モモンガさん、世界征服しないってよ (用具 操十雄)
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舞台設定 かわいそうなスルシャーナ様



 むかしむかし、六人の神様がこの世界に現れました。

 五人は人間のお姿をしていましたが、一人はスルシャーナ様という骸骨でした。

 六人の神様は魔物たちに苛められていた人間達を、魔法という力で助けてくれました。

 やがて、人間達は六人の神様に助けられ、大陸に人間達の国を作ります。

 人間達は六人の神様を六大神と呼んで崇め、信仰を捧げました。

 五人の神様は人間と子供を作り、寿命を全うして天に召されました。

 骸骨であるスルシャーナ様は、他の神様たちが天に還られた後も、仲間の子供達、孫達を見守り、慈愛に満ちた目で人間達を見守って下さいました。

 文化が発展し、知恵を付けた愚かな人間達が、スルシャーナ様を恐怖して排他的な目を向けても、その慈愛は変わりませんでした。

 スルシャーナ様は人間達の生活を邪魔しないよう、六大神がお住まいになられていた住処へお帰りになられました。

 いつしか百年の歳月が流れ、恐るべき八人がこの世界に顕現しました。

 彼らは八欲王と呼ばれ、偉い人しか使う事が出来なかった魔法を、位階魔法という名前を付け、一人でも多くの人間が使えるようにしました。

 魔法で力を付けた愚かな人間達の国は、争いが絶えない国に変わっていきます。

 これを悲観したスルシャーナ様は、大切な仲間の子孫を守るため、八欲王と話しに行きました。

 醜い八欲王たちは話など聞かず、攻撃を仕掛けます。

 殺されても何度となく復活を遂げていたスルシャーナ様は、いつしか姿が見えなくなってしまいました。

 その後、スルシャーナ様の拠点に住んでいた神々は、神様の死に激昂し、各地を暴れまわる魔人となってしまいます。

 この世界の変化と、友達の死に心を痛めた白金の竜王は、他の竜王を集め話し合いをしました。

 多くの竜王が八欲王の行動に怒り狂い、部下や他の魔物たちを集めて八欲王に戦争を仕掛けます。

 これが種族全てを巻き込んだ大抗争の始まりでした。


 スルシャーナ様と仲の良かった白金の竜王は、戦いを仕掛ける竜王達を止めましたが、怒りで我を忘れた彼らは聞く耳を持ちません。

 何日も何十日も続いた大戦争で、多くの犠牲がでました。

 しかし、殺されても蘇る八欲王の前に、竜王達は一人、また一人と倒れていきます。

 戦争に勝った八欲王たちは、やがて大陸の支配者となったのです。

 ですが、繁栄は長く続きませんでした。

 醜い強欲を剥き出しにした彼らは、互いの宝を奪い合うために争います。

 遂にその闘争も終わりを迎え、愚かな八欲王は一人だけになりました。

 白金の竜王は六大神の子孫達と協力し、残された八欲王に戦いを挑みます。

 依然として強い力を持つ八欲王でしたが、消耗した彼に勝ち目は無く、最後は白金の竜王が始原の魔法で八欲王を滅ぼしました。

 八欲王が住んでいた浮遊都市は、都市内の魔人を刺激しないようにそのまま放棄されました。

 六大神の子孫は白金の竜王と協定を結び、スレイン法国を建国します。

 こうして六大神の子孫と八欲王の子孫を含む人類で、大陸が分かれたのです。

 各地を暴れまわっていた魔人たちは、神の力を受け継いだ者と十三英雄によって倒され、この世界に平和が訪れたのです。






 頭髪と両目の色が白と黒に別れた少女は、読んでいたおとぎ話を閉じた。人間愛を語る宗教国家、スレイン法国が誇る最強の部隊。都合の良い捏造が盛り込まれた本など、数か月に一度読む程度で十分だと、無造作に何処かへ放り投げた。

「ふー……退屈」

 既に物語への興味を失い、漆黒聖典番外席次は”ルビクキュー”を手の中で弄ぶ。静寂が支配していた室内に、玩具が嬲られる音がかちゃかちゃと流れた。

「可哀想なスルシャーナ様。馬鹿な奴らなんて放っておけばよかったのに……どうでもいいけどね。はぁーあ、私の王子様はいつ現れるのかしら」

 玩具から視線が外れ、贅肉のない腹部に移った。当然、中には何も入っていない。

「子供、作らないと勿体ないし」

 彼女は彼女なりに王子様の夢を見る。白馬に跨った王子様ではなく、世界最強の自分を殺しきれる強者を。理想的な出会いの舞台も決まっている。血で血を洗う凄惨な戦いこそ望むところだ。悲劇的な血の交じり合いという奇跡の末に誕生した化け物、その彼女からすれば極めて個人的な悲願だった。

「これが完成する頃には会えるといいな……あ、一面出来た」

 手の中に収まる”ルビクキュー”は、緑の一面だけ揃っていた。

 全ての面が完成する目途は立っておらず、現段階では完成など夢のまた夢だった。飽きた彼女は玩具を放り投げ、窓から階下を見下ろした。大神殿の私室から見下ろす夜景には、たくさんの街灯が集まって国民の日々の営みを映し出す。きっと、彼女とは関係ない人間が恋をして、結婚をして、子を産んで死んでいくのだ。いつも通り、自分には関係ない景色をぼんやりと眺めた。じきに何事もない一日が終わり、太陽に追い立てられる短い間、世界を支配する夜が訪れる。

「はぁ……退屈……戦争でも起きればいいのに」

 少女の部屋にしては簡素な部屋で呟いた。 呟きは窓に衝突して静寂を際立たせた。退屈な顔で窓から階下を見下ろす彼女は、深窓の令嬢に見えた。

王子様を待つお姫様は、意味もなく夜空を見上げる。


 半月は夜に坐し、時が満ちるのを待っていた。




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0日目



 DMMORPG、通称「ユグドラシル」のオンラインサービス終了を受け、数年前に引退したゲーム内の友人から送られてきたメール。HN(ハンドルネーム)モモンガこと鈴木悟のメールを開くと、ゲームの思い出が走馬灯のように大脳皮質を巡った。それは、ゲームをともにプレイした41人へ向けての招待状だった。

 ともにゲームをプレイしたのは短い時間だ。他の仲間に比べて印象が薄いであろう自分でも、せっかく呼んでもらったのなら参加すべきかと、HN(ハンドルネーム)ヤトノカミこと真島平也は悩んだ。どうせ他に面白いことなど存在しないと、早々に心は決まった。

(せっかくだから……最後に遊ぶなら何をしようかな)

 翌日に迎える最後の時に備え、高齢の母親が寝ているのを確認してから布団へ潜った。





 幸か不幸か、通勤している会社での立場はここ最近で急激に悪化していた。帰宅時間は十分に早かった。予定通り、痴呆の母親を強引に宿泊可能な施設へ預けた。己を縛る鎖から解放され、自由の身となった彼が浮かれて帰宅し、ゲーム内にログインできたのはサービス終了5時間前のことだ。

 ゲーム画面は荘厳な造りの廊下が広がっており、物語に出てくる神殿を思わせる。ゲーム内の建造物なので当然だが、掃除は丁寧に行き届いていた。廊下の次元が歪み、角を生やした大蛇が現れた。

「本当に久しぶりだな、このアバター見るのは」

 彼の利用していたゲーム内の分身(アバター)は、両腕が生えた大蛇の姿をしている。全身を群青色の鱗に覆われた蛇の胴体、頭部には雄鹿を思わせる赤い角が生えていた。足は生えておらず、尾がくねくねとのたくった。

 種族アバターは蛇神で、頭部に刀装備が可能だった。その気になれば武器が3つも装備できる。現在、何も装着されていない額は、目を90度回転させたような裂け目が開いていた。

 汗水と時間、現金(リアルマネー)まで消費して作成した神器(ゴッズ)級装備は、引退時に宝物殿に預けてある。手ぶらの蛇神は久方ぶりに見る自分のアバターを頭の上から尾の先までじっくり眺めた。

 額に開いた小さな裂け目が、彼に何かを連想させた。

「装備品が無いと、アレみたいだな」

 誰もいないのをこれ幸いと、下品なことを呟いた。むしろ誰かがいても構わないとさえ思っていた。運営規定には引っかからず、アバターに変化はない。

「さて、まずは骸骨さんを探しに行きますか。他のみんなも来てるのかなぁ……」

 少し先に見える円卓の間へ向かった。

 望み薄だとわかっていたが、他の仲間にも会いたかった。





 中心に巨大な円卓が置かれ、周囲を取り囲むように椅子が並べられている豪華な広間は、国家首脳会談で使用されてもおかしくない造りだ。久しぶりに再会した死の支配者(オーバーロード)と蛇神はしばし歓談した。

「久しぶりだね、ヤトくん」
「水くさいッスねー。ヤトでいいですよ」
「あぁ、そうだった。久しぶりだね、ヤト」

 ギルド名アインズ・ウール・ゴウンは複数の加入条件が存在し、ヤトノカミは加入当時20歳になったばかりであった。最盛期の人数41人の中で、彼の加入は後期に分類され、引退も早かった。41人いる仲間の大多数より年下の彼は、相手に敬語を使われるのが苦手だ。初対面の相手に気さくな口調を強要し、真面目で固い性格のギルドメンバーに怒られた経験もある。それが面白いし、何よりも楽だからだ。

 やまいこはよく徒に刺激され、同士討ち(フレンドリーファイヤ)禁止にも拘らずよく追い掛け回したし、ヤトも無駄に楽しく逃げた。

「モモンガさんはどうですか? 特にお変わりないッスか?」
「そうだね、俺は昔と変わってないよ」
「それはよかったです。俺の方は色々ありまして……」

 後輩の責任を取ったために、窓際の閉鎖部署に回されたこと。同居する母親が認知症を発症し、結果だけ鑑みれば帰宅時間が早くて助かっているなど、雰囲気が暗くならないよう注意しながらモモンガに打ち明けた。

 久しぶりに再会したというのに、下らない愚痴を言っている自分が情けなかったが、存分にため込んだ不満は風船から逃げ出す空気のように、漏れ出したら自分でも止められなかった。

 モモンガは文句も言わず、彼の話に相槌を打ってくれた。

「俺には家族がいないからわからないけど、たった一人の家族なんだよね」
「いや、そんなに大それたもんでもないスよ。人は死ぬ前に弱るから、できることをするだけです」
「そうだね。でも、元気そうでよかったよ。いつ誰が体調を崩してもおかしくないからね。ガスマスクが無いと外出さえままならないから」
「まぁ、それは変わらないかと思いますよ。ところで、玉座にNPC全員集めて記念撮影しません? スクショですけど」
「面白いね、それ。あと4時間で終わってしまうんだよな……本当に楽しかったなぁ……」

 ヤトは泣く顔のスタンプを出す。

「そんなにしんみりしないで、次のゲームがありますよ。さぁモモンガさん、宝物殿に行きましょう! 装備を取りに行きたいんで、付き合ってください」

 腕を上げてガッツポーズをし、モモンガを促した。

(次のゲーム、か。でも……みんなには会えないんだよ)

 嗅覚の鋭い蛇でも、ギルドマスターの寂しい内心は嗅ぎ取れなかった。

「行こうか、宝物殿に」





「おぉ、久しぶりだな。パンドラズ・アクター!」

 モモンガが作成した変幻自在のNPC、ネオナチSSの軍服を着たパンドラズ・アクターは、魔法職最強だったウルベルト・アレイン・オードルに化けていた。

「これってどんな設定でしたっけ?」
「……あまり言いたくない」
「最後ですよ、ほらほら」
「……最高峰の知能を持ち、仲間の能力を80%まで使用できる、だよ」

 仲間の姿を永久保存する役割を担っていたのだが、そこまでは言わなかった。仲間が精魂を込めたNPCは覚えているが、自分で作ったとなれば話が別だ。モモンガの黒歴史は軍人並みの直立不動で彼らを見ていた。

「やっぱり格好いいなー、バフォメット。俺も素早さを優先しなければ悪魔にしたのに」
「誰よりも早く突っ込んでいって、すぐやられてたよね? 素早さを優先すれば他の耐性が落ちると、わかっていたでしょうに」

 徐々に当時の記憶が照り返し(フラッシュ・バック)したモモンガは、怒り顔のスタンプを出す。

「あー、それは反省してないッス。それが生き甲斐でしたから。レース形式のクエストがあれば、俺が大活躍でしたね……そんなのありませんでしたけど」
「ワールドクラスでも敵に、あっさり殺されるのはどうなんだろう……」
「あははー。……ところでスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンはどうしました?」
「置いてきたけど、どうかしたの?」
「格好いいじゃないスか。玉座に行く前に装備してくださいね?」

 「はいはい」と片手をあげたモモンガは宝物殿に入っていき、大蛇も後に続いた。二人はすぐに戻ってきた。大蛇は赤と黒で彩られた大鎌を掲げ、過去でも振り返るように自慢を始めた。

「見てください、この赤黒い大鎌(デスサイズ)! ウルベルトさんに協力してもらってやっと取ったんですよ。素材が面倒で面倒で、おまけに敵が強くて」
「君が弱いんだよ……職業はよく考えて取ろうね」

 精魂込めて作成した装備は久しく見ておらず、それでもまともなNPCも作らずに入れ込んだ装備品だ。思い出が蘇ったが、蜃気楼のように揺らいで消えた。機嫌を良くした大蛇は盛り上がり、懐かしさも手伝って、気分が高揚した。

 モモンガからしてみれば、宝物殿で過去を懐かしむときに見ていたので今さら何をという感情が強く、彼の対応は冷めていた。

「おでこに装備してあるこの刀はデザインを建御雷さんに協力してもらって」
「だから知ってるって」
「一見して弱そうな小太刀ですが、実は耐性強化と負属性特攻が入ってて」
「知ってるつーの、しつこいな」
「ではこの」
「もういいよ」

 脳へ直結している機械から通知音(アラート)が聞こえ、仲間のログインを知らせるメッセージが表示された。会話を切るには最高のタイミングだった。

《ヘロヘロさんがログインしました》

「おお、ヘロヘロさんだ」
「円卓の間に移動しよう」





「いやー、ナザリック地下大墳墓がまだ残ってるなんて、思いもしませんでしたよー」
「あ、ナザリックはみんなで作ったギルドですからね」

 ヘロヘロの発言に、大事に思っていたのは自分だけなのだろうかと疑問に思う。ヤトは間違いなく彼よりだろう。みんなで作り上げたギルドなのに冷たい対応だと、モモンガには思う所があった。

「ヘロヘロさんも引退した口でしたもんね」

 41人いたギルドの仲間たちは、大半が引退してゲームを去った。現実世界で夢を叶えた者、家族のために諦めた者、単純に飽きた者、仕事が忙しくてログインできなくなった者、それぞれの理由は違えど、現実での生活を優先する気持ちはわかっている。

 それでも、いつか誰かが帰って来てくれる希望は捨てられなかった。モモンガの現実には友人も、家族も、恋人も存在しない。感傷に痛めつけられるモモンガの心情を、楽しく笑う二人が理解しているのかは怪しかった。

「そうそう、転職を機に引退したから、何年振りだっけな……」
「仕方ないですよ、リアルがないと生きていけませんから」
「あんなクソみたいな世界でも、それなりに色々ありますもんねぇ」
「メイドのAIだけ作って暮らせるわけじゃないから……そうしたいのはやまやまだけどね」

 三人はしばらく昔話に花を咲かせた。時の流れは早く、ヘロヘロは時間の経過に気付く。

「あぁ、もうこんな時間か。二人とも、明日は朝が早いので、私はそろそろ……明日の仕事で使うプログラムの予習もしないといけないし」
「えっ? 帰っちゃうんですか?」
「まぁね。二人とも、今日は会えてよかったです。次にお会いするときは、ユグドラシルⅡとかだといいですね」
「是非! またゲームしましょう、ヘロヘロさん」
「お疲れ様ッス!」

 ヘロヘロと呼ばれたスライム種、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)消え去った(ログアウトした)。時刻は23時を回っていた。

《ヘロヘロさんがログアウトしました》

 通知音(アラート)で寂しさが際立ち、二人はしばらく黙っていた。

「……またどこかで……か。どこで会えるんだろうね」
「他に誰も来ませんね。11時だというのに」
「……仕方ないよ、リアルを優先するのは当たり前だから。夢を叶えた人や、まだ夢に向かって走っている人もいる」
「そう、なんですけどね。あ、モモンガさん。NPCを集めませんか? 可能な限り全て。分担すれば間に合いますよ」
「そうだったね……やろうか。最後なんだし」

 初めてモモンガは、死の支配者とは思えない明るい声をだした。

「じゃ手分けしましょう。俺は上層階で、モモンガさんは下層階のNPCで。ヴィクティムも呼んでくださいね」
「エクレアは?」
「エクレア……裏切りペンギンでしたっけ? 餡ころさんもいい趣味ですよね。いいじゃないですか、呼びましょうよ」
「……恐怖公は?」
「呼ぶに決まってるじゃないですか」

 「あはは」と、蛇神は感情を込めずに言葉だけで笑った。

「そうだね、じゃ時間もあまりないし、行こうか」

 二人は指輪の転移機能で持ち場へと移動していった。一足先に、モモンガが玉座の間へ到着した。居並ぶ守護者は指示に従って赤いじゅうたんの側へ跪く。ヤトが残りのNPCを引き連れて戻れば、さぞや荘厳で神話のような光景が広がるだろう。

「意外と早かったな。ヤトはまだ来ていないようだし」

 ふと隣を身えば、水晶で作られた玉座の横で、純白のドレスに漆黒の翼を生やした美しい淫魔(サキュバス)が微笑んでいる。

「アルベドか……どんな設定だったかな」

 このあと、創造主により作られた長い設定と、最後の一文《ちなみにビッチである》を不憫に思ったモモンガは、その一文を改訂する。《モモンガを愛している》と。自分でやっていてどうかと思い、恥ずかしくなって淫魔の顔を見れなくなった。誤魔化すように渇いた笑い声を出した。

「はは……何やってんだか、俺は。……これで本当に最後か……みんなもう少しで消えるんだ。寂しいなぁ……過去に戻れたらいいのに。またみんなに会いたいなぁ……」

 小声で呟いた彼の声が、すぐ隣で静かに佇む白い淫魔に聞こえたかどうかは定かではない。それが後々にどんな効果を生むかなど、誰にも予測のしようがない。

 ヤトはそれからすぐに玉座を訪れた。





 赤い絨毯が玉座へと伸びる荘厳な最下層にて、ヤトはモモンガへ役割演技(ロールプレイ)を促す。大量の僕が跪いて動向を窺う玉座の間、赤いじゅうたんを大蛇はゆっくりと進んでいく。

「さぁ、始めましょう、王様」
「うむ……ゴホン! よくぞ帰還した! 我らアインズ・ウール・ゴウンの切り込み隊長よ!」
「留守にしてしまい申し訳ありません。我らナザリック地下大墳墓の悠久なる支配者」

 入口から玉座へと伸びる赤い絨毯を、努めてゆっくりと進み、玉座付近で跪いた。両側で跪く守護者達も合わせ、いっそ清々しいほど美しい眺めだった。

「我らの作り上げたナザリック地下大墳墓は永遠に不滅だ! お前は私の大切な剣だ。これからも私の為に生き、私の為に死ね」
「お望みとあらば、自らの首さえも掻っ切ってみせましょう。自分の命さえも、モモンガ様のために献上して見せます」

 一瞬の閃光が走り、シャッター音が響きわたる。スクリーンショットで保存し終えたヤトは、立ち上がって成果を確認した。

「まぁ、こんなもんかな。スクショの保存はできました。ありがとうモモンガさん」
「後で俺にも送ってね。こうやってNPCを並べると、なかなか壮観だね」

 しばらく、沈黙が場を支配した。

「……モモンガさん。次に何かゲームやるときは必ず誘って下さい」

 ヤトは直に消え去ろうとする過去の風景、ゲーム内の思い出に感銘を受け、少しだけ目を潤ませた。仮想現実の体ではなく、現実世界の黒い瞳に潤いの膜が張る。もっと早く復帰していればという後悔、明日から何の価値もない日常に戻るという寂寥が、最後の最後でヤトの胸に溢れた。

「わかった。また一緒に遊ぼう、ヤト」

 気持ちを汲んだかは定かではないが、モモンガはヤトが聞きたい言葉を発した。

「もう時間ですね。さようなら、モモンガさん」
「うむ、苦しゅうない。さらばだ、盟友(とも)よ」

 感傷的な二人は軽く笑い合った。

「ああ……本当に……楽しかったなあ」
「そうですよね……」

 未来を歪める何者かの手が届く0時まで、一刻の猶予もない。

 現実世界で取るに足らなかった二人の運命は、日付の変更をもって捻じ曲がっていく。


 それを知るものはいない。





【挿絵表示】


【挿絵表示】




主人公の種族→1d4・1鳥・2蛇・3狼・4蛾→2
パンドラを作ったモモンガの意図に気付く5d20>25以下→31
混乱から復帰 1d6 偶数モモ 奇数ヤト→3


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こんにちは、異世界



《おかえりなさいませ、ヤトノカミ様!》

 声は轟音となって玉座の間に響き、モモンガとヤトの体を物理的に震わせる。守護者達は一斉に声を上げた。彼らの暑苦しいほど強い眼差しは、「キラキラ」と効果音を発していた。無表情だった彼らは、嬉しそうに彼らを眺めている。

 モモンガはアンデッドが所持する精神の沈静化を繰り返し、ヤトは思考停止して固まっていた。

「あ、………あのぅ……マップ・時計とか消えてんですけどー……?」

 一足先に意識が復帰したヤトが、沈黙に堪え切れなくなって声を発した。周囲を伺いながら控えめかつ小声でモモンガに問う。不安に満ちたヤトの声で、精神の沈静化を繰り返していたモモンガも動き出した。放射線の如き熱い視線は止んでおらず、モモンガは極度に緊張しながらも応じた。

「サーバーダウンが延期? しかし、NPCが声を……運営からは何も来てなかったし」
「これ、サーバーがどうとかじゃなくないですか……?」
「モモンガ様、ヤトノカミ様、どうかされましたか?」

 アルベドの声で支配者たちは目を上限まで見開き、瞬間的に声のした方へ顔を向けた。

 玉座の隣に立っていた白い淫魔が、モモンガに近寄っていく。モモンガはそんな指示を出しておらず、思わず身構えた。露出された白く豊かな胸は、姿勢よく歩く彼女の動きに合わせて揺れ、視界一杯に胸の谷間が入った。モモンガは改めて精神の沈静化を行なった。下品な事で精神の沈静化を使う自分が恥ずかしかった。

「いや、コンソ……」

 急に言葉が途切れたので、アルベドの目は不安が濃くなる。反射的に鈴木悟の優しい声で応えていたので、改めて声色を支配者らしきものに仕切り直した。

「いや、GMコールが利かないようだ」

 件の淫魔はモモンガの発言が理解できず、二歩下がって跪いた。

「申し訳ありません。愚かな私には《じいえむこおる》が何かわかりかねます」
「いや、気にするな、忘れてくれ……ヤトノカミ」
「なんでしょう……モモンガさん」

 ヤトはどう答えるのが最適なのかわからないままだ。元より役割演技(ロールプレイ)は苦手な部類に入る。先ほどの切り込み隊長という言葉も、適当に記憶から拾ってきただけだ。

「何か気が付いたか?」
「何か……起きてますね、何かが」

 様子のおかしな支配者たちに、赤い絨毯の両脇に並んでいる守護者・僕たちもざわめき始める。未だに彼らの考えていることがわからない。NPCを集めたことが災いし、身動きすらまともにできない膠着状態に陥っていた。進退窮まった事態を打破すべく、モモンガは困窮の末にその場しのぎの妙案を思いついた。

「守護者たちよ。己の守護階層・及び領域内全てを、僕を総動員して協力・連携をとり、隅から隅まで異常がないか調査せよ。その後、階層守護者に報告し、各階層守護者は私に報告、ヴィクティムの階層確認はアルベドが支援せよ」
「仰せのままに」

 傍らに佇むアルベドは、守護者統括として皆を代表して返事をくれた。

「セバス」
「はっ、御前(おんまえ)に」

 白い髭を生やした身なりのいい執事が一歩前に歩み出た。

(命令して……大丈夫だよな?)

 支配者たる悠然とした振る舞いとは裏腹に、心の器は溢れんばかりの不安で満ちていた。しかし、どれほど迷おうとも、今はやってみるしかない。

「プレアデスを連れてナザリックを出ろ。周辺地理を1km範囲まで確認・捜索・索敵を行なえ。特に知的生物との接触には細心の注意を払い、丁寧に交渉をした上でナザリックに連れてこい。報酬は言い値で構わん。交渉が決裂するようであれば即時撤退、無傷で情報だけを持ち帰れ。何より優先すべきは情報だ、交戦は愚策と知れ」
「畏まりました、モモンガ様」
「総員、行動開始。私とヤトノカミは円卓の間で話がある。守護者級のものが代表して報告にくるのだ」

 事態は切迫している。誰かの返事を待つことなく、二人は目で合図をして円卓の間へ移動した。





 支配者たちのおわす円卓の間。モモンガ、ヤトの両名の会話は弾んでいない。沈黙の中、腕を組んで頭を悩ませている。彼らにお茶を出すメイドはナザリック内を散策中で、円卓上には何も乗っていない。部下の目がない場所で打ち合わせをしようと思ったまではよかった。異世界転移という異常事態を受け、何から手を付けていいのか考えあぐねていた。

 またも沈黙に堪え切れなくなったヤトは、言葉の石礫(いしつぶて)を投げつけた。

「……どう思います?」

 冷静なモモンガも応じた。

「……NPCは意志を持っているとしか思えない。あんなに大量のNPCを運営が動かすとは考えられないし、ログアウトもコンソールが開かない以上はどうしようもない」
「異世界へ転移ですか……?」
「その可能性が高い……かな」

 ヤトは考えることを放棄し、モモンガに従おうと勝手に決めた。あとは好き勝手に提案すればいいのだから、楽な立ち位置だ。

「夢ですかね? ちょっと外を散歩でもしません?」
「それはだめ。もし異世界に転移していたのなら強い敵に出会った場合、そのまま死亡という可能性がある。敵のレベルもわからないから」
「まあ、そうですよね。全てがレベル100ってことはないでしょうけど。いや、でも……こんな事が現実に起きるとは……」
「対応としては、事実関係が把握できるまで異世界転移と判断かな。そうなるとNPC達が襲って来ないとも限らないけど」
「エクレアとか?」
「バードマンLV1なんかどうでもいいよ……」

 部下がいない場で支配者としての振る舞いはせず、モモンガは気楽な口調に戻っていた。

「正直、もう死んだって構わないスけどね。現実に戻っても誰にも必要とされないし、俺はもうリストラ候補だし、ボケて徘徊している母が一人だし、クビになったら文字通り首括った方がいいかなと。そんな世界に何の未練が……」

 蛇は生き血を滴らせるかのように、つらつらと心情を打ち明けた。働けなくなった人間は死ぬしかない。そんな世界で彼の気持ちは共感できた。気になるのは一つだけだ。

「母親は?」
「気にならないわけではないですけど、ボケる前に言ってたんですよ。私は見捨ててもいいから、必ず幸せになれって」
「本当に?」
「……まぁ、言ってたのは本当ッスね」

 それ以上は追及しづらい話題だ。かつて共に時間を共有した仲とはいえ、立ち入った話題に入り込める関係ではない。

「そっか、俺も同じだよ。家族はおろか、リアルでは友達すらいないから。誰にも必要とされてないのは、母親に手間をかけることすらできない俺の方だと思うよ。営業マンっていっても所詮は沢山の消耗品、歯車の一つだ。俺みたいのは社会から消えても気づかれないさ」

 モモンガの眼窩には暗い闇が広がっていた。

「友達は……俺が居ますよ」
「ああ……そうだよね」
「……」
「……」

 久しぶりに再会した両者は、相手が自身へ抱く感情に自信が持てず、相手の心を目隠しで探すような会話をしていた。異形種となった相手の感情を外見から読み取るのは困難を極め、互いの心を伺う二人には沈黙が流れた。

 大蛇は思考放棄し、甲高い声で静寂を打ち破った。

「モモンガさん、これってハッピーエンドですかね」
「何がハッピーかはわからない。おまけにエンドじゃなく始まったばかりだし、この世界で死んだらそのまま死ぬ可能もあるからね」
「真面目ッスね! モモさん!」
「当面は情報収集に当たろう。あとNPC達の忠誠の確認とか。ていうか……魔法って使えるのかな……」
「あーモモンガさん? リアルで魔法使いになったからって、プックク」

 ヤトはわざと吹き出した。蛇に笑いという感情は存在しない。所詮は愛想笑いだが、挑発行為で相手を怒らせるのは悪い癖だが、結果的にモモンガの心は少しだけ晴れ、二人の間に浮いていた重たい空気は溶けた。

「そういう意味じゃないよ」
「それにしても随分と冷静ッスね」
「アンデッドは精神作用に耐性があるからかもしれない。動揺すると何かに抑圧されたように落ち着きを取り戻す。精神の沈静化っていうか」
「そりゃ羨ましい限りで」
「ヤトだって冷静じゃないか。何の反応もなかったし」
「うーん……何て言うか、人間だった時より鈍くなってますね。夜の湖に石を投げたみたいな。まだ体に馴染んでないんでしょうか。暴走モードとかあったらどうしましょう」
「よくわからないよ……しかし、違和感があるなぁ。俺もヤトも普通に話しているのに、口の動きと合ってない」
「アバターの特殊性ですかね。他のNPCはどうなんでしょう」
「アルベドの口と言葉は合っていたよ」
「美人でしたね」
「……そうだね」

 二人は雑談や冗談を交えてしばらく会話を続けていた。





 階層守護者たちは報告のために円卓の間を訪ねた。同じプレイヤー同士で話は尽きることはなく、話し足りなかったが彼らを無下にできない。最初の守護者シャルティアは、入室してその場で跪いた。

「シャルティア・ブラッドフォールン。御前に」
「ご苦労だったな、シャルティア」

 モモンガの支配者に相応しき声色の褒め言葉を受け、頭を下げていたシャルティアは紅潮した顔を上げた。

「あぁ……愛しきモモンガ様、私が支配できぬ愛しき君」

 少女の容姿に反して艶っぽい吐息で、モモンガの首に向けて両手を伸ばして迫った。ヤトは揺れる彼女の銀髪から、さぁぁっと銀色のハープが奏でる美しい幻聴を聞いたような気がした。幻聴を聞いていないモモンガは、突然に抱き着かれて激しく動揺している。

「ちょっ、お、お」

(おぉ! フラグ発生の瞬間だ!)

 変な声を上げて動揺するモモンガを、隣の蛇は面白そうに見守った。

「失礼します、アウラ・ベラ・フィオーラ……ちょっ、ちょっとシャルティア! モモンガ様に何してるのよっ!」
「同じくマーレ・ベロ……あ、あれ? お姉ちゃん、落ち着いてよぉ!」

 第六階層守護者であるアウラ・ベラ・フィオーラ、同じく守護者であるマーレ・ベロ・フィオーレが肩を並べて入ってくるが、モモンガにべたべたするシャルティアを確認したアウラは、駆け出して飛び蹴りを食らわせ、突然に走り出した姉に弟は動揺しながら追従した。足蹴にされたシャルティアは無様に回転しながら壁に激突した。

 アウラの足が少しだけ右に逸れていれば、モモンガもろとも椅子が倒れただろうと、ヤトは心の中で残念がった。どうやらラブコメ的などたばた物語の様相を呈しているので、血みどろの惨劇の物語ではなさそうだ。

「いたい! ちょっと何するのよ! せっかく我が君に愛の睦言を――」
「あんた、何言ってんのよ! 至高の方々が会議で使う大事な円卓の間よ! 私達みたいな守護者は入れるだけでも恐れ多いのに、無礼な真似をするなんて信じらんない!」

 モモンガとヤトは言い争う二人の守護者を見て、実の姉弟であったギルドの仲間を思い出した。

「失礼いたします。遅くなり申し訳ありません。第七階層守護者、デミウルゴス、御前に」

 ウルベルトが智謀の悪魔であれと創造した階層守護者、デミウルゴスは言い争うシャルティアとアウラを見て、やれやれと眼鏡を正してため息を吐いた。

「マーレ、デミウルゴス、ご苦労であった」

 言い争う二人を無視して、モモンガは両名を労う。そうしてマーレとシャルティアはバックミュージックとなった。室内で彼女らの喧騒は良く響いたが、無視できないほどではなかった。

「失礼します、守護者統括アルベド、御前に」
「うむ。シャルティアとアウラもその辺にして席につくがいい。特に席順は決めていない、好きな席に座りなさい」
「申し訳ありません!」
「申し訳ありません!」

 創造主が姉弟の影響もあるのか、謝罪の声は驚くほど一致していた。

 アルベドはさも当然とばかりにモモンガの隣へ腰を下ろし、アウラと喧嘩していたばかりに先を越されたシャルティアは、歯をギリギリと鳴らした。隣の席はヤトが座っているので、椅子取りゲームの枠は一つしかない。

 その少し後、コキュートスが来て階層守護者は全て揃った。場を繋げる話をせず、セバスを呼び戻して下界の報告を聞いた。

(席はたくさん空いているのに、何で俺たちの方に集中して座るんだ……?)

 二柱の支配者は、同一の疑問をぼんやりと浮かべた。





「草原?」

 モモンガの眼窩に妖しい光が宿り、顎は少しだけ開いていた。

「はい、かつてナザリックがあったはずの沼地は見当たらず、広大な草原が広がっております。北の方角に森林を確認致しました」
「そうか……やはりナザリックに何かが起きているようだな。アルベド、デミウルゴス」
「はっ」
「強固で柔軟な情報共有システムを構築し、不測の事態、特に未知なる敵対者の想定に備えよ。全階層、ナザリックの警戒を2段階引き上げてくれ」

 その後、マーレにナザリックの隠蔽を指示し、モモンガはヤトを見つめた。ヤトはモモンガの意向を理解して頷き、努めて穏やかに声をあげた。役割演技(ロールプレイ)に自信はなかったが、先ほどまでのモモンガを参考に、自分なりに演じはじめた。やってみれば何とかなると軽く見ていた。

「ゴホン! みんな、俺は帰還する事ができた。しばらく留守にしてすまなかったな。これから先、私が消えることはない。安心してくれ」

 モモンガのようなロールプレイは苦手な彼は、それが限界だった。彼らからの返答はなく、心中で冷や汗が流れる。無言は受け取り手に雰囲気を読み取る力を要求するが、蛇の知性はかなり低かった。

(え? 何これ? 俺、嫌われてんの?)

 一部の守護者が震えているのを確認し、喜んでいるのだと勝手に判断した。それ以上は考えなかった。

「守護者達、階層の警戒にあたれ」

 モモンガの声に彼らは一斉に返事をし、円卓の間を後にした。





 二人きりになった途端、モモンガは机に突っ伏して大きなため息を吐いた。毛の生えていない白磁の頭部は照明で白く光っていたが、隣のヤトは何も言わなかった。

「疲れる……NPCたちは忠誠を誓っているのかな? 俺たちについてどう考えているのか聞けばよかったかも」
「うーん、大丈夫じゃないッスか?」

 偉そうに腕を組む大蛇は、器用に椅子にもたれ掛かりながら答えた。

「他人事だと思って……やっぱり不安だ」
「あんまり心配ばかりしてると、胃が無いのに胃潰瘍になりますよー?」
「冗談じゃなく、本当になりそうだよ……」

 守護者達の忠誠を考えれば杞憂なのだが、慎重な彼に気にするなというのも難しい。

「忠誠心が心配なら、各階層を単独で確認するしかないッスね。恐怖公やニューロニストみたいな五大最悪の部屋まで余すことなく」
「うっ、それはご遠慮願いたいな。NPCならともかく、生きているとなれば話が別だ」
「屋外の状況を自分たちの目で見たくないですか?」
「……確かに、どうなっているのか気になる。その前に自分の部屋に行こう。体を確認したいから」
「肉の無い骨の体ですもんね。人のことは言えませんけど……俺は鱗だらけですから。薬をやることなく、文字通り人間やめちゃいましたねぇ」
「体の確認が終わったら、空の散歩と行こうか」
飛行(フライ)使えねえッス」
「使えるアイテムがあるから平気だよ」

 やっと気が抜けると思い、意気揚々とドアを開いた二人だが、室外で待機をしていたプレアデス2名に付き従われた。重い忠誠に不慣れな二人は、視線を意識して歩く姿もぎこちなく、かなりの時間を費やして自分名義の部屋へ入った。





 モモンガの自室についても、黒髪夜会巻きのメイド、ユリ・アルファはいつまでも付き従った。放っておくと永遠に追従されそうだと、モモンガは声を掛けた。

「ユリ・アルファ。私は自らの体を確認する、席を外せ」
「畏まりました、部屋の前にて待機しております。何かあればお声かけを」
「すまないな……」
「いえ、お気になさらず。それでは、失礼致します」

 ユリは姿勢を崩さず、静かに部屋を後にしていった。歩く姿は百合の花という言葉が脳裏に浮かんだ。閉まったドアに安心してため息を吐き、興味深そうに新たな白磁の肉体を触りはじめた。

 寸分違わず同時刻、ヤトノカミの自室にて、同様の会話が繰り返されようとしていた。

「ルプスレギナ、ちょっと体を確認するから外出て」
「お手伝いは必要ありませんか?」
「男性の恥ずかしい所まで見るから、出ることをお勧めする」
「はっ! はい! 申し訳ありませんでッス!」

 ルプスレギナは顔を赤くして扉の外へ走った。「私も見たいッス!」と言われたらどうすればいいのか心配していた大蛇は、安堵のため息を吐いた。


 一人になってから確認したところ、モモンガは食欲・睡眠欲を感じず、性欲は人間の時に比べ激減していると知った。感情の起伏はあるが、何かに抑圧されたように沈静化される。これを感情の抑制化、あるいは精神の沈静化と名付けた。

 試しに先ほどのアルベドを思い浮かべて動揺を引き起こすも、やはり沈静化されてしまい、平常時の冷静な精神状態へと移行した。賢者のように頭が冴えている感覚に類似する現象は知っているが、下世話な方向へ動きかけた思考を厳しく律した。

「実戦使用せずに無くなっちゃったか……」

 冷静沈着なモモンガの呟きは誰にも聞えなかった。


 少し離れた部屋で、ヤトは三大欲求が弱体化していると感じていた。感情の起伏も感じず、喜怒哀楽を感じるのか不安だった。長すぎる冬眠から起きた蛇のようで、思考の動きも鈍かった。

「どうも変だな。感傷が無いというより、笑いたいのに笑いがでないというか。でも期待してワクワクするというのはどういう事だ? 喜びや楽しみはあるのか? じゃあなぜ笑えないんだ? まさか……引退するというのはアバターを冬眠させるということなのか?」

 まるで一から構築されたクローンのように、体と頭の動きが鈍い。試しに過去の嫌な記憶や現実に残した親を思い出してみるが、やはり悲しみや怒りは感じなかった。把握しきれない何かが残っている気はしたが、検証は後回しにされた。彼は人間だった時から思慮深く行動することが苦手だ。

「動揺や困惑はどうなんだ。まさか二度と本気で笑うことができないのか? マジかよ……全て愛想笑いになるのか。なんか半端だなぁ……あ、男にとって重要な下半身はどうなった?」

 下半身を確認した彼は、人間だった頃と大きく変わった体の一部に激しく動揺し、自分が動揺できることを知った。





 重要な体の部位を含む身体構造が蛇へと変態し、健全な青年として強い衝撃でひとしき悶えたヤトは、全身が映る姿見に移動してスキルを使用した。

「スキル《人化の術》」

 淡い光が大蛇の全身を包み、彼は人間の姿へ変わった。頭部に差し込まれていた長太刀は腰に携えられていた。

「……なんか体調悪い?」

 体のどこかで違和感があるが、原因がわからない。人化した姿は中肉中背、適当に伸ばした艶のある黒髪、半分だけ開いた眠たげな目、口は定位置でへの字を描いていた。

 悪くはないが美形でもない、そんな印象を与える顔面偏差値だ。

 彼は下半身の衣服をめくり、自らの体を確認した。

「蛇のアレは見るに堪えなかったが、これはいいものだな。……間違った、モノがいいな!」

 嬉しそうに衣服を戻した彼は、空中のアイテムボックスに手を突っ込み、大きなバックルを取り出した。そのまま下腹部に押し当てると、左右に収納されていたベルトの革が体を一周し、自動で適正な長さに締まった。

「ちゃきーん!」

 バックルの上部に着いた大きなスイッチを叩くと、バックル中央が赤く光る。

「スカイ、変身!」

 右腕を左上から右上に扇を描くように回し、右腕を腰に当てて左腕を右斜め上に差し出した。体が白く発光し、イナゴを模した全身鎧(フルアーマー)が全身を覆う。目を見開くと複眼が赤く光り、目を細めると消えた。

「2秒間の猶予があるってだけで、ポーズ決めなくてもいいんだけどね。無事に変身できた。結構、似合ってる? これで行動しようかな!」

 特撮ヒーローを模したベルトは、《飛行(フライ)》の魔法が使えるだけのユニークアイテムだ。このアイテムを作成する依頼(クエスト)に拘っているところをウルベルトに馬鹿にされ、それを見たたっち・みーがなぜか反論し、いつもの喧嘩に発展した思い出が蘇る。

 実際に装備できるとなれば感傷も一塩で、鏡の前で様々な姿勢(ポーズ)を取った。新しいおもちゃを手に入れた子供と何ら変わりない。

「懐かしいな……たっち・みーさんの取ってたジャスティスだけ異常に強かったんだよな。宝物庫にあるかな。あの人、特撮ヒーロー大好きだったからなー、俺もだけど」

 彼のみぞおちの辺りから唸るような音が鳴り、瞼が急激に重たくなった。
 
「人間になるとお腹が減って、眠気も増えるな。あ、やべ……眠い……腹減った……まずい、このままじゃ寝落ちする」

 急いで人化の術を解除すると、眠気と空腹感は消えたが鎧の装備も外れた。確認作業を終えた大蛇は、外へ出歩く期待によって先ほどの問題など忘れ、モモンガの自室へ這い寄った。





「おーいモモンガさん、入りまスよー?」

 無礼講とばかりにノックもせずドアを開くと、モモンガは両手を広げてまじまじと見ていた。全裸の可能性も考慮したが、どうやら体の確認は終えたらしい。

「ヤト、やっぱりアンデッドだったよ。食欲・睡眠欲は感じない。性欲は……微妙になくもないけど」
「俺は人間の時の半分くらいですかね。人化の術を使うと空腹と眠気が異常に増える感じでした。アレも色々と検証を……」
「アレ?」
「ええ、男のアレです」
「ふーん……じゃあ外の散歩に行こう。はい、これはフライのアイテムね」

 モモンガは下世話な返事を軽く受け流し、小さな青い首飾りを手渡した。部屋の外で待機をしていたユリとルプスレギナは、《飛行(フライ)》の使えるナーベラルに交代し、三名は外へ繋がる第一階層を目指した。

 正直なところ、誰かがいれば人目を意識した話しかできなくなる。

 自由にさせて欲しかった。





 三名は第一階層に到着して早々、配下の将に指示を出していたデミウルゴスに見つかり、ナーベラルだけでは不安なので自分も御伴すると言われ、断る理由も思いつかずに一行(パーティ)は四名に増えた。

 死の支配者(オーバーロード)と蛇神は、部下のナーベラルとデミウルゴスを引き連れ、光り輝く夜空の下へ着く。

「《飛行(フライ)》」

 夜空への感傷も従者がいれば話せない。二人はすぐに上空へ舞い上がった。雲の上まで飛んでから周囲を見渡した。眼下に広がる雲海、眩い星たちに手が届きそうな夜景は、絵画のように美しかった。大きな月は巨大な照明器具のように周囲を照らし、星空は裸眼で流星を捉えられるほど澄んでいた。肌寒く感じる冷たい風には雨と緑と土の匂いが混じっていた。地表は雲海に覆われ見えず、下界を見下ろす自分が神になった気分にさせた。

 御付きの二人を忘れ、素の雑談に興じた。

「星が……宝石箱みたいだな。ブループラネットさんに見せてあげたいよ」
「他の39人も来てるんですかね……」
「現状では情報が少なすぎる。判断が出来ない」
「またみんなで冒険ができたらいいスね。現実世界なんか捨てて……」
「そうだね……」

 絶景の感動を沈黙で味わった。

 モモンガより早く飽きたヤトは、デミウルゴスへ尋ねた。

「デミウルゴスもウルベルトさんに会いたい?」
「当然でございます」

 理知的な彼は即答した。

「守護者を初め、ナザリックに属する全て、自身の創造主に会いたくない者など存在しません」
「確か、ヤトはウルベルトさんに負けて、そのままノコノコ付いてきたんだよな?」
「その通りで。魔法職なんて馬鹿にしてましたが、自分がいかに弱かったか知りましたよ。前衛でも大して強くなかったですけどね。デスペナを繰り返して職業をいろいろやっている内に、どんどん弱くなっちゃって……」
「すぐ死ぬので有名だったからな。何人のメンバーに文句を言われたか。蘇生魔法は燃費が悪いんだから」

 眩しすぎる月明りに体を照らされ、二人は昔話に興じた。ナーベラルとデミウルゴスは、彼らの昔話を楽しそうに聞いている。美しい夜景よりも、至高の41人の話こそが彼らにとっての宝石だった。

「情報を集めて、仲間を探しに行きましょうね」
「ああ、もちろんだよ……」
「ん? あれは」

 雲の切れ間から覗いた下界で、城壁に立ったマーレが魔法を行使し、ナザリックの隠蔽のために周辺地域の土を集めていた。巨大なモグラでもいるかのように周囲の土砂は浮き上がり、マーレの元へ馳せ参じていた。

「作業を始めてそう経ってないと思うが、顔を出しておこう。ヤトはどうする?」
「俺はもう少しここにいます。ぼーっとするのが好きなので」
「分かった。先に自室へ戻るとしよう」

 モモンガはデミウルゴスと降りていった。

 残された大蛇は空中でとぐろを巻き、しばらく空を見上げた。これが異世界に転移した夢であるなら、ずっと覚めないで欲しかった。どうせ現実に戻ったところで、楽しいことなど何もない。憂鬱な日常の妄想に飽きた大蛇が後ろで待機するナーベラルを盗み見ると、彼女は澄まし顔で佇んでいた。《ツンデレ》に造詣の浅いヤトは感情を読めなかった。

「ナーベラル・ガンマ」
「はい、こちらに」

 黒髪ポニーテールを揺らし、彼女は空中で跪いた。

「君の創造主は誰だったか教えてくれ」
「はい、私の創造主様は弐式炎雷様でございます」
「あぁ、そうか。あの人か……建御雷さんと仲がよかったけど、ナーベラルもコキュートスと仲がいいの?」
「私は至高の御方とはあまり接点がありませんでした。ですが、武人建御雷様が創造なされたコキュートス様とは、懇意にさせて頂いております」

(えっ? そうなの?)

 澄ました顔のナーベラルを見つめるが、懇意にしている場面は想像できなかった。

「コキュートスとは立ち合いとかしたりするのか?」
「いえ、武器の使い方や知識をお聞きしています」
「あぁ、確かに。それなら納得できる」

 NPCが自由意志で行動を取るようになってからさほど時間は立っていないが、このような記憶があることに疑問を抱いた。
 
(もしかすると弐式炎雷さんと建御雷さんの間で何かやりとりがあり、NPC創造時に設定を加えたのかもしれないな)

 「よっしゃぁああああ!」と誰かの叫びが聞こえ、今まで考えていた思考はセーブする間もなくデータが消えた。遥か上空まで響く大きな声に驚き、慌てて地表へ降下した。





 ナザリックの城壁へ降り立った彼らは、両手のこぶしを握り締めるアルベドと、ため息を吐くデミウルゴス、手の甲を嬉しそうに眺めるマーレを見つけた。肝心のモモンガは影も形も見当たらなかった。

 少しだけ心細かった。

「あれ? モモンガさんが居ないが、どうしたんだ? アルベド、何かあった?」
「これはヤトノカミ様、何でもございません。モモンガ様より指輪を賜っただけでございます」

 左の薬指にしっかりと嵌められた指輪、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが輝く。左手をしっかりと立てて、指輪を見せつける様子はまるで花嫁だ。

「なんだ、婚約指輪か?」
「はいっ!」
「えぇえっ!」

 強く返事をするアルベドに、マーレは驚愕の表情を浮かべた。よく見ると、マーレの左薬指にも同じ指輪が嵌められている。

「あ、あの、ヤトノカミ様。僕も婚約指輪なのでしょうか」
「んんっ!? マーレは男の子だから、その……感謝の――」
「そうよ、マーレ」

 ヤトの言葉を遮りアルベドが続けた。視界の隅にいるデミウルゴスが、音を立てずに深いため息を吐き出した。

「あなたは男の子だから、一人の女としてモモンガ様からご寵愛を賜る事ができないの。より一層の忠義を尽くすようにと仰せつかった、モモンガ様への期待に応えてこそ、その指輪に込められた意味を全うできるというものよ」

 耳の中を素通りしていくアルベドの言葉に、何か言い表せぬ違和感があった。小さい違和感は雪だるま式に膨らみ、モモンガが何かしたのではとの疑念に変わる。

(後で問い詰めてみよう)

「モモンガ様が……アルベド様に……婚約を……?」

 激しい動揺に脳を揺らされたナーベラルの呟きが聞こえたが、そちらは無視をした。

「アルベド、男は押しの強い女が苦手だから、ほどほどにな。モモンガ様は女性経験が豊富ではない、間違っても押し倒したりはしないように」

 言い切ってから密かに後悔した。ギルドの面々を至高の41人と称し、過大な忠誠を尽くしているとしても、迂闊な個人情報で忠誠が薄れるような真似を、慎重なモモンガは快くは思わない。

「貴重なご意見、感謝の極みにございます。今後の参考にさせていただきますわ」
「そ……そうだな。俺もモモンガさんの部屋で話があるから、あとは任せたぞ、マーレ」

 自身の役割演技(ロールプレイ)に自信はなかったが、アルベドの反応に満足してナザリックへと戻った。ゲーム内と違い、実際に意志のある(しもべ)に対しての発言は言葉を選ぶ必要があり、上手く演技のできないヤトはそれが必要ない立場を考えた。

「次から発言に気を付けた方がいいな」

 モモンガの自室へ向かう途中に呟いた言葉は、煌びやかなナザリックの壁にぶつかり、虚空へ溶けた。





「モモちゃん!」

 モモンガの自室のドアは、蛇神の全力で開け放たれた。開けた両開きの扉は轟音を立てて壁にぶつかり、反動で再び閉じた。モモンガが音に驚いた様子はない。

「あ、はい。なに?」
「アルベドに何かしました?」
「うっ……うーん、ちょっと設定を」
「設定を?」
「…設定を弄りました」
「……ほう」

 明言せずに歯切れの悪いモモンガを見て、叩けば埃が出ると嗅ぎとった。

「どのように変えたんでしょうか?」
「いや……ちょっと……
「ちょっと?」
「愛してるって……」
「だれを?」
「……モモンガを」

 支配者は変な間を入れながらも、渋々と白状した。叩いて出た埃が想定以上に大きかった。これから提案する案件はことを上手く運べそうだ。

「えぇっ!?」

 予想外に大きな声を上げた大蛇に、モモンガは悪戯が見つかった動揺で精神の沈静化が起きた。

「あーあ……アルベドはモモンガさんに対する愛情が振り切ってるっぽいスよー。今後の動向には注意をした方がいいかもしれませんねぇ」
「なぜ?」
「モモンガさんを愛しているってことは、言い換えるとモモンガさん以外は愛していないってことでしょう? ナザリック内でモモンガさんを巡る反乱の伏線ですか?」
「いや、それは拡大解釈じゃないの?」
「杞憂で終わればそれで良しとしましょう。石橋は叩きすぎても壊れませんから」
「……頭の片隅に置いておく」

 女性経験のないモモンガはアルベドの設定改変を後悔したが、それよりも蛇に情報を漏らしたことを悔やんだ。異世界転移して舞い上がる彼は、アルベドとの結婚を勧めかねない。現に、目の前で偉そうに腕を組む赤目の大蛇は、確実に何かを企んでいた。考えなしの彼の行動はモモンガに読めない。

「さて、モモンガさんも好きにやってることですし、僕のお願い聞いてもらえますか?」
「いや、好きにって……なに? 聞くだけならいいよ」

 ヤトの提案は、アウラに魔獣を使いナザリックを中心に半径5キロ圏内の、知的生命体の調査を行わせてほしいというものだ。早く外出したいという蛇の魂胆が透けて見える様だった。ナザリック外へ出ることにモモンガは消極的な姿勢であったが、アルベドの設定変更の交渉材料を提示されてしまい、断ることもできなかった。外出したいと、はっきり明言していないのも分が悪い。

 ゴーレムクラフトのクズ野郎こと、るし★ふぁーに仕込まれたであろう、「やだー! ずるいー!」という駄々に辟易したのも理由の一つだ。

「ところで魔法の実験をしたいんだけど、六階層に行かない? ちょうどよく闘技場があるから」
「あぁ、いいッスよ。どうせアウラに会いに行きますし」

 この世界に転移してから初めての魔法は《伝言(メッセージ)》だった。アウラに無事繋がり、他の魔法は六階層の円形闘技場にて試す運びとなる。

 アウラへの連絡を切断したモモンガは、かつての仲間へ《伝言(メッセージ)》を飛ばしたが、対象がこの世に存在しないかのように空振りに終わった。





 闘技場内へ転移すると、既にアウラは目の前で跪いていた。

「いらっしゃいませ。モモンガ様、ヤトノカミ様。第6階層へようこそ」
「邪魔をするぞ、アウラ」
「アウラ、モモンガさんは魔法の試し打ちをするそうだ。モモンガさん、根源の氷精霊(プライマル・アイス・エレメンタル)召喚してください」
「わかった」

 モモンガは中央に歩み出て、体の内に感じる魔法を唱えた。

「《根源の氷精霊召喚(サモン・プライマル・アイス・エレメンタル)》」

 どこからともなく水が集まり、巨大な球体を形作り、空中で凍り付く。やがて氷の球体は砕け散り、根源なる氷の精霊が召喚された。屈強な上半身を持つ彼は、冷たい呼気を吐き出した。

「で、俺がこれを討伐します。そこで見ていてください」

 ヤトは背中に収納してある黒い大鎌と小太刀を取り外す。数秒と待たずに、闘技場中央の精霊へと走っていった。

「ちょっと、冷気属性は弱点じゃ……まぁいいか、やばそうだったら消せばいいし、精霊相手に負けないでしょう」
「頑張ってください! ヤトノカミ様!」

 満面の笑みでグローブをつけた手を振り回す、男装の闇妖精(ダークエルフ)が叫んだ。

 ヤトの戦い方はギルド加入前から一貫している。

 高めた素早さを生かして誰よりも早く敵へ突っ込み、斬撃スキル《超斬撃衝撃波(ギガスラッシュ)》を幾つも打ち込んで敵の数やボスの体力を削る。モモンガも使用可能な、第10位階魔法の《現断(リアリティ・スラッシュ)》に相当する威力を持ち、何よりも前衛の特技としては燃費が良い。

 不意打ちや捨て駒担当で、ナザリックの先発隊だった。

(同じ先発隊の他のメンバーに怒られてたな……)

 特化した素早さに物を言わせて一人で突っ込み、同じ先発隊で置き去りにされた他のメンバーが着くころには息も絶え絶えで、実際に死体となって蘇生待ち状態も目立った。勝手に突っ込んで勝手にやられるとは何事だと、クエストクリア後に彼が怒られていた場面を思い出す。

「スキル使用。先陣の初太刀・運向上(中)・先制攻撃」

 攻撃を仕掛けながらスキルを併用し、その度に自身の中で黒い何かが湧きだした。どす黒い何かに身を委ね、全力の衝撃波を放った。

「《超斬撃衝撃波(ギガスラッシュ)》!」

 鎌の刃が輝き、横に伸びる衝撃波が飛び出した。衝撃波は空を切り裂きながら精霊へ向かって進んでいく。難なく精霊を切断し、敵は上下二つに分かれた。

 すぐに体を接合し、ブレスを吐きながら腕を振り回して反撃へと移る。体勢を崩したヤトは、右手の拳を交差した両手の武器で防ぐ。剛拳の一撃からはダメージを負わず、数メートル後退して済ませたが、口から吐き出された冷気のブレスは武器で防げなかった。

 それ以上の吐息を食らうまいと、衝撃波を乱発して精霊を細切れにした。運向上のクリティカル抽選には失敗したが、体力の底をついた精霊は光の粒子に変わって闘技場の砂へ混ざった。

「モモンガさん! 弱点属性なのにシッペ程度しか痛くなかったよ!」
「もう少し考えて戦ったらどうだ。命は一つしかないのだぞ」
「ごめんなさい、モモンガさん」
「お見事でした、ヤトノカミ様」
「ありがとう、アウラ。ところで頼みがあるんだけどいいかな」

 マーレのように自分も何か頼まれたいと思っていたアウラは、眩しいほどに目を輝かせた。アウラに命令を伝達した後、今度はヤトが眷属召喚を発動し、モモンガの魔法の実験に付き合う。

 宙を舞い、多種多様な魔法を行使するモモンガは、実に楽しそうに遊んでいた。闘技場の隅でとぐろを巻いて、蛇はぼんやりと見ていた。

「あの分だとしばらくかかりそうだな。召喚した眷属って俺が昼寝しても有効なのかな? 別に眠くないけどね。しかし、眷属って言ったものの、大蛇を見てもあまり同族って感じがしないなぁ」

 召喚した大蛇を魔法で全て消し去ったモモンガは、こちらに手を振っている。「おかわり下さい」といわんばかりの彼は、次の眷属を注文してきた。

「ヤト! 眷属召喚の眷属は倒したら消えちゃうから、アンデッドに変えられないみたいだよ」
「はーい、了解でーす。眷属召喚追加」

(数時間はこのまま魔法練習に付き合うことになるかな)

 とぐろを巻いて頬杖をつきながら空を見上げた。

 造られた偽りの夜空は満点の星空だ。

 周辺の村や異世界の知性体に思いを馳せ、モモンガが女性と夜を過ごす場合、どのように致すのだろうかと考えた。

 人間を辞めたことに何も感じないことはない。

 しかし、今ではガスマスクを必要とせず、固形栄養食ではなく一般食が手に入り、仕事も何にもなくゆったりとした時間を過ごせることを考慮すれば、今の方がいいに決まっている。現実に置いてきた母親は長く生きられないが、今さらどうにもできない。現実へ帰る手段を見つけるころには、介護者の消えた母親は死亡している可能性が高い。

(今さら……何にもできないしな)

 見たくもない現実から強引に目を逸らせた。

「モモンガさんは結婚適齢期だから、誰かと出会って恋したり結婚したりすんのかな……」

 ローブの影から見え隠れする彼の下半身を探ったが、闘技場を縦横無尽に暴れ回る彼の体は窺えなかった。彼は異世界へ飛ぶ前からアルベドを選んだ。固定した誰かがいれば、新たに妾を探す必要もない。改めて彼の用意周到さに感心した。


「……俺も彼女欲しいなぁ」


 まだ見ぬ誰かに物思いを膨らませた。

 明けない夜空を見上げて月を探したが、どこにも見当たらなかった。

 月光を懐かしむ蛇神をよそに、異世界転移した彼らの一日目は流星のように彼方へ過ぎた。







報告順番1d6→2→3→4→6→1→コ→セ
設定変更発覚30%→気付かない
御付きプレ モ1d6→1ユリ ヤ1d6→2ルプ
ヤトの顔面偏差値 10d10→54
デミウルゴスと遭遇?→遭遇
アルベド好感度1d6→5 憎悪-5
設定変更発覚ロール→発覚
アルべドの好感度発生ロール 1d6→2 現在53


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異世界、カルネ村滞在記(前編)



 明け方、ナザリック地下大墳墓の円卓の間で、調理された大きなステーキが大皿に積み上げられていた。雄々しくそびえる肉の岩から流れる肉汁が、シャンデリアの照明を浴びて美しく光り、見た者の食欲を刺激して唾液を溢れさせた。

 大蛇は頂上の肉へフォークを突き立て、口に運んでいく。咀嚼されることなく丸呑みにされ、飲み込まれる度に細長い身体が蠕動を繰り返した。

「肉、美味しいよ、モモンガさん。こんなのリアルじゃ見るもできないってのに」
「丸呑みしているのに味なんかわかるの?」

 額に手を当てて呆れたモモンガは、眼窩の怪しい光で笑顔の大蛇を見つめた。蛇の笑顔は非常に理解しづらく、歪んでいる口元で笑顔だろうと判断した。蛇は次の肉にフォークを刺す。

「いやほら、ボクは蛇ですし。でも何の肉なんでしょうね」
「……人間?」

 肉を運ぶ手が空中で静止し、それを迎え入れようとした口も開いて止まった。ややあって、肉は蛇の口にめがけ、再び動き出す。

「まさか、勘弁してくださいよ。モモンガさん」
「冗談だったけど、あながち冗談じゃないかもよ。ナザリックには例外の一人を除いて、人間がいないからね」
「それはまぁ……ン、そうなんですけどぉ」

 話の途中で喉を大きくならし、肉を飲み込んだ。飲み込まれた旨そうな彼の位置は、蛇の体を降下していく膨らみで特定できた。

「……人間って誰でしたっけ」
「……桜の木」
「あ、そっか、いましたね」
「それよりどう思う? アウラの話」
「フォアイル、バーに酒を取りに行ってくれる? 一番いいやつを1瓶ね」

 話を聞いているのか怪しい蛇はまともに返答をせず、フォアイルと呼ばれた金髪ショートカットの活発そうなメイドにお使いを頼んだ。

 彼女は笑顔で頭を下げた。

「畏まりました、ヤトノカミ様。では失礼致します」

 彼女が走り去ったのを確認したモモンガは、語尾を強くしてヤトを責めた。

「聞いているのか?」
「はい、すんません。えーと、北北西の森林内にリザードマンの集落、西に小さな村落でしたっけ?」
「そうだよ。二つも見つかったっていうから、アウラを急いで帰らせたんだよ」
「食うのに夢中ですみません」

 謝っている大蛇からは反省の意が汲めず、モモンガは眉間に皺を寄せた。髑髏の彼が寄せ集めた透明な皺は誰にも見えない。

「食べても何の意味もないでしょう。飲食と睡眠が不要のアイテムを装備してるんだから」
「好奇心で」
「……それなら仕方ないね」

 美味しそうな匂いを周囲に漂わせ、楽しそうに食欲を満たすヤトが少しだけ羨ましかった。骨の体では物を食べるなど夢のまた夢だ。

「それで、リザードマンといえば、ユグドラシルでは好戦的な種族だったと思うんだけど。湖に魚を飼っているって、何かの見間違いかな?」
世界(ゲーム)が変わればルールも変わるでしょうからね。俺は人が住む小さな村の方が気になりますけど」
「この世界の人間が、何かの皮を被った別のナニかでない限り、話は通じるだろうからね」
「みんな化け物だったりして」
「冗談に聞こえないな……」

 もっとも恐ろしいのは、村人のレベルが100を超えていることだ。レベル100が上限のプレイヤーがレベル上限1000の世界に飛ばされれば、そこには絶望しか待っていない。

「手土産をもって情報収集に行けばいいじゃないスか。ここからそう離れてないんでしたっけ?」
「アウラを呼んで詳しい話を聞いてみよう」

 モモンガはすぐに《伝言(メッセージ)》を飛ばした。





 敬愛する支配者の招集に舞い上がり、アウラは誇りを舞い上げる全力疾走で駆けつけた。報告によると、百人近くの人間が農作業をしているのが見えたと言った。満面の笑みで報告をする彼女に報いようと、モモンガは星の砂の如く美しく流れる髪を掬い、頭を優しく撫でた。

 赤色に頬を染めた彼女の口元が緩む。

「えへへ……」

 親子のような二人はほのぼのとした雰囲気を漂わせ、周囲の者へおすそ分けしようとしていた。モモンガの姿は、家事を手伝った子供を褒める良き父親に見える。

「お役に立てて嬉しかったです! またなんでも仰ってください、モモンガ様!」

 風を切る音を笛のように奏でながら、アウラは持ち場である第六階層に帰っていった。 邪魔をせぬようにドアの外で様子を窺っていたフォアイルが、入れ違いで入室した。

「お待たせ致しました、ヤトノカミ様」

 茶色の液体で満たされた瓶が、ヤトの前に差し出される。散々に肉を飲み込んだ蛇の口元は微かに涎で濡れ、鱗を数枚だけ光らせた。蛇の肉体が酒を欲していた。

「ありがとう、フォアイル」
「滅相もありません、お役に立てて感激でございます」

 一礼後に室外まで下がっていった。

「みんな大した忠誠ですね。モモンガさん」

 肉を食べるのも、酒を飲むのも生まれて始めてだ。グラスに酒を満たして恐る恐る口をつけると、高級ウィスキーの芳香が立ち上った。そのまま一気に飲み干したが、毒無効の効果によって酔う事はなく、身体的な変化も見られなかった。

 気分は少しだけ良くなった。

「本当だね、もし一人でここに転移してきたらと思うと、ゾッとするよ」
「あー……それは俺も怖いッスね。モモンガさんは、胃袋無いのに胃潰瘍とかになりそうじゃないッスか」

 今にも笑いだしそうな声で軽口を叩いた。モモンガは内臓のない身体の胃の辺りをスカッと撫でて胃袋が存在しないことを確認し、小さな咳払いで仕切り直した。

「さて、小さな村落という事と、農作業で慎ましく暮らしている村という話だ」
「そうですね、他に手早く検証したいことといえば……あ、そうだ。フォアイルー」
「はい、なんでございましょうか、ヤトノカミ様」

 室外で待機していたメイドは、上機嫌らしき蛇の声を聞きつけて入室した。唐突にメイドを呼んだ理由が分からず、モモンガの頭上には巨大な疑問符が出現していた。

「頼みがあるんだけど、いいかな?」
「はい、なんなりとお申し付けください」
「パンツみせて」
「ちょっ! おまえなに言っ――」
「畏まりました」
「えええっ!?」

 死の支配者は、恥も外聞もかなぐり捨てて動揺の叫びを放った。冷静に考えれば、ギルドに所属するメンバーを至高の41人と呼称して忠誠を誓い、忠義に応えるためなら命さえも投げ出す彼らは、望めば自身の体を喜んで差し出してくれる。複数回にわたって精神の沈静化を図ってからそれを理解した時には遅く、事態は進められていた。

 夕日のように顔を真っ赤に染め、スカートの裾を両手でそっと摘んで持ち上げたフォアイルに対し、ヤトは赤い瞳で純白の下着を見つめていた。

「あの、初めてなので至らぬ点がございましたら――」
「おぉ、純白のレースがまぶ――」

 両者が言葉を終える前に、骨が剥き出しの拳骨が蛇の頭部へ振り下ろされた。「ボコッ」というペットボトルをへこませたような音が鳴り、鱗に覆われた頭部の感触が骨の右手に居座る。

「やや、ヤトノカミ様! モモンガ様、どうし――」
「……フォアイル。スカートを正しなさい」
「は、はい! 見苦しいものをお見せして、申し訳ありません!」

 美しいメイドは自分の下着が気に入らなかったのだと慌てふためき、スカートを下ろして身なりを正した。下着が隠れたことで安堵したモモンガは、努めて冷静に馬鹿な仲間の行動を埋め合わせた。

「こちらこそ変な事を頼んで悪かった。改めて仕事を頼もう。明日、情報収集のため、近隣の村を訪れたい。他のメイド達と協力し、明日の正午までに手土産の食料を準備せよ。食料を積みこむ馬車と我々が乗る馬車も必要だ。護衛にはセバスとユリを連れていく、隠密の護衛としてエイトエッジ・アサシン、シャドウ・デーモンを手配せよ」
「はい、畏まりました。すぐに始めさせていただきます」
「よろしく頼む」
「はいっ!」

 勅命を受けて喜ぶ彼女は元気な返事で部屋を出て行った。「痛い……」と呟いて頭を撫でている、隣のヤトへ顔を向ける。

「モモンガさん18禁に触れる行為は問題がないようで――」
「なに考えてんだ、馬鹿!」

 モモンガは懇々と説教を垂れた。

 説教の出口が見える頃、ヤトが「でも所詮はNPCですし」、「忠誠マックスなんで平気ッス」などと根拠のない反論をした影響で、説教の時間は延長されていった。

「大事な仲間が残したNPCなんだ。今は意志を持って動いているんだからな。だいたい、あの子達にちょっかいを出そうとするなんて倫理的に――」
「うへぇ……」
「聞いているのか?」
「はい……」

 後日、湾曲された噂を耳にしたアルベドが、「モモンガ様にご寵愛を賜るなど恨めしいぃぃ! 妬ましいぃぃ!」と、地の底から這いあがる声で渦中のフォアイルに嫉妬したと、メイドたちの間で囁かれた。

 噂は当然ながら二人の耳にも入り、迂闊に余計な真似をしたヤトは、年上の友人から同じ説教を再び食らう羽目になった。





 翌朝、ナザリックの入り口には馬車二台がつけられたが、出発時間はずれ込んでいた。

 白い淫魔がモモンガに縋りつき、駄々を捏ねまわしているのだ。

「モモンガ様、護衛が少ないかと思われます。私をお連れ下さい、防衛に特化した私であれば、下等な人間共が歯向かって来ようと返り討ちにしてご覧にいれますわっ!」

 人間を下等生物と断定し、モモンガに危害が及ぶと信じて疑わないアルベドは、満ち潮さながらになかなか引く気配を見せない。

「アルベドは信頼しているのだが、今回はそのような事態にはならん。戦争を起こしに行くわけではないからな」
「しかし、愛する殿方の護衛に付いていきたいと思うのは、一人の女として当然の事ではないでしょうか」
「あ、はい」

 設定で自分を愛するように変更してしまった負い目により、モモンガにこの交渉は荷が重いように思えた。ヤトはやれやれとため息をつき、助け舟を出す。

「アルベド、モモンガ様はお前に自分の家であるナザリックを守って欲しいと思っているのだよ。その一人の男としての気遣いを無にしては、一人の女として失格なのではないか?」
「そ、それは本当ですか、モモンガ様!?」
「う、うん、まぁな」

 露骨に歯切れの悪い返事なのだが、アルベドに気にした様子はない。愛情という大義名分は、都合のいい箇所だけをこれまた都合よく解釈させた。

「私としたことがその愛に気付かないなどと……失礼いたしました。それでは、御帰還をお待ち申し上げております、一人の女として!」

 最後の言葉は異様に強調されていた。優しい後光がアルベドの後頭部から照らし、輝く淫魔の笑顔にヤトは鬼子母神という神様を思い出す。

「留守を任せたぞ、アルベド」

 モモンガは、逃げるように豪勢な造りの馬車に乗り込んだ。ヤトは大蛇の姿だとかさばるため、人間に化けて続く。

 彼らの乗る馬車は魔法スクロールによって召喚されたゴーレム馬に牽引され、二人の馬車はセバスが担当を、手土産の馬車はユリが担当する。

「セバス、ユリ、不測の事態の際は、私に連絡をしなさい。他の何を放ってもすぐに向かいます」
「畏まりました」
「行ってまいります」

 二人はアルベドに頭を下げ、村に向けて馬車を走らせた。





「ギルド名を名乗る?」
「ああ、この世界に転移したのは我々だけではなく、ギリギリでログインした他の仲間もいるかもしれない。私たちは運良く二人だったが、単身でどこかに飛ばされた仲間は、途方に暮れて彷徨うかもしれない」
「モモンガさんの名前はみんな忘れないでしょう。本名でいいんじゃないスか」
「より間違いない方を選ぼう。ギルド名なら忘れないだろう。特に最初の九人は」
「……まぁ……そうですけどね」

 ヤトは呼びなれたモモンガの名前が変わるのが不満だったが、ギルドマスターであり、一人でナザリックを守り続け、復帰した自分を優しく迎えてくれた彼にそれ以上は言えない。素直に楽しめばいいだけなのにと、口の中でもごもごと文句を垂れた。

「ヤトのアバターは蛇だけど、何か秀でたところがあったっけ?」
「スピードですよ。足だけは早いッスよ。逃げ足も」
「ふーん。ガチビルドプレイヤーにでもなっていれば安心だったのに」
「ペロロンチーノさんみたいなのは無理ですよ。それに、人と同じはちょっと」
「みんな個性強いからね……41人集めたいなぁ。あと39人もいるのか」
「40人と言っても間違いではないですけどね」
「……それは難しいだろうな」
「話は変わりますけど、ペロロンチーノさんの種族名ってなんですかね?」
「バードマンだったから、サンダーバードとかじゃなかったっけ?」
「ふぁ……あーあ……」

 返事の代わりに大きな欠伸がされた。

「……人が話している時に欠伸をするな。自分で聞いたくせに」
「馬車の揺れが……気持ちよすぎて……」
「この話を振ったのは誰だと――」

 会話の途中にも関わらず、人化による身体変化の眠気に強襲され、馬車の心地よい揺れの後押しも手伝って、耐えきれずにスヤスヤと寝息を立てはじめた。

「……寝ちゃったよ。二人しかいないのに気持ちよく眠りやがって」

 人間の三大欲求と無縁のモモンガは、移動時間を潰す相手が夢の世界(ドリームランド)へ旅立ってしまい、話し相手にアルベドを連れてくればよかったかと後悔した。

 彼の不満を解消するかのように、優秀な脚力を持つゴーレム馬は全力で草原を駆け抜け、さほどの時間を掛けずに小さな農村へと到着した。





 馬車を村の入り口に停めたセバスは颯爽と飛び降りた。手近な村人を探しすべく、無事に村へ侵入を果たす。入ってすぐの小さな畑の前で、腰を屈めて作業をしている女性を見つけた。

「お仕事中、申し訳ありません。そこのご婦人」
「え? きゃあっ!」

 顔を上げた彼女の視界には、身なりの良い執事が立っていた。農作業の集中は途切れ、セバスを上から下まで眺めた。整えられた髭に鋭い眼光、穏やかな口調で顔立ちは整っており、着ている衣服も一級品だ。声を掛けられて驚いた夫人は、農作業の土で衣服は汚れ、髪も整えていない自らの身なりが恥ずかしくなった。逃げ出したい内心だけは必死で堪えたが、顔が赤くなるのは防げなかった。

 明らかに動揺している彼女へ構うことなく、モモンガから指示された内容を伝えた。

「私はこの近くに転移してきた魔法詠唱者(マジックキャスター)の執事、セバス・チャンと申します。主が手土産を持って村長殿にご挨拶に伺いました。申し訳ありませんが、お呼び頂いてよろしいですかな?」
「あ、はい、え?」

 村で農作業に明け暮れるだけだった何気ない一日は、極めて特別な日に変貌を遂げた。状況はなかなか飲み込まれず、異変が喉につっかえた彼女は混乱する。

 慎ましい生活を維持するために必死で働き、自分を見て育った二人の娘も働き者だ。この生活がずっと続くだろうと思っていた彼女の地盤は、一人の執事を見ただけで揺らぎ始めた。

 セバスは少しでも落ち着くように、彼女に微笑みかける。心なしか顔の赤みが増し、先ほどよりも動揺しているように見えた。

「は、はは、はい! すぐに呼んでまいります!」

 赤い顔の彼女は村の奥に駆けて行った。





 ドアをノックする音が馬車内に響く。

「失礼します、モモンガ様、ヤトノカミ様。恐らく、直に村長が来ると思われます」
「御苦労、セバス。ヤト公、そろそろ起きろ」
「んー……ふああぁ。よく寝た……」

 口を限界まで開き、腕を上に大きく伸ばして欠伸を行なった。人間化した蛇の口は、どの角度まで開くのだろうかと、モモンガは興味深そうに彼の口を覗き込んだ。

 ピンク色の舌が鎌首をもたげ、覗き込むアインズを咎めていた。

「……なんスか。何か入ってました?」
「い、いや、何もなかった……それより、私がロールプレイを行うから、軽々しい発言は慎んでくれ」
「大丈夫ですよ。モモンガさんが魔王なら、俺は部下でしょ? 社長と平社員が同じ口調じゃ、逆に変ですよ」
「うぅむ……何か違う気がする」
「嫉妬マスク、お似合いですねい」
「放っておいてくれ……全然、嬉しくない。ほら、この世界で初めて人間と遭遇するんだから、ちゃんとしなさい」
「はい、もう大丈夫です」

 内心ではもう少し昼寝したいと思っていたが、朝方に十分な説教を食らった状況で、不要な怒りを買うのは御免被りたかった。説教の一件から、モモンガの口調が雑になっていることも気になった。

 細い目を少しでも大きく見開き、腰に携えた長い太刀に手を当てながら、堂々と馬車を降りるモモンガに続いた。





 先ほどの女性はセバスの依頼通りに村人を連れてきていたが、村長だけではなく、大量の村人を吸着していた。人だかりは弧を描いて遠巻きに馬車を囲い、不安と好奇心で満ちた視線を浴びせている。

 一人の小柄な男性が、セバスの元へ歩み寄った。

「私がカルネ村の村長でございます」
「初めまして、村長様。私、執事のセバス・チャンと申します。これより私の主が降りて参りますので、少々お待ちください」

 セバスの言葉とほぼ同時に装飾品で飾り付けられた煌びやかな馬車の扉が開かれ、黒いローブに身を包み、泣いているのか怒っているのか判断しかねる仮面を付けた、魔法詠唱者(マジックキャスター)が降りてきた。

 セバスとユリはすぐに跪いた。二人が跪いたことで、何かとてつもなく重要な人物が降りてくるのだと、村人たちは同時に息を呑んだ。

 モモンガの悠然とした振る舞いに、村人たちはどこかの王族が来たのだと、極めて自然に考えた。彼の後に続いて降りたのは、黒髪黒目で腰に武器を差した男性だ。南方に住むと言われる黒髪黒目の男、携えているカタナという珍しい武器を見る限り、魔法詠唱者の護衛なのだと、やはり極めて自然にそう思った。

 村長一人に村の案内をしてもらい、情報収集を行なおうと想定していた。気楽に考えていたモモンガは、村人総出の視線に体を蜂の巣にされ、密かに精神の沈静化を図った。

 カルネ村は農作業や薬草の販売などで生計を立てている小さな農村だ。ゴーレムの馬も見たことなければ、豪華な装飾を付けた馬車も、黒髪黒目の異邦人に対する一切の見識もない。突き刺さる好奇の視線に耐え切れず、モモンガは役割演技(ロールプレイ)をはじめる。

「初めまして。私はアインズ・ウール・ゴウン。異国の魔法詠唱者です。友人のヤト、従者のセバスとユリです」

 紹介された三人は軽く頭を下げた。

「実は転移魔法の実験で失敗をしてしまいましてね。我々の住処ごと、この付近へ転移してしまいました。不幸な事故で急に別の大陸に転移をしてしまったもので、情報を教えて欲しいのですが」
「そうでしたか、それは大変でしたね。及ばずながら知っていることでよければ、ご協力いたしましょう」
「ほんの気持ちですが、手土産をお持ちしました。あちらの馬車一台分の食料がそうなのですが、村の中に入れてもよろしいですかな?」
「馬車1台分!?」
「……少なかったでしょうか」
「めめ、滅相もない! この村は冬を越すための蓄えを作るために、なんとか暮らしている村です。なんのお礼もできませんが……」

 モモンガは片手を突き出し、村長の言葉を制止する。

「いえいえ、私達は誠意ある対応をしたいのです。村長殿もこの大陸・国の知識、硬貨や普段の暮らしについて、知っていることを全て話していただきたい。我々はそれ以上に何も望みません」
「おぉ、なんと仁徳のあるお方。わかりました、全てお話ししましょう。馬車は誰かに案内させます。エモット」
「はい」

 先ほどセバスが声を掛けた女性と、その伴侶であろう男性が前に出る。

「馬車を広場にご案内して差し上げなさい。ゴウン様は護衛の方と、汚いですが私の家へご案内します」
「感謝します、村長殿」
「セバス、ユリ、馬車を村の中へ運べ。終わったら村長殿の家に来るといい」
「畏まりました」

 モモンガとヤトは、案内に従って村長の家に向かった。

「アインズさんじゃなくゴウンさんになっちゃいましたね」
「う、うむ……日本式ではないようだ」
「行きましょう、ゴンさん」
「……アインズにしてくれ」
「アインズ・ウール・剛運……なんちゃって」

 ふざけて囁き合う二人の声は、前を歩く村長にまで届いた。

「何か仰いましたかな?」
「い、いえ、何でもありません。行きましょう、村長殿」
「大丈夫ッス!」
「……?」

 一瞬だけ不思議な顔をした村長は、改めて自宅へ向けて歩を進めた。





 エモット夫妻に案内され、セバス達は村の中央広場まで馬車を牽引する。その後ろを先ほどの村人たちが、ぞろぞろと列をなしてついてきていた。大名行列さながらに、子供たちは嬉しそうに食べ物を見ていた。

「お姉ちゃん、あれなに?」

 馬車のすぐ横を歩く姉妹。赤髪の妹は銀色に輝く馬を指さし、手を引く姉に尋ねた。当の姉はメガネをかけた黒髪メイドに見とれ、声は耳まで到達しない。馬車を案内しているエモット夫妻の娘であるエンリ・エモットは、美しいユリの姿から目が離せなかった。

「綺麗な人……」

 メガネをかけて整った顔立ち、小奇麗にまとめられた黒髪、首元のチョーカー、立ち居振る舞いも姿勢がよく、それだけで美しさを感じさせた。ユリは自分を見続けている娘の視線に気が付き、優しく微笑みかける。我に返ったエンリは顔を赤くし、ネムに視線を移した。

「ネム、どうしたの?」
「あれ、何かなぁ」
「ごめんね、ネム。私にもわからないよ……」
「お姉ちゃんでもわからないんだ。凄いね!」

 案内された広場は、広く開けた場所で周辺には物見櫓が建設されていた。恐らく村の全人口であろう群衆は、馬車一杯に詰まれた食料を見つめて固まっていた。

「さて、早速ですがどちらへ運びましょうか」
「……」
「?」

 セバスとユリの食料運搬は遅々として進まなかった。





 朴訥な村長夫妻は、転移に失敗した魔法詠唱者(マジックキャスター)一行という話を信じてくれた。

「南方の異国に、そのような方々がいらっしゃると聞いたことがあります」

 村長はヤトの姿を見て言った。

 アインズに反射的な疑問が湧いた。

(南方に日本人に似た者が住む国? ユグドラシルから転移してきた者達が、集団で住む国なのか? 時期が合わないのはなぜだ)

 アインズは考えを一旦止め、村長の話に耳を傾けた。

 話をまとめると、このカルネ村はリ・エスティーゼ王国の領内に所属している小さな村だ。リ・エスティーゼ王国とは周辺の西を統べる王政国家で、東の方にあるバハルス帝国とはカッツェ平野で戦争という名の小競り合いを繰り返している。小競り合いが行われる際、カッツェ平野に最も近い城塞都市エ・ランテルに、徴兵された兵士たちが集結する。

 荷物の置く場所が無い場合は、カルネ村も場所を提供する事があるようだ。魔法に関しては、この村の北にあるトブの大森林に、薬草採取に訪れているエ・ランテルの薬師の青年が魔法を使えるが、魔法そのものは特に問題がないようだ。《冒険者》という存在があり、薬師の護衛に付いてくるのをよく目にしている。

 言葉を拾い上げたヤトの目が輝いていた。

(異世界で未知の冒険に出るのは、多くの仲間が夢見た事だったからな……)

 密かに彼に同意を示し、村長の話に耳を戻した。

 冒険者組合は王都とエ・ランテルにあり、他の国にあるかは知らない。このカルネ村を大きく南下していくと、宗教国家スレイン法国がある。村長は諸外国の情報に疎かったが、村を訪れた冒険者の情報によるとリ・エスティーゼ王国の王都では、貴族が幅を利かせていると言う。

 他にも貨幣・暮らし・平野にはアンデッドが多い・1年の暮らしの流れ、村長夫妻には子供が出来なかった、村人達の相関図・恋愛関係など、村長は知りえる限りの全てを話そうと必死になっていた。

 教えてくれと言ってしまった手前、それは興味がないと言い出しづらい雰囲気だ。まったく無関係の色恋沙汰まで聞く羽目になった。アインズが仕方なく話を聞いている横で、ヤトは退屈そうに欠伸をしていた。

 カルネ村に限ったことではなく、リ・エスティーゼ王国の暮らしは厳しい。

 帝国との小競り合いに働き盛りの男手が徴兵され、悪くすればそのまま帰らぬ人になる。カルネ村も例外ではなく、残された男手だけでは足りず、動ける女性も農作業に駆り出され、子供達まで薬草をすり潰して仕分けをし、村人全てが協力し合ってようやく一年を、特に厳しい冬を越えられる。戦争で男手が足りなくなっても納税額が下がるなどの恩赦もなく、暮らしに余裕はない。

 そんな村に、馬車一杯に積まれた食料を放り投げられ、反射的に受け取ったはいいが彼らには何も差し出せるものがない。知り得る限り、洗いざらいの情報を渡そうとするのも無理なかった。

 長きにわたる色恋沙汰の話を遮り、アインズは村長へと申し出た。

「村長殿、貴重な情報ありがとうございました。一つ提案があるのですが、我々はこの村に、数日間だけ滞在しても構いませんか?」

 アインズの申し出を、「まともなもてなしが出来ない」という理由で断ろうとする村長夫妻に対し、場所だけ貸してくれればいいと強引に納得させ、渋々と提案を吞ませた。





 彼らが村の広場に着く頃、既に日没の時刻が迫っていた。

 セバスとユリを手伝っていた村人たちは、何かを始めようとする魔法詠唱者の動きを見守り、作業は一時凍結された。

 馬車が止められている村の中央広場にてアインズは魔法を発動させ、《要塞創造(クリエイト・フォートレス)》で堅牢な要塞を創造する。豪華な要塞の上部に、アインズ・ウール・ゴウンの紋章旗が風で揺れていた。

 何もなかった広場に貴族の住む住居を思わせる要塞が現れたので、目撃した村の老人は奇跡を見たように声をあげて跪いた。老人を宥めるアインズをしり目に、ヤトはそそくさと要塞の中に入った。

 神の降臨だとめそめそする老人を宥め疲れたアインズが要塞へ入ると、ソファーに横たわって欠伸をするヤトが見え、蹴飛ばしてやろうかと迷った。すぐ後ろに続いたセバスとユリのおかげでヤトは命拾いし、アインズの足はカタパルトを発進しなかった。

 改めて二人の支配者は机に座り、今後の打ち合わせに入った。

 簡易的な打ち合わせによって、この世界における文化・魔法・一般教養・アイテム価値、異形種に対する認識を、早急に調査すべきだと方針が固まる。

「セバス、ユリは村人の農作業を手伝え。少しでも多くの情報を集めよ。ヤトは異形種に対する認識調査を行なってくれ」
「はいはい。了解ッス」

 セバスとユリは跪いて頷いた。

「私は隠密行動を取り、アイテムの調査を行う」
「泥棒ですか?」
「なぜそうなる……」
「忍び込んで人の家を漁るんじゃ……」
「……違う。普段の生活でマジックアイテムの類を使用しているか確認する」
「ああ、そういうことか」
「それから、自分たちが異形種であることは、何があっても話すな。全員が周知徹底せよ」
「畏まりました」
「畏まりました」
「畏まった」
「……」

 一貫して軽い態度のヤトを不安に思い、目を細めた。髑髏の眼窩に変化はなく、ヤトがそれを察した雰囲気もない。先ほど、やはり蹴りを入れておくべきだったと後悔した。

 打ち合わせを終えた四名はそれぞれの部屋に戻っていく。セバスとユリにも部屋が与えられたが、僕として優秀な両者は護衛をしていないと落ち着かず、支配者二人の室外で待機し、そのまま朝まで寝ずに過ごした。

 一息ついたアインズは情報収集に活用すべく、《遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)》の操作を練習し始めた。


 蛇の化身である黒髪黒目の男は、部屋に入ってすぐに眠り、太陽が昇っても起きることはなかった。






メイド 1d10→フォアイル
アルベド憎悪1d6→ -5
アルベドの好感度ロール
1d6→ +6
近くにいた人間→1d4→エンリママ


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異世界、カルネ村滞在記(後編)



 翌朝、いつまでも眠っているヤトはアインズに一喝された。

 セバスとユリは農作業に精を出す村人を手伝うため、早々に出かけていた。二人は飲食・睡眠を不要とする指輪を渡されているため、睡眠・食事が必要なのはヤトだけだ。当の本人はアインズが部屋に侵入しても起きる気配がない。

 静かな室内で耳をすませば、寝息が聞こえてくる。

「いつまで寝ているんだ。早く飯を食え」
「おはようございます、アインズーさん」

 骨の手で揺り起こすとすぐに目を覚ましたが、寝ぼけている彼はアインズの名前を変な所で間延びさせた。引きずるように部屋を出て、応接間の椅子に腰を下ろさせる。寝癖が立っていたが、直してやる気にもならない。応接間のテーブルにはナザリックから持ってきた果物が置かれ、目が半分しか開いていないヤトは食欲という本能に動かされ、無造作に林檎を掴んだ。

 シャクシャクと果実に食らいつく音を背景に、二人は打ち合わせに入った。

 村内の視察に、アインズは姿を消して散策を、ヤトは武器を置いた自然体で村の中を回り、彼らの日常を知る必要があった。

「《完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)》」

 魔法を唱えたアインズの姿は掻き消えた。

「じゃ、行ってきまーす」
「夕方にまた落ち合おう」
「見えないなぁ……どこにいるんだ? ここか? あれ……こっちかな」
「早く行け……」

 ヤトが外に出ると、セバスとユリは順調に作業を進めていた。セバスは農作業をする女性たちに交じって土を耕し、ユリが男性二人で持つ大きな材木を両肩に乗せ、心配する男性を付き従えて運搬している。

(普通、逆じゃない?)

