魔法科高校の幻想紡義 -旧- (空之風)
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プロローグ
紡ぐ者たち


この作品は「魔法科高校の劣等生」と「東方Project」のクロス作品になります。
またオリジナル主人公をはじめオリジナルキャラ、独自展開を多く含みます。


××××××出て岐れ、天地初めて発けしとし、高天原に成りし神の名は、天之御中主神、次に高御産巣日神、次に神産巣日神。

 

この三柱の神は、みな独神と成りまして、身を隠したまひ――。

 

(大八洲結代大社に厳重に封印された書物の最初の一文より)

 

 

 

 

 

 

魔法が伝説や御伽噺の世界から飛び出し、既存の技術となった現代。

 

古の夢幻が現在の常識となれば、自ずと消えゆくものもある。

 

幻想。

 

人がまだ世界を認識するのではなく、世界を感じていた頃に、人と共に在ったもの。

 

科学の発達によって失われていき、そして魔法が広く認知されるにつれて、幻想は儚き泡沫のように消えていった。

 

失われた幻想。だが科学と情報が蔓延する現し世で、今なお幻想を紡ぐ者たちもいる。

 

 

 

これは、原より出ていて、神代より紡がれる幻想紡ぎ――。

 

 

 

 

 

 

日本という国には、結代神社という神社が日本中に存在する。

 

結代神社は国津神である八玉結姫(やたまむすびのひめ)を祀る神社であり、八玉結姫とは古事記、日本書紀などに記されている朱糸神話に登場する神だ。

 

朱糸神話、或いは朱糸伝説とは、以下のような内容だ。

 

 

 

八洲と呼ばれる地方で、一人の旅人が深山花の地で休息を取っていたところ、国津神である八玉結姫が現れる。八玉結姫は旅人に問うた。

 

「汝はどこへ行くのか?」

 

旅人は答える。

 

「天にあるという宮へ。月が忘れた鏡を届けに行かねばなりません」

 

その答えに感心した八玉結姫は、やがて旅人と仲睦ましくなる。

 

だが旅人は宮へ鏡を届けるために八玉結姫の下を離れる。

 

その際、八玉結姫は深山花で編んだ朱い糸を持ち出し、旅人に告げる。

 

「この糸の両端にそれぞれの名を繋ぎましょう。たとえ深山花が散れてもこの糸が結う代となりて私とあなたを繋ぐでしょう」

 

旅人は頷き、糸の両端にそれぞれの名を繋いだ。

 

旅人は天の宮に赴き、月が忘れた鏡を届けた。鏡を受け取った月は夜の空を照らすようになった。

 

やがて地へと戻った旅人は深山花の地へ戻ってくると、待っていた八玉結姫に告げた。

 

「たとえ天と地が分たれても、紡いだ縁は切れません」

 

旅人と八玉結姫は夫婦になった。

 

両者は仲睦ましく、その様子を見た月読命が命じて八玉結姫を奉った社が建てられた。

 

 

 

以上の内容が朱糸伝説の大まかな概要であり、八玉結姫は「縁結び」の神として祀られ、八玉結姫を奉った社が淡路島にある結代神社の総本宮である大八洲結代大社(おおやしまゆうしろたいしゃ)という伝承が残る。

 

書類上は大社と列格されているので結代大社と呼称すべきだが、記録上では少なくとも飛鳥時代から結代神社と呼ばれ続け、歴史にすら基づいた習慣によって今なお結代神社と呼ばれている。

 

また古くは帝や親王の祝言の際は、縁結びに肖って結代神社の神主が代々立会人を務めており、神前結婚が成立した明治以降から現代までも、皇族の結婚式は結代大社で挙げることが多い。

 

ある意味、最も権威ある神社と言えよう。

 

ちなみに朱糸伝説は神話では珍しいラブロマンスであり、二十世紀に朱糸伝説をモチーフにした映画『運命の赤い糸』がハリウッドで上映されると大ブレイクし、同時に朱糸伝説も瞬く間に世界中に広がった。

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

歴史ある結代神社、その総本宮である大八洲結代大社と、皇族の東京移住に合わせて東京に建設された結代東宮大社(ゆうしろとうぐうたいしゃ)

 

この二つの神社の神職、宮司を代々務めている一族が、結代家である。

 

だが、人々は知らない、決して知ることはない。

 

結代家が宮司を務める神社は、大八洲結代大社と結代東宮大社だけではない。

 

現世より忘れ去られた幻想の住まう地でも、結代は紡ぎ続けている――。

 

 

 

 

 

 

日本は東方の何処か、山中に現代社会より置いてけぼりを食らったような神社がポツンと建っている。

 

人々に忘れ去られたこの神社の名を、鳥居に掲げられた額がここを訪れた者に教えてくれている。

 

幾年も放置されていたせいか風化が著しいが、辛うじて読める文字には、こう書かれていた。

 

――博麗神社、と。

 

 

 

ちょうどその時、この鳥居の向こう側、現代社会の常識とは違う常識を持つ者たちが隠れ住む世界で、こんな会話が交わされていた。

 

「雅季、魔法科高校に入学してくれないかしら?」

 

「は?」

 

結代家の今代の結代、結代雅季(ゆうしろまさき)は、目の前にスキマを開いて突然現れた妖怪の賢者の唐突な要望に、口をあんぐりと開けて相手を見返した。

 

「雅季、魔法科高校に入学してくれないかしら?」

 

そんな相手の様子などお構いなしに、幻想郷の妖怪の賢者、八雲紫は同じ要望を繰り返し伝えた。

 

 

 

この地が幻想郷と呼ばれ始めた頃から、幻想郷には二つの神社がある。

 

東の最端にあり博麗大結界の境目に位置する博麗神社。

 

そして人里の外れにある結代神社。

 

最近では妖怪の山の頂上に守矢神社も出来たので今では三つだ。

 

結代雅季は結代家が代々受け継いでいる『能力』を強く受け継いでおり、既に幻想郷の結代神社の神主(宮司)を務めている。

 

結代家が神職を代々務める結代神社で宮司を務める者は、当人たちと幻想側の関係者の間で『今代の結代』と呼ばれるようになる。

 

よって結代雅季は幻想郷の結代神社の神主――幻想郷では宮司とは呼ばず神主と呼ぶ――を務めていることから『今代の結代』の一人である。

 

 

 

さて、そんな彼の今日の一日の行動は次のとおり。

 

『能力』で外の世界と行き来できる雅季は、一週間ぶりに幻想郷へ戻ってくると、まず人里の外れにある結代神社へ赴き、定住している神様と巫女と共に朝食。

 

その後は気の向くままに人里を訪れると『人里の守護者』と遭遇。

 

談笑していると『守矢の風祝』が現れて雅季を拉致。「人々と神奈子様への信仰を結ぶのも結代の務めです!」という強引な論理で他の神社なのに信仰集めを手伝わされる。

 

守矢さん家の巫女は実に幻想郷らしさに染まってきているようだ。イイ意味でも悪い意味でも。

 

信仰集めの演説の途中で脱走した後、博麗神社に向かうと『紅白の巫女』と『白黒の魔法使い』がお茶していたのでご同伴。

 

その時に「山菜で一番美味いのはタラの芽かコシアブラか」で魔法使いと討論になって弾幕ごっこにまで発展。ただし途中で「境内が汚れるでしょうが!」と二人して巫女に撃墜される。

 

その後は「自分で建てた分社だから定期的には管理しないとなー」と結代神社の無縁塚分社にやってきたところで、『妖怪の賢者』が突然現れて現在に至る。

 

 

 

分社の縁側に腰掛けて、淹れたお茶を啜る雅季と紫。

 

無縁塚に建てられたこの分社は、『奇縁異変』と呼ばれる異変の後に建てられた結代神社の分社だ。

 

縁側から紫の桜を見ることも出来るが、今期は未だ紫の桜が咲く周期ではない。

 

「……さてと」

 

落ち着いたところで、雅季は口を開く。

 

「先ほどの問いですが、その答えは「はい」と答えましょう」

 

「随分と簡単に決めるわね」

 

「元々、俺自身も魔法科高校へ入学する予定でしたので」

 

「フフ、それは貴方が外の世界でやっている趣味の関係でしょう」

 

「ええ。『魅せる魔法』であっても魔法は魔法。きちんとしたところで学んだか否か、経歴というのは大事なのです。最も――」

 

雅季は苦笑いを浮かべながら困ったように続ける。

 

「よっぽど手を抜かないと、困ったことになりますけどね」

 

 

 

『原より出ていて、神代より紡ぐ結う代』。

 

『結び離れ分つ結う代』。

 

結代家に伝わる、結代家を表す言葉。

 

結代家とは神話時代から続き、今なお神や妖、そして『月』とすら関わりを持つ家系なのだ。

 

世界に対する理解と行使は、外の世界で理に干渉する術を持った者たち、魔法師たちなど比較にならない。

 

それは十師族であっても例外ではない。

 

その最もなこととして、魔法師は「想子(サイオン)」のみで術式を構築する。

 

――それだけだ。

 

彼らが「霊子(プシオン)」と呼んでいるものは、未だ解明すらされていない。

 

その正体を、雅季はあっさりと口にした。

 

霊子(プシオン)とは、即ち幻想。それは彼らが忘れ去り、彼方へ追いやったもの。認識と情報を信仰する現代の人々が再び幻想を抱くには、さてあと何百年必要になることやら」

 

そう言って雅季はゆっくりとお茶を啜った。

 

「人は歴史を繰り返すもの。かつて地動説を唱えた学者が異端とされたように、今は幻想を唱える者は異端となる。――だから、あなたのところの巫女も幻想郷へ招かれたのでしょう?」

 

紫は扇子で口元を隠すと、意味深な視線を雅季に向ける。

 

視線を受けた雅季は飄々とした様子で縁側から見渡せる無縁塚を見つめながら、

 

「それでも、やがて人々は地動説を受け入れた」

 

その瞳の奥に強い光を宿して、言葉を続けた。

 

「いつか、人は再び幻想を受け入れる。その時こそ、博麗大結界はその効力を失ってしまうでしょう」

 

博麗大結界は常識の結界。幻想が否定されているからこそ作用する強力な論理結界だ。

 

逆に言えば、幻想が肯定されると結界は意味を失う。

 

そして外の世界の人々は、『幻想』を観測する術を手に入れている。

 

今はそれが何なのかわからなくとも、いつかは「それ」は「そういうもの」なのだと、幻想を理解するだろう。

 

その時、幻想郷の住人たちはどうするのだろうか。

 

雅季自身は生きてはいないが、結代家は続く。

 

そして、八雲紫を含めた妖怪や神のほとんどが、当事者としてその時を迎えることだろう。

 

また『月』も本当の姿を現世に晒す羽目になる。

 

それは果たして良縁となるのか。

 

先のことはその時の人々の思い次第だが、少なくとも今代の結代としては、現在の世界と幻想を結ぶのは悪縁にしかならないと判断している。

 

「少なくとも今、現世と幻想を結ぶは悪縁以外の何者でもなし。結代としては悪縁が良縁となるまで、両者を『離し』『分つ』ことでしょう」

 

「ええ。それには同意しますわ」

 

「それを踏まえた上で、妖怪の賢者殿にお尋ねします」

 

雅季は『結代雅季』としてではなく、『今代の結代』、そして『結び離れ分つ結う代』として問う。

 

「なぜ、私を魔法科高校へ勧めるのでしょう?」

 

結代雅季が魔法科高校に入学を希望するのは、外の世界でやっている自分の趣味のためだ。

 

八雲紫が求めている理由とは全く違う。

 

ならば、彼女は何を結代家に求めているのか。

 

結代の問いに、紫は目を細めて扇子をパチンと閉じた。

 

「外の世界で、再び流れ始めた動きがあります」

 

そして、いつもの真意を見せない笑みを浮かべて、紫は問いに答えた。

 

「その動きに最も関わるであろう者たち、魔法師はあの学び舎に集う。そして、結代家もその動きを無視できないでしょう。――百年前と同じように」

 

最後の一言で、結代雅季は流れ始めた動きが何なのかを察した。

 

「――なるほど、それは結代としては放置できませんね」

 

ふぅ、と雅季は大きく肩を落とすと、再びお茶を啜り一口飲み干した後、答えた。

 

「わかりました。魔法科高校に入学し、彼ら彼女らの縁を紡ぎましょう。いずれ来る時のために――」

 

「ええ、お願いしますわ。今代の結代にして結び離れ分つ結う代、結代雅季」

 

 

 

 

 

 

終わりを求める者たちと、紡ぐ者たち。

 

対を成す者たちが静かに動き始めたころ。

 

二人の兄妹が魔法科高校への進学を決める。

 

 

 

波乱の日々が始まるまで、あと少し――。

 

 

 




《オリジナルキャラ》
結代(ゆうしろ)雅季(まさき)

東方本編とは百年ぐらい時代設定が違いますが、百年遅れて原作が開始した設定です。


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終らせる者たち

この作品は「魔法科高校の劣等生」と「東方Project」のクロス作品になります。
またオリジナル主人公をはじめオリジナルキャラ、独自展開を多く含みます。


某日、某所――。

 

「百年。言葉では一秒程度で済ませられる単語だが、その実はなかなかどうして深く、そして濃いものだと私は感じているよ」

 

広い洋風の一室。全ての厚いカーテンが閉め切られた空間で、部屋の中央に置かれたソファに座る男は愉快げに語りながら赤いワインを口に運ぶ。

 

百年、一世紀。

 

言葉にすれば確かに簡単だ。

 

だが百年とは、大半の人々からすればそれを実感する前に、一生涯を終えてしまう程の年月。

 

そして時代や歴史という観点からすれば、人々の持つあらゆる価値観、常識が一変してしまう年月。

 

この二十一世紀という百年間の歴史もまた、激流に満ちた時代だっただろう。

 

発端となった西暦一九九九年の『あの事件』。

 

そこで明かされた超能力という『力』。

 

急激な寒冷化を原因とする国家間の資源の争奪、戦争。

 

第三次世界大戦、二十年世界群発戦争。

 

嘗て、ある歴史家が語った予測がある。

 

『第一次世界大戦は、化学の戦争だった』

 

『第二次世界大戦は、物理の戦争だった』

 

『そして第三次世界大戦は、数学の戦争となるだろう』

 

その予測は、半分だけ当たっていた。

 

第三次世界大戦は、「最小の行動で最大の成果を」というドクトリンに基づく、データリンクを始めとする情報と効率性を図った兵器運用。

 

そして、新たな『力』である『魔法』。

 

第三次世界大戦は、数学と魔法という二つの要素を持った戦争となった。

 

三度目の大戦により多くの国家が消滅し、力ある国家は巨大化した。

 

百年前の世界地図はただの紙切れと化し、新しい世界地図に塗り替えられた。

 

その中で魔法もまた、人々にとっては周知の力となった。

 

百年前は御伽話(フィクション)とされていた幻想(ファンタジー)が、今では無情な現実(リアル)に組み込まれている。

 

それを思えば、百年とは何と重い年月なのだろうか。

 

彼はワインを一口飲んでグラスをテーブルに置くと、この部屋にいるもう一人に向かって問いを投げかける。

 

「ところで純粋な疑問なのだが、君も私と同じく、いや私以上に時の重みを実感しているのかな?」

 

座っている男とは反対に、部屋の隅で立ったまま壁に背を預けている少女は無表情に答える。

 

「特に何も」

 

少女はとても簡潔に、この百年間に対する感想を言い捨てた。

 

「ふむ。この百年で人は『魔法』を手に入れて大きく変わったというのに、君は何も思わないと?」

 

「慣れの問題だ。“この程度”の変化、産業革命で既に実感している。何より魔法は私に言わせれば元に戻ったようなものだ」

 

少女の答えに何が面白いのか、男は静かに笑いを零す。

 

「流石は四百年を生きる魔女。私のような凡庸とは器が違う」

 

「凡庸? 貴様が? タチの悪い冗談だな」

 

「冗談では無いさ。私は特別ではない、どこにでもいるようなただの人間だよ」

 

「……さっきの問いの答えを訂正しよう、まさに世も末だ。全人類を鏖殺しようと目論む奴が、普通だとは」

 

呆れた声でそう言い放った少女に、男は穏やかな笑みを浮かべたまま首を横に振る。

 

「鏖殺とは違うな。私はただ終わらせたいだけだ」

 

「結局は同じだろう?」

 

「いいや、明瞭な違いがある。私は憎しみをもって人々を殺すのではない。ただ愛するが故に終わらせたいのさ」

 

「……前々から思っていたが、やはり私にはお前の動機が理解できない」

 

「君と比べれば、確かに抽象的なのだろうな」

 

男は再びワイングラスを手に取って傾ける。

 

「それはそうと、実はラグナレックに『大きな仕事』の依頼が来ているんだ」

 

「ほう」

 

男が提供した話題の転換に、少女は少しばかり興味を示した様子で男へ視線を向ける。

 

 

 

Ragnarokkr(ラグナレック) Company(カンパニー)』。

 

まるで戦争の時代を予見するかのように、二十年国家群発戦争の最初期に、バートン・ハウエルによって設立された民間警備企業(PSC)

 

尤も民間警備会社とはあくまで国際法上での形式であり、実質は歴たる民間軍事企業(PMC)だ。

 

なお、社名の綴りが「Ragnarok」では無いのは誤りではなく、『古エッダ』および『スノッリのエッダ』の「神々の黄昏(Ragnarokkr)」が由来であるためだ。

 

ラグナレックは大戦初期から後期までの二十年間をかけて急速に台頭。

 

更には大戦終了後に在野となった多くの人材を獲得するなどで勢力を拡大。

 

今や名実共に世界最大、そして最強の民間軍事企業となっている。

 

現在のラグナレックは、南半球にある二つの大陸を股に掛けて活動している。

 

一つはアフリカ大陸。大戦前と比べて半分以上の国家が消滅し、未だ資源獲得を目的とした紛争と、歴史的民族紛争が絶えない大陸。

 

もう一つは南米大陸。ブラジル以外は小国分立状態と陥り、大半の力を失った大陸。

 

ブラジルを除外すれば、二大陸の中で勢力を拡大している国々は、その軍事力の半数以上、中にはその大半をラグナレックに委託する形で保持しているのだが現状だ。

 

その為、大国から「ブラジルを除いた二大陸は、実質的にラグナレック・カンパニーの統治下にある」と分析されるほどの影響力を持ち、高レベルの危険度で警戒、監視されている。

 

実際にラグナレックが保有する総戦力は、ブラジルのそれを上回るとも。

 

ブラジルがラグナレックの影響を排することに成功しているのも、戦略級魔法師・十三使徒の一人、ミゲル・ディアスを抱えているという事実が抑止力と牽制の効果を発揮しているに過ぎない。

 

少なくとも大国や先進国の軍首脳部はそう判断している。

 

それが()()()()()()と知っている者は非常に少ない。或いは当事者しかいないかもしれない。

 

――たとえば、この部屋にいる二人のような。

 

 

 

部屋の中でワインを嗜む男性、ラグナレック・カンパニーの現社長であり、初代社長「バートン・ハウエル」の名を引き継いだ二代目「バートン・ハウエル」。

 

彼は少女の視線を受けながら続きを口にする。

 

「依頼主は大亜細亜連合。内容は当然ながら受託するまで明かされない。ただ向こうのオーダーは、優秀な魔法師を最低一個小隊以上」

 

「フン、随分と欲張ったオーダーだな。また日本に仕掛けるつもりか? 少し前に大漢を滅ぼされて、最近には日本の沖縄に侵攻して惨敗したというのに。呆れて物も言えんな」

 

嘲笑を浮かべて侮蔑を吐き捨てる少女に、バートンは面白そうに口元を緩めて少女を見遣る。

 

「フフ、もう三年前になる戦争を『つい最近』、三十年以上も前のことを『少し前』なんて表現できるのは、君ぐらいだな」

 

バートンとは対照的に少女は面白くなさそうに顔を背けると、ラグナレックの社長であるバートンに問う。

 

「それで、依頼を受けるのか?」

 

「ああ。今日にでも日本のクレトシに連絡を入れる予定だ。私たちにとって魔法師一個小隊なんて、簡単に用意できる。他ならぬ君のおかげでね、マイヤ・パレオロギナ」

 

マイヤと呼ばれた少女はバートンを一瞥すると、今回の依頼に思考を巡らせる。

 

「動かすのは駐留部隊か? ――それとも『本隊』か?」

 

「本隊を」

 

バートンの答えを聞いたマイヤは、微かに口元を歪めた。

 

「本隊の魔法師一個小隊。極東の軍事バランスを崩すまでには至らないだろうが、何かしらの切っ掛けにはなるかもしれんな」

 

「ああ、そうだね。これを機に世界が動くかもしれない」

 

バートンは想いを馳せるように、静かに目を閉じた。

 

「そうだとも。世界は動く、動き続ける。だから人々も動き続ける。休む間も無く、それはまるで奴隷のように」

 

サラエボの一発の弾丸のように。

 

天才物理学者の一つの公式のように。

 

世界は何時だって止まることなく動いてきた。

 

時間は流れ続ける。

 

時代を、歴史を、流れを止めることなど出来やしない。

 

バートンはワイングラスに手を伸ばし、コツンと指先で叩く。

 

バランスを失ったグラスはテーブルに倒れると、残っていたワインでテーブルクロスを赤く染めながら転がり、テーブルから落ちて――。

 

「それが“生きる”ということならば、私は私のこの愛を世界へ、これから生まれる子供たちへと届けよう――」

 

床に落ちたグラスは、砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

水無瀬呉智(みなせくれとし)は、水無瀬家の本家である信州にある古い大屋敷の奥間で、陣の中に置いた符札に浮かび上がる文字を黙読していた。

 

見た目からして若い青年で、何より母親似なのか女性的な顔立ちをしており、黒髪を後ろ首筋で切っている。

 

一見して「ボーイッシュな女性」に見えなくもない。

 

ただ一点のみ、その突き刺すような鋭い目つきが無ければ、の話だが。

 

水無瀬家は古式魔法の家系であり、実力という面では他の古式魔法の系譜、九重家や吉田家から一目も二目も置かれている家だ。

 

だが立場という面では古式魔法だけでなく現代魔法、更には十師族からも白眼視されている。

 

その理由は、水無瀬家が日本の魔法師でありながら、正式にラグナレック・カンパニーに所属しているためだ。

 

それもラグナレックの幹部という高位の席に。

 

ラグナレック・カンパニーが創設されたのは二十年国家群発戦争の最初期。

 

その創設メンバーの中には、当主を始めとした水無瀬家一族も名を連ねていた。

 

当時のラグナレックは世界中で活動していたとはいえ乱立する民間軍事企業の一つ。

 

創始者である初代バートン・ハウエルが設立したばかりの弱小勢力に過ぎなかった。

 

それが二十年戦争の最初期から初期に掛けて民間軍事企業の一角として名を馳せ、中期から後期には世界有数の戦力を保有する巨大企業。

 

そして戦後数年で有史以来最大の民間軍事企業と成り遂せたのは、初代バートン・ハウエルのカリスマ的指導力と、創設時から優秀な魔法師を幾人も揃えていたという二つの要因があったためだ。

 

当時の水無瀬家は僅か十名足らずだったが、一族総出で日本から飛び出しラグナレックに属し、今や世界最大規模のPMCの幹部に収まっている。

 

そして現在、水無瀬家の人間は当主である水無瀬呉智、この青年ただ一人を残すのみ。

 

元々虚弱であった母は、妹を出産した際に亡くなっており、父は十年以上前の中東の戦役で敵側となって介入してきたインド・ペルシア連邦の一個連隊と交戦。

 

父を含む僅か六名の分隊で連邦軍の魔法師を含めた一個連隊をほぼ全滅に追いやるという隔絶たる戦果を築き上げると共に全員が戦死という、壮絶と言っても過言ではない最期を遂げている。

 

それでも呉智には嘗て年の離れた妹がいたが、彼女は既にこの世界から“消え去って”しまっている。

 

呉智に残されたのは水無瀬家当主という名ばかりの座と、バートン・ハウエル直属部隊、通称「本隊」所属というラグナレック幹部としての席。

 

そして、世界に対する一つの強い想い。

 

故に、呉智は上司であるバートンに心から同調しており、バートンからも優秀な部下というだけでなく、同志としても遇されている。

 

(内容はやはり総隊長からの任務通達。依頼主は大亜連合、か)

 

符札に浮かび上がる文字、英語で書かれた本隊の指令書を読み終えた呉智は内心でそう呟く。

 

この通信方法は本隊、つまりバートン直属の部隊で開発された、とされている術式で、存在自体が本隊以外には知らされていないトップシークレットだ。

 

「魔法にとって物理的な距離は意味をなさない」というのは現代魔法の常識だ。

 

だが、だからといって「地球の反対側の人物が書いた文字がリアルタイムで目の前の紙に投影される」などという魔法を呉智は知らない。

 

現代魔法で解釈するならば、おそらく向こうで送信の媒体となる用紙に書かれた文字がエイドスに刻まれ、受信の媒体となるこちらの符札に刻まれた文字が反映される、光の「放出」と「移動」と「収束」の複合魔法。

 

古式魔法で解釈すれば、精霊を用いた『感覚同調』の更に発展型。

 

だが、それすらも推測に過ぎない。

 

本当はもっと別な、常人が知り得ない魔法なのではないのだろうか。この通信手段を見る度にそんな思いが脳裏を掠める。

 

電子的情報ネットワークを介した情報のやり取りは、利便性と即応性に長ける分、リスクも大きい。

 

例えばこの国にいる『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』のような凄腕ハッカーの手によって情報が流出する危険性もある。

 

その為、こういったラグナレックの重要度の高い情報は、あの少女が作ったであろう魔法的で、ラグナレック本隊以外の誰も知り得ない伝達手段でやり取りを行う。

 

(おそらくこの術式を編み出したのは、ハウエル総隊長の傍らにいるあの少女)

 

マイヤ・パレオロギナ。

 

本隊所属かつ幹部、つまりラグナレックの上層部となってから漸くその存在を知り、顔を見ることのできるバートン・ハウエルの右腕。ラグナレックの最高機密。

 

外見は腰まで伸ばしたアッシュブロンドの長い髪に黒い瞳。

 

見た目は十代半ばを思わせる少女だが、その身に纏う雰囲気も、何より彼女が持つ既存の魔法を大きく覆す魔法の数々を実際に垣間見た限り、とてもじゃないが十代とは到底思えない。

 

例えるならば、表裏を知り尽くした女王、或いは何代も生き続ける魔女――。

 

(いや……)

 

そこで呉智は首を横に振り、逸れた思考を正す。

 

少女の正体など自分にはどうでもいいことではないか。

 

必要なのは、ラグナレックのメンバーとして行動すること。

 

それが、自分の復讐を成し遂げるための最短にして最大の前進であると信じて。

 

 

 

呉智が符札に手を添えると、符札は受信機としての機能を失い、ただの紙に戻る。

 

今回の依頼主は大亜細亜連合。任務内容は不明だが、おそらくこの国相手の任務になるだろう。となれば――。

 

「この国には、もういられなくなるな」

 

ラグナレックに所属しているも、今までは日本と直接敵対関係には至っていないからこそ、水無瀬家は未だ日本で生活することを許されている。

 

尤も、今もこの屋敷の外にいるように密かに監視が付けられていたが、それも今回までだろう。

 

今度からは監視ではなく、敵となる。

 

(あの兄妹とも敵同士になる、か)

 

ふと脳裏に浮かんだのは、三年前に出会った、強力無比な魔法を使う少年少女。

 

ラグナレックの、まるでこの世界にわからないことなど無いのではないかと思わせるような情報網によると、「あの」家の関係者である二人。

 

 

 

――あの時、一瞬だけ妹と姿が重なったため、命を助けた少女。

 

 

 

それでも――。

 

 

 

呉智はゆっくりと立ち上がると、無言のまま踵を返して奥間から出て行く。

 

まずは監視を振り切ってから横浜へ向かう。

 

妹が消えたあの時以来、この屋敷には何も残していない。踏み込まれたところで問題などありはしない。

 

 

 

それでも、水無瀬呉智は――。

 

 

 

そして、水無瀬呉智はいとも容易く監視の目を振り切って行方を晦まし。

 

先祖代々続くこの水無瀬家の本家に帰ってくることは二度と無かった。

 

 

 

妹を消し去った、妹の存在を許さなかったこの世界を、許すつもりは無かった――。

 

 

 

 

 

 




《オリジナルキャラ》
・バートン・ハウエル
・マイヤ・パレオロギナ
水無瀬(みなせ)呉智(くれとし)


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第一章 入学編
第1話 結代雅季


国立魔法大学付属第一高校。

 

日本に九校しかない、魔法を学び磨く為の高等学校。

 

入学式が行われる今日。胸元に八枚の花弁をあしらった真新しい制服を纏った一人の少年が、その魔法科高校へと歩いていた。

 

発達している現在の交通機関。電車の代替として普及したキャビネットを使えば、『第一高校前』という文字通り高校のすぐ目の前まで楽に移動できる。

 

だというのに、この少年はゆっくりとした足取りで、顔を上げながら静かに歩いていた。

 

顔を上げたまま歩く少年の視線の先には、淡紅色の美しき花が咲き誇っている。

 

桜。

 

春の季語の代名詞とも言える、見事に咲き誇り、瞬く間に散っていく花である。

 

少年が歩く道は桜並木。

 

桜を見上げながら歩む足取りは実にゆっくりだ。

 

第三者がいればこのペースで遅刻にならないか心配になるぐらいだが、入学式まで二時間以上も残しているので全く問題なかったりする。

 

のんびりとした様子で花見を楽しんでいる少年。

 

身長は百七十センチメートル程度。

 

少年の年齢からすればおおよそ日本人の平均といったところだが、どこか幼さが残った顔つきが、未だ『少年』であるという印象を醸し出している。

 

――ふと、少年は足を止める。

 

風が吹き、散りゆく桜が少年を包み込む。

 

――瞬間、少年の雰囲気が一変する。『少年』から、厳かなる『何者か』へ。

 

「もろともに、あはれと思へ、山桜。花よりほかに、知る人もなし」

 

小さく口ずさんだ一首の和歌。

 

かつて僧侶が山奥で桜を見たときに詠んだ歌だ。

 

直後、少年は僅かに口元を歪める。

 

それは嘲笑か、或いは憂いか。

 

「現世の花では、今や知らぬ、か。もはや知るは――のみか」

 

吹き去った風が『彼』の最後の言葉を覆い隠し、残花が通り過ぎた後、その身は再び『少年』へと戻っていた。

 

視線を上から前へと戻し、少年は再び歩み始める。

 

少年の立ち去った後、後には舞い散る桜と、目に見えぬ世界に刻まれた『彼』の単語の余韻だけが残される。

 

風が隠した其れは――。

 

 

 

――『幻想』

 

 

 

 

 

やがて、少年は魔法科高校の門を潜る。

 

入学式が行われる講堂へ向かう際、中庭のベンチに座って読書をする少年とすれ違う。

 

 

 

一つの邂逅。

 

『社会』に生き『現実』に立ち向かう少年と、『世界』を知り『幻想』を紡ぐ少年。

 

司波達也と、結代雅季。

 

二人の最初の交叉は、互いに意識せぬまま、過ぎ去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

新入生はその日は入学式のみで終わりだ。

 

入学式は滞りなく終わると、雅季はそのまま帰宅することを選んだ。

 

雅季の交友関係は広い。

 

中学校時代の友人からそのままの通り「雅季の交友関係は広すぎる」とまで評されるほどだ。

 

評した当人は知らぬことだが、人だけでなく妖怪や神様にも知人友人がいるのだから強ち間違ってはいない。

 

評された方は「結代だからこそ、縁を尊ぶのは当然のこと」と思っているが。

 

その交友関係の中には、同世代の魔法師も幾人かいる。

 

もしかしたら一高に入学しているかもしれないのでそのまま学校に残り、知人を探すなり新しい縁として友人を作っても良かったのだが、生憎と今日は用事がある。

 

 

 

駅からキャビネットに乗り込んだ雅季は、配布されたIDカードを片手で弄びながら、改めて自身の右胸に縫い付けられた八枚花弁のエンブレムを怪訝そうに見る。

 

それは間違いなく魔法科高校の一科生を表す紋章。

 

(何で一科生なんだろうな?)

 

合格通知が来た段階で学校側に申請を出しておいたのだが。

 

(……まあいいか。そういえば、あの新入生総代――)

 

思考を切り替えて、ふと思い出すのは入学式。新入生の代表として壇上に上がった少女。

 

(ちょっと似ていたなー)

 

脳裏に思い浮かんだ、おそらく今日も会うことになるだろう知人と似ていたことをボンヤリと思いながら、結代雅季は『外の世界』の住まいである結代東宮大社へと帰っていく。

 

 

 

そして、神社の本殿外陣から、結代雅季は自らを『幻想』へと分つことだろう。

 

 

 

何故なら、今日()博麗神社で花見があるのだから――。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、魔法科高校の生徒会室では、生徒会副会長である服部刑部少丞範蔵(はっとりぎょうぶしょうじょうはんぞう)が生徒会長である七草真由美に異議を申し立てていた。

 

ちなみに服部の名前について、学校へは「服部刑部」で届出されているので、サインが必要な時は服部刑部で問題は無い。

 

まあ、どうでもいいことである。

 

「会長、どうして二科に遠慮なんかを」

 

「仕方ないでしょ、ノーアポだったんだから。それとはんぞーくん、生徒会役員としてそれは問題発言よ」

 

敬愛している先輩にそう言われてしまえば、服部としては何も言えない。

 

結果、彼は「失礼します」と一礼して引き下がった。

 

尤も、その顔は納得など到底していない顔であった。

 

本来なら今ごろは新入生総代である司波深雪に生徒会への勧誘を行っているはずであった。過去形なのは、それが実現しなかったためである。

 

服部からすれば、彼女自身に外せない用事があるのなら仕方がない、真由美が言ったとおり事前にアポイントを取っていなかったこちらが悪いのだから。

 

だが「二科生である兄が妹と一緒に帰りたいから」という理由ならば別だ。二科生(ウィード)は補欠らしく、正規な生徒に遠慮すべきだ。

 

更に服部の個人的な感情として、それが生徒会長たる七草真由美の頼みなら尚更だろうと強く思っている。

 

ちなみに本当は「一科生である妹が兄と一緒に帰りたいから」の方が正しいのだが、服部の主観では逆に見えたのでそれが誤解を生んでいた。

 

(一科生だから、二科生だから、なんていう選民思想は何とか拭い去りたいけど、染み付いた意識は中々拭えないわね)

 

納得など欠片もしていない服部の様子を見て、真由美は内心で憂鬱な溜め息を吐いた。

 

(まあ、はんぞーくんが苛立っているのもわかるんだけどね)

 

今年の新入生は、服部のような認識を持っている者たちの従来の価値観を覆す人物が二人もいたのだから。

 

一人目は司波深雪の兄、司波達也。

 

入学成績、七教科平均が九十六点。特に魔法理論と魔法工学については合格者の平均点七十点を大きく引き離して文句なしの百点だ。当然、入学者の中での筆記試験の成績は首席だ。

 

もし筆記試験も含めてクラス分けが決まるのだったら、間違いなく彼は一科生にいただろう。ただ実技が苦手、というだけで彼は二科生にいる。

 

そしてもう一人、おそらくこっちの方が、服部が無意識に苛立っている原因の割合は大きいだろう。

 

一年A組、結代雅季。

 

結代神社という有名な神社の神職を代々務めている家系の直系。

 

だがそれよりも、結代雅季といえば最近流行の演出魔法(アトラクティブ・マジック)の先駆けとして有名になったアマチュアアーティストだ。

 

入試の総合成績は九位。

 

だが実技では二位、一位である司波深雪の次点である。

 

総合成績が九位なのは、筆記試験の成績が芳しくなかったためだ。特に魔法理論では独特な色が見られたせいで教師陣は採点に随分と苦労したらしい。

 

とはいえ実技の面で言えば文句なしに一科生が確実の優等生――だというのに。

 

(まさか自分から二科生を希望する子がいたなんてね)

 

結代雅季は合格通知が届いた後、学校側へ二科生を希望したのだ。

 

驚いた教師陣が申請書の動機欄を見ると、「卒業後の進路として魔法科ではなく神道学科を希望するため」と書かれていた。

 

最初、教師陣は訳が分からなかったが、少し考えると彼の本意を理解し、再び驚愕に目を見開いた。

 

魔法科大学側のノルマとして大学合格者百名を出さなければならない高校側だが、魔法師不足により二百人を教えられるほどの教師陣を揃えられない。

 

その為、百人は必ず合格させる苦肉の策として、誤解から始まった二科生制度をそのまま採用している。

 

だから、結代雅季は二科生を希望したのだ。

 

「自分は魔法科大学に行かないから、一科生になる必要はない」と。

 

つまり彼は一科生と二科生を才能の差ではなくただの学校側の都合として認識しており、教師陣は間違っていないが本当にそんな認識でいる生徒がいることに驚いたのだ。

 

教師陣は対応について話し合ったが、結局は一科生として彼を入学させた。

 

きっと在学中に進路相談という名目で魔法科大学の入学を薦めるのだろう。学校側としても彼のような優秀な魔法師はそう簡単には手放せない。

 

服部の無意識な苛立ちは、雅季のその認識が原因だ。

 

それは、自分たちの誇りが彼にとっては取るに足らないものなのだと宣言したようなものだから。

 

だが服部には許せない価値観でも、真由美にとっては歓迎する価値観だった。

 

むしろ真由美は、魔法をそういった目で見ている雅季だからこそ、『演出魔法師(アトラクティブ・マジック・アーティスト)』という新しい魔法師の平和的な役割を提言できたのだろうと納得していた。

 

(司波達也くんに結代雅季くん。二人がみんなの意識改革の切っ掛けになればいいんだけど)

 

折角の逸材が二人も入学してきたのだから私の在任中には何とかしたいなぁ、と真由美は心の中でそう独り言ちた。

 

 

 

 

 

 

入学式の翌日の早朝、小高い丘の上に建てられた「寺」に、司波達也と司波深雪の兄妹の姿があった。

 

達也が体術の師匠である忍術使い・九重八雲との稽古を終えた後、達也、深雪、九重の三人は縁側に腰を下ろし朝食と休憩を取っていた。

 

「先生の忍術が由緒正しいものだということは重々承知しておりますけど、気配を消して忍び寄ることは伝統とは違うことだとお兄様も思いませんか?」

 

話題はここへ来たした時の一幕、いつものように九重が気配を消して深雪に話しかけた時のことだ。

 

「まあ、『忍び』だからといって会う人全員に忍び寄る、なんて伝統は聞いたことがないな。そこのところを師匠はどうお考えですか?」

 

「深雪くんにも言ったけど、『忍び』に忍び寄るなというのは難しい話だよ。水の中にいる魚に泳ぐなと言っているようなものだね」

 

「……あくまで伝統ですか」

 

「伝統だね」

 

いけしゃあしゃあと言い放つ九重に、達也と深雪は苦笑いを禁じ得なかった。

 

「伝統と言えば、結代家の嫡男も君たちの高校に入学したね」

 

「結代家?」

 

唐突な話題の転換はおそらく意図してのことだろう。

 

達也も深雪も急にその家名が出てきたことに怪訝そうな顔を向ける。この時点で九重の目論見は達成されていた。

 

「国津神である八玉結姫を祀る結代大社の神職を代々務める一族だよ。記録によれば少なくとも飛鳥時代からは既に続いている、少し悔しいけど僕たちよりももっと由緒ある伝統の家系だね」

 

「それはまあ、知っていますが……」

 

「君たち魔法師にとっては、『演出魔法師(アトラクティブ・マジック・アーティスト)』結代雅季って言った方がわかりやすいかな」

 

「ああ」

 

その名称で二人は納得したように頷いた。

 

達也も深雪も、結代雅季の名前は知っていた。『演出魔法師(アトラクティブ・マジック・アーティスト)』の開拓者という肩書きとともに。

 

 

 

魔法師の主な“用途”の九割は軍事関係であり、依然として魔法師は兵器としての役目を負っている。

 

達也は魔法師を軍事的必要性から経済的必要性に変えることで、魔法師の地位向上を目指している。

 

それとは全く別の点、エンターテインメントという観点で魔法師の用途を見出した人物こそが、当時十歳だった結代雅季だ。

 

最初は結代大社の神楽の時、演奏の最中に雅季は魔法を駆使して幻想的な光のイリュージョンを生み出した。

 

派手ではなく荘厳さを是とした光の魔法は、参拝客たちを古の神々の世界へと誘い、終わった時には参拝客全員の心を奪っていた。

 

次の舞台は彼の知人のバンドのライヴ。

 

その時のライヴこそが、音楽と魔法という新しい演出効果が認められた瞬間だと今の音楽情報誌は記載し、大げさな表現が好きな別の情報誌は「伝説の夜」とも呼んでいる。

 

以後、音楽関係を中心にあらゆるイベントで魔法師が引っ張りだこになる状況が今も続いており、『演出魔法師(アトラクティブ・マジック・アーティスト)』とはそういったイベントに参加する魔法師に付けられた名称だ。

 

娯楽という身近なところで魔法師を知った人々の間では魔法師への偏見も無くなりつつある。

 

国防上の理由から魔法師の就職先は未だ軍事関係が多いが、魔法師を身近な存在へ変えてみせた結代雅季を、達也は素直に賞賛していた。

 

 

 

「彼も魔法科高校に入学したのですね」

 

「そうだよ。しかも実技の成績は二位、深雪くんの次だよ」

 

さり気なく言い放った九重の言葉に、深雪は目を丸くして驚いた顔を見せる。

 

驚いたのは達也も一緒だが、その内容は妹とは違っていた。

 

「師匠、なんで入試の成績をご存知なんですか?」

 

「何故って、それは僕が『忍び』だからだよ」

 

平然と何か問題あるかな、と視線を向けてくる九重に、達也は諦観の面持ちで首を横に振った。

 

「伝統の結代家が編み出した新しい『魅せる魔法』、いつか生身で見てみたいものだね」

 

俗世を捨てたにしては俗っぽいセリフを呟きながら、九重は日が昇り始めた空を見上げる。

 

実技第二位の結代雅季が二科生を希望したという事実は、九重八雲の口から二人に知らされることは無かった。

 

 

 

 

 

同じ頃――。

 

「あー、頭がズキズキする。鬼と天狗のタッグは卑怯だろ……」

 

夜まで続いた花見の席で、百鬼夜行な鬼と新聞記者な天狗の二組と成り行きで呑み比べをする羽目になった雅季は、二日酔いに陥っていた。

 

 

 

 



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第2話 腐れ縁

むしろこっちの方が主人公するだろうと思っています、森崎駿の登場です。


初日の教室は独特の雰囲気に包まれるものである。

 

この中に友人がいる者は友人と話すだろうし、友人がいなくとも初対面に話しかけて新たに友人となる、そんな時間帯だ。それはA組も同様である。

 

そして雅季も、割り当てられたクラスであるそのA組の教室に足を踏み入れた。

 

ちなみに二日酔いは既に『能力』で治してある。

 

昨日のうちに顔合わせした者もいるのだろう、既に小集団が幾つかできてそれぞれ談笑している。

 

(俺の席はどこかなー?)

 

机に刻印された番号から自分の番号を探そうと雅季は教室を見渡し、

 

「あれ」

 

ふと教室の中央付近の小集団の中に見知った顔を見つけた。

 

向こうは会話に夢中でこちらに気づいていないようだった。

 

雅季はさり気なく友人の背後に回ると、

 

「よう」

 

「そこは加重魔法で――ブハッ!!」

 

会話に夢中だった友人の脇腹を人差し指で突っついた。

 

ちなみに今の奇声のせいで教室中の人間が何事かと振り返りこちらを注目しているが、友人(?)に気づいた様子は無い。

 

「いきなり何す――って、雅季!?」

 

「よう駿。社長の息子さんの結婚式以来だな」

 

振り返って抗議の声をあげかけ、目の前にいる人物に驚愕、というか仰天している少年の名は森崎駿。

 

雅季に(主にからかいの対象として)魅入られている不幸な少年である。

 

「な、なんでお前がここに!?」

 

目に見えて動揺を浮かべている駿の問いに、

 

「入学したからだろ」

 

「――」

 

そう雅季が答えた瞬間、森崎は固まった。

 

「おーい」

 

目の前で手を振ってみても、森崎は反応を示さない。

 

ただ愕然とした表情を浮かべたまま、時が止まっていた。

 

 

 

 

 

 

結代雅季と森崎駿。

 

二人は以前に同じ学校だった、というわけではなく、家が近くだったというわけでもない。

 

だが二人の家の家業が、二人の間に腐れ縁を結ぶ役目を果たしていた。

 

森崎一門は「いかにして速く魔法を発動させられるか」を追及した魔法技術『クイックドロウ』の活かした民間のボディーガード業を営んでいる。

 

結代家は結代神社の神職を務める家系であり、結代神社は縁結びのご利益で有名な神社だ。

 

皇族の結婚式も執り行う結代神社には、そのご利益、というより権威に肖ろうと民間の資産家たちが結婚式を挙げることも少なくない。

 

雅季と駿が顔見知りになったのも互いの家業が縁となったものであり、ある資産家の親族の結婚式を結代神社で挙げることになり、その親族の護衛として森崎家が営む警備会社が選ばれたのが切っ掛けだ。

 

以来、同じケースが重なって家業関係で結代雅季と森崎駿は何度も顔を合わせる機会があり、それなりの縁が続いている。

 

……尤も、森崎にしてみれば「悪縁の類だ、しかも腐れ縁の」と断言するだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

「……お前も、A組、なのか?」

 

秒針が半周ぐらいしてようやく動き出した森崎だが、その動きはどこかぎこちなく、問い掛けの内容は今更なものだった。

 

「A組じゃなきゃここにいないだろ。初日からいきなり違うクラスに行く奴いるのかな?」

 

雅季は何を当たり前なことを、と言わんばかりの表情から何かに気付き、

 

「いや、そんな質問が出てくるってことは……森崎、お前は何組なんだ?」

 

「A組に決まってるだろ!」

 

一転して真面目な顔で尋ねてきた雅季に。森崎は若干半ギレで答えた。

 

はぁ、と肩を落とす森崎。その周りには先ほどまでの誇りに満ち溢れた覇気は無く、どんよりとした空気だけが漂っていた。

 

 

 

森崎駿はジェットコースター並みの感情の転落を自覚していた。

 

駿はこの同年齢の知人、結代雅季が苦手だ。

 

初めて会った時は、雅季も結代家の一人として真面目に神事を執り行っていたので、それなりに好感を覚えたものだ。

 

だが、この少年は神職に携わっている時とプライベートの時との差が実に激しい。

 

神事では見ている方も姿勢を正したくなるほど真剣に執り行うのに、プライベートでは根が真面目な駿をしょっちゅうからかい、おまけに何故か他の森崎一門から気に入られており、そこから本人すら忘れているような恥ずかしい話も聞かされている。

 

過去にあった実例では、こんな話がある。

 

 

 

ある資産家の息子が結代神社で結婚式を挙げることになり、親族の護衛に森崎一門が雇われた。

 

そして神社で事前の護衛の打ち合わせを行った時のことだ。

 

森崎、結代、依頼主の代表たちが最初の打ち合わせをしている時、駿は部屋の外で待機していた。

 

そこへ依頼主の親族である中年男性がやってきて、駿を見るなり眉を顰めて「君のような子供がボディーガートなんて出来るのか?」と文句を言い出した。

 

流石にムッとした駿が反論しようとして――。

 

「大切な親族の一生に一度の晴れ舞台。その式典と護衛に、私や彼のような子供がいることに不安を思うのは当然のことでしょう」

 

いつの間にか隣に来ていた雅季がそれを手で制し、男性の目を真正面から見ながら言った。

 

「ですが、私は未だ若輩の身ですが、少なくともここにいる森崎駿の実力は我が結代家が保証致しましょう。彼は信頼にたる実力を持ち、実績を以てそれを証明しております。何でしたら、彼の警備会社に問い合わせてデータを取り寄せましょう。――きっと、貴方も満足することでしょう」

 

普段のふざけた態度など全く感じさせない毅然とした態度で、最後は相手に心配無用と口外に伝えるような笑顔で、雅季は相手に告げた。

 

隣にいる駿が呆然と雅季を見遣っている中、男性はしばらく雅季を見返し、

 

「そうか」

 

と呟いて、ゆっくりと肩を下ろす。その時には男性の気配から刺々しいものは既に無くなっていた。

 

そこへ、ついさっきまでの毅然とした態度など何処へやら、雅季は悪戯染みた笑みを浮かべて砕けた口調で言った。

 

「まあ、本当に心配しないで下さい。確かに駿は自室の本棚の裏に秘宝を隠す思春期真っ盛りの少年ですが、本当に魔法師としての腕は確かですよ」

 

「何でお前が知ってるんだ!?」

 

露骨に反応してしまったため、かえってそれが事実だと証明してしまったのだが、混乱している駿は気づかない。

 

男性は一瞬キョトンとしたが、やがて穏やかな、そして意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「そうか、そこまで言うのなら信用しよう。大切な姪の結婚式なんだ。結婚式も護衛も、どうかよろしく頼む。あと、同じ男としてのアドバイスだ。秘宝は本棚の中に紛れ込ませるといい。木を隠すなら森の中だ。私はそれでバレなかった」

 

「だってさ」

 

ニヤニヤとしている二人の視線を受けた駿は、雅季と出会ってから何度も感じている「穴があったら入りたい」という思いを再び感じていた。

 

 

 

森崎駿は結代雅季が“苦手”だ。

 

普段から面白可笑しくからかってくるくせに、不思議と憎めない。

 

無視しようとしても、何故か腐れ縁で一緒になってしまう。というか無視できるほど雅季は没個性な人間性ではない。

 

ある時は「あいつ、面白いからって理由でポリヒドラ・ハンドルみたいな偶然を利用する魔法を使ってないよな?」と本気で疑っていたこともある。

 

そう、結代雅季は魔法が使える。それも森崎駿より強い魔法力を持っている。

 

だというのに、決してそれを誇ったりしない。否、誇りとも思っていない。

 

当然だ、結代雅季にとって魔法とは『趣味』であって『本業』ではない。

 

雅季の本業はあくまで結代神社の、縁結びの宮司であり、魔法師ではないのだ。

 

それを知った一時期は愕然として、忸怩たる思いに駆られたものだが、雅季の『結代』という家名にかける真剣さを知っているだけに、今では何とか割り切れている。

 

やはり、森崎駿は結代雅季が“苦手”だ。天敵だと言ってもいい。

 

森崎駿の価値観とは全く噛み合わないくせに、どうしてか不思議と腐れ縁が続く。

 

きっとこれから一年間、苦労することになるんだろうなぁと、森崎駿は高校生活二日目で既に悟り、暗澹とした気持ちでいっぱいになっていた。

 

それは絶世と言っても過言ではない美少女、司波深雪が教室に入ってきて教室内がざわついても、それに気づかないぐらいだった。

 

 

 




腐れ縁で変な奴とよくつるんだせいで森崎の性格が良くなっています。あと苦労人属性も追加されています(笑)


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第3話 最初の交叉

その日の放課後、司波達也(しばたつや)司波深雪(しばみゆき)の兄妹は困惑した表情で目の前で進行している口論を眺めていた。

 

「ですから、深雪さんはお兄さんと一緒に帰るって言っているんです。話があるんでしたら一緒に帰ったらいいでしょう! 何の権利があって二人の仲を引き裂こうとするんですか!?」

 

激昂した様子で啖呵を切ったのは、達也のクラスメイトで柴田美月(しばたみづき)だ。

 

昨日今日の付き合いだが、普段の大人しい性格を見ていただけに、真っ先に一科生に食ってかかったことに達也は意外感を禁じ得なかった。

 

「引き裂くと言われてもなぁ」

 

「み、美月は何を勘違いしているのでしょう?」

 

「深雪、なぜお前が焦る?」

 

当事者でありながら傍観者の立場にいる二人も混乱気味であるが、場は更に混乱しつつあった。

 

「僕たちは彼女に相談があるんだ! ……あと、言っておくけど引き裂くつもりなんて無いからな!」

 

「そうよ! 司波さんには悪いけど、少しだけ時間を貸してもらうだけなんだから!」

 

そう反論するのはA組の男子生徒その一と女子生徒その一。

 

なぜか男子生徒その一が「引き裂く」ことを強調して否定したが、冷静だった達也以外はヒートアップ、一名のみはそれで更にトリップしていたので怪訝に思う者はいなかった。

 

あと小声で「雅季を敵に回すわけにはいかない……」と悲壮な声で呟いていたが、それもまた誰の耳にも入ることはなかった。

 

「ハ、相談だったら自活中にやれよ。ちゃんと時間を取ってあるだろうが」

 

「深雪の都合も考えたら? 相手の都合も考えずに相談だなんて、まずは相手の同意を取ってからがルールでしょ。そんなことも知らないの?」

 

相手を挑発するような態度で言い放ったのは美月と同じく達也のクラスメイト、西城(さいじょう)レオンハルトと千葉(ちば)エリカ。

 

A組とE組、一科生と二科生。

 

両者の間で一触即発の空気が流れる。

 

あくまで当事者である達也と深雪を置いてけぼりにして。

 

 

 

最初の衝突は昼休み。

 

早めに食堂に来られた達也たちが昼食を取っているところへ、A組の男子女子に囲まれた深雪がやって来た。

 

深雪は達也たちと共に食べるつもりだったのだが、

 

「奴は……いないな、よし! 司波さん、親睦を深めるためにもA組同士で一緒に食べませんか!」

 

男子生徒その一が周囲を確認した後、深雪を昼食に誘った。

 

それを切っ掛けに、A組のクラスメイトから次々と誘われる深雪。

 

だが深雪がそれを断り続けると、次第に矛先が一科生と二科生の違いへと向かい、しまいには一部が「ウィードは席を空けろ」などと言い出す始末。

 

その場は達也が目配せをして席を立ったために事なきを得たが、レオとエリカは既に爆発寸前であり、この時から既に険悪な空気が出来上がっていた。

 

そして現在、達也たちと一緒に帰ろうとする深雪に再びA組が誘いを掛け、それが強引な誘い方になってきたところで美月が切れ、今に至る。

 

 

 

そして、

 

「ウィードごときが口出しするな!」

 

「同じ新入生じゃないですか! あなた達ブルームが、今の時点でいったいどれだけ優れているっていうんですか!」

 

男子生徒その二の差別的発言に対する美月の反論に、両者の関係はついに臨界点を迎えた。

 

「どれだけ優れているかだって? 知りたいなら教えてやるぞ」

 

「ハ! 面白れぇ、教えてもらおうじゃねぇか!」

 

売り言葉に買い言葉でヒートアップした男子生徒その一の「本気」の宣告をレオが買う。

 

隣にいるエリカも不敵な笑みを浮かべてそれに応える。

 

「なら――教えてやる!」

 

瞬間、男子生徒は一瞬で特化型CADを抜き取り、銃口をレオに突きつけた。

 

そして、突きつけると同時にその手からCADが弾き飛ばされた。

 

「ッ!?」

 

反射的に後退する男子生徒。

 

男子生徒の視線の先には、いつの間にか取り出した警棒を振り抜いた姿勢で笑みを浮かべるエリカ。

 

「この間合いなら、体を動かしたほうが速いのよね」

 

「それは同感だが、テメエ今俺の手ごとぶっ叩くつもりだっただろ」

 

残心を解いて不敵にそう告げるエリカを、CADを掴みかけた手を咄嗟に引いたレオが睨む。

 

「あーら、そんなことしないわよ」

 

「わざとらしく笑って誤魔化すんじゃねぇ!」

 

漫才のような騒ぎを繰り広げるエリカとレオだったが――。

 

 

 

「じゃあこいつも今から叩けるのか?」

 

 

 

「――!!」

 

その時には既に、男子生徒は弾き飛ばされたCADとは別の小型特化型CADの銃口をエリカに向けていた。

 

「二つ目!?」

 

ほとんどの魔法師にとって本来、特化型CADは一つで充分である。

 

汎用型CADと特化型CADの組み合わせならば、CADを二つ持っていてもおかしくはない。

 

汎用型CADで補助系の魔法を使い、特化型CADで攻撃系の魔法を使う。

 

実際、男子生徒の戦闘スタイルはそれである。

 

汎用型CAD一つあれば多種多様な起動式をインストールできるので、特化型CADを二つも持つ必要性はあまり無い。

 

それにCADを同時に使用しようとするとサイオン波が干渉しあい、余程の高等テクニックが無ければ魔法は発動しない。

 

では何故、彼は特化型CADを二つも持っているのか。

 

それはこの男子生徒がCADの同時使用という高等テクを使える――わけではない。

 

不本意なことに、そう非常に不本意なことに、過去に非常識の塊と模擬戦をした時にCADを弾かれるという経験を既にしていたからだ。

 

それ以来、彼は予備のCADも所有するようになった。

 

そしてそれは、副次的な効果でこういった場面で真価を発揮することに彼は気づいた。

 

特化型CADは一つのみ、という先入観を逆手に取った戦術。

 

「魔法」の切り札ではなく、「魔法を使った戦い方」としての切り札。

 

その切り札に、エリカは引っかかってしまった。

 

エリカとレオの表情から余裕が消え失せる。

 

男子生徒がトリガーに指をかける。

 

その右後ろでA組の女子生徒が汎用型CADに指を走らせる。

 

「お兄様!」

 

第三者の視点でそれに気づいた深雪が切羽詰った声で達也へと振り返り、深雪が言い終わる前に達也は右手を突き出していた。

 

そして達也が『魔法』を駆使する前に、達也の『知覚』はそれに気づいた。

 

女子生徒の起動式にサイオンの弾丸が撃ち込まれて砕け散るのと、

 

「――うがッ!?」

 

何処からともなく飛んできた未開封の缶ジュースが男子生徒の後頭部に直撃したのはほぼ同時だった。

 

 

 

「……」

 

その場にいる全員、ちょうど止めに入った七草真由美(さえぐさまゆみ)渡辺摩利(わたなべまり)すら唖然として動きを止める中、缶ジュースを投げつけた少年、結代雅季はガッツポーズを取ると、

 

「よし!」

 

「よし、じゃない!!」

 

ガバっと頭を上げて男子生徒、森崎駿はキレた声で思いっきり振り返った。

 

「何するんだ雅季!?」

 

「いや、何か混乱していたみたいだから止めに入ろうと思って」

 

「それがどうして缶ジュースを僕に投げつける結果になるんだ!」

 

「だって初対面の奴にぶつけるわけにもいかないだろ?」

 

「僕ならいいのか!? というかそもそも投げるな!!」

 

「大丈夫、食べ物を粗末に扱ったりしない。ちゃんと飲むさ」

 

「そういう問題じゃない!!」

 

さっきのエリカとレオ以上に漫才染みた森崎と雅季のやり取りに、この場にいる全員が毒気を抜かれたように呆然と佇む。

 

そんな中で真っ先に立ち直ったのは真由美だ。生徒会長の肩書きは伊達ではない。

 

「あなた達、自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に法律違反です」

 

「一年A組と一年E組の生徒ね。事情を聞きます、付いて来なさい」

 

冷たい声でそう告げたのは風紀委員の委員長、三年生の渡辺摩利だ。その手に持つCADは既に起動式の展開を終えていた。

 

当事者たちの生徒のほとんどが硬直し、立ち竦む。

 

例外としては、エリカは摩利を睨みつけ、森崎は唇を噛み締め、そして深雪の視線の意味を理解し頷いた達也は、ごく自然な振る舞いで摩利の前に歩み出た。

 

「すいません、悪ふざけが過ぎました」

 

「悪ふざけ?」

 

「はい。森崎一門のクイックドロウは有名ですから後学のために見せてもらうだけのつもりだったんですが、あまりに真に迫っていたので思わず手が出てしまいました」

 

達也の発言に、誰もが言葉を失う。森崎は目を丸くし、雅季は「へぇ」と興味深そうに達也と摩利のやり取りを見つめる。

 

摩利は地面に転がった拳銃型デバイスと、森崎、エリカ、女子生徒をそれぞれ一瞥して、冷笑を浮かべる。

 

「では、森崎が再びCADを構え直し、更にA組の女子が攻撃性の魔法を発動しようとしていたのはどうしてだ?」

 

「驚いたのでしょう。条件反射で即座に攻撃姿勢を整え、また起動プロセスを実行できるとは、さすが一科生です」

 

真面目な表情だが白々しさが混ざった口調で答えた達也に、雅季は口元を緩めるがそれに気づいた者はいない。

 

この場にいる者の視線は達也と摩利のみに注がれていた。

 

「君の友人は、魔法によって攻撃されそうになっていたわけだが、それでも悪ふざけだと主張するのかね?」

 

「攻撃といっても、彼は条件反射で銃口を向けてしまっただけですし、それに彼女が発動しようとしたのは目くらましの閃光魔法ですから。それも失明したり視力障害を起こしたりする程のレベルではありませんでした」

 

再び、皆が言葉を失う。

 

今度は貶された側である達也が一科生を庇ったからという意外性からではなく、起動式を当ててみせたという達也の『異能』によって。

 

「ほう……どうやら君は、展開された起動式を読み取ることができるらしいな」

 

「実技は苦手ですが、分析は得意です」

 

「……誤魔化すのも得意なようだ」

 

そして、それを分析の一言で済ませた達也に摩利は皮肉を投げかけると、今度は視線を雅季に向けた。

 

達也は難攻不落だと察した摩利が、別口から攻め立てる。

 

「……では、君が森崎に缶ジュースを投げつけたのは?」

 

だが、雅季はある意味で達也以上に難攻不落だった。

 

雅季は姿勢を正し、過ちなどなど無いと言わんばかりの態度で、極めて真剣な口調で言った。

 

「そこに森崎駿がいたからです」

 

「本気で殴るぞお前!!」

 

隣で森崎がまたキレていたが、摩利は額に手を当てて、苛立った声で再度尋ねる。

 

「……君は森崎を見かけると缶ジュースを投げつけるのか?」

 

「時と場合によります。今回は森崎たちが『悪ふざけ』をしていたようなので、それに便乗したからです。ちなみに投げたのはアルミ缶ですので、怪我をする心配は無かったと思っています」

 

だが今度の答えはふざけたものではなく、「友人がふざけていたからそれに便乗した」というハッキリとした理由を告げた答えだった。

 

摩利も虚を突かれて、一瞬声を詰まらせる。

 

そこへ、達也の隣に立った深雪が声をかけた。

 

「あの、兄の申した通り、本当にちょっとした行き違いだったんです。先輩方のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 

 

結局、深々と頭を下げた深雪と、生徒会長である七草真由美の執り成しによって、その場はお咎め無しとなり、三年生二人は引き下がった。

 

 

 

「司波達也、だったな」

 

三年生が去った後、森崎は達也へ視線を向けた。

 

「……僕の名前は森崎駿。お前が見抜いたとおり、森崎の本家に連なる者だ」

 

「見抜いたとか、そんな大袈裟な話じゃないんだが。単に模範実技の映像資料を見たことがあっただけで」

 

「あ。あたしもそれ見たことあるかも」

 

「で、今の今まで思い出しもしなかったと。やっぱ達也とは出来が違うな」

 

「フン。起動中のホウキを素手で掴もうとするバカに言われたくないわよ」

 

達也の後ろの方が再び騒がしくなる中、達也と森崎は視線を交錯させたまま動かない。

 

しばらく睨むように達也を見据えていた森崎だったが、やがて口を開く。

 

「……礼は言っておく。一つ借りだ、いつか返す」

 

あくまで上から目線の口調だったが “普通のブルーム”なら言わないような、ある意味でウィードである達也を容認したセリフを言う森崎。

 

いつの間にかエリカたちも漫才を止めて、意外そうに森崎を見ている。

 

ただ達也は、昼休みのことも含めて森崎の言葉に意外感を感じることは無かった。

 

「貸したつもりなんて無いんだけどな」

 

「お前にその気がなくとも、僕の気が済まないだけだ」

 

苦笑いで返す達也に、森崎はフンと鼻を鳴らして言い放つ。

 

そこへ、森崎の横でやり取りを見ていた雅季が口を挟んだ。

 

「素直に受け取っておけばいいよ。駿は真面目だからね」

 

面白がっている口調でそう言った雅季に、森崎は面白くなさそうに雅季に向き直った。

 

「あと雅季、お前だけは許さない」

 

「いや何で?」

 

「僕の後頭部にコブ作っておいて何ではないだろ! 人に物を投げるな!」

 

「知り合いの巫女はもっと重たい玉をぶん投げて来るけど?」

 

「お前の交友関係はどうなってるんだ!?」

 

そんな物騒な巫女と知り合いである雅季に、森崎は『類は友を呼ぶ』という諺を思い出し、途中で何かを振り払うように首を横に振った。

 

(大丈夫! 僕と雅季は腐れ縁の知人だ、友人じゃない。だから同類じゃない!)

 

必死そうな表情で頭を振る森崎からは何故か同情を誘う悲壮感が溢れており、達也を含めて全員が可哀想なものを見る目を向けていたが、森崎は気づくことは無かった。

 

そして森崎の悲壮感の元凶と思われる雅季に、深雪が話しかけた。

 

「あの、たしか同じクラスでしたよね?」

 

「ん。ああ、そうだよ。司波深雪さんだったよね。俺は結代雅季」

 

雅季の名を聞いて、皆が少なからぬ驚きを以て雅季を見る。

 

「結代雅季って、『演出魔法師(アトラクティブ・マジック・アーティスト)』の?」

 

「俺はアマチュアで、しかも趣味でやっているだけだけどね」

 

美月の呟きに雅季は何てことないように手を振って答える。

 

「にしても……」

 

雅季は深雪へ視線を向ける。

 

(容姿という点では、やっぱり似ているな)

 

「あの、何か?」

 

深雪の不思議そうな声で、雅季は彼女をまじまじと見つめていたことに気づいた。

 

達也は自分の妹の可憐さを知っているだけに「無理もないな」とさり気なく妹自慢なことを思い、他の面子も総じて「深雪に目を奪われていた」のだと思っていた。

 

だが、達也たちの常識は雅季には通じなかった。

 

「ん? ああ、ゴメンゴメン。知り合いの元引きこもりに似ているなーって思って」

 

 

 

再び、場が凍った。

 

 

 

すんごい軽い口調で言いのけた雅季。あれは間違いなく本音だ。

 

あの妹にそんなことを言ってのける男子がいるなんて、と達也はこの日一番の驚愕を感じた。

 

同時に、こんな美少女に似ている引きこもりって一体誰だ、と誰もが思った。

 

「お前、凄いな……」

 

ただ一人だけ、雅季の非常識に慣れている森崎だけが強者を見る目で雅季を見た。

 

「へえ、そうなんですか」

 

にこやかな笑みで答える深雪。

 

だけどこめかみに怒りのマークが浮かんでいる幻影を全員が見た。

 

あと気温が急激に下がっていく気がするのは気のせいか。

 

「なんだろう、急に寒くなってきたんだけど?」

 

どうやら気のせいでは無かったらしい。

 

「深雪」

 

とりあえず達也が機嫌を損ねた妹の名を呼ぶと、深雪はくるっと達也の方へ身体を向け、

 

「お兄様、私は引きこもりではありませんから!」

 

「いや、わかってるって」

 

再び混乱し始めた兄妹のやり取りを横目に、混乱の渦中に落とし込んだ張本人の雅季は知らぬ顔で森崎に声をかける。

 

「場も収まったことだし、帰るか駿」

 

「何でお前と一緒に帰らなくちゃいけないんだよ?」

 

「いいじゃん、どうせ駅までだし」

 

「……まあ、いいけど」

 

不承不承といった感じで頷く森崎。

 

「それじゃ、司波さん達もまた明日。達也、だったな。そちらさん達も、縁があったらまたなー」

 

深雪たちA組だけでなく、達也たちE組にも軽く手を振って、雅季は森崎と共に踵を返した。

 

 

 

森崎駿と結代雅季の二人が校門から出て行く後ろ姿を見つめながら、レオは達也に声をかける。

 

「にしても、あのプライドの高そうな奴が達也に礼を言うなんてな。言い方は傲慢だったけどよ」

 

「そうでもないさ」

 

達也の返答に、レオだけでなく深雪、エリカ、美月も意外そうに達也を見る。

 

「昼休みの時も思ったけど、森崎だけは最後までウィードって言葉を、二科生を貶すようなことを言わなかった。一科生であることに強い誇りを持っているようだったけどね」

 

「あ」

 

言われて初めて気が付き、四人は顔を見合わせた。

 

それを聞いていた一科生の女子生徒はピクっと身体を震わせ、男子生徒達は目を逸らす。

 

「それじゃ、俺たちも帰ろうか」

 

「あ、そうですね」

 

騒動は終わったと、五人は頷きあって駅へと歩き出す――その前に。

 

光井(みつい)ほのかです。さっきは失礼なことを言ってすいませんでした」

 

さっき魔法を使おうとしていた一科生の女子生徒が前に回り込んで、大きく頭を下げた。

 

 

 

その後、和解したA組の光井ほのかと北山雫(きたやましずく)を含めた七人は駅まで一緒に帰ることになった。

 

千葉エリカも、表向きはいつものように明るく振舞っていたが、内心は穏やかとは言い難いものだった。

 

思い出すのはさっきの森崎駿との攻防。

 

油断だった。CADを弾き飛ばした後、武器を奪ったことで隙が生まれてしまった。

 

そこを、森崎に突かれた。

 

魔法力ではない、魔法戦闘者としての敗北だった。

 

(朝の鍛錬、きちんと再開しよう)

 

エリカの中で、長らく忘れていた闘志に火がつき始めていた。

 

 

 




朝礼後、雅季は新しい縁(友人)を作るために森崎から離れる。

憂鬱状態の森崎、深雪を発見。テンションアップ。

そこで思い至る。雅季と一緒にいると奴のせいで第一印象が間違いなく暴落。

雅季が来る前に何とか親しくならなければ……!!

