想う気持ちも本物です。

 今は(つまづ)いていますけど、再び立ち上がり真のPとして覚醒してくれる。私はそう信じています。

 何より人を見る目には定評のある犬神Pが心の師匠と崇めている人物ですから、こんなところで終わる訳がないでしょう。

 

「ボクもプランBかな。この試練は彼女達自身の力で乗り越える必要がある。そう感じるよ」

「……そうですね、私もそんな気がします」

「うう……私はどうすれば……」

 アスカちゃんとほたるちゃんは私と同意見でしたが、乃々ちゃんは迷っています。

 

「それではプランBを改良してはどうでしょうか? 直接的な介入はしませんが間接的なサポートをする方式です。ニュージェネレーションズの件でラブライカや莉嘉ちゃん達がかなり落ち込んでいますので、本田さんのことは武内Pにお任せして他の子達を元気づけてあげるのはいかがでしょう?」

「あっ、それならいいと思います……」

 乃々ちゃんの顔がぱっと明るくなりました。こういう後方支援であれば問題ないはずです。残りの二人もプランBの改良案に賛成してくれました。

 

「……わかった。コメットとしてはプランBの改良版でいく。それでいいね?」

「はい!」

 一斉に答えました。これが私達の結論です。

「俺と同じ意見で安心したよ。実は今西部長からも今回の件は先輩に任せておけと言われたんだ」

「なんだ、最初から結論ありきだったんですか」

「いや、もし皆がプランAと決めたなら今西部長の反対を押し切ってでもプランAにしたよ」

 上司に噛み付く気概が愛玩犬にあるとは思えませんけど、そういうことにしておきましょう。

 

「……ところで、七星さんは何皿牛タンを食べれば気が済むのかな?」

「はい?」

 私の席の近くに積み上げているお皿を見て、犬神Pが残念そうに言い放ちました。

「シリアスな話をしながら一人で黙々と牛タンを焼いてるから、非常にシュールな光景だったよ……」

「いや、せっかくの食べ放題なんですから食べなきゃ損でしょう。皆食べ盛りなんですから、どんどん食べて下さい。もう残り一時間切ってますよ!」

「は、はい……。でもそんなに牛タンばかり食べなくても……」

「牛タンが一番原価率が高いんです。せっかくですから一番高いものを沢山食べて元をとりたいじゃないですか」

「えぇ……」

 乃々ちゃんにドン引かれました。何故だ。

 

「じゃ、じゃあ上カルビを貰おうかな?」

「カルビ類は意外と原価率が低いので罠です。狙い目は海鮮です。海老やホタテならそれなりの値段しますよ」

「食べたいものを食べた方がいいんじゃないでしょうか……」

 底辺根性が骨まで染み付いている私と彼女達の間には越えられない価値観の壁があるようです。

 

 結局限界まで食べた結果、いつものように店内でリバースしかけました。でもどこかの偉い人も『退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!』と言っていましたのでこれで良いのです。

 精算時にクーポンを使うことでかなりお安くなりましたが、お店用にサインを書いてあげることで更に千円割り引いてもらいました。やったね!

 

 

 

 翌日はレッスンが終わってからシンデレラプロジェクトのプロジェクトルームに向かいました。三回ノックをすると「どうぞ……」というか細い声が聞こえたので入室します。

 中にはシンデレラプロジェクトの皆さんが暗い表情で(たたず)んでいます。ですがニュージェネレーションズのメンバーは誰一人いませんでした。

 

「何か、ご用でしょうか……」

 一番近くにいた智絵里さんから声を掛けられます。

「はい。ですがその前にやることが見つかりました」

「やること……?」

 言い終わると室内の照明スイッチ前に移動し、全てのライトを点灯させました。すると瞬く間に周囲が光で満たされます。うおっまぶしっ!

 

「電気くらい点けましょう! 部屋が暗いと気分まで暗くなってしまいますよ!」

 暗い部屋では気分まで落ち込んでしまいます。私は鬱展開というものが大大大嫌いですからこの部屋のシリアス加減が我慢できませんでした。暗いのは前世の私の人生だけで十分です!

「電気を点けに来たの?」

「いや、そうじゃないですよ、みりあちゃん。本田さんの件で皆さん落ち込んでいるかなと思いまして、様子を見に来ました」

「そのことですけど……」

 美波さんが深刻な表情で答えます。どうやら本田さんは今日も来ていないようですね。

 

「実は未央ちゃんだけじゃなくて卯月ちゃんもお休みです。それに凛ちゃんはPさんと口論した後、怒ってそのまま帰ってしまいました……。私達、もうどうしたらいいのか……」

 本田さんに続いてあの二人もお休みしてしまったようです。凛さんは煮え切らない武内Pの態度に業を煮やしたのでしょう。卯月さんは単なる体調不良かメンタルの問題かはわかりませんが、前者であることを祈ります。

 

「みんな、辞めちゃうのかな?」

 みりあちゃんが体育座りのまま呟きます。普段はとても元気な子ですが、今日はとても静かなので寂しくなってしまいますね。

「大丈夫ですよ。あの三人と武内Pを信じましょう」

「でもあの人、何考えているかわかんないんだもん……」

 莉嘉ちゃんが口を尖らせました。

 

「できる男というのは寡黙なんですよ。キャンキャンうるさいだけの犬ッコロと違って、彼は優秀ですし気骨のある漢です。きっとこの難局を乗り越えてくれるでしょう」

「そうなの?」

「はい、きっとそうです。それにコメットだって度重なる解散危機を乗り越えて今に至っているんです。私達が乗り越えられたんですから、ニュージェネレーションズの子達が出来ないはずがありません。だからあの子達が戻って来やすいように、皆さんは明るく楽しくアイドル活動を続けましょう!」

「そう言われてもテンション上がんないよ……」

「そうだと思って今回はスペシャルゲストを用意しました。ヘイカモン! 鬱展開バスターズ!」

 

 

 

 私の合図と同時に複数の人影が室内になだれ込みます。

「七海特製のおさかなパンれす~! 食べて食べて~!」

「ぎにゃああ! みくはお魚が大っ嫌いっていつも言ってるのに、なんで毎回毎回魚を混ぜるのにゃあ!」

 七海ちゃんの手には、アジが一匹そのままの形で入った特製パンが収まっています。そしてそのパンをみくさんに食べさせようとすると、彼女は猫のような俊敏さで逃げました。

「待ってくらさい~。おさかなは美味しいからみくさんにも食べてほしいのれす~!」

「余計なお世話にゃあ!」

 追う魚と逃げる猫の追いかけっこが始まりました。普通逆だと思うんですけど。

 

「おっきな……やわらかそうな……お山達! ガマンなんてできない! 行きます飛びますいただきまーすっ!」

「ひゃあっ!?」

「はあっ!」

 愛海ちゃんがかな子ちゃんに襲いかかったので、軽~く後ろ回し蹴りで撃墜しておきました。彼女は出落ち担当ですからこれで良いのです。

 

「きゃああ!」

 巨大カタツムリが部屋のドアを無理やり通り抜けてきました。その姿を見て智絵里さんがとても驚いています。

「どうじゃ! 圧巻やろう? 上田鈴帆にしかできないアイドルば見せていくばい!」

 巨大カタツムリの正体は鈴帆ちゃんです。梅雨シーズンだからカタツムリの着ぐるみを選んだそうですが、なぜそんなものが事務所にあったのかが謎です。

「着ぐるみは季節感が大事ばい!」と先ほど力説していました。

 

「フッフッフ……。この場に足りないのは笑いという訳だな。ならこの天才が発明した究極の一人漫才ロボット──『タウンダウン』の出番だろう!」

 晶葉ちゃんのネーミングセンスはどうしてこう際どいんでしょうか。方々から怒られそうで怖いです。内容は科学者あるあるネタでしたが、細かすぎて我々には全然伝わりませんでした。

 

「とうっ!」

 特撮ヒーローのコスプレをした光ちゃんが皆の前に出てきます。

「みんなお待たせ! 鬱展開ある所我ら有り! 五人揃って鬱展開バスターズ、ここに見参!」

 一人だけ特撮ヒーローっぽいポーズを取ります。

「はい皆拍手~!」

 私が勢い良く拍手すると、あっけにとられていた他の子達もつられてパラパラと拍手をしました。

 いやぁ……。改めて見ると私の級友達のキャラは本当に濃いですねぇ。

 

 

 

「あ、あの……。私達を元気づけようとしてくれたんですよね? ありがとうございます」

「リフレッシュになったなら嬉しいです。光ちゃん達もかな子ちゃん達を心配しているんですよ」

「アイドルとヒーローって通じるものがあると思うんだよな! みんなに夢と勇気を与えて笑顔にするっ! でも落ち込んでいたらそんなことできないから、早く元気になってくれよっ!」

 親指を立てて元気よく叫びました。

 

「……ははっ。何だか皆を見てたら落ち込んでたのがバカみたいだよ。でも確かに、湿っぽい雰囲気は全然ロックじゃないね。もっとこう、バーッ! と弾けないと!」

「アダブリエーニイ。私も、そう思います。未央達が戻ってきた時に暖かく迎えられるよう、私達も普段通りに活動をしましょう」

「このカタツムリさんフカフカですご~い!」

「わ~! ホントだ~☆」

 皆さんの表情が和らぎました。さっきまで充満していた鬱々した空気はどこかに吹っ飛んでいったようです。

「こうして皆の心は守られた! ありがとう鬱展開バスターズ!」とついナレーションを入れたくなりました。やっぱりとても良い子達です。

 

「もう大丈夫のようですね。では私は寄るところがありますので、今日はこれで失礼します」

「どこに行くんだい?」

 ルームの外で待機していたアスカちゃん達が怪訝そうな表情をしました。

「私は凛さんの様子を見に行ってこようと思います。怒って帰ってしまったというのがとても気になるんですよ。武内Pと本田さんの件に直接介入する訳ではないので、いいですよね?」

「はい、問題ないと思います」

 ほたるちゃんに許可して頂きました。

「ではここは皆にお任せします。状況については常時LINEで報告しますので確認して下さい」

「……わ、わかりました」

 そのまま足早に346プロダクションを後にしました。

 

 

 

 瞬間移動を交えながらサラマンダーより速く『Flower Shop SHIBUYA』に直行します。

 店番をしていた凛さんのお母様に用件を言うと家の中に招き入れてくれました。私が来たことを凛さんに伝えてもらいましたが、部屋から出てこないので直接伺うことにします。二階にある凛さんのお部屋に着くと、ゆっくりとノックをしました。

「開いてるよ……」

 けだるげな返事が帰ってきたので、「失礼します」といって部屋に入りました。

 ぬいぐるみ等はないシンプルな部屋ですが、お花が飾ってある点は女の子の部屋らしいなと思います。凛さんはベッドの上で横になっていました。

 

「何? 説教でもしに来たの?」

 かなり威圧的な態度です。クールな風貌に加えてこの態度だと中々怖いですね。ドMの方には堪らないシチュエーションだと思います。私は違います。

「いえ、そうじゃないですよ。私は説教するのもされるのもあまり好きではないですから」

「じゃあ、どうしてここまで……」

「理由はこれです。じゃ~ん!」

「それ、ニュージェネレーションズのCD……!」

「これにサインを貰いたかったので来たんですよ!」

「……嘘つき」

 そう言いながらもちゃんとサインをしてくれました。書き慣れてない感じが初々しくて可愛い。

 

 その後は凛さんと暫くお喋りをしました。内容は昨日のテレビ番組やファッション、友達について等、たわいの無いものです。

 もちろん本当に話したいことは別にありますが、相手から求められていない状態でアドバイスをしても説教にしか聞こえませんからね。凛さんからあの話題を振られるまでじっと待ちます。

 

「……あのさ、ちょっと相談いい?」

「はい、いいですよ。私に答えられる内容なら何でもOKです」

「Pのこと、何だけどさ……」

「ええ! あの駄犬が何かやらかしましたか! もしセクハラされたのなら爆発四散させてあげますから言って下さい!」

「いや、PってこっちのPなんだけど」

 凛さんらしいナイスツッコミです。頑張ってボケた甲斐(かい)がありました。少しはくだけた雰囲気になったので良かったです。

 

「コメットはいいよね。担当のPと友達みたいに何でも話せてさ。……あの人が何考えているのか、私には全然わからないよ」

「確かに武内Pは寡黙ですからねぇ」

「でしょ? 何を訊いても『検討中です』とか『調整中です』としか言ってくれないし」

「担当されるアイドルとしては、それだと不安になりますよね」

「うん。隠してないで本当のことを話して欲しい」

 おお、これはこれは。かなり鬱憤(うっぷん)が溜まっているようなので、とりあえず気が晴れるのを待ちましょう。ここで下手に反論するとややこしい事態になりますので、区切りが付くまではオウム返しで全同意です。

 

 暫くの間ひたすら愚痴タイムでした。でも凛さんが悪い訳ではありません。誰だって今の状況になったら不安になりますし、Pに不信感をもってしまいますもん。

 もちろん武内Pが一方的に悪い訳でもないです。本田さんも含め、ちょっとしたコミュニケーションの齟齬があっただけなんですよ。ビジネスでは本当によくある話です。そのすれ違いさえ解消できれば問題はなくなるのです。

 

「これから、どうしたらいいのかな」

「う~ん。難しいですねぇ。凛さんはどう思います?」

「分からない。でも嫌なんだよ。アイドルが何なのかよく分かんなくて、分かんないまま始めて、よく分かんないままここまで来て。でも、もうこのままは嫌。迷った時に誰を信じたらいいか分かんないなんて……。そういうのもう嫌なんだよ!」

 凛さんの叫びが部屋中に響き渡りました。これが彼女の本音のようです。

 

「それなら、ちょっと視点を変えてみませんか」

「……視点?」

「はい。誰かを信じて導いてもらうのではなく、凛さん自身がどの方向に進みたいのかを考えて見ましょう。誰でもない貴女の人生なんですから、例え迷ったとしても自分の夢は自分で見つけてその手で掴み取らなければいけないと私は思います。

 凛さんはニュージェネレーションズとしてアイドルを続けたいですか、それとも辞めたいですか?」

「辞めたくは、ない」

「では続けたいと?」

「そうなのかな……。とにかく、今のままで終わるのは、絶対に嫌」

「ならその気持ちを武内Pにぶつけてみましょう。今のままで終わりたくないから、絶対に本田さんを連れ戻して欲しいと伝えるんです。自分の意志をはっきり伝えることは社会の中で生きていく上でとても大切なことなんですよ」

 

 アイドルとPは運命共同体です。だからこそお互いが本音で語り合う必要があるのです。

 そのため私も犬神Pのことを遠慮なく駄犬と呼びつけて日頃からコキ使っているのです。決して私の性格が悪い訳ではありません。

 

「さっき話したよ。でもあの人は逃げてばかりで、私に向き合う気が全然なかった」

「なるほど……。ですが本当の意味で思いを伝えられたと胸を張って言えますか? 凛さんも一方的に気持ちをぶつけるだけで、武内Pの気持ちを理解しようとしなかったのでは?」

「それは……」

 思わず口ごもりました。どうやら図星だったようです。先程の愚痴の勢いを考えると、武内Pに詰問(きつもん)したであろうことは直ぐわかりました。

 

「なら、もう一度腰を据えて話してみてはいかがでしょうか。ちゃんと話をするまで何時間でも粘りましょう」

「……わかった。あの人ともう一度ちゃんと話してみる。今度は退かずに、本音が聞けるまで」

「それがいいと思います。そしてもし喋らなければ引っかいたり噛み付いたりしてやるのです! Pなんて私達が働いて得たお金で食べているんですからヒモ男みたいなものですよ。だからそんな奴らに気を使う必要はありません!」

「ヒ、ヒモはちょっと酷くない? 流石に朱鷺みたいな振る舞いはできないけど、頑張ってみる」

「はい。私は、美嘉さんのステージで凛さん達が見せたあの輝く笑顔をまた見たいです。何しろ私はニュージェネレーションズの大ファンなんですから」

「……ありがとう。朱鷺」

 先程までの怖い顔つきは霧散していました。

 

「アドバイスついでにもう一つ。前々から気になっていたんですけど、凛さんにはアイドルとして決定的に足りないものがあります!」

「足りないもの?」

 不思議そうに首を傾げました。

「そう! 貴女に足りないもの、それは! 情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! ではなく~」

 超早口でまくしたてました。そして柔らかい頬っぺたをぷにっとつまみます。

「笑顔が足りない!!」

「……えひゃお?」

 自分でやっておいてなんですが、何言っているか分かりませんので手を離しました。

 

「そういえば、朱鷺はいつも笑顔だよね」

「ええ。でも昔からこうだった訳ではありませんよ。以前はもっと暗~く暗~く辛気臭いツラをしていました。でもそれだと心まで暗くなってくるんです。心は体についてきますから、辛くても笑っていれば辛さは軽減されます。そのことに気付いてから私は笑顔を心がけるようになりました」

 

 だから営業スマイルは私の最強スキルなんです。前世では当時のお母さんからネグレクトされたり学校や職場で酷く(いじ)められたりしていましたが、表情だけはいつもニコニコしていました。心の中では核ミサイルで世界崩壊して世紀末になれとかバイオレンスなことを思ってましたけどね。

 例え道化の仮面であっても、暗い闇の底で生き抜くには必要なものだったのです。

 でも最近は楽しいことが多いから、作らなくても自然と笑顔になってしまいます。

 

「ファンの方々は私達が楽しんでライブする姿を見たいんです。だから笑顔マシマシで生きて行きましょう! 笑う角には福来るですよ」

「ふふっ。そうだね」

 凛さんから自然な笑みがこぼれました。やはり美少女には笑顔が一番です。

 

「ではそろそろ失礼します。また明日、事務所でお待ちしています」

「うん。それじゃ」

 この日はそのまま別れました。明日はいつもどおり出社すると言っていましたから、これで凛さんの方は問題ないはずです。

 準備は整いましたので後は武内Pの頑張り次第です。ニュージェネレーションズが無事復活するよう、あの意地悪な神様にでも祈っておきましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第36話 やらかしリーダーズ

「ごめんなさい!」

 シンデレラプロジェクトのプロジェクトルーム内に凛さんの声が響きました。そしてみくさん達に勢い良く頭を下げます。

「昨日は勝手に帰っちゃって……本当に、ごめん」

 とても申し訳無さそうな表情です。その言葉には嘘偽りはないでしょう。

 

「レッスンを勝手にサボるなんてプロ失格にゃ! ……でも、戻ってきてくれてありがとにゃ」

「ふふっ。みくちゃんはこんなこと言ってるけど、凛ちゃんのことを一番心配していたんだよっ」

「ちょっとかな子チャン! そんなこと言われたら恥ずかしいにゃあ!」

 そんなやり取りを見て周囲から笑い声があがりました。昨日までのシリアスさから一転して、いつも通りの緩い空気が漂っています。

 

「やっぱり、こういう雰囲気の方が寝やすいよね~」

「杏ちゃん! 寝ちゃったらダメだにぃ☆」

「嫌だ、私は働かないぞ!」

 この二人もいつもの調子に戻っていました。私の嫌いな鬱展開が消え去ったようで何よりです。ありがとう! そして、ありがとう! 鬱展開バスターズ!

 

「でも、未央ちゃんはまだ来ていないです……」

「大丈夫。絶対に連れ戻してもらうよう、P(プロデューサー)とちゃんと話をするから」

 凛さんの瞳には決意の色がはっきりと浮かんでいます。昨日までのイライラした感じは完全になくなっていました。それでこそ私の大切な強敵(とも)です。

 

「凛ちゃん、少し前までとは雰囲気が違うね」

 李衣菜さんが不思議そうな表情をします。

「色々抱えていたものを吐き出したら、何だかスッキリしたんだ。それに大事なことにも気づくことができたし」

「大事なことって何?」

「人任せにしないこと、かな? 今までは誰かが私を素敵な世界に連れて行ってくれるかもってなんとなく思ってた。でもそれは違うんだよ。私にとっての素敵な世界はどこなのか自分で考えて、自分の足でその世界に飛び込まなきゃいけないんだ。昨日朱鷺と話して、そのことに気づけた」

 不意に私の名前が出てきたのでびっくりしました。

 

「凛さんのこの気付きは素晴らしいです。彼女の言うとおり、白馬を駆る素敵な王子様がどこからか現れて自分を救ってくれるなんて展開は現実世界ではありえません。これからの人生、自分の進む道は自分で切り開くという覚悟が不可欠です。

 それに今や男女同権の時代です。シンデレラだって時代に合わせて、王子様を逆ナンした上に授かり婚をして玉の輿に乗るくらいの(したた)かさが必要なんですよ」

「ぎゃ、逆ナンで、授かり婚……」

 智絵里さんが顔を真っ赤にして絶句してしまいました。可憐な少女には刺激の強いワードだったようです。

 

「ま、まぁ逆ナンはものの例えですよ。とりあえず本田さんの件については凛さんから武内Pに話をして貰う予定です。……そういえば、肝心の彼は本日どちらに?」

「微笑みを携えながらも病魔に侵された天使────彼女が住まう聖堂へ旅立ったわ」

 十秒くらい掛けて熊本弁を翻訳します。卯月さんの御見舞に行ったということでしょうか。

「そうなんだ。早く話したかったんだけど……」

 凛さんが残念そうな顔をしました。するとプロジェクトルームの扉が勢い良く開け放たれます。

 皆の視線の先には、雨でずぶ濡れになった武内Pがいました。

 

 

 

 武内Pとシンデレラプロジェクトの皆さんがルーム内で向かい合います。私は皆さんの少し後ろで彼女達の様子を伺うことにしました。

「ちゃんと聞かせて。この部署はどうなるの?」

 みくさんが話を切り出しました。シンデレラプロジェクトの現状について一番焦りを感じているのは彼女ですから、この反応は止むを得ません。

「未央ちゃんは?」

「やっぱり辞めちゃうの?」

 莉嘉ちゃんとみりあちゃんが矢継ぎ早に質問します。再び暗い表情になってしまいました。

 

「やっと、デビューまで信じて待っていようと思ったのに……。みく達、どうしたらっ……!」

 今は可愛い猫耳アイドルでなく、前川みくという名のか弱い一人の少女に戻っています。

 こういう鬱展開は我慢なりません。思わず介入しそうになりましたが、ぐっと堪えます。

 ここが踏ん張りどころですよ。頑張れ、武内P。

 

「大丈夫です!」

 すると今まで聞いたことのないくらい力強い言葉が発せられました。その声を聞いた皆さんがハッとします。

「ニュージェネレーションズは解散しません。誰かが辞めることもありません。絶対に……。本田さんは、絶対に連れて帰ります! ……だから、待っていて下さい」

 『絶対』ですか。従来の彼なら、それこそ絶対に使わないようなワードを口にしました。

 本田さんを必ず連れて帰る。そういう強い決意が籠められているように感じます。

 

「嫌だ!」

 先程まで押し黙っていた凛さんが急に口を開きました。武内Pは一瞬(ひる)みましたが、負けじと凛さんを正面からじっと見つめ返します。

「ただ待つのなんて嫌。だから、私も一緒に連れて行って欲しい!」

「ですが……」

「私はずっと、誰かから手を差し伸べられるのを待ってた。でも、それじゃ駄目なんだよ。大切なものは自分で掴まなきゃいけないんだ」

 一呼吸置いてから続けます。

 

「私は未央を助けたい。未央にアイドルを辞めて欲しくない! だから、一緒に連れて行って!」

「……わかりました。一緒に、行きましょう!」

「ありがとう、P!」

 凛さんが素敵な笑顔を見せました。

 正義の輝きの中にあるという黄金の精神を武内Pと凛さんの中に見たような気がします。以前楓さんや菜々さんから感じられた輝きをこの若者達から感じました。

 

 

 

 そして、武内Pと凛さんは雨の中に飛び出して行きました。今のあの二人ならきっと本田さんを説得できるはずです。

「やあ、どうしたね。みんな」

「お、おはようございます!」

 流れ変わったなと思いながら和んでいると、今西部長が現れたので慌てて挨拶しました。その隣にはなぜか美嘉さんもいます。

 

「あ、あの~。私達……」

「Pと凛チャンが未央チャンを迎えに行ったので、それを待っています……」

 かな子ちゃんとみくさんが事情を説明しました。

「……そうか。それじゃあその間、ちょっと話でもしていようか」

「お話?」

「そう。昔々あるところに……」

 

 今西部長が武内Pの過去を語りました。内容は先日役員さんから聞いたものとほぼ同じです。

 プロデュース方針の違いによりシンデレラに逃げられた魔法使いが、無口な車輪に変わってしまったというお話でした。

 ですがその呪いも解けたことでしょう。先程の武内Pの行動は無口な車輪ではなく、シンデレラを舞踏会に導こうとする魔法使いのものでしたから。

 

「さて、私はそろそろお暇します」

「Pチャンを待たないの?」

「ええ。所詮私は外様ですからね。ここから先は同じプロジェクトの仲間である皆さんにお任せします」

「……じゃあ、私も行くよ」

「ええ~! お姉ちゃんも行っちゃうの!?」

「私も朱鷺と同じで部外者だから。これ以上はお節介になっちゃうし」

 

 美嘉さんの表情はあまり優れません。自分がバックダンサーに誘ったからこんな事態になったと気に病んでいるのでしょうか。

「二人とも、心配してくれて本当にありがとにぃ~☆」

「スパシーバ。……ありがとう。美嘉、朱鷺」

 皆さんに見送られ、プロジェクトルームの外に出ました。

 

 扉を締めた後、暗い表情の美嘉さんに話しかけます。

「ニュージェネレーションズの件でしたら、あまり気にしない方がいいですよ。美嘉さんが誘っていなくても別の形で何らかのトラブルは起きていたでしょうから」

「でも、今回のトラブルの原因は私じゃん。私が誘っていなければこんなことには……」

 落ち込んだ様子だったので、両手でほっぺたをつまんでぐりぐり動かしました。

 

「にゃ、にゃにしゅるのっ!」

 抵抗されたので指を離します。

「美嘉さんはギャルの癖に真面目すぎるんです! バカ真面目なギャルなんておかしいです!」

「いや、朱鷺はギャルを何だと思ってるのよ!?」

「理解不能な不可思議生物ですが、何か?」

「アンタねぇ……」

 何だか呆れ顔です。

 

「それに、あのライブでバックダンサーとして成功したからこそ武内Pはあの三人を組ませようと思ったはずです。いわば美嘉さんはニュージェネレーションズの生みの親なんですから、もっと胸を張って下さい」

「そりゃまあ、そうだけど……」

「今回のトラブルは無事に解決するはずです。だから美嘉さんが気に病むことは何もないんですって」

「……わかった。朱鷺がそんなに言うなら信じてみるよ。その……ありがと」

 少し笑みが生まれました。本当にこの子は、ギャルの癖に仲間思いで優しくて責任感が強い、最高に良い子です。もし私が男だったら絶対告白していましたね。

 

 

 

 その日の夜、部屋でゲームをしていると凛さんから電話がありました。

「もしもし、朱鷺?」

「はい。今日の件の報告でしょうか?」

「……うん」

 報告連絡相談を欠かさないとは流石凛さんです。ビジネスマナー研修で色々叩き込んだ甲斐がありました。

 

「未央の説得、成功した。アイドル続けるって」

「そうですか! おめでとうございます!」

「ありがとう。……このまま終わりたくない、アイドル一緒に続けさせて欲しいって言ったら、『うん』って言ってくれたよ。お互い泣いちゃって、大変だった」

 凛さんの真摯な気持ちが本田さんの心を打ったのでしょう。お互い素直になればどんな障害だって乗り越えられるんです。

 

「でもよく家に入れて貰えましたね? 以前武内Pが訪問した時は門前払いだったんでしょう?」

「Pと一緒に外で待ってたら、同じマンションの人から『女の子が不審者に襲われている』って通報があったみたいで……。事情を説明しに出てきてくれたんだ」

「ああ、そういうことですか」

 彼の強面っぷりもたまには役に立つのですね。

 

「それで、武内Pとも仲直りできましたか」

「うん。『もう一度やり直させて欲しい』って言われたから、もう一回信じることにしたよ。私の気持ちをちゃんと伝えたらわかってくれたみたい。朱鷺のアドバイスのお陰、かな?」

「いいえ、これは凛さんが自分の足で動き出して掴み取った成果です。だからもっと胸を張っていいんですよ」

 私が言ったことなんて単なるきっかけでしかありません。

 

「でも、あの時言われなかったら気づけなかった。……本当、朱鷺って不思議だね。私より年下なのに、ずっとずっと大人みたい」

「はは、周りからはよく姉キャラだって言われますよ。単にお節介なだけですけど」

 話していたら少し喉が渇いたので、コップに入っているコーラを口に含みました。

「いや、姉っていうか……オジサンかな?」

 

 飲みかけていたコーラを一気に噴き出しました。

 

「ゴホッ!! ゲホッ! ゴホォッ!!」

 た、炭酸が気管にィィィィ!

「ちょっと、大丈夫!?」

「う、うう……」 

 そのまま2分くらい悶絶します。おにょれ……蒼の申し子め……。

 

「落ち着いた?」

「……ええ。花のJCをオジサン呼ばわりするどこかのアイドルさんのお陰で、すっかり元気になりました」

「そんなに怒らないでよ……」

「私のどの辺がオジサンっぽいんですか! 説明して下さい!」

「だって隙を見てはノンアルコールビールを飲んでるし。競馬新聞片手に競馬中継を見てる姿なんて完全にオジサンなんだけど」

 否定のしようがありません。完敗に乾杯、なんちゃって(渾身の激うまギャグ)。

 

「まぁ、とりあえずはニュージェネレーションズと武内Pが仲直りできて良かったですよ」

 超無理やり話を軌道修正しました。

「うん、本当にありがとう」

 その後暫く世間話をして通話を終えます。乃々ちゃん達にLINEで結果を報告した後、床に就きました。これで今夜は安心して熟睡できそうです。

 

 

 

 その翌日、レッスンルームに向かう途中で武内Pと卯月さんに遭遇しました。

「おはようございます」

「おはようございます、七星さん」

「朱鷺ちゃん! おはようございます!」

 卯月さんはマスクをしています。どうやら本当に風邪だったみたいですね。

「体調はよろしいのですか?」

「はい! もう治っています! マスクは念の為ですから心配しないで下さい」

 気の流れがいつも通りなので、申告通り問題はないのでしょう。

 

「その節はありがとうございました」

 武内Pから深々とお辞儀をされたのでちょっとキョドりました。なんか若衆に挨拶されるヤクザの組長さんみたいな気分です。

「えっと、何のことでしょうか?」

「渋谷さんの説得や前川さん達へのフォローのことです。コメットの皆さんがいなければ今回の件はもっと大変な事態になっていました」

 ああ、そのことですか。

 

「いいえ、私達は別に大したことはしていません。サポートの有無に関わらず、本田さんは皆さんの元に戻ってきたでしょう。凛さんの件にしても私は軽く背中を押してあげただけですしね」

 この難局を乗り越えたのは彼ら自身の力によるものです。私達のサポートなんて微々たるものなんですよ。

「それでも、感謝します」

 再び頭を下げた後、ゆっくりと顔を上げました。うん、一皮剥けたいい表情です。魔法使いとして覚醒した彼ならば、14人のシンデレラ達を無事舞踏会に送り届けられるはずです。

 

「Pさん! また丁寧口調になっていますよ!」

「すいません。……いや、すまない」

「……何をされているんですか?」

「お話しやすくなるよう、丁寧口調を止めてみることにしたんです!」

 へぇ、何だか楽しそうな遊びをしているんですね。

 

「いいじゃないですか。フランクな口調の方が親密度が増します。私にも丁寧口調はしなくていいですよ」

「わかりました。……いえ、わかった」

 おお、ワイルド系の武内Pは何だか新鮮です。

「それでは私は仕事がありま……あるので、失礼する……よ」

 早歩きで去っていってしまいました。若干キャラが崩壊している感じです。私も敬語を止めたりすればもっと人気が出たりするのでしょうか。

 

 

 

「そういえば、卯月さんに訊きたいことがあったんです」

 無人の廊下で二人きりになったので、いいチャンスだと思い問いかけました。

「はい、なんでしょうか!」

「武内Pが卯月さんの御見舞に行った時、どんなお話をされたんですか?」

 あの御見舞の後から彼の態度は大きく変わりました。無口な車輪を素敵な魔法使いに変えたマジックの種にはちょっと興味があります。

 

「普通のお話ですよ。今後どんな仕事をやりたいかとか、ミニライブの心残りのこととか……」

「心残りとは本田さんのトラブルの件ですか?」

「いえ。せっかくのステージなのに、最後まで笑顔でやりきることが出来なくて。だから今度はちゃんと最後まで、笑顔でステージに立ちたいなって。凛ちゃんと、未央ちゃんと一緒に……」

「……そうですか」

 

 本田さんや凛さん、武内Pがそれぞれ自分の進む道に迷う中、彼女だけはアイドルとして自分の夢やニュージェネレーションズの未来を考えていました。アイドルとして皆と一緒に輝きたいと望む卯月さんの純粋でひたむきな情熱が、無口な車輪であった武内Pの呪いを解いたのでしょう。

 人を元気付けもう一度立ち上がる勇気を与えた彼女こそ、真のアイドルと言えるのかもしれません。私もこんな素敵なアイドルでありたいと心から思います。

 

「ありがとうございます。勉強させて頂きました」

「い、いえ! 特に参考になることは言ってませんけど……」

「そんなことはないですよ。ところで話は変わりますが、本田さんは元気ですか?」

「未央ちゃんですか? はい、とっても元気です! お休みする前より元気かもしれません!」

「……わかりました。色々とお時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした」

 卯月さんとはそこでお別れしました。どうやら、私が懸念していた通りになっているようです。ここはもう一肌脱ぐしかありませんね。

 

 

 

 卯月さんとお話した翌日、346プロダクションでレッスンをした後、急いで本館のエントランスに向かいました。そして『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』を使い気配を消します。

 私には世界最高峰の暗殺者としての力が備わっていますから、誰にも気づかれずに忍ぶことなど容易いことです。ニンニン。

 そのまま待機しているとニュージェネレーションズの三人がやってきました。

 

「しまむー、しぶりん! じゃーねー!」

「はい、お疲れ様でした! 未央ちゃん!」

「うん。二人共、また明日」

 お互いに手を振って別れます。事前に確認していたとおり、卯月さんが病み上がりなので今日は軽めのレッスンだけで解散するようでした。

 気づかれないように本田さんの後をつけます。第三者から見たら完璧にストーカーですね。

 

「……」

 先程までの騒がしさが嘘のように静かです。無表情のまま電車に乗り込んでいくのでついていきました。電車を乗り継いで本田さんの家の最寄駅に降ります。彼女の住所は犬神Pに教えて頂きましたので把握しているのです。

 そのまま家に帰るかと思いきや、帰路の途中で公園に寄りました。誰一人いない夕刻の公園のベンチに座り、深刻な表情で溜息を付いています。

 

 用意してきたホッケーマスクを被り、殺人鬼ジェイソンの如く背後から慎重に忍び寄りました。

「わあっ!」

「きゃああああああ!」

 彼女の顔を覗き込むように最接近すると物凄い悲鳴が上がりました。思いのほか大きい声なので逆に私が焦ります。

「ちょ、ちょっと私ですって!」

「だ、誰か、誰か助けてー!」

 本田さんの絶叫は止まりません。慌てて手で口をふさごうとしたところ、運の悪いことに巡回中の警察官に見つかりました。怖い表情でこちらに近づいてきます。

 

 

 

「……いくら友達だからって、そういうタチの悪いイタズラはしないこと。いいね!」

「はい。心から反省しております」

 呆れ顔の警察官からひとしきり怒られた後、やっと開放されました。

「ちっ、冗談の分からない奴め……」

 十分遠くに行ったことを確認してから、その背中に向かって悪態をつきます。JCのお茶目なジョークに目くじらを立てるなんて人としての器が小さいですよ。

 

「一緒に弁解して頂いてありがとうございました。あやうく留置場送りになるところでした」

「……それは別にいいんだけどさ。何でとっきーがうちの近くにいるの?」

「ずっと後をつけてきました」

「えぇ……」

 正直に伝えるとドン引かれた上に後ずさりまでされました。残念ですが当然の反応です。

 

「やましい気持ちは一切ありません。せっかくですし少しお話でもしませんか」

「まぁ、いいけど……」

 一緒に公園のベンチに座りました。

「しかし珍しいこともありますね。いつも元気な本田さんが一人寂しく公園で黄昏(たそがれ)ているなんて」

「べ、別にいいじゃん!」

「もし悩みがあるのでしたら相談に乗りますよ」

「……」

 うつむいて押し黙ってしまいました。

 

「ああ、そう言えばなぜ後をつけてきたか言っていませんでしたね。そろそろ死にたくなる頃だろうと思って心配になったんですよ」

「……!」

 そう言うとハッとした表情をします。

「表面上は普段より明るく振る舞っていても経験者である私にはわかります。今回の引退未遂の件でニュージェネレーションズに大きな迷惑を掛けた上に、ラブライカや未デビュー組のデビューライブまで台無しにしてしまったと深く後悔しているんでしょう」

「は、はは……。とっきーって結構ズバッと言うんだ……。うん、そう」

 首を縦に振り肯定しました。予想的中です。

 

「私の勘違いで皆に迷惑をかけてさ……。本当、私って救いようのない馬鹿だよ。皆暖かく迎え入れてくれたけど、かえって辛くって……」

「そうですか。落ち込んでいるところ申し訳ございませんが、これから先輩アイドルとして厳しいことを言わなければなりません。私を恨んで頂いて構いませんので、耳を傾けてもらえれば幸いです」

「何……?」

 

 私は説教するのもされるのも好きではありませんからこういうことはあまり言いたくありません。ですが凛さんの時とは違い、ガツンと言ってあげないと目が覚めないでしょうからあえて厳しいことを叫びます。

「今回の汚点が消えることは絶対にありません! どれだけ恥をかいても取り返しがつかなくなっても、貴女のアイドル人生はまだまだ続くんですよ!」

「いやーっ!?」

 思わず頭を抱えてしまいました。

 

「やらかしてしまったという気持ちはよくわかります。ですがアイドル業はそんな簡単にゲームオーバーにはできません。ですから過ちを受け入れて強くなるしかないんです」

「とっきーみたいに何でも完璧にできる子には、私の気持ちなんて分かんないって……」

 その言葉を聞いてカチンと来ました。

「私が完璧? どこを見ればそう思うのか理解できません。……わかりました、私の黒歴史をお教えしましょう」

 

 その後、コメットの解散騒動について語りました。

 コメットを解散させたくないという一心から『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』を全力開放して大暴走した結果、結局自力では解散を阻止できなかったことを伝えたのです。

 

「そして、私が散々やらかした結果がこのザマです」

 私のスマホでとあるサイトを開きます。そのままスマホを手渡しました。

「このサイト、何?」

「それは『346アイドル速報』というまとめサイトです。346プロダクションに関するインターネット上の書き込みをまとめたサイトですよ。数あるサイトの中でも一番の老舗で、悪意のある編集やしつこいアフィリエイトもないので人気が高いです。試しに私に関するまとめ記事を見てみて下さい」

 

「え~と、『朱鷺ネキと範馬勇次郎はどちらが強いのか』『【強い】七星朱鷺応援スレpart111【絶対に強い】』『北斗神拳とかいうチート武術』『【悲報?】beam兄貴が姉貴でJCアイドルだった件【朗報?】』『beam姉貴の新作をひたすら待つスレ』『【急募】セブンスターズの倒し方を教えろ【グラブレ史上最強】』『七星朱鷺とかいういつもラーメン屋にいるアイドル』……」

 

 サイト内にあるいくつかの記事を読んだ後、絶句しました。

「散々暴走した結果がご覧の有様です。こんな状態になってはいますが、私はアイドルを諦めてはいません。いつか清純派アイドルとして、コメットの四人でドームライブをやることを目標に努力しているんです。

 これに比べたら今回のやらかしなんて全然大したことないですよ!」

 自分で言ってて泣けてきます。あれっ、私の方がダメージを受けているような気が……。

 

「うん……その、ごめん」

 気の毒な人を見るような視線が突き刺さります。

「それに貴女はこれまで挫折を知らずに生きてきたでしょうから、今回の件はいい勉強になったと思います。一回り大きく成長するための試練だったと思えばいいんですよ」

「……そっか、そうだね」

「私としては、ちょっとくらいやらかしたことのある人の方が親近感が湧きます。なのでこれから頑張りましょう、未央さん!」

「うん! ……あれ、今名前で呼んでくれた?」

「え?」

 そういえば、ごく自然に未央さんと呼ぶことができました。

 

「もう一度未央って言ってみてよ!」

「そう改めて言われると何だか言い辛いです……」

「いいじゃん! ねっ!」

「……未央さん」

「やったー! やっと名前で呼んでもらえた!」

 先程までの暗い表情は消し飛んでおり、自然な笑顔が戻っていました。

 

「じゃあ名前で呼んでくれた記念に、二人のLINEグループでも作らない!?」

「ええ、いいですよ。グループ名ですけど、こういうのはどうでしょう?」

 スマホで文字を打って未央さんに見せました。

「あはは、私達にぴったりじゃん! いよーし、それに決定!」

 お互いの顔を見て笑います。今回の件で未央さんとも真の仲間になれたような気がしました。

 

 初夏の優しげな風が私達の間を通り抜けます。

 スマホの画面には『やらかしリーダーズ』という文字が表示されていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




~七星朱鷺のウワサ~
 親しみを感じたアイドルのことは自然と下の名前で呼ぶらしい。






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第37話 北斗七星にほえろ!

「いい加減白状したらどうだ!」

 怖い表情をしたベテラン刑事さんの怒声が取調室に響き渡ります。

「はあ? つーか意味ワッカんねえし。そんなん言うならショーコ出して下さいよ、ショーコォ!」

「……そんなもの、捜査が続けば必ず出てくる! 今のうちに自白した方が身のためだぞ」

「え、ないの? マぁジかぁ~! ショーコも無いのにこの俺を拘束してんの? 俄然(がぜん)下がるわー! 任意同行なら早くウチの弁護士呼んでくださいよォ! ぎゃはははは!」

「くそっ、調子に乗りやがって……」

 二十歳前後のコテコテなギャル男が足で机をガンガン蹴っ飛ばしていました。その顔には下卑(げび)た笑みが浮かんでいます。

 

 私は取調室横に設けられた小部屋で、取調べの様子をマジックミラー越しに(なが)めていました。

 まるで刑事ドラマのワンシーンの様で楽しいです。2時間サスペンスや刑事ドラマはかなり好きなんですよね。普通見られる光景ではないのでちょっとした社会科見学気分ですよ。

 

「ターゲットはあのギャル男ですか」

 隣にいる若い刑事さんに声を掛けました。

「はい。最近発生している連続通り魔傷害事件の容疑者です。被害者は女性や高齢者、子供など、弱者を専門にしている卑劣な奴ですよ。状況証拠的に犯人は奴しか考えられないんですが、決め手となる物的証拠が無くて……」

 弱者を専門に狩るなんて正にクズ中のクズです。そんな奴はド畜生だと断言していいでしょう。

 

「もし彼が本当に犯人なら、絶対に許せませんねぇ」

「はい。お手数ですがよろしくお願いします」

「いえいえ。善良な一市民として警察の皆様にご協力するのは当然の義務ですから。気にされないで下さい」

「あ、ありがとうございます……」

 笑顔で返事をしました。刑事さんの顔が赤いですが、こんなドブ川に騙されるようではまだまだですよ。ウチの御犬様くらい人の本質を見抜けるようにもっと精進して頂きたいです。

 

 

 

「失礼します」

 若い刑事さんに連れられて取調室に入りました。さっきのギャル男がやや困惑しましたが、直ぐにいやらしい笑みを浮かべます。

「何だ何だァ、最近の警察は女まで紹介してくれんスか! しかも俺人生の中で最高の超美人だし! ヤッベ、俺の息子がシャキィーン起っちゃいますよォ!」

 うわー、私こういうノリ超無理だわーと思いつつ、ギャル男に近づきます。そして背後に回りこんであの秘孔を突きました。

 

「ぐっ……げぇっ……」

 先程までの余裕綽々(しゃくしゃく)な態度が一変しました。ゲス顔から一転し苦悶の表情が浮かんでいます。

体が自由に動かせなくなったのですから、その反応でもおかしくはないですけどね。

「今私は『新一(しんいち)』という秘孔を突きました。貴方は口を割るしかありません。それでは改めてお伺いします。最近発生している連続通り魔事件ですが、犯人は貴方なんですか?」

「……俺が全部やった! ああっ、何を言ってんだ俺はよォ!」

 超あっさり自白しました。刑事さん達も「おお……」と呟いて驚いています。

 

「それでは取調べを続けます。ああ、気を付けて下さい。真実以外を話すと体が爆発しますよ」

「ば、爆発っ!?」

「はい。死にたくなければ真実を洗いざらい白状することです」

 満面の笑みでギャル男に語り掛けました。まぁ、爆発するというのは嘘ですけど。

「ではここからは私が引き継ぎます」

「よろしくお願いします。もうガンガン質問しちゃって下さい。今なら性癖でも何でも洗いざらい喋っちゃいますから♪」

 ここからはプロの出番なのでベテラン刑事さんにお任せして取調室を後にしました。今日は後三件ですか。面倒ですが頑張りましょう。

 

 

 

「いやー、ありがとうございます! 先生のお蔭で事件解決ですよ!」

「一市民として公僕の方々にご協力するのは当然のことですから、お気になさらず」

 捜査協力後に署長さんに呼ばれたので署長室でお茶を頂きます。署長さんは長身でスリムと言うか痩せこけた体つきが特徴的でした。

 

 以前某国に侵入した際に防衛的な省と外務的な省から執拗(しつよう)な取調べを受けたのですが、その際に北斗神拳と秘孔の効果についても簡単に説明をしました。その話を警察が聞きつけたらしく、346プロダクションに捜査協力依頼が寄せられているのです。

 北斗神拳を使えば容疑者に真実を供述させるなんて容易(たやす)いのです。わざわざ裁判所で法廷バトルをする必要はありません。

 容疑者が犯人であれば自白内容を元に逮捕すればいいですし、無罪であればその証明になり冤罪は発生しないので良いことづくめです。

 そう考えると結構便利な能力なのかもしれません。本業には活きないのが困りものですけど。

 

 事務所としては公権力に恩を売る良い機会なので、解決が困難な凶悪事件が発生した時は捜査に協力するよう指示を頂きました。

 私としても警察にコネを作るチャンスなので快諾しました。警察に(こび)を売って悪いことはありません。権力は歯向かうものではなく上手く味方につけて利用するものなんですよ。

 

「話は変わりますが、コメットとラブライカの一日署長の件、よろしくお願いします」

「任せておいて下さい! ラブライカを追加でお呼びするにあたっては調整が大変でしたが、他ならぬ先生のご依頼ですから頑張って手配させて頂きました」

「ありがとうございます」

 

 軽く頭を下げました。これだけ協力しているんですからそれくらいは当然ですよ。

 ニュージェネレーションズの解散危機の影響により同時売り出し中のラブライカの仕事がいくつかキャンセルになってしまったので、コメットが予定していた一日署長の仕事に追加で参加して貰うことにしたのです。

  

「こちらとしては一日署長ではなくて、ずっと続けて頂いてもいいんですが……」

「申し訳ございません。お声を掛けて頂いて恐縮ですが本業を辞めるつもりはありませんので」

「それは残念です。ではアイドルを引退された際には是非ウチにいらして下さい」

「はい。前向きに検討させて頂きます」

 恐らく上層部から私を勧誘するように命じられているのだと思います。

 ですが桜田門組には前世でよく職務質問を受けましたし、頑張って作ったダンボールハウスを無残に撤去されたりもしましたのであまり良いイメージは無いんですよね。

 将来の選択肢としてはナシです。特命係や特車二課があれば是非入りたいですけど。

 

 

 

 翌日はいつもどおり346プロダクションに出社しました。

「う~ん。さっきの経緯台式もいいですけど、こちらの屈折式も捨てがたいですね」

 タブレットで電子カタログを開き画面を注視します。それなりに高価なものですから買う時には値段と性能の見極めが大事です。

 

「何を探しているんですか? 随分と熱心ですけど……」

 ほたるちゃんが不思議そうに私を見つめます。

「いえ、望遠鏡を新調しようかと思いまして」

「盗撮は立派な犯罪だよ。警察署までボクがついて行くから早く自首しよう」

「……アスカちゃんが私のことをどう思っているか、よ~くわかりましたよ」

「ウイットに富んだジョークじゃないか。で、本当は何に使うんだい?」

 ジョークにしては目がマジだったような気がします。

 

「天体観測用ですよ。星を見るのに使うんです」

「朱鷺ちゃんと天体観測……。ちょっと意外な組み合わせです……」

「うちの医院の屋上からは星がよく見えるんです。子供の頃はよくそこで星を眺めていましたが、天体に関するドキュメンタリー番組を見たら久々に生で見たくなってしまって。倉庫から望遠鏡を引っ張り出そうとしたらちょっとだけ壊してしまったので、新しい望遠鏡を買うんです」

 引っ張った勢いで粉々に粉砕したとは言いたくないですから適当に濁しました。ついついデストロイしてしまうのが私の悪い癖。

 

 

 

 そんな雑談をしていると、プロジェクトルームの扉を叩く音が聞こえました。

「どうぞ、開いてますよ」と声をかけるとラブライカの二人が顔を覗かせます。そのままルーム内に入られました。

「今週末の一日署長の件でご挨拶に来ました」

「ドーブラエ ウートラ。コメットの皆さん、当日はよろしくお願いします」

 美波さんとアーニャさんがお辞儀をします。何気ない動作でもこの二人だと絵になりますね。

 

「シトー? それは、何ですか?」

 アーニャさんが私のタブレット端末を見つめます。

「望遠鏡のカタログです。朱鷺さんが今度天体観測をする為に購入されるそうです」

「天体観測ですか……! ハラショー……!」

 珍しく興奮した様子を見せたので少し驚きました。普段はクールビューティーですけどこんな感じにもなるんですね。

「アーニャちゃんは天体観測とホームパーティーが趣味なんだよね?」

「ダー。ロシアや北海道では、よく星を眺めていました」

 懐かしそうな表情をします。その顔を見て良いことを思いつきました。

 

「でしたら今度一緒に天体観測をしませんか? 梅雨明けで天気が良くて暖かいですし、七夕も近いのでいい時期だと思いますよ。うちの医院の屋上で良ければいつでも使えますから」

「スパシーバ。是非ご一緒したいです……!」

 アーニャさんがコクコクと頷きます。

「楽しそうね。私も参加させて貰っても良い?」

「はい。屋上は技の練習が出来るくらいには広いですから美波さんも是非いらして下さい」

 二人よりも三人の方が楽しそうです。

 

「フッ。ボク達を忘れていないかい?」

「私も参加させて頂きたいです」

「み、みんなが行くなら……もりくぼも……」

 コメットの皆からも参加希望を頂きました。

 

「それならホームパーティー形式でやった方が良さそうですね。流石にバーベキューは出来ませんけど、腕によりをかけて美味しい料理をご用意します。その前にまずは一日署長を頑張りましょう!」

「はい!」

 皆の元気な声が部屋中に響きました。

 

 

 

 そして一日署長イベントの当日になりました。

 本日のスケジュールですが、まず警察署で嘱託(しょくたく)式を行った後、地元の大型ショッピングモールで交通安全キャンペーンを実施します。その後パレードをして警察署に戻りミニライブを行うという流れになります。

 終日の予定でやることが盛り沢山ですし、新聞社の取材も入りますから気合を入れて臨みましょう。

 

 早めに家を出て警察署に向かいます。署の受付で用件を伝えると女子更衣室に案内されました。

「おはようございます。美波さん、アーニャさん」

「おはよう、朱鷺ちゃん」

「おはよう、ございます。今日は一日、よろしくお願いします」

 既にお二人がいらしたので挨拶しました。婦警さんの格好をしており様になっています。

「とても良くお似合いですね」

「そ、そう? 変じゃないかな?」

「ダー。美波は、本当の警察官さんみたいです」

 この二人になら何時間でも職務質問されたいです。ムサい男性警官なら許しませんけど。

 

 そのうちアスカちゃん達も到着したので皆で着替えます。

「朱鷺は背が高いから、似合います」

「ありがとうございます、アーニャさん。……ところでアスカちゃん。変な着こなしは止めましょうね」

「このファッションが理解できないとは、キミは可哀想な子だな」

 ボタンをわざと開けて不良警官っぽくポーズを決めていましたが、今日の仕事でそれはまずいので文句をスルーしながらボタンを留めていきました。

 

「こちらも着替え終わりました」

「もりくぼ……変じゃないですか……?」

 ほたるちゃんと乃々ちゃんも着替え終わりました。ほたるちゃんはかっこいいというより可愛らしい感じです。乃々ちゃんは何というか……弱そう。痴漢を捕まえるどころか逆に痴漢されて涙目になっている姿が見える見える。

 

 

 

「……七星朱鷺殿、アナスタシア殿、新田美波殿。貴女方を一日警察署長に委嘱(いしょく)します」

「はい。承りました」

 警察署内に設けられた簡易ステージの上で委嘱状を手渡されました。

 署長さんの退屈な挨拶の後、皆を代表して美波さんが挨拶を始めます。

 

「本日一日警察署長を勤めさせて頂きます、ラブライカの新田美波です。本日は私達ラブライカと、同じ346プロダクションのコメットが一日署長としてお仕事をさせて頂きます。一日署長は初体験ですが精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」

 その後も流暢(りゅうちょう)に挨拶を続けていきます。同じような挨拶でも喋る方が美人だと良いことを言っているように聞こえますね。

 初体験というワードに反応した心のやましい人は絶対にいると思います。私もそうですから。

 

 嘱託式の後はパトカーで大型ショッピングモールに移動します。

「……大丈夫ですか、朱鷺? 顔色が悪いです」

「な、何でもないですよ」

 パトカーで移送されていると完全に犯罪者の気分になるので落ち着きません。前世では職務質問の度に乗せられましたっけねぇ。三人くらい殺していそうなほど濁った目をしているとかよく言われましたから、そういう意味では武内P(プロデューサー)のことを笑えないです。

 

 

 

「交通事故は起きる前に防ぎましょう!」

 ショッピングモールのイベントスペースで交通安全のパンフレットを手渡ししていきます。

 やっていることはチラシ配りのバイトと大差ないように思えますが、これもお仕事ですからしっかり手を抜かずやりきります。

 暫くして交代でお昼ご飯を取ることになりました。美波さんやアスカちゃんと一緒にバックヤードでお弁当を頂きます。

 

「ふぅ~。一日署長というのも中々大変です」

「でも、普通の人では体験できないお仕事だから楽しいわ」

「確かに偉い人になれる機会って中々ないですね。私とか署長以外だと、なに長が似合うでしょうか?」

「生徒会長なんて似合いそう」

「今も学級委員長ですから、あまり変わらないですね」

 全学年の個性派アイドルを束ねるなんて胃に穴が空く役職は(つつし)んで辞退します。

 

「なら、獄長(ごくちょう)なんてどうだい?」

「業務用電子レンジで殴りますよ」

「ははっ、軽い冗談じゃないか」

「全く冗談に聞こえないんですけどねぇ……」

 昨日アスカちゃんのチーズケーキを勝手に食べたことをまだ根に持っているのですか。何とも女々しい子です。女の子ですから当たり前といえば当たり前ですけど。

 

 

 

 ショッピングモールでの仕事を終えた後、アーケード商店街に移動しました。ここから警察署までパレードを行います。警察官達が準備をしている時に事件が起こりました。

 女性もののバッグを持ったとても大柄な男性が私達の真横を駆け抜けて行きます。何だろうと不思議に思っていると、背後から「ひったくりよー!」という女性の叫び声が聞こえてきます。

 

 次の瞬間、体が勝手に動きました。一瞬で前方の不審者に追いつくと、この身を華麗に翻して飛びつき腕ひしぎ十字固めを極めます。地面はコンクリート舗装されているので相手の体が地面に激突しないよう最大限配慮しました。

「うげっ……」

 不審者がうめき声を上げましたがそのままの体勢を維持します。筋を切らないようにするのが一苦労ですよ。

 

 これはもちろん北斗神拳ではなく、以前闇ストリートファイトで戦った関節技の達人の技術を水影心でコピーしたものです。

 サブミッションハンターを自称されていましたが、当時のランキング三位だけあって人間にしては相当強かったですね。この能力がなければ全身の関節を無残に外されていたでしょう。結局ワンパンで沈めてしまいましたけど。

 そんなことを思い出していると直ぐに警察官達が駆け付けてきます。

 

「……ええっと、犯人っぽい人を確保しました」

「は、はい!」

 技を解除して不審者を引き渡しました。すると初老の女性が私達の周りでオロオロしていたので、落ちていたバッグを差し出します。

「このバッグ、貴女のものですか?」

「えっ……? そ、そうです! 先程その方にひったくられて……」

「そうですか。ではお返ししますね」

「ありがとうございます、ありがとうございます! お陰様で夫の形見を失わずに済みました」

 涙目で何度もお辞儀をされるので何だか恐縮してしまいます。思わず確保してしまったので人違いだったらどうしようか思いましたが無事犯人で何よりでした。

 

 ほっとしていると何やら周囲から拍手の音が聞こえてきます。

「凄いじゃない、朱鷺ちゃん!」

「えっ……。あっ!」

 美波さんの声を聞いて、自分が清純派アイドルらしからぬ行動をしたことに気づきました。

 商店街には警察官が多数いますから私が動かなくとも彼らが逮捕していたはずです。それなのに瞬間移動した上に飛びつき腕ひしぎ十字固めってどういうことですか……。

 自分の迂闊な行動を呪いましたが時既に遅しです。またまた意図せず超人アピールをしてしまいました。メディアで取り上げられないことを切に願います。

 ああ、穴があったら入りたい。いっそのことこの手で自分の墓穴を掘りましょうか。

 

 ひとしきり落ち込みましたが、まだお仕事は残っていますのでへこんではいられません。

 さてようやくパレードかなと思っているとまたも問題が起きました。

「アーニャちゃん! どこー!?」

「アナスタシアさーん! 出てきて下さーい!」

 何と、アーニャさんがいなくなってしまったのです。

 

 さっきまで一緒に行動していましたが、ひったくり騒動の最中で姿を消してしまいました。

 警官達もひったくり犯に意識を集中させていましたので、アーニャさんがどこへ行ったのか姿を見た方はいません。スマホは警察署のロッカーに預けたままなので連絡を取ることすらできないのです。

 私も気を探って捜索をしましたが範囲が広過ぎるため見つけることができませんでした。緊急事態なので警察官から携帯電話を借りて一本連絡を入れた後、捜索を続けます。

 結局パレードの予定時刻になってもアーニャさんは現れませんでした。道路の使用許可の関係上、パレードの時間を遅らせる訳にはいきませんので美波さんの説得に入ります。

 

「美波さん、そろそろパレードの時間です」

「だけどアーニャちゃんがっ……」

「心配な気持ちはよくわかります。しかし私達はプロのアイドルですから一度受けたお仕事は完璧に遂行しなければいけません」

「でも、あの子に何かあったらお仕事どころじゃないわ……」

「大丈夫です。アーニャさんは美波さんが思っているよりもしっかりした子ですよ。美波さんはラブライカのリーダーなんですから、仲間を信じて自分の出来ることをしましょう。

 それにこうなったのは私のせいでもあります。私が責任を持ってアーニャさんを捜し出しますから安心して下さい」

「……うん」

 何とか頷いてくれました。アレが上手く機能すれば直ぐに見つけられると思いますので暫く様子を見ることにします。

 

 

 

 そしてパレードが始まりました。二人と三人に別れてオープンカーに乗り、近隣住民の皆さんに対し笑顔で手を振ります。ですがアーニャさんのことがあるので皆どこか不安げな表情でした。

 そのまま商店街のアーケードをゆっくりと進んでいると、けたたましいバイクの音が後方から迫ってきます。

 

 振り返ると大型バイクに乗った厳つい連中が続々と姿を表しました。少なく見積もっても三十台くらいはいるでしょうか。マッチョ達と改造バイクが見事に調和し世紀末的な光景を醸し出しています。

 前席に座っている警察官の表情が強張るのがルームミラー越しにわかりました。かなり焦った様子で、無線を使い至急応援を呼んでいるようです。そらそうよ。

 次の瞬間、取り分け大きいアメリカンバイクがオープンカーを一気に抜き去ってUターンし、我々の進行を阻みました。その姿を見て複数の警察官がバッと飛び出します。

 

 一触即発の臨戦態勢の中、バイクの後部から見慣れた顔がひょっこり現れました。

「アーニャちゃん!」

 美波さんが思わず叫び、停車したオープンカーから飛び出します。そして大型バイクから降りたアーニャさんと二人で抱き合いました。

「もう、どこ行っていたの!」

「イズヴェニーチェ。ごめんなさい、美波……。迷子になった子供がいましたから、一緒にその子のお母さんを捜していました。そうしたら私も迷子になりました。でも、この人達が助けてくれたんです」

 

 そう言いながらバイクに乗っている男性を指差しました。ヘルメットを脱ぎ若干照れくさそうにしています。そして私を見るやいなやなぜか敬礼をしました。いや、他人設定なんですからそういう余計なことはしなくていいんですって!

 ちなみにアメリカンバイクの持ち主は鎖斬黒朱(サザンクロス)の総長──つまりは虎ちゃんです。

 

 無用の長物と化した鎖斬黒朱を何とか有効活用できないか考えた結果が、この『ヒャッハー(愚連隊)召喚プログラム』です。

 鎖斬黒朱及びその傘下チームが誇る豊富な人材と最新のSNSを組み合わせることによって、新鮮なヒャッハー共を24時間365日いつでも好きに召喚できるようになりました。

 システムエンジニアだった頃の経験を活かし、都内23区なら約10分、23区外及び関東各県であっても約30分で兵隊共を呼びつけることが可能になるようシステムを構築したのです。

 先程も虎ちゃんに連絡し、近隣で暇してる穀潰し共を総動員してアーニャさんの捜索に当たらせたという訳です。

 

 なお、ヒャッハー共の動向はGPSで常に監視しています。もし呼びかけを無視したりサボったりしたら地の果てでも追いかけて必ず処しますので皆命懸けです。

 アイドル業界広しと行ってもこういう芸当の出来るアイドルは中々いないでしょう。なお、出来る必要は全くありません。

 

「警察だ! お前ら大人しくしろ! 三人に勝てる訳無いだろ!」

 警官が三人がかりで掴みかかろうとしますが、虎ちゃんはその手をあっさり振り払いました。一般人としてはかなり強い部類ですから当然です。

「いや、誤解すんなって! そこの嬢ちゃんが道に迷っているって聞いたからアンタ達のところに連れてきただけだ。他に用はねえから後は好きにしてくれ」

 ぶっきらぼうに言い放つと再びヘルメットを被り、仲間と共に逆方向へ駆け抜けていきました。

 すれ違いざま私に一礼してきましたが無視します。あんなのの知り合いだと思われたら私の世間的なイメージが更に悪くなってしまいますよ。でも助かったのは確かですから後でお礼を言うことにしました。

 

「それじゃパレードを再開しますよ。お二人共、車に乗って下さいね」

「はい!」

 美波さんの顔にもようやく笑顔が戻りました。ほたるちゃん達もその姿を見て安心した様子です。これでようやく本来のお仕事に集中できます。

 その後は何事もなく無事にパレードをやり遂げました。

 

 

 

 本日最後は警察署内でのミニライブです。

 皆でステージ衣装に着替えます。婦警姿も悪くはないですがやはりステージ衣装の方が好きですね。これを着ると身が引き締まるような気がします。

 出番が来るまでは思い思いに過ごしますが、美波さん達はかなり緊張した面持ちでした。ライブ経験がまだ少ないですから仕方ありません。

 

「大丈夫ですか?」

「この間のライブから時間が空いちゃったから、ちょっと緊張しちゃってる、かな?」

「でも前回のライブは大成功したんですよね? その時の気持ちでぶつかれば大丈夫ですよ」

「あの時の嬉しさは、言葉にできません。だから今日も、美波と一緒に最高のライブがしたいです」

「うん。私も同じ気持ちだよ、アーニャちゃん」

 お互いの手を取り見つめ合います。どうやら私のフォローなんて要らないようですね。

 

「コメットさん、出番です。お願いします」

「わかりました」

 どうやら準備が整ったようです。我々としてもみくさん達との共演ライブ以来ですから、可愛い後輩に負けないよう張り切っていきましょう。

「それでは我々はお先に行きます。お二人の素敵なライブを期待していますよ」

「ダー。最高のライブになるよう、頑張ります。だから朱鷺達も頑張って下さい」

「はいっ!」

 元気よく返事をすると四人揃って輝くステージに飛び出しました。

 

 

 

「カンパーイ!」

 六個のグラスがカチンカチンと鳴ります。今日の打ち上げ会場は『天狗(てんぐ)寿司』にしました。一皿100円(税抜)の財布に優しい回転寿司屋さんです。

「アーニャさんは知っていますか? 天狗寿司の地下では、ブラック企業経営者に捕まった子供の天狗達が泣きながらお寿司を作る仕事をさせられているんですよ……」

「ダーティシト! それは、悲しいです……」

「なにしれっと嘘をついているんだ、キミは」

「ほ、ほんのお茶目なジョークじゃないですか。ほら、嘘ですよ嘘!」

 アスカちゃんが白い目で私を見ます。まさか真面目に受け止められるとは思わなかったので必死に弁解しました。

 

 お寿司を食べながら皆でワイワイとお話をします。話の中心はやはりライブでした。

「どちらのライブも大盛況で良かったですね」

「ステップが失敗しなくて安心しました」

 ほたるちゃんと乃々ちゃんが興奮気味に話します。ライブの熱がまだ残っているようです。

 

「良いリスタートは切れましたか?」

「プラーウダ。素敵なライブができて、私嬉しいです」

「前回と同じくらい……いいえ、それ以上に良いライブができました」

 アーニャさん達に問いかけると素敵な返事が返ってきました。前回のライブでは未央さんの暴走がありライブ成功の余韻に浸る暇がなかったでしょうから、今回は肩まで浸かって欲しいです。

 

「これからも一緒にお仕事できるといいね」

「はい。いざとなったら犬神Pを脅してでもセッティングしますので安心して下さい。それに天体観測のお約束もありますし」

「皆で星を見るのが、楽しみです」

 美波さんとアーニャさんが素敵な笑顔を見せました。二人共本当に魅力的ですから、これからもっともっと仲良くしていきたいです。

 この日はお腹いっぱいお寿司を食べて、飽きるまで皆でおしゃべりをしました。

 

 なお翌日の新聞には、私が見事にひったくりを逮捕したという内容の三面記事が、飛びつき腕ひしぎ十字固めを仕掛けた瞬間を捉えた写真付きでデカデカと載っていました。

 完全に忘れてた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第38話 DIOの世界

「やっぱりドゥラメンチは鉄板です。そこから流すとしたらインビシャスやノーザンブラックですか……。でもそれだと固すぎて面白くないですもんねぇ。ここは同じ女として、ライトマリアに賭けてみるのも面白いかもしれません」

「……七星さん。本当に馬券は買ってないんだよね?」

「当たり前じゃないですか。私は花も恥じらう乙女なお年頃ですよ。予想するだけで買ってはいません」

 タブレットで競馬雑誌を見ながら次回の重賞レースである宝塚記念の予想をしていると、犬神P(プロデューサー)が横から茶々を入れてきました。仕事の連絡が終わったのなら早くプロジェクトルームからお引き取り願いたいです。

 

「そういう犬神さんの本命馬は何ですか?」

 彼も競馬を知らない訳ではないので、タブレットを見せて訊いてみました。

「俺かい? まぁドゥラメンチは鉄板だろうな。皐月賞とダービーは圧勝だったし」

「へぇ~。じゃあアイドルで例えるとどのくらいですか?」

「……五人分くらい?」

「何で人数なんですか。名前を言いなさい名前を!」

「痛いです!」

 アイアンクローをかますと(わめ)き出しました。殆ど力は入れていませんので大げさなリアクションです。

 

「はい、アイドルで例えるとどのくらいですか?」

「ヘレンさんくらいです」

 やっとまともな回答をしたので手を離します。

「お~、世界レベルですか。いいですねぇ。だいぶわかってきたじゃないですか!」

「はい!」

「やれば出来ます!」

「はいっ!」

「ではこちらのインビシャスはいかがですか?」

「ヘレンさんくらいです……」

 少し迷った後、先程のセリフを繰り返しました。

 

「ヘレンさんばっかりじゃないですか貴方の事務所! 何人ヘレンさんを勧誘すれば気が済むんですか貴方!」

 適当な返事を聞いて激おこになったので再びアイアンクローをかまします。

「痛い、痛いです!」

「漫才やっているんじゃないんですよ!」

 

 私達のやり取りを見ていたアスカちゃん達が笑いを(こら)えていますが、清純派アイドルに笑いなんて必要ないんです。こういう無駄なやりとりをさせる男は本当に好きじゃありません。

「いや、ホント痛いって!」

「大人しく座ってなさい! 生きてる証拠ですよ!」

 立ち上がろうとした犬っコロをソファーに押し付けて調教していると、出入り口のドアがノックされました。慌てて手を離して平静を装います。

 

「は~い、どちら様でしょうか。扉は空いていますからどうぞ~」

「こいつ……」

 呆れ顔の犬神Pを尻目に扉越しで呼びかけました。

 すると「失礼します」という重々しい低音ボイスと共に扉が開きます。がっしりした長身の男性────武内Pがのそっと現れました。

 

「おはようございます。何か御用でしょうか?」

 何事もなかったかのように笑顔で挨拶をすると、そのままこちらに近づいてきました。

「……おはようございます。犬神君がこちらに来ていると伺いましたので」

「あっ。そういえばオフィスに携帯を置きっぱなしでした。すいません!」

「いえ……」

「それで、どんなお話でしょうか。ここでは話し難いことでしたら上に行きますけど」

「コメットの皆さんにも関係があることですので、ここで構いません」

 犬神Pが気遣いましたがやんわりと断ります。私達にも関係のある話とは一体何でしょう。

 

 来客用の紅茶とスコーンをお出しして武内Pのお話を伺います。それにしても紅茶が似合わない方ですね。ブラックコーヒー以外を飲んでる姿が想像できません。

「シンデレラプロジェクトですが、ニュージェネレーションズとラブライカに続いて神崎さんが新たに『ローゼンブルクエンゲル』というソロユニットでCDデビューすることになりました」

「そうですか、おめでとうございます! それが何か問題があるんですか?」

「実は、神崎さん本人が難色を示しています」

 意外な言葉が飛び出しました。あれだけデビューを心待ちにしていたのに何があったというのでしょうか。

 

「なぜでしょう?」

「問題になっているのはソロでデビューするという点です。先日のゲストライブで他のアイドルと一緒に練習しステージに立ったことがとても楽しかったので、誰かとのユニットでデビューしたいというのが彼女の希望です」

 確かにあの時の蘭子ちゃんはとても楽しそうでしたもんね。しかし私のちょっとした気遣いがこんなところで足を引っ張るとは思いもしませんでした。というか大体私のせい……?

 

「では、神崎さんと誰かを組ませるんですか?」

「いえ……。神崎さんの世界観は唯一無二のものです。シンデレラプロジェクトの他メンバーと組ませると彼女の個性に引っ張られて、十分に個性を発揮できなくなる恐れがあると私は考えています」

 確かにその通りです。下手な組み合わせだと双方の個性がぶつかり合ってそれぞれの持ち味を殺しかねません。

 魚介の出汁がよく出た上質の醤油ラーメンに濃厚な豚骨スープをぶち込むようなものです。でもそれはそれで美味しそうな気がしてきました。例えとして失敗です。

 

「では、デビューは見送りということですか? もしそうなら大変残念ですが……」

「そうはならない……予定です。彼女の意見をよく聴いて根気よく話し合いを続けた結果、ソロデビューには納得していただけました。但し、条件付きですが」

「条件?」

「ソロデビューの前に、もう一度他のアイドルと一緒にステージに立ちたいという要望を頂いています。それも、今度は二宮さんと一緒に」

「ボク、かい?」

 話をじっと聞いていたアスカちゃんが目を丸くしました。

 

「はい。皆さんが良ければ来週末のライブイベントでイベント限定の臨時ユニットを組み、ライブをして頂ければと……」

 二人は普段から仲がいいですしユニットで組ませたら超面白いだろうなと思っていましたが、本人的にもそういう希望があったんですねぇ。

「そういうことですか。私としては問題ありませんので、後は本人の考え次第です。どうかな? 二宮さん」

「フフッ。蘭子と一緒のステージというのも中々面白そうだ。その申し出、謹んでお受けするよ」

 

 アスカちゃんが問題なければ私としてもそれで構いません。完全移籍という話なら私が全力で阻止しますが、イベント限定の臨時ユニットであれば問題ないです。

 それに中二病×中二病という、特定の層にとっては胃潰瘍不可避なステージは是非見てみたいですしね。当日は観客として参加して詳細な現地レポートを作成し、二十年後の彼女達とご家族にその惨状を報告してあげましょう。

 いや~、どんなカオスぶりを見せつけるのか今から楽しみですよ。おほほほほ。

 

「ありがとうございます。それと当日は七星さんにも臨時ユニットに参加頂きますので、よろしくお願いします」

「…………は?」

 武内Pから発せられた言葉を聞いて一瞬素に戻ってしまいました。なんかとんでもないワードが出たような気がします。まるで意味がわからんぞ。

「あの……なぜ私が愉快痛快な怪物ユニットに組み込まれなければいけないんでしょうか……」

「神崎さんの指名です。『朱鷺ちゃんとも一緒にライブをしたい』と彼女が話していました。……私の意訳ですが」

「えー……」

 マァジスカ。学校では色々とお世話をしていましたが、そこまで懐かれているとは思っていませんでした。

 

「それに神崎さんと二宮さんの二人ですと、その……準備やライブに苦労すると思いますので」

「随分と心配性だね。僕と蘭子だけでも問題はないけど、トキがいても面白いからボクはそれで構わないよ」

 苦労するのは貴女達ではなく現場のスタッフさんです!

 アスカちゃんは挨拶以外この口調と態度ですから、スタッフさんとしては色々と対応に難儀すると思います。そして蘭子ちゃんは……推して知るべしです。

 

「でも私には荷が重すぎる気がします。代わりに乃々ちゃんやほたるちゃんはいかがでしょうか?」

「えっ……」

「そ、そうですね……」

 話を振ると安全圏で安心していた二人が焦り始めました。そりゃ、あの二人と組めと言われたらこうなりますよ。でもこういう苦しみこそ分かち合うべきなんです。みんなで不幸せになろうよ。

 

「そうは言うが、ボク達のライブに蘭子達を誘ったのはトキだろう? なら相応の責任は負うべきじゃないかい?」

「うがっ!」

 一番痛いところを的確にブッ貫いてきやがりました。諸悪の根源としてはこう言われてしまうと何も言い返せません。

「分かりました。そのお役目、精一杯務めさせて頂きまーす……」

 こうして無事、中二病×中二病×オジサン(精神のみ)の闇鍋ユニットが爆誕することになりました。常識的な範囲で何でもしますから勘弁して頂けないでしょうか。

 

 

 

 後日、美城カフェにてイベント限定ユニットの発足式と打ち合わせを行うことにしました。

「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりでしょうか!」

「おはようございます、菜々さん。私はチョコレートパフェをお願いします。アスカちゃんと蘭子ちゃんは決まりましたか?」

「我は春の息吹が満たされた赤き実と、雪原の白との融合を所望するわ」

「ええっ? 当店にそんなメニューありましたっけ……?」

「イチゴパフェのことさ。ボクにはブルーベリーチーズケーキパフェをお願いするよ」

 

 戸惑う菜々さんを見かねてアスカちゃんが翻訳をします。私もこのくらいの熊本弁ならノーウェイトで翻訳できるようになってしまいました。嬉しいような悲しいような気分です。

「そ、そうなんですか……。最近の若者言葉は難しいですねぇ……」

 肩を落としてとぼとぼと厨房に歩いていきました。まるで自分が若者ではないかのような発言にはとても親近感が沸きますね。

 

「では、乾杯~」

 パフェの入った大きいグラスで無理やり乾杯をしました。チョコレートアイスをつつきながら今日の議題に入ります。

「それで、ユニット名はどうしましょうか? 武内Pからは『公序良俗に反するものでなければ自由に決めて頂いて構いません』と言われていますけど……」

「我に名案あり!」

「フフフ……。ボクに任せてくれ」

 

 言い終わる間もなく蘭子ちゃんが声を張り上げました。アスカちゃんもそれに追従します。この時点で超クッソ激烈に嫌な予感がしました。

 中二病真っ盛りな彼女達のことです。さぞや素晴らしく痛々しいユニット名を考えてきたのでしょう。第三者の立場であれば「いいぞもっとやれ」と草を生やしながら盛大に煽っているところですが、いかんせん私が巻き込まれています。

 あまりにアレな名前だと私の黒歴史にもなりますし、清純派アイドル路線復帰への足枷になってしまいますので上手いところに軟着陸させる必要があります。

 

「わかりました。ではまずアスカちゃんから発表をお願いします」

「では発表するよ。このユニットにはボクと蘭子という最高にクールなアイドルが含まれているから、そのクールさを前面に押し出すのがいいだろう。そういう意味も込めて、『アブソリュート・ゼロ』というのはどうだい?」

 案の定、初っ端から超必殺技みたいな名前が来ました。蘭子ちゃんは「流石我が盟友!」と目をキラキラさせており、まんざらでもない様子です。

 このまま決まりかねないので全力で待ったをかけましょう。

 

「アスカちゃんのネーミングセンスには脱帽です。私も含めて全員クール属性ですから、ある意味ピッタリな名前でしょう。ただ絶対零度まで行ってしまうとクールを通り越して冷徹なイメージをお客様に与えてしまいかねないので、今回は見送った方がいいと思います」

「……全員?」

「何か問題でも?」

「いや、何でもないさ……」

 笑顔でアスカちゃんを見つめるとそれ以上は何も言いませんでした。君のような勘のいい子供は嫌いじゃないし好きですよ。

 

「ボクのセンスはいささか大衆の先を行き過ぎているのか……」

「そうですね。では次、行ってみよー」

 ポーズを決めて黄昏(たそがれ)ている姿をスルーして、今度は蘭子ちゃんの案を伺うことにしました。

「ククク、我にその名を呼ばせるとは何と罪深き偶像ぞ……。見よ! この漆黒の翼を! 我らが覇道はここにあり!その名は──『傷ついた悪姫ブリュンヒルデ!』」

「蘭子ちゃん! ここお店ですから! 声のボリュームは控え目にお願いします!」

「ふぇぇ! ご、ごめんなさい……」

 

 店内中の視線が我々に注がれます。やはり打ち合わせはプロジェクトルームでやるべきでした。

 それにしても、自分から姫を名乗っていくのか……。アブソリュート・ゼロよりも数段ヤバいのでここは断固阻止です!

「と、とってもステキなお名前だと思いますけど……。ほら、他事務所に魔王エンジェルってユニットがいるじゃないですか。名前の方向性がなんとな~く似ているような気がしますので、見送った方が賢明ですよ!」

「我が想いが伝わらぬのか……」

 うわ、何か凄いしょんぼりしてる。

 

「ではせめて、傷ついた悪姫は取れないですか? ブリュンヒルデだけなら千歩譲って私も妥協しますけど」

「そ、それはならぬ!」

 妥協案は全力で拒否されました。この名前には並々ならぬ想いが込められているようです。

 その後もアスカちゃんと蘭子ちゃんの案を聞いていきましたが、いずれもアレな感じなので却下し続けました。打ち合わせが始まってからまだ30分くらいですがもう疲労困憊(こんぱい)です。

 

「人の案にダメ出しを続けるとは随分と偉くなったものだね。それならトキの案を聞かせてもらおうじゃないか」

 アスカちゃんからの逆質問です。今回のイベント限りなので、あまりに中二病っぽくなければ何でもいいんですけどねぇ。とりあえず今思いついたワードを並べることにします。

「じゃあメタルマックスはどうですか? ラグランジュポイントやアルテリオスでもいいですよ」

「それはキミがRTA(リアル・タイム・アタック)でプレイしたクソゲーじゃないか……」

「あら、よくご存じですね。でもメタルマックスとラグランジュポイントは名作ですからクソゲーとは絶対に混同しないで下さい」

「アルテリオスとやらは否定せぬのか」

「あれはクソです。プレイ時間が短いのでじゅうべえくえすとに比べたらまだマシですけど」

「じゅうべえくえすととやらに一体どんな恨みがあるのか、理解できぬ……」

「プレイするより硫酸に浸した方が面白いと思いますよ」

 RTA動画のことはコメット内で話題にしたことはありませんでしたが、いつの間にか見ていたとは……。次作中に中二病いじりを入れようかと思っていましたが考え直した方がよさそうです。

 

 

 

 その後も話し合いを続けましたが、ユニット名は一向に決まりません。

 一時はニュージェネレーションズに(なら)って、じゃんけんで勝った人の好きな食べ物名にしようかという案も出ましたが、私がラーメン二十郎と呟いた瞬間全力で差し止められました。

 乙女の軽いジョークなんですけど、その時の二人の青ざめた表情が目に焼き付いて離れません。

 

 流石の私も二人のこだわりっぷりにとうとう白旗をあげました。よくよく考えれば中規模のライブイベントに一回出るだけですから、痛々しい中二病ネームでも何とか耐えられるでしょう。犬に嚙まれたとでも思うことにします。

「……では、各自好きな単語を一つづつ持ち寄って合体させるというのはいかがでしょうか。これなら皆の想いが三分の一づつ反映されるので良いでしょう?」

「ボクはそれでいいよ。ラーメン二十郎さえ組み込まなければね」

「我も構わぬぞ。でもラーメン二十郎は本当に止めて下さい……」

「……あれは本当に冗談ですって」

 

 三人でメモ用紙に単語をしたためていきます。私としては前世を象徴する言葉であるブラックとダークで迷いましたが、他の中二病ワードと相性がよさそうなダークを選択しました。

 アスカちゃんと蘭子ちゃんも書き終わったようです。

「じゃあ、いっせーのせでオープンですよ」

「わかったよ」

「心得た!」

「ではいきます。いっせーのせ!」

 一斉にメモ用紙をテーブルに置きます。そしてそこに書かれている単語をじっと見つめました。

 

「アスカちゃんはイルミネイトですか」

「ボク達はアイドルだからね。ファンの皆を照らす明かりでありたい。そう思ったのさ」

 意外と真面目な単語チョイスでした。

「そして蘭子ちゃんはオーベルテューレ……。確か序曲を表す言葉ですよね」

「うむ! 我らの覇道の幕開けに相応しい言霊であろう!」

 一回きりなので始まりと同時に終わるんですが、水を差すようなことは言わないでおきます。

 

「この三つを組み合わせるのか。語感としては『ダークイルミネイト・オーベルテューレ』がスッキリするね」

 これもこれで中二病っぽいですが、 傷ついた悪姫ブリュンヒルデよりはマシなので妥協します。

「でもちょっと長くないですか? 自分たちでさえ舌を噛みそうです」

「ならば三つの言霊の頭文字をとって略すのがよかろう。普段は世を忍ぶ仮の姿──『DIO(ディオ)』と呼ぶのだ!」

 自信過剰な吸血鬼さんが真っ先に浮かびました。ですがこれも一回だけのことです。我慢我慢。

 こうして全会一致の結果、 ダークイルミネイト・オーベルテューレ──通称DIOが発足したのです。本当に大丈夫かなぁ?

 

 

 

 グループ名決めの次は衣装合わせです。

 346プロダクション内の衣装部屋に移動し、ライブで着る服を確認します。衣装自体は武内Pに事前に選んで頂いていますので発注したり制作する必要はありませんでした。どのみちライブは来週末なので今からでは間に合いませんけど。

 

「ボクと蘭子の衣装は……これか。こっちのはトキの衣装みたいだ」

 ビニールで包装された白色の衣装を手渡されます。ハンガーには『七星朱鷺用』と達筆な字で書かれたメモが(くく)りつけられていました。靴や小物といった専用品もまとめて置いてあります。

「では皆で着替えましょうか。その後に見せ合いっこしましょう」

「新たなる闇の衣を身に纏った我の姿をその目に焼き付けるがいいわ! ハーハッハッハ!」

 若いっていいなぁ。何となくそんなことを思いました。

 

「なんじゃあこりゃあ!」

 一通り着替えて小物を付け終わった後、姿鏡を見て叫びました。思わず殉職しそうになります。

「そんなに叫んでどうしたんだい。とても似合ってるじゃないか」

「だってこれ、フリフリですよ! フリッフリ!」

「ゴスロリ系の衣装なんだから当たり前だろう?」

 今回我々に支給された衣装はゴスロリ系でした。普段の衣装もフリフリはついていますがその比ではありません(当社比約三倍)。それにライブで動きやすいように作られていますから、肌色面積が結構凄いことになっています!

 

「~♪」

 一方で蘭子ちゃんは上機嫌で鼻歌まで歌っていました。当たり前ですよねぇ。

 彼女は普段同じような服を着ていますから別にいいですけど、私にとっては未知のエリアです。

「我らの衣装は漆黒だが、朱に染まった(さぎ)だけは純白なのだな」

「黒系のゴスロリ風衣装でサイズが大きいものがなかったって武内Pのメモに書いてありました。私だけ色が違うと滅茶苦茶浮くから勘弁して欲しいです……」

「それにしても、露出が凄いことになっているね」

 この純白のゴスロリ衣装ですら私にはかなり小さいです。だから胸とかお尻とか……色々とはみ出そう。これでハードなダンスなんてしたらポロリどころではありません。

 

「おのれ武内!」

 とっ捕まえて説教です! 彼を捜索するため扉に手を掛けました。

「わ、我が友はケルベロスに連れられて楽園外へ出ており、今日はこの聖地に帰還せぬぞ……」

 アイツら逃げやがった! 見つけ次第潰せ!

「その格好で外をうろつくつもりかい? それは中々クレイジーな行動じゃないかな」

 くっ! 確かにアスカちゃんの言う通りです。この姿のまま、お仕事モード未発動状態で路上をうろつく度胸は私にはありません。そんなの痴女ですよ痴女。羞恥心(しゅうちしん)で確実に憤死します。

 

「今度のライブイベント限定なんだからいいじゃないか。それに今回披露するのは蘭子のソロ曲──『華蕾夢(ツボミユメ)ミル狂詩曲(ラプソディー) ~(アルマ)ノ導~』だから、激しいダンスもないし問題ないだろう」

 ううう……仕方ないです。個人的にはブルマに匹敵するレベルですが、一度引き受けたお仕事ですから頑張ってやり通すしかありません。これも一回きりの我慢です。

「いや~キツいっス……」

 もう一度姿鏡を見て、改めて絶句しました。

 

 

 

 そんなこんなでライブイベント当日です。会場となるライブホールに早めに入場して着替えを済ませ、控室で思い思いに過ごします。

 なお、乃々ちゃんとほたるちゃんは別の仕事なのでいません。こんな無様な姿を見られずに済んでなによりです。

 

「それにしても今日のアンタは凄い恰好ね」

「まるで姫だなッ! お姫様だ!」

「……私だって好きで着てるわけじゃないんです」

 麗奈ちゃんと光ちゃんから声を掛けられました。今日のライブイベントでは彼女達二人のユニット──『ヒーローヴァーサス』も出演するのです。

 

「あ~あ残念。その姿だと事前に知っていたらステージ上で衣装がビリビリになるイタズラをしてあげたのに」

「もしそんなことしたら地上から影一つなく消し飛ばします」

「じょ、冗談よ。朱鷺相手にそんなことしてたら命がいくつあっても足りないわ……」

 悪質なイタズラをする娘ではないので本気じゃないのはわかりますけど、今の私には冗談でもそういうことを言わない方がいいです。

 

「なんというか……濃いわね、そのユニット」

「ええ、私もそう思います」

 その視線の先には、部屋の隅で黄昏るアスカちゃんとカッコいいポーズを決める蘭子ちゃんがいました。

 ヒーローヴァーサスも個性の強いユニットですが、それに負けないくらい異彩を放っています。

「悪の女幹部が沢山いるみたいで落ち着かないな……」

 光ちゃんが居心地悪そうにします。その後暫く雑談していると彼女達の出番がやってきました。

 

「じゃあアタシ達は先に行くわ。アンタ達もせいぜい頑張りなさい」

「会場にいるみーんな、アタシ達の応援で笑顔にしてやる! いくぞッ! 麗奈!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいっ! このバカ南条!」

 麗奈ちゃんが光ちゃんに引きずられていきました。貴女達本当に仲いいですねぇ。

 

 さて、我々の出番はその次ですのでそろそろ準備しなければなりません。私も頑張って気持ちを切り替えましょう。

 おもむろに立ち上がり神経を集中させます。そしてゆっくり深呼吸しながら、今日のために開発した『あのモード』に移行していきます。

 

「さて、次はボク達の番かな。そろそろ非日常のステージへ向かうことにしよう」

「ククク……。我が魂を解放する時!」

「ああ、全力で『DIOの世界』を見せ付けてあげようじゃないか。トキもそう思うだろう? ……トキ?」

「フフフッ……目覚めの刻は来た。自分でも恐ろしいぞ。我が覇王の力がな!」

「クッ……!」

「なんと‼」

 私の言葉を聞いて二人が急にうろたえ出しました。

 

「あ、あの……。何か変なものでも食べたの?」

「もしかして、また本物のビールを飲んだのかい?」

「否! これぞ我が生み出した、禁じられし中二病のモードよ! ハーハッハッハ!」

「えぇ……」

 郷に入っては郷に従えという言葉の通り、私もこの二人と一体となるために頑張って新モードを生み出しました。

 累計年齢50歳のオジサンの身としては通常のお仕事モードだと最高のパフォーマンスを発揮するのは無理だと悟ったのです。こうでもしなければステージ上で中二病達に心合わせることはできないと思いました。

 

「大丈夫かなぁ?」

「多分問題ないだろう。せっかく朱鷺がボク達に合わせてくれているんだ。その気持ちを()もうじゃないか」

「開け、黄泉の門よ! 現世を本物の地獄で満たしてくれるわッ‼ フハハハハハハッ‼」

 早足で舞台袖に向かいます。これも清楚モードと同じく時間制限がある欠陥システムなので長くは持ちません。SAN値がゼロにならないうちにライブを完遂させる必要があります。

 

 

 

「それでは本日のイベント限定のスぺシャルユニット──ダークイルミネイト・オーベルテューレの皆さんです。どうぞ~!」

 司会の女性の合図と共に照明が暗くなります。舞台袖に()けてきた光ちゃんと麗奈ちゃんにハイタッチしつつ、ステージ中央の定められた位置に移動しました。少し間隔を空けてその場で待機します。

 すると照明が少しづつ明るくなり、何とか三人の存在が認識できるくらいの照度になりました。次の瞬間、蘭子ちゃんにスポットライトが当てられます。

 

「わ、我が名は神崎蘭子。闇より出でし『眼』を持つ絶対の魔王なり!」

 緊張気味ですが、打ち合わせ通り自己紹介のセリフを叫びます。続いてアスカちゃんにスポットライトが当たりました。

「ボクは二宮飛鳥。もう一つの闇のカタチさ」

 流石にステージ慣れしているだけあり緊張した様子はありません。そしてついに、私にスポットライトが当たってしまいます。

「我は七星朱鷺。かつて闇の中で滅び、闇と共に再生した禁忌の覇王!」

 セリフは中二病ですが何一つ嘘は言っていません。

「三つの闇が合わさりて、ここにダークイルミネイト・オーベルテューレが生まれ出づる!」

 

 三人で力強く叫びます。

 あまりに個性的なため動揺した観客が静まり返りましたが、刺すような勢いで観客席の後方を(にら)みつけると途端に歓声が沸きました。

 事前に潜入させていた鎖斬黒朱(サザンクロス)の構成員が必死になって場を盛り上げにかかります。彼らとしてはいつも通り命が掛かっていますから怒涛(どとう)の勢いでした。その歓声が次第に周辺へ伝播(でんぱ)します。

 

「ステージで照らし出されれば、背後には闇が迫る。観客のキミ達にも見えるだろう?」

「ハーッハッハ! 我らは闇! その双眸(そうぼう)にしかと焼き付けるがいい!」

 機嫌を良くしたアスカちゃんと蘭子ちゃんが声を張り上げました。このままだと中二病セリフご披露大会になりかねないので早く曲に行かなければなりません!

「さぁ! 血塗られたショーの開幕だッ! ダークイルミネイト・オーベルテューレが贈るのは悪魔の戯曲──『華蕾夢ミル狂詩曲 ~魂ノ導~』。愚かなる人類よ、心して聴け! そして我らの世界に酔いしれるがいいッ!」

 そしてようやく曲のイントロがかかり始めました。始まる前からこんなに疲れるライブは初めてですよぉ。

 

 

 

 ライブの日の翌日は休養のためレッスンがお休みでしたが、放課後はいつものようにプロジェクトルームに集合しました。当然の権利のように蘭子ちゃんも混ざっています。

「昨日はお疲れ様でした」

「お疲れ様です……」

「いや~、本当に疲れましたよ……」

「そうかい? 一曲だけだし動きも少ないから楽な方だっただろう」

「精神的に、です!」

 

 私達の曲はとても好評で、ライブの最後にはヒーローヴァーサスと一緒にアンコールで再度歌ったりしました。

 なお、私が中二ポーズを決めて痛々しいセリフを吐く姿を(とら)えた動画がスマイル動画やmytubeへ勝手にアップされ、現在進行形で結構な再生数を稼いだりもしています。

 ライブを取材しに来ていた善澤さんや観客として来ていた虎ちゃんから冷やかしの電話が掛かってきたりもしたけれど、私は元気です(白目発狂)。

 

 でも終わってみれば楽しかったとも言えなくはありませんでした。私のアイドル人生でもいい経験になったでしょう。

 それにもう終わったことです。過去を振り返っても仕方ありませんので、これからは未来志向で生きていくのです。人の噂も七十五日と言いますから風化するまでじっと耐えて被害が消えるのを待つしかありません。

 

「我らを(たた)える七色の海が忘れられぬ!」

「蘭子ちゃんはとっても頑張りましたからね。次回からはソロですが、この経験があればきっと上手くやっていけますよ」

「が、がんばります! これからは、その……もう一人じゃないし……」

「一人ではないとは、どういう意味でしょう?」

「確かにステージでは一人だけど……。シンデレラプロジェクトやコメットのみんな、それにクラスメイトや他のアイドルの子達に応援してもらってる。だから私は一人じゃないって、今はそう思えるの」

 

 蘭子ちゃんは今回のライブイベントで大切なことに気づいたようです。

 アイドルは一人では成立しません。支えてくれる家族やP、友達、ファンの皆さんがいて初めてアイドルになれるんです。だからソロであっても決して一人ではないんです。

 そのことに気づいた蘭子ちゃんはソロで十二分に活躍できるでしょう。それでこそ私が泥を被った甲斐があるというものです。

 

「失礼するよ」

 そんなことを話していると犬神Pと武内Pが入室してきました。ひどく緊張した面持ちですがどうしたんでしょうか。

「どうかしましたか?」

「う、うん……。とりあえず昨日のライブはご苦労様! 君達の活躍のおかげでライブは大盛り上がりだったよ!」

「はい、ありがとうございます」

「そ、それでだね……」

 褒められましたがそんなことを言うためだけにやってきたとは思えません。犬神Pの顔面が蒼白になり上手く喋れなくなったので、武内Pが代わりに言葉を続けます。

 

「我々の予想を遥かに上回る反響がありまして……。事務所としてもDIOを一回きりで終わらせるのは余りにも惜しいという判断になったそうです」

 あれ、何だか流れがおかしい方向に……。 

「DIOは今回限りではなく今後も継続していきます。もちろんそれぞれの活動が最優先ですので不定期ではありますが、ライブ等の活動をしていくという方向で正式に決定しました。色々考えることはあるでしょうが、上層部直々の決定ですのでここは堪えて頂ければと思います」

 ん? んん?

 

「感じるわ……。盟友達と引かれ合う運命を……! 八百万(やおよろず)の華よ、我と共に咲け! ハーハッハッハッハ!」

 興奮する蘭子ちゃんを尻目に、私の意識は次第に混濁(こんだく)していきました。

 おかしい……こんなことは許されない……。

「ああっ! 朱鷺さんが完全に白目に!」

「な、七星さん! 大丈夫か!」

 意識が闇に飲まれていきますが止められません。なんで続ける必要なんてあるんですか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第39話 クイズマジックプロダクション

「先生さよーならー」

「はい、さようなら。帰り道は気を付けてね」

「は~い!」

 今日も無事に授業が終わりました。いや~、眠くて危なかったです。

 昨日の夜にスマイル生放送を眺めていたらカブトボーグの一挙放送なんてものがやっていたので、つい朝まで見てしまったんですよねぇ。

 深夜テンションの上にコメント付きで見るアレの破壊力は抜群です。全ての回が面白いアニメはそうそうないと思いますよ。来週はチャージマン研の一挙放送らしいので楽しみです。

 

「七星さん、ちょっと職員室まで来てくれる?」

「ほぇ?」

 間宮先生の思いがけない言葉を聞いて、ついつい世紀末頃に人気だった萌えキャラみたいな返事をしてしまいました。

 この私に何用かはわかりませんが担任に逆らう訳にもいきませんので、346プロダクションに向かう子達と別れてテクテクと後をついていきます。

 

「失礼します」

 職員室を抜けてそのまま奥の応接室に入り、向かい合って座りました。先生はとても真剣な表情をしています。

 あ、あれ? 私何か悪いことをしたんですか?

 思い当たることはありません。せいぜいダンクシュートでバスケのゴールをへし折ったり、バレーのサーブでボールを破裂させたり、サッカーのシュートでゴールを粉砕したくらいです。

 前の中学までは病弱で薄幸な深窓の令嬢キャラを装っており体育の授業は殆ど見学していたので、力加減がよくわからなかったのですよ。

 

 あっ! もしかして、先日授業のサッカーで放った確殺シュートの風圧で嫌味な教頭のズラを空の彼方に消し飛ばしたことが問題になったのかもしれません。

 あの時は職員室も含め学校中が爆笑の渦に包まれたので『やったぜ』と思ったんですけど、よくよく考えればヤバいですよね……。

 

「すいません、親に言うのだけはホントに勘弁して下さい……」

「ちょっと、何言っているの?」

 流水のような華麗な動きで床に(ひたい)(こす)り付けると焦った表情を浮かべました。

「やっぱり『何でもしますから』と言わないと許してもらえないのでしょうか」

「先生、七星さんの言うことがよくわからなくなる時があるわ……。別に謝って欲しいわけじゃないの。一つお願いがあるのよ」

「お願い?」

 なんだ、私が何かやらかした訳ではないんですか。それならそうと早く言ってくださいよ。まったくもう!

 

「それでお願いとは?」

「6月も中旬を過ぎて、そろそろ期末試験が近づいてきたじゃない?」

「はぁ、そうですねぇ」

 一学期の期末試験は7月頭に行われますから、そろそろ試験勉強に取り掛かる時期です。私は常に予習復習を徹底していますので試験用の勉強は特段必要ありませんけどね。

 

「お願い! 皆の勉強を見てあげて!」

 先生が手を合わせて私を拝みました。その表情はとても真剣です。

「あの……何で私なんですか?」

「だって七星さんはこの前の中間試験で学年トップだったじゃない! 人にものを教えるのも得意だから勉強が苦手な子達に教えてあげて欲しいのよ」

 

 そういうことですか。前の中学校では目立たないようにするため上手く手を抜いて学年三位をキープしていましたが、その必要は無くなったので実力を発揮したら学年トップになりました。

 いくら進学校といっても所詮は中学ですからね。元々東大医学部入試用の勉強をしていましたから、このレベルであれば造作もありません。大人が子供の駆けっこに混ざるようなものです。

 とはいっても私では精々秀才止まりです。本当の天才というのは晶葉ちゃんや志希さん、杏さんのような方々を言うのです。天才過ぎて協調性という面ではちょっと問題はありますけど。

 

「でも、教えるなら先生の方が得意じゃないですか」

「そうしたいのは山々なんだけど、私が補習しようとすると凄い勢いで逃げるのよ。本当なら首に縄を付けたいくらいだけど、彼女達に過度に干渉することは避けるよう346プロダクションから強く言われているから勉強を押し付ける訳にもいかないの。その点、七星さんなら同じアイドル同士だから問題ないでしょう?」

「それはそうですけどね。でもタレンテッドコースの場合は試験の結果に関わらず進学できますから、別に成績が低くてもいいんじゃないかと思うんですけど……」

「確かにそうだけど、学生の本分は勉強なんだからせめて赤点は取らないようにして欲しいわ。それにあまり成績が悪いと一般クラスの子達から『アイツら馬鹿だ』って見下されちゃうのよ。みんな私の可愛い生徒なんだから、そんな風に馬鹿にされたくはないの」

 

 確かに難関な入試試験を突破した一般クラスの子達からすれば、『頭が悪くてもチャラチャラ歌っているだけで認められるなんていいご身分ね』と思われてもおかしくはありません。

 せっかく同じ校舎で学んでいるという縁があるのに、そう思われてしまうのはとても残念なことです。

「……わかりました。私のできる範囲で良ければご協力します」

 快く承諾しました。皆大事な友達ですし、彼女達の役に立ちたいですからね。

「本当⁉ 助かるわ!」

 間宮先生が私の手を取って喜びます。私達の身を心から案じているという表情でした。生徒のためにここまで真剣になるなんて、やっぱり今時にしては珍しい方です。

 

「それで、勉強を見て欲しい子って具体的に誰ですか? 蘭子ちゃんや幸子ちゃんは普通に成績がいいので問題ないはずですけど」

「それはね……」

 大体予想した通りの名前が飛び出しました。一筋縄ではいかない子達なので私も本気で取り組まざるを得ません。

 

 

 

「……それで、何でアタシたちは集められたんだ?」

 光ちゃんが(いぶか)しげに呟きました。夕飯にはまだ早い時間のため、学生寮の食堂はがらんとしています。

「そろそろ期末テストが近いですから、成績のよろしくない子を集めて勉強会をしようかと思いまして」

「ええ~!」

 不満の声が食堂に響きました。

 先生の依頼を受けた翌々日、勉強会のためにクラス内の成績不良者を呼び寄せたのです。当然要件は伝えていません。完全に奇襲攻撃です。

 

「そうやって嫌なことを後回しにしているから赤点ギリギリの点数を取ってしまうんです。アイドル業も大変ですが学生の本分は勉強ですから頑張りましょう」

 そう言って発破を掛けましたが、一人を除いて反応は今ひとつです。

「日本語上手くないから問題読むのが大変だけド、頑張ル!」

「ナターリアさんは本当に良い子ですね~。偉い偉い」

「えへへッ!」

 ナターリアさんだけは前向きに取り組もうとしてくれたので頭をナデナデします。それに引き換え残りの子達ときたら……。 

 

「おさかなさんのことなら誰よりも詳しいつもりれすけど、それ以外のことは……」

「あたしも保健体育のテストはいつも満点だよ! 他は酷いけど!」

 七海ちゃんと愛海ちゃんは特定分野には並々ならぬ知識を持っているので地頭はいいはずなんですけど、それ以外にはあまり関心を示さないので困りものです。

 魚とお山に向ける情熱の十分の一でも勉強に向ければ良い点数を取れるはずです。

 

「そうですか……残念です。次回の成績がよかったらこのプレゼントを差し上げようと思ったんですが」

 そう言って二枚のチケットを眼前に置きました。すると彼女達の視線が釘付けになります。

「そ、それは八景島海楽園のプレミアムパス!」

「朱鷺ちゃんのお山の入山許可証だ!」

 チケットを手に取ろうとしたのでサッと取り上げます。

 

「いや~本当に残念ですよ」

「勉強しますからくらさい!」

「勉強する! 良い点取るから!」

 チケットをヒラヒラさせて煽ると、案の定釣り堀のニジマス並みに食いついてきました。モノで釣る作戦は上手くいったようです。

 やはりご褒美があれば勉強も(はかど)りますからね。我が身を削ることになりますが、彼女達のためになるならやぶさかではありません。

 

「勉強しても仕事で使う機会はなか! ブレインズキャッスルだって正解するより面白い回答を言った方がウケるばい!」

 残りの子達の説得にかかると鈴帆ちゃんが不満を漏らしました。

 『頭脳でドン! ブレインズキャッスル』は346プロダクションのバラエティ事業部が手がけているクイズバラエティーです。346プロダクション所属のアイドルが二チームに別れてクイズで対決するというテレビ番組で、司会は大人気アイドルである十時愛梨さんと瑞樹さんが担当しています。コメットもつい先日出演させて頂きました。

 その時対戦したのは鈴帆ちゃん、笑美ちゃん、菜々さんの芸人トリオだったのですが、負けてしまって勝者の権利であるPR活動はできなかったので残念でした。

 

「確かにおバカタレントが流行った時期もありますが、既にブームは去っています。それにウケ狙いの回答は滑った時寒いですよ。この間もそうだったでしょう?」

「うぐっ……。た、確かにそうたい。わかった、真面目にやるとよ……」

「はい。一緒に頑張りましょう!」

 

 鈴帆ちゃんがちょっと落ち込みます。編集でカットされましたが、ブレインズキャッスルで結構滑ったことを今も気にしていました。彼女の魅力はインパクトのある着ぐるみ芸なのでクイズではあまり本領を発揮できなかったのです。

 鈴帆ちゃんの心の傷を広げてしまって申し訳ありませんが、これも成績を上げるためです。

 ちなみにその回では菜々さんが渾身の自爆芸を披露したので会場は大爆笑でした。我が身を削って笑いを取るあの姿こそ正に芸人です。

 李衣菜さんよりもよっぽどロックですよ。痺れはしましたが憧れはしません。

 

「う~ん。でも正義の味方に勉強って合わない気が……」

「勉強なんかより対戦ゲームしようよ~!」

 残るは光ちゃんと紗南ちゃんです。

「特撮ヒーローとはいわば子供達の憧れでありお手本です。そのヒーローが勉強嫌いで頭が悪いなんてことになったら子供達はきっとがっかりするはずです。むしろ自分もそれに(なら)って勉強しないと言い出すかもしれません。光ちゃんはこのままバカレンジャーのレッドでいいんですか!」

「よ、良くない! ヒーローにはなりたいけどバカレンジャーは嫌だ!」

「そうですよね。子供達のお手本になるなら勉強とスポーツ両方しっかりできないといけません」

「わかった! 勉強頑張るぞ!」

 光ちゃんは理想のヒーロー像をとても大切にしています。自分がそのヒーロー像にそぐわない行動をしていることに気づけば必ず正してくれると思っていましたが、予想通りでした。

 

「そして紗南ちゃんもですよ。勉強せずにゲームばっかりやっているゲーマーを見て世間様はどう思うでしょうか。きっと『ゲームは悪だ』とか『ゲーム脳乙』と言い出すに違いありません。ゲームを悪者にされて紗南ちゃんは悔しくないんですか?」

「悪いのはあたしっ! ゲームは悪くないっ!」

「仰る通り、ゲームは悪くありません。それなりの点数を取れば誰も文句は言いませんから、そう言われないためにも勉強を頑張りましょうね」

「う、うん。……何か上手く乗せられているような気もするけど、わかったよ」

 紗南ちゃんもゲーマーとしてプライドを持っていますから、ゲームを悪役にされることは望みません。こういう風に危機感を煽ってあげれば勉強にだって前向きに取り組んでもらえるのです。

 危機感や恐怖心を過剰に煽って直ぐその後に解決策を提示する。マーケティング戦略としては初歩の初歩ですが、ウブな彼女達には効果テキメンでした。

 

「でもどこから手を付けたらいいのかな? ウチの学校、テストは無駄に難しいから……」

「そのための私です。試験範囲はバッチリ網羅していますし前回の中間テストで各試験の傾向はなんとな~く読めましたので、最小の手間で最大の効果が上げられるよう誠心誠意サポートします。だから安心して下さい」

「ありがとう!」

 一斉に感謝されると何だか気分が良くなってきました。こういうのも悪くはありませんね。何だか皆の心が一つになったような気さえします。

 

「せっかくの勉強会ですからお菓子と飲み物を買ってきますよ。飲み物は何がいいですか?」

 彼女達のモチベーションを下げないようにするため提案しました。

「ナターリアはガラナ飲みたいナ」

「じゃあチュリオがいいかな」

「アラ汁をお願いします~!」

「ウチはリボンミトロン!」

「牛乳レモンが欲しいぞ」

「あたしドクペね」

「……せめて普通のコンビニに売っているものにして下さい」

 皆の心はこれ以上ないくらいバラバラでした。それにアラ汁は飲み物じゃないです。

 

 

 

 そんなことがあってから数日後、なぜか杏さんから呼び出しがありました。レッスン後にシンデレラプロジェクトのプロジェクトルームに向かいます。

「失礼します」

 三回ノックしてドアを開けると室内には智絵里さんとかな子ちゃんがいました。

「おはようございます、皆さん」

「お、おはようございます……」

「いらっしゃい♪ 朱鷺ちゃん!」

 笑顔で迎え入れてくれたので奥に進みます。すると呼び出した張本人がいつものようにソファーの上でぐだ~っとなっていました。

 

「おはようございます、杏さん。私にご用とのことですが何でしょうか?」

「ああ、来たんだ~」

 ゆっくり寝返りをうってこちらを向きます。手にはボロボロになったウサギのぬいぐるみが握られていました。

「う~ん。説明するのめどいなぁ……。かな子ちゃん、よろしく~」

「え、ええっ!」

 そう言ってすやすやと寝息を立て始めました。流石ミスフリーダムです。もはや突っ込む気すら起きません。

 

「じゃ、じゃあ私から説明するね」

「お願いします」

 するとかな子ちゃんが説明を始めます。

「今度『キャンディアイランド』の三人でバラエティ番組に出演することになったんだ」

「そうなんですか。おめでとうございます」

「うん、ありがとう!」

 可愛い笑顔で返してくれました。

 

 未央さん達のニュージェネレーションズ、美波さん達のラブライカ、蘭子ちゃんのローゼンブルクエンゲルに次ぐシンデレラプロジェクト四組目のユニット──それがかな子ちゃん、智絵里さん、杏さんの三人によるキャンディアイランドです。

 名前と同じくお砂糖マシマシのお菓子のような可愛らしさが魅力のユニットですね。デビューシングルの『Happy×2 Days』は私も購入させて頂きました。三人の可愛らしさがとても良く発揮されている名盤だと思います。

 仕事が入っていて見には行けませんでしたが、デビューイベントは大成功したと伺っています。

 

「それで、バラエティ番組に出演することと私に何の関係があるのですか?」

 清純派アイドル路線の私では助言できることは殆ど無いと思います。バラエティ番組に関する相談であれば菜々さんや幸子ちゃんが適任です。

「その番組なんだけどブレインズキャッスルっていうクイズ番組なの。でも私達、普段クイズなんてやったことがないから不安になっちゃって……。朱鷺ちゃんはこの間出演していたし、皆に勉強を教えられるくらい頭がいいから何かアドバイスないかなって」

「ああ、そういうことですか」

 私の灰色の脳細胞が求められているという訳ですね。この知性派アイドルを頼りたくなる気持ちはよ~くわかりますので何かアドバイスをしてあげましょう。

 

「一応、色々と勉強をしているんですけど……」

 智絵里さんの手にはクイズ本が握られています。

「勉強もいいですけど緊張せずに実力を発揮することの方が大切ですね。何しろ収録には一般のお客様も沢山いらっしゃいますし」

「テレビに出るの初めてだし、不安です……」

 二人共表情が冴えないです。イベントとテレビ出演では勝手が違いますから仕方ありません。

 

「ならリハーサルとして、ブレインズキャッスルの中で今出来るクイズをやってみるというのはいかがですか? 一度経験があれば多少はリラックスして参加することができると思いますよ」

「確かにそうかもしれないね」

「う、うん……」

「なら練習用のクイズを準備してきます。明日またプロジェクトルームに集合でいいですか?」

「はい」

 二人がコクコクと頷きます。

 

「杏さんも忘れないで下さいよ」

 寝たふりをしている彼女にも声をかけます。

「杏は別にいいよ~」

「駄目です。キャンディアイランドは三人のユニットなんですから一蓮托生(いちれんたくしょう)です」

「はいはい。あ~あ、面倒くさいなぁ……」

 渋々承諾頂きました。普段であれば空気を読まずに断るはずですから、彼女も彼女なりに智絵里さん達を心配しているのだと思います。杏さんはなんだかんだ言って面倒見が良くて優しい子ですからね。

 

 

 

 翌日もシンデレラプロジェクトのプロジェクトルームにお邪魔しました。キャンディアイランドの三人に挨拶をした後、早速本題に入ります。

「何事も慣れることが大切です。ブレインズキャッスルで出るクイズと同じものをいくつか用意しましたので、本番のつもりで回答して下さい」

「はい!」という元気の良い返事と、「は~い」という間延びした返事が返ってきます。

 

「まずは『アイドル☆ 検索ワード連想クイズ!』です。

 とある検索サイトで、あるアイドルの名前を打ち込んだ時に出てくる関連ワードを五つ無作為に抽出し順に発表します。そこから連想されるアイドルを早押しで当てる形式のクイズですね。それでは早速、第一問!」

 事前にググった結果を基に問題を言い始めます。

 

「まず一つ目は『元気』です」

「……」

 誰も回答しません。確かに元気だけでは特定は難しいと思います。

「二つ目のワードは『お茶』です」

「元気とお茶……?」

 かな子ちゃんと智絵里ちゃんが更に困惑しました。

 

「三つ目のワードは『ボンバー』です。さぁどうですか?」

「はい! 日野茜ちゃん」

「かな子ちゃん、正解!」

「やった~!」

 無事正解して笑顔になりました。ボンバーという言葉はよく茜さんが口にしていますから、それで特定できたのでしょう。

 

 二つ目のワードのお茶ですが、以前インタビューで好きな食べ物を聞かれた際に「お茶です!」と回答したのが話題になったので出てきたのだと思われます。

 それは飲み物だろ! と結構ネタにされていて可哀想だったので、お茶の葉入りのお菓子を差し入れたら「これで好きな食べ物がお茶でもおかしくありませんね!」と喜んでくれました。

 

「テレビで見てると簡単にわかるけど、緊張すると結構わからないんだねぇ」

「ええ。収録中はもっと緊張しますのでリラックスして問題に望むことが大切ですよ。それでは第二問いきます! 一つ目は『実年齢』です」

「はい。安部菜々ちゃん」

「せ、正解……」

「ふっふっふ。どやぁ」

 杏さんが渾身のドヤ顔をしました。一つ目のワードだけで即正解とは流石です。というかその一言で真っ先に連想される菜々さんって一体……。

 

 その後は用意してきた問題を消化しました。コツをつかめたようで最後の方は結構早く回答することができましたから本番も大丈夫だと思います。

「私達もこれから有名になったら関連ワードが表示されるのかな? 今から楽しみだね!」

「うん……。可愛い言葉だといいな」

「そ、そういうことはあまり気にしない方がいいですよ!」

「……?」

 

 お二人が恐ろしいことを口にしていたので慌てて止めました。自分で自分の名前を検索してはいけない(戒め)。エゴサーチは不幸しか呼ばないのです。

 ちなみに私の名前を検索したところ、『リアルガンダムファイター』『必殺の人的国防兵器』『ピンクの悪魔』『女死力MAX姉貴』『護られたいアイドルNo.1』『中二病患者』『個性の暴力』『RTA芸人』『メガトンコイン』『ロースコアガール』『ラーメンネキ』『二十郎ネキ』『ラーキチ』『外見は天使』『恵まれた容姿と家柄からドブみたいな内面』等の言葉が出てきました。流石にちょっとだけヘコみましたよ。

 

 

 

「続いては『本人似顔絵クイズ! 描いたのは誰かな?』です。アイドルが描いた自分自身の似顔絵を見て、それを描いた人物を当てるクイズになります。お願いして複数のアイドルに似顔絵を書いてもらったので、それを見て正解を当てて下さいね。それでは早速第一問! ババン!」

 三人の前に似顔絵を広げました。色とりどりのクレヨンで描かれた可愛らしい人物画が描かれています。

 

「これって、ウサギなのかな?」

 かな子ちゃんが首を捻ります。確かに絵の中心にはウサギっぽい衣装の女の子が笑っています。その隣にはお父さんとお母さんらしき方々が仲良さそうにしていました。

「あっ、わかったかもしれません」

「では智絵里さん、回答をお願いします!」

「えっと……。市原仁奈ちゃん?」

「はい、正解!」

「……やった!」

 

 そのまま小さくガッツポーズをしました。着ぐるみアイドルらしく、似顔絵もウサギの着ぐるみを着ていたのです。

 それにしても……仁奈ちゃんの周囲にいる仲睦まじいご両親の存在が涙を誘いますね。彼女のお父さんはお仕事で外国ですし、お母さんも非常にお忙しいとのことなので現実ではありえない光景なんです。この絵を満面の笑顔で差し出された瞬間、本当にいたたまれない気持ちになりました。

「明日、お菓子持っていってあげようかな」

「はい、できればそうしてもらえると助かります」

 そんな気持ちが伝わったのか、しんみりした空気になってしまいました。

 

「では気を取り戻して第二問です!」

 先ほどとは別の画用紙を広げました。そこには形容し難いクリーチャーが描かれています。

「……えっ」

「う、う~ん。これって本当に人なのかな?」

「何か精神が削られそう……。杏のライフはもうゼロだよ」

 三人揃って困惑の表情を浮かべました。凍ったような沈黙が周囲を支配します。

 

「は~い、ギブアップ~。で、正解は誰なの?」

 杏さんが早々に降参しました。残り二人も回答できなさそうな雰囲気です。

「正解は五十嵐響子さんです」

「あ~なるほど~」

「一応ご本人には自画像を描いて下さいってお願いしたんですけどね」

「こ、これから響子ちゃんを連想するのはちょっと難しいかな……」

「は、はい……」

 五十嵐響子さんも346プロダクション所属のアイドルさんです。家事万能な方ですが、絵だけは致命的に苦手なんですよねぇ。なんというか、画伯という称号がピッタリだと思います。

 

「続いて第三問です」

 再び三人の前に似顔絵の描かれた画用紙を広げました。そこには美麗な衣装に包まれた少女が描かれています。クラシックな正統派美少女アイドルという感じでした。

「美嘉さん……じゃないよね? 髪色は似てるけど、こういう清純派なアイドルっぽい雰囲気じゃないし」

「髪色がピンク色で、こういう感じの子ですか。他のプロダクションの方ですか?」

「ほら! 皆の身近にいる子ですよ!」

「う~ん……」

 かなこちゃんと智絵里さんが頭を抱えます。一方杏さんは薄ら笑いを浮かべていました。

「そ、そんなに難しいはずは無いんですけど……」

 結局タイムオーバーで、最後まで正解は出ませんでした。

 

「で、これは誰なのかな~?」

 杏さんがニヤニヤしながら悪戯っぽく訊いてきます。わかってて答えないのでしょう。

「……しです」

「ん?」

「私です!」

 思わず叫んでしまいました。何だか顔がとっても熱いです。

 

「こ、これ朱鷺ちゃん?」

「えっ……」

「何ですか! 自画像が清純派アイドルっぽくて何が悪いんですか!」

 思わず謎の逆ギレをしてしまいました。

「いや、悪くないよ! ちょっとだけイメージが違っただけだから!」

「……そう、そうなんです!」

 見え透いた言葉に聞こえました。こういうフォローをされると何だか死にたくなってきます。

「はいはい、すいませんね! ごめんなさいでしたぁ!」

 謝罪して早々に次の問題に移ります。

 

 

 

 その後四人でクイズを楽しんでいると、用意した問題を全て解き終わったことに気づきました。

「以上でリハーサルは終わりです。お疲れ様でした」

「ありがとうございました」

 お互いに一礼をします。

「本番を想定したクイズでしたがいかかだったでしょうか? 少しでもお役に立てたらうれしいですけど……」

「番組と同じクイズだったからとっても勉強になったよ!」

「色々と助けてもらって……本当に、ありがとうございます」

「うんうん、よかったよかった」

 三人の反応は上々なので一安心でした。気休めだとは思いますが少しでもこの子達の力になれたのなら幸いです。

 

「ニュージェネレーションズのみんなの時といい、朱鷺ちゃんにはお世話になりっぱなしだね」

「ホントホント。もうコメットは辞めてキャンディアイランドに来ない? 歓迎するよ~」

「ふふふ。お誘いは嬉しいですけど、私はコメット一筋ですから謹んで辞退しますよ。それに私がいればもっと楽ができると思っているんですよね?」

「ちっ、バレたか。でも朱鷺がいると上手く回って安心して眠れるから助かってるのは事実だよ。これからの時代は一家に一台七星朱鷺だね、うん」

「……家電ですか、私は」

 こんなことを言っていますが、調整役としての実力は杏さんの方が私より上なはずです。時たま見せる鋭い洞察力や本質を突いた発言がそれを物語っています。やはり天才ですよ、彼女は。

 

「でも、何だか申し訳ないような気がします……。初ライブの時といい、コメットがシンデレラプロジェクトのサポート役でなければ色々な苦労をしなくて済んだはずですから」

「それは違いますよ、智絵里さん」

「え?」

「私が皆さんをお手伝いしているのはサポート役だからという理由だけではありません。確かにそういう義務感で動いていた時期もありましたけど今は違います」

「じゃあ、何で私達のことを……?」

「私はシンデレラプロジェクトの大ファンなんです。皆さんの情熱や優しさ、ひたむきさに触れて、皆さんのことが大好きになりました。だから一人のファンとして力になりたい、そう思っているだけなんです」

 これは私の本心です。でなければここまで積極的に関わろうとは思いません。

 

「……ありがとう、朱鷺ちゃん!」

「うわわわっ!」

 かな子ちゃんに急に抱きつかれたのでビックリしました。心の準備がないままでこういうことをされると理性が飛びそうになるので勘弁して欲しいです。

「ありがとうございますっ!」

「智絵里さんまで!?」

「じゃ、杏も~」

「ちょ、ちょっと!」

 三人から思い切り抱きつかれました。美少女達に囲まれてオジサンはタジタジです。暫くの間、身動きが取れずに固まりました。

 これはもう、合意と見てよろしいですね? と思ってしまいましたよ。ついついドキドキしてしまい自分を抑えるのが大変でした。

 

 なお余談ですが、ブレインズキャッスルはかな子ちゃん達が出演する直前に『筋肉でドン! マッスルキャッスル』という体力系バラエティー番組へリニューアルされたとのことでした。

 キャンディアイランドの皆さんの頑張りもあり、結果は引き分けでデビューCDのPR活動もできたので良かったですけど、企画変更をする際には前もって連絡すべきではないでしょうか。

 そしてリニューアルした番組で自分がとんでもない目に遭うなんて、この時の私には知る由もなかったのです……。

 

 

 

 

 

 

 




ご一読頂きありがとうございました。
マッスルキャッスル回は第四章で改めてご紹介しますので、暫くお待ち頂ければ幸いです。
また誤字報告をして頂きました読者の皆様、ありがとうございました。毎回とても助かっております。この場を借りて重ねてお礼申し上げます。
なお、次回は『RTA CX』回(問題回)になります。どうぞよろしくお願い致します。








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第40話 じゅうべえ再び

『ボーパルバニーは、ウサミンにとびかかった。3かいあたり、7のダメージ。ウサミンは、くびをはねられた!』

 モニター画面に表示されたメッセージを見た瞬間、音が爆発したように一瞬だけ広がります。気付くと手元のコントローラーが真っ二つに割れていました。

 

「はい、リセットで~す」

 やや投げやりにつぶやいた後、ファミコン互換機のリセットボタンを押します。今日は既に三回目のリセットなので撮影スタッフさん達の間にもシラーッとした空気が漂いました。

「コントローラーの交換をお願いしますね」

「はい、只今」

 そう言ってADの龍田(たつた)さんがスタイリッシュにコントローラーを交換します。

 

 彼は身分こそADですが、冷静沈着な態度とテキパキとした仕事ぶりが光るナイスガイのため私も一目置いています。クール過ぎるところもありますけど、きっと将来は出世するでしょう。

 最初こそあまり噛み合いませんでしたが、今や私とは阿吽(あうん)の呼吸であり収録中は我が手足となって働いてくれています。番組の名物ADであり視聴者からの人気も結構高いです。

 

 

 

 本日は私のレギュラー出演番組である『RTA CX』の収録日でした。

 この番組はテレビゲームのRTA(リアル・タイム・アタック)に焦点を当てており、毎回異なるゲームのRTAに私が挑戦し、長時間の収録時間内にクリアして最速記録を目指す『朱鷺の挑戦』をメイン企画にしたゲームバラエティーです。

 朱鷺の挑戦以外にも、ゲームクリエイターにインタビューしてゲーム製作の裏側に迫るコーナーやレトロなゲームセンターに行って遊ぶコーナー等もあります。ゲーム好きの私としてはとてもやり甲斐があって楽しいお仕事ですね。

 

 ちなみにRTAとは、 ゲームのプレイ開始からクリアまでに実際にかかった時間の短さを競うプレイスタイルのことを言います。実時間(リアルタイム)の短さを競うことから縮めてこう呼ばれます。

 セーブやリセットの時間や食事・休憩なども全て含めた、現実にかかった時間が計測の対象になるのでゲーム内の時間を計る通常のタイムアタックよりも過酷です。

 

 当初は月一の衛星放送でしたが、私のアドリブが利いたプレイングとキレながら毒を吐く様子がレトロゲーム世代のご年配方やナウなヤング達を中心に大受けしたらしく、今では隔週での放送に格上げされています。

 衝動的な怒りでコントローラーを破壊するところが特に人気で、今ではその回でコントローラーが何個破壊されるのかを予想する番組クイズまで出来ました。正解者の中から抽選で一名に、その回プレイしたゲームを私のサイン付きでプレゼントしています。

 別にわざと壊しているわけじゃないんですけど、やり直しが効かない収録の本番で即死攻撃等をされるとついやってしまうんですよ。

 

 今日私がプレイしているゲームはファミコン版『ウィザードリィⅠ 狂王の試練場』です。

 RPG(ロールプレイングゲーム)の発展に大きく貢献した傑作シリーズの第一弾で、あのドラゴンクエストシリーズやファイナルファンタジーシリーズのような家庭用大作RPGにも多大な影響を与えた超名作です。いつものクソゲー共と違い私も大好きなゲームです。

 

「では再走しま~す」

 先程はパーティーの一人が即死攻撃を喰らってしまいあえなく失敗となりましたので、改めて挑戦し直します。早速キャラクターメイキングを始めました。

 ウィザードリィの魅力の一つがキャラクターメイキングです。通常のRPGとは異なり、ウィザードリィには使用しなければならない固定キャラクターはいません。パーティーに加える仲間は自分で作るのです。ドラクエⅢの仲間システムの原型みたいなものでしょう。

 

 メイキングの際には名前、種族、性別、属性、職業を自分で設定します。パーティは最大六人で前衛と後衛に別れていますので、通常は前衛に戦士を配置し後衛に僧侶や魔術師等の支援役を配置するのがセオリーとなります。

 キャラにはコメットの皆の名前を付けましたが、六人パーティーだと二名分足りないので友紀さんと菜々さんのお名前をお借りしました。菜々さんはウサミン名義ですけどね。

 

「それにしてもさっきからウサミンは首を刎ねられすぎじゃないですか?」

「そうですね。先程で三人連続です」

 龍田さんが相槌(あいづち)を打ちました。

「しかも同じウサギにやられてますからねぇ……。同士討ちとは何とも不憫(ふびん)です」

 先程戦った敵────ボーパルバニーは可愛らしい外見に反し、驚異の跳躍力と素早さ、そして発達した門歯で人間の首を掻っ斬る残酷なモンスターです。全く心がぴょんぴょんしません。

 

「いざ鎌倉!」

 キャラメイクを終えて再びダンジョンに向かいます。ダンジョン内で何か良い出会いが待ってればいいなと思いましたが、出会ったのはまたも殺人ウサギの群れです。

「さあ、楽しい楽しい、運ゲーのお時間ですよ……」

 祈るのみですが当然の権利のようにウサミンが首を切られました。哀れナナ……。

 

 

 

「はい、それでは完走した感想ですが、ウサギは鍋にして食べてどうぞって感じでした。あと探索が楽しいゲームでRTAをしてはいけないです」

 その後数時間挑戦し、ようやくクリアとなりました。

「クリアタイムは58分12秒ですか。世界記録には遠く及びませんでしたが、完走優先ですから仕方ありません。今に始まったことでもないので気にしたら負けですね」

 私はRTAが好きなんじゃない、安全に完走するのが好きなんです。こんなことを言うとガチ勢から怒られてしまいますが、自分なりにベストを尽くして結果を出せばそれでいいんじゃないでしょうか。

 ナンバーワンじゃなくても特別なオンリーワンであればいいのです。前世でそんなことを歌っていた有名アイドルグループさんはとても残念な結果になってしまいましたけどね。ブラック事務所は怖いなぁ。

 

「七星さん、ここで一つ番組からご連絡があります」

「はい?」

 カメラがまだ回っている中、龍田さんが台本には書かれていないことを言い始めました。一体何でしょうか。

「次回ですが、『RTA CX』の特別編となります」

「特別編……ですか?」

「ええ。スマイル動画さんからオファーを頂きまして、次回は先方とコラボしプレイ風景をスマイル生放送でライブ配信します。その様子を編集し後日番組で放映させて頂きます」

 

 スマイル生放送──スマ生とは、スマイル動画という動画サイトが提供しているインターネットを利用したライブ配信サービスのことです。

 その話を聞いてこれマジ? と一瞬思考停止しました。だってコラボ先があのサイトですよ?

 匿名で動画投稿していた頃、『糞運営』『オワコン』『無駄に豪華な本社は爆破で』『鯖強化せず障害発生させる無能オブ無能』『超重いサイトを放置して誰得イベントをやるアホはクビだクビだクビだクビだ!』等の暴言を放った奴にコラボを仕掛けるとか正気の沙汰とは思えません。

 よほど器が大きいか馬鹿なのかの二択ですが、前者はありえないので後者で間違いないです。

 

「そして次回RTAに挑戦するのは七星さんだけではありません。とあるアイドル様にも同時に挑戦して頂きます」

「だ、誰ですか?」

 この苦行に挑戦するとは余程の命知らずなのでしょうか。

「それは当日まで秘密です。ですが七星さんもよくご存じの方ですよ」

「えぇ……」

 私と共にRTAをやるなんて何とも奇特な子です。しかし秘密にされている以上、確認の仕様がありません。

 

「……わかりました。それで次回プレイするソフトは何でしょうか」

 それが一番重要です。ストレスの溜まるソフトだと何を口走るかわかりませんから、走り易くてプレイ時間が短いものにして欲しいですね。

「次回挑戦するゲームはこちらです」

 後ろ手にして持っていた大きいロムカセットを手渡されます。とんでもなく嫌な予感がしたので恐る恐るタイトルを確認した瞬間、「げっ!」と呟いてしまいました。

 

「……マジですか?」

「はい。視聴者の皆様のリクエストが大変多かったので」

「皆さん精神状態おかしいですよ……。ていうか無理無理無理! 出来ない!」

「辛い試練を乗り越えてこその挑戦です。RTA走者なら、走らなければいけない時はどんなに辛くても走らねばならないのではないでしょうか」

「くっ……」

 二十歳そこそこの若造にマジレスされてしまうと返す言葉もありません。しかし私にとって因縁深いゲームとまた向き合うことになるとは思いませんでした。

 この忌まわしきソフト──『じゅうべえくえすと』と。

 

 

 

 じゅうべえくえすとは現バ○ダ○ナ○コから発売されたファミコン用のゲームソフトです。

 主人公の柳生十兵衛こと『じゅうべえ』と、その従者である『龍姫(りゅうひめ)』『ウルフ』『イワン』の四人が協力し、敵である魔界衆の野望を打ち砕くために摩訶不思議な戦国ワールドを大冒険します。

 システム的にはドラクエ等に(なら)ったオーソドックスなRPGになりますね。RPGの基本通り、敵を倒してお金を貯めて新しい装備を購入し、新たな仲間を見つけ出していく。そんなレトロゲームです。

 

 ちょっとだけ擁護しますが、通常プレイであればそこまで悪くはない作品です。

 全十章に及ぶ長編で遊び応えは十分であり、当時では珍しいどこでもセーブ機能搭載です。サウンドも結構良いですしレベルを上げて物理で殴ればそれなりに快適なので、このゲームが好きだと思う人がいても不思議ではありません。

 私も通常プレイではそこまでキレはしませんでした。まぁ、今の時代にあえてやる必要はないですけどね。

 しかし低レベル進行であり1秒を競うRTAの場合、とんでもない大問題児に変貌します。

 

 エンカウント(敵との遭遇)率が異常に高い、敵が滅茶苦茶強い上に攻撃魔法が効き難い、助っ人の仕様がストレスフル、長編のためプレイ時間が激烈に長い等々……問題点は枚挙に(いとま)がありません。

 前世にいらっしゃった偉大なRTA走者様が苦しみながらもプレイしていたので、私もヤホオクで買って挑戦しましたが危うく胃潰瘍になるところでした。全編に渡って酷い運ゲーなのでやはりヤバいです。

 動画編集して投稿したのはもう三年も前ですけど、それ以来押し入れの奥底に封印していました。その封印を解く日がやってこようとは思いませんでしたよ。

 まぁ、チャート(攻略手順)は完成していますので改めて調査しなくていいのは唯一の救いです。

 

 

 

 そんなこんなで収録当日になりました。

 収録自体はテレビ局内にあるいつもの小スタジオで行われますが、本日は通常の撮影スタッフさんに加えてスマ生の撮影スタッフさんや機材が入っています。本日は別のアイドルもRTAに挑戦するため、その隣の小スタジオもセッティングが行われていました。

 

「ふぅ……」

 時間が来るまで控室で待機することにします。ポケモンの孵化(ふか)厳選を黙々とやっているとノックの音が聞こえました。

「入っていいですよ。どうぞ~」と声を掛けると、恐る恐るドアが開きます。

 

「あの……おはよう、ございます」

「……智絵里、さん?」

 とても意外な方がそこにいらっしゃいました。あれっ、今ここにいるということはもしかして……。

「本日はよろしくお願いしますっ」

 そう言いながらペコリと頭を下げました。ああ、やっぱりです。

 じゅうべえくえすとの毒牙にかかるのは智絵里さんでした。

 

「私が言うのも何ですけど、何でこんな仕事受けちゃったんですか?」

 お互いメイクをしている最中、最大の疑問をぶつけてみました。

「あの、P(プロデューサー)さんが、地道にコツコツ頑張る私に向いている仕事じゃないかって……。だから思い切ってやってみることにしました……」

「仕事に前向きな姿勢は素晴らしいですけど、よりにもよってRTAは難易度が高いような……」

「……そうかも、しれないです。でも、どんなお仕事でも選ばれたからには頑張ろうって思えるんです。私、後で後悔するのは嫌だから……」

 相変わらずの真面目っぷりです。ここまでの固い決意がある以上、横から口は挟めません。

 

「今回のソフトはプレイされましたか?」

「朱鷺ちゃんが公開しているチャートを参考に、何回か挑戦してみました……」

「それならとりあえずは問題なさそうですね。本番だと緊張して思わぬミスをしてしまいますから、今回はまず完走することを第一に挑戦しましょう」

「完走できるように頑張ります……」

「何かあったらアドバイスをしますので、声をかけて下さいね」

「は、はい!」

「すいませ~ん! セット完了したのでよろしくお願いします~!」

 会話していると呼び出しがかかりました。自分のプレイよりも智絵里さんが無事に収録を乗り切れるかが本当に心配です。

 

 

 

 そしてライブ配信の時間になりました。

「はい、3・2・1……」

 龍田さんが合図を出します。画面の切り替わりを確認した後、言葉を発します。

「皆さん、こんにちは。『RTA CX』のお時間がやってまいりました。さて今回ですが、いつもとは趣向を変えスマイル生放送でライブ配信をしております。朱鷺の挑戦は毎回編集したものを放送し無編集版を別途動画サイトにアップロードしていますが、今回はスタートからエンディングまで配信でお届けしますので是非お楽しみ下さい♪」

 営業スマイルのまま深くお辞儀をしました。なお、スマ生ではユーザー達のコメントが流れる仕様となっていますので、早速『beam姉貴キター!』『RTA芸人』『世界最強姉貴』『リアル夜兎族』と言ったコメントの弾幕が張られています。

 

「七星さん、お疲れ様です。少しよろしいですか?」

「はい、龍田さん。何でしょう?」

「今回は折角の生放送です。一人で黙々と挑戦するのは少し寂しいかと思いますので、ゲストをお連れしました」

「そうなんですか。一体どなたか気になります!」

 当然智絵里さんですが、台本に書いてあった通りすっとぼけます。

 

「こ、こんにちは……!」

 すると智絵里さんがカメラの前に出てきます。とても緊張しているようで声が震えていました。

「あ、あの……。キャンディアイランドというユニットの緒方智絵里です……。本日は朱鷺ちゃんと一緒にRTAをさせて頂くことになりました。初めての挑戦なので上手く出来るかわかりませんが、よろしくお願いしますっ」

 そう言いながらカメラに一礼すると、『可愛い』『キュート』『天使』といったコメントが一斉に流れました。私が出た時にはそんなコメントは一切なかったんですけど、システム障害でも起きているのでしょうか。

 

「そして今回お二人にプレイして頂くソフトはこちらです」

 じゅうべえくえすとがドアップで映し出され、ゲームの紹介VTRが流れます。すると画面が見えなくなるくらい草が生い茂りました。貴方達本当にそれ大好きですね。そんなに好きなら自分でプレイしてはいかがでしょうか。

「今回はお二人の対決という形になります。緒方さんには別室で挑戦頂きますが、そちらの様子も別枠で中継しますのでお楽しみ下さい」

「はいっ! ふつつか者ですが、頑張ります……」

 

「ところで七星さん。対決ですが、緒方さんは初心者ですからハンデが必要だと思います」

「RTAでハンデって意味がわかりませんけど……」

 龍田さんが台本外のことを口にしました。1秒でも早くゴールする競技なのにハンデとはこれ如何に。

「では縛りプレイのRTAということでどうでしょうか。今回の収録に限り一つだけ制限を設けさせてもらえると、盛り上がりもアップするはずです」

「……別にいいですよ。その制限とは何ですか?」

 番組としてそういう指示であれば従います。私としては制限の中でベストを尽くして結果を出すだけですから何も変わりません。

 

「では、縛りの条件をこちらにまとめました。第七章に入ったら開封して下さい」

 便箋を差し出されたので受け取ります。中には紙が一枚入っていました。

「それまでは普通プレイでいいんですか?」

「はい。第七章限定の縛りですのでよろしくお願いします」

 何だかよくわかりませんが、まぁいいです。どうせ後でわかることですしね。

 

 

 

 

 智絵里さんと別れてモニターの前に陣取ります。前置きが長くなってしまいましたが、いよいよスタートです。

「それでは、『RTA CX』スイッチ、オン!」

 そのままファミコン互換機の電源を入れました。さぁ、ここからは修羅道です。長丁場になりますので腰を落ち着けてプレイしていきましょう。

 

「智絵里さんも用意できましたか?」

「は、はい!」

 机上にはゲーム画面用のモニターと私の配信を映すモニター、そして智絵里さんの配信を映すモニターが三つ並んでいます。配信越しに声をかけるとやや焦った返事が返ってきました。

「スタートボタンを押したら計測開始なので一緒に押しましょうか。はい、よーいスタート」

 こうして私と智絵里さんの過酷な挑戦が幕を開けました。

 

「まずは主人公の名前入力です。じゅうべえのままでもいいんですが、ここは入力時間を考慮して『ほも』にします。いつも言っていますけど同性愛者の方を貶める意図は全くありませんのでその点はご理解願います。昔は男色が普通ですから大丈夫大丈夫、ヘーキヘーキ」

 最近は人権問題とか色々とうるさいですからね。ならこの名前自体止めろよと思われるでしょうが、前世から付けられていた大変伝統ある名前なので仕方がないのです。

 

「まずオープニングの紹介です。空から降ってきたじゅうべえ(現在はほも)は柳生さんに拾われ育てられました。その後お父さんから、最近発生している物騒な事件を解決してこいと言われ家を追い出されましたとさ。ゲームの世界でもニートへの風当たりは強いようですねぇ」

 そして家宝の刀を渡されました。実家を家探しした後、外に出ます。

「それでは始めま~す」

 一の巻(第一章)のタイトルが出たので呟きます。

 

「ひなびた田舎町に用はないので早く外に出ましょう」

 実家がある村から外に出ようとします。すると出口では女性が暴漢に襲われているので助けに入りました。

 戦闘画面に入り攻撃をすると暴漢が倒れます。家宝の名刀を装備していますから当然ですが、助けた女性に刀を奪われてしまいました。二人共、敵の組織の構成員だったようです。

 当然知っているので特に気にせず村外に出ると、ワールドマップに切り替わりました。

 

「ではセーブ歩きに入ります。エンカウント率が激烈に高いですからね。仕方ないですね」

 どこでもセーブ機能でセーブした後、数歩歩いてまたセーブ。これをただひたすら繰り返します。装備がない今の状態だとザコ敵すらまともに倒せないので、次の町へ辿り着くまでこの調子です。当然、エンカウントして逃げられなかったら即リセットです。

 するとコメント欄が『じゅうべえウォーク』で埋まりました。まぁ、盛り上がるのも今くらいです。最終章までこの動きは続きますから絶対に途中で飽きます。

 

 宝を回収しながら尾張の町に着きました。道中は三リセくらいで済みましたから今日は運がいい方でしょう。

「尾張に着きました。尾張なのに最初の町とは中々高度なギャグです」

 そんなことを呟きながら拾得物を横領し、実家から持ち出した物品を道具屋で売却しました。そして回復薬と武器防具を購入してからレベル上げに入ります。

 

「おっ、早速しろぼうずくんです。三匹組は経験値的にうま(あじ)ですねぇ」

 てるてる坊主みたいな格好をした、この辺りで一番の雑魚を狩っていきます。このゲームは敵の強さと経験値が比例していないというレトロゲー特有のガバガバランスなので、倒しやすくて経験値を多く持っている敵を集中狙いするのがセオリーです。

「貴方達のことが好きだったんですよ!」

 やや苦戦しながらも何とか倒すことができたので、またセーブして雑魚狩りを続けます。延々これの繰り返しです。この時点でもう止めたくなってきています。

 

 するとレベルが2になったので先に進むことにしました。洞窟っぽいところに入って、中ボスのおおなまずくんを退治します。

「ナマズってちゃんと泥抜きしてあげれば結構美味しいんですよねぇ。私も昔食べ物がない時はよく捕まえてましたっけ……」

 前世では何回かお命を頂きましたので供養の気持ちを込めて倒しました。するとキーアイテムであるコスモトロンを渡されます。これを集めるのが当面の目的になります。

 

「わーい! でぐちら」

 そして洞窟の反対側から外に出ます。再びフィールドマップに切り替わりました。

「さて、ここから先は物凄いクソ作業が始まります。視聴者の皆様が何人付いてこられるか見ものですよ。フフフ……」

 愚痴を漏らすと『もう(クソ作業が)始まってる!』というコメントが一斉に流れたのでつい笑ってしまいました。視聴者ツッコミ型RTAというのも中々面白いですね。

 

 

 

 その後は昔のRPGによく見られるお使いが延々と繰り広げられましたので割愛します。見どころさんは何もないですからしょうがないですね。

 案の定結構な数の視聴者が振り落とされましたが、それでもコメントは全く絶えていません。人が少なければ多少ガバっても目立たないのでもっと減って欲しいです。

 進捗(しんちょく)としては第三章の終わり頃で、従者の龍姫とシロがやっと仲間になったところです。これから悪夢の運ゲーに挑むので胃が痛いところですけど……。

 そういえば智絵里さんは大丈夫でしょうか。自分のプレイに集中していたため、あちらをよく見ていませんでした。

 

「智絵里さん、大丈夫ですか? ちゃんと生きてますか~?」

「だ、大丈夫ですっ!」

「進み具合はどうでしょう。三章の中盤くらいには行きましたか?」

「ええと……。さっき四章に入りました」

 ん? 今なんて?

「ほ、本当に四章なんですか?」

「はい。思ったよりも敵の子達と出会わなかったので順調、です……」

「……そうですか、引き続き頑張って下さい」

「わかりました」

 

 これはまずい。

 RTA初心者に完全に先を越されているじゃないですか! この道約七年のプロとして、ポッと出の智絵里さんに負けたら立つ瀬がありません。『初心者に負けるRTA走者の屑』としてネタにされるに決まってますよ。

 こうなったら本気を出して好記録を狙わざるをえないようです!

 

 急いで次の町に向かいましたがエンカウント地獄が私の行く手を阻みます。

「こういう事をされるとね、ゲームにならないんですよ!」

 急いでる時に限ってエンカウント率を激烈に高くするのやめロッテ!

 それでも何とか門司(もじ)の町に着くと港を塞いでいた障害物を取り払いました。そして道具屋で鉄パイプを五本購入します。先程一本拾ったので計六本になりました。

 

「カモン源内! 早くミサイルポッドを作るのです!」

 そう叫んで助っ人の源内を呼び出します。このゲームには助っ人と呼ばれるサポートキャラが居ます。彼らにはそれぞれ特殊能力があり、源内はアイテムを他のアイテムに変換するという能力を持っています。

 これから必要となるミサイルポッドは攻撃アイテム中二番目の破壊力を誇る大量破壊兵器です。これは鉄パイプから変換が可能なので、この機に六本まとめて変換するという作戦でした。

「Vやねん!」と必勝祈願の言葉を呟きつつボタンを押します。

 すると『トホホ…失敗じゃ…』という無情なメッセージが流れました。

 

「どこがVやねん!」

 勢い良く叫んでリセットしました。ロードして成功するまでチャレンジです。

 そう、これこそがじゅうべえくえすとRTAの最大の問題点────クソ変換リセゲー地獄です。アイテムを一つ変換するだけで多大な時間を浪費してしまうという大問題児です。

 しかも結果は超クッソ激烈に偏るため、連続で成功することもあれば失敗することもあるという素敵仕様となってます。だからこのクソゲーを再走するのは嫌だったんですよ!

 智絵里さんに差をつけられている以上、速やかに変換をしなければいけないのにこの仕打ちは酷いですが、今は前進するしかありません。ユクゾー!

 

『トホホ…失敗じゃ…』

 三十回目の失敗メッセージを目にした後、けたたましい破裂音と共に手元のコントローラーが粉々になりました。龍田さんが颯爽と現れて原型が無くなったコントローラーをテキパキと交換していきます。

 なお、コメント欄はサバンナ並みの大草原になっていました。ロクな視聴者が居ませんね、この配信。

 

「あのさぁ……二十回連続失敗は流石におかしくないですか?」

「成功確率は24%ですので、そういうことも稀によくあるかと」

「こんなんじゃRTAになんないですよ~……」

「それでも我々は前に進むしかありません。前進しようとする意志さえあれば、いずれ道は(ひら)けるのではないでしょうか」

「……わかりましたって」

 渋々再開します。この子、妙に悟ったようなことを言うんですよねぇ。これがさとり世代というやつですか。小癪な。

 すると次からは四連続で成功しました。だから偏り過ぎですって!

 

 

 

 その後もプレイし続けましたが、智絵里さんとの差は埋まるどころか少しづつ開いていきました。というか彼女、私の作成したチャートを改良して最適化していたのです。しかも安定を犠牲にしたガン攻めチャートです。

 虫も殺さない純真無垢な感じなのにあの攻めっぷりとは……智絵里、恐ろしい子!

 しかしあれだけハイリスクなチャートですからどこかで崩れるに違いありません。その時逆転できるようにこちらもミスなくコツコツ進めて行きましょう。

 なお、現時点でコントローラーが三個お亡くなりになっています。その事実だけでこのRTAのクソっぷりがよくわかると思います。

 

 そしていよいよ七章になりました。たしかこの章はハンデがあるんでしたよね。正直私がハンデを貰いたいですが、今更言っても仕方ないので封筒を開けます。

「ぷっ!」

 入っていた紙に書かれている文字を見て思わず吹き出しました。するとコメント欄が『何だ何だ?』と騒ぎ出します。

「ハンデの内容ですが、こちらです」

 龍田さんが華麗な動作で紙をカメラに向けます。

 そこには『一度メガトンコインを持ったまま氷の橋を渡る』と書かれていました。

 すると『メガトンコイン』『パワースポット』『そのためのじゅうべえ』『伝説再び』『神回』と言ったコメントや草で画面が埋め尽くされます。

 

「覚悟は出来ているんでしょうねぇ……」

 龍田さんをキッと睨みつけましたが、奴は至って平然としています。

「馬鹿じゃないんですか? 死んだらいいんじゃないんですか?」

「初心者に対する配慮ですので、ご理解とご協力をお願いします」

 立方体の空間が不穏な空気に満ち(あふ)れました。

「ケンカをお売りになっています? それとも貴方の頭蓋骨内部はメイクミラクルなんですか?」

「いえ。私が見込んだ(おとこ)ならばこれくらいの苦難は乗り越えられる。そう思っているだけです」

「アイムギャ~ル、アイムギャ~ルナ~ウ!」

 煽っても平然とスルーしやがりました。煽り耐性たけーなオイ。

 

 泣く泣く諦めて指示通り進めることにします。最後の従者であるイワンを仲間に加えて、七章のボス城である氷結城に向かいました。もちろん入口の宝箱に入っているメガトンコインを持ったまま進みます。

 畜生にも劣るダンジョンギミックやエンカウントに耐えながら、先へ先へと急ぎました。道すがら以前私が投稿したRTA動画を見ていない人向けに解説をしていきます。

 

「え~メガトンコインとは、名前の表すように非常に重量があるコインです。その重量のため、これを所持したまま隣の塔に渡る氷の橋を通ると……」

 実際に氷の橋を渡って行きました。すると中腹で異変が起きます。

「……こうなるわけです」

 橋が壊れ、ほも一行は哀れにも自由落下していきます。

 その瞬間コメントが勢い良く乱れ咲きました。草の量もサバンナを超えてジャングル状態です。

 

 元々のチャートでは、メガトンコインは入手後に町で売り払ってから再突入する予定でした。ですが前回RTAに挑戦した際、ついつい売り忘れて今回同様フリーフォール状態になったのです。

 その行動がRTAとしてあまりにもアレだったため、以降メガトンコイン=私のガバガバなプレイングと揶揄(やゆ)されるようになりました。だってあのミスのリカバーのためだけにクソゲーの再走は絶対にしたくなかったんですもん。

 

 私が尊敬するRTA走者様も同様のミスをされておりその時は爆笑していたのですが、まさか自分が同じミスをするとは思いませんでした。前世に戻り腹を切ってお詫びしたいです。

 前世ではあの御方のプレイングをガバガバと非難する人もいましたが、一般人と比べたら遥かに早いですしチャートも綿密ですから本当に凄いんですよ。ただ運とコントローラーが腐っているだけなんです。自分でRTAをやってみてそのことが身に沁みてわかりました。

「こ、今回はこういう縛りだからっ! ガバプレイじゃないんだからねっ!」

 顔が超熱いです。いや~もう十分堪能しましたよ……。

 

 ロードしてメガトンコインを捨ててからこの章のボスであるダルマ大師くんに挑みます。

 小学生が書いた雪だるまの絵のような幼稚なキャラデザですが、即死パンチを放つ豪腕ボクサーです。術で昏睡させなければ勝負にすらなりませんのでひたすら祈るのみ。

「……ダメみたいですね」

 2ターン目も術は不発でした。幕之内一歩並みの強力な拳であえなくほもがブチ殺されましたのでロードしてやり直しです。

「すみませ~ん、七星ですけど~。ま~だ時間かかりそうですかね~?」

 結局六連敗しました。智絵里さんは一発で難なくクリアしていたんですけど、この差は何なのでしょうか。ちなみにこの時点で軽く15分は差をつけられています。

 

 メガトンコインで負った心の傷がどんどん開いたためか、その後もタイムはお通夜でした。

 それでも何とか頑張ってラスボスまで辿り着くことができたのです。既に8時間経過していますので、大分意識が朦朧(もうろう)としています。何を呟いているのか自分でもよく分かりません。

「……では、ラスボスのマインマスター戦です。朱鷺、行きまーす!」

 精一杯の元気を振り絞り、巨大ロボっぽいラスボスに特攻しました。ラスボス戦では最高火力の攻撃アイテムであるフルメタルボムをいかにぶちこむかが重要になります。

 

「ヒャッハー! 汚物は消毒だ~~!」

 景気のいい雄叫びとともにフルメタルボムを投げ込んでいきますが、運が悪いことに超高火力の単体攻撃を連続して喰らったため既にパーティはボロボロです。味方全体が自動蘇生するアイテムもありますが、この状態では蘇生してもジリ貧ですから無言でリセットしました。

 当然、コントローラーは塵と滅しています。

 

「……これ私が直接戦った方が早く終わりませんか?」

 そう呟くと『せやな』『せやせや』『そうだよ』『当たり前だよなぁ?』というコメントが一斉に流れました。多分1分以内に消滅させられると思うんですけど。

 結局三回目のトライで何とか撃破に成功しました。

 ……どう見ても普通プレイです。本当にありがとうございました。

 

 

 

 二人共挑戦が終わったので、私のいる小スタジオの方に集合します。

「七星さん、緒方さん、長時間お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

「は、はいっ! お疲れ様でした!」

 何とか営業スマイルを維持して会釈します。お仕事モードのおかげで冷静を保っていますが、内心は激おこぷんぷん丸です。このゲームの製作者共に小一時間説教したい。

 

「完走おめでとうございます。まずは走り終わっての感想を頂きたいと思います。それでは七星さんからお願いします」

「……はい。完走した感想ですが、私はゲームが上手くありません。これだけははっきりと真実を伝えたかった」

 クドクド言い訳するつもりはありませんので、シンプルに反省の弁を述べます。すると『知ってた』というコメントが配信画面を覆いました。……ちくせう。

 

「七星さんの記録は8時間24分52秒でした。以前投稿された動画の記録より僅かに早いので十分健闘されたと思います。破壊したコントローラーは七個で、こちらは番組新記録ですね」

 龍田さんのフォローが心に刺さります。こんな有様で同情されるならかえって罵倒された方が気が楽ですよ。そして不名誉な破壊記録は闇に葬りたいです。

 

「一方、緒方さんの記録は7時間59分35秒でした。8時間切りということで素晴らしい記録だと思いますが感想はいかがでしょうか」

「えっと……。朱鷺ちゃんが公開しているチャートを少し変更しただけなので、朱鷺ちゃんが凄いんだと思います……。それにチャートを変更する際には、杏ちゃんがアドバイスしてくれたので……。あと練習中はかな子ちゃんに美味しいお菓子で応援してもらえました。だから、この記録はみんなで出した記録なんだと思います」

 

 恥ずかしがりながらもしっかりと感想を述べました。私のフォローまでしてくれるなんて、この子は天使の生まれ変わりではないでしょうか……。

 配信画面にも『人間の(かがみ)』『アイドルの鑑』『大天使』『チエリエル』といった賛辞のコメントが続々と表示されました。私としては非常に不本意な結果でしたが、今回のRTAを通じて智絵里さんの魅力が少しでも伝わったのであればそれはそれで良かったかもしれません。

 

「それでは今回の特別編は以上となります。長時間のご視聴、ありがとうございました」

「皆さん、ありがとうございましたっ」

 カメラに手を振って収録を終えます。もう二度とじゅうべえくえすとはやらないと、心の中で固く誓いました。

 

 

 

 結局この配信の視聴者数はかなり多かったようで、スマ生の記録になったそうです。番組も非常に好評で、今後も不定期でコラボ放送することになりました。こういう回もたまには悪くないですが、せめてプレイするソフトはこちらで選ばせて欲しいですね。

 

 ちなみにこの回以降、私のファンの間では『ヒャッハー!』という言葉が挨拶として広く使われるようになりました。

 着々と世紀末化が進行しているのですけど、誰か止めて頂けないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご一読頂きありがとうございました。
本話執筆の参考として死ぬ思いで同ソフトのRTAを走りました(疲労困憊)。
なお、以下の動画も参考にさせて頂いたため参考文献(動画)として記載致します。但し紹介のリンクを貼るのは控えるようハーメルン様のFAQにありましたので、申し訳ありませんがそちらは割愛させて頂きます。
biim 様(2013) ニコニコ動画「じゅうべえくえすとRTA_8時間24分51秒_Part1/12~12/12」 sm22519361他(参照2017-2-25)






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第41話 アイドル格付けチェック

「これが最後の勝負ですよッ! 馬鹿野郎お前私は勝つぞお前!」

 泣きの一回で十連ガチャを回しました。するとスマホの画面内に地味~な演出が表示されます。結果は……レア九枚に確定SRが一枚ですか。……つまりはドブ(外れ)決定です。

「てめえらの血は何色だーっ‼」

 壊さないように最大限の配慮をしつつ、スマホをベッド目掛けブン投げました。そのまま横になり涙目でふて寝します。

 

「世の中クソですね……」

 呟き声がシーンと静まり返った自室に響きました。最近始めたグランブレードファンタジーというソーシャルゲームの課金ガチャに挑戦したものの、つい熱中してしまい三十分で五万円も飲み込まれたのです。

 結果はお察しの通りでした。やはり致命的に運が悪い私と課金ガチャとの相性は最悪なようです。うん、知ってた。

 

「お風呂でも入ってさっぱりしましょうか……」

 立ち上がってふらふらと浴室に向かおうとすると、さっき投げたスマホから着信音が流れました。確認したところ電話の相手は犬神P(プロデューサー)です。こういう落ち込んだ時に電話してくるなんて本当に空気が読めない奴ですね!

 無視したいですが仕事の連絡だとまずいのでやむなく出ます。

 

「もしもし、七星さん?」

「ただいまお掛けになった現役美少女JCアイドルは現在留守にしております。ご用件のある方は発信音の後、味噌汁で顔を洗って出直して下さい。ピー」

「いや、いるじゃないか! それに自分で美少女って……」

「何ですかそのやる気のないツッコミは。貴方それでも芸人ですか! そんなんじゃM-1王者なんて夢のまた夢ですよ!」

「いつから俺は漫才師になったんだよ!」

「JC的な軽いジョークです。それで要件は何ですか? つまらない内容でしたら処しますけど」

 ドスを効かせて問い詰めると、やや上ずった声で返事が返ってきます。

 

「実はさっき地上波テレビの仕事が取れてね。早速知らせようと思ったんだよ」

「そんな大事な話なら早く言って下さい。仕事の遅い男はこれだから駄目ですね」

「君は基本的に俺の話を聞いてないよなぁ……」

「それでどんな番組なんですか? テレビ出演と言ってもこの間の『パイクVSシールド』みたいなお仕事はもう御免ですよ」

「……あれはちゃんと謝っただろう。広告代理店のお偉いさんからの指名だから流石に断れなかったんだって」

「それをどうにかするのがPの腕の見せどころじゃないですか」

「そんな無茶な……」

 体力系のお仕事は子供達が楽しんでくれるので口で言うほど嫌ではありませんが、そんなことをコイツに話したらそればかり持ってきますから釘を刺しておかなければいけません。

 

 パイクVSシールドは矛盾という故事にちなみ、相反する『絶対に○○なもの』同士を戦わせて決着をつけるというバラエティ番組です。

 ちなみに私が出た回は『どんなものでも絶対に破壊するアイドルVSどんな攻撃でも絶対に破壊できない金属』というテーマでした。なんとか超硬合金という非常に硬い金属だったそうですが、北斗有情断迅拳(ほくとうじょうだんじんけん)であっさり真っ二つに切断したため対戦相手のメーカーさんには申し訳ないことをしてしまいました。

 私としても不本意でしたけど、わざと手を抜いてやらせをする訳にはいかないので仕方がなかったのです。でも私の力を参考にしてもっと硬い金属を作って見せると燃えていたので、あれはあれでよかったのかもしれません。やはり日本の技術者は凄いですよ。

 

「放映後は私のイメージが更に悪化してしまいましたからねぇ。潔く切腹して責任を取って頂きたいです」

「でもあの回は番組歴代一位の視聴率だったじゃないか! それだけ七星さんが世間に注目されているってことだよ。しっかり数字を持っているんだから、そのうち清純派アイドルとしても認められるはずさ!」

「そ、そうですかね……?」

「ああ! ところで次の仕事だけど、あの『アイドル格付けチェック』に輿水さんとのチームで出演することに決まったんだ。『(デコ)レーション』の子達も同じ回に出ることになったから、一緒に頑張って来て欲しい」

「ほう……やりますねぇ!」

「俺もやる時はやる男だからな! 七星さんも346プロダクションを代表して活躍してきてくれよ」

「任せて下さい。一流アイドルの真の実力を見せつけてあげます」

 お互い上機嫌で電話を切りました。アレもたまには役に立つことがあるんですね。

 

 

 

 アイドル格付けチェックとは『高級品(またはプロ)』と『安価品(または素人)』を見分ける問題に挑戦し、その正解数に応じて最終的なランクを決めるというバラエティ番組です。

 最初は『一流アイドル』からスタートし、不正解の度に『普通アイドル』『二流アイドル』『三流アイドル』『そっくりさん』とランクが下がっていき、最後には『映す価値なし』としてテレビの画面にすら映してもらえなくなってしまうという過酷な企画です。

 

 なお、番組名の通り出演者は現役のアイドルに限定されます。346プロダクションのバラエティ事業部が手がけている番組なので当初はウチのアイドルしか出演していませんでしたが、他事務所のアイドルも出して欲しいとの要望が非常に強く寄せられたため、今では765プロダクション等のアイドルにも出演頂いています。

 

 他のプロダクションのアイドルも出演するので事務所間の対抗戦という側面もあるようです。346プロダクションは制作側ということで出演枠を二つ頂いていますが、その分どちらかは好成績を残さないといけないというプレッシャーがかかります。

 ですが人生経験の長い私にとって敵ではないでしょう。一流アイドルを死守して、体力馬鹿や脳筋、近所のゲームが下手なお姉ちゃんといった汚名をこの機に返上してやるのです。

 しかし凸レーションも出演するとは思ってもいませんでした。流石武内Pだけあり、事務所内に太いパイプがあるようです。

 

 凸レーションはきらりさん、莉嘉ちゃん、みりあちゃんの三人から成る、シンデレラプロジェクト五組目のユニットです。プロジェクトメンバーのうち特に長身のきらりさんと年少組の二人という構成で、凸レーションの凸は『三人並ぶと身長的に凸凹(デコボコ)していること』『年齢的にも凸凹していること』が由来のようです。

 きらりさんは杏さんと組むと思っていたのでこの組み合わせは意外でしたが、気配り屋なきらりさんと実は鋭くて頼りになる杏さんを敢えて分けることでそれぞれのユニットの安定化を図る意図があるのではないかと勝手に想像しています。

 彼女達は初のテレビ出演なので私と幸子ちゃんでしっかりフォローしてあげなければいけません。忙しくなりますが頑張りましょう。

 

 

 

 そして瞬く間に収録当日になりました。かなり余裕をもって収録スタジオ入りします。

 幸子ちゃんは前の仕事が押しているらしく到着は開始直前になるそうなので、代わりに楽屋挨拶に行くことにしました。

 世間でもよく言われている通り、芸能界では本番前に先輩の楽屋へ挨拶をして周ることが習慣化されています。346プロダクションはその辺結構ゆるゆるですが、今日は他事務所のアイドルの方もいらっしゃいますので宮内的な庁御用達(ごようたし)の高級な和菓子を持参しています。

 正直面倒ではありますが、郷に入っては郷に従えといいますから仕方ありません。

 

 そのまま一番奥の控室前に移動しました。楽屋貼りを見ると『765プロダクション 四条貴音(しじょうたかね)菊地真(きくちまこと)』と書かれています。

「失礼します」

 今日の出演者の中で一番の大物なので、ノックは略式の三回ではなく国際標準のルール通り四回しっかりとやりました。すると「どうぞ、お入り下さい」という返事が返ってきたので恐る恐るドアを開けます。

 

 室内には銀髪で高貴な感じの美女とショートカットでボーイッシュな感じの女の子がいました。ボーイッシュな子は何だか緊張した面持ちです。

「初めまして。346プロダクションのアイドルユニット──『コメット』の七星朱鷺と申します。同じチームの輿水幸子さんはお仕事中のため私だけでご挨拶に伺いました。本日は番組をご一緒させて頂きますので、何卒(なにとぞ)よろしくお願いします」

 何とか噛まずに言い終わるとそのまま営業スマイルで最敬礼します。大物には媚びて媚びて媚び続ける。これが私のビジネススタイルです。誰にも文句は言わせません。

 

「これはご丁寧に。(わたくし)は四条貴音と申します。故あってトップアイドルの座を目指し、日夜レッスンに励んでおります。どうか幾久しく、よろしくお願い致します」

 四条さんが優雅に一礼しました。テレビで見た通り本当にお綺麗な方です。ですが私としては、彼女に対して別の意味で憧れを持っているのです。

「『生っすか!? サンデー』内のラーメン探訪のコーナーは全て視聴させて頂きました。ラーメンへの真摯な態度と強い情熱には心から敬服します」

 以前菜々さんにお借りしたDVDに彼女が担当していたラーメンの食レポのコーナーがありました。当初はどうせにわかやろと思っていたのですが、豊かな表現力と鋭い視点が私の心を捉えたのです。それ以来彼女のファンになりました。

 

「まぁ、ありがとうございます。貴女もらぁめんがお好きなのですか?」

「はい! もしよろしければおすすめのお店を教えてもらえると嬉しいです!」

「ええ、いいですよ。収録が終わりましたら、じっくり語り合いましょう」

「ありがとうございます!」

 憧れの方を前にしてつい舞い上がってしまいました。もっと自重しなければいけませんね。

 

「ボクは菊地真っ! 一応言っておくけど、ボクは正真正銘の女の子だからね? 勘違いしたら駄目だよ!」

「承知しています。こんなに可愛い方を男の子と勘違いする訳ありませんもの」

「ほ、本当!? 可愛い?」

「はい。とっても可愛いですよ」

「へ、へへっ!」

 照れた感じで上機嫌になりました。ボーイッシュな王子様キャラで売ってはいますが、実のところ女の子扱いされたい乙女だと言うことは事前にリサーチ済みです。

 まぁ、調べなくても発する気が女性のものですから間違える訳ないんですけどね。

 

 明るい表情をしていた菊地さんですが、直ぐに緊張した面持ちに戻ってしまいました。

「どうされました? 体調でも悪いのですか?」

「いや、そうじゃないんだけどさ。今日の収録が憂鬱で……」

「そういえば四条さんとペアですものね……」

「……うん。間違えられないと思うと胃が痛くって」

 

 四条さんは他事務所解禁後の初登場以来、ほぼ毎回出演していながらチームメイトも含め一度のミスもなく三十六問連続正解し、常に『一流アイドル』の称号を守り続けています。正にミスパーフェクト、真の一流アイドルと言えます。

 その分チームメイトにかかるプレッシャーはとんでもないものになります。前回ぺアで出演した萩原雪歩(はぎわらゆきほ)さんなんて最初から最後まで真っ青でしたもん。あれは見ててかなり気の毒でした。

 

「盛者必衰の理という言葉の通り、いつまでも勝ち続けられる者はいません。真は真の力を発揮すれば良いのです。その道がどのような結果に終わろうとも、私はそれで満足なのですよ」

「でも、みんなが繋いでくれたバトンだからここで終わらせたくない。だから、ボクは頑張る!」

「……ありがとう、真」

 二人がしっかりと手を繋ぎます。噂通り、765プロダクションのアイドル達はとても強い絆で結ばれているようですね。私達も見習わなければいけません。

 

 

 

 再度一礼して765プロダクションの楽屋を後にし、次の楽屋に向かいました。

 楽屋貼りには『876プロダクション 日高愛(ひだかあい)水谷絵理(みずたにえり)秋月涼(あきづきりょう)』と書かれています。どちらかといえば弱小の事務所ですが、今日収録に参加する子達は各方面で活躍している売れっ子なので油断はできません。

 

 ノックをして許可を得てから入室しました。

 先ほどと同じように挨拶をします。三人のうち二人は以前ITACHIに出演した際にお見かけしたことがありますが、ショートなボブカットヘアの子とお会いするのは初めてでした。

 

「日高愛です! よろしくお願いしますっ! えへへっ、ITACHIの収録ぶりだねっ!」

「……おはようございます。水谷絵理です。この間は、お疲れ様でした」

 日高さんと水谷さんから返事が返ってきました。

「私のこと覚えてくれていたんですか?」

「当たり前だよ! だってあの動きは二度と忘れられないもん!」

 

 ああ、そういうことですか。確かにあの時は滅茶苦茶なムーブをかましましたから、強く印象に残っても不思議ではありません。個人的には蒸し返して欲しくないですけど。

「……どうしたの?」

「い、いえ。何でもないですよ、何でも」

 二人の記憶を抹消しようかという考えが一瞬よぎりましたが打ち消しました。消したところで映像には残っていますから意味ないですもんね。

 

「初めまして、秋月涼です。今日はよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」

 少し落ち込んでいるとボブカットヘアの子から声を掛けられました。物腰が柔らかくて落ち着いた感じの女の子です。

 あれ? でもこの違和感は何でしょう? この子の気の流れはどう考えても……。

 

「でも今日は残念! 体力系のバラエティなら七星さんの活躍が見れたのに!」

 私の思考は日高さんの大声で搔き消されました。

「あ、あの時は非常事態でしたけど、私は本来清純派アイドルなので体力仕事はあまり受けないんですよ」

「そう、なの? 何か、もったいない……」

「……でも、その気持ちわかるな。やりたいこととやっていることが違うのって結構大変だし」

 秋月さんが感慨深げに呟きます。若いのにかなり苦労してそうな印象を受けました。

 

 その後少しお喋りして楽屋を後にします。

 秋月さんについてはちょっと気にかかることがありましたが、きっと私の勘違いでしょう。あんなに可愛い子が男の子のはずがないですもん。

 

 

 

 その後は他プロダクションの楽屋や、番組の司会を担当している天然系アイドルの十時愛梨(とときあいり)さんと瑞樹さんの楽屋を回りました。営業をやっていた頃の年末年始の挨拶回りを思い出してしまいましたよ。

 最後は凸レーションの楽屋です。日頃から交流が多いのでそこまで気を遣わなくていいから楽ですね。軽くノックをしてから楽屋内に入りました。

 

「おはようございます。皆さん今日はよろしくお願いします」

「あっ、朱鷺ちゃんだ! 今日はよろしくね~☆」 

「みりあ、テレビに出るの初めてだから楽しみっ!」

 莉嘉ちゃんとみりあちゃんが元気よく返事をします。

 

「……あれ、きらりさんは?」

 彼女の姿が見えかったので訊いてみました。

「きらりちゃんならさっきおトイレに行ったよ」

「ああ、そうなんですか」 

 遅刻や体調不良ではなくて幸いでした。初めてのテレビ出演だと緊張し過ぎて体調を崩してしまう方が結構いるんですよ。その点、眼前ではしゃぐ二人は心配なさそうです。

 

「お二人とも緊張し過ぎていないようで良かったです」

「え~! だってテレビに出られるんだよ? ちょー楽しみ過ぎて緊張なんてどこかいっちゃったって☆」

「うんっ! アイドルってすごいねっ。毎日ちがったコト、できるんだもんっ♪」

 ふふっ。どうやら私の小賢しいフォローなんて必要なかったようです。今のままの自然体なら彼女達の魅力は十二分に伝わるに違いありません。天真爛漫さが何よりの売りですからね。

「収録中にわからないことがあったら何でも訊いて下さい」

「は~い☆」

「えへへっ! ありがとう、朱鷺ちゃん!」

 そのまま少し雑談して楽屋を後にしました。これで挨拶回りは無事完了です。

 

 

 

 撮影準備が整いましたので収録現場である大スタジオに移動します。他のアイドル達と同じくひな壇っぽい席に座っていると、幸子ちゃんが息を切らせながら駆け足でやって来ました。

「おはようございます」

「お、おはようございます、朱鷺さん。なんとか間に合いましたか……」

「はい。私も一安心です」

「いや~売れっ子は辛いですねぇ~……!」

 ぼやきながらも充実した表情です。彼女も私と似てワーカホリック気味なのでした。

 

 そんなことを思っていると収録が始まります。

「アイドル格付けチェック!」

「始まりま~す!」

 瑞樹さんと愛梨さんの掛け声に合わせて拍手をしました。他のバラエティ番組の司会も担当している安定コンビらしい慣れた感じで進行していきます。

 

「今日もステキな一流アイドル達が集まっているわね!」

「そうですねぇ、『今の間は』一流ですけど~」

「ではこれから、一流アイドルならわかって当然の物をチェックさせて頂くわ。問題は高い物か安い物か、またはプロか素人かの二者択一よ!」

「皆さ~ん、一流を維持できるように頑張って下さいね~」

「は~い!」

 皆で元気よく返事をしました。表情こそにこやかですが内心は戦々恐々です。

 

「それでは早速第一問! 愛梨ちゃん、お題は何かしら?」

「最初のチェックは音感です! 今回はヴァイオリンとチェロの三重奏で音色を聞き分けて頂きます。今回も世界的な名器を揃えました。この三重奏の総額はなんと三十億円となっていま~す! そして比較して頂くのは初心者用の楽器で、こちらの総額は八十万円です」

 会場からどよめきが沸きました。価値観が違いすぎてついていけませんね。私の前世の総額賃金が名器の六十分の一にも満たないと考えると悲しくなってきます。

 

「さぁ、栄えあるトップバッターは幸子ちゃんね! 自信の程はどう?」

「ボクを誰だと思っているんですか? トップアイドルなら楽器の良し悪しなんて一瞬で聞き分けられますよ! カワイイ上に一流なボクの活躍をとくと目に焼き付けて下さいね! ふふーん!」

 自信満々な足取りでチェックルームに向かいました。盛大な死亡フラグを立てたような気がしますけど、大丈夫でしょうか。

 

 

 

 そうするうちにチェックが始まりました。幸子ちゃんが音を聞き分ける姿をモニター越しに確認します。学校では中々見られない真剣な表情なので、何だかいけそうな気がしてきました。

 両方の演奏を聞き終えると不敵な笑みを浮かべます。

「正解はズバリAです。これはもう間違えようがありません。音の広がりや深さがBとは段違いですよ! それにあの柔らかさはストラディバリウス独自の特徴です!」

 迷いなく回答しました。その殴りたくなるようなドヤ顔を今だけは信じることにします。

 

 続いて莉嘉ちゃんとみりあちゃんが挑戦します。

「う~ん……」

 ひとしきり聞き終わった後、二人共悩むそぶりを見せました。出来ればAに行って欲しいですけど……。

「どっちもカッコイイけど……Bの方がいい音するかなッ☆」

「うん! みりあもそう思う! Aの方はちょっと固かったかな? 緊張しちゃったのかも」

 どちらもBの札を上げました。346プロダクション間で回答が割れてしまったので、これで我々と莉嘉ちゃん達のいずれかが不正解ですか。どちらにも間違えてほしくなかったのでとても残念です。

 

 他のアイドル達も続々と回答していきましたが、日高さんや水谷さんを含め殆どの方はBを選択しました。四条さんが来てくれれば勝利確定ですが、結果のネタバレになり番組的に盛り下がるので彼女だけ専用の回答ルームなんですよねぇ。

 なお、幸子ちゃんはAの部屋の隅っこで膝を抱えています。この時点で終戦が決まったような気がしました。現実は非常である。

 

 そして結果発表の時間が来ました。瑞樹さんが正解の方の扉を開けますので、一縷(いちる)の望みをかけて祈ります!

「正解はBよ~!」

 フェイントをかけつつBの扉を開きました。Bの部屋の子達が大喜びする一方、幸子ちゃんは茫然自失とした表情で放心しています。うん、知ってた。

 すると私を含め、不正解のチームの椅子やスリッパが安いものに交換されていきました。これが敗戦チームの末路ですか。

 

 少しして先ほどの回答者達が一斉に戻ってきました。

「正解して良かった~! やったね、みんな!」

「当然! だってアタシ達はちょー一流のアイドルだもん☆」

「うふふーっ。二人とも正解で良かったにぃ♪」

 正解したチーム凸レーションが幸せムードに包まれています。一方我々はお通夜でした。

「お疲れ様です。……次、頑張りましょう」

「そ、そうですね。まだまだ、これからですよっ!」

 無言で席に座った幸子ちゃんに声を掛けると精一杯虚勢を張りました。第一問目からこの惨状ですから、私が全問正解して格下げを食い止めなければいけません。頑張るしかないよ。

 

 

 

「さぁ、どんどん行くわよ。続いてのチェックはこちら!」

「第二問目はジャズバンドです。今回はプロのジャズバンドとアマチュアのジャズバンドサークルの演奏を聴き分けて頂きます~!」

 またも音楽問題ですか。私だってアイドルの端くれですから音感には結構自信があります。ジャズにはあまり詳しくないですけど、プロとアマチュアの演奏くらい簡単に聴き分けられるに違いありません。なんて言ったって私には『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』がありますから、常人より遥かに聴力は良いのです。

 ポンコツの幸子ちゃんとは違うんですよ、幸子ちゃんとは。おほほほほ。

 

「今回は驚異の身体能力が使えないですけど、大丈夫ですかぁ?」

「ええ、問題ありません。そろそろ世間の皆様に私が脳筋ではないことをご理解頂きたかったので丁度いい機会です。音楽の問題なので、これを外したら私のアイドルとしてのプライドが許しませんよ」 

 愛梨さんから意地悪っぽく質問を受けたので笑顔で返します。

「自信満々ですね~。ではいってらっしゃい!」

「はい。サクッと正解して戻ってきますから待っていて下さい」

 

 軽い足取りでチェックルームに向かいます。

 ジャズバンドの目の前に設けられた専用の座席に座り、アイマスクを付けて耳に神経を集中させます。

 準備が整うと早速Aの演奏が始まりました。こちらは何となくダイナミックな感じがして聴いていて心地良いです。続いてBの演奏ですが、こちらは耳に届く迫力がAと比べて段違いに力強く、それでいて繊細さも感じます。こちらに比べるとAはややぎこちない感じがしてしまいますね。音の違いがはっきりわかりました。

 

「正解は、Bです!」

 回答タイムになったのでBの札を勢いよく上げます。

「Bは最初の一音目から心が震えました。Bの演奏の力強さと繊細さに比べてしまうと、Aの方は如何にもアマチュアというか、色々と足りていないところが多いと思ってしまいます。Bからはバンドサウンドの迫力というものを感じましたね」

 Bの演奏の良さについて熱弁した後、Bの部屋に向かいます。最初の回答者なので他のアイドル達が来るまで大人しく待つことにしましょう。

 

 ……そして待つこと十数分が経過しましたが一向に誰も来ません。一方Aの部屋には多数のアイドルが賑やかそうに待機していました。菊地さんや秋月さんも当然のようにAを選択しています。

 あれ~? おかしいね、誰もいないね……。

 思わず顔を手で覆ってしまいました。オジサンは寂しいと死んじゃうので、一緒に地獄に落ちてくれる人を大募集中です。

 

 結局誰も来ないまま結果発表となりました。きらりさんも余裕でAを選択しています。

「それでは結果発表よ~!」

 瑞樹さんと愛梨さんが近づいてきました。そ、そうです! まだ負けと決まった訳ではありません! 一発逆転のチャンスを信じてあの意地悪な神様に祈りました!

 

「正解はA~!」

 がっ……駄目っ……! 無情な結果を受けて思わず天を仰ぎます。

 というか祈る相手を間違っていました。あの神様なら面白がって絶対Aにしたはずですもん。

 Aの部屋ではしゃぐアイドル達をモニター越しに茫然自失で眺めます。奇跡も魔法もないんだよといった気分でした。聴力は良くても感性がガバガバだったようです。

 

 Bの部屋をそっと出てすごすごと大スタジオの座席に戻ると備品が更にグレードダウンしています。スリッパも100円ショップで売っているような洒落っ気のないサンダルに差し替えられていました。二問連続不正解は我々だけなので余計に惨めさが目立っています。

「本当に、すみません……」

「い、いえ。ボクも外しましたし……」

 幸子ちゃんに謝りましたがお互いに目を合わせ辛いです。もう泣きたい。

 

「いや~! それにしても、一流アイドルと普通アイドルの中にまさか二流アイドルが紛れ込んでるなんて思いもしなかったわ~!」

「め、面目ありません……」 

 早速瑞樹さんに(いじ)られました。番組恒例の不正解者いぢめですが、いざ自分がその立場になると非常に悲しくなってきます。

「自信満々に間違えてどう思った?」

「辛いです……。音楽が好きだから……」

 真顔で質問されたので小声で返事をします。私の出演シーンはばっさりカットして頂けないでしょうか。このピエロっぷりをゴールデンタイムのお茶の間に晒したくはないです。

 

 

 

 その後幸子ちゃんは盆栽、私はミニドラマの演出を自信満々に外し、漸く最後の問題になりました。幸子ちゃんが何とか一問正解してくれたためそっくりさんで踏みとどまっており、映す価値なしだけは回避できています。

 なお、チーム765プロダクションは四条さんと菊地さんの活躍で一流アイドルを維持しています。チーム876プロダクションは二流アイドルで踏み留まっていました。

 

「きらりちゃん、ごめんね……。せっかくずっと一流アイドルだったのに」

「だってフカヒレなんて普段あんまり食べないもんっ! 高いか安いかなんてわかんないよ~」

 みりあちゃんと莉嘉ちゃんがきらりさんに謝ります。チーム凸レーションは一流アイドルを維持していましたが、先ほどの味覚チェックで惜しくも外してしまい普通アイドルにダウンしてしまいました。

 それでもそっくりさんに比べれば天と地の差ですけどね……。

 

「うきゅ? んーとねぇ。確かにちょーっとだけ残念だけどぉ、みりあちゃんと莉嘉ちゃんが頑張って考えたこと、きらりんは知ってるの。みんなが全力で楽しめれば、きらりはそれだけでハピハピなんだにぃ☆」

「ほ、本当?」

「そう! だからみんなでハピハピしようねぇ~☆」 

「うわーん! きらりちゃーん!」 

「うぇへへ。きらりんがハピハピをあげると、みんなもハピハピをくれて。どっちもキュンキュンで、もう飛んでいっちゃうのー!」

 

 流石凸レーションの屋台骨だけあって相変わらずの地母神っぷりですね。武内Pが年少組と組ませた理由がよくわかります。あのグループはきらりさんさえしっかりしていれば道に迷うことはないでしょう。

 ですがあれでいてとても繊細な乙女ですから、その心が折れてしまわないように見守っていかないといけません。今の私が言えた義理ではありませんけど。

 

「それでは最終問題ー!」

「最後は毎度お馴染み、牛肉の食べ比べです♪ 1つは松阪牛、それも牛1頭からわずか600gしか取れないというフィレステーキで、注目のお値段は何と百グラムで18,000円でーす!

 そして比べるのはスーパーで購入したアメリカ産牛肉で、百グラム900円のものになります」

 

 予想通り最終問題はお肉でしたか。ジャズバンドやミニドラマでは後れを取りましたが、味覚は私の得意とする分野なので今度こそ大丈夫なはずです。というかこれで外したら命を絶つくらいの覚悟で臨みます。

「朱鷺さん! もうそっくりさんで構いませんから消滅だけは避けて下さいよ! 外したら一生恨みますからね!」 

「……努力します」

 必死の形相で叫ぶ幸子ちゃんの声援を受けながら死地に旅立ちます。先ほどの凸レーションの心温まるやり取りとは一変して殺伐とした空気に満ち満ちていました。

 我々と凸レーション、どうしてこれほど差がついたのか……慢心、環境の違い。

 

 

 

「いざ鎌倉!」

 別室の専用席に座り、アイマスクを付けて気合を入れます。番組スタッフの方に食べさせてもらい、まずはAの牛肉から味わいました。なるほど……こういう味ですか。

 続いてBの牛肉を味わいます。すると先ほどの牛肉との味の違いがはっきりと分かりました。

 

 深呼吸をした後コメントをしていきます。

「松坂牛の特徴はきめの細かい霜降りと柔らかな肉質、そして深みのある上品な香りです。脂肪の溶け出す温度が低く、舌触りが良いという長所もありますね。それらを全て兼ね備えているのはBの牛肉です! これは間違いようがありません!」

 言い終わると同時にBの札を上げました。

 松坂牛専門のステーキハウスには家族で何回か行ったことがあり、そこで食べたお肉と肉質が似ていましたので今度こそ間違いないはずです! 

 ……きっと、たぶん、おそらく、めいびー。

 

 再びBの部屋に向かいます。今回も最初の回答者なので、他のアイドル達が来るのをじっと待ちます。三連続で一人ぼっちは嫌だよう。はやくきて~はやくきて~!

 手を組んで必死に祈り続けます。今回の祈り先はあの意地悪な神様ではなく、私の好きなニャルラトホテプ神にしましょう。

 

 だが無意味でした。他のアイドル達は続々とAの部屋に入っていきます。

 先ほどまでの自信は完全に打ち砕かれました。そういえば何となくAの牛肉の方が美味しかったような気がしてきます。もしかしたらあのステーキハウスが産地偽装をしていたのかもしれません。今度行ったら訴えてあげます。法廷で会おう!

 もうダメだ、おしまいだぁ……と涙目で震えていると、ふと扉が開きました。

 

「あっ、ヤバッ!」

 私の顔を見た秋月さんが思わず呟きました。……まるで貧乏神のような扱いです。

「遅かったじゃないか……」

「え、え~と。七星さんだけ、なのかな?」

「はい、私だけですよ。念願のお仲間ですから、ゆっくりしていってね!」

「これは終わったかも……。愛ちゃん、絵理ちゃん、ごめんね……」

 そのままがっくりと肩を落とします。お願いしますから私=不正解みたいな図式を作るのは止めて頂けないでしょうか。

 

 するとまた扉が開きます。今度は菊地さんでした。私を見るや否やまたも表情が引きつります。

「貴音……ごめんっ!」

「だからまだ不正解と決まった訳じゃないですって!」

「そ、そうだねっ! こっちが正解の可能性だってまだあるさ! ……多分、5%くらい」

「低すぎぃ!」

 そのままフラフラとした足取りで部屋に入り、青い顔で天を仰ぎました。貴女達の中で私は一体どのような評価をされているのでしょうか。

 

 少し待つとまた扉が開きました。今度はきらりさんです。

「おっつおっつ! みんながいてくれてうれしいにぃ☆」

 不思議なことに私の顔を見てもテンションが変わりません。正直言って秋月さんや菊地さんの反応の方が普通だと思いますので不思議です。

 

「こちらに入ってしまい申し訳ございませんでした」

 きらりさんに詫びを入れると何だかびっくりした表情です。

「うきゃ! なんであやまるの~?」

「だって連続不正解の私がいたら縁起が悪いじゃないですか」

「そんなことないにぃ☆ 今まではちょ~と運が良くなかっただけなのです! 今はきらりんもいるし、涼ちゃんも真ちゃんもいるからぱーぺき! うぇへ!」

「き、きらりさん……」

 人の形をした女神がそこにいました。よし、決めた。きらりさんに相応しい素敵な旦那様に引き継ぐまで、私の命を懸けて彼女を守護(まも)ることをここに誓います。

 

「……諸星さんの言う通りだね。酷い反応しちゃってごめんなさい、七星さん」

「うん、ボクも謝るよ。本当にごめん!」

「い、いえ! むしろ普通の反応ですから気にしないで下さい……」

 秋月さんと菊地さんが私に頭を下げました。自らの誤りを素直に認めて謝ることができるこの子達もアイドル、いや人間としてとても素晴らしいと思います。この部屋にいる子達は私を除いて皆良い子でした。

 

 

 

 そのまま和気藹々(わきあいあい)とお喋りをしていると結果発表の時間が来ました。瑞樹さん達の足音を聞きながら四人で必死に祈ります。

 映す価値なしは嫌だ、映す価値なしは嫌だ、映す価値なしは嫌だ! とハリーポッターの如く心の中で呟き続けました。

 

「正解はBよ!」

 こちらの扉が勢いよく開き、笑顔の二人が部屋に入ってきます。

 その瞬間、片手を挙げて「シャアオラアアアァアアアアア!」と叫びました。そのまま皆と抱き合います。

「みんな、やったにぃ!」

「一時はどうなるかと思ったけど、正解して良かった~!」

「あはは! ボク正解したよ、貴音!」

 本当に、本当に良かった……。何だか涙が出てきました。

 こうして無事、映す価値なしは避けられたのです。その後は幸子ちゃんとも喜びを分かち合いました。そして弄られながらも最後まで収録に参加することができたのです。めでたしめでたし。

 

 

 

 後日番組が放送されましたが、私達の正解シーンが同時間帯の瞬間最高視聴率を叩き出したそうです。結果こそそっくりさんで終わってしまいましたが、皆で目立って番組に爪痕(つめあと)を残すことが出来たのであれはあれで良かったのかもしれません。

 

 なお、私がガッツポーズをした瞬間を編集した動画が『完全勝利した七星くんUC』というタイトル名でスマイル動画にアップされ、史上最速でダブルミリオン再生になったそうです。

 そんなもの作らなくていいから(良心)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第42話 みくまっしぐら

「ふぅ……」

 ダージリンの爽やかな香りとほのかな酸味が乾いた喉を潤します。

 こうやってレッスン後にプロジェクトルームでお茶をしていると何だかほっとします。

 最近はバラエティ番組への出演がやたらと多かったので、こうやって落ち着ける時間がとても貴重です。ほたるちゃん達も私同様、思い思いにのんびりしていました。

「で、キミはいつまでマッサージチェアに座っているんだい?」

「そうですねぇ……もうかれこれ1時間くらいでしょうか」

「紅茶を飲んではマッサージの繰り返しです。……この姿はファンの方々には絶対にお見せ出来ませんね」

「ダラダラ度がまっくすです……」

 どうせ私達以外に誰もいないんですから問題ないですって。ああ~たまりませんわぁ~。

 

「ちょっと入ってもいいかな?」

「着替えている子はいないから、好きにするといいよ」

 アスカちゃんの返事を受けて犬神P(プロデューサー)が部屋に入ってきました。お呼びではありませんが、その腕に抱えられている段ボール箱が気になります。

「みんなおはよう! 今日も元気そうでなにより……だね」

 私を見てさっと目を逸らしました。飼い主に対してその態度は失礼じゃないでしょうか。

「はい、これ今週分のファンレターだよ」

 そう言って箱をテーブルの端に置きました。中にはハガキや便箋が沢山入っています。

 

「今日はもりくぼが仕分けします。……わけ、わけ」

「ありがとうございます、乃々ちゃん」

 便箋などの宛先を確認しながらファンレターを分けていきます。私宛が一番多いですが三人宛のものもかなりの量が来ていました。

 コメットは少し前まで私だけが悪目立ちしていましたが、最近では皆の魅力が徐々に伝わってきておりそれぞれ固定のファンも多く付いています。

 鎖斬黒朱(サザンクロス)の連中も当初は私目当てでしたが、それぞれの推しを見つけており支持が上手く分散しています。とても可愛い子達ですからその素晴らしさが伝わって本当に良かったですよ。

 

「どれどれ……」

 私宛のファンレターに目を通していきます。

 え~と、最初の差出人はたくやくん(7歳)です。

『ぼくは、ななほしさんがだいすきです。このまえのばんぐみでは、うでずもうがいちばんつよかったのでかっこいいとおもいました。ゆびさきひとつでだうんさせててとてもびっくりです。いつかぼくにもほくとしんけんをおしえてほしいです!』

 先日出た腕相撲日本一決定戦を見たんでしょう。体力系のお仕事は別に好きにならなくていいので、もう少し大人になったらライブを見に来てね~。

 

 次の差出人はれんくん(12歳)ですか。

『初めまして、こんにちは。この間の『秀才! 木村動物園』を見ました。動物園訪問の時にトラやヒグマが七星さんを怖がって目を合わせようとすらしなかったところがとても面白かったです。サーバルキャットが完全に死を覚悟していて可哀想だと思いました。次回は海中でホオジロサメと戦って欲しいです』

 私アイドル、私アイドルですよ! 何が悲しくてB級サメ映画みたいなことをしなくちゃいけないんですか!

 

 その後もファンレターを読みましたが、多くはこの手のキッズ達からでした。数少ない残りはどこかの道場からの果たし状か早く次のRTA(リアル・タイム・アタック)動画を投稿しろという脅迫状です。

 いつものことですけどがっかりです。借りてきたAVに出てきた女優さんがお母さんと同じ名前だった時並みにがっかりしました。なお前世で経験済みです。

 こういう色物のネタキャラ的な扱いじゃなくて、もっとアイドルらしくライブや曲の感想等を述べるファンレターを多く頂きたいものです。

 

 

 

「ではそれぞれのスケジュールを確認するよ。明日の土曜日の仕事だけど、白菊さんは撮影だから8時には撮影所入りして欲しい」

「わかりました」

「そういえば、ほたるちゃんは明日はドラマの撮影でしたっけ」

「深夜ドラマのゲストですけど、お芝居の仕事は初めてですから緊張します……」

「オーディションで選ばれたんだから大丈夫さ! 自然体でやればきっと上手くいくって」

 不安げな表情ですが、最近のほたるちゃんは不幸度が目に見えて下がっていますから大丈夫でしょう。デビュー前にはお芝居の稽古も少ししていたそうなので、演技の面でも問題はありません。

 

「二宮さんはファッションモデルの仕事だね。スタジオの場所はわかるかな?」

「一度行ったことがあるから問題ないさ。あのブランドはボクも気に入っているから楽しみだよ」

「そうか。それなら気合入れなきゃな!」

「ああ、任せてくれ。……フフフ」

 アスカちゃんはモデルの仕事です。ファッションには前々から興味があったそうで、こういうお仕事は喜んで受けています。将来は自分でデザインをやってみたいと言っていました。

 

「森久保さんは料理番組のアシスタントの仕事だから怪我のないように注意すること。いいね?」

「は、はい!」

「火や包丁を使う時は十分注意して下さい」

「もりくぼ、子供ではないんですけど……」

「私から見れば十分子供ですよ」

「うぅ……」

  乃々ちゃんは料理番組の週替わりアシスタントのお仕事をされるそうです。1週間分を纏め撮りするので明日は終日カンヅメだと聞いています。

 それにしても皆アイドルっぽいお仕事で羨ましいですよ。私とは大違いです。

 

 認知度が高まってきた影響なのか、このところはユニットだけではなく個人の活動も増えてきました。アイドルとして第一線で活躍できるのは一部のレジェンドを除いて精々20代後半くらいまででしょうから、今のうちから色々なお仕事を体験して卒業後に備えるのは悪くないと思います。個人的にはいつまでもこの四人でアイドルをしていきたいですけどね。

 私はアイドルを卒業したらどうしましょう。今更開業医というのもちょっと地味な気がしてしまいます。まぁ、まだまだ辞める気はないですから気にしても今から仕方ありませんか。なるようにしかなりませんし。

 

「それで七星さんの仕事は……特になし、と」

「はい。明日はゆっくり休養させて頂きます」

 偶然お休みになりましたが、これといってやることは特にありませんでした。積みゲーを崩すか積みプラモを作るくらいしか思いつかないです。ここ暫くは朱莉の相手ができなかったので一緒に遊んであげるというのもいいかもしれません。

 

「朱鷺さんはいつも忙しいイメージなので、ゆっくり休んで欲しいです」

「暴走時ほどではないけど、かなり疲労が溜まっているんじゃないかい?」

「あはは、今は本当に大丈夫ですよ。同じ失敗を二度繰り返すほど愚かではありません」

「……なら、いいですけど」

 私が体調を崩してしまうと三人に迷惑を掛けてしまいますから体調管理には気をつけています。家族にも心配を掛けてしまいますし。

 

「……失礼します」

「はい、どうぞ」

 そのまま五人で打ち合わせ兼雑談をしていると、ノックの後でみくさんと李衣菜さんが姿を現しました。そのままつかつかとルーム内に入ってきます。

「おはようございます、にゃ」

「みんな、おはよ」

 二人共何だか神妙な表情です。

 

「おはようございます。何か御用ですか?」

「うん。朱鷺ちゃんにご相談があって……」

 李衣菜さんの言葉を聞いて何だか嫌な予感がしました。

「その、一体どのようなご相談でしょう?」

「朱鷺チャン、助けてにゃあ!」

「ええ!?」

 言い終わらないうちに抱きつかれます。一体全体何だというのでしょうか。

 

 

 

 みくさんが落ち着くのを待って事情を伺うことにしました。真剣な表情の李衣菜さんがぽつぽつと事情を説明します。

「みんな知ってると思うけど、ついこの前私とみくちゃんが『*(アスタリスク)』というユニット名でデビューしたんだ」

「その件は伺っています。私達もデビューシングルを購入させて頂きましたので」

「本当!? ありがとう!」

「ありがとにゃあ!」

 

 二人共、とても嬉しそうな表情を浮かべました。

 シンデレラプロジェクトの最後のユニットが彼女達です。これでプロジェクトの子達が全員無事CDデビュー出来ました。

 猫耳とロックという異色の組み合わせですが意外としっくり来ます。というか猫耳アイドルという時点で既にロックな気がするのは気のせいでしょうか。

 そういう意味では最高にロックな永遠の17歳がいますけどね。ウサミン星出身というあの特殊なキャラ設定を貫き通す度胸は私にはありません。

 

「私達の次の仕事なんだけど、夕方の報道番組のグルメレポートを担当することになったんだよ。そのお店っていうのが、その……鮮魚で評判のお寿司屋さんになっちゃって」

「あっ……」

 その言葉だけで全てを察しました。みくさんの目が(うつ)ろだったのはそれが理由だったんですか。

 

「Pチャン、みくがお魚苦手って知ってるのに~! うぅ……ひどいにゃあ~!」

「まさか、武内Pがそんな初歩的なミスを?」

「いや、Pは悪くないよ。元々仕事を受けた時は洋食のレストランを取材するはずだったんだけど、そのお店でボヤ騒ぎが起きて取材中止になっちゃったんだ。だからその次の回のお店を担当することになって……」

 今回はPとアイドル間のコミュニケーション不足によるトラブルではなく不幸な事故だったようです。それを聞いて少しホッとしました。

 

「そんなに嫌いなんですか? お魚は煮ても焼いても美味しい万能食材ですよ」

「無理無理無理! みくは肉食系女子だからお魚なんて食べなくても問題ないもん!」

 手でバツマークを作りながら叫びました。残念ですねぇ、あんなに美味しいのに。

「それで、前川さんが魚を食べられないことと七星さんに何か関係があるのかな?」

 犬神Pが質問しました。彼の言うとおり、私と魚にどんな接点があるというのでしょう。

 

「人体には色々な効果を持つ秘孔があるって言ってたじゃない。もしかしたらみくちゃんの魚嫌いを治す秘孔があるかもしれないと思って」

「う~ん……。確かに秘孔技術は応用が効きます。ですが魚嫌いを治すようなピンポイントな効果を持つ秘孔は流石に発見していませんね。時間を掛けて研究すれば見つかるかもしれませんけど、今日明日という訳にはいきませんよ」

 

 それにモルモットが不足しています。昔は無邪気な子供を装い七星医院で色々とヤバい人体実験をしていましたけど、今は素性がバレてますから警戒されてしまうはずです。

 一応実験のついでに治療行為もしていましたよ。病弱な女の子を健康体に治した時なんて大層喜ばれました。綺麗な栗色の髪をした可憐な子でしたねぇ。

 あっそうだ。実験材料といえば鎖斬黒朱の連中がいました。あいつらなら多少無理してもきっと大丈夫なので今度から実験台として使いましょう。そうだ、それがいい。それが一番です。

 

「ちなみに味や匂いを一生感じなくなる秘孔や強制的にモノを食べさせる秘孔ならありますけど、それでも良いですか?」

「そんなのは嫌にゃあ!」

「そ、それは流石にみくちゃんが可哀想だね……。うーん、やっぱり難しいかぁ」

 普段はよく喧嘩していますがみくさんのことが心配なようです。

 

「いっそのこと、魚が食べられないと公言してしまうのは駄目なんでしょうか」

 ほたるちゃんが提案します。

「そ、それは駄目にゃ……。みくは可愛い猫キャラだから、お魚が食べられないと知られたくないにゃ!」

 確かに猫は魚を好んで食べるというイメージが一般的ですので、魚嫌いとなると猫キャラとしてのアイデンティティーが揺らぎかねません。

 

「お仕事を断る……というのはナシですよね」

「……うん。みく達はまだ駆け出しだから、どんな仕事でも一生懸命やりたい。Pチャンがみく達のために取ってきたお仕事だから絶対キャンセルしたくないの」

「う~ん……」

 八方塞がりですが、可愛い後輩なので何とか力になってあげたいです。

 

「そうだ、明日はお時間ありますか?」

「えっ? う、うん。明日はオフだから一日空いてるよ」

「なら、明日色々と試してみましょう。どこまで食べられてどこから駄目なのかを研究すれば当日の対策も出来るはずですから」

「じゃあ私も一緒に対策を考えるよ。仲間の危機は見過ごせないしね」

「二人共、ありがとにゃあ……!」

 再び涙目になり私と李衣菜さんに抱きついてきました。だから急にこういうことをされると理性が飛ぶからやめロッテ!

 

 

 

 翌日、家で昼食を食べてからみくさんが住んでいる学生寮に向かいます。運がいいことにお昼過ぎから寮の食堂をお借りすることが出来たので、そこで色々と実験をすることにしたのです。

 昨日のうちに購入しておいた食材も一緒に持っていきました。

 

「おはようございます、お二人共」

「おはようにゃ!」

「うん、おはよう。朱鷺ちゃん」

 既に来ていた二人に挨拶します。すると間もなく、本日のスペシャルゲストも姿を現しました。

 

「おはようなのれす~!」

「……なんで、七海チャンがここにいるのにゃ?」

「みくさんのお魚嫌いを治すという話をしたら是非協力したいとの申し出を頂きましたので、折角ですから来てもらいました」

 実験にあたっては専門家の意見を伺いたいので、魚のプロである七海ちゃんにも協力頂くことにしたのです。

 

「むふー! みくさんに美味しいおさかなをお腹いっぱい食べてもらうのれすっ!」

「…………」

 猫の如き俊敏さで逃げ出そうとしたので、瞬間移動してひっ捕らえました。

「離すにゃ! もうこの時点で嫌な予感しかしないにゃあ!」

「気のせいですから安心して下さいって」

 別に取って食べる気はありませんから怯えないで欲しいです。

 

 

 

「てい」

「うぐぇっ!」

 軽く秘孔を突いてみくさんを落ち着かせます。アイドルらしからぬ(うめ)き声をあげましたが気にしないであげました。武士の情けです。

 魚嫌い克服の第一歩として最初に問診をすることにしました。

「初めに訊いておきますけど、みくさんは魚のアレルギーではないんですよね?」

「うん。別にそういうのじゃないよ」

「それは良かったです」 

 もしアレルギーだとアナフィラキシーショック等で命に関わることもありますから好き嫌い以前の問題です。ですがそういう体質ではなくて安心しました。

 

「それで魚のどこが苦手なんでしょうか。形自体が不得意だったり、苦味が嫌いだったりする方は結構いらっしゃいますけど」

「え~! あの姿や苦さがいいんじゃないれすかぁ~」

 七海ちゃんがぼやきます。魚好きにはたまらないでしょうけどそれが嫌だという人は結構いるんですよ。

「全部!」

「存在を全否定ッ!?」

 みくさんが力強く言い切りやがりました。こんなんじゃ調査になんないよ~。

 

「あ、あの~。もう少し具体的に仰って頂けないでしょうか……」

「なんかもう、魚ってだけで体が受け付けないのっ!」

「しょぼーん……」

 七海ちゃんが暗い表情でテーブルの下に潜ってしまいました。抱きかかえている縫いぐるみのサバオリくんまで萎れています。このままアンダーザデスクの新メンバーになってしまいそうな感じでした。

 

「別に七海ちゃんのことを否定している訳じゃないから、気にしないでね。

 こら、みくちゃん! もう少し言い方ってものがあるじゃん。というか、そもそも魚嫌いで猫キャラは無理があるんじゃない? これを機にアスタリスクをロックユニットにするのはどう?」

「お互いのキャラは尊重するってこの間決めたばかりなのにそれは酷いにゃ! ちゃんとギターを弾けないようなにわかロックとは一緒にやってられない! 解散にゃあ!」

「にわかとか言わないでってこの前言ったじゃん! こっちこそ、もう一緒にやってらんない! 解散だ!」

 いつの間にかケンカを始めてしまいました。ケンカするほど仲がいいとは言いますが、五分に一度のハイペースでやるのは流石に問題ではないかと思います。

 

「さて、本題に戻りたいのですがよろしいでしょうか?」

「……! わ、わかったにゃ!」

「顔が怖いって……」

 ポキポキと指の関節を鳴らしながら笑顔で威嚇するとようやく大人しくなりました。こういう時は息がピッタリです。貴女達本当は仲いいですよね。

 

 結局問診はアテにならなかったので実際の食材で実験することにしました。まずは手始めに、来る途中で買ってきたたい焼きを与えてみます。

「にゃふふふ~。ほわほわなたい焼きチャン♪ お魚苦手なみくでも、これならオッケーなのにゃ。あむあむ、もぐもぐ……ん~、最高にゃ~。お魚がみーんなたい焼きならいいのに~」

 美味しそうにたい焼きを頬張ります。魚の形をしていてもお菓子なら問題ないようですね。重要な事実が一つ判明しました。後でみくさんレポートに纏めておきましょう。

 

「あ~ん♪ ……もがっ!!」

「七海特製のおさかなサンドれす~! 食べて食べて~!」

 みくさんがたい焼きの尻尾を食べようと大口を開いた瞬間、七海ちゃんがお手製のサンドイッチをその口にねじ込みました。大きな魚の切り身がサンドされており、パンからかなりはみ出しています。

「~~~~ッ! ……ッ!」

「おいしいれすよね~! もっとありましゅからどんどんたべてくらさい!」

 声にならない叫びが辺り一面に広がったような気がします。顔面蒼白で額に脂汗をびっしりとかいていました。おお、段々と白目になっていきますよ。

 先程の復讐……ではないですよねぇ。七海ちゃんは純粋に美味しいものを人に食べてもらいたいという表情をしています。悪意がないので余計に性質が悪いです。

 

 

 

「はあっ! し、死ぬかと思った……」

「すみませんれした……」

 コップの水を飲み干した後、死にそうな表情で呟きました。思わず猫キャラ口調を忘れるほどの衝撃だったようです。

「でも美味しいですよ、これ」

 七海ちゃんお手製のおさかなサンドを一つ頂きましたが、塩味の利いたサバとパンの相性が意外と良くて美味しいです。少なくとも顔面蒼白になるような代物ではありませんでした。

 

「ひょっとして、ただの食わず嫌いなんじゃないの?」

「そ、そんなことないって!」

 焦って否定する姿を見てふと閃きました。そういえば魚以外の魚介類はどうなんでしょう。

「みくさんは大阪出身でしたよね。名物のたこ焼きは食べられるんですか?」

「たこ焼きは好き!」

「なら貝類や海老はどうです?」

「火が通ってれば少しは食べられるけど……。やっぱり生臭いのは、ちょっと」

 重要な証言が飛び出しました。なるほど、魚特有の生臭さが駄目なんですか。

 

「でも先程のおさかなサンドは全然臭みがありませんでしたよ」

「魚が口の中に入っているっていうだけで、何だか匂いがするような気がして……」

「……そういうことですか。わかりました」

 七海ちゃんのおかげでみくさんの魚嫌いの理由がわかったような気がします。

 根本的な原因は魚特有の匂いに対する拒否感ですね。それに加えて、魚=生臭いものという強い先入観により自分は魚が苦手だと思い込んでしまっているのでしょう。魚介類全般が食べられないのでしたら、そもそもたこ焼きすら食べられないはずです。

 ならば、まずはそのふざけた先入観をぶち壊さなくてはいけません。

 

 

 

「調理場をお借りします」

「何か作るの?」

「ええ。お魚嫌いな子猫さんでも美味しく食べられる料理を用意したいと思います」

 冷蔵庫にしまっていた食材を取り出します。中身はマグロの切り落としと長葱、長芋などです。

「簡単で美味しい料理を披露しますから、ちょっと待ってて下さいね~」

 マグロ、ご期待下さい。

 

 まずマグロをみじん切りにした後、包丁でよく叩いてねばりが出たらボウルに移します。長ねぎもみじん切りにし、長芋はすり下ろして深皿に入れておきます。

 形が無くなったマグロに特製配合の調味料を加えよく混ぜて下味をつけ、長ねぎと長芋の半量、そして片栗粉を加えて混ぜます。調味料の中に塩(こうじ)を入れておくのが大切なポイントです。

 フライパンにごま油を熱し、なんとな~く丸くして焼いていきました。焼き色がついたら裏返し、蓋をして弱火で蒸し焼きにします。

 もう一度よく混ぜた調味料を流し入れて煮絡めてから器に盛り、残った長芋の半量、青ねぎの小口切り、刻みのりをトッピングすると……。

 

「はい、特製マグロハンバーグの完成です」

 料理のお皿をみくさんの前に置きます。すると良い匂いが食堂内に広がりました。

「おお~!」

「美味しそうれす~」

「さ、みくさんの好きなハンバーグだと思って食べてみて下さい。魚の認識が変わるはずです」

「だけど元は魚でしょ。きっと生臭いに決まっているにゃ……」

「美味しそうじゃん! ちょっとだけでもいいから食べてみたら?」

「でも……」

 困惑した表情で躊躇しているので、そっと声を掛けます。

 

「人の成長とは、未熟な過去に打ち勝つことだと私は思います。過去の自分に打ち勝つかこのまま尻尾を巻いて逃げるのか、みくさんが自分で決めて下さいね」

 ちょっと冷たいですが、結局決めるのは彼女自身です。私には選択肢を与えてあげるくらいしか出来ません。

 するとみくさんの表情が真剣になりました。意を決したような面持ちです。

「……じゃあ、一口だけ」

 恐る恐るお箸でハンバーグの一片をつまみます。すると思い切って口の中に放り込みました。そして暫くの間、目を瞑って必死に咀嚼します。

「……ッ! あれ、全然臭くない……」

 二口、三口とお箸を動かします。

 

「お、美味しい、かも……。これ本当にお魚なの?」

「はい、そうですよ」

 臭みがないのは塩麹と長芋の効果です。塩麹に含まれる酵素は臭みを消すだけでなく、魚がふっくらと柔らかに仕上がり旨みも増すんです。そして長芋に包まれることにより更に臭みが消えるという寸法です。こんなの絶対おいしいよ。

「信じられない……。みくお魚が食べられたにゃ!」

「凄いじゃん、みくちゃん!」

「やったー! やったー!」

 三人が笑顔で抱き合いました。何とも微笑ましい光景ですが、みくさんの表情がまた暗くなってしまいました。

 

「でも、このお料理は食べられたけど食レポはお寿司だからあんまり意味ないにゃ……」

「そんなことありません。あれだけ嫌っていたお魚を自分の意志で食べられただけでも物凄い進歩です。それに人気のあるお寿司屋さんなら生臭さを出さないような対策をしっかりしていますので、魚嫌いだという思い込みさえ無くなればきっと食べられるはずですよ」

「そ、そう?」

「はい。それでも匂いが気になる場合はお醤油をしっかり付けて下さい。お醤油には魚の生臭さを消す力がありますので」

「わかったにゃ! みく、なんだかいけそうな気がしてきたにゃあ!」

 

 とりあえず作戦成功です。人間思い込めば大抵のことは何とかできますから、まずは魚を食べることが出来ると思ってもらうことにしたのです。

 私も自分が無敵だと思いこむことで月平均四百時間残業を約半年続けることができましたしね。ですが心が壊れる床寝生活はもう二度と御免です。その後直ぐ死にましたし。

 

「この調子なら大丈夫そうかな。でもあのみくちゃんに魚を食べさせるなんて凄いよ。ありがとう、朱鷺ちゃん!」

 李衣菜さんからお礼を言われました。

「いえいえ。苦手なものを頑張って食べようと決断した勇気が一番凄いですから、褒めるならみくさんを褒めてあげて下さい」

「本当に凄いれす~!」

「そ、そうかにゃあ? 何だか満更でもないにゃ!」

 そう言いながら照れた表情を浮かべます。これにて一件落着と言った感じでした。

 

 

 

 暫く皆で談笑していると寮の子達がちらほらと現れます。そういえばもう夕食の時間でしたか。ここにいてもお邪魔なので撤退することにしましょう。

「それでは、私はお(いとま)します」

「え~! もう帰っちゃうんれすか」

「せっかくだから泊まっていったら? 私も今日はみくちゃんの部屋に泊まらせて貰う予定だし」

「それがいいにゃ! 朱鷺チャンにはアイドルとしての心構えとかを一度詳しく訊いてみたかったのにゃ!」

「で、でもご迷惑じゃないですか? それに泊まる部屋もありませんし……」

「七海の部屋で良ければ使ってくらさい!」 

 思わぬお誘いを受けました。ですがうら若きアイドル達の中にドブ川がしれっと混ざるのはちょっと気が引けます。

 

「前にみくちゃんと同居生活してたけど、寮は御飯も美味しいし大浴場もあって楽しいよ」

「大浴場……だと……?」

 思わず真顔で呟いてしまいました。

「だ、大浴場ということは、他の寮住まいのアイドル達もそちらを使うんですか?」

「うん、そうだよ。前は小日向美穂(こひなたみほ)ちゃんにも会ったし」

 小日向美穂だぞ。アイドルやぞ。

「是非お泊りさせて頂きま~す♪」

 快くお誘いを受けました。

 も、もちろん下心なんて一切ありませんよ。急に大きなお風呂に入りたくなっただけですから。我が心と行動に一点の曇りなし……! 全てが『正義』です。

 

 その夜は同じ寮生であるコメットの皆と卓球をしたり、心霊系アイドルの白坂小梅(しらさかこうめ)ちゃん達とホラー映画上映会をしたりして大いに楽しみました。

 特に大欲情、もとい大浴場は色々と凄かったですねぇ……。前世で負った私の心の傷がどんどん癒やされていきましたよ。あの光景だけで生まれ変わる価値があったと断言できます。二時間程入浴し続けたので体がふやけてしまいました。

 本当にとても楽しい夜で、最高のリフレッシュになりました。また隙を見て泊まらせて貰いましょう。

 

 

 

 その後数日が経ちました。グルメレポートがあった日の翌日、事務所でアスタリスクのお二人を見かけたので上手くいったのか訊いてみることにしました。

「おはようございます。昨日はちゃんとお寿司を食べられましたか?」

 声を掛けると李衣菜さんが微妙な表情をします。

「そ、それがね……。取材先のお寿司屋さんで食中毒が発生したみたいで、結局当日はスイーツのお店の食レポになったんだ」

「ええっ!」

 

 するとみくさんが涙目でプルプルと震え出します。

「あんなにっ……あんなに頑張ってお魚を食べたのに……!! みくの苦労を返せにゃああああ~~~~!」

 絶叫が事務所内に響き渡りました。本当に、みくにゃんは不憫ですね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第43話 ウキウキ修学旅行

「それじゃあ数学のテストを返却するわ。期末の学年平均は55点だけど、うちのクラスの平均はなんと70点よ! しかも赤点の子はゼロ!」

 間宮先生が喜びを頬に浮かべました。何だか感無量といった様子です。

「ミンナ、やったネ!」

 ナターリアさんが口を大きく開けて声を上げました。ぽっかりと浮ぶ雲のように軽やかな空気が教室中に漂います。

 

 すると次々にテストが返却されていきました。皆一喜一憂していますが、深刻な表情の子は誰一人としていません。

「次は七星さんだけど点数は何と100点よ! みんなも見習ってね」

 皆に注目されながらテストを回収しに前へ出て行きます。こういう目立ち方はあんまりしたくないので点数は言わなくていいんですが、悪気がないのがわかっているので怒るに怒れません。

 

「相変わらずテストは完璧だな。普段あんなに大雑把(おおざっぱ)なのに不思議だ」

「今回は大して難しい問題はありませんでしたから。後大雑把は余計ですよ」

 前の席の美玲ちゃんと喋っていると先生の視線を感じたので、慌てて口を閉じました。

「今回はよく頑張ったわね。全教科で学年平均を大きく超えるなんてこのクラス始まって以来の快挙よ! これも試験対策をしてくれた七星さんのおかげだからみんなで拍手してあげて!」

 すると割れるような拍手に包まれます。うう……恥ずかしいなぁ。

 

 前に先生から頼まれたとおり、最近は成績が振るわない子のお手伝いをしていました。

 この学校は私立のお嬢様校だけあり定期試験は公立校よりもだいぶ難しいですが、前回受けた中間試験の内容から各教師の癖や傾向はわかったので極力労力を減らし最大限の効果を得られるよう工夫したのです。

 狙い通り効果を発揮することができ、私としても重荷を一つ下ろしたように感じます。

 

「じゃあご褒美に先生のお山に登頂させてっ!」

「はいはい、また今度。さて、テストも無事終わったし来週からは待望の修学旅行よ! しかも行き先は沖縄だから楽しみね!」

 愛海ちゃんを華麗にスルーしつつ修学旅行の話をし始めました。するとクラス中がざわつき始めます。

「特製のカニの着ぐるみで地元の子供達を大笑いさせたる! 水陸両用アイドルを目指していくばい!」

「上田さん。着ぐるみは持ち込み禁止だからね?」

「しょ、しょんな……!」

 鈴帆ちゃんがしょげます。しかし水陸両用って……。アイドルとはいったい……うごごご!

 

「ですが夏直前の多忙な時期に三泊四日の修学旅行なんて、忙しいボクには何とも酷ですねぇ」

「あら、なら幸子ちゃんだけお留守番でもいいですよ?」

「出、出ないとは言ってないでしょう!」

「はいはい」

 こんなことを言っていますが、修学旅行に参加するために仕事のスケジュールを調整してもらうよう担当P(プロデューサー)へ必死に頼み込んだことを知っているんですよ。

 なんだかんだ言ってもクラスの子達と一緒に旅行するのが楽しみなんですよね。私もそうですから気持ちはよくわかります。

 

「今回はこのクラスの十二人全員で参加できるんだから、風邪を引かないようにしっかり体調管理してね! そして沖縄の海をみんなで楽しみましょう!」

「は~い!」

 元気な声が周囲に響き渡りました。

 

 

 

 そして修学旅行当日になりました。

「行ってきま~す!」

「はい、行ってらっしゃい♪ 乃々ちゃん達によろしくね~」

「おねーちゃん、いってらっしゃい! おみやげはイリオモテヤマネコがいいな!」

「ん~。それは密猟になっちゃうからちょっと難しいかな。代わりに朱莉が好きそうなお菓子をいっぱい買ってくるからそれで我慢してね」

「うん! いいよ!」

 満面の笑みを浮かべました。ふふ、ヤマネコが欲しいなんてやっぱり我が妹は可愛いなぁ。特別天然記念物じゃなければ捕まえて持って帰っていましたよ。

 

 今日は羽田空港で集合なので少し早めに家を出ました。間違えてまた成田空港に行きそうになったのはここだけの秘密です。

 危うく羽田成田間徒歩移動RTA(リアル・タイム・アタック)を再走するところでした。前回駆け抜けた結果、瞬時に高速移動する『ターボガール』として都市伝説化してしまいましたので二度とやらないと心に誓ったのですが、危うくその誓いを破りそうになりました。

 

「おはよ、ビームちゃん!」

「おはようございます。紗南ちゃん」

「闇に飲まれよ!」

「はい、やみのまー」

 既に到着していた蘭子ちゃん達に挨拶しました。そのまま搭乗手続きを済ませ飛行機に乗り込みます。

 

「~~~♪」

 飛行機の中では特にすることはないので、先週買ったるるぷ沖縄を眺めつつ鼻歌交じりで暇を潰します。

「今日の朱鷺ちゃんはなんだか、とても機嫌がいいです……」

 右隣の席に座っている乃々ちゃんから指摘されました。

「なんて言ったって人生初の沖縄ですからね。テンションも上がってしまうというものですよ!」

 前世ではモンスタークレーマー処理のために全国各地に出張していたものの、不思議と沖縄県には行ったことがないのです。

 現世ではよく家族旅行に行きますが、両親の仕事は開業医のため日帰りか良くて一泊二日なので沖縄には累計人生50年通して縁がなかったのですよ。

 蒼い空、青い海、白い砂浜……。その全てが人生万事ヘドロの私には縁遠いものですので、密かな憧れでもあったのです。

 

「イマドキ沖縄ではしゃいじゃうなんて可愛いですねぇ。ボクはグラビアの撮影でよく行きますよ! ふふーん!」

 左隣の席の幸子ちゃんがこれ以上無いくらいのドヤ顔をしました。何か(しゃく)に障ります。

「あれれ~? 幸子ちゃんはバラエティ以外の仕事もしていたんですか?」

「あ、当たり前でしょう! ボクは歌って踊るアイドルですよッ!」

「その割には年々バラエティの出演比率が上がっているような気がしますけど」

「……そんなことを言ったら朱鷺さんはもっと酷いじゃないですか」

「くっ……」

 これ以上言い争いをしてもお互い傷つくだけなので止めておきます。私は一人の清純派アイドルとしてこの生をまっとうしたいだけなんですけど、なぜ毎回明後日の方向に突き進んでしまうんでしょうか。

 

 

 

 皆とお喋りしているとあっという間に那覇空港に到着しました。飛行機から出た瞬間、太陽が燦々(さんさん)と降り注ぎます。週間天気予報では修学旅行中はずっと晴れの予報なので良かったです。

「とっても暖かいから、リオデジャネイロを思い出すナ♪」

「そうですね。本土よりも陽気で半袖でも暑いくらいです」

 比較的涼しい夏服の制服ですが、それでもうっすらと汗をかきました。

 

「それで、一日目はどこに行くんだっけ?」

「早速忘れたのか。初日はひめゆりの塔と塔に隣接する平和祈念資料館を巡るんだぞ」

 光ちゃんの質問に晶葉ちゃんが呆れ顔で答えます。

「早く海に行きたいれす……」

「気持ちはわかりますけど、修学の方もきちんとね。そしてその後皆で一緒に遊びましょう」

「わかりましたぁ~」

 七海ちゃんをなだめながら観光バスに乗り込み目的地に向かいました。

 

 平和祈念公園に着くと皆で一緒に見学をします。ひめゆりの塔は看護要員として戦場に動員される中で亡くなられていったひめゆり学徒隊の方々の慰霊塔です。

 ひめゆり平和祈念資料館には学徒隊の犠牲者の遺品や多くの犠牲者がでた(ごう)が実物大で再現されており、学徒隊について深く学べる場となっています。

 自他共に認める平和主義者の私としては、このような痛ましい悲劇を生む戦争が二度と起きないよう切に願いました。

 

「うぅ……ぐすっ」

「大丈夫ですか、蘭子ちゃん?」

「うん……」

 (まぶた)に涙を滲ませてうつむきました。なんとも知れぬ大きな悲しみの底に突き落とされているようです。

「戦争って、怖い……」

「そうですね。でも大丈夫です。例え何があっても私が皆を守護(まも)りますから」

「ふふっ。ありがとっ」

 くすっと笑いました。感受性が強くて優しい彼女には少々刺激が強かったのかもしれません。

 みんな戦争なんかやめよう! 馬鹿らしいよ! ラブアンドピース!

 

 見学が一通り終わるとバスに戻り、本日泊まる宿泊施設に向かいます。

 カラオケ付きのバスだったので、暗い雰囲気を吹き飛ばすためにオ○ンジレ○ジの『SUSHI食べたい』を一人で熱唱したらなぜか大ひんしゅくを買いました。

 でもナターリアさんと七海ちゃんには大好評だったので差し引きゼロです。

 

 

 

 宿泊施設に着くと割り当てられた六人部屋の和室に荷物を置きます。

「何か、ザ・修学旅行って感じの部屋だな」

「美玲ちゃんはこういうのお嫌いですか?」

「そ、そんなこと無いぞッ! 逆に好き、かも……」

「ウチも和室の方が落ち着くばい」

 鈴帆ちゃんが畳の上に寝転がりました。

「もう夕食ですからくつろぐのはご飯を食べた後にしましょう」

「それもそうやね」

 皆で一緒に食事の準備が済んだ大広間へ向かいました。

 

「う~。食べ過ぎました……」

「だから腹八分目にしとけと言っただろう」

「だって食べ放題のビュッフェ形式なんですもん。思わず限界を超えるまで食べてしまいました。晶葉ちゃんはもっと食べないと成長しませんよ。研究に熱中すると食事抜いちゃうんですから」

「わ、わかっているさっ」

「今度またご飯を作りに行きますから期待していて下さい」

「ああ。楽しみにしているぞ」

 

 夕食後は自由時間なのでクラスの子全員で一つの部屋に集まりました。皆パジャマなのでパジャマパーティですね。なお私は信頼と実績のダサジャージです。

「せっかくの修学旅行なんだからさ、皆で怖い話でもしない?」

「あ~いいれしゅねぇ~」

 紗南ちゃんの提案により怖い話大会が始まりました。照明を調整し部屋を暗くして、皆で輪になって集まります。

「…………」

 心なしか蘭子ちゃんの表情が強張っていました。

 

「順番はどうするの?」

「じゃあ私からいきますよ。学級委員長としてトップバッターを務めさせて頂きます」

「飛び切り怖い話をお願いね、ビームちゃん!」

「ウィ。お任せ下さい。

 ……これは私の知り合いのアイドルから伺った話です。その方の友達もアイドル志望でして、養成所でダンスや歌などをコツコツ頑張っていたそうなんですね」

 小声で語りだしました。小さな声で話し始めると聞く人が耳を近づけるため話に集中させることができるのです。

 

「その努力の甲斐があり、とある小さな芸能事務所にスカウトされてデビューすることになったそうです。そのアイドルはそれはもう喜びました。だって念願だったアイドルに成れたんですから当然ですよね」

 皆が一斉に頷きます。

「他のアイドルのバックダンサーやキャンペーンガール等の下積みの仕事を手を抜かず頑張った結果、その子もようやくCDデビューできるようになりました。事務所もそのアイドルの努力をわかっていまして赤字覚悟でデビューミニライブを手配したそうです」

「良かった……」

 安堵(あんど)の溜息が聞こえました。

 

「そのアイドルはライブの日を指折り数えて待ちました。そしてライブ当日になったのです。ライブと言っても小さい事務所ですから会場は小規模のライブハウスです。

 それでもその子は気にしませんでした。少なくてもライブを見に来てくれた観客のために精一杯歌おうと思ったんですね」

 共感を誘うように語りました。誰もが経験するシチュエーションで共感を求めると、話を聞く人をグッと引きつけられるんです。

 

「そしてライブ開始の時間になりました。喉はもうカラカラで、胸がどきどき張り詰めてくるのを感じます。ですが観客の方々が少しでも喜んでくれるよう笑顔を作り、一世一代の覚悟で舞台に飛び出しました!

 しかし、そこには驚愕の光景が広がっていたのです……」

「……ッ!」

 溜めに溜めてからおどろおどろしく言葉を続けます。

 

「観客は誰一人、いませんでした……」

「きゃー!!」

 かわいい悲鳴が部屋中に広がりました。

「た、確かに怖いなッ!」

「もし同じ目に遭ったら立ち直れんかもしれんばい!」

 美玲ちゃんと鈴帆ちゃんがブルブルと震えました。アイドルにとって観客0人は考えたくもない惨劇ですからこの反応は仕方ありません。正直幽霊よりよっぽど怖いです。

 

「もりくぼはそっちの方が安心しますけど……」

「お化けとかじゃなくて、良かった……」

 少々特殊な子もいましたが、概ね怖がってもらえたので良かったです。

「ま、まぁカワイイボクならそんなこと絶対ありませんけどねっ! というか怖さの方向性が違いますよ!」

「はは、すみません」

 蘭子ちゃんは心霊系の怖い話がとても苦手ですから変化球で勝負してみたのです。

 作り話だとネタばらしすると皆一様にホッとしていました。その後は怖い話を続けたり、トランプをしたりしてとても楽しい時間を過ごしました。

 

 

 

 翌日は首里(しゅり)城を訪れました。琉球王朝の王城で沖縄県内最大規模の城だったそうです。

 琉球王国の政治、外交、文化の中心地として威容を誇りましたが、先の大戦で灰燼(かいじん)に帰した後、沖縄の本土復帰二十周年を記念して国営公園として復元されました。

 再建されたものではありますがとても美しく、この場所の歴史に対する敬意に(あふ)れているような気がしました。お城は結構好きなので来られて良かったです。

 

「灼熱の業火が我が身を焦がす……」

「今日は結構暑いですからねぇ」

 蘭子ちゃんの額に汗が滲んでいます。日傘もあまり効果はなさそうでした。

「そうだ。仰いであげますよ」

 バッグから扇子を取り出して勢い良く仰ぎます。

「これはシルフの(たわむ)れ……否、プロバンスの風! ……た、助けて~!」

「ああっ、すみませんっ!」

 ついつい力を入れすぎてハリケーンみたいな暴風になってしまいました。

 

 首里城を後にした我々は観光バスで沖縄美ら海(ちゅらうみ)水族館に向かいました。

 こちらは国営沖縄記念公園・海洋博覧会地区内の水族館で沖縄の著名な観光地だそうです。

「むふー! みなさん、今日は七海についてきてくらさい~!」

 案の定魚好きな七海ちゃんが超張り切っていました。

 

「うわぁ~!」

「凄い……」

 巨大水槽内に展示されているナンヨウマンタやジンベイザメは正に圧巻の一言です。この一つの水槽で約七十種類、一万六千匹の生き物を様々な角度から見ることができ迫力満点で、まるで海の中にいるような神秘的な気分を味わえました。

「来てよかったですね」

「おさかなを釣り上げた時のような、ドキドキの連続れすっ!」

 食い入るように水槽に見入る姿が可愛かったです。

 

 その他にもイルカショーや熱帯魚コーナーなど見どころさんは盛り沢山でした。しかし私としてはそれ以上に気になるコーナーがあったのです。

「こっちは『深海への旅・個水槽』かぁ……深海魚ってなんか地味じゃない?」

「何言っているんですか愛海ちゃん。光の届かない闇の底で独自進化した生物なんて素敵です」

「でも、結構グロいのが多いよ」

「だから良いんじゃないですか。とっても親近感が沸きます。フフフ……」

 同じ闇の底で生まれ育った生物同士ですから共感してしまうところが多いんですよ。

 

 

 

 その後は本日のホテルに向かいました。

「明日はいよいよ海水浴とマリンスポーツか! 楽しみだ!」

「光は張り切っているナ! ナターリアもいっぱい泳ぐゾ~♪」

 明日は三日目にして念願の海ですから、皆浮足立っていました。そういう私も心がぴょんぴょんしてますから人のことは言えませんけど。

 

 夕食を終えて部屋に戻ろうとしましたが先生方が何やら真剣な表情をしてロビーに集まっていました。なぜか胸騒ぎがしたので、その輪から少し外れたところにいる間宮先生に話しかけます。

「お疲れ様です。何かあったんですか?」

「うん、実はね……」

 不安げな表情の先生から一通り事情を伺いました。

 

 明日はこのホテルに隣接したビーチで海水浴等をする予定なのですが、今日の夕方にその沿岸で巨大なサメらしき姿を見たとの目撃情報があったそうです。

 別の魚等を見間違えた可能性もありますが、生徒の保護責任があるので大事を取って明日の海水浴を中止にするか否か教師の間で意見が割れているとのことでした。

 

「そんな……」

「えぇ~! 海水浴できないの~!?」

 その説明を聞いた皆や他クラスの子達が口々に不満を漏らします。私も気持ちは同じでした。

 せっかく人生初の沖縄で仲の良いクラスの子達と旅行に来たのに、海に入らず尻尾を巻いて帰るなんて選択肢はハナっからありません。

「中止にする必要はないです。要はそのサメをなんとかすればいいんでしょう?」

「でも相手はサメよ? いくら七星さんでも危ないわ!」

「北斗神拳は無敵ですから任せて下さい。それに例え止められても私は行きます」

「そう言われてしまうと止めようが無いんだけど……」

 自信満々な態度で断言しました。たかが魚類にやらせはせん! やらせはせんぞ!

 

 

 

 翌朝、夜明けと同時にビーチに向かいます。先生やクラスの皆が見送りに来てくれました。

「何か感じますか、朱鷺さん?」

「はい。やはり目撃証言通り何かいるようです。……それも飛び切り大きいヤツが」

 幸子ちゃんの問いかけに答えました。集中して周囲の気を探知すると沖合いにひときわ大きい気を感じます。通常では感じ取れないくらいの距離ですが殺気に満ちていましたのでここからでもよくわかりました。

 

「やっぱり止めた方がいいんじゃないかしら。遊泳できないのは残念だけど七星さんの身の安全の方が大切よ」

「話し合いに行くだけですから大丈夫ですって。止めても無駄ですから諦めて待っていて下さい」

「……なら安全な距離で様子を見てね。危なくなったら直ぐに逃げていいから」

「は~い」

 先生は随分と心配症ですねぇ。例え死んでも自己責任ですという誓約書まで書いてあげたのに。

 

 なお、学校側が対応について346プロダクションに相談したところ、『朱鷺だったらメガロドンでもティラノサウルスでも問題なく処理できるから任せておけばいいさ』というそっけない回答があったそうです。理解のある事務所に所属できて私はとっても幸せですね(半ギレ)。

 

「シュノーケルはいらないのカ?」

「北斗の流派に伝わる『調気(ちょうき)呼吸術』のおかげで無呼吸で活動できますから素潜りで大丈夫です。初心者は10分程度なんですが私は特別なので30分以上無呼吸で動けますよ」

「初心者の時点で既に人間を止めているような気がします……」

 乃々ちゃんが何か言っていますが聞こえないフリをしました。

「じゃあ、行ってきま~す!」

 手を振ってから海に飛び込みました。

 

 入水後は先程の殺気目掛けて猛スピードで突き進みます。

 するとものの数分で目的地に辿り着きました。

(……ッ!)

 いました。

 眼前にはB級サメ映画に出てきそうなほど大きくて凶暴そうなホオジロザメが遊泳しています。その黒々とした瞳がとても印象的でした。コイツが殺気の主だったようですね。

『デカァァァァァいッ! 説明不要!!』といった感じです。

 目撃証言は確かなものでした。こんなのがいたら安心して泳げませんのでもっと沖へお引き取り願うことにします。

 

(めっ!)

「…………?」

 殺気を開放してホオジロサメにぶつけましたが全く動じません。むしろ殺気を私に向けてきました。どうやら哺乳類と違い察しが悪いようです。所詮は魚類ですから仕方ありませんか。

 さてどうしましょうかねぇと思った次の瞬間、大口を開けて私目掛け突っ込んできます!

 

 正に、突撃でした。

 巨体の全体重を乗せた、魚雷のような圧倒的な突撃。

 ホオジロサメは海中を一気に駆け────その牙は私を捕らえません。

 

(激流を制するは静水……)

 慌てず騒がず、腰を軽くひねるだけの動きで突撃を回避しました。

 いくら水中とはいえ、何の技術もない力任せの単調な攻撃が私に当たるはずがありません。

 そしてこれで正当防衛成立です。先に手を出したのは貴方ですから恨まないで下さいね。

 

 ホオジロサメは私の姿を見失って右往左往していました。

 再度殺気をぶつけるとUターンし再び私目掛け突進します。同じ攻撃が二度通じると思っているのでしたら甘いですよ。

 再び最小限の動きで突撃をかわし、そのまま攻めに転じます。

 

 下方から上方へ向けて繰り出す、手首を返しての切り上げの手刀。

 隙だらけだった白いお腹に吸い込まれていきます。

 次の瞬間、貫手が奴の心臓に到達しました。

 そのまま一気に潰します。

 回避から仕留めるまでの動作が、一瞬のうちに、何の予備動作もなく行なわれました。

 

 すると辺りの海水が真紅に染まりました。

 最期の力で暴れ始めたので、再び手刀で延髄を瞬断し脳を完全に破壊しました。するとぐったりして動かなくなります。

 本当は秘孔を突いて安らかに葬りたかったのですが、流石の私でも魚の秘孔は分からないのでそれ以外の方法で苦しみが最小限になるよう注意しました。弱者をいたぶる趣味はないのです。

(さて、と……)

 血抜きが十分に済んだことを確認した後、ビーチに向かって再び泳ぎ出しました。他に大きい気は感じられませんのでもう大丈夫です。

 

 

 

「ただいま~!」

「おかえりなさい……って、何その大きいサメ!」

 ホオジロサメの尻尾を片手で持ち巨体を引きずりながら上陸すると、先生が慌てました。

「交渉が見事に決裂したのでつい殺ってしまいました。正当防衛ですから仕方ありませんね」

「過剰防衛に見えるけど?」

「個別的自衛権を発動しただけです。誤差ですよ誤差」

「はぁ……」

 思わず溜息を吐きました。問題を解決したんですからもっと褒めても良いんですよ?

 

「でも、こんなのを持って帰ってどうする気なんだ?」

 晶葉ちゃんが不思議そうな顔をしました。

「どうするって、もちろん食べるに決まってるじゃないですか」

「食べる!?」

「当たり前です。私は無駄な殺生は致しません。生き物を殺すのは食べる時と決めていますので、このサメさんも頂きます」

「えぇ……」

 クラスの皆から一斉に引かれました。ですがナターリアさんと七海ちゃんはウッキウキです。

 

「でも、サメって食べられるの?」

「白身魚とほぼ同じですから美味しいですよ。低カロリーで高タンパクなので体にも良いです。死後時間がたつとアンモニア臭くなるのが欠点ですが、今獲ったばかりですしその場で血抜きもしていますから朝のうちに食べれば大丈夫です」

「朱鷺ちゃんの言う通りなのれす~。それにお肉だけでなく軟骨も美味しいんれすよ!」

「ナターリアはサメのお寿司食べたいナ!」

「わかりました。お寿司も用意しますよ」

 その後はホテルの厨房をお借りしてサメ料理を作り朝食として宿泊客に振る舞いました。

 とても新鮮で味が良く大好評でしたね。あのホオジロサメだって皆の血肉に成れたんですから浮かばれたはずです。お前もまさしく強敵だった。

 

 

 

「それじゃあ遊泳の時間よ。溺れないように十分気をつけてね!」

「は~い!」

 サメの脅威が無くなったので、その日は予定通り海水浴とマリンスポーツになりました。

「七星さんのお陰で海水浴ができるよっ! 本当にありがとう!」

「皆さんのためになったのなら良かったです」

 他のクラスの子達からとても感謝されたので何だか良い気分です。やはり良いことをすると気持ちがいいですね。

 

「じゃあ、あたしがサンオイル塗るからみんな一列に並んでっ!」

「愛海ちゃんはこういう時は本当に元気ですよねぇ……」

「うんっ!」

「でもエロ目的のタッチはNGです」

「えぇ~~!」

 サンオイルを取り上げました。先程からずっと手をワキワキさせているので皆警戒しています。

「せっかくの登山チャンスなのにっ!」

「ダメです。それに愛海ちゃんの目的は皆よくわかっているので無駄ですよ」

「ああ……今日の一番の楽しみだったのにぃ!」

 両手と両膝を砂浜に付いて悔しがりました。ですが普段の行いが行いですから仕方ありませんよ。おほほほ。

 

「はぁ~い! では私が塗りますから一列に並んで下さいね~♪」

 皆に声を掛けました。ぬっふっふ……。これこそ私の戦略────『愛海ちゃんを隠れ(みの)にして私が塗る作戦』です。合法的にお触りができる機会を逃してなるものですか。このためにわざわざサメ退治をしたんですからじっくり堪能するのです!