 男女平等とまでいかないが、激しい違和感のある風景に疑問を抱いた。村人たちは仕立ての良い服が汚れては困ると、必死で二人を抑えようとしていたが、アインズの命令を遵守する二人は実によく働いた。村人たちは完全に委縮していた。

 少し離れた大木の下、木漏れ日に照らされる子供たちがチマチマと何かの作業をしており、彼はそちらへと向かった。自分達へ近寄って来る彼を見つけた子供たちは、大きい瞳を好奇心で輝かせて見ていた。驚かせぬよう、努めて優しい口調で話しかけた。

「こんにちは」
「こんにちはー!」
「何をしているんだ?」
「薬草をすり潰して薬の材料にするの」

 リアルでは滅多に見ることのない器具、車輪の両側に棒の着いた薬師の商売道具で、丸い石の中心に溝のある器に薬草をすり潰していた。横に並べられた見覚えのない草を摘み取る。

「これはなんていう薬草かな?」
「知らなーい。お姉ちゃんなら知ってるかも。お姉ちゃーん!」

 赤い髪の幼女が、若い女性を呼ぶ。

「は、はい、何でしょうか?」

 一人の少女がバケツを両手で持ち、駆け寄ってきた。バケツに水が満杯だったが、器用な走り方で中身は零れなかった。

「すまない、忙しかったか?」
「いえ、大丈夫です。セバスさまのお蔭で余裕がありますので」
「この薬草はなんていう名前なのか教えて欲しい。私達の国にはなかった」
「はい、ぺんぎん草と言います」

(……なんだそのふざけた名前は、村の名前もペンギン村に変えたらどうだ)

 更に詳しい話を掘り下げていくと、薬草はエ・ランテルの薬師に買い取ってもらうのだという。他にめぼしい情報はなく、自然な流れで仕事を手伝った。慣れない作業に手間取り、時間はあっという間に流れていった。





 太陽が沈み夜の帳が降りた頃、住居にしている要塞では、互いが得た情報の交換会が催された。

「ご苦労だったな。セバスとユリは部屋にて休養をとれ。護衛はエイトエッジ・アサシンとシャドウ・デーモンがいればよい」

 天井にへばりついている、八本足の黒い生物が蠢いた。

「しかし、アインズ様」
「構わん、下がれ。休息も大切だ」
「……畏まりました」

 「疲れるんだよな」と、アインズは心の中で愚痴を零した。二人が退室したのを確認し、ヤトは果物を齧りながら問いかけた。

「どうでしたか?」
「いや、特に有益な情報はなかった」
「村人たちは陰口を叩いてなかったですか?」
「感謝しすぎて困るくらいだったな。午後、村長と話をしたが、こちらの持っているアイテムは年長者の村長でも知らないらしい。使い方もわからないと言っていた」
「なるほど、お疲れ様です」

 ヤトは次の果物を手に取った。

「人化の術を解除すれば食べなくて済むよ」
「いや、アインズさんも嫉妬マスク外してないじゃないですか」
「……まあね。どこに目があるかわからないから。ヤト、人間をどう思う?」
「どうって……別に大した興味はないです。友好関係を築けるならそれでいいんじゃないスか」
「俺は虫けらを見ている気分だよ。子供の頃に昆虫図鑑を読んだことがあるが、いまそんな気分だ」

 感情のない淡々とした声だった。それ以上でもそれ以下でもなく、一切の感情のない事実だけを説明する声だ。

「それってカルマ値の影響ですか? 単純にアンデッドだから? いや、でも、ユリは人間共と仲良く話してましたよ。男女問わずおモテになるようでしたね」

 人間を“共”と表現をしている時点で対等に見ていない証明だが、大蛇の化身に自覚はなかった。

「セバスなんか女にモテるんですね。ある意味ライバルかな」
「……なに言ってるんだよ」
「いや、以前にペロロンチーノさんが、最初の一周目を誰にするかと話してたのを思い出しましたよ。最初だから適当に見つけた女の子に決めるのか、それとも理想に近い女の子が出てくるまで待つのかと」
「そういえば話してたなぁ……ぶくぶく茶釜さんの目を避けて。それとなんの関係が?」

 仲の良かった友人を思い出すアインズは口調まで優しくなっていたが、彼にも自覚は無かった。

「いや、この村の女性を口説くかどうするかと……」
「まだ待ちなさい。しかし、カルマ値か。あんなおまけステがこの世界に甚大な影響を与えられるのかな」
「クエストや種族によっては、あながちおまけとも言えませんでしたがね。可能性の一つッスよ」
「セバスとユリにも聞いておこう。あの二人なら人間に悪感情を抱いてなさそうだ。そうなると、ナザリックにいる大多数のNPCがカルマ値マイナスなんだよね」
「アインズさん-500でしたね、極悪人じゃないですか」
「人じゃないけどね。ヤトは+100だったな。よくプラスにしたよ。カルマ値を上げるだけの、何の意味もないクエストやって」
「神職なのでマイナスにするとステータスに多少の影響があるんです。ペナルティがあるのがいやだったんですよ。これ以上、弱くなると困るし。クエストの敵も弱かったッスから」
「そのうちに実戦をやらないといけないね」

 アインズは顎に手を当てて、何かを思案している。

「ちょうどいいから、北にあるトブの大森林を見に行こうか?」
「いいですねぇ。きっと初期ダンジョンですよ! ゴブリンとかゴブリンとかゴブリンがたくさんいますよ」
「全部ゴブリン……強いゴブリンがいるといいけどね。何とかゴブリンとかゴブリン何とかとか」
「敵が強かったらどうします?」
「……可能性として、何気なく遭遇した最初の敵、レベルが100だったらナザリックへ撤退だね。二度と外に出てこないよ……」
「村人のレベルは幾つでした?」
「セバスの話だと、レベル0から1だそうだ」
「0!? レベルって1からじゃないんですか!? レベル0.2とか0.3とかもあるんですかね」

 ヤトは軽く笑った。

「レベル100とレベル0の人が町で肩がぶつかったらどうなるんでしょうね。いきなりヒットポイントがガリッと削れて死んだりするんでしょうか」
「そんな細かくて危ない設定だったら、この世界のレベル上げは大変だろうね」

 アインズも楽しそうに、くだらない話に応じた。まだ二人からはゲーム内にいる感覚が抜けていなかった。

「ところでエ・ランテルにはいつ行くんですか? 冒険者になるんでしたっけ?」
「そうだね、エ・ランテルはそれなりに発展している町らしいから、そこで暮らす者だけが知る情報は貴重かもしれない。あ、先に言っておくけど、君は連れて行かないよ?」
「えーっ……なんて、言うと思いました? 最初からそのつもりですよ」
「え? どういう風の吹き回し?」
「これが、るし★ふぁーさんとか、モモさんと仲の良かったペロロンチーノさんだったら、否応もなくついていったと思いますけどね。せっかく二人で異世界に転移したというのに、同じところで活動してちゃ意味ないじゃないですか。ましてや、情報収集が目的だというのに」

 ほお、とアインズは感心して顎を撫でた。前日、短絡的にメイドへ下着を見せろと命じた彼にしてはちゃんと考えていることに驚いた。その場しのぎの理由付けだとは見抜けなかった。

「何気にちゃんと考えてるんだね。るし★ふぁー仕込みの若造じゃなかったんだ?」
「仕込みなのは認めますけどね。いや、実験台という方が正しいかな。悪影響は受けてますけど。そういえば、昼間に薬草の話を聞きましたよ」
「俺もその場にいたから知っている」
「透明化してストーキングを?」
「失礼だな。生の情報調査だよ」
「薬草の種類も形態もユグドラシルとは差があるみたいスね。村長との密談はどうでした?」

 村長の話だと、アインズの使用した魔法《要塞創造(クリエイト・フォートレス)》が、国宝級の魔法道具(マジックアイテム)ではないかという話だ。その所為でアインズは、「どこかの異国の国王なのでしょうか」と村長に誤解されそうになり、絡まり始めた誤解の糸を解くのに随分と時間を要した。

 マジックアイテムに関しての具体的な情報は知らなくとも、その便利さは理解しており、不可解な事象は魔法道具(マジックアイテム)と判断しているらしかった。

「つまり魔法でやり過ぎても、マジックアイテムということにすれば何とかなる、という訳だ。他にも文化レベルは中世ヨーロッパかと思ってたが、どうやら違うらしい。魔法の力で発展の方向が違うから、下手するとリアルと変わらない可能性もある。町に行けばわかるが」
「噂の生活魔法ですね。塩を作るって本当ですかね……それってまさか人の汗を結晶化してたりしませんか。そう考えると汚いですね」
「それはないだろう……魔法の位階はわからないけど、習得できるなら使ってみたい」
「死臭のする塩なんか舐めたくないですよ」
「だから人の汗じゃ……なんだ死臭って。俺の骨か?」

 その他に一般の生活レベルは不明だが、リ・エスティーゼ王国領の暮らしは苦しく、税を納めるので手一杯のようだ。一般的に異形種は人間の敵という意識が強く、どこかの国では異形種と人類の戦いが常に起きている。アイテムの価値については、この村がアイテムとは無縁なので不明と説明をしてくれた。

「この世界の女のレベルはどうしたんです?」
「知るか。腐れリア充、爆発しろ」
「リア充じゃないですって。欲望は進化に必要不可欠なものじゃないですか。あ、でも女の子達がユリの事を絶世の美女だって話してたから、あまり期待できないのかもしれないスね。まあ確かにユリは美人だけど、人化の好みと蛇の好みに差が生じているのかもしれないな。いや、これはむしろ欲望の増大か、湾曲という方が正しいような……」

 ヤトはブツブツと取り止めのない独り言を呟いている。

「ヤト、今後パンツ見せて禁止。現実でやってなかったからってゲーム、といってもここは現実だけど、二度とやらないように」
「心外ですね。ボキは現実でもやってましたよ?」
「やってたの!?」
「意外と引かれないんですよ。相手と仲がいいことと、普段からそんな態度をとる条件が満たされていれば」
「このリア充め、《心臓掌握(グラスプ・ハート)》でも掛けてやりたいよ」
「勘弁してくださいよ。ピヨっちゃいますって」

 二人の楽しそうな会話が、応接間に満ちた。

 文句を言いながらも、アインズとヤトの会話は止まらない。この他愛ない会話を楽しんでいた。以前の41人が揃っていた黄金時代と比べれば寂しさは拭えないが、ブランクがあっても現役時代と変わらずに接してくれるヤトは、いつか他のメンバーが帰って来ても全盛期と何ら変わることなく時間を過ごせると希望を持たせた。

 同様にヤトは嬉しかった。ユグドラシル現役時代にアインズとの絡みは少なく、ギルドマスターなので会話はするが、彼と最も仲が良かったのはペロロンチーノだ。それが今は対等な立場に、しかも異世界転移した同志として、至近距離で会話をしている。

 互いに話しているだけなのだが、それだけで嬉しかった。

「るし★ふぁーさんは最後に戻ってきてほしいですね」
「そうだよね。この状態で彼だけ帰ってきたら、ナザリックが崩壊しそうだ」

 こうして二人の夜は、ヤトが眠気の猛攻撃に耐え切れず、音を上げる深夜まで続いた。相棒が眠りに落ちたあと、アインズはマジックアイテム《遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)》の練習を再開した。

 周辺の村がスレイン法国の特殊部隊に滅ぼされ、彼らの手はカルネ村に伸びようとしていた。





「じゃあ午前中は村人達を手伝ってきます」
「わかった、また後で」

 周辺の村を調査して村同士の交流はどうなのかを知ろうと、アインズは上手くいっている鏡の操作に没頭し、ヤトは一足先にエンリとネムを手伝おうと出ていった。

 果物を齧りながら、村内を気怠そうに歩くと、すれ違う村人たちは、一人の例外もなく挨拶をしてくれた。

「おはようございます」
「おはようございます」

 繰り返し(ダ・カーポ)に疲れてきたところで、木陰で薬草をすり潰している子供たちへ到達する。彼らの元気は今日も振り切っていた。

「おはよう」
「おはよう!」
「お兄ちゃん、起きるの遅いんだね」
「ん、いや家の中でやることがあったんだよ」

 しばらく取り止めのない話が続いた。

「おはようございます。ヤトノカミ様」

 やがて、水の入ったバケツを手にしたエンリがやって来る。

「おはよう、エンリ。今日も手伝わせてもらっていいかな?」
「あ、でも今日は近くの森に薬草の採取に出掛けようと」
「じゃ付いていこう。こう見えても強いから護衛になるぞ」
「よろしいのですか?」
「あぁ、アインズさんは中でやることがあるみたいだから、俺は暇なんだよ」
「ではよろしくお願いします」

 控えめにエンリは頭を下げた。

「ねえ、お兄ちゃんはどこから来たの?」
「なんで髪が黒いの?」

 異国の民へ興味津々な子供たちは、瞳を輝かせて質問を投げつける。

「俺はずーっと遠くの国からだ。俺にもどのくらい遠くなのかわからない。そこに住んでいる人は、みんな髪が黒いんだよ」

 この村では大人たちが農作業に取られてしまい、子供たちも遊ばずに作業を手伝っている。絶好の遊び相手となったヤトは代わる代わる肩車をせがまれ、エンリは申し訳なさそうに謝っていた。

 子供に特別な興味があるわけではないが、他者と親交を深めるイベントは嫌いではない。彼は全ての子供たちに応じながら、トブの大森林へ足を向けた。





 森林の入り口付近での薬草採取を終え、村に帰ると正午だった。魔物と遭遇することなく、薬草採取は退屈に終わった。食事を摂るために要塞に帰宅すると、セバスとユリは頭を下げて出迎えてくれた。

「ただいまー」
「お帰りなさいませ、ヤトノカミ様」

 「お帰りっていいな」と思いながら、卓に並べられた調理の必要が無い果物に手を付けた。

「アインズさんは?」
「はい、まだ作業中でございます」
「ふーん。そうか」

(まだ鏡弄っているのか。何か面白い発見でもあったのかな?)

 面白いイベントを待っているヤトが、何かの発見があったのかと期待していると、ユリが申し訳なさそうに声を掛ける。

「あのう、ヤトノカミ様?」
「どうしたユリ?」
「お聞きしたいことがございます。よろしいでしょうか」

 主の食事を妨げたユリを、セバスが軽く睨んだ。

「いいよ、何?」
「一般メイドであるフォアイルに、その……ご寵愛を授けたというのは事実でございましょうか?」

 口の中で咀嚼していた果物を吹き出し、一部は気管の方へと足を延ばした。

「ゲホッゲホッ。水をくれ」
「は、はい、ただいま!」

 優秀な執事であるセバスも、ユリの想定外な質問に固まっていた。

「ふぅ」

 コップに入れられた水を飲み干し、一息を吐く。

「いや、あれはご寵愛などではない。私達にしかわからないことを確認したかっただけなんだ。決して下品な下心からではないよ。だからこれ以後、もう二度と言わないから」
「そうなのですか?」
「当たり前だ。ちなみにその話、どこまで広まってんの?」
「はい、守護者の方々はあまりご存じないかと思われます。私を含めたプレアデス・一般メイド達と、噂によるとアルベド様の耳には入っているとか」

 心の広場に立っている小さいヤトが、滝のように流れる冷や汗で足元に水溜りを作った。既に一度、説教を食らっている。アインズに知れたら、何をされるか分かったものではない。

「明日には帰還するから、皆の誤解を解いてくれ」
「畏まりました。私の悩みに応えて頂き、ありがとうございます」
「悩んでたの?」
「はい、アインズ様はアルベド様と御婚約なされたというのに、更に一般メイドにお二人でご寵愛をとの事でしたので、アルベド様が不憫でございまして」
「……指輪のことだな。アインズさんは婚約指輪という意味で与えたわけではないよ。ついでにそれも訂正しておくように」
「畏まりました」

 居心地悪くなったので、果物を手に取りアインズの部屋へ移動した。

 どちらにしても噂はアインズの耳に入ることになり、ヤトへの説教も揺らぎはしなかった。





「アインズさん。何時ごろにトブの大森林に行く?」
「おかえり、その前にちょっとこれを見てくれ」

 アインズは遠隔視の鏡を指さした。

「なにコレ? 廃村?」

 鏡の中に映っていたものは、焼き払われた村の残骸、煙を上げる家、無造作に置かれた老若男女の死体だった。死体の致命傷は剣によるものだ。奥に生きている人々が10人程度、呆然自失で立ち尽くしているが、生存者の十倍以上の死体が転がっていた。

「盗賊団の襲撃かもしれない」
「ここはどこですか?」
「ここから南東に下って行った場所、だね」
「カルネ村にまで来るかもしれませんね」
「俺もそう思う。すぐに帰還しよう」
「えっ? 助けないんですか?」

 不思議そうなヤトの問いに、輪をかけて不思議そうなアインズが聞き返した。

「なんで?」
「だって可哀想じゃないですか」
「いや、もう情報はもらったし、理由も価値もないから」
「う、いや、まあそーなんですけどねー……」

 驚いたり失望したりしているわけではなく、ようやく発生したイベントを無視して拠点に帰るのは勿体ない。アインズの意見には同意し、理解もできていたが、帰還と交戦ではどちらが面白そうかと偏った天秤にかけると、自然に戦う方へ軍配が上がる。

「ではこうしましょう。逃げる準備を万全に整えて、隠密部隊を後方待機させます。その後で村人を待機させ、俺が本気で強化スキル全力の一撃を与えましょう。それで相手が死んだらオッケー、死ななきゃ逃げましょう。実戦の機会ですよ、アインズ様」

 個人的な希望を練り込まれた意見なので、あまり強く言えなかった。アインズは顎に指をあてて考えている。

「実戦訓練という意味で考えれば、逃げやすい状況での実戦は悪くない。一般的な盗賊団だとすると、レベルも桁違いに強いわけではないだろうし」
「ありがとうアインズさん」
「でも負ける可能性が1%でも見えたら即時撤退。ゲートの準備は先にする。これは譲れない」

 反論は許さないと、アインズは静かに強く諭した。

「ん、うーん……はい、わかりました」

 これ以上の反論が思いつかず、また反論する気もなかったので引き下がった。アインズの言う通り、命を懸けて守らなければならないのは自分たちの住処、ナザリック地下大墳墓だけであり、他の生命は行きがけの駄賃というのに同意見だ。アインズにとっては虫けらであり、ヤトにとっては風景の一部(モブキャラ)なのだ。

 彼らが死のうが生きようが、どちらもゲーム内のイベントに過ぎなかった。





 俄かに信じがたい事実を突きつけられた村長は、困惑して汗を流した。ヤトが鏡の映像を見てもらうよう提案し、映し出された大量の死体を見て、彼は何が起きたのか一目で理解した。

「こっこれは!? コトス村が壊滅している! なんという事だ……」
「落ち着いてくださいよ。襲撃した奴らはその内ここにも来ますよ」
「村長殿、世話になった礼に、我々も協力しましょう。だが、彼らの強さが分からない以上、逃げる準備は必要です。我々だけで太刀打ちできなければ、この村は滅びるでしょう」

 崩れ落ちてもおかしくないほど重大な衝撃を受けた村長を宥め、村の北側に住民を集めさせた。北側に集めたのは、アインズ達が撤退した場合、トブの大森林に隠れて一人でも生き残れるようにとの提案だ。

 セバスとユリをナザリックへ帰還させ、入れ違いに防御に特化したアルベドを呼びだす。

「アインズ様ぁ、お会いしとうございました」

 全力の武装をした彼女は、黒い鎧で全身を覆い隠して性別すら不明だったが、しなを作ってくねくねと悶えているので女性だとわかる。アインズの目の前で赤い蛇(レッドスネーク)のようにくねくねと踊っていた。

「よかったね、アルベド。彼も会いたがってたよ」
「くふふふ、ありがとうございます。アルベドは女に生まれて幸せでございます」
「……うむ、では作戦を決めるとしよう」

 冷や汗を掻いていそうなアインズを、ヤトは面白そうな目で眺めていた。





 アインズが鏡で周辺をくまなく探した結果、今夜から明朝にかけてカルネ村へ襲撃をかけるらしく、騎士の格好から盗賊ではないと推測された。

「盗賊じゃないって、じゃあ戦争の侵略行為ですかね?」
「皆殺しにしていないところを考慮すると、その可能性が高いと思われますわ」
「ふむ、帝国か、帝国の仕業に見せかけようとする第三者か、どちらにしても振りかかる火の粉に変わりはない。彼らに先陣のヤトが放つ衝撃波が通じなければ即時撤退。だが、ここはナザリックから近い。戦争の示威行為だった場合、我らの身も危険だ」

 アルベドとヤトは、顎に手を当てて悩むアインズの次の言葉を待った。

「エイトエッジ・アサシンは15体、全員で等間隔に村を囲め。ヤトの初撃で歯が立たないようなら、その身を挺して我々を守れ」
「御意」

 壁際に整列しているエイトエッジ・アサシンが応えた。彼らは隠密行動に長けた昆虫種族であり、その豊富な手足で8回連続攻撃を持つ強力な暗殺者だった。

 それなりの弱者であればだが、彼らだけで事足りる。

「アルベド、お前は最終防衛ラインだ。必ず我々の撤退を支援し、そして自らも生きてナザリックに帰還せよ。念のため、作戦前にデスナイトを一体召喚しておく」
「はっ。必ずやご期待に応えてみせます」
「いつものデスナイトですね」
「エイトエッジ・アサシンは敵影が発見できるまで、周辺地域を広範囲にわたり警戒。敵影を発見後、即座に伝達。行動はすぐに実行せよ」
「仰せのままに」

 返事と同時に彼らの姿は消えた。

「アインズ様、他の守護者達を呼んでは如何でしょうか。特にアウラは魔獣を使役していますし、シャルティアは眷属召喚が可能です。発見した敵の実力を測るのに最適かと思われます」
「今回、最も優先しなければいけないのは、敵が我々より強かった際の素早い撤退だ。それには人数が多いと時間がかかってしまう。エイトエッジ・アサシンであれば、ここに置いていっても、隠密行動に優れているので見つかることは無いだろう」

 アルベドに優しく諭した。

「はっ、失礼いたしました。ではそのように」
「では待機だ、アルベド。よろしく頼むぞ」
「畏まりました、アインズ様」

 アルベドは要塞の外へ出ていった。アインズの役割演技(ロールプレイ)を、ヤトはぼんやりと見つめていた。改めて自身の立ち位置をどうすべきなのかと考えたが、希望も結論も出なかった。

「相変わらずロールプレイがお上手ですね。俺も従いそうになりますよ」
「好きなことだし、趣味も入っているからね。今回は命懸けだけど」
「さて、何時に来ると思います? アインズさん」
「戦争の先発隊だと仮定すれば、村人が目を覚ます前、早朝が妥当だ」
「俺もそう思います。人化は解除しておきますね。もうすぐ夜なので、外で見張りしませんか?」
「そうだな。念のため空から見てみるか」

 ヤトは本来の大蛇に戻った。

「うし、眠気も覚めましたし、警戒に当たりましょう。血沸き肉躍るというのはこんな気分なんでしょうねえ」
「どうも締まらないな……」

 若干の不安と強い好奇心を小脇に抱え、二人は要塞を後にした。





 満天の星空を照明に、村人たちは災害で避難してきた難民のようであった。焚火に照らされる表情は不安の色が濃く、みなが口々に慰め合っていた。空を流れる美しい天の川も、彼らからしてみれば見慣れた景色だ。慣れない野営と襲撃の恐怖で、大半の人間は震えて眠れない夜を過ごした。

「お母さん、今日は外で寝るの?」
「そうよ、あなたは何も心配しなくていいの。たくさん食べなさい、私の分も」
「いただきまーす!」

 ネムは赤い果物をもぐもぐと食べ、口の周りを果汁で濡らした。母親の手が優しく口を拭き、咀嚼する彼女の口角が上がる。すぐ隣では食欲を失ったエンリが、顔に濃い影を落とした父親に尋ねていた。

「お父さん、私たちどうなるのかな……」
「わからん。今はあの方々を信じるしかない。エンリももう休みなさい」
「うん……」

 何でもない一日は、執事の訪れから一変してしまった。

 命を奪われる恐怖に、皆がすぐにでも逃げ出したかったが、夜の森をうろついて魔物にでも遭遇すれば、そちらの方が死ぬ確率が高い。


「お母さん、これ美味しいよ! お母さんも食べなよ!」


 ネムだけが遠足の前日にはしゃぐ子供のように、笑顔で果物にかぶりついていた。






タイトルは世界、ウルルン滞在記より


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異世界カルネ村殺戮記


 眠ることなきアインズ一行に、エイトエッジ・アサシンから敵影発見の報告が入ったのは翌朝だ。南西の方角より騎馬一個小隊、騎士であることは間違いないが、強さや所属までは測れず、依然として敵の実力は不明だ。

 一晩中、待ち続けた来客にヤトの心は躍り、アインズは密かに身構えた。

「ワクワクするね。楽しいッス!」
「命掛かっているんだから死ぬなよ。頑張れ、切り込み隊長」
「お任せを、アインズ・ウール・ゴウン様」

 ヤトは背中に収納されている大鎌・小太刀を構えた。

「じゃあ、ちょっと行ってきます。アルベド、何かあったらアインズ様だけは守れよ」
「御武運を、ヤトノカミ様」

 買い物に出かけるのとなんら変わらない、軽快な口調だった。

 強化スキルをいくつも唱え、黒い波動を全身から立ち上らせる。スキルの使用が重なる度に、自分が強くなっていくのを感じ、同時に攻撃性と加虐嗜好が膨張していく。敵対者への殺意は、それまでふざけきっていた彼の雰囲気を一変させた。

「はぁぁぁぁ……」

 どす黒い色でも帯びているかのような、吐息を漏らした。

「さあぁ、はじめようかぁ!」

 大蛇は駆け出した。

 スピードは元より速かったが、スキルにより強化されている彼の速度は人知を超越し、一瞬で姿が見えなくなった。

 「流石に速いな」と、残像も残さずに姿を消した友人を見て、アインズは呟いた。

(ちょっ、ちょっと! 早すぎる!)

 当の本人は自分でも驚く速さで敵に向かっており、遥か遠方に見えていたはずの敵はいつしか目前に迫っていた。

「わあああ! 超斬撃衝撃波(ギガスラッシュ)!」

 敵と遭遇(エンカウント)時に不意打ちを食らったような驚きの声を上げたことで、敵の騎士達は異形の怪物に気が付いた。迎撃準備ができていないヤトは、慌てて衝撃波を放つ。鎌と小太刀の間から発生した衝撃波は、横に大きく広がって騎士たちに進んでいった。

(まずい、体勢崩したから二発目が)

 ヤトが焦ってもたついている間に、敵へと到達した衝撃波は馬もろとも切断した。スパッと気持ちいい音が聞こえそうな切れ味に、こちらに走っていたはずの騎乗騎士は、一人も残さず地面に倒れていった。大量の血で草原を赤く汚し、馬と騎士は鎧をまとった肉塊になった。

 付近から生者の姿が消えた。

「え?」

 どこかで何かが倒れる音が聞こえ、そちらへ顔を向けると遠くの大木が倒れていた。

「……そんなに遠くまで伸びないはずだったんだけど。《現断(リアリティ・スラッシュ)》相当だからなぁ。たっちさんの次元断層とか次元断切とかどうなんの? 範囲強化スキルは持ってないんだけど、運強化(中)の影響か?」

 探知スキル、ピット器官《生命探知・アンデッド探知不可》で周辺を確認し、何も生き物がいないと確認できた。早々に仕事を終えたヤトは、哀愁を漂わせながらトボトボと帰っていった。

「期待外れだ……鎧ってあんなにスパッっと切れるの? 頭の刀も抜いてないし。つーか、あれだったらアインズさんの絶望のオーラⅤとかでも殺せたんじゃない? そっちのがMP消費少ないし……ツマンネー」

 ブツブツと文句を言いながら、緩やかに村に歩いていった。





 村の入り口で二人が出迎えてくれた。

「お疲れ。デスナイトを出すまでもなかったね」
「弱かったッス。ゴミでした」

 文句を垂れ流していた先ほどとは打って変わり、明るい口調でアインズに声を掛けた。

「いえ、ヤトノカミ様に両断して頂けるなど、下等生物に相応しい最期かと思いますわ」
「そ、そうかな、ありがとう。ところで、アルベドは人間をどう思う?」
「虫けらでございます。あの様な下等生物、踏み潰したら、さぞや気持ちがいいでしょう」

 声のトーンを落として答えた。アルベドは心からそう思っているのだとわかった。アインズはカルマ値の影響を考慮しようと、人知れず心のノートに疑問を書き加えた。

 書き終えたアインズは、アルベドを優しく諭す。

「アルベド。考え方を変えろとは言わんが、その物言いは避けよ。何か役に立つ事もあるかもしれない」
「はっ、失礼いたしました」
「エイトエッジ・アサシン。奴らの死体を村の広場に運べ」
「アインズ様、村の反対側より一個分隊相当が接近しています。どうやら隊長格はそちらに」

 エイトエッジ・アサシンが急いで報告に来た。

「隊長は生かして捕らえよ。武器や防具を調べたいので、他は綺麗な死体で殺せ。殺害後は同様に死体を集めよ」
「仰せのままに」

 指示されたエイトエッジ・アサシンは、素早く走り去った。

「村長を呼びに行きますか。気を張って外で寝たから疲れてるでしょ」
「その姿で行かないように」
「あ、そうでした。《人化の術》」

 三人は村人達が待機している村の北側を目指した。途中でヤトの足は極端に鈍くなり、アインズとアルベドが立ち止まって振り返ると、彼の目は半分も開いていなかった。

 黒髪黒目の男は、弱弱しい声で新たな危機を知らせる。

「アインズさん、大変です……眠いです……」
「……村長の家で寝かせてもらえ」

 彼は途中で力尽き、アインズとアルベドに肩を担がれて広場へと向かった。





 肩を担がれるヤトの姿を見て、村人たちは戦いで負傷したのかと顔面蒼白だ。アインズの説明と寝息を立てるヤトで落ち着きを取り戻し、寝不足の彼らは各々の自宅へと帰っていった。

 村長の肉体疲労をアインズが魔法で癒し、眠ったヤトの代わりに村長を加えた三人で、捕らえた隊長の尋問を行った。

 吐き出された痰のような男はベリュースと名乗り、品性も知性も誇りさえない命乞いと話し方でアインズを不快にさせ、アルベドの殺意を買い、村長を怒りで真っ赤にした。会話の途中でいちいち命乞いを挿入し、遅々として進まない話に不快になるも、他に生かして捕らえた者はおらず、情報を引き出すに余計な時間を労した。

 彼らはスレイン法国の特殊部隊、陽光聖典の先遣隊にあたり、当該任務はリ・エスティーゼ王国最強の戦士と名高い、ガゼフ・ストロノーフ戦士長の暗殺任務だ。村にいる人間を無作為に選んで生き残らせ、他は全員殺すように言われたと話した。

「帝国の鎧を着用して両国の仲違いを仕向けろと。もうすぐガゼフ・ストロノーフも、この村に来ます。スパイがいますので、装備のランクを落とした戦士長を、陽光聖典が包囲してから暗殺する手はずになっています。ですから! 私の命だけは助けてください!」

 部下を殺戮したエイトエッジ・アサシンが、よほど恐ろしかったのか、聞いてもいないことまで教えてくれた。ベリュースという男は尋問に友好的かつ協力的だ。

 それが余計に不愉快だった。

「ちょうどよい。そのガゼフとやらがここに向かっているのであれば、もう一度その話をせよ」
「はっはい! ありがとうございますぅ!」

 アインズはこの男を助ける気が無く、また助けるという言葉も口にしていない。助かったと勘違いしているベリュースは騒がしく叫んだ。

「なんということを……この村には幼い子供たちも、働き盛りの若者もたくさんいるのに……適当に残して殺すなどと……我々は間引きされる家畜ではない、そんなことが許されるはずがない」

 村長は怒りで顔を真っ赤にし、握った拳が震えていた。ベリュースの小物臭い話し方も、その怒りを助長する原因だ。こんな奴らに殺される所だったのかと、心中では暴風雨が吹き荒れている。

「村長殿、もうすぐここに王国戦士長がやってきます。改めて村人をどこかに集めてください」

 アインズは村長に呼びかけたが、顔を赤くして怒りを堪える彼に聞こえてはいない。

「落ち着いてください、村長殿。もうすぐお昼なので、皆さまと昼食を」
「っ……はい。申し訳ありません、ゴウン様」

 とぼとぼと立ち去る村長は背中に哀愁を漂わせ、前日と比較すると一回り老け込んで見えた。

「ヤトを起こしてこよう。戦士長殿を迎える準備をしなければ。アルベド、ここからが本番だ」
「畏まりました。お任せください」

 エイトエッジ・アサシンが無傷で殺戮を終えたことにより、アインズは敵のレベルに安心と油断をしていた。広場に積み上げられた死体の山は全員がレベル1から5までの騎士であり、最悪の選択肢はどこにも存在しなかった。





 村長、アインズ、アルベド、そして眠そうなヤトの4名は、村の西側で待機をして王国騎士団の到着を待った。アルベドは絞められた家畜のようなベリュースの首根っこを掴み、アインズの後ろで待機した。ベリュースがうめき声をあげる度に、アルベドの手に力が込められた。

「……アルベド、殺すなよ?」
「ご安心ください、アインズ様。限界は見極めております」
「……そうか」

 生命活動が放棄(ボイコット)される限界寸前まで首を締め上げられ、畜生扱いの彼は鼻水と涙を流していた。

 程なくして、馬を駆る武装集団が見えてくる。

 現れた騎士たちは装備に統一性がなく、武器の種類もバラバラだった。盗賊団や傭兵団と言われても信じられた。恐らくは隊長なのだろうと思われる、先頭を走る屈強な男性は、部下たちへ停止の合図を行い、精悍な声で叫んだ。

「私は王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ! 近隣を荒らしまわっている騎士を討伐するため、王のご命令を受け、村々を回っているものである!」

 アルベドに首根っこを掴まれた男を見つけ、ギョッと目を見開いて言葉を止めた。

「……この村の村長殿か。この方々はどなたか教えて貰おう」

 「偉そうだな」とヤトは表情を曇らせ、「生意気な下等生物が」とアルベドは鎧の中で顔を歪めた。二人の不穏な空気を察したアインズは自身へ注意を向けようと、村長を手で制して堂々とした振る舞いで説明をはじめた。

「初めまして、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ殿。私はアインズ・ウール・ゴウン。ナザリックという場所の主人である魔法詠唱者です。転移魔法の失敗で、仲間達と共に近くに転移してきてしまったのです。周辺の情報を集めるために村へ滞在していたのですが、騎士の襲撃に遭い、これを撃退した者です。彼が護衛で友人のヤト、部下のアルベドです」

 紹介された二人は、仕方なく頭を下げた。双方、若干の意味合いは違うものの、あまり快く思ってはいない。

 ガゼフは馬を降り、アインズに歩み寄った。

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない。ゴウン殿。すまないが、仮面を外してくれないだろうか」
「お断りします。私の見た目は少し変わっていますので。彼を見て察して頂きたい」

 促されたヤトは、軽く頭を下げた。南方の異国人である事を貫き通すつもりだったが、ガゼフが高慢な貴族であれば何の理由にもならない。この場で別の殺戮を招いただけだ。しかし、武人に類する彼は、それ以上の追及をしなかった。

「そうか……それは失礼した。非礼を詫びよう」
「感謝します、戦士長殿。さあ、お前の知っていることを説明しろ」

 身元を掘り下げられても困るので、アルベドの捕らえているベリュースを促した。





 小物臭が漂うベリュースの話を、ガゼフは眉をひそめながらも静かに聞いていた。ひとしきり話が終わったのを確認し、アインズが尋ねた。

「王国貴族はスレイン法国と繋がっているのですか?」
「いや、そんなはずはない。スレイン法国は王国貴族の腐敗を嘆いていると聞く。恐らく、先遣隊の彼には作戦の詳細を明らかにしていないのだろう」

 アインズは仮面の下からベリュースを睨んだ。不穏な空気を察した彼は俄かに騒ぎ始め、アルベドに首根っこを再び拘束された。

「ひぃっ! お許しください! 私は部下の話を聞いただけなんです! 命だけは!」

 情けない姿に殺す気にもならず、ガゼフとの話し合いに戻る。彼の話によると、貴族から難癖をつけられ装備品をはく奪、投げやりに放り出されたようだった。

「戦士長殿、王国は私達を見捨てたのですか! 今まで必死に税を納めてきたというのに、ゴウン様があの時いらっしゃらなければ、村は壊滅していたのです!」
「村長殿、すまない。責めるなら腐敗貴族の反発に抗えなかった私を責めて欲しい。どうか王を、弱られている王を責めないでくれ」
「そんな……私達は冬を越すために、毎日を必死で生きているのに……」
「すまない」
「私たちの生は……何だったんだ」

 否定もせず、村長へ謝罪の言葉を紡いだが、彼の心中は平穏を失っている。安い慰めは何の効果もない。憤怒・絶望・悲哀・落胆・様々な感情が入り混じった表情を浮かべ、膨らんだ風船のように針で刺せば破裂をし兼ねない。50代中頃だったはずの村長は、背中を押せば倒れそうだ。

 そんな村長をしり目に、ヤトはガゼフ・ストロノーフを真っすぐ見据えた。王への忠誠、自らの武への誇り、他者へ心遣いが見て取れる彼は、決して嫌いではなかった。

 しかし、噴き上がった村長の感情は、その程度では収まらない。

「もう手遅れだな」

 聞えないように呟いた。

 場を仕切り直そうと、アインズが努めて穏やかに彼を宥める

「村長殿、気持ちはわかるが落ち着いてください。あなたがしっかりしないと、他の村人も不安になるでしょう」
「取り乱して申し訳ありません、ゴウン様。私は……私は悔しい。今まで王国の為に、王の為に尽くしてきた私達の、その人生はなんのためだったのか……」
「一度、皆様に説明をしてきてはいかがでしょう。私達はここにいますので」

 村長を促し、この場を離れさせた。

 あそこまで落ち込んでしまった以上、アンデッドでもない彼の精神が落ち着くまで多大な時間を要する。二度と元に戻らないと考慮しているのは、アルベドとヤトだけだ。

「戦士長殿、周辺に隠密に長けた部下を待機させています。今しばらくこちらで待機を」
「しかし、包囲が完了するまで大人しく待機をしている訳には――」
「ご安心下さい。強いのですよ、私達は」
「戦士長殿、私と立ち合いをしてくれないか? 王国最強の腕を見てみたい」

 「おまえ、また何言ってんだこの野郎」と、アインズの内心は穏やかでない。

「よろしいのではないでしょうか、アインズ様」

 アルベドがヤトに加勢し、アインズの勢いは止まった。ガゼフは全身を漆黒の全身鎧で武装し、ベリュースの首根っこを無慈悲に掴む御仁が、実は女性だったことに気づいた。

「アルベド、なぜだ」
「安心して我らに任せるには、王国最強と名高い彼と立ち会うのが相応しいでしょう。最強の彼と立ち会えば、我らの強さも測れます」

 理性的なアルベドはアインズを納得させた。

「……仕方ないな。お手柔らかに、戦士長殿。陽光聖典は我々で撃退しましょう。立ち合いの礼だと思って下さい。勿論、彼が弱くて不安であれば、ご同行いただいて構いませんが」

 アインズは諦めたようにガゼフに話しかけ、どこからか小さく「やった」という声が聞こえ、アインズを密かに苛立たせた。ここまで、誰もガゼフの意思を確認していない。

 意志をないがしろにされ、立ち合いをする流れに巻き込まれたガゼフからすれば、今さら「嫌だ」と言えない空気だ。止む無く戦士長は準備を始めた。おびただしい数の死体が積み上がる広場にて、副長に手伝われながら下級の装備を整えた。

「あの恐ろしいほどの死体は……」
「彼らの実力を物語っているな」
「よろしいのですか、ガゼフ様。あのような得体のしれない者と立ち合いなど」
「ふむ……副長はどう思う?」
「……私は不気味です。あの三名、誰一人として勝てる気がしない。まるで猛獣の檻に放り込まれたようです」

 ガゼフは笑いながら応えた。

「私もそう思う」






(PVPの開始距離は10mだったかな……?) 

 王国側の手に汗握る緊迫感とはほど遠く、呑気なヤトはどの程度の距離を開けるか悩んでいた。仮面で表情が不明のアインズは、どことなく退屈そうである。仮面が無くても表情はわからなかった。

 双方、武器を構え対峙し、僅かな間が流れた。

 騎士たちは揃って唾を飲み込む。

 先に動いたのはガゼフだった。

 ヤトは手加減して舐めていた。動きの鈍いヤトの刀を掻い潜り、少しでも手傷を負わそうと斬りかかる。攻撃の全ては弾かれることなく命中したが、自動発動(パッシブスキル)《上位物理無効化Ⅲ》によってレベル60以下の攻撃が無効化されてしまい、重たい空気を斬るような手ごたえしか感じなかった。

(60レベル以下か……)

 ヤトとアインズは肝心な情報を把握した。王国最強の戦士が60以下であれば、通常の戦力で十分に国を殲滅できる。

 ヤトは長い刀でガゼフの剣を防いだ。武術の経験のないヤトでも、面白いように攻撃の軌道が読めた。取得した職業に合わせて体が作られていると考えるのが自然だ。

(体は自然に剣術を使えるみたいだな)

 幾度となく剣を弾かれ、幾度となく受け流され、ガゼフは徐々に本気になる。

「《流水加速》《能力向上》」

 武技を使用して身体能力を上げ、再びヤトに斬りかかった。

(何だ? スキルとはまた違うな。俺は習得できるのかな)

 自動で無効化されるため、ヤトは真剣に相手をしていなかった。

 立ち合いは一方的な流れとなり、心配したアインズから《伝言(メッセージ)》が入る。片手でガゼフの剣を弾きながら、こめかみへ指をあてて答えた。ガゼフは本気の一撃を片手で受け止められ、思わず目を見開いた。

《なんでしょうか》

《あまり圧倒的な立ち合いをするな。目立つ事は避けなさい》

 「それもそうだな」と《伝言(メッセージ)》を切断し、声だけでダメージを負ったように振る舞った。

「うっ」

 特に剣も当たっていないのに痛がる振りをして体勢を崩した。ガゼフは武技を使って闘争の幕を下ろそうとしていた。

「《六光連斬》!」
「うわああ!」

 彼の動きに合わせて後方に飛び、故意にバランスを崩して芋虫のように転がった。さじ加減が良くわからず、過剰に遠くまで転がった彼は、衣服が上から下まで砂埃で汚れた。アインズは友人の稚拙な演技が恥ずかしくなり、精神の沈静化を行なった。

 手を汗で濡らしたガゼフの部下たちは、安心して胸を撫で下ろしていた。勝者のガゼフには何の手ごたえもなく、圧倒的な力の差に苦々しい表情を浮かべていた。どちらが勝者かなど、戦った両名からすれば考えるまでもなかった

 砂で体を汚した敵はのろのろと立ち上がり、片手をあげてガゼフへの称賛を述べたが、ガゼフからすれば皮肉を言われているように感じた。

「いててて、ありがとうございます。ガゼフ・ストロノーフ殿。お見事です」
「友人の我儘に付き合ってくれて感謝する。戦士長殿」
「いや……ゴウン殿。そなたの友人は強い。ヤトノカミ殿、退屈な試合で申し訳なかった」
「いえ、楽しかったです。またお会いする事があればお願いします」
「一度、王都に来てくれないか。今回の礼を兼ね、歓迎させていただこう」
「礼ならばこの村に届けてくれればかま――」
「王都には美人が多いのですか?」

(この野郎……なに勝手に話をしてるんだ)

 アインズの言葉を遮り、ヤトは会話に割り込んだ。当然、アインズに睨まれたが、仮面をつけている上、素顔は髑髏なので理解できない。

 ガゼフは彼の言葉を拾い上げた。

「もちろんだとも。王国一美しいのは第三王女様だ。そのご友人であるアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇は女性だけで構成されている。リーダーは強くて美しいらしいぞ」

 村を救った英雄の彼らへ敬意を払い、王都に呼び出して礼をしたいガゼフは、自らの発言に多少の誇張表現があったと自覚していた。アインズが王都へ来る件に否定的なのであれば、ヤトだけでも王都に招きたいと考えていた。

「よっしゃー。必ず行くぜ、ガゼフ・ストロノーフ殿」

 アインズは止める気にもならず、額を押さえて首を振る。「後で覚えていろよ」と、アインズは先の戦闘以上に決意を新たにする。

 アルベドは配下から連絡を受け、アインズへ報告をした。

「アインズ様、陽光聖典によるカルネ村の包囲網は完成したそうです」
「わかった。それでは戦士長殿、我々はこれより彼らの迎撃に入ります。村人の避難所を守ってくれるとありがたい」
「ゴウン殿、我々も助太刀を――」
「それには及ばない、巻き添えになると命に関わる。私はそのような魔法詠唱者なのですよ」
「それじゃっ!」

 死地に赴くとは思えない軽さで、ヤトは手を挙げた。

「後ほど会いましょう、戦士長殿」

 強い目で助太刀を申し出たガゼフだったが、差し出した手は取られなかった。

「よろしいのですか、ガゼフ様」
「彼らは強い。恐らく、私が何人いても、傷一つ負わせられないだろう。その彼らについていくというのは、彼らの言う通り邪魔になるだろう」
「そんな……」
「我らにできることは、彼らが撤退した場合、速やかに村人を逃がすだけだ。副長、村長殿に協力を仰ぎ、村人を広場に集めろ」

 この時に下した選択の正誤が、ガゼフは後になってもわからなかった。





 カルネ村の周囲にて、陽光聖典指揮官であるニグン・グリッド・ルーインが、部下の報告を険しい顔で受けた。周囲に控えている黒い法衣を着た部下は、天使種族、炎の上位天使(アークエンジェルフレイム)の召喚を続けている。召喚された天使たちは宙を漂い、命令があるまで待機をしていた。

「そうか、先遣隊がなぜ消えたのかは不明だが、ガゼフと対峙してしまったのであれば、やむを得ない犠牲か。標的はどうした?」

 頬に縦に走る傷跡がある彼は、獰猛な獣の目を部下に向けた。

「はっ、村の中にいることは確認してあります。じき、こちらに現れるかと」
「そうか、これで神託を成すことができ……ん? なんだあいつらは」

 黒いローブを着て怪しげな仮面をつけた魔法詠唱者が、二人の護衛と立っていた。

「初めましてスレイン法国 陽光聖典の皆様。突然で申し訳ありませんが、皆さまは我々と共に来ていただきます」
「貴様らは何者だ!」
「ナザリック地下大墳墓の主、アインズ・ウール・ゴウンと申します。無駄な抵抗は御止めになった方がよろしいかと思われます」

 スレイン法国の特殊部隊隊長であるニグンは、馬鹿にされた気になり怒りを露わにする。

「殺せ」

 光り輝く剣を握った二体の天使が、アインズ目がけて急降下し、一切の抵抗なしに両胸を貫かれた。ニグンの目には無言で佇む彼が、剣で貫かれ絶命したかに見えた。

 傍らの剣士が気の抜けた声を発するまで。

「どうッスか?」
「やはり、ユグドラシルと同じだ。炎の上位天使(アークエンジェルフレイム)で間違いない」
「斬ってもいいスか?」
「いや、私がやろう」

 突き刺した剣が抜けず、足をじたばたと暴れさせる天使の頭を掴み、全力で地面に叩きつけた。叩きつけられた天使たちは光の粒子となり、砂埃に混じって消滅した。

(綺麗だなー)

 緊張感の欠片も見受けられないヤトは、夕刻を彩る光の砂に見惚れていた。

 アインズは動揺する陽光聖典に語り掛ける。

「さて、君たちの信仰する神はなんだ? 名前や力などを詳しく教えてくれるとありがたいのだが」
「天使の召喚を続けろ! 天使たちよ、かかれっ」

 ニグンは答える様子もなく、指示を出している。

「やれやれ、聞く気もなしか。アルベド、ヤト、後ろに下がれ。私がまとめて片づける」

 命じられた二人は、アインズの後方に下がっていく。

「さぁ、始めようか、鏖殺だ。《負の爆裂(ネガティブバースト)》!」

 アインズを中心に黒い球体が大きく広がり、空を漂っていた大量の天使たちは負属性の爆裂を受けて消滅した。日没が迫る夜空に、光の粒子が装飾(イルミネーション)となった。

 ヤトはまたもや見惚れてしまい、口が開いていた。

「そんな馬鹿な! あれだけの天使たちを一撃で!」
「ニグン隊長! どうすればいいのでしょう、いっそ撤退を!」
「静まれい! 神託を帯びた我々が負けるはずがない! 上位天使を召喚するまで時間を稼げ! 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)、我を守護せよ!」

 ニグンの激励で部下たちは我に返り、乱れかけた隊列は再び整う。時間を稼ごうとするか弱い部下たちは多種多様な魔法を放ったが、アインズは涼しい顔をして全ての魔法を受け止めた。

 見知った低位の魔法では防御をする気にもならず、《上位魔法無効化Ⅲ》の効果により体にも届かなかった。指揮官は懐から水晶を取り出し、呪文の詠唱に入っていた。ベリュースの惨めな姿に比べれば、ニグンの姿は優秀な指揮官に見えた。先ほどとは違い、有益な情報に期待できる。

「アインズさん」
「アインズ様」
「ふむ……アルベド、スキルを使用して私を守れ。念のため、ヤトは強化スキルをフルで掛けておけ」
「はっ」
「はい」

 同時に聞こえた二人の返事を受け、アインズは今後の戦略を練り始めた。

織天使級(セラフィムクラス)だったら、即座にヤトを突っ込ませたほうがいいかもしれない。蛇に戻らせたほうがいいかもな) 

 アインズが悩んでいるうちに、ニグンにより上位天使の召喚が完了した。

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)……」

 アインズは戦略を立てるのを放棄し、違う案件に頭を悩ませた。

(ユグドラシルと同じ程度の強さなのか? 最高位天使って織天使(セラフィム)じゃないのか?)

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)! 《善なる極撃(ホーリースマイト)》を放て!」

 天使のメイスが砕けて風に舞い、聖属性を帯びた光の柱がアインズに降り注いだ。

「あ」

 ヤトは無抵抗に魔法を食らったアインズに焦り、アルベドは瞬時に激昂した。

「ふはははは! これが痛みか、ダメージかぁ! 痛い、痛いぞ!」

 アインズは愉快でたまらないとばかりに笑っている。笑い声で不要な心配だったと知ってヤトは落ち着いたが、アルベドの怒りは際限なく上昇した。

「か、か、下等生物がぁぁ!」

 アルベドから瘴気が放たれ、敵の心に浸透して恐怖を生み出した。

「私の偉大なる、愛している御方に痛みを与えるなど! 殺してやる! 殺して殺して、蘇生して殺して殺しつくしてやる!」

 胸を掻き毟り激昂し、呪詛の言葉を吐き、肺に甚大な影響を及ぼしそうな瘴気が周囲に満ちている。アルベドの激昂を見たヤトは、役割演技(ロールプレイ)にて付き合った。

「貴様らぁ! 我らの偉大なる支配者に痛みを与えるなど、神に弓引く背教者共がぁ! 神罰だ、生まれたことを必ず後悔させてやる! 今すぐ死ねぇえ!」
「二人とも静まれ。ここまでは全て予定通りに進んでいる」

 なぜヤトが怒っているのか不明なアインズは疑問符を頭上に浮かべ、不可解なままに両者を宥めた。

「絶望を知れ。《暗黒孔(ブラックホール)》!」

 二体の天使が、虚空へ吸い込まれていった。魔法は一体につき一つというルールが、この世界でずれており、アインズは新たな収穫を喜んだ。

(至近距離で浮かぶ二つの天使の間に放った場合は、二体とも吸い込まれるというのはかなりの収穫だな)

 誰も言葉を発せずに辺りは静寂が支配する。静寂を破ったのはニグンだった。

「ひぃぃ、そんな馬鹿な! こんなことがあるはずがない! 助けてくれ、命だけは!」

 命乞いをするニグンを、アルベドは甲冑の内側から汚いものを見る目で眺めた。

「下等生物が……そんな願いなど、我らの神に聞き入れて頂けると思うのかしら? あなたたち、楽に死ねると思わないことね」

(嬉しそうだな)

 無慈悲に死刑宣告を告げるアルベドを眺めた。水を得た魚は楽しそうに跳ねている。

 絶望的な文言を陽光聖典に告げて間もなく、天空に亀裂が走った。皆の視線はそちらに注がれた。

「どうやらお前たちは身内から監視をされていたようだな。情報系魔法に対する攻性防壁が発動したようだ」
「本国が私を監視? そんな、なぜ――」
「私はこう見えて慈悲深い。ナザリックで1秒でも早く死に絶えるように祈るといい。攫え!」

 アインズ達と反対側から攻めていたエイトエッジ・アサシンが、透明化を解除して八本の腕で彼らを捕える。

 陽光聖典は絶叫の命乞いを続けていたが、三人は既に興味を失っていた。どういう形であれ、彼らは平和な村を襲った侵略者であり、同情の余地はない。ナザリックで酷い目に合わされるだろうが、自業自得だ。転移ゲートに宅急便の荷物よろしく放り込まれていく陽光聖典の隊員を一瞥さえもせず、村へ向かって歩き出した。

「アルベド、愛するアインズ様は格好良かったか?」
「くふー! 勿論でございますぅ!」
「アインズさん、天使の攻撃でダメージは?」
「そうですわ! アインズ様、どうか治療は私めにお任せ下さい。つきっきりで看病をさせていただきます! 昼も夜も!」
「そうだ、アルベドが人肌で温めればいい。愛で傷も治るだろう」
「それはいい考えでございますぅ! 必ずや、愛で傷を治してみせますわ!」

 ヤトは悪戯にアルベドを刺激し、際限なく興奮させ続けた。

 そんな二人に気付かれることなく、無言で村へと歩を進めるアインズは、幾度となく精神の沈静化を図っていた。


 平和を取り戻したカルネ村では別の騒動が発生し、三名の帰りを切望していると知らずに。





森林イベント→ハズレ
アルベド好感度54→1d6→4 現在48
クリティカル抽選→当たり


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カルネ村事変


 夜の帳は陽光を重たく遮り、周囲に静寂と休息をもたらした。

 殺戮を終えた三名がカルネ村に到着すると、平和になったはずの夜の村から喧騒が聞こえてくる。他に村人も見当たらず、声に導かれて村長の自宅方面に向かった。

 村長の自宅付近にて、村人達を背後に村長が、騎士達を背後にガゼフが、双方ともに険悪な雰囲気で何かを口論していた。子供たちは眠ってしまい、避難所で雑魚寝して御馳走をお腹いっぱい食べる夢を見ていた。

 アインズは皆に聞こえるように声を掛けた。

「皆さん、どうかされたのですか?」

 口論は即座に止み、その場に居た全ての人間は、一斉にアインズへ視線を向けた。双方のリーダー、村長とガゼフが真っ先に駆け寄ってくる。

「ゴウン様! よくぞ御無事で!」
「ゴウン殿、無事であったか!」
「えぇ、使役していた天使の数が多くて時間が掛かかりました。指揮官も纏めて消滅させてしまいましたが、問題ありませんか?」
「もちろんだ。この村を救っていただき、更には我々の代わりに彼らを撃退してくれた君達に、感謝の言葉もない」
「アインズ・ウール・ゴウン様、よろしいでしょうか?」
「そ、村長殿……」
「戦士長様は口を出さないでいただきたい」

 ガゼフとの話に村長が割り込んだ。穏やかだった彼の顔も、今ではすっかり厳しくなり、その気迫でガゼフが怯んでいた。

「どうなさったのですか? 村長殿」
「カルネ村を、ゴウン様の支配下にお収めください」
「え?」
「はぁ?」
「くふん!」

 突拍子もなく打ち出された提案に沈黙が流れた。

 口火を切ったのはガゼフだ。

「村長殿、王国から謀反と取られてしまう。どうか、ここは穏便に頼む」

「謀反でも我々は構わないのです。アインズ様は十分な食料を、我々が何年働いても手に入らないような食料を、なんの見返りも求めずに与えてくださいました。それだけではありません。戦士長暗殺の阻止に尽力し、この村を滅ぼそうとする法国の謀略を阻止なさった。村を切り捨てた王国と違い、アインズ様は2度もこの村を理不尽な侵略から救ってくださった。私達の大半は、今朝には死に絶えていた命、この命を差し出すことがあっても、アインズ様のお役に立ちたいのでございます! どうか、このカルネ村を支配下にお収めください!」

 村長は悲鳴のような言葉をまくしたてた。

「ううむ」

 弱ったアインズは悩むふりをして額に指をつけ、《伝言(メッセージ)》を隣のヤトに飛ばした。

「ううむ」

 アインズの真似をして悩む振りをしつつ、ヤトも《伝言(メッセージ)》に応えた。

《どうしよう、っていうかなに、コレ?》
《アインズさん、メッセージを送っても俺にもわからないッスよ。アルベドならわかるかも》

 アインズはこめかみに指をあてながらアルベドに聞いた。

「アルベドよ、お前はどう思う?」
「はい、私はアインズ様の御心のままに進めるのがよろしいかと」

《それがわからないんだよっ!》

 メッセージを繋げたまま叫んでしまったので、ヤトに筒抜けだった。

「ぶっ」

 あまりの面白さにヤトは吹き出した。《伝言(メッセージ)》を切断したところで名案は浮かばず、自棄になったアインズは話しながら探ろうと、支配者としての役割演技(ロールプレイ)を続けた。村長はアインズから視線を外さず、強い目力で凝視していた。

「村長殿。それは村人たちの総意なのか? 妄信的に誤った感謝を捧げているのではないか?」
「他の者たちも、自分が生贄となって村を発展に貢献できるのならば、自分の全てを捧げる所存です」
「王国と敵対した場合、我々はカルネ村を切り捨てるかもしれんぞ」
「王国に従っていても、遅かれ早かれ滅びるでしょう。ならば、滅び方くらいは我々で選びます」
「私達は、人間ではないかもしれん。支配下に入った途端に拷問され、惨たらしく殺されるかもしれないが」
「構いません。相手が人間か魔物かという事は重要ではないのです。誰に忠誠を尽くしたいかでございます」
「……その命もらい受けると言ったら、この場で死ぬ覚悟まで出来ているというのか?」
「はい、老い先短い私の命などお安いものです。幼子や若者へ安らかな死を、あわよくば少しでも長く生かして頂けるのであれば、拷問でも死でも受け入れましょう」

(そこまでの覚悟か……)

 アインズはついに言葉に詰まった。ガゼフ並びに騎士たちは、鬼気迫る村長の申し出に入り込めなくなっていた。

 最初こそ慌てていたが、村長の背後から強い眼差しをこちらに向けて来る村人達に当てられ、アインズは改めて真剣に考えた。命まで差し出そうとしている彼らは引かない。ガゼフに啖呵を切った今さら、後に引くことはできない。当然ながら拷問などするつもりはないが、戦士長の手前、素直に受け入れるのも抵抗があった。

「ふっ、ふふっ……ふはははは! 面白いな、人間」

 そこでヤトが急に笑い出した。何らかのヒントになるかと、彼の話に耳を傾けた。

「よく聞け、私は人間ではない。お前たちの目に、確かな輝きを見た。だが、我々の支配下に弱者は必要ない」

 言葉を区切り、村人たちを見渡した。誰一人として、人間ではないという事実に怯む者はいなかった。

「そこで、人の子よ。諸君らの中から1人以上選別し、この場で死ね。我らの王は死を超越した存在、神に等しい御方。苦痛を伴う死を越え、未来永劫この村を守るアンデッドへと生まれ変わらせてくれるだろう。そして自分たちの手で、この村を発展させるがいい!」

 ヤトは刀を抜き、村人達に突きつける。

「我々ナザリック地下大墳墓が、お前たちを支配したいと思わせるような村にするのであれば、神に等しき王の御手により、いずれこの地は慈愛により統治され、繁栄を続けるだろう。そのような支配を受け入れるか、人の子よ」
「なっ!」

 ガゼフが声を上げ、部下の騎士たちはどよめいている。それでも彼らは村人を止められなかった。また、止める間もなく村長は即答した。

「おぉ、ありがたき幸せ。では、喜んでこの老体の命を差し出しましょう」

 村長が前に出て、躊躇わず刀の前に鎮座する。しかし、村人たちも黙って見ていなかった。我先に犠牲になろうと、こぞって手が挙げられた。

「村長はこの村に必要な方だ! 俺が代わりに死ぬ!」
「待ってくれ! 私は怪我をしていて農作業も満足に手伝えない。私が死ぬ! 村の役に立ちたいんだ!」
「お願い! 私にさせて! このまま王国の食い物にされる人生なんて耐えられない!」
「同じアンデッドになるにしても、元気な男の方がいいだろう! 俺がなってやる!」

 さながら邪教の狂信者のようだ。傍から見れば我先に殺してくれと手を伸ばす、この世の物とは思えないおぞましい光景だが、そんな彼らの声にアインズは胸を打たれた。

 リアルでただ生きていただけの自分が、何の巡り合わせかアンデッドとなってこの世界に、それも仲間たちと作り上げたナザリック地下大墳墓の支配者として君臨している。強者として異世界に転移したのであれば、それは楽しいのだろう。

 しかし、目の前にいる村人たちは、RPGの初めの村に出てくるような弱者だ。たった一つの命を犠牲に、仲間、子、伴侶を守ろうとしている。それは強者のアインズには存在しない、強く魅力的な意志だった。

 今一つなロールプレイを終えたヤトは、無表情で彼らを眺めていた。ヤトが何を考えているのかはわからなかったが、恐らく感銘を受けているのだろうと推測できた。やがて自らも心の揺れが大きくなり、アインズの感情は抑制された。

 皆がアインズの一挙手一投足に注視している中、アインズの右手が村長へ差し出された。

「私は何人でも構わん。私の生み出すアンデッドは、そこのガゼフ・ストロノーフ殿に匹敵する実力だ。生き残った者は誠実な者の方が良いと思うが?」

 彼らの強い意志に充てられ、沈黙していたガゼフは息をのむ。底の見えない彼らの実力に、いつか彼らと敵対者として戦場で会わないよう、せめて王国に敵対しないように心より願った。

「では、村長である私、足の動かない彼の2名を、どうか殺して下さい。たとえ人間を辞めたとしても、この村を守れるのなら本望でございます。みな、それでよいな?」
「村長……ありがとう。本当にありがとう。これで俺も役に立てる」

 幼少期の怪我により片足が動かなくなった青年は、村人の手を借りて村長の隣に座った。

「試したことはない。失敗する可能性もあるが、本当に良いのか」
「いえ、それであれば私を実験台にお使いください。身に余る光栄でございます」
「……そうか。それでは両名、私を見ろ」

 その場に居合わせた人間すべてが、一斉に唾を飲み込む。薄い恐怖と、強い好奇心、期待、希望に満ちた目で、歴史に名を残す事変を見逃すまいと目を見開いた。

「先に言っておくが心臓を握り潰すのだ。とても苦しいぞ? 覚悟はいいのか?」
「思い残すことなどありません」
「よろしくお願い致します」
「本当にいいのだな?」
「後悔はありません」

 真っすぐにアインズを見つめる二人は、死の覚悟を決めていた。

「まったく、愚かな人間達だ」

 嘆くように、それ以上に優しい感情を籠めて言った。

「行くぞ、《心臓掌握(グラスプ・ハート)》」

 色の良くない痩せた心臓が、アインズのガントレットに握られた。グチャっと音を立てて握り潰された。

「ぐはっ!」

 村長は胸を強く掴み、頭から後ろへ倒れた。吐血が空中を舞い、村長の体に赤い雨となって落ちた。

「次はお前だ」
「よ、よよ、よろしくお願いします!」
「《心臓掌握(グラスプ・ハート)》」

 震えている青年に構わず、心臓を握り潰した。二つの命は一瞬で奪われ、静寂の中で二つの死体が急速に温度を失っていった。

「中位アンデッド創造。デスナイト」

 どこからともなく黒い闇が現れ、二つの死体を覆っていく。二つの死はアンデッドとして具現化され、巨大な黒く雄々しい兵士が二体、アインズの前に跪いた。

「聞け、デスナイトたちよ。お前たちはこの村を発展させ、守護し、人々の暮らしを見守る存在である。村人の指示に従い、彼らを助けよ」

 先ほどまで人間であった二体は、聞けば体の芯が震えるほどの雄叫びを上げた。ガゼフの部下は恐怖で身を震わせる。先ほどまで何の変哲もなかった村人は、自分たちを造作もなく皆殺しにできる存在に変わったのだ。

「あ、あぁぁ……村長ぉ!」

 村人達は歓喜の声を上げている。

(しかし、これではまるで邪教の信者たちのようじゃないか?)

 アインズが頭を抱えていると、ガゼフが近寄ってきた。「怒られるかも」と思い、アインズはビクっと体を震わせた。

「アインズ殿、なんという底のない魔力。そして慈悲のある対応、感服致した。多大な感謝をしている」
「村長含む2名を殺害し、生者を憎むアンデッドに変えた者に、そんなことを言ってもいいのですか?」
「いや、言わせてくれ。この村を含め多くの命が救われた。どれほど感謝を捧げれば良いのか。王の勅命も実行し、カルネ村を犠牲者も出さずに防衛、スレイン法国工作部隊の殲滅など、我々には到底できなかった」
「ガゼフ殿。後日遊びに行くからよろしく。俺はお酒が好きだ」

 先ほどの演技と打って変わり、あっけらかんとしたヤトが会話に混ざった。

「茶々を入れるな、ヤト」
「はっはっは、構わないとも。うまい酒を用意して待っている。またお会いするのを楽しみにしている。ゴウン殿、ヤト殿」
「ばいばーい」

 子供が手を振るかのような気楽さで、王国最強の戦士に手を振った。ガゼフ達はすぐに出発し、夜の草原を王都に向けて馬を走らせた。

「まったく、人間ではないと思えない。王都の腐敗した貴族どもに爪の垢でも飲ませてやりたい人徳だ。願わくば、敵にならない事を祈るばかり……か」
「ガゼフ様?」
「何でもない、急ぐぞ」

 月が見下ろす草原を、王国騎士団の彼らは王都リ・エスティーゼへ向けて馬を駆った。

「さて、アインズさん。ここにいると危険だから帰りましょうか」
「ああ、そうだな。アルベド、帰還するぞ」
「はい、アインズ様」

 デスナイトの周辺で盛り上がっている村人達に気付かれないよう、赤黒いゲートを開き、ナザリックに帰還した。

 数日後、村人たちの会合にて、アインズとヤトの銅像を作るべきかの議論が行われたが、発展途上の村に銅像を作る余裕もなく、またヤトが発展すれば支配すると言い切った手前、現状で作るべきではないとの結論に落ち着いた。

 外見上は今まで通りのカルネ村として振る舞っていたが、内面は全く別の村になっていると誰も思いつかなかった。





 カルネ村で殺戮を終えた二柱の支配者は、円卓の間にて緩んだ雰囲気で会話をはじめた。自室へ戻って休憩をしようとしたアインズは、ヤトの提案で円卓の間へ引きずり込まれた。

「それで? なんで円卓の間に」
「これからのことを考えようかと」
「これからって?」
「冒険者、興味ありません?」
「……興味ある。街で暮らす必要もあるからな」
「エ・ランテルで冒険者になるってのは賛成です」
「冒険者が夢のある仕事だといいんだけど」
「俺はセバスと王都へ情報収集に行きます」
「ガゼフが図書館は小さいのが王都にあるって言ってたな。セバスにヤトが好き勝手に動かないように注意しておかないと。たっちさんが創った彼なら、しっかりと監視してくれるだろうから」
「心配し過ぎッス、大丈夫ですよ」
「……本当に?」

 アインズは目を細め、骸骨の眼窩に妖しい赤い光が宿った。ヤトの拙い演技で名案に至ったが、そこまで見越してやったとも思えない。彼の考えはよくわからない。

「アインズさん。ナザリックの内務についてなんですけど、俺たち二人とも留守にするじゃないスか?」
「そうだね」
「んで、留守中の内務について相談なんですけど。参謀を立てる事をお勧めします」
「アルベドとデミウルゴス?」
「もう一人いるじゃないスか」
「そうだっけ? 知性を高く作られたのは二人だけだと思ったが」
「あなたの息子さんが」
「……」

 ヤトは返事を待ったが、彼は無言(ノーコメント)を貫こうとしていた。いつまで待っても言葉は出てこなかった。

「無視ですか?」
「気が乗らない」

 拒絶的な響きがあった。精魂込めて作り上げたNPCは、実際に生きているとなれば黒歴史になる。他のNPCは可愛いが、自身で作り上げたパンドラズ・アクターだけは立派な黒歴史となっていた。

「彼の設定は頭が良かったですよね?」
「ん……うぅーん……どうだったかなぁ」
「誤魔化さなくてもいいですよ、もう知ってますから。乗るか、乗らないかではなく、ナザリックの維持では必要じゃないですかね?」
「……そういわれると弱いんだけど」
「ついででアレですが、一つ提案があるんで聞いてもらえます?」

 ヤトの提案は受け入れがたく、アインズは即時却下しようとしていた。説得するのに時間がかかり、二人が円卓の間を出たのはカルネ村から帰還して随分と経ってからだった。

 僕一同、玉座の間に集合と、アインズからすぐに招集がかかった。





 数時間後、玉座の間には可能な限り全ての僕たちが集まった。アインズは水晶で作られた玉座に腰かけ、大蛇は玉座の隣で腕を組んでいる。

「カルネ村訪問に付き合った者、まずは礼を言おう。此度の働き、ご苦労であった」

 悠然たる支配者の声に、該当人物は深く頭を下げた。

「そして今後の話だが、パンドラズ・アクターよ、前へ」
「仰せのままに! 我が創造主にして我が神よ!」

 軍服を着たパンドラズ・アクターが、赤い絨毯の中心に進み出て跪く。

「彼は私が創造した宝物殿の守護者、パンドラズ・アクターだ。知らない者もいるだろうが、周知徹底せよ。アルベド、デミウルゴス、前へ出ろ」

 二人はパンドラズ・アクターの両脇に跪いた。

「お前たち三名は他の者より高い知能を持つように創造された。ナザリックを不在にする私とヤトノカミに代わり、このナザリックの参謀として内務・外務・その他の(まつりごと)に従事し、他の者へ指示を出せ。何かあれば私に知らせるように」
「仰せのままに」

 そっけなく返事をしたように聞こえるが、彼らは勅命を名指しで受けて歓喜に震えた。

「良い、下がれ」

 三人が列に戻ったのを確認し、アインズの業務連絡は続けられた。

「皆の者、私は名を変えた」

 アインズは髑髏を模したモモンガの紋章旗を、人差し指を振って焼き払った。

「我が名はアインズ・ウール・ゴウン! 以後私の名を呼ぶ時はアインズ・ウール・ゴウン、アインズと呼べ! 次はヤトノカミ、前へ出ろ」

 大蛇のヤトに顎で促す。
 玉座の隣から下へ降りたヤトは、アインズに背を向けて(しもべ)に向き直る。

「皆の者聞け! 私は本日を以て、至高の41人を降りる!」

 予想外の内容に、並ぶ僕たちからどよめきが起きる。

「ナザリック地下大墳墓の完全復活のために、ここにいない至高の41人を全て見つけ出す! 私はナザリックの支配者であるアインズ様に、諸君らと同様、絶対の忠誠を誓い、ナザリックの先陣、切り込み隊長として行動を行う!」

 背中の大鎌を高く掲げた。

「我らの悲願は、残る至高の39人を見つけ出すことと知れ! 現時点をもって、命令の優先順位はアインズ様、次いで私とせよ」

 ひとしきり大きな声で叫んだ。

「死の支配者、オーバーロードに栄光を! ナザリック地下大墳墓に永遠の繁栄を!」

 大蛇の声は荘厳なナザリックの玉座の間を反響し、跪く従者たちの心に浸透していった。

「御苦労であった、下がれ、ヤトノカミ。我々の話は以上だ、異論がある者は立ってそれを示せ」

 守護者統括であるアルベドが、代表してその命に応えた。

「御下命、賜りました。いと貴き御方、アインズ・ウール・ゴウン様、万歳!」

《アインズ・ウール・ゴウン様万歳!》

「ナザリック地下大墳墓に永遠の繁栄を!」

《ナザリック地下大墳墓に永遠の繁栄を!》

 僕たちの声は音の塊となって、支配者二人の体を震わせた。

 それは神話の一部のように荘厳な景色だった。


(この世界に居るかもしれない、他の仲間たちにその名が届くように)

(この世界に誰も居なくとも、仲間に誇れる冒険ができるように)


 アインズとヤトは心の中で、それぞれの少し違う思いを固く誓った。





 アインズとヤトは一仕事終えてから円卓の間へ移動し、玉座の間に残った守護者たちは雑談をはじめた。

「でも、ヤトノカミ様が至高の41人を降りるというのは、つまりどうすればいいのでありんす?」

 シャルティアは首を傾げた。

「何も心配はいりませんよ、シャルティア。蛇神ヤトノカミ様は、アインズ様をナザリックの王とするため、我らの忠誠がブレないようにそう命じたのです。私達が偏った忠誠を尽くさなければ構わないと、つまり忠誠を尽くすことを否定してはいないのだよ」

 デミウルゴスが中指で、メガネのフレームを正した。

「そうね。私達の忠誠がアインズ様に集まりさえすれば、後は各自の好きな判断で良いというのが、御方の方針と考えればいいのよ」

 アルベドが同意を述べ、シャルティアは「ふーん」と答えた。

「フム、ナザリックノ最終目的ハ、他ノ至高ノ御方々ノ捜索カ」
「あ、あの、それってぶくぶく茶釜様とか、他の方々がこの世界に居られるかもしれないってことですか?」
「えぇ!? じゃぁ早く探しに行かないと!」
「落ち着きなさい、アウラ。私達が成すべきは、ナザリック周辺の捜索と平定よ。地盤が安定していれば、下等な人間どもに煩わされることなく、ナザリックから遠く離れた場所へ捜索に行けるでしょう?」

 アルベドが二人を諫め、慌てたアウラは動きを止めた。

「アルベド殿から聞いた話だと!」

 パンドラズ・アクターは体を半周回し、玉座に背を向けた。

「人間は得体のしれない相手や目的に対して、避けるか、消すという行動をとると仰いましたね?」

 帽子の下から片目でアルベドを窺った。

「我が創造主、偉大なる絶対者、アインズ・ウール・ゴウン様であっても!」

 ダンスに誘うかのように、オペラ口調でアルベドに手を差し出したパンドラズ・アクターに対し、アルベドは冷めた目で答えた。

「……そうね。そのために私達はこの地域を平定しなければならない。一刻も早く至高の御方々を見つけ出し、ナザリック地下大墳墓が完全復活を遂げるために、ひいてはアインズ様の悲願のため」

 内心では至高の41人など殺しても構わないと思っていたが、それを態度に出すほど愚かではなかった。

「ふーん、歯向かう人間なんか皆殺しにしちゃえばいいのに」
「マッタクダ。敵対者ナド、我ラニオ任セ頂ケレバ、必ズヤ忠義ニ応エテミセヨウ」

 「やれやれ」とアウラは両手を肩の高さに上げ、コキュートスは顎をガチガチと鳴らして冷気を吐き出した。

「あぁ、早くペロロンチーノ様にお会いしたいでありんすぇ」
「あ、ぼ、ボクだってぶくぶく茶釜様にお会いしたいです」
「たっち・みー様もこの世界にいらっしゃるのでしょうか」

 創造主への敬意は尽きることなく、守護者、あるいは僕たちは自身の創造主との思い出話や未来予想図で、玉座の間は賑わっていた。





 業務連絡を兼ねた大事な役割演技(ロールプレイ)を終えた二人は、他に誰もいない円卓の間で一息つく。

「疲れたッスー……やっぱり俺にゃ向いてないスわ」
「やっぱり……失敗だったんじゃない?」
「いや、完璧なロールでしたよ、お互いに。納得いってないのは不満ってことですかね?」
「不満が残らないわけがない……仲間を部下にするなんて」
「頭のいいNPC達ですから、きっとこちらの意図を読んでくれますよ。それより今後の方針はやはり冒険者に?」
「他力本願だな……そうだね、俺はエ・ランテルに行こう」
「俺はセバスと情報収集に。腐った町の生情報に触れてきますよ」
「変なもめごとは避けてくれよ? いらん事したらコロ助」
「勘弁して下さいよ」

 愛想笑いの声が、天井へと浮かんでいった。

「素早さも逃げ足も定評あるから大丈夫です。護衛も肉弾戦最強のセバスなので、不要な殺戮はしないでしょう。たっち・みーさんが作った彼なら」
「俺は誰を連れて行こうかな……」
「それはお好みで、より取り見取りつかみ取りです。みんなキレイどころですよ」
「他人事だなぁ……先に内務の状況を確認しないといけないっていうのに」
「全部任せれば大丈夫でしょ」
「最初はこちらで見ておかないと、引き継ぐ彼らが可哀想だよ。パンドラズ・アクターの紹介は先に済ませたから、多少は気が楽だけど」

 大袈裟で無意味に芝居がかった態度を思い出し、精神の沈静化を図った。

「やる事が多いのは、始めたばかりのゲームっぽいじゃないですか」
「そう考えると少しは気が楽になるね。ところでいつ王都に出発するの?」
「予定ではアインズさんがエ・ランテルに向かった後ですかね。冒険者組合の情報が欲しいので。俺は転移魔法が使えないので、シャルティアに手伝ってもらおうと思ってます」
「じゃあ、お互いにメッセージでやり取りになるね」
「当面の目標は情報収集、武技の確保、魔法調査、王都の勢力分布ですね?」
「金貨の安定供給方法とかね。維持費でユグドラシル金貨は日々少しずつ減っていってるから」
「一日当たりいくら消費するのかは、怖くて確認したくないッスね……冒険者やらずに農業でもやっちゃいますか?」
「はいはい。まぁ飲食・睡眠不要に関するアイテムはある程度の数があるから、大幅に抑えられる箇所もあるけど。長い目で見るとね」
「アンデッドって寿命とかあるんですかね? 俺も見た目は大蛇ですけど、一応クラスは神様ですし」
「その答えは誰も知らない。神のみぞ知るってやつじゃない?」
「俺、神様だけど知らねッス」
「……そうだったね」

 寿命に関してはあまり考えたくなかった。

 ゲームの種族通りになったと仮定すれば、アインズは不死者(アンデッド)だが、ヤトは神族とはいえ生体だ。蛇神という種族を抜きにして安易に想像すれば、アインズは永遠の命を、ヤトは大蛇の寿命を手にしたことになる。アインズが生きている間にヤトが寿命で死ぬ可能性は高いだろうと想像し、孤独な未来が心を曇らせた。

 既にゲーム内で孤独を味わった経験があるアインズは、誰も知らない世界で改めて一人きりになる不安を感じた。死別とは、再会の希望がない永遠の別れだ。

「可愛いNPC達のために頑張って稼がないと。やっぱり意志を持っているところを見てしまうとね。結婚もしてないのに子持ちになった気分だよ」
「すればいいじゃないですか、結婚。アルベドと」
「うーん……流石にそれは。美人なのは認めるけど」
「アルベドと結婚したら、後で仲間が合流したとき、超笑われますね。あ、アインズさんが稼いだ金で娼館いってもいいですか?」
「ふざけるな」

 取り付く島もない口調で却下された。ついでに絶望のオーラまで発動し、迫力は十分だ。

「ヒィィ! 仕方ない、自分で稼いだ金で、色々と溜まったら考えます。性欲とかお金とか」
「程ほどにね、ところで人化の術って便利だよね。ちょっとうらやましいよ」
「アインズさんのクリエイト・グレーター・アイテムの劣化版みたいなもんですよ? 状態異常耐性落ちますし、所詮は装備品のためのスキルですよ。おまけにこれ、欲求が今の倍化するんで、人化した途端に空腹と眠気に襲われちゃうんですよ。人化が継続していると、若干の緩和はできるみたいなんですけどね」
「それは色々と酷いね。下手をしたら人化した途端、昏倒してしまう事もあるのか……行動には細心の注意を払ってね」
「蛇に戻れば冷めるんで、何か起きたら蛇に戻って逃げます」
「絶対に死ぬなよ。俺達は二人きりなんだから」
「こちらもアインズさんを残して死ねないッスから。しかし、イベントアイテムの装備のためとはいえ、今思えばもっと強いスキル取っておけばよかったです。異世界に来ることなんて予想できませんけどね」
「ライダー装備は人型じゃないと装備できない、だっけ?」
「そうです。たっちさんと特撮で盛り上がったりしましたよ。ライダーイベントの時は楽しかったですねえ」
「よく知らないから話に入れなかったんだよね、あの時。そういえばたっちさんは――」

 二人はそのまま昔話に突入し、終わるまで冒険の準備は進まなかった。円卓の間には、長きにわたって支配者たちの談笑する声が流れていた。途中、アルベドが円卓の間を訪れようとしたが、中から談笑する声を聞いて動きが止まった。ノックしようとした手は力を失って戻り、アルベドは唇を噛みしめてその場を立ち去った。


 パンドラ・アルベド・デミウルゴスをナザリックの内政・参謀に加え、アインズとヤトはリ・エスティーゼ王国のそれぞれ違う場所で暗躍する。

 投げられる予定の賽は、しばらくの余暇を楽しんでいた。





村長ロール→2d20 ×4回 97→95以上で統治
生贄ロール→3障害を持った青年


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第一次幕間劇


 リ・エスティーゼ王国、王都の北に位置する王宮に帰還したガゼフ・ストロノーフは、玉座の間にてカルネ村の一件を報告した。王の御前(ごぜん)に跪いて報告をする一行を、両側に立ち並ぶ傲慢な貴族は冷笑を以て相槌とした。

 現国王、ランポッサ三世を玉座から引きずり下ろし、政権交代を狙う腐敗貴族の前でカルネ村の一件をありのまま報告はできない。彼らは両手放しに喜んだだろう。権力を交代する一つの手段を得たと。

 ガゼフが気を回し、分厚いオブラートに包んだ報告内容は、領内の農村へ攻撃を仕掛けたスレイン法国の特殊部隊を、異国の魔法詠唱者一行が善意で撃退したという内容であった。

 それさえも何らかの材料に使えないかと、ひそひそと囁き合う貴族を無視し、国王のランポッサ三世は威厳を失わない穏やかな声で尋ねた。

「彼らは何者だ」
「転移魔法の実験の最中、実験失敗という不慮の事故によって、この大陸に住居まとめて転移をしてきたそうです」

 国王並びにガゼフに対して害意がある貴族は、無難な報告内容にも拘らず、聞こえる陰口を叩いた。

「スレイン法国の茶番だったのではないのか?」
「本当にそのような魔法詠唱者がいるのか?」
「許可なく王国領に転移してくるとはなんたる無礼な。出頭を命じるべきだ」

 それでも、騒いでいる貴族はまだよかった。騒いでいない貴族は、国王のランポッサ三世を王位から引きずりおろそうと、件の魔法詠唱者が利用できないかと皮算用を始めている。

(情けない……彼らには見せたくない光景だな)

 アインズに忠誠を尽くしていた部下を思い出し、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい貴族の態度に、歯を食いしばって堪えた。

 ひとしきり報告を終えたガゼフは、不穏な玉座の間を後にした。

 後日、王であるランポッサ三世と二人だけで密な相談を行い、改めて密命を受けた。詳細こそ話していないものの、自国領内の村を救ってくれた彼らに対し、国王は感謝の証明として私財を投じ、王都を訪問の際は手厚くもてなすようにガゼフへ命令を下した。

「酒が好きなのだな。王都で手に入る限りの良い酒を渡してくれ。決して私からだと言うでないぞ?」
「畏まりました、国王陛下」
「しかし……帝国が羨ましいものだ」
「陛下、彼らの人徳を鑑みれば、必ずや我らの力になってくれるでしょう」
「本来であれば、彼らと一席設けたいのだが、この情勢でそうはいかん。いつか、領内の村、そして私の最も忠実なる側近を救ってくれて、感謝していると伝えたいものだ」

 ガゼフが忠義を尽くす主君は予想した通りの人物であったと、安心して王の私室を後にした。





 翌日、ガゼフはクライムと呼ばれた少年と、王宮の中庭で剣の稽古を行っていた。幾度となく打たれ、攻撃を躱されながら、若き騎士は諦めずに必死で斬りかかった。重たい忠誠を主君に捧げている若き剣士に苦手意識があったが、自らが超えられない壁を目の当たりにしたガゼフは、同じ平民出身である彼の気持ちに共感(シンパシー)を覚えていた。

 ガゼフはヤトと立ち合った自分とクライムを重ねた。クライム相手にガゼフは息も乱さない。それが互いの力量の差だが、それでも汗くらいはかく。ヤトとガゼフの力の差は、それを遥かに超えていた。事実、ヤトはガゼフの全力に汗一滴でさえ流してくれなかったのだ。

 第三王女の専属護衛であるクライムは、稽古が終わる頃には虫の息だ。呼吸が落ち着くのを待って立ち上がり、深々と頭を下げた。

「ありがとうございました。ガゼフ・ストロノーフ様」
「クライム、私は明日も空いている。機会が合えば付き合おう」

 気を利かせたメイドが汗を拭く布巾を持ってくる。滝のような汗を拭き、クライムは耳にした噂へと話題を移す。

「本当なのですか? ストロノーフ様が敗れたというのは」
「ああ、部下の手前、私が勝ったことで終わらせてくれたが、彼が本気で戦っていたら何分持ちこたえられるか分からない」

 彼らが人間でない事実は伏せた。

「想像ができません。何者なのでしょうか」
「転移魔法の失敗で、こちらに飛ばされた魔法詠唱者の一行だと聞いている。その魔法詠唱者の召喚した生物も、下手をすると私より強いかもしれん」
「そんな……彼らが王国に牙を剥いたら、この国は」
「心配はいらない。彼らの仁徳を考えれば、こちらが余計な刺激をしない限り、彼らから襲ってくることはない。なんの見返りもなく、襲われている村を通りすがりで助けるのだからな」

 クライムからすれば、ガゼフこそが手が届かない相手だというのに、そのガゼフを子ども扱いするような猛者が、世界のどこかに存在している。その事実は、火照った少年の顔色を変えた。血流の良い顔に当たる風が、どことなく冷気を帯びたようだった。

「人間……なのでしょうか」
「どうだろうな。少なくとも、見た目は私と同じく南方の血が入っているようだ。頭髪の黒さや顔の白さをみると、私より血が濃いだろうな」
「南方……あちら出身の方は強いのでしょうか」

 リ・エスティーゼ王国では魔法詠唱者の地位が低い。スレイン法国の特殊部隊、六色聖典の一つを消滅させた魔法詠唱者とは言え、王国内の貴族は余りあるほどに侮っていた。

 所詮は貴族の地位がない魔法詠唱者など、王国の貴族らからすれば野良犬と変わりない。

 一撃で国を滅亡させてしまう魔法など、誰も見聞きしたことはないのだ。





 翌日もクライムとガゼフは中庭で汗水を流し、足元の芝生は人間臭い水滴で濡らされ、実に迷惑そうだ。同時刻、王宮上層のとある貴賓室では、見目麗しい二人の乙女が互いの懇親を深めていた。

 鈴の転がるような美しい声が貴賓室へ流れていた。

「でね、その方々は戦士長様より強いんですって」
「信じられない……王国最強の戦士長を破るなんて」

 第三王女のラナーと、冒険者チーム“蒼の薔薇”リーダーであるラキュースは、前日にクライムから聞いた噂話を茶菓子代わりに、湯気の立ち上る紅茶を飲んでいた。

「あなたはどうなの? 戦士長様に勝てる?」
「勘弁してよ、ラナー。お互いに無事では済まないわ」

 話題を振られたラキュースはティーカップを口に当てた。王国の秘法を装備したガゼフに勝てる見込みは薄かったが、素直に認めるほど殊勝ではない。

「勝てないとは言わないのね。相変わらず素直じゃないんだから」

 ラナーは口に手を当て、クスクスとおしとやかに笑った。ラキュースから見ても彼女はこのような仕草がよく似合い、二つ名の“黄金”を思い起こさせた。

 自分のくるくると巻かれるくせ毛とは違い、彼女の金髪は流れるようなサラサラの長髪だ。髪型に関しての懸想が消え、次にそこから浮かび上がったのは犯罪組織に対する対応だ。ラナー王女も同じことを考えたのか、真面目な表情でラキュースに問う。

「彼らに協力を乞えないかしら?」
「お礼はどうするの? そんな方々が金貨や宝石、名声で協力するかしら」
「それもそうね。ではこうしましょう。彼らの欲しい物を調べてちょうだい」
「接触できそうにないけど……今頃どこにいるのかしら」
「貴族たちはあまり本腰を入れていないけれど。戦士長様が王都に招いたようだから、案外と近くにいるかもしれないわよ」
「それこそ考えにくいと思うけど。わざわざ王都に来る理由が思いつかないわよ」

 彼らがプレイヤーで、しかもその片割れが遊び半分に王都に滞在しているなど知る由もない。二人が話しているこの日、ヤトとセバスは王都を訪れていた。接点のない現状でその事実を嗅ぎ取る手段はない。

(仁徳の御仁という事だったけど、事情を話せば協力してくれるかしら。八本指もそろそろ本腰を入れないと……叔父さんに聞いてみようかな)

 ラキュースは南方から来たという、彼らのことを考えた。

 未知の存在に少しだけ胸が高鳴った。





 ナザリック地下大墳墓の執務室から、室外にまで響き渡る大きな声が聞こえた。

「なぁりません!」

 入口付近で待機していた一般メイドが、ビクッと体を震わせる。ヤトは自室で出かける準備をしており、室内にはアルベドとアインズ、待機するメイドしかいない。

「だめです! そのような真似、お許しするわけにはいきません!」

 耳をつんざく大声に、机に腰かけて手を組むアインズは頭を抱えたくなった。

「アインズ様は至高の御方々の頂点であり、我らの上に君臨する貴き御方。そして私の愛しき方です。護衛がナーベラル・ガンマ一人など、見過ごせません! もしも……もしも御身に何かあった場合、私達はどうすればいいのでしょう。ナザリックに存在する者たちは、絶望のあまり全て自害してしまいます」

 言われなくてもそれは理解していた。しかし、それ以上に世界全体のレベルも理解していた。王国最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフのレベルが30そこそこで、異世界の強さもたかが知れている。身分を隠して行動するのに、何らかの失態を打つとも思えなかった。

「アルベド。私が人間相手に不覚を取るとでも思うのか?」
「いいえ! アインズ様は下等な人間相手になど傷1つ負うことは無いでしょう。ですが、万が一という事もございます。防衛に特化した私をお連れ下さいませ!」

(あぁ、そうかこれが言いたかったのか……)

 アインズはやっとアルベドの真意に気が付いた。早い話、自分がついて行きたかっただけである。

「失礼します、アインズ様。法国の装備品と彼らから搾取した情報を……」

 荷物と書類を持ち込んだデミウルゴスが、騒々しいアルベドを見てため息を零す。ニヒルな笑みでメガネを正し、アルベドに何か耳打ちをする。

 良妻に相応しき振る舞いについて、悪の策士(デミウルゴス)から耳打ちで意見を貰った彼女は、金色に輝く瞳を限界まで見開き、何かを思案していた。間もなく瞳は閉じ、咳払いで仕切り直した。

「えへん……取り乱してしまい申し訳ありません。ナザリックには頻繁にご帰還頂きますよう、御進言致します」
「う、うむ? 心配するな。ヤトノカミとセバスが王都で集めてきた情報精査もある。不在時に内務も溜まるだろう。小まめに戻るように心がけよう」

 支配者として受け答えをする骸骨は、デミウルゴスの耳打ち内容を気にしていた。





 前日、小耳に挟んだメイドの噂が切っ掛けで、ヤトはアインズの説教を受ける。几帳面で真面目なA型気質のアインズと、マイペースで思慮浅いB型気質のヤトの相性は、仕事面において良くなかった。これから長い異形種としての生を全うするにあたり、付き合い方を考えるべきかと愚痴交じりのため息を零した。

 長い説教から解放されたが、ヤトに精神疲労が溜まっていた。

 気分転換に王都へ滞在する準備をするもすぐに飽きてしまい、現在は御付きメイドのエントマと世間話に興じていた。

「エントマ、おまえは普段、何を食べているんだ?」
「はいぃ、私はグリーンビスケットとぉ、おやつに恐怖公の眷属を食べているのですぅ」
「恐怖公の眷属……」

 人間を辞めても黒光りするそれは苦手だった。

「グリーンビスケットって美味しいのか?」
「人のような味がしますわ」
「人、か。一番好きなものはやはり人か?」
「本当は二日に1回くらい、筋肉質の男が食べたいのですぅ。ダイエットに最適ですわぁ」
「エントマも女の子なんだな。今度いいのが手に入ったら分けてくれないか? 試しに食べてみたい」
「はいー。喜んで差し上げますぅ」
「全部はいらないよ。口に合わなかったら困るし」
「そうでしたぁ。ではぁ、活きのいいのが手に入りましたらご連絡しますわ。楽しみですぅ」

 「うふふっ」と目だけで嬉しそうに笑った。口は動かないが、目は感情を表せるらしかった。

「たまには人間も食べたいですわぁ」
「うーん……今のところ予定がないなぁ」
「御二方ともお優しいのですぅ。無益な殺生はなさらないのですかぁ?」
「有益な殺生はするさ。所詮、他人はゲームのモブキャラだからな」
「もぶきゃら?」
「何でもない。はー、王都かぁ……楽しいイベントがあればいいけどな」
「いべんと?」
「……気にするな」

 ゲーム用語を知らないエントマとの会話は頻繁に滞った。





 アインズ及びナザリックに自発的な忠誠を誓うカルネ村の住民にとって、2体のデスナイトは守護神というべき存在である。自らの命を犠牲にしてアンデッドとなった彼らは、この村に貢献する尊い仲間だ。

 時たま訪れる旅人や冒険者は、デスナイトを見て脱兎のごとく逃げていくが、農業に勤しむ村人からは気にされていない。彼らの恐怖も日常ではよくある風景となった。

 この日もいつも通りの朝が訪れ、早朝から活動を再開する村民の姿が見受けられた。全ての村人達は、朝起きると彼らに挨拶をするのが習慣となっている。

「おはよう!」
「グオオオォォォ」

 武器と大盾を持って佇む二体は、村人からの指示が無いと自発的に何もしなかったが、挨拶をすれば雄叫びを返してくれた。

「今日も城壁建築に取り掛かかりましょう。資材を運んできて」
「あなたは畑よ。耕すから手伝ってね」

 二体は細部に至るまで酷似しており、誰にも見分けがつかなかった。どちらが村長なのか見分けがつかず、そのうち誰も考えなくなった。面白くないのは子供達だ。

「ちぇ、大人ばっかり独占してさ。僕だって遊んで欲しいのに」
「大丈夫だよ。手が空いたら遊んでくれるから待ちましょ?」

 子供達は体力が振り切っている。無尽蔵に遊んでくれる相手が、大人の野良作業に取られてしまって不満だった。傍から見ると、デスナイトと追いかけっこをしている様子など地獄絵図だが、カルネ村では日常のほのぼのとした風景だ。

 平和なカルネ村近郊とは違い、北にあるトブの大森林では、ゴブリン一族が他の種族に怯えながらも慎ましく暮らしている。カルネ村にデスナイトが出現して森の開拓が進んだことにより、森林内の勢力図は少しずつだが確実に乱れていた。

 王都では、どのような行為も許容される下劣な娼館でツアレニーニャ・ベイロンという女性が、小金持ちの下劣な欲望を満たすため、血を流しながら職務に従事している。彼女はいまだ地獄の中にいる。

 各々は日々の糧を必死に得ながら、表舞台に上がるのを待っている。

 渦潮のように周囲を巻き込み、運命は歯車を組み込んでいった。





蒼薔薇遭遇率→1d%→成功
クライムとセバスの遭遇1d%→成功
ラキュースとの遭遇率1d%→失敗

八本指に情報回→1d6で1or2 →6
帝国にカルネ村の情報回る→回らない

漆黒の剣の死期が、刻一刻と近づいています。


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8日目 王都リ・エスティーゼ



 内務の確認、念入りな身支度、アルベドの悪あがきなどで、アインズがエ・ランテルへ向かう予定時刻は大幅にずれ込んだ。朝になって早々に出掛けるはずだったが、ナーベラルを伴って出かける準備ができたのは正午だった。予定は実ることなく地に堕ちた。

 大蛇の化身、黒髪黒目の男と、参謀と命じられた三名は、出発するアインズとナーベラルを見送ろうと地表まで出てくる。役に立つべく意気込んでいるナーベラルは荷物を掴んで離さない。冷や汗交じりのアインズは皆に挨拶をする。

「留守は任せたぞ。アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクター」
「全てはアインズ様の御心のままに」
「ヤト、私は先に出る。王都の情報は細かく教えてくれ」
「はい、アインズさん。組合登録後、連絡をお待ちしてるッス」

 二人は《飛行(フライ)》により宙に浮き、エ・ランテルへ出立した。転移魔法を原住民(モブキャラ)に見られたら面倒だという配慮だ。ヤトの移動方法は自動的に馬車と決まり、さっさと遊びに行きたかった彼は残念に思った。

「アインズ様ぁぁぁ! アルベドは良妻として、御帰還をお待ちしておりますぅぅ!」

 アルベドは体を震わす大声を上げ、白いハンカチを振る。デミウルゴスとパンドラはやれやれとため息を吐き、ヤトは危険物を見るかのように横目で彼女を見た。

(やだ、あの娘ヤバくない?)