強引じゃないんです、必死だったんです(笑)
あと森崎駿を微強化しています。


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第4話 風紀委員会の憂鬱

魔法科高校の入学式から三日目。新入生も新しい生活に少しばかり慣れてきたころだ。

 

そして、友人関係もある程度構築され始め、それぞれ仲の良い集団というものが出来上がってくる。

 

たとえば、一年E組で言えば司波達也、千葉エリカ、西城レオンハルト、柴田美月の四人組。

 

一年A組で言えば司波深雪、光井ほのか、北山雫の三人。

 

また両グループは達也と深雪の兄妹繋がりで一昨日、昨日と一緒に帰っており、その時は一科生と二科生が入り混じった異色のグループとして一年の中で衆目を集める集団となっていた。

 

まあ、グループ構成より美少女が多いから、という点でも衆目を集める要因になっているが。

 

そして、既にA組だけでなく他の組すら認識している、片方に言わせれば認識されてしまったタッグが、

 

「教員枠の風紀委員だって、駿。がんばれよ、お前が活躍できるように俺もがんばるから」

 

「お前は頑張るな! トラブルメーカー!」

 

結代雅季と森崎駿、今はまだ教師陣と一部の上級生しか知らないが、入試の成績において男子実技ツートップの二人である。

 

 

 

魔法科高校にも部活動はある。

 

それも魔法科高校ならではの、魔法を使った部活動が非常に活発だ。

 

というのも、夏にある九校戦の大会など公式大会の成績がそのまま各校の評価に反映されるし、同時に各部の学校側からの評価や便宜も大会結果に大きく影響される。

 

よって学校側としても部活動には非常に力を入れているし、各部による優秀な新人獲得のための勧誘も熾烈を極める。

 

その為、新入生勧誘活動があるこの一週間は部活間のトラブルが絶えることはなく、その火消し役である風紀委員にとっては非常に忙しい時期である。

 

生徒会枠で風紀委員となった司波達也。

 

同じく教員枠で風紀委員となった森崎駿。

 

二人の姿も風紀委員の本部の前にあった。

 

 

 

「……何でお前がここにいるんだ?」

 

再会の第一声が、森崎の心境そのままだった。

 

風紀委員は部活間や生徒間の争いを抑える、言わば学校の警察機構だ。

 

必然的に実力が無ければ到底務まらない役員だ。

 

森崎にしてみれば、二科生である達也に務まるのか甚だ疑問であった。

 

「生徒会枠で選ばれた。理由は……生徒会長か風紀委員長に聞いてくれ」

 

選ばれた時のことを思い出したのか、憂鬱そうな溜め息を吐く達也。

 

そんな達也を見た森崎の中に、不思議な共感が生まれる。

 

(そうか、お前も苦労しているんだな)

 

主に苦労人という当人たちにしてみればありがたくない共通点によって、森崎の達也に対する心境は幾分か和らぐ方向へ向いていった。

 

具体的には「先日の借りもあるし、危なくなったら助けてやるか」と思える程に。

 

「新人ども、お喋りはそこまでだ。席に着け」

 

摩利の一声で達也と森崎は長机の最後尾にそれぞれ席に着いた。

 

 

 

会議が終わり、摩利から風紀委員の仕事方法を学んだ達也と森崎。

 

達也が備品であるCADを二機装着した時、摩利はニヤリと笑ったが、森崎は特に何も思わなかった。

 

理由としては森崎自身もCADを二つ持っているし、先日の一幕でCADを二つ持つことの利点を達也は知ったのだろうと思ったためだ。

 

「他に何か質問はあるか?」

 

摩利の問いかけに、何か意を決したような表情で森崎が手を挙げる。

 

「何だ?」

 

「いえ、風紀委員の活動とは全くの無関係なのですが、知っているのであればどうしても教えて頂きたいことがありまして……」

 

「あんまり時間は無いが、まあいいだろう。何だ?」

 

「……入試の成績で雅季、結代雅季の実技は何位だったのか、ご存知ですか?」

 

予想外の質問に、摩利だけでなく達也も目をパチパチと瞬きを繰り返す。

 

「知ってはいるが……それを知ってどうするつもりだ?」

 

「いえ特に。ただ、知っておきたいので」

 

ふむ、と摩利は無意識に顎に手を添えて考え、結局は教えることにした。

 

「実技は二位、司波深雪の次点だ」

 

「そうですか」

 

それを聞いた森崎は驚く様子も無く、ただ納得したように頷くと、どこか羨望と諦観が混ざった苦笑いを浮かべた。

 

達也は以前に九重八雲から教えて貰っているので、特に驚くことでも無かったが。

 

「どうした?」

 

「いえ、雅季らしいなと思っただけです」

 

その表情に、摩利は結代雅季の件であることを思い出した。

 

それを思い出せば、森崎が何を思っているのか心当たりがある。

 

「それは、結代雅季が二科生入りを希望したことか?」

 

「はい」

 

頷く森崎。

 

今度の情報には達也も驚きを隠せなかった。

 

「委員長、それは……」

 

「ん? ああ、結代は魔法科大学に進学しないから二科生でいいって学校側に申請したんだよ。尤も、学校側は一科生で入学させたがね。何せ現時点で実技学年二位だ、そう簡単には手放せないだろう」

 

確かにそうだろうな、と達也は思った。

 

同時に、どうして森崎が二科生を侮蔑しないのか理解した。

 

自分より魔法の才能ある者が、その魔法に価値を見出していないのだ。

 

そんな人物が近くにいる中で、自分より才能の劣る者を侮蔑したところで、自分が惨めになるだけだ。

 

「その学年二位は、どこの部活に入る気も無いって言っていましたけど」

 

「……何だって?」

 

「放課後は神職の仕事と、趣味の演出魔法の公演練習で忙しいって話ですから」

 

森崎の情報に、摩利の表情が徐々に引き攣っていくのが達也にはわかった。

 

「……今年の新入生勧誘活動は例年以上に忙しくなりそうだな」

 

例年を知らない達也と森崎でも、今年の忙しさは尋常じゃないだろうな、と思えた。

主に一人のトラブルメーカーの手によって。

 

 

 

 

 

 

「今年は風紀委員にとって厄年か?」

 

熾烈な一週間を終えた翌日、生徒会室で疲労感を拭い切れていない摩利は真由美にそう呟いた。

 

真由美としては苦笑するしかない。何せ反論できないほど、今年の新入生勧誘活動は二つの要因が重なったせいで酷かった。

 

第一の要因は、勧誘初日に二科生である司波達也が、剣道部と剣術部のイザコザを収める際、一科生で対戦系魔法競技のレギュラーである桐原武明(きりはらたけあき)を倒し、その後も剣術部十四人を軽くあしらった事によって起きた。

 

風紀委員とはいえ二科生にしてやられたという事実が、一科生たちのプライドを刺激した。

 

そして二日目からは、何故か一科生の間で様々なトラブルが起き、急行してきた達也に『誤射』が集中した。

 

彼らの誤算は、達也の実力が本物であったこと。

 

誤射を狙って襲いかかった一科生の上級生が尽く返り討ちに合い、それが更に一科生の感情を逆撫でするという悪循環によって、トラブルが頻繁に起きるようになった。

 

第二の要因は、入試の実技成績が男子トップである結代雅季の争奪戦だ。

 

事前にどこからか入試の成績情報が漏れたらしく、勧誘初日から結代雅季が実技次席という情報が既に出回っていた。

 

そして首席である司波深雪は生徒会入りが決定しているため、部活側にしてみれば雅季は実質的な実技トップ。

 

そして火に油、というか爆弾を投げつけたのは雅季本人。

 

「部活には入らない」と公言しつつ、尚も迫ってくる各部に対して「面白そうだから一回だけやってみます」と、色んな部活を周り……どの部活でもレギュラー並みの成績を収めた。

 

こうなれば是が非でも我が部に入れたいと各部は更に白熱して雅季を追いかけ回し、最終日には何故か「雅季を倒した部活が獲得権を手に入れる」という誤解が蔓延し、生徒会だけでなく教師陣も慌てるほどの戦争状態に突入した。

 

結代雅季を探し回る各部は、出会い頭にライバルを消そうと抗争を始め、そこへ風紀委員として達也が駆けつけると「ウィードが介入してくるな!」と更に激昂する始末。

 

最終的には生徒会長の七草真由美、部活連会頭の十文字克人(じゅうもんじかつと)、風紀委員長の渡辺摩利ら三巨頭が出張って事態を収集した。

 

そして当の雅季本人は、最終日はカウンセリング室でのんびりとお茶を飲んでいたのだからタチが悪い。

 

ちなみに同席していたカウンセラーの小野遥(おのはるか)は外の惨状を把握していたので、ここが嗅ぎつけられないかと終始ビクビクしていたが。

 

 

 

「結局、結代君はどこの部活にも入らなかったのよね。十文字君も惜しいなって呟いていたし」

 

「ああ。部活連の連中の話を聞いてみたが、結代は魔法だけじゃなく身体の動きも良かったそうだ。魔法では特に加速系魔法と移動系魔法が圧巻だったらしい」

 

「私の方にも先生たちから結代君を説得してくれって要望が来ているけど……」

 

二人は顔を見合わせて、

 

「たぶん、無理だろうな」

 

「たぶん、無理でしょうね」

 

どちらも同じ結論に達した。

 

まだ一、二回ほど出会っただけの間柄だが、あそこまで魔法を『趣味』と割り切っている魔法師も珍しい。

 

いや、あれだけの魔法力を持っていることを考えると、よくも割り切れるものだと逆に感心してしまうほどだ。

 

「今年の新入生、特に一科生たちは気が気じゃないだろうな」

 

「そうね。結代君、学校内で孤立しちゃうんじゃないかしら?」

 

「それはないだろう。あの性格だぞ?」

 

「……それもそうね」

 

苦笑いを浮かべる二人。

 

「まあ、風紀委員の方は優秀な新人が二人も入ってきたから今後も安泰だな」

 

「達也君ははんぞーくんに勝った時点でわかっていたけど、森崎君も?」

 

「ああ。特に森崎家ご自慢のクイックドロウは中々のものだ。取り締まりでも相手が魔法を使う前に全て無力化させていた。それに森崎はウィードだから、なんてふざけた選民思想を持っていない。達也君と並んで風紀委員にピッタリの逸材だ」

 

摩利の手放しの賞賛に、真由美は僅かに口元を緩める。

 

「達也君の場合、書類整理もできるから、でしょ?」

 

「……まあ、それもあるな」

 

真由美の意地の悪い質問に、明後日の方向を向きながら摩利は同意せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

同日、横浜――。

 

平日の昼間であろうと多くの観光客が訪れ賑わいを見せる中華街。

 

その裏側、某飯店の店内から来なければ表からは決して見ることの出来ない裏庭の一角で、水無瀬呉智は静かに手帳に何かを書き記していた。

 

電子端末の手帳が主流になったといえ、「人は実際に文字を書いた方が覚える」という認識は実際に脳科学でも証明されており、紙媒体の手帳というのも若干であるが未だに需要はある。

 

呉智は手帳に英語でこう記した。

 

『ダグラス=黄は今年もパーティーを開催する模様』

 

すると、その英文の下に文章が浮かび上がった。

 

『では予定通り、ファーストに賭けてくれ。金額は彼らに提示した通り、USドルで――』

 

浮かび上がった金額を見た呉智は僅かに口元を歪める。

 

よくもまあ、ここまでの金額を気前良く賭けることができるものだ。

 

何せ今年のパーティーの開催について深く悩んでいたダグラスが、呉智が提示した金額を見るなり目の色を変え、打って変わって開催を快諾したぐらいだ。

 

尤も、これがラグナレック・カンパニーの社長、バートン・ハウエルの娯楽なのか、それとも他の目的があるのかは、呉智にもわからないが。

 

呉智は手帳に『了解』と記入する。

 

ただ言えることは、パーティー開催を決定した時点で国際犯罪シンジゲート『無頭竜(ノーヘッドドラゴン)』の幹部達の命運はラグナレックが握ったも同然だった。

 

(死ぬまでの間、欲に満ちた夢でも見ておくことだな)

 

内心でダグラス達に冷笑を向けながら、手帳に浮かび上がった次の文章、バートン・ハウエル直々の指令に呉智は目を通す。

 

『ウクライナ・ベラルーシ再分離独立派が面白い情報を手に入れた』

 

その後に浮かび上がる英文に目を通すうちに、呉智はシニカルに口元を歪めた。

 

何とも奇妙な巡り合わせもあったものだ。

 

「クク……」

 

思わず笑いを零しながら、呉智は『了解』と記載する。

 

すると、浮かんでいた英文は全て消え去る。残ったのは呉智が書いた文字のみ。

 

それも呉智がCADを操作した後、インクが発散して消え去る。

 

呉智は手帳を閉じると、某飯店の建家の中へと戻る。

 

「おや、お出かけですか?」

 

路地裏へ出る店の裏口から外出しようとしていた呉智の背中に、若い男性の声がかけられる。

 

呉智が振り返ると、そこには貴公子のような涼しげな容貌を持った、呉智と同世代と思われる男性が佇んでいる。

 

周公瑾(しゅうこうきん)。“この街”の仲介者であり、身を隠している呉智の協力者だ。

 

「所用だ。数日で戻る」

 

「そうですか、お気を付けて」

 

何処へ行くのか、などと詰問する真似もせず、周はあっさりと呉智を送り出し、呉智もまたそのまま外へと出て行った。

 

 

 



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第5話 幻想談話

現実と幻想の間にて――。


夜。

 

風紀委員としての連日の激務は昨日で終わり、達也は久々に疲れを残していない状態で魔法式の研究を行うことができた。

 

司波家の自宅の地下にはある事情により、大学の研究機関クラスの機材が設置されている。

 

(それにしても、酷い目にあったな)

 

端末に表示されたデータを見ながら、達也は昨日までの日々を思い出す。

 

特に最終日に至っては通報、急行、戦闘、通報……の延々の繰り返しであり、達也をして「軍の訓練にも劣らない」と思わせる日だった。

 

おまけに元凶である結代雅季はカウンセリング室でお茶を飲んでいたというのだから、それを聞いたときの風紀委員のメンバーは……言わずもがな。

 

尤も、カウンセリング室に乗り込んだ森崎駿が問答無用で雅季に関節技を決めたので大分溜飲を下げることができたが。

 

「お兄様、お茶に致しませんか?」

 

一階から可愛らしい声が聞こえてくる。どうやら深雪がお茶を淹れてくれたようだ。

 

「ああ、いま行くよ」

 

達也はモニターをオフにして席を立つと、階段へと向かって歩き出し――。

 

 

 

――短続的な術式ね、空でも飛ぶのかしら。

 

 

 

「――ッ!!」

 

咄嗟に背後を振り返りCADを構えた。

 

「――深雪!」

 

兄の普段とは程遠い、鋭い呼び声を聞いて、深雪は即座に階段を降りて達也の下へ駆け寄る。

 

「お兄様、一体!?」

 

「視線を感じた。深雪、お前は何も感じなかったか?」

 

「いいえ、特には……」

 

深雪は首を横に振り、地下を見回す。

 

計測用の寝台、データが映っている端末、CADの調整用の工具が入ったツールストレージ。

 

見た限り変わった様子は無い。

 

「気のせい、ではないのですか?」

 

今なお戦闘者としての、『ガーディアン』としての表情を崩さない兄に、深雪が尋ねる。

 

「深雪、俺はモニターを『オフ』にして席を立った。この意味がわかるか?」

 

深雪は愕然として、再び端末を見た。

 

モニターは『オン』になっており、そこには達也がつい先ほどまで構築していた魔法式のデータが映し出されていた。

 

 

 

――ふふ、良い勘を持っているわね。

 

 

 

 

 

 

同じ頃、この世界ではない世界で、結代神社の神紋である『弐ツ紐結』の紋が入った浅葱色の神官袴を身に纏った結代雅季は月を見上げていた。

 

結代神社の縁側で月を見上げながら、一人酒を嗜む雅季。

 

『あっち』の常識では雅季の年齢での飲酒は違反だが、生憎と『こっち』ではそんな法律ありはしない。

 

そう、ここは幻想郷。

 

今なお人と妖と神が住まう楽園だ。

 

この神社に住んでいるのは、一人の巫女と一柱の神様。

 

うち巫女の方はもう寝ていることだろう。神様の方は、たぶん寝ているか、それとも奉納された神酒を嗜んでいるか。

 

「やれやれ、制御可能なギリギリのところまで手を抜いて、それでも上位か」

 

浮かぶ笑みは苦いもの。

 

神話の時代とは、この世の理が創られた時代。

 

神代から続き幻想を紡ぐ雅季にとって、この世の理を行使する魔法は()()()()()

 

「かといってこれ以上手を抜けば微調整が効かない。なかなかどうして、難しいものよ」

 

それでも雅季より上がいたことで、まだ人の理解の範疇に収まることができた。

 

まあ、だからといって大っぴらに魔法を行使するつもりは無いが。

 

魔法科高校に入学したのは、あくまで趣味である演出魔法――幻想郷で考案された『スペルカードルール』という「魅せる遊び」を魔法で行うためであるのが一つ。

 

白黒の魔法使い、霧雨魔理沙が言っているように、弾幕ごっこは殺し合いを遊びに変えたルールだ。

 

雅季はそれと同じように、魔法という殺し合いの術を遊びに変える方法を示し、そしてそれは『演出魔法師』という名称が生まれたように受け入れられつつある。

 

「殺し合うより楽しむ方を誰もが望んでおきながら、自ら境界を作って敵を作る。とはいえ、『離れ』『分つ』は世の理。仕方なきことか」

 

「人は境目を作りたがるもの。国境線然り、人種然り、魔法師然り、そして一科生と二科生然り」

 

突然隣から声が聞こえてくるが、雅季は特に驚いたりしない。

 

するりとスキマから姿を現したのは境目に潜む妖怪、八雲紫だ。

 

紫は縁側に置いてある雅季の酒瓶を手に取ると、勝手に懐から取り出した杯に注ぐ。

 

「その間に潜む妖怪としては嬉しいことでしょう」

 

「そうね。それはその間に立つ結代も同じ、でしょう」

 

互いに意味深な言葉を交わしながら杯を呷る。

 

こうして酒を飲む度に、酒はやはり幻想郷で造られたものに限る、と雅季は常々思う。

 

(なら、今度は魔法でお酒でも造ってみようかね)

 

そんな事を内心で思いながら、雅季は紫に尋ねた。

 

「ところで、あれから何か情報は入りましたか?」

 

尋ねたものは雅季が魔法科高校に入学したもう一つの理由。

 

外の世界で八雲紫が捉えた、ある種の情動の波。百年前のものと同じもの。

 

「いいえ」

 

扇子で口元を隠しながら、紫は否と返す。

 

「境界を操ると言えど、世界は広きもの。全ての人を見通すことは適いません」

 

「そうですか」

 

雅季は空に浮かぶ月を見上げ、紫に告げる。

 

「人の世が終われば幻想も終わる。それは結代としては座視できない」

 

「存じておりますわ。つまり私たち妖怪と結代家は利害が一致しているということ」

 

そこで会話が途切れ、両者は再び静かに杯を呷る。

 

幾ばくかの時が流れた後、

 

「ところで、あの兄妹の家にお邪魔してみたのだけど」

 

唐突に紫は口を開いた。

 

「あの達也という子、空を飛ぶ術式を作っていたわ」

 

「へえ」

 

雅季は素直に感嘆の声をあげる。

 

不法侵入については何も言わない。言っても無駄だ。

 

紫が達也の地下室にスキマを開いてモニターをオンにしてから、達也が振り返るまでの時間はおよそ半秒にも満たない。

 

それだけの時間があれば、紫にはその術式がどういったものなのか余裕で理解できた。

 

これが異変解決時の博麗霊夢ならスキマを開く前に気づいたことだろう、勘で。

 

ちなみに、やろうと思えば達也に気づかれずに術式を盗み見ることだって可能だ。

 

先程も達也がいなくなってから見れば良かったというのに。

 

それをせず敢えて痕跡を残したのは、彼女が妖怪ゆえのこと。

 

何かがいたはずなのに、正体がまるでわからない。人の恐怖を煽ることは妖怪の性だ。

 

「認識と情報のみで空を飛ぶとは……。でも、それって“大変”そうですね」

 

「ええ。“大変”そうでしたわ」

 

常人が、いや魔法師が聞けば首を傾げる会話でも、雅季と紫の間では成り立っていた。

 

「では、そろそろお暇致しましょう。ふふ、お酒ご馳走様」

 

雅季が振り返った時には、既に紫の姿はそこには無く、空になった酒瓶だけが置かれていた。

 

「さて、かのスキマ妖怪は結代を以て何を企んでいるのやら」

 

得体の知れない、幻想郷の友人知人たちに言わせれば胡散臭い『妖怪の賢者』八雲紫。

 

だが、その胡散臭さも、『妖怪の賢者』などと大層な二つ名を持つのも、星空を見上げるだけで弾道計算を暗算で出来るほどの知力をあの妖怪が持ち合わせているからこそ。

 

その計算高さを持って、どんな未来絵図を描きながら『現実』と『幻想』の狭間で動いているのやら。

 

雅季が神官袴の懐に手を伸ばすと、そこには龍笛が収まっている。

 

龍笛を取り出すと、雅季は縁側から立ち上がる。

 

『能力』を駆使するだけで、雅季の身体は宙に浮かぶ。

 

雅季は空を見上げると、そのまま月夜に飛び出した。

 

 

 

その日の晩、幻想郷のどこからか龍笛の音色が聞こえてきたという。

 

 

 




司波兄妹と幻想の、ほんの僅かな邂逅の話でした。


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第6話 結代幻想風景

幻想郷サイド。


早朝の光が部屋を照らす。

 

朝日と鳥の音色が、結代雅季を眠りから引っ張り上げる。

 

「ん~~」

 

布団から上半身を起こして背伸びをする。

 

澄み切った空気が心地よい。『外』ではなかなか味わえない空気だ。

 

雅季は布団から起き上がると、押入れに畳んである神官袴に着替える。

 

着替えが終わり、布団を畳もうと手に掛けたとき、板張りの縁側の廊下を歩く音が聞こえてきた。

 

雅季が顔をそちらに向けるのと、相手が襖越しに声を掛けてくるのはほぼ同時だった。

 

「雅季さん、起きましたか?」

 

「ああ、起きているよ」

 

雅季の返事を聞いて、相手が襖を開く。

 

「おはようございます、雅季さん」

 

「ん、おはよう、紅華」

 

朱と白と青の三色を主体とした、『こっち』ではたぶん流行っているからだと思うが、脇がむき出しの巫女服を着込んだ、紅みの混ざった髪色が特徴的なショートヘアの少女。

 

荒倉紅華(あらくらくれか)

 

『こっち』の、即ち幻想郷の結代神社を祀る巫女である。

 

「朝食の前に玉姫様からお話があるそうです。本殿でお待ちですよ」

 

「話? わかった、すぐ行く」

 

紅華はニコリと笑うと、お辞儀をして下がった。

 

トットットと足音が去っていくのを聞きながら、雅季は布団を畳んで、縁側へ出る。

 

目に飛び込んできたのは、空一面に広がる群青。

 

今日の幻想郷はいい天気になりそうだ。

 

 

 

結代神社には、先ほど雅季を起こしに来た巫女の紅華と、一柱の神様が定住している。

 

雅季が本殿へやって来ると、

 

「おはよー、一月ぶりね、雅季」

 

外の世界の十代女子を連想させる軽い口調で挨拶を交わしてきたのは、白色を基調に紅紫色の深山撫子の花柄が付いているレースのブラウスに、腰に朱色の細い注連縄を巻くという奇妙な格好をした黒髪を肩まで伸ばした女性。

 

「おはよーございます、玉姫様」

 

『縁結びの神威』、天御社玉姫(あまのみやたまひめ)。神代より結代神社に祀られている神様である。

 

「話って何ですか?」

 

「ちょうど雅季が『外』に行ったあとから、稗田阿求(ひえだあきゅう)が来るようになってね。何でも幻想郷縁起に今代の結代である雅季を載せたいって」

 

「えー。紅華でいいじゃん」

 

「もう紅華は取材済み。それに、縁を求めてやってきた人にお目当ての人を紹介しないのは結代神社の沽券に関わるの。ただでさえ最近は白蓮のところの命蓮寺とか、神子のところの道教とか商売敵が増えているんだから」

 

「博麗神社と守矢神社は?」

 

「同じ神道は問題ないの。ちゃんと住み分け出来ているんだから」

 

「納得。そう言えば、幻想郷縁起には玉姫様も?」

 

「私ならとうの昔に載っているわよ。たしか稗田愛知って名前だったころだと思う、たぶん」

 

「阿一じゃないんですか?」

 

「あ、それね」

 

ちなみに自分のところの神様相手だというのに雅季は随分とフランクに接しているが、これは玉姫からそう接するようにと神託を下した、という名目で軽く言ってきたからだ。

 

玉姫自身も現代風の格好で口調が軽いのも「今風の縁結びはこんな感じだから」ということらしい。

 

「まあ、幻想郷縁起は紡ぎの書物、うちも協力しないとな。それじゃ、朝食のあとに稗田邸に行ってきます」

 

「お願いねー。……あ、それと」

 

背を向けて歩き出した雅季の背中を玉姫が呼び止める。

 

「今日から三回目の大安に人里で祝言があるから、ちゃんと『こっち』にいなさいね、今代の結代」

 

「三回目の大安……『あっち』だと平日だけど、ま、いっか。わかりました」

 

軽く二つ返事で、雅季は学校を『家業』で休むことを決め、再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「長い時間取って頂いてすいません」

 

「いいって、幻想郷縁起は紡ぎの書物。うちも協力するのは当たり前だから。それに昼食も頂いちゃったし」

 

稗田邸の門口まで見送りにきた『九代目の阿礼乙女』稗田阿求は再度雅季に礼を述べ、雅季は手を振って答える。

 

紅華と朝食をとった後にそのまま稗田邸へとやってきた雅季だが、阿求との話が長引き、終わってみれば昼をとっくに過ぎた時間となっていた。

 

とはいえ、それは雅季が首謀者として異変を起こしたことがあるのが大きな要因なので自業自得だろう。

 

「幻想郷縁起の編集、がんばってねー」

 

「はい。お話、ありがとうございました」

 

阿求に別れを告げ、雅季は結代神社への帰路に着いた。

 

 

 

結代神社は人里の外れにあるとはいえ、普通の人間でも歩いていけるところにある。

 

夜はともかく、昼間なら神社までの往復路に妖怪が現れる心配もない。

 

「あ、おかえりなさい。雅季さん」

 

「あやや、雅季さんではありませんか」

 

そう、神社までの道には現れない。

 

現れるのは境内だからだ。

 

「や、文さん」

 

雅季が神社に戻ってくると、境内には箒を片手に持った紅華。

 

その傍らには『伝統の幻想ブン屋』こと烏天狗の射命丸文(しゃめいまるあや)

 

様子を見る限り、どうやらお得意の取材ではなく二人で談笑しているようだった。

 

紅華は人当たりも良く人里では(凄く)人気があるが、同時に天狗達とも仲が良い。

 

特に射命丸文とはよくお喋りしているのを見かけるし、文自身もこうやって結代神社に頻繁に顔を見せに来るようになった。

 

ちなみに親しくなった最初の発端は、天狗の長である天魔が何故か紅華を気にかけており、それを知った天狗達が「荒倉紅華は天魔様の隠し子か!?」などといった噂が広がり、妖怪の山でちょっとした騒ぎになったのが切っ掛けだ。

 

射命丸文も噂の真偽を確かめるため、だけど相手が天魔のお気に入りなので初対面である紅華の機嫌を損ねないよう物凄く丁寧な態度で取材を申し入れ、そこで紅華が同類であることを知った。

 

実は紅華は先祖返りの天狗の半妖であり、それが今度は『その先祖が天魔様の隠し子だったんだよ!』説を生んでいる。

 

最初は文も「どの天狗よりも早く真実を突き止めて記事にする」ために紅華の前に現れていたのだが、今となってはどう考えているのか雅季は知らない。

 

ただ、最近は紅華のことを聞くよりも紅華と雑談している時間の方が遥かに多いのは事実であるし、何より両者を結ぶ“良縁が”二人の間柄を雄弁に物語っている。

 

「雅季さんが幻想郷にいるなんて珍しいですね」

 

「そうか? 月の三分の一ぐらいはこっちにいるけど?」

 

「あやや、そうなんですか?」

 

「雅季さんは幻想郷にいても、結代神社にいることは少ないですから。神主なのに」

 

「や、そこはほら、色々と縁を結ぶための出張サービスだよ」

 

「博麗神社でお茶したり、紅魔館でアフタヌーンティーしたり、永遠亭で囲碁打ったりするのも出張サービスですか?」

 

「なぜ知っている?」

 

「やや、『今代の結代、縁結びを放ったらかして放蕩!』。これは記事になりそうですね!」

 

「待った、ちゃんと縁結びしているから。今度も祝言挙げるから――って、待てやぁーー!!」

 

話の途中で飛びだった文を慌てて追いかける雅季。

 

「ふふ」

 

既に空の彼方の小さい点になりつつある二人の後ろ姿を、紅華は目を細めて楽しそうに見つめる。

 

幻想郷は異変もなく、今日も平和だった。

 

住人が住人なので、平穏とは程遠い日常だが。

 

 

 

 

 

 

 

【結び離れ分つ結う代】

【今代の結代】

 

結代 雅季(ゆうしろまさき)

 

【職業】

 

神主

 

【能力】

 

『縁を結ぶ程度の能力』

 

『離れと分ちを操る程度の能力』(※1)

 

【住んでいる所】(※2)

 

結代神社

 

無縁塚分社

 

 

 

結代神社は稗田阿礼の頃には既に存在しており、その家系は今なお続いている。

 

彼はその代々続く結代神社の『今代の結代』の一人で、結代神社の神紋である『弐ツ紐結』の紋が入った浅葱色の神官袴を身に纏った少年だ。

 

結代家らしく『縁』を大切にし、広い交友関係を持ち、よく幻想郷中を飛び回っては知人友人に顔を見せに行っている。その為、人里にある結代神社に行っても彼に会えない可能性の方が高い。本末転倒ではないだろうか。(※3)

 

 

 

性格は一概には言えないほど様々な顔を持っている。

 

子供のように遊び回ることもあれば、結代の神主として真面目に縁結びの導き手にもなり、時たま歳不相応な森厳さを醸し出す場合もある。

 

 

 

【能力】

 

結代家は特有の能力を受け継いでおり、その一つが『縁を結ぶ程度の能力』だ。その名の通り、己と他者の縁、あるいは他者と他者の縁を結ぶ能力だ。彼の紹介や仲介で出会った人々は何れも良好な関係を築けている(※4)。

 

そして稀にもう一つの能力、『離れと分ちを操る程度の能力』を持つ者も現れる。この能力は縁だけでなく物も離したり切ったりできる非常に強力な能力で、彼が空を飛べるのも「地面から自分を離している」からだ。

 

この二つの能力を持つ者は結代家の中では『結び離れ分つ結う代』と呼ばれており、つまり彼はそれに当たる珍しい今代の結代だ。

 

 

 

【奇縁異変】

 

首謀者として異変を起こしたこともある。

 

『奇縁異変』と呼ばれる異変で、無縁塚の幽霊が大量に人里へ流れ込んできて人々にまとわりついたという異変だ。

 

幸い人々の健康には問題無かったものの、自分の周囲を飛び回る幽霊を気味悪がる人々は多かった。(※5)

 

この異変は無縁塚の幽霊に縁を結ばせようと彼が起こした異変で、博麗の巫女が無縁塚に殴り込むことで解決したらしい。(※6)

 

尚、結代神社の無縁塚分社はこの異変の後に建てられたものである。

 

 

 

※1:本人曰く「こっちはついでというか、おまけみたいなもん」とのこと。それにしてはよく使っているように見えるのは気のせいだろうか。

 

※2:とはいえ普段からあちこちに出かけているため、いるのは稀である。噂では能力によって外の世界とも行き来しているらしい。

 

※3:斯く言う私も、彼と会うために一か月ぐらい結代神社に通い詰めた。毎日参拝していたので良い縁があるかもしれない。

 

※4:友達を増やしたい方や恋人が欲しい方はぜひ彼を頼るといい。守矢神社の風祝もよく彼を頼って信者を集めている。

 

※5:「夏なら涼しくて良かったのに」という声もちらほら。

 

※6:珍しく巫女が仕事をした。

 

 

 

 

 

 

 

【結びの巫女】

【荒倉の末裔】

【先祖返りの半妖】

 

荒倉 紅華(あらくらくれか)

 

【危険度】

 

 

【人間友好度】

 

極高

 

【職業】

 

巫女

 

【能力】

 

幻覚を操る程度の能力

 

【住んでいるところ】

 

結代神社

 

 

 

結代神社の巫女。

 

実は外来人であり、先祖が妖の血を引いており先祖返りで妖の血を強く引き継いでしまったため、外の世界にはいられず幻想入りした珍しい半妖。

 

今代の結代である結代雅季に誘われて巫女になった。

 

 

 

性格は温厚で礼儀正しい。また人当たりもよく、人里の皆からも好かれている。(※1)

 

彼女自身も人里をよく訪れるので、見かけたら挨拶してみるといい。きちんと挨拶を返してくれるはずだ。

 

たまに寺子屋のお手伝いをしており、子供達に授業を教えることもある。(※2)

 

女の子には授業の他にも琴や裁縫を教えている。

 

また天狗達の間でも遇されており、実際に何人かの天狗とも仲が良い。(※3)

 

これは彼女が先祖返りの天狗の半妖である為だ。

 

人間と天狗、人里と妖怪の山の双方に顔が効く人物の一人である。

 

 

 

ただし満月の夜は妖怪化しており性格が好戦的になっているので結代神社を訪れるのは控えよう。(※4)

 

妖怪化した彼女の髪は真紅に染まり、彼女の下を訪れた者に幻覚を見せる。

 

幻覚を見せられた者は夢と現実の区別が付かなくなり、その晩自分が何をしたのかハッキリとわからなくなる。

 

 

 

【能力】

 

幻覚を操る能力を持つ。

 

幻視、幻聴、幻嗅、幻味などを自在に操り、無いものを在るように見せることが出来る。

 

五感全てで感じ取れる幻のため見抜くのは非常に難しい。

 

また彼女の幻覚は強力で、幻で見せられたナイフだとわかっていても、そのナイフで指を切れば痛いし実際に血も流れる。

 

彼女の話によると「思い込ませること」がこの能力の本質であるらしい。(※5)

 

催眠術のようなものなのだろう。

 

 

 

※1:同じ巫女でも某人物とは雲泥の差である。

 

※2:現役の先生より教え方が上手なので子供達にも人気は高い。

 

※3:結代神社で射命丸文とお喋りしているのをよく見かける。

 

※4:「満月の夜は悪縁」と天御社玉姫も公認。

 

※5:プラシーボ効果。永遠亭の医者がよく使う。

 

 

 

 

 

 

――八雲紫、監修済み。

 




《オリジナルキャラ》
荒倉(あらくら)紅華(くれか)
天御社(あまのみや)玉姫(たまひめ)

幻想郷縁起はあくまで自己申告なので、真実を記載しているとは限りません。
あと荒倉紅華には元ネタがありますが、ネタバレになりそうなのでここでは割愛します。


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第7話 昼休みの談笑

四月も中旬になると魔法科高校の授業も本格的に始まっていた。

 

それは当然ながら一年A組も例外ではなく、今回の授業では魔法式を無意識領域内にある魔法演算領域で構築するプロセス、通称コンパイルの高速化の練習を行っていた。

 

「に、二二七ミリ秒……!?」

 

周囲の騒然としたざわめきを他所に、司波深雪は涼しげな顔で授業用のCADから手を離す。

 

「す、すごい……!」

 

「流石に勝てない……」

 

光井ほのか、北山雫の二人も驚嘆を隠せなかった。

 

五○○ミリ秒以内が一人前の魔法師と目安されている中、その更に半分以下の記録を打ち立てた深雪に賞賛の視線が注がれる。

 

森崎駿も深雪に賞賛の視線を、だがそれ以上に熱い視線を送っていた。

 

「ああ、流石だ、司波さん……!」

 

魔法師と言えど一人の男子、可憐な美少女に鼻の下を伸ばすのは当然(?)だ。

 

その森崎を隣で口元を緩めながら見ているのは結代雅季。

 

縁結びの神職である彼は、男女間の恋愛を冷やかしたりはしない。寧ろ歓迎し、応援する立場にいる。

 

たとえ相手が誰であろうと、結代の名を継ぐ雅季は人間関係で誰かを揶揄することはない。

 

「ほら、次は駿だぞ」

 

深雪に見惚れていた駿に声をかけると、駿は我に返って雅季へと振り返る。

 

「わかってるよ」

 

だらしなかった表情が一変、森崎の表情が引き締まる。

 

森崎はCADに手を当てると、精神を集中させる。

 

早撃ち(クイックドロウ)を得意とする森崎にとっては無様な成績は残せない。

 

CADから起動式を読み取り、加重系基礎単一魔法を魔法演算領域で構築し、展開する。

 

魔法によって加重のかかった重力計に数字が表示される。

 

肝心のタイムは、

 

「三九九ミリ秒!」

 

合格ラインの一○○○ミリ秒どころか一人前のレベルである五○○ミリ秒を一○○ミリ秒も上回る好タイムだ。

 

「よし!」

 

初めて四○○ミリ秒を切り自己ベストを更新したことに、森崎はCADから手を離してガッツポーズを取る。

 

深雪ほどではないが、森崎にもそこそこの賞賛の視線が向けられる。

 

「ほら雅季。次はお前だぞ」

 

「あいよー」

 

軽い返事をしてCADの前に立つ雅季。

 

その後ろ姿を森崎が無表情に見つめる中、

 

「さ、三○八ミリ秒!」

 

森崎を凌駕するタイムを叩き出した。

 

再び周囲がざわめく中、雅季の記録を見た森崎は小さく肩を落としただけで、

 

「実技の課題は終わったから、あとは自主トレの時間帯だな」

 

何事も無かったかのようにペアである雅季にそう話しかけた。

 

 

 

 

 

 

昼休みになり、雅季は友人たちと食堂で昼食を食べた後、彼らと別れて購買に来ていた。

 

授業の実技などでは森崎とペアを組むことが多い雅季だが、こういった休み時間では別れて行動することの方が多い。

 

というより、四六時中一緒にいるとなると森崎がきっとストレスで倒れるだろう。

 

それに、魔法師の価値観とは無縁の雅季だが、それでも意外に友人は多い。

 

無論、実技で次席でありながら魔法を軽視する雅季に根強い反感を覚えている者もいるし、特に二年や三年など先輩たちの間に多い。

 

だが一年の間ではそうでもない。

 

まず一年A組では首席である司波深雪をはじめ結代雅季、光井ほのか、北山雫、森崎駿など成績優秀な男子女子がそういった意識を持っていないので、一年A組は比較的リベラルな空気が流れている。

 

他の組でも、本格的な差別意識に染まる前に、魔法以前に『壁を作らない接し方』をしてくる雅季に好感を抱く者も多い。

 

それは魔法の才覚や、『こっち』では誰も知らない『縁を結ぶ程度の能力』によるものではなく、彼の為人の成せる業だろう。

 

例えば――。

 

「ん?」

 

購買で買ったジュースを飲みながら教室へ戻るために廊下を歩いていた雅季は、ふと窓の向こうに見える実習室に目が留まる。

 

しばらく実習室の方を見続けると、踵を返して教室とは反対方向へ歩いて行った。

 

 

 

A組と同じ課題の実習を行ったE組は、千葉エリカと西城レオンハルトの二人が課題である一○○○ミリ秒を切れず、司波達也と柴田美月を含めた四人は居残りとなり昼休みに突入していた。

 

魔法理論や機械系には詳しい達也がエリカとレオの指導をしていると、

 

「お兄様」

 

二人が再び課題に取り組んだタイミングで背後から声をかけられる。

 

「深雪」

 

振り返った達也はまず深雪の姿を認め、その背後を見て、正確には光井ほのかと北山雫の他に予想外の人物がいることに意外そうな表情を浮かべた。

 

「光井さんに北山さん、それに結代も」

 

「どうも、達也さん」

 

「よっ」

 

ほのかは笑顔を浮かべ、雫は無言で頷き、雅季は軽い調子で手を挙げる。

 

光井ほのかと北山雫は深雪の友人なのでわかるが、どうして結代が、と内心で首を傾げる達也に、兄の疑問を察した深雪が答える。

 

「購買でご一緒になったんです。お兄様達が実習室で課題をしているのを見て、差し入れを持っていこうとしていらしたので」

 

「入れ違いになっていたら買い損だったからねー」

 

「あ、ああ。ありがとな、結代。深雪もご苦労さま。光井さんと北山さんもありがとう」

 

「いえ、たいしたことじゃありませんので!」

 

「私は特に何もしていない。荷物持ちは結代くん」

 

「え、なになに、差し入れ?」

 

「エリカ、気をそらすな。ちょっと待っていてくれ、次で終わらせるから」

 

「いっ」

 

「げっ」

 

達也の宣言に顔を引きつらせるエリカとレオ。

 

深雪たちは「わかりました」と後ろに下がる。

 

「ほら、次で終わらせるぞ」

 

「応!」

 

「よし!」

 

 

 

「あー、なんかただのサンドイッチなのに美味しく感じるわ」

 

「全くだぜ」

 

エリカとレオが宣言通り次のトライで課題を終わらせた後、達也たちは深雪たちが持ってきたサンドイッチと飲み物の差し入れを受け取って、遅めの昼食を食べていた。

 

「A組でも実習が始まっているんですよね? どんなことをやっているんですか?」

 

美月の質問に、一瞬ほのかと雫は躊躇したように顔を見合わせ、

 

「ん、E組と全然変わんないよ」

 

そんな二人を他所に、普通にそう答えたのは雅季だ。

 

「そうなんですか?」

 

「ええ美月。あのノロマな機械をあてがわれて、テスト以外では役に立ちそうにない練習をさせられているところ」

 

雅季に代わって答えたのは深雪。ただし放たれた言葉は遠慮のない毒舌だったが。

 

エリカ、美月、レオ、ほのか、雫の五人がギョッとした視線を深雪に向ける中、雅季は達也に尋ねる。

 

「あれってそんなひどい方なの? 俺、CAD(ホウキ)そんなに詳しくないからわからないけど」

 

「まあ、旧式の教育用だからな。深雪みたいに感受性が高いと雑音が酷く感じられるんだ」

 

「ああ、あれって仕様じゃなかったのか」

 

なるほど、と納得している雅季に達也は思わず顔を見返したが、「そういえば実技二位だったな」と思い返す。

 

彼も深雪と同じクラス、胸元に花弁のエンブレムが縫われているブルームだというのに、全くそんなことを感じさせず普通に接してくるものだからつい忘れてしまっていた。

 

(確かに、自分から二科生を希望してもおかしくないな)

 

達也は内心でそう思い、先日に壬生紗耶香と交わした会話を思い出す。

 

一科生が二科生を差別しているのは、意識の上では本当のことだろう。

 

だが、全員がそうなのか、と問われたのならば、達也は目の前の男子を答えに挙げるだろう。

 

実技の課題で残っている顔見知りの二科生のために、頼まれたわけでもなく自分から差し入れを持ってくる一科生。

 

二年生の中には残念ながらそんな人物はいなかったようだ。

 

(というより滅多にいないだろうけど)

 

エリカの剣術道場の教え方に聞き入っている雅季を見て、小さく笑みを浮かべた。

 

「教えられたことを吸収できない奴が、教えてくれなんて寝言こくなっての」

 

「お説はごもっともだけどよ、俺もオメエも、ついさっきまで達也に教わっていたんだぜ?」

 

「あ痛っ! それを言われるとつらいなぁ」

 

「へー、千葉さんの家ってそう教えているんだ」

 

「エリカでいいよ、その代わりあたしも雅季って呼ぶけど。というか、その言い方だと他の道場のこと知ってるの?」

 

「んー、道場というか、友達で剣術やっているのがいてね、ちょっとだけ教えてもらったことがあるんだ」

 

「へぇ、どんな教え方してくれたの、その子は?」

 

「斬ればわかるって斬りかかってきた」

 

「なにそれ?」

 

「辻斬りかよ」

 

一科生と二科生が談笑して過ごす昼休み。

 

途中で深雪が請われて同じ実技を披露し、人間の反応速度の限界に迫ったタイムを叩き出したり、その後に達也に甘えたりと様々なことがあった。

 

だが昼休みが終わるまで、先日の険悪な空気が嘘のような和やかな時間だった。

 

 

 

 

 

 

同時刻、某所の高級料理店のVIPルームでは、高級食材を前に二人の男性がテーブルを挟んで会食していた。

 

「どうですかね、ミスター呉智。なかなか美味なものでしょう。ここは私のお勧めの一つでしてね」

 

「……悪くはない」

 

「おや、そうですか。いやはや申し訳ない、次はもっと良いお店に致しましょう」

 

「気を悪くしないでほしい。私はあまり味がわかる人間ではないのでね」

 

交わされる会話こそ友好的なものだが、互いの視線には友好的な感情など感じられない。

 

それもそのはず、両者は『商談』でここにいるのだ。それも、決して表沙汰には出せない取引の類だ。

 

「早速だが商談に入らせてもらおうか、ダグラス=(ウォン)

 

無表情のまま淡々と進める水無瀬呉智(みなせくれとし)

 

「そうですか。ではラグナレック・カンパニーは無頭竜に何を望むのか、商談といきましょう。ミスター呉智」

 

対照的に笑顔を絶やさないまま話を伺うダグラス=黄。

 

この部屋にいる人物は四人。

 

ラグナレック側は水無瀬呉智ただ一人。

 

無頭竜側はテーブルに座るダグラスの背後に二人、護衛として佇んでいる。

 

「腹の探り合いで時間を掛けたくない、単刀直入に言わせてもらおう。――こちらの要求は『兵器』だ」

 

「ほう」

 

瞬間、ダグラスの目に鋭い光が奔り、口元は歪んだまま突き刺すような視線で呉智を貫いた。

 

 

 



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第8話 能力

『縁を結ぶ程度の能力』
『離れと分ちを操る程度の能力』
二つの能力の一端を公開です。


それは、森崎駿や結代雅季など多くの生徒にとっては何の前触れもなく、唐突だった。

 

『全校生徒の皆さん!』

 

「え!?」

 

「何だ!?」

 

放課後、突然流れた大音量の放送に、生徒の誰もが手を止めてスピーカーへ顔を向けた。

 

『……失礼しました、全校生徒の皆さん』

 

「あ、小さくなった。なんだ、ただの音量のミスかぁ」

 

「なんでそこで残念そうなんだよ、お前は」

 

不満そうに呟いた雅季を森崎はジト目で睨む。

 

『僕たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です』

 

「お金を出し合う組織?」

 

「融資じゃなくて有志! 志の方! わかれよ!」

 

二人の変わらない日常的な掛け合いに、A組の生徒は苦笑して冷静さを取り戻す。

 

『僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します』

 

とはいえ、今が普通とは違う事態であることには変わりはない。

 

それは森崎も、そして雅季も理解していた。

 

「駿、風紀委員の出番じゃないのか?」

 

「言われるまでもない」

 

既に携帯端末に着信したメールを開いていた森崎は、端末をポケットにしまうと教室の出口に向かって歩き出す。

 

「森崎君」

 

その背中に司波深雪が声をかける。

 

振り返った森崎は、深雪の凛とした表情を見て一瞬目を奪われるも、すぐに首を横に振って気持ちを仕事用に切り替える。

 

「司波さんも?」

 

「はい。会長からの呼び出しです」

 

最初こそ険悪な間柄になった両者だが、今では「知人以上友人未満」といったところだ。

 

深雪にとっても森崎とは光井ほのかや北山雫のように親しくはないが、その人柄を邪険に思ったりはしていない。

 

何より新入生勧誘活動の騒動で活躍した司波達也をある程度は認めている節があるので、寧ろ「友人」として見るならば好印象を抱いている。

 

「そうですか、なら行きましょう」

 

「はい」

 

駆け足気味に教室から出て行った森崎と深雪の二人。

 

その後ろ姿を雅季は見送って、再びスピーカーに顔を向けた。

 

(実に『こっち』らしい『異変』だなー。妖怪退治じゃないから博麗の巫女の出番はないけど)

 

学校の変事を解決するのは風紀委員や生徒会の仕事。

 

まあ、霧雨魔理沙みたいに好奇心で首を突っ込んでくる輩もいるだろうが。

 

そこは現実も幻想郷も変わらないな、と小さく笑みを浮かべながら、雅季は「この異変に名前を付けるなら何がいいかなー」と暢気に考えていた。

 

 

 

 

 

 

案の定というか当然というか、雅季が暢気に過ごしていても事態は進んでいく。

 

放送室の不法占拠は収拾し、次の展開を迎えることになった。

 

「明日、講堂で公開討論会だってよ」

 

「俺たちと同じ待遇にしろだって? 身の程を弁えろって感じだよな」

 

「そうだよな。補欠のくせに」

 

授業の合間の休憩時間、廊下を歩く雅季の耳にそんな会話が入ってくる。

 

前から歩いてくる一年の男子生徒が三人、誰も見覚えがないので他のクラスだ。

 

胸元には八枚の花弁のエンブレム。つまり一科生、彼らの言うブルームだ。

 

雅季はちらっと三人に目を向けると、すぐに関心を無くして視線を外した。

 

人は何事にも境目を作りたがるものと、『結び離れ分つ結う代』である彼は識っているが故に、別に彼らが誰を差別しようと雅季は関与するつもりもない。

 

――だから、事の発端は三人の方から雅季に声を掛けてきたことだ。

 

「おい」

 

「ん?」

 

三人とすれ違った直後、雅季は背後から友好的とは言えない口調で声を掛けられる。

 

「お前、A組の結代雅季だな?」

 

「そうだけど?」

 

雅季が肯定すると、三人は雅季を睨みつける。

 

「お前みたいなのがいるからウィードが調子付くんだ、気をつけろ」

 

そうして放たれた悪態は、少なくとも雅季にとっては意味がわからなかった。

 

「……? 悪い、わかりやすく言ってくれ」

 

「だから! お前みたいなのがいるから、ウィードが調子に乗ってふざけた真似し始めたんだろ!」

 

苛立ちを隠しきれず一人が半ば怒鳴るように雅季に難癖を付ける。

 

それによって周囲の注目を集めたが、渦中の人物たちは気づかない。

 

尤も、

 

「言葉遊びは嫌いじゃないけど、それも相手に伝わらなきゃ遊びとしてもつまらんぞ」

 

一科生(ブルーム)、いや魔法師としての価値観を持たない雅季には、その難癖の付け方は通じなかったが。

 

「……ああ、わかったよ。白痴なお前にもわかりやすく説明してやる」

 

露骨な侮蔑を浴びせながら、別の一人が口を開いた。

 

「お前がウィードごときと同じ視線で付き合ったりするから、連中が俺たちと対等だなんて勘違いして、挙句『有志同盟』なんてもんを作って学校の風紀を乱し始めたんだ。どう責任取るつもりだ?」

 

詰問してきた男子生徒に、雅季は「は?」と間の抜けた声を出し、頭に疑問符を浮かべた。

 

つまり彼らからすれば「有志同盟が生まれたのは結代雅季にも一因がある」ということか。

 

それはあまりにも話が飛躍し過ぎている気がする、というか確実に飛び過ぎだ。

 

「とりあえず、魔法理論の前に理論って言葉の意味を勉強することをお勧めする。あとついでに責任って言葉も」

 

それは男子生徒の問いに答えるものではなく、その男子生徒自身に向けた答えだった。

 

一瞬の間の後、その意味に気づいた彼は怒りに肩を震わせる。

 

「この野郎、ちょっと実技がいいからって調子に乗りやがって……ブルームの誇りを持たない恥晒しが……!!」

 

歯ぎしりが聞こえてきそうなぐらい歯を噛み締めながら彼は言葉を発する。

 

(追加で恥って言葉の意味も、だな)

 

雅季は内心でそう思ったが、流石に口に出すのは止めておいた。

 

ここまで来れば三人が何を思っているのか理解できた。

 

要するに、雅季に対して『地殻の下の嫉妬心』の妖怪が(くら)い喜びを浮かべそうな思いを抱いているということだ。

 

「んで、結局は何が言いたいの?」

 

全く悪びれる、いや怯む様子も見せない雅季に、三人はどんどん感情的になっていく。

 

「ブルームとしての自覚が無いんだったらウィードにでもなってろ!!」

 

「テメェのその胸のエンブレム、破り捨ててやろうか!?」

 

もし雅季が二科生になったとしても実技二位という事実は覆らない、むしろ司波深雪以外の一科生全員が実技で二科生以下になるという不条理な現実が生まれるということに三人は気づいているだろうか。

 

それに、そもそも――。

 

「いや本当、今更だけど何で一科生なんだろうな、俺。入学前に申請出したけどダメだったし」

 

当の本人がそれを希望していたのだ。

 

「な、何言ってやがる?」

 

「何って、入学前に『卒業後の進路で魔法科大学には行かないので二科生でいいです』って申請書を出したんだけど、何でか一科生だったんだよね」

 

入学式の時の疑問が再燃して首を傾げる雅季を見る三人の目に、怒り以外の色が混ざり始める。

 

理解できない、それは三人の共通した認識だった。

 

「じゃ、じゃあ何でここにいるんだよ!! “たかが”神社の跡取りが、魔法科高校に、魔法師の中に入ってくるな!」

 

不満以外に生まれつつあった感情を振り払うように、一人が声を荒げた。

 

「――へぇ」

 

そして、声を荒げたことではなく、彼の言った一言が、結代雅季の「誇り」を傷つけた。

 

結代雅季は『能力』を行使した。

 

魔法科高校という敷地内にいながら七草真由美、十文字克人、そして司波達也などを含めた誰にも感知されず、どんな優れた魔法機器にも検知されることなく。

 

『離れと分ちを操る程度の能力』が、こちらを注目していた人々の興味を『断ち』、意識せず止めていた足を動かしてこの場から『離れ』はじめる。

 

同時に、こちらに駆けつけてきている人物がいることに自分への『縁』を感じることで気付いていた雅季は、その人物に『良縁を結ぶ』ことで少しばかり足止めする。

 

仕上げとして『分ち』で自分と三人を囲うように境界線を引き、『離れ』の術式を織り込んで誰も近づかなくなる結界を構築する。

 

一連の流れは全て人が認識できるよりも早く始まり、認識できる前に終わった。

 

術式など必要とせず、ただ思うだけで魔法を行使する者たちを超能力者と現代魔法は解釈している。

 

だが雅季がほんの一瞬で行使して見せた『能力』は、超能力と呼ぶには多様過ぎて、あまりにも“自然”過ぎた。

 

雅季が『能力』を行使したことにも、周囲の人間が唐突に歩みを再開して歩き去っていくことにも、そして誰もいなくなったことにも三人は気づかず。

 

「な、なんだよ……!?」

 

ただ目の前の人物の雰囲気が変わったことだけは、雅季本人が隠すつもりも無かったので気づくことができた。

 

「魔法師の中に、ね」

 

「そ、そうだ! 一般人を目指すなら一般の高校に入れよ!」

 

「こ、ここは魔法師の学校なんだ!」

 

雅季から発せられる威圧感はまるで遥か格上の者と対峙しているかのようで、三人の気勢を急速に削いでいく。

 

それでもありったけの気力で虚勢を張る三人に、雅季は小さく口元を歪めて、

 

「俺から言わせて貰えば、“たかが”百年前に生まれた『業種』と比較されてもね」

 

淡々と、そう言ってのけた。

 

三人のギョッとした視線が、雅季を捉える。

 

「ぎょ、業種……?」

 

「そうだろ? 兵器として開発された、なんて嘯いているけど、結局のところ『魔法を使える人間』はいても、『魔法師』なんて“種族”はいないんだから」

 

噛み合っていない。

 

何かが噛み合っていない。

 

自分たちと彼は、何かが決定的に違っている。

 

何で、さも当然のように“種族”なんて言葉がいきなり出てくるのか。

 

それはまるで、人以外にも“何か”がいるようではないか――。

 

三人の中に生まれた感情が、段々と大きいものになっていく。

 

かつて、人は理解できないモノに対して「怖れ」を、或いは「畏れ」を抱いた。

 

近世に入り、情報と認識を信仰することによって“それら”を遠くへ追いやって、そして忘れていった。

 

三人が感じているもの、それは正しく人が忘れていた感情だった。

 

それを思い出させた雅季は、不敵な笑みを浮かべて再び『能力』を駆使した。

 

三人に気づかれることなく、三人から極小の、大きさで表現すれば微粒子程度の想子(サイオン)を『分ち』で切り取る。

 

そして、全ての『能力』を解いた。

 

「まあ、俺が入学したのは演出魔法を公式にやってみたいからだけどね。今はアマチュアだし」

 

威圧感も、場を覆っていた『離れ』の結界も全て消え去り、雅季は何事も無かったかのように普段と変わらぬ調子で三人に話しかける。

 

「あ、ああ……」

 

心ここにあらずといった声で返事をする三人から会った時の不機嫌さは消えており、何か釈然としない面持ちで首を傾げている。

 

そこへ、

 

「お前ら、何やってる!」

 

まるで図ったかのように、先ほど雅季が『良縁を結んで』足止めしていた人物がちょうど駆け付けてきた。

 

「き、桐原先輩!」

 

「な、なんでここに……!」

 

三人は顔を強ばらせて現れた人物、桐原武明(きりはらたけあき)へと向き直り、反射的に姿勢を正した。

 

「俺の端末に、剣術部の一年三人が別の一年に絡んでるって連絡が届いたからな。どういうことなのか、説明して貰おうか?」

 

台詞の後半に威圧を込めて桐原が問うと、強ばった三人の表情が一気に青褪める。

 

そこへ、やはり普段通りの態度で待ったを掛けたのは雅季だった。

 

「いや、もう和解しましたよ、先輩」

 

「和解した?」

 

怪訝そうな目を雅季に向ける桐原。それを雅季は平然と受け止め、三人に向き直る。

 

「はい。だよなー?」

 

「え!? あ、ああ!」

 

雅季に同意を求められ、目を白黒させていた三人は弾かれたように一斉に頷く。

 

「というわけで、特に問題ないです。いや、わざわざ駆けつけて頂いたみたいで、ありがとうございます」

 

頭を下げる雅季を、桐原は怪訝そうに暫く見つめ、徐に口を開いた。

 

「お前、名前は?」

 

「結代雅季です」

 

「結代か、俺は二年の桐原武明。こいつらは部活の後輩でな」

 

桐原は雅季にそう告げると、三人へと視線を移した。

 

「お前ら、行っていいぞ。……俺が言えた面じゃないが、剣術部の看板、汚すなよ」

 

「は、はい! すいませんでした!」

 

「失礼します!」

 

三人は萎縮しながら深く頭を下げると、逃げるようにその場を立ち去る。

 

その後ろ姿を雅季は「縁があればまたなー」と声をかけて見送った。

 

「悪かったな、うちの連中が不快な思いさせちまったみたいでよ」

 

「いやいや、大丈夫でしたんで」

 

三人が見えなくなった後、雅季の方へ向き直った桐原が謝罪し、雅季は手を振って何も無かったことを告げた。

 

そう、“何も無かったこと”になっている。

 

 

 

あの三人は会話の途中の記憶が抜け落ちている。

 

雅季と何かを話していたことはわかるが、それが何なのかが漠然としていて明確に思い出せない状態だ。

 

雅季の『能力』によって、ほんの僅かな想子(サイオン)を、「認識」と「情報」を抜き取られた三人は、つい先ほどまでどんな会話をしたのか生涯思い出せることは無く。

 

ただ何故か「得体の知れない恐怖」のみが、心に残っていた。

 

 

 




桐原の『良縁』は次回に持ち越しです。

ちなみに結代雅季は「幻想郷で異変の首謀者になれる」ぐらい強いです。


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第9話 公開討論会・序章

魔法の解釈に誤りを見つけた場合、ご指摘して頂けると助かります。


時系列は少しばかり遡る――。

 

桐原武明(きりはらたけあき)は連絡を受け取った直後、教室を飛び出して連絡のあった場所へ向かっていた。

 

連絡を入れてきたのは桐原の友人で、剣術部の一年生たちが他の一年に絡んでいるという内容だ。

 

先日の放送室不法占拠に始まり、急遽開催が決まった公開討論会。

 

議題は一科生と二科生の平等な待遇。

 

その事に不満を持つ一科生は少なくない。

 

――たとえ実際には待遇に差などない“まやかし”の優位性なのだとしても。

 

今回の一年も、その不満が暴発したのだろう。

 

ただでさえ剣術部は四月のあの一件、桐原が司波達也に取り押さえられ、十四人があしらわれた一件以来、最近は余計にプライドが高くなっている傾向がある。

 

(剣術部の件については、俺が火をつけたもんだからな……)

 

あの時の自分の行動は、今でも苦々しく思う時がある。

 

最初はそんなつもりは無かったのだ。

 

ただ、壬生紗耶香(みぶさやか)が勧誘用に演じた殺陣が気に入らなくて。

 

――あいつの剣は、剣道は、もっと綺麗だって知っていただけに、つい突っかかってしまった。

 

そして、それが悪い結果の方へと流れていくのを桐原は自覚していた。

 

壬生紗耶香が『有志同盟』のメンバーとなった一因には、間違いなくあの一件も影響しているのは想像に難くない。

 

あれ以来、遠かった彼女との距離が余計に開いてしまった。

 

(……クソッ)

 

燻る自己嫌悪を振り払って、桐原は足を早める。

 

 

 

その桐原武明にとって、そして相手にとっても『良い巡り合わせ』は、唐突に訪れた。

 

 

 

「あ」

 

「っ!」

 

階段を下っていた桐原が踊り場の角を曲がった、その先に、

 

「桐原くん……」

 

「壬生……」

 

ちょうど階段を上ってきた壬生紗耶香がいた。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

気まずく、そして重い沈黙が二人の間に流れる。

 

桐原は、第二小体育館(闘技場)での一件から。

 

紗耶香は、明日に実行されるだろう自らの行為への罪悪感から。

 

桐原は僅かに顔を歪ませて、無言のまま紗耶香を見つめている。

 

その視線から紗耶香は目を逸らして、

 

「ごめん、急いでいるから」

 

その場から逃げ出すように、桐原の横を通り過ぎて階段を駆け足で上っていく。

 

「壬生!」

 

反射的に、桐原は叫んでいた。

 

紗耶香の背中がビクッと震え、恐る恐るといった様子でゆっくりと振り返る。

 

「その、何だ……」

 

だが、何か攻撃的な言葉が来ると思っていた紗耶香の想像とは外れ、きまり悪げに桐原は口ごもり、

 

「あの時は、本当に悪かった」

 

それだけを言い残して、桐原は階段を駆け下りていった。

 

残された紗耶香は、ただ呆然と桐原のいた場所を見つめている。

 

一科生(ブルーム)が、二科生(ウィード)に謝った。

 

その事実が、壬生紗耶香にとっては衝撃的であり、同時に大きな困惑を生み出した。

 

 

 

 

 

 

公開討論会、当日――。

 

討論会を公聴するために全校生徒の半数が講堂に集まっており、これは関係者たちの予想を上回る人数だ。

 

舞台袖にいるのは渡辺摩利、市原鈴音、司波達也、司波深雪の四人。

 

特に摩利と達也と深雪の三人は、言わば遊撃戦力。

 

他の風紀委員は、異変が発生した際にそれぞれマークしている有志同盟を拘束する任務に就いている。

 

だがもう一人だけ、舞台袖にいる三人とは別のところで遊撃戦力に数えられている生徒が一人。

 

講堂の二階ギャラリーにいる森崎駿だ。

 

森崎は家業で後方から周囲を警戒するバックアップを務めている。

 

その実績が認められて、森崎は周囲を見渡せる二階から警戒する任務を言い渡された。

 

(同盟の人数が足りていない。別働隊がいるな)

 

講堂にいる有志同盟のメンバーを数え、舞台袖の摩利たちと同様の結論に達した森崎。

 

彼らの決起が大義名分通りなら、この討論会は正しく有志同盟が望んだもの。

 

だというのに全員が揃っていないというのは、この討論会以外にも何かを考えているということ。

 

背後にブランシュの影があることを知らない森崎だが、それでも何かが起こることを予感していた。

 

森崎は討論会の舞台となる壇上へ視線を移し、

 

(あっちは心配無用か)

 

すぐにそう結論付けた。

 

何せ壇上に上がるのは十師族直系の七草真由美。

 

その側には副会長で二年生のエース、服部刑部。

 

舞台袖には風紀委員長の渡辺摩利、圧倒的な魔法力を持つ一年首席の司波深雪、そして()()()()()としてはおそらく一流の司波達也。

 

あれだけの面子が揃っているのだ、きっと特殊部隊レベルでないと制圧など出来ないだろう。

 

 

 

達也は二科生であるが、その実力を森崎は認めていた。

 

魔法力は己が上だ。

 

だが実際に戦闘となれば、勝敗はどちらに転ぶかわからないとも考えている。

 

森崎は中学生の時、あの非常識こと雅季と三回ほど模擬戦をしたことがある。

 

戦績は三戦して一勝二敗。森崎は負け越している。

 

特に屈辱的だったのは最初の戦い、森崎は「魔法なし」の雅季に敗北を喫した。

 

開始直後、CADを抜き出し構えた森崎に、雅季がぶん投げたCADが森崎のCADを弾き飛ばし、一瞬呆然とした隙に顔面に飛び蹴りを喰らってノックダウンしたという情けない敗北だった。

 

十秒間ぐらい意識を失って覚醒した直後、起き上がるなり「魔法を使えぇぇええーー!!」と思わず叫んだ自分は悪くない、と今でも思っている。

 

というか精密機械を投げるな、あの非常識め。

 

ともかく森崎はそれ以来、魔法力と勝負の勝敗は別だと考えるようになり、そして実際に魔法力で勝る雅季から一勝をもぎ取ってみせた。

 

森崎もできたのだ。

 

あの司波深雪の兄であり、忍術使い・九重八雲の教えを受けているという司波達也ができない道理は無い――。

 

森崎は警戒を講堂内から講堂の外、即ち外部からの侵入者に対するものへ切り替える。

 

講堂内に背を向けて、森崎は窓から外を警戒し始めた。

 

 

 

 

 

 

公開討論会が始まる寸前の時間帯。

 

司波達也は舞台袖から周囲を注意深く観察する。

 

手を抜くつもりは毛頭ない。

 

それは『風紀委員』としてだけでなく、密かに『深雪のガーディアン』としての警戒でもあった。

 

新入生勧誘活動の直後にあった、自宅端末のデータハッキング“疑惑”。

 

あくまで疑惑だ、何故なら盗み見られたという証拠がないのだ。

 

データバンクにはハッキングされた形跡は見当たらなかった。

 

達也の知人である『電子の魔女』にも調べてもらったので間違いないだろう。

 

故に、達也は『精霊』を操る古式魔法、いわゆる喚起魔法によるものではないかと考えた。

 

精霊の「五感同調」なら、モニターをオンにすることも、映し出されたデータを見ることも可能だ。

 

そして喚起魔法自体も古式魔法師たちの間では珍しい魔法でもない。達也と同じクラスにも使い手がいるほどだ。

 

だが、それは古式魔法の大家、九重八雲が否定した。

 

「精霊を行使すれば、必ず君の『眼』に捉えられる」と。

 

達也の持つ知覚魔法『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』は、知覚魔法というより異能だ。

 

『精霊の眼』はイデアの『景色』を見ることができる。

 

この世に存在するものは、全て情報体プラットホームであるイデアに刻まれる。そのイデアを知覚することができる『精霊の眼』にとって、見られないものは“存在しないもの”のみ。

 

一方で「精霊」とは現代魔法においてイデアから分離した孤立情報体と解釈されている。

 

確かにイデアから分離している故、不活性化している精霊ならば達也も捉えることは出来ない。

 

だが術者が『五感同調』を行うには必ず精霊に想子(サイオン)を流し込み活性化させなければならない。

 

精霊を活性化させずに精霊を行使することは不可能だ。それは想子(サイオン)を一切使わずに魔法を行使すると同義であるのだから。

 

そして、すぐ近くで活性化した精霊を、達也が見逃すはずがない。

 

だから“疑惑”。

 

確かに何かがいた気配があったが、正体が全く掴めない。

 

普通の人間ならば勘違いだったのでは、と結論付けて決着にしてしまうだろうが、生憎と達也は普通の人間と比べて明晰過ぎた。

 

「仮に、君の『眼』を欺けるほどの“何か”がいたとすれば、それは――」

 

 

 

(あるかもしれず、ないかもしれない、人ならざるモノ。つまり『幻妖』か)

 

先日訪ねた九重八雲の言葉が脳裏を過ぎる。

 

尤も、言った本人である九重八雲自身も「まあ、今時魔性が出るとは到底思えないけど」と付け足していたが。

 

 

 

ところがどっこい、実のところそれが正解である。

 

「事実は小説よりも奇なり」というイギリスの詩人が生み出した諺もあるが。

 

傍迷惑なスキマ妖怪が、ただの好奇心で覗いてきたとか。

 

そのスキマ妖怪が「恐怖されてこそ妖怪だから」という面白半分の理由でわざと気づかせたとか。

 

事実はその程度のものである。

 

尤も、それは伝統から『幻想』を失伝した九重も、そもそも『幻想』を知らない達也も、知りようが無いことだが。

 

 

 

閑話休題。

 

故に達也は新入生勧誘活動の直後という時期から、活動時に見せた「アンティナイトを使わないキャスト・ジャミング技術」狙いと判断し、ブランシュの仕業と疑っている。

 

ブランシュが達也の知らない魔法技術を使用しているのではないのか、と。

 

そして奇しくも、達也の推察は本来の目的からは全くの見当外れであったが、「達也の知らない魔法技術」という点ではほんの僅かに掠っていた。

 

『ブランシュ』はそんな技術を持っていないが、先日『ブランシュ』と秘密裏に接触した『ラグナレック・カンパニー』は、その技術を幾つも抱えているのだから。

 

 

 

 

 

 

ブランシュの拠点となっているバイオ燃料の廃工場。

 

元は事務室であった一室に、ブランシュの主だった幹部が集まっていた。

 

その中心にいるのは、ブランシュ日本支部のリーダー、司一(つかさはじめ)だ。

 

「同志たちよ、いよいよ決行の時が来た!」

 

大袈裟な手振りで、司一は宣言する。

 

「既に魔法科高校の同志たちは準備を終えている。彼らは必ずや機密文献を手に入れてくれるだろう!」

 

狂気を潜ませた笑みを浮かべながら、同志たち、いや部下たちを見回す。

 

「そして、弟が知らせてくれたアンティナイトを必要としないキャスト・ジャミング技術! あれも素晴らしい技術だ!」

 

司一の狂気が一層濃くなり、その目にギラギラとした不気味な光が宿る。

 

「“あの”ラグナレックが、中東でシャイターンと恐れられる軍勢が、我々に協力を申し出てきたことからも、その技術の素晴らしさがわかるだろう! 同志諸君! ククク、ハハ、ハハハ!!」

 

遂に哄笑を抑えきれず、司一は高らかに笑い出した。

 

部下たちが畏怖を交えて司一を見つめる中、司一は部屋の外へ視線を向ける。

 

司一の視線の先、廃工場の一角には、ラグナレックの代表として交渉を担当した人物が持ち込んだ『契約の証』である戦力が、『兵器』が佇んでいた。

 

 

 




魔法の解釈に誤りを見つけた場合、ご指摘して頂けると助かります。

次回は独自要素である「ラグナレック」の魔法技術を一つ公開。
かなりの強敵・難敵なので、司波達也に匹敵する魔法師も登場します。


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第10話 結ぶ者

魔法の解釈などで矛盾的、指摘点があれば教えて頂けると幸いです。


ラグナレックの代表としてブランシュと契約を交わした水無瀬呉智(みなせくれとし)は東京西部に広がる山林の中にいた。

 

呉智はその鋭い視線で腕時計をジッと見据えて、その時を待つ。

 

そして、指定の時間になった瞬間、呉智はブレスレット形態の汎用型CADに指を走らせた。

 

呉智が流し込んだ想子(サイオン)によって、起動式の展開が始まる。

 

そうして展開された魔法式は加速系・移動系複合魔法――ある魔法の終着点という機能を持っただけの魔法だ。

 

 

 

ラグナレック・カンパニーの軍隊は、『本隊』と『駐留部隊』の二つに分類されている。

 

駐留部隊は、契約を交わした国家に傭兵として駐留している部隊だ。

 

一線級の装備を持ち、少なからぬ魔法師も抱える彼ら駐留部隊も、強力な軍隊であることには何ら変わりはない。

 

そして傭兵に偽装してラグナレックに入隊している各国の諜報員も、全て駐留部隊に配属されている。

 

だが、敵対勢力から心底恐れられ、大国の一角であるインド・ペルシア連邦軍から『シャイターンの軍勢』とまで畏怖されているラグナレックの主戦力は『本隊』の方だ。

 

本隊には強力な魔法師が数多く配属されており、その打撃力は絶大だ。

 

一方で本隊の情報については、若干数の魔法師についてはどのような魔法を使うのか判明、または推測できているが、本隊そのものの組織については一切の情報が無く機密のヴェールに包まれている。

 

各国の諜報員も何とか機密だらけの本隊に配属されようと工作を続けているが、結果は芳しくない。

 

実のところ、本隊はバートン・ハウエルを総隊長とした複数の部隊から成る連隊であり、その部隊員全てがあの本物の魔女であるマイヤ・パレオロギナの手で強化された強力無比な魔法師たち()()で構成されている。

 

魔法そのものが属人性のある技能のため本隊にも様々な魔法師がおり、その中には特定の魔法に特化した者も少数ながら在籍している。

 

その中の一人が、たった一つの魔法に特化した魔法師。

 

他の魔法を使えない代償として、不可能と言われている魔法を可能にしている規格外の魔法師。

 

彼の魔法演算領域には、ただ一つの魔法式のみが存在している。

 

その魔法は、難関魔法と呼ばれるもの、ではない。

 

対象物の密度を操作する収束系魔法において一度は語られ、不可能だと判断された魔法。

 

ラグナレック本隊の機密魔法の一つ。

 

対象となる情報体の密度を極限まで薄め、別の場所で再び同じ密度で構築する。

 

究極の収束・加速・移動系複合魔法『物質転移(テレポート)』。

 

ラグナレック本隊直轄部隊である『フェンリル』部隊所属の魔法師、(シェ)鄭揚(チェンヤン)のみが持つ、世界で唯一つの魔法だ。

 

日本海に進出したラグナレック所属の潜水艦内で朱鄭揚が魔法式を展開。

 

対象となる情報体の密度を極度に薄め、呉智が展開した魔法式を終点に情報体を移動・加速の複合系統で任意の場所に移動させ、情報体の密度を復元する。

 

情報体そのものの密度を極限まで薄めることによって、水中や壁などあらゆる障害物を通り抜けて移動することができる魔法。

 

その最大射程、実に五百キロメートル。

 

術者である朱鄭揚の空間掌握能力の範囲外では今回のように転送先の地点で誰かが終点となる魔法式を構築する必要があるが、それでもその魔法の効力は絶大だ。

 

ラグナレックが畏怖されていることの一つに、どこからともなく現れるその神出鬼没さが挙げられるが、その正体こそがこの唯一無二の物質転移魔法である。

 

 

 

それは、まさしく魔法的な光景だった。

 

呉智の目の前で転送されている情報体の想子(サイオン)が急速に収束し、輪郭が顕わになっていく。

 

最初は透けていた輪郭が、瞬く間に実体を持ち始め、最後は一人の男性となる。

 

現れたのはペルシャ系の整った顔付きをした、見た目は三十代前半の男性だ。

 

情報体、人間そのものの『物質転移(テレポート)』を目の前で目撃したというのに、呉智に表情の変化はない。

 

そして、それは潜水艦から一瞬で日本に転移された男性も同様だ。

 

何故なら、呉智も男性も既に自らが朱鄭揚の魔法で転移した経験があるからに過ぎない。

 

こういった潜入任務において、国境線を通ることなく現地へ赴く。

 

通信方法も相まって、隠密性でのラグナレックのアドバンテージは計り知れない。

 

「任務の内容は聞いているな、アストー」

 

呉智の確認に男性、アストー・ウィザートゥは無言で頷く。

 

敵意を持った視線で呉智を見据えながら。

 

それを見た呉智は、特に何も反応せず踵を返して来た道を戻り始める。

 

アストーも無言のまま呉智に付いて行く。

 

道中に会話など有りはしない。

 

アストーの敵意について問い質すこともしない。

 

このゾロアスター教の死神の名を持つ男は、バートン・ハウエルにすら敵意を向ける、そういう精神を持つ男なのだと呉智は知っているが故に。

 

 

 

水無瀬呉智、アストー・ウィザートゥ。

 

たった二人の悪魔の軍勢(ラグナレック)が“進撃”を開始する。

 

 

 

向かう先は――東。

 

 

 

 

 

 

講堂で討論会が始まったころ、結代雅季の姿は講堂には無かった。

 

本当は雅季も討論会を見に行くつもりだった。

 

雅季個人としても、結代としても、一科生と二科生の境目をどのような方向へ持っていくのか興味があった。

 

それなのに結代雅季が講堂へ行かなかった理由は、彼が『結代』だからだ。

 

「放っておけないでしょ、あれは」

 

ポツリと呟く雅季の視線の先には、一人の女子生徒。

 

講堂へ向かう途中、目に留まった二年生だ。

 

彼女は顔色を悪くしながら図書館の方へと歩いていく。

 

放っておけないのは、彼女の顔色が悪いからではない。

 

彼女が先ほど図書館特別閲覧室の鍵を盗み出したから、でもない。そもそも雅季はその事を知らない。

 

では、ストーカーに目覚めた覚えもない雅季が、どうして名前も知らない彼女の後を密かに付けているのか。

 

それは――。

 

「本当に『悪縁』だらけだね」

 

『縁を結ぶ程度の能力』で感じる、彼女の『縁』。

 

幾つもの悪縁が彼女に絡まっており、それらは良くない未来を彼女にもたらすだろう。

 

『結代』である雅季としては、見て見ぬフリはできない。

 

重い足取りで、それでも図書館へと足を引きずるように歩いていく彼女。

 

まるで絡まった悪縁が彼女を引っ張っているようだ。

 

あの悪縁を解くには、余程の良縁を結ぶか、力で強引に悪縁を“バラバラ”に引きちぎってしまうか。

 

雅季なら後者も断然可能だが、彼は『結代』だ。

 

必然的に選ぶのは前者となる。

 

幸い、その余程の良縁はすぐに結べそうだ。

 

雅季は、彼女に良縁を結ぶことにした

 

 

 

幻想郷の住人たちが持つ『能力』は多種多様だ。

 

自己申告なので「それ能力じゃなくて特技だろ」と突っ込めるものもあるぐらいだ。

 

だが中には『程度の能力』という曖昧な表現が当てはまるほどの有効範囲、概念にまで及ぶ幅広さを持つものもある。

 

『疎と密を操る程度の能力』は収束系統魔法のように物の密度を操るだけでなく、人の思いまで(あつ)めて散らす。

 

『坤を創造する程度の能力』は古式魔法のように地面を操るのではなく山を、川を、湖を、大地に地形そのものを造り出す。

 

『境界を操る程度の能力』に関してはもはやその名の通りであり、物理的、概念的、精神的な『境界』さえあれば自在に操ってしまう。

 

現代魔法では解釈しきれず、古式魔法では推し量れない、系統外魔法に分類される『能力』の数々。

 

“現代”で解釈しきれなくて当然だ。

 

それらは“現代”が忘れたもの、“幻想”が編み出した魔法なのだから。

 

結代家の『縁を結ぶ程度の能力』、そして神様である天御社玉姫(あまのみやたまひめ)の『縁を司る程度の能力』も同じ。

 

縁とは、人と人との関わり合い、巡り合わせ。

 

現代魔法では精神干渉魔法と解釈するだろう。そのようにしか解釈できない。

 

『縁を結ぶ程度の能力』が、結代の生み出す幻想が、彼女にとって良縁となる人物と『縁』を結ぶ――。

 

 

 

 

 

 

図書館の建物を視界に捉えて、思わず壬生紗耶香(みぶさやか)は歩いていた足を止めた。

 

(本当に、これでいいの?)

 

先ほどから、いや昨日からもたげる疑問が、ぐるぐると頭を駆け巡る。

 

彼女に与えられた『任務』は、図書館の特別閲覧室の鍵を持ち出し、ブランシュのメンバーと共に機密書籍を盗み出すこと。

 

「魔法学の研究成果を広く公開することが、差別撤廃の第一歩となる」

 

剣道部主将の司甲(つかさきのえ)の仲介で紹介された彼の義兄、司一は紗耶香にそう教えた。

 

だが、本当にそうなのだろうか?

 

思考が駆け巡り、やがてある答えを出そうとすると、無意識に思考がある方向へと修正される。

 

間違ってはいない、これは正しいことなのだと。

 

だがそれも長くは続かず、紗耶香は再び疑問を抱く。

 

何度も繰り返される疑問は、紗耶香自身の答えを得ないまま、間もなく決行の時を迎える。

 

再び歩き始めた足取りは、先程まで以上に重く。

 

普通に歩くよりも倍以上の時間をかけながら。

 

それでも壬生紗耶香は、誰にも止められることなく図書館の傍、指定された合流地点に辿り着く。

 

既に図書館内部には剣道部の同志たちが待機している。

 

そして、すぐ近くの茂みには外部の侵入者、ブランシュのメンバーが隠れている。

 

作戦開始時刻まで、あと一分。

 

もうすぐ実習棟の方で襲撃が始まるだろう。

 

紗耶香は知らないが、彼らは講堂も同じタイミングで襲撃する予定だ。

 

その全ては陽動。

 

本命である図書館の特別閲覧室から機密書類を盗み出すまでの時間稼ぎ。

 

もはや隠れる必要性も感じなくなったのか、ブランシュのメンバーが次々と紗耶香の前に姿を現す。

 

メンバーの一人が紗耶香に手を出す。

 

それの意味することに紗耶香は気づき、ポケットから特別閲覧室の鍵を取り出し――。

 

 

 

「壬生!!」

 

 

 

名前を呼ばれて咄嗟に振り返った。

 

「……どうして」

 

ポツリと呟き、だがそれ以上は言葉にならず。

 

壬生紗耶香は驚愕に染まったまま、ただ自分を真っ直ぐに見据えている桐原武明を見つめていた。

 

 

 

 




《オリジナルキャラ》
(シェ)鄭揚(チェンヤン)
・アストー・ウィザートゥ



《オリジナル魔法》
物質転移(テレポート)

収束、加速、移動の複合系統魔法。

使用者はラグナレック本隊部隊『フェンリル』所属の魔法師、(シェ)鄭揚(チェンヤン)

対象物の密度を極度に薄めた状態で、加速・移動系魔法によって己または相手を任意の場所に移動させる複合系統魔法。

加速・移動系魔法はただ直線に設定されているだけだが、密度を薄めることによってその直線上にある物理的な障害物を通り抜けることが可能。

使用者である朱鄭揚が認識する空間掌握能力の内側ならば、一線級魔法師と同様の時間で魔法を行使できる。

空間把握能力の外側、つまり長距離の転移の場合は、転移先となる地点で誰かが転移の終点先として設定された起動式を展開する必要がある。

また長距離転移の場合、魔法の行使に朱鄭揚は最低十秒間を必要としており、その間に別の魔法などで干渉されると魔法が発動せず対象物は元あった場所のままになる。



原作をお読みの方は「物理にも精神にも同じ方向性で干渉する魔法」について心当たりがある方もいると思いますが、その解釈については話が進んでからになります。


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第11話 告白

 

桐原武明が壬生紗耶香の姿を見かけたのは偶然だ。

 

剣術部の練習で、部員たちと共にウォーミングアップの走り込みをしていた桐原は、途中で視線の端の方で壬生の姿を捉えた。

 

(壬生?)

 

思わず振り返った桐原の視線の先には、かなり遠いが確かに壬生紗耶香の姿があった。

 

(何であんなところにいるんだ?)

 

有志同盟の一員である壬生はてっきり講堂にいるものと思っていただけに、首を傾げる桐原。

 

 

 

――何故か、ひどく気になる。

 

 

 

まず壬生の様子がおかしい。

 

足を引き摺るように歩いているが、特に怪我をしている様子でもない。

 

それに壬生の歩いている先にあるのは保健室ではなく、図書館。

 

 

 

――嫌な予感がする。

 

 

 

「桐原?」

 

気がつけば足を止めていた桐原に、部員の一人が怪訝そうに桐原の名を呼ぶ。

 

桐原は部員の方へ振り返ると、

 

「悪い、ちっと用事ができた。先に行っててくれ」

 

「え? あ、おい!」

 

返事を待たずに別の方向へ、壬生の下へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

「誰だ、お前ら?」

 

桐原は低い声で壬生の傍にいる部外者、いや侵入者たちに問う。

 

元々答えを期待していない。

 

それを示すかのように、桐原は背中に背負っていた竹刀を抜き取る。

 

左手はCADに手を添えて、そして右手の竹刀は矛先を「敵」へ向ける。

 

「壬生に、何させている?」

 

先ほどよりも更に鋭い声で再び問いかける桐原は、既に臨戦態勢を整えていた。

 

 

 

ブランシュのメンバーたちは警戒心を顕わに、突如現れた“障害”と対峙する。

 

既に作戦開始時刻だ。時間は掛けられない。

 

そう判断した実行部隊のリーダー格、司一の部下である男が懐に手を伸ばそうとしたとき――。

 

 

 

轟音が、鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

一方の公開討論会は、討論会から次第に七草真由美の演説へと変わっていき、最後は真由美の訴えた一科生と二科生の差別“意識”の克服を、生徒たちは満場一致の拍手で受け入れる形で幕を閉じた。

 

そして同時に、有志同盟を背後から煽った黒幕たちが演出する第二幕が幕を開ける。

 

二階から窓の外を警戒していた森崎が、最も早くそれに気づいた。

 

「敵襲!!」

 

大声で警告を発すると同時に、轟音が講堂の窓を振動させる。

 

拍手が止み、一瞬の静寂が講堂を包む中、既に起動式を展開し終えた森崎が魔法を行使する。

 

窓を突き破ろうと飛来してきた複数の榴弾を、その運動方向を真下に設定して全て地面に叩き落とす。

 

直後、森崎のいる方面とは反対側の窓が割れ、講堂内に投げ込まれた榴弾がガスを撒き散らす――より早く、森崎の警告で既に起動式を展開していた服部の魔法が発動する。

 

ガスは拡散されず榴弾に収束されたままの状態で、榴弾自体がガスと共に窓の外へ弾き出される。

 

そして、化学兵器を実装した榴弾の支援攻撃を受けて突入する“予定”であった侵入者たちは榴弾と同時に講堂内へ乱入し、そのまま摩利の対人魔法によって倒れた。

 

他の風紀委員は既に有志同盟のメンバーを拘束している。

 

その鮮やか過ぎる手並みは、講堂内の生徒たちが悲鳴を挙げるより呆気に取られてしまうほどだった。

 

「では俺は実技棟の様子を見てきます」

 

「お兄様、お供します!」

 

「気をつけろよ!」

 

司波兄妹が轟音のした区画へ走り去るのを見送り、渡辺摩利は視線を二階のギャラリーに移す。

 

視線の先でお目当ての人物と目が合うと、摩利はニヤリと笑った。

 

その意味を受け取った森崎は、再び外を警戒する、フリをして照れくさそうに目を逸した。

 

 

 

 

 

 

突然、鳴り響いた轟音で呆然と佇んでいた紗耶香は我に返り、咄嗟に手に持っていた鍵をブランシュのメンバーの一人に渡した。

 

「行ってください!」

 

「壬生!!」

 

鍵を受け取った侵入者たちが、桐原に背を向けて図書館へと向かって走り出す。

 

桐原はそれを追い掛けようと足を動かし、

 

「邪魔をしないで、桐原くん」

 

竹刀を中段に構えた紗耶香によって、すぐに行く手を遮られた。

 

「チッ!」

 

舌打ちをして、桐原は追うのを止めて紗耶香と向かい合う。

 

「壬生、お前自分が何をしようとしているのか、わかっているのか?」

 

桐原としては、さっきから疑問が尽きない。

 

紗耶香が渡していた鍵は特別閲覧室のもの。

 

ならば連中の狙いはどう考えてもこの国の魔法学の機密文献。

 

魔法の優劣による差別の撤廃とは全く関係のない、ただの犯罪行為だ。

 

桐原の疑問の答えを、紗耶香は自ら口にする。

 

「魔法学の研究成果を広く公開することが、差別撤廃の第一歩となる。あの人はそう言っていた。だから――」

 

邪魔はさせないと、戦意を滾らせる紗耶香。

 

だが一方の桐原は、紗耶香の言ったことを理解できずに唖然とする。

 

「壬生、お前なにを言って……?」

 

どこをどのように考えれば、そんな答えが導き出されるのか。

 

普通に考えれば、行為と結果が繋がらないことなど誰にでもわかる。

 

そう、普通に考えることが出来たのなら。

 

魔法科高校の一科生として、二年生として魔法を学んできた桐原の脳裏に、ある推測が浮かび上がる。

 

「――まさかッ!」

 

(マインドコントロール!?)