「ん~……。何となく朱鷺も危ない気がするんだよな。ここは乃々にお願いしたい」

 すると美玲ちゃんがとんでもないことを言い始めました。

「えぇっ! 私ですか?」

「何と! な、なぜ私ではダメなんですか!」

「朱に染まった鷺からは、どことなく邪気を感じる……」

「ちくしょうめぇ~!」

 両手と両膝を砂浜に付いて悔しがりました。普段の行いがそんなに悪いのでしょうか。

 

 その後は気を取り直し、ビーチバレーやスイカ割り等、海辺のレジャーを一通り堪能しました。蒼い空、青い海、白い雲、皆のビキニ姿。どれも最高です。

 特に皆のビキニ姿は素晴らしいです。むしろこれさえあれば他の要素は何一ついらないです。

 

「朱鷺ちゃんは、ジェットスキーには乗らないんですか……」

 ビーチチェアで休憩していると乃々ちゃんから話し掛けられました。

「運転できるなら乗りたいですけど中学生では自分で動かせないですからね。それに水上を走った方が遥かに早いのでスリルもありませんし」

「……水上を走るという意味が、もりくぼにはよくわかりません」

「簡単ですよ。何ならやってみましょうか」

 

 二人で海面に足を浸けます。

「こうやって、右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右足を出すと……」

 両足を高速回転させ海面上を勢い良く突っ走ります。暫く進んでからUターンし乃々ちゃんのところに戻りました。

「水上を自由自在に走れるというわけですよ。ね? 簡単でしょう?」

「それができるのは世界中で朱鷺ちゃんだけだと思うんですけど……」

 表情がやや引きつっているような気がしますが、何かあったんでしょうか。

 結局日が暮れる直前まで遊び続けました。皆はしゃぎ過ぎて夕飯を食べたら電池が切れたかのように眠りに就いたのです。何だかんだ言って皆まだまだお子様でした。

 

 

 

 翌日の最終日は自由行動です。那覇最大の繁華街──『国際通り』にてお土産やかわいい雑貨、アクセサリーを物色します。

「くっ……!」

 私の視線の先には色とりどりの一升瓶が並んでいました。近いのに手が届かないのは本当にもどかしいです。

「どうしたの、ビームちゃん?」

「なんでもないですよ。はぁ……」

 

 沖縄まで来て泡盛を呑まずに帰るとは何と無念なことか! 独特の香りとすっきりとした喉ごしの泡盛は本当に美味しいんですよ。ゴーヤーチャンプルーをつまみに呑むと更に格別です。

 それに泡盛だけではありません。未成年の身ではオリオォンビールやゴーヤービール等の地ビールも楽しむことが出来なかったのです。

 リベンジのため、二十歳になったら再上陸し地酒をフルコンプしようと心に誓いました。

 

「それにしてもどれだけお土産を買って帰る気なの?」

 私が抱えている複数の紙袋を見て呆れ顔で呟きました。

「妹にお土産を沢山買ってくると約束しましたからね。これでもまだ少ないくらいです」

「相変わらずのシスコンぶりだねぇ」

「家族想いと言って下さい」

 シスコンとは失敬な。妹のためならいつでも死ねる程度には大切なだけです。もちろん両親も同じくらい大切に想っていますよ。

 

 そのまま紗南ちゃんと談笑していると光ちゃんが駆け寄ってきました。

「あっ! ここにいたのか! 早く行かないと始まるぞ!」

「ああ、そういえばそんな時間だね」

「さぁダッシュだ!」

「ちょ、ちょっと待って! 少し距離があるんだからタクシーで行こうよ!」

 逸る光ちゃんを抑えつつ、タクシーを拾って某ショッピングモールに移動しました。

 

 

 

 モール内に設けられた仮設のイベントスペースに着くと既に他のクラスメイト達がいましたので、挨拶をしつつ安っぽいパイプ椅子に座ります。

 周囲には『琉神(りゅうじん)シーサー わくわくヒーローショー☆』と書かれたのぼり旗がところどころに配置されていました。

「琉神シーサーというヒーローは存じ上げませんが有名なんですか?」

「全国区展開はされていないご当地ヒーローだけど、沖縄ではとても人気なんだ! ローカル局で特撮番組も作られているぞッ! 自由行動日に偶然ショーがやっていて超ラッキーだな!」

 光ちゃんが興奮した様子でまくし立てました。彼女の強い要望により、皆で無料のヒーローショーを鑑賞することにしたのです。

 それにしても、周囲はご家族連ればかりなので女子中学生の集団は凄く浮きますね。しかも最前列ですから余計に目立ちます。

 

 周囲をキョロキョロしていると開幕の時間になりました。

 不穏なBGMが鳴ると戦闘員っぽい二人組の悪役が勢い良く飛び出します。その後ウツボ型の怪人がのっしのっしと出てきました。

「ハハハ! 人間がいっぱいだ~怖がれ怖がれ~!」

 そんなことを叫びつつ、戦闘員と共に観客席の子供達を驚かしにかかります。すると至るところから悲鳴が上がりました。正に阿鼻叫喚です。

 

「待て! 皆を怖がらせるような悪いヤツは、絶対に許さないぞ!」

 するとヒーローの勇ましい声が周囲に響きます。次の瞬間、オレンジ色の特撮ヒーローがステージに飛び込んできました。

「美ら海からやってきた獅子の戦士! 琉神シーサー、ここに見参!」

 かっこいいポーズを決めながら叫びました。正に王道を往くヒーローショーといった感じです。私はこういうの結構好きですよ。

 とはいっても私がひいきにしているのは溝ノ口発の赤いヒーローさんですからだいぶ系統は違いますけどね。あの圧倒的な強さとド外道な姿勢には共感できてしまうのです。

 

 その後は琉神シーサーと怪人達の間で迫真の殺陣(たて)が繰り広げられました。ご当地ヒーローだと侮っていましたが結構しっかりしたアクションなので見ていて楽しかったです。

「ぐおお~! やられたぁ~!」

 琉神シーサーが戦闘員とウツボ型の怪人をやっつけると、先程とは別の怪人が姿を現しました。何だかヒトデっぽい感じで、ごてごてした装飾が沢山付いています。

 

「出たな! ボーゲーン伯爵め!」

 光ちゃんが真剣な表情で唇を噛み締めます。伯爵ということは敵の幹部なのでしょうか。

「おのれ~! また我々の邪魔をするのか、琉神シーサー! ならばこちらもそれなりの手を使わせてもらう!」

 そんなことを(わめ)くとなぜか私達の方に近づいてきます。そして私の手を取ってステージ上へ向かいました。

「え? ええ?」

 訳も分からずステージに上がります。まさか人質というやつでしょうか。

 

「クッ……。汚いぞボーゲーン伯爵! その娘を離せ!」

「ファファファ! 貴様の言葉に従う訳なかろう! コイツは我々の人質となったのだぁ!」

 貴方は誰を人質にしたのかちゃんと理解しているのでしょうか。

 私を抱えるようにしていますが、片手でさりげなく私のお山を鷲掴みにしています。普通にセクハラ案件ですよ、これ。

 

「しかしこの娘……。女子学生の割にやたらとデカイな!」

「はぁ、そうですねぇ。よく言われます」

 それは事実ですから仕方ありません。

「髪飾りもセンスが悪い! 女子失格だ!」

「え~そうですか?」

 ミミッキュの髪飾りは結構気に入ってるんだけどなぁ。同じ闇を抱えたモンスター同士ですから愛着があるのです。

 

 その後もなぜかネチネチとディスられましたが、言われ慣れているので別にどうということはありませんでした。平然としていると怪人が焦った様子を見せます。

「よほど非常識な親に育てられたんだろう! 全く、親の顔が見てみたいものだ!」

「……親は関係ないでしょう。親は」

 なぜ見ず知らずの怪人に両親を馬鹿にされなければならないのか。沸々(ふつふつ)と怒りがこみ上げました。苛立ちが思わず表情に出てしまいます。

 

 私が反応すると、ボーゲーン伯爵とやらが途端に調子に乗り始めました。

「ほほう、図星だったか! 結局『蛙の子は蛙』ということだな! 毒親に育てられるとはなんと惨めな娘だ!」

「……いいえ。私の両親は私とは比較にならないくらい素敵な人達です」

 静まれ私。子供達の見ている前でキレてどうするんですか。我慢です我慢。

「親も親なら友達も友達だ! きっと揃いも揃ってロクでもない奴らなんだろう!」

「それも違います。確かに私はロクデナシですが、クラスメイトの子達は良い子達ですよ」

 クールになれ七星朱鷺。こんな安い挑発に乗るんじゃありません。我慢です!

「ふん、今時のガキなぞ信用できん! どうせ揃いも揃って尻軽女に違いないわ!」

 が……ま……。

 

「ん? どうした? ようやく泣いたかぁ~?」

 (うつむ)いて震える私の顔を怪人が覗き込みます。着ぐるみなので表情はありませんが、私には心なしか嬉しそうに見えました。

「フフ……。あははははははははっ!」

 その瞬間、最大限引っ張ったゴムが千切れるような景気のいい音が脳内に響きました。

 『EXAMシステム スタンバイ』という効果音が流れたような気がします。

 

 

 

────その後のことは、あまり憶えていません。

 気がつくと、パンツ一丁で泡を吹いている中年男性が無残に転がっていました。

 それはかつてボーゲーン伯爵と呼ばれていたモノの成れの果てです。

 当然ヒーローショーは中止です。そのままスタッフさんに連れられて楽屋に向かいました。損害賠償を請求されるかと思うと気が重いですが皆も一緒についてきてくれたので良かったです。

 

「あ~もう滅茶苦茶だよ……」

 楽屋では現場責任者らしき方が頭を抱えていました。恐る恐る中に入ります。

「朱鷺が暴れたからだぞッ!」

 美玲ちゃんから白い目で見られました。

「し、仕方ないじゃないですか! 家族や友達を馬鹿にされて黙っていられるほど私は聖人ではありません! 悪いのは暴言を放った怪人の方ですよ!」

 

「そのこと、なんだけど……」

 光ちゃんが気まずそうに語りました。何でもボーゲーン伯爵は琉神シーサーのライバル的な存在で、敵味方構わず暴言を吐くという特徴がある悪党キャラだそうです。

 このヒーローショーでは暴言で人質を泣かせたり怖がらせたりしてから琉神シーサーが華麗に救出するというのが鉄板の流れらしいのですが、事前知識が全く無かった私はガチギレして暴れてしまったとのことでした。

 

「す、すみません……」

 慌てて現場責任者さんに謝罪しました。あの暴言もショーの一環だとすると、勝手にブチギレた私が悪いと言わざるを得ません。

「いや、そのことはいいんだ。こちらとしても家族や友達を侮辱するような暴言はやり過ぎだと思っているさ。

 元々のアクターが急病で急遽代理の奴に()ってもらったんだけど、その辺りのモラルや常識に欠けていたんだな。だから一言謝罪がしたくて足を運んでもらったんだよ。本当にごめんね」

 現場責任者さんやスタッフさん、演者の方々から一斉に頭を下げられました。私にも落ち度があったので恐縮してしまいます。

 

「それにしても、よりにもよってビームちゃんを選ばなくてもいいのに」

「普通は子供に人質役をやってもらうんだけど、代理の奴が女好きの巨乳好きでね。勝手に自分の好みの女性を人質役に選んでしまったようだ」

「だから私のお山を触ってきたんですね」

 やっぱりあそこで処しておいて正解でした。破壊したのはスーツのみで本体は奇跡的に無事だったのでしっかり反省してほしいです。

 

「でも君、どこかで見覚えがあるな。……あっ! もしかして346プロダクションの!」

「アイドルの七星朱鷺と申します。以後お見知りおきを」

 そのままペコリと一礼しました。

「本当にすみませんでした! 命だけは助けて下さいッ! 何でもしますから!」

「……いや、別に何も要求しませんよ」

 真っ青な顔で土下座されました。私の世間的なイメージがここまで悪化していたとは……。今日は人生で初めて男から胸部装甲を触られるし良いことないです。

 

「ありがとうございますっ! ふぅ……助かったのは良いけどこれからどうしようか」

「これからとは?」

「今日はもう一ステージあるんですよ。今から予備のスーツとアクターを手配しても間に合わないのでどうしようかと」

「なら朱鷺さんがでたらどうですか? アクターとしてはぴったりでしょう」

 幸子ちゃんが余計なことを言い出しました。

 

「な、七星さん相手に殺陣なんて無理っス!」

「先月長男が生まれたばかりなんです! まだ死にたくありません!」

「あんな勢いで殴られたら絶対に死にます! 本当に勘弁して下さい!」

 アクター達が必死に命乞いをしてきました。もう泣きたい。

「朱鷺がいてもダメだぞ! このショーでは琉神シーサーとボーゲーン伯爵の一騎打ちが最大の見どころなんだ。それがないと琉神シーサーのショーとして認められない!」

 光ちゃんがこだわりを見せました。特撮マニアの彼女が言うんですからショーは諦めるしかありません。

 

「せっかく足を運んでくれた方に申し訳ないな……」

 現場責任者さんがガックリとうなだれます。何だか可哀想なのでどうにかできないか考えたところ、良い浮かびました。

「皆さん、…………というのはどうでしょう?」

 小声で皆に相談します。

「良い案ですけど、事務所を通さなくて大丈夫ですかねぇ?」

 幸子ちゃんが心配そうな表情を見せました。

「犬神Pに連絡して、力尽くで承認させますから問題ありませんよ」

「なら大丈夫ですか。カワイイボクとしては問題ないですよ。それに一度、クラスの皆さんと一緒に演って見たいと思っていましたし」

「じゃあ多数決で決めましょう。賛成の方は手を上げて下さい」

 すると十二本の腕が上がります。満場一致で賛成でした。

 現場責任者さんに提案すると「是非お願いします!」とお願いされました。これで決定です。

 

「衣装はどうしましょう……」

「制服のままでいいじゃないですか。一応見せパンは必要ですよね」

「じゃあ、買ってくるヨ!」

「はい。お願いします」

 見せパンを履かずにパンツ丸出しでライブという無意味なお色気サービスは我々には不要です。

 

 開場まであまり時間がないので皆でバタバタと準備します。でも何だかワクワクしました。

 そして開場時間になりました。私は先に舞台に上がり、マイクを持って子供達に語りかけます。

「良い子のみんな、こんにちは~!」

「こんにちは~!」

「今日は琉神シーサーに会いに来てくれてありがとう! とっても残念なんだけど、彼の故郷のニライカナイがボーゲーン伯爵に襲われちゃって、ここに来れなくなっちゃったの!」

「ええ~~!」

 不満の声が会場中に広がりました。

 

「本当にごめんね。でも今日は代わりに琉神シーサーのお友達が来ているんだよ! みんな~、出てきて!」

 言い終わるのと同時に、乃々ちゃん達が舞台に現れます。

「わたしたちは346プロダクションのアイドルなんだ。琉神シーサーにお願いされて、ショーの代わりにライブをすることになったんだよ!」

 今度はどよめきが広がります。お父さんお母さん方がとてもびっくりしていました。現役の人気アイドルが十二人揃っているんですから無理はありません。

「それじゃあ、みんな私達の歌を聴いていってね! まずは『お願い!シンデレラ』だよ!」

 するとあの曲のイントロがかかります。さあ、いきますよ!

 

 

 

「ありがとうございました~!!」

 その後は全体曲や個人曲等を一通り披露しました。クラスの皆でライブをする機会なんて今までありませんでしたから、とっても楽しかったです。

 観客も加速度的に増え、最後には沢山の拍手が私達を迎えました。噂を聞きつけた地元のファンの方も多数押しかけ、その場から逃げるのがとても大変でした。

 それにしても人生最高の沖縄旅行で、私が抱えている心の闇が数年分は浄化されたような気がします。今度は皆と一緒にプライベートで旅行に行きたいですね。

 

 なお、その後なぜか琉神シーサーと私がコラボレーションすることになり、地上最強の女性ヒーロー──『北神トッキー』として強制特撮デビューさせられました。

 

 あの世で私にわび続けろ犬神ィーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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裏語⑦ 七星朱鷺の消失

「それでは失礼します」

「届けてくれてありがとう、白菊さん。最近交通事故が増えているから帰り道は気をつけてね」

「はい、わかりました」

 担任の先生に一礼してから放課後の職員室を後にします。先程廊下に落ちていたお財布を職員室に届けていたら少し帰りが遅くなってしまいました。

 でもお財布を落としてしまった子はとても困っているはずなので、早めに届ける事ができて良かったと思います。無くした時の大変さは私が一番よくわかっていますから……。

 

 校舎を後にしてそのままの足で346プロダクションに向かいます。すると少し先の交差点で見知った背中を二つ見つけました。そのまま小走りで近づきます。

「おはようございます。朱鷺さん、乃々さん」

「ほたるちゃんですか。おはようございます」

「お、おはよう……」

 お二人の横に並んで歩き出します。

 

「今日のレッスンは何でしたっけ?」

「えっと……。今度の『346 PRO IDOL SUMMER Fes』で披露する新曲の振り付け練習です……」

「ああ、そうでした。大舞台で新曲をご披露とは犬神P(プロデューサー)もたま~には粋なことをするものです。きっと雪か槍が降るんじゃないですか」

「私達のCDもこれで三枚目なんですよね。デビュー前のことを考えたら本当に信じられません」

「それだけ皆が頑張ったということですよ。売上も超右肩上がりなのでもっと自信を持っていいと思います。特に乃々ちゃんはね」

「自信……。もりくぼには一番縁遠い言葉です……」

 三人で談笑をしながら進んでいると、朱鷺さんの表情が不意に険しくなりました。

 

「どうしました?」

「二人共、その場を動かないで下さい。……はぁっ!」

 そのまま華麗に跳躍します。すると遥か上空でレンガが勢い良く砕けたような音が響きました。少しして朱鷺さんが優雅に舞い降ります。

「……今の感じだと植木鉢ですか?」

 乃々さんがおずおずと尋ねました。

 

「そうみたいです。そこのマンションのベランダに飾ってあったものが落ちたんでしょう。今日は風が強いですから」

「……いつもすみません」

 朱鷺さんに向かって頭を下げます。全て不幸を呼び寄せてしまう私の体質のせいですから本当に申し訳ないです。

「ははは、気にしないで下さい。きっと偶然ですって」

「でも……」

「デモもストもありません。それにもし本当にほたるちゃんの不幸のせいでも私は全然気にしないですよ。デビュー前にも言いましたけど、貴女が呼び寄せる程度の不幸はこの私が全力をもって粉々に打ち砕いてあげますから!」

「ありがとう、ございます」

 以前朱鷺さんは同じ言葉で私を励ましてくれました。そしてその言葉通り、様々な不幸から私を守ってくれています。本当に感謝の言葉もありません。

 

「なんて言っても私にはこの力がありますから、ほたるちゃんの十人や二十人守るのは問題ありません。それに頭だってそれなりには切れますしね」

 指でコメカミをつつきながら笑顔で答えます。

 すると次の瞬間、急速に落下してきた植木鉢が朱鷺さんの頭に直撃しました!

 

「に、弐撃必殺とは……。無念……」

 勢い良くその場に倒れ込みます。

「朱鷺さん!」

「二つ目が思いっきりぶつかりました……」

 急いで助け起こします。幸いなことに傷一つありませんでしたが、ぶつかった時の勢いのためかコメカミに指が食い込んでいました。

「あわわ……どうすればっ」

「きゅ、救急車を呼びましょう!」

 スマホを取り出して119番に掛けようとすると朱鷺さんがゆっくり起き上がりました。どうやら意識は戻ったようです。

 

「だ、大丈夫ですかっ!」

 朱鷺さんの顔を覗き込みます。すると私には目もくれずキョロキョロと周囲を伺いました。そしておもむろに立ち上がります。

「朱鷺、さん?」

「意識はちゃんとありますか……?」

 二人して戸惑いながら声をかけると、ゆっくりと口を動かします。

「え~っと。……ここは誰? 私はどこ?」

「……えっ」

 一瞬、時が止まったような気がしました。

 

 

 

「記憶喪失?」

 飛鳥さんが訝しげな表情を浮かべます。

「はい。先程植木鉢が直撃して倒れてしまって……。起きた時はもう……」

「昔の漫画みたいにベタベタな展開だね。またタチの悪い悪戯じゃないのかい?」

「でも長すぎます。『滑ったネタをいつまでも続けられるほど私のメンタルは強くありません』と以前仰っていましたし」

「それもそうか」

 コメットのプロジェクトルームで合流した後、先程の経緯を説明しました。

 

「この調子だと今日のレッスンは無理そうだな」

「そうですね。先程犬神Pさんに連絡して今日のレッスンはお休みにしてもらいました。今は外出中なので後でこちらにいらっしゃるそうです」

「それまではボク達でアレを何とかしないといけない訳か」

 二人して朱鷺さんを眺めます。

「あはは、この髪型面白ーい!」

「や、止めて……止めて下さい」

 当の朱鷺さんは、縦ロールに巻いた乃々さんの髪をバネのように引っ張って遊んでいました。

 

 とりあえずソファーに座らせて状況を確認することにします。

「え~と、私の名前は七星朱鷺、でいいんだよね?」

「は、はい」

「それで貴女達は、森久保さん、二宮さん、白菊さんっと。よし、ちゃんと覚えた」

 朱鷺さんから名字で呼ばれたのは本当に久しぶりでした。口調もいつもとは全然違うので同じ顔をした他人とお話しているような気分です。

 

「それで、キミは何を覚えていて、何を忘れているのかな?」

「ん~とねぇ……言葉は喋れるし字も書けるよ。でも過去の記憶は全く無いね。家族や友達に関する記憶が一切合切飛んじゃった感じかな?」

「そうなんですか……」

 改めて事の重大さを思い知りました。私達のことやあれだけ大切にしていた家族のことまで忘れてしまうなんて、本当に悲しいです。

 

「いやいや、そんな落ち込まないでよ。若者は若者らしく元気に生きるのが一番だって」

「何だか、朱鷺ちゃんが一番冷静な気がします」

「だって何にも覚えてないしねぇ。惜しむような記憶や過去が全部抜け落ちちゃってるんだからしょうがないさ」

 紅茶をすすりながら平然と答えました。自分の大切なものを全て忘れてしまうこと。それがこの世で一番の不幸なのかもしれないです。

 

「やっぱり病院に連れて行くべきでしょうか。検査してもらったら原因がわかるかもしれません」

「……いや、恐らく無駄さ」

「な、何でですか……?」

「考えても見てくれ。普通の人間なら脳内出血等が原因で記憶喪失の可能性もあるが、何せ相手はあの朱鷺だよ。『核ミサイルでも直撃しない限り傷を負いません』と豪語していたくらいだから、たかが植木鉢が当たっただけでそこまでのダメージを負うことはないだろう。ボクが気になっているのは自分のこめかみを指で突いていたという点なのさ」

「そのことが何か問題なんでしょうか」

「答えは一つ。植木鉢が直撃した拍子に自分で『記憶封じの秘孔』を突いてしまったんだろう」

「ええっ!」

 まさかそんなドジ……朱鷺さんなら、もしかしたらあるかもしれません……。

 

「ねーねー。秘孔って何?」

「キミがそれをボクに訊くのか……。秘孔とは人体に点在する血の流れや神経の流れを司るツボさ。 北斗神拳ではそこに指を突き入れ気を送り込むことによって、人体に様々な変化を起こすことを奥義としている……らしい。そして秘孔の中には人の記憶を操ることができる効果を持つものもあると以前トキから聞いたことがある」

「へぇ~何か物騒なんだね。その北斗神拳ってヤツ」

「朱鷺さんは北斗神拳の伝承者なんですよ」

「ええっ! マジで!」

 本気で驚いています。そのことまで忘れてしまったのですか……。

 

「その記憶封じの秘孔はどうやったら解除できるんでしょう」

「以前トキと話した時は二通りの手段があると言っていたよ。一つ目は秘孔効果を無効化する秘孔を新たに突く方法だけど……」

「いや~、全く記憶にございませぬ。誰か私以外にその北斗神拳を使える人はいないのかな?」

「……北斗神拳は一子相伝で、他に使える方はいないそうです」

「あちゃー。残念無念また来週だねぇ」

「そして二つ目は、強い精神力を以って秘孔効果を打ち破るという方法さ。だがトキ自身もこの方法を使ったことはないらしい。自分に不利な効果の秘孔を突く訳はないから当たり前だけどね」

「そんな……」

「そっか。現状打つ手なしなんだ」

 そう言う割に朱鷺さんはあまり残念そうではありませんでした。

 

「……記憶以外に変わったことはないんでしょうか」

 乃々さんが疑問を口にしました。記憶喪失に気を取られていましたが、もしかしたら他にも異変が起きているかもしれません。

「何か変わったことはあります?」

「そう言われても普段がどうなのかよくわかんないし……。ああ、そういえばちょっと肩が凝るかな。ほら、この体っておっぱいが大きくて重いから」

「重い?」

 飛鳥さんが不思議そうな顔をします。

 

「ちょっとこれを持ってもらってもいいかい?」

「ん、何? ……って何この本! 重ッ!」

 辞典くらいの厚みがあるドイツ語の本を手渡すと朱鷺さんがよろめきました。あれっ、何だか凄く違和感がある光景です。

「こっちに来てくれ」

「もう、今度はなんなの~」

 飛鳥さんが朱鷺さんの手を取って廊下に連れ出しました。

 

「この廊下の端から端まで、全力で走って欲しい」

「そんなことしたら疲れちゃうじゃん」

「これは重要なことなんだ。キミの全力────偽らざる真実の力でお願いするよ」

「まぁ、いいけど」

 文句を言いつつも走り始めます。綺麗なフォームで、短距離走の選手のように廊下を駆け抜けていきます。記録は図りませんでしたが普通の人より早いくらいでした。

「あ~疲れたぁ……」

 走り終えると呼吸を荒くして戻ってきます。これはもう、決定的でした。

 どうやら、記憶や北斗神拳だけでなく身体能力まで失ってしまったのです。

 

「もしかして、身体能力まで無くなっているんでしょうか……」

「そうらしいね」

「記憶と同時に封じられてしまったのでしょうか」

「……多分違うな。秘孔の効果は一箇所につき一つと言っていたから、忌まわしき鎖に繋がれたのは記憶だけのはずさ。

 これはボクの推理でしかないから一笑に付して構わないが、トキが持つ果ての無い力は彼女の器ではなく魂に宿っているんだと思う。だから人格を失った状態では特異点を越えることが出来ないんだろう」

 普通に考えればありえませんが、私も飛鳥さんの推理に賛成でした。でなければあんなに細い腕や足で超人的な力が出せる訳はないと思います。

「あれ、皆どうしたの?」

 私達が深刻な表情でうつむく中、朱鷺さんだけはあっけらかんとしていました。

 

 

 

 再度ルーム内に戻り作戦会議を行います。

「他に北斗神拳を使える方がいない以上、強い精神力を以って秘孔効果を打ち破るという方法しかありませんよね」

「だが精神力を高める方法とは予測もつかないな」

「朱鷺ちゃんが好きなものを色々と与えてみるのはどうでしょうか……。機嫌が良くなってポジティブになれば、少しは精神力がアップするかもしれないです……」

「とりあえず試してみるのも一興か」

「そうですね。今私達に出来ることをしましょう」

 不安で胸が一杯です。あの時私が声を掛けなければこんなことにはならなかったんです。私のせいで記憶を失ったのだとしたら、朱鷺さんのご家族に顔向けができません。

 

 とりあえず冷蔵庫から缶入りの飲料を取り出して朱鷺さんに差し出しました。

「ほらっ! 朱鷺さんの大好きなノンアルコールビールですよ。何か思い出しませんか」

「なぁにこれぇ。私って一応女子中学生だよね? 常識的に考えて、例えアルコールが入ってなくてもビールは良くないんじゃないかな?」

「えっ!」

「その口でそんな言葉を吐くのか……」

 意外な反応が返ってきました。普通なら喜んで受け取ってくれるはずなのに。

「じゃあ、ラーメン屋さんでも行きましょうか?」

「ん~、ラーメンかぁ~。悪くはないけど女の子が積極的に行くところじゃないよね。私はもうちょっと雰囲気のあるお洒落なお店の方が好きかな。フレンチとかバルなんていいかも」

 朱鷺さんの口からフレンチという単語が飛び出すとは思いもしませんでした。

 

「ではテレビゲームやプラモデル作り、競馬、麻雀等は今でもお好きですか?」

「ゲームやプラモはどっちかというと男の子の趣味でしょ。それに何だかオタク臭いから私はパスね。競馬や麻雀ってオジサンの趣味だから論外かな」

「な、なら何がお好きなんでしょう」

「アロマやネイルには興味あるかも。お洒落なカフェ巡りとかも楽しそう!」

「ア、アロマ……」

「それだとキミが目の敵にしていた『スイーツ(笑)』と同じじゃないか」

 眼の前の女性には今までの常識が一切通用しません。どうやら記憶を無くしたことで趣味嗜好まで一変してしまったようです。

 

「というか私ってどういうキャラだったの? 物凄く気になるんだけど」

 困惑した表情で私達に問いかけます。一言では回答し難い質問でした。

「そ、そうですね。強くて優しくて面倒見がいい、皆のお姉さんみたいな存在です」

「姉キャラだったんだ。自分ではそんな感じはしないから結構意外かも。それで私はアイドルなんだよね? どんな活動していたのかな」

「……ユニットでライブをしたり、イベントに出たりしています。朱鷺ちゃんはよくバラエティー番組に出て活躍しています」

「へぇ~そうなんだ」

「録画しているから見てみるかい?」

「うん! 見る見る!」

 

 ルーム内にある液晶テレビとブルーレイレコーダーを起動します。

 そして以前の朱鷺さんが出演した番組の録画を再生しました。朱鷺さんは自分の姿を食い入るように見ています。

 いくつかの番組を早送りしながらダイジェストで見終えた後、そっと電源を落としました。沈黙がルーム内を支配します。

 

 

 

「よ~し、過去の人格は抹消しよう!」

「駄目ですって!」

 非常に恐ろしいことを言い出したので大慌てで止めます。

「あははは。あんな化物は私じゃないって。人違い人違い♪」

「認めて下さい! あれは朱鷺さんそのものですよ!」

「いやー、冗談きっついわー……」

 そう言いつつ思わず頭を抱えてしまいました。どうしても自分だとは認めたくないようです。

 

「だって普通アイドルってキラキラしてて可愛い感じじゃん。なのに猫カフェの取材で猫を一匹残らず気絶させるってどういうことよ」

「朱鷺さんは可愛いものが大好きですから、沢山の猫を目の前にしてついテンションが上って殺気をぶつけてしまったそうです。あの時は心の底から落ち込んでいました」

 お店から出入り禁止処分を受けてむせび泣いていたのをふと思い出します。

「後は背の小さい子と一緒に芸人みたいな仕事しかしていないし」

「幸子さんとのペアはバラエティ番組的に需要がありますから……」

「何かもう戻らない方が良いような気がするねぇ」

「そ、そんなことはないです。朱鷺ちゃんが好きな方は沢山います……。もりくぼもそうですし……」

「いや、ないでしょ。私だったら絶対お近づきになりたくないもん」

 手でバツマークを作りながらそんな言葉を口にしました。自分の姿を見れば記憶を取り戻すかもしれないと思いましたが、どうやら逆効果だったようです。

 

「他に良い方法はないでしょうか?」

「トキが記憶を取り戻したいと強く思えば、秘孔の効果を跳ね返せるんじゃないかな」

「ですけど、朱鷺ちゃん自身が記憶を取り戻したいとは思っていないようです……」

「自分のああいう姿を見ちゃうとねぇ」

 思わず苦笑いをしました。先程の番組がよほどショックだったようです。

 

「犬神Pが戻ってくるまで少し時間があるから、他のアイドルに引き合わせて見るのはどうだい? 以前の朱鷺が皆から好かれていたことを知れば、今の彼女も記憶を取り戻そうと前向きになるかもしれない」

「そうですね……。他の方法もありませんし」

 飛鳥さんの提案通り、事務所内を回って見ることにしました。

 

 

 

「えっ! とっきーが記憶喪失?」

「本当ですか!」

「変な冗談じゃないんだよね?」

 シンデレラプロジェクトのプロジェクトルームに向かうとニュージェネレーションズの皆さんがいらっしゃいました。朱鷺さんの記憶喪失の件についてかいつまんで説明をします。

 

「ええと、この子達は誰なのかな?」

「346プロダクション所属アイドルさんです。私達の後輩にあたる方々ですよ。右から本田未央さん、島村卯月さん、渋谷凛さんです」

「そうなんだ。え~と、七星朱鷺っぽい人です。みんなよろしく♪」

「う、うん……」

 普段の朱鷺さんとは口調も雰囲気も全く違うので、皆さん困惑されています。

 

「彼女達のこと、少しは思い出せないかい」

「そうは言われてもねぇ~。私にとっては会う人全員初対面なんだよ」

 朱鷺さんの眉間に皺が寄りました。

「何か雰囲気が普段とは違います」

「うん。心の闇みたいなものと一緒に個性まで無くなったみたい」

「これだとただの美少女だねぇ」

 卯月さん達も朱鷺さんの様子がいつもと違うことに違和感があるようでした。

 

「そんなに落ち込みなさんな。こんなに可愛い子達がそんな顔してたらお姉さんは悲しいよ」

「記憶喪失中の朱鷺ちゃんに慰められてしまいました……。あのっ、私頑張りますから何とか記憶を取り戻せないのでしょうか?」

「それなんだけど、私的には正直どっちでもいいんだよね。いや、むしろ思い出さない方がいいかも……」

 朱鷺さんが冗談っぽく言うと、凛さんと未央さんの表情が真剣なものになります。

 

「……ふざけないで。私はこの前の貸しを作ったままなんだよ。それなのに勝手に記憶喪失になっていなくなるなんて許さないから」

「私だってそうだよ。思い込みでやらかしちゃった後にとっきーが励ましてくれたお陰で頑張ろうと思えたんだ。あの言葉がなかったらこんなに早く立ち直ることはできなかったと思う。それにせっかく未央って呼んでもらえるようになったのに、勝手に消えて欲しくないよ!」

「ちょ、ちょっとお二人共落ち着いて、ね? いなくなるとか消えるとか言ってるけど、私は今ここにいるよ?」

「確かに顔や声は同じだけど、貴女はやっぱり別人にしか思えない。朱鷺はちょっとドジでオジサンっぽくて腹黒いところもあるけど、誰よりも仕事に真剣で仲間のことを大切に想っている、私の大切な友達なんだよ」

 搾り出すような悲痛な声がルーム内に響きました。

 

「……そう。私ってそんな子だったんだ」

「はい。だからコメットとしても元の朱鷺さんに戻ってきて欲しいです」

 朱鷺さんが短いため息を吐いてから言葉を続けます。

「あ~あ。残念だけど記憶を取り戻すよう真面目に頑張るとしますか。こんなに多くの美少女達から登場を熱望されているんじゃ仕方ないもんね」

「……ありがとう」

「あはは、お礼なんていいって」

 凛さん達に笑顔が戻りました。ニュージェネレーションズの皆さんと私達の想いが朱鷺さんに通じたようです。

 

「それで、これからどうするの?」

「そろそろ犬神Pさんが帰社される時間なので、一旦私達のプロジェクトルームに戻って相談して見ようと思います」

「では、記憶を取り戻す方法がないか私達の方でも調べてみますね」

「この未央ちゃんに任せてよ!」

「は、はい……。よろしくお願いします……」

 卯月さん達に一礼しました。

 

 

 

 その後は一旦コメットのプロジェクトルームに引き返しました。記憶を取り戻す方法ついて改めて打ち合わせをしましたが、良い案は浮かびません。

 重苦しい空気に包まれていると唐突に部屋のドアが開きました。息を切らせた犬神Pさんがそのまま入室されます。

 

「遅くなってすまない! 七星さんは大丈夫かッ!」

「悪いけど、大丈夫と言える状況ではないよ」

「まさか、本当に記憶喪失なのかい?」

「はい。残念ながら……」

 記憶喪失と身体能力を失ったことについて詳しく説明していきます。一通り聞き終えると顔が青くなりました。朱鷺さんはきょとんとした様子でそのやりとりを眺めています。

 

「誰かは知らないけど、とりあえずよろしくね、おにーさん♪」

「は、はいっ!」

 朱鷺さんが笑顔で手を差し出しました。犬神Pさんがその手を恐る恐る握ります。

「名前は何ていうの? 結構若そうだけど、歳はいくつ?」

「ええと、犬神士郎(しろう)といいます。年齢は24歳です」

「24歳? もう働いているの?」

「346プロダクションでPをしているよ。君の担当もさせてもらっているんだ」

「あっ、ふ~ん……。彼女とかはいるの?」

「今はいないな。……ていうか俺のことはどうでもいいんだよ! 今は君の記憶をどう取り戻すかが問題だろう!」

「あはは、ごめんごめん。結構イケメンだからつい気になっちゃって」

「君が異性に興味を示すとは、本当に重症だな……」

 疲れた様子で呟きました。以前の朱鷺さんは男性を意識している感じはなかったので驚きです。記憶がないだけでここまで変わってしまうものなのでしょうか。

 

「それで、彼女の記憶を取り戻させる良い案はないかい?」

「こういう悩み事解決や失せ物探しに強い専門家を連れてきた。まぁ、連れてきたというか今日は彼女の仕事に同行していたんだけどね。ああ、もう入っていいよ」

「失礼致しますー」

 やや間延びした声が部屋の外から聞こえてきました。すると鮮やかな着物姿の女の子がひょこっと顔を覗かせます。その顔にはよく見覚えがありました。

 

 

 

 着物の主は犬神Pさんの担当アイドルの一人である依田芳乃(よりたよしの)さんでした。

 スカウト対象を探している犬神Pさんの気を感じ取り、スカウトされる前にその元へ辿りついたというとても稀有(けう)な経歴を持つ方です。不可思議な能力や独特な口調、純和風な雰囲気で人気が高い方です。

 犬神Pさんが私達のプロデュースを任されたのは芳乃さんの実績が高く評価されたためとのことでした。朱鷺さんは『芳乃さんの実力が高かっただけでPの育成能力は全く関係ないです。むしろ足を引っ張っています』と評していましたけど。

 

「経緯は外で聞いてたと思うけど、七星さんの記憶を取り戻すのに協力してくれないかい?」

「皆様のお心はわかっているのでしてー。助けになるのですー」

「ありがとう、助かるよ!」

「礼の言葉は解決してからでいいのですよー」

 そう言いながら朱鷺さんの側に近づきます。すると目を(つむ)り微動だにしなくなりました。少し時間が経ってから、ゆっくりと目を開きます。

 

「何かわかったかい?」

「……とても強い力で魂の一部が抑え込まれておりますゆえー。記憶が封じ込められているのでしてー」

「やっぱり秘孔の効果で記憶が封じられているのか。それで、その魂は開放できるのかな?」

「依田の芳乃でもーこの封を開け放つことはできませぬー。なにぶん異形(いぎょう)の力であるがゆえー」

「そんなっ!」

 芳乃さんでも無理ならどうすればいいのでしょう……。

 

「いえいえー。封を解く方法は既に視えているのですー」

「どんな方法なんだい?」

「大切な方を護りたいという強く優しき心ー。その心が自らに施した呪いを解くことでしょー」

「心、か……。具体的にはどうすれば?」

「残念ながらーそこまではわかりませぬー。ですが朱鷺は必ず皆様の元に帰ってくるのでしてー」

「わかった。依田さんの予言が外れたことは無いから今回も信じるよ。協力してくれて本当にありがとう」

「ふふふー。近くにーすぐそばに芳乃はおりますゆえー。安心なさいー」

「ありがとうございます!」

 改めて皆で芳乃さんにお礼を言いました。

 

「それにしてもー朱鷺は本当に稀有な宿星(しゅくせい)を持っているのですねー」

「私ってそんなに珍しいのかな」

「人は(けが)れを背負い、悩み迷うものー。なので穢れはあって当然なのですが、朱鷺は常人の数十倍の穢れをその身に宿しているのでしてー。

 穢れに取り込まれ、戦いを生み出す権化となっていてもおかしくはありませぬがー。家族と仲間という一縷(いちる)の光が紙一重で彼女を繋ぎ止めているのですー」

「もしその光を奪われたら一体どうなるんだ?」

「……現世は恐ろしき炎に包まれるでしょー。そして暴力が支配する世界が訪れるのですー」

「い、一体私は何者なの?」

 愕然とした表情で自問自答しています。記憶が戻ればそのことも思い出せるのでしょうか。

 

 

 

 相談が終わった頃には既に日が落ちていましたので、芳乃さんと別れ五人で朱鷺さんの家へ向かいます。皆さんとお話しながら346プロダクションの最寄り駅までの道を進みました。

「七星さんには俺が付き添うから皆は学生寮に戻って休んでくれていいよ」

「いえ。朱鷺さんのお母さんには日頃からお世話になっていますから、記憶喪失になってしまった経緯をちゃんとご説明したいんです」

「そうか、わかった」

「私の家族かぁ~。一体どんな感じの人達なんだろう?」

「とても素敵で良い人達だよ。だからこそ記憶を取り戻してもらってから引き合わせたかったが」

「朱鷺ちゃんが記憶喪失だと知ったら、皆さん悲しむと思います……」

「……私があの時、声を掛けなければ良かったんです」

 植木鉢が二つも落ちてくるなんて、私が不幸を呼び寄せたに違いありません。私のせいで朱鷺さんの記憶がなくなってしまったかと思うと胸が張り裂けそうでした。

 

「保護者としての責任は俺にあるんだから白菊さんが気にすることはないさ。それよりも七星さんには早く記憶を戻してもらわないとな。でないと折角のアイドルフェスにも出れなくなるぞ」

 私達の様子を察したのか、犬神Pさんにフォローして頂きました。

「そういえば私ってアイドルユニットの一人なんだっけ。……うーん」

「どうかしましたか?」

「いや、どうせアイドルをやるならソロの方がいいな~って思って」

「えっ……?」

 

 思わず息を呑みました。時が止まったように感じますが、朱鷺さんは飄々(ひょうひょう)と続けます。

「だって出るからには目立ちたいし。ユニットだと埋もれるかもしれないから、できるならソロでやりたいな。今から転向は無理?」

「……本気で、言っているのかい」

  その瞬間、押し殺すような低い声が飛鳥さんの唇から漏れました。

 

「な、なんで皆そんなに怖い顔しているの?」

「本当に私達のことを忘れてしまったんですね……。あれだけボロボロに傷ついてまでユニットで活動しようと頑張ってくれた朱鷺さんがそんなことを言うなんて、思いもしませんでした」

 不意にきゅっと胸を絞ったように悲しみが沸いてきます。こんな姿は見たくありませんでした。

「さっきからそう言ってるじゃん。申し訳ないけど今の私と以前の私は別人なんだから、貴女の勝手なイメージを押し付けないで欲しいな」

「……ッ!」

 言いようのない憤りで体が震えます。

「そんな朱鷺さんなんてっ……! 嫌いです!」

 思わずそんな言葉が声になってしまいました。悲しみや憤り、そして申し訳無さで胸の中がぐちゃぐちゃです。その場から逃げるように駆け出しました。

 

 

 

「はぁ、はぁっ……」

 暫く走った後、通りの交差点で呼吸を整えました。私のせいで記憶を無くしてしまったのに、朱鷺さんにあんなことを言ってしまいました。一体何をやっているのか自分でもよくわかりません。

「白菊さん、待ってくれ!」

 犬神Pさん達が私の後を追いかけてきましたが、朱鷺さんにどう謝ればいいんでしょうか。

 

「ええっと、ごめん! さっきは言い過ぎちゃったね。だから仲直りしない?」

 広い道路を挟んで朱鷺さんが叫びます。その言葉を聞いて少しだけホッとして振り返りました。

「わ、私こそすみませんでした! 一番不安なのは朱鷺さんなのに……」

「いいっていいって、全然気にしてないから!」

 笑顔で答えてくれました。その言葉に安心して、青信号の道路を渡り皆さんのところに戻ろうとします。

 

「白菊さんっ! 危ないっ!」

「え……?」 

 道路の中程まで進むと、大型トラックがあっけに取られるような早さで私目掛け飛び込んできました。

 逃げなきゃと思いましたが恐怖で身動きが取れません。ライトがグングン近づいてきました。

 私の不幸体質が呼び寄せてしまったのでしょうか。いえ、朱鷺さんのことを嫌いなんて言ってしまった罰が当たったのかもしれません。本当にごめんなさい。

 

 もう駄目かもと思った瞬間、ふと人影が視界を遮りました。

 

 濃いピンク色の鮮やかな影です。

 

「……諦めては駄目です。命は投げ捨てるものではありませんよ」

 影が穏やかな声で語ります。なぜかはわかりませんが、レバーを二回動かしたような効果音が聞こえた気がしました。

 

 

 

────その後の出来事は筆舌に尽くし難いものでした。

 鋼板を削り取る無数の拳が眼前の大型トラックに叩き込まれ、そのまま真横に吹き飛びます。

 次の瞬間には、鋭い手刀でお豆腐を切るくらい簡単に車体が切り刻まれていきました。

 周囲に飛び散った破片やタイヤは瞬時に高速移動した影が繰り出す拳で全て撃ち落とされ、最終的に運転席以外は鉄屑と化したのです。

 すると運転席のドアが開き中年の男性が這い出てきました。まるで悪鬼に追い詰められたように酷く怯えています。

 全てが、あっという間の出来事でした。

 

 ハリウッド映画のような光景が目の前で繰り広げられ呆然としていると、お姫様抱っこの体勢で体を抱きかかえられました。思わず抱えた方の顔を見ます。

「さっきも言ったでしょう? 貴女が呼び寄せる程度の不幸は、この私が全力をもって粉々に打ち砕いてあげますって」

「朱鷺さんっ……!」

「色々とご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした、ほたるちゃん」

 私のヒーローが、優しく微笑んでいました。

 

 

 

 その翌日の放課後、いつものように四人でプロジェクトルームに集合しました。

「昨日はお手数をお掛けしてしまい本当にすみませんでした」

 朱鷺さんが再び頭を下げます。

「ああ、一時はどうなることかと思ったよ」

「あのままだと大変だったから、記憶が戻って良かったです……」

「いくら記憶を失ったとしてもほたるちゃんにあんな暴言を言ってしまうなんて、本当に申し訳ないです」

「そ、そこまで謝らなくていいですからっ!」

 華麗な動作で土下座の姿勢に移行しようとしたので慌てて止めました。

 

「それにしても昨日の暴れっぷりは、本当に凄まじかったな」

「ほたるちゃんを()こうとする奴に対する怒りが有頂天になってしまって。ついついやってしまいました」

「あ、あれが朱鷺ちゃんの全力……ぶるぶる……」

 乃々さんが少し震えていますが無理はないと思います。駆け抜ける嵐のような勢いでしたから。

「いえ、まだまだ全力ではありませんよ。相手が無機物なのでそれなりに力を出しましたけど、運転席を誤って潰さないように加減していましたし」

(なん)……だと……」

 普段クールな飛鳥さんが思わず動揺してしまいました。

 

「で、でも、トラックをあんなにしてしまって大丈夫なんですか?」

「警察に裏から手を回して上手く揉み消して貰っていますから大丈夫です。あちらも私を切る訳にはいきませんからしっかり働いてくれていますよ。それに人間が大型トラックを素手で瞬時に粉砕したなんて、どんな名検事でも立証できるはずありませんから問題ないですって」

「はは……」

「元々は運転手の飲酒と居眠り運転が原因なんです。人を轢かずに済んだんですから、運送会社と運転手は逆に感謝して欲しいですよ!」

 相変わらず滅茶苦茶でした。でもこの破天荒さが今はとても頼もしいです。

 

「気になっているんだが、記憶喪失中の記憶は残っているのかい?」

「……はい。あの時のことは全て覚えています」

「ネイルとか言い出した時はどうしようかと思いました……」

「あの時は本気でそう思ったんですよ。何もかも一切合切忘れていましたが、アレはアレで楽しかったですね。あの時だけは普通の女の子になれたような気がしました」

 そう呟く朱鷺さんはどことなく寂しそうな顔をしていました。

 

「今後は植木鉢に気をつけて貰えるとうれしいです」

「そうですね。借り物の力で調子に乗り過ぎました。周囲に対する警戒は怠らないようにします」

「はい。もう二度と記憶喪失にはなって欲しくないですから」

「……大丈夫です。次こそは、上手くやってみせますよ」

「次?」

「い、いえ……何でもないですっ!」

 かなり慌てています。その様子が何だか気になりました。

 

「とりあえず問題は解決したから、後は『346 PRO IDOL SUMMER Fes』に向けて研鑽(けんさん)を続けようじゃないか」

「はい。私達にとって晴れの大舞台ですから頑張っていきましょう」

「ああ、ボク達の力をギャラリーに見せつけてあげようか」

「そ、そうですねっ」

「えいえい、おー……」

 みんなで決意を新たにしました。アイドルフェスには私達だけでなくシンデレラプロジェクトや他のアイドルの方々が多数参加されるので、今からとても楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




~七星朱鷺のウワサ②~
 怒らせると結構怖いらしい。




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第44話 人は人、私は私

時が経つのは早いもので、拙作を初投稿してから約一年を迎えました。
奇しくも本話はこの一年の締め括りに合う内容になったのではないかなと思います。
この痛々しい主人公を見限らずにいて下さった読者の皆様には感謝しきりです。
まだまだ終わりませんが時間が掛かっても完走はしますので、良ければお付き合い願います。


「すんませ~ん。写真撮っていいすか?」

「はい、構いませんよ。可愛く撮って頂けると嬉しいです♪」

「あざーっす!」

 ロケバスを降りて歩き出したところ、運悪く男子高校生らしきチャラ男の集団に声を掛けられました。仕方ないので極上の営業スマイルで返します。

「実物もホンットカワイイっすよ!」

「ありがとうございます。今度は是非ライブにいらして下さい」

「ウィーッス!」

 一通り写真を撮られてから彼らと別れました。正直面倒ですが、塩対応だとネットに拡散されたくはないので仕方ありません。もしかしたら本当にファンになってくれるかもしれませんし。

 

「流石人気者ですね。そして完璧なファン対応には心から敬服します」

「あはは、龍田さんはいつも大げさですねぇ。え~と、目的のゲームセンターはここですか?」

「はい。こちらが本日最初のお店です」

 そう言いながら目と鼻の先にあるビルを指差しました。

 

 本日は『RTA CX』の収録日です。収録と言ってもRTAをやる訳ではありません。番組中の一コーナーである『まれに行くならこんなゲームセンター』────通称まれゲーのロケです。

 このコーナーは各地のゲームセンターに訪問し、そこにあるレトロなゲームを楽しむという内容です。特に目標等は定められておらず適当にゆる~く遊ぶだけなので気が楽ですね。

 

 本日最初のゲームセンターは神奈川県横須賀市内にあるゲーム楽園さんです。景品ゲームやビデオゲーム等、およそ百五十台もの筐体(きょうたい)が稼働しています。地元のゲーム好きが集う人気のゲームセンターとのことでした。

 横浜や横須賀は前世で暮らしていた期間が長く多種多様なブラック企業に酷く痛めつけられてきたので正直トラウマと化しているのですが、今回はお仕事ですから仕方ありません。

 超低予算番組のため、まれゲーの収録では一日で複数のゲームセンターを巡ります。本日も後二店舗に訪問する予定ですから頑張りましょう。

 

 

 

「さて、どうしましょうか」

 お店に入り店内を歩きながら何をプレイするか検討します。筐体が多いのでちょっと悩んでしまいますね。

 すると一台のクレーンゲームが目に飛び込みました。

「おっ、これなんて良さそうです。ではこちらのクレーンゲームをプレイしましょう」

 ケースの中には色々なぬいぐるみがありますが、狙いは人気ポケモンであるポッチャマのぬいぐるみです。私のテクニックで華麗にゲットしてあげますよ。

 

「なぁぜだぁ~!」

 十数分後、私のお財布の百円玉だけが綺麗サッパリ無くなっていました。ですがここまで突っ込んだ以上後には引けません!

「ちょっとちょっと、そこのお姉さん」

「はい?」

 近くにいた女性の店員さんに話しかけます。

「あのポッチャマぬいぐるみ、あまりにも取れない位置にあると思いません? もう軽く千円以上はお金を投入していますので、ちょっと移動して頂けると嬉しいんですけど~♪」

「わ、わかりましたっ!」

「ありがとうございます♥」

 笑顔で凄むと快く応じてくれました。親切な店員さんのいるとても良いお店です。

 

「本日も(こす)いですね。それでこそ七星さんです」

「放っておいて下さい」

 龍田さんが何か言っていますが無視します。

 その後二回目のトライで無事ポッチャマぬいぐるみをゲットすることが出来ました。やったね!

 

「これなんて面白そうです」

 続いて私が選んだゲームは『鈴鹿8hours 2』というバイクのレースゲームです。コントローラーで操作するのではなく、実際のバイクを模した操縦席に跨って操作するタイプの体感ゲームのようです。

「対戦ができるので、せっかくだからやりましょうよ」

「はい。僭越(せんえつ)ながらお相手させて頂きます」

 龍田さんと一緒に操縦席に跨ります。何だかピザ屋さんでデリバリーの仕事をしていた頃を思い出しますね。

 比較的まともな職場でしたが、売上金を盗んだというあらぬ疑いを掛けられてクビになったことを昨日のことのように思い出します。結局副店長が真犯人でしたけど。

 

 するとゲームが始まりました。バイクの排気音と共にサーキット場を駆け抜けていきます。

 後ろからプレッシャーを掛けてミスを誘う作戦なので、彼に先行してもらいました。

 ふっふっふ。今のうちに精々調子に乗るが良いわ。最後に勝つのはこの私よ!

 

「……くっ!」

 おかしい。いくらプレッシャーを掛けても全く乱れません。このままではスタッフ共の笑いもので終わってしまいます! レース結果はともかく、とりあえず龍田さんを地獄に突き落としたいという欲求が高まっていきました。

 するといよいよ最終コーナーを迎えます。勾配(こうばい)がきつく一時的にスピードが落ちますので、ここである作戦を発動しました。

 コーナー前でスピードを抑える彼のバイクを尻目に、私のバイクは加速し続けます。

 

「このバトルの結果は……ダブルクラッシュと行きましょう!」

 ゲスな笑顔を浮かべながら突っ込みます! ですが次の瞬間、眼前のバイクが私の突撃をかわしました!

「ダニィ!?」

 目標を失った私のバイクは勢い良く障害物に激突しました。リアルだったら板金七万円コースどころか廃車確定です。

 一方、龍田さんはゆうゆうと一位でゴールしていました。

 

「お疲れ様でした。とても良いレースでしたよ」

「イヤミか貴様ッッ!」

 思わず襟首(えりくび)を掴みましたが、奴は冷静にその手を払いました。

「……コホン。しかしよくかわせたものですよ」

「大方自爆狙いで突っ込んで来るだろうと思っていましたので、ギリギリ回避できるタイミングを狙いました」

「くッ!」

 飄々(ひょうひょう)と抜かしやがります。私の行動パターンを読むとは……大したやつだ、やはり天才か。

「もういいです! 次行きましょう次!」 

 その後は店内のゲームをいくつかプレイし、ロケバスで次の店舗に向かいました。

 

 

 

 次の目的地である横浜市内の某所に着くとロケバスから降ります。眼前にはバッティングセンターという文字がデカデカと表示されていました。

「あれっ。ゲームセンターじゃないんですか?」

「はい。ですがレトロゲームコーナーもありますのでご安心下さい」

「そういうことですか。わかりました」

 まれゲーでは純粋なゲームセンターの他に、ゲームの筐体を設置している駄菓子屋さん等に行くこともあるので珍しいことではありません。

 今回伺ったバッティングセンターはメインのバッティングの他、ダーツやビリヤード、レトロゲームを楽しむことが出来る地元の憩いの場だそうです。こうして皆が集まれる場所は貴重なので長く続いてほしいですね。

 

 施設内に入ると早速ゲームコーナーに向かいました。レトロゲームが一列に並べられています。

「一ゲーム五十円ですか。これは嬉しいです」

 先程のクレーンゲームでだいぶ散財してしまったのでこの配慮はタスカルタスカル。どんなものがあるかざっと見たところ、私の大好きなゲームがありました。

「ぷよぷよですか。是非プレイして行きましょう」

 思わず笑顔になってしまいます。こちらも対戦可能なのでまた龍田さんを誘いました。

「この番組は一応私がメインですからそのことをよ~く心に刻んで下さいね!」

「承知しております」

 接待プレイをしろと暗に脅したんですが本当に通じているんでしょうか。

 

 私は操作キャラとして、ドラコケンタウロスというチャイナ服を着た女の子を選択します。とても人気のあるキャラクターで私も大好きな子です。

 一方彼は主人公の女の子であるアルルを選びました。ADの分際で主人公を選択するとは舐めたヤツです。私の美麗なテクニックで葬って差し上げますよ!

 

『ファイヤー、アイスストーム、ダイアキュート、ばよえ~ん、ばよえ~ん、ばよえ~ん……』

 無慈悲な連鎖成功ボイスが閑散とした店内に虚しく響きました。ボイスが消えて少しすると、私の操作画面に無数のおじゃまぷよが雪崩のように降り注ぎます。当然耐えられるわけもなくそのままゲームオーバーになりました。

「…………」

 沈黙が周囲を支配します。怒りで顔が火のように火照りました。

 

「ナイスファイトでした」

「どこからどう見ても一方的な蹂躙なんですがそれは……」

 体感的には33-4(大虐殺)と同レベルです。

「恐らく気のせいでしょう。勝負は時の運と言います。今回はたまたま私が勝った、ただそれだけですよ」

 相変わらずのクールな表情で言い放ちます。ああ、殴りたい。

「ここのスタッフ達はいつになったら接待プレイという概念を理解するんでしょうかねぇ……」

 思わず深い溜め息を吐いてしまいました。

「七星さんは私が見込んだ唯一の(おとこ)です。その方相手に手を抜くなんてありえません」

「アイ アム ア アイドル。アンド クールビューティー。ドゥーユゥー アンダスタンンンドゥ!」

「I get the point」

「ガッデム!」

 ちくしょう、英語の発音まで完璧です! 何でこんなイケメンで完璧超人な奴がこの番組のADをやっているのか全く理解できません。ホストでもやってた方が儲かるでしょうに。

 

 対戦後は気を取り直して店内を散策しました。一通りプレイしましたのでここの取材はもう終わりでしょうか。

「七星さん。折角バッティングセンターに来たんですからバッティングもやっていきましょう」

「えぇ~……」

 野球は大好きですし打つのも楽しいですが、収録中にやるのはちょっと気が引けました。

 

「もしやって頂けるのでしたら接待プレイについても考えます」

「本当ですか?」

 どんな形でもいいから一度龍田さんを負かせたいと思っていましたので、この提案は魅力的でした。それに野球好きとしてはやはり未プレイでは去り難い気持ちもあります。

「わかりました。ならやってあげますよ」

「よろしくお願いします」

 そのまま一緒にバッティング場へ移動しました。

 

 

 

「なんですか、あれは……」

「時速300キロメートルを叩き出す世界最速のピッチングマシンです。今回はアレに挑戦して頂きます」

「ピッチングマシンというか、もはや兵器ですよね」

  見た目も何かキャノン砲っぽいです。当たったら死にそう。

「試しに私が先にプレイします。参考にして下さい」

 そう言ってバットを握ります。野球経験は無いそうですが、構えはサマになっていますね。

 

 マシンの設定をして少し経つと、常人には捉えられない速度で硬球が放たれました!

「……ッ!」

 龍田さんは反応するものの、速度が速度です。数発発射されましたがそのスイングが硬球を捉えることはついにありませんでした。

「不覚……」

 その場でがっくりと項垂(うなだ)れました。その姿を見て怒りが湧き上がってきます。

 彼を打ち負かして膝をつかせるのはこの私の役目です。機械如きに負かされた姿なんて見たくはありません!

 

「次は私の番ですか」

「いえ、ちょっと待って下さい」

 戻ってきた龍田さんが一旦ストップを掛けます。

「如何にモンスターマシンと言えども七星さんの前では赤子同然でしょう。なのでハンデを付けさせて頂きます」

「ハンデ?」

「はい。内容ですが……」

 その口からとんでもない提案が飛び出します。ですが彼から真剣な表情でお願いされましたので止む無く条件を全て飲むことにしました。

 

「それでは行きます」

「よろしくお願いします。前が見えないので用意ができたら声を掛けて下さい」

「はい。承知致しました」

 ハンデの一つ目が目隠しをつけるというものでした。アイマスクを装着した状態なので目では何も見えません。そしてハンデの二つ目は利き腕である右腕の使用禁止です。

 つまり、視界と利き腕を失った状態で時速300キロメートルのピッチングマシンに挑むのです。正気の沙汰とは思えません。

 

「では、始めます」という声が聞こえました。暫くして鋭い風切音が耳に入ります。

「狙い打つぜッ!」

 勢い良く叫ぶと左手のみで思いっきりバットを振ります。

 すると確かな手応えを感じました。

 鈍い衝撃が肩に走ると同時に、乾いた音が響きます!

 

「ホームランッ!」

 次の瞬間、龍田さんが珍しく叫びました。問題なく打てたようです。

 一度要領が分かればこっちのものでした。次々に超速球を打ち返していきます。

 私の圧倒的な力があればこの程度ちょちょいのちょいでした。例え視界が塞がれても音で判断できますし、空気の流れで物質の動きは正確に把握できるのです。

 

 前世でプレイした黄熊の本塁打競争ゲームのラスボスと比べたらアリンコみたいなものですよ。奴は多種多様な魔球を投げる上に五十球中四十球以上ホームランを打たないと決して負けを認めませんしね。ロ○カス許すまじ。

「先程までの失態を帳消しにするご活躍に感服しました。やはり私が見込んだ御方だ」

 全球ホームランだったので良かったですね!

 

「全然良くないですよ!」

 バッティング後、冷静に振り返るとまたやらかしたことに気づきます。毎回毎回こういうことをするからネタキャラ化が加速度的に進行するんじゃないですか! 清純派アイドル路線が日増しに遠くなっています。

 野球好きという記憶がなければそもそもバッティングなんてやろうと思わなかったでしょうに。やはりアイドルとして活動するにあたって、前世の記憶が大いに足を引っ張っていました。

 

 

 

「ふぅ……」

 ロケが終わって家に帰る頃には既に日が落ちていました。夕食の後自室でくつろぎますが、先程のことが頭から離れません。

 いいえ、先程だけではないのです。このところ、ある考えが頭の中で堂々巡りしていました。

 

────前世の記憶を消すか、消さないかを。

 

 以前からこの考えは私の中にありました。女性として生きるにあたって前世の記憶が足を引っ張ることは多いのです。

 特に恋愛面は顕著です。男性の記憶を引き継ぎながらも女性として生まれ直したことで、男性と女性共に恋愛対象として見れないという問題を抱えています。

 足を引っ張っているのはアイドル活動でも同じでした。可憐で清楚な清純派アイドルを目指しているものの、荒みきった前世を抱えている私が本当にそんなアイドルになれるのか疑問です。

 

 今までもそれなりに悩んではいましたが、前回の記憶喪失騒ぎが決定的でした。

 全ての過去を忘れ、一人の女の子として考え行動できた時のことは忘れられません。色々なものがキラキラと眩しく感じられました。世界がまるで黄金(こがね)色に輝いて見えたのです。

 もしあの時のまま普通の娘として過ごせたら。そして皆と一緒にアイドル活動が出来たら。そんなことをつい考えてしまいます。

 

 以前死んだ時に記憶を消したくないと言ったことを激しく後悔しています。記憶さえ失っていれば女性として、素敵な家族の可愛い娘として、普通の清純派アイドルとしてまともに暮らせたのに。そう思うと後悔してもし切れません。

 あの時は『散々酷い目にあった事実まで無かったことにされて堪るか!』という反骨心で記憶を残しましたが、今思えば馬鹿なことをしました。誰からも全く必要とされなかった下らない人生なんて何の価値も無いのに。

 

 幼少期のネグレクトや虐め、そしてブラック企業での苛烈な勤務で負ったトラウマにより、未だにその時の情景がフラッシュバックしたり悪夢にうなされたりすることもありますので、今のところ九対一くらいの割合で前世の記憶を消す派が優勢です。

 消すとしても全ての記憶を失うのは不味いので、『一部の記憶を消す秘孔』を突いて前世の記憶だけを抹消しようかと思います。そうなると北斗神拳が問題です。

 以前アスカちゃんが言っていた通り、恐らくあの力は私の肉体ではなく人格に宿っているのでしょう。なので記憶を全て消すと北斗神拳まで使えなくなる恐れがあります。

 不要な力だとずっと考えてきましたが、捜査協力や治療行為等、多方面で有効活用できることがわかりましたので今では失いたくはないと思うようになってきました。何よりあの力がないと鎖斬黒朱(サザンクロス)の奴らに逆襲されかねません。一転攻勢で薄い本展開はマジ勘弁です。

 

 対策としては、鎖斬黒朱構成員の犠牲────もとい協力を得て新開発した『一時的に一部の記憶を消す秘孔』を突き、どの記憶を失ったら北斗神拳が使えなくなるか確認する方法を考えました。これならば確認をしつつ、力を消さずに過去の記憶のみ抹消できるはずです。

 後は実行するだけという段階まで来ましたが、中々踏み切れませんでした。

 前回も経験しましたが記憶を失うということはある意味死ぬのと同じことです。ですから今私がしようとしていることは一種の自殺行為です。

 

 いくら無駄で不要な記憶とはいえ完全に消してしまうのはやっぱり怖い。でも消さないと普通の女性やアイドルにはなれない。ここ数日、そんな考えが頭の中をグルグル回っているのです。

「寝よ……」

 結局この日も決心はつかず、掛け布団を頭から被って眠りに落ちます。私の大嫌いな先延ばし戦術ですが、この時ばかりはそうせざるを得ませんでした。

 

 

 

 翌日は普段通りレッスンでした。終わった後、これまたいつも通りコメットの皆と一緒にプロジェクトルームでお茶会をします。

「新曲の振り付けもなんとか様になってきましたね」

「もりくぼはいっぱいいっぱいです……。でも今度の曲は四人で作詞が出来て楽しかったです」

「バラード調の曲だから君達の大切な人に向けた内容にして欲しいと犬神Pさんに言われた時はどうしようかと思いましたけど、良い内容に仕上がって良かったです」

「フフッ。ボクも作詞は初めてだから貴重な経験だったよ。この調子なら『346 PRO IDOL SUMMER Fes』にも十分間に合うだろう。ただ朱鷺の動きはぎこちなかったな。特異点を越えた存在であるはずがまるで凡夫さ。一体どうしたんだい?」

「…………」

「朱鷺さん、どうかしましたか?」

 ほたるちゃんが私の顔を覗き込みます。その時初めて話しかけられていることに気づきました。

 

「えっ? 何がです?」

「今日のレッスンのこと、ですけど……」

「ええっと……。そ、そう! 新曲は優しいバラードなので振り付けが難しくなくて良かったですね!」

「……キミはボク達の話を聞いていたのかい?」

「も、もちろん! このデビルイヤーで全て聞いていましたとも!」

 何だか気まずいので思わず嘘を吐いてしまいました。

 

「記憶喪失の後から、なんだか様子がおかしいです」

「あはは、そんなことないですって……」

「前から言っているが、悩みがあるなら相談なら乗るよ。持ちつ持たれつの仲間なんだから、ね」

「もう! 考え過ぎですよ」

 隠し事はしたくないですが、いくらアスカちゃん達と言えど前世の記憶のことを相談する訳にはいかないので伏せました。このことは誰にも話さず墓場まで持っていくと幼少時から心に決めているのです。

 

「さて、ちょっとマッサージでもしましょうかね!」

 そのままマッサージチェアへと逃げました。深く追求されたらボロが出そうで怖いんです。皆の視線が集まるので何だか気まずい気分でした。

「ノンアルコールビールは呑まないんですか? 全然口を付けていませんけど」

「今日はちょっとそういう気分ではないんです。後で捨てますから置いておいて下さい」

「えっ……」

 

 ほたるちゃんが信じられないものでも見たかのような表情をしました。彼女の中の私はビール好きのオジサンというイメージなんでしょうか。

 前にも凛さんからオジサンっぽいと言われてしまいましたが、そういうイメージを持たれてしまうのも前世の記憶があるからに違いありません。やはり百害あって一利無しです。

 早々に抹消しようと改めて決心しました。

 

 

 

 翌日は土曜日でした。この日はコメット全員でバラエティ番組の収録をこなした後、単独で声のお仕事をしました。珍しくNGを連発してしまったので少しへこみ気味です。

「ただいま~」

「おかえりなさい、朱鷺ちゃん! もうご飯できてるわよ♪」

「そう……」

 確かにダイニングキッチンから良い匂いがします。釣られてそちらに向かうと驚くべき光景が広がっていました。

 

 テーブルの中央には大きなホールケーキが鎮座しており、その周囲には所狭しと色とりどりのごちそうが広げられていたのです。

「えっ、何これは……」

 呟いた瞬間、火薬の破裂する音が二回響きます。

「誕生日おめでとう、朱鷺!」

「おね~ちゃん。誕生日おめでと~!」

 誕生日? はて?

「あの、私の誕生日は7月11日なんだけど……」

 ちなみに今日は7月10日です。誕生日を間違えられてしまったのでしょうか。

 

「明日は名古屋まで行かなきゃいけないから、前夜祭だ! 誕生日イブだな!」

 ああ、そういうことですか。

 明日は親戚の三回忌のため私を除いて名古屋へ出かけており、帰りは夜遅くになるそうです。当日に誕生日会が出来ないから今日やることにした訳ですか。

「別に無理してやらなくて良いんだよ? たかが私の誕生日なんだから……」

「何を言う! 一生に一度しか無い朱鷺の十五歳の誕生日を祝わずにして、何が父親だぁ!」

 無駄に熱血して力説します。こうなると止められないので放っておきましょう。

 誕生日と言っても累計で五十一回目ですからそれほど珍しいものではありません。信長さんならとっくに死んでいる頃ですよ。

 

「えぇ~! おねえちゃん、おたんじょうびパーティーきらいなの?」

「別に嫌いじゃないけど、ここまで大々的にやる必要はないかな……」

「もう、そんなこと言わないの♪ ゲストはしっかり祝われなさい♥」

 そのまま着席させられます。

「でも、本当に明日は行かなくていいの?」

 礼儀に煩い私としては、一人だけ法事を欠席することは気がひけるのです。

 

「折角森久保君達が誕生日会をしてくれるんだろう? 法事なんかよりもそっちの方が遥かに大切だぞ!」

「そこまで断言するのはまずいんじゃ……」

「死んだ人間より今生きてる人間の方が大事だろう! 亡くなった親戚も納得してくれるはずだ」

「それに朱鷺ちゃんが帰ったら大変な事態になるしねぇ~」

「えっ……?」

「もう有名人だから、色んな人が押しかけてくるわよ。三回忌の場でサイン会が始まっちゃうんじゃないかしら~」

 うへぇ、それは勘弁願いたいです。

 

「しかもお父さんの家はとんでもないことになってるもの」

「とんでもないこと?」

 お母さんのお父さん──つまり母方の祖父は愛知県で大きな病院や会社を複数経営しています。

 同じ事務所の超お嬢様アイドルである西園寺琴歌(さいおんじことか)さんのご実家とまではいきませんが、それでも相当のお金持ちであり見栄っ張りなので祖父の家は完全に城と化していました。

 お年玉なんてポチ袋が普通に立ちましたからね。ボーナスですらあんな大金を手に入れたことがないです。

 流石にこの歳でその額は不味いのでお母さんに没収されましたが、賢明な判断だと思いますよ。絶対に金銭感覚が狂いますもん。

 

「朱鷺ちゃんの活躍を楽しみにしててね~。庭に朱鷺ちゃんの超大型銅像を建造しているの~」

「……ちょ、待てよ」

 それは初耳です。何やっちゃってんですかあの孫バカは!

「非公式の朱鷺ちゃんグッズも色々作ってて好評らしいわよ~。北斗神拳饅頭とか伝承者チョコが特に人気みたいね~」

 思わず立ち上がりました。今からダッシュで向かえば朝までには戻ってこられるはずです。まずはそのふざけた銅像やグッズをぶち壊す!

 

「朱鷺ちゃん。食事中に席を立つのはマナーが悪いわねぇ~」

「だって銅像がっ……」

「ん? 何だって?」

「ナンデモナイデス……」

 すごすごと席に座りました。だって目がマジなんですもん。

 滅多なことでは怒らない人ですが、怒った時は阿修羅すら凌駕する存在になるので歯向かう気は起きません。仕方ないので今度あちらに行った時に破壊します。

 

「おかーさん、おなかすいた~」

「早く食べないと料理が冷めるぞ!」

「そうね~。でもその前に……」

 お母さんがライターでホールケーキ上のロウソクに火を付けます。全部で十五本ありました。

 

「Happy birthday to you!」

「Happy birthday to you!」

「Happy birthday, dear 朱鷺ちゃん~!」

「Happy birthday to you!」

 三人が期待した目でこちらを見ます。わかりましたよ、やれば良いんでしょう!

「フーッ」

 息を吹き掛けてロウソクの日を消していきました。顔がなんだか熱いです。とんだ羞恥プレイですよ、これは。

「頂きまーす!」

 料理とケーキはどれも本当に美味しかったですよ。皆笑顔で、この家族の一員になれて本当に良かったです。だからこそ普通の娘として生まれ直したいと思うのですけど。

 

 

 

「食べ過ぎた……」

「はい、食後のお茶ね~」

 大きくなったお腹を抱えてソファーにもたれ掛かっていると、お母さんが暖かい緑茶を出してくれました。湯呑みを持ち上げて(すす)ります。

 うん、美味しい! と思っていると、お母さんが私の様子をじっと見ているのに気づきました。

「何? お米粒でも付いてる?」

 慌てて口元を手で触りました。

 

「ううん。そうじゃないのよ。このところ朱鷺ちゃんの様子がおかしかったけど、今日はいつも通りで良かったな~って」

 思わずドキリとしました。

「そ、そう? いつもこんな感じじゃない?」

「ちょっと前みたいに思いつめてたから心配になっちゃってね~」

 恐らく暴走時のことを指しているのでしょう。あの時は平常通りの演技をしていましたが、感付かれていたようです。

 

「……このまま朱鷺ちゃんがどこか遠くに行っちゃうような気がして、みんな心配なのよ」

「大丈夫。私はどこにも行かないって」

 そうです。私自身が消えるわけではありません。誰からも必要とされなかった過去の自分を抹消して、ごく普通の良い子になるだけなんです。

「朱鷺ちゃんは強い子だから、どんな悩みがあるか訊いてもきっと教えてくれないわよね。でも、これだけは忘れないで。私も新一さんも朱莉も今の朱鷺ちゃんが大好きなの」

 その言葉を聞いてハッとしました。

「……あり、がと」

「うん♥ だから何も心配しなくて良いのよ~♪」

 そう言いながら私をぎゅうと抱き締めます。甘い匂いと柔らかい感触が私の体を包みました。

 ……こういうことをされると折角の決心が鈍るから、本当に止めて欲しい、です。

 

 

 

 翌日は夕方頃に346プロダクションへ向かいました。本日は仕事はお休みなのですが、コメットの皆が誕生日会をしてくれるのです。

 コメットと犬神P(プロデューサー)だけの(つつ)ましい会とのことですが、人望のない私のことですから仕方ありません。祝ってくれる人がいるだけ有り難いです。

 誕生日に一人で雑草を()んでいた前世とは比較になりませんよ。

 

 指定された時間の少し前までコンビニで時間を潰します。10分前になったので会場である地下のプロジェクトルームに向かい、ウキウキで扉を開けました。

「皆さん! おはよ……う……?」

 部屋はシンと静まり返っており、誰もいません。

 誕生日会の準備の痕跡も見られませんでした。

 あれ~おかしいね、誰もいないね……。

 思わずその場で固まってしまいました。嫌な予感が沸々と湧き上がってきます。

 

 もしかして、騙された?

 

 その瞬間、思わず膝から崩れ落ちました。『ウゾダドンドコドーン!』という某ライダーの迷セリフが脳内でリフレインします。

 これはもしかして、かの星飛雄馬(ほしひゅうま)が体験したという一人クリスマス会ならぬ、一人お誕生日会!

 

 残念だが当然とは考えたくないです。皆からそんなに嫌われていたとは思いもしませんでした。

 乃々ちゃんをいぢめていたからでしょうか。いえ、アスカちゃんのスイーツをいつも勝手に食べていたからかもしれません。それとも記憶喪失中にほたるちゃんに暴言を放ったことが原因?

 正直、思い当たることがあり過ぎます……。

 

 ヨロヨロとその場から立ち上がりました。とっくに私のライフはゼロです。今なら段差で(つまづ)いて死ねますね。

 もう帰って寝よう。いえいえ、自分の誕生日に自分で特大ホールケーキを作って一人で食べるという最高に虚無な行為をしてやりましょう。クックック……。

「あっ、朱鷺さん! こちらにいらっしゃったんですか!」

 そう思って扉に手を掛けると皆がいました。幻覚かな?

 思わず目を擦りましたが消えません。

 

「すみません……。会場が狭くなったので場所を変えたんですけど、伝わっていませんでした」

 その言葉を聞いて思わず安堵します。

 良かった、騙されたわけじゃないんですね。よくよく考えればこの三人がそんな陰険なことをするはずがありません。私の心が薄汚れていただけでした。

「さぁ、会場はこちらさ」

 アスカちゃんに手を取られてエレベーターに乗り、そのまま三十階に向かいました。あれ、この階は確か……。

 

「こちらが誕生日会の会場です」

「シンデレラプロジェクトのプロジェクトルームじゃないですか。なんでこんな広いところで……」

「詳しいお話は後でしますから」

 笑顔のほたるちゃんに背中を押されて部屋に入ると中は真っ暗でした。すると次の瞬間一斉に電灯が点いたので一瞬目が眩みます。

 

 

 

「朱鷺ちゃん! 誕生日おめでと~!!」

 すると至るところから一斉に声がします。周囲を見渡すと、凄い人数が笑顔で私を見ていました。その中にはシンデレラプロジェクトの子達やクラスメイトもいます。

 

「な、なんでこんなに沢山……」

 人の多さに圧倒されてしまい、思わず狼狽(ろうばい)しました。

「だって、朱鷺の誕生日でしょ。お祝いするのが当たり前じゃない」

 凛さんがサラッと口にしました。いつも通りのクールな口調です。

「ふっふっふ。とっきーの誕生日をみすみす見逃すはずがないでしょ!」

「朱鷺ちゃんの誕生日だから、準備頑張っちゃいました!」

 未央さんと卯月さんがいつもの笑顔で答えました。

 

「え、だって五人で慎ましくやるんじゃ……」

「ははは、皆で考えたサプライズさ。こうでもしないと七星さんは『恥ずかしいから無理!』って辞退するだろう?」

 くっ! 駄犬の癖に小癪なことを考えるものです。

 

「朱に染まりし鷺の生誕の日……。さらなる覚醒の時に立ち会うのは盟友の務めよ」

「そうそう。友達の誕生日会に出ないなんて薄情なのはロックじゃないしね」

「にょっわー! 朱鷺ちゃん、お誕生日おめでとにぃ☆」

「お誕生日おめでとうございます、朱鷺ちゃん! でも15歳ですか、いいですねぇ……。永遠の17歳までまだ2年もある……」

「あ、ありがとうございます……。それにしてもすごい量の料理ですね」

 多種多様なごちそうとケーキがテーブル上を占拠していました。

 

「はい~。朱鷺ちゃんの誕生日れすから、特製のおさかなサンドを作ってきました~」

「ウチの実家からの明太子じゃ!」

「あたしはお山型のプリンだよ! この弾力、最高!」

「ナターリアはフェジョアーダだヨ! たくさん食べてネ!」

「私も朱鷺ちゃんのために一杯お菓子作ってきました。後で食べてね♪」

「私は、ボルシチとピロシキです。美波と一緒に作りました。どうぞ、召し上がって下さい」

「うふふ。アーニャちゃん特製のレシピなんだけど、とっても美味しいのよ」

「みりあはきらりちゃんと莉嘉ちゃんと一緒にケーキ作ったんだよ!」

「アタシ達のお手製なんだから、星三つは確実だね☆」

「あ、アタシも作ったぞ、ケーキ……。た、たくみんスマイル☆ なんてやらないからな!」

 一斉に喋りだしました。女三人で姦しいとはよく言われますが、これだけの人数だとそれどころではなさそうです。

 

「それにプレゼントも凄いです……」

 部屋の一角に山のように積まれていました。

「みくのプレゼントは特製の猫耳にゃ! コレを付けて一緒に可愛いネコ耳アイドルを目指すにゃ!」

「えっと……私は四葉のクローバー型の髪飾りです……。気に入ってもらえるといいな」

「ウチは『Girls&Monsters』の新作フードだ。本当はウチが欲しいくらいだぞ! 感謝しろよッ!」

「アタシは変身ベルトだッ! コレを付けて一緒に悪を打ち倒そう!」

「はい、欲しがってた初代ロックマンの新品ね! 偶然安く売ってて良かったよ~」

「私は特製のポテトチップつまみロボ──『カラビーくん』だ。これでRTA中に手を汚さずポテトチップを食べられるぞ!」

「これからは……観葉キノコの時代。一つお裾分け……」

「これは魔除けの鈴でしてー。朱鷺を危機から救ってくれることでしょー」

「杏はアメあげる~……」

 皆さんの心の篭ったプレゼントを頂けて感無量です。

 

「フフッ。プレゼントはボク達からだけではないさ。君が出演している番組から薔薇の花束が贈られているし、『THE IDOL M@NIA!』の編集部からも贈り物が来ている。それに鎖斬黒朱(サザンクロス)という謎の団体に至っては祝辞やお祝いの花、大量のプレゼントが届いているよ」

「私も白鷺園(しらさぎえん)の子供達からプレゼントを預かりました。『この前も公演に来てくれてありがとう!』と言っていましたよ。ふふっ、子供達からはすっかりヒーロー扱いです」

 そう言ってクラリスさんが優しい笑顔を見せました。

 他はともかく鎖斬黒朱からのプレゼントは爆弾とかではないでしょうか。ちょっと心配です。

「今日お仕事で来れなかった幸子さんや楓さん、茜さん、美嘉さん、瑞樹さん、まゆさん達からはビデオメッセージを貰っています……。後で上映しますね……」

 慎ましい誕生日会のはずが、何だか物凄い一大イベントと化していました。

 

「しかし、なぜこんな大事に……」

「記憶喪失の後から朱鷺さんの様子がおかしくなって……。もしかしたら普通の女の子っぽくなるためにまた記憶を消してしまうんじゃないかって思ったんです。だから朱鷺さんが沢山の人に慕われているって気付いたら、思い留まってくれるんじゃないかと……。でもこんなに集まるとは思いませんでした」

 ほたるちゃんが不安そうな表情で呟きました。メンバーを不安がらせてしまうなんて私はリーダー失格です。

 

「朱鷺ちゃんはキャッツと同じくらい人気なんだから、もっと自信持って良いんだよ!」

「はい! 朱鷺おねーさんはいつも優しーので大好きでごぜーます!」

「朱鷺は朱鷺じゃ。それ以外にはなれん。朱鷺らしいアイドル、目指していくんじゃ」

 色々な方から励ましの言葉を頂く中、犬神Pがそっと近づいてきました。

 

「この光景は、今まで君がアイドルとして生きてきた結果だと思う。確かに君は普通のアイドルではないかもしれない。だけど普通のアイドルならこんなに皆から慕われることもなかったはずだ。だから、無理に自分を変える必要はないと、俺は思うよ」

「えっ……?」

 

 

 

 ああ、そうか。

 

 普通じゃなくても良いんだ。

 

 皆と違っていても、救いようの無い過去があっても。

 

 それでも受け入れてくれる人が沢山いる。

 

 なら、無理に変わる必要なんて無い。

 

 人は人、私は私。

 

 私は私で、居続けて良いんだ。

 

 

 

 そう思うと、何だか急に肩の荷が下りた気がしました。

「あ、あれ……?」

 (まぶた)から筋を引いて涙がこぼれます。

「えっ……ちょっと待って……」

 大粒の涙が留め度もなく雨のようにポロポロ落ちて来ました。視界が水びたしになり前がよく見えません。

 

「だ、大丈夫かい!?」

「あちゃ~、マジ泣きぽよ? あーあ。犬神Pが泣~かした、泣~かした♪」

「レイナサマのイタズラじゃ一度も泣かなかったのに! 悔しい!」

「そ、そんなつもりはっ!」

「泣いてない! 泣いてないもんね!」

 嘘です。間違いなく、人生で一番泣いた瞬間でした。犬の鳴き声如きで泣かされるとは……この朱鷺、一生の不覚! 

 

 

 

 ひとしきり泣いた後、誕生日会が再開しました。

 皆飲んだり食べたりの大騒ぎです。でもこの騒がしさが今はとても愛おしく思えます。

 すると千川さんから「記念に集合写真を撮るのはどうですか♪」という提案を頂きましたので、全員で集合します。

「……それでは撮ります」

「は~い。皆さんもっと中央に集まって下さいね」

 撮影役の武内Pがスマホを構えます。すると呼び掛けていた千川さんも端に加わりました。

 

「はい。……チーズ」

 強面の武内Pから予想もしない言葉が飛び出したので、皆思わず吹き出してしまいました。撮影後は早速、写真のデータを転送してもらいます。

「皆さん、とても良い笑顔でした」

「はい、そうですね」

 正に武内Pが提唱する『Power of Smile』です。この写真は私に勇気と力を与えてくれます。

 この笑顔を護りたい。心からそう思いました。

 

 会場の隅でぼうっと写真を眺めていると、武内Pと今西部長が近づいて来たのに気づきます。

「七星さん。私は貴女に謝らなければならないことがあります」

「なんでしょう?」

 真剣な表情で切り出されます。

「私は当初、貴女はアイドルには向いていないと思っていました。作られた笑顔では人を幸せに出来ない、そう感じたからです」

「仰るとおりだと思いますよ。私も自発的にアイドルになった訳ではありませんから」

 流石の慧眼です。私の営業スマイル────偽りの仮面を見抜いていたのですね。

 

「ですが貴女は多くのアイドルに勇気と力を与えました。そして今の貴女は、良い笑顔です。犬神君は本当に素晴らしいアイドルと巡り会えた。私は心から、そう思います」

 言い終わると口角を上げました。彼にしては珍しい笑顔です。

「うんうん。君も犬神くんも、我が346プロダクションが誇るべき財産だよ」

 今西部長がにこやかな表情で穏やかに語りました。

 

「ふふっ、まだまだ半人前のPです。だから私がしっかりしないといけませんよね」

 私も笑います。いつもの営業スマイルではなく、心からの笑顔でした。

「さて、リーダーとして場を仕切らないと!」

 そう言いながら会場の中心に向かって歩き出します。昨日までの心の(よど)みはすっかり晴れていました。

 

 

 

 もう迷いません。

 

 記憶も闇も(けが)れも、全て引っ包めて七星朱鷺です。

 

 私は私として、みんなと一緒に進んで行きます。

 

 そのことに気付かせてくれて、ありがとう。

 

 生まれ変わってみんなに出会えて、本当に良かった。

 

 私は今、幸せです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第45話 みんなで夏合宿

「遂に買っちまいました……」

 夕食後、自室に戻るとつい独り言を言ってしまいます。机上には様々なデザインの小瓶が並んでいました。

「香水なんて私には最も縁遠いものと思っていましたよ」

 仕事を終えて家へ帰る途中、ドンドンキホウテに寄って適当に見繕ってきたのです。財力にモノを言わせて大人買いしてしまいました。

 正直なところ気は乗りませんが、これからの私にとっては大切なことです。我慢我慢。

 

 先日の誕生日会にて、私は前世の記憶を消さないことを決断しました。

 例え人と違っていても受け入れてくれる人は沢山いる。ならそれでいいじゃないかと強く思ったのです。

 人から全く必要とされなかった前世だって、今の私の一部なのですから。

 

 しかし、だからといって清純派アイドル路線を断念した訳ではありません!

 私はあくまでもライブ中心の歌姫としてアイドル界で輝くことを目指しているんです! なのでびっくり人間や芸人として世に轟いている現状は大変不本意なのでした。

 前世の記憶を保持したまま清純派アイドルとして人気を得るにはどうしたらいいか検討した結果、今の私には足りないものが見えてきたのです。

 その最たる原因。それは────

「うわっ……私のファッション、ダサすぎ……?」

 

 確かに私は一般人と比べてちょこっとだけ力が強かったり、僅かにおっちょこちょいでいささかお腹が黒かったりしますが、それだけでここまで酷い扱いをされるとは到底思えません。

 なら女子力が低いかというと、そういう訳でもない気がしました。

 熱い自画自賛になってしまい大変恐縮ですが、私は料理や裁縫等の家事はお手のものですし朱莉の面倒をよく見ていたので授乳以外の育児も完璧です。

 容姿だって両親のおかげで一応それなりですし、何より品行方正で成績優秀です。周囲への気遣いもバッチリだと思います。

 

 こんなに女子力が高いのに、なぜほたるちゃんや智絵里さんのように可憐な少女としての扱いを一切受けないのか。それは私のファッションがダサいからに違いありません!

 今までお仕事以外ではさほど服装に注意を払っていませんでした。パンツルック中心で中性的な感じにしていましたが、それではNG間違いなしです。

 可愛い服装と髪型、そして鮮やかなメイクとほのかに香る香水。いずれも清純派アイドルとしては不可欠な要素です。

 今まで私は『前世で男だったから』という理由でそれらを忌避していましたが、前世の記憶を捨てず今のまま女子として生きていくと決めた以上、過去のこだわりはゴミ箱へポイしました。

 さぁ、頑張ってクソダサナメクジだった頃の私とおさらばするのですよ!

 

「さて、と」

 せっかくだからこの赤の小瓶を選びます。

 香水は人生初チャレンジですが、身に振り掛けるだけのため服装や髪型に比べればハードルは低いので安心です。やっぱり女の子は良い匂いがしないといけませんから、『香水で良い匂い戦術』で私の女子力を更に強化するのです。

「いざ鎌倉!」

 気合の言葉と共にスプレー部分を勢い良くプッシュします。消臭剤を使うのと同じ要領で、適当に複数回プッシュし続けました。

 

「ふふふ。これで良い匂いのする理想のアイドル、に……?」

 ひとしきり撒いてから圧倒的な違和感に気づきます。

「クッサ!!」

 な、何なんですかこれ! この鼻に付く超甘ったるい匂いは! 

「ゲホッ! ゴホォッ!! えひゃい!」

 炎の匂いが染み付いていないにも関わらずむせまくりました。

 誰かが私を殺すために毒ガスを放ったのかもと一瞬思いましたが、体調に変わりはないので違うと分かります。いや、この刺激臭で気持ち悪いのは悪いんですけど。

 まさかと思って香水をもうワンプッシュすると同じ匂いが広がります。原因はこの小瓶でした。

 

 

 

「ふぅ……酷い目にあった……」

 窓を全開にした後、大至急入浴したおかげで先程の刺激臭はだいぶ改善されました。

 急遽ネットで調べたところ、どうやら香水は一、二回のプッシュで十分とのことでした。あんなに何回もプッシュするものではなかったようです。ふふっ、私ったらとんだドジっ子さん。

 

 ですが気持ち悪くなった原因はそれだけではありません。『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』がある私は身体能力がちょっとだけ人よりも高いのですが、嗅覚も例に漏れず猟犬並みの性能があるのです。なので一、二回のプッシュでも私にとってはかなりきつかったです。

 それにこんな甘い匂いを付けたままラーメン二十郎に行ったら即ギルティですよ。食事の邪魔になってしまうので『香水で良い匂い戦術』は早々に諦めました。残った小瓶は事務所の誰かにあげることにします。

 

 続いては『髪型でイメージチェンジ大戦略』です。

 私は普段はトップバスト辺りまで伸ばしたストレートヘアにしています。これはこれで清純派アイドルっぽくて悪くはないと思いますが、この姿での悪評があまりに広まり過ぎたので思い切って変えてみるのもアリでしょう。

 とはいえバッサリカットするというのはナシです。本来は短い方が楽なんですが、女の子っぽく見えるようショートヘアを禁止するお触れが家族から出されているので切ることは出来ないのでした。本当は楓さんみたいなふんわりボブカットに憧れているんですけどね。

 

「う~ん……」

 髪留めを持ったまま暫し悩みます。

 以前暴走時にスマイル動画へ投稿した際、オタク受けするように敢えてツインテールにしたのですが、『ツインテールなのにロリっぽくない 訴訟』という謎クレームが多数寄せられたことをちょっと引きずっていました。そのリベンジをしたいという気持ちが湧いてきます。

「覚悟決めろ!」

 逃げていては何も始まりません。未熟な過去に打ち勝ってこそ人は成長できるというものです。一大決心をして髪留めを両サイドに付けていきました。

 今回はあるアイドルの子を意識してツーサイドアップに仕上げます。完成後は手鏡で出来栄えをチェックしました。

 

「何だこの美少女!?」

 意外と出来は良かったです。車で言えばイ○プレッサくらいの実力はあるでしょう。完成度が期待値よりも高かったので思わず調子に乗ってしまいます。

「自己紹介しなきゃだよね! えへへっ、赤城みりあでーすっ♪ カワイイお洋服を着て、カワイイ曲が歌えるアイドルになれて嬉しいなぁ。これからいーっぱいロマンティックを届けるから応援してね♪ よろしくお願いしまーすっ☆」

 髪型の元ネタであるみりあちゃんのモノマネをしました。何だかいい感じじゃないですか!

 せっかくですから動画を撮影してみましょう。そう思い立ち、スマホで録画をしながらノリノリでみりあちゃんのモノマネを続けていきました。

 

 5分位録画した後、おもむろに動画を再生します。

「スーパー投げキーッス☆ 一番の元気、いーっぱいもらってねーっ」

「えーい、キラキラマジック☆ みりあの魔法、みんなにかかれー!」

「セクシーグラビア、撮って撮ってーっ。私、ゴロゴロする~♪」

「ねぇ、ラッコごっこしよ! コンコンコンって♪」

 そこには、累計年齢51歳のオジサンが元気一杯にはしゃぐ痴態が余すところなく映し出されていました。

 

「げげごぼうおぇっ!」

 吐き気を催す邪悪を目の当たりにして思わず床に膝を付きます。

 こ、これはアカンやつや……。冷静に振り返ると超クッソ激烈に痛いです!

 この痛さはアスカちゃんや蘭子ちゃんの比ではありません! お前精神状態おかしいよ……。

「エクシア、目標を駆逐する!」と叫びながらスマホを操作し、急いで動画を削除しました。

 グロ動画は消え去り証拠隠滅したので一安心です。すごすごと髪留めを取り外しました。

 いつもと違う髪型だととんでもない悪ノリをする恐れがあることがわかりましたので、『髪型でイメージチェンジ大戦略』もとりあえず封印です。

 

 

 

 続いては『服装で印象アップ大作戦』です。私の私服はアイドルとしては地味というか華がないものが多数なので、これからは女の子っぽい服装をすることで清純派アイドルであることを強調したいと思います。

 クローゼットの奥底に封印していた魔物達────もとい衣服を確認します。これらは以前お母さんが私のために買ってきたものですが、趣味ではなかったので袖すら通さずにいました。

 どれも高級ブランド品で可愛い感じなので、これらの服を着こなせば私の女子力は格段に向上するはずです!

 

 最初に取り出したるはレース素地の白いワンピースです。いかにもお嬢様が着ていそうな清楚な感じの服ですね。私もお嬢様ですし、男性とはキスをしたこともないくらい清楚ですからピッタリでしょう。

 それまで着ていたダサジャージを脱いでそちらに着替えました。

「ほほう。これはこれは……」

 再び手鏡で自分の姿を眺めます。凄く白くなってることがはっきりわかりました。正に穢れを知らない少女と言った感じです。中身は常人の数十倍も穢れまくってますけど。

 

 正直決して悪くはないと思います。問題はこの服装で外を闊歩(かっぽ)する度胸があるか、ですね。

 誰かに見せておかしくはないか意見を求めたいですが、それも何だか気恥ずかしいです。

「むむむ……」

 ベッドの上で胡座(あぐら)をかいて悩んでいると、急に扉が開きました。

 

「おねーちゃん、けしゴム貸して~!」

「えっ! 朱莉っ、ちょっと待って……!」

 朱莉が一瞬固まりましたが、直ぐにキラキラした目で私を見つめました。すると子犬のように勢い良く飛びついてきます。

「すごーい! おねえちゃんかわいい!」

「い、今着替えるから外で待っててね!」

「おとーさん、おかーさん! おねーちゃんすっごいかわいいよ~!」

「そいつらを召喚するのはヤメロォ! ヤメロォ!」

 朱莉が大声を出したので慌てて口を塞ぎましたが後の祭りです。急いで階段を登る二つの足音が聞こえてきました。

 

「どうした朱莉! あれっ、その格好は……」

「あらあらあら、まあまあまあ」

 アホ二人は最初こそ驚きましたが、直ぐにニヤけた顔つきになりました。

「こ、これは違うんだって!」

「あの朱鷺がオシャレに目覚めるとは……今まで生きてきてよかったな、朱美!」

「本当にそうねぇ~。朱鷺ちゃんが自発的に女の子らしい服を着るなんて、感無量だわ~」

 なんですか、その生暖かい視線は! 超恥ずいです。恥ず過ぎて軽く死ねます!

 

「おねーちゃんのかわいいふく、もっとみたい!」

「よし! じゃあ今から朱鷺のファッションショーだな!」

「ならお化粧もしてあげなくちゃね~」

 三人揃ってとんでもないことを口にしやがりました。

「ふざけんな、ヤメロバカ!」

「もう決定事項よ。さ、こっちこっち♪」

「お母さん許して!」

「うふふっ。ダメよ~♥」

 親バカ、ここに極まれりです。その後は必死の抵抗も虚しく、家族内ファッションショーというアイアンメイデン並みの拷問を受けました。皆非常に嬉しそうだったのが本当に謎です。

 お父さんがやたらと写真を撮っていましたが、その写真が何に使われるのか戦々恐々ですよ……。

 

 

 

 そんな惨劇があった翌日は朝から346プロダクションに向かいました。既に夏休み期間に入っており、平日にも関わらず街の至るところに学生らしき子がいます。

 レッスンまで時間があるのでプロジェクトルーム内でだらけているとコメットの皆が来たので、昨日の夜のことを自虐を交えて話しました。

「だから今日は珍しくサマードレスなんて着ているのか」

「また記憶喪失になったのかと心配しました」

「はは、そんなことはありませんから大丈夫ですって」

 三人が私の服装を見た瞬間、頭に驚愕の色が浮かんだのがよくわかりましたよ。

 

「仲の良い家族で良かったですね……」

「ただの親バカです。おかげで酷い目に遭いましたもん」

 おこです。激おこです。

「フッ。たまには美麗な服に身を包むのも悪くないよ。だが急激な変化は崩壊を招く。トキはトキの歩調で変わっていけばいいさ。そう、歩くような速さで、ね」

「はい、私もそう思いますよ。今の朱鷺さんも素敵ですから」

「もりくぼも同感、です……」

 その速度だと変わる前に土に還ると思いますけど、まぁいいでしょう。

 

「それよりも明日からの合宿ですが、準備は大丈夫ですか?」

 私の恥ずかしい話はそこそこにして話題を変えました。

「ボクは問題ないよ。ディストピアをも、ユートピアに変えてみせるさ」

「私も大丈夫です。シンデレラプロジェクトの皆さんとご一緒できるなんて楽しみです」

「もりくぼは、冷房の効いた部屋でじっとしていたい……」

「それは良かったです。アイドルフェスに向けた最後の仕上げですから、頑張りましょうね!」

 乃々ちゃんの言葉は聞かなかったことにして言葉を続けました。

 

 今度のアイドルフェス────『346 PRO IDOL SUMMER Fes』ではシンデレラプロジェクトとコメットが共に出演しますが、武内P(プロデューサー)と犬神Pの発案により、この度合同で合宿をすることになりました。

 本当はベテラントレーナーさんが指導役として同行するはずだったのですが、不幸にも食中毒で入院されてしまいましたので参加者は両プロジェクトメンバーと武内Pになります。

 他のアイドルの仕事で同行できず済まないとワン公が謝ってきましたが、アレは元々戦力外ですから武内Pがいれば問題ないでしょう。

 

 今まで出演したライブの中で最も規模が大きい野外ライブなので、コメットの活動の総決算としてふさわしい場です。今回出られなかった他のアイドルの方が多数いらっしゃいますから、彼女達の分も頑張らなければいけません。

 そしてフェスの後には今まで私が目を背けていたものと対峙するつもりです。そのことを考えるだけで胃が痛いですが、前世の記憶を保持したまま生きていくにあたり避けては通れない道だと思いますので覚悟を決めて望むつもりです。

 

 

 

 そして翌日になりました。合宿場は福井県内の某所にある公民館で、その近くにある『民宿わかさ』に宿泊します。あの765プロダクションのアイドル達も過去に合宿を行ったという、由緒正しい合宿場ですね。そこで特訓をすれば私達も輝きの向こう側へ行けるような気がします。

 

 北陸新幹線で移動後、現地に到着しました。着いてからは遊ぶ暇もなくひたすらレッスンです。

 コメットの場合、アイドルフェスで披露するのは新曲ですから他ユニット以上にしっかり練習をしなければなりません。優しいバラード調の曲なのでこれまでの曲と比べて振り付けは難しくないのですが、その分歌唱力が求められます。

 ダンスとは異なり、歌は能力のブーストが一切効かないので正に実力勝負です。その分やりがいもあるので真剣に取り組みました。もちろん、皆とても頑張っています。

 その成果が出たのか、合宿中盤頃にはかなりの仕上がりになりました。

 

 今日も引き続き新曲のレッスンです。朝から歌いっぱなしだったので、皆の体調を考慮して適宜休憩を入れました。

「は~い、麦茶ですよ~」

「ああ、助かるよ」

「ありがとうございます。朱鷺さん」

「喉がカラカラです……」

 合宿場の扇風機で涼んでいる皆に麦茶を配ります。冷房がないので風と水が生命線ですね。

 ですが自然が豊かで風光明媚(ふうこうめいび)なので私はとても気に入っています。こういう大自然を目にすると思わず獲物を捕りたくなってしまうのが私の悪い癖。

 

「みんな~! Pチャンから大事な発表があるから集まって欲しいにゃ!」

「はい、今伺います」

 休んでいるとみくさんから呼び出しがありました。一体なんだろうと思いながら大ホールの方へ向かいます。武内Pがハリウッドへ研修に行くとか唐突に言い出したらどうしましょうか。

 目的地に着くと既にシンデレラプロジェクトの子達が揃っていました。武内Pの前で体育座りをしていますので、私達もその後ろに座ります。

 全員揃ったことを確認すると、彼がいつも通りの重低音ボイスで話を始めました。

 

「アイドルフェスに向けての合宿ですが、着実に成果が出ています。残り期間もこの調子で頑張って頂きたいのですが、私は別件で明日の夜まで合宿場を離れる予定です」

「…………」

 皆がやや戸惑いを見せますが、彼は構わず続けます。

「その間の皆さんのまとめ役を、新田さんにお願いすることになりました」

 すると美波さんが立ち上がり武内Pと肩を並べます。何か「私達結婚します」とか言い出してもおかしくない雰囲気でした。もしそんな事態になったら他のアダルティアイドル達が黙っていないでしょうけどね。きっと血の雨が降ります。

 

「皆さん、私が居ない間は新田さんの指示に従って下さい。……新田さん、それではまとめ役として最初の仕事をお願いします」

「Pさんからお話があった通り、明日までまとめ役をやることになりました。みんなよろしくね」

 そのまま綺麗に一礼します。もちろん異論はないので、皆拍手で歓迎しました。

「そしてもう一つ連絡があります。今度のフェスでは各ユニットの曲だけでなく、シンデレラプロジェクト全員で新曲を歌うことになりました」

「みんなで歌うのってたのしそぉ~☆」

「どんな曲なんだろ♪」

「わくわくするね!」

 凸レーションの子達が嬉しそうに呟きます。

「はぁ~。また仕事が増える……」

 一方、それを歓迎しない子もいました。案の定杏さんです。

 

「今日からユニット練習は午前までにして、午後からはシンデレラプロジェクト全員で新曲の練習をします」

「フェスまでに全体曲をマスターするのは大変でしょうが、頑張って下さい」

 美波さんと武内Pの発表は私にとって予想外でした。

 今から十四人揃っての全体曲とは驚きの采配です。全体曲は参加人数が増えれば増えるほど加速度的に難しくなるのです。実際、正式デビュー前に九人でライブをした時は約1ヵ月の余裕がありましたが、その時でさえ完璧に纏まったのはライブの1週間前でした。

 各ユニットの曲もある中で全体曲、それも新曲を追加するなんて通常の感覚ではありえませんが、あの武内Pが決めたのですから何か勝算があるはずです。

 

「任せて! バッチリ決めてみせるから!」

 私の心配を知ってか知らずか、未央さんが元気に返事をしました。

「……頼もしい言葉です。それでは新田さん、後はお任せします」

「はい! それでは今から全体曲の練習に入ります」

 

 シンデレラプロジェクトの子達が全体練習に入ったので、私達は元のレッスン場に戻ります。

「まとめ役は美波さんか……。てっきりトキがなるものかと思ったよ」

「美波さんは真面目でしっかりしていますから私より遥かにリーダー向きです。それにしても今から新曲の全体曲なんて思い切ったことをしますねぇ」

「皆さん、大丈夫でしょうか……。振り付けを覚えた曲でさえ、揃えて演じようとするとかなり大変なのに」

「私だったら、絶対にむ~りぃ~……」

「確かに大変だとは思いますが、武内Pが決めたことですからきっと大丈夫ですって。それにシンデレラプロジェクトの子達は確実に成長しています。きっと何とかしますよ」

 むしろ何とかしてもらわないと困ります。皆、私の可愛い後輩達なんですから。

 

「すみません。七星さん、少しよろしいですか?」

「はいっ!」

 背後から不意に声を掛けられたので慌てて振り返ります。すると武内Pが荷物を持って佇んでいました。

「な、何でしょうか?」

「……」

 彼の視線が私の背後にいる乃々ちゃん達に注がれます。

「……じゃあ、ボク達は先に行くよ。四人揃ったら練習再開でいいかな」

「はい、すみません」

 アスカちゃんが空気を読んでくれました。皆が見えなくなるのを確認した後、再び武内Pが話し始めます。

 

「全体曲のこと、どう思われましたか?」

「正直驚いています。今は新たな挑戦をするより既存曲の質を上げる時だと考えていましたので」

「……仰る通り、困難な挑戦でしょう。ですがこの壁を乗り越えることで彼女達は大きく成長できる。私はそう思います。そして、七星さんには一つお願いしたいことがあります」

 その言葉を聞いて、彼の言いたいことが何となくわかりました。

 

「彼女達に過度に干渉するな、ということですか?」

「……ッ!」

 先読みされたからか、武内Pが一瞬言葉を失いました。

「……よく、お分かりになられましたね」

「私ではなく美波さんをまとめ役に据えた時からそうじゃないかなとは思っていました。シンデレラプロジェクトは独立した企画であり何時までもコメットにサポートされていてはいけない。そういうお考えだと推理しましたが、いかがでしょうか?」

「その、通りです」

 そのままゆっくりと頷きました。

 

「安心して下さい。そのお気持ちは十分理解しているつもりです」

 それまでのマジ顔を崩してから話を続けます。

「彼女達はもうアイドルに憧れていた少女ではありません。自分を輝かせ、人を勇気付けることが出来る素敵なアイドルです。そして各ユニットでの活動を通じて皆しっかり成長しました。

 今こそコメットという補助輪を外して、自分達の力だけで走り出す時だと私も思います」

「ありがとうございます。見解が一致したようで何よりです」

 そう言うと険しかった表情が優しくなりました。

 

「私、分の悪い賭けは嫌いじゃないんですよ。皆がこの困難に打ち勝てる方に賭けますので、もし勝ったら彼女達に一つだけアドバイスをしてもいいでしょうか?」

「はい。構いません」

「交渉成立ですね。でも干渉を避けるなら合同合宿なんてしなければ良かったんじゃないですか?」

「それは……」

 大きな疑問をぶつけてみると申し訳無さそうな表情をしました。

「もしかして武内さんが不在時のボディーガード役、とか?」

「…………」

 再び言葉を失います。超適当に言ったんですが、この反応は……図星じゃな?

「結局私はそういう役回りなんですよねぇ」

「その、すみません」

 思わずその場で落ち込んでしまいました。机があったら下に潜りたいです。

 

 その後はレッスンを再開します。介入はしないと約束はしたものの彼女達の様子は気になるので、小まめに休憩を取り気配を殺して物陰から様子を伺いました。殆どストーカーです。

「何回やっても、振り付けうまくいかないね」

 みりあちゃんが言うとおり、各々動きがバラバラで揃っていません。

 ですがそれは当たり前です。大人数での全体曲、それも新曲をきちんと合わせるなんてベテランアイドルでも難しいんですから。

 

 夕食後は再び気配を殺してシンデレラプロジェクトの子達の様子を探りましたが、一様に元気がありません。皆さん全体曲がきちんとできるか心配していました。

 特にアスタリスクの二人は結成から日が浅くユニット曲もまだ完璧とは言えないため、その状態で全体曲というのには抵抗があるようです。

 現状を脱する方法はいくつか思い当たるのですが、過度に干渉しないと約束した以上、私が動く訳にはいきません。『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』という言葉の通り、ここは心を鬼にして彼女達に任せることにします。

 うう、でも心配だなぁ……。

 

 

 

 翌日も休憩しては様子を見に行くの繰り返しでした。

 既に午後の二時を回っていますが、シンデレラプロジェクトの子達は昨日同様動きがバラバラで疲労の色だけが濃くなっています。心身共に疲弊した状態で練習しても上達はしませんので休憩させたいですが、立場上それは出来ませんでした。うごご……もどかしい!

 

「はあっ……」

「電池切れた……」

 曲が終わると同時に、それぞれ糸が切れたように倒れ込みました。

「もういい、ここまでだ」という言葉が思わず出かかりますが、ぐっと堪えます。

「しまむー、大丈夫?」

「は、はいっ! 頑張りますっ!」

 未央さんが卯月さんの様子を確認します。そして少し考えた後、話を続けました。

「みんな、ずっと動きっぱなしだから疲れちゃったかな? 疲れ過ぎると動けなくなっちゃうからちょっとだけ休憩にしない?」

「うん。みくもそう思うにゃ」

「ダー。これ以上続けると、怪我してしまうかもです」

「……そうね。一旦休憩にしましょう」

 

 おおっ! ナイス判断ですよ、未央さん!

 それでこそ個別に講習を行い、リーダーの心得を授けた甲斐があるというものです。

 以前の彼女は気が(はや)って周囲のことをきちんと見れていませんでしたが、今はちゃんと仲間を気遣えています。良い方向へ成長しているので師匠として鼻が高いですよ。

 

 そのまま休憩に入りましたが、皆の表情は昨日の夜より暗いです。

「このままやっても、エネルギーの無駄遣いな気がする」

 杏さんがぼそっと呟きました。確かに全員の心がバラバラな状態では、全体曲をやったとしても永遠に揃うことはないと思います。解決策は色々とあるんですけど。

「……」

 深刻な表情で(うつむ)く美波さんが気になりましたが、私達の休憩時間が過ぎようとしていたので断腸の思いでレッスン場へ引き返しました。

 

「ーー♪~♪」

「皆、一旦ストップだ。……どうしたんだい、トキ? 先程から音を外しているけど」

「す、すみません!」

「あまり集中できていないように見えます。智絵里さん達が気になるんですか?」

「面目ないです」

 心配のあまり自分のレッスンがおろそかになるとは本末転倒ですね。

 

「……気になるなら、いっそのこと様子を見に行ったらどうでしょう」

「でも、レッスンを投げ出す訳には……」

「今の状態で続けても意味はないさ。ここはノノの提案通り、彼女達の視察に行こうじゃないか」

「……ありがとうございます」

「気にしないで下さい。私達も心配ですから」

 皆には申し訳なく思いますが、やはりあちらの様子が気になります。再び大ホールへ向かいましたがそこには誰もいませんでした。

 

「休憩中でしょうか」

「違うみたいです、けど。ほら、あそこ……」

 乃々ちゃんが外を指差します。するとなぜかシンデレラプロジェクトの子達が二人三脚で競争していました。

「何をされているんですか?」

 実況を担当している李衣菜さんとみくさんに事情を伺います。

「美波さんが全体練習のスペシャルプログラムだって言い出して、やり始めたんだ。さっきまではリレーと飴食い競争をやってて、今は二人三脚」

「にゃんと、転倒! 起き上がろうとするが、中々立てないにゃ~!」

 皆の見ている方を向くと、美波さんとアーニャさん、蘭子ちゃんのトリオが倒れています。ですが再び起き上がり、ゴールに向かって駆け出しました。

 

「ファイト~!」

「頑張れ!」

「行け~!」

 その一生懸命な姿を見て、皆が声援をあげます。私も思わず「頑張って!」と叫びました。

「ゴール!」

 その瞬間、周囲からとても暖かい拍手が送られます。全員、先程とはうって変わって素敵な笑顔を浮かべていました。

 

 なるほど、これが美波さんの打開策なんですね。

 練習の効率を上げるために敢えて練習以外のことを取り入れるのはプロのアスリートの世界でもよくある話です。

 一旦練習を止めて別の競技に取り組み、皆の心を一つにすることで解決を図る。技術や能力ではなく考え方──メンタル面を改善するという趣旨なのでしょう。

 彼女達の楽しそうな表情から、その取り組みが上手く行き始めていることが見て取れました。

 

「朱鷺ちゃん達はどうしたの?」

「練習が上手く行っているか様子を見に来ましたが、どうやらその心配はなかったようですね」

「……?」

 李衣菜さんとみくさんの頭の上にハテナマークが浮かびました。ですが今ここでスペシャルプログラムの趣旨を説明すると効果が無くなりそうなので、黙っておくことにします。

 

「さ、私達も練習を頑張りますよ!」

「もう、いいのかい?」

「ええ。どうやら私の杞憂だったようです」

 (きびす)を返してレッスン場に戻りました。

 美波さんという素敵なリーダーがいれば大丈夫です。思えば武内Pがこの時点で全体曲を取り入れたのも、彼女の存在があってこそなのかもしれません。

 

 

 

 翌日は合宿最終日でした。レッスンが一通り済んだので着替え等の荷物をバッグに纏めます。

 シンデレラプロジェクトの子達ですが、スペシャルプログラムが効果を発揮したようで全体曲はかなり纏まってきました。まだまだ完璧ではありませんが、これからアイドルフェスに向けてしっかり練習すればきっと成功するはずです。

 

 その後民宿内で武内Pと偶然遭遇したので、個室に連れ込み事の一部始終を報告します。

「もどかしい思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」

 事情を理解すると深く頭を下げます。

「ふふっ、そうですね。でも美波さんは良いリーダーでしたよ。満場一致でリーダーに選ばれたのも納得です」

「……はい、確かに」

 先程アイドルフェスにおけるシンデレラプロジェクト内のステージリーダー決めがあったのですが、全員の支持を受けて美波さんに決まりました。まぁ、当然でしょう。

 

「そういう意味では分の悪い賭けに勝ったと言えますから、彼女達に一つアドバイスをしてもいいですか?」

「構いませんが、どのようなアドバイスをされるのでしょうか」

「それはですね……」

 一通り話すと彼が目を丸くしました。

「確かに盲点でした。アイドルフェスに向けて彼女達に伝えなければいけないことだと思います」

「それなら協力して頂けません?」

「協力、とは?」

 悪戯っぽく笑うと武内Pが困惑しました。

 

 

 

 宿を後にする直前、シンデレラプロジェクトの子達に集合を掛けてロビーへ来てもらいます。

「どうしたの、とっきー?」

「皆を集めて、何のお話ですか?」

 未央さんと卯月さんが不思議そうな表情を浮かべました。要件を伝えてないので当たり前の反応です。

「皆さんに一つだけアドバイスというか、お願いがあるので集まってもらったんですよ」

「みんな、ですか? でも美波さんがいませんけど……」

 智絵里さんが更に困惑します。

 

「美波さんは武内Pやほたるちゃん達と一緒に先に行ってもらいました。これは美波さん以外に聞いて頂きたい内容なので」

「ヒミツのお話?」

「何? 何? 教えて~☆」

「う~ん。みりあちゃんや莉嘉ちゃんが期待するような面白い話ではないんですけど」

「もったいぶらなくていいよ。それで、何なの?」

「スペシャルプログラムの件で既にご存知だと思いますけど、美波さんは真面目で責任感がとても強い、頼れるお姉さんです」

「うんっ☆ 美波ちゃんはとってもとっても良い子だよぉ♪」

「ダー。その通りです。美波は、とても優しくて頼りになります」

 皆一斉に頷きました。

 

「だからこそ私は怖いんです。彼女が潰れてしまわないか」

「……潰れるって、どういうことにゃ?」

 みくさんの表情が不安げなものに変わりました。

「生真面目で優しくて責任感が人一倍強い。一見素晴らしいようですが、こういうタイプの方は仕事を自分で抱え込んでしまって心身を壊しやすいんです。

 恐らく美波さんは今度のアイドルフェスのステージリーダーとして人の二倍、あるいは三倍は頑張るはずです。その結果、心や体を壊してしまうかもしれません」

 

 実際、前世で勤めていた数多のブラック企業において、同じタイプの優秀なリーダー達が無残に壊れていく姿を飽きる程見てきました。

「あ~、確かに。杏とは真逆だからね~」

 ソファーに横たわりながらうんうんと頷きます。美波さんと杏さんがフュージョンすればバランスが取れるのでは、とふと思ってしまいました。

 

「そんなの、絶対嫌っ!」

 すると蘭子ちゃんが声を荒げました。先程の二人三脚で美波さんとの絆が深まったのでしょう。思わずいつもの熊本弁を忘れてしまっています。

「落ち着いて下さい。そうなる可能性があると言うだけで確定した訳ではないですから。……そういう恐れがあるからこそ、皆さんも美波さんに頼り切りになるのではなく、仲間として支えてあげて下さい。特にアーニャさんは同じユニットですから、彼女の体調や様子に注意して貰えると嬉しいです」

「ハラショー。わかりました、朱鷺。美波が私達を支えてくれるように、私も美波を支えます!」

 

 おお、何だか燃えていますね。こういう熱血系のアーニャさんはレアですからしっかり記憶に残しておくことにしました。

「うん! 私も美波さんのために美味しいお菓子を作るよ!」

「仲間のため、か……。良いねそういうの。何かロックじゃん!」

 皆優しい子達なので、ちゃんと理解さえすれば各々自発的に美波さんを支えてくれるはずです。折角のアイドルフェスなので誰一人欠けて欲しくはありませんからね。

 

「私達もみなみんリーダーを支えよう! ねっ、しぶりん、しまむー!」

「うん。皆で出来ることをしようか」

「はい! 島村卯月、頑張ります!」

 笑顔の卯月さんを見てちょっと複雑な心境になりました。

 美波さんの危うさについて説きましたが、そういう意味では彼女もかなり危険です。

 あの「頑張ります!」という口癖は一見前向きに聞こえますが、頑張らなきゃいけないと自分を追い詰める呪いになりかねません。

「頑張ります!」と笑顔で言いながら心を壊して廃人化した人も沢山見てきましたので、ちょっと心配です。今は凛さんや未央さんがいるので大丈夫でしょうけど、要経過観察ですね。

 

 とりあえずこれで後顧の憂いは断ちました。後はアイドルフェス目掛けて突撃あるのみです。

 そして祭りの後には前世の記憶を消さないと決めた私にとって大きなイベントが控えています。

 その両方を乗り越えた時、私はどんな心境に至るのか。

 正直想像すらできませんが、昔のアニメの次回予告のように『七星朱鷺 大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーッ!!』的な明るい展開になることを切に願いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第46話 Dear My Friend

『ほら、おやすみのキス。これで安心して眠れるだろ……。ん? 凄えドキドキしてるな。ははっ、そんなに俺のことが好きなのか?』

「全然好きじゃないです」

『お前のこと抱きしめて眠ってないと落ち着かないんだ。おやすみ、夢の中でもお前のこと愛してるぜ』

「夢の中までストーカーですか。頭ハッピーセットですね」

『お前の寝顔見てから俺は眠るよ。そうしないと安心できないんだ。お前は俺専用の抱き枕だからな。他の奴には絶対渡さない』

「人をモノ扱いしないで下さい。こういうことを平然と言う人はまともな奴じゃないって古事記にもそう書かれています」

『いつかお前のベッドを百万本のバラで埋め尽くしてやるよ!』

「掃除とゴミ出しが滅茶苦茶大変じゃないですか! そんなにお金があるんだったらグアム旅行にでも連れて行って下さいよ。もしくは満漢全席でも可です」

『後何回おやすみって言ったら、一緒に暮らせるようになるんだろうか』

「そっか、あったまきた……」

 

 スマホ画面に表示されているオラついたイケメンにツッコミを入れるのに疲れたので、そっとアプリを閉じてそのままアンインストールしました。

 基本無料の乙女ゲーなので金銭的な被害は無いのが不幸中の幸いです。ですが精神的なダメージはかなりのものでした。私の心の中のギップルが『クッサーッ!!』と叫びまくっていましたよ。

 どうせなら『芋けんぴ、髪についてたよ☆』くらいユーモアのあるセリフを喋って欲しいです。あれは初見で何が起きているかわかりませんでしたもの。

 

「あの、朱鷺さん。今何をされていたんですか?」

「ソーシャルゲームの乙女ゲーをプレイしていたんですけど」

「えっ……」

 ほたるちゃん達が思わず絶句しています。すると心配そうに私の様子を窺いました。

「よし、救急車を呼ぼうか」

「だから病気じゃないですって!」

 アスカちゃんがスマホを取り出したので慌てて止めます。

 

 

 

 本日は『346 PRO IDOL SUMMER Fes』開催日の二日前です。ユニット練習の最終日でもありましたので、朝から夕方まで346プロダクションのレッスンルームで通し練習をしていました。その後プロジェクトルームで休憩がてら四人でお茶をしていたという訳です。

 夏合宿の成果もあり新曲の仕上がりはほぼ完璧でした。アイドルフェス当日はきっと素晴らしいパフォーマンスが出来ると思いますので、今からとても楽しみです。

 

「みんなの前で堂々と乙女ゲーをプレイする度胸……。もりくぼにはありません……」

「そうですか? 何だか照れますね」

「……褒める意図は無いと思うけどな」

 アスカちゃんの無慈悲なツッコミが冴えわたります。

「でも何で急にそんなゲームをプレイしたんですか? 今まで異性には全く興味がない感じでしたけど」

「ふっふっふ。よくぞ訊いてくれました! 清純派アイドルを目指す私にとって何が一番足りないか改めて考えた結果、『乙女心』であると気付いたのです! なのでいっちょ乙女ゲーでもプレイして純真無垢な乙女心を養おうとしたんですよ!」

「結果は、芳しくなさそうですね」

「……私にはちょっと早かったようです」

 

 前世の記憶を消さないと決めた以上、何とか現状のままで男性に性的な意味で好意を寄せることは出来ないか色々と挑戦していますが難しいです。

 少女漫画や乙女ゲーで心を慣らそうとしたんですが、そういう作品に出てくる男共はあまり好きになれません。さっきのような俺様系の奴なんて思わずブン殴りたくなりますよ。跡部様くらい突き抜けていればまだいいんですけどね。

 

「なら身近な男性の中では誰が好みなんだい?」

「身近、ですか……」

 そう問われてパッと思いついたのは駄ドッグと張り子のタイガー、ドSドラゴンでした。後は有象無象のヒャッハー共です。

「ロクな奴がいない……」

 思わず顔を手で覆ってしまいました。

 揃いも揃ってコツメカワウソ未満の連中です。奴らを恋愛対象として見ることはとても無理でした。残念でもないし当然です。

 

「朱鷺さんはどういうタイプの男性が好きなんですか?」

「う~ん……。ナヨナヨした奴は大嫌いですからある程度は強くあって欲しいです。当然優しさがないと駄目ですよ。後は性根が真っ直ぐで歪んでいない方がいいですね」

「強さ、優しさ、歪みなさ……。でしたら武内P(プロデューサー)さんはいかがでしょう」

「あ~、彼ですか」

 確かに身近にいる男性陣の中では奇跡的にまともな御方です。しかし有能で男前、かつ性格も良いですからその分競争率は高そうですし、何より緑色の死神が狙っているような節があるので手を出すのは止めておきます。流石に犬死にはしたくありませんし。

 

「異性に興味を持つのは悪いことではないけど、急に変わる必要はないと思うよ。きっと朱鷺にふさわしい運命の出会いがあるはずだから、ね」

「……はい」

 前世の記憶の関係上、こればかりは一朝一夕で何とかなるものではありません。男性を異性として意識できるよう、少しづつ思考を切り替えていきましょうか。

 

「さっ、では気分を変えて皆で『MS IGLOO(イグルー)』でも見ましょう!」

 そう言いながらブルーレイレコーダーを起動しました。入れっぱなしのディスクを再生します。

「またヅダか」

「いい加減飽きました……」

「た、たまには他のものを……」

 強制上映会のため遠慮のないクレームが来ました。一様に渋い表情ですがこれもガンダムの素晴らしさを布教するためですから仕方ありません。私は負けない!

「チッ、わかりましたよ。なら今日はサンダーボルトの上映会にします。あれも面白いですから」

「結局ガンダムじゃないか!」

 やはり時代は宇宙世紀です。ヒットマンやレールガンが異常なまでに強い某アナザーガンダムは私の好みとはちょっと異なりました。一期は良かったのに二期でなぜああなってしまったのか、コレガワカラナイ。

 

 

 

 そして『346 PRO IDOL SUMMER Fes』の開催日がやってきました。野外ライブですが天気は快晴なので何よりです。

「はい、オッケーです! お疲れ様でした!」

「ありがとうございました」

 舞台スタッフさん達に一礼をしてから舞台袖に移動します。リハーサルは無事終了しました。

 本番の三分の一くらいの時間しかなく悠長に曲のリハーサルをしてはいられませんので、セッティングやバランスチェックなどに絞り限られた時間の密度を上げることに集中したのです。

 ステージの感覚は概ね掴めましたので、この調子なら本番もきっと上手くいくでしょう。

 

「おっはよー★」

「あら、おはようございます」

 乃々ちゃん達と別れてお花を摘んだ後、廊下で美嘉さんとばったり遭遇しました。彼女も今回のアイドルフェスに出演されるそうです。

「これからシンデレラプロジェクトの子達の様子を見に行くんだけどさ、朱鷺も行かない?」

「そうですね。挨拶をしに行きたいと思っていましたので同行させて頂きます」

 そのまま一緒に楽屋へ向かいました。

 

「ヤッホー♪」

 美嘉さんが楽屋のドアを開けたので「皆さん、おはようございます」と言って中に入ります。

「あっ! お姉ちゃん☆」

「美嘉姉!」

「朱鷺ちゃんも一緒だ!」

 皆さん一斉に声を発しました。

 

「今日は頑張ろうね★」

「ファンの方々に楽しんで頂けるライブにしましょう」

 二人して声を掛けると、「よろしくお願いします!」という良い返事が返ってきます。

「美嘉姉、とっきー! 見ててね! この前より一歩進んでみせるから!」

 未央さんが元気に宣言しました。今回はデビューミニライブの雪辱戦でもありますので、ニュージェネレーションズは三人共気合バッチリのようです。

「一歩じゃあわかんないかもねぇ~♪」

「はい。十歩くらい進んでいてもらわないと困ります」

「えぇ~!」

「ふふっ。冗談ですよ」

 二人して未央さんをからかいました。

 

「美波ちゃん! まだ練習する時間あるかな?」

「ええ。全体曲?」

「うん!」

「待ってて、付き合うわ。先に出ハケのことを連絡してくるわね」

 みりあちゃんが全体曲について美波さんに相談しました。その様子をアーニャさんがじっと見つめます。

「ニェット。全体曲の練習なら、私が付き合います」

「えっ?」

「美波はリーダーとして、皆に指示をお願いします。出ハケの連絡も、誰かお願いできませんか」

「じゃあ、きらりが行ってくるにぃ~☆」

「でも……」

「美波は皆のリーダーですから、どんと構えていればいいんです」

「細かいことはみく達お任せなのにゃ!」

「う、うん……」

 

 どうやら美波さんのフォローは上手く行っているようでした。アーニャさんが美波さんの補佐として、彼女に負担が集中していないか随時確認しています。

 美波さんは仕事を抱え込むタイプの方なので多少無理してでも止めないといけませんが、アーニャさんがいれば問題ないと思います。

 何しろ美波さんが無理をしないよう、アイドルフェスまで彼女の家に泊まり込んでいたとのことでした。そのせいか以前よりずっと仲が良くなったようです。

 ちょっと仲が良過ぎて色々とヤバいような感じもしますが私の気のせいでしょう。健全な友情であるに違いありません。きっと、たぶん……。

 

「どうやらこの間のアドバイスの成果が出ているみたいですね」

「ダー。美波は、私が護ります!」

 気合は十分なようで軽くガッツポーズをしました。さしずめお姫様を守る美貌の近衛騎士といった感じです。

「アドバイスって何のこと?」

「いえいえ、こちらの話ですから気にしないで下さい」

 美波さんが怪訝そうな顔をしたので誤魔化しました。アドバイスのことを本人に伝えてしまうときっとプライドを傷つけてしまいますから内緒なんです。

 

 

 

 開場時間が間近となったため、フェスに出演するアイドル全員で舞台裏に集まりました。何やら瑞樹さんから出演前の挨拶があるそうなのでその言葉を待ちます。

「みんなー! 揃ってる?」

「はーい!」

「お客さんはもちろん、スタッフさんも私達も全員安全に楽しく今日のフェスを、この夏一番! 盛り上げていくわよ~!」

「はい!」

「じゃあ円陣組むわね。楓ちゃん、掛け声よろしく!」

「わかりました。……それでは皆で円陣組んで、エンジンを掛けましょう!」

「は、はい……」

 不意に放たれたHHEM(下らない)ギャグにより場の空気が微妙になります。これは突っ込んだ方がいいんでしょうか。ですが大先輩に対してツッコミを入れていいものか迷います。

 

「わかるわ~。先輩にボケられるとどう反応していいのか困るわよね~」

「おお~! 今のギャグだったんですか!」

「ホントだ! すごーい!」

「……フ、フフ」

「さむ……」

 アイドル達がそれぞれ反応します。何か締まらない空気になってしまいました。でもこうやって場を和ませリラックスさせるという楓さんの憎い心遣いなんだと思います。

 それならば私も大爆笑必至のギャグで皆さんを更に笑顔にしてあげましょう!

 

「では面白いシャレの謝礼をしないといけませんね!」

「………………」

 渾身のギャグを放った瞬間、舞台裏が一気にシーンとしました。物凄い勢いでクールダウンしています。

 うわぁ、これはダダ滑りですね。何だこれは……たまげたなぁ。

「……コホン。では改めて、346プロサマーアイドルフェス、皆で頑張りましょう!」

「おおーー!!」

 出演者全員で勢い良く声を上げました。

 

 

 

 そしてアイドルフェスが始まりました。

 一曲目は瑞樹さんや楓さん達による『お願い! シンデレラ』です。346プロダクションの代表的な曲であり、大型ライブでこの曲を歌えるというのはトップクラスのアイドルである証明でもあります。舞台へ向かうアイドル達の中にあの子がいたので声を掛けました。

「じゃあ先発頼みましたよ、幸子ちゃん。頑張って下さいね」

「ボクを誰だと思っているんですか! このカワイさで最高に盛り上げてあげますよ!」

「はい。よろしくお願いします」

「朱鷺さんもボクほどではないですがカワイイので、きっと良いライブになるはずです! だからそちらも頑張って下さいね!」

「……ありがとうございます」

 元気付けるはずが逆に元気を貰いました。本末転倒です。

 

 その後はコメットの楽屋に戻り、モニターでライブの様子を確認しながら出番を待ちます。この待ち時間が一番緊張するんですよ……。

 特に今回は大きなフェスです。数百人規模のライブであれば慣れたものですが、今回のように数千人規模となるとやはり緊張感が半端ではありません。それに私達の出番はシンデレラプロジェクトの後なのでまだまだ時間があります。胃を痛めつつ待つことしか出来ませんでした。

 

「もう……む~りぃ~……」

「お、待てい!」

 フラフラした足取りで脱走しそうになった乃々ちゃんをひっ捕らえました。デビューミニライブの二の舞いは御免です。

「とはいっても、ノノの気持ちもわかってしまうよ。ボク達にとって非日常だからかな」

「はい。私も緊張しちゃってます……」

 残る二人も緊張気味でした。ここはリーダーとして一言言っておいた方が良いですね。

 

「お客様の数が多いので緊張してしまうのは当然です。ですがより多くの方々に私達のパフォーマンスを見てもらうチャンスでもあるんですよ。今まで必死にレッスンをして、地道にライブをやってきた成果を出す時だと思います。だから皆でこのライブを楽しみましょう!」

「そうだね。例え目指す先がどんな場所でも皆となら辿り着ける。そんな気がするよ」

「はい。私一人では到底無理ですけど、皆さんがいれば大丈夫な気がします」

「うぅ~……。怖いけど皆がいれば何とかなる、かも……」

「はい! この四人が揃えば無敵です!」

 今は心からそう思えました。

 

 

 

 その後ライブは順調に行われていきました。シンデレラプロジェクトの子達の出番になったので応援でもしてあげようかと思い舞台裏に移動すると、既に彼女達が集まっています。ライブ用の衣装を纏い、武内Pを囲むようにしてその話を聞いています。

「……そろそろ時間です。準備は整いましたか」

「はい!」

 元気よく返事をしましたが皆酷く緊張していました。その姿を見てちょっと心配になったので、最近マスターした新ネタを披露することにします。そう思い皆の背後から忍び寄りました。

 

「おっすおっす! にゃっほーい、アイドルときりんだよー☆ みんな今日までとってもとっても頑張ってきたからぁ、ばっちし大成功☆ もう、ぱーぺき間違いないのです♪ おっきおっきな会場で、みんなでうっぴょー! ってするにぃ☆」

「!!」

 不意の物真似で、しかも真似たのがきらりさんでしたから皆一様にビックリしていました。

「ふ、ふふっ……」

 少しして笑いが飛び出します。私のキャラとは真逆ですからそのギャップが面白いのでしょう。

「すご~い! きらりちゃんが二人いるみたい!」

「うっきゃー! 朱鷺ちゃんはきらりんのマネ、上手だにぃ♪」

「ありがとうございます。真剣になるのは良いですが皆さん表情が固いですよ。ファンの皆様に笑顔になってもらうためにも、まず自分が笑顔にならないと」

 そう言いながら指で口角を上げました。

 

「……七星さんの仰る通りです。皆さん、笑顔で行きましょう」

「そうだねっ! よーし、笑顔全開で行こう!」

「はい。私も笑顔で頑張りますっ」

「杏のスマイルは高いよ~」

「美波の笑顔、私大好きです」

「ありがとう、アーニャちゃん。私もアーニャちゃんの笑顔は大好きよ」

 場の空気がほんわかします。過度な干渉はしないと決めましたが、こうやって応援してあげるくらいならいいですよね。

 

 再び楽屋に戻りモニター越しにライブの様子を見守ります。何だか授業参観で娘の様子に一喜一憂するお母さんみたいな心境ですよ。

 先発はラブライカでした。シンデレラプロジェクトの中では結成期間の長いユニットですから、その分パフォーマンスのレベルは高いです。以前警察署で行ったライブより一段も二段もレベルアップしていました。

 それに続く蘭子ちゃんのローゼンブルクエンゲルも素晴らしい出来でした。彼女が持つ唯一無二の世界観を余すこと無く表現できたと思います。

 

 続くニュージェネレーションズにも期待しましたが、ここで思わぬ事態になりました。先程まで晴天だったのですが、夕立なのか急に雨が振ってきたのです。

 かなり強い勢いで、窓を閉めた楽屋にいてもざあっと雨の流れる音が聞こえてきます。

「きゃあ!」

 次の瞬間、耳をつんざくような大きな雷鳴が轟きました! 

 それとと同時に照明やモニター等が一斉に切れます。もしかして雷がライブ会場に直撃し停電してしまったのかもしれません。

 

 

 

 フェスは一時中断となりました。

 イベント主催者としては観客の方々の安全確保が最優先ですから、判断としては当然だと思います。野外ライブのため屋根のあるところで雨宿りをしている人の姿を多く見かけました。

 不測の事態なのでスタッフさん達がせわしなく行ったり来たりしています。苛立ちを感じつつ、楽屋でじっと待機します。

 

「やはりここは私の命と引き換えに天を晴らすしか……」

「ですからそういうことは止めて下さい!」

「だ~めぇ~……」

「はは、冗談ですって……」

 ほたるちゃん達に勢い良く止められました。冗談と言いましたが半分は本気です。このまま中止になってしまったらやりきれません。

「そんなことをしなくてもいいよ。どうやらもうすぐ再開するようだ」

「本当ですか!」

「ああ。今犬神Pに電話で確認したから間違いないさ」

 アスカちゃんの話を聞いてホッと一安心します。

 ですが思わぬ形で水を差されてしまったため、先程までの気合が吹き飛んでしまいました。再び不安と緊張に包まれます。

 

「…………」

 楽屋内にも重い空気が漂い始めました。

 気分を変えようとスマホを取り出したところ、LINEの通知が来ていることに気付きます。アプリを開くと私のクラスのグループから新着メッセージが来ていたので急いで確認しました。

『私の助手にふさわしい働きをしてもらわなければな。お前達の才能を世界に知らしめるのだ』

『ウチの分まで、観客をクギヅケにしてこい!』

『今日のライブのトップランカー目指して頑張ってね!』

『潮風も、太陽も、七海も、みんなの味方です~』

(ほとばし)る汗、きらめく瞳、熱いお笑い……じゃなくて、アイドル魂を見せつけてやるばい!』

『ライブが終わったらまたスシ食べに行くゾ! 甘エビ! イクラ! ナットーマキ! あっ、オオトロもいいナ♪』

『アイドルとして、おっきなお山を登りきってみせてね!』

『君達の背中を押しにきた! 大丈夫、アタシがついてる!』

 

「……ふふっ」

 皆の応援の言葉を眺めていると不意に胸が暖かくなります。さっきまでの不安はどこかに飛んで行ってしまいました。

 そうです。私は今日出演できなかった皆の思いを背負って此処にいるんですから、最高のパフォーマンスをしなきゃね。そう思うと再び気合が漲ってきました。

 もう何も恐くない。あのクラスの子達は、私の最高の友達です。

 

 

 

 するとライブが再開しました。とは言っても大雨が降ったばかりですからお客様はあまり戻ってきていません。順番的に次はニュージェネレーションズなので彼女達にとっては不運としか言いようがないですが、こればかりはどうしようもありませんでした。

 以前は観客が少ないことで未央さんが大きく動揺してしまいましたので、同じようなことにならないよう祈りながら食い入るようにモニターを見つめます。

 するとあの三人が勢い良く飛び出してきました。

 

「みなさーん! 初めまして~!」

「ニュージェネレーションズです!」

「本当にお待たせしました!」

 未央さんの掛け声に続いて、三人揃って自己紹介をします。

「待っていて下さって、ありがとうございます!」

「雨、大変だけど、盛り上がるように頑張ります!」

 すると少ないながらも周囲から温かい拍手が送られました。三人は笑顔でお互いの顔を見合わせます。

「それでは聴いて下さい! ニュージェネレーションズで『できたて Evo!Revo!Generation!』」

 

 高らかに宣言した後、持ち歌を歌っていきます。

 卯月さん達をイメージした曲と武内Pが仰る通り、元気で明るく、巻き込み力の高い一曲です。

 歌は安定していますし振り付けも完璧でクオリティが高いです。ですが何よりもその眩い笑顔が魅力的でした。

 その明るい歌声と笑顔に惹き寄せられるようにして、雨宿りしていた観客がステージに集まってきました。コールの声とサイリウムの光が段々強くなっていきます。

 

 彼女達はその声に応えるようにして更に光り輝いていき、曲が終わる頃には観客席はお客様で一杯になっていました。

 お世辞抜きで、今まで一番──最高の出来だと思います。

「ありがとうございましたっ!」

 三人共、良い笑顔です。以前と比べ十歩どころか百歩は進んでいました。なら私達は更にその先を行かなければいけませんよね!

 

 少しして私達の出番が来たので舞台袖で待機していると、曲を歌い終えたアスタリスクの二人が戻ってきました。

「朱鷺チャン達も頑張ってにゃ!」

「後は任せたよ!」

「はい、お任せ下さい!」

 ハイタッチをしつつ、今度は我々が舞台に上がります。

 

「皆さ~ん! こんにちはー! コメットです!」

「ウオオオオォォォォァァァァーーーー!」

 眼前の圧倒的な客数に威圧されながらも指定の位置に移動して元気よく挨拶すると、怒声に近い勢いで返事が返ってきました。鎖斬黒朱(サザンクロス)の連中は声が大きいんですからもう少し後ろにいて欲しいです。

「今回の曲ですが、何とこのライブが初披露の新曲です! この曲は今までとちょっと違うところがあるんですよね?」

 打ち合わせ通り、隣にいるほたるちゃん達に話を振ります。

「はい。この曲は私達四人で詩を作ったんです。初めてのことなので大変でしたけど、その分想いを込められました」

「もりくぼも、全力で頑張りました……」

「フフッ、そうだね。ボク達の大切な盟友に向けた詩だから、心を込めて歌うよ」

「それでは聴いて下さい! コメットで、『Dear My Friend(親愛なる友達へ)』!」

 

 

 

 

 

 

 聴き慣れたイントロが流れ始めました。

 

 バラード調の優しい曲なので、歌に意識を集中させます。 

 

 私が今この場所に立っているのは、アイドルのみんなのお陰です。

 

 彼女達がいなかったら私は過ちを繰り返し、自分の世界に閉じ籠もっていたでしょう。

 

 そんな私を救い出してくれた大切な友達への感謝を、この歌に込めて。

 

 そんな気持ちで歌っていると自然と笑みが溢れます。

 

 この幸せを観客のみんなに伝えたい。

 

 すると眩いサイリウムが返事をしてくれます。

 

 私の想いは確かに伝わっている。

 

 そう思うと一層嬉しくなりました。

 

 バラエティのお仕事も楽しいけど、ライブはもっと楽しい。

 

 やっぱりここだけは特別です。

 

 今までも、そしてこれからも、私の全てです。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました!」

 気付くと曲が終わっていました。本当に楽しい時間はほんの数瞬で過ぎ去ってしまいます。

 四人で揃って観客席に向けて深々とお辞儀をすると、万雷の拍手が私達を包み込みました。

 デビューミニライブでは喝采とはいきませんでしたが、今では割れんばかりです。

 本当に、本当に、楽しいなぁ。

 

 そのまま舞台袖に引っ込むとシンデレラプロジェクトの子達が全員揃っていました。

「場は温めておきましたよ。皆さんの最高のステージ、見せて下さい!」

「はい!」

 十四人全員とハイタッチしました。振り返り、舞台に飛び出す彼女達を見守ります。

「みんな、本当に素敵なアイドルに成長しましたね……」

 彼女達の全体曲────『GOIN'!!!』が流れる中、感慨深く呟きました。

 

 

 

 その後、アイドルフェスは無事終了しました。

 結果としては大成功です。雨による一時中止というトラブルはあったものの、それ以上の盛り上がりを見せました。『GOIN'!!!』もミス無くバッチリ決まっていて文句の付けようもありません。

 撤収準備に取り掛かるスタッフさん達を横目にステージ上で余韻に浸ります。コメットやシンデレラプロジェクトの子達も一緒でした。

「何だかあっという間だったな……」

「うん。終わってみると、本当に一瞬だった」

 それぞれ感想を口にしていると犬神Pと武内Pがこちらにやってきました。なぜか大きなダンボール箱を抱えています。

 

「Pチャン、それ何?」

「皆さんへのファンレターです。それと会場で配布していたアンケートも一緒に持ってきました」

「こっちはコメット宛のファンレターだよ。……よっと」

 私達の目の前に箱を置きます。

「ファンレター? 何だかアイドルみたいですね……」

「いや、卯月さんはれっきとしたアイドルですから!」

 思わず突っ込むと皆が一斉に笑いました。まだまだ新人ですからファンレターを貰いなれていないようです。

 

 ファンレターを仕分けるとそれぞれ自分宛てのものを読み始めます。

 皆嬉しそうな表情ですが、中でも未央さんは本当に幸せそうでした。

「プロデューサー、ありがとう! 私、アイドル止めなくてよかった!」

「……いい、笑顔でした」

 アンケートを読んでいた未央さんが武内Pに感謝を伝えます。恐らく彼女のファンが書いたものでしょう。デビューミニライブでアイドルを諦めずに良かったと心から思います。

「えへへっ。しまむー! 見てこれ!」

「何ですか?」

 喜びを伝える未央さんを横目に私宛のファンレターを確認します。まぁ、どうせ果たし状や脅迫状に違いありませんけど。

 

「えっ?」

 そのファンレターには私達の曲やライブに対する感想が沢山書かれていました。慌てて他のファンレターを読んだところ、『いつもライブで朱鷺さんを応援しています!』とか『朱鷺ちゃんの歌が大好きです!』といったメッセージが綴られています。

「どうしたんですか、朱鷺さん?」

 ほたるちゃんが私の顔を覗き込みます。

「普通のファンレターが来ました……」

「そうなんですか! 良かったですね!」

「でも、どうして?」

 摩訶不思議な心境でいると、乃々ちゃんとアスカちゃんもこちらにやってきました。

 

「……確かにバラエティ番組の方がインパクトは強いですけど、朱鷺ちゃんはいつもライブに一生懸命でしたから、ライブが好きな方だっているはずです。今までは偶然、そういう人からのファンレターが無かっただけだと思います……」

「ああ。ボクもトキの歌は好きだよ」

「何と!」

 私のライブが好きな人がいるんだ。私だってアイドルらしく、歌や踊りで誰かを元気付けられると思うだけでとても胸が熱くなります。

 

「今まで頑張ってきて良かった……!」

 思わず涙ぐんでしまいました。

「フフフ、また勘違いしているな。ボクたちのストーリーはこれからが本番さ。トキにはもっとファンを増やして貰うよ」

「もりくぼは、もうアイドル辞めたいとは言いません……。この四人でなら、ずっと続けていきたいです……!」

「これからも四人で頑張っていきましょう、朱鷺さん!」

「はい!」

 

 皆で抱き合って笑いました。デビューミニライブの時よりもずっと光り輝いています。

 その笑顔を見て、私は決意を新たにしました。

 彼女達と一緒に歩き続けるためにも、やらなければいけないことが一つだけ残っています。

 それは────『前世の自分と正面から向き合い、未熟な過去に打ち勝つこと』でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第47話 過去を越えて、未来へ

 アイドルフェスの翌日は休養のため一日お休みです。

 コメットやシンデレラプロジェクトの子達から一緒に遊びに行かないかと誘われましたが、既に予定が入っていたので(つつし)んで辞退しました。

 そう、私にとって非常に重要な用事があるのです。

────『過去の私と向き合う』という一大イベントがね。

 

 日頃は茶化していますが幼少期のネグレクトや虐め、そしてブラック企業での過酷な勤務で負ったトラウマで未だにその時の情景がフラッシュバックしたり、悪夢にうなされたりすることがよくあります。

 いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)というやつで、私が過去の記憶を消したいと思った原因の一つでもあります。今までも学術書を参考に治療法を試してみましたが一向に改善は見られませんでした。

 本来ならば個人で克服するのではなく専門医に相談するのが一番ですけど、前世の記憶なんて言い出した途端そのまま黄色い救急車で檻に収容されてしまいますから難しいのです。それに家族を心配させたくはないですし。

 

 トラウマはその人の心のキャパシティを超えたショックが起こったため発生するらしいです。ショックが大き過ぎて感情が処理できずに残っているのですね。

 そのため克服にあたり必要なのは自分の感情と向き合うことです。恐怖心にきちんと向き合って制御することができれば、自然とトラウマを乗り越えることができるはずです……多分。

 この辺りは自分で学術書を調べて得た知識ですからあくまで個人の見解です。そのため真似をされて大怪我を負っても責任は取れませんので、あしからず。

 

 ともかく、恐怖の感情に向き合い制御することができればフラッシュバックや神経が高ぶるなどの過覚醒、そして悪夢から解放されるでしょう。

 清純派アイドルとして輝きファンに勇気を与える以上、自分が病んでいてはいけませんからアイドルフェスという大イベントの成功を区切りにこのトラウマと正面切って戦うことにしました。

 

 なので今日は前世で私が働いていた職場や、以前住んでいた家を巡ってみようと思います。

 今までは恐怖心から、そういう場所には一切近づこうとはせず目を背け続けていました。ですが前世の記憶を消さないと決めた以上、向き合わないといきません。

 どれだけ辛くても目を背けずに立ち向かって叩きのめす気概で望みます。ゼンセノカタキヲトルノデス!

 そうはいっても前世と現世では色々と違いがあるので元勤務先や家がない可能性もありますが、それならそれで構いません。あくまでも自分の感情を整理するための旅ですから漏れなく回る必要はないですし。

 

「じゃあ、行ってきます」

「気をつけてね~♪ あっ、ちょっと待って、朱鷺ちゃん!」

 遅めの朝食を食べて家を出ようとしたところ、お母さんから呼び止められました。

「はい、これお弁当♥」

「えっ?」

 小綺麗なバスケットを手渡されます。

 

「どうしたの? 普段お弁当なんて作らないのに」

「う~ん。何となく今日は作ってあげたくなったのよねぇ。何でかしら?」

「それを私に質問されても……」

「まぁいいじゃないの。夕飯までには帰って来てね~♪」

「はいはい」

 バスケットをバッグに入れていると、不意に背後から抱きしめられました。

「な、何?」

「ふふっ。また深刻な顔しているわよ~。どこに行くかは訊かないけど、私達はいつも朱鷺ちゃんの味方だから。……それは、絶対に忘れないでね」

「……うん」

 この人はどうしてこうも勘が鋭いのでしょうか。いや、私が分かりやすいだけかもしれません。

 

 

 

 家を出てからは電車を乗り継ぎ神奈川方面に向かいます。前世の家や職場の多くは同県内にありますので各所を巡ってトラウマを払拭したいと思います。

 但し最初からヘビーなところだと心がポッキリと折れかねないので、手始めに精神的に楽な場所へ行くことにしました。

 

 まず向かったのは多摩川の河川敷です。ここは私が最初に勤めた住み込み可の建設会社を脱出した後、暫く活動拠点にしていた場所でもあります。住み込みと言っても完全にダークネスなド底辺の建設会社でしたけど。

「大体、この辺でしたっけ……」

 周囲を根城にしている家なき子達の好奇の視線をかわしつつ、目的地に到着しました。

 一面に草が広がっているだけの空間ですが、何となく記憶には残っています。

 

「……お久しぶりです、シゲさん。姿は変わってしまいましたけど、創です。時間が空いてしまってすみませんでした」

 先程コンビニで買ったお線香にライターで火をつけ、地面に挿しながら呟きます。

 今は七星朱鷺ではなく前世の自分────『土岐 創(とき はじめ)』として語りかけました。

 

  シゲさんはレスホーム時代の大先輩です。元は不動産会社の社長さんでしたがバブル崩壊で大借金を負って奥さんと離婚し家族と離れ、それ以降河川敷の住人をしていたそうです。

 八人一部屋のタコ部屋職場を何とか円満に辞めた後、行き場を失い河川敷で倒れていた私を介抱してくれたのが彼でした。以降、レスホームの心得やダンボールハウス製作のノウハウなどを色々と教えて頂いた師匠です。皮肉なことに私が初めて出会ったマトモな大人でした。

 残念ながらお会いしてから1年程して肺炎でポックリと亡くなられましたが、あの時の施しは今でも忘れていません。世界は違いますが供養に来たかったので良かったです。

 

「聞いてくださいよ。殺人鬼並みの眼光だなんて周りから言われてた私が今はJCでアイドルをやっているんです。おかしいでしょう? でも今は本当に良い家族や仲間に囲まれていて、とっても幸せなんです」

 今までのことを報告しました。いつもニコニコされていたので、もし生きていたら人懐っこい笑顔で楽しそうに聞いてくれたはずです。思えば私の営業スマイルの原点は彼なのかもしれません。

 ああいう良い人に限って不遇な目に遭う世の中は、ちょっと悲しいです。

「……それじゃあ行きます。私がそちらに逝った際には一緒に美味しい日本酒を飲みましょうね。もちろん私の奢りですから」

 お線香の火が消えたことを確認してからその場を後にしました。こういう良い思い出のある場所ばかりだといいんですけど、そうは行かないのが悲しいところです。

 

 

 

 そのままの足で最初に勤めた建設会社に向かいました。

 目的の場所に近づくにつれ、どんどん足が重くなって行きます。全身の筋肉がみるみる冷え固り、よじれるような胃の痛みに襲われました。

 凄まじく辛いですがここで引き返したら何の意味もありません。鉛のような足を引き()りながら強行軍で進んで行きます。

 

「……こっちの世界にも、あるんだ」

 すると社名が書かれた見慣れた看板がありました。

 それを見た瞬間、30年以上前の光景が鮮やかにフラッシュバックします。

 

 痛い、辛い、苦しい、憎い、死にたい。

 怒りとも憎悪とも恐怖ともつかない鈍い痛みのようなものが胸の奥底から湧き上がりました。

 あらゆる負の感情が滝のように押し寄せて来ます。

「……ッ!」

 途端に吐き気がこみ上げたので、思わずその場にうずくまります。

 

 時期尚早、でしたか……。

 血の気が引くのが自分でもわかりました。

 必死に虚勢を張っていましたが、残念なことに私のメンタルは辛く苦しい過去に向き合えるほど頑丈ではなかったようです。

 

「やっぱり、ダメ……」

 諦めかけた瞬間、スマホから着信音が流れました。

 その時だけ体が自由に動かせたので、慌てて通話の表示をタッチします。

「は、はい! 七星です」

「あっ、とっきー! 今大丈夫?」

「え、ええ。一応は」

 電話の相手は未央さんでした。

「とっきーにちょっと訊きたいんだけどさっ」

 一体なんだろうと思い耳に意識を集中させます。こんな時に掛かってくる電話ですから、とても大事な要件に違いありません。

 

「はい! 何でしょうか!」

「ラーメンは味噌と醤油、どっちが好き?」

「……は?」

 超シリアスな雰囲気をぶち壊す謎質問が飛び出しました。空気YO・ME・YO☆

 

「いや~今皆で遊んでてさ~。お昼はラーメンにしようって話になったんだけど、味噌ラーメンと醤油ラーメンのお店があって、どっちにしようか意見が真っ二つに割れちゃったんだよ! だからとっきーの選んだ方にしようかなって話になったの」

 超クッソ激烈にどうでもいい内容でした。思わず切断したくなりましたが、ぐっと堪えます。

「そ、そうですね。私はどちらも好きなのでお店に拠ります。ちなみに今はどちらですか?」

「え~と、今は……」

 場所を教えてもらったので、最寄りで一番美味しいラーメン屋さんを紹介しました。

 

「そうなんだ、ありがと! 後あすあすから何か話があるらしいんで、代わるね~」

「やあ、おはよう。トキ」

「……おはようございます。アスカちゃん」

「フフッ。どうやらまだ無事なようで良かったよ」

「無事、とは?」

 思わずドキリとしました。過去の自分に向き合うなんて話は一切していないんですけど。

 

「ボク達の誘いを断る程の先約とは尋常ではないと思ったからね。どうせまたロクでもないことをしてるんじゃないかと考えただけさ」

 ……完璧にバレテーラ。私の行動パターンはそんなに読みやすいのでしょうか。

「さ、さぁ、何のことか」

「とぼけるなら別にそれでもいいよ。あまり元気ではなさそうだけど、大丈夫かい?」

「私はいつもどおりです。元気が一番、元気があれば何でもできる! 元気ですかー!」

「清純派アイドルを目指すなら、そういう色物ネタはボク達以外には使わないほうがいいよ」

「うぐうっ!」

 精一杯虚勢を張ったら思わぬディスられ方をしました。ぐぬぬ……。

 

「どうせ詳しいことは話さないと思うのでボクから勝手にアドバイスさせてもらう。

 ……辛くなったら、自分の力だけで解決しようとせず皆を頼ってくれ。こうやって何気ない会話をするだけでも心の負担は軽減されるだろうから、ね」

「……はい、わかりました」

「では、また明日。ボク達はあの安息の地(プロジェクトルーム)で、いつもの元気なキミを迎えることにしよう」

「また明日、です」

 そのままゆっくりと通話終了の表示をタッチしました。

 全く、彼女には(かな)いません。でもアドバイスの通り、未央さんやアスカちゃんとお話をすることで先程まで強く感じていた頭痛や吐き気が治まっていました。

 

 その場から立ち上がり、元勤務先である営業所の前に足を運びます。

「……よし、大丈夫」

 眼前には薄暗くて小汚い営業所があるだけです。

 確かにここでは酷い目に遭いました。暴力が支配する世紀末な職場で本当に辛かったです。

 でもその経験があったからこそ今の私がありますし、素敵なアイドル達と巡り合うことも出来た。そう思うと辛さが少しは軽くなったような気がしました。

「労基署に臨検されて潰れちゃえ、ば~か!」

 悪態をついた後、再び歩き始めました。通行人がびっくりしていたので超恥ずかしいです。

 

 その後は電車やタクシーに乗り、元勤務先の中で特に酷かった職場を巡ります。前世と現世では世界が違うので空振りも多いですが平然と存在している会社もありました。

 トラウマスポットに近づく度に動悸や呼吸困難、発汗、めまい等のパニック障害が起きたので、その都度アイドルの友達や犬神P(プロデューサー)等に電話をしつつ心を落ち着けます。

 皆とお喋りしていると自分は一人では無いような気がして、何だか安心しました。

 

 

 

「お腹、空いたなぁ……」

 暫くクソ職場巡りをしていると、空腹を感じていることにふと気づきました。既に時刻は午後の3時を回っています。

「よいしょっ」

 近くの児童公園のベンチに腰掛けてお弁当を広げました。可愛らしい二段のお弁当で、一段目にはご飯、二段目には卵焼きやウインナー、唐揚げ、プチトマト等の定番おかずが詰められてます。

「ん?」

 するとご飯の上に薄焼き卵が丸型に広げられているのに気付きました。一体これは何を表現しているのでしょうか。

 お弁当用のふりかけをかけようと封を切ろうとしたところ、裏に可愛いメモが貼ってあります。何か書いてあるので読みました。

 

「え~と、『特製のメガトンコイン弁当よ~♪ 美味しく食べてね~♥』ですか……」

 思わず吹きました。あのアマ、なんちゅうことを……。

 この薄焼き卵はメガトンコインを現していたのですね。まさか家族にまでネタにされるとは思いませんでしたよ。このネタを何時まで引っ張るつもりなんでしょうか。

「ごちそうさまっ!」

 悔しいのでお米粒一つ残さず完食しました。大変美味しゅうございましたよ、ええ。

 

 食事後は本日最後の目的地に向かいます。ゴール地点であり正直一番行きたくない場所ですが、だからこそ顔を背ける訳にはいかないのです。

 恐怖というものは打ち砕かなくてはなりません。そしてそれは今です!

 今、絶対に乗り越えなくてはならない。それができなければ土岐創という過去を受け入れ、七星朱鷺として生きることは出来ません。

 折れかかった心を再度奮い立たせ、一歩一歩踏みしめながら目的地に向かいました。

 

「うわっ……」

 眼前の古びた公営住宅を目の当たりにして思わず呟いてしまいます。そこには私が前世で生まれ育ったのと同じ団地が建っていました。嫌な場所に限ってこの世界にもあるんですよね……。

 団地の存在を認識した瞬間、何百トンもあろうかという水を全身で浴びているような重圧がのしかかります。冷や汗がどっと吹き出し、プレッシャーで身動きが取れません。それまで巡った会社で感じた不快感を遥かに超えています。

 

「うっ」

 次の瞬間には吐き気を催すほどの緊張感に包まれ、苦い胃液がこみ上げてくるような気がしました。堪えても堪えても体の奥の方から震えが来ます。

 先程と同じように、誰かに電話をして気を紛らわせようとスマホを取り出そうとしました。

「あっ!」

 手が震えてしまいその場に落としてしまいました。慌てて拾おうとしましたが震えが止まらず上手く拾えません。すると吐き気や頭痛が一層酷くなってきます。立っているのもやっとです。

「神様、助け……」

 思わず神頼みをしてしまいました。そんなことをしても、何の意味もないのに。

 

 

 

「呼んだ?」

「うひゃあああああああああああ!」

 すると私のスカートの中から少女が顔を出しました。完全に予想外の事態なので凄い悲鳴を上げてしまいます!

「助けを求めたり叫んだり忙しい子だなぁ、君は」

 少女がスカートから出てきました。その小憎たらしい顔にはよ~く見覚えがあります。

 私を生まれ変わらせた張本人────意地の悪いあの神様でした。

 

「ななな、なんですか急に! 暫く出てきてなかったから貴女の存在なんて忘れてましたよ!」

「いや~。なんか面白い事態になってたからつい出てきちゃった」

「そんな軽いノリで……」

「まぁまぁいいじゃない。それよりもまずは落ち着いて深呼吸だよ。はい、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……ってこれ深呼吸じゃなくてラマーズ法じゃないですか!」

「そうだっけ?」

 見え見えのボケに対し思わずノリツッコミをしてしまいます。これも芸人のサガか……。

 

「こんな古典的なボケをかます人は今時珍しいですよ。バナナの皮で足を滑らせ転ぶ人並みにレアです」

「ノンノン。わかってないねぇ。古典とはつまり王道だ。王道の良さをわからないなんて、芸人としてはまだまだだね」

「私は清純派アイドルなんですけど……」

「あれだけ滅茶苦茶やっててまだ清純派アイドル気取りなのかい。たまげたなぁ」

「勝手にたまげてなさい。別にいいじゃないですか、何を目指そうと私の勝手です!」

「うん、確かにそうだ。……ところで、体の震えは止まったかい?」

「えっ?」

 指摘されて初めて気付きました。そういえば先程までの震えが治まっています。

 

「精神的に辛い時は、楽しかった思い出に浸って心を癒やすのがいいよねぇ。写真なんて眺めると特に良いんじゃないかな?」

 落ちていたスマホを拾い上げると、助言通り先日の誕生日会の写真を開きます。みんな、本当に良い笑顔でした。もちろん、私も含めて。

「ふふっ……」

 あの時も思いましたが、この写真は私に無限の勇気と力を与えてくれます。すると気持ちが落ち着きました。胃液が全て逆流するような不快感も消えていきます。

 

「まさか、本当に助けに来てくれたんですか?」

「いやいや、そんなことはないさ。つい出てきちゃっただけだって」

 そういいながらケタケタ笑います。飄々(ひょうひょう)とした感じなので真意がわかりません。

「それよりもトラウマ巡りツアーは再開しないのかい? せっかくだから僕も同行させて貰おうと思ったのに」

「同行って、ここが最終目的地ですよ」

「まだ部屋の中に入っていないじゃないか。君が生まれ育った404号室にさ」

 なんかとんでもないことを言い始めましたよ、この駄神。

 

「いや~不法侵入は流石にきついっス……。お縄にはつきたくないのでパスです」

「今はちょうど空室だから大丈夫だって。ほら、早く行くよ!」

「ちょっ、ちょっと!」

 手を引かれるまま団地に連れ込まれました。

 

 目的の部屋の前に着くと、駄神がどこからか取り出したヘアピンで鍵を開け始めました。廊下のど真ん中でかなり目立つので人が通らないことを祈ります。

「こういう時って、謎の超能力でパッと開けたりしないんですか?」

「それじゃあロマンがないじゃないか。こうやってコソコソ開けるからいいのさ。それにこの前『fallout4』をやり込んだから解錠はお手のものだよ!」

 完全にゲーム脳ですね、これは……。

 下らない話をしているとカチリという音が廊下に響きました。他の部屋のドアが開く音がしたので、慌てて室内に飛び込みます。

 

「あっ」

 ────見慣れた、間取り。

 記憶の奥底に封印した光景が、そこに広がっていました。

 15歳でこの家を後にしたので実に36年ぶりですか。何とも言えない懐かしさと共に、鋭い哀感が胸に突き刺さりました。

 ボロボロの襖、擦り切れた畳、日焼けした壁紙────全て当時を再現したかのようです。

 

「こんなに、ボロかったんですね」

「お世辞にも綺麗とはいえないなぁ。他に何か感想は?」

「……色々あり過ぎて一言では語れません。嫌な思い出には事欠きませんので」

「そうかい。でもトラウマと向き合うにはここで色々と整理した方がいいんじゃないかな」

「そうかも、しれません。……では適当に語りますので聞いてもらえますか?」

「いいよ~。でも聞くだけで慰めたりはしないから、そのつもりで」

「わかってます。私も同情されたくはありませんから」

 別に語る必要はないんですけど、せっかくなので愚痴に付き合ってもらうことにします。

 

「では手始めに、『キャロットケーキ事件』から行きます」

「はいはい、どうぞ」

 畳の上に座って、ぽつぽつと話を始めます。

「あれは確か小学四年の頃でしたか。学校で調理実習があったんですよ。で、その時にキャロットケーキを作ったんです」

「へぇ~」

 興味なさげな感じですが構わず続けます。

 

「私は元々人参が嫌いなんですけど、当時のお母さんは逆に人参が好きな方でして。次の日はお母さんの誕生日でしたから、お金がない私でもプレゼントが贈れると思って張り切って作ったんです。それと学校に落ちてた折り紙をかき集めて飾りを作ってこの部屋に飾り付けちゃったりして。お母さんは夜の仕事をしていたので、朝早く起きて帰ってくるのを楽しみに待ってたんです」

「それで、どうしたんだい?」

「……メッチャ怒られた挙句、ケーキを潰されました」

「それまた急展開だなぁ」

「何でも蒸発した当時のお父さんが以前キャロットケーキを買ってきたことがあったらしくて。『私を捨てたヤツと同じことをするのかぁ!』ってガチギレされたんです。そりゃあもうドッタンバッタン大騒ぎですよ。あの一件以降、完全に人参がトラウマになりましたもん」

「それは災難だ」

「ホントですねぇ! あははははっ♪」

 

 笑えないよ!!

 茶化して話してますが普通に包丁とか出てきましたからね。むしろ茶化さないと悲し過ぎて口になんて出来ません。

 本当にとんでもない毒親でしたが、男に捨てられた挙句子供まで押し付けられたとあっては性格が歪んでもおかしくはないと今は思います。決して許した訳ではありませんが、だからこそ憎みきれないんですよ。

 

「後は『手切れ金五千円事件』なんてものもあります」

「そんなことあったかな?」

「中学の卒業式があった日の夜だったんですけど、『義務教育は終わったでしょ。それじゃ』ってお母さんから言われて、着替えの入ったバッグと五千円を手渡されて叩き出されたんです」

「ああ、そうそう。眺めてた僕も『五千円はないだろ』って思わず突っ込んじゃったっけ」

「せめて五万円はないと当面すら生きていけないですって! お陰でタコ部屋に収容されるし大変でしたよ、全くもう!」

「この部屋の時は最後まで不幸続きだったねぇ。まぁ、その後もそれ以上に酷かったけど」

 

 これもマジ話です。振り返ってみると前世は本当にインフェルノモードでした。むしろ36年間もよく生き残れましたね、前世の私。

 その後も当時の素敵な思い出を語りました。彼女は慰める訳でもなく、時々相槌を打ちながらじっと私の話を聞いています。他の人達にこんな話をする訳にはいかないのでこの機に色々な想いや憤りをぶち撒けました。

 私だって、お母さんと仲良く暮らしたり友達と楽しくゲームして遊びたかったんですよ。だけどそんなささやかな願いは何一つとして叶いませんでした。

 

 

 

 気がつくと既に日は落ちており、室内はだいぶ暗くなっていました。

「主要なエピソードはこんなところですか。細かいサブストーリーについて語ると多分丸一日は必要なので止めておきます」

「はい、ご苦労様。少しは気が晴れたかい?」

「ええ。今までの仕打ちを初めて人に話したのでスッキリしました。そちらこそ長時間に渡るカウンセリング、お疲れ様です」

「さぁ、何のことかな~♪」

 口笛を吹きながらとぼけました。別に誤魔化さなくてもいいんですけど、正直に言いそうにないので深くは詮索しません。

 

「けど君は大したもんだ。凄惨な過去に対面して自分を保っていられる子は中々いないと思うよ」

「そんなことはありません。『前世の自分と正面から向き合い、未熟な過去に打ち勝つ』なんて勇ましいことを言っていましたけど、私だけではとっくに心がへし折れていました。家族やコメットを始め、今まで縁を持った人達の力で私はこの場に立っていられるんです。

 だからみんなのお陰ですよ。もちろん、貴女を含めてね」

 先程助けてもらわなかったら、きっと今も団地前で倒れていたはずです。

「……心の奥底で人を信じていなかった君がそんなことを言うとは、思いもしなかったな」

 

 すると急に真顔になりました。変貌ぶりがちょっと怖いです。

「記念に一つ良いことを教えてあげようか。君は『前世の自分は誰にも必要とされず無価値だった』と思ってるけど、それは違うよ」

「えっ?」

「前世で君が亡くなった後のことだけど、遺体や遺品をどうしようかって話になってね。当然君のお母さんは引き取る気が無かったから、君の部下の山田って子が君のアドレス帳を頼りに昔の同僚や知り合いに片っ端から連絡したのさ。

 そうしたら『葬儀もせずに無縁仏として合碑するのはあまりにも可哀想だ』って思う人が沢山いて、有志でお葬式をしたんだよ。しかも葬儀費用は各自分担して負担してね」

「……マジですか?」

 耳を疑いました。確かに私の死体や遺品をどう処理したかは気になってたんですけど……。

 

「大マジだって。来場者は大体何人位だったと思う?」

「三、四人くらいですか? 私、人望ないですし……」

「ちゃんと数えてはいないけど七百人位はいたんじゃないかな。『君がクビ覚悟で上司に噛み付いたおかげで職場環境が改善されました』とか『子供をまともな保育園に預けることができました』とか言っていて、一様に君に感謝していたさ。誰にも必要とされず無価値だった人間に対してこんなことを言ってくれる人はいないと思うけど」

 えっ……?

 

「嘘、ですよね? きっと私を騙そうとしていてッ」

「いいや、これに関しては本当だ。だって僕自身の目で葬儀から散骨まで見届けたんだもの。

 以前の君はそういう人達の好意に気付くことが出来なかった。いや、好意を持った相手に裏切られるのが怖くて気付かないふりをしていた。まるで以前の武内Pのようにね。

 確かに君は家族には恵まれなかったけど、慕ってくれる人は沢山いたんだ。だから、君の前世に価値が無かった訳じゃないのさ。むしろ普通の人よりも遥かに意義のある人生だったんだよ」

「そう、ですか」

 

 

 

 無価値じゃなかった。

 ちゃんと認めてくれる人はいたんだ。

 その事実だけで、心がとても軽くなりました。

 心の奥底に掛かっていた重い錠前が外れたような気がします。

 あれだけ忌み嫌っていた過去の自分を、今は素直に受け入れられました。

 

「傷つかないようにバリアを張った挙句、人の好意もシャットアウトするなんて本当に馬鹿です」

 不意に目頭が熱くなります。

「ああ、大馬鹿だよ。だけどようやく気付くことが出来た。ならそれでいいんじゃないかな?」

「随分と遅くなってしまいましたけどね。でも、大馬鹿な私らしいです」

「うん。本当に君らしいや」

 そんなことを言いながら、一人と一柱は共に笑い合いました。

 

「……ふぅ。どうやら更生は無事完了したようだね」

「更生?」

「そう。前世の君には無かった大切なものを今は持っている。現世の家族のことしか考えられなかった君が、他の人達を心から思いやれるようになった。そして自分の過去に正面から向き合って戦う勇気も持つことが出来たんだよ。

 やっと本当の意味で真っ当な人間に生まれ変わったってことさ。おお、めでたいめでたい」

「累計年齢51歳にして初めて人間認定されるとは思いませんでした。でも腹黒さは変わっていませんよ?」

「ドブ川根性は君の個性だからね。魂にまで染み付いているから例え死んでも治らないさ」

「頑固でしつこい油汚れみたいに言わないで下さい……」

  心中複雑ですが、妖怪人間からやっと人間に戻れたそうです。やったね!

 

「更生した今の君なら、これからコメットや346プロダクションを襲う『()()()()()』から皆を守ることができるはずさ。頑張って足掻(あが)いてまた僕を楽しませてくれると期待してるよ」

「……新たな脅威?」

 駄神が超不穏なワードを口にしました。

「おっと、口が滑っちゃったな。何でもないから気にしないで」

「いや、そう言われても激烈に気になるんですけど……。ま~た変なことが起きるんですか?」

「僕は基本的に現場介入しない主義だから、これ以上はノーコメント。もちろん君の手助けなんてこともしないよ」

「その割に今回はやたらと口と手を出してきたじゃないですか」

「う~ん。誰かのお節介な性格が伝染(うつ)ってしまったのかもねぇ~。全く、性質の悪いウイルスだ」

 そう言いながら私をチラチラ見てきました。私のせいとでも言いたげです。

 

「まぁいいです。例えどんな困難が待ち構えていたとしても、346プロダクションの子達はこの私が護りますから」

「その意気その意気。……あれっ? そういえば今回は能力を返上したいって言わないんだ」

「ええ。今の私には必要な力ですので。……もしかして必要だと言ったら取り上げる気ですか?」

 ちょっと不安になりました。この天邪鬼ならやりかねません。

「一度あげたものを取り上げるような酷いことはしないって。それにその力は人並み外れた不運の補償として付与したものだからね。借り物の力ではなく君自身の力だと思ってくれていいよ」

「ありがとうございます。ついでに能力のオンオフ機能を付けてもらえると助かるんですけど♥」

「それはダメ。面白みが減るし」

「チッ!」

 便乗作戦は失敗に終わりました。『ケーチケーチ! バーカ!』と心の中で悪態をつきます。

 

「随分長居してしまったし、そろそろ失礼しようかな」

「今度は暇な時に遊びに来て下さい。スマブラの相手やモンハンのパーティーはいつでも募集していますので」

「うん、そのうちね。ファン第一号として、これからも君の困り顔と笑顔が沢山見られることを心から願っているよ。それじゃ」

 次の瞬間、忽然と姿を消しました。いつものことですからもう驚きはしません。

 

 それにしても気になるのは彼女が口にしていた『新たな脅威』という言葉です。

 しかも今回はコメットだけではなく、346プロダクション全体の危機とのことでした。これは一波乱も二波乱もありそうです。

 事務所所属のアイドル達は私の大切な仲間です。そして記憶抹消未遂と今回の二度に渡り私を助けてくれました。だから次は私が彼女達を助ける番です!

 皆から笑顔を奪う奴は絶対に許しません。

 この私が全身全霊を以って、完膚無きまでに叩き潰して差し上げます。

 

「……じゃあ、バイバイ。お母さん」

 (きびす)を返して、回顧の念を催させる場所を後にします。

 もう恐怖心や迷いはありません。

 私は過去を越えて、未来へ進んで行きます。

 新たな光に向かって勢い良く扉を開けました。

 

 

 

「……あの~、どちら様ですか?」

「え~と、その~……。し、失礼しましたっ!」

「まっ、待てっ! このドロボーッ!!」

「すみません、許して下さい! 何でもはしませんけどッ!」

 扉を開いた瞬間、管理人っぽい方とバッチリ目が合ったので思わずダッシュで逃げました。

 大事なところで締まらないガバガバな体質は更生しても相変わらずです。

 

 だけどそんなところも何だか私らしい、ですよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第4章 シンデレラと星々の舞踏会編
第48話 朱鷺と鷺


「吉良ちゃん! 吉良上野介(きらこうずけのすけ)ちゃん!」

 江戸城に登城し松の廊下にて梶川与惣兵衛(かじかわよそべえ)らと談笑していると浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)殿に呼び止められました。勢い良く駆け寄って来た後、私の正面に立ちふさがり綺麗な姿勢で土下座をします。

「……御勅使(ごちょくし)のご到着の時は玄関で出迎えればいいのかしら。それとも石段まで下がってお出迎えした方がいい? 着座に関する作法を教えて欲しいの」

 そう言って改めて深く頭を下げました。

「はぁ~」

 その姿を見てわざとらしく大きな溜息を吐きます。呆れたような表情を浮かべつつ、浅野殿を無視してゆっくりと歩き出しました。

 

「吉良ちゃん! お願い!」

(うるさ)いですねぇ……」

 (つか)まれた袖を大げさに振り払います。そのまま見下したような視線を維持しました。

饗応役(きょうおうやく)は貴女じゃないですか。その程度のことは常日頃からお心得あるはずでしょうから、いつもみたいに『わかるわ』と言って下さいよ。全く、この小娘をからかわないで欲しいものです」

「……正直わからないわ。だから教えて頂戴!」

「ん~? 本気で言っているんですか。これはこれは呆れ果てたものです。あはははっ!」

 最大限馬鹿にするように笑いました。自分ですら性悪だと思います。

 

「御勅使等のご到着の時間が差し迫っているというのに貴女は未だにそんな作法に詰まってウロウロしているんですかぁ。うぷぷぷ、ヤバイヤバイハライタァイ……」

 嘲笑にじっと耐えている浅野殿に追撃を掛けます。

「まるでお池の中の(ふな)ですね。田舎臭いったらありゃしません。とんだ鮒侍だこと」

「この度の大役、疎かにしたつもりはないわ。でも今日までの吉良ちゃんの指示は色々と手違いが多くて……」

「は?」

 思い切り威圧した後、手にしていた扇子で彼女の口を塞ぎました。

 

「自分の未熟さを棚に上げて他者批判ですか、おめでたいことです。何かといえば私の指図のせいにしていますがどんなことがあっても役目を真っ当するのが饗応役である貴女のお仕事じゃないですか。……さて、これ以上は時間の無駄です。おどきなさい」

「待って、お願い!」

「邪魔ですよ」

 わざとらしく足蹴にしました。もちろん普通にやると骨が砕けるので軽~くです。

 

「くっ!」

 すると起き上がった浅野殿が刀に手を掛けました。

「な、なな何ですかそれはっ!」

 精一杯ビビってみせると鋭い目で(にら)まれました。直ぐに余裕を取り戻して再び煽ります。

「この吉良を斬るというのですね。ご廊下を血で汚す覚悟がお有りであればやりなさいな」

「……ッ!」

 感情を押し殺してじっと耐えています。刀を手放す素振りは見せません。

「ド田舎の泥臭い鮒侍にそんな度胸はありませんか。こんな小娘一人切れないナマクラ刀とは武士の魂が聞いて呆れます。さっ、やってみなさい。ホラホラホラホラ。

 ……ふふっ、無理でしょう? これに懲りたら鮒侍は鮒侍らしく身分をわきまえて僻地でひっそり暮らすのがいいと思いますよ。おほほほほ♪」

 

 ゆっくり立ち上がりその場を去ろうとすると「待て!」という声が聞こえました。

 振り返ると刀を手にした浅野殿が迫ってきます。うわ、鬼気迫る感じでメッチャ怖い!

「吉良上野介ちゃん、覚悟!」

 迫真の演技で刀を振り下ろしました。

「うひゃああああッ!」

 切っ先が私の前髪をかすめます。その気迫に押されて思わず悲鳴を上げてしまいました。

 

「殿中でござる! 殿中でござる!」

「離しなさい! 離して!」

 梶川殿が浅野殿を羽交い締めにしました。ですがなおも刀を振り下ろそうともがいています。こ、ここまで役に入り切らなくてもいいと思いますけど……。

 私の動揺を他所(よそ)に、「はい、カーーット!」という野太い声が響きました。

 

 

 

 本日は時代劇の撮影のお仕事です。

 346プロダクションの映画部門が制作している『忠シン蔵ガールズ!』という時代劇で、あの忠義の志士の物語である忠臣蔵に大胆なアレンジを加え、主君の仇討ちに燃える侍少女達の群像劇を描くものだそうです。

 年末の特番時期に地上波テレビで放映する予定なので既に撮影が始まっていました。ちょうど今収録したのが有名な『松の廊下』のシーンです。赤穂藩(あこうはん)藩主の浅野内匠頭が旗本の吉良上野介に切りかかったという場面ですね。

 

 なお、主要な出演者は全て346プロダクションのアイドルで固めており、実質的な主役である大石内蔵助(おおいしくらのすけ)役には楓さん、その主君である浅野内匠頭役には瑞樹さんが抜擢されています。

 そして私にはラスボスである吉良上野介役があてがわれました。

 もう辞めたくなりますよ~、346プロダクション……。

 

 物語の性質上、主君の仇である吉良上野介は視聴者の皆様のヘイトを一手に引き受ける存在です。役とは言え瑞樹さん達を散々いびり倒すのですからファン達の怒りは当然の如く私に向かうでしょう。

 普通のまともなP(プロデューサー)であれば大切な担当アイドルをリスクの高い役に割り当てることはしませんので、制作側が出した吉良役のオファーは全て断られてしまったそうです。

 そして最終的に私にお鉢が回ってきました。ファッキュードッグ。グッバイドッグ。

 正直気は進みませんが、私が断ってしまうと芸歴が浅いシンデレラプロジェクト内で生贄を出さなければいけないそうなので止む無く引き受けました。悲しいですがイメージダウンの影響が一番少ないのは私ですからね。仕方ないね。

 

「やあ、お疲れ~」

「お疲れ様です」

 一旦休憩になったため楽屋に向かおうとしたところ、監督さんから呼び止められたので営業スマイルを返します。

「さっきの演技いいねぇ~! 悪役が本当に板についてて思わずブン殴りたくなったな。正にガンジーでも助走つけて殴るレベルだよ!」

「あ、ありがとうございます……」

 褒められるのは純粋に嬉しいですが悪役演技というところがもどかしいです。

 

「撮影スタッフ達のサポートをしてくれるし、体の悪いところも全部治してくれるからみんな君が超気に入っちゃって。どう? 次のドラマにも出てみない?」

「恐縮です。ちなみにどんな役なんでしょうか?」

「うん。美女でサイコパスな連続殺人鬼役だよ!」

「うわぁ素敵ですー。でも私だけでは決められないのでー、Pさんと相談してみまーす」

 棒読み気味に返しました。申し訳ありませんがそんな役は即却下です。

 

 少し談笑してから楽屋に戻りました。ノックをして扉を開けると瑞樹さんが椅子にもたれ掛かっています。

「お疲れ様です」

「うん、ご苦労様~」

 たれぱんだ並に垂れています。いや、体はちゃんと引き締まってますよ。特に胸部装甲は脅威のハリです。色々と魔改造した甲斐がありました。

「中々のゆるっぷりですね」

「抜けるところは抜いて、入れるところはしっかりと。大事なことじゃない?」

「はい。私もそう思います」

 オンオフをしっかり切り替えられる社会人の鑑です。

 

「先程は色々と失礼致しました。演技とはいえ酷いことを言ってしまい申し訳ございません」

「いいのいいの、そういうお仕事なんだから。それに時代劇の悪役なんて憎たらしいくらいが丁度いいのよね~。わかるわ」

 いつも通りの笑顔です。その言葉を聞いて少し安心しました。流石346プロダクションきっての淑女ですよ。

「でも撮影中は本当に憎たらしかったわ。あんな演技どこで覚えたのかしら?」

「それはまぁ、色々とありまして……」

 

 過去勤務したブラック企業で遭遇したクソ経営者や無能な上司のムカつく言い方や仕草を物真似してみたのですが、そんなことは言えませんので適当に誤魔化しました。

 自分でやってて嫌な奴だと思いましたから言われた瑞樹さんはもっと腹立たしかったはずです。大人の対応で気にしないとは言って貰えましたけど、その埋め合わせをしたいと思いました。

 

「そうだ。今度一緒にご飯を食べに行きませんか。お詫びにご馳走しますから」

「ん~。中学生に奢られる28歳って道義的にちょっと不味いわよ。もしお詫びをしたいのなら、それよりもっと良いコトがあるじゃない!」

「……わかりました。では先日新発見した目尻の小皺を取り去る秘孔を突きましょうか」

「ホント!? よーし、小皺が消えたキャピキャピのミズキが超スウィートなステージをお届けよ~!」

 鎖斬黒朱(サザンクロス)構成員の尊い犠牲により、瑞樹さんや他のアダルティアイドル達の美貌が日々磨かれているのでした。いや~、誰かの役に立てるなんて本当に素敵なことですよね。

 

「瑞樹さんは残りシーンはどれくらいあります?」

「後は切腹だけだからもう殆どないわ。朱鷺ちゃんはどう?」

「私も後は討ち入られて無残に斬られるくらいですからあまり出番はないです。物語的に楓さんやシンデレラプロジェクト達の四十七士がメインですから仕方ないですけど」

「楓ちゃんは事務所的にも期待の星だからねぇ」

 人気、実力共にアイドルとしてトップクラスですから主役起用は残念でもないし当然です。私も早く彼女のような美貌の歌姫になりたいですが、中々上手くいかないものですよ。

 翌日も仕事なので撮影後は早々に帰宅しました。

 

 

 

 夕食を食べた後、自室のベットの上で寝転がりながら最近の状況を振り返ります。

 時が経つのは早いもので、あの『346 PRO IDOL SUMMER Fes』から約三週間が経ちました。既に夏休みは終わっており二学期の始業式が先日行われたばかりです。

 幸いなことに仕事関係は至って順調で、本業であるユニットの活動と個人の活動がバランス良く入っています。

 体調面での問題もありません。以前のトラウマ巡りツアーの効果があったのか、悪夢やフラッシュバックはあの時以降一度も起きておらず快調です。もちろん油断は出来ませんが良い方向に向かっていることは確かでしょう。

 シンデレラプロジェクトの子も仕事が段々入るようになり知名度が順調に上がってきています。武内Pが選抜しただけあり元々素質は高いですから、ブレイクするのも時間の問題だと思います。

 

 正に順風満帆と言えますが一つだけ気がかりなことがありました。以前あの神様が告げた『新たな脅威』という言葉がずっと引っ掛かっているのです。

 仕事が上手く行っている時に限って大失敗や大事故が起きるのが世の常です。その上あんな不吉なコメントがありましたので油断はできません。

 奴が嘘を吐くメリットはないので危機が訪れることは確かですけど、その内容と時期がわからない点が問題ですね。一応これまでの猶予期間を利用して出来うる限りの迎撃準備はしていますが、それでも不安は残りました。

 

 万一全面核戦争が発生した場合に備えて日本政府が秘密裏に建造している要人用の核シェルターを奪取する計画も用意しましたが、そこまで深刻な事態にはならないことを祈ります。

「346プロダクション所属アイドル達の笑顔はこの国の宝です。その宝を奪う簒奪(さんだつ)者はこの私が全力で排除してあげますから首を洗って待っていなさい!」

 改めて決意表明をしつつ、その日は眠りに就きました。

 

 

 

 翌日の日曜日は『RTA CX』のお仕事です。

 とは言ってもRTA(リアル・タイム・アタック)やまれゲーの収録ではありません。

 何と、現在開発されている新作格闘ゲーム────『The CINDERELLA OF FIGHTERS(ザ・シンデレラオブファイターズ)』に私をモデルとしたキャラが出演するのです! ソ-シャルゲーム全盛のこのご時世に新規IPの格闘ゲームを出すという心意気は天晴です。褒めてつかわしましょう。

 ボイスも私が担当させて頂くことになったため今日はそのアフレコを行う予定なのですが、常にネタと予算が枯渇している『RTA CX』の制作陣がこの話に飛びついて来ました。アフレコに同行取材して番組制作費を少しでも安く済ませようとしているのです。

 どこもかしこもコストカットで悲しくなります。346プロダクションは逆に予算が潤沢なので番組のセット等が無駄に豪華ですけど、あれはあれで問題ではないかと時々感じますよ。

 龍田さん達とは録音スタジオで直接待ち合わせ予定なので、朝食を食べて直ぐ向かいました。

 

「おはようございます、龍田さん」

 録音スタジオ内には既に各スタッフが来ていたので挨拶をします。

「おはようございます。本日も見目麗しく、眼福の極みでございます」

「はいはい」

 いつもの冗談をスルーしつつ、他のスタッフさんや収録に立ち会うゲーム会社の方々にも挨拶をしました。

 その後は事前に頂いた台本を基にゲーム会社のディレクターさんから細かい演技指導を受けます。ポイントを頭にいれつつ軽く練習をしてからアフレコに入りました。

「それではよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」

 お互いに礼をした後、台本に書かれているセリフをしっかり感情を籠めて口にしていきます。

 

「アイビスと申します。以後お見知りおきを。ああ、次回はありませんでしたね。失礼しました」

「僭越ながら、私がお相手致します」

「遺憾の意を表します」

「降りかかる火の粉は払わねばなりません」

「足元がお留守ですよ」

「激流を制するは静水です」

「這いつくばっている姿がお似合いです」

「半人前の技では私は倒せませんよ」

「大事なのは間合い。そして退かぬ心です」

「せめて痛みを知らず安らかにお逝きなさい」

「貴女が弱いのではありません。私が強過ぎるのです」

「これは悪い夢? いえ、良い夢でした……」

 

 声を担当するキャラはアイビスという名前の美少女で、イギリス名家のご令嬢(15歳)という設定です。

 生まれつき驚異的な身体能力がある上に格闘技の天才であり、世界各国の格闘技を元に『北斗神拳』という独自の武術を編み出したというキャラ付けがされていました。

 色々と突っ込みたいですが、まぁここまでは別に問題ないんですよ。戦闘スタイルはトキ(北斗の拳)をベースにした華麗な動きですし、アイビスさん自身も自信過剰なところはありますが可愛くて良い子です。問題はここからです。

「はい、ありがとうございました。それでは続いて『鮮血のアイビス』のセリフをお願いします」

「……承知致しました」

 ここまで来たからには仕方ありません。覚悟決めろと思い深く深呼吸します。さぁ行こうぜ!

 

「ヒャーハハハァァァァ!!  壊れろ壊れろォ! 壊れちまえェェェェェェ!!」

「オレは勝つのが好きなんだよォォッ!!」

「傷つくのがイヤなら戦場に出てくるんじゃねェ!!」

「痛みと快楽を教えてやんよ!」

「この脳味噌ド腐れゲロブタビッチがァ!」

「ビッチビッチ、ビィーッチ!!」

「ブタは死ね!!」

臓物(ハラワタ)をブチ撒けろ!」

「濡れるッ!」

「オレは天才だ!! オレに勝てるヤツなんて居るはずがねェ!」

「おいお前! オレの名を言ってみろ! オレは北斗神拳創始者、鮮血のアイビス様だァ~!」

「ば、バカなッ! こ、このオレが……このオレがァァァァァァーーッ」

 

 これはひどい。

 最大限感情を籠めてしっかりと演技したせいか、スタッフさん一同が思わずドン引きするくらいの酷さでした。わ、私が悪いんじゃないもん! この台本にそう書いてあるんだもん!

 

「はぁ~」

 一通り収録が終わった後、深く溜息を吐きました。どうしてこうなった。

「お疲れ様です。飲み物をどうぞ」

「……ありがとうございます」

 龍田さんが差し出したペットボトルを受け取りミネラルウォーターを少し口に含みました。

「鬼気迫る迫真の演技に感服致しました。流石は七星さんです」

「そんなことしなくていいから……」

 

 私が声を担当するアイビスちゃんにはもう一つ大きな設定がありました。それは解離性同一性障害の患者────つまりは二重人格な子であるということなんです。

 主人格であるアイビスちゃんから切り離され、異常とも思える嗜虐性や残虐性を抱えた交代人格というキャラが先程アフレコした鮮血のアイビスちゃんでした。

 戦闘スタイルは凶器や血の目潰しなど何でもありで、とにかく相手さえ叩きのめせばご満悦という非常に厄介な子です。主人格とは一転して突撃中心の荒々しい戦い方をします。つまり簡潔に一言で表すと、ジャギですね……。

 

 元々はそれぞれ別々のキャラだったんですが、キャラのモデリングが間に合わなかったため無理くり同キャラに纏めたそうです。余談ですが、私がこのお仕事を大喜びで引き受けた時に鮮血のアイビスちゃんの話は一切ありませんでした。先週台本を渡されて初めて知ったのです。あの時は思わず目が点になりましたよ。

 ……いい加減、あの駄犬を保健所に連れて行ってもいい頃ですよね? 一応私をアイドルに抜擢してくれたのは彼なのでこれまで我慢してきましたが、もはや殺処分不可避です。

 

「すみません、七星さん。ちょっとよろしいですか?」

「はい、何でしょうか!」

 ゲーム会社のディレクターさんから声を掛けられたので一瞬のうちに営業モードに切り替えました。お客様に対しては常に誠心誠意対応するのが私のマイルールなのです。

「アイビスと鮮血のアイビスのモーションが概ね纏まったのでチェック頂きたいのですが」

「承知しました」

「ありがとうございます」

 ノートPCを開いて動画を再生しました。映像には開発途中のゲーム画面が映っています。

 するとアイビスちゃんが棒立ちの相手に対して技やコンボを叩き込んでいきました。続いて鮮血のアイビスちゃんも攻撃を行います。

 

「いかがでしょうか? 北斗神拳の技のイメージと違う点があれば指摘頂けると助かります」

「そうですね……。まずアイビスちゃんですけど北斗有情断迅拳(ほくとうじょうだんじんけん)の動きが若干違いますし、出が早いのでもう少し遅くして良いと思います。逆に鮮血のアイビスちゃんの北斗羅漢撃(ほくとらかんげき)はもっと勢いがあった方が良いでしょう。原作再現するなら通常技も少し見直した方がいいと思いますけど」

「なるほど。であれば一度弊社にお越し頂けないでしょうか。実際に操作して頂いた方が指摘し易いでしょうし、改めて技も見せて頂きたいです」

「わかりました。日程を複数挙げて頂ければPと相談の上スケジュールを調整します」

 ゲーマーとして良いゲームを作るのに協力は惜しみません。私担当のキャラはともかくゲーム自体は中々面白そうな出来なので、協力して面白いゲームに仕上げていきたいですね。

 

 

 

「それではお先に失礼致します」

 収録後に打ち合わせ等をしていたら夕方になってしまいました。今日は寄りたいところがあるためスタジオ前で解散です。

「お疲れ様でした。くれぐれも体調管理には注意願います。特に今日は喉を酷使されたので加湿器のセットを忘れないように」

「わかりました。ADの仕事は激務でしょうが、龍田さんも休める時はちゃんと休むんですよ」

「気温が下がってきていますから必ず布団は掛けて寝て下さい」

「はいはい」

「ラーメンばかりでは栄養バランスが崩れます。緑黄色野菜を中心に多品目を摂取するように」

「わかりましたって!」

 貴方は私のお母さんですかと思わず突っ込みたくなりました。イケメン超人の上にやたらと女子力が高いのが癪に障ります。

 ですが有能なのは確かなので万一ADをクビになったら個人的に雇って秘書にしてあげましょう。なぜかは知りませんが一流ハッカー並みのPCスキルも持っているので色々と使い勝手が良いですし、万一不祥事があれば『秘書がやりました』と責任を押し付けられますからね。

 

 最寄り駅から電車に乗り、都心の某駅へ向かいました。そして降りて直ぐのところにある大型の百貨店に入ります。そのままエレベーターに乗って目的の階に向かいました。

 私が降りた四階はコスメカウンター────つまり化粧品売り場です。

 ここは私にとっては完全にアウェーです。どのくらいアウェーかというと、プロ野球の『サーベルタイガースVSキャッツ戦』でキャッツのユニフォームを着て甲子園のライトスタンドに陣取るレベルです。ちなみにリアルでやったら間違いなくボコられますのでご注意下さい。

 

 清純派アイドルとして華々しく成功するためには、やはり見栄えが良くなければならないと悟りました。仕事ではメイクさんが勝手に仕上げてくれますがプライベートではそうはいきません。

 スマホで簡単に写真が撮れるこの時代。いつどこで誰に写真を撮られているかわかったものではないですが、そんな時にすっぴんでアホ面を晒していたら致命傷です。そのためまずは化粧品を買って色々と学ぼうと思ったのです。

 

 通販も考えたのですが、もしダンボールを開けられて化粧品を買ったことが両親に知れたらまた大騒ぎになってしまうので諦めました。ネットで調べたところドンドンキホウテで売っているような安物はあまり肌に良くないとのレビューが有りましたので、精一杯の勇気を振り絞ってこの地に降り立ったのです。正直物凄く居心地が悪いので適当に見繕ってさっさと買って速やかに撤収しましょう。

 

「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

「ひゃい!?」

 コソコソと物色していると不意に声を掛けられました。声をした方を向くと販売員さんが笑顔を携えています。いや、確かBA(ビューティーアドバイザー)さんと呼ぶんでしたっけ。

「い、いえ。化粧品を探しているだけですからお気になさらず……」

「そうなんですか。それなら色々とお試しすることができますよ。さあ、こちらへどうぞ」

「え、えぇ!」

 優雅な姿からは想像できないほどグイグイ食いついてきます。不慣れな環境のため思わずその勢いに押されてしまいました。

 

 そのままコスメカウンター内に設けられたお客様用の席に座らされます。

「お客様にぴったりな化粧品を探すお手伝いをさせて頂ければと思います。早速ですが、クレンジング液は普段何を使われていますか?」

 ク、クレンジング……? 新型のモビルスーツかな?

 何のことかさっぱりわかりませんが、知らないというのも恥ずかしいので誤魔化します。

「え~と、すみません。完全に理解しているんですけど、ちょっとだけド忘れしてしまいました。クレンジングってどういう用途の液でしたっけ?」

「……化粧品を落とす時に使う液のことですけど」

 そういうことですか。そうそう、汚れを落とす洗浄剤ですよね。もちろん知っていますとも! 

 

「普段はシンナーを使ってます!」

「ええっ!!」

 BAさんがものすごく動揺しました。

 何口走っているんですかコイツは! シンナーはプラモの塗料を落とすのに使う薬剤ですよ! 

「じょ、冗談に決まっているじゃないですかぁ~」

「そ、そうですよねぇ。余りに想定外のご回答でしたので驚いてしまいました。では改めて、どのようなものを使われているのでしょう?」

「えっと、その。……水とか?」

「水、ですか……」

 

 周囲がシンと静まり返った気がします。冷ややかな視線が全身に突き刺さりました。

 もう嫌だお家帰るぅ~!

「あの、お客様? ひょっとしてお化粧品のご購入は初めてでしょうか?」

 思わずドキッとしました。どうやら完全に見抜かれてしまったようです。

「すみません、実は……」

 こうなっては仕方ありませんのでお化粧ビギナーであることを白状しました。するとBAさんは呆れるどころか笑顔になります。

 

「ふふっ、そうなんですか。でしたらお化粧の基本についてもご説明させて頂きます。恥ずかしがらなくても初めは皆初心者ですからご安心下さい」

「……よろしくお願いします」

 素直に頭を下げました。知ったかぶりせず初めから教えを乞えばよかったようです。よく考えれば百貨店に勤めているBAさんならよく訓練されているでしょうから、お客様を馬鹿にすることはないですよね。

 その後は化粧下地の作り方やファンデーションの塗り方、化粧品選びのポイントなどを実践を踏まえながら一通り教えて頂きました。ちゃんとメモを取りましたのでバッチリです。

「それではこちらを頂きたいのですが」

「はい、お買上げありがとうございます♪」

 お礼も兼ねて少し高めのものを一式購入することにしました。こういうWINーWINな商売は素晴らしいと思います。

 

 精算後に担当のBAさんと談笑していると他のお客様がやってきました。

 瞳を半分覆った前髪が特徴的な超美人さんです。物静かな感じですがお山は中々の大きさでした。私がPだったら間違いなくアイドルとしてスカウトするでしょう。

 見惚れていると別のBAさんがそのお客様に笑顔で話しかけます。

「いらっしゃいませ。何かお悩みはありますか?」

「ふぁ……ふぁんデーションを……探しています……!」

「畏まりました。それではこちらへどうぞ」

「ほっ……」

 キリッとした表情で呟いた後、少し安心した様子で私の隣の席に座りました。

 

「ファンデーションはパウダー、リキッド、クリーム、ルースのうち現在はいずれをお使いでしょうか?」

「……?」

 BAさんに質問された瞬間、そのお客様がフリーズしました。頭の上にはハテナマークが浮かんでおり困った表情を浮かべています。そのまま暫く気まずい空気が流れます。

 30分程前にも同じような光景が繰り広げられましたので私にはピンときました。

「あの、大変失礼ですがもしかして化粧品に詳しくないのでは?」

「ッ……!」

 思い切って隣のお客様に声を掛けるとビクッと反応します。すると不安そうな表情のままゆっくりと頷きました。どうやら私の予想通りだったようです。

 

「私もそうなので安心して下さい。こちらのお店のBAさんはとても親切なので丁寧に教えてくれますよ」

「そうなの、ですか」

「はい。私共にお任せ下さい!」

「……よろしくお願いします」

 BAさんが笑顔で答えます。その後はファンデーションの試し塗りを何回か行い、気に入ったものを購入されました。彼女だけを残すと余計なものを買わされそうで心配だったので、買い物が終わるまで店内で時間を潰します。

 

「ありがとうございました~!」

 BAさん達に見送られ一緒のタイミングでお店を出ると、そのお客様が私に頭を下げました。

「……あの、買い物が終わるまで待っていて下さったんですよね? 不器用なので……ご迷惑おかけして、申し訳ありません」

「いえ、気にされないで下さい。私が勝手にやったことですので」

「選書のようにはいきませんでした。自分に何が合うのか、わからなくて……」

「そういう時は思い切って人に相談してみるのも手だと思いますよ。自慢ではないですが私も何が自分に合っているのか全くわかりませんのでBAさんにお任せしました」

「なるほど。そういう考えも、あるのですか」

「はい。でも貴女はお化粧無しでも本当にお綺麗ですよ」

 忌憚(きたん)のない感想を述べると俯いて顔を赤くしました。この人マジもうヤダ最高かわいい……。

 

「私を買いかぶりすぎです……。ですが今日は、わずかながら理想に近づけました。花も実もある宝珠(ほうじゅ)に……いつかなれるでしょうか」

「ええ、きっとなれますよ!」

「ありがとうございます。……それでは、私は書店に寄りますので」

「はい、今日はお疲れ様でした」

 一階の本屋さんの前でその美女とお別れしました。しかし在野にあんな逸材がまだ眠っているとは侮れません。私も負けないように自分磨きを頑張ろうと誓い、軽い足取りで家路につきました。

 

 

 

 翌日の放課後はいつも通り346プロダクションに行きます。次回出演のバラエティ番組の事前打ち合わせがありましたので、レッスン後はコメットの皆と別れて待ち合わせ場所である美城カフェへ向かいました。

 待ち合わせの時間よりだいぶ早いのでポケモンの孵化厳選をしながら待とうと思い店の前まで行くと、何やら怪しい人影がウロウロしています。よく見ると昨日コスメカウンターで遭遇したあの物静かな美人さんでした。カフェの中を窺っては行ったり来たりしています。

 

「何やってんだあの子……」

「あっ……」

 思わず呟くと彼女が私に気付きます。何だかばつが悪そうな表情をしました。

「えっと、入らないんですか?」

「……入り、ます」

「じゃあ行きましょう」

 彼女の手を取り店内に入りました。

 

「いらっしゃいませ、美城カフェにようこそ!」

「おはようございます。菜々さん」

「はい! おはようございます、朱鷺ちゃん! ……えっと、そちらの方は?」

「ちょっとしたお知り合いですよ」

「そうですか! それでは二名様ご案内します!」

 菜々さんに案内されるままボックス席に座りました。美人さんが紅茶を頼んだので私も合わせて紅茶にします。

 

「相席ですみません。ご迷惑でしたか?」

「いえ……そんなことはありません」

 その言葉を聞いてちょっとホッとしました。知り合い気取りでウザがられたら嫌ですもん。

「なぜ店先でウロウロされていたんです?」

「読書に適したカフェだと思ったのですが、お洒落過ぎて一人で入るには気後れしてしまって」

「なるほど。ああ、そういえば自己紹介がまだでしたか。……コホン。私、346プロダクション所属アイドルの七星朱鷺と申します。よろしくお願い致します」

「……鷺沢、鷺沢文香(さぎさわふみか)と申します。人に誇れるような特技などはありません。趣味は……読書でしょうか」

 お互いペコリと一礼しました。何だかお見合いみたいです。

 

「346プロダクション内にいらっしゃるということは、鷺沢さんもアイドルなんですか?」

「はい。今週から所属することとなりました。七星さんは先輩だったのですね。その節は大変失礼しました」

 なるほど。事務所所属のアイドル達の顔と名前は全て記憶していましたが、新人さんであれば知らないのも当然です。

「私のことはあまりご存じないですか? 結構テレビには出させて頂いてますけど」

「……すみません。今まで本ばかり読んでいましたので、テレビは殆ど見ないのです」

「いえいえ、いいんですよ♪」

 クックック……これは大チャンスです。色物怪力悪役キャラが彼女の中で生まれていない内に、私が清純派アイドルであると刷り込みをしてあげましょう。

 

「本がお好きなんですか?」

 バッグからごく自然に文庫本を取り出したので訊いてみました。

「はい。昔から、物静かな子だったのです。本を読むのが好きなだけの……」

 穏やかな笑みを浮かべます。本が本当に好きなことがその表情だけで良くわかりました。

「それがどうしてアイドルに?」

「担当のPさんから熱心にスカウトされまして……。最初はアイドルなんて到底無理だと思っていたのですが、あまりの熱意に押されてしまいました」

 どのPかは知りませんがいい仕事してますね。グッジョブです。

「ですが……」

 途端に表情が曇ります。

 

「何かあったのでしょうか」

「この世界は私の想像よりも遥かに綺羅びやかでした。……元々人と話すのは苦手ですし知り合いもいませんので、このような華やかな仕事が務まるか不安です。私は、本を読んでいれば幸せな……紙魚のような存在ですから」

 そのまま俯いてしまいます。なるほど、所属したばかりですからまだお友達がいなくて心細いんでしょう。私にも経験がありますからその気持ちはよくわかります。

「それなら、私に良い案がありますよ」

「良い、案?」

「はい。全てこの私に任せて下さい!」

「ありがとう、ございます」

 鷺沢さんが優しく微笑みます。あーもうテンション上っちゃう。テンション上っちゃう……。

 彼女も可愛い後輩ですので力になってあげたいと思います。346プロダクション所属のアイドル達は皆私の娘のようなものですからね。

 

 なお、それから暫くして『新たな脅威』が襲来した際に鷺沢さんとは思わぬ形で関わり合いになるのですが、この時の私は当然そんなことには気付いていませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第49話 ドブとラジオと天体観測

「焼けたかな?」

 牛肉の塊が焼ける濃厚な匂いが我が家のキッチンに満ち溢れます。据え付けの電気オーブンレンジを覗くとちょうど良い焼き色が付いていました。予定より少し早いですがこれくらいの方が美味しいので電源を落とします。

「すっごい美味しく出来上がっている。はっきりわかりますね」

 独り言を呟きながら今調理しているローストビーフ用のグレービーソースを準備します。お肉を活かすも殺すもソース次第ですから慎重に調合しなければいけません。

 ソースを用意した後は牛肉の粗熱が取れるまで他のパーティー料理の仕込みをしました。

 

 本日は『七星医院 第二回天体観測会&ホームパーティー』です。

 以前一日署長をやった際にコメットの皆とラブライカの二人で天体観測会&ホームパーティーを行ったのですが、思いの外好評だったのでその後も不定期で実施することになりました。今日はその第二回目なのです。

 残念ながら乃々ちゃん達は予定があり参加出来ないので今日はラブライカの二人と別のアイドル達を誘っています。その内の一人は先日お知り合いになった鷺沢文香さんでした。

 

 まだ事務所に所属されて日が浅く知り合いのアイドルもいないとのことなので、少しでも交流の輪を広げて貰おうと思ったのです。私は前世で中途入社することが非常に多かったのですが、仕事場に慣れるまでは毎回居心地が悪かったので文香さんの現状は他人事ではありませんでした。

 これをきっかけに他のアイドルと仲良くなって仕事がやりやすくなればいいですね。

 一通り調理を終えると料理や飲み物を持って会場である七星医院に向かいました。

 

 

 

「それじゃ、後は頼んだぞ。あまり遅くならないようにしろよ」

 診療後、お父さんから医院の鍵を預かります。

「他の子達もいるし早めに切り上げるようにするから」

「終わったら新田さん達はタクシーで送ってあげなさい。うら若き乙女達に万一のことがあったら親御さん達に顔向けが出来ん」

「うん、そうする」

 珍しく真剣な表情なので素直に諭吉さんを二枚受け取ります。やはり娘がいる父親としては心配になるのでしょうか。

「じゃな!」

 そのまま颯爽と去っていきました。いつも元気ですよねぇ、あの人。

 

 簡易キッチンで料理の仕上げをしていると出入り口の呼び鈴が鳴りました。

「はいはーい」

 駆け寄るとガラス越しに見慣れた二人組がいらっしゃったので鍵を開けて迎え入れます。

「おはよう、朱鷺ちゃん」

「ドーブラエ・ウートラ。おはよう、ございます」

「はい、おはようございます」

 いらっしゃったのは美波さんとアーニャさんです。待ち合わせ時間より早かったので準備を手伝ってもらうことにしました。

 

「私達は何をすればいいかな?」

「では美波さんは屋上でランタンに灯りを灯して貰っていいですか?」

「うんっ」

「私も、手伝います」

「アーニャさんは折り畳み式のレジャーテーブルを組み立てて頂けると助かります」

「わかりました」

 二人共お願いした仕事をテキパキとこなします。その分手が空いたので私は仕上げたパーティー料理や飲み物を並べたりしました。10分くらいで一通り準備が終わります。

 

「お二人共、ありがとうございました」

「あら、お礼なんていいのよ。こういうのは皆で分担した方が楽じゃない」

「ダー。私も、そう思います」

 少し前の美波さんは何でも一人でこなそうと無理をしていましたが、アーニャさんのおかげもあって最近はそういう感じが見られなくなっていました。とても良い傾向だと思います。

「流石、美波です。ランタンを簡単に点けてしまいました」

「そういうアーニャちゃんだって手際が良くてカッコよかったよ」

 そのままお互いを褒め称えていきます。すると二人共段々顔が赤くなってきました。

「……ンミナミィ♪」

「……アーニャ、ちゃん♪」

 甘々な空気が二人の間に漂います。これはなんというか、友達同士というよりも恋人同士のような……。

 

 以前合宿でシンデレラプロジェクトの皆さんに美波さんをサポートして欲しいと言いましたが、そのことがきっかけとなり美波さんとアーニャさんの絆が一気に三段階くらいアップしました。

 アイドルフェスはとっくに終わっていますけどアーニャさんは未だに新田さんの家に泊まり込んでおり、もはや半同棲状態です。

 もしかして私はとんでもないことをしでかしてしまったのかもしれませんが、気にしないことにしました。もうなるようにしかなりません。色々怖いのでこの話題は終わりっ! 閉廷! 以上、みんな解散!

 

 

 

『フンフンフフーン♪ フンフフー♪ フレデリカー♪』

 準備を終えて屋上で談笑していると着信音が鳴ったのでスマホを取り出します。確認すると相手は文香さんだったので通話の表示をタッチして出ました。

「……鷺沢、です。医院の前に着いたのですが、どうすればよいでしょうか?」

「今伺いますからちょっと待ってて下さい。わざわざ電話して頂かなくてもLINEでメッセージを送って貰えれば大丈夫ですよ」

「……お恥ずかしながら、すまーとフォンの操作方法が良くわからないのです。つい先日まで普通の携帯電話でしたので」

「な、なるほど……」

 先日LINEの使い方をお教えしたのですがまだ要領が掴めていないようです。他のアイドル達と交流する上で有用なツールなので後で改めて操作方法を解説しましょうか。

 そんなことを考えながら一階に向かいました。

 

「おはようございます、文香さん」

「おはよう、ございます」

 出入り口の扉を開けると儚げに佇んでいました。地味めな服装なのでせっかくの美貌がもったいないですね。立派な山脈をお持ちなんですから、もう少し大胆に露出してもいいんじゃないかと思ってしまいます。でもこういう純朴さにキュンと来る人もいますので一概にどちらが良いとは言えませんか。

「では会場にご案内しますが、一部刺激の強い映像が含まれますので気を付けて下さい」

「……刺激、ですか?」

「グロテスクなものではないですよ。……私にとっては大変なグロ画像なんですけど」

 怪訝な表情の文香さんの手を引いて医院内に招き入れました。

 

「これは……」

 中に入ると文香さんが目を丸くして呆気にとられます。

 まぁ、初見では仕方ないですよね。そう思いながら改めて待合室を見回します。

 そこには私のポスターやタペストリー、生写真等がびっしりと掲示されていました。ストーカーの部屋に入ったのではないかと一瞬錯覚するほどです。

 アイドルの等身大パネルがお出迎えする医院は世界広しと言ってもここだけでしょう。そんなことしなくていいから。

「……七星さんは、ご両親からとても愛されているのですね」

「愛というか、もはや執念すら感じますよ」

 

 あの親バカ共が暴走した結果がこのザマです! 超恥ずかしいから止めてって何度も言っているのに聞きゃあしません!

 一度強硬策として全て剥がして廃棄したのですが、翌週には復元された上にパワーアップしていたので諦めました。こんなことをしたら患者さんが減ると説得したんですけど意外と好評だそうです。院内で配布しているCDやグッズも飛ぶように無くなると聞きました。わけがわからないよ。

 私の人気を高めるためと言っていますが本当なのでしょうかね。晒しものにしたいとしか思えないんですけど。

 

「この白衣姿、とても愛らしいです」

「その等身大パネルですか……」

 先日の家族内ファッションショーの際に看護師姿になったのですが、その時撮影された写真を基にこんなものが作られました。他の写真を使ったパネルも量産化体制に入っているらしいです。

 初めてですよ、ここまで私をコケにしたおバカさん達は……。

「ささ、会場は屋上なのでこんなところからはおさらばしましょう」

「は、はい」

 文香さんの背中を押しつつ屋上に向かいました。

 

 

 

 その後、残りのアイドル達も到着したので会場に来て貰います。文香さんとは初対面とのことなのでパーティの前にお互い簡単に自己紹介をしてもらうことにしました。

「では改めて自己紹介するわね。私の名前は速水奏(はやみかなで)。見えないかもしれないけど17歳で高校二年生よ。学校ではマジメなふりしてるの。マジメでしょ?」

 奏さんはミステリアスな雰囲気と大人びた性格が特徴のクールなアイドルです。歌とダンスはもちろん演技力の高さでも一目置かれており、事務所内では次期エース候補として期待されています。色物バラドル路線を突っ走っている私とは真逆の存在ですね。

 

「ちぃ~っす、大槻唯(おおつきゆい)で~っす! 奏ちゃんと同じ17歳で、アイドルやっちゃってま~す! アイドルってやっぱ楽しいよね~。なんてったって歌って踊って、それでみんなを楽しませるのって最高じゃん? ゆい、みんなでワイワイ騒いだりするの超好きだから。この仕事を選んで正解だったって、ホント思うよ~」

 唯さんは金髪碧眼でコミュニケーション能力が高いザ・ギャルといった陽気な子です。カラオケが大好きなので先日菜々さんを強制的に巻き込み三人で行きました。

 同じ17歳のはずなんですけど選曲が全く違っていてとっても不思議でしたね。一体なぜなのか皆目見当もつきません。あの時は終始大草原でとても楽しかったです。

 なお私は『天城越え』と『津軽海峡冬景色』を全力で熱唱しました。少し引かれました。

 

「……鷺沢文香と申します。19歳の大学生で、趣味は読書でしょうか。今まで本ばかり読んでいた私ですが、前向きに変わっていけたらと思っています。よろしくお願い致します」

 挨拶をした後、深くお辞儀をしました。

「えへへっ! こちらこそヨロシクね、文香さん!」

「文香と呼び捨てにして頂いて構いません。確かに年齢は二つ上ですが、大槻さんの方が先輩ですから」

「そう? じゃあ文香ちゃんって呼ぶよ☆ 私のことも下の名前で呼んでね♪」

「は、はい……」

 唯さんのポジティブギャルオーラに圧倒されているようでした。

 

「あら、文香は可愛いわね……。欲しくなっちゃいそう」

「みなさんに注目されると……緊張で胸が苦しくなります。この調子で、アイドルが務まるのでしょうか」

「大丈夫よ。私も最初はどこにでもいる女子高生だったから。でも身近な存在だったはずの私を、ファンはたくさんの歓声で別次元の偶像へと変えてしまったわ。だから文香もきっとなれるはずよ、素敵なアイドルにね」

「あ、ありがとうございます」

 色っぽい奏さんに応援されて文香さんが赤くなりました。

「可愛いわね。キスしちゃおうかしら」

「……えっ」

「ふふっ、冗談よ」

 演技力が高いのでどこまでが素でどこからが演技なのかわかりません。そんなミステリアスさが彼女の魅力だと思います。

 

「でも唯が天体観測なんて意外だわ」

「そ、そんなことないよっ! 超ロマンチックじゃん!」

「ふうん。……ひょっとして、朱鷺が作った料理が目的、とか?」

「ドキッ! あちゃー。やっぱ、バレちった? 美波ちゃんから前回の天体観測の料理がメチャ美味しいって聞いたんで来ちゃったんだー♪」

「唯はロマンより食い気って感じだものね」

 奏さんの言うとおり、唯さんは天体観測よりもパーティー料理に興味を示していました。ですが楽しみ方は人それぞれですからいいと思います。それに作った料理を美味しく食べて頂くのも楽しみの一つですから。

 

「安心して下さい。前回に劣らないラインナップを揃えましたよ」

 レジャーテーブルの上には色とりどりの料理が並べられています。

 アボカドと海老のタルタル風前菜、サーモンとクリームチーズの生春巻き、新鮮魚介のパエリア、ほうれん草とベーコンのキッシュ、アラビアータ、ひとくちピザ、ブーケサラダ等、軽く十種類以上用意しました。中央には先程のローストビーフが鎮座しています。

 パーティ料理なので見栄えを良くしながらも野菜や魚介類を多く使用してヘルシーに仕上げるよう心がけました。食べ過ぎて体重増なんてオチになったら担当のP(プロデューサー)さんから怒られてしまいますからね。

 

「ホントだっ☆ 一流ホテルの料理みたいにキラキラしてて、メチャ美味しそう!」

「ありがとうございます」

 前世で一流ホテルに勤めていたシェフの料理ですから当然といえば当然です。お客様には一流でも従業員には三流未満のホテルだったので結局潰れましたけど、卓越した技術は盗めたので勤めて良かったと思いますよ。

 

「準備が整いましたので『七星医院 第二回天体観測&ホームパーティー』を始めます。堅苦しい挨拶は抜きにして、食べて眺めて楽しく過ごしましょう。それでは乾杯!」

「カンパ~イ!」

 全員未成年なのでアイスティーの入ったグラスをカチリと当てていきます。皆さんの陽気な声が夜の闇の中に吸い込まれていきました。

 

 

 

 その後は星々を眺めたり料理を頂きながら談笑したりして思い思いに過ごします。

 文香さんは奏さんや唯さんと仲良さそうにお喋りをしていました。交友関係が広く周囲に影響を与えることが多いお二人とお友達になれば、文香さんのアイドル生活はより良いものになるはずです。今日は早くも目標を達成できたようなので良かったですよ。

 そんなことを思いながら、望遠鏡で星を眺めている美波さんとアーニャさんの傍に行きました。

 

「アーニャちゃん、あの星は何?」

「あの星は、ベガです。その下の大きな二つの星がアルタイルとデネブ。あの三つの星を結ぶと、夏の大三角になります」

「ベガとアルタイルって、織姫と彦星よね?」

「ダー。今日は綺麗に見えて良かったです」

 二人共楽しそうで、そんな姿を見るとなんだかこちらまで楽しくなってきます。

 しかしベガ、アルタイル、デネブと聞くとストファイ、アサシンクリード、伝説のオウガバトルを真っ先に連想してしまいました。私は末期的なゲーム脳のようです。

 

「朱鷺は、何か見たい星はありますか?」

「そうですねぇ。やはり北斗七星を確認しておきたいです」

「ダー。わかりました」

 慣れた手つきで望遠鏡を操作し、先程とは別の空にレンズを向けました。

「ズドーラヴァ。今日は北斗七星も綺麗です。どうぞ、見て下さい」

「ありがとうございます」

 意を決して望遠鏡を覗き込みます。そこには天に輝く北斗七星がくっきりと映っていました。ゆっくり数を数えると大きく輝く星が七つだけ見えます。

 その事実を確認して一安心しました。そのまま望遠鏡から目を離します。

 

「もういいの?」

「はい。見たいものは見られたので十分です」

 以前の暴走時とは違い余計なものは見えていなくて一安心でした。視力は良いので星自体は肉眼でも見えますが、念のため望遠鏡でも確認しておきたかったのです。

 あの星──『死兆星(しちょうせい)』が見えないことを。

 

 北斗七星の横に寄り添うように光る蒼い恒星。それが死兆星です。北斗の拳ワールドではその星が見える者には年内に死が訪れると伝えられています。物語上、この星を目にしたキャラクターの多くは死を迎えました。ごく稀に死を回避した人もいますけどね。

 前世では実在していた星であり当然見ても死ぬことはありませんでしたが、現世ではその存在が抹消されています。しかし以前コメットの解散騒動で死にかけた時にはあの星がくっきりと見えましたので、多分あの駄神様が悪戯で北斗の拳設定に改変したのでしょう。

 あの星が見えていないということは例の『新たな脅威』は私の命を脅かす類のものではないという証明になります。しかしどんな事態になるかはわかりませんので、引き続き出来うる準備をしておくことにします。

 

「ゆい、もうお腹いっぱい……」

「今日は楽しかったわ。次回開催する時も声を掛けてくれる?」

「朱鷺さんのお陰で、皆さんと楽しく過ごすことが出来ました。本当にありがとうございます」

「皆さんに楽しんで頂けたようで何よりです」

「今度は卯月ちゃんや凛ちゃん達にも来てもらいたいわね」

「ダー。蘭子や、未央も誘いましょう」

 和やかなパーティーはあまり遅くならない内にお開きとしました。楽しい時間は短く感じるとは言いますが本当にあっという間でしたよ。皆さん学業とアイドル業で忙しいので第三回のスケジュールも早目に立てておかないといけません。

 

 

 

 翌日はラジオのお仕事でした。以前出演した『マジックアワー』というラジオ番組から、再びパーソナリティとして出て欲しいとの要望を頂いたのです。

 噂に拠ると以前に友紀さん、のあさん、志希さんの放送事故不可避トリオを血反吐を吐きながらも制御した手腕が非常に高く評価されたようでした。あの時のことは正直思い出したくはありませんが高い評価を頂いたこと自体は嬉しいです。

 本日共演するアイドルは今までお仕事などの接点がなかった方々なので少し緊張しますが、良い子なのは確かですから彼女達の魅力を少しでも多く引き出せるよう頑張りましょう。

 そう思いつつ、放課後の教室を後にして収録スタジオに向かいました。

 

 スタジオに着くと待合室で待機するよう指示を受けたのでそちらに向かいます。すると出演者の一人が先に来ていました。

 黒髪で澄まし顔のちびっ子です。タブレット端末を眺めていて私には気付いていないようなので、警戒されないよう笑顔で近づきました。

「おはようございます、ありすちゃん♪」

「……おはようございます。あまり名前で呼ばないで下さい。橘と呼ばれる方が好きなんです」

「え~。ありすちゃんの方が可愛いじゃないですか!」

 そう言いながら頭を撫でると少し嫌そうな顔をしました。

「子供扱いしないで欲しいです。そういうのは……嫌いなので」

「小学生は世間一般的に子供ですよ。背も低いですし」

「身長は直ぐ伸びる予定です。牛乳を飲んでますので後三年もすれば朱鷺さんに追いつきます」

「はいはい。ありすちゃんは立派なレディーですよー」

「またありすって……」

 ぷいと横を向いてしまいました。あらら、ちょっとからかい過ぎましたか。

 

 (たちばな)ありすちゃんは最近346プロダクションに所属したアイドルさんです。12歳の小学六年生という年少アイドルですが、その可愛らしい容姿とは裏腹に性格は知的でどこか冷めた感じもするクールな女の子です。大人の女性に憧れているため、自分の名前が子供っぽくて好きではないと以前伺いました。

 アイドルをやっていると仕事とプライベートを問わず名前で呼ばれることが多いので、今のようにしかめっ面をしていると彼女のイメージダウンになりかねません。そのため今のうちから慣れてもらおうと隙を見ては名前で呼んでいるのですが中々上手くいっていませんでした。今回の共演をきっかけにもう少し心の距離を縮めたいと思います。

 

 

 

 電子書籍を読んでいるありすちゃんを眺めていると、もう一人の共演者がいらっしゃいました。真っ白な肌と銀髪のショートヘアが目を惹く美人さんです。

「おはよー。今日もほどほどにいこー」

「おはようございます、周子さん」

「……おはようございます」

 

 塩見周子(しおみしゅうこ)さんは18歳で、ご実家は京都でも有名な和菓子屋さんです。恵まれた容姿のため看板娘だったそうですが、高校卒業後に実家でヌクヌクしようとしたので実家から追い出され今のPに拾われたと伺いました。まるでどこかのニート……もといアイドルの末路のようです。

 性格は自由奔放でノリが軽く、なんというか掴みどころがない感じです。事務所に所属されてから日は浅いですが人気は急上昇中で、奏さんと同じく次世代のエース候補と(もく)されています。バラドル街道爆走中の私とエクスチェンジしてくれませんか。

 

「あーお腹すいたーん」

 そう言いながらソファーに座りました。ちょっと疲れた感じです。

「お昼ご飯はちゃんと食べたんですか?」

「ロケ弁は出たんだけど、撮影でバタバタしててあんまり食べる時間なくてね~。忙しいのも困りものだよ」

 その様子を見たありすちゃんがランドセルからお菓子を取り出しました。パッケージには『ラッコのマーチ イチゴ味』と書かれています。イチゴ好きな彼女らしいお菓子セレクトです。

「あの……これ、食べますか? 和菓子ではないですけど」

「食べる食べるー。というか和菓子はもう食べ飽きてるんだよねー。あれば食べるけどさー」

 飄々と言いながらお菓子をつまみました。

 

「ありすちゃん、私も何か欲しいですぅ~」

「朱鷺さんはお腹空いてないじゃないですか。だから何もあげません」

「ああん、ひどぅい!」

「さっきの仕返しです。……ふふっ」

 オーバーリアクションで反応すると少し笑ってくれました。収録前に気分を和ませることが出来たようで良かったです。

「お待たせしました~! 収録始まりますのでよろしくお願いします~!」

「はい! それじゃ皆さん、行きましょうか」

「そだねー」

「わかりました」

 スタッフさんの合図と共に気持ちのスイッチを切り替えます。そのまま三人で一緒に録音ブースへ向かいました。

 

 

 

 そして収録が始まりました。ブース内には既に三人いますがゲストの出演までは私一人でトークをしていきます。

「皆さん、こんばんは。真夜中のお茶会へようこそいらっしゃいました。このラジオは346プロダクションから毎週ゲストをお呼びして楽しくお喋りをする番組です。皆様をおもてなしするパーソナリティですが、先月の佐久間まゆさんから変わりまして今月はコメットの七星朱鷺がお相手致します。

 今日と明日の間のマジックアワー。短いひと時ですけれど、皆さんと楽しい時間が過ごせたら嬉しく思います。どうぞよろしくお願いします」

 初めはテンプレの挨拶からです。何回かやっているのでこの流れにも慣れてきました。

 

「それでは『マジックアワーメール』──略して『マジメ』のコーナーです。早速お便りが届いていますので読んでみましょう。ラジオネーム『タツタサンド』さんからのお便りです」

 タツタというワードを見て物凄く嫌な予感がしましたが、そのまま読んでいきます。

「『七星さん、本日もマジアワで御座います』 はい、マジアワです♪

 ええと、『笑いを愛し笑いに愛された聖女。全てのRTA芸人の生みの親であり、RTA芸人界の聖母マリアと呼ばれている七星さんに御質問です。事前に綿密なチャート(攻略手順)を作り込んでおきながら、なぜRTA-CXの本番収録の際に下らない思い付きでチャートを変更するのでしょうか。私の矮小な知能では測りかねますのでこの機にお教え頂ければ幸いです』とのことですね……」

 ハガキを読み上げると眼前の二人が必死に笑いを堪えていました。

 投稿者の顔面にデンプシーロールを叩き込みたくなりましたが、不幸にも今は収録中なので答えを返す必要があります。

 

「え~とですね。プレイしているうちに何となくその方が早くなるかな? と思ってしまうんです。後チャート通りだと面倒くさいのでついやっちゃうんですよ。まぁ大体失敗してタイムがグングン伸びます。

 ついでですけど、私が投稿しているRTA動画のことをちょっと早いゆっくり実況動画と揶揄(やゆ)する人は絶対に許しませんので覚悟して下さい♪

 以上、マジメのコーナーでした! 皆さんのお便り、お待ちしておりまーす!」

 勢い良くコーナーを締めました。私がMCの回に限ってまともな質問が来ないんですけど、一体なぜなんでしょうか。

 

「ではそろそろお茶会にゲストをお呼びしましょう。お二人共、どうぞ~」

「は~いマジアワ~。あたし、塩見周子。出身は京都で実家が和菓子屋なんだ~。京都キャラっていうほど京都要素ないけどねー」

「み、皆さん、マジアワです。橘ありすです。是非、橘と呼んで下さい。アイドルになって間もないですが歌や音楽のお仕事には興味あるので頑張ろうと思います。よろしくお願いします」

 対象的な挨拶のお二人でした。小学生の方がしっかりしているのはどうかと思いましたが、そこは346プロダクションですから仕方ありません。

 

「はい、今日のゲストは周子さんとありすちゃんです。この二人と一緒にまったりしたお茶会を楽しみたいと思いますので、是非お付き合い下さい」

「リスナーのみんな、よろしゅーこー♪ あ、これ流行らせようと思ってるんだけど、どう?」

「またありすって……」

 パチパチパチと皆で拍手をします。ありすちゃんがジト目で私を睨みましたが気にしないことにしました。

「それでは、お茶会恒例のお飲み物のコーナーです。お茶会と言うことで、周子さんの実家から送って頂いた玉露がありますのでそれで乾杯しましょう」

 事前にセットしてあったカップに緑茶を注ぎます。

 

「それでは乾杯~!」

 乾杯してから湯呑みに口を付けます。普通の緑茶とは違い甘みとコクのある深い味わいです。

「甘みがあって、とても美味しいですね」

「本当です。苦過ぎないので飲みやすいです」

「お歳暮やお中元で玉露は嫌というほど貰うから、あんまり有り難みないんだよねぇ~」

「そうなんですか、羨ましいです」

「その気持ち良くわかります。ウチは実家が医院なんですけど、お中元とかで患者さんからビールやワインを頂くことが多いんですよ。両親はあまりお酒を呑まないので処理が結構大変です」

 そう言いながら再び玉露を口に含みました。

 

「あはは。そんなこと言って、実は朱鷺ちゃんが隠れて呑んでるんじゃない?」

「ぶっ!」

 その瞬間、口に含んでいた玉露を一気に噴き出します。

 噴き出した液が対面にいたありすちゃんの顔面を直撃しました。

 

「汚いです!」

「ゴホッ!! ゴホッ! す、すみません……」

 幸いなことに器官には入らなかったので必死に体勢を立て直します。

「もしかして図星かなー?」

「そ、そそそそんな訳無いじゃないですか! ちゃんと近所の方々に配ったりしていますよっ! それにお酒は二十歳になってからです! 未成年、お酒ダメ、ゼッタイ!」

「あはは、冗談だって♪ 朱鷺ちゃんはからかうと面白いなー」

「リスナーさん達に誤解を与えかねないギャグは自重願います!」

 お歳暮やお中元に入っていたノンアルコールビールをパチって呑んでいたことがバレたのかと思い、一瞬冷や汗でした。

「うぅ……べちょべちょ」

 一方ありすちゃんはハンカチで顔や服を拭いています。今度チョコクッキーでも焼いてきてあげますから許して下さい。

 

「さ、気を取り直して『マジックミニッツ』のコーナーです。ゲストのお二方には今から一分間トークをして頂きます。お題が出ますから、一分間以内に魔法を掛けるようにお話して下さいね。

 見事トークが成功すればその後のお時間は自由に使って頂いて構いません。それではルールの説明が終わりましたので箱からお題の紙を引いて頂けますか?」

 超強引に流れを変えました。すると「わかりました」と素直に返事をしたありすちゃんが箱に細い手を入れます。

 

「じゃかじゃかじゃか~、じゃん! それではお題はなんでしょう?」

「ドキドキした話、だそうです。……私はあまり思い付きません。周子さんはいかがですか?」

「ちょうど一つあるよ。あたしが話した方がいいかな?」

「よろしくお願いします」

「うん。わかった」

 話し合いの結果、周子さんがお話をすることになったようなので「それでは驚いた話、どうぞ~」と言ってチャレンジを始めました。

 

「あたしと同郷の小早川紗枝(こばやかわさえ)ちゃんっていう超可愛いアイドルがいるんだけど、今一緒に恋愛ドラマの撮影をしてるんだ。紗枝ちゃんは部活の先輩に片思いしている女の子の役なんだけど、今まで男の子に告白なんてしたことが無いからどうしようかって相談されたんだよ」

 そう言えば今日もドラマの収録だと言っていましたね。紗枝さんと共演とは知りませんでした。

「それで冗談半分でシューコちゃんに告ってみたらどうって言ったら、紗枝ちゃんが真に受けちゃってさ。『うち、周子はんのこと、ずっとずっと前から好きなんよ。……愛しとります』って赤い顔で告白されたから思わずドキっとしちゃったよ~。

 あっ、もちろんシミュレーションだから勘違いしないでねー。こんな感じでどう?」

 よし、ここにキマシタワーを建てましょう。

 

「とても素敵なお話、ありがとうございました。判定はいかがですか?」

 成功すれば『ピンポン』、失敗であれば『ブー』という効果音が流れます。すると少ししてから『ピンポン』の効果音が勢い良く鳴り出しました。ナイスでーす。

 さえしゅうのカップリングは大正義だってはっきりわかりますね。この番組のディレクターさんとは趣味が一致しているようなので一緒にいいお酒が飲めそうです。私は未成年ですけど。

 

「はい、見事大成功でした。それでは見事『マジックミニッツ』を成功させたお二人にゲストトークをお願いします。出演番組の宣伝でも構いませんから好きなことをお話して下さいね」

「あたしは別に告知は無いから、ありすちゃんが話していいよー」

「え? いいんですか?」

「うん。任せた!」

 自らの手で勝ち取った貴重なPRタイムを年下に譲ってあげる年長者の鑑でした。

 

「ええと……。それでは番組宣伝をしたいと思います。現在撮影している『忠シン蔵ガールズ!』という時代劇に私も出演させて頂くことになりました。赤穂四十七士の中の矢頭右衛門七教兼(やとうえもしちのりかね)さんの役です。討ち入り時17歳で二番目に若くて、女性に見間違えるほど美男子であったと言われています。

 年末頃に放送されるかと思いますが、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)役の高垣楓さんがとってもクールでかっこいいので是非見て下さい!」

「ちなみに私も吉良上野介(きらこうずけのすけ)役で出演していますよ」

「知ってます。浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)役の瑞樹さんを虐めていたから、嫌いです」

「がーん!」

 膨れっ面でぷいっと横を向いてしまいました。ですがこういう言葉責めは嫌いじゃないし好きですよ。ハァハァ……。

 

「あははー。ありすちゃんに振られちゃったねー」

「役なんですから仕方ないじゃないですか~。私だって主人公側がやりたかったです」

「……嘘です。さっきお茶を吹き掛けられたお返し、です」

 そう呟いて笑みを浮かべました。ありすちゃんはね、ホントに神的に良い子だから。

「ああ~。ありすちゃんはやっぱり天使ですよ」

「橘です!」

 そんなとりとめのないトークをしていたら、あっと言う間に終わりの時間が来ました。

 

「さて、お茶会が盛り上がっているところですけれども、魔法の時間は過ぎるのがとても早いものでもうお別れの時間がやってまいりました」

「何だかあっという間だったねー」

「本当です。主に朱鷺さんがふざけていたからですけど」

「ということで、真夜中のお茶会、マジックアワー。今夜のお茶会を彩ってくれたのは……」

「は~い、マジアワ~。最高級の和菓子よりあまーいシューコちゃんと……」

「リスナーの皆様、マジアワでした。橘ありすと……」

「パーソナリティの七星朱鷺でした。皆さんが魔法のひとときに包まれますように。御機嫌よう」

 この二人の魅力がリスナーさん達へ伝わりますように。そんな思いを込めながら、この回の放送を終えました。

 

 なお収録後に聞かされたのですが、次回放送のゲストは『しゅがーはーと』こと佐藤心さん(26歳・独身)とウサミン星からやってきた菜々さん(永遠の17歳・独身)とのことでした。

 346のやべーやつ二人に囲まれると私のキャラなんて軽く吹き飛んでしまいそうで超恐いです。とりあえずどこかで『Be My Baby』を流そうと固く固く決意しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第50話 筋肉でドン! マッスルキャッスル

「よーし、やっと完成しましたよ」

 プラモデル制作専用の作業部屋内に私の呟きが響きました。

 眼前には『MG(マスターグレード) 1/100 ターンX』が格好良いポーズをキメています。

「ふはははー! スゴイぞーカッコイイぞー!」

 組み立てはもちろん塗装の仕上がりも完璧です。我ながらいい仕事してますよ。秋は空気が乾燥していて塗装のノリがいいからガンプラを作るのに適した季節ですね。

 以前制作した『MG 1/100 ∀ガンダム』を一緒に持って戦わせました。口でちゃんと効果音も付けます。

 

「ぎゅーん、ドドドドドドッ!」

「ばしゅーん! ばしゅーん!」

「ズバババーン!」

「戦場でなァ、恋人や女房の名前を呼ぶ時というのはなぁ、瀕死の兵隊が甘ったれていうセリフなんだよォ!」

「このターンX凄いよ!! さすが∀のお兄さん!!」

月光蝶(げっこうちょう)であーーる!」

「死ねぇい! 犬神ィーー!!」

 ターンXを操りノリノリで猛攻を仕掛けていきます!