 デミウルゴスが話しかけてくる。

「ヤトノカミ様、出立のご準備で何かお手伝いは必要ありませんか?」
「デミウルゴス。死亡したスレイン法国の連中の装備を馬車に積むように指示を。売って宿代を稼ぐ。王都で得た情報の精査は、アインズ様が帰還するまでにまとめておくように」
「畏まりました。我がナザリックの先陣である、ヤトノカミ様っ!」

 パンドラはデミウルゴスの返答場面を過剰演出で奪い去り、軍帽の鍔を摘んで下げ、右手を胸に当てて左手を空に掲げた。気のせいだろうが、卵頭に後光が差していた。

「ご報告はヤトノカミ様にしなくても本当によろしいのですか?」

 ポーズを決めているパンドラは放置され、今度こそ返事をしようとデミウルゴスが聞いた。

「いいよ。俺はアインズさんみたいに叡智がないからね。後日アインズ様に要点だけ聞く」
「畏まりました。馬車の準備はこちらで指示を」
「ありがとう、デミウルゴス。先に戻っているから」

 先に戻ったヤトと違い、アルベドが満足するまで、パンドラとデミウルゴスは地表でつき合わされた。





 翌日、ヤト、セバス、シャルティアはゴーレムの引く馬車の中に居た。シャルティアは宿の部屋に転移ゲートの紐を付けるべく、初日だけ同行をしてくれる。至高の41人の御供として外出する彼女は、遠足に出掛ける子供のように笑っていた。

 揺れる馬車の中、自然に仲間の話になった。

「という訳で、たっち・みーさんに最強のライダースーツであるジャスティスセットを取るのに協力したんだよ。俺はブラックセットが欲しかったから、利害は一致してたし」
「なるほど。それでよくお二人は、連れ立って外の世界に出撃していらっしゃったのですね」
「変身するのが好きだからね、俺も、たっちさんも。だからセバスも竜人なんだろうね。俺は正義とか興味ないけど、あの人は正義の味方だし」
「はっ、私も同意見でございます」

 馬車の中で昔話に花が咲く。主要な話題はセバスの創造主であり、かつての仲間であった”たっち・みー”のことだ。会話に混ざれないシャルティアは、控えめにチラチラとこちらを見ていた。自身の創造主である”ペロロンチーノ”の話も聞きたいのだろうと気を回し、話の切れ目で彼女に振った。

「そういえばペロロンチーノさんが――」
「はい! なんでしょうか!?」

 言葉を遮る素早い返事に、黒髪で黒い瞳のヤトは少し引いた。

「シャルティア。廓言葉を忘れちゃ駄目じゃないか。ペロロンチーノさんが最も重視した設定なんだから」
「これは、失礼をしたでありんす。以後気を付けますぇ」
「シャルティアはペロロンチーノさんについてなにか聞きたい事は?」
「はい、わたしはペロロンチーノ様にお会いしたら、どうすればよろしいのでありんしょうか?」
「どうすればって、ペロロンチーノさんと結婚でもすればいいんじゃないの? あの人、まだ結婚してないし、多分」

 割と適当な返答だったが、彼女はその気になって盛り上がっていた。アインズに聞いた話から予測した話なので、的を外れてもいなかった。恐れ多いと感じたが、一度でも頭に浮かび上がった妄想は消えない。シャルティアは結婚すべきかと、鼻息荒く悩んでいた。

「っ……そんな……わたしのようなものが、あの御方と結婚などと」
「したくないの?」
「いいえ! わたしの創造主たるペロロンチーノ様の妃になれるのであれば、これに勝る喜びはありんせん」
「ならば、更なる精進を遂げて、妃として相応しいような美しさを身につけると良い。ペロロンチーノさんが復帰したら、俺の方からも提案しておく」
「ありがとうございます! より一層の精進を遂げるでありんす!」

 鼻息荒く目を輝かせるシャルティアに、どことなく阿呆さが見受けられた。知能設定は高くないようで、妙な仲間意識が生まれた。創造主に対する純白の敬意と愛情を目の当たりにして、なんとか彼と会わせてやりたいと思う。

(みんなが帰ってくる可能性は、早めに調べたいな)

 望み薄だと分かっていても、一人でも多く、可能であれば全員、ナザリックに呼び戻せるのなら、それに越したことはない。何よりもアインズの喜ぶ姿が見たかった。蜘蛛の糸でも希望があるなら、どうにかしてそれを掴みたかった。

 余談だが、シャルティアはその気になってしまい、ナザリックへ帰還後、アルベドに「ペロロンチーノ様のお嫁になるでありんす!」と鼻息荒く馬車内の会話を熱弁した。アルベドは好敵手が消えたことでアインズの第一妃へ少しだけ近づいた。

 本当に、少しだけだ。

 それを受け、アルベドは金色の瞳で怪しく笑う。

「なかなかやるじゃない。これで私とシャルティアは同じ殿方を愛するライバルではなく、至高の御方を女として愛する盟友ね。くふふふふ」

 この日からシャルティアは、ペロロンチーノの花嫁になるべく、夜伽の鍛錬を初めた。鍛錬の意味はヤトの意向と食い違っていたが、誰も彼もが敢えて訂正しなかった。





 馬車は半日の時間を掛け、王都リ・エスティーゼに到着した。ゴーレムに休息の必要はなく、普通の馬よりも遥かに早い。付近の草むらで馬車を降りた一行は、改めて行動を確認する。

「事前情報だと、ゴーレムの馬なんて国宝級に価値のあるアイテムらしいからな。今は目立つことを避けよう」
「馬車は消してもよろしいのですか?」
「いいよ、スクロールはまだあるから。うし、じゃあ行くか。王都リ・エスティーゼへ」

 入国審査は非常に緩く、門番は冒険者志望という嘘を容易く信じ、人間に見える異形種三名は、いともたやすく王国へ侵入した。犯罪組織に蝕まれ、治安も悪化の一途を辿る王都での入国審査はまさに(ザル)だ。

 街に入ってすぐに見えた市場は活気に溢れ、治安の悪さを感じさせなかった。露店では怪しげな武器・防具・食べ物・お酒・骨董品など様々な品が並べられ、それらを値踏みする冒険者らしき者や、手に取って果物の品質を確認するメイドもいた。

 活気の面でいえば、ユグドラシルの市場に比べて大きく見劣りした。並べられている商品も、品質の期待は難しく、手に入れても使い道がないように見える。しかし、これは現実だ。実際に手に取れば食べることができる。それだけでも見る価値は十分だ。

(おぉ、夢にまで見たリンゴが雑多に並べられている商店じゃないか、金が無いから買えないけどな)

 スレイン法国の陽光聖典が所持していた通貨の類は、まとめてアインズに渡していたため、身なりこそいい一行は無一文の浪人だ。それでも楽しそうに物色しながら街を歩いていた。

「それにしても、セバスとシャルティアは目立つな」
「申し訳ございません」
「いや、責めたわけじゃなくて……」

 シャルティアは赤と黒のゴシックロリータファッション、セバスは身なりの良い執事であり、目立つために歩いているようなものだ。黒髪黒目のヤトも異邦人であると隠しきれていないが、自分が目立っているとは想像もしていない。

 彼の装備している鎧は、鎖帷子を基調に作られた安物だが、腰に差した黒い大太刀には金の蛇が描かれており、名刀だと一目でわかる。それに加え、適度に伸びている艶のある黒髪と黒い目は異国人だと一目でわかる。住民のほとんどが金髪、茶髪、赤髪の中、目立って当然である。

 ヤトは中空(アイテムボックス)から仮面を取り出した。

 額に大きな目が一つ描かれ、口は不自然に横に広がり、赤い隈取を思わせる線が伸びていた。珍しいだけの(ユニーク)アイテムだ。この“まことのお面”は、触れた者の表面にある感情を読むことができる。ユグドラシルでは一部のマップ以外で使い道のないアイテムだったが、この世界で使えるかの検証のため付けようとしている。

 わけではなかった。

 DMMOTRPG、《ユグドラシル》は自由度の高いゲームである。その延長線で、遊んでいる感覚の彼は、悪目立ちすると考えもせず、面白そうという理由だけで奇妙な仮面を装着した。触れた者の表層にある感情を読む能力など、これ以後、思い出すことさえなかった。

(目の部分に穴が空いてないから視界はゼロだけど、探知スキル《ピット器官》は使えるし。まさかアンデッドなんか街にいないだろ。やっぱり、謎の流浪人に必要なのは仮面だね)

 仮面を付けていては視力が役に立たず、相手の体温だけを感知して歩を進める彼は、落ち着いて見えても内心は浮ついていた。すれ違う通行人の関心を集めて引き摺り、一行は王都中心にある噴水の広場に辿り着いた。

 仮面の男は執事に指示を出した。

「セバス、武器屋を探してくれ。クズアイテムを売り、今日の宿代を稼ごう」
「それでは、聞き込みをしてまいります」
「ヤトノカミ様の護衛はわたしに任せるでありんす、セバス」
「よろしくお願い致します、シャルティア。それでは行ってまいります」

 シャルティアは黒い日傘を差し、ニコニコ笑ってセバスに手を振った。さんさんと照らす太陽の光を涼し気に受ける吸血鬼真祖は、服装に合わせたコーディネートなのか、由緒正しき貴族の令嬢に見えた。背景が透けて見えそうな白い肌に、銀髪が周囲の注目をよりいっそう集めていた。

 最寄り武器屋の場所はすぐにわかり、一行はスレイン法国の装備品を売り払うべく、武器屋へ足を向けた。

「金にならなかったら、ガゼフを探して一晩くらい泊めてもらうか。転移ゲートをガゼフの家に開くのは気が引けるが、最悪は仕方がない」

 後になってヤトは後悔する。

 この世界の価値基準が、自分たちと比較して想像を絶するほど低かったと、想定もしていなかった。





 何でもない一日を迎え、退屈そうに店を構えていた武器屋の店主は、南方出身であろう異国人の驚いた声に、上乗せして驚いた。知らぬうちに無礼な発言をしたのだろうかと慌てたが、異国人は違うことに反応していた。

「マジでこんなにくれんの? だって、金貨って慎ましく暮らせば、1枚で15日くらい過ごせるんでしょ?」

 スレイン法国の装備品、職杖(メイス)(スタッフ)はデータ量が少なく、使い道が一切ない。どちらも前衛職のヤトには装備が出来ず、弱すぎて蒐集(コレクション)する気にもならない。何よりヤトにコレクター欲はない。

 蒐集家(コレクター)として一日の長があるアインズに聞いたものの、低位すぎて反応さえしなかった。

 銀貨1枚~2枚かなと見積もっていたヤトの想定は大きく外れ、実際には武器二つが金貨5枚で買い取られていき、牧場の家畜を売る気分で奥へ運ばれる武器を見送った。武器屋の店主は、急に入ってきた物の価値が分からぬ旅人を呆れた顔でまじまじと見つめた。

(これでも高いの? こいつ何もわかってないけど、どこの御曹司(ボンボン)……ボンボン……か? なんだコイツ)

 店主からすると十分に買い叩いたつもりだったが、相手はとんでもなく喜んでいる。奇怪な仮面で表情は見えないが、声色から想像するに笑っているとわかった。持ち込んだものに反し、身なりはみすぼらしい。しかし、背後に佇む執事と少女の衣服は最高級品だ。何から疑問を浮かべていいかわからない。

(スレイン法国の職杖(メイス)(スタッフ)なんて、二つで金貨8枚にもなるだろうに。まさかまだ大量に持っているのか? 鎌かけてみるか)

「あのー、もしよろしければ纏めて引き取らせていただきますが、いかがですか?」

 流石に探りを入れられていると気付くが、アインズとは違い思慮深い行動が苦手な彼は、追加で10本を引き取ってもらった。まだ持っていたが、別の武器屋でも価格を調べるために残しておいた。店を出る頃には、合計で金貨30枚を手にしていた。

 お互いにぼろ儲けの良い取引だった。

(スレイン法国の職杖(メイス)(スタッフ)が大量に購入できたぞ。他の武器屋に半分を高値で売りつけてやる。あとはヘボい冒険者からぼったくれば、渡した金貨など簡単に取り返せるからな。安い初期投資だった)

 出ていく彼らに声を掛ける店主は、両手放しで喜んだ。

「ありがとうございましたあ!」

 礼は本心からの大声だった。





 武器屋を出た三人は噴水の広場へと戻り、成果を調べた。ヤトは仮面の下に満面の笑みを浮かべた。これだけあれば、一通りの遊びができるはずだ。

「儲かったな」

 金貨30枚を数え終えた青年は、部下の執事と少女へ指示を出す。

「セバスはシャルティアと一緒に今日の宿をとってくれ。金貨1枚で2泊くらいできる中流宿が理想、時間がかかるなら見つけた宿でいいや。二人部屋を確保したら、シャルティアは部屋でゲートを開きナザリックへ帰還、パンドラに金貨10枚を渡して」

 子供にお小遣いを渡す感覚で、シャルティアに金貨を10枚手渡した。それだけでも一般市民の感覚からすれば、慎ましい半年を過ごせる金額である。アインズとの打ち合わせにて、両替箱(エクスチェンジボックス)による貨幣の換算を行うと決まっていた。法国が所持していた武器を売却し、現地貨幣調達の担当はヤトだった。

 一人で冒険者組合に行くことに二人は反対したが、シャドウ・デーモンが影に潜んでいるから大丈夫だと納得をしてもらった。

「……畏まりました。宿が取れ次第、私も向かいます」
「よろしく」

 二人は一礼をして反対方向へ歩き出した。

(あの二人が一緒に行動するなんて珍しくない? つーか、ゴスロリ美少女とナイスミドルの執事なんて、どこのお嬢様だと思われるかもな)

 「面白そうなんでこっちで冒険者になります」などとアインズに言えば、説教を交えて止められる。面白そうなイベントを逃すなどできず、勝手になろうと決めていた。

 結果を出してから報告すれば、そこまで怒られないだろうと踏み、冒険者組合に向かった。





「チーム名?」
「はい、今後の活躍で有名になった際、名指しの依頼が入りやすくなります。皆様、お好きな名前を付けていらっしゃいますよ」

 泣き黒子のある若い受付嬢は、微笑みながら説明した。

「うーん、そうなのか。どうしようかな。有名なチームの名前はどんなものがあるんですか?」
「朱の雫とか蒼の薔薇は、アダマンタイト級の最高ランクに該当する冒険者です。次点だと純白悪魔とか、雷撃招来とか獄炎乱舞とか、皆様お好みのものを選び、お付けになっていらっしゃいます」

 純白悪魔という言葉に、アインズを押し倒している淫魔が脳裏をよぎる。

「ナザリック地下大墳墓で」
「……少し長すぎるかと思われますが」

 受付嬢は眉をひそめる。通常、長すぎる名前は格好が悪い。短くて覚えやすいのが鉄則だ。何よりも言葉の意味がわからない。

「ん? そうですかね? ではナザリックでお願いします」
「ナザリック、でございますね。畏まりました。チーム人数はお一人でよろしいのですか?」
「いや、後でもう一人くる予定なんで二人です」
「お二人ですね。では明日、もう一度いらして下さい。銅のプレートをお渡しいたします」
「ありがとうございます。ところで、チームを二つに分け、別々の依頼をこなすことは可能でしょうか?」
「は、はぁ。不可能ではありませんが、失敗した場合に違約金や慰謝料が発生する可能性があります。最初の内はお勧めできません」

 「なに言ってんのコイツ?」とでも言いたげな目を向ける受付嬢に、ヤトの背筋がゾクゾクして鳥肌が立った。現実世界から加虐嗜好があった彼は相手の怒りを助長させたくなったが、初日から揉め事を起こせず、辛うじて踏み止まった。

「実力は問題ありません。可能なんですね、ありがとうございます」
「は、はぁ……」

 馬鹿の相手でもしたように受付嬢はため息を漏らしたが、既にヤトは興味を失っていた。

(さて、依頼一覧でも読みながらセバスを待つかな……)

 水晶フレームの翻訳眼鏡をかけるのは気が重い。ごつい眼鏡を掛けて、容姿がオタク臭を出すのが嫌だった。

(まぁ、眼鏡かけても、リアルよりはちょっとだけいい男だけどさ)

 掲示板に貼られている依頼内容を細かく読んでいく。一足先にエ・ランテルで登録を済ませたアインズの話の通り、モンスター専門の傭兵というのが相応しく、護衛に関する依頼が大多数を占めていた。

 危険モンスターの討伐、移動する商人の護衛、用心棒などの依頼が掲示板にびっしり貼られている。そうして彼は依頼の内容を見ることに没頭する。近寄ってくる新人潰しの冒険者に関心は向かなかった。

「おい、異国人! ここじゃおめぇみたいのは歓迎されねぇんだ。首洗ってとっとと消えな!」

 育ちの悪そうな冒険者がヤトに声を掛けるが、ヤトの耳には届かない。

「耳聞こえねぇのかテメェ!」

 男がヤトの肩に手を掛けようとしたとき、横から手が伸びて凄まじい力で腕を掴まれた。

「私の主人に対する無礼は許しませんよ」

 身なりのいい執事が、殺意を感じる目で男を睨んでいた。息巻いていた彼は、尻尾を巻いた野良犬と自身を重ね、その場を動けなくなった。

「あ、セバス。早かったな」
「はい、それなりの宿が取れました。一日、銀貨3枚だそうです」
「ん? なんだ、そいつ」

 野良犬でも見る目で、青くなっている冒険者を見た。見られた彼は体の芯が縮こまるのを感じた。

「はっ、危害を加えようとしていました。粛清してもよろしいでしょうか?」
「面倒だから放っておけ。街中では掃除は目立し、可哀想だろ、掃除する人が。それより宿に行きたいな」
「畏まりました。こちらです」

 唐突に離された男の腕には、手の形に青痣がついていた。

 この日の出来事は、酒場で低ランクから中ランクの冒険者たちに共有されたが、ヤトの情報ではなく強い執事の噂話だった。





 案内された宿の名前は“銀の靴”といった。

 中級の宿だったので食事はでないが、ベッドはふかふかと柔らかかった。アインズからの連絡も入らず、退屈を誤魔化すようにベッドでゴロゴロと転がった。ナザリックでどうしても離れない御付きメイドの影響なのか、同室に誰かがいることにも慣れた。入口で待機しているセバスは特に気にしない。正確には、気にしていない素振りをする。

 ヤトの腹部から、胃の収縮音が鳴る。やがて彼は、何かを決めたように立ち上がった。

「セバス、酒を飲みに行きたい。小腹も減った」
「はい、御伴致します」
「俺はもう至高の41人ではないから、付き従う必要はないよ」
「いえ、それでもヤトノカミ様は、偉大な御方のままでございます」

 セバスは有無を言わさず即答した。

「だから、そういうのはもう必要ないって。自由に行動させてくれ」
「……それでは、このように致しましょう。敬意を払う必要はない、しかし敬意を払ってはいけないわけではない、と。それも私の自由行動ではないでしょうか」

 セバスの意外な提案に、ヤトは目を見開く。口から小さな笑いが発せられる。

「ふっ……セバス。私はそのような提案が大好きだ。よかろう、付き従え」
「はっ、勿体なきお言葉」

(知らない街に一人じゃ心細いしな、ちょうどいいといえばちょうどいいか)

 子供みたいな事を考えるヤトの心中を知らず、自らの大それた提案を褒められたことで、密かに安堵した。仮面を付け忘れていたが、今は食欲を満たすことが先決だった。


 二人は宿からそう遠くないバーを見つけ、“魔の巣-第2店舗”という名が書かれたドアを開く。カウンターの内側では、半分しか開いていない目で、ひげ面のマスターがコップを磨いていた。

 ヤトとセバスはカウンターに腰を掛けた。セバスはドア付近で待機するつもりだったようだが、ヤトはそれを許さない。暗めの照明で照らされた店内の客はまばらで、空席の方が多かった。

「マスター、金貨1枚で飲める範囲で高いお酒を二つ。あと、何かツマミを」
「はい、わかりました」

 出てきた茶色の酒は、ウィスキーに似ていたが後味は柑橘系のような香りだった。ナザリックの高貴な酒より、ヤトはこっちの安酒が合っている気がした。

「セバスも飲まないと、出してくれたのに失礼だよ」

 手を付けようとしないセバスを促す。

「マスター、俺たちは今日冒険者になったばかりなんですけど、強い冒険者の情報とか知りません?」
「お客様、この街で最も有名な冒険者は、蒼の薔薇と朱の雫でございます。なんでも、蒼の薔薇のラキュース様と、朱の雫のアズス様は親類だとか」
「そうなんだ? アダマンタイト級親戚だな。彼らに会うには普段はどこに行けばいいのかな?」

 グラスの氷をカランと鳴らし、酒をあおった。

「上位の冒険者達が使っている、黄金の林檎亭に行けば、宿の中に酒場食堂があると聞いていますが、宿泊料はそれなりに高額とか。そこで会えなければ、どこかに拠点となる屋敷を構えているのかもしれません」
「ありがとうマスター、これ情報料のチップね。御馳走様」

 懐が温かいと金遣いが荒くなるもので、店主の話に満足したヤトは金貨を一枚多くをカウンターに積んで店を出た。感じのいい客に、表情には出さないが、彼らを真摯な目で見送った。

(毒無効の影響か酔わないな……ま、いっか。最高峰冒険者の実力を調べに行きますか。運が良ければいい女に出会えて、実機並みの性活ができるな。恩を売っておけば昇格できるかもしれない)

 うきうきしながら宿へと向かう。

 アインズとどちらが先にアダマンタイトになれるか勝手に始めた余興(ゲーム)、王国の女性と一夜の火遊び(アバンチュール)など、様々な事柄に期待を寄せ、石畳の街を歩いて行った。





 宿へ戻ろうと裏路地を近道したが、なぜか男が腕を組んで仁王立ちしてゆく手を阻んでいた。

 不敵に笑う彼は偉そうに問いかける。

「おい、そこのお前。ちょっと聞きたいことがある」
「なにか?」

 仁王立ちする男の後ろから男が3名、後ろから3名が探知スキルに引っかかり、どうやら挟み撃ちをされるようだ。

「昼間に連れていた女を出せ」
「昼間? あぁ、シャルティアの事か」
「身ぐるみと持っている装備品、全部置いて消えろ。命だけは助けてやる。護衛と執事は大したもん、持ってねえだろうからな」

 どうやらシャルティアが貴族の令嬢、ヤトは護衛の戦士、セバスは執事と見えているようだ。

「機嫌がいいので有り金おいて消えるなら、命は助けてあげましょうか?」
「ひゃははは、このガキ! 面白いじょうだ――」

 ヤトは男の首を切断した。

「んだなー……あれ? 俺の……から……だ――」


 切断された男の首は言葉を発しながら飛んでいった。ヤトに躊躇いはない。初めての人殺しだが、お行儀の悪い人間に優しく接するつもりはない。何よりも、彼らの目的を考えれば同情の余地はない。飲酒時に発動するオートスキル《うわばみ》で攻撃力を強化されており、首を刎ねたにも拘らず何の手ごたえもなかった。

 地面に転がるはねられた頭部は、ヤトの足で踏み潰される。下手に出ていたヤトは、光を吸い込む黒目で睨んでいたが、賊には殺気を放つ怪しい仮面が見えていた。先ほどまで見下していた仮面の男は、数秒で得体の知れない化け物に変わっていた。

「……セバス、こいつらの身ぐるみを剥げ。念のため依頼主がいるかを吐かせろ。つまらん嘘をつくならナザリックに送って拷問。死んだら死んだで構わん」
「はっ、仰せのままに」

 セバスは小さな竜巻のように障害物をなぎ倒していく。

 刀に滴る血を払うと血がびしゃっと音を立て、石畳をどす黒い血で汚した。

 刀を納刀するわずかな時間で、敵をなぎ倒したセバスが戻った。

「彼らは武器屋の用心棒だそうです。我々が取引をした武器屋ではなく、違う武器屋だそうです。スレイン法国の装備品を大量に持っていることと、ヤトノカミ様の名刀、シャルティア様の容姿が、武器屋同士の繋がりで伝わったそうです」
「あっそう、それじゃあその武器屋をエイトエッジ・アサシン3体で襲撃。シャドウ・デーモンを監視につけよう。武器と貨幣を根こそぎ奪え。店主は殺してナザリックに。こいつらはそのまま送れ、処遇は参謀たちに一任する。どんな目に遭おうと知ったことか」
「畏まりました。すぐに手配いたしましょう」

 気持ちよく飲んでいた気分を害されてはいたが、現実世界で秀でて喧嘩っ早いタイプではない。本来の、つまり人間の彼であれば無駄な殺しはしなかった。異形種になってから怒りという名の感情が消失し、本来の憤激は憎悪に自動変換されていた。

 今の彼は真っすぐな殺意を含んだ憎悪しか持たず、前段階の怒りという感情はどこにも存在しない。

 取るに足らない雑魚(ゲームのモブキャラ)如きに、殺しを躊躇わない。

「ったく、酒も気持ち良く飲めねぇのかよ、この街は。本当に腐ってんな」

 石畳の地面に唾を吐き、憎々しげに呟いた。

 憎悪の黒炎はまだ頭の中を焦がしている。

 手ごたえのなさに不快な感情は晴れておらず、拷問して鬱憤を晴らしたかったが、死体はナザリックへ送ってしまった。

「……簡単に殺すんじゃなかったか」

 呟いても憎悪の炎は静まらない。

 せめて、大墳墓に送られた彼らが惨たらしい目に遭うよう、何かに祈った。





 主人が不在となったナザリック地下大墳墓では、今後の計画と内務がアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの3人に一任されている。

 宝物殿を希望したパンドラを除き、参謀達には私室が与えられている。デミウルゴスはヤトから送られた人間を見て、歓喜に身を震わせた。

 懸念するスクロール問題に人間を使えないかと検討していた時分、間髪入れずに死体が7体も送られてきたのだ。陽光聖典の死体だけでは足りず、カルネ村から何人か引っ張ってこようかと考えていたところ、渡りに船だった。

「素晴らしい! 流石は至高の41人です。カルネ村を僅か3日で、喜々として命を差し出す信者に変え、更には私のスクロール供給の懸案事項にまで手を伸ばして頂けるとは。やはり至高の御方々には、私達の考えなど御見通しなのかもしれません。早速、この死体で色々と試しましょう。まだまだこれからも死体は送られてくるでしょうからね。ああ、忙しいです、本当に忙しいですよ」

 言葉に込められた意味は不満ではなく、歓喜だった。喜ぶデミウルゴスは、たくさんのおもちゃを贈られた子供と何ら変わりない。

 デミウルゴスは地域平定をアインズに捧げようと、考えていた幾つかの策を全て後回しに、人体実験に取り掛かった。





 統計によると、いつの時代、どこの世界、文化のレベルに関係なく、女性は男性の三倍も話すという。本日の業務を終えた冒険者組合の受付嬢たちは、別室で着替えながら世間話に興じている。主な話題は、新米冒険者でありながら強そうな執事の件だった。

「あの執事さん格好よかった」
「そうなの? どんな人?」
「一目でわかると思うよ。若くはないけど、すごく紳士的で強くて優しそうなの」
「えー。あたしも見たかったなー」
「冒険者に登録しているから、すぐに会えるわよ。みたら一発でわかるからね」
「誰の執事だったの?」
「んー? なんか変な南方の人。あの人は偉そうに執事さんに守られてただけだったし、気にしなくてもいいんじゃないの? そんなに美形じゃなかったわよ。頭も悪そうだったし」

 酷い言われようだが的を射ていた。チーム名を長くしようとしたことと、いきなりチームを二つに分けようとしたことが、彼女の中で尾を引いていた。

「そうなの? でもお金持ちなんじゃない?」
「でも、執事さんの方が格好いいし、着ている服も高そうだったから」
「じゃあ執事さんと結婚できたら問題ないね」
「そうそう、あんな強い人に優しく守られたいぃ」
「お姫様を守る騎士(ナイト)ね」
「あー! わかるー! 白馬の王子様が年を取ったらあんな感じよ、きっと。チーム名はナザリックだからね。危険で安い仕事を回しちゃだめよ? 一回でも多くここに出入りして貰うんだから」

 女が三人集まると姦しい(かしましい)

 セバスの評価は依頼を回す受付嬢の間で、鯉と恋の滝上りとなり、年配の執事には楽で割の良い仕事が回る。黒髪黒目の男の評価は芳しくないため、セバス一人だけが特別に優遇された。


 ヤトがそれを知ることはない。




アルベド好感度ロール→-6 好感度42
面倒事→1d%→失敗
受付嬢好感度→1d20→+17

ゲヘナ実行前に相談→相談しない。
ゲヘナ実行日延期→1d10→+8日
人間牧場の実行計画の進展→1d10 -3日

賊が所持していた貨幣→金貨3枚、銀貨14枚
疑似カルマ値変動1d%→0%


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9日目 王都リ・エスティーゼ



 ヤトの指示を受け、エイトエッジ・アサシン部隊は夜明けとともに武器屋を襲撃した。

 報告によれば、金貨が100枚程度、他の貨幣が金貨20枚相当、武器・防具が店一軒分手に入った。店1軒相当の装備品をどこに売ればいいか考えたが、量が多すぎて妙案も浮かばず、ナザリックの参謀に丸投げした。せめて全体の三割相当の武器くらいは売り払ってしまおうと、いくつかの武器屋・質屋・市場など、王都中の買い取りをしてくれそうな場所をはしごして、更に50枚の金貨が追加された。

 空っ風が吹いていた懐は、今や十二分に潤っていた。

 元より浮かれ気分のヤトは、遊びを過熱させていく。

「セバス、黄金の林檎亭に行き二人部屋を。料金は10日分まとめて前払いで。ここはすぐに引き払ってしまおう」
「それでは、店主に伝えて参りましょう」

 拠点となる宿はすぐに変わった。

 “黄金の林檎亭”は最高級宿屋に相応しく、三階建ての豪華な屋敷だった。煌びやかな装飾が周辺のどの建物よりも眩しく、出入りする冒険者も中級以上で、喧騒が外まで聞こえてくる。実際のところ、冒険者としての見栄、顧客の信頼・評判を得るために、無理をして宿泊する者も多い。そんな中、銅のプレートをつけた正体不明なヤトと執事は十分な注目を集めていた。

 部屋に案内され、転移ゲートの紐をつけさせようと、シャルティアを呼び出す。

 前日の失敗を警戒し、小さなシャルティアは部屋の窓から侵入を果たした。

「これにて、ナザリックに帰還いたしんす」

 シャルティアはスカートの裾を軽く摘み、育ちのよい女性が行う礼をした。

「ありがとうシャルティア。シャルティアにとても助けられたと言っていたと、アインズ様に会ったら報告してくれ」
「光栄でありんす。失礼いたしんす」

 笑顔でシャルティアが応えた。シャルティアがゲートに吸い込まれるのをセバスと見送った。

「シャルティアは頑張り屋さんだな」

 誰ともなく呟いた。

 王都中を武器売却のために歩き回り、時刻は夜になっていた。宿の中に酒場兼用の食堂を有しており、自然と思考はそちらへ流れていく。アインズと情報交換する必要もあった。

「セバス、酒場でアインズさんと情報交換をしてくる」
「お供を」
「いや、悪いが遠慮してほしい。どうしてもというのであれば、酒場が見える位置で離れて待機を」
「……大変に失礼を致しました。留守はお任せください」
「すまないな」
「いえ、私も気が利きませんでした。お帰りをお待ちしております」

 深々と礼をするセバスを後ろに、部屋を出て酒場に向かう。

 後でセバスは、強引にでもついて行かなかったことを後悔する。

 宿の1階にある酒場食堂は、冒険者たちで活気に溢れていた。依頼の報酬や依頼者の態度に愚痴を零すもの、直近にこなした依頼の自慢話をするもの、口説いた女の話など、騒がしかったが一様に楽しそうだ。

(いいね、こういう大衆的な雰囲気)

 その光景に愛想笑いを浮かべながら、テーブルの隙間を縫ってカウンターに辿り着き、影の差している端の席へ座る。目の前にいた店主に金貨を一枚手渡した。

「マスター、適当にこれで一杯ちょうだい。お釣りはいらないです」
「あいよ、毎度あり」

 ちょうどよく物陰に隠れる席に座り、《伝言(メッセージ)》のスクロールを取り出し、アインズに連絡を飛ばした。

 元営業マン同士の長話が始まった。





《へー、タレントですか。割と転がってるもんですね、その辺に》
《いや、そんなことはないと思う。割合は200人に一人って話だったかな。
《じゃ、流石はアインズ・ウール・剛運さんってとこですね》
《まあな……全てのマジックアイテム使用可能というのは珍しいけど》
《うーん、接近を間違えるとモモンとアインズが同一人物とバレる危険がありますが》
《そうなんだよ。ナーベも会った瞬間に斬りかかろうとしてたし》
《コネ作りに成功したのはよかったですね》
《そちらの情報収集は? 図書館にはもう行ったの?》
《あ、いや、その……1ミリも進んでません》
《……はぁ?》

 アインズは僅かな怒気を孕んだ声で聞き返した。

《でも稼いだ金は金貨200枚ッスよ! 凄くないですか?》
《はぁ!? なんだそのアンバランスな》

 僅かに漏れた怒気は消え、予想していなかった資金稼ぎに、アインズの声は機嫌を取り戻した。改めてヤトは経緯を説明する。

《なるほど、そんなことが。武器屋を襲撃なんて、ただの盗賊じゃないか。発覚しないといいが》
《今回の件で死体は1体も出てません。発覚しても言い逃れができるように全てナザリック送りにしましたから。ご丁寧に血痕すら残してません》
《アダマンタイト級と接触する時は注意を怠らないように。どんなタレント持ってるのかわからないから》
《大丈夫ですよ。逃げ足に定評のあるヤトノカミさんを信じてください》
《るし★ふぁー仕込みのヤトノカミを?》
《む、それを言われると言い返せませんが》

 仕込まれているのではなく、素直についていくから被害者や実験台にされていただけなのだが、周りから見ると舎弟に見えていたらしい。
 彼もそこを無理に否定しようとは思っていない。

《話は変わりますけど、面倒なんで図書館の本を盗んでもいいスかね? 一冊ずつ読む気だったんですけど、面倒なんでまとめてナザリック送りでいいスか?》
《いいんじゃないか? 情報を搾り取ったら返しておけば問題ない。確か、盗賊職を取っていたよね?》

 普段は慎重なアインズも、所詮は他人事である。図書館泥棒しようとするヤトを、止めるつもりはさらさらない。当面の問題は転移した異世界の情報収集と資金稼ぎだ。こうしている間にも、ナザリックを維持するためにユグドラシル金貨は刻一刻と消費されている。

《もちろんです。上位盗賊まで取ってます。弐式炎雷さんみたいに、最上位の盗賊は取ってませんけどね》
《それなら大丈夫かな。くれぐれもヤトが盗ったと気付かれないように》
《手の空いた時に、アインズさんからアルベドへ情報の確認連絡をお願いします》
《なんでアルベドなの?》
《声を聞きたがってるでしょう。ついでにねぎらいの言葉でも掛けてやれば、業務も捗るでしょうから》
《アルベドに限ってそんなことは無いと思う……》
《いいや、そこは譲れませんね。必ずやってください》
《あ、はい……》
《ところで、その薬師の彼なんですけど》

 酒を頼んだのに口もつけず、こめかみに指をあてて微動だにしない仮面の男を、マスターは名状しがたき目で眺めた。





 猫背で黒髪黒目の男がアインズと連絡を取っている同時刻、同室内、対象までの距離6mのテーブル席に、アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”がいた。双子の忍者ティアとティナ、戦士のガガーラン、魔法詠唱者のイビルアイがテーブルで打ち合わせを兼ねた食事をしているのだ。

 周囲に気を配るのが自然になっており、皆がヤトを発見していたが、興味を示したのはガガーランとイビルアイだ。暗殺者として優秀な三つ子の二人、ティアとティナは、見慣れない者と分かっていたが、無害な輩に反応を示さない。

「あそこの奴、メッセージを使ってるな」

 赤いフードを被った仮面の者は呟く。仮面の影響で、性別や年齢を悟らせぬ歪んだ声しかでないが、人間ではなくても一応は女性だった。

「見かけない奴」
「仮面がおそろ」

 ティアとティナは素っ気なく答えた。話題に上ってもさした興味が湧かなかった。

「おそろって、アイツは私とは違うだろ」
「確かに見かけない奴だな。メッセージで堂々と会話する奴も今時珍しいよな」
「黒髪だから南方の出身者なのだろう。この辺の常識に疎いのも仕方がない。ガゼフ・ストロノーフも南方の血が入っているからな、そこまで珍しいものでもない」
「興味あるなら声でも掛けてくるか? 同じ冒険者なら繋がりがあっても損はねえからな」

 屈強なガガーランが答えた。一見だけではなく、至近距離で見たとしても男性と見紛える逞しい彼女は、男らしい見た目通りに肉をほお張っている。ガガーランの後姿はガゼフ・ストロノーフよりたくましく、隣の小さなイビルアイは親に付いてきた子供に見えた。

「流石だな、童貞食い」
「童貞にすぐ反応する」
「いや、俺の見立てでは童貞じゃねえな、ありゃあ。間違いないぜ」

 フフンと自慢げに鼻で笑った。

「意味が分からん。見た目で分かったら苦労しないだろう」

 イビルアイは呆れてため息を吐く。

「甘いぜ、イビルアイ。お前も卒業したらわかるぜ」

 ガッハッハと大口を開け、豪快に笑った。彼女が女性と知らなければ、頼りがいのある男性と見間違えた。

「私には関係ない。お前と一緒にするんじゃない、筋肉ダルマめ」
「イビルアイ、嫉妬は見苦しい」
「卒業するなら相手を紹介する」
「余計なお世話だ。私には関係ないし興味もない」
「張型という手段も」
「雑貨屋に売ってる」
「いい加減にしろ。下品な双子め」
「しかし、この宿にいる以上は同じ冒険者だろ? あの服装だと貴族とは思えないからな、なぁそこのアンタ」
「ひっ。はい、なんでしょうか?」

 ガガーランは隣席の中級冒険者に声を掛けた。突然に声を掛けられた彼の怯え方は過剰で、ガガーランに何かされたのではないかと想像を掻き立てた。

「あそこで飲んでいる奴は誰だ?」
「あー、確か登録したばかりの冒険者だったかな。胸にカッパー()がぶら下がっていたと」
「カッパー? ここの宿代って結構するが、払えるのか」
「店の主人によると10日分の金貨を前払いしたとか」
「悪かったな、邪魔をして。構わず続けてくれ」

 明るく気さくに呼びかけ、安心した彼は仲間との談笑に戻った。下級冒険者で金持ち、そんな人間は王都に今までいなかった。

 イビルアイは考え込む。最悪な選択肢として思い至るのは、敵対中の犯罪組織“八本指”に雇われた用心棒で、こちらの情報を調査していることだ。ラキュースに報告すべきか、彼に接触するか迷った。

「イビルアイ、奴はどれくらい強いと思う?」
「わからん。全く強くなさそうだ。まるで力を感じないぞ」
「南方の武器……カタナだったかな。かなり希少な武器だと思うぞ。あのブレイン・アングラウスも使ってるとか。戦士の勘だとかなり強いと見た」
「興味ない」
「仮面の下が子供だったら興味ある」

 冷静に分析するより、性的嗜好の興味で返事をする二人。一瞬だけ湧き上がったイビルアイの懸念はどこかへ去り、強さを感じないヤトの警戒は解けていった。

「二人ともしょうがねえなあ」
「買い被り過ぎだ。見た目で強さを感じないなら、やはり私より弱い」
「そうかね、戦士の勘が外れたかな」
「それより、ラキュースの作戦はどうなっているんだ?」
「鬼ボスは近いうちに黒粉の村を攻める予定」
「鬼リーダーは、実験で3手に分けて監視させたい」
「ほー。本腰上げて壊滅させるってか。王女様も思い切った決断したな」

 四人は打ち合わせに戻っていった。





 友好関係にある営業マン同士の話は長い。話しを職業とする手前、どんなに短く切り上げても次から次へと話題が移っていく。時間も際限なく延長され、気が付けば二時間が経過していた。カウンターは空席が目立ち、長居しても嫌な顔はされなかった。

(ふぅ、今日はこんなところかな。アインズさんは野営中だったし)

 ヤトは首を左右に振り、ボギボギと濁った音を鳴らし、仮面の下でため息を吐いた。

「マスター、御馳走さまー」

 カウンターを降りて壁際の通路を歩いていると、塞ぐように足が投げ出されていた。

(なんだこの足は。踏んづけて欲しいのか?)

 中級冒険者らしき人物がヤトの通る場所に片足を投げ出していた。楽しそうに飲んでいる彼らを邪魔するのに気が引けた。横に避けようとしたが、足は通せんぼをするように腰まで上がった。彼らは生意気にも最高級宿にいる低位冒険者の実力を図るために絡んでいるので、接触を避けられはしない。

(よく絡まれる街だな。まあいいや、刀を抜かなければ死なないだろ)

 遠慮なく、差し出された足を、手心を加えない全力で蹴り上げた。

「ぎゃあああ! いてえぇぇ!」

 人間の体とは言え、異形種のレベル100プレイヤーのヤトが全力で蹴り上げれば、人間の足など木の枝に等しい。ふくらはぎの骨にひびが入ったが、自分から絡んできて痛い目を見る彼の苦痛が愉快だった。男は予想を遥かに超える痛みに悶絶し、床を這いまわった。

「弱いなぁ……オイ。そっちから喧嘩を売ってきたんだから、醜い悲鳴を上げるなよ、雑魚が」

 みっともなく転げまわる彼に、加虐心がそそられ、仮面の下で口を歪めて笑った。同じテーブルに座っていた仲間が激昂して立ち上がる。

「おい、仲間になにしやがるんだ、この野郎。カッパーの下級冒険者風情が!」
「おまえらそれなりの冒険者の癖に相手の実力もわからんのか?」
「表へ出ろ!」
「この野郎、ボコボコにしてやる!」

 ヤトの胸倉を掴まれた。彼の加虐心は小さな殺意へと昇格を果たしている。順調に進めば、数刻と待たずに彼らはバラバラにされ石畳の街へ肉塊となって散らかる。自らの運命を悟らぬ彼らは、歯を剥いて敵意を向けていた。

「はぁー、よく絡まれる街だな、本当に」

 先ほどの一息ついた意味のため息と違い、失望の意味を込めて深いため息を吐いた。昨日の件が燻っていた彼は、落ちて来た火の粉を払う感覚で殺意を抱いた。

「お望み通りこの世から消えろ。生ごみさん」

 最下級冒険者という最も格下に侮辱された彼らは、顔を真っ赤にして怒り狂っていた。

「舐めんなカッパーが!」
「外で土下座させてやる!」
「あ、そう。頑張って。弱いお前らにできるといいなぁ……」
「ふ、ふざけるなぁあああ!」

 相手の怒りを悪戯に助長させ、収拾は殺戮しかないと思っていた。





 遠くで騒いでいる冒険者たちの喧騒は、最高位冒険者チームの彼女らまで届く。ティアとティナが眉をひそめ、顔の広いガガーランに抗議した。

「あいつらうるさい」
「筋肉さん、止めてきて」
「まったく、大事な話をしてる時に……しょうがねぇなぁ」

 面倒見のいいガガーランは、席を立って彼らに近寄っていく。

「おいおい、この店で揉めるなよ。出入り禁止になったら、おまえらまとめて損をするだろ?」

 希少価値の高いアダマンタイト級の冒険者の発言力は、他を凌駕する力を持っていた。その中でも見た目が屈強なこと、初物(童貞)好きということ、二点で奇異なるガガーランは特別だ。

「し、しかしガガーランさん。仲間が負傷を」
「自分で喧嘩売ったんだから仕方ねえだろ。ほら、おまえさんもその辺りで抑えときなって、な?」

 ヤトの視界は仮面に覆われ、サーモグラフィのように人の体温しか感知できない。突然やってきた屈強な形を持ち、気さくな対応で上位者として喧嘩を止めたソレが、男か女か判断付かず、怪しい存在に戸惑った。面倒が済むなら大人しく謝ろうと思い、続投しようとするほど子供ではなかった。

「はぁ、そうっすか。みなさんごめんなさい、私の注意不足でしたー、あまりに弱すぎたので」

 子供ではないが、大人でもなかった。足を蹴り上げて骨にひびを入れておきながら、不注意も何もない。口調も相手を小馬鹿にして間延びしている。なおも挑発するヤトに冒険者たちは顔を真っ赤にして怒りを堪えていた。

 転移魔法を使うのが面倒だと考えていたヤトは、形だけの謝罪をして落とし所を作ったつもりだった。

「ちっ、覚えてろよ」
「夜道で後ろに気をつけなっ!」

 小物臭さが拭えない捨て台詞を吐き、負傷した仲間の肩を抱いて去っていった。物珍しそうに見ていたやじ馬も、事態の収拾を見て自分たちの話へ戻った。

「どなたか存じ上げませんが、感謝いたします」

 アダマンタイト級の顔を知らず、また仮面を付けているので顔も見えないヤトからすれば至極まっとうな会話だった。最上級の冒険者に対する最下級の冒険者にしては態度が大きく、酒場の空気は改めて凍り付いた。

 やじ馬の顔は改めてヤトに向けられ、今度は信じられないと言わんばかりの表情をしていた。仮面をつけたヤトがそれを見ることはない。

「おぉ、じゃ覚えておいてくれ。俺はアダマンタイト級冒険者で蒼の薔薇の戦士、ガガーラン様だ」

 ガッハッハと笑う彼女は、本当に楽しそうに笑った。自慢したいわけではなく、自分を知らない彼がとても珍しかった。

「あ、え? は? ……え?」

 仮面の男は混乱する。蒼の薔薇とは女性のみで構成されるチームのはずだ。彼の探知スキルで見たガガーランは、分厚い筋肉で構成された迫力のある“男性”に見えた。

「ガガーラン、さっさと戻ってこい。打ち合わせの続きだ」
「おぉ、イビルアイ。悪かったな」
「んん!?」

 ヤトは更に混乱する。探知スキルによると、誰もいなかった場所から唐突に歪んだような、男女の判別がつかない声が自身の背丈よりも低い場所から聞こえた。空中から声を流せる魔法でもあれば別だが、前衛職のヤトは魔法の種類に疎い。

 手のひらサイズの妖精でもいたのだろうかと思ったが、依然として生者の体温は検知できない。

 事態が把握できずに混乱し、声の聞えた場所に両手を伸ばすが、周りからは透明人間でも探しているかに見えた。

 身長149cmのイビルアイに対し、170cmのヤトが少し低めに手を伸ばしてしまうと、ちょうどよくイビルアイの胸に向かって手が伸びていく。イビルアイが反応できたのは、自分の胸に彼の手が触れる寸前だった。

 小さな赤頭巾は野良猫並みに素早く飛び退き、その気配で誰かがそこにいたのだ理解した。

「な、何をする!」

 貞操の危機を感じ、瞬時に怒るイビルアイをよそに、セクハラの加害者は様々な思案をしていた。

(……これは一体、どうしたことだ? 探知スキルの異常か?)

 考えてもわからず、時間を掛けても面倒なので仮面を剥ぎ取った。目に光が差し込み、眩しそうに目を細めた。屈強な男性と思っていたガガーランは、逞しい大胸筋に申し訳程度の胸が付いていたので体は女性だ。赤いフードを被った小さな人物が、少し離れた場所で警戒していた。

「ちっちゃいな」
「なんだとこの無礼者! 今度は私に喧嘩を売る気か!」

 ついつい口から洩れてしまった本音に、「やべえ」と冷や汗を掻いた。本気で怒っているイビルアイはアンデッドだ。成長や変化と無縁で、そこを刺激されるのが嫌だった。

「落ち着けよ、イビルアイ」
「あー……ゴホン! 申し訳ありません、許してください。私はナザリックのヤトと申します。相方はセバス・チャンという執事です。今日はお会いできてとても嬉しかったです」

 深々と頭を下げ、イビルアイの警戒がほどけたのを察した。

「あなたはイビルアイさんと言いましたか?」
「な、なんだ?」

 イビルアイは再度、警戒し、体を強張らせる。

「あなたとはまたお会いしたいですね。私もこの宿を使っております。よろしければ今度、食事にお付き合いを、できれば二人きりで」
「な、ぜ私が、そんなことをしないといけな……いんだ」

 動揺してしまい、奇妙な間が生じた。

「気が向いたらで構いません、我々はしばらく王都にいる予定です。宿が同じならまた会えるでしょう。あなたのことをもっと教えてください」

 アンデッドと公言しては可哀想と思い、緩い表現をしたつもりだった。アインズがアンデッドであり、この世界の知性あるアンデッドから有益な情報でも仕入れられるかと探りを入れたつもりだった。イビルアイの性別を知っている者からすると、口説いているようにしか見えない。

「はぁ!?」
「マジでか!」

 イビルアイは警戒を解いて驚きの声をあげ、ガガーランは面白そうに声を上げる。

「それじゃ、これで」

 頭を下げ、彼は借りている居室がある2階に続く階段を昇っていく。

「イビルアイ卒業」
「でえとの申し込みされた」

 その場に立ち尽くし、固まっていたイビルアイは、近寄ってきたティアとティナの声で我に返った。

「うるさい! なんなんだあいつは。初対面で無礼な」
「でも断ってなかったよなー? イビルアイも満更じゃないんじゃねぇのー?」

 ニヤニヤと笑うガガーラン。

「仮面をつけた者なんか信用できるか。八本指の手かもしれないんだぞ」

 自分を棚に上げて言い返す。

「でも向こうは信用した」
「こっちも信用すべき」

 信用も何も食事に誘われたというだけだ。イビルアイは過剰表現で煽られ、徐々に様々な意味で過熱されていく。打ち合わせに戻れる雰囲気ではなくなっていた。

「黙れ! 明日の話をしろ!」

 強引に話を戻したつもりのイビルアイだが、他の面々は聞いていない。

「でもよー、あのカタナ、近くで見たら本当に名刀だな。顔を見る限り、南方の出身なんだろうぜ。もしかすると腕前も相当なもんかもしれないぜ? 顔も童貞じゃなかったしな!」
「そ、そうなのか?」
「イビルアイ興味出てきた」
「鬼リーダーより先に卒業決定」
「は、いやなにを言っているんだ、馬鹿! 明日の夜から忙しいのだ! もう会うこともない!」
「いいや、よく会えると思うぜぇ、同じ宿を使ってんならな」
「イチャイチャするなら他の宿へ一部屋取るべき。ゆっくり眠れない」
「手ほどきが必要ならする。事前準備は依頼と同じくらい大切」
「いい加減にお前ら黙れ! 真面目な話をしろ!」

 三人からニヤニヤされて、イビルアイは怒りながら話を続けた。小さな赤ずきんの仮面に隠された素顔を知っているのは、蒼の薔薇の仲間だけだ。探知スキルは体温を生命反応として感知するスキルであり、探知できない存在は一つしかない。

 イビルアイの声は仮面の効果で歪んでしまい、初対面の相手には男女の判別が難しく、ヤトはアンデッドの”少年”だと勘違いをしていた。ガガーランの性別には自信と興味がなかった。

「アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”、王国で知らない人間の方が少ない。メンバーはガゼフより屈強な女……だよな? つーか本当に女か? それと、小さいアンデッドのガキ。この国はどうなってるんだ。アンデッドが紛れているのが判明した以上、お面に穴を開けて視覚がないとまずい……」

 階段を上りながら、気が重たくなった。

「外したくないんだよ。無くてもいいけど、気に入ってんだよね。大きい穴を開けると格好悪いし……」

 大きなため息をつきながら、セバスが待つ部屋に戻っていった。

 話を聞いたセバスは自分がいればと、猛烈に後悔した。

 イビルアイを宥めた以上に、本腰を入れてセバスを慰める羽目になった。





喧嘩を売られる→30%→9 喧嘩イベント発生


スキル《女好き》女性タイプに対する攻撃力減少は、飲酒で発動する《うわばみ》で相殺が可能


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10日目 王都リ・エスティーゼ



 目を覚ましたヤトは、図書館に本を盗みに行こうと勝手に予定を立てた。護衛のセバスを体よく出払わせるには、資金稼ぎの依頼に付けるしかない。組合まで同行し、1日で終わりそうな商人の護衛の依頼につけ、護衛がいなくなった異邦人は羽を伸ばそうと町へ繰り出した。

(どうせ夜に侵入する予定だし、この街には大した危険もない)

 未知の戦力に対する警戒など頭には無い。早い話、舐めていた。浮かれ気分の彼は、シャドウ・デーモンが影にいなければスキップしていた。

 通りすがりに肉の臭いが鼻をくすぐり、仮面をずらして確認する。串に刺さった肉が、肉汁を垂れ流して炭火で焼かれ、食欲を程よく刺激した。子供のようにそわそわと、買うか他を見るべきかと迷った。

「ナザリックのヤトで間違いないかね?」

 誰かの声が聞こえた。昨日の件のようにアンデッドがいると困るため、一応は仮面をズラして目視した。恐らくは戦士職であろう年配の男性が一人だ。金髪の髪を短く刈り揃え、赤を基調にした鎧を装備する中年男性は、ガゼフより弱そうで興味をそそられない。口から出る返答も素っ気ない。

「はぁ、間違いです」
「む……仮面の男だと聞いているが」
「あらら、じゃあ間違いないです」
「……王都の武器屋失踪事件について出頭命令が出ている。私と一緒に組合まできてくれないか」

(ああ、その件か……ツマンネー)

 調査を依頼された中級以上の冒険者だと、想像に難くない。特に動揺することもなく、相手を上から下まで眺めた。逃げるのは簡単だ。

「同じ冒険者も捕まえなければいけないなんて大変ですね」

 ある種のイベント発生を見過ごすこともなく同行するつもりであったが、素直に付いていくのも癪だなとひねた考えを巡らせ、良い策が閃く。

「大人しく付いていきますんで、串焼き奢って下さい」
「……君は自分の立場が分かっているのか?」
「分かってます。貴方は私を連れていきたい、私は串焼きが食べたい。相互利益は一致しています。とりあえず買ってくださいよ」

 人化の術を使用していれば、食べ物は普通に食べられるのは実験済みだ。実験をしていなければ、蛇の姿と同様に丸呑みしてしまい、喉に突っかかったって不審がられた。

 安心して串焼きを指さし、面妖な仮面の男は肉を催促した。

「とりあえず、そのふざけた仮面をとりたまえ」
「仕方ないな……」

 仮面を外すと、黒髪黒目の容姿が目を引いた。

「おや? 南方の出身者だったのか」
「偉そうな物言いは無駄な軋轢を生みますよ、名無しの冒険者さん」
「余計なお世話だ。詳しい話は組合で聞くから、さっさと歩きなさい」

 手慣れた動作で、ヤトの手首に手錠らしき物を付けたが、何度やっても外れてしまい、冒険者は困り果てた。盗賊が鍵を外してすり抜けるのは理にかなっているが、数秒たりとも拘束できないと言うのは理にかなっていない。まるで手枷が拘束を拒否をしているようだ。

「……どうやって抜けたのかね」
「早く肉を」
「そうはいかん。形式上、拘束しなければ」
「買ってくれないならこちらにも考えがありますよ」

 被疑者は大きく息を吸い込んだ。力ずくで逃げるつもりかと、武装した冒険者は身構える。予想は遥か彼方へ飛んでいき、怪しい異国人は地団駄を踏んで叫んだ。

「串焼きー! 串焼き買ってぇ! パパー! お腹空いたー!」

 大きな声で叫んでいる姿は、叫んでいる本人も恥ずかしいが、それを気にしなければ十分な嫌がらせが可能だ。回りの視線を集め続け、耐えきれなくなった男は観念する。

「わかった、わかった! 買ってくるからそこにいたまえ」

 堂々とした振る舞いを崩さず、串焼きを入手した。なぜ二つあるのか不明だった。

「二つもいりませんよ?」
「いや、私も食べるのだ」
「ふーん……あなたはどうやらいい人のようだ。冒険者組合でいいんですね」

 串焼きを1本受け取り、男と並んで歩き出す。

(思った通りだ。肉が安くて噛み切れないが、これはこれでいい。けど、あんまり大量には食べられないな……)

 安物で喜ぶのも変な話だが、嬉しそうに肉を食べながら歩いていた。現実社会では安い肉であっても、見ることさえできず、口にするのは飼料のような固形食(タブレット)だ。当たり前のように口から食事をしているのが楽しかった。

 隣を歩く男の装備は、近くで見るとなかなかの値打ち物に見え、育ちが良い人間特有の落ち着いた知性のある顔をしている。食べ方は口元を汚さないよう、綺麗に食べていた。目つきの鋭さは、冒険者としての経験故だ。

「若い時はモテたんじゃありません?」
「いや、それなりだ」

 男はニッと笑う。

「ところでお名前を聞いても?」
「ああ、申し遅れたな。私はアズス・アインドラ。冒険者チーム朱の雫の者だ」

(またアダマンタイト級か……)

 ヤトは若干の警戒と多くの疲労を浮かべる。

 彼はアンデッドでないことは確かだった。





 冒険者組合に着くと、応接間で組合長が待ち構えていた。
 
「君に聞きたいのは、2番街の武器屋失踪についてだ。先日、唐突に武器屋が失踪し、店の商品が一通り消え失せていた。次の日、君がその武器屋の品物を売っているのが目撃されているのだが、何か知っているのではないか?」

 組合長は疑惑を隠すことなく視線で貫き、ヤトは「あちゃー」と額に手を当てたくなった。武器を売っているところを目撃されると反論が難しいが、素直に私がやりましたとも言えない。知らないと答えたが、疑惑の視線は変わらない。死体は既にナザリックへ送っており、奪った金貨も十分に消費している。

「知らないと言われても、我々には君しか辿る糸がない。知っていることはなんでもいいから話してくれ。我々もわかりませんでしたと、依頼者へ報告ができないのだよ。一般の依頼者じゃないからね」

 公共機関から冒険者組合へ入った依頼は、店一軒消えた非常事態を受け、それなりの実力者、つまりアダマンタイト級へ依頼されていた。これまで店一軒分消えた事件は、犯罪組織内の内輪揉め、あるいは敵対者への制裁が主であり、下位冒険者に犯罪組織”八本指”の相手は荷が重い。

 アダマンタイト級冒険者“朱の雫”に所属しているアズス・アインドラは違う依頼に出発する予定だったが、火急の依頼に引き留められたと聞く。

 結果、失踪した武器屋の商品を、周辺の武器屋、質屋に売りに来た彼が、共通の人物としてやり玉にあげられる。アインズの説教を思い出し、何が何でも認めるわけにはいかない。ナザリックにて十分な説教を受けてから日にちもさほど立っておらず、一般メイドの件で十分に怒られたのは記憶に新しかった。彼の説教以上に嫌なことは存在しない。

 一瞬、皆殺しにして闇から闇に葬ろうかと思ったが、そちらの方が余計な足がつきそうだ。管理職と上位冒険者が消えれば、程度の低い街であっても大騒ぎになってしまう。

「仕方ないですねぇ」

 一部の情報だけ話して納得してもらえないかと、ヤトは用心棒を雇って襲撃してきた武器屋のことを話した。

「と、いうわけでこちらは被害者なんです」

 話し終わった時に、組合長がお茶を落とした。カップは砕け、お茶が床に水溜りを作った。

「申し訳ない。おーい、新しい物を持ってきてくれ」

 若い女性がお茶を下げていった。

「しかしだねぇ……その話を信じても信じなくても、現に君は武器を転売しているじゃないか」
「ちょっと脅したらくれたんですよ。私には必要ないから他の武器屋にリサイクルをお願いしましたよ。店を畳む頃合いかもしれないと言ってましたし、金貨は支払いましたよ?」
「だが、そんな話をその、信じるわけにはだな、組合としてはいかんのだよ……」

 組合長の歯切れは悪くなる。

(なんだ? なんか様子が変だぞ、体調でも悪いのか?)

 部屋の入り口付近で待機しているアズスが口を開いた。

「もう自白しているようなものだと思うのだが。組合長、なぜ捕まえないのですか?」
「いや、その……実はもう隣の部屋から《睡眠(スリープ)》の魔法をかけているのだが」
「そうなの?」

 どうやら先ほどのお茶を落としたのが合図だったらしいが、《上位魔法無効化Ⅲ》を前になんの効果もなく、疑わしき青年は涼しい顔だ。

「君になぜ通じないのか不明だが、話が通じる相手だから、こうして事情聴取を続けている」
「素直ですね」
「君は私の手枷もすり抜けたな。一体、何者だ?」
「ナザリックのヤトです」
「それは最初に聞いた」

 アズスは深いため息を吐く。

「そんじゃ、こうしませんか? 店主が逃げた以上、被害者は居ない、荷物を懇意にしてた私に預けて田舎に帰りましたと、依頼主さんに報告を」
「確かにそれでも辻褄は合うのだが……」
「組合長、犯罪者の可能性が濃厚なものに従う気か? 奴らの手先だったらどうする」

 苛立たし気に話すアズスを、もっと怒らせてみたくなった。ヤトは少しゾクゾクしてくる。人間らしい感情が欠落した彼は、補完しようと感情を当てられたかったのだが、彼が自覚することはない。

「まあまあハナズズさん」
「アズスだ! 気安く呼ぶなっ!」
「ブッ……クク……」

 素直な反応に思わず吹き出した。それも怒りの炎に油を注ぐ高位の一環であり、ヤトが心の底から笑うことはない。今の彼は、笑わぬ大蛇の化身だ。

「ゴホン、失礼。先生、飽きたから帰っていいですか?」
「ふざけるな!」

 想定通りに返してくれるアズスに至上の喜びを感じ、心が満たされていく。

「じゃ、あなたの家にお邪魔してもいいですか? 身内に美少女がいれば紹介を」
「来るな! いい加減にしろ!」
「ア、アインドラ殿、落ち着いてくれ」
「組合長がお困りですよ」
「糞が! この野郎! 馬鹿にするのも大概にしろ!」

 徐々に顔が赤くなっていく。

「朱の雫の朱は顔色ですかね? 真っ赤ですよ、顔が。ねえ、組合長?」
「私を巻き込まないでくれ……」
「無礼者が、切り捨ててやる! 私と立ち会え!」
「お断りします、そんな剣では私に傷1つつけられませんよ。試してみますか?」

 熱を帯びて暑苦しいアズスに対し、南方の異国人は涼しい顔で返答する。

「糞がぁ! 死ね! この腐れ外道!」

 斬りかかろうとしたようだが、体を張った組合長に止められていた。

「ま、待ってくれ! 組合を破壊するつもりか!」
「……くっ」

 怒りの炎は燃えていたが、義理のある組合長を前に表層だけの落ち着きを取り戻す。

「1つ聞きたいのだが、君はアダマンタイト級の冒険者より強いのか? その自信はどこから……」
「えぇ、もちろん。強さがわかったところで、銅から昇進をさせてもらえたりしませんかね?」
「それは出来ないよ、他の冒険者たちの手前もある。彼らが可哀想だからね」
「……むぅ」

 組合長が諭すように言い、ヤトは黙った。

「、ところでこの後どうするんですか?」
「冒険者には身元引受人がない。厄介事に関わりたい者はいない。一晩くらい檻に入ってもらうだろうが、何か君に責任があれば冒険者の地位をはく奪する」
「このまま冒険者を永久追放してやりたいわ!」
「落ち着いてください、ハナズズさん」
「アズスだ! この糞野郎、どこまで馬鹿にすれば気が済むんだ!」

 王国貴族であるアインドラ家出身、冒険者から尊敬の目で見られるアダマンタイト級冒険者と思えない取り乱しようである。

「無限に広がる大宇宙のように」

 他に面白い言い回しが思いつかず、これを機に怒らせるのも飽きてしまった。この流れに身を任せると檻に入る羽目になる。逃げだすのは造作もないが、アインズに説教を食らいかねない。事態は思ったより切迫していた。

「組合長、この馬鹿は何を言っているんだ?」
「南方の言い回しなのではないでしょうか」
「そろそろ真面目に話しましょうか。ではこうしませんか? あなたの依頼でも、知り合いの依頼でもなんでも構いませんので、私が無料で解決してきますよ」
「犯罪者の疑いがある者に、任せられるわけないだろう」
「では担保として全財産をお預けします、部下もお預けしましょう。それでいかがですか?」
「逃げない保証がどこにある?」

 馬鹿にしたような笑いを浮かべるアズスに、少し苛立った。ナザリック外の者は総じて弱者へ分類され、そんな彼に話が通じないのが面倒だった。

「特にはありません、これ以上交渉ができないなら私は普通に入口から帰ります。この街には私を止められるものはいないんで」
「本気で殺そうとしてもかな?」
「構いませんが、何か?」

 空気がささくれ立ち、組合長は逃げ出したそうにドアを見ている。

「私も抵抗します。その結果、最高位冒険者が一人死んだとしても知りません。平然と明日もここに来て、依頼を受けます。無理なら力ずくで受けます。組合が壊滅しても知ったこっちゃない」

 やれやれと両手を肩まで上げ、大袈裟にため息を吐いた。

「貴様、やはり……」
「くどい」

 少し脅すつもりで大きな声を出したが、組合長にしか効果が出ず、アズスは平然としている。

「お願いです。信じてくださいよ、約束は必ず守る。どのような無理難題であっても」
「……では聞くが、同じ日に離れた三か所の村の畑を焼き払えるか? 距離はかなり離れている。移動するだけでも半日以上かかるが、そのような真似、人間にできるはずが――」
「できますよ。場所を教えてください」
「は?」
「面倒くせぇなこのハゲ。早く言わねえならぶっ殺すぞ。それともアダマンタイト級はみんながこんなに馬鹿なのか? ゴリラ並みの馬鹿であれと、最高位冒険者の条件に書いてあんのか?」

 脅し文句を言い過ぎて暗黒色の波動、絶望のオーラを漏らしかけた。何とか発動だけは抑え込めたが、発動してもいないのに組合長は椅子から転げ落ち、アズスはこちらを品定めするように頭から眺めた。

「すまない、もう一度聞かせてくれ」
「できますよ、場所を教えて貰えれば即座に」
「どうやって?」
「地図で示した場所に転移できるマジックアイテムを持ってます。とある筋からもらったんですけど、便利ですよー」

 魔道具(マジック・アイテム)は万能だと聞いている。人間ではないことを誤魔化すのに、これ以上の理由はない。現に、アズスは納得をしたように思える。

「さっさと終わらせて私の実力に折り紙をつけてください」
「君は、八本指とは関係ないのだな?」
「何それ? タコですか?」

 組合長はまだ怯え、言葉が出てこない。

「よし、わかった。組合長、応接間を貸してくれ。それから、この客人になにか飲み物を。そしてさきほどの非礼を詫びよう、申し訳なかった」
「うむ、気にしないで下さい。理解を超えた強者はいつの世も理解はされませんし、それも慣れておりますので」

 ふてぶてしい返事をして、出ていくアズスの後に続いた。

 ささくれだった空気にあちこちを刺され、組合長はしばらく動けなかった。





 組合長不在の応接間で冷たい果実汁を飲み、アズスから話を聞く。身構えていた割に、彼が出した条件は大したものではなかった。

 ここ最近、王都で薬物が蔓延し、腐敗貴族を勢力内に取り込む犯罪組織”八本指”がばら撒いている。生産所、つまり薬物の栽培場所が判明したので、これを壊滅したい。本来は別のチームを3組に分けて、一斉に行う手筈になっていたが、そちらの準備は今しばらくかかる。薬物の汚染領域は小さな子供まで及んでいるので、悠長に構えている間がなくなった。別の冒険者チームが大急ぎで準備をしている。

 朱の雫は依頼が入っていたため、本来は関与せずに任せる予定だったが、ヤトの一件でアズスは王都に残っているので、時間が合えば手伝う予定だった。第三王女勅命の非正規依頼であることは伏せ、それが今夜とだけ伝えた。

「王都の闇、掃討作戦というわけですな」

 気軽に答えているが、内心は不愉快だ。薬物を子供に売るメリットは、安価で依存させていき、購入できなくなったところで組織に招き入れるという方法が取りやすい。薬欲しさに、進んで犯罪行為に加担をしてくれる。脅して動かすより、裏切り・情報漏洩のリスクが少ない。王都で感じ続けていた不快感や苛立ちは、そっくりそのまま犯罪組織へ向けられた。

「報酬は必要ないです」
「報酬なんか払わんよ、未だに君は疑惑の者だ」
「あ、そうでしたね。それより確認作業は誰が?」
「他の冒険者チームと合わせて、該当する村の付近に潜伏する。もちろん私も行く。君が失敗した場合、我らが手を出す必要があるからな」

(アダマンタイトって、沢山いるんだな……)

 他のチームが昨日出会った“蒼の薔薇”とは結び付かなかった。

「村の中に居る人はどうすれば?」
「なるべく殺さないで欲しい。中には犯罪行為に加担している意識のない、善良な村人も居るんだ」
「私を昇進させてほしいのですが」
「そのような要求は、成功させてから言ってくれ」
「そッスね……」

 肩を落として落胆していた。先ほど超越者の態度を取っていた者とは思えない振る舞いだ。

「だが、こんなに無茶な依頼を成功させるのであれば私が保証しよう。なぁ組合長?」
「え? ああ、そうですね、はい」

 快復してドアの辺りでこちらを窺っていた組合長は、いきなり話を振られて目が泳いでいた。該当人物は柄の悪さと態度の悪さが目立ち、皆の見本となる上位冒険者には、正直なところ昇進させたくなかった。

「ついでに私の姪にも保証させよう」
「姪?」
「冒険者のチームリーダーをしているお転婆娘だ。身内びいきだが、とても美人だぞ?」

 「はっはっは」と愉快そうに笑った。

 その様子にガガーランとガゼフ・ストロノーフを思い浮かべる。アズスもたくましい部類に入るので期待できない。なんとなく出会った人物の親族が美人など、あまりに都合が良すぎて考えられなかった。

 同じ金髪で戦士という点で、ガガーランが娘という可能性も捨てきれない。迂闊な返事をして無駄な縁談を結んでしまうと、やりたい火遊びを阻害されそうで、様々な理由で最悪だった。

 ガガーランは女性かどうか怪しい、イビルアイは存在そのものが怪しい、アズスも典型的脳筋であり、アダマンタイト級冒険者に対して好印象は消えていた。

(碌な奴が居ないな……いや、何かしらの問題が無いとアダマンタイト級にはなれないのか?)

「期待しないでおきます……できればご遠慮したい」

 虚ろな目をした暗い返事だった。楽しそうな最高位冒険者に対しての期待は、薄められた果実酒のように何の味もしなくなっていた。

「む、そうか? 残念だな、とても美人なのだが」
「へー」
「本当だぞ?」
「ふーん」
「……ところで何か用意するものはあるかね?」
「別に。作戦開始時間は?」
「私達は村の近くで潜伏するため、すぐに他のチームと合流する。君も準備が出来たらすぐに出て欲しい」

 秘密裏に行われる作戦は、決行まで時間がかかると情報が漏れてしまう。そのために即時実行なのだ。

「いや、私は部下を待ってから出発します」
「それで間に合うのか?」
「ええ、まあ」
「では、村の場所を書いた地図をこちらに届けさせる」
「組合長、執事のセバスが戻ってきたらこちらへ呼んでください。私はここで昼寝していてもいいですか?」
「え!? 寝るんですか?」
「疑い深い人間が出歩くのは不味いでしょ」
「い、いえ、そうではなく、準備はよろしいので?」
「問題ありません。眠気が無いときにしか使えないマジックアイテムなんで」

 理由は本当に出任せだ。

 人に化けているため、睡眠による行動麻痺を避けようと仮眠に入った。組合が黙認している依頼の話を組合でされ、待合所に利用され、挙句の果てに仮眠所に使うなど言語道断だが、先ほどの恐怖を思い出して黙認した。

 黙認するのが今さら増えても大したことはないだろうと、組合長は強引に自分を納得させた。

「道中、気を付けてな」

 アズスは手を振り、冒険者組合を後にした。

「今夜中に全て仕上げておきますねー」

 返事はおざなりだった。





出会う相手
1d6→4朱の雫

アズス・アインドラの人物像推察

ラキュは顔だけ父親似。母親か叔父の影響が強いお転婆娘。そもそも異性の親に似ないと美人にならない。ラキュを男性化して特徴を反転させるとアズス。
貴族の次男、家督相続のプレッシャーとは無縁。
ラキの年齢が19-20という事から、40代前半-中頃。金髪、戦士を思わせる顔、頑固。
ラキが憧れていた事から冒険者としての活動期間は長く、立ち振る舞いも堂々。
アダマンタイト級になって拍車がかかり、誰からも信頼され、一目置かれることに慣れている。




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黒粉畑焼き討ち




 冒険者組合の応接間で眠りこけていた黒髪の青年は、執事の入室で意識を呼び戻した。

 依頼をこなしたセバスが受付嬢から話を聞き、寝ている主人の下へ馳せ参じた時には、窓の外に暗闇が広がっていた。寝起きの覚醒が鈍く、ヤトはまだ寝ぼけていた。

「う、うーん……おはよう、セバス・ちゃん」
「おやすみのところ申し訳ありません。部屋で待機しているはずのヤトノカミ様がこちらにいると聞きましたが、何かあったのですか?」

 問い詰める眼差しで聞かれ、説教されないかと焦るも、大蛇の化身に冷や汗は浮かばない。あくまでイメージだが、心中では脂汗を掻いていた。

「あー、やべ。いや、実は冒険者の名を売るために、アダマンタイト級冒険者に協力をすることになった。昇進すればセバスの報酬が上がるぞ」
「おお、そうでしたか。流石はヤトノカミ様、空き時間も全く無駄にしないとは」
「う、うん。まーね」

 上手く誤魔化せたかどうか、鋭い執事の視線を見てもわからない。後ろ暗いヤトは詳しく話さず、依頼の説明に入った。


「――と、いうわけだ」
「問題ありません。ナザリックから応援を呼び、畑を焼き尽くしましょう」
「いや、それだと俺がやったか不明だから。アインズさんも別の依頼についてるし」

 顎に指をあてて悩むも、結論は寝る前に出ているので素振りだけだ。

「マーレに連絡を取って、一番近い村で待機させてくれ。太陽が出るまでに俺が来なければ村を焼き払えと」

 畑を焼き払えという意味で言ったつもりだったが、村をと言い間違えていた。彼が間に合わなければ、真面目なマーレは村を壊滅させた。

「護衛はどうなさるのですか?」

 再度、強い目力を感じるが、今度は後ろ暗いことがなく、真っすぐにセバスの視線に応じた。

「俺が本気で走ったら、誰も追いつけないと思う。シャドウ・デーモンで充分だ」
「畏まりました、すぐに手配します」
「宿に行くついでに、金貨を全部持ってきてくれ。組合長に全財産を預けると言っちゃったから」

 セバスが出ていった応接間には静寂が戻り、黒髪黒目の青年は再び眠りに入った。





 焼き討ちの準備をするアズスの邸宅で、アダマンタイト級冒険者の男女二名が話をしている。男性は落ち着いていたが、武装した女性は眉をひそめ、親族の勝手な行動を咎めていた。

「叔父さん、それは無茶苦茶です。信じられません。ここで失敗すると、奴らは隠れて生産を続けます」

 一旦、言葉を切るアズスの姪、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。カールした輝く金髪、白くて透き通る肌、碧の瞳は吸い込まれそうに澄んでいる。黒い大剣を背負い、浮遊する剣(フローティング・ソード)が周りに浮かんでいた。

 桃色の薄い唇は文句を続けた。

「今度はもっと巧妙に隠され、発見が困難になります。幼子を含めた多くの人々が苦しむのです。事態の深刻さがおわかりですか?」

 口調こそ強くないが、批判的な意見だった。

「お前の言い分はよくわかる。私もそう思ったのだが、彼なら出来る気がするのだ」
「できなかったと言って笑える話ではないのです!」

 ラキュースは口調を強くするも、叔父には通じていない。

「念のため私が距離の遠い村に潜伏する、間に合わなければ私たちでやろう」
「そんな――」
「安心しろ、お前もその仲間も、そして私自身の力も信用している」
「そういう問題ではありません!」

 「ははは」と笑って受け流す叔父に、うら若き女性はため息を吐いた。

「お前もいい男がいれば、結婚してそんな苦悩から解放されるというのに」
「私を満足させる殿方などいらっしゃいません」

 やけくそ気味に応えたが、あながち適当でもない返答だった。王国貴族兼アダマンタイト級冒険者で、周りが目を引く美人ともなれば縁談は多く寄ってくる。しかし、相手の家柄、相手の容姿など条件がいかに良くても、彼女の首が縦に振られた試しはない。元より、そのようなものに重きを置いておらず、中二病の難しさがそこにあった。相手が異形種であれば、意外にも首が縦に振られたかもしれない。

「跳ねっ返りは変わらんな。兄上が嘆いていたぞ? 気まぐれで縁談を二つも潰されたと」
「八本指の娼館に出入りする貴族の次期頭首、彼らと繋がる貴族の三男、そんな方々との見合いなど気分で潰されて当然です」

 アズスの兄から聞いた話だと、徹底的にやり込められた男は半泣きで逃げ帰った、お茶をぶっ掛けられたなど、枚挙に暇がない。

「それはそうなのだがな。あれもお前が心配だから、少し暴走しているのだ。今が一番美しい年頃だというのに、危険の多い冒険者に明け暮れるとは」

 身内に向ける優しい笑みで、尚もアズスは言葉を続ける。

「心配な親の気持ちくらいは理解をしてやれ」
「ええ、勿論です。良い方がいれば考慮しますと、叔父さんからもお伝えください。それより、本当に任せて大丈夫なの?」
「ああ、私もアダマンタイト級の戦士だ。相手の実力を見抜く経験と直感には自信がある」
「……仲間に伝えてきます」

 ラキュースは部屋を出ていくが、言葉ほどに内部へ響いたとは思えず、アズスはお転婆な姪に苦笑いをする。今の彼女は王都の未来を憂う王国貴族の戦士だ。見合いの話など既に忘れている。

「あれは話を聞いていないな」

 彼女は自分に憧れて冒険者になったと聞いている。そこに負い目が無いでもなかったが、自分の意思で最上位まで上り詰めた彼女が誇らしく、誰かに自慢したかった。なぜヤトが素っ気ないのか理由は不明だが、色恋沙汰に限らず、お互いに面識があっても損はないと、首尾よく進めば紹介しようと考えた。

「さて、私も準備をするとしよう」

 気を取り直し、野営の準備に取り掛かった。





 アズス邸宅の外に集まった“蒼の薔薇”は、リーダーの突拍子もない言葉に首を傾げた。

 意気込んでいた彼女たちも、異例の事態に苦言を呈さずにいられない。

「なんだとぉ? 村の近くに待機して様子を見ろ? これからか?」
「そうなのよ。私達は結果の確認だけすればいいと」
「アズスは何を言っているのだ? 見ているだけで何とかなる話ではないぞ」

 イビルアイは不思議そうに聞くが、ラキュースの表情は浮かない。

「鬼ボスどうした?」
「素直に聞くのは珍しい」
「今回は助っ人さんが全てをこなしてくれるみたいよ。名前は聞かなかったけど」
「それで本当にどうにかなるのかねえ? 黒粉は王都に蔓延してんだぞ」
「叔父さんが大丈夫だと言って引かなくて。付近で待機して様子を見て、日が昇っても結果が出なければ私達でやってくれですって」

 実際に大蛇の化身を見ていない彼女たちは、不満もさることながら疑問も大きく膨らんでいた。

「ますます意味が分からん。あいつは何を言ってる? それこそ失敗する可能性が高いじゃないか。失敗する可能性がある前提なのか?」
「万が一を考えてのことだけど、私達を頼りにしているとも言っていたわ」
「そんなわけわからん方法に、素直に賛成はできねえな」

 普段は前向きなガガーランも今回は不安を隠しきれず、口はへの字に曲がっていた。ティアとティナは早々に提案を呑み、腕を頭の後ろで組み、表情からやる気が消えていた。

「二人は?」
「楽できる」
「寝てられる」
「おいおい、そんなに悠長でいいのか」
「いい」
「命令に従ってサボるのみ」

 適当な返事の二人に、ガガーランは苦笑いをする。

「アズスの事だから何も考えていないとは思えないが、今回は理解ができないな……」

 結果、イビルアイの呟きを最後に、アズスの奇怪な提案は女性冒険者たちに呑まれ、彼女たちは馬を駆って王都を出た。

 噂の助っ人は、同時刻に冒険者組合のソファーで何も考えていない寝顔を晒し、聞いた者にまで睡魔をもたらしそうな寝息をスースーと立てていた。セバスが準備を終え、仮眠所に帰ってくるまで1時間以上、一度も起きることは無かった。

 時折、組合長が覗きに来ていたが、眠っている彼を発見し、何かを諦めた顔で出ていった。

 信心深い方ではなかったが、この時ばかりは神に祈りを捧げた。





 冒険者組合に待機するセバスと入れ替わりに出発し、ヤトは宿に戻った。転移ゲートを開くべくシャルティアを呼び出し、シャドウ・デーモンも交え、みんなで仲良く地図に書かれた場所を探した。時は刻一刻と流れていたが、誰も興味を示さなかった。程なくして、シャルティアがおぼつかない手つきで操作する鏡に、小さな畑が映された。

「おお、それそれ。この村に俺を転送できるか?」
「問題ありんせん」
「じゃ、すぐに出発しよう。シャドウ・デーモンは影に潜れ」
「御意」
「シャル、ゲートを開いてくれ」
「はーい、でありんす」

 赤黒い闇が現れ、二人はその中に吸い込まれた。

 最も離れている村の近くに闇が開かれ、異形の二人が出現するが、誰にも悟られた気配はない。周囲に人気もなく、夜の草原は静寂の所有物だった。

「御武運をお祈りしんす」
「ありがとう、シャルティア」

 帰還するシャルティアを見送り、改めて暗がりの畑を眺める。

「一番遠くの村に来たが、アズスはまだ着いてないか。当然と言えば当然だな」

 草原にあぐらをかき、小さな村全体を眺めた。こちらの存在に気が付いて襲撃でもしてくれれば時間も潰せたが、見張り台に人気はなく、本来の役目を果たしていなかった。

「あー……暇。暇だ………もう始めちゃおうか?」

 立ったり座ったり歩き回ったりと、手持無沙汰な青年に落ち着きはない。30分と耐え切れず、先に始めると決めた。終わってからゆっくり寝ればいい。

「忍術、《火遁の術》」

 呪文を唱えれば掌から炎が伸び、蛇のように空中を進んで畑に到達する。王都に影を落とす薬物、黒粉の栽培畑は、あっという間に炎に包まれた。MPを消費し、疲労も蓄積しているのが分かった。

「思ったより疲れるな……3件も保つか? 次は消費を抑えてみよう」

 ティアとアズスが現場に到着したのは、畑が燃え尽きてから4時間後だ。足の速い馬を選び、距離を考えると異例の早さだったが、かなり前に事は済んでいた。

「なぜだ……もう終わっている? 鎮火しているところをみると、何時間も経っているじゃないか」
「不明。暴動でも起きた?」

 まさか一番遠い村から始めているとは夢にも思わない。自信満々のヤトが言う、魔道具(マジックアイテム)とやらに感心した。暇を持て余したヤトが常軌を逸し、転移魔法で一番遠い村から歩いて回る暴挙に出たと、彼らの知識を超えているので考え至ることはない。

「奴は一体……何をした?」
「奴って誰? 怪しい奴?」
「う、うむ。まあ怪しい奴なのだが。この仕事が終わったら皆に紹介しよう」

 彼らはそのまま何もせず、王都へとんぼ返りする。

「全然、サボれない。つまらない」

 昼寝ができると踏んでいたティアは、馬に乗りながら不機嫌に文句を零した。





 最初の村を焼き討ちした彼は、人の姿で走るのが億劫になり、蛇の姿で次の村へ急いだ。人の姿より大蛇の姿が早かった。あまりの速度に、顔を撫でる風が冷たかった。

「風が気持ちいい。バイクってこんな感覚なのかな?」

 呟きは風に消え、すぐに次の村が見えてくる。

「意外と近いじゃないか」

 物見櫓が立っているが、村に灯りは見当たらず、こちらの村も寝静まっていた。探知スキルにより、近くに人が一体だけ確認できた。恐らくこちらの動きを確認するために配置された冒険者なのだろう。

(あの野郎、二人でペアじゃなかったのか)

 想像力が足りず、心中で文句を垂れた。虚偽でも冒険者側のミスでも何でもなく、アンデッドのイビルアイがそのペアの片割れだったので探知スキルに引っ掛からなかったのだ。

「潜伏している冒険者があそこだから、死角はこっちだな。一応姿勢を低くするか」

 蛇らしく地を這うと、豊穣な土に育まれた背の高い雑草が、地を這う大蛇の体を隠してくれる。鹿を思わせる立派な角の先が覗いていたが、それも夜の闇に紛れていた。

 悠長に這うと目の前に畑が見えてくる。

「忍術、《火遁の術》」

 火炎放射器の様に口から火を放射し、炎はすぐに畑を飲み込む。

「ふーん……見た目が変わると火が出る場所変わるな。俺、格好良くない?」

 口から黒煙を吐き出しながら呟いた。畑全体に放たれた炎はすぐに燃え広がり、村も火をつけたように騒がしくなった。火の手はすぐに広がり、畑一面は炎に包まれていた。ここまで燃えれば、最後まで見届ける必要はない。

「次行こう、つぎー」

 長居は無用と、人間に視認できない速さで次の村に向かった。


 目を離すことなく監視していたティナとイビルアイは、騒がしくなった村に何事かと互いに顔を見合わせた。異形の大蛇は二人に感知されていなかった。

「見た?」
「燃えたのは見えたが、なんだこれは? 術者不在の魔法など、あるわけがない……」
「ちゃんと見てた?」
「当たり前だ。これでもよく見えるんだぞ」
「昨日のこと思い出してない?」

 ティナは仕事が終わったのでイビルアイを煽りだす。少しは気にしているだろうと鎌をかけられ、イビルアイは激昂した。

「しつこい! もう忘れろ! 絶対に私は行かないぞ!」
「でえとしても減るもんじゃなし」
「危険だ! 八本指の手かもしれない」
「そうだった、危険。純潔が減る」
「うるさい! そんなことは言ってない!」
「ヴァージンは疑い深い」
「お前はふざけているだけだ」
「大丈夫、最初は誰でも痛い」
「うるさい黙れ! 置いて帰るぞ!」
「怒りっぽい、大事な日?」
「あああ! 本当に腹が立つ! 少しは黙れないのか!」

 この村の潜伏者は他と比べて騒がしかった。





 大蛇は王都から最も近い村へ到着する。彼が冒険者組合で昼寝していた時間を含めても三時間程度しか時間が経っていないが、残す栽培所は既に一つだけだった。

(ここが最後だな、付近に人は……北側に一体、南東に二体。一人がマーレだな)

 イビルアイがこの村にいれば大蛇の姿を目撃したが、そう上手くはいかない。今までと同様に口から火を吐き、畑に火を放つ。薬物の畑は気持ちいいほどよく燃えた。充分に炎上したのを確認し、マーレの方へ這っていった。

「よう。元気か?」
「あ、はい! お疲れ様です、ヤトノカミ様」

 マーレは数日振りに顔を見た蛇神に目を輝かせ、杖を抱えて駆け寄ってくる。艶のある頭髪がさらさらと揺れ、上目遣いでこちらを眺めている。どこからどうみても少女にしか見えない。

「ちょっとお願いがあるんだが、頼んでもいい?」
「はい。あの、僕でよければ喜んで」
「俺はここで人に変わるから、眠気で倒れたらセバスの所まで運んでほしい」
「でも、あの、僕が至高の御方に触るわけには」
「そんな気にしなくていいんだよ。俺は41人の末端だし。眠ってしまったら運んでくれればいいから」
「わかりました、なんとかします。任せて下さい」

 嬉しそうに笑った。

 普段は気弱な女の子に見え、笑う姿まで可愛らしい女の子だ。創造主である桃色の粘体生物を思い出すも、男の娘にした彼女の意図は理解できない。

(……茶釜さん)

「ほい、人化の術っと」

 大蛇は光に包まれて消え、黒髪黒目の人間が立っていた。

「ほら……眠くなってきた。本当に不便だな、これ」

 目をしばしばと瞬かせるも、それすら覚醒効果を感じなくなった。意識は緩やかに傾いていく。

「マーレ、ナザリックに戻ったら、犯罪組織八本指の情報をなるべく多く調べるように伝えてくれ。やり方は任せる……」
「はい! 畏まりました! 偉大なるヤトノカミ様!」
「偉大はいらないって……まあいいか。頼んだよ」
「わかりました!」

 地面に倒れていく彼には、マーレの返事は届かない。華奢なマーレは慌てて抱きとめ、ヤトを背負って王都へ帰還した。教えられた冒険者組合の扉を開くと、気配を察したセバスが出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、マーレ様もお久しぶりです」
「あ、はい。あの、ヤトノカミ様を、お願いします」

 深夜だったが、組合長は自室にて作戦の成功を神に祈っており、引き籠っている組合長にマーレは目撃されなかった。主をセバスに渡し、闇妖精(ダークエルフ)の男の娘はナザリックへ帰還していった。

 作戦は終わったが、それを眺めていたラキュースとガガーランは、他の村を観察していた冒険者と同様に顔を見合わせる。彼女らの視界では、村が急に明るくなり、何事かと近寄ると畑は燃えていた。慌てて家屋から飛び出す者に火消しされていたが、首尾よく全ての植物は燃え尽きている。最初にこの場所へ来るだろうと予測し、助っ人を確認すべく目を見開いて監視していたが、誰の姿も捉えずに仕事は終わった。

「今の見たか?」
「ええ……なんで急に燃えたのかしら」
「ああ、誰もいないのに畑が燃え上がったよな」
「本当になんなの……今回の依頼は。ラナー直通の大事な依頼だったのに」
「成功したからいいけどよ」
「う、うん……」

 アズスの任せておけという態度が引っかかり、ラキュースは金髪ドリルの片方を指でくるくると弄んだ。

「……後で叔父さんを問い詰めておくわね」
「よくわかってないと思うぜ」
「そうかしら」
「話を信じる限りだと、無事に終わるってだけは知ってたな。何がどうやって進むのかは全く知らなかったんじゃねえの?」
「そんなことってあるのかしらね」
「この消し炭になった畑を見ちまうと、信じるしかねえだろうぜ」
「……そうね。知っていることは後で聞いておくわ。誰が助っ人かは教えて貰わないと」

 ラキュース以外の仲間は相手を知っているのだが、実力が不明な相手に点と点は繋がらなかった。

 王都リ・エスティーゼで活動する冒険者たちの忙しい夜は更け、明朝には全員無事に王都へ帰還した。







漆黒聖典とシャルティアの遭遇率 0%
村でイベント→1d% 失敗、何も起きません


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11日目 王都リ・エスティーゼ



 前日の些細な作戦を終えたヤトは、セバスに背負われて宿へ帰った。組合長は両手放しで喜んでおり、深夜に大騒ぎしていた。宿に戻ったセバスはヤトをベッドへ寝かせ、彼が目覚めるまで椅子に座って待機をしていた。

 日中、冒険者組合からの使者が来たが、ナザリックの支配者の一柱を起こすなどセバスには畏れ多く、気持ちよく眠っているのに可哀想だ。用件だけ聞き、後ほど顔を出すと伝えてお引き取りいただいた。

 午後も大分回ってから、ベッドの中の黒髪黒目の男がもぞもぞと蠢きだした。

「んー………ふあ……あーぁ。よく寝たー……あ、おはようセバス」
「おはようございます。ゆっくりと眠れましたか?」
「ああ、おかげさんで。昨日は疲れた。それにしても、もうこんな時間か」
「早速ですが、いくつか報告したいのですが」
「食事しながらでもいいか」

 二人は酒場食堂へ移動する。有料の朝食はパンとシチューだった。恰幅の良い中年の女性は、誰よりも遅く目覚めた彼らに呆れていたが、善意で食事を大盛りにしてくれた。

「ヤトノカミ様、先ほど冒険者組合の使者がこちらに。後ほど顔を出すと伝え、お引き取りいただきました」
「そうか……すみませーん、おかわり」
「まだ食うのかい、じゃあ、また大盛りにしとくよ」

 ガガーランを小さくしたかのような女性は、見た目通りに気前が良かった。

「ありがと、おばちゃん。セバス、今は何時だ?」
「食事を終えてから行かれるとちょうどいいかと思われます」
「え? そうなの?」

 考えていたよりも時間が経過していた。パンをスープにぶち込んで口に一気に流し込む。大そうお行儀が悪いが、咎める相手は存在しない。

「ふほうふ」

 口に詰め込み過ぎて何を言っているのか不明だ。出掛ける意を汲み取り、セバスは付き従った。夜は図書館に忍び込む予定だったので、昼間の雑用をする時間は減らしておきたかった。

 仮面もつけずに冒険者組合へ向かった。





 冒険者組合に着くと、応接間にてアズスと組合長が談笑しながら待っていた。

「お疲れのところ、悪かったな。まずは昨日の首尾に礼を言いたい」
「いえ、お構いなく」
「どうやって迅速に焼き払ったのだ?」
「まぁ、マジックアイテムッスね。機会があればお見せします」
「そうか……それは残念だ」

 アダマンタイト級は寂しそうに顔を伏せた。

(たっぷり寝てそれなりに食ったので、次に気になるのは女だけです)

 ろくでなしに相応しいことを心の中で呟いた。

「ヤトノカミ殿、我々冒険者組合としては、あなたを昇格させることで合意をした」
「おお、ありがとうございます。アダマンタイトですか?」
「はっはっは、流石にそれは無理だろう」
「あなたの実力は私達の知らないような領域なのでしょう。そこで提案なんですが、今回は3階級昇進させて頂きます。銅、鉄、銀、金の序列なので金級(ゴールドクラス)冒険者になりますね」
「ありがとうございます」

 特に不満はない。3階級も駆け上がれば、エ・ランテルで冒険者をやっている相方よりも早い昇進だ。現実には悲しいことに、既にあちらはミスリル級まで上がっており、現時点で2段階も差をつけられていた。それを知っていれば、この場で大そうごねていた。

(ミスリル級まで行けば宿の払いが冒険者の仕事だけで済むから、早くそこまで上げないと)

「ただし」
「ん?」

 組合長は思考へ被せるように続ける。

「アズス様の条件を飲んでいただきたい。それが大前提となります」

 アズスと組合長は目で合図をして頷いた。

「今後も八本指の力を削ぐために協力を仰ぎたい。その依頼を優先的に受けてもらいたい。これが条件だ」
「そりゃ構わないですが、今度は報酬が出るということでいいんですかね?」
「もちろん、そう考えてもらって構わない。冒険者としての昇級も早くなる。それほどの功績となるからな」
「了解です。それは楽しみです」
「楽しみか……ははは」

 組合長の笑いは乾ききっていた。ヤトは彼らの理解を超えていた。実力だけでなく、行動原理が彼の知る冒険者の常識とは違い過ぎたのだ。

「じゃあ、私はこれで失礼します。また明日、依頼を受けに来ますので」

 事も無げに護衛を連れて退室してく。重要で難解かつ危険な仕事だったが、ゴブリンの討伐でも請け負ったような軽さだった。アズスは苦笑いで組合長を見た。

「大したものだな。知らないというのもあるのだろうが、彼は八本指をゴブリンと同じ程度に考えているように思えてならない」
「本当に知らないのではないでしょうか。六腕などの存在を考慮すると、早々にお教えした方が」
「いや、その調整はこちらでやろう。彼を下手に刺激すると突っ込んで行きかねない」
「……よくわかります」

 アズスは豊富な経験の背景に、冷静な分析で大人の対応をしていた。彼の言う通り、強い用心棒がいるなどと聞けば、依頼とは関係なしにヤトは突っ込んでいった。アズスはアダマンタイトに相応しい器で、ヤトの本質を見抜いていた。

「彼に何をさせるかはこちらで考えよう。早めにラキュースと引き合わせて、組織の壊滅のために連携を取ってもらわねばならん」
「冒険者組合が儲からなくて困ったものですな」

 組合長の言葉にやっかみは感じない。

「そういうな、組合長。彼らが消えて町の治安が戻れば、若い冒険者達で溢れるだろうからな」
「そうなるといいんですがね」

 二人は強引に明るい未来を想像して笑った。





 ヤトは図書館に向かう道と宿へ戻る道の十字路に差し掛かり、セバスと別れた。

「セバス。俺は図書館へ行って本を盗んでくる。二人だとバレるから、自由行動で解散」
「護衛の手配は御済で?」
「シャドウ・デーモンはまだ影にいる。エイトエッジ・アサシンを大量に呼んであるから安心してくれ」
「出過ぎた真似をお許しください」

(嘘だけどな! こんな面白いこと一人でやらせてくれよ!)