 

その答えに辿り着き愕然とする桐原に、

 

「はあぁああ!!」

 

裂帛の気合を持って紗耶香が襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

壬生紗耶香と桐原武明。

 

両者の『縁』を結んだ結代雅季は、図書館や実技棟、講堂など騒動とは反対の方向へ向かって歩いていた。

 

結代雅季が、結代家が、“社会的”な変事に直接関わることは一切ない。

 

一応、この国に住まう民として間接的には関わることはある。

 

先ほどのように密かに『良縁』を結んだり『悪縁』を離したり切ったりと、人の繋がりを結び離れ分つことで、日本が日本らしくあるようには動いてきた。

 

春には花見を楽しみ、夏には祭りで騒ぎ、秋には旬の味覚を味わい、冬には初詣に出かける。

 

中には失伝した伝統もあるが、それでも日ノ本の民は今でも四季を楽しみ、自然を美しんでいる。

 

だが結代家が“人”同士の戦で直接戦力として関わったことはない。

 

源平合戦も、元寇も、南北朝時代も、戦国時代も、明治維新も、日清日露戦争も、第二次世界大戦も、そして第三次世界大戦も。

 

結代家は常に傍観者の立場を貫いてきた。

 

それは人の世にあっては結代家が、特に『結び離れ分つ結う代』である雅季が、あまりにも()()()()()がため。

 

結代家が動く時は、諏訪の地の信仰の行方について二柱の相談に乗ったり、月からの逃亡者を匿ったり、そして博麗大結界に携わったりと、常に幻想側の異変だ。

 

或いは、“百年前”の時のように『紡ぎ』を祀る結代家として見過ごせぬ事態であるか。

 

それは『今代の結代』である結代雅季も同様。

 

更に図書館へと向かっていく複数の『縁』を感じながら、雅季は人知れずこの騒動から、国家間同士の諜報活動の攻防戦から完全に手を引いた。

 

 

 

 

 

 

「はあ!」

 

「ッ!」

 

紗耶香の振り下ろした竹刀を、桐原は竹刀で受け止める。

 

「壬生! 目を覚ませ!!」

 

声をあげる桐原。

 

だが返事の代わりに紗耶香の竹刀が襲いかかる。

 

「クソ!!」

 

「はああ!!」

 

内心の疑惑を振り払うように、ひたすら桐原に竹刀を鋭く叩きつける。そこに一切の手加減は無い。

 

桐原が魔法を併用すれば、或いは紗耶香を取り押さえることもできたかもしれない。

 

だが桐原は魔法を使っていない。

 

それどころか、一度も紗耶香に攻撃を仕掛けていない。

 

ただ攻勢を仕掛けてくる紗耶香の剣を受け止めることに徹している。

 

壬生紗耶香がマインドコントロールを受けていると気づいてしまった時点で、紗耶香を攻撃することを躊躇ってしまっている。

 

攻める紗耶香、守る桐原。

 

(……違うだろ)

 

只管に攻撃を受け止めている桐原の中に浮かんでくる感情。

 

「……違うだろ、壬生」

 

自覚せず、桐原は内心を口にしていた。

 

「お前の剣は、こんなんじゃないだろ……!」

 

良く言えば烈火のように、だが悪く言えばがむしゃらな紗耶香の剣。

 

それは桐原の知る、中学時代の桐原を魅了した剣では無かった。

 

互いの竹刀が強く打ち合う。

 

桐原は力任せに相手を押し返す。紗耶香は勢いに乗るかたちで後方へ飛び引き、両者は距離を置く。

 

「壬生、違うだろ。お前の剣は、そんなんじゃねえだろ」

 

無表情に、淡々した口調で言い放つ桐原。

 

「私の、剣?」

 

だが紗耶香には、それがどこか悲しげに聞こえた。

 

怪訝な顔をする紗耶香。桐原は内心の迷いを振り切り、覚悟を決めた。

 

「壬生、俺はお前を止める。お前の剣を、汚させはしない」

 

竹刀を構えなおす桐原。その目は真っ直ぐに紗耶香を捉えている。

 

「魔法は使わないの?」

 

桐原の右手に装着されているブレスレット形状の汎用型CADを一瞥して、紗耶香が問う。

 

「ああ。使わない」

 

「剣技だけで、私を倒せると思っているの?」

 

「ああ。今のお前なら、俺でも倒せる」

 

一瞬も躊躇せず断言した桐原に、紗耶香は眉を顰めて。

 

「舐められたもの、ね!」

 

桐原に斬りかかった。

 

再び始まる両者の剣戟。

 

だが先ほどとの明確な違いは、桐原も紗耶香に打ちに掛かっていることだ。

 

桐原の袈裟斬りを紗耶香は受け流し、返す刃で桐原の胴を狙う。それを戻した竹刀で受け止める桐原。

 

紗耶香の表情が険しくなる。

 

新入生勧誘活動の時より桐原の動きが良い。

 

技量はほぼ同等、そこに差は無い。

 

故に、拮抗していた両者の天秤が傾いたのは、技量以外の要因だ。

 

「くっ……!」

 

苦悶の声をあげる紗耶香。

 

先ほどの攻勢の疲労が、紗耶香の動きを徐々に鈍らせる。

 

「負け、られない……!!」

 

だが、負けることは到底許容できない。

 

魔法が下手だからという理由で学校側から二科生に区別され、ウィードや補欠と差別されてきた。

 

だからこそ、魔法を使わない純粋な剣技では、絶対に一科生には負けたくない。

 

その一心で必死に食らいついてくる紗耶香の、もはやいつもの輝きを失ったその剣に、

 

「壬生!!」

 

桐原の内部で溜まっていた激情の堰が決壊した。

 

「そんな剣じゃないだろ! お前の剣は!」

 

「何を、いきなり――!!」

 

 

 

「お前の剣は、もっと綺麗だった!!」

 

 

 

「――え?」

 

場にそぐわない桐原のあまりに突然な告白に、紗耶香は呆気に取られる。

 

それも一瞬のことで、すぐに桐原の袈裟斬りを慌てて受け止める。

 

「中学ん時、お前の剣を見て本気ですげえって思ったよ! 人を斬らない剣ってのはこんなにも綺麗なのかって! 俺じゃ絶対に真似できないってな!」

 

桐原の中で燻っていた想いが爆発し、次々と言葉にして紗耶香にぶつける。

 

「お前の剣はもっと綺麗なんだ! だから、これは違うだろ!!」

 

「え、え?」

 

その紗耶香の顔色が、桐原の竹刀を防ぎながらも段々と赤くなっていくことに、一種の激昂状態である桐原は気付かない。

 

「あんな連中なんかに、お前の剣を、お前を汚させるかよ!」

 

竹刀を一際大きく上段に振りかぶった桐原。

 

紗耶香にとって絶好の隙が生まれたが、もはや別の意味で余裕を無くした紗耶香はそれを突くこともできず。

 

「お前の剣を、お前の剣道を――」

 

また桐原もそんな紗耶香の様子に気付ける余裕もなく、ただ全力の一撃で竹刀を振り下ろし、

 

「俺が惚れた壬生紗耶香を、こんなことで汚させてたまるかッ!!」

 

紗耶香の竹刀を叩き落とした。

 

 

 

竹刀の地面を転がる音が、決着を物語る。

 

学校内は未だ襲撃の喧騒が絶えないが、二人の間には奇妙な静寂が訪れる。

 

竹刀を振り下ろした状態で止まっていた桐原は、残心を解くと深く息を吐いた。

 

そして、壬生に何か言おうと、桐原がゆっくりと顔をあげると……。

 

 

 

「き、き、桐原くん!? な、な、何を言って……え? えっ!?」

 

壬生紗耶香は顔を真っ赤にして、声が裏返るなどあからさまに動揺していた。

 

 

 

あれ、と首を傾げる桐原。

 

それも束の間、

 

「……あ」

 

冷静になった瞬間、ついさっきまで自分が何を言っていたのかを理解して、一瞬で桐原も顔色が真っ赤に染まった。

 

「え、えっと、だな……その……」

 

何を言おうとしたのか思い出すどころか何も言っていいのかもわからず、結局は桐原も紗耶香も沈黙を選択する。

 

お互いに顔を背けているが、チラチラと相手に視線を向けては、視線が合うとパッと目を逸らす。

 

桐原が混乱する頭で何とか現状打破しなければと考えたのは、現在の学校の状況を考慮して、というわけではなく、単に気まずい空気を何とかしたかったためだ。

 

というか、もはや二人はブランシュの襲撃など完全に忘れ去っていた。

 

「み、壬生!」

 

「は、はい!!」

 

思った以上に強い口調になってしまった桐原と、返事が敬語になるぐらい緊張している紗耶香。

 

名前を呼んだのはいいものの、やはり何を言えばいいのかわからず、桐原と紗耶香は見つめあう格好となる。

 

第三者が見ればこの状況で何をしているのかと心底呆れるところであり、

 

 

 

「……何をしているんですか、先輩方」

 

「うおっ!!」

 

「きゃあ!!」

 

実際に達也たちは心底呆れていた。

 

「し、し、司波君!?」

 

「よ、よう司波兄!!」

 

既に思考がパンク状態の紗耶香と、取り繕ったように返事をする桐原。

 

そんな二人を見て、司波達也、司波深雪、千葉エリカ、西城レオンハルトの四人は奇しくも同じ思いを共感して、溜め息を吐いた。

 

 

 




「どうしてこうなった?」と問われれば、こう答えましょう。
だいたい結代雅季のせい。


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第12話 ブランシュ

魔法師チームの難易度はルナティックを目指してます。
詳細は本文で(笑)


「それで、どういった状況なんですか?」

 

達也の問い掛けには呆れの声が混ざってしまっていたが、それは無理ないことなのかもしれない。

 

実技棟への襲撃をその場に居合わせたレオとエリカと共に撃退して、小野遥の助言で敵勢力の本命である図書館へと駆け付けてきた達也たち。

 

そしていざ駆けつけてきてみれば、図書館前では侵入者たちと学校側、三年生の生徒たちや教師たちが激しい攻防を繰り広げており。

 

……そのすぐ近くでは見知った男女が何故か青春を繰り広げていたのだから、誰だって「何だこれ?」と思う状況だろう。

 

「あ、ああ、そうだったな!」

 

半分は自分に言い聞かせるように桐原は達也に返す。

 

まだ顔が赤いのは否めないが。

 

「侵入者は特別閲覧室の鍵を持っている。連中の狙いはそこだ」

 

予想通りの答えだったので達也たちの表情に変化はない。

 

むしろエリカはありきたりな内容にガッカリしているぐらいだ。

 

そして、達也は桐原からもう一人の人物へ、紗耶香へ視線を向ける。

 

「それで、壬生先輩は――」

 

「壬生はマインドコントロールを受けた形跡がある」

 

達也の言葉を遮って、桐原は強い口調で言葉を被せた。

 

その内容に深雪、エリカ、レオは目を見開いて紗耶香を見つめ、そして当の本人である紗耶香は愕然とした顔で桐原を見ている。

 

尤も、達也だけは「それもありえる話だな」と比較的冷静に受け取っていたが。

 

「じゃなきゃ、機密情報を盗み出すことが差別撤廃に繋がる、だなんて話を信じると思うか?」

 

「全く話が繋がっていないですね、そういうことですか」

 

桐原の問いに達也は即答して、同時に桐原の推測を肯定した。

 

五人の視線が自然と紗耶香に集まり、何より自分がマインドコントロールを受けていると指摘されて紗耶香は狼狽する。

 

「わ、私……」

 

そんな紗耶香を見て、達也は桐原に話しかける。

 

「桐原先輩、壬生先輩をお願いしていいですか?」

 

「ああ、今の壬生は放っておけないからな。俺の代わりに、ぶっ飛ばしてきてくれ」

 

冷静になった桐原は、時間がないことを察してあっさりと達也たちに侵入者の排除を任せる。

 

それにマインドコントロールを受けている紗耶香が、これ以上何もしないよう“見守る”必要がある。

 

「行くぞ、皆」

 

「はい」

 

「オウ!」

 

深雪とレオは頷いて、返事を待たずに駆け出した達也の後を追う。

 

そしてエリカは、一瞬だけ桐原と紗耶香を見るとニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて、すぐに達也たちの後を追った。

 

絶対に後でからかうつもりなのだろう。

 

そして、後に残ったのは桐原と紗耶香の二人のみ。

 

「壬生」

 

達也たちを見送った桐原は、紗耶香へと向き直る。

 

「さっきは、その、勢いに任せて言っちまったけど……」

 

照れ臭そうにそう口にする桐原に、先ほどのやり取りを思い出した紗耶香の顔色が再び赤く染まっていく。

 

「ありゃ全部、俺の本音だから」

 

桐原自身も顔を赤くしながら、それでも真っ直ぐに彼女の目を見て、己の正直な想いをぶつけた。

 

「この件が終わったら、改めて話させてくれ」

 

正直、紗耶香は今回の襲撃の件やマインドコントロールのこと、そして突然の桐原の告白など急展開過ぎる事態に、思考が追いついていない。

 

それでも、紗耶香は不思議と気持ちが楽になっていることに気付いた。

 

この『縁』は決して悪いものではないと、まるで運命のような囁きを心の奥底で無意識に感じながら。

 

桐原武明に、壬生紗耶香は小さく頷いた。

 

 

 

壬生紗耶香の『悪縁』が切れて離れていき、代わりに『良縁』が結ばれる。

 

それを感じ取った結代雅季は、誰にも気付かれないぐらい小さな笑みを浮かべながら学校を後にする。

 

この後の予定について考える。

 

演出魔法の練習でもするか、それとも幻想郷へ赴くか。

 

僅かな時間を置いて「幻想郷で演出魔法の練習」という、取って合わせた結論に落ち着いた雅季は、一人校門を潜って帰路に着いた。

 

雅季が霧の湖で鮮やかな色彩の光魔法を繰り広げていると、何を勘違いしたのか自称最強の氷の妖精が自分への挑戦と受け取って弾幕ごっこを仕掛けてくるのは、ほんの少し先の話。

 

 

 

 

 

 

丘陵地帯の一角にある森林に身を潜める水無瀬呉智とアストー・ウィザートゥの二人。

 

携帯端末にブランシュ日本支部のリーダー、司一からの連絡を受け取った水無瀬呉智は、連れであるアストーへ振り返る。

 

「予想通り、ブランシュの第一高校への襲撃は失敗した」

 

事務的な連絡に、アストーはただ無言で頷きを返す。

 

アストー・ウィザートゥ。

 

ラグナレック本隊所属ながら水無瀬呉智と同様に部隊には属さない、バートン・ハウエル直属の部下。

 

だが呉智と違う点として、水無瀬家の古式魔法は敵勢力の攪乱、部隊の支援などで効力を最大限に発揮することから、呉智自身は部隊と行動を共にすることが多い。

 

だがアストーはそういったことはなく、常に単独で動く魔法師だ。

 

戦地でも敵地でも、常に単独行動。

 

こうやって呉智と組んでいるのは、呉智の古式魔法とアストーの魔法の相性が良いため、それだけに過ぎない。

 

現にアストーからは、呉智とは既に何回も組んだことのあるにも関わらず、味方であるはずの呉智への警戒も敵意も全く消えていない。

 

尤も、アストーにとってはこの世界に『味方』などいないのだと、アストーの精神性について呉智は聞かされて知っている。

 

同じ志を持つ者であるはずの呉智にも理解できない世界であるが。

 

(それにしても、ハウエル総隊長も強気なことだ。よりによって、“あの”家の者たちの目の前で、アストーの魔法を使わせるとは、な)

 

そして、その理由がバートン・ハウエル曰く「お礼参り」だというのだから、もはや笑い話だ。

 

いつもの穏やかな笑みを浮かべながら、世界を焼き尽くす炎の導火線を火で炙るような行為を指示するバートン・ハウエルの姿を想像しようとして、その光景があまりに容易く脳裏に浮かび上がったため呉智は軽く口元を歪める。

 

「ラグナレックを代表しての『お礼参り』だ。ならば精一杯に感謝の意を込めて、一礼を決め込むとしよう」

 

皮肉を口にする呉智の視線の先、二人のいる地点から一キロメートルほど離れた場所には廃棄されたバイオ燃料工場、現ブランシェの拠点がある。

 

呉智は視線を携帯端末に移す。

 

画面を操作すると、画面にある映像が映し出される。

 

廃工場を思わせる寂れた屋内と天井は、実のところ廃工場そのものの光景だ。

 

これは彼らが提供した『兵器』に搭載された視覚センサーの映像だ。

 

ラグナレックが提供した『兵器』は三体。よって映像画面は三つ。

 

うち一つが遠目で廃工場の正門の映し出しており、丁度そこへ大型オフローダーが突っ込んできたところであった。

 

 

 

 

 

 

「レオ、ご苦労さん」

 

「……何の。チョロイぜ」

 

「疲れてる疲れてる」

 

レオの硬化魔法によって車両全体を硬化して突入してきた達也たちは、レオを労いながら車両を降りた。

 

魔法科高校を襲撃してきた侵入者たちについては、目的のハッキングを未遂で防ぐことに成功し侵入者全員を拘束している。

 

そして壬生紗耶香から事情を、小野遥から情報を聞き出した達也たちは、元凶を叩き潰しにブランシュの拠点へと文字通り突入してきたのだ。

 

メンバーは一年生が五人、二年生が一人、三年生が一人と全員で七人。

 

三年生は十文字克人。

 

二年生は桐原武明。

 

一年生は司波達也、司波深雪、千葉エリカ、西城レオンハルト、そして森崎駿。

 

「司波、お前が考えた作戦だ。お前が指示を出せ」

 

この中で唯一の三年生、十師族が十文字家の統領、十文字克人から指示を委ねられた達也は顔色を変えることなく頷く。

 

「レオ、お前はここで退路の確保。エリカと森崎はレオのアシストと、逃げ出そうとするヤツの始末」

 

「捕まえなくていいの?」

 

「余計なリスクを負う必要はない。安全確実に、始末しろ」

 

「……わかった。こっちは任せろ」

 

達也の鋭利な眼差しと冷徹な指示に内心気圧されそうになりながらも、森崎は強く頷く。

 

壬生紗耶香の事情聴取に渡辺摩利から同伴を許された森崎は、そこで今回の件にブランシュが関わっていることを知った。

 

そして司波兄妹がブランシュの拠点を潰しに行くと宣言したとき、森崎も同行を立候補した。

 

「言っただろ、借りは返すって」

 

意外そうに森崎を見る達也に森崎がそう言い放つと、達也は納得した顔で頷き、そして森崎はここにいる。

 

達也は先輩たちの方へ振り向く。

 

「会頭は桐原先輩と左手を迂回して裏口へ回ってください。俺と深雪はこのまま踏み込みます」

 

「分かった」

 

「……まあいいさ。逃げ出すネズミは残らず斬り捨ててやるぜ」

 

桐原は一瞬だけ不満そうな顔をしたが、すぐに了承する。

 

(壬生先輩が利用されたのが腹立たしいんだろうな)

 

桐原の様子を見た達也は内心で呟き、保健室での一幕を思い出しそうになり慌てて思考を切り替える。

 

ちなみに、達也が思い出しそうになった一幕とは、桐原も参戦を表明した時のこと。

 

紗耶香から「危ないから止めて」と請われ、それでも桐原は「壬生を利用しようとした連中を許せない」と返し、最後は「無茶だけは、しないでね……?」と上目遣いに懇願された一連の出来事。

 

あの出来事で、これから戦いに赴くというのに当事者二人以外の全員の緊張感が完全に削がれ、生暖かい目で二人を見る羽目になった。

 

ただ桐原だけは戦意を向上させていたが。

 

(むしろ桐原先輩は正面から突入させた方が効果的だったかもしれないな)

 

既に裏口へと駆け出している桐原の背中を見て、達也は配置を誤ったかと冗談半分(半分は本気)に思いながら、深雪と共に廃工場へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

「はあ……はあ……!!」

 

ブランシュ日本支部のリーダー、司一(つかさはじめ)は息を切らせながら廃工場の奥へと走って、いや逃走していた。

 

(何なんだあのガキは!?)

 

司波達也。アンティナイトを必要としないキャスト・ジャミング技術を持つ少年。

 

そして、魔法科高校に二科生(ウィード)として入学してきた劣等生。

 

――そのはず、であった。

 

(“あれ”が二科生(ウィード)だと? 劣等生だと? あんな化け物が!?)

 

 

 

最初は司一の魔法である『邪眼(イビル・アイ)』で洗脳を仕掛けた。

 

右手で眼鏡を外すことで注意を引き付けた際に左手でCADを操作。

 

そして司一の『眼』が、魔法が司波達也を捉えたとき、司一は狂喜した。

 

キャスト・ジャミング技術をモノにできれば、今回出した損失などまるで問題にならない。むしろ見返りの莫大さを考えればタダ同然の出費だ。

 

技術そのものも黄金の価値がある。アンティナイトを使用しないキャスト・ジャミングとなれば、どんな金額を出してでも欲しがる勢力はごまんといる。

 

そして、あのラグナレックとパイプを持つことができるのだ。

 

南米、アフリカ、中東の三方面では、この国でいう四葉の名に匹敵するほど恐怖と畏怖されている勢力と。

 

だが、司一の狂喜乱舞も束の間、

 

「猿芝居はいい加減に止せ。見ている方が恥ずかしくなる」

 

それは他ならぬ達也の侮言によってすぐに凍りつき、そして恐怖に変わった。

 

意識干渉型系統外魔法『邪眼(イビル・アイ)』。

 

だが実際には催眠効果を持った光信号の発行パターンを相手の網膜に焼き付ける光波振動系魔法。

 

“あれ”は魔法の正体を知っていたどころか、それがベラルーシで開発されたことすら知っていた。

 

そして『邪眼(イビル・アイ)』を、“起動式を部分的に消し去る”ことで魔法を無効化したとも。

 

そんな真似、一線級の魔法師でも出来るかどうか。

 

ましてや魔法師とはいえつい先日まで中学生だった子供に出来るはずがない、だというのに。

 

 

 

“あれ”は、己を人として見てなかった。

 

魔法を見破った後は、障害物とすら認識されていなかった。

 

こっちを見ていた“あれ”の目は、まるで道端に転がる小石を見る目と同じ――。

 

 

 

(――まだだ!! まだ手は残っている!)

 

心の奥底から湧き上がる不安と恐怖に対して、司一は己に言い聞かせる。

 

(そうだ、私にはまだアンティナイトもある! それに、アレも待機させてある! そうだ、負けたわけではない。むしろ優位性は全く損なわれていないじゃないか)

 

幾分かの偽りの余裕を取り戻して、司一は廃工場の奥に辿り着く。

 

「全員、アンティナイトを装備しろ! この後に入ってくるガキを始末するんだ!」

 

次々と部下たちに命令を下す司一。

 

彼の中には「キャスト・ジャミング技術を手に入れる」という最初の目的は既にない。

 

ただ「生き残る」という生物として原始的な目的のみしか見えていない。

 

『最優先でキャスト・ジャミング技術を手に入れてほしい。引き換えに戦力を提供する』

 

水無瀬呉智と、ラグナレックと交わした契約内容すら、恐怖に怯えた司一の脳裏から消え去っていた。

 

そんな司一の滑稽な姿を、水無瀬呉智が嘲笑しながら『兵器』の視覚センサー越しに見物していることも知らずに。

 

 

 

達也は奥の部屋の手前で立ち止まる。

 

精霊の眼(エレメンタルサイト)』で存在を知覚できる達也にとって、待ち伏せは無意味だ。

 

同時に、達也の魔法に物理的な障害物は意味を成さない。

 

部屋の中央付近にいるのは十一人。うちサブマシンガンで武装しているのが十人。

 

それと部屋の両側の角隅に一人ずつ。

 

部屋の中にいるのは合計で十三人。

 

達也は壁に向かって特化型CADを構えて、トリガーを引く。

 

達也の魔法が、壁の向こうにいる男たちが武装しているサブマシンガンのエイドスを書き換える。

 

司波達也が本来持つ魔法は二つ。

 

その内の一つが、『分解』魔法。

 

構造体ならば、それを構成する部品単位まで分解し。

 

情報体ならば、分子レベルまで分解し尽くす。

 

サブマシンガンが構成品(アッセンブリ)から部品(パーツ)へと分解される。

 

突然武器を不可解な方法で失い、幾つもの狼狽する声が達也の耳に届く。

 

もはや相手を『敵』とも思っていない達也は、悠然とした足取りで部屋に足を踏み入れる。

 

「ハハハッ!」

 

達也が入ってきた途端に聞こえてくるのは、司一の耳障りで虚勢に満ちた狂笑と、魔法師にのみ感じ取れるサイオン波のノイズ。

 

「どうだい、魔法師? 本物のキャスト・ジャミングは?」

 

司一の右手首に巻かれているのは真鍮色のブレスレット、アンティナイト。

 

そして武器を破壊された男たちの指にも同様の色をした指輪。

 

雇い主(パトロン)はウクライナ・ベラルーシ再分離独立派。そのパトロンのスポンサーは大亜連合か」

 

心底つまらなげに呟いた達也に、司一の空虚な笑い声が止まり、動揺を顕わにする。

 

あまりにも世界の事情を、軍事事情や裏事情を知り過ぎている。

 

いったい、自分たちは何に手を出したのだというのだろうか――。

 

「やれ! 魔法を使えない魔法師などただのガキだ!!」

 

声を荒げて命令を下す司一。

 

対して達也は、億劫そうに右手を上げて、CADの引き金を引いた。

 

射線上にいた男の太腿から、血が噴き出す。

 

激痛に顔を歪めて倒れ込む男。

 

その光景を、信じられないものを見る目で見つめる司一。

 

「何故だ!?」

 

叫んだ司一に構わず、次々と引き金を引く達也。

 

達也がCADを向けて引き金を引く度に、相手は何かに貫かれたように人体に細い穴を空けて血を噴出させる。

 

達也の分解魔法が、人体の一部を貫通するように分解しているのだ。

 

「なぜキャスト・ジャミングの中で魔法が使える!?」

 

司一の疑問に、達也は答えてやるつもりも義理もない。

 

達也にとっては、キャスト・ジャミングが放つサイオン波のノイズを分解し、効力を無効化しているだけに過ぎない。

 

ただそれだけのこと、と認識している。

 

司一と司波達也とでは、魔法師としての格が違い過ぎた。

 

部屋の中央付近にいたブランシュのメンバーは、司一を残して全員が倒れ伏している。

 

残りは司一、そして――。

 

達也が視線を移す前に、司一が背にしている壁が切り裂かれた。

 

「ヒッ!」

 

短い悲鳴をあげて、転がりながらその場から逃げ出す司一。

 

文字通り壁を切り裂いて現れたのは、裏口から回ってきた桐原武明だ。

 

「よう。コイツらをやったのは、お前か?」

 

部屋中に転がるブランシュのメンバーを一瞥して、桐原が問う。

 

達也は無言で肯定しつつ、部屋の両隅に視線をやった。

 

部屋の両側の隅に佇んでいるのは、どちらもH(ヘッド)M(マウント)D(ディスプレイ)を被った無表情な男性。

 

これだけの騒ぎを眼前にしながら身体一つ動かさず佇んでいる。

 

人間らしさというのが完全に抜け落ちているそれは、まるで人ではなく無機質な機械であるかのような印象を達也に与える。

 

それが、達也には不快だった。

 

「やるじゃねぇか、司波兄。それで、こいつは?」

 

「それが、ブランシュのリーダー、司一です」

 

達也は両隅の“それ”を警戒しつつ、一旦視線を桐原と司一に戻した。

 

桐原は達也の答えを聞いた瞬間、

 

「テメエが……よくも壬生を誑かしやがったな、この野郎……!!」

 

顔を引き攣らせている司一を、憤怒の感情を乗せた視線で睨みつける。

 

その背後から十文字克人も姿を現す、

 

前方に司波達也、後方に桐原武明と十文字克人。

 

魔法は通じず、武器と部下を失い、切り札のキャスト・ジャミングは無効化され、そして三人に囲まれて退路を無くした司一は、

 

「ヒ、ヒヒヒ――」

 

いつの間にかその手に通信端末を握り、恐怖と狂気と憎悪が混ざった目で、三人を見遣った。

 

 

 

「さて、我々(ラグナレック)からの『お礼参り』のささやかな贈呈品だ。つまらないもので申し訳ないがね」

 

人知れず水無瀬呉智が呟くと同時に、

 

 

 

「命令だ、殺せ――」

 

端末に向かって司一が殺戮の号令を下す。

 

瞬間、両角に佇んでいた二人の男性が、突如人の知覚速度を超えた速度で飛び出すなり桐原へ腕を振り下ろし。

 

十文字克人の不可視の障壁が桐原を護った。

 

左右からそれぞれ振り下ろされた凶器の腕が、桐原の一メートル手前で目に見えない壁によって遮られる。

 

「なッ!?」

 

その時点で“ようやく”攻撃されたことに気付いた桐原は咄嗟に後ろへ飛び引く。

 

後退した桐原武明も、条件反射で魔法を使って桐原を護った十文字克人も、そして司波達也も、警戒心を剥き出しにして、司一の両脇にHMDを被ったまま無表情で佇む“二体”を見る。

 

「ヒヒ、殺せ――」

 

狂った声で呟く司一。

 

その命令(オーダー)を、この場にいる二体と、通信端末越しに別のところにいる一体が忠実に実行する。

 

そして――。

 

「このガキどもを皆殺しにしろ! ジェネレーター!!」

 

工場内にいる二体のジェネレーターが。

 

工場の屋上から正門を監視していた一体のジェネレーターが。

 

一斉に魔法科高校の生徒たちに襲いかかった。

 

 

 

 

 

 




難易度「ルナティック」の場合、一面ボスが司一からジェネレーター×3体に変わります。
味方側は森崎駿が新たに仲間として追加されています。


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第13話 兵器

戦闘描写が大変でした。
誤字脱字、魔法の矛盾などがあればご指摘をお願いします。


千葉エリカ、西城レオンハルト、森崎駿の三人は工場の外で警戒、という名目の待機状態にあった。

 

「暇ねー」

 

「暇ってなぁ、お前」

 

「ここは敵地だぞ」

 

気を抜いた様子で大きく背を伸ばすエリカに、レオと森崎がジト目で睨む。

 

「だってさー、せっかく気合入れてここまで来たのに、誰も来ないんだもん。何か拍子抜けって感じ」

 

「襲撃がないに越したことはないだろ」

 

「あれ? ひょっとして怖気付いている?」

 

挑発気味にそう不敵に笑うエリカを、森崎は「ふん」と軽く受け流す。

 

「僕の家業はボディガードだぞ? 護衛が依頼主の危険を望んでどうするんだ」

 

「――へぇ」

 

「何だよ?」

 

「いや、やっぱり意外だなって思って」

 

不機嫌そうに返す森崎に、エリカは悪い意味ではないと手を振る。

 

「普通の一科生はさ、魔法で自分に自信を持っている分、魔法力で劣っている二科生を格下の目で見てることが多いんだよね。そんな意識の無い人でも無意識に。まあ、深雪とかほのかとか雫とか雅季みたいな例外もいるけどね」

 

「例外多いな、オイ」

 

「アンタは黙ってなさい」

 

思わず口が滑ったレオを視線と言葉で黙らせて、エリカは森崎に向き直る。

 

「でもさ、森崎も深雪たちと同じで“本当”に格下とは見ていないんだよね。ほのか達から聞いたんだけど、森崎ってA組の実技の成績で今のところ深雪と雅季に次いで三番目って話だし、自分の魔法に自信も持ってそうだったから。本当に意外だなって思って」

 

「何だ、“そんなこと”か」

 

エリカの指摘を、“そんなこと”と言い切る森崎。

 

森崎にとって、“それ”は既に乗り越えた壁だった。

 

「魔法力の強弱だけが魔法師の全てじゃないだろ。それを言うならあいつはどうなる?」

 

そう言って森崎は視線を工場の入口に向ける。

 

森崎の言う「あいつ」が司波達也を指していることは明白だった。

 

それがまた意外であり、エリカだけでなくレオもまじまじと森崎を見遣る。

 

「それと――」

 

二人からの視線に気づいているのかいないのか、森崎は工場の入口から二人へ視線を再び移し、

 

「もし魔法力の強弱だけで魔法師の優劣が決まるのなら、僕もお前たちも雅季以下だぞ?」

 

「……それもそっか」

 

「……だな」

 

理では語れない森崎の説得力に、エリカもレオも大きく頷いた。

 

「あー、やっぱり暇ねー」

 

「またそれかよ」

 

再び同じことを繰り返して呟くエリカに、レオが呆れた声をかける。

 

「森崎はボディガードだけど、あたしは剣士だよ。自分の腕を試したいって気持ちはむしろ当然あって然るべきよ」

 

「んなこと言ってると――」

 

レオは言葉を最後まで言い切らなかった。

 

 

 

レオは持ち前の直感から。

 

エリカは剣士としての鋭さから。

 

森崎は実戦経験者としての勘から。

 

三人は別々の方向へ飛び引く。

 

直後、ミサイルのような速度で落ちてきた“それ”が、達也たちの乗ってきたオフロード車のルーフに着地し、車両を押し潰した。

 

頑丈に造られているオフローダーを、ルーフと車底が接触するほど潰して見るも無残な形に変形させた“それ”が、ゆっくりと立ち上がって振り返る。

 

“それ”は、人だった。

 

いや、一応人間の男性としての形をしているが、H(ヘッド)M(マウント)D(ディスプレイ)が着地の衝突で外れたため顕わになった顔は、表情が死んでいた。

 

無表情というより無機質。人間らしさが皆無な人間。

 

そもそも工場の屋上から跳躍して、更に加重系統の魔法で自らを砲弾として襲撃を仕掛けるという戦術を取ってきた者を、人間と捉えていいものか。

 

それは人間というより、魔法師というより、むしろ『兵器』だった。

 

 

 

そして、森崎とレオは旧来の迷信に従ってエリカへの非難を視線で訴えた。

 

――お前が余計なことを言うからだぞ!

 

――オメェのせいだ!

 

――いやいや、あたしのせいじゃないでしょ!

 

俗に言う「フラグを立てた」エリカも視線で抗議する。

 

だが、そんな三人のやり取りなど“それ”はわからない。

 

彼が実行するのは、司一からの命令。

 

眼前にいる三人を含む侵入者たちを殺害すること。

 

それが彼の、ジェネレーターに与えられた任務だ。

 

「来るぞ!」

 

レオの警告で他の二人が身構えると同時に、ジェネレーターは車両から飛び降りて三人に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

二体のジェネレーターは最も近い場所にいた司波達也と桐原武明に向かって、凶器と化した腕を突き出す。

 

なるほど、呪術だけでなく薬物も使用して強化されたその腕は、常人どころか魔法師の雛鳥程度ならば容易く防御を突破して人体を貫くだろう。

 

ましてや()()の魔法については劣等生である達也では到底防げない。

 

雲散霧消(ミストディスパーション)』や『フラッシュキャスト』が使えるのならば難なく倒せる相手だが、今は他者の目があり使えない。

 

だというのに、達也の顔に警戒はあれど焦りはない。

 

その余裕の正体が、ジェネレーターが突き出した腕の指先をあらぬ方向へと圧し曲げる。

 

達也と桐原を攻撃したジェネレーターは、それぞれ目に見えぬ壁によって攻撃を阻まれる。

 

(これが『鉄壁』か)

 

達也は賞賛の視線を、この強固な『反射障壁(リフレクター)』を展開した相手に送る。

 

視線を受けた十文字克人は特に反応もせず、ただ普通ではない敵の動きに注視している。

 

「意思も感覚も抑制された魔法師、か」

 

指先の骨が折れたにも関わらず痛む様子すら見受けられないジェネレーター二体を見て、克人は僅かに眉を顰めた。

 

「何をしている!? 二十四号、二十五号、早くガキどもを殺せ!! 正門にいる二十六号も、さっさとガキ三人ぐらい始末してこっちに来い!!」

 

前半はここにいる二体に対して、後半は手に持った通信端末越しに、司一は怒鳴りつける。

 

苛立った声だが、それは恐怖と怯えで構成された苛立ちだ。

 

それは司一の余裕の皆無さを明確にしており、残りの手札はもう持っていないという証だ。

 

だが、それは今更三人にとってはどうでもいいことだ。

 

それよりも三人が反応したのは、司一の後半の命令だった。

 

「お兄様!」

 

その時、ブランシュのメンバー達を文字通り氷の彫刻に変えてきた司波深雪が部屋に駆けつける。

 

ジェネレーターの一体が視線を深雪へ移し、自己加速魔法を展開しようとするが、

 

「はあッ!」

 

その前に踏み込んできた桐原の剣によって遮られ、ジェネレーターは後ろに飛んで剣を避けた。

 

桐原の獲物は刃引きされた刀だが、振動系魔法『高周波ブレード』がそれを名刀並みの切れ味に押し上げている。

 

そしてもう一体のジェネレーターは、

 

 

 

十文字克人に『障壁』を強く叩きつけられたことで大きく弾き飛ばされ、壁に激突した。

 

 

 

「なッ!?」

 

その光景を見て絶句する司一。

 

余裕の無さから、彼は失念していた。自分が誰を相手にしているのかを。

 

この国の魔法師たちの頂点にして最高戦力、十師族。

 

その中でも四葉と七草に継ぐ三番手である、『十』の名を持つ番号付き(ナンバーズ)

 

十文字家総領、十文字克人。

 

「司波、お前たちは向こうの援護に向かえ」

 

互いに駆け寄って合流した司波兄妹に対して、克人が指示を出す。

 

「ここはお任せします」

 

達也は頷くと、深雪へと向き直る。

 

「お兄様、あの敵はいったい?」

 

「話は後だ。今はエリカたちが危ない」

 

「わかりました」

 

急を要することを察した深雪は引き下がり、達也は深雪を連れて正門へと駆け出した。

 

二人の背中を見送った克人は、今度は桐原へ視線を移した。

 

「援護はいるか?」

 

克人の問いに、桐原は少し苦い顔をする。

 

「不要ですって言いたいところですが……」

 

攻撃的な面はあるが無謀や蛮勇とは縁の遠い桐原は、自分の実力をよく把握していた。

 

「すいませんが、少しばかり会頭の手を貸して頂きます」

 

桐原の答えに克人は無言で頷く。

 

克人ならジェネレーター二体を相手取っても倒せるが、桐原にとって貴重な実戦経験の場だ、と克人は思っている。

 

相手の戦力を考慮した上で、その程度にしか認識していない。

 

「クソ! は、はやく殺せ!」

 

半ば恐慌状態の司一は、ある意味不幸だった。

 

もしこの場に結代雅季がいたのなら、壬生紗耶香以上の『悪縁』に苦い笑みを浮かべたかもしれない。

 

司波深雪、司波達也、十文字克人。

 

自業自得とはいえ、全ての事情を知る者がいればこう評することだろう。

 

相手が悪過ぎた、と。

 

 

 

 

 

 

司一から二十六号と呼ばれたジェネレーターは、車両から飛び降りるなり自己加速の魔法で一気に標的(ターゲット)に肉薄する。

 

標的(ターゲット)は、千葉エリカ。

 

思考が制御されているが故に純粋な殺意のみを持ってエリカに襲いかかる。

 

常人では捉えきれない速度で突き出された右腕。

 

致死的な一撃。武器の警棒では棒切れ同然にへし折られる。

 

身に叩き込まれてきた剣士としての直感がエリカに告げる。

 

よってエリカは、その場から半歩下がることでジェネレーターの一撃を紙一重で躱した。

 

ジェネレーターの右腕がエリカの眼前を横切り、生じた風圧がエリカの髪を巻き上げる。

 

そして攻撃直後の隙、ジェネレーターの動きが一瞬止まった瞬間、鋭い剣筋でエリカの警棒がジェネレーターの胴に叩きつけられた。

 

鈍い打音と感触。

 

(手応えあり!)

 

肋骨の二本は折ったと感覚で察したエリカは相手を見遣り。

 

肋骨を折られたはずの敵は痛がる素振りもまるで見せず、無表情のまま左手をエリカの顔面に伸ばした。

 

薬物と呪術によって人間の限界以上に筋力を増強されたジェネレーターの握力が、エリカの頭を握り潰そうと迫る。

 

避けきれないと察したエリカは、それでも足掻こうと大きく身を捻る。

 

その時、突然ジェネレーターがよろめくと同時に、

 

「オラァ!」

 

硬化魔法を纏ったレオがジェネレーターを殴りつけた。

 

態勢を崩されたタイミングで、一瞬身体が宙に浮くほどの力で殴られたジェネレーターが仰向けに倒れこむ。

 

大きく身を捻り、受身を取りながら地面を転がったエリカは即座に起き上がる。

 

「サンキュー」

 

エリカらしい軽い口調で、魔法でジェネレーターをよろめかせた森崎と、殴り飛ばしたレオの二人に礼を述べる。

 

だが礼を述べた方も、受け取った方も、すぐに意識をジェネレーターに向ける。

 

エリカの一撃で肋骨を折られ、森崎の前後両方向への加速魔法で脳を揺さぶられ、そこへレオから重たい一撃を頭に食らったというのに、ジェネレーターは何事も無かったかのように起き上がる。

 

「サイボーグか何か、か?」

 

「殴った時に手応えはあったんだがな」

 

「多分、痛覚とか感覚を遮断しているのね。厄介な……」

 

エリカが最後に吐き捨てた言葉が、三人の内心を代弁していた。

 

「さて、どうするよ?」

 

早口でレオが問う。

 

起き上がったジェネレーターは、三人の方へと向き直る。

 

やはり彫刻のように固まった表情に変化はなく、三人を映すその瞳には何も宿っていない。

 

「接近戦では千葉、お前の方が僕より数段上だ」

 

森崎が自らの見解を示す。

 

それは魔法力や二科生という枠組みを取り払った、「千葉エリカ」という一人の魔法師として見た上での発言。

 

四月の始めに森崎のCADを弾き飛ばした時の動きと、先ほどの動きを見た上での冷静な判断。

 

そしてエリカも、それを当然のように受け止めて、自分の役割を把握する。

 

「了解。前衛はあたし。レオ、あんたも付き合いなさい」

 

「おうよ」

 

前衛にエリカとレオ、後衛に森崎。

 

流れるような素早いやり取りで、それぞれの配置と役割を決めた三人。

 

それは早速、幸を成す。

 

三人の中で話がまとまった直後、ジェネレーターが再び動き出す。

 

右手に巻かれたブレスレット型の汎用型CADに指を走らせる。

 

起動式を読み取り、魔法演算領域に魔法式を構築していく。

 

雑念など一切なく、制御された思考回路による機械的なスムーズさで魔法式を構築するそれは、『魔法発生装置(ジェネレーター)』の名に相応しいものだろう。

 

だが一方も、非合法な人体改造によるものではなく、ただ技量によって二つ名を与えられている者たちだ。

 

瞬間、『クイックドロウ』の名に相応しい速度で森崎が特化型CADを構え、後出しながらジェネレーターよりも早く魔法を発動する。

 

特化型CADにインストールされている魔法は加速系統。

 

発動したのはただ対象物を急激に前後に揺さぶる、二工程の簡易な魔法。

 

相手に致命傷を与えるのではなく無力化することを目的とした魔法であり、人間相手ならばそれでも充分だが、ジェネレーターを無力化するには些か火力不足だ。

 

実際、先ほどと同じくジェネレーターはよろめいただけで、脳震盪を誘発させるには至っていない。

 

だが、起動式の読み取りを妨害して魔法の発動を阻止したのも事実。

 

そして互いに掛け合わせたわけでもないのに、エリカとレオは同じタイミングで前に出た。

 

『剣の魔法師』の異名を持つ千葉家の娘、千葉エリカの警棒がジェネレーターの左腕を叩き、レオの拳がジェネレーターの頭部を殴りつける。

 

 

 

痛覚の無い相手を倒すには、物理的な戦闘不能に陥らせるしかない。

 

即ち、腕や脚を切り落とす又は骨折させる、或いは頭部への攻撃で強制的に意識を刈り取ること。

 

エリカの警棒、森崎の魔法、レオの身体能力、三人の持つ攻撃手段では人体の一部を切り落とすには斬撃の手段が無い。

 

よって狙うのは骨折と、頭部への直接打撃。

 

とはいえ、痛覚を感じず人間離れした強靭な筋力を持つジェネレーターを相手に、骨折狙いで関節技を決め込むにはリスクが大き過ぎる。

 

先ほどのエリカのように、痛みを無視して攻撃される可能性が高い。

 

故に二人が仕掛けるのは打撃での攻撃のみ。

 

正直、これは三人にとって分が悪い勝負だった。

 

 

 

レオに殴られて後ろへ仰け反るジェネレーター。

 

だが、ジェネレーターは仰け反りながらもギロリとレオに視線を向けると、即座に体勢を立て直してレオに右腕を振り下ろす。

 

咄嗟に両腕をあげて頭部を守るレオ。

 

「つぅッ――!」

 

振り下ろされた一撃の重さに、レオは歯を食いしばる。

 

それでも耐えることができたのは、レオ自身の身体能力の高さのおかげだ。

 

そこへ、エリカがジェネレーターの背後に回り、警棒で後頭部を強打する。

 

頭部が前のめりになったところへレオがジェネレーターを蹴り飛ばす。

 

更に森崎が汎用型CADの方を操作し、加速工程を無視した移動魔法で追い打ちをかける。

 

絶妙とまではいかなくとも、初めて組んだとは思えない連携の良さだ。

 

強制的に吹き飛ばされたジェネレーターが衝撃で一瞬意識を失って地面を転がるも、すぐに意識を取り戻し、地面に四肢を着いて勢いを止める。

 

地面に四肢を着いたまま顔をあげるジェネレーター。

 

何を考えているのかわからない無機質な表情が、三人に次の手を読み取らせず、それがより不気味さを醸し出す。

 

距離を置いて再び対峙するエリカ、レオ、森崎の三人と、ジェネレーター。

 

おそらく経過したのは僅かな時間だが、三人には何倍にも感じられる空白の合間。

 

戦いの再開は、やはり唐突に始まった。

 

ジェネレーターの身体が震えた直後、一瞬で発動する自己加速術式。

 

四肢を着いた状態から、獲物を狩る肉食獣のように飛び出す。

 

エリカとレオが迎撃の為に身構える。

 

だがジェネレーターは、その途中で大きく地面を蹴った。

 

「!!」

 

エリカとレオを軽く飛び越える跳躍。

 

ジェネレーターの視線の先にいるのは森崎だ。

 

汎用型CADでは間に合わない――!!

 

思考が結論を下すより早く、直感的に森崎は特化型CADの引き金を引く。

 

銃口で狙いを付ける必要は無い。

 

加速を付ける対象はジェネレーターではなく森崎自身。

 

力加減も大雑把に、自らに加速魔法をかけて自分自身を吹き飛ばす。

 

そして、それは森崎自身の意地か、吹き飛ばされながらも森崎は銃口を空中にいるジェネレーターに向けて引き金を引いた。

 

ジェネレーターが空中で振り下ろした右腕は、コンマの差で森崎の人体を捉えることなく空を切り、反対に森崎の加速魔法がジェネレーターを捉えた。

 

急激に加わった加速により、ジェネレーターは着地に失敗して地面に激突した。

 

そして自らに加速をかけた森崎も地面を転がる。

 

「くっ――!!」

 

何とか間に合った受身のおかげで怪我は無いが、地面に身体を打ったことで一瞬息が詰まる。

 

よろめきながらも立ち上がった森崎の眼前には、駆け付けてきたエリカとレオの二人が森崎に背を向け、彼を護るようにジェネレーターへと身体を向けている。

 

「キツイな、こりゃ」

 

「戦いの最中に泣き言なんて言わない。……全く、あんなの相手にするなら剣の一本でも持ってくれば良かった」

 

「愚痴ならいいのか」

 

軽口を叩き合いながらも、三人の視線はゆっくりと立ち上がるジェネレーターを見据えたままだ。

 

 

 

一見して善戦しているように見えるが、やはり決め手に欠ける状況なのは否めない。

 

呪術と薬物により人外の性能を持つジェネレーターを、白兵戦に長けたエリカと高い身体能力を持つレオが相手取り、対人魔法に優れた森崎が援護する。

 

このエリカ、レオ、森崎の三人掛かりで互角なのだ。

 

もし単身、或いは二人だけであったのなら、どんな組み合わせでも敗北は必須だったろう。

 

そして、ジェネレーターは疲れた様子もまるで見受けられない。

 

先ほどエリカに叩かれた左腕は他人が見てもわかるほど腫れているが、やはりジェネレーターは脂汗一つかくことなく、表情に変化はない。

 

長期戦になれば三人が不利になるばかり。かといって逆転の決め手が三人にあるわけでもない。

 

 

 

そう、装備を整えた場合ならばいざ知らず、今の三人にはジェネレーターを倒しきる術は無い。

 

“三人”には――の話だが。

 

 

 

突然、場の気温が急激に下がる。

 

三人とジェネレーターを凌駕する領域干渉が、場を支配する。

 

「……あーあ、折角の見せ場が奪われちゃう」

 

「どっちにしろ、オメェの見せ場なんか無かっただろ」

 

エリカとレオ、臨戦態勢はそのままだが、二人の言い合いは先ほどまでの警戒感が幾分か和らいだ口調になっている。

 

それは、二人と同じ方向に視線を向けている森崎も同様だ。

 

味方にとっては頼もしくも、敵にとっては脅威そのもの。

 

新たな、そしてそこの三人以上の脅威を感じ取り、体ごと振り返ったジェネレーター。

 

その方向には工場への入り口があり、そして入り口に毅然と佇む二人の姿。

 

司波達也と司波深雪の兄妹が、そこにはあった。

 

 

 




力関係は「エリカ、レオ、森崎の三人 ≦ ジェネレーター」といったところです。
短期間ならいい勝負できますが、一瞬の油断や長期戦で敗北仕様です。


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第14話 死の魔法

ジェネレーターには恐怖や不安といった感情は無い。

 

故に、ジェネレーターが標的(ターゲット)を前に萎縮することなど、『製造者』達から言えば有り得ないことだ。

 

だというのに、二十六号として製造されたジェネレーターは数十メートル先に佇む少女に気圧されるように、僅かに足を引き摺って後退していた。

 

或いは表面的な感情ではなく、その更に奥にある本能レベルで察したのかもしれない。

 

格が違い過ぎる、と。

 

だが、ジェネレーターはあくまでも命令を忠実に実行する為に動き出す。

 

司一の「ガキ三人を始末してこっちに来い」という命令は、ちょうどHMDが壊れた直後であったため受諾せず、その前の「ガキどもを殺せ」という命令がジェネレーターを縛る。

 

そして、目先の少女が最も脅威と判断したジェネレーターは少女に、司波深雪に対して殺意の牙を剥いた。

 

 

 

自己加速術式で飛び出し、司波深雪に向かって疾駆する。

 

途端、ジェネレーターの身体が霜に覆われ始める。

 

深雪が氷のような冷たい目で、襲いかかってくる獣を見下しながら冷却魔法を行使する。

 

瞬く間に身体が凍り始めるが、それでもジェネレーターは止まらない。

 

凍った足にヒビが入り、血潮が吹き出す。

 

常人ならば激痛に苦しむそれを、ジェネレーターは身体機能の低下という信号としてのみ受け取り。

 

これ以上の二足歩行は不可と判断したジェネレーターは、最後の脚力を駆使して前へと跳躍した。

 

一気に彼我の距離を詰めるジェネレーターが、己が右腕を凶器として腕を大きく後ろへ構える。

 

自己加速術式の勢いと相まって突き出されるそれは、岩石をも貫く威力を持つ。

 

況してや司波深雪の華奢な身体など容易く貫き、引き裂くことだろう。

 

その腕が届けば、の話だが。

 

深雪の隣にいる人影が、彼女を庇うように、彼女の前に進み出る。

 

司波深雪の守護者(ガーディアン)、司波達也。

 

ジェネレーターが標的を深雪から進路上にいる達也に変える。

 

達也からすれば望むところであり、そして何より――。

 

 

 

深雪に殺意を行使した、否、殺意を向けたジェネレーターを、達也は許すつもりなど毛頭無かった。

 

 

 

そして、ジェネレーターと達也が交叉する。

 

突き出される貫手、今度は十文字克人の『障壁』は存在しない。

 

よって、指先は何にも防がれずに達也の胸元へと吸い込まれていき――空を貫く。

 

達也が体勢を低く構えたことで、矛先が胸元から顔へ。

 

そして、達也は首を軽く傾けただけで貫手を避け、カウンターでジェネレーターの腹部に掌打を打ち込んだ。

 

九重八雲から教わった古式の体術を駆使した重い一撃。

 

更に四葉の秘術である『フラッシュキャスト』をも発動。

 

二科生である普段の達也からは有り得ない、友人たちも認識できない速度で加重系魔法を行使し、その威力を何倍にも増幅して叩きつけた。

 

そして、既に全身の大半が凍り付いていたジェネレーターの身体は、その一撃に耐えることは出来なかった。

 

吹き飛ばされるジェネレーターの全身に亀裂が走り、砕けた。

 

 

 

「……本当に見せ場が無くなっちゃった」

 

呆然と佇むエリカがポツリと呟いた言葉が、同様にレオと森崎の胸中をも表していた。

 

そんな三人の視線の先には、砕かれた氷の彫像。

 

つい先ほどまで三人が戦っていたジェネレーターの成れの果てだ。

 

司波兄妹が姿を現すや、勝負は一瞬で片が付いた。

 

ジェネレーターが深雪に襲いかかったかと思うと、瞬く間にジェネレーターが凍りついていき、最後は達也のカウンターの掌打が入るやジェネレーターは凍りついた身体を砕かれながら吹き飛ばされた。

 

自分たちが苦戦していた相手を文字通り秒殺した事に、三人は嫉妬を通り越して呆れるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

司一は、絶望の淵に佇んだまま、眼前の光景を見ていることしかできなかった。

 

「ば、バカな……そんな、バカな……」

 

司一の視線の先では、二十五号と命名されているジェネレーターが、桐原武明と戦いを繰り広げている。

 

否、それは“戦い”にもなっていない。

 

「フッ――!!」

 

短い呼吸と共に桐原は振動魔法『高周波ブレード』を纏った刀を袈裟斬りに振るう。

 

対するジェネレーターは獣のような俊敏性で後ろに飛んで刀を避けた。

 

一進一退の攻防、に見えるそれは、実のところ大きく違う。

 

ジェネレーターが一気に距離を詰めて、桐原に攻撃を繰り出す。

 

ジェネレーターが振り払った左腕を、桐原は身を捻って紙一重で躱す。

 

紙一重なのは攻撃を見切ったからではなく、ギリギリ間に合ったからに過ぎない。

 

よって、一撃を躱した直後の桐原は万全な体勢とは言い難く、そこへジェネレーターが追撃を仕掛ける。

 

自身も攻撃を繰り出した直後だというのに、常人ならば筋肉が悲鳴を挙げる動きで体ごと桐原に向き直る。

 

感覚も何も無く、ただ敵を殺すことだけに意思を特化させられているからこその動き。

 

まずは眼前の桐原を殺すためなら、身体を酷使することも厭わない。

 

ましてや身体強化を施された身ならば尚更だ。

 

ジェネレーターは桐原に向かって殺意の塊を、右腕を振り下ろす。

 

桐原にはそれを避ける術も、防ぐ手立ても無い。

 

何より桐原自身が避けようとも防ごうともする動きすら見せない。

 

ただ迫り来る凶腕を、一切も見逃さぬが如き目で捉え続けているのみ。

 

それは諦観によるものではなく、敬する先輩への絶対的な信頼の証。

 

振り下ろしたジェネレーターの右腕が桐原に当たる前に、見えない壁によって空中で弾き返される。

 

その正体は、桐原の高周波ブレードと干渉しないようジェネレーターの攻撃する瞬間かつピンポイントにのみ展開される、十文字克人の『反射障壁(リフレクター)』だ。

 

攻撃が勢いごと弾かれて、ジェネレーターの身体が大きく仰け反る。

 

それは、先程から何回も繰り返される光景の巻き返しだった。

 

ジェネレーターの攻撃は、その一撃一撃が致命傷に成り得る威力を持つ。

 

だが、その一撃がどうしても桐原武明には届かない。

 

桐原がよけられる攻撃は防がず、よけられない攻撃のみ防御される。

 

それは、「戦い」ではなく、さながら「実戦稽古」。

 

それを演出するのは、この国の魔法師の頂点に君臨する十師族の一人、十文字克人。

 

そして、桐原の戦いぶりを見つめる克人の後方には、両手両足を折られた挙句、意識を刈り取られ戦闘不能に陥った二十四号と呼ばれるジェネレーターが横たわっている。

 

 

 

司一の絶望の原因は、先ほどまでは司波達也であった。そして今は十文字克人に代わっていた。

 

二十四号は、十文字克人に呆気なく敗れた。

 

それも克人は桐原の援護と並立しながら戦ったというのに、それでも二十四号は手も足も出なかった。

 

否、手だろうと足だろうと魔法だろうと全てを出し尽くしても勝てなかった。

 

ジェネレーターは命令通りに十文字克人を殺すために攻撃を続け、物理的な直接打撃も、魔法による事象改変も、短期間で放たれたあらゆる攻撃が無力だった。

 

その光景を目撃し、最終的に克人によって二十四号が倒された時、司一は逃げ出そうとした。

 

だが司一の逃走も、克人の魔法によって阻まれる。

 

今、司一は四方一メートルの物質非透過の性質を持つ不可視な壁によって閉じ込められている。

 

故に、司一はただ見ていることしか出来ない。

 

逃げることもできず、戦う気力すら失い、ただ残った二体のジェネレーターが勝利するという有り得ない希望に賭けることしか出来なかった。

 

既に一体は司波兄妹によって文字通り粉砕されたという事を、彼は知らなかった。

 

 

 

十文字克人から「実戦稽古」の施しを受けている桐原武明は、ただ戦闘にのみ意識を集中させている。

 

彼も男だ、内心では情けないと思う気持ちも無くはない。

 

だが、それを上回る強い戦意がそれを塗り潰していた。

 

一体を圧倒的な力量で倒した克人は、桐原の援護に徹するだけで自ら手を下そうとはしない。

 

口は黙したまま、だが強い視線で桐原に告げていた。

 

 

 

お前の手で倒して見せろ、と――。

 

 

 

(ここまでお膳立てされて「決められませんでした」はねーよ、な!!)

 

そんなことは桐原武明のプライドが許さない。

 

せめて一体だけでも自らの手で倒して、壬生紗耶香を利用したブランシュの、司一の思惑を打ち砕く。

 

何度目になるかわからない交叉の後、再び距離を取った桐原とジェネレーター。

 

桐原は乱れた呼吸を整えると、剣を中段に構えて、

 

「会頭、次で決めます」

 

静かに次での決着を宣言した。

 

「……わかった」

 

桐原から何かを感じ取った克人が頷いた直後、ジェネレーターが再び、そして最後になるだろう襲撃を仕掛ける。

 

再び展開される自己加速魔法、展開速度は最初とまるで変わらず疲れを見せた様子もない。

 

そして、加速した速度もまた最初と変わらない。

 

人間の知覚を上回る、だがジェネレーターにとっては制御下に置かれた速度。

 

最初は司一に意識が向いていたとはいえ気付くことも出来ず、その後は一撃目を避けるのが手一杯の速さ。

 

その「速さ」こそが、桐原武明にとってジェネレーターを打倒する唯一の隙だった。

 

ジェネレーターの両手は、何度も『反射障壁(リフレクター)』に弾き返され最早ボロボロだ。

 

だが、鋭利さを失ったのなら鈍器にするまでと、ジェネレーターは先ほどと同じく右腕ごと桐原へ叩きつけるように振り落とす。

 

「オオォ――!!」

 

振り下ろされた右腕に合わせるように、桐原は刀を下から切り上げ、高周波ブレードを纏った刃がジェネレーターの右腕の肘から先を切断した。

 

だというのに、宙に舞う自身の腕には目も向けず、ジェネレーターは無表情に桐原をジロリと見るや、左掌をフックのように桐原の側面から頭部に向けて突き出した。

 

桐原の目は切り落とされたジェネレーターの右肘へ向いており、体勢は刀を切り上げた直後。

 

そこへ側面という死角から放たれる一撃。

 

今までならば克人の『障壁』が展開されるところだが、今回は違った。

 

克人が手をかざすよりも速く、「タイミング」を図った桐原が仰け反りながら後ろへ一歩下がった。

 

そして、ジェネレーターの左掌が、桐原の眼前を横切った――。

 

確かにジェネレーターの自己加速は速い。まさに人の知覚を超えている。

 

だがその速さは、それ以上遅くなることも速くなることもない、緩急も無い機械的な速さだ。

 

故に、

 

「こう何度も見てりゃあ――」

 

ジェネレーターの攻撃は空を切り、桐原は既に刀を上段に構えている。

 

それでも動揺も何も浮かべない、浮かべることの出来ないジェネレーター。

 

その姿に、桐原は心の奥で小さな哀れみを感じながら、

 

「俺だって見切れるさ!!」

 

構えた刀を振り下ろし、左腕も切り落とした。

 

両腕を失い、後ろへよろけるジェネレーター。

 

だが桐原へ向ける害意は未だ消え失せていない。ジェネレーターにとって命令以外のことを考える思考回路を持っていない。

 

CADも腕と同時に失った今、残された攻撃手段を検索する。

 

足か、頭か、体当たりか。

 

だがジェネレーターが他の攻撃方法を検索し行使する前に。

 

「よくやった、桐原」

 

桐原の「実戦稽古」の成果に満足げに頷いた十文字克人が、十文字家の代名詞『ファランクス』でジェネレーターを上から叩き潰した。

 

 

 

 

 

 

携帯端末に映っていた全てのモニターが途切れたことで、水無瀬呉智は顔を上げた。

 

「所詮『兵器』とは名ばかりの『道具』ならあの程度か。まあ手土産としては上々だったな」

 

言外に「手土産以上の価値は無い」と切って捨てる呉智。

 

ラグナレック本隊に属する者にとって、ジェネレーターというたかが『道具』如きを脅威に思うはずもない。

 

そして、呉智はジェネレーターをさっさと頭の隅に追いやり、思考を切り替える。

 

何せ、ジェネレーターというラグナレック・カンパニー提供の“余興”が終わったのならば、次は“本番”だ。

 

「始めるか」

 

呉智は振り返り、無言のまま佇んでいるアストーへ視線を向け、視線を受けたアストーは懐に手を伸ばす。

 

取り出したのは、ポストカードサイズの鉄製の黒いカードケース。

 

中に入っているたった一枚の絵を保管するための専用ケースだ。

 

「中身は俺には見せるな。まだ死ぬわけにはいかない」

 

念を押しながら呉智はカードケースに手を触れ、魔法を行使する。

 

 

 

そして、全ての準備が整った。

 

 

 

手を離した呉智はアストーに背を向けると、アストーはケースを開いて中の絵に手を添えた。

 

アストーが絵に想子(サイオン)を流し込んだのを感じ取って、呉智も魔法を展開する。

 

「我々からの『お礼参り』だ。――受け取れ、司波達也、司波深雪」

 

呉智が二人の名を呼んだ直後、廃工場で“それ”は起こった。

 

 

 

 

 

 

達也たちがエリカたち三人を連れて廃工場の奥へ戻ってきたとき、既に二体のジェネレーターは地に倒れ伏していた。

 

「司波兄、お前たちの方も終わったか」

 

気がつけば独特の呼び方をされている達也がそちらへ顔を向けると、桐原が工場内にあった鎖で司一を拘束しているところだった。

 

その側には克人もおり、司一を監視している。

 

否、本人としては監視のつもりなのだろうが、達也たちにはその存在感によって相手を威圧しているように見える。

 

尤も、威圧されている相手、司一は俯きながらブツブツと口の中で何事かを呟いているだけだったが。

 

「アレ、先輩たちが?」

 

達也が何かを言う前に、エリカがジェネレーター二体を指差しながら問いかける。

 

「他に誰がいるっていうんだよ?」

 

「いえいえ、あたし達は三人がかりで何とか拮抗状態だったのに、流石先輩だなって思っただけですよ」

 

両腕を切断されたジェネレーターを目敏く見つけたエリカが、口調では何事もないかのように桐原に答えるが、その目には好戦的な色が宿っている。

 

(この戦闘狂は……)

 

それを察した森崎とレオは、心中で同じことを思い呆れていた。

 

桐原もそれを感じ取り、苦笑する。

 

「十文字会頭が援護してくれたからだ。あの化け物相手に俺一人だったらとっくに死んでるだろうよ」

 

「エリカ、雑談はちょっと後にしてくれ。少し“それ”に聞きたいことがある」

 

途中で達也が口を挟んだことで視線が達也に集中し、達也は司一を見ている。

 

達也としては疑問が一つ残っている。

 

アンティナイトの入手経路や、ジェネレーターと呼ばれた敵については国家の情報機関が調査することだ。

 

達也の持つ疑問とは、四月の初めに起きた自宅端末のハッキング未遂の件。

 

達也の持つ感想としては、ブランシュが未知の魔法技術、若しくは魔法師を抱えているとは考え難い。

 

あれは本当にブランシュの仕業だったのか、それを確かめる必要がある。

 

そう考え、達也が口を開く――その前に、くぐもった笑い声が七人の耳に届いた。

 

「ククク、ハハハハハ……!!」

 

顔を俯かせたまま不気味な笑いを零す司一。

 

そして、司一は顔を上げて司波達也を見るなり、口元を大きく歪ませた。

 

「終わりだ、私だけじゃない、お前も終わりだ……!」

 

「どういうことだ?」

 

冷徹な声で問い返す達也に、司一は狂った笑みを益々深くする。

 

「彼らがお前に興味を持った、だから終わりだ! お前も無様に死ぬんだ、ハハハ――」

 

司一の狂笑は、すぐに止まった。

 

 

 

そして、死の魔法が襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

突然だった。

 

司波達也を見ていた司一の視界の中心に、絵が入り込んできた。

 

それは絵が二人の間に投げ込まれたというわけではなく、司一の視界に投影されたものだ。

 

その証拠に、絵の立体感は実物を見ているのと全く同じだが、まるで3D映像のように触れることは出来ない。

 

この絵は魔法によるもの、ということは司一にも即座にわかった。

 

そして、それだけしかわからないまま、“それ”は起きた。

 

 

 

描かれている絵は、舞踏会の一場面のようだ。

 

男女がそれぞれ正装して優雅に踊っている光景。

 

それだけなら普通の絵だろうが、ただ一点のみの変化点が、この絵を異様なものに変えている。

 

描かれているのは、全員が骸骨だった。

 

タキシードを着込んだ骸骨達がドレスを纏った骸骨達と踊っている。

 

骸骨が演奏団を構成し、骸骨が指揮を執って骸骨達が楽器を演奏している。

 

そして骸骨達が一斉に動き出した。

 

骸骨達が奏でる演奏に合わせて踊る骸骨達。

 

気がつけば視界全部が絵で埋まっている。

 

まるで絵の世界に迷い込んだかのように、それ以外の光景を見ることが出来ない。

 

踊りながら骸骨達が近づいてくる。

 

骸骨達の数は際限なく増え続け、見渡す限り骸骨だらけだ。

 

目を背けることも出来ない。もし背けることが出来たとしても、背けた先も骸骨だろう。

 

 

 

やがて、踊り狂った骸骨達が舞台も見えぬ程に視界全てを埋め尽くし。

 

 

 

「ヒギャアアアァァァアアーーー!!」

 

司一の精神をも埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

それは、達也たちに取っても突然だった。

 

司一が唐突に狂笑を止め、焦点が合っていない目で虚空を見つめ始める。

 

桐原、エリカ、レオ、森崎、深雪の五人は何事かと訝しむ中、達也と克人は“それ”に気付き、そして二人が行動を起こす前に、

 

「ヒギャアアアァァァアアーーー!!」

 

司一は苦悶に満ちた絶叫を残して、目を見開いたまま倒れ込んだ。

 

「な、何だ……?」

 

一番近くにいた桐原も動けない中、達也だけが即座に駆け寄ると司一の首筋に手を当てて、やがてゆっくりと首を横に振った。

 

「死んでいます」

 

達也の報告に誰も、エリカや克人すらも次の言葉を発せない。

 

ただ得体の知れない『死』に、不気味なものを見る目で、表情を苦悶に歪ませたまま硬直している司一の顔を見つめるのみ。

 

その中で、克人は険しい顔で司一の身体を見つめ。

 

達也は『精霊の眼(エレメンタルサイト)』で何が起きたのかを把握しようと意識をイデアに向け。

 

深雪はそんな達也に不安と信頼の混ざった目を向けていた。

 

 

 

 

 

 

「……ブランシュのメンバー全員の死亡を確認」

 

精霊魔法で成果を確認した呉智は淡々と告げると、ゆっくりとアストーへと振り返る。

 

アストーはカードケースを閉じて、ちょうど懐にしまっているところだった。

 

「『お礼参り』は完了だ、撤退する」

 

返事を待たずに廃工場とは反対側へと歩き出す呉智。

 

アストーもその後に続く。

 

 

 

二人が立ち去った後、ラグナレック・カンパニーの関与を示すモノは何も残されなかった。

 

 

 




ラグナレックが何をしたのかについては、オリジナル魔法の説明と含めて次回に。
簡単に言うと非常に危険な火遊びです。


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第15話 幻想紡ぎ

第一章「入学編」完結になります。
GWは諸事情のため更新できませんので、次回更新は5/6以降となります。


某所にある洋室を訪れたマイヤ・パレオロギナは、執務机で報告書に目を通しているバートン・ハウエルに問いかけた。

 

「それで、何故ブランシュごときに肩入れなどした? キャスト・ジャミングなど、大した技術ではあるまい」

 

「お礼だよ」

 

問いに対する答えは、やはりマイヤには理解できないものであり、自然と見る目が険しくなる。

 

それを察してか、それとも元々そのつもりだったのか、バートンは報告書を机に置いてマイヤへと向き直ると、

 

「アストーの『死の舞踏(デス・ワルツ)』は、元々は日本が生み出した術式だからね。だから生みの親たちへの、特に四葉家へのお礼だよ。ようやく使い手が見つかった、こんなに素晴らしい術式をありがとう、と」

 

いつもと変わらぬ穏やかな声で、事情通の者が聞けば絶句して顔面蒼白になる内容を告げた。

 

 

 

精神干渉系魔法『死の舞踏(デス・ワルツ)』。

 

対象に特殊な視覚イメージを見せつけることで直接精神を崩壊させて発狂死させる、死の魔法。

 

アストー・ウィザートゥは視覚イメージとして魔法名の由来となった絵画『死の舞踏』を、起動式となる術式を織り交ぜたものを自ら描き、それに想子(サイオン)を流し込むことで魔法式を構築している。

 

故に、アストーが想子(サイオン)を流している時にその絵を見た者は発狂死してしまう。

 

だが『死の舞踏(デス・ワルツ)』は通常の魔法師では使えない。

 

視覚イメージのもたらす「死」は術者でも例外ではなく、通常の魔法師では想子(サイオン)を流し込んで魔法式を展開した直後、その視覚イメージによって自ら発狂死してしまう。

 

特殊な精神性を持つアストー・ウィザートゥだからこそ使用できる魔法。

 

 

 

――若しくは、生みの親である四葉なら使えるかもしれない魔法。

 

 

 

もし四葉の人間が『死の舞踏(デス・ワルツ)』の詳細を知ったならば、顔色を変えて等しく思うことだろう。

 

それはまるで、四葉の元当主、故・四葉元造(よつばげんぞう)の精神干渉系魔法『死神の刃(グリム・リーバー)』ではないかと。

 

それもそのはずだ。

 

死の舞踏(デス・ワルツ)』の原型となった魔法は三十年前のあの事件、四葉家による崑崙方院襲撃事件の現場に居合わせたラグナレック本隊の隊員の証言から編み出された術式だからだ。

 

四葉元造が崑崙方院で死を振りまく中、その隊員は気配を偽ることで四葉側に存在を感知されることなく、四葉元造が死ぬまで魔法を観察し続けた。

 

そうして得られた証言から、四葉元造の魔法は「死のイメージ」を相手に叩きつけることで相手を殺す魔法だと推察し、証言を下にマイヤ・パレオロギナが作り上げた魔法式こそが『死の舞踏(デス・ワルツ)』。

 

結局は人を選ぶ魔法であることには変わりは無いが――四葉家にしてみれば絶対に座視できない事態。

 

もし四葉家が事情を知れば、下手をしなくともラグナレック・カンパニーと四葉家の全面戦争が始まるだろう。

 

そして、それは一つ会社と一つの家の争いという枠組みには収まらない。収まるはずもない。

 

ラグナレックも四葉も、保有する戦力と影響力が強大過ぎる。第四次世界大戦の勃発すら憂慮すべき事態だ、それも少なくない可能性として。

 

だというのに、それを敢えて四葉の人間の前で見せつけ、挙句「お礼」と言い放ったバートン・ハウエル。

 

そもそも彼にとってブランシュを介してウクライナ・ベラルーシ再分離独立派が手に入れたキャスト・ジャミング技術の情報などどうでも良かった。

 

肝心だったのはその使い手が司波達也だということ、四葉に連なる者だという点なのだから。

 

キャスト・ジャミング技術は表向きの名目、ただのカモフラージュに過ぎない。

 

(狂っている)

 

マイヤ・パレオロギナをしてそう思わせる者、バートン・ハウエル。

 

神々の黄昏(ラグナレック)』を統べる者にして、自らその始まりを告げる者。

 

彼はやはり常人では理解し得ない存在だ。

 

今回の件でもし戦争が始まるとしても、バートンからすればそれでも構わないのだろう。

 

そして、マイヤ・パレオロギナはそれを非難することは出来ない。

 

(相手が狂人だろうと、それに協力している私は、結局は同じ穴の狢か)

 

目的も動機も求める結果も違えど、だがやろうとしている事は同じ。

 

だからこそ、マイヤは大戦が始まる直前に接触してきた『バートン・ハウエル』との取引に応じ、そして今なお『バートン・ハウエル』の下でラグナレックに協力している。

 

「……まあいい。計画に支障さえ無ければ、お前が何をしようと私には関係の無いことだ」

 

そう言って踵を返すマイヤ。

 

「もう行くのかな? 紅茶でもご馳走しようと思ったのだが」

 

「要らん。それに『人形』も追加で作製する必要がある。あの国の魔法師を相手にするならば、全員に『人形』を持たせておく必要がある。……あの国は昔から奇妙なところだからな」

 

「それはありがたい。後で君の工房にワインを届けさせるよ」

 

バートンの礼にマイヤは何の反応も示さず、部屋から出て行った。

 

「フフ、それにしてもマイヤからも奇妙と評されるとは。本当に不思議な国だ――日本は」

 

部屋に一人残ったバートン・ハウエルは静かに笑うと、再び報告書を手に取った。

 

 

 

 

 

 

事件の後始末は、十文字克人が請け負った。

 

高校への襲撃については、壬生紗耶香を含めた襲撃に参加した生徒たちに害が及ばぬよう辻褄合わせを含めた後処理も難なく進んだ。

 

問題なのは、拠点襲撃の方だ。

 

あの場にいたブランシュのメンバー、司一を含めた全員の死亡が確認された。

 

死因は心不全と診断されたが、それに至った経緯は依然不明のままだ。

 

達也と克人はあの瞬間、司一に活性化した『精霊』が憑いていたことに気付いた。

 

精霊自体に高度な隠形が施されていたため、深雪を含む他のメンバーは気付けなかったが、達也は『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』で、克人は持ち前の卓越した空間把握能力で気付くことが出来た。

 

そして、克人が知っている情報は『精霊』がいたということのみ。達也は更に一歩踏み込んだ情報を持っている。

 

あの『精霊』は、別の『精霊』の視覚映像を映し出すだけの役割しか負っていなかったということを。

 

つまり、司一を始めとしたブランシュのメンバーを殺害したのは『精霊』ではなく、『精霊』が映し出した“何か”の方だ。

 

尤も、その“何か”まではわからなかったが。

 

この事はあの場にいたメンバーの中では深雪にしか告げていない。

 

これを知ることが出来たのも『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』のおかげであり、これは秘匿が義務付けられている魔法の一つだ。

 

そして、この時点では未だ司波達也は、十文字克人を信用していない。

 

達也からすれば克人との面識は僅か数回、それも相手は十師族の直系にして跡継ぎなのだから、秘密を抱える者として慎重になるのは当然と言えた。

 

その点で言えば、四月という時期も悪かった。

 

 

 

そういった擦れ違いもあり、ブランシュを全滅させた勢力も方法も不明のまま、四月も終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、今日は桐原先輩の恋人たる壬生先輩の退院祝いにやってきました」

 

「……誰に向かって説明しているんだ、お前は」

 

病院を目の前にして突拍子のない発言をする結代雅季に、森崎駿が何かに耐えるように頭に手を当てながらツッコミを入れる。

 

そんないつもと変わらぬ二人のやり取りを、後ろにいる花束を持った司波深雪と司波達也が「しょうがないな」とでも言いたげに苦笑いを浮かべながら見つめている。

 

雅季が虚空に向かって説明した通り、四人は壬生紗耶香の退院祝いに来ていた。

 

最初は達也と深雪の二人で行く予定だったのだが、いつの間にか桐原とも仲良くなっていた雅季が深雪経由で話を聞き、「じゃあ俺も」とあっさり参加を表明。

 

そして当日、先に集合場所に来ていた雅季の隣には、何故か森崎の姿が。

 

まあ、森崎のげんなりした顔を見て、二人は大体の事情を察して何も言わなかったが。

 

尤も、森崎の気苦労に同情した深雪が道中によく話しかけてきてくれたということもあり、森崎にしてみればまさに「災い転じて福となす」といった状況だった。

 

 

 

壬生紗耶香はマインドコントロールを受けていたということもあり、大事を取って入院をしていた。

 

経過は非常に良好で、今日から晴れて退院ということになった。

 

彼女の治療がスムーズに進んだ理由の一つは、毎日見舞いに来ていた、そしてあの事件の後日に恋人となった桐原武明の存在があるのは間違いないだろう。

 

現に、病院の入り口で佇む壬生紗耶香は自然に笑っていた。

 

彼女の周りには、先に来ていた千葉エリカを追い回す桐原武明。状況としてはきっとエリカが桐原をからかったのだろう。

 

そして見知らぬ中年男性の姿、おそらく彼女の父親か親族か。

 

「あ、司波くん!」

 

四人の姿に気付いた紗耶香が満面の笑みで手を振る。

 

司波、というか達也の名で呼んだのは、彼が四人の中で一番関わり合いが深いからだろう。

 

「退院おめでとうございます」

 

「花束までわざわざ……本当にありがとう」

 

深雪から花束を受け取り、本当に嬉しそうに頬を緩める紗耶香。

 

「こんにちはー、桐原先輩」

 

「結代、それに森崎。お前たちも来てくれたのか」

 

「はい」

 

若干離れたところで達也が紗耶香の父親、壬生勇三(みぶゆうぞう)と何かを話し込んでいる中、

 

「ねえ雅季。桐原先輩とさーやがくっついたけど、縁結びの神社の跡取りとして何か一言!」

 

「ちょ、ちょっとエリちゃん!?」

 

「千葉、お前は先輩にまでそんな態度なのか」

 

こっちの集団は主にエリカのせいで騒がしくなる。

 

エリカからインタビュー形式でフリを受けた雅季は、

 

「結代として、両者の良縁を心から祝福しますよ」

 

縁結びを祀る一族として、素直に祝辞を述べた。

 

「おおぅ、雅季が真面目だ。何か意外」

 

「神職に関わること“だけ”は真面目だぞ、雅季は」

 

目を白黒させるエリカに、「だけ」という部分をやけに強調して森崎が言った。

 

二人が普段どういう目で雅季のことを見ているかがよくわかる。ちなみにその見方は正解だ。

 

そして、珍しく真面目と評された雅季はポケットに手を入れ、ある物を取り出した。

 

「今日は退院祝いの花束は持ってきていませんが、代わりにこれを」

 

雅季は桐原と紗耶香の二人にそれを渡す。

 

それは木札だ。一般的な名刺ぐらいの大きさで、左下に撫子の花柄が描かれている。

 

「これって、結び木札?」

 

受け取った木札を見ながら紗耶香が呟くように雅季に尋ねた。

 

結び木札。正式には『縁結木札(えんむすびきふだ)』。

 

木札にそれぞれの名前を書き、それを赤い糸で結んで神木の枝に掛けて縁結びを祈願するという、朱糸伝説に肖った結代神社独自の風習だ。

 

八玉結姫と旅人を最初に、歴史上の人物から現代の人々まで、まさに悠久の歴史を紡ぎながら幾多のカップルを結んできたそれを、二人に渡した雅季の真意は明白だった。

 

「ご利益は保証しますよ。本家本元、結代の系譜が祈祷しますから。間違いなく八玉結姫様に届きます」

 

「何だ雅季、実家の宣伝か」

 

少年染みた笑顔を浮かべる雅季に、桐原は照れ臭そうに憎まれ口を叩く。

 

「二割ぐらいは。信仰も宣伝しないと集まりませんからね、今も昔も」

 

「案外、神社も世知辛えもんだな」

 

そんな応酬を繰り返した後、桐原は頬を赤く染めながら木札と桐原を交互に見つめる紗耶香に向かって、小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

幻想郷、結代神社。

 

「これで良し、と」

 

天御社玉姫(あまのみやたまひめ)は雅季から祈願された結び木札に神力を宿らせると、自らの手で赤い糸を結び、木札を持って本殿から出る。

 

「あ、お疲れ様です。玉姫さま」

 

「紅華。この縁結木札、神木の枝に括りつけておいてね」

 

「はい。わかりました」

 

玉姫は境内を掃除していた荒倉紅華に結び木札を渡す。

 

玉姫から木札を受け取った紅華は、自然と笑みを浮かべる。

 

「ふふ、雅季さん。やっぱり外でも『結代』なんですね」

 

「そうよ。雅季は誰よりも『結代』に近き者。だからこの地の、幻想郷の今代の結代を任したんだから。……尤も、そうでなければ『幻想』を紡ぐことは出来ないんだけどね」

 

後半は紅華に聞こえないぐらいの小声で、玉姫は呟く。

 

『幻想』を紡ぐということは、人の世にあっては縁を結ぶ者であると同時に、自然の理を紡ぐ者であるということ。

 

『結代』であるということは、人の世にあっては縁と幻想以外の出来事には深く関わらぬということ。

 

その重さと覚悟を、寧ろ当然として受け止めている雅季の在り方は、玉姫の言ったように誰よりも『結代』だ。

 

きっと『外の世界』では雅季の事をこう評する日がくるかもしれない。

 

――人でなし、と。

 

「玉姫さま?」

 

紅華の声で我に返った玉姫は、何でもないと笑いつつ境内を見回す。

 

「そういや雅季は――と、またどっか出かけたわね」

 