「朱鷺ちゃん~。夜中に騒いだらご近所迷惑よ~」

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 防音室仕様ではないことをすっかり忘れていました。お母さんに注意されて興が醒めたのですごすごと後片付けをします。プラモは二機共に自室内のショーケースへ収めました。

 次は積んである『MG 1/100 ジ・O』でも作りましょうか。関係ないですがジ・Oやガンダムヴァーチェを見る度にかな子ちゃんを連想してしまいます。深い意味はありませんよ、ええ。

 

「はぁ……」

 ベッドに横になり溜息を吐きました。

 文香さんと初めてお会いしてから約一週間が経過しましたが、相変わらず状況は変わりません。『新たな脅威』とやらがいつ来るのかと気を張っているのにも疲れてきました。

 既に迎撃態勢は整いましたので手持ち無沙汰でプラモ制作をしている始末です。正直なところ来るのなら早く来て欲しいですね。蛇の生殺し状態は精神的に良くないですよ。

 気分はスッキリしませんが、明日も仕事なので早めに床に就きました。

 

 

 

 翌日の土曜日はコメット全員でバラエティ番組の収録です。朝から収録開始なので、かなり余裕を持ってテレビ局に向かい楽屋で暇を潰しました。

「……ん?」

 スマホが振動しているのに気付きます。手に取るとほたるちゃん達からLINEでメッセージが送られていました。どうやら三人が乗っている電車に車両故障があり立ち往生しているそうです。到着が遅くなるので先に準備していて欲しいとのことでした。

「わかりましたっ、と」

 返信した後、今日の共演者であるアイドル達の楽屋に向かいます。本来なら四人で伺うべきなのですが非常事態ですから仕方ありません。同じ346プロダクションのアイドルなのできっと理解してくれるでしょう。

 

 共演者達の楽屋前に到着しました。楽屋張りには『セクシーギルティ 片桐早苗(かたぎりさなえ)及川雫(おいかわしずく)堀裕子(ほりゆうこ)』と書かれています。これまたアクの強いメンツだなぁと思いながらドアをノックしました。

「どうぞ~開いてますよ~」

 間延びした声を確認した後、扉を開けます。

 室内にはヒョウ柄スーツのボディコン(死語)の方、圧倒的な山脈を胸部に宿した子、手にしたスプーンに念を送っている子がいます。異色すぎて思わず困惑してしまいました。

 

「人の顔を見るなり、その表情は失礼じゃない?」

「す、すみません。思わず顔に出てしまいました」

「全く……。まぁ、みんな個性的だから仕方ないけど」

 一番キャラが濃いのは貴女では? と思いましたが、口にする勇気はありません。

 今お話したアイドルは元婦警アイドルの片桐早苗さんです。童顔でロリっぽく見えますが何と瑞樹さんと同じ28歳のアダルティなアイドルで、七星医院分院の常連さんでもありました。

 色々と魔改造したため今や見た目は10代前半にしか見えませんが、その分立派なHカップのお山が人目を惹きます。ですがそれ以上の大山脈が私の視線を釘付けにしました。

 

「おはようございますー」

「おはようございます、雫さん。……今日もその胸部装甲は凄まじいですね」

「えっ、何ですかー?」

「いえ、こちらの話です……」

 及川雫さんはご実家が酪農家のアイドルさんです。おっとりした性格の可愛い方ですけど、何より特徴的なのは105cmを誇る346プロダクション一のお山でしょう。この圧倒的な迫力、山に例えるならK2です。

 お山ハンターの愛海ちゃんが最終目標に定めているだけはあります。私もそれなりには実っていますが、彼女と比べるととひんぬーですよ。

 

「お一人でどうしたんですか?」

「乃々ちゃん達が乗っている電車が遅れているので、先にご挨拶に伺いました。今日の『マッスルキャッスル』では対戦相手を務めさせて頂きますのでよろしくお願いします」

 軽く頭を下げました。

「同じ事務所なんだからそんなに気を使わなくていいのに、律儀ねぇ」

「癖みたいなものですから。……それにしても裕子さんはいつものですか?」

「さっきからずーっとですよー」

「曲がれ曲がれ~……ムンッ!」

 視線の先には、私の挨拶すら耳に入らないままスプーン曲げに挑戦している美少女がいました。

 

 その美少女──堀裕子さんは346のアイドル達の中でもトップクラスの個性を誇る方です。

 驚くべきことに自称サイキッカーでして、何かをするたびに「サイキック○○!」と唱えることで有名です。十八番はスプーン曲げらしいですけど、ちゃんと成功したシーンは見たことがないので本当にエスパーかはご本人しか知りません。

 とてもかわいい子なのでアイドルとしては素晴らしいと思いますよ。346プロダクションのPはよくこんな逸材ばかり拾ってくるものですねぇ。

 

「スプーン曲げなら私もできますけど」

「本当ですか?」

「はい。任せて下さい」

 スプーンという単語を聞いてやっと私の存在に気付いてくれたようです。

 予備のスプーンを手に取り、指先に少しだけ力を込めて「リリカル・トカレフ・キルゼムオール♪」と呟くとパキンと折れました。

「はい、この通りです」

「まさか、朱鷺ちゃんもサイキッカーなんですかっ!」

「いやいや、完全に物理攻撃じゃないの!」

「物理でもサイキックでも曲がれば一緒です。手段なんて誤差ですよ誤差」

「エスパーユッコが全否定されましたっ!」

 少しからかった後、再び彼女の方を向きます。

「改めて、本日はよろしくお願いしますね」

「そんなに畏まらなくていいですよ!」

「挨拶をしておかないと何となく気持ちが悪くて。あとこれ、召し上がって下さい」

「何でしょう~?」

 手にしていた紙袋を渡しました。すると雫さんが中身を取り出します。

 

「え~と『伝承者チョコ』に『北斗神拳饅頭』、それとこっちは『朱鷺サブレ』ですかー」

「祖父が経営している食品会社が製造しているんですけど、先日大量に送り付けられたので処理に困っているんですよ。ご近所さんにも配り終えてしまいましたので協力して処理して貰えると助かります」

 少し前までは非ライセンス商品でしたが、いつのまにか346プロダクションと提携して正式なライセンス商品として販売されているようです。売上もなぜか順調で、今度から愛知県内の駅ビルでも販売されることになりました。

 製造工場の場所さえ教えて頂ければ即刻破壊しに伺うのですけど、行動パターンを読まれているのか周到に隠匿されています。

賄賂(わいろ)を送っても私達は手を抜かないわよ? 私達だって『モーレツ★世直しギルティ!』の販促が掛かっているんだから」

「そんなことは期待していません。CDをアピールするためにもお互い全力で戦いましょう」

「はいー」

「よろしくお願いします!」

 笑顔で握手をした後、私達の楽屋に戻りました。

 

 

 

 30分程して乃々ちゃん達も到着したので無事収録が始まりました。

 ステージ上には瑞樹さんと愛梨さんがスタンバっており、それぞれの舞台袖に各チームが待機しています。

「みなさーん。退屈してますかぁ~」

「退屈~!」

 一般観覧者達が観客席から元気に返事をしました。

「うんうん、わかるわ。そんな退屈は対決で解決! 瑞樹と愛梨のきゅんきゅんパワーで、貴方のハートを刺激しちゃうわよ♥」

「それでは、今夜も始まります! 筋肉でドン! マッスルキャッスル!!」

 番組名をコールすると再び観客席から拍手が沸き上がります。

 

「はいは~い。では早速アピールタイムを懸けて戦うアイドルの登場です!」

 私からは見えませんが、瑞樹さんの声に合わせて早苗さん達がステージに出ていったようです。

 この番組では各対決で得たポイントの合計の高い方が勝ちとなり、宣伝のための時間をゲットできます。負けた場合はアピールタイムなし、引き分けは宣伝タイムを分け合う形になります。

 今回は我々の最新CDである『Dear My Friend』の発売を地上波テレビで猛アピールしたいので、頑張って勝つつもりです。

 あまり能力は使いたくはないですけど、宣伝のためですしお仕事で手を抜く訳にもいきませんので全力で各対決に望みましょう。

 

「もはやこの番組の準レギュラーのような顔ぶれです。それではチーム名をどうぞ!」

「私達はセクシーギルティ! 悪いことをしている子は、お姉さん達が逮捕しちゃうわよ♪」

 拳銃を打つような仕草をした姿が容易に想像できます。若干ネタが古いと突っ込んだら怒られそうですね。まぁ私も大概ですから言えた義理ではありませんけど。

「続いてのチームはバラエティ番組でお馴染みのあの子を含めた四人組よ!」

 紹介のアナウンスが有ったのでスタジオに飛び出しました。

 

「いらっしゃ~い。では、チーム名をどうぞ!」

「はい。アイドル界に彗星のように現れた清純派アイドルグループ────コメットです!」

「せ、清純派ね、あはは……」

 瑞樹さんが苦笑いすると、そのままセクシーギルティに呼びかけます。

「346プロダクションが誇る超人アイドルが相手だけど、勝算はあるの?」

「大丈夫、大丈夫っ! お姉さんにマ・カ・セ・て♪」

「ちょっと待って下さ~い! そういう意気込みは、マイクパフォーマンスでどうぞ!」

 

 愛梨さんが早苗さんにマイクを手渡します。番組恒例のマイクパフォーマンスですがこれも対決に含まれており、相手を言い負かすか観客にウケることを言った方にポイントが入ります。

「ある時はアイドル、酒豪、元ポリスウーメェン! その正体は最高機密♪ 盗み、割り込み、チケット買い占め、犯罪は許さない! アイドルパワーで巨悪を倒す、セクシーギルティー・エーックス! 今夜も貴方のハートをバッキューン♥」

「あわわわ……。すみません、負けました……」

「おおっとまさかの敗北宣言!」

「早ッ!」

 

 うわキツ……と思う間もなく乃々ちゃんがポツダム宣言を受託し無条件降伏をしました。あまりに見事な降伏ぶりのためか観客席から笑いが飛び出します。

「セクシーギルティに50ポイント!」

「よっしゃ!」

 残念なことに相手チームにポイントが入りました。少しでも乃々ちゃんに目立ってもらおうとマイクパフォーマンスを担当してもらったのですが、裏目に出てしまいましたか。

 でも観客のウケは結構良かったのでこれはこれで良かったと思いましょう。

「トークバトルはセクシーギルティーの勝利となりまぁす!」

「ハイ! OK!」

 番組ディレクターの合図と共に一旦撮影が止まりました。スタッフさん達がバタバタと次のゲームの準備を行います。

 

「ううぅ、すみません……」

「いいんですよ。これから取り返せばいいだけですから」

「はい。朱鷺さんの言うとおりです」

「ああ、全てはこれからさ」

「みんな……ありがとう、ございます」

 ワンフォーオール、オールフォーワンの精神です。誰かが上手くいかなければ他の子がフォローすればいいですしね。

 涙目の乃々ちゃんを励ましつつ、次のコーナーの収録に移りました。

 

 

 

「風船、早割り対決~!」

「ルールは簡単。相手の頭上の風船を早く割った方の勝ちよ!」

 愛梨さん達がルール説明をします。私達は四人で相手が三人なので今回はほたるちゃんが見学になりました。事前に予習していた通り、自転車の空気入れのような手動式のポンプを使って相手の頭上に設置された巨大風船を割るというゲームです。

「と、その前に……。出場にあたり朱鷺ちゃんにはハンデとして、重りを付けてもらいまーす♪」

 

 するとスタッフさん達が私の手足にリストウェイトとアンクルウェイトを取り付けていきます。このことは台本に書いてあったので素直に従いました。私の身体能力は既に知れ渡ってますから、これくらいのハンデがないと番組が成立しないと判断したのだと思います。

「これってどのくらいの重さなんですかぁ?」

「番組特製の重りで、一つで約十キログラムね。各腕と足に五つづつ装着するから計二百キロってところかしら。流石の朱鷺ちゃんもこれじゃあ中々動けないんじゃない?」

「そうですね。ずっしりとした重さを感じます」

 天下一武道会の準決勝で天津飯と戦った時の孫悟空のような気分です。

「じゃあハンデもつけたところで行くわよ~」

「真の筋肉アイドル目指して~。よ~い!」

 ピッと笛が鳴った瞬間、セクシーギルティの頭上にある風船が勢い良くはじけ飛びました。

 

「うひゃああああ!」

 三人が思わず尻餅をつきます。

「な、何が起こったの!?」

「いや、普通に空気ポンプを押し込んだだけですけど」

 慌てる瑞樹さんに対して平然と答えました。

 

「ちょっとちょっと! ハンデになってないじゃない!」

「こ、これはっ! もしやサイキックウェーブ!」

「只の物理現象だと思いますけどー」

 雫さん達がお尻をさすりながら立ち上がります。

「と、朱鷺ちゃん! 動き難いんじゃ……!?」

「重さを感じるとは言いましたけど動けないとは言っていません。たかが二百キロ程度で止められるほど私はヤワではありませんので」

「えぇ……」

 番組渾身の対策も私には効果がありませんでした。先程は目に見えない位の速度で空気ポンプを押し込み風船を破裂させたのです。引き換えに空気ポンプが焼き切れましたが、それはいわゆるコラテラルダメージというものに過ぎません。目的のための致し方ない犠牲です。

 

「ではスロー映像の再生で~す」

 愛梨さんの声の後モニターに先程の映像が超スローで流れました。そこには時間が静止した世界の中、一人死んだ魚の目でシュコンシュコンとポンプを押し込む阿呆が映っています。なんとなく時間停止モノのAVを思い出しました。アレって九割以上がヤラセなんですよね、酷いです。

「……朱鷺ちゃんだけ普段とあまり変わらず動いてるけど、スローなのよね?」

「間違いありません。超スローにしてやっと普通の人と同じくらいの速さだったみたいです」

「そ、それではコメットに50ポイント追加です! セクシーギルティとポイントが並びました~。負けたセクシーギルティの皆様にはこちらの苦ーい健康茶を飲んで頂きます」

 司会のお二人は戸惑いを隠せない感じでしたが、それでもMCのプロだけあり滞りなく進行を再開しました。そしてあちらの三人が苦しみつつも苦いお茶を飲み干していきます。

「この先が思いやられるわ……」

「悔しいと思う気すら起きないですね~」

「サイキックマッスル、恐るべし!」

 皆さんの愚痴がスタジオに広がりました。悲しいけどこれ対決なのよね。

 

 

 

「続いては、マシュマロキャッチ対決~!」

 これは一人がゲーム専用のマシュマロガンを撃ち、もう一人が口でキャッチするというゲームです。皆と相談した結果、ほたるちゃんが射撃担当で私がキャッチ担当になりました。

 向こうは早苗さんが射撃担当で裕子さんがキャッチ担当のようです。飛鳥ちゃんは次のゲームの準備のため別室に移動しました。

 

「それではゲーム開始……の前に、朱鷺ちゃんには追加のハンデを付けてもらうわね」

「追加?」

 事前に頂いた台本には書いていなかったので首を傾げます。

「このままじゃ全部キャッチは当たり前だから、動きを制限させてもらうわ。……はい、じゃあこれを着てね」

「これは……」

 すると西洋甲冑が運ばれてきました。ダークソウルに出てきそうなフルプレートのアーマーです。事前に用意したものとは思えませんので他のスタジオから急遽持ってきたのでしょうか。

 一旦収録を中断し、リストウェイトとアンクルウェイトを付けたまま甲冑をスタッフさんに装着させてもらいました。顔だけは剥き出しなので某英雄王にでもなった気分です。

 

 着替えが終わると早速収録が再開されます。私だけ異常に浮いているように思うんですが気のせいでしょうか。

「それではセクシーギルティから、マシュマロ発射!」

「ふふん。私の射撃の腕を見せてあげるわ」

「ムムッ、サイキックパワー充填完了! いつでもいけますよっ」

「OK!」

 するとマシュマロガンから勢い良くマシュマロが射出され、裕子さんの口目掛けて一直線に進みました。そのまま大きな口に吸い込まれていきます。

「もごもご……。やったー! キャッチ大成功です!」

「やるじゃない!」

 これ以上無いドヤ顔で喜びました。あぁ、ユッコさんはバ可愛いですねぇ。

 

「おめでとう二人共! それじゃあ今度はコメットの番よ」

 早苗さん達に代わってステージ上に移動しました。

「よろしくお願いします、朱鷺さん」

「私が必ずキャッチしますから気楽に撃って下さい」

「はい、わかりました」

 ほたるちゃんが真剣な表情でマシュマロガンを構えます。

「えぃっ!」

 そしておもむろに発射しましたが、マシュマロがなぜか天高く舞い上がりました。普通なら絶対に成功しない軌道です。

 次の瞬間、地を蹴り大きく跳躍しました。

 スタジオの天井ギリギリ高さまで飛翔して口でマシュマロをキャッチします。そして華麗に舞い降りました。

 

「せ、成功よ!」

 咥えているマシュマロを確認した瑞樹さんが叫びます。すると観客席から歓声が上がりました。

 どうやらマシュマロガンの調子が悪く暴発してしまったようですが、成功して良かったです。

「甲冑を着ているのに普段と変わらない機動力……やっぱり朱鷺ちゃんもエスパー……?」

「いや、普通に動いただけですから。確かに動き辛くはありますけど誤差みたいなものですよ」

 それにタイプ的にはエスパーより『かくとう/あく』又は『かくとう/どく』の方が適切だと思います。

「…………この子は一体どうすれば止められるのかしら」

 瑞樹さんとスタッフさん達が頭を抱えていましたが見なかったことにします。その後も連続成功しましたけど、早苗さんの射撃の腕が抜群だったためマシュマロキャッチ対決は引き分けに終わりました。

 

 

 

 そのまま次のコーナーに入ります。

 スタジオの照明が落ち、瑞樹さんにスポットライトが当たりました。

「お洒落。それは女の子が常に磨き、鍛え上げなければならない筋肉。──ということで、次の対決は私服ファッションショーよ♪」

 休憩を兼ねたファッション対決コーナーです。私服姿のアイドルのどちらがお洒落か決めるという内容ですね。コメットからはファッションに人一倍力を入れている飛鳥ちゃんに出てもらうことにしました。

 

「まず最初は静岡からやってきた個性派中二病アイドル、二宮飛鳥ちゃん! 真っ黒なパンクファッションに身を包んでいるその姿とカラフルなエクステは、このセカイに対するささやかな反抗なのでしょうか。囚われを破らんとする反逆の翼を広げ、今ここに飛び立ちます!」

「終焉は始まりだ。そして、ボクのセカイは広がり続ける……。ああ、痛いヤツでも構わないさ。この鋭い刺激で、キミたちを覚醒させるから、ね」

 今日は特に力を入れた中二病ファッションでした。彼女のセカイ観が凝縮された至高の出来で、思わず惹きつけられてしまいます。なお、絶対に真似したくはありません。

 

「続いては岩手の大地が育んだ脅威のボディ、及川雫さん! ブラウスとスカートというシンプルな組み合わせですが、胸に秘められたダイナマイトは健在です! 犬は飼い主に似ると言いますけど、飼い主は牛さんに似るのでしょうか?」

「こういうカワイイ服は好きですけど、やっぱり作業着の方が動きやすくていいですねー。私服をお見せするのは初めてなのでー、もーぉドキドキで胸がはちきれそうです!」

 観客の視線が一点に集中しました。あの脅威の山脈……ええぞ! ええぞ!

 ですがファッション度で言えばアスカちゃんの方が少し上を行っているような気がしますので、多分勝てるんじゃないでしょうか。

 

「雫ちゃんファイトです! 私もサイキックエナジーを注入して応援しますよ! ムムーン!」

 裕子さんが念を送った瞬間、雫さんのブラウスのボタンが音を立ててはじけ飛びました。

 するとK2が活火山のように勢い良く顕になります。

「あらー?」

「うおおおおおおおおおー!」

 思わぬハプニングにより、観客席の男性達が外人四コマ並みに活気付きました。

「おおっとこれは大ハプニングです~!」

「よくわかりませんけど、ありがとうございますー」

「こーら。乙女の胸元をジロジロ見るなんて、タイホよ、タイホ!」

 早苗さんが慌ててその胸元を隠します。

「皆の注目は独り占めね! セクシーギルティに80ポイント!」

 

 私服ファッション対決は胸先一つで決着が付いてしまいました。ファッション度で言えばアスカちゃんは決して負けていなかったと思いますが、ちょっと相手が悪すぎましたね。

「……醜い欲望の前に人は無力なものさ。ああ、ボクは全然気にしていないよ。全然」

 そう言いながらもジト目で自分の胸をぺたぺた触っています。アスカちゃんは結構平原ですからねぇ。ああやって強がっているということは気にしている証拠ですから後で慰めてあげましょう。

 それにしてもサイキックパワー、恐るべし……。

 

 

 

 その後はとうとう最終問題になりました。

「いよいよ最後の対決よ! 大量得点で逆転のチャンスは十分にあるわ。そして勝者には栄光のアピールタイムよ」

「だけど負けちゃうと超スペシャルな罰ゲームが待ってまーす♪ 今回の罰ゲームの内容はヒミツ☆ なので、期待していて下さいね~」

 普段の罰ゲームはバンジージャンプやスカイダイビングなので、似たようなものをやらされるのだと思います。私にとっては罰でも何でもないですが負けるつもりはありません。

 

「愛梨ちゃん、最後の対決は何?」

「筋肉と頭脳の融合、滑り台クイズで~す! ルールですが、早押しのクイズ対決です!」

「クイズはこちらのパネルから選ぶわ。ジャンルとポイント毎に別れていて、10が簡単、20がそこそこ、30が難しいクイズになっているわよ」

 会場のモニターに、問題のジャンルとポイントが書かれた6×3マスの図が表示されました。

「自分のチームが正解する度に相手のチームの滑り台の角度が上昇していきますので、どんどん正解して相手チームの滑り台の角度を上げていって下さいね。そして最後まで一人でも残っていた子のいるチームが勝利となり、それまで正解して獲得したポイントが全て入ります!

 負けたチームには獲得したポイントの半分しか入りませんので、高いポイントを獲得しながら落ちないようにするのが大切ですよ~」

 お馴染みの競技ですが、私は早押しクイズって苦手なんですよねぇ。つい考え込んでしまうので回答するのが遅くなってしまうのです。しかしここで勝たなければアピールタイムを獲得できませんから頑張るしかないよ。

 

「ではクイズ開始! ……の前に、朱鷺ちゃんには追加のハンデを付けてもらうわ」

「また追加ですか?」

「だってそのままだと腕力で体を支えて絶対に落ちないじゃない」

「うっ……」

 どうやら行動を読まれていたようです。

「では早苗ちゃん、お願いね」

「はいよー」

 すると装着していたガントレットを脱がされます。そして私の手元でガチャリという金属音が鳴りました。

「こ、これは?」

「手錠よ、手錠♪」

「朱鷺ちゃんには手錠を付けた状態で参加して貰います。足はロープで結んで、念のため追加の重りも付けさせて頂きますね。手錠やロープを外した時点で失格としますので注意して下さい~」

 そんなに警戒しなくてもいいのに。

 

 

 

「ではスタート!」

 準備が終わったのでいよいよ始まります。コメットは私と乃々ちゃんとほたるちゃんがプレイヤーとして参加しました。

 美麗なアイドル達の中に一人だけ、西洋甲冑姿で全身にダンベルを括り付けた奴が混ざっている光景はシュール過ぎますよ。手にはワッパで足にはロープなので手足を使って滑り台にしがみつくことは出来ません。

「それではまず、『一般常識』の10からです」

 愛梨さんが言い終わると、少ししてから問題が読み上げられます。

「緊急通報用の電話番号である110番。その運用が始まったのはいつから?」

「1948年10月1日よ!」

「早苗ちゃん、正解!」

「よっしゃ!」

 一般常識と言う割には特定の方に有利な問題だと思うんですが気のせいでしょうか。そう思っていると私達のチームの滑り台の角度が少し上がりました。

 

「まだ落ちないで下さいね~」

「セクシーギルティは次の問題を指定していいわよ」

「じゃあ『動物』の10にするわね」

 再び問題文が読み上げられます。

「牧場において、牛の乳しぼりは一日何回くらい行われるでしょうか?」

「はい。二回から三回ですー」

「雫ちゃん、正解よ!」

「やりましたー。おいかわ牧場の牛さんは皆元気なので、お乳が沢山出るんですよぉー」

 滑り台の角度が再び上昇しました。乃々ちゃんとほたるちゃんが不安げな表情に変わります。

 次の問題は『科学』の10でしたが、内容は超能力に関するものだったので裕子さんが正解しました。

 

「ちょっとちょっと!」

「なんですか~、朱鷺ちゃん?」

「さっきから特定の方に有利な問題ばかり出題されている気がするんですけど!」

「……実は、あまりにも正解できなくて問題が全部終わっても両方落ちないことが何回かあったの。だからクイズの中には特定の子に有利な問題も含まれているわ。そういう問題を選べるよう如何に早く正解するかという点もこのゲームのポイントね」

 リニューアル前の番組である『ブレインズキャッスル』が打ち切りになったのもアイドルの頭脳があまりにアレだったためと聞いていましたが、同じ問題が起きているようです。なぜそこまでしてクイズに拘るのでしょうか。

 

 続いても警察やエスパーなどセクシーギルティに有利な問題が出題され、連続で正解されてしまいました。

 既に私達の滑り台の勾配がかなりきつくなっています。乃々ちゃんは今にも落ちそうで、ほたるちゃんもかなり苦しそうでした。

「あうぅ……もう、むーりぃ~」

 乃々ちゃんが滑り台からずり落ちてしまいます。

「ごめんなさいっ! 朱鷺さん!」

 ほたるちゃんもその後を追うように落ちてしまいました。これでコメットは私だけです。

 

「おおっと、乃々ちゃん、ほたるちゃん共に脱落~!」

「でも二人共よく頑張りましたね。それより、なぜ朱鷺ちゃんが平然としているのかが不思議ですけど~」

「まぁいいじゃないですか。さ、次行きましょう」

「ん~それじゃあ、『動物』の20でお願いします」

 雫さんが選択すると問題文が始まりました。

 

「ロリス科に属する猿で、非常にゆっくりなスピードで動くことで有名な動物は?」

 その瞬間『ティン!』ときました!

「はい、スローロリス!」

「朱鷺ちゃん正解! コメットに初めてポイント追加ね!」

 するとセクシーギルティの滑り台の角度が上がります。

「これくらい大したことないわよ」

 まだ余裕を見せていますが、クイズの中には私に有利なジャンルがあるのですよ。ふっふっふ。

 

「じゃあ朱鷺ちゃん、ジャンルとポイントを選んで下さい」

「それでは『ゲーム』の10をお願いします」

 そう、ゲームというジャンルがね!

「PCエンジンのRPG『邪聖剣ネクロマンサー』に出てきた最強武器、ネクロマンサーの祝福後の攻撃力は?」

「500」

「正解!」

「次、『ゲーム』の20!」

「ファミコンのRPG『ラグランジュポイント』に出てきた幼児の『タム』がダンジョンの出口に向かう際に用いた言葉は?」

「わーい! でぐちら」

「正解!」

「最後、『ゲーム』の30!」

「レトロRPGでよく見られる『攻撃側の攻撃力-防御側の防御力=ダメージ(最低1ダメージ保証)』というダメージ計算式は通称何と呼ばれている?」

「アルテリオス計算式」

「せ、正解!」

 ゲームの10から30を立て続けに正解します。すると相手の滑り台の角度が急上昇しました。

 

「サ、サイキックパワー……限界です!」

「ここでユッコちゃん脱落~!」

 なぜかドヤ顔のまま滑り落ちていきました。

「こ、これは、結構辛いわっ」

「腕の力には自信ありますけど、これ以上は厳しいですねー」

 残る二人の表情も厳しくなっています。あともう一押しといったところでしょうか。

 

 お互いの得意分野の問題が出尽くしたため、その後は一進一退の攻防が続きます。

 既に雫さんも落ちており早苗さんとの一騎打ち状態でした。なお、こちらの滑り台の勾配は既に90度近くになっています。

「……はい、マグヌス効果!」

「早苗さん正解~。それではコメットの角度アップです。これで完璧に直角ですね」

「よし、勝ったわ! こっちも限界だから早くお願い!」

 滑り台の端で必死に耐えている早苗さんを言葉を受けて、こちらの滑り台の角度が上昇します。

 ですが私が落ちることはありませんでした。

 

「……え~と、朱鷺ちゃん? 直角になったのに何で落ちないの?」

「気合です」

「そ、そう……」

 瑞樹さんがドン引きました。本当は気の力を上手く操作して滑り台に引っ付いているだけです。重りを付け鎧を着せて手足を縛れば自由を奪えると思ったのでしょうが、そんなんじゃ甘いよ。

「だ、だから最初から妙に余裕があったのね。これルール違反じゃないの?」

「直角になったら負けというルールはありませんから無問題です。さ、ゲームを続けますよ」

「いえ、もう限界……」

 心を折られた早苗さんがそのままストンと落ちました。滑り台に残っているのは私だけです。

「釈然としませんけど、コメットの勝ちでーす!」

「わぁい、やったー♪」

 愛梨さんが勝利を告げると遠慮がちな拍手が会場を包みました。

 どんな手を使おうが勝てばいい! それが全てだ!

 

 クイズが終わると再びステージに集合し、撮影を再開します。

「それでは結果発表~!」

 各ステージで得たポイントの合計が高いチームが勝ちとなります。すると会場のモニターに200という数字が二つ表示されました。

「おおっと、同点ですー」

「わかるわ。皆仲いいものね。それではアピールタイムは仲良く半分こ、そして罰ゲームはそれぞれのリーダーに受けてもらうわ!」

「罰ゲームって何ですか?」

「それはヒ・ミ・ツ。じゃあ番組最後は早苗ちゃんと朱鷺ちゃんの罰ゲームを放送よ!」

 フッ。どんな罰ゲームでも私にとってはお遊びみたいなものです。バンジージャンプでもゲテモノ料理でもどんと来なさい! おほほほ。

 

 

 

 ……と思っていた時期が私にもありました。

 マッスルキャッスルの収録から数日後、私と早苗さんはなぜか渋谷のスクランブル交差点前にいました。アフター5の時間帯のため人々でごった返しています。私達の周囲には既に人だかりが出来ていますが無理もありません。

 

 だって、二人仲良くゴスロリのフリフリドレスに身を包んでいるんですから。

 

「もう、む~りぃ~。お家帰るぅ~……」

 思わずその場にしゃがみ込みました。既に顔は真っ赤っ赤です。

「罰ゲームなんだから仕方ないじゃない。これもお仕事お仕事」

「くっ……! わかりましたって」

 仕事と言われてしまうと何も反論ができません。諦めて立ち上がります。

 

 私達に課せられた罰ゲーム────それは、『ゴスロリ姿で渋谷のスクランブル交差点を楽しげにスキップしながら横断する』というものでした。こんな羞恥プレイ的な罰ゲームは今まで無かったのですけど、なぜ私が出演した回に限って採用されたのか、コレガワカラナイ。

「でも、早苗さんはよく耐えられますよね」

「だってお仕事じゃないとこんな格好出来ないじゃない? だから楽しまなくっちゃ!」

「いや、そうじゃなくてアラサーでよくこんな痛々しい姿に────」

「ん? 何か言った?」

「いえ、何でもないですよ、何でもない……」

 その笑顔が怖いです。気が抜けていたためか思わず本音が漏れてしまいました。

 

「こんなところでまごまごしてたらもっと人が来ちゃうわ。早く行かないと」

「……わかりました。次に青信号になったら行きましょうか」

 確かに人だかりが出来てきていますからノルマを達成して早々に撤収しましょう。

 すると次の瞬間、タイミングよく信号が青に変わりました。

「よ~し! じゃあ行くわよ!」

「はい……」

 わかったわかったわかったよもう! やればいいんでしょう! やれば!

 

「スキップスキップ、ランランラン♥」

「わぁ~い、たのしーなー♪」

 二人して笑顔を作り、軽やかなスキップでスクランブル交差点を練り歩きました。

 するとモーゼが海を割ったかのように道行く人々が我々を避けていきます。好奇の視線が全身に突き刺さり今にも死にそうでした。

 笑顔のまま半泣き状態で『止まるんじゃない! 犬のように駆け巡るんだ!』と必死に自己暗示を掛け続けます。

 

「誰か~、早く私を殺しにいらっしゃ~い♪」

 虚しい叫び声が渋谷の街の喧騒に吸い込まれていきました……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第51話 決意

「それじゃあみんな、今日もお疲れ様。乾杯!」

「カンパーイ!」

 犬神P(プロデューサー)の掛け声と共にジョッキグラスを勢い良く傾けました。すると琥珀色の冷たく泡立った液体が上の方からどんどん落下してきて、シャワシャワと泡立ちながら喉を冷やして通過していきます。冷たさが全身に染み渡る爽快感は他のお酒では決して味わえません。

「ぷは~! はぁ~、たまりませんわぁ~!」

「……相変わらず凄い飲みっぷりだな」

 アスカちゃんが少し呆れた感じです。

「本当にアルコールは入ってないよね?」

「た、たぶん……」

「店員さんに確認しましたから間違いない……と思います」

 乃々ちゃん達がひそひそ声で話していますが丸聞こえでした。たまには手違いでアルコールを入れてくれてもいいんですけどね。

 

「では気を取り直して、『コメット全体会議』を始めよう」

「その前に料理を注文しましょうよ。とりあえず私は中華くらげと酢豚が食べたいです! どれもビールに良く合うんですよね~。くらげ! ビール! 酢豚! って感じで……」

「わ、わかった。なら先に食べるものを頼もうか……」

「じゃあ私が注文します」

 ほたるちゃんが率先して注文してくれました。気配りができる良い子なので今直ぐにでも嫁に来て欲しいですよ。

 

 今夜はコメットと犬神Pとの定例打ち合わせです。

 会場は『赤虎餃子房』というチェーンの中華料理屋さんにしました。チェーン店はどこの地域の店舗に行っても同じ程度のサービスが受けられるのが強みです。

 個人経営のお店は当たり外れが大きいので、知っているお店かよく下調べをしたお店以外入る気が起きないです。特に私の場合は超高確率で地雷を踏み抜きますので気を付けないといけません。前世で孤独グルメごっこをやって酷い目に遭いましたもん。

 

 その後は美味しい食事を頂きながら打ち合わせを行います。

 私達からはメンバーの健康状態、レッスンの進捗状況、話題、陳情などを一通り報告しました。一方で犬神Pからは今後の仕事の予定、営業状況、部の方針、他アイドルの動向等について報告してもらいます。その中に重要な情報が含まれていました。

「……それと、今度から新任の常務がアイドル事業部の統括重役を務めることになった。それに伴って今後部の方針が変わるかもしれないから、その場合はわかった時点で連絡するよ」

「あの、その常務さんとはどんな方なんでしょうか?」

 ほたるちゃんが気になったのか、犬神Pに質問をしました。

「ああ、346プロダクションの母体である美城グループの会長のご息女だよ。今はニューヨークの関連会社に出向しているから俺も直接会ったことはないんだけど、先輩とそう変わらない年齢にも関わらず経営者としてかなりの敏腕らしい。情報を集めているところだけど今わかるのはそれくらいかな」

「そうですか……」

 

 私も新任の常務が担当役員に就任するという情報をキャッチしていたので、七星医院分院で治療をするついでに彼女に関する噂を収集しました。

 同族経営の会社だと会長や社長の子供がその会社の役員を務めることがよくあります。そういう二代目三代目は無能のボンボンというのがよくあるパターンなのですが、犬神Pが話した通り美城常務は経営者として高い能力を備えているそうです。

 実際に彼女が経営者として就任した関連会社の決算数字を見ましたが、短期間でその業績を大きく伸ばしていました。但し経営改善にあたり大規模で無慈悲なリストラを断行したそうで、その対応に関しては社内で評価が別れています。

 そんな彼女が現在のアイドル部門を見てどう思うかは正直不安ですが、こればかりは始まってみないとわかりません。我々の敵に回らないことを切に祈ります。

 

 

 

 翌日は今度行われるコメットとニュージェネレーションズの共催ミニライブに関する打ち合わせのため、コメットと犬神Pの五人でシンデレラプロジェクトのルームにお邪魔しました。

「おはようございます、皆さん」

「おはよう、朱鷺」

「おはよー! とっきーは今日も綺麗だねー」

 ニュージェネレーションズの三人が出迎えてくれました。他の子達は出払っているようです。

「今度のライブもよろしくお願いします! 島村卯月、頑張ります!」

「その元気を本番でも発揮して欲しいな」

「最近のしまむーは好調だからねっ」

「はい!」

 アイドルフェスの大成功をきっかけとして、最近ではシンデレラプロジェクトにも良い仕事が回ってくるようになりました。プロジェクトが軌道に乗って良かったと心から思います。

 挨拶もそこそこに打ち合わせをしていると、今西部長と見慣れない美女がつかつかと室内に入ってきました。

 

「おはようございます!」

「おはよう」

 その女性は表情一つ変えず部屋を見回します。

「誰?」

「さぁ……」

「偉い人なんじゃないですか?」

 すると小声で話すニュージェネレーションズの方を見ました。

「ニュージェネレーションズ────島村卯月さん、本田未央さん、渋谷凛さんだったわね?」

「は、はいっ!」 

「仕事、頑張りなさい」

「はい!」

 三人共、眼前の女性が放つプレッシャーに飲まれています。

 

「おはよう、ございます」

 するとタイミング良く武内Pがいらっしゃいました。その様子を見て今西部長が話を始めます。

「では改めて紹介しよう。皆さん、こちらが美城常務だ。ニューヨークの関連会社に勤務されていたが本日帰国された。来週から我が社のアイドル事業部の統括重役として赴任される予定だ」

「よろしくお願いします」と言いつつ彼女に向けて深く頭を下げました。

 写真で見た通り、黒く長い髪と鋭い瞳が特徴的な凄い美人さんです。背がかなり高くスタイルが良いので女優と紹介されたら信じてしまいそうですね。ガンダムで例えるとハマーン様みたいなオーラを纏っています。

 

「常務、こちらが現在シンデレラプロジェクトを担当している武内くん、そしてあちらがコメットを担当している犬神くんです」

「……よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願い致しますっ!」

 駄犬の声が若干上ずっていました。いやはや、男としての器の違いがはっきりわかりますねぇ。後でからかってあげましょう。

「君の資料には目を通した。優秀な人材は大歓迎だ。これから期待している」

「……はい」

 武内Pの目を見据えて淡々と声を掛けました。強面な彼に対して身じろぎ一つしないのは流石といったところでしょうか。

 

「ふふっ、貴方は相手にもされてませんよ」

「……放っておいてくれ」

 横にいる駄犬をからかっていると美城常務の視線が私に向けられました。そのままこちらに歩み寄ってきます。鋭い目付きがさらにきつくなったのは気のせいでしょうか。

「コメットの七星朱鷺。君の噂はよく聞いている。先日のマッスルキャッスルにおける過度な活躍も見させてもらった」

「そうですか。光栄です」

 卯月さん達とは一転して初手呼び捨てです。思わず吹きそうになりましたがぐっと堪えました。

 

「デビューから約九ヵ月という短期間で多大な成果を挙げたことについては、私も認めよう」

「はい、ありがとうございます♪」

 棘があり過ぎる言い方をされて楽しくなってきたので、わざとらしく満面の笑顔で返します。

「だが、美しい城に住まうお姫様に力は必要ない。王女は高貴で美しくありさえすればいい」

「ん~、果たしてそうでしょうか。現代は男女同権の時代ですよ。お姫様だって大切なものを護るためなら、自ら剣を取り戦場を駆け抜けてもいいんじゃないかと思いますけど」

「成る程。どうやら君とは意見が合わないようだ」

「そうですね。残念ですが無理に合わせる必要はないですよ。貴女と私は違う存在なのですから」

「……フッ。お互い時間の無駄という訳か」

「はい、これ以上論議する必要はないでしょう。私は面倒が嫌いですので」

 出会って2分で目を付けられたようです。美城常務敵対化RTAがあったら恐らく私は全一でしょう。何の自慢にもなりはしませんが。

 

「では、失礼する」

 そのままスタスタと外に出ていってしまいました。少しすると室内の緊張がほぐれます。

「な、七星さん! 常務とは初対面なんだからもう少し大人しく振る舞えないかな?」

 気付くとワン公の顔が真っ青になっています。これだから小物だと評されてしまうんですよ。

「いや、喧嘩を売られたのは私の方なんですが。よほど私の個性が気に入らないんですかねぇ」

 すると今西部長が済まなそうな表情をしました。

「常務には常務なりのアイドル像があるんだろう。彼女のことは小さい頃から知っているが、決して悪い子ではないんだ。ただ意志が強いというか、頑固なところがあるから上手く付き合っていってくれないかな」

 彼は美城グループ会長と旧知の仲とのことなので、幼少期の美城常務をご存知なのですね。

 

「変な人の下で働くのは慣れてますからそれなりにやっていきますよ。私だけならまだしもコメットに迷惑がかかってしまいますし」

「変な人って俺のことかい?」

「もちろん貴方も含まれます」

「ハハァ……」

 乾いた笑いがルーム内に虚しく広がりました。

 美城常務の態度を見て何となく胸騒ぎします。私の嫌な予感は結構な確率で当たるので、杞憂であって欲しいと心から願いました。

 

 

 

 それから数日後、ほたるちゃん達と一緒に346プロダクションに行くと私達のプロジェクトルームがある地下一階の辺りがやたらと騒がしいのに気付きます。

「一体何でしょうか?」

「わかりません。特に工事の予定などはなかったはずですけど」

「……も、もしかして幽霊、とか?」

「こんな昼間からは出ないだろう。それよりもボクは悪意を持った人間の方が余程恐ろしいさ」

 雑談しながら階段を降りようとすると「一体どうなっているの!」という怒声が聞こえました。慌てて声をした方に駆けていきます。

 

 すると私達のプロジェクトルームの前でシンデレラプロジェクトの子達が座り込んでいました。皆とても暗い表情で、手には段ボールなどの荷物を手にしています。

「皆さん、おはようございます」

「あっ、朱鷺ちゃん。おはようございます……」

 卯月さんが返事をしてくれましたが、その顔にいつもの笑顔はありません。

「とりあえず廊下で立ち話はなんですから、中でお話を伺いますよ」

 そう言って皆をルーム内に招き入れました。

 

「はい、カモミールティーです。飲みやすくて気分を落ち着かせてくれるハーブなので、一旦心を落ち着けましょう」

 紅茶を振る舞いながら事情を伺います。すると未央さんが事情を話し始めました。

「いつも通り私達のプロジェクトルームに行ったら、ソファーとかが運び出されてたんだ。それに『シンデレラプロジェクト解体のお知らせ』って張り紙があって……。新ルームはここで、コメットと共同で使えって」

 解体とは穏やかな話ではありません。

「事前に説明は無かったんですか?」

「我が友からそのような言の葉は放たれておらぬ……」

 蘭子ちゃんが俯いたまま小声で答えました。精神的に相当参っているようです。それは他の子も同じでした。世界滅亡一時間前くらいの面持ちです。

 

「一体なぜこんなことに……」

 私の社内情報ネットでも、こんな急激な方針変更があるとは掴めていなかったので戸惑います。

 彼女達を落ち着かせながら話を聞いていると出入口の扉が勢い良く開きました。

「みんな、ここにいたのか!」

「会議中だったもので、電話に出られず申し訳ございませんでした」

 声の主は犬神Pと武内Pでした。

 

 

 

 彼らから改めて経緯を説明してもらいます。

「現アイドル事業部の全てのプロジェクトを解体し白紙に戻す。その後、美城常務が厳選した企画に適合したアイドルのみ選出し強化する、ですか……」

 説明された話をオウム返しで呟きます。今回の騒動の発端はあの美城常務でした。

「ああ。アイドル事業部の新方針説明会で開口一番に言われたよ。何でも対外的な美城のブランドイメージを確立するのが狙いらしい」

「全てとなると、コメットはもちろんシンデレラプロジェクトもですよね?」

「それだけじゃない。『セクシーギルティ』や『ブルーナポレオン』『カワイイボクと142's』『チアフルボンバーズ』『L.M.B.G』……他全て解体さ。全てのPが頭を抱えているよ……」

 その影響は346プロダクション所属アイドルのほぼ全員に及んでいるようです。

 

「多様な個性を持つアイドル達を受け入れて、その個性を大いに伸ばすというところが346プロダクションの長所だと考えていましたけど、ここに来て方針をがらりと変えるとは思いませんでしたね。……そして、貴方達はそれを素直に受け入れた、と?」

 努めて冷静に振る舞いましたが、最後の方は思わず語気が荒くなってしまいました。

「冗談じゃない! 俺も先輩も反対したさ!」

「はい。プロジェクトにはそれぞれ方針があります。その中でアイドル達は成長し個性を伸ばし、魅力的なアイドルに成長するものだと思います。それを忘れて笑顔を失ってしまうやり方には賛同できないとお伝えしました。ですが『時計の針は待ってくれない。現在の非効率的なやり方では成果が出るのが遅すぎる』と……」

 成果ですか。いかにも経営側らしい考え方です。

 

「……それで、私達はこれから一体どうなるの?」

 凛さんが皆を代弁をするかように質問しました。

「私と犬神君で美城常務の方針に対する対抗案を提出することになりました。早急に提出が必要とのことなのでこれから打ち合わせをして草案を作成する予定です」

「……現在進行中の仕事が急にキャンセルになることはないから、引き続き担当して欲しい。皆を不安にさせて本当にすまない」

 そう言いながらとても深く頭を下げました。別に犬神Pが悪い訳ではありませんからそんなことはしなくていいです。

 

「ということは、この先はわからないってこと?」

「Pチャン! アスタリスクはどうなるのっ?」

「……すみません。現時点ではそれ以上のことは申し上げられません」

「プロジェクト解散なんて嫌だよっ!」

 李衣菜さんやみくさん、未央さんが不安を口にします。

「解散はさせません! 我々を信じて、待っていて下さい」

「俺達もこんなところでプロジェクトを終わらせる気はさらさら無いさ」

 二人共真剣な眼差しでした。その瞳には並々ならぬ覚悟が宿っています。

 

「……失礼します」

 するとノックの後で千川さんがいらっしゃいました。いつも笑顔な方ですが今日はその表情が曇っています。

「武内さん、犬神さん。対応会議の時間ですよ」

「はい。今行きます」

「我々が必ず何とかします。ですから皆さんは普段通り落ち着いて行動して下さい」

 そう言い残し足早にプロジェクトルームを後にしました。

 

 我々だけがこの場に残されます。ただでさえ重い空気が一層重くなってしまいました。

「……凸レーション、解散しちゃうの?」

「そんなの、アタシ絶対に嫌だから!」

「みりあちゃん、莉嘉ちゃん、落ち着いてにぃ。Pちゃんがきっとなんとかしてくれゆから!」

「そうね。皆落ち着いて、Pさんを信じて待ちましょう」

「ダー。私も美波に同感です」

「というか待つしか出来ないけどね~。杏的には働かなくていいから楽だけど、この雰囲気はちょっと嫌いかな~……」

 残された子達の心の中には拭い切れぬ影が雨雲のように広がっています。

 

 一方、私は全く別のことを考えていました。

 以前神っぽい方から告げられた『新たな脅威』という予言。

 そして美城常務の存在。

 その二つが頭の中で完璧に繋がりました。

 うふふふ。そうですか、そういうことですか♪

 

 ────やっと見つけましたよ、『世界の歪み(諸悪の根源)』を。

 

 するとアスカちゃんとほたるちゃんが私の両腕を拘束しました。腰には乃々ちゃんがしがみついています。

「な、何のマネですか?」

「キミを犯罪者にさせたくはないからね」

「朱鷺さん、思い留まって下さい!」

「ぼ、暴力反対……だ~めぇ~……」

 三人共本当に必死でした。

「貴女達が私のことをどう思っているのか、よ~くわかりましたよ……」

 

 美城常務に直接危害を加えるつもりはありません。いくら私でも人としてやってはいけないことは理解していますし、家族を悲しませてしまいますからあくまで合法的に対抗する予定です。

 それに元男としては女性に危害を与える趣味はないですしね。前任の役員さんも女性でしたので直接的な暴力や記憶の完全消去は出来なかったのです。それは今回も同様でした。

 鎖斬黒朱(サザンクロス)の連中には散々酷いことをしているじゃないかというツッコミが来そうですが、奴らは野郎オンリーですし悪人に人権はないのでこのルールは適用されません。

 

 

 

 この日は事務所全体が機能不全に陥っており、レッスンなんてとても出来る状態ではなかったため早々に解散しました。コメットで内々に集まって重要な話し合いをしたかったので、346プロダクションの外に出てからタクシーを拾い四人で私の家に向かいます。

「ただいま~」

「お邪魔します」

「失礼するよ」

「お、おじゃまです……」

 都合がいいことに家には誰もいなかったので客間に集まり緊急会議を始めます。本当は犬神Pにも参加頂きたかったのですが仕方ありません。

 コメットと犬神Pの間では『誰かの不在時には残りの子が集まり方針を纏める』というルールを設けていますので、皆で話し合って今後の対応を検討したいと思います。

 

 テーブルの上に人数分の緑茶とおせんべいを置きました。

「新作の『ミラクルトッキー☆せんべい』です。また祖父から大量に送られてきましたので処理の協力をお願いします」

「あ、はい、頂きます。それにしても朱鷺さんが仰ったとおりになりましたね」

「ああ。ピタリ当てるから驚いたよ」

「もしかして、預言者なのかも……」

「いえいえ。とある情報筋からこういう事態になることを教えて頂いただけですから」

 非常時とは思えないくらい和やかに談笑しました。

 彼女達にはコメットと346プロダクションに危機が訪れることを事前に伝えていたのでその分ショックは少なかったようです。それに我々にとって解散危機はデビュー前とデビュー後、そして今回と三度目ですからもう慣れてきたというのもあるようでした。普通は慣れるものじゃないですけどね。

 

「これからどうするんですか……」

「ただ待つだけというのもちょっと不安です」

「どうなんだい、トキ。この危機を事前に予測していたくらいだから当然カウンタープランも考えているんだろう?」

「当然です。武内P達も対応策を考えてくれているでしょうけど人任せは性に合わないですから、私達は私達で美城常務に対抗します。

 ……それではご説明しましょう、私が計画した『V作戦』の概要を!」

 作戦概要を現在明かせる範囲で説明すると、三人の表情が物凄く険しくなりました。

 

「……やれやれ。本当にとんでもない対抗策だな」

「なんというか恐ろしく陰湿ですね。私では絶対に思い付きません」

「で、でも……それって威力業務妨害とかになりませんか……?」

「そこは上手くやりますよ。開始前には美城常務にお会いして許可を頂く予定ですし。それでこの作戦に反対する方はいらっしゃいますか?」

 コメットはグループですから作戦を行うにあたっては多数決で賛否を問う必要があります。ほたるちゃんと乃々ちゃんは眉間に皺を寄せて悩む素振りを見せました。

 

「346プロダクションのイメージダウンになりかねないので難しいところですけど……。でもこのままだとプロジェクト自体無くなってしまいますので止むを得ないと思います。私は、また居場所を無くしたくはないですから……」

「ボクは結構好きだよ。傲慢なオトナに一泡吹かせてやろうじゃないか」

「み、みんなが賛成するなら、もりくぼもそれでいい、です……」

「ありがとうございます」

 無事賛成多数で可決されました。一番高いハードルを越えたので一安心です。一応犬神Pにも後で説明をして同意を得ておくことにしましょう。

 私を敵に回すとどういう目に遭うのか、あのプライドが高そうな常務さんはまだわかっていませんからしっかり叩き込んであげますよ。

 

 

 

 その翌日、学校が終わり次第346プロダクションに直行しました。目的地は美城常務の執務室です。ドアを四回ノックをすると「誰だ」という返事が返ってきたので「コメットの七星朱鷺です」と素直に答えました。

「入りなさい」という声が聞こえたので入室します。当の美城常務は役員用の豪奢な椅子に座ったまま身じろぎ一つしていませんでした。

「おはようございます」

「キミと面談する予定はなかったはずだが?」

「すみません。アポなしで来ちゃいました」

「……要件は何だ。手短に済ませたまえ」

「わかりました。それでは結論から述べます。先日貴女が立てた新方針、あれを撤回して下さい」

 言葉自体は丁寧ですが、拒否を許さない強い響きになるよう意識しました。

 

「私の決定は絶対だ。方針が変わることはない」

 すると想定通りの回答が返ってきます。

「貴女の方針には大切なものが欠けています。誤った方向に会社を導くことは346プロダクションだけでなく美城グループのためになりませんよ」

「大切なもの?」

「ファンの皆様の心です。確かに利益にはまだ十分に結びついてはいませんが、それぞれのプロジェクトやアイドル毎に応援してくれるファンがいます。そのファンの心を無視してプロジェクトを解体しアイドル達を型に嵌めるようなやり方が上手くいくとは到底思えません」

「変革には痛みを伴う。多少の犠牲は致し方ない」

「既存のファンを犠牲と切り捨てるのですか? お客様を軽視して客商売が成り立つはずがないでしょう。『売り手良し』『買い手良し』『世間良し』でないビジネスは長続きしませんよ」

「利益が出ていない現状でそう言ってはいられない。ビジネスで必要なのは利益を出すこと。まずはそれが先決だ」

 納得頂けないようなので、切り口を変えてみることにします。

 

「それに、『美城常務が厳選した企画に適合したアイドルだけを選出する』という点にも納得出来ないです。346プロダクションの一番の強みであり、他のアイドル事務所には逆立ちしても真似出来ないこと────それが『多様性』です。

 清純派から芸人、巫女、忍者、メガキチ、ニート、中二病、年齢詐称、挙句はサンタまで揃えているプロダクションは他にはありません。その最大の強みを自ら捨てるなんて愚の骨頂です」

「だからこそ無駄が生まれていると言っている。現在のアイドル業界を生き残るには選択と集中が不可欠だ」

貴女方(経営者達)は本当にその言葉が大好きですよね。無駄を削ぎ落として投資する部門を集中すると言えば一見聞こえはいいですが、競馬に例えるなら高額を賭けて本命馬を一点買いするようなリスクの高い選択です。

 誤った部門に集中投資して大損を被り経営危機に至った会社に関する報道を見ても、まだそんなことが言えるんですか?」

「ああ言えばこう言う。……詭弁だな」

 その後も意見をぶつけますがひらりとかわされていきます。議論は平行線を辿りました。

 

「では君の案を聞こう。それほど主張するのなら私の方針以上の案を出すことだ」

「イエス、マム!」

 こんなこともあろうかと持参した分厚いファイルを三冊、常務の机に叩きつけるようにして置きました。

「……これは何だ?」

「アイドル事業部の経営改善計画書です。事業概況、SWOT分析、改善計画の骨子、売上計画、変動費及び固定費の削減計画、財務改善計画などを私なりに整理してみました。一通り分析して纏めてみましたけど現状の個性重視の方針でも利益を上げる方法は十分ありましたよ」

 自慢ではありませんが、私にはブラック零細企業の無能オーナーに代わって破綻寸前の会社の経営に携わり再建させた経験が何度もあります。常に不渡りに怯えながら必死に資金繰りをしている会社に比べると346プロダクションは恵まれていますから、個性重視の方針であってもリストラをせずに利益は確保できるとの結論に至りました。

 

「中学生が作った計画書を真に受けるとでも?」

「あら、対案を出せとおっしゃったのは常務さんでしょう? それを目すら通さずに否定するとは道理がおかしいと思いますけど」

「……いずれにしてもこれは決定事項だ。一介のアイドルでしかない君が何を言おうと覆ることはない」

 冷たくあしらわれてしまいました。

「それなら私にも考えがあります。一介の非力なJCアイドルなんですから何をしようが別に構いませんよね?」

「フッ。何でも君の好きにしたまえ」

 ん? 今何でもしていいって言ったよね?

 

「わかりました。貴女が行おうとしている誤った再生は、この私が必ず破壊して差し上げますのでご承知おき願います。近日中にとても愉快な光景が見られますから期待していて下さい♪」

「……?」

 目的は達成したので捨て台詞を残してその場を去りました。

 

 

 

「……と、まあそんな感じでしたよ。取り付く島もありませんでしたねぇ」

 今日も四人で私の家に集まりました。煎餅をボリボリ齧りながら話し合いの結果を報告します。こっそり仕掛けていたICレコーダーを再生して一連のやり取りも聞いてもらいました。

「説得は上手く行きませんでしたか……」

「予定通りですから問題ありません。中学生に諭されてコロコロ方針を変える経営者だったらそれはそれで恐ろしいですよ。それに美城常務の考えもよく理解できますし」

「選択と集中は愚かとか言ってませんでしたか……?」

「あんなのは詭弁ですよ詭弁。適当にそれっぽいことを並べただけです」

「えぇ……」

 理屈と膏薬(こうやく)はどこにでもつくんですよ。ガンダムや北斗の拳だって後付け設定ばかりですし。

 

「彼女が指摘する通り、現状のアイドル事業部は問題が多いですからね」

「問題とは?」

「内輪の仕事が多過ぎるんです。ラジオにしてもテレビにしても、346プロダクションの他事業部が制作している番組に出させて貰えているから一般の仕事を取らなきゃいけないという意識が低いんですよ。それに現状では各Pの個人商店になってますので事業部としての統一感が無いというのも問題です。P間の横のつながりが薄いからノウハウや情報の共有が全くできていませんもの。

 アイドル事業部の発足から数年経って、そろそろ投資に見合った回収をしなければいけない時期にこれではやはりヤバいですって」

 その分好き勝手出来ていたので口を挟むことはしませんでしたけど、営利企業としてそれで良いのかと常々思っていました。

 会社としても現状に危機感を抱いたからこそ、優柔不断気質だった前任の役員さんを更迭して決断力のある美城常務を統括重役に据えたんでしょう。その判断はよく理解出来ます。

 

「そういう意味では、常務さんは正しいんでしょうか……」

「御存知の通り今はアイドル戦国時代です。長期的に売っていくためには固定客が一定以上居るのが望ましいので、先に需要が見込めるブランドを作ってからそのイメージに合うアイドルを嵌め込むというのも方法としてはアリです」

 346プロダクションは資金力やコネがある会社ですし所属アイドルも豊富ですから、選抜したアイドルに集中的に資金を投入しブランド化して売り出すというやり方は経営的には間違っていないと思います。

 

 だからといって全員が全員その方針に合わせる必要はありません。例えば自動車業界では同じメーカーがブランドを変えて高級車と大衆車を併売しています。アイドル業界でも彼女が唱えるラグジュアリー路線と従来のカジュアル路線を両立することはできるはずです。そんなことが理解できない方ではないと思いますけど、目先の業績アップに目が眩んでいるのでしょうか。

 いずれにしてもどんな高尚な理念を持っていようが私には関係ないです。346プロダクション所属のアイドル達を悲しませるような奴は、地球の裏まで追いかけて必ず破滅させますから。

 

「美城常務は想定よりまともな方でしたよ。所属アイドルとはいえ中学生がアポなしで乗り込んできたら普通は門前払いですが、ちゃんとお話をしてくれましたしね。目指す方向さえ同じなら手を取り合って協力していけると思うので、こういう出会い方になってしまったのが本当に残念です。まぁ、お話をしたお陰で言質(げんち)が取れましたから良かったですけど」

 そう言いながらICレコーダーをもう一度再生しました。すると「何でも君の好きにしたまえ」という自信に満ちた声が聞こえます。

 先程の茶番劇は全てこの一言を引き出すためでした。この録音があれば私がこの先裏で手を引いてることが発覚しても咎めることは出来ないでしょう。だって好きにしていいって自分が言ったんですもん。吐いた唾は呑めぬのです。

 

「暫く準備がありますので、V作戦の発動は来週月曜からということで良いでしょうか」

「……ほ、本当にやるんですね」

 ほたるちゃんが心配そうな表情になりました。

「ええ、勿論。このためにこの1ヵ月準備をしてきたんですもの」

「美城常務が折れてくれることを祈ろうか」

「折れなかった場合の対応も考えてますから大丈夫です。さ、頑張りましょう!」

「……えい、えい、おー」

 乃々ちゃんの小さな掛け声が室内に広がりました。

 

 

 

 その夜、自室でV作戦の発動に向けて準備を始めました。まず手始めに虎ちゃんに電話します。

「は、はいっ! 虎谷です!」

 すると3コール以内で出ました。これも日頃の教育のおかげですね。

「お疲れ様です。昨日お話しした件ですけど、来週の月曜日から決行することにしましたので兵隊を集めておいて下さい」

「承知しました。1ヵ月前に指示されて以降、戦力を大幅に増強しましたので兵隊の数には困りませんよ。なんせ暴走族としては前人未到の全国制覇を成し遂げましたからね」

「警察には顔が利きますので私から事前に話を通しておきます。詳細は別途メールで送りますからメンバー間で共有しておいて下さい。今回はあくまでも意を示すだけなので、くれぐれも暴力行為はしないように」

「わかっています。指示されたとおり新加入の奴らには洗脳────ではなく更生のための教育を施しましたから問題ないですって」

「よろしくお願いします」

「ですがこんな回りくどいことをせずに、その女をキュッとシメちまえばいいんじゃないスか?」

 元DQN(人間の屑)特有のステキな発想でした。こんなのが配下かと思うと泣けてきますよ~。

 

「清純派アイドルはそんな物騒なことはしないんです」

「俺らには散々人体実験とか無茶苦茶やっているような気がしますが……。それにこれからやることも大概ッスけど」

「現行の法体制に従った合法で平和的な活動ですから問題ありません」

「姐さんの口から平和というワードが飛び出すとは思いもしませんでした。世も末っスね」

「何言っているんですか。私は自他共に認める完全平和主義者ですよ」

「過激派の間違いでしょう。『人類種の天敵』の方が百倍似合ってますって」

 鼻で笑われたような気がしたのでカチンと来ました。

「貴方今笑いましたね? 死にたいんですか?」

「すみません、調子に乗りました。処刑だけは勘弁して下さい、マジで……」

 暫く下らない雑談をして電話を切ります。私のどこが過激派だっていうんですか。本当に失礼な奴です。

 

 その後は懇意にしている警察署長さんや私の患者兼346プロ労働組合委員長さん、ADの龍田さん、アイドル誌記者の善澤さんなどに決行の連絡と改めてのお願いをしていきました。皆さんに快諾して頂けたので良かったです。やはり持つべきものは権力や高い能力を持っている方とのコネですね。

 決戦は月曜日から始まります。強い決意を胸に抱きつつ、早々にベッドへ潜り込みました。

 

 さぁ、奇蹟のカーニバルの開幕です。

 

 地獄の業火に焼かれながら、私と最悪な一時(ひととき)を過ごして貰いましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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裏語⑧ 死を告げる鳥

わかりやすさ重視のため本作では346プロ周辺の組織体制を以下の通り再構成していますのでご了承願います(本筋に影響はありません)。
・346プロのアイドルは全てアイドル事業部に所属。その中で各Pと共に各々活動している。
・美城HD(常務父が会長)を中核とした美城グループがあり、346プロはその内の一社。


「いらっしゃいませ、美城カフェへようこそ。何名様ですか?」

「……一人だ」

「ではこちらの席へどうぞ」

 女性店員に案内されるまま二人がけの席に着いた。早朝のためか店内は閑散としている。

「ご注文はいかがなさいますか?」

「ブルーマウンテンをホットで貰おう。砂糖とミルクは必要ない」

「はい、かしこまりました」

 姿が消えたのを確認すると長い息を吐いて目を閉じた。

 この数日全く食欲がない。一連の騒動が知らず知らずのうちに心労となっているのだろうか。

「まさかこの私がな……」

 歴史ある総合芸能企業、美城グループ────その創業家の一族としてふさわしくない。

 このままでは城の威厳は失墜し廃れていくだろう。そうなる前に手を打たなければならない。

 

「いらっしゃいませ~」

 運ばれてきたコーヒーを飲みながら思索に耽っていると、くたびれた様子の中年男性が二人して店内に入ってきたのがちらりと見える。顔は覚えていないが高級ブランドのスーツに身を固めているので、それなりの役職者だろう。

 そのまま席に着く音が聞こえた。お互いの席が死角になっているためか、周囲に対し一切警戒をせず話をし始める。

 

「今日もまたアレをやっているのか。おかげでこっちはてんてこ舞いだよ」

「あいつらも飽きないですねぇ。これでもう四日目ですけど」

「デモ抗議とストライキとネットの炎上が同時に起きるなんて、美城常務は死神にでも取り憑かれてるんじゃないか?」

「シッ! そういう直接的な言葉を使うと上層部に目を付けられますよ。デモやストの事実は美城グループにとっては酷い醜聞(しゅうぶん)なんですから、『カーニバル』って隠語を使わなきゃ」

「すまんすまん。だがあの馬鹿馬鹿しいカーニバルは日に日に規模が大きくなる一方だ。あれに参加している奴らにとって美城常務は憎むべき存在なんだろうな」

 私の名前が何度も出て来るので、いやがおうにも意識がそちらに集中してしまう。

 

「こんな問題が同時に起きるなんて、普通じゃありえんよなぁ」

「それに奴らの要求は全て、『美城常務は346プロダクション アイドル事業部の新方針を白紙撤回しろ!』でしょう? 一連の騒動の裏に黒幕がいるんじゃないかって噂もあるくらいですよ」

「黒幕? ははっ、それは流石にドラマの見過ぎだろ」

「あの常務さんは本当に疫病神ですよねぇ……。沈むならせめてアイドル事業部に留めて欲しいです。こっちの映画部門まで巻き込まれたら洒落になりませんって」

「俺達広報部門なんてとっくに巻き込まれてるぞ。ネットの炎上やデモで騒動を知ったドルヲタ共から『俺の贔屓(ひいき)のユニットを解散させるなんて許さんぞ!』ってクレームの電話が朝から晩までじゃんじゃか鳴ってる。電話応対の女子社員もストに参加しちまってるから俺が出てる始末だよ。殆ど仕事にならん」

「あはは、ご愁傷様です……。ですが女子社員のスト参加率がやたらと高いんですよねぇ。それも綺麗どころの若い子ばかり。一体なぜでしょう?」

「俺が知るかっての」

 二人して重い溜息を吐いた。

 

「しかし、これだけ大騒動になってもよく方針を撤回しないよな。俺だったらとっくに撤回してるか統括重役を更迭されてるだろう。流石『血の通ってない鉄の女』ってところか」

「だってウチの会長の娘さんじゃないですか。ゆくゆくは自動的に社長になれちゃうんですから何でもやりたい放題なんですって。二代目や三代目は会社を潰すってよく言うでしょう?」

「せめて俺が定年を迎えてから社長になってもらいたいもんだな。確かに高学歴で能力は高いのかもしれんが、ロクに根回しもせず急な方針転換をやって周囲からそっぽを向かれているようじゃ、この会社も長くないだろ」

「あっ、ずるいですよ! 私だって、せめて下の娘が大学を卒業するまでは存続してもらわないと困るんですから」

「お互いにもういい歳だからな。この船が沈まないよう祈るしかない」

「現状のままだとタイタニック間違い無しですけどね……。まぁ沈まなくてもニューヨークの関連会社の社員達みたいにバッサリ首を切られる可能性もありますし」

「あ~そのパターンもあるよなぁ……」

 

 非常に苦々しく感じるコーヒーを一気に飲み干してから席を立つ。

「えっ!」

 すると私の存在に気付いた社員達の顔が急速に青くなった。そのままつかつかと彼らの席に歩み寄る。

「社屋内のカフェとは言え、オフィス外であることに違いはない。話をする際には社名や人物名等の固有名詞を出さないように」

「は、はい!」

「それと、不満を口にするくらいなら手を動かすことだ」

「大変失礼致しました~!」

 頭が床に付きそうなくらい深々と一礼する彼らを見ると、もはや怒りは覚えなかった。その情けない姿に哀れみさえ感じてしまう。

 あれは心の底まで被雇用者と化した家畜の姿だ。強者に取り入るしか能のない寄生虫がこの美しい城に取り付いていると思うと吐き気がする。

 先日対峙した少女とは正反対だ。そう、あの『七星朱鷺』とは。

 

 

 

 自分の執務室に戻り、暫し彼女のことを考える。

 346プロダクション所属のアイドルグループ────『コメット』のリーダーであり、15歳の中学三年生。

 確かに中学生らしからぬスタイルと見目麗しい風貌で人目を惹くが、それ以外はさして特徴のない平凡なアイドルのはずだった。それがユニットの解散危機を機に一気に変貌する。

 始球式や数々の体力系バラエティ番組への出演、更にはインターネット上の著名人であることや正体不明の謎の武術────『北斗神拳』の使い手であることを告白。

 そのインパクトと親しみやすいキャラクター性のため人気は確固たるものとなった。当然、正統なアイドルとしての人気ではないが。

 才能ある者は評価する。この短い期間で非常に大きな成果を上げたことは認めよう。だが、彼女のやり方はやはり気に入らない。

 

 あるところに一人の少女がいたとしよう。

 何のとりえももたない不遇の灰かぶり。

 少女は憧れる────綺麗なドレス、豪奢で綺羅びやかな舞踏会。

 魔女の手で華麗に変身した灰かぶりは、優しく凛々しい王子様に手を引かれ共に美しい城の階段を登る────それこそが346プロダクションが必要とする『真のアイドルの姿』だ。

 片手で大鎌を振るいながら、喜々として敵国兵士達の首を狩り続ける『血塗られた戦の王女』は私の求める偶像には程遠い。

 だが皮肉なことにその王女こそ、この忌々しいカーニバルの黒幕だと確信している。

 

 確かに、新方針に対して彼女がどう出てくるかは警戒していた。だが圧倒的な力こそあるものの、前任の役員による解散危機の際には直接暴力で訴えることは最後までなかったし、非常時以外で暴れたことはないという情報も掴んでいたので然程問題はないものと考えていた。

 しかし今となってはその認識は甘かったと言わざるをえないだろう。抗議デモやストライキ、インターネット上の炎上騒動と言った絡め手で攻めてくるとは想定していなかった。

 

 巧妙、かつ悪質なのはいずれも法律には抵触していないことだ。デモ活動は表現の自由の一つとして認められているし、ストライキも労働基本権の一つとして保障されている。炎上騒動に至っては出鱈目に書かれているように見えて、悪評の流布に当たらないよう絶妙にコントロールされている。

 法に違反していない以上、司法機関の手によって取り締まることはできない。正に真綿で首を強烈に絞められているような状態だ。

 どのような手段であのような無法者の大集団や労働組合を味方に付けたのかはわからないが、『貴女が行おうとしている誤った再生はこの私が破壊します』という強烈な宣誓が彼女の関与を伺わせる。

 

 そして確信の根拠がもう一つあった。

 机上の分厚い三冊のファイルを改めて確認する。その背表紙には『346プロダクション アイドル事業部 経営改善計画書』というシールが貼られていた。

 読み返す度にその内容には驚かされる。SWOT分析、改善計画の骨子、売上計画、変動費及び固定費の削減計画、財政改善計画────その全てにおいて隙がなかった。

 いずれも事業部の現状を冷静かつ、客観的に分析しており、その結果に対するアンサーも明確だ。緻密でありながら実現可能性が高く、事業部にとって無理のない計画(安定したチャート)に仕上がっている点が特に素晴らしい。これがあれば質の低い経営者でさえある程度は安定的に業務運営が可能だ。

 少なくとも複数社の経営に直接参加していなければこのような計画書は書けない。同じレベルの計画書を直ぐに用意しろと言われたら、超一流のコンサルタントでさえ青ざめて逃げ出すだろう。

 私に抗議をしてきた時の毅然とした態度といい、普通の女子学生にはない度胸や計画性、そして陰湿さを持ち合わせている。

 

「七星朱鷺────貴様は一体、何者だ?」

 彼女の真の恐ろしさは超人的な力ではなく、底が知れない腹黒さとアイドル達を護ろうとする強固な決意に基づいた『予想の斜め上を行く行動』だと今になって理解した。

 アイドルではなく部下として出会うことが出来たのであれば、私の右腕として我が美城グループの更なる発展に寄与しただろう。それだけにこのような出会い方になってしまったのは残念だ。

 だが彼女に屈する訳にはいかない。物語には目指すべき目標が必要だ。

 皆があこがれる光り輝く目標────だからこそ城は気高く、美しく。

 そこに立つ者はそれにふさわしい輝きを持つ者でなくてはならない。その美しい輝きを阻害するイレギュラーは必ず排除せねば。

 なにもかもを黒く焼き尽くす『死を告げる鳥』に、私の作る秩序を壊される前に。

 

 再び思索に耽っていると内線電話のコール音が執務室内に響く。そのまま受話器を手に取った。

「はい。美城です」

「ああ、私だ。ちょっと込み入った話があるので私の部屋に来てくれないかな?」

「……わかりました」

 名乗りはしなかったが声のトーンで副社長だと直ぐに分かった。例のカーニバルの件で遅かれ早かれ呼び出しがかかると思っていたので、重い腰を上げて副社長室に向かう。

 父と共に美城グループを大きく成長させた立役者であり父に異論を唱えられる数少ない存在であるため、何を言われるかは大凡検討が付いていた。

 

 

 

「やあ、ご苦労様」

「用件は手短にお願いします」

「そんなに忙しいのかい。いやぁ~羨ましいねぇ。私みたいな閑職になると夜の接待とゴルフくらいしかやることがなくて困ってしまうよ」

 応接用のソファーに向かい合って座る。物腰が柔らかな初老の男性だがいつも通り目は笑っていない。閑職と自嘲しているものの、眼光の鋭さは幼少期に会った頃から何も変わっていなかった。

「最近話題になっているあのカーニバル、君はどう思うかね?」

「転換期に痛みはつきものです。あのような戯言は直ぐに止むでしょう」

「はっはっは、お父さんに似て肝が座っているなぁ。私もそう思いたいのは山々だけど、ちょっと無視できる状況じゃ無くなってきたからねぇ。社内や他の美城グループから何とかしてくれと泣き付かれているんだよ」

「栄誉ある美城が、下らない市井の声に屈しろと?」

 思わず語気が荒くなってしまった。

 

「いや、そこまでは言っていないさ。ただ変革するとしても社内のコンセンサスを得てから進めるべきじゃないかい?」

「時計の針は待ってくれません。逐次合意を得ていたら成果が出るのが遅過ぎるでしょう」

「君の言いたいことはよく分かるよ。だが346プロダクションはあくまで美城グループの一社に過ぎない。一社の業績のために他のグループが風評被害を受けたら何の意味もないだろう?」

「今屈したら、デモやストに安々と屈服する企業というイメージが付きかねません。それは美城の沽券(こけん)に関わります。後世のためにも悪しき前例は作るべきではないと思いますが」

「やれやれ、頑固なところまでそっくりだね……」

 副社長が軽く溜息を吐く。次の瞬間、今までの温和な表情が冷徹なものに変貌した。

 

「アイドル事業部は君の管轄だから基本的に口出しをするつもりはない。だが美城グループ全体に影響が及ぶのであれば話は別だ。

 戯言と評するのであればあのカーニバルを一刻も早く何とかしたまえ。でないといくら会長のご息女とあっても組織上の責任は免れないよ。いくら美城と言えどもマスコミ共にいつまでも圧力を掛け続けることはできないんだ。現にアイドル誌の記者が一連の騒動を嗅ぎ回っているという情報が入っている。

 アイドル事業部と心中するつもりなら止めないが、違うのならば早急に事態を収拾することだ」

「……至急対応します」

 すると再び温和な表情に戻る。どちらが彼の本性なのだろうか。

 

「アメリカから帰国したばかりでまだ疲れているんだろう。そうだ、アイドル事業部は誰かに任せて暫く休みを取ったらどうだい?」

「いえ、私は……」

「そういえば君はまだ未婚だったね。休みを機に良い旦那さんを探して来るといいだろう。その方がきっとお父上も喜ぶよ」

「……私には私の考えがありますので。では、失礼します」

 やり場のない憤りを胸の中で押し殺し、踵を返して副社長室を後にした。

 

 執務室に戻ったものの一向に気分は晴れない。

 日に日に状況は悪くなっており、周囲の私を見る目も一段と厳しくなっている。先程は虚勢を張ったものの、見えない何かに追い詰められていることを十二分に感じていた。

 愚にもつかないカーニバルに屈するつもりは毛頭ないが、このままではデッド・エンド────副社長の言うとおり地獄の業火(大炎上)に焼かれながら事業部と命運を共にするだろう。

 何にしても今は時間が欲しい。『全てを焼き尽くす暴力』に対抗しうる案を纏める時間が。

 

 すると不意にノックの音が聞こえた。

「誰だ?」

「今西です」

「どうぞお入り下さい」

 いつも通り優しげな笑顔を浮かべた男性が部屋に入ってくる。

「何か御用でしょうか」

「キミに対案を持ってきたよ」

「対案、ですか?」

「ああ。若い子達が必死になって考えた、キミの方針へ対抗するプランだ」

 それは、ただでさえ頭の痛い私を更に悩ませる話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第52話 SAVE the World

 玄関のチャイムがピンポーンと勢いよく鳴りました。

 ドアモニターを覗くとしみったれた駄犬の顔が見えたので鍵を開けます。

「やあ、おはよう」

「遅い! 五分遅刻ですよ!」

「す、すまない。会議が立て込んでてね」

「そんなことは言い訳になりません。時間を守れない奴はビジネスマンとして失格です! 遅れるならせめて一報を入れなさい!」

「いや、本当に申し訳ない……」

「……話はそれくらいにして家に上げてあげたらどうだい?」

 アスカちゃんがそう言うのなら仕方ありません。渋々客間に通してあげました。

 

「はい、これ今日のノルマの四十枚です」

 ミラクルトッキー☆せんべいを束で渡すと物凄く嫌そうな顔をしました。

「いや、こんなに煎餅を渡されても食べ切れ……」

「何か文句でも?」

「イイエ、ナンデモナイデスヨ」

 即時撤回するくらいなら最初から歯向かわなければいいのに。

 

「では本日のコメット全体会議を始めます」

「わかりました」

 ようやく五人揃ったので会議を始めました。

 シンデレラプロジェクトの専用ルームが先日ボッシュートされてしまいましたので、現在彼女達にはコメットの専用ルームを使用して貰っています。自動的に私達は家なき子になりましたので、私の家でミーティングをすることになりました。

 共同で使う案もあったのですが、あの地下牢獄で十八人が収容されると流石に人口が密集し過ぎるので人数の少ない私達が辞退したのです。未央さん達が本当に申し訳なさそうにしていましたが、彼女達が気に病むことはありません。

 これも全て諸悪の根源────あの美城常務のせいなのですから。

 

「とりあえず私からカーニバルの進捗状況を報告しますか。現在三日目ですが、デモ部隊には人海戦術で入れ替わり立ち替わり抗議活動をしてもらっています。地元警察には話を通していますので衝突もなく、平和的にやれていますね。

 ストライキの方も順調に進んでいて、脱落した方は今のところいません。ネット上の炎上についても威力業務妨害にならない範囲で上手く燃やして貰っています」

 一通り報告を聞いたワンちゃんの顔色がブルーハワイと化しました。

「君の舎弟の暴走族連中はともかく、ストライキなんてどうやって先導したんだよ……」

「ふふふ、七星医院分院の実力を侮らないで下さい。今や私は346プロダクション社員とそのご家族の健康と美貌を一手に握っているのです。『新方針になったら即刻治療を打ち切ります』と言ったら皆さん素直に従ってくれました」

「えぇ……」

 乃々ちゃんがドン引きしています。

 

「それに皆さんからは治療の対価に社内の情報や噂を教えてもらっていたんですよ。『誰と誰が社内不倫している』とか『不正なバックマージンを貰っている』とか。依頼しても協力してくれない方には、そういう情報でお願いしたり、ね?」

「完全に脅迫じゃないか!」

 満面の笑顔で語ると容赦ないツッコミが来ました。

「いやいや、別にバラすなんて言ってませんよ。それとな~く匂わせたら皆さん自主的に協力してくれたんです。身に覚えがなければ何も問題ないはずなんですけどねぇ~」

「こんなことならこの案に賛成するんじゃなかった!」

「覆水盆に返らずですよ。諦めましょう♪」

 予想通りのリアクションでした。作戦の詳細を彼に伏せておいて正解だったようです。

 

「美城常務に軽く揺さぶりを掛けるって話だったのに、いつのまにか美城グループ始まって以来最大の危機みたいになってるし……」

「あら、私的には軽~い揺さぶりですよ。ガチで死ぬ寸前まで追い込むのであればこんなにヌルくはありませんから」

「なんだか、闇金業者よりも恐ろしいですね……」

「ああ、現代社会の闇を見たような気がするよ」

 

 散々な言われようでした。ですがこれが私の個性ですから仕方ないのです。

 戦いの結果を左右するのは結局物量です。非力な凡人だって数が集まれば恐ろしい力を発揮するんですよ。民主主義国家で一番強いのは世論なんですもの。

 そして世論を扇動するマスコミも脅威です。だからアイドル誌記者の善澤さんにお願いして一連の騒動を取材しているフリをして頂きました。美城グループの上層部としては、圧力を掛けたマスコミからいつ裏切り者が出るか今頃疑心暗鬼に陥っているでしょうね。

 相手の弱点を突くのは戦術の基本中の基本です。美城グループは清廉で高潔なイメージで売っていますから、このカーニバルによるイメージダウンは美城常務にとって最大の屈辱であり耐え難いものでしょう。

 

「ネ、ネットの炎上の方も朱鷺ちゃんの仲間が仕掛けているんですか……?」

「ええ。私の知り合いに万能超人の龍田さんというADがいまして、鎖斬黒朱(サザンクロス)の連中や私のファン達を主導して炎上させて頂いたのです。忙しいのに文句一つ言わず従ってくれて大助かりですよ。このままプロデュース業も引き継いで欲しいくらいです」

「俺はADに負けるのか!」

「だ、大丈夫です! 犬神PさんはステキなPですからっ!」

「まぁ、年齢の割には頑張ってる方だと思うよ」

 意外とダメージを喰らったようです。これ以上虐めると動物虐待になってしまうので止めておきましょうか。

 

「だが、こんな狂騒劇を続けていて本当に効果があるのかい? 悪戯に346プロダクションのイメージを落としているように感じるし、あの常務にもまだ変化はないんだろう?」

「もりくぼも、心配です……」

「このままで大丈夫なんでしょうか……」

 皆の心配はごもっともです。このままではアイドル事業部と美城常務が刺し違えることになりかねないですが、それは私の望むところではありません。今のところ全てのヘイトが常務に一点集中していますから大丈夫ですけど、それがアイドル達に飛び火しないとも限らないですし。

 しかしそれも想定済みです。第一あの駄神様が『新たな脅威』と評するくらいの存在ですから、この程度の揺さぶりで折れるとはハナから思っていませんでした。

 

「皆さん、安心して下さい。次の案はバッチリ考えてありますよ。そしてその案では武内Pと犬神Pが共同で企画した『シンデレラと星々の舞踏会』も深く関係してきます」

「……俺達の?」

 メンタルが復帰したのかワンちゃんが声を発しました。

「何だい、それは? ボクは初耳だけど」

「ああ、前に説明した時は二宮さんはいなかったか。アイドル達の個性を最大限に活かした複合イベント案だよ。ライブだけではなくてお笑いやトーク、ヒーローショー、ゲーム対決なんかも取り入れた、皆の個性を最大限活かす企画さ。このイベントが成功すればあの美城常務だって個性重視の方針が間違っているとは言えないはずだ」

「はい。とっても良い企画だと思います」

 ほたるちゃんの言うとおり、内容の七割は武内Pが纏めただけあってしっかりした企画です。

 

「でも、それとカーニバルに何の関係があるんですか……?」

「ふっふっふ、よくぞ訊いてくれました! これこそ我が秘策──『溺れる者は藁をも掴む』作戦です!」

「……物凄く嫌な予感がするのは俺だけかな?」

 犬の呟き声が室内に虚しく響きました。

 

 

 

 その翌日、いつも通りレッスンを終え少し時間を潰してから犬神Pのオフィスを訪れました。

「おはようございます」

「あ、ああ、おはよう」

 何だか忙しなく落ち着いていませんでした。柄になく緊張しているのでしょうか。

「今からそんな感じだと、美城常務に睨まれたら石化しそうですね」

「恐いこと言うなよ……」

 あらら、返しにもキレがありません。

 

「やあ、おはよう」

「……おはようございます」

 暫し二人で雑談していると今西部長と武内Pがいらっしゃいました。

「使者役なんてやって頂いて本当にすみません……」

「別にいいさ。これも346プロダクションのためだからね」

 いつも通りの朗らかな表情です。

 

 今回今西部長には我々と美城常務を繋ぐ仲介役を務めて頂きました。立場的には経営陣側ですがアイドル達のことを気に掛けており、美城常務が提唱する急進的な改革には否定的な意見を持っているので心情的には我々寄りです。そういう意味では和睦の使者にうってつけの人物でした。

 社内の情報を掻き集めても彼に関する黒い噂は欠片も出てこないんですよねぇ。この昼行灯さんは一体何者なんでしょうか。

「そろそろ、約束の時間です。行きましょう、皆さん」

「はい」

 武内Pの後に続いて美城常務の執務室に向かいます。

 

「……失礼します。武内です」

「入れ」

 促されるままに中へ入りました。

 そのまま応接用のソファーに腰掛けます。美城常務と今西部長、武内Pと犬神Pと私が向かい合って座るような状況です。

「改めて、話を訊こう」

「常務の新方針に対する我々の案を纏めてきました」

「君達のプラン──『シンデレラと星々の舞踏会』については今西部長から伺っている。それにしてもまた『個性』か。私の提示する方向性とは真逆だな。……この『Power of Smile』とは?」

 既に企画書には目を通していたようで内容について質問されました。すると犬がでしゃばってきます。

 

「コンセプトは『笑顔』です! アイドル達が自分自身の力で笑顔を引き出す。それが力になると私は思います。そうでなければファンの心は掴めません。アイドル達の笑顔、それを支える沢山の笑顔。作られた笑顔ではない本物の笑顔が彼女達の魅力なんだと思います。

 ……実際に、作られた仮面の笑顔から本物の笑顔に変わり、一段と輝きを増したアイドルを私はよく知っていますので」

「我々は、従来の方針は決して間違っていないと考えています。常務が仰る『お姫様のように優雅で綺羅びやかなアイドル』と『持ち前の個性を最大限発揮して輝きを放つアイドル』は共に歩むことが出来る。この舞踏会はその証明になるはずです」

「まるで御伽噺だな。……いいだろう、そこまで言うのならやってみなさい。期限は今期末、それまでに結果を出すように。

 進行方法と付随するプロモーションは君達の裁量に任せよう。支援はしないが口出しもしない」

「ありがとう、ございます」

 武内P達が頭を下げました。

 ですが話はこれで終わりではありません。私の出番はここからです。

 

「それでは我々の企画が成功した暁には『現アイドル事業部の全てのプロジェクトを解体し白紙に戻す』という新方針を更に白紙撤回することで、一つよろしくお願いしま~す♪」

「……君は何を言っている?」

「ちょ、ちょっと七星さん!」

 犬がじゃれついてきましたが構わず続けます。

「常務さんが提唱する方針に変えるか否か、全ての決着は『シンデレラと星々の舞踏会』で付けるという訳です。

 この舞踏会はアイドル事業部の今までの成果を発揮する史上最大の晴れ舞台です。あれだけ成果を出せと仰っていた訳ですから、これが大成功すれば貴女も個性重視の方針が間違っていなかったと認めざるをえないでしょう」

「随分と好き勝手を言うものだ。そのような一方的な条件を私が受け入れるとでも?」

「別に突っぱねても構いませんよ。ですが正々堂々舞踏会の成否で全てを決めるという勇気ある決断をすれば、一連の下らないカーニバルは一瞬で沈静化するに違いありません♥

 それにこういう大義名分があれば、例え新方針を撤回したとしてもデモやストやネットの炎上に対して『あの美城』が屈した訳ではないと対外的に主張できるので、常務さんにとって大変都合がいいと思いますけど~」

「そうか、そういうことか……」

 私の意図は無事美城常務に伝わったようです。一連の事件の黒幕だとあからさまに告げていた甲斐がありました。

 

「私は君の手で踊らされている滑稽なマリオネットだった訳か。フフ、ハハハハッ……」

 おお、メッチャこっち睨んでる。怖過ぎて思わず草が生えそう。

「いいだろう。結果によっては各プロジェクトの存続を認めよう。但し失敗に終わった時は相応の判断を下すことになる。その点は覚悟しておくことだ」

「はい、ありがとうございます。それと舞踏会の成否がわかるまで、現行の全プロジェクトは方針変更前の状態で現状維持して下さいね。そうしないとまた楽しいカーニバルが始まりますから♪」

「……わかった。その条件を飲もう」

 物分りの良い方で助かりました。というか彼女が今置かれている立場的に受け入れざるを得ないんですけどね。そしてそういう立場になるようにきっちり追い込みをかけました。

「現状維持なのでプロジェクトルームは全て返還ということでよろしくお願いします。それと新規のお仕事の受注制限も撤廃して下さいね♪」

「……善処する」

 何だか今にも死にそうなくらい憔悴した表情をしています。全く、誰がこんな酷いことをしたのでしょうか! 頑張れ常務、負けるな常務!

 

 その後は舞踏会の成否判定など、いくつかの条件交渉をしてからお開きとなりました。

 海外で辣腕を振るったと言う実力は確かにお持ちのようですが、社会の底辺の底辺で妖怪みたいな曲者共を相手に立ち回ってきた私と渡り合うにはまだまだ経験値が不足しています。

 生まれ変わりに伴いドジっ子属性をブチ込まれたためビジネスマンとしての能力は弱体化しましたが、今ではそれを補ってくれる沢山の愉快な仲間達がいますから安心です。

 弥勒菩薩のように温厚な私を怒らせるとどうなるか、これで少しは理解頂けたでしょう。

 

 

 

「ではお先に失礼します」

「今日は車で来てるから帰りは送るよ」

「そうなんですか。じゃあお願いします」

 犬神Pに呼び止められました。折角なのでご厚意に甘えることにします。

「5分くらいで行くから表で待っててくれ」

 

 社屋外で待機していると彼の車が来たのでそのまま乗り込みます。

「それにしても貴方にB○Wって本当に似合わないですよね。豚に真珠です」

「もう二十回くらい言われてるからな、それ……」

 下らないことを喋っていると良いことを思い付きました。

「あ、そうだ。どうせなら首都高に乗って下さい」

「え? だってそんなに遠くないだろ?」

「いいじゃないですか。人生時には回り道も必要ですよ」

「まぁ、いいけど」

 乗車中は先程の打ち合わせについて意見交換をします。

 

「それにしても常務に対してあの態度はヒヤヒヤしたな……」

「上に噛み付く時は喉笛を噛み千切るくらいガブリと行かないと駄目なんです。中途半端だと権力で押し潰されてしまいますからね。犬神さんにとっても良い勉強になったんじゃないんですか?」

「噛み付かなければいけない事態にならないことが一番だけどな。それにしても相当追い詰めてた感じなのに『決着はシンデレラと星々の舞踏会の成否で決める』なんて結論で良かったのかい?」

「はい。あの辺りが彼女が最大限譲れる妥協点だと思いますよ。あれ以上刺激したらアイドル事業部と共に心中する可能性がありましたし、自暴自棄になって企画自体白紙にされかねない感じでしたので。『窮鼠猫を噛む』という諺の通り、追い詰め過ぎると思わぬ反撃を喰らう可能性があります。追い込まれた狐はジャッカルよりも凶暴ですから」

「そうならないようにわざと逃げ道を作っておいたって訳だね……」

「それにこれ以上カーニバルを続けると美城常務の受けるダメージが流石に洒落にならなくなるという理由もあるんですよ。私の目的は強硬な新方針を取り下げさせることであって彼女を仕留めるつもりはありません。敵対はしてますけど別に憎んではいませんし、統括重役としてアイドル達のためにこれから馬車馬のように働いて頂く必要がありますもの。

 そして取り下げさせた後は、周囲と調整をしながらマイルドにアイドル事業部の経営改善に努めて貰おうと思っています。関係者と合意形成をせずに自分の意見を押し付けようとした点は大問題ですが、美城常務の意見自体には正しい点も多いですから」

「だけどもし舞踏会が上手く行かなかったら元の木阿弥じゃないか」

「そうですね。ですけどあの企画が万一失敗したとしても別に問題はありません」

「え?」

 ワンちゃんが驚きの声を上げました。

 

「犬神さんは237(地味名)プロダクションってご存知ですか? 中堅の芸能事務所なんですけど」

「もちろん知っているさ。そこのP達と一緒に仕事したこともあるしね。規模こそ中堅だけれども地道で堅実な良い事務所だと思うよ」

「そこの三代目の社長さんですが、会社のお金を個人的に借り入れた挙句海外のカジノで大金をスッたらしくて、内情は資金ショート間近で青息吐息だそうです」

「へぇ~、そうなんだ」

「もし舞踏会が失敗してコメットが解散させられそうになったら、その事務所を祖父に買収して貰って移籍しようかと思いまして」

「ゴホッ! ゴホッ!!」

 いきなりむせだした上、車が蛇行し始めました。

 

「何やってるんですか! 夜の首都高で事故ったら私はともかく貴方は即お陀仏ですって!」

「す、すまない。あまりに衝撃的な発言があったもので……。ていうか移籍ってなんだよ!」

「言葉通りの意味です。別に346プロダクションだけが芸能事務所という訳ではありません。方針が合わなければ辞めて移籍すればいいだけなんです。なぜ皆あの事務所に残ることを前提に物事を考えているのか、私には理解に苦しみますね」

 

 前世では何十回と転職してきましたから全く抵抗はありません。

 人気も実力もなかったデビュー当時は祖父の理解を得られなかったので取れない作戦でしたが、最近の私の活躍がいたく気に入っており総力を上げて支援するという確約を取り付けました。

 中堅芸能事務所の一つや二つ、お金が有り余っている彼には安い買い物なのです。ゴルフコースが気に入ったからという理由でゴルフ場ごと買収し貸切で遊んでいるような傾奇者ですし。

 戦いとは常に二手三手先を読んで行うものです。当然、万一敗走した時の対応も構築しておかなければなりません。とはいっても本当は346プロダクションが経営難で倒産した時に備えた保険だったんですけどね。

 

「だからって買収までしなくてもいいじゃないか!」

「美城常務の新方針が正式に採用された場合、その方針にそぐわないアイドルは沢山出てくるはずです。そういう子達の受け皿になろうかと思いまして。そうだ、いっそのこと774(七星)プロダクションに社名変更しましょう」

「多分成人しているアイドルは全員移籍を希望すると思うんですがそれは……」

「346プロダクション所属のアイドルであれば例え全員でも受け入れます。常務ご本人から『何でもしていい』というお墨付きを頂いていますので、美しいお城以外は何も残らなくなるよう全力で引き抜きをするつもりです。

 それにどう経営すれば芸能事務所が成長するかはこの1年の経験で大体掴めてますから、美城常務より上手く彼女達を輝かせて見せますよ。アイドル兼社長なんて桐生つかささんみたいで面白そうですし、独立には前々から興味があったんです」

「き、君って奴は……」

「私が大切に思っているのは346プロダクション所属のアイドル達や私達のファンであって、プロダクション自体に執着心はありません。例え本社が爆破されようが割りとどうでもいいのです。……次のPA(パーキングエリア)で止めて下さい」

「わかったよ」

 

 そのままPAに入ります。適当な場所に駐車してもらうと彼を車に残して缶コーヒーを二つ買いに行きました。

「~~♪」

 暖かいスチール缶から温もりが伝わります。おお、ぬくいぬくい。

「はい、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 運転席の窓越しにコーヒーを渡すと彼も外に出てきました。缶を開けて軽く傾けます。適度な苦味と酸味が喉に染み渡りました。

「いや~、夜の高速PAで飲むコーヒーの美味さは異常ですね!」

「そんなセリフを吐いたJCアイドルは人類史上初だと思うよ。……美味しいのは確かだけどさ」

 この独特な雰囲気の中飲むコーヒーは社畜時代の数少ない楽しみでした。だんだんと当時を思い出してきます。いや、深く思い出すと嫌な思い出まで出てくるので止めておきましょう。

 

「……それで、さっきの移籍の話は本気なのかい?」

 犬神Pが珍しく真剣な眼差しで問いかけてきました。

「ええ。とはいっても移籍や引き抜きをするには多大な労力が必要ですしアイドル達の負担にもなりますから、プロジェクトの解散がどうしても避けられなくなった時の最終手段ですけどね。

 もしそうなったら犬神さんはどうします? まぁ、一応腐れたご縁がありますし、『私の』コネで特別な入社させてあげなくもないですけど……」

 するととても渋い表情になった後、ゆっくりと語ります。

「……俺は一緒には行けない。色々あるけど346プロダクションには採用して貰った恩がある。社内の体制が悪くなったからといって見捨てて逃げ出したくはないんだ」

「……そうですか」

 なるほど、如何にも社畜らしい選択です。確かに346プロダクションに居続ければ高給が約束されていますし将来的にも安泰ですしね。

 家畜の安寧を享受し虚偽の繁栄を謳歌するのも人生の選択肢の一つです。私はそんな人生は願い下げですが。

 

「だから『シンデレラと星々の舞踏会』を必ず成功させる! そして誰一人346プロダクションを去ることがないよう死力を尽くす! 君達のプロデュースを続けられるよう、その力を俺に貸してくれッ!!」

 そう叫んで勢い良く私に頭を下げました。

「……ふふっ」

 な~んだ、軟弱なようでいて意外と骨があるじゃないですか。会社に飼いならされた犬ではなく、餓狼としての気位を強く感じました。

 少しですが私の好感度がアップしましたよ。ほんの少~しですけど。

「頭を上げて下さい。私は元よりそのつもりですから」

 彼の目を見ながら言葉を続けます。

 

「……前回の解散危機の際、私達は大きな過ちを犯しました。

 一人は仲間を信じず自分の力のみを頼りに暴走して自滅し、もう一人は忙しさに埋没しフォローを怠り破滅を防げなかった。ですが過ちは誰にでもあることです。問題なのは犯した過ちを認めずそれを改めないことです。私達はそんな愚か者ではありませんよね?」

「ああ、もちろん!」

 力強く言い切ります。その瞳の中には以前楓さんや菜々さんの中に見た輝きが眠っていました。

「その意気です。だから今度こそ、私達の手でコメット────いいえ、346プロダクションのアイドル達全員を救い、私達の世界を護りましょう。だから頼りにしていますよ、相棒」

「こちらこそ、改めてよろしくな!」

 そのまま握手を交わします。意外と男らしい手つきなんですね。今まで気付きませんでした。

 

「あっ、でも男女的な意味での好意は全く無いので誤解しないで下さいよ!」

「せっかく綺麗に決まったのに、どうしてそういう余計なことを言っちゃうかなぁ!」

「それが私ですから。……まぁ、老後のお茶飲み友達くらいにはなってあげますので、それで我慢して下さい」

「中三が老後を語るのか……」

「『少女老い易く学成り難し』ですよ。うかうかしているとお互いに直ぐお爺ちゃんとお婆ちゃんです」

「はいはい……」

 

 夜のPAに私達の声がよく響きました。

 

 さあ、アイドル達の『夢』と『希望』を賭けた最終決戦に向けて、もう一頑張りしましょうか。

 

 私が、私達が、全てを救ってみせます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




~七星朱鷺のウワサ③~
 敵に回すとかなり厄介らしい。






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第53話 新たな力

「皆さん、おはようございます」

「フッフッフ。闇に飲まれよ!」

「はい、やみのまー」

 美城常務と対峙してから数日が経過しました。ダンスレッスン後にふと思い立ち、シンデレラプロジェクトに返還された専用ルームを訪れました。

 再引っ越しは済んでおりほぼ元通りの状態に戻っています。ルーム内にはプロジェクトの子達がいますが、少し前に比べると笑顔が戻っており不安はだいぶ解消されているような印象を受けました。やはり住み慣れたルームがあるか否かではモチベーションが大きく変わってきますからね。

 

「本当にありがとうございました、朱鷺ちゃん!」

「頭を上げて下さい、卯月さん。私は別に大したことはしていませんから」

 深く頭を下げられると恐縮してしまいます。

「でもルームを取り戻せたのは朱鷺のおかげだよ。だから、改めてありがとう」

「うんうん! これもとっきーの脅迫……じゃなかった、交渉のお陰だね!」

「私は誠心誠意説得しただけですよ。ですが問題はここからです。『シンデレラと星々の舞踏会』が成功しなければ全ユニットが解散させられてしまうのには変わりないんですから」

 根本的な問題は解決していません。あの企画の成否が判明するまで『現アイドル事業部の全てのプロジェクトを解体し白紙に戻す』という方針は一時凍結しているだけなんです。

 新規のお仕事が受注可となり従来通り活動は出来るようにはなったものの、問題の根本を解決しなければ何も意味がありません。

 

「舞踏会を成功させるにはどうしたらいいのかな?」

 みりあちゃんが首を傾げました。

「私達が今出来ることは三つあります」

「どんなことかにぃ~?」

「一つ目は仲間を集めることです。『シンデレラと星々の舞踏会』はアイドル達の個性を最大限に活かした複合イベントで、アイドル事業部始まって以来の規模となる予定です。

 当然多数のアイドルに出演頂く必要がありますので、現在武内P(プロデューサー)や犬神Pが各Pを説得して協力を取り付けています。ですが当のアイドル達が非協力的では上手くはいきませんから、積極的に協力して貰えるよう皆さんからもお願いして頂けると助かります」

「うん、分かった♪ おねーちゃんにもお願いするね☆」

「はい。莉嘉ちゃんから協力依頼をお願いします」

 美嘉さんはトップクラスの貴重な戦力なので今度の企画には欠かせません。

 

「二つ目は私達自身のレベルアップです。複合イベントとは言いつつもメインはライブになりますので、今までよりレベルの高いパフォーマンスを発揮できるようレッスンに励みましょう」

「フフフ……遂に我が最終形態を披露する刻が来たか!」

「はい。蘭子ちゃんの更なる覚醒を期待していますよ」

「我らの黄金郷は永遠! はーっはっはっは!」

 彼女は今日も絶好調でした。もちろん中二病的な意味で。

「えぇ~、レッスン? 今日はもう閉店……明日から本気出す……」

 ばたりと倒れた杏さんを他所に話を続けます。

 

「そして三つ目は知名度のアップです。いくら企画が良くても知名度が低くてチケットが捌けなかったらその時点でゲームオーバーですから、シンデレラプロジェクトやコメットの知名度を少しでも高める別企画を武内P達が考えているそうです。そこで頑張って皆さんの知名度をアップさせましょう」

「別企画って、アーニャちゃんは知ってる?」

「ニェット。私は初耳です」

「私もバラエティ番組らしいこと以外は伺っていません。近いうちに詳細が発表されると思いますので待っていて下さい」

「バラエティなら『ゲロゲロキッチン』みたいなお料理番組だといいな。ほら、皆でお菓子作りとかっ♪」

「は、はい……」

 智絵里さんが遠慮がちに返事をしました。

 

「確かにみく達はまだまだ新人だから知名度は低いにゃ……。朱鷺チャンみたいにもっと世間から注目されたいにゃ!」

「この中じゃ朱鷺ちゃんの知名度はダントツだしね。だけどあの鎖斬黒朱(サザンクロス)っていう超ロックな人達に協力してもらえばチケットなんてあっという間に捌けるんじゃない?」

「美城常務との条件交渉の際、鎖斬黒朱を使ったサクラ行為は禁止されたのでその方法は取れないんです。ですがそんな姑息な手段を使わなくても私達が団結すればあっという間に完売ですよ」

 今回は常務さんに我々の人気と実力を見せつけるのが目的なので、そういう卑怯な手段は最初から使うつもりはありません。正々堂々と正面からねじ伏せて見せます。

 

「朱鷺の知名度はアイドルとしてって感じじゃないけど」

 凛さんの厳しいツッコミが入りました。この蒼い人はさらっと痛いところを突いてきます。

「別にそれでも構いませんよ。各ユニットの存続が最優先事項ですから私の力を含め使えるものは何でも使うつもりです。皆さんや他のアイドル達のキャリアをこんなところで終わらせるつもりはありませんので」

「おお、とっきー頼もしい!」

「十人力、いや百人力です!」

「尽力はしますが私だけでは限界がありますから皆さんの力を貸して下さい。全員で協力してこの試練を跳ね除けましょう!」

「おおー!」

 力強い返事が部屋中に広がりました。皆を信頼し一致団結して問題解決にあたるなんて、少し前の私ならしなかった……いいえ、決して出来ませんでした。そういう意味では私も成長しているのかもしれません。

 暫く談笑した後、コメットのプロジェクトルームに向かいました。

 

 

 

「ただいま~」

「お疲れ様、七星さん」

 ルームに入るといつもの三人と犬神Pがいました。

「あら珍しくお犬様がいらっしゃいますね。もしかして会社をクビになりましたか?」

「……縁起でもないこと言わないでくれよ」

 疲れた様子で溜息を吐きます。アイドル事業部が危機的な状況ですからちょっと洒落になっていませんでしたか。

「JCらしいお茶目な冗談ですって。それで何の御用ですか?」

「コメットのファンクラブ会報誌に載せる企画の原稿を書いて貰いたくてね」

「どんな企画なんです?」

「ああ、『思わず妄想しちゃう♪ 理想の初デート♥』っていう企画だよ。自分で体験してみたい初デートのプランを考えて貰おうと思って」

「へぇ……」

 結構厄介な企画でした。こういう質問は女子力が問われるので出来るだけ答えたくないんですが、お仕事ですから仕方ありません。

 

「皆さんはもう考え終わったんですか?」

「いえ……。いざ質問されると迷ってしまいまして」

 紙とボールペンを手にしたほたるちゃんがやや困ったような表情をしました。乃々ちゃんとアスカちゃんの手も止まっています。

「いきなり質問されても答え難いよな。締切は来週末で時間があるからゆっくり考えて欲しい」

「は、はい……」

「そういう犬神さんはどうなんです?」

「お、俺かい?」

「ええ、人に質問するからにはまず自分が答えるのがマナーです。自己紹介と同じですよ」

 完全に屁理屈ですし答える義務などありませんが、奴であれば気付きはしないでしょう。

 

「う~ん、デートねぇ……。やっぱり映画やカラオケとかかな」

「そう……」

 氷のような冷徹さで返事をしました。目すら合わせません。

「いや、自分から話を振っておいてその無関心さは何なんだい?」

「まさか『四八(仮)』並みに超つまらない回答が返ってくるとは考えていなかったので思わず言葉を失ってしまいました。ほらっ、いい歳した大人でもこんな捻りのない駄回答なんですから皆さんもそんなに固く考えなくて大丈夫ですよ!」

「…………」

 こめかみに青筋が立っていますがいつものことですから気にしないことにしました。先日のドライブの件では少し馴れ馴れしくし過ぎましたのでちゃんと調教しておかないとね。この私相手に安々と恋愛フラグが立てられるとは思わないことです。

 

「定番過ぎるかもしれませんが、もしデートをするのでしたら東京ディスティニーランドに行ってみたいです」

 ほたるちゃんが恥ずかしそうに答えました。

「いいじゃないですか。一日いても飽きませんしデートの定番スポットですもんね」

「アトラクションは故障するかもしれませんけど、エレクトリカルパレードなら一緒に見られそうですし素敵な思い出になるような気がします」

 実に女の子らしい回答、素晴らしい。デートとは言わず今度皆で一緒に行きたいです。

 

「乃々ちゃんはどうでしょう?」

「私は目立たず騒がず生きて行きたいので……。一緒にお外で元気に遊ぶよりかは……森やカフェ的な隠れ家でひっそりとしていたい、です」

「リアル森ガールですか」

 全くブレない回答でした。まぁ茜さんみたいに気合MAXで野原を駆け回っている乃々ちゃんは想像できませんからこれでいいのかもしれません。

「もりくぼの理想は……やさしい世界。草も食べない、草食動物ばかりぃ……」

「それはそれで生態系壊れるので止めておきましょう。……アスカちゃんはどうです?」

 問題児の方を向いて恐る恐る訊いてみました。

 

「ボク、かい?」

「はい。アスカちゃんのデートセンスは物凄く気になります」

「ボクの絶対王政にかしずいてくれるモノ好きな皇子はいないだろうけど、まぁいいだろう。

……闇夜に包まれた誰もいない学び舎。水面一面に映った月明かりを眺めながら一夜限りの逢瀬を楽しむ、なんていうのは面白いかもしれないね」

「……へ~」

 感想を押し殺しながら少し時間を掛けて静岡弁を解読していきます。恐らく深夜の学校に忍び込み、プールに映ったお月様を眺めながらお喋りを楽しみたいということでしょうか。ぶっ飛んだセンスが光るデートプランでした。というか不法侵入ですよ不法侵入!

「うわー素敵ですー。憧れちゃいますー」

「そういう朱鷺はどうなのかな。君の理屈だと人に訊くからには自分も話すものなんだろう?」

 先程の適当発言が鎖付きブーメランとなって跳ね返ってきました。ですがそれも計算済みです。

 

「ええ、良いですよ。皆さん是非聴いていって下さい。この超時空清純派アイドル────七星朱鷺の最強デートプランを!」

「ゴクリ……」

 皆緊張した様子で私の表情を伺います。

「まず午前中ですが、プラネタリウムで満天の星に包まれてロマ~ンティックな時間を過ごします。ランチは当然パスタで最大限お洒落なお店をチョイス。

 午後は最新の人気スポットで洋服や小物を眺めるウインドウショッピングに洒落込む予定です。ハイセンスなカフェで休憩を入れつつ、夜景の見える超高級レストランでお食事をして〆る。

 ……どうです! 完璧なプランでしょう!」

 自信満々に胸を張りました。正に完璧という他ありません。

 

「……すまない、どこから突っ込んだら良いのかわからない」

「あの、嘘はあまり良くないんじゃないでしょうか」

「多分読者の皆さんから総ツッコミが来ると思います……」

「エイプリルフールに発行するのならアリじゃないかな?」

 仲間内の評価は散々でした。だって普通の女の子はこういうプランが好きだって雑誌に書いてあったんだもん! 本当だもん!

 

「そ、そんなに違和感があります?」

「むしろ違和感しか無いんですがそれは……」

「きっと朱鷺さんのファンの皆さんもそういう回答は望んでないと思います。自分が楽しいと思うプランを素直に紹介すれば良いんじゃないでしょうか」

「私が楽しいと思うプラン、ですか……。100%確実に引かれると思いますけど」

「人と違うことは恥ずかしいことではないさ。試しにボク達に紹介してみたらどうだい?」

「……わかりました」

 仕方ないのでドブ川系側溝風味アイドルのデートプランを公開することにしました。

 

「まず、寂れた地方競馬場でモツ煮やコロッケなどをつまみながら競馬観戦をします」

「なぜ寂れたところ限定なんですか……」

「東京や中山、大井みたいな大きな競馬場だと綺麗すぎて場末感が足りないんです。それに食事処も整備されていて金だこやミスバーガー、ケーンダッキーまであるので競馬場という感じが余りしません。本当にモツかどうかもわからない怪しい煮込みをつまみながらその場のノリと勢いで予想するのが楽しいんですよ。殆ど外れますけど」

 前世でよく通っていたという理由もありましたが、それは流石に伏せました。

「お昼は当然ラーメンです。そして観戦後はヤトバシカメラでガンプラを眺めたり、ハードオッフでジャンク品やレトロゲーを探したりしてウインドウショッピングを楽しみます。時間があればスーパー銭湯でひとっ風呂浴びたいですね。

 ディナーは場末の激安居酒屋で、楽しくお喋りしながら焼き鳥やたこわさ、エイヒレ等をつまみノンアルコールビールを頂く。こういう流れが私の理想のデートです」

 こんなプラン、世に出した瞬間に私のアイドル人生が即終了しますよ。

 

「まるで暇を持て余した独身オジサンの休日だぁ……」

 犬っコロが呆れたように呟きました。その通りですから反論の余地はないです。仕方ないね。

「ですが先程のプランより良いと思いますよ」

「ああ。偽りの像では真実の姿に及ばないさ」

「えぇ~! いや、流石にないでしょう!」

 こんなJCアイドルがいてたまりますか。体以外は清純さの欠片もありません。

「でも、嘘はないですから……」

「少なくとも七星さんのファン的には納得すると思うよ。それに格式が高い高級レストランを好む高嶺の花より、庶民派で親しみやすい姿に好感を持つ層も多いだろうし」

「そう言われてもこれを会報誌に載せる度胸はありませんって。掲載するのはゲーセン巡り&野球観戦デートくらいに留めておきます。それならキャラ的にも然程違和感ないでしょうし」

「中学生なので、それくらいが妥当かもしれませんね」

 

 

 

 とりとめのないことを話していると、不意に出入り口のドアが遠慮がちにノックされました。

「入っていいですよ、どうぞ~」

 声を掛けると二人の美少女が顔を覗かせます。やや緊張した様子で、そろりそろりとルーム内に入ってきました。

「おはようございます。この前346プロダクションに所属した北条加蓮(ほうじょうかれん)です。先輩の皆さん、よろしくお願いします」

 栗色の髪をした女の子が丁寧に頭を下げました。チョココロネのようなおさげが印象的な子で、中々のオシャレさんです。

「おはようございます! か、神谷奈緒(かみやなお)だよっ。あたしもちょっと前に346プロダクションに所属してアイドルの卵をやってんだ! よろしく!」

 もう一人はポニーテールに少々太い眉毛が特徴的で、強気そうな元気な感じの子です。

 二人共直接お話をしたことはありませんが所属アイドル達の顔と名前は暗記しているので見覚えがあります。確か年齢は私達よりも上ですけど、自己紹介で話していた通りアイドルとしてはまだ新人のようです。

 

「先日のアイドルフェス、観客として参加してました。とても良いバラードで心に残りました」

「うん! コメットってダンスが良いイメージがあったけど歌唱力も高くてビックリしたよ!」

「お褒め頂きありがとうございます。……それで、何かご用件でしょうか?」

 所属の挨拶というタイミングでもないので思い切って訊いてみました。

「七星さんに一言お礼が言いたくて」

「お礼?」

 はて、何のことでしょう?

 

「例の美城常務の新方針のせいであたし達のCDデビューが無期延期になってたんだけど、デモやストのお陰でとりあえず解除されたんだ。まぁ実力的に少し早いってことで今直ぐにCDデビューするのは難しいんだけどな」

「それは私達がまだ未熟だからしょうがないって思う。でも先が見えなかったあの頃と今とでは全然違うよ。だから、改めてありがとうございました」

 深くお辞儀をされてしまったので恐縮してしまいます。

「フッ。別に気にすることはないさ。自分達のために行った行為が偶々君達のためになっただけのことだから、ね」

「困った時はお互い様です。同じ事務所の仲間同士なんですから仲良くやっていきましょう。お二人よりちょっとだけ芸歴が長いだけですから敬語はいりませんよ」

 私がそう言うと北条さんが少し笑いました。

 

「ふふっ。七星さんはあの頃からあんまり変わってないね」

「……あの頃、とは?」

 彼女とこうやってお話するのは初めてのはずです。こんな美少女と遭遇していれば絶対に覚えていると思いますし。

「私、子供の頃は体が弱くて。10年くらい前に七星医院にもお世話になったことがあるんだよ。どんな重病でもたちどころに治る『奇跡の医院』なんて噂があったから、お父さんが藁をも掴む思いで連れて行ってくれたんだ」

「あっ……」

 『10年前』と『七星医院』というワードが強烈に結びつきました。ちょうどその頃は私が『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』で地元のご年配方(木偶人形達)を相手に好き放題やらかしていた時期です。

 

「『加蓮お姉ちゃん、マッサージしてあげる♪』なんて言っていたけど、秘孔を突いて体を治してくれたんだよね? お陰でその日から病院知らずの健康体になれたんだ。だから、七星さんに助けられるのはこれで二度目なんだよ」

「あーあーあー……」

 当時のことを色々と思い出してきました。後期高齢者ばかりですっかり飽き飽きしていた頃に美幼女が送り込まれてきましたからテンションが超上がったんですよねぇ。健康体にするだけでは飽き足らず全体的に強化したような記憶があります。何を強化したかは既に忘却の彼方ですけど。

 

「本当にすみません。北条さんの体を勝手に……」

「ううん。健康になれて嬉しかったし両親に心配をかけることもなくなったから本当に感謝しているんだ」

 ゆ、許された……。彼女の寛大な心に感謝する他ありません。

「加蓮の命の恩人ならあたしにとっても恩人だ。ホント、ありがとな!」

 神谷さんからも感謝されてしまいました。下心満載で治療したなんて口が裂けても言えない空気ですよ、これは。

「朱鷺さんは小さい頃から人助けをしていたんですね。やっぱり良い人です」

「尊敬します……」

 止めて! そんな純真な目で見ないで! 溶ける、溶ける!

 

「ま、まぁ健康にもなれたしCDデビューの凍結も無くなったのでめでたしめでたしですね!」

 超強引に話をクローズさせようとしたところ、二人の表情が曇りました。

「そのことなんだけどまた悪い噂が出てるんだよな」

「悪い噂?」

「うん。例のカーニバルの効果でユニットの解散は一旦撤回されたけど、あの美城常務が既存番組の内容を変えてバラエティ路線を縮小しようとしているみたい。いくつかのコーナーの打ち切りも検討しているって」

「ああ、その話ですか。それなら問題ありませんよ」

「何でだ? バラエティ路線が縮小されたら困る子も多いだろ」

「大丈夫です。そんなことはこの私が絶対に許しませんから♪」

 すると今まで黙って話を聞いていた犬神Pが露骨に嫌な顔をします。

 

「本当にやったのかい? あの作戦……」

「勿論ですよ。これも皆を守るためだって決めたでしょう」

「もうちょっと穏便な方法はないのかなぁ」

「ありません。今や彼女は我らの敵です。そんな生っちょろいことでどうするんですか。この世界は殺るか殺られるかなんですよ」

「作戦って何だ?」

「はい、実は……」

 話に付いてこられない神谷さんと北条さんに作戦概要を伝えると、二人して言葉を失ってしまいました。

 

 

 

「朱鷺ちゃん! どういうことですか! ……って、あだぁぁぁ!」

 二日後、プロジェクトルームで一人お茶をしていると菜々さんが血相を変えて飛び込んできました。そのままの勢いで段差に躓きバタンとコケます。

「大丈夫ですか? もうあまり若くないんですから無茶は禁物ですよ」

「ナ、ナナは永遠のJKですヨ?」

 ゆっくり助け起こすと若干目が泳いでいました。

「はいはい。そんなに急いで何の御用ですか?」

「ナナが担当しているマッスルキャッスル内のお天気コーナーのことで確認があります! 前回で打ち切りって偉い人から言われたのに今度は打ち切り中止って言われて……。訳がわからないので美城常務に直訴したら、憔悴し切った表情のまま朱鷺ちゃんに訊けって言われたんですよ!」

 ああ、そのことですか。

 

「私が圧力をかけて内容の変更を撤回させただけですけど」

「な~んだ、そうなんですかぁ~。 って何でそんなこと出来るんですか! ……ゲホッゲホッ!」

 息を切らしながら一人ボケツッコミは体に負担だったらしく、今度は勢い良くむせました。

「ちょっと落ち着きましょう。はい、深呼吸深呼吸」

「す、すみません。すー、はー。すー、はー……」

 彼女を落ち着かせてソファーに座らせます。そして順を追って経緯を説明し始めました。

 

「美城常務が既存番組の内容を変えてバラエティ路線を縮小しようとしていることは、菜々さんもよくご存知ですよね?」

「はい。それが原因でお天気コーナーが一旦打ち切りになりましたから」

「そのような横暴は到底許されるものではありません。なのでスポンサーである各企業に協力をお願いして、もし内容を変えたら番組スポンサーを降板すると強く抗議して頂いたんです」

「スポンサーですか?」

「はい。テレビ番組を制作するのは番組制作会社ですがその制作費は元を辿れば広告主である各企業が支払っています。

 宣伝の見返りとしてスポンサーから支払われる広告料は広告代理店、各放送局を経由して美城のような元請プロダクションに支払われている訳ですが、その広告主達が一斉に広告を出すのを止めると言い出したらどうなるでしょう?」

「お金がないんですから、当然番組を制作することが出来なくなると思います」

「はい、菜々さんの仰る通りです」

 見事正解なので花マルをあげましょう。

 

「それはわかりますけど、内容を変えたらスポンサーを降板するなんて各企業にどうやってお願いしたんですか?」

「私の知り合いに白報堂の専務さんがいまして、彼にお願いしてスポンサー企業の社長さん達を紹介して貰って出張治療をしていたんですよ。スポンサーになっているような大企業の偉い人は結構な年齢ですから殆どの方が持病を抱えているんです。高血圧や痛風、糖尿病、認知症とかね」

「それを北斗神拳で治療して、交換条件として圧力をかけさせたという訳ですか……」

「はい。それに彼らの奥様方にも治療やリバースエイジングを施しましたのでそれはもう喜ばれました。大企業の社長といっても奥様に頭が上がらない方が殆どですから、彼女達を味方に付ければスポンサーを降りさせるくらい造作もありません。皆さん『朱鷺ちゃんのお友達を困らせるなんて許さないわ!』って協力して貰えましたよ。あはははは」

「は、はは……」

 菜々さんの乾いた笑いが室内に響きました。その表情は思いっきり引き攣っています。

 

 私には飛び込み営業や訪問販売で鍛えたトークスキルがあります。かつてはマダムキラーと呼ばれていましたから奥様方とは直ぐに仲良くなり今では孫娘的な存在と化していました。だからお願いすれば大抵のことには協力してくれるのですよ。

 これも以前の暴走時には取れなかった戦術です。今回は白報堂の専務さんという超強力なコネがありますし、準備期間が約1ヵ月あったので余裕を持って迎撃態勢を整えることが出来ました。

 資本主義国家ではお金を持っている人や企業が最強です。お金のせいで散々苦労してきた者としてその重要性は身に沁みて理解していますので、真っ先にスポンサー各社の懐柔に走りました。

 美城常務は346プロダクション内では絶対的な権力を持つお妃様ですが一歩お城の外に出ればその魔法は解けてしまいます。広い世間の中では只の会社役員でしかありませんから、彼女がいくら頑張ったところでその力がスポンサーに及ぶことはないのです。

 

「だからお天気コーナーが急に復活したんですか……」

「方針変更を阻止したのはテレビ番組だけではありません。ギャル系ファッション命の美嘉さんを大人向けファッションモデルへ無理やり転向させようとしていたので、同じく全力で出版社に圧力をかけて阻止しました。

 他にも本人の意向にそぐわない無理な路線変更はさせないよう完璧に封殺しています。サイキックを封じられた裕子さんやキグルミを奪われた鈴帆ちゃんなんてもはや只の美少女ですし」

「……朱鷺ちゃんを敵に回したらいけないってことがよくわかりました」

「そ、そんな怯えなくてもいいですよ……」

 少し腰が引けているので慌てて弁解しました。

 

 アイドル業は慈善事業ではないので、やむを得ない事情により担当の仕事から外れることは確かにあります。しかし今回発生した菜々さんの降板騒動などは美城常務が自らの望む路線に合わせるために無理やり試みたことであり、その必要性はジンバブエ・ドルの貨幣価値くらい低いですから妨害させて頂きました。

 千歩譲って降板させるとしても、懇切丁寧に経緯を説明し当事者のアイドルが精神的なダメージを負わないよう慎重に慎重を重ねてメンタルケアを行う必要があります。いい歳のオジサンだって担当していた仕事を外されたら『自分の能力が不足しているのか』と思い傷つくのですから、うら若き少女達にとってはそれこそトラウマになりかねません。

 そういう配慮をせずに一方的に人の心を踏みにじるようなやり方は元中間管理職として許せませんし本当に大嫌いなので、敢えて大人気なく強行的に反抗したという訳です。

 小学生でも知っている通り自分がされて嫌なことを人にしてはいけません。前回のカーニバルと今回のスポンサー降板騒動を通じて美城常務も一方的に蹂躙される痛さと怖さを思い知ったはずなので、これを機に自省して頂けるといいんですけど。

 

「私のために色々してくれて、本当にありがとうございます!」

「いえいえ。菜々さんのお天気コーナーは人気がありますし私も楽しみにしていますから、今後も頑張って下さい!」

「はい!」

 眩しい笑顔で返事をしてくれました。それでこそ私の憧れのウサミンです。

 何度も私に頭を下げながら足取り軽く退出されていきました。

 

 

 

 警察及び各省庁との癒着や大企業の支援に拠る『権力』、鎖斬黒朱という巨大武力組織に拠る集団としての『暴力』、祖父が持つ莫大な『資金力』。

 これぞ美城常務対策として私が用意した新たな力────『KBS』でした。

 自分の力だけで大きな問題を解決できないことは前回の暴走で思い知りましたので、今度は色々な方の協力を得て美城常務に対抗することにしたのです。

 この力があればトップアイドルに躍り出ることも十分可能ですがあくまで皆を護るための力ですから自分のために使うつもりはありません。清純派のトップアイドルには自分の実力でのし上がってみせます。ハードルは高いほど挑戦のしがいがありますもの。

 

 それにしても、私に与えられた力が『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』で良かったと心から感謝します。同じジャンプ作品でも緋村剣心(ひむらけんしん)浦飯幽助(うらめしゆうすけ)空条承太郎(くうじょうじょうたろう)など武力に一点特化した能力ではこう上手くは行きませんでした。とは言っても斉木楠雄(さいきくすお)安心院(あじむ)なじみ、殺せんせーレベルの超極悪な能力だと制御出来ずに暴走してこの世界を終わらせていたはずです。

 あの神様はノリでこの能力を与えたと語っていましたが今となってはそうは思えませんでした。恐らく彼女なりに私を気遣い、美城常務の様に強大な力を持った敵が現れた時に私が立ち向かえるようにするため、広く応用が効きながらもバランスブレイカーになり過ぎない程度の能力を与えたのでしょう。前回の解散騒動時には使い方を誤ってしまいましたが今回は正しく使うことができて何よりです。

 圧倒的な戦闘力に隠れがちですけどこの医療技術は本当に凄まじい能力です。それと私の腹黒さが悪魔合体した結果、美城常務にとって大変な惨劇が引き起こされてしまいました。

 

 とりあえず今のところは私の優勢ですが常務側も新しい企画の立ち上げ準備をしているとの噂がありますので油断はできません。

 面白そうな企画なので妨害するつもりはありませんけど、346プロダクションの所属アイドル達を手前勝手な理由で悲しませるような真似をしたら即座に叩き潰します。

 

「さあて、貴女はどう動くでしょうか。ククク……」

 一人きりのプロジェクトルーム内に私の呟き声が響きました。

 立場的には正義のヒーロー側のはずなのに、悪の女幹部っぽいのはなぜでしょう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第54話 お姉ちゃんはつらいよ

今回から日常編再開です。
一応年内には本編を完結させる予定で進めていますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです。


「お疲れ様です、犬神さん」

「ああ、ご苦労様。よしっ、七星さんも来たしこれで皆揃ったみたいだな」

 シンデレラプロジェクトのルーム内には既に卯月さんやアスカちゃん達がいました。空いているソファーに腰掛けると武内P(プロデューサー)が話を始めます。

「レッスン後でお疲れのところ、お集まり頂きありがとうございます」

「別にいいけどどういう用件なのかにゃ? みく達、何の用か具体的に聞いていないのにゃ」

「それをこれから説明させて頂きます」

「はい、資料だよ」

 犬神Pが企画書らしき書類を配ります。私も一部受け取りました。

 

「シンデレラと星々の舞踏会を成功させるためには、皆さんがステップアップすると同時に知名度も上げなければなりません。そこで新しい企画を考えました」

「これがその新企画────『とときら学園』だよ!」

 分厚い企画書の表紙には今聞いた言葉と同じ文字が書かれていました。

「内容ですが、学校の教室という設定のテレビバラエティです」

「それじゃ、ワタシ達またテレビに出られるの!?」

「はい。週一のレギュラー番組です」

 莉嘉ちゃんの質問に対し武内Pが優しく答えました。すると杏さんを除いて皆嬉しそうな表情をします。

「レギュラー番組なんて凄い……!」

「うへぇ……。毎週収録があるなんて面倒くさそう。杏は人体模型の役を希望しま~す。それなら動かなくていいから楽ちん楽ちん♪」

「杏ちゃんらしいね」

「ふふっ」

 キャンディアイランドの子達につられて皆笑いました。

 

「でも、今の会社の状況でバラエティ番組の新企画を通すのは大変だったんじゃないですか?」

「先輩が尽力してくれたお陰だよ。関係各所に頭を下げてようやく実現したんだ」

「……歌やダンスだけでなく、アイドル達の個性を出せるバラエティ番組も大事だと思ったので。それに七星さんのおかげで当面はバラエティ路線も継続可能となりましたので、想定より話を進めやすかったというのもあります。改めてありがとうございました」

「いえ。全ては協力して頂いた企業のお陰ですから、私にお礼なんて言わなくていいですよ」

 武内Pが苦労をおくびにも出さず答えます。流石出来る男は違いますね。背中で語る感じです。

「そして番組ですが、諸星さんと七星さんには十時愛梨(とときあいり)さんと一緒に先生役として司会進行をお願いします」

「うきゅ?」

「私、ですか?」

 唐突に自分の名前が出てきたので驚きました。

 

「七星さんの知名度は抜群だし、ラジオやイベントの司会はお手の物だからな。是非皆を引っ張っていって欲しい」

「……承知致しました。その大役、謹んでお受け致します」

 少し考えてから承諾しました。なるほど、十時と朱鷺ときらりだから『とときら学園』なんですね。楓さんが好みそうなネーミングセンスです。

「そして赤城さんと城ヶ崎さんには生徒役としてレギュラー出演して頂きます」

「はい!」

 二人が元気よく返事をしました。

「にょわ~☆ 可愛い子がいっぱいだにぃ♪」

 きらりさんが企画書の出演者プロフィールを見て声を上げます。つられて見てみると確かに可愛い子たちばかりでした。ですがみんなやたらと若いような気が……。なんというか、某赤い彗星が好みそうな年齢層です。

 

「この子達も生徒役で出るんですね!」

「この企画のために各Pにお願いして集まって頂いたキッズアイドルの皆さんです」

「今の状況を良く思っていないのは俺達だけじゃないんだ。気持ちを同じくする他のPとも連携することが必要だと考えたのさ」

「くぅ~! 力を合わせてレジスタンスって超ロックじゃん!」

「この企画で成果を出すことができれば、シンデレラと星々の舞踏会への大きな一歩となるはずです。勿論七星さん達以外の皆さんにも各コーナーに出演頂きますので、一緒に頑張りましょう」

 確かにこの独自企画で高視聴率を取れば成果成果と(うるさ)い常務への牽制になるかもしれません。

 

「そう聞くとなんか燃えてきた~!」

「はい! 私も頑張ります!」

「……って、未央や卯月が主役じゃないんだから」

「いや~、まぁそれはそうなんだけどさ」

 思わず照れ笑いを浮かべます。

「ジェラーユ・ウダーチ。頑張って下さい」

「うんっ! まっかせて~!」

「アタシのセクシーな魅力でお茶の間の皆をノックアウトしてやるんだからっ☆」

「今こそ! 漆黒の翼をはためかせ、天上の輝きを目指す時!」

「おー!」

 皆の言葉に熱がこもりました。いやはや、若い子達は元気でいいですねぇ。精神年齢がオジサンの身としてはこのノリについていくのがやっとです。

 

 

 

 帰宅後、自室で改めて企画書を開き内容を確認しました。

 先生役が司会進行となり、視聴者から寄せられたお悩みを生徒役のアイドルと共に解決していくお助けバラエティ番組だそうです。メンバーのトークと多数のミニコーナーが中心になっており、毎週土曜日の18時からの1時間番組とのことです。

 生放送ではありませんが、トークとミニコーナーの集合体という意味では以前765プロダクションのアイドル達が出演していた『生っすか!? サンデー』に近い印象を受けました。

「う~ん……」

 思わず悩んでしまいます。企画自体はしっかりしていますし面白そうではありますが、司会を務めるとなると中々気が重いですよ。

 

 台本に則って淡々と番組進行を行う司会者は今や時代遅れの化石です。現代の芸能界で求められているのは出演者達の個性を尊重してその魅力を最大限引き出すMCなのです。

 共演者との位置関係や距離感を測りつつ、その場の空気をしっかり読む。そして思わぬハプニングや暴走を受け止めながら番組を前に進めていく度量も必要です。もちろん共演者達と良い関係を保たないといけませんし、上手く話を聞き出し臨機応変に対応しながら笑いを取ることも求められます。サラッと言いましたが滅茶苦茶難しいですよ、これ。

 

 バラエティ番組の司会をしている芸人さんやアイドルの子を馬鹿だの阿呆だの批判する人はよくいますが、とんでも無い誤解です。あの人達はコミュニケーション能力に抜きん出た化物ですよ。一般人が同じことをやらされたらお茶の間が冷え冷えになること間違いありません。前世でMCとして大活躍していた国民的男性アイドルグループの元リーダーさんはマジパネェのです。

 私は以前出演した『マジックアワー』というラジオ番組でその難しさを痛感しました。それ以降色々なラジオやテレビ番組のMCの所作を研究しているのですがまだ修行中の身です。正直言って自信はありません。

 

 それに今度出演する『とときら学園』には厄介な点が二つありました。

 一つ目は司会役が三人ということです。『船頭多くして船山に登る』という諺の通り、司会達が別の方向に進んでしまうと統制が取れなくなり番組が空中分解する可能性があります。そうならないために愛梨さんやきらりさんとは上手く連携を取っていかなければいけません。

 そして二つ目は出演するアイドルの多くが年少者なことでした。高校生以上のアイドルであればそれなりに人生経験がありますので多少進行が悪くてもある程度アドリブで対応してくれるでしょうけど、生徒役は一部を除いて小学生です。私達がちゃんとリードして答えやすいフリをしてあげないと内容がガバガバになるでしょう。

 前者は愛梨さんやきらりさんとよく打ち合わせをするとして、問題なのは後者でした。皆さんの魅力を最大限引き出しながら答えやすいフリをしなければいけませんので、今日は色々とお土産を持ち帰ってきたのです。

 

「よいしょっと」

 事務所から持ち帰った特大紙袋を二つ、学習机の上に置きました。

「そうはいっても多いですよねぇ……」

 中には無数の雑誌やブルーレイディスク、そしてプロフィールシートが入っています。全て生徒役のアイドルの子達が出演したり掲載されたりしたものです。犬神P経由で事務所にお願いして過去のアーカイブを一式貸し出してもらいました。

 有名な兵法書である『孫子』には『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』という名言があります。その言葉の通り、相手と自分の状況・情勢をしっかりと把握して戦えば何度戦っても敗れることはありません。今回は敵はいませんが、共演者の子達の活動状況を知っていなければ上手くMCはできないでしょうから事前に予習することにしました。

 累計年齢51歳のオジサンがJSアイドルの出ているライブ映像などをひたすら見続けるのは事案になりそうですが、一応身分と見た目はJCですから大丈夫なはずです。

 

 早速ブルーレイレコーダーを起動しライブ映像を再生すると部屋のドアが勢い良く開きました。

「おねーちゃーん!」

「どうしたの、朱莉?」

 いつも通り元気いっぱいです。悩みなんて何もなさそうで本当に羨ましいですよ。

「おねーちゃんにそうだんしたいことがあるんだけど……」

 するともじもじし始めました。悩み事とは珍しいので詳しく訊いてあげたいですが、 とときら学園の初回収録は間近なので出来れば資料の確認後にして欲しいです。

「急ぎの相談? でなければまた今度でいいかな。お姉ちゃんちょっと忙しいんだ」

「……そうなんだ。じゃあ、こんどでいいよ」

「うん。ごめんね」

 テレビ画面をちらりと見た後、しゅんとした様子で部屋を出ていきました。良心が超痛みますがシンデレラと星々の舞踏会を成功させるための重要な企画なので今回ばかりは許して欲しいです。存続が決まったら何でも相談に乗ってあげますから。

「とりあえず、今日は明け方くらいまでぶっ通しでいきますか」

 以前の暴走時に箱買いしたエナドリとスタドリを段ボール箱から出しながら、ひたすら映像を再生していきました。

 

 

 

 数日が経ち、とときら学園の収録前リハーサルを迎えました。

 早めに収録スタジオ入りした後、楽屋で指定の衣装に着替えます。衣装と言ってもお洒落目の洋服の上にエプロンを付けただけなので普段着とあまり変わりません。姿鏡で確認すると何だか保育士さんのように見えます。引き続き衣装チェックをしていると楽屋の扉が開きました。

 

「おはようございます~。これからよろしくお願いしますね。朱鷺ちゃん♪」

「こちらこそよろしくお願い致します。MCの経験が豊富な愛梨さんにご迷惑をお掛けしないよう精一杯頑張りますので」

 芸歴は私より長いですし、瑞樹さんと一緒にMCの仕事もよくされていますから失礼の無いよう改めてご挨拶しました。

「ふふ、そんなに固くならなくてもいいですよ。みんなで楽しく頑張りましょうっ」

「はい!」

 いつも通りの天然ボケオーラに満ちていました。かなりの天然でおおらかな性格の子ですが、引っ込み思案な子をさりげなくフォローして周囲に溶け込ませるなど人間関係を潤滑させることに長けています。しかもそれを意識せずにやっているから凄いんですよね。

 その内きらりさんもいらっしゃったので三人で収録スタジオに向かいました。

 

「朱鷺おねーさん、おはようごぜーます!」

「おはようございます、仁奈ちゃん。……ええと、何で皆さんその服なんでしょうか?」

「揃いの衣装があった方がいいからって、急にこれを着ることになったみたい」

 収録スタジオには既に生徒役の子達が集合していましたが、なぜか揃いも揃って園児服に身を包んでいます。質問をするとみりあちゃんが事情を説明してくれました。事前の説明や台本には一言も書かれていなかったので現場の判断なのでしょうか。

「せっかく貰ったこのお仕事、頑張るでごぜーます。これを着て園児の気持ちになるですよ!」

 生徒役ではなくて良かったと神に感謝しました。私が園児服を着たら完全にアレなお店のそういうプレイにしか見えませんもの。

 

「ん~、いいじゃない、いいじゃない♪」

「今日のリハでとりあえずの段取りを掴んで下さい。それじゃ、カメラテスト行きま~す」

「はい!」

 すると番組ディレクターやアシスタントプロデューサーの指示の下リハーサルに入ります。彼女達の服装について誰かツッコミを入れないか期待しましたが総スルーされました。このロリコンどもめ!

 

「朱鷺と!」

「十時と♪」

「きらりの~☆」

「とときら学園~♪」

 三人で声高々にタイトルコールをしました。するとマスコットのぴにゃこら太が「ぴにゃ~」と呟きながら登場します。マスコットと言う割には微妙にブサいんですよねぇ、これ。ファンタジーRPGのザコ敵とかで出てきそう。

「ところで、この番組はどんな番組なんでしょう?」

「視聴者のみんなから寄せられたお悩みを、教室のお友達と解決していくお助けバラエティーだよぉ~☆」

「どんな悩みも一肌脱いで解決しちゃいま~す」

「……は~い、OKで~す!」

「次は自己紹介行ってみようか!」

 ディレクターさんの指示を受けて生徒役の子達の自己紹介に入ります。

 

「はい、龍崎薫です! せんせぇと一緒に頑張りま~す!」

「市原仁奈です! よろしくでごぜーますよ!」

「えっと、あの……。みんなに喜んでもらえるよう頑張ります。あっ、佐々木千枝です!」

「ごきげんようですわ。この櫻井桃華に不可能はありませんわよっ」

「お喋り大好き! 赤城みりあでーす!」

「わたくし依田は芳乃と申しましてー、これからーよろしくお願い致しますー」

 皆さん元気よく挨拶をしていきました。衣装も相まって、特定の年齢層を好む方々にとってはたまらないシチュエーションでしょう。

 次は莉嘉ちゃんの自己紹介なのでおもむろに立ち上がりました。

 

「じょ、城ヶ崎莉嘉で~す……。よろしくお願いしま~す……」

「は~い、ストップ~!」

 消え入りそうな声で挨拶をすると一旦中断となりました。

「ええと、莉嘉ちゃんだっけ? 子供らしくもうちょっと無邪気感じで元気に行こうね。それじゃもう一回!」

「……城ヶ崎莉嘉で~す!」

「ん~……。もう一回! もっと笑顔で!」

 誰の目から見ても元気がなく、いつもの快活さが嘘のようです。ですが私にはその理由が何となくわかりました。

 

 

 

 結局リハーサルの終わりまで元気は戻りませんでした。帰りの方向は同じでしたから、電車の中で隣の席の莉嘉ちゃんに声を掛けます。

「園児役はあまりお気に召しませんでしたか?」

「えっ……? う、ううん。そんなこと無いけど……」

「私には嘘を吐かなくても良いんですよ。子供扱いをされるのが嫌なことは知ってますから。あの服装はちょっと辛かったんじゃないかと心配しちゃいました」

 彼女の目指すカリスマギャルとはかけ離れているので不満を抱えていないか懸念していました。すると彼女が深い溜息を吐きます。

 

「あ~あ、バレちゃったか~。……うん。幼稚園児の服を着させられるなんてちょー嫌だよ~!」

「好みじゃない服装は辛いですよね。私もブルマとかゴスロリ服を強制的に着させられた時は本当にテンション落ちましたからよくわかります」

「でしょ~!」

 思わずマッスルキャッスルの悪夢がフラッシュバックしました。放映後はあの服装をネタに一週間くらい弄られましたから本当に勘弁して欲しいです。

 

「久しぶりのテレビ出演だったから、莉嘉のこと子供だって馬鹿にするクラスの男の子達に大人っぽいところを見せてあげるって言っちゃったんだ。なのにあんなのでテレビに出たら絶対みんなに笑われちゃうって!」

「なるほど。だからあんなにテンションが落ちていたんですか」

「うん。ガキだってまた馬鹿にされちゃうよ……」

 私から見れば完全に子供ですが、そういう身も蓋もないことを言ってしまうと傷つけてしまうので愚痴をじっと聴いて相槌を打ちました。不満をぶちまけると少しは心が軽くなった様子なので、話が途切れた時を見計らって提案をしてみます。

 

「それなら武内Pに相談してみるのはどうでしょう。これは彼の企画ですから衣装について不満があれば改善してくれるかもしれませんよ」

「……それはダメ」

「それはなぜ?」

「だってPくんは今、みんなを守るために頑張ってるんだもん。アタシのわがままで余計な心配を掛けたくないんだ」

「そうですか。でも武内Pとしても担当アイドルがどんな不満を持っているかは知っておきたいと思いますけど」

「……ううん、止めとく。服装が嫌だから文句を言うなんて何か格好悪いし子供っぽいもん」

 これがちびギャルの意地というものですか。ギャルなのにバカ真面目なところはお姉さんにそっくりです。私はそんな貴女が大好きですよ。

 こっそり武内Pに伝えようかと思いましたが、彼女の矜持に敬意を表して止めておきました。

 

「どうしたらいいのかな?」

「う~ん。正直私には見当が付きません」

 何せ女の子のファッションについてはとことん疎いですし、繊細な女心も理解できていませんからこればかりは完全にお手上げ侍です。

「そうだよね……」

「それならみんなに相談してみましょう! 一人でどうにも出来ない時は周囲を頼るんです。そうすれば何か突破口が見えてくるかもしれませんよ」

「でも、人に頼るのってダサくないかな?」

「私も昔はそう思っていました。ですが一人で突っ走って大失敗する方がよっぽど格好悪いです。莉嘉ちゃんには心強い仲間が沢山いるんですから、良い手がないか一緒に考えましょう。まずは美嘉さんに相談しては如何ですか?」

「うん、わかった! おねーちゃんにも相談してみる☆」

 心なしか先程よりは明るい表情です。

 

「あ~あ、やっぱり朱鷺ちゃんは大人だなぁ。歳もそんなに違わないのに全然敵わないや」

「そんなことはありません。莉嘉ちゃんだって直ぐに大人になれますって。……いえ、むしろ人生は大人の時間の方が遥かに長いですから、今の子供の時間を大切にして下さい」

「ははっ、何かママみたいなこと言ってる~☆」

「莉嘉ちゃんもその内分かるようになりますよ」

 人生はまさに『光陰矢の如し』です。ぼ~っとしていたらあっという間にお陀仏ですので、一日一日を大切に生きる方がいいと私は思います。

「じゃあアタシはこの駅だから。相談乗ってくれてありがとねっ、朱鷺ちゃん!」

「はい、頑張って下さい」

 ホームを駆けていく彼女を見送った後、私も帰路に着きました。

 

 

 

 帰宅後はまた自室で資料とにらめっこしました。三分の二くらいは消化しましたので後ひと踏ん張りと言った感じです。生徒役の子達のライブ映像やテレビ出演時の言動を逐次チェックしメモを取っていると、部屋のドアが遠慮がちに開きました。

「……おねー、ちゃん」

「あれ、朱莉。何か用?」

 少し元気が無いような気もしましたが、気のせいでしょうか。

「そうだんしたいことがあるんだけど……」

「う~ん、ちょっと今忙しいんだ。また後にしてくれるかな?」

 私がそう言った瞬間、ムッとした表情に変わりました。いつも笑顔な子にしては珍しいです。

 

「このまえもおなじこといってた! わたしよりライブをみるほうがだいじなの!?」

「え、えぇ……?」

 何故かお昼のメロドラマのようなことを言い始めましたよ。

「いや、そうじゃないって」

「でもこのあいだからずっといそがしいって、あいてしてくれないんだもん!」

「そ、そのことはごめん……。そうだ! 今から相談を受けるよ」

「ホント!?」

「うん。だから、何でも話してね」

「ありがとう!」

 すると表情が柔らかくなります。全く、一時はどうなることかと思いました。

 

「わたし、おねーちゃんとおなじ事務所でアイドルになりたい!」

「……は?」

 朱莉が大きな声ではっきり発言しましたが、何を言っているか一瞬理解できませんでした。

 

 アイドルって、歌って踊るあのアイドル?

 

「ええと、私の聞き間違いかな? アイドルになりたいって聴こえた気がするけど……」

「うん! そうだよっ!」

  朱莉が無邪気な笑顔で答えました。

 

「ダメです」

 私の頭部に搭載されている最新型OS────『Windows toki Vista(サポート期限切れ)』が瞬速で答えを弾き出しました。

「え~、なんで!」

「当たり前でしょ! アイドルなんて水商売を大切な妹にやらせられる訳がないじゃない! しかも346プロダクション? あの色物ばかりの事務所は絶対にダメ!!」

「おねーちゃんばっかりずるい! あたしもうたったりおどったりしたい!」

「いや、そういうのはカラオケボックスでも出来るから……」

「ライブはちょうたのしーって、おねーちゃんがいつもいってるもん!」

「それとこれとは話が別。とにかくアイドルなんて絶対駄目だからね!」

「……ぐすっ」

 すると朱莉が涙目になりました。そしてしゃくり上げの声を漏らします。

 

「おねーちゃんなんて、だいっきらい!」

「たわば!」

 鋭い言葉の刃が私の脆いハートをブッ貫きました!!

「もういい! ばかっ! メガトンコイン!」

「ひでぶっ!!」

 傷だらけのハートが斬鉄剣で更に切り刻まれます!

 朱莉からこんなことを言われたのは人生で初です。あの子はそのまま部屋を飛び出しましたが、精神的なダメージが半端なく半死半生のため追いかけることができません。

「朱莉に、嫌われ、た……?」

 その事実が非常に重く伸し掛かります。あまりの衝撃のため意識が次第に遠のいていきました。

 もう……生きて……おれの……塵……。

 

 

 

 翌日は意識が曖昧で、自分が生きているのか死んでいるのかすらよくわかりませんでした。

 ぼうっとしている間にいつのまにか授業が全て終わっています。今日はレッスンやお仕事の予定はありませんでしたが、朱莉と顔を合わせるのは気まずいです。すると足が勝手に346プロダクションへ向かっていました。

 

「お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許し下さい……」

 そんなことを呟きながら死に場所を求めて事務所内を徘徊します。妹に嫌われたのであれば生きていても仕方ありません。これ以上嫌われない内に命を断った方が良いはずです。

「そうだ、こうなったらこの世界を道連れにしましょう。妹に嫌われるなら、みんな死ぬしか無いじゃない! 貴方も、私も……」

「ど、どうしたの、朱鷺?」

「ああ、なんだ美嘉さんですか……」

 事務所内の渡り廊下ですれ違いざまに声を掛けられました。心なしか彼女も少し元気が無いように見えます。

 

「FXで有り金全部溶かした人みたいな顔してるけど、大丈夫?」

「大丈夫、ではありません……。控えめに言って瀕死です」

「一体どうしたの?」

 話すべきか迷いましたが、以前のトラウマ巡りツアーの際に嫌な気分の時には人と話すと楽になることを学びましたので、昨日の朱莉とのやりとりについてお話ししました。

 

「そういうことね。確かに朱鷺の気持ちはよく分かるな」

「でしょう!? 廃ニートや痛い中二病などの魑魅魍魎が蔓延っているカオスなアイドル事務所に、純真無垢で可愛らしい朱莉が耐えられるはずがありません!」

「魑魅魍魎の親玉みたいな子がお姉ちゃんだっていうことは気にしないんだ……」

「それに朱莉の人生プランは既に決まっているんです。そこにアイドルなんて水商売が挟まる余地はありません!」

「その人生プランって?」

「まず中学、高校、大学は格式が高い私立の女子校にして純粋培養します。その後は数年間の社会人経験を経て、性格が良く能力の高い医者や弁護士等と結婚し二女を設け幸せに暮らして貰う予定です。もちろんお相手の男性は私の厳正なる審査をクリアした人に限られますよ。そして万一浮気をしたら即公開処刑です」

「へ、へぇ……。物凄く厄介な義姉さんだなぁ……」

 美嘉さんがやや引いていました。

 

「そういえば、莉嘉ちゃんがアイドルになりたいって言い出した時は反対したんですか?」

「うん、もちろん。最初は私がやってるから自分にも出来るって軽く考えたんだろうって思ってたからさ。それに半端な覚悟で務まる仕事でもないから結構反対したな。……だけど莉嘉とよく話をしてあの子が本気だってことがわかったから、そこからは応援したよ♪」

「よく話をして、ですか……」

 その言葉を聞いて心が痛みます。昨日はあまりのショックのため、朱莉の話をちゃんと聴こうともせず頭ごなしに否定してしまいました。あれでは私が忌み嫌っている前世のお母さんやクソ上司共と同じです。朱莉が嫌うのも当然でしょう。

 

「もうだめだぁ……おしまいだぁ……」

「大丈夫だって! もう一度ちゃんと話せば朱莉ちゃんもわかってくれるよ。……って私が言えた義理じゃないけど」

「そちらも、何かあったんですか?」

「うん……」

 美嘉さんがぽつぽつと語ります。何でも連日のお仕事で疲労困憊していたところ莉嘉ちゃんからとときら学園の衣装について相談がありましたが、「仕事なんだから我慢しなきゃいけないでしょ」と冷たく一蹴してしまったそうです。冷静になってみて、昨日はきつく言い過ぎたかもと後悔しているとのことでした。

 

「お互いお姉ちゃん失格かもしれないね」

「反論の余地はありません。アイドルの子達のフォローにかまけていて家族の心を踏みにじるとは、姉どころか人間失格です。もはや死んで詫びるしかないでしょう」

「いや、その発想は極端過ぎるから。……あれっ、みりあちゃん?」

 反省会をしていると美嘉さんが何かに気付きます。釣られて窓を覗くと、中庭でみりあちゃんが一人でベンチに座っていました。誰かと元気に遊んだりお喋りしている姿がデフォルトなのでその光景に違和感を覚えます。

 お互いの妹のことは一旦置いておいて、念のため美嘉さんと一緒に彼女のところへ行ってみることにしました。

 

「みーりあちゃん!」

「……美嘉ちゃん、朱鷺ちゃん」

「しょんぼりしてどうしたんですか?」

「わたし、しょんぼりなんてしてないよ。ただ、ちょっとこのへんがもやもやするかも……」

 そう言って胸のあたりを押さえました。胃もたれか逆流性食道炎かと一瞬疑いましたが、11歳の彼女には縁のない話でしたね。ついつい前世の自分ベースで考えてしまいました。

 

「みんなはどう?」

「うん……、ちょっともやもやする、かな?」

「私は現在進行形で今世紀最大級の絶望に胸をさいなまれてます」

「そ、そうなんだ」

 少し引かれました。残念ですが当然の反応です。

「ねえみりあちゃん。暇だったらちょっと私達に付き合わない?」

「えっ……?」

 思わず首を傾げました。私達ということは私も含まれているんでしょうか。

 

 

 

 その後は三人でカラオケやウインドウショッピングをしたり、プリ機でプリクラを撮ったりして遊びました。よくよく考えるとコメット以外でこういう風に女の子らしく遊ぶ機会は少なかったのでちょっと新鮮でしたよ。絶望感を一時忘れさせるような楽しさで、気付けばもう夕方でした。

「あ~楽しかった~♪」

 公園のベンチに三人並んで休憩をしました。みりあちゃんにも楽しんでもらえて何よりです。

 

「その分だと胸のもやもや、どっか行ったみたいだね★」

「うん! ……わたしね、今お姉ちゃんなの。妹が生まれて、お母さんはお世話で大変でね、妹が泣き出すとそっちばっかになっちゃって」

「あ~わかるなぁ~。私も莉嘉が生まれて直ぐは、ママに聞いて欲しいことがあっても『莉嘉が泣き止んでからね』って言われたっけ」

「私も同じですよ。朱莉がもっと小さい時はそんな感じでした」

「そう! そうなの! お姉ちゃんって辛いよね!」

 思わず三人で笑ってしまいました。正にお姉ちゃんあるあるネタです。

 

「みりあちゃんはお父さんとお母さんを妹さんに取られないか、心配になっていませんか?」

「うん……。みりあのこと大切じゃなくなったのかなってちょっと思っちゃった」

「確かに心配になってしまいますよね。私もみりあちゃんくらいの時はそうでしたよ」

「朱鷺ちゃんもそうだったの?」

「へぇ~。何か意外」

「私はかなり変わった子供でしたから。一方で朱莉はとても子供らしくて可愛い子なので、変な私はもう用済みで捨てられるんじゃないかといつも心配していました」

 

 お母さんの妊娠を最初に知った時の絶望感は、正に筆舌に尽くし難かったです。

 何せやっとあの家に馴染んできた頃に朱莉が生まれましたから、前世と同じように『要らない子』として児童養護施設に送られるんじゃないかと毎晩怯えていました。朱莉の面倒を熱心に見たのだって、ベビーシッター役を買って出ることで何とか自分の居場所を確保しようという下心からですしね。

 

 だけどそんな私の心を見透かしたかのように、お父さんとお母さんは『朱鷺も朱莉も、どちらも同じくらい大切だよ』といつも言ってくれました。その言葉に何度救われたかわかりません。

 そして朱莉もこんな汚泥のような愚姉をとても慕ってくれました。この世界がこれまで平穏無事だったのはあの家族がいたからこそです。

 それでもアイドルになる前は心に余裕がなくいずれ捨てられるのではないかと疑心暗鬼になっていましたが、あの人達は絶対にそんなことをしないと今なら信じることができます。

 

「親っていうのは姉妹関係なく大事なんです。今は妹さんが小さいからそちらに注意が向いているだけで、みりあちゃんのことも本当に大切に思っていますよ」

「うん。私もそう思うな」

「……そっか、そうなんだ」

 みりあちゃんの表情がぱぁっと明るくなりました。先程までの憂いの表情はどこか遠くへ飛んでいったようです。

「そうだ。せっかくお姉ちゃんが揃っていますから、これからはお姉ちゃん同士協力していきましょう!」

「うん! じゃあ朱鷺ちゃんも辛いことがあったら絶対私に言ってね!」

「い、いえ……。私は何も辛いことなんてありませんよ。完全無欠の無敵超人ですから」

「その割には嘘が下手じゃない?」

 美嘉さんから突っ込まれてしまいました。すると二人が私の手を優しく握ります。

 

「いいよ。お姉ちゃんだって泣きたい時あるよね」

「そうそう、いいじゃない。力が強くても女の子なんだからさ」

「……そうですね。偶には、あるかもしれません」

 二人の優しさに包まれたためか、閉じた眼から一筋の涙が頬にしたたり落ちます。

 前世では弱さを見せることは死に繋がったので、人前で泣くことなど絶対にありませんでした。人に弱さを見せるようになったことは退化なのか成長なのか自分でもよくわかりませんが、こういうのも悪くないと今は思えます。

 

 

 

 三人で遊んだ後はそのまま帰宅しました。夕食の後に美嘉さんから連絡があり、莉嘉ちゃんとは無事仲直りできたそうです。莉嘉ちゃんは例え園児服であってもセクシー派カリスマギャル路線を貫くと吹っ切れたとのことでした。

 これも彼女のフォローをしてくれたキャンディアイランドときらりさんのお陰ですね。この調子であればとときら学園の初回収録は問題ないと思います。

 私も負けていられません。朱莉ときちんと話しあおうと思い、あの子の部屋に向かいました。

 

 部屋の前に着くとドアは開いていました。

「朱莉、入るからね」

「あっ……」

 ベッドの上に寝っ転がっていましたが、私が部屋に入ると気まずそうな表情に変わりました。いつもは明るい笑顔なので、こんな表情にさせてしまってとても心苦しく思います。

 

「アイドルめざすの、やめないよっ!」

 開口一番、語気を荒げてそう言い放ちました。きっと私がまた反対すると思ったようです。

「ううん、そうじゃないの。朱莉が何でアイドルになろうって思ったのか知りたくて」

「え?」

 そのまま首を傾げました。

「ん~とね。うたったりおどったりして、みんなすっごくキラキラしてるんだ! それにおようふくもカワイイもん!」

「うん、確かにそうだね」

 女の子ですからそういうものに憧れるのは当然といえば当然でしょう。

 

「……それに、アイドルだったらおねえちゃんといっしょにいられるから」

「私と、一緒に?」

 思わず聞き返します。

「おねえちゃん、さいきんはテレビとかライブでずっとおうちにいないし、あんまりいっしょにあそべないからさみしいんだ。だからわたしがアイドルになれば、ずっといっしょだもん」

「……そっか。そうだったんだ」

 確かにアイドルになってからは朱莉の相手をあまりしてあげられませんでした。同じ屋根の下で暮らしていながら自然と心の溝ができていたようです。そんな寂しい気持ちに気付いてあげられなかったなんて、あたしってほんとバカ。

 

「ごめんなさい。あんまり一緒にいてあげられなくて」

「……ううん。ライブのときのおねーちゃんは、とってもキラキラしてるからだいすきっ」

「ありがとう。それでアイドルについてだけど、もし朱莉が本気で目指すのなら私が全力でサポートするよ」

「ほんとっ!?」

「今までお姉ちゃんが朱莉に嘘を吐いたことはないでしょ?」

「うんっ!」

 

 アイドルは楽しいばかりの仕事ではありません。地道でキツいレッスンが必要ですし、いくら頑張ったところで芽が出ずひっそり去っていくこともザラにあります。

 それでも朱莉が本気で挑戦をしたいのであれば姉として全力で支援してあげたいと思いました。なんて言ったって血を分けたたった一人の実の妹なんですから。

「おねーちゃん、だいすきっ!」

「私も朱莉のこと大好きだよ」

 そのまま笑顔で私の胸に飛び込んできたので優しく抱きとめます。人生史上初の姉妹喧嘩はこれにて無事収束しました。第三次世界大戦が勃発しなくて良かったです。

 

「ん~。盛り上がっているところ悪いんだけど、それはダメよ~」

 背後から不意に声がしたので振り返ると、お母さんが困り顔で佇んでいました。

「駄目って、アイドルデビューのこと?」

「うん、そうね~」

「え~、なんで~!」

 朱莉が猛クレームを付けました。両親の恩恵で容姿は天使のように愛らしいですし、明るく天真爛漫なので私より遥かにアイドル向きだと思うんですが何故でしょうか。

 

「だって朱莉ちゃんはアイドルにならなくても十分社交的だしね~」

「その理屈で言うと、まるで私は非社交的なクソザコヒキコモリのように聞こえるんだけど」

「それは事実でしょう。だから無理にでもアイドルになってもらったんだもの~」

「……は?」

 思わぬ回答が返ってきました。

「だって日高舞さんみたいなアイドルにさせたいからオーディションに応募したって……」

「ああ、あれ~。もちろん真っ赤なウソよ。朱鷺ちゃんが女の子として余りにも終わってるから、何とか女の子らしさを取り戻して貰おうと思って新一さんと一緒に計画したの」

 今明かされる衝撃の真実でした。そんな裏事情には全く気付いていませんでしたよ。でも今はそんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃない。

 

「社交的だからってアイドルをやらせない理由にはならないじゃない。朱莉が真剣にやりたいならやらせてあげてもいいでしょ?」

「そうだそうだ~!」

 姉妹同盟でお母さんに喰って掛かります。

「……これを見てもまだそう言えるかしら?」

「何、それ?」

「あっ!」

 手にはしわくちゃの紙が数枚握られています。それを見た瞬間、朱莉の表情が強張りました。

 

「はい、どうぞ」

 手渡された紙を広げます。一枚目には30点と書かれていました。二枚目は40点、三枚目は35点で、いずれの紙にも『ななほし あかり』とダイナミックに名前が書かれています。

「……こ、この点数はちょっと酷くない?」

「そうよね~。私も朱莉ちゃんの机の中から発掘した時は目を疑ったわ~」

 渡された紙は小テストの回答用紙でしたが、いずれも死屍累々な結果でした。小学2年生でこの出来はやはりヤバい。

 

「ア、アイドルにはテストなんてないもんっ!」

「学生の本分は勉強よ。今ですらこの惨状なのにアイドルになったらもっと酷くなるに決まってるじゃない」

「……ごめんなさい、朱莉。こればかりは擁護しようがないって」

「ええ~! おねえちゃんのうらぎりもの~!」

 姉妹同盟は結成から僅か3分で無残に同盟破棄と相成りました。

 

 なお、その後の粘り強い交渉の結果、全教科の小テストで80点以上を安定的に取れるようになるまでアイドルデビューはお預けという結論に至りました。

 デビューへの道のりは長そうですが、いつの日か姉妹でステージに立てたらいいですね。そして所属の際には絶対武内Pにプロデュースして頂こうと固く誓いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第55話 白黒とキグルミ

「ふぁ~ぁ」

 学校が終わってから346プロダクションに向かう途中、小さなあくびをしてしまいました。

「今日はずっと眠そうでした……」

「そう見えますか?」

 並んで歩いていた乃々ちゃんから指摘されます。

「寝る前にちょっとだけオンライン対戦麻雀をしようと思ったんですけど、何故かツキにツキまくってしまいまして。役満連発でしたから引くに引けなくなったんですよ」

 持ち前のガバ運のため、普段はリーチ後フリコミが日常の光景ですから偶に勝ちが続くと止まらなくなってしまうんですよねぇ。

 

「もりくぼ、麻雀はよくわかりません……。でも朱鷺ちゃんが楽しそうで良かったです」

「慣れれば簡単ですって。アイドルでも出来る人は結構いますし。瑞樹さんや早苗さんとかね」

「あのお二人だと違和感ないです。茄子さんとか凄そう……」

「ああ、彼女ですか……」

 鷹富士茄子さんは奇跡のような幸運体質の持ち主ですから、絶対に対戦したくありません。以前テレビのお正月企画で麻雀対決をされた際には全局天和で牌を切ることすらなく終わってしまいました。あれはもう勝負以前の問題ですよ。

 血液を賭けて勝負したら5分かからずあの世へ連れて行かれるでしょう。ヤメローシニタクナーイ状態になること間違いなしです。

 

 世間話をしていると事務所の社屋に着きました。エントランスに入るとブランド物のスーツに身を包んだ美城常務がこちらに向ってつかつかと歩いて来るのが見えます。

「おはようございます」

「……君か」

 こちらを一瞥すると途端に表情が固くなり眉間に皺が寄りました。そんな露骨に嫌そうな表情をしなくてもいいでしょうに。

 そのまますれ違うのかと思いましたが彼女が足を止めて振り返ります。私も合わせるようにして踵を返しました。

 

「外圧をかけて勝った気でいるようだが、それは早計だ。この城は依然として美城の治世下にある。これ以上混沌をもたらすというのなら相応の対応をとることになるだろう」

「え~、何のことでしょうか~。ワタシ全然わかりませ~ん♪」

 先日のスポンサー圧力作戦が結構ダメージになっているようです。一応表向きは関与していない設定なのでシラを切ることにしました。

「…………」

「テヘッ☆」

 微笑みながらペロッと舌を出します。その瞬間、彼女のコメカミがピクンと引きつりました。

 

「君の性格と性根はともかく、才能と能力は高く評価している。それだけにこのような関係になってしまったことは実に残念だ」

「そうですね。目指す方向さえ一致すればお互いに協力できると思うんですけど」

 美城常務は私の敵ですが私怨はありません。既存ユニットの解散や路線の強制変更が気に食わないだけで別に彼女個人が嫌いではないのです。凄い美人さんですしね。

「立場は違いますが346プロダクションをより良い方向に導きたいという思いは変わらないので、今の関係は本当に残念です」

「方針を撤回するつもりはない。私はアイドル事業部の統括重役だ。遊びでここに来ている訳ではない」

「重々理解しています。ですが私も譲るつもりはありません。所属アイドル達は例えこの命と引き換えにしてでも護ってみせますので、お覚悟を」

 そのまま満面の笑みを返します。

 

「フッ、やはり噛み合わないな。私は城を、君は灰かぶり達の夢を第一に考えている」

「ええ。だからこそ決着は『シンデレラと星々の舞踏会』で付けましょう」

「いいだろう。……ああ、今度別件で君に用がある。別途日時を指定するから空けておくように」

「承知しました」

 私が一礼すると彼女は颯爽と外に向かいました。カーニバルの事後処理やスポンサーの圧力の件でかなり心労が溜まっているはずですが、それをおくびにも出さないところは流石だと思います。美城グループへの愛情と夢見がちなところをもう少し抑えられれば名経営者になれるのにもったいないですよ。

 それにしても目の上の悪性腫瘍である私に用とは珍しいです。もしかして暗殺でも企んでいるのでしょうか。まぁ仮に命を狙われたとしても返り討ちにしますけど。

 

「じゃあ行きましょうか、乃々ちゃん。……乃々ちゃん?」

「ぶるぶる……」

 気付くと階段の隅で膝を抱えて震えていました。どうやら小動物メンタルでは先程の緊迫ムードに耐えられなかったようです。

「乃々ちゃんも将来的にはあれくらい言えるようにならないと駄目ですよ」

「うう……。絶対にむ~りぃ~……」

 腰を抜かした彼女を小脇に抱えつつ、コメットのプロジェクトルームに向かいました。

 

 

 

「おはようございます」

「お、おはようございます……」

「やあ、おはよう!」

 ルームに入ると犬神Pが出迎えてくれました。ほたるちゃんとアスカちゃんも既に来ています。

 

「最近よく来ますねぇ。そんなに暇ならアイドルらしい仕事の一つでも獲ってきてくださいよ」

「い、言われなくてもやってるって……。それに遊びに来たわけじゃないんだ。この前の性格診断テストの分析結果が出たから渡しに来たのさ」

「前に受けさせられたやつですか」

「うん、そうだよ」

 アイドルとして光輝くには自分がどのような個性を持っており、何を得意不得意としているのか把握しておく必要があります。美城常務も同じことを考えていたようで、彼女の発案で346プロダクション所属アイドルは全員専門機関が実施する性格及び適性診断テストを受けることになりました。その結果が返ってきたようです。

 個人的には人の性格や個性を型に嵌めて分析するテストはあまり好きではないんですけど、業務命令ですから仕方ありません。

 

「せっかくですからどんな結果が出たか簡単に発表していきましょう」

 私が切り出すと乃々ちゃんが「えぇ……」と嫌そうに呟きます。

「フッ、いいじゃないか。見られて困るものでもないさ」

「私達の仲ですからね。それにお互いに知っておいた方がいいかもしれませんし」

 アスカちゃんとほたるちゃんは賛成してくれたので、多数決で公開することになりました。

 プライバシーの侵害と思われるかもしれませんが、これもリーダーとして知っておく必要があるので仕方ないのです。私の結果も公表しますからそれで許して下さい。

 

「では、みんなの分を配るよ」

 それぞれ診断結果を受け取り内容を確認します。私も自分の結果を一通りチェックしました。

「それでは発表会といきましょうか。まずは乃々ちゃんからお願いします」

「わたしからですか……」

 おどおどした様子の乃々ちゃんがゆっくり口を開きます。

「ええと、献身的に他人に尽くそうとする優しい性格ですが、一方で依存心が高く他人を頼ろうとするタイプです。権威や権力に非常に弱い性格で、自己主張せずに周囲に同調し過ぎてしまうので気を付けましょうとのことです……」

「わかるわ。乃々ちゃんらしい結果です」

「うぅ……。もりくぼ、だめくぼ……」

 イメージ像に完全に合致していました。中々精度の高い診断のようです。

 

「次はほたるちゃんの結果をお願いします」

「はい、わかりました」

 診断結果を手にして読み上げていきます。

「性格的にはとてもバランスが取れた模範生のようなタイプだそうです。ですが他人を押しのける強引さが無いところや人からの評判をとても気にしてしまう臆病な傾向がありますので、時と場合によっては義理人情より目的の達成を優先することも必要らしいです」

「確かにホタルは人を押しのけて前に出る感じはないね。そんな個性がボクは好みだけどさ」

「もう少し自己主張が出来るよう頑張ります」

 私もリーダーとして彼女の積極性を引き出すよう工夫してみましょう。

 

「その次はアスカちゃんです」

「ああ、承知したよ。……自分の思考力や判断力には自信を持っていて、自己流の生き方を押し進める可能性の高いタイプらしい。分析力や判断力が高いけど、気ままなところも目立つマイペース主義者だそうだ。反抗心が旺盛で我が道を行く気風が強過ぎる点を抑えるよう助言されている」

「何だか飛鳥さんらしいです」

「そうかい? 自己分析とは少し違っていて驚いたよ。でもこんなテストでボクを測れるとは思わないことだね」

 中二病を貫くにはそれなりの適性が必要なようです。後で蘭子ちゃんの結果も教えてもらいましょう。

 

「最後は私ですか。頂いた結果なんですけど、私が思っている自分のイメージとだいぶ違うんですよねぇ」

「どんな内容なんでしょうか?」

 ほたるちゃん達が首を傾げたので、とりあえず発表することにします。

「計算高い上に自由奔放で、自分の言いたいことを言いやりたいことをやるタイプです。精神力は非常に強くどんな逆境でも仕事をやり遂げる熱血サラリーマン的な気質ですが、組織への従属意識が極めて薄いので会社に魅力を感じないと直ぐに辞めてしまうでしょう。かなりワガママで頑固なところがあるのでもう少し柔軟になる必要がある、との結果です」

「いや、これ以上無く完璧に一致してるじゃないか!」

「どう考えても朱鷺ちゃんなんですけど……」

 犬神Pと乃々ちゃんから同時ツッコミが入りました。

 

「そうでしょうか? 会社への従属意識がないことは確かですけど、そんなにワガママでも頑固でもないと思いますよ。皆のことを気遣っている優しく寛容で控えめなお姉さんタイプだと診断されるものとばかり思っていたので、こういった結果は大変心外です」

「ないない、それはない」

 犬畜生が真顔で否定したのでカチンと来ました。

「ほう、いい度胸です。その覚悟に免じて死に方だけは選ばせてあげますよ。『牙突零式』と『二重の極み』、『九頭龍閃』のいずれか好きな技を選んで下さい」

「ひぃっ! す、すみません!」

「……次はありませんよ」

 いずれの技も私の身体能力によってほぼ原作再現することが可能です。ですが最敬礼で謝罪してきたので今回だけは見逃してあげることにしました。だって私は優しくて寛容で控えめなお姉さんタイプですもの♪

 

「職業適性や恋愛の項目はどうですか?」

「適性のあるお仕事は営業職や販売員、医者、弁護士などですが芸能関係の適性も高いそうです。一方で公務員など組織への忠誠を求められるお仕事はダメみたいです。ストレスで憤死するか組織ごと崩壊するでしょうって書かれていました」

「ああ、やっぱり……」

「恋愛面の方ですけど批判力や判断力、審美眼が高いので下らない相手と結婚する可能性は低いという点は良かったです。結婚後は頑固さで問題が起きることもありますが、愉快で面白い家庭を作るそうですよ」

「朱鷺さんは結婚願望はあるんですか?」

「一応無いことも無いですけど」

「い、意外だ……」

 ですが身近な男性陣は軒並みアレな奴らなので肝心のお相手がいません。子供は好きなので三人位は欲しいんですけどね。そういえば私が子供を産んだらこの能力は引き継がれるのでしょうか。そこはちょっと気になります。

 

「それにしても、見事に性格がバラバラです……」

「だからこそ皆で支え合って、楽しく一生懸命活動が出来ているんだと思います。だってこれまで生きていた中で今が一番充実していますから」

 ほたるちゃんが自信に満ちた表情で語りました。確かに自らの不幸体質に怯えていた一年前とは別人のように輝いています。

「お互いがお互いの不足しているところを上手く補っていますので本当に素敵なユニットだと思います。だからこそ346プロダクションでコメットを続けられるよう、頑張りましょう!」

「フフッ、その意気だよ。傲慢なオトナに一泡吹かせてあげようじゃないか」

「ああ、俺も最大限バックアップするから頑張ろうな!」

 性格診断を経てコメットの絆は更に深まりました。今秋に予定されている定期ライブと『シンデレラと星々の舞踏会』に向け、しっかりレッスンに励んでいきましょう。

 

 

 

 翌日の土曜日は都内の某動物園で行われるイベントに出演する予定なので、朝早く家を出て目的地に向かいました。

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 門の前でコメットの三人と合流しました。受付で要件を伝え中に入れてもらいます。

「動物園なんて久しぶりです」

 小学生の遠足で来た時以来なので思わずキョロキョロしてしまいました。

「確かにあまり来る機会は無いですよね」

「はい。子供の頃、パパとママに連れられて以来です……」

 

 少し進むとイベント会社が設置した臨時テントが見えました。腕章をつけた偉い感じの方がいらっしゃったので近づきます。

「おはようございます、346プロダクションのコメットです。本日はよろしくお願いします」

「うん、おはよう。今日は頼んだよ」

「はい。我々にお任せ下さい」

 極上の営業スマイルのまま一礼しました。するとテントの奥から小さな人影が現れます。

「朱鷺おねーさんたち、おはようごぜーます!」

「おはよう、仁奈ちゃん。今日はよろしくお願いします」

「はい! こちらこそです!」と元気よく返事をします。今日は彼女との共演でした。

 

 一息ついてから段取りについてイベントスタッフさんや動物園の職員さんと打ち合わせます。

 本日はこの動物園で生まれたジャイアントパンダの赤ちゃんのお披露目会です。それに合わせて大々的なイベントを行うので、その際の司会進行兼賑やかし役として我々に声が掛かったという訳でした。

 正直あんな白黒の熊よりも我々の方が魅力的だと思うのですがこれもお仕事なので仕方ありません。与えられた役割を全うするよう頑張ります。

 

 

「……段取りは以上です。諸事情でイベントは午前10時から12時に変更となりましたので、衣装のセットやメイクなどの準備を考慮し余裕を持ってこの場に集合して下さい」

「はい、わかりました。でもそうなると相当時間がありますねぇ」

 現在時刻は8時前なのでかなり余裕がありました。私達はお披露目会の司会進行兼賑やかし役でありライブの予定はありませんのでリハの時間はそれほど必要ありません。どうやって時間を潰そうかと暫し考えます。

「それでしたら園内を見学頂いて構いませんよ」

「いいんですか?」

 動物園の職員さんから思わぬ提案を頂きました。

「はい。園内を見て頂いた方がフリートークなどもやり易いと思いますし」

「わーい! やったでごぜーます♪」

 仁奈ちゃんが飛び上がって喜びます。子供らしい反応で実に素晴らしい。クール・タチバナには是非見習って欲しいものです。

 

 

 

 その後はご厚意に甘えさせて頂き五人で園内を見学することになりました。

 仁奈ちゃんの希望もあって最初はペンギンプールです。体長70センチほどのケープペンギン達がよちよちと歩く姿にとても癒やされました。

「ぺんぺん、ぎんぎん、ぺんぎんぎん♪」

「仁奈はペンギンが好きなのかい?」

「はい! 前のお仕事でキグルミを着て、ペンギンの気持ちになったですよ! ペンギンはおなかで氷の上をつつーって滑るです!」

 ペンギンは勿論可愛いですが、全身を使ってはしゃぐ仁奈ちゃんはその上を行っていました。

「テレビで見るペンギンはいつもたくさんで遊んでるです。仁奈たちもあんな風に、ずーっと一緒にいるですよ!」

「はい。私もずっと、皆と一緒にいたいです」

 無邪気な彼女につられて思わず本音を呟いてしまいました。

 

 次は暗闇の中で過ごす夜行性動物用の施設である『夜の森』に向かいます。ガイドブックに拠ると昼夜を逆転させて夜行性動物を飼育している施設だそうです。朝昼は室内を真っ暗にすることで動物達に夜だと思わせ、日が落ちるとライトをつけて明るくし昼だと思わせているのですね。

 思わず夜間警備員時代のことを思い出してしまいます。昼夜逆転は自律神経系の働きが壊れるので若いうちはいいですけど年をとると本当に辛いんですよねぇ。

 

 施設内にはセンザンコウやベンガルヤマネコ、ジャワマメジカなどの愛らしい動物が活発に活動する中で一際異質な珍獣が鎮座していました。

「この動物は何でしょう?」

「もりくぼには、わかりません……」

「……そいつはスローロリスです」

「えっ、リスなんですか?」

「いいえ、種族的にはお猿さんの一種ですよ」

 体長は30cm程で、クリクリの目、ずんぐりした体型といった特徴があります。しかしそれ以上に大きな特徴があります。

 

「こいつさっきから全然動かねーですけど、ホントに生きてるのですか?」

「はい。動作が非常に遅いことが最大の特徴です。闇に紛れて気配を殺し、音も無く接近して獲物を捕まえるという珍しいタイプの捕食者なんです」

「そうなんですか! 朱鷺おねーさんはスローロリスはかせでごぜーますね!」

 別にこんな情報は知りとうなかったのですが、前世ではある意味有名だったのでつい憶えてしまいました。それにしても『森のファーストフード』や『クソザコナメクジ』と呼ばれるだけあり、実にスローリィな動きです。これが厳しい自然界で生き延びていることが不思議でなりません。

「スローロリスの気持ちはわからねーでごぜーますよ……」

「そんなもの一生わからなくていいから。さっ、次行きましょう」

 

 夜の森を抜けた後は色々と見て回りました。暫くして私のリクエストによりある動物の元へ向かいます。徐々に胸が高鳴っていく中、栗色の美しい体毛がちらりと視界に入りました。

「いたっ! いました!」

 思わず駆け寄ると、お目当ての動物────レッサーパンダ様が複数名いらっしゃいました。

「きゃー! 可愛いー♪」

 ふっさふさな毛並みと愛くるしい表情をしていて、まるでぬいぐるみのようなかわいさです!

 しましまのボリューミーなしっぽもチャーミングで素晴らしい! あのクソザコナメクジとは比較になりませんよ! 

 

「こんなにテンションが高い朱鷺おねーさんは初めてです……」

「だってレッサーパンダですよっ、レッサーパンダ! ここでテンション上げなくてどこで上げるんですかっ!」

「他にも可愛い動物は沢山いますけど……」

「ふぅ、これだから素人は。私が彼らのことを気に入っているのは見た目だけではなくその境遇も含めてなんですよ」

「境遇ですか?」

「レッサーとは英語で『小さい・劣る』という意味です。 つまりレッサーパンダとは『劣ったパンダ』という意味なんですね。元々はレッサーパンダの方が先にパンダと言われていたんですけど、あの白黒の熊が発見されて勝手に格下げされてしまったんです! クソッ、忌まわしい白黒め!」

 その不遇な境遇が負け組贔屓の私の涙腺を刺激しました。その事実を知って以降、私だけは彼らを応援しようと強く決心したのです。私の中のパンダはレッサーちゃんなのであの白黒はパンダとは認めません。

「あの、私達はジャイアントパンダのお披露目イベントに出演するんですけど……」

「そんなやつはどうでもいいです。白黒の熊なんてロクでもない奴に違いありませんし」

 

 レッサーパンダ達の前でその魅力について力説していると、彼らが一斉にスックと立ち上がりました。そして私を見ながら両手を掲げバンザイの姿勢になります。そのまま私に手を振りました。

「はうっ!」

 これはヤバイ。死ぬ、萌え死ぬ。このままでは萌え殺されます!

「ほら見なさい! レッサーパンダ達も私を熱烈に歓迎してくれているじゃないですか! 私達は相思相愛なんですよ!」

「あの、朱鷺さん。気を落とさないで聞いて欲しいんですけど……」

「何ですか!? 早く写真を撮らないといけないので手短にお願いしますっ」

 急いでカメラアプリを起動しパシャパシャと写真を撮っていると、ほたるちゃんが本当に申し訳なさそうに呟きました。

「……レッサーパンダが立ち上がって両手を掲げるのは、外敵を威嚇している時のポーズです」

「はうあっ!」

 衝撃の事実が私の胸を貫きました。思わずその場に倒れ込みます。

 おかしい……。こんなことは許されない……。

 

 

 

「……私は貴方をこんなに愛しているのに、なぜ貴方は私を愛してくれないの?」

 意識を取り戻すと同時に、一筋の涙が頬をつたいました。

「何かメロドラマみてーなことを呟いているですよ」

「やれやれだね」

 レッサーパンダの皆さんから拒否られたショックで思わず意識を失っていたようです。気付くとイベント用のテントに運ばれていました。スマホで時間を確認すると既にいい時間です。

「それじゃ、メイクや衣装の準備をしないといけませんか」と言いながら体を引き起こしました。

「大丈夫ですか、朱鷺さん?」

「正直ショックですけど、お仕事はお仕事なのでしっかりやらないといけないですから。落ち込むのはその後にしますよ」

「流石切り替えが早い、です……」

 お金を頂いて芸を見せる以上、どんな状態でも手を抜くことがあってはなりません。手際よく着替えやメイクをしていきました。

 

 本日の衣装ですが、動物園でのイベントらしくそれぞれ動物を模したものとなっています。乃々ちゃんはリス、ほたるちゃんは兎、アスカちゃんは狐をモチーフとしていました。

「パンダの気持ちになるですよー! 超もこもこでごぜーます!」

 そして仁奈ちゃんは白黒の奴のキグルミでした。あの動物自体は好みではありませんが彼女が着るとなると話は別ですね。とてもチャーミングです。

「朱鷺さんも可愛いです」

「ありがとうございます、ほたるちゃん。お世辞でも嬉しいですよ」

 そして私の衣装は鳥の方のトキをイメージしたものでした。白色と朱鷺色の二色が目を引く格好です。朱色のフリフリが袖に付いた白色の長袖と朱色のミニスカートを履き、赤みがかった朱色のタイツを着用しました。白髪のウイッグはトキの頭部を模しているそうです。

 

 その後イベントスペースで簡単なリハーサルをした後、とある事実に気付きました。

「そう言えばお披露目される白黒の奴はどうしてるんですか? あちらもそろそろスタンバイしないといけないでしょうに」

 私達に付き添っている若い女性の飼育員さんに尋ねると、何だか困った表情を浮かべました。

「それがとてもシャイというか……臆病な子でして、パンダ舎から出るのをとても嫌がっているんです。実は今日のイベントの時間を後倒しにしたのもあの子が抵抗しているからなんですよ。今も他の飼育員が元気付けているんですけど、中々上手くいっていないようです」

「それは困りましたね」

 本日の主役はあの白黒野郎です。メインがぐずっているようではイベントの成功など夢のまた夢でしょう。しかしお仕事として引き受けた以上、ちゃんと成功させなければ私のプロとしてのプライドが許しません。

 

「よろしければ私達にもお手伝いさせて頂けませんか?」

「お気持ちはうれしいですけど、我々が手を焼いていますので、皆さんに解決できるとは……」

「あ、あの……。朱鷺ちゃんがいれば、何とかなるかもしれないです。その、秘孔的な意味で……」

「アレは人間以外の動物にも有効だって、以前朱鷺さんが仰っていましたし」

「……そういうことですか。わかりました、何とか出来ないか見て頂けると助かります」

 乃々ちゃん達のお陰で白黒の説得に加わることが出来たようです。それにしても、私の扱いが最近ドラえもんっぽくなってきたのは気のせいでしょうか。別に万能という訳ではないんですけど。

 

 

 

「それでは、こちらにどうぞ」

 飼育員さんに案内されるまま、職員専用のパンダ舎に入りました。いくつかの扉を抜けると目的の場所に着きます。

「あちらの子が本日お披露目するレイレイです。生後半年の男の子ですよ」

 専用部屋のガラス越しに覗き込むと、確かに白くて黒いのが隅っこで縮こまっていました。話に聞いていた通り気が弱そうな感じです。

「わぁ、可愛いです」

「仁奈とお揃いでやがりますっ!」

 白黒のキグルミですから当然なのですが、野暮なツッコミはしないことにしました。

 

「見たところ一匹だけだね。母親は一緒じゃないのかい?」

 すると飼育員さんの表情がみるみる曇ります。

「実はレイレイは生まれて直ぐ母親から育児放棄されてしまいまして……。その影響からか、元々情緒が不安定なんですよ。知らない人を見ると怯えてしまうので今まで何とかお披露目を延期してきたのですが、生後半年ともなるとこれ以上延期するのが難しかったんです」

 ……なるほど、私のお仲間ですか。通りで目が虚ろで生気のない表情をしている訳です。

 

「かわいそうです……」

「乃々おねーさん、いくじほーきって何ですか?」

「え、えぇ……? えっと、パパやママが子供のことを構ってあげなくなること、でしょうか?」

「かまって、あげなくなる……」

 オブラートに包んで説明すると仁奈ちゃんにも影が差しました。

「……あのパンダさんは、仁奈と同じでごぜーますか」

 市原家の場合お父さんは長期海外出張でお母さんも多忙なので自分の境遇と重ね合わせてしまったのでしょうか。下手をすると仁奈ちゃんにも悪い影響を与えかねないので早期に解決する必要があるようです。

 

「時間もあまりないので、中に入らせて頂いてもよいでしょうか?」

「は、はい」

 ドアの鍵を開けて頂き部屋に入ります。すると一瞬ビクッとしてから後ずさりしました。

「ほらっ、レイレイ! お披露目の時間なんだから、早く行こう」

「……ワンッ!」

 飼育員さんが抱えようとすると一吠えしてからジタバタと抵抗しました。白黒の奴の子供は犬みたいにワンと鳴くとは知りませんでしたよ。それにしても本当に外に出たくなさそうです。

 

「ここは私に任せて、外に出て頂いてよろしいでしょうか」

「トキとパンダだけではとても危険な気がするんだが……」

「本日の主役ですから絶対に危害は加えませんし指一本触れるつもりはありません。ただ教育中はちょっと刺激が強い映像が流れますので見ないほうがいいでしょう」

「あの……待望のパンダの子供なので手荒な真似はしないで下さいね。何かあったら私のクビだけではすみませんので」

「はい、承知しました」

「それなら、よろしくお願いします」

 私とレイレイを残し皆には外に出て貰います。彼が警戒態勢に移行しますが気にせず部屋の死角に追い込みました。ここなら外から様子を窺うことは出来ないでしょう。

「ふふっ、そんなに怯えなくてもいいですって。白黒専属調教師の七星朱鷺が手取り足取り教えてあげますから」

「フーッ!」

 そして地獄の研修が始まりました。

 

 

 

「終わりましたので入ってきていいですよ」

 15分ほどしてから皆を室内に招き入れます。

「もう終わったんですか?」

「ええ、バッチリです」

「ワォーン!!」

 するとレイレイが飼育員さんに飛びつきました。とてもアグレッシブで元気に溢れていましたが若干涙目になっているような気がします。

「い、一体どうしたんですか? 先ほどとはまるで別人、いえ別パンダですけど……」

「ちょっと研修を施しただけですよ。ねぇ、レイレイ?」

 そう言って彼の方を向くとおもむろに視線を外しました。どうやらまだ教育が浸透していないようです。皆の前では見せたくなかったんですがコレは再教育やろなあ。

 

「はい、集合ゥゥゥゥゥゥ!!」

 そう絶叫して睨みつけるとレイレイが慌てて駆け寄ってきます。私の前に着くと手を後ろで組み直立しました。

「まずは基本の挨拶からっ!! 来園頂きありがとうございましたァァッ!」

「ワワワワン、ワワワワン!」

「声が小さいっ! もう一度!」

「ワワワワーン! ワワワワン!」

「何ですかそのシミッタレた表情は! もっと笑顔で、腹から声を出しなさいっ!」

「ワワワワーーン! ワワワワーン!」

「それでも男ですか、軟弱者!」

 絶叫が室内に木霊します。

 

「貴方は厳しい私を嫌うでしょうが、憎めばそれだけ学びます。私は厳しいですが公平です。種族差別は許しません。犬、虎、龍、白黒を私は見下しません。全て────平等に価値がない!

 私の使命は役立たずを超一流のエンターテイナーに育て上げ、お客様のありがとうを集めることです。分かりましたか、レイレイ!」

「ワン! ワワワーン!」

「ふざけるな! 大声を出しなさい!」

「ワォン! ワワオォーン!」

「そうです! 我々が『地球上で一番たくさんのありがとう』を集めるのです!」

「ワワワワオォーン!」

 気合の入った雄たけびは狂気に満ち溢れています。

 

 少しして、真っ青な顔で呆然自失としていた飼育員さんがゆっくり口を開きました。

「あの、すみません……。レイレイに何をしたんでしょうか……?」

「新兵を一人前の海兵隊員────ではなくエンターテイナーに育成するための研修ですけど」

「えぇ……」

「子供のためか飲み込みが早くて素晴らしいです。もちろん言葉は通じませんがニュアンスで何となく理解して貰えますしね。ああ、もちろん暴力は一切振るっていませんよ」

 性根が腐っている鎖斬黒朱の奴らなんて下手すると研修に丸一日かかりましたからねぇ。それに比べると飲み込みが非常に早いので助かります。

「ちょっと荒療治過ぎはしませんか……?」

「飼育員の方々は皆優しいですが、その分彼を丁重に扱い過ぎているような気がします。生後半年でこの様子だと今後も引きこもりになりかねませんので、例え恨まれたとしても誰かがガツンと言ってあげる必要があると思ったんですよ」

 私達みたいに特殊な環境で生まれた奴らにはその逆境に負けない強さが必要なんですと心の中で付け加えました。

 

「とりあえず本人もやる気になったみたいだし、良かったのかな?」

「そ、そうですね……。 あっ、もう直ぐイベント開始の時間です」

「それじゃあ、皆さん急ぎましょう!」

「ワワオォーン!」

 五人と一匹揃ってイベント会場に駆け出しました。

 

 

 

 その後、初披露イベントは無事執り行われました。

  レイレイは来園した人々に積極的に手を振ったりあざといポーズを取ったりしたことが功を奏し、直ぐに人気者になったようです。

 即興で行った私との組手がとても好評でしたね。拳に殺気が籠められていましたがまだまだ未熟でしたので、成人ならぬ成パンダになったら稽古をつけてあげましょう。

 エンターテイナーとしての彼の成功を祈りつつ、動物園を後にしました。

 

「それでは、お疲れ様でした」

「はい、また明日事務所でお会いしましょう」

 ほたるちゃん達は学生寮なので途中で別れます。仁奈ちゃんとは家が近いので同じ電車で帰路に着きました。

「……」

「大丈夫ですか、仁奈ちゃん?」

「えっ、何でごぜーますか?」

 少し元気がない様子なので声を掛けると慌てて返事が返ってきました。

「困っていることがあるように見えます。私で良かったら相談に乗りますよ」

「別に困ってはないです。ただ、あのパンダさんは仁奈と同じなんだって思っただけで……」

「……育児放棄のことですか」

 

 なるほど。先程のレイレイの身の上話を今も引きずっている訳ですね。

「ママはすげー忙しくてあんまりあえねーですし。でもワガママ言ったら、困らせちまうし……。仁奈がいない方がパパとママは楽じゃねーのかと思うです」

「そんなことはありません。パパとママは仁奈ちゃんのことを大切に思っていますよ」

 仁奈ちゃんの境遇はとても人事ではないので、以前担当Pさんに家庭環境について伺いました。彼女のお母さんは確か忙しくて仁奈ちゃんのケアが十分に出来ていないのは事実ですが、少なくとも私の前世の母親のようなド畜生ではないとのことです。

「もしそうだったらアイドルなんてさせずに児童相談所に通報しているよ」と仰っていましたし、仁奈ちゃんのケアも適切にしていますので深刻な問題は起きないでしょう。

 それでも非常事態に陥った場合はどんな手を使ってでも仁奈ちゃんを助けてみせます。

 

「確かにレイレイはママからは無視されてしまいましたが、彼のことを大切に思っている優しい飼育員さん達に囲まれて幸せに暮らしています。仁奈ちゃんだって担当のPさんやアイドルのみんなから大切に思われてますから、不安にならなくていいんですよ」

「本当で、ごぜーますか?」

「はい。私も仁奈ちゃんのこと大好きですから」

 そう言いながら彼女を優しく抱きしめます。

「……ママ」

 そう呟くと体の力がフッと抜けました。そっと体を離すと寝息を立てています。イベントの疲れが出てしまったんでしょう。

 この状態で別れるわけにはいきませんね。担当Pさんに経緯を報告した上で、私の家で休ませることにしました。

 

 結局その日仁奈ちゃんは私の家にお泊りしました。

 朱莉とあっと言う間に仲良くなり「マブダチでごぜーます!」と元気よく宣言した姿がとても可愛かったです。お父さんとお母さんも娘がもう一人増えたみたいに暖かく迎えてくれました。

 また遊びに来ると言っていたので、今度は私の手料理をごちそうすることにしましょう。特製のバタースコッチシナモンパイでお出迎えしてあげます。

 

 

 

 そして本当にどうでもいい余談ですが、その後レイレイは世界一ファンサービスが良いパンダとしてテレビやネットで特集され大人気になりました。そのサービス精神が女性の心を掴んだのか、パンダ界一のプレイボーイとして沢山の雌パンダに囲まれウハウハだそうです。

 人も変われば変わるといいますがパンダも変われば変わるようですね。

 とりあえずリア獣は爆発しろと切に願いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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裏語⑨ BLUE DESTINY

本話は渋谷凛さんの視点でお送りします。
語り手の性質上、コメディ成分は薄いですがご容赦願います。


 学校が終わった後、私はいつものように346プロダクションに向かった。

 これからレッスンだから更衣室でスポーツウェアに着替えていると未央と卯月がやって来る。

「おっはよー! しーぶりん♪」

「おはよう、凛ちゃん!」

「うん、おはよう」

 いつも通り元気そうだ。美城常務の新方針が発表された直後は皆どうしようか途方に暮れてしまって酷く落ち込んでいたけど、今では元気を取り戻している。これもP(プロデューサー)や朱鷺のおかげかな。

 

 そのまま三人でレッスンルームに向かう。

「この間の『とときら学園』なんだけど、視聴率がすっごい良かったんだって! やっぱり新しいことにチャレンジするのはいいよね~。私達も何か新しいことやってみない?」

「私は、今までやってきたことをしっかり続けるのがいいと思う」

「そうですよねっ!」

 雑談しながらルーム内に入ると先客がいた。

「おっはよーございまーす! ……あれっ?」

「あっ、おはようございます」

「おはようございます」

「よっ!」

 中にいたのは加蓮と奈緒と美嘉だった。

 加蓮とは中学校が同じだった……らしい。クラスが同じになったことがなかったのであまり記憶には残っていないけど、その縁もあって最近は彼女達と仲良くしている。

 

「自主練習中ですか?」

「そっ! ニュージェネレーションズの曲でね―★」 

 卯月が尋ねると美嘉さんが朗らかに答えてくれた。

「私達の曲で?」

「ホ、ホント? 聴きたかった~!」

 ちょっと恥ずかしい気もするけど、他の子に歌って貰えればあの曲も嬉しいと思うな。

「ていうか、せっかくだから一緒に歌ってみたら?」

 美嘉さんから提案を受けた。奈緒が「でも、いいのか?」と困惑している。

「賛成賛成!」

「私達も勉強になりますっ!」

「え~と。じゃあ、凛。一緒に歌ってもらっていい?」

「う、うん……」

 唐突に指名されたから少し戸惑ったけど、別に嫌じゃないから合わせて歌うことにする。

「よろしくっ」

「こちらこそ、よろしく」

 加蓮がやたらと嬉しそうなのがちょっと不思議だった。

 

「~~~~♪」

 その後は私達の曲──『できたて Evo!Revo!Generation!』を一緒に歌っていく。

 二人共上手くて驚いた。正直言って私達のデビュー前よりもレベルは高いと思う。

 それに何というか、私と波長が合う感じがする。初めて合わせて歌うのにずっと前から一緒に歌ってきたかのような、この感覚は何なんだろう?

 未央や卯月達と一緒に演る時とは別の何かを感じてしまった。

 

「失礼する」

 すると突然扉が開いたので、思わずその方向を見てしまう。視線の先にはあの美城常務と複数のアイドル達がいた。

「美城常務ッ!」

「突然で悪いが、社内オーディションのために此処を使いたい。場所を空けて貰えるかな?」

「わ、わかりました」

 私達の予約時間だったけど、相手が彼女では譲らざるを得なかった。そのまま皆と一緒にレッスンルームの外に出る。

 

「さっきの、星輝子ちゃんと松永涼ちゃんでしたよね」

「社内オーディションって、何の?」

 皆が思っている疑問をあえて口にしてみた。

「また何か始めたのかな?」

「あれだけ朱鷺に妨害されたのに新企画って、結構タフな人なのかもしれないね」

「でも常務の机の上に胃薬が常備されるようになったって噂があるよ」

「それはご愁傷様、かな」

 美城常務の方針には反対だし強行的なやり方は好きじゃないけど、今朱鷺から受けている仕打ちを考えると少し同情してしまう。

 

「だけど、とっきーのお陰で美嘉さんの路線変更の強要だって無くなったんだからさっ! 良かったじゃん!」

「うん、そのことについては感謝してるよ。『上質で優雅な大人の魅力』なんて私のキャラに合わないし~★ やっぱり今はギャルっしょ♪」 

「新方針が一時凍結したお陰であたし達のCDデビューも近い内に決まるみたいだしなっ!」

「そうなんだ。おめでとう」

 新方針決定時は無期延期になっていたけど、やっと決まって本当に良かったと思う。思わず胸を撫で下ろした。

 

「だけど朱鷺ちゃんって一体何者なんでしょう?」

 卯月が首を傾げる。

「謎が多過ぎて良く分からない。身体能力もそうだけど、あのカーニバルを仕掛けたりスポンサーに圧力をかけるなんて普通の子じゃ出来っこないし」

「熱中して競馬中継見てたり美味しそうにノンアルコールビールを呑んでる姿はウチのパパとまるっきり同じなんだけどねぇ」

「でも、悪い子じゃないことは確かだよ。だって私の体を治してくれたんだから」

 加蓮が朱鷺のことを擁護した。子供の頃に重い病気を完治させたことを相当恩義に感じているらしい。

 

 私には『あの頃の朱鷺』が善意でそんなことをしたとは到底思えないんだけど、この場で言うべき話でも無いので口にはしなかった。

 今でこそ『絶対アイドル護るマシーン』と化しているものの、アイドルになる前に知り合った頃は何というか……ちょっと怖かった。

 顔ではにこやかに笑っていたりおどけた仕草をして笑いを誘っていたりしたものの、まるで道化師が笑顔の仮面を付けてわざと明るく振る舞っているような、そんな言い様のない違和感があった。もちろん今ではそんなことはないけど。

「むむむ。とっきーの謎は深まるばかりだねぇ」 

「とりあえず敵にしてはいけないってことは確か、かな?」

「……うん」

 全員が一斉に頷く。多分346プロダクションに関わる者全員の共通認識だと思う。これ以上酷い目に遭う前に美城常務が新方針を撤回することを心から願った。

 

 

 

 そんな出来事があってから数日後、プロジェクトルームで待機しているとPがやって来た。

「渋谷さん、アナスタシアさん。少しよろしいでしょうか」

「いいけど、何の用?」

「シトー。どういったご用件ですか?」

「先程美城常務がお二人と共に常務室に来るようにと……。私もそれ以上のことは聞かされていません」

 説明をしながら申し訳無さそうな表情をする。

「よくわからないけど、呼び出された以上行かきゃいけないかな」

「ダー。私も、ご一緒します」

 そのまま三人で常務室に向かった。

 

「失礼します。お二人をお連れしました」

「入りなさい」

 Pがドアを慎重にノックして声を掛けると返事が返ってきた。その言葉に従い常務室に入る。

「おはようございます、武内先輩!」

「おはよう、ございます」

 するとそこには美城常務だけでなく朱鷺達の担当Pの犬神さんがいた。そして飛鳥も仏頂面で佇んでいる。呼び出された理由が更に分からなくなり困惑していると、美城常務が口を開いた。

「おめでとう。君達は『プロジェクトクローネ』に適合した、選ばれし者だ」

「プロジェクト、クローネ……!」

 犬神さんが驚愕の表情を浮かべる。

「イズヴィニーチェ。ごめんなさい、プロジェクトクローネとはなんでしょう?」

 アーニャが質問すると、言葉を失っていたPがゆっくりと口を開く。

 

「秋の定期ライブに向けて美城常務が立ち上げた新しい企画です。346プロダクションのブランドイメージを確立させるに足ると見込まれたアイドルを中心としたプロジェクトであり、Pの担当割を超えて選抜された優秀なメンバーで構成される予定だと伺っています」

「そうだ。我が346プロダクションのイメージ戦略の中核であり、芸能界に城のような綺羅びやかさを取り戻すための重要な企画だ。秋の定期ライブは346プロダクションを代表するアイドルの共演の場。そのメインとして華々しくデビューさせる予定で進めている。

 現在内定しているメンバーは速水奏、塩見周子、宮本フレデリカ、鷺沢文香、大槻唯、橘ありす、神谷奈緒、北条加蓮の八名だ」

 今まで噂でしか聞いてなかったけどそんなに凄いプロジェクトだったんだ。それに奈緒と加蓮がクローネに入るなんて本人達からは聞いていなかったので本当に驚いた。

 

「私が直々に企画したプロジェクトの一員になれることを光栄に思いなさい。今後の予定だが、渋谷凛さんと二宮飛鳥さんには新しいユニット、アナスタシアさんにはソロで活動してもらう」

「フッ……。随分勝手なことを言ってくれるものだね」

「ま、待って下さい!」

 飛鳥のつぶやきを他所に常務が一方的に指示を出す。それに対して犬神さんが異議を唱えた。

 

「私達は冬の舞踏会に向けて準備をしているところです。そんな中でクローネに参加と言われましても、あまりに急ではないでしょうか!」

「これは会社の方針だ。納得して貰う必要はない。それに彼女達にとって悪い話ではないはずだ」

「ちょ、ちょっと待って! まだ参加するとは言ってないっ」

 あまりにも話が勝手に進められているので思わず口を出すと、美城常務が怪しく微笑む。

「君には特に気に入ってもらえると思ったのだがな」

「はあ?」

「ユニット名は『トライアドプリムス』。メンバーは神谷奈緒と北条加蓮、そして君だ。私は君達三人の組み合わせに可能性を感じた。既存のユニットにはない新たな輝きを見出したのだ」

 可能性という言葉が私の胸を強く打った。

 

「お言葉ですが、この三人には既存のユニット活動があります!」

「そうだよっ。私にはニュージェネがあるし……」

「私にもラブライカがあります」

「そしてボクにはコメットが待っている。それはどうするつもりなのかな?」

 ニュージェネを解散させるなんて冗談じゃない!

「既存のユニットを解散しろとは言っていない。……第一そんなことをすればあの忌々しいカーニバルがまた始まってしまうからな」

 美城常務が薬の小瓶らしきものを握りしめながら苦々しく呟く。

「え?」

「私は君達の才能を高く買っている。それをもっと伸ばしてみたいとは思わないか?」

 才能を、伸ばす……。

 

「そうは言っても、やはり彼女達には既存の活動が……」

「君には聞いていない。私は彼女達に参加の意志を問いている」

「それでも、二宮さんにはコメットの活動を優先させるべきです!」

 普段温和な犬神さんが珍しく常務に食って掛かったけど、常務の表情は全く変わらない。

「アイドルの自主性を尊重する。それが君達の得意とするやり方だったのではないか?」

「……ッ!」

 彼女に向けていた言葉を投げ返されたPと犬神さんは反論できず俯いてしまった。

 

「なるほど、全てはボクの意志というわけか。フフッ、面白い」

 飛鳥が不敵な笑みを浮かべた。まさかクローネに入るつもりなの?

「ボクがクローネに参加すれば、アイドルとしての成功は約束してくれるのかい?」

「我が346プロダクションが総力を上げてバックアップする。失望はさせないと神に誓おう」

「神に誓う、か。もしコメットが落ちぶれてもボクだけは助けてくれるんだね」

「ああ、約束しよう」

「実に素晴らしい。その言葉でボクは決断したよ」

「そうか。流石は適合者だ」

 美城常務が静かな笑みで満足を示す。

「ボクの答えは────『絶対にNO』だ」

「何?」

 すると意外な回答が返ってきた。その言葉を聞いてさっきまでの笑みが一瞬で消える。

 

「君にとって悪い話ではないはずだが」

「ああ、そうだね。だけどボクは元々権力というものが嫌いなんだよ。そして権力を悪用して他人を好き勝手に弄ぶ人間はもっとディスライク。その上ボクは『自分のことを偉いと思ってるヤツにNOを突きつけてやる』ことが大好きな反逆者なのさ。厄介だろう?」

「……優れた才能をドブに捨てるとは嘆かわしいことだ」

「いくら才能があったところで本人が望まない環境では伸びはしない。さて、これ以上用がないなら戻らせてもらうよ」

「ちょ、ちょっと! 二宮さん!」

 飛鳥がスタスタと出入り口に向かい、その後を犬神さんが慌てて追いかける。扉のドアノブを握ると何か思い出したかのようにこちらを振り向いた。

「ああ、一つ言い忘れていたことがあった。……あまりドブを侮らない方がいい。氾濫して大惨事になってもボクは知らないからね」

 そのまま二人して出ていってしまった。

 

「ニェナーダ・スパシーバ。私も、そのお話は辞退します」

 意を決したような声が室内に響く。その声の主はアーニャだった。

「……君もか。一体何故だ? なぜ新たな可能性を自らの手で潰す真似をする?」

「私はラブライカが、美波が大好きです。だから美波と一緒に進んでいきたいと思います」

「既存のユニットは解散しないと言っているだろう」

「前に、誰かが言っていました。何かを選ぶとは何かを捨てることだと。例え解散はしなくても、ソロで活動することでラブライカとしての活動は減ってしまうはずです。私は、ソロ活動にラブライカ以上の価値を感じません」

 迷いなくはっきりした口調で告げる。その表情に曇りはなかった。

「……もういい。君の意志はよくわかった」

「イズヴィニーチェ。期待に添えず、すみません」

「それで、君はどうかね?」

「私?」

 急に話を振られたので戸惑った。

 

「トライアドプリムスは喝采を集める存在になると私は確信している。他のアイドル達とは違い、頭の良い君なら何が正しい選択かは理解できているはずだ」

「……ごめん。ちょっと、考えさせて」

 絞り出すように呟いた。こんな大事なことを急に言われても直ぐに回答できるわけがない。

「いいだろう。但し今後の仕事の都合がある。今週中に回答を出しなさい」

「……わかった」

「要件は以上だ。仕事に戻りたまえ」

「失礼します」

 そのまま三人で常務室を後にした。

 

「……大丈夫ですか、渋谷さん?」

「トゥイ・フ・パリャートキェ。顔色が悪いです」

 二人が心配そうに私を表情を窺う。

「正直、ちょっと混乱してる。まさかあんな話だとは思わなかったから」

「すみません。事前に確認をしておくべきでした」

「いや、別に……」

  Pは悪くないんだから、そんな申し訳無さそうな表情はしないで欲しい。

 

「体調が悪いようであれば、今日は早退されても構いませんが」

「……なら、そうさせて欲しい。頭の中がごちゃごちゃしててレッスンどころじゃないからさ」

「わかりました。島村さんと本田さんには私から話をしておきます」

「うん。でも今の話のことは伏せてくれないかな」

「承知しています。よく考えて、結論を出して下さい」

「反対は、しないんだ」

 トライアドプリムスへの参加はPにとっては望ましくないはずだけど。

 

「貴女は、今度のプロジェクトに参加して笑顔になれると思いますか」

「……わからないよ。全く考えていなかった選択肢を突きつけられてるんだから」

「問題は、渋谷さんが進みたいかどうかです。それがどんな道であっても、乗り越えた先に笑顔になれる可能性を感じたのなら前に進んで欲しいと私は思います。アイドルフェスの時以上の笑顔になれると思うのでしたら、私は全力でその道をサポートします」

 その言葉に嘘偽りは感じられなかった。

 

 

 

「ニュージェネレーション……トライアドプリムス……」

「あっ!」

 そんなことを呟きながら帰り道を歩いていると加蓮と奈緒に出会った。どうやら偶然ではなく私を待っていたみたいだ。

 お互いに話さなきゃいけないことがあるから、近くのファーストフード店に入った。ボックス席で向かい合う形で座る。

 

「ごめんね、急に付き合わせて。ちょっと話したいことがあってさ」

「……うん、わかってる」

 話したいこととはユニットとのことで間違いないだろう。私が常務から誘いを受けていることはこの子達も知っているはずなのだから。

「トライアドプリムスのこと、なんだけどさ。あたし達は凛と一緒のユニットでやっていきたいんだけど、どうかな!?」

「……色々考えてみたんだけど、多分私は参加できないと思う。本当にごめん」

 奈緒が遠慮がちに切り出してきたので、私の答えを返した。

「そうだよね……。凛にはもうニュージェネがあるんだもんな」

「うん……」

 加蓮や奈緒と共に歌った時は本当に楽しかった。出来れば一緒にやりたいって気持ちはあるけど、やっぱり卯月と未央を裏切れないよ。

 

「でも私、このチャンスは逃したくない」

「ちょっ! 加蓮っ!」

 すると真剣な表情で口を開いた。

「デビューしたいのはもちろんだけど、私は奈緒と凛と三人でもっと歌ってみたい。この前三人で合わせた時、凄く良い感じだった。この三人ならきっと凄いことが出来るって思えたんだ」

「あ、あたしだってそうだよっ!」

 そうか、二人共私と同じ気持ちだったんだ。

「凛はどうなの。あの時、楽しくなかった? 何か可能性を感じなかった?」

「それは……」

 違う、と言えば嘘になる。私だって、この三人なら凄いことが出来るって思ったから。

「明日の5時、レッスン室に来てくれないかな? もう一度この三人で合わせてみよう。そうすればきっと分かるよ」

「……ちょっと、考えさせて」

「うん。それじゃ私達レッスンだから、行くね」

「ずっと待ってるからな!」

 そのまま二人は店外に消えていく。話をすることで胸のモヤモヤが一層強くなってしまった。

 

 

 

 翌日は学校が終わってから346プロダクションに向かった。約束の時間は午後5時だけどその前に寄っておきたい場所がある。30階には向かわずに地下への階段を降りて行った。

「失礼します」

 コメットのプロジェクトルーム前で一声掛けた。すると「ああ、入っていいよ」という返事が返ってきたので扉を開ける。

「ボールを相手のゴールにシュゥゥゥーッ!!」

「フッ……甘いッ!」

「ダニィ!? 」

 部屋に入ると朱鷺と飛鳥が変な玩具で遊んでいた。人が真剣に悩んでいるっていうのに、この子達は……。

 

「いらっしゃいませ、凛さん」

 朱鷺が私に気付くとその手を休める。

「その玩具は何?」

「バトルドームという最近流行中の『超! エキサイティン!!』な対戦型ピンボールゲームです。ネットオークションで新品未開封のものが割安で売られていたのでつい買ってしまいました。凛さんも遊んでいきませんか?」

「いや、いいよ……」

「あら、バトルドームは興味ないですか。それなら人生ゲームや野球盤は如何でしょう? ドンジャラやモノポリーもありますよ!」

「ごめん、そういう気分じゃないから。何だか日に日に玩具が増えてない?」

「小さい頃はこういう玩具で遊んでいる子が凄く羨ましかったんですけど、その反動で色々と買ってしまったのです。いわゆる大人買いと言うやつですね」

 女子中学生でも大人買いっていうんだろうか。

 

「ボク達に用事かい?」

「飛鳥にちょっと訊きたいことがあって」

「何となく察しはつくよ。答えられることであれば答えよう」

「うん。でも……」

 横目で朱鷺の方をちらりと見た。

「プロジェクトクローネの勧誘に関してはアスカちゃんから聞いていますから、そのことであれば私も一緒に話を伺います。私は『世界一口が堅いアイドル』ですから心配なさらないで下さい」

「わかった。じゃあ朱鷺にも聞いて欲しい」

 二人の顔を見ながら話を続ける。

 

「飛鳥がクローネへの参加を断ったのは『権力を悪用する大人が嫌いだから』って話だったけど、本当にそれだけなの?」

「どうしてそう思うんだい?」

「確かに美城常務は好きになれないと思う。だけど飛鳥は人の好き嫌いだけで自分の可能性を潰す子だとは思えないから」

「流石、凛だね。キミの言う通り、断った理由はあれだけではないさ」

「じゃあ、何?」

 すると飛鳥が一枚のカードを財布から取り出す。するとカジノのディーラーがトランプを配るかのように格好良くテーブルの上に置いた。

 

「一番の理由はこれだよ」

 カードには『コメット オフィシャル・ファンクラブ会員証 No.00002 二宮 飛鳥』と記載されていた。

「ファンクラブ会員証が理由?」

「ああ。ボクはコメットのメンバーであると同時に一番のフリークなのさ。ファンとしては応援しているユニットのメンバーにはいつでも100%の力で頑張って欲しいと思うだろう? 掛け持ちではコメットに全力を注げないからボクは降りたのさ」

「でも、DIOだってやっているじゃない」

「あれはイベント限定の不定期なユニットだから然程問題ない。だが恒常的に二つのユニットを兼ねるとなると話は違う。純粋に仕事量が二倍になるのだから余程の天才でなければ瞬く間に破綻するだろう。ボクはそこまで自分を過大評価していないし、新企画に魅力を感じていないからね」

「そう、なんだ」

 アーニャが断った理由と同じだ。やっぱり二つのユニットを兼ねるなんて無理なんだろうか。

 

「まぁ反逆者とか言い出しちゃう辺り、この間私が貸したペルソナ5の影響も多分にあったんだろうと思いますけどねぇ」

「なっ!?」

 飛鳥の顔が急に赤くなったけど、朱鷺は構わず言葉を続ける。

「コメットを優先して頂いてリーダーとしては本当に嬉しく思います。アスカちゃんが言う通り、どんな偉人でも一日は24時間と決められていますからユニットの掛け持ちなんて並大抵な覚悟で出来ることではありません。

 プロ野球の世界だって投手と野手のどちらかを極めるだけで精一杯です。投手と野手の二刀流が可能な選手はそれこそ二十年に一人の天才くらいなものですよ」

「うん……」

「しかし、そんなことは問題ではありません!」

「えっ?」

 朱鷺が唐突に叫んだので些か呆気にとられてしまった。

 

「問題は凛さんがどうしたいかです。出来るか出来ないかで考えるのではなく、やりたいかやりたくないかで考えましょう。もし挑戦して上手く行かなかったのなら仲間に協力してもらえばいいんです。確かに人一人には24時間しかありませんけど、仲間が百人いれば2400時間もあるのですから」

「やりたいか、やりたくないか……」

 その言葉が心に強く残った。すると朱鷺の表情が不意に優しくなる。

「それに凛さんは二十年に一人の天才だと思いますよ。どちらを選択しても私は貴女の味方です。貴女を非難する奴がいたら私が絶対に許しませんから、そのことは憶えていて下さい」

「凛がどんな選択をしようとも、ボク達はキミを応援するさ」

「ふふっ。ありがとう」

「決めるのは凛さんです。生まれ変わりでもしない限り人生に二度目はないんですから、後悔しない選択をして下さいね」

「うん、そうする」

 二人に相談することでもやもやしていた心が晴れていくのを感じた。友達って、いいな。

 

 

 

 話しているとあっという間に午後5時になったので、約束通り私はレッスン室に向かった。

「おはようございます」

 中に入るともう加蓮と奈緒がいた。二人共少し安心したみたい。

「来てくれたんだね、凛」

「それが新曲?」

「そうっ! トライアドプリムスのデビュー曲! ……になるかもしれない曲だよ」

 手渡された楽譜を確認すると曲名が書かれていた。

「『Trancing Pulse』……」

「まず私と奈緒で歌うよ」

「う、うん」

 

 すると二人が新曲を歌っていった。それぞれの歌声によって広がる波が折り重なり色彩を増していく。パワフルな歌声に負けない旋律が私の心を掴んで離さなかった。

「綺麗……」

 思わず呟いてしまう。この中に私が入ったらどうなるんだろうか。自然と心臓の鼓動が早くなってしまう。

「ほらっ、凛も一緒に、ね?」

「えっ?」

「あたし達に合わせて一緒に歌おう!」

「……うん、わかった」

 

 何回か通しで歌った後一息つく。

「今日はありがとう。一緒に歌えて嬉しかった」

「こっちこそ」

「えへへ。やっぱりあたし達相性いいよなっ。初めてちゃんと合わせたとは思えないって!」

 確かに奈緒の言う通りだった。この二人とは波長が合うみたい。

 Pが言う『乗り越えた先に笑顔になれる可能性』を今はっきりと感じた。

 

「……それで、どうかな?」

「トライアドプリムスのことだけど、答えは少しだけ待って欲しい。先に話さなきゃいけない子達がいるからさ」

「うん。今日はあれこれ訊かないよ。でもきっと良い返事が返ってくると思ってるから」

「あたし達はいつでも待ってるからなっ!」

「ありがとう」

 二人にお礼を言ってからレッスンルームを後にする。そしてそのままプロジェクトルームに足を向けた。この時間なら、未央と卯月はそこに居るはずだから。

 

 

 

「おはよー! しぶりんっ!」

「おはよう、凛ちゃん!」

「……おはよう」

 部屋の扉を開けると二人が出迎えてくれた。タイミングが良かったのか、他の子達はいないみたいで広い室内ががらんとしている。

「もうっ、来るのが遅いぞ~! 今日から秋のライブに向けて猛特訓なんだから!」

「あのさ、二人に話しておきたいことがあるんだけど、いいかな?」

「は、はい……」

 

 それからは未央と卯月に今までのことを話した。プロジェクトクローネに誘われていること、そしてニュージェネレーションとは違う可能性をトライアドプリムスに感じていることを、私なりの言葉で正直に伝えると二人共押し黙ってしまう。その顔は湿気を含んだ風が向こうから吹きつけてきたかのように曇った。

「プロジェクト、クローネ……」

「参加したいってどういうこと!? そんなことする必要はどこにもないじゃない。これからみんなで力を合わせて美城常務に立ち向かおうって時なのにさ!」

「アーニャちゃんと飛鳥ちゃんは断ったんですよね? それなのに、なんで……」

「私も初めは断るつもりだった。でも感じたんだ。奈緒と加蓮と一緒に歌った時に新しい何かを」

「新しい、何か……」

 漠然とした感情なのでそれを言葉で表現するのはとても難しい。

 

「それが何かはまだはっきりしない。でも私が笑顔になれる可能性がそこにはあると思ったんだ」

「ちょ、ちょっと待って。それじゃあニュージェネはどうするの?」

「ニュージェネは辞めない。私は両方の道を進んでいきたいんだ」

「そんな簡単なことじゃないじゃん!」

「我儘を言っているのはよく分かっているよ」

「私、この三人だからここまでやってこられたと思う。この三人ならどんなことでも乗り越えられるし、どんなことでもチャレンジできるって思ってたんだ。その笑顔になれる可能性って、ニュージェネじゃできないの? 私達とじゃ駄目なの!?」

 未央が今までで一番真剣な表情で問いかけてくる。二つの道を進むと決めた以上、この質問にはちゃんと答えないといけない。

 

「ニュージェネが駄目って訳じゃないことは分かって欲しい。実際、未央と卯月と一緒に演っている時は楽しいし、あのアイドルフェスだって最高だった。私達はもっともっと上のステージに向かっていけると思う。

 だけど、奈緒や加蓮とはニュージェネとは違う可能性を感じてる。皆の言う通り、ユニットの掛け持ちなんて並大抵な覚悟で出来ることじゃないけど、それでも私はやりたいんだ」

 二人の目を見ながら、嘘偽りのない本当の気持ちを思いっきりぶつけた。多分嫌われてしまうかもしれないけど仕方ないと思う。とんでもない我儘を言っているのは私なんだから。

「そう。やっぱり真剣なんだ」と呟いて未央が俯く。その体は小刻みに震えていた。

 

「……ふ、ふふっ。あはははっ!」

 すると勢い良く笑いだした。締りのない笑い声がルーム内に強く響く。

 な、何? 何なの?

「駄目ですよっ、未央ちゃん。まだ途中だったんですから」

「ごめん、しまむー。だってしぶりんがあまりに迫真な表情だったから……。あ~おかし~!」

 卯月がたしなめると笑い疲れた様子の未央がようやく落ち着いた。

「一体どういうこと?」

「ごめん! 実はさっき、トライアドプリムスのことについてとっきーから話を聞いてたんだよ」

「話を?」

「凛ちゃんがクローネに誘われていることやトライアドプリムスに惹かれていることも教えて貰いました」

「うん。しぶりんはニュージェネを大事にしているからこそ本気で苦しんでいるってね」

「じゃあ何で知らないふりをしたの?」

 さっき話をした時にはそんなこと一言も言ってなかったじゃない!

 

「朱鷺ちゃんが『凛さんの思い、そして覚悟を試してあげて下さい』って助言してくれたんです」

「それで一芝居打ったってわけ。そのおかげでしぶりんの覚悟がわかったから良かったな~。どう? 未央ちゃんの演技は中々だったでしょ?」

「はい! 迫真の演技でした!」

 つまり私は全てお見通しの二人に熱弁を奮っていたんだ。真相を聞いて顔が熱くなる。

「……いいじゃん。トライアドプリムス、やってみなよ」

「いいの?」

「はい。凛ちゃんが真剣なことは私達もよくわかりましたし」

「その代わり、ニュージェネの活動で手を抜いたらオシオキだよ~!」

「うん、絶対に手を抜かないって約束する」

「はいっ、嘘吐いたら針千本です!」

 二人共温和な表情を見せた。私の活動に理解を示してくれたこの子達を裏切る訳にはいかない。

 

「あっ、そうだ。そう言えばとっきーから伝言があるんだった」

「……何?」

「え~と、『先程私は世界一口が堅いアイドルを自称しましたが、世界一口が軽いアイドルの言い間違いでした。ここにお詫びして訂正致します。おとなはウソつきではないのです。まちがいをするだけなのです』だって」

「あいつ……」

 信用した私が馬鹿だった。でも未央と卯月が理解してくれたのはそのお陰かもしれないので、何だかもどかしい。

 

「私も何か新しいことに挑戦して見ようかな~」

 朱鷺の事を考えていると未央がそんなことを呟く。

「新しいことって?」

「私最近演劇に興味あるんだよね~。だから今度ミュージカルのオーディションに応募してみようかと思ってるんだ!」

「へぇ、いいじゃない。やってみなよ」

 さっきは完全に騙されたから、意外と演技者としての素質はあるのかもしれない。

「しまむーも何か新しいことをやってみたら?」

「わ、私、ですか? でも、何をすればいいんでしょう。私、新しいことに挑戦するの苦手ですから……」

「そんなに無理して見つけなくてもいいよ。やってみたいことが出来たら挑戦すればいいんだし」

「が、頑張りますっ!」

 卯月の表情に影が差していたのが少し気になった。

 

「しぶりんがトライアドプリムスに参加してもニュージェネは永遠に不滅だよっ!」

「うん、わかってる。これからも一緒に頑張っていこう!」

「はいっ!」

 少し形は変わってもニュージェネは私の大切な居場所なんだ。自分が二十年に一人の天才かはわからないけど、ニュージェネとトライアドプリムスの二つを必ず掴み取ってみせる。

 

 だって、私の運命は私自身が決めるものだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第56話 サイキックイリュージョン

「ファミチキください」

「はい、畏まりました」

 コンビニでの会計の際に思わず男性店員さんに声を掛けてしまいました。本当は買い食いは良くないんですけど、体に悪いジャンクフードを欲してしまうお年頃なので誘惑には敵いません。

 今日はモデルのお仕事でしたが、一般的なイメージと違いポーズを取ったりして結構動くのでお腹が空くのです。だから夕食前にちょっとつまんでしまうのは仕方がないのでした。前世とは違って揚げ物を食べた後の胸焼けもありませんしね。

 

 ファミチキが包装されるのを待っていると怪しい風貌の若い男性が慌てた様子で店内に飛び込んできました。膀胱が限界にでも達したのかもしれません。

「か、金だっ! 金を出せっ!」

 すると手にしたクラッチバックからサバイバルナイフを取り出し、凄い剣幕で叫び出しました。

 これはいわゆるコンビニ強盗というやつでしょうか。強盗は前世の警備員時代に遭遇して以来なので結構久しぶりです。

 あの時は右脇腹を刺されて結構大変でしたねぇ。全治二ヵ月でしたが会社の人手が足りなさ過ぎたので部長に強制退院させられて、血を滲ませながら立哨警備をしてましたっけ。

「早く出せよっ! じゃねえとこの女をブッ刺すぞ!」

「はい?」

 そう叫びながら片手で私を羽交い締めにします。おお、刑事ドラマみたいで楽しい。

 

「お、お客様。どうか落ち着いて下さい……」

「だから金だっつってんだろオォ!」

 その後も大声で金銭を要求しますが、店員さんは恐怖で固まってしまいその場から動けないようでした。最初こそ新鮮でしたが次第に飽きてきたので早くお金を持って逃げて欲しいです。なんて言ったって私の可憐な胃袋はファミチキを熱望しているのですから。

「ちっ、どけっ!」

 強盗が私を抱えたままレジカウンター内に侵入しようとします。進路にいた店員さんを勢いよく突き飛ばすと、その拍子にファミチキがポトリと床に落ちました。

「わ、私のファミチキ……!」

「何呑気なこと言ってんだこのアマッ! これが見えねえのか!」

 ナイフを見せびらかして脅してきましたが、怒りに駆られた私には関係ありません。

 

「……して」

 次の瞬間、常人に補足不可の速度で手刀を繰り出します。するとナイフの刃が寸断されました。

「え?」

 強盗が柄だけを握りしめながらあっけにとられます。

「……返してよ。ファミチキちゃんを返して! 返してよ!」

「ちょっ、ちょっと待っ……」

 

 

 

 ジョインジョイントキィ(以下略)

 

 

 

「……くすん」

 コンビニ強盗解体ショーを無事執り行った後、早足にその場を立ち去りました。

 あれが最後の一つだったので結局ファミチキは食べられずじまいです。怒りの余り思わずノーミスフルコンボを喰らわせてしまいましたよ。ほんの少しだけ過剰防衛だったような気がしないでもないですが、まあやっちまったものは仕方ありません。どうせ私の顔なんて誰も覚えていないですから問題ないでしょう。

 

 お家に帰るためそのままの足で最寄りの駅に向かいます。すると怪しい二人組の美女を見かけました。どちらの顔にも見覚えがあります。

「おっ! 今日初めての第一村人……じゃなかった、第一アイドルがやってきたよ♪ 本日のスペシャルゲストだ~☆」

「ただ通りかかっただけよ。それにしても、これって完全に前回と同じ流れね」

 パツキンのチャンネーとクールな美女がこちらに近づいてきます。チャンネーの手にはビデオカメラが収められていました。面倒事には巻き込まれたくないのでこっそり逃げようとしましたが後の祭りのようです。

 

「やっほー♪ 呼ばれてないのにフレデリカー!」

「おはようございます。フレデリカさん、奏さん。こんなところで奇遇ですね。……それで、二人して一体何をやっているのですか?」

 状況が掴めないのでスルーして挨拶しました。

「おはよう、朱鷺。今回はブラデリカ・リベンジスペシャルよ」

「ブラデリカ……ああ、例のアレですか」

 

 お察しの通り、今お話をした宮本フレデリカさんも346プロダクション所属のアイドルです。

 お母さんがフランス人でお父さんが日本人のハーフでして、生まれはパリですが日本での生活が長くフランス語は全く話せないそうです。時折思い出したかのように会話の中に単語を混ぜ込んでますけど。

 元々は短大生でしたがお友達の勧めもあり、ノリと勢いでアイドルになったと以前伺いました。時折思慮深い面も覗かせますけど基本的には能天気でお茶目な性格をした明るい方です。私のような陰キャとは真逆と言えるでしょう。

 

 フレデリカさんがプロジェクトクローネのメンバーに選ばれたことは346プロダクション七不思議の一つです。フランス人形のように可愛いですしミスター無責任みたいで親しみやすい素敵なアイドルであることは間違いないですが、宝石のような高級感とお城のような綺羅びやかさを感じさせるかというと……ねぇ?

『かつての芸能界のようなスター性を取り戻す』と声高に叫びながらアイドルロックバンドを立ち上げようとするなど、最近の美城常務はちょっと壊れてきたんじゃないかと少しだけ心配になります。こんなに私と美城常務で意識の差があるとは思わなかった……!

 なお、アイドルロックバンドは参加アイドル達の反抗に遭い無事企画倒れに終わったそうです。残念でもないですし当然でしょう。

 

「以前ブラデリカの収録をした時は結局ボツになったって聞きましたけど」

「その通りよ。前回の動画は美城常務の指示で公開を差し止められたから今度こそって張り切っているの。主演・監督・撮影・演出諸々担当のフレデリカがね」

「初回は自信作だったんだけど、『君達は余りにも自由過ぎる』ってジョームに怒られちゃった。テヘッ♪」

 その態度と表情を見ただけで一ミリも反省していないことがまるわかりでした。

 

 ブラデリカとは以前フレデリカさんがプロジェクトクローネをアピールするために試みた独自企画です。ビデオカメラ片手に街を自由に散策し、相方のアイドルと自由気ままにお喋りをしたり地元のお店を巡ったりして彼女達の素の姿を伝えるという意図があるようです。

 完成品をMytubeの会社公式アカウントで公開しようとしたところ、予想通り美城常務から待ったが掛かりました。『別世界のような物語性の確立』がクローネの至上命題ですから親しみやすい素顔を表に晒すのは気に食わないのでしょう。全く、窮屈な事務所になったものですよ。

 クローネは彼女が必死になって立ち上げた起死回生のプロジェクトであり、プチッと潰しちゃうと多分再起不能になるので手出しはしていないですが、この調子だとその内武力介入せざるを得なくなるかもしれません。

 

「それじゃあ、ファンのみんなに向けて一言ちょ~だい♪」

 カメラを向けられました。今回もお蔵入りだと思いますけど何か適当に言っておきましょうか。

「え~と、皆さんこんにちは。コメットの七星朱鷺です。私のファンの方々に一言とのことなので一つお願いをさせて頂きます。

 先日スマイル動画に投稿した『バーガーバーガー』のRTA動画ですけど、沢山の再生やコメント、広告設定をして頂き誠にありがとうございました。ただ私も一応アイドルなので『ガーバーガーバー』や『ガバガバ』ってコメントばかり入れるのは控えて頂けると嬉しいです。『コメット最高』とコメントすればきっと幸せになれると思いますよ!」

 

 バーガーバーガーはハンバーガ屋さんを経営するシミュレーションゲームですが、動画内コメント全体の約三分の一がそういった内容で埋め尽くされていたのでかなりゲンナリしました。確かに操作ミスで予定とちょっと違うものが出来上がったり、その場の思い付きで豆腐の唐揚げを三段重ねたキワモノハンバーガーを作ってしまいましたが、あれはきっとコントローラーの効きが悪いのが原因なんです。私は一切悪くありません。

 後半は作業ゲーなので暇潰し用に私達のライブ映像を同時上映しダイレクトマーケティングを仕掛けたところ思ったより好評でした。事務所からは怒られましたけど。

 

「今日は仕事だったの?」

「ええ、ファッション誌のモデルの撮影でして。これから帰るところです」

「ヘーイガール、一緒にブラデリカしな~い!?」

 思いがけないお誘いを頂きました。私を誘うとはどんな判断だ。時間をドブに捨てる気か。

「わ、私もですかぁ~? でもクローネの所属ではないですし、皆さんのお邪魔になるので謹んで辞退します~」

「旅は道連れっていうじゃない。それとも私達と一緒に過ごすのは嫌?」

 くっ。中々いやらしい質問をしてきます。フレデリカさんと奏さんと私という組み合わせで収録が平穏無事に進むはずがないのでお断りしたかったのですが、今拒否するとまるで私がこの二人を嫌っているようなイメージを与えてしまいます。

 

「そんなことありませんって」

「ふふっ、冗談よ。可愛いわね、朱鷺は」

「……わかりました。ご一緒させて頂きます」

「フフフンフフーン♪ フフフンフフーン♪ フンフフンフンフンフーンフン♪ 朱鷺ちゃんがなかまにくわわった! これがRPGだったらもうクリア確定だね!」

 ドラクエで仲間が加わる際のBGM(鼻歌)に暖かく迎え入れられました。ぶとうか・おんな(レベル774・通常攻撃が敵全体二回攻撃)ですからその感想は間違っていません。

 

 

 

 そのまま三人で歩き始めましたが、どこに向っているのかふと疑問に思います。

「これからどちらへ行かれるんですか?」

「賑やかな方が楽しそうだから駅前に行くつもりだけど、そこからは特に決めてはいないわね」

「動画映えするものなら何でもオッケー☆ バッチリ撮っちゃうよ~」

 完全に『ブラタ○リ』のフレデリカ版ですね……。誤魔化す気すら無くていっそ清々しい。

 

「おっ、あれは~!」

 するとフレデリカさんが駆け出しました。何かと思って二人で後を追います。

「一体どうしたんです。金塊でも落ちていましたか?」

「ほーら、あれ見て♪」

 目をキラキラ輝かせて少し遠くの地面を指差すので視線を移すと、歩道上に何か黄色い物体がありました。

「バナナの、皮?」

「どうやらそうみたいね」

「ふたりとも当たり~! じゃ滑って転んでみよっか、朱鷺ちゃん?」

「ファッ!」

 あらいけない、ついつい地が出てしまいました。危うく私の清純派アイドルとしてのイメージが台無しになるところでしたよ。

 

「何で転ばないといけないんですか」

「バナナの皮を見た人は足を滑らせて転ぶ。フランスじゃ常識だよ~?」

「おフランスへの熱い風評被害は止めて差し上げなさい」

「バナーナァ、スベッテェ、コローブゥ。どうどう? フランス語っぽかった?」

 聞いちゃいませんねぇこのアイドル版高○純次さんは。

「わかりました。転べば良いんでしょう、転べば」

「あら、もっと抵抗しないの?」

「無駄な抵抗はしない主義なので」

「ふふっ」

 奏さんのことですから先程と同じく私が断れないよう誘導してくるに違いありません。グダグダと問答を続けるよりは一度で終わった方が動画的にスムーズなのでさっさと転ぶことしました。

 

「じゃあ行きます」

「おっけおっけ~! ダコール☆」

 せめて英語とフランス語のどちらかに寄せてほしいと思いつつ、バナナの皮に向かって歩いて行きます。

「……はっ!」

 皮に足を載せると確かに滑りました。普通に転んでも面白くないので滑った勢いを利用して踏み切り上空に昇ります。そのまま体を丸めて十回以上宙返りをした後で着地しました。

「う~ん、ちょっと回転が足りませんでしたか」

 自分としてはいまいちな出来でした。だからといってもう一回やる気はありませんけど。

 

 するとフレデリカさんが駆け寄ってきます。

「わーお☆ なんだか漫画みたいだったよー。こんなに回転するなんて、すごいよねー! バナナの皮♪」

「褒めるならせめて私にして下さい……」

 彼女相手だと私ですら終始ツッコミに回らざるをえません。

「そういえば何か割れた音しなかった?」

「ええ、確かに陶器が割れたような音がした気がします」

 バナナの皮で滑った直後くらいに聞こえた気がしたので気にはなっていました。

 

「どうやら、勘違いじゃないみたいよ」

 遅れてやって来た奏さんが道路の向かい側を指差します。そこには真っ青な顔をした高校生くらいの女の子がいました。手には紙袋を抱えていますが、なぜかバナナの皮が突き刺さっています。

 物凄く嫌な予感がするものの、無視して立ち去るのも清純派アイドルとしてどうかと思うので三人で少女の元に駆け寄りました。

「あの、大丈夫ですか?」

「ミ、ミサイルが飛んできて、それがバナナなんですっ!」

 しどろもどろになりながらも事情を説明しようとしました。どうやら嫌な予感が的中してしまったようです。

 

 

 

「つまり、朱鷺が踏んだバナナの皮がその紙袋に命中したという訳ね」

「申し訳ございません……」

「モンデュー! でも怪我がなかったから良かったよ~♪」

 少女に向って深く頭を下げました。上空に舞い上がるため思い切り地面を蹴った際にバナナの皮も巻き込まれたようです。たかが皮といっても私の力が加われば事実上の弾道ミサイルになってもおかしくはありません。頭や胸に当たっていたら恐らく即死だったと思いますので、全身から冷や汗が滲み出てしまいました。

 

「私は大丈夫なんですが、荷物の方が……」

 少女が紙袋を揺らすとガチャリという音が周囲に響きました。

「良かったら何が入っているのか教えてくれる?」

「……食器セットです。今日は両親の結婚二十周年の記念日なので、お母さんが前から欲しがっていたこの食器をプレゼントしようと思って買ったんです。それがこんなことに……」

 今にも泣き出しそうな顔を見ると罪悪感が数十倍に膨れ上がりました。

「本当にすみませんでした! 全額弁償しますからお値段を教えて下さい!」

「……税込みで十万円です」

「おべぇ!」

 食器で十万円 !? マジで!?