 ヤトは相変わらず単身だ。細かい嘘を吐くのが面倒になりだし、いつも通りの適当な理由が推し通された。セバスの紳士な対応はその都度、彼の心に罪悪感の棘を刺した。

「流石でございます。では、私はこれで」
「好きに遊んでいいからね。人助けとかは有益だからいいかも」
「はい、ありがとうございます」

 セバスは宿の方角へ向けて歩き出した。

(なんか楽しいね。ただの泥棒だけど)

 図書館に忍び込むものなど居ないと判断されているのか、重厚な扉があるだけで見張りの姿は見えない。

「不用心だなぁ」

 扉の鍵を造作もなく開けて、音もたてずに中に入っていった。闇と静寂に支配された図書館内部は気持ちがよかった。ヤトは水晶フレームの美しいメガネを取り出す。翻訳するメガネが無いと、本のタイトルがミミズののたくったようにしか見えなかった。

「ふんふんふーん。ふふふふーん」

 鼻歌交じりで、図書の山を物色する。歴史関係の本が置いてあるエリアを、ごっそり全て盗みとった。

「他に面白そうな本は、と……お?」

 手に取った本には、《よくわかる。帝国雑学》と書いてあった。

「あー、バハルス帝国と戦争してるって言ってたな。この棚、全部そうなのか」

 《鮮血帝の恐怖》、《腐敗貴族の消し方》、《帝国の魔法学》、《魔法科学院の優等生》など、様々な帝国関係の本が並ぶ中、より強く彼の興味を引いた一冊があった。

 《必勝!帝国の賭博》と書いてある本を手に取り、しばらく動きが止まった。

「帝国の賭博ってなんだ? ちょうどいいか、これは個人的に貰っていこう」

 ユグドラシル内で行う賭博やカジノは大好きだった。

 賭場で優位に稼ぐため、戦闘で大した効果のない《ギャンブラー》の職業を取ったものだ。彼は文献での知識はあったが、賭場に行ったことは無かった。憧れていたことの一つでもある。賭場があるのかでさえ、現実世界では不明だ。

「これはアインズさんの勅命よりも重要かもしれない……。帰ってゆっくりと研究するか」

 大量の本をアイテムボックスに放り込み、大事な本を一冊だけ抱えて図書館を後にした。

 最初から最後まで人影さえ見つからなかった。





 宿に帰るとセバスはまだ帰って来ていなかった。

 彼はベッドに横になり、先ほどの本を開く。帝国は公営賭博として、闘技場がある。見世物小屋の意味もあり、連日多くの見物客が訪れる。戦う者たちの実力差によって、賭けの倍率が変わる。換金するときの手数料は10%で、それで運営費を賄っている。賭けが偏った時に限って大穴が出るので、運営側に操作されている可能性もあるが、それを踏まえて賭けることが重要だ。

 以上の内容まで読み進めた。

「公営ギャンブルかー。ナザリックの誰かに戦ってもらって、持ち金を全て掛けちゃえばぼろ儲けできるな。アインズさんが許してくれればだけど……怒りそうだな」

 更に闘技場の勝率、手固い賭け方などを読み進めていった。

 厳密にいえば、賭け方にもいくつかの手法がある。ダメージ量や、何回連続で勝利を挙げられるかなど、大穴の狙い方も様々だ。

「そういうの……メンドクセ」

 簡単に一戦の勝敗を考える方が簡単そうだった。

 やがて、彼は本を読む姿勢のまま、心地よく眠りに落ちていった。




 カツカツと彼の靴が、石畳の街に響く。

 聞き覚えのある音が、風に乗って耳に届いた。

 人の拳が人を殴る時の音。彼は音の出どころを見つけた。倒れている子供、それを庇う白い鎧をきた若い騎士、対峙する屈強な男達。カルマ値がヤトの三倍も善性に寄っているセバスの体は、極めて自然に反応した。

 鉱物並みの拳と、相手の装備した鎧の金属がぶつかり、金属の甲高い音が路地に響く。

 セバスが正拳を放った賊は、壁に激突して気を失った。

「助太刀を致しましょう」

 若い騎士に声を掛け、残り二名の男と対峙した。いきなり目の前に現れた執事らしき老紳士。本来であれば怒号を放つはずだったが、仲間の一人が一撃で地に臥し、見せつけられた武力に尻込みをしてしまった。

 先ほどまで気に入らない子供を蹴飛ばしていただけだった。若い騎士が割り込んできたので、日々の鬱憤を晴らそうと思っただけだ。彼らはたまたま通りかかった心優しい(ドラゴン)と目が合ってしまった。

 ただそれだけのことだ。

「どなたか存じ上げませんが、感謝します!」

 白い鎧を着た若き騎士は、剣を構えたまま返事をした。

「いえ、助けるのは当然です。さあ、かかってきなさい」

 先ほどの威圧に加えた殺気。敵の心は思ったより簡単に、しかも完璧にへし折れていた。

「す、すすすまない。俺たちが悪かった。許してくれ」
「死にたくない。助けて」

 セバスはため息を吐いて、構えを解いた。

「そこの者を連れて消えなさい」

 その言葉を聞くが早いか、気絶した男を拾い、賊は夜の闇に消えていった。

 セバスは倒れた子供にポーションを飲ませた。常に一つは携帯しておくように渡されている。元気になった少年は礼を述べ、自らのねぐらに戻っていった。共闘した若い騎士は、目を輝かせて聞いてくる。

「あ、あの、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「私はセバス・チャンと申します。冒険者チーム、ナザリックのヤトノカミ様に仕える執事です」
「あ、ああ、あなたはガゼフ・ストロノーフ様が勝てなかったヤトという御方の執事なんですね! お噂はお聞きしております」
「おや、左様ですか。失礼ですがあなたは?」

 主の話を聞き、少しだけだが機嫌が良くなった。

「私はクライムといいます。この国の兵士です。先ほどは助けていただき、ありがとうございました」
「これはご丁寧に。それでは、主人がお待ちしていますので、これで失礼」
「あ、あの! 待ってください! 私に稽古をつけてください!」
「困りましたね。私は執事である身、いち早く主の下に戻らねばなりません」
「お願いします! 私は強くなりたいんです。主人の為に」

 セバスは少し悩んだが、主の言葉を思い出した。

(好きに遊んでいいと仰っていましたね……人助けなどはいいかも、とも)

「わかりました、時間の都合上、簡易的なものでよろしいですか」
「ありがとうございます!」
「本当にどうなってもいいのですか?」

 その意味が分からず、クライムは黙った。

「私はこれからあなたを殺します。強い意志を持って立ち向かえるのであれば、多少の修羅場も生き残れるでしょう。それでよろしいですか?」
「……」

 己の主人を守りたい意志は、自分を守ろうとする意志より強い自信があった。セバスの言葉を深く理解せずに受けた。クライムは深くお辞儀をして、これから待つ簡易的な地獄に進む。

「わかりました。私は主人を守るために強くなります。よろしくお願いします」
「では、いきますよ、身構えてください」

 クライムは改めて剣を抜き、相手の攻撃に備えた。

 気が付くと、品の良く礼儀正しい執事は化け物に変わった。

 セバスはただ立っている。クライムの体の芯まで貫きそうな殺気を出し、静かに立っている。相手の体が十倍以上に大きくなった錯覚を受けた。明確な死の恐怖を感じ、全身が震えだし、歯はガチガチとぶつかり、鎧もガチャガチャと擦れあっている。

 純粋な死の恐怖に抗えるものは少ない。クライムは恐怖で倒れてしまった。動かなければ死んでしまうのに、体は自分の意思の支配から離れたように動かない。頭は何も考えられない。やがて死を受け容れ、目が少しずつ閉じていった。

「ラナー……王女……」

 彼の頭に愛すべき主人、ラナー王女の笑顔が浮かぶ。目を見開き、立ち上がった。その顔は涙、涎、鼻水で汚れており、見るに堪えない有様だ。震える身体を必死に動かし、死の恐怖から目をそらし、剣を拾って身構えた。

「お見事です」

 セバスは強い殺気を解く。途端に騒がしいほどの静寂が戻り、穏やかな夜の街が見えてきた。

「え……?」

 本当は色々聞きたかったのだが、口からはそれしか出てこない。

「私は本気で貴方を殺そうと、全力の殺気を放ちました。貴方が倒れたところまでは私の想定通りです。そこから、良く立ち上がりましたね。貴方はなぜ立ち上がったのですか? 起きたら私に殺されるとわかったでしょう?」

 静かにクライムに問いかけた。

「そ、その、私は主人の為に強くなりたいんです。主人を守るために、私の主の為に」

 まだ冷静になっていない頭で、必死に言葉を考えた。嘘偽りない、若き剣士の本心を聞き、セバスは満足そうに頷いた。

「それでいいのです。死を乗り越え、己の命を投げ出して、それでも守る相手がいるからこそ強くなる意味があるのです。さて、もう一度やりましょう。今度は手を出しますよ」
「は、はひ!」

 先ほどの殺気に加え、執事が手を出す。それだけでクライムの全身は総毛立った。

 稽古は30分で終わった。それ以上の続行は、クライムの体がもたないと判断されたからだ。クライムは地面に跪いている。足が震えて立つことも難しい。

 あれから、セバスの手加減をした正拳をまともに食らってしまい、しばらく地面を転がり続けた。手加減しているという言葉が信じられないほど、セバスの拳は重かった。体にのしかかる濃厚な密度の殺気を跳ねのけ、ぼろぼろと涙を流しながら立ち上がったクライム。そこが彼の限界だとセバスは無抜き、温情を掛けられた。

 それ程までに彼は消耗していた。

 殺気を解除したが、彼は立っているのが精一杯だ。彼の剣が振られたところで、少しの力も込められない。

「時間のある時に、黄金の林檎亭にお越しください。日中は冒険者をしておりますが、夜ならば大丈夫ですよ」
「黄金の……あ、蒼の薔薇さんたちと同じ宿なんですね」
「私の主人にも伝えておきましょう。あなたのような人は好きな筈です」
「……あの、セバス様の主人は、どのような方なのでしょうか」

 セバスは二柱のどちらを話すか少し悩んだ。

「慈悲深く叡智に優れた御方が我々の王です。ヤトノカミ様は自分の考えた道を全力で走る方です。それで自分を犠牲にしたとしても」

 どちらも、本人が聞いたら赤面しかねなかった。

「わかりました。お会いするのを楽しみにしております」

 まともに動かない顔を捻じ曲げ、笑顔を作った。口角がひくひくと引き攣ったので恥ずかしかった。

「それでは、私はこれで」

 ツカツカと靴音を響かせ、夜の王都の闇に消えていった。

「はあー……死ぬかと思った」

 クライムは改めて地面に座り込んだ。立ち上がろうとしても、太腿が大笑いして力が入らない。

「ストロノーフ様のお話の通りだ……人間ではないのかもしれない」

 セバスと殺し合いをする想像をしたが、生き残れる想像ができない。まだガゼフと本気の立ち合いをした方が生存率が高い。

 体力の尽きた彼は、しばらく動けなかった。



 セバスが宿に戻ると主人は眠っていた。

 読みかけの本を抱いて眠っている彼に思わず微笑む。

 こうしていると本当に子供のように見える。


 そんな不敬とも思われることを考え、セバスは主人に毛布を掛けた。






情報→4バハルス帝国
ティアかティナと遭遇率→30% 失敗 スルーして宿

イビルアイの心理

気にも留めてなかった同じクラスの異性が、
自分の事を好きだと聞いた時の中2男子




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漆黒のモモン、カルネ村再訪記




 冒険者として活動する以上、ナザリックのことは徹底的に隠匿しなければならない。アインズは漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包み、名前もモモンと偽った。モモン・ザ・ダークウォーリアと名乗りたいところだが、周りにそんな長い名前がいないので諦めた。名前ごときで悪目立ちをしてはならない。

 王都のヤトはチーム名をナザリックと命名し、堂々と活動していたが、アインズの知るところではない。知っていたら精神の沈静化が必要なほど怒ったに違いないが、知らなければどうということはない。

 現在、冒険者組合で出会った冒険者チーム”漆黒の剣”と共に依頼(クエスト)の真っ最中だ。成すべき依頼は二つ。

 エ・ランテルで高名な薬師の孫、ンフィーレア・バレアレの薬草採取の護衛依頼。

 周辺モンスターが増え過ぎないように間引き。

 かくして、レベル上限の新米冒険者は、冒険者チーム“漆黒の剣”、若い薬師ンフィーレアと共に旅に出た。カルネ村滞在中、ンフィーレアの存在は小耳に挟んでいた。その彼がモモンを名指し指名したことで、アインズの警戒心は煽られている。

 時刻は夜。皆が野営の準備を開始する中、モモンは周囲の見回りを口実に群れから離れ、ヤトと情報交換をしていた。野営の準備を手伝うのはナーベに任せている。そちらの人手が足りないことはない。

「ふぅ、今日はこんなものか」

 友人と《伝言(メッセージ)》を終えた。

(あっちも好き放題やってるようだ。それにしても、もっと夢があってもいいんだが……)

 冒険者という言葉で、未知の山脈や闇の深い森林、見たこともない魔物との戦いを創造したが、実際の冒険者はいつも通りの依頼を淡々とこなす仕事だ。

「魔物退治のサラリーマンと変わらないじゃないか」

 王都で酒を飲み、食事をし、金を稼ぎ、武器屋を襲撃し、図書館に本を盗んだりと、遊び呆けている彼が少しだけ羨ましかった。

 飲食不要の指輪効果で、ナザリックの維持費は安く抑えられているが、いつまで続くかわからない。

「せめて、維持費で頭がいっぱいになることの無いようにしたいが……カルネ村に渡した土産物の金額回収まではしばらく手が届かないな」

 幸い、王都のヤトは順調に金を稼いでいる。情報収集はあまり進んでいないだが、資金の援助が必要ないのはありがたかった。こちらで稼いだ金貨は、そっくりそのまま維持費に充てられる。こちらの金が尽きそうになれば、彼に援助を申し出ればよい。

「農場って人の国に勝手に作ってもいいのかな……」

 構想中のアンデッドによる大規模農場は、進めるにあたって問題が多すぎた。領土問題、王国でのナザリックの立ち位置、世界の勢力図など、事前に調べるべき問題は何一つとして片付いていない。

 モモンことアインズは、ナーベことナーベラル・ガンマの待つテントへ帰っていった。




 モモンの活躍により、道中に遭遇した魔物は造作もなく命を刈られていった。

 夕刻に到着予定だったが、お昼近くにはカルネ村の見える場所へ到着していた。

(さて、あれから何日か経っているが、どのように変わっているかな)

 周りに聞こえないようにモモンは呟く。どことなく様変わりした村の異変に、ンフィーレアは真っ先に気付いた。

「あれ? なんだ、これ?」

 木材による大きな囲いが設置されていた。周りに石材が大量に積まれているため、城壁建築の予定だと見て取れた。ンフィーレアの疑問通り、城壁など小さな農村には過ぎたる設備だ。カルネ村は王国へ謀反ととらえられても構わないくらいの態度を取っているので、城壁が無くては話にならないと、モモンだけがそれとなく悟った。

 村の入り口まで行ってから、一行は立ち尽くす。

「ンフィーレアさん。ここは一体」
「いえ、間違いなくカルネ村なんですが。農業や薬草で生計を立てていた村だったんですけど、これは……」

 ンフィーレアは村の変化に戸惑っていた。

「どなたですかー?」

 村の中から若い女性が走ってきた。ンフィーレアの幼馴染の娘、カルネ村で生活するエンリ・エモットだ。

「あ。エンリ! 僕だよー!」

 想い人の顔を見つけて声が弾んだ。エンリの後ろから走ってくるデスナイトを見つけ、全員が凍り付いた。ありのままを信じるのであれば、黒くて巨大なアンデッドがエンリを殺そうとしているように見え、他の何物にも見えない。

「ンフィー。久しぶりだね」
「エンリ! 危ない! 逃げて!」

 悲鳴を上げながらンフィーレアは飛び出した。エンリに悲鳴は届いておらず、笑いながら手を振って駆けてくる。穏やかでないのは”漆黒の剣”で、デスナイトと距離が詰まるにつれて激しく動揺する。

「な、なんだあれは! バレアレ殿、待つのである!」
「モモンさん! あれの足止めはできますか! 我々でバレアレと女性の逃亡を補助します!」
「ひっ」
「ニニャ! 固まるな! 全滅すっぞ!」

 モモンとナーベは素知らぬ顔でそっぽを向いていた。

「モモンさん! 早く!」
「久しぶり、ンフィー。元気だった?」

 一行の目前で、エンリが止まるとデスナイトも止まった。彼女の緊張感のない笑顔で、一向は少し落ち着いた。それでも漆黒の剣の四人は恐怖で顔を引き攣らせた。

「エンリ、これは一体」
「え? ああ、あの人はね。カルネ村の村長さんよ」

 ニコニコしながら話しているが、モモンとナーベを除いて誰も意味が理解できない。

「村長さん……? ごめん、意味が分からないから詳しく教えてくれないかな?」
「あ、そうだったね。ごめんごめん」

 エンリは失敗したと可愛く笑った。後ろに居るのがデスナイトでなければ、幼馴染が再開する微笑ましい光景だ。

「村長さんはね、アインズ・ウール・ゴウン様の手で殺されたの。それで、アンデッドに変えていただいたのよ」

 胸を張って誇らしげに話していた。心の底から嬉しい話題だと、満面の笑みで理解できるが、内容は非常に血みどろだ。話を聞いた彼らへ誤解を招き、ンフィーレアの心に亀裂が入りそうになっていた。

「村長殿は殺されたのですか!?」

 漆黒の剣のリーダー、ペテルは問い詰めるように聞いた。問い詰めるような物言いに、エンリは首を傾げた。何者かに侵略され、洗脳されている可能性も考慮している彼らが、なぜ怒っているのか理解できなかった。あくまで、カルネ村の視点から見れば誇らしい出来事でしかない。

「はい。村が兵隊さんに襲撃をされて」
「えええ!?」

 ンフィーレアの心は、重大な情報が連続して入ってきたので考えがまとまらない。このままでは埒が明かず、モモンは誤解が誤解を招きそうな立ち話を止めさせた。

「みなさん、こんな村の外れで話しているのも何なので、ひとまず村の中に入りませんか? あそこの彼も襲っては来ないようですから」





 村の中に入った一行は各所に分かれた。漆黒の剣の面々は、村の中にもう一体居たデスナイトを見つけ、遠巻きに監視していた。不穏な気配を感じれば、すぐに行動できるように武装は解除しなかった。

「……あんな化け物を使役しているのか?」
「そもそも村長が殺されたっていうのはなんなんだよ」
「何が起きているのか理解ができないのである」
「……怖い」

 震えているニニャを宥めながら、彼らは小声で話し合った。


 彼らから離れ、モモンとナーベは村の中を散策していた。数日前は小さな農村だった村も、畑の開墾が進み、城壁建設の準備も捗っている。不眠不休のデスナイトを使えば造作もない。今、何か問題があるとすれば、人手不足だ。

「大したものだな。デスナイトを上手く使い、村を発展させるとは」
「そうでしょうか?」
「うむ、畑の開墾は以前の倍以上になっている。森の開拓も進んでいる。この後は城壁でも建築するのだろうが、そちらに人員は避けないようだな」

 村から見える森の位置は明らかに後退している。畑はデスナイトのフランベルジュで開墾をしたらしく、面積は広いが耕し方は荒い。農作業に明け暮れる人々の表情は以前より明るかった。

「剣の稽古もしているのか」

 広場の片隅に複数の案山子と、木彫りの剣と盾が周囲に散らばっていた。どれもかなり使い込まれていた。

「まったく、大したものだ」

 ナーベはどこか喜色を滲ませる主の意図が汲めず、不思議そうな顔をしていた。

 そこから少し離れた家屋で、エンリから事情を説明されたンフィーレアは呆然としていた。開いた口は閉じる様子がない。

「というわけなのよ、ンフィーレア」
「でもそんな……二人も殺されたんでしょ!? なんでそんなに嬉しそうなのさ!」

 ンフィーレアは興奮して声を荒げた。

「だから違うんだってば、ンフィー。村長さん達は自分で進んで殺されたの。この村を守るために」

 エンリは感極まった目で両手を組み、天井を見上げた。何もない天井付近には、エンリの言う村を救った誰かが浮かんでいるはずだ。ンフィーレアは人が変わったようなエンリに戸惑いを隠せない。邪教の信者に見える最愛の人に、どう対応すればいいのか。確実なのは、何者かわからない相手に嫉妬した。

「何者なの? 何か覚えていることはない?」
「気が付いたら皆さん消えていたから。他の方はヤトノカミ様とアルベド様とか仰っていたわ」
「アル……ベド……?」

 道中にナーベがアルベドの名前を出して失言をしたため、彼はその言葉に聞き覚えがあった。

「そんな、いや、でも。え? そんなことが……?」

 剣士として英雄級の実力を持つモモンが、闇の魔法を行使できる。そもそも、人間を殺し、アンデッドに変える魔法など、聞いたこともなければ魔法の位階さえわからない。

(いや、あの人はちゃんとした人だったと……一流の剣士で位階不明な魔法を使う? 十三英雄に匹敵する人? ……本当に人間なのかな?)

 頭の中に突拍子もない仮説が浮かんだ。

 モモンとはアインズ・ウール・ゴウンその人で、神かそれに等しき存在。この世界の人々の生活を見守るべく、冒険者に身をやつしているのではないか。通常では笑い飛ばすような空想だが、ありえないポーションを持っている件も、それであれば理解できる。しばらくブツブツと悩んでいたンフィーレアは、いてもたってもいられずにエンリの家を飛び出した。

「あ、ンフィー。どこいくのー?」

 背後で呼ぶエンリの声は耳には入っていない。

「どうしましたか、バレアレさん」

 モモンの視界に、こちらへ全力疾走するンフィーレアが見えた。到着して早々、肩で息をしながらまくし立てた。

「モモンさん! あなたはアインズ・ウール・ゴウン様なのでしょうか?!」
「なっ!?」

 ここでナーベが自らの失言に気付き、ギリギリと歯を食いしばった。

「ゴホン……君は何を言っているのかな」

 誤魔化したつもりだったが、ンフィーレアにはその反応が肯定と取られた。

「やはり……そうなんですね。あの、何から言っていいのかわかりませんが、まずは僕の方からお礼を言わせてください」

 ンフィーレアの話によると、好意を寄せているエンリの幸せが守られたこと。珍しいポーションの作成方法を盗むために近づいたこと。これからもこの村を助けてほしいと頼み込まれた。正体がこんなに早く気付かれると予想しておらず、モモンは首を振ってため息を吐いた。

「顔を上げなさい。私は村長を含めた二名を殺害した無法者だ。そんな相手に頭を上げる必要はない。これから、私の力に頼らずともこの村は発展を遂げるだろう」
「いえ、それでも言わせてください。ありがとうございました」

 先日の村人を思わせる強い眼差しに、アインズは笑った。

「気になるのであれば、もっと頻繁にこの村に滞在してみてはどうかな? 薬草の採取も彼らデスナイトがいれば捗るだろう。ポーションの作成は村人を助け、発展の礎にもなる」

 ンフィーレアの生まれながらの異能(タレント)には、コレクター意欲を刺激されていた。英雄然として少しも偉そうな雰囲気の感じないモモンに、若き青年は感銘を受けている。眩しい視線に込められた意志を利用すれば、いつでも利用可能な生まれながらの異能(タレント)が一つ手に入る。

「そうでしょうか。いや、そうですね! わかりました、戻ったら祖母に相談してみます」

 予想外の新たな蒐集品(コレクション)を手に入れ、心の中でガッツポーズを決めた。





 カルネ村で一息付けてから、一向はトブの大森林へ薬草採取に向かった。モモンはナーベと連れ立って森の奥へ入り、事前に呼び出したアウラへお使いを頼んだ。魔獣使いの彼女は、指示通りに森の賢王を呼び出してくれた。

「アインズ様、興奮させるまでもなく興奮していましたよ」
「ありがとう、アウラ」

 相手がハムスターであるのは気になったが、それを指摘するような雰囲気ではない。ジャンガリアン・ハムスターの容姿を持つ森の賢王は、出会い頭から殺気立っていた。

「近頃、このあたりを荒らしている化け物の仲間でござるか?」
「化け物? なんだそれは?」
「あの黒くて大きな化け物でござる! (それがし)の森を切り開き、大木を楽々と切り倒す黒い化け物!」

 どうやらデスナイトのことらしい。

「そうともいえる、そうでないともいえるな」
「禅問答は不要でござる!」

 尻尾が蛇になっている巨大なジャンガリアン・ハムスターは牙を剥いた。

「某の支配領域が日に日に狭まっているでござる。到底許すことは適わんでござるよ!」

 デスナイトが森を切り開き続けているため、森は後退している。運悪く、それが彼の支配領域だったようだ。しかし、それはモモンが指示を出したことではない。

 言葉は無粋とばかりに、ハムスターは怒りを露わにして飛び掛かってくる。グレートソードを交差させて防ぐが、威力を殺しきれずにモモンは後ずさる。

「ハムスターの癖になかなかやるじゃないか」

 他の二人は心配すらしていなかった。

「そちらもなかなかやるでござるが、遊ぶ気分ではござらん。いざ! 尋常に!」

 突撃と同時に尻尾を鞭のようにしならせる。適当に絶望のオーラⅠで様子を見ようと思っていたが、剣の練習に切り替えた。

「行くぞ!」

 ふわふわの体毛は剣を弾き、鋭い爪は鎧まで切り裂ける。しかし、互いの力に差があり過ぎた。力でモモンに劣っている森の賢王は、徐々に消耗していく。尻尾で勢いよく弾いていた二振りの大剣も、交わすのが精一杯だ。肩で息をするハムスターに対し、モモンは呼吸すら乱れていない。

「某は……ここで死ぬのでござろうか」
「森の賢王であっても死が恐ろしいか?」

 死んだら死んだで、上位アンデッドの素材になるか実験ができる。降伏するならモモンとして使役する魔獣にできる。どう転んでも、アインズに損はなく、息も絶え絶えのハムスターに胸が躍った。

「心残りは同じ種族が見つけられなかったことだけでござる。種の保存は生命の本能が故に」
「……それはすまなかったな」
「気にする必要はないでござる。命の奪い合いというものはそういうものでござろう」
「そうだな。行くぞ、森の賢王」

 モモンの止めの一撃を、森の賢王は正面から受け止めようとした。モモン目がけて放り投げられた棍棒は、漆黒の鎧の頭部に命中し、命の奪い合いに水を差した。アウラとナーベも、見えない場所でかなり怒っていた。

「なんだ、貴様らあ。俺様の支配領域でうるせえぞ」

 武装した巨人がこちらに向かって歩いてきた。

「グ! ここは某の支配下でござろう。いらぬ侵入は許さぬでござる!」

 勝負を邪魔され、しかも支配領域に侵入もされて賢王は怒った。動揺に、頭部に棍棒をぶつけられたモモンも見た目ではわからないほど怒っていた。

「バハハハハ。弱っているおまえに負けるものか」
「なんだ、こいつは?」
「すまぬ。やつは森の東を統べるトロールのグでござる」
「愚?」
「奴の名前でござる」
「消耗した某に、奴を倒す力はないでござる。そちらだけでも早く逃げ――」

 こちらを労わるハムスターの言葉を聞かず、モモンはトロールに向かって歩き出す。

「勝負の邪魔をしないでもらいたい」
「断る。お前も森の賢王も、俺様の晩飯だぁ!」

 下品に笑いながら、グは巨大な棍棒を振り下ろす。

 体と等しく力も大きいが、ただそれだけだ。レベル100の力からすれば、子供並みの力でしかない。モモンの剣は棍棒を打ち砕き、グの四肢を切断した。それで終わるかと思ったが、断面は触手を生やしたように再生を始めた。

「バハハハ! 俺の体は再生するぞ。おまえの攻撃など効かない」
「そうか、魔法でも同じことが言えるのか試してみよう」

 素早く鎧を解き、オーバーロードの姿に戻った。楽しい戦いの邪魔をしたトロールに、恩赦を掛けようとは微塵も思わない。

「《獄炎(ヘルフレイム)》」

 人差し指から放たれた黒い炎が体を焼き尽くし、灰は風に乗って森に散った。死神の宣告を受け容れる時間さえ与えられず、トロールは自分の死が理解できたかさえ怪しい。

「ふむ、特異な再生能力というのは物理のみに有効なのか? 低位の魔法での再生力を図ってからにすればよかったか。……この程度で死ぬのならやはり価値はないな」

 ブツブツと悩んでいたアインズは、森の賢王に向き直った。

「さて、お前はどうする。森の賢王。逃げるなら追わないが、戦うなら今度は本気で……」
「と」
「と?」
「殿ー!」

 飛びついてくる賢王を、黒いローブを翻して闘牛士のように躱した。対象がいなくなった賢王は、頭から大木にぶつかった。大量の落ち葉がハムスターの真上に落ちた。

「酷いでござる!」

 ハムスターはぶつけた頭をさすっている。

「殿、拙者を連れていって欲しいでござるよ!」
「はぁ?」
「先ほどの強さ、感服いたした。剣を振ってもよし、よくわからないことをしてもよし」
「よくわからない……私は魔法詠唱者だ」
「もののついでに、あのグを倒す御仁の強さを学びたいでござるよ!」

 ハムスター特有のつぶらな瞳でアインズを見ていた。モモンは損得勘定の算盤を弾き、服従か追放かの二つを天秤にかけた。圧倒的優勢で、森の賢王を使役する名誉(ネームバリュー)の秤が落ちた。

 再び鎧を着用してモモンに戻り、大剣の片方をハムスターの肩へ乗せた。


「わかった。私は冒険者モモン、森の賢王よ、私に従うがよい」
「畏まったでござる! 殿!」

 アウラは質のいい毛皮が手に入らず、残念そうだった。

「アウラ様、心中お察しします」
「まあ仕方ないよねえ。アインズ様のペットなら」

 ナーベがそれを察して慰めてくれた。

「ところで先ほどの姿は鎧の中身でござるか?」
「私の本来の姿だ。他人に喋ったらお前も消えることになる」
「安心するでござる! これでも口は堅いでござるよ!」

 アインズは不安を隠し切れなかった。口が軽いか固いかは別にして、”賢王”とは思えない容姿だ。どこからどう見ても、ちょっと大きなジャンガリアン・ハムスターだ。


 森の賢王を服従させた一行はエ・ランテルに戻った。その夜、ある騒動に巻き込まれ、アンデッドで溢れる墓地を解放した。この事件でンフィーレアが攫われ、”漆黒の剣”は全員が命を落とす。その功績を受けた冒険者組合は、モモンをミスリル級の冒険者とした。

 ニニャだけでも蘇生させてやるべきかと、アインズは少しだけ悩んだ。

 話を聞いたヤトは犠牲者へ言及せず、武技を使えるクレマンティーヌを攫わずに殺してしまったことについてグチグチと文句を言った。結果、ニニャの蘇生はなされることはなかった。

 助けられたンフィーレアは祖母と共に拠点をカルネ村へ移し、ポーションの研究へ本腰を入れ、村の発展に貢献していく。






ンフィー知性ロール→ンフィー気付く。
漆黒の剣の死亡率→1d% →80% ダイス成功…
ニニャ個人の死亡率 1d% → 70%  ダイス成功…
クレマンティーヌの生存率→1d% →20%   ダイス失敗

ハムスケの死亡率→1d% 50% 
奇数で死亡1d10→00


バストサイズ考察

アル E-F
クレ D
ラキ C+
テ2 B+-C
イビ A-

ガガ H


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12日目 王都→ナザリック

修正済みギャグは言い換えるとペナルティ。





 ヤトは相も変わらず眠りたいだけ眠った。早めに起きるという気遣いは、強者の彼に存在しない。朝もそろそろ終わろうかという時刻、のろのろと起き上がった黒髪黒目の男は食堂で遅い朝食にして早めの昼食を摂った。寝ぼけながらもしっかりと食事をする主に、セバスはコーヒーを飲みながら昨晩に出会ったクライムという若者の報告をした。

「面白そうな奴だな。次はここに連れてきてね、俺も会いたいから」
「はい、直接こちらへ来るそうなので、いらっしゃった時は必ず」
「主君の為に強くなりたい、か……あ、はいコレ、ポーションの補充」
「ありがとうございます」

 ヤトは誰かのために強くなりたいなどと思ったことはない。何よりも、ユグドラシルのアバターは強くない。改めて考えるのは、強い敵に出会ったら不安なので絶対強者が味方にほしいという不安だ。

(素早いだけじゃ今後が不安だよ、本当に)

 彼の問題はそこではないが、現時点でそこに気付くことはない。強者と敵対するのは今しばらく先のことだ。

 ヤトは昼食(ブランチ)を終え、冒険者組合へ出発した。





「ヤトノカミ殿、お手紙を預かっております」

 冒険者組合に着くと組合長が出てきて、アズスの手紙を渡してくれた。内容は今回のお礼と今後の希望だ。

 何よりも重要なのは、八本指の調査、特に幹部の名前・人相書きと組織全体の勢力図が好ましい。
 警備部門・武力担当、“六腕”と呼ばれる六人は、アダマンタイト冒険者に匹敵するので注意して調査をしてほしい。

 と、以上の二点が書いてあった。

《ある程度の目途が付いたらでも構わない。時間を気にせず、いつでも私の邸宅まで頼む。どこで聞かれているかわからないので、手紙は読み終わったら焼き捨ててくれ》

 読み終わった手紙はクシャクシャに丸めてセバスへ渡した。

「……アダマンタイト級に匹敵って、何がだ? 変態なのか?」
「何か仰いましたかな?」

 組合長は不審な目で見た。アダマンタイト級とつくのは、なべて一人の例外なく変人だという思い込みが強い。ヤトは弱いだけでなく変態まで付く者の相手をするので、自分が動くことが億劫に感じた。

「あ、なんでもないです。セバス、ちょっとこちらへ」

 隅で話した結果、セバスをここに残して冒険者の依頼をこなさせ、ヤトはナザリックへ帰還すると決まる。セバスは護衛の必要がないので、両手放しで賛成してくれた。

 その間の外貨の獲得や名声を高める業務はセバスへ一任されるが、彼ならば淡々と依頼をこなすだけで自然とそうなる。ヤトがいなくても、アズスの依頼という大義名分があるので不審にも思われない。

「組合長、私はアズスさんの依頼をこなすため、数日間は席を外します。普段はセバスが冒険者として活動しますので、何かあれば彼にお願いします」
「分かった。くれぐれも気を付けてな」
「お気をつけて」

 セバスは頭を下げ、組合から出ていくヤトを見送った。ナザリックへ帰還するのだから、この世界のどこよりも安全だ。これでヤトを気にせず、指示された仕事をこなすだけで彼は満足する。

 店を出たヤトは宿に戻り、エイトエッジ・アサシンとシャドウ・デーモンを複数集め、六腕の調査を頼んでからナザリックへ帰還した。本来の姿で飲食や睡眠をした場合の検証、つまり自堕落に過ごすためだけに。娼館に出入りをしようかとも考えたが、どんな影響が出るか分からない。女と情事の途中、あるいは事後に人化の術が解けてしまう可能性を考えると、とても集中できなそうにない。

 欲望に従った結果、検証不足の事態が起きて、王都を追放されたら目も当てられなかった。何よりも恐ろしいのは、それを知ったアインズのお説教だ。

 これに勝る厄介事はない。





 セバスはヤトを見送ってから、改めて受付嬢に話しかけた。

「失礼、何か依頼はございますかな? 金級で最も難しいとありがたいのですが」
「あ、セバス様ですね! お噂はかねがね。現在、金級ですと、こちらなどいかがでしょうか!?」

 どういうわけか受付嬢の鼻息が荒い。何に興奮しているのかと思ったが、考えても分からなかった。差し出された一枚の羊皮紙には、依頼内容が簡素にまとめてあった。

《組合が外部で魔物・地理・自然の調査を行うための護衛。金級以上限定。報酬金貨6枚。実力が保証されたもの限定》

「なるほど、護衛するのはどなたでしょうか?」
「わた――」
「彼女は受付のシフトがあるため出られませんの! 私と組合の調査員の2名ですわ!」

 横から別の受付嬢が割り込んできた。

「そ……そうでしたか。早速ですがこれをお受けしましょう。出発はいつ頃ですか? 私はすぐに出発しても構いませんよ」

 最初の受付嬢がもの凄い顔で割り込んだ彼女を睨んでいた。

「で、では、行きましょう! 私はいつでも大丈夫です。私達の今後について打ち合わせしましょう!」

 セバスは手を引かれて応接室へ入っていった。

「くやしいいい! 私があの依頼を勧めたのにい! さりげなく手も握ってさー!」

 机に突っ伏して頭をぶつける受付嬢の悲鳴がこだました。





 仲間と依頼に行きそびれたアズスは、邸宅で姪と打ち合わせをしていた。目下のところ、議題は黒粉畑を焼き払った助っ人についてだ。やや食い気味でくる姪に、アズスは押し切られていた。

「叔父様、そろそろ説明していただけませんか?」
「実は私にもわからんのだ。君のとこのティアと共に、村に着いたら既に燃え尽きていた」
「私もそうです。気が付いたら火がついていました」
「だからその、私に聞かれても困る」
「しかし、今回の作戦で、叔父様は確信めいたものがおありでした。それくらいは教えていただいてもよろしいのではないでしょうか」
「実はな――」

 説明したところで、アズスの知る情報もたかが知れていた。しかし、話しが進むにつれてラキュースは納得がいったような顔になった。

「新人冒険者、ナザリックのヤトノカミ殿ですか?」
「そうだ、銅のプレートなのだが――」
「存じ上げています」
「ん? そうなのか?」
「はい、実はガゼフ・ストロノーフ殿がカルネ村でお会いした方、それも立ち合いをして敗れた方がその方と」
「なにい!?」
「それも正々堂々と勝負した上で敗れて、本人は清々しいほどに完敗をしたと」
「そんなことが、あるのか」
「更に私の仲間が口説かれたとか」
「なんだとぉ!? あいつ女性に興味ないような素振りをしていたくせに」

 二人は、噂の彼がイビルアイを少年と勘違いしていることは知らない。

「仲間と同じ宿のようですね」
「あの財力を見るとそれは仕方ないな。マジックアイテムの力だと言い張っていたが」
「私もお会いしてみたいです。次はいつお会いするのですか?」
「いや、しばらく会わない。六腕の戦力調査を依頼したからな。数日は姿を消して調査にあたると、組合長に伝えたそうだ」
「そうなんですか……それは残念です」

 心から残念がる姪を見て、アズスはニヤニヤと笑った。

「お前の事を売り込んでおいたぞ」
「あら、そうなんですか?」
「あまり関心がなさそうだな……」
「私の仲間のイビルアイを口説いたと聞いています。その方の好みは背の低い女性なのではないでしょうか」
「まあ……人の好みはなんとも言えないが。女性に大した興味がないのではないか?」

 もっとも最悪の事態は、件の彼が八本指側のスパイだという点だ。手際の良さを鑑みれば、初めから黒粉畑を捨てて冒険者の懐へ入る作戦の可能性は捨てきれない。小さい女性が好きという点も、拡大解釈すれば年端も行かない女性を欲望のままに犯すのが好きだという可能性だってある。八本指の娼館でなければ、王都でそれは実現できない。近頃は貴族まで出入りしていると聞いていた。

 胸の奥から湧き上がる不快感で、頭が怒りで真っ白になった。

(糞が。ああ、本当に胸糞悪い! 欲望でしか考えられない人間はとっとと死ね!)

 八本指の娼館とは、暴力・幼児嗜好・その他、どのような欲望をぶつけても構わない娼館だ。一呼吸おいて心を落ち着け、話を再開した。

「興味はあります。今度お会いする時は、私もお連れ下さい」

 “蒼の薔薇”のラキュースは、楽しそうに笑った。警戒心は少しも解けていないが、実際に会わなくては何も始まらない。

「では、ラナー王女は任せたからな。私が王都に居るうちに、成果を上げたいものだ」

 邸宅で話している品の良い二人は、王国貴族そのものだ。





 ナザリックの自室に戻ったヤトは、まずアインズに連絡をした。アインズはヤトの行動は読めないと思っているが、それは同様にヤトにも言える。仕事ができる人間は、できない人間の気持ちがわからないが、仕事ができない人間もまたできる人間の気持ちがわからない。

「ジャンガリアンハムスターを飼うことになった」

 開口一番の話題に、ヤトの頭に特大の疑問符が浮かび上がった。

「カルネ村近くの森で困ってたから。そのまま連れてきたんだよ」
「それは見たいッスね。死んだら一週間ログインしない真似はやめてくださいね」
「大丈夫だ。そういえばミスリル級に昇格したよ」
「そうですか、ミスリル級に昇格ですか……」
「ん? どうしたの?」
「いえーなにもー。せっかく、俺が苦労して金級になったのにー、それを上回る活躍をしてるからって嫉妬なんかしてませんよー」
「なるほど、そういうことか。男の嫉妬は見苦しいぞ」

 してやったりと、アインズの声は嬉しそうだ。すぐに返す刀がヤトの鼓膜に付き込まれた。

「で? なんで冒険者やってんの?」
「え? あーいやー……王都で生の情報を集めようかと」
「エ・ランテルでも同じだろうに。誘ったじゃないか」

 実は嫌われているのではないかと疑念が湧いた。

「でも、なくてはならない存在になりつつありますよ」
「チーム名は?」
「ナザリックです」
「はぁ!? 馬鹿かこの馬鹿! なに堂々と名乗ってんだ!?」

 アインズは精神の沈静化を図っていた。

「いや、だって面倒でしたし」
「はあー……何をやっているんだ。カルネ村の件だって誤魔化すのにどれだけ大変だったか。薬師にはバレるし。そっちはガゼフと面が割れているだろう」

 精神の沈静化があるので声は荒げないが、アインズは割と本気で怒っていた。ヤトも事前に言い訳くらいは考えてあったので、そのまま伝えた。

「考えてみてくださいよ。ナザリックで名乗って善行を続けて行けば、こちらの名声も高まり続けますよ。セバスも居ますし」
「だからなんだ?」
「つまり、いずれはカルネ村の事は露見するじゃないですか。その時にこちらの信用を無限大に高めておけば、ちゃんと話ができますよ」
「言い分はわかるが、やはり駄目だ」
「どんな敵がいるか不明ってことですかね? 調べた限りだと、王国にはいませんね。アダマンタイト級冒険者も変態ばかりですし」
「変態?」
「そうッスよ! 本当に酷いですよ。ゴリラみたいな女性とちっちゃいアンデッドの少年、後はあまり賢くなさそうな脳筋さんとか」
「なんだ、それは……動物園にでも居るのか?」
「次は王都に巣くう八本指の調査を依頼されてますが、アダマンタイト級変態というので大したことはないでしょうね。調査はエイトエッジとシャドウさんにお任せしちゃいました」
「変態が好きだな。だが、八本指っていうのは面白いな。犯罪組織なら情報にも精通しているはずだ」
「アインズさんが殺してしまった女の代わりに捕まえますよ。アダマンタイト級なら武技くらい使えて当然ですからね」
「そうだな。俺も次に見つけたら捕まえるよ」

 ヤトの王都での生活は、自堕落な生活に対する欲求に負け、一旦の幕を下ろした。ナザリックにて飲食・睡眠不要のアイテムを外し、何にも考えずに眠りこけた。食欲が満たされたので軽く昼寝をしたつもりだったのだが、24時間以上も眠っていた。

 いくら自堕落に過ごそうと思っても、そこまで眠るつもりはなかった。予想以上の時間浪費を、自室でしばらく嘆く羽目になった。

「蛇の時に指輪は外しちゃだめだな……」

 頼んでいないので、誰も起こしてくれるはずがない。





 ナザリックの執務室。巨大で豪勢な机の上に、ナザリックの内務に関する書類が小さく積み上がっている。アインズはヤトと入れ違いにナザリックへ戻り、悠然とした動作で椅子に腰かけた。冒険者の依頼はナーベに任せている。なるべく小まめに戻るとアルベドと約束した手前、ナザリックの内政に手を付けないわけにはいかない。

 正直なところを言えば、名声が高まり始めた現状こそモモンとして動き回りたかった。

「ヤトからの金貨はこれだけか?」
「はい、持ち帰るように言われたのはこれだけでありんす」

 話に聞いたよりも大分、少ない。これは、ヤトが一部しか彼女に渡さなかったからだ。少しだけ着服しようとしたアインズは、当てが外れて残念に思った。

「あの、アインズ様」
「ん? どうした、シャルティア」
「はい、ヤトノカミ様がこなたに大変助けられたと伝えて欲しいと」
「よくやったな、シャルティア。彼も嬉しかったのだろう。お前の忠義に応え褒美を与えよう。何か欲しい物があるなら教えてくれ」
「光栄にありんす。ですが、守護者が欲しい物はアインズ様のお褒めの言葉だけでありんしょう」
「今でなくても構わん。ゆっくり考えてから教えてくれ。それでお褒めの言葉というならそれでもよい」
「畏まりましたでありんす。失礼致しんす」

(シャルティアに伝言を頼んだというのは、何か別の意図があるのか?)

 顎に指をかけ悩んだ。

(シャルティアに機嫌をとっておけという意味合いと考えるのが自然か。王都で何かあったのかもしれんな)

 ただ褒めてやれという意味なのだが深読みしてしまうのは悪い癖だった。悩んでいる最中、デミウルゴスが羊皮紙を持って入室した。

「失礼します、アインズ様。新しい羊皮紙が出来上がりましたので、ご確認下さい」

 デミウルゴスお手製の羊皮紙は、それぞれの色合いが違った。

「白いのが王国産、黄色いのが法国産、茶色いのは野良でございます」
「色だけでこんなに差が出るものか。魔法の位階はどの程度まで耐えられるのだ」
「はい。全て同様に第一、または第二位階です。今後、改良を重ねれば、より高度な魔法を封じられるかもしれません」
「そうか。これは確認しておこう。ご苦労だった、デミウルゴス」

 どうせ羊だろうと思っていたので、それ以上は聞かなかった。

「はっ、御身のためであれば如何様にも。それでは、失礼します」

 デミウルゴスと入れ替わり、パンドラが入ってきた。どうやら執務室の外で、アインズと謁見の順番待ちをしているようだ。

「お久しぶりでございます。私の創造主、アインズ様!」

 自分で創造した彼は黒歴史だ。所作、言葉の言い回しが苦手だ。派手な動きをするたびに精神の沈静化を要する。唯一、軍服だけは今でも格好いいと思っていた。何かの機会があれば、外を出歩かせたいと考えていた。問題は、その所作だ。

 今も敬礼をしたまま動かない。

(だっさいわー……)

 精神の沈静化を行い、パンドラの報告を受けた。食事を一般メイドのみと限定し、ナザリックの経費削減計画は順調に進んでいた。

「POPモンスターであるスケルトンは、いずれ何かに使える。エクスチェンジボックスに放り込む物資の獲得のためにな。金貨の換算価値はどうだ?」
「この世界の金貨は単純に金、つまり鉱物としての価値しかないようです」
「他の鉱物で試してはいないからな。武器や防具の換算価値はこの世界のものか?」
「いえ、ユグドラシルの換算価値によるものだそうです」
「法国の装備品は期待できないな」
「しかし!」

 パンドラは大きな声をあげ、胸に手を当てた。アインズは驚いて体が跳ねあがりそうになるのを必死で堪えた。

「食料に該当する品の価値は、この世界よりも僅かに高価であります。音改(ねあらた)様の姿を取った場合、小麦、農作物、調理された食材などはエクスチェンジボックスに放り込み、魔法で作り出す方が僅かに浮く物が一部に見られました」
「それは素晴らしい成果だ。パンドラズ・アクター、流石は私の創造した守護者だ」
「はい、光栄の極みにございます。アインズ様の高き叡智が、わぁぁずかでも私に宿るように精進いたします!」

 跪き、両手を上に差し出した。剣を捧げる騎士のようだが、何も持っていないから不自然だ。

(ちょっと褒めたらこれだよ)

  顔に手を当てて精神の沈静化を図り、パンドラを下がらせた。

「食料品の価値による差異か。やはり、財政問題解決は食料の方向で安定供給を図るべきだな」

 広大な畑を開墾して支配地域へ食料の供給を支配地域へ行い、余った食料を換金するのが安定した方法に思えた。支配地域もさほど広がる見込みはない。目途として広げる予定もなく、カルネ村だけで十分だ。

(支配地域内で増え過ぎた生物の間引きを試してみよう。生き物は放り込めないから、屍肉でも放り込んでみるか)

 椅子にもたれかかって考えごとをしていると、アルベドが入室した。

「アインズ様、失礼します」
「アルベド。ヤトが手に入れた書物、情報精査の進展具合はどうだ?」
「恐れながら、順調とは言い切れません。王国の図書館には捏造された情報などもあり、一つ一つに時間が掛かっております」
「……あの国は駄目だな。図書館まで怪しい本ばかりとは」
「その通りです。現在、参謀三人で分担し進めておりますので、何か新たな情報が分かり次第、ご報告を」
「そちらはアルベドに一任しよう。私の代わりに情報をまとめてくれ」
「畏まりました」

 ヤトがねぎらいの言葉を掛けろと言っていたのを思い出した。

「アルベド」
「はい。なんでございましょうか」

 アインズの呼び掛けには目を輝かせて応えてくれる。

「いつもすまないな。情報戦を制し相手を制するのは得意戦略だ。お前は私にとって情報精査という最も重要な任務についていることを分かって欲しい」
「アインズ様ぁ!」

 当然のように抱き着かれた。恍惚とした顔でアルベドは抱き着き、椅子ごとアインズを押し倒した。天井のエイトエッジ・アサシンが迷っているのが見えた。

「アインズ様! アルベドは準備がいつでもできております!」
「アルベド……アルベド? アルベド! 放せ!」

 凄まじい力で抱き着いているアルベドを引きはがすことはできなかった。気を使ったわけではなく、単純な腕力の問題だ。自分で言ってしまった手前、誰かを呼ぶわけにもいかない。彼女は頭が一つのことに囚われ、呼びかけも聞こえていないようだ。

 いつまでも出てこないアルベドの次に順番待ちをしていたアウラが、こっそりとドアを開けて事態に気が付くまで、アルベドの喘ぎ声を聞かされ続けた。





調査内容→2六腕の調査
アズスの滞在日数残り 1d6→5日

情報収集率 1d20
スレイン法国 d+20→ 20+20→40%
バハルス帝国 d+10 →13+10→23%
リ・エスティーゼ王国 d+15 → 2+15→17%
プレイヤー情報 d-5 →2 →0%
他国情報 d÷2→17 →8%


補足
アインズさんの甘さは原作通りです。警戒をするのは被害が出てからというのは彼の戦い方に影響を受けています。最初は負けて、その後は勝ち続ける彼のやり方は、言い換えれば最初に犠牲が出るということです。ですが、王国内で敵もいないので、被害もでません。
故に彼の警戒度はまだ上がっていません。どんなに友人の行動がアホでも、ちょっと怒るだけで済んでます。


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13日目 城塞都市エ・ランテル



 ナザリックで内務をこなしている途中、ナーベから連絡が入った。冒険者組合からモモンに来てほしいと使者が来たらしく、切りの良いところで内務はアルベドに引き継いだ。

 エ・ランテルに戻ったモモンはナーベと共に冒険者組合へ向かった。

 冒険者組合に到着してすぐ、二人は打ち合わせ用の応接間に通された。

「盗賊団の調査……ですか?」

 用事があったのはエ・ランテルの冒険者組合長であるアインザックだ。彼は自分の髭を撫でながら、かねてより周辺で被害を出している盗賊団の調査をしてほしいと頼んだ。

「その通りだ。他の冒険者と組んで当たってもらいたい」
「他の冒険者とは?」
(アイアン)の冒険者だ。もうすぐここに着くと思うが」

 ノックで心構えをさせることなく、いきなりドアが開かれた。男女六人の冒険者たちが、一様に不安な顔で立っていた。先頭の赤髪の女性には見覚えがあった。

「し、失礼します! モモンさ、さん! 先日は大変、も、申し訳ありませんでしたあ!」

 赤髪は深く頭を下げた。彼女は初日にいちゃもんをつけてポーションを掠め取ったブリタという女性だ。後輩だった新米モモンが、自分たちを大きく飛び越えて高みに行ってしまったので萎縮していた。特に、直接、無礼を働いたブリタの萎縮は他の比ではなかった。

「そんなに畏まらないでも構いませんよ。同じ任務に当たる仲間ですから」

 他の冒険者から安堵の息が漏れた。ブリタからポーションの一件を聞き、半ば強引に奪い取った件が尾を引いていないか不安だったのだ。これで将来有望な冒険者と友好関係を構築し、新たな依頼で共闘できると安堵し、全員はそれぞれが適当に座った。

 鉄級の冒険者にはチームを組んでいない者もいる。様々な冒険者たちと出会い、自分に必要な、あるいは欠けている箇所を見つけ、それを補う相手と組むことができるからだ。

 皆が席に着いたのを確認し、アインザックは咳払してから説明を再開した

「話を続けよう。王都からの協力要請で、犯罪組織を摘発することが決まった。そこで、関与している可能性があるもの。これから関与しそうなものへ事前に手を回して領内の浄化をしてほしい」

 依頼内容は二つ。

 アジトを襲撃して、彼らを捕まえる。
 アジトに拉致されている女性を助ける。

 理想は殲滅だが、相手の数が多いので最優先すべき内容ではない。王都で行われる作戦の影響を考え、しばらく身動きができない程度に痛めつけてくれれば問題ない。余力があれば盗品も回収してきてほしいと説明してくれた。

「なるほど。他のミスリル冒険者は出払っているのですね」
「君たちしかいないというのも理由の一つだが、私は君に期待しているよ、モモンくん。君ならば必ずやこの依頼を――」
「ありがとうございます。具体的にはどのような作戦で行うのですか?」
「ん、うむ……ブリタくん」
「は、はい! で、では、及ばずながらこのブリタが、説明をさせて、え、と、いただきます!」

 ご飯でも食べるのかと、聞きたくなるくらい変な間を入れた。

 畏まっているブリタの話によると、モモンとナーベが盗賊のアジトの見張りを急襲。馬車1台を入り口につけ、モモンのチーム“漆黒”が先陣を切る。突撃したモモンが盗賊を引き付けている間、拉致されている女性達を助ける班、外から帰ってくる盗賊の捕縛をする班の二手に分かれるという。

「なるべく多くの賊を生かして捕らえたいのだがな。相手に凄腕の用心棒がいる情報が入っている。不測の事態に備え、充分な注意をしてくれたまえ。できれば、全員が無事に帰還してほしい」
「お話はわかりました。今回、撤退はないと思ってください。ブリタさんの提案した内容で行きましょう」

 モモンの落ち着いた声が応接間に流れた。ナーベは澄ました顔で話を聞いている。彼女がこの顔をしているときは、興味がないときだ。

 一見して、モモン一人に負担が大きいように思えるが、盗品を着服し、アンデッドの素材の死体を攫うのに都合が良かった。ブリタもそれ相応にモモンの実力を評価しているようで、やっかみや裏工作の意図は見受けられない。

「それで、盗賊は”塩招く剣団”でしたか?」
「いや、”死を撒く剣団”だ。帝国との戦争では傭兵部隊となるのだが、平常時は盗賊で生計を立てている。ごろつきの集団だな」

 ブリタが書類を見ながら補足する。

「え、と、数は80人前後で、エ・ランテルにも拠点があります。普段は盗賊の拠点の方にしか居ません」
「エ・ランテルの拠点は大丈夫ですか?」
「そこは有事のみ利用する拠点のようだ。誰も居ないのは彼らが確認をしてきている」
「内容はわかりました、ありがとうございます。アインザック組合長、ブリタさん。一つ提案があるのですが」
「は、はい! なんでも言ってください!」
「どうしたのかね、モモンくん」
「馬車を二台にしてもらえませんか?」

 モモンは依頼内容を、盗賊の殲滅に変更した。

 鎧のスリットに赤い光が宿っていた。





 盗賊討伐の即席部隊は、夜を待って森の中に潜伏した。レンジャーの探索で付近に人影は発見できず、洞窟内に居ると思われた。洞窟を改良したねぐらの入口に見張りが二名、武装して立っていた。装備品は下級品で、強さもたかが知れている。

「皆さん、私達が彼らを倒してから、速やかに馬車を入口へ」
「はい! わかりましたあ!」
「ブリタ! 声がでかい!」
「ご、ごめんなさい……」

 仲間に怒られて恥ずかしそうに俯いた。初めての依頼ではないはずだが、何に緊張しているのか不明な彼女が、モモンの懸案事項となっていた。

「……後のこと、よろしくお願いします。いくぞ、ナーベ」
「はい、モモンさ……ん。《飛行(フライ)》」

 舞い上がる二人をブリタは目で追う。姿が見えなくなっても、いつまでもそちらを見ていた。

「はあ、凄いなあモモンさん」
「ほら、俺たちもさっさと行こうぜ。英雄に迷惑かけちゃまずいぞ」

 他の冒険者もブリタと大差なく、モモンの立ち居振る舞いに親しみと尊敬の念を抑えられない。自信に溢れる彼は頼もしさを感じ、周囲が認める英雄になりつつあった。入口の上空で魔法を解除し、モモンとナーベは入口に落下する。

「ナーベ、やれ」
「《龍雷(ドラゴン・ライトニング)》!」

 放たれた雷撃により、見張り何らかの行動を起こす前に消し炭となった。肉の焼ける匂いが辺りに立ち込めたが、人肉の匂いだとは誰も思わないはずだ。

「やはり余裕だな、これは。ナーベ、お前は後から冒険者たちを引率しろ。私は盗賊相手に剣の練習をする。取り逃がした賊の始末も頼む」
「畏まりました、モモン様」
「ハムスケも連れてくればよかったな。あいつは動物の勘が鋭い」
「いえ。あのようなペットなど、自宅待機が相応しいかと思われます」
「そうか?」

 所詮は獣だと侮り、ナーベのハムスケに対する当たりは強い。また、それは的確に的を射ており、ハムスケはモモンが出掛けたとき、鼻提灯を膨らませて居眠りをしていた。

「では、私は先に行く」
「御武運を、モモン様」

 洞窟を改造したアジトだったが、中は意外と広かった。モモンが両手で剣を振り回しても問題が無い程度に天井は高く、部屋数もかなり多かった。

「なんだあこの野郎!」
「食らえ!」
「死ねええ!」

 思い思いに襲い掛かってくる下っ端へ、首に一撃を加え、一人一人を丁寧に気絶させながら奥へ進んでいった。殺してしまえば楽なのだが、組合は情報を欲しがるだろうと思い、最初のうちは誰も殺さなかった。

「ふう、もう半分くらいは倒しただろう。あとは殺してしまうか」

 虫けら(人間)に対するモモンの心の機微など知らない盗賊は、これまでと同様に襲い掛かる。誰も殺されていないので、命まで取らない相手だと舐めていた。同時に斬りかかった数名は、大剣の一撃で真っ二つに惨殺された。拠点のアジトへ断末魔の叫びが木霊し、洞窟内は恐怖と赤色に染まっていった。

「よお」

 震えながら怯える盗賊を押しのけ、奥から青い髪の剣士が現れた。彼の腰には刀が差してある。刀が珍しい武器だとはいえ、ヤトの物と比べると出来が悪く、データ量も低そうだった。

「お前ら下がっていいぜ」
「あ、あとは頼んます! ブレインさん!」

 怯えた盗賊は奥へ逃げていった。ブレインとモモンは鉄火場で対峙し、無言で互いの実力に探りを入れ合った。

「……噂の凄腕用心棒か?」
「用心棒は俺しかいないからな、そうなんだろうぜ」
「一つ聞きたいのだが、いいか?」
「なんだ?」
「君はガゼフ・ストロノーフより強いのか?」

 その言葉で相手の雰囲気が変わった。死合い前の張りつめた表情で、殺気の込めた視線でアインズを射抜いた。戦士として成長したいという希望を満たせそうな相手に、漆黒の全身鎧内部で肋骨が躍った。

「奴とは因縁がある。昔だが互角の戦いを行った。その時は油断で敗れたがな」
「今は違うと?」
「ああ、俺は強くなった。剣の稽古しかしていない」
「それは楽しみだ」
「ブレイン・アングラウスだ」

 ブレインは腰を落とし、抜刀の瞬間が最速と言われる居合の体勢になった。

(ほう、居合か。刀で居合を習得しているとは……楽しみだ)

 新たな技、詰まれる経験値、武技の取得者との出会いに期待した。

「冒険者モモンだ。行くぞ、ブレイン・アングラウス」
「《領域展開》」

 ブレインの周囲に何かが広まったのを感じた。居合の切っ先が届く範囲の攻撃と予測できたが、モモンは構わずに踏み込んだ。

「馬鹿が! 領域と神閃の複合、虎落笛(もがりぶえ)!」

 人の目では知覚できないほど早く、刃はモモンの首を狙った。

 油断はしていなかった。

 タイミングも最高だった。

 刀は大型の剣であっさり受け流されていた。

「なっ……!」
「ふむ、目を狙うかと思ったが……まぁいい、上手く受け流せたようだな。全身鎧に対し、居合はどうしても狙う場所が限定されてしまう。私には通じないぞ」

 全身鎧(フルプレート)の彼に対抗するための狙い場所など、初めから限られていた。モモンは大剣の片方を背中に掛け直し、残った一本を両手持ちに変える。定石(セオリー)から外れ、腕や足を狙っておけば当たった可能性が高かった。

「さあ、全力でかかってこい!」

 最大にして最強の技を破られ、全力も何もない。滝のような汗を流し、ブレインは改めて武技を使った。

「《四光連斬》!」
「この技は原理がよくわからんな」

 四つの斬撃の同時攻撃がくる。防ぎ方がよくわからず、モモンは剣を適当に振ったが、鎧に斬撃の衝撃を受けた。魔法で作った鎧に傷が入った。初めの技に比べて切れが悪かったが、命中しただけで感心した。

(鎧に傷をつけたか……武技使いは欲しかったから、こいつは持って帰るとしよう)

 ブレインにとっては非常に物騒な話だ。

「これも通じないのか……ふふっ、ああああ!」

 がむしゃらに刀を振り、斬りかかってくる。

 モモンは適当にいなしながら、他の武技を使うのを待っていた。アインズは魔法詠唱者で、戦士としてのレベルにブレインと大差があるわけではない。単純な力だけならアインズに軍配があがることに加え、不死者(アンデッド)のアインズと、自慢の技をたやすく破られたブレインでは、既に勝敗は決していた。ブレインはがむしゃらに斬りかかりながら、勝負を投げ出しつつあった。

 遂に力尽き、肩で息をしてモモンを睨んだ。

「はあ……はあ、はあ」
「どうした? もう終わりか? こないならこちらから行くぞ」

 モモンが一歩前に出ただけで、死の恐怖が接近したのがわかる。漆黒の全身鎧の冒険者は、暗黒を身にまとう髑髏の死に神に変わっていた。

 限界まで瞳孔が揺れ、ブレインは洞窟の奥へ逃げ出した。

「うわあああ!」
「あ……」

(また逃げられた……ここで逃がしたらまた文句を言われてしまうな。まあ、洞窟なんて行き止まりなんだから、奥まで行けば居るだろう)

 抜け道があるとは予想していなかった。こなすべき内務もあるので、武技の練習時間もすぐにとれない。そこまで必死で追いかけるような気にはならなかった。

「モモン様、何か問題が?」

 洞窟の散策を始めていたナーベが、ブレインの悲鳴を聞いて駆けつけた。

「ああ、ナーベか。特に問題はない。私はこれから奥へ追撃に入る。各部屋を確認し、冒険者達が来る前に盗品、財宝の回収だ」
「はっ、畏まりました」
「盗賊が残っていたら殺しても構わん。女性がいたら冒険者に渡せ」
「お気をつけて、モモン様」

 ブレインが逃げ込んだ奥の部屋で、盗賊の頭領が生き残った仲間を集めて立て籠もっていた。

「うわあああ!」
「ブ、ブレインさん!?」

 逃げていくブレインが盗賊たちの横をすり抜け、奥の抜け道へ消えていった。武器を掴んでこそいたが、彼の姿を見る限り逃げ出したと見るのが自然だ。高い金を払った用心棒が逃げ、頭領は怒りを露わにした。

「あぁの役立たずがぁ! 全員弓を構えろ! 誰かきたら構わず打て!」
「うわ!」

 入口の方から誰かの叫び声と何かを引き潰したような音が聞こえた。盗賊達に緊張が走り、誰かが唾を飲む音が妙に大きく聞こえた。やがて、奥から黒の全身鎧(フルプレート)が現れる。

「盗賊諸君、投降すれば命は助けよう」

 二本の大剣を構えたまま呼びかけたが、殺気立った盗賊は聞く耳を持っていない。賊たちは命を拾う最後の機会をあっさりと捨てた。

「撃てぇ! 全員、撃て! 矢を絶やすなああ!」

 頭領の絶叫と共に全てのボウガンから矢が放たれたが、対象に刺さることなく地面に落ちていった。

「な、なんだこいつは!」

 モモンは手近な盗賊から順々に切断し、頭領の前に立った。

「お前が頭領か? 先ほど逃げていった男はどこだ?」
「お、お、奥の逃げ道から逃げてったぞ」
「なに?」

 頭領を柄で殴って気絶させ、モモンは慌てて奥へ進だ。風が通り抜ける抜け穴があり、奥に夜の森が見えた。

「逃げ道があったのか……まあいい。次がいるだろう」

 追うのも面倒だったので、来た道を戻った。この世界に自分たちを脅かす存在が発見できず、彼の警戒心はねじを緩めていた。





「モモン様! ありがとうございました。あなたのお蔭で一人の犠牲者も出さずに女性たちを助けられました!」

 任務を終えてからというもの、ブリタは様付けになった。彼女は他の面々と共に深く頭を下げ、馬車を出発させる準備をしていた。盗品はモモンに全て回収され、一部の盗賊の死体までありがたく頂戴していたが、盗品の量までは情報がないので気付かれなかった。

 モモンは誰よりも得をして上機嫌で、ブリタを恩着せがましく労った。

「同じ冒険者ですから、困った時は助け合いましょう。またよろしくお願いします」
「はい! ありがとうございます!」

 彼女はおとぎ話の英雄でも見るような目で見上げていた。数日前にいちゃもんを付けた時と同一人物とは思えなかった。

「私はもう少しここに残り、戻ってくる盗賊を片付け、アジト内に隠し部屋が無いかを調べます。組合まで馬車の護衛はお願いします、ブリタさん」

 その気取らない態度に、ブリタは更に好感度を上げた。

「はい! お任せください」
「モモン殿、後は宜しくおねがいします」

 その場を去る冒険者と馬車を見送った。

「ナーベ。改めて洞窟の中を調べ、隠し部屋の確認をしてくるのだ。残っている死体も回収せよ」
「畏まりました、モモン様」

 モモンはナーベに託し、夜空を見上げて物思いに耽った。

 依頼の背景として、ヤトが絡んでいる八本指とやらの任務がある。こちらが終われば、名声の高い順に王都へ派遣される可能性が高い。そうなれば、ヤトと落ち合ってこれまでの情報交換に都合がよく、八本指の所持している貴重な装備品や財宝も手に入る。過程は予想と違うが、ナザリックの維持費へ大いに貢献できるはずだ。

「武技使いには逃げられたが、八本指がいるならそっちでも……」
「グルルルル」
「ん?」

 物思いにふけるモモンに、獰猛な野獣の息遣いが聞こえた。カメレオンに近い顔をした魔獣が、近くの木陰からこちらを窺っていた。

「ギガント・バジリスクか? なぜこんなところに」

 漆黒の剣が、モンスターは部位を持ち帰ると金になるのだと教えてくれた。このまま放っておいても、遅かれ早かれ魔獣の討伐依頼は舞い込んでくる。ここで討伐して部位を持ち帰っても、順番が変わるだけで過程は同じだ。

「先に討伐しておくか」

 モモンは背中のグレートソードを構え、魔獣に向かって駆け出した。石化睨みを無効化し、鋭利な爪を避け、首に連続して斬撃を叩きこむ。裂傷が頸動脈まで到達し、大量の血を周囲にまき散らしながら、ギガント・バジリスクはあっけなく絶命した。

「さて、どの部位を持ちかえればいいんだ? 無難に頭部だけ持って帰るか」

 モモンがマグロの解体よろしく、剣を首に刺し込んでグリグリと弄っていたとき、背後から怒号が聞こえた。

「貴様ぁ! よくも私のバジリスクを!」
「?」

 先だって圧殺した、クレマンティーヌによく似た男が立っていた。更に後ろから、長髪で長槍を持った男性が駆け寄る。

「クアイエッセ、少し落ち着かないか」
「隊長! ですが、数が少ないバジリスクを!」
「すまない、どなたかは知らないが、我々を見なかったことにしてもらえないだろうか」
「私は構わないが、彼はよろしいのか?」

 クアイエッセと呼ばれた男は、青筋を立てて怒っている。形相を見る限り、怒りはしばらく冷める気配がない。

「……すまない、こちらで宥めておく」
「隊長! 2体しかいない貴重なバジリスクだったんですよ!」
「気持ちはわかるが落ち着くんだ。我々の任務は神命を全うすることだ」
「しかし……」

(凄く怒っているな)

 冷静に二人を見ていると、後ろから数名の人影が出てきた。セーラー服を着た女子高生、黒く豪勢なローブを着た老人、巨大な大盾を両手に抱えた大男、それぞれが類を見ない特別な装備品をしていたが、他の誰よりも目立っていたのはチャイナドレスを着た老婆だ。ドレスの純白と相対し、皺だらけの顔が出来の悪い抽象画のように気分を害した。

(うわぁ……趣味なのか? 誰も止めないのか?) 

 スレイン法国の最強部隊、漆黒聖典だと知らず、アインズは侮っていた。と、いうよりは老婆のドレスが目に毒で、盗賊と無関係ならさっさと立ち去って欲しかった。本来ならば危険な遭遇も、情報量の少ない現状で彼らが漆黒聖典だと気付かない。

「たいちょー。早く行こうよー。クアイエッセなんか放っておいてさー」
「なんだと!」
「少しは落ち着きなされ、わしらは戦争に行くわけじゃあるまい」
「そうですわぁー。はやくさきにいきたいのですー」

(バラエティ豊富な人材だな、ナザリック程じゃないが)

 誤解を招いても面倒なのでモモンは改めて名乗った。

「私は冒険者モモンだ。盗賊の討伐で拉致されていた女性たちを助け、外に出ていた盗賊たちが戻ってこないか警戒をしている。君たちは盗賊ではないよな?」
「そうか、それは任務中に邪魔をして申し訳なかった。私達は盗賊ではない。申し遅れたが、私がこの部隊の隊長だ」

 ここでナーベが戻ってきた。事態が把握できないが、敵かもしれないとモモンの前に飛び出て構えた。自然とバジリスクの死体を足蹴にし、クアイエッセの険が深まった。

「下がれ、ナーベ。彼らは敵ではない」
「……畏まりました」

 こちらを睨みつけている男へ、それ以上に強く睨み返しながらモモンの後ろに移動した。

「すまないが、私達は公言できない極秘任務の途中だ。詳しい話ができなくて申し訳ないが、互いに見なかったことにしていただけないだろうか」
「訳ありのようだな。わかった、このことは忘れるとしよう。道中、気を付けてくれ」
「そちらも、モモン殿」

 彼らはそのまま去っていった。クアイエッセだけはいつまでもモモンを睨みつけ、怒ったナーベが殺気を込めて睨み返していた。

(どこの国かは知らんが、大したものだ)

 彼らの装備品は、この世界じゃ見たことのないような一級品だ。それ相応の地位にある冒険者か、どこかの国家の隠匿されば部隊の可能性もあった。

(例えばスレイン法国とかな。それならユグドラシルのワールドアイテムのような………ワールドアイテム……だと?)

 気楽に考えていたモモンは、顎に手を当て真剣に考え出した。

(まさか、あの老婆のドレスは……そんな……彼らはプレイヤーか? あれがアバターだとすると、バラエティ豊富なのも理解できる……どれほど不気味な格好をしようと、所詮はゲーム内だ)

 常識的に考えれば、余程の特殊な理由がない限り、チャイナドレスは老婆が着る類ではない。特殊な効果がないか、薄気味悪い外装を趣味としている者でなければ、年老いてからドレスを着ようと思わない。カイレが聞いたら激怒しそうなほど、ぼろくそに評価していた。その結果、プレイヤーとしての疑惑は短時間で雪だるま式に膨張した。

 モモンは急いで《伝言(メッセージ)》を飛ばし、アルベドへ連絡した。

《はい、アインズ様》
《アルベドか。ニグレドに監視をさせたい者が居る。現在、私の居る場所から北の方へ進んでいく集団を監視させろ。彼らはプレイヤー、あるいは装備がワールドアイテムの可能性がある。絶対に気付かれぬよう、彼らを探れ》

 最も警戒すべきアイテムは、あっけないほど簡単にアインズへ把握された。

 自分たちに監視がつけられたと知らず、漆黒聖典は歩きながら雑談をしていた。

「彼らは何者か、見えたか?」
「いえ、何も見えていません。というか、冒険者なんか見る必要ありましたの?」
「……いや、その通りだな」
「それよりあの女の子、美人でしたね、隊長。上から結婚しろって言われてるとか?」
「考えているが、気が乗らなくてね。そのうちいい出会いがあるだろう。さあ、雑談はこの辺にして、周囲の警戒を再開しよう」
「俺のギガント・バジリスクがぁ……」

 立ち去った漆黒聖典と入れ違いに、白銀の全身鎧(フルプレート)が付近を通過した。

 本来であれば邂逅は避けられず、交戦もまた避けられなかった。

 モモンがギガント・バジリスクを屠った影響で、彼らのコースは着実に逸れていた。

 白銀の全身鎧(フルプレート)は、周囲を警戒しながらスレイン法国の方向へ歩いていった。







ブリタ好感度→4回の合計50以上でイベント →19
ブリタ好感度→10 → 29
ブレインの情報→ 1d% →40% ダイス成功

漆黒聖典、白銀→1d% 漆黒→90% 白銀→20%
漆黒聖典はダイス成功。白銀はダイス失敗。
漆黒聖典にアンデッドだと気付かれる→失敗


隊長のナーベへの興味→0%
ナーベの魔法位階に気付く→0%
世界級所持に気付く→90% 成功
漆黒聖典と白銀遭遇→30% 失敗
スレイン法国の情報収集→1 現在21%




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14日目 城塞都市エ・ランテル



 明朝、冒険者組合へ戻ると、モモンの帰りを待っていた組合長のアインザックが出迎えた。彼は受付の上に置かれたバジリスクの首と目が合ってしまい、目を見開いて機能停止した。石化したのかと心配するモモンが手をかざすと、現実を受け入れてから両手放しで喜んだ。

「こちらの報酬は今回の分に上乗せしておこう。さぁ、皆も帰っている。こちらへ」

 頭は受付に放置され、応接室へ通された。既に皆は帰還しており、応接間で任務の成功を和気あいあいと話し合っていた。

「モモンさん! お疲れ様でした!」
「また一緒に組む時は頼むぜ、英雄!」

 モモンの顔を見て口々に賞賛し、彼の功績だと言わんばかりに称えた。モモンは片手を上げて応じ、空いている席に腰かけた。

「お手柄だな、モモンくん」
「本当にありがとうございました、モモン様。私達ではギガント・バジリスクなんて……」
「いや、本当にお手柄だ。戦力を削いでしばらく行動不能にすればよかったのだが、壊滅させてくれて助かったよ」
「いやいや、運がよかったのですよ。バジリスクも他の魔獣との争いで傷を負い、動きも鈍かったので」
「いやいやいや、まさか盗賊たちを過半数も生かして捕らえ、女性たちを全員助け出し、こちらに犠牲者を出さず、行き掛けの駄賃にギガント・バジリスクの頭を持ち帰るとは。やはり私の目に狂いはなかったようだな」

 盗賊たちの盗品は余すことなく頂戴し、たまたま遭遇した他人のペットを殺して頭を持ち帰っただけなのだが、アインザックはとても満足しているようだ。他の冒険者たちも、眩しいくらいの尊敬のまなざしでアインズを見つめていた。ギガント・バジリスクが下位の魔獣だと思っていたので、ここまで称賛されるとかえって居心地が悪かった。

「そこで、君に相談があるのだが」
「どうかしましたか、組合長」
「君に昇級の話が出ていてる。私はアダマンタイト級にしても構わないと思うが、他のミスリル級の手前、様子をみてオリハルコンにしようかと考えている」
「昇級、ですか?」
「うむ、ここの組合にはバジリスクを、それも気軽に倒せるものなど居ないからな。そこで他と差をつけてもらおうと思っているのだが」

 半分は嘘だ。

 モモンの態度・功績を見込んで町から逃がさないように、正当で高い評価をつけさせようと企んでいた。冒険者は拠点にする町から滅多に離れない。人は築き上げた名声と評価は、簡単に手放そうとしない。女関係で誑し込もうとも考えたが、生憎と相棒のナーベより美しい女性はエ・ランテルにいなかった。

「モモン様! 凄いですよ! こんなに早くオリハルコンなんて!」
「フン」

 ブリタの言う通り、異例の昇格だ。モモンを崇めるブリタを、ナーベが鼻で笑った。やっとモモンの凄さが分かったのかと言わんばかりだが、モモンは彼女の態度の悪さに冷や汗をかいていた

「それで、いつなら都合がいいかね?」
「私達はいつでも構いません。これから行ってもよろしいですか?」
「しかし、君達は戻ったばかりで休息が必要だろう。明日でも構わないのだが」
「いえ、問題ありません。すぐに出発できます」

 冒険者たちがどよめいたので、失言だったかと後悔した。人間だったときの加減が分からず、アンデッドの体調で進めてしまった。

「あ……そ、そうか、それでは話に入ろう。カッツェ平野に行き、平野の西部でアンデッドを討伐してきてもらいたい。なるべく多くだ」
「なるべく多く、で構わないのですか?」
「そろそろ帝国との戦争の時期だ。例年通りならば霧が晴れるのだが、万が一、王国側に上位アンデッドが出現しては、集めた兵が無駄になる。帝国もそんなことで戦争を待ってくれないからな」
「早速、出発します」
「……もう行くのか?」

 アインザックは間の抜けた声を出した。

「はい、私達はすぐにでも出られますので」

 そういう意味ではない。夜通し盗賊の討伐をしていたのに、仮眠や食事などは済ませなくていいのかという意味だ。人間らしい行動をアインズが知るのは、しばらく先になりそうだ。

 アインザックは乾いた笑いを上げた。

「そ、そうか、ははは」
「ええ、それでは失礼します。行くぞ、ナーベ」
「はい」
「はあぁぁ。モモン様ー」

 ブリタは手を組み合わせ熱っぽい息を吐き、王子様の夢を見る少女のようにモモンの姿を見送った。

「英雄とはここまで精力的なのだろうか……女性を用意するなら一人では足りんな」

 アインザックは違う件で深刻に悩みはじめた。





 モモンが出発したあと、依頼を終えて朝帰りしたミスリル冒険者のイグヴァルジは、モモン昇級の話を耳にして瞬時に激昂した。受付嬢に詰め寄って困らせ、仮眠を邪魔されて不機嫌なアインザックが奥から呼び出された。

「ふざけんなよ、この野郎! なんであんな奴が! 俺を先に昇格させろ!」

 顔を真っ赤にして怒るイグヴァルジは、掴みかからんばかりの勢いでアインザックに詰め寄る。彼は仲間にとって生き残るための良いリーダーであったが、人格の方はお世辞にも良いとはいえない。

「ふん、それでは聞くが、君たちにギガント・バジリスクが倒せるのか? それも片手間で」
「できる! だいたいスケリトル・ドラゴン二体なんざ、俺でも倒せんだよ! なんであいつばかり優遇されやがるんだ!」

 実力と職業を考えれば出来る筈がない。怒りで我を忘れ、欲望に囚われた彼はできもしないことを言い、アインザックの冷笑を誘った。

「君のそういうところだよ。聞いた話だが、なんでも他に才能のありそうな冒険者の足を引っ張るので忙しいらしいじゃないか。若く自分より強くなりそうな者は先に芽を摘むという話も聞いたな。まったく、忙しそうで何よりだよ」

 先ほどモモンにとった態度とは一転し、見下しきった冷たい態度だ。身に覚えがある彼は、誤魔化すために口調を強めた。

「ぐっ、根も葉もないこと言うんじゃねえ!」
「少なくとも私からこれ以上の話はない。帰りたまえ」
「待てぇ! まだ話は終わっちゃいねえ!」
「夜通し起きていたので、私は仮眠をとる。私も君ほどではないが忙しいのでね、ははは」

 手をひらひらさせて追い払う仕草をし、アインザックは事務室へ戻っていった。小馬鹿にされた怒りの矛先は、まとめてモモンへ向けられた。ただの八つ当たりだが、イグヴァルジからすれば放置しがたき目の上の癌細胞になっていた。膨らんだ癌細胞は切除するしかない。選択肢は一択しか残されていない

「く、く、くそおおおおお! 殺してやる! 必ず殺してやる!」

 怒りで我を忘れた雄叫びが、人の少ない朝の冒険者組合に響いた。

 強い嫉妬を敵意で塗りつぶした彼の心中で、憎悪という黒い炎が燃えていた。





 王国と帝国の小競り合いの日に限って晴れ渡るカッツェ平野も、普段は濃い霧が昼夜を問わず広がっている。モモンとナーベ、暇そうだから連れてきたハムスケは、霧に閉ざされた平野の前に立った。アインズのスキル《アンデッド探知》によれば、霧の中はアンデッドの巣窟だ。無数のアンデッド反応が霧の中に散らばっていた。

「ナーベはハムスケとここで待機だ、絶対に入ってくるな。私が撃ち漏らした物だけを片付けろ」
「かしこまりま――」
「わかったでござるー!」

 ナーベの声はハムスケの元気な声でかき消された。彼女は白い毛玉に手刀を叩きこんだ。

「い、いたいでござるよ。ナーベ殿」
「……任せたぞ」

 呆れつつ、モモンは霧の中に入っていった。

 アンデッドが霧の中から溢れてくるなど、余程のことが無いとあり得ない。モモンが霧に入ってしばらくの時間が経過していたが、依然として撃ち漏らした不死者が出てくる気配はない。

 ナーベは地べたに座り、ハムスケに寄りかかって空を見上げていた。雲が青空を優雅に流れていた。ハムスケも最初こそ敵に備えて息巻いていたが、退屈に耐え切れず眠ってしまった。生意気なペットを蹴飛ばして起こそうかと思ったが、結局は自分も退屈して座り込んでしまった。

 時間は放っておいても過ぎていくが、退屈しているときほど時の流れは遅い。

 口を開いて空を見上げるナーベも、絶対に入ってくるなと言われれば待つしかない。撃ち漏らしたスケルトンが、思い出したように一体だけ出てきたが、寝惚けたハムスケの尻尾で体をバラバラにされた。それ以降、霧の中は静まり返っていた。ハムスケの尻尾に粉砕されたスケルトンのしゃれこうべが、風でカタカタと揺れていた。

 ただ時間だけが流れた。

 遠くから馬の蹄の音が聞こえ、程なくして四人の男が現れた。エ・ランテルのミスリル級冒険者チーム、“クラルグラ”だが、ナーベは虫けらの見分けがつかない。共に行動した冒険者も、組合長も、目の前にいる彼らも、何が違うのか分からなかった。

「おい! 女! モモンはどうした!?」
「ナメクジ風情が、気安く話しかけないで下さい。干からびたいのですか?」
「なんだとこのアマ! ぶち殺すぞ!」

 苛立っているイグヴァルジはすぐに顔が赤くなった。モモンだけでなく、その相棒にまで軽く見られているとなれば冷静でいられない。自分が眼中にすらないとは想像できていないのだ。

「おいおい、イグヴァルジ。少しは落ち着けって」
「あの、すみません。モモンさんの強さに興味があって、見学に来たんですが」

 イグヴァルジは仲間に嘘を吐いた。モモンを霧に紛れて暗殺しに来たのだが、仲間に素直に言っても協力してくれるはずがない。昇格試験の見学という嘘を、仲間は素直に信じてくれた。

 アンデッドと間違えたことにすれば、なんとかなるだろうと軽く見ていた。モモン失踪を受けた組合長の顔を見れば、少しは溜飲も下がるはずだ。ナーベは霧の中へ向かって人差し指を伸ばした。

「凄い霧だが……どこかで戦っている音が聞こえるな」
「これじゃあ少し先も見えないぜ。残念だったな。リーダー」
「いや、構わん。このまま行こう」

 強行しようとするイグヴァルジをみて、仲間はやっと意図に気付いたようだ。

「おい。そんなことをするために来たわけじゃ――」
「うるせえ! ビビってんなら勝手に帰れ!」

 彼は霧の中へ入っていった。

「な、なあ。モモン殿を呼び戻した方がいい。あいつは闇討ちする気だ」

 ナーベは涼しい顔で言い返す。

「あの程度の虫けら、モモンさんには百人いても勝てませんよ」
「い、いや、しかし……」
「どうぞ、ご自由に」

 ナーベの顔は興味を失い、空を流れる雲に戻った。ハムスケは起きることなく眠り続けている。互いに顔を見合わせて迷った彼らは、リーダーを止めようと霧の中へ足を踏み入れた。

 霧が喜んで膨張した気がした。





「くそ! くそ! 糞野郎が! あいつさえいなければ、俺が昇級だったはずなのに」

 都合のいい妄想を口にしながら、イグヴァルジは霧の中を注意深く進んだ。どこへ進めばいいのか、剣で戦う音が知らせてくれる。金属音に混じって、地の底から響く咆哮が聞こえた。