「はい、博麗神社へ行きました。その、お酒を持って……」

 

「本当、しょうがないんだから……」

 

やれやれとわざとらしく肩をすくめる玉姫。

 

紅華は乾いた笑いを零すのみで、実は雅季にお呼ばれしていて、境内の掃除が終わったら行く事を承諾したとは言えなかった。

 

「ま、放蕩神主は置いといて。それじゃ紅華、木札はお願いねー」

 

そう言って神社の奥へと引っ込んでいく玉姫。

 

紅華は少しだけ噴き出しながら「わかりました」と玉姫の後ろ姿に伝えた。

 

結局、雅季は射命丸文の記事を阻止できなかったため、『文々。新聞』には一面に放蕩神主の文字がデカデカと掲載されてしまった。

 

そして、それを見た幻想郷の住人たちの反応は、「今更よね」と一蹴だったのだから、紅華としてはおかしくて仕方がなかった。

 

「さて、と」

 

紅華は受け取った木札を持って神木へと向かうと、木の枝にそれを括りつけた。

 

「放蕩神主なんて呼ばれていますけど、雅季さんは誰よりも縁を大切にする方です。あなた方の良縁は、決して切れることはないでしょう。――お幸せに」

 

踵を返して境内の掃除に戻る紅華。

 

括りつけられた二つの木札。

 

朱い糸で結ばれた木札には、この地では誰も知らない名が記されていた。

 

『桐原武明』、『壬生紗耶香』と――。

 

 

 

 

 

 

博麗神社にやって来た結代雅季は、縁側に座ってお茶をしている二人の姿を見て、二人の前に降り立った。

 

「よ、霊夢、魔理沙」

 

「誰かと思えば放蕩神主ね」

 

「サボり過ぎて神主はついにクビか?」

 

『楽園の素敵な巫女』、博麗霊夢。

 

『普通の魔法使い』、霧雨魔理沙。

 

二人の出会い頭の随分な挨拶に、雅季はズルっとこける。

 

「文さんめ、今度悪縁でもくっつけてやろうか」

 

「天狗の悪縁っていうと、鯖? 鯖の妖怪なんていたっけ?」

 

「というより幻想郷に海は無いぜ。それよりも――」

 

泥棒らしく目敏く雅季が持つそれに気付いた魔理沙が目を輝かせる。

 

「今日は良縁を結んできたばっかだからね、その祝い酒だ」

 

「おお! 気が利くな」

 

酒瓶を見せる雅季に、魔理沙は喜色を顕わにする。

 

一方で霊夢はジト目で雅季を見遣る。

 

「祝い酒はいいけど、何で博麗神社(うち)でやるのよ?」

 

「あとで紅華もちゃんと来るぞ」

 

「……アンタ、うちを宴会場か何かと勘違いしてない?」

 

平然と答える雅季に、霊夢は不機嫌そうな顔になる。

 

「ほとんど宴会場じゃん」

 

「私はてっきり宴会場だと思ってたぜ。神社はついでだな」

 

「ついでじゃないわよ!」

 

二人に対して怒りを顕わにする霊夢。

 

本当にこの巫女は見ていて飽きない、と雅季は思う。

 

自由奔放で無邪気で表情豊かで、誰に対しても暖かくもなく冷たくもなく同じように接する。

 

「まあいいじゃん。お酒はこっち持ちなんだから」

 

「そうだぜ霊夢。タダより美味い酒はないぜ」

 

「後片付けはいつも私なんだから!」

 

だというのに、気がつけば博麗霊夢の周りには様々な幻想たちが集う。

 

「それじゃ、呑もうぜ!」

 

「まったく……」

 

魔理沙が雅季の手から酒瓶を奪い、霊夢も何だかんだ言いながら杯を用意する為に居間へと向かう。

 

 

 

そうして始まった酒盛りは。

 

神社の騒がしさに様子を見に来た妖精たちも。

 

自称「運命を感じて」たまたま訪れた吸血鬼一行も。

 

酒の匂いを嗅ぎつけて来た鬼も。

 

ネタを探して飛んできた天狗も。

 

遊びに来た風祝も。

 

スキマから亡霊とその従者と一緒に現れた賢者も。

 

そして、掃除を終えてやって来た結びの巫女も。

 

全てを巻き込んで、いつの間にか宴会へと変わる。

 

『外の世界』では滅多にないようなことも、この幻想郷ではいつものこと。

 

そして、誰も後片付けをしないまま去っていくのもまた、幻想郷ではよく見かける一幕だ。

 

 

 

 

 

 

季節は巡り、桜が散り、緑葉が生い茂り始める夏へと向かう。

 

 

 

現実は流れ続け、幻想は変わらずそこにある。

 

 

 

現実と幻想。相反する二つを結ぶは、境目の上に立つ者のみ。

 

 

 

これは、原より出ていて、神代より紡がれる幻想紡義(げんそうつむぎ)――。

 

 

 




《オリジナル魔法》
系統外精神干渉系魔法『死の舞踏(デス・ワルツ)』。

使用者はラグナレック本隊所属、アストー・ウィザートゥ。

対象に特殊な視覚イメージを見せつけることで直接精神を崩壊させ発狂死させる。

アストー・ウィザートゥの場合、その視覚イメージとして絵画を使用。

カードに起動式を織り交ぜた絵画『死の舞踏』を描き、それに想子(サイオン)を流し込んでいる間のみ、魔法式を構築している。

魔法式が構築されている時にその絵を見た者は発狂死するが、逆に魔法式がない時、即ち想子(サイオン)が無ければ普通の絵と変わらない。

本来ならば術者もその絵を見ると発狂死してしまう欠陥魔法だったのだが、特殊な精神耐性を持つ者なら耐えることができる。

ちなみに某亡霊なら想子(サイオン)が流れている状態でその絵画を見ても、「あら、幽雅な絵ね」とでも言いながら普通に部屋に飾ります。



初めまして、またはこんにちは。作者の空之風です。

この話にて第一章は完結となります。

稚拙な文章ですが、様々な感想や評価をして頂き誠にありがとうございます。

改めて読み返して見ると、色々と謎が多いなと自分でも思う内容です(汗)

ラグナレックとは何なのか。

崑崙方院になぜラグナレックの人間がいたのか。

バートン・ハウエル、マイヤ・パレオロギナとは何者なのか、二人の目的とは。

水無瀬呉智と司波兄妹の関係は。

『結代』とは。

そして、現実と幻想はどのように絡み合うのか。

様々な疑問があるかと思いますが、それはまたの機会に、本編にて語らせて頂きます。

ちなみに現実側について、本編では語っていませんが十文字家は他家の協力も仰いでブランシュメンバー殺害の捜査を続けており、また達也も独自に動いています。

幻想側については、百年経とうが何も変わりません。

一応、幻想側の男性オリキャラも二名ほど考えていますが、出演機会があるかどうかは不明です(笑)

ちなみに一章のラストに博麗霊夢と霧雨魔理沙を出すことは確定していました。

個人的には東方にこの二人は欠かせません。

次回についてですが、現実側と幻想側の幕間というか小話を一話ずつ掲載した後、九校戦に入ることを考えています。

幕間では設定だけしか出て来てない演出魔法にも焦点を当てたいと思っています。

それでは、またいずれお会いしましょう。



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第16話 幕間「演出魔法」

お待たせしました。
九校戦前の幕間その一になります。


演出魔法(アトラクティブ・マジック)』。

 

それは近年になって提示された新しい魔法の使い方。

 

演出魔法師(アトラクティブ・マジック・アーティスト)』。

 

それは、『兵器』以外としての新しい魔法師の在り方。

 

そもそも演出魔法とは何か、それは文字通り『演出』する為の魔法である。

 

音楽のコンサートやライヴといった様々なイベントの演出として魔法を使う。

 

例えば光波の振動によって光のウェーブを作り出したり、気流を操作して多数のバルーンの流れを操ったり、加速と加重の複合魔法で演奏中のギタリストを宙に浮かせて宙返りさせたりと、演出魔法師のセンスによって様々な演出が成される。

 

そう、演出魔法師にとって必要なのは魔法力ではなくセンス。

 

確かに魔法力があれば演出の幅も広がるが、極端な話をすれば単一系統魔法というシンプルな魔法でも演出は可能だ。

 

ならば後は如何にして観客を魅せるかが重要になる。

 

発祥の地である日本では『演出魔法師』と命名されているが、英訳の『アトラクティブ・マジック・アーティスト』の方が本質を表している。

 

即ち、「魅せる魔法芸術家」。

 

こちらも才能や感性が少なからず影響してくる分野であることには違いない。

 

それでも魔法を学びながらも魔法師になれなかった者たちにとっては魅力的な職業であり、一般人と魔法師という、互いに離れた目で見ていた両者の縁を結ぶ、ある意味「結う代」となる職業だ。

 

そして、演出魔法という新ジャンルを生み出した人物こそが、結代神社の宮司を代々務める結代家が嫡男にして魔法科第一高校の一年生、結代雅季である。

 

 

 

 

 

 

五月も中旬に差し掛かった頃、五月晴れの空の下、雅季の姿は東京渋谷にあった。

 

学校を終えた雅季はその足で渋谷に向かうと、駅から然程離れていない距離にあるビジネスビルの中へと足を踏み入れた。

 

雅季の入って行ったビルの看板には『クリエイティブ・エンターテインメント株式会社』という会社名が明記されている。

 

このビルはクリエイティブ・エンターテインメント株式会社、通称『クリエイティブ社』の事業所で、クリエイティブ社とはイベント開催などを手掛ける大手企業だ。

 

雅季は打ち合わせのある会議室へ向かうため、エレベーターに乗り込み指定の階のボタンを押す。

 

勝手知った様子で事業所内を歩き進む雅季は目的の会議室まで迷うことなく辿り着き、

 

「こんにちはー」

 

軽くノックをしてから挨拶と共に中に入った。

 

「おお、来たか結代くん」

 

「待っていたわ」

 

中にいるのは雅季より年上の、つまり成人した男性女性が十人ほど。

 

誰もが長机に座ってスクリーン型端末に目を通している途中のようだった。

 

「もしかして、俺が最後ですか?」

 

「いや、まだ三人ほど来ていない。先ほど少し遅れると連絡があった」

 

「今のうちに結代くんも企画書に軽く目を通しておいて」

 

「わかりました」

 

雅季はパイプ椅子に座ると、長机に置いてある端末を起動させる。

 

スクリーンを立ち上げると同時に『二○九五年サマーフェス企画案(第四報)』というタイトルが雅季の目に飛び込んできた。

 

 

 

クリエイティブ社は先述した通り、イベント開催を手がける企業だ。

 

そして、最も早く演出魔法の可能性に気付き、他企業に先んじて結代雅季に接触してきた会社でもある。

 

それ以来、クリエイティブ社は演出魔法の多彩さと演出魔法師の獲得に力を注いでおり、雅季がここにいるのも神職たる結代家としてではなく、もう一つの顔であるアマチュア演出魔法師として呼ばれたがためだ。

 

今回の打ち合わせは東京の有明で毎年行われるクリエイティブ社主催・運営の『サマーエンターテインメントフェスティバル』、通称『サマーフェス』についてだ。

 

サマーフェスは有名海外バンドのライヴやCGドールのコンサートなど音楽系をはじめ、芸能人や有名人のトークショー、バラエティ番組などによる一般人参加型企画など様々なエンターテインメントを提供する日本有数の大規模なイベントだ。

 

七月の下旬に三日間開催され、今年は七月二十九日の金曜日、三十日の土曜日、三十一日の日曜日の三日間で開催される。

 

入場者数は毎年三十万人を超え、特に演出魔法を導入した三年前から入場者数が急増し今年は四十万人に達するのではないかと見込まれている。

 

 

 

雅季が資料に目を通して暫くした後、遅れていた三人が到着し、いよいよ打ち合わせが開始された。

 

この会議室にいるのは十四人。

 

うちクリエイティブ社のスタッフは四人。雅季を含めた残りの十人は演出魔法師だ。

 

三日間の様々なイベントで企画している演出魔法をこの十人がそれぞれ担当する事になる。

 

といっても演出魔法を必要とするイベントはトリのライヴやコンサートなど規模が大きいものしかないため、内訳としては一人が一つ又は二つのイベントを担当する程度になる。

 

「――では、最終日のラストを飾る『Slow hand(スローハンド)』のライヴは都田(つだ)君が担当してくれ」

 

「わかりました!」

 

都田と呼ばれた二十代後半の男性が力強く頷くと、ホワイトボードの三日目の欄に「都田尚士(つだなおし)」と書かれる。

 

既にホワイトボードには一日目から三日目のスケジュールと、各種イベントの演出魔法を担当する魔法師の名前などがビッシリと書き込まれている。

 

ちなみに現代のホワイトボードは書き込まれた内容をボタン一つで電子ファイル化し、各自の端末に送信する機能が標準として備わっている。

 

「それにしても、自分があの『Slow hand(スローハンド)』と共演することになるなんて、三年前までは夢にも思っていませんでしたよ」

 

感慨深く都田がそう口にする。

 

彼は魔法科高校に二科生として入学したものの魔法科大学の受験に失敗し、結局は魔法とは関係ない中小企業の会社員として働いていた。

 

だが演出魔法と演出魔法師が世に広まった際、「魔法に携わる仕事がしたい」という夢を叶える為に会社を退職したという経歴を持つ。

 

そんな自分がまさか世界的に有名な超大物ロックバンドと共演することになるとは、確かに会社員として働いていた頃では想像すら出来なかっただろう。

 

「それを言えば俺も似たようなものだよ」

 

別の演出魔法師が同意する。

 

彼ら九人の魔法師たちは、いずれも魔法科高校を卒業しながら魔法師の道を断念せざるを得なかった者たちだ。

 

そんな彼らが再び魔法に携われることになった。

 

何より、自分たちの魔法で観客が楽しんでくれるということは、彼らが思っていた以上に嬉しく感じるものだ。

 

その為か、彼らの表情は全員が生き生きとしている。

 

クリエイティブ社のスタッフがニヤリと口元を緩めて二人に、いやこの場にいる演出魔法師たちに言った。

 

「これからはこういった大口の依頼もどんどん増えていくぞ。なにせ演出魔法を法的に認めているのは未だ日本しかないからな。だから海外の大物ミュージシャンも次々に日本での公演を希望、いや熱望しているといってもいい」

 

「イギリスとUSNAでは大物ミュージシャン達と大手レーベルが連盟で議会に演出魔法を認めるよう署名運動をしているという話よ。他の国も似たり寄ったりね」

 

感嘆の息を漏らす演出魔法師たち。

 

演出魔法(アトラクティブ・マジック)』と『演出魔法師(アトラクティブ・マジック・アーティスト)』は、新しいビックビジネス、そして新しい魔法師の在り方としてまさに世界に広まろうとしている。

 

そして、スタッフ四人と演出魔法師たち九人の視線は、自然と一人の少年に集まった。

 

「いやー、演出魔法がどんどん広まっていくのは嬉しい限りですね」

 

全員の視線に笑顔でそう答える雅季もまた、三日目の昼間に行われるイベントへの参加が決定している。

 

演出魔法の発案者でありながら、演出魔法師の資格を持っていないアマチュア演出魔法師として。

 

尤も演出魔法師の発案者という点については、雅季自身は幻想郷のスペルカードルールを演出魔法の原型としている為、自ら名乗ったことはない。

 

故に雅季は常に「アマチュアの演出魔法師」としか名乗っていない。

 

そしてプロではないが故に、雅季の演出には制限が掛けられる。

 

 

 

結代雅季が十歳で結代東宮大社の神楽で初めて演出魔法を行った時、実は魔法行使の許可を当局に取り付けてあった。

 

雅季の実父にして結代東宮大社の現宮司、結代家でいう今代の結代の一人である結代百秋(ゆうしろおあき)が、結代家お決まりの「無駄に広い人脈」を駆使した結果だ。

 

ちなみに後の、そして演出魔法が世に広まる切っ掛けとなったライヴも同様である。

 

演出魔法の目新しさと魅力が世間に知れ渡ると、当然ながら「自分たちも演出魔法を使いたい」という申し出が当局に殺到。

 

ちょうど選挙の時期と重なっていたこともあり、国民の支持を集めたい各政党は当時最もホットな話題である演出魔法の許可について法整備を行うとマニフェストに公約として記載。

 

そして雅季が十二歳の時、つまり演出魔法が世間に認知されてから二年後に演出魔法と演出魔法師は法的に認められた。

 

演出魔法師は、二段階に分けられた。

 

まずは日本魔法師協会が開催する講習を受講した者に、演出魔法師の仮資格が与えられる。

 

仮資格を持った者は、当局に演出魔法の使用届出を出した場合、()()()のみ演出魔法の使用が許可される。

 

次に同協会の本試験、つまり筆記試験および実技試験に合格した者のみに、演出魔法師の本資格が与えられる。

 

本資格を持った者は、()()全てを使った演出魔法が許可される。

 

そして、本試験を受ける為の必須条件は魔法科高校を卒業していること。

 

法案成立時の公的なコメントとしては、魔法のコントロールが未成熟であり、また魔法の危険性を充分に認知していない青少年および少女による観客側への魔法の行使は安全性に欠けるという説明。

 

だがおそらくは、魔法というただでさえデリケートな分野に新しい難題を投げつけてきた雅季に対する政治家や役人たちの嫌がらせの意味もあったかもしれない。

 

つまり今の雅季では本試験を受けることができない。それ故の仮資格(アマチュア)

 

雅季が演出魔法を行使できるのはステージ上のみ。

 

観客席も巻き込むような大きな演出魔法の行使は認められていない。

 

 

 

「法律だから仕方がないとはいえ、結代くんの本気の演出魔法が見られるのはあと三年後か。待ち遠しいな」

 

「まあ、もう少し待っていて下さい。魔法科高校には無事に入学できましたので、三年後には本試験を受けますから」

 

スタッフの一人の心底から残念そうな呟きに雅季が答える。

 

「そうかい? それじゃ、三年後を期待して待っているとしよう」

 

「あの時のライヴ映像、俺も見たけどスゴかったぜ。俺も早く生で見たいよ」

 

「二○九八年のサマーフェスの大トリは結代くんで決まりね」

 

「演出魔法師がトリ取ってどうするんですか」

 

会議室に笑いが溢れる。

 

「さて、雑談を交えながらでもいいから打ち合わせを続けようか」

 

「そうですね、それでは手元の資料を。次に各自の演出魔法についてですが、先方から幾つか要望がありますので順番に見ていきましょう。何か質問があれば途中でも構いませんので遠慮なくどうぞ」

 

和やかな雰囲気のまま、この日の打ち合わせは深夜帯まで続くことになる。

 

 

 

 

 

 

CADメーカー『フォア・リーブス・テクノロジー』のCAD開発第三課は、かの「シルバー・モデル」開発部署として社内では良い意味でも悪い意味でも有名である。

 

シルバー・モデルは特化型CADの中では非常に人気が高い。

 

そう、シルバー・モデルは特化型CADであり、なので開発部署である第三課も基本的には特化型CADを中心に開発している。

 

「……まあ、汎用型も作れなくはないですけど」

 

トーラス・シルバーの片割れにして第三課の全員からリーダー扱いされているミスター・シルバーこと司波達也は、本社から命じられた業務に内心で溜め息を吐きそうになった。

 

今日、達也がこの研究所に来たのは新型デバイスのテストの為だ。ちなみに深雪は家で留守番中である。

 

そしてテストを終えた後、牛山主任から先日に本社から新しいCADを作るよう業務命令があったという連絡を受けて、その概要を確認したところで今に至る。

 

「しっかし、なんでまた第三課(ウチ)が担当なんですかねぇ」

 

「期待されているのでしょう」

 

トーラス・シルバーのもう一人、ミスター・トーラスこと牛山主任のボヤキに達也が間髪入れずに答える。

 

尤も、達也自身は内心では面倒な仕事を押し付けてきたのだろうと考えているが。

 

本社には第三課は飛行魔法の開発を行っている最中と報告しているのだが、おそらく父親と義母はそんな魔法など不可能だと思っているのだろう。

 

だから横からこういった仕事を投げ入れてくる。いつものことである。

 

「それにしても、エレキギターの形をした汎用型CADですかい」

 

「というより、ギターと一体型のCADですね」

 

そう、本社からオーダーされたCADとはエレキギターと一体型の汎用型CADである。

 

大手イベント会社である『クリエイティブ・エンターテインメント社』から特注の依頼があったということらしい。

 

勿論、このCADの用途は演出魔法用である。

 

「しかも外観モデルが伝統のSGと来やしたか、渋いねぇ。流石はクリエイティブ社、遊び心ってもんがわかってる」

 

端末の資料を読んでいくうちに牛山は何度も頷き、顔色は喜色に染まっていく。

 

達也はギターについて詳しくないのでよくわかっていないが。

 

「クリエイティブ社は弦に起動式を組み込んで欲しいという要望ですが」

 

「つまりギターを弾きながら魔法を使えるようにしたいってことでさぁ。益々楽しみになりやしたよ」

 

達也は視線を資料から牛山に向ける。

 

「楽しそうですね、牛山さん」

 

「俺も学生ん時はちっとばっかしギターを齧ってましたからね。それに、これから作るコイツはまさにロックと魔法を融合させたもんですから。コイツを持った魔法師のギタリストがライヴするとこを想像するだけで、ワクワクしてきやせんか、御曹司?」

 

「……そうですね」

 

牛山の言いたいことは達也も理解している。

 

とはいえ共感しているかと言えばそういうわけでもないので返事は上辺だけのものになってしまったが、牛山は資料に夢中だったので気付いた様子は無い。

 

仮に達也がこのギターを持った人物が演奏する場にいたとしても、達也の興味は音楽よりも起動式の処理速度や魔法式の強度などに向くだろう。

 

「まあ、遊び心ってやつですよ」

 

何気なく牛山がそう口にしたものこそが、今の達也には足りないものだ。

 

何事も楽しめる余裕、「遊び心」というものが。

 

尤も、達也は牛山が言った別のことに関心を持っていた。

 

(魔法師のギタリスト、か)

 

研究用でも実用でもない、娯楽の為のCADと魔法。

 

『兵器』として生み出された魔法師の方向性が変わり始めていることを、達也は実感し始めていた。

 

 

 




《オリジナルキャラ》
都田尚士(つだなおし)
結代百秋(ゆうしろおあき)

バンド名の『Slow hand(スローハンド)』は有名なギタリストのニックネームより。


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第17話 幕間「psycheon」

九校戦前の幕間、幻想サイドになります。
今回はプシオンと能力の説明が主体となります。


幻想郷の妖怪の山には様々な神や妖怪たちが住んでいる。

 

守矢神社の二柱と風祝、秋の神の姉妹、厄神、仙人、天狗。

 

そして、外の人間の技術者や魔工技師たちが見たら現実逃避しそうなぐらい高い技術力を持つ、水平思考の河童たち。

 

妖怪の山に住む妖怪たちは、人間や他のところに住む妖怪に対して排他的であり、基本的には山には立ち入れない。

 

とはいえここは自分勝手なものが集う幻想郷、侵入してくる輩は後を絶えない。

 

お宝探しで無断侵入する霧雨魔理沙とか、さり気なく芍薬を勝手に栽培している永遠亭の面子とか、妖怪退治と言い張って真正面から強行突破してくる博麗霊夢とか。

 

そして、時たま遊びに来る結代雅季も然り。

 

 

 

 

 

 

「お、いたいた」

 

哨戒天狗たちの目を掻い潜って妖怪の山に不法侵入している『放蕩する神主』もとい『今代の結代』こと結代雅季は、川辺でこちらに背を向けて何かを弄っている最中の妖怪を見つけるや、

 

「おーい、にとりー」

 

間延びした声で相手を呼びつつ、空を飛ぶ高度を下げる。

 

雅季に名を呼ばれて振り返ったのは河童の妖怪、『超妖怪弾頭』河城(かわしろ)にとりだ。

 

にとりは雅季の姿を見るや、

 

「あ、放蕩神主」

 

ズザー、と雅季は着地に失敗して地面にコケた。

 

今度あの捏造新聞記者に全力全開の弾幕を食らわせてやると密かに誓いながら、雅季は起き上がる。

 

「せめて道楽の方がいいんだけどなぁ」

 

「道楽神主?」

 

「そそ。道は楽しい方がいい」

 

「どちらかというと道が楽な神主だね。結局は仕事しないって意味だし」

 

「仕事と趣味が一緒だから問題ない」

 

お互いに軽く言葉で遊び、雅季とにとりはニヤリと笑う。

 

「それで、今日は守矢神社にでも行くの、雅季?」

 

「いや。今日はにとりに用事があってね。この前に渡した法機(ホウキ)の改造って出来ている?」

 

「ああ、あれか! 勿論さ! いやぁ、人間もここまで呪符を簡略化できるようになったんだねぇ。流石は我ら河童の盟友さ。まだまだ無駄が多いけど」

 

雅季がにとりに渡したのは、無縁塚に落ちていた一世代古い旧式の携帯端末形式の汎用型CADだ。

 

 

 

幻想郷では外の世界で忘れ去られた物が流れ着くことがよくある。

 

たとえば少し前には旧型の電波塔が丸ごと一つ幻想入りして、今では妖精たちの遊び場となっている。

 

その中でも無縁塚は外の世界の物がよく流れ着く場所だ。

 

これは墓地である無縁塚に埋葬される者たちは総じて誰とも縁が無い者たちであり、それが外来人であることが多いため、その事から外の世界との結界が緩んでしまっている影響である。

 

結代神社の無縁塚分社が建てられてからは無縁仏たちも幻想郷との『縁』を結ぶようになった為、結界の緩みがこれ以上進行することはないが、反対に補強されることもない。

 

つまり無縁塚は現状維持の状態であり、今も変わらず外来品が、咲き乱れる彼岸花に隠れるかたちで彼方此方に落ちている。

 

まあ、博麗の巫女とか妖怪の賢者とかが無縁塚の結界の補強を行えば話は別だが、あの二人がそんな面倒な事を進んでするはずがないので、特に害がない限りは放置だろう。

 

ちなみに無縁塚に落ちている道具を巡っては結代雅季と、『香霖堂の店主』こと森近霖之助(もりちかりんのすけ)、ネズミ妖怪である『ダウザーの小さな大将』ナズーリンの三人による早い者勝ちの争奪戦状態にあったりする。

 

閑話休題。

 

 

 

にとりは背負っているリュックサックを下ろすと、外の世界では見かけなくなった型式の携帯端末形態の汎用型CADを取り出した。

 

「コイツが河童の技術の結晶さ!」

 

そう言い放って胸を張るにとり。

 

雅季はにとりからCADを受け取って見てみる。

 

まず見た目だが、渡した時と比べて少しばかり大きくなっている。

 

大きくなったといっても片手で操作が可能な範囲だが。

 

それ以外に外観については特に変わった様子はない。操作キーもそのままだ。

 

だが、見た目とは裏腹に中身は凄まじいことになっているんだろうなぁ、と雅季はしみじみと思う。

 

「どれどれ」

 

百聞は一見に如かずと、早速CADに霊力を流し込む。

 

ちなみに幻想郷では当然ながら想子(サイオン)とは呼ばず、霊力や妖力、魔力、神通力と呼んでいる。

 

呼び方の区分けはただ単純に人間なら霊力、妖怪なら妖力、魔法使いなら魔力、神なら神通力と種族別に分けているだけであり、基本的の力の効力は外の世界と同じである。

 

だが、外の世界のように想子(サイオン)だけで術式を構築しない。

 

CADに流れ込むのは想子(サイオン)霊子(プシオン)の二種類。

 

そもそも幻想郷を幻想郷たらしめているのは想子(サイオン)ではなく、霊子(プシオン)の方なのだから。

 

 

 

 

 

 

想子(サイオン)とは認識や思考結果を記録する素子と定義されている。

 

では霊子(プシオン)とは何なのだろうか。

 

結代雅季は「霊子(プシオン)は幻想である」と言った。

 

八雲紫はそれを否定しなかった。

 

それが答えであるからだ。

 

霊子(プシオン)とは想念を具現化する素子である。

 

想念は森羅万象全てが持っているもので、特に人間を筆頭に動植物が強く持っている精神性だ。

 

そして神や妖怪、亡霊、妖精は、霊子(プシオン)で構成された実体を持つ霊子情報体である。

 

人が崇めれば神が生まれる。

 

人が恐怖すれば妖怪が生まれる。

 

死者の想念が強ければ幽体から亡霊が生まれる。

 

自然が豊かな場所では自然の化身として妖精が生まれる。

 

霊子(プシオン)は想念を具現化するものであるため、「そんなのいるはずがない、できるはずがない」など否定されると霊子(プシオン)は力を失い減少、消滅してしまう。

 

故に外の世界では科学が重要視され、幻想が否定されたため霊子(プシオン)は減少し、神や妖怪など幻想的なものたちは姿を消すことになった。

 

外の世界でイデアからの独立情報体と定義されている霊子情報体である『精霊』とは、言うなれば幻想の残滓だ。

 

霊子(プシオン)がもっと強く豊富にあれば『精霊』は妖怪、妖精などになっただろうが、霊子(プシオン)が減少した外の世界では実体化はおろか自我も持てない。

 

ちなみに精霊を使った術式は幻想郷でも弾幕ごっこなどでよく使われる。

 

精霊を介して自分以外のところから弾幕を張るスペルカードなどがそうである。

 

著者である霧雨魔理沙が「幻想弾幕博物図画集」と仰々しい名前を付けて図書館に売りつけようとしたが、結局買い手が付かず魔理沙の自宅にほったらかされている本の中では奴隷タイプの弾幕と名付けられているが、それはどうでもいい話だろう。

 

閑話休題。

 

幻想郷には霊子(プシオン)は強く豊富にあり、普段から霊子(プシオン)に触れている人間もまた幻想を持つようになる。

 

そして、幻想を持つ者が行使する魔法は、想子(サイオン)霊子(プシオン)の混ざった術式となる。

 

霊子(プシオン)は人々の幻想を具現化する力、つまり概念的な力だ。

 

外の世界では不可能、或いは理解できない、解析できないような魔法も、幻想を持つ者ならば使用できる。

 

その最も顕著なものが各人の持つ霊子(プシオン)の発露とも言うべきもの、『能力』だ。

 

その具体例として、以前に荒倉紅華から十六夜咲夜の時間操作について問われた時、雅季はこう語ったことがある。

 

想子(サイオン)のみの魔法式は全てが認識と情報で固められた、言わば完成した方程式みたいなもんだから、本当にその通りにしか作用しないし人が理解できない魔法は使えない。だけど霊子(プシオン)、つまり幻想っていう曖昧な部分を持つ魔法式なら、人が理解できない部分もこんな感じって思うだけで使える。得意分野なら思うだけで行使できるから起動式もいらない。こっちの方がすごく楽だしお得だよねー」

 

「楽とかお得とかは置いといて、咲夜さんの『時間を操る程度の能力』って咲夜さんしか使えないのですか?」

 

「現状ではね。外の世界でも速さとか重力で時間が変化っていうところまでは理解できているけど、だからといって時間が操作できるかっていうとそんなことは出来ない。外の世界の物理学だと対象物を時速千キロメートルで動かしても対象物は一秒に一兆分の一秒しか遅れないし、太陽ぐらいの重力をかけてやっても一秒に百万分の一秒しか遅れない。咲夜レベルの時間操作を加重系魔法でやったら地球が潰れてブラックホールが出来るね」

 

「それじゃあ無理ってことですよね?」

 

「さっき言った通り現状ではね。実は肝心なのは速度と重力じゃなくて、速度や重力によって時間を構成する『何か』が影響を受けるから、時間が遅れるっていうこと。咲夜はその『何か』を霊子(プシオン)で直接干渉しているから時を操れるんだ。元々霊子(プシオン)は気質とか魂に起因しているから人それぞれだし、咲夜の場合は『時』と相性が良かったってところかな。もし外の世界で未解明、未発見のそれ、時を司る法則やら素粒子、たとえばタキオンみたいな架空の粒子が実証されて解明されたら、時を操る魔法式も作れるんじゃないかな」

 

「それって相当先、というかもう未来の話じゃないですか」

 

「うん、月の都の十歩ぐらい手前レベルの。まあ、あそこは想子(サイオン)霊子(プシオン)を同等に発達させた結果というか、超弦理論で統一場理論を完成させて量子的な可能性すら操るようになった一つの到達点だけど。……ところで、何でこんな話になったんだっけ?」

 

「雅季さんが結代神社(うち)の酒蔵にある五百年級の古酒を飲みたいって言い出して、時が早められたらなぁって呟いたのが切っ掛けですよ」

 

「ああ、そうだったな。じゃあ飲むか」

 

「玉姫さまに怒られても知りませんよ」

 

閑話休題。

 

 

 

 

 

 

想子(サイオン)だけでなく霊子(プシオン)にも対応したCADが、事象を書き換える。

 

ほんの一瞬で起動式が展開される。もはや起動式のタイムラグなど有って無いようなものだ。

 

何せ前世紀には既に光学迷彩を実用化していた河童たちである。

 

河童の技術力を以てすれば現代最先端のハードウェアだろうと時代遅れに感じるだろう。

 

ましてや魔法的なものに関してならば本場は“こっち”だ。

 

百年程度の歴史しか持たない外の世界の魔工技師たちが敵うはずもない。

 

そうして展開される魔法式は、雅季がにとりに渡す前に組み込んでおいたスペルカード、結符『虹結び』だ。

 

七色の虹色の弾幕が空を覆う……はずだったのだが。

 

(あれ?)

 

展開される魔法式が違うことに雅季が気付いた時には、もう遅かった。

 

虹の弾幕を生み出すはずが、何故か空気中に漂う粒子に電荷を帯びさせていき、更に一方向へ指向性を持たせていく。

 

そして荷電粒子と化した粒子が亜光速まで加速されて、眩い光となって空に放たれた。

 

妖怪の山から幻想郷の空に向かって、巨大な光の帯が生まれた。

 

ちなみに現状を簡潔にまとめればこういうことになる。

 

 

 

弾幕を張ろうと思ったら何故かビームが出た。

 

 

 

「こんなこともあろうかと! 術式を荷電粒子砲に変えておいたのさ!」

 

呆然と光の束を見送る雅季の横で、にとりが胸を張っている。

 

原因は河童の暴走だった。流石は河童である。

 

こんなことってどんなことだろう。

 

「……って、今ので天狗にバレたじゃん!?」

 

既に高速でこっちに飛んできている複数の悪縁を雅季は感じ取っている。

 

不法侵入はバレなければ問題ない。

 

バレたら問題だからだ。

 

そして、今のビームでめっちゃバレた。

 

「んじゃ逃げるわ。にとり、法機どーもな」

 

早口で言い放つと慌てて空に上がる雅季。

 

「いたぞー! 侵入者だー!」

 

「またお前か今代の結代!」

 

「やば!」

 

人里の方へ向かって逃げる雅季の後を複数の白狼天狗が追いかける。

 

その先頭にいるのはにとりの友人である、『下っ端哨戒天狗』犬走椛(いぬばしりもみじ)だ。

 

「もみじー、後で天狗大将棋やろうー!」

 

それに気付いたにとりが飛んでいる椛に向かって呼びかけた。

 

「後でね!」

 

椛はにとりに向かってそう返すと、再び侵入者へと視線を移し追走劇に戻った。

 

「やれやれ、博麗の巫女といい、今代の結代といい、人間も(せわ)しくなったもんだね」

 

忙しくさせた張本人は自分の行ったことを棚に上げて、雅季と椛たちが飛んでいった空を見つめながらそうボヤいた。

 

 

 

 




魔法解釈を考え実際に文章にしてみると、改めて魔法科の原作者である佐島先生は凄いなと思います。

ちなみにマメ知識ですが、無重力の宇宙と比べて地球上も重力があるので時間は遅くなっています。一秒に約十億分の一の遅れというスケールですけど(笑)

今回は霊子(プシオン)と『能力』の独自解釈と説明がメインとなりました。

「認識と思考結果を記録する力」が想子(サイオン)であるのに対して、霊子(プシオン)は「想いを具現化しようと働く力」になります。

妖怪や妖精は実体を持った霊子構造体であり、外の世界の精霊はその原型です。

また半人半霊や半妖などは想子(サイオン)霊子(プシオン)の複合体、といったところです。

『能力』については、想子(サイオン)だけでなく各人の持つ霊子(プシオン)も織り込んだ魔法式です。

想子(サイオン)のみの魔法式、特に現代魔法は人が認識できる程度までしかエイドスに干渉できません。実際、「何をどのような状態にしているのか」と説明可能ですし。

一方の『能力』は、気質や想いを具現化する霊子(プシオン)も作用してくるので、霊夢の夢想天生など説明不可能なことも「何となく、こんな感じ」と曖昧なまま出来てしまいます。

また達也と深雪のように得意とする魔法が各人で違うのは、それぞれが精神の根本に持つ霊子(プシオン)、つまり気質の違いによるものです。

なので比那名居天子(ひななゐてんし)の持つ緋想の剣は、その魔法師が最も得意とする魔法を正確に当てる探知機にもなれます。

ちなみに、雅季がにとりに改造してもらったCADは幻想郷専用、弾幕専用になるので外の世界には持って行くことはありません。

もし達也がそのCADを見たら驚愕するでしょうけど。並みのエンジニアなら卒倒します。

ついでに雅季と紅華の会話にあったように、幻想郷の結代神社の酒蔵では古酒を熟成しており、中には千年級の物もあったりします。

そして泥棒対策として酒蔵には「離れ」と「分ち」を使った強力な結界が張られています。

魔理沙ならまだしも、お酒となると紫とか萃香とか規格外の連中も泥棒になるので、博麗の秘術ならぬ結代の秘術をふんだんに使って守っています(笑)

次回からは九校戦編に入ります。



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第二章 九校戦編
第18話 選抜


第二章、九校戦編となります。


七月も中旬に差し掛かり、梅雨前線が通り過ぎた後は真夏日が続いている。

 

半世紀以上前までは夏服と呼ばれる半袖の制服があったらしいが、二十年世界群発戦争をもたらす世界的混乱の元凶となった、二○三○年代の急激な寒冷化の名残によって、半袖の制服というものは幻想入りしてしまっている。

 

(そう言えば、香霖堂にもそれらしいのが何着かあったような……)

 

魔法科第一高校の廊下を歩きながら結代雅季(ゆうしろまさき)は、雅季の認識では知人である店主が営んでいる古道具屋をふと思い浮かべる。

 

尤も、あの店は希少品からガラクタまで様々な物が無造作に置いてある状態なので、制服があったかどうかは記憶が曖昧だが。

 

ちなみに店主こと森近霖之助(もりちかりんのすけ)の認識では、結代雅季は一号(魔理沙)二号(霊夢)に続く冷やかしの客三号にして、無縁塚に落ちている道具を奪い合うライバルだったりする。

 

時刻は本日の授業が終わった直後の放課後で、当然ながら太陽は未だ落ちる気配を見せていない。

 

外気温は真夏日であることを指し示しているが、冷暖房が完備されている校舎内は比較的涼しい空間だ。

 

制服も肌を露出しない長袖に更に上着の着用が義務付けられているが、風通しの良い素材のため外に出ても暑苦しいという程ではない。

 

日本の夏らしく気候そのものが蒸し暑いことには変わりは無いが。

 

とりとめのないことを考えているうちに、ふと気がつけば目的地の眼前、四階の廊下の突き当たりまでたどり着いていた。

 

雅季は香霖堂のことをさっさと思考の外へ投げ捨てると(脳内で店主が怒った気がしたが無視)、ドアの横に備え付けられているインターホンを押す。

 

『はい?』

 

「一年A組、結代雅季です」

 

インターホン越しに相手に名を告げると、

 

『お待ちしていました。どうぞ入って来てください』

 

明るい声と同時に、ドアロックが外れる音が雅季の耳に届く。

 

ロックの外れたドアを開き、雅季は「失礼します」と一声かけてから中へ足を踏み入れる。

 

実のところ、雅季はこの部屋に入るのは初めてなのだが、特に緊張した様子などは見受けられない。

 

いつも通り、まるで気の向くまま風に身を任せているような力の抜き具合で、雅季は彼女たちの前に立った。

 

「ようこそ、生徒会室へ。遠慮なく掛けて」

 

会議用の長机に座った状態で歓迎の意を示したのは生徒会長、七草真由美(さえぐさまゆみ)

 

長机には他にも生徒会会計の市原鈴音(いちはらすずね)と、副会長の服部刑部(はっとりぎょうぶ)が座っている。

 

雅季が手前の席に座ると、まず真由美が口を開く。

 

「こんなところまで呼び出してゴメンなさい」

 

「いえいえ、今日は予定が空いていましたので全然問題ないです」

 

来週から忙しくなるのは確定しているけど、と内心で付け足すが口には出さない。

 

尤も、すぐにそういう訳にもいかなくなるが。

 

「それで、どういったご用件でしょう?」

 

雅季の端末に生徒会から連絡が来たのは昼休み。

 

内容は「放課後に生徒会室に来て欲しい」ということで、呼び出しの内容までは書かれていなかった。

 

ちなみに、生徒会から呼び出しを受けた旨を森崎駿(もりさきしゅん)に伝えたところ、

 

「いいか。くれぐれも、くれぐれも! 失礼のないようにしろよ、頼むから! せめて僕のところに被害が来ないようにしてくれ……!!」

 

と、物凄く必死な顔で切願してきた。失礼な親友(!?)である。

 

「もうすぐ九校戦があるのは知っているな?」

 

雅季の問いに答えたのは真由美ではなく、服部の方だ。

 

「結代君には、一年の選手として出場して貰いたいのです」

 

「九校戦は当校の威信を賭けた大会。一年男子の実技トップの結代君には、是非とも出場して貰いたいの」

 

服部の後を鈴音が、そして最後に真由美が雅季にそう告げた。

 

 

 

学生ならば避けては通れない定期試験は既に七月の上旬に行われており、結果が出ている。

 

その中でも成績優秀者の上位二十名は学内ネットに氏名が公表される。

 

普通科高校と違って魔法科高校の試験は、魔法理論の記述試験が五科目、魔法実技試験の四種目によって行われる。

 

理論と実技を合わせた総合点では、一位はやはり司波深雪(しばみゆき)であり、二位に光井(みつい)ほのか、三位に北山雫(きたやましずく)とA組が続いている。

 

四位にB組の十三束(とみつか)という男子がきて、そして五位に雅季、六位に森崎と再びA組が続く。

 

十位以内にA組が五人、しかも上位を独占しており、入学時に成績が均等になるよう振り分けたつもりであった教師陣を大いに悩ませている。

 

そして実技でも一位は深雪、二位に雅季、三位に森崎、僅差で四位に雫、五位にほのかとA組が上位を独占している。

 

ちなみに理論では一位が司波達也(しばたつや)、二位に深雪、三位に吉田幹比古(よしだみきひこ)と、トップスリーに二科生が二人も入るという前代未聞の大番狂わせが起きている。

 

更に言えば雫とほのか、達也の友人である二科生の千葉(ちば)エリカ、柴田美月(しばたみづき)も二十位以内にランクインしている。

 

雅季と森崎は仲良くランク外だ。

 

 

 

試験の結果からもわかるとおり、理論は置いておくとして実技では雅季は二位。

 

しかも深雪には劣るものの、実技四種目の全てで三位の森崎を上回っている。

 

それに雅季は部活に入っていないため、部活の選手と比べると九校戦の選手として選びやすい。

 

生徒会としては選ばない理由など無く、むしろ一年の主力選手として雅季には期待していた、のだが……。

 

雅季は険しい表情で、何かを考え込んでいる。

 

こっちの世界の友人達からしてみれば意外に思えるかもしれないが、雅季は日程調整(スケジュール)にはかなり気を使っている。

 

それは、彼が幻想郷にある結代神社の『今代の結代』だからだ。

 

結婚式を『六曜』の大安の日に挙げるという風習は今なお続いているが、こっちの世界では急を要する事情がない限り、大安が休日になるよう合わせて執り行っている。

 

だが幻想郷には六曜はあっても、『一週間』や『祝日』という概念は無い。一部の魔法使いが『七曜』の属性を使う程度だ。

 

よって幻想郷の祝言は六曜に従って大安の日に行われるが、外の世界では平日であることが多い。

 

そして雅季は結代神社の神主として、その日は一日中幻想郷にいなければならない。

 

なので、まずは幻想郷で祝言の予定は無いか小まめにチェックを入れ、それから外の世界でのスケジュールを組んでいる。

 

「九校戦っていつからでしたっけ?」

 

「本戦は八月三日から十二日まで、そのうち新人戦は六日から十日までの五日間。現地へは八月一日の朝に出発、十三日の夕方に戻ってくる予定です」

 

雅季の質問に鈴音が正確に答える。

 

対して雅季は「一日に出発……」と呟くと、頭の中で月間予定表を広げる。

 

八月一日から十三日まで幻想郷で祝言の予定は無い。

 

ここは後で幻想郷に赴いて荒倉紅華(あらくらくれか)に再度確認を取ろう。

 

一応幻想郷での予定は無いと仮定して、次にこっちの世界での予定だが……。

 

「何か不都合でもあるのか?」

 

考え込んでいた雅季に服部が問い掛け、雅季は顔をあげると、

 

「実は七月三十一日にサマーフェスに出演するんですよ、演出魔法師として。それで来週から本格的に先方と“合わせ”の練習が始まりますので、九校戦の競技の練習をする時間が取れるかどうか……」

 

申し訳なさそうに答えた。

 

 

 

 

 

 

「それでは明日までに八月一日までのスケジュールを送って下さい。結代君がどの程度練習に参加できるのかで選手として選出可能か、選出したとしてどの競技にエントリーさせるか、作戦を練らなくてはならないので」

 

「わかりました。それでは失礼します」

 

雅季は席から立ち上がると、三人に一礼して生徒会室から出て行く。

 

雅季を見送った三人は、当人がいなくなったことで漸く落胆の溜め息を吐いた。

 

「そうだよねぇ、結代君は演出魔法師なんだもんね。この時期は忙しいか」

 

「結代君には『モノリス・コード』と『クラウド・ボール』に出場して貰いたかったのですが、仕方がありません。あまり練習の時間が取れないようであれば『アイス・ピラーズ・ブレイク』でエントリーするようにしましょう」

 

「『棒倒し』なら練習時間は重要ではないから、ですね」

 

「正確には練習時間があまり取れないから、ですが」

 

アイス・ピラーズ・ブレイクの練習には毎年、流体制御練習用の野外プールを使用している。

 

だがその練習を始めるためには、まずプール内に溜まった水から二十四本もの氷柱を作り出し、形式通りに並べるという作業を行ってから漸く練習が可能となる。

 

そして一試合分の練習が終われば、また氷柱を作り直すことから始めなくてはならない。

 

つまり練習を始める前にそれだけの手間が掛かり、準備の方に掛ける時間の割合の方が大きくなってしまうのがアイス・ピラーズ・ブレイクという競技なのだ。

 

「フフ、深雪さんなら氷柱ぐらい、あっという間に用意できそうだけどね」

 

「……否定は、しませんけど」

 

「深雪さんは生徒会役員を兼任した上での新人戦の主力選手です。役員の仕事だけでなく練習の準備も兼ねさせるのは、練習に差し支えが出ますし何より本人の負担が大きすぎます」

 

「冗談だって、はんぞーくん、リンちゃん」

 

真由美の冗談で、生徒会室に立ち込めていた落胆の空気が軽くなる。

 

ちなみに、一年後には鈴音の心配の大半は無意味なものだったと知ることになるのだが、それはさて置いて。

 

「それにしても、結代は当校の生徒としての自覚が足りないのではないのですか?」

 

服部の言葉には控えめに言っても棘があった。

 

気持ちが切り替われば、次に浮かんでくる感情は不満だ。

 

それに服部は元々、達也に対するもの程ではないとはいえ、魔法を軽視している雅季を快くは思っていない。

 

「仕方ないでしょ。結代君にも都合があるんだから」

 

「ですが、来年には彼にも本戦の主力選手になって頂かなければなりません」

 

真由美がフォローするも、服部と同じように鈴音の声色も厳しい。

 

「サマーフェスは毎年七月最終の金曜、土曜、日曜の三日間で行われます。それに参加していては、今回のように九校戦の練習をする時間が限られてしまいます」

 

「それは、そうだけど……」

 

魔法科第一高校は全国で九校ある魔法科高校のリーダーを自認している。

 

そして、九校戦では常勝を己に課している。

 

少なくとも一高で責任ある役職に就く者達、いわゆる幹部はそのつもりだ。

 

故に、今回の件に不満を持つのはある意味当然だった。

 

雅季個人が魔法を軽視するのは、服部は納得していないが、まだ許せる。

 

だが魔法科第一高校の代表に選ばれるという事は、一高の全生徒六百名の期待を背負うということ。

 

それだけの魔法力を持つ者は、それだけの責務がある。

 

彼等はそう信じていた。

 

 

 

 

 

 

横浜、某所――。

 

カーテンが閉め切られた薄暗い部屋の中、幾人かの男たちが円卓を囲むように座っている。

 

「……第一高校には絶対に負けて貰わねばならん」

 

「然り。第一高校の優勝は、我らの処刑実行書に署名するのと同義だ」

 

「……ただ処刑されるだけならマシだが」

 

「組織の制裁、か……」

 

「それだけじゃない。今回のパーティーには、“あの”ラグナレックも顧客として出資している。それも顧客の中でも最大の出資額で、だ」

 

「もし第一高校が優勝すれば、組織はラグナレックに莫大な賭け金を支払わなければならなくなる。そんな事になれば……」

 

彼らの顔色が強ばる。

 

だが、賽は投げられたのだ。

 

彼らの退路はもう無い。残された道はただ二つのみ。

 

巨額の富と組織内での栄光か、死よりも恐ろしい末路か。

 

「どんな手を使ってでもいい、死者が出ても構わん。

 

―― 第一高校を、潰せ」

 

かくして彼らは動き出す。

 

 

 

 

 

 

生徒会からの呼び出しがあった日の翌日、朝一に学校の端末で鈴音に日程表を送信した雅季は、放課後になる前に鈴音からの返信を受け取った。

 

内容の要点をまとめると次の通り。

 

九校戦での雅季の選出の内定。

 

担当する競技は新人戦でのアイス・ピラーズ・ブレイクの一種目を予定。

 

「『アイス・ピラーズ・ブレイク』ねぇ」

 

端末でアイス・ピラーズ・ブレイクの概要とルールを確認した雅季は独り言ちると、

 

(そうだな、“あいつ”に練習を手伝ってもらうか)

 

悪戯を思い付いた悪童のように、ニヤリと笑った。

 

 

 



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第19話 エンジニア

予想以上に演出魔法の反応が多くてビックリしています。
今回はコメディ色、キャラ崩壊が含まれております。
ちなみに「あいつ」が出てくるのは次話になる予定です。



午前中の授業前後の休み時間。

 

九校戦の選手に内定した雅季は、同じく選手として抜擢された一年A組の面々と雑談に興じていた。

 

「それでは、結代君はピラーズ・ブレイクの単体種目ですか?」

 

「今のところはね。司波さんは?」

 

「私はピラーズ・ブレイクとミラージ・バットになります。ピラーズ・ブレイクには雫も出場するみたいですよ」

 

「まだ正式には決まっていないけど、私はピラーズ・ブレイクとスピード・シューティングの二種目になる予定」

 

「へぇ、北山さんも二種目か。そういや駿もスピード・シューティングだったよな?」

 

「男女別だけどな。僕はスピード・シューティングとモノリス・コードでほぼ決まりらしい」

 

「スピード・シューティングは森崎君の得意分野ですもんね。優勝も狙えそうです」

 

「ほのか、油断は出来ない」

 

「北山の言う通り、三高には『カーディナル・ジョージ』がいるらしいから、優勝争いは三高と、になりそうだ」

 

「誰それ?」

 

「『カーディナル・ジョージ』こと吉祥寺真紅郎(きちじょうじしんくろう)。基本コードの一つを見つけた英才、と言ってもわかるか?」

 

「全然」

 

「だろうな。『クリムゾン・プリンス』も知らないだろ?」

 

「知らない。あ、もしかして『スカーレット・デビル』の親戚か何か?」

 

「むしろそっちが誰だよ!?」

 

司波深雪の席に集まって雑談しているのは結代雅季、森崎駿、光井ほのか、北山雫と深雪を入れた五人だ。

 

四月の頃と比べて森崎は深雪、ほのか、雫の三人とこうやって談笑できる程度には親しくなっている。

 

まあ、主に雅季に振り回されている姿が哀れみと同時に親しみを持たれた結果だと知れば、森崎がどう思うか不明だが。

 

ちなみに総合成績で上位を占め、実技に至っては五位以上を独占している五人である。

 

その馴染みのある顔触れが揃って九校戦の選手として選ばれており、この五人は他のクラスメイトから密かにA組の中枢メンバーと呼ばれている。

 

「モノリス・コードには間違いなくカーディナル・ジョージとプリンスも出場するだろうな」

 

「厳しい戦いになりそうですね。結代君も出場できれば良かったのですが……」

 

「いや司波さん、雅季がモノリス・コードに出るとトンデモないことになります。むしろ出なくて安心です」

 

相変わらず何故か深雪にだけは敬語を使う森崎が、強い口調で深雪に言う。

 

深雪、ほのか、雫の三人が怪訝そうに森崎を見る中、森崎はピッと雅季を指差して、

 

「コイツの得意技はCADをぶん投げることですから」

 

キッパリと断言した。

 

「得意技って程でも無いさ。せいぜい中ワザぐらいかな」

 

「だからそもそも投げるな!!」

 

否定するどころか平然と認める雅季に森崎がもはや恒例となったツッコミを入れる中、「ほ、本当に投げるのですね……」と深雪は小声で呟き、引き攣った笑みを浮かべる。

 

「そ、それにしても、新人戦の選手も大分決まってきたね?」

 

ほのかの唐突な話題変換は混沌(カオス)になりつつあった場を修正する為のものであり、

 

「でも、エンジニアの方は難航しているって話」

 

その意図を察した雫が真っ先に乗ってきた。

 

この辺は付き合いの長い二人ならでは……というわけでもなく、常識的な感性の持ち主なら誰でもわかる類のものだった。

 

「七草先輩もその点を懸念していましたし、どうやらエンジニア不足は思った以上に深刻のようですね」

 

「僕もCADは点検程度しか出来ないから、本格的な調整となると専門家がいないと厳しいな。せいぜい自動調整(オートアジャスタ)の操作ぐらいか」

 

自らに直接関係することであるために、エンジニア不足という現実に四人は表情を曇らせる。

 

CADの調整が合っていなかったが故に自分の実力を出し切れずに負けたとなれば、その悔しさは全力を出して負けた時とは比較にならないだろう。

 

そこへ、

 

「そういや、達也も法機の調整ってできるの? 前に魔工技師志望って聞いたことあるけど」

 

エンジニアと聞いてふとその事を思い出した雅季が何気なく尋ね、四人の視線が雅季に集まる。

 

ちなみに雅季と達也は互いに名前で呼ぶぐらいには親しくなっている。

 

「出来ますよ。お兄様はCADの調整()大の得意としておりますので」

 

「そう言えば、風紀委員会の備品のCADも司波が調整していたな」

 

深雪の答えを聞いて、森崎も日常風景と化していた光景を思い出す。

 

風紀委員会の巡回、に加えて書類とか調整とか片付けとかとにかく雑務全般を、委員長の渡辺摩利(わたなべまり)に頼まれて、というか命じられて一人でこなしている司波達也の姿を。

 

……同じ新人なのに巡回と自分の実務以外は特に何かやった覚えはない森崎の中に、何とも言えない罪悪感が湧き上がる。

 

まあ、取り締まりも事務処理も達也は要領よく完璧にこなしてしまうが故に、摩利もつい達也に頼んでしまうのだが。

 

(すまない司波、僕は非常識(雅季)の相手で手一杯なんだ……)

 

心の中で謝りながら、さり気なく雅季を言い訳に使う森崎。

 

でも手伝うとは心の中でも言わない。誰だって面倒はゴメンなのだ。

 

流石に『心を読む程度の能力』は持ち合わせていない雅季はそんな森崎の心中を知る由もなく、深雪に話しかける。

 

「司波さん、実際に達也のエンジニアとしての実力って凄い方?」

 

「勿論です! エンジニアとしてお兄様に敵う者などいません!」

 

短くハッキリと、無類の信頼と自信をもって頷く深雪。

 

尤も、この時はほのかも雫も、深雪にはいつものフィルター(例のアレ)が掛かっているからだと思っていたが。

 

「じゃあ達也にもエンジニアで出て貰えばいいんじゃない?」

 

盲点だったのか、雅季の提案に深雪、ほのか、雫、そしてこれまでの人生を思い返すことで罪悪感から解放された森崎の四人はパチパチと瞬きを繰り返した。

 

 

 

 

 

 

(どうしてこうなった……?)

 

剣呑と言っても差し支えないピリピリとした緊張感が漂う九校戦準備会合。

 

その空気を醸し出しているのは、九校戦の選手に抜擢された、一部の例外を除いた選手たち。

 

九校戦は学校にとっても生徒にとっても重要なステータスとなる大会。緊張感があるのは当然……なのだが、今回の緊張感は些か趣が異なっている。

 

その原因となっている要因、選抜内定者が座るオブサーバー席にいる司波達也は憂鬱そうに内心で呟き、そっと溜め息を吐いた。

 

 

 

事の発端は昼休み。

 

何故かそわそわしている深雪と共に生徒会室へ足を踏み入れると、

 

「やあ、達也くん」

 

「待っていたわ、達也くん」

 

獲物を狙う狩人が二名、部屋の中にいた。

 

「あれが罠に嵌った瞬間の獲物の心境だったのだろう」と達也は後に語る。

 

そして深雪の裏切り(?)もあり、あれよあれよという間に達也は九校戦のエンジニア候補として推薦される立場に立たされた。

 

それが決まった時、達也は既視感(デジャブ)を感じたが即座に思い至る。

 

ああそうか、風紀委員に選ばれた時と同じか、と……。

 

ちなみに、達也がエンジニアに推薦された経緯はあの後に深雪から聞いている。

 

午前中の雑談で九校戦のエンジニア不足に話が及んだ時、まず雅季が「じゃあ達也は?」と言い出し、深雪とほのかが真っ先に賛成、雫と森崎も概ね賛同した。

 

そして、

 

「でも一年のエンジニアは過去に例が無い」

 

「それを言うなら二科生の風紀委員も、だろ」

 

「達也さんですからね。もしかしたら、も有り得るかも」

 

「お兄様が協力なさって下されば百人力です」

 

「じゃあ、とりあえず先輩に提案してみるか」

 

という流れで、後は雅季のその場で学校の端末から七草真由美の学校端末のアドレスを調べてメールを送るという無駄に高い行動力が事を決した。

 

深雪がそわそわしていたのはそのせいだ。

 

何せ返信には『貴重な情報をありがとうね!!』とビックリマークが二つ付いていたというのだから、昼休みの事態は予想できていたのだろう。

 

 

 

過半数の人数が紛れ込んだ異物を見る眼で達也を見ている中、それでも意外なことに上級生の間では好意的な眼で見ている者も少なくはない。

 

反対に敵意すら感じさせる程の視線を送ってくるのは一年、特に男子の選手たちだ。女子はそこまで嫌悪はしていなさそうだが、達也の参加には消極的のように見える。

 

一年の選手たちが座っている中に雅季と森崎、ほのかと雫の姿もある。一年の中で賛成なのはこの四人と深雪だけだろう。ちなみに深雪は生徒会室で留守番をしている。

 

「要するに」

 

達也の参加を巡る上級生たちの論争ですらない不毛な言い争いに終止符を打ったのは部活連会頭、十文字克人(じゅうもんじかつと)だ。

 

「司波の技能がどの程度のものか分からない点が問題になっていると理解したが、もしそうであるならば実際に確かめてみるのが一番だろう」

 

「もっともな意見だが、具体的にはどうする?」

 

「今から実際に調整をやらせてみればいい。何なら俺が実験台になるが」

 

摩利の問いに克人は答える。

 

技量が未熟な者が調整したCADを使用することはかなりのリスクを負う。

 

その技量が不明瞭な達也が調整したCADを使用することに躊躇するのは、魔法師ならば当然と言える警戒だ。

 

「はい、立候補します」

 

故に、いきなり手を挙げて席を立つと同時に立候補を宣言した一年生徒に、克人を含む全員の視線が集中した。

 

尤も、立候補した雅季の隣に座っている森崎だけは「今度は何をやらかすつもりだ」と頭を抱えていたが。

 

「お、おい結代!? 止めとけって!」

 

後方にいる一年の男子選手が小声で雅季に声をかける。

 

とはいえ、場が静まり返った瞬間に声をかけてしまった為、彼の“善意”は全員の耳に届いてしまっていたが。

 

「ん、何で?」

 

「な、何でって……」

 

流石にこの場で二科生(ウィード)だからとは言えず口ごもる。

 

「えっと、結代くん。理由を聞いてもいい?」

 

代わりに尋ねたのは真由美だ。

 

本来なら立候補の理由など聞くのは野暮なのだろう。

 

だが雅季たちからメールを貰ったのが切っ掛けとはいえ自分が達也を推薦した手前、自ら実験台に志願するつもりだった真由美からすれば、雅季も同じ気持ちで立候補したのかもしれないと思わずにはいられなかった。

 

もしそうならその役目は自分が、と思っていた真由美に、雅季は、

 

「いえ、以前に教育用CADをケチョンケチョンに貶していた司波さんが大絶賛しているので、どんなもんかなー、と」

 

あっけらかんと純粋な興味本位であることを告げた。

 

問いかけた真由美をはじめ誰もが目を点にする中、雅季の隣、森崎とは反対側の席に座っているほのかと雫が少しだけ吹き出す。

 

二人はあの場、以前の昼休みの実習室に居合わせていたので、その時のことを思い出したのだろう。

 

見れば達也も少しだけ笑っている。

 

そして、

 

「そいつは面白そうだな」

 

二年の選手の席に座っている彼、桐原武明(きりはらたけあき)もまた笑っていた。

 

「その役目、俺にやらせて下さい。悪いな結代、先輩特権だ」

 

桐原は席から立ち上がると、前半は克人に、後半は雅季に向かって言った。

 

四月の顛末を中途半端に知る者たちが心底意外といった目で桐原を見る中、

 

「いいだろう。桐原に任せる」

 

克人の一声で実験台は桐原に決まり、雅季は残念そうに席に座る。

 

ほのかと雫が雅季に小声で何かを話しかけている中、その光景を見つめる達也の心中には会議当初の頃にあった憂鬱感は既に無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

そして、実際に達也が完全マニュアル調整という独自の方法で調整を行ったCADを、桐原は何の問題なく自前のCADと“全く同じように”作動させた。

 

元々のスペックが違うにも関わらず、である。

 

「私は司波くんのチーム入りを強く支持します!」

 

この場にいる誰よりも達也の行った調整の凄さを理解しているあずさが、再び消極的な反対を見せる面々を抑えて支持を表明した。

 

とはいえ、デバイス以外については元々弁が立つ人柄ではなく、気弱な性格も相まってあずさの言論は次第に力を失っていく。

 

このまま押されてしまうかと思われたその時、あずさに救いの手を差し伸べる者がいた。

 

「中条先輩」

 

普段の口調とは違った優しい声で、雅季があずさに話しかけた。

 

「達也の技量はそんなに高かったですか?」

 

「そ、それは勿論です!」

 

「それって、少し悪い喩えですけど中条先輩よりも、ですか?」

 

「はい! 少なくとも調整技能は私よりも司波くんの方が間違いなく上です」

 

「でも、さっき先輩方が言ったように達也が効率を上げずに安全マージンを大きく取ったのって、どうして何ですか?」

 

「元々、桐原くんのデバイスと競技用デバイスとではハードウェアのスペックが全く違います。本来、機種変更などでCADを変更する際、必ずソフトウェアの微調整を含めた再調整が必要になります。特に今回のように高性能なハードウェアに合ったソフトウェアをスペックの落ちたデバイスにそのままコピーしても、同じ性能は得られないどころか最悪の場合、誤作動だって引き起こしかねません」

 

あずさの説明に、ただコピーするだけと単純に考えていた真由美や反対論を唱えた者たちが驚きに目を見開く。

 

「だから達也は安全マージンを大きく取ったと?」

 

雅季の問いにあずさは頷く。

 

「その通りです。司波くんはかなりの安全マージンを残してリスクを抑えた上で、更に桐原くんにスペック差を全く感じさせませんでした。少なくとも私が調整をやっても桐原くんは違和感を覚えたと思います」

 

服部刑部と二年首席を争う中条あずさがどうしてあれほど強く支持を表明したのか、その理由を誰もがようやく理解してざわめきが生まれた。

 

その中で真由美や摩利、克人といった面々は、実際に調整を行った達也、その調整を理解したあずさの他に、もう一人の評価を上方修正していた。

 

(あれではどちらが先輩かわからないな)

 

そう思う摩利の視線の先には雅季がいる。

 

気弱なあずさに、周囲の注目が集まったあの場で、あそこまで話を引き出させるとは。

 

それに何より――。

 

「なあ真由美、あずさと結代は話したことあるのか?」

 

「私の知る限り無いわね」

 

そう、実は雅季とあずさは一回も会話を交わした事は無い。むしろ初対面に等しい間柄だ。

 

「何ていうか、結代くんって物怖じせず話しかけてくる割に、相手との距離感の取り方が上手いのよね」

 

「そうだな。あれを見る限り、子供の話し相手とか得意そうだ」

 

「プッ――。摩利、それだとあーちゃんに失礼じゃない」

 

摩利の物言いに、真由美は小さく笑いを零す。

 

場の空気も、達也のチーム入りに流れている。

 

後は話をまとめるだけ――だったのだが。

 

彼女たちは失念していた。

 

彼は、結代雅季は、森崎駿から非常識の塊とまで謳われる存在であるということを。

 

そして、雅季は事前に深雪などから聞いていた。

 

中条あずさはデバイスマニアであることを。

 

「じゃあ達也の実力をデバイスで喩えるなら?」

 

「シルバー・ホーンです!」

 

雅季のよくわからない質問に即答するあずさ。

 

周囲から「は?」という声が漏れ、目が点になる。

 

元々、中条あずさはデバイス以外についてはあまり弁の立つ人間ではない。

 

そう、デバイス以外ならば――。

 

「オートアジャスタに全く頼らない完全マニュアル操作でハードウェアの全容量を一切の無駄なくフル活用する、まさに最小の魔法力で最大効率を可能にするシルバー・ホーン! いえ、完全マニュアル操作ならどんな調整も自由自在、それはつまり夢の汎用型シルバー・ホーンです!! 司波くんがそんな夢のデバイスなら私なんてそこらに転がっている埃を被った旧型の教育用CADにも劣ります! 否、同じ舞台に立とうと思っていることすらおこがましいです、むしろ小石で十分です!!」

 

自分を乏しめているにも関わらず胸を張って自信満々に答えるあずさ。

 

会議室のざわめきはとうに収まり、あずさと雅季を除いた誰も(克人含む)がポカンとしている。

 

「そこまで凄いんですか?」

 

「凄いなんてものじゃありません! クレイジーです!!」

 

どうやら雅季はあずさの中にあるデバイス魂まで引き出したようだ。

 

無論、故意だろう。

 

「あの、あーちゃん?」

 

「いえ私は小石です!!」

 

「……いや、あーちゃん、ちょっと落ち着いて」

 

暴走するあずさに、責任感で頑張る生徒会長。

 

「と、中条先輩は仰っておりますが?」

 

「へ? あ、うん、そ、そうだな……司波くんも参加でいいんじゃない、かな……?」

 

雅季から突然話を振られて、唖然としたまま賛成に回る反対派の先輩。

 

「……森崎、結代はいつもああなのか?」

 

「……大体はそうです」

 

呆れた声で問いかけてくる摩利に、何故か疲れた声で答える森崎。

 

克人は腕を組んで黙したまま、生徒会長に任せると言わんばかりに事の成り行きを見守っている。

 

そして、

 

「……で、俺たちはどうすればいいんだ、コレ?」

 

「自分に聞かれましても……」

 

桐原と達也はカオスと化した状況にどうしていいのかわからず、途方に暮れていた。

 

 

 




あーちゃんを暴走させてみたかった、以上(笑)
原作では会議には上級生しか出席していないみたいでしたが、本作では一年の選手内定者も出席しています。
中条あずさの悲劇の原因はそれです(笑)


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第20話 おてんば恋娘のちキュウコウセン

東方、魔法科の両方の情報収集に手間取りました。

作者はゲームが下手なので心綺楼のクリアが大変でした。

輝針城では霧の湖にも新キャラが出ましたね。

新キャラの設定が判明したら本文も若干修正しようかな、と考え中。

できれば阿求の「幻想郷縁起」と、文の「文々。新聞」が発行された後で。

それとチルノ、新作も出演おめでとう。



妖怪の山の麓には、霧の湖と呼ばれる湖がある。

 

然程大きくもない湖だが、昼間になると霧が発生しやすいことからその名が付いた湖で、妖怪の山に流れる川にも繋がっており時たま河童が流れ着くこともある。

 

まさに河童の川流れ、それも一つの風流だろう。見ていると和む。

 

その湖に、空を飛んでやって来たのは結代神社の神主、結代雅季である。

 

 

 

外の世界でもつい最近、トーラス・シルバーなる者が現代魔法による飛行魔法を完成させ世界を震撼させたが、この幻想郷では空を飛ぶことなど珍しくも何ともない。

 

霊子(プシオン)、即ち幻想を抱く者ならば空など簡単な魔法で、簡単に飛ぶことができるのだから。

 

雅季の知人友人を挙げてみても、博麗霊夢(はくれいれいむ)に至っては生まれついて飛べるし、霧雨魔理沙(きりさめまりさ)だって箒に跨って弾幕と幻想郷の空を自由自在に駆け巡っている。

 

十六夜咲夜(いざよいさくや)や、外の世界の住人であった東風谷早苗(こちやさなえ)も然り。

 

そして当の雅季本人も『離れと分ちを操る程度の能力』がなくても普通に飛べる。

 

雅季としては高校で空を飛ぶつもりなど無いが、仮に飛んだとしても大きな問題にまでは発展しないと思っている。

 

その理由は、以前に東風谷早苗の実例があったからだ。

 

実は早苗がまだ外の世界にいた頃、信仰の減少が著しい二柱を助けようと、信仰集めの一環で「空を飛ぶ奇跡」を起こして見せたことがあった。

 

結果は、ただの古式魔法と解釈され切って捨てられている。

 

しかもその挙句が、集まったのが信仰では無く結代家からして見れば「つまらない縁談」ばかりなのだから始末が悪い。

 

雅季の場合も早苗と同様、周囲の評価とか視線が煩わしくなるだけで終わりだろう。今後は飛行魔法の影響で、それも無くなるかもしれない。

 

余談だが、守矢神社が結代家の伝手を使って幻想郷に引越ししてきた一番の理由は信仰の減少だが、二番目はたぶんその縁談だろう。あそこの神様たちは何だかんだで早苗に対して過保護だし。

 

自家の魔法力強化という目的が明け透けの縁談が幾つも舞い込んできたとき、守矢神社では「変態が」とか「ロリコンどもめ」とか「暴風雨」とか「祟る」とか「天変地異」とか「天罰」とか、非常に物騒な単語が飛び交っていたらしい。

 

閑話休題。

 

「空を飛ぶ」という幻想(おもい)は誰しもが持っているもの。

 

そこに「人は空を飛べない」という常識で人と空を切り離したのは、その常識を作った人々そのものだ。

 

おかげでトーラス・シルバーが発表した飛行魔法の原理は、極めて短い時間で起動式を連続更新することで魔法を連続発動させ続けるという、術者にとって“大変”な魔法になっている。

 

あれでは並みの魔法師なら数時間も持たずに想子(サイオン)が枯渇することだろう。

 

尤も、

 

「常識という理論に収まるような数式を以て、工夫し、知恵を巡らせ、そして実際に飛行魔法を実現させたことについては評価致しましょう。ふふ、努力賞ですわ」

 

と、妖怪の賢者はそれなりの評価を下していたが。

 

 

 

湖上へとたどり着いた雅季は、そこで一旦止まると周囲を見回す。

 

今日も今日とて夏の空。湖の冷たい風が心地よい。

 

霧の湖の名に相応しく今日も薄らと霧が湖上を覆っており、畔に建っている紅魔館や廃洋館も、霞の向こうに建物の朧気な白い影が見えるのみ。

 

湖の周囲には夏場の涼しさを求めてやって来た妖怪や妖精たちの姿も見える。

 

たとえば、あの岸際でフワフワと飛んでいる黒い塊は『宵闇の妖怪』ことルーミアだろう。

 

つい今しがた木にぶつかっていたし、現在進行形で他の妖怪たちが避暑地扱いで闇の中に入ろうとしているし。

 

一瞬、雅季もこの真夏の日差しから逃れるためあの中へ飛び込みたいという衝動に駆られたが、首を振って欲求を振り払う。

 

何せ完全フリーな休日は今日しか無いのだ。

 

今後は九校戦が終わるまで用事の無い日は無い。

 

つまり、アイス・ピラーズ・ブレイクの本格的な練習が出来る機会は今日のみ、という訳だ。

 

ちなみに今回は流されてきた河童はいないようだ、至極残念。

 

雅季は目を閉じると、早速目当ての人物の『縁』を探し始める。

 

結代家の一族は、一度顔を合わせるなり話をするなりして縁を結んだ相手なら『縁を結ぶ程度の能力』によって相手が近くにいればその縁を感じ取ることができる。

 

流石に『縁結びの神威』たる天御社玉姫(あまのみやたまひめ)のように()()()()の縁を感じ取ることなど出来ないが、「結び離れ分つ結う代」たる雅季なら、この湖ぐらいの広さであれば範囲内だ。

 

「……いたいた」

 

案の定、彼女はこの湖にいた。

 

もし運悪くここにいなかったのなら、博麗神社や魔法の森など“かくれんぼ”の名所を探し回らなければならなかったので一先ず安堵する。

 

「あっちか」

 

縁のある方へ雅季は再び飛んでいく。

 

元々視界が悪いだけでそこまで大きくない湖だ。飛んでいってすぐに雅季は相手を見つけた。

 

湖の岸部で、真夏の水辺を凍らせて遊んでいる湖上の蒼い妖精。

 

彼女からダダ漏れしている冷気が周囲の気温を低下させ、この辺りだけ更にヒンヤリとしている。むしろ長居すると逆に寒くなりそうだ。

 

真夏にも凍えさせる、冷気という自然の化身。

 

夏虫(かちゅう)氷を知る、かな。チルノ」

 

雅季に声を掛けられて相手、『氷の妖精』チルノは雅季の方へと振り返った。

 

「あー!」

 

チルノは雅季を指差して、

 

 

 

「色っぽい神主!!」

 

「えぇー!?」

 

流石にそれは予想外だった。

 

 

 

「色っぽいって何だよ?」

 

「だって色っぽかったじゃん! 赤とか青とか白とか」

 

「俺は極東にいる普通の黄色人種だけど?」

 

「黄色以外にも色々と色っぽかった。ま、あたいの氷で凍らせてやったけどね!」

 

自慢気なチルノに、雅季はふと閃いた。

 

そういえば前にここでチルノと会った時、雅季は光の演出魔法の練習をしていた。

 

確かに、あの時は色鮮やかだった。

 

(ああ、色っぽいって、そういう意味か……)

 

色んな色を出していたから「色っぽかった」と。

 

(うん、全く以て意味が違うな)

 

とはいえチルノに教えても無駄だと思うので雅季は話を進めることにした。

 

「チルノ、ちょっとした“遊び”で勝負しないか?」

 

「勝負! 最強無敵妖精のあたいに勝負を挑むなんて、“せんせんふこく”ね! あんたの弾幕、全部凍らせてやるんだから!」

 

「言っておくけど弾幕勝負じゃないぞ」

 

「あれ? そうなの?」

 

「なに、至極簡単」

 

雅季はチルノに視線を向けたまま、CADも起動式も使わずただ思うだけで、『離れと分ちを操る程度の能力』によって事象改変を行う。

 

湖上を飛んでいる雅季の真下にある湖の水を、『分ち』によって縦と横が一メートルずつ、高さ二メートルの長方形に分ける。

 

そして『離れ』によって、湖から水の長方形を分離させた。

 

粗の無い綺麗な四角形の水塊が、湖から刃物で切り分けたかのようにすっと浮かび上がり、雅季とチルノの間で停止した。

 

「これ、中身まで全部凍らせることって出来る?」

 

「ふふん、あたいを舐めてもらったら困るよ!」

 

「氷だから味がしないもんな」

 

「行くよー!」

 

雅季の軽口はチルノの気合にかき消されたのでチルノの耳には届かなかった。

 

そしてチルノは両手を水塊へ向けると、

 

「それ!」

 

『冷気を操る程度の能力』が、音を立てながら瞬く間に水の塊を凍らせていき、

 

「どうだ!!」

 

「おお!」

 

あっという間に見事な『氷柱』(アイス・ピラー)を作り上げた。

 

詳しく見るなら、水から氷への状態変化による体積の増大(他の液体と違い、水の場合は液温4℃が最も体積が小さい)を考慮していなかったので綺麗な長方形が僅かに歪んでしまっているが、まあ気にする程でもない。

 

「なら――」

 

雅季は氷柱を岸の地面に着地させると、再び『能力』を使って水の塊を浮き上がらせる。

 

その数、五つ。

 

「俺が分ち離す水の塊、全てを凍らせることが出来るかな?」

 

「そんなの、へっちゃらさ!」

 

「なら勝負だ。ああ、ちなみに作った氷は壊していくから。場所取るし」

 

蛇足だが、雅季からすればそっちが本命である。

 

うまくチルノを乗せることに成功した雅季は、口元を釣り上げると、

 

「さて、結代が離れ分つ水の塊、どこまで元素を結び続けることができるかな」

 

水の塊をチルノへと飛ばした。

 

 

 

 

 

 

雅季が()()()で繰り出す水の塊を、チルノが次々に凍らせていく。

 

チルノが凍らせて出来た氷柱を地面に置きながら、雅季は競技用のスペックと同等の携帯端末形態の汎用型CADを操作する。

 

――現符『四系八種の理』。

 

心の中でスペル宣言をして、雅季は魔法を行使する。

 

氷柱の真下の地面をピンポイントで振動させて氷を砕く。

 

太陽光を屈折させ光を集束させて氷を穿つ。

 

分子を振動させて氷を加熱し溶かす。

 

加速・移動魔法で氷柱同士をぶつける。

 

多種多様な現代魔法が氷柱を壊していく。

 

そこに得意不得意の差など有りはしない。

 

結代雅季の魔法演算領域、魔法力は、十師族を軽く凌駕する。

 

十師族はおよそ半世紀近くの歳月をかけて魔法力を強化してきた。

 

ならば、彼ら彼女らが結代家に届く道理は無い。

 

――原より出ていて、神代より紡ぐ結う代。

 

そもそも魔法とは、まだ地上に人間がいなかった時代、神々が物理法則を定める前に世界に満ちていた無秩序な力をコピーしたものに過ぎない。

 

結代家の原点というべき者は、既にその時代からいたのだから。

 

氷柱を次々に壊しながら、雅季はどの程度ならば外の世界の常識の範囲内なのかを考慮して、威力を調整し、本番で使用する魔法を選んでいく。

 

如何にして巧く、そして楽しく、相手の氷柱を壊すか。

 

横方向の加重魔法で氷柱をへし折った雅季は、自然と笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「ま、こんなもんかな」

 

壊した氷柱が百を超えたあたりで、雅季は『能力』と魔法を止める。

 

空を飛びながら、百を超える水の塊を『能力』で切り取り、そして魔法で壊していった直後だというのに、その顔色に疲労の色は全く見られない。

 

「サンキューな、チルノ」

 

「よくわかんないけど、どういたしまして!」

 

「というか、本当に全部凍らせるとは……おまえ本当にチルノか?」

 

「あたいはあたいだよ!」

 

「あ、間違えた。おまえ本当に妖精か、だ」

 

「当然! あたいは最強だからね!」

 

元気に答えるチルノにも疲れた様子は無い。

 

考えてみれば湖を一日中凍らせて遊んでいるぐらいだから、これぐらいはたいしたことではないのだろう。

 

たしかに妖精の中ではチルノは最強かもしれない。

 

「ふふん、色っぽい神主にも勝ったことだし! ……あれ、何しようとしてたんだっけ? ねえ、あたい何しようとしてたか判る?」

 

バカだけど。

 

「夏の虫に氷を教えてた」

 

「そうだ! 虫を凍らせていたんだ!」

 

いや違うでしょ、と雅季は思ったが、やっぱり口には出さない。

 

「虫といえば森ね! 早速しゅっぱーつ!」

 