 

「その紙袋は高級陶磁器メーカーの『キナシ』のものよ。十万円しても不思議ではないわ」

「ウチにもティーセットがあるけど、結構いい値段したってママが言ってたよ~♪」

 前世では百円ショップの食器しか使っていなかったので軽くカルチャーショックです。だって十万円あればハイエンドのグラフィックボードが買えるんですよ! それをお皿につぎ込むなんて正気の沙汰とは思えません。

「……お母さんが前から欲しいって言っていたので、姉妹で毎月貯めていたんです」

「だ、大丈夫ですよ。十万円くらい弁償しますから……」

 震える手でお財布を取り出します。

「支払いは任せろー!」とヤケクソで叫びながらマジックテープを剥がしてお札を取り出しました。しかし諭吉先生は二人しか居ません。

 

「あ、あの……お支払いは後日ということではダメですか?」

「結婚記念日のお祝いは今日なので明日以降だとあまり意味が無くなってしまいます……」

「ですよねー」

 さて困りました。いや、以前闇ストリートファイトで稼いだ賞金やお仕事のギャラはそれなりにあるのでお金自体は持っているんです。それを銀行に預けているという点が大問題でした。

 中学生なので当然クレジットカードは持っていませんしキャッシュカードは家です。それに七星家では子供が大金を下ろす際には使用目的をお母さんに説明し許可を得るというルールがあるため今家に帰っても無意味でした。

 それにこの時間はお仕事中です。私の両親は普段こそ親馬鹿ですが診療中は至って真面目なので私事で訪問しても門前払いを喰らうに決まっています。そうなれば周囲を頼るしかありません。

 

「あの~、今だけお借りすることは出来ないでしょうか? 明日ちゃんと返しますから!」

  奏さんとフレデリカさんにお願いしてみました。

「構わないけど、現金は三万円しかないわね。キャッシュカードは持ち歩かない主義だからこれ以上の額を直ぐに用意するのは無理よ」

「フレちゃんはおサイフ自体、家に忘れてきちゃった~♪」

 一銭も持っていないにも関わらずなぜ渾身のドヤ顔なのか、コレガワカラナイ。

 

 奏さんから一時的にお借りするとしても後五万円ですか。

 事務所はここからだと遠く、電車の乗り換えを考えると往復3時間以上掛かります。行って帰ってきたら結婚記念日のお祝い会に間に合わないでしょう。最短距離を走れば往復30分程度ですが、今は人通りの多い夕方なので下手をすると都市伝説の正体が私だとバレる恐れがあります。

 鎖斬黒朱の連中を急遽招集して上納金を回収(カツアゲ)しようかとも思いましたが、撮影されている動画が万一流出してあんなクソみたいな反社会的勢力との繋がりが表沙汰になったら清純派アイドル人生が終わってしまうので却下でした。

 闇医療で荒稼ぎする方法も不可です。私の医療技術は世間には伏せていますので、もしバレたら世界中から患者が押し掛けて来てアイドル業どころではありません。

 こういう時に頼りになるのは担当P(プロデューサー)のはずですが、そこは信頼と実績のクソ犬でした。LINEで緊急のメッセージを送っても一向に見やしません。今度会ったら開幕ガゼルパンチを御見舞して差し上げようと心に誓いました。

 

「万策尽きた……」

 思わず頭を抱えます。この状況で五万円をどうやって用意しろというのでしょうか。誰か30分で五万円稼げるバイトを紹介して欲しいです。いいえ、どうせロクなバイトじゃないのでやっぱり紹介しなくていいです。

「フンフンフーン♪ 困った時はアタシに任せなさ~い♪」

「あら、何かいい案でもあるの?」

「うん!」

 素敵な笑顔のまま言い切ります。とても嘘を言っているようには見えませんでした。

「本当ですか?」

「心配しなくていいよー♪ だってフレちゃんがついてるんだもん! 安心安心☆ へへー♪」

 先程以上に嫌な予感がしましたが本当に大丈夫なんでしょうか……。

 

 

 

「レディースエーンドジェントルメーン♪ 奇跡のサイキックイリュージョニスト、アイビスちゃんの大マジックショーがはーじまーるよー!」

 駅前広場にフレデリカさんの可愛い声が響きました。その声と美麗な容姿に引き寄せられるようにして、道行く人々が足を止めます。

 

 彼女が提案したプラン──それは路上パフォーマンスでおひねりを稼ぐというものでした。 

 常人であれば路上パフォーマンスで五万円を稼ぐことは困難ですが、私の身体能力を上手く使えば短時間で大金を稼げるのではないかとの結論に至ったのです。私としても合法的に稼ぐ方法が他に思いつかないので止む無くこの案に乗ることにしました。

 一応私もそれなりの知名度があるため、素のままだと正体がバレて人が殺到してしまうので謎の大物イリュージョニストという設定にしています。百円ショップで買ってきたサングラスや蝶ネクタイ、ウィッグを装着しているので一見私とはわからないでしょう。

 フレデリカさんと奏さんは私の助手役として、同じく伊達メガネで変装して貰いました。一応ブラデリカは続いているため被害者の少女にその様子を撮影頂いています。

 

「は~い! ここに何の変哲もない風船があるよ~♪ これからこの風船をアイビスちゃんのサイキックパワーで割っちゃうから期待しててね♥ では、レッツラパーティーターイム♪」

 同じく100円ショップで買ってきた風船を掛け声と共に一つ手放します。物理法則に従ってその風船は空へと昇って行きました。

「サイキック・ソニックブーム!」

 わざとらしく叫びながら観客に見えないくらいの速さで拳を繰り出します。すると風船が物凄い勢いで破裂しました。

 その様子を見た観客達からわあっと歓声が上がります。

「まだまだ行くわよ。それっ!」

 今度は奏さんが風船を放ちます。一度に五個でしたが先ほどと同じ要領で破壊していきました。

「こっちも負けてないよ~♪」

 再びフレデリカさんの方に向かい、その手から放たれた多数の風船を割り続けていきます。

 すると歓声が更に大きくなりました。

 

 当然ですが、これはマジックでも何でもなく只の物理攻撃です。

 この技────『風の拳』は北斗神拳の技ではありません。以前参加した闇ストリートファイトの元ランキング一位からパクリました。拳を超高速で打ち出すことで拳大の空気の塊を飛ばし攻撃する技でして、 一撃の威力は高くないですが連続で飛ばせるので遠距離攻撃技が少ない北斗神拳のサポートスキルとして有用です。

 なお、威力は高くないと説明しましたがそれは元の使い手さんの話であり、私が試しに五十メートル程距離を取って撃ったところ実験台のタウンページくんが粉々に消し飛びました。しかも100%中の30%程度の舐めプ状態でその威力です。それを一秒間に二十発、何時間でも連続して放つことが可能です。

 ……ガチれば一人で列強諸国を潰せそうな気がしてきました。いや、別にやる気はないですけどね。今のところは。

「アメージーング! すごーいって思ったらおひねりをちょーだいね♪」

 すると何人かの観客がおひねり用の箱に硬貨を入れていきました。しかし目標の五万円には程遠いのでどんどん続けていきましょう。

 

「続いては人体瞬間移動マジックよ。アイビスが一瞬の内に瞬間移動するから、瞬きしないでしっかり見ていってね」

 奏さんとフレデリカさんが黒色のゴミ袋を広げて手に持ちます。奏さんの背後に回りゴミ袋で姿を隠すようにしました。

「サイキック・テレポーテーション!」

 北斗無想流舞で一瞬の内にフレデリカさんの背後へ瞬間移動しました。勿論常人には捉えられない速度です。

「じゃかじゃかじゃか~じゃん! はーい、見事成功~♪」

 ゴミ袋の目隠しを外します。観客達のどよめきが一瞬広がった後、直ぐに大歓声に変わりました。その声に惹き寄せられて更に人が集まってきており、おひねりを入れる人も加速度的に多くなっています。このペースであれば五万円確保も夢ではありません。

 

「お客さんがどんどん増えてきたよー! じゃあ次は空中浮遊でもやってみよう♪」

「えっ、それは……」

 いくら何でも浮くのはマズいような気がするので思わず躊躇いました。

「これもあの子のためよ」

「うっ。そう言われてしまうと何も言えませんね……」

 悪いのは私ですから仕方ありません。ここは覚悟を決めるしかありませんか。

「では行きます。サイキック・レビテーション!」

 その場で軽くジャンプし、そのまま気の力を利用して高度を維持します。すると観客席から物凄い歓声が上がりました。

「種も仕掛けもアーリマッセーン♪」

 本当に種も仕掛けもないのですから困ったものです。むしろあって欲しいと心から思いました。

 

 その後もサイキックイリュージョンという名の物理スキルを披露していきました。北斗神拳は人体の破壊が主目的なので『ワンピース』や『NARUTO』などと比べて技が若干地味なんですよねぇ。火や雷を使えるとビジュアル的に派手になるので大道芸人としては助かります。私の力では高速移動で一人ダブルスをするくらいしか出来ません。

 気付くと駅前広場が人で埋まっていました。おひねり用の箱には満杯で、樋口さんや野口さんが多数突っ込まれています。多分あれだけで十万円以上はあるでしょうから無事目的は達しました。

 

 一安心していると何やらサイレンの音が聞こえてきます。

「あちゃー、警察が来ちゃったみたいだねー♪」

「無許可無届出の状態でこれだけの騒ぎになれば当然よ」

 あの二人が全く悪びれずに淡々と反応します。クローネ組は肝が据わった人が多いですねぇ。

「のんびりはしていられませんよ。このあたりの警察署は私の支配下エリアを越えていますので、捕まったら少し面倒なことになります。早く撤退しましょう!」

「うん、わかった! ……と、いうことで奇跡のサイキックイリュージョニスト、アイビスちゃんの大マジックショーはこれでおしまい! みんな、見てくれてありがとね~♪」

 フレデリカさんがシメの挨拶をすると万雷の拍手が周囲に響きました。普段のライブでもこんなに大きな拍手を頂くことはないので心中複雑です。

 

「はい、ではこれを差し上げます」

 被害者の少女におひねりの箱を渡すと少し困ったような顔をしました。

「これ、軽く十万円以上はあると思いますけど……」

「残りは慰謝料と迷惑料です。家族の皆さんで何か美味しいものでも食べて下さい」

「あ、ありがとうございますっ!」

「それと、お父さんとお母さんをいつまでも大切にしてあげて下さいね!」

「はいっ!」

 何度も頭を下げる少女をその場に残し、三人で駅前広場を脱出しました。

 

 

 

「この辺りまでくれば大丈夫そうね」

「はい、流石にもう追っては来ないでしょう」

 ダッシュで隣駅の近くに辿り着くと二人が息を整えました。児童公園があったので三人でベンチに座ります。

「あー楽しかったー♪」

「私は精神的に疲れましたよ……」

 サイキックという名の物理スキルによる脳筋イリュージョンでしたので周囲に被害を与えないよう力を加減するのが本当に大変でした。風の拳なんて下手をしなくても人をコロコロしちゃいますから。

 

「でも久々に楽しかったわ。いい気晴らしになったわね」

 奏さんの言葉と少し憂鬱そうな表情に引っかかるものを感じます。

「……最近は楽しくないんですか? 折角クローネという選抜チームのメンバーに選ばれたのに」

「クローネ自体は結構良い企画だと思うし、それに参加したことは間違いじゃないって信じてるわ。ただ、予想よりも周囲の風当たりが強くて辟易しているっていうのはあるわね」

「同じ社内なのに完全に敵みたいな扱いだもんねぇー。他のアイドルの子達との関係もギクシャクしちゃってるし。ブラデリカでもしてないと息が詰まっちゃうってー♪」

 なるほど。プロジェクトクローネは社内での評判が大変芳しくない美城常務肝入りの企画です。その余波がクローネのメンバーにも及んでいる訳ですか。アイドルの子達は皆良い子なので敵視されることはないと思いますが、一般の社員からはそういう目で見られてもおかしくはありません。

 

「唯や周子達は芯が強いから大丈夫だけど、文香やありすちゃんは心配よ。あの子達は敵意や悪意を向けられることに耐性がないから」

「ありすちゃんなんて周りの人を警戒しちゃって野良猫チャンみたいになってるもんね~。みんなとお友達になればいいのに~♪」

「何か上手い解決策はないかしらね」

 選ばれた者と選ばれなかった者で溝が出来てしまうのは仕方のないことですが許容できる範囲を超えているようです。常務の評判が悪いのはある意味私のせいですしクローネのメンバーも保護対象ですから、対策を立てて近日中に実行する必要があるでしょう。

 

「よーし、じゃあ撮影も無事終わったし、帰ろっか♪ 今日は付き合ってくれてアリガトしるぶぶれー♪」

「そうね。もう日が落ちているから早く帰りましょう」

「早く家でご飯を食べたいです。いい加減お腹が空きましたよ」

 この日はそのまま解散しました。ICカードの残高が不足していたため、涙目状態でお母さんに駅まで迎えに来てもらったことはここだけの秘密です。

 

 

 

 その後、ブラデリカ・リベンジスペシャルの動画は編集の上フレデリカさんの個人アカウントでMytubeにこっそりアップされました。私のサイキックイリュージョン(物理)の様子も完全収録されており、全世界におけるその日のMytube再生回数ランキングトップ5に入ったそうです。

 グッド数が本当にとんでもないことになっており、世界的に有名なイリュージョニストから絶賛のコメントを頂きました。後継者として是非招きたいというオファーも同時に来ています。

 同じエスパーアイドルとして堀裕子さんから一方的にライバル視されるようにもなりました。

 

 ですから! 私がなりたいのはエスパーでもイリュージョニストでもなく、清純派アイドルなんですって!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第57話 物理と化学

「あー、もう滅茶苦茶ですよ。どうしてくれるんですかこれ……」

「あ、あの、朱鷺さん。そんなに股を広げるとショーツが見えますけど」

 プロジェクトルーム内に設置されたマッサージチェアに座っているとほたるちゃんから注意されました。だらしなくしているので下着が見えているようです。

「別に減るものじゃないからいいですよ。どうせ私のパンツに需要なんてありませんし。……ケッ!」

「どうしたんだい? 今日は珍しく荒れているじゃないか」

「何か悩みがあるなら相談に乗りますけど……」

 アスカちゃんと乃々ちゃんが心配そうな表情を浮かべます。

「原因はこれですよ、これ!」

 その場から立ち上がり、手にしていた雑誌をテーブルの上に叩きつけました。表面には『月刊ホビーワールド 10月号』と言う文字と格好いいポーズを決めたZガンダムのプラモデルの写真が印刷されています。

 

「これって朱鷺さんがコラムを連載している雑誌ですよね?」

「はい。現代では希少となった紙媒体の模型雑誌です。ガンダムの模型商品に関しては最大の広告塔といえるメディアですから、応援の意味も込めてこれまで格安のギャラでコラムを書いたりガンプラの宣伝をしてきました」

「その雑誌と、キミの機嫌の悪いことがどう関係するのかな?」

「今までの献身的な仕事による貢献が雑誌社にも認められまして、今月号から私をモチーフとしたキャラが主役の小説が連載されることになったんです。『機動戦士ガンダム外伝 鮮血のクレステッド・アイビス』という立派なタイトルまで付けて頂きました」

「おめでとうございます……」

 小説の舞台となるのが宇宙世紀で、しかも1年戦争モノというのが特に嬉しい点です。戦争末期のソロモン戦とア・バオア・クー戦を駆け抜けたジオン軍女性エースパイロット(しかも美人)が歴史の闇の中を暗躍し、宇宙海賊『ブラッディ・シンデレラ』として台頭する姿を描くと事前に伺っていました。

 作者さんはまだ若いもののホビーワールド上で複数のガンダム小説を連載していた実力派でして、モビルスーツ戦やミリタリー的な表現に定評がある方です。作品の品質も毎回高いレベルで安定していますからこの人に任せておけば大丈夫と完全に安心し切っていました。

 

「本当に心から楽しみにしていたんですよ。それこそ雑誌の発売日を指折り数えて待つくらいにはね……」

 特にこの数日はサンタクロースの来訪を待つ純真無垢な子供のような心境でした。

「そんなにダメだったんですか?」

「……そういう訳ではありません。確かに内容は面白かったですし、主人公は無双と言っていい程大活躍しました。だからこそ、より一層腹が立つんです」

「朱鷺ちゃんが怒っている理由がますますわからなくなりましたけど……」

「では読んでみて下さい。それで全てが理解できるはずです」

 雑誌を開き小説が載っているページを広げます。それをアスカちゃん達に渡しました。

「ボク達はガンダムには明るくないけど、大丈夫かい?」

「ええ、全く問題はありませんから大丈夫ですよ」

 すると三人が該当の小説を回し読み始めました。読み終わるとどんなリアクションをしていいのか困ったような顔になります。

 

「お分かり頂けたでしょうか」

 私が問いかけると皆一様に首を縦に振ります。

「それでは情報共有が出来たところで、私から本作最大の不満点を述べさせて頂きます」

「はい、どうぞ……」

 ゆっくり深呼吸し、言葉を続けます。

「開始二十行で乗機が撃破されて、後は全て肉弾戦ってどういうことですかーー!」

 私の魂の叫びがルーム内に木霊しました。

 

「確かにその点は問題だけど、全体的には面白かったじゃないか。主人公が撃墜された後、敵の戦艦に乗り込み素手や銃で敵兵士をなぎ倒すところは面白かったよ。キミが以前此処で上映した『コマンドー』という映画みたいでさ。……フフッ」

 アスカちゃんが必死で笑いを堪えています。

「私は筋肉モリモリマッチョマンの変態ではないんです! 無双しなくてもいいですから、せめてガンダムらしくモビルスーツで戦って下さい!」

「素手で首をへし折ったり投げナイフで眉間を貫いたりしてましたしね」

「でも、朱鷺ちゃんっぽくはあります……」

「そんなところまでモチーフに忠実にしなくていいから!」

 主人公の人物描写と簡単な状況説明が終わって、さあ物語の始まりだと思った瞬間に撃墜されたので一瞬何事かと思いましたよ。そうしたら間一髪で脱出してマゼラン級(敵戦艦)に潜入し、CQC(近接格闘)で無双し始めましたから流石に草も生えませんでした。結局乗組員を抹殺し鹵獲したジムで艦橋を爆破して第一話は終わりです。

 ねぇ、この展開をガンダムでやる必要ってあるの?

 

「また狂化人間とかGガンダムでやれとか言われてファンから馬鹿にされますよ……」

 思わず頭を抱えてしまいます。

「こ、今回はこうなってしまいましたけど、次回からは大丈夫ですってっ!」

「編集長に猛クレームを入れたところ、一応次回からは普通の展開で主人公専用の改良型ヅダも出す予定だとは言っていました」

「なら良かったじゃないか」

「予告無しでこういう仕打ちをしてくる方々なので信用はできませんけどね。

 ……まぁいいです。今回は清純派アイドルらしい寛大な心で許してあげますよ。ですがもし次回も同じような展開だったら小説を現実に変えて差し上げましょう。フフッ……。ハハハハッ!」

「そういう恐ろしい表情は止めた方がいい気がします……」

 乃々ちゃんの控えめな注意が虚しく消えていきました。

 

 

 

「じゅうべえ~じゅうべえ~、砕けて散った♪ 残った破片は硫酸に漬けろ~♪」

 その翌日は『じゅうべえくえすと』のディスソングを口ずさみながら346プロダクションの社屋を練り歩きました。 ちなみに有名な童謡の『ちょうちょ』をアレンジした替え歌ソングです。

 以前RTAで抱いた憤りと憎しみは今でも忘れていませんし、昨日の怒りがまだ残っているので自然と恨み節が出てしまいました。

 

 そのままエレベータに乗り一番上のボタンを押します。最上階は役員フロアになっており社長や副社長など偉い人の執務室が設けられているのです。降りて直ぐの場所に目的地はありました。

「銀の翼に希望を乗せて、灯せ平和の青信号! 勇者特急七星朱鷺、定刻通りにただいま到着! ……なんちゃって」

 美城常務の執務室前で足を止めます。

 なぜかはわかりませんが今日学校が終わったら執務室に来るよう彼女から呼び出しを喰らいました。てっきり私の顔など見たくもないだろうと思っていたので意外です。

 詳細は直接話すとのことでしたがもしかして解雇通知を受けてしまうのかもしれません。いや、そんなことをしたらまた『カーニバルダヨ!』とお伝えしていたのでその線はないですか。

「失礼します、七星です」

「……君か。入りなさい」

 ドアをノックすると入室を促されたのでそのまま内に入ります。部屋の中では美城常務が碇ゲンドウみたいな意味深ポーズをして椅子に座っていました。

 

「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか」

「そんなに急ぐことはないだろう。そこに掛けたまえ」

「……わかりました」

 最近の彼女にしては珍しく余裕のある表情です。少し引っかかったものの促されるまま来客用のソファーに掛けました。向かい側に腰掛けた常務が言葉を続けます。

 

「プロジェクトクローネの件は君も知っているな?」

「ええ。常務さんが秋の定例ライブに向けて立ち上げた新企画ですよね」

 346プロダクションのブランドイメージを確立させるに足るアイドル達を中心にした新企画────それがプロジェクトクローネです。面白そうな企画ですし各メンバーは自分の意志で参加を希望したとのことなので妨害活動はせずにその動きを見守ってきました。

 これまで美城常務は楓さんを大々的に売り出そうとするなど色々な企画を立てていましたが、アイドル達の気持ちをないがしろにしたことが仇となり尽く失敗していましたので本企画には相当賭けているようです。確かにクローネが大ヒットすればこれまで被った汚名を返上することも可能でしょう。

 一連のカーニバルやスポンサーの降板騒動がなければこんな苦境には陥らなかったのにねぇ。全く、世の中には酷いことをするド外道がいるものです。

 

「かつての芸能界のようなスター性、別世界のような物語性を確立するための第一歩がプロジェクトクローネだ。十名前後の選りすぐりのアイドル達で構成し、かつてのアイドルが備えていたスター性を追求する。

 残念ながら二宮飛鳥とアナスタシアからは辞退するとの回答があったが、シンデレラプロジェクトの渋谷凛を含む内定者で始動する予定だ」

「そうなんですか」

 勧誘については先日アスカちゃんから経緯を伺いました。超絶上から目線のお誘いだったので、条件反射で彼女の中二病マインドが疼いてしまったそうです。アナスタシアさんも今はラブライカ一筋というか美波さん一筋なので掛け持ちは選択肢に入らなかったとのことです。

 欠員メンバーの発生と聞いて、今日呼び出された理由がはっきりわかりました!

 

「お誘いはとても嬉しいですけど、私にはコメットがありますからクローネに参加する訳にはいかないですよ!」

「……君は何を言っている?」

「え? だってクローネに参加してほしいというお話でしょう? 美しいお城には美しいお姫様が必要ですから、私を必要とする気持ちはよ~くわかりますとも!」

 すると苦虫を百匹くらい噛み潰したような表情に変化しました。コイツ正気かと常務が目で訴えてきます。

「何をどう解釈すればそのような考えに行き着くのか、私には理解出来ないな。一応念のため言っておくが君をクローネに迎える気はない。例えこの命と引き換えにしても絶対に阻止する」

「そこまでの覚悟っ!?」

 お姫様のように純真で清純なアイドルといえば私なのは確定的に明らかでしょう! 論外扱いされるのは大変遺憾です。

 

「違うのでしたらなぜ私が呼ばれたのですか?」

「では率直に言おう。君にはプロジェクトクローネのサポート役を務めて貰いたい」

 呼び出しの意図が分からなくなったので思い切って訊いてみるとそんな回答が返ってきました。

「またサポートですか。私はコールセンターやヘルプデスクではないんですけど」

「君は以前シンデレラプロジェクトのフォローを積極的に行いアイドル達を助けたそうだな。前川みくのストライキ未遂や本田未央の引退騒動、新田美波の負担軽減など要所要所で素晴らしい働きをしたと武内P(プロデューサー)から報告が上がっている」

「別に大したことはしていませんよ。結局問題を解決したのは彼女達自身の力ですから」

「成果は成果だ。謙遜しなくていい。その力をプロジェクトクローネのために奮ってくれたまえ」

「貴女の大切な企画を獅子身中の虫である私に任せていいんですか? サポートと称して内部からクローネを食い潰すかもしれませんよ? 御存知の通り私は故あらば躊躇なく寝返る女ですから」

 ここに来てまだ平和ボケをしているのか、それとも何か意図があって話を振ってきたのかがわからないので真意を探ります。

 

「プロジェクトクローネのメンバーも346プロダクション所属のアイドルであることに違いはない。君は私や会社は潰せてもアイドル達を傷付けることは出来ないだろう。私が知っている七星朱鷺というアイドルは仲間を裏切らない────いや、絶対に裏切ることが出来ないのだからな」

 そう言いながら意地悪気な笑みを浮かべます。美城常務としてはクローネが成功すれば自分の手柄にできますし、失敗すれば私に責任を押し付けられるのでどちらに転んでも損はしないという訳ですね。今までの意趣返しとしては可愛い内容ですから別に構いはしません。

 

「仰る通りです。だいぶ私のことを理解して頂けたようで何よりです」

「……嫌でも理解せざるを得なかっただけだがな」

「関係者の気持ちを考えながら行動するのはビジネスとプライベートを問わず大切です。今後は他のアイドル達の気持ちも考えた上で仕事を進めて頂けるときっと上手くいくと思いますよ」

「考えておこう。それで、サポート役の件の回答がまだだが?」

「正式な回答は犬神Pに話を通してからになりますが、私としては条件付きでOKです」

「その条件とは?」

「候補者が二名参加を辞退したとのことであれば当然補充を行う必要があるはずです。その人選と交渉を私に一任して貰えませんか」

「プロジェクトクローネのメンバーは誰でも良いという訳ではない。まずはその候補者が適正か否かを確認する必要がある」

 彼女の質問を受けて二人の候補者の名前をお伝えしました。

 

「そう来たか。どういう基準で選定したのか、理由を説明して貰おう」

「一人目の方はなぜ今まで候補外だったのかが不思議です。フレデリカさんが入っていて彼女がいないのは非常に違和感がありますもの。常務さんであれば早い内に声を掛けていてもおかしくはないはずですけど」

「……言動が自由過ぎるアイドルナンバーワンとナンバーツーを組み込むと美城の威厳が一気に崩壊しかねないという懸念がある」

「フレデリカさんが居る時点で威厳も何もあったものじゃない気がしますけどね。そもそもクローネのメンバーってどういう基準で選ばれたんですか?」

「ビジュアル面を重視し、私が定める基準をクリアしたアイドル達の中から選定した」

「なるほど、フレデリカさんであれば天然の金髪碧眼とフランス人形のように美麗な外見に一目惚れしたと。ちなみに採用にあたり常務さんの方で面接はされたんでしょうか?」

「……していない。そういう業務は部下に任せている」

「あっ。ふ~ん……」

「人は見た目が九割だという研究結果がある。彼女の外見は正に姫と言えるので大丈夫だろう……きっと」

 必死で自己暗示しているように見えます。

 この瞬間、私の中における常務の称号が『バリキャリ』から『ポンコツジョウム』に切り替わったような気がしました。

 

「でも言動が自由な点が彼女達の最大の魅力だと思いますよ。品行方正な私では真似できません」

「悪い冗談が聞こえたが気のせいか。君は存在自体がカオスなアイドルナンバーワンなので安心するといい。他の追随を許さない腹黒さと陰湿さにはこの私も感服する」

「…………」

 ここまでドストレートにディスられるといっそ清々しいですね。こんにゃろめい!

「話が脱線したので戻します。確かにフリーダムになり過ぎるのではとの懸念はありますが、彼女とフレデリカさんのシナジー効果は大きな成果を生むはずです。成果を第一に考える常務さんにとって機会損失を見逃すことは出来ないと思いますけど」

「それはそうだがな……」

「上手くサポートしますから安心して下さい。それにあの子をメンバーに選んだのは私ですから、万一大惨事になった場合は私に責任を押し付けて頂いて構いませんよ」

「では君に任せることにしよう。その手腕であの気まぐれな猫達を上手く制御してくれ給え」

「ありがとうございます」

 意外とあっさり承諾頂けました。問題が起きたら私のせいに出来るという点が好印象だったのでしょう。

 

「二人目の方はプロジェクト全体の取り纏め役として必要だと思います。クローネにはリーダー適性の高い奏さんが既にいますが彼女を含め皆アイドルとしてのキャリアがまだ浅いですから、ある程度経験値の高い子が加わると安定感がグッと増すと思います」

「経験に勝るものなし、ということか」

「はい。私はあくまでサポートですので内部から皆を支える方は一人でも多い方がいいでしょう。それに被害担当艦役の常識人がいた方が皆も楽しいですし、今後の彼女にとっても大きなプラスになるはずです」

「そちらについても了承しよう。彼女はクローネに相応しい優れたアイドルだからな。以前声を掛けた時には断られてしまったので説得して貰えると大いに助かる」

「ご理解頂けて何よりです。私が責任を持って勧誘しますので少々お待ち下さい。但し既存の活動を並行して続けることは認めて下さいね」

「わかった。それくらいの条件は飲まざるを得ないだろう」

「ありがとうございます。それではクローネのサポート役を謹んでお受け致します」

 笑顔のまま快く引き受けました。美城常務に言われるまでもなくクローネの皆さんを手助けするつもりでしたから何も変わりはしません。むしろ常務のお墨付きを頂きましたから動きやすくなりましたし、彼女に恩を売れたので一石二鳥です。

 

 それにしてもやはり常務は一角の人物のようです。カーニバルやスポンサーへの圧力であれだけ酷い目に遭わされましたから、常人であれば私を恐れて遠ざけようとするか怒り狂って潰そうとするでしょう。

 自分の肝入りの企画を成功に導くためとはいえ、猛毒に変ずる可能性がある劇薬を敢えて取り入れようとする気概には恐れ入りました。言動には色々と問題がありますが、清濁併せ呑む度量はありますしアイドル事業部を成功に導きたいという気持ちは私と同じです。

 今は敵対関係ですが彼女のことは嫌いではありませんし歩み寄る気もありますので、切っ掛けがあれば和解したいのですけど。

 

「それでは、失礼します」

「サポートの件については私から犬神Pに直接話をしておこう。吉報を待っている」

 そのまま常務室を後にしました。善は急げと言いますから今日明日中に勧誘を済ませましょう。

 とりあえずスマホを取り出し一人目の勧誘対象に電話しました。

『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません。誠に申し訳ございませんが……』

「案の定、出やしませんか」

 機械的なメッセージを確認した後で通話を終了します。文明の利器もこうなってしまっては仕方ありません。幸い本日は事務所には来ているそうなので直接足で捜査することにします。

 以前乃々ちゃんを捜した時と同様に『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』で気配の察知を始めました。彼女が発する気は常人とはやや異なっているので探査範囲に入れば直ぐにわかります。

「サーチモード起動。ターゲットの捜索を開始します」

 気分出しのセリフを呟きつつ、事務所内をくまなく捜すことにしました。

 

 

 

「この辺りから気配がしたはず……」

 独り言を呟きながら休憩室を覗くと、捜していた子がソファーの上で寝そべっていました。部屋の中に入ると私の存在に気付いたようです。

「フンフン……こっちにいい匂いが……って思ったら朱鷺ちゃんだ~」

「おはようございます、志希さん。姿が見えないので心配しましたよ」

「いなくなっても心配いらなーい。ただの失踪だから♪」

「いや、普通だったら大事件ですって!」

「大丈夫大丈夫!」

 一切悪びれず朗らかに答えました。眼前の少女こそプロジェクトクローネ追加メンバーの一人目────一ノ瀬志希さんです。

 

 一見すると制服を着た普通の女子高生ですが、実は化学分野の『ギフテッド』────いわゆるひとつの天才です。興味が3分しか持続しない上に待つのが苦手でよく失踪するという特性があり、海外在住のお父さんを追いかけて海外留学し飛び級するも、周囲とのレベル差のためか『つまんないから』の一言で帰国されました。

 その後よさげな実験材料に見えた担当Pに声を掛け、何の因果かアイドル活動を始めたそうです。346プロダクションの中でも特に個性が強いアイドルの一人と言えます。

 

「はい、お一つどうぞ」

「さんきゅ~♪」

 自動販売機で買った缶コーヒーを手渡すとゆっくり口を付けました。

「キミと寝覚めのコーヒーも悪くないにゃあ。専用の薬剤があるけど、要る?」

「いいえ。私は遠慮しておきます」

「……クンクン。朱鷺ちゃんのイイ匂い~、ふにゃ~♪」

「聞いちゃいませんね、この子は……」

 このまま彼女のペースに巻き込まれていると話が進まないので一旦咳払いをしてから本題に入ることにします。

「……コホン。今日は志希さんに用があってきたんですよ」

「あたしに用? 一体全体何かな~」

「単刀直入に言います。最近話題になっているプロジェクトクローネ、そのメンバーになりませんか?」

「ふにゃ?」

 すると子猫のように首を傾げます。彼女の興味が持続している内に企画の趣旨や今までの経緯、私がサポート役になることなどを手短に説明しました。

 

「どうでしょう。奏さん達と一緒にやってみる気はないですか?」

「別世界のような物語性ねー……。あんまりピンとこないな~」

 淡々と言葉を紡ぎます。私の話をどう受け止めたのか、その表情からは読みとれませんでした。

「断ってもペナルティはないですけど、私としては志希さんにはクローネに入って欲しいです」

「ふんふん……でも、あたしはあのジョームちゃんの言いなりになる気はないよー。『キコクシジョだからニホンゴワカリマセーン!』って逃げるしー♪」

「それはそれで良いと思います。クローネに入ったからといって美城常務に絶対服従する必要はありませんよ」

「言うことを素直に聞くカワイイ子は沢山いると思うけど、朱鷺ちゃんはなんであたしをクローネに入れたいのかなー?」

 訝しげな視線が送られました。

 

「だって絶対に面白いじゃないですか! 志希さんとフレデリカさんが同じプロジェクトのメンバーだなんて!」

「面白い?」

 志希さんが少し驚いた様子で目をパチクリさせました。

「お二人はプライベートでは予測不可能な名コンビでしたけど、担当Pが違うのでこれまで一緒にお仕事をする機会は殆ど無かったはずです。一方クローネはPの垣根を越えた選抜メンバーですからこの機に是非組ませたいと思ったんですよ。

 今のクローネは確かに優秀ですけど何となく面白みに欠けていますから、もっとオモシロ成分を補充したいんです」

「にゃっはっは! 随分自分勝手な理由だね♪」

「私は言いたいことを言いやりたいことをやるタイプらしいので仕方ありません」

 彼女達を組ませることが出来るチャンスはファンとして見逃せませんでした。以前志希さんからもフレデリカさんと一緒に仕事をしてみたいという話を聞いたことがあったので、いい機会だと思います。

 

「科学や数学みたいな、常に一定の解を求める世界を覗いているとね。もっとファジーな化学変化を期待したくなるんだ―。でもあたしとフレちゃんだとファジーを通り越してドラマチックになっちゃうかも♪ それでもいいかにゃ~?」

「はい、大歓迎です。他の誰でもなく志希さんに来て欲しいんです」

「だけど、キミが思っているあたしはキミの頭の中で勝手に作り上げたあたしだよ。あたしは自分が同じ存在のままでいる必要なんてないと思っているし、面白ければ変わり続ける。明日には全然違うあたしになってるかもしれないから、そんなあたしを勝手に信じて勝手に失望するのはフォーギブミ~♪」

「失望なんてしませんよ。私でさえアイドルになってあっという間に変わってしまったのですから志希さんがどうなるか分かるはずがありません。その変化も含め、クローネに来ることで良い化学変化が期待できると思ったんです」

「……そっか」

 すると腕組みをして考える素振りを見せます。

 

「よーし! 器は満ちた、時は来たー! 朱鷺ちゃんという触媒を使って、あたしはアイドルとして更に純化するとしよ~♪」

「それは、参加OKということでよろしいですか?」

「うんっ!」

「ありがとうございます」

 良い返事が貰えて一安心しました。志希にゃん、ゲットだぜ!

「でもあんまり買いかぶらないでね? 大マジメにやるって改心したわけじゃないし、あたしの活動はいつでも本能に根差しているからさ。『志希ちゃんは飽きたので失踪しまーす』っていつ言い出してもおかしくないよ?」

「大丈夫です。どこに失踪しようが私が必ず見つけ出しますから!」

「あははー、全然冗談に聞こえないなー……」

「ええ、冗談ではありませんので♪」

 その後は少し談笑してお別れしました。一応担当Pとも話し合うとは言っていましたが、本人がやる気であれば止められることはないはずです。

 

 志希さんには伏せましたが彼女をクローネに誘った理由はもう一つありました。

 彼女はある意味で前世の私と似ている存在です。もちろん家庭環境や才能には雲泥の差がありますが、青春をショートカットしたという点では共通していました。

 私は虐めや生活苦、彼女は飛び級での海外留学により普通の子が体験するであろう学園生活をすっ飛ばしています。そして集団ではなく個としての行動を好むところも一緒なので他人という気がしないんですよね。

 

 確かに彼女の才能があれば学者としてもアイドルとしても一人で活動を続けることは出来ます。ですが仲間と一緒に協力して物事に取り組むことで志希さんの可能性は更に広がると思います。

 何せ累計年齢51歳のオジサンだってコメットでの活動を通じて少しは成長できたのですから、若く才能溢れる彼女であれば成長幅はもっと大きいはずです。ソロではなくクローネという集団で活動することによって得られるものは本当に多いのですから。

 当人からすれば余計なお世話かもしれませんが、縁あって同じ事務所に所属していますのでアイドルの皆さんが成長する手助けをしたいと最近では強く思うようになりました。

 

「さて、もう一人の勧誘に行きますか」

 クローネの最後のメンバーであり、プロジェクトの良心となる方を求めて捜索を再開しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第58話 プロジェクトクローネ

 志希さんを仲間に加えた後はプロジェクトクローネ最後のメンバーの勧誘に動きました。個人的には奏さんと共にこの企画の中核になる方だと思っていますので、ちゃんと引き込めるよう頑張っていきましょう。

 今日彼女は夜間のレッスンがあると犬神P(プロデューサー)経由で伺いましたので、更衣室の前で待ち伏せすることにしました。

 

「あれっ。朱鷺じゃん、どうしたの?」

「お疲れ様です、美嘉さん。ちょっとお願いしたいことがあるのでお待ちしていたんです」

「そうなんだ。じゃあ着替えてくるからちょっと待っててよ」

「はい、わかりました」

 そう言いながら更衣室の中に入っていきます。私が目を付けたクローネ最後のメンバーは大方の予想通り、城ヶ崎美嘉さんでした。

 

「お待たっ♪」

「すみません、急がせてしまったみたいで」

「いいのいいの、気にしない★ それで、どこで話をしよっか?」

「美城カフェはもうすぐ閉店ですからバトルロイヤルホストにでも行きましょうか」

「おっけー★」

 雑談をしつつ近くのファミレスに移動しました。

 

「それじゃ、カンパーイ!」

 案内された席に着き適当に注文した後、オレンジジュースと紅茶が入ったグラスをカチリと当てます。大事なお話があるのでノンアルコールビールは流石に止めておきました。

 早速運ばれてきたフライドポテトをつまみながら本題に入ります。

「それでお願いしたいことって何なの?」

「最近話題になっているプロジェクトクローネについては、美嘉さんもよくご存知ですよね?」

「そりゃまぁ同じ社内だもん。嫌でも噂は聞こえてくるって」

「単刀直入に言います。そのクローネに美嘉さんも参加しませんか?」

「……なるほど、そういうこと」

 私の話を聞いて、それまでの軽いノリから一転して真面目な表情に変わりました。

 

「でも朱鷺って美城常務とは対立してなかったっけ。それがなんでメンバー集めをしているの?」

「本日付でプロジェクトクローネのサポート役を仰せつかりました」

「マジで!? へぇ、あの人も大胆なことするね~」

「私も驚きでしたよ。そのサポートの一環でメンバーの補充をしているという訳です。因みに美嘉さんをクローネに追加投入したいと言い出したのは私であって、常務命令ではありませんので誤解しないで下さい」

 すると美嘉さんの顔に疑念が浮かびます。

「経緯はわかったけど、なんでアタシなの? クローネに入りたいって子なら他にもいるでしょ。以前誘われた時は断っているし、なんで今さら……」

「美嘉さんがクローネに必要な存在だと思うからです」

 はっきりきっぱり断言しました。

 

「クローネのメンバーは346プロダクションのアイドル達の中から選抜された、いわばベジータ並みの超エリートです。ただブランドイメージ的に考えて強いキャラが確立されている子は選ばれ難い傾向にありますから、必然的にアイドルとしてのキャリアが浅い子ばかりになっています」

「確かに、それなりに経験があるのは奏や唯、周子くらいだもんね」

「それに現状におけるクローネの社内的な立場はあまり良いものではありません。美城常務への風当たりの一部が飛び火しているような状態なので、精神的にやや不安定になっている子もいると聞きます。だからこそアイドルとしての一定のキャリアがあり、面倒見の良い美嘉さんを引き込みたいと思いました」

「なるほどねぇ……」

 彼女のコミュニケーション能力や優しさは今のクローネに必要だと思います。きっとありすちゃんのやさぐれた心も癒やしてくれるでしょう。

 

「クローネに参加することでギャル系ファッションモデルなどの活動が制限されると思っているかもしれませんが心配は無用です。無理な路線変更はしなくてもいいと美城常務から了解を頂きましたから」

「……狙いはわかったよ。もう一つだけ訊きたいことがあるんだけど、いい?」

「はい、何でしょう」

「アタシを誘った理由はアイドルとしての経験が豊富で面倒見がいいからって話だったけど、本当にそれだけなの?」

 その質問を受けてギクリとしました。

「何故そう思われたんですか?」

「だってその条件なら瑞樹さんや楓さんとか、適した人が他にも結構いるじゃん。その中でなぜアタシなのか今のままじゃ納得が出来ないな」

 やはりとても頭の良い方です。本当の意図を伝えてしまうと効果が半減するかと思い伏せていましたが、こうなってはお話するしかありませんか。

 

「クローネに入ることが美嘉さんにとって大きなプラスになると思ったんです」

「……アタシの、ため?」

「以前の未央さんの引退騒動以降、美嘉さんは後輩のアイドルに助言することを出来るだけ避けているように思えます。事務所から面倒を見るよう指示があった加蓮さんや奈緒さんはともかく、他の子達に指導している姿をめっきり見かけなくなりました」

「そ、それはっ!」

 思わず狼狽しましたが構わず話を続けます。

「自分がライブに誘ったことがあの引退未遂騒動の切っ掛けになってしまった。だから同じことを繰り返さないよう、他人には極力口出ししないでおこうと思う気持ちは確かに理解できます」

「なら、なんで……」

「ですが人にものを教えることはその人自身の成長に繋がります。自分の行動が悪影響を与えることを恐れてレベルアップの機会を逸するのはとても勿体無いことだと思いました。なので後輩に指導する機会を設けたいというのがクローネにお誘いした本当の狙いです」

「そういうこと、ね……」

 後輩指導については私の妄想でしかありませんが、当たらずとも遠からずだと思います。

 

「確かにあの騒動以来、他の子達にはあまり口を出さないようにしていたのは事実。でも何でそんなに後輩の指導に拘るの?」

「アイドルの先輩として我々には後輩達を指導する義務と責任があると私は考えます。それに美嘉さんも私も永遠にアイドルを続けられる訳ではありません。いつかステージから降りる時が訪れます。

 ですが私達の想いや経験を後輩達に受け継いで貰うことで、形を変えてステージに残り続けることが出来ます。だから美嘉さんにはその機会を失ってほしくないんですよ」

「形を変えて、ステージに……」

 私と同じ言葉を呟いて、暫し考え込む素振りを見せました。

 世の中に不変なものはないのです。前世で体験した通りあっさり死ぬこともありえるのですから。ですが例え死んだとしても後人に未来を託すことが出来れば無駄死にではありません。

「とはいえ、これは私の願望でしかありません。自分の人生を決めるのは結局自分自身ですから、参加するかは美嘉さんの意志にお任せします」

「自由意志と言いながらかなり強行的に思えるけどね」

 浅い溜息を吐いた後、両手で顔をぴしゃりと叩きました。

 

「よ~し、いっちょやってあげますか★」

 声高らかに宣言をします。何だか吹っ切れたような様子でした。

「……誘っておいて何ですが、即決しちゃっていいんですか?」

「言われっぱなしで引けないっしょ! それにアイドルもモデルも、何でも挑戦したいって元々思ってたし★ いろんな経験を積んだ今ならクローネでも勝負できるって自信はあるんだ。ぜーんぶアタシ色に染めちゃうから、後悔しないでよね♪」

「後悔なんて絶対にしませんので安心して下さい。私もサポート役として皆さんを支えますので一緒に頑張りましょう!」

「うん!」

 そのまま固い握手を交わします。これにてプロジェクトクローネが完成しました。

 この企画が美城常務の望んでいる通りに進むかはわかりませんが、素晴らしいものになることは間違いないでしょう。だって美嘉さんのような素敵なアイドルがメンバーなのですから。

 

 

 

 それから二日が経過しました。学校が終わった後はいつも通り346プロダクションに向かいます。本館に着くとエレベーターに乗って、普段行く機会のない二十五階に行きました。

 本日はプロジェクトクローネ全員の初顔合わせです。既に文香さんやフレデリカさん達はクローネとして徐々に活動を始めていましたが、志希さんや美嘉さんを加えたフルメンバーでのミーティングは今日が初めてとなります。

 

 私はサポート役として企画趣旨及び今後の活動方針の説明を行うよう美城常務から仰せつかりました。なお、今後は各メンバーのスケジュール調整、不満・陳情・要望のヒアリング、各ユニットのレッスンの進捗管理などを一手に任されています。

 この時点で違和感を覚える方々がいるかもしれません。私だっておかしいと思います。

 だって、こういうお仕事って普通は担当Pがやることですもの。

 何故P不在でプロジェクトが動いてしまっているのか、それにはドロドロとしたクッソ汚い大人の事情がありました。

 

 問題の発端は、プロジェクトクローネのメンバーはコメットやシンデレラプロジェクトとは異なりそれぞれ担当Pが違うという点にありました。

 あまり知られてはいませんが、Pという役職の方々はアイドルに負けず劣らず常に苛烈な競争に晒されています。

 他の業界で例えると漫画雑誌の編集者が当て嵌まるでしょう。ドラゴンボールやワンピースといった国民的大人気漫画の担当になれば未来の編集長も夢ではありませんが、十週打ち切り漫画ばかり担当していれば適性なしとして他誌に飛ばされてしまいます。

 それはアイドル事務所も同じでした。担当しているアイドルが大人気になれば自然と自分の評価もうなぎ登りとなりお給料が沢山貰えて出世も確実ですが、不人気で終わってしまった場合は非常に残念なことになります。

 卓越したアイドル発掘能力により芳乃さんや巴さんなどの強キャラを確保している犬神Pや元々ずば抜けた能力のある武内Pは比較的のほほんとしていますが、普通のPは日々プレッシャーと戦いながら仕事をしているのです。

 

 当然、クローネ所属アイドル達のPにも同じことが言えました。

 プロジェクトクローネは美城常務肝入りの企画です。Pなら誰だって担当アイドルをそのセンターにして輝かせたいと思うはずです。

 だからこそ各Pは担当アイドルをクローネの中心に据えようと必死に努力しました。適度な競争は成長や革新を促すのでそれ自体は喜ばしいですが、競争が苛烈さを増したことで大きな問題が発生しました。

 なんと、あるPが血迷って他のPの足を引っ張り始めたのです。当然被害を受けたPは怒りを覚え反撃しました。

 後は憎しみの連鎖です。最初こそ些細な諍いでしたが次第にエスカレートしていきました。エゥーゴVSティターンズのような同組織内での内紛が勃発し、残ったのは修復不可能となった人間関係だけです。傍から見るとキラキラしていて見目麗しいプロジェクトですが内情は結構危ういのです。

 

 しかしこうなってしまったのはPのせいだけとは言えません。

 美城常務の就任により彼女が担当する各部署は極端な成果主義に転換しました。所属アイドル達は私の保護対象なので目先の成果で判断しないよう美城常務を脅迫……もとい説得していましたが、それ以外は別にどうなろうが知ったことではないのでPの方は苛烈な成果第一主義という魔物に襲われていたのです。

 勿論全員が全員問題行動に走った訳ではありませんが、この方針転換により正気を失いPとしての一線を越えてしまった残念な方が出てしまったのでしょう。というか大体常務のせいです。はーつっかえ!

 

 当然そんな状態のクローネを放っておくことは出来ませんので、今西部長が奮闘し強制的に争いを沈静化させた後、クローネのアイドル達から一旦Pを外して部長預かりとしました。現在はクローネの子達専属の後任Pを捜していますが、あの個性的なアイドル達を一手に制御する能力が求められますのでまだ決まってはいません。

 美嘉さんや志希さんを担当している有能Pを軸に調整しているようですけど、専属Pに就任するとしても今担当しているアイドルの引き継ぎや残務処理があるので暫くの間はP不在となります。

 

 そのため公正中立な私がサポート役という名のP代行に就任したという訳です。元々営業経験は豊富ですから一応Pの真似事は出来ますし、アイドル達を使って偉くなろうとも考えていないので適役だと常務が判断したのでしょうね。

 上手く回ったら常務の成果ですし、下手を打ったら私に全責任を押し付けられる。そしてもし私がアイドルとの兼業で疲れ果てて倒れたら万々歳です。どう転んでも利するのは彼女なので少し腹は立ちますが、これもありすちゃん達のためですのでやぶさかではありません。特に志希さんや美嘉さんは私から声を掛けましたので彼女達が不利益を被らないよう頑張って立て直すつもりです。

 込み入った事情はありますが私としては結構楽観的に考えていました。元々は良い企画ですし魅力的な子が揃っているので、ちょっと軌道修正すればすぐに挽回できますよ。

 

 

 

 エレベーターを降りて少し歩くと大きな部屋の前に辿り着きました。扉の隣には『Project Krone』というエレガントなプレートが掲げられています。ここがプロジェクトクローネの専用ルームですか。

「失礼します」

 ノックをした後、ドアノブを回して部屋に入りました。

「おはよう、朱鷺」

「おはようございます」

 一番近くにいた奏さんに挨拶をしました。室内は落ち着いたシックな感じで高級そうなデザイナーズ家具が配置されています。お洒落具合としてはシンデレラプロジェクトの専用ルーム以上だと言えるでしょう。

 当然、コメット専用の地下監獄(カサンドラ)とは比べるべくもありません。あそこはあそこで私のような日陰者には合ってるんですけどね。

 

「ありすちゃん、お菓子食べる~!?」

「……橘です。いえ、お腹は空いていないので結構です。後私のことは名字で呼んで下さい、フレデリカさん」

「え~? アクスちゃんの方が可愛いよ♪ シキちゃんもそう思わないかな~?」

「うんうん。匂い的にもアリアちゃんはアリアちゃんって感じだにゃ~」

「やっぱりそーだよね~。アリカちゃんはアリカちゃん以外考えられないって~☆」

「私はアクスでもアリアでもアリカでもありません! ありすです!」

「ごめんごめん。これからは絶対に間違えないよう注意するよ、ありすちゃん♪」

「分かって頂ければいいんです」

「……ってありす呼びでいいんかーい!」

 

 フレデリカさんと志希さんがありすちゃんをからかって遊んでいました。その様子を横目で見ていた周子さんがタイミングよくツッコミを入れます。流石関西人と言ったところでしょうか。

 志希さんは二日前に加入したてですが既にクローネに馴染んでいるようで良かったです。アイドル同士は仲が良いのが不幸中の幸いですね。

「ほらっ、朱鷺が来たからミーティング始めるよ!」

 美嘉さんが場を仕切ります。しっかり者のお姉ちゃんが一人いるかいないかで場の空気はガラッと変わりますから頼もしい限りですよ。

 

 皆が集まりましたので、ミーティングの前に自己紹介をすることにしました。

「改めまして、コメットの七星朱鷺と申します。先日美城常務から特命を受け、今後はプロジェクトクローネの皆様のサポート役を務めさせて頂くこととなりました。当面はクローネの活動に関してお仕事のマネジメントやレッスンの進捗管理などを担当させて頂きます。精一杯頑張りますので、宜しくお願い致します」

 すると辺りに拍手が沸き起こります。

「……サポート役として大変心強いのですが、アイドルとしての活動と両立させるのは大変ではないのでしょうか?」

 心配そうな表情の文香さんから質問を受けました。私の心配をしてくれるとは心優しい子です。

「確かに大変ではありますが何とかやっていきますよ。それにこういう修羅場は慣れていますし。奏さんや美嘉さんも手伝ってくれますから大丈夫です」

「私達も自分で出来ることはするつもりよ。手が回らないところについては支援をお願いね」

 1月の残業が400時間をゆうに超えていた前世に比べればまだ余裕があるから大丈夫大丈夫、ヘーキヘーキ。あの頃は常時幻覚と幻聴と自殺衝動が発生していたので困りましたっけねぇ。いやはや、懐かしいです。あはははは。

 

「アイドルとしてのキャリアはアタシが一番長いからさ。レッスンとかで分からないことがあったらなんでも訊いてね♪」

「美嘉の指導は本当に分かりやすいぞ! 指導して貰っていたあたしと加蓮が保証するっ!」

「そうだね。とても教え上手だから本当に助かったよ」

「うん。ニュージェネのバックダンサーデビューの時も丁寧に指導してくれたし」

「ちょっと、それは褒めすぎだって~★」

「テレんなテレんな~☆」

 照れくさそうな表情を浮かべます。指導力を褒められるのはあまり慣れていないようでした。

 

「そういう訳で、私だけでは上手く出来ないこともあるかと思いますのでその際はご協力をお願いします。それではミーティング入りましょう。まずはユニット分けについてです」

 そのまま本日の主題に入りました。

「志希さんと美嘉さん以外はご存知だと思いますが、プロジェクトクローネは三つのユニットに分かれて活動を行います。まず一つ目のユニットが凛さん、加蓮さん、奈緒さんによる『トライアドプリムス』です。クローネの趣旨に沿ったクールなトリオですね」

「うん。ニュージェネとは違ったイメージだから、こっちも楽しみだな」

 この三人は既にユニットとしてレッスンを始めています。仲良くやれていると凛さんからも伺っているので、任せておけば大丈夫でしょう。

 

「二つ目のユニットは唯さん、文香さん、ありすちゃんによる『ノルン』です。北欧神話に登場する運命の三姉妹の総称が由来となっています。過去・現在・未来を司り人間や世界の運命を左右する女神のように高貴な存在になって欲しいとのことです」

 なお、名付け親は美城常務ですので勘違いしないで下さいね。やはり私と彼女はセンスが一致しないようでした。

「へーい☆ これからヨロシクね~! 文香ちゃん、ありすちゃん♪」

「はい、宜しくお願い致します」

「だから橘……いえ、もういいです」

 何だか諦めたように呟きます。

 パッション溢れる唯さんとクールな二人という異色の組み合わせですが、このユニットの構成については私が美城常務に上申しました。

 元々文香さんとありすちゃんは歳の離れた姉妹みたいで相性が良いので組ませる予定でしたが、二人だけだと自分達の世界に閉じ籠もりがちになるのではと懸念したのです。そのため社交性MAXの唯さんを敢えて組み込むことで周囲と広く交流を持って貰いたいという意図があります。

 この狙いが成功するか否かは未知数ですので、暖かく見守っていきましょう。

 

「そして最後、三つ目のユニットは美嘉さん、周子さん、奏さん、志希さん、フレデリカさんによる『LiPPS(リップス)』です。ビジュアルに抜きん出たハイティーンのアイドルで構成されていて、プロジェクトクローネの旗印を担う存在となります。その分責任は重大ですから頑張って下さいね」

 主に美嘉さんが、と心の中で付け足しました。このカオス軍団を制御できるのは事務所広しと言っても彼女しかいません! 私は絶対に嫌です。

「ユニット曲も唇やキスに関係する内容らしいですよ」

「そうなの。……美嘉はキスしたことある?」

「ゴホッ!!」

 その瞬間、ミネラルウォーターを飲んでいた美嘉さんが一気に吹き出しました。

「なななな何急に言い出すの!」

「気になっただけよ。……それで、どう?」

「あ、当たり前じゃない! もう高校生なんだからキスの一つや二つくらい当然よ!」

 その割にはお顔が真っ赤ですが大丈夫でしょうか。

 

「へぇ~、美嘉ちゃんは意外と経験豊富なんやねぇ~♪」

「う、うん……。まぁそれなりに……」

「その割には清楚な匂いしかしないけどにゃ~♪」

「ワーオ、美嘉ちゃんオットナ~! アタシにも教えて教えて~☆」

「それなら私も立候補しようかしら」

「え、えぇ~!」

「ふふっ、冗談よ」

 案の定、美嘉さんの寿命がストレスでマッハのようです。普段は私が弄られ役なので人が弄られている姿は微笑ましいですね♪

 

 その後はこれからのスケジュールや秋ライブに向けての取り組み方針などを順を追って説明していきました。先程まではふざけていた子達もいざ仕事の話になれば真剣な表情になりメモを取ります。この辺りの切り替えは流石プロのアイドルといったところでしょうか。

 一通り説明した後、皆の抱えている問題や不満などを確認することにしました。

 

「それでは、皆さんの方で何か不安に感じていることや不満などはありますか? 解決出来そうなことでしたらすぐに対応しますので何でも話して下さい」

「それなら、私から一つあるわ」

 奏さんがその場で挙手します

「はい、何でしょうか?」

「クローネが今置かれている状況に関して問題があるの。私達は美城常務に選ばれたから、周囲の人達にはその手下のように思われているみたい。反常務派の人達から敵視されているのよ」

「……そうですね。廊下で社員の方とすれ違った時に挨拶をしたのですが、無視されたことがありました」

「あ~、確かに! 他のアイドルの子達もちょっと余所余所しくなってるもん!」

 ありすちゃんや唯さんが同意します。文香さんも暗い表情で頷きました。

 

「……私はクローネに参加しましたが、他のアイドルの皆さんと敵対する気は全くありません。既存のユニットも存続して欲しいと思っていますが、上手く伝わらないようです」

「でもそれは仕方ないと思う。客観的に見たら私達は既存のユニットに取って代わる存在だもの」

「それは違うぞ! あたしはニュージェネだって大好きなんだ。だからどっちも続いて欲しい!」

「私もそうだよ。だからこそ『美城常務側に寝返った』って凛が陰口を叩かれている状況を何とかしたいって思ってるんだ」

「加蓮、奈緒……。ありがとう」

「お礼なんて言わなくていいよ。私達は仲間なんだし」

 噂には聞いていましたが、プロジェクトクローネの周囲には色々と問題があるようです。これは一刻も早く何とかしないといけませんね。

「分かりました。それではクローネが誤解を解いて皆と仲良くなる方法を伝授しましょう!」

「誤解を解く方法?」

 皆が一斉に首を傾げました。

 

 

 

「飲み物届いたよ~♪」

「テーブルはここでいい?」

「はい。すぐに料理を運びますのでお待ち下さい」

「椅子は何脚用意しましょうか」

「立食ですから適当でいいですよ。休憩できるようにいくつか用意頂ければ大丈夫ですので」

 初ミーティングから三日後の夜、私とクローネの子達は346プロダクションの中庭で準備を行いました。本日は『臨時天体観測会&事務所パーティー』なのです。

 プロジェクトクローネが皆と仲良くなる方法として私が考えたのがこれでした。クローネの子達が今何を考えてどうしようとしているのかが分かれば、彼女達に対する警戒心は薄れるのではないかと思ったのです。

 なお、本日はシンデレラプロジェクトだけではなく多数のアイドルに声を掛けています。柔軟性のない大人の社員達の認識を変えるのは中々難しいので、まずはアイドルの子達の認識を変えて貰おうという狙いがありました。

 

「おはようございます、朱鷺さん!」

「おはよう幸子ちゃん。随分と久しぶりですねぇ」

「いや、毎日学校で顔を合わせてますよ! 今日もさっきまで一緒だったじゃないですか!」

「冗談ですって。忙しい中参加頂いてありがとうございます」

「パーティーと言ったらやはり華が必要じゃないですか。カワイイボクがいなくては華がなくなってしまいますので仕方ありませんね! フフーン!」

「はいはい」

 こんなことを言ってはいますがお願いした通りに来てくれたのは有難いです。

「トキ! 約束通りスシを食べに来たゾ!」

「祭りじゃー! 乗り込むぞ! みんなの笑いはいただきばい!」

「出前は沢山取っていますから安心して下さい。鈴帆ちゃんは余興の方をよろしくお願いします」

 幸子ちゃん以外のクラスメートの子達も続々と来てくれました。

 その後も声を掛けたアイドル達が集まってきます。ざっと見て四十名以上はいるんじゃないでしょうか。しかしクローネとそれ以外の子達で微妙に距離があるのは気になります。

 

 

 

 開始時間がやって来ましたので、まず私が乾杯の挨拶をすることにしました。

「本日は会社の許可を頂きまして、クローネ主催での臨時天体観測会&事務所パーティーをさせて頂くことになりました。皆さん飲んで眺めて楽しんで下さい……と始める前に、私からお話があります」

 咳払い一つして言葉を続けます。

「この場にいる人の中にはプロジェクトクローネが自分の所属しているユニットに取って代わる存在になると心配していたり、刺客として美城常務から送り込まれた敵だと思っていたりするかもしれません。ですがそれは大きな誤解です。むしろ既存ユニットがこの先生きのこるためにはクローネの皆さんの協力が不可欠です」

「誤解……?」

 誰かの呟き声が聞こえました。

 

「はい。御存知の通り既存ユニットが存続するか否かは『シンデレラと星々の舞踏会』の成否で決まります。具体的にはチケットの売れ行きや物販の売上、ライブ等を収録したブルーレイディスクの予約枚数、当日アンケートの結果等を総合的に判断し、高い成果を出したと認められば合格となります。これは私が直接美城常務と交渉しましたので間違いありません。

 ……そしてその条件の中に、プロジェクトクローネに勝つことは含まれていないのです」

「それって、どういう意味?」

「例えライブの出来や盛り上がりでクローネに及ばなかったとしても舞踏会の成否には一切影響しないということです。いえ、逆にクローネのライブが盛り上がれば盛り上がるほど顧客満足度は高まるので既存ユニットが存続する可能性は上がります。いわば彼女達は我々の切り札なんですよ」

 そう言うとマイクを手にした奏さんに目配せしました。

 

「朱鷺の言う通り、プロジェクトクローネは貴女達の敵じゃないの。いえ、むしろ『シンデレラと星々の舞踏会』が成功してどのユニットも存続出来ればいいと思っているわ。だから、皆のためにも精一杯頑張るつもりよ」

「うん! ゆいもみんなのためにちょー働いちゃうって~! いえ~い!」

「……はい、どれだけ力になれるかわかりませんが、私も一緒に頑張ります」

「私も、文香さんと同じ気持ちです」

 ノルンの子達が次々と奏さんに賛同しました。

 

「そっか、クローネはみくたちの味方だったんだ……。今まで常務の味方だと思ってたから、正直ちょっと距離を置いてたかもしれないにゃ。ごめんなさい!」

「わ、私もっ!」

 みくさんと李衣菜さんが頭を下げると他の子達も次々と頭を下げ始めました。自らの過ちを素直に認めて謝ることが出来る素敵な子達です。社会にはこういうことが出来ない、しようともしない人間の屑がごまんといますので、そういう連中に比べたら天使のような存在ですよ。

 

「は~い。それでは勘違いに拠る誤解も解けたと思いますので、臨時天体観測会&事務所パーティーを始めましょう。それでは乾杯!」

「カンパーイ!」

 プラスチックのコップを互いに当てていきます。先程までの緊張ムードは大分弛緩しており、明るい声が中庭に広がりました。

 

 その後は料理を頂きながら談笑したり星々を眺めたりしながら自由に過ごします。

 クローネの子達の表情はとても朗らかで、他のアイドル達と楽しそうに談笑していました。今の話で誤解が完全に解けた訳ではありませんが切っ掛けにはなったはずです。社員達に関しては私の方から誠心誠意説得を行いますので後は時間が解決するでしょう。

 

「さて、私も何か食べるとしますか」

 オードブルが置いてあるテーブルに向かう途中、卯月さんと未央さんがいました。どうやら二人して望遠鏡で星を眺めているようです。聞く気はありませんでしたが私の発達した聴覚が自然と彼女達の会話をキャッチしてしまいました。

「へぇ~、アレが北斗七星なんだ。綺麗だな~!」

「はいっ。その隣で光っている蒼い星も綺麗です!」

「……しまむー、隣の蒼い星って何? 私には見えないけど」

「え? 微かに光っていませんか?」

「ううん。あちゃー、視力落ちちゃったかなぁ……」

 

 

 

 北斗七星の、隣で輝く、蒼い星……。

 

 ん? んん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第59話 トキドキ♥サバイバルレッスン

「おはようございます、卯月さん! 本日もいい天気ですね!」

「お、おはようございます。今日もいらっしゃったんですか……」 

 レッスン前にシンデレラプロジェクトの専用ルームに寄りました。すると卯月さんが困惑の表情を浮かべます。それに合わせて眉毛も八の字になってしまいました。

「こういう日にはエナジードリンクを飲んで元気を付けましょう! 沢山買ってきましたのでお一つどうぞ!」

「気持ちはありがたいですけど、こう毎日だと……」

「成る程、味に飽きてしまったという訳ですか。それならご安心下さい、スタミナドリンクもありますよ!」

「いえ、そういう問題じゃ……」

「おかわりもいいぞ!」

「そんなに飲んだらしまむーのお腹がちゃぽちゃぽになっちゃうから!」

 隣に座っていた未央さんのツッコミが冴え渡りました。卯月さんにとっては迷惑だと重々承知していますがこれもこの子のためです。彼女は生きてこの時代を見届けねばならぬのですから。

 

 事の発端は数日前に実施した『天体観測会&事務所パーティー』の場で起きました。なんと卯月さんが朧気ながらもあの死兆星を見てしまったのです。

 北斗七星の横に寄り添うように光る蒼い恒星が死兆星です。北斗の拳の世界ではその星が見える者には年内に死が訪れると伝えられており、原作では目にしたキャラクターの殆どが予告通り死を迎えました。

 前世では実在していた星ですが現世では存在が抹消されています。しかし以前コメットの解散騒動で死にかけた時にはあの凶星がはっきりくっきり見えましたので、あの駄神様が冗談半分で北斗の拳設定に改変したのだと思います。

 そんな物騒なものが見えてしまったとあっては、もう気が気ではありませんでした。

 

 卯月さんの身に何か大きな災いが降りかかる可能性は大ですが、具体的にどんな災難なのかわからない点が非常に厄介です。事件かもしれないですし事故の可能性もあります。可能性は低いですが何らかの切っ掛けで自らの命を……なんてことも絶対に無いとは言い切れません。

 そのためパーティーの翌日以降、元気が出るドリンクの差し入れを兼ねて卯月さんの様子を窺っているのです。以前と比べ少し元気が無いのは確かではあるものの、然程問題があるようには見えないので危機なのかは疑わしいですが、事が事だけに油断はできません。

 

「何か悩み事や困っていることがあれば私に相談して下さいっ!」

「あ、ありがとうございます。でも特にはありませんから……」

「はい! とっきーみたいに陰険で陰湿で陰惨な超憎らしい悪役の演技を身に付けるにはどうしたらいいか教えて!」

「ヤホーで適当にググって下さい」

「絶対零度の冷たさ!」

 未央さんがその場に崩れ落ちました。冷たくしてしまって申し訳ないですが、卯月さんの生死が掛かっていますから今は未央さんにばかり構うことは出来ないのです。

 

「うえ~ん、とっきーにイジメられた~! 助けて、シブえもん!」

「……ドラえもんみたいな呼び方は止めてって」

 凛さんが呆れ顔で呟きました。

「でも本当にどうしたの、朱鷺? 最近様子がおかしいよ」

「い、いえ。別に何でもないですよ、何でもない……」

「何でもないようには見えないんだけど」

「そうだよ~。未央ちゃんをもっと大切に扱うことを要求する!」

「わかりました。五円チョコをあげますから機嫌を直して下さい」

「わ、私の価値は五円……? でも美味しいから許そうっ!」

 本当に機嫌が直るとは思いませんでした。ちょっとチョロ過ぎやしませんか。

 

 本来なら同じユニットの凛さん達にも協力して貰って対応した方がいいのですけど、今はとても大切な時期です。凛さんはトライアドプリムスとの兼務でかなり疲弊していますし、未央さんも今度行われる舞台に出演することになり日々厳しい練習に励んでいます。

 卯月さんの様子に気を付けるようそれとなくお願いはしていますが、二人共自分のことで手一杯ですからあの子の警護まで手が回らないはずです。最悪の場合、以前の私のように過労で倒れてしまうかもしれません。それでは本末転倒です。

 

 頼みの綱は武内P(プロデューサー)ですが、彼は美城常務に新方針を撤回させるため分刻みのスケジュールで深夜まで働いているので、問題が顕在化していない状態でこれ以上の負荷を掛ける訳にはいきませんでした。未来の346プロダクションを背負って立つ方ですからこんなところで倒れられても困りますし。

 そうなるとシンデレラプロジェクトのサポート役であるコメットが頑張るしかありません。卯月さんの動向には注意するよう飛鳥ちゃん達にお願いをしていますので、あの三人プラス愛玩動物一匹で対応する予定です。

 

 それにしても理由を聞かずに協力して頂けて本当に助かりました。北斗の拳の原作がないこの世界で死兆星のことを説明しようとすると必然的に私の前世のことを語る必要が出てきますが、記憶を持ち越したまま生まれ変わったなんて告白したら精神異常者としてたちまち病院にブチ込まれてしまうでしょう。やはり持つべきものは心から信頼できる仲間です。

 卯月さんの様子が変わってないことを確認している内にレッスンの時間になったので、ニュージェネの子達とはそこで別れました。

 

 

 

「ふぅ、暑っつ~。ビール! ビール!」

 四人でレッスンを受けた後はコメットのプロジェクトルームに戻りました。冷蔵庫からキンッキンに冷えたノンアルコールビールを取り出し一気に煽ります。

「かぁ~!」

 犯罪的だっ……! 美味すぎるっ……!

「やれやれ、レッスンが終わった途端にそれかい?」

「いいじゃないですか、どうせ暫く呑めないんですから」

「そう言えば朱鷺さんは明日から海外ロケでしたよね。どこへ行かれるんでしたか?」

「よくぞ聞いてくれました! 私が向かうのは銃と自由とハンバーガーの国────アメェリケンです! HAHAHA!」 

「これでもかってくらいステレオタイプなイメージです……」

 ほたるちゃんの質問に答えると乃々ちゃんから控え目なツッコミを頂きました。

 

「アメリカといっても私が行くのはユタ州にあるモアブ砂漠なのでアメリカ感は全然ないんですけどね。私が提案した企画ですから自業自得ですけど」

「とときら学園は和やかなバラエティ番組ですから、あんなに危険な企画なんてやらなくてもいいんじゃないでしょうか」

「流石に今回は心配です……」

「心配してくれてありがとうございます。ですが手っ取り早く視聴率を稼ぐには私が体を張るのが一番なんですよ。幸い今のところは良い視聴率を確保できていますけどまだ安定はしていませんから、目立つ企画で一気に話題性を高めたいと思います。何だかんだ言って私の体力仕事は人気のコンテンツなので、清純派アイドル路線は一旦置いておいて暴走時並みの無茶企画で一山当てようという作戦です」

「あまりトキに頼り過ぎるのもどうかと思うけどな」

 アスカちゃんが軽く溜息を吐きました。

 

「大丈夫ですって。最近では杏さんときらりさんの『あんきランキング』や、かな子ちゃんと智絵里さんの『突撃! インタビュー♪』などのコーナーが人気出てきていますし。北斗神拳目当ての視聴者さんが彼女達を好きになってくれれば皆の知名度や人気はつられて上がります。高視聴率が安定的に取れるようになれば私はフェードアウトするつもりですよ」

「自ら捨て石になるつもりかい。やれやれ、とんだお人好しだ」

 記憶抹消騒動の際に受けた恩を返しているだけであって、別にお人好しという訳ではないんですけどね。

 とにかく、とときら学園の視聴率を一気に上げるためには今回の企画────『トキちゃんのトキドキ♥サバイバルレッスン』を成功させないといけません。

 

 企画の具体的な内容ですが、熱砂の砂漠や獰猛なワニがいる湿地、人喰い鮫に囲まれた無人島などの特殊で厳しい環境下に放り込まれた場合に如何にして生き残るかという術を視聴者に伝授するコーナーです。純粋なドキュメンタリーではないものの体を張った危険なスタントが見所さんとなっています。

 サバイバルという点では以前出演した『突然! 無人島生活』とやや似ていますが、あちらがサバイバル風のキャンプ生活であるのに対しこちらはかなりガチでした。

 人は刺激を受け続けると次第に慣れてきて更に強い刺激を求めるものです。もちろん私の体力仕事も例外ではありません。以前は特殊鋼板を素手で貫く程度で大ニュースでしたが、今となってはその程度のパフォーマンスでは大衆もあまり騒がなくなってしまいました。そのためより大胆かつ、エキセントリックな企画が求められているのです。今回はいくら私でも命を落とす可能性がないとは言えませんので万全の体制で望むつもりです。

 

「朱鷺ちゃんがアメリカに行っている間ですけど、卯月さんのフォローはどうすればいいんでしょうか……」

「とりあえず今まで通り注意深く様子を見てあげて下さい。そして万一異変が起きたら犬神さんに報告をお願いします。彼の方で対応が必要か検討し、必要との判断であれば武内Pや今西部長に経緯を説明して部として対処してもらいますので」

「わかりました。でも卯月さんが事件や事故に巻き込まれないか心配です。そういう時は私達ではお役に立てませんから」

「それは大丈夫ですよ。彼女には鎖斬黒朱の最精鋭を護衛役として24時間体制で複数名付けています。他にも闇ストリートファイトから勧誘した尾張忍者の末裔や浸透勁の使い手なども傭兵として雇っていますので暴漢の十人や二十人なら瞬殺です。その分雇用費は結構掛かりましたけどね」

「じゃあ、もしかして最近社内で見かける黒服の厳つい人達って……」

「はい、卯月さん専用の親衛隊です。総務部長の社内不倫を見逃す代わりに事務所内でも活動できるようにしてもらいました」

「えぇ……」

 またもドン引かれましたが仕方ありません。卯月さんの生存ルートを確保出来るのであればどんな手段でも使う覚悟です。

 

「本当は私自身が卯月さんを見守れればいいんですけど、海外ロケは既に予定に入っていましたので仕方ありません。お手数ですがよろしくお願いします」

「ああ、任されたよ。大丈夫、トキがいなくても卯月を護ってみせるさ。彼女はボク達の可愛い後輩なんだからね」

「はい、私も頑張ります!」

「も、もりくぼも……」

「……すみません。なぜ卯月さんが危険なのかを教えることができなくて」

「別にいいさ、トキがそう言うならそうなんだろう。ボク達はキミを信じているよ」

「はい。朱鷺さんは友達想いですから」

「……理由なんて、些細なことだと思います」

「本当に、ありがとうございます」

 私の大好きな歌では『信頼を寄せられる友達は生涯に一人か二人出会えれば幸せだ』と歌われていましたが、少なくとも私は三人もの素晴らしい親友に出会うことが出来ました。この巡り合わせを神に深く感謝します。

 

 

 

 翌日からアメリカでの海外ロケのため成田空港に向かいました。実は私、正規ルートで海外へ飛び立つのはこれが初めてなのです。なので期待が七割、不安が三割といった感じでした。

 真新しいパスポートを無くさないように注意しながら電車を乗り継ぎやっと空港に辿り着きます。手荷物検査を受けた後、搭乗ゲート前の待合室の椅子に座りながら撮影クルーの到着を待ちました。十数分経つと見慣れた人物が近づいてくるのがちらりと見えます。

「おはよう、龍田さん」

「おはようございます。今回のロケでも同行させて頂きますのでよろしくお願いします」

 社交辞令の挨拶をすると笑みを浮かべます。そう、今回のロケの撮影クルーは彼なのでした。

 

「失礼します」

 そのまま私の隣の席に座りました。

「ああ、そういえばAD(アシスタント・ディレクター)からAP(アシスタント・プロデューサー)に昇格したんでしたっけ。おめでとうございます」

「ありがとうございます。昇格と言ってもやることは余り変わっていませんよ」

「謙遜しなくていいですって。入社して半年程度でAPに昇格なんて局としては異例の出世ですからね。だからこそなぜこんなキツい仕事を受けたのか、私には理解に苦しみますけど」

  龍田さんは元々『RTA CX』の名物ADですが、とときら学園の担当ADでもありました。いやはや、世間は狭いものです。

 

 企画会議でサバイバルレッスンのプレゼンをした際に面白いと言ってくれる方は非常に多かったのですが、実際に撮影クルーとして同行しても良いと答えてくれたスタッフは皆無でした。キツくて汚くて危険という、いわゆる3K仕事なので無理もありません。その中で一人参加を希望してくれた特攻野郎が彼だったのです。

 そのため今回のロケではディレクター、AD、カメラマン、音声、スタイリスト、メイク、マネージャー、ロケコーディネーターの全てを彼が一手に引き受けることになりました。つまりたった二人で海外の危険地帯に赴きロケを決行します。普通のJCアイドルなら身を案じられて絶対に撮影許可が下りませんが、私の場合は完全スルーなのが悲しいところです。

 

「今日は何だか機嫌がいいように見えますよ」

「わかりますか。昔から飛行機が好きなので、空港に来るとつい気が昂ぶってしまいました」

 へぇ、意外な趣味をお持ちなんですね。

「ロケですけど無理に私に合わせなくてもいいですよ。最悪自撮りで何とかしますし」

「自分で希望したことですから。それに労災保険はちゃんと下りるので問題はありません」

 心配するところはそこじゃない気がしますが、面倒なのでツッコミは放棄しました。

「貴方ほど優秀であればもっとラクで役得な仕事を選択することも出来るでしょうに。他事務所のアイドルがやっている音楽番組なんてアイドルの女の子達に囲まれて楽しいと思いますよ」

「生憎ですが、七星さん以外のアイドルには興味がありませんので」

「……ん?」

 何かとんでもないことをサラッと言い放ったような気がするんですけど……。

「いやいやいや。貴方だって健全な青年なんですから私以外で気になるアイドルの一人や二人はいるでしょう!」

「いません。私はそもそもアイドルというものには関心がないですから」

「えぇ……」

 何この子。前から変わってるとは思っていましたけどガチでヤバい人じゃないですか!

 

「気になったアイドルがよりにもよって私って、貴方精神状態おかしいよ……」

「七星さんは私が見込んだ唯一の方です。ですので少しでもそのお力になれればと思う所存です」

「引くわー。マジ引くわー」

 別に洗脳している訳でもないのになぜこれほど信望されているのでしょうか。一緒に仕事をする前にひょんなことで彼とお知り合いになったのですが、その際に人生相談っぽいものに乗ってあげたくらいなんですけどねぇ。

「……もしかして貞操の危機?」

「男女間の恋愛感情のような愚昧なものではありませんのでご安心下さい。それにもしそのような感情を抱いても力づくでどうにか出来るものでもないでしょう」

「それもそうですね」

 最低でも物理攻撃無効のスキルくらいは持っていないと私を襲うことは難しいのです。それに毒耐性もありますから睡眠導入剤による昏睡殺法も効きません。

 

「ロケ中ですが、例のクローネとやらのサポート役は放置してしまって大丈夫なのですか?」

「私の不在中は犬神さんにサポート代理を頼んでいます。普段は色々文句を付けていますけど近頃はPとして急成長していますので数日であれば問題ないと思いますよ」

「彼ですか。少し頼りない気はしますけれども七星さんのPとしてはああいうタイプの方が合っているのでしょうね」

「一から十まで指図されたくはないので、ある意味やりやすいというのは確かです」

 目上の者に対するリスペクトが欠けている点は大問題ですけど。

 

「ご案内申し上げます。大日本航空、八便。ロサンゼルス経由ソルトレイクシティ行きと……」

 下らない話をしていると我々が乗る便の搭乗案内が流れました。

「時間ですか。それではいきましょう」

「わかりました」

 二人連れ立って飛行機に乗り込みました。いざアメリカ!

 

 

 

 フライトは至って順調でして、予定通りソルトレイクシティ国際空港に到着しました。長時間のフライトで体が固まったので降りてから軽くストレッチをします。すると恐ろしい光景が目に飛び込んできました。

「やべーですよやべーですよ……」

「どうしましたか、七星さん?」

「此処、外人さんばっかりじゃないですか!」

「アメリカ国内なので当然です。むしろこの国では我々の方が外人ですよ」

「いや~キツイです……」

 空港内では無数の白人、黒人、アジア人が行き交っており、その光景に思わず圧倒されてしまいました。外人さん恐怖症の私としては目眩のする光景です。

 なお、別に外人さん自体が嫌いな訳ではありません。異文化コミュニケーションに対する苦手意識が恐怖を呼び起こしてしまうのです。それくらい事前に想定しておけよという話ですがすっかり頭から抜けていました。典型的なイエローモンキーには厳し過ぎる環境です。

 

「早くロケ現場に行きましょう!」

「はい。……しかし両手で上着の袖を掴まれると非常に歩き難いのですが」

「し、仕方ないじゃないですか! こんなところで迷子になったら確実に死にます! だから絶対にはぐれないで下さいよっ!」

「わかりました」

 私の交渉術やビジネススキルが通用するのはあくまで日本国内限定です。日本語が通じない地では五歳児並みに無力な存在となってしまうことに出国して初めて気付きました。いや~、ソロでのロケではなくて本当に良かったですよ。

 龍田さんの服の袖を掴みながらへっぴり腰で入国審査用のカウンターに向かいました。

 

 列に並んでから少しして私達の番が来ます。

Next please(次の方どうぞ)!」

「ひゃ、ひゃい! もしかして私ですか?」

「はい、お先にどうぞ」

「わ、わかりました……」

 龍田さんの生暖かい視線に見送られつつ入国審査官の前に行きました。身長2メートル近くでがっしりした体格の黒人男性なので圧倒されてしまいます。

 

Papers, Please(出入国書類を見せて下さい)

 ん? 何だって?

「ほ、ほわい?」

Papers,Papers, Please(ですから、出入国書類を見せて下さい)!」

 紙がどうとか言っていますが訳がわからないよ。私の頭部に搭載されている最新OS──『Windows toki 7』のCPU使用率が100%になっても答えは見つかりません。そのままパニックに陥りました。

「アルストツカに栄光あれ!」

Huh()?」

 意味不明な言葉を叫ぶと入国審査官が不審な目で私を見てきます。

「えっと……。アイムジャパニーズカワイイアイドル! ノットテロリスト!」

Terrorist(テロリスト)?」

 彼の表情が一気に厳しくなりました。なぜ一番不穏な単語だけピンポイントで伝わっているんですか!

 

Here to come(こちらへ来て下さい)!」

 いつのまにか別室に連れて行かれそうになっています! ヤメローシニタクナーイ!

This is her passport,Here you are(これが彼女のパスポートです。どうぞ)

「……Huh(はぁ)

 すると後ろで待っていた龍田さんが駆け寄ってきて、私の手中にあるパスポートを入国審査官に見せます。

What's the purpose of your visit(どういった目的で入国されるのですか)?」

We're here for business(仕事です)

How long will you be staying(どれくらい滞在される予定ですか)?」

For several days(数日間です)

 その後も英語で何回かやり取りをすると大男の様子が元に戻りました。

Thanks,have a good day(ありがとう。良い一日をお過ごし下さい)

「Thank you, ……それでは行きましょうか」

「は、はいっ!」

 あっけにとられている間に入国審査は無事終わったようです。

 

「一時はどうなることかと思いました」

「面目ありません。英語のヒアリングは結構得意なんですけど、外人さんが目の前にいるとパニックになってしまって……」

「人には得意不得意がありますから仕方ありませんよ」

「本当にありがとうございました」

 心からのお礼をすると、ある事実に気付きます。

「……というか、最初から貴方が入国審査を受けて私についても説明をしておけばあんな茶番は要らなかったですよね?」

「はい、確かに」

 ドSドラゴンが爽やかな笑顔のまましれっと答えました。

「……潰す」

「構いませんが大丈夫ですか? もし此処で私を抹殺すれば言葉の通じない異国の地で一人旅が始まってしまいますよ。単独で日本帰国RTAをやりたいのであればお止めしませんけれど」

「くっ!」

 このドS、そこまで計算に入れていやがったのですか!

「き、帰国したら覚えてなさいッ!」

「まるで三下の小悪党のような捨て台詞ですね。心に染み入ります」

 脅しても表情一つ変えやしません。清純派アイドルらしからぬ仕事ばかり獲ってくるワン公とは別の意味で厄介な存在ですよ!

 

 

 

 ドタバタの入国後は早速ロケの準備に入ります。準備とはいっても撮影の用意や各種手続きは全て龍田さんがやってくれたので私がやることは何もありませんでした。性格こそ悪いものの極めて有能なので扱いに困ります。

 ホテルで一泊した後、翌日はチャーターした民間のヘリコプターでロケ地であるモアブ砂漠に向かいました。

 

 目的地上空に到着したので早速収録を開始しました。まず機内で事前説明をしてから現地に降り立ち収録を行う予定です。

「はい、皆さんこんにちは~。コメットの七星朱鷺です! このコーナー──『トキちゃんのトキドキ♥サバイバルレッスン』では、特殊で厳しい環境下においてどうすれば生き残ることが出来るのか、いざという時に使える実用的なテクニックを皆さんに伝授したいと思います!

 そして栄えある第一回はアメリカのモアブ砂漠に挑戦します! 酷暑と危険な動物が生命を脅かす中、命を護るサバイバルテクニックを皆様にお届けしますのでご期待下さい!!」

「……はい、OKです」

 NGは出なかったのでヘリコプターはそのまま一旦地上に下りました。

 

「それではお先に失礼します」

「ご苦労様です。私はまた空に上がりますから着地の撮影の方をよろしくお願いしますね」

「畏まりました」

 龍田さんや撮影用の資材、飲料水などは先に地上に降ろしました。私は上空でヘリから飛び出しパラシュートで落下する予定です。バラエティ番組は派手な方が視聴率が稼げるので、少しでも番組を盛り上げるための演出なのです。

 

 既にパラシュートは装着しているので後は落ちるだけでした。高度二千五百メートルまで上昇した後、「アイキャーンフラーイ!」と叫びつつヘリから飛び出します。

「……ッ!」

 スカイダイビングは初体験ですが落ちているという感覚は全くありません。スピードはかなり出ているのにそのスピードを感じませんでした。だから体感的には浮いている、飛んでいるという感覚です。

 中々面白いのでもっと飛んでいたかったのですが、そろそろパラシュートを開かないといけない高度です。ギアの底部にあるハッキー(丸い玉)を引っ張ってパイロットシュート(小さいパラシュート)を出そうとしました。

 

「……ん?」

 かなり強くハッキーを引っ張ったためかパキッと折れてしまいました。そしてパイロットシュートは一向に開きません。パイロットシュートが開かないと当然キャノピーも動作しません。

「現実までメガトンコイン(自由落下)とは、たまげたなぁ……」

 そのままの速度でフリーフォールを続けました。仕方がないので体勢を調整し砂地に着地できるようにします。

 

「ハァッ!」

 着地と同時に転がりショックを分散させました。強く鈍い衝撃が全身に広がります!

「……よいしょっと。あ~もう砂だらけですよ」

 起き上がりと同時に砂を払い除けました。一応全身を確認しましたが傷一つありません。ヘリから落ちたくらいで死んでいては北斗神拳伝承者は到底務まりませんから当然でしょう。

 

 するとカメラを構えた龍田さんがやってきました。どうやら着地シーンは撮れていたようです。

「……コホン。え~と、今ご紹介したのは五点接地転回法という技です。体を回転させながらつま先・すねの外側・ももの外側・背中・肩の5点に着地の衝撃を分散させるという技術です。これをマスターすれば例えヘリから落ちても大丈夫!」

 笑顔のまま親指を立ててサムズアップしました。

 

 

 

 開始早々思わぬトラブルがありましたが気を取り直して撮影を続けます。解説をしながら峡谷を目指して砂漠の横断を開始しました。

「砂漠での主な死因は二種類あります。一つが脱水症、もう一つが熱中症ですね。このような苛烈な環境では通常どちらも数時間で発症すると言われています。

 このモアブ砂漠のように気温が四十度を軽く超える世界では、動かなくてもその場にいるだけで一時間につき一リットルの水分と塩分が奪われてしまいます。長時間強い日差しに晒されるのは危険ですから、砂漠で遭難した場合はまず峡谷などの日陰を目指しましょう」

 実際私もこの暑さには辟易しています。脅威の身体能力がなかったらこの時点でグロッキーになっていましたよ。

「とはいっても直ぐ日陰に辿り着けるとは限りません。その際、熱のダメージを受けやすい脳は少なくとも守る必要があります。今回はあり合わせのもので日除けのターバンを作る方法をご紹介します!」

 そう言いながら長袖の上着を脱ぎ始めます。すると龍田さんが慌ててカメラを横に逸しました。

 

「失礼ながら、アイドルとしてはもう少し恥じらいを持った方が良いかと思いますが」

「砂漠で遭難した場合に恥もへったくれもありません。生き延びるためには何でもしなければいけないんですよ」

「そういうものですか」

「そういうものです」

「……わかりました。しかし下着が映ってしまうのは色々とよろしくないので、そういう時は事前に声を掛けて下さい」

「は~い」

 私の下着姿を見て欲情する奇特な方はいないと思うんですけどねぇ。

 

「ターバン作りの続きですが、例えばこの白いTシャツを使う方法があります。まず襟と裾に切れ目を入れまして、真っ直ぐに裂いて開きます。必要な長さの布が出来上がりましたので頭に巻き付けましょう。余った布を頭の横でしっかり捻って後ろに回し、ぎゅっと手前に回して顔を覆うようにします。そして端をねじった部分に押し込めれば完成です!」

 この即席ターバンがあれば日差しを避けて熱中症の危険から身を守ることが出来ます。砂漠でなくとも活用出来ますので夏場の農作業などにいかがでしょうか。

 

 龍田さんに貸してもらった手鏡で出来栄えを確認しました。 

「うん! 完璧です!」

「見た目的には完全に中東のテロリストですが、よろしいので?」

「……うぐぅ!」

 言葉のナイフが私のハートにぐっさりと刺さりました。

「心の中で思っていても言わない優しさってあると思うんです。でも過激派系アイドルって中々斬新だと思うんですけど如何ですか?」

「需要が行方不明ではないでしょうか。そもそもあちらの宗教的に偶像崇拝は禁止ですし」

「……残念でもないですし当然ですね」

 中東デビューは泣く泣く諦めることにしました。

 

 

 

 その後は気象から方角を知る方法や水分の確保術について実証しながら解説をしていきました。いやはや、それにしても本当に暑いですねぇ。

「体調は大丈夫ですか?」

「私なら問題ありませんよ。それより龍田さんはどうなんです?」

「確かに厳しい環境ですが、今回のような事態に備えて鍛えてきましたので支障はありません」

「いや、訓練された兵士でも無力になるような状況下ですよ? バラエティ番組の一コーナーのためにそこまでしなくても……」

「以前の収録で挑戦したバッティングセンターで体力の無さを痛感しましたから、それ以降トレーニングを続けているだけです」

「あれは打てなくて当然だから……」 

 努力する方向を完全に誤っているような気がしますが、口出ししても絶対に自分を曲げない奴なので止めておきました。私なんぞに関わらずその力を正しく使っていればもっと出世するでしょうに。何とも勿体無いです。

 

 龍田さんの体力を考慮し、暫く休憩を挟んでから撮影を再開しました。

「続いては食料の調達です。不毛の大地でも逞しく生きている動植物は多数いますので、彼らの命を頂きましょう!」

「心なしか楽しそうに見えますね」

「食料の調達は私が最も得意とする分野ですもの。いわば本領発揮ですよ!」

 既に日は傾いており活動しやすくなっているので、失ったカロリーを補うため食料になる獲物の捜索に入りました。

「地道に捜してもいいんですが、砂漠で体力を使い過ぎるのは良くないですから今回は獲物の気を察知したいと思います」

 そう語りつつ探知モードに入りました。すると小さめの気がいくつか感じ取れたので、一番近い気のところに行ってみることにします。

 

「おっ、いましたいました」

 見たところ体長1メートル弱のガラガラヘビくんが枯れ木に隠れながら鎮座していました。

「アメリカ大陸の一部には強烈な毒を持ったガラガラヘビが生息しています。彼らは自分の身に危険が迫った場合、尾の先端を振動させ警告音を発し相手を威嚇します。基本的に夜行性で日中は大きな石の下や木の根元に隠れてることが多いですね。毒が体内に注入されると患部の細胞組織の血管が破壊され、激しい痛みや内出血、腫れといった症状が出るので非常に危険です」

 その辺りにあった枯れ枝を使い茂みの中から出しました。

「では、実際に威嚇されて噛み付かれる瞬間を見てみましょう」

 そう言いながらガラガラヘビの前に太腿を差し出しました。するとしっぽの先端を振動させ、『ジャー!!』という警告音を発して威嚇してきます。

 

「とある調査によりますと大型の蛇の攻撃速度は0.1秒で時速約百キロに相当するそうです。一方で人間の反射速度はおよそ0.2秒~0.3秒程度だと言われていますので、攻撃された時点で回避することは出来ません。だから毎年多くの方が噛まれて亡くなられてしまうんです」

 悠長に解説をしていると早速ガラガラヘビが目にも留まらぬ速さで噛み付いてきました。

「なので激流に身を任せ同化します」

 相手の勢いに逆らわず、その流れに身を任せることで力を使わずに攻撃を受け流しました。

 すると、標的を失い更に気が昂ぶったガラガラヘビが再度飛びかかってきます。

「捕らえられまい……」

 相手の攻撃を最小限の動きでいなし続けます。そして奴が痛恨の一撃を繰り出してきたタイミングを見計らい、カウンターの手刀で頭部を切り飛ばしました。

「相手より早く動きさえすれば被害を受けることはありません。要は人間の反射神経を超えさえすれば容易く回避可能なんですよ。これぞ柔の拳です。ね、簡単でしょう?」

 返り血を顔面に浴びつつ、満面の笑顔で語りながら死骸を回収しました。

 

 無事食料が調達できたので調理に入ります。まず拾い集めた枯れ草や枯れ木を岩陰に集めると拳の勢いで火を発生させて焚き火の準備をしました。皮を剥いだ蛇や道中捕まえたサソリを焚き火にくべていきます。暫くするとお肉の焼ける匂いが辺りに充満しました。

「ではまず前菜のサソリから頂きましょうか」

 体長五cmくらいの小型サソリを一切の躊躇なく口に入れていきます。

「うん、エビだこれ!」

 身が少ない川海老の様な感じです。但し焼いただけで調味料はないのでエグみを感じました。

「正直あまり美味しくはないですが砂漠では貴重なタンパク源です。では次にいきましょうか」

 串刺しにした蛇の身を裂いて口に運びます。

「味としては少し脂が乗ったササミのような感じです。こちらも焼いただけなので身が硬いですが、サバイバル生活ではごちそうと言えますね。いやあ、昔を思い出す味です」

 こういうものを食べていると前世の幼少期を思い出してしまいます。常に餓死ラインを彷徨っていて『パンがなければ昆虫や爬虫類を食べればいいじゃない』って感じでしたもの。

 毎日がサバイバルな生活は懐かしいですし色々と勉強になりましたが、もう二度と体験したくはないですね。やっぱりお母さんの美味しい料理の方が好きです。

 

 夕食後は終わりの挨拶の収録を始めました。

「『トキちゃんのトキドキ♥サバイバルレッスン』の第一回はいかがだったでしょうか? 万一砂漠で遭難した時に使える超実用的なテクニックが満載だったと思います。それでは皆様、良いサバイバルライフをお過ごし下さい!」

「……はい、OKです」

「ふぃ~」

 こうして無事ロケは終わりました。緊張が解けたためか少し気が抜けてしまいます。

「お疲れ様でした」

「龍田さんこそご苦労様です。動きっぱなしで疲れたでしょう?」

「確かに、そうですね」

 流石に疲労の色が見えます。一応人間の範疇に収まっているようでほっとしました。

「まだトレーニングが足りないことを実感しました。次回はこうならないよう再特訓します」

「そんなことしなくていいから!」

 この子だったらその内自力で私の域まで到達してきそうで本当に恐ろしいですよ。

 

 

 

 翌日は手配したヘリコプターに回収してもらい空港に向かいました。観光している時間がなかったのが少し残念です。その分お土産は買っていこうと空港のお土産屋さんで色々と見繕いました。

「このお菓子、色が超ドキツくて食欲が減退しますから幸子ちゃんへの嫌がらせ用に良いと思いませんか♪ ……あれっ?」

 お土産選びに夢中になっていると龍田さんの姿が消えていました。

「えぇ……」

 もしかしてトイレでしょうか? 私にとって異国の空港で一人取り残される状況は熱砂の砂漠で遭難するよりも810倍は恐ろしいのですけど。

「ま、まぁ待っていればその内戻ってきますよね?」

 お土産を選ぶ素振りを見せつつ彼が来るのを必死に待ちます。しかし10分、20分が経過しても一向に現れません。

 

「龍田! 謀ったな、龍田!」

 思わずその場で膝を付きました。認めたくないものだな、自分自身の老いゆえの過ちというものを。お土産選びに夢中になってしまい奴の気配を捕捉することを怠っていましたよ。

「さて、と……」

  ゆっくりと立ち上がりました。落ち込んでも仕方ありません。幸いなことにパスポートは手元にありますから出国手続きさえ無事に出来れば外人さんに関わること無く帰国できるはずです。入国手続きは数日前にやりましたからその時のことを真似れば大丈夫でしょう。

 

 しかし現実は非情でした。

「Hi! Miss hokutoshinken!」

「は、はろー……」

「Wow! Japanese illusionist!」

「へるいぇー……」

 入国時は龍田さんの影に隠れていたので気付かれませんでしたが今は私一人です。道行く外人さんからジロジロと見られたり、所々で北斗神拳だのイリュージョニストだの呼ばれたりしました。私の無茶苦茶な体力仕事はMytubeを始めとした海外の動画サイトに無断転載されていて相当な再生数を稼いでいますからその影響が出ているようです。日本から出たことはないので海外での知名度がそれなりにあることに気付いていませんでした。

「Ninja! Ninja!」

「忍者アイドルは別にいますからっ!」

 話しかけられる度に「サンキュー!」又は「イエス!」と営業スマイルで乗り切っていますが限界は近いです。後一、二回呼び止められたら私のSAN値はゼロになるでしょう。

「コメットはどこ……? ここ……?」

 このまま異国の地で朽ち果てるのかと思うと恐怖で目が潤んできました。

 

「あっ……」

 すると誰かが私の手を取りました。その手の主は見知ったあの人です。

「どこに行っていたんですか、龍田さんッ!! 姿が見えないので死んだかと思いましたよ!」

 すると奴が紙を広げます。そのまま「どっきり大成功~」とやる気なさげに呟きました。

「……これは、何でしょうか?」

「見ての通り緊急ドッキリ企画です。外国人恐怖症の七星さんを海外の空港に放置したらどうなるのだろうという内容でした」

 へぇ、ほう、ふぅん。

「ハイクを詠め。カイシャクしてやる」

 屋上へ行こうぜ。久しぶりに……キレちまったよ。

 

「今回のドッキリの実行犯は私ですが実際の企画を立てた首謀者がいます。その黒幕の正体を掴まずに私を抹殺してもよろしいので?」

「……伺いましょう。黒幕が誰か素直に喋れば貴方の命は保証しますよ」

「ヒント1。七星さんがよくご存じの男性です」

「それでは特定できません。貴方は特別に許してあげますからもっとヒントをお願いします」

「ヒント2。名前に犬が付きます」

 その瞬間、堪忍袋の尾が切れた音がハッキリ聞こえた気がします。

「ま~た、あんのクソ犬かァーーーーーーーー!」

 私の魂の絶叫が空港内に響き渡りました。

 

 

 

 帰国後は直ぐに犬の自宅マンションへ吶喊(とっかん)し、真っ青な顔の彼に詳しく事情を聞きました。

 以前龍田さんを交え三人で一緒にご飯を食べに行ったことがあったのですが、私がお花を摘みに行っている際に冗談で『こんなドッキリをしたら面白いんじゃないか』という話を二人でしたそうです。それを真に受けた龍田さんが実際に実行したという訳でした。

 飲みの席の話ですしコメツキバッタの如く土下座をしてきたので今回に限り許すことにしますが、今度やらかしたら絶対に焼き土下座と鉄骨渡りをしてもらいますので覚悟なさい。

 

 なお、努力の甲斐あって『トキちゃんのトキドキ♥サバイバルレッスン』は小さいお子様達を中心に非常に高い人気を博しました。普段アイドル番組を見ないファミリー層やシニア層を取り込むことが出来た上に企画の製作費が異常な程安いため、テレビ局の偉い人達にとても感謝されたので良かったです。

 画面端に『訓練された北斗神拳伝承者のみ可能なテクニックです。視聴者の皆様は絶対に真似しないで下さい!』というクソデカテロップくんが常に出ていたのは癪に障りましたけど。

 そしてそれ以上にあのドッキリ企画が好評だったそうです。私が涙目になりながら挙動不審に空港内を右往左往している姿がなぜ人気になったのか、コレガワカラナイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第60話 酒と泪と女と女

「……以上が先日の海外ロケの報告です」

「ありがとう。とりあえず七星さんが無事に帰ってきてくれて何よりだよ」

「結構大変でしたけど視聴率は取れたようで良かったです。わざわざモアブ砂漠にまで出向いておいて成果が出なかったら美城常務にお小言を言われてしまいますし」

「ははっ、確かにね」

 先日の海外ロケから数日経った後、犬神P(プロデューサー)のオフィスに伺いワンちゃんに収録の詳細報告を行いました。偶然にも今西部長がいらっしゃったので彼にも話を聞いて貰います。

 あくまで社内の打ち合わせですからそんなに固いものではありません。応接用のソファーに腰掛けて和やかに談笑しました。

 

「局側の感触も非常に良かったよ。今回だけではなく是非今後も続けて欲しいとの依頼が来ているそうだ。司会は下りてあれ一本でやって欲しいという人もいるくらいさ」

 今西部長がいつも通りの朗らかな笑顔で語りました。

「高い評価を頂いたことは嬉しいですし継続もやぶさかではないですけど、司会は続けさせて下さいよ!」

「はは、冗談さ。勿論七星君には司会も続けて貰うからね」

「それならいいですけど……」

 勉強して出演アイドル達の情報を覚えたのに無為にされたらたまったものではありません。

 

「それにしても実に惜しいねぇ。経営能力や決断力に優れた美城常務と、現場力や実務能力に長けた七星君が組めば346プロダクションは飛躍的に成長すると思うのだが」

「別に彼女のことは嫌いではないですけど、『アイドル事業部の全ユニットを強制解散させる』という方針が撤回されない限り無理ですよ。私にとっては一切妥協できない点ですから」

「確かに、それは譲れないラインだよな……」

 正面にいる犬神Pが珍しくシリアスな表情のまま頷きました。

「君達には厳しく見えてしまうかもしれないが、彼女は元々真面目で優しい良い子なんだ。旧態依然な男社会である芸能界で経営者として上を目指すには、ああならざるを得ないのかもしれない」

「……確かに美城常務にも色々と事情があるんでしょう。創業者の一族だから親の七光りと揶揄されないために成果に拘っているのかもしれません。ですが自分のために未来あるアイドル達の芽を摘むのは間違っていると思います。エゴですよ、それは」

 忠犬が私の言いたいことを代弁してくれました。

 

「ちょっと気になっていることがあるんですけど、質問いいですか?」

「ん、何だい?」

 折角なので美城常務をよく知る今西部長に常日頃の疑問をぶつけてみることにしました。

「常務は『かつての芸能界のようなスター性、別世界のような物語性を確立する』という方針を掲げてますが、これって成果を上げることとは必ずしも一致しないのではないでしょうか」

「どういうことかな?」

「10年以上前ならともかく、765プロのような現代の売れっ子アイドル達はライブだけでなくバラエティなどにも積極的に出演してるじゃないですか。親しみやすいカジュアル路線のアイドルが本流の中、他の分野を切り捨ててアーティスト一本でいこうなんて逆張りもいいところです」

「う~ん……。正直その点は私も疑問に思っているんだよ。『美城の権威を保つため』というのもあるんだろうがそれだけではない気がするね。しかし私にも教えてはくれないんだ。力になれなくてすまない」

「いえ、構いません。少し気になっただけですから」

 七星医院分院での治療の際にも情報を集めましたが理由は不明でした。今西部長の言う通り表向きはブランドイメージ向上のためとは言っていますが、私にはどこか空虚に聞こえるのです。

 とはいえ子供の頃から付き合いのある今西部長にも教えていないことを天敵の私に言うはずもないですから、本人のみぞ知ると言った所ですか。

 

「美城常務の件で変な話になってしまったね、すまない。……ところで話は変わるが、七星君にも思わぬ弱点があって驚いたよ」

「弱点?」

「あのドッキリ企画のことさ」

「あー……」

 必死に忘れようとしていた心のカサブタを思いっきりひっぺがされました。するとクソ犬の表情が瞬く間に変わります。

「そうですね。どこかの誰かさんが立てたクソ企画のせいで本当に酷い目に遭いました」

「いやっ、あの時は俺も酒が入ってたからさっ! まさか龍田くんが本気にするとは思わないじゃないか!」

「弁解しますが、私は英語のペーパーテストは得意ですしリスニング試験も聴くことに集中すれば難なく解けます。外人さんと面と向かって話をすると途端にフリーズしてしまうだけなんです」

「その割には色々とガバガバだったような気が……」

 余計な一言を聞いて頭にきました。

「最後に殺すと約束したな。あれは嘘だ」

「ま、待ってくれ!」

 必死に命乞いをする彼の首に手を伸ばします。

 

「はっはっは。外国人が苦手なら、まず犬神君と英会話の練習でもしてみたらどうだい?」

「犬神さんとですか? いやいや、冗談はよして下さいよ。こんな純国産の駄犬に英語なんて高度な言語が扱える訳がありませんって」

「あれっ、知らないのかい? 彼は早稲口大の国際教養学部卒だし小さい頃はアメリカ在住だったから英語はペラペラだよ」

「マジで!?」

「あ、ああ。一応ね……」

「社内でもネイティブ並みに話せる社員は少ないんだ。人を見る目と語学がアイドル事業部配属の決め手だったのさ。今所属しているアイドルは皆日本語が話せるから活躍の機会はないがね」

 今西部長の声が徐々に遠くなっていく気がしました。

 

 ドッグハエイゴハナセル、ワタシハエイゴハナセナイ。

 

 つまり私は畜生に劣っているという訳ですか?

 この私が?

 武内Pならともかく、こんな雑種犬ごときに?

 おかしい、こんなことは許されない……。

 

「……今日は帰ります」

「な、七星さんっ!?」

「サラダバー!!」

「だから事務所内で瞬間移動は止めてって!」

 泣きの涙でその場から敗走しました。あんまりだよ、こんなのってないよ……。

 

 

 

 翌日はコメット全員で雑誌取材の仕事がありました。学校が終わってからだったので既に日は沈んでいます。

「仕事も終わったし帰路につくとしようか。帰りに何処か寄っていくかい?」

「いえ、私はもう暫く残りますので」

「何か用事があるんですか?」

「事務所に来る途中、今西部長から『仕事終わりに待っていて欲しい』とお願いされましたので、もう少し残る予定です」

 ほたるちゃんの質問に答えました。何の用かは知りませんが部長直々にお願いされたのであれば仕方ありません。社畜は上司に逆らえぬのです。

 

「……そうなんですか」

「プロジェクトルームには鍵を掛けておきますから大丈夫です。それより帰り道は気をつけて下さいね。寮から近いと言っても既に真っ暗ですから」

「ああ、わかった。そうさせてもらうよ」

「それでは、お疲れ様でした」

「お疲れ様です……」

 三人が事務所を後にします。帰りが遅くなるというメッセージを家族宛に発信していると今西部長が一人でやってきました。

 

「やあ、待たせて悪かった」

「いえ、特に待ってはおりませんので。……それでご用とは何でしょう?」

「せっかくだから食事でもどうかと思ったのさ」

「私と今西さんの二人で、ですか?」

 意図が読めないので困惑しましたが、彼は一切表情を崩しません。

「いやいや、そんなに身構えなくてもいいよ。私以外にもちゃんと出席者はいるしね。近いうちに秋の定例フェスを開催するから美味しい食事を頂きながら意見交換でもしようと思っただけさ。それで、どうだい?」

「わかりました。お付き合いします」

 なぜコメットではなく私一人なのか、そして私以外の出席者とは誰なのかが引っかかりましたが、今伏せて説明したということは語る気がないのでしょう。罠の可能性も否定できませんが、断って今西部長との間に不和が起きるとそれはそれで問題なのでお引き受けしました。

 

「ありがとう。エントランス前にタクシーを待たせているから先に向かって貰えるかな」

「今西部長はどうされるんです?」

「仕事がまだ少し残っているから終わり次第伺うよ」

「わかりました。ではお先に失礼します」

「ああ。ご苦労様」

 怪しさ大爆発ですが一度お受けした以上断る訳には行きません。表面上はにこやかなまま、警戒は怠らずにエントランスに向かいました。

 

 既に待機していたタクシーに乗り込むと行き先を聞かれないまま走り出しました。予約した際に送り先の住所は伝えていたのだと思います。

「すみません、このタクシーってどちらへ向かっているのでしょう?」

「あれ? ご存じないんですか?」

「はい、手配したのは別の者なので」

 すると運転手さんが行き先のお店の名前を告げます。繁華街の外れにある老舗の小料理屋さんで、以前犬神Pにも連れて行って貰ったことがありました。

「俺が知っているとっておきの名店だ!」と彼が豪語するだけあり、全国の貴重な日本酒やマイナーでも味が確かな地酒などを置いている良いお店です。お酒だけでなく料理も非常に上等でして、看板だけ立派な高級料亭では到底敵わない程でした。

 少なくとも食事会というのは嘘ではないようなのでほっとします。10分ほどで目的の小料理屋さんに着きました。

 

「いらっしゃいませ。あらこんばんは、七星さん」

 扉を開けて暖簾をくぐると女将さんが出迎えてくれました。和装が良く似合う美しい方です。こういう人にお酒を注いでもらえれば何倍も美味しく感じるでしょうね。私は未成年ですからお願いはできませんけど。

「こんばんは。うちの部長の今西が予約しているはずなんですが」

「はい、伺っていますよ。お連れ様がお待ちですから二階のお座敷へどうぞ」

「お連れ様、ねぇ」

 何だか胸騒ぎがします。私の嫌な予感って高確率で的中するので今回は外れてほしいと切に願いました。

 階段を上がり二階に上がると、満を持して個室の扉を開きます。

「……君か」

「……やっぱり、こう来ましたか」

 眼前には美城常務が一人で佇んでいました。

 

 

 

「いつまでそこに立っている気だ?」

「……失礼します」

 和室なので座布団の上に正座して座りました。正面には仏頂面の美城常務が同じように正座しています。そのまま暫く沈黙が流れました。

 どうしてくれるんですかこの空気! 友達の友達と初対面で二人きりにされた時の百倍くらい気まずいですよ! 今日は厄日だわ!

「え~と、美城常務はなぜこちらに?」

 気まずさに耐えきれなくなり適当に話題を振りました。

「今西部長から『今日は346プロダクションにとって非常に重要な方との食事会があるので必ず出席して欲しい』という連絡を先程頂いた。そう言われたら断る訳にはいかないだろう」

「あっ、ふ~ん……」

 いつもより眉間に皺が寄っています。どうやら二人して今西部長に嵌められたようでした。

 

 するとスマホの振動音が部屋に響きます。どうやら私の私物ではなく美城常務のもののようで、そのまま通話を始めました。

「……はい、はい。わかりました」

 短いやり取りの後、常務が通話を終えます。

「今西部長だが、今日は急用が出来てしまい来られないそうだ。『二人で仲良く食事でもしながら和やかに親睦を図って欲しい』と言っている」

「えぇ……」

 仲良く食事出来ない間柄だということは部長が一番良く分かっているでしょうに!

 たしかに普段も話をすることはありますが、あくまで業務連絡がメインであり楽しげに談笑したことは一度もありません。しかも私はあのカーニバルやスポンサーへの圧力など色々な妨害工作を行った加害者ですから、彼女としても仲良くお食事会なんて気分ではないはずです。

 

「どうやら此処にいても無意味なようだな。私は先に失礼する。……ッ!」

 立ち上がろうとした常務が辛そうな面持ちに変わりました。しきりに足をさすっています。

「ひょっとして、足を攣りました?」

「……アメリカでは正座をしたことはなかったからな。少し油断したようだ」

「確かに久しぶりにやると結構辛いですよねぇ」

 秘孔を突けば一瞬で治せますが、苦しそうにもがく常務の姿はSSレアなので止めておきます。

 

「失礼します~。あらっ、どうされました?」

「いや、別に何でもない……」

「プークスクス」

 必死になってポーカーフェイスに努める常務の姿がおかしくって仕方ありません。愉悦愉悦。

「それではお先にお料理をお出ししますね」と言いながら女将さんがテーブルに料理の小鉢を並べ始めました。

「あの、まだ頼んでないですけど」

「今西さんから『適当に美味しいものを食べさせてあげて欲しい』と言われています。ですので今日のお薦めを一通り楽しんで下さいね。飲み物ですけど七星さんはノンアルコールビールでよろしいですか?」

「はい、お願いします」

 ここに来たのは二回目ですが、一見に近い客の嗜好を記憶しているとは流石です。

 

「美城さんは何に致しましょう?」

「では『シンデレラ』を頼む」

「女子力高ッ!」

 有名なノンアルコールカクテルですけど小料理屋さんなので扱っていないでしょ。

「畏まりました」

「あるんですか!」

「はい、お客様のご要望にお応えするのが私達の喜びですから。その他にもワインやウイスキー、泡盛、保命酒、ウオッカ、グラッパ、ラム酒なども取り扱っています」

「やりますねぇ!!」

 いくら料理が美味しくても所詮は街の小料理屋だろうと甘く見ていましたが、これは認識を改めないといけないようです。

 

 本当は私も料理を頼む前に帰ろうと思っていましたが、お任せでお願いしているとなるとそうはいきません。

 出されたものは残さず食べ切る主義ですから料理を放置して帰るという選択肢はありませんでした。一辺たりとも残さず頂き血肉に変えることが食材となり散っていった生き物たちへのせめてもの手向けだと私は思います。

 美城常務も帰るタイミングを逸したようで、その場から動くことはありませんでした。

「それでは、乾杯」

「卍解……じゃなかった、カンパ~イ……」

 運ばれてきた飲み物を手にするとカチリとグラスを当てます。いや~、これだけ盛り上がらない乾杯は本当に久しぶりですよ。

 

 その後は美味しい料理に舌鼓を打ちながら対話を試みました。とは言っても内容は業務連絡が中心です。特にプロジェクトクローネの動向は彼女も気になっているようで、各メンバーの体調やレッスンの進捗状況などを聞き漏らさないようにしていました。今西部長が仰っていたとおり根は真面目なようです。

「この鮭の粕汁、出汁が良く効いてて本当に美味しいです!」

「ああ、深みと甘みが丁度いい割合だな。総料理長は良い仕事をしている」

 美味しい料理は人の心を癒やすものですが、剣山のようにささくれだった我々の心にも効果はあったようです。気づくと先程までの警戒心が薄れていました。

 

「クローネについては引き続きよろしく頼む。それで、君の方はどうだ?」

「どうっていいますと……?」

「体調に問題はないかと訊いている。アイドルの仕事に加えてクローネのサポートもやっているのだから、健康状態が悪化してないか気にして当然だろう」

「え~と、私をサポートに付けて過重労働させて自滅を狙っているんじゃなかったんですか?」

 そう言うと常務が目をパチクリさせました。

「馬鹿な。どこの世界に所属アイドルの不幸を願う管理者がいるというのだ。統括重役として私にはアイドル事業部の社員やアイドル達の労務状況に責任を負う義務がある」

「そ、そうですか……」

「君ほどの能力があればサポート役を頼んでも支障はないと判断したからこそ任せた。サポートを押し付けて潰そうとするなど人間の屑の発想だ。そんな可能性を考える奴はよほど心が薄汚れているのだろう」

「うぐぅ!」

 常務の正論が私のハートをダイレクトアタックしました。はいはい、どうせ人間の屑で心が薄汚れていますよっ!

 

「そ、そんな急に優しくなったからって私は簡単に落ちないんだからねっ! どうせ隙を見て無理やりリストラするつもりなんでしょう! 海外の社員みたいにっ!」

「……無理なリストラとは何のことだ?」

「いやいや、皆さん噂しているじゃないですか。関連会社の経営改善のために常務さんが大規模で無慈悲なリストラを断行して多くの社員を路頭に迷わせたって」

「ああ、ニューヨークの関連会社のことだな。確かに雇用調整はしたが、あの時整理したのは再三指導しても業務改善を行わなかった者や勤労意欲が著しく低い者達だ。勤務態度が良好で標準以上の能力を持つ社員の雇用は全て維持した。誰かれ構わず切った訳ではない」

「本当ですか?」

「嘘を言ってどうなる。それに向こうでは雇用調整など当たり前だ。朝出社したら解雇を言い渡されその日の内に追い出されることも多い中、再就職の準備ができるよう余裕を持って通告し退職金も大幅に割り増して支払ったのだから逆に感謝されたくらいだ」

 常務さんは意外と感情が表に出やすいタイプですが、全く表情を変えず淡々と話をするので嘘を言っているようには見えませんでした。

 

「それならそうと皆にちゃんと説明すれば、あらぬ誤解は解けるでしょうに」

「自己弁護したところで誰も信じないだろう。それに行動と結果を伴わない言葉は信用されない。選挙間近になって慌てて街頭演説を始める愚かな政治家共の言葉が心に響かないのと同じことだ。そして問題社員とは言え雇用調整を断行したことは事実としてある。

 そのような下らない噂話で私を貶め、裏でコソコソと陰口を叩く害虫には結果を以って応えてやればいい。そうやって戦い勝ち上がってきたからこそ私は今此処にいる」

 う~ん、何というか……。とても格好いいですけど物凄く不器用な方ですねぇ。でもこういうハードな生き方は嫌いじゃないし好きですよ。

 

「それ程部下のことを気にされているのでしたら、『既存ユニットを全て解散させてプロジェクトを白紙に戻す』という方針を取り下げれば皆とても喜ぶと思うのですけど」

「それは出来ない。かつての芸能界、いやアイドル界に存在したスター性。あの輝きをもう一度取り戻さなければいけない。でなければ、私は……」

 そう言いながら顔を陰鬱に沈み込ませました。話題を変えようかとも思いましたが、美城常務がなぜアーティスト面の特化に舵を切っているのかを知る絶好の機会なので、あえて掘り下げて聞いてみることにします。

「そもそも、成果を上げることとかつてのアイドルに見られたスター性を取り戻すことは必ずしも一致していないように思えるんですけど」

「……この時代に生まれ育った君にはわからないだろうが、私は痛いほど理解している。歌と踊りだけで全ての栄誉を簒奪していった魔物────『日高舞』の力を」

 美城常務の口から意外な人物の名前が出てきました。

 

 日高舞────それはアイドル史はおろか、日本の芸能史に名を刻む程の超有名スターです。

 アイドルのことは知らないが日高舞はよく知っている、というオジサンは本当に多いです。

 現在のアイドル界のトップと言えば765プロダクションですが、その所属アイドル全員が束になってかかっても全盛期の彼女には及ばないでしょう。これは決して天海さん達を軽んじている訳ではなく客観的な事実です。私だって彼女に比べたらクソザコナメクジもいいところですよ。

 現在は専業主婦としてどこにでもいる家庭的な良いお母さんをしていると娘の愛さんからは伺っています。年齢は確か29歳とのことなので丁度美城常務と同世代ですね。

 

「当時の美城グループは勢いを増しその勢力を拡大させていった。そんな時、お父様達の行く手に立ちふさがったのがあの怪物だ」

「でも当時の美城にアイドル事業部はなかったはずでしょう? バッティングさえしなければそれほど問題ないんじゃ……」

「彼女はアイドルという枠に収まる器ではない。活動期間は約三年と短いものだったが、当時はCDを一枚リリースする度に高層ビルが建ったとも言われるほどの利益が生まれていた。その勢いはアイドルという次元を遥かに超えた時代の象徴だと評されている位だ。

 当然、他の芸能事務所はその割を喰う。それは我が346プロダクションも例外ではない。何せ所属タレントの人気があのブラックホールに吸い込まれていくのだからな。彼女の活動期間が後数年続いていたら美城グループ自体どうなっていたかわからないだろう」

 ネットでは一世を風靡したなどと書かれていましたが、私が乳児だった頃に引退されたため今一実感がありませんでした。確かにそれだけの成功体験を間近で見せつけられれば日高さんのような超正統派アイドルをもう一度生み出したいと思ってしまうかもしれません。成功すれば莫大な利益を上げることが出来ると証明されている訳ですから。

 

「で、でも常務さんは物凄くお綺麗なので、同時期にアイドルデビューしていたら日高さんに勝てたかもしれませんよ!」

 あまりにお通夜ムードなので思わず寒い冗談を飛ばしてしまいました。すると常務に刺した影が更に濃くなります。

「無理だ。当時の日高舞に勝てるアイドルは存在しない。……だからこそ私は舞踏会へ向かうためのガラスの靴をこの手で壊し、魔法使いとなる道を選んだ」

「ええと、その口ぶりだとまるでアイドルを目指したことがあるように聞こえるのですけど」

「……そういうものを志したことがなかったと言えば嘘になる。だが私は恐怖に怯え竦んでしまった。その挫折感は今も拭えない。だからこそ、いつの日か私の写し身となる高貴なシンデレラに日本、いや世界を制して貰う。悪魔の幻影を振り払うにはそうするしかない」

「それが、アイドルにかつてのスター性を取り戻す理由ですか……」

 

 美城常務は芸能事務所の創業者一族であり日高さんと同世代です。同じ年頃の女の子に誇りある美城グループがいとも容易く蹂躙されたのですからトラウマになってもおかしくありません。

 ファーストガンダムで例えるなら、3分でリックドムを十二機落とした一年戦争末期のキレッキレなアムロ・レイに戦場で出会い、味方を多数撃墜されながらも命からがら逃げ延びたような感じでしょうか。正に悪夢としか言いようがありません。

 美城常務は人類史上最高のアイドルだった日高舞という幻に今も取り憑かれているようでした。引退して10年以上経過してもこれだけの影響力を誇るとは、本当に恐ろしい方です。

 

 それにしてもあの気難しい美城常務が洗いざらい喋ってくれるとは思いもしませんでした。豆腐の角に頭でもぶつけたんでしょうか。

「鮭の粕汁をもう一杯頼む」

「ま、またですか? 確かに美味しいですけど三杯目は食べ過ぎじゃ……」

「構わん!」

「は、はいい!」

 それにしても様子がおかしいです。顔が上気して視点があまり定まっていません。これではまるで酔っ払っているような……。

 

「まさか!」

 常務を部屋に残し慌てて一階に向かいます。その途中で女将さんに出くわしました。

「あら、どうしましたか?」

「先程常務が飲んでいた『シンデレラ』ですけど、作る際に間違えてアルコールを入れたりしていませんか!」

「いえ、そんなことはありませんよ。私自身がお作りしたものですし」

「そうですか……。じゃあ酔っ払った訳ではなさそうですね」

 そういうと何かに気付いた様子を見せます。

「もし酔う可能性があるとすれば、鮭の粕汁でしょうかねぇ」

「あっ!」

 粕は酒のもろみをこしてその後に残った塊です。確かにアルコール成分は含まれていました。

「でも大した量は入れていませんよ。よほどお酒に弱い方でないと影響は出ないはずですけど」

 わざわざノンアルコールのカクテルを頼んでいたくらいですからお酒には弱いのかもしれません。常務の身辺は調査済みですがお酒に強いか弱いかまでは流石に調査対象外でした。

 

 アルコールを全く受け付けないタイプはビール一杯でも倒れますので放っておけません。慌てて部屋に戻ると、先程よりも顔を赤くした常務から睨みつけられました。

「遅いぞ七星! 上席を一人で放置するとは何事か!」

「す、すみません!」

「……反省したならいい。では行くぞ!」

「行くってどちらへでしょう?」

 本日二回目の嫌な予感がしたので恐る恐る聞いてみました。

「次の舞台に決まっているだろう!」

「まさかのはしご酒!?」

「不服とは言うまいな?」

「いや、これ以上はお体に触りますよ……」

「女将、会計を頼む!」

「聞いちゃいませんねこの人!」

 物凄く面倒なので置いて帰りたいですが、上司を放置して帰宅したら後で何を言われるか分かりませんので渋々と付き従います。

 

 食事代は後で今西部長がお支払いするということなので、フラフラした足取りの常務を抱えてお店の外に出ました。

「次は中華だ。中華がいい!」

「わかりました。近くのお店を捜しますからちょっと待ってて下さいね~」

 バッグからスマホを取り出してグルメサイトのアプリを起動します。

「遅いぞ! まだか!」

「10秒じゃあ何も出来ませんよ。いい大人なんですから落ち着きましょう」

「早く落ち着けだと……。貴様まであの副社長のようなことを言うのか! 私に早く結婚しろなんて言っているがアイツなんてハゲだぞハゲ!」

「大多数の男性がダメージを受ける発言は控えて下さいって! 私も昔は結構気にしていたんですから!」

「あのハゲーーーーーー!」

「やめっ……ヤメロォー!」

 目に余る暴言のため大慌てで静止します。放つ相手によっては刺されてもおかしくないですよ。男にとってはガチで死活問題なんですもの(毛根的な意味で)。

 この他にも女性週刊誌にスクープされたら致命傷を受けるような失言が容赦なく飛び出しましたが、彼女の名誉のために聞かなかったことにしました。

 

 

 

 その後は結局はしご酒でした。四軒目で美城常務がダウンする頃には空が白んでいましたよ。

 なお、後で本人に確認したのですが彼女は別にお酒のアレルギーがある訳ではないとのことでした。しかし異常な程酔い易い体質でして、二十歳の誕生日パーティーで初めてお酒を口にした翌日、会長であるお父さんから「お前は金輪際酒を飲むな」と言われたそうです。

 本人は不思議がっていましたが私にはその理由がよ~くわかります……。酔った時の記憶を全て無くされてしまうと嫌味の一つも言えませんもの。

 お酒好きとして飲むなとは言いませんけど、この私のように大人のレディとして節度ある適度な飲酒を心掛けて欲しいものですよ。

 

 悪夢の懇親会は重労働でしたが成果はありました。美城常務の心の中に巣食っているのは『アイドルに挑戦すら出来なかったことに対する後悔』と『日高舞という正統派伝説級アイドルの幻影』のようです。それらのコンプレックスと美城グループを大切に想う気持ちが複雑に混ざり合い、歪な業務方針になってしまったのだと思います。なのでその問題を解消すれば今の凝り固まった考えを見直してくれるかもしれません。

 そして今回の件で常務のことを嫌いになれない理由がよくわかりました。だって常務は冷血人間でも何でもなく、自分の思いを伝えることが下手で不器用な生き方しか出来ない人なんですもの。

 それこそ、生まれ変わってアイドルなんてやっているどこかの大馬鹿野郎のようにね。

 彼女の人となりを知るにつれて移籍や引き抜きなどの非人道的な対抗策をとろうという気が完全に失せてしまいました。

 

 よしっ!

 毒を喰らわば皿までです。こうなったら卯月さんだけでなく美城常務も含め、346プロダクション全員が幸せになるトゥルーエンドを探すとしますか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第61話 いっしょにとれーにんぐ

「英会話、初心者、手軽っと……」

 ベッドでごろ寝しながらスマホで英会話講座についてググると多種多様なサービスが表示されました。先日犬神P(プロデューサー)が英語ペラペラということが判明し100メガショックを受けましたが、ド畜生に負けたままでは私のプライドが許しません。そのため本気で英会話に挑戦することにしました。

 よくよく考えれば日本の総人口が一億三千万人弱なのに対し世界の総人口は約七十億人ですから、海外のファンを増やすためにも世界共通言語である英語を話すことが出来るようになればコメットにとってプラスとなるはずです。

 

「オンライン英会話……。へぇ、こういうのもあるんですか」

 すると興味深い商品が見つかりました。無料のビデオ通話サービスを利用し、世界各国の講師の方と自由に英会話の練習ができるというものです。学業とアイドルの仕事がある以上、決まった時間に教室へ通うことは難しいのでこういうサービスは大助かりです。

 無料体験が出来るスクールがいくつかあったので夕食後に試してみることにしました。

 

「カメラ設定……OK」

 食事後はパソコンとウェブカメラの設定を行います。スクールの体験登録も先程終わらせたので、後は講師を予約して会話するだけとなりました。正直メッチャ緊張していますが、これもあの駄犬に一泡吹かせるためですから仕方ありません。

「へぇ、講師の方は結構沢山いるんですねぇ」

 一応前世は男でしたし男性の方が遠慮なく話すことが出来るので男性講師に絞って検索します。すると丁度この時間空いている人がいました。

 

「え~と、ロドニー先生ですか……」

 顔写真があるのでそちらも確認します。三十代前半くらいのヒョロっとした白人の方ですが、講師歴一年半とのことなのでそこそこ経験のある方みたいです。特に可もなく不可もない感じなので私の英会話スクール初体験は彼に捧げることにしました。

「イ、イクゾー!」

 若干の震え声で申し込みのボタンをクリックします。すると『連絡しています。暫くお待ち下さい』というメッセージが表示されました。キャバクラで嬢を待っている時並みの緊張感に包まれながら開始時間まで数分待ちます。

 ここまで来たらもう頑張るしかないよ!

 

『~♪~~♪』

「ひいっ!」

 するとビデオ通話アプリから着信の連絡が来ました。震える手で通話ボタンを押します。

Howdy(やあ)! Toki!」

「は~い……」

Nice to meet you(はじめまして)! I'm Rodney(僕はロドニーさ)! Hahaha!」

「マイネームイズ、トキ。よ、よろしゅうお願いします」

 見かけによらずハイテンションで陽気な感じでした。落ち着いた感じの方だと思いこんでいたため結構パニックになっていますが、この時点で切断したら流石に失礼なので話を続けます。

 

How are you(調子はどうだい)?」

「え、え~と……」

How,are,you(調子はどうかな)?」

 ハワイ?

 えっと、彼はアラスカ在住って書いてあった気がしますけど……。ああ、そうか! 私の住所を勘違いしているに違いありません!

「ジャパン!」

「……What(えっ)?」

 おお、ロドニー先生が早速渋い表情になっておられるぞ。誰かなんとかして差し上げなさい。

 

Are you nervous(ああ、緊張してるのかな)?」

「えっと……」

 野バス? いや、ナス?

 どちらかというとナスは嫌いなのです。『貴方はナスですか』って全く意味がわかりませんが、一応カテゴリー的には人間だと思いたいので反論しましょう。

「アイアムア、ヒューマン! ……めいびー」

「……One moment, please(少々お待ち下さい)

「イエスイエス」

 最初のフレンドリーさはどこへやら、怒涛の勢いで心の壁が築かれていきました。もう既にベルリンの壁くらいの厚みがありそうです。

 お互いに深呼吸し、気を取り直してから第二ラウンドが始まりました。ファイッ!

 

Do you like sports(スポーツは好きですか)?」

 おっ、これならわかりますよ。ゆっくり、かつはっきりと発音してくれたので余裕で聞き取ることが出来ました。あたいったら天才ね!

「イエス。アイライクスポーツ」

Me too(僕もです)

 ようやく会話が成立したためかお互いに安堵します。よし、このまま上手く行けば問題ありません。東西冷戦の終結まで後一歩です。レッツ、ブレイクザウォール!

 

Can you ski(スキーは出来ますか)?」

 巨乳好き?

 いや、控えめに言って大好きですけど何故日本語で質問してきたのでしょうか。不審に思いましたが円滑なコミュニケーションのためには答えを返さないといけません。

「アイライク、ブレスト。アイラブラージ、スモール、アンドナッシング! 72cmイズゴッド!」

「……Huh()?」

「そーりぃー……」

 ロドニー先生が半ギレでござる。もう泣きたい。

 

What kind of sports are you doing(何かスポーツはやっていますか)?」

 ふむふむ。やっているというか身についているのは北斗神拳ですが、彼には通じないと思うのでこの場では格闘技としておきます。

「アイドゥー、マーシャルアーツ」

Are you serious(本当ですか)!? What can you do(どんなことが出来るのでしょう)?」

「え~と。テレポーテーション、ブレイクザトラック、キリングアシャーク、フライインザスカイ、キュアーシリアスシック」

Huh(はぁ)……」

 呆れたように呟きました。まごうことなき真実をお伝えしたのですけど、向こうはからかわれたと思ったようです。冷戦終結は遠い夢と化しました。

 

 その後も異文化コミュニケーションは成立しないまま、お試し時間の30分を迎えました。ロドニー先生はぐったりして頬杖をついており、挨拶の時の陽気な白人イメージは一変しています。

「サ、サンキュー。色々とあり……」

「……Goodbye(さようなら)

 お礼を言い終わる間もなく通話を切断されました。

 すごすごとアプリを終了しウェブカメラを片付けて椅子に座り直します。

 

「よし! 今後は通訳を雇いましょう!」

 人によって得意なことは違いますからね。最近は何でもアウトソーシングするのが流行していますから、今後海外で活動する場合は英語の得意な方に外部委託することにしました。

 私自身が話せなくても話せる方を雇えばいいのです。お金があれば何でも出来る!

「世の中金ですよ金! アハハハハ……」

 虚しい虚勢が部屋の中に響き渡りました。

 

 

 

「失礼します。七星です」

「入りなさい」

 その翌日は常務に用がありましたので彼女の執務室に伺いました。扉をノックすると入室を促されたので中に入ると、仏頂面の美城常務がパソコンとにらめっこしていましたので机の側に近づきます。

「何の用だ?」

「いや~、先日の食事会ではかなりの暴れっぷりでしたから体調に問題はないか気になりまして」

 そこまでいうと常務の表情が物凄く険しくなります。

「君に心配して貰うことではない。用事はそれだけか? ならば下がりたまえ」

「そこまで邪険にしなくてもいいじゃないですか~。一緒に朝帰りした仲なんですし♪」

「……誤解を招く発言は慎むことだ」

 あのことは美城常務にとって大きな恥のようなので思わずからかってしまいました。しかしあまり遊んでいると追い返されてしまうので本題に入りましょうか。

 

「いいえ、用事はまだあるんですよ。あの時交わした約束を履行して頂こうと思いまして」

「約束……だと?」

 常務の頭上にはてなマークが浮かびます。この顔は完全に覚えていないという感じですね。

「はい。朝まで一緒に飲んで熱く語り合った際にして頂いたじゃないですか」

「そんな覚えはない。君の勘違いか捏造だろう」

「いいえ、証拠もありますよ。ほらっ」

 完全にシラを切り通す気満々だったので、約束した時に作成した証文の署名部分を彼女に見せつけました。

「こんなこともあろうかと書面を用意していたのです。ちゃんと貴女のサインと拇印もあるでしょう?」

「……どうやら、そのようだな」

 署名の部分だけ見せると観念しました。綺麗で凛としている特徴的な筆跡がこんなところで仇になるとは思わなかったでしょうねぇ。

 

「記憶が無いようなのでまず経緯からご説明します。あの日、三軒目の居酒屋でアイドル事業部の今後について二人で熱く語り合ったんですよ」

「ほう」

「その際に、やはりアイドル事業部の統括重役としてはアイドルの仕事のことをもっと知っておいた方がいいんじゃないですかって話を私が振ったんです。そしたら常務さんが『その通りだ!』と賛同してくれました」

「確かに君の言うとおりだな。経営者たるもの、自社で取り扱っている商品がどのようなものか正確に把握しておかなければならない」

 さも当然のように頷きます。

 

「そして現場を知るには何が必要か色々と話し合ったんです」

「君の話は婉曲的過ぎる。それが先程の約束とどう関係するのか、まず結論を述べなさい」

「失礼しました。話し合いの結果、現場を知るために貴女はとても素晴らしい決断をされました。その内容がこちらです」

 手にしていた証文を彼女に手渡します。ざっと流し読みすると顔色が急変しました。

「……謀ったな」

「人聞きの悪いことを言わないで下さい。これは常務自らの決意を表明するために自主的に作成されました。この私が保証します!」

 勿論大嘘です。酔っているのをいいことに内容を告げずに署名させました。

「首謀者がよく言うものだ」

 そう言いながら机上の小瓶を開けて錠剤を複数個口に放り込みました。胃薬ってそういう使い方するものではないと思いますけど。

 

「まぁ今更何を言っても水掛け論、真実は深い闇の中です。しかし証拠は此処に残っている。まさか天下の346プロダクションの役員さんが女と女の約束を反古にする訳はありませんよね?」

「君はきっと良い死に方をしないだろう」

 前世では過労からの脳溢血でしたからズバリ的中しています。ひょっとしてエスパーなのかもしれません。

「お父様の言いつけに従いアルコールには注意していたのだがな。粕汁さえなければ……」

「過ちを気に病むことはありません。ただ認めて次の糧にすればいいのです。それが大人の特権ですよ」

「……嵌めた張本人に言われると屈辱この上ない」

 みしろじょうむのにらみつけるこうげき! やせいのトキのぼうぎょがさがった!

「で、では失礼しま~す!」

 今までに見たこと無いくらい鋭い眼光で睨まれたので慌ててその場から逃走しました。私のゴーストが逃げろと囁くほど冷徹でしたよ。乙女のおちゃめな冗談くらい笑顔で聞き流して欲しいものですねぇ、全く。

 

 

 

 その三日後はいつも通りコメットのレッスンがありました。但し今回は特別ゲストが二名いらっしゃいます。レッスンルームでアスカちゃん達とストレッチをしながら待ちました。

「おはようございます、朱鷺ちゃん!」

「はい、おはようございます。今日もよろしくお願いします」

「はいっ。頑張りますっ!」

 一人目のゲスト────卯月さんがいらっしゃいました。彼女は本来ニュージェネレーションズ所属ですが、凛さんはトライアドプリムスの兼務、未央さんは舞台のお芝居の稽古で忙しく孤立気味になっていたので時間が合う時は一緒にレッスンをしないかと誘ったところ、二つ返事で快諾して頂けました。

 普段と変わらず明るく振る舞ってはいますが、内心では別の分野で活躍を始めようとしている仲間達に置いていかれるのではという焦燥感と寂しさがあるように思えました。

 その不安を解消するためにも本業のレッスンにしっかり取り組み自信を取り戻して欲しいです。そして私としても卯月さんを側に置いておくことで生命の危機がないか監視ができるというメリットがありました。

 

「今日のダンスレッスンですけど、予定を変更して基礎レッスンになりました。アイソレーションとステップをメインにやるそうです」

「そうなんですか? でも養成所で最初に習うようなことを何で今……」

 ほたるちゃんの説明を聞いて卯月さんが目をパチクリさせました。

「今日のレッスンに参加することになった謎の大型新人のためだそうだよ。詳細はトキしか知らないからボク達も誰が来訪するかは分からないのさ」

「もりくぼ、一瞬で抜かされそうです……」

 新人の話で盛り上がっていると「コラ、煩いぞ!」という声がルーム内に響きました。ベテラントレーナーさんも到着したようです。

 

「ん? 今日のレッスンは六人だと聞いていたが?」

「はい、後一人はもう来る頃だと思いますよ」

「ほほう、誰だか知らんが私のレッスンに遅刻するとはいい度胸だな」

 鬼軍曹の鋭い眼光が煌めきます。アイドル顔負けの美人ですが、軍人並みに規律に厳しい人ですから遅刻は許せないのでしょう。指をポキポキ鳴らしているとレッスンルームの扉が開きました。

「コラーー! 遅刻するとは何事だーー! 気が弛んでいる…………ぞ?」

 最初の勢いはどこへやら、入室してきた方の姿を見て唖然とします。

「……すまない。着替えるのに手間取った」

「じょ、常務っ!?」

 そこには美城常務の姿がありました。いつものスーツ姿ではなくトレーニングウェアに身を包んでいます。

 そう、彼女こそ本日二人目のゲストなのでした。

 

 

 

「あの美城常務がレッスン?」

「天変地異の前触れかな」

「可哀想に、七星さんに虐められてとうとう精神が崩壊しちゃったのね」

「哀れ常務……」

 レッスンルームの外には怒号を聞いて駆けつけた野次馬達が言いたい放題言っています。カチンと来る発言もありましたがこれからのやり取りを聞いてもらいたいので扉はわざと開けっ放しにしておきました。

 

「あの~。こんなところに何か御用でしょうか?」

 正気に戻ったベテラントレーナーさんが常務に質問します。

「見てわからないか。ダンスレッスンを受けに来た」

「これから行うのはアイドルに対するレッスンですよ。経営者の方が受けてもあまり意味は無いかと思いますが……」

「私もそう思……」

「それには海よりも深~い訳があるんです!!」

 常務の言葉を遮って声を張り上げました。

 

「理由ってなんでしょう?」

 卯月さんが首を傾げます。

「美城常務はアイドル事業部の統括重役です。アイドルの皆さんを束ねる立場として、現場を知りアイドル達の苦労を知らなければその気持ちも分からないし、経営幹部として適切な手は打てないと考えられました。だからこそ今回、他の子と同じように自らレッスンを受けて皆さんの気持ちを知ろうとしているんです!」

「なるほど、そういうことだったんですね! 私達の気持ちを知ろうとしてくれるなんてとっても嬉しいです!」

「いや、私は……」

「島村卯月、美城さんと一緒に頑張ります!」

「……よろしく頼む」

 流石の常務も卯月さんのエンジェルスマイルを前にしては無力でした。

 

 ちなみに今の話は全て私の捏造であり、本人は全く乗り気ではありません。

 先日の食事会で私が彼女に約束させたこと────それは『時間が空いた時にはアイドル達と同じレッスンを受ける』というものでした。

 私が前世で勤務していたブラック企業で厄介だったことの一つが『実務を知らない経営陣が現場に的外れな口出しをする』ことでした。

 経営者がいくら有能でも、自社の現場の実情や感覚を知らずに見当違いの陣頭指揮をしていては社員から受け入れられません。現場を知り苦労を理解できるリーダーが諸事情を考慮して立てる方針だからこそ社員の士気は上がりますし、多少無茶してもその人についていこうと思えるのです。

 今の美城常務は日高舞さんを超えたいという気持ちが先行し、実際に舞台で輝くアイドル達の心をないがしろにしていますので、共にレッスンをすることで少しでも現場の実情を知って貰おうと計画しました。

 

「へえ、あの常務さんがそんなことをねぇ」

「アタシ達のことなんて只の駒扱いしていると思ってたけど、違ったんだ」

「意外と優しい人なのかも」

「確かに、楓さんや夏樹さんが離反した時も報復措置は取らなかったものね」

「うんうん。ちょっとイメージ変わったな」

 野次馬達が感心したような素振りを見せます。扉は全開でしたから今の話は外に筒抜けでした。この話が伝播すれば美城常務の評判はいくらか回復するでしょう。率先して汚名を被せた人間の屑として、今出来るせめてもの罪滅ぼしです。

 

「わかりました。しかしレッスンである以上、私もプロとして臨まなければなりません。例え常務と言えども手抜きはしませんのでご了承願います」

「私もそのつもりだ」

「それでは整列! まずはステップの基礎からだ!」

「はい!」

 こうして、ちょっと変わった大型新人とのレッスンが始まりました。

 

 

 

「……では、今日は解散!」

「ありがとうございました!」

 全員でベテラントレーナーさんに一礼します。基礎とは言え終始動いていましたから皆お疲れのようでした。私もこの能力がなければ結構きつかったと思います。

「疲れました……」

 乃々ちゃんが思わずその場に座り込みます。脱水症状の心配があるのでスポーツドリンクのペットボトルをバッグから取り出しました。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。……でも、私より常務さんの方が必要だと思います」

「ああ、確かに……」

 乃々ちゃんの視線の先にはボロ雑巾と化した美城常務が横たわっていました。あまりに無残なので皆声を掛けようか戸惑っています。

 

 しかし放置するのも問題なのでソロリソロリと彼女の元に近づきました。

「あ、あの~。スポーツドリンクは要りますか?」

「……ああ」

 声を絞り出しながらペットボトルを受け取ります。蓋を開けてゆっくり口に含むと少し落ち着いたように見えました。

「君達はいつもあのような厳しいレッスンを受けているのか?」

「はい。今日はどちらかと言えば優しい方でしたけど」

「あれで、優しいのか……」

 非常にゲンナリした様子です。

「わ、私も養成所で初めてレッスンを受けた時は同じでしたから、頑張れば大丈夫ですっ!」

「慣れていない最初のうちは大変だと思います。ですが何回か受けると楽になりますよ」

 卯月さんとほたるちゃんがフォローに入りました。さしずめ地獄に降り立った天使達といったところでしょうか。

 

「辛いのは辛いが思い切り体を動かすというのも悪くはない。一時でも嫌なことを忘れられる」

「大人は大変ですね。でも運動はストレス解消法として最適ですから良かったじゃないですか」

「君の顔を見ていると減ったストレスが増えていくようだ」

「……それは所属アイドルに掛ける言葉じゃありませんって」

 可憐で清純なアイドルが微笑みかけているんですからときめいてもいいんですよ?

「フフッ、冗談だ。……美しく咲き誇るためには努力を惜しまない。アイドルという存在はやはり凄いものだな」

「だけどボク達を生かすも殺すもオトナ達次第さ。美城という名の船の舵取りだけは間違えないようにして欲しいものだね」

「ああ、善処する」

 その言葉はその場しのぎの空虚なものではなく、心からの返事のように聞こえました。

 

「あ、あの……」

「何ですか、乃々ちゃん」

 手を後ろに回しもじもじしています。すると意を決したような表情で言葉を続けました。

「もしこの後時間があれば、もりくぼ達と一緒にお茶をしませんか……?」

「君達と、一緒にか?」

 突然のお誘いのためか常務が困惑しました。というか現在進行形で私が一番戸惑っています。

「は、はい。よく考えてみれば私達は美城さんとちゃんとお話したことがないので……」

「だが、私は君達にとっては敵とも言える存在だ。そのような者と席を同じくすることに何の意味がある?」

 至極ごもっともな意見でした。あまりに凛とした態度なので乃々ちゃんが一瞬怯みましたが何とか言葉を発しようとします。

 

「……各ユニットの解散はもりくぼも反対です。でも、ただ反対反対って言うんじゃなくて、どういう考えで新方針を立てたのかを知りたいと思いました。お互いに話をすれば解散しなくても美城さんのやりたいことが出来る方法が見つかるかもしれませんし」

「その可能性は低いと思うがな」

「……そうかもしれない、です。でも可能性はゼロじゃないはずです。もりくぼだって最初はアイドルなんて100%む~りぃ~だと思ってましたけど、皆に支えられてここまで来ることが出来ました。……だから決して不可能じゃないと思います」

 あ、あの超絶ネガティブ少女だった乃々ちゃんがとても前向きなことを言っているっ!?

 私にとっては江戸時代における大政奉還と同じレベルの衝撃でした。確かに一連の解散騒動に関して色々と思い悩んでいましたけど、まさかこんな大胆な行動に出るなんて色々な意味でキャラ崩壊ですよ!

 どうやらアイドルになることで変わったのは私だけではなかったようですね。あまりに身近過ぎて気付いていませんでしたが、乃々ちゃん達も前に進んでいました。

 

「……19時だ」

「えっ?」

「取り急ぎ対応が必要な業務を終わらせる。19時には合流するから私の席も確保しておいてくれたまえ」

「は、はぃぃ……!」

 そう言い残すと凛とした空気を再び身に纏います。そして荷物を手にして颯爽と退出されました。乃々ちゃんの思いは常務に届いたようです。

 

「十年分の勇気を使い果たしました……」

 そう呟きながらその場に座り込みます。

「まさかノノがあの常務を誘うなんてね。世の中何が起こるかわからないものだよ」

「はい、まさか乃々さんから声をかけるとは思っていませんでした」

「ずっと前からお話をしたかったんですけど、ようやく言えました……」 

「ブラボー! おお……ブラボー!!」

 私一人だけスタンディングオベーションです。ハリウッドのどの大作映画よりも良いものを見させて貰いました。

「乃々ちゃん基準では命懸けの行動。私は敬意を表します!」

「あ、ありがとうございます……」

 今まで周囲に流され続けていた乃々ちゃんが、あの常務に対して自分の意志をハッキリ示したのです。これ以上の喜びがあるでしょうか!

 きっと彼女はこれからもアイドルとして、そして人間として大きく成長するでしょう。だからよ、止まるんじゃねえぞ……。

 

 なお、その後のお茶会はお店のウエイターさんが誤って常務にアルコールを提供したため大惨事になりました。乃々ちゃんの勇気ある行動は報われなかったようです。無念なり。

 

 

 

 美城常務がレッスンに参加するようになって二週間程経ちました。当初は物珍しく見物人が多数いらっしゃいましたが、最近では日常の光景になっており皆普通に接しています。

 常務の動向が何となく気になったのでプロジェクトルームに向かう前に様子を伺うことにします。レッスンルームを覗くと彼女と卯月さんがいました。

 

「はいっ、1・2・3・4・5・6・7・8。……ここでターンです!」

「はっ!」

 常務が華麗なステップでターンを決めました。

「凄いですっ、美城さん!」

「幼少の頃はクラシックバレエを習っていたからな。あの時の感覚が少しづつ取り戻せているようだ。……ん?」

 美城常務とバッチリ目が合いました。優しげだった表情が一気に険しくなります。

 

「おはようございます、常務さん。それに卯月さんも」

「ああ、おはよう」

「おはようございますっ! 朱鷺ちゃん!」

 眩い笑顔で返事をしてくれました。仏頂面の常務とは対照的です。

「貴女達本当に仲良いですよね。この間も二人でレッスンされていましたし」

「私から声を掛けたんです。凛ちゃんはクローネのレッスンがあるし、未央ちゃんはお芝居のお稽古があってニュージェネは今私一人だけだから……」

「そういう時は一緒にレッスンしますので、私に声を掛けて下さいね」

『身の安全が心配なので』と心の中で付け足しました。こまめに確認していますが依然として死兆星が見えているようですから油断はできません。

 

「コメットの皆さんを巻き込んでしまうと足を引っ張ってしまうので……」

「ほう、私の足なら引っ張って構わないと?」

「そ、そんなことはありません!」

「冗談だ。本気にするな」

「ほっ……」

 どうやら冗談を言い合えるくらい仲良くなっているようです。ニュージェネは現在開店休業状態なので、最近では一人取り残された卯月さんが美城常務の面倒を見るようになっていました。

 後輩を指導することで本人の技能も向上するので口出しはしていません。常務の指導で寂しさが軽減されるのであればそれはそれでいいでしょう。

 

「美城さんって本当に凄いんですよ。『できたて Evo!Revo!Generation!』の振り付けをもうマスターされましたし!」

「ほほう、それはそれは……ぜひ見てみたいものですねぇ」

「……言っておくが、ステージに上がる気はない」

「ちぇっ。ケーチケーチ!」

「おや、何処かで鷺が鳴いているようだ。今日は特に騒がしいな」

 鉄の女も今や昔、最近では私の下らないジョークに乗ってくれるようになってくれました。態度が軟化したことでクローネ以外のアイドル達からも声を掛けられやすくなったそうです。やはりアイドルの力というものは凄いですね。頑なな心を容易く溶かしてしまうのですから。

「秋の定例フェスについて打ち合わせがある。君達のレッスンが終わったら執務室に来て欲しい」

「イエス、マム」

「じゃあ、休憩も挟みましたし続けましょうか」

「わかった」

 ダンスを再開したお二人を残してプロジェクトルームに向かいました。

 

 

 

「失礼します」

「ああ、ご苦労」

 レッスンを受けた後、約束通り常務の執務室を訪れました。

「オータムフェスの件とのことですが、詳細が固まったのですか?」

「察しのとおりだ。セットリストが決まったのでクローネの各メンバーに通達して欲しい」

「承知しました」

 手渡されたライブ運営用の資料をパラパラとめくります。クローネの出番がいつなのかが気になっていましたので優先的に確認しました。

 

「先陣はノルン。続いてトライアドプリムスとLiPPSですか。う~ん……」

「何か問題があるのか?」

「クローネの皆さんは出番が後半に集中しているので前倒しできませんか? 経験の浅い子が多いですからずっと後まで待たされると緊張し過ぎて本来のパフォーマンスを発揮できない可能性があります」

「それは難しいな。今回のライブはプロジェクトクローネのお披露目会でもある。主役が先に出尽くしてしまっては意味が無いだろう」

「確かに、それもそうですが……」

「関係資料などの印刷は発注済みだ。今からの差し替えは難しい」

「……わかりました。ですが一応彼女達の意見を聞いてみます」

 この順番で問題ないか確認してみましょう。

 

「でも残念です。あんなに頑張っていたのに卯月さんはライブに出られなくて」

 凛さんはクローネとしての出演がある上、未央さんの舞台の通し稽古日と重なってしまったので今回は残念ながらニュージェネはお休みです。冬の舞踏会では三人揃うよう武内Pにしっかり調整して貰わないといけません。

「フフ……。いつ、島村卯月が出られないと言った?」

「えっ、だってニュージェネの出演は無理じゃないですか」

「セットリストをよく見たまえ」

 慌ててクローネ以外の出演者をチェックします。すると驚くべき文字が視界に入りました。

 

「前から五組目は『ダークイルミネイト・オーベルテューレ』。出演者は神崎蘭子、二宮飛鳥、七星朱鷺ィ!?」

 なぜ歴史の闇に埋もれたはずのDIOが勝手に蘇っているんですか! いや、とりあえずそれは置いておいて、そうなるとほたるちゃんと乃々ちゃんはどうなるのでしょう?

 すると見慣れぬグループ名が表示されているのに漸く気付きました。

 

「ラストから数えて四組目は『スマイルステップス』。オータムフェス限定の臨時ユニットで、出演者は白菊ほたる、森久保乃々、そして────」

「そう。島村卯月だ」

 常務の声が静寂な空間に響きました。いやはや、これはやってくれましたねぇ……。

「言っておくがこれは思い付きで考えたことではない。ましてや贔屓などでもな。彼女を選んだのには明確な理由がある」

「……では聞かせて頂きましょうか。コメットも関係していますから嫌とは言わせませんよ?」

「いいだろう」

 そのまま話を続けました。どうやら今夜は長くなりそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第62話 フォーリン・エンジェル

「コメットを分けてまで、卯月さんをオータムフェスに参加させる意図をお教え願います」

 常務室に私の声が広がります。感情が少し表に出てしまい語気がやや強くなってしまいました。

「いいだろう。理由は二つあるが両方説明が必要か」

 美城常務の返事を聞き「お願いします」と軽く頭を下げました。

「一点目は人材の有効活用だ。渋谷凛がトライアドプリムスとして参加すること、本田未央が舞台の都合で欠席することからニュージェネレーションズは今回参加不可となる。だがアイドルとして力のある島村卯月をスタッフとして遊ばせておくのは勿体無いと判断した。社員でも出来る裏方の仕事を敢えて彼女にやらせる理由はないだろう」

「それは、確かに……」

 その点については私も納得できました。デビュー前ならともかく、今の彼女に裏方の仕事をやらせても得られるものはそう多くはありません。だってアイドルとはステージ上で光り輝く存在なのですから。

 

「二点目だが、私は彼女にアイドルとして成長する機会を与えたいと考えている」

「成長、ですか?」

「ニュージェネレーションズの他二人がそれぞれの道を模索している中、島村卯月だけが同じ場所で立ち止まっている。だが歩みを止めた生物に待っているのは死だけだ。それはアイドルにとっても同じだろう」

「現状維持では後退するばかりである、ですか……」

「今の彼女のように『ニュージェネレーションズであり続けること』が目的になっていては先がない。シンデレラプロジェクトは彼女達にとっていわばインキュベーター(保育器)だ。私の方針が万一反映されないとしても、いずれ成長して殻を破り各々が選んだ道を歩んでいかなければならない。

 だからこそ、あえて従来と異なる環境で活動することで新たな目標が見つけられるのではないかと判断した」

「ではコメットを分割したのも我々の可能性を広げるためなんですか?」

「ああ。私の方針が決定した暁には君達にも新たなステージで活躍して貰う。だからこそ、様々な環境に適合できるよう進化して貰う必要がある」

「そうですか……」

 どうしましょう。余りにもマジメ君過ぎる回答だったので上手い返しが思い付きません。

 

 美城常務の意見は至極真っ当でした。一般的なアイドルはアイドルとしてこうなりたい、こんなことをしてみたいという希望を強く持っています。例えば私の場合は清純派アイドルとして光輝くことですし、李衣菜さんで言えば世界一のロックアイドルになることです。アイドル達はその目標に向かって日々精進しています。

 一方で卯月さんは『アイドルに対する憧れ』がアイドルになった動機でしたから、ある意味もう夢が叶っています。人というものは目標がなければここぞという時に頑張り切れませんので、何かしらのダメージを受けた際に緊張の糸が切れてしまうのではないかと懸念していたのは事実でした。そのあたりの事情を正確に把握しているとは、さすおにならぬさす常務です。

 私も通常時であれば賛成しますけど、何せ卯月さんの頭上にはあの死兆星が輝いていますので余計なことはさせたくありません。何とか思い留まらせることは出来ないでしょうか。

 

「ですけど肝心の曲がないですよね。折角のオータムライブで使い古された共用曲を流しても盛り上がりませんよっ!」

「今後アイドル事業部全体の共用曲となる『Take me☆Take you』を先行投入する。それならば文句はあるまい。それでも反対するのであれば相応の根拠を示したまえ」

「くっ……」

 ここで死兆星なんて言い出したら『自分をアイドルだと思い込んでいる精神異常者』扱いされて隔離病棟に放り込まれてしまいます。謎の幼女に北斗神拳を伝授して貰ったという時点で頭がちょっとアレな奴だと各方面から思われていますので、更にイカれた設定を追加する勇気はありませんでした。他の言い訳を考えましたがとっさには出てきません。

「理にかなう根拠が無いのであれば指示に従って貰おう」

「……わかりました」

 結局彼女の案を飲まざるを得ませんでした。

 

「しかし常務さんがそんなに卯月さんのことを買っているとは思いませんでしたよ。クール美女好きな能力第一主義者だと思っていたので意外でした」

「確かにダンス、ボーカル共にシンデレラプロジェクトの中では平均的なレベルだろう。だが彼女には既存のアイドルが持っていない未知の力が眠っているように感じる。その輝きがリアルかイミテーションか、この目で確かめてみたい」

 美城常務も卯月さんが持つ無限の可能性を感じたという訳ですか。確かにあの子は事務所の中では取り立てて尖った個性のないアイドルですが、その分どのお仕事にも馴染みやすいので様々な分野で活躍できる可能性があります。それに狂気すら感じるほどの努力家ですし普通の子達が感情移入し易い等身大のアイドルですので、何かの拍子に化けたら天下を取れるかもしれません。

 

「ですが他にも理由があるんじゃないんですか? 面倒見が良くて別け隔てのない本当に良い子ですから、つい応援したくなっちゃったとか」

 冗談半分でからかうと常務の眉がピクリと動きます。

「……人柄が良いのは否定しない。だが私はアイドル事業部の統括重役だ。特定のアイドルに肩入れすることはない」

「はいはい、そういうことにしておきましょう」

「はいは一回でいい」

「は~い」

 この反応はガチっぽいです。ファンだけではなく常務まで虜にするなんて、卯月さんは魔性の女なのかも……?

 常務が選抜したクローネのメンバーも素晴らしい子達なのでアイドルを見る目はあるのだと思います。人材発掘能力が高く育成能力がイマイチとは、まるでどこかのお犬様みたいだぁ。

 

 

 

 その翌日、私はクローネのプロジェクトルームに伺いました。セットリストの詳細が決まったので各メンバーにオータムフェスの概要を説明する必要があるのです。

 既に全員集まっていたので進行や当日の注意事項について一通り連絡しました。

「……フェス全体についての説明は以上です。何かご質問があれば気軽におっしゃって下さい」

「トキせんせー! おやつはいくらまでですか~」

「税込み五百円までです。もし一円でも超えた場合は、ウチの実家から送りつけられた先行試作型『手羽先唐揚げキャラメル』や『味噌煮込みうどん風ドロップ』にすり替えますので注意願います。両方共超クッソ激烈に不味いですから覚悟しておいて下さい」

「おーまいがー!」

 大げさに叫びながら両手で頬を挟む仕草をしました。すると何人かの子が吹き出します。

「あはは~、フレちゃんレビューよろしく~☆」

「う~ん。前に実家が血迷って試作した『ニシンそば風生八つ橋』とどっちがまずいかな~?」

クローネにとって初となるライブの話で緊張感が漂っていたので、気遣い屋のフレデリカさんが空気を読んでくれたようです。単純なボケか気遣いかが分かり難いのでリアクションに困りますね。

 

「私から一つ、質問ではなく相談があるんだけどいい?」

「何でしょう、奏さん」

「出演の順番なんだけど、今からは変えられないのよね? LiPPSはいいとしてトライアドプリムスとノルンはライブ未デビューの子が多いから、もう少し前にして貰えると負担は減ると思うのだけど」

「私も直訴しましたが、残念なから関係各所に通知済なので難しいようです」

「そう……」

「でも今回のステージはキャパ七千人の幕張ミッセだよ。デビュー前のプレッシャーはアタシ達の比じゃないって! 後半になればなるほど緊張しちゃうから厳しいと思うけど……」

 美嘉さんも常務の采配には疑問があるようでした。その気持ちは痛いほどわかります。

 現場をあまりよく知らない方はついつい自分の都合で物事を考えてしまうので困りますね。一度でもライブを経験していればこんな選択はしないですもの。

 

「それでは私から改めて常務に上申しましょうか。関係者の負担増になってしまいますが、背に腹は代えられませんし」

「待って。……大丈夫、私は行けるから」

「加蓮、大丈夫?」

 凛さんが心配そうにその表情を窺いました。

「私達はこのライブを目指して頑張ってきた。当日は今までの成果を出すだけだから、順番なんて関係ないよ」

「そうだな! ここまで来ちゃった以上、なるようになる……いや、何とかするさ!」

「わかった。加蓮と奈緒が大丈夫なら私も付き合う」

「……ありがとう、凛」

 トライアドプリムスは無事に解決したようです。

 

「文香さんや橘さんはいかがでしょう?」

「……正直なところ、ライブの前にどのような心境になるのかはわからないのです。ですが加蓮さんや奈緒さんの言う通り、私が今出来ることをするだけですからこのままで構いません」

「文香さんがそう仰るのなら、私も問題ないです」

 ありすちゃんがコクコクと頷きました。表面上は平静を装ってますが内心は動揺しているようなので心配です。何せ橘さんと呼んでいることに気付かないくらいですし。

「もちろんゆいも問題ないよ☆ いかにも主役って感じでアガッちゃうくらいだし♪」

「……それでは、出演の順番はこのままとさせて頂きます。私もDIOとしてフェスに出演するのでバタバタしてしまいますが、皆さんのお役に立てるよう努力するのでよろしくお願いします」

「こちらこそ、ヨロシクねっ★」

 美嘉さんと固い握手を交わしました。この子達のデビュー戦が素晴らしいものになるよう頑張っていきましょう。

 

「はぁ~、真面目な話は疲れるにゃ~♪」

 借りてきた猫状態だった志希さんが思いっきり伸びをしました。大型フェスも彼女とっては実験の一つくらいの位置付けなのかもしれません。

「確かにお固い話で疲れたから、このシューコちゃんが思いっきり話題を変えちゃおっか~。……ねぇねぇ美嘉ちゃん、担当Pとはどこまで行ったの?」

「ぶっ!」

 ミネラルウォーターを口にしていた美嘉さんが盛大に吹きました。プロレスの毒霧みたいです。

「ちょ、ちょっと! 何の話!」

「だって美嘉ちゃんって担当Pのこと好きじゃん。だからどこまで進んでるのかな~って」

「何もない! まだ何もないから!」

「『まだ』何もないとは、語るに落ちたねぇ~」

「だから違うって!」

 瞬く間に顔が赤くなっていきました。おやおや、これはどういうことですかねぇ?

 

「大体何で急にこんな話になってるのよ!」

「だって美嘉ちゃんのPがプロジェクトクローネの担当になるかもしれないって噂やん。なら聞くしかないっしょ」

「キスくらいはしていてもおかしくはないものね。いえ、もしかしたらその先も……フフッ」

「にゃーっはっはー♪ いつの間にPと化学変化するなんて、やるねぇ~美嘉ちゃん!」

「だからそういうんじゃないって!」

 奏さん達が楽しそうで何よりです。いいですよ、もっとやりなさい。

「文香さん、キスの先って何ですか?」

「ありすちゃんにはまだ早いお話だと思います……。私も経験はありませんから詳しい説明は出来ませんけど」

「ち、小さい子供のいる前でそんな話するなよなっ!」

「奈緒、顔真っ赤……」

「私は小さくもありませんし子供でもありません!」

 先程までの緊張感は予想外の恋バナを切っ掛けに吹き飛びました。皆の弄りを一手に引き受けてくれるとは、流石私が見込んだ被害担当艦です。

 

「美嘉さん、美嘉さん」

「な、何?」

 ツッコミ過ぎて疲れ切った彼女にそっと寄り添います。

「これを渡しておきましょう。苦痛に耐えられぬ時飲むといいです」

「……これは?」

「胃薬です。美城常務も愛用している優れものですよ」

「ああ、ありがと……」

 力ない手で受け取りました。いや~、皆さんから愛されて羨ましいです!

 

「ほら、皆いつまでも遊んでないでレッスンを始めるよ。もうそんなに練習日も残ってないんだからさ」

「は~い!」

 凛さんが声を掛けると漸く場が落ち着きを取り戻しました。

「それでは私は卯月さん達の様子を見に行きますので失礼します。レッスン頑張って下さいね」

「うん。……私も一緒に行こうか?」

「今の貴女にとって大事なのはトライアドプリムスとしてライブを成功させることです。ですからレッスンに集中して下さい」

「わかったよ。卯月のこと、よろしく」

「はい。承りました」

 心配そうな表情の凛さんを残し、クローネのプロジェクトルームを後にしました。

 

 

 

 そのままの足でボーカルのレッスンルームに向かいました。この時間はほたるちゃん達が新曲のレッスンを受けているはずです。

「……失礼しま~す」

 ゆっくり扉を開けて小声で挨拶をしました。室内にはトレーナーさんとほたるちゃん、乃々ちゃん、そして卯月さんがいらっしゃいます。無言でトレーナーさんに一礼した後、レッスンの邪魔にならないよう隅っこで見学を始めました。

 

「~~♪~~♪~♪」

「はい、一旦ストップです」

 新曲を歌っていた卯月さん達に声を掛けました。

「森久保さんはまた声が小さくなっていますよ。もっとお腹から声を出すよう意識しましょう」

「はぃぃ……」

「島村さんは高音があまり出ていませんね。喉仏を上げず、通常の位置をキープするよう注意して下さい」

「わ、わかりました」

「それではもう一度通してみましょう」

 その後もレッスンは続きましたが、全体的に少し精彩を欠いているような印象を受けました。

 

「今日のレッスンは以上です。みんな、ご苦労様」

「ありがとうございました!」

「喉を使ったのでちゃんとケアしておいてね。後はお願いします、七星さん」

 すると皆が一斉に振り向きました。レッスンに集中していて私の存在には気付いていなかったようです。

「皆さんお疲れ様でした。ちょっと休憩でもしましょうか」

「はい、わかりました」

 そのまま四人で休憩室に行きました。

 

「どうぞ、ホットレモネードです。喉を保温してくれますし体も温めてくれますからボーカルレッスン後に丁度いいですよ」

「ありがとうございます」

 自販機で買った缶ジュースを三人に渡します。休憩用のソファーに座りながらちびちびと頂きました。

「進捗はいかがですか、ほたるちゃん?」

「新曲で振り付けも一からなので大変ですけど、当日には間に合うと思います」

「一時はむ~りぃ~だと思いましたけど、何とかなりそうで良かったです……」

「そいつは重畳(ちょうじょう)ですね」

 臨時ユニットでは上手く合わないんじゃないかと思っていましたけど、取り越し苦労のようで何よりでした。

 

「卯月さんも大丈夫ですか?」

「……」

「卯月さん?」

「えっと、はい! 何でしょう!」

 顔を覗き込むと慌てて飛び上がります。

「フェスまでにスマイルステップスが仕上がるかって話をしていたんですけど」

「だ、大丈夫です! 島村卯月、頑張りますから!」

 いつもは素敵な笑顔ですが今日に限っては少しぎこちないように感じました。

 

「無理しなくていいんですよ? 大変であればダンスの構成を簡略化することもできます。ニュージェネ以外のユニットで演ることに抵抗があるのでしたら何とかして常務に掛け合いますし」

「私頑張りますから、本当に大丈夫です!」

「……そうですか。わかりました」

 本人がやると言っている以上、強制的に辞めさせる訳にはいきませんでした。それに今回の臨時ユニットで成功して自信が付けば凛さん達に置いていかれているという劣等感を払拭することが出来るかもしれません。しかし死兆星のことがあるのでどうしても不安は拭えないのです。

 こんなとんでもない能力があるのに仲間一人完璧に護ってあげられないとは、とんだ無能ですよ、私は。

 

 

 

 それから一週間程経ちオータムフェスの当日になりました。フェス自体は午後からですが事前準備があるので早めに会場に向かいます。到着後はプロジェクトクローネの控室で文香さん達に今日の流れを改めて説明しました。全員話は聞いているものの緊張した面持ちでして、今から討ち入りでもするかのような真剣さです。

「何か質問はありますか?」

 すると周子さんが手を挙げます。

「質問と言うか疑問なんやけど、どうやったら朱鷺ちゃんみたいにライブ前に笑顔でいられるのか教えて欲しいな~。こんな大きなステージでライブだって思うと流石のシューコもちょっと厳しい感じだし」

「そこは経験の差ですよ。ステージ上でどう動けばいいのか、自分をどのように見せるかがイメージ出来ていますからその分少しだけ余裕があるんです」

「でも、それって今からどうしようもないなぁ」

「はい。私もサマーフェスで経験しましたけど此処のような大きなステージは本当に緊張します。ですがその壁を乗り越えれば素晴らしい光景が待っています。それに周子さんにはLiPPSという素晴らしい仲間がいますのできっと大丈夫ですよ」

「そうそう、ここはフレちゃんに任せて、泥舟に乗った気で行こ~!」

「にゃはは、泥舟じゃ直ぐに沈んじゃうって☆」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。何かあったら美嘉が体を張って助けてくれるから」

「ってアタシかい!」

 皆さん緊張はしていますがお互いがお互いを信頼しています。この調子なら問題ないでしょう。

 

 一方で、クローネ内にちょっと気になる方がいました。

「文香さんは、今日のフェスは大丈夫ですか?」

「えっ……。な、何でしょう……」

 なんだか心ここにあらずと言った様子です。

「本当に大丈夫ですか? 昨日はちゃんと眠れましたか?」

「は、はい。少しは……」

「それならいいんですが」

 若干顔が青くなっているのが気になります。気の流れもあまり良いとは言えません。それは他の子も同じなので彼女だけを特別視する訳にはいきませんけど。

「文香さんなら大丈夫です! 今日のライブを成功させるって、三人で約束したんですから!」

「うんうん☆ ゆい達にまーかせてっ♪」

「……わかりました。ですが何かあったら連絡して下さいね」

「はい」

 いつも以上に口数が少ないので気になりますが、私自身の準備もあるのでクローネの控室を後にしました。

 

 

 

「すみません、お待たせしました」

 シンデレラプロジェクトとコメット共用の控室に入ると頭を深く下げました。集合時間に3秒も遅れるとは不覚です。人様にアドバイスしていますが私自身緊張しているので時間が管理が疎かになっていたのでしょうか。

「クローネのサポートご苦労様、七星さん。今から説明するから大丈夫だよ」

「それでは全員揃いましたので、本日の予定を改めてお伝えします」

 武内Pと犬神Pが流れを説明しました。もしかしたら当日の変更があるかもしれないので耳に神経を集中させます。一通り聞きましたが特に大きな変更はなくて一安心でした。

 

「それではもう直ぐ開演の時間です。川島さん達に続いて我々の出番となりますので準備をお願いします。沢山のお客様が皆さんのステージを心待ちにしていますので頑張って行きましょう」

「はいっ!」

 皆気合の入った返事をしました。

「気合は入れなければいけませんが、過度に緊張する必要はありません。会場のお客様と同じように笑顔でこのフェスを楽しんで下さい」

「先輩の言うとおりだ。それにこのオータムフェスの成否はプロジェクト存続の有無には影響しないしね。多少失敗しても大丈夫だから自由にのびのびと演じてくれ!」

「自由にのびのび……。じゃあ杏は楽屋で横になってるから後はよろしく~」

「なんでやねん!」

 杏さんのボケに対してかな子ちゃんと智絵里さんがツッコみました。最近ではこの漫才スタイルが板についてきたようです。

「冗談だって。でも意外だな~。あの常務のことだから、『オータムフェスで失敗したら即プロジェクト解散だあ~!』って無茶を言い出すと思ってたよ」

「そ、そうだね。最初はそんな話も出ていたんだけど、七星さんが誠心誠意説得した結果撤回して貰えたんだ」

「ああ、そういうこと……」

 皆一様に何かを察しました。嫌ですねぇ、別に脅迫なんてしていませんよ。ただ私はストレスが溜まると無性にカーニバルが見たくなるとお伝えしただけです。それを常務が勘違いしただけなんです。

 

「それじゃ、『アスタリスク with なつなな』の初お披露目と行きますか!」

「おう!」

「はいっ!」

「行っくにゃ~☆」

 気合の入った掛け声が聞こえてきます。 アスタリスクは元々みくさんと李衣菜さんのユニットですが、紆余曲折あって本格派ロックアイドルの木村夏樹さんと菜々さんが臨時メンバーに加わりました。夏樹さん達は元々担当Pが違うのですが、Pの垣根を気にせず超党派で美城常務に対抗することにしたそうです。

 強い敵と戦うために同盟を組んで立ち向かうとは何とも王道な流れですね。でも私が大好きな展開です。

 

「わくわくドキドキだね☆」

「み~んなで、ハピハピしよっ!」

「お客さんに幸せを届けましょう!」

「私達も頑張ろうね、アーニャちゃん♥」

「ダー。美波と一緒なら、何でも出来る気がします」

 他の方々もそれぞれ張り切っています。ですが私としては心中複雑でした。

 

「我が半身達よ! 堕天した我々が地獄の釜を開いてやろう! 民共よ、ひれ伏せ! その魂の鼓動を我に捧げるのだ! ハーハッハッハッハ!!」

「アッハイ」

 蘭子ちゃんのテンションが当社比二倍で高まっています。普段はソロで頑張っていますけどこれでいて結構な寂しがり屋ですから、たまに臨時ユニットを組むと物凄く張り切るんですよね。そして今回組むのは盟友であるアスカちゃんなので尚更です。

「ああ、オトナには観測できないボクらの世界を見せてやろうじゃないか」

 正直私にも観測できないですと言いたくなりましたが、水を差すので止めておきました。

 

「それにしてもDIOの衣装ってなぜゴスロリ固定なんでしょう……」

「蘭子が中心のユニットだからね。ボクの趣味とはちょっと違うけど、これも悪くない」

「今回は適正サイズですから、以前と比べればまだマシだと我慢するしかありませんか」

「我が望むのは黒衣。七彩の華よりも漆黒の闇色がよい」

 約一名はご満悦な様子です。蘭子ちゃんとアスカちゃんは世間的には同じ中二病アイドルで認知されてますけど、一見似ているようで趣味嗜好はかなり違うんですよね。

 人間として非常に魅力的で将来有望な子達なので、中二病という陳腐な言葉でカテゴライズすること自体が望ましくないのかもしれません。彼女達の売り出し方については今度手が空いた時に武内Pと犬神Pに相談してみますか。

 

「ニュージェネ以外のユニットに参加したことはありませんけど、頑張りますのでよろしくお願いしますっ!」

「こちらこそよろしくお願いします、卯月さん」

「よ、よろしく……」

 一方で急造ユニットである『スマイルステップス』は緊張感に包まれていました。三人共本来のユニット以外で組んだことはないので仕方ないと思います。だって、ユニットでの活動はそう簡単なものではないのですから。

 私だって最初にDIOとして出演した際には相当緊張しました。あの時はそれ程お客様が多くなかったので良かったですが今回はオータムフェスという大舞台です。

 コメットとニュージェネは共に解散危機など紆余曲折を経て絆を深め今に至ります。なのでそういう歴史がないスマイルステップスが大舞台で高いパフォーマンスを発揮できるかちょっと心配でした。でも皆出来る範囲で頑張って来たので大丈夫だと信じることにします。

「それでは皆さん、頑張って行きましょう。シンデレラプロジェクト&コメット、ファイトー!」

「おー!」

 美波さんの言葉に応えるようにして、力強い掛け声が控室に響き渡りました。

 

 

 

 そしてオータムフェスが始まりました。幸子ちゃんや茜さんなどの事務所エースが先陣を切るとシンデレラプロジェクトがそれに続きます。私達の順番もあっという間に回ってきました。

「次は神崎さん達の番になります。よろしくお願いします」

「わかりました。DIOは神崎蘭子、二宮飛鳥、七星朱鷺で行きます」 

「神崎さん。存分に頑張って……いえ、魂を輝かせてきて下さい」

「ふふん♪ ならば我は同胞達を誘う導き手となろう!」

 緊張よりも期待に胸膨らんでいる様子です。担当アイドルに合わせてコミュニケーションを図るとは、流石武内Pと言ったところですか。過去の失敗を反省し改善に務めるPの鑑です。

「蘭子ちゃん、よろしくお願いしますね」

「闇の刻を超えて、いま覚醒の時は来たれり!」

「フフッ。今日は絶好調のようだ」

 そういうアスカちゃんも機嫌がいいように見えます。好調の二人に置いて行かれないよう私も頑張らないといけない感じです。 

 

「せーのっ!」

 順番が来たのでステージに飛び出しました。するとスポットライトが一斉に当たります。

「我らはダークイルミネイト・オーベルテューレ。闇夜を彩るは我らの光! そなたらの眼に、この姿を焼きつけよ!」

「ボク達はアイドルという名の偶像に過ぎない。だがそれも一興さ! 暗黒の闇の中に輝く偶像達の魂のユニゾンを魅せてあげるよ! さぁ、奏でようか!」

 二人共以前一緒に演った時と比べて二段階位ギアが上がっています。ならば私もギアを上げざるを得ないでしょう。さぁ、行こうぜ!

「フゥーハハハハ! 禁忌の覇王こと七星朱鷺は再び現世に舞い戻った! 希望よりも熱く、絶望よりも深いもの────即ち愛を取り戻した我を誰も阻むことは出来ぬ!」

 顔から火が吹き出そうなのを必死で我慢して言葉を続けます。

「愚民共よ、血塗られたショーの第二幕だッ! ダークイルミネイト・オーベルテューレが贈るのは深淵の戯曲 ──── 『-LEGNE- 仇なす剣 光の旋律』。さぁ、ふるえるがいい!」

 イントロ! イントロを早くプリーズ!

 

 

 

「……三つの運命が邂逅するとき、闇夜に歌は紡がれた!」

「迂闊に近寄ると怪我をするよ。ボクらは今、昂ぶっているからさ!」

「私が、私達が、アイドルだ!」

 無事歌い終えた後で舞台袖に駆け込みます。今のライブの様子が販売用のブルーレイに永久保存されると思うと気しか重くなりません。

 とりあえず今のライブが前半最後で、少しだけ間を開けて後半開始となります。後半の一組目は本日の目玉であるノルンですから私としても楽しみでした。

 

「ベルゼブブの羽音を感じぬか?」

「そういえば何だか騒がしいですね」

 正気に戻るとスタッフさん達が舞台裏をバタバタと駆け回る騒音に気付きました。

「あっちに人が集まっているようだけど」

 人が多い方に駆け寄ると、そこには真っ青な表情の文香さんがうずくまっています。

「一体どうしたんですか!?」

「ライブ前で準備していたんですけど、文香さんが急に苦しそうになって……」

 今にも泣きそうな様子のありすちゃんが事情を説明してくれました。

 

「多分、不安と緊張で目眩を起こしちゃったんだと思う。それに昨日の夜はあんまり寝てなさそうだったし、食欲も全然ないって言っていたから……」

 恐らく唯さんの言うとおりだと思います。これはサポート役にも関わらず文香さんの体調を完全に把握出来ていなかった私の落ち度です。自分の無能さを全力で呪いたくなりましたが後悔先に立たずでした。しかし今はこの場を何とかすることが先決です。

 

「ど、どうしましょう!? 文香さんがいないと私……」

「今からプログラムの変更……っていってもこんな直前じゃ無理か~」

「フフッ」

 不安そうな二人を前にして不敵な笑みを浮かべます。

「こんな時に笑うなんて不謹慎ですっ!」

「私を誰だと思っているんですか。北斗神拳伝承者の七星朱鷺ですよ」

 文香さんの方へ手を伸ばし、鼻の下を軽く指で突きます。

「あっ……」

 すると文香さんが意識を失いその場に倒れ込んだので、その体を抱きとめました。

 

「朱鷺さん! 文香さんに何を……」

 ありすちゃんが最後まで言い終わらない内に文香さんが意識を取り戻します。

「……此処は、どこでしょう?」

「舞台裏ですよ。とりあえず深呼吸して気分を落ち着けて下さい」

 私の言葉に従い何度か深く呼吸をします。すると顔色が見違える程良くなりました。

「落ち着きましたか?」

「はい。ですが私の体に一体何が……」

「経絡秘孔の一つである『定神』を突きました。この秘孔には錯乱状態にある者を一旦気絶させ、目覚めた時に落ち着かせるという効果があります」

「おお~! 流石朱鷺、いざという時に頼りになるね~☆」

 借り物の力ではありますが、褒められると悪い気はしません。

 

「ライブですが、いけそうですか?」

「ええ。先程までは息が苦しくて震えが止まりませんでしたが今は大丈夫です。このまま演らせて貰えないでしょうか」

「流石文香さんです!」

「よ~し! それじゃあノルンのデビュー戦、パーッといっちゃうよ~☆」

「わかりました。では、一生に一度のデビューライブを楽しんできて下さい!」

「はいっ!」

 笑顔で三人を送り出します。あれだけ練習してきたのですからきっと素晴らしいライブになるでしょう。

 

 

 

 いつまでも舞台裏にいる邪魔になるので、そのままシンデレラプロジェクトとコメットの控室に移動します。ドリンクを飲みつつ室内に設置されたモニターでライブを観戦しました。今は丁度トライアドプリムスの『Trancing Pulse』が終わったところです。

「凛ちゃんも奈緒ちゃんも加蓮ちゃんも、み~んな可愛かったにぃ☆」

「でも、可愛さならみく達も負けていないにゃ!」

「可愛いっていうか格好いい感じだと思うけどな。何となくロックっぽいし」

「李衣菜ちゃんのロック判定基準は相変わらずガバガバなのにゃ」

「ロックだって感じたことがロックなんだよ!」

 ライブ終盤で私達の出番はほぼ終わっているので皆の緊張はだいぶ解けていました。いつも通りの他愛のないやり取りが繰り広げられています。

 

「今度は誰の出番だっけ~」

 出番が終わってぐでたまと化した杏さんが呟きます。すると横に座っていた智絵里さんがフェスの資料をめくりました。

「次は『スマイルステップス』と書かれてますので卯月さん、ほたるさん、乃々さんの三人です」

「あの三人かぁ~。う~ん……」

「何か問題でもあるんですか?」

「別に問題って程じゃないけど……何となく、ね」

「だ、大丈夫ですって! 皆頑張って練習していましたから!」

 慌ててフォローしましたが内心どきりとしました。なぜなら私も杏さんと同じく、言い様のない不安を憶えていたのです。

「あっ、始まりますよ!」

 卯月さん達の出番が来たのでモニターを食い入るように見つめました。

 

「~~♪~~♪」

『Take me☆Take you』のイントロに合わせて三人が歌い始めます。時間がないながらもしっかり練習してきたので歌もダンスもレベルが高いです。

 それなのになぜでしょうか。何かが少しづつズレているような違和感を覚えます。まるで洋服のボタンをかけ違っているような……。

 曲の後半に進むにつれ、その理由が少しづつ分かってきました。

 違和感の正体────それは、卯月さんです。

 

 素人目からはしっかり合っているように見えますが、私も約一年アイドルを続けてきたので流石に気付きます。歌にしても踊りにしても、他の二人と比べほんの少しだけ遅れていました。僅かな遅延ですがライブではその違和感が大きな影響を与えてしまいます。しかしそれを大きく上回る問題点がありました。

 

 笑顔が、ぎこちないんです。

 

『笑顔だけは自信があります!』と公言するだけあり、彼女のスマイルは本当に素晴らしく見た者を幸せにします。その笑顔が自然ではありません。

 あれではまるで、以前の私が常時使用していた『営業スマイル』です。心からライブを楽しむことによって生まれる本当の笑顔とはかけ離れていました。自分がライブを楽しむことが出来なければ人に楽しんでもらうことなど出来るはずがありません。

 

 早く立て直して! と心の中で祈りましたが、結局終盤まで改善することはありませんでした。ライブでは誰も助けに入ることが出来ないのです。そのことが本当にもどかしく思いました。

「あっ!」

「卯月ちゃん!」

 すると最後のステップの途中で卯月さんが転倒しました。直ぐに立ち上がりましたが表情が引き攣っています。そこにはもう、笑顔すらありませんでした。

「あ、ありがとうございました……」

 曲が終わると、そのままひっそり退場します。

 

「足、大丈夫かな? 最後引きずっていたけど」

「今日は何だか調子が悪いね」

「やっぱりニュージェネじゃないと駄目なのかな……」

 皆が不安を口にします。クローネを含め、他のユニットのライブの出来は上々だったので悪い意味で目立ってしまいました。

 今日のフェスは卯月さんにとってニュージェネ以外での初ライブでしたから大きな挑戦だったと思います。それだけに彼女が受けた精神的なダメージは図り知れません。

 輝きを失い地上に堕ちた天使は、これからどこに向かっていくのでしょうか。

 

 すると次の瞬間、私の頭の中で何かが繋がったような気がしました。

 仲間に対する劣等感、アイドルとして曖昧な状態、真面目な性格で狂気すら感じる努力家、新たなチャレンジの失敗、そして死兆星……。

「もしかして、卯月さんの一連の不調と死兆星は関係しているのかも……」

「どうしたんだい、トキ?」

「い、いえ、別に何でもないですよ!」

 思わず独り言を呟いてしまいました。

 今までは原作(北斗の拳)的に考えて彼女が事件や事故等の物理的災難に遭うものとばかり思っていましたが、生命の危機はそれだけに限りません。精神的な死も危機であることには間違いないのです。そして現状を鑑みれば後者の可能性の方が遥かに高いように思えました。

 このままでは誰得バッドエンドどころか悲しみしか残らないサッドエンドへ一直線です。これはもう、どうあがいても絶望……。

 

 

 

 いや、まだだ! まだ終わらんよ!

 

 どうすれば良いか必死に考えなさい、七星朱鷺!

 

 天使が再び羽ばたけるようになる方法が、きっとどこかにあるはずです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第63話 バカばっか

「それではこれよりオータムフェスの総括を行う」

 常務の凛とした声が大会議室に響きました。同席している今西部長や武内P(プロデューサー)、犬神Pは真剣な面持ちです。私も姿勢を正し真面目な表情を維持しました。

 総括といっても赤い人達の様な物騒な意味合いはありません。今日は昨日行われたオータムフェスの振り返りを行う会議の日なのです。物販やアンケート結果、アイドル達自身の意見と言った情報を整理して問題点を解消し、今後のフェスに活かすことが目的です。

 今西部長は部全体の責任者、武内Pと犬神Pはそれぞれシンデレラプロジェクトとコメットの責任者という立場で出席していました。他にもフェスに参加したアイドル達を担当しているPが複数名いらっしゃいます。

 本来私は一介のアイドルなのでこの場に呼ばれることはないですが、今はプロジェクトクローネのサポート役を兼ねていますので特別に出席を許されていました。

 

「……資料を元に説明しますので、正面のスクリーンをご覧下さい」

 進行役の武内Pがプロジェクタによって投影された資料を元に物販の売上やアンケート結果について冷静に説明をしていきます。快挙とまでは行きませんがいずれも昨年度対比で大きく改善していますので、出席者一同は思わず安堵の色を浮かべました。……たった一人を除いて、ですが。

「説明ありがとう。顧客満足度、売上共にサマーフェスを上回っているようだな」

「はい。特にプロジェクトクローネに関しては『とても良かった』『良かった』というポジティブなご意見の合計が九割を超えていました。デビューライブでこの数字は誇るべきだと思います」

「当然だ。私が選んだアイドル達だからな」

 空中分解しかかってましたけどね、というツッコミを入れたくなりましたが場が場なのでぐっと堪えました。悲しいことに手柄をぶん取られるのには慣れてますから別にいいですけど。

 このところ常務は誰かのせいで失点続きでしたがオータムフェスの成功で名誉挽回できたことでしょう。全員を護るトゥルーエンドを目指すと誓いましたので私としても一安心です。

 

「クローネの躍進はサポート役の七星が一役買っている。この場で改めて礼を言おう」

「えっ……? あ、はい……」

 褒められるとは微塵も思っていなかったのでついつい挙動不審になってしましました。ふ、ふんだ! あんただけのためじゃないんだから! 勘違いしないでよね!

「だが今回のフェスは私が思い描く完璧なものではない。現に二つの問題が発生した」

 常務から言葉が発せられると共に再び緊張感に包まれます。予想はしていましたが、やはりあの件について触れますか。

 

「問題の一点目は、我がクローネのアイドル────鷺沢文香のライブ直前における体調不良だ。幸いとある人物が起こした超常現象によって難を逃れ無事に出演することが出来たが、体調管理の不備によるトラブルはフェス自体を破壊しかねない問題だ。それに栄誉ある美城として、いつまでも野蛮な力を当てにする訳にはいかない」

「はい。その点については意見があります」

「……七星さん、どうぞ」

「文香さんを始め、クローネメンバーの多くはライブ未経験者です。それなのにデビューが数千人規模の大規模ライブ、しかもプレッシャーが掛かる終盤に出演するのですから体調不良などのトラブルの発生は予見できました。問題はアイドルではなく会社側の体制にあったと私は判断します」

 文香さんの名誉を守るためにも強い口調で反論しました。練習を怠っていたり前日に遊び歩いていたりしたのであれば本人の責任ですが、クローネの子達はオータムフェスに向け猛練習し前日はしっかり休養していたのです。美城常務の判断ミスの責任を文香さんに押し付けるのは絶対に許せません。

 

「ああ。君の言う通りだ」

「えっ……!」

 超あっさり非を認めました。てっきり猛反論してくると思ったので肩透かしです。

「そんな簡単に非を認めて宜しいのですか?」

「私はアイドル事業部の統括重役────部門責任者だ。社員やアイドル達の過失の責任は全て私にある。個々人について責める気は毛頭ないが、失敗を放置しているとまた同じトラブルが発生するだろう。だからこそ何が問題であったかを客観的に分析しなければならない。そのため今のような意見は大変参考になる」

「は、はい……」

「それ以外で疑問を感じた者はいるか? 此処での発言については個人名を議事録には残さない。発言内容によって義務や責任が生じることはないので、今のような率直な意見が欲しい」

 そう言って意見を求めると皆自分の考えや思いを述べ始めます。

 どんな回答をしようとも追い詰めるよう理論武装をしてきたのに無駄になってしまいました。ですが常務がまともな方であることが再確認できたので、これはこれで良かったのかもしれません。

 

「ライブ時の体制は別として、鷺沢自身人目に晒されることを苦手としているように見える。それは今後のライブにも影響しかねない問題だ。君にはそのフォローを最優先で頼みたい」

「承知しました」

「そして問題の二点目は『スマイルステップス』のライブだ。いや、正確には島村卯月のパフォーマンスと言った方が正しいか。彼女は今どうしている?」

 常務の表情に一瞬影が差します。ですが直ぐにいつもの鉄仮面に戻ってしまいました。

「最後のターンの際に足首を捻ってしまいました。病院で見て頂いたところ軽い捻挫とのことですが、大事を取って今週は休養して頂く予定です」

「……そうか」

 武内Pの報告を冷静に受け止めていますが、私には少し悲しそうに見えました。

 

「結局、どう足掻いたところで灰被りに掛けられた魔法は解けてしまうと言う訳か」

「いえ、星は依然として輝いています。覆い隠す黒い雲が過ぎ去ればまた輝きを取り戻す。私はそう信じています」

「だといいがな。だが輝けなくなった星に居場所はない。いざとなったら……わかるな?」

「ご心配には及びません」

「……願わくば、私の予想を覆してもらいたいものだ」

 常務と武内Pの静かな応酬が繰り広げられましたが、どちらも卯月さんの身を案じていることは確かです。死兆星の件もありますのであの子のことは特に気掛かりでした。

 

 

 

「コーヒーをどうぞ」

「ありがとうございます。ちひろさん」

「いえいえ、お気になさらず♪」

 全体会議が終わった後は武内Pと犬神Pと私の三人で今後の対応についての検討に入りました。

「クローネの方ですが、文香さんが衆目に晒されることに慣れていないという問題がありますので、そちらは私の方で取り急ぎ対応するつもりです」

「わかった。俺の方は引き続き白菊さんのフォローを続けるよ」

「お願いします。スマイルステップスのライブがあまり上手く行かなかったことについて責任を感じていますので上手く慰めてあげて下さい。私達だけでなく犬神さんからも言って頂いた方が気が楽になると思いますので」

 ほたるちゃんは最近不幸な目に遭う機会が大幅に減っていたため、その間溜め込んだ不幸が一気に開放されてしまったと落ち込んでいます。決してそんなことはないと思うんですけどね。

 昨日はアイドル寮に泊まらせて頂きアスカちゃん達と一緒に励ましていました。今は落ち着いていますがケアは欠かせません。

 

「任せてくれ。Pとしてしっかりフォローするさ」

 爽やかな笑顔を見て無性に不安になりました。

「弱っているところに付け込んでいやらしいことをしようとしたら……もぎますよ」

「何をだよ! 絶対にしないって、そんなこと!」

「JCばかりアイドルに勧誘する卑猥なPが言っても説得力は皆無です」

「ちゃんと高校生もいるって! 依田さんとか!」

「見た目的にはJCどころかJSで通用しますけどね」

「ぐっ、それは……」

 担当Pとしてそこはちゃんと否定して差し上げなさい。本人も少し気にされているんですから。

 

「……島村さんのことで、色々とご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございません」

「いえいえ! 俺達は大丈夫ですって!」

「はい、気になされないで下さい」

 武内さんが頭を下げましたが彼が謝る必要はないことです。

「それよりも卯月さんのフォローが大切です。昨日のフェス後は撤収作業でバタバタしてしまいロクに話ができませんでしたので、早い段階で対話の機会を設けたいのですけど」

「……そのことですが、少し待って頂いてもよろしいでしょうか」

「待つ、とは?」

「フェス後に島村さんを家まで送り届けたのですが、表面上はいつもと同じように努めているものの、ライブが上手く行かなかったことについて精神的に強いショックを受けている様子でした。その状況で話をしても心が受け止めきれず、却って良くない影響が生じる恐れがあると思います。

 そのため少し時間を置いて平常心を取り戻し次第、適宜フォローをしてきたいと考えています」

 彼の言うことにも一理あるとは思います。ですが危機的状況にある彼女を放置するのはそれはそれで心配でした。意見を無視して無理にでも卯月さんを引っ張り出すべきなのか非常に悩ましいところです。

 

「……色々と思うところはあるでしょうが、今は私に任せて下さい」

 すると再び頭を下げました。しかも今度はきっちり四十五度の最敬礼です。一流のビジネスマンにここまでされては引き下がるを得ません。それに彼は卯月さんの担当Pなので、その意向を無視して勝手に突っ走るのはやはり不味いと思い直しました。

「こちらのことはお気になさらず、卯月さんの動向に最大限注意してあげて下さい。詳細は申し上げられませんが、北斗神拳的に考えてこれから彼女の身に大きな災いが降りかかる可能性が高いという予測が出ています。そういう時に卯月さんを支えてあげられるのは我々のような外様ではなく、担当Pの武内さんなのですから」

「ご忠告、感謝します。今日もこれから彼女の家に伺い様子を確認する予定なので改めて注意することにします。状況につきましては逐次共有致しますので」

 そう言う武内Pの表情に迷いはありません。これならきっと未央さんの時のようなことにはならないでしょう。シンデレラプロジェクトだけでなく、彼もまた日々成長していました。

 

「ホント、武内さんは誠実で真面目で担当アイドル想いですよねぇ。どこかの畜生と違って」

「相変わらず好き放題言うなぁ。もう慣れたけど」

 犬神Pが呆れたように溜息を付きました。

「いえ、アイドル想いという点では犬神君の方が私よりも勝っていると思います」

「いやいやいや、ありえないですって」

「ちょっ、先輩! まずいですよ!」

 いきなり焦りだした犬神Pを他所に武内Pが話を続けます。

 

「七星さんにはイベントや番組出演の依頼が数多く来ていますが、その中には何というか……小馬鹿にする様な仕事が含まれています。貴女の身体能力やスキルを見世物小屋の出し物扱いするようなイベンターやディレクターには毅然とした態度ではっきりとお断りをしていました。

 会社として断ることが困難な仕事も稀にありますが、その場合でも内容の変更を直談判してアイドルとしてのイメージに極力傷が付かないよう必死に対応しています。何が何でも担当アイドルを守ろうとする姿勢には私も勉強させて頂きました」

「……その話は、本当ですか?」

「はい、間違いありませんよ。裏社会と繋がりがある危険なイベンターにもちゃんと立ち向かっていました。声はちょっと震えていましたけど♪」

 話を聞いていた千川さんが笑顔で肯定しました。

 

「何で今まで隠していたんですか?」

 犬神Pに問い質します。

「聞かれなかったからね。それにこれくらいわざわざ言うことでもないよ」

「そういう展開は予想できていましたので、頑張って拒否しなくても良かったのですけど。あまりにふざけた依頼の場合は先方に乗り込んで誠心誠意お話しますし」

 すると珍しく真剣な表情になりました。

「アイドルを守ることも担当Pの仕事だ。それに皆にはドロドロした裏事情は気にせず存分に光輝いて欲しい。七星さんが清純派アイドルを目指すのであれば、俺はその夢が叶うよう精一杯応援したいんだ。ただ、それだけだよ」

「……まぁ、ありがとうとは言っておきます」

 ちょっとは嬉しくもなくはないかもしれませんけどね。そう、ほんのちょこっとだけですよ。本当です。

 

「ふふっ。朱鷺ちゃん、顔が赤いですよ~♪」

「あ~! お腹空いちゃったな~! お昼ご飯を抜いちゃいましたから何か食べなきゃな~!!」

 千川さんボイスの幻聴が聴こえたのでその声を掻き消すように叫びました。

「それじゃ、私は美城カフェで何か食べてきますので! アディオス!」

「ちょっと! ここ二十二階だよ!」

「朱鷺、行きまーす!」

 そのまま力づくで固定窓をこじ開けて外に飛び出しました。私はただ単にカフェ到達RTAがやりたかっただけであり、錯乱して思わずこの場から逃げ出した訳ではありません。これだけはハッキリと真実を伝えたかった。

 

 

 

「とうっ!」

 エルシャダイのPVのように颯爽と地上に降り立ちます。全く、あのドリンクオバ……お姉さんのお陰で余計なRTAをさせられましたよ。

 目的地である美城カフェに到着した後、オープンテラスでフルーツパフェを頼んでから電話をかけます。相手は鎖斬黒朱総長の虎ちゃんでした。

 無機質な電子音がスマホから流れます。もう既に三コール目なんですが大丈夫でしょうか。万一私の電話をシカトしたら生身で大気圏に突入してもらう約束なんですけど。

「は、はい! 虎谷ですっ!」

「……ちっ。出てしまいましたか。後ワンコール遅れていたら宇宙旅行にご招待でしたのに」

「ちゃんと出たでしょう! ノーカンッスよ、ノーカン! ……それで何の用っスか?」

「島村卯月さん保護作戦に変更がありますので連絡しました。彼女の護衛って今は常時三人でしたよね?」

「はい。そうですけど」

「更に一人増員です。それと彼女の健康状態や表情、仕草と言った情報も観察して報告して下さい。もし思い詰めた様子でしたら至急連絡願います」

「えー……」

 思っきり嫌そうな返事が返ってきました。

 

「24時間365日体制でシフト組むのも結構大変なんスよ。しかも見た目がガチヤンキーな奴らは不可って条件ですから出られるメンバーも限られてますし。それにこれ以上俺らみたいのが住宅街で見つからないようにたむろしていたらポリ連中だって黙ってないと思うんスけど」

「そこは高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応して下さい。それと警察については所轄の警察署を抑えたので職質対象外にして貰っていますから大丈夫ですよ」

「……姐さんが何者なのか益々分からなくなってきました」

「それは今更でしょう。暴走族として念願の天下統一を果たさせて上げたんですから、これくらいはお願いします。もし彼女の身に何かあったら……理解出来ますよね?」

「……了解っス。何とかしてみます」

「わかればよろしい」

 卯月さんの様子を見ると言ってもその間に万一のことがあっては後悔しても仕切れません。当面の間は鎖斬黒朱の連中に見守りを強化して貰いましょう。

 

「それよりも姐さんの方は大丈夫なんスか?」

「大丈夫って、何がですか?」

「いや、体調とか崩してねえかなって。オータムフェスの前も相当忙しい感じだったから、終わってもゆっくり休む暇がなさそうなんでみんなで心配してますよ」

「……自分で言うのも何ですが、私は殺しても死なない女です」

「それはわかってます。つってもまだ中学生だし何より女の子じゃないっスか。ファンとして心配するのは当然ですって」

「オーバーワークには慣れてますのでご心配には及びません。……でも、心配して頂いたことについては一応お礼を言っておきます」

「無理するなって言って止まるようなタマじゃないとは十分知ってますが、最後の最後でキツくなった時は連絡して下さい。俺らにやれることはやるんで」

「ん? 今何でもするって言いましたよね?」

「言ってないっスよ! 姐さん相手にそんなこと言ったらマジ洒落になりません!」

「……フフッ。冗談ですよ、冗談♪」

 暫し雑談して電話を切りました。虎ならぬ猫の癖に私を心配するなど十年早いです。

 その後運ばれてきたフルーツパフェはいつもより美味しく感じましたが、一体なぜでしょうか。

 

 

 

「失礼します」

 翌日はプロジェクトクローネの専用ルームを訪れました。するとノルンの子達の姿が見えます。先程LINEにてお願いした通り集合してくれていたようです。

「ちゃーっっっす!」

「おはようございます、朱鷺さん。私達に何の御用でしょうか」

 唯さんとありすちゃんが挨拶をします。ワンテンポ遅れて文香さんも「おはようございます……」と呟きました。

「わざわざお呼び立てしてしまい申し訳ございません。ノルンの皆さんのためにお仕事を取ってきたのでその連絡があったんですよ」

「マジ!? やったー☆ ねぇねぇ、何の仕事? あっ、もしかしてモデルとか!?」

「朱鷺さんが取って来たお仕事ですか……。一抹の不安があります」

「……具体的には、どのような内容なのでしょう?」

「そう慌てないで下さい。それを今からご説明しますから」

 気が逸る三人を落ち着かせます。ソファーに向かい合って座ると持ってきた資料を見せました。

 

「お仕事の内容ですが、『グランブレードファンタジー』────通称グラブレというソーシャルゲームのファン感謝祭への出演です」

「あっ、それ知ってる! テレビでも結構CM流しているよね~♪」

「私も知っています。ゲームは子供っぽいですから実際にプレイはしていませんけど」

「すみません。テレビやゲームにはあまり縁がないので存じ上げていませんでした。ですが関わりのない私達が何故イベントに出演するのでしょう?」

「グラブレは346プロダクションと定期的にコラボしていまして、所属アイドル達をイベント限定キャラとしてゲーム内に登場させているのです。その縁で以前私も出演させて頂きました。……可愛らしい味方キャラじゃなくてイベント用の物騒なラスボス枠でしたけど」

「朱鷺さんなら納得です」

「傷つくことをさらっと言わないで下さいよ……」

 クローネのツッコミ役としてのポジションを確立したありすちゃんの毒舌を流しつつ、話を続けます。

 

「以前出演したツテで先方のPとは面識がありますので、誠心誠意『お願い』をして次回の346プロダクションとのコラボイベントに出演するアイドルはノルンと私にして頂きました。丁度今週末に現実世界での感謝祭イベントがありますのでプレイヤーへの顔見世を兼ねて出演するという訳です」

「なんかチョー楽しそ~! よくわかんないけど♪」

「想定よりまともで安心です。『トキドキ♥サバイバルレッスン』みたいな超人専用の仕事だったらどうしようかと思いました」

「流石にあんな仕事を他の子にやらせるつもりはないですって」

 張り切る唯さんと胸を撫で下ろしたありすちゃんとは対象的に、文香さんの顔色は冴えませんでした。

「あまり気が進みませんか?」

「いえ、そんなことは……」

「私達の間に隠し事は不要です。私はクローネのサポート役なんですから不安や不満は何でも言って下さい。全て解決できる訳ではありませんが人に話すと楽になると思いますよ」

 すると文香さんがゆっくりと口を開きます。

 

「このイベントのお仕事が嫌という訳ではありませんが、人前に出ることは未だに慣れていないので……。先日のオータムフェスのように緊張で倒れてしまい、皆さんにご迷惑をお掛けしてしまうかもしれません」

「迷惑なんてとんでもないです!」

「アリスちゃんの言う通りだよ~。終わったことは気にしない気にしない☆ それに朱鷺ちゃんがいれば倒れてもひこーで一発だし!」

「ですが……」

「先日の体調不良は不幸な事故ですし会社側に責任があるので気にされる必要はありません。それに人目に慣れてないのなら慣れるまで訓練すればいいだけです。数千人規模のライブに比べれば人は少ないですから丁度良い機会だと思いますよ。

 ですが本当に嫌であれば断って頂いても構いません。嫌々出るのはグラブレファンの皆様にも失礼ですからね」

「私は文香さんと唯さんと一緒にお仕事がしたいです。我儘かもしれませんけど、その気持ちは本当です」

「ゆいもトーゼン同じ気持ちだよ~。せっかく一緒のユニットになったんだからさっ、三人で楽しくアゲてきたいな☆」

 すると文香さんが暫し考え込む素振りを見せます。

 

「……わかりました。そのお仕事、お引き受け致します」

「こちらこそよろしくお願いします」

 ありすちゃん達のお陰で無事文香さんを説得することが出来ました。嫌がっている子に無理やりやらせても改善どころか悪化してしまうので、進んで引き受けてくれて良かったです。

「はいっ! 一緒に頑張りましょう!」

「ゲームじゃなくて、ゆいに夢中にさせちゃうからー♪ むちゅー☆」

 他の二人もやる気充分で何よりでした。私も誠心誠意バックアップしてあげましょう。

 

 

 

 そしてイベント当日になりました。余裕を持って到着するよう、会場である大東京国際フォーラムに向かいます。イベントの前半は本家キャラの声優さん達によるトークショー、休憩がてら私達のコラボイベントについて紹介があり、後半はゲームのPから今後のアップデートや新システムについて予告があります。

 私達の出演時間はそう長くはありませんが、例え1秒でもお仕事はお仕事なので手を抜かずしっかりやりましょう。そう思い張り切りつつ、割り当てられた控室に向かいました。

 

「おはよう、皆さん」

「おはようございます」

「今日は早いですね」

「だって折角のイベントじゃん! 張り切り過ぎて5時に起きちゃったよ~♪」

 既にノルンの子達が来ていました。それぞれと挨拶を交わすと準備に入ります。衣装はまだ届いていないのでメイク等をしていると扉をノックする音が聞こえました。

「入って頂いて大丈夫ですよ、どうぞ」

「失礼します」

 すると、見慣れたイケメンがクールな表情で入室してきました。

 

「げぇっ、龍田!!」

 ジャーンジャーンジャーンという銅鑼の鳴る擬音が頭の中で響いた気がします。眼前の男性は最近お馴染みのAP龍田でした。

「おはようございます、七星さん。本日は宜しくお願い致します」

「いやいやいや! よろしくも何も、なぜ貴方が此処にいるんですか!」

「グラブレのPから346プロダクション出演パートの司会進行を担当して欲しいとの依頼を頂きました。あのゲームの運営会社は我々の局の有力なスポンサーですから、今日はこちらで勤務するよう局から指示を頂いています」

「一体何故そんなことに……」

「グラブレ側では七星さんを制御する自信がないとのことなので、天敵である私に白羽の矢が立ったそうです」

「余計なことをっ!」

「ご安心下さい。私は七星さんの魅力が周囲の方に少しでも伝わるよう、いつも通り死力を尽くすだけですから」

「だからこそ厄介なんですよ……」

 開始直前になって不安要素が発生してしまいました。大人しく司会進行に専念していて欲しいんですけど。

 

「朱鷺ちゃん朱鷺ちゃん、このカッコイイ人だれ?」

「ああ、唯さん達は面識がありませんでしたか。私が出演している『RTA CX』や『とときら学園』でAPを担当されている龍田さんです」

「ちゃーっす! 大槻唯で~っす!」

「鷺沢文香と申します。どうぞ宜しくお願い致します」

「……橘ありすです。橘と呼んで下さい」

 そう言いながらありすちゃんが三歩ほど後ろに下がりました。見知らぬ大人の男性には警戒心が強く働くようです。でも346プロダクションのアイドル達は結構無防備ですからこれくらい慎重でもいいのかもしれません。

 

「クローネの皆様、初めまして。いつも七星さんがお世話になっております」

「逆ですよ逆! 私がサポートしているんですって!」

「そうでしたか。それは失礼致しました」

 調子が狂わされるので本当に頭に来ますよ。一旦心を落ち着けて冷静になるため手にしていたミネラルウォーターを口に含みました。

「ねーねー。たっつんと朱鷺ちゃんって付き合ってるん?」

「ゲボァッ!」

 私の口から吹き出した水がありすちゃんの顔面を直撃しました。

「汚いです!」

「す、すみません……。あまりに予想外の質問だったもので……」

 おにょれ……。ナチュラルギャルは男女と見れば直ぐ付き合うだの付き合わないだの言い出すから困りますよ!

 

「いいえ。私と七星さんでは釣り合いが取れません。それに恋愛感情の様にあやふやな想いで付き従っている訳ではありませんので」

「え~、つまんないな~」

「こういう話はもう終わり! 閉廷! 以上、みんな解散! もうすぐ仕事なんですから切り替えていきましょう!」

「はい、わかりました」

 空気を読んでくれる文香さんの存在が超有難いです。私の中で確実に三階級特進しましたね。

 

 

 

「し、失礼しますっ!」

 龍田さんが退出し準備を続けようと思った矢先、スタッフらしき女の子が慌てた様子で飛び込んできました。

「どうされました?」

「それが、本日のイベントで使用する機材を乗せたトラックが事故を起こしたらしくて。その中に皆さんの衣装の一部が含まれているみたいなんです」

「それは本当ですか?」

「はい……。今別の便に積み替えて発送しているそうですが、本番までに届く保証はないとのことです」

「わかりました。イベント運営担当者の方で対応を検討願います。方針が決まりましたら私達にもご連絡下さい」

「承知しました」

 そのまま足早に去っていきました。今日のイベントではコラボキャラと同じ衣装を着る予定でしたので、それがないと単なるアイドルのトークショーになってしまいます。イベントを中止するような問題ではないものの、普段着で出ていってはファン感謝祭として盛り上がりに欠けてしまうかもしれません。

 ですが私達ではどうすることも出来ないため、運営側の方針決定を待つことにしました。

 

「私のトークで繋いで衣装の到着をギリギリまで待つ、ですか……」

 少しすると運営側から対応の指示がありました。何でも振替輸送のトラックは近くまで来ており、コラボイベント紹介コーナーの直前には届く予定だそうです。ただ着替えの時間を考えると間に合わないため、先に私がステージで時間を稼ぎ後から文香さん達が合流することとなりました。

 幸いなことに私の衣装は別便で到着していましたので既に着替えは完了しています。

 北斗神拳という個性がありますので拳士や暗殺者キャラを想定していましたが、予想を大きく裏切っていました。

 

「何か凄いなー。アイドルっていうかロボだね、ロボ!」

「ゲームの世界観はファンタジーなのに衣装はSFとは……。ソーシャルゲームとは懐が深いのですね」

「いえ、多分朱鷺さんだけだと思いますけど」

 皆の指摘の通り私の衣装はファンタジーとは大きくかけ離れているものでした。私を模した前回のボスキャラロボットをイメージした装甲、外骨格、衣装を身に纏っています。少女とロボットをかけ合わせているので見た目はモビルスーツ少女のような感じですね。

 なお、武装はチェーンガンやプラズマキャノン、レーザーブレード、垂直ミサイル、自爆装置で更には飛行形態に変形し空から敵を蹂躙するそうです。コスプレにしてはしっかり作り込んであって草も生えませんでした。大型ダンボール五箱分の装備なので私だけ衣装が別便だった理由が何となくわかります。

 

 新たなる敵────魔王ピニャ・コ・ラータからアイドル達を守るため、前回のラスボスだったアイビスが謎の金属細胞の力で『T.O.K.I』として再生し、以前敵対したプレイヤーと協力して戦うというのが今回のコラボイベントのストーリーとのことです。

 一応今回は味方キャラにはなったものの半分ロボなので心中複雑でした。それに『To defeat One's enemy to Keep the Idols(アイドルのためなら全てブッ潰すヤベーやつ)』でトキって略称も結構苦しいと思いますが、プロが制作するゲームの内容に口出しは出来ないので不満は心の奥にしまっておくことにします。

 

「それでは私は先に行きますので、あとで合流しましょう」

「よろしくお願いします」

「よいせっと」

 チェーンガンとプラズマキャノンを抱えて控室から出ると、直ぐ近くにいた清掃のおばちゃんが驚きのあまり腰を抜かしてしまいました。アイドルって一体何なんでしょうか……。

 

 

 

「それでは次のコーナーに行きたいと思いますっ! 本日は次回イベントでコラボする346プロダクションのアイドルの皆さんにお越し頂きました。まず初めに七星朱鷺さんと保護者の龍田APです! どうぞっ!」

 総合司会さんの合図に合わせて舞台に上がります。全席指定席ですが満員御礼でした。皆の視線が私に集中するのを痛いほど感じますが、平静を装いつつヘッドマイクでトークを始めます。

「は~い皆さんこんにちは~♥ コメットの七星朱鷺です! 本日はグラブレ運営様のご厚意で感謝祭に参加させて頂くことになりました! 短い時間ですがよろしくお願い致します!」

「不死テレビAPの龍田です。同じくよろしくお願い致します」

 二人して頭を下げると拍手の音が聞こえました。ゲーム系の番組には二本出演していますのでそれなりに認知はされているようです。

 

 一安心しつつ二人でトークを行いました。内容は最近のアップデートの感想や手持ちキャラのレビューなどです。勿論、ちょっと前に課金ガチャで超絶大爆死して『運営○ね!』と魂の雄叫びを上げたことは伏せました。

 龍田さんは元々未プレイ勢でしたが本イベントに合わせて一夜漬けでゲームの知識を身に着けたらしく、専門用語なども的確に使用しつつ軽妙なトークを繰り広げています。その口の上手さがあれば詐欺師として大成できると思うんですけど、今からでもコンバートしたらいかがでしょうか。

 そのうち私が以前ラスボスとして君臨したイベントの話題に移りました。

 

「プレイヤーの皆さんも色々と思い出があると思いますが、七星さんが出演したあの悪夢のようなイベントが記憶に残っている方も多いでしょう」

「ああ、あれですか……」

 すると観客の私を見る目が一気に厳しくなりました。頭を抱えている方もチラホラといます。

「魔の最終領域。疲弊した味方を容易く蹂躙する無数の大型機動兵器群。下方修正前突破率0.01%は伊達ではありませんでした」

「コラボ先の原作の世界観を大切にしていますから、ちょっと私の力に寄せ過ぎてしまったんですよね……」

 イベント時にはクレームのメールがうちの事務所にまで来ました。幸い1日で修正されましたが、あの一件で私のことを快く思わない先行攻略組などのプレイヤーが少数ながら発生したと聞きます。明らかにバランス調整ミスで後日運営側から謝罪がありましたので私に責任はないと思うんですが、コラボしている以上先方を批判する発言は出来ません。責任を押し付けられて戦犯にされることは前世で散々やられ慣れてますから別にいいですけど。

 

「しかし今回のイベントでは敵であったアイビスが強力な味方キャラのT.O.K.Iとして登場します。かつて死闘を繰り広げた敵同士が手を取り合い、共に新たな強敵に立ち向かうという熱い展開ではないでしょうか」

「えっ?」

「以前のイベントでは辛い体験をした方々も、過去の遺恨は水に流して新たな展開に胸躍らせる方がゲームを楽しくプレイできるのではないかと私は思います」

「そ、そうですよねっ! いや~楽しみです!」

 これってもしかして私のフォローをしてくれたんでしょうか。このドSドラゴンが、本当に?

「さて、ここで次回のコラボイベントの出演者を順にご紹介しましょう。今回出演するのは最近売り出し中のプロジェクトクローネのユニット────ノルンの皆様です。まず一人目は橘ありすさんです。どうぞ!」

 私の考えは龍田さんの声で掻き消えてしまいました。どうやら知らぬ間に衣装の準備が出来たようです。

 

「はい!」

 するとありすちゃんがとことことステージ中心に駆け寄ってきます。魔道師キャラらしく、三角帽に大きな杖を手にしていました。服装はレースで胸元の大きなリボンが可愛いですね。青色で統一されていて知的なイメージが強調されています。

「橘ありすです。皆様、よろしくお願いします」

 大舞台の上ですが取り乱さず冷静に挨拶をしました。少女なのにクール、そして大人口調というギャップが素晴らしいです。魅了された観客も多いことでしょう。

 

「続いて二人目は大槻唯さんです!」

「ハイパーちゃーっっっす! フリフリドレスの、ゆい登場~☆ 両手を広げて、クルクル踊りまくりの回りまくり♪ だーい好きなみんなを、まとめてぎゅーってしちゃおーっと☆」

 凄い勢いで一気に中央に飛び出してきました。ダンサーキャラのようで、スパニッシュ調の赤いドレスを身にまとい薔薇の髪飾りを身に付けています。アイドルもダンスをしますから普段の舞台衣装と然程代わりませんが、その分クオリティが保証されています。

 エネルギッシュに動く彼女に観客の視線が集まりましたが唯さんはそれを楽しんでいるようでした。正に天性のアイドルですね。

 

「そして最後────三人目は鷺沢文香さんです! どうぞ!」

「は、はい……」

 文香さんが舞台に上がると観客席が大きくどよめきました。ヴァルキュリアという槍使いのキャラですが、いつもの落ち着いた司書然とした格好から一転して、純白を基調とした大胆なビキニアーマーに身を包んでいます。

 特に胸部と臀部の露出が素晴らしい。可愛い顔してあんなわがままボディだったとは……。

 それに反して恥ずかしそうな表情がベネ(良い)です! ありすちゃんも唯さんも素晴らしかったですが、このコーナーの主役は文香さんでしょう。

 観客も皆一斉に写真を撮ったり検索したりしています。今回のイベントで文香さんの知名度は一気に上がるかもしれません。

 

 

 

「お疲れ様でした」

 私達のコーナーが終わった後、控室で一息付きます。

「文香ちゃん、やるじゃん! 皆の視線独り占めだったよ~☆」

「はい、流石文香さんです!」

「いえ……大したことはありません」

「あれだけのダイナマイトボディを持ちながら謙遜すると嫌味に聞こえますよ。もっと自信を持って下さい」

「自信、ですか……」

 そのまま少し考え込む素振りを見せました。

 

「今日のイベント、緊張しましたが楽しくもありました。自分が何か違うものに成れたような気がして……」

「それがコスプレのパワーですよ。変身願望が強ければ強いほど輝けるんです。先日は人前に出ることは慣れていないと仰っていましたが、あれだけの人数の前で堂々としていられたんです。これからだってきっと大丈夫ですよ」

「そうかも、しれませんね。……いえ、そうだと思いたいです」

「大丈夫大丈夫! いざって時はゆいもいるんだし☆」

「私も文香さんのお側にいますっ!」

「ありがとうございます。皆さん」

 文香さんの素敵な笑顔が輝きました。障害を乗り越えて三人の絆は一層強くなりましたので、彼女に関してはこれできっと大丈夫でしょう。後顧の憂いを無事に絶つことが出来ましたので後は卯月さんのケアに専念することにします。

 

「そういえばたっつんはどこ行ったの?」

「コーナー終了と同時に局に戻ったようです。挨拶の一つもしないなんて失礼な奴ですよ」

 LINEでメッセージを送っても一向に見やしません。先程のコラボイベントの件を問い質したかったんですけどね。

 それにしても犬・虎・龍と、こんなドブ川を心配するだなんてお節介な奴ばかりです。その分の時間を自分の人生を心配するのに使いなさいな。

 ホント、バカばっか。

 

 でも、その気遣いがとても嬉しいと感じてしまいました。

 孤独死上等なワンマンアーミーだった私も随分弱くなってしまったものです。

 ですがこれはこれで悪くはないと、今は思えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第64話 島村卯月ちゃんを救う会

「頼む! 一回だけ! 一回だけでもいいからっ!」

「ないです。無理です。お断りです」

 犬神Pの無茶な要求をハッキリキッパリ断りました。普段であればすごすごと引き下がりますが今日は様子が違うようです。

「そんなこと言わないで考え直してくれないかな?」

「清純派アイドルはイメージが大切なんです。そんなはしたないことをしたら私のイメージがダウンしてしまうじゃないですか」

「今時中学生だって普通に経験しているよ? アイドルでもやっている子は多いしね。最初は慣れないから緊張すると思うけど何回かやっていれば楽しくなるしスムーズに出来るようになるさ」

「しつこい男は嫌われますよ。嵌りすぎて依存症になる方もいますからやりたくないです」

「どうしてもダメかい? 七星さんならこういうことは結構得意だと思うんだけど」

「興味が無い訳ではないですし適切な対応をすればリスクは減らせますが、それでも絶対安全とは言い切れません。万一大事故が起きてしまったらスキャンダルになってアイドルを続けられなくなりますしね。こういうことはもっと大人になってからで十分です」

「……頼む! 一生に一度のお願いだ! 俺を一人前の男にしてくれ!」

 コイツいつも一生に一度のお願いしてんな。デッドプールさん(不死身ヒーロー)の親戚か何かでしょうか。

「土下座されてもむ~りぃ~ですって。……ん?」

 プロジェクトルームの外から人の気配がしました。もしかして泥棒かと思い、外にいる不審者に気付かれないよう忍び足で扉に近づきます。内開き式の扉のドアノブに手を掛けました。

 

「はっ!」っという掛け声と共に一気に扉を内側に開きます。

「きゃあ!」

「おっと!」

「うわわわっ……」

 すると一斉に人が流れ込んできます。入ってきたのはコメットの三人でした。

「あれ、どうしたんです?」

「な、何か立て込んだお話をされていたのでお部屋に入り難くて……」

 ほたるちゃんが慌てて弁解しました。ああ、結構な大声で喋っていたので外まで聞こえていたのですね。

「皆さん顔が赤いですけど大丈夫ですか?」

「あ、ああ。別に、何でもないよ」

「もりくぼ、ドキドキでした……」

「……?」

 思春期の女の子達が何を考えてるのか、私にはよく分かりません。

 

 

 

「ツイッター、かい?」

「ああ、みんなに始めてもらおうと思ってね」

 乃々ちゃん達を含め先程の話を再開しました。プロジェクトルームに着いて直ぐに犬神Pがやって来て、今日からSNSの一種であるツイッターを始めて欲しいとお願いされたので対応に苦慮していたのです。

「そうだったんですか……」

 皆が少し残念そうな表情を浮かべました。一体何の話だと思っていたのか超気になりますから後で聞いてみることにしましょう。

 

「先程も申し上げた通り私は反対です。対応を誤ると炎上する危険性がありますし誹謗中傷を受ける可能性も無いとは言えませんから」

 この世界は前世と比べて良心を持った方の割合が高いのでネット上もあまり荒れてはいませんが、災いの芽を自分から積極的に撒く必要はないと思います。

「確かにそういう懸念はあるけど、不特定多数の人とも繋がりやすいので宣伝としては有効だよ。それにツイッターの公式アカウントを持つことが今交渉中の仕事を受ける条件になっているんだ」

「さっき私に話を振った時にはそんなこと一言も言ってませんでしたけど」

「そんな条件は撤回させるように交渉しろと言うに決まってるからね。とりあえず伏せてお願いしてみたんだよ」

 一応は学習能力が備わっているようで一安心しました。十中八九そんなことを言っていたでしょうね。

 

「お仕事ってどんな内容ですか?」

「『LIZ LASA』っていうファッションブランドとのコラボ企画だ。交渉は九分九厘纏まっているんだけど、コラボ期間中はツイッターで相互フォローしてフォロワーを増やしてなるべく多くの人に知れ渡るようにするというのが契約の条件になっているんだよ」

「かなり有名なファッションブランドじゃないか。確かホタルも何着か持っていなかったかい?」

「ワンピースやアウター、ボトムスをいくつか持っています。とても可愛いですし好きなブランドなので、朱鷺さんさえよろしければそのお仕事をお受けしたいのですが」

「もりくぼは恥ずかしいですけど……皆がやってみたいなら、頑張って挑戦します」

 ほたるちゃんと乃々ちゃんが不安そうな表情で私を一瞥しました。何だか私が悪者みたいで居心地が悪いです。

 

「ファッションブランドとのコラボなんてトキのような清純派アイドルにぴったりな仕事だと思うけど、折角の機会を無駄にしてしまっていいのかい?」

「うっ……!」

 清純派というワードにより私の心はかなり揺れ動きました。

「それはそうですが、やはりリスクが……」

「使用する者が規律を理解していれば然程問題はないさ。例えばナイフだって人に向ければ凶器だけど正しく使えばとても便利なツールになる。要は使う者次第という訳だよ」

「私達なら正しく使えると思いますけど、駄目でしょうか?」

 ほたるちゃんがしっかりと私の目を見て話します。そこに不安の色はありませんでした。

「……わかりました。その条件を呑みましょう」

「ありがとうございます!」

 この三人からお願いされてしまっては、さしもの私も降伏せざるを得ませんでした。

「その代わり始める前に使用マナーの講座を受けて下さい。それが交換条件です」

「ああ、元からそのつもりだよ。マナー講座のDVDが事務所にあるから見て貰えると助かる」

「わかりました」

 止む無く引き受けましたが、また面倒なお仕事が増えてしまいました。コラボ期間中だけ適当にやって後はフェードアウトすることにしましょう。

 

 

 

「ふぃ~」

 入浴後、パジャマ姿でベッドに寝っ転がります。ネットのなんでも実況する匿名掲示板でビースターズのドラフト会議の結果について熱く語ろうとしたところ、大事なことを思い出しました。

「そういえばツイッターに登録したんでしたっけ」

 先程事務所にいる時に四人でアカウントを登録し会社から公認マークを付けて頂きました。『初投稿です。346プロダクションきっての清純派アイドル、七星朱鷺と申します。これからよろしくお願いします』という簡単なツイートをしたきりですが、開始早々放置プレイでは見て頂いた方に不誠実なので何か適当に投稿しなければいけません。

 ですがこういうSNSって自分がいかにリア充かアピールする場になっているので正直苦手なんですよねぇ。『私ってこんなにぃ、流行に敏感なんですよぉ☆』とか『毎日がとても充実してるんですぅ♥』といったリア充アピールをするために皆やってるんでしょう?

 別に貴方が海外旅行に行こうがパリピで賑わうナイトプールではしゃいでようが全然興味ないからと言ってあげたいですよ。まぁ、これも私のような陰キャの妬みなのでしょうけどね。

 そういう文化を否定はしませんけど、私のような中身オジサンではついていけないと思います。

 十人くらいフォロワーが付いていればいいなぁ、なんて思いつつスマホでアプリを開きました。

 

「ファッ!?」

 目に飛び込んできた光景に全身が凍りつきました。思わずスマホを裏返しにしてしまいましたので、呼吸を整えて恐る恐るスマホを視界に入れます。そこには先程と同じものが映っていました。

「何で万単位でフォロワーが増えているんですか……」

 事務所から帰ってご飯を食べてお風呂に入った数時間の間にフォロワー数がとんでもないことになっていました。恐る恐る初めてのツイートに対するリプライを見ていきます。

 

『こマ?』『beam兄貴姉貴オッスオッス!』『まさかのツイッターとはたまげたなぁ』『お前のことが好きだったんだよ!(本気)』『あぁ~生き返るわ~』『なにやら面白いことになってますねぇ』『自分から弄られに来るのか(困惑)』『マジモンで草』『清純派?』『清純の定義こわれる』『超可愛いけど清純かと言われると、ねぇ……』『メ ガ ト ン コ イ ン』

 なんということでしょう。あんなに綺麗だった私のアカウントが、たった数時間でアニメアイコン勢共に汚染されてしまいました。こういう返信が来ることは予想済みでしたがこの人数は流石に想定外でしたよ。

 有名ファッションブランドとのコラボが控えていますので、このツイッターアカウントはクッソ汚い動画投稿者のbeamではなく清純派アイドルである七星朱鷺のものであることを理解頂く必要があります。

 

『沢山の方々からフォロー頂き感謝感激です♪ このアカウントではアイドルとしての活動状況の他、最新ファッションやスイーツ、カフェの情報等をお届けしますのでよろしくお願いします♥』

「ポチッとな」

 即興で考えた無難なコメントをツイートしました。清純派アイドルという生物は可愛らしいファッションに身を包みシャレオツなカフェでスイーツを食しているらしいので、そういった情報を提供していくと宣言すれば私が清純派アイドルであることに気付いてくれるでしょう。正に完璧な作戦です。投稿して数十秒後にはいくつかの返信が届きました。

 

『あのさぁ……』『冗談はよしてくれ(タメ口)』『違う、そうじゃない』『七星くんはヨゴレ芸人みたいなもんやし(暴論)』『これじゃ台無しだぁ』『そんなことしなくていいから』『なんか足んねえよなぁ?』『ん? 今何でもするって言ったよね?』

「ぐぬぬ……!」

 その後も似たような返信が続きます。匿名動画投稿者時代に拡散させた前世の某語録に苦しめられることになるとは、策士策に溺れましたね……。

 私をフォローするような奇特な連中としては、私が清純派アイドルらしいツイートをすることに対し不満を持っているようです。どうせRTAとかヲタ臭い話題や北斗神拳等に関するネタツイートが中心になると思っていたのでしょう。だけど私は負けない!

 この汚名を返上するためにも、清純派アイドルらしい清流のような美しいツイートをしまくってやるのですよ!

 

「本日、フタヒトマルマルを以って『七星朱鷺 清純派アイドル化プロジェクト』を発動する! この作戦が成功した暁には、私の清純派アイドルとしての地位は確固たるものとなるであろう! クックック……。フハハハハ……。ハーッハッハッハ!!」

「朱鷺ちゃん~。夜中に騒ぐとまたご近所迷惑になるから止めてね~」

「ご、ごめんなさい!」

 悪の黒幕っぽく三段笑いをしていたらお母さんに注意されました。地上最強と言えども両親には敵わないのが悲しいところです。

 

 

 

 そしてツイッターに登録をしてから数日が経過しました。当初は炎上しないか心配していましたが三人共マナーをきちんと守って運用しているため特段問題は起きていません。粘着してくる悪質な一般人もいないのでまずは一安心といったところです。

 ありがたいことに私のフォロワー数はその後も伸び続け、現役アイドルの中でも相当上位に食い込むようになりました。人気を高めるという点では成功したと言えるでしょう。

 今日も無事お仕事が終わりましたので自室でのんびりしながらツイートを投下します。

 

『苦節二ヵ月、ようやく究極の逸品が完成しました。以前作り上げたヅダキャノン、ヅダスナイパーに続く至高のオリジナルガンプラ────フルアーマーサイコヅダ・アイビススペシャル・フルクロスです!』

 完成の証拠として一眼レフで撮影した写真(フォトショ加工済み)を添付しました。絶賛してもいいのよ? と思いながら皆のリアクションを待ちます。するとぽつぽつと返信が来ました。

『完成度超高いけど(頭部以外)原型ないやん』『重武装過ぎてヅダの機動性が殺されているんじゃないでしょうか』『ウルトラスーパーフルアーマーヘビーデラックスガンダムZZの親戚か何か?』『一人で連邦軍相手に戦争を仕掛ける気かな?』

 むっ。予想していたよりも辛辣な感想です。

 

 にわかさん達はこれだから嫌ですねぇ。一見ゲテモノMSに見えますが細かい設定や整合性の調整は完璧なんです。何て言ったって、生まれ変わり後の幼少期に余りにもやることがないのでガンダムの各シリーズをリピート再生していましたからね。その代償としてお父さんとお母さんからは割と本気で心配されていましたけど。

『機動性が低いのではとのご指摘がありましたが心配には及びません。リックドム三機分のジェネレーターを搭載していますし、機体背部には加速用スラスターがあるのでMAを凌駕する推力があります。さらに全身の装甲上には三十基もの姿勢制御用スラスターが配されていて運動性は元のヅダよりも高いです。エンジンの力で無理やり機体を動かすので重力負荷が酷く、超人的な身体能力がないとミンチより酷くなりますけど』

 長くならないよう注意しながら機体解説をツイートします。するとまた返信が帰ってきました。

『ヅダって元々高出力エンジンに機体が耐えられなくて空中分解してましたよね……あっ(察し)』『エンジン暴走不可避』『宇宙の藻屑と化した姉貴に敬礼!』

 完全に死ぬ前提で話を進められたので『死にませんよ!』と返しました。全く、失礼な話です。

 

 大方の予想通り『七星朱鷺 清純派アイドル化プロジェクト』は開始三日で頓挫しました。最初こそ不慣れなファッションやスイーツの話題を出していましたが、フォロワーからの評判が非常に悪い上にネタも直ぐに尽きたのです。そのため得意分野である漫画アニメゲームやガンプラ、麻雀、B級映画、RTAについて呟き出したところ『こういうのでいいんだよ、こういうので』と掌返しで暖かく受け入れられました。

 アイドルとしてこれでいいのかという葛藤はありますが、公式ホームページの趣味欄に載っていますのできっと大丈夫でしょう。今回の敗因は私自身がファッションやお洒落カフェにあまり興味がなかったことだと思いますので、勉強し直してもう一度挑戦する予定です。

 からくりサーカスのフェイスレス司令も『夢はいつかかならず叶う!』と仰っていましたから、私も今度こそ清純派アイドルとして羽ばたけると信じています!

 

『先程のヅダはホビーワールドに掲載されている小説にも出てくる予定なのでご期待下さい。そして話は変わりますが今夜は20時からスマイル生放送でコメント付きの映画上映会があります。今回は私の熱い推薦によって実現したデビルマン(実写版)とメタルマン(吹替版)の豪華二本立てですからゆっくりしていってね!』

 皆で不幸せになろうよと願いながらツイートします。どちらも映画という芸術を最大限馬鹿にした、いわばそびえ立つクソですから一人でも多くの犠牲者を増やすためにちゃんと宣伝しなければいけません。

 

『日米を代表するクソ映画じゃねえか!』『嫌です……(鋼の意志)』『いや~キツイっス……』『(見る気)ないです』『えっ、なにそれは……(ドン引き)』『トキネキが無言でガンプラを組み立てる様子を生配信した方が視聴者満足度が高そう』『クソ映画レビューで朱鷺さん自身が人生の不法投棄って言ってたじゃないですか、やだー!』

 すると一気に返信が増えました。私自身頭おかしいラインナップだと思いますから仕方ないでしょう。

『最近のキッズ達は自分の意に沿わない展開がちょっとでもあるとやれクソ漫画だのクソゲーだの極端な評価をするじゃないですか。そういう方々に本当のクソとは何かを味わって欲しいんですよ。大丈夫、私も見るんですから』

『見るのか……(困惑)』『しょうがねえなぁ』『おっ、そうだな(思考停止)』『かしこまり!』

 フォロワーが途端に観念し始めました。誠意とは言葉ではなく態度で示すものだと私は思います。言い出した者が率先して大海原に漕ぎ出す姿を見せることで後続の方々がついてくるのです。船は船でも泥舟ですけどね。

 

「トキ姉貴はどんな映画が好きなんですか、ねぇ……」

 私のファンのフォロワーさんから質問されたので返すことにしました。

『好きな映画は多いので絞りきれませんが、ゴッドファーザーシリーズは特にお気に入りですね。後はベッタベタですけどバック・トゥ・ザ・フューチャーやダークナイト、007、8マイル、レオン、アメリなどは本当に素晴らしいです。後はサメ映画やゾンビ映画は小梅ちゃんとよく上映会をしていますし大好物と言っていいでしょう。もし私が女優デビューするならどんな映画がいいですかね?』

 恋愛映画になんて出たら清純派JCアイドルとして益々磨きがかかるかもしれません。私もそれなりに有名になったと思いますけど、そういうお仕事の依頼は皆無なんですが何故でしょうか。

 するとまたリプライが多数来ました。

『エイリアンVSプレデターVS七星朱鷺』『マッド・トキ 怒りのデスロード』『女コマンドー』『沈黙のアイドル』『346・オブ・ザ・デッド』『仁義なき戦い in 346プロダクション』

 思わず溜息がでます。主演候補映画がバイオレンスアクションやVシネマで埋められてしまいました。

 

 エイリアンVSプレデターは完全に消化試合になってしまうので駄目ですね。エイリアンは強酸にさえ気をつければどうにでもなりますし、プレデターお得意の光学迷彩やプラズマキャノンは私の前では玩具同然です。二種族合わせて開幕20分で殲滅できますから企画倒れになるでしょう。

 でも仁義なき戦いin346プロダクションや346・オブ・ザ・デッドはちょっと見てみたい気がします。組長役は幸子ちゃんに演じてほしいですね。開始3分で殺られてそうですけど。

 それにしても結構なツイ廃になってしまいました。匿名で動画投稿していた時も色々コメントを頂きましたがあくまで一方的なメッセージの送付でしたから、ファン達と双方向のコミュニケーションを取るのは新鮮で楽しいです。今度会社の許可を貰ってツイキャスでもしてみましょう。

 

 

 

「……ってこんなことしている場合ですかーー!」

 正気に戻るとスマホを壊さないよう優しくベッドに叩きつけました。卯月さんが絶賛ピンチ中なのにツイッターに現を抜かすとは……、このトキ、一生の不覚!