「グオオオオオオオ!」
「モモンのやつ怪我でもしたか?」

 人の不幸という甘い蜜を予期し、口元から笑みがこぼれた。平野に自然発生してしまったデスナイトと交戦しているなど、遭遇したことがない彼は夢にも思わない。

 忍び寄る彼の背後に、巨大な影が迫っていた。


 リーダーが命の危機に瀕したとき、仲間は霧の中を散策していた。既に方角さえわからず、音を頼りにゆっくりと進んでいった。スケルトンとさえ遭遇しないのが不気味だった。

「イグヴァルジ! どこだ!」

 その声に誘われ、巨大な黒い影が目の前に現れた。接近するにつれて霧が薄れ、死霊の騎士が巨躯を露わにする。生者への憎悪で染まった瞳、巨大な大盾とフランベルジュで、生者の命を刈り取ろうとしていた。

「うわ! なんだこいつは!」
「逃げろ! 撤退! 撤退だー!」

 慌てふためき一行とデスナイトの間に、別の黒い影が落ちてきた。モモンは着地するなり反転し、二つの大剣をデスナイトへ構えた。

「逃がさん。まだ戦いは終わっていないぞ、野良デスナイト」
「あ、あんた、モモンさんか!」
「ん? なんだ、おまえら」
「モモン殿! ミスリルのクラルグラだ。イグヴァルジを見なかったか?」
「悪いが見ていない。それより早く逃げた方がいい。アンデッドは生者への憎しみで襲ってくるぞ」
「わ、わかった。すまない」

 彼らはためらわずに逃げていく。しかし、生者への憎悪は種族の習性、アンデッドは体を粉々にされても憎悪を失わない。目の前の敵は同じ不死者で、逃げていく雑魚は憎むべき生者だ。どちらを優先すべきかなど知れている。

「あ、おい、待て!」

 生者を追ってしまったデスナイトとは別に、反対側からもう一体デスナイトが現れた。既に誰かを屠ってきたのか、フランベルジュから血が滴っていた。

「二体も自然発生していたのか。まあいい、剣の練習に付き合ってもらうぞ!」





「くそ、痛え。なんで俺がこんな目に。畜生」

 彼は幼い頃に読んだ物語の英雄になりたかった。それ自体は子供のころの夢であったが、頑張れば英雄になれるとは思っていない彼は汚いこともやってきた。誰も彼もが強くなれるはずがないと、自分が英雄になるための手段を選んでい慣れなかった。溜め込んだ請求書(ツケ)は、今日まとめて精算される。

「いてえ……痛えよぉ……足が、俺の足が」

 彼の右足は膝から下を切断されていた。激痛に喘ぎ、芋虫のように這いつくばって霧の外へ出ようとした。彼の考えている通り、霧の外まで追手は来ない。しかし、モモンに闇討ちを仕掛けようと内側へ入り過ぎた。右も左も分からず、激痛で思考もまとまらず、ただ闇雲に前へ這った。

「うあああ!」

 そう遠くない場所から仲間の叫び声が聞こえた。

「おおい! ここだ!」

 やがて、彼らの声は絶叫の後で聞こえなくなる。仲間の代わりに出てきたのは、先ほどと寸分違わぬ別のデスナイトだ。

「ひっひいい」

 その悲鳴が彼の最後の言葉となった。

 ただし、“生きている時の”だが。





 ハムスケの心地よい寝息は、ナーベを夢の世界へ引きずり込もうとしていた。心地よくはなっていたが、アイテムの効果で眠くなることはない。α波を体全体で受け、口を開いた顔でぼんやりと日光浴を続けた。

 ようやくモモンが、手土産を携えて戻ってきた。大きなフランベルジュを二本、巨大な大盾を二つ、霧から出て無造作に落とした。巨大な物体が衝突する音が鳴り、重厚な剣と盾は地面をへこませた。

「ナーベ、気持ち良さそうなところ悪かったな」
「申し訳ありません。この無礼は命で!」

 失態を見られたナーベは、首に剣を当てた。彼女の命懸けの詫びにも慣れたもので、モモンは片手を上げて止めた。

「嫌味で言ったわけではない。可愛い部下が自分の為に時間を使うのはとても喜ばしいのだ。お前たちは自分の好きなように生きた方がいい」

 ヤトを見習えと言いたかったが、個人名を出すと悪影響なので踏みとどまった。

「はっ、ありがとうございます。この失態は必ず埋め合わせを」
「それよりハムスケを起こしてくれ」

 彼女は躊躇わない。先ほどまで自分が寄りかかっていた椅子、ハムスケへ即座に蹴りを入れた。ハムスターは腹部を抑えてしばらく呻いた。

「い、痛いでござる! お、おお、おはようでござるよ、殿、ナーベ殿」
「ハムスケ、これを背中へ乗せろ。エ・ランテルに帰還し、装備できるか試してみろ」

 足元に転がるデスナイトの装備を指さした。

「畏まったでござるよ! 殿!」
「先ほど虫けらがそちらへ行きましたが、問題ありませんでしたか」
「ん? ああ、そういえば変な奴らが居たな。捨ておけ」

 モモンは興味を示さなかった。生者が霧の中へ入り込むのは自殺行為で、自殺するものは止める必要がない。顔さえ覚えられなかった”クラルグラ”は、水滴が乾くように記憶から消えた。

「それより、早急にエ・ランテルに帰還するぞ。周囲のアンデッドは間引を終えた。デスナイトの装備でも持ち帰れば十分だろう。さっさと昇級すれば、より報酬の高い依頼を受けなくては」
「はっ、畏まりました」
「デスナイトはいい稽古相手だったな。ハムスケもデスナイトに稽古をさせるか」
「拙者、殿の為に強くなるでござる!」
「わかったわかった。さあ帰るぞ」
「殿ー!」

 カッツェ平野にハムスターの叫びが轟いた。

 この日、ミスリルチーム”クラルグラ”は、目的地を告げずに失踪した。”漆黒”は、デスナイト二体討伐の功績によってアダマンタイト級冒険者へと異例の昇級を遂げる。

 同時期に少ないミスリル級チームが1チーム失踪してしまったことで、モモンはオリハルコンではなく最上位のアダマンタイトへ昇格を果たした。皮肉にも”クラルグラ”の消失が、結果的に彼らを最上位に押し上げたのだ。


 デスナイトの装備は、漆黒の英雄印のフランベルジュ・大盾としてプレミアが付き、どこかの誰かへ高価で買い取られた。

 カッツェ平野から失踪したイグヴァルジと仲間たちの声が聞こえると、冒険者を中心に広まったが、怪談噺の類だと一笑に付された。

 デスナイトに殺され、スクワイア・ゾンビへと変貌を遂げた彼らを、弔う者は疎か(おろか)、覚えているものさえいない。







ブリタの好感度ロール1d20 4回で50以上でイベント、現在29+20

出会う敵1d4×3
1スケルトン 2S・D 3デスナイト 4E・R
→ 1・3・3
イベント発生率 →成功

出会う相手→3 冒険者


補足
イグヴァの性格は原作より悪いです。


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煉獄の業火で火をつけて


 ヤトはナザリックで充分な惰眠を貪った。しかし、NPC相手に心細いので派手に外出せず、結局は自室で退屈したので王都に戻った。アインズとは入れ違いとなってしまい情報交換はできなかったが、互いに急いで報告すべきことはない。宿へ着くとセバスは仕事に出掛けていた。

 時刻は朝の七時で、知り合いの少ない王都ではヤトを構う相手がいない。

 眠気はまるで感じなかった。本体の蛇の欲求が満たされると、人化しても増加しないとわかっただけで大きな収穫だ。0に何を掛け合わせても0でしかない。ナザリックで朝食を済ませた今、やるべきことは何も決まっていない。

「暇だから出かけるか……腹も減ったし」

 夜になって八本指に関する調査報告を聞き、本格的な調査に入らなければならない。暇潰しには最適だが、今度は暇潰しまでの暇潰しを考える必要がある。まだ出入りをしていない武器屋へ、武器の調査と余剰武器の売却に出掛けた。

 太陽の支配下にある屋外に出て、改造を施した仮面をサングラス代わりに被った。目に細かい穴をあけただけで改造と呼べるのか怪しいものだが、視界は明るかった。口の部分も着脱式で、仮面をつけたまま食事がとれる。これならば、アンデッドの小僧に混乱させられることはない。

 気分が急上昇し、近くにある市場へ情報収集と食事をするために出ていった。





「これ、下さい」

 商品が雑多に並べてある商店で、山積みされた禁断の果実を指さした。アダムとイブも真っ青になるような、真っ赤で大きな林檎だった。袖で磨けば太陽光を浴びて輝き、臭いを嗅げば濃厚な果実の香りが鼻孔を蕩かす。

「はいよ、2個で銅貨1枚」
「銅貨ないから、銀貨1枚分で」
「お、おう? 毎度あり!」

 割と安い商店だった。たった銀貨一枚で、大きい紙袋に一杯の林檎が手渡された。片手が袋で埋まってしまったが、今さらいらないとは言えない。林檎など一つ食べれば十分だが、軽く10個以上は入っていた。

「後で誰かにあげよう……食べ物の物価が本当に安いな」

 着脱式の口元部分を外して、林檎を齧りつこうとしたところで、隣の魚屋に蛙のような足を生やした魚が置かれていた。腹部は脂が乗って金色に輝いて美味を予感させたが、蛙の脚が食欲を塵に変えた。

「げ、なんだこの魚。足が生えてるぞ」
「おう、兄ちゃん。朝方、獲れたばかりのショウカンだぜ、どうだ?」
「これ食べるんですか? 観賞用じゃなくて?」
「なに言ってんだ。こいつあ脂がのってて焼くと最高だぜ。滅多に取れねーんだからよ」

 いかにも魚屋らしく、鉢巻を巻いた中年男性が朗らかに笑った。脂が滴ると聞き、口の中に涎が溢れた。買ったところで料理する場所がなく、料理スキルも取っていない。魚を諦め、店主に道を聞いた。

「おっちゃん。この辺に珍しい武器屋はない?」
「武器屋? スラム街の辺りなら、盗品も混じった珍しい物が流通してるっていうぜ?」
「ありがとうおっちゃん。魚は買わないから銀貨を情報料で払うねー」
「お、おい」

 戸惑いながらも銀貨は受け取った。どうせ人から奪った金だと思い、金遣いも荒くなる。いざとなって資金不足に陥ったのなら、八本指を襲撃して財宝を奪えばいい。

 鼻歌交じりに林檎を齧り、仮面の男はスラム街へ向かった。





 教えて貰った武器屋は、八本指の窃盗部門が経営する筋の店で、窃盗で得た品を正規ルートではない店で売り捌いているのだが、魚を売りさばく情報源はそこまで知らなかった。

 当然、そんな店と知る由もないヤトは、スラム街の武器屋の前に立った。林檎の袋が邪魔だなと置く場所を探して周囲を探ると、細い路地に大きな何かが居た。

 巨大なドブネズミでもいたのかと仮面越しに目を凝らすと、小さい女の子が袋一杯に詰められた林檎を、口を開いて凝視していた。無言で見つめ合うと、少女の口から涎が垂れた。

「涎、垂れてんぞ」
「っぁ……ジュル」
「欲しいのか?」
「う、うん……お腹空いた」
「馬鹿! ごめんなさいごめんなさい、欲しくないです。許して下さい」

 背後から男の子が飛び出し、石畳に頭を強く打ち付けて土下座した。襤褸布を纏った身なりからするに、スラム街で暮らす兄妹のようだ。

 スラム街で暮らす孤児に、貴族や犯罪者たちの生ごみを漁る以外の自由はない。空腹であっても、食べ物を欲しいと言う自由さえ与えられない。相手が貴族や犯罪者、質の悪い冒険者であれば、それを口実に殴られ、蹴られ、運が悪いと武器の試し切りにされてしまう。

 スラム街とはその程度の場所だ。

「おいおい、お腹空いたんだろ?」
「空いてません! 声を掛けてすみませんでした!」

 妹の手を引いて逃げ去ろうとする兄の肩を掴んだ。殺されると思ったらしく、二人の顔はこの世の終わりを予期させる、実に終末的な顔だ。顔面蒼白となった兄妹を可哀想に思い、仮面を外してから優し気に問いかけた。

「何もしないから安心しろ。お腹が空いたんだろ?」

 声は出ないが、妹は控えめに頷いた。

「そうか。俺は武器屋を見てくるから、出てくるまでこれを持っててくれ。一個ずつ食べていいから」

 元より、買い過ぎた林檎だ。全部くれてやっても構わない。理由があった方が貰いやすいと思っただけだ。嬉しそうに笑う妹に反し、兄はまだ不安そうに見上げていた。事実、そのまま積み木崩し方式に犯罪組織に所属させられ、兄は構成員として働き、妹は娼婦にされたとしても特別な悲劇ではない。腐敗した王都ではよくある話で、兄の疑心暗鬼は王都で暮らすに相応しいと言えた。

「じゃ、よろしく」

(やまいこさんならお持ち帰り……いや、メンバーだったら全員が持ち帰るかもな……連れて帰るか、カルネ村に)

 心に残る後味の悪さは、思い出した仲間の顔と、背後から聞こえる林檎を齧る音で薄れた。





(なぜ、こんなにも見つめられているんだ……)

 武器屋に入ってからずっと、先客と店主の目が痛い。一回たりとも視線が外れた気配がなく、彼らはヤトを凝視していた。居心地の悪さを誤魔化すように並んでいる武器を物色するが、集中できる逸品もない。柄の悪い客と店主はヤトの腰の刀を凝視し、皮算用をしていた。

(武器はゴミの山だな……店長に聞いてみるか)

「店長さん、刀はありませんか?」
「お客さん。ウチにゃあんたが腰から下げてるものより強い物はないよ」
「じゃあ、何か珍しい武器を見せてください。集めるのが好きなもので」
「その武器はいくらで売る?」
「この刀は弱い奴には使えませんよ」

 望んだ返答ではなかったらしく、五分刈りの頭に青筋がいくつも浮き立っていた。店長は店の奥に入っていった。胸のカッパープレートで、新米冒険者なのは来店して早々に把握されていた。スラム街で荒っぽい犯罪に加担する者たちにとって、冒険者は殺しても後腐れのない(カモ)だ。

 低級の、それも最下級の銅であれば、より強くその目で見られる。金級に昇格したとはいえ、肝心のプレートはまだ手に入っていない。これから店で起きる惨劇も、回避する手段なき必然でしかない。

「やれっ!」

 怒号と共に店内の客、奥から出てきた男が数名、ヤトに襲い掛かった。

「あーと……君ら外の子供達殴った?」
「武器に傷はつけるな!」
「……はぁぁぁぁー」

 王都で何度目かわからない失望のため息を吐いた。


 一分間、店長はねぎを背負った鴨を馬鹿にしていた顔から、腰を抜かして顔から血の気を抜く顔に変わる芸当をやってのけた。ぶつ切りにされた部下は、赤い水を床にぶちまけ、腰を抜かした店長の尻を汚した。店内で心臓が動いているのは店長とヤトの二人。加虐嗜好と敵への害意が強化されている仮面の賊は、ただ殺したのでは飽き足らず、仮面の下で口を歪めて暴行を加えはじめた。

 動けない店長の腹部へ腰かけ、至近距離へ仮面を近づけた。哀れな生贄が息を呑むのが見えた。

「お前の情報に価値が無ければ、憎悪を込めて殺す」

 店長の口からヒューヒューと洞窟から出る空気の音がした。

「まず一つ、この店はなんだ?」
「た、た、助け」

 返事が気に入らなかったので顔面を殴った。手加減したつもりだが、首が一回転するところだった。力の加減が今ひとつわからない。

「質問の返事以外、聞く気はない。死ぬより辛いことなんて、方法はいくらでもある」
「ゴホッ! ゴホッ! は……はい。わかりました」
「この店はなんだ?」
「この店は八本指様の窃盗部門直営店です」
「八本指の盗品か。なぜ俺を襲った」
「武器が見たこともないくらい高そうだったからです。銅の冒険者なら殺せると思いました」

 必至で話す店長の唾が仮面にかかり、反射的にもう一発殴った。気に入らないという以外に理由はなかった。

「ゴボボ……」
「客層はどんな奴らだ」
「ごぼ、ご、冒険者やゴロツキ! 組織の人間です!」

 店長の血反吐を避け、「汚ねぇな」と少し体を引いた。

「外のガキ共を殴ったのは誰だ?」
「そ、そんなことはしら――」

 先ほどよりやや強めに殴った。

「俺じゃない! 出入りしている奴らだ! 気分転換に殴っているのを見たことがあります! 俺じゃありません!」

 予想通りの返答に苛立ち、舌打ちをして不快気に唾を吐いた。殴られ過ぎた店長は言葉の発音が歪み始めた。

「おまえは八本指でどの程度の地位だ?」
「窃盗部門の末端でずぅぅ……盗品を売ることしかじでいまぜん」
「六腕とは何者だ?」
「警備部門の精鋭六人でず。彼らの通称が六腕でぃず」
「最後の質問だ。八本指の部署を全部言え」
「え、と、窃盗、麻薬、警備……奴隷、暗殺、密輸、金融、賭博です!」

 指折り数え、全てを言いきった彼は上下の歯をカチカチと鳴らして震えていた。八本指と同様、約束を守って指示に従ったからと言って助かる保証はない。店長は死に直面して親の顔を思い出した。

「賭博? そうか、賭博があるのか。これは思いつかなかったな」

 仮面の悪魔は立ち上がり、腕組みをして悩んでいた。冷徹な気配が消え、途端に緩んだ雰囲気が溢れた。店長は命拾いをしたことで、裏稼業から足を洗って逃げ出したいと考えた。

「お前は賭博に出入りをしているのか?」
「はい……たまに、遊びに」
「じゃあ、交換条件と行こう。殺さないから俺を賭場へ連れていけ、今夜」
「新顔をそんな簡単に――」

 起き上がりかけた店長の顔面は、サッカーボールのように蹴られた。本当に首が一回転してしまうというほど強い遠心力が加えられ、体をぐるぐると回しながらこれまでの人生の走馬燈を見た。あまりに無意味で下らない人生だったと、涙が出てきた。短い時間の走馬燈は消え、涙を撒き散らす頭部は床にぶつかって意識が戻された。いっそ気絶してしまいたかった。

「なに? なんつった?」
「ひっわ、わ、わ、わ、わかりましたぁぁぁ! ずぐに話を通じばずぅぅぅ!」
「じゃあ、また後で来ますね、店長さん。あ、店汚しちゃってすみませんね。掃除、頑張ってくださいよ、自分がゴミにならないようにね」

 仮面越しだが、笑いかけられたのが分かった。賊は店を出て行き、店長は命拾いした安堵で、妙に泣けてきた。

「母ちゃん……ごめんよぅ……うぅぅ……ぐずっ……うえぇ」

 しばらく床に座ってめそめそと泣いていたが、いつまでもそうしてはいられない。夜には先ほどの悪魔が賭場へ行くために店を訪れる。忙しくなった武器屋は、自ら率先して血反吐を吐いて床を汚しながら、必死で店内の掃除を始めた。

 この日以降、スラム街の武器屋は店じまいとなった。





「よう、ご苦労さん」

 林檎を預けた兄妹は、店前の路地に隠れ、林檎の袋を大切に抱えていた。

「おまえら親はどうした?」
「居ません」
「お腹はまだ減ったか?」
「はい、空いています」
「腹を減らした子供はまだたくさん居るのか?」
「……たくさん居ます」

 身寄りのない孤児と相対し、ヤトが思い出したのは一緒に異世界へ飛んだ友人だ。治安の悪い王都ではさして珍しくはないが、友人と彼らは違う。将来は大人の玩具か犯罪者、良くて愛玩具が精々だ。

「おまえら、同じような子供達を集めろ。林檎だけじゃ腹減ってんだろ。メシ食わせてやるから」

 怪訝な顔をする兄と妹を説得し、スラム中を走り回らせて孤児を集めさせた。同じような襤褸を着て、体も洗ったことのないような子供が17人も集まった。思った以上に多く、林檎の数は足りなかったので、刀で半分に切った。年齢、性別、怪我や病気の程度も様々だった。余った林檎を齧り、ヤトは子供たちへ言った。

「これから食い物に困らない場所に連れていく。ここに住みたい奴は残れ」

 林檎を皆で分け合いながら、夢中で食べている彼らからの返事はなかった。打ち捨てられた野良犬の顔から、子供らしい笑顔がこぼれた。

「うし、宿に戻ってシャルティアに連絡しよう」

 ヤトの後ろを浮浪児たちが一列に並んで付き従う様は、通行人の冷笑を買った。

 当のヤトは、宿に入りきるかどうかを心配していた。

(まぁ、人数多いけど、宿で大丈夫だろ)


 それが全然、大丈夫ではなかった。





「お客さん! 困りますよ」
「だからぁ……なんでですかねぇ?」
「だってこんな……わかるでしょう」

 汚いとでも言いたげに子供達を見た。スラム街を這いつくばって生きている孤児の身なりが綺麗なわけがない。ヤトの宿泊している宿は、王都で最高級だ。一度でもシラミが出ると噂が立てば、客足は引き潮のように離れ、二度と満ち潮を迎えない。

「部屋にマジックアイテムがあるので、知り合いの家に連れていくだけですよ。特に迷惑も掛からないと思いますが」
「ですがシラミとかがいたら宿の評判が。客入りが遠のいたら困るんですよ」
「うーん、じゃあ入口でこのまま待たせてください。アイテム取ってくるんで」
「離れた所で待機させておけばいいじゃないですか。すぐ行けばそちらこそ問題ないでしょうに」
「あ、そ。じゃあそれで勘弁してやるよ」

 相手の品格(ランク)を二つほど下げ、見下した態度に変えた。自室でシャルティアを呼び出してから急いで戻ったが、ヤトでも予想した通りに子供達はごろつきらしき連中に絡まれていた。

「てめえらみたいなゴミが、綺麗な街をうろつくんじゃねえよ。それともあれか、蹴り一発で半銅貨一枚ってか!?」

 可哀想な子供たちは何も言い返せずに身を寄せ合い、震えて俯いていた。

 瞬時に頭が真っ白になっ(ホワイトアウトし)たヤトは、物音を立てずに背後から忍び寄り、ごろつきの頭を刀の鞘で力一杯に叩いた。男は激しく脳を揺さぶられて意識を失い、顔面から地面に崩れ落ちた。彼の鼻血が石畳にぬるりと広がっていく。人目が多い中で殺しはどうかと考えたが、憎悪で頭が黒くなりかけた現状、我慢が出来そうにない。

「いちいち不愉快な街だな、この街は。王都じゃなくゴミ都に改名しろ。お前らも死にたくなければ消えろ」

 そういっても聞くはずもなく、仲間を倒された男達は襲い掛かってくる。

「シャルティア、面倒だから全員、ナザリックへ送れ。後でデミウルゴスに使い潰すように伝えておけ。絶対に生かすな」
「畏まりました、でありんす!」

 シャルティアは服が汚れるのが嫌だったので、新たに開いた別のゲートに彼らを放り込んだ。真っ先に叩きのめした男まで片付け、カルネ村へ通じる転移ゲートが開かれた。

「ふぅー……」

 目を閉じて深呼吸をし、心を落ち着けた。そうしないと子供達に八つ当たりをしそうだった。本気で脳の配線が切れたらどうなるのか不安になった。文字通りに怒り狂う(・・)のは御免だ。

「次はカルネ村に」

 転移魔法など見たこともない王都の国民が集まり始めている。さっさと入ろうにも、子供たちは見たことない闇に怯えきっている。人の目が気になるというより、野次馬の好奇の目が気に入らなかった。

「ほら、行くぞ。安心しろ、飯を食いに行くだけだ。この先ずっとな」

 怯えている子供達を押し込むように促し、一人ずつゲートに入れていく。

 後に残ったのは倒れた男が出した鼻血と、野次馬だけだった。





 カルネ村に到着した彼は、首を傾げてしまった。

「あんな城壁あったかな……? ここは本当にカルネ村か?」

 シャルティアが転移先を間違えたとは考えられず、正門前で頭を抱えて悩んだ。頭を抱える仮面の男は、監視塔から頭を付き出した娘に発見された。

「あのー、ヤトノカミ様ー?」
「んん?」
「お久しぶりです! 私です。エンリ・エモットです。門を開けてー!」

 エンリがぶら下がった鐘を鳴らすと、デスナイトが巨大な城門を開いていく。生まれて初めて不死者を見た子供達は泣き喚いた。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

 シャルティアは泣き喚く子供達を物色する目つきで見ていた。彼らを慰めるより、シャルティアに釘を刺す方が重要だ。

「シャルティア、手を出したら駄目だぞ。欲しければ今度アインズ様におねだりしなさい」
「はっ……わたしとしたことが、申し訳ないでありんす。以後気を付けますぇ」
「おーい、お前らも少しは落ち着けって……襲わないから」

 走ってくるエンリの姿が見えた。

「よくわかったな、俺だと」
「はい、顔は見えなくても髪や背格好が同じだったので。お帰りなさいませ、ヤトノカミ様」
「お帰りって……」
「あ、ごめんなさい、間違えました」

 エンリは自分の頭を拳骨で小突いていた。

「いらっしゃいませ、ヤトノカミ様」
「あ、うん……ちょっとうるさいけど、この子供達を引き取ってくれ。食事を食わせて、働かせて、色々と教えてあげてくれ」

 開門を聞きつけ、他の村人も少しずつ集まってきた。

「はい、ヤト様の頼みとあれば、喜んで。人手不足だったので助かります。みんな、よろしくね」

 阿鼻叫喚はエンリの笑顔一発で収まった。子供達は纏めてエンリに連れられていった。引き渡された孤児を見て、村人達は口々に囁いていた。

「王国の犠牲者達だぞ、きっと」
「あの時の我々と何も変わらないではないか」
「なんと腐敗した国家には棄民が多いことか」
「ナザリックの皆様方の力で、王国など無くなってしまえばいいのです」

 王国の陰口は少しずつ大きくなり、囁きでなくなっていた。ヤトは余すとこなく聞こえる声の一切を無視した。

「押し付けてしまうようで、悪いんだけど」
「お止めください!」

 ヤトが頭を下げようとしたが、誰かがヤトを怒鳴った。中年男性が前に出て、跪いてヤトを見上げた。

「我らカルネ村一同、恩返しを望んでいます。アインズ・ウール・ゴウン様、ヤトノカミ様、並びにナザリックの皆様に貢献さえできれば、それだけでいいのです。頭を下げずに命令して下されば喜んで致しましょう」

 集まった村人も、彼の言う通りだと頷いていた。どんな顔をすればいいのか分からず、仮面を外したことを後悔し、口をへの字にして誤魔化すように黒髪をくしゃくしゃと掻きまわした。

「そうか……そうか? そんじゃ、彼らを頼む。カルネ村の発展、並びにここに住む全ての人が満ち足りて暮らせるように」

 後ろでシャルティアが胸を張って鼻を鳴らした。どうだ、至高の41人は凄いだろうと言いたげだ。

「よろしく。さあ、シャルティア、帰るぞ」
「よろしいのでありんすか?」
「ああ、後は彼らの人生だ、勝手にすりゃあいい」

 引き留める村人たちを無下に断り、養育費に金貨を押し付けてから王都へ戻った。





 宿でぼんやりと待っていると、夕方になってセバスが戻ってきた。事情を説明すると、自然にセバスは護衛として付き従った。生まれて初めての賭博に過度に興奮と期待してしまい、仮面をつけ忘れていた。

 武器屋を訪れると、店長は正座して待っていた。暴行の生傷も痛々しい彼だが、ヤトは容赦しない。悪魔は一人で現れると思いきや、執事の鋭い目つきに睨まれ、彼はますます萎縮した。

「ほら店長、さっさと歩け」
「は、はい。こちらです」

 店長に先導され、路地の奥にある二階建ての建物に着いた。入口の見張りと店長が何やら話していた。

「おい、いいカモを連れてきたな」
「ああ、うん、そうだな……そうかもしれない……」
「それより何だ、その傷は」
「店の掃除を頑張った」
「はぁ?」

 彼らに構わず、横からすり抜けて二階へ直通の階段を上った。意気揚々と階段を上る足取りも軽い。空気の悪い室内は熱気で暖かかった。賭場には複数のテーブルが設置され、それぞれが違う種類の賭博に興じていた。

 三ヵ所のテーブルにはそれぞれ違う種類の博打を開帳していた。

 サイコロを三つ振って、出た目の強さを競うもの。
 小さな絵札に書いてある数字を競うもの。
 振ったサイの目を予想して掛けるもの。

 猪鹿蝶しかしらない彼だが、絵札には見覚えがあった。

「なんだあれ? 花札か? なんでこの世界にあるんだ?」
「……それじゃ、私はこれで」

 案内を頼んだ武器屋の店主は足早に帰っていった。それ以後、彼を王都で見た者はいないが、ヤトの記憶からはとっくに消えていた。

「さて、遊ぶか」

 選んだのは、サイコロを二つ振って、出目が偶数か奇数かを賭けるものだ。職業賭博師(ギャンブラー)のスキルを試すに、ルールが複雑なものは避けた。

(これって丁半博打……だよな? 偶奇のサイって何?)

 現実世界でも見覚えのある、6面のサイコロが二つ転がっていた。テーブルの左右に、文字は読めないが丁と半に該当すると思わしき札が二つ。博徒は掛け金をそこへ置き、勝者は勝ち分を均等に折半する。

(中世じゃサイコロを使って賭け事をしてたって、本当なんだな)

 丁半博打でいうところの壺振り師に促され、空いている椅子に腰かけた。

「よろしく」
「お手柔らかに、兄さん」
「最初は金貨一枚で」
「いいねぇ、その賭けっぷり」

 壺振りは、妙な小さい入れ物の中に二個のサイを投げ込んでテーブルに強く押し当てた。

「スキル発動《必勝法》」
「さあ、張った張った! タダ見はご法度だよ!」

 隠されたサイコロの目が見えたわけではない。テーブルの左右に並んでいる札の片方が光って見えた。

「奇!」
「偶!」
「奇!」
「奇!」
「偶!」

 同席した男たちは思い思いに賭けていく。結果は知っているのでわざとらしいが、同様の声量で賭けた。

「丁! じゃなかった、偶!」

 当然だが、当たる。単純な倍賭けではないので、金貨一枚に対し、上がりは銀貨三枚だった。掛け金の金貨は帰ってきたが、累積の勝ち分から15%の手数料を取られるのでは、大勝は難しい。他の賭博も試してみるかと悩んでいると、壺振りが話しかけてきた。

「おめでとう兄さん。倍掛けやるかい?」
「なんですか、それ?」
「今の賭け金と勝った金を全部、賭けてもう一勝負だよ」
「やる」
「はいよ。さあ、掛けな」
「奇!」

 壺振りは、新顔の資金力を調べようとした。思惑は見事に外れ、悪魔にそっと優しく鬼札(ジョーカー)を手渡した。進んで命を差し出してしまったと、彼が悟るのはヤトが五連勝してからだ。

 結果が見えるヤトは順当に勝ち続け、5回勝ったあたりでどちらに賭けるべきか分からなくなった。スキル効果が切れたことを悟らせたくなかったので、同じ要領で適当に掛けた。彼の顔色を窺うどころではなく、壺振りは冷静さを失っていた。

「遇!」
「……おめでとう兄さん」
「もういいや、一旦止めるよ」

(おぉ! あたったよ、適当でも)

 同席した者たちは彼の勝ち続ける様子を黙って見ていた。元手が金貨1枚なのに、的中を続けて払戻額は金貨64枚だ。そこから場代15%の9枚が引かれ、金貨55枚が積み上げられた。

 元手が金貨一枚では配当が上がるペースが遅すぎた。手持ち金貨は200枚だが、これを全賭け(オールイン)した。当然、壺振りの顔は見る見るうちに青くなった。

「持ち金、全部」
「は、はいよ! 行くぜ!」

 壺振りの体が光り、ヤトはそれを見逃さない。どうやらイカサマをされる時には相手が光るらしい。壺が叩きつけられる直前、ヤトは壺振りの腕を掴んだ。

「待て、イカサマしたな?」
「な、なんだ。言いがかりだ!」

 いつの間にか他のテーブルの人間も賭けを止めて集まっていた。ギャラリーの視線が壺振りに集まる。

「セバス、奴の背後につけ。俺が命じたら殺せ。こいつが死んでも代わりの奴がくるだろう」
「畏まりました」
「仕切り直しだ」
「ふ、ふざけ――」
「あぁ?」
「……仕切り直します」

 殺気を放ちながら、セバスは壺振りの背後に立つ。背後からの威圧感と、口を歪めて笑う男に挟まれ、壺振りの手が震えた。この手のギャンブルは親である壺振りと、子である博徒の駆け引き要素が大きい。イカサマをされても結果が透けて見える彼には、駆け引きなど関係ない。

「ほら、どうした? 振れよ、震えてるぞ」

 壺振りは脅しに飲まれ、蛇に睨まれた蛙に等しい。手が震え、まともに賽も持てなくなっていた。

「振らないなら殺して人を変えるか?」
「ひっ、振ります! 振ります!」

 邪魔されて興ざめするのは避けたかったので、過剰に脅した。荒っぽく精密さに欠ける動作で、壺振りは乱暴に賽を振った。

「ふむ、これは奇だな」

 当然、的中する。場はすっかり見物客で囲まれ、ヤト以外に賭けるものはいない。賭け手が少ない場合、胴元からの保証が出る。しかし、問題は一回の上がりではない。

「倍賭け」
「……さ……さぁ、張った張った!」
「奇」
「……」

 壺振りの空元気は、的中されるまでしか持たない。一度でも当てられれば、払いは金貨400枚。手数料が60枚引かれたとしても、胴元の損害は金貨140枚だ。ただし、一回で終われば、の話だが。

「どうも、ありがとうござ――」
「倍掛け」

 壺振りは大きく勝ったからこれで帰ると安心していた。彼は全然、遊び足りなかった。壺振りには、黒髪黒目の男が獲物に狙いを定めた大蛇に見えた。

「どうも、ありがとうござ――」
「倍掛けだ、早くしろ」

 口を歪めて笑う彼に、刃向かうことなど考えられない。後ろでは執事が強い殺気を放っている。蛇と龍に挟まれ、逃げる手段はとうに絶たれている。せめて予想を外してくれと願った。

「遇!」

 壺振りは思考能力を奪われた。

 結果の見えている勝利を繰り返し、勝ち金は金貨1,600枚を超えた。周囲で楽しそうに見ていた外野も、壺振りが可哀想に思えてきたので、煽ることなくだんまりを決め込んだ。それでも場を離れようとする者はいない。ヤトは周囲が引いている空気に気付かず、ギャンブルの続行を叫んだ。

「ほら、早く。次、勝てば3,200枚超えだぞ」

 金貨数枚で雇われている彼は、おぞましい金額に発狂しそうだった。

「早くしろ!」
「お客様、この辺でご勘弁、願えないでしょうか? 金貨をご用意しますんで、別室へどうぞ」

 身なりのいい商人のような男が人込みをかき分けて現れた。壺振りは安心したのか、意識を失ってそのまま横に倒れていった。セバスの殺気とヤトの飢えた目に挟まれ、心身を消耗しきっていた。ギャンブルの業火に焼き尽くされて消耗した彼に、続行はできなそうだ。

「ちっ……案内しろ」

 飢えた獣の目で、商人を睨みながらついていった。





 応接室に入った途端、ソファーに腰を下ろした商人は威圧的な態度に変わった。

「おまえ、何者だ? 蒼か朱の関係者か?」
「早くギャンブルの続行だ。賭けさせてくれ」

 ヤトは淡々とした声で答えた。

「え?」
「だから、ギャンブルやらせろ。まだまだ足りない、もっと遊びたい」
「は?」
「ギャンブル。早く続きをさせてくれ」

 八本指幹部の賭博部門の責任者は、運がいいだけの阿呆かもしれないと思いはじめた。

(なぜ後ろの執事も止めないんだ。主人の暴挙を温かい目で見守るなっ!)

 敵対している上位冒険者が、八本指の拠点を潰しに来たと思い込んでいた彼は拍子抜けした。

「早くしろ!」
「わかった! わかった! ちょっと待ってくれ! あんた、名前は?」
「ヤト。ギャンブル」
「ヤト・ギャンブル?」
「違う、ヤトだ。早く続きをさせろ」
「なぁ、ヤト。胴元やらねえか? 安定して儲かるぜ?」
「やらねえよ、さっさとギャンブルさせろ!」
「……」

(なにこの人、話通じない)

 賭場という鉄火場には厄介事がつきものだ。八本指幹部として大抵の案件を処理してきた彼も、これには困り果ててしまった。必ず勝つギャンブルに嵌ってしまったヤトに、敬語を使って取り繕う余裕はない。しばらく大騒ぎをした彼も、疲れて少しだけ大人しくなった。

「はー……わかった。じゃあ八本指に会わせてくれ」
「なに言ってんだ。おまえやはり我々を潰そうと――」
「八本指を貰おうか。そうすれば軍資金が増えるだろ? その金持って帝国へ稼ぎに行こうぜ。経済侵略、倍賭けで帝国の国家予算を根こそぎ俺の物にしようと思うんだけど、どうだ?」

 ギャンブルの業火は、全然鎮火していなかった。彼の黒い両目の中は、天を突くほど積み上げられた金貨で埋もれている。人間を辞めていなければ大声で叫んで暴れ出していた。

 突拍子もない提案に、困惑して何も言い返せなかった。

「とりあえず、金貨1,600枚を払えよ」
「いや……ここに全ての金があるわけじゃない。それよりさっきの話は本気か? 帝国に博打しに行くのか?」
「本気だ。必ず勝つ」
「我々を潰しに来たのではないのか?」
「潰そうと思えばすぐに潰せる。それより早く遊びに行こうぜ!」

 アズスの依頼など今は後回しだ。ナザリックに六腕の調査を依頼してあり、待っていれば彼の依頼は満たせるのであれば、優先す(追いかける)べきは目の前にぶら下がっている楽しそうな遊び(美味しそうなにんじん)だ。

「……わかった。ボスに話しておく。取りあえず手付金を渡しておこう」

 白金貨を100枚、手渡した。金貨に換算すると1,000枚に該当する。ヤトは初めて見る白金貨を、物珍しそうに光に当てて眺めた。猿が初めて貨幣を手にした瞬間に見えた。

「なにこれ? せんべい?」
「白金貨だ。金貨の10倍の価値があるが、知らないのか? 交金貨の流通は南方まで届いていないのか?」
「ふーん、じゃ明日来る」

 手提げ袋に無造作に投げ入れ、興味が無くなった彼は足早に去った。応接間には静寂だけが残された。

(……まるで嵐だ)

 今日の損害額は、金貨換算で1,000枚を超えていた。狂っているとしか思えない。賭場の責任者は、いっそ狂ってしまいたかった。

「明日からどうやって営業するんだ……。今日は定例会議が入ってるのに」

 彼がここまで暴れて勝ち続けてしまうと、しばらく客入りは悪い。大勝ちした者が出れば、胴元はそれを補填すべく博打を辛口にするのは周知の事実だ。ちょっとしたついでに、衆人環視の中でイカサマにまで言及され、事実上の公言と同じだ。

「会議で失言したら、俺の首が飛ぶか……」


 肩を落とした八本指幹部は、会議が行われる屋敷へ向かった。







ハートに火をつけて

スキル《必勝法》:ユグドラシルの上位カジノに出入り可能。コイン獲得枚数がちょっとだけ上がる。運も気持ち程度は上がる。戦闘で使っても何の効果もない。


ラキュースと遭遇再抽選→成功
六腕・八本指の調査進展具合→20%
孤児の数→1d20 《15以上》 → 17
最初に向かう場所→1宿


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骨折り損の蛇ぼろ儲け



 ヤトが賭場を嵐のように暴れまわった数時間後、八本指のアジトでは定例会議が開かれていた。主な議題は上位冒険者、”蒼の薔薇”と”朱の雫”への対応策だが、賭博部門の責任者の報告で大きく脱線した。

「なんだ、そいつは?」

 真っ先に声を発したのは、長髪の冷たい印象の男が八本指のボスだ。落ち着いた静かな声はカリスマ性を感じさせた。話を聞いたボスは、眉をひそめて詳しい事情を聞いた。

「わからない。誰かの依頼ではない、冒険者だが新米で、賭け事にしか興味がない。潰しに来たのかと思ったが、それも違う。運がいいだけの阿呆に見えた」

 賭博部門の彼は口調こそ変わらないが、内心は穏やかではない。言葉選びを少しでも間違えば、その場で首が刎ねられるのだ。死刑宣告を受けた受刑者の気分だった。

「でも、失態は失態よね。彼の処遇はどうするの?」
「金貨1,600枚の損失じゃ、そいつの命じゃ補填できなかろうよ」
「イカサマがバレちゃあ、賭博部門に未来はないぜ」
「殺すならこの場ですぐやるぞ、ボス」

 他の幹部達は好き放題に言っている。六腕の頭領、闘鬼ゼロが、両手の指をボキボキと鳴らした。首をへし折られる恐怖で、背骨がまっすぐ伸びた。

「帝国の賭博と言えば闘技場だが、奴は勝てると思うか?」
「おいおい、ボス。まともに取り合ってどうすんだよ。殺して金を奪えばそれで終わりだろ。最低辺の冒険者だぞ。俺がやってやろうか?」

 警備部門担当のゼロと言われたスキンヘッドの屈強な男は笑いながら言った。特殊な異能(タレント)を持つチンピラが絡んできた程度しか考えておらず、事態の深刻さを把握していない。

「興味がある。この国で出る儲けの何十倍だ、奴が攫った金貨は」
「賭博部門の予算は来年の分まで消えました……」
「ふっ……」

 あり余る馬鹿馬鹿しさで、ボスは怒ることなく冷笑した。

「奴を殺してもたかが知れている。賭博部門の予算は時間をかければ返ってくるが、失った信用は更に時間が掛かるだろう。ならば取り戻すまでの埋め合わせに帝国の金をいただくのも悪くない」
「本気ですか?」
「ちょっと、正気とは思えないわよ」
「そうだ、俺たちの財産を狙っているのかもしれない」
「冒険者のスパイという疑いも晴れてはいないぞ」

 幹部は一様に反対を口にした。満場一致で反対になるはずだったが、ボスは自分だけが知っている情報を開示した。

「実は気になる噂がある。麻薬部門の畑が焼き払われたとき、実行者の名前がヤトノカミとか」
「なんだとぉ!?」

 情報とは何よりも時と場合によっては他の何よりも重視される。ボスはたった一言で場の雰囲気を変え、麻薬部門担当の彼は顔を赤くして立ち上がった。

 冒険者組合と冒険者にも八本指の息がかかっている者はいる。その程度の情報を得るのは簡単だ。賭博部門の責任者の救いは、先に失態を演じた同胞が会議に同席したことだ。これ以後、命を取られる気配はなくなった。

(よかった……麻薬部門のこいつが阿呆で)

 助けてくれた彼を内心、小馬鹿にしてほくそ笑んだ。

「お、おれの黒粉畑が一晩で壊滅したんだぞ! そんな奴を信用できるか! 必ず殺してやる!」
「落ち着け。ヤトとヤトノカミは十中八九、同一人物だ。偽名を使う気すらさらさらない、いい加減な名前だ。奴の話が本当なら、資金面で心配がなくなる。それに一人でどうやって三か所を襲ったのかも気になる」
「そいつの情報がデマで、本当は蒼と朱が協力したんじゃねえの? 朱のアズスだけがこの街に残っているそうじゃないか」
「構成員が武装していないアズスを見かけた情報は入ってきているな」
「確かにその可能性はある。だが、焼かれた畑は全て同時刻なのだ。アダマンタイト級とはいえ、そんなことが可能なのか?」
「……」

 全員、沈黙で返答した。

 そんな話を聞いたこともなければ、それを可能とする魔道具(マジックアイテム)にも心当たりがない。仮に魔道具(マジックアイテム)の力だとすれば、そんなのは国宝級だ。賭博部門・麻薬部門、双方の損害は他部門の名を売るいい機会だったが、未知の力を持つものが自部門を敵視したらという戦慄の事実に、みなが足踏みをしていた。

「彼の実力を測る絶好の機会だ。万が一、帝国で同じように勝ち続けたら、帝国の国家予算が我々に流れ込んでくる。他に彼の噂を聞いた者は居るか?」
「そういえば、昼間に冒険者とガキを大量に攫った奴も、黒髪黒目だったな。見たことない魔法で闇に消えたとか」
「それがマジックアイテムの効果なら納得できるな」
「武器屋を拉致して商品を根こそぎ奪ったって聞いたわ」
「アダマンタイトを調べ回っているところも目撃されているな」
「冒険者組合長がそいつに怯えているとか。執事が出鱈目に強いと情報もあったな」
「なんなんだ、一体……」

 賭博部門の彼は、相手をしたのが得体のしれない存在と知り、改めて戦慄する。滞在日数に反比例して派手な行為が目立つヤトだが、ここまで噂を集める彼らの情報網も広い。内容は事実と反していので、八本指の幹部はヤトを舐めきっていた。

「彼はもしかするとこちら側の人間かもな」

 怪しい噂が尽きない彼を仲間にする算段を始めた。

「ゼロ、こいつに勝てるか?」
「当然だ。六腕は最強だぞ。だが、その執事は気になるな。こちらに犠牲がでるかもしれない」
「ふふ、そうか。では、彼の話に乗ってやろうじゃないか。我々の金貨・白金貨を全て馬車に積もう。価値の低いマジックアイテム・美術品なども全て売り払え」
「ボ、ボス。本当にいいのか。執事がめっぽう腕が立つと……」
「構わん。私が理由をつけて執事と奴を引き離そう。六腕はそいつの護衛として馬車に同席し、四六時中、監視しろ。何らかのマジックアイテムの力なら、それを奪ってから殺してしまえ」
「わかった。任せておけ」
「金貨が溜まってから奴を勧誘しろ。提案するのは金貨が減り始めてからだ、損害はなるべく減らしたい」
「奴が交渉に応じなかったら?」
「ゼロに任せる」
「悪い男だな。最後は八本指の総取りで終わらせるとは。まぁいい、俺に任せておけ。帰りの馬車は、溢れんばかりの金貨と、奴の死体だ」

 ゼロは嬉しそうに顔を歪めた。これで警備部門の名が上がると踏んでいるのだ。その小旅行が、人を人とも思わない恐ろしい大蛇との旅とも知らずに。自分たちを瞬きする間で皆殺しにできる存在を想像さえしなかった。

「すぐに行動を開始し、他部門は全ての営業を控えめにしろ。奴が冒険者のスパイだった場合、この機会を逃さずに攻め込んでくるはずだ。すぐに逃亡できる準備は怠るな」

 会議はその後しばらく続いたが進展はなく、賭博部門の彼も罰せられることはなかった。





 ナザリック地下大墳墓のとある一室にて、参謀と命じられた三名が集まっていた。パンドラズ・アクターとデミウルゴスは、アルベドに促されてソファーに掛けた。

「アルベド殿、なぜ私達を集めたのですかな?」
「その通りです。ヤトノカミ様から授けて頂いた素材の、人体実験の途中だというのに」

 アルベドは紅茶を口にしてから本題に入った。

「私達はこのままでいいのかしら?」
「ほう、その心をお聞きしても?」
「至高の御方々であるお二人は本当に素晴らしい方々だと思わない? カルネ村を数日間、滞在しただけで犠牲者も無く支配下に置く。しかも、狂信的かつ盲目的な信仰を捧げる、理想的な信者へ変えて」

 頬を染め、アルベドは恍惚の目で見上げた。見上げた先に、ふわふわした妄想のアインズが浮かんでいた。

「更には、街で有能な薬師を村に愛で縛り、アインズ様は冒険者として名声を高め続けている。ヤトノカミ様は王都の未来を握る人たちの心に根を張っている。王都の未来は彼なくして成し得ないでしょう」

 アルベドは一呼吸置いた。パンドラだけ、ヤトを”彼”と形容したことに気付いたが、何も指摘しなかった。

「実を結ぶのは遠くない日でしょうね。いいえ、早すぎると言った方がいいのかしら?」
「おぉアルベド殿。私はわかった気がします! 聞いて頂けますか!」

 パンドラズ・アクターが震えながら申し出た。

「ええ、もちろん。聞かせて、パンドラ」

 アルベドとデミウルゴスは、パンドラズ・アクターではなく、パンドラと簡潔に呼んでいた。友好の意味もあったのだが、本名を呼ぶと芝居がかった台詞と動作で話が長くなる。

「ナザリックの名前で王都に根を生やし、セバス・チャン殿と共に善行を続けているヤトノカミ様。既に最高位の冒険者達に頼られる存在になっていると聞いています」

 伸ばされた右腕が隣に座るデミウルゴスに当たりそうになり、智将は無言で身を引いた。悪魔なのに同胞に優しいところもある。

「冒険者達を陣営に引き入れ、王都をナザリックの支配下に置こうとしている。ナザリックに抵抗しようとする勢力は、やがて英雄になるモモン様の立場と連携し、無駄な血を流すことなく秘密裏に王国を手に入れようとなさっているのでは?」
「それは私も考えましたが……御二方が支配するにしては、あまりに貧相な国ではないかな。犯罪組織が手広く根を張り、腐敗した貴族が勢力を強めている弱小国、壊滅させる手段は無数に思いつく。なぜ、わざわざそんな国を選ぶ必要があるのかな」

 デミウルゴスはメガネを正した。

「痩せこけた土地と平民、愚かな貴族に貧相な国王、貧弱な武力、程度の低い裏組織、どれ一つとっても、我々ナザリック、ひいては王であるアインズ様とヤトノカミ様が君臨する価値のない国ではないかな?」
「その通りよ、私も最近までそう思っていたの」
「ほう、最近まで、と。私達にお考えをお聞かせ願いますか、アルベド」
「是非に!」
「そう、確かに支配するには何の価値も無い哀れな国ね。放っておいても内側から瓦解するでしょう。けれど、そうではないのよ。価値が無い国でないと意味がないの」
「ほう……」
「む」

 二人は同じタイミングで相槌を打った。このまま放っておけば、アルベドの意図を把握するなど造作もない。アルベドは私見を出し切ってしまおうと話を続けた。

「ヤトノカミ様は裏組織の畑を手早く焼き払い、冒険者の上層部に深く根を張った。つまり、この先はあの御方が中心になって王都を浄化する。でも、こちらに入っている指示は、その八本指の勢力を明らかにせよというもの。彼らの信用を得るのであれば、冒険者の指示に従ってこそ効率がいい。それでは、秘密裏に私達に頼む理由はなに?」

 ヤトが聞けば脂汗を流していた。自分で調べるのが面倒だから丸投げしたとは言えない。ナザリック滞在時間が少なく、NPCと打ち解けていないヤトに、本音は口が裂けても言えない。デミウルゴスが声を出し、二人の視線を集めた。

「なるほど……つまり、アインズ様、ヤトノカミ様は八本指を支配下に置き、双方の衝突を故意に操作しようとしていると?」
「王都で行われる小競り合いは全てあの御方々の掌の上、と?」

 パンドラは帽子の鍔を掴んで少し下げた。帽子の下から覗く丸い()が、アルベドを真正面から眺めていた。

「えぇ、上手く立ち回れば人間達は善行を続けるナザリックに従いたくなるでしょう。仮にそこに猛反発するような愚かな貴族・王族がいたとしたら?」
「ヤトノカミ様は王都を離れていき、抑えつけられていた八本指は犯罪行為を激化させる。王都に住む人間には堪ったものではありませんねぇ」

 首を振りフーッと息を漏らすパンドラ。

「次の段階はクーデターの扇動・誘発となるわけだね」
「そうなるわね。安全圏にいる上層部はともかく、平民はクーデターを起こしてでも支配を望み始めるわ。己の命、自らの家族が可愛さ故に。それこそが、アインズ様が引いた絵図の通りであり、自ら冒険者として名声を高めている理由なのよ」
「なんと! アインズ様には他にもお考えがございましたか!」

 パンドラが声を弾ませた。NPCにとって創造主は親に等しく、想像を軽く超えるアインズ()の知性に両手放しで喜んでいた。

「アインズ様は他の国に対して、あの御方がいれば攻められないと思われるくらいの英雄になりつつある。王国の王や貴族が、善行を続ける慈愛に満ちた王の支配を私利私欲で跳ねのけたとなれば、国に嫌気がさして他の国に移ったとしても不思議じゃないと思わない?」
「王都のすぐ近くに、新たな新興国家が設立されれば、人民は自然とそちらへ流れていく……か」

 デミウルゴスは、支配者たちの叡智に畏怖し、感嘆し、尊敬の念に身を震わせた。それらはすべて幻だが、事実は忠誠に関係ない。実際の結果が、そうあるべきと出ていた。

「なんということだ。我らの王は、ナザリックの永遠の支配者はここまで、初めからここまで考えていたというのですか」
「素晴らしい! 王国からお二人が去るだけで、国内のクーデターと国外との戦争を誘発させ、国家情勢を意のままに操ることができる! 緩和された国の治安を知ってしまった人間達が、一気に失意のどん底へ落とされてしまうのですね」

 アインズが聞いたら精神の沈静化を繰り返し、胃袋もキリキリと幻の痛みで悲鳴を上げていた。そんな気がするだけだが、アインズにとって胃痛は由々しき事態だ。

「すぐに懐柔できればよし、できなくても遅かれ早かれ彼らはナザリックに従うしかない」
「荒れ果てた国はナザリックに消耗・犠牲が一切なく、秘密裏に支配が進んでいく。荒廃した国が、私達の支配で平和に満たされていく様は、近隣諸国に多大な影響を与えるでしょうね」
「その通りだ。結果がそうであれば、最初は酷ければ酷いほどいい。後の統治による治世がどれほど良きものか、いっそう際立つからね」
「おお、御許しください我が創造主よ! その深淵なる御心を察する事が出来ない愚かな造物を! アインズ様に作られたデスナイト、いや、湧き出るスケルトンにも劣る私の心に重罰を!」

 パンドラは立ち上がって広い場所へ移動し、跪いて両手を天にかざした。託宣を受けた預言者のようだ。アルベドとデミウルゴスは目を見合わせ、ため息を吐いて首を振った。

「落ち着き給え、パンドラ。それを言うなら私も同じだ。武力では至高の御方々は疎か、守護者級でも私はかなり劣る」

 デミウルゴスは言葉を切った。

「知力で御方へ近づくようにあれと創造された私が、まさかここまで後手に回るとは。最早、あの御二方、そして創造主であるウルベルト・アレイン・オードル様に顔向けができない」

 言い切ってから歯を食いしばった。忠誠という面でいうならば、彼がもっとも強く、それが彼の苦痛を明確にしていた。

「二人とも落ち着きなさい。私達が成すべきは嘆くことではない。ナザリックの栄光を不変のものにすることよ」

 アルベドの声は穏やかに澄んだままだった。

 知力において、三人に大差はない。見ている方角に若干の差があるだけだ。その中でアルベドだけが、アインズ自らの手でアインズを愛するように作り替えられている。女としての自負が他の二人より秀でていた。その自信は余程のことが無いと揺るがない。

「……すまないね、アルベド。取り乱したようだ」
「私も今は何も言いません。話を続けていただけますか」
「そうね……これで現状を理解したでしょう。我々は至高の御方々の足元にも及ばない。だからこそ、私達は自分たちの力と意志を持って、大それたことをしなければならない。たとえ不敬と思われようと、私達がナザリックで何もせずにいることこそ、参謀であれと仰ったアインズ様への重大な不敬。何もせずに苦しむより、失敗して罰を受けるべきよ」

 二人はアルベドの話を黙って聞いていた。

「アインズ様の勅命により、ニグレド姉さんがとある部隊を監視しているの。彼らはスレイン法国最強の特殊部隊、漆黒聖典。彼らの中にワールドアイテム所持者と思われる者が居て私達やヤトノカミ様が不覚を取る可能性があると」
「下等な人間共に我々が不覚を?」
「アインズ様も所持なされているワールドアイテムですか?」

 デミウルゴスとパンドラは違う所に反応をする。

「彼らを無効化する事を最終目的に掲げましょう」
「全勢力を注いで叩き潰せば問題ないのでは?」

 デミウルゴスは知らない敵対者に怒り心頭だった。

「いいえ、アインズ様が危険視しているアイテムの効果は不明よ。それに、下手な行動をとってナザリックが人類の敵と見做されたら、御方々の策、全て水泡に帰すわ」
「なるほど、アルベド殿は既に次の一手を考えていらっしゃるようですな」

 芝居がかった動作のないパンドラの声は静かで暗く、参謀に相応しい態度だった。常にそうであればいいと、デミウルゴスとアルベドは同じことを考えた。

「情報収集は姉さんに一任し、守護者各員は早急に強固で柔軟な連携を取れるようにする必要がある」
「それは一理ありますね」

「守護者達を集めて会議を行いましょう。手始めに、近くの森林内に住む蜥蜴人(リザードマン)の集落を陥落させてはどうかしら? アインズ様が統治をしたカルネ村と同様な支配をもって」

 彼らは敬愛する支配者を誤解していた。

 彼らの想定より知性が低く、彼らが想定できない遥か彼方の結果を打ち出す者こそがアインズ・ウール・ゴウンであると、この時はまだ知る由もなかった。







パンドラはこの時点でアルベドと共にヤトに殺し合いを挑まなくなりました。


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蛇の生殺し



 博打で不完全燃焼したヤトは、脳を業火に焦がされていた。頭部へ熱せられた火鉢が突きこまれ、未だちりちりと音を立てて脳で燻っている。成すべきことの一切が手に付かず、翌日は一日中、宿に居た。

 八本指の調査も、ナザリックの内政の確認も、アインズへの連絡も、何一つとしてやっていなかった。

「これがビギナーズラックか。気分がいいな」

 スキルを使っているのだから、(ラック)も何もない。依存症の入り口に立っている黒髪黒目の男は、夜を待ち切れずに賭場の前で待っていた。八本指・六腕の調査は彼の頭の片隅にもなかった。

 最低限やったことといえば、白金貨をナザリックのパンドラに送り、価値を調べろと指示を出したことだ。それさえもセバスに丸投げであった。セバスは今日も付き従う。ヤトの考えはわからず、深い考えがあるのだと確信していた。護衛で執事の自分が、何かを進言するなど分不相応だと思っていた。

 昨日、散々苦しめられた賭博部門の責任者が出迎えてくれた。賭場開帳の定刻よりだいぶ早い時間だったが、階段の下で座り込んで待っている賊を、いつまでもそのままにしておくわけにいかない。

「……時間よりも大変にお早い到着で」
「まあな」
「チッ……応接間へお越しください」

 ヤトには嫌みの言葉など耳に入らない。上機嫌で階段を上る悪魔が腹立たしかった。八つ当たりに、彼の相手をした壺振りは前日のうちに首を刎ねてしまった。賭場は休業を余儀なくされ、前日の損害を補填することもできない。

 ヤトが応接間に入ると、八本指の幹部が待っていた。

「ようこそ、八本指へ」
「どーも。帝国のギャンブルは考えた?」

 今日はギャンブルが出来ないことが分かり、気分は大きく盛り下がった。先方のボスに対してあまりに失礼な態度だが、誰も顔に出さない。降って湧いた金蔓と思わしき存在に、ここで逃げられるわけにいかない。

「話は聞いているが、改めて聞かせてくれ。君は帝国で勝てるのか」
「俺の実力はそこの奴に聞いて。イカサマはすぐわかるし、運もある。俺自身も強い」
「昨日、我々から奪った金貨はどうするんだ?」
「全額、帝国の公営賭博に突っ込む。必ず勝つからな」
「そうか。十分だ。私達も話に乗ろうじゃないか。だが、初期投資の金は返してもらう。儲けは7:3にしてもらおう」
「俺が7か?」
「ははっ、我々が7だ」
「俺がいなきゃ勝てないくせになに言ってんだ、ハゲ」
「軍資金の大半はこちらが出すのだよ、突然に現れた君を信用しろというのが難しいと思わないかね」
「殺すぞ、コラ……4:6だ!」

 交渉だったので声を荒げた。

「5:5で手を打たないか? すまないがこれ以上は譲れない。軍資金の(ほとん)どを我々が出すのだからな」
「面倒くせえな。変な駆け引きすんなよ、糞ボケが。死にてえのか」

 口の悪い黒髪黒目の男をゼロが睨んでいた。雑魚の視線などどこ吹く風で、知ったことではないとばかりに目も合わせない。アダマンタイト級の変態と、余計な縁を持ちたくなかった。アインズであれば滞りなく交渉を進めただろうが、ヤトには無理な相談だ。

 最後は総取りすると思っているヤトは、考えることを放棄した。

「軍資金はいくらだ?」
「白金貨1000枚くらいなら明日の夜に用意できる」
「10倍だから……金貨1万枚か。思ったより少ない……犯罪組織って慎ましいんだな」
「ははは、この国が貧しいのさ。これが帝国だったらどれほど儲けていたことか」
「なるほど、そりゃ楽しみだ」
「明日の夜、王都の東門で待っていてくれ」
「わかった」

 話を終えたヤトは立ち上がった。

「こちらから提案があるのだが、聞いてくれないか」
「なんだ?」
「執事の彼は目立ちすぎる。同行は避けてくれるとありがたい。護衛として、私達の警備部門の精鋭部隊を護衛に付けよう。サービスだから金はいらんよ」
「好きにしろ。当たり前だが金は一円も払わねえからな」

 馬車が出発する寸前まで引きずるかと思っていた提案は即答で受け入れられた。ボスは拍子抜けし、セバスは驚いて目を見開いた。誰よりも執事の彼が激しく動揺していた。

「ヤトノカミ様、それは流石に」
「いいから。俺に考えがある。それじゃまた明日」

 軽く手をあげ、ヤトは帰っていった。

「……あれは何も考えていないな」

 八本指のボスが呟いた通り、博打の業火に焦がされているヤトは帝都で荒稼ぎすることしか考えていない。これは大蛇がぼろ儲けするだけのイベントだと、信じて疑わなかった。

 屋敷を出てすぐ、セバスは苦言を呈した。

「ヤトノカミ様、私を同行させないというのは、暗殺を仕掛けてくる可能性が高いかと思われます」
「そうな……うむ、知ってる」

 危なく、「そうなの?」と聞いてしまうところだ。敵を雑魚だと侮っているヤトは、自分でも驚くほど何も考えていなかった。実際に考えているかはさておき、身の安全が保証されていない旅を執事は許可できなかった。

「なぜなのですか?」
「精鋭部隊という事は武技が使えるだろ? なるべく多くの武技使いを集めろとアインズさんから言われている」
「なればこそ、私をお連れいただければ……」
「彼らは俺に勝てるかな?」
「いいえ、万が一にも勝てないでしょう」
「俺だけの方が、奴らは安心して武技を使ってくれるだろ。ついでに帝国で資金集めができる。六腕の調査もできて冒険者に信用も売れる。全てがアインズさんを助けることに繋がるんだよ」
「これは……アインズ様もご存じなのですか?」
「勿論だ。俺は至高の41人を降りたんだから、指示なく勝手に動いたりはしないよ」

 当然だが嘘だ。

 嵌ったらとことんやりつくす彼の心は、中途半端で終わってしまったギャンブルに燃えていた。自らが危険になる可能性が浮かばず、警戒心はない。八本指が洗脳系のアイテムを持っていなかったのが救いだ。

「それは失礼しました。護衛はシャドウ・デーモンとエイトエッジ・アサシンでしょうか?」
「ああ、それも手配してあるから安心してくれ」
「流石は至高の41人であらせられるヤトノカミ様です。私の浅はかな考えをお許しください」
「いや、俺もアインズさんに言われただけだよ。あの人は凄いよな、本当に」

 会話の流れでなんとなく本当にアインズに頼まれたような気分になり、遠い目で彼方を眺めた。アインズが聞いたら銅鑼(ゴング)と共に説教が始まっていた。

(あ、そうだ。面白いことになったから期間を延ばしてとアズスに……メンドクセ、明日でいいや)

 大蛇の化身の頭は博打一色だ。口元を緩めた黒髪黒目の男は、だらしない笑みで宿へ戻った。口元には眠りに落ちてからも、笑顔が張り付いていた。





 翌日、好き放題に眠ったヤトは仮面をつけ、足取りも軽くアズスの邸宅に来ていた。適当にアズス相手に時間を潰せば、約束の出発時間にちょうどいい。時刻はティータイムに最適だ。

「すみませーん」
「はい、どちら様でしょうか」

 扉を少しだけ開いて年配のメイドが顔を覗かせた。仮面の妖しい男がアズスにアポなしで会いに来たことを告げると、不用心にも応接室へ通してくれた。物珍しそうに貴族の屋敷をきょろきょろと見渡していると、眉をひそめたアズスが現れた。今日の彼は武装しておらず、白シャツに袖のないジャケットのようなものを着ていた。

 普段着の彼を見て、やはり貴族なのだと思った。

「……事前に連絡を貰えるとありがたいのだがね」
「貴族みたいですね」
「貴族だよ、それも王国貴族。私も暇じゃないのだが、今回はちょうどいい。こちらへ来たまえ」
「ここでもいいッスよ」
「駄目だ、先客がいる」
「そッスか……」

 新たな出会いに胸は躍らなかった。

 アズスの後に従い、窓がある客間へ通された。窓から差し込む日差しに明るく照らされた部屋で、ピンクのドレスの若く美しい女性が待っていた。黒髪黒目の男は面食らって動けず、彼女は立ち上がってお辞儀をした。

「初めまして、ナザリックのヤト様。かねてよりお噂は伺っております」

 所作の1つ1つが美しかった。肩まで降ろしたくるくるとカールした金髪、ピンクの唇、エメラルドを思わせる瞳、ヤトは思わず声を漏らした。

「ヒロインがいる」

 言葉の意味が掴めず、彼女は無視して続けた。

「蒼の薔薇のリーダーをしております、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラと申します。よろしくお願いします」

 腰のあたりから体を折り、礼儀正しくお辞儀をした。

(やっべー……こんな美人と話したことねえぞ……)

 既に帝国で博打する件など吹き飛び、微笑んでこちらを見る女性から目が離せなくなった。セバスが声をかけるまでヤトは硬直していた。

「ヤトノカミ様?」
「あ、あう、と……し、失礼しました。あの、あなたのように美しい人とお会いしたことが無かったもので、だから、その、すみません」
「光栄ですわ、ありがとうございます」

 社交辞令だと思っていた。

 ヤトも謝罪して頭を下げたのはいいが、動きがぎこちなく、ぜんまいの切れたブリキのロボットだ。頭を下げたのも赤くなっていそうな顔を見られたくなかったからだ。仮面をつけていることも忘れていた。

 ラキュースは聞いていた人物像とあまりに違うヤトに、叔父を目で見た。アズスも普段と違う素直な態度を見て、思わずちょっかいを出したくなった。

「どうだ? 私の姪は美人だろう? 何なら嫁にどうだ? はっはっは」
「是非、お願いします」

 間髪入れずにそこは同意できた。

 少しだけ緊張がほぐれた。

「お二人とも。私のお相手は自分で選びますわ」
「はい、すみません……あ、ちなみに彼は執事のセバスです」
「初めまして。セバスとお呼び下さい」
「よろしくお願いします。どうぞ、おかけになってください」

 相変わらずセバスは後ろで待機すると聞かなかった。ヤトはラキュースの目の前に腰を掛ける。彼女自らヤトに紅茶を煎れ、小さな咳払いをして話し始めた。アズスがラキュースの隣に腰かけたが、彼女しか目に入らない。

「本当に何からお聞きすればよろしいのかわかりませんが、早急にお聞きしたかったことを聞いても?」
「あ、はい、なんでも」
「先日、子供達を拉致して、それを止めようとした者を殺害したとお聞きしたのですが、本当ですか?」

 微笑んでいた顔が、どことなく険のある顔に変わった。首を傾げながら素直に答えた。

「拉致……か。まぁ、拉致しましたね」

 ラキュースは笑顔で怒りを露わにした。器用な怒り方が珍しく、ヤトは見惚れていた。

「やはり、あなたは信用できません。本当は八本指の手の者ではないのですか? 願わくば、早急にこの街から出て行ってくださいませんか」
「おい、ラキュース。そんな言い方は」
「ですが、ここ最近の噂は本当に暗い内容です。人身売買に手を染めているとも聞いています」
「あー、そっか……そうですね。確かに、そう見えますね。説明をすると、彼らはカルネ村に居ますよ」

 ヤトは有無を言わさぬ彼女の怒りが収まるのを感じた。表情は変わらないが、顔に差し込む影が違う。

「カルネ村で他の村人達と共に、畑仕事に精を出してますよ。食事は食べられる、屋根のある場所で眠れる、生ごみを漁らなくていい、暴力も振るわれない。そんな環境に彼らは居ます」
「え?」

 豆鉄砲でも食らったきょとんとした顔は、先ほどの澄ました顔よりも好ましかった。

「まぁ、拉致っちゃ拉致スけどねぇ……批判は受けます。勝手な気分一つで、暗いスラム街の路地から、陽の当たる小さな村へ拉致をしたのですからね」
「あの、詳しいお話を伺っても?」
「いや、禁断の果実がちょっと……」
「き、禁断の……?」
「あ、林檎のことで。元はといえば子供達が可哀想だから、カルネ村に攫っただけなんですよ。子供達に暴力を振っていたやつはどこかに放り出しましたよ」

 ふざけて余計な言葉を挿入しているが、ヤトの口調は少しずつ暗くて静かな声になっていく。子供達の一件で街の人間達の対応が気に入らず、沸々と黒い泡を立てて憎悪が蘇った。あの時、気に入らないもの全てを惨殺しておけばこうはならなかった。

「人身売買の噂はなんなのでしょうか」
「強者というのは根も葉もない噂を立てられるもんでしょう。まぁ、子供達を攫ったのは事実無根じゃありませんが」
「で、では武器屋を襲撃して品物を横流ししたことは?」

 ラキュースはあらぬ疑いをかけてしまったと危機感を抱き始めた。慌てた顔は徐々に赤くなっていく。子供の拉致は誤解だが、武器屋を襲撃したのは紛れもない事実で、ヤトは再び首を傾げた。

「うーん、私の所持しているこの刀は名刀ですからね。奪おうとする者は多いんですよ。あの武器屋、用心棒を雇って武器を奪おうとしたので身を守っただけなんです。あ、武器はちゃんと買い取りましたよ。店主は殺してませんからご安心を」

 半分は嘘だ。

 ぽかーんと口を開けている彼女に、既に見惚れる気分ではない。記憶の底から浮かび上がった記憶は脳に居座り、周辺を黒く染めつつあった。

「それで? 子供達はお返しした方がよろしいですか? 小さな村で土を弄りながら楽しく暮らすよりも、スラム街で小さく震える野良犬のように過ごせと? 慎ましい生活を捨てて、生ごみを漁って生きろと? 本気でそう思いますか?」

 仮面が無ければ感情の籠らぬ爬虫類の視線をまともに受けた。いくら美しい女性であっても、愚かで知性のない者は彼の好みでない。ヤトの王都に対する失望は、行きつくところまで行っている。

 女性に飢えていても、彼にとっては所詮、ゲームのキャラクターと同義だ。彼女が死んでも、いくらでも替えはいる。ラキュースが次の返答を誤っていれば、この場で解体された可能性があった。

「い、いえ。申し訳ありませんでした……その、本当になんとお詫びをしたらよいか。ガゼフ・ストロノーフ卿が、彼は人間ではないかもしれないと話しておりましたので、人間では無いかのような極悪人という意味かと思いまして……全て、私の勘違いが原因です」

(あの野郎……余計なこと言いやがって)

 ごつくて憎めない顔の男を思い出し、暗く静かな水面の空気が消えた。ふぅと一息ついて、仮面を外した。太陽の光が憎悪の残滓を溶かしてくれるようで、良い気分の切り替えになった。

「そんじゃ、改めて話ができますね」
「申し訳ありません。この非礼はいつか必ずお詫びいたします」
「私からも謝るよ、ヤト殿。姪を許してあげてくれ」

 アズスは今まで見たことも無い、痛みを堪える真面目な表情だった。身内を守ろうとする男の目だ。付け入るなら今が好機と言えた。

「……いやですね。許しません」

 暗い顔をする二人を余所に、ヤトは少し考え込んだ。

「あ、す……」
「す?」
「好きな男性のたが、タイプはどのような方か、を教えてくれれば、全部、無かったことに……」

 噛んでしまい、恥ずかしさが際立った。

 顔が熱くなった。

「おいおい……」
「私の好きな殿方は強くて優しい、それでいて自分の道を真っすぐ進んでおられる方です。私より強ければ嬉しいですわ」
「ラキュース。お前まで何を……」

 微笑みながら答えた。彼女もアダマンタイトのリーダーだ。この程度はすぐ反応できる。どこかの冒険者であれば「惚れましたー!」と叫んでいた。単純に人の状態で増加している、今まで一回も満たされていない性欲値の影響を受けているだけなのだが、高鳴る胸の心拍を一目ぼれと勘違いした。

「ところでガゼフ・ストロノーフ卿を立ち合いにて倒されたと伺っておりますが」
「あー……まぁ、立ち合いはしましたよ。彼の武技を食らってぶっ飛ばされましたから、とても倒したとは、ねぇ」
「ストロノーフ卿が自ら刃が立たなかったと、クラ……若い兵士に話していたようですが」
「……」

(あの野郎、重ね重ね余計なことばかり言いやがって。気を使ってやったのに、戦士長が素直に負けを認めるなよ)

 殺意はないが、次に会ったら目潰しくらいはしてやろうかと思った。

「お聞きしたいことは山のようにあるのですが……よろしいですか?」
「あ、と、じゃ、その、交換条件にしませんか? あなたの情報を教えてください」
「情報ですか?」
「俺が知りたいのはラキュースさんの情報です。交際している男性はとか、今までお付き合いした方はとか」

 いきなり下の名前で呼んでいた。

 彼はどもりながら話しているが、取り繕ったところは見られない。ラキュースは下の名前で呼ばれた驚きも加え、ヤトの人物像が把握できた。元来、彼の性格はこんな感じなのだろう。叔父がふざけた奴だと怒るのがわかった。

 口からは女性らしい笑みが漏れた。

「くすっ。その程度のことでしたら喜んで」

 どちらにしても装備品が無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)なので、重要な情報が一発でわかってしまう。何より、未知なる存在に追いかけられるのは悪い気がしない。見た目は美形ではないが、決して嫌悪するような容姿ではない。

「盛り上がっているところ悪いがね、その前に八本指の報告があったのではないのか?」
「あ、忘れてました。今夜から警備部門の六腕と帝国に行ってきます。八本指の全財産、白金貨1,000枚を持って」

 常軌を逸した内容に、二人は満月のように目を丸くして、ただ、ただ、長い沈黙で答えた。

「実は八本指の賭場に調査に行ったら目をつけられちゃって。流れで帝国の賭博場を食い荒らす流れに」

 本当は遊んでいただけですと言いたいところだが、ラキュースの前で馬鹿をやるのは気が引けた。今さら遅すぎるが、そこだけは取り繕った。

「君は何を考えているんだっ! 殺してくれと言っているようなものじゃないか!」
「そうです! 勝っても負けても六腕は殺すために同行するのですよ!」

 この街に来て最も大きな声で二人は叫んだ。やはり二人は親戚なのだと感心した。血の繋がりとは不思議なものだ。

「まぁまぁ、そんなに怒らなくてもぉ……」
「君は事態の深刻さを理解していない!」
「彼らはアダマンタイト級に匹敵する実力者、それが六名もいるのですよ!」
「うーん……セバス、あの場にいた大きな男が六腕かな?」

 振り返った主に、執事は数歩前に出て答えた。

「はい、かなりの強さでした。他と比較をすると、芋虫と雀でしょうか」
「雀……」
「彼が何人いればセバスに勝てる?」
「不可能です。十人いても二十人いても勝てません。かすり傷を負わすことが目的であれば、何回かやれば可能かと」
「ど、どういうことだ。彼は六腕より強いのか?」
「”彼が”じゃないと思うけど……。セバス、俺が戦ったら彼らは勝てるかな?」
「重ねていいますが、不可能です。1秒で死ぬか2秒で死ぬかの違いでしょう。5秒以上、持たせることが出来るのであれば、彼らに惜しみない称賛を送ります」

 セバスは主の強さを誇らしげに語った。

「だ、そうです。私の強さがわかりましたか?」
「ん。うん。そうだな」
「叔父さん……」

 姪はなぜ納得するんだと言いたげなに叔父を見た。

 アズスは納得したわけではない。情報が大きすぎて、喉につっかえただけだ。飲み込んで消化し終わるまで随分と時間がかかりそうだ。

「アズスさーん。俺をアダマンタイトにしてくれてもいいんじゃないッスかねえ?」
「ヤトノカミ様、アダマンタイト級は強さだけではなく人間性も求められます。軽率に子供達を攫ってはいけませんわ」

 子供に諭すように柔らかく言われてしまった。何か言い返そうかと思ったが、エメラルドを思わせる澄んだ瞳は、彼を照れさせるには充分だ。ヤトは素直に俯いた。

「はい。僕が悪かったです」
「ですが実力が保証されているのであれば、何もしなくても勝手に上がっていきます。ヤトノカミ様が犯罪に加担しない事を願いますわ」
「じゃあ、交際している男性はいらっしゃいますでしょうか?」

 先ほどから切り出すタイミングを間違ってばかりだ。感情の起伏がないからといって、アインズと同様に冷静な判断ができるとは限らない。

「交際している男性は居ません」
「彼女はこう見えてお転婆なんだ。この前も見合い相手にお茶をぶっかけて追い払ったとか」
「なんて羨ましい」
「う、羨ましいのか……?」
「叔父さん、この場でそれを言うのはどうかと思います」

 ニコニコと笑っているが、何やら物騒な笑みに感じた。今のヤトはラキュースに感情をぶつけられているアズスに嫉妬していた。美しい女性に感情をぶつけられるなら、どんな事態が起きてもご褒美ではないのかと、何の役にも立たないことを考えた。

「それより本当に六腕と帝国に行くのか?」
「ん、ええ、もちろんです。ついでに六腕を捕まえて財政面に壊滅的な打撃も与えておきますね。お金は貰いますけど」

 冷静になった彼は、“それらしく”振る舞った。

「いや、それは困る。金銭でなんとかなる被害者たちに返済したいのだが」
「それは構いません。私が不在の間に金額を調べてください」
「今夜、出立でしたね?」
「帝国は遠いんで」
「私とラキュースも影に隠れて護衛をしよう。すぐに準備を」
「遠慮します。逆に私がラキュースさんとアズスさんを守らなければなりません」
「いや、しかしだな」
「いやいや、本当に勘弁してくださいよ」
「いやいやいや……勘弁も何もないだろう! 相変わらずふざけた男だ!」

 ラキュースはヤトと出会ってから初めてため息を吐いた。この先、延々と吐き続けるため息の、記念すべき第一回目が吐き出された瞬間だ。

「無事に戻ってきたら私に報告をお願いします。叔父様は、明日には王都を離れてしまいます」
「あー、そっすか。忙しいッスね」
「……興味がなさそうだな」

 既にアズスのことは二の次だった。

「帰ってきたら、その……二人で会えませんか?」
「お断りします」

 即答だった。

 せめて悩んでほしかった。

「えー……やはり俺はラキュースさんに相応しくなかったですか。そうですよね……王国貴族でしたもんね……はぁ……」

 恐らくは、一考さえせずに答えたラキュースをみて、がっくりと肩を落とし、首を垂れた。介錯人を待つ死に装束の切腹人に等しく、背後から絶望のオーラが出ていそうだ。ここまで落ち込まれてしまうと、ラキュースにも罪悪感が芽生える。元より、ラキュースとヤトの考えは食い違っている。

「い、いえ、そうではないのです。仲間がヤトノカミ様に口説かれたと聞いていますので、あまり恋多き方は好きではありません」
「仲間?」
「蒼の薔薇のイビルアイがヤト様に口説かれたと聞いていますので」
「アン……イビルアイって少年じゃ……ん? 女性?」

 アンデッドの部分は隠した。本気で少年だと思っていたことは疑いようのない事実だ。 何やら雲行きが怪しくなり、ラキュースは妙な勘繰りをした。

「そっか、女の子だったのかぁ……」
「もしや……女性と知らずに、少年だからこそ口説かれましたの?」
「……え?」
「ですから、その……若い男の子が好き……とか」
「いや……いやいや、違いますよ。本当に口説いていません。小さな子供だったし、アダマンタイトにも興味があって。決して、少年愛などではありませんよ。本当に。お願いですから信じてください」

 少年愛好家と誤解されては溜まったものではない。冷や汗が出そうなほど必死で否定をした。出会ってからコロコロと表情の変わる彼が面白くなり、ラキュースは見入ってしまう。整髪料を使っていない黒髪が、頭が揺れるのに合わせて左右に揺れた。光を反射させない艶のある黒髪が珍しかった。

「では、蒼の薔薇と会談でも致しませんか?」
「……二人きりがいいです」

 まるで初恋相手に告白をする少年だ。セバスは主人の弱弱しい姿を、おいたわしやと悲しい目で見た。アズスは男の影がない彼女に言い寄る者が、こんな怪しくて奇妙な男なのが複雑だった。

「ラキュース様。この御方はナザリックにおいて2番目に強く、仁徳の高い慈悲深き方。私からもお願いします」

 セバスからも頭を下げられ、ラキュースは考え込んでいる。「今は」という前置きがつくが、ナザリックで2番目に強いというのは事実だ。ラキュースはまたもや下の名前で呼ばれ、ナザリックという言葉について考え、セバスの助力は役に立っていなかった。

「蒼の薔薇との食事というのは情報交換の真面目な場です。あなたの所属するナザリックに関するお話や、カルネ村での一件もお聞きしたいですわ」

 カルネ村では、ヤトが人間でないと公言してしまっている。

 脳裏に不安が過る。

「その後でもよろしければ構いません。不束者ですが私をエスコートして下さいませ」

 彼女が頭を下げる姿で、不安の全てが天に溶けた。

「私個人としましても、お聞きしたいことが山ほど――」
「はい! なんでもかんでも、あることないことお話ししますよ! 好きな人はラキュースさんです!」

 既に自分でも何を言っているのかわかっていない。ここまでずけずけと言われ、ラキュースも頬を少しだけ染めた。身を乗り出して彼女の手を握ろうとする賊を、アズスが(たしな)めた。

「お、おいおい。ここは私の家なのだが」
「アズス様! 若い二人に任せて席を外して頂けるのですね! 多大なお心遣いに感謝を捧げます。後で靴でも磨いておきます」
「出て行けということか……」
「アズス様、私は個人的にお聞きしたいことがあるのですが」

 セバスは主人のために空気を読んだ。クライムの件を聞くのに、これ以上の機会はない。彼の主が誰なのか、把握しておけば次の訓練に生かせるかもしれない。セバスは一貫して真面目で堅物だった。そしてアズスは連れ出され、若い二人が残された。

 二人きりの空気に、僅かな緊張と緩やかな楽しさを感じた。

「改めて、どうして王国にいらっしゃったのですか?」
「実はウチの王様が転移魔法の実験をしていたんですけど、あ、魔法詠唱者なんですけどね。実験の失敗でナザ……拠点まるごとカルネ村の近くへ転移してしまって」
「みんなというと他にもお仲間が?」
「ええ。ナザリックは正式名称をナザリック地下大墳墓といいます。他にもメイドとか色々な者が」
「まあ、大墳墓をお造りになるなんて珍しいですわ。どなたのお墓なのですか?」

 大墳墓と聞けば普通の女性は引いていく。大墳墓に住んでいるなど、まともな神経ではないと思われても仕方がない。しかし、彼女は突っ込んできた。それも、瞳を輝かせながら。

「いや、大墳墓というとお墓を想像しますけど。地下10階層からなる広大な美しい神殿になっているんです。他にもお酒を飲むところ、来客用の貴賓室に、地下なのに美しい夜空が見える円形闘技場、溶岩が煮えたぎる火山、吹雪で凍り付く雪山、広いお風呂もあるんです。料理もお酒も最高級品ですし、墳墓とは名ばかりなんですよ、格好いいじゃないスか」
「それは素晴らしいわ! 私も一度拝見してみたいです!」

 両手を合わせて嬉しそうに笑った。

 饒舌に話している彼の目は出会ってから一番、輝いていた。ラキュースの翡翠の両目が輝きを増し、猫を殺しそうな好奇心が彼女を急き立てた。少しでも探りを入れようとする意志などとっくに消えていた。

「じゃ、王様に話しておきます。蒼の薔薇の方々をお呼びしてもいいかと。なんなら朱の雫の方々もまとめてお呼びしても大丈夫です。お泊りなら来客用のお部屋をご用意させますので」
「そんなに大勢で押し掛けて、ご迷惑ではないかしら」
「自慢したいんですよ。きっと王様もそうでしょう。大切な仲間たちと作ったナザリックを」
「大切な仲間、あなたのような方がまだ他にもいらっしゃるのですか?」
「……みんな遠くへいってしまいました。私もナザリックに偶然、戻った時にここへ」

 少し悲しい目をしていた。

 仕事が忙しくてユグドラシルを引退してからだいぶ経っている。ユグドラシルとナザリックを捨てた自分が、ナザリックの一柱として君臨していいのだろうかと、今更ながら疑問を感じた。それ故に、NPCと親交を深めるのは気が進まない。誰かが少しでも反発すればヤトには言い返せない。前々からなるべく考えないように目を背けていた。

 ヤトは世界にアインズと二人きりという思いが強い。

 人間を辞めたヤトの胸へ、時おり去来する感傷は存在意義の消失だ。

 急激に落ち込んだ悲しい空気に、ラキュースは何かの事情を察した。

「何か事情がおありなのですか? 私達に出来ることであれば協力させてください。八本指壊滅の立役者になる方ですもの、誰も無下には致しませんわ。そうだ、ラナー王女にも話をしてみましょう。情報を集めてくれるかもしれません」
「王女様と交友があるなんて、アダマンタイトとは凄いんですね」
「私が第三王女のラナー姫と友人なのです。落ち着いたら協力して貰えないかお話をしておきますね」

 嬉しそうに協力を申し出る彼女を、心から可愛らしいと思った。

 仲間などいるはずがない。ユグドラシル最終日、呼びかけに応じてログインしたのはヤトとヘロヘロだけだ。先ほどまで子供のようにはしゃいでいたヤトは、急激に大人びた。

「いえ、彼らもこの大陸ではない場所にいるかもしれません。私達の故郷は遠いのです。どれほど遠くなのかわからないくらいに」
「まぁ……そうなのですか……」
「それに自分の手で探し出したいんですよね。見つけたら来るのが遅いと責めてやりますよ」

 穏やかに微笑む彼に、今度は本気でときめいた。

「話は変わりますが、いままで交際した経験もないんでしょうか」
「私は家を飛び出して冒険者になったのです。叔父様の影響もあり、両親の反対を振り切って家を出たのです」
「意外とお転婆なお嬢様なんですねぇ」
「活発なお嬢様は御嫌いですか?」
「大好きです! 婚約したいくらいです!」

 適当でいい加減な求婚で、彼女も口元を隠して笑っている。

 この言葉を後で思い出し、恥ずかしくなって顔を赤らめるのはラキュースが一人になってからだ。

 扉が開かれ、セバスが戻ってきた。

「ヤトノカミ様。お話し中に申し訳ありませんが、そろそろお時間となります」
「えー? もう少しー。もう面倒臭くなってきたよー。もう行かなくていいよ、メンドクセ」
「ヤトノカミ公」
「公?」
「大事な任務なのだから遅れてはまずかろう」
「まぁ、そうなんですけど……」
「ヤトノカミ様、お戻りなればいつでも会えますわ」

 依頼で忙しいため頻繁には会えないのだが、こうでも言わないと本当に依頼を破棄しそうだ。ラキュースも彼の人物像を掴んでいた。彼は蛇のように蛇行して目移りし、あっちこっちと面白そうな方角へ進むに違いない。

「ヤトノカミ様、参りましょう」
「はぁい……アズスさん、長居をしてすんません。お茶も御馳走様です」
「アダマンタイトにでもなってラキュースと婚姻でも結んでくれ」
「ありがとございます! 叔父様!」
「ちょっと叔父さん!」
「それじゃ、また。ラキュースさん、アズスさん」

 屋敷を出て一歩、ヤトは冷えていく外気と同様、急激に気分を冷やしながら後悔した。

(なんて下らないことで王都を離れることになったんだ。一緒に行動して八本指を倒せば楽しかったに違いないのに……いくらでもチャンスもあったのに……)

 心の底から後悔をしているヤトは、死刑台の13階段を上るように重い足取りだ。あれほど燃え盛っていたギャンブルの業火も、ラキュースの澄んだ翡翠の両目で完全に鎮火されていた。

「嗚呼、面倒くせえぇ……うーん、いや……やっぱり面倒くさい。なんて余計なこと言ったんだ」
「何か、仰いましたか?」
「なんでもないよ……」

 こうして彼は好みの美女とのデートを捨て、むさ苦しい5人の男と一人の女をぞろぞろと引き連れて帝国に向かった。





ラキュースの好感度ロール1d20→20

イビルアイは激おこぷんすか

ラキュース性格
武装していない時、王国貴族のお嬢様。中二病を患ったのは家を飛び出す前後。夢見がちなお嬢様が中二病の女性に変貌。冒険者の最上部で活躍する彼女が些細な社交辞令・口説き文句で動揺しない。


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漆黒と白銀


 どれほど《伝言(メッセージ)》を送っても、アインズとヤトは繋がらなかった。いつまでたっても連絡が繋がらず、あちらからも連絡がないので心配になり、行動を共にしているセバスに《伝言(メッセージ)》を飛ばした。

《はい、なんでございましょうか。アインズ様》
《セバスか。ヤトノカミはどうした?》
《八本指の六腕を護衛につけ、先ほど帝国へ向かいました》

 ヤトの話を素直に信じているセバスは、シャドウ・デーモンとエイトエッジ・アサシンが護衛に付いていると思い込んでいる。一人だけで行きましたとは言わなかった。

《どういうことだ?》
《武技を使う者の獲得と資金活動の一環で、アインズ様もご存知と窺っていましたが……ご指示ではないのですか?》

 何も聞いていないが、アインズの名前を言い訳に使ったことだけは把握できた。

(あの野郎……俺の名前を適当に使ったな)

 予期せぬ事態に慌て過ぎて精神が沈静化された。

《あ、うむ。そうであったな! 私としたことが、うっかりしていた。こちらで改めて連絡をしておこう》
《畏まりました、よろしくお願いします》

 《伝言(メッセージ)》を切断し、空を見上げて友人の意図を探った。目下、彼が何をしているのかを知りたかった。武技の獲得と資金活動で、遠路はるばる離れた帝国へ向かうヤトが何をしようとしているのか、まったく想像が浮かばなかった。

(あいつは一体、何をやっているのだ?)