「虫刺されに気をつけろよー」

 

湖から森へと飛び出していったチルノを、手を振って見送った雅季は、

 

「んで、そこの珍しい組み合わせのお二人さん。何か用?」

 

チルノが飛んでいった空から、岸際の木々に視線を移して尋ねた。

 

「用も何も、紅魔館(ウチ)の近くであなたとあの妖精が暴れていたみたいだから様子を見に来たのよ。そこの天狗は後から勝手にやって来たわ」

 

「あやや、私はまた雅季さんが記事のネタを作っていたようなので取材しに来ただけです」

 

木陰から姿を現したのは紅魔館の『完璧で瀟洒なメイド』十六夜咲夜と、毎度お馴染みの射命丸文(しゃめいまるあや)だ。

 

「暴れていたとは失礼な、ただの練習だよ。あとまたお前か、文さん。さっきから写真を撮りまくっていたのには気付いていたけどさ」

 

雅季は二人の前に降り立った。

 

「妖精を使って氷を作って壊す練習?」

 

「何故か私の扱いが酷いのは気のせいでしょうか?」

 

「気のせいだね」

 

「気のせいでしょ」

 

雅季だけでなく咲夜も同意する。

 

「何か納得できないような……」

 

「何、また紅華にお願いして鯖の幻覚弾幕を見てみたい?」

 

「あややや、それは勘弁願います」

 

紅華の幻覚は、その効果こそ『狂気の月の兎』こと鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバと同じだが、過程が異なっている。

 

鈴仙は波長を操ることで幻覚を含めた様々な現象を引き起こすが、紅華は相手に「それがある」と強く思い込ませることで幻覚を作り出す。

 

正確には、相手の精神上に投影して、相手自身に幻を作り出させるのだ。

 

波長を介するか、精神面に投影するか、これが鈴仙と紅華の能力の違いだろう。

 

ちなみに紅華の幻覚は化け狸、二ッ岩(ふたついわ)マミゾウが「半妖にしては見事じゃな」と太鼓判を押すほど精緻だ。

 

その紅華が「ごめんね、文」と言いながらイイ笑顔で見せた幻の鯖は、見た目も匂いも真に迫っていた。あとピチピチと撥ねていた活きの良さも。

 

ちなみに紅華は半分天狗だが半分は人間なので、鯖も普通に頂ける。

 

「それで、妖精を使って氷を作って壊す練習なんてしてどうするつもり?」

 

「何の練習だソレ。九校戦の練習だよ」

 

「はて、きゅうこうせん、ですか?」

 

「九校戦は九校戦だね。今年は『クリムゾン・プリンス』も出るらしいぞ」

 

「誰かしら?」

 

「実は知らん」

 

「また吸血鬼ですかね?」

 

「帰ったらお嬢様に聞いてみようかしら」

 

雅季の言った『クリムゾン・プリンス』なる者について首を傾げる二人。

 

まあ、すぐそこに『スカーレット・デビル』の屋敷があるので、どうしても名前から連想してしまうのは吸血鬼になってしまうが。咲夜に至ってはその従者にしてメイド長だし。

 

「まあ吸血鬼のことは置いといて、その“きゅうこうせん”について取材させて下さい! いまネタが無いんです!」

 

「といっても、もう練習終わったし」

 

「まだ氷が残っているけど?」

 

咲夜が指差した先には、氷の溶けた水と砕けた氷が散乱する中に、未だ七本の氷柱が残っている。

 

「ああ、あれね。ただの練習の余り品」

 

雅季は氷柱に視線を向ける。

 

瞬間、残っていた七本の氷柱が一斉にバラバラに分割されて砕け散った。

 

「あとは本番で頑張るさ」

 

 

 

結局、咲夜は何事も無いと判断して紅魔館に帰り、雅季はしつこく取材を求める文をあしらい続け最後まで取材には応じなかった。単に面倒だったので。

 

その結果が、後日――。

 

 

 

 

 

 

『片腕有角の仙人』茨木華扇(いばらきかせん)、通称「華仙(かせん)」は時折博麗神社を訪れる。

 

今日はその時折の日であり、階段を登って博麗神社を訪れた華仙の目に、賽銭箱の前に座って新聞を読んでいる博麗霊夢と霧雨魔理沙の姿が目に入った。

 

「ああ、華仙か。ちょうどいいところに来たな」

 

華仙に気付いた魔理沙が声を掛ける。「ちょうどいい?」と疑問に思いながら華仙は二人の前に歩み寄った。

 

「二人して何の新聞を読んでいるのですか?」

 

華仙の質問に、霊夢は新聞から顔を上げて、

 

「あんた、躬行仙(きゅうこうせん)って知ってる?」

 

そんな問いを返してきた。

 

「はい?」

 

疑問符を頭に浮かべる華仙に、霊夢は新聞を手渡し、華仙は新聞に目を通す。

 

『今代の結代! 神主から躬行仙に!?』

 

最初に目に飛び込んできたのは、そんな意味不明な見出しと、氷を壊している今代の結代の写真だった。

 

 

 

『霧の湖で氷の妖精を利用して氷を作り出し、それを壊すという奇妙な行為を繰り返していたのは、今代の結代である結代雅季さんだ』

 

『本人に取材をしたところ、躬行仙(きゅうこうせん)になる為の練習だという』

 

『躬行仙とはその名の通り、「自ら実行する仙人」という意味であり、既に「クリムゾン・プリンス」という吸血鬼が躬行仙に至っているようだ。吸血鬼も仙人になれる方法があるとは驚きである』

 

『だが躬行仙になる方法については残念ながら秘匿されており取材は拒否されてしまった』

 

『また本人が躬行仙を目指す経緯についても取材には応じて貰えなかったが、過去の放蕩を反省し仙人を目指すようになったとは容易に想像できる』

 

『本新聞が更生の切っ掛けになったのは良いことである』

 

 

 

「……」

 

どこからツッコミを入れればいいのか、華仙にはわからなかった。

 

「……何ですか、この記事は?」

 

「いつもの天狗の記事だぜ。捏造百パーセントの」

 

ようやく絞り出した華仙の口調も呆れが十割を占めていた。

 

「吸血鬼が仙人になったみたいなことも書かれているけど、あんた何か知ってる?」

 

霊夢の問いに、華仙は大きく溜め息を吐いて、答えた。

 

「とりあえず、そんな仙人は居ませんから」

 

 

 

 

 

 

おまけその一。

 

「神奈子さま、この記事なんですけど」

 

「何だい、早苗。……躬行仙?」

 

「これって、たぶん九校戦って意味ですよね?」

 

「まあ、たぶんそうだろうね。確か魔法科高校に入ったってあいつも言っていたし。そうか、もうそんな時期か」

 

「氷を壊していたってことは、担当競技はアイス・ピラーズ・ブレイクですね。……むむ、その手がありましたか!」

 

「その手?」

 

「信仰集めです。空を飛ぶだけではインパクトが足りなかったみたいなので、九校戦のような大きな大会で、それこそ神風を吹かせるぐらいすれば信仰が集まったかもしれません!」

 

「……いや、どっちにしろダメだったと思うぞ」

 

「神風じゃ足りませんか。なら神奈子さまの力で御柱を降らせれば、あるいは!」

 

「会場が壊れるって」

 

守矢神社は今日も平常運転だった。

 

 

 

 

 

 

おまけその二。

 

「文、今日の鯖はとっても活きがいいよ」

 

「あややややややや!」

 

結代神社は今日も平和だった。

 

 

 




次回はサマーフェスになります。

九校戦編とうっておきながら未だ会場にまで行けてませんが(汗)

サマーフェスが終わればきっと始まる、はず(笑)


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第21話 サマーフェス・デイ

今回はサマーフェス、いや本当に現在進行形で難航しています。
おまけに長すぎて前後編に分かれました。後半はまだ執筆中です。
早く九校戦に入りたいという作者、でも雅季にとっては趣味の演出魔法も大事というジレンマ。
頑張って勢いで何とか押し通します(汗)



七月三十一日、午前九時。

 

魔法科第一高校も普通の生徒は夏休みに入っているが、休日でも高校には生徒の姿が多く見られる。

 

休日通学している生徒の理由は、大きく分けて二つ。

 

部活動の練習か、もしくはいよいよ出発が明日に迫った九校戦の最終チェックであるか。

 

司波達也を含めたエンジニア達は機材の確認や選手のCADの最終調整に忙しくしており、司波深雪など選手達もミーティングや軽く流す程度の練習を行っている。

 

来週に控えた本番を前に、九校戦の関係者は一人を除いた全員が高校に集っていた。

 

 

 

九校戦のためにスピード・シューティング部から借りている練習場で、森崎駿もまた他の選手と共にスピード・シューティングの練習を行っている最中だった。

 

森崎の魔法発動速度は同級生を上回り、上級生に匹敵している。

 

飛び出したクレーは、すぐさま森崎の魔法によって空中で砕け散った。

 

「――ふぅ」

 

上々な結果で一セットを終えて、森崎は肩の力を抜いて特化型CADを構えた腕を下ろした。

 

この後は他の選手が入れ替わりで練習を行う間は休憩となり、休憩後にもう一セットを行う。

 

それでスピード・シューティングの最後の練習は終わりだ。その後は夕方までモノリス・コードの練習に入る。

 

二種目を担当する選手は、練習においても魔法力(持久力的な意味の方)の配分も考慮しなくてはならない。

 

踵を返してシューティングレンジから離れた森崎は、ふと練習場に掛けられた時計を見て、ポツリと呟く。

 

「九時半か」

 

開演まで、あと三十分。

 

森崎は珍しく、九校戦の関係者でただ一人だけこの場にいない人物のことを頭に思い浮かべた。

 

富士の裾野で行われる九校戦は、交通が不便ながら十日間でおよそ十万人の観客が集まる。

 

対して東京の有明で行われるサマーフェスは、二日目の時点で一般参加者が延べ二十六万人に上っていると昨夜のニュースでは報道していた。

 

初日で十二万人、二日目で十四万人。

 

最終日である今日はおよそ十五万人の観客動員数が見込まれているとも。

 

それだけの大観衆の前に立つ、その緊張感はどれほどのものだろうか。

 

森崎は想像しようとして、止めた。

 

どうせあいつのことだ、緊張するどころか楽しんでいるだろう。

 

そう思うと、ほんの僅かな心配すらアホらしくなった。本人は心配したという事実自体を頑なに否定するだろうが。

 

森崎はその人物のことを思考の外に置いて、練習に集中することにした。

 

十万人の観客に比べれば、と無意識に考えたことで、不思議とリラックスしていることに自分自身で気付かないまま。

 

 

 

 

 

 

新宿、池袋といった首都圏再開発計画に漏れず、有明もまた再開発された都市だ。

 

二十一世紀の初頭には日本最大のコンベンションセンターを抱えていたこの都市は、その長所を最大に活かした都市へと生まれ変わった。

 

埋立地の大部分を会場エリアにした、日本最大にして世界有数のコンベンションシティ、有明へと。

 

その有明には現在、各所に設けられた会場エリアへの入り口を始まりに万を超える人数が行列を作っている。

 

午前の炎天下の中、思い思いに暑さを何とか凌ぎながら開演の時間を待つ。

 

会場内のスタッフたちもまた、始まりを前に緊張感を顕わにしながら手や足を動かす。

 

そして、午前十時――。

 

「有明や、夢見祭りに、訪れや、十身(とおみ)いるかな、我が身なりけり」

 

スタッフの控え室にいる、ある演出魔法師の少年が楽しげにそう詠うと同時に、会場エリアへの入り口が一斉に開かれ、

 

「さあ、お祭りの始まりさ」

 

サマーフェスの最終日が始まった――。

 

 

 

 

 

サマーエンターテインメントフェスティバル。

 

「全員が主役」、「サマーフェス・ドリーム」というテーマの下にクリエイティブ社が送る一大イベントであり、様々なエンターテインメントが集った夏の祭典だ。

 

有明の巨大な会場全てを使った広大なエリアには、多種多様なエンターテインメントが繰り広げられる。

 

たとえば目玉の一つとして、民間放送各局が放映している人気バラエティ番組で行われるゲームやアトラクションを実際に体験できるエリアがある。

 

そのエリアでも毎年全国放送されるほど特に人気を博しているのが、様々な障害物が行く手を阻む巨大アスレチックを制限時間内に突破するというアトラクションだ。

 

一般人だけでなく芸能人やスポーツ選手、更には魔法師など様々な職業の人々が参加するこのアトラクションは、サマーフェスが終わるその時まで参加者が絶えることはない。

 

他にも人気格闘ゲームや、いわゆる「落ちゲー」など対戦型バーチャルゲームのゲーム大会。

 

実際のライヴステージで歌える飛び入り参加大歓迎のカラオケステージ。そこから少し離れたところでは絶叫、替え歌、更には一緒に来た彼女への告白と何でもありのリサイタル。

 

スポーツエリアでは野球、サッカー、レッグボールなどで元プロ選手たちと共に練習や試合ができるなど、「全員が主役」というテーマを可能な限り実現するため、一般客が実際に参加して楽しめるイベントを中心としている。

 

その他にもトークショーやイベントショー、コンサートやライヴが各ステージで行われ、タイムスケジュールの最後は巨大なメインステージで超大物ミュージシャンや国民的アイドルたちがラストを飾る。

 

また幾つかのイベントには演出魔法師による演出が加わり、会場を大いに盛り上げる。

 

いつからかインターネットで参加者が毎年「自分があと十人は欲しい」という決まり文句をぼやくことが恒例になるほどの巨大な祭典だ。

 

そして「サマーフェス・ドリーム」。

 

サマーフェスの特徴として、各分野のスカウトや関係者がそれぞれのエリアを視察しており、『原石』を常に探している。

 

カラオケ大会で見事な歌唱力を披露した少女が、スカウトの目に留まり歌手デビューする。

 

フットサルの試合に参加して活躍した少年が、プロサッカーチームに勧誘されてジュニアクラブ入りする。

 

常に開放されているフリーステージでゲリラライヴを敢行した無名バンドが、それを機にメジャーデビューを果たす。

 

魔法力測定体験コーナーで同世代より高い魔法力を示した少年少女が、魔法師の道を歩み始める。

 

全てが実際にあったことであり、今日も、そしてこれからも起こり得る話だ。

 

「喜びと楽しみがあってこそ、人は夢と希望を持てる」とは、クリエイティブ社の現代表取締役(CEO)の就任挨拶で出た言葉だ。

 

「世の中を楽しませる、誰も彼も楽しませる、それがクリエイティブ・エンターテインメント社の存在意義であり使命であると、私は考えます」

 

「『楽しみ尽きて哀しみ来たる』と言いますが、ならば次の楽しみを我々が用意しましょう」

 

「人に喜びや楽しみを提供できるのは、機械や技術ではなく人そのもの。そして喜びや楽しみがあればこそ、人は夢と希望を持って生きていけるのです」

 

「社員の皆さん、我々が作り出すのは製品ではありません、笑顔です。我々が世に送り出すのは商品ではありません、希望です。私は、この素晴らしき会社の代表になれたことを、心から誇りに思います」

 

かの代表取締役(CEO)は就任挨拶でそのように述べ、以降クリエイティブ社は会社方針として、よりエンターテインメント関連に力を注いでいる。

 

毎年行っているサマーフェスの大規模化と濃密化、そして演出魔法の積極的採用もその一環だ。

 

 

 

かつて若者層を次々と取り込んでいった「萌え文化」は、百年の歴史を刻んだ今なお健在であり、サマーフェスにも同人サークルによる同人活動エリアがある。

 

ちなみに、かつては五十万人を超える一般参加者を集めたこの文化系統の巨大イベントも、少子化による人口減少と大戦による若者の意識変革の影響を免れえず、特に大戦時以降は凋落する一方だった。

 

それでも文化は生き残り、やがて安定した時代が訪れると同時に復興していった。

 

現在も毎年夏と冬にコンベンションセンターで祭典が行われているが、その規模はやはりというか百年前と比べると縮小している。特に夏の方はサマーフェスと合併し、フェスの一部となっている。

 

百年前のような観客数を動員するのは、時代的にも人口的にも今暫くは無理であろう。

 

閑話休題。

 

「萌え文化」が今なお続いているように、同人エリアの隣にはこちらも続いている“ある文化”のエリアがある。

 

名目上はアニメーション制作会社やゲーム制作会社、大学系サークルや研究会など企業と一般の複合ブース郡。

 

だが、このエリアの全てブースに共通しているのは展示品や販売商品が、大艦巨砲の宇宙戦艦、人型にも変形可能な可変戦闘機、そして二足歩行の巨大ロボットなどに関連したグッズであることだ。

 

アニメーション制作会社やゲーム会社、プラモデル会社、そして一高のロボット研究部のような有志達が紡いできた、地上と宇宙を舞台にしたロマン。ついでに言えばドリルや自爆といった謎の魅力溢れるロマン。

 

ここはコアなファンが集う「燃え文化」エリア。

 

かの守矢の現人神も幻想郷に来る前は毎年このエリアに足を運んでいたという神威あらたかな(?)エリアだ。

 

完全な余談だが、一高のロボ研には「萌え派」と「燃え派」の合作にして傑作の3H(人型家事手伝いロボット)がある。

 

外見は高校生と同世代の少女型メイドロボ。

 

両腕はアタッチメント式で人型アームかドリルの選択が可能。人型アームはロケットパンチとして、ドリルに至っては高速回転させながら射出できる。なおドリルは安全性を考慮せざるを得なかったので不本意ながらプラスチック製。

 

そして標準装備として自分が壊れる程度の威力しかない自爆スイッチ。というか魔法科高校とはいえ爆発物は法律違反なのでその程度の威力しか出せない。それでも自爆スイッチは譲れなかったらしい。

 

……ロボ研もそうだが、この国のロボットは何処へ向かおうとしているのだろうか。

 

閑話休題。

 

午後二時から始まるこのエリアのアニメーション制作会社とゲーム会社が共同主催するメインイベントに、結代雅季は演出魔法師として参加する。

 

雅季の役割は最も重要なものであり、むしろ雅季次第でイベントの成否が決まる。

 

最初に先方から概要を聞かされた時、雅季は責任の重大さを感じる……以前に、相手側の望む演出内容と、そして何とも言えない『奇縁』に内心で噴き出していた。

 

 

 

時刻は午後二時、その十分前。

 

陸上競技が可能なぐらい広大な楕円(オーバル)形の会場スペース。

 

オーバルの片円は天幕とテントが幾つも並んだ関係者用スペースになっており、それ以外が周囲に小型フェンスが設けられたギャラリーとなっている。

 

フェンス前に集った観客数は数千人、いや一万人はいるだろう。

 

誰もが顔を上げて、会場スペースの中央に佇んでいる巨大な影を見上げている。

 

大勢の視線を集めているソレは、右手に近未来型の形をした灰色のライフル、左手に刀身の無い白い柄を持ち、そして背中には折り畳み式キャノンを背負った、人気ロボットアニメシリーズに出てくる人気ロボットだ。

 

等身大サイズの高さ十八メートル、標準的なビルで言えば五階建ての高さと同等であるそれは、まさに巨大ロボだ。

 

これだけならば、ここまで人を集めたりはしなかっただろう。

 

等身大サイズを売りにした巨大ロボの模型はだいぶ前から幾種類も存在しているし、目新しいものでもない。

 

では何故ここまで人が集まっているのか。

 

それは、この巨大ロボが従来のものとは一線を画す演出を行うため。

 

実際にやるとなれば膨大な時間と費用が必要になり、更に実用性という観点で比較すれば割に合わないため、未だ実用化の計画すらない夢物語(ロマン)の一つ。

 

午後二時のイベント開始まで秒読み段階にまで入った頃、雅季は関係者用テントの中で最も巨大ロボに近いところに立ち、巨大ロボを見上げていた。

 

口元に浮かぶのは笑み。

 

緊張感は無い。あるのは観客席にいる少年達や、この時だけ童心に立ち返っている大人達と同じ思い。

 

むしろこの演出のメインを受け持つ雅季より、後ろや近くにいるスタッフ達のほうが緊張している。

 

いくら練習やリハーサルでも何ら問題は無かったとはいえ、本番を前にしては手に汗を握るのが常人だ。

 

その点で言えば雅季の純粋に楽しんでいる様は、傍から見れば剛胆に思うか、或いは些か浮世離れしているように思うか。

 

そして、デジタル電波時計が午後二時を示した瞬間、ディレクターが周囲に向かって大きく頷いた。

 

「まさか諏訪子様と似たようなことをやることになるとは。“祭り”は“神遊び”とはいえ、奇縁だね、本当」

 

巨大ロボを見上げながら小さく呟いた雅季の声は、イベントの始まりを告げる会場放送と、それによって生じた大歓声にかき消された。

 

 

 

等身大サイズの巨大ロボだが、実のところ中身は頭部を除いた半分以上、特に上半身のマニピュレーター部分はハリボテだ。

 

これは内部に機械など入れた場合、かえって複雑な構造体になってしまい魔法が効き難くなるという専門家の意見を製作側が取り入れたためだ。

 

下半身部はバランスを保つため脚部に重量物(ウェイト)を増やし、膝の関節部にはバランサーと補助モーターを備えるなど工夫が成されているが、3Hなどに比べると簡略化されている。

 

雅季が今持っているCADは自前の物ではなく、この日の為に支給された携帯端末形態の汎用型CAD。中にインストールされている魔法は全てこのイベント用のもの。

 

これはイベント関係者達が魔法科大学に話を付けたからで、雅季は関係者達と大学側を交えて演出に使用する魔法の選択とCADの調整を行っている。

 

雅季はそっとCADのパネル部に指を添える。

 

『上空に問題なし、行けます!』

 

耳にした無線イヤホンに報告が入り、同時に会場ではあの巨大ロボのパイロット役を演じた人気声優が有名なセリフを言い放ち、巨大ロボのカメラアイに光が灯る。

 

それを合図に、雅季はCADに想子(サイオン)を流し込んだ。

 

巨大ロボの右腕という情報体を右肩から右肘の関節部、右肘の関節部から右手先までと二つに分け、それぞれの空間座標と速度の情報を改変する。

 

練習で速度と停止位置を何度も検討、調整した結果、驚くほどスムーズに腕が上空に向けられる。

 

巨大ロボが、従来の油圧式やモーター駆動とはまるで違う、まさにアニメーションと同じような速さでビームライフルを空に向けた。

 

今まで見たことのない突然の動作と光景に、観客席から歓声寸前のどよめきがあがる。

 

だがまだ早い。雅季を含めた関係者達がニヤリと笑う。本番はこの後なのだ。

 

最初の打ち合わせで満場一致で決まった、一番初めのモーション。

 

それは「まずは一発かまして観客の度肝を抜く!」こと。

 

雅季はすぐにCADから起動式を読み取る。

 

可視光線の光波を操作し、色を付けた光子を銃口に収束させる

 

収束させた光子の始点をビームライフルの銃口、終点を上空百メートルに、移動系魔法を設定。

 

起動式の読み取り、完了。

 

「撃ちます!」

 

「よし撃て!」

 

ディレクターが子供のように興奮した声で許可を下し、雅季は魔法式を展開した。

 

銃口より少し太い、青い光が、ビームライフルの銃口から空に向かって放たれる。

 

それは、紛れもなくアニメと同じ色、同じ太さのビームだった。

 

――オオォォオオ!!

 

どよめきは、驚愕の大歓声に変わり、自然と拍手が生まれていた。

 

 

 

結代雅季が担当する演出魔法は「人気巨大ロボを、可能な限りアニメーションやゲームのように動かすこと」だ。

 

特撮やアニメ、ゲームなどを媒体に、前世紀から続いてきた一つの夢。

 

3Hのような人型二足歩行ロボットは既に普及しているが、大型サイズの歩行ロボットは未だ技術的に困難だ。

 

東欧で開発された直立戦車は、ただ無限軌道の上に短い脚部と砲台を乗せただけのようなものに過ぎず、そもそもあれは実際に人の命を奪っている、夢の無いただの兵器だ。

 

兵器としてではなく、ただ単純に見てみたいというファン達の純粋な思い。

 

ただそれだけの為に、アニメーション制作会社とゲーム会社は企画を立案し、舞台を用意し、等身大サイズの模型を作り上げた。

 

機械的、電子的に困難ならば、魔法的にせめて見た目だけでもそれらしく動かせないだろうか、そんな望みを持って。

 

そしてこの時この場、ファン達と企画に携わった関係者達の目の前で、雅季は見事にそれに応えていた。

 

魔法で足を動かし、全高十八メートルの巨大ロボを歩かせる。

 

バランスの関係上、一歩ずつ踏み締めるような歩行だが、巨体故にそれがかえって「歩行」という行為を誇示しているように見えて迫力を増しており、観客達からは歩く度に歓声が上がる。

 

そして、雅季は携帯端末形態の汎用型CADを右手で操作しながら、左手でポケットからもう一つの汎用型CADを取り出した。

 

複数CADの同時操作。

 

本来は想子(サイオン)の完全な制御という高度な技術を要するものだが、『分ち』を操る雅季にとってはごく普通に出来るものに過ぎない。

 

右手のCADで、巨大ロボが右手に持つ柄に光を集める。

 

赤みを帯びた光が柄から伸び、十メートル程度の長さを持った棒状で一旦固定される。

 

「ビームサーベルだ!」

 

観客から興奮した声があがる。

 

右手のCADでビームサーベルを展開する魔法式を維持しながら、雅季は左手のCADで巨大ロボの腕を動かす。

 

巨大ロボが、ビームサーベルを横に薙いだ。

 

再び上がる大歓声の中、巨大ロボはビームサーベルを何度も振るう。

 

『上空、問題ありません。いつでもどうぞ』

 

「了解。ビームライフル撃ちます」

 

無線に答えた雅季はビームサーベルを終了させ、再び巨大ロボにビームライフルを構えさせて、上空にビームを放った。

 

 

 

アニメの世界を現実に持ってきたこのイベントは午後二時からスタートし、途中で声優やアニメ制作監督のインタビューなども含めて午後三時には終わる。

 

かの天才アインシュタイン博士が提唱した相対性理論ではないが、楽しい時間はすぐに過ぎ去っていくものだ。

 

もう間もなく一時間となり、このイベントは終了する。

 

「ラストモーション入るぞ、各チーム準備は?」

 

『上空、問題ありません』

 

『会場内放送、準備オーケーです』

 

各スタッフから報告を受けたディレクターは雅季に向かって頷く。

 

雅季はそれを確認すると、視線を巨大ロボに移してCADを操作した。

 

巨大ロボが片膝を突くと、背中に折り畳まれたキャノンがゆっくりと展開される。

 

背中から伸びた砲身は右肩越しに前方へ向けられ、機体そのものが砲台とした体勢となる。

 

そして、巨大ロボの上半身が仰け反り、砲口は上空へと向けられた。

 

『ご来場のお客様に、ご連絡致します。只今より、エコーエリアにて、巨大ロボよりプラズマキャノンが撃たれます。電波障害および衝撃波に、ご注意下さい』

 

サマーフェス会場全体に放送が流れる。

 

勿論、プラズマキャノンもどきなので電波障害も衝撃波も発生しない。クリエイティブ社も絡んだ遊びの演出だ。

 

同時に会場内の観客の視線の多くが、エコーエリアの上空に、これから雅季が行う演出魔法に向けて集まった。

 

巨大ロボの体勢を整え、予定通りの場内放送が流れた後、雅季は最後の締め括りに取り掛かった。

 

左手に持ったCADで、プラズマキャノンの砲身に帯電している電子を発光させる。

 

青白い電光が、さながらエネルギーチャージを演出する。

 

プラズマキャノンを模擬するのは光子の魔法。そこはビームと同じだ。

 

違うのは、構築する魔法式の規模(キャパシティ)

 

右手に持ったCADが、プラズマキャノンの砲口に光を集める。

 

青白い可視光線に変換された光波が、光子として砲口に収束されていく。

 

砲身に電光を発生させながら砲口に光が集まっていく。それはアニメやゲーム以外では見ることの出来なかった、現実では見られなかった夢幻の光景。

 

そして――。

 

「撃ちます!」

 

「行け!」

 

多くの衆目を集める中、巨大な光の奔流が空に向かって放たれた。

 

ビームライフルの五倍はあるだろう光の帯の輝き。

 

巨大ロボの最大火力に相応しい光景に、

 

――ワアァァアア!!

 

観客席も、関係者達も、喜びと興奮は最高潮に達していた。

 

 

 

 

 

 

「やったな! 大成功だ!」

 

「お疲れ様です!」

 

「君のおかげだよ、結代君!」

 

「最高の思い出が出来たよ、ありがとう!」

 

天幕やテントにいるスタッフ達は成功の喜びを顕わに、雅季の背中を叩いたり握手したりしながら雅季を褒め称える。

 

「俺の方こそ楽しかったですよ。またやりたいですね」

 

「次か。よし、今度は敵陣営のロボットを出そうか」

 

「いいですね。バリアとかしましょうよ」

 

「いやいや、次は自律兵器(オービット)だろ」

 

イベントの興奮をそのままに話が盛り上がる中、

 

「結代君、クリエイティブ社の迎えが来ているよ!」

 

「わかりました、すぐ行きます」

 

雅季は()の演出の為に移動の準備を始める。

 

「それじゃ、次があるので先に失礼します」

 

「ああ。このイベントの成功は、全て君のおかげだ。本当にありがとう」

 

「こちらこそ。夜の打ち上げでまた会いましょう」

 

ディレクターと強い握手を交わして、雅季は天幕を出ると迎えに来ていたクリエイティブ社の会場内専用移動車に乗り込んだ。

 

 

 

結代雅季には、一ヶ月前に決まったメインイベントの演出がまだ残っている――。

 

 




将来あるかもしれない会話。
ピクシー「貴方に仕えたい。貴方の為ならば――このドリルで敵中を突き抜けて自爆することも厭いません」
達也「いや、それはしなくていい」

ちなみに作者はガ○ダム派よりアーマード・○ア派です。フロム主義です。
次のバリアはきっとコジマ粒子、オービットはソルディオスです。
大丈夫、こっちのトーラスも優秀なのでたぶん開発してくれます(笑)


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第22話 サマーフェス・ナイト

サッカーを見ながら投稿。

ようやくサマーフェス編が終わりました。

書くのに苦労しました、ちょっと勢いだけの部分もあるかも(汗)

あとがきの「おまけ」は半分ネタです、深く突っ込まないで下さい(笑)

次回からはいよいよ九校戦に突入します。



それは、サマーフェスが始まる一ヶ月前、六月の終わりの頃。

 

「俺が、ですか?」

 

「君が、だよ。結代君」

 

クリエイティブ社の会議室で、スタッフは雅季の問いに頷く。

 

この場にいるのは雅季と、クリエイティブ社のスタッフ、演出魔法師の都田尚士(つだなおし)の三人だ。

 

「でも、『slow hand(スローハンド)』の担当は都田さんじゃないですか。都田さんを差し置いて俺がステージに上がる訳には……」

 

雅季は困惑しながらチラッと都田に視線を向ける。

 

都田は何てことないように笑ったまま雅季を見ていた。

 

「都田君も参加するよ。区分けは、観客席は都田君、そしてステージ上は結代君だ。都田君は合意済みだ。というよりも、この話は都田君の方から持ちかけてきたんだ」

 

雅季が再び都田に視線を移すと、都田は笑いながら言った。

 

「せっかく面白いギターが出来たんだから、使わないのは損さ。……なんだけど」

 

都田はわざとらしく肩を落として、

 

「自分は聞く専門だからね、ギター弾けないんだよ。結代君はギターも弾けたよね?」

 

「流石にプロには及びませんけど、それなりには」

 

鳥獣伎楽(ちょうじゅうぎがく)』のギタリストですので、と内心で続けるも口には出さない。

 

ちなみに『鳥獣伎楽』とは、山彦の妖怪である幽谷響子(かそだにきょうこ)と夜雀の妖怪であるミスティア・ローレライが結成したパンクロックバンドで、雅季は途中でメンバーに加わった。

 

ボーカルが響子で、ギターがミスティアと雅季。

 

「なんでギターが二人?」とか「ベースとドラムは?」とか細かいことは気にしてはいけない。幻想郷に外の世界の常識など通用しないのだ。

 

世界広しといえども山彦と夜雀とバンドを組んでいる、というか組むことが出来るのは雅季ぐらいだろう。

 

「今回は嬉しい誤算というか、特注をかけた時期だけに本当ならこのギターはサマーフェス以降に完成の予定だったんだ。でもF(フォア)L(リーブス)T(テクノロジー)がいい仕事をしてくれてね。まさか一ヶ月で納入してくれるとは思わなかったよ……」

 

スタッフの言葉の最後は雅季に対してというより、FLTの仕事の早さに脱帽している様子だった。

 

 

 

クリエイティブ社がFLTにギター一体型の汎用型CADを特注したのが五月の中旬。

 

当然ながら前例のない新規のCADとなるので設計、試作を含めて半年は掛かるだろうとクリエイティブ社は見越しており、実際に打ち合わせ時にはFLTも「少なくとも三ヶ月は必要」との見解だった。

 

よってクリエイティブ社はギター型CADの使用は冬以降、特に来年のサマーフェスを意識していた。

 

それが、僅か一ヶ月後に納入されるとは誰が予想できただろうか。

 

実のところ、これはトーラス・シルバーこと司波達也と牛山主任の二人組があっという間に設計、試作を終わらせた為だ。

 

達也が飛行魔法以外に余計な仕事を抱えたくないという思いのもと一日で設計を終わらせ、牛山が早く作ってみたいという一心で徹夜して自動加工機を走らせた結果である。

 

元々ソフトウェア的な部分は既存のものを流用しており、ハードウェアもギターのヘッド部に感応石を搭載するだけとはいえ、一発で合格基準を満たす設計図を作り上げた達也の非凡さは推して知るべきだろう。

 

以上のような、達也にとっては片手間のような仕事であったが、製品の出来の良さはクリエイティブ社を充分に満足させている。

 

 

 

「勿論、結代君の都合は最優先するよ。というよりも、既に結代君は巨大ロボの演出が入っているからね。私は魔法師じゃないから魔法がどれだけ疲れるのかはわからないけど、もし連続の出演が厳しいようだったら従来通りに戻す。とりあえず、考えてみてくれないかな?」

 

「いえ――」

 

雅季は首を横に振るとスタッフを見据えて、

 

「やります」

 

ハッキリとした口調で告げた。

 

 

 

 

 

 

午後六時三十分。

 

USNAカリフォルニア州出身の世界的有名ロックバンド『slow hand』のライヴ開始まで残り三十分となった屋内メインホールには、五万人に及ぶ観客が詰めかけていた。

 

サマーフェス入場チケットとは別途で販売されたライヴチケット(当然ながら単独ライヴ代より格安)は完売御礼(ソールドアウト)

 

オールスタンディングの一階アリーナは超満員、二階スタンドの指定席も満席だ。

 

「凄いな……」

 

アリーナの最後方の機材エリアにいる都田尚士は、会場の熱気に圧倒されていた。

 

自分が観客側に居たのならば、ただ興奮と期待に胸を躍らせれば良かった。

 

だが、自分は五万人分の期待に応える側にいる。

 

無意識に腕に巻いたブレスレット形態の汎用型CADに手がいった。

 

CADの感触が、都田の強気な部分を刺激する。意地といってもいいかもしれない。

 

(……そうだ、今の自分は演出魔法師なんだ。これに応えられなくてどうする)

 

魔法師になりたい、その夢は無情な才能の差によって一度は挫折した。

 

魔法科大学の受験で、実技での合格基準を満たせなかったからだ。

 

ランク至上主義の魔法師世界。

 

そこに新風を吹き入れたのが、ランク不要の演出魔法。

 

魔法師世界において演出魔法に対する風当たりは、特に一部においては未だ根強い。

 

第一線で活躍しているような高ランクの魔法師達の一部は、演出魔法師を「三流魔法師が三流ピエロに転職した」と揶揄して見下し、魔法を見世物(サーカス)にしていることに対して侮蔑と反感を持っていると聞く。

 

実際、都田のような魔法師になれなかった者達ばかりが集まっているのだから、今の演出魔法師のほとんどが三流魔法師であることは事実だ。

 

結代雅季は、その極僅かな例外の一人であり、演出魔法そのものを支えている主柱だ。

 

都田視点でも百家に、いやもしかしたら十師族に匹敵するかもしれない程の魔法力を惜しみなく使って、大観衆の中、昼間のような大規模な演出を見事に成功させる。

 

本人は「趣味」と明言しながらも、その魔法力と胆力で演出魔法というものを世に広め続けている。

 

今回だってそうだ。

 

魔法は精神状態で左右される。

 

今のような後方にいる時点でもかなり緊張しているのだ。

 

これがもしステージ上だったのなら、元々人の前に立った経験などほとんど無い都田には魔法を確実に成功させる自信がまだ無かった。

 

(でも、いつかは――)

 

都田は震えそうになる膝を抑えて、強い視線で前方のステージを見据えた。

 

Aランクのライセンスに比べれば、あのステージの方が遥かに近くて手が届く。

 

何故なら、あそこに行くのに必要なのは才能ではなく、練習と場慣れ。

 

魔法師など関係なく、誰もが普通にやっていることなのだから。

 

 

 

 

 

 

ステージの奥まで観客のざわめきが聞こえてくる中、雅季はチューニングを終えたギター一体型汎用型CADを手に持ったまま、パイプ椅子に座って時を待っている。

 

HEY(ヘイ)! Masaki(マサキ)!」

 

その雅季に声を掛けたのは、『slow hand』のボーカルだ。背後にはギター、ベース、ドラムの担当もいる。

 

『slow hand』は典型的な四人組バンド。つまり雅季の前にメンバーが集まっていることになる。

 

「調子はどうだい?」

 

「バッチリ」

 

ボーカルの英語の問い掛けに、雅季は親指を立てながら英語で答える。

 

「OK! もうすぐ時間だ。クールに行こうぜ」

 

四人が代わりがわりに雅季の肩を叩いてはステージへと向かって歩いていく。

 

その後ろ姿が何とも様になっており、世界トップレベルのロックバンドの風格というものを漂わせている。

 

「流石は現代の伝説、カッコイイねぇ」

 

雅季は小声でポツリと呟く。

 

『鳥獣伎楽』もロックバンドらしい伝説になろうと頑張ってはいるのだが。

 

伎楽メンバーの二人と共に、盗んだ箒で飛び出して紅魔館の窓を壊して回った十五夜の夜。

 

その後に起きた白黒の魔法使い、メイド長、吸血鬼との空中弾幕乱闘。伎楽のメンバー二人の秒殺。妹様の乱入。門番の不幸な事故。

 

命蓮寺からの解散命令によって、解散の危機に瀕したこともあった。

 

あの時は、三日後には響子とミスティアが解散命令のことを忘れていたので解散の危機を乗り越えることができた。ちなみに雅季は当然ながら覚えていたがバンドを優先して(というか面白そうだったので)黙っていた。

 

ある意味では『slow hand』を超えた伝説を築き上げてはいるのだが、あの後ろ姿のような風格は永遠に出せないだろう。特にミスティアと響子。出せたら怖い。

 

「よし!」

 

雅季はパイプ椅子から立ち上がると、彼らの後に続いてステージへと向かって歩き始める。

 

気合は入っていても必要以上に緊張していない、確かな足取りでステージへ向かう雅季の後ろ姿もまた、素人とは思えないものだった。

 

 

 

 

 

 

午後七時――。

 

会場の照明が消され、大歓声があがった。

 

照明演出用のドライアイスの霧が会場内を包み込む。

 

この時、都田が気流を操作して会場内に万遍なく霧を充満させる。

 

こういった技術的には難しいところも演出魔法師の仕事だ。

 

そして、僅かな沈黙の後――暗闇のステージで奏でられるギターの音色。

 

『サマーエンターテインメントフェスティバル二○九五』最終日、最後のイベント。

 

メインステージにてロックバンド『slow hand』のライヴが始まった。

 

 

 

 

 

 

薄暗いステージの中で演奏されるイントロ。

 

最初は静かに、段々とテンポが早くなっていく曲調。

 

ステージ横の装置から幾線もの黄色のレーザーが照射される。

 

霧に反射してクッキリと目視できる黄色い光線が観客席へと伸び、途中で無秩序に屈折した。

 

可視光線の反射。都田の魔法が光を屈折させているのだ。

 

空中で万華鏡のように彼方此方へ反射するレーザー光線。

 

練習やリハーサルで何回か見ているとはいえ、ステージ上の『slow hand』のメンバーは物珍しい光景に一瞬目を遣るも、すぐに演奏に集中する。

 

ボーカルはステージ中央、ギターはその右側、ベースは左側、ボーカルの後ろにドラム。

 

そしてベースの更に左後ろ、ステージの端で曲に合わせてギターを弾いている人物が一人。

 

薄暗い会場だが、次第に目敏い観客達が目立たない所にもう一人見知らぬギタリストがいることに「おや?」と首を傾げる。

 

その人物、ステージの端とはいえ同じ舞台に立っている雅季は、ギター一体型汎用型CADの弦に想子(サイオン)を流し込んだ。

 

弦を通じてヘッド部の感応石から起動式を読み込み、魔法式を展開する。

 

ステージ上に白、赤、青など色とりどりの、拳程度の大きさの光の玉が幾つも浮かび上がった。

 

弾幕ほどではないが多数の光弾が、ステージ後方から前方に向かって移動し、観客席の寸前で消える。

 

曲のテンポに合わせて光弾のスピードが変わっていき、段々と速くなっていく。

 

雅季の思い描いているイメージは宇宙空間。

 

そして、曲がサビに入った瞬間、暗闇にも関わらずバンドメンバーの姿がクッキリと浮かび上がった。

 

同時に、光弾の速さは最大限に達し、光が残影を残して駆け抜けていく。

 

それはまるで、宇宙を旅する流星群のど真ん中で演奏しているようで、或いはよくアニメで見かける宇宙空間をワープしている光景か。

 

ステージ上に突如現れた流れ星の中で歌う『slow hand』。

 

その曲調はワイルドであり、その舞台は幻想的であり、観客のボルテージを否応なしに上げていった。

 

 

 

数曲を終えたところで、予定通りボーカルのMCが入る。

 

USNA出身の彼らは挨拶程度の日本語しか話せないため必然的に英語のトークとなるが、音声認識技術の発達によって今では背後の大型ディスプレイに自動翻訳された字幕がリアルタイムで表示される。

 

ボーカルとギターが観客を盛り上げている中、雅季は袖で額の汗を拭きながら次の演出に意識を向ける。

 

(次の曲は『Supernova(スーパーノヴァ)』だから、サビのタイミングで空中に浮かせた爆竹を一斉爆破か)

 

ステージの外に目を向けてスタッフに視線で問いかけると、スタッフは小さな球状の爆竹が沢山入った箱を掲げて見せる。

 

ここからでもかなり目を凝らさないと見えないほどの小さな爆竹だ。アリーナ最前列からでも当然見えないだろう。

 

サビに入った瞬間、照明の演出とこの爆竹の同時爆破で、曲名通り超新星をイメージした演出が成される。

 

魔法力(スタミナ)は、まだまだ充分)

 

『能力』と違い、起動式を読み取って魔法演算領域で魔法式を構築する必要のある魔法は、結代でも魔法師と同じく疲労は免れえない。一線級の魔法師と比べて感じる疲れは非常に少ないが。

 

それでも昼間に巨大ロボの演出、そして夜にライヴの演出と続けて行っているため、流石の雅季でも少しばかり疲労を感じている。

 

雅季自身はそれ以上に今を楽しんでいるので、あまり気にしていないが。

 

「さあ、メンバー紹介だ!」

 

ボーカルの言葉に雅季は顔をボーカルの方へ向け、同時に「あれ?」と疑問を持つ。

 

メンバー紹介は次のMCのタイミングだったはずなのだが。

 

視線をスタッフに向けてみると、向こうから慌ただしい雰囲気が伝わってくる。スタッフも予定とは違う行動に戸惑っているようだ。

 

そう言えば『slow hand』はこういった予定と違う、アドリブ的な進め方を好むと、雅季はスタッフから聞いたことがある。今回もそれなのかもしれない。

 

雅季の立ち位置からは見えないが、スタッフがカンペで何かをボーカルに伝えると、ボーカルはニヤリと笑っただけで何事も無かったかのようにメンバー紹介を始めた。

 

ギター、ベース、ドラム、そしてボーカル。

 

それぞれのメンバー紹介が終わり――それだけで終わらなかった。

 

「次に、今日限定で俺たちの仲間に加わった、新しいメンバーの紹介だ」

 

そう言ってボーカルは振り返り、映画で見るような悪役っぽい笑みを浮かべながら雅季へ顔を向け、

 

come on(カモン)!」

 

雅季を手招きした。

 

演出魔法師は言わば裏方と同じだと認識されており、雅季も魔法による演出効果を行いたかっただけで自分が前に出るという思いは無かったため、その認識は日本の関係者の間では定着している。

 

とはいえ演出魔法自体が新しいジャンルであり、その定着は非常に軽いもの。

 

特に海外では演出魔法が未だ無いため、簡単に覆される類の常識だ。

 

「マジで?」

 

それでも突然覆すのは止めてほしいなー、と雅季は他人事のように思った。実際は完全な当事者だが。

 

再びスタッフに目を遣る。彼らは諦めたように苦笑いを浮かべて、頷いた。

 

どうやら前に出るしかなさそうだ。

 

(しゃーない、行くか!)

 

雅季は意を決し、ステージの後方端からボーカルの横へと歩き出し、興味深く雅季を見る五万人の観客の前に立つ。

 

Attractive(アトラクティブ) Magic(マジック) Artist(アーティスト)、マサキ・ユーシロ!」

 

ボーカルが予定には無かった雅季の紹介を行い、雅季はギターを弾いてそれに応える。

 

雅季のギターテクニックはアマチュアの中では「そこそこは巧い」程度であり、世界でもトップクラスのテクニックを持つ『slow hand』のギタリストとは比べ物にならない。

 

だから、雅季は元より演出魔法師としてそれに応えた。

 

会場内を包み込む熱気が汗を流させ、会場内の湿度は高い。

 

雅季はギターを弾きながら、魔法によって湿度を収束させて自分の周りに幾つもの水蒸気を作り出し、電子を放出させる。

 

ギターを弾く雅季の周囲に電光が走り、観客を沸かせた。

 

「今日はこの通り、派手好きな奴を含めた五人で派手に行くぜ。俺たちに付いて来られるか!」

 

――ワアァァアア!

 

ボーカルの問い掛けに、観客は歓声で答える。

 

「マサキは俺の隣に。そのまま派手に、アドリブもがんがんやってくれ!」

 

「わかりました」

 

言われるまま雅季はギタリストの隣に位置取る。

 

随分と強引かつ無茶な要望だが、不思議と悪い気はしない。

 

それは、彼ら自身もこの夜を本当に楽しんでいるからだろう。

 

人は楽しければ、少し無茶なこともやって見せる。

 

「OK! 次の曲、行くぞ! 『Supernova』!」

 

 

 

再び始まるライヴ。

 

先ほどまでとの違いは、雅季の位置。

 

目立たぬステージの端から、ステージ前面でギタリストと隣り合わせ。

 

それでも、雅季は気後れも臆す事もなく、ギターを弾きながら魔法を行使する。

 

『slow hand』が雅季を前に呼んだ理由も、雅季の為人に触れてそのノリの良さや剛胆さを買ったことも要因の一つだろう。

 

曲のサビで小さな爆竹を一斉に炸裂させ、観客から驚きの声を上げさせる。

 

ロックな曲のギターソロではギタリストを宙に浮かせ、バラードな曲ではステージ上に星空を作り出す。

 

電子の強制放出による空中放電。

 

舞台演出として炎が上がれば、酸素で道を作り、炎を走らせる。

 

そして、まるで弾幕のような光の演出。

 

目に見える事象改変が、『slow hand』も観客も全てを楽しませる。

 

雅季はラストの曲までステージ前面で演出魔法を行使し続け、サマーフェスの最後を飾った。

 

最終的に十六万人、三日間で四十二万という大観衆を集めた『サマーエンターテインメントフェスティバル二○九五』は成功裏に終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

午後十時。

 

有明の会場エリアは昼とは打って変わり閑散としており、祭りの後の侘しさを感じさせる。

 

エリア内には観客は無論だが、警備員を除いた関係者たちの姿も見られない。

 

彼らは会場エリアと隣接するホテルの会場で打ち上げパーティーを行っていた。

 

「全く驚きましたよ。せめて前もって言ってくれれば良かったのに」

 

「ハハ、サプライズだよ。マサキなら大丈夫だろって話になってな」

 

「あの時のマサキの顔、笑えたぜ」

 

「ナオシもお疲れ。いい演出だったぜ」

 

雅季も『slow hand』のメンバーや都田尚士、巨大ロボ演出の関係者、クリエイティブ社のスタッフなどと談笑の輪に混ざっていた。

 

立食形式のこの打ち上げパーティーには関係者の大半が姿を見せているが、中には疲れのあまりパーティーに参加せずホテルの一室で眠っている者達もいる。

 

「結代君は明日からは九校戦だろ。大人顔負けのハードスケジュールだな」

 

「といっても俺が出るのは新人戦の『棒倒し』ですし、競技自体は八月七日なんで一週間は休めますよ」

 

「明日は出発だけなのかい?」

 

「そうなんですよ。夜にパーティーがあるらしいですけど、おかげで今日は長居できませんしねー」

 

前時代の大量輸送機関から、キャビネットやシティコミューターなどを主流とした少人数小型輸送機関へと様変わりした首都圏は、同時に交通機関の二十四時間営業を実現している。

 

「始発」や「終電」という言葉は、「満員電車」と同じくほとんど死語だ。

 

もし明日が九校戦の出発日でなければ、雅季はこのパーティーにも最後まで残っていたことだろう。

 

「そう言えば、前から結代君に聞きたいことがあったんだ」

 

「何ですか、都田さん?」

 

都田が思い出したように雅季に声を掛ける。

 

「いや、たいしたことじゃないんだけど、何で魔法を演出に使おうと思ったのかなって。その切っ掛けとかあれば聞いてみたいんだけど」

 

 

 

――そう、貴方は少し差別が過ぎる。

 

 

 

都田の好奇心から発せられた問いに、あの言葉が雅季の脳裏を掠める。

 

切っ掛けは何かと問われれば、紛れもなくあの『説教』だろう。

 

「おもしろき、こともなき世に、おもしろく、すみなすものは、心なりけり」

 

「それって確か、高杉晋作の辞世の句だっけ?」

 

「本当の辞世の句は前句のみで、後句は付け足されたものですけど。演出魔法は、この句の通りに過ごしたいからです」

 

雅季はよくわかっていない様子の都田に顔を向けると、

 

「まあ、エゴみたいなもんです」

 

自然と笑いながら、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、現在より少し前。

 

幻想の地において、無縁なる者達が眠る塚。

 

無縁仏から信仰を集める社も無く、花が咲き乱れるより前の、そんな頃。

 

対面するは二つの人影。

 

一つは少年、もう一つは――。

 

「貴方は幻想郷と外の世界を行き来する。幻想郷と外の世界を結び、離して分つことが幻想郷における『結び離れ分つ結う代』の役目。だが貴方は外の世界を軽視し、その心は常に此方寄り。それでは本当の結う代とは言えない」

 

「……軽視した覚えはないんですけど」

 

「貴方は今ここにいる。少しでも暇さえあれば幻想郷へやって来る。それが軽視の顕れです」

 

「外の世界にいる時間の方が多いですよ? あっちの方でもよく遊びに行くし」

 

「それは貴方が縁を大切にするが故、誘われたからに過ぎない。貴方は外の世界で、一度も自分から誰かを誘ったことはない」

 

「……」

 

「そう、貴方は少し差別が過ぎる」

 

そう告げた時、『少年』は『何者』かへと、或いは『何者でもなき者』へと変わる。

 

「結代の名を持つ者に、差別が過ぎるとは――少々、言葉が過ぎますね。たとえ閻魔様でも、結う代なるものを白黒付けることなど出来はしない」

 

「結う代とは境目の上にいる者。何者でもあって何者でもない。そう、貴方の言う通り私ですら白黒つけることは敵わない。その立場の危うさと、紡ぐものの重みを知れ!」

 

直後、互いから放たれた弾幕がその地を覆った。

 

 

 

 

 

 

幻想郷と外の世界は、ただ結界で隔てただけの、遠いようで近い世界。

 

『結び離れ分つ結う代』でも切ることのできない、奇縁で結ばれた二つの世界。

 

結代とは、その間に立つ者たちである。

 

結代雅季は幻想郷の今代の結代。幻想を紡ぐ側に身を置くのは当然のこと。

 

雅季がただの『結代』だったのならば、幻想郷の結代神社に定住し、全ての間に立ち、時代を紡ぎ、次代へ紡いでいくことだっただろう。

 

だが雅季は『結び離れ分つ結う代』だ。

 

幻想郷と外の世界を自由に行き来し、二つの世界を結び、離して、分ける者。

 

二つの世界を結ぶ者が、その全てを幻想側に置くことは許されない。

 

 

 

それでも――。

 

 

 

不思議に満ちた幻想と、不思議を受け入れなくなった現実――。

 

 

 

どちらの居心地が良いかと問われれば、それは――。

 

 

 

だからこその演出魔法。

 

演出魔法とは、結代雅季が『結代』たらんとした結果。

 

外の世界を少しでも居心地の良いように、心から楽しめるようにする為のもの。

 

幻想郷が夢幻の世界であるのならば、外の世界は夢幻を想像することができる世界。

 

空想だからこそ、夢を見るからこそ、人は何事も楽しめる。楽しむ方向に持っていくことができる。

 

火薬は爆弾を作ったが、花火も作った。

 

魔法も同じだ。人の命を奪える力は、同時に娯楽として楽しむこともできる。

 

 

 

そう、演出魔法とは、結代雅季と外の世界を、一般人と魔法師を、あらゆるものを繋ぐ、結う代なる魔法なのだから――。

 

 

 




演出魔法誕生秘話その一、「始まりは閻魔様の説教」でした。

時系列については敢えてぼかしています。

強いて言えば花映塚と奇縁異変の前です。

というか東方の時系列に合わせようとするとトンデモないことに(汗)

そもそも幻想郷は「サ○エさん」(早苗さんじゃないよ)とか「ドラ○もん」みたいな年を取らない世界ですから、東方側の時系列は全て気にしないで下さい。

ちなみに奇縁異変は花映塚の後に起きた異変、という設定です。

誕生秘話その二も、そのうち本編で語る機会があることでしょう。

最後は花映塚のエンディングを意識しました。



――おまけ――

ある月の十五夜の博麗神社。

日常的に博麗神社に遊びに来ている魔理沙は、今日も遊びに来ていた。

「んじゃ、そろそろ帰るぜ。邪魔したな」

「ホントよ、こんな夜遅くまで居座って」

「おう、邪魔してたぜ」

そんな会話を霊夢と交わしながら、魔理沙は縁側へと通じる部屋の障子を開ける。

そして、魔理沙の目に飛び込んできたのは、

「あ」

「あ♪」

「あ!」

結代雅季、ミスティア・ローレライ、幽谷響子の順で、縁側に立てかけてあった自分の箒に跨っている三人の姿だった。

「……」

ほんの僅かな沈黙の後、

「盗んだ箒でー♪」

「盗んだ箒で~♪」

「盗んだ箒でー!」

「「「走り出すー♪」」」

三人は歌いながら箒と共に夜空へ飛び出していった。

「ど、ドロボー!!」

魔理沙がハッと我に返って叫んだ時には、既に三人の姿は夜の闇の中に消えていた。

「くっ、霊夢! 何か箒の代わりになるやつないか!?」

魔理沙は部屋へと振り返り、始終を暢気に見ていた霊夢へと尋ねる。

「箒の代わりねぇ。というか、箒なくても飛べるでしょ」

「箒は魔法使いの必需品だぜ?」

変なこだわりを見せる魔理沙に、霊夢は小さく溜め息を吐いて考える素振りを見せた後、「ああ、そう言えば」と膝を打って魔理沙に答えた。

「神社の裏手にデッキブラシがあるわよ」

「……何で神社にデッキブラシがあるんだ?」

「さあ? 外の世界から流れてきたんじゃない」

あまり神社には似つかわしくない物が出てきたことに魔理沙は不思議に思ったが、当の霊夢は気にしている様子は無さそうだ。

「ま、まあ、この際デッキブラシでもいいか、とにかく借りるぜ!」

「いつも通り死ぬまで? 使わないから別にいいけど」

「いや、流石にデッキブラシはいらないぜ……」

魔理沙は裏手へと駆け出し、無造作に置いてあったデッキブラシを手に取ると空へと飛んでいった。

霊夢は高速で消え去った魔理沙の後ろ姿を見つめながら、「あ」と小声で呟き、

「……そう言えば、境内の掃除用の箒もあったんだけど、『箒の代わりになる物』なんだし、別に問題ないわよね。うん、別に忘れてたわけじゃないのよ」

自らにそう言い聞かせて、霊夢はそそくさと部屋の中に戻っていった。



後日、魔理沙は自分の箒に跨ってデッキブラシを返しに来た時、「すごいじゃじゃ馬だったぜ、コイツ。ま、最後は私の言うことを聞くようになったけどな」と霊夢に語ったとか。

余談だが、あの日の夜を堺に何故か紅魔館の窓ガラスが河童たちの手によって強化ガラスに張り替えられ、また門番が急患として永遠亭に担ぎ込まれたという。



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第23話 事故

天御杜玉姫の能力を『縁を結ぶ程度の能力』から『縁を司る程度の能力』に変更しました。
それに伴い、一部本文を修正しました。



「結代が右向きゃ右を向き、左を指せば左へ歩く。そんな現し世切って離せば、あとは結う代残るかな」

 

離神(りじん)様、その詠は?」

 

「お前の六代前が、月夜見の前で詠ったものだ。玉より続く結代の在り方、あの時も今も、今昔変わらずだな」

 

「はい。玉姫様も、そのお言葉を聞けば喜ぶかと」

 

「もう伝えた」

 

「……」

 

「だが、結代は望まぬそれを、今世の地上の民はどう思うのか? 或いは――」

 

 

 

――地上の民は、それを望むというのか?

 

 

 

 

 

 

八月一日、月曜日。

 

北海道小樽の八高、九州熊本の九高のような遠方の高校は既に現地入りしているが、一高は本日が九校戦会場である富士裾野への出発日である。

 

裏方で唯一の一年生である司波達也は、選手およびスタッフの乗車確認を命じられ、端末リストを持ってバスの外で待機している。

 

集合時間まで四十分以上残した時間帯で、

 

「……おはよ、達也」

 

幽鬼のような足取りで結代雅季が姿を現した。

 

「おはよう。随分と眠そうだな、雅季」

 

「流石に、な」

 

達也に答える雅季は小さく欠伸をする。

 

雅季が演習魔法師として昨日のサマーフェスに出演していたことは、達也を含めた九校戦の関係者ならば全員が知っている。

 

何せ、その為にほとんど練習やミーティングには顔を出さなかったのだから(「出せなかった」の方が正しいのだが)。

 

大半の選手とスタッフは「それなら仕方がない」と考えているようだが一部の上級生、特に服部刑部と市原鈴音は多少の不満を持っているようだ。

 

一度、達也と深雪も参加した新人戦のミーティングで、雅季の話題が出たことがあった。

 

その時、服部は僅かに眉を顰め、鈴音は表情を変えることは無かったが終始無言で冷たい雰囲気を醸し出していた。

 

達也からすれば、服部が不満を持つのはわかるが、鈴音も不満を持っていることに意外感を覚え、深雪と顔を見合わせたものだった。

 

「もう乗っていいんだよな?」

 

「ああ」

 

「じゃ、先に乗って寝てる」

 

達也の返事を聞いて、雅季はさっさとバスに乗り込む。

 

早めの時間に来たのも、バスの中での睡眠時間を確保する為だろう。

 

達也は端末リストから「結代雅季」の名前にチェックを入れた。

 

 

 

七草真由美が家の事情で遅刻し、予定より一時間半遅れで出発した時も、雅季はグッスリと眠っていた。

 

 

 

 

 

 

選手四十名と作戦スタッフ四名、計四十四名を乗せて目的地へ向かうバスの中は、高校生らしく騒がしいものだった。

 

ちなみに達也を含めた技術スタッフは後続の作業車両に乗車している。

 

ストレスから嗜虐心を発揮した真由美が服部をからかい、それを鈴音が冷ややかな目で見つめる。

 

千代田花音(ちよだかのん)の婚約者と一緒じゃなかったことに対する愚痴を、渡辺摩利は聞くフリをしながら聞き流す。

 

目には見えない冷たい空間を生み出している深雪を、光井ほのかと北山雫が宥める。

 

近寄りがたい重圧を出している深雪に対して、男子生徒達が「お前が行けよ」「いやお前が」と誰が話しかけるかでヒソヒソと相談し合う。

 

そんな騒がしいバスの中、一部の人間が最も騒がしくしそうだと睨んでいた人物は、バスの中列やや後ろの席で窓に頭を預けて、バス乗車時から静かに眠っていた。

 

「よく眠ってんな」

 

桐原武明は席を移動する際にその人物、雅季が眠っているのを見かけると、立ち止まってポツリと呟いた。

 

童顔というわけでもないのだが、普段の行動や雰囲気がどことなく少年染みているからだろうか、窓に顔を預けて眠っているその寝顔はあまり高校生とは思えない。

 

「そのまま寝かせておきましょう。そうすれば人畜無害です」

 

桐原の独り言に毒舌を交えて答えたのは、同じく席を移動しようと歩いてきた森崎駿だ。

 

森崎はつい先ほどまで一年生男子生徒が集まっている席にいたのだが、「この中で一番司波さんと親しい男子生徒」ということで吹雪(ブリザード)の中へ単騎駆けさせられそうになり、慌てて逃げてきたところだ。

 

「……お前、時々酷いよな」

 

「雅季ほどじゃありません」

 

真顔でそう答えた森崎が桐原のツボに入ったらしく、桐原は声を立てて笑った。

 

近くに座っている生徒達が何だろうと二人の方へ顔を向ける。

 

(朱に交われば赤くなるってよく言ったもんだ)

 

内心でそんな感想を抱きながら、ようやく笑いを抑えて桐原が口を開く。

 

「というか結代の奴、結構疲れてるみたいだが、サマーフェスで一体何やったんだ?」

 

「何でも巨大ロボを動かす演出と、ライヴの演出の二つが担当だって言っていましたけど」

 

「巨大ロボって、なんだそりゃ?」

 

「具体的な演出魔法の内容は関係者以外には秘密だということで、僕も詳しいことは……」

 

「まあ、そうだろうな。何をやるのかわかった演出なんて面白さも半減だ」

 

桐原と森崎、いやこのバスに乗っている生徒達は、九校戦の練習と準備に掛かり切りだったため、サマーフェスの内容をほとんど知らないでいる。

 

故に当然ながら、巨大ロボの演出を撮影した動画が何百種類もネット上にアップされ爆発的に再生数を伸ばしていることも、まだ一日も経っていないにも関わらず『slow hand』のライヴ映像データに予約の申し込みが殺到していることも知らない。

 

「え、なになに、結代君の演出魔法の話?」

 

桐原と森崎の会話に飛び込んできたのは、先ほどから何事かと二人に注目していた一年生の女子生徒の一人、一年B組の明智英美(あけちえいみ)だ。

 

「そうだけど、明智は知っているのか?」

 

「ううん、知らない。だから森崎君に聞こうと思ってたところなんだけど。結代君はずっと寝てるし」

 

「何で僕なんだ?」

 

森崎が意識した棘のある言葉で尋ねると、

 

「え、何でって? だって結代君と一番仲いいのって森崎君でしょ」

 

英美は心底から不思議そうに、素でそう問い返した。

 

森崎は絶句し、桐原は堪えきれないと言わんばかりに腹を抱えて再び笑った。

 

「まあ、客観的に見れば仲良さげに見えんのは事実だ。諦めろ」

 

森崎の肩をポンと叩いて、桐原は未だ生徒会長に虐められている友人の救援に向かう。

 

後には何とも言えない顔でその場にフリーズした森崎と、そんな森崎に疑問符を浮かべながら見つめる英美、そしてスヤスヤと眠っている雅季が残された。

 

 

 

 

 

 

東京から静岡方面へ向かう高速道路。

 

その反対車線、静岡から東京方面へ向かう高速道路を走行するS(スポーツ)U(ユーティリティ)V(ビークル)の一種であるレジャー向けオフロード車。

 

道路の狭い日本ではあまり見掛けない大型の乗用車は比較的珍しい部類には入るが、誰これ構わず注目を集めるようなものでもない。

 

だからこそ()()の組織は、この任務にこの車種を選んだ。

 

オフロード車の搭乗者は、運転手が一人と助手席に一人の、男性が計二人。

 

運転手の男性は無表情に正面だけを見つめ、助手席に座る男性もまた無表情で車載されているナビゲートシステムを見つめている。

 

ナビゲートシステムの画面に表示されているのは、この周辺の道路マップにリアルタイムの交通情報、自車を表すシグナル、そして前方から高速でこちらに向かってきている別のシグナル。

 

前方のシグナルは彼らの仲間、否、()()兼連絡役の人物が乗る車両の信号であり、予定ではその車両の前方、間隔にして車両数台を挟んだ先にターゲットが走っているはずだ。

 

自車のシグナルと、前から近づいてくるシグナル。彼我の距離は間もなく十キロメートルを切ろうとしている。

 

――つまりターゲットとの接触まで、あと十キロメートル。

 

二人は優秀な魔法師だ。本来ならこのような“使い捨て”の任務に就くような人材ではない。

 

だが組織の上層部は、一人でも手痛い損失だというにも関わらず、万全を期すため二人の投入を決定した。

 

それだけに組織は彼ら二人に大いに期待を寄せている。

 

その身を以て、ターゲットに甚大な被害を与えることを。

 

洗脳された彼らは死を厭わない。むしろ組織の為に殉じることをこの上なき名誉と感じている。

 

たとえそれが『(ノー)(ヘッド)(ドラゴン)』東日本総支部の幹部達の強欲から生じた任務だとしても。

 

そして遥か前方、反対車線を走行するターゲットの大型バスを視認した時、彼らは忠実に任務を遂行する為に動き始めた――。

 

 

 

 

 

 

優秀な魔法師の雛鳥達が乗車している大型バスの中で最も早く、そして今の時点で『それ』に気付いたのは、眠っていた雅季だった。

 

結代家が代々受け継いでいる『縁を結ぶ程度の能力』は、能力の一環として自分自身に向けられる様々な縁を感じ取ることが出来る。

 

だが縁にも強弱があり、それによって感じ取れる範囲も変わってくる。

 

たとえば雅季個人に用事がある人物がいたとすれば、雅季は強い縁としてそれが初対面の相手でも事前に感知することが出来る。

 

反対に「ある集団に対して用事があり、その中に雅季がいる」といった状況では縁は弱くなり、相手がすぐ近くに来るまで感じ取ることは出来ない。

 

今回のように。

 

弱い縁ながらもハッキリと感じ取れる悪縁に、雅季は誰にも気づかれずに目を覚ました。

 

そのまま窓の外に、悪縁の持ち主達へ目を遣る。

 

視線の先には反対車線を走る大型オフロード車。

 

(……またか。四月の時といい、トラブル多すぎじゃない? 幻想郷かここは)

 

雅季が内心で悪態と溜め息を吐いた直後、それは起きた。

 

 

 

オフロード車の助手席に座る男が魔法を放ち、オフロード車は何もない所でいきなりパンクする。

 

「危ない!」

 

バスの車内でそう叫んだのは、たまたま窓から外を見つめていた花音だ。

 

助手席の男が再び魔法を放つ。

 

車両に回転モーメントが加わり、オフロード車は火花を散らせながらスピンする。

 

一見して完全にコントロールを失ったかのように見えるオフロード車。

 

反対車線で起きた事故。一高の生徒達は気の毒に思いつつも所詮は対岸の火事と野次馬を決め込む。

 

それが事故ではなく事故を装ったテロであり、彼らの狙いが自分達なのだとは思いも寄らないまま。

 

それ故に次の瞬間、興奮していた生徒達の血の気が一気に引いた。

 

オフロード車がガード壁に激突した瞬間、今度は運転手が魔法を放った。

 

前上方向への加速系魔法。オフロード車はガード壁を飛台に、宙返りしながら反対車線へ飛び出す。

 

狙いは、一高の生徒達が乗る大型バス。

 

車両をバスに直接突っ込ませるという、自分達が乗る車両そのものを凶器とした自爆攻撃。

 

失敗のリスクを少しでも避ける為に、助手席の人物がパンクとスピンという事故を装う魔法を放ち、余裕を与えられた運転手が絶好のタイミングで自爆攻撃を仕掛ける。

 

そして実際に魔法の発動タイミングは絶妙だった。

 

バスとオフロード車が最も接近した瞬間に、オフロード車はガード壁を飛び越えた。

 

たとえバスがフル加速しようと急ブレーキを掛けようと必ず直撃する。勢いそのままに車両はバスへと突っ込み、中にいる生徒達を死傷させる。

 

彼らにとって最高の、一高の生徒達にとって最悪のタイミングだった。

 

 

 

――オフロード車が、直接バスに向かっていったのなら、という話だが。

 

 

 

「――!?」

 

空中にいるオフロード車の車内からは、バスの運転手の驚愕した顔すら見て取れる。

 

そして、バスの運転手からも、オフロード車の運転席にいる男の驚愕した顔が見て取れたことだろう。

 

オフロード車は、運転手が設定した方向とは違う方向へと飛んでいった。

 

バスへと突っ込む軌道を描くハズだった車両の軌跡がずれ、バスの前方の地面に衝突しようとしている。

 

(外した!? いや違う!!)

 

魔法式は正常に発動した。

 

ならば()()()に考えられるのは加速系魔法を行使した直後に、移動系魔法を掛けられたということ。

 

魔法の行使を隠すために加速系魔法のみを発動したのが裏目に出たか、と男は後悔する。

 

尤も、移動系魔法を組み合わせて着地地点をバスに設定したところで、バスからオフロード車が『離される』という結果に変わりは無い。

 

その場合は男の驚愕は更に大きくなり混乱の域に達したことだろうが。

 

バスからオフロード車に対して『離れ』を行使した人物は雅季だ。

 

雅季の『離れと分ちを操る程度の能力』は、起動式要らずの想子(サイオン)霊子(プシオン)の複合術式。

 

オフロード車のような物質的なものから想子(サイオン)のような非物質粒子、そして魔法式のような情報すらも離して分つ、概念の次元で作用する幻想を含んだ“魔法”。

 

魔法式そのものを情報体(エイドス)から分ち離すことすら可能な雅季に、移動系魔法を織り込んだ所で無意味だ。

 

そんな事を知る由もない男は、反射的に第一プランの失敗を悟った。

 

(だが!)

 

バスへの“直接攻撃”は失敗したが、まだ次のプランがある。

 

燃料のエタノールによる燃焼爆発。本来なら直撃後に発動させるハズだった魔法。

 

それでもバスの眼前で爆発すれば、生徒への被害は免れえない。

 

このオフロード車も従来通り安全第一で燃料が爆発しないよう設計されているが、事故には想定外が付き物。

 

そして警察も、偶然エタノールと空気の混合率が最も爆発に適した比率になっており、何らかの要因で引火して爆発したと結論付けるだろう。

 

想子(サイオン)残留を残さず、最小の出力で魔法を行使できるよう彼らは訓練されている。

 

魔法が作用したと思わせなければ、それは事件ではなく不幸な事故となる。

 

そして男は第二プランを、最後にエタノールを爆発させる役目を負っている助手席の男へと振り返り。

 

――我が目を疑った。

 

この崇高な使命の最終段階、自分達の名誉の殉死が掛かった最も重要な局面であるにも関わらず。

 

助手席の共犯者は、意識を失っていた。

 

「――」

 

運転席に座る男が何を言おうとしたのか、誰にもわからない。

 

ここにきて致命的な失態を犯した不甲斐ない共犯者への罵倒か。

 

同じ訓練を積んだはずの男が何故気を失っているのかという疑問の声か。

 

現実は男が何かを発する前に、オフロード車が地面に衝突した衝撃が男の全身を叩き付ける。

 

その瞬間、男の意識が急速に遠くなる。

 

まるで意識が現実から『離れて』いくような感覚を最後に、隣の人物と同様に気を失う。

 

彼らの意識が現実に戻ってくることは永遠に無かった。

 

 

 

 

 

 

 

衝突による衝撃が原因、のように見せかけて、意識を『離させる』ことで二人の意識を失わせた雅季は、そこで取り敢えず干渉を止めた。

 

いくら『能力』が感知され難いとはいえ、あまり衆人環境の目前で、特に魔法師達の目の前で『能力』を行使することは宜しくない。

 

魔法よりも遥かに速い速度、高い干渉力とキャパシティを持つ『能力』の事が露見すれば、非常に面倒なことになるのが目に見えている。

 

それ以外にも、ただでさえ結代家の一族の魔法力は十師族を凌駕しているのだ。

 

結代家が国家戦力として数えられるなど真っ平御免被る、況してや()()()()の頂点に君臨するなど論外。

 

結代家は結びと紡ぎの系譜。それ以外の何者でもなし。

 

それが結代家の総意であり、天御社玉姫の願いであり、そして()()『月の都』の上層部が望んでいることだ。

 

それに、六代前の『結び離れ分つ結う代』がやらかした、尤も結代家の立場で言えば「よくやった」と評される「とある出来事」のおかげで、月の都と結代家は非常に複雑な関係にある。

 

そんな中で月の都を下手に刺激するのも避けたい。

 

まあ、少し前に雅季が霊夢を迎えに月の都に赴いたこともあったが、あれは今代の『結び離れ分つ結う代』である雅季の顔見せの意味もあったので、特に問題にはならなかったが。

 

(後は周りに任せるか。最悪の時は、ぶつかる前にほんのちょっと『離して』やればいいか)

 

周囲で短い悲鳴が上がる中、雅季が暢気にそう考えた瞬間、バスに急ブレーキが掛かる。

 

シートベルトをしてなかった雅季は、当然ながら慣性の法則に従って前のめりになり、

 

「ぐえっ」

 

前の座席に顔を突っ込ませて、カエルが潰れたような声を上げた。

 

 

 

ただ一人だけ事態を楽観視している雅季とは対照的に、周囲は一瞬にして極度の緊張感に包まれた。

 

バスが急ブレーキを掛けたおかげで直撃は避けられた。

 

だがまだ危機が去った訳ではない。

 

地面に衝突したオフロード車は、車体を大きく歪ませ炎上しながらバスへと向かってくる。

 

その中で真っ先に動いたのは森崎だ。

 

得意の『早撃ち(クイックドロウ)』で即座に特化型CADを構えて、誰よりも早く魔法を構築する。

 

「止まれ!」

 

反射的に出た怒声と共に発動させようとした魔法は、ベクトルを反射させる加速系魔法。

 

だが、その魔法式が完成する事は無かった。

 

「吹っ飛べ!」

 

「止まって!」

 

コンマ数秒遅れで、花音と雫が魔法を行使したのに気付いたため。

 

(しまっ――!?)

 

「バカ、止めろ!」

 

摩利の制止を聞くまでも無く、森崎は失敗を悟ると同時に魔法をキャンセルする。

 

だが未完成の魔法式はオフロード車に残ったままだ。

 

森崎と花音と雫、三者の魔法式がオフロード車に重ね掛けされ、相克を起こす。

 

炎上しながら迫り来るオフロード車を止めるには、三人の魔法を圧倒する魔法が必要だ。

 

もはや下手な魔法は余計に事態を悪化させる結果にしかならない。

 

「十文字!」

 

摩利が呼びかけた相手、十文字克人は既に魔法を発動させる態勢を整えていた。その顔色に焦りを浮かべながら。

 

摩利や克人が必死で打開策を練り、「まずいか?」と感じた雅季が再び『能力』を行使するか逡巡する中、

 

「わたしが火を!」

 

深雪が立ち上がり、消火用の魔法を構築する。

 

それを見た克人が、車両を止める防壁用の魔法を構築する。

 

消火と衝突防止の役割分担はここで決まる。

 

後は相克の問題、そしてこれも即座に解決した。

 

圧倒的な想子(サイオン)の量で作られた不可視の砲弾が、オフロード車に投写されていた魔法式をまとめて吹き飛ばした。

 

その直後、狙っていたかのように深雪の消火魔法が発動し、そして克人の防壁がオフロード車の衝突を拒んだ。

 

『事故』による二次災害の被害者となることは何とか回避され、安堵の溜め息が彼方此方から漏れた。

 

 

 

 

 

 

同時刻、横浜某所。

 

「……失敗だと?」

 

「は、はい! バスに被害は無く、生徒達も全員無傷、とのことです」

 

「役立たず共め!!」

 

報告を聞いた幹部の一人が円卓を思いっきり叩く。

 

テーブルの上に置かれた人数分の高級茶がひっくり返り、白いテーブルクロスを汚していく。

 

報告に来た部下は幹部達の怒りに身を震わせ、一礼するとそそくさと退室していった。

 

「バスに突っ込むことも燃料を爆発させることも出来ないとは、使えん奴らだ」

 

「確かに、最初の一手は失敗に終わった。だがまだ手は幾らでもある」

 

「その通りだ。無能のことは忘れて、次の手を打つとしよう」

 

「なに、大会はまだ始まってすらいない。それに大会委員会への工作は既に済んでいる。一高が優勝することは有り得ない」

 

彼らは落ち着きを取り戻すと、部下を呼んで高級茶を淹れ直させる。

 

一高が敗北した時に得られる莫大な富の話に華を咲かせる彼らの脳裏から、自爆攻撃を仕掛けた二人のことは既に忘れ去られていた。

 

 

 

 

 

 

技術スタッフ達がオフロード車へ駆け寄り事故の処理を進めている中、十文字克人は無言のまま、窓から残骸と化したオフロード車を見つめていた。

 

(あれは、一体……?)

 

あのオフロード車がガード壁を乗り越えた瞬間、卓越した空間掌握能力を持つ克人は、ほんの一瞬だけ万有引力の分布の変動を知覚した。

 

或いは気のせいだったかもしれないと思える程、ほんの一瞬で、ほんの僅かな質量の変化。

 

(錯覚、だったのか?)

 

そして、それが一体どんな「力」なのかも、克人にはわからなかった。

 

 

 




結代雅季と服部刑部、市原鈴音は、価値観の相違から相性は悪いです。

服部は魔法師である事に誇りを持ち、鈴音は第一高校への深い愛校心を持っています。

二人からすれば、魔法を軽視し、九校戦より演出魔法を優先した雅季に良い感情は抱けないでしょう。

九校戦もルナティックモード、目指します(笑)

最後に克人が感じた「力」は、雅季の「離れ」です。

その正体は、いつか本編の中で語らせて頂きます。

あと月の都と結代家の複雑な関係も、そのうち(汗)

次回は雅季の弄りで森崎の強化フラグが立つ、かも?


《オリジナルキャラ》
離神(りじん)(?)