 最近の卯月さんですが、捻挫は問題なく治ったもののオータムフェスのライブ失敗が尾を引いているようでコンディションは良くないです。本人は普段と変わらないように努めていますが、いつものエンジェルスマイルの面影はなくぎこちない笑顔を振りまいていました。

 一応事務所には来ているものの、「怪我明けですから、軽めに調整します!」と言ってストレッチと簡単なボイトレだけをやって帰る毎日です。凛さん達と差がついていることを気にしているらしく、他のシンデレラプロジェクトメンバーを無意識に避けているようでした。正直なところ、見ているだけでこっちが辛くなってきます。

 このまま状況が悪化したら最悪の事態も想定されてしまいます。

 

 こういった状況を踏まえ、現在武内Pと犬神P、そして私で『島村卯月ちゃんを救う会』を結成し対応にあたっています。私としては積極的に行動し彼女を助けようと提案したのですが、一対二で却下されてしまいました。

 武内P曰く、「島村さんはもう王子様に選ばれる灰被りではなく、自分の足で進むことが出来るアイドルです。確かに今は彼女にとって辛い状況が続いていますが、再び自らの足で歩んでいけると信じています」とのことです。要は卯月さんが自分でこの壁を乗り越えていくのを見守ろうというのがあの二人の考えでした。

 確かに一理ありますけど、表情に影を落とした卯月さんを見かける度に世話を焼きたくなってしまうので困りものです。この調子でちゃんと復調できるのでしょうか。

 

「~♪~~♪」

 悶々としているとスマホから着信音が鳴ったので手に取りました。相手は犬神Pです。

「もしもし。全世界待望の清純派アイドル、七星朱鷺です」

「ああ、七星さん。夜にゴメンね。今少し時間いいかな?」

「はい、大丈夫ですよ」

 ツッコミ待ちのボケが華麗にスルーされました。ちょっと悲しいです。

「明日だけど、学校が終わったらレッスンに向かう前に俺のオフィスに来てくれないかな。トレーナーさんには話をしておくから」

「いいですけど、どんな御用ですか? はっ! もしかして部屋に連れ込んでイヤラしいことをっ!」

「……流石にまだ死にたくはないんで遠慮するよ」

 むっ。そういう目で見られるのは超迷惑ですが論外扱いされるのも腹が立ちます。

 

「話の内容だけど、島村さんについてなんだ。先輩のオフィスはシンデレラプロジェクトの専用ルーム内にあるだろ? あそこだと他の子達に情報が伝わる可能性があるからさ」

「ということは事態に動きがあった訳ですね?」

「ああ。……電話じゃなんだから、詳細は明日先輩と一緒に話すよ」

 歯切れが悪いということはあまり良くない方向に動いている可能性が高いです。

「わかりました。学校が終わり次第お伺いします」

「ありがとう。それじゃね」

 悪い方向とはいえ、事態が動いたのであればこちらとしても何か打つ手があるかもしれません。明日相談してみようと思い早々に床に就きます。今夜は何かやらなければいけないことがあったような気がしますけど、きっと気のせいでしょう。

 

 

 

 翌日の放課後は約束通り犬神Pのオフィスに伺いました。既に武内Pとワンちゃんがいましたので早速打ち合わせを始めます。まず武内Pが事情を話し始めました。

「島村さんですが、怪我が完治して少し時間が経ったので復帰を兼ねて小日向美穂さんとペアで仕事をしてみませんかと打診しました。すると彼女から『前回のライブで自分の未熟さがよくわかったので、一旦お仕事を休んで養成所で基礎レッスンをやり直したい』との申し出を頂いたのです」

「ですが島村さんは現役バリバリのアイドルですよ。仕事だってあるのに良いんですか?」

「……彼女がまた輝けるのであれば、そうさせてあげても良いのではと」

「いえ、違いますね。間違っています」

 我慢できず横から口を挟んでしまいました。

 

「違和感はあるけど、どうして間違っているって断言できるんだい?」

「養成所を批判する訳ではありませんが、あちらはあくまでも『アイドルとしての基礎』を叩き込むための施設です。人員、設備共にそう高いレベルにあるとは言えません。

 一方で346プロダクションは所属アイドルを一流アイドルへ育成することに主眼をおいていますから、最新の設備が揃っていますしトレーナーも青木四姉妹さんを始めとした一流どころが揃っています」

「確かにそうだね。ウチはアイドルの育成に関してはお金に糸目をつけていないし」

「346プロダクションの環境が業界最高水準であることはアイドルである私達が一番良く理解しています。だから卯月さんが本当に基礎を固めたいのであれば、わざわざ養成所に戻る必要なんて無いんですよ」

 そこまで言うと強面な武内Pの表情が一層渋くなりました。彼ほどの能力があれば私に言われるまでもなく理解しているはずですが、第三者から指摘されることで厳しい事実が直視出来ると思いますのであえて言います。

 

「意識的か無意識的かはわからないですが、卯月さんは基礎を固めたい訳ではありません。────ただ、逃げ出したいだけです」

「……ッ!」

「彼女の目標はアイドルであり続けることです。ですが此処に来てメンバーとの差に躓いてしまった。更にはオータムフェスのライブ失敗で劣等感は増大してしまいました。

 新しいことに挑戦する勇気がなく、憧れのアイドルを辞める決心もつかない。だから自分にとって居心地が良く、他のアイドル達から隔離された養成所と言う名のパレス()に籠城しようとしています」

「そ、そこまで厳しいことを言わなくてもっ!」

「事実は事実です。私達としても問題を直視しなければ有効な対策は取れません」

 私だって卯月さんの行動を批判するようなことは言いたくありません。目を逸らして甘やかすことは簡単ですし楽ですが、それでは緩やかに自滅するのを待つだけです。

 

「……七星さんの仰ることは、概ね正しいと思います」

「それで、武内さんとしては今後はどのように対応される予定ですか? もしかして養成所行きを認める訳ではありませんよね?」

「……はい。少し迷っていましたが、七星さんに指摘頂くことで良くわかりました。更なる逃避は島村さんのためにならないと思います。時間さえ経てば島村さんの中で整理が付くと考えていましたが、誤った判断だったのかもしれません」

「そんなことないですよっ! 先輩の言う通り、彼女達はPの意のままに動く人形じゃありません。時には悩んで壁にぶつかりながら、自分の進む道を切り開いていかなければならないんです。……まぁ、極稀にぶつかった壁をブチ破りながら明後日の方向に突き進む子もいますけど」

 頭にきました。今は武内Pがいらっしゃいますので後で千本ノックの刑(ボーリング玉)に処しましょう。

 

「私もお二人の考え自体は間違っていないと思います。しかし本人だけでは解決できないこともありますから、そっと背中を押してあげることくらいはしてあげても良いと思いますよ」

 私だって記憶抹消騒動の時は周囲の皆さんに支えて貰いました。あの時私一人だったら、きっと記憶を封印していたでしょう。だからこそ卯月さんにも周囲の手助けが必要だと思います。

「色々とありがとうございます」

「いえいえ、これも彼女のためですから」

「じゃあ、島村さんをどうフォローするか対応を検討しましょうか」

 その後は三人で知恵を出し合い方針を整理しました。武内Pのお陰もあり上手くフォローする案が纏められたと思います。

 

 

 

「それでは行動の前に、これまでの経緯とこれからの対応を上司に報告しましょう」

「上司って?」

「勿論美城常務に決まっているじゃないですか」

「ええっ!?」

「今西部長は今週大阪出張なんですから、不在の場合はその上の方に説明するのは当然のことです。相手がどんなに厄介な上司であっても報告連絡相談は欠かしてはいけません。社会人としてのマナーですよ」

「その割に俺に独断で色々やってるような気がするけど……」

「人外はマナーの対象外ですから」

「そういう俺ルールは止めようよ……」

 ぶつくさ文句を言うワンちゃん達を引き連れて常務室に向かいました。ノックをすると「入れ」という声が聞こえたので三人で室内に足を踏み入れます。室内には美城常務が不機嫌そうに佇んでいました。

 

「何の用だ?」

「島村卯月さんのことで報告があります」

「……いいだろう。手短に済ませたまえ」

「はい」

 武内Pが一連の卯月さんの不調及びこれからのフォロー方法について美城常務に説明します。口数は多くありませんが端的でわかりやすい話し方でした。

 すると常務が渋い顔になります。

 

「島村卯月のパフォーマンス低下が渋谷凛にも影響を与えている。先日トライアドプリムスと共にレッスンを行ったが、心ここにあらずと言った様子だ。

One bad apple spoils the barrel(腐ったリンゴは周りのものを駄目にする)』────一部の腐敗はトライアドだけでなくシンデレラプロジェクトにも影響を与えている。アイドル一人一人の気持ちを尊重する結果がこれか」

 武内Pが押し黙ります。反論したい気持ちはありますが担当Pの彼が黙っている以上割り込むことは出来ないのでぐっと堪えました。

「アイドルを星に例える者がいるが、星の光は永遠ではないと知るべきだな。雲に隠れた星に価値など無い。見えなければ只の闇だ。そこには塵芥(ちりあくた)しか存在しない」

「ですが、晴れない雲はありません。星は今もそこにあります。島村さんはシンデレラプロジェクトに必要なメンバーです。彼女は必ず戻ってきます」

 朴訥ですが自信に満ちた声が聞こえました。担当アイドルのことを心から信じているPの鑑です。ロマン溢れる応酬(ポエムバトル)の最中ですが私も口を挟むとしましょうか。

「闇はそう悪いものでもありませんよ。闇を知っているからこそ光に憧れ追い求めることが出来る場合もあるんです。それに塵芥だって積もりに積もれば彗星(コメット)として輝けるのですから」

 社会の闇の化身である私が言うのですから間違いありません。言ってて悲しくなりますけど。

 

 断固として譲らない武内Pを見て常務が軽く溜息を吐きました。

「どう言い繕おうが輝けなくなったシンデレラに居場所はない。────切り捨てろ」

「そんなっ!」

「……と、経営者としてはこう言うのが正しいのだろうな」

 犬神Pが抗議の声をあげようとした瞬間、常務の表情が柔らかくなりました。

「美城さんの本音は別にあるんですか?」

「私とて人間だ。木の股から生まれてきた訳ではない。公としての考えとは別に私としての考えもある。そしてそれらが常に一致しているとは限らないだろう」

「ジュラル星人並みに言動が回りくどいので三行でお願いします」

「……島村卯月という一等星を覆う暗雲を晴らして欲しい。346プロダクションの常務ではなく彼女の友人の一人として、君達にお願いしたい」

 漸く本音が飛び出しました。常務のデレは非常に分かり難いので困ったものです。

「最初から『卯月さんを助けて欲しい』って言えばいいのに。相変わらず不器用な方ですねぇ」

「私にも立場というものがあると言っただろう。それになんというか……恥ずかしい」

「純情乙女ですかっ!!」

「し、仕方ないだろう! 今までそのような生き方をしてこなかったのだ!」

 私としてはオサレポエムの方が114514倍恥ずかしいですけどねぇ。

 

「ありがとうございます。必ず、常務のご期待に応えてみせます」

「何が出来るかは分かりませんが、コメットも全力で協力します!」

「……ああ、よろしく頼む」

 そう言いながら私達に頭を下げました。プライドの高い彼女がこんなことをするとは思いもしませんでしたよ。

 

 こうして『島村卯月ちゃんを救う会』に心強いメンバーが加わりました。経営者とPとアイドル。立場や性別には違いがありますが、卯月さんを助けたいという気持ちは一致しています。それだけ彼女が人として素晴らしく魅力的な女の子なんでしょう。

 卯月さんは私のような妙ちくりんな個性なんて無くても輝ける素晴らしいアイドルです。そのことを本人が理解すれば眩いほどに輝くことが出来るようになるはずです。

 

 よしっ、それではこれより卯月さん救出RTAを始めるとしますか!

 

 はい、よーいスタート!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご一読頂きありがとうございました。
人様の創作物をちゃんと見ずに批評するのは大変失礼だと思い、ゲオオンラインの80円セールの際にデビルマン(実写版)とメタルマン(吹替版)のDVDを借りて各二回見ました。
感想は本文の通りです。メタルマンはそれでもまだ見所がありましたが、デビルマンは拷問です。







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第65話 持つ者、持たざる者

『島村卯月ちゃんを救う会』に新メンバーが加わった日の夜、私は早速行動を起こすことにしました。ここ数日卯月さんにお会いしていませんでしたので、まずは電話で現在の状況について探りを入れることにします。

 帰宅して自室に戻った後、着替えもそこそこにスマホの通話アプリでコールすると少し経ってから無事繋がりました。

「もしもし、卯月さんですか。七星です」

「お、おはようございます、朱鷺ちゃん。どうかしましたか?」

「最近事務所でお見かけしませんので、もしかしたら体調を崩したのかと心配しちゃいまして」

「心配かけてしまってすみません。私は元気ですから」

 口では平静を装っていますが声のトーンはいつもと比べて少し暗いです。やはりどこか無理しているような気がしてなりません。

 その後は無難な話題で暫し雑談をしてから、主題であるあの件について切り出しました。

 

「そういえば養成所でレッスンをやり直したいというお話を聞いたんですけど、本当ですか?」

「はい。このままだと凛ちゃんや未央ちゃんに迷惑かけちゃうし……。だから、一旦お仕事を休んでもう一度基礎レッスンをやり直したいと思ったんです」

「基礎固めのレッスンだったら346プロダクションでも受けられますよ。何なら私からトレーナー姉妹さんにお願いしますけど」

「えっ……。いえ、いいんです! 皆さんのご迷惑になりますから」

 養成所の話になると途端に歯切れが悪くなりました。やはり後ろめたい所があるのでしょう。

「もう一度、ちゃんとレッスンをしたいんです。またみんなと一緒に歌えるように……。だから私、頑張ります!」

「頑張る、ですか……」

 貴女は何のために何を頑張るつもりなんですか、という言葉が出かかりましたが押し込みました。これ以上彼女を追い詰めるのは望ましくありません。今はぐっと堪えてふさわしい時期を待つのです。

 

「さっき、凛ちゃんや未央ちゃんからも電話貰っちゃって……。でも私大丈夫です。頑張って追いついて、直ぐに戻ります!」

「……わかりました。ああ、そうそう。卯月さん宛に言伝を預かっています」

「どなたからですか?」

「美城常務からですよ」

「ええっ!」

「『12時の鐘が鳴り、灰被りに掛けられた魔法は解けた。だが魔法だけが灰被りの答えとは限らない。舞踏会に辿り着く道は幾つにも、無限に広がっている』とのことです」

「はぁ……」

 ちなみに標準語に翻訳すると『待ってるから早く帰ってきて~!』になります。

 だからあの人の言葉は伝わりづらいんですって! 基本良い人ですけどお嬢様キャラで不器用、ツンデレ、ポエマーとクッソ面倒な属性が揃っているから誤解されやすいんですよ。武内Pを専属の通訳兼ポエ友(ポエム友達のことです)として雇った方がいいと思います。

 

「まだ養成所のことはPさんから許可を貰っていませんけど、頑張って沢山レッスンして戻ってきます。だからその時はよろしくお願いします」

「頑張るのはいいですが無理すると体を壊してしまいますからゆっくり休んで下さいね」

「はい、わかりました」

 状況は大体把握できたので電話を切りました。

 

 さて問題です。只今30分程度お話をしましたが、その中で卯月さんは何回『頑張る』と言ったでしょう? 正解はCMの後で!

 ……という激寒な冗談はさておいて、結果は驚きの三十九回でした。1分間に一回以上頑張りますと発言しています。人ではなくロボと化していました。これはもはやガンバリマスロボです。

 私は精神医学のプロフェッショナルではありませんが、過去勤務したブラック企業にて心を壊し経営者に使い捨てられた人を腐るほど見てきました。その苦い経験と今の卯月さんの状態を重ね合わせると一つの結論が導き出されます。これはもう、断言しちゃっていいんじゃないでしょうか。うん、いいですよね。

「完全に心の病予備軍じゃないですかーー! やだーー!」

 自分の悲鳴が室内に響き渡りました。あーもう滅茶苦茶ですよ……。

 

 

 

 翌日の夕方にニュージェネの二人と武内Pを急遽招集しました。皆さん予定は入っているでしょうがガチの緊急事態ですから仕方ありません。あまり大事にはしたくないのでプロジェクトルームではなく小会議室に集まってもらっています。

「おはようございます。皆さんお揃いのようで何よりです」

「おはよう朱鷺。大事な話があるから集まって欲しいって、一体何の用?」

「しまむーのことだよね? 最近何だか様子がおかしいから……」

「はい。未央さんの仰る通り今日は最近の卯月さんの件で集まって頂きました。正直に言ってこのままではかなりまずい感じですから、彼女が立ち直るためにも皆さんの力をお借りしたいんです」

「一体どういうこと?」

 事情が飲み込めていない凛さんにもわかるよう、卯月さんが二人に置いていかれているのではと焦っていること、先日のライブ失敗もあり精神的に相当追い詰められていること等を一つ一つ丁寧に説明していきました。

 

「心の病予備軍、ですか……」

「いやいや! あのしまむーに限ってそんなはずないって!」

「確かに最近はちょっと暗かったけど、そこまで酷くはないんじゃない?」

 未央さんと凛さんはにわかには信じられない様子でした。明るく優しく頑張り屋なイメージが定着していますから無理もありません。

「責任感が強い、仕事熱心、努力家、真面目、几帳面、人付き合いが良い……これらは全て心の病に掛かりやすい人の特徴です。これって全部卯月さんに当て嵌まりますよね?」

「う、うん……」

「あの手の病の恐ろしい点は誰でもなる可能性があるという所にあります。勿論私達アイドルだって例外ではありません。あの超明るいフレデリカさんだって悪い条件が重なってしまえば罹患してしまう可能性は十分にあります」

 不幸中の幸いですが、私は前世の幼少期頃がダークネス過ぎて耐性が出来ていたので野垂れ死ぬまでメンタルに不調をきたしたことはありませんでした。しかし苦しんで倒れていった元同僚は数多く見てきています。

 豪放磊落で皆の頼れる兄貴的な存在だった先輩が突如として職場で首を吊ったこともありましたし、前日一緒に飲み会に参加した後輩が翌日の早朝に電車へ飛び込んだこともあります。

 甘えとか言っている人もいますが、身近な人が壊れていく様をリアルタイムで見続けてきた私としてはそんなことは口が裂けても言えません。

 

「で、でもさっ! 病気なら北斗神拳でパッと治しちゃえばよくない!?」

「残念ながら秘孔治療にも限界はあります。記憶の一部や全部を封印することは可能ですが、心の病だけをピンポイントに治療することは出来ないんですよ」

「そんな……」

 未央さんが項垂れました。力及ばず本当に申し訳ないです。

「卯月がそうなったのって、私がトライアドに参加したせい? 今になって思えばニュージェネの活動が減ってから卯月がちょっと変わった気がするし……」

「辛いことを言うようですがその影響はかなりあったと思います。卯月さんの夢はニュージェネでアイドルとして活動することなので」

「それなら私のせいじゃん! 私が舞台の仕事をしてみたいって言ったから!」

「二人共少し落ち着きましょうか。確かに原因の一つではありますが、アイドルとして仕事をする以上個別の活動が出てくるのは当然です。遅かれ早かれこういう問題は発生していたはずですから貴女達が責任を感じることではありません」

「だからって……」

 食い下がる未央さん達を見て武内Pがゆっくりと口を開きました。

 

「確かに、ニュージェネレーションズが個別の活動を始めた頃から島村さんは少しづつ変わっていきました。ですが個別の活動は皆さんが一層輝くために必要なことだったと思います。オータムフェスのライブは確かに芳しくはありませんでしたが、彼女はこの試練を必ず乗り越えると信じています。そして私も、島村さんが立ち直れるよう出来る限りの手助けをするつもりです」

 私が伝えたいことを的確に伝えて頂きました。やはりアイドルのことを一番良く理解しているのは担当Pのようですね。素敵なPに出会えて本当に幸せだと思います。

「卯月さんはアイドルとして輝くために必要なのは特別な技術や才能だと誤解しています。でも自分にはそれが無い。だから色々な分野で活躍し始めているシンデレラプロジェクトのメンバー達から置いていかれていると思い込んで自らを追い詰めています」

 そう言った次の瞬間、凛さんの感情が爆発しました。

 

「そんなことないっ! 私、踏み出せたんだよ。卯月の笑顔があったから私はアイドルやってみようって思ったんだ。だから……」

 最初の涙がこぼれてしまうと、後はもうとめどがありませんでした。その様子を見て未央さんが呟きます。

「前に私が逃げちゃった時も、しまむーはずっと待っててくれたんだ。だからかな、なんか安心してた。しまむーはどんな時も笑って『頑張ります!』って言ってくれるって……。でも、そんな訳ないよね。ごめんね、気づけなくて」

 泣きそうなほど眉をひそめましたがすんでのところで留まりました。悲しみに耐える大人びた顔で私を見つめます。今まで見たことがないくらい真剣な表情でした。

 

「私は、しまむーを助けたい。ニュージェネのリーダーだからって訳じゃなくて、大切な友達だから絶対に助けたいんだ。だからどうすればいいか教えて」

「……私も同じ。卯月を助けたい。いや、必ず助けるから!」

 いつの間にか涙を止めた凛さんも同意します。

 この件に関しては色々と策を弄していましたが、彼女達の目を見るだけで稚拙な小細工は不要であることを悟りました。だって卯月さんには自分の身を心から案じてくれる素晴らしい友達がいるんですもの。これはどんな金銀財宝よりも得難い宝物です。

 

「卯月さんの心の問題ですから100%確実に解決できる方法はありません。ですが二人の気持ちを素直に伝えれば誤解はきっと解けると思いますよ」

「きちんと自分の思いを伝え相手の気持ちを知ることは大切なことだと思います。ニュージェネレーションズのファーストライブの際に私自身も学ばせて頂きました。ですので、まずは島村さんと渋谷さん、本田さんの三人で話をしてみるべきでしょう。皆さんは同じ夢を追いかける仲間なのですから」

「わかった。しまむーは今日事務所に来てるの?」

「はい。養成所へ戻りたいという要望について、武内さんと一度きちんと話をしなければいけませんのでお呼びしています。後一時間もすればいらっしゃるかと」

「本当?」

「ええ、間違いありませんよ」

 卯月さん親衛隊の鎖斬黒朱構成員からも同様の報告を受けていましたので確かです。親衛隊というかほぼストーカーと化してますけどねぇ。

 

「じゃあ、来るまで待とうか」

「どうやら対応は纏まったみたいですね。でしたらそれまでの間に話をする際の注意事項についてレッスンを行いたいと思います!」

「レ、レッスン?」

 私が声を張り上げると他の三人がキョトンとしました。

「心の病の疑いがある方には特に注意して接さないといけません。言葉一つで相手を更に追い込んでしまう恐れだってあるんですよ。特に凛さんはダメダメです! さっきみたいに大声を上げて問い詰めるような行為は絶対にNGです!」

「ご、ごめん」

「頑張れなどの励ましの言葉は当然ですが気分転換すれば大丈夫といった軽い言葉、嘘は聞きたくないといった感情的な言葉も絶対にノウですからね!」

「そんな急に言われても難しいんだけど……」

 未央さん達が困惑しますが構わず続けます。

「普段であればゆっくり優しく手取り足取りお教えしますが、残念なことに残された時間は1時間です。こうなったら例のアレをやるしかありません」

 そのまま心のスイッチを『あのモード』に切り替えました。

 

「……私が訓練教官の七星先任軍曹です。話しかけられたとき以外は口を開かず、口で文句をたれる前と後に“マム”と言いなさい。分かりましたか、灰被り共!」

「え、何? 急に……」

「上官に口答えとは何事ですか!!」

「ごめん……じゃなかった。い、いえす、まむ!」

 私の鬼の気迫に押されたようで未央さんが思わず承服の言葉を口にします。

「貴女達灰被り共が私の訓練に生き残れたら……各人が最強の心理カウンセラーとなります。傷つき迷える子羊達を救う善良なシスターです。その時までは尺取虫だ!」

「えぇ……」

「返事はァ!」

「イ、イエス、マム!」

「そこの目つきの悪い三白眼もです! 自分は関係ないという面をしていないでこっちへ来なさい!」

「イエス、マム……」

「性格・能力共に非の打ち所がないので気に入りました。家に来て妹をプロデュースしてもいいですよ」

「はぁ……」

「ん?」

「イエス、マム!」

「それでは早速レッスン1からです!」

 

 こうして鬼の講習会が執り行われました。もしかして心の病患者が増えるかもと途中で気づきましたが、このモードは一度スイッチが入ると終わるまで切れないという大きな欠陥があるので1時間みっちりやりきりました。まぁ誤差ですよ誤差。

 最後の方は皆さんプロの心理カウンセラーと見まごうばかりでしたよ。目は完全に死んでましたけど。

 

 

 

 三人共少し休憩が必要なのでとりあえず一人で卯月さんを迎えに行くことにしました。私としても彼女に話したいことがあるので好都合です。

「おはようございます」

 エントランスに向かう道中、美城常務に遭遇しましたので軽く会釈しました。高級そうな毛皮のコートを手にしているのでこれから外出されるのでしょうか。

「ああ、おはよう。今日はもう帰るのか?」

「いえ、卯月さんと少しお話がありまして」

 すると神妙な顔つきに変化します。

「……そうか。彼女の件、よろしく頼む」

「はい、最善を尽くします。吉報をお待ち下さい」

 そのままビルの外に出ると高級車に乗って颯爽と出かけられました。てっきり自分も話をしたいと言いだすと思ったので一安心です。彼女の言葉は翻訳なしだとキツく感じますしね。

 

 エントランスで暫し待つと俯きながらとぼとぼと歩く卯月さんの姿を見つけました。様子を伺いつつ近づくと彼女も私に気付いたようです。

「おはようございます、卯月さん」

「あっ……。おはようございます」

 頑張って笑顔で返事を返そうとしましたが、やはりどことなくぎこちないです。常務が気を遣って用意したオータムフェスのライブがトドメになってしまった感じですね。

「武内さんに用があって来たと思いますが、彼は今手が放せないのでよかったら少しお話でもしませんか?」

「は、はい」

 あまり乗り気ではない彼女を連れて中庭に移動しました。奥まった所で社員やアイドル達があまり通らないので大切なお話をするのに適しています。夕日を背にして二人でベンチに座りました。

 

「最近は寒くなってきましたから体調管理をしっかりしないといけませんよねぇ。年末年始はインフルエンザが流行るって注意報も出ていましたし」

 あまり刺激しないよう、軽い世間話を切り出しました。天気は誰の生活にも直結した共通事項ですし、会話のきっかけにも使いやすい定番の雑談ネタなのです。

「……そうですよね。年末ですから『シンデレラと星々の舞踏会』はもうすぐなんですよね」

「直球で切り替えされたっ!?」 

 ライブや舞踏会の話だと養成所通いの件に発展するので避けたかったんですが、卯月さんから切り出されてしまったのであれば仕方ありません。

 

「島村卯月、頑張ります! もう一度基礎から頑張って、皆からはちょっと遅れちゃうかもしれませんけど、いつかきっとキラキラしたアイドルになれたらいいなって」

『いつか』『きっと』『なれたらいいな』ですか……。既にアイドルとして第一線で活躍している子のセリフとは到底思えません。少し前の乃々ちゃんですらこんなネガティブワードを一度に連発しませんよ。

「卯月さんは舞踏会には出演されない予定なんですか?」

「えっと、その……。私、オータムフェスでもあんな風で……。今まで何やってたんだろう。もしかしたらアイドルになるのはちょっと早かったのかもしれません」

「早かった、ですか」

「そうです。きっと早かったんです。私にはお城の舞踏会なんて、まだ……」

 私が何も言わなくても、堰を切ったように自分を卑下する言葉を吐き続けました。どうやら私が考えていたよりも限界は近づいていたようです。

 

「私、本当に頑張ろうって思っただけです。もう一度頑張ろうって。笑顔だって普通に……。私、笑顔じゃないですか?」

「笑顔ですよ。私が知っている卯月さんの笑顔は周囲の人達を幸せにする素晴らしい笑顔です」

 今は酷く曇っていますけど、と心の中で付け足しました。

「私、舞踏会に向けて頑張って……。皆みたいにキラキラしなきゃ。歌とかダンスとか色々……。皆新しい何かを見つけてて。私、頑張ったんです」

「はい。卯月さんが頑張っていることは皆よくわかってますよ。だから少しだけ、疲れちゃったんですよね?」

「レッスン大好きだし、頑張っていたら。もっともっとレッスンしたら……。でも、ちっともわからなくて。私の中のキラキラしたものが何なのかわからないんです。このままだったらどうしようって。もし、このまま時間が来ちゃったら」

 そのまま両手で自分の肩を抱いて震え始めます。

 

「怖いよ……。もし私だけ何にも見つからなかったら、どうしよう。怖いよ……」

「怖がらなくてもいいです。大丈夫、私が付いていますから」

 卯月さんを優しく抱きとめます。

「Pさんは、私のいいところは笑顔だって。だけど、だけど……。笑顔なんて、笑うなんて誰にもできるもん!! 何にもない、私には何にも……」

 大粒の涙が留め度もなく豪雨のようにポロポロ落ちました。そんな彼女を優しく抱きしめながら背中をさすります。

 

 

 

「落ち着きました?」

「……はい」

 暫くすると少し落ち着きを取り戻しました。ですが両目は真っ赤で兎みたいになっています。

「そうだ、少し昔話でもしましょう! 卯月さんも気分を変えたいでしょうし」

「昔話、ですか?」

「はい。私が知っている、超クッソ激烈に愚かな男のアホみたいな一生についてのお話です。下らない話ですけど聞いて頂けますか?」

「……分かりました」

 そのままコクリと頷きます。その様子を確認してから言葉を続けました。

「昔々、あるところにとても貧乏な男の子がおりました。生まれた時には既にお父さんはおらず、お母さんからは邪魔者扱いされる毎日を過ごしていました。級友や教師からも害虫の様に迫害される日々でしたが、ある日とうとうお母さんからも捨てられてしまいました」

 キョトンとする卯月さんを尻目に話を続けます。

 

「その男の子は全てを憎みました。母親だけでなく他人や世間、そして自分さえも大嫌いになったのです。でも彼には全てを壊す勇気も力もありません。自ら命を断つ度胸すらなかった男は怒りと憎しみを胸に押し込みつつ、生きるために全てを諦めて日々働き続けました。

 情熱を注げる理想の仕事にいつかは就きたいと思い、頑張って頑張って頑張って、そして頑張り過ぎた彼はある日無様に死んでしまいましたとさ」

「悲しい、お話ですね……」

「まだ続きがありますよ。

 ……ですが超意地悪な神様の不思議な力により、彼は記憶を持ったまま別の世界に生まれ変わりました。それも今度はなんと、途轍もない力を持った女の子として生まれたのです。少女の家族はとても優しかったので、いつしかその子は家族さえいれば他人はどうなろうが知ったこっちゃない、むしろ早く滅びろと思うようになってしまいました。

 しかし家族は人格が破綻している娘をとても心配しました。そして血迷った挙句、娘を皆から好かれるアイドルにしようと画策したのです。当然その少女は反発しました。元々は男でしたしアイドルにも一切興味がなかったのですから当たり前でしょう。

 でも、大切な仲間と一緒に過ごす内に友達のアイドルやファン達、ついでにPのことが大好きになっていました。そしてあれだけ抱えていた怒りと憎しみが綺麗さっぱり消えていたことに気付いたのです。そうして自分のことを少しだけ好きになれた少女は、ちょっと変わった清純派アイドルとして幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

 自分で軽く拍手をしました。

 

「さて、昔話には教訓がつきものです。当然この物語の中にも教訓は隠されています。さぁ、一緒に考えよ~!」

「はぁ……」

「この頭がアレな主人公は二度人生を生きましたが、結末は幸と不幸に別れました。一体それはなぜでしょうか?」

「やっぱり、男の子と女の子の違いですか?」

「ブブー! 残念ですがハズレで~す。確かに男と女という違いはありますけど、それは表面的な違いでしかありません。そんなことはどうでもいいんです。重要なことじゃないんですよ。さぁ、次の回答は?」

「え、えっと……。じゃあ、凄い力があるかないかでしょうか?」

「それもハズレです。確かに二度目の人生ではとんでもない力を得ましたが、その力のお陰で幸せになった訳ではありません。というかむしろ邪魔なくらいです」

 一呼吸置いてから続けました。

 

「一度目と二度目の人生を分けたもの────本当に月並みですが、それは家族と仲間です。

 自分のことを案じてくれる人達のお陰で、全てを呪った主人公は救われました。ただ生きているだけの空っぽの人形から、やっとまともな人間になることができたんです。いつもモノクロだった景色が鮮やかな色に輝いて見えるようになりました。

 でも本当は、一度目の人生でも彼のことを案じてくれる人達は少しはいたんですよ。本人がそのことに気付こうとしなかっただけなんです。本当に頭わるわるですねぇ」

「その話って、もしかして朱鷺ちゃんの……」

「いえいえ、只の昔話ですよ。あまり深刻に捉えないで下さい」

 一瞬ドキリとしましたが上手くスルー出来たので良かったです。

 

「さて、先程貴女は『自分には何にもない』と仰いましたが本当にそうでしょうか? 今の教訓を振り返りつつ考えてみましょう」

「家族と、仲間……」

 微かに呟くのを待ってから話を再開します。

「少なくても何もない訳じゃないとは思いませんか? 卯月さんには優しいご家族がいますし、シンデレラプロジェクトというかけがえのない仲間もいます。勿論コメットだってついていますし、美城常務やクローネだって貴女の味方なんです。それにファンの皆さんだって沢山いるんですから空っぽではないでしょう?」

「でも、やっぱり私には朱鷺ちゃんみたいな能力も才能もないし……」

「こんな個性があっても碌なことがないですって。この間なんて折角テレビCMのお仕事だと思って張り切ったら『朱鷺が叩いても壊れない物置』の宣伝でしたしね……。指示されるままに小突いたら半壊して話が流れてしまいましたけど。

 こんなキワモノ系アイドルに甘んじている私としては逆に貴女が羨ましいですよ!」

「私が、ですか?」

「はい。卯月さんはどんなお仕事にも相性が良いですし、等身大の女の子ですから同世代の子達の支持も得られるでしょう。与えられた能力に頼らず自分の力だけで勝負できるという所も羨ましいです。

 結局は無いものねだりなんですよ。どんな能力や才能を持っていても隣の芝生は青く見えますから、人のことは気にせず自分の好きなことをやる方がいいと私なんかは思います」

 人生相談をしていると二つの影が近づいてきたのに気付きました。

 

 

 

「も~、捜したよ~! とっき~!」

「すみません。そういえばどこにいるかお伝えしていませんでした」

「事務所中駆け回る羽目になったよ……」

「本当に申し訳ない」

 未央さん達に平謝りします。わざととは言え悪いことをしてしまいましたね。ですが先程の昔話はニュージェネの三人で話す前にお伝えしておきたかったのです。

 さて、主役が到着しましたので端役は去ることにしますか。

 

「私はこれで失礼します。後はお若い三人でしっぽりと語り合って下さい♪」

「なんかオヤジっぽい……」

 中身が中身ですから仕方ありません。三つ子の魂百までといいますので私の場合はもはや改善しようがないのです。

「あ、そうそう」

 去り際に卯月さんの方を振り向きました。

「どのルートを選択しても私は貴女の味方です。そのことは絶対に忘れないでいて下さい!」

「は、はいっ!」

「では諸君! サラダバー!」

 そして北斗無想流舞でその場を去る────フリをしました。三人の近くの茂みに潜伏します。

 

 カウンセラー養成講座はしましたが突貫でしたからね。何か変なことを言わないようここで監視することにしました。彼女達もあれだけカッコよく去った私がこっそり隠れているなんて思いもしないはずです。フフフ……茂みは怖いでしょう。

 

 暫く聞き耳を立てましたが、凛さんと未央さんが相槌を打ちながら卯月さんの気持ちを少しづつ引き出していきました。卯月さんも最初は遠慮がちだったものの、少しづつ自分の感情を吐き出していきます。お互い大切に想っているからこそ言えなかったことが沢山あると思うので、この機に共有出来れば絆はもっと強まると思います。

 すると未央さんが他の二人を引き寄せ、三人で腕を組みました。

「私達さ、もう一回友達になろうよ、今から!」

「うん。もう一度やり直したい」

「……はい」

 おっ、卯月さんが少しだけ笑いました。さっきまでの作り笑いではなく本来の素敵な笑顔です。

「あのさ、卯月。今日はウチに泊まっていきなよ。あまり広くはないけど卯月と未央の二人くらいなら泊まれるし」

「いいね! 三人でさ、色々お喋りしよう!」

「あ、ありがとうございます。でも今日は色々と考えたいので……」

「……うん、わかった。ならまた今度」

「それじゃあ家まで送ってくよ! Pとの話が終わるまで待ってるからさ!」

「わかりました」

 三人はそのまま事務所棟の方へ歩き出しました。姿が消えるのを待って茂みから這い出ます。

「よいせっと」

 お泊まり会は実現しませんでしたが、今の不安定な状態の卯月さんを一人放置するという惨劇は起きなかったので胸を撫で下ろしました。

 

「いやはや、難しいですねぇ」

 溝はまだ完全には埋まりきっていません。心の病予備軍状態でしたから一朝一夕で改善する訳はないのです。

 雨降って地固まるにはまだ早いですが、少なくとも一歩前進したと思いたいですね。何せ墓まで持っていくと決めていた私の闇歴史を初披露したのですから。

 昔話風に誤魔化しましたけど、この話をするのは本当に勇気が要りました。ですが今の卯月さんにこそ必要な話だと思ったのです。私が得た教訓が少しでも彼女の役に立てば良いのですけど。

 これからのフォローですが、武内Pの方で急遽の対策を講じていますから後はそちらに賭けてみるとしましょう。

 

「ん?」

 ふとスマホを起動するとLINEのメッセージが大量に来ているのに気付きました。差出人は……全て美城常務です。

「え~と、『島村卯月の件はどうなっている?』『進捗はどうだ?』『何か動きはあったか?』『健康状態に問題はないか?』『食事は三食摂れているのか?』『ええい、なぜ返信をしないのだ!』ですか……」

 最初の方だけを読んで後は止めておきました。どうせ同じことが書いてあるに違いありません。そのまま大きく深呼吸して上空を見上げます。

 

「あなたはオカンですかーーーーっ!」

 誰もいない常務室に向かって吠えました。

 これだけ美城常務に好かれてる時点で卯月さんは私より遥かに『持っている』と思うんですけど、気のせいでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第66話 S(mile)ING!

「おはようございます。まぁ、今日も見事にシケたツラをしていますこと」

「開口一番にそれか……。まぁ君らしいっちゃらしいけどさ」

 卯月さんの人生相談を受けた日の夜、私は犬神P(プロデューサー)のオフィスを訪れました。先程のやり取りを取り急ぎ武内Pに報告しなければいけませんが、彼は今卯月さんの相手をしているのでそれが終わるまで待たなければいけないのです。用が済んだらこちらにお越し頂くようメールで連絡しておきましたので、それまで駄犬と戯れて暇を潰すことにしましょう。

 

「仕事の現場では腰が低くて気配り屋だって凄く評判がいいんだから、もうちょっと俺にも優しくてもさ……」

「あら、犬神さんはそういうソフトプレイがお好みですか。なら私にも考えがあります」

 そう言うと彼に背を向けて、心の中で気持ちのスイッチを切り替えました。

「どうしたんだい、七星さん?」

「ううん。何でもないよ、お兄ちゃん♥」

「……は?」

 振り向いて満面の笑みで告げると凍りついたように動きません。少ししてから起動しました。

 

「今、とても恐ろしいワードが聞こえた様な気がするんだけど……」

「何を言ってるの? お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ?」

 頑張って目を潤ませました。両指を組み、少しかがみながら上目遣いで見つめます。

「な、何の冗談ですか?」

 表情が酷く強張り、思わず後退りされました。まるでマザー・エイリアンを見るかのような恐怖を帯びた視線です。

「小さい頃、私は本当にお兄ちゃんのことが大好きだったんだよ。『お兄ちゃんのお嫁さんになるんだぁ』って、よく言ってたの覚えてる。それは叶わないんだってわかっても、私はお兄ちゃんが大好きで。今になって実は本当のお兄ちゃんじゃないってわかって。お兄ちゃんはびっくりしてたけど、私はなんだかほっとしちゃった。

 ねえ、お兄ちゃん。 私が今でも好きだって言ったら、やっぱり困る……?」

「どぉえへぷ!!」

 ワンちゃんが床に膝を付きました。精神に痛恨の一撃が刺さった模様です。

 

「……といった妹キャラをお望みで? オーダーがあれば先輩後輩プレイや新婚プレイにも対応しますけど」

「すまない、本当に悪かった。今のままの君でいてくれ。でないと精神的に耐えられそうにない」

「分かって頂けて何よりです」

 やれやれ、慣れないことはするものじゃありませんね。自分で言ってて恥ずか死するところでしたよ。こういう役も卯月さんならピッタリなんでしょうけど、私がやると終始ツッコミしか入らないところが悲しいです。

 

「失礼します。……どうかされましたか?」

「おはようございます、武内さん。ささっ、こちらへどうぞ」

「お疲れ様です、先輩!」

 そうしている内に武内Pがいらっしゃったので、気を取り直して打ち合わせを始めました。

 

 

 

「来週のミニライブに出演させる、ですか……」

「思い切った処置ではありますが、現状のままでは根本からの改善は難しいと判断しました」

 武内Pに卯月さん救出のプランを一通り説明してもらいます。元々12月上旬に予定していたクローネのミニライブにスマイルステップスをゲスト出演させるという内容でした。オータムフェスでは残念な結果に終わってしまいましたので、そのリベンジを果たして再び自信を取り戻して欲しいという意図があるとのことです。

「白菊さんと森久保さんの予定は問題ないですが、本当に大丈夫なんでしょうか。もし次回も失敗に終わったら今度こそ立ち直れなくなるかもしれないですけど」

「大丈夫です。島村さんの笑顔はこれまで沢山の人々の心を明るく照らしてきました。彼女がいなければ今のシンデレラプロジェクトは無かったでしょう。その彼女なら再び自らを輝かせることが出来る。私は、そう信じています」

「犬神さんの言う通りリスクは低くないですが、このまま様子を見ても治る保証はありませんのでやってみる価値はあるでしょう。それに私も卯月さんがこんなところで終る気はしません。ですが肝心の本人にやる気はあるのですか?」

「先程打診したのですが、『少し考えさせて欲しい』とのことでした」

 残念ながら私の予想は当たってしまいました。凛さん達からフォローがあったとはいえ、心の傷が一朝一夕で治ることはないですから当然です。むしろ参加見送りという回答でなくて良かったですよ。

 

「島村さんには私から改めてお願いをしますが、もし不参加という回答であれば七星さんに代役を努めて頂けないでしょうか」

「大丈夫ですけどそうなってしまうとほぼコメットですから、万一彼女の出演が難しいようであれば我々が代理出演という形がいいと思います。犬神さんはいかがですか?」

「確かにそうだね。そうならないことを願いたいけど」

「わかりました。それではもしもの時はお願いします」

 武内Pが我々に深く頭を下げました。大ピンチ中ではありますがその目はまだ死んでいません。卯月さんを助けるため色々と策を考えたり直接アドバイスしたりしましたが、やはり最後の頼みの綱は担当Pです。彼の活躍に期待することにしましょう。

 

「差し出がましいですが、私から一つだけ助言をさせて貰っても良いですか?」

「ちょ、ちょっと! いくら七星さんでも先輩に失礼だって!」

「いえ、構いません」

 静止しようとするワンちゃんを抑えつつ話を続けます。

「このままアイドルを続けるにしても辞めるにしても、ご本人がその道が正しいと信じ自ら進んで走り出さなければ輝きは得られません。Pを含め本人以外はそのきっかけを与えるだけの存在ですから、その決断は卯月さん自身にして頂く。聡明な武内さんですから、恐らくこのように考えているのではないでしょうか」

「……確かにその通りです」

「その考えは半分正しくて半分間違っていると私は思います。確かに自分の人生は自分で決めなければなりません。ですが人は弱いものですから、時には間違った道へ無自覚に進むことだってあります。特に年端もいかない少女なら尚更です。

 こんな偉そうなことを言っている私も、かつて取り返しのつかない過ちを犯そうとしたことがありましたしね」

「七星さんが、ですか」

「はい。私だって人の子ですもの」

 思わず記憶抹消騒動のことを思い出してしまいました。

 

「誤った判断を下そうとしていた私を正しい道に引っ張っていってくれたのは家族を始め、コメットや他のアイドル、そして犬神さん達でした。皆さんのお陰で私は私でいていいんだって気付けたんです。

 甘やかせと言っている訳ではないです。今の卯月さんには必要なのはシンデレラを魔法でパッと変身させる有能な魔法使いや選択肢を提示するだけの道標ではありません。地道に一歩一歩進み続ける普通の女の子を心から案じて支えてあげる、優しいPだと思います」

「心に、留めておきます」

 私の伝えたいことが伝わったのかはわかりません。後は武内P次第です。

「さて、打ち合わせも一通り終わったことですし……入られたらいかがですか」

「……!」

 出入り口に向かって呼びかけるとガタッという物音がしました。

 

するとゆっくり扉が開きます。「失礼する」といいながら美城常務が颯爽と現れました。

「どうやら対処は決まったようだな。堕ちた天使の翼を癒やすことが出来るかは君達の手に掛かっている。一等星が再び輝けるようになるよう頑張りたまえ」

「はい、お任せ下さい。……フフッ」

「何がおかしい」

「いいえ、何でもないです」

 さっきまで息を切らせていたのに私達の前に立つなり凛とした格好になったので、そのやせ我慢っぷりがちょっとカワイイなぁと思ってしまいました。卯月さんの状態が気になるあまり、帰社後会議室まで走って来るなんて一昔前の常務では考えられませんでしたよ。

 不器用で真面目な分、デレるとかなりの威力を発揮します。結構いい奥さんになると思いますので今度お婿さん候補を紹介してあげましょう。

 

「さて……七星朱鷺。君は何か忘れてはいないか」

「え? 何のことでしょう?」

「先程私が送ったメッセージ、読んでおいてスルーとはいい度胸だ」

「あっ!」

 あの大量のスパムメッセージのことを完全に忘れていました!

「上司の確認を無視するとは訓戒を与える必要があるようだ。私の執務室でゆっくり話をしよう」

「いやぁぁぁぁ……!」

 

 結局常務室に連行され、普段のはっちゃけた言動に関することも含めて1時間ほど説教を受けました。適度にポエム調の台詞が入るので途中で笑わないようにするのが一苦労でしたよ。

 彼女に釣り合うにはポエマーの才能が不可欠なようです。そうなるとお婿さん候補は一人に絞り込まれますが、緑の悪魔が黙ってはいませんよねぇ……。

 むむむ、あちらを立てればこちらが立たずです。卯月さんの問題が無事解決したら色々と考えてみますか。

 

 

 

 翌日は通常通り学校に行きました。昼食後の教室では同級生達が思い思いに過ごしています。

「はい注目~!」

 そんなだらけた空気を私の声がかき消しました。

「朱鷺、どげんしたと?」

「そんなに大きな声で、どうしたんれすか~?」

 皆が首を傾げます。

「今日は皆さんに一つお願いがあります!」

「朱鷺のお願い、か……。クソ映画強制上映会だったらもう嫌だぞ。トランスモーファーはロボ好きの私でも二度と見たくない」

「もっと真面目なお願いですよ! 今度行われるクローネのミニライブですがスマイルステップスもゲスト参加する予定なんです。前回はちょっと残念な結果に終わってしまいましたから、皆で応援してあげようと思いまして。メッセージカードを配りますから暖かい一言をお願いします」

 説明しながら星型のカードを配りました。

 以前の記憶抹消騒動の際、私は家族やコメットを始め、今まで縁を持った人達の力で立ち直ることが出来ました。そのため卯月さんも暖かい仲間に囲まれていることを知って欲しいと思ったのです。彼女が心の病予備軍であることは秘密なので皆に詳細は話せませんが、きっと意を汲んでくれるでしょう。

 

「そういうことか! いいぞ、ヒーローらしくとっておきの応援をしてやる!」

「説明がまだ残っているのでちょっと待って下さいね、光ちゃん」

 早速書き始めようとしたので静止しました。

「前回のフェスでは満足なパフォーマンスとはいきませんでしたからその分プレッシャーが掛かっています。ですから『頑張れ!』とか『元気出せ!』といった追い込むような言葉は書かないように注意して頂けると助かります。例えばこういうメッセージは絶対にNGなのでご注意下さい」

 記入済みのカードを私の机の上に置きました。皆それを見ようと近づきます。

 

『前向きに前のめりに前倒しに熱く進みましょう、卯月ちゃん! 気合ですっ! 気合ですっ! 気合があれば何でもできますっ!! 頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれますってやれます気持ちの問題です! 積極的にポジティブに頑張りましょう! そして真っ白に燃え尽きるまでファイヤー!!!!』

 カードには太陽のように熱い女の魂が具現化していました。

「書いたのは茜さんですか……」

「茜さんだね」

「これは間違いないな」

 誰が書いたかは一目瞭然でした。昨日の帰りに偶然お見かけしたのでお願いしたのですが、自由に書いて頂いたらこんな感じになったのです。

 いや、本当に彼女らしい素敵なメッセージだとは思うんですが、いかんせん既に燃え尽きかけている卯月さんにとっては大量虐殺兵器並みに危険なので封印することにしました。ごめんなさい、茜さん。

 

 注意事項を伝えると皆が思い思いにメッセージを書いていきます。普段はバラバラですが大切な時にはちゃんと団結してくれるので本当に良いクラスだと思いますよ。

「ハイ! できタ!」

「おっ、早いですね。念のため内容を見させて頂いてもよろしいですか?」

「いいゾ、自信作ダ!」

 メッセージカードを受け取ります。

『アイドルって楽しいナ♪ ミンナとココロが通じあえるって、ステキだよネ♪ ウヅキもノノもホタルもいるカラ、ナターリアは日本にきてよかっタ♪ ライブが終わったらまたいっしょにスシ食べに行くゾ!』

「素晴らしい応援の言葉ですね。とても素敵です」

「ヘヘッ!」

 こういう内容が欲しいんですよ。天真爛漫なナターリアさんの想いがウヅキさんの心に伝わって欲しいです。

 

「アタシも完成だ! 魂のメッセージを見てくれ!」

「ありがとうございます、光ちゃん」

 カードには子供らしい勢いのある字が力強く走っています。

『いつでも、何があっても卯月達に味方するぞ! 一緒に戦える友達がいるからアタシはもっと強くなれる! 困ったことがあったら真っ先に呼んでくれ! 誰よりも速く駆けつける! 』

「こちらも素晴らしいです。光ちゃんに守られていると知れば卯月さんにも勇気が芽生えるはずですよ」

「そうだろ! なんたってヒーローだからな!」

 そう言いながら今流行の変身ヒーローのポーズを取りました。

 誰かに勇気を与えられる存在がヒーローなのだとしたら、彼女は立派なヒーローだと言えるでしょう。

 

「ボクも出来ました。カワイイボクのカワイイメッセージですから、穴が空くほど見て頂いて構いませんよ」

「ありがとうございます、幸子ちゃん。どれどれ……」

『こんなにカワイイボクと同時期にアイドルになれるなんて皆さんは本当に幸せ者ですね! でも卯月さん達もボクの次くらいにはカワイイですからこれからきっと活躍できると思います! もしカワイさ不足なら、ボクを連れていけば全部解決です! でも一番カワイイのはボクですから勘違いしないで下さいよ!』

「はいリテイク」

 無慈悲なまでに差し戻しました。

「ちょっ……! ボクにだけ厳しくないですか!」

「カワイイはNGワードでお願いします」

「それ、人にものを頼む態度じゃないですよね……」

「何を言っているんですか。幸子ちゃんがカワイイのは世界の摂理です。地球上のカワイイが元気玉みたいに集まったのが幸子ちゃんなんですから、そんな当たり前のことをメッセージに書かなくていいと思ったんですよ」

「それなら仕方ありませんね! ボクはカワイイので!」

 チョロ過ぎい! 

 

 そんなこんなで全員分のメッセージを回収しました。ライブ当日はこれをスマイルステップスの楽屋に飾っておきましょう。

「……あの、朱鷺ちゃん」

「なんですか?」

 乃々ちゃんが心配そうな表情で私を見つめます。

「次回のライブですけど……卯月さんが出るって正式には決まっていないんですよね? それなのにメッセージを書いて貰って大丈夫なんでしょうか?」

「問題ありません。私は卯月さんが立ち直ると信じています」

「何で、そんなに信じられるんですか?」

「明確な根拠がある訳ではないですよ。でも、彼女の素敵な笑顔があったから凛さんはアイドルになろうと思いました。それに未央さんの引退騒動の際、挫けかけていた武内Pを救ったのもあの天使のような笑顔だと伺っています。そんな素敵な笑顔を持ったアイドルがこのまま終るはずがないと思えるんですよ」

 卯月さんはお姫様に憧れる普通の女の子です。でもそれでいいじゃないですか。普通の女の子だって努力すればキラキラ輝けるんですから。

 それに、到底まともとは言えない人生を二度も過ごしている者としては普通の子にこそ心から憧れます。

 

「……そうですね。もりくぼと違って、卯月さんならきっと立ち直れると思います」

「いやいや、乃々ちゃんだって素敵なアイドルですから!」

「えぇ……」

「鎖斬黒朱内にもファンは沢山います。乃々ちゃんが命令すれば街の一つや二つは簡単に占拠できますから自信を持って下さい!」

「そういう物騒なのは、ちょっと……」

 ドン引かれてしまいました。そのうち乃々ちゃん専用の親衛隊を結成しようかと思っていましたが止めた方が良さそうです。

 

 

 

「はい、これが私達のクラスのメッセージカードです」

「ありがとうございます。ほたるちゃん」

「ボクの学友達の分はこれだよ。高等部のアイドルは人数が多いから骨が折れたな」

「アスカちゃんもお疲れ様でした」

「気にすることはないさ。今は卯月の運命の交差点だからね。彼女を孤独に絶唱させたくはないという意味ではボクもトキと同じ気持ちだよ」

 放課後は事務所でアイドル誌の撮影の仕事がありましたが、予定時間まで余裕があったので一旦コメットのプロジェクトルームに集合しました。

 美城学園の中等部と高等部に通っている子達からメッセージカードを頂きましたのでかなりの量です。どれも暖かい言葉で胸がほっこりしました。

 

「来週のライブだけど、スマイルステップスの準備の方は大丈夫なのかな?」

「曲も衣装も前回と同じですから私達は大丈夫です。後は卯月さん次第ですけど……」

 乃々ちゃんがおずおずと答えます。

「そうか。それで、ホタルの方はどうだい?」

「……私も、大丈夫です」

「本当に大丈夫だと言えるのかな? もし今度卯月が堕天したら二度と天上に上がることは出来なくなるだろう。その時、キミは彼女を受け止められるのか?」

 押し難い凛とした表情でホタルちゃんを見つめました。そして彼女も真剣な表情のまま、射るような視線でアスカちゃんの目を見ながら口を開きます。

 

「オータムフェスで私達のライブだけ上手くいかなくって……。昔のことを思い出してパニックになってしまいました。巻き起こる不幸は全部私のせいなんだって。言葉も涙も全部飲み込んで一人で泣いていた頃に戻ったんじゃないかって。

 ……でも、違いました。私の言葉も涙も、朱鷺さん達やPさんが受け止めてくれたんです。今日だってアイドルのお友達だけじゃなくて普通のクラスの子達も声を掛けて励ましてくれました。

 私はもう一人じゃない。だから自分を責めて泣くのは止めようって思ったんです」

「ああ、ホタルの言うとおりだ」

「絶望はしません。自分を不幸だと呪うこともしません。朱鷺さん達に護られる弱い私じゃなく、皆を護ってあげられる強いアイドルになりたいんです。だから、卯月さんのことも護りたい。いえ、護ります」

 すると玻璃のように光る涙がこぼれました。

 

「あれ、何ででしょう? 泣かないって決めたのに……」

 目尻から溢れ出た涙が、耳たぶからポタポタと雨だれのように落ちていきました。どうやら溜め込んできた感情が一気に溢れ出たようです。そんなほたるちゃんにそっと近づき優しく抱き止めました。

「いいんですよ。その涙は自分を責める涙じゃなく、これからの人生を勇気を持って歩んでいくための強い決意の涙です。だから今は一杯泣いて下さい」

 すると乃々ちゃんとアスカちゃんもほたるちゃんを抱きしめました。

「試すようなことをしてすまなかった。君は確かに深い哀しみを背負っている。だからこそ、弱い人や虐げられている人の気持ちが理解できるんだ。そしてそんな人達に勇気を与える強いアイドルになれると、ボクも信じているのさ」

「コメットが結成する前の最初の頃、寮に篭っていつアイドルを止めようかずっと考えていました……。でもほたるちゃんはレッスンについていけない駄目なもりくぼに色々教えてくれて……。私が脱走せずにコメットに入れたのはほたるちゃんのお陰です。だから私にとっては、ずっと強いアイドルです」

「ありがとう、ございます……」

 その涙が止まるまで、四人で抱き合いました。一連の騒動を通じてほたるちゃんも大きく成長したようです。そういう意味では卯月さんに感謝しないといけません。

 

 それにしてもコメットというユニットは凄いですね。お互いがお互いの存在を前提として成り立っていますので、誰か一人でも欠けていたらとっくのとうに空中分解していたでしょう。この絶妙なバランスを組み上げた人は只者ではありません。

 ……となると、やはり私達は犬の肉球の上で踊らされていたということでしょうか。それはそれで何かムカつきますね。奴には後で新婚プレイの刑を御見舞して差し上げることにします。

 

 

 

 そしてライブ当日になりました。いつも通り余裕を持って会場であるライブハウスに向かいます。今回は何度も体験している数百人規模のライブなので準備風景は見慣れたものでした。

 肝心の卯月さんですが、今のところは参加の意志を見せています。ですが吹っ切れた訳ではないのでいつどうなるかは正直わかりません。土壇場でキャンセルという可能性だって考えられますから、念のため私とアスカちゃんはいつでも出られるようにスタンバイしていました。

 

 クローネの子達に簡単に挨拶した後、スマイルステップスの楽屋に向かいます。

「おはようございます。乃々ちゃん、ほたるちゃん」

「あっ、おはようございます」

「……お、おはようです」

 扉を開けると既に二人の姿だけがありました。

「卯月さんは来られていないのですか?」

「はい。でもまだ時間に余裕があるので、もうすぐいらっしゃると思うんですけど……」

「さっきメッセージも送ったんですけどまた未読で……。ちょっと心配、です」

「……そうですか」

 ほたるちゃん達も心配そうな表情です。もしかしてこのままドタキャンになるのではとの不安が一瞬脳裏をよぎりました。

 

「ちょっと捜してきますので、メッセージカードの飾り付けをお願いします」

「ああ、任されたよ」

 アスカちゃん達を楽屋に残し卯月さんの捜索を開始しました。気の察知を始めると、彼女ともう一人別の方の気配を感じます。この大きな気は……武内Pですか。

 気配を辿ると裏口近くに着きました。するとあの二人がいましたが何やら話し込んでいます。かなりのシリアス具合なので暗殺者モードに切り替えてそっと近づきました。

 

「私、アイドルになりたくて、ずっとキラキラしたものに憧れていました。だから、Pさんに見つけてもらった時は嬉しかったです。何だか魔法に掛かったみたいで、ずっとこのままだったらいいなって……」

 卯月さんが沈んだ表情のまま、うつむいて話を続けます。

「でも、魔法は解けてしまいました。もし舞踏会で成果が出なかったら解散だから……。だから私も頑張ってたつもりだったんですけど。でも、いつの間にか嘘になっていて」

「嘘、ですか」

「未央ちゃんのソロ活動や凛ちゃんのトライアドプリムス、スマイルステップスのライブ……。どれも一人一人が輝いて舞踏会を成功させるために必要なことだって、分かっているつもりでした。一緒に頑張っているつもりでした。でも皆がキラキラしているのに私だけ出来てなくって。出来ないんじゃないかって、怖くて。

 でも、凛ちゃんは何にもなくないって怒ってくれるんです。未央ちゃんも友達になろうって笑ってくれて……。朱鷺ちゃんだって話を聞いてくれて励ましてくれるんです。それに、他の子達も暖かくって」

「皆さん、島村さんのことを心配しています」

「でも私、今もまだ怖いんです。もう一度頑張ってキラキラしたものを捜して、何もなかったらどうしようって。自分のことが怖いんです」

『頑張ります!』という虚飾のドレスを剥ぎ取った先には普通の女の子がいました。傷つきやすくて脆い、どこにでもいそうな普通の子です。

 

「春に出会った時、私は貴女に選考理由を訊かれ、笑顔だと答えました。今もう一度同じことを質問されても、やはりそう答えます。『貴女だけの笑顔』がなければ、私達はここまで来られませんでした」

「そうだったら、嬉しいです。でも、春はどうやって笑っていたんでしょう……」

「島村さん、選んで下さい。このままここに留まるのか、可能性を信じて進むのか。どちらを選ぶか島村さん自身が決めて下さい」

 そう言いつつ、彼女に向けて手を差し伸べました。

「私が、決める……」

「はい。……ですが決断をする前にお伝えしたいことがあります」

 すると厳しかった武内Pの表情がフッと和らぎました。

 

「島村さんは気付いていないでしょうが、貴女はキラキラしたものをずっと持っていますよ」

「そんな、気休めなんてっ」

「気休めや慰めではありません。実際、美城常務は島村さんの輝きによって変わりました。何よりも城の威厳を重要視していた常務が、貴女の影響でアイドル達の想いや心を大切にするようになったのです。これは輝きのないアイドルには絶対に出来ないことです」

「私が、キラキラしている?」

「はい。先程の通り、留まるか進むかは島村さんが決めなければならないことです。

 ですが私は貴女に進んで欲しい。貴女が進む手助けをさせて欲しいと願っています。なぜなら、私がプロデュースしている島村卯月と言うアイドルは、夜空に浮かぶ一等星のように大きく明るく輝くことが出来る。私は心からそう信じています」

「輝くことが、出来る……」

 卯月さんが先程の言葉を呟きました。

 

 そして少しづつ手を伸ばし、武内Pの手を恐る恐る取ります。

「私まだ怖くて。私だけの笑顔になれるかわからないけど、でも見ていて欲しいです。私に何かあるのか、確かめたいんです! ……信じたいから。私も、キラキラ出来るって信じたいから! このままは嫌です!」

「島村さん。選んだその先で、貴女は一人ではありません。私が、皆がいます」

「はい!」

 卯月さんの顔に自然な笑顔が戻りました。どうやら試練を一つ乗り越えたようですね。

 

「はい、それでは雨降って地固まったということで! ライブの準備、しちゃいましょー♪」

「ええっ! 朱鷺さん!?」

「聞いていらっしゃったのですか」

「まあまあ、そんな細かいことは気にしない気にしない! それよりもう時間ないんですから早く楽屋に行きましょう。見せたいものもありますし」

「見せたいもの?」

「それは見てのお楽しみです。さ、レッツラゴー!」

 二人の背中を押しつつ足早に楽屋へ引き返しました。

 

 

 

「未央ちゃん、凛ちゃん!」

「……来て、くれたんだ。待ってたよ。しまむー!」

「うづきぃ!」

 楽屋に戻るとニュージェネの二人が来ていました。そのまま三人で涙ながらに抱き合います。1年前の私なら青臭い青春ごっこと鼻で笑っていたでしょうが、今はとても尊く感じました。

 少しの間、お互いに感謝の気持ちを伝えます。すれ違いに拠るわだかまりはもうどこかに吹き飛んだ様子でした。

 

「ホント、心配してたんだよ」

「すみません……。でも凛ちゃんと未央ちゃんに応援して貰って、元気が出ました」

「でしたら、そちらを見るともっと元気になると思いますよ」

 そう言って壁に掲げた大きな布を指差しました。卯月さんがつられて見ます。

「これは……」

「他のアイドル達からのメッセージです。皆スマイルステップスの活躍を心待ちにしていますよ」

 布には皆から預かったメッセージカードが貼り付けられています。その一枚一枚をまじまじと見つめました。

「これは美穂ちゃんで、こっちは楓さんからです。他にもこんなに沢山。皆さん、私のために……」

「ね? 選んだその先で、貴女は一人ではなかったでしょう?」

「はいっ!」

 透明な二粒の水滴が瞬きと一緒にはじき出されました。でもこれは悲しみの涙ではありません。

 

 一方、乃々ちゃんとほたるちゃんは時計を気にしていました。

「えっと、そろそろ時間です」

「私達はクローネの皆さんの前座ですので、早めに用意しないと……」

「そ、そうですね!」

「ちょっと、まだ武内さんがいますよっ!」

「ああっ! すみません!」

 急に上着を脱ごうとしたので慌てて静止します。ちょっとドジなところも含めていつもの卯月さんが戻って来たような気がしました。

 

 すると誰かと通話していた武内Pが神妙な顔つきに変化します。

「予定が一部変わりました。スマイルステップスの前に、卯月さんのソロ曲が入ります」

「ええっ! 何でこんなタイミングで!」

 正に寝耳に水の話でした。

「理由は私にもわかりません。ですが決定事項ですので、従わざるを得ないでしょう」

「わ、私やります!」

「大丈夫ですか?」

「正直わからないです。でも私、皆と一緒にキラキラしたいって。絶対に輝くんだって決めたから、やらせて下さい!」

「承知しました。それではお願いします」

「はい! それで曲は何でしょうか!?」

「曲名は────」

 

 

 

 ライブ開始5分前になったので凛さん達と共に会場に入りました。オータムフェスの成功が功を奏したのか、立ち見のお客様が満杯になるくらいの大盛況です。前の方は既に人で埋まっていたので止む無く一番後ろに回りました。

「あっ! 朱鷺ちゃんだ!」

「おはようございます、みりあちゃん」

「おっすおっす!」

「おや、きらり達も来ていたのかい」

「うずにゃんの復活ライブなんだから、友達として応援するのは当然にゃ!」

 シンデレラプロジェクトの子達も僅かな時間を見つけて顔を出しているようです。皆努めて明るくしていますが内心は心配しているに違いありません。

 そんな彼女達から離れたところにあの人がいました。アイドル達の集団から離れてそっとそちらに近づきます。

 

「お疲れ様です。美城常務」

「……人違いではないか」

「嫌ですねぇ、私を誰だと思っているんですか。いくら変装していても発する気の性質で貴女であることは丸わかりですよ」

「つくづく厄介だな、君は」

私が正体を見破ると渋々変装を解きました。トレンチコートを羽織った上にサングラスとマスク姿ですから気で探さなくてもモロバレなんですけどね。まるで漫画の世界の変装です。

 

「心配のあまりお忍びで視察ですか。いじらしいですねぇ」

「プライベートについてあれこれ詮索される謂れはない」

「たしかにそうですね。でも、卯月さんのソロパート追加に関してはお仕事に含まれますので教えて欲しいですけど」

 すると眉がピクッと動きました。カマをかけたのですが予想通りだったようです。

「私が指示したと彼が話したのか?」

「いいえ。でもこんなことを指示する力を持っていて、わざわざやろうとする人は貴女くらいなものです。それで、なぜ急にソロパートを追加したのか理由を教えて頂きたいんですけど」

「先程あのPから、島村卯月が可能性を信じて進むことを決断したとの報告が入った。これは私の予測とは大きく異なる結果だ。自らの可能性に賭けた彼女自身の純粋な力を此処で発揮して欲しいと思った」

「ソロで失敗したらまたダメージを受けるとか思わなかったのですか?」

「確かにリスクはあるだろう。だが、自らの力だけで前に向かって進んで行こうとする今の彼女であれば、私が見たかった光景を見せてくれる。……そんな確信がある」

「随分とロマンチストなんですね。ですがその甘さ、嫌いじゃないですよ。さて、運を天に任せて卯月さんの成功を祈りましょう」

「ああ、そうだな」

 どの道今から変更は出来ません。後はあの子次第です。

 

 するとライブ開始のアナウンスが流れました。そしてトップバッターの卯月さんが一人でステージに表れます。緊張を紛らわせるように、両手でしっかりとマイクを握りしめていました。

「こんにちは! 今日は来て下さって、ありがとうございます!」

 拍手の中、そのまま頭を少し下げます。

「あ、あの……」

 微妙な表情のまま固まってしまいました。不審に思ったのか、観客席にどよめきが広がります。

「え~と……」

 指で必死に笑顔を作ろうとしますが上手く行かないようです。手助けしたいですが一度舞台に出た以上それは出来ません。非常にもどかしい思いのまま時間が経ちます。

 

「うづきちゃーん!」

「頑張って~!」

「負けるなーー!」

 すると少し離れたところから一斉に応援の声が上がりました。よく見ると凛さん達です。ピンク色のサイリウムを振って必死に応援していました。

「最後の最後まであきらめちゃ駄目です!」

 私も負けじと声を張り上げました。

「どうした島村! 貴様の力はこんなものか!」

「じょ、常務!?」

 なんか変な人まで釣られましたよ! 

 

 すると卯月さんが意を決したような表情になりました。

「島村卯月、頑張ります!」

 その瞬間照明が切り替わり、曲のイントロが流れ始めます。

 この曲は卯月さんのデビューシングル用に創られた専用曲────『S(mile)ING!』です。

 

「~~~♪」

 出だしは控えめな動き、そして少しぎこちない笑顔でしたが、曲が進む度に動きが大きくなっていきます。それに伴い表情も豊かになっていきました。そしてサイリウムの光を反映するかのように、笑顔がどんどん明るくなっていきます!

「凄いですよ! ちゃんと見てますか、じょう……む?」

 私の横には完璧に洗練された無駄のない無駄な動きで一心不乱にサイリウムを振るプロがいました。そっとしておこう……と見なかったことにし、改めてライブに集中します。

 

 それは言葉で表すのは難しいほどに圧巻の出来でした。取り戻した最高の笑顔。あれこそ私達が見たかったものです。

 これは恐らく彼女一人の力ではないのでしょう。支えてくれる家族や仲間との絆、そして観客達の応援や笑顔。それが強ければ強いほど、卯月さんの輝きに反映されているような気がします。

 人々の想いを自らの輝きに変えることが出来る。それが島村卯月というアイドルの本質ではないかと思いました。

 伝説級アイドルであった日高舞さんが持っていた、極限まで磨き上げられた圧倒的な個の力とは対極的と言えるでしょう。どちらが上というものではなく、両方共本当に素晴らしい輝きです。

 結局、卯月さんの問題を解決するには彼女が自分自身に向き合って打ち勝つしかなかったんですよね。でも一人ではそれが出来なかった。武内Pやシンデレラプロジェクト、そして沢山のアイドル達に助けてもらうことで輝きを取り戻すことができたんだと思います。そういう意味では私と彼女は似た者同士なのかもしれません。

 

 

 

「ありがとうございました!」

 その後のスマイルステップスの曲も先程と甲乙付け難いくらい素晴らしいものでした。これだけのパフォーマンスを発揮できたのですからスランプは完全に脱出したでしょう。

「……終わったか。では、失礼する」

「クローネは見ていかないんですか?」

「生憎だが、これから客先との打ち合わせが入っている。また今度の機会にするとしよう」

 何となく名残惜しそうな感じなので本音なのだと思います。そもそも仕事の合間を縫ってライブを見ること自体、仕事人間の常務としては特例中の特例ですから仕方ありません。

 

「ああ、ちょっと待って下さい」

 会場の外に出た彼女を追いかけて声を掛けました。

「急いでいる。用件は手短に済ませたまえ」

 振り返った常務と向き合います。普段と異なり少し真面目な表情で言葉を続けました。

「以前貴女は『かつての日高舞のようなスター性のあるアイドルでなければ悪魔の幻影を振り払うことは出来ない』と仰いましたが、今の卯月さんの姿を見ても同じ意見でしょうか?」

「……何が言いたい」

「卯月さんは色々な意味で普通の女の子です。でもそんな子がこれだけの数の観客を魅了することが出来ました。星によって輝き方は違いますが、どんな輝き方でも人の心を掴むことは出来ると思います」

「それはアイドルも同じこと……とでも言いたいのだろう」

「いえ、アイドルに限りません。Pもそうですし、テレビ局のAPや雑誌記者、建設作業員だって同じです。性別や年齢を問わず輝くことは出来るんですよ。勿論、常務さんもです。

 だからそろそろ貴女も、貴女自身を赦してあげてもいいんじゃないでしょうか。確かにアイドルに挑戦すら出来なかったという後悔はあると思います。完璧主義者ですから心の何処かでわだかまりが残っているのでしょう。

 ですがそんな過去を引きずっても誰も幸せになれません。以前の私のように、ぼっちをこじらせるだけですよ」

「よくもずけずけと人の心の中に入る。恥を知ることだ」

「人間だけが今を超える力────『可能性』という名の内なる神を持ちます。卯月さんは己の内なる可能性を以て、人の人たる力と美しさを私達に示して見せました。次は貴女の番ではないでしょうか?」

「誰もが神を持てる訳ではない。綺羅びやかなお姫様に変身出来るのは灰被りに限られる。ガラスの靴を自らの手で壊した愚かな魔法使いに夢を見る権利は与えられていない」

「そんなことはありませんよ。女性はいくつになっても、例え汚れたとしても乙女です。恐れることなく貴女自身の可能性を信じてあげて下さい。そうすれば正しい道は必ず拓けます」

「やはり、私と君とは意見が合わないようだな。……失礼する」

 そのまま踵を返して会場を後にしました。

 

 せっかくポエムバトルに参戦したと言うのに、ホント強情な方ですねぇ。

 まぁいいです。卯月さんの件が一段落したので残るは舞踏会の成功と美城常務の改心だけです。

 やっとエンディングが見えましたので、これよりラスボスの攻略と洒落込みましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第67話 みしりんスマイル★

「今日も一日、お疲れ様です」

「何か良いことありましたか?」

「疲れた貴方に、スペシャルタイム☆」

「コメットの、キラメキ彗星レディオ~!」

 タイトルコールをはっきり言うといつものジングルが流れます。もう半年以上この番組をやっていますが、やはり出だしはいつも緊張してしまいますね。

 

「皆様こんばんは。コメットの七星朱鷺です!」

「お疲れ様です。白菊ほたるです」

「も、森久保乃々です……」

「やあ、二宮飛鳥さ。今日もよろしく頼むよ」

 収録ブース内でそれぞれ簡単に自己紹介をします。

「この番組は346プロダクション所属のアイドルグループであるコメットが毎週色々なテーマで楽しくトークをする番組です。短い時間ですが楽しんで頂ければ嬉しいです♪」

 そのまま冒頭のフリートークに移りました。内容は最近の活動や時事ネタ、そして差し迫っている『シンデレラと星々の舞踏会』についてが中心です。

 このラジオは秋の番組改編に伴い犬神Pが取ってきました。とてもアイドルらしいお仕事ですし、四人一緒に出演できるので私としても願ったり叶ったりです。あのワンちゃんは極稀に良い仕事をしますから中々侮れないんですよねぇ。

 あらいけない、ついつい余計なことを考えてしまいました。今はラジオに集中しましょう。

 

 番組に寄せられたメールが印刷された紙を手に取ります。

「それでは早速お便りの紹介です! ラジオネーム、自称アメフト部さんからですね~」

 番組に何度もメールを送って頂いているヘビーリスナーさんです。

「皆さん今晩は! 年末に行われる舞踏会ですがチケットの抽選に無事当選しました。深夜の臨時アルバイトで頑張って稼いだ甲斐がありました!」

「申し込んで頂いてありがとうございます。当日は喜んで頂けるよう一生懸命頑張ります」

 ほたるちゃんが思わずお辞儀をしました。楽しみにして頂いているファンの皆様のためにも当日は頑張りましょう。

「でも深夜アルバイトの期間中は大変でした。偶然選挙の時期と重なっていたので昼間寝ている途中で選挙カーに何度も叩き起こされて大変でしたよ~。その時にふと思ったんですが、皆さんがもし総理大臣になったらどんな政策を掲げるのでしょうか? 教えて下さい! ……とのことです。そうですねぇ、アスカちゃんはいかがです?」

 とりあえず話を振ってみました。

 

「ふむ、政策かい。未成年で選挙権のないボクにはあまり実感がないね。だけどもし自由に決められるとしたら『誰でも、いつでも自由な服装が選択出来る』という権利を提唱したいな」

「校則では制服の改造やウイッグの装着は認められていませんからね」

「全く、かくもセカイは不自由なものだ」

 何ともアスカちゃんらしい政策です。

「ほたるちゃんはどうします?」

「私ですか……。今まで考えたこともありませんが、誰も不幸にならず幸せに暮らすことが出来たらいいなと思います」

 うおっ、まぶし! 人間の鑑過ぎて自分の醜さを再認識してしまいました。

「そうなって欲しいですよね。じゃあ、乃々ちゃんは?」

「もりくぼは、あまり目立ちたくないので……。そーりになったら直ぐに辞めます」

「即内閣総辞職!?」

 もし実現したら日本の政治史に残る大事件になりそうです。

 

「朱鷺さんは何か奨めたい政策はあるんでしょうか?」

「ええ。ありますよ。学生さんって社会人に比べると自由な時間が多いじゃないですか。その分、ダラダラと過ごして時間を浪費してしまうと思うんです。だから時間の大切さを学んで頂こうと思いまして」

「珍しくまともじゃないか。具体的にはどうするんだい」

「義務教育の必修科目にクソゲーRTAを追加します!」

 力強く言い切ると場が静まり返りました。

 

「究極に無為な時間を過ごすことで時間の大切さが学べて忍耐力が鍛えられるので一石二鳥ですよ。目指せ『国民総じゅうべえくえすと』です!

 他にはクソ映画強制上映会とかもいいですね。『アナザー(実写版)』や『ジュラシック・シャーク』なんて視聴中に悟りを開けましたから超オススメです」

「……すまない。全くまともじゃなかったな」

「不幸を拡散させるのは、ちょっと……」

「いいじゃないですか。私もやったんですから皆もやりましょうよ」

 緩い娯楽番組なのでボケてみましたが、もし真面目に答えるなら児童虐待防止の徹底でしょうか。前世の私のように生まれた時点で詰んでいる状態の子供は増やしたくはありませんし。あんな辛い目に遭うのは私だけで十分です。

 

「朱鷺さんは頭が良いですしリーダーシップがありますから、政治家とか向いていそうです」

「確かにそう思います」

「ドロドロとした闇の世界でも十分適用できそうな気はするね」

「……それは褒めているんでしょうか、貶しているんでしょうか?」

 キラキラ輝くアイドル界よりも権謀術数渦巻くクッソ汚い大人の世界の方がホームグラウンドですから否定は出来ないのが悲しいところです。国家権力なんて下らないものには1ミリも興味はありませんけど。

 

「ちなみに私が仮に政治家になったとして、その際のポストは何が良いでしょうか?」

「防衛的な大臣さんとか……」

「軍事的なアレだね」

「その、国を守る感じの……」

 三人の意見が見事に一致しました。

「貴女達が私のことをどう考えているのか、よ~くわかりましたよ……」

「す、すみません」

「何かあったら身一つで乗り込んで叩き潰しそうだからね」

「何とかしてくれるんじゃないかという、気がしてしまいます」

 過去には色々とやらかしてますからこちらも否定は出来ないのが辛いところです。この現代日本の世界に北斗神拳をブチ込むヤツはアホとしか考えられないですよ。

 

 

 

「今日も一日お疲れ様でした! カンパーイ!」

「はい、乾杯です」

「ああ、お疲れ様」

「お疲れ様でした……」

 収録後は四人で某ホテル内のスイーツビュッフェで打ち上げを行いました。事前に予約して半個室の席を用意してもらいましたから気兼ねなくお喋りが出来ます。その分お値段はそれなりにしましたが、今日は特別な日ですからプチ贅沢をしても問題ないでしょう。

 

「コメットの結成一周年記念パーティーなんて、流石ほたるちゃんは気が利いていますねぇ」

「本当は結成日に出来ればよかったんですけど、卯月さんの件でそれどころではありませんでしたから」

「親しく付き合う友を優先させるのは当然のことさ。聖夜前の慌ただしい季節に素晴らしい機会を設けてくれてありがとう、ホタル」

「いえ、大したことはありません。卯月さんが元気になって良かったです」

 ミニライブの出演以降、卯月さんはそれまでの不調が嘘のように元気を取り戻しました。念のため確認したところ死兆星も見えなくなっていたので一安心です。

 大きな壁を乗り越えることで今までよりも強く、眩しく輝くアイドルに成長しましたので私も負けてはいられません。清純派アイドル同士、強力なライバルとして切磋琢磨してきたいです。

 

「それにしてもこの一年は色々あり過ぎました……。もりくぼ的には十年分くらいの濃さです」

「私も乃々さんと同じです。去年の今頃はコメットがなかったなんて思えません」

 それぞれこの一年に対して思うところがあるようです。

「折角の一周年記念パーティーですからその辺りをどんどん語っていきましょう! 私としてはやっぱり最初の顔合わせはインパクトがありましたね~。今だから言えますが、本当にこの三人で大丈夫かって思いましたもの」

 子リスさん、悲壮感さん、黄昏さんと心の中で呼んでいた頃が懐かしいです。今になって思えば大変失礼なので猛省しなければいけませんけど。

 

「あの頃はボクもまだ若かったから、軽く見られないように気を張っていたのさ。でも不安感を覚えたのはボクも同じだよ。……特にトキに関しては、ね」

「私に、ですか?」

 清楚可憐で品行方正なJCを装っていましたから問題なんてあるはずないでしょう。

「確かにちょっと怖い感じはしました」

「顔では笑っていても、何となく事務的というか……」

「そんなことは……」

 ない、とは断言出来ませんでした。あの頃の私はアイドル業に微塵も興味がなく、仕事に対する義務感だけで動いていましたからねぇ。

「も、勿論最初の頃だけですよっ! 朱鷺さんが友達思いなことはよく知っていますし」

「ありがとうございます」

 ほたるちゃん達が慌ててフォローしたので軽く頭を下げました。

 

「それはいいけど、一回目の解散騒動の対応はボクとしては不満だったな」

「うぐぅ!」

 闇に葬り去ろうとした黒歴史が唐突に話題に上がりました。皆一斉に苦笑いします。

「当時はスポーツ紙やネットニュースで朱鷺さんを見ない日はありませんでしたからね」

「『パイクVSシールド』で対決した製造メーカーは本当に気の毒だったな。絶対に開かない金庫との対決回なんて、普通に手刀で扉が切断されて開発社員や社長が白目になってたし」

「同じユニットだからって、170km強の魔球を投げろと言われて超困りました……」

「本当に申し訳ない」

 例のアレに対しては私が全面的に悪いので謝る他ありません。私の社会的なイメージが滅茶苦茶になるのは覚悟していましたが、皆にも迷惑を掛けてしまってすまないと思います。

「ま、まぁ終わったことですから。今は皆で協力して危機を乗り切ろうとしていますし」

「そうですね……。過去はともかく、大事なのはこれからですから」

 こんなどうしようもない私を赦してくれるこの子達はホントに良い子です。

 

「『大事なのはこれから』で思い出しましたがクリスマスにはコメットの単独ライブ、そして年末には『シンデレラと星々の舞踏会』が開催されますので頑張りましょう!」

 全ユニットの存続を勝ち取るためにも舞踏会を大成功させなくてはいけません。そのためにまずは単独ライブを成功させて弾みを付けたいと思います。その数日後に舞踏会を控えているため数百人程度の中規模な会場ですが、この四人でライブを演るのは久しぶりなので楽しみです。

「聖夜ライブだけど、特別ゲストの出演は決まったのかな?」

「いえ、これから交渉に当たる予定です」

「本当に承諾してくれるでしょうか……?」

「正直どちらに転ぶかは分かりません。でも卯月さんの再起を通じて得たものはあるはずですから可能性はありますよ」

「よろしくお願いします」

「はい。任されました」

 あのへそ曲がりを表舞台に引っ張り出せるのは業界広しと言っても私くらいでしょう。

 彼女の心に深く根ざした呪いを解くために必要なプロセスですから頑張らないといけません。

 

 

 

「失礼します。七星です」

「君か。入りたまえ」

 翌日の夕方、私は美城常務の執務室を訪ねました。室内に入ると常務がいつも通りの難しい表情でパソコンとにらめっこしています。

「アポイントは入っていないはずだが、何の用件だ?」

「クローネの今週の活動報告書を纏めましたのでご査収下さい」

「後で確認する。そこに入れておいてくれ」

 決済用書類の保存箱に報告書を入れると、満面の笑みで常務に近づきます。

 

「まだ用があるのか?」

「ええ。一点お願いと言うか提案がありまして♪」

「……婉曲的な表現は好まないと以前言っただろう。結論から述べなさい」

「はい、では────」

 コホンと咳払いをしてから言葉を続けます。

「────美城さんも、アイドルとしてライブに出ませんか?」

「……は?」

 完全に不意を突かれたというような様子です。鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはよく言いますが、その標本にしても良いくらいの表情をしていました。

 

 その後クリスマスにコメットのライブがあることと、そのライブの特別ゲストに美城常務をお招きして一緒に歌いたいことをお伝えします。

「断る」

「いいじゃないですか♪ 一曲! 一曲だけでも!」

「無理だ!」 

「大丈夫ですって。私もやったんですから」

「日本人特有の同調圧力は私には通じん!」

 断固として譲らない雰囲気です。

「時間が空いた時には一緒に練習していたのでコメットの曲は振り付けも含めて完璧じゃないですか。それに衣装も追加で発注しましたから十分に間に合いますって。

 スケジュールは問題ないと秘書さんに伺いましたけど、もしかして追加でデートの予定でも入ったのですか?」

「いや、予定は特に……」

「あっ! す、すみません……」

 妙齢の女性に聖夜の予定が入っていないことを再確認させてしまうとは……。自分のデリカシーの無さを呪いたいです。

 

「この年齢でアイドルとしてライブなど正気が疑われるだろう!」

「貴女、そのセリフを礼子さんと志乃さんの前で言えますか?」

「……すまない、酷い失言だった。謝罪の上撤回する」

 346プロダクションが誇る31歳児達にそんな舐めたことを言ったらファン達から蜂の巣にされますよ。それに20代後半でナントカ星人を演じているアイドルもいますし、私も精神年齢換算で51歳ですから大丈夫大丈夫、ヘーキヘーキ!

 

「だが、しかし……」

 それからも何だかんだ理屈をこねてライブ出演を回避しようとします。その様子を見てバッグから秘密兵器を取り出しました。

「私、知ってるんですよ~。貴女がライブに興味津々だということは以前の食事会の時にさんざんお聞きしましたからね。その証拠がこちらです」

「これは?」

 先程取り出した一枚の紙切れを常務に見せました。すると瞬く間に表情が青ざめます。

 

「またも謀ったな……」

「人聞きが悪いですねぇ。それは貴女自身が書いたものですよ。筆跡を見ればわかるでしょう?」

 その紙には昔アイドルを諦めたことに対する後悔の念と日高舞さんに対する愚痴がびっしりと書かれています。そして端っこには『次回のコメットのライブではアイドルとしてデビューする!』と高らかに宣言をしていました。

「この証文に従い私の言うことを聞くのです! さぁ、観念しなさい! ファファファ!」

「くっ! 卑怯な!」

 すると囚われの女騎士みたいな表情になりました。この場にオークの群れがいたら大変なことになりそうです。

 

「……な~んて、嘘ぴょ~ん」

「は!?」

 手にしている証文を常務に差し出しました。

「……どういうつもりだ」

「本当に出たくない、出る気がないのであればすっぱりと諦めます。嫌々出演するライブに価値なんてありませんしお客様にも失礼ですから」

 ライブの観客は本当にシビアです。テレビやネット中継と違い演者のやる気がダイレクトに伝わるからこそ面白いですが難しくもあるのです。やる気のない人が一人でも混ざっていたら盛り下がることは確実なので、無理に出演させようなんて最初から考えていません。

「君はなぜ私をライブに出演させたい?」

「当然のことですが、同じアイドル業界であっても経営者とアイドルでは見ている光景が違います。経営と現場の意識のギャップにより、経営者が誤った選択をしてしまったケースを私は何度も見てきました。

 だからこそ貴女には同じような間違いを犯して欲しくない。そのためにも同じアイドルの目線でライブを体験して欲しいのです」

「君達の仕事を知れば私が翻意すると考えてのことか」

「それだけではありませんよ。よくご存知の通り、やってしまった後悔は段々小さくなりますがやらなかった後悔は段々大きくなります。これ以上後悔を大きくしないためにも過去の自分に打ち勝って欲しいんです。あの時の卯月さんのようにね」

「……ッ!」

 するとハッとした表情を浮かべます。

 

「この場で直ぐ回答を出して頂く必要はありません。ですが私は貴女が来てくれると信じています。そのことと、私は貴女の味方でもあることは決して忘れないで下さい」

「私の気持ちは、変わらない……」

「それでは、失礼します」

 動揺している常務を置いてその場を後にしました。選択肢を与えて背中を押すことはしましたが最終的に選ぶのは彼女自身です。私には運を天に任せることしかできませんので、またあの神様に祈るとでもしましょうか。

 

 

 

 そしてあっという間に日は流れ、ライブの当日になりました。

 会場は都内の某ライブハウスでして、キャパはスタンディングで八百名です。大型ライブは圧倒的な迫力と臨場感で楽しいですが、演者と観客の互いの表情がよくわかる中規模のライブも私は大好きです。

 早めに会場入りしコメットの皆と一緒に本日の進行と軽いリハを行います。しかしそこに美城常務の姿はありませんでした。

 

「やれやれ、あの常務は結局不参加か。折角トキが衣装の準備までしたというのに」

「残念ですけど、常務さんには常務さんのお考えがありますから……。気持ちを切り替えていきましょう」

 ステージの上でぼやくアスカちゃんをほたるちゃんがなだめます。

「で、でも、まだ不参加という連絡も来ていませんから……。もしかするとこの後いらっしゃるかも……」

「残念ながらその可能性は低いと判断せざるを得ないだろう。所詮、オトナにボク達の想いが伝わることなんてないのさ」

「いえ、乃々ちゃんの言うとおりですよ。開場まで時間があります。彼女は絶対に来ますって」

 私が断言すると皆が首を傾げます。

 

「なんでそう言い切れるのでしょうか?」

「以前、私と常務との間で食事会という名の惨劇が起きたことはご存知ですよね」

「はい。とても酷い目に遭ったと聞いています」

「二次会や三次会の場で、彼女はかつてアイドルを志した時の熱い情熱と、挑戦せずに逃げ出してしまった後悔の念を悔しそうに語りました。酔った時はその人の本性や本音が素直に出るものです。話を聞くだけでも相当後悔していることが伝わってきました。

 だからこそ常務がこれから美城グループ、そして芸能事務所のトップを目指すためには挫折を乗り越えて一皮剥けなければいけないと思います。そのことは本人が一番良く理解しているはずなんですよ」

 私が前世の記憶に苦しみ、卯月さんが個性という名の呪縛に囚われたように、美城常務も過去の挫折という哀しみを背負っています。そんな自分を変えたいという気持ちは心の何処かに眠っているに違いありません。

 彼女は芯の強い人です。むざむざ逃げ出すことはしないと信じていました。

 

「……全く、本人がいないのをいいことに勝手なことばかり言うものだ」

 すると出入り口付近から凛とした綺麗な声が響きました。声の主がつかつかとこちらに向かってきます。

「おはようございます、美城さん。来てくれると思ってましたよ」

「これだけ好き勝手言われては私の腹の虫が収まらない。……ただ、それだけだ」

「はいはい、そういうことでいいですよ」

 本当に素直じゃありませんねぇ。でも、それが彼女の可愛いところだと最近気づきました。

 

「おはよう。いつもと立場は異なるが今日は同じアイドル同士だ。良いライブになるよう最善を尽くそうじゃないか」

「よろしくお願いします! 美城さん!」

「い、一緒に頑張りましょう……」

「ああ、よろしく頼む」

 三人共常務の参加を歓迎しました。会社方針を巡って敵対している立場だと言うのに、本当にお人好しな子達です。でもこういう子達だったからこそ、私も自然に心を開くことが出来たのかもしれません。

「それでは常務を含めてもう一度リハーサルです。張り切っていきましょう!」

「はい!」

 皆に見えないよう、スマホであの御方宛にメールを送ってからリハーサルに入ります。

 これで舞台は無事整いました。後は勇気で補えばいい!!

 

 

 

 そしてライブが始まりました。幸いなことに満員御礼で、客席はお客様で埋め尽くされています。後ろの方には厳ついモヒカン連中がたむろしていましたがすっかり慣れてしまいました。

 常務はアイドルとしてかなりの実力があるものの実戦経験はないため、通しでの出演ではなく休憩明けの『Dear My Friend』でゲスト出演して貰う予定です。

 前半戦が問題なく終わりましたので、常務のお迎えのため私一人で彼女が待機している控室に向かいました。

 

「失礼します~」

「入りたまえ」

 三回ノックをして室内に入ると常務が衣装に着替えてパイプ椅子に座っていました。見た目上はいつも通りのクールビューティーです。

「ほうほう、これはこれは……」

 私達と同じデザインの衣装は恥ずかしいらしく着替えを拒んでいましたが、流石に観念したようです。いつもの凛としたビジネススーツとは一線を画した、フリル付きの可愛らしいコスチュームに身を包んでいました。一見ミスマッチのように見えますが、妖艶な大人の色気と可愛らしさというアンバランスさが何とも背徳感を感じるというか……。

 

「何が可笑しい!」

「いえ、全然可笑しくはありません。むしろ素敵だと思います」

「下手な世辞は言わなくていい。それよりもう休憩時間は終わりだろう。ステージに向かうぞ」

 手にしたマイクをギュッと握りつつ出入り口に向かいます。

「それはいいんですけど大丈夫ですか? あんまり緊張すると本来の力が出せなくなりますよ」

「私とて栄誉ある美城グループの一員だ。たかだかライブ一つで追い詰められるほど軟弱ではない。この私に精神的動揺によるミスは決してないと思ってもらおう」

 とてもカッコいいポーズで断言しました。

 

「それならいいんですけど。……美城常務、マイク逆さですよ?」

「……ッ!!」

 上下逆さまのマイクを慌てて握り直します。虚勢を張りに張りまくっていますが……内心は半パニックじゃな? これがドラクエ世界だったら確実にステータスが『こんらん』になっています。

「そんなに緊張しなくてもいいですって。何かあったら私達がフォローしますし」

「大丈夫だ、問題ない」

「顔色が青紫になっているのに見栄を切れるのは貴女の長所だと思いますよ。でも一つ大事なことを忘れています」

 はてなマークが頭の上に現れた美城常務の両頬を両手の人差し指で優しく突きます。

「笑顔でこのライブを楽しみましょう。あの時の卯月さんのようにね!」

「……ああ、そうだな」

 すると少しだけ笑みを浮かべました。うん、これならきっと大丈夫です。

 

「お待たせしました! それでは後半戦再開です!」

 先に舞台に戻ると改めて元気よく挨拶します。すると観客席のサイリウムが勢い良く振られらました。

「今日のライブですけど、とっておきのスペシャルゲストがいらっしゃるんですよね?」

「はい。私達の所属している346プロダクションの中でも飛びきりの大者さんです」

 観客達が少しざわつきましたが、ほたるちゃんがそのまま続けます。

「その方はアイドルではないので今までライブをされたことはありません。ですが一度やってみたらいかがでしょうかと私達がお誘いしたのです」

「その実力は折り紙付きだよ。下手なアイドルなら戦意喪失するくらいさ」

「そ、、それではご紹介します……。346プロダクション、アイドル事業部統括重役の美城常務です!」

 乃々ちゃんなりの大声でアナウンスすると、常務がつかつかと舞台に出てきました。

 

「…………」

 場が静まり返ります。観客の方々もどうリアクションすればよいのか戸惑っているようでした。

「只今紹介に預かりました、346プロダクション常務執行役員の美城と申します」

「リアクション固ッ!」

 思わずツッコミを入れてしまいました。

「会社じゃないんですからもっと柔らかく来ましょうよ! ほら、笑顔! 笑顔!」

「む。そうか。それでは……」

 口ごもりながら一呼吸置きました。

「よ、よろしくお願いします♥」

 

 

 

──その素晴らしい笑顔は、あの『たくみんスマイル☆』と双璧を成す『みしりんスマイル★』として、後の世に長く語り継がれたという──

 

 

 

「ぷっ! くく……」

 シリアス然とした普段の状態と比較してギャップがあり過ぎるため、コメットの皆はこみ上げてきた笑いを必死に堪えていました。

 ちなみに私はお腹を抱えて終始大草原状態です。このままいけば地球上が緑化できるレベルでしょう。ていうか笑うなという方が無理ですって!

「わ、笑うな!」

「すみません……。いつもとあまりに違うので、つい」

「でも緊張は解けたんですから良かったじゃないですか」

「それは、否定しないが」

 すると観客席にも笑いが生まれました。私達の和やかなムードがあちらにも伝染したようです。

「それでは自己紹介もそこそこにして、曲の方に入りましょう!」

「そうだな。……では、聴いて下さい。コメットfeat.美城で、『Dear My Friend』!」

 常務の声に合わせて曲が流れ始めます。一生に一度の初ライブを楽しんで欲しいと心から願いました。

 

 

 

「お疲れ様でした~!」

 ライブ後は控室に帰りました。先に戻っていた美城常務は既に元のスーツに着替え済みで、いつも通りの鉄面皮に戻っています。

「着替えちゃったんですか。もう少しアイドル姿でいれば良かったのに」

「どこかの誰かに笑われたくはないからな」

 いつも通りの嫌味が帰ってきます。ライブ自体は非常に良い出来で、常務も一般アイドル顔負けの高いパフォーマンスを発揮していました。

「嫌だ嫌だ言いながら結構楽しんだようだね。誘ったボク達としても嬉しい限りだよ」

「そう、見えたか?」

「はい。素敵で自然な笑顔で、とても楽しそうに演じられていましたよ」

「そうか。この私が笑顔で……」

 ほたるちゃんの返事を聞くと何やら考え込む素振りを見せます。

 

「ライブに出演しての感想はいかがですか?」

「ステージの上と下。距離で測れば僅か数メートルだが、演じる側がここまで大変だとはな。頭では分かっているつもりだったが、真に理解はしていなかったようだ。

 数百人規模でも心臓が凍りつくほど緊張したのだから、オータムフェスで鷺沢が倒れたのもおかしくはない。彼女には改めて謝罪をしておこう」

 実践を経たことで得たものは大きいようです。この経験は今後の346プロダクションのためになるでしょう。

「それ以上に────悪くない体験だった。観客と演者の双方向のコミュニケーションやあの空気感。世界にはこのような景色もあるのだな」

「そんなに楽しかったのなら本格的にデビューしたらどうですか? お客さんの反応も良かったですからきっと人気出ますって。YOU、やっちゃいなよ!」

 すると少し微笑んで、ゆっくりと首を横に振りました。

 

「私には日高舞のように自らの圧倒的な能力で輝く力はない。そして島村卯月のように人々の想いを自らの輝きに変える力もな。だからアイドルとして大成はしない」

「そんなことはないと思います……。それだと、もりくぼなんてもっと力ないですし……」

「慰めは不要だ。私の力は私が一番良く理解している。それに私はこのことをネガティブに捉えてはいない」

「どういうことでしょう……?」

「今回ライブに挑戦して身の程を知ることで、『アイドルに挑戦していたら成功したのでないか』という甘い幻想を打ち砕くことが出来た。

 ……それに、私は自らがステージに上るよりも、ステージに立つアイドル達を輝かせる方が性に合っているようだ。観測者として星の輝きを人々に伝えていきたいと改めて気付かされたよ」

「そうですね。輝き方は人それぞれです。アイドルだって支えてくれるスタッフや仲間、家族に支えられて初めて輝けるんですよ。一見地味ですけど地上で輝く星だって沢山あるのですから」

「ああ、そうだな」

 美城常務は何となく吹っ切れた表情をしています。初ライブを通じて、アイドルに挑戦出来なかった後悔は払拭できたことでしょう。

 

 

 

「やっほー! 朱鷺ちゃんお疲れ~♪」

 和やかに談笑していると控え室の扉が勢い良く開け放たれました。

「おはようございます、舞さん。わざわざお越し頂きありがとうございました」

「別にいいのよ。どうせ愛だってクリスマスライブで留守だしね。一人で家にいるよりはライブの方が楽しいもの」

「アイドル的には書き入れ時ですからねぇ」

 乱入者と談笑していると乃々ちゃんがおずおずと話しかけてきます。

「あ、あの。こちらの方は……」

「すみません、ご紹介が遅れました。こちらの方は私がお呼びした特別ゲスト────あのアイドルアルティメイト優勝者で元スーパーアイドルの日高舞さんです!」

「どうも、こんにちは~!」

 その瞬間、美城常務が完全にフリーズしました。

 

「トキの顔が広いのは知っているけど、どうやって伝説の元アイドルと知り合いになったんだい?」

「娘の愛さんとは何度か一緒に仕事をしたことがありまして。最近舞さんの肩こりが酷いという話を聞いたので先日訪問治療をしたんですよ。で、その時に仲良くなったという訳です」

「あれ以来、肩が羽みたいに軽くてね~。リバースエイジングもやって貰ったから体的には完全に十代後半のレベルだし、本当に助かったわ」

「お知り合いなのはわかりましたけど、なぜ私達のライブに?」

「ライブの課題についてはトレーナー姉妹さんからも指摘頂いていますが、やはり身内なので評価が甘いような気がするんです。なので第三者の舞さんから元世界一の視点でボロクソにダメ出しをして貰おうと思いまして。今回は美城常務も参加されるので、常務が目指すアイドル事業部の方針についても意見を頂くことにしました」

 日高舞に対してトラウマを持っているのならば、直接本人に会わせて話をすることで心のモヤモヤを解消してもらおうという訳です。

 各ユニット存続のために作成したチャート(攻略手順)には入っていなかった作戦ですが、目標としている本人から異論があれば常務も新方針を考え直すだろうと思いノリで入れてみました。

「そういうこと。まぁ、よろしくね」

「よ、よろしくお願いします……」

 三人が頭を下げると常務が漸く再起動しました。

 

「日高、舞……」

 苦々しげに呟きます。常務にとっては美城グループを壊滅一歩手前に追い込んだ天敵ですから、色々と思うところはあるのでしょう。そのまま舞さんに近づいていきます。

「貴女が美城さんね。初めまして、日高舞よ♪」

「日高舞!」

 一色触発の空気でした。常務は大人ですから無用なトラブルは起こさないと思っていましたが、ちょっとまずい感じなので止めに入ろうとします。すると常務が重い口を開きました。

「サインを、頂けないだろうか」

「ええ、いいわ♪」

 思わずその場でずっこけます。結局ファンだったんじゃないですか!

 

「~~~~♪」

 鼻歌交じりでサインをサラサラと書き終わると、舞さんが再び口を開きます。

「朱鷺ちゃんから色々と話を聞いてるわ。私を真似てアーティスト面を特化する方向に舵を切ろうとしているみたいね」

「トップアイドルとして君臨するには歌と踊りだけで十分。それを示したのは貴女です」

「ええ、そうね。────でも、私のデッドコピーでは失敗するだけよ」

「……どういうことでしょうか?」

「私が成功したのは私の実力が飛び抜けていたからよ。だから他の子が私と全く同じ路線を歩んでも私と並ぶことは絶対に出来ないの。まぁ、量産型のつまらないアイドルを大量生産したいなら別だけど。

 ビジュアルが良くて歌と踊りが出来るのは当たり前。それにプラスして、私に迫れるだけの武器を持つことが大切よ」

 一見自信過剰なセリフですが、舞さんは実際に言うだけの実力がありますから反論できません。

 

「だからもし私を超えたいのなら別のアプローチで勝負することね。そういう意味では朱鷺ちゃんは良い線いっていると思うわ。誰も貴女の真似は出来ないもの」

「真似出来てたまるかという気がしますけどね……」

「別のアプローチ、ですか……。ありがとうございます。参考になりました」

「いいのよ♥ アイドル業界全体が盛り上がれば愛の仕事も増えるし」

 自由奔放な印象ですが、娘を心配する所はやはりお母さんって感じがしました。

 舞さんのアドバイスは常務の心に届いたようです。この結果が吉と出るか凶と出るかはわかりませんけど、良い方向に転がって欲しいものです。

 

「娘でも生まなければ互角に戦えるライバルなんて現れっこないって思ってたのに、最近は面白い子達が沢山出て来てるわねぇ。愛がもう少し育ったらって考えていたけど、今電撃復帰っていうのも面白いかもしれないわ。朱鷺ちゃんのお陰で体の調子も当時に戻ったしね。

 まず玲音ちゃんでしょ。後は春香ちゃん、千早ちゃん、百合子ちゃん、桃子ちゃん、楓ちゃん、朱鷺ちゃん……。フフッ、どれも潰し甲斐がありそう♪」

 お願いしますからその処刑リストに私を載せるのはやめてくださいしんでしまいます。

 というか復帰って初耳ですよ! そんなことが起きたら芸能界に激震が走ります!

「ああ、最強の敵を一瞬で打ちのめす快感……。フフ、フフフフ」

「もし復帰されるのでしたら我が346プロダクションが諸手を挙げて歓迎します!」

「あら、いいわね♪ 前の事務所は私の引退後直ぐに倒産したから困ってたのよ。それで、具体的にはどんな条件になるの?」

「日高さんの場合は十分過ぎる実績がありますので、業界最高の支援体制を……!」

 コメットを他所にビジネスの商談が始まってしまいました。これほど鬼気迫る常務を見たのは初めてです。

 

 私の思いつきのチャート変更により、出会ってはいけない二人を引き会わせてしまったような気がしましたが気にしないことにしました。

 超クッソ激烈に嫌な予感がしますけど、なるようにしかなりません。きっと誤差ですよ誤差!

 ですよね……? 誰かそう言って下さい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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最終話 ブラック企業社員がアイドルになりました

 長期に渡る本編執筆RTAは本話で完結となりました。無事に完走出来たのは応援頂いた読者の皆様のお陰です。この場を借りて深くお礼申し上げます。
 完走した感想(伝統芸能)は活動報告に纏めたので興味のある方は見て頂けると嬉しいです。
 なお完結後も番外編を投稿する予定です。本編と違いネタ一色になると思いますが良ければお付き合い下さい。
 では以上で『ブラック企業社員が生まれ変わってアイドルになるSS執筆RTA』を終わります。記録は14026時間0分0秒でした。長期間のご視聴、ありがとうございました。


「よーし、皆聞いてくれ。いよいよ明日は『シンデレラと星々の舞踏会』だ。ここまで各々のステージで最大限のパフォーマンスを発揮できるよう努力してきたと思う。その力を存分に発揮してほしい!」

 犬神P(プロデューサー)の言葉がコメットのプロジェクトルーム内に響きました。舞踏会前日の最終ミーティングなので流石のワンちゃんも今日は真剣な表情です。乃々ちゃん達も真面目な表情で聞き入っていました。

「知っての通り舞踏会は346プロダクションのアイドル達が総出演する複合イベントだ。巨大な会場内に複数のステージを設け、ライブだけでなくミニ演劇、お笑い、コスプレ大会、ゲーム対決等様々な催しが行われる。観客はステージを自由に行き来して見たいステージに移動できるというシステムだ」

「コメットとしては終盤のライブに出る訳か。ボク個人としてはファッションショーや蘭子との共演があるから楽しみだよ」

「私と乃々さんはお菓子作り対決に出演することが決まっていますから、精一杯頑張りますね」

「もりくぼ達は問題ないと思うんですけど、朱鷺ちゃんは酷いことになってます……」

 乃々ちゃんが私達のタイムスケジュール表を見ながら呟きました。

 

「ゲーム対決やミスコン、サイキックイリュージョン、コント、大喜利、北斗神拳演舞その他諸々って、本当に大丈夫でしょうか」

 ほたるちゃんも不安げな表情です。確かに朝から晩までどの時間帯にも隙間がない殺人的なスケジュールですからそう感じるのも不思議ではありません。

「七星さんには負担を掛けて申し訳ないけど、大体の分野で笑いを取れるオールラウンダーだから引く手数多でね。これでもダブルブッキングしないよう必死に調整したんだけど……」

「忙しいのは慣れていますから別にいいですよ。それよりも清純派アイドルの私としては笑いが取れるという評判の方が傷付きます」

「す、すまない」

 私は淑女なので謝罪と賠償は求めませんが、アイドルのモチベーションを下げるPの屑には後で嫌がらせをしておきましょう。以前キレた時に100円ショップで買ってきた女児用パンツをスーツのポケットに入れておいたら超キョドっていて面白かったので、今度は私のブラでも入れておきますか。

 

「皆さん分かっていると思いますが、明日の舞踏会はコメットだけでなく346プロダクションの各ユニットの存亡が掛かっています。美城常務が文句も付けられないほど盛り上げに上げて、希望溢れる未来を掴み取りましょう!」

「私は今までお遊戯会も、学芸会もずっと隠れてました……。でも、明日は皆の未来が掛かっているから。皆のためになるなら、だめくぼじゃなくてやるくぼになります……!」

 おおっ、乃々ちゃんが燃えています! これほどやる気エネルギーに満ちた彼女は始めてみました。森久保乃々改め燃久保乃々です。

「ああ、乃々の言う通りだ。明日はボク達にとってはいわばラグナロク(最終戦争)さ。コメットだけでなく、蘭子や他の皆のためにも勝利の女神を手繰り寄せて見せるよ」

「事務所の皆が幸福な未来を掴めるよう、私達も頑張りましょう!」

 全員がやる気に満ちていました。やれることは全てやりましたので思い残すことはありません。いざ舞踏会!

 

 

 

 一夜明けて舞踏会の日がやってきました。既に楽屋入りして着替えやメイクは完了しています。シンデレラプロジェクトと共用の楽屋なので卯月さんや未央さん達も一緒でした。

「調子は如何ですか?」

「はい、絶好調です!」

「おお~、やる気だねぇ、しまむー!」

「舞踏会が成功すればニュージェネレーションズが続けられるんですから、今日は人生で一番頑張ろうって決めたんです。だから島村卯月、頑張ります!」

「でもまだ開始前なんだから、気合い入れ過ぎてバテないようにね」

「そうだよ~。ほらっ、お茶でも飲んでリラックスしよう」

 未央さんがペットボトルを差し出しました。

「ありがとう、凛ちゃん、未央ちゃん!」

「ふふっ。どういたしまして」

 そのまま三人で一緒に笑い合います。卯月さんは一時期は絶不調でしたがこの様子なら問題はないでしょう。

 

「失礼します」

「やあ、お邪魔するよ」

 すると武内Pや犬神P、今西部長、千川さんがいらっしゃいました。皆立ち上がって彼らの方を向きます。

「皆さん。シンデレラプロジェクトのステージは20時から、コメットのステージは20時半からになります。それまでは各々のスケジュールで動いて下さい」

 武内Pが今日の予定の最終確認をします。

「二人共、何か一言言わなくてもいいのかね?」

 すると今西部長が発言を促しました。事務連絡だけではなく各Pの言葉で我々を激励してほしいと思ったのかもしれません。

 

「じゃあ、俺から。よく分かっていると思うけど今日の舞踏会は大きな意味を持っている。だからといってあまり気負わないでほしいんだ。足を運んでいただいたファンの方々に喜んで頂くためにも、まず自分自身がこの舞踏会を楽しもう!」

「皆さん。笑顔で、楽しんで下さい」

「はいっ!」

 元気な返事が楽屋一杯に広がりました。助言通り私も舞踏会を満喫することにします。

 

 

 

「それでは、後で合流しましょう」

「はい、朱鷺さんも頑張って下さい」

「任されました!」 

 皆と分かれてメインホールとは別のホールに向かいました。目的地のサブステージBに着いて準備をしているとメインステージの瑞樹さんや茜さん達が開始のアナウンスを行います。

「それじゃあシンデレラと星々の舞踏会の開幕よ~!」

 一通り説明が終わると本日最初の出番が来ました。私も含め出演者の子達と一緒にステージ裏に控えます。

 

「女と生まれたからには、誰でも一生の内一度は夢見る……かもしれない『地上最強の女』。神出麗羅(シンデレラ)とは地上最強の女を目指す格闘士のことである!

 ならば今日、この『神出麗羅の武闘会』にて、地上最強の女は誰か決着をつけよう!」

 リングと化したステージに男性リングアナウンサーの美声が響きました。普段格闘技の実況をしている方を臨時で雇っただけあって雰囲気は十分です。

 そう、私個人が参加する催し物の一発目は格闘大会なのです。残念ですが当然ですね。

 

「それでは、全選手入場ゥゥゥ!!!!

 タイマンなら絶対に敗けん!! 乙女のケンカ見せたる! 特攻隊長、向井拓海!!」

「全開バリバリ、Let's Go決めるぜ!」

「武術空手は彼女が完成させるはず!! 神誠道場の切り札、中野有香!」

「押忍! お願いしますっ!」

「バーリ・トゥードならこの子が怖い!! 346きっての格闘アイドル、桐野アヤだ!」

「やるときゃやるって。本気にさせてみろよ!」

「忍者はフィクションの存在ではない! 現代に生きる闇のくの一、浜口あやめ!」

「くノ一あやめ、只今参上!」

 その後も紹介順にアイドル達が特設リングへ旅立っていきます。唯でさえ謂れのない風評被害を受けているんですから私の紹介は控えめにお願いしますよ……。

「そして最後は勿論、皆様御存知コイツの登場だ! 世界最強ランキング暫定第一位であり地上最強の生物! 某国大統領も裸足で逃げ出す、歩く戦術核弾頭────七星朱鷺イィーーーー!!!!」

「ど、ど~も……」

 だからそんなに絶叫しなくてもいいんですって! そして会場も盛り上がらないで下さい!

 

「それでは本大会のルールについて、ゲストコメンテーターの速水奏さんと宮本フレデリカさんから説明して頂きましょう」

「皆おはよう。プロジェクトクローネの速水奏よ」

「フンフフーン♪ 宮本フレデリカ、フランス人と日本人のハーフでーす! よろしゅーこ♪」

「フフッ。周子は今別のステージだけどね」

「あ~、そうだったそうだった~♪」

 憎い……。汚れ仕事を華麗に回避したあの子達が憎いっ……!

 

「話を元に戻すわ。ルールは簡単。一ラウンド5分間の中で、相手の肘のサポーターに取り付けた風船を先に割った方が勝ちよ」

「流石にアイドル同士で直接殴り合う訳には行かないもんねぇ~」

「トーナメント形式の勝ち抜き戦で、時間内に割れなかったらジャンケンに勝った方が勝ち残る形になるわ」

「目指せサイキョーのアイドル! ホットショコラみたいに熱々な戦いを期待してるからね~♪」

「ちょっと待ったあーー!」

 すると拓海さんがリングアナのマイクを奪い取りました。まぁ台本通りなんですけど。

 

「どうしたの、拓海?」

「いくら直接打撃がなくてもこんな極悪非道な凶鳥と同じ檻に押し込められて戦えるか! 全身の骨ごと叩き潰されるだろ!」

 するとトーナメント出場者が一斉に頷きます。私の扱いって一体……。

「安心して。そうならないように朱鷺には専用の拘束具を付けて貰っているわ。かつて『パイク×シールド』で朱鷺の前に散っていた各メーカーが結集して作り上げた最高のパワーリミッターがあるからきっと大丈夫よ」

「ワオ! ジャポン脅威のメカニズム~♪」

「わかった、ならこの勝負受けるぜ!」

 ちなみに今私が付けさせられているのがその拘束具です。一見ドレスに見えなくもない意匠をしていますが、常人なら一瞬で圧壊する位の物凄い力で私を押さえつけていますね。一流の職人と技術者の血と汗と涙の結晶であることが垣間見れます。

 

「それでは早速第一回戦を始めるわよ」

「にゃはは~、頑張れけっぱれ~!」

 対戦表によると第一試合は私対拓海さんとのことなのでお互い準備に入ります。

「おうおう、朱鷺! 以前のレースでは不覚を取ったが今回はあの時のリベンジを果たしてやるぜ! 覚悟しろよ!」

「どうぞ、よしなに」

 ドレス風拘束具の裾をつまみ恭しく一礼します。そして戦いの火蓋が幕を開けました。

 

 

 

「優勝は、七星朱鷺ィィーーーー!!」

「ウオォォォォーーーー!」

 リングアナの絶叫と共に、山の雷のようなファンの叫び声がサブステージに木霊します。

 拘束具くん、 お前は強かったよ。しかし間違った強さだった。このどうしようもない能力を力で押さえつけようとした時点で貴方は敗北していたのです。

 なお試合は全てストレート勝ちでした。勿論怪我させないように手加減はしましたけど、肘の風船への打撃以外は回避せずに受け止めるプロレススタイルだったので会場は大盛り上がりでしたね。対戦相手だった拓海さんの渾身の右ストレートやアヤさんのローキック、あやめさんの謎忍法のどれも素晴らしかったです。

 するとステージ裏からスタッフが顔を出しました。『七星時間押してる! 早く移動!』というカンペを手にしています。

 

「見事な試合だったわね。感想を詳しく聞きたいところだけど朱鷺は次の舞台があるから先に失礼させて頂くわ」

 奏さんが気を利かせてくれたので観客席に向かって軽くお辞儀をします。

「結局勝てなかったけどいいファイトだったぜ! 次のステージも頑張れよ!」

「今度は手合わせをお願いします!」

「次も大暴れしちゃいなさい♪」

「見事な忍法に感服しました! 今度あやめにも伝授して下さい!」

「ありがとう、皆さん!」

 暖かく見送られながら大急ぎで次のステージに向かいました。

 

 

 

「は~い。このサブステージDでは選りすぐりのアイドル達を集めたミスコンを行うわよ~♪」

「沢山のアイドルの中からナンバーワンを決めるなんて超豪華ですねぇ~♥」

 突貫で着替えを終えてステージDの舞台袖に移動するとこちらのイベントが始まるところでした。司会は瑞樹さんと愛梨さんの安定コンビです。

「でも、ミスコンにしては女性ファンが多くないですか~?」

 愛梨さんの仰る通り、観客席の男女比率は三対七位の割合です。

「おかしくないわよ。だってミスコンはミスコンでも、ナンバーワンの男前を決める男装コンテストなんですもの!」

「なるほど、だから女性ファンが多いんですねぇ。では早速出場者の紹介をしていきましょう! トップバッターはシンデレラプロジェクトきってのクールキャラ、渋谷凛ちゃんです!」

 

 するとステージ裏でそわそわしていた凛さんがビクッと反応しました。

「わ、私? 大丈夫かな……」

「学ランが良く似合っていて格好いいですよ。いつも通りの澄ました雰囲気でいけば乙女のハートはしっかりキャッチできますって」

 髪をアップに纏めて学帽を被っているので一件クールなイケメンに見えます。同じクラスにいたら妬みで思わず呪い殺したくなるレベルでした。

「ありがとう。じゃあ、行ってくる」

 覚悟を決めたのか勢い良くステージに出ていきます。少しして黄色い歓声が至るところから聞こえてきました。ふむふむ、こういう路線の凛さんというのもアリかもしれません。

 

「続いては優勝候補筆頭、アイドル界きってのイケメン────東郷あいちゃんよ!」

「やれやれ、私の番か」

 私個人の感想ですが、執事服がここまで似合う女性アイドルは他にいないと思います。イケメンオーラが全身から放出されていました。

「ネタイベントですけどあいさんは結構乗り気なんですね」

「こういうのも悪くないと思っているよ。女性には好かれる方だし女の子のファンも大切だからね。やるからには多くの人を魅了できるようにするさ」

 そう言いながら颯爽と歩いて行かれました。ここまで男前だともう嫉妬心すら湧きません。私もかつてはマダムキラーとして名を馳せていましたが足元にも及ばないでしょう。

 

「そしてまさかまさか、この人の登場です。その強さはどんな男の人にも勝っているかもしれません。七星朱鷺ちゃん、どうぞ~!」

 少しして私の番が来ました。元男性としては普通のモデルの仕事よりもある意味やりやすいので抵抗感なくステージに向かいます。私の服装は暴走族がモチーフだそうで、黒皮のライダースジャケットの上下にトゲトゲの付いたアーマーを着込んでいます。

 客観的に見るとどう考えてもジャギです。本当にありがとうございました。北斗の拳は存在しない世界線なのになぜピンポイントでこういうネタをブチ当ててくるのか、コレガワカラナイ。

 まぁ格好だけなら我慢します。それより胸のサラシが非常に苦しいですから長時間この姿は勘弁してほしいですよ。

 舞台に上がると女性客達の歓声が湧きましたが、元々強い女性として女子層からも一定の支持を得ていますから不思議には感じません。その後も夏樹さんや真奈美さんなど、さっぱりした性格で女子ウケの良いアイドル達が続々と入場してきました。

「全員揃ったところで早速アピールタイムよ。皆にはこれから一人づつ、こちら側で用意した決めゼリフを喋ってもらうわ。女の子達のハートを射止めるよう格好良く頼むわね!」

 瑞樹さんの説明に合わせて指定のセリフとどのように演じるかが書かれた紙を渡されます。内容に関しては事前に知らされてないのでしっかり確認しました。

「うおぅ……」

 この内容は中々キツいですね……。しかし私もプロです。例え好みではなくても与えられた役は全力で演らざるを得ません。

 

「それでは、トップバッターは凛ちゃんです♪」

「う、うん」

 葛藤している内にアピールタイムが始まってしまいました。まずは凛さんがステージの中心へと立ちます。

「……コホン。俺がお前を守るから迷わないで俺についてこい。さんざん遠回りもしたし嫌な思いもさせたけど、それでも俺が一緒にいてやる。……だから、俺と結婚しろ!」

「キャアーーーーーー!!」

 観客席から悲鳴に近い歓声が上がりました。男性だけでなく女性も魅了するアイドルの鑑です。リン……恐ろしい子!

「な、なっ!」

 私の隣にいる奈緒さんの顔が真っ赤になっていますが、何かあったんでしょうか。

 

「ありがとうございます。超イケメンでときめいちゃいました~♪」

「わかるわ。私がJKだったら確実に落ちていたわね。さ、どんどん行くわ! 続いては朱鷺ちゃんよ!」

 凛さんと入れ違いでステージ中央に向かいます。セリフを思い出しつつ覚悟を決めました。

 

「フ、フフフフ……。ファッハッハハハ!! ハァ~~~~~ハッハッハハ!

 下郎共よ、俺の名を言ってみろォ!! 俺こそが北斗神拳伝承者トキ様だ! 俺の手で北斗神拳はより強靭な恐怖の拳となる! 全世界を俺の足元に跪かせてやるわ、ヒャッハァーーーーッ!」

「ウオォォォーーーー! トキ様ァァーーーーーー!!」

 数少ない男達の獣のような咆哮が聞こえました。どうやら出禁になっている鎖斬黒朱構成員がひっそり紛れ込んでいたようです。だからなんで私はこういう役回りばっかなんですか!

 

 がっくり肩を落として元の位置に戻ると代わりにあいさんが観客の正面に立つのが見えます。

「……お帰りなさいませ、お嬢様。この執事めが夢の世界へご案内致します。夜が明けて夢から覚めても私が共におりますよ。だから安心してお休み下さい」

 すると甲高い歓声が空中をこだましながら揺れ動くように耳に届きました。さすが優雅な執事は格が違った。

 私も女の子達にモテたいのに好かれるのはムサい野郎ばっかりです。

 

 

 

「それでは結果発表! 男装コンテストの一位は東郷あいちゃんに決定!!」

「やあ、ありがとう。また女の子に囲まれてしまうな」

 コンテストの結果は大方の予想通りあいさんの圧勝でした。全く残念でもないですし当然ですが、二位の凛さんも大健闘でしたね。清純派アイドルの私としては、本大会で頂いた三位という称号が丁度いい感じだと思います。

 ステージ裏にハケて腕時計を見ると次の催し物の時間が迫っていました。

 

「すみません! 次がありますのでお先に失礼します!」

 急いで着替えを済ませて外に出ようとします。

「会場の熱気に負けないためにも休憩はしっかり取ってくれよ」

「無理するなとは言わない。でも辛かったら私達に言って、朱鷺」

「これはシンデレラと星々の舞踏会なの。星は一つじゃないんだから、昔みたいに一人で抱え込まないでね」

「はい、気を付けます!」

 心配の言葉を背に受けつつ駆け出します。皆さんの気遣いで心が暖かくなりました。

 

 

 

 次なる舞台であるメインホールのレフトステージに向かいましたが、観客の人混みのせいでこのままでは確実に遅刻します。かくなる上ではアレをやるしかありません!

「はっ!」

 通路をダッシュしたまま速度を上げて壁を走り抜けます。こうすることでタイムを大幅に短縮することが出来るでしょう。驚くお客様達を尻目にひたすら壁走りを続けました。

 

「はい、レフトステージ司会進行の三村かな子です。こちらでは紗南ちゃんと朱鷺ちゃんのレトロゲーム対決が行われる予定……なんですけど」

「お、同じく司会進行の緒方智絵里です。開始時間になりましたが朱鷺ちゃんがまだ来ていません。この場合どうなるんでしょうか」

「あたしに恐れをなして逃げちゃったか~。じゃあ不戦勝になるのかな?」

「大丈夫だって! 朱鷺ちゃんは直ぐに来るよ!」

「ちょっと待ったあぁぁぁぁーーーー!!」

 身体能力を活かしてバッタのように飛び跳ねながらレフトステージに着地しました。

「清純派アイドル七星朱鷺、お呼びとあらば即、参上!!」

 その瞬間観客席から一斉に歓声が上がります。恐らく入場の演出だと勘違いしているのでしょう。ガチで遅刻しそうなので人力で立体機動をしただけなんですけど。

 

「それでは朱鷺ちゃんが到着したのでルール説明に入りますね。今回はレトロゲームを使用した三本勝負です。使用するソフトはファミコンの名作、『マリオブラザーズ』『アイスクライマー』『テトリス』になります」

「負けた方には罰ゲームがありますので二人共頑張って下さい!」

 罰ゲームの内容は知らされてはいませんが今までの仕打ちを考えるとロクな内容ではないと思います。回避するためにも絶対に勝たなくてはいけません。

 

「現実では絶対に勝ち目はないけど、ゲームの中はあたしのホームグラウンドだからね! 手加減なしの本気でぶつかるよ!」

「フフフ……。ゲーマー属性を持つアイドルが此処にもいることをお忘れですか? クラスメイトとは言え勝負は勝負です。勝っても負けても恨みっこなしで正々堂々戦いましょう」

「うん、よろしく!」

 お互いにがっちりと握手を交わします。紗南ちゃんは強敵ですが私もこの日のために各タイトルを必死に練習しました。その成果を今こそ発揮するのです。時は来た! ただそれだけだ!

「では二人共定位置についてね。最初はマリオブラザーズ対決です。はい、よーいスタート!」

 そして決戦のバトルフィールドにおける死闘が幕を開けました。

 

 

 

「レトロゲーム三本勝負の勝者は、三好紗南ちゃんです!」

「反射神経、前よりよくなったみたい! レッスンの成果かも!」

「もうチートや! チーターやろ、こんなん!」

 三戦ともまさかのボロ負けです。錯乱して何故か関西弁になってしまいました。

「チートじゃなくて実力だよ、実力♪ 朱鷺ちゃんも上手かったけど特訓したのは私も同じなんだよね~」

「くっ!」

 ウサギとカメの勝負なんですから油断して寝ていてほしかったです。スタートからゴールまでガチゲーマーに全力疾走されたらエンジョイ勢の私に勝ち目はありません。

 

「それでは罰ゲームの準備がありますので少々お待ち下さい」

 スタッフさんが駆け寄ってきて、先程対戦で使用していたのとは別のファミコンのコントローラーを握らされます。

 すると大型モニターの画像が切り替わりました。それと同時に8ビットのファミコンBGMが聞こえてきます。これは私がRTAで二度苦しめられたあの『じゅうべえくえすと』のBGMじゃないですか……。

「負けた朱鷺ちゃんにはスペシャルな罰ゲームとして、『公開メガトンコイン』をやって貰います! 内容は簡単、メガトンコインを持ったまま氷の橋を歩くだけです! さぁどうぞ♪」

 そうですか、そういう意図なんですね……。

 

「わかりました。やればいいんでしょう、やれば!」

 半ばヤケクソです。ロードすると氷結城の途中からだったので、十字キーを操作して氷の橋に向かいました。

 すると観客席から「メーガートン! メーガートン!」というコールが湧きます。恥ずかしさで顔が真っ赤になるのを感じながら必死で目的地に辿り着きました。

「初見の方のために説明しますが、メガトンコインとは名前の表すように非常に重量があるコインです。その重量のため、これを所持したまま隣の塔に渡る氷の橋を通ると……」

 実際に氷の橋を渡って行きます。すると中腹で異変が起きました。

「……こうなるわけです」

 橋が壊れ、主人公一行は哀れにも下の階に自由落下していきます。

 その瞬間レフトステージから本日一番の歓声が沸き上がりました。正にスタンディングオベーションと言えるでしょう。

 ああ、死にたい。マントルまで穴を掘って隠れたいです!

 

「はい、ありがとうございました。朱鷺ちゃんは別のイベントがありますので、ここで一旦お別れです。次のステージも頑張ってね!」

「私の元気と幸運を、おすそ分けします」

「磨いたスキルで最後まで突っ切ちゃおー!」

「ありがとうございます!」

 返事をしつつ再び人力立体機動で飛び跳ねてサブホールへ戻りました。

 

 

 

「チカレタ……」

 最後の催し物の出演が終わった後、満身創痍の状態でもぬけの殻の控室に戻りました。肉体的にはまだ余裕がありますけど朝から晩まで全く休憩がなかったので精神的な疲弊が深刻です。イベント出演中は終始緊張状態でしたから、休憩に入って気を抜いた瞬間に疲れがどっと出てきました。

「み、水……」

 喉がカラカラですが控室をあさっても飲料は何処にも見当たりません。人もいないので誰かに持ってきて貰うことも出来ませんでした。

「水をよこせ……。それもペットボトル一本や二本ではない……全部だ!」

 なけなしの力で叫んでから床に倒れ伏します。

 パトラッシュ、僕はもう疲れたよ。……いや、まだ肝心のライブが残っているのでこのまま燃え尽きてはいられません。立て、立つんだトキ!

 

 必死に起きようとしていると誰かの気配を感じました。そのままつかつかと私の方に近づいてきます。助けを求めようとした瞬間、不意に助け起こされました。

「大丈夫か?」

「じょ、常務?」

 気配の主は美城常務だったようです。

 

「ミネラルウォーターだ。これを飲んで落ち着くといい」

 買ってきてもらったペットボトルを開けて一気に飲み干します。

「あ~生き返るわぁ~……」

 水が全身に行き渡るのを感じます。それだけでなんとなく元気になったような気がしました。

「ありがとうございます。本当に助かりました」

「アイドル達をサポートするのが我々の仕事だ。礼を言う必要はない」

「それでもお礼は言わせてもらいますよ」

「……わかった。好きにするといい」

 本来なら一アイドルのフォローなんて誰かに任せてしかるべき内容です。ですが彼女自身が行動して私を助けてくれた。その事実が私には嬉しく感じました。

 

「もうすぐコメットのライブだが、その状態で大丈夫なのか?」

「ええ。少し横になりましたし水分補給も出来ましたから最後まで走り抜けますよ」

「ならば君達の輝きを観客達に見せてみるがいい。だから────頑張りなさい」

「はい!」

 きっとこれが彼女なりの最大の激励なのでしょうね。本当に不器用な人です。だがそれがいい。

 

「あっ、朱鷺さん! 此処にいらっしゃったんですか!」

「そろそろ出番です……」

「衣装の準備をするから、こっちに来てくれ」

「わかりました!」

 そうするうちにほたるちゃん達が来ました。常務に見送られながら準備に入ります。

 

 

 

 大急ぎで着替えやメイクの直しをした後、メインステージの舞台裏に控えます。今歌っているニュージェネの次が私達の出番ですが、今までで一番大きいステージなので四人共緊張に包まれていました。

「こうしていると、あのデビューライブのことを思い出しませんか?」

 緊張をほぐそうと皆に話を振ってみます。

「はい。あの時も今と同じくらい緊張しました」

「そういえば、デビューの時はノノがいなくなったりして大変だったな」

「うぅ……。その節はすみませんでした……」

 乃々ちゃんが縮こまってしまいます。

 

「ボクは独りでいることを望んできたしそれに不満もなかった。だが今は違う。心から信じられる同胞に満たされた今だから出来る、魂のユニゾンを魅せてあげようじゃないか」

「歩き疲れるまで歩いて、やっと見つけた光は本当に輝いていました。だからこの光をファンの方々にも分けてあげたい。そう、思います」

「もりくぼは、自分のためにはできませんけど。歌ってほしいって言ってくれた人が沢山いたから。……だから、歌えます」

 それぞれの決意を口にしました。

「ここまで辿り着いたのは私達の力だけではありません。犬神さんや事務所の方々、応援してくれる沢山の人達に支えられています。だからその人達のためにも、今までで一番、光輝いてみせましょう!」

「はい!」

 するとニュージェネの曲が終わりました。彼女達が舞台裏に戻ってきます。

 

「ファイトだよ、とっきー!!」

「ファンの皆が待ってるよ!」

「頑張って下さい、朱鷺ちゃん!」

 笑顔の未央さん達とハイタッチしつつ入れ違いでメインステージに上がります。眼前にはサイリウムの海が広がっていました。本当に、素晴らしい光景です。

 

「皆さーん、こんにちはー! コメットです♥ 今日のライブではなんと新曲を初披露しちゃいます! 是非楽しんでいって下さいね♪」

 営業スマイルではなく心からの笑顔で続けました。さぁ、ここからが本当の出番ですよ!

「それではお聴き下さい! コメットで『Shinin’Star(シャインスター)☆』」

 

 

 

「こちらにいらっしゃったんですか」

 舞踏会後、Z戦士のように気を探知しながら美城常務を捜索すると彼女と武内Pの姿を見つけました。舞台裏はまだ解体作業に入っていないからか、周囲に人気はありません。

 込み入った話をしているようなので声を掛けるべきか戸惑いました。

「……それでは、失礼します」

「ああ、ご苦労」

 私の姿に気付くと武内Pがその場を後にします。私と常務が残される形になりました。

「最大規模のイベントの直後に男性と逢い引きとは中々大胆ですね!」

「その手の低俗なジョークは好きではない」

「じょ、冗談ですって」

 眉間に皺が寄ってしまいました。イベント後で気が昂ぶっているせいかノリがちょっと軽かったです。反省しないといけません。

 

「それで、何の用だ? 無事に終わったとは言え君達には撤収作業があるだろう」

「はい。その前に常務さんの話を聞きたくて来ちゃいました。今日この場で皆が見せた素晴らしいパフォーマンスを前にしても個性重視の方針は間違っていると仰るのか、その判断を伺いたいです」

 身内びいきを差し引いても100%の出来でした。他の事務所では絶対に真似出来ない、346プロダクションだからこそ成し得た素敵な舞踏会だったと胸を張って言えます。

 それに対し常務がどのような判断を下すのかが今一番気になる事項でした。

 

「私は鈍感ではない。観客達の顔を見ればデータなどを確認せずとも成否の判断は出来る。

 アイドル達はそれぞれの可能性を広げ輝きを増している。私の理想もその一つに過ぎなかったということだ。それを押し付けるのは美城にとって望ましいことではないのだろう。

 いや、本当は既に気付いていたのかもしれない。あの日高舞の助言や、島村卯月と私自身のライブを通じてな」

「アイドルに定義はないですし、成るのに資格が要る訳でもありません。千人いれば千通りのアイドル道があるんですよ。だからこそ一つの道に無理やり集約するのではなく各々の望む道を突き進めばいいと思います」

「まさかこの私が自分を曲げることになるとはな。だが悪くない気分だ。これから私は星々が何処に辿り着くかを見定めることにしよう。……帰って来て良かった。強い子達に会えて」

 常務の判断を聞いてホッとしました。自分が立てた方針を自ら撤回するには大きな勇気が必要です。それを躊躇なく決断出来る彼女は経営者として優れているだけでなく人としての器も大きいのでしょう。

 

「貴女が常務に就任したお陰で私達は自分を見つめ直すことが出来ました。新方針は短期的には間違いだったとしても、長い目で見れば346プロダクションのためになったと思いますよ」

「いや、あながち間違いではない。私のやり方で日高舞を超えることは出来なかったが彼女自身を引き込むことは出来そうだからな。その意味でも新方針は無駄ではなかったということだ」

「あはは……あの件はやはり冗談ではなかったんですか」

 新方針は撤回となりましたが至上最高の正統派アイドルを味方にするという目的は達成されそうでした。常務からして見れば舞さんが釣れた時点で万々歳なのかもしれません。転んでもタダでは起きないところは流石です。

 PTA役員の任期が来春まで残っているそうなので再デビューは暫くお預けとのことですが、その間に考え直して頂ければ現役アイドル側としては助かります。

 

「とはいえ今のアイドル事業部に問題が多いことは事実だ。その点では抜本的に体制の見直しをしなければならない」

「そうですね。Pの個人商店状態でマネジメントが利いていない現状は変えていかなければいけませんし、予算の使い方や人材の配置にも無駄がありますので正す必要があります。でも地道に改善を続ければ従来の路線でも大きな利益を生むことは可能ですよ」

 以前アイドル事業部の経営分析をした時にも同じ結論に至りました。すると常務の表情が少し柔らかくなります。

 

「だからこそ、君の力を貸してほしい」

「私の、ですか?」

「才能ある者は評価すると前にも言ったはずだ。君の考えは私と合わないことも多いが、私を追い詰めたあの権謀術数や臨時Pとしての実務能力は高く買っている」

「……貴女が誤った方向へ進みそうになったら全力で妨害しますので、それでも良ければという条件付きになってしまいますよ」

 少し悩んだ後で回答しました。もの申す部下として上司に疎まれクビになったことは何度もありますので確認しておかなければいけません。

 

「わかっている。今回の件で私が誤った道を選択した時に異論を唱えられる者が必要なことが理解できた。君やあの彼にはその役割を担ってほしい。私に見えて君達に見えないものもあれば、君達に見えて私に見えないものもあるのだからな。

 決して交わらない平行線でも……。いや、平行線だからこそ新たな可能性は生まれると期待している」

 イエスマンだけでなく自分に苦言を呈する者を積極的に登用する姿勢は素晴らしいと思います。それが出来なくて没落していった名門企業は多々ありますもの。

「わかりました。私の能力と経験を346のアイドル達のために使うことをお約束しましょう。ですが貴方が道を間違えようとした時は部下として、一人の友人として全力で止めさせて頂きます」

「それでいい。よろしく頼む」

「それでは、今後ともよろしく」

 お互いに笑みを浮かべて優しく握手を交わしました。せっかくいい笑顔をお持ちなんですから、普段からもっと笑ったらいいと思いますよ。 

 

「たまには城から出て星を見上げるのも悪くないな。……ああ、悪くない」

 珍しく温和な表情になりました。常務としても今回の舞踏会は大満足な出来だったようです。

「それならいっそ星になっちゃいましょう! ソロデビューですよ、ソロデビュー!」

「フッ。遠慮しておこう」

「いいじゃないですか。私もアイドルになったんですから一緒にやりましょうよ」

「それは断ると言ったはずだ!」

 二人して軽口を叩きながらアイドル達がいる控室に向かいます。彼女達も今の話を聞けば不安は払拭できるでしょう。

 

 こうして、美城常務と我々の間で歴史的な和解が成立しました。

 私達は引き続きユニットとして活動することが出来るようになり、事務所から今まで以上の支援が得られることになったのです。

 安定性を重視したので多少時間は掛かってしまいましたが、『346プロダクション・アイドル事業部救出RTA』は無事完走出来ました。全員が幸せになれるトゥルーエンドに行き着くことが出来て本当に良かったです。

 

 

 

 

 

「……そして美城常務と無事和解した私達は、アイドルとして邁進し一層活躍することを心に誓いましたとさ。めでたしめでたし」

 最後まで語り終えると学習机の上に置いてある湯呑みを手に取り緑茶を口にしました。先程淹れた時にはアツアツでしたが既に温くなっています。啜る音だけが真夜中の自室に響きました。

「実にめでたいめでたい。僕の好きな『友情・努力・勝利』のジャンプ三大原則を地で行く良い話だったね~」

 するとパチパチと拍手が響きました。その手の主は私を生まれ変わらせたあの神様です。私のベッドの上でごろ寝しながら過去話をじっと聴いていました。

 

「こっちはもう喉がカラカラです。いきなり押し掛けてきて『私がアイドルになってから舞踏会までの顛末を聞かせてほしい』なんて無茶振りもいいところじゃないですか。体感で1年半以上は語ったような気がしますよ」

「まあまあ、いいじゃない。僕と君との仲なんだから」

 そう言いながら少女はケタケタと笑いました。その姿は賽の河原チックな場所で初めて会った時から全く変わっていません。

 お風呂から出て軽くストレッチして寝ようと思っていたのに、私の部屋で少年ジャンプを読みながら寛いでいたのでコケそうになりましたよ。

「貴女のことですから事の一部始終は見ていたはずでしょう。先の分かっている話を聞きたがるなんて物好きですねぇ」

「僕はあくまで第三者として客観的に眺めていたに過ぎないのさ。デビューから舞踏会に至るそれぞれの場面で君がどう思い、何を目指して行動したのかには前から興味があったんだよ」

 奇特な趣味を持っている人ですこと。いや、人じゃなくて神ですか。

 

「君の物語はとりあえず一段落付いたけど、これからどうするんだい?」

「どうするも何もアイドルを続けますよ。コメット単独の武道館ライブもやりたいですしパワー系アイドルという汚名も返上しないといけません。他にもやりたいことはまだ沢山あります」

 私達はようやく登り始めたばかりだからな、このはてしなく遠いアイドル坂をよ!

「若者らしいパワフルな姿勢は素晴らしいね」

「はい。何て言ったって花のJCアイドルですし♪」

「へぇ~、いつもの『累計年齢51歳だから~』って自虐はしないんだ」

「ああいうネガティブな自虐は極力止めることにしました。今の私は七星朱鷺という名の女の子です。確かに過去は色々ありましたけどそれも含めて私ですよ。これからは愛し愛される清純派アイドルになるんです!」

「そうかい。誰よりも愛深き故に愛を捨てた子がそこまで言うとは思いもしなかったよ。君は本当に変われたようだ」

 うっ。また祖父母が孫を眺めるような生暖かい目になっています。こういうしんみりムードはあまり好きじゃないんですよねぇ。ちょっと話題を変えてみることにしましょう。

 

 

 

「ところで……先程から部屋の隅にいる方はどなたですか?」

 そう言いながら部屋の隅のガンプラ置き場コーナーを指差します。過去語りを始めた直後にしれっと現れていたので指摘するタイミングを逸していましたが漸く質問することが出来ました。

 存在自体に靄がかかっているかのように薄ぼんやりしているので性別や年齢は明確ではありませんけど、私の能力が何らかの生命体であることを明示しています。ていうか乙女の部屋に不法侵入ですよ不法侵入!

「ああ、この子は僕の仲間さ」

「このタイミングで新設定投入!?」

 思わず突っ込んでしまいました。彼女に仲間がいるなんて初耳です。

 

「ええと、標準語は分かるんですか? 使用言語が英語オンリーだったら速攻で詰むんですけど……」

 この駄神と同等の生命体を敵に回したくはありません。敵意がないことを示すために恐る恐る挨拶をしましたがリアクションはありませんでした。

「言葉は理解出来るはずだけど意思疎通までは出来ないよ。生まれて間もない赤子に近いし、そもそも存在が固まっていないから姿もはっきりしないのさ」

「そんな怪しい人を私の部屋に招かないで下さいよ!」

「この子は人と同じように知識を身に付け学習することが出来る。それで今は色々と教えているんだけど僕では人間の心の機微は伝えられなくてね。だから人生経験豊富な君の破茶目茶なアイドル挑戦物語を聴いて学んでほしいと思ったんだよ」

「反面教師にしかならないと思うんですがそれは……」

 人間の中でも極端に偏った奴の人生経験なんて聴いて役に立つんでしょうか。

 

「貴女方はこうやって同胞を増やしているんですか?」

 何となく気になったので質問しました。よく考えればこの人達の生態は全くわからないんですよねぇ。いえ、特に詳しく知りたいわけではないんですけど。

「いいや。僕はずっと一人だったし仲間もいなかったよ。同胞を造るのは初の試みだから上手くいくかわからないのさ。とっくに目覚めてもおかしくはないんだけど、何かが足りないみたいでね。君の話を聞いたらもしかしてと思ったのだけど成果はなかったようだ」

「そういうことですか。最初からそう言って頂ければもう少し丁寧に説明したのに」

「ありのままを語ってほしかったから問題ないさ。……しかし、これでも目覚めないのであればどうしようかなぁ」

 珍しく真剣に思い悩む素振りを見せます。

 

「でも何で急に仲間なんて作ろうとしたんです? 今まで一人で気ままに楽しく暮らして来たでしょうに」

「きっと笑うから言いたくない」

「いいじゃないですか、教えて下さいって。誰にも言いませんから」

「本当かい?」

「私は嘘が大嫌いなんです。もし笑ったら桜の木の下に埋めてもらっても構いませんよ!」

 すると神様が重い口を開きます。

「……いから」

「ん? 何だって?」

 すると俯いて何やらゴニョゴニョと呟きました。聞き取れないので思わず訊き返します。

「友達が、ほしいと思ったからさ」

 消え入りそうな声を聞いて一瞬フリーズしました。

 

「あはははははははははははははは!」

 その場で笑い転げます。今の私の心情を一文字で表すのならば『草』以外ありませんでした。

 だって、人を小馬鹿にして楽しむドSの口から『友達がほしい』なんて青春ワードが出てくるなんて思わないじゃないですか! 反則ですよ反則!

「……ここは笑いどころじゃないんだけどな」

 笑い疲れた私を神様がジト目で睨みつけます。

「こんな屈辱は生まれて初めてだ。よしわかった。それ程荒野に草を生やしたいなら世紀末感溢れる北斗の拳世界に生まれ直してもらおうか」

「ちょ、ちょっと! タンマタンマ! いや本当にすみませんマジで!」

 神速でジャンピング土下座を披露します。その後5分位ひたすら謝罪を続けました。

 

「わかった。君には楽しませてくれた礼があるから生まれ変わりは免除してあげるよ」

「ほっ……」

 一時はどうなることかと思いました。アイドル溢れる桃源郷からムサい野郎ばかりの世紀末に叩き落されたら堪りませんもの。

「その代わり……。そうだ、君に子供が出来たらその子達も漏れなく北斗神拳使いになるっていうのも面白いね。とても賑やかな家庭になりそうだ」

「フザケンナ、ヤメロバカ!」

「フフフフ……」

 目が笑っていないのが超気になります。といっても私に子供が出来ることはないはずですから万一適用されても大丈夫でしょう。きっと、たぶん。

 

「話を戻しますけど本当に友達がほしいんですか?」

「今までは人が創ったフィクションで満足していたんだけど、君達の物語を見ていたらそういう存在がいても悪くないなって思ったのさ。僕の心まで変えてしまうとは大したものだよ、全く」

「それならこんな回りくどいこと必要ないですよ」

「なぜだい?」

 首を傾げる彼女を手を取ります。

「だって、私と貴女はもうお友達じゃないですか」

「え?」

 するとキョトンとした表情を浮かべました。

 

「僕と、君がかい?」

「ええ。少なくとも私はそう思っています。貴女は私にやり直すチャンスをくれた大恩人であり大切な友人ですよ」

 この気持ちに嘘偽りはありません。かなりエキセントリックな友達ですけどね。

「……そうだね。僕も同じ気持ちだ」

 顔がだいぶ赤くなっています。なんだ、結構可愛いところがあるんじゃないですか。

「あれ~、もしかして照れてます~?」

「北斗の拳だと甘いな。ここはデビルマンの原作世界に生まれ直して貰おう」

「本当に申し訳ない」

 その場で再び土下座しました。カーペットに額を擦り付けて慈悲を乞います。ヒロインの生首祭りなんて超鬱展開は絶対にノウです!

 友達と言えども分別は弁えないといけませんね。この方を煽るのは止めようと心に誓いました。

 

「まぁいいよ。友達同士の冗談だと我慢しよう」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 友達と言えどもその力関係は明白でした。悲しいなぁ……。

「それでこれからどうするんですか? 私はもう寝ないと明日の仕事に影響してしまいますので、ご友人が目覚めないことについては後日改めて相談に乗りますけど」

「邪魔して悪かったね。進展もなかったし僕達はそろそろ失礼するよ……っと?」

 神様が言い終わらない内に彼女の友達がのそっと動き出しました。

 

 そのまま辿々しい足取りで私に近づいてきます。

「ちょ、ちょっと! この人って危険性はないんですか!?」

 いくら北斗神拳があるとは言っても、人知を超えた超常的な存在に通用するとは限らないので腰が引けてしまいます。

「危害を加える意志はないはずだから大丈夫だよ。どうやら君の話をもっと聴きたいらしい。何でもいいから話してくれないかい?」

 何でもって言われても困りますが、よく考えるとまだ自己紹介をしていませんでしたのでそこから始めることにしました。

 

「……そ、それでは改めて自己紹介をしましょうか。

 お初にお目にかかります。七星朱鷺と申します。アイドルデビュー時は14歳、現在は15歳の中学3年生です。

 実は私、前世はブラック企業社員(36歳男性)でして、無残にも過労死したのですが此処にいる素晴らしい神様のお陰で生まれ変わり現世ではアイドルなんてものをやっています。

 先程はその哀れで無様で滑稽な顛末を私の視点からお伝えしました。拙い語りでしたし一部やり過ぎな点はあったと思いますけど、それも含めて少しでも笑って頂けたのであれば恥を晒した甲斐があったというものです」

 一呼吸置いてから話を続けます。

 

「アイドルになってからは本当に波乱万丈な日々でした。暴走などの失敗も多々やらかしましたが、自分の信じる道を突き進んだ結果ですから反省はしても後悔はしていません。

 私はアイドル活動を通じて周囲の人達に支えられていることを改めて理解しました。だから私も沢山の人達に元気を与える素敵なアイドルになりたい。それが私の人生の目標であり、そのために二度生まれてきたと今は胸を張って言うことが出来ます。

 こんなどうしようもない私でも多くの宝物を見つけることが出来ました。だから貴方も、そんなキラキラしたものがきっと見つかりますよ」

 笑顔で手を差し伸べます。

 

 

 

 一度目の人生は酷いものでした。

 

 でもその経験があったから皆の力になることが出来た。

 

 だから今では、あの前世も素直に受け入れています。

 

 生まれ変わってみんなに出会えた、この奇跡のような巡り合わせに感謝を込めて。

 

 私はこれからも、私が望む道をみんなと一緒に進んでいきます。

 

 私は今、本当に、本当に幸せです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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後語&番外編
346アイドル速報(その1)


ドブ川は滅びぬ。何度でも甦るさ!
……ということで番外編第一弾は完走優先で放置していた掲示板回(茶番)です。
主人公の奇行が世間からどう映ったのかの話ですので、本編程の文量はないですが楽しんで頂ければ幸いです。その1はデビュー前から暴走編開始直後頃までのまとめになります。
ちゃんとした話も書いていますのでそちらは今暫くお待ち下さい。


 346アイドル速報。

 それは346プロダクションに所属するアイドル達の話題を取り上げることを目的に開設されたまとめサイトである!

 アフィリエイトを排除したストイックなスタイルとアイドルの魅力を最大限伝えようとする姿勢が評価され、最大手サイトに成長した今も日々コツコツと更新を続けている。

 そして今、新たなアイドル達に関する記事が生まれようとしていた────

 

 

 

『【期待の新星】346プロ 新ユニットのコメットについて語ろう』

 

1:名無しさん@おーぷん ID:tDN(主)

さっき346のホームページに特設コーナーが出来てたぞ

みんなかわヨ

 

3:名無しさん@おーぷん ID:gvh

お~、ええやん!

 

5:名無しさん@おーぷん ID:MdH

白菊って子、昔666プロの預かりになってなかった?

あそこもう倒産したけどさ

 

20:名無しさん@おーぷん  ID:fG1

>>5

そうだよ

ちなみにその前は881プロダクションで研修生やってた

そこも潰れて心配してたけど、ちゃんとデビューできてよかったな

 

52:名無しさん@おーぷん ID:MdH

>>20

サンクス

若いのに苦労人だなぁ、よ~しお兄さん応援してやるぞい!

   

54:名無しさん@おーぷん ID:8vQ

346プロなら倒産の可能性はないから喜ばしい

大手に拾われたってことは実力は確かなんだろう

今まで苦労した分だけ報われて欲しいもんだ

 

12:名無しさん@おーぷん  ID:Xdc

森久保さん、どのショットも目線を合わせてないんですが大丈夫ですかね…

 

23:名無しさん@おーぷん  ID:BjK

>>12

カメラマンの腕が悪かったんでしょ(震え声)

 

25:名無しさん@おーぷん ID:spd

小動物的で守ってあげたくなるから大丈夫

こっちを見ろ森久保ォ!

 

27:名無しさん@おーぷん ID:rmH

乃々ちゃんのスリーサイズは73-55-76か

同い年でリーダーの朱鷺ちゃん(86-55-85)と比較するとサイズ差が酷い

 

28:名無しさん@おーぷん ID:sym

そこがいいんだよなぁ

それがいいのよ(ロリ体型)

 

30:名無しさん@おーぷん  ID:I3k

リーダーの子が恵体過ぎるだけだぞ

あのバストで超可愛くて中二とか反則過ぎるわ

同じクラスだったら気になって朝しか起きれん

 

82:名無しさん@おーぷん ID:mAv

飛鳥ちゃんの自己紹介は俺の胸を締め付ける

止めろ、止めてくれ!

その路線は10年後に後悔するぞ!

 

111:名無しさん@おーぷん ID:0TB

>>82

中二病系アイドルか……

346のことだからいつか来るだろうと思っていたさ

 

114:名無しさん@おーぷん ID:pXV

誰もが通る道だからね、ちかたないね

どことなく漂うブギーポップ感がだいすき

推しにするならこの子かな~?

 

125:名無しさん@おーぷん ID:ME3

飛鳥ちゃんは静岡出身なのか

同郷だとやっぱり親近感湧くなぁ

さわやかでお腹いっぱいハンバーグを食べさせたい

 

145:名無しさん@おーぷん ID:p4m

誰も突っ込まないけど、朱鷺って子の趣味欄で草生えた

 

151:名無しさん@おーぷん ID:VeZ

>>145

料理、お菓子作り、ギター ⇒ わかるわ

麻雀、B級映画鑑賞、レトロゲーRTA、 ガンプラ ⇒ わからないわ

 

153:名無しさん@おーぷん ID:CQi

えぇ……(困惑)

この子は何を目指しているのだろうか

 

159:名無しさん@おーぷん ID:fmQ

清楚でお嬢様的なルックスとの落差が酷い

やっぱ346のアイドルはこうじゃなきゃな!(錯乱)

 

161:名無しさん@おーぷん ID:f8A

beam兄貴リスペクターがアイドルになる日が来るとはたまげたなぁ

兄貴も草葉の陰で喜んでいるだろう

メジャーになってRTAを普及させて欲しいわ

 

234:名無しさん@おーぷん ID:M9L

そういえば346がユニットでデビューさせるなんて今までにあったっけ?

 

235:名無しさん@おーぷん ID:2H8

記憶にある限りだけど初めてだと思う

ソロの子がユニット組んで活動することは多いけどね

会社の方針が変わったんかな

 

250:名無しさん@おーぷん ID:Pga

>>235

風の噂だけど、このユニットの他にも企画が進行中らしい

 

253:名無しさん@おーぷん ID:Zqe

346にしてはデビュー時のプッシュが異様に弱いのは気のせいかな

現状ホームページしか情報がないから語るネタがなくて困る

 

255:名無しさん@おーぷん ID:Zo5

色々大変だと思うけど俺は応援してるよ

これから頑張れ!

 

【管理人コメント】

何はともあれデビューおめでとうございます!

346プロの応援団として、コメットの皆さんの活躍もこれから取り上げてきますよ!

ちなみに私は朱鷺ちゃんが気になりました。一緒に麻雀やりたいなぁ。

 

 

 

 

 

 

『コメットのデビューライブに行ってきたけど質問ある?』

 

1:名無しさん@おーぷん ID:sNJ(主)

あれば書くけど

 

4:名無しさん@おーぷん  ID:wFr

>>1

レポよろ

 

5:名無しさん@おーぷん  ID:sNJ(主)

わかった、じゃあ書くぞ

今日はバイト休みな上に近くでライブがあるって知ってたから行ってみた

エーオンのフードコートで時間を潰してから開始15分前にステージへ移動

客は沢山って程じゃないけど、無料なのでそれなりにいるって感じだったな

 

8:名無しさん@おーぷん ID:seQ

休日に一人でアイドルのライブか

彼女とか、いらっしゃらないんですか?

 

9:名無しさん@おーぷん ID:sNJ(主)

え、そんなん関係ないでしょ(半ギレ)

冗談はおいといてライブの話に戻る

立ち見だから出来るだけ前の方を確保したら開始前には結構観客が増えてた

そしてライブ開始。リーダーの子が簡単に自己紹介してから曲に移る

 

30:名無しさん@おーぷん ID:NAc

>>9

曲って共用のやつ? それとも新曲?

 

32:名無しさん@おーぷん ID:sNJ(主)

>>30

デビューライブだから新曲だったよ

グループ名と同じコメットって名前の曲で王道的なアイドルソングだった

俺は好き

 

18:名無しさん@おーぷん ID:sNJ(主)

ライブだけど新人としては歌ダンス共にレベル高かったと思う

みんな楽しそうに歌ってたのが良かった

特にリーダーのでかい子は本当に楽しんでんだなって伝わってきたよ

 

20:名無しさん@おーぷん ID:aW4

あのネタ趣味の子かww

 

43:名無しさん@おーぷん ID:sNJ(主)

んで掛け声多かったからアンコールでもう一回歌って貰った

それからCD購入者対象のサイン会っていう流れ

 

44:名無しさん@おーぷん ID:Lub

デビューライブでアンコールとか何気に凄くない?

 

45:名無しさん@おーぷん ID:sNJ(主)

結構要望多かったからね。という俺もコールしたよ

冷静になってみるとちょっとイタいな……

調子に乗って四人分のサイン入りCDも買っちまったし

 

49:名無しさん@おーぷん ID:eqz

プレミア付くかもしれんから大事にした方がいいぞ

あの日高舞がデビューしたての時のサイン入りCDなんて、今オクで二桁万円だからな

 

60:名無しさん@おーぷん ID:sNJ(主)

>>49

マジかw

大切に持っておくことにするわ

売らないけどな!

 

122:名無しさん@おーぷん ID:Lub

他に面白いこととかトラブルってあった?

 

123:名無しさん@おーぷん ID:sNJ(主)

特にはないけど、サイン会の時に超ごつくてヤンキーっぽいのがいてビビった

サイン貰った後にダッシュで消えたけど何があったんだろうか

 

125:名無しさん@おーぷん ID:Lub

DQNも浄化されるレベルの歌声って訳か

これは売れるな(確信)

 

【管理人コメント】

無事デビューライブが成功したようで一安心しました。

私は休日出勤のため残念ながら参加出来ませんでしたが、今度は見に行きたいです!

 

 

 

 

 

 

『コメット、所属事務所から忘れ去られる』

 

1:名無しさん@おーぷん ID:KeN(主)

デビューライブ以降、ユニットとしての大きな仕事はなし!

こんな調子で大丈夫か?

 

2:名無しさん@おーぷん ID:pt5

大丈夫だ、問題ない(震え声)

 

3:名無しさん@おーぷん ID:wfT

いうてもまだデビューから1ヵ月ちょっとしか経ってないし……

 

5:名無しさん@おーぷん ID:pTl

あの765プロのアイドル達だってデビュー後半年は殆ど露出なかったぞ

だから大丈夫、だと思いたいなぁ

 

6:名無しさん@おーぷん ID:KeN(主)

346が悪いよ346が~

デビュー直後で大切な時期なんだからもっとプッシュして欲しいわ

じゃないと可哀想だろ!

 

20:名無しさん@おーぷん ID:9ME

みんな可愛いしちゃんと個性がある分不憫に感じてしまう

 

37:名無しさん@おーぷん ID:KeN(主)

>>20

常識人かつしっかり者リーダーの朱鷺ちゃん

薄幸美少女なほたるちゃん

消極的ネガティブ少女の乃々ちゃん

斜に構えた中二病の飛鳥ちゃん

それぞれキャラ被りはしていないし役割分担できているからな

 

35:名無しさん@おーぷん ID:oCa

現状だとソロの仕事の方が多いからねぇ

わざわざユニットでデビューさせた意味があるのか、コレガワカラナイ

 

38:名無しさん@おーぷん ID:Vr3

何にしても知名度不足だよな

いくら優れていても世間に知られていなければ人気は出ないよ

ブレイクするきっかけがあるといいんだけど

 

45:名無しさん@おーぷん ID:ltn

>>38

とはいっても今はアイドル戦国時代だ

群雄割拠の中で知名度あげるのは難しいぞ

 

47:名無しさん@おーぷん ID:KeN(主)

そのための346じゃないんですかね……

ゴリ押しはしなくていいけどもっとプッシュして欲しいわ

大正義キャッツ並みの金満事務所なんだからさ

 

120:名無しさん@おーぷん ID:IHt

知名度アップのために七星くんにクソゲーRTAをやらせよう(提案)

 

123:名無しさん@おーぷん ID:lp3

ふざけんな!(声だけ迫真)

美少女にそんな苦行を押し付けてはいけない(戒め)

 

130:名無しさん@おーぷん ID:8s3

>>120

本人が趣味だと言っているんですがそれは……

それにしても7chでbeam語録使う奴増えたなぁ

たった一人のRTA走者が使っている言葉がここまで拡散するとは思わなかったわ

 

131:名無しさん@おーぷん ID:gGu

beam語録は使いやすいしなぜか記憶に残るんだよな

今や語源を知らずに使ってる奴も多いから至るところ汚染されてる

この間なんて小学生が使っているのを聞いてビビったわ

 

133:名無しさん@おーぷん ID:KeN(主)

一ファンとしては草の根運動しか出来ないけど頑張って欲しい

346アイドル速報の中の人、宣伝よろしくな~!

 

【管理人コメント】

個性的で魅力もあるので後は知名度だけだと思いますね~。

少しでも彼女達の力になれるよう私も頑張ります。

346アイドル速報はコメットを応援しています!

 

 

 

 

 

 

『【悲報】JCアイドルさん、始球式で魔球を投げる』

 

1:風吹けば名無し@おーぷん ID:MuR(主)

ワイ、ウキウキでビースターズVSコモドドラゴンズのオープン戦を観戦

始球式に出たアイドルがとんでもない魔球を放ってビール吹いたもよう

 

4:風吹けば名無し@おーぷん ID:tDN

魔球ってなんだよ(疑問)

 

9:風吹けば名無し@おーぷん ID:MuR(主)

>>4

170km超のスピードで左右にジグザグ曲がってた

わかりやすく言うとドラベースのWWボールやな(白目)

 

10:風吹けば名無し@おーぷん ID:CpT

そマ?

 

11:風吹けば名無し@おーぷん ID:Xhm

イミフ

白昼夢でも見たんちゃうか

 

13:風吹けば名無し@おーぷん ID:1lJ

イッチ、ヤバいクスリのやり過ぎやで

病室に戻ろう!

 

15:風吹けば名無し@おーぷん ID:MuR(主)

ワイは正常やって!

おかしいんはあの子や

 

20:風吹けば名無し@おーぷん ID:CpT

なんて名前のアイドル?

キャッツ戦じゃないからユッキではないだろうし

 

21:風吹けば名無し@おーぷん ID:MuR(主)

紹介の時にビール買ってたからよう見てないわ

ピンク髪で巨乳でメチャシコだったのは覚えとる

 

114:風吹けば名無し@おーぷん ID:kH8

動画撮ってたからまいつべにアップしておいたぞ

ttps://www.myt●be.jp/watch?v=TnoKKbtitgo

 

118:風吹けば名無し@おーぷん ID:MuR(主)

>>114

サンガツ

これやこれ!

 

124:風吹けば名無し@おーぷん ID:Bxu

>>114

ファッ!?

 

130:風吹けば名無し@おーぷん ID:jo7

>>114

ファッ!?

 

153:風吹けば名無し@おーぷん ID:WjM

ファーーーーーwwwww

 

180:風吹けば名無し@おーぷん ID:Bxu

いや、これ人間ちゃうやろ……

 

182:風吹けば名無し@おーぷん ID:27w

可愛い顔して投げる球はエグ杉内

 

183:風吹けば名無し@おーぷん ID:1AV

物理法則が息していない

 

194:風吹けば名無し@おーぷん ID:MuR(主)

な? ワイの言ったとおりやろ?

球威ヤバ過ぎて生で見たらホントにチビるで

バッター動けんかったし

 

250:風吹けば名無し@おーぷん ID:jo7

いやいや、流石にこれは嘘やろ

CGちゃうん?

 

265:風吹けば名無し@おーぷん ID:MuR(主)

>>194

30分前やで

その間にこんな手の込んだ加工なんて無理や

 

285:風吹けば名無し@おーぷん ID:UQa

別に上がってる動画ではコメットの七星朱鷺って紹介してるな

誰か知っている奴いるか?

 

287:風吹けば名無し@おーぷん ID:BAa

全然知らん

 

289:風吹けば名無し@おーぷん ID:3Xw

ワイみたいなロートルは765プロ以外わからんわ

 

432:風吹けば名無し@おーぷん ID:wVE

動画の再生回数伸び過ぎィ!

 

444:風吹けば名無し@おーぷん ID:BAa

この子何でアイドルなんてやってるん?

 

445:風吹けば名無し@おーぷん ID:HUv

知らん

生まれた性別を明らかに間違えているな

 

468:風吹けば名無し@おーぷん ID:zZp

この魔球を捕球した戸木主が凄いんだぞ

 

478:風吹けば名無し@おーぷん ID:MuR(主)

>>468

一理ある

やっぱプロの捕手ってスゲーわ

 

479:風吹けば名無し@おーぷん ID:HUv

慌てた感じだけどちゃんと反応してるところは流石だな

 

600:風吹けば名無し@おーぷん ID:zZp

七星くん! アイドルなんて辞めてビースターズに入ろう!(提案)

 

601:風吹けば名無し@おーぷん ID:tDa

(*^○^*)「これでビースターズの将来は安泰なんだ!」

 

612:風吹けば名無し@おーぷん ID:B1B

お、待てい

入るなら絶対キャッツだゾ

 

623:風吹けば名無し@おーぷん ID:Kmy

これはドラフト会議で十二球団の争奪戦ですね……

間違いない

 

626:風吹けば名無し@おーぷん ID:MuR(主)

変化球でこの球速なら純粋なストレートはどれくらいなんやろな

 

629:風吹けば名無し@おーぷん ID:4Zw

いや、問題はこの魔球を継続的に投げられるかどうかだ

1、2球だけならプロでは通用しないぞ

 

743:風吹けば名無し@おーぷん ID:Tmc

みんなプロ入りする前提で熱く語ってて草

この子アイドルやぞ!

 

750:風吹けば名無し@おーぷん ID:aVY

調べたら346プロ所属やんけ!

 

752:風吹けば名無し@おーぷん ID:6nW

また346かたまげたなぁ

 

754:風吹けば名無し@おーぷん ID:Tmc

個性派アイドルは漏れなく346という風潮

一理ある

 

823:風吹けば名無し@おーぷん ID:1aq

346の中でもやべーやつ度合いはトップクラスなんだよなぁ

ホームページ見て、どうぞ

 

832:風吹けば名無し@おーぷん ID:EqC

>>823

なんだこの趣味群!

色々と盛り過ぎだろ……

麻雀やレトロゲーRTAをしている暇があったらやきうの練習して、どうぞ

 

952:風吹けば名無し@おーぷん ID:Euj

これだけ投げられてアイドルとか才能の不法投棄もいいところだろ

 

954:風吹けば名無し@おーぷん ID:GZu

下手するとメジャーリーグからスカウト来んじゃね?

 

【管理人コメント】

た、確かに知名度アップは重要だと言いましたけど……。

こういう形とは思いもしませんでしたね。

ですが野球も出来るアイドルというのも素敵だと思います!

 

 

 

 

 

 

『突然! 無人島生活雑談スレ 第346島目』

 

20:名無しさん@おーぷん ID:uS5

今週も神回だったな

あれだけいがみ合ってた南条くんと麗奈ちゃんの協力プレーが輝いてた

 

24:名無しさん@おーぷん ID:D7p

初回は殆ど小競合いしかしてなかったからな

だからこそ熱かったわ

 

40:名無しさん@おーぷん ID:S8f

レイナサマはあれでいて真面目な子だから……

得意のイタズラも危害を加えないし、ビックリさせるだけだからね

 

67:名無しさん@おーぷん ID:Y8w

>>40

拭えない三下感がすこ

 

42:名無しさん@おーぷん ID:zQ8

レイナサマのデコを磨き隊

 

58:名無しさん@おーぷん ID:KMr(主)

>>42

ワイトもそう思います

 

201:名無しさん@おーぷん ID:yM8

ヒーローの子はリーダー適性あるよな

年少組とユニット組んだら面白そう

 

203:名無しさん@おーぷん ID:jA6

光ちゃんと一緒にヒーローショー見てえな~俺もな~

 

204:名無しさん@おーぷん ID:K3g

南条くんから漂うわんぱく娘感

ほんとすき

 

221:名無しさん@おーぷん ID:KMr(主)

>>203

>>204

わかるマン

 

246:名無しさん@おーぷん ID:eN5

最近は幸子出なくて悲しいなぁ

涙目で銛漁やってる姿がまた見たい

 

247:名無しさん@おーぷん ID:Ag5

獲りましたよー!(幻聴)

 

248:名無しさん@おーぷん ID:S2v

さっちゃんは次のステップに行ってしまったんじゃよ

 

249:名無しさん@おーぷん ID:Ph9

その割にやってることは変わらないんだよなぁ……

ウェディングドレス姿でスカイダイビングとか

 

311:名無しさん@おーぷん ID:KMr(主)

皆さん……必死に誰かを忘れようとしていませんか?

先週登場した例のアレから目を背けるのは止めるのです

 

316:名無しさん@おーぷん ID:uS5

>>311

!!

 

318:名無しさん@おーぷん ID:D7p

>>311

名前を呼んではいけないあの人並みの扱いで草

 

319:名無しさん@おーぷん ID:y7w

>>311

優しい世界を堪能していた住民達を現実に引き戻す人間の屑

 

321:名無しさん@おーぷん ID:KMr(主)

>>319

でも目を背けるのって根本的な解決にはなりませんよね?

 

322:名無しさん@おーぷん ID:y7w

ミストさん語録やめろ

こんなにトッキーと地球人で力の差があるとは思わなかった……!

 

415:名無しさん@おーぷん ID:S8f

メイド……鎌……蛇……

うっ、頭が!

 

417:名無しさん@おーぷん ID:Yq8

あの姿見て幼稚園児の娘が号泣したんだよなぁ……

 

418:名無しさん@おーぷん ID:5tr

うちの子は逆に「超! エキサイティン!!」だったわ

 

420:名無しさん@おーぷん ID:jA6

アレはバラエティーじゃない

事件だよ事件!

 

421:名無しさん@おーぷん ID:b6E

嫌な事件だったね……

 

422:名無しさん@おーぷん ID:KMr(主)

虫も殺せない清純な見た目から鬼のような殺戮劇

 

424:名無しさん@おーぷん ID:wJ4

無人島生活でまさかモザイクがかかる日が来るとは思いもしなかったな……

 

426:名無しさん@おーぷん ID:P8m

「見た目は」可憐で超美人なだけにギャップががが

 

451:名無しさん@おーぷん ID:d6E

銛で魚を捕る(潜るとは言っていない)

 

452:名無しさん@おーぷん ID:g2C

料理をする(死の舞を舞わないとは言っていない)

 

460:名無しさん@おーぷん ID:aA5

ち、知名度は一気に全国区になったから……(震え声)

 

461:名無しさん@おーぷん ID:w4D

アイドルとしての知名度じゃないんだよなぁ

 

462:名無しさん@おーぷん ID:KMr(主)

ストレスで担当プロデューサーの胃に穴が開いてそう

 

【管理人コメント】

こ、コメットはどこ……?

ここ……?

 

 

 

 

 

 

『【朗報?】beam兄貴、実は姉貴でアイドルだった【悲報?】』

 

1:名無しのげえむ@おーぷん ID:NyN(主)

ソースは兄貴の投稿動画

今世紀最大のサプライズだわ

ttp://www.smilev●deo.com/watch/sm1145141919

 

3:名無しのげえむ@おーぷん ID:OWq

こマ?

 

7:名無しのげえむ@おーぷん ID:NyN(主)

>>3

本人の垢だからマやで

 

9:名無しのげえむ@おーぷん ID:OWq

草ァ!!

 

12:名無しのげえむ@おーぷん ID:LRX

やったぜ

 

15:名無しのげえむ@おーぷん ID:vsG

beam兄貴姉貴オッスオッス!

 

46:名無しのげえむ@おーぷん ID:eF9

ウッソだろお前www

 

65:名無しのげえむ@おーぷん ID:Or3

30代の農業従事者じゃなかったのか(驚愕)

 

83:名無しのげえむ@おーぷん ID:nQL

愛知のガバい兄ちゃん(推測)がJCアイドルとはたまげたなぁ

 

84:名無しのげえむ@おーぷん ID:JRY

一部では既にアイドルみたいな扱いだったから多少はね?

 

214:名無しのげえむ@おーぷん ID:FQh

これでビムニーがハカドルハカドル

 

230:名無しのげえむ@おーぷん ID:7Lv

>>214

ビムニーとかいう現代社会の闇

でもこのルックスなら有りだと思います

 

303:名無しのげえむ@おーぷん ID:CdJ

え、ちょっと待って

兄貴改め姉貴の初RTA動画って6年前の貝獣物語だよな

今14歳だから逆算すると……

 

304:名無しのげえむ@おーぷん ID:nQL

8歳(小二)でファミコンRTA初投稿とはたまげたなぁ

346のアイドルは個性派揃いだけどブッチギリでアレじゃないか!

 

332:名無しのげえむ@おーぷん ID:NyN(主)

>>304

クソ映画レビューやサメ映画レビューの動画も投稿してるぞ

なんだこのアイドル

 

334:名無しのげえむ@おーぷん ID:vsG

年齢詐称疑惑不可避

 

512:名無しのげえむ@おーぷん ID:1sp

ガチで滅茶可愛いだけに反応に困る

当時はロリの癖に主人公名をほもと付けていたのか……

 

514:名無しのげえむ@おーぷん ID:NyN(主)

女の子はホモが好きだからね

仕方ないね

 

518:名無しのげえむ@おーぷん ID:CdJ

でもbeam兄貴姉貴は腐女子的な感じはしないんだよな

気のいい土方の兄ちゃんって印象だわ

 

632:名無しのげえむ@おーぷん ID:lBA

嘘だ、信じないぞ!

beam兄貴は30代で包容力があるガチムチな農家だ!

僕の兄になってくれる存在なんだ!

 

633:名無しのげえむ@おーぷん ID:Iby

本物のLGBTの方が錯乱している

慰めて差し上げろ

 

712:名無しのげえむ@おーぷん ID:09f

このルックスと声ならゆっくり実況じゃなくて生配信向きだよな

アイドルより動画配信者やってた方が人気出ると思う

 

720:名無しのげえむ@おーぷん ID:1ht

アイドル業は大歓迎だけど動画投稿も辞めないで欲しい

スマイル動画というクソの極みで現状見れる動画はbeam一門のRTA動画しかないし

 

723:名無しのげえむ@おーぷん ID:otF

魔球を投げつつRTAをこなすイロモノアイドルの鑑

同じユニットの子かわいそう

 

727:名無しのげえむ@おーぷん ID:yy3

これ事務所側の判断絶対間違えたろw

個性の闇鍋だからどう考えてもユニット向きじゃないって

 

738:名無しのげえむ@おーぷん ID:1sp

>>727

向いてないからってやっちゃいかんのか?

例え不向きでもユニットでやりたいなら突き進めばいいと思う

 

755:名無しのげえむ@おーぷん ID:AFW

というかどういう経緯でアイドルデビューしたのかが気になる

どう考えてもアイドルになりたがるタイプじゃないだろ

 

756:名無しのげえむ@おーぷん ID:tZP

普通にスカウトとかじゃないの?

繁華街にはアイドル事務所のプロデューサーがよくいるって聞くし

 

759:名無しのげえむ@おーぷん ID:bbc

数多くのアイドル候補の中からよりによってアレを引くのか(驚愕)

担当プロデューサーは有能なのか無能なのかわかんねえな

 

763:名無しのげえむ@おーぷん ID:NyN(主)

ところで、もちろんみんなはコメットのファンクラブに入るよね?(威圧)

 

771:名無しのげえむ@おーぷん ID:vsG

>>763

当然

 

783:名無しのげえむ@おーぷん ID:CdJ

>>763

モッチ

 

786:名無しのげえむ@おーぷん ID:h2v

>>763

当たり前だよなぁ!?

 

798:名無しのげえむ@おーぷん ID:5te

>>763

投げ銭代わりに入ったわ

 

801:名無しのげえむ@おーぷん ID:Iby

>>763

むしろ入らない理由がないやん

 

804:名無しのげえむ@おーぷん ID:Hde

>>763

もう入ってる!

 

821:名無しのげえむ@おーぷん ID:tZP

>>763

今まで色んな動画で楽しませてくれたからね

お布施と思えば年会費なんて安いもんだわ

 

844:名無しのげえむ@おーぷん ID:1sp

姉貴が視聴者に何かを要求したことは今までなかった

逆に言えば俺らに頼らざるをえないくらい追い詰められているんだと思う

そういう時は力になんなきゃな!

 

846:名無しのげえむ@おーぷん ID:umL

beam姉貴が駄目になるかならないかなんだ、入ってみる価値はありますぜ!!

 

852:名無しのげえむ@おーぷん ID:NyN(主)

終身名誉オタサーの姫

 

853:名無しのげえむ@おーぷん ID:MBF

コメット流行らせコラ!

 

【管理人コメント】

RTAはよく知りませんが朱鷺ちゃんが慕われていることはわかりました。

管理人としては今後もコメットの活躍が見たいです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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裏語⑩ イカロスの翼

2章のどこかでの出来事。


 空が、好きだった。

 

 抜けるような青さに澄み切る空。純白の陶器のようにつやを放つ白い雲。

 時には空に雲が暗澹(あんたん)と動くこともあるが、それも含めて愛している。

 子供の頃は一日ずっと空を眺め、自分の翼で自由に羽ばたく鳥達を心から羨ましく思った。

 

 そんな俺が航空機のパイロットの道を志したのは当然の流れだった。

 呼吸をするくらい当たり前に。水を飲むくらい自然に。

 パイロットとして自分の翼で空を翔けることが俺の進むべき道であり、人生そのものだった。

 そう、あの頃までは。

 

 

 

「失礼します。龍田です」

「……入りたまえ」

 教官室のドアを軽くノックをすると、低くはっきりした威厳のある声が返って来る。それを確認してからゆっくりと扉を開いた。そのまま南雲教官の元へ近づく。

「今日、発つのか」

「はい。あまり長居しても皆に迷惑でしょうから」

 いつも通り眉根を寄せた真剣な顔をしている。彼の指導は非常に厳しかったのであまり良い思い出はないが、今日で見納めだと思うと少し寂しく感じた。

 

「私がこの航空大学校に赴任してから早二十五年。君はその中で比肩する者がいない程優秀な訓練生だった。だからこそ、病気のことは本当に残念だ」

「こればかりは仕方ありません。急性の緑内障で最悪失明の可能性もありましたから、後遺症がこの程度で済んで良かったです」

 嘘だ。そんなことは欠片も思っていない。……思える訳がない。

「わかっているとは思うが、世の中には自分の力では変えられないどうしようもないことがある。現状の航空従事者資格制度において、色覚検査表で正常範囲外となった場合は欠格事由になるのだ。……いかに成績や能力が素晴らしくともな」

 その表情に一瞬だけ悲しい影が走った。

 

「今後の身の振り方は考えたのか?」

「いえ、東京の実家に戻って考えてみます。これまでの訓練がハードでしたので暫くはゆっくりしますよ」

「そうか」

「お仕事の邪魔になるのでここで失礼します。長い間本当にお世話になりました」

 心の中を悟られないよう話を切り上げた。そのまま深く一礼をしてから踵を返す。

「……龍田」

「何でしょうか?」

 努めて明るく振り返ると軍人のように表情を引き締めた教官が見えた。

 

自棄(やけ)は、起こすなよ。お前はまだ若いのだ」

「……大丈夫です」

 今の心情を見抜かれていたようだ。だがもう教官と訓練生の関係ではない。他人となった彼に俺の抱えているものを背負わせる訳にはいかないと思い、教官室を後にした。

 そのまま学校を出ようとすると小型機が訓練飛行している姿が見える。見慣れた飛行機雲が今日に限って輝いて見えた。

 もう少しで手に入られた自由な空。だが辿り着くための翼は折れ、永遠に失われてしまった。

 

 

 

 ギリシア神話において、ギリシア国王ミノスはダイダロスという職人に巨大な迷宮を作ることを命じた。

 完成後、王はその迷宮の奥に牛頭人身の怪物を飼い毎年生贄を捧げた。そんな中テーセウスという勇敢な少年は自ら生贄をかって出て、怪物を剣で刺し迷宮から脱出した。

 怒れる王はダイダロスを裏切り者と決めつけ彼とその息子イカロスを塔へ幽閉する。ダイダロスは掻き集めた鳥の羽をロウで固め大きな翼を作って装着し、息子と共に塔から脱出しようとした。

 飛び立とうとする時ダイダロスは『高く飛ぶと太陽の熱でロウが溶けるぞ!』と注意する。だが空を飛ぶ喜びで夢中になったイカロスは父の忠告を忘れて空高く飛び上がったため、翼が溶け墜落し海の藻屑となった。

 

 滑稽だな。俺と同じだ。

 

 物覚えは良いので一度やり方がわかれば大抵のことはこなせる。航空大学校の訓練はいずれも厳しかったが、目標のための努力は苦ではないので全分野で常にトップを維持し続けた。

 後少しで操縦士の資格が得られると思い喜びに浸っていた矢先、緑内障が発症した。祖父も同じ病気を患っていたので遺伝性の疾患らしい。

 治療の成果で視力や視野は以前の状態を維持できたものの、その後遺症で色覚異常に罹患した。日常生活では殆ど影響はないが、ことパイロットとなると話が違う。

 乗客の命を預かる以上、操縦士は心身共に健康でなければならないという理屈は正しい。そう頭では理解しているが心は全く追いついていない。

 

 

 

 学生寮を去り実家に戻ってからは完全に無気力だった。

 人生の目的……いや、生きる意味そのものを失ったのだ。空気や水を一度に取り上げられたような状態で生きていられる人間はいない。

 時間は心の傷を癒やすと言うが俺の場合は真逆だ。日が経つ毎に負の感情に心が食い潰されていくのがよくわかる。抜け殻のまま一日中ベッドの上で空虚に過ごしていると自分が生きているのかどうかすらわからなくなってきた。

 

 自室で苦悶していると扉越しに不安げな声が聞こえてくる。

「……おにーちゃん、お夕飯持ってきたよ」

「すまない。今は食欲がないんだ」

「もう何日もちゃんと食べてないって、おかーさんも心配してるけど」

「明日はちゃんと食べるさ」

「うん、わかった。でも一応ここに置いとくね」

「ああ。ありがとう」

 食事を置く音と遠ざかる足跡を聞いて安堵した。

 

「……つくづく、度し難いな」

 家族にまで迷惑を掛けている現状に強い苛立ちを感じる。何をやっているんだ、俺は。

こんな状態ならいっそ────

「太陽に近づいたイカロスは、地に堕ちて朽ち果てる……か」

 そう呟いた瞬間、自分に相応しい最期が見つかったような気がした。

 

 

 

 翌日、久しぶりに外の世界に出た俺は街を彷徨った。学生達が仲良く談笑しながら帰宅する中、求める条件が揃った物件に辿り着く。眼前には俺の墓標となる古びた高層マンションがあった。

 オートロック方式ではないので住民を装って中に入り、エレベーターで最高層の二十二階を選択する。きしむ狭い箱に揺られながら待つと目的の階に着いた。屋上は鍵が掛かっているので、外部から入れる一番高い所が此処になる。

 大きな国道に面しており眺めはとても良い。空も雲一つない快晴だ。

 つまり────死ぬには良い日なのだろう。

 

 偶然住民が出て来ないよう祈りつつバッグから遺書を取り出す。靴も脱いだので準備は整った。後は堕ちるだけだ。

「俺には似合いの最期だな」

 マンションの関係者には本当に申し訳ないが、自殺サイトで調べたところ元々投身自殺が多数発生している名所なので今更一人増えても資産価値に影響はないはずだ。家族としても俺の相続を放棄すれば賠償をせずに済むだろう。

「……よし」

 共用部の手すりに足を掛ける。下を覗くとその高さに一瞬怯んだが、これだけ高ければ中途半端に生き残ることはないと確信出来た。真下は日中の人通りが殆ど無い駐車場なので誤って他人を巻き込むことはない。

「飛べない鳥に、価値はない」

 そして、意を決して空に飛び出した。

 

 

 

 堕ちる。

 

 堕ちていく。

 

 風圧で体が消し飛ばされるような感覚。

 

 途轍もない速度で、地面へ。

 

 これが、翼をもがれた鳥の景色か。

 

 徐々に意識が薄れていく。

 

 終わりかと思った、その時。

 

 桜色の影が、俺の視界を遮った。

 

 

 

「とおおおお~~っ!」

「がはっ!」

 次の瞬間、物凄い力でその影に抱えられた。先程までとは違い空に目掛けて上昇していく。この感覚は、まるで羽根が生えているかのようだ!

 共用部の手すりを踏み台にして上へ上へとジャンプし続けていることに気付いたのは、それから少ししてからのことだった。

 

「これでラストッ!!」

 最上階で一層力強く飛翔するとそのまま屋上に辿り着いた。地に足がつくのを確認すると人影が俺を開放する。

「ゴホッ! ガホッ!!」

 極度の緊張状態から開放されたためかその場で酷く咳き込んでしまった。吐きはしないものの胃液が逆流するのを感じる。今になって足の震えが止まらなくなった。

  暫くしてようやく平常心を取り戻すと、桜色の影の正体が判明する。

「大丈夫ですか?」

「……ああ」

 それは、制服姿の少女だった。

 長く綺麗な髪が風になびく。その美しい姿は人よりも天使に近いように感じた。

 

 

 

「なぜ、助けた」

 感謝の言葉より先に生かされたことを恨む言葉が出てしまう。

「勘違いしないで下さい。助けたくて助けた訳ではありません。他人の貴方が生きようが死のうが微塵も興味が無いです」

 開口一番で結構な毒舌が放たれた。天使という感想は謹んで撤回する。

「ならあのまま死なせて欲しかったな」

「そうはいかないんですよ。私の大切な友達に不幸な目に遭うことが多い子がいるんですけど、その子と一緒に事務所に向かう途中で貴方が飛び降りるのを偶然見かけてしまいました。このままでは自分の不幸のせいで人が死んだとほたるちゃんがショックを受けてしまいますから止む無く助けたという訳です」

 随分と身勝手な理由だ。俺の自殺は誰のせいでもないのだから放っておいてくれれば良かったのだが。

 

「ところで貴方、ご家族は健在なんですか?」

「何故、そんなことを訊く?」

「いいから答えて下さい」

「……両親と妹はいずれも息災だ」

「そうですか。ふむふむ」

 少女が納得したかのように、うんうんと頷く。

 

「バッキャロウ!」

「たわば!!」

 体が再び宙を舞う。何回かきりもみ回転してから硬いコンクリートに着陸した。

 どうやら顔面へのビンタで数メートル程吹き飛ばされたようだ。この強烈無比な一撃で下手したら死ぬ恐れがあると思う。もう少しで頭部と胴体が分離していたに違いない。

 先程の異常な脚力といい、この女の子は本当に人間なのか疑わしく思える。

 

「な、殴ったな……。親にも殴られたことはないというのに」

 よろめきながらなんとか立ち上がった。口の中を切ったのか鉄の味がする。

「殴ってなぜ悪いか!? 貴方はいいでしょうね。そうして無様に死ねば気分も晴れるんですから。ですが残された家族はたまったものではないですよ!」

「何……だと……?」

「親より先に逝ってしまう逆縁はこの世で最大の親不孝です。私は以前死神よりも性質が悪いブラック葬儀社で働いていた頃に自殺で子を失い嘆き悲しむ親の姿を何度も目にしてきました。

 貴方の身なりや目を見ればちゃんとしたご両親の手で真っ当に育てられてきたことがわかります。そんな素敵な家族を辛い目に遭わせる気ですか!?」

「君には、関係ないだろう」

 無遠慮な少女から批判され苛立ちを覚える。俺だって進んで死にたい訳ではない。

 

「人生の目標を失った今ではこうするしか無いだけだ。生きる意味がない以上、死ぬしか無い」

「生きる意味ですか……」

 少女が少し考え込む仕草を見せる。すると何か閃いたようだ。意地の悪そうな笑顔を浮かべながら再び話し掛けてきた。

 

「よくよく考えてみれば、私は貴方の命の恩人ですよね?」

「甚だ不本意だが、その事実は確かだ」

「なら、命の恩人の頼みくらい聞いてくれてもいいじゃないですか?」

「……内容にも拠る」

 意に反するとは言え助けられてしまったことは事実だ。借りを作ったまま死ぬのは気持ちが良いものではないので頼みを聞くことはやぶさかではない。もちろん出来る範囲で、だが。

「よしっ!」

 彼女は軽くガッツポーズをするとバッグからメモ用紙を取り出した。そのまま一枚破り何かを書いた後で俺に差し出す。

 

「何だ、これは?」

「明日の集合場所です。遅刻厳禁ですから気をつけて下さい」

「何をやらせようとしているのか教えてくれないか」

「ちょっとお手伝いして欲しいことがあるので協力をお願いします。内容は当日のお楽しみということで。男性同士のイキ過ぎた愛情表現を描写した映像作品への出演などではないですから心配しないでいいですよ!」

「……わかった」

 物凄く嫌な予感がするが仕方がない。どの道一度は死んでいるのだからな。

 

「ああ、そう言えば自己紹介がまだでしたよね?」

「龍田翼。年齢は21歳で、今は無職だ」

「あっ、ふ~ん……」

 現在の身分については負い目を感じるが、今更見栄を張っても仕方ないので事実だけを淡々と述べた。

「七星朱鷺と申します。14歳の中学二年生で、今はアイドルをやっています」

「アイドル?」

 目覚めるばかりの美しさと新月のような清らかさを兼ね備えているので違和感はない。

……内面は別として見た目は、だが。

 しかし中学生の身分で葬儀社勤務歴があったりアイドルだったりするなど益々謎が増していく。

 

「346プロダクションのコメットというユニットで活動しています。ご存じないですか?」

「すまない、アイドルには興味がない」

「謝らなくていいですよ。世間での知名度はまだ全然ありませんし。……だから無理やり解散させられそうになって必死こいて体力仕事をしている訳なんですけど」

 最後の方は小声でぶつぶつ呟いていたので正確には聞き取れなかった。

 

「あらいけない、もうこんな時間です。集合は朝6時ですからバックレないで下さいよ。もしそんなことをしたら東京湾コンクリ詰めの刑ですからね!」

「あ、ああ。わかった」

「よろしい。それでは……朱鷺、行きまーす!」

 返事を返すと屋上から勢い良く飛び降りていった。常人なら即死だが彼女であれば問題ないはずだ。アレは本当に人間なのか疑わしい。

「さて……」

 屋上の扉の内鍵を開けてマンション内に入る。飛び降りて戻る必要は全くないし誰かに目撃されたら厄介なことになると思うのだが、きっと彼女なりの深い考えがあるのだろう。下の階で遺書と靴を回収してから二度と戻ることはないはずの家へと帰った。

 面倒なことに巻き込まれたが死ぬのが数日延びただけに過ぎない。結局何も変わりはしないさ。そう、何も。

 

 

 

「ここか」

 その翌日は夜も明けないくらいに家を出た。最寄り駅から数分歩くと指定された建物が目に入る。そこはテレビ番組の収録スタジオのようだった。

 エントランス前で立ち尽くしていると昨日遭遇したアイドルが駆け寄ってくる。どうやらあの出来事は俺が見た幻覚ではなかったようだ。

 

「おはようございます、龍田さん」

「ああ、おはよう。こんなところに呼び出して一体何の用なのか教えてくれないか?」

「それは後で話しますから取り敢えず現場入りしますよ」

「……わかった」

 相変わらず一方的だが此処で言い争いをしていても仕方ない。彼女に連れられて建物内に足を踏み入れた。そのままひたすら後を付いていく。

 

「さ、こちらです」

 そう言いながら大きな扉を開けると巨大な撮影セットが鎮座していた。『芸能界腕相撲ナンバーワン決定戦!』という看板が嫌でも目に飛び込む。周囲にはテレビ用の撮影カメラが何台もセットされ、複数の人影がせわしなく行きかっていた。

「おはようございます! 今日はよろしくお願いしまーす!」

「おはよ~」

「はよっす!」

 彼女が元気よく声を掛けると至る所から返事が返ってくる。その内の一人が笑顔でこちらにやってきた。四十代と思われるがサングラスに顎髭、そして派手なトレーナーを着ており、いかにも業界人と言った様子だ。

 

「今日は早いね~、朱鷺ちゃん♪」

「アイドルとしてはペーペーですから、せめて入りくらいは早くないと」

「うんうん。そういう真面目な姿勢好きよ~、お兄さん。……んで、その子は誰? 超イケメンだけど、もしかしてカレシ?」

「彼氏同伴で番組収録とか業界初で斬新過ぎますって! ほら、昨日話したあの子です」

「わかってるわかってる、冗談だって~!」

 会話に入るタイミングを逸していると彼女が俺の方を向いた。

 

「こちらが今日臨時ADをして貰う龍田さんです」

「……は?」

 意味が全くわからないので思わず聞き返してしまう。

「ほら、恩人の頼みを聞いてくれるって昨日約束したじゃないですか。だから今日一日、臨時ADとして目一杯働いて下さい!」

「……そういうことか」

 この突拍子のない子のことだから何をやらせられるか不安だったが、イメージよりはまともな依頼だった。

 

「龍田です。よろしくお願い致します」

「こちらこそよろしく。いや~、ウチのADの奴が昨日急に辞めちゃってさ~。この現場は唯でさえ人が足りないんで超困ってたのよ。だから代わりの奴隷……じゃなかった手伝いが必要でね~。ほら、最近は人手不足で派遣さんを頼もうにも急じゃ難しいからさ!」

「そうですか」

 聞いてもいないことを一方的にまくし立てられた。航空大学校にはいなかったタイプの人なので少し面食らってしまう。

 

「じゃあ龍田くんはとりあえず会場の設営を手伝ってて」

「申し訳ございません。このような仕事は始めてなのですが、作業はどのように進めればよいのでしょうか? 何か手引書などがあれば助かります」

「ああ、ウチそういうのないから! 取り敢えず周りの人から頼まれたことを適当にやってればいいよ!」

「……わかりました」

 テレビ業界というものは噂に違わずルーズらしい。手順が厳格に定められている航空業界とは大違いだが、郷に入れば郷に従えというものだ。今はこの現場の流儀で動くしかないだろう。

「それでは私は控室でメイクなどの準備がありますので。収録後にまたお会いしましょう」

「ああ、承知した」

 一旦彼女と別れて会場の設営に入った。

 

 

 

「新入り! 下のトラックから荷物運んでこい!」

「はい!」

「座席番号の貼付けよろしくね!」

「わかりました!」

「誰か~、弁当来たから楽屋に持っていって~!」

「了解です!」

 

 収録スタジオの至る所から応援要請が入る。その都度他のADと分担して作業を行うが圧倒的に人手が足りない。慣れない仕事のため悪戦苦闘していると苦情や叱責が飛ぶという悪循環だ。

 トイレに行く暇もなく常に現場を駈けずり回る。航空大学校では鍛えていたものの、このところの引き篭もり生活で衰えていた体には少し過酷だった。

 

「芸能界腕相撲ナンバーワンは、圧倒的な力を発揮した七星朱鷺さんに決定~!!」

 番組の終わり頃になってようやく休憩らしき時間が数分発生した。状況は分からないがあの子が圧勝したらしい。周囲の芸能人は驚いていたが超人的な力を目の当たりにしているのでその結果に違和感はなく、むしろ当然だと思ってしまう。

 

「ふぅ……」

 収録後の撤収作業が概ね終ると既に夕方になっていた。12時間近く動き続けたのだから、道理で疲れた訳だ。

 すると着替えを終えたあの子がスタジオに戻ってくる。

「お疲れ様です、龍田さん」

「これで昨日の礼は果たしたはずだ。では、失礼する」

「いえ、まだお仕事はありますよ」

「何ッ!?」

「これから新企画に関する会議があるんです。議事録作成及び雑用係として貴方にも出席して貰いますからね♪」

「君は鬼、いや悪魔か……」

「鬼や悪魔をも超えた悪鬼羅刹的な方と比べたら、私なんて小悪魔程度の可愛い存在ですよ」

 これ以上の魔物がいるのか……。それは想像したくもないな。

 

 

 

「それじゃ~、会議始めるぞ~!」

 新企画の打ち合わせは中規模の会議室で行われた。室内にはあの子や先程のディレクター、作家、音声、演出等の担当者が一同に会している。

 新番組は『RTA CX』という名称で、レギュラー出演者であるあの子が毎回レトロゲームのRTA(リアル・タイム・アタック)に挑戦するという内容らしい。

 アイドルがひたすらゲームをする姿で視聴率を取れるのかはわからないが、番組を作る程だから一定の需要は見込んでいるのだろう。

 

「挑戦ソフトだけど、栄えある初回だからボクもディレクターとして頑張って大手さんと交渉してね~。あの名作ソフトに決まったよ!」

「へぇ~、何でしょうか?」

「うん、ドラゴンクエストⅡさ!」

「ファッ!?」

 あの子が思わず驚きの声を上げた。先程までとは違い顔が引きつり色が青くなっている。

「なぜよりにもよって高難易度のマゾゲーが初回なんですか……。以前RTAをした時には散々な結果でしたから結構トラウマになっているんですけど」

「新番組っていうのは最初の掴みが何よりも重要なんだ。ドラクエなら大体みんな知ってるから見て貰い易いし、業界最大手が撮影可ってお墨付きを出したら他のメーカーの許可も貰いやすくなるでしょ?」

「それはそうですが……」

 一見ちゃらんぽらんな人に見えるが仕事においては要所をきっちり抑えている。人を見た目だけで判断してはいけないと反省せねばならない。

 

「以前RTAをしたことがあるのなら要領もわかってるよね? 番組構成と演出のイメージを考えたいから、解説しながらちょっとプレイしてみてよ!」

 会議室内には既にファミコン互換機がセットされていたので、ソフトを差し込み起動するとモニターにゲーム画面が表示された。

 コントローラーを手にすると「名作RPGゲームのRTA、始めま~す……」と言いながら恐る恐る開始する。

 

「まず主人公の名前付けですが、DQ2主人公のデフォルトネームである『えにくす』にします」

 そのまま淡々と解説しながらゲームを進める。フィールド画面に移動すると戦闘になった。

「きゃっ。い、いたーい!」

「このオオナメクジくんはちょっと意地悪さんですね……」

「こーら、そんなことしたらダメだゾ☆」

「逃してくれてありがとー。だーいすき♪」

 狙い過ぎて痛々しさすら感じる言葉を吐きつつ、引きつった営業スマイルのまま感情を押し殺して先へ先へと進んでいく。

 

 一体なんだろうか、この違和感は。

 傍若無人で天衣無縫なあの態度は鳴りを潜めている。合間に挟む解説は確かにわかりやすいのだが、見ている側の楽しさには繋がっていない。ピンチの際にコントローラーを破壊しないよう我慢する姿は面白かったが、それはあくまで例外だ。

 他のスタッフも同じような感想を持ったようで、一同微妙に渋い表情をしている。

 

「ちょっと止めてくれる?」

 一旦手を止めると発言主のディレクターに注目した。

「何か問題がありました?」

「な~んか違うんだよねぇ~。具体的には言えないけどコレジャナイ感があるなぁ~」

「そ、そうですか? 私はいつもこんな感じですけど」

「このままだと番組としてちょっと厳しいかも。とは言っても初回の収録まであんまり日がないからなぁ~。とりあえず最初は台本と演出で盛って修正しないとダメだな~」

「わかりました。よろしくお願いします」

「それじゃ、入りの演出なんだけどさ~……」

 その後も新番組についてプロ同士の打ち合わせが続けられた。バラエティ番組など適当にアイドルや芸人を呼んできて喋らせるだけだと思っていたが、皆真剣にそれぞれの想いや意見をぶつけ合っている。

 コンプライアンスやBPOなどの制限を受ける中で如何に面白い番組を提供するか必死に考えている彼らを見て、自分の見識が如何に狭かったか改めて認識させられた。

 

 

 

「それじゃあ、お疲れ様でした~!」

 漸く開放されると空は既に闇に覆われていた。だが、こういう空も悪くない。

「では失礼する」

「ちょっと待って下さいよ」

 一緒にいるアイドルに背を向けて去ろうとすると声を掛けられた。まさか、まだ何かあるのか。

「今度こそ昨日の礼は果たしたはずだ」

「はい。ですからそのお礼を兼ねて軽くお食事でもどうでしょう?」

「……わかった」

 今までのことを考えると断ると言っても無駄だろう。下手に逆らうと力づくになりかねないので早々に観念することにした。

 

「この辺りは初めて来たからどんな店があるのか知らないぞ」

「良く知っているお店がありますので、そこに行きましょう」

 全く知らない店に行くよりは良いかと思いそのまま彼女に付いていく。数分歩くと目的地に着いたようだ。

 

 

 

「……どう見ても場末の居酒屋なのだが」

「ええ、場末の居酒屋ですが何か問題でも?」

「いや、何でもない」

 創業昭和四十三年と書かれた暖簾を潜ると、中はくたびれた壮年のサラリーマンで溢れていた。年季の入った狭い店内を進むと丁度カウンターの端が二席空いていたので並んで座る。

 中学生が贔屓にする店と聞いてワイゼリヤやバトルロイヤルホスト辺りを想定していたのだが、見事に裏をかかれた。

 

「よいしょっと。龍田さんはお酒はいけますか?」

「嗜む程度には」

 アルコールは思考力を鈍らせるので普段飲むことはないが、こういう如何にもな居酒屋で酒を頼まないというのはかなり勇気がいる。車で来ている訳ではないので一杯なら問題ないだろう。

「おやっさ~ん、取り敢えず生中一つとノンアル一つね。後は~、枝豆ともつ煮と焼き鳥の塩を適当に見繕って頂戴。まずは以上で!」

「あいよー!」

 完璧に洗練された流暢な注文で吹きそうになったが何とか堪えた。

 

 すると直ぐにジョッキビールが運ばれてくる。俺はアルコール入りの方を手にした。

「それじゃあ、今日一日お疲れ様でした! カンパーイ!」

「ああ、乾杯」

 グラスをカチリと当てるとジョッキを傾ける。すると黄金に輝く液体と白く滑らかな泡が喉に流し込まれた。

「……ッ!」

 芳醇さ、旨み、爽やかさ。そして炭酸が絶妙なハーモニーを醸し出す。まるで航空自衛隊のアクロバット飛行のような見事さだった。生まれて初めてビールを美味しいと感じる。

 

「これは、美味いな」

「そうでしょうそうでしょう。一日必死で働いた後のビールは美味しいんです。生き返るわぁ~って思いませんか?」

「否定はしない」

「昨日貴方は生きる意味なんてないと仰いましたが、人生なんてそんなに小難しく考える必要はないんですよ。働いた後に美味しいビールを飲むためというのも立派な理由になると思います。

 ……私が昔生きていた時も大体そんな感じでしたから」

 酒場の歓声に掻き消されて後半の方はよく聞こえなかった。

 

「いや、それとこれとは話が違う」

 労働の後のビールが美味しいことは否定しないが、夢を失った喪失感が埋められる訳ではない。

「貴方も頑固ですねぇ。そうだ、良ければ何故死のうとしていたのか聞かせて頂けませんか?」

「聞いたところでつまらない内容だぞ」

「それでもいいですって」

「……わかった」

 アルコールが入ったためか口が軽くなったようだ。航空大学校に通っていたことは伏せつつ、色覚異常で目標としていた仕事に就けなかったことを彼女に話す。すると若干渋い顔になった。

 

「う~ん、その症状は秘孔でも治療が難しいですねぇ。私の力は遺伝性の病気や被爆には効果がありませんから」

「秘孔?」

「こっちの話ですから気にしないで下さい。話を戻しますが龍田さんの辛い気持ちは何となくわかります。私だってアイドルとして、ユニットの皆と一緒に輝くという人生の目標を失わないよう今必死になっていますからね」

「そうだろう? 目標を失ってどう生きていけばいいのか、皆目見当がつかない。……マスター、ビールを追加でお願いする」

「あいよっ!」

 もう三杯目だ。少しペースが早いかもしれないが今は飲みたい気分なので止まらない。

 

「でも私と違って龍田さんは子供の頃から夢を持っていたじゃないですか。きっとやりたいことを見つける才能があるんですって。目のことは確かに残念でしたけど、新しい夢だってそのうち見つかるに違いありません」

「気休めはよしてくれ」

「辛い時なんてものは酒飲んで寝れば大体解決します。後悔なんて時間の無駄ですよ! 飲んで忘れなさい!!」

「何かと言えば酒、酒、酒! アイドルとしての誇りはないのかッ!」

「あ? ねえよ、そんなもん!」

「何だこのアイドル!」

 その後はお互い軽口を叩き合いながらビールや料理を楽しんだ。酒の力もあるのかもしれないが、久しぶりに笑った気がする。

 

 

 

「ごちそうさまでしたー!」

 大体2時間程してから店を後にする。中学生にお金を出させる訳にはいかないので奢ろうとしたら力づくでワリカンにさせられた。

「今日は一日お疲れ様でした」

「ああ、そちらも。帰りは大丈夫か?」

「ええ、親やP(プロデューサー)が煩いのでタクシーを拾って帰ります」

「そうか、俺は電車だから此処でお別れだな。……ところで、最後に一つ聞きたいことがある」

「何でしょう?」

 首を傾げる彼女に向かって言葉を続ける。

 

「昨日君は他人がどうなろうが興味ないと言った。だが今の食事会といい、俺に自殺を思い留まらせようとしたのは明白だ。なぜ他人のためにここまでする?」

 すると真面目な表情に戻り再び口を開く。

「……確かに昨日までは赤の他人でしたが今日は違います。私と貴方は一日とは言え同じ現場で一緒に仕事をした仲間じゃないですか。

 私はコメットとして初ライブを終えた時、今後仲間の誰かが困ったら力になってあげようと決めたんです。だから仲間である貴方の心が少しでも良い方に向かって欲しいと思ったんですよ」

 そうか。その為に臨時ADの仕事を与えたと言う訳か。

 

「……変わった子だな、君は」

「昔からよく言われます。

 今は本当に辛いでしょうが、命は投げ捨てるものではありません。生きてさえいれば私のように新しい夢がきっと見つかるはずですよ。だから頑張って生きて下さい!」

「……ありがとう」

「いえ、どういたしまして♪」

 お互い笑顔で握手をする。この温もりは久しく忘れていたものだ。

「それでは失礼します。もう会うことはないと思いますが、お元気で!」

「ああ、お休み」

 そのままタクシーに乗る姿を見送った。

 

 彼女と別れてから近くの公園のベンチに腰掛ける。

「ハハッ……」

 全く、とんだお人好しだ。自分のことだけでも大変だろうに他人の心配をしているのだからな。

 彼女のお陰で命だけではなく心も救われたような気がする。あの子は俺にとっての救い主なのかもしれない。

 二度と笑えまいと思っていた俺が笑えたのだから、もう少し生きてみるのも悪くない。

 

 そう思った瞬間、ある気持ちが心の中から浮かび上がった。

 

 これが夢や目標と呼べるものかはわからない。

 

 だが久しく忘れていた想いだった。

 

 小さい頃に空を眺めていた時と同じような感覚で────

 

 七星朱鷺というアイドルが輝く手助けをしたいと、強く思った。

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、七星さん。今日も一日よろしくお願い致します」

「……ええと、何で貴方が此処にいるんですか?」

 次の日、別の番組の収録現場で彼女と顔を合わせた。俺の顔を見るなりかなり狼狽えている。

「あの後ディレクターさんに相談しまして、今後はアルバイトのADとして雇用して頂くことなりました」

「ああ、そう……。それでなぜ口調が敬語に?」

「私なりのケジメですから気になされないで下さい。七星さんは普段通りに接して頂いて構いませんので」

「わ、わかりました。どういう心境の変化や鬼の霍乱が起きたのかは知りませんが、とりあえずよろしくお願いしますね……」

「はい。全て私にお任せ下さい」

 そうしてADとしての新たな生活が始まった。

 

「龍田! 今日出演の川島さん、まだ来てないんだけど確認してくれる?」

「先程担当Pに確認したところ電車が止まったそうです。いまタクシーで向かっていますから収録には間に合いますよ」

「そうか、サンキュー! あ~、次回の食レポの店なんだけど店主が頑固で撮影が難しいんだよな~。代わりに交渉してくんない?」

「昨日連絡をしまして快く撮影許可を頂きました」

「マジか! ホント凄えなお前!」

「いえ、大したことはありません」

 最初は面食らっていたADの仕事だが、三日で概ね要領を掴んだ。一週間もすれば現場を掌握出来るようになったので、指揮命令系統の整理や作業手順の作成及び周知を行うことでADを増やさなくても多少の余裕が生まれる。その隙間の時間をひたすらアイドルの研究に当てた。

 七星さんが人気を得るためにどうすればいいか検討した結果、今の彼女に不足しているものが見えてきた。

 

 現在人気を得ているアイドルは偶然売れている訳ではなく、確固とした理由がある。

 例えば346プロの実質的トップである高垣楓氏で考えてみるとしよう。モデル出身のためその美貌は確かなものであり、非常に高い歌唱力で人々を魅了する。天が二物どころか三物、四物を与えたと言っていい。

 しかし能力が高すぎると近寄り難くなるというデメリットが生まれる。余りに完璧過ぎるとアイドルとして応援しようと思えなくなるのだ。それに女性からの嫉妬も買う。

 その点彼女は絶妙なバランスを保っている。ダジャレを好んでいたり日本酒好きだったりという人間っぽさが完璧さを上手く中和しているので、綺麗で一見完璧だが可愛い所もあるお姉さんという存在を確立している。狙っている訳ではないので素の状態で魅力的なのだろう。

 

 一方で七星さんはどうか。まずは容姿だが、元々トップアイドルに一歩も引けを取らないレベルなので問題はない。ライブパフォーマンスは日々レベルが上っておりその内トップ層に追いつくはずなのでそちらも大丈夫だろう。

 最大の問題はあの身体能力と北斗神拳だ。確かに知名度を上げる役には立ったものの、アイドルの個性としてはあまりに異質過ぎる。

 最近は『346アイドル速報』というネット上のまとめサイトを随時チェックしているが、始球式や無人島生活などで披露した残虐無比な振る舞いについては世間も困惑しているように感じる。これから彼女をトップアイドルに押し上げるためにはこの空気を打破しなければならない。

 

 その打開策として注目したのが、RTA動画投稿者という彼女の別の個性だ。

 綿密な事前調査から繰り出される思いつきのチャート(攻略手順)変更や神がかったタイミングで発揮されるゴミのような運など、人間としての緩さや隙の多さ────七星さんの言葉で言う所の『ガバガバさ』は彼女の動画ファンから非常に強く支持されている。

 先程のまとめサイトにおいても動画投稿者としてのカミングアウトはとても好意的に受け止められていた。

 

 七星さんが今後清純派アイドルとして成功する可能性はゼロなので、一見無敵である彼女が実は色々ガバガバだと世間に知らしめることで『強いがドジで面白いバラエティアイドル』という確固とした存在を確立したい。それが出来るのは自分しかないという自負がある。

 そのためにはあの新企画を大幅に変えていく必要があるだろう。そう思いディレクターに電話をかけた。

 

「もしもし、龍田です」

「お~、翼ちゃん! どったの? 何か用?」

「来週撮影開始の『RTA CX』ですが、内容に関して提案がありますので聞いて頂けないでしょうか」

「……へぇ~、いいね! 今なら時間が空いてるから何でも聞いちゃうよ!」

「電話では何ですので、今から伺います」

「おっけおっけ~!」

 シンプルに纏めた図入りの企画書を持ってディレクターの元へ向かった。

 

 

 

 そして『RTA CX』の初収録日がやってきた。既に番組の趣旨説明や七星さんの紹介については撮り終えているので、いよいよプレイ姿を撮影する段階だ。

「それでは実走の収録に入ります」

「よろしくお願いします」

 貸ビルの小会議室に設けられた簡素なセットと七星さんの笑顔の姿がカメラに映る。

「3・2・1……」

 俺の合図が終るや否や、七星さんが作った笑顔で喋り出した。

 

「それでは早速ドラクエⅡのRTAに挑戦したいと思います! スイッチ……オーン!」

 ファミコン互換機の電源を入れると早速プレイを始める。

「敵さんだ~、怖いなぁ~!」

「もおーっ。ひどーい♪」

「スライムちゃんは可愛いですね~♥」

 先日の打ち合わせで見せたような痛々しさを感じる演技で必死に清純派アイドルを装っている。

 

「すみません、ちょっと止めて頂いていいですか」

「……は?」

 開始から5分程度経った後、タイミングを謀って横槍を入れると彼女が一瞬素に戻った。ディレクターとの打ち合わせ通り敢えてカメラの前に姿を現すと困惑の表情が益々深くなる。

「えっと、今プレイ中なんですけど。それになぜ貴方が前面に出てきているんです?」

「大変申し訳ございません。大切な連絡があるのを忘れていました」

「連絡?」

「はい。プレイ時の注意点ですが、下手な芝居はせずにいつもRTAに挑戦する時と同じ状態で挑戦をお願いします」

「ADからダメ出しっ!?」

 思わず鋭いツッコミが出た。これも芸人のサガか。

 

「いえ、ディレクターさんも同じ意見です。その方が盛り上がると思いますので」

「……わかりました。上の方の命令であればそうしますよ」

「後は主人公の名前はいつものでお願いします」

「えぇ……。普通に放送禁止用語だと思うんですけど」

「地上波ではなく衛星放送ですから大丈夫です」

「そういうものですか……」

 納得していない感じではあるが、一度リセットしてから新たな条件で渋々再開する。今のやり取りも放送することはオンエアまで秘密だ。先程の下手な芝居と実態を比較することで、より落差を感じさせる狙いがある。

「では改めて。バランスがおかしいゲームのRTA、始めまーす。

 まずは名前ですが入力速度を考慮して『ほも』にしました。さぁ、大冒険のはじまり~!」

 ようやく彼女らしいRTAが始まった。

 

「では洞窟にイクゾー! ……防具を買ってなかった」

「武器は装備しないと意味がない。装備を忘れるとこの言葉の大切さが身に染みますね」

「みんな殴れー親の仇のように殴れー! ヒャッハー!!」

「首が狩れる首が狩れる首が狩れるぞー。首が首が狩れるぞー首が狩れるぞー」

「お姉さんのこと、ほんっきで怒らせちゃいましたねぇ!」

「止めてよして触らないで逃して下さいお願いします何でもしますから!」

「へっ、とんだ甘ちゃんですよ! みすみす逃がすとか雑魚過ぎて草生えますわぁ~!」

 意識的か無意識かは分からないが、アイドルとして大丈夫かと思われる発言を連発しつつ順調に旅が進んでいく。撮影スタッフの皆は笑いを堪えるのが大変そうな様子だ。

 

「あっ!」

 普段通りに振る舞う内に思いの外テンションが上がったのか、中ボス戦でコントローラーが真っ二つに割れてしまった。

「えっと。どうしましょう、どうしましょう……」

 涙目で狼狽する姿を撮影した後で声を掛けることにする。

「七星さん。こんなこともあろうかと予備のコントローラーを用意しています」

「おおっ、流石有能AD!」

「まだまだ予備はありますから今後は遠慮なく割って下さい。それもこの番組の見どころになりますから」

「でも、そんなことしたらタイムがどんどん伸びますよ」

「ご安心下さい。好記録を期待してこの番組を視聴する方はまずいませんので」

「Sなの? ねぇ、貴方ドSなの?」

「フフッ。さぁ、どうでしょうか」

 性的嗜好は至って普通なのだが、そういう振りをして七星さんを弄ればその魅力が発揮されるはずだ。命の恩人に対して心苦しいが、彼女のために敢えて鬼となろう。

 

「では再開します」

 その後もキレたり笑ったり泣いたりしながらゲームを進めていく。本当に喜怒哀楽が豊かな子なので自分も一緒にプレイをしているような感覚に陥るし、その分応援したくもなる。

 そうする内にいよいよラストダンジョンに差し掛かった。レトロゲー特有の高難易度と低レベル攻略、そして七星さんの運の無さが重なり合って地獄のような惨状が繰り広げられる。

 

「ブリザード四体相手に勝てる訳無いだろ! いい加減にしろ!」

「五回連続で逃げミスするとかクリア出来る気がしませんね……」

「こういうことをされるとね、ゲームにならないんですよ!」

「死体がふえるよ! やったねほもちゃん!!」

「ファイナル第十五次遠征行きまーす。蜀漢の北伐もこんな絶望的な感じだったのでしょうか」

「当然の権利の様にザラキを刺すのやめろ。繰り返す当然の権利の様にザラキを刺すのはやめろ」

「先制するラスボスなんてRPGにいてたまるかああぁぁーーーー!!」

「二連続先制とかふーざーけーるーなーーーー!」

 道中の雑魚敵にボコボコにされるという酷い有様だが、怒りながらもウイットに富んだコメントが飽きずに繰り出されるので悲惨さは中和され笑いを誘う。

 特にラスボスのシドー戦において、二回連続で先制攻撃を喰らって全滅するという神がかり的な屑運が発揮され現場は爆笑の渦に包まれた。笑いの神に此処まで愛されたアイドルは他にいないとこの時点で確信する。

 当の本人は顔を真っ赤にして泣きの涙でプレイしていたので、これで無慈悲な殺戮マシーンという物騒な印象が少しは薄まるはずだ。

 

 

 

 6時間ほど経ってやっと収録が終わった。完全に燃え尽きている七星さんに声を掛ける。

「お疲れ様です。初回にしては上々の出来でした」

「……タイムはお通夜ですけどね。次回はこうならないことを祈ります」

「今後も高難易度のソフトを用意していますからそれは中々難しいかと。初回には間に合いませんでしたが今後は色々な企画を用意しますから一筋縄ではいきませんよ」

「一応確認しますがソフトの選択や企画の追加をしたのはどこの馬鹿野郎なんでしょうか?」

「勿論私です。全てディレクターさんの許可を頂いていますのでご安心下さい」

 するとブチッという音が聞こえたような気がした。

 

「ばーかばーか! ドS! ドSドラゴン!」

「悪口の言い方が小学生レベルに退行していますよ」

「貴方なんて休みの日に客先からクレームの電話がかかってくる呪いに掛かってしまいなさい!」

「どちらに行かれるんですか?」

「トイレですよトイレ! もう漏れます!」

 そのまま涙目で敗走した。

 

 やれやれ、七星さんからは蛇蝎の如く嫌われてしまったか。だがそれでも構わない。

 俺が彼女を弄ることで世間の人々にその魅力が伝わり、アイドルとして上のステージに行けるのなら本望だ。なぜならば────

 

 七星朱鷺というアイドルは、(イカロス)にとっての新たな翼なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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後語① 孤独?のグルメ

(新年明けてから)初投稿です。本年も宜しくお願い致します。
今後の更新ですが本編完結後のおまけ話を『後語』、別キャラ視点での話を『裏語』、それ以外を『番外編』と分類しますのでご了承下さい。


「大変盛り上がった『迫真過ぎて伝わっちゃうモノマネ選手権』ですが、いよいよ優勝者の発表を残すのみとなりました!」

 司会を務めている卯月さんの可愛い声がスタジオ中に広がります。それはセットの裏に控えている私にもよく聞こえました。

「第二回目だけど、今回は凄くレベルが上ったね」

「ホントホント! 私なんて笑い過ぎて顎が痛くなっちゃったよ~」

「確かに未央はずっと笑いっ放しだったな」

「しぶりんだって笑い堪えてたじゃん!」

 同じく司会の凛さん達が軽妙な掛け合いをします。

 

「しまむーはこれまでの中でどれが一番好き?」

「私は早苗さんと拓海ちゃんの『警察24時 凶悪暴走族逮捕の瞬間!』がとてもリアルで凄いと思いました! 未央ちゃんはどうですか?」

「私はやっぱりまゆちゃんの『アニメ版スクールデイズ 最終話修羅場シーン』かな~。さくまゆがあんなに演技力高いなんて思わなかったよ~。しぶりんはどう?」

「私? う~ん……やっぱり周子さんがやった『LiPPSの暴走を止めようとして逆に巻き込まれた美嘉』かな。大体いつもあんな感じだから」

 三人が笑顔でこれまでの感想を述べます。私もその中のどなたかに優勝して頂きたかったのですが、儚い夢と消えてしまいました。

 

「皆好みは違うと思うけど、迫真さと面白さで言うと優勝者はやっぱりあの子だよね?」

「うん、それは間違いないと思う。実際に見たことはないけどこうなんだろうなっていうのが伝わってくるのは凄いよ。ネタのレパートリーも無尽蔵だし」

「それでは優勝者の発表です! 第一回で優勝したディフェンディングチャンピオンが今回も王座を死守しました! 七星朱鷺ちゃん、どうぞ~!」

 卯月さんの紹介と共に入場の音楽が流れます。意を決してスタジオ中央に飛び出しました。正面のカメラを向くと披露するネタの内容を真顔で紹介します。

 

「麻雀で役満をテンパイ(上がり直前)したのに結局上がれず、少しだけゴネる父親の友人」

 これ以上ないほど真剣な表情に切り替えました。そして空中椅子のエア麻雀の体勢となり、牌を引く姿をパントマイムで完璧に演じます。

「…………」

 目を瞑り麻雀牌を引きます。意を決して目を開けるも……ダメッ!

「いやー、役満狙ってたわー! アガってたら四暗刻だったのになー!! かぁ~!」

 表情を崩して一気に饒舌になりました。モノマネでは本家よりオーバー気味に演じると笑いに繋がるのです。

「ホラホラ、俺の手牌見てよ~! ラスト八萬じゃなくて九萬だったら勝ってたのになぁ~~!! 実質四暗刻ってことにならない? あ、ダメ。そう……」

 最後にしゅんとする所まで完全再現です。すると緩急の差のためか卯月さん達が吹き出しました。掴みはまずまずなので次のネタは少し攻めてみましょう。

 

「続きまして、動物シリーズ。浮気をしつこく責め立てるこうしくんと、首を絞められながらも必死に弁明するとっとこハム太郎」

 言い終わると同時に気持ちのスイッチを一瞬で切り替えます。

「ハムタロサァン! ボ、ボクというものがありながらリボンちゃんにうつつを抜かすなんて許せませぇーん!」

「こうしくんやめるのだ! あ、あの時はヒマワリの種をキメてたから本気じゃなかったのだ! たった一度の過ちだからリボンちゃんのリボンで首を締めちゃダメなのだ!」

「ボクもハムタロサァンと一緒に天国に行きますゥ~!」

「もちろん一番は、こうしくんなのだ! カハァッ! ……だから、止めるのだぁ~!」

 迫真の演技で畜生共の修羅場(イメージです)を完全再現しました。スタッフ達の爆笑の声がスタジオ内に広がります。

 

「続きまして、野球シリーズ。東京ドームでの試合でチャンスが回り、気合十分でバッターボックスに立つ元日本ベーコンのイーフラー」

 流れる水のような自然な動きでエアバッティングの体勢に移行しました。

「ヴェー、ヴェー、ヴェーヴェーヴェー」

 鳴り物の応援を口で再現しつつフォームを再現します。

「ブェーーデ……!」

 大げさなスイングで空振りをすると同時に床がガコンと開き下に落ちます。モノマネが上手く伝わった時に床が開くシステムなので丁度オチが付いた格好でした。

 

「あはははははははは!」

 スタジオ外に漏れ出そうなくらいに笑い声が響き渡ります。

「フフッ。やっぱり朱鷺は凄いね」

「はい! 流石チャンピオンです!」

「それでは今回はこの辺で! 皆さん、バイバ~イ!」

 そうして何とか無事に収録が終わりました。

 

 

 

「だから全然無事じゃないですってば!」

 自分の楽屋に戻るなり頭を抱えました。こういうことをしているからダンスの上手い芸人呼ばわりされるんです! また風評被害で私の評判が落ちるに決まっていますよ!

 でも私の性格上、仕事では一切手を抜けないのが悲しい。とても悲しい。

 そそくさと着替えを終えると、帰る前に一言挨拶しておこうと思いニュージェネレーションズの楽屋に寄りました。

 

「……おつかれっしたぁ~」

 ドアを五センチ程開いて三人に囁きかけるととても驚いた様子です。

「うわっ! どうしたの、とっきー?」

「凄く暗いよ」

「せっかく優勝したんですから笑顔の方が良いと思いますけど」

 笑顔? 忘れちまったよ、そんなモノはな……。

 

「あの『シンデレラと星々の舞踏会』が無事成功して各ユニットが今まで通りに活動できるようになったと言うのに、なぜ『とときら学園』ではこんなネタ企画が平然と行われているんでしょうか?」

 ゆっくり室内に入ると色物芸人と同等の扱いをされている不満を語ります。

「視聴率が獲れてるからでしょ。それ以外に理由はないと思うけど」

 凛さんがド正論でピッチャー返しをしてきました。いや、それを言ってしまったら話が終わってしまうじゃないですか。もっと女子らしく中身のないガールズトークを繰り広げましょうよ。

 

「そもそもこの企画を提案したのもトッキーだからねぇ」

「舞踏会前は注目度を高める必要がありましたから色々と企画を提案していましたけど、存続が正式に決まった今としては不要なんですって」

「それはもう、手遅れじゃないでしょうか……」

 卯月さんに痛いところを突かれました。

 

 武内Pが企画立案した『とときら学園』は視聴者から寄せられたお悩みを生徒役のアイドルと共に解決していくお助けバラエティ番組……のはずでした。

 しかし現在では私が考えたり前世から持ち込んだりしたネタをAP龍田がブラッシュアップして企画にするという至上最悪のシステムが構築されており、もはやその原型を留めてはいません。

 ネタの供給は既に打ち切ったのですが今あるストックだけで後十年は戦えるそうです。彼は一体何と戦っているでしょうか。

 龍田さんのSっぷりが最近になって増しているように思いますけど、その理由が全く分かりません。もしかして嫌われてる? だとしたらちょっと落ち込みます。

 

「まあまあ、落ち込んでもしょうがないじゃん! 気持ちを切り替えていこうよ!」

「そうですね……」

 確かにくよくよしていても仕方ありません。明日から清純派アイドルとして頑張ることにして、今日はノンアルコールビールでも飲んで寝ちゃいましょう。

 辛い時は酒飲んで寝るに限りますね。古事記にもきっとそう書いてあると思います。

 

「朱鷺はこの後、仕事?」

「いえ、今日はこのお仕事で終わりです。もし時間があれば一緒にお茶でも行きませんか?」

「すみません、私達は雑誌の取材があるので……」

 卯月さんが申し訳なさそうに頭を下げます。

「いえ、謝らなくていいですよ。また今度ご一緒しましょう」

「うん、次は空けとくから」

 お仕事の邪魔にならないよう早々に退散しました。

 

 茜色に染まる空を背景に駅までの道を歩きます。

 その途中でコンビニの唐揚げやポテトフライ、中華まんを手にした女子学生達とすれ違いました。買い食いはマナー違反かもしれませんが無理なダイエットをするよりは健康的なので微笑ましく思います。

 ……はて、そういえば。

 

「お腹が、空いてきました」

 

 魂の欲求がつい言葉に出てしまいます。収録が終わって安心したら私の胃が食べ物をよこせとストライキを始めたのでした。よくよく考えればモノマネを何回も披露させられてお弁当を食べる暇もなかったので当然です。

 腕時計を確認すると夕方の4時過ぎのため何とも微妙な時間ですが、これから3時間以上空腹で過ごすというのは耐えられません。

 今は偶然にも一人です。こうなれば、やることは一つ────

 孤独のグルメごっこ、やっちゃいますか? やっちゃいましょうよ!

 

 

 

 孤独のグルメとは、雑貨輸入商を営む独身貴族の主人公が仕事の合間に立ち寄った店で食事をする様を描いた漫画です。よくあるグルメ漫画とは異なり、中年男性が独りで食事を楽しむシーンと心理描写を綴っているのが特徴だと言えるでしょう。

 古い作品ですが近年ではドラマ化もされて非常に高い人気を博しています。現世にも存在していて嬉しかった作品の一つですね。

 

 私は前世では九分九厘一人メシでしたが、最近では家族以外の人とも一緒に食事するのがデフォルトになっていました。和気藹々と頂くご飯も美味しいのですけど食べることに集中できる一人メシもそれはそれで良いものですよ。

 こうして一人でご飯を食べる機会が生まれたので久しぶりに孤独のグルメごっこをすることにしたという訳です。前世で試した際に下調べせず入った個人店は漏れなく地雷でしたが、現世ではそこまで運は悪くないはずなので大丈夫でしょう。

 

 思い立ったが吉日なのでスマホをバッグの中にしまいました。こういう時にネットのグルメサイトを使うのは無作法なのです。自分の直感と感性を信じてお店をチョイスすることにして、再び駅までの道に歩き出しました。

 どうせだったら美味しいものがいいですよねぇ。丼物、寿司、天ぷら、カレー、中華と色々なお店が目に入りますが、帰ってから夕食があることを考えるとあまり重いものは不向きです。

「おっ!」

 すると丁度良いお店が見つかりました。

 

 暖簾と看板には『淡麗醤油ラーメン 水鳥(すいちょう)』と書かれています。

 寒い時期なのでラーメンは気分にぴったりです。二十郎や家系などはボリュームがあるので間食には不向きですが、淡麗醤油系であれば問題ないはずです。

 中途半端な時間にも関わらず軽く十人以上並んでいるということは味にも期待できるはず。『君に決めた!』と心の中で叫んでから最後尾に並びました。

 

 

 

「あ、あの~。すみません」

「……何でしょう?」

 ソシャゲのデイリー任務を真顔で黙々とこなしていると列に並んでいる若い男の人から声を掛けられました。コンマ1秒で営業スマイルに切り替えます。

「もしかして、アイドルの七星朱鷺さんですか?」

 しまった。昔から愛用している伊達眼鏡やマスクで普段は変装しているのですけど、今日に限って変装セットを忘れていることを忘れていました。

 秘孔を突いて記憶を奪おうかと一瞬思いましたが、駅前の繁華街で通行人も多数いるので迂闊(うかつ)な行動はできません。嘘をつくのも気がひけるので一旦認めて反応を見ることにします。

 

「ええ、そうですよ」

「いつも応援していますっ!」

「ありがとうございます」

 凄く興奮していますね。でも他のアイドル達と違って、目の前の女は有難がるような尊い存在じゃないですよ。

「マジで?」

「えっ、本当!?」

 すると列に並んでいる他の客も気づき始めました。この流れは望ましいものではありません。

 

「外は寒いので先に店へ入って下さい! 他の方もそれでいいですよね?」

 行列の先頭が声を掛けると皆首を縦に振りました。店内へと誘う彼らに微笑みかけます。

「……お気持ちは嬉しいのですが、それは謹んでご遠慮します」

「え、どうして?」

「ラーメン店の行列は神聖な列です。並ばれている方は貴重な時間を使って至高の一杯を求めているのですから、アイドルだからという理由で安々とこの列を飛ばしてはいけないと私は考えます。皆様はそう思いませんか?」

「確かに……」

「なので順番はこのままで構いません。その代わり私のことは内緒ですよ。バレるとお店にもご迷惑をお掛けしてしまいますから」

「はい、わかりました!」

 元気の良い返事がいくつも返ってきました。「謙虚なアイドルは格が違った!」などと皆口々に言っています。

 

 別に善人という訳ではないのですが、芸能人だからといって優遇されてしかるべきという風潮には違和感を覚えます。たまたま職業としてアイドルを選んでいるだけですし、払う料金は同じなので特別待遇されるべきなんて考えはありません。むやみに借りを作りたくもないですしね。

 列の人達にサインを書いたり談笑していたりしたらいつの間にか列が消化していたので店内に入り食券を買います。軽く済ませたいので一番安い『淡麗醤油 白麗(はくれい)ラーメン』にしましょう。

 

 席に座ると煮干しの良い匂いが鼻孔をくすぐりました。これは期待できると思い、希望に胸を膨らませながら待ちます。わくわく、わくわく。

「お待ちどう様です」

「ありがとうございま……す?」

 目の前に置かれたものを見て目が点になりました。

「あの~、これって私のラーメンですよね?」

「はい。間違いありません」

「こ、この鬼のようなトッピングは一体何事なんでしょうか……」

 ラーメン(ばち)には煮玉子、チャーシュー、海苔、メンマが溢れんばかりに盛られています。ボリューム的には二十郎に近いレベルにまで魔進化していました。

 

「先程のお客様達が『ラーメンに向き合う真摯な態度に感動した!』とのことで、せめて具材を奢らせて欲しいという申し出があったのです」

 しまった! 好感度を上げ過ぎた!

「そしてこちらが当店からのサービスです」

 すると特盛りのチャーシュー丼が出されました。肉マシマシマシくらいのボリュームです。

「えっと、これは?」

「以前テレビの取材を受けた際、出演した芸人は『たかがラーメン』と我々を見下しており態度も横柄でした。ですが貴女は大人気アイドルでありながら一人の客としてラーメンに対し誠実に向き合っていると聞きます。副店長としてその姿勢に敬意を評したい」

「えぇ……」

 シンプルなラーメンを軽く頂くつもりだったので超ありがた迷惑ですよ! しかし何だか良い話っぽい雰囲気を壊すようなことは言えませんでした。私は空気詠み人知らずではないのです。

 

「……ありがとうございます。それでは頂きます」

 覚悟を決めた後、まずスープを一口頂きます。フワッと芳醇な煮干しの風味が口の中に広がり、げんこつだしも加えあっさりとした上品な味です。麺は平打ちで中太の縮れ麺でスープとの相性は抜群でした。コシがありモチモチとしていて食感が素晴らしいの一言です。

 柔らかい食感の穂先メンマもグッドですし、味玉の甘辛い味付けと黄身の半熟さも良い。

また、チャーシューは驚くべきほどの柔らかさとジューシーさを保っていました。半端な時間帯に行列が出来るだけのことはあります。

 

 凄く美味しいのですが……いかんせん量が多い。

 私は身体能力的には超人なので大食らいと勘違いされがちですけど食事量は普通の少女とそう変わりません。食べられる量には自ずと限界がありますが、出された料理は残さないというのがポリシーです。生き物の命を頂く以上、喰らい尽くさなければ犠牲となった彼らも浮かばれません。

「いざ完食!」

 そして孤独のグルメ改めラーメンアンドチャーシュー丼との格闘が始まりました。熱戦・烈戦・超激戦です。

 肉、肉、玉子、肉、玉子、肉、肉、肉……。

 黙々と胃に投下していきます。ラーメンだけならまだしもチャーシュー丼が非常に厄介でした。分厚いお肉はお腹に溜まるんですよ!

 肉に次ぐ肉、玉子に次ぐ玉子。

 にく……たま……。

 

「ご、ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 何とか完食しましたがその代償は大きかった。もうお腹はパンパンで、このまま第一子が生まれそうな状態です。

「そうだ、折角なのでサインを頂けないでしょうか。初めてのサイン頂くお客様として貴女が相応しいと思いますので」

「はい。いいですよ……」

 サラサラとサインを書いて手渡します。店名入りで丁寧に心を込めて仕上げました。

「美味しい料理は人の心を豊かにします。これだけ美味しいラーメンを作れる皆さんは人に誇れる素晴らしいお仕事をされていると思いますので、自信を持って下さい!」

「ありがとうございます。店長が仕上げる白麗ラーメンは水面に浮かぶ水鳥のように優雅で華麗な味わいですから、今度は彼がいる時に是非ご来店願います」

「ええ、喜んで♪」

 

 笑顔で店を後にすると路上のガードレールに腰かけました。

「ヒー、ヒー、フー……」

 いや~、本当にきついです。夕食は入りそうにもないので不要だと家に連絡しておくべきですね。そう思ってスマホを取り出すとお母さんからメッセージが届いていることに気付きました。

「え~と、『患者さんが少ないから早く帰ってきちゃった♥ 朱鷺ちゃんも今日はお家でご飯食べるって言ってたから、今夜は張り切って本格中華のフルコースよ~♪』ですか……」

 無理無理無理! もう入らない!

 

『もしもの話だけど、もうお腹一杯で食べられないって言ったら?』

 牽制のジャブ的なメッセージを発信すると一分経たずに返ってきました。

『その時はとっておきのHなお仕置きがあるから覚悟してね~♪』

 大体予想通りの返信です。でもHなお仕置きとは一体……と訝しんでいると追加のメッセージが来ました。

『言い忘れてたけど、HはHでもHELL(地獄)の方だから♥』

「Oh……」

 恐ろしいワードを確認した後、スマホをそっとしまいます。

「……今から全力疾走すれば多少はお腹が空くでしょうか」

 重い腰を上げた次の瞬間、『七星朱鷺 空腹化RTA』が幕を開けました。

 

 

 

 そんな出来事から数日後、またも仕事帰りに一人でおゆはんを食べる機会に遭遇しました。

 先日の空腹化RTAではお腹を空かせるためだけに都心から埼玉の川越市までダッシュで二往復するという酷い目に遭いましたけど、今日はご飯は要らないと家に連絡済みです。なので孤独のグルメごっこをゆっくり堪能しましょう。

 なお、前回の反省を生かして今回はしっかり変装しています。髪をまとめて帽子を被り伊達眼鏡をかけているので、よほどのことがなければ私だと気付かれないはずです。

 まずはお店選びですが何となく魚系に行きたい気分ですね。そして食べる量を自分でコントロールできるお店だと尚良しです。すると条件に合致したお店が見つかりました。

 

「らく寿司ですか。うん、悪くありません」

 目の前にあるのは国内有数の回転寿司チェーン店です。お寿司は百円均一なのでお財布にも優しいですし、何より食事量と食べるタイミングを自分でコントロールできるのでベターな選択肢でしょう。そう思い自動扉を開けて店内に入りました。

「いらっしゃいませ~。順番にご案内していますので、名前を書いてお待ち下さい」

 平日ですが日は落ちているので店内にはそれなりにお客様が入っています。パート従業員と思われる女性店員さんの言葉に従い名前を書いて待ちました。少ししてからその方が案内に来ます。

 

「あの~。もしかしてアイドルの七星朱鷺ちゃん?」

「……っ!?」

 馬鹿な、変装は完璧だったはず! 私の変装を見破るとはこの女性只者ではありません。もしかして謎の組織の刺客⁉ だとしたら始末しなければ!

「ど、どうしてわかったんですか?」

「受付の紙にフルネームが書いてあったのよ」

「まさかの自白っ!?」

 変装で安心しきって警戒心がガバガバだったようです。このトキの目を持ってしてもこのような展開は読めませんでした。すると店員さんが小声で耳打ちします。

 

「受付の紙の名前は消しておいたわ。お店にいることは誰にも言わないから安心してね」

「た、助かります……」

「後でサイン頂けないかしら。私も娘も貴女の大ファンなのよ~。きっと娘も喜ぶわ~!」

「ええ、いいですよ」

 話好きな普通のオバちゃんという印象でした。こういうタイプの人は取っつきやすいので嫌いではありません。

「それじゃ、ゆっくりしていってね!」

「はい、ありがとうございます」

 するとカウンター席の一番端に案内されました。少々トラブルが起きましたけど気を取り直してお寿司を堪能するとしますか。

 

 

 

「どきどき……」

 お寿司を何皿か頂いた後、お皿回収用のポケットにお皿を五枚投入します。すると液晶画面にゲーム風の演出が流れました。判定の結果は……当たり!

 心の中でガッツポーズしました。すると景品の入ったガチャ玉が出てきます。らく寿司では五皿につき一回ゲームに挑戦することが出来まして、当たると色々なグッズや玩具が貰えるのです。

 恥ずかしながら私はこれが大好きでして、回転寿司チェーン店が複数ある時は必ずらく寿司に行くようにしていました。企業の戦略にまんまと乗せられている格好です。

「う~ん、ジバニャンマグネットですか。私的にはコマさんの方が好きなんですけどねぇ」

 景品は選べないので仕方ありません。貰えただけラッキーと思いましょう。

 

 そんな感じで楽しくお寿司を頂いていると隣の二席にお客さんが来ました。若い男性の二人組で、茶髪・ピアス・謎アクセといういかにもチャラついた感じです。正直私の嫌いなタイプなので関わり合いにならないよう机上の湯飲みやお皿をスッと自分側に寄せました。

「昨日の合コン、ホント最悪やった。ブスばっかで選択肢ゼロ!」

「マジで? 行かなくて良かったわ-」

「でもシゲルの奴はガッついてたんだよ。ガチで女の趣味わりーって、アイツ」

「ギャハハッ! マジか~!」

 店内であることを全く考慮しない大声で品のない会話を延々繰り広げます。

 

「注文してから何秒経ってんだよ! おせーよ!」

 更にはいちゃもんとしか思えないクレームを大声で喚き散らしました。いや、ここは貴方達専用のお店じゃないですから。そういうきめ細やかなサービスを求めるのなら回らない高級店に行って下さいって。

「はぁ……」

 不快指数がみるみる上がり食事どころではなくなってしまいました。そろそろ出ようかなと思っているとチャラ男Aが私の顔をジロジロと見てきます。

 

「おねーさん、超かわいいね~♪ 美人だってよく言われるでしょ!」

「……いえ、そんなことはないですよ」

「え~嘘だ~! じゃあ彼氏いるの? いなかったら俺とかどう?」

「そういう話を初対面でするのは常識的に考えていかがかと思いますけど……」

 思わず成層圏まで蹴り飛ばしたくなりましたがぐっと堪えました。お店の中での流血沙汰はご迷惑になってしまうのでNGです。

 

「常識なんて言葉があるから世の中窮屈なんだって」

 するとチャラ男Bも参戦してきました。最近の若い子はしっかりしていて真面目な方が多いですけど、極稀にこういう例外もいるんですねぇ。

「暇ならカラオケ行こうよ! 一緒にオールしてアゲてこうぜ!」

「すみません。門限がありますので」

「そんなの別にいいじゃん! 門限なんて後で謝ればいいんだからさ!」

「厳しい両親ですから」

 人語を解さない猿かな?

 いえ、お猿さんは可愛いですけど彼らは何一つ良い所が見当たらないので救いようがありません。叱るだけ無駄ですし怒る価値すらありませんから適当に話を受け流しました。この手のナンパは昔からされているのであしらうのにも慣れています。

 

 すかさず注文用のタッチパネルで精算のボタンを押しました。お店の外に出てしまえば彼らも追ってこないでしょう。

「え~もう帰っちゃうの? そうだ、ここは俺らが奢るから別の店行こうよ~」

「知り合いがバイトしてるいい雰囲気のバーがあるからさ!」

「……本当にすみません」

 くどい! 私はともかく気弱な子の場合は強引に連れていかれる恐れがありますから、アイドルの子達の防犯対策を今後徹底しなければいけませんね。明日にでも美城常務に相談してみますか。

 

「も、申し訳ございませんお客様! 店内での迷惑行為はお止め下さい!」

 すると先程の店員さんが駆け寄ってきて二人組に注意しました。私が困っているのを見かねた様子です。

「んだ? うっせえよ!」

「ああっ!」

 するとチャラ男Aが店員さんを片手で突き飛ばしました。そのまま態勢を崩し床に倒れます。

「ババアはお呼びじゃねえんだって」

「そうそう。歳考えろよ、オバサン。はははは!」

 二人して下卑た笑い声を上げます。

 

 次の瞬間、私の心の中の制御装置が見事にはじけ飛びました。

 戦闘モード起動後、そのままゆっくりと席を立ちます。

 

「……余は寛大な女です。過ちも三度までなら許しましょう。

 貴方達は周囲のお客様を不快にさせ、理不尽なクレームでお店に迷惑をかけ、私をナンパし心底苛立たせました。ここが我慢の限界だった訳ですが……」

「え、何?」

 きょとんとする彼らを他所に続けます。

「その上、私のファンに対する許し難い暴力行為の一件……!」

「ちょ、ちょっと……」

 殺気をぶつけるとチャラ男共がたじろぎましたが、もう遅い。

「てめえらの血はなに色だーっ!! 」

 ゴートゥー・アノヨ!