 連絡が繋がらない彼に不満を抱きつつ、こちらの資金稼ぎのために冒険者組合へ向かった。





「ゴブリンが部族連合を?」

 ゴブリンとは、悪戯をして人間を困らせたり、オーガを煽って人間を襲わせたりする、小鬼の魔物だ。あちこちのRPGで序盤に出会う魔物として起用される場合が多く、その例にもれず、この世界でも低位冒険者でも倒せる相手であった。しかし、単体では弱くても、オーガを丸め込んで群れを成すとそれ相応に強い。

「北にあるトブの大森林の様子がおかしい。そこのゴブリン達が近隣のゴブリン達をまとめて連合を組んでいるという情報が入ってな」
「ゴブリンにそんな知性があったのですか?」
「群れを組むのは珍しくない。彼らは一匹では弱いからな。しかし、今回は規模が大きすぎる。南の方角にある森と大森林のゴブリンが組んだら、下級冒険者では荷が重い」

「一足先に、トブの大森林の調査は別の冒険者に頼んである。モモンくんは南下してスレイン法国との国境付近にある、南の森を調査してほしい」

 スレイン法国と聞き、数日前に出会った漆黒聖典を思い出した。アインズは彼らを敵対勢力と認識していた。あの時は咄嗟のことで場当たり的に対応できたし、彼らには監視を付けている。もし、次に出会ったら同じように振る舞えない。

(スレイン法国か……あまり近寄りたくないが)

 そのまま素直に話せず、依頼を断る理由がない。冒険者にとって名指しの依頼は、野良で依頼よりも報酬が高い。ヤトが資金稼ぎをしているからといって、こちらで何もしないわけにはいかない。

「南のゴブリンはどうすればいいのでしょう」
「彼らが北上しトブの大森林へ移動するようなら討伐を頼む。ゴブリンとはいえ、増え過ぎると危険だからな」
「ではその後はトブの大森林へ?」
「うむ、先に調査をした冒険者とカルネ村で落ち合うといい。情報を基に、数が多ければ間引きをしてほしい」
「なるほど。数が不明だからある程度の力を持った者に、と」
「察しが良くて助かるよ。君に限って何もないと思うが、念のため注意をしてくれ」

 つまらない依頼とは思わなかったが、アインザックは申し訳なさそうに頼んだ。英雄に頼むならそれ相応の報酬と、それ相応の難度でないと悪いと考えているのだ。

「わかりました。では早速出発をします。行くぞ、ナーベ。」
「はい、モモンさー…ん」

 未だにさん付けで呼ぶことに慣れないナーベは、退室するモモンに続いた。

 彼らはその足で南の森へ向かった。





 南の森はスレイン法国とリ・エスティーゼ王国の境目付近にある小さな森だ。小さい、といってもトブの大森林と肩を並べられるのは、はるか南、アベリオン丘陵を越えた先にあるエイヴァーシャー大森林くらいだろう。南の森の規模はトブの大森林より小さいが、それ相応に森は深く、ゴブリンが群生していても発見は難しい。

 家畜用の宿舎の一角を借りて暮らしているハムスケは、度重なる待機に飽きてしまい、今回は付いてくると言って聞かなかった。使役魔獣のハムスケを加えたモモン一行は、森の手前でゴブリンへの接触方法を模索した。

「アンデッドを差し向けてもいいが、時間がかかり過ぎるな。ハムスケ、お前はゴブリンと話はできるか?」
「多少ならわかるでござるよ!」
「そうか、それでは、彼らと話をしてきてくれ」
「畏まったでござるー!」

 ハムスケは森に突っ込んでいった。せめて、どんな話をするのか説明を聞いてから突っ込んでほしかった。多大な不安を抱えたまま、モモンは使い走りが戻るのを待った。

 想定より早くハムスケが森から戻り、後ろからゴブリンの部族がぞろぞろと付いてくる。

「殿、彼らはトブの大森林に引越ししようとしているでござるよ」

 なぜかハムスケは嬉しそうである。

「ハムスケ、彼らはなぜ移動しようとしているのだ?」
「どうやらホーコクに苛められているようでござる」
「ホーコク? スレイン法国か」
「ギッギッギ。ソウダ。ホーコク、ホーコク」
「あそこは亜人種を排除しようとする国家だったな。ゴブリンまで排除しようとするとは、念が入っているな」

 ゴブリン達は口々にホーコクと叫び、ハムスケもそれに同調した。

「殿ォ! 拙者からもお願いするでござる! 助けてあげて欲しいでござるよ」
「ペットがモモン様になんたる無礼を!」

 ナーベは手刀を打ち込もうと構えていた。

「落ち着け、ナーベ。ハムスケ、彼らは人を襲わないのか?」
「ホーコクに苛められて数を減らされ、戦う力が残ってないと申しているでござるよ」
「見なかったことにするならいいが……ゴブリン達が可哀想だからトブの大森林にまとめましたとは報告ができないだろう」

 どうしたものかと悩んでいるモモンに、視界の端から何かが近寄ってきた。

「ん?」
「やあ、何をしているんだい?」

 銀色に輝く全身鎧(フルプレート)が気さくに声を掛けた。モモンが漆黒の全身鎧(フルプレート)なので、向かい合えば対照的な絵だ。右肩に竜を象った飾りがあり、これまで見た鎧とは一線を画す値打ちものだった。

「彼らを殺すのかい?」
「失敬な! 殿は彼らを助けようとしていたでござるよ」

 ハムスケは怒って反論する。

 助けるつもりはないが、殺しても何の意味があるというのか。そうかといって、恩を売ってもゴブリン相手では報われることもない。未だに結論は出ていない。

「悪いが、違う。だが、それも視野には入れている」
「君は何者だ?」
「人に名前を聞くなら先に名乗ったらどうだ」
「それはそうだったね。私は白銀だ」
「色が名前なのか? 私は漆黒のモモン。彼女が相棒のナーベ。エ・ランテルのアダマンタイト級冒険者だ」
「そうか、初めまして、モモン」

 最上級冒険者アダマンタイト級と名乗っても、白銀の態度は変わらない。冒険者に興味や接点がない相手らしく、動揺した雰囲気も感じない。白銀は顎に指を掛けて何かを考えていた。

 彼の顔はずっとモモンへ向けられていた。

「……君は、何か珍しい物を身に着けていないか?」
「この鎧か?」
「そうじゃないと思う……まさか100年の揺り返しか? 今までにない反応だ」

 彼は白金の竜王が操作する鎧だ。竜の財宝に対する知覚能力により、異様なアイテムを所持している相手なのだと気付かれた。

「すまない、君はユグドラシルに関するアイテムを持っていないか?六大神や八欲王、十三英雄が残したようなものを」

 この一言はモモンの警戒心を浮き上がらせるに十分だった。眼下に赤い光を宿しながらモモンは白を切る。

「……意味がよくわからないな」
「指輪……かな。その鎧の中に着用できるような装備に、珍しい由来の物がないかい?」
「いくつかの強力な指輪は確かにしているが」

 言葉は柔らかいが、白銀の警戒心は強く、決してこちらに近寄ろうとしない。知覚したのは、アインズが所持する腹部にはめ込まれた宝玉だ。最上位アイテムである世界級秘法(ワールドアイテム)の感覚は、白銀が即警戒をするに充分だ。

「見せてくれないか? ユグドラシルに関するアイテムは強力だ。スレイン法国に渡ると危険なのでね」

 モモンは相手からは大した強さを感じなかった。自然と対応も素っ気ない。一歩間違えば交戦へ発展する邂逅は、モモン側だけが緩んでいた。

「お前は何者だ?」
「む、君はまさかプレイヤーなのかい?やっぱり100年の揺り返しかな。」
「待て、先に聞きたい。お前は敵か?」
「君が世界を荒らすのなら敵対する事になる」

 白銀は剣に手を掛けた。初めてプレイヤーを知る者と出会い、モモンが最初に考えたのは仲間と出会っているかもしれないという微かな希望だ。

「ナーベ、ハムスケを連れて森へ身を隠せ。戦闘が始まったらすぐに帰還しろ」
「しかし……」
「命令が聞けないのか?」
「……畏まりました」
「殿。どうしたでござる」
「ゴブリンに森に隠れるように指示をなさい」

 ハムスケは無垢な瞳で見上げていたが、ナーベに軽く蹴飛ばされながら命令された。二人は見た目よりも仲がいいのかもしれない。

「うむむ、分かったでござるよ、ナーベ殿。」

 全員で森へ入っていった。そこまで深い森ではなく、アインズに戻って本気で戦ったら巻き込まれて跡形もない。現状、モモンにそこまでするつもりはない。

「すまないね、人払いをしてもらって。彼女はプレイヤーではないのかな?」
「NPCだ」
「ああ、えぬぴいしい、この世界でいうところの魔神だったのか」
「先ほどから気になっているのだが、なぜそこまでプレイヤーを警戒する。我々は一触即発の空気になっているぞ」

 モモンの言葉通り、白銀は剣に手を掛けたまま、いつでも抜けるように構えていた。そしてモモンも相手と適度の距離をとり、斬りかかってきても対応できるようにしていた。

「八欲王は知っているかい?」
「いや、情報収集は別の者がやっているが、プレイヤーの情報は集まっていない」
「そうなのかい? では、簡単に順を追って説明しよう」

 白銀は自分が伝説に謳われる十三英雄の一人であること、八欲王と竜王たちの戦争のことなど、プレイヤーの情報を簡単に伝えた。自身が白金の竜王であることはを隠していた。

「それならば、警戒しても仕方がないかもしれないな。急に強い力を持った者がどのような行動に出るかは想像に難くない」

 腕を組んで話を聞いていたモモンへ、咄嗟に想像が浮かぶ。一人でこの世界に転移していたら、恐らくは彼と敵対していたはずだ。

「八欲王は本当に最悪だったよ。もちろん、竜王の全てが消えたわけではないよ。今でもどこで何をしているのかわからない者もいるからね」
「では、お前は竜王ということで間違いがなさそうだな」
「ん? そんなこと言ったかな?」
「プレイヤーや竜王に詳しいのは、同じ竜王かそれに属する者しかあるまい」
「ああ、そういうことか……これは失言だったね。君もその姿が本当の姿なのかい?」
「それはお互い様だ。お前は一体、何歳なのだ?」
「それもそうだね」

 竜王と明言していないが、白銀の口調はとても軽くなった。どれほどモモンを探っても、交戦に発展する気配がない。所持しているアイテムには興味があるが、初対面で確認すべき事柄、世界に害をなすか、無害な存在かの確認は取れた。

「急いで聞いておきたいのだが、私と同時期に転移してきたプレイヤーには会ったか?」
「君たちが、100年前から初めてだよ」
「そうか……」

 白銀には彼のあからさまな落胆が感じられた。

「その鎧の下はアンデッドか?」
「うーん、違うとだけ言っておくよ」

 軽く笑って誤魔化していた。気が付けば白銀の警戒が緩くなっている。

「なぜユグドラシルのプレイヤーはこの世界に飛ばされたのか知っているか?」
「すまないが、それは私にもわからない。話を聞いても、向こうの世界のことは理解できないからね」
「そうか……」

 新しい情報はなく、モモンは再び考え込む。現実の世界に戻りたいわけではない。41人の仲間がこちらへ来ている、あるいはこれから来る可能性はなんとしても知りたかった。

「私からも教えてくれないかな。君たちの目的はなんだい?」
「目的? ……目的か。そうだな……私達の目的はただ一つだ。かつての仲間を探したい」
「仲間? 君は先ほど私達と言ったね。他にもプレイヤーがいるのかい?」
「ああ、その通りだとも。私達はギルド41人の中で、2人だけがこの世界に飛ばされた。どうしても他の仲間を探し出したい」
「それが君の望みか?」
「その通りだ。仲間を見つけ出し、昔のように未知の冒険に出たい。知らない場所や見たことない魔物と戦い、新たな出会いを繰り返したい。他の全ては二の次だ」

 白銀の目から見て彼の言葉は真剣に言っていると思えた。内容は大よそプレイヤーらしくないが、嘘を吐くならもう少しまともな嘘を吐く。

 同時に意外だった。

 彼らの世界は荒んだ世界で、この世界に来て暴れまわるプレイヤーの方が多いと信じていた。六大神や十三英雄に名を連ねる“彼”や“彼女”のような存在も確実にいるが、八欲王と対峙した白銀からしてみれば、そちらの方が珍しい。

「モモン、君はこの世界で強者だ。だが、暴れまわるのなら敵対しなければならない」

 残念そうな響きが籠っていた。

「安心しろ。私は破壊がしたいわけではない。ただ仲間を探したいだけだ。邪魔する者を殺す可能性を否定はしないが、それは竜王であるお前も同じだろう」
「ふむ……弱肉強食は世の常、だね。しかし、あまりこの世界のルールを捻じ曲げないでほしい。この世界にはこの世界なりのルールがあるんだ」
「白銀、だったか? 人間の味方なのか? 敵なのか?」
「どちらでもないよ。ただ、ユグドラシルのプレイヤーにこの世界を壊してほしくないだけなんだ」

 彼からすれば、八欲王のように“始原の魔法”(ワイルドマジック)の理まで変えてしまうのは見過ごせない。言い換えれば、理を変えるような真似をしないのであれば、生きるも死ぬも、自分のしたいようにすればいい。

「白銀よ、私と取引をしないか?」
「取引?」
「私はアインズ・ウール・ゴウンのモモンガだ。この名前を知っている者がいたら知らせてほしい。戦闘だけは避けてくれないか」

 仲間に執着するモモンは、場を取り繕って大事な情報を逃す真似だけは避けたかった。

「モモンガ……アインズ・ウール・ゴウンのモモンガと言うのかい? 君の名前は」
「頼む。私達は仲間を探したいだけなのだ」

 モモンは頭を下げた。ナザリックの者たちが見たら激昂し、白銀を敵視していた。

「モモンガ、君はどうやら不快なプレイヤーではないようだ。仲間に会いたいというのは珍しいよ。私と出会ったら、必ず伝えると約束しよう」

 白銀はもう警戒をしていなかった。攻撃をされたら無警戒に直撃しただろうが、仲間の情報を得る伝手を得たことに喜んでいるモモンが、攻撃などするはずがない。

「名前を改めて教えてくれないか?」
「白銀、白銀のツアーだ。いずれ君の友人も紹介してくれると嬉しいな」
「わかった、伝えておく」
「また会うのを楽しみにしているよ。ああ、先ほどのゴブリン達はできれば殺さないであげてくれないかな。スレイン法国の犠牲者なのだろう?」
「私は殺生が趣味ではない。彼らは安全な場所に連れていこう」

 何の価値もない者を生かすも殺すも興味がないが、後々の為にそうしたほうが賢く思えた。

「ありがとうモモンガ。さて、私は帰るよ。漆黒聖典にも逃げられちゃったからね」
「漆黒聖典……スレイン法国のものか」
「おや? 知っているのかい?」
「詳しくはない。文献には載っていないからな。最近、出会った者に思い当たる節があるが、所持アイテムのレア度が高く、年齢層も幅広い連中で合っているか?」
「そうだね……恐らくはその者達で間違いなさそうだ」
「彼らはプレイヤーか?」
「いや、違うよ。だが、プレイヤーの残したアイテムを持っている」
「やはり彼らで間違いないな……。ワールドアイテムは知っているか?」
「わあるどアイテム? ギルド武器みたいなものかい?」

 ユグドラシルのアイテムにそこまで詳しくはなかった。

「それよりも厄介だ。世界を変える可能性があるアイテムだ。一つの世界を意味する、究極の加護。それならば、ツアーの警戒する世界への変更が可能だ」
「そうなのか……。詳しい話を聞きたいのだが、今は時間がない。君は普段はどこにいるのかな?」
「エ・ランテルの黄金の輝き亭にくれば、先ほどのナーベがいる。出かけていてもそこで待てばいずれ会えるだろう」

 本当はナザリックにくれば確実だが、相手が竜王で、しかも敵対する可能性が否定しきれない現状、ナザリックの場所は話せない。

「わかった。また会いに行くよ。それじゃあ、さようなら」
「ああ、気を付けてな。ツアー」

 白銀は手を振りながら来た方向へ戻っていった。

 彼が完全に離れるまで待ち、モモンは呟いた。

「ふぅ、ナーベ達を呼ばないと」

 呼ぶまでもなく、一団は森からゾロゾロと出てきた。

「モモン様」
「ナーベラル。今後、奴と交戦は絶対にするな。お前たちでは勝てないだろう」
「……はっ。畏まりました」

 ナーベは不満そうだ。命を落としてこそ本懐と思うNPCと、死んでしまえば終わりだと思うアインズとでは、態度に温度差がある。

「さて、ゴブリンを連れてカルネ村に行くが、その前に」

 モモンは《ゴブリン将軍の角笛》を取り出す。頭部の前部分を開き、髑髏の口でぷあーっと笛を鳴らした。ゴブリン達の数名が、顔に知性を宿らせた。知性を宿らせたものは前に出て、跪いてモモンを見上げた。

「へい、旦那! お呼びですかい!」

(口調が……)

 そこはかとなく江戸っ子を思わせる口調だった。

「お前たちは今日からカルネ村で生活をせよ。村人と協力し、村の発展に人間達と協力をするなら、命は助けてやると皆に伝えろ」
「ヘイ! 直ちに!」

(なんか喋ってる……これでカルネ村の人手不足も解消だな)

 後で分かったが、喋っていた江戸っ子のゴブリンはこの部族のリーダーだった。他と見分けはつかないが、名をカイワレと名乗った。

「行くぞ。先に行くからついてこい」

 モモン一行はゴブリン達を引き連れ、カルネ村へと向かった。







向かう先→1南の森

接触方法→3ハムスケ

出会う相手→3白銀 

警戒度1d%  白銀ツアーの警戒度 90% モモン 10%

ナザリックの場所を話す 1d%→70% ダイス失敗


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17日目~夜まで 城塞都市→カルネ村


 モモンが白銀と遭遇した前日、ブリタは冒険者組合でアインザックに呼び出された。

 別室で聞いた依頼は、モモンのため調査の依頼をこなしてほしいというものだ。

「はぁ、トブの大森林に住むゴブリンの調査ですか」
「うむ、モモン君にゴブリンの部族連合の殲滅を依頼する予定なのだが」
「モモン様が……」
「漆黒はまず南下して調査を行う。別動隊として、トブの大森林を調査する人材が必要だ。前回、盗賊の討伐で協力した君なら連携も取りやすかろう」
「や、やります! すぐに出られます!」

 今ではブリタも夢見る少女だ。

 見る夢の理想は一択、モモンと共に過ごすだけの内容だが、どれほど寝る前に思い焦がれても成功した試しはない。

「調査を終えたら南のカルネ村でモモン君と落ち合ってくれ。得た情報を基に、後はモモン君がなんとかしてくれるからな」
「はい! わかりました!」

 元気を通り越してうるさいくらいの返事だった。

 アインザックは鼓膜の震えた耳をほじくってから続けた。

「早速だが、出発してくれ。明日にはモモン君もここへ来るだろう」
「失礼します!」

 冒険者組合を出る足取りは軽かった。冒険者の階級が大きく離れているモモンと、同じ任務(クエスト)をこなす機会は滅多にない。普段は男勝りな彼女も、最近では小さなそばかす一つが気になり、化粧品など調べていた。

 彼女は身支度を手早く整え、鼻歌交じりでカルネ村へ向かった。

「あ、そういえばンフィーレア・バレアレさんがカルネ村へ移住したんだっけ?」

 たまには顔を出し、あわよくば試作品でも頂戴しようと考え、一直線にカルネ村へ向かった。





 今や立派な城塞を建築し終えたカルネ村は、小さな要塞に見えた。ブリタが前に立つと、上の物見櫓らしき建造物から若い女性が顔を覗かせた。

「こんにちはー!」
「はーい。」
「あのー!ンフィーレア・バレアレさんに会いに来たんですけどー!」
「はーい。ちょっと待ってくださーい」

 若い女性の頭は引っ込んでいった。鐘が鳴らされ、ほどなくして巨大なアンデッドが城壁を開く。

「ひっ!」

 黒い巨躯のアンデッドと目が合い、思わず声が漏れてしまった。立ち振る舞いだけでも平然とすることができ、自分を褒めてやりたかった。村の中から、呼び出されたンフィーレアが見覚えのある冒険者に近寄っていく。

「あなたはこの前の……どうしたんですか?」
「あ、いえ、あれは……何ですか?」
「ああ、デスナイトさんの事ですね。この村の守り神だそうです」

 ンフィーレアは自分も初めて見たとき、同じことを思ったのは黙っていた。

「えー……気まぐれで殺されそうなのに?」
「あはは。大丈夫ですよ。今は村人たちの大事な仲間です。それより、どうしてここに?」
「モモン様がゴブリンの部族連合を倒しに来ます。その事前調査を」

(モモン様……アインズ様ってことだよね?)

「トブの大森林へ行くんですね?」
「そうです。私が先に調査して、ここでモモン様と落ち合う予定です。その前に森の事を教えて貰えたらと思いましてぇ……あわよくば、余った試作品とかもらえたらなー……なんて」

 ンフィーレアはブリタが”モモン”様と言ったことに違和感を覚える。現在、モモンの正体を知っているのはンフィーレアだけだ。一介の冒険者のモモンに対し、余程のことが無い限り、様付けはしないと思っていた。たとえば、自分と同様にモモンの正体がアインズだと知っていれば、間違いなく様付けで呼ぶ。

(もしかして知ってるのかな……)

「バレアレさん?」
「あ、すみません。えと、トブの大森林の西側は蛇が多いので、開拓が進んでいる南から入ってください。東でもいいんですが、東北方面にゴブリンが多いので」
「わかりました。また後でここに来ます」
「お気をつけて。これ試作品ですが、よろしければどうぞ」
「やった、ありがとう! 行ってきます!」

 紫色のポーションを渡された。

 思わぬ収穫に悦び、ブリタは鼻歌を歌いながら森林へ向かった。





 森林の南から中心部へ向けてブリタは侵入した。トブの大森林は強烈なマイナスイオンが充満し、大木の影、口を開いた洞窟、朽ちて倒れた大樹、どこから魔物が飛び出て来てもおかしくない。生物の気配を感じないが、息を潜めてこちらを窺っているようで逆に恐ろしかった。

「ゴブリンの姿なんか見えないけどなぁ……」

 不安を誤魔化すように独り言を呟くと、目の前を木の葉が待った。

「おーい、きみー。」
「ん?」
「この森は危険だよー!」

 森の妖精(ドライアード)が木の上から声を掛けていた。人間ではないのは明白だが、特に強くも思えず、ブリタは怯えずに対応した。

「降りてきたらー?」
「仕方ないなぁ、ちょっと待っててー!」

 自身の分身の木から飛び降りた妖精は、赤い林檎をくれた。よく熟していてとても美味しかった。倒れた大木に腰かけ、退屈していた妖精相手に森の情勢を聞いた。妖精はピニスンと名乗った。

(魔物にもいい奴がいるなぁ……)

「ゴブリンの調査に来たんだけど、あんた何か知らない?」
「ゴブリンかぁ。確かに最近は森の様子が変なんだよね」

 性別不明な妖精によれば、東と南を統べていたトロールと森の賢王が消え、森林内は騒がしくなっているという。森の賢王は叡智を感じる強い目をした、モモンの使役する魔獣だ。

「森の賢王は知ってるよ。モモン様が配下に収めたから」
「ええっ? 嘘でしょ、森の賢王を?」
「当然だよ。あの人は強いんだから」

 鼻息荒く自慢げに胸を張る彼女は、シャルティアに似ていた。

「じゃあ、ザイトルクワエも倒せるかな?」
「なにそれ? モモン様に倒せない敵が思いつかないけど」
「森を荒らす魔樹だよ。今はまだ寝てるんだけど、起きたら世界を滅ぼすと言われているよ。もうすぐ起きる時期なんだ」
「ふーん。後でモモン様に話しておくね。依頼が来たら来てくれると思うよ」

 あわよくば自分も御伴できると考え、気分は浮かれた。

「ありがとう! でもそれとは別に早く逃げた方がいいかもしれないよ。」

 ピニスンが言うには、森の様子が変なのはここ数日で更に激化している。他の妖精や精霊の噂だと、中心部の湖に住む蜥蜴人(リザードマン)が戦争を始める話も聞いている。今までは森にいなかったアンデッドも、ここ数日で急激に増えていた。

「アンデッドはやだなぁ……」
「僕も遭遇したくないんだよね。自分の分身の木から離れられないしさ」
「戦争って誰とすんのよ、人間?」
「さあ、そこまでは。かなり殺気立ってるみたいだから、相手はすごく強いんだろうね」
「ところで、ゴブリンの噂はないの?」
「リザードマンの集落がそんな状態だから、東北の端っこで静かに暮らしてるみたいだよ。リザードマンの戦争が終わったら、支配権を広げるんじゃないかな。今ならトロールも賢王もいないからね」
「端っこね……わかった。あんがとねー」
「気を付けてねー!」

 ピニスンは再び自らの分身である大樹に帰っていった。不安は自らの大樹が生き残れるかで、彼女の生死にそこまでの関心はない。もっとも、何を言ったところでこの後に訪れる不幸な遭遇は避けられなかった。

 そしてブリタは森の奥で遭遇する。

 自らの命を、気まぐれに手を振るだけで奪える相手に。





 ピニスンと話をして気が楽になったブリタは足取り軽く、森の中央に向けてゴブリンの捜索にでた。彼らの勢力圏の情報は掴んだので、欲しい情報は手に入れていた。しかし、モモンに有益な情報を手に入れ、彼から感謝を貰って共に行動するために、よりよい情報を得なければならない。ピニスンの話していた魔樹というのも、モモンが討伐するなら同行したい。

 浮かれた気分は直ちに凍り付く。

 大樹の陰から急に現れた目が合った、青銅の蟲王(ヴァーミンロード)によって。

「……何者ダ?」
「……」

 人は命に係わる危機に直面したとき、思うように動けない。ブリタは何らかの反応をすることもできなかった。

 ゴブリンを探していただけの自分が、戦斧を持ってこちらを見ている巨大な蟲人が理解できずにいた。しかし、予期せぬ出会いは相手も同じだ。

 同様に遭遇相手のコキュートスも混乱していた。

 リザードマンの集落を落とすために臨時拠点の周辺を見回っていた。問題はそこではなく、彼女を生かすのか? 殺すのか? 生かすなら口止めが必要か? 殺すなら”掃除”は自分でやるのか? 疑問はコキュートスの頭の中で渦を巻いた。

 カルマ値中立の彼は無益な殺生を好まず、今後の作戦に問題がないならそれで済ませたかった。ブリタに輪をかけて混乱したコキュートスは、同じ問いを繰り返した。

「……何者ダ?」
「は、はいぃ! 私はゴブリンの部族を偵察してくるように言われました。モモン様がゴブリンの部族連合をなんとかするために情報収集をしています。この後、カルネ村で落ち合う予定です!」

 コキュートスは更に困ってしまった。

 モモンというのがアインズの冒険者名というのは情報を得ている。だが、アインズに迷惑が掛かる可能性がある以上、ブリタを始末してしまうわけにいかなくなった。

 モモンの名前を出せばなんとかなるというブリタの賭けは、彼女に軍配が上がった。

 コキュートスは冷たい呼気を吐き、戦斧を地面に突き立てた。

「ひっ!」
「私ハ、何モ見ナカッタ。オ前モ、何モ見ナカッタ。ソレデヨイカ?」
「は、はい! 誰にも何も言いません! 何も言いません!」
「行ケ」
「失礼しまぁぁす!」

 叫びながら脱兎のごとく逃げ出した。

(カルネ村に逃げる。死にたくない! 助けて! モモン様!)

 あと少し彼の前に立っていたら失禁していたかもしれない。

「決戦マデ、マダ時間ガアル。……忘レヨウ」

 コキュートスは何事もなく、付近の警戒を続けることにした。





 恐怖に震えるブリタがカルネ村へ帰りついたとき、彼女を待っていたのは大量のゴブリン達を引き連れたモモンだ。ンフィーレアとモモンは何かを真剣に話していた。姿をみて安心した彼女は、モモンに向けて走っていった。

「モモン様ぁぁ!」

 びくっ、と驚いて剣を構えそうになったモモン、それを見てンフィーレアは慌てて離れ、モモンは半泣きで駆けてくるブリタをみて剣を降ろした。ナーベがモモンの前に飛び出して剣に手をかけ、ブリタはモモンに抱き着けなくなってナーベの前で立ち止まった。

「はい、ハムスケさん。これ食べて」
「おお! 懐かしいでござる! 森の果物でござるな!」
「保存食だけど、久しぶりに食べたいでしょう?」
「美味しいでごじゃるよー! 涙が出てくるでござるぅ」

 エンリとハムスケだけが平和な日常を過ごしていた。

 ナーベを宥めてから、モモンはブリタを見た。

「どうかしたのかな、ブリタ」
「はい! 森の中を中心に向かってゴブリンの捜索に当たっていました。そうしたらせいど……」
「……制度?」

 先ほどの蟲王(ヴァーミンロード)が頭に浮かんだが、命懸けの約束を破ることは出来なかった。

「ブリタ、どうしたんだ?何かあったのか?」
「あ、いえ。ゴブリン達は森の様子がおかしいので、端っこの方でひっそりと暮らしているようです」

 上手く誤魔化すことができた。彼女はコキュートスのことを話さず、森の妖精(ドライアード)から聞いた話だけを伝えた。

「魔樹か……それは確かに面白そうだな」
「モモン様は強いので相談をしたいそうです」
「わかった、覚えておこう。そちらより、リザードマンの集落も気になる。ゴブリンに接触するより、リザードマンの集落へ向かった方がいいかもしれない。ありがとう、ブリタ」
「はい! 光栄です!」

 うるさいくらいの返事だ。

「あの、このゴブリンたちは……」
「ああ、ゴブリンをこのカルネ村に預けることになった」
「ええっ!?」
「ええっ!?」

 ブリタと同じ反応を示したのは、ハムスケと親交を深めていたエンリだ。

「エンリ、ちょっとこっちへきて。」

 ンフィーレアがエンリを連れていく。ンフィーレアは人手不足を解消するゴブリンたちに難色を示したが、意思の疎通が可能だとわかって快諾した。モモンとアインズが同一人物だと知らないエンリへ、ンフィーレアがもっともらしい理由を説明してくれる。

 彼にもポーションの制作進展の話も聞きたいが、人目が多すぎるので夜に回した。モモンの正体を知るのは彼一人いれば十分だ。戻ってきたエンリはゴブリン達を受け入れてくれた。


「お任せください。ゴブリンさん達と仲良くしますので。」
「ところで、子供達がやけに……いや、人数が増えているのか?」
「はい! ヤトノカミ様が王国で酷い暮らしをしている孤児たちを連れていらっしゃいました」

(なんだと……あの野郎、また勝手なことを)

 アインズは《伝言(メッセージ)》が繋がらない友人に心の中で文句を垂れた。

「子供達は全員、村の農業を手伝って生活しています」
「そうか……」

 それ以上、モモンの姿では何も言えなかった。

 手持無沙汰のアインズはカルネ村の現状が対外的にどう思われるのかと、ブリタを突っつきはじめた。

「ブリタ、このアンデッドはデスナイトと言って、伝説級のアンデッドだそうだ。アインズ・ウール・ゴウンという者から授けて貰ったそうだ」
「そ、そうなんですか? こんなアンデッドを二体も授けるって、それにこの城壁は?」

 ブリタはカルネ村の状況に多くの疑問を抱いた。

「彼らは自分たちを王国に見捨てられた棄民だと思っている。アインズ・ウール・ゴウンを崇拝しながら、彼の力を借りずに自らの手で村を発展させようとしているのだ」
「は、はぁ……そうなんですか」
「あの、アイ……モモンさん」

 ンフィーレアはうっかりアインズと呼びそうになった。

「どうしたのかな、ンフィーレア・バレアレ殿」
「森の調査に出るにはもう遅いので、今夜は泊まって行ってはどうですか。家はご用意しますので」

 ポーションの進展状況や村の報告をしたかった。

 カルネ村は法国の襲撃で一人の犠牲者も出さず、労働力は増え続けている。体の元気な青年は肉体労働に回し、女子供で農業・薬草の調合、食事睡眠不要のアンデッドで不眠不休の労働、持ち回りが決められた労働力は効率が良く、大きな発展を遂げていた。

 作物は周期が間に合わないため、食料事情は決して豊かではない。それに不満を持つ者はいない。大きくなり続けているこの村は、発展と幸福が約束されているのだ。広がり続ける畑の面積、村の敷地、建てられ続ける住居の数、休みが不要な労働力、真面目に働く子供。

 カルネ村の広さは、以前の倍に思えた。

「では、お言葉に甘えて、明日にしよう」

 アインズはアンデッドなので休む必要なないのだが、勝手な事ばかりする友人に連絡をしなければならなかった。

「はい、ご案内します。こちらです。」

 その後、正体を唯一明かしているンフィーレアから、こっそりとポーションの制作状況の進展だけを聞き、アインズは外に出た。ンフィーレアは優秀で、彼ならばナザリックから生産に使うアイテムを渡しても有効に活用してくれる。

 問題は、素行不良が目立つ友人だ。

(さて、あの野郎。何してやがる)

 アインズは《伝言(メッセージ)》を使った。

 気の抜けた返事が返ってきた。

《はい、ヤトッスー》
《お前、この野郎……好き勝手に遊びまわりやがって》
《えーと……どれのことでしょう?》
《全てだ! セバスから聞いたぞ。帝国に行ったと。だいたい、六腕って犯罪組織の何かじゃないか》
《六腕というのは犯罪組織の精鋭部隊だそうですよ》
《もっと悪い! セバスを置いて敵対者と遠足とは……いい根性しているな》
《いやー、話の流れでつい。でもアダマンタイト級の強さを持ってるらしいんで、利用した後にナザリック送りで》
《そういう問題じゃ……》
《そういえばこの世界の貨幣なんですけど、金貨の上に白金貨っていうのがあるみたいですね。金貨の十倍の価値だそうで》
《誤魔化……て、そうなのか? 何だそれは》

 ナザリックの維持費に頭を悩ますアインズは、上手く誤魔化されてしまう。

《やりー。とりあえず1,100枚も集めましたよ》
《10倍ってことは金貨1万と1千枚……? なにをやっているんだ。詳しく話しなさい》

 金貨11,000枚に相当する貨幣を集めたヤトを、既に怒る気は失せていた。これならば、モモンは冒険者として活躍するのは名指しの依頼だけで済む。ナザリックに籠って内務に精を出し、ヤトの集めた情報だけでしばらくは忙しくなる。

《八本指の賭場であそ……情報収集の依頼を受けたんス。目をつけられたので、帝国の公営賭場に出入りする羽目に》

 遊び呆けた結果、美女とのデートを涙ながらに捨て、正体不明なむさ苦しい男達と小旅行になりましたとは言わなかった。

《説明を何段階かすっ飛ばしているな……》
《ギャンブラーのスキル持っててよかったですよ。負けないギャンブルがこんなに面白いとは。ハマりそうッスね。」
《ダメ男の典型だな。絶対に散財するなよ? ナザリックの維持費に回すから》
《わかってますよ。そんなことより、凄い美人と会いましたよ。蒼の薔薇のリーダーだそうで》
《……知るか」
《露骨に興味を失うのやめましょうよー。王都に戻ったらデートする予定です》
《へー》
《過去最大に薄いリアクションッスね》
《俺もアダマンタイトになったんだよ》
《あー……そうですか。早すぎないスか? 何段駆けあがったんですか》

 ちょっと嫉妬をしているようだ。

《こっちは何かと問題が多くてね。そういえばプレイヤーの情報が手に入ったよ》
《マジッスか!? じゃあみんなも!?》

 恐らくこの先、これ以上に大きな返事はない。お互いにそれが最重要事項だと分かっていた。他の全てがおまけに過ぎないのだ。

《それはなかった。けど情報をくれた者とは協力関係になった。他にも話すことはあるから、詳しくはナザリックで。そろそろお互いの情報交換が必要だ》
《了解ッスー。じゃあ、こちらが終わったら六腕連れてナザリックへ帰ります》
《ギャンブルに明け暮れてもいいけど、必ず勝って帰るように。ナザリックの財政面が助かる》

 現状でも十分に儲かっているが、それ以上に金貨が増えるなら王都で物資の調達が見込める。これまで散々に自由行動をしてきたヤトに、細かく指示を出せばいい。ヤトからしてみれば、冗談では済まない使い走りが決まった。

《勝たないととデートの予定を延期してまで来た意味がないッスから》
《張り切っているな。こっちは明日もゴブリン部族連合の調査だ。リザードマンの情報は持っているか? 彼らの集落に何か異変が起きているらしいのだが》
《そうですか。それはカルネ村のようなチャンスなんじゃないスかね》
《俺もそう思う。この辺はナザリックから近いから、なるべく全てを平定しておきたい》
《じゃ、明日にでも偵察に》
《そうだな。冒険者としての身分があるから、様子見て大変そうなら連絡する。珍しい武器やアイテムを持っているかもしれない》
《だといいんですがね。ところでアインズさんは夜、何してんスか?》
《夜って別に何も》
《睡眠の代わりにベッドでゴロゴロして、精神の安定化を図った方がいいんじゃないスかね》
《意味ないだろうに》
《試しにやってみてください。何か変わったら教えてくださいよ》


 ヤトが眠気でギブアップするまで、二人の話は続いた。

 長話の影響により、帝都で無残な事態が起きるが、アインズには関係ない。






出会う相手→5ピニスン
遭遇確率→60% 成功
相手→2 コキュートス

死亡率→20%(固定) 失敗


カルネ村で
《1ナーベを残し、アインズで再登場 2モモンのまま 3森に行く 4帰る》
→2モモンのまま



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血反吐色の帝都の夜

残酷注意 小





 話は一日前に遡る。

 王都の東門で、セバスを付き従えたヤトは用意された馬車の前に立った。ナザリックの馬車と比べると、座席の座り心地が悪そうだ。同乗する男も、スキンヘッドのごつい男と、仮面を被った不気味な男。せめて女でもいればと思ったが、唯一の女性は別の馬車に乗り込んだ。

 スキンヘッドの男が形式的に頭を下げた。

「警備部門のゼロだ、よろしく頼む。彼らが私の優秀な部下だ」
「御苦労」

 心の中で嘲るゼロに対し、上から目線で労をねぎらった。その軽い態度で、馬鹿にしていることが窺えた。

(馬鹿が、これが最後の王都と知らずに)

 普段なら怒るゼロも、そう考えれば、無礼な態度も見過ごすことができた。

 紹介された五人の部下も簡易的に頭を下げる。先ほどに美人と楽しくおしゃべりをしていたヤトは、意気消沈して彼らに興味を示さなかった。元より仮面をつけているので、表情が見られることはない。

「セバス。留守を頼む」

 セバスは深々と頭を下げた。

「ヤト殿、気を付けて旅をしてくれたまえ。」

 八本指のボスは手を振って見送った。内心は笑いをこらえるので必死だ。六腕がついていれば、彼が金を稼いでも八本指に入るか、死ぬしか選択肢がない。結果に得をするのは八本指だけだ。7人を乗せた二台の馬車は、無事に王都を出発した。。

(帝国に行くのにこのやっすい鎧じゃださいよな……)

 いわゆる大都会の帝都へ出るのに、野暮ったい安価な鎧が恥ずかしくなった。

 幸い、資金だけは潤沢に持っている。

 揺れる馬車の中で窓の外を見ながらのんびり考えた。

 同乗した黒いローブで顔を隠した男を見た。探知スキルで把握しているのは、彼だけがアンデッドだ。王都でアンデッドに遭遇したのは二度目で、今さら驚きもない。自分で思うより、異形種が紛れているならそれはそれで構わない。

「なあ、デイバーノックって言ったっけ?」
「ああ、そうだ」
「王都っていうのはアンデッドが多いのか? お前みたいな」
「えっ? ……え?」
「おいおい、なに言ってんだよ」

 ゼロが慌ててフォローを入れた。

「あーいいからいいから。アンデッドはわかんだよ。どうせエルダーリッチかなんかだろ?」
「その辺にしておいた方がいい」

 ゼロが睨みを利かす。

「うるせえな、いいんだよ、こいつで二人目だから。本当に変な国だよな、ここ」

 ははっと軽く笑い窓の外に視線を向ける。

 月は満月だった。

(ああ、メンドクセ……しかもツマンネ)

 帝都でこなす仕事は、賭場で遊ぶことだった。

 ラキュースと出会ったことで、目的が増えていた。

(高級で見栄えのいい服を買う……デート資金を稼ぐ……ついでに図書館も見よう……飯はあっちの方が美味しいかもしれない……やることが多いなぁ)

 大事なことは王都に残っている。これからセバスが”蒼の薔薇”の女性陣とよろしくやると考えると妬けた。

「おい、ゼロ、武技は使えんのか?」
「当然だ。私は強いからな」
「結婚は?」
「……いや、してないが」
「じゃあ、恋愛経験は?」
「女を抱きたければ力ずくか娼館に行く」
「そっか……なんか……ごめんな。それじゃ恋愛相談なんかできないもんな」

 仮面をつけているので表情はよくわからないが、同情をされているとわかったようだ。スキンヘッドの頭に血が上りそうになった。

「そこのアンデッドには聞くだけ無駄だな。下もついてないだろうし、じゃあ俺は寝るからよろしく」

 言うが早いか彼はすぐに眠りに落ち、その後12時間以上眠ったままだった。楽し気な夢を見ているのか、時おり笑い声がでる。馬鹿にされた二人には余計に腹立たしかった。

「なんだこいつは? これが帝国に経済侵略しようとしている奴か? ムカつく糞ガキがっ!」

 苛立つゼロが吐き捨てるように言った。

 手を出したくても、結果が出てないのに殺しても意味がない。





 馬車は順調に進んだが、遠方の帝都に到着したのは翌日の夕方だ。

「おせえんだよ、ったく。ああ、思い出してもむさ苦しい退屈な馬車だった。二度と御免だ」
「……」
「……」

 起きたヤトに散々弄り倒され、二人の怒りは限界だった。

 本来であれば即座に殺したが、何の成果も上がってない現状で殺せない。

 ヤトは疲れて苛立ったが、彼を上回る苛立ちと疲労がゼロとデイバーノックを襲った。

「おい、お前……ちょっと宿探してこいよ」
「……ああ」

 精神の沈静化で感情はすぐ落ち着くとはいえ、馬鹿にされ続けたデイバーノックは怒りの炎を燃やしていた。

(あの糞野郎。必ず殺してやる)

 馬車の従者を入れて9名のため、三人部屋を三つとった。ヤトの同室は、そのままゼロとデイバーノックだった。

「あ、メッセ入った。ちょっと宿の外に行ってくる」

 彼が出ていってから、デイバーノックは壁に穴をあけた。

「糞! あの糞野郎! 絶対に殺してやる!」
「落ち着け……奴は俺が殺す」
「畜生……すぐにでもぶっ殺してやりてえ」
「金を稼がせてからだ……それまで、何を言われても我慢するしかない」

 壁に穴をあけ、ぼんやりと窓の外を見て精神を落ち着けた。

 やがて眠気が上限に達したヤトが戻ってくる。彼は戻って早々、偉そうに指示を出した。

「ゼロ、明日は朝から闘技場にいく。全員でついてこられても邪魔だから、他の誰かに図書館の場所を調べさせろ」
「なんで俺達がそんな真似を!」
「口答えするな。おまえら俺の護衛だろ。調べろといったら調べろハゲ」

 立ち上がろうとしたゼロの眼前に人差し指を突きつけ、暴言を吐き捨てた。歯を食いしばって怒りを堪えるゼロを鼻で笑い、ベッドに横になった。眠くて不機嫌の彼は、いつ爆発するかわからず、爆発したとなれば王都で溜め込んだ憎悪まで昇華される。

 彼らがそれを知る事は無い。

「ボス、本当にこんな奴のいいなりになるのか?」
「……」

 ゼロは真っ赤になって震えている。

 温厚なタイプではなかったが、ここまで侮辱された経験もなく、彼の怒りは限界まで膨張していた。

 足の一本でもへし折れば大人しく従うだろうと、右の拳を彼の足にめがけて無造作に放った。放った拳は彼に当たったが、威力は彼をすり抜けベッドを破壊する。眠っていたベッドが落ちたので、ヤトの体は穴に落ちた。

 これが最もとってはいけない選択肢だった。

 ベッドを破壊され、無理やり叩き起こされた彼の不機嫌の数値は、いきなり上限を振り切っていた。怒りで頭が真っ白になる感覚とは違い、殺意を交えた憎悪の炎は彼の頭を黒く塗りつぶした。ゼロが不運だったのは、ヤトが目覚める過程で、王都で溜め込んだ鬱屈した憎悪まで呼び覚ましたことだ。

 これが生き地獄の始まりとなる。

「……うるせえぞ。ベッドを壊しやがって、てめえどうしてくれるんだ」

 言い終わる前に、ゼロの顔に右の拳を叩きこまれた。多少の手加減はしたが、ゼロの体は壁まで飛んでいった。憎悪が一撃で収まるはずがなく、馬乗りになって殴り続けた。

 抵抗は何の効果も無く、叫んでいても殴り続けた。

 腕で身を守っていれば腕ごと殴った。

 体を丸くしたのなら、腕の無い場所を殴った。

 腕を売り回せば、その腕を殴った。

 加虐嗜好まで加わり、口を歪めて暴行を楽しむ仮面の男は、自分で止めることができなかった。

 デイバーノックは強者であるはずのゼロが、子供扱いされ殴られ続けているのを仲間が駆けつけるまで呆然と見ていた。音を聞いた他の4人が駆けつける頃、ゼロの顔は本来の大きさの倍まで膨らみ、素肌の見える場所は酷い内出血を起こし、まるで青い大きな鱗に覆われたようだった。

 駆けつけたはいいが、部下たちも目の前の光景が理解できずに立ちすくむ。自分たちのボスの実力には信頼を寄せていた。六腕最強であるゼロは、大人が子供をいたぶる実力差で殴られ続けている。

 ヤトは虫の足を捥ぐ幼子の残虐性で、口角を歪めてゼロを殴り続けた。

 やがてゼロの体力は底を尽き、激痛で身動きすらできなくなった。

「ちっ、動かなくなった。勿体ないけどポーション使うか。」

 空中から赤い液体を取り出し、ゼロに振りかけた。完治したゼロは意識を取り戻し、ヤトに叫ぼうと口を開いた。

「お、お前はいっごっ!」

 叫ぼうと大口を開いたのがまずかった。彼の言葉はヤトの拳で遮られた。初めから治癒を望んだわけではない。

 ただ、殴り足りなかった。

 それだけのことなのだ。

「やめろっ!」

 ボスの声でいち早く我に返ったデイバーノックが止めた。

 仮面の中央に描かれた大きな一つ目がデイバーノックを見て、悪魔の拳が止まった。

「なんだ? 何か文句があるのか、虫けら」

 仮面をつけているので表情がわからないのが、余計に不気味だった。誰も彼に答えなかった。

「どうした、お前ら。攻撃しないのか?」

 ヤトは仮面をゆっくりと外した。

 口元を歪め、残忍な表情を浮かべる彼は同じ人間とは思えなかった。誰も何もしないのを確認して、再びゼロに暴行を加え始めた。

「やめろがっ! 手を出すごぼっ! 化け物ぐほっ!」

 部下の身を案じて叫ぶゼロの声は、止まる事のない右の拳で邪魔され続けた。悪魔は口角を更に歪め、愉悦とばかりに拳を叩き込む。

「安心しろよ、殺さないから。俺が殴るのに飽きたら止めてやるよ」

 見物人は八本指管轄の劣悪な娼館を想像した。どんなに女が泣き叫んでも、サディストは殴り続ける。女が負傷すればするほど興奮し、最後に犯して終わる。それが自分たちのみに振りかかってきたのだ。

 ゼロはやがて動かなくなった。

「ちっ、雑魚が。相手の力もわかんねーなら手ぇだすんじゃねえよ、ゴミが」

 意識を失ったゼロの顔に唾を吐き捨てた。

「おい、てめえらはどうすんだ。ボスの名誉を回復しなくていいのか?」

 彼の顔は加虐嗜好に溢れていた。誰も言葉を発さず、ただ沈黙だけが流れた。

「んだよ、根性無しだな。俺に歯向かったらどうなるか覚えておけ、雑魚ども。お前ら今日から全員、俺の部下だからな」
「……」
「返事をしろ!」

 大きな声で数名の体がビクッと跳ねた。

「はい」

 誰かがそれに答えた。何が“はい”なのかもわからないが、この場をやり過ごせばなんとかなりそうだった。

「あーそうだ。アンデッドのお前、武技は使えんの?」
「使えません」

 突如、金属を砕くような音が部屋に響き渡り、デイバーノックの体は空中でバラバラになった。砕けた肋骨、髑髏、頸骨、薄汚れた白い骨が思い思いに床へ散らばった。ヤトが残骸を踏みつけると、白い骨は砂となって消えた。

 素早く力任せに殴っただけなのだが、他のものは残像さえ捉えられなかった。

 考える間を与えず、ヤトが声を掛けた。

「他に武技を使えない奴、いまここで楽にしてやるから言え。ここで死んだ方が楽かもしれないぞ」
「……」

 この状況で使えないなどと言えるわけがない。殺されたデイバーノックは“不死王”の二つ名を名乗ることなく消滅した。名乗っていても気に入られずに消されていたかもしれない。どちらにしても彼に生きる道はなかった。

「いないんだな。じゃあそこのゴミを連れていけ。目障りだ」
「……」

 水揚げされたマグロのように転がるゼロは微かに動いている。今なら処置をすれば助かりそうだ。

「早くしろ、死にたいのか?」
「デイバア……ノック……」

 犯罪者の武闘派集団でも、仲間を案ずる気持ちはあるらしい。虫の息のゼロは息も絶え絶えに、消滅した仲間の名を呼んだ。

「まだ意識があったのか、うるせえんだよ」

 ゼロの頭をサッカーボールのように蹴飛ばした。数日前、武器屋の店主にしたような生易しい蹴りではなく、頭が飛んでも構わない蹴りだ。彼は床を回転して壁に当たり、全身痙攣を起こしている。

「早くつれていけ! 目障りだっつってんだろうがぁ!」

 怒鳴られてからやっと動けた4人はゼロを引き摺り部屋をでた。最後の一撃で本当に死んだと思ったが、胸は辛うじて上下していた。

 退室していく彼らの、最後尾に呼びかけた。

「おい、おまえ」
「はっはい!」
「豚に振りかけろ。死なれては利用価値がない」

 赤いポーションを投げ渡した。

「死んだら教えてくれ。蘇生させる」


 悪魔は感情の無い言葉を放ち、空いているベッドへ飛び込んだ。内容の意味も分からず、頷いて部屋を出た。





 赤いポーションを振りかけられ回復したゼロは、四つ這いになって涙をながした。

 未だかつてこれ以上の屈辱を受けたことがない。殺せるなら殺してやりたいが、何回やっても勝てる想像が浮かばない。歪んだ口角を思い出せば、全身が恐怖で震えた。

「ボス……」

 部下は哀れみの目線を送った。

「全員で襲えば勝てるかしら?」
「無理だと思う」

 普段であれば軽口を叩き、冗談を飛ばしながら話した。今は親の葬儀のように暗い。ゼロは自らの原風景である、スラムで泣く子供に戻っていた。

(力があれば人から奪って楽に暮らせるんだ)

 ただそれだけだったのに、もうゼロは原風景から未来へ出られない。彼らは静かに涙を流すボスの周りで、声を掛けられずにそのまま時間を過ごした。

 心のへし折られた“五腕”は、僅かな反抗心・脱走への希望を残しながらヤトの部下として振る舞う。

 これが終われば逃げ出せるという希望を信じ、ナザリックで真の地獄を見せられるまでの短い間を。

 多少の溜飲が下がったヤトは綺麗なベッドに横になって天井を見上げた。

(女が一人いたな……遊ぶか?)

 ラキュースの顔が浮かび、その気が失せていく。

(恋多き方は好きじゃない……か)

 性欲を満たすのは諦め、五大最悪の全てを試すだけで留めようと思った。彼らが活躍できるのは、確かな意思と生を持った異世界でこそ相応しい。防衛戦力としての彼らは、そこまで役に立つとは言い難い。恐怖公だけが、その容姿だけで敵を引かせることができる。問題は、彼の部屋に入りたくないことだ。

 想像すると鳥肌が立った。

 黒い憎悪の炎は頭の中にあった。

 彼らは命拾いをしたが、死んでいた方が楽だったと知るのはしばらく後だ。

 帝都アーウィンタール1日目。

 血反吐色の絶望で彩られた夜は更けていった。






ヤトと同じ馬車→”不死王”デイバーノック。
ゼロの怒り →70%

暴言により+1d10を加算。
暴言×2怒りゲージ 2d10→17 クリティカル
ゼロの死亡率ロール→失敗


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漆黒の英雄の調査報告書 初日


 モモンはゴブリンを後回しに、蜥蜴人(リザードマン)の集落と魔樹を調べる予定を立てた。アインザックは依頼に期限を設けなかったので、モモンの都合の良いように予定を組んでも問題はない。ナザリック、冒険者、どちらの立場にせよ、蜥蜴人(リザードマン)の集落は調べる必要がある。

 村の入り口で、モモンは振り返った。

「すまない、個人的に調べたいことがある。ナーベとブリタは村で待機をしてくれないか?」
「わかりまし――」
「危険ですよ!モモン様!」

 ナーベは今日も変わらず、誰かに返事を遮られ続ける。ブリタの背後から、今にも斬りかかりそうな目つきで赤髪の後頭部を睨んでいた。ブリタは、昨日に遭遇した蟲王(ヴァーミンロード)を警戒していた。

「大丈夫だ。ちょっとゴブリンで気になる事もある。一人の方が逃げやすいからな」
「ですが、森には何がいるかわからないですよ!」

 モモンは彼女がなぜ必死に止めるのか不審だった。

「魔樹を警戒しているのなら、目覚めるのはまだ少し先なのだろう。他にも何かあるのか?」
「いえ、何もありませんが……」
「私は強い、安心して帰りを待つといい」
「……わかりました。気を付けてください」

 彼なら負けないと信じていても、傷を負うと考えると不安には変わりなかった。

「二人とも時間があるなら村人を手伝ってやってくれ。新たな住人であるゴブリン達も心配だからな。」

 モモンはアイテムで《飛行(フライ)》を使い、森林を上空から観察した。

 ナザリックの階層守護者が急ピッチで建設を進めている、リザードマン侵略のための臨時拠点は、巧妙に周囲の樹木で隠されていた。幻術だったら見破られた可能性があるが、実際の樹木を操作されては発見が難しい。

 ひょうたん湖と呼ばれる湖の畔で、リザードマン達が大量に集まっていた。近くの集落へ降り、手近なリザードマンに声を掛けた。

「すまない、どうかしたのかな?」
「お、お前は何者だ!」
「奴らの仲間か!」
「どこから来たんだ!?」
「そ、空から来た! こいつは奴らの仲間だ!」

 何やら殺気立っていた。

「私は冒険者だ。ゴブリンの調査にきたのだが」
「本当か?」
「おい、そこ! 騒がしいぞ!」

 群れの先頭から一際大きな声がかかる。どうやら群れのリーダーらしく、モモンを上から下まで眺めてから、敵意のない落ち着いた声で言った。

「何者だ? 奴らの仲間では無いとありがたいのだが」
「私は冒険者モモン。森林に住むゴブリン部族の調査にきた者だ」

 戦う意志はないと両手を肩の高さまで上げた。

「強いのか?」
「王国最高位の冒険者だ。」
「そうか……申し訳ないが、冒険者とものに詳しくない。少し話をしてもいいだろうか?」
「どうかしたのか?」
「私は族長の一人、シャースーリュー・シャシャ。これから族長会議を開くので、そこで話をしよう。一緒に来てくれ」
「わかった、付き合おう。」

 ユグドラシルとは違う落ち着いたリザードマンに興味が湧き、モモンは二つ返事で付いていった。





 5匹の鱗、体色、特徴の違うリザードマンが、大きな藁葺き屋根の家に集まっていた。

「おい、緑の爪族長、なんだそいつは」
「兄者、部外者を巻き込むのは歓迎できんな」
「我々だけでは気付かないこともあるだろう。話だけでも聞いて貰おう」

 皆の注目が集まった。漆黒の全身鎧は腰を下ろし、軽く頭を下げた。

「はじめまして、私は冒険者モモンだ」

 蜥蜴人(リザードマン)の話だと、5つの集落、全てが襲撃を受ける予定のようだ。相手は存在も所属も、武力や数まで不明な敵で、支配下に下るなら無駄な血を流さずに済ませると伝えて帰っていった。その知らせを受けて他の族長を全て集め、“緑の爪”族長の弟でのザリュースが、周辺の族長を集めて会議を開いていたようだ。

「至宝を見せてくれないか?」
「ああ、構わない。これが凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)だ」
「わたしの、これ、ほわいとどらごん、ぼーん」
「彼は鎧の影響で知性を失っているんだ」
「元はかなり賢いわけだな」

 彼らのもっている凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)白竜の骨鎧(ホワイト・ドラゴン・ボーン)は、ユグドラシルに無かった装備だ。アインズの蒐集(コレクター)欲が刺激された。

 蒐集家とは集める品に利便性を求めず、価値の高い、人の羨む、珍しいものほど欲しがるもの。彼らの身に着けている装備は、アインズが手に入れても装備品としては何の役にも立たないが、それでも欲しかった。

「なるほど、纏めると所属不明、相手の戦力も不明。三日後に攻めてくるが、降伏すれば命は取らない。意味不明なことに、大量の食料を渡して帰っていったと」
「そうだ。支配下にはいるなら食料問題に協力すると」
「変わった奴だな。相手に心当たりは?」
「ない。いままで迷い人以外に、集落に近寄って来なかった」
「トードマン共が誰か雇ったんじゃねえのか?」

 蛙人(トードマン)とはリザードマンに敵対する存在だ。湖を中心に縄張りを争い、小競り合いが絶えない。しかし、それは同じ種族の違う部族間でも同じことだ。

「それはないわ。明らかに強いもの」

 発言した白い蜥蜴人(リザードマン)も欲しくなり、うっかり熱い目で見つめてしまった。

「な、なに?」
「いや、アルビノは良く生まれるのか」
「……滅多に生まれないわ」
「美しいな」
「なっ……」
「待て待て、その話は後にしてくれ」
「ザリュース……」
「クルシュ……」

 見つめ合う二人はただならぬ関係を予見させたが、他の全ての蜥蜴人(リザードマン)は白けた顔をしていた。

「ゴホン、話を戻していいか?」
「あ、ああ、済まない、兄者」

 伝令として来たのは、巨大な武器に見合った体躯の異形種だ。特徴の一力、使者は同一の異形種だ。

「軍勢ではないのかもしれないな」
「敵は単独で戦うのか?」
「ああ、そう言っていた」
「つよい……ひとりで、みなころせる」

 単独勢力にしては疑問が残るが、決戦に関してあちらは一人で戦うのは間違いない。白銀の時みたいに未知の存在を考慮すると、彼らに勝算はないかもしれない。モモン、つまりアインズは魔法詠唱者だ。戦士職として高レベル者と戦うのは不安が残る。

(もしかするとモモンとしての俺にも、勝ち目がない可能性もある……か)

 だからこそ期待できた。

 未知の存在への興味とコレクターとしての矜持に加え、最悪は負けそうだったら見捨てて逃げればいい。何より、戦士として剣で火花を交わすイベントなら、進んで行うべきだ。相方のヤトも、職業を生かして好き勝手に王都で活躍している。自分がここで引いてどうする。

「話はわかった。このモモンを、用心棒に雇う気はないか?」
「ありがたい申し出なのだが、我々に報酬が払えるとは思えないが……」
「おい! お前、後から出てきてなに言ってやがる! 俺たちより強いってのか!?」

 ワニに似たリザードマンが怒鳴った。

「ゼンベル、ちょっと落ち着け。」
「俺は反対だ! こんな流れ者が、俺たちより強いわけがねえ!」
「ほう、好戦的だな。試してみるか?」

 面白そうだったのでモモンも挑発する。

「上等だぁ! 表出ろっ!」

 他の族長たちはため息をついて彼らを見送った。

「またやっているわね、ザリュース。」
「あいつの趣味だ。邪魔しないでおいてやろう。それより、彼の戦力はどの程度だと――」

 “竜牙族”族長のゼンベルは好戦的な性格で、止めても話を聞かない。加えて、僅かな時間を対峙しただけで、モモンの強さは理解できた。当然、LV18のゼンベルが勝てる要素はない。LV35前後の剣士がLV100の筋力を持っているのだ。





 巨体は造作もなく片手でぶん投げられ、部落内の大木に激突した。木が激しくしなり、大量の木の葉が宙を舞い、ゼンベルの悲鳴が集落へ響き渡った。

「ぎゃああ!」

 室内で顔を突き合わせた族長たちは、再び深い溜息を吐いた。

「終わったな……」

 案の定、ゼンベルはボロボロになって帰ってきた。目立った外傷こそないが、体中が土と泥にまみれていた。

「せめて払ってから戻れ……」
「負けたぜ……あんた、俺たちの族長に」
「断る」
「そこをなんとか」
「ゼンベル!」
「シャースーリュー・シャシャ殿、用心棒の話は考えてもらえたかな」

 ゼンベルの話はモモンの耳に入っていない。今の彼は蒐集欲の鬼となっていた。

「先ほども申し上げた通り、私達に大金の用意は難しい」
「そこにある二つの至宝で構わん。それが私の条件だ」

 鎧の目に該当する箇所へ、赤く怪しい光が宿った。

「これは他に替えが聞かないものだ、他のもので代用は――」
「わかった。その条件を呑もう。」
「ザリュース!」

 シャースーリューは声を荒げた。ザリュースからすれば、ここで全滅しては元も子もないと、冷静な損得勘定で理があった。

「どちらにしてもこのままでは全滅する。魚の養殖もまだ成果はない。勝っても食料問題は残るが、総力を上げて戦っても全滅する。ならば少しでも多くの者を生き残らせよう」

 白いリザードマンが熱い目で見ていた。

「わたしも、かまわん、あげる」

 知性の落ちたリザードマンもこの条件を受けた。モモンは両手放しで喜びたい気分だった。

「交渉成立だ。欲しいのは栄誉でも金銭でもなく、その至宝だ。早速だが、作戦会議といこう」

 少し後に帰ってきた斥候によると、相手は臨時の簡易要塞を近くに建設している。要塞は大量のアンデッドで守られ、全ての敵が攻めてきたら勝ち目は薄い。情報一つで彼らは絶望した表情になった。

「心配はいらない。彼らの目的が惨殺でないのであれば、こちらも力を見せてやればいい」
「どういうことでしょうか?」

 自信ありげなモモンの態度に、白いリザードマンが首を傾げて聞いた。

「手を出すのが面倒な相手と思わせればよい。私の戦力も含めてな」

 モモンの目が妖しい赤い光を発する。

 これは示威行為の一環であり、彼らは最初から皆殺しにするつもりがない。それならばこちらも力を誇示し、お互いに甚大な被害がでると思わせればいい。モモンの力でどこまで行けるか不明だが、最悪は撤退、彼らの味方をするのなら魔法で撃退すれば至宝は手に入る。

「作戦を考える前、こちらの戦力の分析といこうか」





 アインズがカルネ村に帰還したのは、夕暮れになってからだった。鼻提灯を膨らませて寝ているハムスケに、げしげしとけりを入れているナーベを見つけた。

「ナーベ、何をやっているんだ……」
「はっ、アインズ様。お待ち申し上げておりました」
「うむ、実はな」
「モモン様ー!」

 ブリタは一日中、農作業をしていたのが一目でわかる。体中、慣れない作業で泥だらけにし、モモンの姿を見つけて走ってくる。ナーベは武器を構えてモモンの前に飛び出た。

既視感(デジャヴ)か?)

 疑問を抱きつつ、モモン達はンフィーレアが用意してくれたアインズの部屋で打ち合わせに入った。

 ナーベと簡単に話して作戦を立てようと思ったが、当たり前のような顔をしてブリタが居座った。せめて泥くらいは落としてほしかった。

「明日、トブの大森林を大捜索する。ナーベ、カルネ村のゴブリン達はどうだ?」
「彼らは村人たちと仲良くやっていると思われます」
「そうか、ではゴブリン達の数が“多少”増えても問題が無いな」
「あのーモモン様。どうするんですか?」
「森に棲むゴブリンを全てカルネ村に移住させる」
「そんなっ」

 ブリタがいるとアインズ口調が出来ず、モモンとして話すのは中途半端だ。正直なところ、邪魔だった。

「心配ない。冒険者組合にはゴブリンの部族連合の危機は去ったと伝えよう」
「ですが、ゴブリンですよっ!? いつ襲ってくるかもわからないのに……」
「ブリタ、君は彼らと一緒に過ごしてどう思った。」

 ブリタを真っすぐ見つめた。狙ったわけではないが、モモンに見つめられてブリタは照れていた。

「あーえっと、はぁい。普通の人と同じでしたぁ」

 ブリタは今日一日、ゴブリン達に気さくに話しかけられ続け、本来の印象が崩壊していた。ゴブリンとは人間に敵対する悪の種族だと思っていたが、知性のある彼らは気さくで話しやすい。下手をすると、性格の悪い人間よりもよほど好感が持てた。

「すまないが、アインザック組合長殿に報告をお願いしてもいいか? 明日の朝、出発してもらいたい」
「えーっ?」

 ナーベは同じ冒険者としてではなく、女としてモモンを見ている悪い虫(ブリタ)を睨んだ。

「いえ、明日は私も同行させて下さい。やはり、事が済んでからの方がよろしいと」

 あわよくば帰り道も一緒に、と考えていた。それも一理あるなとモモンは思う。最後まで見届けて報告をして貰わないと、信用と報酬に関わる可能性があった。

「それは……うーん、まあ仕方ない、か。私は二日後からリザードマンの集落の援軍に向かうため、帰りが数日遅れる。ブリタは明日、ゴブリン達がカルネ村に集まったのを見届けてから、エ・ランテルに帰還をしてくれ」
「リザードマン?」

 異形種はゴブリンとオーガ程度しか知らなかった。

「二足歩行する、知能の高い爬虫類の亜人種だ。見たことは無いか」
「はい、初めて聞きました。では、その援軍は私も――」
「モモンさん。この大蚊(ガガンボ)は私が責任を持って送り飛ばします。お任せください」

 ナーベに言葉をぶった切られてしまい大人しくなる。

 ブリタはナーベに弱かった。

 自分より美しく、そして強い魔法詠唱者の彼女。モモンの相棒として強烈に名を馳せる彼女に、田舎の平民出身である彼女が勝てる要素は何一つとして無かった。どこかの国の王女様なのではないかと思う気品のある美貌は、長時間見ていると朝日を浴びた吸血鬼のように溶けてしまいそうだ。

「わかった。ナーベに任せる。ブリタを送り届けたらカルネ村へ戻り待機だ。私はリザードマンと共に、彼らの誇りと命を懸けた戦いに臨もう」

 モモンの目が怪しく光った。

 ブリタは彼の細かい動作に見惚れている。目が妖しく光るなどおおよそ人間的ではないが、恋する乙女は何者も受け入れるほど強い。

「わかりました。では明日に備えて休みましょう」
「モモン様……」
「では、明日の朝会おう」

 鎧越しに伝わる真剣なモモンの表情に、飽きることなく見惚れていた。ナーベはブリタを引き摺るように出て行った。これ以上、主の邪魔はできず、ブリタは強制退室され、ナーベ監視の下にベッドへ押し込まれた。

「では、明日の朝会おう」

 一人になったモモンは、装備を解きアインズに戻った。

「ふう」

 椅子に座って腕を組み、考え事に耽る。

(……魔樹の存在は気になるが後回しだな。さて、この不利を覆す作戦を立てよう)

 魔法で作り出した机に向かい、蜥蜴の命を懸けた戦いのシナリオを構築し始めた。








モモンが侵略者に気付く→失敗

作戦成功率→90% 成功


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漆黒の英雄の調査報告書 2日目



 夜のアインズには膨大な時間が与えられている。本来の生物が睡眠に使用する時間が、そっくりそのまま余剰時間として課せられる。蜥蜴人(リザードマン)の作戦を立てるのに飽きれば、他にすることがないのでヤトの忠告を聞き、気分転換にベッドでゴロゴロして一晩を過ごした。

 作戦立案は意外と面白く、情報を集めて必勝の戦略を立てる事が好きな彼は、心から楽しみながら一晩を過ごすことができた。

 ナザリックに帰還することなく、(しもべ)に気も使うことなく策に没頭できた彼は、心身ともにリフレッシュをした気分だった。

「……あぁ、朝か」

 窓から差し込む陽光で、いつの間にか朝になったと気付く。

 モモンが泊まっている部屋のドアがノックされ、アインズは急いでモモンに戻った。

「おはようございます、モモンさ、ん。そろそろ出発のお時間です。」
「モモン様。今日はよろしくお願いします。」

 ナーベがブリタを連れ立って顔を出す。一晩中かけて作戦を立てる傍ら、一晩かけてブリタの存在を忘れていた。

(あ、忘れてた。コレと一緒だったっけ)

 モモンはマントを翻して、間借りしている家を出た。

「おはよう、二人とも。今日はよろしく頼む」

 ブリタはモモンの背中を目で追っている。

「はあー。モモン様のチームに入りたいなー」
「芋虫。遅れたらおいていきますよ。」
「はっはい!よろしくお願いします、ナーベさん。」

 こちらはこちらで、一晩中、ブリタにモモンの話を聞かされたナーベだが、あまり悪い気分ではなかった。モモンを尊敬し崇めているその心中は同じだ。虫けらという評価に変わりないが、ブリタは害虫から益虫へ昇格した。

 一晩かけた甲斐もあって、アブラムシからテントウムシに昇格することができたのだ。

 それでも、殺せと命じられれば躊躇わず、喜んで殺した。





 うるさいハムスケはカルネ村での農業に従事させられた。森の案内をするのに彼はうってつけだったが、ゴブリンの調査をするにしては目立ち過ぎる。

 ハムスケの代わりにゴブリンの族長、カイワレを連れて、一行は大森林の入り口に到着した。

「カイワレ、森の様子を見てきてくれないか。ゴブリンがいたら連れてきてくれ」
「ヘイ!合点でい!」

 カイワレは森へ飛び込んでいった。

(なぜ江戸っ子みたいな口調なんだろう……)

「そういえばモモン様。この前、モモン様が解決した事件の首謀者2名の死体が盗まれたそうです」
「ほう……誰が盗んだのだろうか」
「噂ですけど、所属していた組織の人間が盗み出したとかって、酒場のごろつきが話していました」
「ふむ……」

(あの二人、何らかの組織に所属していたのか……そこまで情報を吐かせても良かったか)

 ニニャの溜飲を下げるため、安易に殺したのは早計だった。生かしておけば、ヤトにも文句を言われずに済んだ上、漆黒聖典の情報まで手に入ったのだが、既に後の祭りだ。

 程なくして戻って来たカイワレの話によると、森林の西部は蛇たちの生息域(テリトリー)となって、ゴブリンの姿は見えなかったようだ。彼らは森林の西部の状況を確認するため、魔物が蠢く森へ入った。

 カイワレの情報通り、森林西部は蛇達の支配下に置かれており、そこら辺を大小様々な蛇達がうろついていた。友人の姿を思い出し、襲い掛かる彼らを殺す気になれなかった。

 ――と、最初こそ思ったが、連絡もなく好き勝手に暴れる友人に段々と腹立たしくなり、襲い掛かる蛇達は滅多切りにされた。

 飛びかかる大蛇は口から剣を突っ込まれ、二つに分割された。

「はああっ!」
「なんかモモン様、怖いです……」
「芋虫、モモンさ、さんに無礼は許しませんよ。」

 ブリタに釣られて様付けで呼ぶところだった。

 仲間を大量虐殺された蛇達は、仲間が放つ血の匂いに辟易し、少し開けた場所で遠巻きにこちらをみていた。ブリタ、ナーベ、ゴブリンはどこからでも来いとばかりに剣を抜いて構えていたが、モモンだけが違う方角を見ていた。

「で?」
「え?」
「そこのお前が西を支配する蛇の親玉だと嬉しいのだが」

 虚空に話しかけるモモンに、ブリタは怪訝な顔をした。すぐに蛇の胴体に老人の上半身をくっ付けた魔物が姿を現し、ブリタは危なく腰を抜かすところだった。

 透明化で様子を窺いに来たようだが、モモンには通用しない。

「おぬし、何者だ?」
「ナーガか? 先に言っておくが私はお前より強い。素直に話を聞いた方が身のためだと思うが」
「私はリュラリュース・スペニア・アイ・インダルンじゃ。侵入者よ、早々に立ち去れ。この森は我が眷属の支配下にある」
「ナーベ、カイワレとブリタを守れ」
「はい」

 眷属の頂点が登場し、周囲の蛇たちは一気に殺気立った。いつ襲い掛かってくるかわからなかった。モモンの邪魔にならない程度に、ナーベたちは距離を取った。

「芋虫、小さいのくらいは倒しなさい」
「私だって冒険者です!」
「オイラもやったるぜ!」

(あちらは任せても大丈夫そうだな)

 モモンは魔蛇へ対峙する。

「名前が長いのだな。私がここに来たのはお前と交渉をするためなのだが」
「ふえふえふえ。舐めるなよ、小僧」

 魔蛇と御大層な二つ名がついているが、どうやら敵の実力を見抜く程、強くはないらしい。リュラリュースは地を這い近づいてくるが、モモンは落ち着いていた。素早い友人の事を考慮し、スピードに注意を払っていたが、目でとらえられる時点で大した相手ではない。ブレインの武技はもっと早かった。

 モモンはナーガを地面に組伏す。

「ふえ!? な、なぜわしがこんなやつに捕まるのじゃ」
「お前が遅いからだ。」

 長い胴体で締め上げようと悪あがきしていたが、モモンは事も無げに話をはじめた。

「さて、ゴブリンの部族について教えてもらおうか。」
「ぐぐ、なぜ締め付けが効かないのじゃ」
「お前が弱いからだ」

 頭を何度か地面にぶつけてやると、魔蛇は目を回して大人しくなった。二つの両目は鳴門のように渦を巻いた。

「うー……ゴブリン共は纏まって東の森に逃げていったわい」
「なるほどな、お前が追い出したのか」
「頭の悪い東のトロール共と、南の森の賢王が消えたからのう。なぜ消えたかは知らんが、ゴブリンを追い出して大森林の全てを蛇の楽園にするつもりだったんじゃよ」

 トブの大森林は三竦みの、調和のとれた拮抗状態を長らく維持していた。その二体が突如として消え去り、拮抗していた勢力図は積み木崩しに崩壊した。自然と勢力に属していなかったゴブリン達が、勢力を拡大する西の蛇から侵略の標的となった。

「数は確実に減らしたのじゃが、まだたくさんおるからのう。じゃが、問題はたまに森に来る黒くて大きいアンデッドじゃよ……奴ら森を少しずつ狭めとる。森林が消えてしまうわい……嘆かわしい」

 どうやらデスナイトに手を焼いているらしい。

「安心しろ。そのアンデッド、デスナイトは私の支配下だ。」
「ゼェ……ゼェ……あ、あんたがあの化け物を?」

 モモンに乗られて苦しくなってきたのか、息が荒くなっていた。

「ゴブリンは私達が付近の村に連れていく。この森はお前たちの支配下だ。」
「何じゃと!? 本当によいのか?」

 森林を統べられる喜びで大声を上げる魔蛇。

「本当だとも。だが、アンデッドはこれからも森の面積を減らし続ける。お前たちは森の環境を維持するんだ」
「え? 森が減る?」
「何か問題があるのか? 減った森は植林を行い自分たちで増やせばいいだろう。違うか?」

 モモンは赤い光で睨み、有無を言わせぬ雰囲気で詰め寄る。リュラリュースは言葉に迷うが、上に乗られた状態で詰め寄られている。結論は初めから決まっていた。

「で、ですが、最近森の中央に謎の集団が」
「そちらは私がリザードマンと共に戦う。お前たちは森を維持することだけ考えれば幸せに暮らせるぞ。私が負けたら逃げた方が賢明かもしれないがな」
「……森の中央はよろしくお願いします」

 魔蛇リュラリュースは完全に抵抗を止めた。

 蛇が殺気を放つのをやめ、一様に首を垂れたので事態が収束した。

 ナーベ達が近寄ってきた。

「モモンさ……ん、お疲れ様でした」
「この魔蛇は森林を蛇達の支配下に置く事と引き換えに、森林内の環境を維持してくれるそうだ」
「……よろしくお願いするのじゃ」

 トブの大森林の新たな支配者、魔蛇リュラリュースは、心細げに頭を下げた。

「モモン様! 凄いです! 西の魔蛇と森の賢王を屈服させるなんて」
「透明化を阻止するアイテムを付けていただけだ。運が良かったのだろう」
「……」

 「そういう問題ではない」と、リュラリュースは心の中で文句を言った。何度戦っても、彼に勝てる可能性を感じなかった。

「ブリタ、あとはカイワレと私でゴブリン達の部族と交渉をする。ナーベ、彼女をエ・ランテルへ頼む」
「はい、この七星天道虫(ナナホシテントウムシ)をエ・ランテルへ送り届けてきます」
「えっいや、あたしはまだここにのこ――」
「頼んだぞ、ナーベ。ブリタ、アインザック殿によろしく伝えてくれ。ゴブリン達の脅威は去ったと。」
「はい! 必ず伝えます!」

 ブリタは往生際が悪く、最後まで食い下がろうとしたが、モモンに頼まれては返事するしかない。彼女の表情は木漏れ日が当たり、晴れやかだった。ゴブリン部族の確認など、本当はしなくてもどうなるかは察していた。

 モモンはその後、カイワレを連れて森林の東部まで移動していた。

「カイワレ、この近辺に住むゴブリン達を集めてくれ」
「合点承知の助!」

 モモンが理解できないくらいの古臭い返事で、ゴブリンは草むらに突っ込んでいった。

「これは……かなりの数だな」

 森林内に住む全てのゴブリンが集まったとはいえ、千匹は優に超えていた。がやがやと騒ぐゴブリン達を落ち着けるため、モモンは新たな《ゴブリン将軍の角笛》を吹き、彼らと話をした。

「へい! 旦那! あっしはジュゲムです!」

 やはり笛の音がよく聞こえたゴブリンに知性が宿り、話ができるようになった。

「お前たちは部族全員でカルネ村に行け。そこで村人たちと協力し、村を発展させるのだ。敵対者や魔物が出れば、それを討伐しろ」
「任せてくだせい!」
「あっしらでゴブリンをまとめてみせますぜ!」

 カイワレとジュゲムは元気に同意した。どちらがどちらなのか、モモンには見分けがついていなかった。

「ジュゲムとカイワレ、くれぐれも村人に迷惑をかけるな。共存共栄し、好きなように繁栄をするといい」

(全部で千匹くらいいるけど、大丈夫だよな……?)

 突如として数が増えた弊害で、思い当たるのは一つだけだ。

「私の方で食料の援助くらいはしてやろう。カルネ村にナーベが戻ったら、明日からリザードマン達と共闘の準備を始めなければな」

 そうしてトブの大森林の勢力図とゴブリンの部族連合を解決し、モモンとナーベは蜥蜴人(リザードマン)の生き残りをかけた決戦に臨む。

 戦う相手が何者か、まだ知らずにいた。





 西を支配する蛇達は、彼らも知らぬうちにナザリックの支配下に置かれた。

 南の森の賢王、西の魔蛇を屈服させ平和のまま森を制定したモモンは名声を高める。その情報はブリタの布教活動により、エ・ランテルを中心に各地に回っていく。

 彼は“漆黒の英雄”に加えて、“救国の英雄”の二つ名でも呼ばれ、噂は瞬く間に王国中を巡ることになる。

 後日、話をきいたヤトが、面白半分でナーガ達に会いに行った。同じ蛇種族として何か感じるものがあるかの検証だったそうだ。自分たちの上位種を初めて見た蛇達は、その強さと美しさに見惚れ、自ら望んでナザリックを崇拝する。

 トブの大森林は蛇が支配する森となり、毒対策が必須という情報が周知の事実となった。



 一方で、モモンの心配通り、急激に人口が増えたカルネ村では、とんでもない食糧難がしばらく続いた。密かなナザリックからの食料援助に加え、元々森に棲んでいたゴブリン達の協力により、森の木の実・果物・蛇の血、肉、蒲焼きなどで細々と飢えを凌ぎ、奇跡的に餓死者は出なかった。

 時間が経つにつれて農作物の循環が上手くいったカルネ村は、周辺からの手助けもあり、かつての姿を思い出せない程の発展をする。

 質の良いポーションを求めて村を訪れる者も多く、森で採れる良質な蛇皮、農作物・果物・魚の販売などで順調に生計をたて、飛躍的な発展を遂げる。

 異形種と共存する平和な要塞都市カルネ・AOG(アインズ・ウール・ゴウン)と改名し、彼らが待ち望んでいたナザリックによる本格的な統治が始まるが、今しばらく先の話だ。







カルネ村の発展速度向上率→30%



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ブレイクポイント


 “黄金”のラナー王女と“蒼の薔薇”のラキュースは旧友だ。今日も彼女らは、王宮の一室で雑談を交えつつ世間話に興じている。主な話題は、噂の黒髪黒目の変質者、黒い噂の絶えない不審者、ヤトノカミだ。

「それでどうだったの? 噂のヤト様は」
「まだわからないわよ、ラナー」
「クライムが執事の方に稽古をつけてもらったそうよ。なんでも、本気で殺されると思ったとか」
「そ、そうなの? 執事の方も強いのかしら……六腕より強いって話だけど」
「それは凄いわ。でも、本当にそんな人がいるのかしら」
「そうよね。あの人も戦士長より強いみたいだけど、そんな嘘をつく人にも見えないのよね……」

 ややこしい人間性はなんとなく理解できたが、彼の強さに関しての譲歩は乏しい。執事のセバスは人間的に信用に足ると思われたが、肝心のヤトがよくわからない。

「どうやって畑を三つも同時刻に焼いたのかしら?」
「そうなのよね……そこは誤魔化されちゃった。というより、まるで何も聞けていないわ」
「あら、珍しいじゃない。詳しく掘り下げるって言ってなかった?」
「えーその、あっと……うーん、求婚がその……」

 ラキュースは歯切れが悪くなった。

 彼が去った後、改めて考えるとなんて恥ずかしいことを躊躇わずに言う人だったのかと、何度も思い出して赤面した。社交辞令であればまだしも、彼の顔は明らかに本気だった。あの場で受けていれば、帝国に行くことなく結納の日取りまで決めていたに違いない。断った過去の自分を褒めてやりたかった。

「え? 何の花の球根?」
「そうじゃなくてね。その……言い辛いんだけど、求婚されちゃって」
「ええー? よかったじゃない、ラキュース!」

 このまま掘り下げれば彼女の顔が赤くなる。それはそれで面白いのかもしれないが、話を先に進めなければならない。ラナーには悠長に構えられる時間が少ない。

「何がよかったのよ……」
「話を聞くと、執事の方でもあなたより強いかもしれないのよ。その執事の方よりも強いのでしょう?」
「でも、いい加減な求婚だったから本気じゃない……と、思いたいわね」
「本気じゃなくてもいいじゃない。既成事実を作ってしまえばどうにでもなるわ」

 ラナーは推し続ける。

「既成事実って……ラナー。それはちょっと、どんな人かわからないのに」
「でもね、話が本当だとすると、強くてお金持ちで可哀想な子供達を助けてくれる“程度”には優しい人なのよね。貴方の理想にぴったりの人じゃない?」
「そうだけど。まだ得体が知れないというか、危険な匂いを感じるというか」
「そういうところが好きですってこと?」
「それはそうなんだけど……って、なに言ってるのよ」

 自分しか知らない裏側で知性の高いラナーは、友人の悪い病気など造作もなく見抜いていた。

 王子様に憧れる少女が、夢を見過ぎて悪い病気を発病するのは想像に難くない。冒険者で名を馳せ、黒き魔剣を振り回し、影のある正義に憧れる彼女の心は容易に紐解けた。

「格好良かったの? お顔の方は?」

 ニヤニヤした笑いがラナーに貼りついた。

「ん、うーんと、別に美形じゃなかったわよ。南方の人というのは間違いないけど。戦士長より南方の血が濃いみたい。着ている鎧も安物だったけど」

 色白で黒目黒髪という特徴的な容姿を思い出す。

 見た目や装備で判断するのであれば、決して強そうには見えず、むしろ弱そうに見えた。

 問題は性格だ。

「困った人ね……きっと」
「私も会ってみたいわね。お宅に招かれたんだっけ?」
「ええ、自慢したいからみんなで来てくれって」
「普通の貴族の豪邸だったら期待外れよね」
「話を聞くと、どうも違うのよ。大墳墓なのに神殿で、地下なのに空が見えるとか、火山の溶岩とか凍土の雪山とか、食事が美味しくて豪華なお風呂ってなんなのかしらね……?」

 支離滅裂である。

 この世界の人間は、実際に見たとしても夢を見たと思うだろう。

「私の代わりに行ってきてくれない? 私も王女じゃなかったら一緒に行ったのだけど」
「でも、相手がどんな人かわからないし……」
「結婚を視野には入れているってことでいい?」
「もう二十歳だからね……って、どうしてもそちらへ持っていきたいみたいね」

この世界の平均寿命が40代~50代と考えると、20歳前後で結婚ならば決して早くはない。

 ラナーは別の計算を始めている。

「子供達を助けたのは好感を持っているのでしょう?」
「それは認めるわ。誰でもできる行為じゃないからね。今回も結果的には八本指の財政面に大打撃を与えて、六腕を全て連れ出してしまった。今なら私たちでも八本指を壊滅できるかもしれない。でも、彼の周りで人が消えているのも否定はできないのよね」

 行方不明になった武器屋の店主、子供達に絡んだゴロツキの姿は、王国から消えたままだ。それだけではなく、彼が王都に来てから、柄の悪い者たちの失踪が増えている。街の住人達から好感を持たれない相手なので、誰も本腰を上げて調べなかったのだ。

「それは本当に怪しいわね。”何が”ではなく”ただ”怪しい。ラキュースは好きなのよね?」
「それもどうかしら。イビルアイにちょっかいを出していたと聞いているの」
「少年と間違えたのなら無理もないでしょうね。みんなには話したの?」
「まだよ。みんな別の依頼に出掛けてしまって」
「そう、会談が楽しみね」
「情報を引き出すのが目的よ。彼の主人は魔法詠唱者(マジックキャスター)らしいから、イビルアイがいないと私一人では不安だわ」
「どんな様子だったか詳しく教えてね」

 ラナーは物思いに耽りだす。

 心の底から愛している若き兵士、クライムに首輪をつけて鎖で縛り続ける生活を送るために必要不可欠なのは、相応の力と財だ。その第一歩として、ヤトに王国を売って生活の保証をしてもらう必要がある。

(おまけにラキュースをつけてあげれば喜ぶかもしれないわね……ふふ)

 ラキュースはラナーの友人だが、お互いが同等に大事に思っている関係ではない。

 “黄金”のラナー王女の目的は子犬のように可愛いクライムを鎖でつなぎ、その瞳に自分だけが映し出される事だ。鎖が金だとなお好ましかった。家族・友人・部下・王国、クライム以外の全てを犠牲にしても、彼女の心は痛むどころかさざ波すら起きず、永遠に凪いだままだ。

 目下、当面の主題はヤトの目的だ。嫁探しとは思えず、話が事実だとして、強者は腐敗した国に何を求めるのか。いっそ国が目的なら彼女にとってどれほど素晴らしい事だっただろうか。

(こんな国、二つ返事でくれてやるのだが……)

 戦士長の話だと、人間じゃない可能性もあるが、仁徳は持ち合わせている。それを踏まえれば、国を明け渡すという非人道的な話にヤトは乗ってこない。その裏にいる王、あるいは知性の高い側近ならば、ラナーの申し出を受けるかもしれないが、そんな存在が都合よくいるとも思えなかった。

 下手なちょっかいを出してクライムが死んだら元も子もない。

(使者を通じて内密にここに招くか。いや、使者よりラキュースを使うのが確実だ。人間ではないという話、本気で検討すべきだ)

「ラナー?」
「……」
「どうしたの?」
「あ、ううん、なんでもない。八本指が落ち着いたら私の部屋に招きましょう。王や貴族が絡むと厄介だから」
「危険だからやめた方がいいと思うけど」
「大丈夫よ。クライムを通じて執事の方にお知らせしてみるわ」
「だけど、本当に危険よ」

 ラキュースは友人ではなく貴族としての立場から止めた。

 今はそれが鬱陶しかった。

 余計な偽善の心を発揮し、中途半端に止めるなら初めから何もしなければいい。

「大丈夫よ。貴方の愛しいヤト様は取らないから」
「ちょっと! ラナー!」
「あまり大きな声を出すと衛兵が駆けつけるわよ?」
「ゴホン! 仕方ないわね……」
「八本指の調査はどうするの?」

 上手く話題をすり替えた。

 ラキュースはラナーの心情を察していない。薄々、何らかの事実に気付いてはいるが、普段の彼女を見る限り、それは信じられない。ラナーの内心が魔女に近いなど、友人だからこそ信じられない。

「必要であれば執事の方が協力してくれるみたいね。叔父さんは旅に出てしまったから、私達で探ってみましょうか」
「それはいい考えね。彼が返ってくるまで私達で調べておきましょう。上手くいけば、幹部だけは捕縛できるかもしれないわ」
「無事に帰ってくるといいのだけど」

 心配そうな顔を浮かべた。

「大丈夫よ。六腕が束になっても敵わない人がそう簡単に死なないわ。それより今後の行動方針を――」

 ラナーは口を動かしながら、昆虫に似た無感情な熟考を再開した。

 城内へ招き、次いでラナーの私室へ内密に招くのであれば、何らかの功績をあげてもらう必要がある。ラキュースとの逢瀬(デート)をけしかければ、彼女の報告で趣味嗜好がわかる。個人的な表彰としてここへ招き、ラキュースの情報を基にナザリックの情報を精査すれば、多少の対策は練れる。

 万が一の場合には、ラキュースを犠牲にする必要も出てくる。

「ごめんね、ラキュース、いつも無理させて」
「いいのよ。これも全て王国に暮らす人々、それに親友のためだもの」
「ありがとう、嬉しいわ」

(ごめんね、ラキュース。私のために死んでも怒らないでね)

 そんな親友の心中を知らず、ラキュースは真剣に八本指の調査に関する打ち合わせを続けた。





 スレイン法国の大神殿内部にて、神官達の会議が行われていた。

 差し込む日差しが逆光となり、彼らの表情は窺えない。議題は王国への警戒と、突然に現れた漆黒の英雄だ。漆黒聖典が遭遇した冒険者モモンは、ギガント・バジリスクを戦士の身でありながら悠々と屠った。

 彼の存在は王国と敵対した場合、確実に脅威となる。そこで問題となるのは彼の実力ではなく、人間性だ。漆黒聖典の上げた報告書によれば、実に英雄然とした人物であったと記述がある。

「どちらにせよ、厄介な存在が出てきてしまったものだな。ぷれいやーか神人の可能性はないのか?」
「それはないだろう。隊長より弱いという判断だからな」

 モモンは戦士としてのLVが低い。LV100の漆黒聖典隊長より強いと報告されることはなかった。魔法職を鎧で戦士職に見せているだけなのだ。装備品も魔法で作り出した全身鎧では、本来のものより劣る。実力が低く見られて当然だ。

 アインズが好む情報戦において、ナザリックは圧勝していた。

「陽光聖典の調査はどうなっている?」
「王国内の武器屋で陽光聖典の武器が販売されていると報告が入っている」
「では、最高位天使を封じ込めた水晶も今は王国の手の中……か」
「彼らは誰にやられたというのだ」
「未だ不明のままだが、アインズ・ウール・ゴウンという者が近くのカルネ村を支配したとか」
「戦士長が無事なのはその者の影響も考慮すべきだ」
「一度、カルネ村に使者を派遣する必要がある」
「そんな者などどうでもよい。今は破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の調査を優先すべきだ」
「漆黒聖典は成果を上げられなかったが」
「失った土の巫女姫の後任もまだ決まっていないのだぞ」
「そちらは候補が数名いる。慌てずともよい」

 これ以降、アインズとモモンの名がでることはなかった。

 人類の敵となりえる竜王の復活に向け、王国を纏め協力をしなければならないという矢先、陽光聖典を失い、あまつさえ貴重な水晶を王国に取られてしまった。

 ――と、彼らは思っている。

 彼らが忌み嫌うアンデッドを使役して飛躍的な発展を遂げようとしているカルネ村も、領内の話ではないので、深く考えるに値しない問題と判断された。

 人間至上主義が故の弊害だった。

 出現してもいない敵に目が集中してしまっている彼らは、足元のプレイヤー・脅威を考慮できなかった。スレイン法国の神官達は王国に対する警戒を若干強め、アインズ・ウール・ゴウンに関する調査は無期限の先延ばしにされた。


 余談だが、後日カルネ村にスレイン法国の使者数名が派遣された。

 顔面蒼白の使者によると、最初は楽しく話していた村人達にスレイン法国の使者だと身元を明かした。

 それまで笑顔で話をしていた村人達は武器を手に取り、“アレ”と共に襲い掛かってきたらしい。カルネ村からすると王国への恨みは深いのだが、直接に攻撃してきたスレイン法国を許す者は一人として存在しない。豹変した村人の魔の手から命からがら逃げ帰った彼らは、故郷に帰って隠遁してしまう。

 彼らが何を見て何をされたのか、神官達が知ることはなかった。





 王宮内の庭で、ガゼフとクライムは剣の稽古の後だった。良い汗を流しているが、通りかかる貴族からすれば迷惑極まりない。わざわざ王宮内で稽古する必要はなく、領内の外れにでも行ってしばらく戻らなければいいのだ。そうなれば、王を引き摺り下ろす作戦もいくつかの展開が見込める。

 彼らの思惑など関係なく、二人は剣を交えて良い汗を流した。

「ありがとうございました!」
「いや、私も体を動かさないと鈍ってしまうからな。こちらこそ感謝する」
「ストロノーフ様。先日、件の御方の執事様に稽古をつけていただきました」
「ヤトノカミ殿のか?」
「はい、その通りです。本当に強かったです」
「剣の腕が上達したのは、その影響もあったのだな」

 クライムの剣は、技術ではなく気迫が大きく上昇していた。時として気迫は技術よりも勝る。命を懸けた捨て身の剣が、敵の兜を破壊し、頭蓋を割ることだってある。

「そうです。冗談ではなく本当に殺されるかと思いました」

 思い出すと足の震えが蘇るようだった。

「ヤトノカミ殿には会えたのか?」
「先日、宿に伺いましたが、お二人とも留守でした。ヤトノカミ殿は帝国に出掛けているようです」
「帝国に……彼のことだ。ゴウン殿と反目し、帝国に属して王国と敵対することはないと思うが……」
「それは怖いです。次の戦争は死ぬために行くようなものです」
「はっはっは。私も怖いとも」

 ガゼフは愉快そうに笑った。

 彼の性格から考えれば、ヤトが異形の者であると判明しても、恐ろしい真の姿を見たとしても、態度を変えるような性格ではない。強い剣士としての好感は、立ち会ったからこそ抱くもので、簡単には揺るがない。

 簡単には。

「今は黄金の林檎亭で宿をお取りです。“蒼の薔薇”の方々と同じ宿ですね。」
「ふむ……クライム、共に彼を訪ねないか?」
「よろしいのですか?」
「勿論だ。このまま待っていても彼は訪ねてこないだろう。こちらから行こうじゃないか」

 遊び呆けているヤトの頭は、ガゼフ邸に遊びに行くという考えを忘却の彼方へ追いやっていた。彼はこのまま放っておけば、ガゼフ邸など永遠に訪れない。それはガゼフの考えている通りだ。

「執事のセバス様が夜か早朝であれば、宿にいらっしゃると仰っておりました。」

 本来であれば従者に様付けするのは不自然なのだが、彼にとっては大事な師匠だ。

「王から丁重にもてなすように言われているからな。何か手土産を用意しておこう。クライムはいつが空いているのだ?」
「はい、三日後の夜であれば」

 恐らく自分が知る中で最強の剣士であろう、しばらく会っていない黒髪黒目の顔を思い出す。クライムの話によると、八本指の件にも絡んでいると聞いている。その辺りの話も聞きたかった。

「ラナー様には内密にお願いします」
「ああ、勿論だ。その代わり、私が王の勅命を受けている事も内緒だぞ」
「はい、楽しみですね」
「ああ、楽しみだ」

 二人は庭で笑い合った。

 ラナーの目的は歪んだ形でクライムと結ばれることで、彼が必要以上に強くなるのは損こそあれ、得する事は何もない。その意味で、クライムがラナーに内密にしたことは正解と言える。

 ただし、後々に起きる歴史を変えた事象を考慮すると、彼の選択は大失敗ともいえた。

 稽古で温まった体を冷やす彼らの談笑はしばらく続いた。





 ガガーランとイビルアイは王都郊外にいた。

 魔物の間引き依頼は、相手の数が多ければ上位冒険者に回されるケースもある。しかし、相手がゴブリンやオーガでは手ごたえがない。二人の間の空気は緩み切っていた。

「王国で三番目のアダマンタイト級?」
「そうだ、どうやらかなり強いな。今まで上げた功績で何段も飛び級したと聞く」
「そんな奴がいんのか。そりゃ会ってみてえなあ」
「いずれ会うだろう。この国にアダマンタイト級は三つしかいないからな」
「あいつとどっちが強いと思う?」

 ”アイツ”とは、イビルアイがご立腹の相手、黒髪黒目の不審人物、ヤトノカミだ。名前が出てすぐ、イビルアイの声は暗くなった。

「……あいつはどうでもいい」
「つれねえなあ、イビルアイ」
「うるさい、ぶちのめすぞ」

 小さな仮面の赤ずきんの声は本気の怒気を孕んでいた。ガガーラン頭を冷やさせようとは少しだけ間をあけた。仲間が本気で怒っているのを煽るのは少しだけ気が引けた。

「もう許してやれって。悪気があったわけじゃねえんだろ?」

 イビルアイが少年と思われていたと、ラキュースから話が流れていた。イビルアイ彼女の精神は、250年の歳月を過ごしても、一部で幼い。12歳で突然にアンデッドとなった彼女は、理屈ではない部分が心のどこかに残されていた。

 普通の人間としての250年間であれば、また話は変わったのだが。

「なぜ少年と間違える。そんなことが許せるものか」

 女性として何かを期待したわけではない。

 だが、まるで気にしなかったわけでもない。

 その結果が少年だと思われていたなど、いい笑い種だ。実際にティアとティナに笑われ、陰で甚大なショックを受けた。今回の依頼はその影響もあり、ガガーランと一緒なのだ。

「その仮面のせいじゃねえの? お前さんの素顔は俺らしか知らねえんだからよ」
「外すこともできないだろう。私は奴との会談など死んでも御免だ」
「イビルアイィぃ……」
「フンッ!」

 仮面による声の変質で男女の区別すらつかない声だ。

 勘違いされて当然である。

 八つ当たりに近い怒りだったが、理屈で解決できなかった。

 イビルアイはどこかで復讐してやろうと強い決意を固めた。








ラナー、ヤトへの接触方法→5王女の部屋に招く

スレイン法国の“王国領内”警戒度 初期値0 上限100
王国の体制による不信感1d20 →6
陽光聖典の失踪による警戒度1d20 →17
漆黒聖典の報告1d20 →12
合計警戒度 35


ガゼフ達の日程→1d4 →3 三日後

姫の復讐→2 ライダーキック


ガゼフは良い奴、でも結婚できない
ダイスの必要すらない決定事項

女より剣を取っちゃ駄目でしょ


ブレイクポイント
ソフトウェア開発のデバッグ作業において実行中のプログラムを意図的に一時停止させる箇所



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漆黒の英雄の調査報告書 最終日



 リザードマンと決戦の日、湿地帯の決戦地は充分な水分を吸ってぬかるんでいた。

 ゆっくりと前進するコキュートスは気を抜いている。

 リザードマンのレベルは高いものでレベル20前後、レベル100(カンスト)のコキュートスからすれば、何匹集まろうと敵ではない。突っ立っているだけでも、ダメージを負わないのではないかと疑問に思った。

 正々堂々とした戦いは望むところではあったが、相手に歯ごたえが無さ過ぎる。

 デミウルゴスが立てた策に不満があったわけではなく、友人の策には絶大な信頼を寄せている。主の勅命でない以上、無為な惨殺という概念は捨てきれなかった。完全武装する気にもならなかったので、武器は戦斧一本だけだ。

 そして青銅の蟲王(ヴァーミンロード)は、リザードマン集落前の死線に立つ。

 大量の視線がこちらを見ているのを感じた。

「決戦ノ時間ダ」

 彼に答えるように集落の正門が開き、族長とみられる戦士が4匹、背後から首が4本しかない奇形のヒュドラに乗った族長が2匹。合計6匹のリザードマンと1匹のヒュドラが、時間をかけてコキュートスの前に立った。

 命懸けの戦いに臨む者が持つ、良い目だった。

 コキュートスは彼らの気迫に当てられて気を引き締めた。

 人差し指をたてて挑発をする。

「命ヲ懸ケテ、カカッテコイ」
「俺たちは死ぬつもりはない」
「吠え面かくなよ!」
「行くぞ、侵略者が。クルシュ! 始めろ!」
「《大地の束縛(アース・バインド)》・《獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)》・《第3位階自然の獣召喚(サモン・ビースト・3rd)》!」

 地面から蔦が生え、コキュートスの体に巻き付き、召喚された低級狼がコキュートスに襲い掛った。コキュートスがそちらの相手をしていると、一匹の族長が咆えた。

「行くぞおおお!」

 それが開戦の合図となった。

 四人の戦士が距離を詰め過ぎずに前衛、後衛の二匹はヒュドラに跨り周囲から遠距離射撃と援護魔法。

「無駄ダ」

 伸ばされた蔦を薙ぎ払い、一歩前に出た。

「やれ!」

 腕を振ったのを合図に、集落から投石が始まった。所詮は石でしかない。飛び道具耐性のあるコキュートスの体に傷一つつけることはできない。クルシュは追加で獣を召喚する。

 戦士四匹が近寄ってこないため、戦況が進展せずにコキュートスは苛立つ。技を繰り出すと殺し過ぎてしまうので、今回は肉弾戦のみと指定があった。故に、ある程度の距離を詰めないと攻撃が届かない。

 大きく一歩を踏み出す。

「近寄ッテ来ナイノナラ、コチラカラ行クゾ」
「そうだな、蟲の武人。今度はこちらから行くぞ」

 前衛四匹は一列になって突進を始めた。

(ホウ……何カノ策ナノカ?)