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第24話 異才なる解明者

後の森崎家最強の男、森崎駿の強化フラグが立ちました。

そして原作最強の男、司波達也のチートぶりが解禁されました。


不運な『事故』によって足止めを食らった一高だったが、警察の聴取を含めても一時間も経たないうちにバスは再出発した。

 

バス内ではやはりというべきか、生徒達の間では先ほどの事故の話題が多数を占めている。

 

そんな中で、“今の時点”までは事故の話題に触れていない一年生が二人。

 

携帯端末を弄っている結代雅季と、その隣の窓際の席で顔を外に向けている森崎駿だ。

 

「サイオン波レーダーの改良工事が完了したスーパーカミオカンデ・ネオⅤ、観測を再開。魔法の登場により破綻した大統一理論の再構築検証へ。へー、カミオカンデがまた動き出したんだってよ」

 

身近な事故よりも壮大なスケールの話題を森崎に振る雅季。

 

「……相変わらず宇宙好きなんだな、お前」

 

顔は外に向けたままだが、森崎は雅季に答える。

 

「まあね、宇宙は最大にして最古の“幻想(ロマン)”だぞ」

 

「……そうか」

 

そこで会話は途切れる。先ほどから何度も繰り返されているやり取りだ。

 

心ここにあらずといった様子の森崎。その心の中では先ほどのミスのことを考えているのだろう。

 

(やれやれ)

 

森崎個人の問題として触れずにいたが、どうやら立ち直るのに苦労しているようだ。

 

「なあ、駿。お前が何を考えているか、当ててやろうか」

 

故に雅季は、先ほどから自粛していた話題に踏み込んだ。

 

一見して森崎は何の反応も示さない。

 

「さっきの事故の時――」

 

だが雅季がそう口にすると、森崎の肩がピクリと一瞬動く。

 

そして――

 

「車両より先に、あの二人を無力化していれば、と」

 

「全然違う!!」

 

条件反射でツッコミを入れた。

 

「む、惜しかったか?」

 

「惜しくもない! というか目的と手段が逆転してるだろ!」

 

「そうかなー? 何事も丸く収まる、そんな実績のある問題解決手法なんだけどなー」

 

「どんな解決の仕方だ!!」

 

幻想郷的異変解決法。

 

とりあえず目の前に現れた奴は退治しながら元凶を叩く。

 

「まったく……」

 

森崎は疲れたように首を振って、

 

「まだまだ足りない、そう思っていただけだ」

 

気がつけば自らの内心を吐露していた。

 

「あの時、もっと的確に状況判断が出来ていれば事態はもっと簡単に収まったんだ。単なる早撃ちだけじゃ今回みたいな誤射も何回だって起こり得る」

 

雅季が無言で聞き入る中、森崎は小さく肩を落とし、

 

「今の僕に足りないのは、状況判断能力だ」

 

嘆くように、半ば自分自身に向けてそう言い捨てた。

 

的確な状況判断を行いながらの早撃ちとは、困難を通り越してもはや矛盾していると、森崎自身も自覚している。

 

だが、先ほどの失敗は下手をすれば大惨事を招いていたのだ。

 

それを考えるとある程度は得意の、矜持とも言える早撃ち(クイックドロウ)を犠牲にする必要もあるのかもしれない。

 

森崎は、そう考えていた。

 

「まあ、それもいいとは思うけど……」

 

雅季は、そうは思わなかった。

 

「何だよ?」

 

森崎は雅季の方へ顔を向け――久々に、真面目な目をしている雅季を見て、少なからぬ驚きを覚えた。

 

「俺の勝手な思いだから、聞き流してもらっても構わないけど」

 

そう前置きをする雅季の目を、森崎は何度か見たことがある。

 

それは結代東宮大社での神事や結婚式、つまり『結代』として活動している時の目だ。

 

「それだと駿らしさが無いなってね」

 

「僕、らしさ?」

 

驚きをひた隠しながら森崎が問い返すと、雅季は頷き、

 

「名は体を表す」

 

そんな故事を口にした。

 

「今時はそこまで“強い”意味は持たなくなったけど、それでも名前は“深い”意味を持つ」

 

時たま雅季はこのように奇妙なことを言葉にする。

 

森崎にとって、雅季の言っていることの意味はわかるが、それを本当の意味で理解できたことは一度もない。今回もそうだ。

 

「『駿』という名が表すのは、誰よりも早く、誰よりも速きこと。駿の持ち味はそれ」

 

森崎にわかるのは、ただ結果のみ。

 

「今回の場合なら、あの二人が魔法を使おうと思った時には既に終わっている。そっちの方が駿らしい結果だよ」

 

そう言って、雅季は少年のように笑った。

 

――誰よりも早く、誰よりも速きこと。

 

その言葉が何故か森崎の心に強く残る。まるでそれが最適解であるかのように。

 

「……だが、それだとまた誤射をする可能性だってあるだろ?」

 

「いいんじゃないの、今はしても」

 

「は?」

 

あっさりと言い放たれて、森崎は言葉を失う。

 

「咄嗟の状況判断なんて結局は経験の問題。警備会社で実戦を経験していようと十六年の歳月で得られるようなものじゃないって。特に駿は考えるより身体動かしている方が得意そうだし」

 

「お前が言うな、魔法理論ランク外」

 

「まあ、それは置いといて」

 

ジト目で睨まれて、雅季はさっさと話を進める。

 

「駿の場合は、そのうち考えるより先に身体が最適な動きをするようになるさ。夢想剣ならぬ夢想撃ちってね。それまでは今回みたいにフォローしてもらう必要があるけど」

 

それに、と雅季は続けて、

 

「駿の魔法は相手を倒すんじゃなくて無力化することを前提とした、後遺症も致命傷も残さない“優しい”魔法。たとえ人を相手に誤射しても、取り返しのつかない事にはならないよ」

 

(映姫様から見ても魔法師では珍しい冥界行きだろうし、多分)

 

と、雅季は内心で続ける。

 

一方の森崎は、別の意味で絶句させられていた。

 

(……よくもまあ、そんな事を億劫も無く平気で口に出来るよな)

 

せいぜい心の中でそんな弱い毒を吐くのが精一杯だった。

 

やはり森崎駿は、結代雅季が“苦手”だ。

 

それを再認識した森崎は、背けるように再び窓の外に顔を向けた。

 

(誰よりも早く、誰よりも速い、か……)

 

 

 

後にそれが、森崎家歴代最強と評されるようになる森崎駿の、その根幹を成す言葉となるとは森崎自身も今の時点では思いも寄らなかった。

 

 

 

 

 

 

一高の選手団を乗せたバスが宿舎のホテルに到着したのは昼過ぎ。

 

ホテルといっても演習の視察などに訪れる高官達を宿泊させる為の施設、つまり立派な軍事施設であり、お客様サービスを提供する場所ではない。

 

なので、荷物の運搬は生徒達自身が行う必要がある。

 

技術スタッフである司波達也は、深雪と会話をしながら作業車から機材を取り出し、台車に乗せていく。

 

「では、先程のあれは、事故では無かったと……?」

 

尤も、会話の内容自体は談笑と呼ぶには程遠い深刻なものであったが、

 

二人の周囲には誰もいない。第三者がいれば到底出来ないような話だった。

 

「小規模な魔法が最小の出力で瞬間的に行使されていた。魔法式の残留想子(サイオン)も検出されない高度な技術だ。専門の訓練を受けた秘密工作員なんだろうな。二人とも、使い捨てにするには惜しい腕だ」

 

「二人……使い捨て……」

 

達也の発した単語に、深雪の中で一つの推論が導き出される。

 

「では、魔法を使ったのは……」

 

問いというよりも確認の意味を持った深雪の質問に、達也は頷いた。

 

「犯人の魔法師達は、運転手と助手席の二人。つまり、自爆攻撃だよ」

 

「卑劣な……!」

 

同情するのではなく命じた者への憤りを覚えた深雪に、達也は満足げに頷く。

 

「尤も――」

 

そして、宥めるように深雪の肩を軽く叩きながら、

 

「単純にそれだけじゃないようだ」

 

達也はイデアにアクセスして周囲を厳重に警戒しながら、表情を引き締めて、真剣な口調でそう続けた。

 

雅季に誤算があるとすれば、それは――。

 

「今回の『事故』で、不可解な点が二つある」

 

「不可解な点、ですか?」

 

「まず一つは、車両がガード壁に激突した際、助手席の人物が頭を打ったわけでも無いのに気を失っている。同じ訓練を受けたであろう運転手の方は意識がハッキリとしていたにも関わらず、ね。そして運転手の方も、車両が地面に落ちた時に同じように気を失っている」

 

「それは……」

 

「誰かが意図的に意識を奪った。偶然という可能性も否定出来ないが、俺はそう考えている」

 

過去にも及ぶ『知覚』を持ち合わせる、司波達也という異能(イレギュラー)の存在だろう。

 

「待ってくださいお兄様。それでは、その術者は事前に事故を、いえ事故を装ったテロを察知していたということになりませんか?」

 

深雪の指摘に、達也は頷いてみせた。

 

「古式魔法には、精霊を用いて離れた位置にいる他者の感情を知ることが出来る魔法もある。その術者は自分達に向けられた悪意を感じ取ったのかもしれない」

 

「では、その術者は古式魔法の使い手であると?」

 

「そこがもう一つの不可解な、そしてより重要な点なんだ」

 

達也は今まで以上に声を潜め、更に深刻さを増した声で言葉を続けた。

 

「車両がガード壁に激突した時、運転手が放った魔法は加速系魔法。行使された魔法式からして、本来なら車両はバスに直撃するはずだったんだ」

 

深雪が声にならない驚きを上げる。

 

もしそれが本当ならば、非常に拙いことになっていたかもしれない。

 

おそらく結果的には、たとえ直撃コースだったとしても車両はバスにたどり着かなかっただろう。

 

深雪へ害なすものを達也が傍観するのは絶対に有り得ない。

 

間違いなくその前に達也の『雲散霧消(ミスト・ディスパーション)』が車両ごと消滅させたはずだ。その場合、機密保持という観点では致命的だが。

 

だが、それは今や『たられば』の話。現実には起こり得なかったIF。

 

「実際には車両は運転手が設定した方向とは違う、バスの前方へと飛んでいった」

 

「移動系魔法で軌道をずらした? もしくは横方向へ加重を加えた?」

 

考える素振りを見せながら、深雪が()()()な推論を口にする。

 

だが達也は首を横に振った。

 

「調べてみたが、あの時魔法を使っていたのは車両に乗っていた二人のみ。そして、それらしい魔法の形跡も残っていない。つまり、()()()()()()()魔法は使われていなかった」

 

「そんな――!」

 

一瞬声を抑えることも忘れて、深雪は慌てて口を噤む。

 

怪しまれないよう周囲を見回すが、深雪の様子を訝しんでいる者はいない。変わらず深雪の姿を遠巻きに目で追っているだけだ。

 

二人は何事も無かったかのように、達也は機材を載せた台車を押して歩き始め、その左一歩後ろを深雪が続く。

 

「魔法は使われていなかった。だがその代わりに、別の『力』が働いていた」

 

「別の力、ですか……?」

 

二人は歩きながら話を再開する。

 

「ああ。かなりイデアの深くまでアクセスすることで、僅かな断片だけ捉えることが出来た」

 

「それは、どのようなものなのでしょうか?」

 

「現代魔法は魔法演算領域で魔法式を構築、それをイデアへと出力し、イデア上にある指定されたエイドスの情報を書き換えることで事象改変を行う。古式魔法も発動経緯が異なるとはいえ、事象を書き換えるという点では同じだ」

 

達也の言った内容は、初歩的な魔法の定義。それを前置きにして、

 

「だが、あの時の『力』は、その程度のものじゃない」

 

鋭い眼光を放ちながら、警戒心を剥き出しに達也は言い放つ。

 

「あれは、あの『力』は、()()()()()()をイデア上で動かしていた」

 

それがどういう意味なのか、深雪は一瞬理解できず、僅かな後に愕然とした顔で達也を見た。

 

情報体(エイドス)が動いたから結果的に情報が改変され、現実世界で車両が動いた。あくまで俺の主観の感覚でしかないが、あれは事象に付随する情報を書き換えるのではなく、まるで“事象そのもの”を操っているようにも思えた」

 

「……そんなことが、可能なのでしょうか?」

 

いくら達也の言とはいえ、半信半疑というより信じ難いのだろう、深雪が尋ねる。

 

達也が語った通り、魔法師は情報体(エイドス)に魔法式を投写し、情報を改変することで現実での事象を改変させる。

 

その情報体(エイドス)が動けば、投写した魔法式も付随して動く。

 

つまり、()()()()()()()を動かせる、ということになる。

 

術者の魔法が、設定した場所とは違うところで発動する。

 

それは「魔法式は魔法式に作用しない」という常識を覆すどころの話ではない。

 

達也の『雲散霧消(ミストディスパージョン)』も、深雪の『コキュートス』も、その相手には決して届かないということなのだから。

 

「俺にわかったのは、その力がどんな作用をもたらしたのか、という一点だけ。その方法も、魔法式も、術者も、何一つ俺にはわからなかった」

 

落胆に肩を落としながら、達也は頭を横に振る。

 

「ですが、そこまでお分かりになられたのはお兄様だからこそです。他の者ではそんな“恐ろしい力”が働いたことすらわからなかったことでしょう」

 

そこへすかさずフォローを入れてくる深雪に、達也は苦笑して台車から手を離して深雪の頭を軽く撫でる。

 

心地よさそうに目を細める深雪。途端に突き刺さる周囲からの嫉妬の視線が、今はむしろ現実味を感じることが出来て安心できた。

 

「一高の選手、作戦スタッフ、技術スタッフは全員で五十二人。その中で俺と深雪を除けば五十人」

 

撫でていた手を離して、達也は再び台車を押し始める。

 

深雪が名残惜しそうな顔をしていたが、泥沼に嵌りそうなので敢えて無視する。

 

「おそらくその中に、事前に相手が事故を装った自爆攻撃を仕掛けてくると知り、今回の事故を中途半端に防いだ人物がいる。あの未知の力の制約上、中途半端にならざるを得なかったのか、或いはわざとそうしたのか」

 

「わざと、というのは?」

 

「たとえばその力を隠すために、とかな」

 

達也は顔だけ深雪の方へ振り向くと、

 

「いいか、深雪。この事は他言無用だ。決して誰にも言ってはいけない」

 

この上ないほど強い口調で、口止めを命じた。

 

「俺たちが知っていると知られた場合、相手がどう出るか不明だ。どんな『力』なのか、対抗手段があるのか、それがわかるまでは情報収集に徹するしかない」

 

「叔母様にも、ですか?」

 

「ああ。俺も少佐や師匠にも言うつもりは無い。俺たちの知らない『力』の持ち主だ。どこに目と耳があるかわからないからな」

 

(どうやら俺は、厄介なパンドラの箱を開けてしまったようだ)

 

達也としてはそう思わざるを得ない。

 

今回は事故の件で結果的に助けて貰ったこともある。

 

箱から飛び出したのは『災厄』だけでなく『希望』もだと信じたいところだ。

 

(少佐からの忠告の件もある。深雪の身辺には充分に気を付けなければ)

 

九校戦を前に香港系犯罪シンジゲートが暗躍しており、それが四月のブランシュの件と繋がっている可能性が高いとの連絡を、達也は風間少佐から聞かされている。

 

九校戦、ブランシュ、犯罪シンジゲート、そして未知な力を使う正体不明の人物。

 

達也は、波乱の予感を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

雅季はバスから降りた後、ホテルの前で富士の山を見つめていた。

 

現実であって今なお人々に幻想を与える、現実と幻想の霊峰。

 

八ヶ岳と喧嘩をしようと。

 

いはかさの呪いが時効を迎えようと。

 

歌聖が我が身を省みる歌を詠おうと。

 

昔も今も、富士はそこに在る。

 

「何しているんだ雅季、さっさと行くぞ」

 

「ん、ああ、すぐ行く」

 

森崎に呼ばれて雅季は振り返り、ホテルへと向かって歩き出す。

 

 

 

富士の山は、現実として認知されながらも、人々に幻想を抱かせる。

 

現実でありながら幻想に近いこの場所で、少年少女達は魔法を競い合う。

 

九校戦が、もうすぐ始まろうとしていた――。

 

 

 




森崎に足りないものは、それは!

情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ!

そしてなによりもォォォオオオオッ!!

速さが足りない!!

というわけで森崎君に「speedy(スピーディー)」を追加したいと思います。



迷宮なし、というか証拠も要らない名探偵!

その名は、司波達也!

事象の解析チートは本作でも健在です。



それとさり気なく設定の一つ、「雅季は宇宙好き」を開示しました。

上海アリス幻樂団の『大空魔術』は名曲揃いだと作者は思っています。


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第25話 パーティー

難産でしたが、何とか出来ました。
今回は吉田幹比古と九島烈の登場です。



 

競技の開会式が八月三日であるにも関わらず、八月一日に魔法大学附属高校の全九校が揃ったのは、この日の夕方に立食パーティーが行われる為だ。

 

多少の欠席者は出るものの、毎年三百人から四百人に及ぶ全九校の選手、スタッフがホテル最上階のパーティーホールに集う。

 

パーティーとはいえ彼ら彼女らは高校生、つまり未成年であり、お酒は出ない。

 

そのことに内心で不満を持っている不良高校生が少なくとも一名、一高にはいた。

 

「お酒は二十歳からってさ、つまり二十年間を無味に過ごせっていう無情な決まりだよな」

 

訂正、内心だけでなく外部へも不満を漏らしていた。

 

「……一応、言っておくけど、未成年の飲酒は法律違反だぞ」

 

何となく無駄だと察しながらも忠告したのは司波達也だ。

 

「では今呑まずしていつ呑むのか?」

 

「五年後だろ」

 

このグウの音も出ない正論は森崎駿。

 

二人の反論に対して「やれやれ」と言わんばかりに肩を落とす不良高校生、結代雅季。

 

ちなみに達也の隣にいる深雪は、まさに「何とも言えない」状態で三人のやり取りを見つめているだけだった。

 

予定通りに始まった建前は懇親会、実質はプレ開会式である立食パーティー。

 

その会場の一角に司波達也、司波深雪、結代雅季、森崎駿の四人が集まっていた。

 

「全く、お酒は心の潤滑油、酒宴は親交を深める儀式。結代家(ウチ)では宴会(えんかい)のことを縁会(えんかい)もしくは縁開(えんかい)とも書くぐらい、合縁奇縁を結ぶ場だと考えているのに。何のためのパーティーだか」

 

雅季は憮然と不満というか愚痴を漏らすと、手に持っているグラスに入ったソフトドリンクを飲む。

 

「結代家が宴会好きなのは身をもって知っているけど、ここであまり公言するなよ。下手すると出場停止になる」

 

呆れと諦めを含んだ視線で森崎が雅季を睨むと、雅季は「わかった」と渋々と不満を抑える。

 

「お飲み物は如何ですか?」

 

「赤ワインを」

 

「わかってないだろ!」

 

尋ねてきたコンパニオンに即答した人物と、それにツッコミを入れた人物が誰なのか、もはや語るまでもないだろう。

 

ちなみに司波兄妹ではないのであしからず。

 

「当パーティーではアルコール類は一切禁止されております。というか、公式の場で飲んだらダメでしょ」

 

前半は形式的な、後半は親しげ且つ呆れた口調でそう答えたのは、四人の見知った人物。

 

「エリカ」

 

「関係者って、こういうことだったのね」

 

「フフン、ビックリした?」

 

悪戯が成功したかのように笑っている千葉エリカだ。

 

「……まあ、確かに驚いたけど」

 

エリカの問いに、達也は複雑な表情を浮かべて言葉を濁す。

 

場所が場所だけに、この場に関係者として入り込めたことに本当ならもっと驚けたのだろうが……。

 

「間が悪かったわね、エリカ」

 

「やっぱり、そうよね」

 

深雪の言う通り、最初のインパクトが薄れてしまったため、驚きも半減だった。

 

そして、三人の視線は自然とインパクトを薄めた元凶へと集まる。

 

雅季と森崎の二人へと。

 

「ちょっと待て、僕は違うだろ!」

 

「何言っているのよ、アンタも同罪よ」

 

森崎の抗議は、エリカに切って捨てられた。

 

 

 

 

 

 

同罪扱いされた森崎が事故のとき以上に落ち込んだり、エリカが幼馴染を連れてくるため突然踵を返して軽やかに立ち去ったりとした一幕の後、

 

「深雪、ここにいたの。それに結代君と森崎君も」

 

「達也さんもご一緒だったんですね」

 

エリカと入れ替わるかたちでやって来たのは雫とほのかだ。

 

「他のみんなは?」

 

「あそこよ」

 

深雪が尋ねると、ほのかが会場の一角を指差す。

 

そこには一高の男子生徒達、そして一年女子生徒達が集まっており、深雪が振り向くと慌てて目を逸らした。

 

「深雪の傍に寄りたくても、達也さんがいるから近づけないんじゃないかな」

 

雫の推測に、達也は呆れた声を上げる。

 

「何だそりゃ。俺は番犬か?」

 

「みんなきっと、達也さんにどう接していいのか戸惑っているんですよ」

 

ほのかのフォローを聞いて、不屈(というより慣れ)の精神で立ち直った森崎は「そうかもな」と心の中で呟く。

 

自分もそこにいる非常識に出会っていなければ、プライドが邪魔をして司波達也を認められず、もしかしたらあの中にいたのかもしれない。

 

それを考えると自分でも変わったな、と森崎は思う。

 

森崎の父親はそれを「いい変化だ」と満足げに頷いていたが、それがどう良い変化なのか森崎には今もわからない。

 

そこで森崎はふと気付いた。

 

(ん、待てよ? この状況……)

 

「バカバカしい。同じ一高生で、しかも今はチームメイトなのにね」

 

森崎の思考を遮ったのは、この場にいなかったという意味での新しい声だ。

 

「千代田先輩」

 

達也が新たに輪に加わってきた人物の名を呼ぶ。

 

一高の二年生、千代田花音(ちよだかのん)だ。そのすぐ隣には彼女の婚約者である五十里啓(いそりけい)の姿もある。

 

「分かっていてもままならないのが人の心だよ、花音」

 

「それで許されるのは場合によりけりよ、啓」

 

「どちらも正論ですね。しかし、今はもっと簡単な解決方法があります」

 

ともすれば主張の言い合いにまで発展しかねない両者の会話に、当事者である達也が口を挟む。

 

そして、深雪達の方へ振り返る。

 

「深雪、皆の所へ行っておいで。チームワークは大切だからね」

 

「ですがお兄様」

 

「後で俺の部屋においで。俺のルームメイトは機材だから」

 

不服そうな深雪。ほのかと雫も顔を見合わせる。

 

そして、不承不承といった様子で深雪が肯定の言葉を返そうとして、

 

「確かに、チームワークは大切だよなー」

 

いつの間にか達也の背後に回っていた雅季が、逃がすかと言わんばかりに達也の肩に手を回した。

 

「というわけで、達也も行くぞ」

 

「……いや、俺が行ったら本末転倒だろ」

 

突然の誘いに、達也は困惑しながら言葉を返す。

 

達也は自分が『異端』であることを自覚している。

 

故に、あのように避けられるのは仕方がないとも。

 

だが、その程度の自称他称の『異端』など、今なお幻想を紡ぐ『結代』の前では極めて些細なことに過ぎない。

 

「大丈夫、大丈夫。戸惑いだろうが嫉妬だろうが忌避だろうが、まとめて吹き飛ばす“魔法”みたいな話題に心当たりがあってね」

 

ニヤリと口元を釣り上げる雅季。

 

「結代を見くびってもらっちゃ困るな」

 

達也は益々困惑し、深雪を含めた他の者は目を丸くして、達也と雅季を交互に見遣る。

 

そんな中で森崎だけは「やっぱり」と小声で呟く。

 

近い距離にいながら、縁遠い間柄の者達がいる。

 

そのような状況下で、縁を結ぶ系譜の直系にして、何より『結代』である雅季が動かないわけがないのだ。

 

結代家が結ぶ縁は、何も男女間の恋愛成就だけではない。

 

たとえば歴史上でも、後に政治的才覚の無さから悲劇の武将として知られる人物が、配下の郎党達と共に淡路島の大八洲結代大社で主従の変わらぬ縁を祈願したという逸話は有名だ。

 

恋慕、友情、忠義。人と人の縁は、その数も種類も人の数だけあり、それらを等しく結ぶのが結代家だ。

 

雅季に連行されるかたちで、達也は一高の輪へと足を踏み入れる。

 

達也と、達也を連れてきた雅季に注がれる、無数の戸惑いと一部からの忌諱や敵意といった負の視線。

 

二人のすぐ後ろには、心配そうに見守る深雪、ほのか、雫の三人。

 

その隣には興味津々な様子の花音と五十里、そして何故か達也に同情の眼差しを向けている森崎も一緒だ。

 

自然と一高選手団の大半の視線が達也と雅季に集まり、囁き以上の会話が無くなる中、

 

「さてと、達也よ――」

 

雅季は悪童のようなイイ笑顔で、

 

「たまにはお前と司波さんの“プライベート”な話でも聞かせてもらおうか?」

 

“魔法”の話題、別称“爆弾”を投下した。

 

 

 

――その瞬間、忌諱と敵意は激しい動揺に打って変わり、戸惑いは圧倒的な好奇心にかき消された。

 

 

 

「プッ――!」

 

「……成程」

 

思わず噴き出したのは花音で、小声で納得したのは雫。

 

ついでに五十里は苦笑、ほのかは他の生徒と同様に好奇心に目を輝かせ、森崎は同情を更に深くするなど各々の反応を見せる。

 

そして、話題のネタにされた達也と深雪はというと、

 

「……」

 

「……」

 

両者とも、開いた口が塞がらなかった。

 

「あ、それ聞きたい! ねえ司波くん、家での深雪ってどんな感じなの?」

 

達也が絶句している最中、早速乗っかってきたのは明智英美だ。

 

それを皮切りに同級生、上級生問わず質問を浴びせてくる。

 

「やっぱり家でもお淑やかな物腰なのかな」

 

「司波さんの趣味とか知りたいよねー」

 

「そういや司波、中条から聞いたんだけどFLTのモニター務めてるんだって? あのCAD調整テクを見て思ったんだけど、お前自身も何か開発とかに絡んでたりするのか?」

 

大半は深雪に関するものだが、中には達也への質問もある。

 

その達也に敵意を向けていた一年男子生徒達も、別の意味で強い視線を達也に向けながら耳を傾けている。

 

彼らも気付いたのだ。

 

司波深雪と非常に親しい身内、それは深雪の情報収集源としてこの上ない逸材だと。

 

「さあ、キリキリ吐け。吐いたら楽になるぞ」

 

「……俺はどこの犯罪者ですか」

 

風紀委員会の先輩である辰巳鋼太郎(たつみこうたろう)の、面白がりながらもまるで容疑者に対するような物言いに、達也はそう返すのがやっとだった。

 

 

 

 

 

 

吉田幹比古を連れて戻ってきたエリカは、予想外の光景に目を丸くした。

 

先程まで孤立していた達也が、一高の輪の中に入っているのだ。驚くなというのは無理がある。

 

尤も、こうやって第三者視点で見ていると、談笑というより何故か達也が質問責めにあっており、達也はその対応に四苦八苦しているようにも見える。

 

というよりそのままの状況だ。

 

ちなみに深雪は生徒会役員として他校との挨拶に駆り出されているのであの場にはいない。

 

「あれ、どんな状況だと思う?」

 

「今さっきここに来たばかりの僕にわかるわけないだろ」

 

エリカの問いに幹比古はぶっきらぼうに答えるも、どこか安堵しているようだ。

 

幹比古の今の格好は白いシャツに黒いベスト、一言で言えばウェイターの格好をしている。

 

幹比古は、初対面の相手に今の自分の格好を見られたくないのだ。

 

「お、エリカ。戻ってきたのか」

 

だが、その望みは儚く消え去った。

 

知己の縁を感じることでエリカが戻ってきたことを察した雅季が、輪から抜け出し、エリカと幹比古の下へと歩み寄ってきた。

 

「あ、雅季。あれってどういう状況?」

 

「達也なら妹効果(ドーピング)のおかげで人気急上昇の真っ最中」

 

「……わかったような、わからないような。とりあえず深雪関連でああなったと」

 

「その通り」

 

九割以上は雅季のせいなのだが、張本人はいけしゃあしゃあと言い放つ。

 

「それで、そちらさんが例のミキ君?」

 

「幹比古、僕の名前は吉田幹比古だ。ミキっていうのはエリカが勝手に呼んでいるだけだ」

 

雅季が幹比古に視線を変えて尋ねると、幹比古は不満そうに答える。

 

それを聞いた雅季は顔を俯かせて「吉田幹比古……」と小声で呟き、すぐに顔を上げると再び幹比古に尋ねた。

 

「じゃあヨッシーとミッキー、どっちがいい?」

 

「何の話!?」

 

「呼び方。ミキが嫌だって言うからちょっと考えたんだけど」

 

「どっちもダメに決まっているだろ!」

 

「やっぱり知的財産の問題かー」

 

「それ以前の問題だよ! 普通に幹比古って呼んでくれよ!」

 

どこかで見たことがあるような反応を示す幹比古。

 

もしこの場に同級生の某人物がいれば、幹比古と篤い友情を交わしたことだろう。

 

ちなみにその人物はすぐ近くにいるが、今は他の一高男子生徒と共に情報収集に励んでいる。

 

ついでにエリカはというと、お腹を抱えて必死で笑いを堪えている。

 

「じゃあ幹比古で。俺は結代雅季、雅季でいいよ。よろしく」

 

何事もありませんでした、と言わんばかりに自己紹介をする雅季に、幹比古は奇妙な疲れを感じながら「よろしく」と答えた。

 

一方で、雅季は幹比古から間接的な縁の繋がりを感じていた。

 

間接的な縁、これは共通の人物が知り合いであること示す縁である、のだが。

 

(何というか、縁が弱いな。これは一高の生徒じゃなくて、外部の人間に共通の知人がいるってことかな)

 

とはいえ、特に驚くことでもない。

 

雅季も言わずもがな、結代家の交友関係は広い。その中には吉田家も含まれている。

 

吉田家は神祇の術式を伝える古式魔法の名家であり、結代家とも少しばかり付き合いを持っている。

 

それに結代東宮大社の今代の結代、結代百秋(ゆうしろおあき)は吉田家の現当主と幾度か顔を合わせている。

 

「達也はあんな状態だし、僕は仕事に戻るぞ」

 

「あれ、戻っちゃうの、ミッキー?」

 

「僕の名前は幹比古だ!」

 

幹比古とエリカのやり取りを見ながら、「共通の知人って、親父かな?」と雅季は思った。

 

実際にはそれ以上の合縁奇縁があるのだが、この時点では雅季は“思い出すこと”はできなかった。

 

 

 

 

 

 

来賓の挨拶が始まったことで、達也はようやく質問責めから解放された。

 

「お疲れ、達也」

 

輪から一人離れて一息吐いていたところに、両手にジュースの入ったグラスを持った雅季がやって来て、片方を達也に渡した。

 

「……恨むぞ、雅季」

 

達也は恨み言を放ちながらもグラスを受け取る。

 

深雪の好きな食べ物や興味のあることなど根掘り葉掘り聞かれて、更にその中には何故か自分に対する質問もあり、対応に苦労したものだ。

 

尤も――、

 

「でも距離は縮まっただろ?」

 

雅季の狙い通り、それらの問いに律儀に答えていくあたりの達也の人柄は、他者にも伺い知れたことだろう。

 

事実、一年男子はまだぎこちないものの、達也に対する「険」は確実に薄れていた。

 

達也自身も「深雪の話題のおかげで」と誤解はしているものの、自身に向けられる視線の質が変化したことは自覚していた為、何も言わずにジュースを口に含んだ。

 

二人の小声の会話はそこで途切れる。

 

来賓の挨拶中に堂々と会話する程、達也も雅季も礼儀知らずではなかった。

 

……どっちも非常識とは評されているが。

 

来賓の挨拶は続き、何人か終えたところで進行役の司会者が次の来賓の名を呼ぶ。

 

十師族の長老、「九島烈(くどうれつ)」の名を。

 

その瞬間、会場内の空気が一層引き締まったかのように感じられた。

 

(九島烈って、あの時の翁か)

 

雅季は以前、九島烈と一言だけ会話を交わしたことがある。

 

あれは、だいぶ前のこと。

 

「君が結代雅季くんかな?」

 

結代東宮大社の廊下で鉢合わせた際、好々爺を演じてその実、値踏みをするような目をひた隠しながら問い掛けてきた老人。

 

その人物こそが九島烈だ。

 

あの時、九島から感じたものはどちらかというと「悪縁」に近いものがあった。それだけで何をしに結代家を訪ねてきたかは瞭然だった。

 

実際、九島は結代百秋に対して結代家の魔法師コミュニティー入りを要請しに来たのだから。

 

後で聞いてみたところ、向こうはかなりの好条件を示してきたらしい。

 

当然ながら結代家は断ったが。

 

 

 

その九島烈が、壇上へ姿を現し――。

 

 

 

(――へぇ)

 

現れた瞬間のどよめきの中、雅季の九島に対する印象は良い方向へと傾いた。

 

壇上の中央へと歩いていくのは、派手なパーティードレスを纏った金髪の若い女性。

 

九島烈は、その彼女の影に隠れるように歩いていた。

 

登壇する瞬間に会場を覆った小さな魔法は精神干渉系魔法。

 

おそらく会場の大半は、現れた女性へと意識が向いており、九島には気づいていない。

 

派手なものを用意して肝心なものから注意を逸らす、それは手品の基本だ。

 

自然と雅季は口元を緩ませる。

 

これもまた、見事な演出魔法に違いはなかった。

 

ふと九島の目が雅季と、その横にも向けられる。

 

隣を一瞥すると、どうやら達也も気がついているようだ。

 

(手品の演出魔法も、ありだな)

 

雅季がそんな感想を抱く中、女性が横に避けて九島自身にライトが照らされる。

 

再び発生したどよめきは、そこでようやく九島がいることに気付いた者達、この『手品』に気付いていなかった者達のものだ。

 

「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する」

 

九十歳を過ぎたにしてはエネルギッシュに満ちた九島の声で、自然とざわついていた会場が静かになる。

 

「今のはちょっとした余興だ。魔法というより手品の類だ。だが、手品のタネに気付いた者は、私の見たところ六人だけだった。つまり――」

 

面白い魔法を“魅せて”もらったことに内心で拍手を浴びせながら雅季は耳を傾け、

 

「もし私が君たちの鏖殺を目論むテロリストで、来賓に紛れて毒ガスなり爆弾なりを仕掛けたとしても、それを阻むべく行動できたのは六人だけだ、ということだ」

 

一気に興醒めした。

 

(……なんだ、結局行き着くのは“そこ”か)

 

内心の拍手は、溜め息へと変わった。

 

国を守る、その重要性は十分に理解している。

 

自分達の生活を維持することが出来るのも、そもそも日本人が日本人でいられるのも、自らの国があってこそのものだからだ。

 

結代家もこの国で暮らしている以上、その恩恵を受けていることは否めない。

 

故に否定はしない。理解もしている。結代家も縁を結ぶことで人知れず間接的には協力もしている。

 

だが、『結代雅季』個人の思いとして、「本気の暴力」というのは好きになれない。

 

相手を殺す為の魔法、本気の暴力。

 

雅季はそれを楽しそうとは思わないし、きっと大体の人間もそうだろう。

 

それでも人々は魔法という「力」に、破壊力と殺しの効率性を、「本気の暴力」を求める。

何故ならそれが国を守る為に必要な“常識”だから。

 

 

 

――それは、外の世界の人々が“精神的な豊かさ”とは未だ縁遠いということの顕れ。

 

 

 

やっぱり自分は、幻想郷の結代だ。

 

本気の暴力を振るうより、その「本気の暴力」を「弾幕」に変えた幻想郷で、弾幕を作って遊んでいる方が遥かに合っている。

 

九島の挨拶が終わり、会場内の拍手に習って()()()()()()()、雅季はそう思った。

 

 

 

 

 

 

戸惑いながらも満場の拍手を送られた九島烈は、降壇する前に再び会場内を見渡す。

 

そこで、並び立ちながら異なった反応を見せている二人を見つけた。

 

先程の魔法に気付いた、六人のうちの二人。

 

興味を持った目でこちらを見つめている司波達也と、興味を失った目でこちらを見ている結代雅季。

 

壇上を後にした九島の中で、あの対照的な反応をしていた二人の姿が強く印象に残っていた。

 

 

 




原作と違い、達也は孤立しませんでした。
孤立と、質問攻め。
どっちが良かったかについてはわかりませんが(笑)

ようやく吉田幹比古の登場です。
幹比古と森崎は仲良くなるかもしれません。主に被害者の会みたいなもので(笑)
そんなのがあれば達也も入会しそうです。
幹比古にはちょっとした「縁」があります。
どんな縁なのかは、また本編にて。
また彼にはそのうち現代から見た妖怪解釈とか、色々語ってもらう予定(仮)です。

幻想郷はスペルカードルールの浸透によって「本気の暴力」は無くなりつつあります。
霊夢も退治とか言いながら懲らしめるだけですし。
例外は「力が正義」という世紀末的無法地帯、地底ぐらいだぜヒャッハー!
元々幻想郷は「心の豊かさ」を重視しているので、雅季からすれば現代は心の余裕の無い世界だと感じてしまうことでしょう。

次回から競技に入ります。




没ネタ。
「やあ、ぼく幹比古(ミッキー)! よろしくね!」
没になった理由:著作権(嘘)


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第26話 本戦開幕

ようやく九校戦本番に入りました。
今回は雅季と森崎は不在です。
二人はきっと新人戦で頑張ってくれる……かな(笑)
嗚呼、東方成分が足りない(苦)



八月三日、水曜日。

 

この日、『全国魔法科高校親善魔法競技大会』、通称『九校戦』の開会が宣言され、十日間に及ぶ少年少女達の暑い夏の幕が明けた頃――。

 

横浜某所にある高級感の漂う一室に、数人の男が円卓を囲って座っていた。

 

「……始まったか」

 

一人が時計を見て、冷静さを装いながら独り言ちる。

 

それに誰も反応を示さず、いや反応したが故に誰も口を開かず、奇妙な沈黙が部屋を包み込む。

 

今日からが、彼らにとっての運命の十日間。その事実が少なからぬ緊張を強いていた。

 

果たして十日後に天国を見ているか、それとも地獄を見ているか――。

 

「昨夜の工作は失敗してしまったが……」

 

「なに、所詮あれは成功すれば儲けもの程度の工作だ。たいした問題ではない」

 

「その通り。本命の仕込みは既に終えている。そのうちの一つが、ちょうどいま芽吹いているころだろう」

 

幾つもの含み笑いが部屋に響き渡る。

 

やがて余裕を取り戻した一人が、口元を歪ませて嘯いた。

 

「本国でも使用されている軍事訓練用アルゴリズム。高い金を出して手に入れたプログラムだ。はたして一高の選手がどれだけ善戦できるか見ものだよ」

 

 

 

 

 

 

第一日目のスケジュールは『スピード・シューティング』の予選と決勝、『バトル・ボード』の予選の二競技。

 

そのスピード・シューティングの予選――。

 

射出された三つのクレーが、亜音速で撃ち出されたドライアイスの弾丸によって撃ち抜かれる。

 

いま競技を行っている者は一高の選手。生徒会長にして優勝候補筆頭の七草真由美だ。

 

一回の競技におけるクレーの射出数は五分間に百本。

 

現段階で射出されたクレーは四十本を超え競技も中盤に差し掛かっているが、今のところ真由美は全てのクレーを破壊しておりパーフェクトなスコアだ。

 

空中を飛び交うクレーを魔法で破壊する、その寸前に再びクレーが射出される。

 

それを真由美は、魔法を連続行使してタイミングが遅れたクレーを破壊する。

 

外観上は落ち着いた様子で競技に集中しており、傍観者から見れば余裕すら伺えるようにも見える。

 

尤も――。

 

(また!? なんて、やりにくい……!)

 

真由美自身、余裕とは程遠い心境にいた。

 

魔法を行使した直後の、意識の一瞬の隙を突いてくるかのように飛び出してくるクレーや、魔法を発動する瞬間に追加でクレーが射出され一瞬の判断に迷う状況。

 

狙ったかのようにタイミングがズラされ、やりづらいことこの上ない。

 

それでもパーフェクトスコアを保持しているところが、真由美の優秀さを明確に表している。

 

(去年とは間隔が全然違う、タイミングが全然合わない……)

 

二つのクレーがエリア内に飛来し、直後にもう一個のクレーが射出される。

 

二つを破壊してから残る一つを破壊するか、その場合は追加の魔法式が間に合うか。

 

もしくは少し待って三つを標的にした魔法式に切り替えるか、その場合は最初のクレーがエリア外に出てしまわないか。

 

(ええい、ちょこざいな!)

 

およそ女性らしからぬ悪態を心の中で叫び、真由美はまず二つのクレーを破壊し、即座に魔法式を構築してもう一つのクレーを思いっきり破壊した。

 

この時、真由美は決断した。――ブチ切れたとも言う。

 

(とにかく出てきたクレーは片っ端から叩き壊す!)

 

それは言わば精密狙撃銃を乱射するような荒技なのだが……。

 

それでもこうやって成立させてしまうあたり、やっぱり真由美は優秀な魔法師だ。

 

……優秀の定義について異論があるかもしれないが、それは置いておくとして。

 

得意技は精密狙撃ながら、気質は全力全開。

 

『無頭竜』の妨害工作も軍用アルゴリズムも何のその。

 

精神論少女(さえぐさまゆみ)は気合でパーフェクトを達成し、断トツで予選突破を決めた。

 

 

 

 

 

 

スピード・シューティングの予選が終わった段階、まだ九校戦は始まったばかりだというのに、一高の天幕には既に重苦しい雰囲気が漂っていた。

 

天幕の中にいるのは十文字克人、市原鈴音、そして真由美の三人のみ。

 

他の選手やスタッフ達は準備がある者は準備に、他の者は総じて渡辺摩利も出場する男女『バトル・ボード』の予選の応援に行っている。

 

――或いは、スピード・シューティングの予選結果で沈んだ気持ちを、摩利の快活さで吹き飛ばしたかったのかもしれない。

 

「会長の予選突破は計算通りですが……」

 

鈴音の声色には、想定外の結果に対する戸惑いが多く含まれていた。

 

「男女ともに、予選突破は一名のみか」

 

克人の発した事実が、三人の間に沈黙を齎した。

 

スピード・シューティングは選手二十四人中、予選の上位八人が決勝トーナメントに出場できる。

 

一高はエントリー枠を確保していたため男女三名ずつ出場したのだが、結果は克人の言った通り、男女ともに二名が予選落ち。

 

決勝へ駒を進めることができたのは、真由美と男子一名のみだった。

 

「七草、今回の競技で何か気付いた点は無かったか?」

 

個人ではトップで予選を通過したにも関わらず嬉しさの欠片も見せずに(全体の結果を見れば当然だが)何かを考え込んでいる真由美に、克人が問う。

 

「身内贔屓かもしれんが、今回選ばれた選手達の実力から言えばもっと良い成績を残せたはずだ」

 

「そうですね。実際、選手達は練習では平均的に見ても今回以上の成績を収めています」

 

克人の言葉に、鈴音が頷きながら補足する。

 

「うん。それは私も思ってたところ。それで心当たりなんだけど、タイミングだと思う」

 

「タイミング、ですか?」

 

鈴音が疑問を声に出して問う。克人も無言のまま真由美に先を促す。

 

「私の感覚でしか無いんだけど、クレーが射出されるタイミングが狂っていたというか、合わなかったというか、とにかくやりづらかったわ」

 

「ですが他校の選手達の点数は、例年と差して変わりがありませんが?」

 

「そこなのよねぇ。一高(ウチ)だけおかしかった、というのは考えづらいし、万が一そうだったとしても証拠が無いと委員会には訴えられないし」

 

「確かに、言い訳にしか聞こえないでしょうね」

 

「ふむ……」

 

克人は暫く瞑想するように考え込んだ後、目を開くと鈴音に視線を向けた。

 

「市原、映像からクレーの分布と発射間隔の解析を頼めるか?」

 

「それは構いませんが、午後からの決勝には到底間に合いませんよ」

 

「わかっている。だが新人戦がある」

 

新人戦という単語に、真由美と鈴音は一瞬顔を見合わせて、克人を見遣った。

 

「もしかしたら今回の九校戦、新人戦が優勝の行方を左右させることになるかもしれん」

 

克人は「もしかしたら」と言いながら、その克人も、真由美も、鈴音も、本当にそうなってしまうような予感が心の中にはあった。

 

 

 

 

 

 

スピード・シューティングの予選、バトル・ボードの予選第三レースが終わった段階で会場は昼の休憩時間に入る。

 

午後からはバトル・ボードの予選第四レースから第六レース、そしてスピード・シューティングの決勝が行われる。

 

ちなみにバトル・ボードの第三レースに出場した摩利は圧勝の一位で準決勝進出を決め、若干暗い雰囲気にあった一高選手団の嫌な空気を吹き飛ばした。

 

昼の休憩時間、達也は共に観戦していた深雪や雅季たちと一旦別れ、現在は陸軍一○一旅団・独立魔装大隊の幹部たちと共にホテルの高級士官用客室に居た。

 

再会の挨拶も程々に、彼らの話題は蠢動する犯罪組織の件へと移る。

 

「真田大尉、スピード・シューティングはご覧になりましたか?」

 

「見たよ。他はともかく、一高に使われていたプログラムはほぼ間違いなく軍用のアルゴリズムだろうね。僕としては予想外のところで他国の軍機密が手に入ったと喜びたいところだけど」

 

「“あの国”は昔から金さえ出せば役職も機密も兵器も買える、ある意味最も“資本主義”な国だからな」

 

柳の皮肉に、全員が「違いない」と口元を歪める。

 

「それに、昨夜に特尉が捕えた賊は、やはり『無頭竜』の人間だった」

 

「ウチが訊問したのですか?」

 

「本来なら管轄外なんだけど、無頭竜関連だったからね」

 

風間少佐の言葉に達也が問い掛け、それに真田大尉が答える。

 

「尤も、彼らは末端どころか『使い捨て』だったらしく、驚くぐらい何も知らなかったがね。『何となくよくわからない命令に従って一高の生徒を襲うつもりだった』、だそうだ」

 

山中軍医が処置なしと首を横に振る。

 

「暗示魔法ですか」

 

「ふん。襲撃自体は稚拙だったが、情報漏洩に関しては随分な念の入れようだ」

 

柳大尉が鼻を鳴らし、侮蔑を含んだ口調で言い放った。

 

風間玄信(かざまはるのぶ)少佐、真田繁留(さなだしげる)大尉、柳連(やなぎむらじ)大尉、山中幸典(やまなかこうすけ)軍医少佐。

 

この四人と達也を含んだ五人が円卓を囲んで座っている。

 

風間少佐の副官である藤林響子(ふじばやしきょうこ)少尉も先程まで円卓を共にしていたのだが、今は情報部から連絡が入ったということで一旦席を外し、機密情報を扱う通信室へと赴いている。

 

「現在までの情報から鑑みるに、無頭竜の狙いは一高の妨害であり、特尉の懸念しているキャスト・ジャミングなどの機密情報ではないようだ」

 

「どうも裏で盛大なトトカルチョをしているみたいで、一高には優勝してほしくないみたいだね」

 

「仮に私も賭けに参加していれば一高に賭けるな。何せ、今年は特に『鉄板』だからな」

 

「その分、一高が敗北した時の利益は莫大だろう。達也君も気を付けた方がいい。元より犯罪者だ、欲が絡んでくるとなればどんな手も厭わないだろう」

 

「はい。ご忠告ありがとうございます、柳大尉」

 

達也は柳に礼を述べて、再び風間へと顔を向ける。

 

「しかし無頭竜では無いとなると、やはり『仲介者』が本命ですか」

 

「壬生や情報部からの情報待ちだが、それで間違いないだろう」

 

 

 

四月に起きた一高襲撃事件の実行犯であるテロ組織『ブランシュ』。

 

――彼らがお前に興味を持った、だから終わりだ! お前も無様に死ぬんだ!

 

日本支部の主だったメンバーは、そう言い残したリーダーの司一(つかさはじめ)を含む全員が第三勢力による何らかの魔法によって殺害されている。

 

第三勢力の正体については未だ不明。だが繋がりを辿る“鍵”は残されている。

 

ブランシュの拠点となっていた廃工場に“配置”されていた、三体のジェネレーター。

 

そのジェネレーターの“製造・販売”を行っている組織は、香港系犯罪シンジケート『無頭竜(ノーヘッドドラゴン)』ただ一つ。

 

ちょうど一○一旅団も無頭竜が独占供給している『ソーサリー・ブースター』の供給を停止させようと動いていたこともあり、独立魔装大隊も調査に乗り出したのが五月の始め。

 

壬生紗耶香の父親である内閣府情報管理局(通称「内情」)に所属している壬生勇三(みぶゆうぞう)が積極的に協力してくれたこともあり、達也たちは大方の背後関係を把握するに至っている。

 

重要なのは、ジェネレーターを無頭竜から購入し、それをブランシュに与えた『仲介者』がいるということ。

 

この人物、もしくは所属する組織こそがブランシュメンバー殺害の容疑者であり、達也のキャスト・ジャミング技術を狙っていると思われる勢力であり、そして四月の始めに達也の自宅で発生した『データハッキング疑惑』の容疑者でもある。

 

……妖怪の賢者が起こした悪戯は、こんなところにまで尾を引いていた。

 

 

 

部屋の扉が開かれた音に、全員の視線が扉の方へ向かう。

 

部屋に入ってきたのは一人の女性、藤林響子少尉だ。

 

「遅くなりました」

 

「いや、構わない。よくない報せか?」

 

藤林の若干強ばった顔を見て、風間が問う。

 

「いえ、報告自体は吉報だったのですが……。『仲介者』の身元が判明致しました」

 

「それは確かに吉報だな。聞こう」

 

ちょうど良いタイミングに、全員が身を乗り出す。

 

「はい。『仲介者』は日本人。名前は――」

 

必要以上に堅苦しい声で、藤林はその名を告げた。

 

 

 

水無瀬呉智(みなせくれとし)です」

 

 

 

「――」

 

言葉にならぬ驚愕が、達也を含んだ全員の反応だった。

 

部屋を包み込む沈黙。

 

「……水無瀬か」

 

それを破って重い口を開けたのは風間だ。

 

「少尉、それはラグナレックが動いているということか?」

 

「いえ、そこまでは判明しておりません。水無瀬呉智は今年一月、信州の本家から監視を欺いて行方を眩ませておりました。ですが四月、場所は不明ですが無頭竜と接触。ラグナレック・カンパニー名義でジェネレーターを三体購入したとのことです」

 

「ラグナレックからの指示か、もしくは水無瀬の動きを是としたのか。少なくともラグナレックは水無瀬の動きを把握しているということか」

 

風間は腕を組み、難しい顔で考え込む。

 

その間に、山中が口を開く。

 

「私と藤林君は彼との面識は無いが、君たちは会ったことがあるんだったな?」

 

「ええ。三年前の沖縄で」

 

山中の質問に、険しい顔付きをしている達也が答える。

 

「あれは、中々忘れられるものではないからな」

 

「こう言っちゃ何だけど、彼と達也君だけで敵を撃退したようなものだったね。――敵に回すと本当に厄介だよ、彼は」

 

「同感だ」

 

珍しく意見を一致させる柳と真田。

 

そこへ風間が顔を上げて言った。

 

「ラグナレックが何かを企んでいるのだとしたら、事の重大さは格段に跳ね上がる。それに、ラグナレックならばキャスト・ジャミング技術を狙ってもおかしくはない。特尉、なぜラグナレックが世界最大の民間軍事組織(PMC)に成り遂せたかわかるか?」

 

「ラグナレックの主戦力が魔法師だから、ですね。それによって戦力的な面だけでなく経済的な面で見ても大きなメリットが、ラグナレックにはあります」

 

「その通りだ、流石に理解しているようだな」

 

 

 

百年前ならば、兵器に対抗できるのは兵器しか無かった。

 

戦車や装甲車といった戦力を整えた敵国もしくは敵対武装勢力に対抗する為には、自らも兵器を購入し且つそれを維持する必要があった。

 

無論、兵器や武器類の購入や維持には膨大な資金が必要となる。

 

かつて民間の戦力が国家、特に大国に到底及ばなかったのは、要するに「金が無い」の一言に尽きた。

 

だが、魔法師が全てを変えた。

 

兵器に対抗する為に兵器を揃える必要は無くなった。

 

膨大な資金を注ぎ込んで購入した新型戦車だろうと、たとえば十師族の一条家の魔法『爆裂』ならば容易に破壊することができる。

 

人々が魔法師を兵器と見なしたのは「兵器に対抗できるのは兵器のみ」というそういった価値観、常識に基づいていた為だ。

 

だが魔法師は、結局は人間だ。

 

資金など、生きていく為の生活費と贅沢できる給与さえあれば良い。

 

その程度、戦車一台の購入費と維持費と比べれば遥かに安い出費だ。

 

 

 

「ラグナレックが大国に匹敵する影響力を保持できている最大の理由は、魔法師を主体とした戦力にある。だからこそ、キャスト・ジャミング技術は彼らにとって致命的な死活問題となる」

 

そして、風間は改めて達也へと顔を向ける。

 

それだけでなく独立魔装大隊の幹部達全員が達也のことを見ていた。

 

「……お互い、『最悪の結果』だけは避けたいものだな」

 

「……同感です」

 

ラグナレックが達也を狙っているという事実が確定すれば、間違いなく国防軍も、そして四葉も達也を『保護』しようと動くだろう。

 

達也という戦略級魔法師が他勢力、それもラグナレックの手に渡るという事態は絶対に阻止しなくてはならないが故に。

 

そして、それに達也が、そして深雪も、素直に従うとはこの場にいる誰も思っていない。

 

風間の言う『最悪の結果』、即ち彼らと敵対するということは避けたいものだと達也は心から思った。

 

 

 

たとえ、現時点ではその可能性は決して低くはないと、自分でも理解していたとしても――。

 

 

 




無頭竜は巨額の金額を賭けたラグナレックというかバートン・ハウエルのせいで、負けたら生き地獄確定なだけに原作以上に妨害工作に金をつぎ込んでいます。
それでも勝てば元が取れて有り余る採算ですので。
尤も、スピード・シューティングを見て作者が思ったのは、
「これはルナティックじゃなくてハードだな」(ドS)

本作の真由美はOHANASHIを覚えるかもしれません(嘘です)
「お願い、話を聞いて!」と言いながら『魔弾の射者』で相手を蜂の巣にする光景が目に浮か(ry

達也にまさかの風間達との敵対フラグ(!?)が立ちました。
タグに「苦労人達也」を追加しようかな(笑)

東方成分については、今しばらくお待ちください。


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第27話 苦戦

7/28の投稿分その1です。
夜には次話を投稿する予定です。
詳細はあとがきにて。


大会一日目の結果は、星勘定通りとはいかなかった。

 

女子スピード・シューティングは真由美が優勝したが、決勝トーナメントに駒を進めることが出来たのは真由美のみだった為、得点は優勝ポイントのみ。

 

男子スピード・シューティングに至っては予選での疲労が大きく三位という結果だ。

 

女子バトル・ボードでは摩利と小早川という三年生の二人が、男子バトル・ボードでは服部が、それぞれ準決勝進出を決めたのがせめてもの救いだろう。

 

大会二日目の今日に行われる競技は『アイス・ピラーズ・ブレイク』の予選と、『クラウド・ボール』の予選と決勝。

 

 

 

 

 

 

「男子ピラーズ・ブレイクは十文字会頭が、女子クラウド・ボールは会長が出場するので優勝は問題ないと思いますが……」

 

「他の選手は厳しいな。どうもクジ運が悪い」

 

コンピューターの乱数で決まったとされる各競技の予選表を見た一高幹部は、初日に引き続き難しい表情をしている。

 

十師族の直系である七草真由美や十文字克人ならばどんな相手だろうと問題ないだろう。同世代でこの二人の相手を出来るのは渡辺摩利ぐらいだ。

 

だが他の選手については、優秀ではあるが他校の選手とそこまで隔絶した差があるわけではない。

 

よって組み合わせ次第によっては遅れを取る場合も考えてはいたが……。

 

「男子クラウド・ボールは、三人とも各校のエースと連戦することになりますね。特に桐原君の場合は、一回戦は九高のエース、二回戦は二高のエース、そして三回戦目で優勝候補の三高でしょう」

 

各校のエースと戦い、消耗した上で優勝候補の三高エースと争う。

 

三高もそれなりに疲労はしているだろうが、少なくとも三高エースを脅かす実力者は、その前に全て一高の選手と当たることになる。

 

摩利の言った通り、一高にとって厳しい戦いになるだろう。

 

「事前に結代神社でお祓いでもして貰った方が良かったかな?」

 

「縁結びの神社で戦勝祈願と厄払いか? どこまでご利益があることやら」

 

真由美の場の空気を解す冗談に摩利も乗っかる。

 

ちなみに厄払いについては、今なら「厄を離す」ことが出来る『結び離れ分つ結う代』がいるのでご利益はあるのだが、結代家に『結び離れ分つ結う代』がいる期間限定のご利益のため世俗には広まっていない。

 

更に言えば、やりすぎると某厄神様が「厄を散らかさないでー!」と怒るので、今代の『結び離れ分つ結う代』はせいぜい幻想郷の結代神社でたまに厄払いの御守りを販売している程度だが。

 

無論、この場にいる誰もそんな事を知る由も無い。

 

「決まったものはしょうがない。各人の奮闘に期待するとしよう」

 

克人がそう締め括ったことで不平不満の話題は終わりを告げ、それぞれ大会二日目の準備へと取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

一高にとっての暗いニュースは、同時に彼らにとっての明るいニュースだ。

 

「協力者より連絡が入った。予定通り、トーナメント表の細工に成功したそうだ」

 

『無頭竜』の幹部の一人が受け取った報告の内容を告げると、他の幹部の面々も満足気に頷く。

 

「そう言えば大会前の定例パーティーで、かの忌々しい老師は魔法にも工夫が必要だと発言したようだが、実にその通りだよ」

 

無頭竜東日本総支部が抱えている魔法師の中には、軽度な暗示や催眠といった精神干渉系魔法を使える者がいる。

 

使えるといっても効果は微々たるもので、本格的な洗脳のように思考を強制的に折り曲げるほどの威力は無く、思考の方向性を少しずらす程度のもの。

 

洗脳が使えるような強力な魔法師は重宝するため、無頭竜本部に囲われている。

 

彼らの手元にいる魔法師は、せいぜい軽度な勘違いを起こさせる、または逡巡している心をどちらかに押してやる程度のものだ。

 

故に、別の手と絡めることで相手の思考を混乱させ、コントロールしやすくする必要がある。

 

たとえば、相手の年収の何倍もの金額を提示して、その心を大きく揺さぶってやるなど――。

 

相手を動揺させ、心の天秤を大きく揺れ動かしてやれば、後は魔法で背中を押してやればいい。

 

それで揺れていた天秤は自分達の望む方へ傾く。

 

今回の大会運営委員の幾人かのように。

 

「可能であれば『電子金蚕』も使用したかったのだが……」

 

「仕方あるまい。あれは金で動くような、()()()の協力者に簡単に渡せるような術式ではない。あまり手を広げすぎるとばれる恐れもある。そうなってしまったら全てが水の泡だ」

 

一人が不満を口にして、別の者がそれを宥める。

 

「しかし、スピード・シューティングでは七草選手が優勝している。クラウド・ボールも各校のエース級が当たるように調整したとはいえ、七草選手とでは相手にならないだろう」

 

「それを言うなら十文字選手も同様だ。多少の工作程度では実力で押し退けてしまう」

 

「忌々しい十師族め。他校の選手も不甲斐ない、我々が協力してやっているというのに……」

 

次々と出てくる不満と苛立ちは、結局は不安の裏返しだ。

 

『もし一高が優勝してしまったら』

 

その可能性を拭いきれない限り、彼らの不安は解消されない。

 

「なに、一高にも少しぐらい華を持たせてやればいい」

 

故に、その中で余裕を保ったままそう口にした人物、ダグラス=(ウォン)に全員の視線が集まった。

 

「確かに女子クラウド・ボールは七草選手が、男子ピラーズ・ブレイクは十文字選手が優勝するだろう。だが、準優勝と三位には本命の三高が来るようトーナメント表は調整済みだ」

 

九校戦のポイントは一位がポイント五十点、二位が三十点、三位が二十点という配点だ。

 

ただしモノリス・コードのみ点数は倍となり、一位は百点、二位は六十点、三位に四十点となる。

 

モノリス・コード以外で、たとえ一位が一高だったとしても、二位と三位が三高となれば一高とのポイント差は無くなる。

 

「本戦モノリス・コードの一高有利は如何ともし難いが、要はモノリス・コードまでに四十点以上の差があればいいのだ。渡辺選手を予定通り棄権に追い込めば、女子バトル・ボードとミラージ・バットの一高優勝は無くなる。他の競技はトーナメント表を操ることで一高を不利な状況に追い込める、何なら『電子金蚕』を使ってもいい。おまけに新人戦では『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』を抱える三高が俄然有利」

 

次々と有利な点を述べていくダグラスに、全員は段々と落ち着きを取り戻していき、

 

「四十点程度の差、すぐに付くと思わないか?」

 

最後のダグラスからの問い掛けに、誰もが納得した顔で頷いた。

 

「たとえ七草選手と十文字選手が孤軍奮闘しようと、大勢は覆せないか」

 

「成る程、ダグラスの言う通りだ」

 

「その冷静さが、ボスの命を救った訳か」

 

一人が純粋な賛辞で(彼らの間柄では非常に珍しいことだが)そう述べると、気を良くしたダグラスは、彼なりの場を和ませる冗談を言い放った。

 

 

 

「常に優雅であれ。我が黄家が家訓にして紳士の嗜みだよ」

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

そして、盛大にスベった。

 

賛辞の眼差しから一瞬にして「何を言っているんだ、お前は?」「大丈夫か、コイツ?」みたいな目となり、中には宇宙人を見るような目を向けてくる者もいた。

 

「……もう一度、トーナメント表と各校選手のリストの照らし合わせをしておくか」

 

「……そうだな。何か問題が起きたら拙い」

 

ダグラスを除いた全員が視線を交叉させ、テーブル席から立ち上がる。

 

「ジェームス、各競技のトーナメント表を頼む」

 

「わかった」

 

「グレゴリー、各高の選手リストはどこのデータベースに保管されている?」

 

「秘匿ファイルリストだ。パスワードは指紋認証タイプだ」

 

「特に組み合わせのチェックは厳重にやるとしよう」

 

「うっかりされたら堪らんからな」

 

そんな会話を交わしながら、ぞろぞろと部屋から出て行く幹部達。

 

バタンと扉が締まり、残されたのは椅子に座ったままのダグラス=黄、ただ一人。

 

「……何故だ?」

 

ダグラスの問いは、彼以外誰もいない部屋の中に虚しく消えた。

 

 

 

 

 

 

その日の夜、夕食を終えた雅季と森崎は、共に宛てがわれた部屋へと戻ると、自分用のベッドにそれぞれ腰掛けた。

 

選手達に宛てがわれる部屋は二人部屋。よって理由が無い限り誰かと相部屋となる。

 

森崎が、自分と同室相手の名前に『結代雅季』と書かれていたのを発見した時の反応については語るに及ばず。

 

尤も、十日間の寝食を共にするとなれば、森崎にとって雅季は遠慮が要らない相手なだけに実は気が楽だったのだが、それを森崎は故意に無視している。

 

特に深い理由は無い、ただの意地である。

 

「んー、何というか、食堂の雰囲気がいま一つ気まずかったよな」

 

雅季が話題に出したのは、先程の夕食の場での空気だった。

 

「仕方がないだろ、予想以上の苦戦に先輩達は皆ピリピリしているんだ」

 

「でも今のところ、一高(ウチ)が総合得点で一位だよな? 七草会長も圧勝の優勝だったし」

 

「でも他の選手は予選落ちだった。総合得点だって、ほんの二十点差で三高が二位に付けている。桐原先輩なんかは一回戦、二回戦と優勝候補の一角と連戦して辛勝、三回戦で本命の三高エースにストレート負け。他も似たようなものだし、本当にクジ運が無かったとか言いようが無い」

 

女子クラウド・ボールは、真由美が全試合無失点のストレート勝ちという、まさに圧勝の優勝だったが、ポイントで言えばその一位の五十点のみだ。

 

男子クラウド・ボールに至っては桐原が辛うじて三回戦に進出したため五ポイント、他の二人は二回戦で敗退している。

 

アイス・ピラーズ・ブレイクについては克人と花音が順当の三回戦進出を決めたが、男子で一名、女子で二名が予選で敗退している。

 

一方で接戦を繰り広げている三高は男子クラウド・ボールで優勝と三位、女子で準優勝。ピラーズ・ブレイクも男女二名ずつ三回戦進出を決めると中々の快進撃だ。

 

「試合前に厄払いでも祈祷した方が良かったかな?」

 

「縁結びの神社が厄払いしてもご利益あるのか?」

 

「大丈夫、やるなら()()祈祷するから。厄神様も嘆き怒るぐらいご利益あるぞ」

 

朝方に真由美と摩利が交わしたものと同じようなやり取りをする二人。

 

ちなみにこの時、雅季の脳裏に「厄を散らかさないでー!」という厄神様の声が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。

 

相変わらず妙な“例え話”をする雅季に、森崎はいつものことと軽く受け流す。

 

部屋のドアがノックされたのは、ちょうどその時だ。

 

立ち上がった雅季が、部屋のドアへ手を伸ばす。

 

「はいはい、どちらさん?」

 

「よ!」

 

ドアを開けた先にいたのは、友人の西城レオンハルトだ。その後ろにはエリカ、美月、幹比古の姿もある。

 

「これから達也の部屋に遊びに行くんだが、雅季と森崎も一緒に行くか?」

 

用件は遊びのお誘いのようだ。

 

「お、いいね、行くよ。駿はどうする?」

 

快く誘いに乗った雅季は、部屋の中へ振り返って森崎に尋ねる。

 

「そうだな、部屋にいてもつまらないし、僕も行く」

 

森崎も誘いを受け入れてベッドから立ち上がる。

 

部屋から出てIDカードで鍵を掛けたところで、六人は歩き出す。

 

「そう言えば司波さんは?」

 

「深雪ならほのか達を誘いに行ったわよ」

 

森崎の質問にエリカが答える。

 

「光井さん達が断るとは到底思えないから、つまり総勢九人で達也の部屋に押し掛ける訳か」

 

「人気者ですね、達也さん」

 

「というか入り切れるのかな?」

 

「ルームメイトは機材らしいから大丈夫だろ」

 

幹比古の懸念をレオが楽観論で一蹴し、六人は途中で深雪達と合流して九人となり、達也の部屋へ押し掛けた。

 

 

 

押し掛けられた方は、大人数に苦笑いをしながらも九人を迎え入れたが。

 

 

 

「達也くん、これ模擬刀? 刀じゃなくて剣だけど」

 

手狭となった部屋の中、机に座っていたエリカが、その机上に置かれていた“それ”に気づいて手に取る。

 

「いや」

 

「じゃあ鉄鞭?」

 

「いいや。この国じゃ鉄鞭を好んで使う武芸者なんていないと思うが」

 

「武芸者って、今時……。じゃあ、なに? あ、もしかして法機?」

 

「正解。より正確には武装一体型CAD。少し“気分転換”に作った物だ」

 

「へぇ」

 

興味深そうに感嘆の声をあげるエリカ。

 

「達也が作ったのか?」

 

レオの問い掛けに達也は「ああ」と頷いた。

 

「渡辺先輩がバトル・ボードで使用した硬化魔法を応用した打撃武器だ。相性で言えばレオ、お前に向いているデバイスだと思う」

 

「へぇ、俺にか」

 

「……なあ、司波」

 

達也とレオの会話に割り込んだのは森崎だ。

 

「渡辺委員長の試合って、昨日だろ?」

 

「もしかして、たった一日で作ったのかい、それ?」

 

森崎に続くかたちで幹比古も同様の疑問を口にする。

 

つい先日会ったばかりなのに相性いいな、と見当違いなことを思いつつ、達也は手を振って否定する。

 

「いや、俺は設計図を引いただけで、知り合いの工房の自動加工機で作ってもらった物だ」

 

(……いや、一日で完成品が出来るような設計図を引けるっていうのもどうなんだ?)

 

森崎と幹比古は再び同じ疑問を抱いたが、二人とも複雑な表情を浮かべただけで口には出さなかった。

 

 

 

知り合いの工房、というところで深雪が噴き出しそうになるのを我慢している様子を、達也はさり気なく確認すると、「今は、これでいい」と自らを納得させた。

 

この武装デバイスは、達也が気分転換のために作った物だ。それも一日どころか僅か数時間で設計図を引き終える程に集中して。

 

達也にとって、昨日の話はそれ程までに衝撃だった。

 

風間少佐達とも、ラグナレックとも、そして四葉とも敵対するかもしれない現状。

 

もしそれが現実となれば準備不足どころの話ではない、四面楚歌に等しい状況だ。

 

この事は未だ深雪には話していない、ただ妨害工作の件のみを伝えている。

 

それに、水無瀬呉智の名は、深雪にはあまり伝えたくなかった。

 

深雪にとっての呉智とは、自分の命を救ってくれて、その後も深雪の意を汲み戦場で達也と共に戦ってくれた、感謝に絶えない恩人。

 

達也にとっての呉智とは、深雪の命を護ってくれた恩人にして、戦場で共に肩を並べて戦った戦友。

 

風間少佐達と同様に、二人の今の関係の原点とも言える沖縄でのあの出来事に、深く関わっている人物だ。

 

もし全てを教えれば深雪は激しく動揺するだろう。だが深雪には試合がある。

 

深雪の晴れ舞台を台無しにするなど、達也に出来るはずも無かった。

 

 

 

「さてレオ、早速だが試してみたくないか?」

 

「……いいぜ、実験台になってやる」

 

事態は達也の想定する最悪に近くなりつつあるが、それを覆い隠して達也は普段を装う。

 

最悪の時は、絶対に深雪だけでも逃がして見せると心に誓いながら。

 

 

 

――お前も兄なら、ちゃんと妹を護れ……!!

 

 

 

あの時の呉智の言葉は、今なお教訓として達也の心の中にあるのだから。

 

 

 

 




八月が更新できるか不明のため、今日中にキリのいい次話まで投稿します。

次話は20:00更新予定です。


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第28話 そして役者は揃う――

7/28投稿分その2です。


九校戦三日目ではアイス・ピラーズ・ブレイクの予選三回戦と決勝リーグ、バトル・ボードの準決勝と決勝が行われる。

 

三日目が終われば、あとは新人戦を除けば残る競技は女子ミラージ・バットと男子モノリス・コードのみ。

 

この日の結果によって、各高にとって総合優勝が射程圏内に入るかどうかが定まると言っても過言ではない。

 

まさに前半戦の終わりを告げるに値する日だ。

 

その三日目における一高の試合の予定表は、以下の通り。

 

男子ピラーズ・ブレイク三回戦は第一試合に十文字克人。

 

女子ピラーズ・ブレイク三回戦の第二試合に千代田花音。

 

男子バトル・ボード準決勝第一試合に服部刑部。

 

女子バトル・ボード準決勝第二試合に渡辺摩利、第三試合に小早川という三年の選手。

 

この五人が今日の試合に出場する選手だ。

 

その中の一人、克人の出場する男子ピラーズ・ブレイク三回戦の第一試合。

 

雅季と森崎は、昨日の花音の試合を観戦した達也たちに倣って、観客席ではなくスタッフ席でその試合を観戦していた。

 

 

 

 

 

 

克人の対戦相手である六高の選手が、汎用型CADを操作して何度目になるかわからない攻撃手段の切り替えを行う。

 

氷柱に直接振動を生じさせて氷柱を破壊する魔法から、地面を媒体にした振動魔法へ。

 

花音の『地雷源』ほどの威力は無いが、氷柱を破壊するには十分な威力を持った超局地的な地震が克人の陣地の氷柱直下に出現する。

 

――だが、この魔法もまた一高の氷柱には届かない。

 

その直後に克人の魔法が、相手陣地の氷柱を三本続けて破壊する。

 

六高の氷柱は今ので計八本が破壊され残りは四本。対して一高の氷柱は未だ一本も破壊されていない。

 

そして何より、焦燥に満ちた表情を浮かべる六高選手と、泰然としている克人。

 

残り四本を破壊する以前に、既に両者の間では勝敗が決していた。

 

 

 

「あれが、『鉄壁』……」

 

あまりに圧倒的過ぎる実力に、森崎は呆然と呟く。

 

四月の一件では、森崎がエリカとレオの三人掛かりで漸く互角だったジェネレーターと呼ばれた改造人間に対して、克人はたった一人で完勝したとは聞いていた。

 

だが聞くと実際に見るとでは大違いだ。

 

「すごいな、十文字先輩。空間に境界を引いてそこに色んな種類の結界を張っているのか。いや、結界というより、むしろ壁かな。ああ、それで『鉄壁』、なるほどね」

 

言葉を失っている森崎の隣では、純粋に感嘆の声をあげた後に一人納得している雅季。

 

「……感心するのはいいけど、自分ならどうするか考えておけよ。明後日にはお前もあそこに立つんだからな」

 

我に返った森崎が、視線で克人の立つ場所を示す。

 

「わかってるって。そういや、使えるのって遠隔魔法だけなんだっけ?」

 

「そうだけど?」

 

「……C() A() D()()()()()遠隔攻撃はダメか?」

 

「だからCADを投げるな!! というか何度目だコレ!?」

 

控えめな言い回しで雅季が何を言いたかったのかを即座に看破した森崎は全力でNGを叩き付けた。

 

「いやさ、まずは先手必勝というか、相手の度肝を抜いた攻撃をすれば優位に立てると思うんだよ」

 

「相手がバカにするだけだと思うぞ」

 

「威力なら心配ない。あれぐらいの氷なら間違いなく一投で二つは貫通できる!」

 

「色んな意味で度肝を抜くなお前!?」

 

自信満々に答える雅季に、その発言だけで既に度肝を抜かれた森崎。

 

というか、どうすれば手のひらサイズの精密機械で氷柱を二つも貫通させることが出来るのだろうか。

 

「ともかく、魔法で戦えよな!」

 

「まあ、それがルールならしょうがないか」

 

森崎はそれを疑問には思わなかったようだ。

 

そして雅季はどうして本当に仕方がなさそうなのか。

 

(……気にしたらダメだ。結代にも森崎にも、突っ込んだら負けだ)

 

克人の技術スタッフである三年生の木下というエンジニアは、背後の混沌と疑問から目を背けて、克人の頼りになりすぎる後ろ姿をずっと見つめることにした。

 

朱に交われば、当人も知らぬうちに赤くなるものなのだ。

 

 

 

後方で一年生コンビが混沌とした空間を作り出そうと、エンジニアが現実逃避をしようと、櫓の上に立つ克人には何ら影響を及ぼさない。

 

……もし後方の混乱が全部聞こえていたら、もしかしたら氷柱の一本ぐらいは破壊されたかもしれないが。

 

実際には声の届かぬ物理的な距離に助けられ、克人は問題なく完封勝利(パーフェクトゲーム)を飾り、決勝リーグへの進出を決めた。

 

 

 

「お疲れ様です、先輩」

 

「決勝リーグ進出、おめでとうございます! 十文字会頭」

 

戻ってきた克人に祝辞を述べて迎える雅季と森崎。

 

克人はただ頷いてそれに応える。

 

ちなみに先程のやり取りを立ち聞きする羽目になった木下は、二人の切り替えの早さに唖然としており、そんな木下の様子を克人は不思議そうに見ていた。

 

 

 

勝利に盛り上がる(?)彼らに、連絡が入ったのはその時だった。

 

 

 

「うん?」

 

木下が胸ポケットに手をやり、携帯端末を取り出す。

 

どうやら着信があったようだ。通信ボタンを押して着信に出る木下。

 

「あ、すいません。僕のもです」

 

続いて森崎にも着信が入り、通信ボタンを押す。相手は一年の男子選手、森崎の友人の一人だ。

 

「もしもし、どうした?」

 

森崎が尋ねるのと同時に、

 

「大変だ十文字!! 渡辺が!?」

 

端末から耳を離して、明らかに只事ではない様子で木下が克人に口を開き、

 

「渡辺委員長が試合中に怪我!? それも大怪我って、本当なのか!!」

 

森崎が電話の相手に問い返した言葉で、雅季と克人は何が起きたのかを知った。

 

 

 

 

 

 

その頃の女子アイス・ピラーズ・ブレイクでは、三回戦第二試合が今まさに行われようとしていた。

 

「花音。改めて言うけど、相手はピラーズ・ブレイクの強豪で知られる小樽の八高、しかも相手選手は去年の大会で三位だった選手だ。くれぐれも油断だけはしないようにね」

 

「任せて、啓! 啓の調整したCADで、絶対に優勝して見せるから!」

 

「うん、その意気だ」

 

選手の千代田花音と技術スタッフの五十里啓。

 

二人はハイタッチを交わして、「さあ、行こう」と足を踏み出したその瞬間、

 

「おい、聞いたか? 女子バトル・ボードで渡辺選手が大怪我したらしいぞ」

 

その出足を挫く会話が、後方から二人の耳に飛び込んできた。

 

「え?」

 

花音と啓が揃って振り返る。

 

スタッフ席の外部への出入り口付近、大会関係者と思われる運営委員の服を着込んだ男性二人が扉のすぐ近くで話をしていた。

 

そのうちの一人は、関係者以外の出入りを禁止する為に必ず付けられるスタッフの一人だ。

 

「本当か? 女子バトル・ボードなら運営担当は佐々木(ささき)主幹か、今頃真っ青だろうな。それで、渡辺選手の容態は?」

 

「詳細はわからないが、噂じゃ意識不明の重体で、かなり危険な状態らしい」

 

「……おいおい、本格的に拙いな、それ。下手すると佐々木主幹のクビが飛ぶんじゃないか」

 

聞こえてきた、聞こえてきてしまった彼らの会話に、花音の顔色から瞬く間に血の気が引いていった。

 

「……嘘、摩利さんが、重体?」

 

呆然と呟く花音。その隣で、

 

「あなた達!」

 

普段の大人しい物腰からは考えられないような、珍しく怒気を発しながら五十里がスタッフの二人へと歩み寄った。

 

「こんなところでそんな噂話をするなんて、あまりにも不謹慎ではありませんか!?」

 

「あ、いや……!?」

 

「す、すみませんでした!」

 

怒りに満ちた五十里に詰め寄られて、スタッフの二人は早足にその場から退散していった。

 

五十里はその後ろ姿をずっと睨みつけていたが、結局二人は振り返らずに五十里の視界から消えた。

 

故に、二人の口元が歪んでいた事にも、況してや「こんな簡単な“副業”で、ちょっとばかし豪遊できる金額が手に入るなんて」と内心で哂っていた事にも、五十里は終ぞ気がつくことは無かった。

 

「啓!! 摩利さんが重体って!?」

 

「落ち着いて花音。ただの噂だよ」

 

「でも!!」

 

なおも詰め寄る花音に、五十里は優しい口調で宥めるように言った。

 

「確かに、もしかしたら渡辺先輩が怪我をしたのは事実かもしれない。でも、あの渡辺先輩が重体に陥るようなミスをすると思う? それに第一、言い方は悪いけど運営委員の末端にいるようなあのスタッフ達が、怪我の詳細を知っているはずなんて無いよ」

 

「……うん、そうだよね。摩利さんがそんな大怪我をするようなミスをするはずが無いもんね」

 

渋々だが納得した花音に、啓は肩に手を回した。

 

「さあ、もう試合が始まる。大丈夫、後でちゃんと確認しておくから。花音は優勝して渡辺先輩たちを喜ばせないと。一高(ウチ)は苦戦しているから、絶対に「よくやった」って笑ってくれるよ」

 

「……うん!」

 

表面上は元気を取り戻した花音を、五十里は笑顔で送り出す。

 

だが花音がステージの櫓に立った時、五十里の表情は難しいものに変わっていた。

 

(表面上は元気を取り戻せたけど……動揺した心がこんな短時間ですぐ収まるはずもない。況してや相手は強豪の八高だっていうのに)

 

魔法力は術者の精神状態によって大きく左右される。

 

通常なら優勝も充分に狙える花音だが、今の状態では果たしてどれだけ戦えるか――。

 

(花音、頑張って!)