 

 

 

「ストーップ‼」

 秘孔を突こうとした瞬間何者かが割り込んできました。予想外の事態のためギリギリのタイミングで寸止めします。

「……何で貴方がここにいるんです?」

 割り込んできたのはあの虎ちゃんでした。

 

鎖斬黒朱(サザンクロス)の連中と打ち合わせがあったんで、ついでにここでメシ食ってたんスよ。そしたら姐さんの声が聞こえたんで飛んで来たら客をブチのめしそうになってるじゃないスか。アイドルが暴力沙汰は不味いと思ったんで止めたって訳です」

 偶然その場に居合わせたとは、世の中は狭いものですねぇ。

 

「そんで、こいつら何をやらかしたんスか? 丸くなってきた最近の姐さんをキレさせるなんて余程のことだと思いますが」

「実は……」

 鎖斬黒朱の構成員達も集まってきたのでかいつまんで事情を説明します。すると皆呆れたような表情を浮かべました。

「女の前でイキる男はよくいますがコイツらは情状酌量の余地なしっスね。しかも姐さんとそのファンの方に多大な迷惑かけたとなっちゃ、鎖斬黒朱(ウチ)としてもきっちり落とし前をつけないといけません。……おい、連れていけ!」

「ウッス‼」

 先程までは威勢よく振舞っていたチャラ男達でしたが、喧嘩慣れしているいかつい元暴走族共に囲まれると生まれたての子犬のように弱々しくなってしまいまいました。

 

「えっと、まだ会計が済んでないので……」

「すみません、ボクら門限が……」

「フフッ」

 青ざめた彼らに向かって微笑みかけました。天使のようなアルカイックスマイルです。

「ここは私が奢りますからご安心下さい。それに門限なんて後で謝ればいいんですから問題ないのでしょう?」

「そんな……」

「店員さん、助けっ……!」

「ハイハーイ、キミ達はこっちね~」

「はよ面貸せや、このガキ共!」

 言い終わる間もなく店外に拉致されて行きました。傍若無人な振る舞いをしていたためかお店側も見て見ぬふりです。こういうのを自業自得というのでしょう。

 

「大丈夫ですか?」

 倒れていた店員さんを助け起こしました。

「は、はい」

「怪我は……されてないようですね」

 気の流れは正常ですから問題はなさそうです。

「助けて頂いてありがとうございました!」

「いえ、お気になさらず」

 何度も頭を下げて仕事に戻られたので二人してその姿を見送ります。ああいう善良なファンに危害を加える輩は本当に許せません。

 

 

 

 その後は一旦精算してから虎ちゃん達のいるボックス席に移りました。何か四席くらい占領してますよ、こいつら。酸素の無駄使いですから何人か間引いた方が環境保全に貢献すると思います。

「一応念を押しますけど暴力での落とし前は付けないで下さい。警察に駆けこまれたら揉み消すのが面倒ですし」

 お茶を啜りながら先程の話の続きをします。

「わかってます。とりあえずあいつらの両親に電話で全て報告した上で、スマホに登録された連絡先全員に先程の経緯と反省文を送らせるようにしますよ。登録しているSNSにも同じ謝罪をアップさせます。勿論実名と学校又は会社名、更に顔写真入りで」

「……社会的な意味では死刑に近いですね」

「人によっては直接殴られるより痛いかもしれません。元々は姐さんが考えた完全平和主義的な報復策だけあってやり口がえげつないですわ。外傷を負わせずに人間関係を崩壊させるなんて俺らじゃ思いつきませんよ」

「それほどでもないですって」

 エグさのレベルでは10段階中で3くらいの措置です。なおレベル8で人格崩壊、レベル10で一族郎党破滅となります。

 

「それにしても間に合って良かったです。あの連中はどうでもいいっスけど、あのまま暴力沙汰になったらアイドルとしてスキャンダルになりかねませんから」

「別に暴力を振るうつもりはありませんでしたよ。とある技をかけようとしただけですもの」

「……ちなみに、どんな技なんスか?」

「北斗神拳には全身の痛感神経を剥き出し状態に変化させる『醒鋭孔(せいえいこう)』という奥義があるのは知っているかと思います。それを応用し、全身を性感帯化して感度を三千倍に引き上げる秘技をお見舞いするつもりでした」

「ボコボコにされる方が遥かにマシじゃないっスか! というか普通に死ぬわっ‼」

 虎ちゃんの容赦ないツッコミが入りました。

「別に死にはしないので大丈夫ですって。……まぁ、あの時は死ぬかとは思いましたけど」

「その口ぶりだと自分で試したようにも聞こえるんですが」

「……命が惜しいなら余計な詮索はしないことですよ」

「す、すみません」

 私の黒歴史を探ろうとする奴は死あるのみです。

 

「取りあえず寿司でも頼みませんか。奴らのせいでまともに食べていないでしょう? 食べたいものがあれば注文するんで言って下さい」

 虎ちゃんの言う通り先ほどは六皿しか食べていないのでお腹一杯とは言えないです。本当はプリンが食べたいのですが、こいつらの前ではなんだか恥ずかしいので言うのは止めておきました。他にこれと言って食べたいものは思いつきません。

「それじゃあ、美味しそうなものを適当にお願いします」

 そう言った瞬間、虎ちゃんの目つきが一気に鋭くなりました。

 

「聞いたかお前ら! 姐さんが美味しい食事をご所望だ! 必死になって探し出せ!」

「押忍ッ‼」

 すると四席一斉に注文用のタッチパネルを連打し始めます。止める間もなく上限まで注文を終えました。

「何やっているんですか貴方達……」

「言われた通り適当に美味しそうなものを頼んだんスけど」

「そんなに沢山頼んでどうするんですか!」

「金なら心配しないで下さい。俺らが全部支払いますんで」

「いや、そういう問題じゃないんですよ」

 そうする内に頼んだ料理が特急レーンで次々と運ばれてきます。

 

「QUEEN! 中とろ、うに、ズワイガニ、ふぐの握りです!」

「こっちは味噌らーめん、魚介醤油らーめん、えび天うどんっス! 」

「俺らはメシ系です。天丼、うな丼、シャリカレーをどうぞ」 

「スイーツもちゃんと確保しましたよ。こちらイタリアンティラミス、チョコケーキ、揚げたて豆乳ドーナツ、ミルクレープになります」

「お、おう……」

 テーブル一面に様々な料理が並べられました。いや、いくらなんでもこれを一人じゃ無理でしょ!

 

「私一人で食べるのもなんですので、皆でシェアして頂きませんか?」

「俺達はもう食った後なんで正直腹一杯なんスよ。姐さんが好きなものだけ食べて貰えればいいですから」

 いや、そう言われても出されたものは残せない主義なんですって!

「さぁ、食べて下さい!」

「うぅ……」

 みんなすっごい笑顔なので超断り難いです。これはもう覚悟を決めるしかありません。

「い、頂きまーす!」

 半ば自棄(ヤケ)気味に言い放つと一心不乱に食べ始めました。女子中学生が黙々と食べる姿をごつい野郎共が笑顔で見守るという、イヌカレー空間並みに異様な空間の出来上がりです。おお、周囲のお客様が完全に引いておられるぞ。誰かフォローして差し上げなさい。

 

 モノを食べる時は誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメだと思うのですが、今の私には一人でゆっくり食事を楽しむという行為に縁がないことをこの時点ではっきりと思い知ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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346アイドル速報(その2)

暴走編~2章終了までのまとめです。


『七星朱鷺とかいう超人系アイドルwww』

1 :名無しさん@おーぷん ID:HtN(主)

お前らの嫁だろ

早く何とかしてくれよ……

 

2:名無しさん@おーぷん ID:6Cf

いいえ、私は遠慮しておきます

外から眺める分には楽しいけど、嫁にしたいかと言われるとねぇ

 

3:名無しさん@おーぷん ID:HtN(主)

料理上手でメチャ可愛くておっぱいも大きい超優良物件だぞ

家柄も良くて実家資産家らしいし

 

8:名無しさん@おーぷん ID:6Cf

申し訳ないが翼人間コンテストで行方不明になる人外はNG

 

9:名無しさん@おーぷん ID:RB0

記録じゃなくてみんなの記憶に残ったから……

 

11:名無しさん@おーぷん ID:SAm

アイドルなんだから可愛く落ちるだけでよかったんだよなぁ

 

12:名無しさん@おーぷん ID:Jxe

晶葉ちゃんの努力の結晶を無駄にしない親友の鑑だろ!

 

13:名無しさん@おーぷん ID:LuI

ゲリラ豪雨で行方不明になった後、直ぐに落ちたってホントかね

あの速度と安定性で落ちるとは思えんのだが

 

15:名無しさん@おーぷん ID:6T6

流石に落ちたでしょ

人力で日本海越えたら本物のモンスターだよ

 

18:名無しさん@おーぷん ID:M0n

ITACHIでも一人だけ別ゲームやってたしな

本当に人間なのか疑わしいレベル

 

19:名無しさん@おーぷん ID:kjU

コースの難易度とかそういう次元じゃなかったね

どうすれば止められるんだろう

 

21:名無しさん@おーぷん ID:M0n

あの時は悪魔城TASを見ているような気分だったわ

無駄を極限までそぎ落とした究極の高速機動

あれはまごうことなき変態

 

23:名無しさん@おーぷん ID:TYL

クリアした喜びよりもCDとファンクラブの宣伝を優先する商売人の手本

 

24:名無しさん@おーぷん ID:VFi

CDは売れましたか……?

 

28:名無しさん@おーぷん ID:HtN(主)

実は雷が怖いとか虫が怖いみたいな可愛い弱点がある

……と思いたい

 

40:名無しさん@おーぷん ID:TYL

>>28

自力で暗雲を晴らしてそう

 

45:名無しさん@おーぷん ID:3Hk

>>28

ゴキブリを闘気で吹き飛ばしてそう

 

47:名無しさん@おーぷん ID:YLZ

変身なしでテラフォーマーを次々と潰す姿が見える見える

 

52:名無しさん@おーぷん ID:6T6

格ゲーキャラだとしたら壊れ性能だな

公式大会で使用禁止されるやつだわ

 

112:名無しさん@おーぷん ID:KeC

高垣楓 「私と一緒にいて安心する?」

七星朱鷺 「私と一緒にいて安心する?」

高垣楓「あなたって軽い人ね」

七星朱鷺 「あなたって軽い人ね」

高垣楓 「一本早い電車で先に行ってて。すぐに追い付くから」

七星朱鷺 「一本早い電車で先に行ってて。すぐに追い付くから」

高垣楓「これ位なら私でも持ち上げられそう」

七星朱鷺 「これ位なら私でも持ち上げられそう」

高垣楓「こうすると眠くなるでしょ?」

七星朱鷺 「こうすると眠くなるでしょ?」

 

118:名無しさん@おーぷん ID:YLZ

>>112

 

119:名無しさん@おーぷん ID:HtN(主)

>>112

 

121:名無しさん@おーぷん ID:3Xn

>>112

草草の草

 

123:名無しさん@おーぷん ID:j1K

やっぱ、同じセリフでも誰が言うかが大事なんやなって……

 

210:名無しさん@おーぷん ID:TYL

そもそも北斗神拳って何だよ(当然の疑問)

 

211:名無しさん@おーぷん ID:kjU

格闘技板を見てきたけど誰も知らないらしい

何となく中国拳法っぽい気はするけど

 

213:名無しさん@おーぷん ID:BRv

四千年の歴史があればあれくらいおかしくない

なんて訳はないな!

 

215:名無しさん@おーぷん ID:Rsv

謎の幼女から伝授されたってのがうさん臭さMAXだわ

 

245:名無しさん@おーぷん ID:kjU

北斗神拳を習得したから強いのか

元々強いから北斗神拳を習得出来たのか

どっちなんだろうねぇ

 

258:名無しさん@おーぷん ID:KuI

>>245

個人的には元々強い説を推したい

だって明らかに人間を超えてんだもん

ちょっと鍛えたからってあれは無理だろ

 

270:名無しさん@おーぷん ID:kjU

人体の限界を超えているもんなぁ

科学者からどういう風に思われているか気になる

 

297:名無しさん@おーぷん ID:vG4

>>270

生命科学板の奴らはひたすら解剖したがってるぞ

 

303:名無しさん@おーぷん ID:nSw

>>270

軍事板の連中は何とかして朱鷺ネキのクローン兵士を作ろうとしてるな

確かに兵器に転用できればガチで世界一の軍事国家になれるだろう

でも反逆されて人類滅亡する予感しかしない

 

305:名無しさん@おーぷん ID:1q8

クローン一人欲しいけど下手に手を出したら玉潰されそう

 

318:名無しさん@おーぷん ID:HtN(主)

なんだ、至るところで引く手あまたじゃないか!

流石大人気アイドルだな(白目)

 

421:名無しさん@おーぷん ID:GN3

この超人アイドルとbeam姉貴が同一人物ってのが今でも信じられん

もっとガバって、どうぞ

 

423:名無しさん@おーぷん ID:kjU

beamネキは親しみやすいのにアイドル七星朱鷺はちょっと近寄りがたいからね

なりすまし説が出てしまうのもやむを得ない

 

432:名無しさん@おーぷん ID:1q8

>>423

今度CSでレトロゲーRTAの番組やるらしいぞ

そこでのリアクションでなりすましかの真偽がわかるだろ

 

532:名無しさん@おーぷん ID:HtN(主)

ユニットの宣伝は忘れていないからコメットを捨てた訳ではないんだよなぁ

人気を上げようと一人で空回りしているように見える

 

535:名無しさん@おーぷん ID:kjU

もっと周囲が支えてあげて欲しいね

確かにアイドルとしては賛否両論あるけど代えがたい個性があるんだからさ

 

【管理人コメント】

管理人としては最後の方と同じ意見です。

担当プロデューサーをはじめ周囲の大人がもっと気にしてあげるべきではないでしょうか。

テレビを見てても無理している感じが日に日に増しているので体を壊さないか心配です。

٩(`・ω・´)و 負けないで!

 

 

 

 

 

 

『RTA CX 初回放送反省会スレ』

1:名無しのげえむ@おーぷん ID:Ton(主)

控えめに言って神番組だったわ

 

5:名無しのげえむ@おーぷん ID:5re

>>1

スレ立て乙

完全に同意。あんなに笑ったのは久しぶりだった

 

16:名無しのげえむ@おーぷん ID:Ton(主)

他人垢のなりすまし疑惑は完全に払拭されたね

あの屑運は本人にしか出せないもん

 

32:名無しのげえむ@おーぷん ID:jdi

ロンダルキアの洞窟まで比較的順調だった分、

ハーゴン神殿内と神殿への遠征での惨劇が一段と際立ったよ

出陣してはザラキ、メガンテ、つうこんの一撃だもんなwww

 

34:名無しのげえむ@おーぷん ID:5re

ブリザード四体<よろしくネキー

からのザラキ四連打で全滅とは恐れ入った

腹筋壊れるわ、あんなん!

 

53:名無しのげえむ@おーぷん ID:16n

ラスボスに二連続で先制されるアイドルの屑にして芸人の鑑

 

55:名無しのげえむ@おーぷん ID:jdi

完全に笑いの神が舞い降りてたな……

防具を買い忘れてたり装備忘れてたりでガバガバじゃねえか!

お前のプレイングはYO!

 

63:名無しのげえむ@おーぷん ID:Ton(主)

>>55

今回のタイムはお通夜だったけど、姉貴の調査力やチャート構築力は凄いよ

世界記録に近いタイムもいくつか出してるしね

真似して何回か挑戦したけどタイムは全然及ばなかったし

 

65:名無しのげえむ@おーぷん ID:PHF

本当は凄いんだけど凄さを感じさせないガバプレイに涙を禁じ得ない

 

75:名無しのげえむ@おーぷん ID:de1

やはり本家は格が違った

リスペクター達を一蹴するこの芸人力

それでこそbeam兄貴姉貴! 日本一やお前!

 

81:名無しのげえむ@おーぷん ID:y6u

>>75

恐るべき子供達 (beamチルドレン)を無数に産んだ豊穣の母

もはやバブみさえ感じる

 

132:名無しのげえむ@おーぷん ID:re4

個人的にはプレイングより本人眺めてた方が楽しかったな

最初に出てきた清純派アイドル(笑)から芸人へのシフトチェンジが凄い

 

140:名無しのげえむ@おーぷん ID:de1

ぶりっ子演技がバレバレなのが草ァ‼

 

156:名無しのげえむ@おーぷん ID:Ton(主)

最近の超人アイドル路線よりもガバ路線の方が断然好きだなぁ

なんだかんだ言って応援したくなるもの

 

158:名無しのげえむ@おーぷん ID:PHF

確かに近寄りがたいイメージが今回ので覆されたわw

 

163:名無しのげえむ@おーぷん ID:iop

友達の家で友達のもう一歩なプレイを皆で見守ってる感が凄くある

何か、懐かしい……(涙)

 

171:名無しのげえむ@おーぷん ID:NiO

完璧な操作じゃないからいいんだよな

必死に練習を積んで集中力を切らさずにゲームをプレイしてゴールにたどり着くRTAはマラソンみたいなスポーツに近いと思う

当然タイムではTAS動画には勝てないけど、それとは違う魅力があるよ

 

232:名無しのげえむ@おーぷん ID:PHF

あのADの人がいいキャラしてたよね

イケメンだから最初はタレントかと思った

確か龍田さんだっけ?

 

236:名無しのげえむ@おーぷん ID:de1

>>232

そうそう。適度に辛辣なコメントで草バエル

 

238:名無しのげえむ@おーぷん ID:NiO

最初画面に映った時はADの癖に何しゃしゃり出てんだよって思ったけどな

途中から不可欠な存在に感じたから不思議だ

 

253:名無しのげえむ@おーぷん ID:Ton(主)

あくまで裏方に徹してたのは好感持てた

Sっ気も朱鷺ネキが不快に感じない範囲で上手く収めてたし

弄りはやりすぎると虐めになっちゃうからね

 

254:名無しのげえむ@おーぷん ID:qha

あれくらいの距離感が丁度いいんだよな

 

263:名無しのげえむ@おーぷん ID:fBN

それにしても弄られる朱鷺ネキ、かわいい……かわいくない?

 

265:名無しのげえむ@おーぷん ID:sxq

かわいい(錯乱)

 

268:名無しのげえむ@おーぷん ID:jlB

コントローラー壊して涙目になってた時は不覚にも萌えてしまった

この気持ちが恋か

 

276:名無しのげえむ@おーぷん ID:6Bg

>>268

わかるわ

俺もあの時は本当にカワイイと思った

やっぱ、腐っても(超失礼)アイドルなんやなって……

 

345:名無しのげえむ@おーぷん ID:4g8

ネット上でも凄く評判良いよね、この番組

持ち上げられ過ぎて初回が一番良かったと言われないかちょっと心配

 

346:名無しのげえむ@おーぷん ID:Ton(主)

ネキのことだからクオリティは大丈夫でしょ

投稿動画も毎回見どころがあったし

 

364:名無しのげえむ@おーぷん ID:JdD

初回の人気が凄いから急遽Netfrogsでも配信することが決まったらしいよ

世界的な映像配信会社に認められるとはたまげたなぁ……

 

368:名無しのげえむ@おーぷん ID:4g8

>>364

ネトフロ配信って、それマジか!

beam姉貴おめでと~!

 

453:名無しのげえむ@おーぷん ID:8XW

よく考えれば番組制作費やっすいよなー

新人アイドルが半日ゲームするだけで一番組作れるんだぜ?

 

457:名無しのげえむ@おーぷん ID:AB5

場所もオフィスビルの会議室っぽいところだしね

スタッフの人件費や編集の手間はあるとしても、

普通のバラエティ番組よりは全然安いだろうな

 

463:名無しのげえむ@おーぷん ID:IoS

コスパ抜群の女、七星朱鷺

 

465:名無しのげえむ@おーぷん ID:pdD

そう書かれるとなぜかいやらしく思える

 

532:名無しのげえむ@おーぷん ID:Ton(主)

次回がもう待ちきれないよ!

早く出してくれ!

 

【管理人コメント】

朱鷺ちゃんの新たな魅力が発見されましたね!

久しぶりに楽しそうに仕事している姿が見れたので良かったです。

コメットの子達も応援に来ないかな~?

 

 

 

 

 

 

『コメット応援スレ part16』

16:名無しさん@おーぷん ID:wSu

それにしてもトッキーは最初のイメージから化けたよな

当初は趣味のおかしいお嬢様くらいにしか思われてなかったのに

 

18:名無しさん@おーぷん ID:liE

デビュー直後の頃はトキネキを常識人と評してる奴がいたなぁ

今の心情を是非教えて貰いたいわwww

 

21:名無しさん@おーぷん ID:i2B

今や超人アイドル路線が定着してるからね

でも意外とドジなところが分かって逆に魅力が増してる

 

28:名無しさん@おーぷん ID:9WI

超人ってだけだとちょっと引くし……

強いけどドジでかわいいアイドルならファンも増えるはず

 

35:名無しさん@おーぷん ID:i2B

トッキーは意外と女性人気も高いんだよな

一体何でだろうか

 

39:名無しさん@おーぷん ID:wSu

>>35

そりゃ男に負けない強さがあるからじゃない?

変に媚びたところがないから好きだってウチのクラスの女子が言ってた

 

42:名無しさん@おーぷん ID:df1

>>35

噂によると百合的嗜好のある娘達からは非常に慕われているらしい

明るくてリーダーシップがあるし裏表もなさそうだから納得したわ

 

57:名無しさん@おーぷん ID:wFI

明日は芸能界腕相撲ナンバーワン決定戦か

ちゃんと録画予約しとかなきゃ

 

62:名無しさん@おーぷん ID:pzt

>>57

おっと完全に忘れてた

教えてくれてありがとナス!

まぁトッキーが優勝だってはっきりわかんだね

 

64:名無しさん@おーぷん ID:wFI

ITACHIを見た後だとそうとしか思えないから困る

プロレスラーや力士を指一本でダウンさせそう

 

77:真紅の稲妻 ID:774

あのさぁお前ら……

ここは『コメットの総合スレ』だってワイが前にもイワナ、書かなかった?

あの腐って濁り切ったドブ川の話するんだったら個別スレでしようや

 

78:名無しさん@おーぷん ID:wSu

ま~たコテハン荒らしの登場か

そちらこそ早く帰って、どうぞ

 

83:名無しさん@おーぷん ID:ieb

>>77

前スレで論破されて涙目敗走したのにまた現れるとは驚きだわ

メンタルが強いんだか弱いんだかよくわからん

 

84:名無しさん@おーぷん ID:1O9

コメットのメンバーである朱鷺ちゃんの話をしてるんだからおかしくないんだよなぁ

日本語ちゃんと読める?

 

89:真紅の稲妻 ID:774

>>84

いや、そうじゃなくてもっと幅広い話題で盛り上がろうって言っているだけ

前スレの九割以上があのドブ川についての話っていくら何でもおかしいやろ

もっと乃々ちゃんや飛鳥ちゃんやほたるちゃんの話をせーへん?

 

95:名無しさん@おーぷん ID:wSu

>>89

とりあえずそのドブ川って呼び方を止めなさい

朱鷺ちゃんに対して本当に失礼だから

 

97:名無しさん@おーぷん ID:ieb

ほんとそれ

美少女JCアイドルに対してその呼び方はマジないわ

多感な時期なんだからもし本人が知ってショック受けたらどうすんだよ

これが原因で万一引退とかしたら責任とれんの?

 

105:真紅の稲妻 ID:774

>>95

>>97

いや、アイツはこの程度のことでダメージを受けるほど繊細な奴じゃないんやって……

皆が考えるほど純真で尊い存在ちゃうねん

ファンを名乗るならそれくらい見抜いて欲しいわ

 

107:名無しさん@おーぷん ID:wSu

じゃあ聞くけど君は朱鷺ちゃんの何を知っているっていうんだ?

本人じゃあるまいし、勝手な憶測で物事を語るのは止めた方がいい

もしどうしても叩きたいのならアンチスレでも立ててそこに引き籠っていてくれ

 

109:名無しさん@おーぷん ID:HOR

それに現状ではトッキー以外に語るネタがないんだよ

他の子達はバックダンサーや雑誌モデルの仕事をたまにやってるくらいだし

ユニットのライブやイベントの話は全然ないもの

 

118:名無しさん@おーぷん ID:qew

実際トッキーとしてはコメットのことをどう思っているんだろうか

自分だけで十分過ぎる程活躍できるんだから、

正直ユニットで活動するメリットってないよね

 

123:名無しさん@おーぷん ID:cYA

お互いのためになるのならソロに転向するっているのもアリだとは思う

まだユニットの活動が少ない今なら軌道修正も出来るだろうし

 

128:真紅の稲妻 ID:774

>>123

本人がそんなことを望むはずがないやろ!

コメットとして活動するために必死にあがいてんやって!

 

135:名無しさん@おーぷん ID:wSu

>>128

ハイハイ、妄想乙

 

138:名無しさん@おーぷん ID:osD

>>128

お薬出しておきますねー

 

150:真紅の稲妻 ID:774

はぁ……あほくさ

事情を知らない連中はこれだからアカンな

連日の肉体労働で死ぬほど疲れてるからちょっとだけ寝てくるで

スレ住民達が少しでもコメット全体を盛り上げてくれることを祈っとるわ

 

157:名無しさん@おーぷん ID:wSu

>>150

もう戻ってこなくていいぞ

 

158:名無しさん@おーぷん ID:gTW

死 亡 確 認

 

159:名無しさん@おーぷん ID:gUS

その後この糞コテハンを見たものは誰もいなかったとさ

めでたしめでたし

 

162:名無しさん@おーぷん ID:t6r

ザ・エンドってね

 

【管理人コメント】

コメットを盛り上げたいという気持ちはわからなくはありませんが、アイドル個人を貶めるような発言や行為をしてはダメです。

反面教師としてあえて取り上げましたが、読者の皆様はこのコテハンさんのように心の薄汚れた醜い人にならないよう注意しましょう!

アンチ行為は絶対に(`・ω・)×ダメダョ‼

 

 

 

 

 

 

『日本温泉紀行 まったり実況スレ part2』

5:名無しでいいとも!@おーぷん ID:lHy

お、CM開けたか

ようやく温泉に入るみたいね

 

23:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Mvb

入浴シーン! 入浴シーン!

楓さんの入浴シィーーーーン‼ 

 

26:名無しでいいとも!@おーぷん ID:DXU

楽しみなのはわかったから落ち着け

 

45:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Mvb

おおおおおおおおおおおお‼

☆祝☆脱衣

 

78:名無しでいいとも!@おーぷん ID:TIi

流石、肌白いね~

透明感ぱないの!

 

83:名無しでいいとも!@おーぷん ID:DXU

ふぅ……

漂う色気でこっちがのぼせそうだ

 

112:名無しでいいとも!@おーぷん ID:f37

ホント、楓さんは絵になるなぁ

 

154:名無しでいいとも!@おーぷん ID:IH2

バスタオルに殺意を覚えたのは生まれて初めてだ

いくらでも課金するから剥がさせて欲しい

 

155:名無しでいいとも!@おーぷん ID:YQn

無茶言うなやw

おお、一方の朱鷺ちゃんもかなりのナイスバディじゃない?

 

156:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Mvb

腰ほっそ! 足なっが!

でも胸とお尻は良い感じにお肉ついてるね

 

158:名無しでいいとも!@おーぷん ID:9EH

ぷにぷにやん

鬼のような筋肉を覚悟していたからある意味意外だわ

 

164:名無しでいいとも!@おーぷん ID:HgT

中二でこれはやはりヤバい

もっと育てば雫ちゃんに挑めるで!

おっぱい! おっぱい!

 

187:名無しでいいとも!@おーぷん ID:fPr

流石子沢山(リスペクター多数という意味)だけあっていい体してますねぇ!

温泉に入る時はカッチャマ感全開だったけどさ……

 

189:名無しでいいとも!@おーぷん ID:6rc

筋骨隆々という訳でもないのになんであんな力が出せるのか

コレガワカラナイ

 

194:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Qjk

まぁいいじゃんか、かわいいんだから

 

196:名無しでいいとも!@おーぷん ID:fBg

かわいいは正義

 

280:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Mvb

温泉オワタ

鬱だ死のう

 

311:名無しでいいとも!@おーぷん ID:HgT

入浴シーン終了と同時にスレの勢いが急激に落ちててワロタ

 

324:名無しでいいとも!@おーぷん ID:fSk

みんな入浴シーン目当てだからね、仕方ないね

 

325:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Obm

おとなになるってかなしいことなの……

 

334:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Qjk

申し訳ないがスクエア三大悪女の糞ビッチはNG

 

336:名無しでいいとも!@おーぷん ID:ALQ

元々まったり実況スレだからな

勢い欲しいなら実況本スレに行ってどうぞ

 

372:名無しでいいとも!@おーぷん ID:gSM

海鮮丼美味しそう~

やっぱり海が近いところは良いなぁ

 

375:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Giz

関サバって食べたことないけどそんなに美味しいんか?

 

376:名無しでいいとも!@おーぷん ID:t2c

普通のサバとは全く違う

油のノリはブリ並みで旨みが凝縮されている感じ

その分いいお値段するけど

 

383:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Tqi

>ここに美味しい日本酒があったらもっと

こいついつも日本酒のこと考えてんな

 

388:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Sm1

楓さんだぞ

当たり前じゃないか

 

392:名無しでいいとも!@おーぷん ID:t2c

アル中みたいな扱いは止めて差し上げろ

楓さんは日本酒が好きな素敵なお姉さんです

 

503:名無しでいいとも!@おーぷん ID:A0V

一夜明けた

 

506:名無しでいいとも!@おーぷん ID:E3n

ゆうべはおたのしみでしたね

 

508:名無しでいいとも!@おーぷん ID:WP2

朱鷺ちゃん×楓さんか

……それはそれでアリかもしれん

 

530:名無しでいいとも!@おーぷん ID:A0V

楓さんの足取り若干ヤバくない?

これは、昨日飲んだな(確信)

 

613:名無しでいいとも!@おーぷん ID:WP2

ここで別行動するんだ

 

615:名無しでいいとも!@おーぷん ID:E3n

まずは朱鷺ちゃん側からみたいだね

秘湯入浴旅だって

 

637:名無しでいいとも!@おーぷん ID:up0

何か凄い酷道をひた走ってるんだが大丈夫?

お、着いた

 

675:名無しでいいとも!@おーぷん ID:XBg

崖の上の秘湯wwwww

迷ったら普通に死ぬとかwwwww

 

702:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Qjk

あーなるほど……

トッキーが温泉番組って絶対おかしいと思ったんだよなぁ

 

734:名無しでいいとも!@おーぷん ID:XBg

担当プロデューサーにガチギレしててワロス

早く逃げないと後で殺されっぞw

 

742:名無しでいいとも!@おーぷん ID:oan

だけど与えられた仕事はやり遂げるプロアイドルの鑑

 

779:名無しでいいとも!@おーぷん ID:J30

うわ~マジで獣道だな

傾斜もきついから確かに迷ったら死にそう

 

785:名無しでいいとも!@おーぷん ID:2eK

カメラマン、もう肩で息してるじゃん

一方で呼吸一つ乱さないJCアイドルがいるけど

 

849:名無しでいいとも!@おーぷん ID:nPO

猪出た!

 

867:名無しでいいとも!@おーぷん ID:0fQ

この猪デカすぎない?

 

876:名無しでいいとも!@おーぷん ID:oa3

完全に突進モーション入ったわ

直撃したら下手しなくても死ぬぞ

 

898:名無しでいいとも!@おーぷん ID:nPO

トッキーVS野生の猪

トッキーの完全勝利のもよう

 

924:名無しでいいとも!@おーぷん ID:3yP

朱鷺は北斗神拳やってるからな(適当)

 

943:名無しでいいとも!@おーぷん ID:rn7

軽く一喝するだけで獰猛な猪を退治するアイドルがいるらしい

 

973:名無しでいいとも!@おーぷん ID:gzQ

この顔は完全に死を覚悟していますわ……

 

975:名無しでいいとも!@おーぷん ID:XBg

あ~子供いたんか

そりゃ凶暴にもなるわな

 

978:名無しでいいとも!@おーぷん ID:7As

親猪<俺はどうなってもいい。だから子供達は助けてくれ!

 

988:名無しでいいとも!@おーぷん ID:kYd

七星朱鷺=ゲマ説がここにきて急浮上

 

995:名無しでいいとも!@おーぷん ID:7As

ゆ、許された……

親子ともに無事で本当に良かった!

無人島生活の時みたいに食材にするのかとヒヤヒヤしたわ

 

996:名無しでいいとも!@おーぷん ID:3yP

たまたまお腹が空いてなかったから見逃したんでしょ(推測)

 

1000:名無しでいいとも!@おーぷん ID:AmB

熊かよ

 

【管理人コメント】

楓さんの入浴シーン、眼福でございました。

朱鷺ちゃんは……管理人でもそろそろ擁護不可能になってきましたね(諦め)。

 

 

 

 

 

 

『マジックアワースレ part114』

4:77.4MHz@おーぷん ID:KnN(主)

今日は何というか凄い回だった

放送事故一歩手前だろ、あれ

 

6:77.4MHz@おーぷん ID:Dr4

ユッキと志希にゃんとのあさんだぜ……

この面子でまともに番組が進むはずがないだろ!

いい加減にしろ!

 

8:77.4MHz@おーぷん ID:A8h

このゲスト達を呼んだのは誰だぁっ!!(海原雄山風)

 

12:77.4MHz@おーぷん ID:KnN(主)

コーナーに関係なく志希にゃんがハスハスし始めた時は超ハラハラした

でもエロかった

 

13:77.4MHz@おーぷん ID:cZW

人には言えないけど、あそこは何度も繰り返し再生してる

 

15:77.4MHz@おーぷん ID:vtu

もう少しエスカレートしてたらトッキとユッキの喘ぎ声でR-18ラジオになってたな

でもそれはそれで聞いてみたい

 

32:77.4MHz@おーぷん ID:3n1

友紀ちゃんは友紀ちゃんで突然野球の話題振るんでビビったわ

パーソナリティー役の朱鷺ちゃんがビースターズネタで上手く返してたけど

 

35:77.4MHz@おーぷん ID:VrV

ユッキは野球の話がなければ可愛いお姉ちゃんキャラなんだけどねぇ

キャッツが絡むと途端にアレな感じになるから……

 

40:77.4MHz@おーぷん ID:KnN(主)

>>35

は?(威圧)

野球関係なく可愛いお姉ちゃんキャラなのは確定的に明らかだろ

 

42:77.4MHz@おーぷん ID:pBP

>>35

そこがいいんだろオォォォーー‼

申し訳ないが最大の個性を消すのはNG

 

44:77.4MHz@おーぷん ID:d9N

キャッツのないユッキなんてアイドルがいない日本と同じくらい虚無なんだよなぁ

 

50:77.4MHz@おーぷん ID:5He

>>44

で、でも日本には四季があるから……

 

51:77.4MHz@おーぷん ID:pBP

イギリス「一日に四季あるぞ」

 

52:77.4MHz@おーぷん ID:FRh

年中雨か霧じゃねえかお前の首都!

 

54:77.4MHz@おーぷん ID:cWx

イギリス君はもう少しお料理を頑張りましょうね

お茶とお菓子はホントに美味しいんだし

 

117:77.4MHz@おーぷん ID:csM

のあさんの言葉の語尾に『にゃん』を付けさせるって縛りはGJ

普段はクール過ぎる印象があるからギャップで超笑ったわ

最後の方はのあさんも気に入ってたんで良かった

 

125:77.4MHz@おーぷん ID:pTZ

>>117

正直悶え死んだ。あれで一気にファンになったよ

あの縛りを導入した朱鷺ちゃんは称賛に値する

 

128:77.4MHz@おーぷん ID:OBc

マジックミニッツでなぜか宇宙の意思について語り始めた時にも語尾がにゃんだったから、

話の内容が全く入ってこなかったわwww

 

131:77.4MHz@おーぷん ID:8eP

ホント可愛かったよな

本人も猫好きらしいし、他の猫好きアイドルとユニット組んでも面白いかもしれないね

 

234:77.4MHz@おーぷん ID:PQz

でも朱鷺ちゃんは本当に上手く回してたと思うよ

今回は熟練のDJでも匙を投げるレベルだって

 

236:77.4MHz@おーぷん ID:KnN(主)

それはたし蟹

ラジオの司会進行役が二回目とは思えないよな~

でも後半になるにつれ憔悴していくのがわかって笑ったw

 

238:77.4MHz@おーぷん ID:iit

今回も楽しかったけど前回は久しぶりのコメット集合だったから良かったよね

今までバラバラに活動してたから気まずい感じになってないか心配してたんだ

でも凄く仲良さそうだったから安心した

 

242:77.4MHz@おーぷん ID:0Sd

乃々ちゃんの視線が泳いでいるだろうなと声だけで伝わる伝わる

これからも頑張れよ森久保ォ‼

応援してるぞ森久保ォ‼

 

245:77.4MHz@おーぷん ID:kCx

飛鳥ちゃんの声と話し方と話の内容が予想通りで吹いたわ

痛いですね……これは痛い

メンバーから一生ネタにされそう

 

247:77.4MHz@おーぷん ID:6US

ほたるちゃん最強説にはガチでビビったけどな!

まさかあの朱鷺ちゃんをビンタでKOするとは……

 

249:77.4MHz@おーぷん ID:ikx

あれは流石に冗談だろうけど、トッキー暴走の経緯が何となくわかってホッとしたよ

多分コメットの人気が低かったから知名度を上げようとして一人で頑張ってたって訳でしょ?

でもそれじゃ駄目だってみんなに気づかせて貰ったと

 

255:77.4MHz@おーぷん ID:Dol

>>249

詳細はわかんないけど多分そんな感じだろうな

最近はバラエティの体力仕事を大幅に減らしてるから目標は達成したんだろう

コメットの新曲CDを出す予定らしいしライブの予定もどんどん決まってる

ようやくここから再スタートだ!

 

257:77.4MHz@おーぷん ID:KnN(主)

新曲名も『RE:ST@RT』だしな

コメットの再スタートを祝して乾杯!

 

263:77.4MHz@おーぷん ID:ikx

でもまずは来週のマジアワだぞ

次回のゲストはヘレンさんと上条さんと佐藤(心)さんらしいっすよ……

 

264:77.4MHz@おーぷん ID:hri

世界レベルとメガキチとシュガーハートか

これはまた、濃い面子だなぁ

 

266:77.4MHz@おーぷん ID:A8h

このゲスト達を呼んだのは誰だぁっ!!(二度目)

 

271:77.4MHz@おーぷん ID:llh

トッキーの胃こわれちゃ~う!

 

【管理人コメント】

ゲスト三人の魅力が発揮された神回でしたね。

のあさんの新たな魅力も伝わって大大大満足です!

心配していたコメットも無事に再始動するようなので、ますます346プロのアイドルから目が離せません!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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後語② 七星朱鷺 被害者の会

「以上、Netflogs(ネットフロッグス)で見られるホラーアニマル特集でした。普段は可愛い動物達が牙を向いて襲ってくるなんて本当にドキドキですよね! 特に私の場合は動物達に近づくと血相変えて逃げ出すか仮死状態になるので恐怖が疑似体験できて楽しいです」

 映画の紹介を一通り終えると正面の撮影用カメラに向かって再び微笑みかけます。

「こんな素晴らしい映画やドラマが見放題なのに利用料が税抜き月額千円なんて超おトクですよね~♪ 月額五百円払って動画すらまともに見られない時代遅れな某サイトとは比較になりません!

 ゴミのようなイベントを開いたり誰も使わない無駄機能を追加したりするお金があるならもっとエンジニアを雇って基本機能の増強をして頂きたいものですよ。次に投稿動画が消されたら私もmytubeに移住して大物マイチューバーになる予定なので覚悟しておいて下さい」

 おっと、スポンサーの宣伝と関係ない愚痴を言ってしまいました。日頃の不満がついつい出てしまったので自重して本来の業務に戻りましょう。

 

「……コホン。話は逸れましたがNetfrogsには名作映画やドラマ、アニメ、ドキュメンタリーなど素敵なコンテンツが多数揃っています。私も仕事の移動中によくスマホで視聴していますので、逆にお薦めがあればツイッターなどで教えて下さいね。

 それではお別れのお時間がやってきたようです。ホラーアニマル特集のナビゲーターはコメットの七星朱鷺がお送りしました。次回の『サメ映画特集パートⅢ』でまたお会いしましょう」

 お別れの挨拶の後、席の横においてあったアコースティックギターを手に取りました。

「では毎回恒例になりましたが私の弾き語りでお別れです。今回紹介した名作B級映画のエンディングテーマをアレンジしましたので是非聞いて下さい。歌詞はオリジナルなのでカスラッ……J○S○ACさんに通報しなくても大丈夫ですよ」

 露骨な問題ないアピールをしてからピックを手にします。そのまま軽やかな手つきで弾き語りを始めました。

 

「ゾンビーバ~ゾンビーバ~♪ チャラケた大学生共を~磨いた牙で食い殺せ~♪ 茶色い毛皮のげっ歯動物は最強のモンスターだよ~。

 立てこもっても~遺伝子組換えビーバーには無意味なのさ~。バカンス気分の陽キャ共を一人残らず皆殺し~♪ 全員地獄に叩き込め、ヘイ!

 ゾンビーバ~♪ ゾ~ンビーバァ~~!!」

「はい、カット!」

 歌い終わるのと同時にディレクターが撮影終了の合図をします。するとロケスタジオ内が途端に慌ただしくなりました。間もなく次の番組の収録があるのでスタッフ達が急いで作業をします。

 

「お疲れ様でしたー。今回も人を引き込む映画紹介とネトフロさんに露骨に媚を売る姿勢が素晴らしかったですよ」

「ありがとうございます」

 ディレクターに頭を下げました。社交辞令でしょうけど褒められて嫌な気はしません。お客様には媚びて媚びて媚びまくるのが私の営業スタイルですからそこを評価して頂けて良かったです。

 元々映画は好きなので動画配信会社の宣伝番組の仕事は進んで引き受けました。推薦作品のチョイスやどのように紹介するかは全て私に丸投げされているため色々と好き勝手に言えるのが楽しい番組ですが、一つだけ不満があります。

「最後の弾き語りですけどあれ要りますか?」

 清純派アイドルとしてのイメージが崩れるので私としては即刻廃止して欲しいのです。今日はたまたまディレクターが収録に立ち会われたので、要らないという回答であれば次回から無しにして貰おうと画策していました。

 

「あの弾き語りは視聴者からとても人気があるので引き続きお願いします。映画の紹介を飛ばしてオリジナルソングだけ聴く人もいるようですし」

「そうですか……」

 私の目論見は一瞬で崩れ去ってしまいました。映画紹介は一本につき数時間かけて良い点や惜しい点を洗い出して原稿を纏めているのですが、作詞作曲30分程度の弾き語りに負けるとはなんとも悲しいです。

「一体どこの誰があのパートを盛り込んだんでしょう?」

 一言文句を言ってあげようと思い犯人は誰か確認することしました。

 

「導入を決めたのは私ですが、アイディア自体は『とときら学園』APの龍田さんから出して頂きました」

「はぁっ!?」

 予想外の人物が出てきたので驚きの声が出てしまいます。

「な、何で彼の名が出てくるんでしょうか……」

「貴女のアイドルとしての魅力を一番上手く引き出しているのは龍田さんですからね。その関係で七星さんを起用する時に各所から相談が来ているようです。私も知り合いのディレクターに紹介して貰って出演時の注意点やアドバイスを一通り聞きました。いや~、頭の回転が恐ろしく早いので驚きましたよ」

 アイツ既存の番組に飽き足らず他番組にも魔の手を伸ばしてきやがった!

 

 アイドルなんて世の中にごまんといるでしょうに、なぜよりによって私に固執するのでしょうか。もしかして以前お薦め映画を訊かれた時に嫌がらせで『ドラゴンボールエボリューション』と答えたことを未だに根に持っているとか?

 未熟な過去を乗り越えた『ザ・ニュー七星朱鷺』は誰もが羨む清純派アイドルとしてアイドル界に君臨する予定なんですからあまり余計なことはしないで欲しいものです。

 なんだかどっと疲れたのでとぼとぼと家路につきました。

 

 

 

 次の日は美城常務と仕事関係の打ち合わせがあったので346プロダクション本社の常務室に伺いました。

 部屋に入ると応接用のソファーに対面で座ります。いつも通り凛とした雰囲気ですが最近では態度が柔らかくなりました。きっと卯月さんの笑顔のお陰でしょう。

「私が企画したプロジェクトクローネだが統括P(プロデューサー)が正式に決定した。今後は城ヶ崎美嘉の担当Pがプロジェクト全体のPとなる」

「その件は風の噂で聞いていますよ」

 美嘉さんの担当は社内で武内Pに次ぐ若手のホープですし、とても真面目で誠実な人柄なので妥当な人選です。ワンちゃんに任せると秒速で崩壊するに違いありませんから彼の名が出てこなくて安堵しました。

 

「ついては君に担当して貰っていた彼女達のサポート役は不要となるため、今週末を以ってアイドルとの兼任を解除する。今までご苦労だった」

「承知しました。どれだけ彼女達の力になれたかはわかりませんが少しでも役に立ったのであれば幸いです。美嘉さんの担当との引き継ぎは円滑に行いますのでご安心下さい」

 芸能活動をしながら十名以上ものアイドル達の面倒を見ると細かいところを見落としてしまいますので、プロデュースを専門に行うPを置く方がクローネにとっても有益だと思います。関わる機会が減ってしまうのは残念ですけどね。

 

「では次の議題に移ります。先日私がプレゼンしたアイドル達のフォローに関する提案ですけど、その後検討はして頂けましたか?」

「ああ。君が考えたアイドル達に関する防犯対策とメンタルヘルス対策だが、私も就任当初から気にはしていた。対策を検討する前にあの地獄のカーニバルが始まってしまいそれどころではなくなったがな」

「へぇ~そうなんですか。デモやストを誘導するなんて悪い奴がいるものですねぇ」

「……ああ、そうだな。とても腹黒い奴の仕業であることは間違いないだろう」

 さらりと嫌味を言われましたが第三者のフリをしました。直接的な証拠がなければセーフというアウトロー特有の精神です。

 

「アイドル達は魅力的な分、悪い連中から狙われやすいので注意が必要です。私も先日お寿司屋さんで性質の悪い男達にしつこくナンパされましたので、私のようにか弱いアイドルが被害に遭わないよう事務所として取り組みを強化するべきです」

「……君がか弱いかはさておいて、主張自体はもっともなものだ。取り急ぎの対策として防犯ブザーを全員に配布し女性向け防犯セミナーを受講してもらう。今後は大手警備会社に依頼しイベントの警備を強化するのに加えて一層の安全対策を検討する予定だ」

「よろしくお願いします。何かあった後では遅いですから」

 担当役員が女性だとこの手の話がすんなり通るのでやりやすいです。70歳以上の男性役員だと自身が平然とセクハラをしているケースもありますもの。

 

「メンタルヘルス対策についても先日の島村卯月の一件でその必要性を実感している。現在も週一回産業医が出勤しているが、それとは別にメンタルケア専門の医療従事者を定期的に呼び相談しやすい体制を整える予定だ。

 後は提案があったアイドル達へのアンケート調査や定期的な面談、そして担当Pへの教育や聞き取り調査などを新たに実施し、不満や悩みを内に溜め込まない健全な組織へと転換していく」

「ありがとうございます。但しそれだけで完璧にフォローできる訳ではありませんので会社として更に良い仕組みの検討をお願いしますね。その分お金は掛かってしまいますけど」

「言われずとも取り組む予定だ。灰被り達に輝いて貰うためには城自体もその輝きにふさわしい姿でなくてはならない。両者が完璧であってこその美城なのだからな」

 人材と設備への投資をケチらない精神に敬意を表します。芸能関係の会社は人そのものが財産なので、コストを掛けてでもそれを守ろうとする美城常務は芸能事務所の経営者として一番大事なものが見えていました。

 

「そこでだ。メンタルヘルス対策の一環として君にも協力して貰いたい」

「協力……ですか?」

 嫌な予感をひしひしと感じます。このパターンでロクな目に遭ったことがありませんよ!

「美城のアイドル達の多くは年端もいかない少女だ。そのような子達が見も知らない大人に悩みを相談するというのは、我々が想像する以上にハードルが高いのではないか?」

「まぁ、確かに」

 私も前世では貧困状態であることが恥ずかしくて教師達に相談できなかったという記憶があります。でもそのお陰で食料調達のサバイバルスキルが飛躍的に向上しました。やったね!

「だが身近な友人であれば多少なりとも相談はしやすいだろう」

「そうですねぇ。私もアスカちゃん達にはよく愚痴をこぼしていますし」

「では七星朱鷺、クローネのサポート役に代えて君に新たな仕事を任せる。その仕事は……」

 

 

 

「だからプロジェクトルームの表札にお悩み相談室って書かれているんですか」

「ええ、そういう訳です」

 ルーム内で事情を説明するとほたるちゃん達が納得したように頷きました。

 常務との打ち合わせの翌日、コメットのプロジェクトルームに行くと既に表札が書き換えられていたのです。『Comet Project room』という表示の下に『七星朱鷺 お悩み相談室』という文字がちゃっかり追加されていました。こういう時の仕事は異様に早いのはなぜなのでしょうか。

 

「シンデレラプロジェクトやクローネのサポートの際に発揮した支援力を今後は他のアイドル達のためにも発揮して欲しいそうですよ」

「アイドルの気持ちを理解できるのは同じアイドルだから他の子達の相談に乗ってくれという訳か。また無理難題を押し付けられたものだ」

「それじゃ朱鷺ちゃんに負担が掛かってしまうんじゃないでしょうか……」

 乃々ちゃんが遠慮がちに意見を述べました。私の心配をしてくれるなんてこの子は天使の生まれ変わりに違いないです。

「一応手が空いた時で構わないという話ですよ。事務所側で解決出来る相談であればそのままお任せしますし、解決出来ないなら解散といった罰もないので常務なりに配慮はして貰ってます」

「でも、やっぱり心配です」

 ほたるちゃんの表情が曇りました。以前の暴走時のようにならないか気にしているのかもしれません。

 

「無理はしないので大丈夫ですよ。私としても皆の力になりたいですし」

 前世の記憶消去未遂や各ユニット存続運動の際にはアイドルの皆に支えて頂きました。その恩を返す良い機会ですから快諾したのです。

「それに、この私に大切な相談をしようなんて奇特な子はそうはいないでしょうからノープロブレムですって」

「なるほど、確かに一理あるな」

「すんなり肯定されるとちょっと傷付くんですが」

「冗談だよ。ボクとしてはそれがトキの望みであれば構わないさ」

「……わかりました。もし大変そうなら協力しますので言って下さい」

「もりくぼも、手伝います……」

「はい、その時が来たらお願いします」

 皆の理解も得られたようで一安心です。先程も言った通り私に大事な相談をするような子は多くはないはずなので杞憂だとは思いますけどね。

 お悩み相談室についてこの時はこんな風にお気軽に考えていました。

 

 

 

「ええと、皆さんお揃いでどうされたんです?」

 その日の夜、レッスン後に私だけ事務所内の中会議室に呼び出されました。部屋に入ると346プロダクション所属のアイドル三人組が直立不動の姿勢で立っています。

「……なんや朱鷺はん、これを見てもわからんか?」

 三人の内の一人────難波笑美(なんばえみ)さんが不敵な笑みを浮かべたまま口を開きました。

 彼女は大阪出身の女子高生で、普段はとても明るく快活な方です。趣味はお笑いで好きな食べ物はたこ焼きというベタな関西人さんですね。アイドルとしてもカワイイ系というよりかは面白い系で売っている子です。

 

 笑美さんが指差す横断幕を見て目を疑いました。

「え~と、『七星朱鷺 被害者の会』って……。何ですかこれ?」

「うう……。ふぇいふぇいは反対したんだヨ~」

 横断幕を手にしている楊菲菲(ヤオフェイフェイ)さんが申し訳無さそうな表情をしました。

 彼女は香港出身の海外組の一人でして、アイドル目指しはるばる日本までやってきたそうです。同じ犬神Pの担当アイドルなので私が一方的に愚痴るのをよく聞いて貰っています。

「これも世界一の忍ドルになるためです。お許し下さい、朱鷺殿!」

 横断幕の反対側を持っている浜口(はまぐち)あやめさんの目に悲哀の色が深く漂いっていました。

 重度の時代劇マニアで伊賀忍者のお膝元出身のためか、くノ一アイドルという斬新な路線で頑張っている子です。忍者なのに綺麗で可愛い方ですね。

 

「全く事情が飲み込めないんですけど……」

 笑美さんからは『用があるのでちょっと来て欲しい』というメッセージしか受け取っていないので訳がわからないですよ。それに被害者の会って何のことでしょうか。鎖斬黒朱や犬神Pならともかくアイドル達に危害を加えることをした覚えはありません。

「お悩み相談室なんて、またけったいなことを始めたそうやな」

「ええ、美城常務から直接依頼がありましたから」

「なら悩みを解決してもらおうやないか! 朱鷺はんの被害を受けているウチらの悩みをな!」

「だから被害ってなんのことですか!」

 こればかりは本当に心当たりがないです。

「どうやら自覚が無いようやな。ならふぇいふぇいとあやめはんから説明してもらうで」

 そう言いながら後ろの二人に目配せしました。

「わかったヨ~……」

「承知しました」

 二人が横断幕を下ろします。皆で椅子に座ってから話を再開しました。

 

「じゃあ悩みを話すネ。皆知っていると思うケド、ふぇいふぇいは香港出身だからアイドルの活動をする上でもそれをアピールすることが多いんだヨ」

「確かに仕事でよくチャイナドレスを着ていますよね。カンフーをモチーフにしたミュージカルにも以前出ていましたし」

「日本だとなぜか中国人は拳法が出来るって思われてるからふぇいふぇいもよく勘違いされるんダ。エラい人達から『346のアイドルで香港出身なんだし北斗神拳くらい使えるでしょ?』って話を振られて、出来ませんって言うとがっかりされちゃうのがとっても辛いんだヨー……」

「あっ……」

 私の風評がとんでもないところに波及していた!

  被害者の会という意味がやっと理解できました。私のトンデモ行為による風評被害者の集まりだという訳ですか。

 

「わたくしも似たような状態です。お仕事の際に手裏剣投げや殺陣をしても地味だと言われてしまいました。『346で忍者アイドルなんだからNARUTOみたいに派手にやってよ』と言われましても……。朱鷺殿と違い人の身には為す術がありません!」

「いや、私も一応人間ですから」

 あやめさんのお悩みの方も理解できました。どうやらサバイバルレッスンやITACHI、翼人間コンテストなどの無茶企画により業界関係者や世間の人の感覚が完全に麻痺しているようです。

 知らず知らずのうちに346プロダクションのアイドル達に対する要求水準を上げてしまうとは……。このトキ、一生の不覚!

 

「トキが悪い訳じゃないから言うつもりはなかったんだケド、『良い機会やし同じアイドルの仲間なんやから大切なことは言わなアカン!』ってエミに説得されたんダ」

「わたくしも右に同じです」

 正直かなりショックですが、笑美さんの言う通り隠されているよりもこうして突きつけられた方が解決に動けるので何倍もマシです。

「あやめさん達のお悩みはよく理解しました。ところで笑美さんのお悩みは?」

「ウチは最後でええから、まずこの二人の悩みを解決したってや」

「そうですか、わかりました」

 彼女の悩みも気になりますが、まずは二人のお悩みを解決することを優先します。

「こうなってしまったのも私に責任がありますので少しでも改善できるよう協力させて頂きます」

「ふぇいふぇいも頑張るヨ!」

「よろしくお願いします!」

 二人共気合は十分なようです。 

 

 

 

「それではまずフェイフェイさんのお悩み解決から始めますか」

「はい! よろしくお願いしマス!」

 屈託のない笑顔を受かべます。こんな素敵なアイドルに迷惑を掛けていると思うと罪悪感で死にそうになってきました。

「貴女の最大の個性はやはり香港出身という点ではないでしょうか。その個性を強化することでコテコテの中国人キャラなのに実は拳法が出来ないというギャップ萌えを生じさせたいと思います」

「ギャップ萌えって何かナ?」

「ある要素と別の要素とのギャップが生みだす萌えのことです。『ボーイッシュに見えて実は少女趣味なアイドル』や『実は20代後半なのにJKの様に振る舞うアイドル』など色々ありますよ」

「でも、どうすれば個性を強化できるのでしょう?」

「その答えはただ一つ────語尾に『アル』を付けるのです!」

 私が自信満々に言い放った瞬間、場が静寂に包まれました。

 

「んなアホな。きょうび映画でもそんなステレオタイプな中国人はおらんで?」

「だからこそ個性の強化に繋がるんですよ。それに語尾というのは非常に大切です。例えば語尾に『も』を付けるだけで何となく萌えキャラになったような感じがするんですも」

「なんでやねーんっ! ……って確かにちょっと可愛いかもしれへん」

「さぁ、フェイフェイさん! やって見せますも!」

「わ、わかったヨー。じゃなくてわかったアル!」

 おお、なんかしっくりきますも。

 

「どうアル? 変じゃないアルか?」

「これはこれでええなあ。ザ・チャイナガールって感じやで!」

「はい、とても可愛らしいと思います」

「ふふん。私の言った通りですも!」

「いや、朱鷺はんはもうええから……」

 確かに痛々しくなってきたので私の語尾チェンジはここで切り上げます。

「……コホン。それではこの状態が維持できるかテストして見ましょう。私が簡単なインタビューをしますのでそれに答えて下さい」

「わかったアル」

 そしてインタビューの練習が始まりました。

 

「じゃあまず年齢を教えてくれるかな?」

「15歳アル」

「15歳? ならまだ学生?」

「学生とアイドルをやっているアル」

「あっ、ふ~ん……。身長と体重はどれくらいあるの?」

「身長は152cmで、体重は41kgアル」

「彼氏とかいる?」

「ないアル」

 ん? これは……どっちでしょうか。

「彼氏はいるの? いないの?」

「ないアル」

「いるのかいないのかちゃんと答えなさい! お姉ちゃん怒りますよ!」

「だから、いないって言ってるヨー!」

 はっ、しまった! 変な虫が付いていないか気になったあまり暴走してしまいました。

 

「あの~。この語尾は誤解を生じさせてしまうのではないでしょうか」

 傍から見ていたあやめさんから冷静なコメントを貰います。確かに話を聞いていて混乱する可能性があることに今気付きました。

「これはボツやな」

「ふぇいふぇいもその方が良いと思うヨ……」

 こうしてフォースの中華面の強化作戦はあえなく失敗となりました。フェイフェイさんがなぜか疲れた様子なので一旦休憩とし、今度はあやめさんのお悩み解決に入ります。

 

 

 

「わたくしとしては忍術の強化を図りたいのです。先日の『シンデレラの武道会』で披露された様々な技を是非教えて下さい!」

「やはりそう来ましたか」

 先日行われた『シンデレラと星々の舞踏会』の一企画で彼女と一緒に格闘大会に出たのですが、その時に見せた北斗神拳奥義を目の当たりにして純真な瞳をキラキラと輝かせていました。それらの技を忍術に取り入れたいと言うのではと懸念していましたが案の定です。

 

「この技は本当に危険なんですよ。なので人様に教えることは出来ません」

 生まれついての能力であり血の滲むような修行を経て身に付けたものではないので、教えられる自信が欠片もないというのが本音です。一般人に使えるかどうかも未検証ですし。

「忍びとは耐え忍ぶこと。辛い修行でも耐えてみせます!」

「う~ん……」

 そうやって上目遣いでお願いされると罪悪感で胸がいっぱいになるので止めて下さいしんでしまいます。

「ならテストしてみたらどうカナ? 大丈夫ってトキが認めたら技を教えてあげるのは?」

「せやな。チャンスくらい与えてやらんと可哀想や。事の発端は朱鷺はんなんやし」

 うう、何だか私が悪者っぽいです。実際にそうなんですけど。

 

「……わかりました。では私が求める基準をクリアしたら北斗神拳をお教えします」

「本当ですかっ!」

 するとあやめさんが喜びを隠さず目を輝かせました。

「あくまでクリア出来たらの話ですよ」

「わかりました。忍ドルの力、お見せしましょう!」

 どうやらやる気は十分なようです。心苦しいですが彼女のためにも心を鬼にしてテストに落ちて貰わなければなりません。

「でもテストってどうするん?」

「任せて下さい。私にいい考えがあります」

「あまり良い予感がしないネー」

  だーいじょうぶ! まーかせて!

 

「指示通り医務室から借りてきました」

 あやめさんが会議テーブルの上に洗面器を慎重に置きました。中は既に水で満たされています。

「北斗の流派には『調気呼吸術(ちょうきこきゅうじゅつ)』という基礎的な術があります。特殊な呼吸法を用いることにより水中で10分以上息を止めていられるという技ですね。北斗神拳を学ぼうとするのであれば現時点で3分は息を止められないとお話にならないので、それが出来たら弟子入りを認めます」

「そーなのカー。トキは何分くらい止めていられるの?」

「昔試しましたが1時間くらいは無呼吸で大丈夫でしたよ」

「やっぱ人間超えてるやないかい!」

 笑美さんの鋭いツッコミが入りました。一方であやめさんは覚悟を決めた様子です。

「忍びとは死中に活を求めるもの。くノ一あやめ、例え死線を潜り抜けてでもやり遂げる覚悟です。いざ鎌倉!」

 よう言うた! それでこそ忍びや!

 

「では計測いきまーす。はい、よーいスタート」

 合図に合わせて洗面器に顔をつけました。いくら普段鍛えていると言っても女の子ですから精々2分が限界でしょう。挑戦して及ばなかったのであればあやめさんも納得してくれるはずです。

 そのまま1分が経過しました。大抵の人間が脱落するのに頑張っていますねぇ。

「そろそろ2分ですよ~」

 流石に苦しいのか手と足をバタバタと動かしているので恐らくここが限界です。ギブアップするかなと思っていると体の力がフッと抜けたような状態になりました。

「なぁ、朱鷺はん。……これって溺れてへん?」

「ストーップ!!」

 慌ててあやめさんを引き剥がしにかかりました。蘇生の秘孔を慎重に突くと激しくむせ始めます。暫く背中をさすり落ち着くのを待ちました。

 

「フェイフェイ殿、此処は……」

「良かった、生き返ったネ」

「危うく死ぬところやったで!」

「本当に死にそうになるまでやらなくていいんですよ!」

 無事なようなので安堵しました。もし彼女の身に何かあったらご家族に顔向け出来ません。

「修練不足でした。苦しくなったと思ったら妙な河原が見えたのですがあの場所は一体……」

「ああ、あそこですか」

 私も昔行ったことがありますよとは流石に言えませんでした。

「次こそは、必ず!」

「駄目ですって!」

 まだあやめさんとさよならバイバイしたくはありませんので再チャレンジは不許可です。するとガックリとうなだれました。

 

「このままでは忍術もアイドルも極められないままです。一体どうしたら良いのでしょうか」

「ウチらに言われてもなぁ。他に忍術を学ぼうにも本物の忍者なんてこの時代におらんし」

「……いえ、忍者ならいますよ。現存しているのは少数ですが確かに存在しています」

「本当ですか!」

「ええ。あやめさんの好きな伊賀忍者ではなくて尾張忍者というマイナーな連中ですけど」

 私のハイパー暗黒期(ストリートファイター時代)にその内の一人と手合わせをしました。色々と面白い技を持っていますし、後輩の指導経験もそれなりにあると以前聞いたことがあります。少なくとも私が北斗神拳を教えるより安全なのは間違いありません。

 

「私が頼めば初歩的な忍術は教えて貰えると思います。もしよければ紹介しましょうか?」

「現役忍者の技を学べるなんて素敵です。是非お願いします!」

「拳法家の知り合いはおれへんの? フェイフェイも拳法を習えば話振られても困らんやろ」

「正統派八極拳士の知り合いならいますよ。性格にやや難はありますが人間の中では最強クラスの実力があります」

「ふぇいふぇいにも紹介してくだサイ!」

「わかりました。そちらも手配します」

 こうして二人のお悩みは忍術と拳法の講師を紹介することで無事解決しました。問題が一度に解消出来て何よりです。

 彼女達はとても魅力的なので手を出さないか少し心配ではありますが、『もし擦り傷一つでも負わせたら全身の骨が粉末になるまで砕く』と脅しておけば過ちはないでしょう。

 

 

 

「ではお悩みは無事解決したということで。もう夜ですから皆で何か食べて帰りませんか?」

「わたくしはあんみつが食べたいです」

「ふぇいふぇいはごま団子がいいナ~」

「じゃあバトルロイヤルホストに行きましょう。あそこなら両方ありますし」

「ちょっと待たんかい!」

 バッグを手にすると辺りに響くような大きな声が聞こえました。振り返ると笑美さんが仁王立ちしています。表情がちょっと怖いですよ。

 

「ウチのお悩みをまだ聞いてへんやん!」

「ああ、そう言えばそうでした」

 あやめさん達のお悩みパートの尺が当初の予定よりも長くなったのですっかり忘れていました。

「先程からの疑問ですが何で笑美さんが私の被害者なんですか? このお二人と違って私の超人キャラによる風評被害はないと思うんですけど」

「……そんなに聞きたいか。なら教えたる。

 ウチと朱鷺はんは個性がモロに被っとるんや! お笑い芸人系アイドルという個性がな!」

「お笑い芸人系アイドル……だと……」

 衝撃的なワードが彼女の口から飛び出しました。

 

「はて、いったい何のことでしょう?」

 全然ピンとこないので思わず首を傾げます。

「なんでやねん! テレビとかであんだけ笑いを取ってるんやから自覚はあるやろ。こないだのモノマネ選手権でもウチの爆笑ネタを差し置いて堂々優勝しとったやん!」

「普通の人よりほんのちょっとだけユーモアが上積みされているとは思いますが、取り立てて面白みがある訳ではありませんよ。だって私は押しも押されもせぬ清純派アイドルですもの」

「……それはひょっとしてギャグで言うてんのやろか?」

「いえ、大マジですけど」

 確かにモノマネや芸人の真似事をすることもありますが、お笑い芸人系アイドルを名乗れるほど愉快な人間でないことは承知しています。なので笑美さんと個性が被っているという指摘は的外れとしか思えません。

「自覚はなかったんダ……」

「なるほど。朱鷺殿はいわゆる天然さんなんですね!」

 いやいや、世間から見れば私なんて面白みの欠片もないつまらない女ですって。絶対そうです。そうに決まっています。

 

「でもお笑い芸人系アイドルなら鈴帆ちゃんだっているじゃないですか」

「鈴帆っちはキグルミ芸人系アイドルやから系統がちゃうやろ。それにウチらはお互いに切磋琢磨して実力を磨いてきたんや。後から彗星のように現れた朱鷺はんが芸人アイドルのホープみたいになってて納得いかへん!」

「そんな不名誉な座はいくらでも譲って差し上げますよ……」

 こうなってしまったのはあの雑種犬とドSドラゴンのせいです。その内ちゃんとお礼参りをしないといけません。

「うーん。エミの悩みを解決するにはどうすればいいのかナ?」

「ふっふっふ。よう聞いてくれた……。七星朱鷺、この場で決闘を申し込むで!」

「け、決闘?」

 思わぬ方向に話が進んだので動揺してしまいました。

 

「すみません。笑美さんをミートボールにするのはちょっと良心が痛むんですけど」

「拳で戦ったら一瞬で死ぬわ! そうやなくてお笑い勝負や。お互いに自信のあるネタを披露してこの二人を笑わせた方が真のお笑い女王ってことでええやろ」

「お笑いと言っても色々種類がありますけどジャンルは何にします?」

「何でもええで。今日こそウチの真骨頂を見せたる!」

「……わかりました。それで笑美さんの気が晴れるのであればお相手致しましょう」

「お互いに全力を尽くそうやないか。よ~し、ドッカンドッカン笑わせたるでー♪」

 こうしてお笑い芸人系アイドルと清純派アイドルの戦いの火蓋は切られました。

 

 

 

「ウチの、完敗や……!」

 笑美さんが憔悴した様子で床に膝を付きます。その姿はまるでRPGの強制負けイベントで無残にやられた勇者のようでした。その横にはあやめさんとフェイフェイさんがお腹を押さえたまま倒れています。

「死にかけのハム太郎の真似は反則だヨー……」

「わたくしは『一人シンデレラプロジェクト』と『ショートコント 神崎さんと二宮くん』でもう限界でした……」

 モノマネ中心で攻めてみたのですが彼女達の好みに合っていたようです。アイドル達は箸が転んでもおかしい年頃なのできっと笑いのハードルが低いのでしょう。

「残ってた自信も今ので砕かれよったわ……」

「すみません。手を抜くのは失礼なので全力を出させて頂きました」

「ええんやで。ウチがお願いしたんやからな」

 そのまま力なく笑いました。フォローできないか考えましたが、この状態で私が何を言っても下手な慰めにしか聞こえないと思います。

 重苦しい空気に包まれていると会議室の扉が唐突に開かれました。

 

「こんなところにいたんだー。も~探したよー!」

 声の主である三好紗南ちゃんが笑顔でこちらに近づいてきます。

「これは紗南殿、どなたをお探しでしょうか?」

「朱鷺ちゃんだよ。借りてたゲームをクリアしたから今日返すって学校で約束したのにLINEと電話のどっちも繋がんないんだもん。受付の人に聞いたらまだ事務所から出てないって言うんであちこち見て回ってたんだ」

「すみません、まるっと忘れてました」

「まぁ見つかったから良いよ。……それでさ、深刻な雰囲気だけど何かあったの?」

 笑美さんの方を見ながら疑問をぶつけてきたので、今までの経緯をかいつまんで説明しました。

 

「なるほどねぇ。個性の重複かあ~」

 両腕を組んでうんうんと頷きます。

「そう言えばサナとトキは同じゲーマー系アイドルだよネ。個性が被っているから困ってたりはしないの?」

「ううん、別にそんなことはないよ」

「それはなぜでしょう?」

「だって同じ個性の子がいるからってアイドルとして輝けない訳じゃないもの。それに同じ個性があれば一緒に協力プレイが出来るから一人よりもっと輝けるじゃん! 実際あたしは朱鷺ちゃんと一緒に仕事して世界が広がったなぁ~って思うんだ。皆はそう思わない?」

 紗南ちゃんの言葉を聞いて笑美さんがハッとした表情を浮かべます。

「そうですね。一人では100万パワーが限界ですけど二人いれば100万パワー+100万パワーで200万パワー。それに二倍のジャンプが加わって400万パワー。そして三倍の回転を加えれば脅威の1200万パワーが生まれるんですよ」

「それはちょっと意味が違うと思うヨー」

 ウォーズマン理論が一蹴されてしまいました。握力×スピード×体重=破壊力と同じくらい大好きなガバガバ理論なんですけどねぇ。

 

「同じ個性があるからこそ、一人よりもっと輝けるか。確かにそうやな」

「それに笑美さんは元々アイドルとしての成功には執着せず自分なりに仕事を楽しむことを優先していると以前伺いました。お笑い芸人系アイドルとして人気を得ることに拘り過ぎて仕事を楽しむ気持ちを無くしてしまうのは凄くもったいないと思います」

 笑美さんが落ち着いたのを見計らって私なりにアドバイスをしました。一応お悩み相談室長ですのでちゃんと仕事はしておかないとね。

「……ウチが間違えとった。人を笑わせることばかり気にして自分が楽しむことを忘れとったわ。人を笑わせるなら、まず自分が笑えってな」

 そう言うと両手で頬をピシャリと叩きます。

「よーし、みんなを笑かしてウチもめっちゃ笑うライブするでー! これからもみんなでめっちゃおもろくて盛り上がるもんにしよなーっ!」

「はい、その意気です!」

 笑美さんに再び闘志が宿るのがはっきりとわかりました。試練を一つ乗り越えたことでアイドルとしても一皮剥けたでしょう。

 アイドル達の力になれる仕事が受けられて良かったと改めて思いました。三人のお悩みを無事解決できたのでめでたしめでたしです。

 

 

 

「……それで、私はなぜこのような格好をしているのでしょうか?」

 不細工な鳥のキグルミを着たままポツリと呟きます。

「そりゃキグルミコントをやるために決まっとるやん」

「いやそうではなくて、何故清純派アイドルの私が笑美さんや鈴帆ちゃんと一緒にキングオブコントの予選大会に出てるのかという意味なんですけど」

「そりゃウチがあのお悩み相談後にウチのPにお願いして、朱鷺はんをコントメンバーに組み込んで貰ったからやで。そっちのPも二つ返事でOKしてくれたから乗り気やと思っとったわ」

 潰す……。アイツいつか潰す……。

 

「ウチと笑美しゃんと朱鷺しゃんが揃えば優勝は貰ったも同然ばい!」

 カニのキグルミを身に纏った鈴帆ちゃんが自信満々に言い放ちました。いや、予選敗退して貰わないと私が非常に困ります。

「おっと、次はウチらの番や。腹がよじれるぐらい笑わせるからな!」

「やる気満タンばいっ! 笑わせに行こうかー!」

「おー……」

 その後私達は破竹の快進撃を続ける訳ですけど、この話はこれ以上語りたくないので深い闇の底に葬ることにしましょう。

 

 なお余談ですが、八極拳士と尾張忍者に弟子入りしたフェイフェイさんとあやめさんはその後メキメキと実力を上げ、大の大人を軽く捻るほどの戦闘力を短期間で身につけたそうです。

 ……アイドルのちからって、すげー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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裏語⑪ どうした!? 七星

「本日の撮影は以上です。貴重なお時間を頂きありがとうございました」

「へ、いいってことよ。それよりちゃんとウチを紹介してくれよな!」

「私共にお任せ下さい。大人気の老舗ラーメン店として特集しますから」

「おう。頼んだぜ、兄ちゃん! アンタは信用してっからな!」

「それでは失礼します」

 一礼してから店の外に出る。昔ながらの職人気質で噂通り気難しい店主のためロケには骨が折れた。だが長年取材拒否だった名店がテレビ初登場となれば話題性は十分なので、ラーメン店紹介番組の目玉の一つにはなるはずだ。

 今日のロケは全て終わったので出演したタレントをタクシーで送り、スタッフ回収用の車が来るのを撮影班と共に路上で待つ。

 

「お疲れ様でした、龍田さん!」

 新人ADが人懐こい笑顔を浮かべたので「君こそご苦労様」と返事を返した。

「いや~、あのおっさんマジで怖かったすね~! ザ・頑固親父って感じで超ビビリましたよ!」

 外に出た途端饒舌になった。先程店主に睨まれて以降ずっと緊張した面持ちだったので、ようやく安心したのだろう。

「そういう話は第三者から聞こえない場所に行ってからにした方がいい。もし店長の知り合いに聞かれて本人に伝わったら先程のロケが全て無駄になってしまう」

「いけねっ! すみません、つい……」

「同じ間違いを繰り返さなければいいさ。それに君の気持ちは理解できる」

「へへっ、ですよね~! でもあの超頑固店主の店と交渉して出演OKさせるとか、龍田さんマジパネェっすよ!」

「何事も誠意をもって対応すれば概ね上手くものだ」

「それが出来たら苦労しないんですけどねぇ~」

 出演交渉にもコツというものがある。相手の情報を得た上で何を欲し望んでいるかを考えれば、航空路(正解)は自然に定まるものだ。

 

 すると仕事用のスマホがポケットの中で振動するのを感じた。手に取り確認すると直属の上司にあたる一条D(ディレクター)からの電話だったので通話の表示をタッチする。

「もしもし、龍田です」

「あ~龍田くん? おっはー♪」

「お疲れ様です。ご用件は何でしょうか」

「んもう、つれないなぁ。仕事は出来るんだからもっと明るく楽しく働いた方がいいよ~。これ、オニーサンからのアドバイスね♪」

「可及的速やかに協議し必要との判断であれば粛々と対応します」

「まるでお役所みたいな答弁だねぇ~」

 いつものジョークをさらりと受け流す。ADとして初めて仕事をして以来の付き合いなのでもう慣れたものだ。若いスタッフから相談してもらえるよう軽い男を演じているのはわかっているので、俺には自然に接して欲しいと何度も言っているのだが。

 

「それで、ご用件は?」

「明後日収録の『とときら学園』なんだけど出演者二人がインフルエンザで倒れちゃったからさ、当日の代役をどうしようかなってね」

「その件でしたら346プロと交渉し代役のアイドルを用意して頂く手はずとなっています。3時間程前にメールをお送りしましたが届いていなかったでしょうか?」

「あ~ゴメン、数時間で何十通も届くもんだから多分見落としてたわ。相変わらず仕事早いねぇ~。業界経験ウン十年のオニーサンとしては日々肩身が狭くなるよ~♪」

 その割には何故か嬉しそうな様子だが気のせいだろうか。

 

「他にご用件なければ仕事に戻ります」

「いや、もう一つあるよ。明日の夜に30分くらい時間を空けてくんないかな。かな~り重要な話があるんだ」

「明日ですか。……少しお待ち下さい」

 私用のスマホで明日の予定を確認する。番組収録の合間であれば何とか都合は付きそうだ。

「18時からであれば問題ありません」

「オーケー。それじゃあ予定入れといてね!」

「わかりました」

 そのまま通話を終える。重要な話とは何か気にはなるが考えても仕方ない。どの道明日になればわかることだ。自分の中での優先度を『低』とし、優先度が高い仕事の相談メールやLINEの対応を黙々と行った。

 

 

 

 翌日の夜はテレビ局内の役員応接室に向かうよう一条Dに指示された。番組制作会社の契約社員が普段立ち入るエリアではないので何事かと訝しんだが、引き返す訳にもいかないので粛々と目的地に向かう。

「失礼します」

 軽くノックをしてから室内に入る。高価そうな調度品が輝く中、ディレクターと見知らぬ初老の男性がソファーに座っていた。一般人とは違う風格があるので只者ではないのだろう。

「ああ、来た来た~。こっちこっち!」

「ご用件は?」

「まぁ、取り敢えず座りなよ」

 指示されるまま高級そうなソファーに腰掛ける。

「忙しい中呼び出して悪かったね~! 今日は君に紹介したい人がいるんだ。

……こちら不死テレビ専務取締役の一条さんだよ。専務って分かるかな? 簡単に言うとテレビ局の超偉い人!」

 

「どうも、一条です。なるほど、君が龍田君だね。甥がいつも世話になってるよ」

「龍田翼と申します。よろしくお願い致します」

 二人共同じ苗字なので気になっていたが親族という訳か。念のため持参した名刺を彼に差し出す。名刺交換をした後再び着席した。

「君の話は甥から聞いている。まだ若いにも関わらず随分有能な人材だと絶賛していたよ」

「随分じゃなくて『非常に』だから、その辺間違えないようにね!」

「ははは、それは失礼した」

 一向に話が見えてこない。こちらから切り出すべきか迷っていると一条Dが真面目な表情に変わった。

「実はさ、龍田くんに一つ提案があるんだ」

「提案、ですか」

「うん。……君さ、局の正社員になってみる気はない?」

 その口から思いも掛けない言葉が飛び出した。

 

「なぜ私なのでしょうか?」

 想定外の事態のため若干の混乱が生じている。とりあえず無難な質問をして考えを整理する時間を稼ぐことにした。

「とても使える人間だから、という率直な理由では駄目かな。一緒に仕事をした人達の話を聞いたが皆仕事振りを絶賛していたよ。提案した企画も限られた予算内で素晴らしい成果を出しているそうじゃないか」

 専務が温和そうな笑みを浮かべながら答えた。

「テレビ局の新卒社員採用倍率は数百倍だと伺っています。確かに成果は出していますが、そもそも大学すら卒業していない者が入社しては不都合があるかと思いますが」

「高学歴者は能力が高い傾向があるのは確かだよ。だが学業が優秀だからと言って全員が満足な実績が出せる訳ではない。学歴が高くなくても社会的に成功した人達を私はよく知っているのさ」

「確かに例外が存在することは言うまでもありませんが……」

「時代は大きく変わった。情報通信技術が発展し個人でさえ世界に向けて自由に放送が出来る現代で、既存の局は衰退する一方だ。今はまだいいが、20年後や30年後にこの局が生き残るためには多様な経歴、経験を持つ人材が必要不可欠だと思うのだよ」

「その人材の中に私が含まれているということですか」

 言っていることに矛盾はないように思える。

 

「それに龍田くんの場合は事情が事情じゃん。

 もし眼の病気がなければ確実に主席で卒業していたって航空大学校時代の教官に電話で聞いたよ。能力・人格共にあれ程優れた奴はいないのでよろしく頼むなんて言われちゃったし~」

「私にお誘いがあった経緯は一通り理解しました。ですが優秀な人材を正社員にという話であれば一条さんが適任なのでは?」

 人気番組をいくつも生み出してきたヒットメーカーなのだから年次で考えてもその方が違和感はない。

「私も以前から提案しているのだがね。本人が断固拒否するのだよ」

「コネ入社だって後ろ指刺されたくないじゃん~。それにボクは現場主義だからね。シャレオツなオフィスで難しい顔して働くよりもヘラヘラしながらロケ場所で走り回ってる方が似合ってるって思わない?」

 確かにこの人がスーツで真面目に勤務している姿は想像出来ないな。

 

「で、どう? テレビ局との直雇用で正社員だなんて超絶いい話だって♪ 乗っちゃいなよ、このビックウェーブに!」

「わかりました。その話お受け致します。……但し、二つ条件があります」

「条件!?」

 一条Dが思わず立ち上がった。

「こんな良い話なのに条件って……。冗談だよねぇ?」

「いえ、本気です。そもそも雇用契約とは雇用者と被雇用者が双方合意して結ぶもの。被雇用者が条件を出しても何らおかしくありません」

 淀み無く断言する。こちらとしては言葉の通り真剣だ。

 

「どんな条件かな。言ってみなさい」

「テレビ局の社員の場合だと営業や事務、広報など直接番組制作に関わらない仕事があるかと思います。しかし私としては現場の仕事に拘りがあるので転職後も引き続き番組作りを行いたい。それが一つ目の条件です」

「ほほう、それでもう一つは?」

「346プロダクションに七星朱鷺というアイドルがいます。彼女が出演する番組の制作には極力携わらせて頂きたい。それが二つ目の条件になります」

「本当にこの二つでいいのかい? 年収や休み、福利厚生など交渉すべき内容は他にもあると思うのだが」

「それ以外は些細なことです」

「……ほーんと、朱鷺ちゃんのこと大好きだよねぇ~」

 彼女の力になることが今の俺の夢だ。好きや嫌いなどという次元の話ではない。

 

「わかった。それくらいの条件であれば私の方で何とか出来るはずだ」

「無理を言ってしまい申し訳ございません」

「いや、いいさ。君はその条件を呑んででも囲い込んでおきたい貴重な人材だからね。

 それに男には何があっても曲げられないことが一つや二つはある。君にとってはその子が譲れないものにあたるのだろう?」

「はい、その通りです」

 七星朱鷺というアイドルが輝く手助けをする。あの日誓った気持ちに一切揺るぎはない。

 こうして意図しない転職が30分足らずで成立した。

 

 

 

「それでは、コメット『裏定例会』及び龍田くんの出世を祝して~、乾杯!」

「カンパーイ!」

「……乾杯」

 琥珀色の液体で満たされたグラスを傾ける。爽快な味わいでメリハリのある喉越しが乾いた体に心地良い。

「普通の居酒屋ですまないね。転職が事前にわかってたらもっと良いお店にしたんだけど」

「いえ、犬神さんが気にすることではありません。私自身唐突な話でしたから」

「でもテレビ局から直にスカウトされるなんてマジスゲーッスよ!」

 虎谷君がカシスオレンジを手にしたまま興奮気味にまくし立てる。

「上司の叔父が局の専務でなければこの話はなかったでしょう。縁故入社の様なものですよ」

「いやいや、実力がなければ推薦なんてされないって。もっと自分に自信を持とう!」

「ありがとうございます」

 犬神P(プロデューサー)がまるで自分のことのように喜ぶ。この人の良さでドロドロとした芸能界を生きていけるのか改めて心配になってくる。

 

 346プロダクションのアイドルグループ────『コメット』ではPとアイドルとで打ち合わせ兼食事会を定期的に開き様々な情報共有を行っている。しかしその裏でもう一つの打ち合わせが行われていることを彼女達は知らない。

 その会が今行われているコメット裏定例会である。参加者は犬神Pと虎谷君、そして私だ。社内外を問わず七星さんと何かしらの関係がある男性陣が集っている。

 なお発起人も私である。元々犬神さんとは面識があるし虎谷君や鎖斬黒朱は七星さんから伝え聞いていたので結成は容易だった。コメットの再スタート頃から継続して実施しているので軽く半年以上の付き合いになっている。

 

「すいませ~ん、生中もう一つ!」

「はいっ、かしこまり!」

 開始1時間程経つとアルコールもある程度回ってきた。すると話がいつもの流れになる。

「俺の顔を見る度に七星さんが『キングオブコントの芸人トリオから外せ!』って噛み付いてくるんだけど望みどおりにした方がいいのかな? 面白かったって褒めても白い目で見てくるから超怖いんだ……。笑顔のままスチール缶を握り潰したりして脅してくるし……」

「続けさせる方が七星さんのためになります。それに一人出場ならともかくトリオなので、もし止めたら難波さんや上田さんにも迷惑を掛けてしまいますよ」

「破竹の快進撃で準決勝まで勝ち進んでるんからもうちっとやっても良いんじゃないッスかね。今辞めたら勿体無いですって!」

「そうだよなぁ。とりあえず俺が我慢すればいい話だもんな~……」

 なお、裏定例会と銘打ってはいるが内容の半分は犬神Pの愚痴大会となっている。その後も日々の苦労話や被害を涙ながらに吐き出していく。

 

「やっぱり俺の器じゃ七星さんのPは務まんないのかなぁ。武内先輩や他の有能なPの方が彼女を幸せに出来るのかも……」

「……ッ!」

「はあっ!?」

 情けない婚約者のような発言を聞いて私と虎谷君に電流が走る。

 経験から判断してこれは実によろしくない状態だ。ストレスレベル5段階(独自制定)の内レベル4に片足を突っ込んでいる。

「いえ、そんなことはありません。七星さんは犬神さんに気を許しているからこそ、好きなことが言えるのです。信頼していない人に暴言なんて吐かない方ですから」

「そうッス! あのツンツンした態度は姐さんなりの愛情表現なんですって!」

「そ、そうかな?」

「ええ、間違いありません」

「外から見ると深い絆で結ばれているように思えます!」

「二人共、ありがとう……。もう少し頑張って対話を試みてみるよ。……ゴメン、ちょっとトイレ行ってくるね」

 赤ら顔の彼を見送った後、二人で軽くため息をつく。

 

 

 

「やれやれ、何とかフォロー出来たみたいっスね……」

「今日はいつも以上に闇が深い。七星さん自体はそれ程荒れてなかったはずですが」

「万一辞められでもしたら姐さんの怒りの矛先が俺達に回ってくるから堪んないっスよ。犬神さんには末永くサンドバッグとしての役割を果たしてもらわないと」

「もしPが変わって怒りが発散出来なくなったら被害が何処に飛んで行くか想像が付きませんからね。代えのいない貴重なタンク役なので定期的なメンテナンスが必要です」

「あっ、そうだ! もし犬神さんが壊れたら龍田さんがPをやれば解決しますよ!」

 名案を思いついたと言わんばかりの表情だ。

 

「いえ、それは難しいでしょう」

「どうしてですか?」

「七星さんは本来自由人というか、人に管理されることが非常に苦手なタイプの方です。犬神さんは色々な意味で緩いので彼の下であればのびのび働けますが、私は厳格に管理するタイプなので窮屈に感じるでしょうし遅かれ早かれ暴発します。

 魅力を引き出すためとはいえ色々酷いこともしているので、番組で顔を合わせるくらいの距離感が丁度良いんですよ」

「そう言うもんなんスねぇ。女心は難しくてわかんねぇな」

 曇った表情のまま軽く溜め息をついた。

 

「それに犬神さんは凄い力を持っているのでコメットのPを続けて貰わないと困ります」

「いや、どう見ても姐さんに振り回されているだけに見えますって……。耐久力の高さは確かに驚きですけど」

「先日ネット上で大炎上して放送中止になった大手化粧品会社のCMがありましたが、あれは元々コメットにオファーが来ていたんですよ。七星さんも乗り気でしたが最終的に犬神さんが『言いようのない不安感がある』という理由で断った結果、あの惨状が起きて出演タレントを含め叩かれたという訳です」

「へ~、そうなんですねぇ。でもそれって偶然じゃないっスか」

「確認したところ同様の事例が多数ありました。これは推測ですが、犬神さんは人を見る目が優れているだけでなく優れた直感力と豪運を持った方なのだと思います」

「Pとしての実力は一切認められてませんね……」

「運も実力の内と言います。実務能力は後からいくらでも身につけられますが直感力や運は天性の才能ですよ。白菊さんの運勢が上向いているのも彼の影響があるからなのかもしれません」

「だからこそコメットのPを続けてもらわなきゃならんって訳ッスか」

「その通りです」

 それに七星さんをアイドルに仕立て上げた彼は俺にとって間接的な命の恩人でもあるから、出来る範囲で支えたいと思っている。

 

「いや~、ゴメンゴメン。トイレ混んでてさ~」

 すると犬神Pが赤い顔のまま席に戻ってきた。本人を前にしてこの話を続けられないので話題を変えなければならない。

「竜虎相搏つなんて言葉があるけど、君達二人はその反対で仲いいよね~」

 するとタイミングよく話を振ってくれたので流れに乗ることにした。

「ええ、そうですね。撮影などで人手が足りない時には虎谷君のチームの子達を貸して頂いているので頭が上がりません。当日1時間以内に無償で手配できる人材なんて普通はいませんし、軍人並みに教育されていて使いやすいので本当に助かっています」

「いや、こっちこそウチの元不良共の就職活動を支援して貰ってますんでマジ感謝っスよ。龍田さんのお陰で高卒連中の非ブラック企業への就職率が100%になりましたし」

「七星さんの企業人脈があってこそです。私は少し手伝いしただけに過ぎませんよ」

「それに身近に暴君の如きJCアイドルがいるんで、男連中は結束しないとやってられねえっス」

 双方にメリットがある関係なので今後も良い協力体制を維持したいものだ。それは七星さんのためにもなる。

 

「そういえば来月からテレビ局に転籍なんですよね。現場の仕事はもうしないんですか?」

「そうそう。俺も気になってたんだ!」

「現場の仕事を続けることを転籍の条件にしたので変わりません。これからですが局から今所属している制作会社に出向することになるようです。従来担当していた番組に関してはD兼Pとして担当させて頂きますよ」

「……うわー、一気に偉い人になっちゃった。こ、これからは敬語で話した方がいいかな?」

「いえ、私は私ですから今まで通りで構いません」

 そう言うと重荷を下ろしたように清清しい顔になった。だが安心するにはまだ早い。

 

「さて、これで晴れて私が『とときら学園』などの責任者になりました。そのことが何を意味するかお分かりになりますか?」

「意味すること……?」

 二人共怪訝な表情を浮かべる。少しすると意図を察したらしく、不安な感情が湧き出し一気に顔を曇らせた。

「そう、封印されしあの企画達を現世に解き放つ時が来たのです」

「やめっ……ヤメロォーー!!」

 騒がしい店内でも一際大きい叫び声を上げる。すると周囲の客がこちらをジロジロと見てきたので声のボリュームを絞って話を続けた。

 

「龍田さん、マズいっスよ! 例の企画って以前番組PやDから却下されたじゃないですか!」

「今後は私が責任者です。誰にも文句は言わせません」

「公共電波の私的使用の上に職権乱用だって!」

「それの何が悪いのか理解出来ませんね。七星さんが輝く方がその数千倍は重要です」

「せっかくテレビ局に就職して高給と将来が約束されたってのに、どうしてそんな危ない橋を渡る必要があるんスか……」

「クビになったら私の力がその程度だったということ。もしそうなれば別の手段を用いて七星さんの力になるだけです」

「お願いだから自分の人生は大切にしようよ……」

「人が生きるということは夢を見るということです。それを見なくなったら死人と同じでしょう。肩書きや長生きなんてものには何の意味も興味もありません。それに命なんて安いものですよ、特に私のはね」

 なにせ一度は死んだ身だ。常時捨て身の人間に怖いものなど何一つ存在しない。

「いや、君がよくても俺が殺されるから!」

「そこは担当Pとして上手くフォローをお願いします」

「それこそむ~りぃ~なんだけど……」

 目の中に絶望の色がうつろう。命の恩人ではあるが優先度は七星さんの方が高いので許して頂きたい。

「何で姐さんには頭のおかしい男しか寄ってこないんスかねぇ……」

 安心しろ、君もその中の一人だ。悪いが二人纏めて地獄の底まで付き合って貰う。

 

 

 

 三週間後、例の企画から一つ選んで実際に収録することとなった。春の番組改編期にとときら学園初の特番が放送されるのでその中に混入する予定である。数ある企画の中では比較的マイルドな内容なので実験としては申し分ない。

「みんな、おはよう」

「おはようございまーす!」

「はよっす!」

 スタッフ達に軽く挨拶しながらスタジオ入りすると準備はほぼ終わっていた。典型的なバラエティ番組の舞台構成で、司会者席とアイドル達が座る雛壇、そして観覧席が設けられている。最終確認のため手にした資料の中から出演者リストを取り出した。

 司会進行は七星さんを除くコメットの三名が担当し、雛壇の席にはシンデレラプロジェクトやプロジェクトクローネ、七星さんのクラスメイト達が座る。

 これだけのアイドルを揃えるのには予算とスケジュールの面で骨が折れたが、成功のためには致し方ないので人には言えない方法も使いながら上手く纏めた。

 

 観客入場と前説を経てようやく本収録に入る。アイドル達が舞台に上がると観客席から一斉に歓声が沸いた。

「皆さんこんにちは~!」

「こんにちは~!!」

 司会の白菊さんが挨拶すると観客席から大きな返事が返ってくる。観客の多くが若い女性のためかノリがいい。

「この『ミシロトーーク!』のコーナーは普段瑞樹さんや愛梨さんが司会を務めているけど、今回は特別編なのでボク達が仕切らせて貰うよ」

「で、では早速テーマを発表します……」

 森久保さんが言い終わると同時に背部の大型モニターが切り替わった。

 

「本日のテーマは『どうした!? 七星』です!」

 大きな声で発表すると周囲が一瞬静まり返る。

「いや、何ですかこのテーマ! ボク達にもわかるように説明してくださいよ!」

 雛壇に座っていた輿水さんが台本通り説明を求めた。リアクションが日に日に芸人に寄ってきているが気のせいだろうか。

「今日のテーマを決めた方が別にいるので、その人から詳細を説明してもらいます……」

「来てくれ。そしてこのマイクに叫ぶといい……キミの奥底にある願いを」

 深呼吸してから満を持して舞台に向かう。さぁ、ここからが勝負だ。

 

 

 

 ステージに上がると観客の歓声が湧く。七星さんと共に何度か出演したことがあるので一応は認知されているのだろう。

「こんにちは、本番組D兼Pの龍田です。それではテーマについて説明しますが……その前に皆さん、最近の七星さんを見てどう思いますか?」

 雛壇席のアイドル達に疑問を投げかける。

「ニェージノスチ。トキは前から優しいですが、最近はもっと優しいです」

「うん。最初に会った時はもっと殺伐としてたから昔より大人しい気がする」

「しぶりんの気持ちわかるな~。テレビに出始めた時みたいなハラハラ感はないもんね~」

「私服も最初の頃は中性的だったけど、今はアイドルらしく可愛い感じになったのにゃ」

「確かにすっかり丸くなった気はしますね。転校直後の頃は滅茶苦茶でしたからボクなんて何度も死にそうな目に合いましたよ!」

「サチコは体育の球技の度に的になってたナ!」

 他にも意見を頂くが概ね同じ内容だった。

 

「ちなみに番組公式ツイッターでアンケートを取った結果、『最近大人しくなったと思う』に賛同のリツイートをした方が1万人以上いらっしゃいました。

 コメントも多数頂きましたが『マジメちゃんになってからイマイチ』『姉貴に清純派路線は無理だってそれ一番言われてるから』『おふざけが足りない -114514点』『もっと毒出せよオラァァァン!』『これじゃ台無しだぁ(絶望)』『も ど し て』などと書かれており圧倒的に不評です」

「あ~、やっぱり……」

 観客とアイドル達が納得したように頷く。

 

「ということで今や誰得アイドルに退化しつつある七星さんですが、今回は以前のようにギラギラとした個性派アイドルに更生して貰うためのコーナーなのでよろしくお願いします」

 言い終わると観客席と雛壇から一斉に拍手が湧いた。

「ですが本人抜きでこんな話をしてしまって大丈夫なのでしょうか……」

「ご安心下さい、鷺沢さん。本日の主役である七星さんはテレビ局の楽屋でこの収録をリアルタイムで見ています。そのため陰口にはなりませんので皆さん言いたいことを好きに言って下さい」

「は~い! みりあもがんばる~♪」

 本人には収録直前まで企画内容を伏せていた。今頃あの楽屋は世界で一番立ち入りたくないパンデモニウムに変化しているだろう。

 

「それでは早速年表を使いながら七星さんのアイドル史を振り返っていきましょう」

 大型モニターに彼女の経歴が書かれた年表が表示される。

「これまでの歴史ですが、大きく分けて三期に分類されます。アイドルデビューから体力系仕事で色々やらかすまでの『ギラギラ期』、キャラが定着して人気が出てきた『調子ノリ期』、そしてシンデレラと星々の舞踏会以降の『どうした期』に分かれる訳ですね」

「それではギラギラ期から始めていこうか。デビュー前に最初に撮った宣材写真がこちらだよ」

 二宮さんの合図に合わせて写真が表示された。そこには完璧な笑顔を浮かべた少女が佇んでいる。いや、完璧過ぎて却って胡散臭い。

「うっきゃー! かわいいにぃ☆」

「確かにこれだけ見ると清純派アイドルに見えなくもありませんね」

「あはははー。ありすちゃん辛ラツー♪」

「す、すみません! つい……」

「でもこれがまさかああなるとは誰も思わないよなぁ」

「朱鷺には悪いけど奈緒と同じ意見、かな」

 北条さんが申し訳なさそうに呟くが世の中の大半が思っていることだから気にする必要はない。

 

「知名度はほぼなく世間的には趣味がちょっとおかしいアイドルくらいの認識でした。無事デビューしてから地道な下積み仕事をしていた訳ですが、ある出来事をきっかけにその路線が大きく変貌します」

「で、では続いて朱鷺ちゃんが打ち立てた伝説を見ていきましょう……」

「暴走の始まりは横浜ビースターズVS中日コモドドラゴンズ戦の始球式でした。アイドルとして普通に可愛く投げれば良いものをとんでもない球を放ちます。その時の貴重なVTRがこちら」

 すると大型モニターの画像が切り替わった。左右に高速移動しながらキャッチャーに向かう恐ろしい魔球の動画が表示される。

「あ~、これこれ☆ 一緒に動画見てたお姉ちゃんが牛乳吹き出しちゃってたよ~☆」

「今なら割と普通に感じるけどさ~。当時は意味わかんなくてCG説もあったね~」

「ちなみにこの魔球を捕球したビースターズの戸木主捕手にその時の話を伺ったところ『一瞬走馬灯が見えた』とのコメントを頂きました」

「道理でスカウトが殺到する訳だよ……。確かにロックではあるけど私には真似出来ないな」

「これはまだ序の口です。他の輝かしい実績もどんどん見ていきましょう」

 その後も無人島生活やITACHI、翼人間コンテストなど本人が黒歴史認定している経歴を順を追って紹介していく。アイドル達も当時を懐かしむように色々なコメントをしていった。

 

「以上のようにギラギラ期の七星さんは様々な伝説を打ち立てていきました。しかし彼女がなぜこのような暴走に至ったのかはあまり知られてはいません」

「なぜって……。人気を集めるためじゃないんでしょうか?」

 島村さんが不思議そうに首を傾げる。

「確かに合ってはいますがその裏には聞くも涙、語るも涙の物語があるのです。その説明はコメットの皆さんからして頂きましょう」

 司会の三人に話を振る。事前に打ち合わせ済みなので落ち着いた様子だ。

 

「今だから言えるけど、コメットは元々シンデレラプロジェクトを成功に導くためのプロトタイプだったのさ。ボク達のプロデュースの結果を分析して後の子達に活かす予定だった」

「……でも事情があって結成が遅れてしまって。デビューした頃にはもうシンデレラプロジェクトがデビュー間近で……。それなら存在意義がなくて人気もないもりくぼ達は解散させようかって話が事務所の偉い人達の間で決まりそうになったんです」

「私達やPさんはその方針に反対しました。特に朱鷺さんはユニットで活動したいって強く思ってくれていたから、人気と知名度を一気に上げようとして一人で目立つ行動を始めたんです。誰にも相談せずに無理して最後は倒れてしまいました」

 彼女達の口からあの暴走の真相が語られた。社内の機密事項を暴露して大丈夫かと一部のアイドルは心配そうな様子だが、アイドル事業部の統括重役である美城常務には事前に話を通している。

『誇りある美城として、犯した過ちは公表し正さなくてはならない』と言っていたが、汚名返上に力を貸すあたり彼女も彼女なりに七星さんのことを気にかけているのだろう。

 

「そんなことがあったなんて知らなかったにゃ……」

「みりあ初めて聞いたよ~」

「事務所内では噂になっとったが、知るとシンデレラプロジェクトの皆が無用な罪悪感を感じるけんね。朱鷺ちゃん達の依頼で伏しぇられとったばい」

「すみません。私達のせいで……」

「智絵里が謝ることではないさ。それに理想へと至るのは困難の連続だ。平坦な道程などありはしないのだろう」

 あの暴走があったからこそ俺は今この場に立っている。人の運命はどう転ぶか本当にわからないものだ。

 

「ということで、無事パワー系アイドルとしてキャラが確立した七星さんは主にバラエティの分野で優れた才覚を発揮していくことになります。それでは勢いが出てきた調子ノリ期の活躍をご紹介しましょう」

 DIOでのライブやRTA傑作シーン、アイドル格付けチェック不正解集、渋谷ゴスロリスキップなどの痴態をDIEジェストで紹介していく。迷シーンの度に会場が爆笑の渦に包まれた。

「やはりこの天才と朱鷺の体力があれば不可能はないな!」

「捕れたてのサメ料理は美味しかったれす~♪」

「ゴスロリ服から零れ出るお山がセクシー……エロいッ!」

 雛壇席のアイドル達は笑いながらもフォローを入れてくれるため不快感はない。クラスメイトやサポート役として世話をしていた子を呼んでいるので皆爆笑エピソードを交えながら頑張って彼女の良い所をアピールしてくれている。

 編集を考慮しても十分な撮れ高が確保できたので本日のメインテーマに入ることにした。

 

「このように皆が知っている七星さんのままで独自路線を突き進んで頂ければよかったのですが、『シンデレラと星々の舞踏会』の後から雲行きが急激に怪しくなりました」

「一体どんなふしぎなことが起こったんだッ!?」

「それがこちら」

 合図に合わせて大型モニターの画像が切り替わる。

「清純派アイドル転向策謀期────通称『どうした期』です」

 すると出演アイドル達の表情が一斉に曇った。どうやら心当たりがあるようだ。

 

 

 

「舞踏会以降、朱鷺さんは既存のイメージを覆そうと色々な作戦を実行に移しました。手始めとして行ったのが料理レシピ本の出版です」

 白菊さんが本のサンプルを手に取る。本の表紙には『トキちゃんの七つ星節約レシピ♥』というタイトルと笑顔の七星さんが写っていた。

「見て下さいこの可愛らしいエプロン姿! 普段の彼女から想像できますか!?」

「ないなー。フリル付きのハート型エプロンとか絶対好みじゃないって」

 神谷さんが反射的に首を振って否定する。

 

「……他にはブライダルのCMでウエディングドレス姿になったり水着グラビアの撮影でビキニになったりしていました。今までの朱鷺ちゃんなら『恥ずかしくて死ぬから無理!』って言っていたはずです……」

「ま、まさか……。スク水しか持ってないあのビームちゃんがビキニなんて嘘だよ!」

 雛壇が一斉にざわつき始める。

「いえ、残念ながら事実です。更には映画祭の審査員やエッセイの執筆、ゲーム業界人との対談などといった文化人の真似事までしている有様です」

 全く、俺に隠れて小賢しい真似をしてくれるものだ。

 

 アイドルらしい仕事や知的な仕事の比率を少しずつ上げることで清純派アイドルに転向できると本気で思っているのだから笑わせてくれる。

 俺としても可能であれば清純派アイドルとしてトップに立って欲しい。しかし残念なことに今やアイドル業界は過当競争時代。765プロのような古豪や283プロなどの新興勢力が活躍をする中、清純派アイドルというレッドオーシャン(競争の激しい既存市場)で七星さんが生き残れる可能性は万に一つもないと断言できる。

 闇にまみれた彼女がトップアイドルになるためには『武闘派ガバガバ系バラエティアイドル』という路線でブルーオーシャン(未開拓の市場)を狙うしかないのだ。そのためにも無理無茶無謀な路線変更は絶対に阻止しなければならない。

「なお先程のレシピ本は美城出版から絶賛発売中です。実用的な内容でレビューサイトでも高く評価されており発売早々重刷となっていますので、ご興味のある方はお早めにお買い求め下さい」

 本の宣伝を入れつつ番組の進行を続ける。

 

「クサジャリェーニユ。トキはありのままで十分素敵です。だから、自分を偽ってしまうのはとても残念です」

「自分を曲げるのは格好良くないにゃ。強い個性があるんだからそれを貫いた方がいいにゃ」

「ああ、ボク達も同じ気持ちだよ。だからこの機に皆の声を聞いてもらおうと思ったのさ」

「頑張っても朱鷺は朱鷺だって。清純派が無理なのは自覚してるんじゃないの?」

「いえ、双葉さんの考えに反して気分はすっかり清純派アイドルですよ。『女子力の高いアイドル特集♪』という偽企画のインタビューで本人に質問したところ驚愕の回答が多数返ってきました」

 手元の資料を確認しつつ話を続ける。

 

「例えば最近ハマっていることは何かという質問には『サイクリング』と答えています。『クロスバイクに乗り心地いい風と木漏れ日を感じた後、木々に囲まれたカフェで優雅に紅茶とケーキを頂くのがオフの楽しみなんです♥』と語っていました」

「絶対ウソだーーーーーーーー!!」

 アイドル達が口々に声を上げた。なぜこんな見え透いた嘘をつくのか、これがわからない。

「ご家族の協力の下、検証のため七星さんの愛車をお借りしてきました。それがこちらです」

 ADに目で指示をすると自転車が舞台に運び込まれてきた。

 

「……完全にママチャリだよね」

「うん。それに作りが結構安っぽい」

「うわっ! これ前カゴがベコンベコンじゃん!」

「ベルも壊れてる……」

「フレームにも歪みあるな」

 散々な言われようだが実際にボロいのだから仕方がない。カゴがへこんでいるのは鎖斬黒朱のメンバーを数回跳ね飛ばしたことが原因なのだが流石に放送できないので黙っておく。

「お母様に確認しましたがフリーマーケットで販売されていた中古自転車だそうです。『売値五千円を千円に値切ってやった!』とホクホク顔で語っていたと伺いました」

「普通に新品買えばいいじゃん!」

「ビームちゃんはケチじゃないけどお金には恐ろしい程シビアだから……」

「それに朱鷺の脚力は異常だからな。普通の自転車だと丁寧に使っても半年もたないから安いものを定期的に購入していると人力飛行機製作時に聞いたことがある」

「いずれにしてもこれで優雅にサイクリングは無理がありますね……」

「問題発言は他にもあります。次に行ってみましょう」

 自転車を舞台端に移動させてから話を続ける。

 

「アイドルとして気をつけていることは何かという質問への回答も興味深いです。『体が資本なので食事には気をつけてます~。最近はオーガニック食品にハマっていますね~。……ジャンクフードやファストフード? も、もちろん論外ですよ』とのことですが……」

「ナターリアはそんな話一度モ聞いたことないナ。昨日も大盛りラーメンと餃子と半チャーハンのセットを食べてたゾ!」

「アピスの肉片と黄金の宝珠の融合を食すのが至上の喜びだと過ぎ去った日に語っていたが……」

「あ、アピスの肉片?」

「吉のん家の牛すき鍋膳が最近のフェイバリットだとこの間朱鷺が言っていたのさ」

「言いよることが全然違うやんか!」

「サバイバル企画でキングサーモン獲って生で食べてた時点でオーガニック(笑)だよね……」

「大抵のものは焼いて塩かければ食べられるんですよと言っていた頃に戻って欲しいです」

 その後も理想と現実のギャップを白日の下に晒していった。

 

 

 

「さあ、それではいよいよトキの登場だよ」

「いよっ、待ってました~!」

 番組も佳境に入り本人登場の時間がやってきた。すると雛壇と観客席から一斉に拍手が沸く。

「今までのやりとりは全て楽屋で見ていました。朱鷺さんからの反論などもあると思いますので、登場して頂きましょう」

「……朱鷺ちゃん、どうぞ~」

 コメットのデビュー曲と万雷の拍手が流れる中、七星さんがフラフラと姿を現す。目は虚ろで顔に憂愁の影が差していた。

 

「ぬわーーーーーーーーっっ!!」

 断末魔の叫びをあげてその場に倒れ込む。次の瞬間スタジオが爆笑の渦に包まれた。

 精神的に大ダメージを喰らったためかヤムチャの死亡ポーズのまま動けないので、捕獲された宇宙人の様に抱えられながら特設席に座らせられる。

「今までの話を聞いていかがでしょうか?」

「いや、あの頃の私が好きだって言われても俯瞰で見てたら三種類のドアホじゃないですか……。どのシーンを切り取ってもアホなら救いようがないです……」

「そ、そんなことないよ」

「『ミシロトーーク!』って普段のテーマは好きなものや趣味とかでしょう? それなのに『どうした!? 七星』ってメッセージ色が強過ぎますって!」

「ちょ、ちょっと落ち着こう、ね? そうだ、楽屋にお菓子があるよ!」

「ここまで恥を晒されたのなら、もはや死ぬしかないじゃない! 誰か、早く私を殺しなさい! くっ……殺せーーーー!」

 三村さん達が頑張ってフォローしようとしたが七星さんの感情スイッチが入ってしまった様だ。ここは上手く抑えるしかない。

 

「番組としてもそれだけ危機感を持っているということです。話は戻りますがあのインタビューについて弁明はありますか?」

「あ、あれはインタビュアーの人が私の女子力が高いって散々持ち上げてくるから……。自分でもそうなのかなって気になってきたんですよ」

「それで、つい嘘を?」

「う、嘘じゃないです! ……まぁほんのちょこっとだけ話を盛りましたけど」

 罪を認めようとしない姿勢は視聴者ウケが悪いので徹底して攻めることにする。

「化粧品は全てお店の人任せなのに自分でセレクトしているとのコメントですが」

「うぅ……」

「オシャレな服を眺めながら優雅にウィンドウショッピングをしていると言いつつ実際買っているのはPCパーツやガンプラなのはなぜなのでしょう?」

「やーめーてー! 嘘ですごめんなさいすみませんでしたぁ!!」

 顔を真っ赤にしてその場で転がる姿を見てスタジオ中に笑顔の花が咲いた。

 

「でもさ、朱鷺ちゃんはそのままで十分ロックなんだから別に路線変更する必要なくない?」

「バラエティの仕事は嫌じゃないですけど、やっぱり私はステージの上で歌って踊るのが大好きなんですよ。それに……」

「それに?」

「同じユニットの中に一人だけ異様な路線のアイドルがいたら、他のメンバーに迷惑を掛けてしまうじゃないですか」

 ポツリと呟いた後、なんともいえず悲しそうな顔をした。するとコメットの子達が七星さんに駆け寄る。

「そんなことありません! 朱鷺さんは朱鷺さんのままでいて下さい!」

「迷惑だなんて、思ったことはないです。そんなことを言ったらもりくぼの方が百倍迷惑かけてますから……」

「虚飾の衣に包まれるのはキミらしくない。コメットが幸せな夢幻か、それとも悪夢幻かはわからない。だがどちらにしても、ボクは最後まで付き合うさ」

「み、みんな……」

 そのまま四人で抱き合う。感動的な雰囲気のまま無事収録が終わった。

 

 

 

「お疲れ様でした~!」

 撮影後、七星さんがトコトコとこちらに近づいてくる。笑顔ではあるが怒りを奥底に抱えていることが丸わかりだ。

「これはこれは。本日は大変お疲れ様でした」

「……全く、貴方にはいいようにやられましたね。残念ながら今日は手玉に取られましたが、私はまだ清純派アイドル路線を諦めた訳ではありませんよ!」

「ええ、構いません。私は路線変更の都度、七星さんの進路妨害をするだけですので」

「番組D兼Pなので今は手出し出来ませんけど、いつか潰しますから覚えておきなさい!」

「その時を楽しみにしています」

「……くっ! ばーかばーか、ばぁ~~~か! 貴方なんてカレーうどんの汁が毎回跳ねる呪いにかかってしまいなさい!」

 子供のような捨て台詞を吐きつつ涙目で敗走した。

 

「ふぅ……」

 とりあえず無事に収録を終えて安堵する。

 これで今日のノルマ────暴走の真相を明らかにしながら七星さんの好感度を上げつつ書籍などの宣伝を行い、更に誰得路線への転換を妨害するという目的は達成出来た。

 だがこれは始まりに過ぎない。トップアイドルに押し上げるための企画はまだまだ控えているので頑張ってもらわねば。

 七星さんのためになるのなら何でもしよう。その結果、蛇蝎の如く嫌われたとしても構わない。

 それでも、俺は貴女が幸せになれる世界を望むから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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346アイドル速報(その3)

第3章前半のまとめです。


『【悲報】朱鷺ネキ、転校する』

1:名無しさん@おーぷん ID:RRM(主)

オナ中だから悲しい……

我が校唯一のアイドルががが

 

5:名無しさん@おーぷん ID:mwy

あれま。でも年度末だからキリはいいのか

 

8:名無しさん@おーぷん ID:roW

厨房がこんな板に書き込んでたらアカンで

 

14:名無しさん@おーぷん ID:U4u

なんでまた転校なんてするん?

 

20:名無しさん@おーぷん ID:RRM(主)

詳しいことは知らないけど停学喰らったのが主な原因らしい

 

24:名無しさん@おーぷん ID:QN6

>>20

 

27:名無しさん@おーぷん ID:U4u

>>20

草ァ!!

 

29:名無しさん@おーぷん ID:mwy

>>20

ファーーーーーーwwwwwww

 

43:名無しさん@おーぷん ID:zs1

残念だが当然。男らしい最期と言える

 

55:名無しさん@おーぷん ID:g53

ちーん(笑)

 

74:名無しさん@おーぷん ID:bpB

はい嘘松

中学生は停学にはならないんだよなぁ

 

112:名無しさん@おーぷん ID:RRM(主)

>>74

ああ、間違えた

停学じゃなくて出席停止だったわ

 

123:名無しさん@おーぷん ID:9Im

俺の地元の中学も結構荒れてたけど、流石に出席停止になった奴はいなかったぞw

 

143:名無しさん@おーぷん ID:UCx

フェイクニュースと断言できないのが悲しいなぁ

日頃の行いが行いだし……

 

165:名無しさん@おーぷん ID:Nha

転校より出席停止の方が重要なニュースじゃないか!

一体何をやらかせばJCアイドルの身分で出席停止を受けるんですかね……?

 

172:名無しさん@おーぷん ID:RRM(主)

授業中に熟睡したりRTAのチャート組んだりしてて授業受ける姿勢が超悪かったらしい

後は夜の街をうろついたり非合法のストリートファイトに参加してた疑惑もある

証拠はないからグレーだけどね

 

183:名無しさん@おーぷん ID:7Sm

>>172

えぇ……

 

185:名無しさん@おーぷん ID:Nha

>>172

ストリートファイト!?

どういうことだキバヤシ!

 

189:名無しさん@おーぷん ID:mwy

あ~○道ランキングのこと?

路上での戦いを格闘マニア向けにネット配信してる会員制サイトだよ

ランキング制で海外にもファンが多いから上位ランカーはスターみたいな扱いだったりする

 

190:名無しさん@おーぷん ID:sKC

深ランは海外サーバー経由で賭けやってるから登録はオススメしない

運営が超優秀だから今のところ問題になっていないけどさ

 

194:名無しさん@おーぷん ID:DeO

夜遊びってえっちい感じでなくバイオレンスな方に行くのか……(落胆)

 

205:名無しさん@おーぷん ID:KZf

あの姉貴なんだから常に斜め下に行くのは当たり前だぞ

 

212:名無しさん@おーぷん ID:mwy

>夜の街をうろついたり

一般アイドルの場合:信じて送り出したあのアイドルが……

七星朱鷺の場合:ホーリーランドリスペクトかな?

 

243:名無しさん@おーぷん ID:roW

でも証拠がないってことは顔はちゃんと映ってないってことっしょ?

疑惑の段階で停学って流石に可哀想だわ

 

252:名無しさん@おーぷん ID:Tu8

会員の俺、参上

実態を知らないからそんなこと言えるんだよなぁ

まいつべに対戦動画のダイジェストをあげたので見て、どうぞ(30分後に消す予定)

ttps://www.myt●be.jp/watch?v=SZKMuRKMr

<管理人補足:現在は削除済みです>

 

258:名無しさん@おーぷん ID:roW

>>252

この動きは……トキ!

 

273:名無しさん@おーぷん ID:jq1

>>252

あ~こういうことね

こんな芸当出来るのは姉貴しかいないだろ! いい加減にしろ!

 

298:名無しさん@おーぷん ID:2Ji

黒のライダースーツとフルフェイスヘルメットか

ジャスティス学園のアキラリスペクトかな?

動きは明らかにアレだけど顔はわからんから疑惑止まりだね

 

312:名無しさん@おーぷん ID:TpI

今月通信量マックスだから動画再生出来ないわ

誰か内容を教えてくれ~

 

321:名無しさん@おーぷん ID:Tu8

>>312

前半が謎のファイター『名も無き修羅』のデビュー戦の様子だよ。中位ランカー十名のバトルロイヤルだったんだが突然乱入して10秒で制圧

後半は一桁ランカーとの勝負で、対戦相手は格ゲーのバーチャの技を使う奴だったんだけど全く効かず。逆に滅・昇竜拳や真空竜巻旋風脚などのストファイ技でじわじわと嬲り殺しにするというエンタメデュエルだった

 

322:名無しさん@おーぷん ID:xx4

え、何それは(困惑)

 

325:名無しさん@おーぷん ID:ctS

指一本でも触れた時点でアウトって無理ゲー過ぎる

 

334:名無しさん@おーぷん ID:Kxn

七星朱鷺の闇は深い

 

345:名無しさん@おーぷん ID:BqV

あ、あくまでも疑惑だから!

それよりも学校でのトッキーの様子を教えてほしいわ

 

348:名無しさん@おーぷん ID:RRM(主)

直接絡んだことはないが普通の子とあんま変わんない感じだよ

以前はレンズの厚い眼鏡を付けてて地味だったけど、それでも外見は超可愛くてモブとは比較にならないレベルだから隠れファンは多かったな

 

350:名無しさん@おーぷん ID:BqV

「外見は」じゃなくて「外見も」だろ!

そういえば転校後はどの学校に行くか知ってる?

 

354:名無しさん@おーぷん ID:RRM(主)

出席停止になって来づらいのかもしれんけどトッキーを悪く言う奴はいないんだよなぁ

病弱キャラはどこ行ったみたいなツッコミは入るけど、自分達の中学からアイドルが生まれたってみんな喜んでたので残って欲しかった

 

>転校後はどの学校に行くか知ってる?

よくは知らんが美城学園ってとこに移るみたい

 

358:名無しさん@おーぷん ID:bCB

美城学園……だと……?

 

362:名無しさん@おーぷん ID:ZIF

あ~そういうことか

アイドル活動するにはあの学校が最適だもんな

 

363:名無しさん@おーぷん ID:OsZ

346のアイドルは結構あそこに通ってるしね

森久保さん達も同じ学校だし

 

368:名無しさん@おーぷん ID:S4u

姉貴とタメで美城学園の子って幸子や博士やみれいタソか

師匠とか上田しゃんもいるな

 

374:名無しさん@おーぷん ID:Rzb

>>368

七海ちゃんや紗南ちゃんも同じ

……濃いクラスだ

 

377:名無しさん@おーぷん ID:LkG

とりあえず新天地で心機一転頑張って欲しいと思った(ファン並感)

 

【管理人コメント】

ストリートファイトをするJCアイドルなんているわけありませんよ……。ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから。

ということで朱鷺ちゃんの転校によって美城学園がまた賑やかになりましたね!

クラスメイト同士の絡みも今後見てみたいです!

 

 

 

 

 

 

『シンデレラプロジェクト 発足発表!!』

1:名無しさん@おーぷん ID:HnS(主)

記者会見終わったので皆で情報交換、しよう

 

3:名無しさん@おーぷん ID:3UH

14人とか多すぎィ!

おっさんとしては名前覚えるだけで一週間くらいかかりそうだわ

 

7:名無しさん@おーぷん ID:VFl

ニート、恵体、ロッカー、ロシアハーフ、猫、中二病、エロスかぁ……

今回も個性重視のラインナップだな

 

8:名無しさん@おーぷん ID:78C

エロス枠って誰だ(困惑)

 

11:名無しさん@おーぷん ID:FwI

新田さんでしょ

パッと見では健康的な感じだけど、なぜか色気がある

 

20:名無しさん@おーぷん ID:tJu

正統派も何人かいるからバランスはいいぞ

 

33:名無しさん@おーぷん ID:sa8

中二病キャラ被ってるやん!

と思ったけど神崎さんは邪気眼タイプなのね

サブカル系の飛鳥ちゃんとは違ってるということか

 

36:名無しさん@おーぷん ID:5z5

妹ヶ崎すき

これは美嘉ねぇもシスコンになりますわ……

 

59:名無しさん@おーぷん ID:3UH

三村かな子:趣味はお菓子作り

あっ……(察し)

 

76:名無しさん@おーぷん ID:Sx6

>>59

一般人比で考えれば十分細いって言ってるダロォォォォ!

 

95:名無しさん@おーぷん ID:rV5

諸星きらり:身長186.2cm

はえ~、すっごい大きい……(170cm並感)

ストファイのガイルと同じ高さなのか、たまげたなぁ

 

99:名無しさん@おーぷん ID:VFl

その諸星さんと双葉さん(139cm)が同い年という事実

 

108:名無しさん@おーぷん ID:yZ8

>>99

親子かな?

 

121:名無しさん@おーぷん ID:GHj

異議あり!

杏ちゃんは『働いたら負け』が座右の銘なのにアイドルになるなんてムジュンしている!

 

122:名無しさん@おーぷん ID:yZ8

印税目当てでしょ(身も蓋もない結論)

 

127:名無しさん@おーぷん ID:sa8

>>121

もっとホンシツを見ようよ、なるほどくん

 

139:名無しさん@おーぷん ID:HnS(主)

前川さんはあざとかわいい

でもデビュー時に猫キャラって勝負してるよね

そういう攻めの姿勢は嫌いじゃないし好きだよ

 

154:名無しさん@おーぷん ID:T1Q

みりあちゃんと智絵里ちゃんの小学生コンビが周囲の個性の影響を受けないか心配

 

163:名無しさん@おーぷん ID:78C

>>154

緒方智絵里(16歳)

 

169:名無しさん@おーぷん ID:T1Q

見た目だけで判断してた……

この容姿でそらちんやグラハムスペシャルよりも年上なのか……

 

177:名無しさん@おーぷん ID:HnS(主)

渋谷凛って子はクール路線なのかな?

何か持ってる雰囲気が凄くする

 

178:名無しさん@おーぷん ID:5z5

可愛いよりカッコイイ系だよね

女の子からの人気も出そう

 

221:名無しさん@おーぷん ID:VFl

多田さんはロックなアイドルを目指しているのか

美城には先例がいくつもあるのでそれを目指して頑張って欲しい

(トッキーやしゅがはさんを見つつ)

 

227:名無しさん@おーぷん ID:tJu

>>221

彼女達は生き方がロックなだけであって音楽のロックとは違うんだよなぁ

 

245:名無しさん@おーぷん ID:xs7

アナスタシアさんはお父さんがロシアの方なんだ

ロシア人男性って何故か怖いイメージがある

 

247:名無しさん@おーぷん ID:Ng6

大統領が大統領だからね……

手を出したらお父様に蜂の巣にされそう(恐怖)

 

289:名無しさん@おーぷん ID:tYP

本田さんのリア充感が眩しくて辛い

 

291:名無しさん@おーぷん ID:tBv

わかるわ

それに比べて島村さんの何と普通なことよ

 

293:名無しさん@おーぷん ID:wCr

普通って言うなぁーー!(HTNM並感)

 

294:名無しさん@おーぷん ID:bhC

島村卯月さんとかいう何とも論じ難いキャラ

 

295:名無しさん@おーぷん ID:Ng6

え、笑顔は一番素敵だから……

 

402:名無しさん@おーぷん ID:JQ1

これから幾つかのユニットに分かれて活動開始するのか

また財布が軽くなるな

 

411:名無しさん@おーぷん ID:ZOY

でも前回と違って今回は美城側も気合入っているよねぇ

ちゃんと記者会見するしプレスリリースも出してる

新聞にも広告出してるからビビったわ

 

418:名無しさん@おーぷん ID:JQ1

前回って何?

 

421:名無しさん@おーぷん ID:HS2

コメットのことでしょ

比較するとあの時はホント酷かったな

事務所側のプッシュがほぼゼロだもん

 

422:名無しさん@おーぷん ID:ipl

ドン底からここまで盛り返したんだから大したもんだ

知名度が上がったのは例のアレのお陰だが

 

427:名無しさん@おーぷん ID:MIY

風の噂だけど、そのコメットがシンデレラプロジェクトのサポート役になるみたい

 

429:名無しさん@おーぷん ID:3UH

そマ?

やべえよやべえよ……

朱鷺ネキに教育されちゃうって

 

432:名無しさん@おーぷん ID:HnS(主)

事務所渾身のプロジェクトを猛毒にぶち当てていくスタイル

346プロダクションが一番ロックだった……?

 

433:名無しさん@おーぷん ID:9HL

トッキーの扱いが酷くて草

いや、アイドル対しては優しい子だからな!?

 

435:名無しさん@おーぷん ID:1PK

皆それはわかった上で言ってるから安心しろ

良い子じゃなかったら346だって任せないさ

 

436:名無しさん@おーぷん ID:Tac

コメットとシンデレラプロジェクトの化学反応に期待!

 

【管理人コメント】

久々にビッグな話題が飛び込んできましたね!

14人の子達はいずれも魅力的なので、今後の活躍を心から応援します。

神崎さん×二宮さんの交流も見てみたいのでコメットとのコラボも今から楽しみです!

 

 

 

 

 

 

『THE IDOL M@NIA! 雑談スレ part131』

458:この名無しがすごい!@おーぷん ID:KIO

最新号はシンデレラプロジェクト特集かあ

ここも最近は他誌と似たり寄ったりな内容だよな

 

459:この名無しがすごい!@おーぷん ID:fzb

話題性は一番だからしゃーない

それにアイドル雑誌なんて工夫する余地は少ないだろ

 

461:この名無しがすごい!@おーぷん ID:6ff

346プロ側のプッシュも強いしね

ガンガン推していけるのは資金力のある事務所の強みだわ

中小のプロダクションでは出来ない芸当だ

 

462:この名無しがすごい!@おーぷん ID:fzb

デビュー早々城ヶ崎美嘉の大型ライブでバックダンサーだもんな

普通は物販の販促とか泥臭い仕事からなのに

 

464:この名無しがすごい!@おーぷん ID:C4v

アイドルなんて楽勝と勘違いしないか少し心配ではある

事務所の力で売れてるのに気付かず独立して散っていったアイドル達の二の舞は避けて欲しい

 

471:この名無しがすごい!@おーぷん ID:cC6

765推しとしては乙女ストーム!のグラビアがあるだけで今月号は満足

 

473:この名無しがすごい!@おーぷん ID:cC6

あぁ^~杏奈が可愛いんじゃぁ^~

 

474:この名無しがすごい!@おーぷん ID:fzb

百合子用のマグロ漁船装備一式があって草

トラウマをえぐるのは止めて差し上げろ

 

477:この名無しがすごい!@おーぷん ID:U0A

アイマニはグラビアの質は高いからな

グラビアの質は

 

478:この名無しがすごい!@おーぷん ID:KIO

それ以外は凡という風潮

一理ある

 

479:この名無しがすごい!@おーぷん ID:zp3

婉曲的にディスるのやめーや

まぁグラビアとどっきどき密着取材が二本柱なのは認めるけど

 

483:この名無しがすごい!@おーぷん ID:Xds

そういえば前号は密着取材お休みだったっけ

密林の遅配喰らってまだ届いてないけど今月号から再開したんでしょ?

 

484:この名無しがすごい!@おーぷん ID:U0A

したにはしたが取材対象が七星朱鷺だからなぁ

いろいろな意味で型破りというかカオスな回に仕上がってるぞ

 

486:この名無しがすごい!@おーぷん ID:Xds

何それ?

気になるから教えて

 

487:この名無しがすごい!@おーぷん ID:zp3

内容はいつもどおり24時間密着でインタビューの内容と写真が載ってる

だけど両方ツッコミどころが多い

 

490:この名無しがすごい!@おーぷん ID:KIO

インタビューで映画の話振られてムカデ人間について語り始めるとか目を疑ったわ

しかもその時の写真が満面の笑顔

 

491:この名無しがすごい!@おーぷん ID:Xds

なんでキワモノ映画を選ぶ必要があるんですか(困惑)

 

492:この名無しがすごい!@おーぷん ID:NCt

自称清純派アイドルなんだからそこは頑張って恋愛映画を推して欲しかった

 

494:この名無しがすごい!@おーぷん ID:dQD

それでいて「食事はオシャレなものしか受け付けません♪」とか片腹痛いわ

 

495:この名無しがすごい!@おーぷん ID:e4R

これが現役アイドル七星朱鷺なんだよなぁ……

 

499:この名無しがすごい!@おーぷん ID:Pn0

個人的にはアフレコ風景の方がヤバく感じた

アレは完全に暗殺者の目だよ

セリフと合わせると完全にターミネーターのスカイネット的なラスボス

 

504:この名無しがすごい!@おーぷん ID:NFa

嫌いな動物でイルカとクジラを挙げた理由が笑った

 

505:この名無しがすごい!@おーぷん ID:Xds

理由を教えて下さい!

何でもはしません!

 

507:この名無しがすごい!@おーぷん ID:UGD

狩ると国際的な面倒事になるかららしい

食材にならない動物は利用価値が低いから嫌いなんだと

美味しい分逆にムカつくそうだ

 

508:この名無しがすごい!@おーぷん ID:7jG

まぁ「グ○ーンピースが怖くて漁が出来るか!」って発言してたから、いざとなったら獲って食べるでしょ

 

511:この名無しがすごい!@おーぷん ID:Xds

う~ん、相変わらずのフリーダムぶり

 

515:この名無しがすごい!@おーぷん ID:F4c

で、でもユニットでのトレーニングとか微笑ましいシーンもあったから……

(精一杯の擁護)

 

517:この名無しがすごい!@おーぷん ID:XT3

あれ一人だけスピードが早過ぎるから、ブレずに写真撮るまで何回もリテイクしたらしいよ

編集後記で担当の新人記者が愚痴ってた

 

523:この名無しがすごい!@おーぷん ID:7co

プロジェクトルームのマッサージチェアって絶対朱鷺ちゃんのだよな

他に使いそうな子いないもん

 

524:この名無しがすごい!@おーぷん ID:R1V

働き詰めのPのために皆でお金出して買ったかもしれないだろ!

 

529:この名無しがすごい!@おーぷん ID:dQD

恵まれた家族から嘘みたいな芸人が生まれるとは誰も予想していなかったろう

 

531:この名無しがすごい!@おーぷん ID:NFa

母親が美人すぎる

写真だけ見たら完全に三姉妹やぞ

 

532:この名無しがすごい!@おーぷん ID:m6x

父親…超クッソイケメン

母親…並のアイドルを片手で捻り潰せるレベル

妹…かわいい。ひたすらかわいい

姉…見た目「は」パーフェクト。中身はアレ

素晴らしい血統がなぜ中身にも反映されないのか、コレガワカラナイ

 

533:この名無しがすごい!@おーぷん ID:YUE

あの容姿で二人産んでて上が中三とかありえんだろ!

と思ったが日高舞も似たようなもんか

 

534:この名無しがすごい!@おーぷん ID:F4c

何だかんだ言われてるけど家族を大切にしている所は好感持てたよ

家族を大事にしない子が仲間やファンを大事に思うことは出来ないだろうし

 

535:この名無しがすごい!@おーぷん ID:Awa

街で遭遇したら無料で2ショを撮らせてくれる神アイドルなんだよなぁ

都知事なんて一緒に写真撮るだけで3万やぞ

 

536:この名無しがすごい!@おーぷん ID:4r3

マジかよ都知事最低だな

 

538:この名無しがすごい!@おーぷん ID:6F5

アイドルとしてどうかと思う点は多々あるけど、ライブに対する姿勢はまっすぐだからそこは見直したわ

アイドルの立場を利用して名を売ろうっていうんじゃなくて、アイドルの仕事自体が好きなんだなって気持ちが伝わってきた

 

539:この名無しがすごい!@おーぷん ID:Zb8

ファン層はアレ(愚連隊)な奴が多いけどねw

でも今までやってきたことを考えれば仕方ない

 

541:この名無しがすごい!@おーぷん ID:7ax

超人イメージがどうしても強かったけど、普段の仕事風景や物事の考え方を知れて朱鷺ちゃんも(精神面は)割りと普通の人間だということがわかってよかったよ

 

545:この名無しがすごい!@おーぷん ID:6F5

そういや今回から取材記者が変わってたな

写真や文章、質問のどれを取ってもあまり褒められたもんじゃないけど、取材したアイドルの魅力を少しでも引き出そうとする情熱は感じられた

 

547:この名無しがすごい!@おーぷん ID:Zb8

前担当さんは取材も記事も上手かったけど、どうにもビジネスライクな感じだったからね

俺はあんまり好きじゃなかった

今の担当さんは初心を忘れずに精進して欲しい。これから頑張れ!

 

【管理人コメント】

謎のベールに包まれた七星朱鷺の正体がここに!

……というほど大仰な内容ではありませんでしたが、普段の仕事風景や日常生活、物事の考え方などを知ることが出来る有意義な一冊でした。

特に『ファンあってのアイドル』と何度も強調してくれていた点は嬉しく思います。ファンもまたアイドル無くしては存在できませんので、アイドルの皆様が少しでも輝けるよう微力ながら協力して行く所存です。<(_ _)>

 

 

 

 

 

 

『【346の】コメット応援スレ part29【エースをねらえ】』

189:名無しさん@おーぷん ID:KoM

メディアに大きく取り上げられ、一躍超人芸人としての地位を確立した七星朱鷺

だがその人気や露出とは対照的に未だその真の正体は明らかにされていない

そのため今も有志のファン達によって数々の有力説が提唱されている

そして318年間の研究の結果、私も一つの結論に辿り着いたのでご紹介しよう

 

190:名無しさん@おーぷん ID:77V

前置きが長過ぎる -810点

 

191:名無しさん@おーぷん ID:SMz

研究者は何歳なんですかね……?

 

192:名無しさん@おーぷん ID:BTe

毎度唐突に始まる新説シリーズ発表会

嫌いじゃないし好きだよ

 

193:名無しさん@おーぷん ID:KoM

【七星朱鷺新説シリーズ】

七星朱鷺 孫悟空説

 

194:名無しさん@おーぷん ID:HeQ

えぇ……

 

196:名無しさん@おーぷん ID:77V

まず筋斗雲に乗れる訳がないんだよなぁ(心の汚さ的に考えて)

 

197:名無しさん@おーぷん ID:WdK

ウミガメを初遭遇時に食べて打ち切り喰らいそう

 

199:名無しさん@おーぷん ID:KoM

証拠其之一

ご存知、孫悟空とは漫画ドラゴンボールに出てくるバトルジャンキーの主人公である

高い戦闘力を保有しており敵キャラ達をバッタバッタとなぎ倒していく国民的人気キャラだ

同じく七星朱鷺も素手で鉄球を破壊する等の恐ろしい戦闘力を持っている

 

202:名無しさん@おーぷん ID:BZW

まぁ戦闘力は確かに

 

203:名無しさん@おーぷん ID:HeQ

他のバトル系キャラ説にも共通するけどね

 

205:名無しさん@おーぷん ID:KoM

証拠其之二

サイヤ人は生まれた時から凶暴な性格であり幼児でさえ好戦的だ

あの孫悟空も赤ん坊の頃は大変なDV加害者であったが、 頭を打って以降は残虐性を失っており陽気で優しいキャラになっている

七星朱鷺も幼少期に頭を打ち凶暴性を失ったが、サイヤ人特有の好戦的な気質が残っていたことによりアイドルの身で様々な体力系番組へ乗り込んでいったのであろう

 

206:名無しさん@おーぷん ID:44N

頭打ってなかったら世界崩壊待ったなしやな

 

207:名無しさん@おーぷん ID:SMz

悪魔の子過ぎてエクソシストとか呼ばれてそう

 

212:名無しさん@おーぷん ID:KoM

証拠其之三

七星朱鷺はどんな激しい動きの後でも呼吸を乱すことがない。一方で孫悟空は劇中ですぐ疲れたりボロボロになったりする

「話が違うだろ、いい加減にしろ!」と指摘するファン達もいると思うが決して矛盾ではない

なぜなら、七星朱鷺は皆に隠れて仙豆を食べているのである

彼女が孫悟空であればカリン様に頼んで仙豆を分けてもらうことなど容易いのだ

 

215:名無しさん@おーぷん ID:77V

カリン塔が現世にある可能性が微レ存……?

 

217:名無しさん@おーぷん ID:SXU

カリン様すこ

抱きついてもふもふしたい

 

219:名無しさん@おーぷん ID:KoM

証拠其之四

意外なことにドラゴンボールの最初期はジャンプ連載陣の中で人気がなかった

そこで伝説の編集者マシリトがテコ入れ(天下一武道会)を行った結果、ジャンプ黄金期を支えるモンスターコンテンツに大成長したのである

七星朱鷺も最初は人気がなかったが、テコ入れの結果人気者に成長している

 

220:名無しさん@おーぷん ID:ovK

テコ入れ(三人置き去り)

 

222:名無しさん@おーぷん ID:SXU

人気者(アイドルとしてとは言っていない)

 

223:名無しさん@おーぷん ID:BnF

これはかなりの有力説ですね……間違いない

 

225:名無しさん@おーぷん ID:KoM

証拠其之五

普段は大雑把(ガバガバ)

 

226:名無しさん@おーぷん ID:D1M

 

228:名無しさん@おーぷん ID:SMz

いきなり雑になって草

 

229:名無しさん@おーぷん ID:BnF

この急に飽きが来た感じすき

 

231:名無しさん@おーぷん ID:KoM

証拠其之六

どちらも畜生

 

232:名無しさん@おーぷん ID:KPr

wwwwww

 

233:名無しさん@おーぷん ID:Qc7

これはぐうの音も出ない

 

234:名無しさん@おーぷん ID:lsB

超の悟空は本当にアレだしなぁ

 

235:名無しさん@おーぷん ID:abH

猫の島にロケに行ったら猫一匹遭遇出来なかったのでPに八つ当たりした話だいすき

 

237:名無しさん@おーぷん ID:KoM

証拠其之七

子供達に大人気

 

239:名無しさん@おーぷん ID:tre

アイドルじゃなくてライダーや戦隊ヒーローと同列の扱いなんですがそれは

 

240:名無しさん@おーぷん ID:gfr

そのうち七星朱鷺ソーセージとか売られそう

 

241:名無しさん@おーぷん ID:tre

beam姉貴のソーセージ……(意味深)

 

243:名無しさん@おーぷん ID:KoM

証拠其之八

それでは毎度恒例のア●ルグラムで締めよう

まずは二人の名前をアルファベット表記にすると『SNGKU』と『NANAHOSHITOKI』になる

そこに孫悟空の兄であるラディッツの頭文字『R』を足す

そして関係ないアルファベットを抜いて並び替えると────

 

『KAKAROT』(カカロット)となるのだ。なんだこれは、たまげたなぁ…… 

よって、孫悟空はいつの時代も子供達のヒーロー(Q.E.D. 証明終了)

 

244:名無しさん@おーぷん ID:KoM

ということでお目汚し失礼しました

元はスマ動投稿用のネタだったんですが反応が怖くてつい先にこちらへと……

もしご意見などがあれば嬉しいです!

 

248:名無しさん@おーぷん ID:77V

>>244

乙。結構面白かった

アナグラムは改善の余地ありかも

もうちょっとインパクトがあればウルヴァリン説に並べたかもしれない

 

249:名無しさん@おーぷん ID:SMz

>>244

準有力くらいかな。作り込めば有力説も狙えるで

動画化したら報告よろ

 

250:名無しさん@おーぷん ID:Wq1

う~ん、やっぱりSCP説は超えられないなぁ

あれは検証もアナグラムも完璧だった

 

251:名無しさん@おーぷん ID:MlQ

七星朱鷺 ジョニィ・ジョースター説

①目的へ向かう意志が恐ろしいほど強い(漆黒の意志)

②かけがえのない大切な仲間がいる

③作中最強レベル

④ハングリー精神に溢れている

⑤人格者の家系(一巡前)に反して畜生

 

252:名無しさん@おーぷん ID:rty

ライバル絶対殺すウーマンか

 

253:名無しさん@おーぷん ID:WGU

俺はジョニィよりもジョセフっぽく感じるな

三枚目チックな二枚目って印象だ

 

255:真紅の稲妻 ID:Tki

どっちの説でも畜生呼ばわりされてて逆に笑えてきたわ

久しぶりに来てもこのスレの奴らがやってることは変わらんの

 

256:名無しさん@おーぷん ID:Rla

ん?

なんか久しぶりに変なのが沸いてきたな

てっきり別の場所に移ったと安心してたのに

 

258:名無しさん@おーぷん ID:MlQ

糞コテ!? 死んだはずじゃ!?

 

260:真紅の稲妻 ID:Tki

残念だったなぁ、只の活動休止だよ(BNT並感)

今日はここの連中に言いたいことがあるんで来たんや

 

261:名無しさん@おーぷん ID:77V

こっちは用ないんだよね

大方また朱鷺姉貴をディスろうって魂胆だろ

そういうのガチで邪魔だから(直球)

 

263:真紅の稲妻 ID:Tki

その件なんやけどな……

スマン、ワイが全て悪かった

冷静になって考えればメンバーディスってる時点で完全に荒らしやもんな

いくら超クッソ激烈にヤバい状態でもこの場で言うべきことやなかったわ

 

265:名無しさん@おーぷん ID:Rla

荒らし行為に気づいてなかったのか……

 

266:名無しさん@おーぷん ID:rsW

なんだ、自分でわかってんじゃん

 

269:真紅の稲妻 ID:Tki

あれからバタバタしてて謝るタイミングを逸してしもうた

改めてその謝罪だけはここのファン達に一言しておきたくてな、そんで来たんや

今後は匿名状態も含めてこのスレには書き込まんし踏み入らんから安心してええで

ほな……

 

274:名無しさん@おーぷん ID:M8g

>>269

いや、別に去る必要はなくね?

確かに色々と周りを不快にしたけど本当に反省してるならいいじゃんって俺は思う

絶対に嫌だって反対する奴がいれば仕方ねえけどさ

 

276:名無しさん@おーぷん ID:SMz

>>269

元々ネットの中でも掃き溜め的な場所だしね

迷惑さえかけきゃお好きしてどうぞ

 

279:名無しさん@おーぷん ID:77V

>>269

権限を持ってるのは管理者だしな

俺も別にどっちでもいい。荒らし行為さえしなければ、だけど

 

285:真紅の稲妻 ID:Tki

ほうか

ほな偶に寄らしてもらうわ

色々とすまんな

 

287:名無しさん@おーぷん ID:MlQ

ええんやで

 

【管理人コメント】

以前は品性を疑うほど心が醜かったアンチさんでしたが、無事スレ住民の皆さんに許されて良かったですね!

人格がねじ曲がっているアンチさんをも正しい道に更生させるコメットの輝きは346の宝と言っても過言ではないでしょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編① 吾輩は幼女である

 吾輩(わがはい)は幼女である。名前は七星朱鷺。

 都内某所の高級住宅街にて生を受けた。両親は共に腕利きの医者で、やや変わり者ではあるが基本的には人格者であり一人娘である吾輩を猫可愛がりしている。

 繁盛している開業医の令嬢という身分なので順当に行けば順風満帆な人生が約束されているであろう。だが幸福を阻害する問題が複数ある。

 その最たるものは、吾輩が前世の記憶を持ち越しているという事実だ。

 

 前世の吾輩はしがない雄の社畜であった。油虫よりも黒光りする暗黒企業にてトラック運転手、訪問販売、底辺SE、介護、警備、土方、小売など様々な業務に挑んだのだ。いずれも過酷な仕事であり死にかけたことも一度や二度では済まぬ。死ぬ思いで稼いだ金の多くが医療費として搾取されるという無為無駄無残な人生である。

 そして最期には過重労働による過労にて無様に討ち死にするという末路に至った。残念だが当然の結果だと言わざるを得ない。所詮この世は搾取する者が強いのであり、持たざる愚者は惨めに死ぬしか無いのだ。

 

 無慈悲な生からようやく開放されたと安堵したが、気まぐれで加虐心の強い神に目を付けられ再び生を受けることとなった。生に執着していない吾輩が生まれ変わるとは何とも皮肉なことであるが、一度生まれてしまったものは詮方(せんかた)無い。恥辱にまみれながらも生きるしか無いのである。

 そう自分に言い聞かせ、今日も吾輩は修羅の門を潜る────

 

「着いたわよ~、朱鷺ちゃん♪」

「わ~い、保育園ら~!」

 そう、保育園という無間地獄へ向かわねばならぬのだ。ファッキューゴッド、グッバイゴッド。

 

 

 

「おはようございます~」

「あらおはよう~!」

 現実逃避のため『吾輩は猫である』ごっこをしていたらいつの間にか保育園に着いていました。お母さんが周囲の母親達と挨拶している間に電動自転車のチャイルドシートから降りて地面に着地します。

「最近暖かくなってきたから花粉症の患者さんが多くて~。もしかしたら迎えが遅くなるかもしれないけど、我慢してね~♪」

「うん、大丈夫!」

「朱鷺ちゃんは良い子ねぇ~。えらいえらい♥」

「えへへ♪」

「先生の言うことをちゃんと聞くのよ~」

「は~い!」

 お母さんの乗った電動自転車が見えなくなるまで笑顔で手を振り続けます。そして見えなくなった瞬間、偽りの笑顔を剥ぎ取りました。

 

「あ~、正直しんどい」

 普通の幼児のフリをするのがこんなに疲れるなんて今の身分になるまで気付きませんでしたよ。まぁ気付くほうがおかしいんですけど。

「死にたいですねぇ……」

 前世の口癖を呟きながらトボトボと園内に向かいました。

 

「わーい! まてまてーーー」

「さいくろん、じょーかー! じょーかーえくすとりーむ!!」

「ぐわー、やられたー」

「さぁ、おまえのつみをかぞえろ!」

 私のクラスであるさくら組の教室に入ると早速男子共がはしゃいでいました。全く、この元気はどこから来るのでしょうかね。累計年齢40歳の身としては到底理解出来ません。

 動物とあまり変わりない園児達には付き合っていられないので隅っこの定位置に陣取りました。周りの子達が遠巻きに私をチラチラ見てきますがいつものことなので無視します。

 

「みんな~、おはよう!」

 すると少しして担当の保育士が教室内に入ってきます。その後ろには見慣れない女の子が緊張した面持ちで立っていました。年齢的には小学校高学年くらいでとても可愛らしい子です。

「皆さんお静かに。今日は新しいお友達を紹介するわ。さ、亜里沙ちゃん、自己紹介お願いね」

「は、はい!」

 おずおずと一歩前に進みました。先程よりも緊張の度合いは高まっているようです。

「みんな初めまして! 私の名前は持田亜里沙(もちだありさ)です。保育士さんのお仕事に興味があったので、親戚のお姉さんにお願いしてこの園のお手伝いをさせて頂くことになりました。春休みの短い間だけですが、よろしくおねがいします!」

 そのままペコリと一礼しました。なるほど、親戚の保育士にお願いしてボランティアで仕事体験をしに来たということですか。給料が出ないのによくやります。私だったらお金の出ない仕事は死んでもやりません。いや、むしろお金を払いますから早く死なせて下さい。

「わ~い、あたらしいせんせいだ~!」

「こんにちわ~!」

「かわいい~~♪」

「はわわっ!」

 園児達が早速持田さんにまとわりつきますが私には関係のないことです。まぁ若い子同士で仲良くなって頂ければいいんじゃないですかね。心底どうでもいいです。

 

 

 

 朝の挨拶が終わり自由時間となりました。園児達が一目散に中庭へ駆け出していく中、私は逆方向へ歩き出します。

「今日も屋上に行きましょうか」

 騒音と人目を避けるために一人で屋上に向かいます。もちろん屋上への扉の鍵は掛かっているので鍵穴にヘアピンを差し込みました。シリンダー内部のピンをカリカリと削るように移動させると、カチャリと言う音と共に扉が開きます。

 鍵修理会社での勤務経験がこんなところで生きるとは思いませんでしたよ。連続72時間勤務がザラのブラック企業でしたけど。

 定位置に着くと家から持参したリュックサックを開き、いつものセットを取り出します。

「あの~、七星さん?」

「……何でしょうか、持田さん」

 振り向いて彼女に対しけだるげに返事をします。気配は感じていたものの反応するのが面倒なので無視していたのですが、声を掛けられてしまっては答えざるをえませんでした。

 

「えっと、ここで何をしているのかなって……」

 私の返事が威圧的だったためかやや口ごもります。別に脅しているつもりはありませんよ。他人と関わることが超絶ダルいだけです。

「自由時間ですから自由に過ごしているだけです」と言いながら新聞を手にしました。

 経産、嫁売、全経、夕日、米日といった主要紙だけでなくブロック紙や地方紙もあるので結構な量です。

「何種類もあるけど全部読むの?」

「一紙だけだと傾向が毎回同じですし主義思想が偏ってしまうんですよ。どんな商談相手にも対応できるよう複数紙に目を通すのはビジネスマンの基本です」

「……七星さんって何歳?」

「4歳ですが何か?」

「えぇ……」

 これは完全に引いてますね、間違いない。まぁあえて引くような回答をしたので狙い通りではあります。

 

「他の子と一緒にお外で遊んだりしないの?」

「趣味嗜好が大きく異なるので難しいです。それに私が一緒に遊ぶと大惨事になりかねませんから一人で静かに過ごすのがお互いにとって有益なんですよ」

 小説や新聞、携帯ラジオ、ポータブルDVDプレイヤーなど暇を潰すための道具は持参しているので一人でも十分過ごせます。家では純真な娘を演じなければいけませんが常時演技していると精神が壊れるので保育園では素の自分でいることにしていました。

「でも一人だと寂しいでしょう?」

「いいえ、全然。むしろ一人の方が落ち着きます。だから持田さんも私に関わらない方がいいですよ。この園の保育士達と同じようにね」

「だけど……」

「すみません。お花を摘みに行ってきますのでこれで失礼します。もしお暇でしたら壁にでも話していて下さい」

 なおも食い下がろうとする持田さんを置いてその場を去りました。冷たいようですが彼女のためです。私みたいな21世紀の精神異常者と付き合って貴重な青春を浪費する必要はありません。

 

「いっただ~きます!」

「いただきまーす!」

 暫くするとおやつタイムになりました。この時間は教室内にいなければいけないので渋々園児達と合流します。

 テーブルの隅の方で今日のおやつを黙々と食しているとまたも持田さんが近づいてきました。

「朱鷺ちゃんだけ別メニューだけど何でなの?」

「さぁ、なぜでしょうか?」

 他の園児にはクッキーやマドレーヌといった甘いお菓子が配られている中、私には柿ピー、チータラ、ビーフジャーキーといった乾き物が配給されています。菓子より乾き物が好きだという話を以前保育士にしたので忖度(そんたく)したのだと思います。

 

「ちょっと、亜里沙ちゃん! こっちこっち!」

「あ、はい」

 雑談していると持田さんがクラス担当の保育士に呼び出されました。話の内容は大体予想できますが念のため探っておきましょうか。

「…………」

 意識を耳に集中します。ふっふっふ、この七星朱鷺のデビルイヤーを持ってすれば内緒話など筒抜けなのですよ。すると二人の会話が明瞭に聞こえました。

 

「朝にも言ったけど、お願いだから七星さんには極力関わらないでね」

「なぜですか?」

「亜里沙ちゃんにはあまり言いたくはなかったんだけど……。実はあの子、以前あのクラスを担当していた保育士を退職に追い込んでいるのよ。それに園の管理不備やミスを的確に指摘してくるから対応に困っているの」

「そんな悪い子には見えませんけど……」

「今日会ったばかりだからそう言えるのよ。反論しても完璧な理論武装で追撃してくるからウチの園では『ミス・アンチェイン(繋がれざる者)』と呼んで絶対に刺激しないルールを設けているの。もし機嫌を損ねると亜里沙ちゃんも何をされるかわからないからあの子には関わらないこと、いいわね!?」

「ミス・アンチェイン……」

 予想していたとおりの内容だったので会話の追跡はそこで切り上げました。散々な言われようで草も生えません。

 

 彼女の言う通り以前私のクラスを担当していた保育士を退職に追い込んだというのは本当です。

 ですがその保育士に致命的な問題があったという事実は知られていません。私は上手くあしらいましたが、他の女児の衣服をめくったり下半身を執拗に触ったりといったアレな行為を繰り返していました。要はロリコンです。

 私も前世では無認可保育園で保育士をしていたのであのようなド外道はどうしても許すことが出来ませんでした。ああいう不心得者がいるから真面目に働いている保育士に嫌疑の目が向けられてしまうのですよ。

 他の先生に再三報告しましたが園児の戯言として真面目に取り合って貰えなかったので自ら動くしかなかったのです。

 あの手この手で心を折り二度と保育士が出来ないくらいに追い込んだのは良かったのですけど、そこからがよろしくありませんでした。なんと退職時に八つ当たりで私に関する悪評をぶちまけたのです。その内容の殆どは事実無根でしたが他の職員から疑念の目を向けられました。

 

 以前から施設の管理不備やミスを指摘していて厄介者扱いされていたこともあり、保育園内で完全に孤立したという訳です。家族に報告されていないのは不幸中の幸いですけどね。

 周りのためにと善意で行った行為が仇となるのは前世からのお家芸とも言えます。自分に被害が及んでいる訳ではなかったので見て見ぬフリをするのが賢い選択だったのでしょう。

「死にたいですねぇ……」

 ついつい口癖が出てしまいました。結局、生まれ変わっても馬鹿は馬鹿のままです。

 だから私は決めました。これからは困っている人がいても絶対に助けません。泣いている人がいたら全力で無視します。助けを求められても笑顔でオ・コ・ト・ワ・リです。

 トラブルの原因となる他人とは極力関わらず、植物のようにひっそりと平穏な一生を過ごすことが二度目の人生の目標になりました。

 それこそ、絶望感と虚無感に支配された私がこの人生を上手くやり過ごす唯一の方法です。

 

 

 

「……で、なぜ持田さんがここにいるんですか」

 その翌日、自由時間になったのでいつものように屋上に向かうと先客がいました。

「はーい、今日はありさ先生といっしょに遊びましょ~♪」

「いや、私に関わるなと言われたばかりでしょう!」

 屈託のない笑顔を見せる彼女に対し冷静にツッコミを入れます。

「そうだけど、七星さんと一緒に遊びたいっていうお友達がいるから来ちゃったの」

「お友達?」

 周囲を見回しましたがそれらしい園児はいません。

「はーい、この子はウサコちゃん! 仲良くしてくださいねぇ。ぺこりー」

 すると隠していた右手を見せます。その手にはウサギらしきパペットが収まっていました。

 

「いや、そんな人形で騙される歳ではないんですけど」

「ウサウサ、人形じゃないウサ!」

「は、はぁ……」

 昨日はやや弱気な印象でしたが、このウサギ人形を持ってからは妙なプレッシャーを感じます。その雰囲気に若干飲まれてしまいました。

「それじゃあ改めてご挨拶しましょう。よろしくウサ、朱鷺ちゃん♪」

「じゃあよろしくお願いします、うさみちゃん」

「うさみじゃなくてウサコだウサ!」

「そうでしたっけ?」

「あと私のことは持田さんじゃなくてありさ先生って呼んでね」

「ありさ天帝(てんてい)?」

「先生です!」

「はいはい、わかりました」

 こうして持田亜里沙feat.ウサコと遊ぶハメになってしまいました。私は一人が好きなんですから放っといてくれればいいのに。

 

「今日は朱鷺ちゃんが好きそうなものを色々持ってきたんですよ」

「ほう、どんなものですか?」

「一つ目はこれです!」

 そう言いながら長方形のケースを取り出しました。どうやらDVDのようです。

「今女の子達の間で人気が急上昇しているJKアイドルのライブDVDです。朱鷺ちゃんの持ってきたプレイヤーで一緒に見ましょう?」

「フフッ……。何かと思えばアイドルとは笑わせてくれますね」

「アイドル、嫌いなの?」

「別に嫌いじゃないですけど、アイドルなんて自己顕示欲の塊で自分大大大好きな痛々しい奴らじゃないですか。際どい衣装を着て大勢の前で歌って踊るなんて、超クッソ激烈に恥ずかしいことをよくシラフで出来ると思いますよ」

「朱鷺ちゃんは凄く可愛いからアイドルに向いているウサ」

「私ですか? アイドルなんて恥の極みな仕事は絶対無理です。天地がひっくり返ってもありえません。それに売れたら事務所に酷使されますし売れなかったら枕営業なんでしょう? どっちにしても地獄です。そうに決まっています」

「そこまで言い切らなくても……」

「もし私がアイドルになるような事態になったら全裸で町内一周でも何でも余裕でして差し上げますよ」

 ホントありえませんけどね、あはははははは。

 

「ア、アイドルが嫌ならオセロなんてどう?」

 そう言いながら携帯用のオセロを差し出しました。100円ショップで売っていそうな安っぽい感じのものです。

「ええ、いいですよ。お相手します」

「それじゃあゲーム開始!」

 こうして決戦の火蓋が切られました。

 

「パーフェクト負け……だと……?」

「勝ったウサ~!」

 決着が付く頃には盤上が純白に染め上げられていました。おかしい……こんなことは許されない……。

「い、今のはフェイント! 次こそ本番の勝負ですっ!」

「フフッ。いいですよ。納得するまで何度でもお相手します」

 結局次戦も一方的に虐殺されるという有様です。可愛い顔してこの子割とやるものですね。

「うんが~~~~!」

 その後もトランプやボードゲームを一緒にやりましたがいずれもワンサイドゲームと言う結果でした。最近の子供には接待ゲームという概念がないから困ります。

 対戦に熱中しているとあっという間にお迎えの時間が来ました。

 

「それじゃあ明日も遊びましょうね~♪」

「その前に、最初の質問に答えて下さい」

「最初の質問って?」

「私に関わるなと言われたばかりなのに、何故一緒に遊ぼうとしたのかについてですよ」

 わざわざ禁を破るくらいですから何かしらの理由があるはずです。

「やっぱり朱鷺ちゃんは悪い子だとは思えないから、かな。それに最初に会った時はとっても寂しそうに見えたし」

「寂しそう? この私が?」

 いやいやいや、それはないです。生まれたこの方、己の力で生き抜いてきた私が仲間を求めるなんてありえません。

 

「先生達はあんな風に言っていたけど見えない所で頑張ってたって園児の皆から話を聞きました。乱暴な男の子達に突き飛ばされて怪我したのを朱鷺ちゃんが治してくれたって言っている女の子もいたから、絶対に良い子だって確信したんです」

「……たまたま倒れていたから助けただけです」

 恐らく同じクラスの子が喋ったのでしょう。この園の本当の問題児である双子の兄弟はよく悪さをしているので巻き込まれてしまう子もいるのです。親が代議士のため保育士達も見て見ぬふりをしているので少し前までは私が裏でフォローをしていました。ミス・アンチェイン呼ばわりされてからは一切止めましたけど。

 

「クラスの子達は朱鷺ちゃんのことを嫌いじゃありません。朱鷺ちゃんだって皆が嫌いな訳では無いでしょう? だから私を通じて仲良く出来たら良いなって……」

 なるほど、そういうことですか。少々お節介ではありますがありさ先生はとても良い子ですね。ここの保育士達より余程人間ができています。

「……確かにクラスの子達が嫌いな訳ではありませんよ」

「それなら……」

「私が嫌いなのは────人間そのものです」

 もちろん、自分自身も含めて。

 

 

 

「な~んか中二病患者みたいな痛い発言しちゃいましたねぇ。あ~、死にたいです……」

 帰宅後ベッドの上で横になると先程の発言が痛々しく思えてきました。人間そのものが嫌いとかクサすぎてホントマジで激痛です。

 でもある意味本音ではありました。今年で累計年齢40歳になりますけど人と関わってロクな目に遭ったことがありません。レスホーム時代の師匠だったシゲさんとの暮らしなど極稀に良かったこともありましたが99.9%は辛い思い出です。

 母親や先生や同級生からは蔑まれ、経営者にはこき使われ、客からは罵声を浴びせられ、同僚には妬まれるという難易度ハイパーエクストリームな人生を歩むと人を信じられなくなるのです。

 今の両親のことは心から信じていますが、それでも前世の記憶持ちだとバレないよう薄氷を()む思いで日々を生きているのでした。

 

「何で生まれ変わってしまったんでしょうか……」

 今まで何千回も繰り返してきた問いを口にしました。前世であの神様に死を告げられた時は驚きが大きかったのですが同時に安堵もしていたのです。これで辛く苦しいだけのクソみたいな人生にやっと終止符が打てるとね。

 そう胸をなで下ろしていたのに意図しない二周目が始まってしまったので心底失望しました。私が生まれた時には喜びの涙ではなく絶望の涙を流していたのです。

 世の中には生きたくても生きられない人や生きていれば社会に大きく貢献出来た人が無数にいるというのに、底辺のゴミ虫である私なんかが選ばれてしまって本当に申し訳ないですよ。これも全てあの天の邪鬼な神様のせいです。

「よいしょっと!」

 余計なことを考えているとどんどん落ち込んできました。お酒を飲める身分ではないので、こういう時はスマイル動画でも見て気分を紛らわせるに限ります。

 

「う~ん、やっぱりないですか」

 RTAで検索したところ無編集のものしか見当たりません。前世では解説付きのRTA動画が人生の数少ない楽しみだったのでがっかりです。

 この世界と前世は結構異なっていて偉人や有名人もかなり違っていますから、前世でRTA動画を投稿していた有名人が存在していない可能性があります。

「はぁ……寝よ寝よ」

 諦めてベッドに潜り込みました。

 

 

 

「バー○ラバ○ラバー○ラ求人♪ バー○ラバ○ラ高収入~♪ 即日稼げるお仕事、バ○ラ♪ バー○ラバ○ラ体験入店、今から稼げるアルバイト~♪」

 風俗店の求人CMソングを口ずさみながら今日も保育園の屋上に向かいます。昨日あれだけ痛いセリフを放ったのですからありさ先生だって流石に私を見放したでしょう。

 これで静かな生活に戻れます。そう思って屋上への扉に手をかけるとそのまま開きました。

「おはよう朱鷺ちゃん! 今日はありさ先生とおうたのレッスンですよ~♪」

「ファッ!?」

 すると彼女が笑顔で待ち構えていました。思わずその場でズッコケます。

 

「な、なんでここにいるんですか……」

「皆で仲良く出来たら良いなって言ったでしょう?」

「いや、ですから私は人間そのものが大嫌いなんですって!」

「今は嫌いでもそのうち好きになるかもしれません。だから人を好きになって貰えるよう、ありさ先生とウサコは頑張るウサ!」

 雰囲気は温和ですけど意外と頑固な方だったようです。その事実はこの朱鷺の目をもってしても見抜けませんでした。

「……好きにしてください」

「はい、そうします!」

 こうして私とありさ先生による二人っきりの授業の日々が始まってしまいました。

 

「ウサウサ、いっしょに踊るウサ♪ ……ほら、手をつないでっ♪」

「恥ずい! 恥ずいですって!」

「ヒヨコのピーちゃんっていうのもいますよ。実はウサコちゃんとピーちゃんはライバル関係って設定で、最愛の女性を巡って命懸けの決闘をしたこともあるんです!」

「マスコットキャラの割に意外と血なまぐさい関係ですね……」

「ピアノ、弾きましょうか。リクエストはあります?」

「死ね死ね団のテーマをお願いします。日本全国酒飲み音頭でもいいですよ」

 最初の内は周りの保育士達から私に関わるなと注意されていたようですが、少しすると見て見ぬふり状態になりました。ボケとツッコミが頻繁に入れ替わるので大変疲れますけど楽しくないこともありませんでしたね。

 そんな日々が暫く続きましたがありさ先生はあくまでボランティアの身分です。お別れの日はそう遠くない内にやってきました。

 

 

 

「……と、いうことで今日で亜里沙ちゃんの職業体験は終わりとなります。それでは一言お願いするわね」

「はい。憧れの保育士の仕事が体験できて夢のような毎日でした。短い間だったけど、皆のことは絶対に忘れません。本当にありがとうございました!」

 素敵な笑顔のまま一礼します。

「ええ~~~~!」

「せんせー! かえらないで~~!」

「やだーーーー!」

 園児達が一斉に不満の声を上げながらありさ先生にしがみつきます。短い間でこれだけの支持を集めるとは中々の手腕だと言っていいでしょう。きっと良い保育士さんになれると思います。

 困り顔の彼女を残して、そっとその場を後にしました。

 

「ふう……」

 静寂が戻った屋上で一人溜息をつきます。ありさ先生が来てからはずっとドタバタしていましたけどそれもやっと終わりました。明日からここで暇を潰す日々がやって来るのかと思うと物足りなさを感じなくもありませんが、そんな感情もすぐに治まるはずです。

「やっぱりここにいたんですね」

 暫くぼ~っとしていると不意に声を掛けられました。振り返るとありさ先生とウサコが佇んでいます。

 

「今日までお疲れ様でした。性根がねじ曲がったクソガキの世話は大変だったでしょう?」

「いいえ、そんなことありません。とても楽しかったです」

「ありさ先生はとても良い保育士だと思いますので自信を持って下さい。こんな頭のおかしい幼児は世界で私くらいですから更生させられなかったと落ち込まなくていいですよ」

「いいえ、朱鷺ちゃんは私の自慢の教え子第一号です♪」

「……どう考えれば自慢の教え子になるのか小一時間問い詰めたいですけど、今日でお別れなので止めておきます」

「先生の前では背伸びしなくていいんですよ。ほら、力を抜いて」

「私はいつでも脱力してますって。あ~面倒~。息をするのも面倒で嫌ですねぇ~」

「うふふっ」

 だらけたポーズをするとありさ先生が少し笑います。私の人生の中で一番良い先生でしたというコメントは照れくさいのでナシにしました。

 

「そろそろ園を出る時間じゃないんですか? 新幹線は予約済みなんでしょう?」

「そうなんですけど、最後に言っておきたいことがあるから」

「言っておきたいこと?」

「うん……それはね」

「……ッ! 伏せて!」

 言葉を続けようとした次の瞬間、何かが猛烈なスピードで近づいてきました。咄嗟にありさ先生を庇います。するとさっきまで私達がいた空間を鳥のようなものが通り過ぎました。

「あれは、ラジコンヘリ?」

 一瞬ドローンかと思いましたが、時代的にまだ存在していないのでラジコンヘリに違いありません。それもチャチなやつではなく軍用ヘリを模した比較的大型のものです。

 

 よく見るともう一台存在しており、そちらは中庭の地上スレスレを飛んでいました。事情がわからない園児達が泣きながら逃げ回っています。

「いけない!」

 ありさ先生が急いで下に向かいました。一方私は操作している奴らを捜します。

「いました!」

 保育園内の木の上に二人分の気を感じます。目を凝らすとこの園の問題児である双子の兄弟でした。大方親に買って貰った玩具を無断で持ち込んで悪戯に利用しているのでしょう。悪ガキな彼らがやりそうなことです。

「早く止めさせ……」

 そのまま飛び出して止めさせようとしましたがギリギリで思いとどまりました。

 そうです。これからは困っている人がいても絶対に助けないって決めたじゃないですか。それにここで頑張って、もし『あのこと』が不特定多数にバレたらタダでは済みません。

 他人と極力関わらず植物のようにひっそりと平穏な一生を過ごすためにも、ここは保育士達に任せることにします。

 

 そのまま地上の観察を続けましたが事態は一向に収拾出来ませんでした。保育士達は園児を避難させるのに手一杯で犯人に気付いてさえいません。もどかしい思いのまま時間だけが過ぎます。

 そのうち誰かが問題児の兄弟に気付いたようで、彼らがいる木に駆け寄りました。その姿には見覚えがあります。

「ありさ先生!」

 思わず叫んでしまいました。兄弟も彼女に気付き慌ててラジコンヘリで追い払おうとします。

「きゃあ!」

 操作を誤ったためかヘリが急接近しました。

 その羽根が彼女の頬をかすめます。

 

 

 

 次の瞬間、私は空を駆けていました。

 外壁を蹴った反動で一気に間合いを詰めます。

「天翔百裂拳!!」

 滑空しながら二台のラジコンヘリに無数の拳を叩き込みました。

 次の瞬間には粉々の破片に変貌します。

 

「…………」

「く、くるなぁっ!!」

「ヒィィッ!」

 着地後はヘリのパーツを手に取り兄弟達がいる木に近付きました。

「北斗有情断迅拳!!」

 気を纏った手刀で大木の根本を切断すると支えを失い勢いよく倒れます。すると兄弟が這い出てきたので行く手に立ちふさがりました。殺意のオーラMAX状態です。

 

「貴様らにそんな玩具(がんぐ)は必要ない」

 拾った破片を更に粉々にすると二人共青い顔をしました。ちょっとチビってもいます。

「みんなをびっくりさせたくて……」

「ご、ごめんなさい~~!」

「謝るのならありさ先生や皆にして下さい」

「う、うん!」

「ママ~~!!」

 涙目で私から逃げ出しました。余程怖かったのでしょうが自業自得です。しっかり反省なさい。

「さて、これは言い逃れ出来ませんよね……」

 ふと冷静になるとやったことのヤバさに気付きました。ラジコンヘリ二台に樹木の破壊となると親への報告は待ったなしです。

 

 

 

「この度は大変申し訳ございませんでした」

「園児達を守ろうという気持ちは立派ですが、なにせやったことがやったことですので……」

「はい。重ねてお詫び申し上げます」

 案の定ラジコンヘリの件についてお母さんが呼び出されました。今は保育士達から事情を聞いて平謝りしているところです。

 

「あ~、死にたいです……。誰でもいいですから早く私を殺して下さい」

 ジャングルジムのてっぺんで一人黄昏れました。生まれ直して一番気分がブルーな日かも知れません。いえ、この能力────『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』を与えられた日が一番憂鬱でしたから恐らく二番目ですね。

 この力を発症したのはある事件がきっかけでした。それまでは前世の記憶があるものの身体的には普通の子と同じでしたが、あの日から恐ろしい程の身体能力と秘孔の力、そして奥義の数々を強制的に与えられたのです。私にとっては正に最悪のプレゼントでした。

 

 これは私の予想ですが、ある程度体のコントロールが出来るようになってから能力の付与をしたのだと思います。生まれた時から備わっていたら親に危害を加えてしまいますもの。

 世紀末やファンタジー世界ならいざしらず、現代日本でこんな力を押し付けられても迷惑以外の何物でもありません。だって躓いて転んだ拍子に誰かの秘孔を突いたら全身が破裂するんですよ!? こんな状態で園児達と一緒に遊んだらスプラッタ間違いなしです。

 医療技能は使えますがデメリットが余りにも大き過ぎて話にならないですね。ハイパワーのF1カーで常時路地裏を走らされているようなものですから窮屈この上ありません。

 

「はぁ~~……」

 どう考えても私が首を突っ込むべきではありませんでした。でもありさ先生が危害を加えられている姿を見た瞬間、体が勝手に動いてしまったのです。

 やはり私は人と関わり合いになるべきではないのです。ありさ先生だって他人でさえあれば見捨てることが出来たはず。他人と極力関わらず、植物のようにひっそりと平穏な一生を過ごすという目標を心に刻み込む必要があります。

 

 落ち込みながらお母さん達の会話を聞いていると話が悪い方向に進んでいるのに気付きました。

「朱鷺ちゃんに関してお母様には非常に言い辛いのですけど……以前から協調性に欠ける所や問題行動が見られまして。それに身体能力も普通の園児と比べて発達し過ぎていると思います。このまま保育を続けるためにも一度どこかの病院できちんと検査されることを強くお薦めします」

 はい今死んだ! 今私の家庭内の立場死んだよ!

 このクソ保育士、ここぞとばかりにとんでもないことを言いやがりました。こんな事を言われたらまともな娘として扱われることは二度とないはずです。

 

「フ、フフ、フフフ…………」

 一度ならず二度までも世界に拒絶されるとは思ってもいませんでしたね。もういい、わかりました。そっちがその気なら私にも考えがあります。

 この世界は絶妙なパワーバランスで成り立っているのでそれを崩してあげれば大きな混乱が生じます。そうですねぇ、手始めに大国と独裁国家の首脳陣をサクッと暗殺してあげましょうか。

 そうすれば疑心暗鬼に陥った各国が勝手に小競り合いを始めてくれるはずです。始めは小競り合いでも憎しみの連鎖であっという間に三度目の世界大戦が起きるでしょう。そうすれば原作通り世界は核の炎に包まれるはずです。

  間違っているのは私じゃない、世界の方ですよ。だから全人類まとめて地獄に道連れです。暴力が支配するイカれた時代にようこそ! 力こそ正義となる良い時代(世紀末)の到来です。

 そんなよからぬことを考えていると今まで低姿勢だったお母さんの表情が厳しいものに変わりました。あんな表情今まで見たことがありません。てゆうかめっちゃ怖い。

 

「お話はわかりました。ですが朱鷺ちゃんは私がお腹を痛めて産んだ自慢の一人娘です。この子の良い所を何も知らない貴女にそんなことを言われる筋合いはありません」

「し、しかし……」

「大変申し訳ございませんが本日限りでこちらの園を退園させて頂きます。今まで娘のお世話をして頂きありがとうございました。

 設備の修理費については金額が決まりましたら改めてご連絡下さい。それでは失礼致します」

「えっ!」

 言葉こそ丁寧ですけど怒りのオーラが凄まじいです。先程までネチネチと嫌味を言っていた保育士が黙り込んでしまいました。

「朱鷺ちゃん、帰るわよ~♪」

「は、はい!」

 私に話しかけた時には既にいつもの雰囲気に戻っていました。余りに落差があるので思わず挙動不審になってしまいます。

 

「~~♪」

「…………」

 電動自転車のチャイルドシートに座りながら気まずい思いをしました。私のやったことでお母さんに頭を下げさせることになってしまい、申し訳ない気持ちで一杯です。

「あの、今日は本当にごめんなさい!」

 意を決して謝罪しました。誠意とは言葉ではなく金額とよく言われますが、素寒貧の私には謝ることしか出来ません。

「ごめんなさいって、なにか謝るようなことをしたの?」

「ラジコンヘリ二台と木を一本壊しました……」

「壊した理由は?」

「ありさ先生を護るため、です」

「人を傷つけるためじゃなく、人を護るためにしたことなのね。……なら、良かったわ♪」

「良かった?」

「うん。朱鷺ちゃんのその力は大切なものを護るために神様から与えられたんじゃないかなって思うの。人のものを壊すのはちょっとやりすぎだったけど、力自体は正しく使っているからお母さんは怒らないわよ~」

「正しく、使う……」

 今まではこの力自体を忌避していたため力の使い方なんて考えたこともありませんでした。

「でもお父さんがどう思うかはわからないわね~。もしかしたら激怒するかも♪」

「げっ!」

 一難去ってまた一難です。お母さんには許されましたがお父さんがどう思うか戦々恐々でした。

 

 

 

 帰宅後、なんとなくリビングでテレビを見ながら胃の痛い時間を過ごします。お父さんは帰りにあの双子の家に寄って謝罪してくるとの話でした。母親だけでなく父親にも頭を下げさせる娘の屑です。ああ、死にたい。

「ただいま~!」

「おかえりなさ~い♥」

 私の不安を他所に明るい声が玄関に響きました。恐る恐る覗くといつもの変わらない様子でリビングに入ってきます。

 

「ケーキ買ってきたぞ! 後で一緒に食べよう!」

「それよりもラジコンの件はどう……?」

「ん? ああ、そのことか。さっき先方の親御さんに会って謝罪してきたぞ。あちらも『不出来な息子達で申し訳ない』と萎縮してたからラジコンの代金を弁償することで話を付けてきた」

「そうだったんだ」

 その言葉を聞いてホッとしました。穏便に解決したので本当に良かったです。

「ごめんなさい。私がいなければこんなことにならなかったのに……」

 私が謝った瞬間、お父さんの表情が急に厳しくなりました。

「それは違うぞ。子供の行動に責任を持つのが親の務めだ。だから朱鷺は自分の正しいと思う道を進めばいい。行動した結果、問題が起きたら俺達が責任を取るから安心しろ」

「あ、ありがとう……」

 

 何だこの聖人!

 私が知っている親は息子が内職で稼いだ金を盗んだり水商売で得た給料を全額ホストに貢いだり苛ついた時にタバコを押し付けてきたりしていたのでギャップが凄まじいです。

「よし、じゃあ夕食にするぞ!」

「えっ! 壊した理由とか問い詰めないの!?」

「朱鷺は俺達の自慢の一人娘だ。人のものを壊すからには相当な事情があったんだろう。俺は朱鷺を信じているからいちいち問い詰めたりしないさ。もし良からぬ理由でそうしたのであればきっと反省しているし、ちゃんとした理由があるなら胸を張っているはずだからな」

 すみません、その自慢の一人娘は数時間前に第三次世界大戦を引き起こそうとしてました。本当に腹を切って死ぬべきである。

 

「ふぅ……」

 夕食後、部屋に戻って今後のことを考えます。今回の件で私は色々と学びました。

 やはり北斗神拳と前世の記憶を持っている以上、他人と深く関わることはそれがバレるリスクが高くなるので避けるべきです。なので他人と極力関わらないという生き方に変更はありません。

 しかし他人と極力関わらないとはいっても保育園のように完全に孤立してしまうと目立ってしまいます。なので今後通う小学校や中学校では目立たないが孤立もしていない平均的な地位をキープするよう努めることにしました。

 

 後は証拠の隠滅方法です。今回は現場が混乱していたので北斗神拳を使っている瞬間はごく一部の人にしか見られませんでしたが、今後もし目撃された時に隠滅できるよう対策を講じる必要があります。

 写真などは機械を壊せばいいので簡単ですけど人の記憶は厄介です。北斗神拳には記憶を完全フォーマットする技がありますがそれは流石にまずいので短期記憶を完璧に削除する技が今後必須でしょう。でも新秘孔を研究するには大量の木偶(実験体)が必要ですよねぇ。

 万一のことを考えると後期高齢者(死にぞこない)が最適なんですけど、良い木偶(デク)が沢山いて私が触れても違和感のない場所はどこかにないものでしょうか。

「……ん?」

 そこまで考えてふと名案が浮かびました。ふふふ……よく考えたら身近にあるじゃないですか。諸条件を完璧に満たす夢のような理想郷(絶望の医院)が。よ~し、ついでに色々な新秘孔の研究をしましょう、そうしましょう♪

 こうして将来に向けた対策と方針が再構築されました。正に完璧な未来予想図です。

 

 

 

「郵便でーす」

「は~い、ありがとうございま~す」

 それから数日後、私宛に一通の手紙が届きました。送り主の名は持田亜里沙────あのありさ先生です。

 そういえばラジコンヘリ事件以来ですね。あの時はバタバタしていてきちんとお別れの挨拶ができませんでしたけど元気にやっているのでしょうか。内容が気になるので早速ペーパーナイフで封を切ります。

 

 中には可愛らしい便箋が入っていました。几帳面できれいな字で書かれているので、当時のことを懐かしみつつ読んでいきます。

 最初の方はあの事件のお礼が書かれていました。

「素手で木を切り倒すなんて凄いウサ!」というウサコのコメントも合間合間に入れられているのでクスッときます。

 中盤はありさ先生の今の生活についてでした。どうやら保育士の仕事が気に入ったらしく「将来は皆から好かれる立派な保育士になります!」と燃えているそうです。

 

 そして後半は私について書かれていました。

「クラスの園児達とちゃんと仲良くしていますか?」って言われても、もう退園しているから関係ないんですよね。結局、ありさ先生のいない保育園に何の価値も見い出せませんでした。

 読み進めましたがその後も私を心配する内容ばかりです。貴女は私のオカンですかと問いたい。

「朱鷺ちゃんは孤独なダークヒーローを気取っているけど、実際は超がつくほどの寂しがり屋であることをありさ先生は見抜いています。だから一刻も早く友達を作って下さい……」

 やるじゃない。人の神経を的確に逆撫でしていく所は煽り屋の才能がありますよ。

「私はずっと一緒には居られませんでしたが、そのうち心から信頼できる友達に出会えると信じています。その時はその子達を大切にしてあげてね、ですか」

 心から信頼できる友達ねぇ。そんな都市伝説みたいな存在がいるとは到底思えません。私にとってはツチノコ並みにレアな存在ですから一生をかけても見つかることはないでしょう。

 

「それでは最後に友達からのお願いです。死にたいという言葉は使わないで下さい。朱鷺ちゃんがもし死んでしまったらお父さんやお母さんだけでなく、私やウサコも悲しいです。だから冗談でも死にたいなんて言わないで貰えると嬉しいです。

 いつの日か死にたいって気持ちが消えたら教えて下さいね。それではまたお手紙書きます……」

 う~ん、本当にそうなんですかねぇ。両親はまだ若いんですから子供なんてまた作ればいいじゃないですか。ヒネたガキが消えて純真な可愛らしい子供が出来た方が幸せ家族になると思います。

 ありさ先生だって数年もすれば私のことなんて綺麗サッパリ忘れているでしょう。

「異論はありますがわかりました。死にたいという言葉は極力使わないようにします。……大切な友達のお願いですもの」

 私の返事は春の暖かな風に飲み込まれていきました。

 

 

 

 

 

 

「朱鷺さんの子供の頃ってそんな感じだったんですね」

「ボク達と最初に出会った頃も相当闇が深かったけど、当時は輪をかけて酷かったのか」

「はい、それはもう凄かったです。私が小学生の頃の出来事だったんですけど、印象が強烈過ぎて今でも鮮明に覚えていますよ」

「た、確かに……。そんな子がいたらもりくぼは一生忘れられそうにありません……」

 プロジェクトルームにギャル達の明るい声が響きます。一方私は頭を抱えていました。

 

「どうしたんですか、朱鷺さん? 不機嫌そうに見えますけど……」

 ほたるちゃんが心配そうに私の顔を覗き込みます。

「……不機嫌そうじゃなくて不機嫌なんですよ。新人アイドルが挨拶に来るので待っていたら実は古い知り合いで、挨拶のついでに過去の恥ずかしい話を暴露されたんですから!」

 そう言いつつ(くだん)の新人アイドル────持田亜里沙さんをジト目で見つめます。

「ごめんなさい。本当はこんな話をするつもりではなかったんですけど、久しぶりに朱鷺ちゃんに会えたら嬉しくって色々喋っちゃいました」

 口で言うほど反省しているようには見えないです。

「別にいいじゃないか。トキの昔話が聞けてとても有意義だったよ」

「聞く方はそうですけど暴露される方はたまったものではありません!」

 テーブルを軽く叩いて断固抗議しました。

 

「そんなことより、あれだけ保育士フラグを立てていた持田さんがなぜアイドルになってるのかを教えて下さい。担当P(プロデューサー)に弱みを握られているのなら即刻抹殺してあげます」

「保育園には無事就職出来たんですけど担当頂いているPさんから何度もスカウトされちゃって……。保育園の皆もアイドルになったありさ先生が見たいって応援してくれたから、思い切ってやってみることにしました」

 アイドルPの辞書に節操という言葉は載っていないのでしょうか。

「それに、あれだけアイドルを批判してた朱鷺ちゃんが楽しそうにしているのを見て興味が湧いたっていうのもあります」

「うぐっ!!」

 11年越しのブーメランが見事に突き刺さりました。だって当時はアイドルなんて微塵も興味がなかったんですから仕方ないでしょう!

 

「まぁいいです。本当に久しぶりの再会ですから水に流しますよ」

「ありがとう朱鷺ちゃん。そうだ、せっかくだからあの子とも再会しないとね」

「あの子?」

 はて、何のことでしょう。11年振りなので記憶がかなり曖昧です。すると持田さんがバッグからぬいぐるみのようなものを取り出しました。それを右手に装着します。

「それじゃあ改めてご挨拶しましょう。よろしくウサ、朱鷺ちゃん♪」

「あっ!」

 その姿を見た途端、当時のことが鮮烈に蘇ってきました。

「ふっふっふ。やっと思い出してくれたウサ?」

「お久しぶりです、うさみちゃん」

「うさみじゃなくてウサコだウサ!」

「そうでしたっけ?」

 前にもこんなやり取りをしたような気がします。

 

「昔とは立場が違いますけど、ウサコちゃん共々よろしくお願いします。あと私のことは持田さんじゃなくて昔みたいにありさ先生って呼んでね」

「ありさ天帝?」

「先生です!」

「はいはい、わかりましたよ。ありさ先生」

 こうして持田亜里沙feat.ウサコと再び関わり合いになってしまいました。これも運命というやつでしょうか。でもこんな素敵な運命だったら大歓迎です。

 この後も五人で話し込んでいると夜になったので、寮住まいの三人と別れてありさ先生と二人で最寄駅に向かいました。

 

 

 

「うふふっ」

「随分嬉しそうですね。宝くじ3億円でも当たりました?」

 ずっと笑顔なので軽い冗談を飛ばします。

「……本当によかったです。あの朱鷺ちゃんが心から信頼できる友達に出会えて」

「そう見えます?」

「はい。傍目から見てとっても仲良しさんに見えますよ」

 客観的にはそう感じられるんですか。いつも輪の中にいるので気付きませんでした。

 

「彼女達とも色々ありましたからね。その分、絆が強くなったのかもしれません」

「ぷっ!」

 そう言うとありさ先生が吹き出します。

「いや、今の笑うところちゃいますやんか」

「ごめんなさい。だって昔の朱鷺ちゃんは『絆や仲間なんて胡散臭い言葉は正直嫌悪しています。所詮この世は弱肉強食。人間なんて結局利用するかされるか、搾取するかされるかなんですよ』って言ってたから……」

「捻くれ過ぎィ!」

 流石闇の権化たる幼少期ですね。こんな幼児がいてたまりますか。

 

 もし過去に戻れるなら『貴女が考えているより世界は優しいんですよ』と教えてあげたいです。

 よくよく考えると当時の保育士さん達も私が憎くてああいうことをしたのではないのでしょう。ただ単に未知の生物が怖かっただけなんです。

 子供達の命を預かっている立場ですからリスクに対して神経質になるのは当然です。今になってみるとその気持ちがよく理解出来ました。私が勝手に悪い方へ考えていただけですから、彼女達を憎んだり恨んだりする気持ちはありません。

 

「ま、まぁその分私も成長したということです!」

 力づくで話を終えようとするとありさ先生が真面目な表情になりました。

「ちょっと教えて欲しいことがあるんですけど、いいですか?」

「ええ、私で答えられることなら」

「……朱鷺ちゃんは、今でも死にたいって思う?」

 一瞬どきりとしましたがすぐに手紙の約束のことを思い出しました。そう言えばあの時の回答をしていませんでしたっけ。ならば心からの気持ちをお伝えしましょう。

「いいえ。だって今は、皆と一緒に過ごす日々がとっても楽しいんですもの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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346アイドル速報(その4)

まだ第3章です。いつ終わるんだよコレ……。


『第9回 Mishiro Dream Live! 感想スレ』

1:FC会員774@おーぷん ID:TKY(主)

今回もよかった(小並感)

 

5:FC会員774@おーぷん ID:Cj3

ドリラブは中規模の割に出てるアイドルが豪華だしね

絶対にハズレないのが嬉しい

 

7:FC会員774@おーぷん ID:fS9

トップ層が出ないのはちょっと寂しいけど、その分今まで知らなかったアイドルが見られる貴重な機会だと思えばお得感がある

 

12:FC会員774@おーぷん ID:T4e

玄人ファンの中には大型フェスより優先している人もいるからな

今後も続けて欲しいもんだ

 

23:FC会員774@おーぷん ID:U3c

新田ーニャすき

クール系好きとしてはたまらんですたい

 

25:FC会員774@おーぷん ID:Cj3

なんとなく姉妹感あるよな

そんなところも素敵

 

28:FC会員774@おーぷん ID:c7H

ラブライカのライブは初めて見たけどオーラが凄いわ

とてもデビューしたてとは思えないって

 

34:FC会員774@おーぷん ID:eV3

だってシンデレラプロジェクトの先陣だもん

失敗が許されない状況で組んだユニットだぜ?

それだけレベルが高いし担当Pに信頼されてるってことだろ

 

37:名無しさん@おーぷん ID:TKY(主)

346はある程度の実力がないと絶対にステージには立たせないしな

アイドルにとっては厳しいだろうけど見る側としては安心できる

 

38:FC会員774@おーぷん ID:Hf6

零細プロや地下ドルなんて酷い時は本当に酷いぞ……

連れと一緒に行ったことあるけど学芸会かって突っ込みたくなったわ

 

45:FC会員774@おーぷん ID:T4e

>>38

そりゃ346のアイドルを見慣れてればそうなる

やっぱり346がナンバーワン!

 

52:FC会員774@おーぷん ID:U5u

零細プロダクションでも765はクオリティ高いけど

 

57:FC会員774@おーぷん ID:Hf6

>>52

あそこは名ばかり零細だろ!

初期所属のメンバーは超売れっ子だし追加の子達も活躍してるから実質大手

 

61:FC会員774@おーぷん ID:uX2

いい加減事務所引っ越せ定期

 

63:FC会員774@おーぷん ID:q6P

たるき亭「止めてくれよ……」

 

174:FC会員774@おーぷん ID:nU5

炎陣について語る時間だァ!コラァ!!

 

176:FC会員774@おーぷん ID:Cj3

!?

 

177:FC会員774@おーぷん ID:uX2

!?

 

184:FC会員774@おーぷん ID:Ga8

炎陣なぁ……

アクの強いアイドルをよくも集めたわって感じだ(褒め言葉)

 

185:FC会員774@おーぷん ID:dV2

なんでや!

純情Midnight伝説は超良かったやろ!

 

189:FC会員774@おーぷん ID:Ei8

このまま一気にトップアイドルへ駆け上がっていくんで夜露死苦!

 

201:FC会員774@おーぷん ID:Ga8

そういや担当Pは全員同じなんだよな?

……どんなPだよ

 

212:FC会員774@おーぷん ID:K3y

>>201

脳内イメージは一条武丸サンで固定されてる

 

214:FC会員774@おーぷん ID:A3j

バールを携帯してそう

 

215:FC会員774@おーぷん ID:T4e

定期的に血を流してそう

 

217:FC会員774@おーぷん ID:c9E

営業(拳)

 

220:FC会員774@おーぷん ID:K3y

“事故”る奴は……“不運”(ハードラック)と“踊”(ダンス)っちまったんだよ……

 

223:FC会員774@おーぷん ID:j2X

拳!バイク!殺戮! 

拳!バイク!殺戮!って感じで……(小声)

 

262:FC会員774@おーぷん ID:qV2

いい加減Pじゃなくてアイドルについて語ろうや

 

265:FC会員774@おーぷん ID:TKY(主)

炎陣メンバーはなんとなく似てるよな

バイク好きでロック好きって感じがするわ

 

266:FC会員774@おーぷん ID:L9g

バイクつながりだと一人仲間外れになるであります!

 

267:FC会員774@おーぷん ID:A3j

亜季さん軍帽見えてますよ

 

281:FC会員774@おーぷん ID:Jv3

頭(ヘッド)の向井拓海って子、凄い可愛い

こんな子以前からいたっけ?

 

287:FC会員774@おーぷん ID:Cb4

>>281

この間所属したばかりだよ

新人プロフィール見てたらB-W-Hが95-60-87とヤバかったんで覚えてる

 

288:FC会員774@おーぷん ID:uD7

バスト95かよ!

流石に牛さんには及ばないけど凄い

 

291:FC会員774@おーぷん ID:i8G

雫ちゃんはなんというか別枠だから……

 

302:FC会員774@おーぷん ID:Jv3

プロフィール見てきたけど、自分からアイドルになりたいって感じの子じゃないよなぁ

どういう経緯で所属したんだろう?

 

305:FC会員774@おーぷん ID:Q2v

346の人材発掘能力は凄いからな

ノンケ(アイドル興味なし)だってかまわないで勧誘しちまうP達なんだぜ

 

306:FC会員774@おーぷん ID:j2X

346の闇は深い

 

377:FC会員774@おーぷん ID:rD5

流れぶった切るけどヒーローヴァーサスがやっと日の目を見れて満足

レイナンジョウ好きとしては感涙モノだよ

 

378:FC会員774@おーぷん ID:C2t

ライブと言うか半分は寸劇だったけどな

だがそれがいい

 

381:FC会員774@おーぷん ID:rD5

大人しく歌って踊るだけだと拍子抜けだしねw

悪の女幹部VS正義のヒーローで対決という構図じゃなきゃ

 

384:FC会員774@おーぷん ID:Zt9

そのためのヴァーサス

あと、そのためのバズーカ砲

 

401:FC会員774@おーぷん ID:xB2

レイナサマは幽体離脱フルボッコちゃんがヒットしたしなぁ

1年前では考えられない活躍っぷりだよ

 

404:FC会員774@おーぷん ID:a4E

南条くんも来季のライダーとコラボするらしい

念願の特撮系仕事が来てよかったよな

 

405:FC会員774@おーぷん ID:uD7

二人共あの無人島生活あたりから一気に認知度高まったよね

 

406:FC会員774@おーぷん ID:Zt9

ああ、あれか……

知名度が高まった要因がアレだから素直には喜べない

 

411:FC会員774@おーぷん ID:Wd2

人気が上がるのであれば、

過程や……!方法なぞ……!どうでもよいのだァーッ!

 

413:FC会員774@おーぷん ID:u5Z

おはDIO様

 

414:FC会員774@おーぷん ID:Dq4

DIOといえば今回は凄いユニットがいましたね……

 

415:FC会員774@おーぷん D2y

ダークイルミネイト・オーベルテューレとか絶対噛むわ

DIOでいいよDIOで

 

420:FC会員774@おーぷん ID:h3D

インパクト枠は炎陣とヒーローヴァーサスだけだと思ってたからガチでビビったゾ

 

422:FC会員774@おーぷん ID:Dq4

中二病(天然)×中二病(天然)×中二病(養殖)という掛け合わせ

何……?この、何?

 

423:FC会員774@おーぷん ID:L8q

蘭子ちゃんが楽しそうで何よりです

 

426:FC会員774@おーぷん ID:uD7

やっぱり飛鳥くんと蘭子ちゃんは相性が抜群だよな!(アレから目を逸らしつつ)

 

429:FC会員774@おーぷん ID:a4E

蘭子ちゃんと飛鳥くんは元々そういうキャラだからほほえましい感じがするんだけどね

残り一人は普段が普段なだけに痛々しさが天元突破してる

 

433:FC会員774@おーぷん ID:R5c

だがこのアイドル、ノリノリである

 

434:FC会員774@おーぷん ID:R6y

禁忌の覇王(笑)

必死に前口上を考えたんだろうなぁ……

 

436:FC会員774@おーぷん ID:pR9

登場の瞬間は変な笑いが出たわ

 

451:FC会員774@おーぷん ID:u5Z

あのぱっつんぱっつんなゴスロリ衣装はなんだよ

痴女かよお前(大歓喜)

 

452:FC会員774@おーぷん ID:q4P

多分変態だと思うんですけど(名推理)

 

455:FC会員774@おーぷん ID:yT5

ちち!しり!ふとももーッ!!

 

462:名無しさん@おーぷん ID:H4q

>>455

横カス煩悩出てんぞ

 

463:FC会員774@おーぷん ID:R5c

なお飛びついたら命はないもよう

 

501:FC会員774@おーぷん ID:pZ8

DIOの次回出演予定が入ってないやん!

どうしてくれんのこれ(憤怒)

 

502:FC会員774@おーぷん ID:pR9

次回も何も今回限定なんだよなぁ……

 

503:FC会員774@おーぷん ID:eF7

そんな面白いものが見られるんだったら確実に行ってたわ

一度限りっていうのがあまりにも惜しすぎる

 

505:FC会員774@おーぷん ID:vS5

せっかく素敵なユニット(笑)が出来たんだからあのステージ限定はもったいないよね

ということで皆で346のホームページに要望を送ろう!

 

【管理人コメント】

今回のドリラブは無事参加出来たので、炎陣やヒーローVSなど色々見られて良かったです。

インパクトの強いユニットが多かったのでラブライカやニューウェーブには癒やされましたね。

ところでDIOの恒常ユニット化はまだですか? ✧+(0゚・∀・) + wktk✧

 

 

 

 

 

 

 

『魔法少女とき☆マギカにありがちなこと』

12:名無しさん@おーぷん ID:Q2y

キュゥべえが目をそらす

 

23:名無しさん@おーぷん ID:z7B

キュゥべえがさじを投げる

 

45:名無しさん@おーぷん ID:U5x

キュゥべえが感情をあらわにする

 

67:名無しさん@おーぷん ID:tK9

キュゥべえが常に敬語

 

95:名無しさん@おーぷん ID:Fy9

そもそもキュゥべえが勧誘しに来ない

 

98:名無しさん@おーぷん ID:Z7k

キュゥべえだけを殺す機械かよ!

 

10:名無しさん@おーぷん ID:rE2

わけがわからないよ /人◕ ‿‿ ◕人\

 

31:名無しさん@おーぷん ID:Q2y

契約前に契約条件の詳細説明を求める

 

37:名無しさん@おーぷん ID:X2k

契約後にクーリングオフを主張する

 

38:名無しさん@おーぷん ID:Uv7

重要事項説明書とか求めてきそう

 

78:名無しさん@おーぷん ID:H7h

魔女化したらガチでヤバい

 

123:名無しさん@おーぷん ID:D3b

契約直後にソウルジェムの汚染度がMAX

 

130:名無しさん@おーぷん ID:Uv7

>>123

これにはインキュベーターさんもニッコリ

 

134:名無しさん@おーぷん ID:T5e

心の闇が深すぎる

 

165:名無しさん@おーぷん ID:g3H

未契約で魔女を完封する

 

166:名無しさん@おーぷん ID:Zn7

それはいつも通りだから……

 

189:名無しさん@おーぷん ID:H7h

基本ステゴロ

 

201:名無しさん@おーぷん ID:Ee7

クラスのみんなには、内緒だよ♪

(マジカル口封じ)

 

203:名無しさん@おーぷん ID:Jb7

変身は甘えとか言い出す

 

209:名無しさん@おーぷん ID:fX5

接近戦のトキ、後方支援のほむら

あれ、このコンビ最強じゃね?

 

222:名無しさん@おーぷん ID:D3b

>>209

同族嫌悪で殺し合い不可避

 

234:名無しさん@おーぷん ID:xC5

織莉子と組んだら腹の探り合いがものっそいことになるわ

お互いお腹真っ黒だもん

 

312:名無しさん@おーぷん ID:mU2

魔女ステージがレトロゲーム風味

 

314:名無しさん@おーぷん ID:Zn7

魔女ステージのBGMが8ビット

 

315:名無しさん@おーぷん ID:Uy5

レトロゲーの魔女とか嫌過ぎる

 

322:名無しさん@おーぷん ID:G3p

>>314

ペルソナ4のミツオ戦みたいな感じになりそう

 

346:名無しさん@おーぷん ID:Ee7

使い魔がサメ

 

348:名無しさん@おーぷん ID:K2j

使い魔がドット絵

 

351:名無しさん@おーぷん ID:D3b

使い魔がガンプラ

 

352:名無しさん@おーぷん ID:X2u

使い魔が鎖マン

 

386:名無しさん@おーぷん ID:tB4

魔女の行動が完全にルーチン(ファミコンCPU並みのポンコツ)

 

425:名無しさん@おーぷん ID:Jb7

何だかんだあって魔法少女達と仲良くなる

 

432:名無しさん@おーぷん ID:w8A

>>425

ほむほむと違ってコミュ力は高いからなぁ

 

433:名無しさん@おーぷん ID:Hm6

暁美ほむらさんがコミュ障みたいな表現はNG

まどかしか見えていないだけだから

 

435:名無しさん@おーぷん ID:G9v

より悪質じゃねえか

 

512:名無しさん@おーぷん ID:uN8

円環の理と化した姉貴

 

517:名無しさん@おーぷん ID:xC5

世界観がガバって収集つかなくなるに5000ペリカ

 

520:真紅の稲妻 ID:M9z

概念となって全世界にクソゲーRTAとクソ映画視聴を強いる

 

521:名無しさん@おーぷん ID:cD7

なにそのディストピア

 

522:名無しさん@おーぷん ID:uN8

止めてくれよ……

 

525:名無しさん@おーぷん ID:vU5

(俺達はクソゲーとクソ映画を)強いられているんだ!

 

576:名無しさん@おーぷん ID:C7v

妙に有能な従者がいる

 

577:名無しさん@おーぷん ID:d3A

有能な従者のせいで出番が極端に少ない

 

579:名無しさん@おーぷん ID:j2N

むしろ従者が主人公

 

581:真紅の稲妻 ID:M9z

マスコットキャラが犬(なお無能)

 

602:名無しさん@おーぷん ID:X2u

マミさんとタッグを組む

 

611:名無しさん@おーぷん ID:eZ3

>>602

お互い気遣い出来るからいい距離感保てるよな

 

612:名無しさん@おーぷん ID:V5a

そう言えばマミさんと同学年なのか(戦慄)

 

621:名無しさん@おーぷん ID:jE3

その日の祈祷力(運)によって戦闘力が変わる

 

624:名無しさん@おーぷん ID:R8k

特殊能力がセーブ&ロード

 

625:名無しさん@おーぷん ID:x2N

それはありそう

RTA走者っぽくてグッド

 

626:名無しさん@おーぷん ID:Mz8

スマガ思い出した(ニトロ繋がり)

 

628:名無しさん@おーぷん ID:K7j

強制1ヵ月時間遡行よりは使い勝手良さそうだな

 

629:名無しさん@おーぷん ID:P6n

展開的にも面白くなりそうな気がする

 

631:名無しさん@おーぷん ID:q8Z

セーブしちゃいけない所でする気が……

 

632:名無しさん@おーぷん ID:Gp3

つみです(無慈悲)

 

634:名無しさん@おーぷん ID:E8x

いやいや、流石に複数セーブは可能でしょ

 

641:真紅の稲妻 ID:M9z

魔女化する寸前で自決

 

645:名無しさん@おーぷん ID:mX7

>>641

その展開は本当に泣くからやめろ

 

646:名無しさん@おーぷん ID:aY3

仲間に殺させて罪悪感を与えるくらいなら自ら死を選ぶ気はする

優しいけど悲しいなぁ……

 

651:名無しさん@おーぷん ID:c2P

非番時はクソダサジャージ

 

652:名無しさん@おーぷん ID:P6n

アジトが四畳半風呂なしアパート

 

658:名無しさん@おーぷん ID:b5A

>>652

屋根は甘えってサバイバル企画で言ってたからまだ余裕でしょ

 

659:名無しさん@おーぷん ID:F3x

それでも杏子よりはマシ

 

662:名無しさん@おーぷん ID:eZ3

食うかい?(雑草)

 

663:名無しさん@おーぷん ID:u8G

いいえ、私は遠慮しておきます

 

665:名無しさん@おーぷん ID:Qw2

食べ物を粗末にすると杏子以上にガチギレする

 

666:名無しさん@おーぷん ID:z6H

さやかとは絶対相性悪いだろうなぁ

 

671:真紅の稲妻 ID:M9z

清純派アイドルになる

 

677:名無しさん@おーぷん ID:Tr7

>>671

PSPのゲームだとマミさんがアイドルになってたな

 

678:名無しさん@おーぷん ID:wS9

あのモードのブッ壊れほむら狂おしいほどすき

 

691:名無しさん@おーぷん ID:yH6

魔法少女あすか☆マギカ

魔法少女ほたる☆マギカ

魔法少女のの☆マギカ

どれもバッドエンドになりそう

 

692:名無しさん@おーぷん ID:Qy7

ほたる☆マギカは絶対に鬱展開だゾ……

花京院の魂を賭けてもいいゾ……

 

694:名無しさん@おーぷん ID:F3x

トッキーが絶対になんとかするから(確信)

 

696:名無しさん@おーぷん ID:W8v

個人的には魔法少女らんこ☆マギカが見てみたい

 

697:名無しさん@おーぷん ID:k8R

蘭子ちゃんは変身しても衣装があまり変わらなさそう

 

711:名無しさん@おーぷん ID:wS9

叛逆の物語(スマ動運営に対して)

 

717:名無しさん@おーぷん ID:L8m

常にシャフ度

 

718:名無しさん@おーぷん ID:tC6

そんなん笑うわwww

 

721:名無しさん@おーぷん ID:eE8

頚椎椎間板ヘルニア不可避

 

732:名無しさん@おーぷん ID:Mz8

おまえのような魔法少女がいるかと言われる

 

735:名無しさん@おーぷん ID:mX7

円環の理に「貴女は救えないよ」と断られる

 

738:名無しさん@おーぷん ID:Q3a

盗んだショーツの数だけ強くなる

 

741:名無しさん@おーぷん ID:Ea2

劇中ですらクソゲーRTAをする

 

742:名無しさん@おーぷん ID:k8R

願い事がスマ生RTA記録1位

 

743:名無しさん@おーぷん ID:A5j

クッソ下らない願い事で草

 

754:名無しさん@おーぷん ID:xB8

ワルプルギスの夜討伐RTA

イクゾー! デッデッデデデデ! (カーン)デデデデ!

 

755:名無しさん@おーぷん ID:sY6

思いつきのチャート変更で自滅

 

757:名無しさん@おーぷん ID:Qj9

ワルプルギスの夜に先制攻撃される

 

758:名無しさん@おーぷん ID:Y5r

最後の最後でガバって死ぬ

 

760:名無しさん@おーぷん ID:Jn6

トキる

 

811:名無しさん@おーぷん ID:yH6

RTAの中で逢った、ような……

 

813:名無しさん@おーぷん ID:eE8

奇襲全滅はとっても悲しいなって

 

814:名無しさん@おーぷん ID:L8m

もう屑運も恐くない

 

815:名無しさん@おーぷん ID:y9H

倍速も、編集も、あるんだよ

 

818:名無しさん@おーぷん ID:Y5r

メガトンコインなんて、あるわけない

 

819:名無しさん@おーぷん ID:Fp3

こんなの絶対おかしいよ(録画ミス)

 

821:名無しさん@おーぷん ID:Ea2

本当の気持ち(尿意)と向き合えますか?

 

822:名無しさん@おーぷん ID:Eq8

あたしって、ほんとバカ(オリチャー発動)

 

824:名無しさん@おーぷん ID:A5j

そんなの、あたしが許さない(投稿動画運営削除)

 

825:名無しさん@おーぷん ID:Us2

もう誰にも頼らない(攻略サイト見つからず)

 

826:名無しさん@おーぷん ID:Qj9

最後に残った道しるべ(自作チャート)

 

827:名無しさん@おーぷん ID:xB8

わたしの、最高の視聴者

 

831:名無しさん@おーぷん ID:j5W

脱線しすぎィ!

 

844:名無しさん@おーぷん ID:sY6

やっぱり魔法少女よりもアイドルの方が似合ってるよな!

 

【管理人コメント】

朱鷺さんの場合、生身で十分強いから魔法少女になる必要すらないですよね。

346プロの魔法少女化は見てみたいですがあの作品だとバッドエンドが多いですから……。

管理人もアイドルのみんなが一番好きです。

/人◕ ‿‿ ◕人\<僕と契約して346のアイドルになってよ!

 

 

 

 

 

 

『アイドル格付けチェック まったり実況スレ part4』

4:名無しでいいとも!@おーぷん ID:E4m

やっと最終問題まで来たな

346芸人コンビも首の皮一枚で生き延びたか

 

6:名無しでいいとも!@おーぷん ID:S6x

輿水幸子ちゃんのそっくりさんが最後に頑張ったからね

でも七星朱鷺ちゃんのそっくりさんはここまで全敗なんだよなぁ

 

7:名無しでいいとも!@おーぷん ID:G2c

プロとアマチュアのジャズバンドを間違えるのはアイドルとしてどうかと……

他のアイドルは全員聞き分けられてた分目立つわ

 

10:名無しでいいとも!@おーぷん ID:fB9

「音楽の問題なので、これを外したら私のアイドルとしてのプライドが許しませんよ!」

なお

 

11:名無しでいいとも!@おーぷん ID:vF6

プロの演奏を「色々と足りていない」と冷酷にディスる新人アイドルの鑑

 

17:名無しでいいとも!@おーぷん ID:vF6

トッキーの耳はもうボロボロ

 

19:名無しでいいとも!@おーぷん ID:s4G

ミニドラマの演出も外したから目もボロボロだ

 

20:名無しでいいとも!@おーぷん ID:gA3

要介護不可避

 

25:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Nq2

俺が介護するから任せろ

 

27:名無しでいいとも!@おーぷん ID:V9p

これで舌ボロだったら見ざる言わざる聞かざるの三猿として日光に飾ろう

 

51:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Ep5

お、最終問題はじまた

百グラム18,000円の松阪牛と900円のアメリカ牛の比較か

料理は得意なんだからこれは流石にわかるだろ

 

55:名無しでいいとも!@おーぷん ID:aX8

トッキーのことだからワンチャンあるで

 

58:名無しでいいとも!@おーぷん ID:E4m

不吉なコメントはやめろ(ファン並感)

 

91:名無しでいいとも!@おーぷん ID:xR9

アイマスクでまたもや草

 

105:名無しでいいとも!@おーぷん ID:uD2

表情が間抜け過ぎる

 

111:名無しでいいとも!@おーぷん ID:r9V

コイツいつも鎌倉行ってんな

 

113:名無しでいいとも!@おーぷん ID:V9p

大仏好きなんでしょ(適当)

 

121:名無しでいいとも!@おーぷん ID:s6H

牛肉について熱く語る系女子

 

126:名無しでいいとも!@おーぷん ID:sZ9

これだけ松阪牛のウンチクを語っといて外したら草どころか大木が生えるぞ

 

141:名無しでいいとも!@おーぷん ID:aX8

「全て兼ね備えているのはBの牛肉です! これは間違いようがありません!」

ほんとぉ?(疑問)

 

143:名無しでいいとも!@おーぷん ID:h7L

饒舌に語れば語るほど死亡フラグにしか見えなくて困る

 

158:名無しでいいとも!@おーぷん ID:S6x

部屋待ちタイム

 

160:名無しでいいとも!@おーぷん ID:h7L

もはや一人部屋待機が定番と化しつつある姉貴

 

163:名無しでいいとも!@おーぷん ID:fB9

神に祈って正解したことがありましたか……?

 

365:名無しでいいとも!@おーぷん ID:W8e

他のチームがどんどんAに入ってて草

 

367:名無しでいいとも!@おーぷん ID:xR9

やべえよやべえよ……

 

373:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Vi6

こ……こいつ

……死んでいる(精神が)

 

374:名無しでいいとも!@おーぷん ID:tY8

ダメみたいですね(冷静)

 

375:名無しでいいとも!@おーぷん ID:F3k

ち~ん(笑)

 

381:名無しでいいとも!@おーぷん ID:tY8

おっ、涼ちゃんがB選んだ!

 

382:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Tg7

その選択で大丈夫?本当に大丈夫?

 

385:名無しでいいとも!@おーぷん ID:rM8

これはわからなくなってきたぞ

 

401:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Eg3

そのドアの先には悪魔が待ってるんだよなぁ

 

403:名無しでいいとも!@おーぷん ID:K5b

開けたドア締めんなwwww

 

404:名無しでいいとも!@おーぷん ID:V5a

酷いwwwwwwwww

 

411:名無しでいいとも!@おーぷん ID:q9F

ぐう聖の涼ちゃんでもそっ閉じするレベル

これは相当やぞ

 

412:名無しでいいとも!@おーぷん ID:h7L

今までの信頼と実績があるからしゃーない

 

413:名無しでいいとも!@おーぷん ID:E4m

トッキーの笑みが邪悪過ぎる

 

414:名無しでいいとも!@おーぷん ID:fr4

悪魔のような~♪天使の笑顔~♪

 

415:名無しでいいとも!@おーぷん ID:zQ8

可愛い心中相手が見つかってよかったね!

 

418:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Li6

なかないで

 

454:名無しでいいとも!@おーぷん ID:dX5

まこちんもB!

 

465:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Ty5

これは普通に正解の可能性があるんじゃね?

 

468:名無しでいいとも!@おーぷん ID:F3k

だいぶ希望が見えてきたな

……不安要素もあるけど

 

471:名無しでいいとも!@おーぷん ID:rM8

ドア開けた時のリアクションが楽しみすぎる

 

480:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Tg7

「貴音……ごめんっ!」

顔を見ただけで不正解を確信される清純派アイドルがいるらしい

 

482:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Kd9

いや、このリアクションは仕方無いだろ

なにせプレッシャーがデカすぎる

 

483:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Li6

四条貴音の連勝記録が潰える日がついに来た……?

 

491:名無しでいいとも!@おーぷん ID:V5a

前向きに考えても正解の可能性は5%か(戦慄)

 

492:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Yj7

正直、涼ちゃんと二人なら可能性半々くらいに考えていたと思う

 

494:名無しでいいとも!@おーぷん ID:V5d

アイドル内での扱いが完全にキングボンビーで草も生えない

 

501:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Dd5

トキ姉貴がすっごく居づらそうで可哀想

 

502:名無しでいいとも!@おーぷん ID:C7h

ちょっと女子~、空気悪いよ~!

 

531:名無しでいいとも!@おーぷん ID:B6v

最後のきらりちゃんもBか~

 

534:名無しでいいとも!@おーぷん ID:a5S

この子の言葉遣いには面食らったけど、言ってることは凄くまともだから好き

 

535:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Fq7

キャラにしてはって言うと失礼になるが常識人だよな

凸レーションの中では良いお姉さんしてそう

 

539:名無しでいいとも!@おーぷん ID:i4P

見た目がまともでも中身がエキセントリックな姉貴は†悔い改めて†

 

551:名無しでいいとも!@おーぷん ID:V5d

ドアオープンタイム

どうあがいても絶望

 

553:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Lb2

あれ、普通に喜んでる?

 

557:名無しでいいとも!@おーぷん ID:m4T

トッキーと同室で落ち込まない子は初めてだ

 

558:名無しでいいとも!@おーぷん ID:s5P

先手謝罪ネキ

 

561:名無しでいいとも!@おーぷん ID:g4L

朱鷺ちゃんをさりげなくフォローする人間の鑑

 

562:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Jg6

女神かな?

 

564:名無しでいいとも!@おーぷん ID:rV9

女神というよりかは地母神っぽい

全身から母性が溢れ出ている

 

565:名無しでいいとも!@おーぷん ID:a5S

ママー!!(勘違い)

 

567:名無しでいいとも!@おーぷん ID:A5v

きらりちゃんのお陰で和やかな雰囲気になって涙を禁じ得ない

 

569:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Y4z

これはファン化不可避ですわ

 

573:名無しでいいとも!@おーぷん ID:E4m

後は待つだけか

 

574:名無しでいいとも!@おーぷん ID:N2n

そっくりさんor映す価値なしの究極の二択

 

577:名無しでいいとも!@おーぷん ID:B6v

そっちより、よんじょうきおとさんの連勝記録だろ!

 

601:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Rz9

正解発表、まーだ時間かかりそうですかね~?

 

602:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Fq7

B!B!B!

 

604:名無しでいいとも!@おーぷん ID:g4L

BBBBBBBB(進化キャンセル)

 

605:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Y8a

馬鹿野郎お前、俺は勝つぞお前!

 

607:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Qa9

ライダー助けて!

 

618:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Dd5

よっしゃああああああああああああ

Bだああああああああああああああ

 

633:名無しでいいとも!@おーぷん ID:v4K

シャアオラアアアァアアアアア!

 

654:名無しでいいとも!@おーぷん ID:R9r

ッシャアァァオラアァアアアアァァァァ!!

 

665:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Y4z

wwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

666:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Jg6

wwwwwwwwwwwwwww

 

669:名無しでいいとも!@おーぷん ID:E4m

wwwwwwwwwwwwwwwww

 

703:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Q4d

シャアァァオラアアアアアァァ!!!!

 

722:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Q4d

シャアアアオラアアアアアァァーーってwwwwww

 

754:名無しでいいとも!@おーぷん ID:U8p

草草アンド草

 

766:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Zt6

大草原不可避

 

799:名無しでいいとも!@おーぷん ID:S6x

草バエル

 

846:名無しでいいとも!@おーぷん ID:C7h

クイズに正解するだけで雄叫びを上げる清純派JCアイドルがいるらしい

 

855:名無しでいいとも!@おーぷん ID:cD6

正解して嬉しい~! ←うんうん

シャアオラアアァ! ←は?

 

875:名無しでいいとも!@おーぷん ID:c9W

腹筋こわれる

 

879:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Zr4

おなかいたいwwwww

 

881:名無しでいいとも!@おーぷん ID:b3G

大爆笑して隣の部屋の兄貴に怒られたじゃないか!

訴訟も辞さない!

 

884:名無しでいいとも!@おーぷん ID:M3h

やったぜ

 

887:名無しでいいとも!@おーぷん ID:t5Y

正体表したね

 

891:名無しでいいとも!@おーぷん ID:s5P

この人マジもうヤダ最高かわいい

 

895:名無しでいいとも!@おーぷん ID:zQ8

もう許せるぞオイ!

 

896:名無しでいいとも!@おーぷん ID:A5v

日本一やお前!

 

899:名無しでいいとも!@おーぷん ID:v4K

世界一やお前!

 

901:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Sh8

ダイナモ感覚!ダイナモ感覚!(無関係)

 

920:名無しでいいとも!@おーぷん ID:V8c

その時、歴史が動いた

 

927:名無しでいいとも!@おーぷん ID:K5b

可能性の獣

 

941:名無しでいいとも!@おーぷん ID:E4m

爪痕残しすぎだろwww

 

944:名無しでいいとも!@おーぷん ID:aR5

記録には残らないが記憶に残る素晴らしい一戦だった

 

948:名無しでいいとも!@おーぷん ID:S8v

音楽も演出もガバガバなのに肉の味には厳しいのか(呆れ)

 

954:名無しでいいとも!@おーぷん ID:U8p

まったり実況なのにどんだけ加速してんだよwww

 

961:名無しでいいとも!@おーぷん ID:M3h

本実況スレやツイッターもやべーことになってる

 

987:名無しでいいとも!@おーぷん ID:M6r

(清純派アイドルとして)そんなリアクションで大丈夫か?

 

991:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Zr4

(芸人だし)大丈夫だ、問題ない

 

1000:名無しでいいとも!@おーぷん ID:C7q

そっくりさんだからセーフ

 

【管理人コメント】

諸星さんの善人性がきらりと光る良い回でした(激うまギャグ)。

そして安定の朱鷺さん……。

これほどバラエティの神に愛されたアイドルはいないでしょうね。

ある意味、あの日高舞さんを超えているのかも……?

 

 

 

 

 

 

『七星朱鷺ちゃんの素敵で可愛らしい愛称を考える会☆ part2』

12:名無しさん@おーぷん ID:L3p

クソゲーハンター

 

14:名無しさん@おーぷん ID:bX3

クソ映画ハンター

 

21:名無しさん@おーぷん ID:L4y

サメ映画で義務教育を済ませた女

 

22:名無しさん@おーぷん ID:e9T

メタルマンで常識を身につけた女

 

37:名無しさん@おーぷん ID:C2q

清純のせの字を母体に忘れてきた子

 

38:名無しさん@おーぷん ID:T4r

生まれた時からスリザリン

 

41:名無しさん@おーぷん ID:B5f

名前を呼んではいけないあの子

 

42:名無しさん@おーぷん ID:Dc9

アズガバンの囚人

 

56:名無しさん@おーぷん ID:kB8

愚の直行

 

59:名無しさん@おーぷん ID:Z9b

サブカルクソオタク

 

67:名無しさん@おーぷん ID:Jc7

人類には早すぎる人類

 

72:名無しさん@おーぷん ID:t3Z

存在自体がBAN対象

 

83:名無しさん@おーぷん ID:eB5

ガバガバイングリッシュ

 

84:名無しさん@おーぷん ID:cL7

クソザコイングリッシュ

 

101:名無しさん@おーぷん ID:C2q

北斗神拳は無敵(日本語圏内限定)

 

103:名無しさん@おーぷん ID:L3p

信長が唯一恐れた女

 

104:名無しさん@おーぷん ID:Hr3

生まれた時代を間違えた女

 

121:名無しさん@おーぷん ID:4Pt

>>104

戦国時代に生まれてたら確実に天下獲ってるんだよなぁ

 

125:名無しさん@おーぷん ID:M4t

戦力は十分なのにガバ指揮で大敗してそう

 

163:名無しさん@おーぷん ID:nY5

冥土のメイド

 

164:名無しさん@おーぷん ID:Q7a

野草ソムリエ

 

168:名無しさん@おーぷん ID:dD2

野生生物絶滅請負人

 

169:名無しさん@おーぷん ID:bC4

無人島の必需品

 

172:名無しさん@おーぷん ID:zA3

姉貴一人いれば快適に暮らせるもんな

 

203:名無しさん@おーぷん ID:bX3

かたつむり観光客

 

205:名無しさん@おーぷん ID:Pp4

神がおふざけで作った女

 

211:名無しさん@おーぷん ID:e7R

新宿歌舞伎町について異様に詳しいアイドル

 

214:名無しさん@おーぷん ID:R2i

清純なこと以外何でも出来るアイドル

 

215:名無しさん@おーぷん ID:tX5

清純さと引き換えに全てを得たアイドル

 

217:名無しさん@おーぷん ID:uD2

島村卯月の対義語

 

239:名無しさん@おーぷん ID:aQ3

ギリ人(ギリギリ人類)

 

241:名無しさん@おーぷん ID:rC9

小物界の大物

 

244:名無しさん@おーぷん ID:Q7a

内面以外完璧姉貴

 

248:名無しさん@おーぷん ID:nY5

ラーメンの妖精

 

253:名無しさん@おーぷん ID:H7f

統一テスト一桁ランカー

 

260:名無しさん@おーぷん ID:Fb5

>>253

全国七位とかガチでビビった

 

263:名無しさん@おーぷん ID:G6k

呂布と違って魅力と知力も完璧だな

RTAしながらアレだけ喋れるんだからやっぱ地頭は相当いいんだなって思うわ

 

266:名無しさん@おーぷん ID:w6J

凄いのに凄さを全く感じさせないのが凄い(屑日本語)

 

271:名無しさん@おーぷん ID:z4J

王者の貫禄(新人アイドル)

 

272:名無しさん@おーぷん ID:dX8

王者の風格(芸能界一年目)

 

273:名無しさん@おーぷん ID:Q6x

大御所芸能人と対等に渡りあえてるのがおかしいんだよなぁ

 

275:名無しさん@おーぷん ID:nW7

あの歳で雛壇もMCもロケも完璧とか何者なんですかね……

本業もレベル高いし

 

278:名無しさん@おーぷん ID:H6d

アウェイ環境で守りに入るどころかガンガン攻めていくのが本当ヤバい

相当修羅場をくぐってないとあんな真似出来んわ

 

283:名無しさん@おーぷん ID:fW9

コスパ最強

 

290:名無しさん@おーぷん ID:L3p

コメットのやべーやつ

 

301:名無しさん@おーぷん ID:hS8

346ファミリー最高戦力

 

303:名無しさん@おーぷん ID:R2i

346の守護神

 

304:名無しさん@おーぷん ID:b8S

346の狂犬

 

305:名無しさん@おーぷん ID:Y6z

史上最強のアイドル

 

307:名無しさん@おーぷん ID:f3G

パワー系アイドル

 

310:名無しさん@おーぷん ID:wE7

範馬勇次郎が唯一ライバルと認めた女

 

347:名無しさん@おーぷん ID:k2V

存在自体が動画素材

 

348:名無しさん@おーぷん ID:Q6x

世界一BB素材を作られた女

 

349:名無しさん@おーぷん ID:Ch5

すべての動作を切り取られる女

 

353:名無しさん@おーぷん ID:dX8

高画質の素材がなくて不満が溜まってた頃に自分で自分の素材を投稿した話だいすき

 

355:名無しさん@おーぷん ID:fQ5

ホント神対応

あれ以来姉貴や他のアイドルをディスるようなBB動画劇場が消滅したから良かった

 

356:名無しさん@おーぷん ID:q3S

稀にあったとしてもトッキーのガチファン勢が動画消えるまで追い込むから……

 

402:名無しさん@おーぷん ID:Sq9

地獄からの使者

 

404:名無しさん@おーぷん ID:nW7

親の愛に泣く女

 

405:名無しさん@おーぷん ID:dR6

血は人間の絆、愛の証し。愛のために血を流す女

 

407:名無しさん@おーぷん ID:e4J

それはスパイダーマッだろ!

許せる!

 

415:名無しさん@おーぷん ID:Yn8

例のアレの子

 

416:名無しさん@おーぷん ID:tM3

生きる都市伝説

 

418:名無しさん@おーぷん ID:M2k

スマ動運営の天敵

 

421:名無しさん@おーぷん ID:fW9

スマ動の最終防衛ライン

 

432:名無しさん@おーぷん ID:f3G

>>421

beam姉貴ことトッキーがいなくなったらあのクソサイトはマジで終る

 

437:名無しさん@おーぷん ID:Jc7

アイドルの屑にして鑑

 

456:名無しさん@おーぷん ID:qW6

SCPー114514

 

457:名無しさん@おーぷん ID:fW9

収容違反

 

459:名無しさん@おーぷん ID:cL7

色々出てる子

 

464:名無しさん@おーぷん ID:Q5k

14歳学生

 

468:名無しさん@おーぷん ID:f7C

巨乳ちゃん

 

472:名無しさん@おーぷん ID:Q5z

ビムニーを笑って許す聖女

 

484:名無しさん@おーぷん ID:bD4

激寒ダジャレお嬢さん

 

485:名無しさん@おーぷん ID:K6m

才能の無駄遣い

 

501:名無しさん@おーぷん ID:Xr5

神にも悪魔にもなれる子

 

502:名無しさん@おーぷん ID:h7N

ゲッター線に選ばれた子

 

503:名無しさん@おーぷん ID:Sq9

戦闘力全振り姉貴

 

505:名無しさん@おーぷん ID:wJ3

敗戦国の最終兵器

 

506:名無しさん@おーぷん ID:M2k

なお、コントロールは不能なもよう

 

507:名無しさん@おーぷん ID:H5d

核より遥かに危険で厄介なんだよなぁ……

 

509:真紅の稲妻 ID:p9Z

☆清純派アイドル☆

 

513:名無しさん@おーぷん ID:uD8

>>509

センスがストロングゼロ

 

515:名無しさん@おーぷん ID:Gh5

>>509

チッ馬鹿じゃねえの(嘲笑)

 

519:名無しさん@おーぷん ID:4re

>>509

ボクはそう思わないワンニャン!

 

522:名無しさん@おーぷん ID:Q5k

>>509

さてはアンチだなオメー

 

526:真紅の稲妻 ID:p9Z

>>513

>>515

>>519

>>522

なんでや!(血涙)

 

555:名無しさん@おーぷん ID:we3

人類の敵

 

556:名無しさん@おーぷん ID:G9v

人類最後の希望

 

557:名無しさん@おーぷん ID:zB6

破滅の担い手

 

559:名無しさん@おーぷん ID:ytU

平和の使者

 

560:名無しさん@おーぷん ID:Tr9

悪魔の子供

 

562:名無しさん@おーぷん ID:Lg6

地上の天使

 

563:名無しさん@おーぷん ID:F3k

天使なのか悪魔なのか、これもうわかんねえな(混乱)

 

567:名無しさん@おーぷん ID:B3y

FF4のセシルみたいなもんだろ(適当)

 

568:名無しさん@おーぷん ID:Q5k

闇を知っているからこそ光輝けるんだよ!

 

569:名無しさん@おーぷん ID:K5t

光と闇が両方そなわり最強に見える

 

571:名無しさん@おーぷん ID:gt2

このスレ本人が見たらショック受けそうで怖い

 

573:真紅の稲妻 ID:p9Z

アレはこの程度のことは気にせーへんし大丈夫

家族や他の三人をディスったら阿修羅と化すから気をつけてな

 

580:名無しさん@おーぷん ID:Ec6

アルテリオス計算式の名付け親

 

581:名無しさん@おーぷん ID:Di9

じゅうべえウォークの開祖

 

582:名無しさん@おーぷん ID:tM3

屑運

 

583:名無しさん@おーぷん ID:eK7

ゴミ運

 

585:名無しさん@おーぷん ID:nR2

beamチルドレンの母

 

586:名無しさん@おーぷん ID:Q5z

子沢山

 

589:名無しさん@おーぷん ID:h6R

シドーに三連続先制攻撃されるRTA走者

 

590:名無しさん@おーぷん ID:uD8

ほも

 

591:名無しさん@おーぷん ID:aQ3

ほよ

 

593:名無しさん@おーぷん ID:W9v

清純派を装ってもRTA動画内で下ネタ連発してた事実は変えられない(無慈悲)

 

610:名無しさん@おーぷん ID:X6t

Vault774の住人

 

611:名無しさん@おーぷん ID:Q2r

むしろfallout世界の方がホーム感あるよな

もしくはマッドマックスとか

 

617:名無しさん@おーぷん ID:qR9

やきうのお姉ちゃんMarkII

 

618:名無しさん@おーぷん ID:As4

ポジハメちゃん

 

620:名無しさん@おーぷん ID:eK7

ハマファンの鑑

 

621:名無しさん@おーぷん ID:K5t

村○と○川絶対に許さないウーマン

 

633:真紅の稲妻 ID:p9Z

>>621

○田は恨んでないで。内○の方は未だにアレや

出ていくんはしゃーないけど後ろ足でチームに砂かけてく奴は絶対に許さへん

 

638:名無しさん@おーぷん ID:f7C

ランプの魔人に7クリックで特定されるやつ

 

641:名無しさん@おーぷん ID:Tx3

マジだったwww

 

642:名無しさん@おーぷん ID:Q2r

北斗神拳の使い手ですか?って完全に特定しにきてて草

 

645:名無しさん@おーぷん ID:Qq4

どんだけみんな検索してんねんw

 

730:名無しさん@おーぷん ID:B3y

一生ネットの晒し者

 

731:名無しさん@おーぷん ID:bC6

一生ネットの宝物

 

732:名無しさん@おーぷん ID:uD8

笑顔製造機

 

733:名無しさん@おーぷん ID:As4

合法ドラッグ

 

734:名無しさん@おーぷん ID:h7N

見る精神安定剤

 

735:名無しさん@おーぷん ID:Jr6

処方箋のいらない抗うつ剤

 

736:名無しさん@おーぷん ID:h6R

現代社会の癒やし

 

737:名無しさん@おーぷん ID:f2H

汚れたオアシス

 

738:名無しさん@おーぷん ID:Gh5

希望の花

 

739:名無しさん@おーぷん ID:d5V

産まれてきたことを誰よりも祝福される子

 

740:名無しさん@おーぷん ID:Di9

聖母マリアの再来

 

741:名無しさん@おーぷん ID:kY2

救世主

 

770:名無しさん@おーぷん ID:Au2

お前のお陰で毎日頑張れるんだよ!

 

771:名無しさん@おーぷん ID:bC6

だからよ、止まるんじゃねぇぞ……

 

773:名無しさん@おーぷん ID:v9L

サンキュートッキ

 

774:名無しさん@おーぷん ID:mM6

フォーエバートッキ

 

【管理人コメント】

本日は七星朱鷺さんの誕生日ということでまとめさせて頂きました。

表現は違えど、皆から愛されていることがよくわかりますね。

生まれてきてくれて、346プロに来てくれて、本当にありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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後語③ 北斗の拳 ユリ味

「やあ、みんなおはよう! 今日も一日頑張っていこう!」

「……朝イチでその高いテンションは勘弁して下さい。あまりキャンキャンうるさいと頭部の毛根を死滅させる秘孔を突きますよ」

「す、すまない。他はまだしもその秘孔だけは本当に勘弁してくれ……」

 楽屋でだら~っとしていると犬神P(プロデューサー)が勢いよく入ってきました。何となくイラッとしたので牽制球を投げると急に大人しくなります。

 

「どうしたんだい、トキ? 今日はあまり機嫌が良いように思えないが」

 アスカちゃん達が不思議そうな顔をしました。

「別に機嫌が悪い訳ではありません。ただ企画内容が好みではないのでテンションが下がっているだけです。お仕事ですから手は抜かずしっかりやるつもりですけど」

「企画って今回の催眠術体験のことですよね。そういうのは嫌いなんですか?」

「ほたるちゃん達はどう思うかはわかりませんけど、私は好きではありません。だってあんなの超胡散臭いじゃないですか。科学文明最盛期の現代社会において、催眠術なんていうオカルトは非ィ科学的過ぎてヘソでお茶が沸きますよ!」

「君がそれを言うのか……」

「それを言ったら北斗神拳も十分オカルトなんですけど……」

 ワンちゃんと乃々ちゃんから同時にツッコミが入りましたが華麗にスルーします。私の場合は事情が事情ですから仕方ありません。

 

「それで誰に何の催眠術をかけるんだい? 詳しいことはまだ何も聞かされていないからそろそろ教えてもらえないかな」

「ああ、すまない。急に決まった企画だから昨日の夜まで詳細が固まってなかったんだよ。これから話すのでよく聞いて欲しい」

 犬神Pから本日の流れについての説明がありました。なんでも新進気鋭の人気催眠術師と一緒に催眠術体験をするそうです。その様子を編集して『とときら学園』で放送するとのことでした。

 

「人気催眠術師さんってどんな方なんでしょう?」

「コマンドウルフ猫矢(ねこや)って言う人さ。誰にでも必ず催眠術を掛けられるって触れ込みで、最近mytubeや深夜のバラエティ番組で評判になってるみたいだ」

 ほたるちゃんの質問に犬神Pが答えました。

 名字が猫なのに狼を名乗るのですか。せめてネコ科かイヌ科のどちらかに統一して欲しいです。

「トップバッターは七星さんだ。小さい頃の純真で清純な姿が見たいってファンの要望が多いから、今回は退行催眠で子供の頃に戻ってもらう予定だよ」

「私は現在進行系で純真で清純ですけど」

「ああ、うん……。そうだね……」

 なぜ露骨に目を逸らすのか、コレガワカラナイ。

 

「朱鷺ちゃん、ちょっと……」

 乃々ちゃん達に連れられて楽屋の端に移動します。犬神Pに聞こえないように小声で話を再開しました。

「朱鷺さんの小さい頃って今よりも荒んだ感じなんでしたよね。大丈夫ですか?」

「もし催眠術が本物だったら放送事故です……」

 この間のありさ先生の昔話を聞いて心配になったという訳ですか。自分のことではありますけど確かにあれは酷かった。

「大丈夫ですよ。催眠術なんてどうせインチキに決まっていますって。掛かったフリをして純真で清純な幼児を完璧に演じてみせますから安心して下さい」

「……わかった、そこまで言うのなら信じようじゃないか」

 ホント、皆心配症ですねぇ。催眠術なんてオカルトがこの世にあるわけ無いですって。

 

「君達、大丈夫かい? 確かに催眠術を掛けられるなんて不安だと思う。なので今日は俺も収録に立ち会うから安心してくれ!」

「わーいわーい、ありがとーございまーす。やったー、ちょうこころづよいなー」

「……完全に馬鹿にしてるよね?」

「いえいえ、ぬののふくと同じくらいには頼りにしていますよ」

「俺は防御力4と同価値なのか……」

 うなだれる犬神Pを放置して収録の準備を始めました。

 

 着替えとメイクを終えると指定された小スタジオに向かいます。

「おはようございます」とスタッフさん達に挨拶しながら中に入ると奇妙な格好の若い男性が突っ立っていました。先方も私達に気付いたようでこちらに近づいてきます。

「フゥーハハハハ! 我こそは変幻自在のヒュプノティスト(催眠術師)────コマンドウルフ猫矢なり!」

「えぇ……」

 (くだん)の催眠術師が開口一番に放ったセリフがこれでした。初対面のインパクトとしては中々のものですね。なお私の中ではペテン師というレッテルがベッタリと貼られました。

 シルクハットとタキシードという出で立ちなので催眠術師というよりもマジシャンみたいです。

「346プロダクション、アイドル事業部Pの犬神と申します。本日はよろしくお願いします」

「うむ! 我と共演できることを光栄に思うといい!」

「は、はぁ……」

 この調子で無事収録を乗り切れるのか不安になってきました。

 

 

 

「それでは3・2・1……」

 番組サブD(ディレクター)の合図に合わせて笑顔を作ります。

「みなさ~ん、こんにちは!」

「今回のとときらチャレンジは、コメットの四人で『あること』に挑戦したいと思います!」

「フッ、進歩をもたらすのは飽くなき挑戦さ」

「その挑戦とは……なんと催眠術、です……」

「この永劫回帰のヒュプノティスト────コマンドウルフ猫矢が哀れな子猫達を深淵なるヒュプノシス(催眠)の世界に誘ってやろう! フゥーハハハハハハ!」

 ルックスは中々良いのでテレビ受けしそうですが、何というか顔がうるさいですねこの人。

 

 冒頭の撮影を終えたのでいよいよ催眠体験となりました。ふふふ、掛かったフリをして清純ムーブを繰り出し好感度をアップさせるという完璧なプランを発揮する時です。

「それでは暴虐の凶鳥を可憐な小鳥に変えてやろう。行くぞ、ノスタルジア・ドライブ(退行催眠)ッ!」

「…………?」

 狼猫さんが勢いよく叫ぶと変なポーズで固まりました。するとポケットから何か取り出します。

「あ、あの。それでは催眠術を始めさせて頂きますので、よろしくお願いします……」

「突然のキャラ崩壊っ!?」

 先程までが嘘のような小声です。おどおどとした態度は乃々ちゃんを彷彿とさせました。

 

「すみません、ああいう強烈なキャラを演じていないと恥ずかしくてmytubeやテレビには出られないもので……。流石に催眠術を施している間はキャラが維持できませんからこの辺りはカットでお願いします……」

 両指でテープをカットするジェスチャーをしました。

 なるほど、役になりきることで緊張に耐えるタイプの方だったんですか。役者さんでは稀に見られますが催眠術師にもいるとは思いませんでしたよ。中二病キャラを演じているという点では私と共通しているので親近感を覚えてしまいました。

「私の催眠術ではこのガラス玉を使います。これを見ながらリラックスして質問に答えて下さい」

「はい、わかりました」

 その後は当たり障りのない質問に答えていきます。退屈な内容なのでだんだん眠くなっていきました。収録中に寝る訳にはいかないと思いつつも段々と意識が薄れていきます。

 意識が、闇に、飲まれ……。

 やみ……のま……。 

 

 

 

「……さん。七星さん!」

 こえが、聞こえる。おとなのこえだ。

 お母さんかなとも思ったけどちがう。だって男の人のこえだもん。おうちでねてたのにこういうこえが聞こえるっていうことはアレにまちがいないよ。

 そうおもいながら、『ぼく』はゆっくりと目をあけた。

「ノスタルジア・ドライブは無事成功した! フフフ……今や彼女は齢8歳の小童に過ぎん! さぁ、汚れなき純真な姿を現世に示すがよい!」

 目のまえでしらない男の人がこうふんしてる。やっぱりいつものアレかな。こういうときにやることはひとつだよね。

「ごめんなさい、いまおうちにおかねはないんです。ぼくのことはなぐってもけってもいいので、どうかそれでゆるしてください」

「……え?」

 どげざしてごめんなさいすると男の人がかたまっちゃった。なにかへんなこと言っちゃったのかな。でもいつもどおりだよ。

 

「あ、あの……本当に朱鷺ちゃんなんですか?」

 まき毛のお姉ちゃんがしんぱいそうにぼくをみつめる。ぼくのなまえは土岐創(ときはじめ)だからまちがってないよね。男の子だから『ちゃん』はやめてほしいけど、いいかえすとおこらせちゃうからがまんしよう。ぼくががまんすれば、なんでもうまくまわるんだ。

「うん、ぼくのなまえは土岐(とき)だよ」

「そ、そうか! ほら見ろ、やはり我は失敗などしていなかったのだ!」

 マジシャンみたいなお兄さんがホッとしたみたいだからぼくもうれしくなった。

 でもここはどこなんだろう。おうちでねてたのにしらない人たちでいっぱいだからこわいな。

「よし、それでは昔の彼女を知るためにこれから質問をしていこうではないか。そうだな……まずは手始めに、最近楽しかったことを教えて貰おう!」

「さいきんたのしかった、こと……」

 がっこうでのこと、おうちでのことをいろいろおもいだしてみた。

 

「ないよ、なんにも」

「ない……だと……!?」

「うん。がっこうはみんなから『ビンボーにん』とか『いつもおなじふくできたない』ってバカにされていじめられるから大きらい。おうちはお母さんがぜんぜんかえってこないし、たべるものがなにもないからまいにちつらいだけだよ」

 でんきとガスはなくてもへーきだけど、お水が止まっちゃうとこうえんにくみにいくのがたいへんなんだ。

 

「今の話は明らかにおかしいって。七星さんの家庭環境は本当に理想的なんだから!」

「これ、もしかして全然違う人の記憶を呼び出してませんか……?」

「だが自分のことを朱鷺だと認めている。これはどう説明するんだい?」

 スーツの男の人とお姉ちゃんたちがなにか話してるけど、ぼくにはむずかしくてわかんないや。

「あれ……?」

 なんか頭がいたくなってきた。きもちわるくてたってられない。

「猫矢さん、これは!?」

「う、うろたえるんじゃあないッ! ヒュプノティストはうろたえないッ!! 退行催眠では稀に記憶が混乱することがある。少し休ませればすぐに落ち着くはずだ!」

「みんな、七星さんを横にして休ませるから椅子を並べてくれ!」

 スーツの男の人にかかえられると頭のなかがまっしろになった。

 

「お母さん、ぼくのないしょくのおかねをもってっちゃだめだって……。きゅうしょくをたべたぶんのおかねはちゃんとはらわなきゃ……。パチンコなんておみせがもうかるにきまってるんだからもうやめようよ……」

「え、何このうわ言は……」

「これが事実だとしたら不幸すぎます。朱鷺さんの過去に一体何が……」

 髪のみじかいお姉ちゃんの目がうるんでるけどどこかいたいのかな。はやくなおるといいな。

 

「ふぅ……」

 ちょっとやすんだら頭のいたいのがきえちゃった。なんかものすごくイヤなことがあったきがするけど、まぁいっか。

「あの、この催眠術は恐らく失敗していると思います。だから早く戻してあげて下さい」

「そうだね、これ以上の続行は危ない気がする。猫矢さん、申し訳ありませんが七星さんへの催眠体験は中止でお願いします」

「ま、待て待て待て待て! 我の催眠術は正に完璧! だから100%確実に掛かっているはずなのだ! もう少し質問を続ければきっとその事が分かるはず!」

「で、でも……朱鷺ちゃんに何かあってからでは遅いです」

「記憶の混乱が再び発生したらその時は直ちに中止する! 失敗ゼロの天才催眠術師としてのプライドに賭けて、頼む!」

 

 マジシャンのお兄さんがみんなに頭をさげた。ぼくのせいでこうなっているのかも。そうだったらかわいそうだよね。

「ぼくはだいじょーぶだよ。しつもんしてくれればまたこたえるから」

「……そうか、わかった。七星さんがそう言うのならもう少しだけ続けようか」

 ななほしさんがだれかはわかんないけど、ぼくがぎせいになることでみんながしあわせになれるのならうれしい。

 

「では質問を続けよう。君の今の夢は何か教えてくれたまえ!」

「ゆめ?」

「ああ、そうだ。アイドルでもケーキ屋さんでも何でも構わん! 大統領になってもいい!」

「じゃあ、おうちに『さつじんきさん』がきてほしいな」

「……何故に?」

「お母さんはぼくの顔をみるたびに『お前さえいなければ私は自由になれるのに』っていうんだ。だからじぶんでなんかいもチャレンジしたんだけど、いつもあとちょっとでしっぱいしちゃって。さつじんきさんがきてくれれば……」

「よぉーーーーしっ! それでは次の質問に行ってみよーーう!」

 まだおはなししてたのにあわててつぎにいっちゃった。またへんなこと言っちゃったのかな。

「愛ゆえに人は苦しみ、悲しまねばならないのか……」

 へんな髪のお姉ちゃんがみんなにかくれてほっぺたをぬぐってるけど、だいじょーぶかなぁ。

 

「最近良かったことはないか! どんな些細なことでもいいぞ! だが暗い話はNGだ!」

 よかったこと、よかったこと……。

「うん、あるよ!」

「おおっ、いいぞ! 我に教えてくれ!」

「きのうね、がっこうからかえるとちゅうでおサイフをひろったんだ。なかをみたら十まんえんもはいってたから、これでおこめがなんキロかえるんだろう。すごいな~っておもって」

「それでネコババしてしまったという訳だな。貧困とは言え犯罪に手を染めるとは悲しいことだ」

「え? もちろん、そのままおまわりさんにとどけたよ!」

「でも七星さんの得になってないじゃないか。それのどこが『良かったこと』なんだい?」

「だっておとした人はこまるでしょ? おとした人のところにちゃんとおサイフがもどって、ほんとうによかったっておもったんだ!」

「すまない。少し泣く」

 へやの中にいる人たちがみんなないてるけど、なんでだろう?