 死戦の空気で心が躍った。期待を込めて、最前の厚い鎧を装備した蜥蜴を薙ぎ払おうと戦斧を振った。戦斧は手ごたえが無く、空を切った。

 彼らは地に伏せ、攻撃を避けたが、躱せたのは奇跡と言えた。

「いけ!」

 誰かが叫んだ。

 モモンの作戦によると、至宝の鎧は敵の一撃を耐えられない可能性が高い。盾になるのは絶対に避け、突っ込むのであれば盾になると相手に思わせ、敵の一撃は必ず避けろと指示が出ている。

 その作戦は功を奏し、刹那の隙ができた。

 ゼンベルは前進を初めコキュートスの足元に滑り込む。そのゼンベルを踏み台にしてザリュースが飛び上がり、凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)で斬りかかった。

「ヌ!」

 飛びかかるザリュースを薙ぎ払おうとした武器が重かった。前衛三匹が武器の柄を必死で掴んでいた。

「《大地の束縛(アース・バインド)》!」

 シャースーリューの援護魔法が発動し、武器に蔦が絡みつく。

 彼らは初めから攻撃をするために近寄ったのではなく、コキュートスが持っている一本の武器を手放させるために近寄ったのだ。良い結果には至らなかったが、凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)を打ち込むには充分な隙だ。

 確認行為で意識が逸れたコキュートスは、次の攻撃を直撃してしまう。

氷結爆散(アイシーバースト)!」

 鉄と鉄がぶつかる耳障りな音がして、渾身の一撃は外殻に弾かれた。まともに食らったのだが、レベルの差は明らかだ。

 コキュートスは即座に反撃に移り、戦斧を力任せに振った。

「ぐああ!」

 いとも簡単に振り回され、武器を掴む族長たちは飛ばされた。族長一匹の腕の切断に成功したが、彼らは慌てて後退していく。

「後退しろぉぉ! 急げ!」
「逃ガサン!」

 武器を手放し戦士達は走って戻っていく。ここに来て逃亡という戦況に失望しながら、追撃のためにコキュートスは前進する。

「今よ!早く!」

 後ろから叫ぶクルシュの声と同時に、コキュートスの足元の地面が落ちた。

 初めからそれが本命だった。

(オ……落トシ穴……?)

 周辺の泥中から、武器を手にしたリザードマン達が現れる。伏兵として地面に潜っていた。引いていった族長の戦士達も踵を返し戻ってくる。

「やれ!」
「うおおおお!」

 腰まで埋まったコキュートスの周りに、命の咆哮を上げるリザードマンが蟻のように群がった。コキュートスにダメージを負った形跡がなくても、彼らは怯まずに立ち向かっていく。

「舐メルナヨ」

 コキュートスの戦斧が、右側のリザードマン達を薙ぎ払った。一撃で倒れていく右側の伏兵達。未だ敵の力衰えず、蜥蜴人(リザードマン)は窮地に立たされた。

 かくして舞台は整い、漆黒の英雄が現れる。





 泥から飛び出して早々、モモンの視界は恐ろしく悪かった。

 鎧の頭部に付着した泥に含まれる水分量が多く、視界のほとんどが真っ暗闇だ。片目の泥を払って戦況を確認すると、リザードマンは敵に群がっていた。武器は右手に構えているため、敵の死角は左側だろうか。

 モモンは渾身の一撃を叩きこむため、飛び上がって二本の剣で斬りかかった。

「はあぁっ!」

 落とし穴から這い出ようと暴れるコキュートスは、モモンの剣をあっさり弾いた。視界が悪く、体重を上手く乗せられなかったので大剣は酷く軽かった。

 モモンは絶好の機会である不意打ちを生かせなかった。

 やがて、敵が穴から這い出る気配がする。

「全員下がれ! 敵の射程圏内から出るんだ!」

 敵が単身なのは間違いない。

 自らも射程圏内から離れ、視界を塞ぐ泥を払った。

 コキュートスも穴から出て、新たな強敵を視野に入れた。

「あ……」
「ア……」


 コキュートスとモモンの目が合った。

 モモンは相手がコキュートスと知ってパニックを起こした。自らの手で大事な部下に、しかも全力で切りかかってしまった。その事がパニックをより増大させていた。

 遠巻きに見守るリザードマン達に囲まれ、二人は無言で対峙した。

 同様にコキュートスもパニックを起こしていた。

 円滑な情報共有システムにより、アインズが剣士として冒険者をやっている情報は知っていた。忠誠を誓う主君が、情報通りの姿で突然に目の前に現れ、敵として対峙している。
 誰一人としてこの展開を予想出来ず、守護者達の臨時拠点でも同じように大騒ぎとなっていた。

 シャルティアとアウラが大喧嘩を始め、マーレは椅子から転げ落ち、デミウルゴスは思考し続けて固まったと、後の報告で知った。

 モモンは鎧の中の髑髏に脂汗が流れている。

(あ、コキュートスにメッセージが来てる)


 コキュートスは額に指をあて、誰かと話をしているようだ。静寂の中、リザードマン達の唾を飲む音が聞こえた気がした。

「お前が私の敵か?」

 様子を見ながら、次に繋げやすい言葉を投げかけた。

「ナザリックノ御方トオ見受ケシタガ、間違イナイカ?」

(ここで名乗れということか?)

 このあたりでモモンの思考は酷く鈍った。

(戦いが終わった後でフォローしよう……)

 何かの作戦を邪魔してしまい、親に怒られると決まった子供の心境だ。

「その名を知るのか。その通りだ! 私はナザリックの王、アインズ・ウール・ゴウン!」
「手合ワセネガイタイ」
「いいだろう。その挑戦を受けよう。リザードマン諸君、ここからは1対1の死合いにつき、手出し無用だ」

 リザードマン達はモモンに促されて、集落近くまで離れていった。

「名前を聞いておこう」
「私ハコキュートス、遠遊ノ蟲王(ヴァーミンロード)ダ」

(なるほど、そういう設定なのか)

「では、行くぞ、コキュートス!」

 泥に汚れた二人の武人は激突した。

 先に仕掛けたのはモモンだった。二本の剣を打ち込むがコキュートスの戦斧が弾く。弾かれた勢いを利用し、体を回転させて追撃に入る。コキュートスは更にその剣を弾く。延々とそれだけの繰り返しだが、二人の周辺には巻き込まれたら体がバラバラになるほどの剣風の嵐が吹き荒れた。

 近寄ったら死ぬと、周りの蜥蜴人(リザードマン)は思った。

 周りからはそう見えた。

 モモンから見て、コキュートスは明らかに手を抜いていた。申し訳ない気持ちになりながらも、真剣勝負をしている振りは止められない。蜥蜴人(リザードマン)達の祈る視線が痛い。コキュートスの気遣いも、蜥蜴人(リザードマン)の祈りも、前と後ろからモモンの心に繰り返し突き刺さった。

 一旦、後退し、モモンは二振りの大剣を交差した。

「楽しかったが、そろそろ終わりにしよう、コキュートス」
「望ムトコロダ」

 コキュートスのやけに大振りな一撃を弾くと、過剰に大きな隙ができた。まるでここに打ち込んでくださいと言わんばかりで、実際にその意図が感じられた。

「はあっ!」

 わざとらしい掛け声で二本の剣を叩きこむと、大したダメージを負っていないのにコキュートスは膝をついた。精神の沈静化のお陰で、彼の負傷を冷静に分析できた。

(……ひどい茶番だ。守護者達になんて詫びればいいんだ)

 申し訳ない気持ちで一杯だった。

 モモンはコキュートスの前に歩み寄り、剣を向けた。

「さあ、どうする。退くのであれば命はとらないぞ」
「オ見事デス……私ヲ貴方ノ配下ヘオ加エクダサイ」
「分かった。私に従え、武人コキュートス」

 加えるも何も初めから部下だ。

 一刻も早くこの酷い茶番を終わらせたかった。

 自己嫌悪が昇華して自暴自棄になったモモンは、アインズの姿に戻った。

「リザードマン達よ。私は一度、彼の拠点に顔を出す。けが人の手当ては任せるぞ」

 蜥蜴人(リザードマン)達から大きな歓声と、同じ声量のどよめきが起きた。

「モモン殿!?」
「ああ、これが私の本当の姿だ」
「ア、アンデッドだったのですか?」
「安心しろ。生者を憎んでいる訳ではない。詳しい話は後でしよう。では行くぞ、コキュートス」

 二人は転移ゲートに入っていった。

 蜥蜴人(リザードマン)の集落は混乱し、議論は混迷していた。





 拵えた臨時の拠点に戻ったところで、特に妙案が思いつくことはない。

 パンドラとアルベドはアインズの帰還に備えてナザリックにて待機中で、臨時拠点にはいなかった。他の守護者達は跪き、アインズの言葉を待っている。

「まずはコキュートス。このポーションで回復せよ」
「ハッ、光栄ニ存ジマス」

 コキュートスが回復するのを確認し、アインズは皆に声を掛けた。

「皆の者、任務御苦労だった」

 跪いた守護者達に礼を述べた。

 とりあえずそう言っておけば、何とかなるだろうと踏んだからだ。

「おお、流石はアインズ様。我々の浅はかな考えなど御見通しどころか、逆にそれを利用なさるとは。一体、どれほどの叡智を有してらっしゃるのでしょうか」

 デミウルゴスが反応してくれた。

「うむ、私はお前たちが思っているよりも深く物事を考えているからな」
「我らの王にして絶対者。41人が一柱、ヤトノカミ様を以てしても、叡智に遠く及ばないと言わしめる至高の御方。此度の最終局面での軌道修正は、お見事でございます。このデミウルゴス、幾度となく感服を繰り返しました」

 相変わらず何の事を言っているのかは不明だが、これなら彼から聞きだせる。

「と、ところでデミウルゴス。私の計画とずれていないか擦り合わせを行いたい。お前たちの考えていた計画を話せ」
「はっ。我々は王国を秘密裏に奪おうとしている御方々の力になるべく、微力ながらも守護者が独自に動こうと決意を致しました。つきましては、アインズ様が警戒をする漆黒聖典の無力化を最終目標に掲げ、その前哨戦としてリザードマンの集落を陥落させることに至ります」

(そうなの? 俺達、王国を奪おうとしていたのか? 漆黒聖典の無力化は守護者達がやるの?)

 次から次へと、絶えずに浮き上がる疑問はまるで湧き水だ。

「コキュートスが彼らの族長、つまり強者を屈服させることで、流れる血が少ないままに彼らを支配下に置こうとしたのです」
「そうだな、そこまでは私の策の中だ」
「アインズ様の想定外の出現により、結果的には我々が動くよりも遥かに効率よく彼らを手に入れることができました。後はアインズ様の一押しで、彼らは陥落するかと思われます」

(一押しってなに……? モグラたたきみたいに叩けばいいのかな)

 独白に現実逃避が混じった。

「アインズ様」
「なんだ、コキュートス。」
「タトエ、本気ノ死合イデハ無カッタトハイエ、主ニ剣ヲ向ケタ私ニ、ナザリックニイル資格ハアリマセン」
「コキュートス。お前はリザードマン達を相手にして、何かを学んだのではないか?」
「ソノ通リニゴザイマス。彼ラハ弱イ。デスガ、ソノ弱サヲ認メ策ヲ立テル戦イハ見事ナモノデシタ」

 それはアインズが立てた策だとは言えなかった。

「ならばそこから学ぶがいい。そして更に強くなれ、コキュートスよ。私はお前の全てを許そう」
「アリガタキ幸セ……」

 コキュートスは感銘を受けて震えていた。

 彼が忠誠と感動を示すたび、胸の中にあった自己嫌悪が膨らんでいく気がした。

「皆も心せよ。漆黒聖典や他の未知なる存在が、我々の邪魔をするかもしれぬ。決して油断をしてはならぬ。蟻を踏み潰す時であっても、全力で踏み潰せ!」
「はっ!」

 アインズはここで一息つく。

「せっかく守護者達が集まったのだ、全員でリザードマンの集落へ行くぞ。我らにとっては茶番だが、彼らにしてみれば英雄の凱旋だからな」
「はい!」

 守護者達に笑顔が戻った。

 可愛い部下達の笑顔をみて、アインズは安心して凱旋ができた。





 蜥蜴人(リザードマン)の集落は、消えた英雄の噂で持ちきりだ。

 初めから仕組まれていたのではと疑いの目を向ける者もいたが、大多数が彼を信用しているため、疑惑の声は掻き消えた。やがて転移魔法が展開し、見たことも無い異形の者たちが現れる。

 アインズはモモンに戻って勝鬨を上げた。

「リザードマン達よ、脅威は去った! 我らの勝利だ!」

 モモンは右手の剣を高く掲げた。大歓声があがり、リザードマンの咆哮が木霊する。鎧を震わせる歓声に、気持ちよさを覚えると同時、自分の行動が正しかったと安堵した。

「彼は我々の軍門に下り、この地を去る。彼らが私の部下たちだ。族長達よ、こちらに来てくれ」

 5匹の族長が前に出た。

「約束通り、報酬の装備を頂きたい」
「ありがとう、モモン殿」
「貴方のおかげで、我々は全滅せずに済んだ。改めて礼を言う」

 至宝を差し出した2匹の蜥蜴人(リザードマン)が礼を言った。

「一つ提案があるのだが、聞いて貰えるだろうか」

 モモンは死の支配者(オーバーロード)に戻った。

「これが私の本当の姿だ」

 死が形を成した姿に、蜥蜴人(リザードマン)は後退していく。

「私はナザリック地下大墳墓の支配者であるアインズ・ウール・ゴウンだ。諸君はナザリックの支配下に入らないか?」
「なんだとお? 英雄さんよ、俺は構わねえぞ」

 ゼンベルだけはモモンに負けたため、素直に従うつもりだった。しかし、他の者は違う。事態の急展開についていけず、互いに顔を見合わせていた。

 最初から仕組まれていたと考え始める者も出てきて、囁き声で何かを話していた。

「す、すまないが、詳しく教えてくれないか?」
「この先、彼らのような者が来ないとは限らない。その時は全軍を以て君らを守ろう。今度は君たちの援軍は、今日の敵、コキュートスだ。食料事情の解決にも尽力しよう。お前たちの中で死者が出たら、私がアンデッドとして蘇らせてやろう。これが私の条件だ」

 そこまでするのは面倒だったが、デミウルゴスが立てた策を途中で失敗させる事はできなかった。好条件を出し過ぎたかなと、言い終えてから思った。

「我々がその条件を呑まなければ?」
「何もせんよ。我々はこの地を去る」
「あの、何をお望みなのでしょうか?」

 白い蜥蜴人(リザードマン)が首を傾げた。彼らが損をする提案がまるでなかったので、疑問に思うのも当然だ。何もかも彼らに都合が良すぎて、不気味でさえある。

「魚を増やせ。大森林の南にあるカルネ村と交流せよ。新鮮な魚と作物を交換し、お互いに利益を享受せよ」

 今さっき、思いついた事だ。

 詳しく話すアインズの前で、跪かないリザードマン達に守護者から不満が出た。

「ねえ、ちょっとあいつら頭が高いんじゃない?」
「そうでありんす、蜥蜴の癖に跪かないなんて」
「で、でも、あの、アインズ様がお話になっているから」
「いや、これは失礼。気が付かなかったよ。卑しい蜥蜴風情が、神の御前で頭が高い、『平伏しなさい』」

 5匹のリザードマンはデミウルゴスの一言により、ぬかるんだ地べたに頭を突っ込んだ。

「デミウルゴス、並びに守護者達よ。大事な会談だ、邪魔をするな」
「申し訳ありません、『楽にしなさい』」

 反省した素振りはない。彼の中で示威行為は想定内で、力のある者がそっと優しく手を差し伸べてこそ意味がある。

「部下が済まない、許してくれ。そうだ、一つ教えておこう。大森林に住む魔獣達は支配下に置いた、西の魔蛇は私の部下だ」
「なっ。彼らを全て屈服させたのですか!?」

 旅人であるザリュースは彼らの強さをよく知っていた。

「そうだ。森のゴブリン達もカルネ村に移動した。この森で取れる食料は好きにするがいい。魚の養殖に使えるかもしれないぞ」
「待ったぁ! 待ってください! 族長で話し合うから少し時間をください!」

 斬られた腕が回復したシャースーリューが、両手を振って大声で止めた。

「構わん、好きにせよ。ところで、犠牲になった者たちの死体はこちらで弔ってもよいか?」
「はい、それは問題ありません」

 彼らの考えは人間よりも爬虫類に近く、感傷深くなかった。アインズは素材が手に入って密かに喜んだ。しばらくはナザリックに籠り、実験で忙しくなりそうだ。

「シャルティア、死者をナザリック地下大墳墓へ連れていくのだ」
「畏まりました、でありんす」

 シャルティアが死体を放り込み、アインズは周辺の散策や試していない魔法について、デミウルゴスと話し始めた。

 族長達は集まり、囁くような打ち合わせを行っている。

「どうすればいいんだ」
「どうするって俺たちゃリザードマンだろ? 強者に従うのが筋なんじゃねえの?」

 ゼンベルは豪快に笑った。

「声がでかい!」
「おまえ、そんな気楽に」
「いえ、従いましょう」

 クルシェが事も無げに言った。

「ええ?」
「いや、その通りだ。このまま5つの部族に分かれて、各部族が好き勝手に生きたとしても、食糧問題は解決しない」

 シャースーリューは強い目で言った。何か、重大な決意を感じさせる目だった。

「そうよ、私達はリザードマン各部族の独自な繁栄が目的ではないのよ。選ぶべきは、種そのものの存続」
「だが、彼らの目的はなんだ? 至宝とは思えん。彼らの身に着けている装備は、それよりも価値が高く見える」
「問題はそこではない。我々はこのままだと数を増やし続け、食糧問題にぶち当たる」
「その通りね。行きつく所は地獄絵図よ……」
「クルシュ……」

 共食いで生き残ったクルシュは苦い顔をした。急激に温度が冷えてきたので、ゼンベルが湖に顔を向け、大声で叫んだ。

「おい! お前ら! 湖が凍ってんぞ!」
「ゼンベル、何を……そんな馬鹿な」
「湖が凍る伝説を簡単に実現できる存在か、あの方は……」





「ふむ、この世界では効果範囲にも差があるのか。ブラックホールが範囲攻撃の効果を出していたからな。デミウルゴス、凍った範囲の測定だ」
「はっ、直ちに」
「ヤトに連絡をしなければ。周囲の警戒を任せるぞ」

(しかし、こんな所をツアーに見られたら喧嘩になりそうだ……)

 ヤトへの緊急連絡が終わってから、蜥蜴人(リザードマン)の族長が戻ってきた。彼らはまず、凍り付いた湖を指さした。

「あの、これは貴方様が?」
「そうだ。どの程度の範囲で凍るのか試してみたかったのでな」

 「駄目だったかな」と不安がるアインズの思惑を外れ、リザードマン達は石を投げる感覚で湖を凍らせる彼を畏怖していた。

「偉大なるお力を持つ支配者、アインズ・ウール・ゴウン様。我々、リザードマンを支配下にお加えください。つきましては二つの申し出を受けていただけますでしょうか」

 クルシェが跪き、アインズを見上げる。

「構わん、申せ」
「はい。一つは食料の安定供給へのご協力、もう一つはお時間をいただきとうございます」
「我々は5つの部族に分かれております。それら全てを纏め上げるために今しばらくのお時間を」

 シャースーリューも続いて跪いた。

「わかった。10日程、時間をやろう。その後に使者を寄越す」
「ありがとうございます。全てのリザードマンをそれまでに説得いたします」
「その時は、揺るがぬ忠誠を捧げましょう」
「宜しくお願いします」

 他の4匹も跪いた。

「もし部族抗争に発展し、死者が出たのならこちらで弔おう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 初めから部族抗争の可能性は視野に入れている。アインズは大量の死体が手に入り、アンデッドの素材、スクロールの研究が捗ると密かに喜んだ。

両替箱(エクスチェンジボックス)へ死者の生肉が適用可能かも調べないと)

 支配者の内心はとても嬉しそうだ。

「我々はこの地を去る。いい返事を期待している」

 一行は転移ゲートに消えた。

 蜥蜴人(リザードマン)の命を懸けた戦いの幕は下りたのだ。


 こうしてリザードマン達の集落は一つに纏まり、食料の供給を解決するべくナザリックの支援を受ける。だが、部族間の抗争 ― 族長含む賛成派と長老含む反対派の衝突 ― は避けられず、少なからずの死者がでた。

 死体は食料と引き換えに一つ残らず回収された。

 蜥蜴人(リザードマン)は閉鎖的な種族から積極的に交流をする存在へと変貌を遂げる。

 カルネ村・蛇・蜥蜴人(リザードマン)を巡る循環の輪は、各々の発展へ繋がりカルネ村を要塞都市へ変貌させる後押しとなる。







作戦開始地点からコキュートスまで距離→4m
武器を手放させる確率→20% →ダイス失敗 

モモンの初撃→失敗

トードマン達との戦争勝率向上→現在60%
誰かの介入→80% 成功

作戦の露見→4 実行中


ナーベとハムスケは翌日までカルネ村に放置されました。


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18日目 帝都アーウィンタール



 仲間の一人を惨殺されて5人になった六腕は、ヤトに引き連れられて闘技場へ向かった。

 彼らを恐怖に陥れた悪魔の表情は、仮面に遮られ窺えなかった。この日、六腕は返事の「はい」しか言葉を発しなかった。闘技場の周辺は人気が多く、今日の対戦カードを楽しげに話し合い、活気と熱気が周囲の気温を上げていた。

「ここで二手に分かれよう。二人くらい別行動をとって図書館の場所を調べてくれ。残りは俺の護衛ね」
「……はい」

 昨夜の一件から彼らの表情は暗い。

 気分を損ねたが最後、死んだことにも気付けない程に手早く殺されるのだ。デイバーノックへ何の感傷もないわけではないが、油断すると次は自分が彼と同じ末路を辿る。調理台に乗せられた鶏の気分だった。

「暗いよ、五腕! じゃあこれ、軍資金ね」

 白金貨一枚を紅一点のエドストレームに手渡した。

「調べたら宿で落ち合おう」
「はい。失礼します……」

 サキュロントは今にも死にそうな声を出した。

「本当に暗いなぁ。折角の帝国なんだから楽しんできていいよ、全部使っても構わないから」

 明るくできる筈がなかった。

 死地へ向かう若い兵の心境で、二人は図書館の捜索に向かった。

「これ、逃げ出してもわからないんじゃない?」
「やめとけって、行き場所なんかないだろ。これが終わったらボスを連れて逃げよう」
「そうね……刃向かわなければ殺されることもなさそうだし」

 この時に逃げ出しておけばよかったと、数日のうちに後悔する。二人には監視の目は何もついていない。最悪な事は、その漢字が表す通り、最も悪い事なのだ。

 人間の想像を軽く凌駕するほどに。

「せっかく白金貨一枚も貰ったんだから、朝食でも食べましょ」

 女性の逞しさに感心しながら、サキュロントはエドストレームに続いた。





 闘技場は第六階層の円形劇場(アンフィテアトルム)と同規模の大きさに思えた。正面入り口を過ぎて見えてくる受付は、人で溢れそうだ。開けた内部は闘技場を一周できるように繋がっているようで、通路の先は曲がって見えなかった。

 すぐ前方に受付が二つあり、左側に武装した者が並び、右側に老若男女様々な者が並んでいる。食べ物の匂いがするところをみると、どこかに食堂があるのだろうか。

「朝飯、食ってこなくてよかった」

 ここで食料が調達できないと、再度、入場するようだったので安心した。右側の大型掲示板に今日の組み合わせと倍率が貼り出されていた。第一試合の倍率は1.4倍と1.7倍だった。それは単純な賭けで、細かく言えば互いのダメージ量、勝ち抜き数など賭けはたくさんある。しかし、単純にどちらが勝つかのほうが、倍率は低くてもわかりやすい。

「スキル発動。《必勝法》」

 掲示板に貼り出されている倍率に変化が現れた。

「ん? 片方の倍率が0になったな……」

 スキルで啓示物の内容が更新され、倍率は0倍×1.7倍と表示された。

「ゼロ、金持って列に並ぶぞ」
「はい……」

 行列は長く、胃袋が抗議していた。





 受付嬢が手慣れた様子で教えてくれた。

「お待たせしました。お賭けになる方ですね。現在、1試合目を受付しております。手数料は勝ち金貨から10%になります。どちらに賭けられますか?」
「1.7倍の方に白金貨全部。1,099枚、入ってると思うんで」
「……?」

 そんな大金を言われたことがない受付嬢に間ができた。

「あ、あの、申し訳ございません、もう一度お願いします」
「1.7倍の方に白金貨全部。1,099枚」
「ええ!? よ、よろしいんですか?」

 受付嬢の大声で後ろに並んでいた客がざわめく。

 ヤトは体の大きいゼロに隠され、野次馬からは何が起きているのかはわからなかった。

「大丈夫です。数えてください」

 金貨1枚で静かに暮らせば12日間程度は過ごせる。現実の貨幣価値に換算すると、金貨1枚につき1万円前後だ。つまり、ヤトの賭けた金額は1億円に相当する。そこまで貯蓄した八本指もそれなりに力のある犯罪組織だ。

 現実世界で金貨など使った経験のないヤトは、その価値がピンと来ないまま、無造作に白金貨を渡した。

「い、いえ、わ、わかりました。ではこち、こここちらがそそそ、そのチケットです。白金貨を数えますので、せ、席に座っれくらさい」

 見たこともない程の大金がいきなり目の前に置かれ、受付嬢は激しく動揺をした。唇がわなわなと震えて、歩く足取りも膝が笑い、促すように差し出された手も上下に揺れていた。ここまで動揺されると申し訳なく思えた。

「お願いします」

 ヤトは護衛三人を連れて、椅子でぼんやりと待った。

 空腹で胃の収縮音が音量を上げた頃、身なりのいい紳士がこちらにやってきた。

「お待たせいたしました。掛け金を数え終わりましたので、VIP席へご案内いたします。」
「そうなの? 俺、朝食を食べたいんですけど……」
「お任せください。ルームサービスが備わっております。こちらへどうぞ」

 どうしてVIP待遇なのか理解できないが、食事は食べられるようだ。闘技場の運営側からすると、上手くいけば莫大な利益がでる一戦だ。当事者の待遇が良くなるのも致し方なかった。

「じゃあ、コレとコレとコレ」
「畏まりました」

 運営の思惑に興味が無い彼は、喜々として食事目録を選んだ。今は食べることしか考えていない。無造作にメニューをゼロに手渡した。

「おまえらも食べていいよ」
「よろしいのですか?」
「いいよ。金貨は別で少しあるし、必ず勝つ試合だから気にするな」

 反論して機嫌を損ねる気もなく、実際にお腹は空いていた。彼らも普段はあまり食べない帝都の豪華食事メニューを、思い思いに注文していく。すぐに大量の料理がテーブルを埋め尽くした。

「試合開始まで今しばらくお時間がございます。しばらくお待ちくださいませ」

 笑顔のウエイターは一礼をして下がっていった。

 後で判明したことだが、1試合目は中位の戦士に下位の冒険者が挑むものだった。手堅い前座としてのもので、殆どの観客が中位の戦士に賭けている。対戦内容にまるで興味がない彼らは、食事を美味そうに食べていた。

 優勢だと思われた中位の戦士は、下位の冒険者の放った投げナイフが運悪く目に刺さり、そこを分岐点に優勢が致命的に入れ替わった。スキルを使って結果だけ見ているのだから、試合内容など予定調和である。会場は軽い番狂わせで騒ぎになっていたが、ヤトは試合を観戦せず、興味もなかった。

 試合終了の大歓声で、ソファーに寝そべっていた男は寝癖を立てて起き上がった。

「ふー、やっと終わった……換金してくる」

 六腕は最後の晩餐とばかりに調子に乗って食べ過ぎてしまい、身動きができなかった。





 換金所の受付嬢の反応はひどく悪かった。

 彼女が死ぬまで働いても手に入らない白金貨を積み上げたのだ、無理もないだろう。

「はい、換金で」
「………おめでとうございます。手数料の187枚を引いた白金貨1,681枚です」
「じゃあそれを全て2.7倍に賭けてください。」
「……」

 受付嬢は無言で顔面蒼白だ。

 壊れたのかと思い、顔の前で手を振った。

「あのー?」
「っ、はい……よろしいのですか?」
「大丈夫ッスー」
「白金貨1,681枚をこのままお預かりします。こちらがチケットです」

 盗み聞きしていた支配人は、壁の陰で拳を握った。

 次の試合は無名ワーカーが名を売るためにオーガ三体と戦う試合だった。ワーカーとは法に触れる行為も行う冒険者の総称で、通常であればワーカーに分がある。だが、この試合は見世物としての意味が強く、ワーカーがいたぶられる内容で決定されている。単身のワーカーに対し、わざわざ魔術師を呼びつけてオーガを魔法で強化してあった。

 この様なガス抜きは、皇帝の命によって定期的に開催されていた。

「で、ワーカーってなんだろう?」

 試合はオーガ達が優勢だった。

 途中で妙なマジックアイテムを取り出してオーガ達を眠らせなければ、ワーカーがいたぶられて終わっていた。ガス抜きの意味であれば、どちらが勝っても特に問題はない。

 今回は闘技場の大損害となる事態が付録として存在している。支配人は陰で首を吊ろうかと悩んでいた。闘技場の最高責任者はあの鮮血帝だ。どんな酷い懲罰が待っているか分からない。彼は最後の手段を企てて、選手の控室へ向かった。

 そんな裏事情を知らず、ヤトは嬉しそうに次の試合の組み合わせを確認した。

「えーと……次の試合は……ん? なんだこれ? 0倍×0倍? ……八百長……か」

(まぁ……帝国最大の賭場だし、ありえない事も無いかな。結構、勝ってるし)

 換金所に行くと、受付嬢が変わっていた。

「前の受付が体調を壊したので交代しました。白金貨4,538枚から手数料454枚を差し引いた4,084枚の払い出しです」
「はいはい、どうも」
「次の試合はどちらにお賭けなさいますか?」

 ニコッと微笑む受付嬢をみて、どうやら八百長を知っているなと勘繰った。

「いえ、帰ります。また明日来ます」
「ええ!? 賭けないんですか?!」
「賭けませんよ、八百長の試合になんて」
「ひっえ! あ、何を仰いますか、お客様」

 受付嬢は激しく動揺し、ヤトは自分の勘は当たったのだと踏んだ。どこかで見ていた支配人らしき人物が現れる。

「お客様、どうなさいましたか?」
「賭けません、帰ります」
「次の試合は面白い組み合わせですので、遊んで行かれては如何でしょうか」
「うるっさいなー……八百長になんて賭けねえっつってんだろうがぁ!」

 大きな声で八百長と叫ばれ、支配人の顔はラベンダーの花の色になっていた。他の客が引き、何やらひそひそと話をしている。

 仮面の男が立ち去り、噂をする客達と青くなった支配人が残された。





 宿に戻って昼寝をし、別行動の二人の帰りを待った。ヤトについている六腕に用はなく、昼寝の邪魔をするなと外で待機させた。

 夕刻、図書館組が帰還し、小一時間程度、眠ったヤトが起き上がって報告を受けた。

「図書館の場所は城の二軒隣、白い建物だそうです」
「夜は見張りが厳しくとても忍び込めそうに……」
「あ、大丈夫。俺が一人で行くから」
「よろしいのですか?」
「いいよ。みんなは宿で待機しててくれ。じゃあ行ってくる」

 図書館に忍び込むとは思えない気安さで、脅威は出て行った。

 しばらく無言で顔を見合わせ、足音と気配が完全に消えてから、扉を少しだけ開いて様子を見た。どうやら仮面の男は本当に出て行ったらしい。

「……行ったか?」
「ああ、本当に出掛けていった」
「ボス、逃げ出さないか?」

 形はヤトに従っているとはいえ、彼らのボスはゼロのままだ。

「俺は……諦めた」
「何を?」
「全てを……だ。あいつには手も足もでない。傷を負わせることもできまい。逃げても八本指に被害を与えてしまう」
「大丈夫よ、五人だけで逃げ出して帝国で用心棒でもやりましょう」
「そうだ! ボスがいればなんとかなる」
「デイバーノックは何をされた? アイツが何かしたのが見えたか?」

 その質問には誰も答えない。

 ヤトの動きを目で追えるようなものはいない。

 ゼロの心は思春期の少年のように深い傷を負い、捨てられた野良犬よりも弱っていた。

「ここで逃げ出して、万が一にでも捕まったらどうなる? 俺の二の舞で済むとは思えん。それ以上の地獄が待っているぞ」
「このままだと何をされるかわからないじゃないか」
「らしくないぞ、ボス! 闘鬼ゼロの名はどうしたんだ!」
「いつからそんな腑抜けになったのよ!」
「……ふっ、おまえら本当に馬鹿だな」

 ゼロの表情が緩む。

 部下に怒られるなど、昔の彼には考えられなかった

「逃げるなら王都のアジトへ着いてからだ。抜け道を使って貴族の家に潜伏しよう。あいつが同じ国にいなくなってから、王都からすぐに逃げるんだ」
「ボス……わかった。俺達、全員で、遠くの国へ逃げよう」
「竜王国なんかいいんじゃないか? 王国から離れているし」
「あんな奴がいたら八本指もおしまいだろうからね」

 自分たちだけが救われる微かな希望が見え、彼らの声は明るくなった。

「ボスも逃げたら今まで以上に働いて貰わないと」
「しばらく俺は使い物にならんぞ」
「いいよ、俺達だってそんなに弱くない」
「六本腕なんて名の組織でも作るか?」
「センスがないな、もっといい名前を考えろよ」

 楽しそうに未来に語る六腕の5人。

 その微かな希望がいつまで続くかなど、考えてはいなかった。

 敵がかなり強い程度の”人間”だと思っている彼らに、明るい未来は訪れない。





「流石に帝国は王都とは違うな」

 図書館の入り口には、見張りと思わしき衛兵が二名立っていた。小石を投げて物音で衛兵を動かし、その一瞬の隙にさっさと侵入を果たした。

 王国の中途半端な図書館と違い、内部は広かった。

「アイテムボックスに全部入るかな? さて、片っ端から詰め込むとするか」

 取り急ぎ必要なのは周辺国家の情報だ。スレイン法国、リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国の棚をアイテムボックスに放り込んでいく。どうせ自分が読むわけじゃないと、彼の選び方は雑だ。

「大分、盗んだな……。まあ全部盗んでも可哀想だから、適当に残しておこう」

 棚の70%を盗んで満足をしたため、適当に他の棚も冷やかしていく。帝国の賭博が分かった今、新たな情報があるとも思えず、冷やかし方も雑だ。ぼちぼち帰ろうかと欠伸をして気を抜いていたところに、衛兵が走ってきた。図書館で空っぽになった棚の前で欠伸をしていたのだから、本来ならば言い訳が難しい

「動くな! 貴様、何者だ! どうやって忍び込んだ!」
「ちょっとちょっと、俺は泥棒を追ってここに入ってきたんですよ。ほら、手ぶらでしょう?」

 ヤトは両手を上げたが、言い分には無理がある。後ろから応援が駆けつけてきて、衛兵は五人になった。気が付けば取り囲まれていた。


「愚か者が! 魔法による侵入者特定により、お前が侵入者だとわかっているんだぞ! 手を上げろ!」
「君らじゃ無理だって……」

 叫びながら向かってくる衛兵達に、ヤトは無抵抗で棒立ちのままだった。武器で攻撃しても手ごたえがない、縄と手枷も効果がない。ヤトは軽い足取りで、取り囲む警備員を無視して歩いていく。

「フールーダ様はまだか!」
「こいつ、怪しげな術を使うぞ!」
「あの方が来るまで持ちこたえろ!」

 衛兵達はヤトの周りを入れ替わり立ち代わりぐるぐると回る。

「フールーダさんって誰ですか?」
「帝国の主席魔法詠唱者だ!」
「おまえなんぞ、一捻りに捕まえてくれる!」
「英雄級のあの方は第六位階までの魔法が使えるんだぞ!」

 段々と周囲をくるくる回る彼らが、“かごめかごめ”でもやっているように見えてきた。彼らは周囲をこまめに回りながら抵抗をしたが、意に介さないヤトはそのまま庭まで出てきてしまった。

「この忙しい時に騒がしい、何事だ!」

 上空から声がしたので見上げれば、白いローブを着て長い髭を生やした老人が浮いていた。声は若かったが、容姿はかなり老け込んでいた。贔屓目に見ても、仙人がいいところだ。

「声は若いな」
「侵入者です! 図書館の本を大量に奪われました!」
「誤解ですってば、泥棒が入っていったので追いかけて入っただけなんですよ」
「闘技場の出費が大赤字だというのに、次から次へと……貴様、何者だ?」
「旅の者です」
「名乗る気はないということか。髪が黒いから南方の者だな?」
「ご自由にお察しください」
「ご同行願おう」
「お断りします」

 ヤトは小声で《疾風迅雷》を発動する。

 素早さが急上昇したのがわかった。

「やはり後ろ暗いのだな。力ずくでも同行願おう。いく……ぞ、あれ? どこへ消えた?」

 彼の姿は瞬きする間に忽然と消えた。

「逃げられたな! 探せ! 付近を捜索せよ!」

 衛兵たちは蜘蛛の子を散らすように走り出した。

「魔力は感じなかったので、そんなに大した敵でもあるまい。被害の確認を行なっておくか」

 フールーダが図書館に入ると、かき集めた諸国の情報の棚が空になっていた。愕然として立ち尽くすフールーダは、王宮に戻るのが遅くなった。

 ヤトは風のように早く、稲妻のように荒々しく帝都を走っていた。途中、早すぎる自分動きについていけず、何度も壁にぶつかりながら宿へ戻った。壁相手にダメージは負わなかった。

「三十六計逃げるに如かず……か。ぷにっと軍師の指示を聞かなかった俺が言うと怒られそうだ」

 見つかってしまった事を反省するより、明日は仮面を被れない事の方が重要だ。





 帝都の王宮にある豪華な一室、ここは時の皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの居室だ。赤を基調に煌びやかな装飾がなされているこの部屋は、夜の出入りが許されているのはフールーダしかいない。皇帝とフールーダは昔の師弟関係だ。

「じい、あちらは大丈夫だったのか?」
「困ったことにかなりの図書を奪われております」
「それは困る……犯人の行方はどうした?」
「幸い、敵に強い魔力は感じませんでした。付近の衛兵を総動員して探しておりますので、程なく見つかるでしょう。」
「そうか。そちらより、先ほどの続きといこう。これが損害額の報告だ」
「ふむ、失礼しますぞ」

 フールーダはごぞごぞと体をまさぐり、眼鏡を取り出した。

「えー……損失額は……白金貨2,985枚!? 金貨の間違いではないのですか?」

 帝国の維持に関してというのであれば、甚大な被害とは言えない。一日でこの額の損害とは、胃が痛くなる金額だ。翌日も同程度の損害が出てしまえば、帝国ではなく闘技場の維持に関わる。

「大金を持った者が勝ち続けたらしい。既に闘技場から運営資金の追加投入の依頼が来た。彼らは明日も損害が出ると予想しているな」
「……明日はこの程度の損害では済まないと?」
「状況は切迫している。じい、明日は衛兵を連れて闘技場へ行くんだ。該当する人物を拘束してお連れしてくれ」
「畏まりました、陛下。お任せください」
「まったく、冗談ではない。闘技場でこちらが大損するなど、帝国始まって以来の珍事だ」
「皇帝、明日は必ず、賊を捕縛してご覧に入れましょう」
「期待しているぞ、じい」

 かつての教え子の成長を喜び、嬉しそうに一礼をした。

 皇帝と帝国主席魔法詠唱者は敵を侮っていた。

 捕まえられない存在など出会ったことがないのだ。







図書館班1d4 →2・3
賭け倍率→1d4 1の桁  1d10小数点

情報%追加→1d20
特に多かった情報→1d4 →3バハルス帝国
ボーナス 帝国+2d20
情報収集率 1d20 1回目は王国、二回目は帝国の合計
スレイン法国 →27%
バハルス帝国 →43%
リ・エスティーゼ王国 →22%
プレイヤー情報 →35%
他国情報  →28%

参謀が全ての文章を読み解く時間→1d20→11日後
11日後、情報%に追加 1d20 →3%  


イベント発生率→90% ダイス成功
遭遇相手→4 古田・パラディン



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19日目 帝都アーウィンタール



 翌日、仮面を外したヤトは六腕達と闘技場に来ていた。図書館に忍び込んだ際、仮面を見られていたため、素顔で誤魔化そうとしていた。

「ふむ、倍率は間違いないな」

 掲示されている試合の倍率は2.8倍と1.2倍だ。恐らく倍率の低い方が勝つだろうと思いながら確認すると、やはり1.2倍の数字だけ残っている。ヤトの頭上で電球が光った。

 ヤトは妙案を思いつき、彼らに指示を出す。

「エドストレーム、お前は受付に顔を見られていないし、女だ。俺の代わりに賭けてこい」
「はい……おいくらでしょうか」
「控えめに白金貨1,500枚を2.8倍に賭けてきてくれ」

 全然控えめではなかった。八本指の軍資金が白金貨1,000枚だったので、十分に狂っている。生ゴミでも渡すように放り投げられた手提げ袋を慌てて受け取り、彼女は受付に走っていった。

「VIP席に案内されそうになったら断っといてくれ」
「我々はどうしましょうか」
「俺はちょっとやることがあるから、チケットを持った彼女を皆で護衛してくれ。次も必ず俺たちが勝つ」
「はい……」

 今日も彼らの顔は暗い。

 ヤトは闘技場の案内図を確認し、目的地へ向かった。





 この試合は闘技場に設定されている階級(ランク)の防衛戦だ。AA~Eまでのランク制度で、戦う者の報酬や名誉が変動する制度を導入していた。最初の試合は、Dランクの王者の防衛線だ。体格・経験・武器などを考慮しても、挑戦者に分が悪い試合く、倍率も手堅い。

 観客の歓声と共にモーニングスターを持った大柄な男と、何の変哲もない剣を持った小柄な男が会場へ現れる。開始の合図と同時に、小柄な男が走り出す。それを迎え撃つために、モーニングスターの棘付き鉄球を振り回す王者。強く振り回し過ぎたのか、モーニングスターは壁に向かって一直線に飛んでいき、鉄球が壁にめり込んでいた。

 突然に武器を失った王者は状況に混乱し、男の剣をまともに受けた。

「いてえ!」

 肩から血が流れたが、今は武器を取らなければならない。肩を抑えて壁際に走るが、そこで転倒してしまう。

「え?」

 頭から地面に倒れた男は何が起きたかわからず、立ち上がろうともがいているが、挑戦者は隙を逃してくれない。小柄な挑戦者が男を滅多切りにし、やがて会場は血で染まっていく。

 誰も予想しなかったGIANT KILLING(番狂わせ)だ。

 ヤトがこの場にいなければ、闘技場は十分な儲けがでていた。全ての観客が多種多様な感情を込め、大きな歓声を上げた。その下、試合会場へ続く通路の角で、ヤトがニヤニヤしながら壁にもたれ掛かっていた。

「やればなんとかなるもんだな。ボロ儲けができた」

 彼がスキルを使って本気で走る姿や、武器を奪って壁に放り投げる姿、足を蹴飛ばして転ばせる姿は、向上した素早さを捉えるものはおらず、誰にも見られていなかった。

 若干の眠気を感じながら、六腕の下へ歩いていった。





 受付に戻ると、六腕が帝国の衛兵に囲まれている。まだ換金はできていないが、六腕は殺気立っていた。闘技場の内部で乱闘騒ぎが起きてもおかしくない修羅場だ。

「お、おい。なんだ、何事だ?」

 予想外の事態に、ヤトは少し焦る。衛兵は近寄ってくる黒髪の男を見つけ、彼がガラの悪い5人の雇い主だと把握した。

「あなたが、このチケットの所有者ですね? 払い出しを別室で行いますので、ご同行願います」

 剣に手を掛ける衛兵は、金を払ってくれそうになく、六腕もまた血の気が多かった。

「ふざけんな! ここで払えばいいだろうが!」
「舐めんなよ、衛兵共が!」
「落ち着け、とりあえず行ってみよう。騒ぎを起こして金が手に入らないのは困る」
「……はい」

 花が萎れるかの如く、途端に大人しくなった。

「さあ案内してくれ」
「こちらです」

 結局、昨日と同じVIPルームに通された。





 案内された応接間には、昨日の帝国主席魔法詠唱者であるフールーダが腰を掛けていた。

 昨日に続いて彼に会い、ヤトは焦っていた。前日と違って仮面は外しているが、声と髪は変えられない。幻術の使えるアインズが羨ましく思った。

「ようこそ、お呼び立てして申し訳ない。腰をかけてくれ」
「はあ」
「む? その髪……貴様、昨日の夜は何をしていた?」
「昨日は、護衛と宿におりましたが……」
「嘘を吐け! このこそ泥めがっ! 衛兵!」

 あっさりと見破られた。六腕が応戦しようとして、応接間は一触即発になる。ヤトは面倒に感じ、椅子にもたれかかった。

「ちょっと、ちょっと、落ち着いて」
「問答無用! 食らえ! 人間種束縛(ホールドパーソン)!」

 魔法を放ったが、ヤトは涼しい顔をしていた。

「無駄ですって。早く換金してもらえないですか?」
「なぜだ、なぜ効果がない。マジックアイテムか、厄介だな」
「白金貨を早く」
「衛兵共! こいつを拘束しろ!」

 六腕が衛兵と交戦しようとしているが、ここは実力差を見せて収束を急いだ。

「六腕、手を出すな。壁際で待機だ」

 表向きは護衛の彼らは、護衛対象から離れて壁まで後退した。

 5人の衛兵が拘束しようと試すが、何一つとして上手くいかない。剣で斬りかかる者もいたが、ソファーを切っただけだった。

「もう実力差わかったでしょ、謎のじじい」
「なっ。何者なんだ」
「さあ白金貨をください。まだまだこれから稼がなければならない」

 帝国が破産するまで勝つ、相手はそんな顔をしていた。

「……白金貨は無い」
「え?」
「白金貨はもうない」
「……なるほど、お財布事情はあんまりよくないと」
「そうだ。元本はお返しするので、お引き取り願いたい」
「お断りします。あるだけの白金貨とないなら人材とか財宝とかなんでもいいから、かき集めろ。エドストレーム、勝ち金はいくらだ?」
「3,780枚でございます。」
「ほら、さっさと皇帝にでも伝えてきて。フールーダの身元なら白金貨1,000枚で引き取ってやってもいいですよ? 本当はいらないですけどね」
「いや……それは難しいだろうな。そんな大金が用意できな――」
「知るか、胴元なんだから何とかしてくれ。それとも帝国は、こんなケチくさいやり方で勝つ国ですか?」
「……皇帝陛下に相談してくる」

 帝国と皇帝を馬鹿にされるわけにはいかない。
 フールーダは肩を落とし、年相応の哀愁を漂わせながら部屋を出て行こうとした。

「あーちょっとまった」
「なんだ?」

 哀愁漂うフールーダは鋭い言葉による追い打ちを覚悟する。

「白金貨2枚ほどあげるから、俺達全員分の昼飯を用意してくれ。なるべく多めに、美味しいもの」
「10枚にしてくれ」
「無理。2枚しか駄目」
「……衛兵、急いで手配をしろ。最高級品にしろと伝えておけ」
「はっ!」

 フールーダの様子を見る限り、待ち時間は長そうだ。前日と同様、大量の料理に加え、酒まで手配し、室内に食欲を刺激する匂いが満ちる。ヤトは一瓶、独占して、寝転がってアルコール中毒よろしく飲み始めた。

「ほら、遠慮せずに食えよ、お前ら」
「よろしいのですか? 我々も食べて」
「いいんだよ、別に。俺の護衛なんだから飯食わないと力がでないだろ?」

 ニッと笑う彼は二十歳前後の若者に見えた。六腕は彼を見直して、労働環境が悪くないなら就職するのもいいかもしれないと思った。

 その希望は一日しか持たない。





 フールーダが賊を確保して現れると信じて疑わなかった。

 しかし、皇帝の前に現れた老人はがっくりと肩を落とし、一日で随分と老けたように見えた。捕らえる予定の賊もおらず、単身で現れた彼を見て皇帝は全てを察した。

「最悪だな……追加して勝たれるとは……」
「申し訳ありません。どうやら特殊なマジックアイテムを所持している可能性があります」
「名前は聞いたか?」
「いえ、護衛は六腕と言っていました」

 若き有能な皇帝はその名に聞き覚えがあった。

「そうか、王国の犯罪組織が妙なアイテムを手に入れたから侵攻にきたわけだ。六腕とは王国に巣食う犯罪組織の武闘勢力だ」
「なるほど、それならば納得ができますな。彼らが大人しく従っているところをみると、恐らくあの男がボスなのでしょう。低位の冒険者、ワーカーでも使わないような弱い防具を装備しているのは、身元を隠すためなのでしょう」

 酷い誤解だった。

 この勘違いは、後々まで糸を引くことになる。

「王国の犯罪組織に付け入る隙は与えん。急いで財宝を用意させ、引き渡しの際に二度と来るなと伝えるんだ」
「畏まりました」
「ご丁寧に大きな声で八百長を匂わす真似をしてくれたのだったな。もしかすると闘技場にスパイがいるかもしれない。運営者を総入れ替えだ、すぐに手配しろ」
「早速、準備に取り掛かります」
「ああ、よろしく頼む」

 フールーダが去った後で、皇帝はブツブツと物思いに耽った。

「考えられる最悪の展開だ……勧誘を頼まなくてよかった。王国と同様、内側から瓦解させられていたところだった。損害は王国との戦争に影響がでるな。ここまで戦力を削ったというのに、帝国としては金額以上の大損害だ。王国が犯罪組織を野放しにしている事だ。イジャニーヤが手に入っていれば、ここまで苦労せずに済んだのだが。明日から全ての経費を削減か……私も質素な生活をしてみるか」

 叡智に溢れる若き皇帝は、損害の補填をどうするかで再び動き出した。

 間違いないのは、毎年恒例のリ・エスティーゼ王国との小競り合いは、戦争資金が欠乏して延期するしかない。公的資金に大打撃を食らうのは、戦争を起こすよりも手痛い。今回の損害を補填するに、軽く5年はかかる。無理をして戦争を起こすより、二度と今回のような事態を招かぬよう、闘技場の改革をし、より強固な利益体質へ改善する方が最優先だ。

 フールーダが手も足も出ない犯罪組織を抱え、今もなお腐敗を続ける王国など、放っておいても弱っていく。

「くそ……やってくれたな、犯罪組織を野放しにする王国が。やはり、あの国は早々に潰さねばならない」

 頭を書き毟ると、美しい金髪が抜けた。





 大量の財宝を荷車に積み、可能な限りの白金貨を渡され、そのまま闘技場を追い出された。急展開にヤトと六腕は呆然と立ち尽くしていた。空っ風が吹き、西部劇などでコロコロと道路を転がる回転草(タンブルウィード)が、右から左へ転がっていった。

「出入り禁止だってぇ……」
「そのですね……」
「アインズさんに怒ら……」

 怒られるわけがない。理由は右手に持ったはち切れんばかりの財布と、背後の財宝が物語っている。自分が八本指のボスと勘違いされているとも知らず、アインズの喜ぶ顔を思い浮かべ、守護者のようにニヤけた。骸骨なので表情はないが、喜ぶに信じていた。

「怒られるわけないわな。財宝貰ったし、白金貨もたくさん稼いだし」

 彼の稼いだ白金貨は合計で6,364枚だ。一部は現物支給だったが、1枚十万円として現代社会の貨幣価値に換算すると約6億円だ。他国に比べて多少は裕福な帝国とはいえ、影響がないはずがない。仮に八本指に軍資金を返したとしても、5億の大金がナザリックへ流れ込むのだ。

 返すつもりは毛頭なかったが。

「せっかく来たから、ちょっと服を見たい。夜には出発するから、馬車の手配をしといてくれよ」
「私が数名といってまいります」

 短期間であったが、裕福な暮らしをさせてもらっていたサキュロントは、素直に進んで従った。刃向かって殺されるより、服従して甘い汁を啜った方がいいに決まっている。

「ああ、よろしく。はい、小遣い。夜までに行くから、待機をしててくれ」

 白金貨を数枚、数えずに渡した。

 渡した数枚が数十万に該当するが、金銭感覚は崩壊していた。

「ありがとうございます。我々は街の入り口で待機をしております」
「わかった。それから、他の奴も宿を引き払って、帰り支度をしておいてくれ。この財宝もお前たちで守っておいてくれ。俺は買い物に行く」

 再び、白金貨を手近な者へ渡した。

「財宝は何としても守れよ?」
「はい」

 ヤトは当初の目標の一つ、お色直しをしようと帝都で最高級の店を探しに出かけた。

 ラキュースと会うのにみすぼらしい格好はできない。

 他に理由はなかった。





「大変によくお似合いですよー……」

 年配の女性は嬉しそうに服を褒めた。

 首元のボタンが開いたワイシャツに似たな白い服、黒いベストのようなチョッキ、ジャケットを思わせる黒い上着、先が尖がったブーツ。

 ラフな格好に着替えたどこかの若手社長だ。見ようによっては夜の街で女性へ甘い言葉をささやくホストにも見えた。

「南方の”すうつ”と呼ばれている服をイメージに、お抱えである一流の職人達が編んだものでございますのよ」
「いいですね」

 このまま日本に帰ったとしても通用しそうな格好だ。

 彼は異世界を心の底から謳歌していた。

「全部でいくらですか?」
「金貨50枚になりますが」

 初めから値切られることを前提にした高めの金額だ。

 現実世界の金額に換算して50万円で、帝都で最高級のブランド店とはいえ、そこまで法外なわけがない。来店時のみすぼらしい格好が気に入らず、店の店主はヤトを舐めきっていた。買えないなら衣服を引っぺがし、バケツに水でも浴びせてやろうと思っていた。

 金銭価値が崩壊しているヤトは何も言わない。

「はい、白金貨5枚。古い服は捨てといてくださいねー」
「うぇえっ!?」

 目をひん剥いて驚く女性も気にならない。早く王都へ帰ってラキュースに見てもらいたいと、ヤトの機嫌は過去最高に良い。

(人化の術はカスタム可能だから、一度服を着替えるとずっとそのままなんだよな。そのうち、予備の服も買っておこう。髪も切った方がいいかな?)

「じゃあまた来ますねー」
「ありがとうございましたー!」

 ヤトが出て行った後で女店主はぼやく。

「もっとぼったくればよかったわ……まさかあんなに金、持ってるなんて……はぁ」

 店主の、ここ最近で一番の失態だった。





 その後、ヤトは手持無沙汰で帝都を徘徊し、帝国の情報を集めた。武器はどこの店も似たり寄ったりで、珍しい武器と出会うには特別な伝手がないと難しい。

 冒険者の一線を越えた者達はワーカーと呼ばれ、善人も悪人もその中にはいる。

 この国では亜人種は奴隷という扱いを受けているが、期限付きの労働者の意味と同等である。

 中には”そのような”奴隷が売っている店もあった。

 夕日が沈む直前、帝都の入口へ到着した。既に財宝は積み込まれており、サキュロントがヤトを見てお辞儀をした。馬車に乗り込む前、馬の手綱を引く従者へ声をかけた。

「ちょっとトブの大森林に向けて走らせてくれ。寄るところがあるから」
「……? へい、畏まりやした」

 よくわかってない馬車の従者は、地獄へ向けて出発した。


 ヤトは移動中、馬車の揺れに心地よさを感じて睡眠に落ちた。

 気持ちよく寝ている彼の横で、サキュロントはこいつについていくのも悪くないかもしれないと呑気に考えている六腕。彼らは想像もできない程の最悪な事態に陥る。

 後日、王国と帝国の戦争が無期限延期だと聞いた彼は、自分の仕業だとは知らずに「へー」と軽く流した。

 誰よりも大きな彼の功績は誰にも気付かれず、情報は人から人へ流れていった。

 事情を知る由もないアインズは、帝国の闘技場を出入り禁止になった件で余計な不満を溜めていた。






ジルが六腕に気付く可能性→50% 成功
王国の評判下落70% →成功、あんな国どうでもいいよ的な

八本指の評判上昇 1d%→80% 


見た目値上昇→1d20 →3 合計55点


帝国イベント発生率→60% 失敗
ワーカー遭遇率→10% 失敗
アルシェ遭遇率→ 40% 失敗






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悪意を以て悪行を制すは最悪

※純粋な拷問回

色々と下品で最低。
飛ばしてもストーリーに影響はありません。

エグい内容に不快感を覚える方はお避け下さい。



 ナザリックに到着したのは深夜だった。

 馬車を降りてログハウスに入ると、ヤトノカミ帰還を察知し、ログハウスからナーベラルを除いたプレアデスが出てきた。深夜だというのに嫌な顔一つせず、いつもの所作で礼儀正しくお辞儀をした。

 代表してユリが頭を下げる。
「お帰りなさいませ、ヤトノカミ様」
「みんなお疲れ様、元気だったか?」
「はい。お帰りをお待ち申し上げておりました」
「早速で悪いんだけど、彼らを捕まえてくれないか?」
「はい、即座に」

 何事かと馬車から顔を覗かせていた六腕は、馬車に乗り込んできたメイドに捕縛された。

 腕を後ろに回され、痛みで身動きが取れず、彼らはログハウス前に引っ立てられた。

「な、なんだ? 何をするんだ?」
「君達の忠誠心を得るために、悪いがナザリックの洗礼を受けてくれ。あ、ちなみに俺の真の姿はこれ」

 目の前にいた身なりのいい若者の体が光、腕と角の生えた大蛇に変わった。赤い瞳に人間らしい感情が見られず、そのまま丸呑みにされる妄想が膨らむ。

「ひっ!ひいい」
「た、たすけて! お願いします、なんでもします!」
「ちっ……やはり化け物か、殺したいなら殺せ」

 怯える四人と比べて、ゼロだけは落ち着いて覚悟を決めていた。彼だけは荒れ狂う暴虐を味わっていた。人外の者と聞いても今さら驚きはない。このままこいつに従って平和に暮らすのも悪くないかもしれないと、都合よく考えていた四人はどん底へ叩き落とされた。

「プレアデス達、こいつらの使える武技を調べたいのだが、うーん、誰をどこにしようかな。あ、女だけは先にローパーへ渡してきてくれるか」
「はいぃ。畏まりましたですぅ」

 エントマが、目だけで笑い、エドストレームを連行していった。

(後で様子を見るのが楽しみだ)

 大蛇の口角は酷く歪んだ。

「他はいかがいたしましょう」
「うーん……恐怖公の所にゼロ、ニューロニストにそいつ(サキュロント)、大穴にそこのやつ(ペシュリアン)、性格最悪にそれ(マルムヴィスト)にしようか」
「ヤトノカミ様、死亡した場合は、どうしますか」

 ユリがメガネを光らせ聞いた。深夜なのに何に反射したのかと思えば、月光だった。

「絶対に殺すな。発狂したら治療してくれ。彼らはアインズさんが使う大事な駒だ。馬車の従者は殺していいよ、いらないから」
「畏まりました。では皆、持ち場に行きましょう」

 必死で抵抗している彼らに一瞥もくれずに、ヤトは自室で眠り込んだ。

 最後までサキュロントは涙と鼻水を出して叫んでいた。哀れなその表情に、彼を拘束しているソリュシャンが嬉しそうに舌なめずりをして見つめていた。

 嗜虐嗜好に溢れる彼女の好みだったらしく、お預けも可哀想なので馬車の従者を一個あげた。





 わざわざ指輪を外して一晩の休眠を取った。

 翌朝、ソリュシャンがルームサービスに使うワゴンを押して朝食を運んできた。ナザリックの食事の匂いに釣られ、大蛇は頭を起こした。

「おはようございます、ヤトノカミ様。そろそろご指定のお時間となります。」
「ん~、ふあああ。おはよう、えーと……ソリュシャン」
「はい、お名前を覚えていただき、ありがとうございます。朝食をお持ち致しましたが、すぐに召し上がりますか?」

 寝惚けているとはいえ名前が出てこないのは失礼な対応だったが、柔軟なソリュシャンは気にしていない。創造主でもないのであれば、ナザリックに数多くいる僕の一人を忘れてもおかしくない。支配者とはそういうものだと思っていた。

「ありがとう、こっち持ってきて。ところで彼らは”元気”かい?」
「はい。様子を見る限り、とても”元気”でございます」
「分かった、朝食を食べたら様子を見に行こう」
「ご用意を致します、少々お待ちください」

 トースト、目玉焼き、ジャムとコーヒーは、どれも発狂しそうに美味かった。





 五大最悪で恐怖公とローパーは容易に想像ができた。

 六腕最強のゼロは体力もあるだろうと考え、後回しにした。

 詳しく知らないのは性格最悪だ。ソリュシャンの案内で彼の住処へ向かう。拷問部屋が近づくにつれて、絶叫が耳に入った。歩を進める度、音量が少しずつ上がっていく。

 件の担当者は見たことがなかったので、部屋の小窓からこっそりと窺った。

 振り子状のギロチンが、四肢と首を拘束されたマルムヴィストの上で、左右に大きく振れている。だが、彼の恐怖はそれだけではないように思えた。

 御伴しているソリュシャンに尋ねる。

「あれは何をやっているんだ?」
「はい。彼のトラウマを爆発的に増大させ、精神と肉体の両方の破壊を試みているそうです」
「精神ね……どんなトラウマをみてるのやら。目玉が飛び出しそうだぞ」
「軽くお話を伺った限りですと、どうやら両親の躾により、針で刺された事が強烈に嫌な記憶だったそうです」
「へー。でもそれ、トラウマじゃなくない?」
「少しでも辛い記憶であれば、無限に増幅するので問題ないそうです」
「……怖いな。ちょっと嫌な記憶が、二度と思い出したくない物に変わるのか」
「その辛い過去を幻術などの魔法を重ね、最大限に膨らませて追体験を繰り返します。そこにギロチンを足したそうです」
「……そりゃ凄いな」

 他に言葉が出てこなかった。

「ギロチンで怪我を負って死にかけたとしても、それが新たなトラウマとなって蓄積されるそうです。雪だるま式に増えていくトラウマの絶望と恐怖は、繰り返し追体験する事により膨張を続けるとか」
「確かに目玉が飛び出る程、叫びたくなるよな……」

(俺だったらリアルに捨ててきた母親の事を体験するのか……)

 胸にちくりと痛みが差した。

「幻術を上手く操作することで、凝った夢を見せるそうですわ。伺ったお話によると、別人として子供時代から大人まで成長させ、美しい細君、可愛らしい御子、裕福な家庭を築いたところで、再度この状況に突き落とすそうです」
「げっ……」
「絶望と恐怖で発狂させるために、手間を惜しんではならないとか。勝手ながら楽しませていただきました」

 ソリュシャンはやたらと内容に詳しい。空いていた時間で様子を見に来ていたらしく、被害者の愉悦を堪能していた。

「後ろに転がっている他の拷問器具は試さないのか?」
「全て使用済みだそうです。針に関してスタンダードな鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)や審問椅子より、彼が最も絶望したのがこの振り子だそうです。」
「あーそうなんだ。あの器具で試した全てがトラウマに加わってると……」

 背筋が寒くなった。

「武技の方はどうだった?」
「はい、最低限のものであれば使用可能だそうです」
「そうか、使い物にならなくなったらアインズ様に怒られるから、適当なところで解放させてと伝えてくれ」
「畏まりました」

(これは自分がやられても発狂するかもしれないな)

 腹部を横一文字に裂かれ始め、腸が覗き始めたマルムヴィストの悲鳴を背に、そそくさとその場を立ち去った。





 守護者不在の第6階層、ジャングルの奥地、ソリュシャンを性格最悪に置いてきた大蛇は、大口を開けてこちらを見ている大穴に叫んだ。

「おーい! 餓食狐蟲王ー! 渡した奴はどうだー?」


 黒い全身鎧(フルプレート)に身を包んだ男が、マリオネットのような奇妙な動きでゆっくりと出てきた。

「ヤトノカミ様、我が領域へようこそおこし――」
「あーいいからそのままで、穴の中から出てくる必要は無いから話だけ聞かせてくれ」

 見た目通りに寄生虫の彼は、今はちょっと苦手だった。蛇・蛙・蛞蝓の三すくみで、蛇が蛞蝓に負ける心理に近い。汚染された現実世界では虫と触れ合う機会はなく、経験不足も災いした。

「そうですか……恐れながら、このままで失礼いたします」
「彼の調子はどうだ?」
「順調に体重が増えております。体は健康そのもので、眷属達の素晴らしい苗床となっております。」
「……そうだよね」

 ヤトは忘れていたのだ。

 餓食狐蟲王に指示なく渡すと、使い物にならなくなる可能性が高い。全身鎧(フルプレート)の彼は、風もないのにふらふらと揺れた。蛇の鱗に鳥肌が立った。

「あーと……こいつは武技を使えたか?」
「彼らのボスほど使えないです。詳しく聞いていませんが、使えない可能性も考慮しております」
「よかった……ここにゼロを渡してたら、アインズさんに説教、食らってたな。じゃあ、彼はそのまま渡すから好きにしていいよ」
「光栄の極みにございます。この餓食狐蟲王、必ずや忠義にて応えてみせましょう」
「気にするな、では失礼する」
「はい、またのお越しをお待ち申し上げております」

 ヤトの姿を見られず、残念がる声が聞こえたので心が痛んだ。

(あぶねー。武技を使える者っていう理由で拉致したのに)

 “空間斬”の二つ名を名乗っていても殺されていただろう。

 とある最強の前衛を思わせる二つ名は知られることが無かったが、それは不幸だったのかもしれない。彼だけが二度と表舞台に出てこなかった。

 次の目的地がそもそも出歩いて確認する目的だ。彼女の仕上がりはどうかと、想像しただけで胸が躍った。鼻歌交じりで人化の術を使い、人間に変わった。

 ヤトは足早に次の目的地へ向かった。





 ヤトはしゃがみ込んで右手の親指と人差し指を顎にあて、上を見ていた。

「エロ最悪サイコー」

 本当に最低である。

 ラキュースが見たら、彼に近寄らなくなる。

 二度と視界に入らない程に。

「胸が留守だよー」
「これは失礼いたしました、ヤトノカミ様」

 担当しているローパー系の生物は、行われている行為に反して非常に穏やかだった。

 哀れな犠牲者の絶叫も、今のヤトには愉悦でしかない。

 上空から落ちてきた大量の水滴を避けた。

「おっと、危ない。濡れるところだった。」
「もう少し離れられた方がよろしいのではないでしょうか?」

 触手を大量に伸ばした棒状の生物は、胴体に大きな一つ目があった。そのつぶらな瞳が、ヤトを見つめていた。

「いーのいーの、臨場感が違うだろ? あ、前の動きが鈍いからちょっと速度上げてみて。」
「はい、畏まりました。」

 絶叫が音量を上げて周囲に響いた。

「これってさードリルみたいにできるの?」
「申し訳ありません。純粋に回転を続ける事は体の構造上、困難でございます。ですが捻りを加え続け、回転している感触を与えるのは可能です」
「ちょっと両方でやってみてよ!」

 興奮して鼻息が荒くなっていた。

 息も絶え絶えだった対象から再び絶叫が上がった。よくここまで叫ぶことができるものだと感心した。

「速い速い、凄いなー。これって気持ちいいのかねえ?」

 ヤトは諸事情により立ち上がる事ができず、しゃがんだまま楽しそうに見上げた。

「はっ、行く行くってどこに行くんだか」
「残念ながら、人体の構造に疎い私めにはわかりかねます」
「そうだよね。発狂して快楽の虜になったら、治して続けてね。俺はちょっと自室でやることができたから」
「お任せください。これはいつまで続ければよろしいのですか?」
「そうだなぁ……あと一時間程度でいいや。その頃には俺もすっき……満足する仕上がりになっているだろうから」
「畏まりました。」

 自室の前で待機していたソリュシャンに挨拶もせず、部屋のドアを荒く開けてベッドに入った。

 本当に最低である。





 しばらくしてヤトは、 清々しい表情で部屋から出てきた。

 扉の前で待機していたソリュシャンは、すぐに頭を下げた。

「ソリュシャン、エントマにニューロニストの部屋に来るように伝えてくれるか」
「はい、畏まりました。御伴はよろしいのですか?」
「大丈夫だよ。ナザリックの中で迷子にならないから」
「失礼致しました。すぐにエントマへ伝えます」
「よろしくー」

 性欲とは種族に関わらず繁殖を促す呼び声だ。異種族交配について疑問が浮かんだ。

(人化の術って子供作れんのかな……? 人化の術って”人に化ける”のか? ”人と化する”のか?)

 蛇に戻ったヤトは、真実の部屋(Pain is not to tell)へ向かった。サキュロントは体の関節全てを拘束されていた。拷問官(トーチャー)達が、彼の股間周辺で作業をしている。

 入室したヤトを見つけ、現場監督のニューロニストが体を揺らして駆け寄った。

「んで、これは何をやっているんだ?」
「あらーん、ヤトノカミさまあん。ご機嫌麗しゅうございますわん」
「ん、うん。久しぶり」

 とてもすっきりした状態(賢者モード中)のため、余計に彼女の姿が堪えた。

「今は尿道周辺の神経を、刃こぼれしていた鋸で擦っているところですわん」
「げぇっ」

 男性としては想像しただけで縮こまる地獄絵図だ。

「うわー……痛そう……」
「ぎゃあああああああああああああ!」

 永久に終わらないかと思わせる絶叫だった。

 彼の苦痛を想像してしまい、体の一部が縮こまった。

「彼の使える武技はありませんわん」
「え? そうなの?」
「そうなのですわん。恐怖公が担当した彼が一番優秀みたいですのん、うふふ」
「そ、そうか……心をへし折って二度と刃向かう気が起きなくなればいいから、もう許してあげて。可哀想だから殺さないであげて、お願いだから」

 こちらまで痛くなりそうな彼に心の底から同情した。

 武技が使えない者は死んでも構わないと思っていたが、同じ男性として同情せずにいられない。悪の組織の一員だと知っていたが、同じ男としての共感が理性を越えた。

「はい、ではキリのいいところで終わらせますのん」

 何を以て切りがいいのか不明だ。神経が切れてこそ切りがいいのか、切れないからこそ切りがいいのかわからない。ニューロニストの考えなど、ヤトに読める筈もなかった。

 彼の苦痛を想像して申し訳なくなり、足早にニューロニストの部屋を出た。




 真実の部屋(Pain is not to tell)を出ると、エントマが足元の小石を蹴っているのが見えた。

「あ、エントマ。」
「エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ、御前ですわぁ」

 直々に呼び出されたエントマは、嬉しそうに目で笑った。

「いいタイミングだな。恐怖公の部屋に放り込まれた彼の様子を見たいから、一緒に行こう……というか、先に入ってくれる?」
「どうかしたのですかぁ?」
「う、うん、ちょっと、蛇は虫が苦手で」
「種族の特性なのでしょうかぁ……残念なのですわぁ」
「いや……別に残念じゃないよ」

 ヤトに限ったことではない。

 恐怖公の部屋へ、躊躇わずに入室が可能なのは、エントマを含めて数名しかいない。守護者最強のシャルティアも、守護者最硬のアルベドも入室は避ける。同じ種族のコキュートスと、ナザリックの同胞を愛するマーレだけが、躊躇わずに入室ができる。

「はいぃ。わかりましたわぁ。御伴いたしますぅ」

 自分で命じておきながら、ヤトは部屋の中まで入れなかった。

 エントマが黒棺(ブラックカプセル)から恐怖公を連れてきてくれた。身長30cm程度の黒い彼は、トコトコと歩み寄ってくる。小さく二足歩行で歩く姿は少しだけ愛嬌がある。遠く離れて見ていればよかったが、守護者の忠誠はそんな軽いものではない。

「おや、これはるし★ふぁー様のご友人であるヤトノカミ様、お久しゅうございます」
「ゆうじ……ん、まあそうだな。恐怖公、元気そうで何よりだ」

 友人ではなく実験台の間違いだと思った。

「皆さま、至高の御方々の御蔭で、眷属も楽しい毎日を過ごしております」
「私もぉ、恐怖公にはお世話になっているのですわぁ」
「眷属食い殿には数を減らすのにご助力いただいて、まったく感謝は尽きません。ですが、このところ頻度が上がっていますぞ」
「エントマ、駄目だよ。すぐ増えるとはいえ、それを超えるペースじゃ可哀想だからね」
「はいぃ……申し訳ありませんですぅ」

 怒られたと思い、エントマは本気で悲しんだ。

「いや。怒ったわけじゃないんだ。あまり気にするな」

 エントマの頭にある二つの”お団子”を人差し指でくすぐる。くすぐられた蟲が体を起き上がらせ、エントマの髪はウサギの耳のようになった。大量の脚が無秩序に暴れるのを見て後悔した。

「くすぐったいですぅ」
「あー、すまんすまん。エントマも反省しているから許してあげてくれ、恐怖公」
「分かっていただけるなら、吾輩は嬉しいですぞ。これからも気兼ねなく黒棺(ブラックカプセル)を訪れてくだされ」

 冠をひょいと上げて一礼をした。

(器用な油虫(ゴキブリ)だな)

 そのうち、現地人へ彼を見せつけて恐怖に凍る顔を見てみようと思った。

「ところで恐怖公。彼は元気かな?」
「勿論ですとも。ペストーニャ・S・ワンコ殿がポーションを置いていってくださりましたのでな。まだまだ延命できますぞ。眷属達も食い応えがあって大喜びですとも」

 ペストーニャはあまり近寄りたくない上に長居もしたくなかったので、部屋の前にポーションを置いて立ち去った事は後で聞いた。

「……眷属を体から追い出してから、ポーションかけて連れてきてくれるか。エントマ、手伝ってあげて」
「畏まりました。少々こちらでお待ちください」
「わかりましたぁ」
「なるべく眷属は払ってきてくれよー」
「はぁぁぃ」

 ゼロはすぐに出てきた。

「お待たせいたしました、ヤトノカミ様」
「……」

 ゼロは物言わぬ巨躯の人形だった。瞳から光は消え、感情が無くなってしまったかに見える。まだ完治していない傷は、眷属が入り込んだ穴だ。背骨あたりを中心に寒気がした。

「ありがとう恐怖公。また拷問の必要があれば頼むから休んでくれ」
「それでは、失礼致しますぞ、ヤトノカミ様」

 恐怖公は自室に下がっていった。

「エントマ、彼を治しておいてくれ」
「わかりましたぁ。では失礼しますぅ」

 ずるずるとマネキンのように引き摺られていくゼロを見送った。彼は武技を多く使える者だから、殺すわけにはいかない。洗礼は必要だが、壊れては困る。

「それにしても、最悪と言われてる割には、みんな大人しくていい奴だよな」

 性欲を満たした自分の方が最悪な気がした。そろそろ解放の指示を出さないと、と考えながら、ヤトは自室へ戻っていった。

 ゼロの回復を最後に、ペストーニャとルプスレギナはあちこちで立て続けに依頼される”修理”から解放された。ヤトはポーション使用量の報告を受けたアインズから説教をくらった。やりたい放題に過ごしているヤトは、どう足掻いてもお説教から逃げられなかった。


 六腕改め五腕から、更に改め四腕になった彼らは、最悪の悪夢から解放された。

 今までの行いを顧みれば、報いを受けたと言われても仕方がない。

 生きたまま利用され続け、状況が変われば簡単に殺されるその実情を知れば、同情する余地はあった。ナザリックへ恐怖による揺るがない忠誠を誓い、参謀達の駒として八本指掌握、王国乗っ取りに利用されていく。エドストレームだけ他と少し違う雰囲気になっていたが、ヤトの気にするところではなかった。


「あ、エントマ。守護者達が少ないけど、どこか行ったの?」
「はい、皆様は作戦実行のためしばらく留守にすると仰っていましたわぁ」
「ふーん。アインズ様も色々考えるね」

 アインズから連絡が入るまで気付かなかった。

 守護者と僕の出入りが少ない領域と自室をこそこそと往復していたヤト。

 彼は作戦実行のために待機していたパンドラとアルベドに気付かれることは無かった。

 アインズが帰還後に、アルベド、パンドラは初めてヤトが帰還していたことを知った。







同情した優しさUPのカルマ値仮想変動→1d% →40%

性欲値変動→0

0の時のみ女性に対して非常に紳士的になります。
上限50、現在0。変動は10刻み

カニバリズムフラグ→失敗


補足

セバスのカルマ値 300(極善)  ヤトのカルマ値100→140相当(善)

性格最悪
人の精神がどうすれば苦しみ壊れるかを冷静に分析して、執拗かつ徹底的にやる真面目タイプだと推理。

エロ最悪
“ソレ”のためにあるとバレなければ配置する事が可能と判断。薄い本みたいな状況です。



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21日目 ~翌朝 ナザリック地下大墳墓

 事は一日前の午後に遡る。

 自室で食事中のヤトは、アインズからの連絡を受けた。

《ヤト、今はどこにいる?》
《ナザリックで五大最悪を試してました》

 憔悴しきった彼ら4人は、貴賓室で酒・食事と共に軟禁されていた。とてもまともな精神状態ではなく、食事と酒には一切、手を付けていないが、そこまで面倒は見切れない。

 ヤトの目的は彼らを仕上げることで、それはすでに達成している。

《何をやっているんだ?》
《エロ最悪はエロ最高に正すべきと提案します》
《……最低だな》
《あれ? なんか引いてません? 最高でしたよ》
《そんな下らない事より、ちょっと守護者の件で話があるから、円卓の間で待っててくれるか》
《なんかあったんスか?》
《今後の方針に関わるかもしれない》
《ふーん……じゃ、円卓の間で待ってますね》

 ヤトは肉を丸呑みにし、円卓の間へ向かった。





 アインズは戻って早々、蜥蜴人(リザードマン)集落の一件を報告した。

「と、いう事があってね」
「……なるほど、意外ですね。どうやら俺はNPC達を舐めてたみたいです。俺達の意志に反したり、独自に作戦を展開したりはしないだろうと」

 ヤトの表情は蛇なりに真剣だった。

 NPCはどこまでいってもNPCだと考えていた。所詮はゲームの延長線で、創造された存在がAI(人工知能)で動いている程度の感覚だった。それが実際に生きているとなれば話は別だ。とはいえ、ぽっと出た支配者の自分が、彼らに対する接し方について結論は出ていない。

 自分に自信がないのが悲しかった。

「俺も予想してなかった。子の成長に複雑な感情を覚える親の心境だ……」
「大袈裟じゃないスかぁ? ところで、俺達はいつの間に王国を手に入れると決まったんですかね」
「俺にもわからない。王国を手に入れて、漆黒聖典を無力化するみたい」
「漆黒聖典?」
「ああ、ワールドアイテムを持っているスレイン法国最強部隊だそうだ。よりによって“傾城傾国(ケイ・セイ・コゥク)”を持っていて……」
形成虚空(ケイセイ・コクウ)? なんでしたっけ?」

 アインズは両手で頭を抱え、深い溜息を吐いた。

「……後でゆっくり話そうか、おバカさん」
「バ……まあ、否定しませんがね。そういえば六腕は手に入れましたよ、武技も使えます。今は四腕ですけどね」
「気になるが、後でその話もしよう。話しておかないと危険なことが多い。取り急ぎ彼らへの対応なんだけど」
「褒めて終わりでいいんじゃないスかね。実績は上がったんでしょう?」
「叱るつもりはない」
「俺は、至高の41人は頭がいい設定は、アインズさんに全部、押し付けてますからね」
「きったねぇー。全部押し付けるか、普通」

 ギルドメンバーに振り回されて雑用をこなすアインズは、文句を言いながらも嬉しそうだ。

「じゃあ、守護者達に二人で話をして、後で参謀を呼びましょうか」
「情報の擦り合わせか」
「いやいや、俺は頭が悪いからアインズさんの考えていることを教えてくれって」
「それはいい手だ。白銀にもNPCがすみませんっていいわけができるし」
「白銀?」
「それも後で話す。ところで資金稼ぎは?」
「えーと、白金貨が6,000枚相当ですね。一部は現物の財宝で貰いましたけど。」
「……金貨だろう?」

 狂った数字が理解できず、ピントをずらして聞き返した。

「白金貨ですって。金貨一枚が1万円だとして、その十倍の価値が十万なのでえーと……十万かける六千だから……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、十万、百万、千万、億……億?」
「6億円だな……」
「六億くらいッスか……凄いな! 六億? ええ? ホントにぃ?」

 初めて恐ろしい金銭価値に気付いた。大蛇は開いた口が閉じず、アインズは再び溜め息を吐いた。

「はぁ……今、気づいたのか……? これだけあればモモンが働かなくても大丈夫だな」
「帝都の闘技場、出入り禁止になっちゃいましたけどね。」
「二日程度しか滞在しなかったんだよな……って出入り禁止ってなんだよ。帝国の出入りが面倒になるだろう」

 速乾性の怒りを露わにした。八本指のボスと勘違いされているとは、二人とも知る由もなく、帝国と王国の戦争を止めたのは知る術がない。

「なってしまった事は仕方がないです。しばらく大人しくしていますよ」
「王都で物資を買って送ってくれ。俺はナザリックから指示を出す」
「えー……しばらく自堕落に過ごそうかと思ってたのに」
「おま……ふざけるな。散々、好き勝手やって遊んだんだから、内政を手伝え」
「でーすーよーねー」
「孤児達を勝手にカルネ村に送った件だってある。今度はこっちに主導権があるぞ」
「はい……すみませんです」

 上辺だけ申し訳なさそうに謝った。

「内務を任せるのは不安だから、王都で物資の調達とか情報収集とかになる。基本的にはスキル使って急いで移動してくれ。スレイン法国の者がいると困る。それから、夜は宿でゆっくり寝てくれ。セバスには夜、目を離さないように伝えておく」
「要警戒ですか? まぁ、逃げ足は確かに一番早いッスね。アイテムボックスもNPCじゃ使えませんし、指示も出しやすいんじゃありません?」
「それもある。プレイヤーはプレイヤー同士の方が便利なのは間違いない。”絶対に”揉め事は起こすなよ。蒼の薔薇とデートもするのだろう?」
「んー? あーそうでしたね。忘れてたッスー。」
「何かあったのか?」

 性欲値が満たされたので、そちらの分野の興味は沈静化され、積極性が失われている。180度、意見を反転させたヤトに、何かトラブルがあったのではないかと心配した。

「楽しみっすー。とりあえず、守護者達を褒めにいきません?」

 何でも話す仲間とはいえ、性欲がエロ最悪を使って満たされたというのは、流石に気まずかった。

「そうだな、先にそれを済ませよう」





 玉座にて守護者達が跪く。

 ヤトは玉座右端で腕を組んで立っている。

「まずは皆を労いたい。此度の作戦、実に見事であった。私はお前達を褒め称えたい。自慢の部下であると」

 跪く守護者達は嬉しそうだった。

 特にデミウルゴスは震えていた。

「各々が独自にナザリックの為に有益であると判断し、私に相談なく動いた事は問題があるかもしれない」

 アインズは少し間をあける。

「だが、その策によってナザリック周辺は完全に平定された。皆が独自に動かなければ、ここまで事を進めるのは出来なかっただろう」
「勿体なきお言葉、感謝致します。我ら守護者各員、必ずやナザリックの為に、よりよい実績を上げてみせます」

 現場指揮官のデミウルゴスが代表して答えた。

 アインズは顔をあげ、コキュートスを見た。

 凝視するアインズの眼窩が赤く光った。

「コキュートス、お前は此度の作戦で何を思い、何を感じ、何を得た。皆に説明せよ」
「ハッ。私ハリザードマンヲ侮リマシタ。彼ラガ何ヲシヨウト負ケナイト。デスガ、統率ノトレタ連携ニヨリ、戦況ヲ思イ通リニ運ベズ、苦戦ヲ強イラレ、ソシテ予想シナイ戦力、アインズ様ノ出現デ私ハ敗レタノデス」

 それでもモモンに負けることはない。負けたのはデミウルゴスの連絡があったからこその結果だ。

 しかし、現れた者がモモンではなく、ヤトなどのプレイヤー級であれば、コキュートスは首を刎ねられて死んでいた。それは考えられる限り最悪の結末だ。アインズは激昂して暴れ、何の実績も上げられずに金貨を消費して蘇生され、得るものはなく、損害だけが出る。下手をすれば激昂したアインズまで失ってしまう。不意打ちの一撃で失敗するのはモモンとヤトくらいのもので、絶好の機会を他のプレイヤーなら逃さない。

「うむ、その通りだ。全力で戦って勝利を収める事はおまえなら簡単だ。だが、作戦としては最悪だ。彼らは大量の死者を出し、作戦の本懐を成し遂げられたかはわからない」

 アインズは立ち上がり、金色の大きな杖の先端で地を小突く。

「心せよ! 決して敵を侮ってはならん! 漆黒聖典のアイテムを奪い、彼らを無力化する策をたてよ。そして我らに報告するのだ。不備があれば我々で正そう。良策はナザリック全軍を以て実行しろ。思えば、お前達と肩を並べて死線を潜った経験はなかったな。これからは我らと共に戦え! 戦場に付き従え!」

(アインズさんすげー。これってもうロールプレイの域じゃなくない?)