 

 

 

五十里の願いは、欲に満ちた者達の心無き妨害によって届くことはなかった。

 

花音の、いつもは思い切りの良い魔法が今回ばかりは見られなかった。

 

『地雷源』が相手の氷柱を壊すのに要する時間がいつもよりも長い。

 

そして、その時間の浪費が勝敗を分ける。

 

八高陣地の氷柱があと二本というところで、試合終了のブザーが鳴る。

 

その時には、一高の氷柱で無事なものは一つも無かった。

 

女子ピラーズ・ブレイク三回戦第二試合は八高の勝利に終わり、一高選手の全員敗退が決定し、決勝リーグに上がる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

三日目の競技を終えた夏の夕暮れ。

 

かつては逢魔時あるいは大禍時とも呼ばれた昼と夜の境目も、夜も妖怪も恐れなくなった今ではただの時間帯に過ぎない。

 

そして一高の天幕では、表向きは試合中の『事故』による摩利の骨折というアクシデントと、試合結果の二つの要因によって、夜よりも暗い雰囲気が漂っていた。

 

「では、深雪さんを新人戦ミラージ・バットから本戦ミラージ・バットへの出場に変更します」

 

議論を終えて真由美が下した結論に、異議を唱える者は誰一人いなかった。

 

「……では服部副会長。深雪さんと、担当技術スタッフの達也くんを呼んできて下さい」

 

「わかりました」

 

いつもの「はんぞーくん」ではなく「服部副会長」と呼んだ真由美に、服部は一礼して二人を呼ぶために席を外した。

 

一高の現状と、そして真由美らの内心を思えば、今現在での服部の達也に対する反感など軽く消し飛んでいる。

 

ともすれば、出場を躊躇するようならば二人に、二科生である達也にも頭を下げる事も辞さないつもりだ。

 

あの服部がそれだけの覚悟を持つほど、今の状況は厳しかった。

 

また服部個人としても、男子バトル・ボードで優勝できなかった事が今の状況を作り出した一因だとも考えていた。

 

真由美たちは準優勝でも立派だと実際に賞賛したが、服部自身はそうは思っていない。

 

故に、これで偉そうなことなど言えるはずもないと考える程に。

 

一高の三日目の戦績は、以下の通り。

 

男子バトル・ボードは、服部の準優勝で三十点。

 

女子バトル・ボードは、小早川の三位で二十点。

 

男子ピラーズ・ブレイクは、克人の優勝で五十点。

 

女子ピラーズ・ブレイクは、花音の三回戦敗退で五点。

 

対して三高の戦績は、以下の通り。

 

男子バトル・ボードは優勝で、五十点。

 

女子バトル・ボードは優勝と四位で、計六十点。

 

男子ピラーズ・ブレイクは準優勝と三回戦敗退で、計三十五点。

 

女子ピラーズ・ブレイクは優勝と三位で、計七十点。

 

そして、三日目を終えた時点での総合得点の一位は三高。二位に一高。

 

その点差、実に九十点。

 

一高は三高の逆転を、それも大逆転を許してしまっていた。

 

それこそ、本戦モノリス・コードで一高が優勝し、三高が何かの間違いで予選敗退しなければ逆転できない程に。

 

「五十里君、千代田さんの様子はどうですか?」

 

鈴音の質問に、五十里は首を横に振る。

 

「まだ怒りが収まっていません。ともすればあのスタッフ達に食って掛かりそうなので、暫くは誰かが近くにいた方がいいでしょう」

 

「うん。正直、私もそのスタッフ達には色々と思うところはあるけど、それでも暴力沙汰を起こすわけにはいかないわ」

 

「先程、委員会に厳重に抗議しておきましたので、そのスタッフ達には何らかの処罰が下されるでしょう」

 

「ありがとうございます、花音にも伝えておきます」

 

「いえ、当然のことです」

 

頭を下げる五十里に鈴音は淡々とした口調で告げた。尤も、その内心は鈴音以外の誰にもわからないが。

 

「みんな」

 

重苦しくなる雰囲気の中、真由美が口を開く。

 

「今回の九校戦は、摩利のアクシデントも含めて本当に苦戦続きです。だからこそ、私たちは今一度身を振り返って、本当の意味での全力を尽くさなければいけません」

 

「七草の言う通りだ。正直、九校戦前までは俺も含めて、心の中に慢心があったことは否めない」

 

克人の発言に、鈴音も、あずさも、五十里も、誰もが顔を俯かせる。

 

「今回の苦戦の原因の一つにその慢心、いえ油断があったというのは私も同感です。予想外の苦戦とアクシデントによって、精神的に総崩れになっている事が、成績が奮わない要因の一つです」

 

「……私も、心の何処かで『勝って当たり前』と思っていた節があります。作戦スタッフとしては失格も甚だしい思い込みです。この場を借りて、謝罪します」

 

「市原先輩。それを言うなら私たち技術スタッフも同様です」

 

「いえ、あーちゃん。リンちゃんも、あなた達は本当によくやってくれているわ。問題だったのは、私たち選手の心構え」

 

そして、真由美は全員の顔を見回した。

 

「みんな、今一度気を引き締めましょう。ちょっと遅いけど大丈夫、まだ間に合うわ。私たちは、まだ負けたわけじゃない」

 

まだ負けたわけではない。

 

その言葉に皆が頷き、全員が表情を引き締め、気持ちを新たにする。

 

「よし! ならまずは明日からの新人戦、私たちも先輩として、そして仲間として、全力でバックアップしていきましょう!」

 

「はい!!」

 

真由美が明るく言い放つと、全員が力強い声で返事をした。

 

「――やれやれ、私のいないところで勝手に盛り上げてくれるなよ、真由美」

 

その後に続いた声は、彼女たちにとって聞き慣れたものだった。

 

「摩利!」

 

全員の視線が、天幕の入り口に佇む摩利に注がれた。

 

「怪我はいいのですか?」

 

「ああ、歩く分にはもう問題ない。心配を掛けたな」

 

「いえ」

 

摩利のいつもと変わらぬ快活な様子に、誰もが安心した表情を浮かべていた。

 

「さて、というわけだ。私も一高選手の一人だ。当然、参加させて貰うぞ」

 

「ええ、大歓迎よ、摩利」

 

 

 

 

 

 

一高の幹部が気持ちを入れ替え、新人戦の作戦と対策を練り始めた頃――。

 

全ての役者もまた、動き始めていた――。

 

 

 

 

 

 

「さあ、前祝いだ。祝杯をあげよう」

 

華僑の出資によって建設された横浜グランドホテルの最上階、その更に一つ上にある公式上存在しないフロアで、ダグラス=黄ら『無頭竜』東日本総支部の幹部達は、高級酒に満たされたグラスを手にとって黒い笑みを浮かべていた。

 

「点差は九十点、圧倒的だな」

 

「残りの競技は新人戦とミラージ・バッド、そしてモノリス・コードか」

 

「新人戦では一条選手が活躍してくれるだろう。十文字選手や七草選手と同様に」

 

「ククク、更に念の為に細工も行う。新人戦の優勝も三高で決まりだな」

 

「ああ。そうなれば、もはや三高の優勝はほぼ確定だ」

 

「そして、我々の栄光も同時に約束されるという訳だ!」

 

未来が拓けて来た彼らの顔色は総じて明るい。

 

たとえそれが、他者を踏み躙った上での未来だとしても。

 

「では、乾杯しよう。一高の敗北と、そして我々の栄光に――」

 

ダグラスがグラスを掲げると、全員がそれに倣い、

 

「「「乾杯!」」」

 

まるで彼らを祝福する鐘のように、グラスの音が部屋に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

横浜グランドホテルの“城下”にある中華街。

 

その一角に潜伏している水無瀬呉智は、例の手帳でラグナレック社長にして『本隊』総隊長たるバートン・ハウエルと連絡を取り合っていた。

 

『パーティーはサードが優勢。三日目終了の時点で点差は九十点』

 

バートンが賭けている高校はファーストこと一高。

 

だが現状では三高が有利な状況だ。

 

ダグラス達が裏で小細工を仕掛けている事は呉智も察知しており、バートンには報告している。

 

それに対するバートンの返答は『多少の障害があった方が、賭けとしては面白い』というものであり、放置して構わないということだ。

 

(さて、相も変わらず何を考えているのかわからない総隊長殿は、どう判断するか)

 

無頭竜の妨害工作を止めさせるのか、それとも現状のまま放置か。

 

そして、手帳に浮かび上がった文章を読んで――呉智は思わず噴き出し、声を立てて笑った。

 

呉智と同室にいるアストー・ウィザートゥが呉智を一瞥するが、すぐに興味を失い本に視線を落とす。

 

呉智が思わず笑ってしまったのは、バートンからの返答があまりにも可笑しかったからだ。

 

『では、私の代わりに一高の応援にでも行ってくれないか?』

 

潜伏している、という現実を忘れているかのような突拍子も無い答え。

 

それは、呉智が潜伏先を特定されるようなヘマを犯すはずがないという信頼の顕れでもあった。

 

一頻り笑った後、呉智は『了解』と一文だけ書き込んでから手帳を閉じると、『スノッリのエッダ』の翻訳版を読んでいるアストーに声を掛けた。

 

「アストー、俺は明日から出かける。お前はここで待機しておけ」

 

アストーは再度呉智に視線を向け、先程と同じようにすぐに本に目を落とす。

 

それを了承と受け取った呉智は、周公瑾にも同様のことを伝える為に部屋から出て行く。

 

(明日からは新人戦か……)

 

廊下を歩く呉智の脳裏には、ある二人の兄妹の姿が浮かび上がっていた。

 

三年ぶりの再会も、若しくは有り得るかもしれない――。

 

ふと浮かび上がってきたそんな思いを、呉智は否定しなかった。

 

 

 

 

 

 

大逆転に成功し、一位の座に付いた三高の天幕では、選手たちの誰もが威勢を上げていた。

 

「このまま優勝まで一気に行くぞ!」

 

「「「おおー!!」」」

 

特に三年生にとっては一高に敗れ続けた二年間なだけに、その意気は天を突かんばかりだ。

 

その選手たちの中には『クリムゾン・プリンス』の異名を取る一条将輝(いちじょうまさき)と、『カーディナル・ジョージ』の二つ名を持つ吉祥寺真紅郎(きちじょうじしんくろう)の一年男子二人の姿もあった。

 

「将輝、いよいよ僕たちの出番だね」

 

「ああ、ジョージ。俺たちの手で優勝を確実にしてやろう!」

 

二人は拳を合わせて、互いの健闘を祈る。

 

「まずはジョージのスピード・シューティングだな」

 

「任せてよ。相手はおそらく『クイックドロウ』の森崎家だ。確かに魔法構築速度は早いだろうけど――」

 

「ジョージには『不可視の弾丸(インビジブル・ブリッド)』がある」

 

吉祥寺の言葉を遮って告げた将輝に、吉祥寺は頷いた。

 

「まずは僕がスピード・シューティングで優勝を頂く。そして将輝がアイス・ピラーズ・ブレイクで優勝する。そして……」

 

「ああ、モノリス・コードでも優勝だ」

 

『カーディナル・ジョージ』吉祥寺真紅郎。

 

『クリムゾン・プリンス』一条将輝。

 

二人の戦意もまた、最高潮に達していた。

 

 

 

 

 

 

服部の案内で一高の天幕にやって来た達也と深雪は、深雪の新人戦ミラージ・バットから本戦ミラージ・バットへの出場変更を聞かされた。

 

「新人戦と違って、本戦ともなれば深雪さんでも厳しい戦いになるでしょう」

 

「だが、彼女なら優勝も充分に狙える。そうだろう、達也君?」

 

「はい」

 

摩利の問いに、達也は即答する。

 

「そのように評価して下さってのことなら、俺もエンジニアとして全力を尽くしましょう」

 

そう発言した達也の脳裏には、先程の服部の一言が反芻していた。

 

それは、二人が天幕の中に入る際のこと。

 

――頼む。

 

ただ一言、そう言い残して服部は天幕に入らず立ち去った。

 

あれは、つまりはこの事だったのだ。

 

選手として臨む深雪に対して、そして、それを支える技術スタッフとして臨む達也の二人に対しての一言。

 

あの服部が、深雪だけでなく達也にも託したのだ。

 

一高優勝の望みを。

 

どうせ風間少佐達とのことも、ラグナレックのことも、今更どうこうできるような問題ではない。

 

ならば全ては後回しにして、せめてそれには応えようと、達也は思った。

 

自分にも、そして深雪にも、来年の出場機会があるかどうかわからないが故に。

 

「深雪、やれるな?」

 

「ハイ!!」

 

深雪は大きく頷き、肯定する。

 

「お願いします、深雪さん、達也君。私たちも全力でサポートするから」

 

「文字通り総力戦というわけだ。――優勝、狙うぞ」

 

「はい」

 

「はい!」

 

発破を掛ける摩利に、達也は強く、深雪は再び大きく頷いた。

 

 

 

 

 

 

「いよいよか……」

 

ホテルの宛てがわれた部屋の中で、自前のCADを手に取ったまま森崎はポツリと呟く。

 

雅季は部屋にはいない、先程からどこかに出かけている。

 

今日の段階で一高は三高に逆転を許し、かつ九十点もの点差を付けられている。

 

三高の実力から考えて、これを覆すには本戦ミラージ・バットと本戦モノリス・コードだけでは足りない。

 

新人戦で優勢を貫いて、初めて逆転優勝の道が開けるのだ。

 

だが――。

 

(勝てるのか、『カーディナル・ジョージ』に、そして『クリムゾン・プリンス』に?)

 

森崎はスピード・シューティングで吉祥寺真紅郎と、雅季はアイス・ピラーズ・ブレイクで一条将輝とそれぞれ戦う。

 

そしてモノリス・コードに至っては、森崎はその二人を相手取ることになる。

 

特に一条将輝については、あの十文字会頭や七草会長と同じ、十師族の直系。

 

森崎の脳裏には、スピード・シューティングとクラウド・ボールで見せた真由美の、ピラーズ・ブレイクで克人が見せた圧倒的な実力が強く目に焼きついている。

 

現在の十師族に名を連ねる一条家の御曹司ならば、おそらくはあれぐらいの実力は持ち合わせているだろう。

 

どう考えても、モノリス・コードでは勝機が見えない。

 

ならば、せめて他の競技では、特にスピード・シューティングでは勝ちたいと森崎は強く思った。

 

『早撃ち』は森崎駿の矜持、プライドだ。

 

特に秀でた魔法力を持たない、百家の傍流である森崎家が魔法師コミュニティーにその名を知らしめているのは、ひとえにクイックドロウの技術がゆえ。

 

それに、

 

(誰よりも早く、誰よりも速きこと。それが『駿』の名を持つ僕らしさ――)

 

冗談のような会話の中で、さり気なく本質を突いてくる“あいつ”がそう言っていたのだ。

 

ならば、今回はそれに賭けてみよう。

 

元よりそれ以外に勝負できるところなど、生憎と持ち合わせていない。

 

吉祥寺真紅郎の『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』を相手に、森崎駿は『早撃ち(クイックドロウ)』で対抗する事を決めた。

 

誰よりも早く、誰よりも速い、そんな“魔法”を――。

 

 

 

 

 

 

ホテル最上階の展望室。

 

逢魔時に身を染める富士の山を、雅季は静かに見つめている。

 

現実にして幻想、そして昼と夜の境目たる夕暮れに染まる、富士の山。

 

それはまるで、境目の上に立つ『結代』の顕れのようで――。

 

(さて、どうするかな……)

 

一高の選手達に絡みつく弱い悪縁を、雅季は感じ取っている。

 

渡辺摩利も、おそらくその悪縁によって怪我を負わされたのだろう。

 

それに対して雅季は一高の選手として、そして『結代』として、相反する二つの境目でどう動くべきか。

 

元より幻想が否定され、且つ魔法が知られるような時代になってから初めて現れた『結び離れ分つ結う代』だ。

 

雅季の取った行動が良縁となるか悪縁となるかは、今の時点では結代家にも、縁を司る神である天御社玉姫(あまのみやたまひめ)にもわからない。

 

現実と、幻想。

 

二つの間に立つは、幻想郷の『今代の結代』にして『結び離れ分つ結う代』、結代雅季。

 

様々な『縁』が絡み合い始めた九校戦で、果たして何を結び、離し、分つべきか。

 

ただそこに居るだけで富士の息吹を自然と感じながら、雅季はそれを考え続けていた。

 

 

 

 

 

 

そして、どこにもなくてどこにでもある場所にて――。

 

「藍、私は明日から昼間は出かけるから、留守番よろしくね」

 

「わかりました、紫様。ところで、どちらへ?」

 

「ふふ、決まっているじゃない――応援よ」

 

 

 

 

 

 

かくして全ての役者は動き出し――。

 

九校戦四日目、新人戦の幕が上がる――。

 

 

 

 




八月が忙しく更新できるか不明のため、キリのいい新人戦前まで投稿します。

もし更新できたら更新する予定です。


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第29話 新人戦

お待たせしました。

ちょっとずつの執筆だったのでグタグタな部分があるかもしれませんが、大目に見てください。



八月六日、土曜日。九校戦第四日目にして、これから五日間の新人戦が始まる日である。

 

今年の大会は優勝候補の大本命である一高から三高が大逆転を見せるという、大方の予想を裏切る波乱の展開を見せており、有線放送の視聴者や観客達を盛り上げている。

 

新人戦初日は、スピード・シューティングの男女予選と決勝と、バトル・ボードの男女予選。

 

その中でもスピード・シューティングは午前に女子の予選と決勝、午後に男子の予選と決勝となる。

 

 

 

 

 

 

摩利が一高の天幕に戻ってくると、中には真由美と克人の二人がいた。

 

「摩利、はんぞーくんは?」

 

「まだ一年の男子陣に付いている。熱心に話し込んでいたから暫くは戻ってこないだろう。真由美の方はいいのか?」

 

「うん。女子スピード・シューティングの方は達也君がフォローしてくれたから」

 

そう言った真由美の表情は、嬉しいような何とも言えないような、そんな複雑なものだった。

 

「本当、戦術といい術式といい、あれだけ御膳立てされていたら私の出番なんてないわよ」

 

「ああ、全くだ」

 

そして、摩利もそれには同感だった。

 

追われる立場から一転して追う立場となった一高は、逆転優勝の望みを繋ぐために新人戦に全力を注いでいる。

 

その一例として、上級生達がそれぞれ担当競技の一年生達に付いてアドバイスやフォローを行っている。

 

先程まで摩利も女子バトル・ボードの一年選手に付いて、作戦を聞いた上での助言を行う予定だったのだが……。

 

「あれ、女子バトル・ボードは達也君の担当外でしょ?」

 

摩利の不機嫌そうな顔を見て尋ねた真由美に、

 

「作戦には絡んでいたよ。おかげで女子バトル・ボードも問題なさそうだ」

 

摩利はぶっきらぼうに答えて、真由美を苦笑いさせた。

 

「ふむ、司波の担当する競技は、そこまで出来が良いのか?」

 

今まで黙っていた克人が口を開き、二人は克人へと振り返る。

 

「出来が良いというか……規格外?」

 

「昨夜、市原が提示した予想は(あなが)ち間違っていないだろうな」

 

市原が提示した予想とは、女子スピード・シューティング、女子ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バットの三種目は一高優位というものだった。

 

また女子バトル・ボードでも優勝を充分に狙えると。

 

無論、安易な予想は本戦の二の舞になるのではと疑問の声も当然ながら上がったものだったが。

 

ちなみに女子ピラーズ・ブレイク優勝を疑問視する声は、こちらも当然ながら上がらなかった。

 

「エンジニア、か」

 

二人の答えを聞いた克人は一言呟くと、腕を組んで何事かを考え始める。

 

だが、それも摩利の次の一言ですぐに中断せざるを得なかったが。

 

「……いよいよ始まるな」

 

克人が視線を上げると、至極真剣な顔でモニターを食い入るように見つめている真由美と摩利がいた。

 

モニターには女子スピード・シューティングの様子が映し出されている。

 

摩利の言った通り、スピード・シューティングの予選が今まさに始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

一高の天幕でのやり取りの少し前、女子スピード・シューティングの控え室では予選を前にして北山雫、明智英美、滝川和美の三人は司波達也からCADに微調整を加えたことを告げられていた。

 

「市原先輩が解析してくれたデータでもわかると思うが、人の意識の隙間を突くようなタイミングでクレーが射出されている」

 

「いや、こんな数値だけのデータ見せられてもわからないから」

 

英美の反論に一瞬の沈黙が場を包むが、やがて達也は何事も無かったかのように話を進める。

 

「今回の調整は、威力を犠牲にして発動時間を更に短縮したようなものだと思ってくれればいい。元々クレーを破壊するだけならそこまでの威力は不要だからな」

 

「誤魔化した」

 

雫の呟きも、達也は聞こえないフリで押し通す。

 

「あとは俺からのアドバイスとして、クレーがエリア内に、いや視界に入った時点で魔法を発動するように心掛けてくれ。たとえ魔法発動直後にクレーが高速で射出されたとしても、魔法の連続発動で間に合うはずだ」

 

「ぶっつけ本番で大丈夫なの……って、司波くんのやったことだから大丈夫か」

 

滝川が口に出した懸念は、滝川自身が払拭して納得した。

 

それだけの信頼を、達也は一年女子生徒達から既に勝ち得ている。

 

ここで達也は珍しく悪ノリして、人の悪い笑みを浮かべて言った。

 

「さて、一高優勝への逆転劇の始まりだ。――派手にやろう」

 

 

 

達也が悪ノリして宣言したことは、嘘ではなかった。

 

予選では『能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)』という新魔法。

 

決勝に至っては汎用型CADに照準補助装置を組み込むという最新技術。

 

同じ高校生とはいえ、トーラス・シルバーという名で既に超一流の技術者(エンジニア)として世界に名を馳せるほど活躍している達也を相手に、他校のエンジニアではソフト面でもハード面でも太刀打ち出来るはずもなかった。

 

結果、新人戦女子スピード・シューティングは雫が優勝、滝川と英美もそれぞれ二位と三位と、一高が上位独占という異例の快挙を成し遂げた。

 

 

 

それはまさに、一位の三高を追いかける一高にとって優勝への逆転劇の始まりであり、その派手な結果は様々な波紋を広げていた。

 

 

 

「一高が上位独占だと!? 馬鹿な!!」

 

「細工は施したのだろう! 本戦ですら一名だというのに、なぜ三名とも予選突破できる!?」

 

「……新人戦はポイントが本戦の半分とはいえ、上位独占ならば一高の合計点は五十点。点差が一気に縮まるぞ」

 

昨夜の祝杯気分から一気に冷や水を浴びせられた無頭竜の幹部達。

 

 

 

「一人のエンジニアが全ての競技を担当することは物理的に不可能だけど……」

 

「そいつが担当する競技は、今後も苦戦を免れないだろう。少なくとも、デバイス面で二、三世代分のハンデを負っていると考えて臨むべきだ。それにしてもやはり一高か、そう簡単には優勝させてくれないな」

 

悲願の優勝奪還への道のり、その初端をいきなり挫かれたことで最大限の警戒心を顕わにする三高選手団。

 

 

 

そして、波紋は他高や他勢力だけに留まらなかった。

 

「女子スピード・シューティングで上位独占か、今年の一年女子はやるな!」

 

午後に控えた新人戦男子スピード・シューティング。その控え室でも女子の快進撃が話題となっていた。

 

……主に上級生の間で、だが。

 

「ああ。でも、どちらかというと司波の腕によるところの方が大きいだろう」

 

「それは間違いない。あの中条が絶賛するわけだ」

 

やや興奮気味に語り合う上級生達。

 

彼らは本戦男子スピード・シューティングに出場した選手であり、新人戦男子スピード・シューティングに出場する一年生の三人のフォローを任されている。

 

だが、上級生と言えど最年長で十八歳。

 

大人でも推し量るのが難しい他者の心の機微を、況してや思春期の少年たちの内心を察しろというには、些か人生経験が少なかった。

 

更に言えば逆転優勝のために大差を付けられた三高を追いかけている状況下、優勝を大きく引き寄せた女子の快進撃に上級生も盛り上がらないはずがない。

 

故に、エンジニアである達也のことも手放しで賞賛する。二科生であるという事実は隅に追いやって。

 

面白くないのは、二科生に大活躍されては立つ瀬が無い一科生の一年男子だ。

 

少なくとも「そんなに悪い奴ではない」ということはパーティーの時に何となくわかってはいるが、だからといって二科生に戦績で劣るようなことはプライドが許さない。

 

現にスピード・シューティングに出場する三人のうち、二人の目に剣呑なものが宿っている。

 

では残る一人は、というと、

 

(雅季もそうだが、司波も()()だな……)

 

世の中には常識では推し量れない(つまり非常識)な奴もいる、と既に悟っているため、たいした影響は及ぼさなかった。

 

ちなみにその一人とは森崎なのは言わずもがな。

 

何せCADの完成図面をたった一日で引けるような奴だ、“このぐらい”なら驚きつつもどこか納得できる。

 

そんな風に考えることが出来るあたり、森崎の感受性もイイ感じにズレていた。

 

「よし、お前たちも女子に負けるなよ!」

 

「はい!!」

 

「はい!!」

 

「――はい!」

 

上級生の発破にほぼ即答の勢いで強く答えた二人。ひと呼吸遅れて森崎も答える。

 

森崎以外の二人は些か気負い過ぎているようにも感じられたが、上級生達はそれが対抗心と闘志の表れだと良い方向へ解釈した。

 

その勘違いを、競技が始まって少し経った後、上級生達は悔やむ結果となった。

 

 

 

そして、舞台は午後の新人戦男子スピード・シューティングへと移っていく――。

 

 

 

 

 

 

男子スピード・シューティングの予選。

 

一高選手は三人のうち、一人が予選を終え、今は森崎が競技中だった。

 

そして、競技が始まってから僅かな時間で、森崎は上級生達が不振に終わってしまった結果を理解していた。

 

射出されたクレーは二枚。森崎はCADのトリガーを引いた。

 

森崎は達也や真由美などが普通に行使している同時照準、つまり複数の対象物に同時に魔法を行使できる技術(スキル)は持っていない。

 

よってクレーが複数同時に射出された場合、一つずつクレーを破壊する必要がある。

 

対象物を直接振動させる振動魔法がクレーに作用し、クレーを砕く。

 

続けてもう一つのクレーに狙いを定めてトリガーを引く。

 

同じく魔法が発動してクレーが破壊される瞬間、もう一つのクレーが森崎の視界を横切った。

 

「――ッ!」

 

いつの間にか射出されていた三つ目のクレー。それは魔法の行使に集中していた一瞬の隙に射出されていた。

 

慌てて照準を定め、有効エリアのギリギリのところでクレーを破壊する。

 

だが一息吐く間もなく、次のクレーが発射台から打ち出される。

 

(これがタイミングのズレか!)

 

予選の五分間、百個のクレーのうち既に半分以上が消化されている。

 

次々と打ち出されるクレーに必死に食らいつくも、既に幾つものクレーを逃してしまっている。これ以上の取りこぼしは予選突破も危うくする。

 

想像以上にやりづらく、そして後が無くなったことで焦燥に駆られる森崎。

 

その時、クレーが二個、一個、三個と立て続けに射出される。

 

間隔を置いて高速で飛翔するクレー、その数は全部で六個。

 

 

 

その瞬間、森崎は自分の鼓動が大きく高鳴ったのを自覚した。

 

 

 

有効エリアの範囲と、自分の魔法速度。

 

その二つを考慮すれば、最初の二個、次の一個を破壊した時点で最後の三個の破壊は間に合わない。

 

(どうする!?)

 

確実に行くならば中間の一個を見逃して、残りの三個を破壊するべきだ。

 

森崎の理性はそう告げており、森崎自身もそれを是とした。

 

そしてクレーが有効エリアに入った瞬間、

 

 

 

――名は体を表す。

 

 

 

どうしてか、“あいつ”の言葉が脳裏を過ぎった。

 

――『駿』という名が表すのは、誰よりも早く、誰よりも速きこと。

 

――今回の場合なら、あの二人が魔法を使おうと思った時には既に終わっている。そっちの方が駿らしい結果だよ。

 

 

 

――誰よりも早く、誰よりも速きこと。

 

 

 

(誰よりも早く、誰よりも速きこと――)

 

そこからは半ば無意識だった。

 

有効エリアに侵入した二個のクレーをそれぞれ振動魔法で立て続けに破壊する。

 

(もっと早く、狙いを――)

 

既に有効エリアに入り込んでいる一個のクレーに即座に照準を合わせる。

 

同時に三個のクレーが有効エリアへと到達する。

 

先程の理性の判断を、森崎は無意識に無視していた。

 

見逃すはずだった一個のクレーを破壊する。

 

その時点で三個のクレーは有効エリアの半分を過ぎたところにあった。

 

確実に破壊できるのは一個、ギリギリ間に合っても二個が限度。三個の破壊は不可。

 

今までの速度ならば……。

 

 

 

照準の早さだけでは足りない――。

 

更に早く、更に速く――。

 

もっと速く、魔法を――。

 

 

 

そして、森崎が我に返った時、三個のクレーは既に破壊された後であった。

 

自分では無理だと判断した、他ならぬ森崎自身の魔法で。

 

(いま、僕は何をした……?)

 

大きな戸惑いが森崎の中に生まれたが、競技は続いているため生憎と考える暇は無い。

 

打ち出されたクレーの射出音で森崎はすぐさま頭を切り替え、とにかく今は競技に集中することにした。

 

それ以降、森崎は競技終了までクレーを撃ち漏らすことは無かった。

 

 

 

男子スピード・シューティングの予選が終わり、結果として森崎は予選突破を決めた。

 

特に競技の後半で成績を巻き返ししたため予選で四位という好成績を収めていた。

 

残る二人は気負いが過ぎて空回りしてしまい、二人とも順位が下から数えた方が早いという散々な結果だったが。

 

 

 

 

 

 

 

新人戦男子スピード・シューティング準々決勝は、機材トラブルが発生したらしくすぐには始まらなかった。

 

担当のエンジニアは状況を聞きに運営委員会の下へ赴いているため、一高の控え室の天幕にいるのは森崎ただ一人。

 

椅子に座ったまま微動だにしない様子は、緊張しているというより何かを考え込んでいるようだ。

 

(あの時、僕は何を考えていた?)

 

事実、森崎は予選の時の感覚、手応えを思い出そうとしていた。

 

あれほどスムーズに魔法を行使できたのは稀だ。いや初めてかもしれない。

 

何せ魔法を使ったことによるストレスもまるで感じず、それこそ呼吸をするのと同じように魔法を使った、そんな気がするのだ。

 

だが、あの時の感覚がどうにも掴めない。

 

スピード・シューティング予選で余裕の一位通過を果たしたのは案の定、三高の『カーディナル・ジョージ』こと吉祥寺真紅郎。

 

吉祥寺の『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』は、対象のエイドスを改変無しに直接圧力そのものを書き加える魔法で、競技では圧力を加えることでクレーを砕く、または叩き落とすことができる。

 

不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』の利点の一つである情報強化では防げないという点は、スピード・シューティングでは意味を成さない。

 

だが『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』は対象に視線を合わせるだけで狙いを定めることができる。

 

飛び交うクレーに視線を向けるだけで得意の魔法を行使できるという利点が、予選一位通過の要因だ。

 

トーナメント表から順当に行けば決勝戦で吉祥寺と当たることになる。

 

対戦形式でも吉祥寺は全てのクレーを叩き落として見せるだろう。

 

不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』ならば対戦者との魔法干渉を考慮する必要など無いのだから。

 

やはり吉祥寺真紅郎に勝つにはあの時の感覚を思い出すしかない。

 

この後に行われる準々決勝、準決勝の競技二回の間に、大前提として相手に勝ちながらあの時の感覚を掴むことが出来るだろうか……。

 

深く悩んでいる森崎は、天幕の外からやって来る人の気配に、その人物が実際に入ってきて声を掛けられるまで気付かなかった。

 

「よ」

 

軽い挨拶を掛けられて初めて天幕に人が入ってきたことに気付いた森崎が顔を上げる。

 

「なんだ、雅季か」

 

「なんだとは何だ、せっかく観客席から遊びに……もとい激励に来たのに」

 

「おい、本音は隠せ」

 

ポロっと本音を零した雅季を、森崎はジト目で睨む。

 

「とりあえずは予選突破、おめでとさん」

 

それをたぶん故意に無視して話を進める雅季に、森崎は睨むのを止める。

 

「まだ予選を突破しただけだ。優勝したわけじゃない」

 

ライバルの厄介さ、強さを把握しているだけに自戒して気を引き締めている森崎に、

 

「まあ、優勝も大丈夫でしょ」

 

雅季は事もなしに断言した。

 

「あの吉祥寺って選手も見たけど、今の駿の方が上だよ」

 

「……何を根拠に言っているんだ、お前は?」

 

強敵だと感じていた相手より自分の方が上だと言われ、森崎は反発と困惑が入り混じった感情で問い返す。

 

普通の相手ならばただ反発しただけだろうが、相手が妙なところで核心を突いてくる雅季なだけに、反発よりも困惑の方が大きかった。

 

いま思えば、あの時の感覚はこの不思議な少年の言葉が切っ掛けだった。

 

故に生じた困惑は、森崎自身は気付いていない「もしかしたら」という期待であり、

 

「何って、予選を見て」

 

知ってか知らずか、雅季はその期待に応え、

 

「特に後半はいい感じだったし、あの時みたいな感じで、駿の()()()通りにすれば勝てるさ」

 

森崎の疑問の解に、明瞭なカタチを与えた。

 

(僕の、思った通りに……)

 

雅季の言う通りだった。あの時、森崎は他の一切を考えず、ただ早さだけを求めていた。

 

状況判断なんて二の次以下。

 

ただ誰よりも早くクレーを魔法で撃ち抜く。

 

――誰よりも早く、誰よりも速きこと。それが『森崎駿』なのだから。

 

「森崎、設備トラブルが直ったから試合が始まるぞ――って、なんだ、結代か」

 

「あれ、またなんだ扱いされたんだけど?」

 

そこへ、天幕が開いて状況を聞きに行っていたエンジニアが帰ってきた。

 

森崎にとって丁度良いタイミングで、ようやく試合が始まるようだ。

 

「わかった」

 

森崎は椅子から立ち上がると、外へと向かって歩き出す。

 

先程まであった迷いはもう無い。確かな足取りで、森崎は雅季の横を通り過ぎる。

 

そして控え室の天幕から競技場へ向かう、その前に。

 

「なあ、雅季――」

 

森崎は天幕の中へと振り返り――非情に珍しいものを見た。

 

どことなく引き攣ったような、苦笑しようとして失敗したような、そんな複雑な顔をした雅季が明後日の方角、いや観客席の方角を見ていた。

 

「どうした?」

 

思わず問い掛けた森崎に、雅季は何か諦めたように首を横に振って答えた。

 

「……いや、何でもない。試合がんばれよー」

 

「あ、ああ」

 

どうも強制的に話題を断ち切られたような気がするが、もうすぐ試合も始まる。

 

結局それを追求することも、森崎が雅季に言おうとしたことも口にせず、森崎はエンジニアと共に競技場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

誰もいなくなった天幕の中。

 

一人残った雅季は、感じ取った『縁』に深く肩を落とすと、小さく呟いた。

 

「居なくていい時にやって来るのはいつもの事とはいえ、本当に何しに来たんだか。

 

 あの幻想郷一の駄目妖怪は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男子スピード・シューティングの観客席。

 

桐原武明は探し人を求めて左右を見回し、

 

「桐原君、こっちこっち!」

 

その探し人である壬生紗耶香の方が先に気づいて桐原を呼んだ。

 

「悪い、遅くなった」

 

「ううん、大丈夫」

 

前世紀から続く定番のやり取りを交わしながら、桐原は紗耶香の隣に座る。

 

「何とか準々決勝から間に合ったか」

 

「何か機材トラブルがあったらしくて。今さっき再開されたところ」

 

「そりゃいいタイミングだな」

 

「男子クラウド・ボールのメンバーはどんな感じ?」

 

紗耶香が尋ねたのは、明日の新人戦に出場する男子クラウド・ボールの一年選手のことだ。

 

桐原もまた、先程まで服部たちと同じく出場する一年達に付いて話をしていたところだった。

 

「ちっと危ういな。『早撃ち』の女子チームの結果、というか司波兄に触発されて変に気負い過ぎだ。しかも女子と比べて男子の予選突破が森崎だけだったってことで余計に、な」

 

一日置いて少しは落ち着いてくれりゃいいんだが、と溜め息混じりに桐原はボヤいた。

 

そして話を聞いていた紗耶香は、クスッと小さく笑みを零した。

 

それに気付いて怪訝そうな視線を送ってきた桐原に、紗耶香は言った。

 

「一年生でも、やっぱり“男の子”なんだね」

 

「……そりゃあ、まぁな」

 

どう返していいかわからず口篭る桐原。それは訳が分からず、というわけではなく理解できてしまうが故に。

 

要するに「司波達也に負けたくない」という対抗心のようなものがあるのだ。一年男子にも、桐原にも。

 

桐原自身も達也のことは認めているが勝負となれば話は別。

 

つい先日には「次に立ち会う時は勝ってやる」と服部に宣言したばかりなのだから。

 

それが同級生、しかも一科生となれば余計だろう。

 

「とはいえ、森崎以外の二人みたいに空回りして予選落ちってのは、もう勘弁して欲しいけどな」

 

ちなみにスピード・シューティングのフォローに回っていた上級生達は、摩利を筆頭に「気付かなかったじゃフォローに回した意味がないだろ」と幹部達に責められ、後悔先に立たずと頭を下げることしか出来なかった。

 

「せめて男子の選手で一人でも活躍してくれりゃ、いい方向に持っていけるんだけどな」

 

そう口にした桐原の視線の先にあるのは、男子スピード・シューティングの競技場。

 

紗耶香は桐原が誰に期待しているのか、誤解しようが無かった。

 

深雪、結代に次いで一年実技の第三位。

 

(頼むぜ、森崎。男子陣の火付け役になってくれ)

 

桐原はちょうど競技場に向かっている最中であろう後輩に、そう託した。

 

 

 

 

 

 

雅季が『縁』を感じて顔を引き攣らせたのは、ちょうどこの時だった。

 

 

 

そして、

 

 

 

「お隣、宜しいかしら?」

 

 

 

桐原の反対側、紗耶香の隣から声を掛けられ、二人は同時に振り返った。

 

――本当に、いつからいたのだろうか、彼女はそこにいた。

 

白い日傘を差した女性。年齢的には同世代のように見えるが、年下の少女と、或いは大人の女性と言われても納得してしまいそうな不思議な雰囲気を持っている。

 

金髪の長い髪に帽子を被り、紫色の派手なドレスを身に纏っている。

 

そんな奇妙な格好でも二人は、いや周囲にいる観客達も“何故か”気にならない。

 

「え、ええ、どうぞ」

 

「では失礼するわね」

 

一言断りを入れて、女性は紗耶香の隣に座る。

 

そんな彼女に桐原は違和感を覚えた。

 

ちょうど女子バトル・ボードの準決勝が行われている時間帯と重なっていることもあり、男子スピード・シューティングの会場は疎らとは程遠いが満席とまでもいかない客入りだ。

 

実際、桐原が軽く見回しただけでも幾つもの空席を見つけることが出来た。

 

それなのに、何故彼女はわざわざ紗耶香の隣に座ったのだろうか……?

 

そんなことを考えていると、

 

「あら、そんなに見つめられますと、お隣の彼女に怒られてしまいますわよ?」

 

その声で我に返った桐原は、自分がずっと彼女を見つめていたことに気付いた。

 

「あ! いや、そんなつもりじゃ――!?」

 

「き・り・は・ら・くん?」

 

「だから違うって! 誤解だ!」

 

見事な笑顔(ただし目が笑っていないバージョン)で桐原を見る紗耶香に、暑さ以外の汗をふんだんに掻きながら慌てて弁明する桐原。

 

「ふふ、仲がよろしいのね。――朱糸指結、良縁成就。まあ当然なのだけど」

 

そんな二人を胡散臭い、もといきな臭い、もとい怪しげな……もとい不思議な笑みで見つめる女性。彼女が途中で呟いた言葉は、二人の耳には届かなかった。

 

「お二人は魔法科高校の生徒かしら?」

 

「あ、はい、そうです。あたしたちは一高に通っています。あなたは観戦ですか?」

 

「ええ。友人が出るもので、応援に」

 

「へぇ。あんたみたいな綺麗どころに応援されるなんて、どんな羨ましい奴なんだか」

 

「あら、こんな可愛らしい彼女を連れている貴方ほどではありませんわ」

 

「か、可愛いだなんて!」

 

いつの間にか自然と打ち解けて女性と普通に会話をしている桐原と紗耶香。

 

今さっき出会ったばかりの初対面の他人であるにも関わらず。

 

見知らぬ人物に対する、普通なら感じるはずの意識の『壁』が無くなっており、今では友人のような親近感で接していることに、二人は気づかない。

 

当然ながら桐原がつい先程まで感じていた違和感も無くなっていた。

 

「あ! そう言えば名前言っていませんでしたね。あたしは壬生紗耶香って言います。一高の二年です」

 

「俺は桐原武明。壬生と同じく一高の二年だ」

 

「それはそれは、ご丁寧に」

 

そして、女性は扇子を取り出して口元でパッと広げると、現実においてその名を口にした。

 

 

 

「――わたくし、八雲紫と申しますの」

 

 

 




森崎、覚醒。

なのに全ての話題を持っていきそうな問題少女、ゆかりん登場。

この時点で幻想に一番近かったのは、幻想郷で縁を結ばれたあの二人でした。

ちなみに次話のタイトル(予定)は、『森崎駿』です。



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第30話 幻想袁彦道

長くなってしまったので、決勝戦の前話として分けました。

次話が森崎駿 VS 吉祥寺真紅郎になる予定です。

ちなみに「袁彦道」とは賭博という意味です。




「ほのか、予選突破おめでとう」

 

「ほのかさん、おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

女子バトル・ボードの観客席に戻ってきた達也、深雪、雫、ほのかの四人を、試合を観戦していた友人たちが出迎える。

 

「さて、今日の試合も終わったことだし、俺たちは一旦天幕に戻るが、エリカ達はホテルに帰るのか?」

 

達也の質問に、エリカは首を傾げながら答えた。

 

「え? まだ試合は残っているわよ」

 

「男子スピード・シューティングの決勝戦がこの後あるぜ」

 

エリカとレオの発言に、今度は達也が首を傾げた。

 

「スピード・シューティングはとっくに終わっている時間じゃないのか?」

 

バトル・ボードは試合時間と準備時間を合わせて一試合に三十分以上かかる。

 

そして、ほのかの試合は予選最後の第六試合だったため、既に時刻は午後四時前を指している。

 

普通ならば試合時間の短いスピード・シューティングの方が早く終わるはずであり、実際に去年まではそうだったのだが。

 

「準々決勝前に機材トラブルがあったらしくて、予定が遅れているって話ですよ」

 

「ああ、そういうことか」

 

美月の補足説明に、達也たちは納得した表情となる。深雪も納得した様子で、エリカ達に尋ねた。

 

「それで、決勝戦には誰が出るの?」

 

「森崎君と、えっと三高の吉祥寺って選手ですね」

 

それを聞いて、「へぇ」と達也は興味を示した。

 

「森崎と吉祥寺選手、予想通りとはいえ中々の好カードだな」

 

「あれ? 達也君、吉祥寺って選手のこと知っているの?」

 

「『カーディナル・ジョージ』こと三高の吉祥寺真紅郎。それまで仮説段階だった基本コード、その一つである加重系プラスコードを世界で初めて発見した英才だ」

 

「そうか。吉祥寺真紅郎ってどこかで聞いたことある名前だと思ったら、『カーディナル・ジョージ』だったのか」

 

幹比古もその渾名は知っていたらしく、驚きと同時に納得したようだった。

 

「なあ達也、その基本コードって何だ?」

 

「そうだな、少し説明が長くなるから、歩きながら話そうか」

 

達也の提案に皆が頷き、スピード・シューティングの会場へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

達也たちが会場へ向かう少し前、スピード・シューティングの準々決勝が終わった頃。

 

会場の物陰にて、ひと組の男女が密会をしていた。

 

尤も――。

 

「悪縁退散」

 

「あらひどいわね。せっかく応援に来て上げたのに」

 

最初の挨拶がこんな感じで始まるように、恋愛沙汰とは無縁の逢瀬だったが。

 

『離れ』の結界を敷いた境界線の内側にいるのは結代雅季と八雲紫の二人(?)のみ。

 

それ以外の人間はこの場に近づくことすら出来ない。意識的にも物理的にも。

 

「応援も何も、俺の試合は明日からですけど?」

 

「あなたの応援とは言っておりませんわ」

 

扇子で口元を隠しながら、紫は愉快げに言う。

 

ちなみに口調をコロコロと変えるのは仕様だ。おかげで胡散臭さが更に増しているので、間違いなく狙ってやっているのだろう。

 

「じゃあ誰の応援?」

 

「一高の応援よ。負けちゃっているみたいだからねぇ」

 

「なんてことだ、一高の悪縁の元凶がここにいた。というか何故に?」

 

さり気なくひどいことを口にしつつ雅季は尋ねる。

 

「だって、一高に負けてもらうと困るのよね。私は一高に賭けちゃったし」

 

「は?」

 

目を点にする雅季に、紫は「ふふ」と薄ら笑みを零した。

 

 

 

 

 

 

回想――。

 

「妖夢。賭けをしましょう」

 

「わ!? って、紫様。どうされたのですか? 幽々子様なら中にいるハズですけど」

 

「賭けをしましょう。一から九、どれがいいかしら?」

 

「……えっと、何のことでしょうか?」

 

「ふふ、自分の直感を信じなさい。どれがいいかしら?」

 

「よくわからないですけど……じゃあ、四で」

 

「妖夢は四ね。結果が出たら教えるわ」

 

「あ、はい……何だったんだろう?」

 

 

 

「魔理沙。賭けをしましょう」

 

「うわ! と、何だ、紫か」

 

「賭けをしましょう。一から九、どれがいいかしら?」

 

「何の賭けだかよくわからんぜ、十進数の賭けか?」

 

「細かいことは気にしないの」

 

「いや気にするぜ、普通。とりあえず八だな」

 

「魔理沙は八ね。結果が出たら教えるわ」

 

「って、だから何の賭けだって――」

 

 

 

「咲夜。賭けをしましょう」

 

「……その前に不法侵入はやめてもらえないかしら。玄関の意味が無くなるわ」

 

「賭けをしましょう。一から九、どれがいいかしら?」

 

「聞いてないわね……。それで、何の話よ?」

 

「賭けの話よ」

 

「だから何の賭けなのかしら?」

 

「一から九、どれがいいかしら?」

 

「なら三でいいわ。さあ掃除、掃除と」

 

「咲夜は三ね。結果が出たら教えるわ」

 

「もう来なくていいわ」

 

 

 

「早苗。賭けをしましょう」

 

「あ、紫さん。こんにちは。参拝ですか?」

 

「賭けをしましょう。一から九、どれがいいかしら?」

 

「おみくじみたいなものですか?」

 

「そのようなものかもしれませんわ」

 

「ならここはラッキーセブンでいきます」

 

「早苗は七ね。結果が出たら教えるわ」

 

「この前、兎の妖怪と会ったばかりだからきっと大吉です」

 

 

 

「紅華。賭けをしましょう」

 

「あれ、紫さん? 雅季さんなら今は『外』にいますよ」

 

「賭けをしましょう。一から九、どれがいいかしら?」

 

「賭け、ですか?」

 

「ええ、賭けですわ」

 

「……まあ、紫さんがよくわからないのは今に始まったことじゃないですし」

 

「あら、そのようなことはありません」

 

「えっと、確かこんな時は適当にあしらえばいいって雅季さんも霊夢さんも言っていたし、五にしておきます」

 

「紅華は五ね。結果が出たら教えるわ」

 

「……何の結果なのでしょうか?」

 

 

 

「霊夢。賭けをしましょう」

 

「嫌よ」

 

「賭けをしましょう。一から九、どれがいいかしら?」

 

「嫌よ」

 

「つれないわねぇ」

 

「何だってつれなきゃいけないのよ」

 

「賭けに勝ったらお賽銭が入るかもしれないのに」

 

「一から九の間で選べばいいのね」

 

「ええ、そうですわ」

 

「なら一ね。何となく」

 

「霊夢は一ね。結果が出たら教えるわ。……戦利品は霊夢と山分けね」

 

「……異変とは関係なさそうだし、妖怪も退屈してるのね」

 

 

 

 

 

 

「――という訳で霊夢と私が一高、咲夜が三高、妖夢が四高、紅華が五高、早苗が七高、魔理沙が八高に賭けているわ」

 

「ひでぇ」

 

話を聞いた雅季の感想は、まさにその一言に尽きた。

 

というか賭けの誘い方が凄まじい。有無を言わさず参加させ、そしておそらく負けたら相手からは勝手に賭け金を徴収していくのだろう。

 

縁日の時の某河童を凌駕する悪徳ぶりである。

 

「……それで、一高に負けて欲しくないから応援に来たと?」

 

「それもありますわ」

 

やっぱり悪縁だよコイツ、と雅季は頭を抱えた。

 

普段から逆に頭を抱えさせられている森崎がこの光景を見たら、雅季への評価が「腐れ縁」から「友人」にランクアップしたかもしれない。

 

周りからしてみれば今更だが。

 

「……千歩譲って、応援するは構わないけど、いや本当は構うけどさ」

 

でも、と雅季は顔を上げて、

 

「何で堂々と先輩たちと談笑しちゃってんの!?」

 

そう、雅季が控え室から観客席へ戻ってきた時、紫は紗耶香と桐原の二人と談笑していたのだ。

 

しかも『境界を操る程度の能力』で、「服装の常識」やら「友人と他者の壁」など諸々の境界を操って、怪しまれるどころか完全に打ち解けた状態で。

 

ちなみに雅季が紫を連れ出す際、「お前も隅に置けねぇな」と桐原がニヤニヤと、紗耶香もニコニコと雅季と紫を送り出した。

 

雅季としては後で全力を駆使して誤解を解く所存である。

 

「だって一人寂しく観戦だなんて、つまらないじゃない」

 

拗ねたように答える紫。それで騙される奴は幻想郷にはいない。

 

雅季は溜め息を吐くと、

 

「……まあ、魔法を識る者達とはいえ、紫さんの正体を見破れるような者は滅多にいないでしょう」

 

少し真面目な口調で、『結代』として答えた。

 

「ですが、ゼロではありません。身近で言えば俺の友人である柴田さんの目は、紫さんが人とは異なる者であると“見る”ことができるでしょう。また神祇術式を継承する吉田家の者もいます。彼もまた人ならざる気配に感付くかもしれません」

 

「あら、吉田家の子孫もいたのね。“初代”には色々とお世話になったのだけど、今代はどうかしら」

 

「さて、どうでしょうかね」

 

互いに牽制するように視線を交錯させる。

 

ほんの少しの沈黙の後、雅季は徐ろに口を開いた。

 

「存在自体がインチキの紫さんでも、いやインチキだからこそ、人とは異なる者だと見る者が見ればわかってしまうもの」

 

「存在自体がインチキって、ひどい言い草ね」

 

「萃香が言っていたことだけど?」

 

「萃香……」

 

ちょっと落ち込んだ紫に、雅季は何度目かの溜め息を吐いて苦笑した。

 

「本当にバレないでくださいよ。『悪縁』なんですから」

 

「人間と妖怪、元より悪縁の間柄でしょ? ……わかっておりますわ。今がその時ではない、ということは」

 

無言で睨まれて、紫は扇子で口元を隠しながらいつもの笑みを浮かべて。

 

「でも、少しばかり驚かすぐらいは見逃してくださいな。何せ妖怪ですから」

 

……果たして紫の“驚かす”の度合いがどの程度のものなのか、それを考えると雅季は口元が引き攣るのを自覚せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

そして、時系列は現在に戻り――。

 

「いよいよ決勝ね」

 

「そうだな。森崎の奴がどこまでやってくれるか」

 

当事者ではないのに緊張気味の紗耶香に、桐原も少し興奮した声で答える。そして、

 

「楽しみですわ」

 

紗耶香の隣に座る紫が楽しげにそう口にすれば、

 

「そーですねー」

 

紫の隣に座った雅季が棒読みで返事をしつつ、内心では隣のコレが何か仕出かすのかを考えて憂鬱な気分に陥っていた。

 

ここが幻想郷なら別にどうってことも無い、場合によっては寧ろ便乗するのだが、ここは外の世界。

 

答えのある不思議が肯定され、答えのない不思議は否定される世界だ。

 

特に近世以降は、人々は答えのない不思議に出くわしたとき、躍起になって答えを探し求める傾向にある。

 

想子(サイオン)霊子(プシオン)が認知された現世において、その答えの中に幻想郷へと続く鍵が無いとは言い切れない。

 

――まあ、“あの”八雲紫が幻想郷にとって不利になるような行動を取るなど、万に一つも有り得ないが。

 

雅季の心配、というか憂鬱の原因は、現実と幻想の交錯による影響とかそういったものではなく、

 

「私、九校戦を()()()から見るのは初めてですの」

 

「そうなんですか」

 

「ふふ、そうなんですよ」

 

「テレビで見るよりかは迫力あると思うぜ」

 

(紫さんがとんでもないことやらかしたら、俺がそのフォローしなきゃいけないんだろうなぁ)

 

もっと身近で個人的な内容、何を仕出かすかわからないお隣さんが主な原因だった。

 

(もし紫さんが競技にまで介入するようなら、とりあえず本気の『離れ』で成層圏から中層圏あたりまで吹っ飛ばしておくかー)

 

どうせすぐ戻って来るだろうけど、等とぼんやりと物騒な考えを雅季が抱き始めたころ。

 

近づいてくる複数の『縁』。

 

それを感じ取り、雅季の憂鬱は更に増すことになる。

 

「紫さん」

 

桐原や紗耶香には聞こえないよう、小声で紫に警告する。

 

紫は無言のまま、再び扇子を口元に当て。

 

「あ、エリちゃん達だ。こっちこっち!」

 

紗耶香は手を振って、やって来た達也たちを呼んだ。

 

 

 

 

 

 

スピード・シューティングの会場にたどり着いた達也たち。

 

バトル・ボードの試合も終わり本日最後の競技ということもあって、男子スピード・シューティングにしてはかなりの観客が集まっている。

 

観客席も見た限りでは八割程度が既に埋まっており、達也たちの後からも観客がまだ入り続けている。

 

「あ、さーや達だ」

 

そんな中で目敏く友人を見つけたのはエリカだ。

 

向こうもこちらに気付いたらしく、紗耶香が手を振っていた。

 

紗耶香の隣にいるのは桐原、反対側に雅季。そして――。

 

「お兄様、壬生先輩と結代君の間にいる女性はどなたでしょうか?」

 

紫色の服と大きめの日傘が目立つ、見知らぬ女性がそこに座っていた。

 

「さあ、あの三人のうちの誰かの知り合いじゃないかな?」

 

実は彼女こそがハッキング疑惑の真犯人だとは、流石の達也でも夢にも思わない。

 

あの女性が誰かは置いといて、幸いあの四人いる列とその後ろの列も空席なので八人とも座れるなと、座席の数を確認する達也。

 

ほのか、雫、エリカ、レオの四人も、見知らぬ女性に対して「誰だろう?」と司波兄妹と同じ疑問を抱きつつも、特に気にした様子は無い。

 

(……?)

 

嘗ては人ならざる妖たちと対峙した一族の末裔としての勘というべきか、奇妙な違和感を覚えたのは幹比古だ。

 

そして、

 

「――え?」

 

人のものとは到底思えない霊子(プシオン)の波動を見て、美月は思わず立ち竦んだ。

 

 

 

 

 

 

それは、人が放つようなものではなかった。

 

紫から始まり、青や黄を介して赤で終わる“色”の波動。

 

まさに虹色の色調に染まった霊子(プシオン)の波は、美しくも禍々しく――。

 

それでいて、あの小柄な体格に凝縮されている濃密なまでの存在感。

 

妙な喩えだが、まるで誰もいない夜の神社仏閣を前にしたような、厳かで、人よりも強大な“何か”に全身を射竦められる。

 

それは、今まで忘れていたような、懐かしさすら感じるほど恐ろしく――。

 

 

 

 

 

 

「柴田さん、どうしたの?」

 

幹比古に声を掛けられ、秒にも満たぬ一瞬の喪心から美月は我に返った。

 

改めて女性を見遣るが、霊子放射光に変わったところは無い。

 

「う、うん……何でもない」

 

きっと気のせいだ、夏の暑さで妙な幻覚を見たのだろう。

 

美月はそう思い込むことにした。

 

ふと、あの女性と目があった。

 

笑みを浮かべて会釈する女性。

 

 

 

――ゾクリと、背筋に冷たい何かが走った気がした。

 

 

 

 

 

 

「……紫さん。イジメないであげてください」

 

「だって妖怪ですもの」

 

そんな二人の会話は、残念ながら他の誰の耳にも届かなかった。

 

 

 




え? 早苗さんだけピントがズレてるって? 気のせいですよ。

そして美月の受難の歴史は、ここから始まった(笑)

ちなみに、美月が紫を見ても何も見えなくなったのは、メガネの境界を弄られたからです。

なので、メガネを外すと……。


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第31話 森崎駿

お待たせしました。
森崎駿 VS 吉祥寺真紅郎の戦いになります。
いやはや、本作最大の文字数の話となりました。
さすが主人公森崎タグ。


ちなみに最近の作者の心境を表したなぞなぞ。
「月曜日の朝は重くて、金曜日の夜は軽いものってなんでしょう?」
答えはあとがきにて。


三高の控え室。パイプ椅子に座っている吉祥寺真紅郎は、静かに戦意を燃やしていた。

 

(女子スピード・シューティングでは一高に完封負けした分、せめてこっちでは優勝させて貰うよ)

 

女子スピード・シューティングでは一高が一位、二位、三位を独占。五十点という大量得点を獲得している。

 

対する三高の選手は四位の五点のみ。

 

点数が半分の新人戦でなければ一発で同点に追い付かれていたところだ。

 

それでも九十点あった点差が四十五点に縮まり、再逆転の射程圏内まで追い付かれている。

 

これ以上、点差を縮められる訳にはいかない。

 

先程行われた三位決定戦では三高選手が敗北し四位という結果に終わっている。

 

ならば、せめて男子スピード・シューティングでは優勝しなければ総合優勝も危うくなる。

 

なにせ本戦モノリス・コードがまだ残っているのだから。

 

一高にいる某人物は、一条将輝と吉祥寺真紅郎が同じ学校に通っているのは反則級の偶然だと評しているが、他高からすれば一高の方が反則だ。

 

十文字克人、七草真由美という十師族直系の二人、そしてその二人に劣らぬ渡辺摩利、更にはA級判定を取得している実力者を何人も抱えている。

 

おまけに十文字克人と七草真由美が得意とする魔法は九校戦のレギュレーションに引っかからず、更に言えば千載一遇の大チャンスに恵まれた今年ですら新人戦で化物のようなエンジニアが登場している。

 

トドメとして今はまだ知られていないが、司波深雪という一年でありながら上級生すら圧倒する可憐な少女と、後にピラーズ・ブレイクで一条将輝と烈戦を繰り広げる事になる結代雅季という逸材まで控えているとなれば、まさに反則的の戦力だろう。

 

そして、十文字克人が出場する本戦モノリス・コードでは、渡辺摩利のようなアクシデントが無い限り一高の優勝は確実。それが他ならぬ三高選手陣の共通認識だ。

 

故に作戦では本戦モノリス・コードまでに四十点以上の点差を付けることが絶対だとされている。

 

現時点での得点差は、男子スピード・シューティングの結果を除けば四十五点。

 

優勝のボーダーラインに三高はいる。

 

「……それでも、最後に勝つのは僕達だ」

 

特に三年生にとっては悲願の優勝に手が届きそうなのだ。

 

それを自分達が台無しにする訳にはいかない。

 

時計を見遣る、間もなく試合開始時間だ。

 

(相手は『クイックドロウ』の森崎。試合を見た限りでは手強い相手だろうけど、僕の『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』なら勝機は充分にある。勝つのは僕だ!)

 

一高の三連覇を阻止する為、そして三高に優勝旗を持ち帰る為。

 

『カーディナル・ジョージ』吉祥寺真紅郎は椅子から立ち上がると、決勝戦の舞台へと歩き始めた。

 

 

 

一方、一高の控え室でもちょうど同じタイミングで森崎もまた会場へと歩き出したところだった。

 

戦意という点では、森崎は吉祥寺に負けてはいない。

 

だが、その心持ちは比較的落ち着いていた。

 

(準々決勝、準決勝の二試合で大体の感覚は掴めた。後は、ただその感覚に任せるだけだ)

 

後はやるべきことをやるだけ、そんな心境だった。

 

森崎は達也のように作戦や新戦術、新技術など用意していない。

 

実際に競技が始まれば、自分の魔法で自分のクレーを撃ち落とすことに専念するのみ。

 

ただそれだけだ。

 

 

 

原より出ていて、神代より紡ぐ者が言った。

 

誰よりも早く、誰よりも速きこと。

 

それが『森崎駿』であると。

 

 

 

相手が『カーディナル・ジョージ』だろうと『クリムゾン・プリンス』だろうと、今の森崎には関係ない。

 

ただ『駿』の名に相応しく、誰よりも速く駆け抜けるのみ。

 

 

 

 

 

 

そして、両者は同時に会場へと姿を現した。

 

ほぼ満席となった会場内に歓声が轟くが、二人は構わず淡々とシューティングレンジへ向かい、競技の位置に着く。

 

互いに試合前に交わす言葉は不要。

 

 

 

新人戦男子スピード・シューティング決勝戦が、間もなく始まる――。

 

 

 

 

 

 

……そのほんの少し前、観客席にて。

 

 

 

「じゃあ八雲さんは結代君の友達なんですね」

 

「ええ、雅季が小さい頃から知っていますわ」

 

扇子を軽く扇ぎながら、ほのかに答える紫。片手に日傘、片手に扇子は健在である。

 

「友達というより、幼馴染?」

 

「似たようなものかしらね」

 

「いやいや、違うでしょ」

 

そして溢れた雫の素朴な問いに紫は否定せず、そこへ雅季が口を挟んで否定した。

 

確かに小さい頃から雅季は『結び離れ分つ結う代』として紫とは交友を持っているとはいえ、それは雅季()小さい頃という前提が付いてくる。

 

紫の小さい頃とは何世紀前の話だ、というか小さい頃なんてあったのか。

 

それに、そもそも――。

 

 

 

『幼馴染、八雲紫』

 

 

 

……違和感しか残らない。

 

「あら、昔からよく世話をしてあげたと思うけど」

 

「そうだね、よく世話を掛けているよね。紫さんが、大体みんなに」

 

「世話物は好きですから。特に焼かれる話が」

 

(らん)さんにね。紫さんの場合、砕く話も必要じゃない? 特に今とか」

 

「今でも世話らしい打ち解けた風は頓に失せていますわ」

 

「……そいつは御世話様なことで」

 

「どんな会話だ……」

 

紫と雅季の間で交わされた会話に、達也は呆れた声で呟いた。

 

意味が通じ合っているのは当事者たちのみ。

 

案の定、二人を除いた全員が二人の会話についていけずポカンとしている。

 

ほんの少しだけ接しただけだが、達也の評価として八雲紫という女性は掴み所がないというか、相手を煙に巻くような言動が好みらしいと判断している。

 

まあ、それと噛み合っているような、噛み合っていないような遣り取りを交わしている雅季も普段から似たようなものだが。

 

達也の経験上、こういった真意を見抜かせない相手というのは厄介なものだ。

 

その真意を見抜かせない言動、何より名前からして、どうにも達也は脳裏にその厄介な知人を思い浮かべてしまう。

 

具体的にはどこぞの寺にいる和尚(かしょう)の姿を。

 

おそらく深雪も同じなのだろう、浮かべる微笑には苦いものが混ざっている。

 

(それにしても『八雲』か。数字入りとはいえ、二十八家にも百家にも『八雲』という魔法師の家名は無かったはずだ。幹比古の反応を見る限り古式の関係者でも無さそうだが……)

 

数字の入った、更には如何にも古風な家名に、つい魔法師との関係を連想してしまう。

 

尤も、“今のところは”魔法とは無関係の一般人のようだが。

 

そんな事を考えている達也を他所に、

 

「ねえ、雅季、八雲さん」

 

先程の意味不明な会話に呆れたような表情から一変して、ニヤニヤとした笑みを浮かべるエリカ。

 

「ズバリ、二人はどんな関係?」

 

魔法科高校といえども高校生。他人の恋話には興味津々の年頃だ。

 

そこへ投げられた変化球なしの直球の質問に、特に女性陣は無言で色めき立つ。

 

紗耶香やほのか、雫、更には深雪までもが興味津々に二人に視線を向け、

 

「ん、結ぶと絡める関係かな」

 

「分けると操る関係ね」

 

即答された回答は、やはりよくわからなかった。

 

「……いや、もっとわかりやすく、具体的に」

 

「上に立つのと間に潜む関係」

 

「隙間と境目の関係」

 

「わかるかー!」

 

やっぱり煙に巻かれたエリカは天に向かって、ではなく二人に向かって吼えた。

 

「む、これ以上ないくらいわかりやすいというのに」

 

「いやわかんねーって」

 

「なんつーか、森崎の苦労がわかった気がしたな」

 

意外と鋭い冴えを持っているはずのレオも匙を投げ、桐原は思わず森崎に同情する。

 

そして、

 

「ホント、その森崎って子も大変ねぇ」

 

「お前が言うな!」

 

「あんたもよ!」

 

(……『八雲』という名前には、性格が胡散臭くなるような魔法式でも組み込まれているのか?)

 

混沌とし始めた場の中で、半分本気でそう思い始める達也だった。

 

 

 

幻想と現実が入り混じったせい、というより紫と雅季のせいで色々とカオス状態になりつつある一高応援席。

 

それを、一番端の席に座っている美月はただチラチラと横目で見ているだけだった。

 

他の者から見れば、美月の態度はどこか一線を引いているようにも見え、

 

「柴田さん、さっきからどうかしたの?」

 

隣に座っている幹比古が疑問に思うのも当然だった。

 

「え? あ、ううん、何でもないんです。ただ……苦手、なのかな」

 

言いづらそうに、言葉を選んだ様子でそう答えた美月。

 

「えっと、苦手って、何が?」

 

幹比古が首を傾げて再び問い掛ける。

 

それに美月はどう答えようかと考えあぐねていると、

 

「あ! 始まりますよ!」

 

ほのかが発した言葉によって、幸運にも幹比古を含んだ全員の関心は競技の方へと向き直り、美月は人知れず安堵の息を吐いた。

 

(失礼なことだって、わかっているのに……)

 

美月は再び少しだけ視線を横に向ける。視線の先には決まって紫の姿がある。

 

それは自分の中で漠然と渦巻いている感情。

 

正直、理由などまるでわからない。

 

そもそも今さっき出会ったばかりの初対面の間柄なのだから。

 

だから美月は、何故か八雲紫のことを怖いと思っていることを、誰にも告げようとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

観客席の一部で起きた不思議な騒ぎも、開始を告げる赤いシグナルが灯ると他と同様に、一様に静けさを取り戻す。

 

観客も、各高の控え室も、大会運営委員と来賓達も、有線放送も、誰もがこの日最後の競技に注目している。

 

ほぼ全員の注目を浴びながらも、森崎駿と吉祥寺真紅郎は適度な緊張感を保ったまま、ただ睨みつけるように前を見据えるのみ。

 

そして、シグナルが赤から青へと変わった瞬間――。

 

赤色と白色のクレーが一斉に射出された。

 

 

 

 

 

 

吉祥寺真紅郎が破壊するクレーは、奇しくも名前と同じ赤色のクレー。

 

森崎駿が破壊するクレーは、その反対である白色のクレーとなる。

 

まず撃ち出されたクレーはそれぞれ三枚ずつ。

 

吉祥寺は赤色のクレーに視線を合わせる。

 

すかさず基本コードの一つ、加重系プラス(カーディナル)コードを流用した魔法『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』が発動し、クレーの一点に直接圧力を加える

 

飛翔していたクレーは真っ二つに割れながら地面へと叩きつけられる。

 

クレーが地面に落ちる前、クレーが割れた時点で吉祥寺は既に別のクレーに視線を合わせ、同じく魔法を発動させていた。

 

瞬く間に三枚の赤いクレーが破壊される。

 

そこから一歩遅れて、白色のクレーの三枚目が破壊された。

 

続けて間隔を置いて射出された赤白それぞれ四枚のクレーも、森崎と吉祥寺は全て破壊する。

 

ただし今回もまた、全てを破壊する速度は吉祥寺の方が早かった。

 

(やっぱり)

 

次々と飛び交う赤いクレーを全て撃ち落としながらも、吉祥寺には思考を巡らす余裕があった。

 

(確かに特化型CADの照準を合わせる速度は早い、これが森崎家のクイックドロウか。それに魔法構築速度も三高(ウチ)の先輩に匹敵するかもしれない)

 

だけど、と吉祥寺は無意識に口元を軽く釣り上げる。

 

(精度は人並み程度。尤も、僕が『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』を使用している限り相克の心配は無いだろうけどね)

 

森崎が使用している魔法は、対象(クレー)に強い振動を与えて破壊するというポピュラーな魔法。

 

振動系統単一魔法なのでシンプル故に高速発動が可能なことが売りの戦法であり、同じ高校でありながら女子チームとはまるで対照的な平凡な戦術だ。

 

CADのソフトウェアが大きく影響する魔法構築速度も、あくまで同学年の中では速いという程度に過ぎない。

 

しかも、それはCADのソフト面が良いのではなく森崎自身の実力だろう。

 

無論、一高の内部事情など吉祥寺が知る由も無いのであくまで推測に過ぎないが、おそらく間違いないと吉祥寺は確信していた。

 

やはりあの規格外のエンジニアは司波達也ただ一人だけのようだと、吉祥寺は競技中ながら情報を分析していく。

 

そうして手に入れた敵情で、九校戦全体の作戦を臨機応変に修正していく。

 

まさしく三高の頭脳(ブレーン)と呼ぶに相応しいだろう。

 

それでも優勝する為には、司波達也の担当する競技以外の全てで勝ちを取る必要がある。

 

故にこの競技を落とすわけにはいかない。

 

(他の魔法なら遅れを取ったかもしれないけど、僕の『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』は君よりも早く、精度も格段に上だ)

 

精度、魔法の速度。スピード・シューティングで必要な二つの要素は、いずれも吉祥寺の方が上だ。

 

十四枚目のクレーを破壊し、若干遅れて同じく白いクレーが破壊された時点で、吉祥寺は勝利の手応えを既に掴んでいた。

 

 

 

――この時までは。

 

 

 

続いて同時射出された紅白のクレーは、同時最大枚数の六枚だった。

 

赤と白、合計十二枚のクレーが飛翔乱舞する。

 

赤色と白色が交錯した大量のクレーを前に、ともすれば動揺してしまいそうなものだが、吉祥寺は落ち着いた様子で赤色のクレーのみに視線を合わせて破壊する。

 

(残り四枚、三……二……)

 

冷静に五枚を破壊し、残る一枚にも視線を合わせて魔法を発動する。

 

それで残った一枚も破壊し、六枚全ての標的を破壊した吉祥寺。

 

その直後、白色のクレーが破壊されたのを吉祥寺は視界に捉え、僅かながら驚きを覚えた。

 

今さっきの魔法によって、白色のクレーもまた六枚全てが破壊されていた。

 

(魔法の速度が、上がった?)

 

今までならばまだ白色のクレーが残っているはず、寧ろ一枚ぐらいはエリア外に出ていてもおかしくはなかったのだが。

 

だが驚愕も一瞬のこと、この年で既に魔法研究者として名を馳せている英才である吉祥寺はすぐに冷静さを取り戻した。

 

(速度に緩急を付けることでこちらの動揺を誘おうっていう作戦か。けど、そうはいかないよ)

 

吉祥寺は不敵な笑みを浮かべる。

 

相手の策も見抜いてしまえばどうってことはない。

 

自分の勝利に揺ぎはない……そのはずだった。

 

 

 

吉祥寺が作戦だと思い込んだそれは、作戦でも何でも無かった。

 

そもそも森崎は作戦など立ててはいない。

 

(まだだ――)

 

ただ心の中で今もなお強く訴えているのみ。

 

(もっと、早く――)

 

ただひたすら心の中で強くイメージを描くのみ。

 

(まだ、速く――)

 

白いクレーが飛び出す。

 

誰よりも早く、狙いを定める。

 

照準を定める時間も惜しい。

 

誰よりも速く、魔法を発動する。

 

クレーに振動系魔法が発動し、振動を受けたクレーが粉砕される。

 

起動式の展開速度が酷く遅く感じる。

 

だがレギュレーション限界のCADではこれが限度。

 

魔法式の構築速度は?

 

CADの効率速度は起動式と同様、今さら変えられない。

 

ならば、

 

 

 

もっと効率的に、もっと速く、自分自身が魔法式を組み上げればいい――!!

 

 

 

その時、森崎の中に“何か”が湧き上がってきているような、そんな気がした。

 

その正体を森崎は当然ながら知らない。

 

ただの気のせいかもしれないし、何より今は競技中だ。知る必要もない。

 

そう、今は『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』よりも早く、誰よりも速く魔法を使ってみせるのみ――。

 

 

 

柴田美月も或いは眼鏡を外していれば何かが変わったことに気付けたかもしれない。

 

だが実際には眼鏡を掛けており、更には紫が己の正体を隠すためにレンズの境界も操っていたため、現状では“それ”に気付くことはなく。

 

司波達也はその変化を『眼』で視ることは出来たが、それを理解できることはなく。

 

その変化に気付き、理解できたのは、現実とは違う視点から物事を見ており、何より“それ”の正体を知っている結代雅季と八雲紫、この二人のみだった。

 

そして、森崎駿という一人の人間の、その奥底から沸き上がったほんの僅かな“幻想”が、魔法式に組み込まれる――。

 

 

 

 

 

 

無言の驚愕が、一高の天幕を覆い尽くす。

 

真由美も、摩利も、克人も、服部や鈴音、あずさも、天幕にいる誰もがモニターに釘付けとなっていた。

 

「これは……」

 

非常に珍しいことに、克人から思わずといった呟きが漏れる。

 

それだけモニターに映し出された光景は、魔法を学ぶ者達にとって衝撃的だった。

 

「あいつ……」

 

同じくモニターを食い入るように見つめている摩利の口からもそんな言葉が漏れ、同時に口元が好戦的なものに釣り上がる。

 

服部と鈴音は言葉を発することも忘れて、ただモニターを凝視している。

 

「すごいです、森崎君……」

 

「うん」

 

あずさの驚嘆に満ちた言葉を、真由美はモニターを見つめながら頷いて肯定した。

 

真由美や克人といった幹部達から見ても、その変化は劇的だった。否、今なお劇的に変化している。

 

一高だけでなく、九校全ての選手達にも同様の驚愕をもたらしているもの。

 

それは、

 

「魔法構築速度が、どんどん速くなっていく……」

 

真由美の発したその一言が全てだった。

 

 

 

 

 

 

 

「速い……」

 

「すげー……」

 

観客達が歓声を上げる中、エリカとレオが呆然とした様子で同時に呟く。

 

普段なら声が揃ったことで二人して不機嫌になるのだが、今はそれすら忘れて競技場に視線を向けたままだ。

 

最初は吉祥寺の『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』に遅れていた森崎の魔法だったが、途中からまるでアクセルを踏み込んだかのように加速していき。

 

――今では誰の目にも明らかなほど、『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』を追い抜いていた。

 

それでも尚、森崎の加速は止まらない。クレーを破壊する間隔が段々と短くなっていく。

 

今や吉祥寺が一枚目のクレーを破壊した時には、森崎は二枚目を破壊し終えて三枚目に照準を合わせている程だ。

 

「お兄様、これは……」

 

驚嘆と困惑が入り混じった口調で、深雪は達也へと振り向く。

 

「……驚いたな」

 

深雪の視線を感じながら、達也の視線はシューティングレンジ、正確には森崎に向けられたままだ。

 

吉祥寺が激しい動揺を浮かべているのに対し、森崎は試合開始時とまるで変わっていない。

 

ただエリアを飛び交う白いクレーにのみ集中している。

 

達也の『眼』は先程から森崎を捉えている。

 

照準を合わせる速度は今までと同じクイックドロウの技術でたいした変化は無い。

 

起動式の読み取りはCADのハードウェアに依存するため、こちらも全く変化無し。

 

それはソフトウェアも同様であり、CAD上での魔法式構築効率は今までと何ら変わりはない。

 

明確に変化しているのは、森崎自身の処理能力だ。

 

キャパシティや干渉力、精度はそのままに、魔法式の構築から展開までが異常な速さで処理されていく。

 

『最良』ではなく『最短』の効率性で魔法式が組み上げられ、驚異的な速度で展開されている。

 

「速さという点では、今の森崎は会長に迫りつつある。いや、既に匹敵すると言い換えてもいいかもしれない」

 

「……」

 

達也の評価に誰もが言葉を失い、ただ競技場を見遣るのみ。

 

それにしても、と達也は思う。

 

こんな短時間で目に見えるほど劇的に魔法師が成長するというのは、達也の知る限りでは例がない。

 

おそらく何かがあったはずなのだが、達也にわかった変化点は一つだけ。

 

森崎の想子(サイオン)がいつもより活性化していること。

 

想子(サイオン)の輝きが、最初と比べて一層増している。

 

だが、それが何を意味するのか達也の『眼』と『分解』を以てしてもわからないでいる。

 

魔法にはまだまだ未知の領域が多い。

 

理論上では知っていたつもりだったその事実を、達也は改めて認識させられていた。

 

 

 

「おいおい……」

 

「森崎くん、凄い……」

 

隣からそんな呟きが聞こえてくる中、紫は扇子を口に当てて森崎を見据える。

 

「あらあら、これは」

 

(幻想と縁を結んだ影響かしらね)

 

そのセリフは言葉には出さず、心の中のみに留める。

 

とはいえ、疑問は残る。

 

外の世界の人々が霊子(プシオン)と呼ぶもの。

 

それは気質、魂、そういったあらゆる精神性の根本を成すものだ。

 

同時に、人の身では到底理解の及ばない、理解できないものでもある。

 

妖怪や神々といった人々の精神性から生まれた者達が住まう幻想郷ならば、理解できなくとも“そういったもの”だと人々は納得して、受け入れる。

 

そう、あの紅白の巫女のように。

 

理解できずとも知っている、触れている、感じているからこそ、幻想郷の住人達は霊子(プシオン)も術式に組み込んで、世にも不思議な魔法(のうりょく)を使うことができる。

 

その点、森崎駿と幻想の接点などせいぜい『今代の結代』程度だ。それぐらいで霊子(プシオン)をわかるようになるとは思えない。

 

況してや雅季は『結び離れ分つ結う代』。こっちの世界では幻想の自分を離して分けている。

 

だから雅季は外の世界にも幻想郷にも居られるのだ。

 

でもあの森崎という少年は、ほんの僅かとはいえ現に自分の気質(プシオン)を魔法式に織り込んで――。

 

(……そういうこと)

 

理解し、納得した紫は、隣に座る人物に視線を向けた。

 

雅季は周囲とは対照的に涼しげな顔をしたまま競技を見ている。間違いなく予想済みだったのだろう。

 

「駿は真面目だからね」

 

自分以外の誰にも聞き取れないほどの小声で、雅季は呟く。

 

それでも紫には、耳の近くにスキマを作るなりして聞こえていると雅季は確信していた。

 

「“駿らしさ”を教えたら、真っ直ぐに“それ”と向かい合ったよ」

 

「自覚とは、即ち自らを覚ること。己を覚った者こそ己を知る」

 

すぐ耳元で聞こえてくる紫の小声。振り向くような真似はせず、雅季は答える。

 

「でも、今回の場合は覚他ね」

 

「まさか。俺はただの切っ掛け、自ら“結び”にいったのは他ならぬ駿自身。まあ、あそこまで真摯に向き合うとは思ってもみなかったけど」

 

「それは、あなたの言葉だからでしょう」

 

何が愉しいのか、愉快げに紫はそう言い放ち、雅季は口を開きかけて……結局は返す言葉を失った。

 

小さき会話は、二人以外の誰にも悟られず。

 

紫は再び競技場へ視線を向ける。

 

尤も、もはや紫には勝利と敗北の境界が明確に見えている試合だったが。

 

「雅季、()()彼は“どの程度”かしらね?」

 

「そうだね……」

 

紫の愉しげな問いに、雅季も楽しげに考え。

 

()()駿なら、“あれぐらいの程度”だから……」

 

「ふふ、差し詰め……」

 

両者は同時に、答えを口にした。

 

「“魔法をはやく使う程度”かな」

 

「“魔法をはやく使う程度”かしら」

 

 

 

 

 

 

吉祥寺真紅郎は動揺を隠せず、いや隠すことすら思い付かないほど混乱の中にあった。

 

つい先程まであった余裕など軽く吹き飛んでいる。

 

射出機からクレーが飛び出し、エリア内へと飛来する。

 

吉祥寺はエリア内に侵入してきた赤いクレーの一つに視線を合わせる。

 

直後、その赤いクレーの下方を飛んでいた白いクレーが破壊される。

 

それはつまり、吉祥寺が視線を合わせるよりも早く照準を定め、吉祥寺が魔法を使おうとした時には魔法式を構築し終えているということ。

 

不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』の方が速い、そんな最初の評価を嘲笑うかのような速度だ。

 

(くっ!?)

 

とにかく落ち着けと自分に言い聞かせながら、吉祥寺は魔法を行使する。

 

不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』の起動式がインストールされた特化型CADの引き金に力を込めようとして。

 

――吉祥寺の視界の端で、白いクレーが二つ立て続けに破壊された。

 

(そんな、更に速くなった!?)

 

愕然とした思いが吉祥寺を支配し尽くし、その衝撃が智謀を自負している吉祥寺の思考に空白を生じさせた。

 

競技中にも関わらず、吉祥寺は隣のレンジに、森崎に目を向ける。

 

その目に浮かぶのは選手としての驚愕と、研究者としての好奇心。

 

 

 

――今でさえ単一工程の魔法とはいえ、あの七草真由美と同等レベルと言える速度。

 

――だというのに、更に速くなるというのなら。

 

――いったいどこまで速くなるのだろうか……?