 

 

 

「……さん。朱鷺さん!」

「う~ん。後10分だけ」

「起きて下さい。収録が終わりましたよ!」

「ファッ!?」

 収録という言葉に反応して飛び起きました。周囲を見回すと確かに撤収準備に入っています。

「催眠体験中に熟睡してしまったという訳ですか。私としたことが本当に申し訳ありません。でもまだお昼前なのになぜ撤収が始まっているんでしょう?」

「う、うん。色々あって七星さんに催眠術が上手くかからなくてさ。猫矢さんが完全に自信を喪失してしまったから収録の続行が不可能になったんだ。暫く活動を休んで修業をし直すらしい」

「ふふん、私の予想通りインチキ催眠術師だったという訳ですね!」

 やっぱり催眠術なんてオカルトがこの世に存在するはずがありません。

 

「でも企画が中止で大丈夫なんですか? とときら学園に穴が空いてしまいますけど」

「その件については龍田君に相談済みだよ。別の企画を代わりに放送することにしたから大丈夫だって」

「なら良かったです。そうだ、今回の収録テープはどこにあります? アホ面を晒して寝ている姿はあまり人に見られなくないので抹消したいんですけど」

「……ああ、そのテープならさっき龍田君が回収していったよ。貴重な研究資料として有効に活用するそうだ」

「また彼ですか……」

 奴に回収されてしまうと取り返せる可能性はゼロに等しいです。まぁ映っているのは寝ている姿ですし諦めましょう。P兼Dになってから暗躍のレベルが一気に上昇したのでどこかで釘を指しておかないといけません。

 

「ところで……さっきからずっと気になっているんですが」

「な、なんだい?」

「何でみんなして目が赤いんです?」

「そ、そうでしょうか」

「トキの気のせいだよ」

「うぅ……」

 ほたるちゃん達もまるでウサギのようです。

 

「いっただきまーす!」

 楽屋に戻って着替えを終えると少し早い昼食として幕の内弁当が配られました。正直今日は寝ていただけなのでタダ飯は気が引けますが、出されたものは食べ切る主義ですから頂きましょう。

「七星さん、俺の分の焼鮭も食べるかい?」

「ええ、くれるのなら頂きます」

「もりくぼの唐揚げも、どうぞ……」

「私はエビフライをあげますね」

「フッ。ボクからは焼売だよ」

「は、はぁ……」

 特に理由のない優しさが私を包みました。

 

「ところで……。七星さんのご家庭なんだけど、皆さんとても仲がいいよね」

「ええ、それはもう」

「ご両親が育児放棄とか、多額の借金があったりギャンブル依存症だったりなんてことは……」

「いやいやいや。ウチの両親はそういう人間の屑とは対極の存在ですよ!」

 前世では全て的確に当てはまりますけど現世では無縁です。

「そうだよな、変なことを訊いてすまない。それにしても、あの天使のような子がこうなってしまうなんて世の中は本当に残酷だなぁ……」

「やっぱり他の人の記憶が混ざったんじゃないでしょうか」

「しかし名前は一致している。そのことはどうにも腑に落ちないな」

「謎は益々深まるばかりです……」

「……?」

 何だかよくわかりませんが今日は皆が優しくてラッキーな日ということにしておきましょう。

 

 

 

 それから数日後、学校が終わってから私はプロジェクトルームではなく事務所内のカフェに向かいました。先日からお悩み相談室の仕事をぼちぼちやっておりまして、本日もとあるアイドルから相談を受けているのです。

「いらっしゃいませ~☆」

「おはようございます、菜々さん。比奈さんと待ち合わせの予定なんですけど来ていますか?」

「はい、先程いらっしゃいましたよ! それでは一名様ご案内でーす!」

 菜々さんに導かれるまま店の奥へと向かいました。すると比奈さんともう一人知らない方の姿が視界に入ります。一番奥の席で二人して並んで座っていました。

「案内頂きありがとうございました。注文はカフェラテでお願いします」

「承りました。それではごゆっくり~♪」

 注文を済ませてから席に近付きました。

 

「おはようございます、お待たせしてしまい申し訳ありません」

「あ~、おはようっス。全然待ってないんで大丈夫っスよ」

 緑色のジャージに眼鏡姿の女性────荒木比奈(あらきひな)さんがローテンションで返事をしました。パッと見は超地味で、趣味は漫画を書くことという干物チックな彼女ですがれっきとしたアイドルです。ブルーナポレオンという人気ユニットの一角なので世間的な認知度も高いですね。

「デビューして結構経ちますし、そのジャージから卒業してもいいんじゃないですか?」

「いや~、これはこれで変装代わりにもなるんで。おかげで今まで一度も私服で身バレをしたことがないっス」

「あの可愛いアイドルが普段この姿とは誰も想像つかないですから無理ないですよ」

 アイドル姿は本当に綺麗なので、普段着で相殺されてしまって勿体無いです。でもそのギャップが良いと考える人もいるので無理強いするつもりはありません。

 

「それで、こちらの方は?」

 先程から固まっている女の子の方に視線を向けると「ひゃい!?」という素っ頓狂な声を上げました。ボブカットで小柄な可愛らしい方ですが酷く緊張しているようです。

「アタシの同人誌友達の子っス。今日のお悩み相談者はアタシじゃなくてこの子なんスよ」

「ね、猫矢留美香(ねこやるみか)です! よろしくお願いします!」

 なんか最近似たような名前を聞いたことがあるようなないような……。でも思い出せないのできっとどうでもいいことなのでしょう。

「七星朱鷺と申します。ご存知かどうかわかりませんが、比奈さんと同じ346プロダクションでアイドルをしています」

「私、朱鷺さんの大ファンですからよく存じ上げています! どうぞ留美香と呼んで下さい!」

「あら、そうなんですか。それはとても嬉しいです♪」

 現時点では本当のファンか社交辞令かの判別がつかないので当たり障りのない営業スマイルで返事をしました。

 

「それで、留美香さんが私にご相談とのことですがどんなお話なんでしょう?」

「えっと、それは……」

 真っ赤な顔でもじもじしているので話が進みそうにありません。それを見かねて比奈さんが口を開きました。

「さっき話した通り留美香ちゃんはアタシの同人誌友達で美大の一回生なんスけど、漫画の実力がメッチャありまして。各種同人イベントでも壁サー当たり前の超売れっ子なんス」

「それは本当に凄いですね」

 同人誌の頒布数が抜群に多い同人サークルを一般に大手サークルと呼びますが、壁サークルはこれとほぼ同義の言葉です。アマチュア界のトップだと言えるでしょう。

 ハムスターのような可愛らしいイメージと違って中々のやり手なようです。

 

「人気作家になった結果、漫画雑誌に目をかけられて今はメジャー誌でデビューするための準備を始めてるんス」

「順風満帆のエリートコースじゃないですか」

 10代で商業誌デビューとは中々出来ることではありません。きっと才能がある上に努力を重ねているのでしょう。

「だけど同人業界で人気があっても雑誌では新人っスから、当然連載する上でもジャンルの制約が設けられたんスよ。それで指定されたジャンルというのが……」

「アクション漫画、なんです。でも私バトルとかアクションなんて今まで一度も書いたことがなくて……。研究をして一応は形になりそうなんですけど、せっかくアクション漫画を書くのなら大好きな朱鷺さんと北斗神拳をモチーフにしたいんです!」

 私をモチーフ……? え、この子正気?

 

「それで朱鷺ちゃんにモチーフの許可を貰いたいって訳っス。後は出来れば北斗神拳の技と歴史を学んで、それを漫画に活かしたいということなんスよ」

「いや、歴史と言っても……」

 だって原作は漫画やしという言葉が喉から出掛かりました。いかん、危ない危ない危ない。

 個人的には能力のことでこれ以上傷を広げたくないのでやんわりとお断りしたいです。

「ダメ、でしょうか?」

「くっ……!」

 そう上目遣いで懇願しないで下さいって。

「留美香ちゃんは基本的には超いい子っス! 朱鷺ちゃんのことだって本当に慕っているから北斗神拳を貶めることは絶対にしないはずっスよ!」

「……わかりました。情報提供も含めて私の出来る範囲で協力します」

 比奈さんに頭を下げられてしまっては許諾せざるを得ませんでした。まぁ、まさか私がそのまま出てくる訳でもないでしょうから傷は浅くて済むはずです。

 

「ありがとうございます!」

「これで問題の一つが解決したっス!」

 二人が再び頭を下げました。

「問題の一つが解決って、まだ他に問題があるんですか?」

「ええ、まぁ……」

 留美香さんの表情がとたんに暗くなりました。これは結構深刻そうです。

「もしよければ他の問題についても教えて頂けませんか? もしかしたらお力になれるかもしれませんし」

「でも、迷惑じゃ……」

「袖振り合うも多生の縁ですよ。それに私のファンを不幸なまま放置する訳にもいきませんから」

「きゅ、救世主……。七星さんは私にとっての救世主です!」

「そんな大げさなものじゃないですって」

 その後、興奮した留美香さんを落ち着かせてからその問題とやらを伺いました。

 

「担当編集との相性、ですか……」

 シンプルにまとめるとこの一言に集約します。若い男性社員とのことですが、連載用に出したネームをろくに読まないままボツにする、セリフを勝手に変えて読み難くする、思いつきのアイディアを押し付けるなどの傍若無人な振る舞いをしているとの話でした。

 双方の話を聞いていないので判断はできませんが、事実だとしたら中々アレな人ですね。前世に存在していたサンデーという漫画雑誌の某編集者を思い出してしまいました。編集者と同じ名前の美形天才キャラを担当漫画に登場させる厚顔無恥な荒行は常人にできるものではありません。

「打ち合わせの度に病みそうになるので本当に辛いんです……。やっぱり男の人って信用できません。世の中の編集が皆朱鷺さんだったら良いのに!」

 漫画業界を一瞬で崩壊させるようなことはしてはいけない。

 

「それはきっと人それぞれじゃないっスかね。編集さんだって99.9%は真面目に仕事をしていて、作家さんのことを大事にしていると思うっス。男だから駄目ってことはないかと」

「でもやっぱり男の人は苦手です。特にウチの愚兄なんて大学を卒業したのに就職もせず『mytubeで生きていく』なんて言ってる世の中ナメ郎なんですよ! それにこの間なんてナントカ術の修行をしにインドへ行くとか訳のわからないことを言ってましたし! これだから男なんて連中は本当に信用出来ません!」

「そ、そうですね……」

 元男としてはコメントに困ります。でもこれって男の人が苦手というよりも単純にお兄さんが嫌いなだけでは……?

 

「話が脱線しましたけど、その担当編集さんとは今度いつ打ち合わせをするんですか?」

「えっと、この後に予定があります……。ネームの打ち合わせなんですけど、きっとまた読まずにボツにされるに違いありません……」

「なら私と比奈さんも一緒に行きますよ。二人で隠れながら様子を見て、あまりに酷い状況でしたら助けに入りますから安心して下さい」

「乗りかかった船っスからね。アタシ達で協力できることならやるっス!」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 思わず席を立って私に抱きついてきました。私のメインファン層は愚連隊やRTA視聴者やキッズばかりなので、こういう純真無垢な女性ファンが増えてくれることを切に願います。

 

 

 

 その後は三人で美城カフェを出て、打ち合わせ場所のファミレスに先回りしました。

 留美香さんには一人で座ってもらい、その後ろの席で私と比奈さんが待機します。待ち合わせの時間から40分経過した所でラフな格好の若い男性が近づいてきました。

「イヤァ~! お待たせお待たせ! 担当の先生との打ち合わせが長引いちゃってさ~」

「いえ、大丈夫です……」

「ま、暇なんだから別にいいよな」

「は、はい……」

 事前連絡も無しで遅刻してその態度ですか。私が上司なら確実に焼き土下座をさせています。

「そんでまた連載用のネーム持ってきたんでしょ、とりま見してよ」

「わかりました」

 私の後方でガサゴソと封筒を開く音が聞こえます。その後、紙をパラパラめくる音がしました。

 

「う~ん。ま、こんなもんかな」

 早っ! 普通に漫画を読むよりも遥かに速いスピードでしたよ!

 先程読ませて頂きましたがネームに見えないほどしっかり書き込まれており、コマ割りや構図も良く練られた素晴らしいものでした。私は漫画については素人ですけど、一話目の起承転結もしっかりしておりこのまま連載しても全く違和感のないアクション漫画だと思います。

 ちゃんと読んだ上でダメ出しをするのは理解出来ますが、この編集者にはネームを読もうという気概を欠片も感じませんでした。

 

「どうでしょう……?」

「それなりによく描けてはいると思うけどさぁ……。やっぱ俺の感性には合わないんだよね~」

 ほほう、よりによって感性と来ましたか。これに文句一つ言わない留美香さんは本当に人間ができています。私だったらついうっかり北斗残悔拳をかましていると思いますよ。

「あの、もっと具体的な不備を指摘して頂けると助かります。私、頑張って直しますから」

「いやいや、子供じゃないんだからまず自分で考えてよ。質問したら全部答えてくれるなんて社会じゃありえないんだし。ああ、学生のキミにはわかんないかぁ~」

 面白い奴だな、気に入った。殺すのは最後にしてやる。

「……ちょっとしばいてもいいっスか、アレ」

「比奈さんが手を汚す必要はないですよ。いざという時は私がやります」

 この短時間で我々のストレスを増大させる才能だけは褒めてあげたいです。中身のない創作論や熱い自分語りを続ける編集者への殺意が毎秒高まっていきました。

 

「ま、強いて問題点を挙げるなら個性が強すぎるかな。キャラも展開も奇抜なものじゃなくて、もっと王道を往く方が読者ウケが良いよね」

「えっ……。でも前回はテンプレなキャラと展開でつまらないから個性を出せって……」

「あの時はあの時、今は今。時代は常に流れているんだよ? わかる?」

「でも、そんな事を言われたらいつまでも連載できません」

「まぁいいじゃん、そんなに焦んなくても。それよりさ~、こないだ超良いダーツバー見つけたんだ! 気分転換がてら一緒に行かね?」

「い、いえ。それはちょっと……」

「何だよノリ悪ィな。担当編集を気遣えねえ性格ブスだから漫画もダメなんだよ!」

「ひっ!?」

 漫画編集者の99.9%は真面目に仕事をしていて作家さんのことを大事にしていると思います。しかし残念ながらこの汚物は残り0.01%に該当していました。

 うん、もうゴール(消毒)してもいいよね。

 

 通話状態のスマホを手に取り席を立ちました。

「あのぉ~、すみませ~ん♪」

「ん、誰キミ?」

「素敵な貴方にお電話が入っていますぅ~♪」

 そう言ってスマホを編集者に手渡します。

「……アンタ誰? 何で俺のこと知ってんの?」

 最初はオラついた感じで話していましたが、とある事実に気づいた瞬間顔面蒼白になりました。そのまま「すみません……すみません!」と平身低頭で謝り続けます。

 5分程経ってから通話が終了しました。

 

「ちょっと用が出来たんで会社に戻るわっ!」

「その前に私のスマホを返して下さい」

「ん? ああ……」

「アタァッ!」

 スマホを回収するタイミングに合わせ、人差し指で頭頂部のある秘孔を突きました。

「……ッ! 何だ今の!?」

「悪い虫がいたので羽根をもいでおきました。それよりお急ぎではないのですか?」

「やべっ!」

 編集者は取るものも取りあえず全力ダッシュで店外に駆け出していきました。その最後の勇姿を満面の笑顔で見送ります。

 

「一体誰と電話していたんスか? 血相変えて出ていきましたけど……」

 一部始終を見ていた比奈さんが不思議そうな顔をします。邪魔者がいなくなったので一つのテーブルに移り事情を話し始めました。

「以前私が料理レシピ本を出したことは知っていますか?」

「ええ。料理本としてはやたらと売れたらしいっスね」

「私は使用する分と保存する分で二冊買いました!」

「ありがとうございます。その際に発行元である美城出版の社長と仲良くなったんですよ。持病の腰痛と切れ痔を治療したのでそれはもう感謝されました。何かあった時には必ず力になると約束してくれたんです」

「相変わらず北斗神拳はチートっスねぇ」

 その分デメリットも多いので一長一短ですが今は置いておきましょう。

 

「そして留美香さんが連載を予定している『週刊少年サーズデイ』も美城出版が発行元になっています」

「あっ……」

 二人が同時に何かを察しました。

「編集者との打ち合わせの途中から、話の内容を全て社長に中継していたんですよ。そうしたら『有望な漫画家の卵にセクハラ&パワハラなんて言語道断だ! この場でクビにしてやる!』って怒っちゃいました。なので直接社長と話をして貰った訳です」

「途中で誰に電話してるのかと思ってたけどそういうことだったんスか」

「通話内容は録音しておきましたので証拠もバッチリです。労基法上クビにするのは難しいですが、何らかの懲戒処分にはなりますので少なくとも編集の仕事は外されるでしょう。代わりにまともな編集者を付けて頂きますから問題解決です」

「ほ、本当ですか……? ありがとうございます、ありがとうございますっ!」

「いえいえ、あまり気にしないで下さい。でも今後ああいう輩がまたやってくるかもしれません。その時はおかしいことはおかしい、嫌なことは嫌だとはっきり言う勇気を身に付けて下さいね」

「はい、朱鷺さんを見習って頑張りますっ!」

 留美香さんは今日一番の笑顔でした。やっぱり私のファンには笑っていて欲しいですから力になれてよかったです。

 

「う~ん……。でも留美香ちゃんにあれだけのことをしておいて、罰が懲戒処分だけってのは納得いかないっス。だって会社を辞めてしまえばペナルティゼロじゃないっスか」

「ふふっ、それなら安心して下さい。とっておきの罰を与えましたから」

 その内容を話すと二人がぎょっとしました。

「うわ、それは……エグいっスよ」

「ちょっと可哀想だと思わなくもありません……」

 まぁ若い男性にはキツい罰ですよねぇ。『1時間後に頭部の毛根を死滅させる秘孔』の刑は。

 最後に殺すと約束したな、あれは嘘だ。悪党(社会的に)死すべし、慈悲はない。

 

 

 

 それから程なくして留美香さんに新しい担当が付きました。彼女の要望通り女性とはいきませんでしたが、生真面目でアドバイスも的確、良い意見は積極的に取り入れてくれると評判は上々です。社長に無理を言って若手のエースを付けて頂いた甲斐がありました。

 私も制作協力として彼女のお家に何度か伺い、北斗神拳について出来る限り詳細を伝えています。歴史について語るのは難しいので、原作の流れやキャラクターに関しては古来からの言い伝えとしてボカしながらお話をしました。そして最終的には私をも凌ぐ北斗の拳マニアとして成長したのです。

 すると連載がすぐに決まりました。「絶対に面白いものにしますから見ていて下さい!」という言葉を信じ発売日を楽しみにしていたのです。

 

 そしていよいよ留美香さんの商業誌デビュー日がやってきました。いえ、今となっては『やってきてしまった』が正しい表現でしょう。

 週刊少年サーズデイを買って自室でじっくり読みました。彼女の新連載ですが個性的な設定、魅力的なキャラクター、先が気になるストーリー展開で、課題のアクションも非常に素晴らしいです。とても新人とは思えない出来ですが、私的には非常に問題のある内容でした。

 読んだ直後に彼女へ電話をかけたのですが全く繋がりません。代わりに比奈さんに電話をかけると間もなく繋がりました。

「は~い、もしもし。荒木です」

「……比奈さん。留美香さんの漫画の件で事情を伺いたいのですが今よろしいですか?」

「ああ、あの子の件。……はい、大丈夫っスよ」

「色々確認したいのですが順を追って訊いていきます。まず一つ目の疑問点────漫画タイトルの『新世紀救世主伝説 北斗の拳』は誰が考えたのか知っていますか?」

「それは留美香ちゃんっスね。色々考えた結果それが一番しっくりきたみたいっス」

 深く考えた結果がごらんの有様だよ!

 

 漫画の内容ですが、核戦争により文明社会が失われ暴力が支配する世界となった新世紀を舞台に、北斗神拳の伝承者・トキが愛と哀しみを背負い救世主として成長していく姿を描くそうです。

 こういうストーリーにしろと指定してはいないんですけど勝手に本家リスペクトになりました。なるほど、これが歴史の修正力というやつなのかも知れません(適当)。

 

 ですが細部は違っています。原作では主人公のケンシロウがヒロインのユリアを敵役のシンに奪われるところからストーリーが始まりますが、本作では主人公がトキで奪われるヒロイン役が妹のアカリに変更されています。ていうか名前がまんまじゃないですか! まずいですよ!

 そして奪われる理由もまた違っていました。原作ではシンがユリアを愛するがあまり強奪してしまったのですが、本作ではシンの愛を拒んだトキを振り向かせるためにその妹を誘拐した設定になっています。

 原作をご存知の方はこの時点で強烈な違和感に襲われるでしょう。ですがそれは序の口です。

 

「では質問の二つ目です。なぜ、主要登場人物が『全員女性』なんでしょうか?」

 メイン級のキャラは有無を言わさず見目麗しい姿になっていました。驚きすぎて目が点とはこのことです。

「あれ、朱鷺ちゃんはあの子の同人ジャンルを知らないんでしたっけ?」

「ええ、漫画・ゲーム・アニメには精通しているつもりですが同人には疎いのです」

百合(ユリ)っスよ。それも結構ガチモノの」

「ファッ!?」

 百合系って、女性同士の恋愛感情や強い親交関係を描くアレですよね!?

 

「本人から聞いてないんスか?」

「いや、そんなこと一言もっ!」

「百合に関する話が絡むと明後日の方向に暴走するんで、それさえなければ超良い子なんスよ」

 主要登場人物が全員女性なことについてこれで合点がいきました。

『担当さんに自分の意見をガンガンぶつけています!』と言っていたので自分の得意分野を推したのだと思います。

 ん? よくよく考えれば、留美香さんの家では一緒にお風呂に入ろうと誘われたり半裸でデッサンさせられたりしましたよね。そう言えば飲みかけのペットボトルがいつの間にか空になっていたこともありました。

 私を見る時に目が血走っているなとは思っていたのですが、もしかして……ガチ勢?

 

「朱鷺ちゃん、聞いてるっスか~?」

「はっ!」

 駄目です駄目です。大切なファンを色眼鏡で見るような真似をしてはいけない。どのような性癖を持っていたとしても私は暖かく受け入れるつもりです。でもそちらの道に進む気はありません。

「で、では最後の質問です。これが最大にして最悪の問題なんですけど……」

 意を決して言葉を続けます。

「……この漫画、『原案:七星朱鷺』になっているんですが、なぜか知ってます?」

「何でも美城出版からウチの常務のところに申請があったみたいっスよ。朱鷺ちゃん原案ってことになれば世間の注目度は段違いっスから」

「美城常務ウウウウウウゥゥゥゥーーーー!!」

 魂の叫びが室内に木霊(こだま)しました。

 

「何で私に知らせない!」

「あのカーニバル(スト&デモ)では朱鷺ちゃんに散々煮え湯を飲まされたっスからね。多分その意趣返しかと。アタシも雑誌が発売されるまで情報を漏らさないよう固く口止めされていたっス」

「あ~もう滅茶苦茶ですよ……。『北斗神拳伝承者・七星朱鷺と新進気鋭の天才作家・猫矢留美香が贈る、愛と怒りと哀しみのバトルアクション! 謎に包まれたあの北斗神拳の真実が、今ここに明かされる!』なんて煽り文まで書かれたら確実に私が百合厨だと思われるじゃないですか!」

「ま、まぁ朱鷺ちゃんは属性てんこ盛りっスから今更一つ二つ増えても……」

「よくな~~~~~~い!!」

 

 これは私だけでなく、日本漫画史に残る偉大な原作に対する冒涜です!

 世界は違いますがこんなことになってしまい原作関係者の皆様にはお詫びしてもし切れません。

 原案で報酬が入るのかはわかりませんが、もし頂けるのならば全額児童養護施設に寄付して少しでも社会貢献をしようと心の中で誓いました。

 出版されてしまった以上、私に出来ることは一刻も早く打ち切られることを祈るだけです。

 だから決して頑張らないでね、留美香さん!

 

 この漫画が超スマッシュヒットし後に世界各国に輸出されることを想像すらしていなかった当時の私は、そんなふうに必死に考えていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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後語④ 蛇にピアス

「い、嫌……」

「フフフ……怯えているのかい?」

「そんな太いもので突かれたら死んでします……」

 思わず息遣いが荒くなりました。こんな恐ろしいモノが私の体を貫くと思うと恐怖で身震いしてしまいます。

「そんなことを心配しているのか。痛いのは最初の一瞬だけから深刻に考えなくていいさ」

「本当に無理ですって……。他のことならやりますからこれだけは許して下さい!」

「それは駄目だよ。ボク達との血の盟友関係を保つには避けて通れないロードだ」

「で、でも私はまだ中学生ですから……」 

 屁理屈を捏ねて抵抗を試みます。

 

「憂慮する必要はない。ボクは勿論ホタルやノノも貫通済みだからね。後はトキ、キミだけさ」

「くっ!」

 可愛い顔をして皆大人の階段を上っていやがりました。

「本当にむ~りぃ~」

「普段アレだけ滅茶苦茶なことをしておいてなぜ今更怖がることがあるんだい?」

「それとこれとは話が別です!」

「あ、あの。二人共一旦落ち着きませんか?」

 アスカちゃんと口論しているとほたるちゃんが仲裁に入りました。その隣で乃々ちゃんもおろおろしています。

「ああ、わかった。やれやれ、北斗神拳伝承者が聞いて呆れるな」

「怖いものは怖いんです! だって不良のやることですよ、ピアスの穴開けなんてっ!」

 30分程話し合いをしましたが平行線のままでした。ですが私としては妥協できないのです。

 

「お茶をいれました。どうぞ……」

「ありがとうございます、乃々ちゃん」

 プロジェクトルーム内に紅茶の良い匂いが広がりました。

「朱鷺さんは怖いものなんてなさそうなのに、ピアスの穴開けが怖いなんて驚きました」

 ほたるちゃんが意外そうな顔をします。

「だってあんな太い針が耳たぶに突き刺さるんですよ! 超怖いに決まってるじゃないですか! 私としては他の子達がよくあんなことをできると思います」

「ボクとしてはロケでキミがやっていた『デスバッティング』の方が百倍怖いと思うけどね」

「あれは大したことないですよ。バッセンとそう変わりないですし」

「五台全部ホームランはもりくぼどころか誰にも真似できません……」

  ちなみにデスバッティングとは全速力で走るオートバイを建設資材の鉄骨柱で打ち返し、くくり付けたダミー人形の飛んだ飛距離を競う競技です。不思議なことに競技人口が一人だけなので私が世界一位になりました。

 なお競技の発案者は当然の権利のように龍田さんです。私はいつか奴に殺されるような気がするのですが気のせいでしょうか。というかアイドルにさせる仕事ではないです。

 

「だが今度のライブ衣装ではピアスの装着が必須なんだ。穴を開けられないなら仕事に支障をきたしてしまうよ」

「それはそうなんですけど……。私はなんというか、針そのものが苦手なんです」

「そういえば、学校の予防接種では直前に脱走してました……」

 普段の私ならどんな嫌なことでも仕事であれば受け入れます。ですがこれには深刻な事情があるのでした。

 

 話は前世に戻ります。あれは確か20代前半の頃でした。当時の私はとある清掃会社の契約社員として病院の清掃業務を任されていたのです。

 勤務先の病院はお世辞にも管理体制が良いとは言えず医療ミスが多発しており、ゴミの分別もきちんとできていませんでした。医療業務に伴って発生したゴミは二次感染などの危険性があるのでちゃんと分別しなければならず、必然的に私がその作業を行っていたのです。

 そんなある日、いつものように普通ゴミ用の袋に手を突っ込んで分別しようとしました。その瞬間鋭い痛みが走ったのです。

 そして恐る恐る手を引き抜くと……腕には無数の注射器がっ……。

 

 映画に詳しい方なら『SAW(ソウ)2』で登場人物(アマンダ)が注射器のプールに投げ込まれたシーンを思い出して頂ければ良いと思います。後で事情を聞いたところ新人看護師が面倒くさいからという理由で使用済みの注射器を普通ゴミ用の袋に大量に投棄していたとのことでした。クソが!

 私はその一件が深いトラウマとなり、針の付いたものに刺されるのが死ぬほど嫌いになったのです。なのでピアッサー(穴開け器)に対する恐怖がお仕事モードの義務感を上回っていました。

 

「先程も言った通りそう痛いものではないよ。だから我慢するんだ」

「そんなのムリムリムリムリかたつむりですって!

 あっそうだ。アスカちゃんは次回のモノマネ選手権のネタに困ってましたよね。簡単にできる迫真のモノマネを教えますからそれで許して下さい!」

「……参考までに聞くけど、どんなモノマネなんだい?」

「まず手の指をすべて閉じて、腕を顔の高さまで持ち上げます」

「こうかな?」

 私がその動作をすると他の三人もマネをします。

「そして腕を横にして、眉の少し上から手で顔を覆い隠すようにした後で笑顔を作って下さい」

「わかりました」

「はいっ! 顔出しNGキャバ嬢のマネ! うわ~皆そっくりですね~!」

 パチパチと拍手をすると場の温度が急激に下がったような気がしました。

 

「……このモノマネが『とときら学園』で放送できると思っているのかい?」

「確かにそれらしいですけど、アイドルとしてはちょっと」

「もりくぼ、そういうお仕事はしたくないです……」

「すみません……」

 ウケ狙いでしたが若い子達には超絶大不評でした。打ち上げの懇親会などで披露するとスタッフ達が大爆笑するんですけど。

「中学生でキャバ嬢のマネって発想が色々な意味で凄いです」

「それほどでもないです。でも水商売って色々ありますけどキャバクラは本当に理解できないですよねぇ。ケバい姉ちゃん達に気を遣いながら話をするだけで一回数万円とかもうアホかと、バカかと。あんな所は接待以外で使う気にはなれないですよ。やっぱり王道を往く……」

「…………」

 うわ、三人共メッチャ引いてる。コレでは私が無類の水商売通みたいじゃないですか! 汚れ無き純粋無垢なJCアイドルとして何とかしなければ!

 

「……っていう話を先日犬神さんがしていましたよ!」

「フッ。コレだから男ってヤツは」

「ちょっと引きます……」

「へぇ、そういう所に行っているんですか。へぇ……」

 よし、犬神P(プロデューサー)の評判と引き換えに私の名誉が守られました。でも流石に可愛そうなのでフォローすることにします。

 

「彼も一応オスですからそれくらい許してあげましょう。これも男の甲斐性というやつです」

「とは言ってもね」

「朱鷺さんは犬神さんがそういう所に行っていても気にしないんですか?」

「常識的な範囲内で遊ぶ分には気にしませんよ。対価を支払ってサービスを受ける商取引ですから気晴らしで利用するのはありだと思いますね。下手に欲望を溜め込んでしまい路上で女性に抱きついたり未成年に手を出したりするよりかは遥かにマシです」

「何だかベテラン主婦みたいな貫禄があります……」

「男性心理の理解には長けているのでそういう面に関しては寛容ですよ。もっともそちらに現を抜かしたら即処刑ですけど」

「そういうものですか」

「そういうものです」

 よし、機転を利かせて水商売談義をすることでピアスから話題を逸らすことができました。これで一安心です!

 

「さて、それでは話をピアスに戻そう」

「……忘れてなかったんですか」

「話題を逸らそうとしていたのはバレバレだからね。さあ、ジャッジメント・デイだ」

「い~~や~~! 人殺し~~~~!」

 話がループするとドアをノックする音が聞こえました。声を掛けると犬神Pが顔を覗かせます。

「みんな、お疲れ! あれ、どうしたの?」

「いえ、別に……」

 彼を見る三人の目がかなり冷たいです。ちょっとだけ罪悪感が湧いてきたのでキャバクラの件は嘘だと後でネタばらししておきましょう。

 

 

 

「なるほど。ピアスの穴開けが怖くてできないと」

「わ、悪かったですねっ!」

 犬神Pに事情を伝えると驚いたような表情をしました。

「いや、別に非難している訳じゃないよ。ただ意外だな~って思っただけさ」

「くっ!」

「それならそれで最初に言ってくれれば対応したんだけど」

「貴方に情けをかけられるくらいなら舌を噛んで死にます」

「ああ、そう……」

 他の子達ならともかくコイツには弱みを見せたくありません。畜生に情けをかけられるくらいなら自ら死を選びます。私はお前の拳法では死なん!

 

「わかりました。やればいいんでしょう、やれば!」

 若干震える手でピアッサーを手に取ります。ううう……針が太過ぎる。

 躊躇していると犬神Pがそっと器具を取り上げました。

「止めよう。七星さんを怯えさせてまでやることではないよ」

「でもそれだと朱鷺ちゃんだけライブ衣装が揃わなくなります……」

「そこは衣装さんと相談してみる。穴を開けなくても使えるイヤーカフで似た形状のものを探して貰えばきっと合うものがあるはずだ」

「イヤーカフやイヤリングなら朱鷺さんも問題ありませんから、そうして頂けると助かります」

「でも今更調整が効くんですか?」

「その時は色々な人に土下座して回るから安心してくれ」

 どうやら穴は開けなくて済みそうです。でもワンコロに助けられるとはプライドが許しません。

 

「だ、大丈夫ですって! ザクッと大穴を開けて血をブシャーっと噴出させてあげますから!」

「そんなに血が出たら大問題になるよっ! あのさ、何度も言っているけど俺は七星さん達の保護者代理だからね。その子達を悲しませるようなことはできないんだ」

「何だか担当Pみたいな発言ですねぇ」

「担当Pだよ!」

 捻りはないですがキレの有る良いツッコミでした。芸人として少しは成長したようで監督官としては一安心です。

 

 

 

「それじゃ、失礼しまーす」

 解散後はそのまま家に帰りますが犬神Pが駅まで送ると言い出しました。いつものことですし断っても付いてくるので渋々承諾します。

「来週もスケジュールがびっしり詰まってますねぇ」

「森久保さん達の知名度や人気もかなり上がってきたからなぁ。その分負担は増えてしまうけど、今は大切な時期だから頑張って貰えると助かる」

「十分承知しています。アイドル過当競争のこの時代にお仕事の依頼を頂けるだけでもありがたいですよ。目の前の仕事を一つ一つ丁寧にこなして将来につなげていくつもりです」

 アイドルの人気なんてものは本当に水物です。トップレベルに近い人気と実力を持つアイドルが天狗になったりスキャンダルを起こしたりして没落したケースは過去に何度も発生していました。コメットに追い風が吹いている今だからこそ、これまで以上に謙虚になり何事にも誠実に取り組む必要があるのです。

 

「七星さん。道はこっちだよ」

 不意に後ろから呼び止められました。

「そっちの道は遠回りだっていつも言っているじゃないですか」

「でも大通りに面しているし明るくて人通りも多い。この道は近いけど暗くて危険だから絶対に通らないこと、いいね?」

「仮に襲われても即迎撃できますって」

「そうは言ってもやっぱり女の子だからさ。危険な目に遭う可能性はできる限り減らしたいって思うんだ」

「デスバッティングなんてやらせている時点で危険も何もあったものじゃない気がしますけど」

「あれは本当に申し訳ない……」

 とてもすまなそうに呟きました。嫌味を言いましたが龍田さんに言いくるめられたと思うので責める気はありません。彼は稀代の詐欺師並みの話術を持っているので、その内私を教祖にした新興宗教とか立ち上げそうで怖いです。

 

「でも私のことを女の子扱いするような奇特な人は家族とアイドル達を除くと貴方と龍田さんくらいですよ」

「まぁ、それは……」

 自業自得といえばそれまでですが超人か芸人扱いされるのが殆どです。個人的にはもっとアイドル本来の活動に目を向けて頂きたいですよ。ライブとかグラビアも頑張っていますし。

「そろそろPとして3年目に入るんですからもっとしっかりして下さいね。そうでないと担当Pと不仲だってまた騒がれます」

「善処するよ……」

 犬神Pのミス等の度にキレていたので世間的には私が彼のことを嫌いだと認知されています。実際には嫌いじゃないけど好きじゃないだけなんですよ。担当Pを嫌っているというのは私の清純派アイドルとしてのイメージを損なう由々しき事態なので、一刻も早く払拭しなければいけません。

 そんなことを話していると駅に着きました。

 

「お疲れ様でした。それではまた明日」

「ああ、お疲れ。最寄り駅に降りた後も気をつけてね」

「はいはい、わかりました」

「知らない人に声を掛けられても付いていっちゃ駄目だから」

「私は子供ですかっ!」

「ああ、中学生なんだから十分子供さ」

「くっ……!」

 累計では51歳ですけどという言葉が出かかりましたが押さえました。稀によくあるので気をつけなければいけません。

 私の身を案ずるだなんて変な人です。まぁそれはそれで嬉しくないことも無いですけど。

 

 

 

 それから数日後、コメットのメンバー全員が事務所内の会議室に呼ばれました。

「ほたるちゃん達は何の用事か聞いていますか?」

「いえ、大事な話があるとしか……」

 誰も詳しい事情は聞いてないので嫌な予感がしました。私の直感はよく当たってしまうから怖いんですよ。

「失礼します」

 ノックをしてから恐る恐る室内に入ると今西部長と犬神Pがいました。二人共かなり真剣な表情なのでこちらも身構えてしまいます。

「やあ、みんなおはよう。そんな所に立っていないでこっちにどうぞ」

「は、はい……」

 恐る恐るソファーに座ります。

 

「大事なお話って何でしょう?」

 黙っていても仕方ないので話を切り出します。

「回りくどく言っても意味がないので結論から話すよ。君達のPを務めている犬神くんなんだが……今月末で異動することになったんだ」

 ……え? イドウ?

 

「本当ですか!?」

 ほたるちゃんが驚いた様子で疑問の言葉を投げかけます。

「……ああ、本当だ。俺も昨日今西部長から知らされた。何でも今度アイドル事業部内にスカウト専門の課を作るらしい。そこに異動するみたいだ」

 なるほど。スカウトに特化した課であれば犬神Pが抜擢された理由が良くわかります。

 従来のアイドル事業部ではPが独自にスカウトしたりオーディションで選抜していたりしていましたが、スカウトと育成を切り分けることで業務を効率化する意図があるのでしょう。人を見る目に能力を全振りしている彼ならば確かに適任だと言えます。

 

「あ、あの……これって決定なんでしょうか……」

「うん、会社からの正式な辞令も既に出ているからね」

 今西部長がそう言うのであれば確定事項なのは疑いようがありません。こういう悪趣味な冗談を言う方ではないのですから。

「すみません、一つ質問してもよいでしょうか」

「何かね?」

「スカウト専門の課の創設と犬神Pの異動。この二つを決定したのは美城常務ですよね?」

「うん。君が推察するとおりだ」

 やっぱりそうですか。これだけスピーディーに組織変更ができるのはアイドル事業部の統括重役である彼女だけです。

 

「だが今月末とは性急だな。後四日しかないじゃないか」

「心配させてすまない。だが他に担当している子達も含めて業務の引き継ぎはしっかりやるから安心してくれ」

「こ、後任のPさんはどなたになるんでしょう……?」

「それは今調整中らしい。決まったらすぐ連絡するよ」

「わかりました……」

 犬神Pと話したいことは色々ありましたが、残務の処理で忙しそうなので今は止めてきました。それよりもコメット内に漂う不穏な空気を払拭することが先決です。

 

 

 

 とりあえず四人でプロジェクトルームに戻り今後の対策を練ることにしました。皆の顔に困惑の色が浮かんでいます。

「Pさんって、こんな簡単に変わってしまうものなんですね……」

 ああ、ほたるちゃんの表情に影が差してしまいました。最近は非常に安定していたんですからこういう余計なことはしないで欲しいものです。

「Pといっても会社組織の人間ですから、辞令があればすぐに変わりますよ」

「だが無責任なのは否めないな。『俺の手でトップアイドルにしてみせる!』と息巻いていたのにこれで終わりとはね」

「……もりくぼ達のPを続けてもらう事はできないですか?」

「それは難しいでしょう。サラリーマンにとって人事異動は避けられないものです。紙切れ一つで南極に飛ばされたとしても文句を言うことは許されません。

 雇用契約書で勤務地や職種が限定されていれば別ですが、彼の場合はそういう制限は設けられていないでしょうから素直に従う他に道はないんですよ」

 会社とはそういうものです。嫌なら辞めるしかありません。

 

「兎にも角にも彼のPとしての期間は残り四日です。去る者のことは一旦置いておいて、新しいPとどう接していくかなど今後の方針について考えていきましょう」

 私がそう言うとアスカちゃんがムッとした表情になりました。

「切り替えが早いのはトキの長所だが、その態度は些か冷徹ではないかな。彼はコメットの立ち上げからここまで僕達と同じ道を歩んできた盟友じゃないか。例え可能性は低くても異動を撤回させる道を模索するべきだよ」

 その考えはマッ○スコーヒーより甘いぞ! と言いたくなりましたが喧嘩になりそうなので堪えました。

 会社という組織では決まった人事が変わることは早々ないのです。そもそも社員全員が100パーセント納得できる人事などありえません。経営陣は組織全体にとって都合が良いように社員の配置を検討するのが実情なんです。

 

「皆の気持ちはよく理解できます。でもこの異動を決めたのは美城常務ですよ。あのアイアンレディに人情に訴えたところで一蹴されるのが関の山でしょう」

「朱鷺さんは犬神さんがいなくてもいいんですか?」

「私はコメットのリーダーとして、限られた資源を有効活用しユニットが得られる利益を最大化する義務があります。そのため現実を直視し最適な対応を取らなければなりません」

「そういう言葉が聞きたいんじゃないんですけど」

「犬神さんが必要だって素直に認めてもいいんじゃないでしょうか」

「急な話で皆さん混乱していると思います。取り敢えず今日は一旦解散して、明日以降に改めて話し合いをしませんか?」

「……はい、わかりました」

 情緒不安定な状態で話し合っても禍根を残すだけなのでこの日は解散しました。

 

「ふう……」

 帰り道の途中で軽く溜息をつきました。上手くいっている時ほど落とし穴にハマりやすいものですが、ここに来て特大の穴に引っかかってしまったようです。どうして天は私に試練ばかり与えるのか、コレガワカラナイ。

「よしっ!」

 気合を入れ直してスマホのロックを解除し、電話帳を開いて通話ボタンを押しました。何回かコール音が鳴った後でお目当ての相手に繋がります。

「お疲れ様です、七星です。夜分遅くに申し訳ございません。実は……」

 

 

 

 その翌日は学校が終わってから346プロダクションに向かいました。アポイントの時間になるまで待ってから美城常務の執務室を訪れます。

「失礼します」

「開いている、入りたまえ」

 ノックをすると美城常務の返事が返ってきたので入室します。いつもどおりのシリアスフェイスですけど今日は若干お化粧が濃いような気がしました。

 

「君達のPの件で話があるそうだにゃ」

「……にゃ?」

 執務室が一瞬静寂に包まれました。みくさんの魂でも乗り移ったのでしょうか。いや、別に死んではいませんけど。

「……コホン。失礼した、君達のPの件で話があるそうだな」

「え、ええ」

 何だかいつもより緊張した様子ですが何かあったんでしょうか。いや、そんなことは重要ではありません。面談時間は限られているのですから早く本題に入らないと。

 

「犬神Pの異動について再検討して頂くことはできないかご相談したいと思いまして」

「ほう。私の決定に不服があると?」

「いえ、そういう訳ではありません。犬神Pの人材発掘能力は確かに凄いので、スカウト専門の課を創設して分業体制にするというやり方は効率面から言えばベターな選択だと思います」

「ああ。いかに素晴らしい一等星でも人々に認知されなければ星屑でしかない。星屑の中から本物の星の輝きを見出す観測者としての役割が彼には相応しいと判断した」

「ですが今の段階でスカウト専門にすることについては懸念があります」

「どういうことだ?」

 美城常務の鋭い視線が私を見定めます。

 

「犬神Pの人を見る目は確かに素晴らしい才能ですが、一つの才能だけでこの業界を生き抜くのは困難です。スカウトに一点特化した課では基礎素養や業務遂行力、対人関係能力を十分に養えないでしょう。

 一方でPという仕事は営業から企画、宣伝、人材管理など多種多様な仕事を経験でき、それらのビジネススキルを習得することができる稀有な職業です。ちょうど今は私や他の子達のPとして能力を磨いているのですから、少なくとも数年間はPを継続しスキルアップをすることが今後の346プロダクションの繁栄に貢献することになると思います」

「……理由はそれだけか?」

「いえ、もう一つありますよ。現在犬神Pが担当しているアイドルは全て彼が発掘して育成しています。その分彼に対する信頼度は高いですからPの変更があるとメンタル面に支障が出る恐れがあります。実際コメットの他の子達は大きく動揺しているので現時点での異動は会社のためになりません」

 私は彼を育成する立場なので一切関係ないですよ。本当です。

 

「フッ……。空虚な言葉だな」

 おかしさに堪え兼ねるようにして少し笑いました。

「どういうことですか?」

「いずれも取って付けたような一般論でしか無く、君自身の想いや考えがない。『信念は山をも動かす』というが、その信念が全く感じられないのだから空虚と言う他ないだろう」

「それは……」

 それっぽい理由で煙に巻くことはできないか試してみましたが流石は美城常務です。付け焼き刃の屁理屈は完全に見透かされていました。

 

「ならば問おう。君自身はどうして欲しい?」

「わ、私は別にどうでもいいですよ。犬神Pや他の子達が困るだろうなと思って提案しただけであって、別に彼にPを続けて欲しいとかそういう要望は別に……」

「相変わらず素直ではないな。まぁいい。理由がそれだけであれば再検討を行う予定はにゃい」

「……にゃい?」

「……すまない、また噛んでしまった。ともかく再検討を行う予定はない。話は以上だ、通常業務に戻りたまえ」

「承知しました。失礼致します」

 今日の常務は一体どうしたのか気になりましたが、面談時間を過ぎていたので一礼してから執務室を後にしました。

 

「残念でもなく当然、ですよねぇ……」

 万が一の可能性に賭けてみたのですが見事に完敗です。以前のプロジェクト解散とは事情が違うためカーニバルに走る訳にもいきませんので、これで犬神P担当継続の芽は絶たれました。

 会社組織上仕方ないとは思いますけど彼には強く抵抗して欲しかったですよ。一緒にトップアイドルを目指そうとか何とか調子の良いことを言ってこの世界に引き込んだのに、人事異動だからハイサヨナラっていうのはどうかと思います。

「ば~か」

 つい出てしまった悪態は夕闇に溶けていきました。

 

 

 

 それから数日が経ちコメットの後任Pの就任日がやってきました。てっきり社内で選抜するのかと思っていましたが社外の方を中途で採用したそうです。年齢は40代で、他プロダクションにて長い間アイドルのPをしていたと千川さんから伺いました。

 初顔合わせなので四人揃ってプロジェクトルーム内で待機します。

「一体どんな方なんでしょうか」

「もりくぼは怖くない人が良いです……」

 雑談をしていると「皆さん、失礼するよ」という言葉と共に今西部長と見知らぬ男性が姿を現しました。

 

「やあ、おはよう。話は聞いていると思うけど後任のPが着任したから紹介しよう」

「やあやあ初めまして。今日から346プロダクションでお世話になることになった蛇崩(じゃくずれ)です。前任の犬神さんの引き継ぎをするのでよろしくね!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 ふくよかな体型で眼鏡を掛けているので前世で有名だったあのPを思い出してしまいました。

「私は会議があるので、コメットの今後については蛇崩くんと打ち合わせをお願いするよ」

「承知しました」

 そう言って今西部長が退出されました。部屋には蛇崩Pと私達が取り残されましたが、担当とはいえ見知らぬ人なので乃々ちゃん達はかなり警戒しています。

 

「よし、じゃあ早速これからについて説明しようか!」

「は、はい……」

 蛇崩Pが空気を読まずに本題に入りました。いやいやいや、相手は女子中学生なんですからユーモアのある自己紹介やアイスブレイク(緊張緩和)をして話しやすい環境を整えましょうよ。そう思いましたが私の心配を無視して一方的にマシンガントークを繰り広げます。

 

「いや~、天下の346プロダクションだから身構えてたけど意外と大したことないね。所属しているPも正直言ってレベルが低いなぁ~!」

「はあ、そうですか」

「僕が前働いてきた時なんて一人で何十人も面倒見ていたよ!」

「大変だったんですね」

「ほら、僕って予算調達ができるしさ、大物とのコネも作れちゃうし、営業も管理もできるでしょ? それで更には広報もしてるって? 更にスカウトや企画も一人でやってるって?

 中々できないよ、そういうことは。中々難しいと思うよそういうことは。そういうクリエイティブな人はなっかなかいないと思うよ」

「へぇ~そうなんですかぁ~」

 知らないですよそんなこと! 思わず張り倒したくなりましたが担当Pなので我慢しました。

 というかこの人さっきから自慢話しかしてないです。もしかしたら仕事はできるのかも知れませんが一緒に働きたくないタイプの方でした。

 

「そういえば君達の前任Pなんだけどさぁ……。ぶっちゃけ無いよね~」

「無い、とは?」

 自慢話が暫く続いた後、急にワンちゃんの話題を振られました。

「話を聞いただけなんだけど、営業も企画もいまいちパッとしなかったそうじゃない。確かにスカウトの腕はあったみたいだけどPやってて営業が微妙って笑えるよ!」

 その言葉を聞いて無性にイラッとしました。

 犬神さんは必死になってPとしての仕事に取り組んでいたのです。確かに成果に結び付く機会はそう多くありませんでしたが、日々確かに成長していました。

 そもそも入社してからまだ3年も経っていないのですから色々と失敗してしまうのは当たり前です。彼はその失敗を反省し次回に生かせる人なので、どこの馬の骨かもわからない奴にこんなことを言われる筋合いはありません。

 

「で、でも頑張っていましたから……」

「成果が出なければ意味がないって。僕が若い頃なんて寝る間も惜しんでバリバリ働いていたのに若い連中はホント駄目だね!」

 犬神さんだって繁忙期には会社に泊まり込んで自分の務めを果たしていました。私はそうやって一生懸命頑張っている仲間をあざ笑う真似が何よりも許せません。

「やっぱりゆとり世代の若い連中って根性がないんだよなぁ~」

「…………」

 その後も彼に対するいわれのない誹謗中傷が続きました。もし堪忍袋の尾というものを具現化できるのであれば残り繊維一本という感じです。

「犬神って奴は無能だから左遷されちゃったんだよ。でもその点僕は優秀だから安心していいさ」

 その言葉と共に最後の一本が勢いよくブチ切れました。

 

「……さい」

「ん、何?」

「犬神さんに謝って下さい」

「な、なんで?」

「私は今アイドルとしてこの場に立っていられるのは犬神さんのお陰です。そして彼のお陰でかけがえのない仲間と出会うことができました。だから私は犬神さんもコメットの大切な仲間だと考えています。

 私への批判は甘んじて受けましょう。ですが私の仲間に対する悪口は絶対に許しません」

「じゃあ、僕よりも彼がPの方が良かったのかい?」

「犬神さんは苦楽を共にしてきたかけがえのない仲間です。それに私のことを超人や芸人ではなく一人のアイドルとして接してくれていました。だから貴方程度では全然、全く、これっぽっちも釣り合いが取れていませんよ! リーダーという立場なので我儘は言えませんでしたが私だって彼にPを続けて欲しかったんです!」

 溜め込んでいた想いをついぶちまけてしまいました。

「……それを聞きたかった」

 蛇崩Pがニヤリと笑います。するとプロジェクトルームの扉が急に開きました。

 

 

 

「は~い、ドッキリ大成功~~」

 棒読みのセリフと共に龍田さんが部屋に入ってきます。

 え?

 何これ、何?

「七星さん、お疲れ様でした」

「お疲れ?」

 未だに事情が読み込めません。いや、なんでプロジェクトルームに彼が? ていうかドッキリって何のこと? 後ろのカメラマン達は何?

 

「説明が必要ですか?」

「は、はい。すみません、まだ混乱していて……」

「今回の犬神Pの人事異動ですが、その話自体が嘘です。七星さんを引っ掛ける釣りでした」

 嘘、ウソ、うそ……。

 その言葉が脳内でリフレインした結果、やっと一つの結論に至りました。ああ、なるほど!

 

「嫌ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 思わず頭を抱え込んで絶叫しました。そのまま床の上に転がります。

「犬神Pとの不仲説が日頃から囁かれる七星さんですが、実際には彼をどう思っているのかを検証するために嘘の人事異動話を作り上げたという訳です。ご理解頂けましたか?」

「ですが美城常務も異動だって……!」

「もちろん彼女も仕掛け人です。執務室でのやりとりもちゃんと撮影済みですよ」

「あの女狐えぇぇぇぇーーーーーー!!」

 化粧が濃くて緊張していたのはそのせいですか! カーニバルの件を根に持ち過ぎでしょう!

「でもあの方がこんな下らないことに協力するとは思えないんですけど……」

「七星さんの猜疑心はアイドル界随一ですので、常務にご協力頂くことで計画の完成度をアップさせました。説得するのには流石に骨が折れましたが最後には了承頂けましたよ。

 騙し討ちのような形になってしまい大変申し訳ありませんが、捻くれた七星さんはこうでもしないと本音を晒さないと確信していましたので仕掛けさせて頂きました」

「こ、こいつ……」

 私の思考は完全に読まれていたようです。なんだこの化物。

 

「アスカちゃん達は知っていたんですかっ!」

「ああ。僕達も仕掛け人だから当然だよ」

「朱鷺さんが犬神さんを必要だと認めた時点でネタばらしをする予定でしたのできるだけ早く認めるよう促していたんですけど、力不足ですみません」

「ごめんなさい……もりくぼはわるくぼでした……」

「ミギャラーーーーーーーースッ!!」

 滑稽に踊っていたのは私だけでした。見ろよこれ、この無残な姿をよぉ!

 

「……もしかしてもしかすると、これってテレビとかで放送されます?」

「ええ。来月のドッキリ番組の特番で放送する予定なのでご安心下さい。私もゴールデンタイムに七星さんの可愛らしい赤面姿と熱いセリフを流すことができて感無量ですよ」

「ここで貴方を葬れば、真実は闇の中に……」

「それでは私はこれで失礼します。後は犬神さんと親交を深めて下さい」

 そそくさと撤退する龍田さんと入れ替わりに犬神さんが部屋に入ってきました。

 

「な、七星さん」

「……ッ!!」

 その顔を見た途端、恥ずかしいのと照れくさいのとで顔が更に赤くなるのを感じました。胸の動悸が早くなり頭の中がぐるぐるしています。

「かばってくれてあり……」

「消えろ黒歴史ィィィィーーーーーー!」

「がはっ!」

 手当たり次第にぶん投げたクッションの一つが顔面にクリーンヒットしました。

 

 

 

「いたたた……」

「大の大人が大げさですよ。たかがクッションじゃないですか」

「いや、君が投げたら凶器になるから!」

「そんなのはコーヒーでも飲めば治りますって。はい、どうぞ」

「どんな理論だよ……」

 買ってきた缶コーヒーを犬神Pに手渡します。車で送って貰う時は首都高のPA(パーキングエリア)に寄るのが定番になっていました。車内にコーヒーの香ばしい匂いが充満します。

 

「全く、貴方達のせいでとんだ大恥をかくことになりました」

 あの様子がお茶の間に晒されるかと思うと今から気が重いです。

「本当に申し訳ないけど、龍田くんは七星さんの評判を良くしたいと思ってやったんだから彼のことは許して欲しい。君の本音を引き出して評判を上げるにはあそこまで徹底しないといけないから例え世界一嫌われても構わないと覚悟を決めていたんだ」

「ああいう結末だったからまだ良いですけど、最後まで犬神さんなんて不要って流れだったら大惨事じゃないですか」

 担当Pのことを何とも思わない非情な女というイメージが付いたら笑えません。

「そこは彼なりに確信があったらしい。『七星さんは本音では犬神さんを大切に思っていると知っています。なので私を信じて下さい』と言われたよ。そうでなければこのドッキリ企画自体断っていたさ」

「あの人は一体何者なんですかね……」

 龍田さんがなぜ私にこだわるのか皆目見当がつきません。あの能力を自分のためだけに使えば多分短期間で富豪になっていると思います。

 

「飛鳥くん達のことは怒ってないのかい?」

「そりゃあネタバラシの時は『畜生めぇ~!』と思いましたけど今は気にしていないです。ドッキリも立派な仕事ですしね。むしろ情に流されずキッチリ仕事をしたので褒めてあげたいです。

 それに乃々ちゃん達には、もし私に対するドッキリがあった場合は全力で騙すようコメット発足時に言ってあったんです。もちろんほたるちゃん達に対するドッキリなら私が全力で仕掛けていました。だからあの子達に非は一切ありません」

「そう言ってもらえると助かる。悪いのは俺達大人だからね」

 それにこの程度の仕打ちであれば前世で慣れていますから別にどうということもないですよ。

 アニメの主役声優に抜擢されて後で嘘でしたと言われるよりかは100倍マシです。

 

「俺としてはP役の人を殴らないかヒヤヒヤだったよ」

「確かに私をイラッとさせる迫真の演技でしたからね。流石はプロの舞台役者さんです」

 私がキレた時には死を覚悟されたそうなので本当に悪いことをしてしまいました。

「そう言えばさっきは最後まで言えなかったけど、今日のドッキリではかばってくれてありがとう。正直あの批判は胸に刺さったけど、ああ言ってもらえて救われたよ」

「か、勘違いしないで下さい! あれは貴方の働きを第三者的な立場で冷静に評価したに過ぎないんですから!」

「うん、それでも嬉しかった。俺なんかが本当にPを続けて良いのか迷ってたから特にね」

 そう言いながら優しく笑いました。私と違って素直なのは彼の良いところだと思います。

 

「よしっ。それでは明日からまたPとしてキリキリ働いて貰いますよ! 私達をトップアイドルにするって言ったんですから、ちゃんと有言実行して下さいね!」

「はは……お手柔らかに」

「何言っているんですか。二度とああいう批判をされることのないよう、これまで以上にビシビシ鍛えますから覚悟するように!」

「はいはい」

「はいは一回でいい!」

「はい!」

 こうして犬神Pの異動騒動は幕を閉じました。いつもと変わりない日々がまた始まりましたが、コメットの絆はちょっとだけ強くなったのかもしれません。

 

 なおドッキリ放送後、人情に厚いアイドルとして好感度が急上昇したのは良かったのですけど、同時に『ドS系ツンデレアイドル』という超クッソ激烈に不名誉な称号が与えられました。また、偽P役の方も迫真の演技力が評価され今ではドラマに引っ張りだこです。

 アイカツを続ければ続けるほど清純派アイドルが遠のいているように感じるのですが、私の気のせいでしょうか?

 ちなみに美城常務にもファンが付いたらしく複数のファンレターが届けられ狼狽していました。YOU、もうアイドルデビューしちゃいなよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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346アイドル速報(その5)

第三章終わりまでのまとめです。
前話では一部の読者の方々に不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした。


『今日、琉神シーサーのステージを見に行ったんだが……』

1:名無しさん@おーぷん ID:AoK(主)

なぜかアイドルのライブを見ていた!

な…何を言ってるのかわからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった…

頭がどうにかなりそうだった… 催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃ断じてねえ

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

 

3:名無しさん@おーぷん ID:Rj3

は?

 

4:名無しさん@おーぷん ID:Q7j

イミフ

スレ立てんならちゃんと書けや

 

6:名無しさん@おーぷん ID:AoK(主)

いや、地元のショッピングモールで琉神シーサーのショーがあるって告知されてたから、ファンとして見なきゃって思って行ったわけ

そしたらなぜかアイドル達がライブしてたんだよ!

 

10:名無しさん@おーぷん ID:Rj3

ちな出演アイドルは?

 

11:名無しさん@おーぷん ID:AoK(主)

アイドルは詳しくないからよくわからんけど、よくテレビで自分のことをカワイイって言ってる子がいたな

後何かスゲー拳法使ってる子とかもいた

 

14:名無しさん@おーぷん ID:b6K

自称カワイイならさっちゃんかね

拳法ってのはトッキーかな

 

15:名無しさん@おーぷん ID:K5k

何やってんだサチコォォォォーーーー!

 

21:名無しさん@おーぷん ID:xE8

お得やん

 

23:名無しさん@おーぷん ID:hH4

琉神シーサーって確か沖縄のローカルヒーローだったよな?

沖縄で346のライブ予定なんてなかったけど

 

24:名無しさん@おーぷん ID:x2B

ゲリラライブとか?

 

27:名無しさん@おーぷん ID:b6K

いや、ステージ使わせてもらってんだから違うでしょ

 

31:名無しさん@おーぷん ID:wV8

また嘘松か壊れるなぁ

 

54:名無しさん@おーぷん ID:G8v

今ツイッターで検索したけど確かに沖縄でライブやったみたいだね

トレンドにも上がってるし写真や動画がアップされてる

 

59:名無しさん@おーぷん ID:r2S

ツイ見てきた

ステージ衣装じゃなくて学生服…だと…?

 

73:名無しさん@おーぷん ID:G8v

パっと見だけど確認できたのは池袋晶葉、輿水幸子、早坂美玲、棟方愛海、浅利七海、神崎蘭子、森久保乃々、上田鈴帆、ナターリア、南条光、三好紗南、七星朱鷺だな

 

76:名無しさん@おーぷん ID:fM2

ファッ!?

 

81:名無しさん@おーぷん ID:wV8

>>73

豪華杉内

 

84:名無しさん@おーぷん ID:hH4

>>73

ちょっとしたフェスが出来る顔ぶれなんですがそれは

 

93:名無しさん@おーぷん ID:b6K

もしかして入場料タダ?

 

95:名無しさん@おーぷん ID:AoK(主)

そうだったよ

 

96:名無しさん@おーぷん ID:b6K

羨ましすぎる

死刑

 

127:名無しさん@おーぷん ID:nQ8

どういうセレクトなんだろうか

全員中学生なのは分かるけど

 

128:名無しさん@おーぷん ID:Se7

ああ、みんな美城学園の子達じゃん

 

175:名無しさん@おーぷん ID:G8v

もう少し調べたんだが、どうやら修学旅行中だったみたいだね

琉神シーサーのショーの途中で朱鷺ちゃんが人質に取られたんだけど、怪人にクラスメイトをディスられて大暴れしたらしい

多分その埋め合わせで臨時ライブをしたんじゃないかって話

 

176:名無しさん@おーぷん ID:Ar5

またトキだ!

 

177:名無しさん@おーぷん ID:Wc3

修学旅行くらい静かに過ごせないのか(呆れ)

 

184:名無しさん@おーぷん ID:k4R

問題児過ぎるだろ……

 

185:名無しさん@おーぷん ID:Xs2

沖縄行きてえな~俺もな~(社畜並感)

 

201:名無しさん@おーぷん ID:G8v

まいつべにも動画上がってたからリンク貼っとく

ttps://www.myt●be.jp/watch?v=AKySGoSNJ

 

205:名無しさん@おーぷん ID:AoK(主)

ヒエッ…

 

209:名無しさん@おーぷん ID:V9x

この動きは…トキ!

 

213:名無しさん@おーぷん ID:b4W

>>201

あの身体能力を戦闘に活かすとこうなるのか…(恐怖)

北斗神拳ってやっぱヤベーわ

 

216:名無しさん@おーぷん ID:Sf3

これぞ、剛の拳よりストロングな柔の拳!

 

217:名無しさん@おーぷん ID:Se7

流石ネキ

一人だけ格ゲーの世界に生きてんな

 

234:名無しさん@おーぷん ID:B3v

人間ってバスケットボールみたいに弾むんだ(新発見)

 

246:名無しさん@おーぷん ID:Ar5

でもあんだけ煽られたらしゃーない

 

249:名無しさん@おーぷん ID:k4R

ボーゲーン伯爵は確かに暴言放つけどあんな陰湿な感じじゃないんだよ

アクターが変わったのかも

 

250:名無しさん@おーぷん ID:Cu4

まぁ自分はともかく友達をディスられたらキレるわな

正直スッとしたわ

 

253:名無しさん@おーぷん ID:Wc3

美玲推しだから逆に感謝したい

 

254:名無しさん@おーぷん ID:Hz9

むしろあそこまでよく我慢したと褒めてあげよう

 

276:名無しさん@おーぷん ID:u8J

救急車とかは来てなかったから無意識で加減したんだろうね

怪人役はキルラキルの如く戦維喪失してたが

 

277:名無しさん@おーぷん ID:K5k

アレだけ動いてパンチラの一つもしないアイドルの屑

 

280:名無しさん@おーぷん ID:Qs5

あの惨状を見てまだそんなことが言えるのか…

 

281:名無しさん@おーぷん ID:Vz9

完全にヤムチャ視点だからそれどころじゃないわ

 

283:名無しさん@おーぷん ID:B3v

速すぎて見えないからね、仕方ないね

 

343:名無しさん@おーぷん ID:bS5

でもこれだけ動けるってことは特撮出演のチャンスあるで

 

345:名無しさん@おーぷん ID:V9x

BLACK RX並みに敵を蹂躙しそうなんですがそれは

 

346:名無しさん@おーぷん ID:nR6

どっちかっていうとサンレッドっぽくなりそう

両方共超強いしぐう畜だし

 

378:名無しさん@おーぷん ID:G8v

ツイ漁ってたけどその前の日はサメ退治してたらしい

 

379:名無しさん@おーぷん ID:R2d

えぇ…

 

385:名無しさん@おーぷん ID:r3T

>>378

なんでそんな事する必要があるんですか(正論)

 

386:名無しさん@おーぷん ID:Cu4

サメ映画の見過ぎでとうとう脳がいかれたんだな…

 

387:名無しさん@おーぷん ID:Zu6

サメ映画をのぞく時、サメ映画もまたこちらをのぞいているのだ

 

401:名無しさん@おーぷん ID:G8v

同じホテルに宿泊した人が呟いてたんだけど、大型で危険なサメが沿岸で目撃されたからそのホテルのビーチが遊泳禁止になりそうだったらしい

それを防ぐためにサメハントをしたんだと

それで獲ったでかいサメはフライにされて朝食で振る舞われたって

 

403:名無しさん@おーぷん ID:L4h

Oh…

 

414:名無しさん@おーぷん ID:K5k

リアルモンハンは草

 

417:名無しさん@おーぷん ID:nR6

コイツいつも伝説作ってんな

 

420:名無しさん@おーぷん ID:X4c

美城のやべーやつと評されるだけのことはある

 

422:名無しさん@おーぷん ID:c8C

他のやべーやつらが相対的にまともに見えてくるから不思議

 

454:名無しさん@おーぷん ID:z8T

君アイドルだよね?

 

458:名無しさん@おーぷん ID:uF6

一クールのレギュラーより一回の伝説を優先する芸人の鑑やぞ

 

459:名無しさん@おーぷん ID:

今回はテレビ放送すらされないんだよなぁ…

 

461:名無しさん@おーぷん ID:B3v

笑美ちゃんの影を薄くすんのやめろ(懇願)

 

476:名無しさん@おーぷん ID:X7r

友達のために修学旅行の思い出を死守する

やっぱりヒーローじゃないか!

 

477:名無しさん@おーぷん ID:d8H

生身でサメ退治って時点で狂ってるのに、違和感をあまり感じなくなってる俺達も相当壊れてんな

 

478:名無しさん@おーぷん ID:uF6

しゃーない(諦め)

 

561:名無しさん@おーぷん ID:d5M

確かトッキーは遠足でもやらかしてたような気が…

 

583:名無しさん@おーぷん ID:G8v

>>561

遠足じゃなくて林間学校

地域清掃だったんだけど、その途中で違法駐車の車を持ち上げてたらしい

 

585:名無しさん@おーぷん ID:Sm9

車って軽とか?

 

586:名無しさん@おーぷん ID:G8v

いや、ワゴン車やトラックとかだよ

それも片手でね

流石に写真はないけど地元住民の目撃証言が多数ある

 

590:名無しさん@おーぷん ID:Qs5

熊かな?

 

593:名無しさん@おーぷん ID:Pw8

車庫入れ楽そうで羨ましい(若葉マーク並感)

 

606:名無しさん@おーぷん ID:Ki5

お前のようなアイドルがいるか!

いや、いるんだけどさ…

 

609:名無しさん@おーぷん ID:X4c

漫画の世界に帰って、どうぞ

 

612:名無しさん@おーぷん ID:d5M

朱鷺ちゃんのプロデューサーやってる人は凄いと思うわ

いやマジで

 

613:名無しさん@おーぷん ID:U9t

毎日な色々なことがあって刺激的だろうな

 

615:名無しさん@おーぷん ID:d8H

きっと菩薩みたいに寛容な方なんでしょ

 

616:名無しさん@おーぷん ID:pD7

世界一羨ましくないアイドルプロデューサーなのは確定的に明らか

 

【管理人コメント】

美城学園中二組のライブは私も見たかった~!

アイドルの彼女達も良いですけど、普段の姿も素敵です。

そして朱鷺さんは……女の子なんですからもう少し自重しましょうね!

 

 

 

 

 

 

『346プロのアイドルで打線組んだwww』

1:風吹けば名無し@おーぷん ID:KyN(主)

我がキュート軍は無敵や!

1(右)小早川紗枝

2(二)小日向美穂

3(遊)輿水幸子

4(捕)三村かな子

5(左)五十嵐響子

6(一) 佐久間まゆ

7(中)椎名法子

8(三)乙倉悠貴

9(投)安部菜々

 

異論は認める

 

2:風吹けば名無し@おーぷん ID:bT8

つよそう

 

6:風吹けば名無し@おーぷん ID:zR3

お~、ええやん!

 

12:風吹けば名無し@おーぷん ID:Ep8

コヒナタミホ…

 

17:風吹けば名無し@おーぷん ID:tV4

中野くんは天使みたいなもんやし、入れてもええんちゃう?

 

18:風吹けば名無し@おーぷん ID:Fi5

キュート路線なのにふじりながいない、やり直し

 

22:風吹けば名無し@おーぷん ID:iD9

桃華ちゃまはどこ……ここ……?

 

23:風吹けば名無し@おーぷん ID:Rr5

新人だけどみくにゃんは最近頑張ってるから入れてクレメンス

 

35:風吹けば名無し@おーぷん ID:E2d

全員10代の若々しいチームやね(ニッコリ)

 

38:風吹けば名無し@おーぷん ID:z3X

>>35

おっ、そうだな(すっとぼけ)

 

39:風吹けば名無し@おーぷん ID:Uf9

投手は野球したら翌日筋肉痛で倒れてそう

 

41:風吹けば名無し@おーぷん ID:r3P

地球はウサミン星より重力が重いんだよ…

 

67:風吹けば名無し@おーぷん ID:Xs7

なんでかな子ちゃんが捕手なんですか(ガチギレ)

 

70:風吹けば名無し@おーぷん ID:E2d

四番で捕手

あっ、ふーん……(察し)

 

71:風吹けば名無し@おーぷん ID:y2Q

ドカベン枠でしょ(直球)

 

72:風吹けば名無し@おーぷん ID:gt1

四番キャッチャー鈍足まで鉄板

 

79:風吹けば名無し@おーぷん ID:Xs7

>>71

だからかな子ちゃんは太ってないって言ってるだろオオォォ!

BMIは22なんだから標準や標準!

 

83:風吹けば名無し@おーぷん ID:iQ5

まぁ他のアイドルが痩せ過ぎやな

J民なんてビール腹ばかりやで

 

85:風吹けば名無し@おーぷん ID:x3Q

あれくらいムチムチしてたら抱き心地良さそう

 

105:風吹けば名無し@おーぷん ID:

法子ちゃんはボールがドーナツなら完璧に捕球できそう

 

107:風吹けば名無し@おーぷん ID:Yf7

ドーナツだったら打席で口を開けてるだろ

 

108:風吹けば名無し@おーぷん ID:Rr5

前歯崩壊不可避

 

133:風吹けば名無し@おーぷん ID:r2J

紗枝はんは和装もいいけどたまの洋装がグッとくる

 

135:風吹けば名無し@おーぷん ID:tV4

あ~、いいっすねぇ~

 

136:風吹けば名無し@おーぷん ID:iL4

制服姿とか最高やな!

 

141:風吹けば名無し@おーぷん ID:a6R

???<カワイさに磨きがかかってしまいますね!

 

142:風吹けば名無し@おーぷん ID:Fi5

おは幸子

 

181:風吹けば名無し@おーぷん ID:

こう見るとキュート路線の子だけでも十分な戦力だよなぁ

 

206:風吹けば名無し@おーぷん ID:KyN(主)

調子に乗ってクール軍も作ってみたで

即興なんで打順とポジションは超適当や、すまんな

1(捕)川島瑞樹

2(三)白坂小梅

3(左)三船美優

4(二)高垣楓

5(一)二宮飛鳥

6(右)神崎蘭子

7(遊)塩見周子

8(中)渋谷凛

9(投)速水奏

 

211:風吹けば名無し@おーぷん ID:bT8

>>206

つよい(確信)

 

213:風吹けば名無し@おーぷん ID:x3Q

フフフ…圧倒的ではないか、我が軍は(クール教徒)

 

216:風吹けば名無し@おーぷん ID:zR3

4番が強打者すぎるんだよなぁ…

 

217:風吹けば名無し@おーぷん ID:T9a

サケノミだけどクッソ可愛いからね、仕方ないね

 

220:風吹けば名無し@おーぷん ID:wT4

HHEMギャグおねえさんほんとすこ

結婚しよ

 

225:風吹けば名無し@おーぷん ID:N5s

やっぱ…高垣くんのライブは、最高やな!

 

231:風吹けば名無し@おーぷん ID:W4d

未だにデビュー地のゾフマップでライブしてくれるの本当に嬉しい

デビューライブからずっと応援してる

 

265:風吹けば名無し@おーぷん ID:Yf7

でも新人も育ってきとるよな

蘭子ちゃんや凛ちゃんはこの間所属したばかりやし

 

266:風吹けば名無し@おーぷん ID:Gu7

シンデレラプロジェクトの子達はシューコちゃんや奏さんの少し後にデビューやっけ

 

272:風吹けば名無し@おーぷん ID:r3P

346プロダクションはアイドルの増えるスピードが異常

 

279:風吹けば名無し@おーぷん ID:r3P

>>272

あそこは基本的にプロデューサー任せやからね

だからこそ個性的なアイドルが集まる

 

358:風吹けば名無し@おーぷん ID:N5s

その中で高い人気を保っている川島さんはアイドルの鑑

 

360:風吹けば名無し@おーぷん ID:R9q

色々ネタにされるけど、キレイで可愛くて茶目っ気があるって最高だよなぁ

 

361:風吹けば名無し@おーぷん ID:iD9

わかるわ

 

403:風吹けば名無し@おーぷん ID:KyN(主)

最後はパッション軍や!

1(一)七星朱鷺

2(遊)七星朱鷺

3(二)七星朱鷺

4(左)七星朱鷺

5(右)七星朱鷺

6(投)七星朱鷺

7(三)七星朱鷺

8(中)七星朱鷺

9(捕)七星朱鷺

 

405:風吹けば名無し@おーぷん ID:Jv8

 

409:風吹けば名無し@おーぷん ID:zR3

草の草

 

411:風吹けば名無し@おーぷん ID:gW4

オチで草萌ゆる

 

420:風吹けば名無し@おーぷん ID:Hg8

>>403

お前パッション路線馬鹿にし過ぎやろ!

 

422:風吹けば名無し@おーぷん ID:z9G

>>403

少し頭冷やそうか

 

425:風吹けば名無し@おーぷん ID:tV4

>>403

ハイ訴訟

 

456:風吹けば名無し@おーぷん ID:KyN(主)

なんでや! トッキーかわええやん!

 

457:風吹けば名無し@おーぷん ID:vZ6

ストラックアウトで台ごと破壊するアイドルはちょっと…

 

458:風吹けば名無し@おーぷん ID:d6V

笑いも取れるし完璧やろ!

 

459:風吹けば名無し@おーぷん ID:F4a

でもリアル野球だったら朱鷺ちゃんでリアルワンマンチームができるから困る

 

461:風吹けば名無し@おーぷん ID:B8c

スポーツ王で投球と捕球を同時にやってたしな

人類初の瞬間移動は感動したわ

 

461:風吹けば名無し@おーぷん ID:54c

トッキー<二刀流? 甘い、ワイは九刀流やで

 

464:風吹けば名無し@おーぷん ID:Hg8

七星朱鷺<野球は個人戦。チームプレイは甘え

 

465:風吹けば名無し@おーぷん ID:d9F

もはや人の域を超えているんですがそれは

 

471:風吹けば名無し@おーぷん ID:w2R

パッション路線もいい子多いぞ!

きらりちゃんとかしゅがはさんとか鈴帆しゃんとかもいるし!

 

477:風吹けば名無し@おーぷん ID:vZ6

>>471

個性が強すぎる(直球)

 

479:風吹けば名無し@おーぷん ID:tV4

パッションはサイキック美少女がおるやん

 

484:風吹けば名無し@おーぷん ID:uS2

俺の中ではユッキが常にエースで四番だぞ

 

486:風吹けば名無し@おーぷん ID:Cv8

キャカスは黙って、どうぞ

 

523:風吹けば名無し@おーぷん ID:F4a

トッキは純粋なパッションって感じでもないやん

(内面はアレだが)見た目は天使みたいに可愛いからキュート軍にあ~げる!

 

524:風吹けば名無し@おーぷん ID:d6V

い~らない!(無慈悲)

リーダーやっててクールな雰囲気もないことはないからクール軍でええやろ

 

526:風吹けば名無し@おーぷん ID:U4u

我がクール軍にはボケとツッコミに長けたコメディアンは要らないんだよなぁ

芸人面が強すぎるからやっぱりパッション軍でいいでしょ

 

527:風吹けば名無し@おーぷん ID:d9F

なんで三路線に拘る必要があるんですか(正論)

トッキーはクール・キュート・パッションに縛られない自由なアイドルで良いんじゃない?

 

530:風吹けば名無し@おーぷん ID:V9f

せやな

 

531:風吹けば名無し@おーぷん ID:Hg8

せやせや

 

534:風吹けば名無し@おーぷん ID:Cv8

では七星朱鷺さんの路線はカオスに決定!

 

【管理人コメント】

クール、パッション、キュートとそれぞれ路線は違いますが、346プロダクションのアイドル達はみんな光輝いています。

みんな違って、みんないいんですよ! それぞれが特別なオンリーワンなのです。

朱鷺さんは……うん(諦め)。

 

 

 

 

 

 

『ポッキンの新CMだけどさ…』

111:名無しさん@おーぷん ID:rC8

まゆすき

 

113:名無しさん@おーぷん ID:U5a

我もまゆすき

 

121:名無しさん@おーぷん ID:K8t

まゆまゆまゆまゆ

あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~

 

127:名無しさん@おーぷん ID:b5K

持ち歌全部神曲とかいう神アイドル 

 

129:名無しさん@おーぷん ID:Zh4

ラブデス最高! ラブデス最高! ラブデス最高!

 

144:名無しさん@おーぷん ID:rC8

まゆのすべてが愛おしい

もうまゆだけ居ればいい

 

147:名無しさん@おーぷん ID:K8t

サインすら可愛い

 

183:名無しさん@おーぷん ID:J6y

いい匂いしそう

 

189:名無しさん@おーぷん ID:e4L

>>183

は? するに決まってんだろ

 

212:名無しさん@おーぷん ID:X8i

スキャンダルがなさすぎるから、逆に絶頂期に結婚引退とかしそうで怖い

 

215:名無しさん@おーぷん ID:h6W

そんなの戦争が起きるって…

 

219:名無しさん@おーぷん ID:tQ4

前例(日高舞)があるんだよなぁ

 

220:名無しさん@おーぷん ID:e4L

怖い怖い怖い怖い!

話題変えて!

 

239:名無しさん@おーぷん ID:Q7i

まゆとポッキンゲームできるならリアルガチで百万払う

 

241:名無しさん@おーぷん ID:z7X

そんな安い女じゃないぞ

 

245:名無しさん@おーぷん ID:h6W

>>239

桁二つ足りなくない?

 

246:名無しさん@おーぷん ID:J6b

ドル建てなんでしょ

 

301:名無しさん@おーぷん ID:z7X

きっと純粋無垢で、恋なんてしたこと無いんだろうなぁ…

 

304:名無しさん@おーぷん ID:J6b

モチのロンよ

 

321:名無しさん@おーぷん ID:zK4

だって天使だもん

愚かな人類に恋することなんて無いさ

 

322:名無しさん@おーぷん ID:qA9

>>111-321

これがまゆ教徒の末路ですか(呆れ)

 

333:名無しさん@おーぷん ID:Yg9

信者達はダメみたいですね…

話題をCMに戻すけど、今回はコメットの子達も可愛かったなぁ

 

345:名無しさん@おーぷん ID:H6q

ダンスも息ぴったりだった

メインは当然まゆちゃんだけど他の子も結構目立ってたよ

 

347:名無しさん@おーぷん ID:Av6

飛鳥くんが普通の制服姿になっているとなんか笑う

 

412:名無しさん@おーぷん ID:pY9

>>347

まぁ胸を見ると子供だなって気がするよな

 

414:名無しさん@おーぷん ID:qA9

はいセクハラ

 

415:名無しさん@おーぷん ID:yF8

本人はそういうこと気にしないタイプでしょ

胸の脂肪の厚さで物事を図るのは愚かとか言い出すんじゃないかな

 

416:名無しさん@おーぷん ID:Vd9

そう言いながら実は気にしてる説好き

 

419:名無しさん@おーぷん ID:yF8

身体なんて魂の器だから意味ない的な話を早口で語り出しそう

 

420:名無しさん@おーぷん ID:yF8

飛鳥くんとみりあちゃんはスリーサイズ一緒やで…(75-55-78勢)

 

425:名無しさん@おーぷん ID:Yg9

現実は非情である

 

426:名無しさん@おーぷん ID:M4q

アスカ、カアイソウ、カアイソウ

 

430:名無しさん@おーぷん ID:qA9

怪文書はガチでやめろ(ビビリ)

 

432:名無しさん@おーぷん ID:Ki7

みりあちゃんが恵体な可能性が巨レ存…?

 

434:名無しさん@おーぷん ID:G4g

とはいえムチムチの飛鳥ちゃんもあんまり想像できないしな

やっぱり今のバランスが一番よ

 

355:名無しさん@おーぷん ID:b3D

ほたるちゃんが笑ってると安心するのは俺だけ?

 

357:名無しさん@おーぷん ID:H6q

同士がいたか

この子が幸せそうなだけで泣けてくる

 

361:名無しさん@おーぷん ID:Cn7

守りたい、この笑顔

 

366:名無しさん@おーぷん ID:p7Z

事務所倒産を三回経てもアイドルを諦めないダイヤモンドメンタルだぞ

ほたるちゃんじゃなくてほたるさんや

 

369:名無しさん@おーぷん ID:k9U

もし同じ立場だったらとっくのとうに諦めてるわ

(心が)強い! 絶対に強い!

 

370:名無しさん@おーぷん ID:f4X

でも今は仲間や沢山のファンがいるから大丈夫だよ!

 

375:名無しさん@おーぷん ID:HTR

俺には分かる…

ほたるちゃんは近い将来大躍進するぞ!!

 

377:名無しさん@おーぷん ID:k9X

ホラホラもっと幸せになってホラ(涙)

 

512:名無しさん@おーぷん ID:G8p

森久保ォ!

国民的お菓子のCMでも目線合わせないとか流石だぞ森久保ォ!

 

514:名無しさん@おーぷん ID:p7Z

ここまで徹底してると逆に感心する

 

517:名無しさん@おーぷん ID:G5j

相変わらずやる気があるのか無いのかわからん子や

でも好き(手のひら返し)

 

518:名無しさん@おーぷん ID:Gn8

こうやって見るとスタイルいいな

 

520:名無しさん@おーぷん ID:P9u

ちょっと森久保さん可愛すぎんよ~

 

529:名無しさん@おーぷん ID:Eq8

地味に人気アイドルになってきててウレシイ…ウレシイ…

 

531:名無しさん@おーぷん ID:x4J

あのドズル専用ザクっぽい衣装ほんとすこ

 

555:名無しさん@おーぷん ID:Yg9

うん、みんな可愛いんだけど…

一人だけ強烈な違和感ががが

 

557:名無しさん@おーぷん ID:G8p

こうやって見ると「ああ、そう言えばアイドルだったんだ」と思うよな

誰とは言わんが

 

568:名無しさん@おーぷん ID:H6i

>>557

トッキーの婉曲ディスはヤメロォ!(建前)ヤメロォ!(本音)

 

570:名無しさん@おーぷん ID:G8p

だってアイドルらしい仕事をあんまりしてないしさ…

 

571:名無しさん@おーぷん ID:G8p

バラエティバラエティ&バラエティという酷使

 

573:名無しさん@おーぷん ID:wR4

うちのバーちゃんなんてもはや北斗神拳の子としか認知してないぞ

 

602:名無しさん@おーぷん ID:Yc2

歌って踊れる暗殺者というパワーワード

 

606:名無しさん@おーぷん ID:P9u

先入観をなくせばスーパー美少女なんだけどね

既存のイメージが強過ぎる

 

607:名無しさん@おーぷん ID:Li4

料理が上手くて可愛くて情が深いという嫁の鑑

胸だってCMの通りたゆんたゆんだし

 

609:名無しさん@おーぷん ID:q5R

せやせや

この間のギャル風グラビアだって超クッソ激烈にエロかった

危うく俺もビムニーに走るところだったわ

 

621:名無しさん@おーぷん ID:G8p

>>609

トキネキでアレしたらなんか負けた気がするんだよなぁ

 

623:名無しさん@おーぷん ID:Yc2

中身がね…(無情)

 

641:名無しさん@おーぷん ID:L2m

七星さ~ん、どうしてそんなにネタキャラになっちゃったんですかぁ~?

 

642:名無しさん@おーぷん ID:Tm4

何でやろなぁ…?

 

643:名無しさん@おーぷん ID:f9X

真面目にやってきたからよ!

 

645:名無しさん@おーぷん ID:f9X

ア~トォ~引っ越し~センターへ~♪

 

651:名無しさん@おーぷん ID:f9X

>>645

会社が違うだろ! いい加減にしろ!

 

661:名無しさん@おーぷん ID:Z6m

>>641-643

申し訳ないがブラック企業のCM出演はNG

 

【管理人コメント】

新CMが公開されましたが、学生服姿の皆が歌って踊る素晴らしい内容でしたね!

主演のまゆさんはもちろん、コメットの魅力も引き出されていると思います。

シンデレラプロジェクトの子達も早くCMに出て欲しいです!ヾ(*´∀`*)ノ

 

 

 

 

 

 

『346 PRO IDOL SUMMER Fes 感想スレ part4』

305:FC会員774@おーぷん ID:iX4

やっぱ346プロの…大型フェスは…最高やな!(感涙)

 

311:FC会員774@おーぷん ID:x7V

久しぶりに燃えた~! 燃え尽きた~!!

 

319:FC会員774@おーぷん ID:X9v

久々にトップ層が集まるライブだったからね

オープニングの『お願い!シンデレラ』の時点で脳汁出まくりだったわ!

 

322:FC会員774@おーぷん ID:t5D

定番だけどやっぱアレ聞くとライブにキター!って気がするよ

 

345:FC会員774@おーぷん ID:v5M

特に今回は野外だったから開放感凄かった

今まで参加したことなかったけど夏フェスもいいもんだ

 

367:FC会員774@おーぷん ID:u9T

雨降った時はどうなるかと思ったけどね

途中で晴れて本当に良かった

 

368:FC会員774@おーぷん ID:jR7

あの時はずっと晴れろって願ってたわwww

 

373:FC会員774@おーぷん ID:fW8

きっと会場全員同じ気持ちだったさ

 

377:FC会員774@おーぷん ID:Ya5

文字通り水を差されたけど盛り下がんなくてホッとした

これもニュージェネレーションズが良かったからだな

 

384:FC会員774@おーぷん ID:N6w

>>377

初めの方は客もまばらでかわいそうだったけど腐らずに良いライブしてたもんなぁ

最後の方は人で一杯になってたから凄い

 

389:FC会員774@おーぷん ID:Gr6

ニュージェネは発足初期はごたついてた印象あったが完全に盛り返したな

このフェスで実感したわ

 

393:FC会員774@おーぷん ID:zB6

ニュージェネってよく知らんかったけど、三人共魅力的だったからファンクラブ入っちまった

 

394:FC会員774@おーぷん ID:t8H

まぁそういう勢いも重要だよな!

 

402:FC会員774@おーぷん ID:iX4

トップ層は当然素晴らしかったが、それ以上に新人達の活躍が目覚ましかった

嬉しい誤算だよ

 

405:FC会員774@おーぷん ID:dV6

ニュージェネだけじゃないぞ

ローゼンブルクエンゲル、ラブライカ、キャンディアイランド、凸レーション、アスタリスクも良かった(小並感)

 

407:FC会員774@おーぷん ID:kJ2

ラブライカはデビュー直後の頃に見たことあるけど成長度がヤバい

それに新田ーニャが尊い

 

416:FC会員774@おーぷん ID:y7J

アスタリスクだって結成間もないのによくあそこまで仕上げたよ

全体曲もある中で大したもんだ

 

420:FC会員774@おーぷん ID:vW9

キャンディアイランドは智絵里ちゃんが大舞台で持つか心配だったけど杞憂で良かった

意外と芯が強い子なんだね

 

428:FC会員774@おーぷん ID:fW8

凸レーションの明るさには毎回救われる

 

431:FC会員774@おーぷん ID:aA8

ソロで頑張った蘭子ちゃんをもっと褒めてあげて下さい!

 

433:FC会員774@おーぷん ID:J7i

コメットも忘れんなよ!

CPで盛り上がった所に新曲でハードルは高かったけど、見事期待に応えてくれたわ

 

434:FC会員774@おーぷん ID:x7V

朱鷺さんが楽しそうで何よりでした

 

435:FC会員774@おーぷん ID:J7i

汚れ芸人だの何だの色々言われてるけどやっぱりライブの時が一番楽しそうだよなw

こっちまで楽しくなってくる

 

437:FC会員774@おーぷん ID:s6B

ネキのステージ初めて見たけど、アイドルに拘る理由が何となくわかったわ

スゲー活き活きしてた

 

440:FC会員774@おーぷん ID:i6Q

その直後に『GOIN'!!!』という完璧な流れ

みんな緊張に耐えてよく頑張った! 感動した!

 

472:真紅の稲妻@おーぷん ID:bim

盛り上がっとるとこ悪いが、君らちゃんとアンケート出したか?

 

476:FC会員774@おーぷん ID:Ya5

出たな荒らし!

 

480:真紅の稲妻@おーぷん ID:bim

ちゃうちゃう

もう荒らしは引退したで

んで、アンケはどうや?

 

483:FC会員774@おーぷん ID:kJ2

(出すのは)当たり前だよなぁ?

 

484:FC会員774@おーぷん ID:vW9

アンケだけなんて甘い甘い

ファンレター持参がファンのたしなみだ

 

487:FC会員774@おーぷん ID:mQ2

美城プロ最高って書いといたわ

 

491:FC会員774@おーぷん ID:u9T

みくにゃんのファン始めますって書きました…(小声)

 

498:FC会員774@おーぷん ID:sM7

ニュージェネ宛に書いといたよ

ファーストライブからのファンだし、ニュージェネ目当てで参加したからね!

 

499:真紅の稲妻@おーぷん ID:bim

ならばよし!

皆にはわからんかもしれんが、応援の言葉一つあるだけでアイドルのモチベは上昇するんや

なのでこういうアンケやファンレターはどんどん送って貰えると助かる

手紙書くの面倒なら事務所宛にメールしてくれるだけで全然OKやで!

さて、長いこと滞在すると叩かれるからこれで失礼するわ

ほな……また……

 

505:FC会員774@おーぷん ID:s5S

いいこと言ってるけどコイツに言われるとなんか腹立つ

 

506:FC会員774@おーぷん ID:Zm4

たし蟹

 

【管理人コメント】

管理人もバッチリ参加しましたよ!

どんな感想を書いても言葉では陳腐になってしまうので、ただ一言だけ。

346プロダクションのアイドルの皆さん、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

『七星朱鷺ってアイドルいるじゃん?』

1:名無しさん@おーぷん ID:SgW(主)

最近柔らかいと思わない?

 

2:名無しさん@おーぷん ID:Y3h

胸が?

 

4:名無しさん@おーぷん ID:SgW(主)

いや、印象がだよ!

胸の柔らかさなんて分かるわけないだろ!

 

8:名無しさん@おーぷん ID:f5N

分かりづらい書き方をするからだ

でも言われてみればそうだな

 

12:名無しさん@おーぷん ID:Rp9

なんか女の子っぽくなったよね

まぁ元々女の子なんだけどさ…

 

17:名無しさん@おーぷん ID:Pk2

もしかして女の子ではなかった可能性が…?

 

29:名無しさん@おーぷん ID:Z6i

>>17

『beam姉貴 男の娘説』が今になって再燃するのか(戦慄)

 

35:名無しさん@おーぷん ID:xQ4

前も1ヵ月くらい議論してたよなお前ら

 

36:名無しさん@おーぷん ID:nS4

男の娘が女の子らしくなったって玉取ったことになるやん…

 

41:名無しさん@おーぷん ID:r9P

意外と早く堕ちたな~(嬉しい誤算)

 

43:名無しさん@おーぷん ID:xQ4

冗談は置いといて美少女度は確実にアップしたな

前はどこか冷めたところがあったし

 

47:名無しさん@おーぷん ID:SgW(主)

>>43

やっぱそうか!

以前は怖い印象があるというか、何となく近寄り難い感じがあったけどさ

夏フェス後くらいから雰囲気が凄く優しくなった気がする

 

51:名無しさん@おーぷん ID:U8u

なにか心境の変化でもあったのかもね

 

54:名無しさん@おーぷん ID:nS4

カレシとかできたんじゃ?

 

55:名無しさん@おーぷん ID:z8D

いや、それは絶対にないって

万一そうなら相手がどんな聖人君子か顔を見てみたいわ

 

59:名無しさん@おーぷん ID:s6P

もし浮気したら殺されそう

 

62:名無しさん@おーぷん ID:dF8

命がいくつあっても足りなさそう

 

67:名無しさん@おーぷん ID:U8u

でもアレはアレでいざ付き合ったら相手に尽くすタイプな気がする

 

71:名無しさん@おーぷん ID:w8E

やってる仕事は変わんないけどなぁ

 

76:名無しさん@おーぷん ID:Wc7

バラエティ9割:本業1割という糞分配率

 

77:名無しさん@おーぷん ID:s6P

割合が低くなればありがたみが増えるというソシャゲ理論はNG

 

89:名無しさん@おーぷん ID:z6L

別に悪い変化じゃないんだからええやん

むしろアイドルとして真っ当に成長している証やろ

 

93:名無しさん@おーぷん ID:SgW(主)

それはそうなんだけど

でも前より笑顔が可愛かったりするからさ

やっぱり気になるじゃん

 

95:名無しさん@おーぷん ID:wG4

ほほう、よく見てるねぇ(ニヤニヤ)

 

96:名無しさん@おーぷん ID:y4M

あっ…ふーん(察し)

 

100:名無しさん@おーぷん ID:cL8

>>93

(スレ主は)彼女とか、いらっしゃらないんですか?

 

105:名無しさん@おーぷん ID:SgW(主)

>>100

え、そんなん関係ないでしょ

 

108:名無しさん@おーぷん ID:cL8

>>105

お前もしかして、あいつのことが好きなのか?(青春パート)

 

109:名無しさん@おーぷん ID:SgW(主)

何だお前(素)

 

115:名無しさん@おーぷん ID:wG4

多分(スレ主はトッキー大好きな)変態だと思うんですけど(名推理)

 

119:名無しさん@おーぷん ID:SgW(主)

>>115

うざってぇ…流行らせコラ!

 

120:名無しさん@おーぷん ID:y4M

三人に勝てるわけないだろ!

 

122:名無しさん@おーぷん ID:SgW(主)

馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!

 

130:名無しさん@おーぷん ID:aY3

beam語録で会話すんの草が生えるからやめろ

 

132:名無しさん@おーぷん ID:uH3

臭い連中は巣(スマ動)に帰って、どうぞ

 

136:名無しさん@おーぷん ID:Mh4

(ネキが可愛くて)あ~生き返るわぁ~!

 

【管理人コメント】

言われてみれば確かに、夏フェス後から朱鷺さんの雰囲気が変わりましたよね。

以前よりも包容力が増したと言うか、刺々しさが無くなったと言うか…。

理由はわかりませんが、とっても良い変化なので管理人的には大歓迎です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編② もやしフェスティバル

NEWガンダムブレイカーが悲しい感じで時間が空いてしまったためリハビリ作投下です……。
時期的には保育園中退後のお話になります。
ネタにさせて頂く以上、今回紹介した映画は当然全て借りて二周しました。お金と時間返して。


「やることないなぁ~。どうするよ~暇だぁ~……」

 芸能人の超クッソ激烈にどうでもいいスキャンダル報道をテレビで見ながらぼそっと呟きました。誰と誰が不倫しようが興味ないって、それ一番言われてますから。

 昼ご飯代わりに食べていた煎餅が無くなったので別のお菓子を求めてキッチンをさまよいます。

「ドーナツ見っけ! いっただっきまーす」

 冷蔵庫に保存されていたドーナツをつまんで再びリビングのソファーで横になりました。

 先日のラジコンヘリ撃墜騒動により保育園から事実上の戦力外通告を受け無事自宅謹慎になりましたが、それ以降こんなグータラな生活が続いています。前世では納期とノルマに追われ続けていた日々だったので精神的な負担は少ないのですけど、その分暇を持て余していました。

 もはやテレビを見つつネットサーフィンをしながら飯を食うだけの寄生獣に退化しつつあります。人としてこのままではいけません。

 

「はぁ~……」

 ですが七星医院での新秘孔の研究も概ね完了しています。先日のように美幼女の治療ができるのであればやぶさかではないのですが、老い先短い人達を治療しても大して面白みはありません。私にとって大事なのは両親と祖父であり、それ以外は死のうが生きようが心底どうでもいいのです。

 それにしてもやることがないというのは本当に辛いですね。前世では働かないと死に直結したので好き嫌いに関わらず猛烈に働いていましたが、なにせ今は幼女で扶養されている身。しかも両親は開業医な上に祖父はそれなりに富豪なので働かなくても一生食べていけます。

 それはそれでありがたいのですが完全にワーカホリックであった前世の影響で暇という状況にはとても耐えられないんですよ。忙しい両親に代わって炊事洗濯掃除は一通り行っていますけど、どれだけ丁寧にやっても午前中には終わってしまいます。

 前世だと暇な時は酒呑んで寝てたのでこういう事態にはならなかったんですが、今はそれもできないのでどう時間を潰そうか難儀していました。

 家政婦さんでもいれば話し相手にはなるのでしょうけど、見ず知らずの他人と長時間一緒に過ごす辛さの方が勝ります。お母さんが私の意向を無視して雇おうとしていたので断るのが本当に大変でしたよ。

 

「こうなったらアレを見るしかありませんか」

 テレビのリモコンを操作してアニメ見放題チャンネルに切り替えました。これは自宅でのお留守番時に私が退屈しないようお母さんが契約してくれたものです。

 アニメなんてオタクの方々が見るものという先入観が強い私は今まで利用したことはなかったのですけど、無為な日常にはこれ以上耐えられないので背に腹は変えられません。

 前世では36歳でしたが今は5歳なのでアニメを見たとしてもオタクには該当しないでしょう。

 

「色々ありますねぇ」

 バトル、コメディ、バイオレンスと多種多様な作品が画面に表示されます。ですが大半の作品が美少女を前面に押し出していました。元中年としてそういうものにはあまり興味が無いので硬派な作品がないか捜してみると良さげなアニメが目に付きます。

「機動戦士ガンダムですか……」

 名前は前世で聞いたことがありますが、安室とシャーがたたかう話という程度しか知識がありません。まぁどうせ子供騙しの戦争ごっこ劇でしょうけど他の萌えアニメよりはマシな可能性が高そうです。

 とりあえず数話見てみて面白くなければ切ればいいやと思い、軽い気持ちで再生してみました。

 

 

 

 それから約半年が経過しました。

「う~ん。やっぱりガンダムはファーストに限ります! 種デスなんて邪道ですよ邪道!」

 私は無事宇宙世紀主義者の害悪ガノタに退化していました。まるで即落ち二コマのようです。

 いや、でもそれは仕方ないのです。機動戦士ガンダムはそれ以前のアニメとは違い善悪で切り分けられない重厚なストーリー、敵味方問わず魅力的なキャラクター、素晴らしいメカデザインなどなど良い所をあげるとキリがありません。大人の視聴にも耐えうる濃密で絶巧な作品がガンダムなのです。

 最初はただの暇つぶしで見ていましたが、視聴していく内にその世界観に引き込まれていきました。そしてZ、ZZ、逆シャア、0080、0083、第08MS小隊、MS IGLOOなどを続けざまに見ていったのです。見放題のガンダム作品をすべて見終える頃にはガンプラを買うまでになってしまいましたよ。

 特にヅダは素晴らしい。欠陥品と揶揄されながらも戦場で燦然と輝いて消えた姿には前世の私を重ね合わせてしまいます。お陰でヅダだけでプラモを三体も買っちゃいました。

 

 また萌え系などガンダム以外の作品にも手を伸ばしたので知識が大きく偏るというザマでした。もうオタクを馬鹿にできませんね。

「『NEW GAME!』世界の会社に勤めたいな~。私もな~……」

 ポテチを手にしたままソファーに横になり、アニメを見ながらぐでたまのようにグダりました。

 あんな十代二十代の可愛らしい女性ばかりで社員同士の仲の良い職場なんて絶対ありませんよ。私の勤めていた会社なんて腐れ外道かド阿呆か、もしくは腐れ外道かつド阿呆ばかりでした。それもくたびれたオッサンか化粧の濃いオバサンが殆どです。

 

 一度だけ女性ばかりの職場で管理職をやりましたが本当に酷いもんでしたよ……。指導をすれば嘘泣きをする、仕事中におしゃべりがとまらない、お局様が若い女性をターゲットにイジメを繰り返す、何かあればすぐセクハラと訴えるなど、正にこの世の生き地獄でした。

 仕方がないので私が共通の敵になって職場環境を改善した後に退社しましたが、もう二度とあんなことはやりたくないです。胃腸が何個あっても足りません。

 なにせ女性社員は二人揃えばその場にいない者の悪口大会が始まりますからね。普段仲良くしている同僚を容赦なくディスる姿には戦慄が走りました。彼女達はなぜあんなに陰口が好きなのか、コレガワカラナイ。

 やはり時代はフリーランスです。開業医なら上司や同僚がいませんから気楽なものですよ。コツコツ勉強しているお陰で東大医学部の合格ラインには既に到達していますので、小中高大と無難にやり過ごし人生安泰コースを目指すのです。

 暇にならない程度に働いて北斗神拳で大金を稼ぎ、余暇を優雅に過ごすというのが理想のスタイルです。

 

「でも今の環境はちょっと良くないですよね。よしっ!」

 一念発起して立ち上がりました。この間発行してもらった会員カードとサイフを握りしめてお家の外に出ます。

「うう、太陽が眩しい……」

 平日のお昼に外出すると何となくニート感がありますが一応幼女の身なので職務質問は受けないはず。そのまま徒歩で最寄り駅に行きます。

 

 

 

 賑やかな駅前に着くとその近くにあるボロい雑居ビルに向かいました。目的地に到着すると『ビデオマッスル』と書かれた看板の店に入ります。 

「こんにちは~!」

「おう、いらっしゃい」

 子供らしく元気よく挨拶すると痩せこけた中年店長のけだるげな返事が返ってきました。手にしていた新聞をカウンターに置くと人懐っこい笑顔を浮かべます。

「何だ、嬢ちゃんか。こんな店に通うなんて暇だねぇ」

「やることがないんですから仕方ありませんよ」

「ははっ、そうかい。子供は時間があり余ってていいよなぁ」

「ええ、お陰で退屈しています」

「ならじゃんじゃん借りてってくれよ。今は映画もみ~んなテレビでやっちまうもんだから毎日暇なのさ」

「はい。私のお眼鏡にかなえばですけど」

「そりゃ手厳しいな」

 

 いつものように軽口を叩き合いました。このお店──『ビデオマッスル』は文字通りレンタルビデオ店です。残念ながら映画見放題の動画サイトは今の時代まだ存在していないので、映画に関してはお店で借りる他ありません。

 最近はアニメの見過ぎで完全にアニオタと化しているので映画や海外ドラマに切り替えることでオタ化を少しでも抑えようとする作戦です。

 祖父から頂いたお年玉(百万円以上)はお母さんに没収されてしまいましたが、直前に諭吉さんを数枚抜いておいたので最近ではそのお金でDVDをレンタルしていました。

 チェーンの大きなお店だと年齢の都合で親に内緒のまま会員になれなかったのですけど、個人経営のこのお店では融通が利くので秘密裏に会員登録をさせてもらったというわけです。私の両親は地元では結構有名なのでトラブルがあってもとりっぱぐれることはないと判断したのでしょう。

 

「それじゃあ色々と物色させてもらいます」

「狭い店だが自由に見てくれよ」

 お許しを頂いたので店内をくまなく探索します。ご主人の言う通り確かに広いとは言えないお店ですが、シネフィル(映画通)達に評判の良い作品は漏れなく揃っているのは流石ですね。前世で有名だったグルメレポーター風に言うと『まるで映画の宝石箱や~~!』です。

 プリズン・ブレイクの全シーズンを完走したので次に何を借りようか迷っていると、あるワゴンコーナーが目に止まりました。

「すみません、この『阿鼻叫喚&血反吐地獄! 逆おすすめコーナー』って何ですか?」

 確か前回来店した時にはなかったはずなんですけど。

「ああ、そのコーナーかい。それは俺が視聴して、明らかに映画としての水準を満たしていないアレな作品を晒し上げてんだよ。温厚な俺でも見ててキレたやつをな」

「へぇ……」

 ワゴンの中を覗くと見るからにヤバ気な作品が密集していました。

 サメ、ゾンビ、モンスター、ナチス、サメ、ゾンビ、モンスター、ナチス……。映画の素人である私の目線で見ても『無いわ……』と感じさせるものばかりです。

 ですが映画をこよなく愛するご主人がこれだけ徹底してディスる作品というのも逆に興味が湧いてきました。

 

「どれどれ」

 とりあえず某世界的ヒーローのパクリだと思われる『メタルマン』、これまた某超有名ハリウッド映画のパクリ(推測)である『トランスモーファー』、映画史上最強最悪という殴り書きのポップが貼られた『恐怖! キノコ男』をカゴに入れます。それを見て店長の顔色が変わりました。

「いや、俺が作っといてアレなんだけどな。その作品は借りないほうがいいぞ」

「そんなにヤバいんですか?」

「ああ、この俺が保証する。ストレスで憤死したくなければ止めておけ」

「えぇ……」

 その表情はこれまでになく真剣でした。ですがここまでクソミソに言われると益々興味が湧いてしまいます。人はやるなと言われることは逆にやりたくなってしまうものなのです。

「いえ、大丈夫です、お借りします」

「……わかった。だがノークレームノーリターンだからな」

「いや、レンタルDVDですから! リターンはしますよ!」

「ちっ……」

「今露骨に嫌な顔をした!」

 シネフィルの店長にここまで嫌われる作品達……私、気になります!

 

 

 

 その次の日、お父さん達が出勤したのを見計らってから映画鑑賞に入りました。

 店長は大げさに言ってましたけど、一応商業映画として世間に出回ってるんですから最低限のクオリティは保証されているのではないでしょうか。

 そんな淡い期待を込めてBDレコーダーに挿入したDVDを再生しました。軽い気持ちで選んだのは店長逆オススメ一位の『恐怖! キノコ男』です。わくわく、わくわく。

 

「……………………」

 再生後、84分の上演時間が過ぎました。映画にしては短いですが私には無限の地獄のように感じられます。スタッフロールが唐突に流れるとようやく正気を取り戻しました。

「ファッ!?」

 え、これマジ? いや、ホント正気?

 今の今まで私の想像を軽く凌駕する狂気映像が液晶テレビに映し出されたのです。そりゃあ動揺もしますって。この映画が商業作品として世に出たことが一番のホラー現象です。

 

 映画のあらすじですが、どんな生物も凶暴化させる液体を開発した科学者が静養のため郊外のペンションを訪れた際に転んでしまいます。その時バッグからこぼれた液体が野生のキノコに流れ落ち、新たに誕生した凶暴なキノコ男が殺戮を行うというものでした。これだけなら他の凡百なB級ホラー映画と変わりありません。

 ですが本作は一味も二味も違います。8mmビデオ並みの画質、初代PS未満のCG、突っ込みどころしか無い脚本及び演出、カカシが名俳優に思える程の演技力……枚挙に暇がありません。

 これをB級映画と評するのは良質なB級映画に対して失礼でしょう。いや、これを映画と評するのは映画の神様に大変失礼です。よって私はこれをZ級問題映像にカテゴライズしました。

 店長、貴方の判断は間違っていませんでしたよ。私は今猛烈に後悔しています。

 

「はぁ……はぁ……」

 あまりのヤバさにメンタルが大きく削られてしまいました。視聴するだけでダメージを与えるとか只者ではありません。これは新手のスタンド使いによる攻撃ではないでしょうか。

 でも何でしょう、この感覚は。何だかとても懐かしい感じがします。これはそう、以前勤めていたハイパーブラック企業でいびられていた時に感じたストレスと似たものが……。

 確かに嫌なのですが、同時に懐かしさも感じるのでクソ映画の視聴を止められません。気づくと『メタルマン』と『トランスモーファー』も再生していました。

「フ、フフ……」

 キノコ男には及びませんがいずれも店長が逆オススメするだけあり無残な出来です。これを映画と主張するのは映画の神様に喧嘩を売るのと同等でしょう。ですがそのストレスが心地良い。

 ぬるま湯に浸かっていた私に必要な刺激。それがクソ映画だったんですよ!

 

 

 

「こんにちは~」

「……ああ、また来たのかい」

 ビデオマッスルの店長さんが呆れたように呟きます。このところは週三ペースでクソ映画を借りにしているので仕方ありませんね。

「あのなお嬢ちゃん。世の中にはさ、心から感動する素晴らしい映画がいっぱいあんのよ。こんな産業廃棄物をわざわざ借りる必要なんて無いんだぞ」

「仰っしゃりたいことは良くわかります。ですが今の私にはクソ映画が必要なんですよ」

「すまない、言っている意味がわからん」

 ぬるま湯の海に浸かりきらないためにもクソ映画は欠かせません。だって生きる上には適度なストレスも必要不可欠なのですから。

 

「はぁ……。じゃあこんなのはどうだ?」

「おおっ、それは!」

 日本映画史上の伝説になっている実写版デビルマンです! 私も噂には聞いていますけど実物はまだ見たことがありません。

「クソ映画界の巨塔じゃないですか! ぜひお借りします!」

「……わかったわかった。やれやれ、どうせ見るなら俺としては『パルプ・フィクション』や『グッドフェローズ』、『地獄の黙示録』といった名作を見てもらいたいもんだがね」

「いや、どれも5歳の女児に薦める作品じゃないでしょう……」

 花も恥じらう乙女なんですからアナ雪とかにして下さい。

 

 

 

「~~♪~♪」

「そんじゃな~」

 ルンルン気分で帰宅しようとするとキッズケータイが振動しました。画面を確認すると相手はお母さんのようです。無断で外出しているので若干の緊張と共に通話ボタンを押しました。

「もしもし」

「あ~朱鷺ちゃん。良かったわ~。うちの電話にかけても出なかったから心配したのよ~」

「ト、トイレに行ってたからかな? それで何の用?」

「今日はちょっと帰りが遅くなりそうなの~。だからちょっとお使いを頼まれてくれない?」

「うん、いいよ」

 

 了承すると買うもののリストが口頭で伝えられました。トマト三個、ベーコン二百グラム、牛乳一パックとのことです。内容から考えて恐らく明日の朝食なのでしょう。お使い自体は問題ないのですが、懸念すべきはどこで買うかです。

「それじゃあ、近所のイーオンでいいよね?」

 さらっと重要事項を確認します。最寄りのスーパーであれば特段問題はありません。

「あらあら、駄目よ~。ちゃんとファーストクラスショップで買ってね。支払いはカードを使っていいから」

「いや、あそこメッチャ高いじゃん。品質だって大して変わりないんだし……」

「うふふ。駄目ったらダメ♥ もし違うところで買ったらお小遣いなしよ♪」

「アッハイ」

 優しく話してはいますが断固として譲らないオーラが電話越しにも伝わりました。5年間一緒に暮らしてきましたのでもう察することができます。

「それじゃあね~♪」

 言いたいことを言ってから切りやがりました。はぁ、またあそこのお店ですか。気が重いです。

 

 重~い足取りでファーストクラスショップの前に着きました。やたらとハイソなデザインの気取った店です。スーパーと言うよりか海外の高級ブランド店って感じがしますね。精神的にはド底辺層である私の趣味ではありません。

 カゴを手にしてから店内に入りました。カゴすらシャレオツなのが癪に障ります。

「いらっしゃいませ~♪」

「うっ!」

 入店早々店内の雰囲気に気圧されました。買い物客はファッションや化粧にバリバリ気を遣っているセレブ達ばかりです。普通のスーパーにいるようなオバちゃんは影も形もありません。

 早速帰りたくなりましたがミッションは果たす必要があります。しょぼくれたままトボトボと歩き始めました。

 

「トマト~トマト~。トマトを食べるのちょっとまっとって~」

 入口付近にある青果コーナーからトマトを探すとすぐに見つかりました。手に取って値段を確認します。

「こだわり有機栽培オーガニックトマト、一個五百円ですか。……え、一個?」

 目をこすってもう一度値段を見ましたが当然変わるはずがありません。

 ファッ!? いくらオーガニックでもボリ過ぎやんけ! そう思いましたがお客達は気にせずカゴに放り込んでいきます。

 五百円あればセール中のもやしが二十袋は買えますよ。贅沢に一日三袋食べたとしても7日くらいは生き延びられるんです! それをこんなトマト一個に支払うだなんて……。餓死寸前ラインを這いずり回ってきた私のプライドが許しません!

 

「くっ……」

 震える手でトマトを三個手にしました。悲しいかな扶養家族である私には親に逆らう権利がありません。プライドは許さなくとも買わなくてはいかんのです。

「はぁ、はぁっ!」

 続く牛乳もこれまた酷い。全てオーガニック限定で最低価格でも一リットル六百円です。こんなのスーパーの廃棄を貰えばタダなのになぁ……。

 子供の健康のためにオーガニック食品にこだわっているのには感謝していますが、その気遣いが今私を猛烈に苦しめていました。

 

 懸念していた通りベーコンもやはりヤバイです。二百グラム千五百円なんてステーキを超えてるじゃないですか、こんなの!

「ふ、ふふ……。そうだ、きっとこのスーパーだけハイパーインフレが起きているんですよ。だから価格が高いんです。決済通貨はジンバブエドルに決まっています!」

 自己暗示を掛けながらレジに急ぎます。その途中で鮮魚コーナーが視界に入ってしまいました。

「マグロの刺身……。三百グラム一万四千円……」

 その価格を見た瞬間、視界が完全にホワイトアウトしました。金銭感覚こわれる! 金銭感覚こわれちゃ~う!

 

「ただいま……」

 誰もいない自宅に戻りました。購入したものを冷蔵庫に入れ借りたDVDを自室に隠してからベッドに倒れ込みます。大貧民として育った私には刺激が強すぎですよ、あの光景は。

 お金持ちと言われる人達はきっと成城岩井で値段を気にせず買い物をするのでしょうね。もちろん貧乏性の私にそんな芸当はできません。チーズの値段を見ただけで卒倒しますしお惣菜の値段を見て憤慨します。一体なんですかあのクソ強気設定。

 でも買う人はいるんですよねぇ。お金はあるところにはあるものです。

「よしっ!」

 少し休んでから再び立ち上がりました。毒の強い光景を見たので浄化しなければいけません。

 

 

 

「はっ!」

 家を抜け出して隣の埼玉県に来ました。電車賃がもったい無いので北斗無想流舞で瞬間移動しています。目撃されると都市伝説になるので人目につかないルートを選択しました。

『翔んで埼玉』では散々ネタにされてますけど私は好きですよ、埼玉。草加せんべいや十万石まんじゅうはとても美味しいですし、何と言ってもあの小江戸・川越がありますからね。

「さて、行きますか」

 気合を入れてから『驚安の王宮 ユートピア』と書かれた看板のお店に入ります。

 

 なぜわざわざ埼玉県にまで足を伸ばしたのか、その理由はこのお店にありました。ここは日本でも屈指の激安スーパーとして知られておりお金がない人達から名の通り楽園と評されています。

 確かにどの食材も原価が割れているのではと疑いたくなるほど安いんですよ。その分品質は値段相応でして、衛生的なアレで過去に数度の立ち入り検査や営業停止処分を受けながらも不死鳥のように蘇っていました。ちょっと眠ってろお前。

 そんなお店ですから当然客層は推して知るべしです。ですが私にとっては懐かしさすら覚える微笑ましい光景なので、ファーストクラスショップでダメージを負った時にはこのお店で心を癒やすことにしていました。

 

「おお……ファンタスティック!」

 店内に入ると心温まる光景が広がっていました。

 やたらと殺気立った店員さん、店内を徘徊する死にかけの高齢者、クレジットカードが使えずキレるチンピラ、騒ぎ立てる酔っぱらいのオッサン、よくわからない言語でわめき散らす外国人、カートで爆走するオバちゃん、奇声を発する茶髪のクソガキ共などが奏でる超不愉快な不協和音が素晴らしい。正にびっくりするほどディストピアです。

「これです、この社会の底と言った雰囲気! フフ……この風……この肌触りこそ底辺よ!」

 超クッソ激烈に優しい両親に囲まれてヌクヌクと暮らしているとスラムドッグ時代を忘れてしまいますので、たまにはミリオネアであることを忘れ自我を取り戻さなければいけません。今は優しいですがいつ豹変して捨てられるかわかったものじゃないですし。

 

「フフフンフフーン♪」

 ご機嫌で店内を物色します。ああ~いいですねぇ、何の肉か不明なメンチカツとか絶対国産米でないであろう三角ちまきなどの怪しい食品を見ると心が洗われるようです。いや、別にディスってる訳じゃないですよ、心から称賛しているんです。

 買って帰ったらお母さんからフルボッコ確定なのでお買い物はできないですけど、眺めているだけでも癒やされていきます。ほら、この某国産冷凍鶏もも肉なんて安すぎて不安になってくるからたまらないですよ!

 

「あれ?」

 そんな感じでテンションを上げて徘徊しているとパーカーを着たちびっちゃい子が途方に暮れていました。いや、私もちびっちゃいんですけどね。

 年齢的には同い年くらいな感じがします。茶髪のツインテールが特徴的な美幼女でした。

 暫く眺めていましたが相変わらずしょぼくれています。店員さんはチンピラと酔っぱらいの対処でいっぱいいっぱいなので彼女に気付いていすらいませんでした。

 

 美幼女だからといって他人に関わるのは望ましい行動ではありません。先日もありさ先生を助けようとして結果的に保育園をクビになったじゃないですか。なのでスルーがベストな対応です。

 リフレッシュも済んだので美幼女を放置して店外に出ます。気になって振り返ると未だにまごまごしていました。私には関係ない、私には関係ない、私には関係ないと心の中で唱え続けます。

「でも……」

 再び数歩歩き出してから止まりました。

「ありさ先生ならこんな時は『あの子を助けてあげて!』って言いますよね」

 踵を返してお店に戻ります。どうやらあのお節介が私にも伝染ってしまったのでしょう。本当に迷惑なことです。

 

 

 

「どうしたんですか?」

「えっ……!?」

 美幼女に優しく声を掛けましたが後ずされました。まぁ赤の他人ですから仕方ありません。

「驚かせてすみません。何だか悩んでいるようなので声を掛けさせて頂きました」

「え~! なんで私がなやんでることわかるんですか~!」

「いや、見てればわかりますよ……」

 だって初めてのお使い並みの挙動不審さだったんですから。

「それで、なにか悩みごとがあるんですか?」

「……こんしゅうからおかーさんがあかちゃんをうむためににゅういんしたんですけど、そのあいだのかじは私がやることになって……。でもおうちはおかねがあまりないから、どんなごはんをつくればいいのかなってなやんでました」

「なるほど、それで途方に暮れていたんですね」

 予想よりも深刻ではなくてホッとしました。ネグレクトされて家出してきたとか言われたら重過ぎてどうしようかと思いましたよ。

 

 お金に困っている幼児を見ると前世の自分を重ねてしまいます。家族大好きで他人はアウトオブ眼中な私ですが、とても人事ではないのでこの子の手助けはしてあげたいと思いました。

「わかりました、それでは日本有数の激安スーパー通である私がとっておきの節約料理をご紹介しましょう!」

「ホントですか! やったー!」

「ささ、まずはこっちです」

 彼女を連れて入口付近の冷蔵コーナーに移動します。そしてお目当ての食材を手に取りました。

「安くてボリュームがある。それならばもやし一択です! もやしがあれば何でもできる!」

「もやしですか? あんまりえーよーがなさそうですしおいしそうでもないですけど……」

 その一言を聞いて私のスイッチが入りました。

「何ですかその態度は! 謝りなさい!! もやしの神様に謝りなさい!!」

「え? ええ?」

 ツインテ美幼女の狼狽する姿を見て正気に戻りました。いかん、危ない危ない危ない。

 

「……コホン、失礼しました。ではもやしに栄養がないという誤解を解きましょう。

まずもやしに含まれるビタミンCは老化防止やがん予防、ストレス対策に効果的です。そして豆の部分には良質なタンパク質を含むため筋肉や皮膚、髪などを正常に保つ効果もあります。またアミラーゼと呼ばれる消化酵素もあるので胃もたれや胸焼けを防ぐ効能もあるんですよ。

「へぇ~、そうなんですかぁ~!」

「他にも貧血予防や疲労回復効果もあります。他の食材と上手く組み合わせることで必要な栄養を網羅できるというわけですね」

「うっうー! もやしってすごいです!」

 ツインテ美幼女が目をキラキラさせていました。ヤバい、超かわいい。抱きしめたい。

 

「そして食材としても超有能なんです。何せ大抵の食材と相性が良いですし、煮てよし焼いて良しなんですよ。更に二~三週間は冷凍保存できますので安い時に買いだめして冷凍しておけば食べるものには困りません!

 実際、幼少期頃はセールに殺到するベテラン主婦をいなしながら1円のもやしを買い占めしていました。叩き売りされた製造会社の方には申し訳ないのですが、幼少期に餓死寸前だった私がここにいるのはこの白くて細っこいもやし達のお陰なのです!」

 サンキューモヤシ。アイラブモヤシ。フォーエバーモヤシ。

「がしってなんですか?」

「貧乏すぎて食べるものがなく、そのまま死んじゃうことですよ」

「いのちをすくうなんて、もやしはかみさまです!」

「そうですよ。もやしは神様が地上に遣わした天の恵みなのです……」

 そのまま小一時間程もやしの素晴らしさを説いて聞かせました。最終的には二人してうっとりともやしを眺めるレベルに進化しましたよ。でも傍から見たら怪しい宗教みたいですね。

 

「それではもやしをメインとして、サブ食材の買い出しに行きましょう」

 そこまで言ってから重要な事実に気付きました。

「そういえば自己紹介がまだでしたか。私は七星朱鷺と申します。貴女は?」

「高槻やよいです!」

「それでは行きましょう、やよいちゃん!」

「わかりました!」

 その後は高槻家の予算を確認しながら食材確保に走りました。たまたま店長がいたので「私達貧乏過ぎて倒れそうなんです! 助けて下さい……!」と泣きついたら大幅に値引いてくれましたよ。こういう時は幼女ボディも悪くありませんねぇ、ファファファ!

 

「レシピはこのノートに纏めたので確認しながら作って下さい。私の秘蔵のレシピですからきっとプロ並みの味が出せますよ」

 やよいちゃんは携帯を持っていないので、近所のコンビニで買った大学ノートに一通りレシピを書いておきました。小さい子供なので火を使う料理は避け電子レンジやホットプレートを活用した内容にアレンジしています。

「うっうー! ありがとうございました、ときちゃん!」

「これくらいどうってことないですよ。お父さんに美味しいご飯を作ってあげて下さい」

「はい! きょうはもやし祭りです! ほんとーにありがとう!」

 お店の前で笑顔の彼女と別れました。やはりいいことをすると気持ちがいい。

「でも随分時間がかかりましたね。もう真っ暗じゃないですか」

 ん? 何か大事なことを忘れているような……。そう思った瞬間私のキッズケータイが無情にも鳴り始めます。確認すると発信番号は家の電話と同じものでした。超クッソ激烈に嫌な予感がしますが出ないわけにもいきません。

 

「も、もしも~し?」

「こんばんは~、朱鷺ちゃん♥ 今何時なのかな?」

「じゅ、19時です……。遅くなるって言ってたけど、結構早かったね!」

「予定が変わったからそうなったのよ。それで……」

 謎の溜めが入ったのでゴクリと唾を飲み込みます。

「夜は危険だから一人で出歩いちゃいけないって何度も言っているのに、こんな時間までどこをほっつき歩いているのかな? かな?」

「えっと、これにはマリアナ海溝よりも深い事情が……」

「うふふふ。言い訳は地獄で聞くわね~♥ だから早く帰っていらっしゃ~い♪」

 次の瞬間通話が切られました。無情な音だけがスピーカーから聞こえます。

「はぁ……」と軽く溜息をつきます。これは絶対に長時間お説教コースですよ、間違いない。

「あの~~。わたしぃ~、今日はおうちに帰りたくないの~♥」

 お持ち帰り希望のOLのような呟きは虚しく消えていきました。

 

 

 

 

 

 

 そんなドタバタ劇が現世の幼少期にありましたが、時計の針は『シンデレラと星々の舞踏会』後に進みます。この頃にはもやしの件なんて綺麗サッパリ忘れていました。

 あの時出会った高槻やよいちゃんが765プロのアイドルになっていたことは後で気付きましたがお仕事で共演する機会は中々ありません。向こうは私なんてとっくのとうに忘れているでしょうけど、あの時のことがありましたので私は彼女をひっそりと応援しているのです。

 

 今日もやよいちゃんのインタビューが掲載されたアイドル誌を購入し、自室のベッドに寝転んでドクペを飲みながらパラパラと記事をめくっていました。

 お、あったあった。

「ブフォアッ!!」

 インタビューページを見た瞬間口にしていたドクペを吹き出しました。

「た、炭酸がぁぁぁぁ~~!!」

 ちょうど最悪のタイミングで気管に入ったので悶え苦しみます。暫くしてから冷静になりました。そしておそるおそる恐怖の記事を目にします。

 

「もやし好きで広く知られる高槻やよいさん、そのルーツは346プロ所属アイドル、七星朱鷺さんにあった……」

 何言ってんだやよいィィーーーー!!

『幼少期の朱鷺ちゃんは凄く貧乏でもやししか食べていないって言ってました! だから私がお金がなくて困ってた時、もやしの素晴らしさを教えてくれたんです!』

 いや、確かに言いましたけどこんな公式の場で話さなくてもいいじゃないですか……。それにこんなことを書かれたらまた幼少期の謎が深まりますよ。

 その後はインタビューの趣旨を考慮せずにもやしがいかに素晴らしいかを熱心に説いています。お、ちゃんとろくろを回すポーズもしてますね。

『うっうー! だからもやしは神様なんです! もやしは天の恵みなんです!』

「…………」

 最後まで読んでから雑誌をパタンと綴じます。

「よし、見なかったことにしましょう」

 こうしてもやしの件はひっそりと歴史の闇に葬られ……ませんでした。残念ながら。

 

 何とその記事を見たもやし製造会社の幹部さんが私達に目をつけたのです。知名度が高い割にはギャラが安い我々を利用して自社のもやしを宣伝しようとしたのでしょう。後日正式に仕事のオファーが来ました。

 美城常務が止めてくれるのではと期待しましたが、何故かトントン拍子で話が進んでしまい結局もやしの宣伝をすることになってしまいました。

 何でも765プロと346プロがコラボして、私とやよいちゃんをもやし製造会社の広告塔として全面的に売り出すそうです。『もやっしー』というオリキャラの着ぐるみを着てCMに出演することも決まりました。

 これにより、晴れて私のアイドル属性に『もやし』という謎項目が追加されたのです!

 

 どんな判断だ。金をドブに捨てる気か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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346アイドル速報(その6)

4章序盤のまとめです。


『RTA CXを語るスレpart114』

3:名無しのげえむ@おーぷん ID:Tmt

今回も神回やったね…

 

5:名無しのげえむ@おーぷん ID:e4o

毎回滑らんなぁ!

 

23:名無しのげえむ@おーぷん ID:xv2

今回はドラクエⅢだからきっとやらかしてくれると俺は信じてたよ

 

26:名無しのげえむ@おーぷん ID:54k

じゅうべえ回を見た後にDQ3見ると傑作過ぎて泣けてくる

やっぱこっちは名作なんやなって…

 

29:名無しのげえむ@おーぷん ID:dj2

奇跡的なタイミングで致命的な運の悪さを発揮する芸人の鑑

 

54:名無しのげえむ@おーぷん ID:4re

序盤からこんな運悪いRTA初めて見たわ

 

57:名無しのげえむ@おーぷん ID:Tmt

むしろこの運の悪さが奇跡じみてる

 

103:名無しのげえむ@おーぷん ID:xv2

コイツいつも祈ってんな

 

105:名無しのげえむ@おーぷん ID:1j4

コイツいつも逃げミスしてんな

 

111:名無しのげえむ@おーぷん ID:dj2

力は強いけど祈祷力が圧倒的に足りない(涙)

 

154:名無しのげえむ@おーぷん ID:yks

タイムロス気にするとかRTAみたいだった

 

162:名無しのげえむ@おーぷん ID:08j

>>154

は?(威圧)

RTAだろ、いい加減にしろ!

 

166:名無しのげえむ@おーぷん ID:e4o

え?ちょっと早い実況プレイじゃなかったんですか?

 

203:名無しのげえむ@おーぷん ID:yks

二歩エンカとはたまげたなぁ

 

221:名無しのげえむ@おーぷん ID:jby

はぐれメタルに蛇蝎のごとく嫌われるアイドルの屑

 

229:名無しのげえむ@おーぷん ID:xn2

>>221

三連続遭遇で三連続全逃走は笑う

 

231:名無しのげえむ@おーぷん ID:4is

あれはコントローラー割ってもしゃーない

 

243:名無しのげえむ@おーぷん ID:jf9

バラモスの行動パターン間違えたのは本当に草

 

245:名無しのげえむ@おーぷん ID:Tmt(主)

いつもにましてガバガバですねぇ…

 

246:名無しのげえむ@おーぷん ID:03j

本番一発撮りだからしゃーない

 

269:名無しのげえむ@おーぷん ID:kba

個人的にはプレイより主観の入った偏見だらけの解説が大好き

 

271:名無しのげえむ@おーぷん ID:8tr

憎悪がにじみ出ててイイネ!

 

275:名無しのげえむ@おーぷん ID:03j

わかりやすい解説誇らしくないの?

 

276:名無しのげえむ@おーぷん ID:xtz

5時間喋りっぱなしで話の内容も面白いとか純粋に凄い

 

279:名無しのげえむ@おーぷん ID:eo8

勇者の武器は勇気(マトリフ師匠)

beam姉貴こと朱鷺ちゃんは勇気が溢れている

つまり朱鷺ちゃんは勇者だった…?

 

287:名無しのげえむ@おーぷん ID:lqd

>>279

ジョブ的には暗殺者なんだが…

いつサーヴァントとして出てきてもおかしくないレベル

 

321:名無しのげえむ@おーぷん ID:ret

ちょくちょく入るADのドS発言で草萌ゆ

 

322:名無しのげえむ@おーぷん ID:d5t

RPGだとレベル上げとかでどうしても単調になりがちだからね

アクセントとして素晴らしいと思うなぁ

 

326:名無しのげえむ@おーぷん ID:8ii

あの二人の距離感いいよな

しっとりしていて、それでいてベタつかないスッキリした関係

 

327:名無しのげえむ@おーぷん ID:qnt

ミスタードラゴンが後日大幅記録更新すんの毎回笑うwww

 

329:名無しのげえむ@おーぷん ID:6fx

姉貴が5時間20分位だったのに後日4時間切りやってんだよなぁ

 

332:名無しのげえむ@おーぷん ID:n6e

忙しいADの身で平然とRTAをこなすとかもはや超人の域ですわ

 

407:名無しのげえむ@おーぷん ID:e07

本編も面白かったけど格ゲーのアフレコが一番笑った

 

409:名無しのげえむ@おーぷん ID:i65

>アイビスちゃん

おっ、令嬢キャラなんだな。こういう演技も全然いけるやん!

やっぱり品があって可愛いんじゃあ~

でもなんでわざわざトッキーをキャスティングしたんやろか?

>鮮血のアイビス

あっ…(察し)

 

413:名無しのげえむ@おーぷん ID:pn8

あの緩急で変な笑い出た

 

417:名無しのげえむ@おーぷん ID:e4o

朱鷺さんが楽しそうで何よりです

 

419:名無しのげえむ@おーぷん ID:rab

ウチのマルチーズがすごい勢いで吠えだしたんだよなぁ…(警戒心MAX)

 

423:名無しのげえむ@おーぷん ID:jrg

一瞬二重人格なのかと疑った

そのうち平常運転であることを悟った

 

431:名無しのげえむ@おーぷん ID:w7a

ビッチとシットとファックを連呼する清純派アイドルがいるらしい

何だこれは、たまげたなぁ

 

440:名無しのげえむ@おーぷん ID:pn8

>>431

だ、台本に書いてあっただけだから(震え声)

 

442:名無しのげえむ@おーぷん ID:8af

イギリス名家のご令嬢(15歳)から嗜虐性殺人鬼役だからギャップはしゃーない

でも完璧に演じ分けしてて凄いと思った(粉みかん)

 

443:名無しのげえむ@おーぷん ID:82d

戦闘スタイルもぜんぜん違うみたいだし、今からロケテが楽しみや!

 

448:名無しのげえむ@おーぷん ID:af3

アイビスと鮮血のアイビスが壊れ性能なキャラに仕上がってそう

 

451:名無しのげえむ@おーぷん ID:rab

原作(現実)再現するとそうなるから困る

 

456:名無しのげえむ@おーぷん ID:yq3

でもこれで演劇や声優部門でも活躍できることがわかってよかった

 

458:名無しのげえむ@おーぷん ID:jrg

次世代のプ○キュアはこれで決定やな!

 

459:名無しのげえむ@おーぷん ID:kaz

中の人が生身で戦えってずっと言われそう

 

467:名無しのげえむ@おーぷん ID:q58

あんまりいじりすぎると可愛そうになってくるから止めろ

 

471:名無しのげえむ@おーぷん ID:mdl

一応相手は中学生の女の子なんだからさ

アレだから酷いこと言ってもいいって思い込みは、やめようね!

 

473:名無しのげえむ@おーぷん ID:z81

小学生男子と同じじゃないか

好きな子には色々意地悪してしまう感じ

 

474:名無しのげえむ@おーぷん ID:ona

男なんて何歳になろうが精神年齢は中学生のままだからね

仕方ないね

 

476:名無しのげえむ@おーぷん ID:0xu

ネタでは色々言ってるけど、ホントは皆大好きなの、俺知ってるんですよ~

 

481:名無しのげえむ@おーぷん ID:03c

(好きなのは)当たり前だよなぁ?

 

483:名無しのげえむ@おーぷん ID:0xz

でもアレのファン層って普通とアイドルとちょっと違う気がするよね

 

489:名無しのげえむ@おーぷん ID:kaz

せやな

マイノリティーと言うか日陰者と言うか…

これ以上は自虐になるから止めとく

 

491:名無しのげえむ@おーぷん ID:9tu

朱鷺さんは他の子みたいに明るくて優しくて可愛いだけじゃないんだよな

なぜかは知らんが心の闇が外にまで溢れ出てる感がある

だから程度の差こそあれ、現実で辛い目に遭ってきた人達が彼女に惹かれるのかも

 

493:名無しのげえむ@おーぷん ID:0n9

何となく分かるわ

現実なんて本当にクソみたいで苦しくて辛いだけだけどさ、アレ見て笑うことでまた明日頑張ろうかって気になってくるよ

だから結構感謝してる

 

497:名無しのげえむ@おーぷん ID:0n9

ウチの引きこもり兄貴が立ち直ったのも姉貴のお陰だからなぁ

コメットのライブ行くためにも社会復帰するぞって言って今では普通に働いてる

一生足向けて寝られないって

 

506:名無しのげえむ@おーぷん ID:z81

>>497

(真面目な話になってきてるけど)おっ、大丈夫か、大丈夫か?

 

508:名無しのげえむ@おーぷん ID:k6n

な、涙が出ますよ…

 

511:名無しのげえむ@おーぷん ID:oiw

現世に舞い降りた救世主じゃないか!

 

514:名無しのげえむ@おーぷん ID:e4z

なお本人は今週の映画紹介でセイウチと人間を合体させる狂気の映画を嬉々として語ったもよう

 

519:名無しのげえむ@おーぷん ID:8h1

>>514

私自身がセイウチになることだ!とセイウチファイト、レディーゴー!は流石に草草の草

 

522:名無しのげえむ@おーぷん ID:a8q

先週の武器人間レビューといい、人間と何かを合体させるB級ホラー大好きすぎだろ

 

527:名無しのげえむ@おーぷん ID:oiw

やっぱりあの子頭おかしい…(褒め言葉)

 

【管理人コメント】

朱鷺ちゃんのお陰で私もすっかりB級映画にハマってしまいました。

ハリウッドの大作映画もいいですが、限られた予算でいい映画を作ろうとしている製作者達を見ると「頑張って!」と応援したくなります!

ただしキノコ男、テメーはダメだ(憤怒)

 

 

 

 

 

 

『筋肉でドン! マッスルキャッスル まったり実況スレpart2』

2:名無しでいいとも!@おーぷん ID:iuw

風船早割り対決ってもう嫌な予感しかしない

 

4:名無しでいいとも!@おーぷん ID:nh3

トッキーがいる時点でね…

 

10:名無しでいいとも!@おーぷん ID:gvl

もう勝負付いてるから(無情)

 

19:名無しでいいとも!@おーぷん ID:7b6

おっ、ハンデ付けるんだ

まぁ当たり前といえば当たり前か

 

43:名無しでいいとも!@おーぷん ID:fq8

計二百キロの重りwww

 

46:名無しでいいとも!@おーぷん ID:24q

天下一武道会の悟空かな?

 

49:名無しでいいとも!@おーぷん ID:g4l

アイドルに二百キロとか中々狂ってるよなぁ

 

57:名無しでいいとも!@おーぷん ID:8vl

でも安心できないところが罪深い

 

104:名無しでいいとも!@おーぷん ID:iuw

!?

 

111:名無しでいいとも!@おーぷん ID:gfd

????

 

129:名無しでいいとも!@おーぷん ID:5eq

ファッ!?

 

136:名無しでいいとも!@おーぷん ID:nh3

風船が急に吹っ飛んだんですがそれは…

 

145:名無しでいいとも!@おーぷん ID:7b6

>たかが二百キロ程度で止められるほど私はヤワではありませんので

もうやだこのアイドル

 

149:名無しでいいとも!@おーぷん ID:5eq

化物かよ!!

いや、化物だったな…

 

156:名無しでいいとも!@おーぷん ID:jxo

動けるにしても多少動きが鈍るっておもーじゃん

 

159:名無しでいいとも!@おーぷん ID:gfd

スロー映像キタ

 

163:名無しでいいとも!@おーぷん ID:pn9

これ本当にスロー?

 

164:名無しでいいとも!@おーぷん ID:1xb

普通にシュコンシュコン空気入れてて草生える

 

165:名無しでいいとも!@おーぷん ID:1c6

完全に真顔で草

 

167:名無しでいいとも!@おーぷん ID:yrp

>超スローにしてやっと普通の人と同じくらいの速さだったみたいです

すみませんでした、もう朱鷺さんをネタにするの止めます

だから命だけは助けて下さい

 

169:名無しでいいとも!@おーぷん ID:raw

ま~た伝説がmytubeで世界中に拡散されてしまうのか

 

171:名無しでいいとも!@おーぷん ID:1xb

lol(海外勢)

 

175:名無しでいいとも!@おーぷん ID:5s4

セクシーギルティは相手が悪すぎましたね

 

177:名無しでいいとも!@おーぷん ID:8yh

最近は清純派アイドルっぽくなってきたって褒めてたのにこれだよ!

 

178:名無しでいいとも!@おーぷん ID:wn2

国が頭下げてオリンピックに勧誘するだけのことはある

 

181:名無しでいいとも!@おーぷん ID:1nu

球技以外は出た時点で勝利確定だからな

手っ取り早く金メダルを稼ぐにはネキは不可欠

 

200:名無しでいいとも!@おーぷん ID:sj5

マシュマロキャッチ対決…

 

203:名無しでいいとも!@おーぷん ID:16o

ダメだ、さっきの光景が目に焼き付いて離れないw

 

207:名無しでいいとも!@おーぷん ID:ogt

やっぱ国防にはトッキーのクローンが必要だよ

 

209:名無しでいいとも!@おーぷん ID:qpd

だからクローンに反逆されて人類滅亡するって結論になっただろ!

いい加減にしろ!

 

211:名無しでいいとも!@おーぷん ID:n2m

クローンニキはいい加減くどいから帰って、どうぞ

 

214:名無しでいいとも!@おーぷん ID:6e1

はいまたハンデ

 

217:名無しでいいとも!@おーぷん ID:8n2

二百キロ+フルプレートアーマー

 

220:名無しでいいとも!@おーぷん ID:4db

かつてバラエティでここまで過酷なハンデを強いられた出演者はいるだろうか

いやない(反語)

 

241:名無しでいいとも!@おーぷん ID:vx5

装着オワタ

 

245:名無しでいいとも!@おーぷん ID:iuw

動く度にガシャンガシャン鳴っててワロス

 

247:名無しでいいとも!@おーぷん ID:9sa

事前情報無しでこの番組見たら児童虐待にしか見えんな

 

249:名無しでいいとも!@おーぷん ID:h5e

これアイドル番組だよね?

 

252:名無しでいいとも!@おーぷん ID:15n

そうだよ(困惑)

 

256:名無しでいいとも!@おーぷん ID:ziy

俺は一体何を見せられているんだろう

 

279:名無しでいいとも!@おーぷん ID:pkb

ああ、セクシーギルティで和む

ここだけアイドル番組

 

301:名無しでいいとも!@おーぷん ID:utq

コメットのターン!

 

302:名無しでいいとも!@おーぷん ID:xs8

ほたるちゃんがんばえ~!

 

304:名無しでいいとも!@おーぷん ID:vx5

あっ

 

317:名無しでいいとも!@おーぷん ID:ih9

せ、成功…!?

 

318:名無しでいいとも!@おーぷん ID:sr1

え、今のマジで?

 

323:名無しでいいとも!@おーぷん ID:q8m

普通に空飛んだよ…?

 

325:名無しでいいとも!@おーぷん ID:pkb

二百キロ+鎧が一切機能していない

 

327:名無しでいいとも!@おーぷん ID:z3f

いや、マジで一体何者だよ

 

331:名無しでいいとも!@おーぷん ID:8qc

仕込みじゃないよなぁ

あの川島さんがうろたえてるし

 

333:名無しでいいとも!@おーぷん ID:q8m

>この子は一体どうすれば止められるのかしら

わからないわ

こっちが聞きたい

 

356:名無しでいいとも!@おーぷん ID:iuw

私服ファッションショーですってよ、奥さん!

 

358:名無しでいいとも!@おーぷん ID:fv0

アスカチャーン!

 

361:名無しでいいとも!@おーぷん ID:xfp

うん…

何というか、絵に描いたようなパンク系というか、サブカル中二系というか…

 

363:名無しでいいとも!@おーぷん ID:11f

うわぁ痛いですね、これは痛い

 

367:名無しでいいとも!@おーぷん ID:rr0

でもかわヨ

 

371:名無しでいいとも!@おーぷん ID:sr1

もっと腕にシルバー巻くとかさ

 

373:名無しでいいとも!@おーぷん ID:wx5

申アN

 

378:名無しでいいとも!@おーぷん ID:hil

トッキーがちょっと引いてて草

 

382:名無しでいいとも!@おーぷん ID:11f

お前のゴスロリも大概なんだよなぁ

もう見られないのが超残念だけど

 

401:名無しでいいとも!@おーぷん ID:fv0

!!!!

 

412:名無しでいいとも!@おーぷん ID:rr0

雫ちゃんマジヤバ

 

415:名無しでいいとも!@おーぷん ID:f2M

デカァァァァァいッ! 説明不要!!

 

417:名無しでいいとも!@おーぷん ID:TFW

山脈のせいでブラウスが崩壊一歩手前やん

 

423:名無しでいいとも!@おーぷん ID:9j3

ボタンが!

 

428:名無しでいいとも!@おーぷん ID:rXx

お茶の間にこれはまずいですよ!

 

451:名無しでいいとも!@おーぷん ID:J20

お~雫ちゃんの勝ちか

 

453:名無しでいいとも!@おーぷん ID:dqd

アレだけの物を見せられたら巨乳派じゃなくても一択なんだよなぁ

 

457:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Uru

飛鳥ちゃんも可愛かったけど相手が悪すぎた

 

501:名無しでいいとも!@おーぷん ID:rXx

滑り台クイズか

朱鷺ちゃんがしがみついて落ちないってオチかな?(邪推)

 

504:名無しでいいとも!@おーぷん ID:J7B

ガントレット追加、入りました~!

 

511:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Otv

更に足ロープと追加重り百キロ、入りました~!

 

516:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Em2

ドンペリかよ

 

522:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Jjg

wwwwwwwwwwwwwwwww

 

527:名無しでいいとも!@おーぷん ID:wON

もはや何の職業の人かワケワカメ

 

543:名無しでいいとも!@おーぷん ID:6Rt

変態かな?(直球)

 

545:名無しでいいとも!@おーぷん ID:raw

アイドルでしょ(必死の擁護)

 

549:名無しでいいとも!@おーぷん ID:ght

最近のアイドルって体張ってるんだなぁ(しみじみ)

 

551:名無しでいいとも!@おーぷん ID:bI8

いや、約一名だけだから…

 

606:名無しでいいとも!@おーぷん ID:tlk

はい(闇の)ゲーム、スタート

 

632:名無しでいいとも!@おーぷん ID:1kP

(セクギルが一方的に正解しているが)大丈夫か?

 

635:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Uru

大丈夫だ

(どっちにしてもネタになるから)問題ない

 

712:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Joz

あらら、とうとう朱鷺さんだけか

 

715:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Jjg

スローロリスだけ的確に当ててくるスタイル

 

718:名無しでいいとも!@おーぷん ID:AsX

あれだけディスってたクソザコナメクジに助けられるのか…

 

719:名無しでいいとも!@おーぷん ID:I5l

ゲームの設問だけ偏ってない?

 

723:名無しでいいとも!@おーぷん ID:pdb

ドSな某氏が裏で手を引いてそう

 

765:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Axz

ああ、早苗さん正解しちゃった

 

767:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Dxq

トキちゃんでも流石に直角は無理だろ

でもよくここまで頑張った

 

771:名無しでいいとも!@おーぷん ID:xux

で、何で直角になっても落ちないんです?

 

777:名無しでいいとも!@おーぷん ID:tlk

ウッソだろお前!(戦慄)

 

781:名無しでいいとも!@おーぷん ID:10C

>直角になったのに何で落ちないの?

>気合です

う~ん、この

 

784:名無しでいいとも!@おーぷん ID:0ko

精神論で物理法則を捻じ曲げる人外の鑑

 

786:名無しでいいとも!@おーぷん ID:pdb

大日本帝国の精神は正しかった…?

 

789:名無しでいいとも!@おーぷん ID:d6p

早苗さんが(闇)落ちか

 

801:名無しでいいとも!@おーぷん ID:rAD

早苗さん、貴女は強かったよ

しかし(相手が)間違った強さだった

 

806:名無しでいいとも!@おーぷん ID:U5A

これもうわかんねえな(白旗)

 

811:名無しでいいとも!@おーぷん ID:bBJ

結果発表~!

 

818:名無しでいいとも!@おーぷん ID:WbZ

なんかもう、アレの奇行と雫ちゃんのおっぱいしか記憶に残ってない

 

819:名無しでいいとも!@おーぷん ID:wON

安心しろ、俺もだ

 

822:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Dxq

me too(意味違)

 

830:名無しでいいとも!@おーぷん ID:SCZ

あれっ?

結局同点だったんだ

 

834:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Tcx

罰ゲームは早苗ちゃんと朱鷺ちゃんか

 

837:名無しでいいとも!@おーぷん ID:WP7

二人共人生経験豊富そう(偏見)だからちょっとやそっとじゃ動じないよなぁ

 

841:名無しでいいとも!@おーぷん ID:pMT

紐なしバンジーとかパラシュートなしスカイダイビングとかやらされそう

 

865:名無しでいいとも!@おーぷん ID:d6p

渋谷交差点?

 

877:名無しでいいとも!@おーぷん ID:rYy

ダブルゴスロリ

キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!

 

879:名無しでいいとも!@おーぷん ID:bBJ

かわヨ

 

883:名無しでいいとも!@おーぷん ID:y6r

ここすき

 

888:名無しでいいとも!@おーぷん ID:Aua

恥ずかしそうでクッソかーわいー!

 

912:名無しでいいとも!@おーぷん ID:yGS

ああ、身体能力はアレでもやっぱり女の子なんやなって…(安堵)

 

916:名無しでいいとも!@おーぷん ID:ght

一方早苗さんは一切動揺してないから男前すぎる

 

919:名無しでいいとも!@おーぷん ID:raw

スキップで横断か、ほうほう(ニヤニヤ

 

923:名無しでいいとも!@おーぷん ID:env

ホラホラ顔隠さないでホラ!

 

926:名無しでいいとも!@おーぷん ID:AMb

ああ^〜たまらねえぜ!

 

943:名無しでいいとも!@おーぷん ID:yGS

>誰か~、早く私を殺しにいらっしゃ~い♪

露骨なリリーナ嬢リスペクトで草生える

 

971:名無しでいいとも!@おーぷん ID:aLB

これぞ、清純派JCアイドル七星朱鷺!

 

【管理人コメント】

今回は見どころ沢山で語りつくせませんね!

個人的には朱鷺さんのゴスロリ姿が最高でした。

やはり恥ずかしがる女の子が一番可愛いと思います(*´ω`*)

 

 

 

 

 

 

『マジックアワースレ part145』

4:77.4MHz@おーぷん ID:emI

相変わらずトッキーの番組MCは安定しているな

安心して聞いていられる

 

13:77.4MHz@おーぷん ID:Dd3

>>4

中学生とは思えないよね

前回の出演の際に鍛えられたのかも

 

16:77.4MHz@おーぷん ID:XB2

あの月はゲストが曲者揃いだったよなw

ユッキー・のあさん・志希さんの時とかはユッキーがフォローに回るレベルだったから胃にダメージを負っているのがわかったわ

 

21:77.4MHz@おーぷん ID:lb2

今回は周子ちゃんとありすちゃんだから比較的やりやすそうだったよね

 

27:77.4MHz@おーぷん ID:o9Y

ありすちゃんはちょっと真面目すぎるから、上手く弄ったり話を振ってて好印象だった

 

30:77.4MHz@おーぷん ID:4mQ

出演ゲストの魅力を引き出すのもMCの仕事だからな

他事務所のアイドルだと自分が前に前に出ようとしてて苦手だからああいうスタイル好きよ

 

42:77.4MHz@おーぷん ID:85L

今回のマジックアワーメールって明らかにあの人だよね

 

44:77.4MHz@おーぷん ID:Dd3

ラジオネーム『タツタサンド』

一体何龍田なんだ

 

49:77.4MHz@おーぷん ID:emI

RTA芸人界の聖母マリアで不覚にも笑った

 

51:77.4MHz@おーぷん ID:cdw

下らない思い付きのチャート変更と身内から一刀両断されてて草生える

 

54:77.4MHz@おーぷん ID:OxS

正に正宗並みの切れ味

 

65:77.4MHz@おーぷん ID:85L

>私が投稿しているRTA動画のことをちょっと早いゆっくり実況動画と揶揄する人は絶対に許しませんので覚悟して下さい♪

気にしていたのか(驚愕)

 

67:77.4MHz@おーぷん ID:kIu

そりゃあんだけガバガバガバガバ言われてればそうなる

でも実際一発撮りで喋りながら記録狙えって言われたらきついなんてもんじゃないぞ

実際には世界記録に近いものもあるから舐めてはいけない(戒め)

 

78:77.4MHz@おーぷん ID:o9Y

感心しました

朱鷺さんのファン始めます

 

79:77.4MHz@おーぷん ID:DG7

ちな飲酒疑惑

 

80:77.4MHz@おーぷん ID:o9Y

失望しました

朱鷺さんのファン辞めます

 

82:77.4MHz@おーぷん ID:0R7

翻意早すぎィ!

 

85:77.4MHz@おーぷん ID:YJt

なんかの番組でコメットのプロジェクトルームが映った時にノンアルの缶があったんだよなぁ…

 

96:真紅の稲妻@おーぷん ID:oxY

>>85

それはプロデューサーのだから! 清純派アイドルのじゃないから!(断言)

 

104:77.4MHz@おーぷん ID:UpW

ノンアルならセー…アウト!

 

109:77.4MHz@おーぷん ID:YJt

うそだよ

清純派JCアイドルが例えノンアルだってビールを飲むわけ無いじゃん

そんな奴がいたらアイドル失格だわ

 

117:77.4MHz@おーぷん ID:Cae

こやつめ、ハハハ

 

122:真紅の稲妻@おーぷん ID:oxY

>>109

それはちょっと言い過ぎやろ

未成年だって飲みたくなることがあるかもしれんやん?

 

123:77.4MHz@おーぷん ID:nZ8

無いです

 

124:77.4MHz@おーぷん ID:0R7

無いだろ

 

125:77.4MHz@おーぷん ID:emI

無いわ

 

127:真紅の稲妻@おーぷん ID:oxY

そうか…(´・ω・`)

 

189:77.4MHz@おーぷん ID:Zrf

トッキーが吹いた玉露なら飲める(唐突)

 

201:77.4MHz@おーぷん ID:e7F

>>189

そんなの当たり前やん

俺らにとってはご褒美だろ

 

204:77.4MHz@おーぷん ID:SRC

口移しならなおよし

 

208:77.4MHz@おーぷん ID:e7F

むしろ金払うから浴びたい

 

214:77.4MHz@おーぷん ID:WCn

トッキーの出す液体なら何でもウエルカム

 

222:真紅の稲妻@おーぷん ID:oxY

>>214

えぇ…(困惑)

 

301:77.4MHz@おーぷん ID:D0d

無理やり話戻すけど今回はマジックミニッツも良かったなぁ

 

303:77.4MHz@おーぷん ID:rAt

シューコちゃんの気さくな感じほんとすき

 

307:77.4MHz@おーぷん ID:Ztu

さえしゅういいですわゾ~♪

 

312:77.4MHz@おーぷん ID:s3z

京都コンビは本当にいい味出してるわ

 

316:77.4MHz@おーぷん ID:K5C

紗枝ちゃんに告白された時点で成仏出来る自信ある

 

317:77.4MHz@おーぷん ID:EBk

PRタイムをありすちゃんに譲ってあげるのも優しい

飄々とした態度だけどちゃんと周囲を気遣っているのが分かる

ご両親の育て方が良かったんだろうな

 

324:77.4MHz@おーぷん ID:Ztu

???<橘です!

 

326:77.4MHz@おーぷん ID:s3z

橘って聞くとどうしてもギャレンがちらついて困る

 

330:真紅の稲妻@おーぷん ID:oxY

(0M0)オデノカラダバボドボドダ!!

 

332:77.4MHz@おーぷん ID:SkE

流石にネタが古過ぎる、訴訟

 

334:真紅の稲妻@おーぷん ID:oxY

すまんな…

メンタルはオッサンですまんな…(´・ω・`)

 

336:77.4MHz@おーぷん ID:oQN

顔文字すら古いぞ

 

340:真紅の稲妻@おーぷん ID:oxY

(´;Д;`)

 

343:77.4MHz@おーぷん ID:vlc

辛辣すぎて草

元荒らしとは言えちょっとかわいそうになってきたわ

 

345:77.4MHz@おーぷん ID:emI

朱鷺さんとありすちゃんって相性どうなんだろうか?

 

346:77.4MHz@おーぷん ID:rhy

わからんけどラジオ聞いた感じだとトッキーは気にかけているみたいだね

もっと周囲に打ち解けるようにお節介を焼いてるのかも

 

350:77.4MHz@おーぷん ID:BbR

ああ、そんな感じするなぁ

 

351:77.4MHz@おーぷん ID:ulO

10年後くらいにクールタチバナってネタにして怒られてそう

 

353:77.4MHz@おーぷん ID:rhy

宣伝されてた『忠シン蔵ガールズ!』ってのも楽しみ

吉良上野介役が七星さんってw

 

355:77.4MHz@おーぷん ID:y4S

これ以上無いくらいのはまり役だな!(断言)

 

359:77.4MHz@おーぷん ID:H51

泥を被ってヒール役ができるアイドルが他にいなかったんだろうなぁ

こういう役回り多くてモヤっとする

 

371:真紅の稲妻@おーぷん ID:oxY

>>359

アレはアレで結構楽しんでるみたいだから気にする必要はないで

そもそもこの業界入った時点でドッキリだろうがセミヌードだろうが覚悟しとるはずや

 

372:77.4MHz@おーぷん ID:jY0

そういうもんかねぇ

 

376:77.4MHz@おーぷん ID:5zO

次回は菜々さんとはぁとさんか

若々しいトリオで期待できますね!

 

381:77.4MHz@おーぷん ID:Vfz

若々…しい?

 

383:77.4MHz@おーぷん ID:ULE

はぁと(満26歳)

 

384:77.4MHz@おーぷん ID:qZX

ウサミン(永遠の17歳)

 

389:77.4MHz@おーぷん ID:s9R

トッキー(戸籍上15歳)

 

391:77.4MHz@おーぷん ID:ULE

七星さんも精神的にはアラフォーみたいなもんやし

 

400:真紅の稲妻@おーぷん ID:oxY

>>391

ハイ名誉毀損

訴訟も辞さない

 

【管理人コメント】

周子さんの気遣いがキラリと光る良回でした。

名MCの朱鷺ちゃんも端々でフォローを入れていたので安心して聞くことが出来ます。

橘さんは優しい先輩達に巡り会えてよかったですね!

 

 

 

 

 

 

『346プロアイドル事業部 大幅再編の噂…? part2』

12:FC会員774@おーぷん ID:eJZ(主)

【現時点でのまとめ】

①346プロアイドル事業部の偉い人が交代。従来のプロデューサー主導の個性重視方針が撤回へ

②既存のプロジェクト及びユニットは全て解体。再編して新たなブランドイメージを確立する(オールドスタイル回帰)

③バラエティ分野は段階的に縮小し将来的には撤退も視野に入れている

これまでの話を総合するとこんな感じか

 

23:FC会員774@おーぷん ID:kkG

ざけんなゴラァ!

 

27:FC会員774@おーぷん ID:OTM

怒りを通り越して笑えてきたわ

どんな奴だよこんなの考えたのは

 

43:FC会員774@おーぷん ID:F6B

ってことはもしかして『カワイイボクと142's』もダメになんの?

 

54:FC会員774@おーぷん ID:OTM

>>43

ユニット全て解体って書いてあんだろ

日本語読めんのか

 

57:FC会員774@おーぷん ID:F6B

はあ!?なんだよそれ

ずっと応援してたのにさ

 

121:FC会員774@おーぷん ID:Ovu

へぇ~こんなふうに簡単に変えちゃうんだ

アイドル達を守るはずの事務所が簡単にあの子達の心を傷つけるんだ

へぇ~…

 

125:FC会員774@おーぷん ID:kkG

正直殺意しか沸かない

 

128:FC会員774@おーぷん ID:2Vk

ちょっと待てよ、まだ噂だろ…?

 

131:FC会員774@おーぷん ID:6dN

内部リークなんですがそれは

資料も一部流出してるし

 

136:FC会員774@おーぷん ID:CKs

346には失望した

(283プロに)切り替えていく

 

140:FC会員774@おーぷん ID:2Nw

怒りで頭の中がぐるぐるしている

 

147:FC会員774@おーぷん ID:aFs

頭わるわる~(ガチギレ)

 

201:FC会員774@おーぷん ID:Z6Q

個性重視で上手いことやってきてんのに横槍入れて無茶苦茶にするとか、笑えんぞこれ

 

205:FC会員774@おーぷん ID:xo3

ガチで本社燃えないかな

 

209:FC会員774@おーぷん ID:mRq

スマ動本社と一緒に爆発炎上して欲しい

 

216:FC会員774@おーぷん ID:xo3

流石に不謹慎だったわ

通報はするなよ!

 

234:FC会員774@おーぷん ID:LE9

ここだけじゃなくて色んなところが燃え始めてるみたいだ

いや、もちろんネット上って意味だが

 

237:FC会員774@おーぷん ID:hhd

残念でもないし当然

顧客軽視企業の末路と言える

 

244:FC会員774@おーぷん ID:2Vk

何よりアイドル達の心を踏みにじってるのが許せない

これが、人間の、やることかー!

 

251:FC会員774@おーぷん ID:VoV

現体制がベストでないことはファンも薄々気づいてるから、ある程度の方針転換は仕方ないと思う

だけどやり方が極端過ぎるんだよ

 

302:FC会員774@おーぷん ID:ioi

バラエティ封殺されたら笑美ちゃんとかこれからどうすんねん…

 

306:FC会員774@おーぷん ID:2Nw

バラエティ系列は漏れなく全滅だろ

パッション路線の多くが路頭に迷いそう

 

322:FC会員774@おーぷん ID:nrt

それ以外の路線の子達も結構出てるから正直死活問題だよ

 

347:FC会員774@おーぷん ID:JUj

今時歌と踊りに絞るって凄え

アイツら過去に生きてんなwwwwww

はぁ…

 

351:FC会員774@おーぷん ID:hyt

時代錯誤って言葉を辞書で引いてほしい

もう何も言えない

 

356:FC会員774@おーぷん ID:clU

今から本社乗り込んでくる

偉い奴に直接文句言ってくるわ

 

358:FC会員774@おーぷん ID:8aO

止めとけ

外野が騒いでもアイドルの迷惑にしかならん

 

361:FC会員774@おーぷん ID:clU

じゃあ納得しろっていうのか

 

373:FC会員774@おーぷん ID:8aO

>>361

納得なんてできるわけないだろうが

でも一ファン如きがどうしようもないだろ

 

385:FC会員774@おーぷん ID:clU

応援してる子が困ってるのに何もできないとか、ホント無力だよな…

情けなくて泣けてくる

 

【管理人コメント】

取り急ぎでまとめました。管理人も寝耳に水で正直狼狽しています。

今回の路線変更がもし本当なのであれば、アイドル事業部発足当時から応援してきた長年のファンとして到底納得できるものではありません。ですが346プロダクションに対する悪質なクレームやネット上の無差別攻撃は絶対に止めて頂くようお願いします。

346プロの素敵なアイドル達は、誰一人としてそんなことを望んでいません! 一番苦しいのは彼女達なのですから、今は一旦落ち着いて今後の対応を考えましょう。

記事にもある通り我々ファンの力は確かに弱いです。ですが弱いなりにアイドル達のためにできることはあるのではないでしょうか?

ファンの皆様の気持ちはよくわかりますし私も同感ですが、今は短絡的な行動は控えて貰えると嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

『346プロアイドル事業部再編 反対集会実行委員会part2』

183:イカロス ID:Q8n(主)

実行委員の皆様、お疲れ様です。警視庁との打合せが先程終わりました

問題なく来週からの実施許可を頂きました

 

186:名無しさん@おーぷん ID:bcc

お疲れ様です、委員長!

無事に許可が下りてホッとしました!

 

188:イカロス ID:Q8n(主)

警察にはとある方のツテがありますので手続きは非常にスムーズでしたよ

禁止事項や当日のコースについては改めて共有します

 

193:名無しさん@おーぷん ID:3vn

イエッサー!

 

195:名無しさん@おーぷん ID:vmv

でも、こんな集会をやって意味があるんかね…

結局346の偉い奴がこうと決めたらそれで無駄になるんじゃない?

 

200:イカロス ID:Q8n(主)

確かにそういう疑問はあるでしょう

ですが声に出して主張しなければ相手に伝わることはありません

それに346プロは一般消費者を相手にした私企業です。公権力とは違うため消費者が一丸となって集会を起こせばマスコミも取り上げますので、影響は少なくありませんよ

 

202:名無しさん@おーぷん ID:vmv

だけどやっぱり無駄なあがきという気がさ…

 

205:イカロス ID:Q8n(主)

これは内部リークですが今回の路線変更に関しては346社内でも賛否が分かれています

近々社内でもストの予定があるとの噂がありますから、そちらと連携できれば効果は一層増すでしょう

ですが気が進まないのであれば無理にとは言いません

 

207:名無しさん@おーぷん ID:vmv

いえ、つい弱気になってしまいすみませんでした

それにしてもイカロスさんは本当に凄いですよ!

346プロに対するあれだけのヘイトを上手く制御して正当な抗議の声に変えてしまうんですから

 

211:イカロス ID:Q8n(主)

群衆の心理状態は読みやすいですからね

仕事の関係でそういう研究を常日頃からやっていますので、難しいことではないです

 

223:名無しさん@おーぷん ID:rte

>>211

集会参加希望者はそれぞれ理由があると思うんですけど、イカロスさんはどんな感じですか?

 

227:イカロス ID:Q8n(主)

皆さんと変わりませんよ

私には自分の命と比較にならないほど大切なアイドルがいます

あの方のためであればどんな犠牲も厭いません

もし人類を殲滅しろと彼女に命じられたのなら、私は一切の躊躇なく実行します

 

228:名無しさん@おーぷん ID:ovd

愛が重過ぎるwwww

 

230:名無しさん@おーぷん ID:xtd

これぞ純愛だな!(白目)

 

231:名無しさん@おーぷん ID:ne2

真面目な感じの人かと思ってたけど意外とボケるんすねw

 

233:名無しさん@おーぷん ID:2wm

なんかそういうの格好いいな

俺なんて必死になって誰かのために何かをやったことなんてないからさ

 

236:イカロス ID:Q8n(主)

貴方も好きなアイドルのために今こうして頑張っているのでしょう?

その姿に自信を持って下さい

 

238:名無しさん@おーぷん ID:2wm

あざっす!

 

279:346アイドル速報管理人 ID:fp5

打ち合わせ中恐れ入ります。話に横槍を入れてしまい申し訳ございません

『346アイドル速報』というまとめサイトの管理人です

代表の方にお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?

 

281:イカロス ID:Q8n(主)

いつも拝見しております

覗かれていると思いましたのでずっとお待ちしていましたよ

あえて匿名掲示板で情報連絡をしていた甲斐がありました

 

282:346アイドル速報管理人 ID:fp5

初めまして。話が早くて助かります

今回予定されている集会の計画についてはずっとウオッチさせて頂きました

効果的で平和的な内容なので、とても素晴らしいと思います

この集会の予定を当方のサイトで大々的に宣伝してもよいでしょうか?

 

283:イカロス ID:Q8n(主)

ええ、構いません。むしろこちらからお願い致します

最古参の最大手サイトに載せて頂ければ参加者の数は跳ね上がりますし、様子見を決め込んでいる他サイトも追従するはずですから

 

285:名無しさん@おーぷん ID:ne2

346速報の中の人だ!

チーッス!

 

286:名無しさん@おーぷん ID:o5j

でもどんな心境の変化なんかな?

あそこはアフィリエイトはもちろんイベント告知みたいな宣伝も全て断っているみたいだし、そういう依頼は受けないって直接の連絡先を無くしてたじゃん

反対集会の宣伝なんて一番嫌がりそうな気がするけど

 

287:イカロス ID:Q8n(主)

今回はそれだけの非常事態だということです

本当は早い段階でコンタクトを取りたかったのですが、集会についてコメント欄に書いても悪戯と取られかねませんから目に留まるよう此処で打ち合わせをさせて頂きました

 

289:346アイドル速報管理人 ID:fp5

ご指摘の通り、当サイトは何者の制約も受けない完全中立なファンサイトとしてやってきました

346のアイドルに関する情報を纏めてファン達と共有する憩いの場にしたかったので、利害が絡むことや宣伝活動は禁止するというルールを自分の中で設けていたのです

ですが私も、今まで夢や感動を与えてくれた346プロのアイドル達のために、私が今できることをしたくなったんですよ

一ファンの声だって、きっと皆に届くんだって信じたいんです

 

293:イカロス ID:Q8n(主)

立場は違いますが志は同じです

それでは頑張りましょう、お互いの大切な人のために

 

294:346アイドル速報管理人 ID:fp5

ええ、よろしくお願いします!

 

【管理人コメント】

ということで『346プロアイドル事業部再編 反対集会』の告知です!

日時・場所などの詳細はサイト内に貼っていますので是非ご参加下さい!

こうやって自分が書いたことを自分でまとめるのは初めてなので変な感じですね。

歳不相応に熱く語っていますから冷静に見直すと超恥ずかしい……(*ノωノ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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後語⑤ 新しい星

「ああ~~」

 じわじわとしみてくるような暖かさが全身を包みます。プロジェクトルームにも暖房は付いていますが、地下のためか効きが悪いのでこの温もりが楽園のように思われました。

「あの、朱鷺さん」

「なんですか?」

 ほたるちゃんの方を向いて返答します。困り顔ですがその理由はなんとなく察しました。

「そろそろレッスンですけど……」

 乃々ちゃんがおずおずと口にしました。おっといけない、もうそんな時間でしたか。

「わかりましたよ、では…………ひゃあ!」

 もぞもぞと這い出ようとした瞬間冷気が体を包みました。それを敏感に感じ取った私は再び元の場所に退却します。

「最近は皆頑張りすぎじゃないですか? 私、なんだか心配なんです。だから今日は全員で自主休業にしましょう? うんうん、それがいいと思います」

 どこかで聞いたことのあるような話を力説していると飛鳥ちゃんが呆れ顔になりました。いや、これは敗北ではなく戦略的撤退なのです。

 

「やれやれ、君はいつから杏になったんだい?」

「そんなこと言っても寒いものは寒いんですよー!」

 先日自費で購入した大型コタツから首だけ出して抗議しました。客観的に見るとガメラみたいになっていることでしょう。

「コタツは体を潤してくれます。リリンが生みだした文化の極みですよ。そう感じませんか?」

「…………」

 そう言いながら三人に視線を向けると養豚場のブタでもみるかのような冷たい目をしていました。う……うろたえるんじゃないッ! 清純派アイドルはうろたえないッ!

 

「ならば仕方ない、最終手段に出るとしよう」

「ダニィ!」

 飛鳥ちゃんの冷酷な表情から何を企んでいるのか理解しました。しかしやらせはせん、やらせはせんぞ!

 瞬時にコタツに潜り込み電源コードのスイッチを確保しました。ふふふ、これで熱エネルギー供給ストップ作戦は封じたはず。尻の青い小娘め、出直してくるが良いわ!

 すると次の瞬間、こたつ布団の中が真っ暗になりました。あ、あれ?

「────君はコンセントという概念を知っているかい?」

 自信に満ちた中二病ボイスが聞こえてきます。そうですか、そうきましたか……。

 

 熱エネルギーの大本を絶たれては仕方ありません。クソザコナメクジの如くコタツから這い出しました。うう、寒い。

「ボクが勝ったんじゃない────キミが負けたんだ」

 格ゲーの勝利ボイスみたいなことを言っている娘を尻目に立ち上がります。出て少しするとコタツのまどろみが綺麗サッパリ消え去りました。プロのアイドルともあろうものが一瞬でもニートみたいなことを考えてしまうなんて、まだまだ修行が足りませんね。

「さ、では今日も皆でレッスンを頑張りましょう!」

 零細企業の社長のような朝令暮改ムーブをかましつつレッスンルームに向かいました。

 

 

 

 季節が過ぎるのは早いもので、今年も既に半月ほど経過しています。クリスマスから年末年始は芸能関係者にとって仕事のかき入れ時ですから中堅アイドルの私達も非常に忙しく毎日を過ごしていましたが、一月も下旬となりようやく落ち着いた感じです。

 私は前世では盆も正月もなく過重労働をしていましたので問題ありませんけど、慣れていない乃々ちゃん達は結構大変そうでした。明日から数日それぞれの実家に戻られる予定なのでリフレッシュして欲しいものです。

 

 レッスン後、着替えをしてからプロジェクトルームで雑談していると内線電話が鳴りました。

「あ、私が出ます」

ほたるちゃんが電話機に駆け寄り話を始めました。そういえば、今までの努力が実を結んだのか最近彼女の人気が上がっているように感じます。心なしか声までクリアに聞こえるようになったので私としても嬉しいですね。ほたるちゃんは私が育てた……訳ではありませんが育成が大成功して万感の思いです。

 

 電話を切ると再びコタツに戻ってきます。

「あの、なんのお話だったんでしょうか……」

 乃々ちゃんが疑問を投げかけました。内線電話なんて普段はあまり使わないですから興味があるのは当然でしょう。

「犬神P(プロデューサー)さんからです。346プロダクションの新人アイドル二人を紹介したいのでこちらにいらっしゃるそうですよ」

「期待のルーキーか。どんな子達かあまり興味はないけど、話をするのも悪くないだろうね」

 いやいやいや、その顔は興味ないどころかメッチャ興味津々じゃないですか。

 

 意外かもしれませんが346プロダクションに新人アイドルが加入するのは結構久しぶりのことです。確か桐生つかささん以来でしたか。

 『強烈な個性の発揮』という曖昧でガバガバな旧方針のもと攻め過ぎた属性のアイドル(残念ながら私も含みます)を多数勧誘した結果、収集がつかずアイドル動物園と化していたので美城常務が新規採用を一時凍結していたのです。

 当時は結構不満が出ましたが私としてはその案に賛成でした。何しろP一人が担当するアイドルの数が多過ぎて統制が取れていませんでしたし、個性の発揮しどころを間違えてスポットが当たり難いアイドルもいましたから良い意味でのリストラクチャリングは不可欠な状態だったのです。

 育成されるアイドル側としても不満が多数あったため、私の方で現場の意見を取りまとめて美城常務に提案をさせて頂きました。それも参考にしつつ教育制度を一新したそうなので、今回採用された子達は新制度での新人第1号と言えるでしょう。

 

「そうなると乃々ちゃんも先輩ですか。ここは一つ、ナメられないように先輩らしくヤキの一つや二つ入れてあげないと」

「えぇ……む~りぃ~……」

 乃々ちゃんがいつも通り困り顔になりました。アイドルとしての経験値は着実に積んでいますけどこういうところは相変わらずです。

「私達も所属したての時は戸惑いましたから、新人の皆さんのサポートをしてあげましょう」

「そうですね。私も楓さんや瑞希さん達にサポートして貰いましたし」

 先輩から受けた恩は後輩に返すのが人間として正しい姿です。先輩から受けた苛烈なシゴキを後輩に倍返しするという負の残虐スパイラルは絶対にしてはいけません。

 

「でも油断は大敵ですよ。アイドルなんて人気商売ですからポッと出の新人に一気に抜かれる可能性も十分にあります。可愛い後輩であり強力なライバルだと思って接して下さい」

「ライバル、ですか?」

「私達の活動は一定の成果を得ていますが、それに胡座をかいていると過当競争のアイドル業界からあっという間に消えてしまいます。なので常にチャレンジャーとして戦い続けなければいけません! 戦って! 戦って! 戦い抜いて! 最後まで勝ち残った者がアイドル・ザ・アイドルの栄光を手にすることが出来るのです!」

「さっきまでコタツの主だった者のセリフとは思えないな」

「…………」

 

 こう言われてはぐうの音も出ません。ですが生まれ変わった私は過去を振り返らないのでアスカちゃんの口撃を華麗にスルーします。レスバトルには乗らないのが大人の女の嗜みなのです。

「そういう点では地下アイドルやローカルアイドルの泥臭さは学ぶべきものがありますね。ああいうところにも思わぬ実力者はいますし」

 特に佐賀県で人気急上昇の某ローカルアイドルは要チェックです。ですがメンバーが誰もSNSをしていませんし公式情報がクソダサホームページしかない謎のグループなんですよねぇ。自称アイドル研究家としては一度現地視察に行ってみたいです。

 

 

 

「みんな、お疲れ様!」

 取り留めない話をしているとノックの音がしてから犬畜生が姿を現しました。

「おはようございます」

「お、おはようございます……」

「やあ、おはよう」

「あざ~っす」

「うん、今日も皆いい返事だね! ……若干一名はアレだけど」

 小声で文句を言ったのを私は聞き逃しませんでしたよ。これは後で教育が必要ですね。かつて私も悶え苦しんだ感度三千倍を叩き込んであげましょうか。

 

「電話で伝えたけど、先日346プロダクションに新しいアイドルの仲間が加わったんだ。ちょうど今挨拶回りで事務所に来ていたから皆にも紹介しようと思って連れてきたよ」

「新しいアイドルって犬神さんが担当されるのでしょうか」

「いや、別のPの担当だ。緊急の打ち合わせが入ったから俺が代わりに引率を引き受けることなったのさ」

 その言葉を聞いて少し安堵しました。当初と比べて見違えるほど成長はしているものの、これ以上担当が増えたらキャパオーバーなので増やされたらはたまったものではありません。

 

「じゃあ二人共、こっちに来てくれ」

 犬神Pが手招きすると二人の女の子がルーム内に入ってきました。一人は茶髪ロングの美少女でどことなく卯月さんに似ているような感じがします。もう一人は黒髪ツーテールの少し小柄な子です。マスクをしているので顔ははっきりとはわかりませんがアイドルになるくらいだから美少女なのでしょう。

「こちらがさっき話していたコメットの娘達だよ。活動を始めてから1年くらいだから君達より少し先輩かな。それじゃあ、先に自己紹介をお願いするね」

「は、はい!」

 茶髪ロングさんが先に挨拶をするそうです。どうやら正統派っぽいイメージなので今までのようなイロモ……もとい個性豊かなアイドルとは異なるキュートな自己紹介が聞けることでしょう。

 

「山形生まれのりんごアイドル、あかりんごこと辻野あかり15歳で~す♪ いやぁ~、アイドルの皆さんに自己紹介なんてアイドルっぽいなぁ~、いまの私! 照れるんご!」

「……ンゴ?」

 一瞬『お、Jか?』という考えが脳裏をよぎりましたが必死に打ち消しました。あんなところと初々しい新人アイドルを結びつけてはいけません。

「どうしました、朱鷺さん?」

 私が大いに動揺しているとほたるちゃんが心配そうに声をかけてきました。幸い私以外にこの語尾について違和感を持っている人はいないようです。よかったい、よかったい。

「え~と、その……。中々個性的な語尾だなと……」

「んご……。それさっき姫川さんにも言われたんご……。こういう言葉を使うのが都会では流行ってるって聞いたのにな~。おかしいんご」

 私も一応都会と呼ばれている場所に住んでいるはずですがこんな語尾を使う学生に出会ったことはありません。ですが新たな環境に順応するため努力されているようなので、これを笑ったりネタにするのは絶対に止めようと思いました。

 

「いえ、虚を突かれただけで全然おかしくはないですよ。とても可愛らしいですからそのままでいて下さいね」

 言葉遣いも含めて彼女の個性ですからそれを尊重することにします。第一個性の総合商社と呼ばれている私は他の子を指摘できる立場にはありません。

「そ、そう? 可愛いって言ってくれてありがとうっ!」

 すると頬がりんごのように赤くなりました。お世辞抜きで可愛いのでアイドルとしてスカウトしたくなる逸材ですね。

「ちなみに友紀さんは言葉遣いについて何か言っていましたか?」

「え~と……。一部の野球好きには強烈なインパクトを与えるし面白いから絶対に変えないでねって言ってたんご」

 サンキューユッキ。フォーエバーユッキ。

 

「続きだけど、好きなものはりんごとラーメン、苦手なものはトマトです! あは♪」

「……山形はりんごの名産地ですね」

「親から山形りんごのアピールをしてって言われてます!」

 りんごといえば青森県を思い浮かべますが山形県も同じく名産地です。以前お歳暮で山形産の『ふじ』や『秋陽』の詰め合わせセットを頂いたことがありますが本当に美味しかったですよ。

「ラーメンなら私も好きです。仕事がてら色々なお店を開拓していますから今度都内のオススメ店を紹介しますよ」

「ありがとっ! テレビだと少し怖そうなイメージあったけど優しいな~」

「いえいえ、それほどでも」

 近寄りがたいイメージ払拭キャンペーン中ですからこれくらいの親切は当然です。あかりさんの自己紹介が無事終わったのでもう一人の自己紹介タイムとなりました。

 

「あ、どーも」

 少し暇そうにしていた黒髪ツーテールの子がマスクを外します。おお、やはり美少女でした。鮫のようなギザ歯は自称サメ映画研究家の私にとって興味深いです。

「砂塚あきらデス。なんで自分がアイドルなのか、よくわかんないデスけど……アイドルはいろんな服が着られそうだしとりあえず様子見って感じ。15歳で、趣味はファッション、SNS、動画配信、FPSデスかねー」

「こ、これが現代っ子……」

 さとり世代っぽい淡々とした自己紹介を聞いた瞬間一歩後退りしてしまいました。

 周囲の15歳達が揃いも揃ってアレなのでついぞ忘れていましたが、イマドキの15歳ってこんなにマセた感じなんですねぇ。前世の学生時代なんて今日生き延びられるかで精一杯でしたからまるで異世界の住人のようです。でもこれはこれで『可愛いからヨシ!』と心の中で現場猫のポーズを取りました。

 

「ああ、この間はありがと」

 するとあきらさんが私に向かって軽く会釈しました。今日初めてお会いしたはずですけど。

「え~と、この間って?」

「ちょっと前にmytubeで自作PCの相談をさせてもらったんデスけど」

「あっ!」

 その言葉を聞いてやっと思い出しました。そういえば年末に投稿した自作PC製作動画に美少女マイチューバーからの質問メッセージが来ていたので返した記憶があります。しかしそれがあきらさんだったとは今の今まで気付きませんでした。

 

「動作は問題ありませんでしたか? 安定性が高くてコスパが良い構成で考えてみたんですが」

「グラボ代でちょっと予算オーバーだったけどオススメのパーツにしてよかったデス。動画エンコも安定してて格段に早くなったし」

「初期投資は重要ですからねぇ。私みたいにケチってアジア製の激安パーツばかり組み込むとしょっちゅう故障しちゃいますよ」

「あれはある意味芸術的だね」

「動画編集中に落ちたりすると殺意しか湧きません」

「ははっ、あるあるだなー」

「故障の修理もアレはアレで楽しいですけどね。動画のネタにもなりますし」

 共通の話題があるっていいですねぇ。手の届かないと思われた美少女がとても身近に感じます。

「あの、お二人はお知り合いなのでしょうか?」

 話についていけていないほたるちゃん達に事の経緯を簡単に説明しました。

 

 

 

「なるほど、お互いにマイチューバーだから知り合いだったんだね」

「別にそういうのじゃないデスよ。配信ならよくするけど……『はいどうもー☆ あきらデース☆』なんてサムいことはやらないし」

「私も趣味で動画アップしているだけですからマイチューバーではないですよ」

 今の私はアイドル一筋です。汚れ芸人(副業:アイドル)ではないのです。

 ちなみにかつての主戦場だったスマイル動画はオワコン化が著しいので既存動画を残して撤退しました。ランキングを覗いてもアニメ本編とRTA以外に見たい動画があまりない現状は流石に終わっていると思います。まあ全ては運営の怠慢による自業自得ですから一ミリも同情はしません。

 

「私はあんまり動画は見ないけど、二人はmytubeで人気あるんご?」

「こっちはファッションとゲーム実況がメインで人気はそこそこかなー。朱鷺サンはRTAやガンプラ、自作PC、B級映画批評、ソシャゲ実況とかで大人気デスね。特にガチャ爆死動画は急上昇ランキング一桁に入るし」

「また懲りずにガチャ回してたのか……」

 犬神Pの哀れみの視線を浴びましたが無視します。私だってたまには神引きして『○○持ってない奴おりゅ?』ってキッズみたいに煽りたいんですよ! でも運が腐り切っている敗北者にそんな権利は許されていません。

 

「この間のスカサハ復刻774連のすり抜け七回核爆死はある意味神懸って……」

「それ以上いけない」

 そっとあきらさんの口をふさぎました。今でも引きずっている古傷をえぐっては駄目です。ああ、また気持ちが悪くなってくる……。十連二十連で爆死爆死と騒いでる人達は私の鋼の忍耐力を見習って欲しいです。

 たまにソシャゲ運営から金もらってわざと爆死しているんだろとか言われますが、別にしたくてしてる訳ではないですし課金は全部自腹ですからね。それもこれも未成年の課金額制限を設けていないこの世界線がいけないのです。ガチャは悪い文明! ガチャは悪い文明! 私はもう二度と回しませんよ!

 

 二人の挨拶が終わるとこちらも順に自己紹介をしました。先輩風こそ吹かしていませんが三人共デビュー当時とは比べ物にならないほどしっかりしているので頼もしい限りです。

「あと一つ連絡があるんだけど、いいかな?」

「はい、なんでしょう」

 おそらく犬神さんからの業務連絡だと思いますので続きを待ちます。

「二人は研修生としてレッスン等をやっていく訳だけど、研修の一環としてこれから週一回、現役アイドルの仕事に同行することになったんだ。それで早速なんだけど、今週の土曜日は七星さんに付いて現場見学をして欲しい」

 ああ、そういうことでしたか。これは以前私が美城常務に提案した研修プログラムの一つです。シンデレラプロジェクトの発足当初はレッスンばかりでちゃんとデビューできるか不安に感じた娘が多かったので、現場の第一線で輝く先輩の姿をたまに見せてモチベーションの向上を図るという施策です。現役アイドルとの交流の機会を増やして悩みを相談しやすい環境を構築するという意図もあります。

 

「別にいいですけど、大事な新人を私の現場に付けて大丈夫ですか?」

 一般的なアイドル像とはほんのちょっとだけ外れているので一応確認しておきます。

「ああ、美城常務直々の指名だからその点は問題ない。提案者が率先して実践するのは当然のことだろうと仰っていたよ」

「ならOKです。ではお二人共、当日はよろしくお願いしますね。時間と場所はそちらのP経由で連絡しますから」

「はい!」

「それじゃ現地集合ってことで」

 連絡が終わると三人が退室されました。恐らく別のアイドルに挨拶へ行ったのだと思います。

 新人の引率はいささか大変ではありますが、前世ではよくやっていて慣れていますので苦ではありません。アイドルとして失望されないよう当日は頑張りましょう。

 

 

 

「おっはようございま~す♪」

「ねむ……」

 現場見学の当日、朝から元気一杯のあかりさんとは対象的にあきらさんは寝ぼけ眼で目をこすっていました。夜遅くまでFPSでもやっていたのかもしれません。

 そんな二人に対し「おはようございます」としっかり返事をしました。どの業界でも挨拶は基本です。出来ない人は認めてもらえませんのできちんとした挨拶をこれから伝授していきたいです。

 すると撮影スタッフ達も口々に挨拶を交わしました。なお経費削減のためロケができる最低限度の人員しかいません。龍田さんプロデュースの番組っていつもこんな感じですねぇ。

「ところで今日って何の収録なのかな? リフォーム系の番組らしいけど、Pさんからは詳細は現地で聞いてっ言われたんご」

「テレビなんて普段見ないし」

「なるほど、そういうことですか。わかりました」

 特番枠で数回放映しただけですから馴染みがない方がいるのは当然です。作業開始がもうすぐ始まりますので要点だけ簡単に説明しちゃいましょう。

 

「リフォーム系の番組って昔から根強い人気があるじゃないですか。普通は視聴者さんの応募でリフォームする家を決めて、プロの建築家さんがオリジナリティ溢れる住み難い家に改悪するのが定番ですけど、この『極限ビフォーアフター』という番組はかなり違います」

「どう違うの?」

「番組Pの龍田さんが駅チカだけど古いボロ一軒家を購入して、それを私が最新デザインの超住みやすい家にリノベーションするんです。その家を転売していくら儲けが出たか視聴者に予想してもらう番組なんですよ」

「へぇ、結構面白そう♪ だけどリノベなんてできるの?」

「昔は色々とやっていましたから、戸建住宅程度ならお手の物です」

「どんな昔なんデスか……」

 

 前世の若い頃には備長炭よりも黒いブラック土建屋で設計や現場監督をはじめ基礎、躯体、外装、内装、設備の職人をやっていましたから普通に得意分野です。別番組の打ち上げで建築関係に明るいことを龍田さんにポロッとこぼしたら翌月にはこの番組のオファーが来ていました。一体何なんだアイツは。

 住人がいませんからクレームや仕様変更がなく短工期で施工できる点が効率的です。何より恐ろしいのは物件の売却で得た多額の利益によって只でさえ少ない番組制作費の多くが回収できていることですね。

 主に中高年の方から大受けで視聴率も毎回時間帯トップの人気番組ですから低視聴率にあえぐテレビ局としては大助かりでしょう。でもP特権で番組広告枠の半分をコメットの新曲CMにするのは私が職権乱用しているように見えるので控えて欲しいです。

 

「それじゃ朝礼を始めまーす」

 色気のない作業着姿でヘルメットを被ってからスタッフに声掛けしました。職人を雇うと人件費が高く付くので、車を使う作業と資格が必要な作業以外は私だけで施工します。競売で落札した家の家財道具の処分からスタートするリノベーション番組とか斬新過ぎてめまいがしてきますね。

 それでも前世の経験と『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』の相乗効果により熟練職人の十数倍の速さで作業ができるので何も問題はありません。本業をリノベ屋にした方がアイドルより絶対に儲かるところが悲しいなぁ。

「ご安全にー」

 作業内容の確認と一人KY活動(危険予知活動)後、お決まりの挨拶をしてから作業に入りました。その様子を二人が困惑した表情で眺めています。

「あきらちゃん、アイドルって大変ご……」

「いや、これができるのは朱鷺サンだけだと思うよー」

 何も言い返せないのが悔しいです。農業系アイドルが人気出るなら土建系アイドルも流行りませんかね? あ、ない……そう……。

 

「本日の作業は終了でーす。お疲れ様でしたー」

 今日は別現場での仕事があるためお昼前に作業を終えました。工程表よりも速いペースで進んでいるので後二日で終わるでしょう。作業着から私服に着替えて二人の元に駆け寄ります。

「お待たせしました。じゃあ次の現場に行きましょうか」

「……う、うん!」

 おお、あかりさんが若干引き気味でおられますぞ。まぁ私の作業風景はスピーディかつテクニカル過ぎて気持ち悪いと言われることが多いので仕方ありません。

「次の現場は何するの?」

「え~と、これからタクシーに乗って渋谷の本屋さんでサイン会をする予定です。最近レシピ本の第二弾を発売しましたからその本の宣伝ですね」

「ほっ……。普通のアイドルの仕事だ……」

「その後は砲丸投げの砲丸でストラックアウトをやります」

「全然普通じゃなかったんご!」

 あかりさんには刺激が強かったようです。私の基準では十分普通のお仕事なんですけど。あれ、普通って何でしたっけ……。

 

 

 

 その後はサイン会をこなしつつ、新魔球を駆使し三球で九枚抜きを達成してから次の現場に向かいました。今日の『とときら学園』の収録ではきらりさんと愛梨さんが司会進行を務めますので、生徒役の私は専用の園児服に着替えて他のアイドル達と共に出番を待ちます。その様子をあかりさん達が眺めていました。

「この服はないな~」

 私の服装を見て眉間に皺を寄せます。園児服はファッションに厳しいあきらさんのお眼鏡に叶わなかったようです。

「これ恥ずくない?」

「最初は抵抗感がありましたけど何度も着ていますからもう慣れましたよ。照れずにちゃんと着ていれば園児っぽい感じになりますし」

「でもそのスタイルでこの服だと、怪しいお店のコスプレみたいな……」

「それ以上いけない」

 そっとあきらさんの口をふさぎました。この番組で私が一番気にしていることを言ってはいけないのです。一度それらしいポーズを取って自撮りしたらイメージ的なクラブの子にしか見えませんでしたよ。百歩譲ってドリーム的なクラブの範囲に留まって欲しいです。

 

「おぉ~、これぞアイドルの現場、芸能界って感じだぁ。私、浮かれてるっ♪」

 一方あかりさんは落ち着きなくキョロキョロとしていました。数ヶ月後にはこの輪に加わっているはずですからそれまでの辛抱です。

「今日はどんな企画なの? あっ、みんなで楽しくおしゃべり会とか!」

「ふう、わかっていませんねぇ。今回はそんなにこやかな収録ではなく、私にとってはある意味弾道ミサイル以上の危険性があるのですよ」

 やれやれと言った表情で肩をすくめました。

 

「それでは説明致しましょう」

「ぬわっ!?」

 龍田Pがいつの間にか背後に立っていました。確かに油断していましたが、この私に気配を悟らせないなんて人外に足を突っ込んできていますね。風のヒューイくらいだったら多分倒せそうな気すらしてきます。

「辻野さん、砂塚さん、初めまして。当番組Pの龍田と申します。以後お見知りおきを」

 そう言って二人に自己紹介しました。一見温和で紳士的なピクニックフェイス(優しい笑顔)ですが、その下にドSの本性が隠されていることを私だけは知っています。

 

「あかりんごこと辻野あかりです! よろりんご♪ ……それで、どんな企画なんですか?」

「正式名称は『リバース授業参観』────我々スタッフ間では生き地獄と呼んでいます」

「リバース?」と呟きながらあきらさんが首を傾げました。

「通常の授業参観は生徒のご両親が参観し、子供が変なことを言わないようハラハラしながら一挙手一投足を見守ります。今回はその逆としてアイドル達のお母様に授業を受けて頂き、お子様に関する様々な話題を振ります。七星さん達にはその様子を後ろからただ見守って頂きます」

「あっ……」

 あきらさんはこの企画のヤバさを察しました。

 

「へぇ~、面白そう。でもそれのどこが危険なの?」

「……いいですか。母親という連中は子供のありとあらゆる個人情報を握っています。もちろん、恥ずかしい話や過去のやらかしも把握されているんですよ。話の流れでいつ爆弾発言が飛び出すかわからないのに、私達は後ろで見守ることしか許されていません。更には親バカによる娘自慢という羞恥プレイのオマケまでついてくるのです」

「それを全国に晒されるってわけ」

「辛いんご!」

 あかりさんにも理解をして頂きました。まあ、でも普通の母親ならそこまで大きな問題はないんですよ。普通の母親なら。

 

 超クッソ激烈にヤバいのはマイマザーの情報セキュリティがガバガバなことなんです! アレを野に解き放つのはサポート切れOSでウイルス対策ソフトを入れないまま海外エロサイトに特攻するくらいの危険行為と言えるでしょう。龍田Pもここぞというところで介入してくるに決まってますから恐怖心しかありません。

「朱鷺ちゃん~、お母さん頑張ってアピールするわね~♥」

「頼むからその口を閉じて一言も喋らないで! できればそのままUターンして家に帰って!」

 笑顔で手を振るお母さんに向かって大声を上げました。三十ウン歳の子持ちの癖にアイドル達と遜色ない見栄えなのが今日に限ってイラッとします。

「安心して下さい。オンエアできない七星さんの情報は私の胸の中にしまっておきますので」

「貴方に知られるのが一番厄介なんですよ!」

 漫才みたいなやりとりをしている内に収録タイムになりました。本当にお願いしますからヤバい情報は漏らさないで欲しいです。

 

 

 

 収録が終わった後は三人で最寄り駅に向かいました。あかりさん達は寮住まいなので私とは逆方向ですが、日が暮れていますのできちんと送り届けるつもりです。

「ああ、疲れました……」

 精神的に満身創痍の状態でふらつきながら歩きます。

「収録中あれだけ絶叫すればそうなるよ!」

「ご愁傷様」

 マイマザーも一応配慮したのか私の能力の秘密は秘匿されましたが、小中学生時代のやらかしエピソードを暴露され親バカぶりを遺憾なく発揮されました。確かに笑いは取れましたけど清純派アイドルとしての私の評判に傷が付かないか心配ですよ。全くもう!

 

「あ、そうだ」

 精神的な動揺によって大切なことを忘れていたのに気付きます。

「今日は一日お疲れ様でした。私のお付きは色々と大変だったでしょう? 他の子達はちゃんとしたアイドルらしい仕事ばかりしていますから心配しなくていいですよ」

 駅までの道すがら軽くフォローをしてみました。今日は普通のアイドルが絶対にやらない仕事をしましたから結構心配です。これが原因で『私、アイドル辞める!』なんて宣言されてしまったら責任問題になりかねないので内心ヒヤヒヤでした。

 それにしても現場同行の第一弾に私を選ぶなんてあのポエミィ常務は一体何を考えているのでしょうかねぇ。

 

「ううん。かなりビックリしたけど……アイドルって楽しそうって思ったよ!」

「えっ?」

 あかりさんから意外なリアクションが帰ってきたので思わず聞き返しました。

「とりあえず、飽きるまではやろっかなって感じで」

「えぇ……?」

 あきらさんもまんざらではなさそうです。あれ、ひょっとしてこの娘達は相当な変わり者なんでしょうか。それならそれで今後の対応を検討しなければいけないんですけど。

 

「あは♪ やっぱりあの常務さんが言った通りのリアクションになった!」

「常務が言った通り……?」

 訳がわからないので聞き返します。

「実は昨日、現場同行について常務サンから話があって。内容がポエム的だから半分聞き流してたんデスけど、『地上で輝く北斗七星の姿をよく見てみることだ。それこそがアイドルの輝きなのだから』って感じなコトを言ってた」

「だから今日はずっと朱鷺ちゃんを見てたけど、普通のアイドルの仕事もちょっと変わった仕事も、両方すごく楽しそうにしてて輝いて見えたよ! だからあかりんごもアイドルになれば毎日キラキラできるんだ~って思えたんご♪」

「まあ、そういうこと」

「…………」

 そうですか。この私が、そんな表情をしていましたか。

 

「あれっ、どうしたの?」

 思わず立ち止まった私を心配してか二人が振り返りました。

「いえ、別になんでもないですよ。さ、もう夜ですから早く家に帰りましょう!」

 思わず口角が上がってしまったので隠すために早歩きをします。笑みが口元に浮かんでくるのを抑えるにはいくらかの努力が必要でした。

「ふふっ……」

 やっぱり私は、このお仕事(アイドル)が大好きみたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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裏語⑫ ラブラブ大作戦

「みんな~! 今日のライブは楽しい~!?」

「たのしーーーー!」

 七星さんが呼びかけると大きな歓声が返ってきた。

「本当? でもまだまだ盛り上がりが足りないよ~! コメットは最高~~!?」

「サイコーーーーーー!」

 返事に合わせてライブハウスが一斉に揺れる。どの観客の表情も笑顔で満ちていて良い。

「ここ名古屋で、みんなと一緒にライブができて私達も最高っ! せ~の、我が一生に~~」

「一片の悔いなーーーーし!!!!」

 最近のライブで試験的に導入した呼びかけにも一生懸命応えてくれる。盛り上がりとしては十分合格点だろう。

 

「それじゃあ、新曲行くよ~~!」

 熱気溢れるまま新曲に突入した。四人とも自信に満ちていてアイドルとして立派に成長している。もうどこに出しても恥ずかしくないな。

 少し不安だったので舞台袖から様子を見ていたけど必要なくなったので下がることにするか。

 発足当初は正直なところ存続すら危ぶまれていたが、こんな素晴らしいユニットに育ってくれて担当P(プロデューサー)としてはとても感慨深い。

「よし、俺も頑張ろう!」

 だけど現状に甘えていてはいけないよな。彼女達を日本一、いや世界一のアイドルユニットにするためにもこれまで以上に頑張る必要がある。思いを新たにしつつ舞台裏の方へ足を向けた。

 

 その後ライブは無事に終わった。

「みんな、ご苦労様!」とねぎらいの言葉を掛けながらスポーツドリンクを手渡していく。

「あ、はい。ありがとうございます」

「気遣い感謝するよ」

「とても疲れました……」

 森久保さんはフラフラだけど、それでも発足当初と比べたらまだ余裕があるように見える。

「あっつ~! ビールビール!」

「……未成年にふさわしくないセリフは、やめようね!」

「わかってますって、冗談ですよ冗談。ああ、犬畜生に冗談は通じませんでしたか。大変失礼致しました」

「相変わらず二言くらい余計だから……」

 少なくとも俺にはジョークに聞こえないんだよなぁ。

 

 四人が備え付けのパイプ椅子に座りドリンクを飲み始める。休憩の仕方にもそれぞれ個性があるから面白い。

「今日はツアー初日ですからちゃんとできるか不安でしたけど、無事に終わって何よりでした」

 白菊さんが心底安心したような表情で呟く。

「ボク達の実力は本物だと言っただろう? たとえ未踏の地でも実力を発揮すればオーディエンスは応えてくれるのさ」

「もりくぼは緊張で頭ぐるぐるでした……。でも名古屋の人達に楽しんで貰えてよかったです」

 彼女たちの言う通り、現在コメットは連休を利用したツアーの真っ最中だ。今回は近畿・東海エリアを対象にしており各地のライブハウスで一日二~三回ライブを行う予定となっている。

 ファンを全国に増やすためにはこういう地道な努力が欠かせない。なお全員未成年なので俺がP兼保護者としてツアーにしているというわけだ。

 

「それで、私達のライブはいかがでしたか? 忌憚のない意見をお願いします」

「うん、とても良かった! 全員輝いていて素晴らしかったぞ!」

「バッキャロウ!」

「たわば!」

 七星さんのエアビンタを食らって思わずのけぞる。風圧だけでも普通のビンタ以上の威力だから恐ろしい……。

 

「褒めたのになんで!?」

「一般客と同じ目線で楽しんでどうするんですか! 小学生並みの中身のない感想はNGです!」

「そう言われても、本当に心から良かったって思ったんだけど」

「Pなんですからプロの視点で課題を見つけてダメ出しをして下さい。コメットがアイドル界で輝き続けるには常に課題を見つけて解消し、進化を続けなければいけないんです。一応は上司なんですからハムスターの如くPDCAを回すようお願いしますよ」

「す、すまない」

 言われていることは正しいんだけど、自分の担当するアイドルだと思うとついつい贔屓目に見てしまう。

 

「まあまあ、そんなに厳しく言わなくても……」

「育て方は人それぞれだからね。彼は褒めて伸ばすタイプだと考えればいい」

「もりくぼは褒められたいです……。スパルタ教育はむ~りぃ~……」

 二宮さん達にフォローされてしまうのが情けない。

「ああ、もうわかりました。次から気をつけて頂ければいいですよ」

 不満げな表情のまましぶしぶ引き下がる。誰にでも意見を言える度胸はあるんだけどアイドル達には弱い。

 

「さて、そろそろ撤収作業を始めようか。いつまでもこうしていたら日が暮れてしまうよ」

「そうですね。今日の宿泊先にも行かなければいけませんし」

「うっ……」

 宿泊先という言葉を聞いて七星さんが露骨に嫌な顔をした。

「朱鷺さんのお爺様のお家なんですよね? 私、楽しみです」

「お城みたいって聞いたことがありますけど……」

「百聞は一見にしかずです。見てもらうのが一番早いと思いますよ。……本当は気が進まないんですけどね」

 憂鬱な表情でため息をつく。確かにこの後のことを考えると俺も気が重いが、ライブハウスの予約時間も少なくなってきたのでいつまでもこうしてはいられない。

「さ、それじゃあ片付けを始めようか!」

「はい、わかりました」

 話はそこまでにして撤収に入った。

 

 

 

 片付けを終えるとこのツアー中に使用している大型ワゴン車に戻った。これから暫く一緒に旅をする相棒である。

「よし、じゃあ行くよ」

 荷物を詰み終えると七星さんの祖父の家に向かった。カーナビによると市街地から少し離れたところにあるらしい。子供達を預かっているので安全運転を心がける。

「はぁ……」

「どうしたんだい、トキ」

「もしかして車酔いですか?」

 何度かため息をつく七星さんを他の子達が心配する。

 

「大丈夫? 気分が悪いならコンビニで一旦休憩しようか?」

「いえ、大丈夫です」

「お爺さんに会いたくないんでしょうか……?」

「そういうわけではないですよ。とてもいい人ですしね。ただ『例の件』を考えるとちょっと気が重いだけです」

「ああ……」

 皆の表情が微妙なものになる。確かに憂鬱になるだろうな。特に相手が俺ならなおさらだろう。

「さ、気にしないで向かって下さい」

「わかったよ」

 カーナビの指示に導かれるままひたすら街道を進んでいった。

 

「ええと。ここ、なのかな?」

 目的地の少し前で停車して目の前の建造物を指さした。この辺りに他の家はないから必然的にアレが七星さんの家だと思うんだけど。

「はい、ここですよ」

 七星さんが答えると車内が一瞬静寂に包まれる。

「城じゃん」

「お城ですね」

「フッ……まるで城だな」

「お城です……」

 皆の心が一つになった瞬間だった。

 

「だから何度も『城みたい』って言ってるじゃないですか」

「いや、それにしても……」

 格式高い日本邸宅を数十倍に巨大化したような建造物がそびえたっている。その周囲一面は土塀で覆われているので、戦国時代の城のレプリカだと紹介されたら疑うことなく信じるだろう。

「何だか観光スポットみたいです」

「ググレマップでも目立つのでまとめサイト等では謎の城としてよく取り上げられていますよ。城の雰囲気が味わえるということで海外の観光客には人気のスポットらしいです」

「やれやれ、本人だけでなくご親族も規格外なのか……」

「否定できないのが辛いところです」

 目の前で止まっていても仕方ないのでハザードランプを消して再び走り出す。

 

「これ、普通に車で入っていいのかい?」

「事前に連絡していますから問題ありません」

「し、失礼しま~す」

 徐行しながら立派な城門を恐る恐るくぐる。すると石畳が飛行場の誘導灯のように光り始めた。

「誘導路に沿って進んで下さい。その先に駐車場がありますので」

「はいてくです……」

「見た目は古めかしい城ですけどセキュリティを始めとして最先端の技術を導入しているんです。不審な動きをしたら契約している警備会社がすっ飛んできますので注意して下さい」

 これだけの土地建物とシステムを用意するのにいくらかかったのか見当もつかない。

「この家についてずいぶん詳しいんだね」

「新築の際には私も関与しましたもの。ゼネコンと設計会社がふっかけてきやがりましたから血が出るまで値引き査定のうえ手抜き箇所は全て指摘してあげましたよ。あはははは」

 お、鬼がいる……。

 

「やっぱり朱鷺さんはお嬢様なんですね」

「そこまで大したものじゃないですって。水瀬財閥や西園寺グループと比べたら中小企業みたいなものです。それに私自身の力で勝ち取ったものではありませんから自慢はできませんよ」

「それは比較対象が巨大すぎるだけかと……」

 話をしていると駐車場に着いた。車を止めると深呼吸する。

「コホン。さあ、行きますよ。犬神さん」

「あ、ああ……」

 覚悟を決めて車から降りる。ここからが今日の本番だ。

 

「それじゃあ行きましょうか、一郎さん♡」

「お、そうだな。行こう行こう!」

 手をつないで笑顔のまま歩きだすと森久保さんが「ひいっ……」と発して思わず後ずさった。普段なら絶対にありえない光景だから仕方ない。俺だって心拍数が一気に跳ね上がっている。

 どうしてこうなってしまったのか────城内へ向かう道すがら、数日前の出来事が脳裏をよぎった。

 

 

 

「お願いします、犬神さん。私の恋人になって下さい!」

「……え、何だって?」

 夜の八時頃、七星さんが俺のオフィスにやってきて開口一番にこんなことを言ってきた。難聴ではないのでちゃんと聞こえていたのだけど、鬼の霍乱かと思い反射的に聞き返す。

「ですから、一時的でいいので私の恋人になって下さいと言っているんですよ」

「…………………………正気?」

「ええ、正気かつ本気です。本気と書いてマジと呼びます」

 思わず目と目が合う。その瞬間、俺には事態が理解できた。

 

「今流行りのインフルエンザ脳症か。よし、救急車を呼ぼう」

「お、待てい!」

 スマホを取り出そうとすると右手の五本指で頭部を掴まれた。

「いたたたたた! いたい痛いイタイ!」

「人が真剣にお願いしているのにボケないで下さい! このまま爆熱ゴッドフィンガーで握り潰しますよ!」

「ごめんなさい許して下さい何でもしますから頭部破壊だけは止めて!」

「気持ち悪い媚びを売ってるんじゃないですよ!」

「ひぎぃ!」

 必死に懇願するとようやく解放された。

 鈍い痛みがまだ頭部に残る。危うく潰れたトマトみたいになるところだった。

 

「そういうつまらないジョークは不愉快極まりないって、それ一番言われてますから」

「すまない、俺が悪かった。てっきり脳が壊れてしまったのかと……」

「私は心身共に健康です。で、さっきの話は受けるんですか、それとも断るんですか?」

 ジト目で詰め寄られたので思わず数歩後ずさる。いや、これ断ったら絶対トマトジュース化間違いなしだって。

「とりあえず事情を話してくれないか? 悩みごとがあるなら担当Pとして相談にのるからさ」

「……はい、わかりました」

 様子がおかしいのでとりあえず話を聞いてみることにする。

 

「私の母方の祖父が東海地域で複数の病院や企業を経営しているのはご存知ですよね?」

「うん、知っているよ」

 以前にも話を聞かせてもらったことがある。俺はその辺りの出身じゃないからピンとこないけど、彼女のお爺さんは地域の名士らしい。

「今度コメットの近畿・東海ツアーがあるじゃないですか。祖父にはしばらく顔を見せていないのでその際に家に寄るよう言われているんです。とても広い家なので一泊して行けとね」

「いいことじゃないか。お爺さんも喜ぶし、宿泊費が浮くから経費節減にもなるよ」

「その時なんですけど、ある話を振られる可能性が非常に高いんです」

「ある話って?」

 聞き返すと微妙な表情になった。そのままぼそぼそと何かを呟く。

「……い、です」

「え?」

「だから、お見合いですよ!」

「はぁ!?」

 あまりに唐突で心臓が飛び出るくらい驚いた。

 

「実はですね……」

 すると七星さんがぽつぽつと経緯を話し始める。彼女のお爺さんはアイドルとしての活動や人外キャラとしての活躍を当初から全力で応援していた。しかしあまりの暴れっぷりに将来嫁の貰い手がいなくなるのでは心配する気持ちが強くなっていったようだ。

 芸能活動自体は応援しているのでアイドルを止めろと言う気はないが、今の内に婚約者候補を選定することで保険を掛けておきたいという要望があるらしい。

 

「そしてこいつらがお見合い候補者達です」

 写真が入ったバインダーを机の上に置いた。軽く十冊以上はありいずれも利発的な男性の写真が入っている。

「命知らずな……」

 思わず余計なことを言ってしまったので口を覆った。だが幸いにも怒っている様子ではない。

「ええ、私自身そう思います。九分九厘資産目当てでしょうけどコイツらは自分の命が惜しくないんですかね?」

「で、でも中には七星さんを気に入っている人だっているかも……」

「常識的に考えてそれはないでしょう。いいんですよ、慰めてくれなくても」

 濁った目で自嘲気味に笑う。確かに身体能力と性格はアレだけどこれはこれで魅力的な子だと俺は思うけどなぁ。

 

「それで、お見合い回避のために俺に恋人役を務めて欲しいというわけか」

「意中の人がいると思わせれば祖父もおとなしくなるでしょう。だからお願いします」

 なんだか九十年代のベッタベタなラブコメ漫画みたいな展開だけど、こんな話が俺に振られるとは思っても見なかった。

「でもなんで俺なんだい? 年齢的に言えば虎谷くんの方が近いし、役者としては龍田くんの方が数段上手じゃないか」

「一応虎ちゃんにも話を振りましたが『ストレスで胃が破裂するんで勘弁して下さい』と言い残し有給取って失踪しています。龍田さんに至っては『私は七星さんにとってのゲッベルス(宣伝相)ですからそういう役回りは犬神さんにお任せします』と笑顔でお断りされる始末です」

「……笑えないブラックジョークだね」

 いや、もしかしたら龍田くんは本気なのかもしれない。

 

「会社の戦力的に武内Pを犠牲にすることはできませんから、身近で若い独身男性という意味ではもはや貴方しか残っていないんですよ。流石の私も知りもしない野郎との見合いなんて願い下げなので、ご迷惑をおかけしますがご協力をお願いします」

 そう言って嫌々ながらも俺に頭を下げた。七星さんの力になれる貴重な機会だし担当しているアイドルが困っている姿を見過ごすことはできない。一通り事情を聞いて決心する。

「わかった、俺に全て任せてくれ!」

「それではよろしくお願いしますね」

 憂鬱そうな顔が少し明るくなって俺も嬉しくなった。不安はあるけどまぁ何とかなるだろう。

 

 

 

「お嬢様がお帰りになりました~~!」

 着物姿の女性が発する大きな声で現実に引き戻された。気づくと同じ姿の女性達が邸宅の出入り口で二列に整列している。深いお辞儀は一糸乱れず、同じ角度で完璧に統一されているのでかなり訓練されているのだと思う。

「トキ、この人達は?」

「祖父の使用人の方達です。この家に関わるお仕事をやって頂いてるんですよ。何しろこれだけ大きい家なので維持にもそれなりの手間がかかりますから」

「へ、へぇ……」

 使用人なんてまるで漫画の世界だ。自分が場違いな存在であることを改めて感じる。

 

「皆様、お荷物をお持ち致します」

「あ、いえ。これくらい自分達で運びますよ」

「そういう訳には参りません。何と言ってもお嬢様は二年振りのお帰りなのですから、誠心誠意おもてなしをさせて頂きます」

「さあさあ、こちらへどうぞ」

 使用人さんと話をしていると地の底が震えるような振動を感じる。そしてその振動は徐々に大きくなっていった。

「ふふふ、旦那様が待ちきれずにいらっしゃったようです」

「ええ!?」

 まだ心の準備ができてないが、こちらの事情などお構いなしにそれは姿を現した。

 

「…………」

「ひっ……」

 森久保さんが思わず腰を抜かしたがそれも仕方ない。

 俺達の前に現れた高齢の男性だが、熊が立ち上がったような大男で堂々とした体つきが周りを威圧している。無駄な肉は一片もなく、固く引き締まった筋骨が只者ではないことを暗示していた。

 頑丈で意志の強そうな目鼻立ちもそうだが、獲物を見つけた獣のような眼光には畏怖すら感じる。もし道端で出会ったら目を伏せ道を譲ってやり過ごす。つまりは滅茶怖いということである。

 

「朱鷺ィーーーーーー!」

「まさかの開幕ダッシュ!?」

 福男レースのような勢いで巨漢が突進してくる。

「うぉぉぉぉーーーー!」

 そのままアメフトの悪質タックルのように七星さん目掛けて飛びかかった。勢いのままに彼女を抱き上げる。

「よくぞ! よくぞ戻ってきた!」

「んもう、大げさだよ」

「大げさなものか! 正月すら帰ってこなかったのでもう二度と会えぬかと思ったわ!」

 鬼のような大男が涙を浮かべている。やっぱりあの人が七星さんの祖父か。何というか、孫に負けないくらいキャラが濃そう。

 

「トキィィィィ!!」

「ちょっ、髭が、髭が刺さる!」

「うぉぉぉぉーー!」

 七星さんの静止も聞かずに頬ずりを続けた。

「このっ……いい加減にしなさい!」

「うぐぉ!?」

 髭攻撃に耐えかねてボディーブローを繰り出すと鳩尾に入った。すると巨体が大きくよろめく。以前俺のミスでダブルブッキングした時に喰らったことがあるけど一日何も喰えなかったよ。

「ク、ククク……」

「た、倒れない!?」

 気絶できたら幸せレベルの攻撃を受けても彼は膝を付かなかった。

「効かぬ……効かぬのだ。この一撃は儂にとって喜びだからな!」

 そう言いながら不敵な笑みを浮かべる。あ、ダメだこの祖父。

 

 

 

 感動?の再会も一段落したので案内されるまま大広間に通された。なんか時代劇に出てきそうな風景だなぁ。白菊さん達も物珍しいのか周囲をキョロキョロと伺っている。すると七星さんの祖父が再び姿を現した。

「先程はお見苦しい姿を見せてしまい失礼しました」

「い、いえ、お気になさらず……」

 そう言いながら丁寧に頭を下げる。とても貫禄があって格好いいんだけど、先程の姿を見ているので微妙な気持ちだ。

 

「儂はここにいる朱鷺の祖父で七星李白(りはく)と申します。日頃孫娘がお世話になっており心より感謝しております。皆々様もよくご存知の通り、非常に偏屈で極度に気難しい子ですがどうぞ今後とも仲良くしてやって下さい」

「……偏屈で気難しいは余計じゃない?」

「だが事実だろう」

「くっ……」

 自分でも理解しているのかそれ以上は言い返さなかった。

 

「い、いえ。こちらこそ朱鷺さんには日頃から助けてもらってます。同じユニットの仲間としてだけでなく、大切なお友達として凄く仲良くさせて頂いています」

「むしろ助けて貰ってばかりですけど……」

「口では色々と言っているが根はお人好しだからね」

「ありがとうございます。あの友人ゼロ人を擬人化したような孫娘にこんな素晴らしい友人ができるとは、長生きはしてみるものですな」

「……だから一言余計!」

 七星さんが真っ赤になっている。昔を知る人が一緒だと彼女も防戦一方みたいだ。

 

「あの、李白さんは朱鷺さんの母方のお爺さんなんですよね? 名字が一緒なのはなぜなんでしょうか?」

「あれ、言っていませんでしたっけ。ウチのお父さんは七星家に婿入りしたんですよ。だから名字が一緒なんです」

「なるほど、そうだったのか」

「儂が言うのも何だが、我が家は由緒正しい名家ですからな。残念ながら男の跡取りには恵まれなかったのでせめて家名は残したかったのですよ」

 和やかな話が続いているけど、そろそろ偽恋人の話を振らないといけないんじゃないだろうか。気が気ではないので出されたお茶も喉を通らない。

 

「それで、そちらの方はどなたですかな?」

「わ、私ですか!?」

 李白さんが俺の目を見ながら質問してきた。不意打ちで虚を突かれたので思わず声が裏返ってしまう。

「え、ええと、七星さん達の担当Pを務めている犬神一郎と申します。よろしくお願いします!」

「君が責任者か。こちらこそよろしくお願いするよ」

 お互いに手を差し出して握手する。初見のインパクトが強烈過ぎて苦手意識を持ってしまったけど、こうしてみると普通に良い人で一安心だ。

 

「そして私の恋人でもあります♡」

 次の瞬間、あの悪魔が仮初の平穏を完膚なきまでに破壊した。

「……ほう」

 優しい表情は一変し全身の筋骨が仁王のように盛り上がる。ハイ、俺死んだ! 今俺死んだよ!

「一体どういうことか、説明して頂きたいものだ」

「痛い痛い痛い!」

 今まで平和的だった握手が一瞬で拷問へと切り替わった。

 砕ける! 指の骨が砕ける! というか手首からもげる!

 

 

 

「ということで私と犬神さんは将来を誓いあった仲なの♪」

「ハイ、ソウデスネ」

「……なるほど、事情は理解した」

 交際に至った経緯は七星さんが全て説明してくれた。何でもアイドルとして伸び悩んでいた七星さんに俺が優しく手を差し伸べたことがきっかけで淡い恋心が芽生えたらしい。え、君そんなキャラだった?

 その後は東京ディスティニーランドでのデートやピクニックデートなどを経て、夜景がキレイに見える場所で告白し正式交際に至ったそうである。あれ、君そんなキャラだった?

 なお体の関係があると遺伝子のカケラまで焼き尽くされかねないので、キスすらしていないプラトニックな純愛を貫いているという設定になっている。普通のアイドルならまあまあ納得できるけど話が七星さんとなると信憑性が限りなくゼロになるのが悲しい。

 

「だからお見合いとか婚約とかそういう話は今後一切無しでいいよね?」

「今の話が確かであれば仕方がない。その方が朱鷺に相応しいかは別として、心に決めた男がいるのなら涙を飲んで耐え忍ぼう」

 視線がレーザーのように突き刺さるけど今は我慢だ。七星さんのためにも頑張れ一郎!

「さて、そろそろ夕食の時間だ。今日は家の料理人が腕によりをかけた料理を皆さんに振る舞うので期待していて下さい」

「ありがとうございます。楽しみにしています」

 李白さんに挨拶をしてから一旦部屋に戻った。アイドル達と一緒の部屋に泊まるわけには行かないので俺だけ個室である。

 

「ふぃ~~」

 小奇麗な和室の座椅子に腰掛けてため息をつく。

 馴れない嘘をついたせいで精神的な疲労がどっと出たよ。温厚な好々爺が悪鬼羅刹に変貌する瞬間は今思い出しても恐ろしい。普通にトラウマになる。

 でも結構物分りの良い人だったな。恋人の振りもちゃんとできたしこれで七星さんの役には立てただろう。緊張が解けてのんびりしていると「失礼します」という声が聞こえた。

「入っていいよ、どうぞ」と返事をすると神妙な面持ちの七星さんが姿を現す。

 

「どうかしたの?」

「今後の作戦会議を開きに来ました」

「作戦会議ってどういうこと? 恋人の振りなら上手く行ったんじゃないの?」

「何言ってるんですか、全然ですよ全然!

 私は祖父と長く接しているからわかるんですけど、私と犬神さんの仲を疑っていました。今のままでは偽恋人だとバレてしまいますので信憑性を増すための作戦が必要なんです」

「でも、どうやって……」

 恋人だと思わせる方法なんて想像もつかない。

「こうなったらプランBで行くしかありません」

「プランB?」

 物凄く嫌な予感がするのは俺だけ……ではないだろう。

 

 

 

 それから間もなく夕食の時間がやってきた。来客用の豪奢な食堂に案内されるとこれでもかというほどのごちそうが並べられている。この部屋だけ洋風だからちょっと違和感があるけど、内装は派手すぎず質素すぎずでセンスがいい。

「海の幸も山の幸も沢山ですね」

「これはまた豪勢だな」

「もりくぼの一年分の食べ物より多いんじゃ……」

 白菊さん達の目が輝いていた。明日からはかなりグレードが下がるので今日はお腹いっぱい食べて欲しい。

「よいしょっと」

 七星さんが俺の隣に椅子を持ってきた。悪い冗談かと思ったけど本当にやるんだ、あれ……。

「では、皆様お召し上がり下さい。残された分は使用人の賄いにしますから無理に詰め込まなくても大丈夫ですよ」

 李白さんが発声すると皆で「いただきます!」と挨拶した。

 

「は~い、ア・ナ・タ。あ~ん♡」

「あ、あ~ん……」

 七星さんが運んできたふぐ刺しを心を無にして口に入れる。多分とても美味しいのだけれど、シチュエーションが異次元過ぎて正直味が感じられない。

「ど~う? 美味しかった?」

「ウン、ヤッパリトキチャンガハコンデクレルリョウリハ、オイシイナ」

「またまた~。そんなこと言ってぇ~♡」

「ハハハ、オセジジャナイヨ」

 七星さんが考えたプランBの一つ目がこの『あ~んして♡』である。今時バカップルでも滅多に見かけないと思うのだが、それを本気でやろうとする勇気と胆力が凄まじい。俺なんて思わず片言になってしまう。

 

「…………」

 李白さんの視線が痛い! というかこっちガン見だよガン見! 視線で人を殺せるのなら現在進行形で嬲り殺しにあっているだろう。

「あのっ、この伊勢海老は美味しいですね!」

「そ、そうだな。このひつまぶしも中々のものだよ」

「……もりくぼ、名古屋コーチンは初めてです」

 事情を知っている二宮さん達は極力俺達を視界に入れないよう努力している。七星さんも必死に堪えているのだから俺も皆のPとして頑張らなければいけない!

「次は松阪牛のステーキですよ~♪」

「ワーイ」

 食べたり食べさせたりで無限のような苦行が続く。食事が終わる頃にはお互いに疲労の色が濃くなっていた。多分寿命が七年くらい縮んだんじゃないか。

 

「皆様、食事の後はお風呂を用意しています。この家には温泉を引いた大浴場がありますので是非そちらも楽しんで下さい」

「ありがとうございます。それでは頂きますね」

 そう言って白菊さん達が大浴場に向かっていった。

 ああ、風呂ね……。食事だけで疲労困憊だったのですっかり忘れていた。

 私邸のため男女別にはなっていないので、二宮さん達に先に入ってもらい時間をずらして俺も入ることにする。彼女達が出たことを電話で確認してから重い体を引きずり大浴場に向かった。

 

 

 

「おおっ!」

 服を脱いで浴室に入ると壮観だった。泡風呂、電気風呂、寝湯、薬効湯、檜風呂、ミストサウナといった温泉施設さながらの設備が整っている。しかも露天風呂まで完備しているとは心憎い。ここは上層階だから眺めはいいはずだ。温泉好きとしては堪らないよ、早く見せてくれ!

「~~~~♪」

 恐怖心に支配されて下がっていたテンションが急上昇したので、まずは体を洗って入浴の下準備をする。よ~し、何から入ろうかな~!

 

「失礼しまーす♡」

 作ったような可愛らしい声が響くとのぼせていた頭に冷水をぶっかけられた感じになった。そういえばプランBの二つ目をすっかり忘れていたよ……。

「お背中を流しに参りました~♡」

 振り向くと体にバスタオルを巻いた七星さんが張り付いた笑顔で立っていた。

「本当にやるの、これ?」

「当たり前です。祖父に私達の関係を信じ込ませるにはこれくらいしないといけません」

「……わかった」

 真剣な表情になり小声で囁く。どうやらプランBの二つ目────『お背中流し大作戦♪』は避けられないイベントのようである。今はいいけど七星さんが素に戻った時どんな仕打ちを受けるのか、考えるだけで恐ろしい。

 

「それじゃあ洗いますね~♪」

 手にしたスポンジにボディソープを付けると俺の背中をこすり始めた。またもや亜空間のシチュエーションなので反応に困る。でも今のところ丁寧に洗ってくれてはいた。

「頭行きますよ~」

 背中を流し終えると今度はシャンプーで頭を洗い始めた。後ろからなのでお互いの距離が自然と近くなる。

「ん?」

 なんだろう、バスタオル越しにふにふにした柔らかい感触があるんだけど。

 あれ……これはまさか……。

「どうしました~?」

「いや、何でもない、何でもない……」

 思わず前かがみになってしまう。これは色々な意味でまずいよ!

 

「では前に参りま~す」

「はあっ!?」

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。この状況で前は絶対にダメ! いや、この状況でなくても絶対にダメだって!

「いやいやいや、前はまずいんじゃないかな! 流石にさ!」

「ここまで来てしまったら前も後ろも大して変わりないですって」

「天と地ほど違うっ!!」

「いいから観念なさい!」

 何で君はそんなに漢らしいんだ!

「クソッ! こんなところにいられるか! 俺は部屋に戻る!」

 慌てて立ち上がろうとするとシャンプーの泡でツルンと滑ってしまった。そのまま意図せず仰向けになってしまう。衝撃で腰に巻いていたタオルが落ちた。

 

「………………」

 静寂がその場を支配する。ああ、終わった。

「フッ……。勝った!」

「何が!? 何に!?」

 もう訳がわからない。

 

「あ~生き返るわぁ~~」

「こんな醜態を晒して生きていけない……。これからはHENTAIとして惨めな余生を過ごすしか無いんだ……」

 体を洗った後は二人で湯船に浸かる。もちろん七星さんはバスタオル着用のままだ。そうでなかったらとっくにこの場から脱出している。

「まあまあ、そんなに落ち込まないで下さいって。男の生理現象ですから仕方ないですよ。それに見られても別に減るものじゃないでしょう?」

「どこをどう切り取っても清純派アイドルが言うセリフじゃないよね、それ……」

 男女の立場が逆転しているような気がするのは俺だけかな。

 

「というかなんで七星さんは普通に混浴してるんだ! 絶対おかしいって!」

「少し前まではお父さんと一緒に入っていましたから抵抗感はありませんよ」

「……少し前っていつまで?」

「確か中二になる直前でしたか。背中を流すと言ったらお父さんから駄目だって言われました」

「断られなかったら今でも入ってたのかい?」

「多分そうですね。拒否する理由はないですし」

 さも当然のように答えるので一瞬何が常識なのかわからなくなってしまった。

「えっと、恥ずかしかったりはしないの?」

「いえ全然。だって大切な家族ですし、私の原材料の半分は父ですもの」

「生々しいことは言わないでくれよ……」

 う~ん、なんだろう。やっぱり決定的にズレてるんだよなぁ、この子。

 

 

 

「本当に疲れた……」

 大浴場で七星さんと別れてからポツリと呟く。

 食事アンド風呂のツープラトン攻撃でもうノックアウト寸前だ。明日もライブはあるんだから早く寝て疲労を回復させたい。そのまま這うようにして部屋へと向かった。

 客室に戻ると既に布団が敷いてあった。こういう心配りは素晴らしいなぁ。ベッドもいいけど日本人はやっぱり布団だよ布団。

「お休みなさい」

 歯を磨いてから布団に潜り込む。ああ、暖かい。このまま泥のように眠ろう、そうしよう。

 

「失礼しま~す♡」

「…………」

 電気を消そうとした瞬間、小悪魔────いや大魔王がやってきた。

「間に合っていますのでお引取り下さい」

「私は悪質なセールスか何かですか!?」

 いや~もう、もう勘弁してくれ……。でも大魔王からは逃げられそうもない。

「すまない、思わず取り乱してしまった。それで何の用だい? 確かプランBは二つで終わりだったはずだけど」

「私も当初はそのつもりでしたけど祖父の眼力は本物ですから念には念を入れた方が良いと今思いついたんですよ。そこでプランBの三つ目────『ドキドキ☆同衾作戦』を実行するに至ったというわけです」

 同衾作戦ということは一緒の布団で寝るのか。

 

「ヤメロー、シニタクナーイ!」

「殺しませんって!」

 逃走しようとするが手を掴まれてしまう。

「以前林間学校の際に開発した『右腕以外動かせなくなる秘孔』を自分に使いますから安全面は無問題です」

「いや、それでも倫理的に無理……」

「無理を通して道理を蹴っ飛ばしなさい!」

 何だこの男前!

 

「これも役得だと思って下さい。まぁ、私みたいな変な奴と一緒に寝るなんて迷惑でしょうけど」

 その言葉を聞いてカチンと来た。

「いや、七星さんは確かに他のアイドルとはちょっと違うかもしれないけど、君には君にしか無い魅力がある。だから自分を卑下しないで自信を持って欲しい」

 一応俺の本音だ。確かにとんでもない力があったり腹黒だったりズレてたりするけど、それも含めて素敵な子だと思う。

「……あ、ありがとうございます」

「う、うん……」

 顔を赤くしてしおらしくなったので調子が狂うな。いつもみたいに何か言い返して来ると思ったんだけど黙り込んでしまった。なんだかお互いに気まずい。

「じゃあ、寝ようか」

「そ、そうですね! お休みなさーい!」

 背中合わせで布団に潜り込む。サイズが大きいから二人入っても十分余裕があった。

 

 

 

「…………」

 そのまま三十分くらい経った。う~ん、とても疲れているはずなのに後ろの子が気になって全然眠れない。そうする内にかすかな寝息が聞こえてくる。

 七星さんもライブに加えて慣れていないプランBで相当疲労が溜まっているはずだ。ツアーは始まったばかりだからどこかで慰労してあげないといけないな。

「よっと」

 尿意を感じたのでそっと部屋を抜け出しトイレに向かう。すると道すがら家政婦さんから呼び止められた。

「夜分申し訳ございません。大旦那様がお呼びですのでお済みになりましたらこちらへどうぞ」

「は、はい」

 もの凄く嫌な予感がするけど呼ばれてしまっては仕方がない。数ある婿候補を差し置いてどこの馬の骨ともわからない者が孫の恋人だなんてと激怒しているのだろう。せめて命だけは助けて欲しいと思いつつ案内されるまま歩いていく。

 

「こちらです、どうぞ」

 家政婦さんが襖を開けるとそこは落ち着いた和室だった。その中心に李白さんが一人で佇んでおりお猪口を手にしている。どうやら一杯やっているようだ。

「おお、きたか。まぁこちらに来たまえ」

「失礼します……」

 恐る恐る入室する。正座で対面に座ると「一杯どうかね?」と言われたのでお膳の上のお猪口を手にした。すると徳利からお酒が注がれる。

「この辺りの地酒で、甘みと酸味のバランスが良い。試してみなさい」

「頂きます」

 震える手で日本酒を流し込むと、爽やかでフルーティながら米の旨味もしっかりと感じ取ることができた。これはたしかに美味しい。

 

「さて、朱鷺とのことだが……」

「ゴホッ……!」

 いきなり本題に入ったので軽くむせる。何とか呼吸を整えて次の言葉を待った。今後出入り禁止くらいで済むと良いなぁ。

「アレの恋人『ごっこ』に付き合わせてしまい、大変申し訳ない」

 そう言いながら正座のまま深く頭を垂れた。今までの苦労が水の泡となってしまい脱力しかけたが何とか意識を正常に保つ。

「……具体的にはどの辺りから気付かれていたので?」

「最初からな。第一朱鷺が淡い恋心とか言い出す時点で嘘確定だ」

「わかりますわかります」

 ぐうの音も出ない指摘だ。でもバレたならバレたで言っておかなければいけないことがある。

 

「お見合いの件については七星さんに聞きました。ご存知の通り彼女は家族にはとても優しい子です。その彼女がお祖父様にこんな嘘をついてしまうくらい嫌がっていますので、今後本人の了解なくお見合い話を持ってくるのは止めて下さい」

 怖いけど何とか言いたいことを絞り出した。その言葉を聞いて李白さんが厳しい表情になる。

「大切な商品に傷をつけるな、と?」

「いえ。Pだからではなく、彼女の友人としてのお願いです」

 七星さんが大切にしている家族に彼女の嫌がることをさせたくないというのが一番の理由だ。たとえその豪拳で殴られたとしてもこの考えを曲げる気はない。

 そう言うと表情が穏やかなものに変化した。

「心配する必要はない。今後本人の望まない見合い話は一切設けないつもりだよ」

「本当ですかっ!?」

「ああ、男に二言はない」

 思わぬ返事に喜んだけど、なぜ今までの方針をあっさり撤回したのだろう?