 

 

 

吉祥寺から見た森崎は、何ら変わった様子は見受けられなかった。

 

ひたすら特化型CADを構えたまま前方を見据え、競技に集中している。

 

吉祥寺の視線は無論、一際大きくなった観客の歓声すら気付いていないのではないだろうか。

 

森崎が特化型CADのトリガーを引き、直後に残った白いクレーが破壊される。

 

そして、吉祥寺が我に返った時には遅かった。

 

(しまっ――!!)

 

身体ごと前に振り返った吉祥寺の目の前で、二枚の赤いクレーが有効エリアを通り過ぎていく。

 

咄嗟に魔法を行使しても、吉祥寺では到底間に合うタイミングではなかった。

 

一枚をエリアのギリギリで破壊したところで、もう一枚はエリアの外へと抜け出した。

 

それは、この試合で両者合わせて初めての撃ち漏らしだ。

 

そう、森崎は今なおパーフェクトであり、この時点で森崎に差を付けられた形となった。

 

更に言えば、おそらく今のも森崎ならば二枚とも間に合っていただろう。

 

付けられた差は、そのまま彼我の実力差を表していた。

 

「くそッ!!」

 

動揺が焦燥に変わり、吉祥寺の調子を大きく狂わす。

 

魔法は精神状態に左右される。それは千代田花音の時と同じであり、吉祥寺も例外ではない。

 

一度のミスが魔法の行使を妨げ、再びミスを犯すという悪循環。

 

一枚残らず破壊される白いクレーとは裏腹に、一枚、また一枚と赤いクレーが撃ち落とされずに有効エリアを通り過ぎていく。

 

その一枚一枚を逃すと同時に、勝利も遠のいていく。

 

吉祥寺真紅郎が確信していた勝利は、斯くも脆く崩れ去っていった。

 

 

 

吉祥寺が精彩を欠き、赤いクレーが残るようになっても、森崎の魔法に揺ぎはない。

 

赤いクレーなど眼中になし、あるのは如何に疾く白いクレーに魔法を掛けられるか、という極めて純粋な一点のみ。

 

――誰よりも早く、誰よりも速きこと。

 

ただ早さを、速さだけをイメージする森崎の魔法。

 

それは、今はまだ雅季と紫(あの二人)以外は誰も知らない『魔法をはやく使う程度の能力(クイックドロウ)』。

 

そして、たった五分間の競技は終幕を迎える。

 

ラストに撃ち出された六枚ずつの赤色、白色のクレー。

 

先手を取るのは当然ながら森崎。

 

エリアに入った瞬間、クイックドロウの技術によって即座に照準を定めてトリガーを引く。

 

起動式の“遅い”読み込みを終えた後、一瞬といっても過言ではない早さで構築された魔法式がエイドスに投写される。

 

事象が魔法式に従って改変され、振動系魔法がクレーを強く振動させて破壊する。

 

破壊したクレーには目もくれず、次のクレーにCADの狙いを定めてトリガーを引く。

 

一連の同じ工程が二度、三度、四度と繰り返される。

 

五枚目のクレーを破壊し、残るは有効エリアの中程を飛んでいる六枚目(ラスト)

 

すれ違って飛んでいく赤いクレーは、未だ三枚。

 

 

 

そして、森崎が残った白いクレーを破壊し。

 

吉祥寺が二枚を破壊し、最後の一枚を撃ち漏らしたところで。

 

試合終了のブザーが競技場に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

(終わった、のか……?)

 

ブザーが響き渡り、クレーの射出が止まったのを確認して、森崎はようやくCADの構えを解いた。

 

正直、競技中のことはあまり印象に残っていない。ただ取りこぼしは無かった、ような気もする。

 

そう思ったところで、森崎はつい苦笑いを浮かべた。

 

それすら覚えていないとは、どれだけ集中していたのやら。

 

(そうだ! 勝敗は!?)

 

漸くそれに思い至った森崎は、勢いよく競技場の電光掲示板に表示されたスコアへと振り向く。

 

三高、九十三枚。

 

一高、百枚。

 

表示されている数字は破壊したクレーの数であり、つまり――。

 

「勝った……?」

 

(僕が、『カーディナル・ジョージ』に?)

 

確かに勝つつもりでいたが、自分の事とは思えないほど結果は完勝だった。

 

未だ信じられないような顔で、やや呆然としていたところへ、

 

「森崎選手」

 

背後から声を掛けられ、森崎は我に返って後ろへ振り返る。

 

森崎が振り返った先には、吉祥寺真紅郎が森崎を強く見据えていた。

 

悔しさを滲ませながら、だがそれ以上の強い闘志を瞳に宿して。

 

「スピード・シューティングは僕の完敗です。正直、君のことを見誤っていました」

 

森崎の目を真っ直ぐに見て口にする吉祥寺に、森崎は先程までの呆けた頭を振り払って、勝者らしく堂々と吉祥寺を見返す。

 

「君はモノリス・コードに出場しますか?」

 

それは問いの形を借りた『カーディナル・ジョージ』吉祥寺真紅郎の宣戦布告であり、

 

「ああ、出る」

 

森崎は意味を理解した上で、それを受け取った。

 

この時こそ、吉祥寺真紅郎が森崎駿を高校生活での強敵(ライバル)の一人として認めた瞬間だった。

 

吉祥寺は思わぬライバルの登場に、挑発的で不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「この借りはモノリス・コードで絶対に返します。――また決勝の舞台で会いましょう。今度こそ僕が、僕達三高が勝ちます」

 

「受けて立つさ。優勝するのは僕達一高だ」

 

交叉した視線が火花を散らした後、吉祥寺は踵を返して歩き始める。

 

吉祥寺の敗者とは思わせぬ後ろ姿を森崎は暫く見つめ、やがて森崎も競技場を後にした。

 

 

 

 

 

一高の天幕へと戻ってきた森崎を、達也に劣らぬ賛辞の嵐が待ち受けていた。

 

「優勝おめでとう、森崎君! 本当に凄かったわ!」

 

真由美は森崎の両手を握り締めると、満面の笑みで上下にぶんぶんと振りながら森崎を称賛した。

 

森崎は真由美とは接点があまり無く、こういったスキンシップを受けるのは初めてのことであり、目を丸くしていたが。

 

「あの『カーディナル・ジョージ』を相手に完全勝利しての優勝だ。これは誇っていいことだぞ」

 

「特にあの魔法の発動速度は素晴らしいものでした」

 

「本当によくやってくれた、森崎」

 

「はい、本当に凄かったです!」

 

続いて摩利や鈴音、服部、あずさも森崎の健闘を褒め称える。

 

「あ、ありがとうございます」

 

普段から敬する先輩達からの手放しの称賛の数々に、森崎は照れ臭い気持ちで一杯になる。

 

そこへ、克人が口を開く。

 

「森崎」

 

ずっしりとした声で森崎の名を呼び、森崎は克人へと体ごと振り返る。

 

ちなみに真由美は克人が口を開いたと同時に森崎の手を解放している。

 

克人は森崎の傍へ歩み寄ると、克人を見上げる森崎の肩に手を置き、

 

「見事だった」

 

たった一言に、全てが詰まっていた。

 

――認められた。

 

そのたった一言を受けて、森崎はそんな気がした。

 

何が、何に、何をといったようなものではなく、とにかく森崎は認められたのだと強く感じて、

 

「――はい!」

 

万感の思いで、大きく頷いた。

 

 

 




森崎の見せ場、一旦終了です。
本人も知らぬ間に東方的『能力』に目覚めた森崎。
現時点では『魔法をはやく使う程度の能力』となります。
個人的には『魔法をはやく使う程度の能力(クイックドロウ)』と呼んだ方がカッコイイと感じていたり(笑)
吉祥寺真紅郎にとって、達也は智謀面での、森崎は実技面でのライバル扱いになります。
ちなみに無頭竜は今頃ムンク状態でしょう。

次話からアイス・ピラーズ・ブレイク戦がスタート。
本当に長らくお待たせしました、ようやく雅季の見せ場です(汗)
結代雅季 VS 一条将輝も盛り上げられるよう頑張りたいです。


なぞなぞの答え。
「会社員の足取り」


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第32話 サニー・レイセン・アタック

お待たせしました。ピラーズ・ブレイクの雅季の試合になります。
何とか一話にまとまりましたが、前話の森崎に次ぐ文字数となりました(汗)

新人戦のポイントは本戦の半分、ということですが。
本戦で五ポイントだった場合はどうなるんでしょうか?(疑)
二.五ポイントは無いと思うので、とりあえず本作品では三ポイントと設定しています。


新人戦一日目を終えた夜、『無頭竜』の幹部たちはたった一日にして昨夜の祝杯気分から一転、さながら通夜のような雰囲気で無言のまま円卓を囲っている。

 

いや、通夜というよりも目前に迫った刑の執行を待つ死刑囚の方が喩えとしては合っているかもしれない。

 

その理由は、言わずもがな新人戦の結果である。

 

一高は女子陣の快進撃と森崎の優勝によって計七十五点という大量得点を手に入れ、対する三高は吉祥寺の準優勝と四位、女子の四位で計二十五点。

 

九十点の差は、僅か一昼にして四十点にまで縮まっていた。

 

「……新人戦は、三高有利ではなかったのか?」

 

重苦しい沈黙に耐えられず、一人が呟く。

 

それを切っ掛けにして、漸く各人も口を開き始めた。

 

「男子スピード・シューティングは、まだ許容範囲内だ。問題は女子スピード・シューティングだ」

 

「ああ。一位から三位を独占するなど、もはや異常だ」

 

「やはり、あのエンジニアか」

 

「司波達也、といったな。汎用型CADに照準補助装置を取り付けるなど、高校生レベルではないぞ。いや、世界でも屈指レベルといってもいい」

 

「……由々しき事態だ。一体何者なのだ?」

 

無頭竜の幹部になるには魔法師であることが必須条件だ。

 

よって当然ながら彼らは全員が魔法師であり、魔法や魔法技術に関する知識を持っている。

 

それ故に、達也のエンジニアとしての腕前が高校生レベルを軽く凌駕していることに否応なく気付かされていた。

 

「あの小僧の詳細については部下に最優先で調べさせている。ともかく、問題は明日以降の競技についてだ」

 

一人の発言で、議論は具体的で建設的な内容へと移行する。

 

「本戦と同様に、トーナメント表を弄るしかあるまい」

 

「それだけではなく、場合によっては『電子金蚕』の使用も視野に入れるべきだ」

 

「あれは本当の意味での切り札だ。使い過ぎると露見する可能性もある。乱用するべきでは……」

 

「今さら慎重論を唱えてどうする? 使いどころを誤って、結果一高が優勝でもしたらどうするつもりだ?」

 

「……」

 

慎重論を唱えた一人は、その反論で返答に詰まる。

 

ここで別の者が援護に回った。

 

「『電子金蚕』は重要な局面で使用するべきだろう。具体的には新人戦モノリス・コードと本戦モノリス・コードだ。この競技が最も得点配分が高い。尤も、状況によっては本戦ミラージ・バットでも使う必要があるかもしれんが」

 

それを聞いて、反論した者は渋々ながら引き下がる。

 

「だがトーナメント表を細工するとしても、集められる限りは集めたとはいえ選手のデータが不足している。本戦のように巧くはいかない可能性が高いぞ」

 

二年生、三年生ならば前回の九校戦や、部活での大会の成績などである程度の情報と実力は把握できた。

 

だが一年生となるとそうもいかない。

 

家柄や中学時代の大会なども調べさせ、それでも中学以前までは無名だったという者も少なくない。

 

各高校の成績データベースは厳重なセキュリティ下に置かれてハッキングは不可。

 

例の暗示系の魔法と人を使って、何とか期末試験での順位表を手に入れられたぐらいだ。

 

しかもただの順位表なので、得手不得手の魔法などは一切記載されていない。

 

「……やれる限りでやるしかあるまい。まずピラーズ・ブレイクは、少なくとも地理的条件で小樽の八高、そして大本命として三高の一条選手が有利になるはずだ」

 

「一高からの出場選手は男女共に三名、その中でもある程度の魔法技能がわかっているのは結代選手のみか」

 

「……あれはわかっていると言えるのか?」

 

「……」

 

一人のぼやきに、頷ける者は誰もいなかった。

 

 

 

演出魔法師(アトラクティブ・マジック・アーティスト)』結代雅季の名は有名だ。それも魔法業界だけでなく一般の間にも

 

そして、実家の結代家も。

 

まず結代家自体が、魔法が使える一族でありながら十師族を頂点とする魔法師コミュニティーに属していないという異例の家系だ。

 

過去に幾度もコミュニティー入りを要請されては、その度に拒んでいる。

 

結代家の言い分としては、自分達の本業は結代大社の神職であり、魔法師ではないということだが。

 

同じ立場にいた東風谷家が消えた、いわゆる『東風谷の悲劇』以降もコミュニティー入りを頑なに拒んでいるというのは、少なくとも彼らには理解できなかった。

 

名ばかりでも、形だけでも名を連ねればある程度の加護は得られるというのに。

 

そして、その結代家の直系である結代雅季もまた異例だった。

 

演出魔法という新ジャンルを生み出し、『魅せる魔法』という生産性も実用性もない魔法に拘る少年。

 

今年のサマーフェスも含め過去の演出魔法を調査したが、その魔法力は少なくとも百家、それも上位に匹敵するだろうと無頭竜は分析している。

 

だが肝心なことに、演出用の魔法は散々にわかったが実用的、実戦的な魔法はどれぐらい使えるのか全くもってわからなかった。

 

結代家には一族に対する二つ名のようなものもなく、得意魔法もわからない。

 

聞いた噂では嘘か真か知らぬが、雅季の父親である結代百秋は、近年はコーヒーを淹れる時ぐらいしか魔法を使っていないとか。

 

何でもコーヒーを無重力、真空状態にして一瞬沸騰させた後、気化熱を奪われ凍ったアイスコーヒー(本人命名「サテライトアイスコーヒー」)をよく客人に振舞っているらしい。

 

ちなみにこのコーヒー、格別の香りと味がすることですこぶる好評だとか。

 

『よくわからない』

 

それが結代家を調べた無頭竜幹部陣の、結代家に対する感想と結論だった。

 

 

 

「とりあえず結代選手には、八高を始め各校の成績上位者を当てるようにしておこう」

 

「一条選手とは当てないのか?」

 

「いや、ここは一条選手の決勝リーグ行きを優先させる。新人戦モノリス・コードで一高を棄権に追いやり三高を優勝させれば、得点差は再び開く」

 

「つまり、モノリス・コードまでに必要以上に点差を詰められないようにするわけか」

 

「ああ。点差が開けば儲けもの、最低でも現状維持。この方針でどうだろうか?」

 

「異存は無いが……あのエンジニアにはどう対処する? 女子ピラーズ・ブレイクとミラージ・バットを担当するらしいが?」

 

その問いに対して、問い掛けた者も含めて沈黙したのが答えだった。

 

自らの命が掛かっている為に、何らかの対策を講じなければならないのだが……。

 

「……スピード・シューティングの時のような新術式、新技術はもう無いと思いたいが」

 

「それは些か楽観的過ぎる」

 

「だがどうしろと?」

 

他高と比べてあまりに隔絶している達也の技術力に対する有効的な手立てを、無頭竜の幹部達は思い付くことが出来ない。

 

故に、対抗策は前提条件(テーブル)をひっくり返す、些か強引なものにならざるを得なかった。

 

「……『部隊』はどうしている?」

 

「観客席に紛れさせて待機させているが? まさか――!」

 

「……最悪の場合、『強硬手段』も取る必要があるだろう。異論は無いな」

 

周囲への問い掛け、いや確認に、異論を挟む者はいなかった。

 

 

 

その後も彼らの策謀は続き、彼らのいる円卓の部屋は真夜中を過ぎても電気が消える事は無かった。

 

 

 

 

 

 

大会五日目、新人戦二日目。

 

三日目に大逆転、四日目にその差を一気に縮めるという接戦を繰り広げている一高と三高。

 

一高の優勝が本命視されていた今大会は、大方の予想に反して優勝がどちらに転ぶかわからない展開を見せている。

 

そんな状況下で行われる新人戦二日目の競技は男女クラウド・ボール予選と決勝、男女アイス・ピラーズ・ブレイク予選の二種目だ。

 

女子ピラーズ・ブレイクではエンジニアである達也のサポートの下、一回戦第一試合に英美、第五試合に雫、最後の第十二試合に深雪というスケジュール。

 

そのうち先程行われた女子第一試合では、若干苦戦しつつも英美が二回戦進出を決めている。

 

その後に控えている雫の試合の前、男子ピラーズ・ブレイク一回戦第三試合。

 

組み合わせは一高対二高。

 

そして一高の出場選手は、結代雅季である。

 

 

 

「そう言えば、結代の実力を見るのはこれが初めてか」

 

「そうね」

 

一高本部の天幕で各試合をモニターしている摩利と真由美。

 

二人の見ているモニターでは、試合前の男子ピラーズ・ブレイクの様子が映し出されている。

 

まだ選手は入場していないので、両校の櫓は無人のままだ。

 

現在、本部に詰めているのは真由美、摩利、そして試合結果をまとめている鈴音の三人。

 

克人や服部といった他の面子は今日も新人戦選手達のサポートに回っている。

 

「作戦スタッフとしては、事前に選手の力量は把握しておきたかったところですが……」

 

二人の後ろでデータをまとめている手を動かしたまま、鈴音がポツリと不満を零し、

 

「そこはしょうがないって、リンちゃん。結代君にも都合があったんだから」

 

真由美が振り返って鈴音を宥めた。

 

選手達には知られていない(と彼女達は思っている)が、鈴音は雅季に対して不満を抱いている。

 

無論、鈴音はそれを顔に出したりはしないまでも、他の選手たちがいない間に時折このように不満を口にしている。

 

鈴音の不満の原因は、雅季がサマーフェスを優先して練習に参加しなかったことも一つだが、真由美と摩利は相性の問題だと見ている。

 

鈴音は緻密で几帳面な性格だが、雅季は誰から見ても暢気で自由奔放な性質(タチ)の人間だ。

 

相性的に反りが合わないのだろうと、真由美と摩利は互いに確認した訳でもないのに同じくそう思っている。

 

尤も、本当は一高よりも家業(雅季は結代神社の都合で時々学校を休む)や演出魔法(サマーフェス)を優先していることに鈴音は不快感を抱いているのだが。

 

クールだと思われがちな鈴音が、内心で深い愛校心を抱いていることを知らない二人にはわかるはずもなかった。

 

「まあ、ともかく。あの司波に次ぐ魔法力、見せて貰おうじゃないか」

 

「そうね。どんな魔法を使うのかしら」

 

場を和ませようと軌道修正された会話に、

 

「……事前にどんな魔法を使うのか確認してみたところ、『一回戦目はとにかく熱くしようと思います、夏ですし』と、よくわからない答えを頂きました」

 

再び鈴音が不満そうな口調で言った。

 

「……そうね、夏よね」

 

「……まあ、夏だな」

 

流石にこれには真由美も摩利も返答に窮して、二人は逃げるようにモニターに集中した。

 

だからだろうか、真由美はちょっとした変化に気がついた。

 

「……ねえ摩利、ちょっと気になったんだけど」

 

「何だ?」

 

「男子の試合にしては観客が多くないかしら?」

 

真由美の指摘に、摩利は改めて客席を見た。

 

「そう言えば、そうだな」

 

ファッション・ショー化している女子ピラーズ・ブレイクは満席もよくあることなのだが、同じタイミングで行われる男子ピラーズ・ブレイクは女子の方に観客を取られて余裕があるのが常だ。

 

だが、前の試合は一高の選手が出ていなかったので見ていなかったが、この第三試合は例年から見ても、満席とはいかないとはいえ明らかに空席が少ない。

 

真由美と摩利、そして会話を聞いていた鈴音も、不思議そうに首を傾げるだけだった。

 

 

 

三人がその理由を知るのは、選手が入場した直後のことである。

 

 

 

 

 

 

その観客席にはエリカ、レオ、幹比古、美月、ほのか、森崎の姿もあった。

 

ついでに本日も何処からともなく現れた紫も、ちゃっかりエリカの隣に座っている。

 

そして紫を見た時に美月が思わず引き気味になったのも変わらずだ。

 

ちなみに紫が現れた時のエリカとの会話がこれである。

 

「崩れ堕ちてく砂の城~溶けて消えるは土の国~」

 

「あ、やっほー。八雲さん、昨日ぶり。というかもう紫でいいよね? それ何の唄?」

 

「ヤフー。構いませんわ、私もエリカと呼ぶから、勝手に。通りすがりの巫女の唄よ」

 

「オーケー、紫。で、なに、通りすがりの巫女が歌ってたの?」

 

「通りすがりの巫女の前を通りすがった私が歌った唄よ」

 

「アンタかい」

 

……どうやらエリカも色々と馴染んできたらしい。閑話休題。

 

昨日の男子スピード・シューティング決勝戦を一緒に見た面子の中では、まず深雪、雫、雅季が試合なのでこの場にはおらず、女子チームのエンジニアである達也も同じ理由でいない。

 

桐原と紗耶香はクラウド・ボールの観戦に行っており、代わりに森崎が新しく観客席の面子に加わっている。

 

蛇足だが、紫とエリカの会話を聞いた森崎は「ああ、あいつの知人か。類が友を呼んだか……」と即座に誰の知人かを見抜いて呟いたとか。

 

「もうすぐ始まるな、雅季の試合」

 

「うん、そうだね」

 

レオが何気なく呟いた言葉に、隣に座っている幹比古がそれに答えた。

 

「正直、結代家の魔法には興味あるんだ。どんな魔法を使うのか気になるよ」

 

「そういや、ミキんところって結代家とも付き合いあったわね」

 

「僕の名前は幹比古だ」

 

「あ、ミッキーの方が良かった?」

 

「僕の名前は幹比古だ!」

 

そこはどうしても譲れないらしく、幹比古は頑なに主張する。

 

ごほんとわざとらしく咳払いをして、幹比古は続けた。

 

「何でも結代家は吉田家の始まりにも少し関わっているらしい。尤も、文献として残っている訳じゃないから本当かどうかわからないけどね。少なくとも古くからの付き合いなのは間違いないよ。といっても、僕自身は()()()()()()()()()()んだけどね」

 

「へぇ」と関心を持った声が幾つも漏れる。幹比古は視線をエリカから前に戻すと、再び口を開いた。

 

「結代家が魔法を使えることは、昔から僕たち古式魔法の系譜の間でも知られていた。だけど、結代家の使う魔法についてわかっていることはほとんど無いんだ」

 

「え? そんなに古い付き合いなのに、ですか?」

 

美月が軽く目を見開いて問うと、幹比古は頷いた。

 

「結代家は結代大社の宮司。それが結代家の基本スタンスだから実際に魔法を使うことは滅多に無いんだ。事実、結代家で魔法科高校に入学したのは雅季が初めてのはずだよ。その点で言えば、寧ろ積極的に衆目の前で演出魔法を使っている雅季は……変わり者になるのかな」

 

『異端』という言葉は流石に失礼になると思い、幹比古は別の表現を持ち出す。

 

元々説明好きなところもあってか、幹比古は更に続ける。

 

「結代大社は国津神である八玉結姫を祀る神社だから、本来なら吉田家(ウチ)と同じ神祇魔法だと思うんだけど……」

 

「でも雅季が使っているのは普通の現代魔法だぞ? 神祇魔法って精霊魔法のことだろ? 少なくとも僕は雅季が精霊魔法を使っているところは見たことがない」

 

「神祇魔法イコール精霊魔法っていうワケじゃないけど……」

 

森崎の言葉に幹比古は部分的に否定しつつも頷いた。

 

「雅季は未だ結代家ならではの固有魔法を見せていない。もしかしたら古い術式は失伝してしまったのかもしれない。……でももし、この『棒倒し』で雅季が一条選手と当たることになれば、もう一つの“もしかしたら”があるかもしれない」

 

改めて口にすることで興味が表にも顕れたらしく、後半の口調はやや力が強いものだった。

 

幹比古の説明を聞いていた紫は、誰にも悟られぬよう扇子を口元に当てながら笑った。

 

 

 

結代家ならではの魔法?

 

そんなもの、当たり前のように毎日使っているではないか。

 

いや、あまりにも当たり前過ぎて、誰もそれに気付いていないだけか。

 

目に見える事象改変ではないのでわかりにくいかもしれないが、紫からすればざっと()()()くらい結代家を見ていればわかるようなものだが――。

 

(――ああ。()()()()じゃ、わからないわね)

 

人の一生ではそれに勘付く前に生涯を終えてしまうことだろう。

 

大雑把で洗練され、簡単で得難く、移ろい易く永遠な、『紡ぐ』と『結ぶ』というその魔法に――。

 

 

 

『男子アイス・ピラーズ・ブレイク第一回戦第三試合を開始します』

 

会場内にアナウンスが流れ、エリカ達の視線は競技場へと注がれる。

 

再び流れたアナウンスが選手入場を告げる。

 

まず対戦相手である二高の選手の名が呼ばれ、アナウンスと同時に選手が櫓に上がった。

 

二高の関係者と無頭竜以外は知らぬことだが、彼は二高の一年生の中では魔法実技で五指に入る実力者。

 

二高にとって新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイクの一番の主力選手として期待されている人物である。

 

その自信故か、闘志と戦意を剥き出しにしながら随分と気合の入った表情で、未だ姿を現していない相手側の陣地を見遣る。

 

ひと呼吸置いて、続いてアナウンスが一高選手の入場を告げる。

 

 

 

――その途端、会場が沸き上がった。

 

 

 

「へっ? え、なに?」

 

突然自分達の周囲からあがった拍手と歓声に、エリカが素っ頓狂な声をあげる。

 

エリカだけでなく他のメンバーも同じく当惑しており(ちなみに紫はいつも通り)、一高本部の天幕でもそれは同様だった。

 

「これは……?」

 

「一体なんだ?」

 

「結代君に、歓声?」

 

立て続けに疑問の声をあげる鈴音、摩利、真由美。

 

二高の選手も自信に満ちた顔を崩して、突然のアウェー感に戸惑いを顕わにしている。

 

そんな中で、結代雅季はあくまで自然体のまま、ゆっくりと競技場の櫓に姿を表した。

 

同時に歓声もまた一際大きくなり、所々で観客席から雅季に向かって声が飛ぶ。

 

「サマーフェス行ったぞー!」

 

「ビーム撃てー!」

 

「プラズマキャノンで薙ぎ払えー!」

 

「またライヴやってー!」

 

そう、歓声をあげた観客の誰もが、サマーフェスをはじめとした様々なイベントで雅季の演出魔法を見た者であり、魅せられた者だ。

 

中にはネット上でそれを見ただけであり、実際に見たくてここへやって来た者もいる。

 

「……そっか」

 

歓声の中で上がった声からそれを察した真由美は、大きく息を吐いて小さく笑みを零した。

 

同じく声を聞いた摩利もまた、軽い苦笑を浮かべている。

 

「あれが『演出魔法師』ということか。それにしても、意外と有名人なんだな、あいつ」

 

「前々から有名人じゃない、結代君は」

 

そんな二人の会話を、鈴音は内心をおくびにも出さず無表情のまま聞いていた。

 

歓声が収まった後も残響のようなざわめきが残っている。

 

二高の選手は首を振って改めて表情を引き締めているが、先程と違って僅かに苛立ちが見えている。

 

魔法科生徒にとって折角の晴れ舞台で、観客が一高贔屓なのが気に入らないのだろう。

 

況してや三高の吉祥寺真紅郎のように()()()な魔法で名を馳せているならば納得できるが、()()()の魔法で人気を得ているというのだから、余計に気に入らない。

 

叩き潰す、雅季を貫く強烈な視線はそう語っていた。

 

対する雅季は携帯端末型の汎用型CADを右手に持ちながら、その口元は少し楽しげに釣り上がっている。

 

その心持ちは言わば遊びを含んだ闘志。スペルカードで対決する前の心境とほぼ同じ。

 

ただ勝つのでは無く、()()()()()勝つ。

 

それが演出魔法師(アトラクティブマジックアーティスト)として、そして『結び離れ分つ結う代』である結代雅季のこだわりだ。

 

 

 

両者が出揃ったことで、シグナルが点灯する。

 

ざわめきは収まり、試合開始直前の静けさが競技場を包み込む。

 

そして、シグナルが赤から青へと変わった瞬間。

 

 

 

氷柱が輝いた――。

 

 

 

 

 

 

試合開始直後、二高陣地の氷柱十二本が一斉に発光した。

 

少なくとも最初は誰もがそう思い、だが同様に誰もがそれが誤解であることにすぐに気付いた。

 

氷柱そのものが発光しているのではなく、十二本全ての氷柱が強烈な光で照らされているのだ。

 

瞬く間に氷柱から無数の水滴が流れ始め、縦横一メートル、高さ二メートルの長方形から楕円形へと形が徐々に変わっていく。

 

更に氷の一部がシャーベット状となって崩れ落ち、地面へと落下する。

 

その様子は一高の本部天幕にあるモニターでも映し出されている。

 

「太陽光を屈折、収束させて焦点を相手の氷柱に当てているのか」

 

モニターにオプションとして付いている魔法の解析データを見るまでもなく、摩利は雅季が使用した魔法が何であるかを言い当てる。

 

そこまでは観客席の一般人でもわかる、目に見える事象改変だ。

 

「うん。でも、それだけじゃないわ」

 

そして、魔法師である彼女たちはそれ以外の魔法にも気付いていた。

 

「振動系魔法で高周波を生み出して、敵陣に放射することで氷の内部からも溶かしているわ」

 

高周波は加熱性こそ低いが、氷の内部まで均一に加熱する性質を持つ。

 

太陽光の焦点で氷を外部から溶かし、更に高周波で内部も溶かしていく。

 

二高の選手が振動系魔法で氷の冷却を、同時に氷柱周辺の光を屈折させることで収束光が当たるのを防ごうとしているが、それでも氷柱はみるみる溶け出して形を変えていく。

 

もしかしたら二高の選手は、太陽光の収束という目に見える事象改変に気を取られ高周波には気付いていないのかもしれない。

 

「成る程、熱くするとはこういう事ですか」

 

だが、それだけでは腑に落ちないと鈴音は首を傾げる。

 

「ですが、光の焦点と高周波を掛け合わせているとしても、氷が溶けるのが早すぎる気がしますが……」

 

鈴音の言う通り、二高の氷柱は既に十二本全てが元の形を保てていない。

 

それによく見てみれば、融解して水滴となって溶けるというよりも、シャーベット状になった塊が転がり落ちていく方が多い。

 

まるで、融解しているというよりも氷の結晶の結合力自体が弱まっているような――。

 

そこで鈴音はハッと気付き、モニターを凝視した。

 

脳裏に浮かんだのは、自身の論文テーマである加重系魔法の技術的三大難関の一つ、重力制御型熱核融合炉の研究の一環で使用している術式。

 

「まさか、分子結合力中和術式?」

 

鈴音の呟きに、真由美と摩利が振り返った。

 

二人の視線に気づいているのかいないのか、鈴音は自分の考えをまとめるようにその推察を言葉として発した。

 

「収束系・振動系の複合魔法で太陽光を収束して氷の表面を、振動系魔法で生み出した高周波で内部も均等に加熱。更に分子結合力中和術式で氷の結晶結合力そのものを弱めて、融解を促進する。……こんな複雑な工程の魔法を同時に三つも行っているというのですか」

 

最後は感嘆と呆れが半々に混ざった口調で、鈴音は軽く息を零した。

 

「結代の奴、マルチキャストも出来たのか」

 

バトル・ボードで自身も使っていた技術なだけに、摩利は興味深そうに改めてモニターに目をやった。

 

自陣の氷柱の崩壊を防げないでいる二高の選手が、このままでは敗北は必須と判断して防御から攻勢へと転ずる。

 

モニターでは二高の選手が雅季の氷柱、その最前列の四つ全てに移動系魔法を駆使したことがデータとして映し出される。

 

だが、魔法式を投写されたハズの雅季の氷柱は不動のまま、動く気配を全く見せないことに二高の選手は驚きを浮かべる。

 

今度は標的を一つに絞り、再度移動系魔法を投写する。

 

それでも雅季の氷柱は動かない。

 

動揺は、目に見えて大きくなった。

 

「『情報強化』ね」

 

真由美が呟く。

 

「二高の選手も自陣の氷柱に『情報強化』をすれば、少なくとも分子結合力中和術式は防げるんだがな」

 

「太陽光の収束という目に見えて派手な魔法に、高周波という目に見えない魔法。この二つで中和術式から目を逸らさせているのでしょう。振動系魔法で氷を直接加熱しないのも、その為かもしれませんね」

 

『情報強化』は対象物の事象改変を阻止するものであり、物理的エネルギーに変換されたものには効果を及ぼさない。

 

故に分子結合力中和術式は防げても、太陽光と高周波による氷の加熱と融解は防ぐことが出来ない。

 

「何だ、意外と策士なんだな、あいつも」

 

「こう言ったら失礼かもしれないけど、ちゃんと作戦も考えてたんだ、結代君」

 

摩利は面白そうに、真由美は意外そうにそれぞれ感想を述べる。

 

「……そう言えば」

 

その時、作戦という単語で何かを思い出した鈴音は、どこか呆れを含んだ声で言った。

 

「結代君は、今回の作戦を『サニー・レイセン・アタック』と呼んでいましたね」

 

一瞬の沈黙が三人の間に流れる。

 

「……その意味は?」

 

「不明です」

 

摩利の質問に即答する鈴音。

 

当然と言えば当然なのだが、彼女達は雅季が、

 

「光の屈折といえばサニーミルク。波長といえば鈴仙・優曇華院・イナバ。つまり、これぞコンビネーション魔法『サニー・レイセン・アタック』!」

 

などと某日の幻想郷で宣言していたことなど知らない。

 

「結代君のネーミングセンスって……」

 

なので、真由美の呟いた一言が、常識ある人たちの率直な感想だった。

 

 

 

 

 

 

収束系・振動系の複合魔法で太陽光を収束して氷の表面を加熱する。

 

更に振動系魔法で生み出した高周波が氷の内部も加熱する。

 

加えて放出系魔法の分子結合力中和術式が分子結合力を弱め、融解を促進する。

 

三つの複雑な工程の魔法が敵陣のエリア内と氷柱に投写され、瞬く間に氷を溶かし、シャーベット状態へと変化させていく。

 

とはいえ、観客席にいる一般人はそんな複雑な同時魔法(マルチキャスト)が行われていることなど察することは出来ない。

 

それでも二高陣地の氷柱を遍く照らす強烈な光は、目に見える派手な事象改変は観客を興奮させるのに十分だった。

 

エリカ達は雅季が太陽光の収束・屈折だけではなく高周波も組み合わせていることには気付いたが、分子結合力中和術式には気付いていない。

 

八雲紫を除いて――。

 

(あれは氷の境界を弱めている()()ね)

 

『境界を操る程度の能力』を持つスキマ妖怪、八雲紫にとって氷の分子結合力、つまり氷の境界に魔法が作用しているかなど手に取るようにわかる。

 

そして『離れと分ちを操る程度の能力』を持つ雅季もまた、境界に干渉する魔法など当たり前に使えるものに過ぎない。

 

元々結代家の『縁を結ぶ程度の能力』とは、言い換えれば境目を隔てた二つを結び付けることだ。

 

そのため、結代家の一族は境界に干渉する術式とは相性が良い。

 

その上で雅季の『離れと分ちを操る程度の能力』、特に『分ち』とは、つまり境界を作り出し、境界を増やすこと。

 

一を二に、それ以上に分けることができる能力だ。

 

本当ならば更に『離れ』を組み合わせることでUSNA軍の機密魔法である分子間結合分割魔法『分子ディバイダー』を遥かに上回る“切り離し”も可能だ。

 

紫のように境目を自由自在に操るというわけではないが、それでも『境界』という概念に対する理解と行使は、普通の魔法師では到底及ぶものではない。

 

紫が知る限り、『境界』に対して雅季を上回る術式を行使できる人間はただ一人。

 

『結界』を担う博麗の巫女、博麗霊夢のみだ。

 

紫はチラッと幹比古を横目で見る。

 

“結代家ならでは”の魔法というわけではないが、“結代家らしい”魔法を使っていることに幹比古は気付いていないようだ。

 

(フフ、貴方が結代家を識るには、千歳の坂を登る必要があるようね)

 

紫は内心でそう呟くと、視線を再び競技場へと戻した。

 

 

 

 

 

 

移動系魔法が通じないと判断した二高選手が、対象に直接干渉しない魔法、つまり『情報強化』では防げない魔法で一高の氷柱を倒そうと試みる。

 

それを雅季は、『情報強化』から『領域干渉』に切り替えて相手の魔法を未発に防いだ。

 

その間にも太陽光と高周波の魔法(サニー・レイセン・アタック)、そして氷の境界を弱める程度の魔法が、二高陣地にある十二本の氷柱全てをシャーベットの塊に変えていく。

 

一高陣地の氷柱がほとんど無傷であるのと対照的に、二高陣地の氷柱は溶けて崩れて、もはや原型を留めているものは一つもない。

 

内心で見世物の魔法と罵っていた二高選手が雅季の『領域干渉』を、『情報強化』を上回る魔法を構築することが終ぞ出来ないまま、雅季はフィニッシュへと取り掛かる。

 

CADを操作して太陽光と高周波の魔法(サニー・レイセン・アタック)を止めて新しい魔法に、ラストを飾る“魅せる魔法”へと切り替える。

 

途端、二高陣地に旋風が吹き荒ぶ。

 

結晶の結合力を弱められシャーベット状態となっている氷柱は、その突風に耐えられなかった。

 

十二個のシャーベットの塊は旋風によって瞬く間に削られ、空へと舞い上がる。

 

時間にして数秒の旋風が吹き終えた後、二高陣地には氷の溶けた十二箇所の水溜まりしか残っていなかった。

 

そして、上空へと巻き上げられた氷の結晶は、そのまま魔法の風に乗って四方へと舞い散り――季節外れの雪となって観客席へと降り注いだ。

 

「うおっ! 冷た!」

 

レオと同じような楽しい悲鳴が観客席の彼方此方から上がり、

 

「真夏の客席へのファンサービスってわけ」

 

「これも演出魔法ですよね」

 

「何というか、いかにもあいつらしい終わらせ方だな」

 

エリカ、美月、森崎の会話は、直後にあがった歓声と拍手でかき消された。

 

 

 

叩き潰すと内心で宣言した二高選手は逆に完膚なきまでに叩きのめされ、悔しそうに唇を噛み締めながら会場に背を向け、一回戦で姿を消す。

 

そして会場を味方に付けた雅季は、歓声と拍手に包まれながら勝利者として櫓から降りていく。

 

新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク一回戦第三試合、一高対二高の対決は、一高の完勝で終わりを告げた。

 

 

 




『サニー・レイセン・アタック』
コンビネーション魔法の意味を履き違えた自称コンビネーション魔法。
光の屈折関係と波長関係の魔法を一緒に使うときに雅季が使用。

無頭竜の会話で、さり気なく気になりそうな単語を混ぜておきました。(ボソッ)
続きは本編で(笑)


おまけ「非想天則っぽい勝ちセリフ集」

~サニーミルクの場合~
「姿は隠せても縁は隠せない。サニー、みっけ」
「また『鳥獣伎楽』のライヴに来ない? いま大物新人を勧誘してるところだからさ」

~鈴仙の場合~
「現実での幻は幻想。でも幻想での幻は現実とはならない」
「この前の紅華との弾幕勝負見てたけどさ、二人ともちゃんとどれが本物で幻覚かわかってた? 全部避けてたけど」


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第33話 境目の干渉者達

三話連続で一万字を超えました(汗)
魔法科のアニメ化、来ましたね。
いつかは来るんじゃないかな、とは思っていたので驚きというより「いよいよか」といった気持ちですね。
良作になることを願っています。



『新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクが凄いらしい』

 

ピラーズ・ブレイクが男女ともに一回戦を終えたあたりで、そういった主旨の話題が観客や関係者の間で流れ始めていた。

 

特に一番の話題となったのは、一高の司波深雪についてだ。

 

まず、その可憐なる美貌に加えて緋色の袴姿が実に絵になっており、入場した瞬間に観客から感嘆の溜め息を誘発させた。

 

ちなみに、自分の試合を終えた某少年もそれを見ており、脳裏に紅白の巫女と現人神と結びの巫女の三人を思い浮かべて「あの三人より巫女っぽい」と呟いたとか。

 

入場早々に全員を魅了した深雪は、直後に今度はその魔法力で全員を圧倒した。

 

中規模エリア用振動系魔法『氷炎地獄(インフェルノ)』。

 

エリアを二分し、片方の振動・運動エネルギーを全て減速させ、余剰エネルギーをもう片方へ逃がすことにより、片や凍原、片や焦熱という両面の地獄を作り出すエリア魔法。

 

魔法師ライセンス試験でA級受験者用に出題される程のハイレベルな魔法であり、本来ならば新人戦で見られるようなものではない。

 

その容貌と魔法力は、新人戦は元より九校戦全体でもトップクラスの話題性となった。

 

ちなみに三高の頭脳(ブレーン)はここでも現れた一高の反則(チート)級戦力に顔を引き攣らせ、無頭竜に至っては一時的に聞くも語るも涙な状態に陥った。

 

尤も、無頭竜については完全な自業自得なので同情の余地は無いのだが。

 

最も騒がれているのは深雪についてだが、他にもピラーズ・ブレイクの出場者で話題を呼んでいる者達がいる。

 

女子で言えば、深雪と同じく一高の北山雫が、これまた美少女ながら自陣の被害は一本のみで相手を打倒したことで軽く話題となっている。

 

男子で言えば、優勝候補筆頭である三高の一条将輝が、一条家の代名詞である『爆裂』を使わずに完封勝利をしたことで「流石は十師族の直系」と主に魔法師関係者の間で話に上がっている。

 

そして、男子の中で一条将輝以上に話題を集め、ともすれば深雪の次ぐかたちで話題を呼んでいるのが一高の結代雅季だ。

 

元より演出魔法師として有名であり、一回戦では複雑な魔法のマルチキャストという技術と魔法力により将輝と同じく完封勝利を達成。

 

この時点で、今年の新人戦で完封勝利を達成しているのは深雪、将輝、雅季の三人のみ。

 

更には試合の最後に演出魔法師らしい演出を見せたことが、主に観客の間で評判となっている。

 

女子は深雪を、男子は雅季を中心に話題を集めている新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク。

 

同日ながら二回戦の集客率が上がったのは、むしろ必然だった。

 

 

 

 

 

 

新人戦男子ピラーズ・ブレイク二回戦第一試合は、一高と八高の組み合わせだ。

 

また同じタイミングで女子ピラーズ・ブレイクでも一高の試合が行われる。

 

女子の出場選手は明智英美。

 

男子の出場選手は雅季だ。

 

雅季の試合について、無頭竜としては二高の選手との戦いで消耗した後に八高選手の成績上位者と戦わせることで、雅季の二回戦敗退を狙ったものなのだが。

 

あれだけ派手な魔法を使っておきながら雅季に消耗した様子がまるで見られない時点で、その目論見は半ば頓挫している。

 

千代田花音と五十里啓の二人は、一回戦は女子ピラーズ・ブレイクを観戦していたが今回は男子の試合を観戦するため、男子ピラーズ・ブレイクの試合会場へ来ていた。

 

というのも花音が「結代君の試合が何だか面白いらしいよ。見に行こうよ」と五十里を誘ったため、より具体的には雅季の試合を観戦する為に二人は来ている。

 

「女子は三人とも一回戦突破、男子も二人が勝ち進んでいる。このまま勝ち進んでくれるといいんだけど……」

 

ピラーズ・ブレイクの好調な滑り出しとは裏腹に、五十里の表情はどことなく暗い。

 

その理由は、今さっき会った一高の友人達からクラウド・ボールの現時点での結果を聞かされたからだ。

 

ちなみに、その友人達は五十里達と軽く話をした後、気を利かせて二人と別れている。

 

「クラウド・ボールは、逆になっちゃったからね」

 

同じく結果を聞いた花音も、少し沈んだ声でそう言った。

 

 

 

新人戦クラウド・ボールでは一高の不振が再発していた。

 

まず女子クラウド・ボールが、花音の言ったようにスピード・シューティングとは真逆の結果に終わっている。

 

『早撃ち』や『棒倒し』の快進撃が嘘のように、全員が二回戦敗退。取得ポイントはゼロ。

 

本来ならば好成績を、優勝もしくは準優勝を狙えるほどの人材を揃えていたはずだったのだが、本戦と同様に新人戦でもクジ運に見放された。

 

何せ一回戦目から女子全員が三セットを全て接戦でフルに戦うという、まるで決勝戦さながらの白熱した試合となり、何とか勝ち進んだところで既に誰もが魔法力も体力も消耗していた。

 

うち一人に至っては一回戦を辛くも勝利したが、想子(サイオン)が枯渇気味となり二回戦を棄権している。

 

余談だが、司波深雪の圧勝ぶりで聞くも語るも涙な状態に陥っていた無頭竜は、この結果を見て何とか落ち着きを取り戻している。

 

一方で男子の方は、苦戦しながらも比較的善戦している。

 

女子と同じく接戦を何とかものにして、二人が二回戦を勝ち進み三回戦に進んでいる。

 

「昨日と違って良いコンディションだ。森崎に触発されたな」とは、試合前に選手と話をした桐原の評価だ。

 

どちらかというと達也の活躍の影響が大きかった女子と比べて、森崎は自分の力で吉祥寺を降して優勝している。

 

スピード・シューティングの結果が女子と男子に与えた影響度で言えば、男子の方がより良い影響を受けていた。

 

 

 

満席とまでは行かないものの、八割近く席が埋まった観客席。その大半は一般客だ。

 

観客席の一角の空席に腰を下ろした花音と五十里のような、九校戦関係者や魔法関係者の割合は少ない方だ。

 

これもまた、他の試合とは異なる点だろう。

 

通常ならば女子の試合に一般客が集まり、男子の試合には主に軍や警察、大学の関係者が観に来るのだから。

 

ちなみに一回戦目を観戦していたエリカ達は、あの後に雫と深雪の試合を観るために女子の会場の方へ向かい、そのまま女子の試合を観戦している。

 

それに(森崎はまだわかるが)何故か紫も一緒に同伴しているため、一回戦目を観ていたメンバーはこの場にはいない。

 

また本当に余談だが、深雪の『氷炎地獄(インフェルノ)』を見ていた紫は、目の前にある氷と炎の境界を弄りたくてしょうがないと、とてもイイ笑顔を浮かべていたのだが、一回戦目は自重したので何とか余談で済んでいる。

 

……二回戦目以降が非常に心配ではあるが。

 

以上、閑話休題。

 

 

 

いくら一般人の割合が多いとはいえ、雅季の試合を見に来ている一高関係者は花音達だけではない。

 

十文字克人もまた、雅季の試合を観戦している。

 

ただし観客席や本部の天幕からではなくピラーズ・ブレイク会場の一高側スタッフ用モニタールームから、という違いはあるが。

 

本戦男子ピラーズ・ブレイクの優勝者である克人は、率先して新人戦選手のサポートとして動いている。

 

今回もその一環であり、雅季のサポートとして訪れている。

 

尤も、どうやら雅季に対しては要らない世話だったようだ、と克人は思っているが。

 

『新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク二回戦第一試合を開始します』

 

アナウンスが開始を告げると同時に、自然と拍手が沸き起こる。

 

真由美や摩利のような人気のある選手にはよくあることだが、つまり雅季もまた人気のある選手であることを表している。

 

それは選手の名が、雅季の名がアナウンスから流れた時により明瞭となる。

 

一回戦目と同じ現象、歓声が上がった。

 

強いて言えば一回戦目よりも歓声が大きくなったことと、本日二戦目ということで今度はサマーフェス関連の声が上がらなかった事が一回戦目と違う点だ。

 

克人は二人の選手を見比べる。

 

雅季は相変わらずの自然体。強い闘志も気合も、相手選手への警戒も、克人の見る限りでは見受けられない。

 

対する八高の選手は、見ていてわかるぐらい雅季を警戒している。

 

それも納得できる反応だろう。

 

一回戦目で自陣の氷柱が無傷のまま勝利できたのは、深雪と雅季、そして一条選手の三人のみなのだから。

 

その一回戦目で雅季が使用した魔法は太陽光の屈折・収束と高周波、そして分子結合力中和術式。

 

試合の合間という僅かな時間とはいえ、おそらく相手はそれに対する備えを練って来ていることだろう。

 

当然、克人は雅季にそう忠告した。

 

それに対して雅季は、

 

「次の試合は別の魔法を使うので大丈夫です」

 

ニヤリと笑ってそう答えた。

 

ちなみにその後に続いた「今度はエキサイティングにいこう、そうしよう」という呟きを克人は聞かなかったことにした。

 

 

 

赤いシグナルが点灯する。

 

会場内のザワめきは収まり、試合開始直前特有の一瞬の静けさが会場内に広がる。

 

そして、赤のシグナルが青に切り替わった瞬間。

 

少なくとも八高選手の想定は大きく覆された。

 

八高陣地の氷柱は、今度は光らなかった。

 

その代わりとして八高エリア内の氷柱の十二本全てが一斉に動き出し、互いに激しくぶつかり合った。

 

氷柱同士が激突し、砕けた氷の破片が飛散する。

 

だがぶつかった氷柱は止まることなく、さながらアイスホッケーのパックのようにそのまま滑っていく。

 

そしてエリアの端まで到達した瞬間、倍速でエリア内に跳ね返り、他の滑走する氷柱と勢いよくぶつかりあい、その衝撃で氷柱が砕け合う。

 

十二メートル四方の狭い八高陣地内で、十二本の氷柱の乱舞が始まった。

 

 

 

半数以上が雅季の魔法に期待していた観客にとって、一回戦目以上に迫力ある魔法で湧かないはずがない。

 

会場内を覆ったどよめきは、もはや歓声と同レベルだ。

 

その中で、花音は観客とは別種の驚きの声を上げていた。

 

「あれって啓の『伸地迷路(ロード・エクステンション)』!?」

 

花音が勢いよく五十里の方へ振り返ると、五十里は首を横に振った。

 

「いや、摩擦力をゼロにする魔法は放出系魔法の中でも比較的ポピュラーな方で、五十里家だけの固有魔法という訳じゃないから結代君が使えたとしても不思議じゃないよ」

 

五十里は改めて氷柱がランダムに動き回る八高陣地へ目をやる。

 

摩擦力を近似的にゼロにする放出系魔法『伸地迷路(ロード・エクステンション)』。

 

それを十二本の氷柱にそれぞれ個別にではなく、十二メートル四方の敵陣エリアの地面全てに作用させている。

 

更に敵陣エリアの境界線にはベクトル反転の加速系魔法も仕掛けている。

 

それも氷柱がそのまま跳ね返るのではなく、加速して跳ね返っていることからただの『物理反射(リフレクター)』ではない。

 

あれはおそらく、クラウド・ボールの試合で真由美も使用したものと同じ、運動ベクトルを倍速反転させる加速系魔法。

 

「『ダブル・バウンド』だね、あれ」

 

花音の言葉に、五十里は頷き、

 

「それにしても、たった一回戦だけで『結代選手の試合は見ていて面白い』という噂が立った理由がわかったよ」

 

「同感」

 

二人のカップルは、同じ思いを共有して微笑を浮かべた。

 

 

 

一高本部の天幕では、英美の試合と同時に雅季の試合も分割してモニターに映し出している。

 

雅季の試合を見ていた真由美と摩利、鈴音の三人は「しょうがない奴」と言わんばかりにそれぞれの反応を示している。

 

具体的には真由美と摩利は若干の苦笑を、鈴音は溜め息を。

 

先程、真由美が呟いた「またしても派手ね」という言葉が、三人の胸中に共通する思いだ。

 

何せ雅季の試合のせいで、隣に映し出されている英美の試合の影がどうしても薄くなってしまっているのだから。

 

「それにしても、エリア内の地面の摩擦をゼロにするか。本来なら氷柱そのものの摩擦をゼロにした方が効率はいいのだがな」

 

魔法と言っても、物理法則とは無関係ではいられない。

 

地面と氷を比較するのならば、氷の方が摩擦力は遥かに小さい。

 

その為、地面よりも氷柱の摩擦力をゼロにした方が事象改変に伴う魔法の負担は小さくて済む。

 

摩利の発言はその事を指摘している。

 

尤も、言った本人である摩利も含めて、どうして雅季が()()()地面に魔法を投写しているのか、三人ともわかっていたが。

 

摩擦を失い、十二メートル四方の狭いエリア内を所狭いと互いにぶつかりながらも滑り回る十二本の氷柱。

 

そして三人の見ているモニターの中で二つの氷柱がぶつかり合った瞬間、度重なる衝撃に耐え切れず二つの氷柱は互いに完全に砕けた。

 

「やはり使っていますね、分子結合力中和術式」

 

「中和術式で氷そのものを脆くしているのね」

 

鈴音の言葉に真由美は頷く。鈴音は話を続ける。

 

「何かしらの媒体を用いた一見して派手な攻撃。でもその実、攻撃の肝となっているのは氷柱そのものの強度を押し下げる中和術式。結代君の作戦は、つまりはそういうことなのでしょう」

 

「だが、仮に『情報強化』で中和術式を防いだとしても、地面の摩擦がゼロだから氷柱の滑走は止まらず、氷柱には変わらず強い衝撃が加えられ続ける。中和術式が無くても氷柱が壊れるのは止められないか」

 

「中和術式はあくまで氷柱の破壊を促進しているだけですから。まあ、これがなければ破壊に少しばかり時間が掛かってしまいますが」

 

「逆に言えば、中和術式のせいで氷柱がどんどん壊れていくから、相手選手には相当のプレッシャーね」

 

「結代の攻撃を防ぐには『領域干渉』の方が必須。だがその場合、今度は氷柱に移動魔法を使うだろうな」

 

「結代君の攻撃を防ぐには『情報強化』と『領域干渉』、この二つを両立させなければなりません。今の八高の選手には、難しい話でしょうが」

 

そう言った鈴音の視線の先には、躍起になって氷柱を止めようとしている八高選手の姿があった。

 

見たところ八高選手はかなり混乱しているようだ。

 

それも無理もない。眼下で自陣の氷柱が高速で滑り回り、どんどん壊れていくのだ。

 

氷柱に『情報強化』を投写しても滑走は止まらない。

 

中和術式は防げるが、むしろ『情報強化』をされていない固い氷と脆い氷がぶつかり合うことで、片方の氷が一方的に壊れる結果を生んでいる。

 

『情報強化』ではなく硬化魔法で氷柱の位置を固定しても、そこへ別の氷柱が突っ込んできて同じ結果を生む。

 

更に言えば、雅季の魔法は途切れる様子を見せず、それが余計に八高選手の動揺を引き出している。

 

「一回戦でも思ったが、あれだけ複数の魔法を継続的に使っていても疲れた様子を見せていないとは、結代は『息継ぎ』も随分と巧いな」

 

「そうね。マルチキャストといい、息継ぎといい、魔法力だけじゃなくてちゃんと技術も兼ね備えている。深雪さんとまではいかないにしても、一年生とは思えないレベルね」

 

摩利と真由美は純粋に雅季を称賛する。

 

「それだけに、本当に惜しい……」

 

鈴音が小声で呟いた言葉は、モニターに見入っている真由美と摩利の耳には届かなかった。

 

既に八高選手には一高陣地の氷柱を攻撃する余裕は無い、いや攻撃という選択肢にすら思い至っていない。

 

多種多様な魔法を組み合わせた、多彩な攻撃。

 

安定・堅実重視の服部とは方向性は異なるが、どことなく通ずるものがあるそれが結代雅季の戦い方ということなのだろうか。

 

それはそれで、いかにも演出魔法師らしい戦い方ではないか。

 

現にこのド派手な魔法で観客は大喜びだ。

 

 

 

一高陣地の氷柱は十二本とも無傷のまま、八高陣地のエリア内を高速で滑走する氷柱が残り五本にまで減らされた。

 

皮肉なことに本数が半数以下となったことで、エリア内のスペースが広くなりぶつかり合う回数も少なくなった。

 

それが八高選手を混乱から少しだけ回復させた。

 

八高選手は氷柱ではなく、自陣の地面に『情報強化』を投写した。

 

伸地迷路(ロード・エクステンション)』の、摩擦力をゼロにするという事象改変に抵抗が入る。

 

元々の魔法力の違いによって摩擦力がゼロになった訳ではないが、スムーズだった滑走が無くなり、氷柱が徐々に減速していく。

 

それを察した瞬間、雅季は魔法を全て切り替えた。

 

伸地迷路(ロード・エクステンション)』と『ダブル・バウンド』、分子結合力中和術式の魔法を止める。

 

そして残っている氷柱五本に加速系魔法を行使した。

 

急激に回復した摩擦と、運動ベクトルが増幅され更に加速する氷柱。

 

その結果、誰もが経験したことのある慣性の法則が氷柱にも働いた。

 

五本の氷柱は全速力で走る短距離選手が足元を躓いたように、ヘッドスライディングのように一瞬だけ滞空しながら豪快に倒れた。

 

八高選手が目を見開く中、試合終了のブザーが鳴り響いた。

 

十二本の氷柱が無傷のまま残っている一高陣地、そして氷柱の欠片が無残に散乱する八高陣地。

 

誰が見てもその勝敗は明らかであった。

 

湧き上がる歓声に、最後まで翻弄され続けた八高選手は俯きながら櫓を後にする。

 

そして二高に続いて完封勝利した雅季は、三回戦進出の第一号として櫓の後方にあるスタッフ用のモニタールームへと戻ってくる。

 

「三回戦進出だ。よくやった、結代」

 

「ありがとうございます」

 

迎えた克人が冷えたタオルを渡し、雅季はそれを受け取って汗を拭う。

 

単なる暑さによる汗だけではなく、連続して派手な魔法を行使したことによる疲労の汗も少しばかり混ざっている。

 

尤も、割合としては九対一程度なので、まだまだ余力はあるのだが。

 

「随分と派手な勝利だったな」

 

「最後はちょっと地味でしたけどね」

 

その言葉に克人は少しだけ表情を崩して苦笑した。

 

あれだけ派手な魔法を行っておきながら、地味という単語が出てくるとは。

 

雅季を直接知る自分達でもこうやって翻弄されるのだ。ある意味、他高では翻弄されて当然なのかもしれない。

 

次の試合と選手の為にモニタールームを後にする中で、克人はそう思った。

 

新人戦男子ピラーズ・ブレイク二回戦第一試合、一高対八高の試合は、ここでも一高の完勝に終わった。

 

 

 

そして、雅季に疲労以上の別の汗をかかせた「ちょっとした異変(本人談)」は、女子ピラーズ・ブレイクの試合で起きた――。

 

 

 

 

 

 

新人戦女子ピラーズ・ブレイク二回戦第六試合は、超満員の中で開始された。

 

出場校の片方は一高、出場選手は深雪だ。

 

関係者用の来賓席には大学、軍、更にはマスコミなど多くの魔法関係者が詰め掛け、観客席は立ち見客が列を成すほどの超満員。

 

誰もが一回戦で見せた深雪の神々しいまでの美と、圧倒的なまでの魔法を一目見ようと会場に足を運んでいる。

 

その有様は某スキマ妖怪が「月の姫(輝夜)が来た時を思い出すわ」と零したくらいだ。

 

ちなみに男子ピラーズ・ブレイクは雅季の試合が終わった直後、観客の半数以上が女子ピラーズ・ブレイクの方へ移動していった為、一条選手を含めた以降の男子の試合はだいぶ客席に余裕があったという。

 

そして始まった試合は、予想通りであって予想を上回る内容だった。

 

開始直後にエリア全域に放たれる深雪の『氷炎地獄(インフェルノ)』。

 

瞬く間に一高陣地が極寒の地に、相手陣地が灼熱の地に早変わりする。

 

予想以上の美にほとんどの者が魅了され、想像以上の魔法にほとんどの者が圧倒される。

 

それは観客席にいるエリカ達や、他の一高の試合が終わったために直接試合を見に来ている真由美達も例外ではなく、例外は片手で数えられる程度しかいない。

 

たとえばスタッフ用のモニタールームで、感嘆の溜め息を吐いている真由美達の隣で深雪を見詰めている達也であり。

 

観客席が満席だったからと選手特権でモニタールームにやって来て、ちゃっかり達也の隣で試合を見ている雅季であり。

 

会場の端から、何者にも伺い知れぬ無表情で試合を見ている水無瀬呉智であり。

 

そして、エリカの隣の席で、日傘で日差しを遮りながら扇子を口元に当てている八雲紫もまた然り。

 

(見事な境界線ねぇ。……弄ってしまいたくなるくらいに)

 

紫の目には『氷炎地獄(インフェルノ)』の、魔法式で定義された極寒と灼熱の境界がハッキリと見えている。

 

その境界線は互いの陣地の境目に真っ直ぐ引かれており、曖昧さが全く無いところを見ると、司波深雪の魔法の精度の高さが伺い知れる。

 

 

 

――それだけに、余計に弄りたくなる。

 

 

 

そして、紫はそっと目を閉じると、口元に当てていた扇子を閉じて懐へと入れ。

 

(――ふふ、ちょっと味見)

 

八雲紫は、『氷炎地獄(インフェルノ)』の境目に干渉した。

 

 

 

深雪の魔法が突然途切れた。

 

「――え?」

 

「失敗!?」

 

突然の魔法停止に真由美や摩利、またはエリカやほのかなどが反射的に同じような声をあげる。

 

今まで圧倒されていた客席や相手選手は、今までが圧倒的だったために寧ろ戸惑いを覚えている。

 

そして張本人の深雪は、

 

(どうして……)

 

僅かな時間とはいえ、呆然状態に陥っていた。

 

自分の魔法は完璧だった。事実、完璧に作用していた。

 

少し失礼かもしれないが、相手選手が破れるような干渉力ではない。

 

だというのに、それがこうも呆気なく崩れた。

 

他者が見れば魔法の失敗だと思うだろう。

 

だが魔法の失敗などではないことは深雪自身がよく知っている。

 

つまり“何が起きたのかわからない”ということを深雪は知るが故に、その衝撃は大きかった。

 

 

 

達也もまた、その衝撃を知る者だった。

 

だがこちらは呆然とするのではなく愕然、いや相手が深雪なだけに恐慌状態だった。

 

(何が起きた!?)

 

条件反射ですぐさま『精霊の眼(エレメンタルサイト)』でイデアに接続し、あの瞬間の情報を割り出す。

 

氷炎地獄(インフェルノ)』の魔法式は間違いなく作用していた。

 

それがエイドス上で突然エラーを起こし、ただの想子(サイオン)となって四散する。

 

(エラーの原因は――変数だと?)

 

「まさか……『術式解散(グラム・ディスパージョン)』?」

 

無意識に達也は呟いていた。

 

エラーの原因は、二分されていたところに、突然その区分が無くなった事が原因だった。

 

エネルギーを減速させ冷却するエリアと、減速されたエネルギーを受け取り加熱するエリア。

 

二つを区分していた境目が無くなったことで、魔法式がエラーを起こしたのだ。

 

その結果、魔法式は定義を失い、意味を失ったサイオンとなって四散し魔法が消滅した。

 

そして、エリアを区分していた境界線も術者が設定した変数、要するに魔法式で構成されていたものだ。

 

つまり魔法式の一部が消え去ったことで、魔法式全体がエラーを起こして魔法が消滅した。

 

術式解体(グラム・デモリッション)』のようにサイオンの塊で魔法式を消し飛ばすのではない。

 

真由美のようにサイオンの塊で魔法式を撃ち抜くのではない。

 

魔法式の一部を消し去る、それは達也にも可能だ。

 

そして、そのような真似が出来る魔法は、達也が知る限り自分も使用する『術式解散(グラム・ディスパージョン)』に他ならない。

 

(まさか、無頭竜にもいるのか? 『術式解散(グラム・ディスパージョン)』の使い手が……?)

 

剣呑な、危険な雰囲気を漂わせ始めた達也。

 

「達也、どうした?」

 

だが隣の雅季がすぐにそれに気付いて声を掛けた為、我に返った達也から物騒な空気は霧散する。

 

「……いや、何でもない」

 

幸い、周囲は今さっきの達也には気付かなかったようだ。

 

もし雅季が声を掛けなければ、真由美達も殺気立った達也に気付いたことだろう。

 

逆に言えば雅季はそれに気付いたということなのだが、

 

「まあ、心配なのはわかるけど大丈夫だって。司波さん、もう持ち直しているし」

 

達也に対して怯んだり忌諱したりする様子も見せず、雅季はそう言って視線を達也から前に向ける。

 

達也もそちらへ目を向けると、一瞬の呆然状態からすぐに立ち直った深雪が、もう一度『氷炎地獄(インフェルノ)』を行使している。

 

無論、魔法式はちゃんと作用しており、また途中で消え去るような兆候は見られない。

 

尤も先程の現象も兆候など全く無かったので油断は出来ないが。

 

真由美達はすぐに持ち直した深雪に安堵の息を吐いて、深雪は魔法がきちんと作用していることで、では先程の現象は何だったのかと内心で戸惑いを覚えている。

 

達也は再び雅季に目を向けて軽く目礼すると、雅季は小さく頷いた。

 

そして唯一、あれをやった張本人以外に真実を知る雅季は、

 

「珍しいね、司波さんが失敗なんて」

 

(あんのスキマめ、境目を弄ったな……)

 

表と裏をちゃんと分けて対応していた。

 

 

 

結局、一瞬だけヒヤッとしたが深雪の勝利は揺るがず、完封勝利で明日に行われる三回戦へ進出を決めた。

 

ちなみに試合後、達也が深雪を問診したり、深雪のCADを達也が全力を駆使した総点検を行ったりと心配性(シスコン)ぶりを発揮し、深雪もそれを嬉しそうに受けるので春から恒例の甘ったるい空間が二人の間に構築され、真由美達を辟易させた。

 

 

 

 

 

 

生徒達も宿泊している軍用ホテルの一室、多数のモニターが置かれた部屋で藤林響子はピラーズ・ブレイクの試合を見ていた。

 

「相変わらず凄いわね、深雪さんは。……あの失敗はらしくなかったけど」

 

あの時は無頭竜の妨害工作が頭を過ぎったが、あの達也が深雪のCADを担当しているのだ。

 

達也の実力を知る者として、無頭竜の工作が達也を上回るレベルであるとは考え難い。

 

なので、藤林は「深雪にしては珍しい失敗」だと思っている。

 

今頃、達也にもの凄く心配されていることだろう。

 

その光景が簡単に思い浮かんだことに、藤林は小さい笑みを浮かべる。

 

だがモニターの一つから鳴り響いた電子音(アラーム)に、藤林は即座に表情を引き締めてモニターに目を遣った。

 

「人相照合に適合者?」

 

九校戦の監視カメラは高処理CPUを搭載した外部デバイスと繋がっており、カメラに映し出された多くの人物の人相を一つ一つチェックして指名手配犯(ブラックリスト)と自動的に照合されるシステムが搭載されている。

 

このアラームは、それに引っかかった人物がいるということだ。

 

「さて、何が釣れたのかしら」

 

藤林はコンソールを操作してデータを確認して――思わず息が止まった。

 

監視カメラに映し出された人物は、いや隠れているはずのカメラに目を向けて口元を歪めていること、そして“彼”の実力から考えると敢えて映っているだろうその人物は、独立魔装大隊にとっては想像以上の大物だった。

 

「水無瀬、呉智……! どうしてここに……」

 

藤林はすぐさまデータを自前のデバイスに取り込むと、風間少佐の下へと向かうため席を立った。

 

 

 




今回の作戦名は『バトルドーム』!!

氷柱(ピラー)を他の氷柱(ピラー)にシュウゥゥゥーーーッ!!

超エキサイティンッ!!

そんな魔法でした。



二回戦目は余談じゃ済まなくなりました(笑)

ゆかりんのせいで達也の気苦労が増えていくこの頃。

しかも原因不明なところが余計にタチが悪い。

達也のストレスの矛先は当然ながら無頭竜に向いています。

つまりスキマさんに濡れ衣を着せられて魔神の怒りの買わされた無頭竜。

涙なしでは語れません。



~おまけ~

聞くも語るも涙な状態の無頭竜。

「あばばばばばば……(泡)」

「メーデーメーデーメーデー……」

「諦めんなよ! 諦めんなよ、三高!! どうしてそこでやめるんだ、そこで!! もう少し頑張ってみろよ!」

「諸君、私は九校戦が終わったら結婚しようと思う。諸君、私は結婚しようと思う。諸君、私は結婚が大好きだ」

「オメー! オメー! オメー!」

「よろしい、ならば結婚だ」

「おまいら落ち着け! 私たちの物語はこれからだー!」

それを偶然目撃してしまった部下の人。

(幹部の方々が、あそこまで……くっ! ダメだ、見ていられないッ! ああくそ、涙が止まらねぇぜ……!)

※嘘です。



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第34話 赤縁と奇縁

更新が遅れて申し訳ないです。
実は作者の中で「軌跡シリーズ」の熱が再発しまして(汗)
「空の軌跡」は3までやっていたのですが、そこで止まっていたので「零」と「碧」は未プレイでした。
今回「閃」が発売されたので、いい機会だと思い「零」と「碧」を購入してプレイ中です。
「零」はクリアしましたが、「碧」はまだクリアしていないので次の更新も遅れるかもしれません。

本文の文字数自体が多くなってきているという点もありますが。
今回もほぼ一万字になりましたし(汗)


意外かもしれないが、九校戦の間で選手が一同に集まるタイミングは夕食時しかない。

 

その夕飯時、一高の選手の間に流れている空気は、高揚と戦意が入り混じったものだった。

 

クラウド・ボールの結果は、女子が全員二回戦敗退に終わったが、男子が三位と三回戦敗退と善戦したため、合計十三点という結果に終わっている。

 

対して三高は男女共に優勝と三回戦敗退が一人と、本戦同様に好成績を収め、ポイントは合計五十六点。

 

現時点での得点差は八十三点と、前日よりも寧ろ広がってしまっている。

 

だが上級生にも一年生の間にも、健闘を称える声や悔しがる声はあっても、誰一人として優勝を絶望視するような沈痛な面持ちをしている者はいない。

 

その理由は、明日の新人戦三日目にあった。

 

「深雪も雫も英美も、三回戦進出おめでとう!」

 

「もしかしたら、決勝リーグを一高が独占なんてこともあるんだよね!?」

 

「それって大会初でしょ? 凄いことだよね!」

 

特に一年女子ではスピード・シューティングに続いてピラーズ・ブレイクでも快挙を達成する可能性があるだけに、お祭り騒ぎに近かった。

 

女子ピラーズ・ブレイクに一高からは深雪、雫、英美の三人がエントリーし、三人とも三回戦進出を決めている。

 

もし次の試合で三人とも勝てば、勝者三名で行われる決勝リーグを一高が独占することになる。

 

今日の結果で広がった点差を再び縮めるには充分過ぎる。

 

女子バトル・ボードでもほのかともう一人が予選を突破、明日の準決勝に出場する。

 

クラウド・ボールでは惜敗を喫したが、他の競技では快進撃と言っても良いだろう。

 

そして誰もが認める快進撃の立役者は、女子に囲まれながら居心地悪そうに食事をしていたが、途中で女子の関心の矛先がそちらに向いたことで堰が外れた濁流のように女子から怒涛の質問攻めを受けていた。

 

 

 

「大人気だなー、達也」

 

困った様子で躁状態の女子達に囲まれている達也を、男子陣が座っている席から雅季は面白そうに見ていた。

 

「今後は達也用の縁結び木札、複数個は用意しておいた方がいいかもな。売れそうだし」

 

「司波さんにバレたら凍らされるぞ」

 

雅季の向かいに座って食事をしている森崎が呆れ混じりに言い放った。

 

女子がお祭り騒ぎなのに対して男子はというと、落ち着いていた。

 

落ち込んでいるのではなく、落ち着いている。それは自信の表れだ。

 

もし男子も本戦と同じく不振に囚われた状態なら、エンジニアとして優れた結果を出し続ける達也に必要以上の対抗心を燃やしただろう。

 

だが実際には達也の手を借りなくても、男子陣は結果を出している。

 

たとえば森崎のスピード・シューティング優勝。

 

たとえば雅季のピラーズ・ブレイク二試合連続の完勝と三回戦進出。

 

ピラーズ・ブレイクでは雅季だけしか三回戦に残れなかったが、クラウド・ボールでは三位と入賞、バトル・ボードでも一人が予選を突破している。

 

達也を有する女子と比べると見劣りするかもしれないが、予想以上の苦戦の中でも善戦し結果を残している。

 

その自覚が、彼らが女子の結果に対して焦燥感に駆られることも、必要以上に気負うことも押さえ込んでいる。

 

更に言えば、森崎と雅季の活躍で達也に対する溜飲を下げているという一面もある。

 

 

 

一方で、三高のピラーズ・ブレイクの戦績は女子一名、男子二名が明日の三回戦に進出する。

 

更に言えば三高の女子の次の対戦相手は深雪。一高の中では深雪の勝利は確定事項だ。

 

また男子の方も一人は三回戦の相手は雅季であり、今日の結果を考えれば雅季の勝利、そして雅季の決勝リーグ進出はほぼ間違いないだろう。

 

一回戦、二回戦ともに完勝してみせた雅季の実力は、一高にとっては嬉しい誤算である。

 

ちなみに男子の方で勝ち上がっているもう一人は当然ながら一条将輝。

 

雅季と将輝、二人とも明日の三回戦に勝てば決勝リーグで戦うことになるだろう。

 

 

 

「でも、そろそろ光井さんあたりが結代神社(ウチ)に買いにくるかも。その時は賽銭箱の方にも案内しよう」

 

「結代大社の場合、四十五円を入れるのが良かったんだよな?」

 

「そそ、始終御縁(しじゅうごえん)がありますようにってね。その為に日本で唯一の五円玉両替機を特注で用意しているわけだし」

 

「……本当、縁結びに関しては妥協しないよな、結代家は」

 

九校戦とは無縁の会話を交わす雅季と森崎。二人には自覚などないだろうが、一年男子の士気の支柱になっているのは間違いなくこの二人だった。

 

 

 

 

 

 

新人戦三日目のアイス・ピラーズ・ブレイクは、試合の順序が前日とは逆になる。

 

よって女子では深雪が最初の第一試合となり、男子では雅季が最後の第三試合となる。

 

その女子の方では第一試合で深雪が完勝、第二試合で雫が完勝とまではいかなくとも圧勝したことで、後は英美が勝てば一高の決勝リーグ独占という九校戦史上初の快挙達成が間近に迫っていた頃。

 

男子の三回戦第二試合もまた終了し、三高の一条将輝が深雪と同じく三度目の完勝を果たして決勝リーグへの進出を決めた。

 

そして、三回戦第三試合に出場する雅季は同伴の一人と共に控え室へ向かって歩いていた。

 

「三高が相手か。一条将輝が決勝リーグに勝ち上がった今、一高にとっては負けられない相手だ。一条将輝ほどじゃないだろうけど強敵なのは間違いないから、油断するなよ」

 

同伴しているのは森崎だ。

 

選手の一人なのでモニタールームまで入れるとはいえ、森崎が「腐れ縁」と公言している雅季に自分から付き添うというのは珍しいことだ。

 

或いは、スピード・シューティングでの優勝をもたらす結果となったあの助言で、“ほんの少し”ばかり心変わりがあったのかもしれない。

 

「ふむ、なら次は相手陣地を()()()()てみようかな」

 

「……」

 

「……いや、わざとじゃないから。俺も言ってから気付いたんだから、本当だぞ。ほら、鷽も(つつ)いてこないし」

 

「鷽が(つつ)いてくるって何だよ……」

 

冷たい目を向けてきた森崎に弁明する雅季。

 

試合直前だというのに相変わらず緊張感の欠片もないやり取りだったが、

 

(さて、と――)

 

雅季は視線を前方に向ける。

 

事前に縁を感じていた雅季は既にわかっていたが、森崎はそこで自分達の前方に他高の男子が二人立っていることに気付いた。

 

「あれは……」

 

自然と森崎の目が鋭くなる。

 

雅季達を待ち構えていた二人はどちらも三高の制服を身に纏っている。

 

そのうち一人の方は、森崎と面識がある人物だ。

 

「モノリス・コードの決勝戦前にまた会いましたね、森崎選手」

 

言葉自体は丁寧だが挑発的な口調で森崎にそう言うと、改めて雅季へと向き直り、

 

「結代選手は初めまして。第三高校一年の吉祥寺真紅郎です」

 

吉祥寺は自らの名を告げる。

 

そして、もう一人も雅季と森崎の方へ身体ごと向き直り、

 

「第三高校一年、一条将輝だ」

 

十師族が一条家の長男、一条将輝もまた自らの名を告げた。

 

 

 

「『クリムゾン・プリンス』……!」

 

森崎は無意識に将輝の二つ名を呟く。

 

その呟きは雅季の耳にも届き、ピクリと肩を動かす程度の小さな反応を示す。

 

だが森崎、将輝、吉祥寺の三人ともそれには気付かなかった。

 

森崎は闘志と警戒心を剥き出しに、吉祥寺と将輝の二人を見据える。

 

何せ相手は一条家の御曹司にして、隣の吉祥寺と同じく明日から行われるモノリス・コードの強敵。

 

現時点ではモノリス・コード優勝、新人戦優勝、そして総合優勝を争う最大のライバルと言っても良い。

 

一方の雅季は涼しげな様子で二人を見ており、森崎とは対照的だ。

 

「俺は第一高校の結代雅季。まあ、知っているみたいだけどね」

 

それは口調にも表れており、雅季の言葉はどこか友好的だ。

 

雅季の反応は予想外だったらしく、将輝と吉祥寺の目に意外感を携えた戸惑いの色が混ざる。

 

「一応、そっちとは初めましてだからな。森崎駿だ」

 

むしろ将輝の試合前に会った達也と同じような態度で答える森崎の方が、この場合では普通だろう。

 

「それで、一条選手と吉祥寺選手が揃って何の用だ? そっちの試合は終わったはずだろ?」

 

吉祥寺に感化され挑発的となった森崎の物言いに、将輝が答えようと口を開こうとして――その前に雅季が森崎を手で制した。

 

「いや、わざわざ出向いてきたんだ。用件なんて一つしかないだろ?」

 

森崎は横目で雅季を見遣り、軽く目を見開いた。

 

今の雅季は友好的ながらも真剣な目をしていた。

 

そう、バスの時と同じ、『結代』としての結代雅季の顔だった。

 

雅季は一歩前に踏み出して将輝の前に立つ。

 

今や誰もが認める優勝の最有力候補となった二人、将輝と雅季の視線が交錯する。

 

そして、雅季は静かに、だが力強く断定する声で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恋愛相談だな」

 

「そんなわけあるかぁぁぁああーーー!!」

 

そして、森崎のツッコミがものの見事に爆裂した。

 

 

 

完全に裏を掛かれた、というか予想外の返答で固まった三高の二人を他所に、一高では恒例となった森崎と雅季のいつものやり取りが続く。

 

「ここで! この状況で! 何で恋愛相談!? お前の非常識は今に始まったことじゃないけど、ぶっ飛びすぎだ!!」

 

「別にぶっ飛んでいないさ。『結代』を甘く見るなよ、駿」

 

雅季の思考回路を本気で疑う森崎に、雅季はさも心外と言わんばかりに答える。

 

「一条選手の目を見てみろ」

 

そして、視線を将輝の方へ向けて、

 

「あれは誰かに恋をしている者の目だ!」

 

「知るかぁぁぁあああーーー!!」

 

キッパリと断言した雅季に、森崎は力の限り叫んだ。

 

そして断言された将輝はというと、目が泳ぐぐらい明確な動揺を示していた。

 

「ま、将輝(まさき)?」

 

ようやく再起動を果たした吉祥寺が、将輝の様子に気付いて声を掛け、

 

「ん、呼んだ?」

 

「お前じゃない!!」

 

同じ名を持つ雅季(まさき)がそれに反応したが、森崎が否定する。

 

(赤い縁の紡ぐ先は……お、司波さんか。流石、輝夜さんによく似ているだけあってモテるねー。……司波さんの方からは無縁だけど)

 

『縁を結ぶ程度の能力』が、将輝が想いを寄せる相手、赤い縁の行き先を雅季に教える。

 

……その赤い縁も、お相手である深雪の周辺でバッサリと切られていて深雪には全く届いていないが。

 

だが、それこそ結代家の、『今代の結代』の見せ所。

 

深雪が相手ではとても厳しいだろうが、人に結ばれぬ縁など無い。

 

第一歩として、まずは深雪に知ってもらうことから始めるべきだろう。

 

「ふむ……相手は一高の生徒かな。だったら紹介できると思うけど」