 

「犬神くんは最初に朱鷺と話した時にどう感じたかね」

「最初ですか……」

 正直あまりポジティブなイメージではなかったので言っていいものか悩む。

「ははは。何を言っても怒らんさ」

「わかりました。一言で言うと『凄く偏っている子だな』という印象が強かったです」

「偏っているとは?」

「何というか、家族に対する深い愛情とそれ以外に対する無関心さがあまりにも極端で、そのアンバランスさが凄く危ういなと。ですが本質的には情が深くてとても優しい子という気がしたので、内に向ける愛情の半分でも外に向けばとても良いアイドルになるという直感がありました」

「そうか。確かにそのとおりだな」

 遠くを見ながらお猪口をぐいと傾けた。

 

「……今でこそ溺愛しておるが、儂は最初あの子が怖いとさえ思っていたよ」

「えっ!? もしかして大暴れしていたとか?」

「いや、親の言うことはきちんと聞くしイタズラもしない。本当に理想的な子供だったからこそ怖かった」

「完璧過ぎて不自然だと?」

「だいたい幼子なんてものは親の言うことなどまるで聞きやせん。儂もかつては子を育てたから重々承知しているが、あの子は異質だった。まるで得体の知れないものが模範的な幼児を演じているようでな。まぁ後になって色々とボロが出たから安心したが。

 それに君の言う通り身内以外は雑草並と捉えていた節がある。だが親は子より早く死ぬものだ。姉妹とていずれ離別する可能性がある。あの朱鷺がもし一人でこの世に残されたらと思うと毎日気が気ではなかったよ。それこそ死んでも死にきれん」

 李白さんが執拗にお見合いを勧めていた理由がやっと理解できた。

 

「だから新しい家族を持って貰おうとした、と言う訳ですね?」

「そうだ。伴侶や子ができれば朱鷺が孤独になることはないだろうと思っていた。だがとんだお節介だったようだ。あの青年が言っていたとおり君や友人達と本音で接している姿を見て、この先孤独にはならんと信じることができたよ」

「あの青年?」

 気になるワードが出てきたので思わず聞き返してみる。

「確か数日前だったか。朱鷺の仕事仲間を名乗る龍田という若人から電話があった。『彼女はアイドル活動を通じて他の誰かを助けられる存在に成長しました。今度そちらに伺う時にそのことがわかって頂けるはずです。なのでお見合いの必要はありません』とな。

 妙に説得力のある話術だったので記憶に残っていたが、今日の様子を見て彼の言うとおりだと悟ったよ。無理に見合いの席を設けることは朱鷺のためにならぬ。この李白、己の愚かさに気づかず危うく一生の不覚を取るところであった」

「あ~なるほど……」

 先手を打っていたから後詰めを俺に任せたのだろう。この用意周到さは彼らしい。

 

「恋人のフリが失敗したことや今後お見合いをさせるつもりがないことは本人に言わなくていいんでしょうか?」

「恥を忍んで頑張ったことが無駄だとわかれば明日以降の巡業に差し障るから今は言わん方がいいだろう。儂がまんまと騙されたと思っていれば機嫌よく帰れるのだから暫く秘密にしておいてくれ。時機を見て改めて謝るつもりだ」

「わかりました」

「これで儂も肩の荷が下りたわ。はははははは! さあ、もう一杯!」

「はい、頂きます」

 その後は七星さん達の近況やアイドルとしての活動について色々と話をした。気難しいのではという印象とは裏腹にとても理知的で頭の切れる御仁だったので名士という評判は間違いないのだろう。ゆっくりとしたペースで美酒を酌み交わしながら長い夜が更けていった。

 

 

 

「それじゃ行ってくるね。また近い内に帰るからよろしく」

「うむ。その日を楽しみにしているぞ。道中息災でな」

 翌日はライブの予定のため朝食を頂いた後早々に出発した。打ち合わせ通り最後まで恋人話を信じたフリをしていたので七星さんの表情も明るい。車に乗った後も上機嫌で鼻歌を歌っている。

「いや~流石は私です。何とか恋人関係だと信じ込ませることが出来ましたよ!」

「お、そうだな」

 挨拶後数分で嘘だと看過されていたことは七星さんの名誉のため言わないでおこう。落ち着いた頃に李白さんから話があるはずだし。

 

「昨日はお疲れ様でした。朱鷺さん」

「全くですよ。相方が大根役者だと苦労もひとしおです」

「ウン、ソウダネ」

 正確には大根×2だった訳だけど口にしたらまたゴッドフィンガーの刑なので止めておく。

「お見合い話も無事振られなかったので良かったです……」

「フフッ、どうせなら嘘ではなく既成事実にしてしまってはどうだい?」

「ちょ、ちょっと!」

 森久保さんの安心したような言葉に続いて二宮さんが飛んでもないことを言い出した。これ以上荒れそうな話を振るのは止めてくれよ!

 

「アスカちゃんには申し訳ないですがイヌ科とヒト科の間に恋愛は成立しません」

「おや、それは残念なことだ」

 そのまま肩をすくめる。絶対遊んでるよな、この子……。

「それに私は永遠の清純派アイドル。いわばファン全員が恋人のようなものですから、当面の間は特定の誰かとそういう関係になることはないのです。さ、切り替えて今日のライブを頑張りますよ! ファイト、オー!」

 そう言って張り切る姿は確かにアイドルとして輝いていた。清純派……かどうかは神のみぞ知るところだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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後語⑥ 金曜日のシンデレラ

ジャスト三周年です。


「おはようございます! 本日もよろしくお願いします♪」

「あざっす!」

「は~い、ヨロシク~」

 スタジオ入りすると共に全てのスタッフさんに笑顔で挨拶をしました。多少面倒ではありますが、芸能界といえども最近は真面目で礼儀正しい奴以外は表に出してもらえないので誠実アピールは欠かせません。私のような吐き気を催す邪悪であっても、表面さえ良ければ問題ないのですよ、ククク……。

 それに将来この中から出世し偉い立場になる方がいないとも限らないので媚は売っておいた方が良いのです。タダで(好感度が)もらえるならもろとけばええんやの精神ですね。

 

「失礼しまーす」

 挨拶を終えて楽屋に入ると本日の共演者が椅子に座っていました。私の姿を見るとおもむろに立ち上がります。

「おはようございますっ!!」

 小さな部屋いっぱいに大きな声が響きました。流石空手をやっているだけあって体育会系な挨拶です。

「おはようございます。今日はよろしくお願いしますね、有香さん」

「はい、こちらこそ!」

 そう言いながらお互い笑顔で握手をしました。

 

 今日の共演者────中野有香さんは現在十八歳のアイドルで、歳も芸歴も私より上の先輩にあたります。黒髪ツーテールで元気の良い空手少女な所が魅力な子ですね。なお身長は百五十センチと小柄で私より二十センチも低いので、こうやって握手すると親子のようになってしまいます。

 今日は『Netflogs(ネットフロッグス)で見られるカンフー映画特集』という宣伝番組の収録であり、武術つながりで彼女にゲスト出演頂くこととなりました。

 映画はたまに見る程度とのことなので、カンフーパンダのようなメジャー作からおすすめのマイナー作品まで掛け合いをしつつ一緒に紹介する予定です。

 

「あれ、まだメイク前ですか?」

 収録までそれほど余裕はないですが特に準備をしていないようなので訊いてみました。

「どうやら電車の遅延でメイクさんの入りが遅れているみたいです。収録は多少押しになるかもしれません」

「なるほど、そうでしたか。わかりました」

「下のスノーバックスで飲み物を買ってきますけど、なにか一緒に注文してきます?」

「そうですね……」

  お互いこの後の仕事はないので多少遅れていてもゆったりムードです。部屋の中は少し乾燥していたので、時間があるのなら飲み物を飲んでおいた方がいいでしょう。

 

「ではお言葉に甘えまして、グランデノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノでお願いします」

「……もう一度いい?」

「すみません、少し早口でしたか。グランデノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノです」

「……呪文?」

 思わず眉間に皺が寄りました。仮に呪文だとしたら長さ的に考えて爆裂魔法ぐらいの大ダメージが入りそうです。

「別に呪文ではないですって。『グランデサイズ』で『無脂肪乳』を使用し、『ホイップクリーム』を抜いて『チョコチップ』と『バニラクリームフラペチーノ』を追加したものです」

「絶対に覚えられませんよ、そんなの! えっ、そういうの注文するキャラでした?」

「フフフ……新時代を迎えた、ザ・ニュー七星朱鷺を甘く見てもらっては困ります!」

 そう、私は変わるべき時を迎えたのですよ!

 

 時は遡ること数週間前、ある日私は自分のツイッターを振り返った際にふと気付いてしまったのです。『コイツいつもラーメンについて呟いてんな』ってね。

 いや、私だって最初は清純派アイドルらしくファッションやコスメ等について頑張って呟いていたんですよ。しかしものの二週間でネタが切れてしまい、それ以降はラーメンやゲーム、動画、やきう等について淡々と呟く場と化していました。お仕事情報やたまに撮るアイドル達との写真を除けばどうみてもただの中年リーマンの糞アカウントです。本当にありがとうございました。

 

 しかしなんてったってアイドル、己の過ちに気付いたのであれば正さねばなりません。ちょうど元号も令和に変わりましたから心機一転し清純派アイドルらしいアカウントに修正していこうと一念発起したのです。

 という訳でここ最近はシャレオツなカフェやセレクトショップでのキャワイイ自撮り写真を多数ツイッターにアップしているという訳なのでした。なお古参ファンからは大ひんしゅくで大量にフォロー解除された上『嘘松乙』『需要を考えろ』『ウソつきサギバード』『ウソサギちゃん』『ウサちゃん』等といった謂れのない非難を浴びていますがこれも清純派路線回帰のためです。

 

 しかし我が生涯において一片の興味もないことを続けるのは想像以上に苦痛ですね。本音を言えばコーヒーなんて業務スーパーの怪しい激安インスタントで十分ですし服も着られればデザインなんて大して気にしません。

 先程の注文も好きで頼んでいる訳ではないのですが、ネットで調べるとこういう注文が最近の女子中高生間界隈で流行しているという噂なのでとりあえず便乗してみました。

 正直誰かに止めて欲しい気持ちが大いにありますけど、近しい人達に大々的に宣言した以上引っ込みがつかなくなっています。

 

 

 

 結局その後は普通のコーヒーを買ってきてもらいました。メイクさんも無事到着し衣装合わせ等も終わりましたので撮影スタジオで準備に入ります。

「そうですね。そこは……」

 位置取りと進行を確認している途中、ふと私の能力が警告を発しました。

「……!」

 背後に迫った力を静水の如く受け流し、突き出された腕を壊さないよう優しくキャッチします。そのまま振り返ると有香さんが驚きの表情を浮かべていました。

「正拳突きが完全にはいったのに……!」

 確かに見事な技でしたし完全に不意打ちだったので、よほどの達人でもない限りかわせないでしょうね。そう、達人でない限りは。

 

「残念ですが仕掛ける直前に闘気が生じていました。それに一人だけ心拍数が急上昇していましたから気付かない方が難しいですよ」

「一本負け……自分が情けないです」

 その場でがっくりと項垂れました。これに関しては相手が悪すぎたとしか言いようがないのでそう落ち込まないで欲しいです。なにせ相手は世界のパワーバランスすら壊しかねない奴ですから。

 しかしなぜ有香さんが急に襲いかかってきたのでしょうか。確かに彼女は武術家ですが優しくて礼儀正しいですし、むやみに人を強襲するようなバーサーカーではありません。

 個人的な恨みを買った覚えもないため襲撃の理由を探っていると、直感と推理によってある結論にたどり着きました。

 

「金曜日……きさま! 見ているなッ!」

 影DIOのような決めポーズを取りつつ撮影用のカメラを指差します。すると一部のスタッフがニヤリとした笑みを浮かべました。よくよく考えればなぜか金曜日のスタッフが数人混ざっているので現場入りの時点で気づくべきでしたよ……。

「これは……『説』ですね?」

「すみません、また『説』でした」

 有香さんが申し訳なさそうに声を発します。

「こんなことを仕掛けてくるのはあの番組だけですしね……。それで、今回の内容は?」

「ええと……『空手アイドルの正拳突き、七星朱鷺なら不意打ちでも余裕で回避可能説』でした」

「これはまあ、無謀なことを」

 やれやれとため息をつきます。私じゃなかったら怪我していたかもしれませんよ。まぁ私以外にこんなことはしないでしょうけど。

 

『金曜日のシンデレラ』とは346プロダクションがメインスポンサーのバラエティであり、多種多様な説をプレゼンしてその説の検証動画をスタジオで紹介し、アイドルのパネラーと共に面白トークを展開するという番組です。

 類似した番組が前世にもあり過激な内容で話題になっていましたけど、こちらの出演者はアイドルなので企画はかなりマイルドになっています。その分一般アイドル向けでない企画が私に集中しているのでした。ふぁっきゅー! ふぁっきゅふぁっきゅー!

 

「もしかしてこの収録自体ドッキリなんですか?」

「いえ、企画は企画で本当にありますよ。『全て仕掛け人だと彼女が気付いてしまうので既存の企画に巧妙に混ぜます』と龍田さんがおっしゃっていました」

「面白い奴ですね、気に入りました。サンドにするのは最後にしてあげます」

 映画紹介の内容や構成は全て自前で準備しているため嘘企画ではなくて不幸中の幸いでした。

 なお本番組のP(プロデューサー)は案の定龍田さんであり、これまた低予算で高い平均視聴率を叩き出しています。最近では自局だけでなく他局のスタッフにも信者を形成しつつあるので恐怖を感じてきましたよ。

 エンタメ業界を制圧したいのであれば私なんぞに拘らずとも手段は沢山あるでしょうに、なぜ執拗に引っ張り出そうとしてくるのか全くもって理解不能です。

 その内釘を差しておかなきゃな~と思いつつ、その日の収録は無事に終了しました。

 

 

 

「今日も一日頑張るぞい!」

 有香さんとの件があってから三日経ちました。本日はアニメの番宣番組の収録との話なので、どこぞの萌キャラのようなセリフを吐きつつ楽屋で気合を入れます。

「準備できました、どうぞ~!」

 外にいるスタッフさんに声を掛けられたので早足で向かいます。あれ、さっき事前打ち合わせしたのはBスタジオだったのですがなぜかDスタジオに誘導されているんですけど。まあ、きっと私の勘違いでしょう。

 

「本日もよろしくお願いしま…………す?」

 スタジオに入るなり条件反射のように挨拶をしましたが違和感のある光景が目に飛び込んできました。いや、違和感というかむしろ見慣れている光景というか……。

「ではここに来て! こちらに立って!」

「は、はい!」

 指定された場所に慌てて立ちました。前方は板で仕切られており何があるかは見えませんが、賑やかな話し声はよく聞こえます。

「それでは本日の特別ゲスト♪ 七星朱鷺ちゃんで~す、どうぞ~☆」

 軽快な音楽と共に板が外されると、私の眼前に広がったのは、『金曜日のシンデレラ』の舞台セットと番組MCのあべななさんじゅうななさいでした。ほほう、これは……罠じゃな?

 

「ささっどうぞこちらへ~♪」

「は~い……」

 慌ててビジネス笑顔を作りセット内に入りました。そこには菜々さんだけでなく有香さんやニュージェネの凛さんの他、クラスメイトでゲーマー系アイドルの三好紗南ちゃん、ブラジル人アイドルのナターリアさんが椅子に座っています。この番組はMCとプレゼンター、そしてゲストで構成されていますので恐らく本日のゲストなのでしょう。

「え~と、一つお伺いしてよろしいでしょうか」

「なんですか、朱鷺ちゃん?」

「今日はアニメの番宣番組の収録だって伺っていたんですけど……」

 

 ここでボケるというチャレンジングな選択肢もありましたが、まだ状況が読み切れておらずスベる可能性が高いため一応真っ当な質問をしてみます。すると菜々さんが申し訳無さそうな表情になりました。

「今日はある説を一緒に検証してもらうためにこっそり来て貰ったんです。騙してしまってごめんなさい!」

「いえ、別に……。それで一体どんな説なんでしょう?」

「うン、ナターリアも気になるヨ!」

 こんな回りくどいことをしてまで提唱するのですからまともな説ではないことは確定的に明らかです。嫌な予感がしますがこのままでは番組が進まないので聞かない訳にはいきません。

「それでは早速ご紹介しましょう。続いてのプレゼンターはこちらの方!」

 そして、軽快な音楽と共に黒幕兼ラスボスが姿を現しました。

 

「本番組の龍田Pです、どうぞ~♪」

 菜々さんの紹介と観客の拍手と共にドSドラゴンがセット内に侵入してきました。生意気にも普段とは違い高級ブランドスーツ姿でサングラスを装着していやがるので、何か闇の商売でも営んでいそうです。

「皆様こんにちは。本番組のプレゼンターはアイドルの方々に担当頂いておりますが、今回は緊急の説となりますのでPである私が提唱をさせて頂きます。お目汚し失礼致しますが、何卒ご容赦願います」

 綺麗にお辞儀をした後、決算発表のように落ち着いた口調で丁寧に話を始めます。コイツお目汚しとかいっていますけど、他番組では散々私と一緒に出演していますし下手な男性アイドルよりも女性ファンが多いですから腹が立ちますよ。

 

「緊急の説って、どんなものなの?」

 早速凛さんが話を振りました。それに対して静かな口調で語り始めます。

「皆様、天体の見方の一つに天動説と地動説というものがあることはご存知でしょうか。

天動説とは地球の周りの天体が地球を中心として回っているという考え方。そして地動説とは地球はあくまでも衛星のひとつで太陽の周りを周回しているとする考え方です。

 当然現在では地動説が定説とされていますが、四百年程前までは天動説が常識でした」

「うん、学校で習ったからナターリアも知ってル!」

「それと今回の説になんの関係があるのでしょうか?」

 有香さんが首を傾げました。私も全くの同意見です。

 

「その天動説と地動説のような認識の誤りがこの現代社会でも起きているのです。我々の常識が実は非常識であったことが新たに判明しましたので、今回はそちらをご紹介します」

「はいっ! それでは、説のご紹介をどうぞ♪」

「私が提唱するのは────『七星朱鷺、実は清純派アイドルだった説』です」

 彼は超シリアスな表情のまま、バラエティ番組用の紙のテロップを掲げて自説を提唱しました。観客も含め一瞬その場が静まり返ります。

 

「えぇ……」

「それは……ちょっと厳しいかと」

「ナナも人のことはあまり言えませんけど……ねぇ?」

「ウソ! それ絶対ウソだヨ!」

「いや、どう考えても無理があるでしょ!」

 次の瞬間、龍田さんと私以外が一斉に否定しました。しかもクラスメイトが率先して強く否定している所がなんかもう絶望的にアレです。

 ですが私が想像していたよりまともな内容でした。てっきり『実は昆虫が主食』とか『実は地球外生命体』といったブチギレものの説が来ると思っていましたもの。

「皆様のお気持ちはよくわかります。地動説を唱えたニコラウス・コペルニクスも同じような反論を受けたでしょう。しかしこれから放送するVTRがこの説を証明します」

「それでは、早速見てみましょう! VTR、始まり〜♪」

 菜々さんの合図と共に証拠映像がスタジオ内の大型モニターに流れ始めました。

 

 

 

「『七星朱鷺、実は清純派アイドルだった』説、一般的なアイドルと比べて若干違ったイメージのある彼女だが、本当にそんな事はありえるのか。まずは検証の前に街頭アンケートで調査をしてみた!」

 やや大げさなナレーションで街頭アンケートの結果ランキングトップ10が表示されます。細かい結果は割愛しますが予想よりも良い内容でしたね。『かわいい』や『綺麗』『ダンスが上手』よりも『面白い』や『つよい』『芸人』の方がランクが上なのは血管が切れそうでしたけど。

 

「バラエティに富んだ結果だが七星朱鷺=清純派アイドルという結論には至らなかった。なので彼女の生態を知るためにも最近のツイッター上の呟きを見てみることにする」

「あっ」

 ナレーションに反応して思わず声が出ました。これは! これはマズいですよ!

「するとどうだろう、流行のカフェやショップ、コスメ等に関する写真や情報が続々出てくるではないか! この清楚で女子力の高いイメージは確かに清純派アイドルを彷彿とさせる」

『今日はいい天気だから、テラス席でゆったり気分☆』『馴染みのショップで新作コーデを試してみました♡』『コスメ選びも勉強中♫』等の冷静に振り返れば超クッソ激烈に痛々しい呟きが次々と画面に表示されます。

 正直この時点で冷や汗が止まりません。営業スマイルのまま表情が凍りつきましたが、ゲストの一同も困惑の表情を浮かべています。

 

「……という訳で、念の為我々は彼女のとあるオフの日の足取りを調べてみた。なお未成年アイドルに対する尾行や盗撮は番組倫理上望ましくないので自粛し、地道に聞き込みを行いアリバイを確認することにする」

 相変わらず嫌なところでコンプライアンスを徹底しやがりますね。素直に実行していれば局にクレームが入って奴の地位も危なくなったかもしれないのに惜しいことです。

「まずは十二時二十分、都心の某カフェのテラス席にてゆったりとした時間を過ごしダージリンと特製ティラミスを頂いたと呟いている。清純派アイドルであればさぞや絵になる光景であっただろう。なので当時の様子をお店の店員さんに伺うことにした」

 画面が切り替わり若い女性の店員さんと思しき方がインタビュアーの質問に答えます。

 

「はい、確かに七星朱鷺さんはその時間にいらっしゃいました」

「その時はどんな様子でした?」

「確か入店直後から視線が定まらず、ちょっと挙動不審な感じでした。注文した商品を持って店内をさまよった挙げ句比較的空いているテラス席に行かれましたが、笑顔で写真を撮った後なぜか大急ぎで完食し出ていかれましたよ」

「滞在時間は何分くらいだったのでしょう?」

「多分……五分もいなかったと思います。当店は十代から二十代の女性のお客様が多いのですけど、なぜか終始居辛そうな感じでした。雰囲気が合わなかったのであれば申し訳ないですね」

 店員さんは思わず苦笑いします。

「おかしい、情報と違う」というナレーションと同時に思わずセット内のテーブルに頭突きをしてしまいました。シット! あのコミュ障ムーブの一部始終を見られていたのですか! 

 

「どうされました七星さん?」

「いや、ちょっと……急に頭痛が痛くなったので……」

 私の挙動不審具合を見ても龍田さんは表情一つ変えやしません。

「しかしおかしいですね。ツイッターと現実の情報に差異がありますが、一体どういうことなのでしょう?」

「ちょ、ちょっと私が勘違いしていたみたいです。どうでしょう、私の尊厳を維持するためにもそろそろこの辺りで手打ちにしては……」

「いえいえ。VTRはまだ残っておりますので」

「いや〜もう十分です、もう十分でしょう……」

 抗議も虚しくVTRが再開されました。

 

 その後も私の痴態が様々な証言により裏付けられていきました。確かに『ショップで優雅にでウインドウショッピング♪』と呟きながら実際は店員さんに話しかけられたくない一心で気配を遮断していたり、『コスメ選びにハマっています♡』と呟きながら実際は馴染みのデパートの店員さんに丸投げしていたりと少し誇張はしていましたが、何もそれを白日の下に晒さなくても良いのではと思います。

 精神的に疲労困憊の状態でやっとVTRが終わりました。私としてはこの場にいるよりもベーリング海でカニ漁をしている方が百倍マシですよ。

 

 

 

「皆様、大変申し訳ございません。先程私が提唱した『七星朱鷺、実は清純派アイドルだった説』ですが、先程のVTRによりこの説に大きな欠陥があることが図らずも証明されてしまいました」

「それはそうだよね……」

「ですので私は新たな説────『七星朱鷺、ツイッター盛り過ぎ説』を改めて提唱します」

 そう言いつつ龍田さんは紙のテロップのシールを剥がしました。勝手に持ち上げておいて叩き落とすとか、もうドSというよりサイコパスの域に達しているような気がします。

 

「それでは被告人、何か弁解はありますか?」

「いつの間にか裁判にっ!?」

 まるで魔女裁判のような状況になってしまいました。この男が検事役だと自己弁護では勝てる気がしないので、火炙りにされる前にこの場を逆転できる弁護士を紹介して欲しいです。個人的には青いスーツでギザギザ頭の方がベストなんですけど。

「裁判長裁判長! 個人的にはそこまで盛ってはいないと思いますよ! それに悪質な嘘はついていませんので例え有罪だとしても執行猶予を求めます!」

「う~ん……確かに話を盛っただけで人を傷つける嘘ではないですけど……」

 MCの菜々さんに必死にアピールしますが渋い顔をしました。まぁ先程のVTRを見ればその反応は仕方のないことです。

 

「そもそも、なんでそんなに話を盛ったりしたの? 私は、SNSだからって身構えて特別なことなんてしなくても良いと思う。普段感じたこととか思ったことを呟いて、その時の気持ちをファンと共有できれば良いんじゃない?」

「うぐっ……!」

 凛さんのド正論火の玉ストレートが私の心に深く深くめり込みました。でもね、そう言う言葉は貴女が素の状態でも素晴らしいから吐けるんですよ。だって私のように内面がドス黒い奴が思いのままに呟いた挙げ句出来上がったのが、あの魔城ガッデムのような糞アカウントなんですから。

「……残念ながら、私は皆さんと比べて優しくないですし素敵成分が含まれていないので、頑張って盛るしかないんです」

 心に溜まった鬱屈のためか少し本音を出してしまいました。しかし今は収録中なので慌てて取り繕おうとします。

 

すると、「異議あり!」という凛とした声が周囲に響きました。

 

 

 

 振り返るとそこには派手なレディーススーツを見事に着こなしたアスカちゃんがカッコいいポーズで私を指差していました。その後ろに隠れるようにしてほたるちゃんと乃々ちゃんもいます。

「フフフ……。只今の被告人の《証言》は、事実と決定的に《ムジュン》している。弁護士側はこのムジュンを徹底的に追求したいが、どうだい裁判長?」

「はいっ! ナナは全面的に弁護士側の異議を認めます♪」

 

 ええ、なにこれ……。

 なぜか急に寸劇が始まりましたよ。

「検事側も異論ありません。しかし法廷では証拠こそ全てです。証拠を基に先程の証言を覆すことができなければ直ちに弁護を諦めて頂きたい」

「ああ、承知の上さ」

 そう言いながら余裕の笑みを浮かべます。って、龍田さんもなぜこんな茶番に乗っているんですか! 企画の趣旨から大分離れてしまいましたけどカメラが止まっていないので乱入して止める訳にもいきません。

 

「ではナナが質問します! 先程の朱鷺ちゃんの証言のムジュンとはどの点だったのでしょう?」

「具体的には二つのポイントに絞られるけど、まずは『皆さんと比べて優しくない』というムジュンから指摘させてもらおうか。それではそこの証人、こちらに来てくれるかい?」

「うん、わかっタ!」

「はいは~い」

 アスカちゃんが紗南ちゃんとナターリアさんを証人席に立たせました。

 しかしこの女完全にノリノリである。こんなことになるのなら逆転裁判と大逆転裁判シリーズのソフトを彼女に貸すんじゃなかったです。

 

「では初めにナターリアから証言をお願いしよう。キミはトキが優しくないと思うかい?」

「それは違うヨ! トキは学校で勉強を教えてくれるシ、困ったことがあったらいつでも助けてくれるナ。前にトキとナナミと一緒に海でオサカナを釣るお仕事をした時、一匹も釣れなくてスシ食べられないナって落ち込んでたら、トキが『別に、全て獲ってしまっても構わないのでしょう?』って言って素潜りで沢山オサカナを獲ってきてくれたんダ!」

 あ~……確かにありましたね、そんなこと。

「続いて紗南からも証言をお願いするよ」

「ビームちゃんは協力プレイで色々アシストしてくれるし、リアルでもゲームセンターでファンに囲まれた時に体を張って助けてくれたんだ。だから絶対優しいって。

 それに前に一度、ハマってたソシャゲに課金しようか迷っていた時に『止めておきなさい、その先は地獄ですよ。ピックアップガチャは絶対にすり抜けるんですから』って鬼気迫る表情で止めてくれたから課金しなくて済んだし」

 私はもう引き返せませんが無垢な紗南ちゃんは助けたいと言う一心で説得したのを覚えています。ガチャ依存症患者だからこそ課金ガチャの怖さがわかるのですよね。

 

「二人共、ありがとう。さて、この証言を聞いてもまだ自分は優しくないというのか、キミは!」

 アスカちゃんがセット内のテーブルをバンと叩いて私に問い詰めます。あれ、弁護士役なのに検事っぽい。

「だって、それくらい普通ですよ」

「いいや。自分よりも友達を優先するなんて誰にでもできることではないのさ」

「ナナも朱鷺ちゃんには沢山助けてもらいました。だから『皆さんと比べて優しくない』という証言にはムジュンがあると認めます!」

「検事側も特に異議はありません」

「被告人も納得したかい?」

「は、はあ……」

 友達ですからそれくらい当然だと思いますし納得はしていませんが、第三者による客観的な評価ですから結果は結果として謹んで受け入れましょう。

 でもなんだか恥ずかしいです。こんな風に持ち上げられるのには慣れていませんので、全身がむず痒いと言うかなんというか……。これだったら『実は昆虫が主食説』を提唱された方がいくらかマシです。

 

「それでは続いてのムジュンについて指摘しよう。『素敵成分が含まれていない』とういう証言について、今度は有香さんと凛さんから証言をお願いしたい」

「わかりました!」

「うん、まかせて」

 紗南ちゃん達と入れ替わりで今度は有香さん達が証言席に立ちます。

 

「押忍! では私から証言させて頂きます。

 朱鷺ちゃんとは今までお仕事で共演する機会はそんなになかったのですが、先日映画の紹介番組で一緒に撮影をしました。その時びっくりしたんですが紹介する映画のセレクトや紹介内容は全部朱鷺ちゃんが用意していたんです。

 見ている人達に少しでもわかりやすく、紹介する映画のいいところを最大限伝えるために自分の時間を削って何度も内容を見直したって聞きました。これだけひたむきに仕事に打ち込んでいる子が素敵でないわけがありません!」

 すると観客席から一斉に拍手が沸きました。いやっ、止めて! 半分趣味が入っていますし私が好きでやっているだけなんですからそんなことで褒めたりしないで!

 

 首を振って熱くなった顔を冷ましていると、交代で凛さんが話を始めました。

「知っている人もいるかもしれないけど、私の家は花屋なんだ。だからこの間の母の日はとても忙しくって。私も少し手伝ってたら朱鷺が店に入って来たんだよ。

 『用件は何?』って聞いたら、『母の日のプレゼントを買いに来ました』って言って、あれが良いかな、これが良いかなってずっと真剣な表情で悩んでたんだ。しかも一時間くらいね」

 ふふっと軽く笑ってから言葉を続けます。

「多分、朱鷺にとっては悩むくらい大切な贈り物だったと思う。それだけ家族のことを大切に思えるって素敵なことなんじゃないかな。だから私は自分の家族を大切にしている朱鷺も、素敵だって感じるんだ」

「たわば!!」

 恥ずかしさのあまり思わず椅子から転げ落ちました。これは恥ずかしい! こっ恥ずかしくて顔からメラガイアーが打てそう!

 

「改めて両名に感謝するよ。さて、この証言を聞いてもまだ自分には素敵成分が含まれていないというのか、キミは!」

「一体何なんですか! こんなの新手の拷問です!」

 小学校の家庭訪問の際に母親から自分のことをべた褒めされた時以上の羞恥心を感じます。こんな恥辱を受けるのならば死んだほうがマシですよ!

「やれやれ、明確な根拠に基づいて客観的な事実を述べているだけさ」

「菜々も朱鷺ちゃんの素敵なところを沢山見てきました。なので『素敵成分が含まれていない』という証言にはムジュンがあると認めます!」

「くっ! 殺せ!」

 もう穴があったら入りたい。この際墓穴でもいいです。

 

「……さて、事態はここに来て大きく動いたようですね」

 今まで腕組みをして目を瞑っていた龍田さんが静かに語り始めました。

「どうやら我々は『七星朱鷺、実は清純派アイドルだった説』や『七星朱鷺、ツイッター盛り過ぎ説』、そして数多の証言を経てようやく真実に辿り着いたようです」

 ああ、そんな説もありましたっけ。裁判編が始まってからすっかり忘れていました。

「その真実────」

 言葉を溜めながら紙のテロップのシールを再び剥がしました。

「それこそ『七星朱鷺、優しくて素敵で可愛いアイドル説』です」

「異議なし!」

 すると再び観客席から拍手が沸きました。ゲスト席のアイドルや飛鳥ちゃん達も笑顔で頷いています。まるで逆転無罪を勝ち取ったかのように晴れやかな様子でした。だからなにこれ。

 

「おめでとうございます、七星さん」

 困惑したまま立ち尽くしていると龍田さんが拍手をしながらこちらに近づいてきました。

「あ……どうも……」

「今の感想はいかがでしょうか」

「え~と……。この説を勝ち取れたのも、応援して頂いた皆様のおかげです。本当に、本当にありがとうございました」

 思わず当たり障りのない感謝の言葉を述べました。しかしサイコパス龍田のことなので最後に私を貶めるオチは何かしらあるはず。このままでは恥ずかしくてむず痒いだけですからその場で彼の次の言葉を待ちます。

「…………」

 ですが暫し待っても無言でした。

 

「えっ、オチは?」

 痺れを切らして問いただします。

「いえ、そんなものはありませんが」

「はあっ!? だって企画の起承転結で考えれば最後に私が何か酷い目にあってオチを付けて終わりっていうのが定石でしょう!?」

「芸人ではありませんのでオチ等といったものは不要です。なぜならば七星さんは優しくて素敵で可愛いアイドルなのですから。それでは私はこれで失礼しますので、残りの説の検証はよろしくお願いします」

「ではこの抱えきれない羞恥心をどこに持っていけばよいのですか!」

「貴重なものですので是非お持ち帰り下さい」

「ウニョラーーーーーー!!!!」

 オチを、誰かオチをプリーズ!

 

 

 

 散々酷い目にあった『金曜日のシンデレラ』の収録でしたが、それから少しして無事OAされました。業界の方に反応を伺ったところ評判は上々とのことなのでとりあえず一安心です。

 この放送の後で行われたタレント好感度調査において私の順位が大幅にランクアップしていたそうですが、きっと関係はないでしょう。いや、そうに違いありません。

 

「萌古ラーメン上本、南極の火山(辛さ二倍)にチャレンジ。基本激辛ですが炒めたシャキシャキもやしの食感といつものマーボーのコンビネーションがグッドでした……と」

 先程頂いたラーメンの感想をツイッター上で呟きました。結局あの後、ツイッターで無理に話を盛る必要がなくなってしまったのでまたラーメン等について淡々と呟く糞アカウントに逆戻りです。でも一時期解除されていたフォロワーが戻ってきましたから、これはこれで良かったのかなと思います。

 自分を偽ったところでいつかは破綻するということを今回の件で思い知りました。なので無理をせず自分ができる範囲でやりたいことやればいいのでないでしょうか。それはアイドル活動も人生も同じことです。

 

 

 

 清純派アイドル自体は諦めていませんけどね!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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後語⑦ らーめん水滸伝

「う~ん、どうしましょうか」

 自宅の衣装部屋に私のため息が響きました。パンツアンドブラというあられもない格好をしている私の周囲には、クローゼットから引っ張り出した私服が散乱しています。今度テレビ番組の企画で私服を披露するというコーナーがあるのですが、どの服にするか未だに決めきれませんでした。

「私服ファッションショーなんて、私にとっては完全に鬼門ですよ」

 生まれ変わって十数年が経ちましたけど未だに女性ものの衣服のセンスには自信がありません。動きやすくて紫外線を防止できれば十分という思考の人間なので、私服選びは思いの外ハードルが高いのでした。

 

「とりあえず、これでいいですよね。一番無難ですし」

 悩みに悩んで選択したのは落ち着いた感じのブラウスとロングなスカートの組み合わせでした。やや刺激には欠けますけど、行きつけのお店の店員さんが私の好みに応じて選んでくれましたから変ではないでしょう。

 困った時にはその道の専門家に頼るのがこの世で上手く生きる際の鉄則です。なお前世では人間不信過ぎて誰にも頼れなかったもよう。

「よし! ピカチュウ、君に決めた!」

 再確認のために試着しようと振り返った瞬間、衣装部屋のドアが少し開いているのに気づきました。隙間の闇の中で怪しい眼光が輝いています。

 

「あらあらあら、面白そうなことをしているわね~♡」

 その正体はマイ・マザーかつ私の天敵である七星朱美さん(御年ウン歳)でした。怪しい笑顔のまま部屋に侵入してきます。即刻逃走したいですが、逃げると更に酷い目にあう気がするのでその場で耐えました。

「ど、どうしたの? 今日はまだ医院じゃなかった?」

「患者さんがとっても少ないから早めに帰ってきたんだけど、なにをしているのかしら」

「服の整理を、ちょっと……」

 う、うろたえるんじゃないッ! 北斗神拳伝承者はうろたえないッ!

 

「ああ、なるほど。私服ファッションショーの衣装選び中だったの」

「なぜそれを!」

「だって普段は服なんてそんなに気にしていないじゃない。それにそろそろ朱鷺ちゃんの番かなって思っていたのよ~」

「……はい、そうです」

 どうやら全て見透かされているようです。抗弁しても倍返しどころか千倍返しを喰らうので大人しく正直に自白しました。だって私は清廉潔白な清純派アイドルなんですもの、親に嘘なんてつくはずがないでしょう?

 

「それで私服として選んだのがこの取り合わせなの?」

「ソウデスネ」

「う~ん……」

 すると途端にしぶ~い表情になりました。健康のために超苦いセンブリ茶を飲んでる時でさえこんな顔はしませんよ。

「ないわね~。これは絶対ないわね~……」

「ええっ、何で?」

 自分で選んだのならともかくそれなりのお店の店員さんによるセレクトです。到底納得はできません。

 

「だって地味地味アンド地味なんですもの。十代前半の子が子連れ主婦みたいな守りに入った服を着てちゃあダメよ~!」

「それでも前よりかは大幅に改善してるけど」

「あれはそもそも論外でしょう」

 ちなみにアイドルになる前の私のフォーマルスーツはTシャツとジーパンでした。今から思い返すと、うら若き娘を持つ親から嘆かれても仕方ないでしょう。いやあ当時は若かった。

「せっかく選んだ服を頭ごなしに否定するからには、さぞや素晴らしいコーディネートができるのよね!」

 ムッとしたのでついつい言い返してしまいました。

 

「ええ、もちろん! それはもうとっておきがあるのよ! ちょっと待ってて!」

 途端に笑顔になり踵を返して部屋を出ていきました。これは完全に乗せられてしまったようです。わざと煽って自分の土俵に持ち込むとは流石母娘、血は争えません。

 すると少ししてお母さんが戻ってきました。その手には(私にとっては)禍々しい呪装が握られています。

 

「はい、これが朱鷺ちゃんの私服ね~♪」

「…………」

 手渡された衣服の形状は一般的なワンピースと酷似しています。白いレース生地でオーダーメイドと思われる高級そうな装いが目を引きますが、それ以上にフリフリが目立ちます。

「これ初めて見るんだけど」

「そうねぇ。だって私服ファッションショー用に特注した勝負服だもの」

 え~と、私がこれを着るんですか。そしてテレビを通じてお茶の間にさらすと。

「絶対にノゥ!」

 反射的に叫んでしまいました。ないない、これはない。

 

「大丈夫、朱鷺ちゃんなら絶対似合うわ~♪ それにライブでも似た感じの服をよく着ているじゃない。全然問題ないわよ~」

「ライブ衣装と私服は違うの! それにいつもこんな可愛らしい服を着てるって誤解されるでしょ!」

「清純派アイドルを目指すのならその方が都合がいいんじゃなくて?」

「ああ言えばこう言う!」

 そういうメリットもなくはないですが、何にしても私には華美過ぎます。これじゃなくてなんというかゆるふわ的なアレが良いんですよ。藍子ちゃんみたいなアレが。

 

「それにこういう服が着られるのはせいぜい十代までなの。だから今を楽しまなきゃ!」

「ウチの事務所にはそういう服をノリノリで着こなす二十代後半の元女子アナがいるんだけど」

「……その人は、きっと勇者なのよ」と、お母さんが遠い目をして呟きました。

 川島さんはアイドルから勇者にクラスチェンジしたようです。おっ、こう書くとなろう系小説のタイトルみたいですね。

 

「とにかく、そんな服は着ないから!」

 清純派アイドルとしてのアピールよりも羞恥心が勝ちました。こんな服でテレビに出るのはマジ勘弁です。ミツバチにでも刺されて穴だらけにされてしまいなさい。

「これじゃあらちが明かないわね。なら披露する私服を賭けて勝負をするのはどう?」

「嫌だって。勝っても私にはメリットがないし」

「負けたら今準備している一分の一、等身大の朱鷺ちゃんフィギュアの製作を中止するわ」

「いつの間にそんな誰得産業廃棄物を製造していたの……」

「最近は仕事で家にいなくて寂しいから、せめてウチの医院に飾っておきたくて~」

「やめて!」

 恥ずかしいと言うか医療機関としてどうかと思いますよ。医者が精神状態を疑われます。

 

 あの私服ではない私服を着るのも嫌ですが怪しい人形を勝手に置かれるのも怖いです。勝つ見込みの高い勝負であればやぶさかではないので、とりあえず勝負内容を訊いてみましょうか。

「それで、何で勝負するの?」

「対等な条件で優劣をつけるのなら、料理勝負なんてどうかしら?」

「料理勝負……」

 私はいくつもの飲食店で過労死ラインをレッドゾーンで駆け抜けたことがありますから、正直腕にはかなりの自信があります。しかしお母さんも凄腕の持ち主なので簡単に勝てる気はしません。勝つ見込みの少ない勝負なら降りた方が無難です。

 

「レシピ本を出しているくらいだから料理には自信あるでしょう?」

「まあ、それなりには」

 負けた時のデメリットが大き過ぎるので返答は慎重になってしまいます。

「テーマと審査員は朱鷺ちゃんが決めていいわよ~」

「え、ホント?」

「最近忙しくてお家では料理をしていないから、それくらいはハンデを付けないと」

「その勝負受ける。題材はハンバーグで、審査員は朱莉ね」

「はいはい、それでいいわ。朱莉が好きなハンバーグを作った方が勝ちにしましょう」

「うん、わかった」

 ククク……。馬鹿めと言って差し上げますわ。今執筆しているレシピ本第三弾でハンバーグは嫌というほど研究済みです。ことハンバーグについてはお母さんを超えている自信があるので勝負をすることにしました。

 

 

 

 その後はキッチンに移動しハンバーグの仕込みに入ります。お互いに手の内がわからないよう、交互にキッチンを使用しハンバーグのタネを用意していきました。味付けや香辛料は違いますが肉や玉ねぎ等の基本食材は同じなので、勝負は焼き方やソースで決まるでしょう。

「ただいま~!」

 妹の朱莉が帰宅するのを確認するやいなや勝負が始まりました。

 

「それじゃあ先行は私からでいいよね」

「お任せするわ~♪」

 朱莉をリビングの椅子に座らせてからハンバーグを焼きます。焼き時間や加減を誤ると最高のハンバーグも炭と化すので細心の注意を払いました。鉄板焼用のプレートに載せ特製のソースを掛けてから朱莉の前に出します。

「いただきま~す! ……うん、おいしい~~~~♪」

 フッ、勝った! 肉汁が迸るだけでなく独自調合のハーブにより一層香ばしい匂いが口いっぱいに広がったはずです。付け合わせには猫とうさぎ型に成形したハッシュポテトを添えており、女児受けするように気を配りました。

 そして一番のポイントは子供の味覚に合ったマヨネーズとケチャップベースのソースです。ハンバーグの味を引き立てるのはもちろん、濃厚さが口の中に暫し残るのでこの後に食べるハンバーグは物足りなく感じるはず。これは間違いなく勝ち確です!

 

 先行のメリットを最大限活かすという作戦は見事功を奏しました。私は『料理は心』が信条ですが今日に限っては『料理は勝負』に転向させて頂きましたよ。料理勝負に勝つためならば文字通り手段は選びません。過程や方法なぞどうでもよいのだァーーッ!

「これは勝負が決まった……ってあれ?」

 あっという間に完食した朱莉を尻目にお母さんがキッチンに向かいました。変ですね、私の予想ではもっと動揺すると思ったんですけど。

 

「はい。お待たせ~♪」

 鉄板焼き用のプレートを持ったお母さんが戻ってきました。それをテーブルに置いた瞬間、朱莉の目の色が明らかに変わります。

「マジカルアイビスだー!」

 目をキラキラさせたまま大きな声を上げました。ん、何これ?

 プレートの上に乗っているのは私と同じハンバーグですが、その形状は大きく異なっていました。私のは普通の俵型ですけどお母さんの方はアニメっぽいキャラの形に成形されています。更にミニトマトやパセリ、ヤングコーン等で綺麗な衣装が形作られています。

 

「ええ~。おねえちゃんしらないの? 『まほーアイドル☆マジカルアイビス』のアイビスちゃんだよ!」

「知らない……」

 朱莉の話をよく聞いたところ、魔法アイドル☆マジカルアイビスとは数ヶ月前から少女漫画雑誌『ちみどろ』で連載されている少女漫画のようです。

 全員が魔法少女のアイドルグループ『魔法坂46』に所属しているアイドル達が知略と策謀で大切な仲間を蹴落としていき、最終的にソロのトップアイドルになるのを目指すという過激な内容が最近の女児に大受けなんだとか。

 なおマジカルアイビスは主人公の女の子で、ステータスを武力と策謀に極振りした腹黒キャラ(ドジっ子属性持ち)だそうです。そういうゲテモノ設定な娘は絶対アイドルとして大成しないので早めに主人公が交代したら良いなとお姉ちゃんは思いました。

 

「今月号はどんなお話だったのかしら~?」

「え~っとね! イービルバットがリリカルキャットになりすましてSNSでえんじょ~させてたんだけど、マジカルアイビスがしょうたいをつきとめて、とくめいでばくろしたんだ! そしたらイービルバットもえんじょ~して、二人まとめてそのままいんたいしちゃった!」

「サツバツ!」

 現実のアイドル界だってそこまで荒廃していませんよ! というかそういう漫画を喜んで読んでいる我が妹の将来が大変心配です。情操教育に悪影響を与えるので天下のPTAが圧力をかけて即打ち切りにして頂けないでしょうか。

 とりあえず朱莉が完食するのを待って勝負の結果を確認することにしました。

 

「朱莉はお母さんとお姉ちゃんのハンバーグ、どっちが好きかしら~?」

 いよいよジャッジメントタイムです。負けたらあのクソみたいな私服(親指定)を披露するんですから頼みましたよ、マイシスター!

 かたずを呑んで見守っていると、朱莉が悩む素振りを一切見せず口を開きます。

「おか~さんのハンバーグがすき!」

「ええっ!?」

「あらあら、ありがとう~♪」

 思わずその場で固まってしまいました。

 

「なぜ負けたのか、まだわかっていないのかしら」

「だって味では絶対に上を行っているはずなんですよ! あのハンバーグは私の努力の結晶なんですもの!」

 お母さんがハンバーグを作る際にタネの製法を盗み見ていましたがいつもと同じでした。あれはあれで大変美味しいですけど今回の私のハンバーグに比べると正直差はあります。それなのに完敗したことについては納得がいきませんでした。

「確かに朱鷺ちゃんのハンバーグは私より上を行っていたわよ。完成度で言えば百点がつけられる究極の子供向けハンバーグと言えるわ~。だけど朱莉がそれを一番好きかはわからないわよね?」

「あっ!」

 そこまで言われてやっとミスに気づきました。

 

「朱莉は、お母さんのハンバーグのどこが好きだったの?」

 慌てて確認すると笑顔のまま口を開きます。

「だってマジカルアイビスのかたちで、とってもカワイイんだもん!」

「ああっ、やっぱり!」

 思わずその場で崩れ落ちてしまいました。

 この勝負、本当に工夫すべき点は味などではなかったのです。朱莉が美味しいと感じたハンバーグではなくて好きなハンバーグを作る対決なんですから、妹に徹頭徹尾媚びを売るべきでした。

 朱莉のトレンドを理解しその好みに合わせて最大限喜ぶ演出をしたお母さんに比べて、一般的な児童に向けて料理を作っていた私では勝負にすらなっていません。

 あっ、これグルメ漫画でよく見る展開だ!

 

「老若男女問わず版権モノは最強なのよ~。朱鷺ちゃんはなまじ実力があるし無駄に凝り性だから、ついつい腕自慢や技術自慢に走りがちなのが欠点よねぇ~。

 本当に大事なのは相手が何を求めているかじゃないかしら。料理は食べる人を喜ばせるものであって、高尚な芸術品じゃないもの」

「サーセン……」

 今回ばかりは返す言葉もございません。確かに前世での就業経験が豊富な分、経験と技術でなんとかしようとしがちで発想の柔軟さに欠けているので今後に活かしたいです。

 

「それじゃ料理対決も終わったということで……アディオス、アミーゴォ!」

「待ちなさい」

 ダッシュで逃げようとする寸前で腕をつかまれました。大魔王からは逃げられない!

「という訳で、視聴者の要望にも応えないと♥」

「まあ、仕方ありませんか……」

 こうして残念ながら私刑が確定してしまいました。その後撮影がありましたが開き直って笑顔でダブルピースまでかましてやりましたよ、ええ。

 オンエアでは評判良かったんですけど、『嘘乙w』とか『どうせいつもジャージ』『TシャツGパンやろ』等と散々こき下ろされて憤慨しました。残念ながら清純派アイドルとしてはまだまだ認められなさそうです。

 

 

 

 そんなほのぼのした出来事も忘れかけてきた頃、私達コメットは都内にある某駅周辺のライブハウスで単独公演をしていました。今週末と再来週末の二回に分けての出演でして、今週末分について先程無事にやり遂げたところです。

「お疲れさまでした……」

 控室に戻るなり乃々ちゃんがソファーに倒れ込みます。

「フッ、だらしないな。ボクはまだやり足りないくらいだけどね」

「その割には膝笑ってますよ、アスカちゃん」

 余裕そうな表情とは別に、その足は生まれたての子鹿みたいになっています。

「一日三公演でしたから……」

 そう言いながらほたるちゃんもパイプ椅子に腰掛けます。この中では一番経験値が高い彼女でも苦しそうですから、あの二人がグロッキーになるのは致し方ないのでしょう。

 

「お疲れ様! みんな体は大丈夫かい?」

「ええ、疲れてはいますけど支障ありませんよ」

 スポーツドリンクを配る犬神Pに軽く返事をします。

 ファンの皆様のお陰で私達の人気と知名度は日増しに上がっており、今後はハードなスケジュールでのライブが見込まれるため実験的に一日三公演を導入しました。そのせいで体調に変化がないか心配しているようです。

 そのまま休憩をしながら今日のライブの反省会を簡単に行いました。体力面の心配はありましたが、どの回もミスはなくほぼ完璧なパフォーマンスでしたので十分合格点をあげられるでしょう。

 

「三公演であれだけの完成度の高いライブができるユニットは346プロダクションでもそうそういないだろうな。この調子で来週も頑張ろう!」

「そうですね。ただ……」

 犬神Pが絶賛する中、ほたるちゃんは少し曇った表情でそう呟きました。

「なにか問題があったのかい?」

「確かに練習通りの力は発揮できましたし、完成度も凄く高いと思います。でも何かもう一つ足りないような気がして」

「足りないこと、ねぇ」

 一斉に首を捻ります。

 

「セトリや振り付けは問題なかったと思いますけど。あ、ひょっとしてもりくぼがまたミスをっ?」

「いや、それはないよ。今日の衣装は先日届いた物だったからまだ慣れていないのかな?」

「いえ、どこが悪いって訳ではないんです。ただ、昔憧れていたアイドルのライブでは、盛り上がり方がもう一段階上を行っていたような気がして」

「もう一段階上、ですか」

 私同様、乃々ちゃんやアスカちゃんもピンときていないようでした。今回のライブでは新進気鋭のやり手演出家さんにも協力頂いていますし、技術的にも他アイドルに決して負けていないと思います。相手が日高舞クラスの化け物なら話は変わりますけど。

「すみません、具体的なお話ではなくて」

「いえ、いいんですよ。むしろそういう意見の方が今後の改善には必要です」

 誰よりもアイドルに憧れていたほたるちゃんには、ニワカの私に見えていないものが見えているのかもしれません。

 

「よし、反省会はここまでにしよう! もういい時間だから皆でご飯でも食べに行こうか」

 壁掛け時計に目をやると時刻はとっくに夜を指していました。お腹もペコちゃんですからとりあえず何か入れたい気分です。

「わかりました。今日は皆頑張りましたので良いものを食べさせてくださいよ?」

「ああ、もちろん!」

「それでこそPさんです。それじゃあ高級焼き肉店の最上級コースでお願いしますね♥」

「う、うん。……参ったな、領収書分けられるかな」

 こういう時にケチらないのは犬神Pの数少な~い長所だと思います。ほたるちゃんの疑問について答えが出ないのは気持ちが悪いですけど、会場の予約期限も迫っているので慌てて撤収の作業を始めました。

 

 

 

「すまない。俺の力不足だ」

「ええ、どうせこういう展開だと思ってましたよ」

「まさか、焼肉屋はおろかどの店もことごとく満員とは……」

 五人して最寄り駅の交差点前で立ち尽くします。プレミアムフライデーか何か知りませんが行く店行く店満席という有様でした。喫煙可の居酒屋であれば空いていましたけど、私や犬はともかくほたるちゃん達をそういう環境にさらす訳にもいきません。

 よくよく考えるとこの駅の近くにはオフィスビルが多数建っていますし複数の大学校舎もありましたから、金曜日の夜ともなれば近隣のお店が一杯になるのは自明の理です。他の駅でお店を探すことも考えましたが三人の体力は限界に近いため、電車の乗り降りをさせてこれ以上疲弊させたくはないです。

 

「嫌味を言っても何も始まらないですから空いているお店を探しましょう。駅から離れればそういうお店が少しはあるかもしれませんし」

「じゃあ、私が見てきましょうか?」

「いや、皆はここで休んでいてくれ。俺が行って見てくる!」

 ほたるちゃんを制止した犬神Pが駅の反対方向に駆け出して行きました。それでも空いていなければコンビニのイートインで我慢するしかありません。ライブの打ち上げとしてはかなり侘しい気がしますけど。

 

「で、見つけてきたのがこのラーメン屋さんですか」

「ああ、軽く中を覗いたけど人っ子一人いなかったよ」

「……それはそれで問題ある気しません?」

「う、うん……」

 必死に探して貰ったので感謝しているものの、この賑やかな時間帯に誰もいない時点で味の方は察しが付きます。私の頭の中にあるラーメンデータベースには美味しい店が網羅されていますが、この『らーめん水滸伝(すいこでん)』という店名は全くヒットしませんでした。

 

 お店の外見ですが良く言えば慎み深い、悪く言えば超クッソ激烈に地味です。実際犬神Pに教えてもらうまでラーメン屋とは気づきませんでした。外からは中の様子が伺えないので営業しているかどうかは『営業中』の看板で判断するしかありません。両隣のお店には貸店舗の看板が掲げられているので一層侘しさを感じさせます。

「皆さんもこのお店でいいですか?」

 一応三人にも訊いてみます。

「犬神さんに探して頂いたので、大丈夫です」

「……座れればもうどこでもいいですから」

「他に空いている店も無さそうだしね。コンビニのイートインよりはマシさ」

 消極的でも全会一致で賛成でしたので意を決してお店のドアを開きました。この際贅沢は言いませんからせめて普通に食べられるラーメンが出てきて欲しいです。

 

「いらっしゃいませ!」

「え~と、五人ですけど入れますか?」

「はい、こちらのテーブル席へどうぞ!」

 店に入るやいなや元気な挨拶が飛び出してきたので却って面食らいます。てっきりしょぼくれたオッサンがしかめっ面で営業しているクソ店と思いこんでいましたが、一人だけの店員さんは若くて爽やかな方でした。アイドルとまではいきませんが彼女には困らなそうなルックスです。

 店内はカウンター席が八席、テーブル席が二つ程とさほど広くはありませんが、掃除が行き届いていて清潔感があり好印象でした。

 

「今お冷やをお持ちしますね。当店のメニューはこちらになりますので、お決まりになりましたらお呼び下さい!」

「ありがとうございます。え~と、皆何にする?」

 メニュー表を見せて貰います。すると『当店の一押しメニュー 極上味噌ラーメン』というワードが目に飛び込んできました。

「へぇ、ここは味噌ラーメン専門なのか」

 アスカちゃんの言う通り醤油や塩のラーメンはなく、普通の味噌ラーメンや極上味噌ラーメン、味噌つけ麺等味噌を中心にしたものだけでした。

 

「味噌ラーメン専門ねぇ……」

 軽くため息を付きます。

「朱鷺さんは味噌味は嫌いなんですか?」

「いえ、嫌いな訳ではありませんよ。美味しいお店のものは私も大好きですし。ただ味噌ラーメンは誤魔化しが効きやすいので手抜きする店が多いんです」

「手抜き?」

「味噌自体とても旨い調味料ですからね。ご飯にお味噌汁をかけただけでも美味しいでしょう? 適当な味噌ダレに市販の業務用スープを注いだ手抜きラーメンでもそこそこ美味しく食べられてしまうんですよ」

 普段匿名掲示板で語るだけで人に話すことのないラーメン薀蓄をここぞとばかりに披露します。だってこういう時くらいしか語れないんですもの。語らせてくださいよ!

 

「醤油や塩は違うのかい?」

「醤油ラーメン等もタレの影響は受けますけどスープの出来不出来は良くわかりますからね。味噌味は個性を出すのも難しいので通いたくなるお店は貴重なんですが……」

 このお店では多分期待できないでしょう、という言葉は失礼なので声に出しませんでした。店員さんも横目でこちらをチラチラと見ていますから、うかつなことは言えないです。

 

「……トキ、気になるものを見つけたんだが」

「なんです?」

 アスカちゃんがメニューの隅っこを指差しました。トッピングの項目を目で追っていくと、そこにはカタカナ四文字で『タピオカ』と書かれています。

 えっ、正気?

 ないわーこれはないわーと思いつつ、どんな感じの仕上がりなのかは超気になります。

 

「ここはラーメン系アイドルとして、一つどうかな?」

「ラーメン系アイドルは先達の大先輩がいらっしゃいますので謹んで辞退致します。というかこういうのは言い出しっぺが挑戦すべきでは!?」

「ボ、ボクはラーメンに詳しくないから普通のヤツで構わないよ。トキは食べ慣れているんだから偶にはこういうのもいいんじゃないかい?」

「私も初めてのお店では素の味を堪能する主義なんです。アスカちゃんこそ偶になんですからこういうインパクトが強いものを食べた方がいいですって! きっとインスタ映えもしますよ!」

「フフフ……」

「アハハ……」

 水面下で決死の攻防戦が始まりました。自分では絶対に食べたくないけどどんなかは気になる。こういう心理は結構あると思います。

 

「この間コーヒーをおごっただろう?」

「ワックのコーヒー一杯とタピオカ味噌は全く釣り合いませんって!」

「ちっ。それならジャンケンはどうだい?」

「一回勝負ですからね?」

「フッ。望むところだ」

 張り詰めた空気が周囲を包みました。大丈夫、私には神様がついているんですからきっと大丈夫です。

「最初はグー!」

「ジャンケンポン!」

 

 

 

「極上味噌ラーメンのタピオカ入り、お待たせしました~!」

 先に提供されたサイドメニューの餃子や唐揚げをつまんでいると例のアレが来ました。オーダー通り私の味噌ラーメンの中心には異物がドンと盛られています。

 そういえば私に取り憑いている神様は死神であることを完全に失念していましたね。あんなのに祈る時点で負けは確定していたのでしょう。

 

「おっふ……」

 注文通り丼の中心にタピオカ共が鎮座されております。味噌ラーメンの色合いもあって正直不気味というか、食欲を著しく減退させる効果がありました。濁った泥の川にカエルの卵が浮かんでいるみたいな地獄の光景ですね。カエルの歌が聞こえてきそう。

 しかし私に食べ物を粗末にするという概念はありません。料理の素材は他の生き物の生命なのですから、無駄にしないよう何でも食べきってやりますとも!

「頂きま~す!」

 決死の覚悟でレンゲをつかみました。まずはスープから頂くのが私の流儀なのです。

 

「あれっ?」

 スープを一口含むと違和感が生じました。てっきり市販の業務用素材を適当に組み合わせたものだと思っていましたが口当たりは全く異なります。

 スープのベースは豚骨白湯ですが、丁寧に仕込んでいるためか雑味が一切感じられません。また煮干しの風味と旨味も嫌味のない程度に感じられます。豚骨と魚介のWスープは今時ありふれていますけど、これだけハイレベルなものは滅多にお目にかかれないでしょう。旨味のある味噌ダレとうまく調和しながらも、しつこくなくすっきりとした味わいです。

 思わず箸を手に取り麺をすすると先程のスープが麺に程よく絡みつき、大変心地よい喉越し感でした。食感や麺の固さ・長さもこれがベストというほかありません。試しにタピオカと麺を一緒に口に運ぶと、もちもち感がこの麺とスープに程よく合っており絶妙な食感を生み出しています。

 

「朱鷺さん? 朱鷺さん!」

「はっ!」

 味に集中するあまり周囲の声が聞こえていなかったようです。ですがもう大丈夫、わたしはしょうきにもどった!

 気を取り戻すついでにコップのお水を喉奥に流し込みました。あ、全然脈絡はないですけどラーメンを食べた後の口直しのお水って死ぬほど美味しいですよね。個人的にはサウナから出た時の水と双璧をなします。

 

「味はどうだったか……は聞くまでもないようだ」

「ええ。脳内で長々と食レポみたいな感想を垂れ流してしまいましたけど、一言で表現すると『うーまーいーぞー!』って感じです。今まで食べてきたラーメンの中で十傑には確実に入るでしょう。私は本来醤油や豚骨派なんですけど思わず味噌派に転向しそうな勢いです」

「そんなに美味しいんですか……」

 乃々ちゃんの目に光が灯りました。さっきのタピオカを見て超引いていたので良かったです。

「残りの分もお待たせしました~!」

 味の感想を語っていると皆の分も届きました。最初は半信半疑でしたが食べ始めると口々に絶賛します。犬神P以外食べるのは早くないのですが、美味しさと空腹のためか皆あっという間に完食しました。

 

「ごちそうさまでした。朱鷺ちゃんが言ったとおりとっても美味しかったです」

「濃厚なのにくどくなくて、さっぱりした感じがいいですね」

「味噌は差が出にくいけど、この店のラーメンは大したものだよ」

 美味しいものを食べて皆の顔に笑顔が浮かびました。アクシデントから止むなく入ったお店でしたが怪我の功名といったところでしょう。

「うん、大盛りを頼んだけどこんなに美味しいならもう一杯食べたいくらいだよ。この味ならもっとお客さんがいても良さそうだけどなあ」

 犬神Pの忌憚のない感想が静寂に包まれた店内に響きました。そういう口にしづらいことを軽々と発言するからデリカシーが無いと言われるんですよ!

 味と接客に問題はないのにお店が流行らない理由には心当たりが多数ありますけど、しょせん私達はただの客です。経営方針に口出しする権利や義務はありません。

 

「あの、すみません」

 食後に雑談していると先程の店員さんから声をかけられました。お会計を督促されているのかと思いましたが、店内には私達以外に客はいないです。

「はい、何でしょう?」

「間違っていたら申し訳ございませんが、皆様はアイドルの方ですよね? よろしければ、サインを頂けないでしょうか」

 そう言いながら色紙とサインペンを差し出してきました。一緒に写真撮影は昨今の芸能界のアレな問題で禁止されていますが、サイン程度であれば珍しくもないので快く対応します。四人全員書き終えた後で色紙を返しました。

 

「ありがとうございました。最初で最後になっちゃいましたけど、芸能人の方にも来て頂けて本当に良かったです」

「…………」

 店員さんが悲哀混じりの笑顔を見せました。何か意味深なワードが聞こえたような気がしましたがキニシナイキニシナイ! こういうお店の複雑な事情に首を突っ込むとロクな事にならないのは前世で身を持って経験しています。

 

「最初で最後とは、どういうことでしょうか?」

 私が必死こいてスルーしようとしていたのに駄犬が思わず聞き返してしまいました。乗るな犬神P、戻れ!

「この店なんですが、バイトを掛け持ちして必死に働いて先月開店したはいいもののご覧の有様でして。ラーメンには自信があったのでトッピングとか色々工夫したんですけど閑古鳥が鳴いているんです。賃料や材料費も馬鹿になりませんから、このままなら来月にも閉店しようかと」

 その結果があのタピオカだとしたら経営センスがないにも程があるでしょう。というか、お店の複雑な事情をそんなにベラベラと喋らなくていいですって!

「そうなんですか……」

 犬神Pまで神妙な表情になりました。貴方が底抜けのお人良しであることはよく理解していますけど、だからといって首を突っ込まないで下さいね。多分フォローするのは私になると思うので。

 

「本当この際、ワラにでもすがりたい思いですよ。ラーメン愛好家のアイドルさんでもいらっしゃれば、是非ご意見を伺いたいのですが」

「う~ん……」

 二人して困り顔で腕を組みます。おいよせ犬神P、立ち止まるな! 見え見えの挑発に乗るんじゃねえ!

「そういえば七星さんはラーメンに詳しいよね、何かアドバイスとかないかい?」

「まあそう来ますよねえ!」

「なんで急にキレてるの?」

「自分の胸に手を当ててよ~く考えて下さい! このば~か! ば~か! ばか!」

 ガチャ大爆死というタイトルを付けながら無料石分しか回していないクソ実況動画を見た時くらい腹が立ちました。大爆死を名乗るんですから最低でも二桁万円は突っ込んで目当てのキャラを引けずに号泣するという愉悦な結果じゃないと反応に困りますよ。流石に千連を超えるとグロ過ぎて見ているこちらの胃も痛くなるので、一刻も早く出してあげて欲しいですけど。

 

「確かに、このお店のどこに問題があるかは予想がつきます」

「それなら……」

 犬神Pの言葉を遮って話を続けます。

「いいですか。日常のちょっとした助言ならともかく、人様のお店の経営方針に口を出すというのはそんな軽い話じゃないんですよ。ここで私達が変な助言をして更に経営が悪化した時に責任が取れるんですか? 来月閉店していれば最小限の負債で抑えられたのに、助言に従ってだらだら営業を続けたことで負債が拡大することだってあるんです」

 なので人に対して軽々しく助言をすべきではないと私は思います。するのなら結果に対して責任を持つくらいの覚悟はしないと人として駄目でしょう。

「いえ、責任を取れなんて言いませんので何が悪いか教えて下さい!」

「ほら、こう言っているし……」

 捨てられた子犬を拾ってきた少年のような目をしないで欲しいです。

 

「あ、そういうことか」

 犬神Pが何かを理解したような顔をしました。一瞬私を下に見たような感じがしたので無性に気になります。

「言いたいことがあるならはっきり言って欲しいんですけど」

「いや、特には……」

「本当に?」

「本当本当。……ひぎい!」

「何でも自白する秘孔を突きました。今何を思ったか素直に喋って下さい」

 的確に秘孔を突くと口をパクパクさせながら話し始めます。

「七星さんはアドバイスをしたくないって言ってたけど、本当は何も思いついていないからできないんだろうなって気づきました。でもプライドが高いので人から指摘されたら傷つくだろうから、深くは追求しないことにしました」

「……は?」

 この私が畜生から憐れみを受けただと……。前世で和洋中他を極め、現世でもレシピ本を出版しているこの私が?

 

「出来ないことがあるのは恥ずかしいことではないよ。でもそういう時は素直になって皆に相談して欲しいな。だって俺たちはチームなんだか……ひぎい!」

 うつむいたまま指を引き抜きました。

「……らぁ」

「いててっ。あれ、今なんて言ったの?」

「出来らぁっ!」

 怒りに任せて高らかに宣言しました。

「私なら同じ値段でもっと繁盛させられるって言ったんですよ!」

「本当ですか! よろしくお願いします!」

 地獄で仏に会ったかのような表情の店長さんに手を握られました。

「あっ、はい……」

 途端に冷静になりましたがもう遅いようです。あっ、これグルメ漫画でよく見る展開だ!

 

 

 

「では作戦会議を始めましょうか。僭越ながら議長はこの七星朱鷺が務めさせて頂きます」

 今日は臨時休業にして貰い、私達と店長さんでテーブルを囲み対策を検討することにしました。

「どうせお客様は来ませんからね」と自虐交じりに呟く店長さんは傍から見ていても気の毒です。先程の快活で丁寧な接客は精いっぱいのカラ元気だったのでしょう。

 売り言葉に買い言葉で勢いに任せ快諾してしまいましたが、これだけ完成度が高くて美味しいラーメンをひっそりと終焉させるのは惜しくもあります。

 なので少年ジャ○プの打ち切り危機漫画の如く、学園バトルものから異世界ファンタジーものに転換するくらいの超テコ入れをしていきましょう。飲食店は立地が一番重要なので、駅から離れているこのお店を流行らせるには試せることを全て試す必要があります。

 

「こんなに美味しいのに何でお客さんが来ないのか不思議だよなあ」

「ええ。味には自信があるので、駅から少し離れていても大丈夫だと思ってたんですけど」

 犬神Pと店長さんが首を傾げます。え、店長さんはともかくお犬様もお気づきになっていないんでしょうか?

「いや、そのくらいは小学生でもわかるでしょう。とにかく目立たないんですよ、このお店!」

「目立たなくても地元民に愛されるお店だっていっぱいあるじゃないか。俺の家の近くにもそんな定食屋があるし」

「そういうお店は地元で何年も営業しているからこそ認知されているんですって。オープンしたてのお店を知ってもらうためには工夫が必要なんです。ですからとりあえずリニューアルオープンをしましょう」

「リニューアル!?」

 すると店長さんが青い顔をしました。

 

「それって、結構お金かかるんじゃ……」

 乃々ちゃんが心配そうに呟きます。

「別に内装等を大幅に変えるという訳ではありません。最低でも店名と看板は変更する必要がありますけど」

「名前を変えるだけって、何か意味があるんでしょうか?」

 ほたるちゃんの頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるようです。こういう俗っぽいお話を彼女達の前でして良いのか迷いましたけど、お店のためですから仕方ありません。

 

「人間っていう生物は新しいものに弱いんですよ。新商品とか新規出店と聞くとついつい買ったり入ってみたりしたくなりますから、その心理を利用してまず新装開店で人目を引きます。パチンコ屋さんでも同じことをよくやっているじゃないですか」

「でも何も変わっていなかったら不審に思われません?」

「お客さんなんて殆ど来てないので気づかれませんって。それに気づかれたとしても法に触れる行為はしていないんですから何ら問題ないです。夜にお店を閉めて昼に開けたから新規オープンしましたって屁理屈こねて突っぱねればいいんですし。

 リニューアルに合わせて告知のチラシを近隣の会社にポスティングしておけば、少しは認知されますよ」

 後はSNSを活用して近隣の大学生に周知するのも大事です。電気代だけで宣伝できるんですからダイマもステマも盛り沢山にしましょう。

 

「前にオープンした時にも駅前でチラシ配りをしたんですけど」

「ああいうチラシは読まずに捨てられるのであまり効果はありません。ポスティングの場合、少なくとも郵便物の内容は確認されますからそれだけでも宣伝効果はあります。

 それに大体の会社では郵便物のチェックは事務の女性が担当しています。女性は男性に比べ噂好きな方が多いですから、新店のことを話題にする方が十人に一人でもいれば大勝利ですよ」

 サラリーマンの多くはランチのお店をローテーションで回していますけど、一方で新しい味にも飢えているのです。前世にて不正告発の報復で離島に飛ばされた際、島に一つしかない定食屋の数少ないレパートリーに飽きて苦しんだ私にはそれがよく分かるのでした。味に魅了されてランチローテーションの一角に昇格すれば最高です。

 

「ただ今のお店はあまりに地味ですから、リニューアル時には目立つよう電飾看板を取り付けましょうか。あと店内の様子が外から見えないと入りにくいので出入口は少し改修させて下さい」

「あの、申し訳ないですが電飾看板を新しく買うようなお金がありません……」

「知り合いに工務店に勤めている子達がいますので、材料費だけ頂ければ工賃はタダで作らせますよ。それとリニューアル後暫くは彼らをサクラとして並ばせます。行列ができている飲食店は客が入りやすいし話題にもなりますから」

 虎ちゃんを始め鎖斬黒朱(サザンクロス)の連中を動員すればこのくらい簡単です。やはり肝心な時に頼れるものは従順などれ……じゃなかった、大切な仲間ですね♪

「あの、朱鷺さん。それってやらせでは……」

「私の知り合いが自主的にラーメンを食べに来るだけなんですから、百歩譲っても過剰演出の範囲でありやらせではないのです。それに法に触れる行為はしていないので何ら問題はありません」

「……あっ、はい」

 純真なほたるちゃんには毒が強かったようです。ごめんね。

 

「店については理解したけど、メニューの方は問題ないのかい?」

 アスカちゃんから質問を頂きました。確かにこちらもテコ入れが必要です。

「利益を出してお店を維持するには客単価のアップが必要不可欠です。幸いなことにラーメンの原価率は常識の範囲内で収まっていますので、これからはアルコールの販売をガンガン強化していきましょう!」

「確か今は缶ビールしか置いてないようだね」

 犬神Pがメニューを手に取り呟きました。

 

「純粋にラーメンの味を楽しんで頂きたいと思ってそうしていたのですが……」

「お気持ちはわかりますけど、お店を続けていくためにもまずは安定した利益が必要じゃないですか。折角オフィスビルや大学の校舎が近くにあって成人客が見込めるんですから、利益率の高いお酒を沢山売っていきましょう。業務用ビールサーバーだってメーカーに頼めば無償でレンタルしてくれますし、サワー類は原価がメッチャ安いのでボロ儲けできますよ♪」

 未成年が言うことじゃないよなと自分ながら思います。

 

「お酒の提供で忙しくなると肝心のラーメン作りに支障が生じませんか?」

「なら手のかかるサイドメニューを削りましょう。正直言ってこのお店の餃子や唐揚げの味は普通でしたからなくても問題ないです。代わりに簡単に作り置きできてお酒のつまみに最高な料理をいくつかお教えしますよ。そうすれば手間は相殺できます」

「なるほど……わかりました!」

 こんな感じで一つづつお店の課題を解決していきました。この店長さんはラーメン作りの才能は凄いのですけど、商売人としては素人未満なのでよく今までお店を続けてこられたと逆に感心してしまいましたね。犬神Pといい、私の周囲には特化型の才能の持ち主が集まるような気がします。いや、全能型の才能の持ち主は超厄介なので一人で間に合っていますよ。

 

「とりあえず、今考えられる改善としてはこれで全てです」

「色々とありがとうございました。早速明日から取り掛かります!」

「いえ、まだ立て直しが成功した訳ではないですから感謝しないで下さい」

 店長さんが何度も頭を下げてくるのを制止します。テコ入れ策としては万全という自負はありますけど、私の中で何かが引っかかっていました。

 

「このラーメンはとても美味しいですから、朱鷺ちゃんの案を試せばきっと大丈夫だと思います……」

 優しい乃々ちゃんが店長さんを励まします。確かにラーメン自体の完成度は非常に高いため私が手を入れる余地はありませんでした。せいぜいタピオカのトッピングを即刻廃止させたくらいです。味はまともでしたが見た目的にあれはない。

 完成度が高ければ問題ない……。本当にそうなのでしょうか。最近そのような話でとても痛い目を見たような……。

「うん、そうだね。俺だってここの味噌ラーメンなら何杯でも食べられるし、今だって食べたいくらいさ」

「はい、ありがとうございます。お店には色々と問題はありましたが、このラーメンは何年も研究を重ねた自信作なんですよ!」

 

 何気ない会話でしたが心の中の引っ掛かりが更に強くなります。

「犬神さん、今なんて言いました?」

「え~と……。ここの味噌ラーメンは美味しいから何杯でも食べられるって」

「その後です」

「今だって食べたい、だっけ?」

「あ~、そういうことでしたか……」

 その場で頭を抱えてしまいました。こんな初歩的な欠陥に今の今まで気づかないなんて情けないにも程があります。商売人の勘を鈍らせるとは、この朱鷺一生の不覚!

 

「店長さん、貴方のラーメンには一つ大きな弱点があります」

「ええっ! いや、それは流石に何かの間違いでないでしょうか。確かにお店には沢山問題がありましたけどこの味噌ラーメンは完璧な出来なんですよ!」

 その気持ちは痛いほどわかります。味噌ラーメンとしてここまで完成度を高めるには並大抵の努力ではなかったでしょう。しかしだからこそ問題なのです。

「こればかりは実際に体験して頂かないと理解できないですよね。但し時間がかかりますので今日はここで一旦解散しましょうか」

 夜も遅いのでほたるちゃん達には先にタクシーで帰宅してもらい、犬神Pを含め三人で問題点の確認をしました。上等な料理にハチミツをぶちまけるが如き改善案なので気は進みませんが、これも全てお店と店長さんのためです。

 

 

 

「お疲れさまでした~!」

 ライブハウスから出て、今日のライブで協力してもらったスタッフさん達を笑顔で見送ります。ラーメン屋で経営再建の打ち合わせをしてから二週間後、あの時と同じライブハウスでの公演が無事終了しました。

 ライブの内容自体は前回よりも上でしたがほたるちゃん的にはまだまだ満足の行く出来ではないそうです。改善策も見当たらないので、今後についてはマスタートレーナーさん達に相談した方が良いのかもしれません。

 

「よし、それじゃあ視察に行こうか!」

 掛け声をかけて犬神Pが歩き始めたのでその後を四人でついていきます。あのラーメン屋さんがリニューアルオープンしてから約一週間が経ちましたので、今日はライブのついでにお店の様子を見に行くと店長さんに約束をしていました。

 前回と同じく駅の反対方向に進み商店街の角を曲がると、人の列が不意に視界に入ります。列の先をたどると『味噌麺処 水滸伝』という電飾看板がギンギラギンにえげつなく輝いていました。何が売りのラーメン屋なのか明確にした方が良いという助言を聞き入れてくれたようです。

 しかし、これは目立つ。一瞬場末のキャバクラか何かかと目を疑いましたよ。周囲が空き店舗のため迷惑を掛けていないのは幸いでした。

 

「わあ、凄いですね!」

「この前とは大違いです」

 ほたるちゃんと乃々ちゃんが嬉しそうに声を上げます。外から店内を覗き込むと厨房内を駆け回る店長さんと目が合いました。すると両手を合わせて申し訳無さそうなジェスチャーをします。

 今日は早仕舞いの予定と聞いていましたが予想以上にお客さんが多かったのでしょう。今並んでいる方々で最後のようなので、近くのコンビニで少し時間を潰してからお店に入りました。

 

「いやあ、お待たせしてしまい本当にすみません!」

 店を閉めてテーブル席に案内される間に何度も謝られました。謝罪はしているものの明るい気を感じるので、この間の自虐ムードはどこかに行ってしまったようです。

「先日の虚無からここまでの喧騒に陥るとは、ボクも驚いたよ」

「いや、実のところ駄目で元々って感じでお願いしたのですけど、教えて頂いた改善策がここまでハマるとは思いませんでした!」

「そこはお世辞でも『最初から信じてました』と言って欲しいですね。まあ、どの助言も飲食店の立て直しとしては極めて凡庸な内容ですよ。最終的にお客様を惹きつけたのはこのお店のラーメンなんですから自信を持って下さい」

「ありがとうございます! そのラーメンなんですけど、先日のアドバイスを元に製品化したものを試食して頂いても良いでしょうか」

「ええ、もちろん」

 精魂込めて作り上げたラーメンに横から口出しをしたのですから、その結果に対して責任を持つ覚悟はあります。

 

「お待たせしました。こちらは右から極上味噌ラーメンの『極濃』『王道』『淡麗』になります。いま取り皿をお持ちしますね」

 出来上がったラーメンをテーブルに運びます。

「ラーメンが三種類?」

「この間来た時、極上味噌ラーメンは一つしかなかったですよね?」

「ええ、先日の作戦会議で種類を増やすよう助言したんです。とりあえず頂きましょうか」

 一人で三杯食べる訳にもいかないので、それぞれ取り皿に取り分けて試食します。

 商品名の通り『極濃』は味噌ダレと豚骨スープの濃さをより際立たせ、『淡麗』は逆に味噌の濃さを薄めさっぱりした口当たりを強調したラーメンに仕上がっていました。一方『王道』は先日頂いたものと同じで味のバランスが最適化されています。

 

「皆さんはどれが一番好みですか?」

 一通り完食したので意見を伺います。

「どれも美味しいですけど、もりくぼは前に食べたラーメンが好きです」

「ボクもそうだね。『極濃』はたしかに濃厚だけどその分くどいかな」

「私も同じです。『淡麗』はさっぱりしていて食べやすいですが、ちょっと味気ない気が……。あっ、新製品なのにすみません!」

「いえいえ、提供している方としても同じ意見なので大丈夫ですよ。正直ラーメンの完成度として『王道』が百点だとすると、『極濃』と『淡麗』はせいぜい七十点でしょうね」

 私の採点とほぼ同じでした。これでも最初に試作した時は五十点程度でしたから短期間で大幅に改善しています。やはり店長さんはラーメン作りの才能には恵まれているのでしょう。

 

「この中で一番売上が多いのはやっぱり『極濃』ですか?」

「はい、約半数の方は『極濃』を注文されますしリピーターも多いです」

 店長さんが回答すると乃々ちゃん達は驚いたようでした。

「待ってくれ。何故完成度で大きく劣る『極濃』が『王道』を大きく超えているんだい?」

「単純に需要があるからですよ。若い方、特に男性は二十郎の様に味が濃くて食べた後の満足度が高いラーメンを好む傾向があります。このお店の近くには大学の校舎が複数あるので、学生さんに好まれやすいコッテリ味を用意しました。『王道』はしつこくなくて食べやすい分、食後の満腹感は低いという弱点がありますから」

 今やラーメンも値上がりしておりコスパを求められるので、犬神Pのように大盛りを食べてもまだ食べ足りない状態だといくら美味しくてもリピーターの付きは悪くなるのです。私はあまり量を食べられないので当初は欠点に気づきませんでしたが、食べざかりの男の子だと『王道』では全然足りねえじゃんという印象を持つでしょう。

 

「でも濃い味が好きな人ばかりじゃないですよね? ご年配の方とか……」

「ええ。味噌ラーメンは味が濃くて苦手という方も当然いらっしゃいますので、反対に食べやすさを改良した『淡麗』もメニューに加えるようお願いしました。お酒を飲んだ後の締めの一杯としての需要も見込んでいます」

「七星さんの助言通り夜間は『淡麗』の注文率が高いですよ。醤油や塩と違い味噌って締めのラーメンには選ばれにくいんですけど、ウチのは美味しいって大評判です。ラーメンを頼むついでにお酒やつまみを注文してくれるので店としても利益的に有り難いです!」

 三種類のラーメンだと作るのが大変と思われるかもしれませんが、スープや油等の配合と具材を変えるだけなので大した手間ではありません。厨房オペレーションまで踏まえての提案こそプロとしての仕事なのです。

 

「理想のラーメンだけを出せなくなって辛くはないのかい?」

「バランスが悪いラーメンの方が売れているのは確かに複雑な気持ちですが、お客様が望んでいるのならこれもありかなと今は思っています。第一お店を続けられなければ理想のラーメン自体作れなくなってしまいますしね。それに『極濃』と『淡麗』もまだまだ発展途上なので、これから味の追求をする楽しみがあります。

 何にしてもこの店の立て直しがうまくいったのは全て七星さんのお陰です。改めてお礼を言わせて下さい!」

「私にかかれば……と言いたいんですが、ラーメン自体の改善に気づいたのは私のお母さんのお陰でもありますからあまり胸は張れませんよ」

「朱鷺さんのお母さんですか?」

「詳細は割愛しますけど、料理において私は腕や技術に頼りきりで完成度に拘る癖があるって以前指摘されたんです。本当に大事なのは相手が何を求めているかでしょって。食べる人を喜ばせるにはどうすればいいか、何を求めているかを考えたら自然と新ラーメンの案が出てきました」

 何気なく話すとテーブルがガタッと揺れました。よく見るとほたるちゃんが椅子から立ち上がっています。

 

「ど、どうしたの、白菊さん?」

 犬神Pが優しく声をかけます。

「す、すみません。今の朱鷺さんの話を聞いたら、私達のライブにも共通するかもって思ってしまって」

「共通するってどういう意味かな?」

「えっと……。今日もそうでしたけど、アイドルとして色々と経験してきた分、ライブではミスをせずに完璧なパフォーマンスを披露しなきゃって思いが強くて、少し縮こまっていた気がします。でも本当に大切なのは完成度じゃなくて、ファンの方々がライブで私達に何を求めているかをよく理解して、その気持ちに応えることではないでしょうか。

 例え難しくて失敗する可能性があってもファンの方々が見たいと思うパフォーマンスを提供するという気持ちが、私の憧れたアイドルにはあったような気がします」

 普段と同じく控えめな口調ですが彼女の強い意志がはっきりと感じられました。

 

「あっ……。すみません、生意気なことを言ってしまって」

「いや、とても良い意見だと思うよ。確かに、ボク達は更なる高みに向かおうとするあまり足元が見えていなかったのかもしれないな。何よりも大切なのはファンの子達でありオーディエンスなのだから、彼らに向き合うのはとても重要さ」

「もりくぼも、飛んだり跳ねたりするのに必死でファンの方をちゃんと見れていなかったと思います。いや、普段から見れてはいないんですけど、もう少し頑張ります……」

 アスカちゃんと乃々ちゃんもほたるちゃんに同意しました。

 

「すみません。これはユニットのリーダーとして、ライブ演出やトレーニング方針を決定してきた私の失態です。既に親から指摘されていたにもかかわらず自らの過ちに気づくことができませんでした。皆さんにもファンの方達にも本当に申し訳なく思います」

 ラーメン屋の再建でいい気になっていたものの本業で特大ミスをやらかしていた馬鹿中の馬鹿がこちらです。さあ、笑うがいいさ!

「この罪は私の命をもって償いますね……」

 床に正座して即死の秘孔を探し始めます。ええと、頭維(突いた指を抜いてから三秒後に死ぬ秘孔です) はここでしたっけ……?

「ヤメロォ!」

「ちょっと、やめて下さい!」

「何ナチュラルに自害しようとしているんだ、キミは!」

「だ~めぇ~!」

 必死の形相の皆に止められます。

 

「だ、大丈夫です。もう死のうなんて思いませんから」

 少ししてようやく気が落ち着きました。止められなかったら今頃確実に逝っていたでしょう。

「万一のことがあったら悲しむ人が沢山いるんだから、命は大事にね……」

「すみません、ちょっとショックが強かったので……」

 この三人に迷惑を掛けてしまったという事実があまりにも重過ぎました。あのような凶行に走るとは自分のことながら恐ろしいです。

「気付かなかったのは全員同じですから、これからみんなで直していきましょう!」

「ああ、ホタルの言うとおりだ」

「だから、頑張ろう……」

「はいっ!」

 やはり三人とも人間としてとても素晴らしい子達です。特大ミスはしてしまいましたがこの事実を再確認できたのは良かったと思いました。

 

「それにしても、過ちに気づくきっかけがラーメンだと何だか締まらないです」

 私らしいといえば私らしいですけど。

「それも一興だよ。何故ならラーメンもライブもアートではなく、同じエンターテイメントなのだからね」

「お客様を喜ばせるという面では共通しています」

 なるほど、どんな形をしていてもお客様を喜ばせたら勝ちという面ではアイドルとラーメンは大差ないのかもしれません。

 そんなことを話していると不意に乃々ちゃんのお腹が鳴りました。

 

「そういえば、まだお腹がすいていました……」

「よし、それじゃあ何か頼もうか! 皆何にする?」

「へぇ、随分とサイドメニューが増えたね」

「レアチャーシュー丼ってどんなのでしょうか?」

「もりくぼは、キャベチャーを……」

 犬神Pがメニューを取り出すと途端に賑やかになります。

「ふふっ」

 こんな騒々しい日々が永遠に続けばいいのになんて、叶わない夢をつい願ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編③ エピソードⅠ フォースの覚醒

「本当に問題ないの~? 一人でお留守番なんて……」

 お母さんが心配そうな顔で私を見つめました。日曜日の我が家の朝はまったり和やかムードなのが普通ですけど、今日に限ってやや緊張した雰囲気になっています。

「うん、だいじょ~ぶ! よるまでいいこでまってる!」

「急だったから臨時の保育所で空いているところは見つからなかったし~。ちょっと遠いけどうちの実家から誰か来てもらおうかしら~」

「だから、もんだいないよ!」

 御母上様は押しに弱そうに見えて意志が強すぎるのでこういう時には超面倒です。親戚のお通夜なんて急なことが普通なんですから、私に気にせず早くお外に行って下さい。ゲットアウト、出ていけぇ!

 

「よし、二人ともちょっと落ち着こうか!」

 先ほどから小競り合いをしている私達を見かねてお父さんが仲裁に入ります。

「大丈夫、朱鷺はそのうち四歳だもんな。夜までなら一人で我慢できるだろう?」

「うん! わたしちょーじょだから、がまんできる!」

「ああ、さすが長女だな。もし次女だったらこうはいかなかったぞ!」

 幼児ならではのアルカイックスマイルを携えながら元気に答えます。よし、時代の風がこちらに吹いてきましたよ。風が……くる……!

 

「本当に大丈夫かしら~。義叔父さんが病的な子供嫌いじゃなければ一緒に連れていけるんだけど……」

「はっはっは、親が子供を信頼しないでどうする! それにホームセキュリティだって一番良いのを頼んでいるんだから、この家に居さえすれば何も問題ないさ!」

「そういうものかしらねぇ」

 お母さんが渋々ながら引き下がりました。その後は気持ちを切り替えたのか、バタバタと外出の準備をしていきます。

 その様子をにこやかに眺めながら内心ほくそ笑みます。やった! 運命に勝ったッ!

 

 二人が準備を終えたので玄関先でお見送りをします。

「それじゃあ行ってくるけど、ちゃんと家でお留守番しててね」

「はい、いってらっしゃい♪」

「おう、さっと行って早めに帰ってくるからな!」

「おみやげもよろしく!」

 ドアが閉まるとリビングの窓の駆け寄ります。高級外車に乗り込み走り出すまで表情を崩さず外の様子を確認しました。

 

「さて、行きましたか」

 安全を確認してから先ほどまでの天使の笑顔を解除します。

「フ……フフフ……」

 意識はしていないのですが自然を笑いがこみ上げてきました。

「ククク……。フハハハハ……! フゥーハハハァ!」

 駄目です、喜びのあまり我慢できません。

「自由だァァァァーーーーーーーーーー!」

 溜まりに溜まったキ○ガイゲージを発散するかの如く、全力で咆哮しました。

 

 

 

 私が二度目の生を授かったのはだいたい三年くらい前のことです。他の子と同じく人の腹の中から生まれ出でたのは確かなのですが、不思議なことにその時から前世の記憶がありました。

 前世の私はただのやさぐれた中年男でありデススター級のブラック企業に使い潰された挙句無様にもおっ死んだのですけど、その頃の記憶はまだ頭の中に残っていました。私も幼児特有の妄想だと思いたいのですがそれにしては鮮明過ぎます。

 それ故に幼女の姿には未だに馴染めません。鏡を見ても自分だと認識するのにタイムラグがあるくらいです。

 

「それ以上に厄介なのは今の環境ですよ」

 現在の両親は前世のド畜生共と違いとても優しいです。またお母さんの実家はそれなりの名家なので経済状況も大変恵まれていました。それはありがたいのですけど、目を離したくないのか家でも仕事場でも一緒のためプライベートというものがあまりないのです。

 社交性を身に付けさせるために四歳になったら保育園に通うことが決まったので、今後は多少自分の時間を確保できるはずですが蓄積したストレスが溢れ出る寸前でした。

 そんな中、たった半日でも自分の時間を持てるとなったら喜ばない方がおかしいです。ですから今日は張り切ってボッチを満喫しますよ!

 

「おっといけないいけない。その前に日課が残っていました」

 リビング内をとてとてと歩き出し、絨毯が引いていないフローリングの床に四つん這いになり手を付きます。そのまま腕立て伏せの姿勢に移行しました。

「い~ち~……」

 掛け声を口にしながら腕を曲げます。すると小枝のように細い腕が過重に耐えられずバランスを崩しました。

「へぶちっ!?」

 勢いよく潰れたせいで鼻が床に直撃しました。思わずその場でもんどり打ちます。

 

「う、腕立て伏せは危険ですから今日は腹筋にしておきましょう!」

 気を取り直して姿勢を変えました。両手を頭の上で組み腹筋運動を行います。

「い~ち~。い~ちぃ~……。よっ、はっ! とうりゃっ!」

 腹筋を全力で活用しても全く体が起き上がりません。そのまま五分くらい格闘しましたが四十度以上の角度にはならず全然ダメでした。見切りをつけそのまま立ち上がります。

 

「よっしゃ、今日はこれぐらいにしといたるわ!」

 誰も見ていないのに見栄を張りました。ちょっと悲しい。

 生まれ変わったことは我がボディにも大きく影響を与えています。以前の私は筋肉モリモリマッチョマンの変態とまではいきませんが、一通りの護身術を身に着け数多の修羅場を潜り抜けてきたのでそれなりの自信がありました。それが今や無様としか言いようがありません。

 

 とぼとぼと歩き脱衣所にたどり着くと身に着けていた衣服をパージしました。漢らしいパンイチ状態で自分の体をまじまじと観察します。

 朱鷺色のほんのり朱く鮮やかな髪。透き通るように美しい白い肌。最適解な顔のパーツの配置。街中でも殆ど見かけないどころか都心でも稀に見るレベルの美幼女だと言っていいでしょう。

「面白い奴だな、気に入った。殺すのは最後にしてやる」

 ヤダ、声まで超かわいい。

 これだけのハイスペックですから中身さえドブ川でなければ大層おモテになったでしょうにねぇ。この度は大変ご愁傷様でございます。南無南無。

 

  しかし先程語ったとおりこの体には大きな欠点があります。今の私は気品や優雅さ、麗しさに満ちていますが、そんなものよりなによりも――――

「筋肉が足りないっ……!」

 その場でがっくりと崩れ落ちました。

 お母さんが私を生んだ時はかなりの早産で、生まれた直後は相当な未熟児だったそうです。その影響だと思うのですが、普通の三歳児と比べてもかなり小柄なので全く力がありません。ダンベルなんて一キロも持ち上げられないでしょう。

 今やスローロリスやナマケモノに余裕で殴り殺される自信がありますので、日課のトレーニングで少しでも筋力を付けようと努力しているのです。だって力こそパワーですもの。

 

「ふぅ……」

 溜息をつきながら再び服を着ました。お嬢様なんだから筋力なんて必要ないと思う人もいるでしょうが、最後の最後に頼りになるのは親でも金でもなく己の拳のみであることは前世で理解しているのです。

 どんなに親密であろうと結局は他人。いつ裏切られるかわかったものではありません。だからこそ私は一人で何でもできるよう前世では必死こいて頑張ってきました。なので他人に頼ろうと思った時点で負けなのです。

 

 それに正直なところ、私は自分の両親すら信用していませんでした。日常生活を通じて良い人達であることは何となく伝わってきます。しかし前世で生きてきた際に、親というものは鬼アンド畜生でありこの世で一番憎いヤツだと強烈にインプットされていました。

 真冬に冷水をぶっかけて屋外に放置したり灰皿で顔面が変形するまで殴りつけたりしてくる奴が親というものだと思っていますので、今優しくしているのも裏があるような気がします。

 たぶん満六歳になると化け物の国に出荷されて脳味噌を食われたりするんじゃないでしょうか。もしそうなった時の備えとしてやはり力は必要です。

 

「それはそれとして……」

 自由気ままに羽を伸ばせる貴重な機会なので、今日は筋力アップよりそちらを優先しましょう。今日は夜まで一人宴会じゃあ!

 でも宴会するには相応のものが必要です。お酒は流石に無理だとしてもそれ相応のつまみくらいはないと侘びしすぎますよ。

 とりあえず冷蔵庫を漁って適当な食材を調理しちまいましょう。そう思いトコトコと歩いてキッチンにたどり着き、踏み台を使い冷蔵庫の扉に手をかけました。

 

「せい、はっ! おうりゃ!」

 百パーセント中の百パーセントの力を発揮しても冷蔵庫の扉はびくともしませんでした。五分くらい格闘した結果、すごすごと踏み台を降ります。

「よっしゃ、今日はこれぐらいにしといたるわ!」

 ふふふ……まったく人をイライラさせるのが上手い奴ですね。このような屈辱的なエクスペリエンスは久しぶりですが今日は気分が良いので特別に許してあげます。これで勝ったと思うなよ!

 

 冷蔵庫を使用できないのは想定外でしたが、それならば常温保存の食材でなんとかする他ありません。黒いテカテカした虫のごとくキッチンを這いずって調理せずに食べられるものを何とか探し出しました。

「コーンフレークと、最中……」

 どっちも好きは好きですけど宴会には合わないですよ。彼らも晴れの宴会のメイン食材にされたら荷が重く感じるでしょう。冷蔵庫の中のからし蓮根が愛おしいです。

 

 再びリビングに戻ると、椅子に上って壁に飾ってある高そうな絵画を外しました。ソファーの上に慎重に置いた後、枠を外し絵と絵を固定する台紙を分離させると一通の茶封筒が姿を現します。

「よ~しよしよしよしよしよしよしよしよし、無事で何よりです!」

 封筒の中には複数枚のユキチーズが入っていました。これは母方の祖父から頂いたお年玉の一部であり、手渡されてからお母さんに没収される僅かな合間に抜き取り密かに隠していた裏金です。

 以前勤めていたマジックバーで習得した芸がこんなところで役に立つとは思ってもいませんでしたね。店長がスリで捕まって即刻閉店してしまいましたけど。支払い遅延していた二ヵ月分の給料を今からでも払ってほしいですよ。

 

 外出するなと釘を刺されているので遠出をするつもりはありませんけど、たまの機会なので近くのコンビニで買い物くらいはしたいです。徒歩二分の距離ですからこれくらいのわがままはきっと神様も許してくれるでしょう。というか許せ。

「じゃ、行ってきま~す」

 誰もいない家を後にして元気よく外に飛び出しました。

 

 

 

「ありあした~」

 会計を済ませルンルン気分で店外に出ました。最近発売されたコンビニ限定のつけ麺が無事に買えてよかったです。

 我が家ではジャンクフードを駆逐したがるオーガニック食品厨が幅を利かせていますから、こういうものは滅多に食べさせてもらえないんですよねぇ。ネットの情報ではコンビニ食品ながらレベルが高いとのことなので、食すのが今から楽しみです。

 ノンアルコールビールも店員の怪訝な視線に耐えながら無事に仕入れられたので、競馬の中継と競艇の中継を同時に見ながら休日を堪能しましょう。チータラとビーフジャーキーも調達しましたから優雅な午後になりそうですよ!

「死~ね死ね死~ね死んでしま~え♪ アイツもコイツもクソ野郎~♫ 醜い人類皆殺せ~。エブリバディデストロイ、イエイッ♪」

 即興で作詞作曲した小粋なオリジナルソングを口ずさみながら見慣れた道を進みます。角を曲がり我が家が見えた瞬間、視界が一気に暗転しました。

 

「……!」

 頭に布のようなものを被せられました。慌てて取ろうとすると何者かに抱き抱えられます。

「ちょっと!」

 必死で抵抗しますが力がクソザコナメクジ未満なのでどうしようもありません。そのまま狭いところに押し込められました。依然として視界は真っ暗なので状況が把握できないです。

 被せられた袋を引き剥がしていると何やらエンジン音と振動が体に伝わりました。どうやら私は車のトランクに押し込められたようです。荷室のサイズ的に多分セダンでしょう。

 

「これは、下手を打ちましたか」

 奥歯をぎゅっと噛み締めました。状況から判断して明らかに誘拐です。

 前世でも仕事絡みでヤのつく人達に拉致されたことが何回かありますが、こういう時は冷静になり状況を確認することが大切です。誘拐といっても相手がプロか素人か、金銭目的か略取目的かで取るべき対応は異なりますから今は下手に犯人を刺激せず様子を見ることにしましょう。

 大人しくしつつ一時停止と右左折の回数をカウントしていると車が完全に停車しました。そのまま待っているとトランクにノックの音が響きます。

 

「し、静かにしててくれ。そうすれば何もしないから!」

「うん、わかった」

 可愛らしい幼児を装いつつ努めて冷静に返事をします。もちろん恐怖心はあるのですが、こういう非常時にパニックを起こすと更に悪い事態になることは体験済なので気合と根性で不安を押し殺しました。

「今から君を家に連れていく。ちょっとでも騒いだら……わ、わかるだろ?」

 どもり声が聞こえるやいなやトランクが僅かに開きました。すると差し込む光と共に太いロープを手にした男の姿が見えます。騒いだら絞め殺すと暗に言いたいのでしょうか。

「わたし、しずかにしてるよ」

「よ、よし……」

 頭に上着を被せられつつも周囲の光景を目に焼き付けます。そのまま近くのマンションの一室に連れ込まれました。

 

 

 

「クソッ! 何やってんだ俺はあッ!」

 誘拐犯の苛つき声がトイレの中にも伝わってきます。室内に入るなりここに押し込まれましたが、縛られるわけでもなく結構な時間が経過していました。

「おにいちゃん、だいじょ~ぶ?」

「ん? あ、ああ……」

 相手を落ち着かせるために何度か声を掛けました。姿ははっきりとは見ていませんが声から判断すると成人男性のようです。声が上ずっており震えているのでプロではないようですね。

 仲間がいるような様子でもなく場当たり的な犯行のようなので逃げるチャンスはありそうですが、逆上させたら命が危ないですから友好的な態度でなだめるように接し続けます。

 

「おかーさんがしんぱいするから、おうちにかえりたいな。いまかえしてくれたら、おにーちゃんのことだれにもいわないよ?」

 誘拐犯が落ち着いてきたので解放してもらえないかそれとなく話を振ってみました。犯行を後悔しているような素振りも見せていたので、もしこれで解放してくれたら万々歳です。危害を加えられた訳でもないので穏便に済ませば口外するつもりはありません。

 

「ダメだ。金が取れなきゃ俺は結局お終いなんだよ!」

「おかね?」

「医者ならそれなりの額持ってるだろっ! 君を人質にして貯めこんだ金を出して貰うのさ!」

「ふ~ん。そうなの」

 解放の代わりに最高級の情報がゲットできました。しかしながら、至る所に監視カメラがあるこの時代に身代金目的の誘拐だなんて発想が短絡的過ぎませんか。

 誘拐は検挙率が高いうえに罰則も重いので私だったら迷わずに特殊詐欺を選びます。某保険会社だって高齢者を相手に詐欺まがいの搾取をしてましたしね。いや、別にやるつもりは全くないですけど。

 

「どうしておかねがいるの?」

「ちょっと前に死んだ親父が借金まみれでさ。その借金を俺が払えってガラの悪い金融屋達に脅されてるんだよ。強盗でも何でもしてもいいから金返せって。そんなの払えないから死のうと思ったんだけど、ふと君の姿を見て」

「そうなんだ、すごいね!」

 私から聞いといてアレですけど、出会って一時間未満の幼女に心情を吐露しちゃう大人ってどうなんでしょう。そう思いつつ今の話を整理すると明らかにおかしい部分に気づきました。

「なんでそうぞくほーきしないの?」

「……相続放棄って何?」

「えぇ……」

 コイツ、アホだアホだと思っていましたけどまさかここまでとは……。

 

「ちょっと、ここを開けて下さい」

「えっ、それは……。人質なんだから、駄目だって」

「いいから早く! 大切なことなんですよ!」

「は、はいっ!」

 叱りつけるとドアが勢いよく開きました。男の一人暮らしらしく、部屋の中は全体的に雑多な印象です。

「なるほど、そういうことですか」

「う、うう……」

 誘拐犯の顔をちゃんと見たところ、以前ウチの医院に何回か通っていた肥満体な中年フリーターさんでした。普段医院には私もいるので、この顔を覚えられていたのでしょう。

 

「紙と書くものはあります?」

「ええと、そこに」

 部屋に入るなり片面印刷のチラシとボールペンを床から拾い上げてコタツ机の上に置きました。机越しに対面で座り事情聴取を始めます。

「とりあえず貴方のお父様の没年月日、それと貴方の住所氏名年齢職業等を教えて下さい」

「どうして、そんなこと……」

「貴方の人生に関わる大事なことだからです。早く!」

「は、はい!」

 

 

 

 その後は悪徳弁護士事務所の事務員時代の知識を思い出しながら誘拐犯の話す情報を分析していきました。そして今後の対策を整理し、サルでもわかるようにかみ砕きながら彼に伝えます。

「……と、いうことです。簡単にまとめると貴方はお父様の連帯保証人にはなっていませんので、相続開始を知った時から三ヵ月以内に相続放棄すれば借金自体引き継ぐ必要はありません。払う義務があるなんてただの脅し文句です」

「それマジ?」

「ガチのマジです。それに例え連帯保証人だった場合でも最悪自己破産して免責を受ければ借金はチャラになるんですよ。専門の弁護士に依頼すればギャンブルやFXでの借金でもない限り普通に受けられます。自己破産は信用情報に傷が付いちゃいますけど自殺や犯罪に手を染めるよりはマシでしょう?」

「そりゃそうだ……」

 誘拐犯が赤べこのように首を縦に振りました。

 

「今回は貸主側が悪徳業者っぽいので相続放棄の手続きは専門の弁護士に依頼した方がいいと思います。無料の法テラスに行けばもっと丁寧に教えてくれるので利用して下さい。弁護士費用で十万円くらいはかかりますけどそのくらいは日雇いバイトで稼げるでしょう?」

「ありがとう……」

 誘拐犯が涙ぐみました。

 

「誘拐したのにこんなに親身になってくれて、本当にありがとう。まるで君は天使だ」

 私が天使なら世の中の殆どの人は神的な存在ですよ。彼の中での評価がうなぎ上りのようですが心底どうでもいいです。お弁当に入っているプラ製の草くらいどうでもいいです。

「いえ、お気になさらず。ではもう帰って良いですよね? 先ほどの通り今日のことは私の胸の中に一生しまっておきますので安心して下さい」

 借金の問題が解消されたので身代金はもう必要ないはずです。このまま未成年を拉致監禁していれば実刑コースは確定ですから、サル未満の知能でない限り解放してくれるでしょう。

 

「嫌だッ」

「は?」

 予想外の返事のため思わず固まってしまいました。いやいやいや、意味が分からへん。

「じ、実は他にも借金あるし。それになにより、女なんてクソみたいな奴ばかりだけど君は違う! 君は俺の前に舞い降りた可愛くて優しい天使だ。だからこのまま一緒に暮らそう!」

「味噌汁で溺死してから出直してきて下さい」

 コイツ思い込みが強すぎますよ! 誘拐なんてやらかすだけあって私の予想を遥かに超えたやべー奴です。比較したお猿さんに大変失礼でした。

「そもそも私三歳ちょっとなんですけど! 学校にも通ってないんですけど!」

「大丈夫、歳の差なんて俺は気にしないから!」

「こっちが気にするんじゃい!」

 借金の問題を解決すれば大丈夫と思っていましたが、まさか私に執着してくるとは。流石の私もこんなロリコンの対応方法は思いつきません。もうこうなったら取れる方法はただ一つです。

 

「逃げるんですよォォォーーーーッ」

 全ての力を振り絞って玄関のドアに駆け出しました。幼女の身では対抗する術がないので一刻も早くここから脱出するのです! 猪突猛進、猪突猛進、猪突猛進!

「待て!」

 内鍵を開けドアノブに手をかけたところで男に手を掴まれました。肥満体形でかなり体重があるので今の腕力ではとても抵抗できません。最後の力で扉を少しだけ開けます。

「助けてーー! 変態ストーカーに襲われてまーーす!」

「し、静かにしろ、騒ぐな!」

 全力で叫ぶと手で鼻を強く押さえつけられます。力の加減を知らないのか呼吸さえままなりません。すると徐々に気が遠くなってきます。意識までもうろうとしてきました。

 

 

 

 ああ。

 

 私はまた、無様に死ぬのでしょうか。

 

 何も得られず、何もできず。

 

 こんなところで、無残に。

 

 

 

 

「ふざ、けんなッ……!」

 また惨めに死ぬとか、そんな事があってたまりますか。私にばかり不合理を押し付けるなんて、間違っています。

 こんな理不尽は絶対に許せない。許せる訳がないでしょう!

「……誰か、私に、力を────」

 そう願った刹那。体の芯が急速に熱くなりました。

 

「かはっ!」

 次の瞬間、全身の筋肉が雑巾を絞る時のように締め上げられます。血管が全て爆発し無数の針が飛び出してきたかのような感覚に襲われました。

 苦しいっ。苦しいっ。苦しいっ!

 呼吸するたびに経験したことのない痛みが走ります。まるで体中の臓物が無造作に引っ掻き回されているかのようです。心臓も鼓動どころではなく今にも飛び出す勢いでした。

「ーーーーーー!」

 声を出すこともできません。あまりのショックで気を失いそうになりますが目まぐるしい激痛のせいですぐに蘇生してしまいます。

 そんな死の痛みと引き換えに、暖かい光が私に降り注ぎました。

 

 

 

 永遠とも思える地獄が終わると激痛がすっと収まり、真っ黒だった視界が白く開けていきます。

 次第に意識がはっきりしてくると、先ほどと同様に玄関先で誘拐犯によって体を押さえつけられていました。ですが決定的に違うことが一つあります。

「邪魔、です」

 私の体に絡みついている腕を軽く振り払いました。

 先程まで万力のように感じていましたけど今では羽のように軽いです。というか私の力が異様に強くなったという確信がありました。なぜかは見当が付きませんが、今ならば例え戦車でさえ負ける気がしません。

 

「な、何なんだっ。その馬鹿力はっ!」

 静かに立ち上がると再び誘拐犯と対峙します。不思議なことに気分は凪いでいますが、一方で眼前の外敵をどのように仕留めるか頭が勝手に考えていました。どこを攻撃すれば効率的に敵を破壊できるか本能的に理解できています。

「もう一度言います。誘拐のことは口外しないので帰らせて下さい。そうすれば何もしません」

「嫌だ……! 嫌だあっ!」

 そう叫びながら私目掛けて悪質タックルを繰り出してきます。ちょ、ちょっと危ないですよ!

「きゃっ!」

 思わずその場にかがみ両腕で頭をガードしました。

 

 曲げた肘に軽い衝撃が走ります。次の瞬間、木製バットが折れた時みたいな気持ちの良い破裂音が周囲に響きました。

 すると誘拐犯が玄関先に倒れこみます。恐る恐る観察すると右手の肘から先が本来曲がってはいけない方向に折れ曲がっていました。え、私何かやっちゃいました?

「あががががあぁぁぁぁーー‼」

 男の悲鳴がマンション内に響きました。大人なためか声の音量は私とは段違いであり、周囲の部屋の住民が外に出てきたようです。これはまずいですよ!

 

 本来私は家で留守番をしているはずなので、勝手に外出して誘拐されたなんて知られたら両親にどれだけ怒られるかわかったものではありません。しかし玄関からは出られないため、慌てて靴を回収しベランダの方に駆け出します。

「うひゃあっ!」

 窓を開けて下を眺めると軽く十メートル以上あるのに気付きました。ここから降りるのは自殺行為ですが今の私には問題ないという確信があります。

 祈りを込めて自由な世界に飛び出しました。

 

 

 

「はぁ~」

 家の近くの公園に戻ってくるとくたびれたベンチに腰を掛けました。ここまでの道のりで尾行者はいなかったのでもう安全でしょう。

 それにしても一度気を失いかけてからの出来事はいったい何だったんですかね。非現実すぎて夢の中の出来事みたいです。しかし誘拐が現実であった以上あれも事実に違いありません。実際今だってあの凄い力が私の中に残っているのですから。

 

「そういえば」

 特別な力でピンときましたが、前世で私が死んだ直後にそんなものを与えるとか何とか言われたような気がします。てっきり今の恵まれた環境のことを指していると思っていましたけど、もしかしてこの力がそうなのでしょうか。

 確かに力は欲しいと前々から思っていたものの、軽い肘打ちで腕を折り曲げたりマンションからマンションに飛び移ったりする力は明らかに過剰ですよ。勢いで力を欲しましたけど『過ぎたるはなお及ばざるが如し』ですから前世と同じくらいが丁度よいのです。

 

 色々あって喉が渇いたので自動販売機に駆け寄りました。お金を入れて一番下のボタンを押すと缶入りの炭酸飲料が出てきます。

「とりあえず一息入れましょうか」

 プルタブのフタを軽く開けた瞬間、ジュースの缶がいきなり爆発しました。

 

「目が、目があ~‼」

 シュワシュワの洗礼を食らってもだえ苦しみます。

「まさか誰かが私を消しにっ!」

 視界を取り戻すやいなや周囲を警戒しましたが普段通りの公園の風景です。

 破裂した缶が飛び散っていたので残骸を確認すると、丁度手の形に沿って引き裂かれていました。裂け目の大きさは大体幼児の掌くらいです。

 

「ええと、もしかして」

 とても嫌な予感がしたので再び自動販売機に硬貨を入れました。今回は丈夫なスチール缶の缶コーヒーを選びます。出てきた缶の中身を水道に捨ててから片手で軽く握り、少しずつ力を入れていくと紙パックのようにあっさりと変形していきました。

 あっ、なるほど。私はもう人間をやめているんですね。

 

「はっ、とうりゃ!」

 その後能力を消すよう色々と試してみましたが謎の超パワーは一向に消えませんでした。

 試しに力いっぱいジャンプすると近所のタワーマンションくらいの高度にたどり着きます。おっ、今日は富士山が綺麗ですよ!

「……で、普通の世界に住んでる超人はどうすりゃいいんですか?」

 か細い呟きが夕暮れの空に消えていきました。

 

 

 

 それからの日々は酷い有様でした。今の私の状態を例えるならば、『家具や家電、建物、人体等が全て木綿豆腐で出来ている世界』で生活しているようなものでしょうか。常に気を付けていないとぐしゃっと潰しかねない感覚が少しは伝わるかと思います。

 もちろん注意を払っていても有り余るパワーは完全には制御できません。家中のドアの取っ手は壊すわテレビのリモコンは握り潰すわ、転んだ拍子にお父さんのゴルフセットを素手で瞬断するわで日常生活に多大な支障が出ています。

 

 ですがそうやって色々な物を壊していく内に自分の能力の正体が理解できました。本当に、本当に馬鹿らしい話ですが、私に与えられたのはあの北斗神拳────正確には『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』だと確信しています。

 ただの馬鹿力だけならほかの能力の可能性もありますが、人体の急所である秘孔がどこにあるかわかりますし壊し方も治し方も完全に理解できています。何より前世の死後に出会ったクソガキが『土岐創』という前世の名前にちなんだ能力を与えると言っていましたから確定でしょう。

 

 これはこれで便利な点もありますけど、自分で鍛え上げた力ではないのではっきり言って持て余していました。

 ファンタジーやメルヘンの世界なら生かしどころもあるかもしれませんが、ここは前世とあまり変わりのない現代です。こんな力はゴッサムシティに生まれ変わらない限りいらないですよ。

 どんなことでもやり過ぎはあかんのです。だってほら、調子に乗っていきなり急拡大したステーキ屋さんもブームが過ぎた途端いきなり経営危機になってますし。

 

 なお、不幸中の幸いですがあの誘拐事件は表ざたになっていませんでした。というのもあの誘拐犯は私が腕をへし折ってから数日後に失踪し行方不明とのことです。

 近所の噂好きのおばさんが話していましたけど負の遺産だけではなく質の悪い闇金にも借金をしていたようで、消える前には黒い服の男達がうろついていたとのことでした。

 今頃臓器を抜かれているか地下強制労働施設に送り込まれているかは知りませんが、あんな仕打ちを受けたのですから流石に同情はできませんね。来世は真っ当な人間に生まれ変われるよう少しだけ祈っておきます。

 

「よいしょっと」

 潜り込んでいたベッドの掛け布団を引き剥がし部屋の外に這い出ます。十二月も中旬を過ぎ夜に布団から出るのは辛い寒さですが、喉が渇いてしまったので一階のキッチンに向かいました。

 この能力が発現する前は両親と一緒に寝ていたのですけど、寝返りで殺しかねないため頼み込んで自分用の部屋を用意してもらっています。

 

 幸いなことに今までの破壊活動に関して叱られたり私の力について問い詰められたりすることはただの一度もありませんでした。流石に気付いてない訳はないのですが、自分達の娘が異常者だと思いたくはない一心で見て見ぬふりをしているのかもしれません。

 しかしこの能力に目覚めてから既に数ヶ月経っているため、そろそろ何らかのアクションは起こしてくるのではないかと心配しています。最悪の場合、超能力者を集めた秘密結社等に強制送致される可能性もありますので脱出する準備は整えていた方がいいでしょう。

 

「あれ?」

 部屋に戻ろうと暗い階段を上がっていると、両親の部屋にほのかな明かりが灯っていました。

「はぁ、どうしようかしらねぇ」

 様子を探るとお母さんの深い溜め息が聞こえてきました。普段は明るく振る舞っているものの、この数日は私が近くにいないとこのような調子で思い悩んでいます。

 きっと私の力と存在が疎ましいに違いありません。こんな異形の化物を産んでしまってこれからどうしようか途方にくれているはずです。だって前世の母親も私のことを疎んじていましたもの。

 

 彼女に気付かれないようにそっと自室に戻ります。

「ははは……」

ドアを閉めると自嘲を含んだ笑い声が部屋の中に響きました。

 結局、結局こうなるんですよね。どんなに頑張っても、どんなに良い子を演じていても最後には親に見捨てられる忌み子が私です。

 昔の偉い哲学者さんは『子供とは父母の行いを映す鏡である』と仰いました。前世の私の両親は便器に吐き出されたタンカス共だったので、そいつらの子供である私も結局は同類なのでしょう。幸せになる価値がない、いや幸せになってはいけない存在です。

 

 このままだと両親にもっと迷惑を掛けてしまうのが確実なので、近日中にこの家から脱走しなければいけません。

「ようやくまともな人生を歩めると思ったんですけどね」

 ホイ卒どころかホイ入すら出来ないとは思いませんでしたけど、こればかりは仕方ないです。

 幼児が一人でも目立たない場所といったらやはり山奥しかありません。アブや蚊などの害虫は嫌いですが、この身体能力があれば山菜や野生動物が捕り放題ですから食糧には困らないでしょう。身分を隠すため戸籍がなくなってしまうのはかなり痛いですが仕方ないです。

 

「人生クソですよクソ」

 何かもう、精神的に疲れちゃいました。これでも前世の親みたいなドクズにはならないよう自分なりに真っ当に生きてきたつもりです。社会的には最底辺でしたが犯罪に手を染めることもなく、他人様にあまり迷惑をかけることのないよう息を殺して生きてきたのにこの仕打ちはあんまりではないでしょうか。

「間違っているのは私じゃないです。世界の方ですよ」

 頬を手で拭うと急に腹が立ってきました。何かもう、全てがどうでもいい気分です。

 

 だいたい、人に迷惑をかけ続けてきた不良がちょっと更生しただけで真面目に生きていた人より評価される理不尽な社会ですもの。真っ当に生きたところで何の恩恵もありません。あれ、それじゃあ真面目に生きるだけ損じゃないですか?

 そう思うともう何もかもぶっ壊したくなってきます。

「もう、堕ちちゃってもいいですよね? 暗黒面……」

 私の心は恐れや怒り、憎しみといった負の感情に支配されつつありました。

 

 

 

「……サムゥイ」

 次の日の朝は寒さのためか早く目覚めてしまいました。外はまだ少し暗いですが二度寝する気分でもないのでベッドから起き上がります。

 日めくりカレンダーを慎重に一枚めくると十二月二十四日と書かれていました。ああ、そういえば今日はクリスマスイブでしたっけ。まぁどうでもいいですけど。

 クリスマスはケーキを売ってチキンを売ってケーキを売った思い出しかありません。悪夢かな?

 

 寝起きでぼ~っとしていると階段を駆け上がる音が聞こえてきます。この足音はお父さんでしょうが、昨日の夜のことがあったので緊張して身構えてしまいました。すると自室のドアが勢いよく開きます。

「朱鷺! メリークリスマスだ!」

「メリークリスマス……って、そのかっこうなに?」

 クリスマス以前に彼の恰好が気になりました。だって家なのにライフジャケットを着込んでつばの広い麦わら帽子を被っているんですもの。

「それじゃあ、釣りに行くぞ!」

「は?」

 ナニソレイミワカンナイ。

 

「うみだね」

「ああ、海だな!」

 あのまま着替えをさせられ車で連れ出され早二時間。港に着くと眼前では潮の流れが大河のようにのんびり移動していました。ちなみに今日釣りに行くなんて話は事前に一言もありません。それどころか今まで生きてきた中でお父さんから釣りという単語が出たことすらないです。

「つりってここでするの?」

「いいや、違うぞ。五丁目の不動さん────ほら、あの建設会社の社長さんが小型のクルーザーを貸してくれるって話になってな。せっかくだから釣り竿とか器具をまとめて借りてきた!」

「そ、そう……」

 

 私とは違い何事にもポジティブでコミュニケーション強者なのは素晴らしいのですが、たまに突拍子のないことを始めるところは苦手です。小説だって通常は起承転結はありますが、彼の場合は承転を飛ばして起結で終わってしまうことも多々あるのです。

 いつもであればお母さんがいさめるのですけど、今はお家でクリスマス会の準備をしているため扱いに困ってしまいました。

 

 港には複数のクルーザーが泊まっているので、借りる船がどれか一つ一つ確認をしていきます。

「よし、これだ!」

 どうやら目当てのクルーザーが見つかったようです。小型ながらまだ目新しいですし設備が整っていそうなので一安心でした。

「鍵穴‼ この船を動かすにはエンジンキーがいるのか!!」

「そらそうよ。じゃなくて、ふつうそうだとおもうけど」

「なーんてな! ちゃんと借りて来ているぞ!」

「う、うん」

 天然ボケなのか普通のボケなのかが超わかりにくいですね、この人。

「道具は持ったな‼ 行くぞォ‼」

 エンジンを掛けて沖へと繰り出します。小型船舶の免許は大学時代にノリで取ったそうですが、操縦するのは数年ぶりとのことなので不安しかありません。

 

「よーし到着だ!」

 無駄に元気な声と共に船の加速が止まりました。水平線を眺めると他にも釣り船がぽつぽつあるので、それなりに人気の釣りスポットなのでしょうか。

 こうしていると漁船勤務時代を思い出しますねぇ。でもカニ漁はもう二度と御免です。

「きょうはなにをつるの?」

 冬がシーズンの魚は色々ありますけどやはり個人的にはブリが一番ですね。刺身はもちろん照り焼きや煮付けも良いです。ブリしゃぶと熱燗が揃えば私は無事成仏できるでしょう。

「魚のことはよくわからんからな。とりあえず大きいのが釣れればいいさ!」

 うん、魚の見分けがつかないことは知ってました。

 

「イクゾー!」

 一通り仕掛けが終わったので二人して釣りを始めました。自慢ではありませんが釣りには結構自信がありますから、初心者さんの顔を立てつつ実力の差をはっきりと示して差し上げましょう。

「おっ、掛かった!」

 ものの五分でお父さんの竿が大きくしなりました。手伝おうかとも思いましたが、電動リールはちゃんと扱えていますし素人ながら緩急をつけつつ巻き上げてるので様子を見守ることにします。

 するとかすかながら魚影が見えてきました。そろそろ網の準備をしようと思った瞬間、網がないことに気付きます。もしかして借り忘れた?

「早く網をくれっ」

「ちょっとまって!」

 もしかしたら船内にあるかと思い中に飛び込みます。すると目当てのものを見つけました。

「あったよ! アミが!」

「でかした!」

 

 協力して魚を引き上げます。釣れたのは体長五十センチメートル程度の見事な真鯛でした。

「よくわからんが美味そうな魚だな。これは幸先がいいぞ!」

「そ、そうだね!」

 ま、まあ何事にもビギナーズラックというものがありますし? 初心者さんでもマグレで大物が釣れるということもなくはないでしょう。ここから私の快進撃が始まりますので指をくわえて見ているといいです!

 

 

 

 それから二時間ほど過ぎました。

「おお、またでかいのが釣れたぞ!」

「はいはい、すごいすごい」

 カンパチを網ですくいながら棒読み気味に返事します。さっきからボウズの私をしり目にバカスカ大物を釣り上げやがるとは、娘に対する接待プレイという概念を知らないんでしょうか。

「よし、それじゃあ休憩して昼飯にしよう。ではここをキャンプ地とする!」

「ふねのうえなんですがそれは」

 そう言いながら一旦竿を上げました。丁度いいタイミングなので朝から抱えていた疑問をぶつけてみます。

 

「びょういん、やすんでだいじょうぶなの?」

 クリスマスイブと言えど今日は普通に平日ですから医院を開けなければいけないはずです。それなのになぜのんびり釣りなんてしているのか全く理解できませんでした。

「問題ないさ。なんていったって今日はクリスマスイブだからな!」

「いや、きんじょのひとがこまるって」

「ははは、急病ならどうせ救急車を呼ぶから町医者が一日休んだところで影響ないぞ。いや、例えあったとしても俺は家族を優先する!」

「いしゃなのにふりょうじゃん」

「まあそうだな。親父に知られたらす巻きにされて隅田川に投げ込まれただろう」

 お父さんの親父ということは祖父のことを指しているのでしょう。私が生まれた時には既に亡くなっていたので一切面識はありませんが、名医だったとは聞かされていました。

 

「おじいちゃんも、おいしゃさんだったんだよね?」

「ああ、そうだぞ。凄く難しい手術を何度も成功させた有名な名医だったんだが、仕事が生きがいな人でな。俺が小さい頃は殆ど姿を見たことがないくらいだ」

 へぇ、そうなんですか。家族ファーストなお父さんとは対照的な感じです。

「うんどうかいとかも、こなかったの?」

「もちろん。運動会どころか入学式や卒業式もいなかったし、家族旅行なんてしたことがないレベルだったな。当時は結構寂しい思いをしたから、俺は自分に家族ができた時には家族を最優先すると決めている!」

 仕事一筋の父とそれに反発する息子ですか。なんか朝ドラに出てきそうな展開です。

 

「おとうさんはおじいちゃんのこと、きらいだった?」

「いや、そうじゃないぞ。あれはあれで自分の生き方を貫いていて格好良かったとも思うな。親父が救った患者さんは沢山いるし、正直医者としては一生かかっても到底及ばないだろう」

「でもおとうさんにとっては、よいおとうさんではなかったんだよね」

 私だったら家族優先のお父さんの方が何倍も良いですけど。

 

「ははは、何事も良い悪いで判断しなくていいんだ。親父は患者優先だが俺は家族優先ってだけで、どちらが良いというものじゃないのさ」

「それはそうだけど」

「どんな生き方をするかはその人の自由だ。もちろん個性もどれが上で下かなんて優劣をつけられるものじゃない。だから朱鷺だって、どんな個性を持っていても自分らしく好きなように生きた方がいいし楽しいと俺は思うぞ!」

 言い終わると優しい笑顔を私に向けました。

 言わんとしていることはわかりますが、結局この世界はマウントの取り合いです。他者と比べて劣る点が少しでもあれば集中攻撃され虐げられるのは骨身に染みて知っていました。

 

「こせいにもげんどがあるでしょ。それでもしメーワクをかけたらただのけってんだよ」

「いや、朱鷺は普段良い子だからな。たまにやらかすくらいが丁度いい!」

「でもゴルフセットをだめにしたし」

「あれはだいぶ古かったから買い換える良い口実になって助かったぞ!」

「くるまのドアだってひっぺがしたじゃん」

「修理ついでにドライブレコーダーを付けたら煽られなくなって安全になったな!」

「で、でもコミュしょうだよ!」

「そういう美少女は需要があるから心配しなくても大丈夫だ!」

「ぐぬぬ……」

 何でも肯定してくるので調子が狂います。気が抜けたらなんだかお腹が空いてきました。

 

「おべんとう、とってくる」

「おう、頼む!」

 船内に入り持参したクーラーボックスからおにぎりの包みを取り出しました。

「ふふっ」

 先程のやり取りを思い出して少し笑ってしまいました。これでは色々と悩んでいたのが馬鹿みたいじゃないですか。

 今日の釣りは最近私が落ち込んでいたのを本能的に察して急遽企画したのでしょう。直球でフォローすると私のプライドが傷つくので父と祖父の生き方を例にして、どんな個性を持っていても良いのだと伝えたかったに違いありません。

 

 全く、累計年齢で換算すれば年下にフォローされるとは情けないですね。ですがその言葉に少し救われている自分がいます。甘ちゃんな考えには違いないですが私には心地良い甘さでした。

 船内から出ようとしたところ超人的な聴力がお父さんの呟き声を捕捉します。

「どんな力を持とうが朱鷺は俺達の大事な娘だ。だから心配しなくていいぞ」

「……」

「でもいつか、朱鷺のことを理解してくれる友達ができるといいな」

 良い友達ができるかはわかりませんが、良い父には巡り会えましたよと心の中で返事をしておきました。

 

 

 

「はい、メリークリスマス!」

「メリークリスマス!」

 釣りの後は一直線で家に帰りました。釣った魚の解体が一段落しましたので、お母さんの作った超豪華料理を囲んでのクリスマス会です。

「おっ、やっぱり普通のホールケーキにしたのか!」

「朱鷺ちゃんはチョコレートケーキの方が好きだからどっちを作るかずっと考えたんだけど、やっぱりクリスマスらしい方が良いと思ったのよ~」

 ちなみにお母さんが最近深く悩んでいたのはクリスマスケーキのチョイスについてでした。あれだけ疑心暗鬼に陥っていたのが阿呆らしいです。私って、ほんとバカ。

 

「朱鷺は最近成長期なんだから沢山食べるんだぞ!」

「うん、わかった」

 確かに私の身長はここ最近急に伸び始めました。この能力に覚醒した時期と一致していますから多分その影響を受けているのかもしれません。

「このところ無事に成長してくれて何よりだ! 朱鷺が生まれた時は本当に小さくて命すら危なかったからなあ」

「そうなの?」

 未熟児だったことは知っていますがそこまでヤバい状態だったとは初耳です。

 

「何せ一時は心肺停止状態だったしな! お義父さんの経営している総合病院の総力を結集しても回復しなかったんだが、もう駄目かと思った時に急に息を吹き返したんだ。あの時ほど神に祈ったことはなかったぞ」

「かみにいのる、ねぇ」

 前世の死後に出会ったクソガキのことをふと思い出してしまいました。もしかしたら私の復活は奴の仕業なのかもしれません。

「お義父さんも息を吹き返した時には『キリストの再来じゃあー! 七星家の夜明けじゃあー!』と言って泣き叫んでたしな」

 こんな邪悪なキリストが居てたまりますか。

 

「だから最近はとっても嬉しいのよね~。朱鷺ちゃんが元気になってすくすくと成長してくれているから、私は本当に幸せよ」

 お母さんが感慨深げに呟きました。そんな出来事があったのであれば多少過保護になってしまうのは仕方ないのかもしれません。

「でも、いろいろこわしてめいわくかけてるし」

「そんなことはどうでもいいのよ~。物はお金を払えば買えるけど、朱鷺ちゃんは何物にも代えられない大切な娘なんですもの」

「……そう」

 眼球から出てきそうになる液体を根性で押し留めます。これは目汁だ! 涙ではない!

「そんなことよりも、もうちょっと社交的になってくれると嬉しいんだけど~」

「う、うん……」

 基本的に人を信じないタイプですからそれは中々高いハードルです。

 

「とりあえず、冷めちゃうから早く食べましょう♪ 食べ終わって良い子にして寝たらサンタさんがプレゼントを配りに来てくれるわよ~♡」

「プレゼント? ……ああっ、それもあったか!」

 お父さんが明らかに動揺した表情になりました。これはおそらく、買い忘れじゃな?

「あなた、もしかして?」

「いやあ、帰り道で回収してくる予定だったんだが釣りに夢中になって、ついな」

 

 すると次の瞬間、お母さんのオーラが修羅の国の兵士みたいな殺気だったものに変わりました。それでいて表情は笑顔だから超怖いです。

「……ちょっといいかしら。あ、朱鷺ちゃんは先に食べててね~♪」

 お母さんがお父さんの腕をホールドしたままリビングから出ていきました。ああなるともう誰も逆らえないんですよね。我が家のヒエラルキーの最上位は彼女なのです。

 

「ふふっ」

 特別なプレゼントなんて別に必要ありませんよ。だってこの家族が私にとって最高のプレゼントなんですから。

 今回の件で、両親が私を大切に考えてくれていることを思い知りました。ですから娘としてその信頼に応えなければいけません。

 私は善人ではないので全人類が死のうが地球が二酸化炭素に覆われようが全く興味ありませんし心底どうでもいいですけど、この家族だけは命にかえても守ることを今ここに誓います。

 そもそも私の命はおまけというか長いロスタイムみたいなものですから、あの二人が穏やかに逝くその日まで良い娘を演じましょう。

 この強大な能力も小市民には過ぎた力なので出来るだけ使わないことにします。上手く悪用すればどんな願いも叶え放題ですが不思議と後悔はありませんでした。

 だって私には帰れるところがあります! こんなに嬉しいことはないんですよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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後語⑧ 私にオタクが舞い降りた!

「たーべるんごーたべるんごー。やまがたりんごをたべるんごー。あーまいりんごをたべるんごーもりもりたべるんごー」

「ぼくはーりんごろう、んごー」

 有名ショッピングモールの物産展でひたすら山形りんごのアピールソングを熱唱します。室内のため冷房は効いていますが、狭苦しい着ぐるみの中なので若干汗ばんでいました。

「いっぱい買ってほしいんごー!」

 もちろん道行く人に対する媚も忘れません。りんごっぽい形の着ぐるみだけあり終始中腰なので子供に手を振るのもやり難いです。

 

「日本一の蜜入り『サンふじ』ですよ~! 山形りんごの生産量はまだまだですけど味にかけては日本一で~す!」

 同じく販促イベントに来ている辻野あかりちゃんも声を張り上げて宣伝しています。実家のある山形県産のりんごですからアピールにも力が入っているのが伝わってきました。

「り、りんご~。りんごはどうですか~って、ぼくの声なんて誰も聞いてないよね……。はあ、めっちゃやむ」

 一方もう一人の新人アイドルは店舗の隅の方で小さく丸まっています。やる気の全く感じられない姿勢が逆に清々しいですね。これは後で教育やろなあ。

 今をときめくアイドル達、特に知名度だけは抜群で人気もそこそこの私がなぜりんご売りのドサ回りをしているのか、その理由は少し前に遡ります。

 

 

 

「失礼します。七星朱鷺、出頭しました」

「入りたまえ」

 常務室のドアをノックしてから部屋の中に入ると美城常務と犬神P(プロデューサー)が難しい表情で待ち構えていました。先程レッスン後にここに来るよう呼び出されたのですけど、私に何か用があるんでしょうか。

「え~と、どうしました?」

「ああ、実はね……」

 先手必勝とばかりにこちらから話を切り出すと、ワンコロPが事の経緯を話し始めました。

 

「私を新人アイドル教育係に任命、ですか」

「ああ。以前に七星さんが常務に提案した研修プログラムがあったと思うけど、今回はそれを発展させたものだと思ってもらえればいい。前回は日替わりで色々なアイドルに同行する形だったけど、今回の新人教育ではマンツーマンで一ヵ月間仕事に同行することになるんだ」

「一般企業のOJTみたいなものですね」

 OJTとは先輩社員が実務を通じて業務を教える教育手法であり、双方のスキルアップや人間関係構築に役立つ等のメリットがあるので多数の企業で導入されています。私も前世で嫌という程体験していますから社命であればやぶさかではありません。ただ一つだけ気になることがあります。

 

「それで、私が担当する新人アイドルとは誰でしょう?」

 自慢ではありませんが私は346プロダクションのアイドル達とは上手くコミュニケーションが取れていると自負しています。なので教育係を担当するのは通常問題ないのですが、ごく一部において超クッソ激烈に相性の悪いアイドルがいることは否定しません。

「うん、夢見りあむさんなんだけど……」

「すみません無理ですごめんなさい」

「回答早っ!」

 その相性最悪のアイドルこそ、夢見りあむさんなのでした。

 

 彼女の強烈過ぎる個性を一言で表現するのは難しいでしょう。現在進行系のドルオタさんであり、ザコメンタルを自称するほどメンタルが弱い方です。どちらかというとコミュ障で言葉選びが致命的に下手なため、SNS等で何かと炎上しがちですね。専門学校に通っていましたが案の定挫折し休学状態で、アイドルになってワンチャンを狙うようなダメ人間の気もあります。

 

 一昔前のアイドルのイメージを前面に出しアーティスト性を高めるという会社方針が軌道修正されたのは良いのですけど、いつのまにかこんな異物が混入されてしまいました。噂によるとお酒の席で美城常務が半泣きで愚痴っていたそうですよ、ええ。

 このように個性を列挙すると救い難いように聞こえてしまいますが、実際にはそれらの要素が程よくミックスされた愛されキャラですし、もちろんアイドルになるくらいですからルックスやスタイルは抜群です。私も別に嫌っている訳ではないんですよ。同じピンク髪で親近感がありますし、傍から眺めている分にはとても面白い方です。

 

「な、なんで駄目なのかな」

「説明するのは難しいんですけど、一言で言うとジェネレーションギャップですね……」

「夢見さんが十九歳で七星さんが十五歳だよね。四歳しか違わなくない?」

「乙女には色々事情があるんです」

「はあ……」

 何せ相手はSNS世代の代表みたいな子です。生まれた時からネットに接している子と、生まれ直したとはいえ未だ昭和の影を引き摺る私とは相容れない点が多々あるのでした。

 特にりあむさんは精神的にアレなので下手な指導をしてしまうとストレスで爆破大炎上になりかねません。下手なことをして責任を取れと言われても困ります。

 

「それではどうぞよしなに。アディオス、アミーゴ!」

 こんな所にいられるか、私は部屋に戻るぞ! と心の中で叫びつつきびすを返します。

 すると「待ちなさい」と美城常務に呼び止められました。しまった、このポエマーおねいさんの存在を忘れてた!

「これは会社の方針だ。納得してもらう必要はない」

「うぐっ」

 社畜にとって一番辛い言葉が炸裂しました。組織に属する者は組織の方針からは逃れられません。それでも何とか危機を回避しようと拳以外で抵抗します。

 

「で、でも教育担当ならもっと良い方がいますって。留美さんとか瑞樹さんとか!」

 こういうめんどいのは酸いも甘いも噛み分けた熟……じゃなかったお姉様に任せるべきです。

「私は君達の組み合わせに可能性を感じた。既存のユニットにはない、新たな輝きを」

 表情を変えず淡々と語ります。ほう、新たな輝きですか。

「きっとどのPも巻き込まれ事故が怖くて引き受けなかったんでしょう?」

「……そんなことはない」

 あっ、こめかみがピクッとした。これは核心をついていますね、間違いない。

 

「どうせヨゴれアイドルの私なら炎上に巻き込まれてもノーダメージだし~なんて理由一択じゃないですか!」

「物語には目指すべき目標が必要だ。そこに立つ者達はそれにふさわしい輝きを持つ者でなくてはならない。そのための先導者は資質のある者である必要がある」

「そんな資質いらないですよ……」

 困ったら謎ポエムで誤魔化すの止めてくれませんかね。

 

「勿論無償とは言わない。大役を引き受けるからにはこちらも相応の代価を支払おう」

「代価?」

 コメット単独でのドーム公演なら考えなくもありません。

「ああ。君の今までの問題行動と奇行は懲戒処分になってもおかしくはないものだが、それらを全て不問に処す」

「そんな行為は今までした覚えはありませんけど、何かの間違いじゃないですか」

 これほど眉目秀麗で清廉潔白、品行方正なアイドルは今時どこを探したっていません! 今日は下着も純白ですし!

 

 すると常務が手元の資料に目をやります。あ、急に顔が怖くなった。

「二ヵ月前、リングフィットアドベンチャーの超速RTA動画をマイチューブに投稿。無茶な動きを真似する視聴者が続出し怪我人が発生して事務所にクレーム」

「ま、真似するなってちゃんと言いましたよ」

「一ヵ月前、サムライ8語録の読み上げ音声をフリー配布。動画素材として急速に普及」

「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」

「三週間前、蟹工船のフルボイス朗読を突如マイチューブに投稿。迫真の演技で激賞され七十万回再生を突破」

「作中の労働環境に親近感が湧きまして、つい……」

「二週間前、アイドルモノマネ企画でダイアルアップ接続のモノマネを披露」

「再現度には自信があります。ピーーーーピョーロロロロ、ピーガーピガーピーーギ、ザーー」

「十日前、VRホラーゲーム体験会イベントの際にリアルなVR映像に驚き思わず大暴れ。会場の五分の一が損壊」

「これは本当にすみませんでした」

 最後のはシャレになりませんでしたね。危うく人死にが出るところでした。

 

「君の小説のように分厚い懲戒フォルダにこれ以上ページを増やしたくはないだろう?」

「はは~!」

 大岡裁きを受けた罪人のようにその場にひれ伏しました。この条件を出されては仕方ありません。私の教育が通じるとも思えませんがこれもお仕事ですから頑張りましょう。

 なお犬神Pが可哀想なものを見る目で私を見ているので後で調教しておきます。

 

 

 

 そんなこんなでここ暫くはりあむさんと行動を共にしています。今日は新人アイドルに割り振られた山形りんごの販促キャンペーンイベントがあり、りあむさんとあかりさんが抜擢されたので私もサポーターとして同行していました。

 なお犬神Pの粋な計らいにより私だけりんごろうというりんごの精霊の着ぐるみの姿で活動しています。このイベントが終わったら二十八箇所の刺し傷でも付けてあげましょうか。

 

「お仕事めんどくさい……頑張りたくない……やる気なんてないよう」

 先程からあえてりあむさんを放置しているのですが案の定やる気のかけらすら見当たりません。先日彼女の最推し(一番のお気に入り)のアイドルが引退してからダウナーさに磨きがかかってしまいました。部下の自主性を尊重するのが私の教育方針ではあるものの、仕事中にあまりだらだらされても困るのでそっと彼女に近づきます。

 

「最推しが卒業して辛いのはわかりますけど、お仕事はちゃんとやりましょうね」

 努めて優しく、私史上最高のエンジェルボイスで語りかけます。聖母マリアかな?

「あぁー、顔がいいアイドル達の近くに置かれると自己肯定感がぐんぐん下がっていくうー」

 しかしりあむさんのテンションが更に下がりつつありました。やむを得ません、後輩のモチベーションを高めるのも先輩としての努めですからここは一肌脱いであげましょう。

「仕方ないですね、そんなにアイドルに飢えているならこの私を推してもいいですよ!」

「い、いや~それはちょっと……」

 言葉は濁していますが明らかに嫌そうな顔になりました。解せぬ。

 

「何が不服でも?」

「ゲスいのも嫌いじゃないけどボクが推すのは尊い子なんだよ。真剣に頑張ってる子は応援したくなるじゃん」

「ますます推しの対象じゃないですか。品行方正で才色兼備な努力家ですよ」

「え、それってギャグで言ってるの?」

「殴るぞコラ」

「ひぃ怒られたびえん、後輩虐待はんたーい!」

「貴女の方が四歳も年上じゃないですか!」

「精神年齢は低いからね。こうみえて心はガラスの十代なんで、やさしくしてほしい!」

「これ以上優しくはできませんって!」

 ああ、また血圧が上がってしまいました。彼女はいつもこんな調子で、私が何を言っても暖簾に腕押しぬかに釘なのです。私は前世含め色々な人材を育成してきましたが、ここまでやり辛い子は初めてかもしれません。

 

「お疲れ様で~す。346プロ、休憩入りま~す」

「ご苦労さん。午後の部は十二時半開始だからそれまでに集合してね」

「はい、わかりました」

 着ぐるみを脱いだ後、イベント関係者の方々に声をかけてから三人でショッピングモールのフードコートに移動しました。ドリンクだけお店で購入して、端の方に設置されたテーブルの上にランチボックスを置きます。

 

「これ全部朱鷺ちゃんが作ったの? すご~い!」

 あかりさんが持参のお弁当を見て目を丸くしました。大したものではありませんけど人に食べさせるものですから、味だけでなく見た目が鮮やかになるよう結構気を使っています。

「え~、また野菜ばっか」

 最近のベジタブル弁当攻撃に音を上げたりあむさんが音を上げました。

「貴女は普段ファーストフードやコンビニばかりなんですから、栄養バランスを考えた食事もきちんと摂りましょうね」

「たまには牛丼とかどうよ。牛丼屋とラーメン屋とハンバーガー屋のローテ最高だな」

「はい、あ~ん!」

「むがっ!」

 有無を言わさずブロッコリーを小さな口の中にねじ込みました。拗れたオタクの駄々を聞くつもりは毛頭ありません。

 

「むごむご……。でも栄養とか無じゃない? どうせみんな最後にはぼっちで死ぬんだし」

「刹那主義は感心しませんよ。それにファーストフードばかり食べてデブったまま死にたくはないでしょう」

「でもドーナッツは穴があるからカロリーゼロだってテレビでやってたんご!」

「それな!」

「その説は悪質なデマですから信じないように」

 法子ちゃんが万一信じたら取り返しがつかなくなりますよ。

 

「りあむちゃんは料理とかしないの?」

「全然やらないよー」

「それは勿体ないですね。外食だと原材料費が大体三割ですけど自炊なら十割ですから、同じ金額でより美味しいものが作れます」

「だって自分のために料理するの無じゃない?」

「まあ、自分のためだけに凝った料理を作るのがダルいのは理解できますね」

 りあむさんは実家住まいですが両親はお仕事で忙しく、お姉さんは海外在住とのことなので事実上一人暮らしみたいな感じだそうです。

 

「あ、でも一人餃子パーティーはたまにするよ。無心で焼き続けるのは好きなんだ~」

「それじゃあ今度事務所のみんなを誘って餃子パーティーをしようよ!」

「マジありえん! アイドルだらけの餃子パーティーなんて恐れ多くて思わず逃げるっつーの」

「貴女もアイドルですけどね」

「いやぼくがアイドルとかまじありえんし」

 

 三人でお弁当を突っつきながら和やかな時間を過ごしました。こうしていると若干ネガティブでありますが普通の可愛いアイドルに思えてきます。

 りあむさんの言動に関しては今まで幾度となく注意してきましたが、彼女が悪いのではなく私の心が狭いのがいけないのでしょう。長い目で優しく見守ってあげればきっと素敵で立派なアイドルに成長してくれるはず。これからは心を入れ替え、菩薩様のような寛容さで受け入れていくことを天地神明に誓います。

 

「ぽちぽちぽち……。つぶつぶつぶ。あ、やばばっ」

 そんなことを思っているとりあむさんの表情が固まりました。その手にはデコられたスマホが握られています。

「……ヘイガール。その手のものをこちらによこしなさい」

「さ、さあなんのことかな~?」

「手を上げろ! デトロイト市警だ!」

「こらこらつつくなつつくな! 凹んじゃうぞ。驚きの柔らかさだぞ!」

 制止の言葉を無視して頬を突きまくります。

 

「こわれもの注意だから! やさしくやさしく! 意外と繊細だから!」

「はじめから抵抗しなければいいんですよ。はい、出して」

「うう……。やむ~」

 諦めた様子のりあむさんからスマホを受け取ります。表示されているSNSの画面を何回かスライドして昨日の呟きを確認すると事の経緯がわかりました。

 

「また煽りコメでプチ炎上してるじゃないですか! あれだけ投稿には気を付けなさいって、昨日言ったばかりでしょう!?」

「いやはや、つい調子に乗っちゃった。はーめっちゃやむ。何にやんでるってもう全部? やんでる自分にやむ」

「とりあえず炎上した呟きは全部消しておきますからね!」

「やみすぎてもう猫になりたい……。あいつら100%愛されるチート生物だぜ」

「こっちがやむんじゃい!」

 ちょっと見直した途端にご覧の有様ですよ。ああ、また血圧が上がりそう。

 

「とりあえず強制鎮火させておきましたので、どうぞ」

 問題の呟きを削除してからスマホを返却します。私のSNSアカウントからもフォローの呟きをしておいたので大事にはならないでしょう。

「毎回ありがとね。ずっとぼくの炎上を鎮火してくれ、朱鷺ちゃん。結婚しよう!」

「もしもし弁護士さんですか、離婚調停をお願いしたいんですけど」

「フラれたわ。やむー」

 心無いプロポーズを断固として拒否しました。最近では気が合えば男でもいいかなと思い始めていますが、そもそも愛のない結婚は地獄なのでNGです。

 

「そういえば朱鷺ちゃんっていかにも炎上しそうですけどそういう話は聞いたことないですね!」

 悪意はないとは言えあかりさんもそういうことは面と向かって言わないで欲しいです。でも雑誌アンケートで炎上しそうなアイドル第一位に見事選ばれましたから皆そう思ってそう。

「フフフ。自慢ではないですが私は話題になることはあれ炎上したことは今までないのですよ。燃えているようで燃えてない、たまにちょっとだけ燃えそうになるアイドルとは私のことです!」

「なんかラー油みたいだね」

「それだけ普段から気を付けているということです。りあむさんも日頃の言動に注意しましょう」

「でもなー、ぼくは普通の人ができることが苦手だしなー」

「大丈夫ですよ、私は貴女を信じてますから」

「そうかー。ぼく単純だから、なんかできそうな気がしてきたぞ」

 彼女はやればできる子です。多分、きっと、恐らく。

 

「そういえばりあむさんって苦手なものとかあるんですか?」

 普段は説教ばかりなのでさり気なくコミュニケーションを図ろうと思い、朗らかに質問を振ってみました。

「苦手なもの……人生とかかな? 僕この人生ゲーム攻略ムズすぎて詰んじゃいそうなんだけど、どしたらいい?」

「……大丈夫、りあむさんならこの世の中イージーモードですよ」

「え~、なんでさ?」

「その顔と胸とお尻があれば余裕です」

 不思議そうな表情の彼女に対し笑顔で答えます。おっぱいは正義。

「たしかに乳はでかい! けどそれで幸せになれたことないし……。あ~人より楽に生きたい! 誰と比べてるとかわかんないけど楽したい!」

 この人生舐め郎は何言ってんですか。貴女が詰んでるなら私は妖怪人間並に終わっています。

 

「あとは濃い人間関係とかも苦手だな~。ぼくのザコメンタルじゃ耐えられないね!」

「わからなくはありませんが、女同士の友情は悪くないですって。私みたいにユニットでも組めば考え方も変わるかもしれませんよ」

「ユニットとか他の子に迷惑かけそうでやだな~。だいじょぶだいじょぶ。だって寂しいって言っても死ぬわけじゃないし、そもそも現代ってみんな孤独だよね!」

 駄目だこいつ……早くなんとかしないと……。

 アイドルになる前の私もほんの少しだけ捻くれていましたが、流石にここまで拗れてはいなかったと思いますよ。限界ドルオタ恐るべし。

 

 

 

「りんごろう、影分身の術んご~!」

「うわあ、すごーい! おか~さん、変なりんごが三体に分裂したよ!」

「あら、ほんとねえ」

 お昼を終えるとまたりんご販売の仕事に戻りました。ただ売るのもつまらないため、着ぐるみのまま亜高速反復横とび等の曲芸をして道行く人々の度肝を抜いたりしています。

 あかりさんは元気いっぱいで精力的に販促しており売れ行きも上々です。りあむさんはビビりつつも自分のペースでお客様に売り込みをしていました。

 

 一段落してショッピングモールの大時計を見ると午後二時を過ぎています。よし、そろそろ頃合いですか。

「はい皆さん集合~!」

 あかりちゃんとりあむさんに集合をかけます。すると二人が私に駆け寄ってきました。

「どうしたの、朱鷺ちゃん?」

「この現場のお仕事はこれでお終いなので、次の現場に移りますよ」

「次の現場?」

「ええ、早く着替えて移動しましょう」

 不思議そうな彼女達を引き連れてショッピングモールのイベントステージに移動しました。

 

「え~! 私達でミニライブ?」

「はい、そうです」

「でもそんな話Pサマからは一言もなかったよ!」

「ええ、事前連絡はしていませんから当然です」

 あかりさんとりあむさんがぽかんと口を開けていますので、彼女達にわかるように事のいきさつを説明しました。

 

 アイドルの仕事は担当Pが獲得してきますが全ての仕事が余裕を持ったスケジュールで回ってくるとは限りません。時には急病になったアイドルの代役の仕事が当日回ってくることもあります。

 アイドルとして場数を踏んでいれば緊急の仕事にも対応できますが、彼女達のような新人アイドルでは上手くこなせない恐れがあります。そのため今回は訓練の一環としてライブの存在を伏せていたのでした。

 もちろん二人だけでは危なっかしいので、ある程度経験がある私がサポーターとして付き添っている訳です。私なら万一ライブが失敗しても北斗神拳演舞披露で場繋ぎができますしね。

 

「……という訳です。ドッキリみたいになってしまったのは申し訳ありませんがこれも今後のアイカツのためだと思って下さい」

「わ、わかった! 突然でびっくりしちゃったけど私頑張るんご!」

 幸いなことにあかりさんはやる気になってくれました。一方、控室の端に縮こまっている子からは負のオーラ力が漂います。放置したらそのうちハイパー化しそう。

 

「ぼくがライブとかめっちゃやむ……。自分が無能ってわからされるのは嫌だよぅ」

「曲や振り付けはりあむさんも知っているものなので大丈夫です。ライブだってもう何回もこなしてるじゃないですか」

「あ~、あれはね……。端っこの方でちょこっと踊ってただけだし。スケルトンくらい存在感薄かったな~」

「今日はりあむさんがセンターなので目立てますよ」

「やばば、センターとか無理のむり!」

「いや無理か分かんないでしょう!」

「挑戦したくない……やってダメだったら本当にダメって証明されちゃうし! もしダメだったらぼくはアイドル失格じゃん! アイドルのフリなんてできないよ!」

「なんだって貴女はアイドルに対して根性がないんですか!」

 完全に駄々っ子モードに入ってしまいました。

 

「いいですか、りあむさん。自分がアイドルなんておこがましいと思っていた時期が私にもありました。それでも受け入れてくれる仲間やお客様は絶対にいます。なので、今日はアイドルだからと肩肘張らずに夢見りあむとしてライブを楽しみましょう。それに万一失敗しても私が絶対にフォローしますから安心して下さい」

「……絶対?」

「はい、ここに誓います。仮に問題が起きたとしても最終的にはPに責任を取らせますからりあむさんは何があってもノーダメージですよ」

 責任なんて上司に取らせればいいのです。奴らはそのために良い給料を貰っているんですし。

 

「……ならちょっとやってみようかな~、なんて」

「頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだそこで諦めるな!」

 もっと熱くなれよ! と言わんばかりに激励を続けます。

「よ、よし! 調子のってるって炎上しても、エンジョイしてやる!」

「その意気です!」

 何とか天岩戸に引き籠ったアマテラスを引きずり出すことができました。でも彼女のことですから放っておいても最終的にはやるって言っていたでしょうね。ザコメンタルを自称している割には妙に神経が図太いような気がしますし。

 

 その後衣装に着替え舞台袖で待機しました。今出演している芸人さん達のコントが終わり次第、私達の出番となります。二人共やる気は感じられますが表情はやや硬いままでした。

「うう~、緊張する」

「ぼくが大舞台とかありえん………」

「どっちにしてももう引き返せませんから覚悟して下さい」

 咳払いをしてから言葉を続けます。

「よし、それじゃ行きますよ~!」

「ファイ!」

「おお~!! 一曲分、夢見させてやる! ブチ上がってハイになれ~!」

 そうして、三人で手をつなぎながらスポットライトの下に駆け出して行きました。

 

 

 

「あー楽しかった! 自己満足ばんざーい!」

 控室に戻るとりあむさんがテンション高めに叫びました。普段のダウナーな姿とは大違いです。

「まだ心がふわふわしてるんご」

「はい、お疲れさまでした」

 二人にペットボトルを渡した後ライブの振り返りをします。

「随分と楽しそうですね」

「楽しそうに見える? 楽しいよ! 何百人へマウント取ってるし!」

「観客相手にマウントを取らないで下さい。でも今日のライブはとても良かったと思いますよ」

 りあむさんは特に笑顔が素晴らしかったです。あれだけごねてたくせに普通に凄いんですよね、この子。デビューしたばかりなのに人気も相当のものですし。

 

「よ~し、この調子で次は武道館ライブだ~!」

「それはいくらなんでも調子乗りすぎです。まずはレッスンを重ねて練度を高めましょう」

「はあ、呟くだけで歌がうまくなったりダンスがうまくなったりしろ……」

「だらけるだけでは何も変わりませんよ。日頃の努力は大事です」

「私も頑張るのって苦手なんだよね~。農業っていくら頑張っても台風来たら一発アウトだし」

「台風は、まあ仕方ありませんか……」

 友情努力勝利の方程式が通用しないバリバリのさとり世代達でした。ジャンプの黄金世代は今や遠い昔のようです。

 

「とりあえずエゴサして評判を調べてみましょうか」

 スマホを取り出しSNSで私達の名前を検索します。世間的にはネタキャラ扱いなので普段エゴサはやりませんけどこういう時は例外です。

「ねぇねぇ燃えてない? ネットが本能寺しちゃってない?」

「……よし、大丈夫です。好意的な意見がいくつもありますし炎上もしていません」

「よかったー。三日連続で炎上したらまたやむところだった」

「どうやればそんなに燃えるのか教えてほしいですよ……」

 そんなやりとりをしているとあかりさんがクスクスと笑いました。

 

「二人は仲いいよね。やっぱり似たもの同士だからかな?」

「ええっ! 私とりあむさんが!?」

 同じネタキャラ枠ではあるものの一ミリも要素は被ってないと思うんですけど。

「だってメンタルが弱かったり強かったりするでしょ。それに承認欲求が人一倍強いもん。あとはオタクっぽい所も同じだし、二人共ネットの人達からの人気が凄いんご」

「そういえばそだな。やっぱりぼく達は運命の二人なんだよ、結婚しよう!」

「もしもし駆け込み相談室ですか。離活について相談したいんですけど」

「またフラれたわ。やむー」

 私とりあむさんが似ている、ですか。そんなことは今まで考えたこともありませんでした。でも事あるごとに説教したくなるのは鏡を見ているような気分だからなのかもしれないです。

 

「そういえばライブの感想をきちんと聞いていませんでしたね。初めてセンターをやってみてどうでした?」

「うん、なんか超楽しかった。会場のみんなの心の中で、今日の思い出のぼくがいて……それが、アイドルにみえてたら……いいなあ」

 恥ずかしそうに語るそのキラキラした横顔は立派なアイドルに見えました。ついつい、自分の初ライブの時のことを思い出してしまいます。あの時私は若かった。

 

「そんな感想を言えるならアイドルとしての素質は十分です。先輩後輩関係なく、同じ仲間としてこれからも一緒に頑張りましょう」

「あはは、ありがと」

 はにかむりあむさんに手を差し出すと優しく握り返してくれました。

 夢見りあむはインパクトだけの出落ちキャラなんかではありません。普通のアイドルより遥かに高い志を持った、尊いアイドルなのです。そのことを改めて理解できたのは大きな収穫でした。

 

「私から教えることはもうありません。ただし最後に贈る言葉があります」

「ん、なに?」

 咳払い一つして大事な話を続けます。

「男性関係での炎上だけは止めてくださいね! あれは本当にシャレにならないので!」

「だいじょぶだいじょぶ、ぼくにまーかせて!」

「絶対やめて下さいよ、絶対ですよ!」

 人の心配も知らず、ドヤ顔で豊かな胸を張りました。

 

「うわ~ん、助けてトキえも~ん!」

「だから芸人のフリじゃないんですって!」

 翌日、彼氏いないのにエア匂わせ呟きで盛大に炎上するりあむさんなのでした。ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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後語⑨ ギャルゲーになった私はどうすりゃいいですか?

こんなSSを100話も書いたアホがいるらしい(大後悔)


 二連撃。右脚、左脚────

 瞬く間もなく連打したものの、二撃目は一瞬早く避けられました。

「さすが最強の捕食者────」

 襲いくる死の”鎌”を真横に飛び回避します。正面の敵を軸に半円を描き、再び引き戻す力で背後を取りました。

「百裂脚ッ!」

 軽く跳び頭部目掛けて突き蹴りを連続して繰り出します。スピード、タイミング共に文句なしのジャストヒット。

 

「くっ!」

 とっさに距離を取ると(きら)めく白刃が私のいた場所を()ぎ払いました。半呼吸、動き出しが遅れていたらひとたまりもなかったはず。

「……」

 威嚇するかのように巨大な顎をカチカチと鳴らしました。お前を喰らうぞと言わんばかりです。トラックでも全損間違いなしの技を受けて無事とはやりますね。

「さて、どう料理しましょうか」

 全長二メートル、体重百キロ超の”巨大カマキリ”を前に仕切り直します。

 

「はいっ!」

 鋭いハイキックは前脚に弾かれました。しかし先手はこちら、続いて連撃。高速で叩き込み確実に外装甲を削ります。

「はっ、守るだけしか脳がないんですか?」

 煽りながら後ろに飛んで距離を開けました。すると怒りからか直線的に突っ込んできます。

 至近距離なら出掛かり、そこを潰せば怖くない。かわしてやり過ごすと相手の勢いを利用しカウンター気味に蹴りを叩き入れます。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」

 百裂脚、百裂脚、更に百裂脚!

 鋼鉄のように硬い外殻が衝撃に耐えられず削れていきます。

「……ッ!」

 ようやく狙い続けてきた前脚が砕けました。のけぞるのと同時に思い切り跳び上がる。

「スピニングバードキック!」

 反転して両足をプロペラ状に回転し顔に必殺の蹴りを浴びせるとピキッと音を立てました。そのまま頭を垂れます。

「これで終わり!」

 左右交互の足で百裂脚を繰り出し、最後に天空脚を放つと完全に崩れ落ちました。これぞスーパーアーツ────鳳翼扇(ほうよくせん)

「対戦ありがとうございました」

 消滅していくカマキリに向かって一礼をします。ウィーン、トキ。パーフェクトゥ。

 

「ふう……」

 タオルで軽く汗を拭いてから自室のベッドに腰掛けました。窓から入ってくる生ぬるい夜風はもう夏を感じさせます。

 もちろん今戦ったのは本物の巨大カマキリではありません。私のイメージ力によって本物に限りなく近づけた幻影────いわばシャドーボクシングを超本格化したリアルシャドーです。

 某格闘技漫画でやっていたのを面白半分に真似してみたらなんか普通にできたので、ちょっと体を動かしたい時にラジオ体操代わりによくやっています。

シャドーとはいえダメージを受けたら実体にもフィードバックされますが、まず負けることはないので問題ないでしょう。今回は100%中の30%程度に制限した上に私本来の技は封印した縛りプレイですが完勝でしたし。

 

「う~ん、運動性能的には問題ないですけどしっくりきませんね」

 鏡台の前に立ち、自分の格好をまじまじと眺めました。チャイナドレスを基調としたデザインの格闘服はストファイシリーズでお馴染みの春麗(チュンリー)のコスプレです。

 来週開催されるゲームショーのゲストとして私達コメットが出演する予定ですが、今回は出展するメーカーのキャラの衣装を着るという契約となっていました。いくつかの候補から選んでいいとのことなので衣装を持ち帰り試着をしています。今は春麗の衣装なので、先程のリアルシャドーも彼女の技縛りで戦っていました。

 とても好きなキャラではあるんですが、私は太ももの筋肉が少ないので脚線美としては今一つなので駄目ですね。よし、次行ってみよー。

 

「キャミィはおさげを作るのが超クッソ激烈にめんどくさいから止めときましょう。ヴァンパイアのモリガンは背中の翼の接合部が強度的に厳しいですか……」

 いくつか試しましたがこれだというものには中々巡り合えません。それでも粘り強く探していると目に留まるものがありました。

「ヨルハ二号B型衣装セット! そういうのもあるんですか」

 これってニーアオートマタの2Bですよね? よし、早速着替えましょう。

 

「ほー、いいじゃないですか。こういうのでいいんですよ、こういうので」

 試着して自分の姿を眺めてみました。黒いゴシックドレスにサイハイブーツという通な組み合わせであり、セクシーながらも少女らしい面もある奥深いデザインに仕上がっています。

 私なら目隠しの状態でも動ける上に原作のアクションが殆ど再現可能ですし、冷静沈着な性格でミステリアスな雰囲気なのも共通していますから正にぴったりですね。こういう衣装はルックスとスタイルが余程良くないと全く似合わないので両親の遺伝子に感謝です。

 

 その後はニーアレプリカントのカイネと最後まで迷いましたが、あちらは露出が際どいので最終的には2Bに内定しました。スマホを手に取りアスカちゃん達にその旨伝えます。

「とりあえず決まりはしましたけど……」

 それにしても私に割り振られたのは戦う強い女性キャラの衣装が殆どです。イメージ的に仕方がないとは思いつつ釈然としない気持ちがあるのもまた事実でした。

 

 能力的に仕方ないですが、私のファンはキッズや女性、シニア、ファミリー層が中心なので普通のアイドルとは明らかに違うんですよね。この間なんて格闘家兼大工兼農家、時々アイドルなんて紹介をされていましたし。

 別にガチで恋をしろという訳ではないのですけど、せっかくアイドル活動をしているんですから346プロの他の子達のように普通の女子として扱ってほしいという気持ちは心の奥底に燻っています。まあ全長二メートルの巨大カマキリを瞬殺しておいて言えた義理ではありませんが。

 

「~~♪~~~♪」

 そんなことを思っているとスマホから着信音が鳴りました。そのまま手に取ると通話ボタンをタッチします。

「はい、七星ですが」

「龍田です。夜分申し訳ございません」

「いえ、別に暇でしたからいいですよ」

 電話の相手は龍田さんでした。仕事の打ち合わせでしょうか。

「で、何の用です?」

「はい、実は……」

 そのまま用件を伺います。

 

「……つまり、私に新作ゲームアプリの監修になってほしいと」

「ええ、貴女の類まれな知恵と知識をお借りできればと思いまして」

「ですが私はゲームを作る側としてはド素人ですよ。そんな意見が参考になるんですか?」

「監修と言ってもそれほど本格的なものではありませんから心配しないで下さい。いくつかアドバイスを頂ければ十分ですので」

「売り出すための名義貸しって訳ですか」

「似たようなものだと思って頂いて差し支えありません」

 つまり新作ゲームの広告塔として私のネームバリューを使いたいということでしょう。豪華声優陣でユーザーを釣るのと同じことです。そういうゲームは声優だけが豪華でゲームはクソなのが多いですから困りますよ。

 

「それにしても、何でゲーム作りになんて関与しているんですか? 貴方の本業はテレビマンでしょうに」

「こちらに色々とも事情がありまして。それに他の業界にもツテは確保していますから」

「はあ、そうですか」

 相変わらず謎が多いです。追求してもはぐらかされるだけなのでこれ以上ツッコミませんが。

 

「お引き受け頂けないでしょうか。こちらとしては七星さんが頼りですので」

「別にいいですよ。ちゃんと事務所を通してオファーを頂ければ構いません」

 闇営業をしちゃうと問題になりますからね、仕方ないね。

「お引き受け頂きありがとうございました。既に346プロダクションと犬神P(プロデューサー)には話を通していましたので、これで受委託成立です」

「手回し良すぎですって」

 外堀は既に埋められていました。ですが毎度のことなのでもう驚きもしません。

 

「でも名義貸しだけってのは嫌ですよ。監修したゲームがクソゲーだと私のところに苦情が来るんですから助言はちゃんとさせて貰います」

「もちろんです。そのための場もこちらで用意させて頂きますので」

 また良からぬことを企んでいそうですが、これ以上詮索しても詮無いでしょう。

 

「そういえば聞き忘れていましたけど、私が監修するゲームってどんなジャンルなんです?」

「ジャンルとしては七星さんに最もふさわしいものではないかと」

「そうなるとやっぱりRPGですか?」

「いえいえ、より相応しいジャンルですよ」

「もったいぶらないで教えて下さい」

「……です」

「は?」

 うわあ、一番ありえないのが来ちゃいましたよ……。

 

 

 

「お待たせしました。待ちましたか?」

「いや。俺も今来たばかりだから……」

 午前の仕事が終わってから待ち合わせの駅前広場に駆け足で近づくと犬神Pが既に待っていました。表情がやや引きつっていますが気のせいでしょう。

「それじゃあ行きましょうか」

「あ、ああ」

 二人で並んで歩き出します。

 

「今日の趣旨はわかってますよね?」

「うん、だけど本当に意味あるのかい、疑似デートなんて……」

「あるかはわかりませんが、何もしないよりかはマシでしょう。お忙しいところお手数ですが半日よろしくお願いしますよ」

「ああ、わかった。それにしても君の監修するゲームがよりにもよってギャルゲーとはなあ。でもゲームに詳しい七星さんならぴったりかもしれないね!」

「言うほどそうですか……?」

 

 これまで色々なゲームをやってきましたが正直ギャルゲーというジャンルには手を出したことがありませんでした。なので監修しようにも良いアドバイスができる気がしません。

 今からプレイするにしても時間がなさすぎるので、どうしようかとコメットの皆に軽く相談したところギャルの心を知るにはまずデートをしてみようということで今回の疑似デート企画が成立したのです。

 なお相手役は手軽にこき使えるという点を考慮して犬神Pになりました。彼ならば私と二人でいても違和感はないですしスキャンダルになることもないので適任です。そもそも私には対等な関係の男友達が一人もいないですからね、仕方ないね。

 

「今日の予定はどんな感じだったかな?」

「まずはウインドウショッピングを楽しんでから映画を見るようですよ。そして喫茶店で楽しくお喋りをするらしいです」

「なんともベタだなあ……」

「あの子達も交際経験がある訳ではないですから仕方ないでしょう」

 今日のルートはコメットの皆に決めてもらいました。それに合わせていくつかの指示書も貰っています。

 

「皆の指示の通り今日は仕事に関する話は無しですから気を付けて下さい」

「確かに仕事の話をしてたらデートじゃなくてただの打ち合わせになっちゃうしね」

「ということでまずは買い物に行きますよ。来週水着での撮影があるので私の水着でも見に行きましょうか」

「ああ、わかったよ」

 そのまま最寄りのショッピングモールに足を運びました。

 

「よいしょっと」

 水着売り場の試着室で露出度の高いビキニに着替えました。うわあ、これは予想以上に布面積が狭い。

「今度のはどうでしょう?」

 カーテンを開けて犬神Pに水着姿を披露します。さあ悩殺されるがいい!

「うん、今年のトレンドの落ち着いた大人っぽい色でいいと思うよ。でも七星さんの年齢を考えると露出はもう少し抑え目の方がいいかな」

「そ、そうですか」

「タンキニやハイウエストみたいなレトロなデザインも試してみたら?」

「たんきに……?」

 量産型雑魚モビルスーツみたいな名前です。ハイウエストの方は上位機種っぽいですがガンダムに蹴散らされてそう。

 

「随分水着に詳しいじゃないですか。てっきり何でも似合う似合うって塩対応をしてくるかと思いましたよ」

「一応これでもプロデューサーだからね。仕事をしていたら自然と詳しくなってしまうものさ」

「貴方に遅れを取るとは一生の不覚! でもお陰で店員さんが近づいてこないのは助かります」

 こういう店に一人で入ると店員さんがサバンナのライオンの如く執拗に売り込みをかけてくるのでいつも躊躇していました。あいつら目が血走ってるので正直怖いんです。

 

「七星さんは雑談を伴う接客業が死ぬほど大嫌いだよねえ」

「私は服屋で声をかけてくる店員が美容院で絶え間なくマシンガン世間話を仕掛けてくる美容師の次に嫌いなんですよ!」

「俺に怒られても……」

「ああいうのはこっちがかえって気を遣うんです。口を動かす前にまず手を動かしなさい!」

「面倒な客だなあ」

 でも実際に声をかけられたら笑顔で応対してしまいます。そんな自分の小市民さが情けない。

 

 その後はミニシアターで以前から見たかった映画────『メガシャークVSメカシャークVSイカシャーク3D』を二人で見ました。いやあ、前評判通り一部のスキもない糞映画で逆に楽しかったです。隣にいる犬神Pが終始無表情なのも笑えました。

「あれを映画と呼んでいいものか迷う」

「何言ってるんですか、ちゃんと起承転結あっただけでも大分マシですって」

「映画のハードル低くない?」

「世の中には想像を絶する映画があるんですよ」

 ぐったりした犬神Pを引き連れて少々お高めの喫茶店に入りました。

 

「いらっしゃいませー。こちらの席にどうぞ」

 若い女性の店員さんに案内されるまま窓際の席に座りました。

「私はカフェラテでお願いします。犬神さんはどうしますか?」

「俺はブルーマウンテンで。あとこのラバーズ・ドリームもお願いします」

「承りました」

 店員さんがカウンターに消えていきました。

 

 ラバーズ・ドリームとは何じゃらほいと思いメニューに目を落とします。そこにはよくバカップルが人目を憚らず飲んでいるアレがありました。一つの容器にストローが二つ刺さったアレです。

「うわあぁぁ……」

「何かすっごく嫌そうな表情だけど……」

「正真正銘本音が表れた表情ですよこれは。いたいけなJCとこんなのを飲もうって変態がPとは泣けてきます」

「いや、指示にあったんだって!」

 そういえば乃々ちゃん達の指示書にそんな事が書いてあったような気がします。あまりにも嫌な情報だったので脳が勝手に忘れようとしていたのかもしれません。

 

「おまたせしました~」

 そんな事を話しているうちに注文したものが運ばれてきました。もちろんラバーズ・ドリームとやらもです。

「ごゆっくりおくつろぎ下さい。……フッ」

 あの嘲笑(ちょうしょう)! きっとこのバカップルめと思っているに違いないです。私が店員だったら絶対そう思いますもの。

「……とりあえず、飲もうか?」

「え、あっ、はい!」

 これも皆の指示ですから仕方ありません。犬神Pと一緒にストローを手に取るとゆっくりドリンクを吸い込みます。ああ、顔が近い! 恥ずかしい、恥ずかしいですって!

「大丈夫かい、顔が赤いけど」

「赤くないですよ、私を赤くさしたら大したもんですよ!」

「なんで長州……?」

 全力でドリンクを飲み干してから一息つきます。ああ、恥ずかしかった。

 

 その後は仕事に関係ない雑談をします。疑似デートなのも影響したのか自然に男女間の話になっていきました。

「そういえば今まで聞いたことなかったけど、七星さんはどんな人がタイプなのかな?」

「とりあえず二世帯住宅でウチの両親と同居してくれる人ですね。あと祖父が七星家の名は絶対に残したいって言っているので婿入りしてくれることが大前提です」

「いきなり重くない?」

「体重がですか!?」

「いや、愛がさ……」

「だって、一度付き合うからには添い遂げる覚悟が必要でしょう? なら将来のことを考えるのは当然だと思いますけど」

「束縛が激しそう」

「そんなことありませんよ。風俗くらいなら大人の付き合いもあるでしょうから普通に許します」

「浮気したら?」

「市中引き回しのうえ公開で八つ裂き確定」

「本気でやりそうだから止めてね」

 私重くないもん! 他の奴らが軽過ぎるだけなんだもん!

 

「ま、その前に私のキャラじゃ男は寄ってきませんけどね。フフフ……」

 自嘲(じちょう)気味に笑いました。今まで築きあげてしまった七星朱鷺という個性は強烈であり極めて強固です。その暴力的な個性は面白がられることはあれど、女性として惹かれる人はいないでしょう。

「そんなことはないよ。七星さんは魅力的なアイドルだと思う」

「見え透いたお世辞ですね。アイドルと言っても他の子と私は決定的に違います。どこまでいっても珍獣扱いには変わりありません」

 その覚悟でこの力を奮ってきたんです。後悔はないですがもしも普通のアイドルとして活動していたらという思いは今も振り切ることができていませんでした。

 

「どんな人間だって自分を理解してもらうには時間がかかる。でも伝えようとする努力は怠ってはいけないよ。諦めたらそこで全てが終わってしまうから」

 反吐が出るような綺麗事を聞いてイラッとしました。

「だから無理ですって。しょせんマイノリティはマジョリティの笑いのタネにしかなりません」

「そんなことはないさ。個性は人それぞれだけどそれに優劣なんてないんだよ。今は理解され辛いかもしれないけど、わかってくれる人は絶対に増えるはずだ」

「これは道徳の授業ですか? 誰も彼にも自分を理解してもらうことなんて不可能です」

「確かに全員が正しく理解するなんて夢物語だね。でも、中には本当の自分をわかってくれる人間が必ず存在する。君はそのことまで否定するのかい?」

「それは────」

 家族や事務所の人達の顔が頭をよぎりました。

 

「どうしても時間はかかる。だけど諦めないで欲しい」

 犬神Pがそのまま言葉を続けます。

「俺がプロデュースするアイドルは最高で、本当に可愛い子なんだって、皆に伝わるよう俺も精一杯努力するからさ。だから一緒に頑張ろう!」

 それはあまりにも真っ直ぐな言葉でした。

 

「ま、まあ、そこまで言うのならやってあげなくもありませんけど? というかよくそんな真顔で恥ずかしいセリフと言えますね!」

「いや、つい……」

「あー恥ずかしい! ほーんと恥ずかしい!」

「そ、そろそろ出ようか。会計行ってくるよ!」

 クサさが既定値を超えたのでギップルが出てきそうでした。本人も恥ずかしくなったのか逃げるようにレジに向かいます。

「……でも嬉しくない、こともありません」

 その後ろ姿に向かって、聞こえないようにそっと呟きました。

 

「ありがとうございましたー」

 外に出る頃にはすっかり日が傾いていました。

「今日はこれで終わりだけど、少しでも役に立ったのかな?」

「私にもわかりませんけどそれなりに楽しかったので役に立たなくても別にいいです」

 腕を頭上に上げて思い切り伸びをします。

 

「そういえば指令書のアレだけどやらなくていいの?」

 犬神Pがメモを見て呟きます。

「あ、アレですか。別にいいんじゃないですか、やらなくても」

「そう? ならいいけど」

「さあ、早く帰りましょう!」

 犬神Pを置いてさっさと歩き出しました。

 とりあえず上手くごまかせました。そう思って私にも渡されたメモを眺めました。『二人で手を繋いて歩く』────そこにはそう書かれています。

「……できる訳ないじゃないですか」

 疑似デート中はずっと緊張していて手に汗をかいていたんですから、恥ずかしくて手を繋ぐなんてできませんでした。

 

 

 

「それでは本番5秒前、3……2……1」

「RTAーCX特別編、はーじまーるよ!」

 スタジオに私のタイトルコールが響きます。

「さて、本日は特別編とのことですがどんなクソ企画なんでしょう、龍田さん?」

 台本通り真横にいる彼に話を振ります。

「今回は現在開発中のゲームタイトルの監修を七星さんにお願いしたいと思います」

「どんな判断だ。金をドブに捨てる気ですか」

「開発中のアプリは三本ありますが、本日は都合により二本についてアドバイスをお願いします」

「相変わらず人の話を聞きませんね」

 さて、事前に渡された台本にはここまでの流れしか書いてありませんでした。もちろん試遊するゲームの名前すら聞かされていません。これ以降は全てアドリブで対応しなければならないという地獄が待っています。うう、怖い。

 

「時間が押しているので早速いきましょう。まず一本目のアプリは────」

「こちら、『朱鷺めきメモリアル』です」

「そのタイトルで大丈夫?」

「問題ありません。ネタ元の企業様からは公式に許可を頂いています」

「私パワプロとプロスピが大好きなんですよ! それにスポーツクラブって健康的でとても素敵ですよね!」

 露骨に媚びを売りました。スポンサーを第一に考えるアイドルの鑑。

 

「タイトルだけで何となく内容はわかりますけど、取り敢えずゲーム紹介をお願いします……」

「本作の主人公は私立みしろ中学校に入学したばかりの男の子です。この学校で三年間を過ごし、卒業式の日に意中のヒロインから伝説の樹の下で愛の告白を受けることが目的になります」

「でも待っているだけじゃ駄目なんでしょう?」

「ヒロインを射止めるには勉学やスポーツに励み魅力を磨かなければなりません。勉強や運動などのパラメータが設定されていますがコマンドを実行することで増減するので、意中のヒロインと仲良くしつつ告白されるのに必要なパラメータを上げることが必要です」

「簡単に言えばパワプロのサクセスですよね」

「あちらのほうが後発ですが、概ね同一と考えて差し支えありません」

 どうやらゲーム性は原作どおりみたいです。

 

「それでは早速プレイしていきましょう。スイッチ、オォン!」

 開発機材の電源を入れてプレイスタートです。オープニングムービーは開発中との話なので名前入力画面になりました。

「主人公は男の人の名前のほうがいいですか? それじゃあ犬神一郎っと……」

「さすが七星さん。担当Pの名前を無断使用するのに躊躇がありません」

 それほどでもない。

 すると学校の教室から話が始まりました。どうやら皆新入生らしく自己紹介をしています。そのまま進めたら主人公のお幼馴染という設定の七星朱鷺さんが自己紹介を始めました。顔グラありなので多分この子がヒロインなんでしょう。

 ん? この名前に既視感を感じる……。

 

『みなさんはじめまして。名前は七星朱鷺です。趣味は音楽鑑賞でクラシックとかを良く聞きます。みなさんこれからよろしくお願いします』

「私じゃない!」

 思わずその場でひっくり返りました。

 

「……龍田さん、ちょっと」

「はい、なんでしょうか」

 立ち上がってコントローラーを机に置いた後、手招きして彼を呼び寄せます。

「どういうことなんです?」

「メインヒロインである清楚可憐と評判な七星朱鷺さんですが、何か?」

「何で私がゲームに組み込まれてるんじゃい!」

「何故と言われましても、朱鷺めきメモリアルなのですから当然でしょう?」

 よくわかんないけどとりあえず死んで欲しい。

 

「アナタ、ショウゾウケンッテシッテマスカ?」

「よく存じております。ですがご安心下さい。ご家族と事務所には承諾を得ていますので一切問題はありません」

「本人に取りなさい!」

「ああ、そうでしたね。申し訳ございません、すっかり失念していました」

 ぐぬぬ……。

 

「そんなことよりも先程の自己紹介に覚えはございませんか?」

「……確かに記憶にあるような」

「当時の同級生の方々に取材を行い、実際の自己紹介を忠実に再現しています」

「ぎゃあああああああああああ!」

 クラシックとかを良く聞きます♪ ってコイツ完全に猫被ってるじゃないですか! 何を考えていたんだ当時の私!

「積もる話はおいておいて今はプレイに集中しましょう。はい、コントローラーです」

「最初からヘビーなのがきてしまいましたよ」

 途中退場は一切認められないようです。

 

「ま、まあメインヒロインがアレでも他のヒロインを攻略していけばいいんですもんね!」

「そんな七星さんに残念なお知らせです」

「……何?」

「本作は346プロダクションのアイドルの方々もヒロインとして登場予定ですが、あいにく開発がそこまで進んでいない状態でして。今日の段階ではヒロインは七星さんだけです」

「この学校廃校にしたほうが良くない?」

「ということで七星さんを攻略しましょうか」

「狂いそう」

 自分を攻略する。世界広しといえども私が唯一で最後の経験者に違いありません。というか誰もそんな経験したくないです。

 

 その後オープニングが無事終わりました。伝説の樹が明らかにエクスデスなのが気になりましたけどツッコミに疲れていたのでスルーします。

「まずは運動コマンドでも選びましょうか。何事も体力は大事ですし」

 コマンドを選択していくと下校画面になりました。好感度を稼ぐためヒロインの七星さんに一緒に帰ろうと声をかけます。

『朱鷺、一緒に帰ろう!』

『ごめんなさい。一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしいし……』

 主人公を放置して帰宅していきました。

「なんだァ? てめェ……」

 朱鷺、キレた!!

 

 ケッ、このアバズレビ○チが、カマトト振りやがって! 心の中で悪態をつきますが相手は私ですから誹謗中傷は自分に跳ね返ってきます。

「転校前の七星さんも付き合いが悪かったとの評判なので、これも原作通りです」

「こんな嫌な女は無視して乃々ちゃんとかを攻略したいんですけど」

「大丈夫です。ここから名誉挽回ですよ」

「挽回する名誉残ってます?」

 ジェリドみたいに汚名挽回しそう。

 

「そういえば部活動にも所属できるんですか」

 え~と、体育会系は野球部やサッカー部、テニス部のようなメジャー部が揃っています。文化系は文芸部なんていいかもしれません。文芸少女達に囲まれて毎日ドキドキしそう。

「……RTA部?」

 原作では電脳部があったはずですが、謎の部活に置き換えられていました。

「そちらは色々なゲームのRTA(リアル・タイム・アタック)に挑戦する部です」

「潰したほうが良くない?」

 青春が灰色に塗り潰される前に。

「根性と雑学のパラメータが上がりやすいですがストレスもマッハで上昇します」

「わかるわ」

 あんなの常人の神経でできる訳がありません。やっている人達は大抵マゾか変態か、マゾで変態です(体験談)。

 

「せっかくだから私はこの地雷部活を選ぶぜ!」

 その場のノリでRTA部に入部します。こういうのは勢いが大事。

「ちなみにヒロインの方の七星さんもこの部に所属しています」

「この子言うほど清楚可憐?」

「清楚可憐です」

「アッハイ……」

 物凄い圧を感じました。でもそんな部にいる女はこちらからお断りです。

 

「なおRTA部に所属していると文化祭イベントでじゅうべえくえすとのRTAがミニゲームとしてプレイできます」

「今すぐ辞めますので辞表を受け取って下さい」

「残念ですがRTA部に限り一度所属すると辞められない仕様です」

「呪いの部活か何か?」

 悪質な宗教団体みたい。

 

「そういえばこのゲームにも爆弾システムってあります?」

 確か原作では隠しパラメータとして傷心度が設定されており、傷心度が上昇し一定の値に達すると爆弾が発生します。その状態で傷心度がさらに上昇すると爆弾が爆発し、主人公に対する悪い噂が流れて他のヒロインの好感度が下がるというシステムが搭載されていました。

「ええ、もちろん。試しに傷心度を上げてみては?」

 指示に従い七星さんをデートに誘ってすっぽかす行為を何度か繰り返します。すると悪い噂が流れているという注意メッセージが流れました。好感度を確認すると七星さんのところに爆弾マークが付いています。

「お、付いた付いた」

 疲れていたので爆弾がシアーハートアタックなのは華麗にスルーしました。

 

 そのままゲームを進めると傷心の七星さんに出会います。

「……この子、何で廊下の真ん中なのに胡座(あぐら)で座っているんでしょうね」

 そのポーズは明らかに私の奥義前の態勢です。

「これ確実に殺しにきてません?」

「まさか、気のせいでしょう」

 声を掛けると無視するのどちらかを選ぶコマンドが表示されました。こんな狂人と関わり合いになりたくないので無視して廊下を進みます。すると画面が薄緑の光に包まれました。

北斗有情破顔拳(ほくとうじょうはがんけん)ッ!!』

 フェイタルケーオー、ウィーントキパーフェクトという効果音と共に暗転します。するとゲームオーバーという画面が表示されました。

「さて、次のアプリのテストに行きましょうか」

「ええ……」

 KOされてゲームオーバーになるギャルゲーの需要はこの世にないと思いたい。

 

 

 

「さて、二本目のアプリは────」

 気を取り直して次のゲームの紹介に入りました。さっきのは地雷過ぎたので今度こそまともなギャルゲーであることを祈ります。

「我々の渾身の作品────『朱鷺プラス エブリディ』です」

「一周年持たずにサービス終了しそう」

 素直な感想がつい口から漏れ出てしまいました。いや、本家さんとは何の関係もありませんよ? ホントですホント。

 

「予想は付きますが紹介をお願いします」

「こちらは登場するヒロインと恋人同士になり、相思相愛の親密な関係を楽しむゲームです。ヒロインがプレイヤーの彼女になってから後を主軸としている点が最大の特徴と言えますね」

「……ちなみにこのソフトのヒロインは?」

「七星さんだけです」

 需要がニッチ過ぎる。

 

「で、でもリリースの段階ではもっと増えますよね?」

「いえ、七星さん以外にはいませんが」

「それはもうサイコパスの発想では?」

「申し訳ございません。そこは譲れませんので」

「譲ってほしかったなあ……」

 こういうソフトではニュージェネレーションズを起用するのが鉄板だと思います。ネタキャラを一点採用する漢気は別のところで使って欲しかった。

 

「とりあえずプレイしていきましょうか」

 抵抗しても無駄なのでゲームを進めていきます。プレイヤーは転校したての男の子でテニス部に入部を希望しているらしいので、そこでヒロインと出会うんでしょうね。

 テニスコートに移動するとヒロインである私がいました。お、生意気にも3DCGの出来はかなり良いです。でもテニス部なんて陽キャ連中の巣窟にいないでしょう私……。

『はい、なにか御用ですか?』

 先程の朱鷺メモと違いボイス入りなのでちょっと驚きました。でもこの声はよ~く聞いたことがあります。

 

「このボイスですけど、もしかして……」

「声は高垣楓さんに暫定アフレコ頂いています」

「クソゲーならではの豪華声優陣!」

 無駄に豪華過ぎるのも困りものです。

「嫌がってませんでした?」

「いえ、ノリノリです。八海山の純米大吟醸三本セットで快く引き受けて頂きました」

「あのクソ寒ダジャレお姉さんめ……」

 

 その後はヒロインの自己紹介に入りました。

 美少女キャラで成績もトップクラス、家が医者のお嬢様なのにそこはかとない残念さはさすが私です。設定は元ゲームのヒロインと丸かぶりなのに扱いが本家とは偉い違いですよ。

「このゲームってガチャでヒロインにプレゼントを買ったりするんですか?」

「いえ、買い切りアプリですのでガチャ要素は一切取り入れていません。服装、髪型、プレゼント等のアイテムはミニゲームで得た資金で購入する形です」

「流石有能プロデューサー、格が違う。カードとかデッキとかスタミナ制を持ち出さなくてよかったですよ」

「まさか。そんなゴミのような改悪をするわけがないじゃないですか」

「そうですよねえ、あはははは」

「はははははは」

 名作ゲームをアプリ化で周回ガチャゲーに魔改造してはいけないって、はっきりわかりますね。

 

 思ったより3Dの出来が良いのでヒロインを眺めたり周囲を観察したりしてみます。

「いつもの3Dゲームみたいにスカートは覗かないんですか?」

「自分のスカートをめくればいつでも見られるものをわざわざ覗いたりしませんよ。でもちょっとだけ……」

 ローアングルで覗こうとすると画面にQTEが表示されました。ムービー内で画面に表示された特定のキーを入力をするアレです。

「え、え、え?」

『へ、変態!』

 反応できずにいると、ぐしゃっと言う効果音と共に画面が赤く染まりました。そのままバイオで死んだ時のような画面のようなものが表示されます。

 

「何が始まったんです?」

 第三次世界大戦でしょうか。

「スカートを覗かれた七星さんから逃げるというアクション要素です。先程はほうきの一撃で頭蓋骨から尾底骨にかけて一刀両断されたのでゲームオーバーになりました」

「いくら私でもパンツ見られたくらいで殺しはしませんよ……。ちなみに逃げ切れた場合はどうなります?」

「逃げ切っても隕石が直撃して死亡します。七星さんのスカートを無断で覗くのは万死に値しますから例え本人が許しても私が許しません」

「熱でもあるんですか?」

「いえ、至って平常ですよ」

「貴方がまともなボケを放棄した瞬間にこの企画は終わるんですからしっかりして下さい!!」

 仕方ないので一回リセットを掛けて最初からやり直しました。

 

「でも猫被りすぎじゃないですか。実物と乖離し過ぎてクーリングオフ喰らいそうですよ」

「安心して下さい、交際後は素の七星さんに戻ります」

「その要素いる?」

「いります」

 笑顔で断言されてしまいました。需要……あるんですかね?

 

 ゲームを進めると主人公と七星さん(ゲームの方)がだんだん仲良くなってきます。七星さんは部の人達と上手く馴染めていないので打ち解けるように訓練をしていました。

『恥ずかしい……』

『大丈夫だよ。さ、言ってみて』

『オッス朱鷺だよ、一緒に帰ろ?』

「草生える」

  自分と同じ顔をしたキャラにこんなセリフを吐かれると死にたくなりません?

「いやーきついっス……」

「なお製品版では七星さんに吹き替えて頂きますのでよろしくお願いします」

 地獄かな?

 

『何やってんだ~? 俺らも混ぜてくれよ!』

『楽しそうだねぇ~!』

 ゲーム内では微笑ましい光景に三人組のヤンキーが割り込んできました。なるほど、ここで主人公が七星さんをかばって好感度爆上げというわけですね。

『や、止めて下さい!』

『俺らとも仲良く楽しもうぜ~』

『きゃーーーー!』

 ヤンキー達が主人公を無理やり連れ去りました。ヒロインはその場に一人取り残されます。

 

「そっちがさらわれるんですか……」

「現代はジェンダーレス時代ですから」

「ゲームとはいえなんか凄い負けた気分」

 呆然としていると急にミニゲームに切り替わります。これはバーニング……じゃなくてファイナルファイトみたいなベルトスクロールアクションじゃないですか!

「愛しの彼を取り戻すために戦いましょう」

「なにこれ」

 私は一体何をやらされているんだろう。

 

「今日は新作のアプリを二本試遊して頂き、七星さんにアドバイスを貰いました。これから内容をブラッシュアップさせて近日中にリリースします」

「もう好きにしてください」

 本音を言えばリリースを思い留まって欲しいですが、もう製作も進んでいるので今更止めるわけにも行きませんでした。改善して欲しいところは山のように伝えたので後はなるようになれです。

「それにしてもよく三本もアプリを作る資金がありましたよね。どこかの会社がバックアップしているんですか?」

「いくつかの企業からは出資してもらいましたが私個人も拠出しています。少なく見積もっても私の全財力の五分の三はつぎ込みました」

「……冗談でしょう、龍田さん?」

「私がそんな嘘を言うような人間だと思いますか?」

「この人完全に頭おかしい……」

「という訳ですので、完成したら是非ダウンロードをお願いしますね」

「よ、よろしくお願いしま~す」

 人は自分の理解の及ばないことが起きると恐怖を覚えると言われていますが、今の私はその感情でいっぱいでした。恐怖心、私の心に恐怖心……。

 

 

 

 それから暫くして朱鷺メモや朱鷺プラスが無事リリースされてしまいました。まともに遊べるゲームに仕上がっているのか内心ビクビクでしたが、ネタ要素は多数あれど意外にもギャルゲーとして良質な出来のようでストア評価は5点満点で4.7点をキープしています。

 あの番組に釣られてアプリを購入してくれたファン達が沢山いたのか売上は上々みたいですが、結局三本目のアプリはどうなったんでしょうか?

 

「……♪……♪♪」

 部屋でくつろいでいるとスマホの着信音が鳴りました。電話の相手はゲーマー系アイドルの三好紗南ちゃんのようです。

「はい、七星です」

「朱鷺ちゃん! 今まで辛かったよね! 気付いてあげられなくてごめんなさい!」

「……え、一体何のことです?」

 謝ることは無数にあれど彼女から謝られる覚えは一切ありません。

 

「さっきリリースされたアプリゲーやってさ……。今まで明るく笑ってたけど辛い思いをしてたんだなってわかったんだ。でもそれに気付いてあげられなくて、ほんとに自分が恥ずかしいよ」

「アプリゲーって、そんなのありました?」

「え、だって朱鷺ちゃんが監修したんでしょ? 『死神みたいな異能(ちから)を持ってる超人(わたし)はどうすりゃいいですか?』ってゲームはさ」

「見たことも聞いたことありませんよそんな地雷ゲー……」

 

 話が噛み合わないので一旦電話を終わらせて同名のアプリを探します。するとそれは直ぐに見つかりました。アプリを提供しているのは朱鷺メモと同じ龍田さんの所有する個人企業です。このソフトだけは無料アプリなのでそのままダウンロードしてプレイを開始しました。

 内容ですが、ひょんなことから世界を崩壊させかねない異能を持たされた少女がアイドルを目指す日常をコミカルに描いたビジュアルノベルです。一方でとんでもない力を持たされたヒロインが抱える苦悩を知った主人公がヒロインの心を命懸けで救うという熱く泣ける展開も含まれた素晴らしいギャルゲーでした。しかしたった一つ大きな問題があります。

 

「メインヒロイン、七星朱鷺!」

 最後の最後にとんでもない爆弾を投下しやがりましたねあのドラゴンは。

 私の過去や能力を手に入れた経緯は誰にも話したことがないので、細かい設定や力を手に入れた経緯等は異なります。

 ですが人ならざる力を得てしまった人間が抱える苦悩や絶望、辛酸を()めつつもアイドルとして認められたいという気持ちはヒロインとリンクしていました。紗南ちゃんはこのゲームをプレイすることで私が日頃感じている苦しみや辛さを感じ取ったのでしょう。

 クリア後に某掲示板の感想スレを見てみましたが、殆どが肯定的な感想です。同時に私をネタにしてきたことに対する後悔の念が伝わってきました。皆さん私が監修したということで私の思いが代弁されていると思い込んでいるようです。いや製作には一ミリも関与していないんですけど!

 

「で、どういうつもりなんです?」

 龍田さんに電話がつながったので質問します。

「おや、早速バレてしまいましたね」

「もしかして前回の企画もゲームの認知度を上げて最後のアプリをダウンロードさせるための宣伝だった訳ですか? どうしてそんなことを────」

「一言で言えば『民衆の不理解を破壊するため』でしょうか。世間の多くは七星さんの魅力に気付かず異能だけを切り取って面白おかしく(はや)し立てている。そのような状況が許せないというだけの話です」

「理解してもらうのに時間がかかるのは仕方ないですよ」

 犬神Pの言う通り、一朝一夕というわけにはいきません。

 

「私はこう見えても気が短い方でして。世間が変わるのを待つよりも世間を変える方を選んでしまいました。それに私も誤解を加速させることを色々してしまいましたから、その贖罪です」

「それにしてもやり過ぎじゃないですか。こんなことに時間を浪費するだけならまだしも、私財の五分の三をつぎ込むなんておかしなことをしていますし」

「無事原資以上の収益はありましたからご心配なく。それに私が好きでやっていることですから。それではまた次のお仕事でお会いしましょう」

 一方的に通話を切られました。

「はあ……」

 龍田さんがなぜ私にこだわるのか、コレガワカラナイ。

 

「……なんてことがあったんですよ。本当に意味分かんないですよね!」

 次の日、プロジェクトルームでアスカちゃん達に事の経緯を報告しました。

「朱鷺さん、それ本気で言っているんですか?」

 ほたるちゃんが可哀想なものを見る目で私のことを見てきます。

「もりくぼでも、龍田さんがなんでそんなことをするのか流石にわかるんですけど」

「え~? ナニソレイミワカンナイ!」

 芸能界で出世するにしてはジュラル星人並みに回りくどいです。

 

「……やれやれ、こんなに鈍い子が現実に存在するとは思わなかったな」

「飛鳥さん、朱鷺さんに伝えるのは……」

「わかっているさ。彼の気持ちをボクたちが勝手に伝えていいのものじゃない。時期が来れば朱鷺だってきっと気付くだろう」

「なんですかその思わせぶりな態度は。ちゃんと教えて下さい!」

「あわわわ……。む~りぃ~……」

「こうなったら絶対に謎を解いてみせます! 名医とうたわれたじっちゃんの名にかけて!」

「本当に気付くでしょうか……」

「すまない、自信がなくなってきたよ」

 アスカちゃんの呆れたような溜息が部屋の中に響きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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346アイドル速報(その7)

4章中盤(55話、56話、59話、64話)等のまとめです。


『下野動物園のパンダ、レイレイくん初披露目』

 

1:名無しさん@おーぷん ID:Cc5

あーこれ、ぬいぐるみだ

 

3:名無しさん@おーぷん ID:b6D

ステータスを可愛さに全振りして可愛がられて生き残っていくように進化したとしか思えない

 

15:名無しさん@おーぷん ID:F4h

(´・ω・`)モコモコしやがって…

 

19:名無しさん@おーぷん ID:M7e

人生一度でいいから子パンダに足掴まれたい

 

38:名無しさん@おーぷん ID:H6r

ちょっとパンダの飼育員になってくる

 

47:名無しさん@おーぷん ID:yN7

でもここの子パンダは超臆病って評判だったよね

よくこんな人前に出てこれたよな

 

112:名無しさん@おーぷん ID:c8S

風の噂ではどこぞのアイドルに鍛えられたとか

 

114:名無しさん@おーぷん ID:yE7

調教師系アイドルなんていた?

 

119:名無しさん@おーぷん ID:d2M

たしかこの日は市原仁奈ちゃんが披露イベントに出てたよ

 

121:名無しさん@おーぷん ID:Ub5

あのキグルミ着てる子か

同じ可愛いもの同士で気があったんだな

 

127:名無しさん@おーぷん ID:w7Q

後コメットも出てたみたい

 

131:名無しさん@おーぷん ID:g7F

コメットってあの七星朱鷺がいる?

 

132:名無しさん@おーぷん ID:Gv2

それそれ

 

134:名無しさん@おーぷん ID:gR3

またトキだ!(ピネガキ感)

 

141:名無しさん@おーぷん ID:q6G

こいついつも話題になってんな

 

142:名無しさん@おーぷん ID:n4T

ま、まあ同じイベントに出てただけだし…

 

144:名無しさん@おーぷん ID:yT3

この動画を見てもそう思えるか?

ttps://www.myt●be.jp/watch?v=Traewadr

 

145:名無しさん@おーぷん ID:E7n

これレイレイ披露イベントの動画?

 

147:名無しさん@おーぷん ID:Xd4

何この動き…

 

148:名無しさん@おーぷん ID:Uf9

うわあ、これは完全に訓練されてますね、間違いない

 

151:名無しさん@おーぷん ID:Ty6

自衛隊のような一糸乱れぬ行進が迫真過ぎる

 

153:名無しさん@おーぷん ID:uZ3

パンダの決死な表情で笑う

 

156:名無しさん@おーぷん ID:H5t

間違えたら即死レベルの危機感

 

158:名無しさん@おーぷん ID:e2G

調教師さんが教えたんじゃないの?

 

159:名無しさん@おーぷん ID:zC5

レイレイがしきりにアレを気にしてるんだよなぁ

 

161:名無しさん@おーぷん ID:r4L

朱鷺ネキがちょっとでも動くとビクッとするの笑う

 

162:名無しさん@おーぷん ID:Vw6

朱鷺ちゃんがレイレイの丁度真後ろにいるのが怖い

裏でなんかされてそう

 

164:名無しさん@おーぷん ID:Kk5

上級生のカツアゲにビビる下級生みたい

 

169:名無しさん@おーぷん ID:a2D

また魔王が暴れてしまったのか

 

170:名無しさん@おーぷん ID:Lh2

で、でもお陰で無事お披露目が出来た訳だし…

 

172:名無しさん@おーぷん ID:xY2

生後半年でトッキーの訓練受けたんだからもう怖いものはないような気がする

 

173:名無しさん@おーぷん ID:J3k

朱鷺ちゃんとの組手だけどレイレイがガチ殴りに来てて草

 

174:名無しさん@おーぷん ID:V7e

右ストレートが鋭すぎる

 

176:名無しさん@おーぷん ID:tV7

この瞬間だけ目が血走ってる

 

177:名無しさん@おーぷん ID:M5u

殺意こもってないか?

 

179:名無しさん@おーぷん ID:hM2

よっぽど嫌な思い出があったんだろう

 

181:名無しさん@おーぷん ID:B9m

でもこれから大物パンダになりそうだな!

 

【管理人コメント】

可愛いパンダの姿を見て私もホッコリしてしまいました。(*´ω`*)

そしてアイドルと全然関係ない話題なのに名前が出てくる朱鷺ちゃん…。

やはり恐るべし。

 

 

 

 

 

 

『【悲報】七星朱鷺さん、ファミチキを買う』

 

1:名無しさん@おーぷん ID:u9U

失望しました

前川さんのファン辞めます

 

3:名無しさん@おーぷん ID:e4N

なんでや、みくにゃん関係ないやろ!

 

5:名無しさん@おーぷん ID:u9U

なお購入後に乱入してきたコンビニ強盗をしばき倒したもよう

人間の動きじゃねえよアレ

 

8:名無しさん@おーぷん ID:Zm8

目撃したの?

 

9:名無しさん@おーぷん ID:u9U

うん、というか俺がその時の店員だし

 

15:名無しさん@おーぷん ID:e4N

そマ?

 

17:名無しさん@おーぷん ID:u9U

マのマだって

 

30:名無しさん@おーぷん ID:n6R

すげえレア体験じゃん、どんな感じだったか教えろや

 

32:名無しさん@おーぷん ID:u9U

特に変装とかはしてなかったんで、店に入って来た時にすぐに気づいたよ

やっべトッキーじゃん!ってテンション上がりながらずっと目で追ってたの

そしたらお茶持ってきてファミチキくださいって言われたから吹きそうになった

 

34:名無しさん@おーぷん ID:tT7

庶民的ィー!

 

35:名無しさん@おーぷん ID:x7L

下 級 国 民 確 定

 

37:名無しさん@おーぷん ID:Ed6

投げ銭するからもっと良いもの食べて

 

40:名無しさん@おーぷん ID:Ji8

強盗ってのはその後のこと?

 

42:名無しさん@おーぷん ID:u9U

うん、若い兄ちゃんが突然割り込んできてさ

でけえナイフ突き出して騒ぎ出したからこっちもパニクったわけ

でもトッキーは人質にされて楽しそうにニコニコ笑ってた

 

46:名無しさん@おーぷん ID:wE3

やべえよ、サイコパスじゃん

 

49:名無しさん@おーぷん ID:uX2

メンタルが強すぎる

 

51:名無しさん@おーぷん ID:T5Q

でも命の危機からは程遠いから当然か

 

56:名無しさん@おーぷん ID:u9U

今思えばすぐに金出せばよかったと思うけど、頭ん中真っ白でな

レジ上手く開けられなくてモタモタしてっと強盗がキレてカウンターの中入ろうとしたのよ

さすがに入れるのはまずいと思って通路に出た瞬間突き飛ばされたのさ

 

59:名無しさん@おーぷん ID:cU7

ここまでは普通の強盗

 

60:名無しさん@おーぷん ID:n5W

普通の強盗ってなんだよ

 

62:名無しさん@おーぷん ID:i7G

朱鷺ちゃんに遭遇しない強盗のことでしょ

 

67:名無しさん@おーぷん ID:u9U

勢いでトッキーにぶつかって、手にしてたファミチキが床に落ちたの

そしたらトッキーが手刀でナイフを真っ二つにした

包丁くらいでかいナイフがビスケットみたいに割れたんだよ

 

69:名無しさん@おーぷん ID:b5S

ほう初手武器破壊ですか…たいしたものですね

 

72:名無しさん@おーぷん ID:fB8

食べ物の恨みは怖いなぁ、とづまりしとこ

 

75:名無しさん@おーぷん ID:u9U

もう強盗も俺も呆気にとられたわけ

俺は予備知識あったからまだ理解できたけど、強盗は宇宙人でも見たような顔してたな

そしたら次の瞬間強盗が宙に浮き上がってた

 

77:名無しさん@おーぷん ID:x8A

ヒェッ

 

79:名無しさん@おーぷん ID:Rs7

本 当 は 怖 い 七 星 朱 鷺

 

82:名無しさん@おーぷん ID:u9U

後はお察しの通り、謎の空中コンボでボコボコのボコよ

目にも止まらない動きなんてテレビでは見てても実物見るとガチビビるわ

 

85:名無しさん@おーぷん ID:Mx3

店が跡形もなくなってそう

 

87:名無しさん@おーぷん ID:J6a

お店は大丈夫だったの?

 

90:名無しさん@おーぷん ID:u9U

気をつけてくれたのか知らんけど、なぜか全く問題なかったな

強盗の方も救急車で運ばれたけど一応無事ではあったみたいだし

 

93:名無しさん@おーぷん ID:J9g

やはり北斗神拳は現代にて最強…

 

96:名無しさん@おーぷん ID:u9U

いやマジでそう思う

既存の格闘技とかと違ってあんなのマンガだよマンガ

人があんなに早く動けるわけねーもん

 

99:名無しさん@おーぷん ID:Kj3

その後が気になる

 

100:名無しさん@おーぷん ID:e4N

朱鷺ちゃんが逆に逮捕されそう

 

103:名無しさん@おーぷん ID:u9U

俺は警察と救急とオーナーに電話してた

トッキーはいつの間にかいなくなってたな

まあ面倒事に関わりたくはないだろうし当然か

 

105:名無しさん@おーぷん ID:Na2

警察には今のこと話した?

 

106:名無しさん@おーぷん ID:u9U

トッキー好きだしあんま巻き込みたくないから謎の女の子が強盗を撃退したって言ったよ

防犯カメラの動画見せたけど、ナイフ破壊と空中コンボの様子見てこのカメラ壊れてるから参考になんないって判断されたわw

 

108:名無しさん@おーぷん ID:Aw4

警察も映像見せられて困惑してそう

 

109:名無しさん@おーぷん ID:m8U

壊れてる判定で草

 

112:名無しさん@おーぷん ID:v5R

そりゃまあそうだわな

 

113:名無しさん@おーぷん ID:u9U

強いのにも驚いたけど本人の可愛さにも驚いたね

テレビでは可愛いのに実物ガッカリはよくあるけどホントマジで可愛い

ぶつかってちょっと嬉しかったしw

 

114:名無しさん@おーぷん ID:Rq6

裏山

 

116:名無しさん@おーぷん ID:tR2

だけど仮にもアイドルが暴力事件を起こしたなんてわかったらまずくない?

 

117:名無しさん@おーぷん ID:jH3

まあ、正当防衛にしてもやりすぎな気が…

 

118:名無しさん@おーぷん ID:Q8d

たし蟹

 

120:名無しさん@おーぷん ID:u9U

うちのカメラ画質悪くて顔特定しにくいし強盗の自業自得だから多分うやむやで終わるだろ

警察も強盗がやられたことにはやる気出してなかったから

 

122:名無しさん@おーぷん ID:tR2

とはいえ問題は問題だろ

 

124:名無しさん@おーぷん ID:4r3

事務所や警察に連絡した方がいいんじゃ?

 

127:名無しさん@おーぷん ID:7re

良くない噂が広まらないといいけど

 

130:名無しさん@おーぷん ID:u9U

な~んてな、今の話は全部釣りだよ

コンビニ強盗を撃滅したアイドルなんている訳無いだろw

釣られてんじゃね~って

 

131:名無しさん@おーぷん ID:qX7

は?

 

132:名無しさん@おーぷん ID:r6U

氏ね

 

133:名無しさん@おーぷん ID:Cb7

何だ釣りかよ

 

134:名無しさん@おーぷん ID:e6Y

それなりにいい釣りだった、乙

 

【管理人コメント】

私もついつい釣られてしまいました。

コンビニ強盗をボコボコにするようなアイドルなんてこの世にいる訳ありませんよね!

釣りでアイドルの風評を落としてはいけないので自戒を込めてまとめてみました。

朱鷺ちゃんはこんな野蛮なことはしないです!

 

 

 

 

 

 

『お前ら、超絶美少女JCアイドル七星朱鷺さんを何だと思ってるんだよ!』

 

1:名無しさん@おーぷん ID:Re4

チャーミング異常者

 

2:名無しさん@おーぷん ID:Q9i

ラブリーキ○ガイ

 

3:名無しさん@おーぷん ID:Q9i

ガバガバ(操作)

 

5:名無しさん@おーぷん ID:ytr

子沢山

 

6:名無しさん@おーぷん ID:N2t

アレはアレでバブみを感じる

 

7:名無しさん@おーぷん ID:xE6

えぇ…

 

8:名無しさん@おーぷん ID:Mw2

ママーー!!

 

16:名無しさん@おーぷん ID:T5u

シャアすら更生させられそう

 

20: 名無しさん@おーぷん ID:G7z

ラーメン大好き七星さん

 

21: 名無しさん@おーぷん ID:T12

ラーメン屋で会える系アイドル

 

23 : 名無しさん@おーぷん ID:e8Q

ラーメン食べ過ぎてて時々心配になる

 

30:名無しさん@おーぷん ID:Cd9

範馬勇次郎の女体化

 

55:名無しさん@おーぷん ID:qA6

王騎将軍の女体化

 

58:名無しさん@おーぷん ID:Dg7

TS海原雄山

 

62:名無しさん@おーぷん ID:c6T

TS両津勘吉

 

109:名無しさん@おーぷん ID:s3N

>>62

 

122:名無しさん@おーぷん ID:cR4

>>62

フフってなった

 

144:名無しさん@おーぷん ID:Y3g

>>62

失礼だけどちょっと理解できる

 

90:名無しさん@おーぷん ID:Mc7

お金をドブに捨てて自ら拷問(クソゲー)を受ける子

 

92:名無しさん@おーぷん ID:z7B

クソゲーの擬人化

 

99:名無しさん@おーぷん ID:zH3

じゅうべえくえすとの擬人化

 

100:名無しさん@おーぷん ID:R4z

じゅうべえくえすとに両親と妹を殺された子

 

102:名無しさん@おーぷん ID:U3h

じゅうべえくえすとを世界に広めた巨悪

 

132:名無しさん@おーぷん ID:r4X

行動力のある変人

 

134:名無しさん@おーぷん ID:MnM

世界を変える方の変人

 

151:名無しさん@おーぷん ID:sN2

国際問題

 

152:名無しさん@おーぷん ID:NN1

イージスアショアの代用品

 

153:名無しさん@おーぷん ID:C6r

新造兵器

 

155:名無しさん@おーぷん ID:gF9

日本が核を持たない理由

 

158:名無しさん@おーぷん ID:Br5

人型メタルギア

 

167:名無しさん@おーぷん ID:xT2

SCP

なおketer

 

168:名無しさん@おーぷん ID:YtR

まるで八丸くんみたい

 

187:名無しさん@おーぷん ID:Y76

都知事選に出たら普通に当選しそう

 

201:名無しさん@おーぷん ID:S5i

未成年お断り

 

202:名無しさん@おーぷん ID:Q6j

存在感の代名詞

 

203:名無しさん@おーぷん ID:Joc

アンパンマンガチ勢

 

204:名無しさん@おーぷん ID:JK5

きかんしゃトーマスガチ勢

 

205:名無しさん@おーぷん ID:JK5

ポケモンのレート戦でいつも負けてるやつ

 

206:名無しさん@おーぷん ID:f3W

実はかなりのお嬢様

 

229:名無しさん@おーぷん ID:Z5s

>>206

七星グループの社員(俺)からすると元から雲の上の存在だぞ

アイドルなんてならなくても約束された人生だったのに

 

207:名無しさん@おーぷん ID:gR2

正直かわいい

 

211:名無しさん@おーぷん ID:Tr9

下手な芸人よりよっぽど体張ってる

 

212:名無しさん@おーぷん ID:Ge6

アイドル芸人

 

214:名無しさん@おーぷん ID:cG4

RTA芸人

 

215:名無しさん@おーぷん ID:A6v

半端な芸人を駆逐する芸人

 

216:名無しさん@おーぷん ID:Ytr

魔法少女の反意語

 

218:名無しさん@おーぷん ID:RTA

まとめサイトのアイドル

 

231:名無しさん@おーぷん ID:Y4u

15歳学生です

 

235:名無しさん@おーぷん ID:r9A

属性過多

 

239:名無しさん@おーぷん ID:N5c

そろそろコントローラー買い替えて欲しい

 

241:名無しさん@おーぷん ID:Pj3

ガチャ天井到達機

 

254:名無しさん@おーぷん ID:n5T

>>241

配信してない時に神引きする実況者の鑑

 

242:名無しさん@おーぷん ID:SNK

仲間ガチャは常にSSR

 

245:名無しさん@おーぷん ID:aK7

手下がやべーやつ

 

246:名無しさん@おーぷん ID:iU3

部下が本体

 

247:名無しさん@おーぷん ID:V4w

腹心が超優秀

 

248:名無しさん@おーぷん ID:x8S

龍(田)の背に乗って出世する子

 

267:名無しさん@おーぷん ID:pH2

>>248

あの人に好かれてるだけで業界じゃ超勝ち組だよ

 

302:名無しさん@おーぷん ID:Ub7

あんこうより捨てるところがない女

 

303:名無しさん@おーぷん ID:uC7

素材として余す所なく使われる女

 

305:名無しさん@おーぷん ID:Rt4

新素材を自ら投下する女

 

311:名無しさん@おーぷん ID:xA6

セガ信者

 

312:名無しさん@おーぷん ID:Wk4

アイドル界のセガ枠

 

321:名無しさん@おーぷん ID:y4V

サターンとメガドラ大事にしてて好き

 

334:名無しさん@おーぷん ID:R9q

なんJ民(直球)

 

335:名無しさん@おーぷん ID:M5i

J民のおねえちゃん

 

336:名無しさん@おーぷん ID:We4

やきうのおねえちゃん二号

 

337:名無しさん@おーぷん ID:Re2

存在しているだけで笑いが取れる

 

339:名無しさん@おーぷん ID:Tr5

何をしても面白い

 

341:名無しさん@おーぷん ID:iQ9

児童養護施設に寄付してる聖人

 

357:名無しさん@おーぷん ID:X5p

雑学王

 

361:名無しさん@おーぷん ID:eZ6

映す価値あり

 

379:名無しさん@おーぷん ID:jZ2

けものフレンズ2ガチギレおねえちゃん

 

381:名無しさん@おーぷん ID:sS2

ラストオブアス2ブチギレおねえちゃん

 

446:名無しさん@おーぷん ID:Z7c

口を開けばパワーワード

 

456:名無しさん@おーぷん ID:kT2

346プロ最大の誤算

 

457:名無しさん@おーぷん ID:zA5

実は下ネタ好き

 

458:名無しさん@おーぷん ID:S3k

苦労人

 

459:名無しさん@おーぷん ID:Z7k

346の潤滑油

 

460:名無しさん@おーぷん ID:tR4

346の良心

 

461:名無しさん@おーぷん ID:bF8

風邪薬

 

463:名無しさん@おーぷん ID:W9i

心のビタミン剤

 

477:名無しさん@おーぷん ID:f5G

笑顔しか産まない女

 

478:名無しさん@おーぷん ID:h2T

世界を笑顔にする女

 

481:名無しさん@おーぷん ID:k6L

動画見てると元気出る

 

485:名無しさん@おーぷん ID:kZ4

ああ見えて人一倍気遣いで好き

 

489:名無しさん@おーぷん ID:Rt4

家族想い

 

491:名無しさん@おーぷん ID:Ce2

仲間想い

 

496:名無しさん@おーぷん ID:t4N

優しい子

 

501:名無しさん@おーぷん ID:Pm6

もっと自分を大事にしてほしい

 

503:名無しさん@おーぷん ID:e7Q

幸せになってほしい

 

505:名無しさん@おーぷん ID:4e3

産まれてきたことに感謝

 

【管理人コメント】

やっぱり私は王道を往く…。

笑顔が素敵なアイドルですかねぇ(ニチャア…)。

 

 

 

 

 

 

『トキちゃんのトキドキ♥サバイバルレッスン感想スレ4』

 

101:名無しでいいとも! ID:hW2

開始1分で人を笑わせるの卑怯

 

102:名無しでいいとも! ID:qY6

サバイバル技術を教えるにしても初回モアブ砂漠とか頭おかしいよ

 

105:名無しでいいとも! ID:v2F

むしろヤラセであって欲しい

 

114:名無しでいいとも! ID:gW2

>五点接地転回法をマスターすれば例えヘリから落ちても大丈夫!

違う、そうじゃない

 

115:名無しでいいとも! ID:Q4s

朱鷺ちゃんじゃなかったら大惨事だったね

 

117:名無しでいいとも! ID:vT4

いきなり死にかけてて草

 

119:名無しでいいとも! ID:Fh5

ヘリからメガトンコインして生きてられるのあの子だけだよ…

 

121:名無しでいいとも! ID:V9d

久しぶり本当にやばい人見たかも

 

134:名無しでいいとも! ID:H9i

全てのやってみた系動画を過去にする女

 

137:名無しでいいとも! ID:tZ3

やってみろ系マイチューバー

 

143:名無しでいいとも! ID:z9R

適応力が高過ぎてついていくのに精一杯だ

 

147:名無しでいいとも! ID:mH5

リアルアンチャーテッドができる唯一の人類やんけ

 

149:名無しでいいとも! ID:J2n

素手で火起こしは誰にでも出来ますか…(小声)

 

161:名無しでいいとも! ID:K3z

ワイルドだろお?

 

162:名無しでいいとも! ID:A6m

ワイルド過ぎるわ

 

174:名無しでいいとも! ID:bL7

一体この人は何処を目指してるんだ笑

 

176:名無しでいいとも! ID:qB4

アシリパさんですらドン引きしてそう

 

178:名無しでいいとも! ID:Jq6

ナレーション<次の瞬間、衝撃的な出来事が!

常に衝撃的だろ!いいかげんにしろ!

 

181:名無しでいいとも! ID:t5X

上着を脱いだところはセクシー

 

183:名無しでいいとも! ID:Gs5

ターバンで日差しを避ける

心は農家だけあって熱中症対策は万全だったね

 

212:名無しでいいとも! ID:m2L

>>183

見た目的には完全に中東テロリスト定期

 

219:名無しでいいとも! ID:U6h

>>183

それを言ってはいけない(気にしてたから)

 

192:名無しでいいとも! ID:t3N

平然とやってるので見てるうちに自分にもできそうな気がしてくるから怖い

 

199:名無しでいいとも! ID:t6H

七星朱鷺さんは非常に特殊でかつ、厳しい訓練を受けています

本当に真似してはいけない

 

201:名無しでいいとも! ID:gT6

良い子も悪い子も訓練された子もやっちゃダメだぞ

 

205:名無しでいいとも! ID:Vh9

真似するなのドデカテロップくんきらい

 

222:名無しでいいとも! ID:f5Y

こんなの見せられたら人間関係で悩んでるのが馬鹿らしくなる

 

227:名無しでいいとも! ID:X5h

できる事を数えるよりできない事を数えた方が早い女

 

231:名無しでいいとも! ID:Gn4

ガラガラヘビは結構美味しそうだった

 

234:名無しでいいとも! ID:Sf5

噛まれそうになってから2秒でヘビ殺してて草

 

235:名無しでいいとも! ID:aX6

ガラガラヘビって美味しいんですね

さっきまで噛まれて落ち込んでましたけど焼き上がるのがとても楽しみです

 

287:名無しでいいとも! ID:mZ8

>>235

手遅れ

 

294:名無しでいいとも! ID:D2b

>>235

どっちが先かな?

 

237:名無しでいいとも! ID:N4h

食レポ時の切ない顔いいよね

 

239:名無しでいいとも! ID:mL6

サソリはあんまり食べたいとは思わないかなw

 

242:名無しでいいとも! ID:y9F

>いやあ、昔を思い出す味です

昔…?

 

257:名無しでいいとも! ID:pB5

>>242

朱鷺ちゃんに悲しい過去…

 

266:名無しでいいとも! ID:Qj9

貴重なタンパク源とかいうパワーワード

 

267:名無しでいいとも! ID:W6g

全人類を貴重なタンパク源だと思ってそう

 

268:名無しでいいとも! ID:Ef7

水分とたんぱく質のためなら何でもしそう

 

301:名無しでいいとも! ID:f6Y

朱鷺ネキやっぱり凄いな

 

303:名無しでいいとも! ID:qF2

なにがすごいって1番はカメラマンでしょ

 

304:名無しでいいとも! ID:g4G

ほんとカメラマン(龍田さん)が大変そうだな

 

306:名無しでいいとも! ID:D4u

撮影してる人も化け物w

 

307:名無しでいいとも! ID:U6p

番組予算を限界まで削るテレビマンの鑑

 

314:名無しでいいとも! ID:A2w

この企画、視聴率めちゃ良かったんでしょ?

新人アイドルと番組スタッフの二人旅とか製作費が安すぎる

 

317:名無しでいいとも! ID:M2r

>万一砂漠で遭難した時に使える超実用的なテクニックが満載だったと思います

使う機会が一生ないことを切に願う

 

319:名無しでいいとも! ID:T9g

全て俺には無理です(小声)

 

320:名無しでいいとも! ID:H9q

なんの参考にもならないサバイバル術

だがそれがいい

 

401:名無しでいいとも! ID:mB2

サバイバル以上に空港放浪編が草すぎた

 

403:名無しでいいとも! ID:Ra8

外人に取り囲まれて四苦八苦してたなw

 

407:名無しでいいとも! ID:v8R

かわいい(錯乱)

 

409:名無しでいいとも! ID:vQ3

あーわかるわ

あんだけ無茶苦茶してたのに取り残されて終始涙目のギャップは凄い

 

410:名無しでいいとも! ID:uY4

弱点属性:外国人

 

412:名無しでいいとも! ID:t2R

英語で語りかけたら戦闘力が3割位ダウンしそう

 

413:名無しでいいとも! ID:v4E

でもちょっとホッとする

 

415:名無しでいいとも! ID:Z5z

これで英語ペラペラとかだったらすごすぎてちょっと引くもんな

 

416:名無しでいいとも! ID:T6n

あのガバガバ具合はこれが俺らのbeam姉貴や!って胸を張れる

 

420:名無しでいいとも! ID:Af4

強くて可愛いとかこりゃもう最強だな

 

【管理人コメント】

ワールドワイドに活躍する我らが朱鷺ちゃんでした。

今後もこの企画は続くらしいのでとても楽しみですね。

彼女には気の毒ですが空港遭難の可愛い姿もまた見てみたい!

 

 

 

 

 

 

『About a Japanese idol named nanahoshi Toki』

(七星朱鷺という日本のアイドルについて ※翻訳記事)

 

世界の名無しさん(1さん)

まずは黙ってこの動画を見てくれ

ttps://www.myt●be.jp/watch?v=LaeraGwer

(開けない方への補足:開幕始球式の超魔球の動画です)

 

世界の名無しさん

ワオ!すげぇ非現実的な動画だな。

 

世界の名無しさん

左右にジグザグに高速移動って、物理法則を完全に無視してるね

 

世界の名無しさん

これってCGじゃないの?

 

世界の名無しさん(1さん)

いや、喜ばしいことにCGじゃないんだ

 

世界の名無しさん

日本の女の子ってみんなこんな球を投げられるのかい?

 

世界の名無しさん

そんなはずないだろ

きっとこの子だけさ

 

世界の名無しさん

これはクレイジー(そして美しい)

 

世界の名無しさん

期待してなかったけど完全にぶっ飛んだよ!

 

世界の名無しさん

全盛期のR・ジョンソンと投げ比べしてほしいな

 

世界の名無しさん

すげえクール

 

世界の名無しさん

この子、ヤンキースにつれて帰ってもいいかい?

 

世界の名無しさん

いや、うちのチームが迎えるから駄目だ

 

世界の名無しさん(1さん)

今紹介した子は野球選手ではないよ

日本のアイドル(ガールズダンスグループ)の一人、七星朱鷺という子さ

 

世界の名無しさん

すごくきれいな女の子だね!

 

世界の名無しさん

キュートで愛らしい

 

世界の名無しさん(1さん)

彼女はアイドルなんだけど、とても優れた格闘家でもあるんだ

今日本でとても話題になっているからファンの一人として皆にも紹介したいと思う

ttps://www.myt●be.jp/watch?v=TYaytra

(開けない方への補足:ITACHI超攻略の動画です)

 

世界の名無しさん

アイドル兼格闘家って斬新な組み合わせだ

 

世界の名無しさん

これは下忍試験じゃないか

 

世界の名無しさん

一体何が起こってるんだ?

 

世界の名無しさん

スロー再生にしたらわかるよ

物凄い勢いでジャンプしてる

 

世界の名無しさん

各フレームを凝視する必要があるな

 

世界の名無しさん

この子、約1トンのコンテナを指一本で押し込んでるんだけど

 

世界の名無しさん(1さん)

これが彼女の流派、北斗神拳さ!

 

世界の名無しさん

ありがとう

学べる場所があれば教えてほしいな

 

世界の名無しさん

とても素晴らしい体験だった

こんな感情は初めて

 

世界の名無しさん

おいおいマジかよ、最高だ!

興奮が抑えられないよ!

 

世界の名無しさん

これは驚いた

 

世界の名無しさん

信じられない

この女性は本当に優れている

 

世界の名無しさん

同意

 

世界の名無しさん

朱鷺はファンタスティックだね

 

世界の名無しさん

ここまで来たら何が起きても驚かないよ

 

世界の名無しさん

なんて素晴らしいゴール!

 

世界の名無しさん

信じられない

 

世界の名無しさん

僕としては、このビデオはすっごく楽しめた。興味深かかった!

 

世界の名無しさん

俺はまだ理解出来てない

あれが本当に人間の動きなのか?

 

世界の名無しさん

まるで糸が必要ないスパイダーマンだ!

 

世界の名無しさん

今日この子のファンになったよ!

 

世界の名無しさん

私達は総力を上げてアメリカに迎え入れる必要があると思う

彼女が我々の敵に回る前に

 

世界の名無しさん

美しくもあり、恐ろしくもあるね

 

世界の名無しさん

SOOOO CUTE

 

世界の名無しさん

可愛いだけの女の子じゃないのがよかった

気に入ったよ

 

世界の名無しさん

人類は新しいステージに立ったのかもしれない

彼女のDNAを研究すればより強い人類が作れるはず

 

世界の名無しさん

夢が広がるな

可能なら色々なサンプルを取りたい

 

世界の名無しさん

日本にはもったいないほど素晴らしい

 

世界の名無しさん

彼女のクローンでストームトルーパーを造ったら反乱同盟軍はイチコロだ!

 

世界の名無しさん

本当に素晴らしい知らせだ

こんな日本のアイドルは初めてみたよ

 

世界の名無しさん

とてもかわいいね

笑顔が好き

 

世界の名無しさん

気軽に会いに行ける日本の人達がうらやましい

 

世界の名無しさん

魅力的な姿を見せてくれて満足

もっと動画を見たい!

 

世界の名無しさん

Tokiは俺の嫁

 

世界の名無しさん

俺の日本行きが決定した

 

世界の名無しさん

本当かはわからないけど、どうやら彼女は忍者の末裔らしいよ

 

世界の名無しさん

やっぱり忍者の国は違うな

 

世界の名無しさん

ほらみろ、やっぱり日本にはNinjaがいるじゃないか!

 

【管理人コメント】

英語は大の苦手ですが要望を頂いたので頑張って翻訳してみました。

少し前のまとめですけど朱鷺ちゃんは海外でも総じて好評みたいです。

強い女性の印象で海外ウケは良さそうでした。でも彼女の魅力はそれだけじゃないんですよ!

なお忍者の末裔だというデマが勝手に広まってるみたいです(なぜ…?)。

 

 

 

 

 

 

『【朗報】七星朱鷺さん、ツイッターを始める』

 

1:名無しさん@おーぷん ID:M0O

なお、まだ猫をかぶってる模様

 

4:名無しさん@おーぷん ID:8ff

>初投稿です。346プロダクションきっての清純派アイドル、七星朱鷺と申します。これからよろしくお願いします。

初手ギャグとはたまげたなあ

 

7:名無しさん@おーぷん ID:Gji

清純派…?

 

10:名無しさん@おーぷん ID:Y5G

(そんな要素は)ないです

 

15:名無しさん@おーぷん ID:i1E

歌って踊れるバラドルの間違いじゃない?

 

21:名無しさん@おーぷん ID:6cf

海外人気姉貴オッスオッス!

 

26:名無しさん@おーぷん ID:X2N

極めて清純に対する侮辱を感じます

 

29:名無しさん@おーぷん ID:Ie6

ここが新しい遊び場ですか

 

31:名無しさん@おーぷん ID:bK1

わーい、いりぐちらー

 

37:名無しさん@おーぷん ID:v1S

>このアカウントではアイドルとしての活動状況の他、最新ファッションやスイーツ、カフェの情報等をお届けしますのでよろしくお願いします♥

は?(威圧)

 

41:名無しさん@おーぷん ID:b8h

駄目だこいつ、早くなんとかしないと…

 

45:名無しさん@おーぷん ID:cdv

何でそんな話をする必要があるんですか

 

47:名無しさん@おーぷん ID:Gex

需要を考えろよ

 

49:名無しさん@おーぷん ID:cFc

そんな誰にでもできることやらなくていいから(良心)

 

53:名無しさん@おーぷん ID:ayN

誰得やんけ

 

57:名無しさん@おーぷん ID:4Dk

RTAについて語って

 

59:名無しさん@おーぷん ID:bOp

どうせすぐラーメン話になる(未来予測)

 

279:名無しさん@おーぷん ID:1eN

【悲報】2日でネタが尽きた模様

 

281:名無しさん@おーぷん ID:SkQ

あんまり煽るから清純ネタツイが消えてしまったじゃないか(憤怒)

 

287:名無しさん@おーぷん ID:D6a

化けの皮剥がれてからキレッキレで草

 

293:名無しさん@おーぷん ID:o4G

暫く見てなかったけど姉貴今どんなこと呟いてんの?

 

295:名無しさん@おーぷん ID:KSJ

なお最新の呟きがこちら

>人の家の植え込みに食べかけのスパゲッティ捨てていったカス野郎はどこのどいつだァァァァァァ!!!!!!!!!!

 

298:名無しさん@おーぷん ID:0iy

 

301:名無しさん@おーぷん ID:k0s

草生える

 

304:名無しさん@おーぷん ID:XyT

大草原不可避

 

307:名無しさん@おーぷん ID:ytr

圧が凄い

 

309:名無しさん@おーぷん ID:e2h

勢いが強すぎる

 

311:名無しさん@おーぷん ID:oqF

アイドル活動1ミリも関係ないやんw

 

315:名無しさん@おーぷん ID:vwx

これには姉貴もげきおこ

 

317:名無しさん@おーぷん ID:J3c

パスタじゃなくてスパゲッティなセンスが好き

 

319:名無しさん@おーぷん ID:w4w

掃除大変そう

 

320:名無しさん@おーぷん ID:J3c

何でそうなったか全く予想できない

 

321:名無しさん@おーぷん ID:wn0

自宅の庭でパスタに奇襲されるなんてたまげたなあ

 

356:名無しさん@おーぷん ID:k6Q

日常でもネタに困りませんね

 

361:名無しさん@おーぷん ID:e0g

他に面白ツイートある?

 

379:名無しさん@おーぷん ID:3oR

>>361

>みんなにおすすめされたまんが(連ちゃんパパ)をよんだよ。すすめやがったファンまじつぶすぞ明日を楽しみにしていろ

 

381:名無しさん@おーぷん ID:d7r

連ちゃんパパ読んだのか…

 

383:名無しさん@おーぷん ID:Sp3

クズのカーニバルだからね、仕方ないね

 

384:名無しさん@おーぷん ID:5w6

児童虐待RTAマンガ

7月中なら無料で読めるよ!

 

387:名無しさん@おーぷん ID:7Xj

アルティメット・クズコミックは伊達じゃないな

 

388:名無しさん@おーぷん ID:A1m

明るい無限地獄に姉貴もニッコリ

 

391:名無しさん@おーぷん ID:xg6

じゅうべえくえすとやって落ち着いて

 

450:名無しさん@おーぷん ID:8bv

>そろそろリスペクト税ほしい。税金滞納者は全員敵

 

452:名無しさん@おーぷん ID:aNq

納税先はどこ…ここ…?

 

453:名無しさん@おーぷん ID:en2

納税窓口開設して、どうぞ

 

455:名無しさん@おーぷん ID:a8r

はやくリスペクト税払わせろ

欲しいものリストに純金入れて晒せ

 

458:名無しさん@おーぷん ID:x24

欲しいものリスト公開して(切実)

 

459:名無しさん@おーぷん ID:jNp

口座番号晒すんだよあくしろよ

 

476:名無しさん@おーぷん ID:E5j

意地でも動画に広告付けない嫌儲民の鑑

 

479:名無しさん@おーぷん ID:h7h

リスペクトの度5ドル貰ってたら今頃富豪よな

 

487:名無しさん@おーぷん ID:Ra3

>なんでプレミアムなのに動画が途中でとまりまくるの(UNEIつぶす)

 

491:名無しさん@おーぷん ID:P42

まだプレ垢だったのか…

 

492:名無しさん@おーぷん ID:chh

月500円の無駄

 

494:名無しさん@おーぷん ID:4r0

マイチューブに移籍したんだから化石動画サイトとは手を切って、どうぞ

 

496:名無しさん@おーぷん ID:rS2

わかりみが強い

 

510:名無しさん@おーぷん ID:t56

運営トップが腐ってるからしゃーなし

 

520:名無しさん@おーぷん ID:n5V

>姉がやべーやつだって妹が気付きそうになってます。そうだ樹海いこう

 

521:名無しさん@おーぷん ID:pcG

自業自得なんだよなあ…

 

526:名無しさん@おーぷん ID:6bK

もう遅い定期

 

529:名無しさん@おーぷん ID:hSj

自覚はあったんですね

 

531:名無しさん@おーぷん ID:OhC

取り敢えず奇行を止めよう

 

532:名無しさん@おーぷん ID:mbO

やべーやつでもいいじゃん(いいじゃん)

 

533:名無しさん@おーぷん ID:4e4

やべー(くらい素敵な)姉

 

537:名無しさん@おーぷん ID:cAL

正直こんな姉欲しいやろ

 

538:名無しさん@おーぷん ID:Mf5

妹さんもデビューすれば問題ないな

 

561:名無しさん@おーぷん ID:w0l

>正直一度くらいは全力で誰かと戦ってみたい。互角の力を持ってる人がいたら挑戦してね

 

562:名無しさん@おーぷん ID:A35

えぇ…

 

563:名無しさん@おーぷん ID:0jL

地上最強の生物が何言ってんだ

 

567:名無しさん@おーぷん ID:v6a

やっぱり戦闘狂じゃないか(歓喜)

 

569:名無しさん@おーぷん ID:fS8

そんなヤツいるわけ無いだろ!いい加減にしろ!

 

571:名無しさん@おーぷん ID:3bC

五体欠損不可避

 

573:名無しさん@おーぷん ID:pi7

でも世界中を探せば一人くらいいるかもしれん

 

574:名無しさん@おーぷん ID:R5o

血縁者なら可能性はあるんじゃないの?

 

576:名無しさん@おーぷん ID:tr5

同じ力を持った従姉妹とかいたら面白そう

 

578:名無しさん@おーぷん ID:Tw2

自分で産んで戦って、どうぞ

 

580:名無しさん@おーぷん ID:b86

娘との因縁の戦いか、胸が熱くなるな

 

582:名無しさん@おーぷん ID:Da1

>今日は久しぶりに天ぷらにしようと思ってエビを買いに行きました。そしたら他の具材は買ってエビだけ買い忘れました。なんででしょう?

 

583:名無しさん@おーぷん ID:ik9

いつもの(ガバムーブ)

 

585:名無しさん@おーぷん ID:86t

悲しいなぁ…

 

586:名無しさん@おーぷん ID:s14

そういう時はメモを取ろうね

 

587:名無しさん@おーぷん ID:eg6

メモを取ったことすら忘れてそう

 

588:名無しさん@おーぷん ID:fd3

ボケ老人かな?

 

589:名無しさん@おーぷん ID:fto

(痴呆が)もう始まってる!

 

591:名無しさん@おーぷん ID:mr2

おばあちゃん、勝手に徘徊したら駄目じゃないの

 

593:名無しさん@おーぷん ID:mrs

モルダー、貴方疲れてるのよ

 

594:名無しさん@おーぷん ID:gto

そ の 血 の 定 め

 

595:名無しさん@おーぷん ID:Gtr

トキ…病んでさえいなければ…

 

【管理人コメント】

管理人も早速フォローしました。

面白ツイートだけじゃなくコメットの最新の情報も出てるので皆、フォローしよう!

私もやったんだからさ(同調圧力)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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