 魔王という言葉を頭に浮かべた。ヤトはアインズのロールプレイに口を挟めず、隅っこの方で腕を組んで立っていた。

「オオオ。至高ノ御方々ト肩ヲ並ベテ戦エルノデスカ……」
「必要であればそうしよう。各自、鍛錬を怠るな。」
「オオ、素晴ラシイ。必ズオ役ニ立ッテミセマショウ」

 コキュートスは感動のあまり涙を流しそうだった。

 昆虫族である彼の複眼から、涙が流れることはなかった。

「守護者達よ、成長を遂げるのだ。そして、ナザリックの繁栄の為に尽力せよ!」

 一際、大きな声だ。

 ヤトは彼が同じ人間だったと忘れ、大墳墓の魔王に見惚れていた。

「慈悲深きアインズ様。独自で動いた私達を責めるどころかそれを逆手にとり作戦を修正し、あまつさえお褒めのお言葉を賜るとは……流石は私の愛しい御方です!」

 アルベドは目を潤ませ、恍惚の表情を浮かべている。

「アインズ様、その深淵なる御心は我らには見通すなどできないでしょう。ならば、必ずや守護者一丸となりナザリックの永遠の繁栄を成し遂げてみせます」

 珍しくパンドラはオーバーアクションが無く、跪いたままで答える。落ち着いた彼はまさに参謀と呼べた。

「我らを自由にお使いください。御方々のためならば、忠義の下に命さえ投げ出してみせましょう」

 ニヒルな笑いでデミウルゴスが続いた。

「ナザリックノ名ノ下ニ、絶対ノ忠義ヲ」
「全ては御方々のために」
「お、王が永遠に君臨できる世界を」
「捧げると誓います!」

 参謀ではない守護者達の言葉は少なかったが、息が合っていた。リザードマンの作戦の影響かもしれない。ヤトは今までNPCと侮っていた彼らを心の底から見直し、これからは対等な存在として向かい合うと決めた。

 ゲームの延長線にいる気分だった彼は、この時初めてこの世界が現実だと実感したのかもしれない。変貌してしまった彼の心は、仲間を大事に思うことで改めて血が通った。それは(かえ)って彼の未来を苦しめていく。

 蛇の首に真綿が回され、ゆっくりと締まっていく。

「我々は円卓の間で会議をする。参謀の三名は付き従え」
「畏まりました」

 5人は円卓の間へと去っていった。





「すまない、三人とも。私はアインズ様の考えの全ては理解ができていない。教えてくれないか?」
「はい、私からご説明いたしましょう」

 デミウルゴスの話によると、ナザリックは王国を手に入れようとしている、らしい。掌握した八本指と二人で高めたお互いの名声を利用し、王国内の小競り合いを操作しようとしている。既に六腕は手中に収めたと聞いて、デミウルゴスは感銘に震え、話が止まった。

 地域の平定は王国を手中に収めることから始まり、その他に脅威である漆黒聖典の無力化も並行して行われる。

「話はわかった。私達は今後の展開を話し合うので、三人は下がってよい。」
「あ、そういえば本を大量に盗んできたから情報精査をお願いする」

 大量の本と財宝と思われる煌びやかな物を、アイテムボックスから出した。

「この財宝はパンドラに管理を任せる。なんかバハルス帝国がくれた」
「おお、これは素晴らしい。ナザリックの宝物庫にまた一つ美しい財が加わりました!」

 パンドラは大量の財宝を抱えて震えている。二つの指で掴まれたダイヤが、ミラーボールのように光を反射させた。

「情報戦は私の最も得意とするところだ。漆黒聖典の無力化に役立つ事があるかもしれぬ。アルベド、情報精査を頼んだぞ。」
「はい! 必ずや、アインズ様のお役に立ってみせますわ!」

 そうして三人は部屋を後にした。

 よく食べ、よく寝ていたヤトとは違い、アインズは疲労が溜まっている。彼のロールプレイや蜥蜴人の集落から継続して行われている。彼らが退室してから、一団と深い溜息を吐いた。

「はぁぁー……次は、お互いに何があったか情報交換しよう」
「はい、了解です」

 二人はお互いの情報交換を徹底し、僅かな差異も無きように注意して話をした。漆黒聖典や白銀の存在は知らないままだと非常に危険だ。全ての情報共有を行い、それは後日、改めて守護者達にも伝わる。途中でヤトのしでかした内容による説教も混ざり、時間は過ぎていく。

「しかし、改めて考えると本当に好き勝手やっているな」
「いやー、かなりこの世界が理解できましたよ。帝国の懐事情とか、主席魔法詠唱者とか」
「第六位階まで使えて主席なら俺はどうなるんだ」
「神様じゃないですかね?」

 あながち間違っていない。

 話が終わる頃には朝になっていた。

 早速、ヤトは王都で買い物して物資を送る役目があるので、早いうちに王都へ戻った。

 危険分子が世界のどこかにいる現状、逃げ足の早い彼は王都を東西南北、あちこちを走り回るのに最適だ。彼以外の者は、常に危険分子の警戒をしなければならない。モモンとヤト、セバスで協力すれば早いが、買い物の内容が決まっていない。

「さて、じゃあ俺は王都へ帰ります」
「ああ、俺もカルネ村にナーベとハムスケを迎えに行かないと。報酬貰ったらナザリックに帰っているから、何かあれば連絡する。しばらく王都で大人しくしてくれ」
「指示待ちッスね。望むところッス。ところで蒼の薔薇との会談は一緒に来ますか?」
「行かないよ。6億も手に入れたんだから、今後の財政状況を考える」
「そうだと思ってたッス。じゃあお気をつけて、アインズさん」
「分かった。そっちも気を付けてな」

 二人はしばらくの間、平和だが忙しい日々を過ごすことになった。

 ヤトは安請け合いで使い走りになり、死ぬほど後悔する。

 蛇は骸骨の好奇心を舐めていた。







モモンが王都へ行く可能性→4 行きません。



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22日目 王都リ・エスティーゼ

ここを起点として仮修正を一周させる予定



 心機一転しても、それで眠気が晴れることはない。ヤトは人になって倍増した欲求を満たすことなく、王都の宿へ帰還した。セバスが机に向かい、何やら書き物をしていた。

「おはよー、セバス」
「お帰りなさいませ」
「ごめん、話は起きてかるあするう……眠い……」

 呂律が回らない彼は、そのままベッドに倒れ込んでいった。

 セバスは主の上着が皺にならぬよう、慎重に脱がせていった。





 起きたら夕日が差し込む直前だ。

 体を起こして、ヤトは食堂に降りていく。ナザリックと比べると味が安いが、大衆食堂でも十分だ。そこまで舌は肥えていない。セバスはいつも通り、コーヒーを飲みながらよく食べるヤトを満足げに見ていた。

「セバス、今日は依頼に行かなかったの?」
「名指しの依頼があったようですが、事情を話してお断りを致しました。主人を置き去りにして出かけられません」
「そう、悪かったな。今度、埋め合わせをしないとだめだね」
「いえ、お気になさらず。後日に回せましたので、大した依頼でもなかったのでしょう」

 ヤトは果物とシチューとパンを順調に平らげた。

「俺がいない間に何か変わったことはあった?」
「冒険者として昇格致しました。今はオリハルコンだそうです。」
「……え?」
「蒼の薔薇の方々と協力し、八本指の勢力調査を行いました。あまり収穫はありませんでしたが、そこで組合に推薦を頂いたのです」

 ヤトが王都を留守にした五日の間に、”蒼の薔薇”が彼に協力を要請した。内容は六腕不在を受け、彼らの拠点の調査及び情報収集だった。それを読んでいた八本指のボスは、営業を抑え、幹部も矢面に立たなかった。大半が空振りとなったが、それでも敵を倒す必要があり、セバスの強さは周知の事実となった。彼の性格も手伝い、”蒼の薔薇”はセバスに信頼を寄せている。

 現状、ヤトへは寄せていない。

「そうなんだ。じゃあ俺もオリハルコンって事?。」
「はい、私達はチームとして昇格しました。」

 組合の受付嬢達の強烈な後方支援(バックアップ)があったのだが、セバスはその事を知らない。

「流石はセバス。一流の執事(バトラー)だな。アインズ様にもよく伝えておこう。」
「ありがとうございます。」
「あとこれ、宿代とか何かの経費に回して。使ったら教えてね。金貨の十倍の貨幣だそうだ」

 ヤトは白金貨を20枚手渡す。

「ありがとうございます。大切に使わせていただきます。今夜は八本指に顔を出されるのでしょうか」
「んー、面倒だなー、六腕は腕が二本減って、完全にナザリックの奴隷だし。……面倒だな、本当に」
「ですが、何度か彼らの使者がこちらに。帰ったら顔を出すように伝えてくれと」
「デミウルゴスに相談してみるか」

 食事を終えて、部屋へとんぼ返りした。





 《伝言(メッセージ)》を使うと、デミウルゴスに繋がった。

《これはヤトノカミ様。如何なさいましたか》
《六腕を連れて八本指の所に行きたい。彼らを任せてもいいか?》
《お任せください。ナザリックに送り、恐怖公に任せるのがよろしいでしょう。とても”素直”になります》

 最悪に調教されて以来、彼らは性格が変わり過ぎてしまった。

 サキュロントは魚介を見ると失禁するほど怯える。
 マルムヴィストは尖端・刃物・人間不信、数多の恐怖症で、膝を抱えて震えている。
 ペシュリアンは餓食狐蟲王にまるごと渡してしまった。
 エドストレームは媚びた目を向け、近寄ると体を密着させる。

 ゼロが最も忠実で、蟲に怯える以外は無言で待機を続けていた。

 つまり、普通の部下としては使い物にならない。

《わかった。夜に会おう》
《はい、受け賜りました》

 デミウルゴスの声は喜色を帯びていた。

「セバス、夜にデミウルゴスが六腕を連れてくる。俺はそれまで眠って待つから、何かあれば起こしてくれ」
「……畏まりました」

 セバスはデミウルゴスに何か思う所があるのか、主が眠ってから眉をひそめた。





 ヤトが眠って3時間が経過したころ、来客があった。セバスは来客を快く受け入れ、目撃した者を眠りの世界へ誘うヤトの寝顔を前に悩んだ。腕を組んで5分ほど葛藤した結果、彼はヤトを起こした。

「ヤトノカミ様。お休み中に申し訳ありません」
「ん~……まだ……眠いぃー……もう時間?」
「ガゼフ・ストロノーフ様とクライムがお越しです」
「なにい?」

 寝惚けながらも珍客のイベントに体を起こした。寝相の影響で彼の頭はぐしゃぐしゃだ。頭頂部からぴこんと突き立った寝癖(アホ毛)が左右に揺れた。

「ヤバイ……これから四腕連れてデミウルゴスが来るのに」
「如何いたしましょうか?」

 セバスの声は落ち着いていた。

「とと、とりあえず服を着よう。あっ」

 ベッドから上手く降りられずに転んでしまった。部屋の中からした物音に、室外で不思議そうに首を傾げる二人がいた。

「どうかしたのだろうか、騒がしくなったな。」
「叫び声も聞こえますね。」

 寝癖を立てたヤトが仮面もつけずに、ドアを開いた。

「ヤトノカミ様、寝癖が立っております。すぐに私が」
「えー? もういいよ、開けちゃったし。久しぶりだな、ガゼフ」
「久しいな、ヤトノカミ殿! 我々は急いでいないから寝癖くらい直してはどうだ」

 ガゼフは朗らかな笑みを浮かべ、握手を求めた。

 櫛を持ってヤトの後ろから迫るセバスは、以前に稽古をつけた若い騎士に気が付く。

「は、初めまして、ヤトノカミ様! セバス様にその節はお世話になりました!」

 クライムは嬉しそうにお辞儀をしたが、ヤトの記憶は薄れていた。

「セバスの知り合いか?」
「はい、以前にお話ししたクライムでございます」
「あー……君がそうか。話を聞きたいから、下の食堂に行こう」
「ヤトノカミ様……寝癖がまだ」
「だからいいってば」

 クライムは事前情報とかけ離れたヤトを見た。

(この方が、ストロノーフ様を倒し、セバス様よりも強い剣士……?)

 高級な服と合わない寝ぼけた顔、頭頂部から天を突く寝癖、所持している刀は一級品だった。大よそ武力とはかけ離れた、世襲で後を継いでやる気を欠いた貴族に似ていた。

「ヤトノカミ殿、クライムが世話になった執事殿を困らせては悪い。先に飲んでいるからゆっくり来てくれて構わないが」
「そうか? じゃあ先に始めててくれ。すぐに行く」
「わかった、先にいって待っていよう」
「ああ、酒はこの部屋につけてくれ。金はあるからな」
「さあ、ヤトノカミ様、こちらへお座りください。寝癖をお直し致します」
「いや、もう寝癖はこのままでもいいじゃんよ……」

 言葉の途中でドアが閉まっていった。

 彼はまだ文句を続けていそうだった。

 ガゼフは嬉しそうに笑い、クライムは顔を引きつらせて酒場食堂へ降りていった。





 結局のところ、セバスに逆らえずに寝癖を直してもらった。親に髪を空いてもらう幼女のようで、恥ずかしく居心地が悪かった。髪を整え、仮面を装備し、刀を携えて酒場食堂に降りると、赤ら顔の二人が酒を交わしていた。

 先にでき上がっていた。

「はっはっは。すまんな、先にはじめているぞ」
「いいよ、別に。マスター、俺にも同じ奴持ってきてー。あと何か肉」
「改めて、お会いできて光栄です、クライムと申します。セバス様……はどちらへ?」

 クライムは礼儀正しく挨拶をした。

 セバスはデミウルゴスが来たら困るので、部屋で待機をしてもらっている。

「セバスは書類があるそうだ。それより君がクライムか」
「あ、あの、はい。その件ではセバス様に助けていただきありがとうございました」

 先ほどとはまるで違う剣士の姿に緊張していた。気の抜けた雰囲気が一切感じられなかった。

 ――と、彼にはそう見えた。

 実際のところ、ヤトが本気で気迫を出すのは殺戮や暴行のときだけだ。

「その仮面は何だ?」
「ん、南方の血が目立つから顔を隠しているのだ」
「なるほど、私よりも血が濃いからな。仮面が無いと目立つ気持ちはわかる」

 本当はただの趣味だが、堅物のガゼフ相手にそうは言えない。

「ガゼフにも南方の血が入っているのか?」
「ああ、私はそこまで血が濃くないがな。黒髪黒目は南方の関係者だ。色が黒に近いほど血が濃い」

(これは覚えていても損が無いかもな……)

 着脱式の仮面の下部は外され、ニヤッと笑った口が見えた。

「ところで、クライム。セバスは強かっただろ?」
「はい、殺されるかと思いました。」
「彼はナザリックで肉弾戦最強クラスだからな。無事で何よりだ。あんまり弱いと、気迫を受けただけで死んでたかもしれないぞ」

 楽しそうに話していたが、クライムに戦慄が走った。自分が普段の鍛錬を怠っていれば、あの場で死んでいたと言われているのだ。

「セバス殿もそんなに強いのか……でたらめな場所だな、ナザリックというのは」
「六腕よりも強いのでしょうか」
「そうだなぁ……セバスの話だと、彼らじゃ5秒と持たないって言ってたな。素手で彼とやったら俺も負けるだろうし」
「凄いですね……」

 クライムはそれだけ言うのがやっとだった。

「ところでガゼフ、今日はどうしてここに?」

 ヤトは久しぶりに会ったガゼフを、どのように呼んでいたかを忘れていた。適当にガゼフと呼んで様子を見たが、彼に不快感を覚えた様子はない。むしろ嬉しそうに答えてくれたので、判断は間違っていなかったと思った。

 ガゼフは友人になったと思わせる距離の近さが嬉しかった。

「なかなか訪ねて来ないのでな、こちらから参ったのだ」
「あ、わす……そうだな。色々とあそ……忙しくて申し訳ない」

 忘れていた、重ねて遊び呆けていました、そんなことを言えず、ボロを出しながら取り繕った。クライムはヤトの人格が把握できたような気がした。

「あのー……ヤトノカミ様。アインドラ様に求婚なさったとお聞きしているのですが」
「なんだと!? そうだったのか……水臭いじゃないか!」

 突然の朗報に、ガゼフは単純に喜んでいる。現実世界の日本の感覚では、苗字はラキュースだが、こちらの世界の苗字はアインドラだ。ヤトにラキュース以下の名前は残っていなかった。

「アインドラ……? 誰だ? そんな奴、俺は知らんぞ」
「違うのですか?蒼の薔薇のリーダーで」
「ああ、ラキュースさんか。そうだった……そうだそうだ。蒼の薔薇と会談してそのあとに二人でデートだったな」
「お忘れだったのですか?」
「それは困るな。アダマンタイト冒険者は王国の財産だ、気安く傷物にしてもらっては」

 二人の目に非難の色が宿る。

 普段から稽古しているだけあって、彼らはとても真面目だ。

 酒のツマミに話す女性問題にしても、融通が利かない。

「傷物って大袈裟だなぁ。まだ手も足も出していないぞ」
「では、手を出す予定なのか。それは真面目な交際なのか?」
「交際……固いなぁ、ガゼフ。色んな人と出会えば好みの女性を口説くことだってあるだろう。一夜の火遊びだって」
「む……そうか。真面目な交際なのだな?」
「まあ……それなりに……その……」

 以前に比べて落ち着いているから、そこまでがっついてない、などと言おうものなら、前日に受けたアインズの説教並みに、話が長くなりそうだ。

「あ、少なくとも俺は彼女が好みだ。」

 誤魔化すように仮面の口元を外し、酒を口に含んだ。

「やはり本当なのですね。英雄同士の交際なんてすばらしいと思います!」

 目をキラキラと輝かせているクライムは、セバスに聞いていた話よりもずっと幼く見えた。

(口説いたのは事実だし、このままにしておくか……)

 夢見る少年に水を差すのは悪い。

「ところでなぜ知っているんだ? あの場には二人しかいなかったぞ」
「はい、王女様からお聞きしました。」
「クライムは王女の専属護衛をしているのだ」
「ほー……王女様の。回り回ってここに来たのか。専属護衛ねえ、だから強くなりたかったんだな」
「あの、私はどうすれば強くなれるのでしょうか。」
「ふむ……そうだな」

 この世界で強くなる過程は未検証だ。単純に考えると、レベルアップに必要なのは経験値だ。何かを大量に殺せば経験値が溜まるのだろうかと疑問に思う。

「明日から、セバスは依頼をこなしてもらうんで昼間いない。俺も昼間は出掛けている場合が多くなる。夜は宿にいるから、時間があれば来るといい。まるで相手にならないだろうが、壁にぶつかるのはいい経験だ」

(眷属召喚の蛇と戦ってもらうかな)

 何か意味ありげにガゼフが話しかけてきた。


「壁……か。壁を壊すにはどうすればいいと思う?」
「そうだなぁ……負けて剣を捨てるならそれまでだろう。剣を手放さないなら、そのうちなんとかなるんじゃないの?」

 何も考えていない受け答えだったが、ガゼフには思う所があった。

 ゲームで強くなったヤトからすれば、剣術の真面目な向上は難しい。

「ヤト、今度は私の知り合いと共に立ち合いを願いたい」

 心を許したガゼフは、“殿”を付けていなかった。ヤト自身もあまり気にはしなかった。

「別に構わんが、どうかしたのか」
「壁にぶつかって立ち止まっている者を更生させたいのだ」
「あの、ヤトノカミ様。私もお願いしてもよろしいでしょうか?」

 クライムはこちらを真っすぐ見つめていた。

「わかった。協力できる事ならしよう。」
「よろしく頼む」

 人の教え子を奪うようで気が引けたが、夜なら二人で相手をすればいい。眠くなったらそのまま寝てしまっても構わない。召喚した眷属は倒せば世界から消える。ヤトが寝ていても問題はない。

「帝国に出掛けたそうだな。何をしに行ったのだ」
「んー……闘技場の賭博(ギャンブル)に勝ち続けて、白金貨6000枚以上、稼いだは良いけど、勝ちすぎて出入り禁止になって追い出されたから、とりあえず服買って帰ってきた」

 事も無げに常識を外れた事を説明した。

「白金貨……。6,000枚……」

 王女付きのクライムは同年代の兵士から比べると、それなりに高給だった。そうかといって白金貨で数える給金ではなく、羨む以前に天文学的数字に思えた。遠い世界のおとぎ話を羨ましいと思わないのと同様、クライムは話に現実味を感じなかった。

 ガゼフは酒を飲みながら楽しそうに笑った。僅かに脳裏をよぎったアインズとヤトの反目、心配が杞憂で心から喜んだ。

「はっはっは! 滅茶苦茶だな! ゴウン殿と反目し、帝国に所属したのかと思ったぞ!」
「それだけは絶対にない。八本指の金でギャンブルしに行っただけだからな」

 アインズを裏切るなど想像もしたくなかった。裏切って得をすることが何もない上に、唯一の友人を失うのだ。もしそんなことになれば、ヤトが望むのは裏切りではなく自らの死だ。

「八本指の件にやはり絡んでいるのか?」
「なりゆきで絡んでる。セバスを置いて、代わりに彼らの警備の精鋭部隊、六腕を連れていったな」
「よくぞ御無事で……」

 相変わらず、おとぎ話でも聞いているようなクライム。

「いや、六腕って恐ろしく弱かったぞ。二人も殺しちゃったから、今じゃ四腕だけどな」
「そんな風に、気軽に言えるのはヤトだけだ。この国では彼らに手を焼いているというのに、本当に相変わらずだ」

 力と仁徳を見込んだ男が、カルネ村で別れてから変わっていなかったのが嬉しかった。

 寝起きが悪くて一人は気分で殺したと話せば怒っただろう。

「おお、忘れていた。これは手土産だ」
「なに、これ?」
「王国最高級の酒だ。ゆっくり味わってくれ」

 白く包装されたもの酒瓶を手渡す。仕える王からの餞別だったが、国王からとは言えなかった。貴族たちに知れたら何を言われるかわからない。

「少しずつ飲むことにしよう。酒を飲むと攻撃力が上がるから助かるよ。ありがとう、ガゼフ」
「変わった体だな。最近、あちこちで噂になっているのもヤトだろう。冒険者を殺してスラム街の子供達を攫ったとか」
「それはラキュースさんにも怒られた。勝手な行動するなーって」
「攫った!? なぜなのですか?」

 孤児だったクライムは不審を抱いた。話が本当だとすれば、ただの誘拐犯だ。

「犯罪者たちの気分で暴力を振われるのが可哀想だろ。あの子達は今頃、カルネ村で農作業してるよ」
「やはり、そんなことだろうと思ったぞ。人身売買や殺害目的で子供を攫うのなら、カルネ村にいた時にやっていただろうからな」
「随分と怒られてしまった。美人に怒られると堪えるよな」
「私には経験がないな」

 二人は酒の席らしく楽しげに笑い合った。

 クライムは安堵の息を漏らす。

「ところで、クライム。ラキュースさんの……えーとその……家はどこかな?」

 中学生が初恋相手の住所を聞くような恥ずかしさだった。求婚したと思われてる相手の家を聞くなど、夜這いに行くようだ。

 クライムは不安そうな顔でこちらを窺っていた。

「残念ながら私にはわかりかねます。蒼の薔薇の方々もこの宿なので、お聞きしてみては如何でしょう」
「それもそうだな。急ぐ必要もないし」
「私の家の場所は王宮の東だぞ」
「一応覚えておこうじゃないか、ガゼフ」
「わ、私の家は」
「それは聞いていない」
「そ、そうですか……」

 しょげている若き剣士は、どこではなく全体的に犬のような従順さが見えた。

(こいつは子犬っぽいなぁ。尻尾ついてんじゃないのか?)

 ラナーが聞いたら喜びそうな独白だ。失礼な事を考えていたところで、セバスが呼びに現れた。

「ヤトノカミ様、そろそろお時間です」
「もうそんな時間かぁ。ガゼフ、クライム、俺はこれから八本指に金を返しに行くから今日はこれで失礼するよ」
「な、なんだと!? なぜ、先に言ってくれなかった! 危険だ、私も付き合おう!」
「はい! お供します!」

 盛り上がっている二人に対し、ヤトは冷静だ。

「……すまんがその方が困る。戦うのも逃げるのも数が少ない方が楽だ」
「ガゼフ様、クライム、護衛は私一人で問題ありません。ご安心ください」

 セバスは微笑んだ。

「それもそうだな……死ぬなよ、ヤト」
「ストロノーフ様、大丈夫でしょうか」
「彼は私より強いのだ。下手について行くと足手まといになるだろう」
「安心してくれ。八本指もそのうち大人しくなる」
「人手が必要だったら声を掛けてくれ。喜んで駆けつけよう」
「わ、私も」
「その時はよろしく頼む、二人とも。じゃ、今日はこれで」
「お二人とも、失礼します」

 セバスが頭を下げたのを確認し、自室へと戻っていった。

 滅茶苦茶な話だったが、ガゼフはそれを信じた。クライムは全てを信じたと言い難いが、遅かれ早かれ、信じざるを得ない機会が訪れる。

「凄い方でしたね……」
「あれがナザリックのヤトだ。一度、出会ったら忘れられまい」
「ええ、そう思います」
「それにしても、出掛けるのになぜ自室へ戻るのだろうか」
「……?」

 ヤトは転移を使って部屋から出ていた。ガゼフとクライムはしばらく酒を飲んだが、ヤトの姿は見なかった。





 自室ではデミウルゴスと、彼が処置を施した六腕が案山子のように立っていた。

「デミウルゴス、呼び出してすまなかったな」
「そのような気遣いは無用でございます。お役に立てることが無上の喜び、歓喜こそすれ誰が不満など漏らすでしょうか」
「ところで……彼らはだいぶ大人しくなったけど、何かあったのか?」
「調教の粗を私の方で削っておきました。希望と絶望を感じる事象を交互に与え、命令に忠実な部下へ変わったのです」

 エドストレームは女性だからなのか、まだ瞳に媚びた色がある気がした。彼女の調教具合を想像してしまう。

「女性は強いな……」

 頭を振っていらぬ記憶を掻き消した。

「セバス。デミウルゴスと出掛けてくるわ」
「デミウルゴス、よろしくお願いします。」

 深々と頭を下げる。

「すまないね、セバス。さほど時間はかからないから心配は無用だよ。」
「行くぞ、デミウルゴス。」

 二人は八本指の会議が行われる拠点へ転移ゲートを開き、闇に入った。





ご丁寧に八本指は幹部が揃っていた。
白金貨の帰りを全員が心配していたのだ。

「……久しいな、ヤトノカミ殿。首尾は如何だったか?」

 八本指のボスは彼が無事に帰ってきた事が不満だった。服装が変わっているので、賭けには勝って凱旋したのだ。彼が生きて帰ることより、死んで金を持って帰る事が理想的な結末だ。

「ああ、白金貨6000枚程度になった。半分はもらったよ」

 どすん、と大きく膨れ上がった小袋を机に置いた。重たい袋を持ってくるのが面倒だったので、屋敷外の生ごみと石ころを詰めた偽物だ。

「おお!」
「これだけあれば一生遊んで暮らせるわ!」
「待て、各部門に均等に割り振るんだろうな」

 他の部門長たちは欲で目が眩み、にわかに騒ぎ出す。ボスだけがそれに苦言を呈した。

「それは酷いのではないか? 私達は資金を貸し出したのだから、その白金貨を補填していただきたい。貸し付けたのだから利子も必要だ」

 ボスだけが冷静に交渉を開始したが、相手に交渉する気は一切ない。一緒に付き従ったのがデミウルゴスという点は、彼らにとって不運以外の何物でもない。ヤトの対応も素っ気なく、ナザリックの駒にされる存在に興味はなかった。

「そうか」
「ゼロ。こいつらを捕らえろ。」

 警備部門長の彼はボスの声に何も反応を示さず、代わりにスーツを着た長身の男がクックックと嗤った。

「聞こえているのか、ゼロ。他の二人はどうした。四人しかいないのはなぜだ」

 ボスの問いかけに、ゼロは何も答えない。

 何の表情もない彼は話が聞こえたかもわからない。

「あーいいから黙って。だいたいさあ、想像力が足りないぞ。俺が彼を調教する可能性は考慮に入れなかったのか?」
「ヤトノカミ様、程度の低い裏組織の皆様ではこれが関の山かと」

 口角を上げて見下しながら笑うデミウルゴスは、いかにも悪魔らしい表情だ。

「それもそうだな。俺達が人間だと思ってんだから、お気楽なものだ。デミウルゴス、後は頼む」
「初めまして、程度の低い犯罪組織である八本指幹部の皆さん。我らの王は下等生物である諸君らに慈悲を与えよと申し付け下さいました。これより八本指は、我々の支配下になります」
「なっ、何を言っているんだ!?」
「ゼロ以外の者、この館にいる幹部以外の者を殺してきなさい。死体は全て持ち帰りますよ。貴重な実験道具なのですから。皮を剥いで羊皮紙の原料に致しましょう」

 即座に四腕は屋敷の中に散っていった。裏切りとは最も縁遠かったゼロの謀反は、ボスに過度の動揺を与えた。

「貴様、何をした!」
「ゼロ、彼を黙らせなさい」

 命じられたゼロは、無言でボスを殴りつける。その表情にはなんの感情も、感傷も無かった。鼻の骨が折れた彼は、顔を押さえてうずくまった。 他の幹部は事態の深刻さをようやく把握し、逃げ出すタイミングを窺っていた。

 今さら遅すぎる。

 この場に居合わせた時点で、彼らの運命は決まっている。

「安心してください。栄光あるナザリックの奴隷となれるのです。その洗礼を受けたら解放して差し上げましょう」

 心の底から嬉しそうなデミウルゴスは水を得た魚だった。

「ふざけるなっ! 誰がお前たちに従うか。」
「そうよ、裏切るかもしれないわよ」
「もっと反発しなさい。今しかできないのですから。ですが至高の御方の御前です、少々頭が高い。『平伏しなさい』」

 全員が椅子から転げ落ち、床に頭を擦りつけた。デミウルゴスの言葉による縛りを解除するアイテムなど、彼らが持っているはずもなかった。

「安心してください。君たちの命は保証します。それ以外は何一つ保証しませんが。ナザリックにて我らの部下に相応しい洗礼を受けさせましょう。」

 ヤトは趣味を悟り、邪魔しないようにお暇することにした。

「じゃあデミウルゴス、後は任せたよ。なるべく早く済ませてあげてね。過度な拷問はアインズさんの望むところではないだろう」

 この後しばらく続くであろう、デミウルゴスによる彼らへの調教を想像し、助けることはなく早々に退散する事にした。

「畏まりました。ヤトノカミ様。後はお任せください。ただいま、ゲートを開かせます」
「いや、必要ない。俺は夜風に当たりながら散歩して帰るから。こいつらだけ任せる」
「そうですか、それは残念です。帰り道、お気を付けください」
「また何かあれば連絡する。アインズさんによろしく」

 八本指はナザリックの支配下に置かれ、財は全てナザリックの所有物となった。

(今後、八本指関連の依頼はデミウルゴスの作戦だと考えた方がいいか)

 迂闊に動いて迷惑をかけることは避けたかった。

 行動に気を付けようと、少しだけ慎重になった。


 本当に、少しだけだが。







寝る時間→8 時間
昇格数→3 金→白金→ミスリル→オリハルコン
行く→9デミウルゴスと

性欲 +10 現在 10 
性欲 +10 現在 20 

デミウルゴスがすぐ来る可能性→20% 外れ。
蒼の薔薇とバッティング率→20% 外れ
ブレインと遭遇率→90% 成功
ブレインが来る日程→8

次の作戦内容→暗殺部門系

クライムの子犬度 →1d20 →16



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寝坊助の蛇、穴を出ず



 それからの数日は、ヤトにとって悲惨な日数消化となった。

 アインズは自分で決めた買い物内容を、ヤトへ細かく指示を出した。

 たとえば――

《早速だが、今日は鉱石を一通り買い集めて。金貨一枚で買えるだけでいいから。価格の差も検証したい、王都中回ってくれ》

 ヤトには反論も許されず、内容も細かかった。それだけで小一時間を浪費し、希望を叶えたと思えば――

《次は質のいい果物と安い果物買ってきて。やはり金貨一枚分。種類は多く、できれば全種類》

 いくらアイテムボックスがあるとはいえ、全種類は収納、支払いに時間がかかる。ヤトが四苦八苦してアイテムボックスに仕舞え終えたころ、監視してるとしか思えぬタイミングで連絡が入る。

《天然の塩と魔法で生成した塩、買って。他にも調味料全種類、金貨一枚分だ》

 ヤトが嫌味のように大量の塩と、抱えきれない調味料を運んで店を出ると、大きな夕陽の中をカラスが飛んでいた。

 この日はそれだけで終わったが、一日で終わらせてくれるような相手ではない。


 翌日、気持ちよく寝ているとアインズからの《伝言(メッセージ)》で起こされた。

《みんなと魔樹退治しに行ってくる。今日は衣服を集めてくれ。同じような物を質の悪い物から最高品質まで一式だ》

 それだけで午前中は潰れてしまいそうな内容に、寝惚けたヤトは反論ができなかった。

《今、みんなで魔樹を狩っている。守護者たちも戦いにおいて連携が取れてきたようだ。これなら、漆黒聖典など無力化は容易だろう。衣服は買ったか? 買い終えたら、次は肉屋だ。理想は魔物の肉、売っていたらどうやって捌いているのかを調べてくれ》

 昼飯を食う間もなく、また内容を考えると悠長に食事をしている場合ではない。

 呑気に守護者達と遠足気分で魔物討伐をしているアインズが羨ましかった。

 魔物の肉なのか、現実でも存在した家畜の肉なのか、名前が違うので判断がつかない。

 肉屋の前でしばらく指をくわえて物色したが、考えても分からないので諦め、全種類を購入した。よく肥えた肉屋の店主は嬉しそうに破顔した。

《肉は買ったようだな。こちらは森の妖精(ドライアード)を手に入れたので、第六階層にて果実の栽培に従事させようと思う。お前も暇なら顔を出しておけ。次は魚を頼む。もう夕方だから急いで行き、並んでいる魚は手あたり次第だ。時間ないから全速力で走れ。お前なら可能だろう》
《なんて無茶苦茶なこ――》
《お互い様だ》

 反論さえ許されなかった。

 大量の衣服、原材料の分からぬ肉、大小さまざまな魚の山をシャルティアに渡すと、翌日の分とばかりに白金貨のきんちゃく袋が手渡された。金貨の枚数を考えると、同じように時間的余裕のない使い走りにされそうだ。

 考えるのを辞めてベッドへ飛び込んだ。

 眠った気がせず、感覚的にはすぐに目覚ましの《伝言(メッセージ)》が鳴った。

《今日はゴブリン将軍の角笛と無限の水差しがいくらで売れるか聞いてきてくれ。神殿と魔術師組合、両方でだ。本当に売るなよ?》

 今度は簡単だろうと思ったが、神殿も魔術師組合も、アイテムの効果を聞いてヤトに縋りついた。
 仮面の男が持つ角笛を売ってくれと懇願する神殿の神官と、魔術師組合の責任者は、ヤトに縋りつき、周囲の注目を独占し、いっそ殺して逃げ出したかった。

 冒険者、貴族、流れ者が集まる神殿と魔術師組合で、仮面の男は強烈に印象付けられた。

《くそ! マジで何なんだよ! みんな死ね!》
《ヤト、白金貨一枚でスクロール何枚、買えるだろうか。魔術師組合に行って買えるだけ買ってきてくれ》
《冗談じゃない! またゴブリンの角笛を売れと言われますよ! だいたい、昼飯食べてから行きま――》
《走りながら食べて》
《ぎゃー!》

 叫び終わると、アインズの《伝言(メッセージ)》は切れていた。

 仕方なく魔術師組合にとんぼ返りすると、先ほどと同じように縋りつく責任者を追い払うので苦労した。面倒なので、金貨は数えず、ひったくるように羊皮紙を奪い、白金貨数枚を放り投げて逃げ出した。

 方々で下らない時間潰しが過ぎ、夕刻を通り過ぎて夜になっていた。

 路地裏で座り込み、肩で息をするヤトに、無情にもアインズの連絡が入る。

《夜だから酒を集めろ。ナザリックにも置いてある酒がいい。最高級品限定だ。金に糸目はつけない》
《うへあ……。ちょっと飲んでもいいッスか?》
《飲んだら心臓掌握(グラスプ・ハート)だ》

 つまみ食いする猶予もないらしい。

 のんびり帰ってもいいが、荷物運びのシャルティアに非はない。

 彼女に八つ当たりはできず、長時間待たせるのは可哀想だ。

 ヤトは酒を購入し、一口も口にせず、空気を切り裂きながら目にも止まらぬ速さで宿へ戻った。

 人間化しているヤトは、夜は必ず眠る。相反し、アインズはアンデッドなので睡眠の必要がない。この日の連絡は太陽が寝惚けた朝陽を差し込ませている早朝だった。

 半分、怒りながらヤトは連絡に応じた。

《うぁい、うっさいなぁ、朝から》
《安い家具、買ってくれ。金貨一枚で買える種類、全部だ。金貨一枚に限定する》
《はぁ? そんなに持てな――》
《アイテムボックスがあるだろう》
《ですよねぇー!》
《うるさい》
《疲れてんだからメッセージの連絡くらい時間を選んで、空気を読んでもらいたいもんで……切れてる》

 気が付くと、一方的に《伝言(メッセージ)》は切れていた。

 家具だろうと何だろうとアイテムボックスには収納が可能だ。しかし、あまり大きい者は持ち上げてしまうのも手間がかかる。ヤトが家具を買い漁り、アイテムボックスに収納し終えたが、すっかり日が高くなっていた。

 それっきりアインズからの連絡もなく、浮かれて飲食店に入り、昼間から酒を飲んで命の洗濯を行なった。そんなときに限って、アインズからの連絡が入る。

《豪華な屋敷に住む貴族の壁を切り取ってこい。なるべく多めに。大理石が理想だが、なければなんでもいい。何軒か回ればいいだろう》
《ちょ、そんなことしたら夜でもう眠――》
《問答無用。早く行け》

 日頃の恨みとばかりに、アインズの指示は情け容赦なく出された。

 ヤトが手に入れた金貨を直接、両替箱(エクスチェンジ・ボックス)へ放り込んでもいいのだが、それを繰り返すと世界の貨幣が激減する。最終的に大陸を統治し終わったとして、必ず訪れる金貨不足は食糧難・物資の溜め込みを招くだろう。

 その都度ナザリックが解決していては意味がない。

 魔法で食料・資源を制作すると、ユグドラシル金貨を消費してしまい、本末転倒だ。

 アインズはヤトの物資を積み上げ、並べ、パンドラと協力して効率のいい換金方法を協議し、模索しつつ、ヤトは使い走りで王都全域を動かされた。

 アイテムボックスはプレイヤーしか使えない上、スキルにより強化された速度で、王都全域を手早く回れる者はヤトしかいなかった。敵対勢力のこともあり、作業を分散して警戒が緩むのも許されない。

 1回の使い走りで同種の店を王都中走り回るため、MP消費と稼働時間数による疲労で、夜になると眠くて仕方がなかった。

 精根尽き果て、白くなって宿に帰ると、ご丁寧にシャルティアとセバスが荷物を受け取るための待機をしている。シャルティアはヤトが戻ると、こちらを見上げて嬉しそうに笑った。口から覗く小さな牙と円らな両眼で見つめられると、文句や愚痴の一つも言えない。

 彼女は同じナザリックに属する大切な仲間だ。

 高級な衣服を纏い、黒髪で刀を装備し、大金を惜しげもなく使い、多種多様な物を買い漁り、不気味な異次元の穴へ商品を放り込み、買い物が終わると消え、神殿と魔術師組合で騒ぎを起こした仮面の男、奇妙な彼が人々の印象に残らないわけがない。

 オリハルコンのプレートをぶら下げた”速い仮面の金持ち”は、強烈に印象付けられた。

《雑貨屋の珍しいアイテムを買い漁ってきて。白金貨二枚分は欲しい》
《休みたいー助けてーラキュースさーん!」

 思わず声に出ているが気付いていない。

「はい!」
「はあ……幻聴か。末期だな……疲れた」

 幻聴と分かっていても期待をしてしまう。使い走りの無限連鎖地獄から解放させてくれるのは、彼女たちとの会談しかない。この数日間、宿で”蒼の薔薇”の姿を見ない上に、ラキュースの家も知らないので逃げ道もなかった。

「あ……あの、ちょっと、私を呼びませんでしたか?」
「ん? ……あ」

 振り向くと黒い大剣を引きずり、白い剣を周囲に浮かべたラキュースが、微笑んでこちらを見ていた。思わずヤトの口が開いた。

《なんだ、どうした、おーいヤトー?》
《あーアインズさん、ちょっとお客さん来たんで、今日は雑貨屋だけにして下さい》
《え、ちょっとま――》

 ブチッとメッセージを切った。

 少しだけ鬱憤が晴れた。

 聞こえた返事は幻聴では無かった。彼女の姿は聖女の様に輝いて見えた。

「よかった。これでやっと解放された……」
「何が良かったのでしょうか」
「え?」

 様子がおかしかった。

 太陽に照らされる向日葵の笑顔ではなく、建物の影に咲く曼珠沙華の笑顔に見えた。迂闊に触ると毒がありそうだ。

「あ、何かお怒りですか?」
「帰ってきていたなら……どうして連絡をいただけなかったのでしょうか」
「家の場所が分からなくて」
「宿に伝言を頼みましたが、二日続けて無視されました」
「……?」

 仮面の男はへし折れそうなほど首を傾げた。

 ラキュースは家の場所を書いた伝言を宿に頼んでいた。子供達の一件から見下していた宿の主人に、疲れている彼が取り合うことは無かった。

 宿屋とのやり取りが思い出される。

「ヤト様、伝言が」
「後で見る」
「しかし、これは――」
「うるせえんだよ!」

 二日とも疲れて話を聞いていない。あまりしつこくしても、彼に怒鳴られてへそを曲げられては困る。ヤトとセバスは長期滞在の上客だ。宿の主人は彼が来るのを待ち続け、伝言は放置された。いつまでも来ないヤトの報告に、彼女が心配し、苛立つのも仕方なかった。

 生きて帰るかを心底、心配していたのに、ヤトらしき人物の噂は王都のあちこちできこえてくる。待っていても連絡は来ない。ついに自ら宿を訪ねようと王都を歩いているとき、名前が呼ばれたので振り返ると件の男が叫んでいた。

 ヤトの仮面の下で冷や汗がでた。

「あ、それは、すんません」
「許しません」
「えー……どうすれば許してもらえますか?」

 じーっとラキュースに見つめられ、冷や汗は追加で流れた。

 彼女にへそを曲げられ、逃げられでもしたら、使い走りが復活するのだ。如何なる手段を使おうと、それだけは断固として避けたかった。彼女は目を閉じ、首を振ってため息を吐いた。

「はぁー……仕方ないですね。それでは、私の言うことをなんでも無償で聞いてください」

 武装しているラキュースの話し方は、お嬢様というより貴族の戦士だ。生まれながらに身に着けた品の良さは失われることはない。

「そりゃ構わないッスけど、体なら後日にしてほしいです。今は気が乗らな――」
「違います。なんて下品な……」
「あ、すんません」
「何を頼むかはわかりませんが、あとでゆっくり考えます」
「そんなことでよければ喜んで」
「……」

 ラキュースは目を細め、ヤトの仮面の下を窺った。以前に会った時と態度が変わっている彼に違和感を抱いた。

「ヤトノカミ様の本物ですよね? 帝都で何かありましたか?」
「いえ、特にはありませんけど。どうかしましたか?」
「……なんでもありません、失礼しました」

 余計な発言で彼を突っつき、こんな街中で以前と同様に大声で求婚されては藪から蛇だ。

「まったく……変な仮面の金持ちが王都を飛び回っているという噂で、あなたが帰っていると知ったのですよ?」
「あー……本当に申し訳ないです、すみません」

 自分の責任と分かっていたので、ここは反省していた。

「そのお召し物は素敵ですわ」
「本当に? よかった。気に入られなかったら買い直すところでしたよ」

 ラキュースのご機嫌取り(フォロー)は有効で、ヤトの声はすぐに明るくなった。

「ラキュースさん、時間はありますか? 買い物にいきません?」
「何を買うのですか?」
「雑貨屋で面白いもの買い占めろって指示が」
「指示ですか。貴方の仕える王からですね。時間はありますが、私はこの通り武装していますので」
「ちょっと剣を貸してください。」
「? はい、どうぞ」

 不思議だったが、彼なら盗むことはないだろうと、黒い剣を手渡した。ヤトがアイテムボックスの黒い小窓を開き、黒い大剣を突っ込むと、自動で武器を立て掛ける所に収まった。

「おお、案外なんとかなるもんですね。これで出し入れ無限のアイテムボックスに入りましたよ」
「あ……あのそれは」

 目を見開いたラキュースが、控えめに問いかける。

「アイテムボックスです」
「マジックアイテムなのでしょうか?」
「もう一度やりましょうか? その周りで浮いてる剣も預りますよ」
「お願いします」

 好奇心が刺激され、ラキュースは目を皿のようにしている。

 六本の浮遊する剣(フローティングソード)も小さな小窓にしまい込まれていく。

「なんでも入るのですか?」
「さあ、どうなんでしょう。僕らは元から使えましたので。人を仕舞い込んだ経験もないですし。しまっちゃいますか?」
「いえ、結構です。それは生まれながらの異能(タレント)なのでしょうか?」
「さあ、なんなんでしょう」
「さあって……」
「今は考えても仕方ないですよ、行きましょう」
「あ」

 本当に深く考えず、ラキュースの手を握り、早足で歩きだした。

 心の底から楽しくてしょうがなかった。

 アインズの使い走りで心身を消耗し続ける毎日から、雑貨屋で適当な買い物をする程度に収まったのだ。これもラキュース様様である。

 開放感で”多少”、調子に乗ってしまうのも致し方なかった。





「これ何ですか?」
「……知りません」

 冒険者向けの雑貨屋にはラキュースの顔が描かれた皿が数種類並んでいる。一押しの人気商品はガガーランの皿ですと、店員から説明があった。それからずっと、彼女は俯いて顔を隠したそうにしている。

 空いている棚に新商品のご案内のチラシが貼ってあった。

 ”漆黒の英雄皿準備中”、“美姫ナーベ皿予約完売”

 吹き出してしまい、不審な目で見られた。

(アインズさん、ナーベラルに負けてる)

 ナザリックに戻ったら誰よりも先に教えてやろうと思った。腕を組んで棚を眺めていると、ラキュースの囁きが聞こえた。

「早く出ましょう。一刻も早く」
「恥ずかしいんですか?」
「当たり前でしょう」

 俯いて顔を隠しても、店内にいた客の視線は彼女に釘付だ。

 その姿が面白くて仕方がない彼は、とても嬉しそうに彼女の皿を取った。

「ほら、これなんかいい角度だと思いません? 俺、買って帰ろうかな」
「早くしてください」
「スプーンを使わずにスープを飲むと、まずい事になりそうじゃないですか? そういう用途で使うべきなんですかね」
「早く!」
「真剣に欲しいなぁ……。一枚くらい買いましょうよ、ラキュー皿さん」
「うるさいです」
「お金はあるから、この店のラキュー皿買い占めるというのはどうです?」
「黙って下さい」
「おー、これなんか上手いですね。実物より美人さんじゃないですか?」
「本当に怒りますよ!」

 囁きは、怒気を孕んだ小声に昇格した。

「じゃあ買い占めて俺だけが独占し――」
「やかましい! 早く来なさい!」

 ラキュースが切れた。

 周囲の視線を気にせず怒鳴り、ヤトの手を掴んで店から連れ出した。

「アダマンタイト級激怒ですね。今なら頭でお湯がわ――」
「黙って歩きなさい!」

 怒りと羞恥で顔を真っ赤にしながら、周囲の注目を独占して出て行った。

「あーなんか超楽しい。」

 手を強く引っ張られながらも、アズスを怒らせた時に感じた以上の楽しさだった。

 一部の冒険者から羨望や嫉妬の眼差しを受けても、彼には関係なかった。





 結局、四軒の雑貨屋を回り買い物に明け暮れた。

 白金貨三枚の散財だった。
 ラキュースの絵皿は最初の店でしか売っていなかったことが、特別に悔やまれた。次に機会があれば、目の前で買ってやろうと誓った。

 冒険者絵皿は、アダマンタイト級なら全員が描かれており、一枚あたり金貨1枚だ。強い女性の皿は男性冒険者によく売れ、ヤトはラキュースの皿だけ独占し、両替箱に放り込んでおきたかった。

 皿ごときに値段設定は高めだが、店員の話だと売り上げ好調だ。

「みんな、強い美人が好きなんだなぁ……」
「何か?」
「あ、なんでもないッス。やっぱり、ラキュー皿が欲しかったなー。野営道具って持ってないんですよ」
「本当にしつこいですよ。武器を渡してしまったのが悔やまれます。今なら躊躇いなく斬れます」

 あながち冗談を言っているようには見えなかった。

「でもラキュー皿はそれなりに売れてるみたいですね。じゃあ俺が買ってもいいじゃないでスか」
「私の皿は必要ないでしょう。宿で食事するのですから」
「長い目で見たら野営道具は必要でしょ。それに、食堂のおばちゃんに俺の食事はこの皿でって頼めばいいんじゃないスか。やっぱ今から買いにもど――」
「黙りなさい。二度とあなたと雑貨屋は行きません。買っているのを見つけたら叩き壊しますからね」
「間違えて他の男に使われるのも気に入りませんからね。もしかして嫉妬ッスか?」
「……知りません。あの皿、粉々にして口に詰めてやりたいです」

 夕日で赤くなった街で、ラキュースは延々と小馬鹿され続けた。振り返ると、影法師は恋人のように寄り添っている。本体より影の方が、仲が良さそうだ。

「そういえば何も報告してませんねぇ、どうします?」
「私も忘れていましたわ……。挑発がお上手ですわね」

 下手に手で触ると毒がありそうな曼珠沙華の笑顔だ。

 散々、馬鹿にした彼にはもう怖くなかった。

「お褒めの言葉ありがとうございます、お転婆姫様。あんみつ姫とお呼びしても?」
「……はあ。もうなにを言っているのかわかりません。それより会談を致しましょう。今日で一通りの依頼は終わりました。明日は空いていますか?」

 ヤトの頭に浮かんだのは、女性冒険者チームと会談をする期待ではなく、アインズの使い走りを翌日も休める希望だ。

「もちろん空いてます。ラキュー皿さん、命令してくれれば従います」
「うるさいです。それはもっと大切な場面で使います。ですから、ずっと覚えていてください」
「……はい」

 二人の男女と言うより、貴族とその従者だった。

 ヤトが以前の安い身なりであれば、面倒見のいい姉と馬鹿な弟に見えた。

「あなたの宿はそちらでしたね、では、武器をお願いします」
「このまま一緒に泊まっ――」
「お断りします。武器を返して下さい」
「名残惜しいですね。食事でもしません?」
「そんなに元気ではありません……こんなに疲れてるのは、誰のせいですか?」
「はい、ごめんなさい。すぐに出します」

 ラキュースは出会ったときと同様に、渡した武器を装備した。

「明日は何時ですか?」
「夕方に全ての仲間が集まりますので、宿に伺います。詳しい報告はその時にまとめてお願いします」
「んじゃ、宿で待ってます。また明日、楽しみですね」

 表情はわからないが、ヤトの声は笑っている。

 二人は反対方向へ歩き出した。

 ラキュースだけ振り返ったが、既にヤトの姿はなかった。





(本当に……なんて人なのかしら)

 帰り道、内心で文句を垂れていたが、表情は緩んでいた。

 頼られ、崇められ、認められ続けていた彼女を、小馬鹿にして楽しむ人間など今まで存在しなかった。彼女の中で、危険人物という認識は消えていた。厄介で面倒な人物という認識は膨らんでいたが、不思議な力に多少の期待も寄せていた。

 明日の会談に思いを馳せる。

 この世界の人間じゃない、暗い影のある英雄、自分をどこかへ連れて行ってくれる存在、そのどれかであればいい、と。

 密かに闇の記録(ラキュースノート)へ、夢や妄想を書き起こす必要が無くなる。

 現実のものになるのなら、妄想は必要ないのだ。





「何してるんスか?」

 宿に戻るとアインズがベッドに座って待っていた。

「お帰り、ヤト」
「セバスはどこへ?」
「夜に行って欲しい飛び込みの依頼がきたようだ。許可はこちらでしておいたから、今日はナザリックへ帰還だ」
「それは変わった依頼ですね」

 セバスは前々から、最近、そんな依頼が増えていると言っていた。

(何をしているんだか。ナニをしてないよな?)

 セバスに限って、それは考えられなかった。

「ヤト、デートお疲れさま」
「心外だなー。アインズさんのおつかいですよ」
「……楽しそうに手を繋ぎやがって」

 ちょっと僻みも混じっていた。

「あ、やっぱり見てたんですね。固くて生暖かったッス」

 こちらから勝手に連絡を切断したので、見られていても仕方がないとは思っていた。

「その生々しい表現もいらん。雑貨はどうだ?」
「本当に下らないアイテムばかりで。生活の面白雑貨って店が多かったッスー」
「そうか、予想した通り、アイテムの価値は酷いな。購入品を金貨に換算するのは期待できそうにないが、雑貨も一応、試しておくか。食料関係の品が無難か……アンデッドによる農場や牧場、養殖場とか……魔法で作り出せる食料を大量に生産させても……」

 手を顎に当てブツブツと悩みはじめた。

「明日は蒼薔薇と会談になりました。モモンとして来ませんか? 王国中で評判らしいッスよ。救国の英雄様と」
「行かない。まだまだ検証しなければいけない事は山積みだ」
「漆黒の英雄皿準備中だそうですよー?」
「……見た。なんだ、あれは。売れるのか?」
「冒険者には人気があるとか。ナーベに人気では負けてましたね。あっちは予約完売ですから」

 ナザリックの者が知れば、漆黒の英雄も予約完売になるに違いない。互いに言わなかったが、疑いようのない事実だとわかっていた。

「そんなのはどうでもいい。それより蒼の薔薇には気を付けろ」

 これ以上突っ込むと使い走りが再開しかねなかった。

「何かありましたっけ?」
「アンデッドが混じっているんだろう。敵かもしれないからな」
「あー……大丈夫ッス。多少、強くてもどうにでもなりますから」
「相手の強さじゃなく、噂の方が心配だ。漆黒聖典にこちらの情報が回ることだけは避けたい」
「繋がってないと思いますけど」
「細心の注意を払え。まずい展開になりそうだったら逃げろ……頼む、他はさておき、それだけは守ってくれ」

 アインズは懇願するような声で言った。

「わかりましたよ……。それより彼女達をナザリックに招くという手はどうでしょう」
「なんで?」
「ただの自慢ですよ。俺達が全員で作ったナザリックは凄いだろうって」
「面白そうだな……ナザリックがこの世界の人間にどう思われるかは気になる。自慢は俺もしたいからな。検討だけしておこう」
「じゃあ、本決まりじゃなくても、ちらっとだけ匂わせときますね」
「あ、買い物はまだあるからな。会談終わったら次の日から再開だ」
「ぎゃああ!」
「騒々しいぞ」

 アインズに付いてナザリックに戻った。

 そこから雑談に興じてしまい、宿に戻ったのは朝になっていた。

 明日はゆっくり眠れると安心しきっていた彼は、そのまま眠りにつく。

 セバスが帰ってきたのは、ヤトが眠りに落ちてすぐだった。





ラキ伝言確率→6無視
ラキュー好感度→15 現在35
アインズに鏡で覗かれる→覗く 

受付嬢のセバスだけに対する好感度 →1d20×3 回数無制限
17+9+13+10 合計49 色んな意味でレッドゾーン
受付嬢のヤトに対する恨み→ 1d20 ×2 回数無制限
→合計15


セバスはモテる、男女関係なく


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藪をつついて蛇が驚く


 プレイヤーの二人は、現実世界で同じ職種の経験がある。営業マンとは、話ができれば務まる仕事だが、実績を出さなければならない。職業柄、話しが長くなる。

 その理論通り、話が長くなった夜更かしが祟り、ヤトは昼を過ぎても起きる気配がなかった。朝帰りをしたセバスは、眠ったままの主を置いてはいけず、昼間は依頼に出なかった。

 生真面目な彼らしい判断だった。

 夕刻になってもヤトは起きなかったが、部屋にノックの音が響く。

「はい、どちらさまでしょうか」

 ドアを開くとラキュースとガガーランが立っていた。

「これは皆さま。ご機嫌麗しゅうございます」
八本指の各拠点調査に協力をした一件で、セバスは彼女達と面識があった。ガガーランは軽く手を上げ、ラキュースはお辞儀をした。

「よっ、セバスさん」
「セバスさん、先日はありがとうございました。無事にオリハルコンまで昇格したと聞いています」

 推薦をしたラキュースは、自分の見る目が間違っていなかったと喜んでいた。

「皆さまに推薦を頂いた御蔭でございます。ところで、今日は如何なさいましたか?」
「今日はヤトノカミさんと会う約束なのですが、彼は何を?」

 ラキュースは前日の件により、”様” ”殿”付けで呼ぶ気を失っていた。それが正しい判断だったとこの場で知る。

「それは困りましたね。まだ主は眠っております」
「おいおい、もう夜だぜ。何時から寝てるんだよ」
「私にもわかりかねます。朝、戻った時には既に床についておりました。少々お待ちください、様子を見て参ります」

 セバスは部屋の中に戻っていった。

「ヤトノカミ様。お休みのところ申し訳ありません。蒼の薔薇の方々がお越しになっております」
「ん……あー……もう、そんな時間か……」

 前日の夜更かしの影響で、頭の動きがとても鈍かった。緩慢な動作で起き上がってベッドに腰かけ、寝ぼけた顔・髪で薄いシャツのままで出て行こうとする。セバスは慌て、必死で止めた。彼の意中の相手が扉で待っているというのに、あまりに酷い顔だ。

「行かないとー……眠い……」
「お待ちください。彼女達は下でお待ち頂きますので、寝癖を直すところから開始いたしましょう」
「……寝癖、直すの好きだね。別にそれはいいんじゃない?」
「いけません。麗しい御婦人方との会談です。ヤト様はナザリックの一柱なのです。支配者に相応しき御姿でなければなりません」
「じゃあ声だけかけて来ようか」
「あ、お待ちください!」

 せめて顔くらいは洗ってほしかった。

 仮面を付けず、寝ぼけた表情以外の形容が出来ない緩んだ顔で、二人の前に立ち、自然とラキュースが失望する。

「……今、何時だと思っているのですか?」
「すみません。昨日は朝まで話し合いがあったので」

 謝罪をしているが、どこまで心が籠っているのかわからなかった。

「……貴方という人は本当に……はぁ」

 ラキュースは彼と会ってからため息が増えたことに悩んでいた。

「おいおい、頼むぜ。今日の主役なんだからよっ」

 ガガーランは彼の肩を叩いた。《上位物理無効化Ⅲ》により何の感触もなかった。不思議そうに、彼を叩いた手を眺めていた。彼は意に介してない。

「申し訳ないです」

 後ろから櫛を持ってセバスが迫る。

「ヤトノカミ様、こちらへお越しください」
「お酒飲んで待っててくださいよ、この部屋につけてくらはい」
「今日は洗いざらい、吐いていただきますからそのつもりで」
「はーい………ふぁーあ」

 最後の欠伸で全部、台無しだ。せめて立ち去るまで堪えてほしかったので、ラキュースは眉をひそめた。

「ラキュース様、ガガーラン様、下で少々お待ちください」

 ドアが閉められた。

 ラキュースが動こうとしたが、ガガーランは掌を見て悩んでいた。

「ガガーラン、どうしたの?」
「ん……いや、変な感触がしたからよ。ま、後で聞けばいいか」

 二人は酒場に向かった。





 主役を連れずに戻ってきて、お酒を飲み始めたガガーランに、イビルアイは文句を言う。

「なぜあいつは来ないんだ?」
「寝坊したってよ」
「ふん、そんなところだろうな。その程度の奴だ、王国から追放した方がいい」

 イビルアイの当たりは強く、恨みも深い。

「まだ恨んでいる」
「いいじゃねえか。酒は奢って貰ってんだからよ」

 豪快に笑い、お酒を飲み干す。

「鬼ボスどこいった?」
「応接間を取ってくれと頼みにいったぜ」
「下らん。早く帰りたいものだな」

 彼女の怒りはまるで収まっていなかった。

「おお、来たぞ。今夜の主役が」

 会談をすっぽかしそうになった優男は、執事を連れてのろのろと階段を下りてきた。

 仮面をしていないので、緩んだ顔が剥き出しだ。誰の目から見ても、まだ寝ぼけていそうだった。

「こんにちは。えーと、こちらの二人は初めましてですかね」
「どーも。ティア。セバさん、おひさ」
「どーも、ティナ。よろしく」
「よろしくお願いします」

 顔に興味がないと書いてある双子は、形式的に頭を下げた。

 セバスも礼儀正しくお辞儀をしている。

「この前の時にいたんだけどよ、テーブルに座ったままだったんでな」
「あーそうスか。よろしくお願いします。あとイビルアイさんも久しぶり」
「……」

 彼の仮面を見て、少年だと思われていたあの時が思い出され、怒りを新たにした。

「今日は顔合わせみてえなもんだ。八本指の件も聞きてえからな」
「みんな、準備ができたそうよ。こちらへ」
「あ、お酒が……」
「ヤトノカミ様、参りましょう」
「あ、うん……」

 喉が渇いていた。





 応接間にて、”ナザリック”と向かい合って“蒼の薔薇”という配置で席についた。

「自己紹介は必要ないわね。早速、始めましょう」

 ラキュースがまとめた聞きたい報告は以下の通りだ。

 八本指とどんな話をしたのか。
 帝国で何があったのか。
 彼らのボスは誰だったか。
 六腕と一緒でなぜ無事だったのか。

 どれから答えるにしても、ヤトには説明することが多すぎた。

「……えーとまず八本指の賭場であ……潜入した話からですね」

 八本指はナザリックの支配下に入ってますと言えず、虚偽を交え誤魔化しながら説明する。文字に起こすとあちこちで矛盾が起きる話だった。

「で、六腕は四腕となってます。ボスの顔は覚えてないス」
「ちょっと待って、なぜ二人も殺害して無事なんですか?」
「あいつらってアダマンタイト級に強いんじゃねえのか?」

 ラキュースとガガーランはツッコミの様に早く反応する。

「簡単ですよ。俺がそれを超えるくらいに強いんで」
「……」

 不審気な彼女達の視線により、沈黙が流れた。

 ヤトは強さに関して嘘は言っていない。セバスの無言の肯定が、彼女たちを安心させた。いい加減でやる気のないヤトはともかく、セバスは信用に足る。

「えーと……まとめると彼らの白金貨1,100枚を6,000枚に増やしてから、帝国に目を付けられ帰ってきて……」
「六腕と戦って二人殺して逃げ帰り、ボスの顔を覚えずに金は全て奪ったぁ?」
「ふざけるな! そんな事ができるものか!」

 苛立ちながら黙って聞いていたイビルアイは、声を荒げてテーブルを叩きながら立ち上がる。

「本当なんだから仕方ないですよ」
「イビルアイ、落ち着く」
「宿で暴れたらこっちも困る」

 ガガーランが出鼻をくじこうと言葉を発した。

「ちょっと教えてもらいてえんだけど、いいかい?」
「はい」
「さっき軽く肩を叩いただろ。霧に手を突っ込んだみてえな感触だったんだが、変わったマジックアイテムでも持ってんのか?」

 ガガーランは彼の特殊な行動が、マジックアイテムによるものと推測していた。

「あー、レベルの弱い攻撃は無効化されるんです。」
「無効化? れべるを知っているのか?」

 イビルアイが食いついた。

「レベルって……一般的には知らないんですか?」
「ほう…詳しく知っているなら興味深いな。ところでヤトノカミ殿、私を少年と間違っていたのはなぜだ?」

 イビルアイが態度を反転させ、大人しい口調に正した。

「その声が性別不明の歪んだ声だったから」
「……なるほど。次は無効化というものに興味がある。ちょっと試してもよいか?」
「どーぞ、じゃあこっちへ」
「おいおい」
「気にしないでいいですよ」

 二人は何も置いていない部屋の端に移動した。

 イビルアイはヤトに軽く拳をぶつける。

 ぽすっぽすっと自転車のタイヤに空気を入れるような音がした。

「本当に無効化されているな。まるで手ごたえを感じない。霧に手を突っ込んでいるみたいだ」
「この前のアイテムボックスといい、不思議な物を使えるのですね。黒粉畑を焼いたときも、何かのアイテムですか?」
「……まぁ、それなりに」
「?」

 実は大蛇ですと、言えたら楽だった。

「無効化は解除すんのもできます」
「解除してみてくれないか?」
「ああ、はいはい。どうぞ」
「感謝する」

 イビルアイは助走をつけようと後ずさった。

「ん? なぜ後退していく」

 彼女はゆっくりとこちらに走ってくる。速度は徐々に上がっていき、途中で飛び上がって蹴りの体勢を取る。左足を折り畳みながら右足を突き出して、ヤトへ向かって空中を進んでいく。

 渾身のライダーキックだが、そんな言葉を彼女が知る由もない。

 特撮好きなヤトは、小柄でありながら綺麗な姿勢(フォーム)で向かってくる彼女に見惚れた。

「綺麗なライダーキ……ぐう」

 《上位物理無効化Ⅲ》を解除したことは、もう忘れていた。無防備な彼の鳩尾、人体の中心部に怒りを込めた蹴りが入れられ、ヤトは後ろへ倒れた。小柄な彼女の小さな足は、まるで一本の槍だった。

「いってー……うーん……」

 痛みはなかなか治まってくれず、床を転がり回った。

 セバスは目の前の光景が理解できず、反応もできなかった。

 依頼に協力した際に打ち合わせた時の彼女は、こんな暴挙にでるタイプではなかった。慎重で冷静、レベルは50前後で魔法詠唱者、仲間を大事に思っている。二人ともまさか攻撃されるとは考えておらず、加えて無防備に急所への一撃を受けたヤトの衝撃は大きかった。

「覚えておけ! 私は女だ! この無礼者!」

 仁王立ちになってヤトを指さし叫ぶ彼女の声は、転がり回るヤトの耳に入らなかった。

「イビルアイ!何てことをするの!」

 ラキュースが慌てて駆け寄り、《治療(ヒール)》をかけてくれた。

 手の中に柔らかい光が宿り、転がる黒マグロを優しく照らした。

「やりすぎ。逃げた方がいい」
「治ったら殺される」
「理屈じゃないんだろうぜ。でも確かに逃げたほうがいいかもな」
「誰が逃げるかっ」

 緩んだ空気の彼女達は想像していなかった。

 穏やかで優しい人格者の執事が、自らの主と敵対した場合、全員の命を一瞬で奪う力と残酷さを持っているのだと。

「イビルアイ様、私の主に敵意を持って接する行為がどのような意味を持つか、お分かりですか」

 セバスの体から強烈な殺気が溢れる。

 復讐が成功させて落ち着いたイビルアイは、身の危険を感じて後ろに下がった。

 強烈な殺気を放ちながら、セバスは迷っていた。

 至高の41人の一柱であり、身を粉にして忠義を尽くす主の一人に攻撃など、考えるまでもなく言語道断だ。たとえ、自ら至高の41人を降りたと話していても、ヤトノカミは支配者だ。カルマ値が悪に寄っている者であれば、即座に殺戮に興じた。

 しかし、セバスは創造主に似て、甘いほどの善人だ。

 彼女の性格を知っており、反撃に迷いはあるが、ナザリックの執事として見過ごす訳にもいかなかった。彼は戦闘態勢を取り、少し腰を落として中段に構えた。

「私の主に無礼を働いたものを、このままにする訳には参りません」

 攻撃するつもりはなかったが、全力の殺気は絶やさなかった。それが極めて善なる執事としての、セバスの選択だった。本物の殺気で、彼女達も事態の深刻さを把握する。

「待ったあ! 待ってくれセバスさん! 謝らせるから許してくれ!」

 ガガーランが両手を前に出し、間に立ち塞がる。

「セバスさん! 私も謝ります、許してください! 傷は私が治します!」

 治癒魔法をかけながらラキュースもフォローする。

「あ……あ……その……」

 当事者のイビルアイは大量の殺気を直に浴びて、子猫のように震えていた。手こそ出してこないが、セバスの殺気に手加減はない。クライムが震えあがり、心臓の鼓動が自発的に止まろうとするよりも強い殺気を、イビルアイはその身に受けた。

「イビルアイ様、私は貴方が軽率に敵対する方ではないと信じております。ですが、ナザリック地下大墳墓に君臨する至高の41人が一柱、ヤトノカミ様。神に等しき御方に無礼を働く狼藉者を、見過ごすことはできません」

 セバスはうっかり大事な情報を簡単に漏らした。

 件のヤトは床に仰向けで静かに横たわっている。

「あ……ご、ごめんなさい」

 イビルアイの仮面から弱弱しい謝罪が漏れる。穏やかで優しい執事が竜王に変わり、伝説のヴァンパイア”国堕とし”が子猫になった心境だ。

「イビルアイ、早く逃げて。時間稼ぐ」
「多分、すぐにやられる。少しでも遠くへ」

 いつの間にかティアとティナも、ガガーランの両脇でクナイを構えていた。冷静な双子の忍者も冷や汗を掻いている。動かない執事の強い眼光は、必ず殺す意思が宿っていた。

「くそっ! あんたとはヤりたくねえんだよ!」

 ガガーランも戦鎚を構えた。

「お願いだからみんな止めてぇ! あなたからも何か言って!」

 応接間にラキュースの絶叫が響く。

 気絶していたわけではないので、声は聞こえていた。仮面の隙間から見える、黒いタイツを履いたラキュースの太ももが眩しかった。

「セバス、そこまで」

 その一言で場が沈黙する。

 彼は痛みが落ち着いてから、ラキュースのそれしか見えていなかった。

 セバスは殺気を止め、構えを解いたので、三人は安心して気を抜く。

 一触即発に見えた空気は緩んだものの、誰も何と言えばいいのか分からなかった。強烈な殺意を浴び続けたイビルアイは、立つ力を失って床にへたり込む。

「ああ、よかった」
「俺なら心配は――」
「あなたじゃありません」
「ちょっとは心配して下さいよ」
「黙りなさい! イビルアイ、大丈夫?」

 ラキュースは躊躇いなく離れ、へたり込んでいる仲間に駆け寄っていった。

「ちぇ……はあーあ、残念っと」

 のそのそと立ち上がった。攻撃は予想以上に痛く感じたが、彼の心は痛みを受けた喜びに満ちていた。アインズがカルネ村防衛戦にて、天使の一撃を受けて笑っていたときと同様、初めてのダメージを堪能した。

「ここに来て一番、痛かったかも。これが痛みか」
「ヤトノカミ様、よろしいのですか」
「別にいいよ。ちょっと大げさに脅かし過ぎじゃない?」
「その通りでございます。流石はヤトノカミ様。蒼の薔薇の皆様、大変に失礼を致しました」

 深いお辞儀で詫びを述べた。

(……さっきまで殺すつもりだったじゃないかぁ)

 イビルアイはラキュースに肩を借りながら心中で呟く。

「……はぁ、よかった。ではとりあえず、みんな座りましょう」
「ところでなぜ俺はライダーキック食らったんだ?」

 先ほどのイビルアイの言葉は、悶絶していた彼の脳に届いていなかった。彼だけが最初から、気の抜けた雰囲気のままだった。

 この一件によって話は混迷し続け、何一つとして進まなかった。なぜイビルアイに蹴られたのか不明なヤトは、楽しそうに話を混ぜ返した。彼にとっては、痛みを受けた楽しい思い出だが、イビルアイには苦い思い出になった。

 ラキュースが仕切り直すまで、皆の口数が減り続ける状況が続いた。

「なるほど、つまり少年扱いをされていることに怒っていたというわけですね、少年」
「ヤト! お願いだからこれ以上蒸し返さないで!」

 既に“さん”付けすらされなくなっていた。五回以上も仕切り直しをさせられたラキュースは、前日と同様にとても疲れていた。

「仮面のせいで間違ったんですよ。他の人は彼女の仮面の下を見たことは?」
「ある」
「いいにおひ」
「仲間だからな、それくらいはあるぜ」
「じゃあ、大丈夫か。俺はアンデッドだって知ってんぞ」
「なんと、そうなのですか?」

 セバスは気付いていなかった。

 アンデッドの気配は、アイテムにより消されていた。

 みんなが安心して話を弾ませると思ったが、全員が黙り込んでしまった。今度の沈黙は重苦しかった。

「あれ……? なんでみんな黙るの?」
「誰か話した?」
「あんた、なんで知ってんだ?」
「なんでって……ちょっと特別なスキルを」
「スキルって何? 武技?」
「えぇ……うーん、なんていえばいいんだろう。スキルはスキルだよ」
「武技とは違う、特殊な技や技術でございます」

 セバスが丁寧に補足をする。

 彼がいなければ更なる混乱を生んだ。

「無効化もアイテムボックスも、何かと特殊なことが多いですね」
「体温を感知するスキルだから、探知できない存在はアンデッドです。原始的なスキルだから気配を消してもわかります。体温があれば全て感知するから面倒なんですけどね」

 先陣で雑魚を蹴散らしながら、ボスまで一番乗りに賭けていた彼には相応しいスキルだった。

「まさか……そ、その、ヤト殿。一つ聞きたいのだが、あなたはぷれいやーなのか?」
「……」

(やっべー……なんでこいつがそれを知ってんだ)

 無言で悩み始めた黒髪黒目の男から冷や汗が出た。

(やばい……これはアインズさんに怒られる。否定しないと、既に悩んでいるのが肯定だ。いや、まだ誤魔化せる……か? 無理じゃね? それよりこれはどっちが正解だ?ばらすのがいいのか?バラすのがいいのか?最悪は殺すのも想定に……ああ、でもナザリックに招く事もできなくなるし、アインズさんもツアーという奴に話したって。じゃあいっその事、プレイヤーとバラしてしまっても)

 長い、本当に長い沈黙の間、ヤトは長考した。恐らく、この世界にきてここまで悩んだことはなかった。しかし、知性が低い彼は、悩んだ時間の割に簡素な答えを出した。

(押し通す……)

 ヤトはわざとらしく手を差し出した。

「イビルアイ、プレイヤーを知っていますか?」
「え?」
「プレイヤーというのがどれくらい強いのか興味がありまして、イビルアイはプレイヤーと会ったことは?」
「あ、ああ……ある。かなり昔の話だが」
「そうですか。ところで仮面は取らないのですか? 今は何歳? 本当に女性なのか確認したいが」

 別の質問攻めにして誤魔化す、いい加減な策だ。

「あ、仮面はその、種族がバレてしまうから」
「何を言うんだ! その仮面の下が醜いアンデッドであったとしても、そんなことで責めたりする者はここにいません!」

 日本語さえ怪しい男は、立ち上がって右手を無造作に突き出し、パンドラのオーバーアクションの真似をした。不安による冷や汗がテーブルクロスに滴らないかを心配した。

「イビルアイ、大切な仲間はその程度の存在ですか? それともこの私が、セバスの主人であるこの私が、その程度の小物に見えると! ……言うのですか?」

 帽子を被っていれば完璧だった。

 急に動きが大きくなった彼に、皆が注目し、イビルアイは激しく動揺していた。

「い、いや、そのぅ……違う、違うんです。これは……」
「ならば素顔を晒し、顔を見せて下さい。誰もあなたを責めたりなどしません。」
差し出した手を強く握る。
「ぁ、はい……わかり、ました」

 ヤトは飛び上がりたいくらい嬉しかった。これなら誤魔化せると踏んだからだ。仮面を被ったイビルアイの素顔は美しい金髪の少女だった。

「ヴァンパイアか、思ったより可愛らしいじゃないスか。フードも取ってください」

 腐り落ちた顔面が現れる覚悟をしていたので、とんだ拍子抜けだ。

「え……あ、そ、そうか?」

 彼女は褒められて嬉しそうだ。金髪のサラサラな髪、紅の瞳、口元から覗く牙、とても可憐な吸血鬼(ヴァンパイア)だった。もっとも、子供が守備範囲外のヤトが、強い興味を惹かれることもなかった。

「それならこ……淑女と分かるから、間違えなかったでしたよ」
「そうか? いや、これでも昔はくにおと……」
「イビルアイ、だめ」
「話し過ぎは良くない」

 ティアとティナに話を止められる。

「おう、ヤトさんよ。今度はそちらの事も教えてくれよ。」

 二人の意思を察したガガーランが援護射撃を打つ。

「欲しい物はラキューさ――」
「黙りなさい」
「さ? ラキューさってなんだ?」
「いいから、そろそろナザリックのことを教えてください」

 強引に話を勧めようとするラキュースに、双子はイビルアイとは違う面白そうな匂いを嗅ぎ取った。

「鬼リーダー、何かあった?」
「そうそう、ラキュースさんの」
「黙りなさい!」

 自分たちリーダーが発した突然の大声に、仲間は一歩引く。

「えぇー……すんません。えっと……教えてって言われてもラキュースさんに話した以上の話はないッス。地下10階層からなる広大で美しい神殿。酒を飲むバー、美味しい食堂、地下なのに夜空が見える円形闘技場、溶岩が煮えたぎる火山、吹雪で凍り付く雪山、広いお風呂とか」

 セバスは頷いているが、他の全員が意味を理解していない。

「意味がわからない」
「何それ、神話の話?」
「すまねえが、さっぱり理解が出来ねえ」
「言葉通りの物が存在すると思えば大丈夫。全て本当にあります」

 詳しく説明する気はなかった。あまりに長くなるうえ、先ほど勢いで覆い隠したプレイヤーの話までしなければならない。運悪く、イビルアイは先ほどうやむやにした質問を思い出していた。

「あ、ヤトノカミ殿。先ほどのぷれいやーか否かの質問に答えてもら――」
「おお! そうだった! 俺の主であり友人、ナザリックの王が君達を来賓として招きたいそうです」

 慌てて話題を逸らす。

「よろしいのですか?」
「見てみたい」
「私の質問にこた――」
「な、何人来ても大丈夫ですよ! 仮に100人連れてきても! とりあえず蒼の薔薇の方々は来ればいい。暇な時を教えてくれれば話を通す。案内しますよ、なんなら泊まっていっても大丈夫! 広いお風呂で戦いの疲れを癒して下さい。入浴の作法にはお気を付けて」
「可愛い女の子いる?」
「メイドは全員が美人だ。でも手を出すと王様に怒られるよ」

 冗談だと思い、さらりとティアがレズビアンである件を聞き流した。

「残念……美女なら見るだけでいい。匂いは嗅ぎたい」
「なぜ私を無視す――」
「匂いくらい好きなだけ嗅がせるから! 全員が絶世の美女らしいんで! いつでもいいから日程を!」
「……」

 イビルアイは度重なる無視に諦めてしまった。

「じゃ、そういうことで、もう遅いからまた今度! セバス、戻って寝る。俺はもう眠い!」
「ちょっと! まだ話が終わっ――」
「大丈夫です!俺はここで泊まってますんで、何かあれば部屋に!」

 声の残響を残し、風のように走り去っていった。扉を開いて出ていく姿さえ見えず、忽然と消えたヤトに皆が唖然とした。ヤトはヤトで、アインズに一刻も早く相談したかった。

 彼のように精神の沈静化で臨機応変、かつ冷静な対処ができない体を恨んだ。

 とても困っていた。

「なんなの……八本指の今後の話はできなかったじゃない」
「まったくわからん。何かを隠しているのか?」
「セバさん。しこうの41人って何?」

 ティナが不思議そうに尋ねる。

「あと彼の名前はヤト? ヤトノカミ? どっちなのですか?」

「順にお答えします。ナザリック地下大墳墓は41人の神に等しい力を持った、尊き御方々によって創造されました。神に等しい至高の41人の一柱こ――」
「危ないな! 余計な事言わずに早く来い!」

 風のように出ていったヤトが、風の如く戻り、再び風になって出ていった。誇らしげに話していたセバスの口が止まった。

「申し訳ありません、今日はここまでに致しましょう。蒼の薔薇の皆様、御方の名はヤトノカミ様です。それでは、これにて失礼いたします」

 既に姿の見えない主人の後に続いた。





「なんなの……?」
「最後の方は私を無視し続けたぞ。やはり彼はぷれいやーと考えるべきだ」
「ぷれいやー?」
「十三英雄や六大神、八欲王などの神に等しき力をもった存在だ。”ゆぐどらしる”という場所からこちらへ来る者がそうだ」
「でもよ、南方の血が入ってるぜ。そっちの出身なんじゃねえの?」
「可能性の話だ。もし、ぷれいやーだとすると非常にまずい……彼は少し変わっているが」
「あんな変な人が神様なのかしら?」

 執拗にお皿の一件で馬鹿にし続ける、変な仮面を思い浮かべる。

「イビルアイ、神様蹴飛ばした。ライダーキックって何?」
「うっ……い、いや、ライダーキックは私も知らん。今度会ったら本気で謝っておく」
「セバス様にもね」
「う……うん」

 ヤトよりも、セバスの殺気の方が強烈に残っていた。イビルアイは頭を垂れた。

「今日は疑問が増えただけ。何者か余計に分からなくなった」
「本当だな。結局はなんだっつうんだ? あいつは神様か?」
「美女……早く行きたい……。鬼リーダー、すぐ行こう。まだ起きているはず」
「落ち着け。でまかせかもしれないからな」
「そうよ。まだ安心はできないわ。隠し事があるのは殿方には……ん、怪しいものね」
「鬼リーダー、どうした? 装備品変える?」

 中途半端に聞くことで、却ってわからなくなる場合がある。聞きたいことは山のようだったが、半端に聞いたことで天まで伸びるバベルの塔になっていた。ティア以外の四人は得た情報を精査し、次に何を聞くべきかを深夜までまとめ続けていた。

「美女が一杯……」


 彼女達は何もわかっていないが、それはヤトも同様だ。

 5人の職業すら理解しておらず、イビルアイのちょっとした情報だけを得た。蒼の薔薇がヤトの言葉を信じ、本当に部屋に来ても困るので、アインズの言葉通りナザリックへ逃げ帰った。

 アインズとデミウルゴスを交えながら、今後の戦略を練ったが、朝まで続く長い会議となってしまった。

 帰ってきたヤトは、前日と同様に夕方まで眠り続けた。






寝起き→寝過ごしました。
地雷踏む→60% 外れ クリティカル確率Down
→ファンブルなし クリティカル率40%
→当たり


ラキュース好感度 1d20→6→ 現在41
最後のダイス9以上で悲恋回避。


ラキュースでも性欲値が上がる+10 現在30 上限50


イビルアイの好感度ゲージ出現 ただし条件は下記の通り
ヤト 2d8 まだダイス不可
アインズ 1d10 まだダイス不可
モモン 1d20 出会って機会があれば可能


好感度
女性50で恋愛関係イベント。
50→相手の短所を知らずに、長所だけみて関心を寄せている状態。
100→相手の清濁・表裏、全てを受け入れた状態。

女性側の好感度が50を超えた段階で男側の好感度ゲージが出現
ナザリック勢は初期値100(アインズ・モモン・鈴木悟のみ)


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31日目まで  ~ナザリック地下大墳墓


 夕方に目が覚めたヤトは、食事を摂りながら昨日の作戦内容をセバスに伝えた。

「ヤトノカミ様が動けない夜は、私にお任せください」
「よろしく頼むよ。人助けの依頼は必ずやってね。昼間は俺が見回るから」

 会議により決定されたのは、ヤトとセバスの行動方針だ。

 ヤトは支配者として、それらしい態度をとるように注意する。
 セバスと二人で、可能な限りの善行を行うこと。
 王都でレベルアップの検証をする。

 智将デミウルゴスの高説によれば、王国がナザリックの所有物となり、ナザリック地下大墳墓の本体を覆い隠す隠れ蓑として機能する。セバスはアイテムで睡眠不要だ。昼は人助けに関する依頼をこなし、夜は眠っているヤトの護衛につけばいい。

「つーわけで、早速、今日から――」
「ヤトノカミ様、あれはもしや、クライムでは」
「なに?」

 入口の方に目を向けると、クライムが嬉しそうな子犬の動作で走ってきた。

「ヤトノカミ様、セバス様。先日はありがとうございました!」
「クライム、あれから鍛錬は続けていますか?」
「はい! もちろんです!」
「あ、ああ。どうしたのだ、クライム」

 支配者の役割演技(ロールプレイ)に自信はなく、予想外の来客に弱かった。これからデミウルゴス立案の計画に移ろうと思った矢先、子犬に出鼻をくじかれてしまう。

「実は稽古をつけていただきたくて。いつでもいいと仰ってましたので、失礼ながら今日は時間が空きました。是非にと思いまして」
「そ……そうだったぁー……」
「直にストロノーフ様とお連れの方がこちらに向かっております。」
「えー。そうなの?」

 クライムの期待に輝く視線が眩しい。

 いつでもいいよと自分で安請け合いした手前、断れなかった。支配者然とした態度は止めた。どちらにしてもレベルアップの検証は必要だ。

「セバス、今日は彼らに付き合おう。俺も興味がある」
「畏まりました。クライム、何か召し上がってはいかですか?」

 セバスが彼に優しいのは弟子だからか、子犬だからかのどちらか気になった。

「そうだな、好きな物を頼んでこい。満腹になると動きが悪くなるから食べすぎるなよ」
「ありがとうございます!」

 お尻に尻尾が見えないかと思い、ヤトは目を凝らした。何もついておらず、尻尾は発見できなかった。

「もう、いいや……今日はそれで」





 その後、宿に着いた彼らと話した結果、宿の中庭が想像以上に小さかったため、ガゼフの邸宅へ場所を移した。

「よろしく頼む、ヤト」
「ブレイン・アングラウスだ」
「ヤトッス、よろしく」

 武者修行をしていたブレインは、盗賊のアジトでモモンに敗走して挫折後、ガゼフ邸に厄介になっている。仮面の不審者が無警戒に伸ばした手を、ブレインは恐る恐る取った。彼はモモンに敗れてからというもの、人間では越えられない壁を目の当たりにして剣士の自信を失った。怪しい男と握手をするのでさえままならない。

 ヤトは玄関の縁石にあぐらをかいて、猫背気味に座り込んだ。

 離れた所でガゼフ達が話をしていた。

「よお、ガゼフ。本当にあいつは強いのか? 俺を倒したモモン程の強さを感じないぞ」
「ブレイン、私を信じろ。彼は私が会った剣士の中で最強だ」
「信じられん……」
「立ち合えばわかる。私が手も足も出ないのだからな」
「あまりわかりたくないな。短期間で何回も負けたくない……」

 ブレインは腕の割に打たれ弱かった。

 ヤトは鈍い動きで立ち上がり、刀を構えて庭の中央に立った。ブレインの実力を調べさせたかったので、セバスは後方で見学し、3対1で立ち合った。普段着のヤトにガゼフが装備を整えるよう勧めたが、そこまで乗り気ではなかった。

 実力差ははっきりしている。

 真剣に装備品を整える気にもなれず、いつもの黒ジャケットと仮面のままだ。

「さあ、始めよう」

 刀を構えるヤトに対し、3人は一人ずつ斬りかかった。攻撃が通らず、まるで歯が立たない戦況を考慮し、やがて同時に仕掛けて行った。三人同時の攻撃まで弾かれ、当たったと思われる攻撃も何の効果も無い。

 ガゼフ低の中庭には、しばらく剣が刀に弾かれる金属音が響いた。

 30分程度、茶番劇を演じていると、真っ先にブレインが音を上げた。

 ブレインは刀を投げ捨て、庭に大の字で寝そべった。息も荒く、精神的な理由で立ち上がる力を失っていた。

「なんだこいつは、化け物か! 勝てるわけがない!」
「はぁ……はぁ……ブレイン……」
「ガゼフ、休憩にしようか」
「あ……はぁ、ああ、そうだな。すまない」

 ヤトはセバスの隣に行き、声を潜めて内緒話を始めた。

「セバス、彼らのレベルは調べたか?」
「はい、ガゼフ様が35、ブレイン様が32、クライムが16でございます。蒼の薔薇の方々と大きな差異はありません」
「英雄級か」

 二人の戦士はともかく、クライムは蜥蜴人(リザードマン)相手でも怪しい。

 大の字に寝転がるブレインに歩み寄った。

「ブレイン。ちょっといいかな?」
「はぁ……はぁ……なんだ?」
「ガゼフが壁にぶつかっていると話していたのは、ブレインのことだろ。誰に負けたのか教えて欲しい」

 この世界では強い彼をここまで追い詰めた相手に関心があった。噂の漆黒聖典化と思ったが、どうやらアインズに拉致されそうになったところを命からがら逃げだしたとわかった。アインズの話にあった、取り逃がした盗賊の用心棒だ。

「……なんだ、そうなんだ。一つ聞きたいが、強くなりたいのか?」
「当然だ。だが……モモンに勝てるとは思えん。あいつは……上手く言えないが、人間では勝てない」

 自嘲気味に笑った。実力ではなく、彼の気配で見抜いているなら大したものだと感心する。ヤトは彼ならレベルが上がるかもしれないと期待した。

「可能性があったら、どうする?」
「そうだな……そんな可能性があるなら、悪魔に魂売ってでもやるかもしれないな」
「その言葉……忘れるなよ?」
「お、おい?」

 ヤトは庭の中央に立った。

「《眷属召喚》!」

 呪文詠唱でガゼフ邸の庭に大量の大蛇が召喚された。鮮やかな色をした大量の大蛇たちは、庭の半分を埋め尽くす量だ。一様にヤトの前へ集まり、静かに頭を垂れて指示を待った。

 蛇は蛇なりに跪く。

 休憩していたら大蛇の群れが現れたのだ。驚いた三人は武器を構え、蛇達から目を逸らさずにこちらへ避難してきた。

「ヤト、何をしたのだ……?」
「ヤトノカミ様、なぜ急に蛇達が!」
「大丈夫、彼らは俺の指示があるまで動かないから」
「あんた……本当に人間なのか?」

 ブレインには答えなかった。彼の質問は核心をついている。

「彼らは特殊な技術で呼び出した。レベルアップというものがあって、倒した敵の強さや数に応じてこちらも強くなる方法があるんだ。試したいから3人とも付き合ってくれないかな」
「れべるあっぷ、ですか?」
「こいつらを殺せばいいのか?」
「レベルとは強さの階級で、強敵・数を多く倒せば上がっていく。彼らはこのまま無抵抗にしているから倒してくれるか」
「しかし……無抵抗の者を切るというのは」

 真面目なガゼフは、無抵抗な蛇を切るという虐殺行為に足踏みした。呼び出した部下らしき蛇たちは一様にヤトの命令を待っている。蛇の瞳を覗き込めば、ヤトへの忠誠が見て取れた。そんな彼らを殺せというヤトが信じられなかった。

「本当に強くなれるのか?」
「俺はそうやって強くなった。際限ない殺戮の果てが、今の俺だ。試す価値はあると思う」
「私は反対だ」
「安心してくれ。彼らに関しては殺されたら自分たちの住む世界に帰るだけだ。無為な殺戮よりはマシだぞ」

 初日にアインズが魔法で眷属を倒したとき、蛇の死体は残らなかった。それが彼らなりの死に方かもしれないが、MPがある限り、彼らは何度でも召喚できる。今はレベルアップの検証が優先だ。

「……ガゼフ。俺はやる」
「ブレイン……」
「ストロノーフ様。私も強くなる可能性があるのなら、やります」
「クライムまで……ヤト、彼らは本当に消えるだけなのか?」
「ああ。死体の山が溢れるようなことはないから、それは安心してくれ」
「……わかった。私もやろう」

 いつしかブレインの蝋燭の灯のように弱々しく揺れていた瞳の光は、希望の光にかわっていた。人外にへし折られた心だからこそ、人外によって補強された。光に当てられ、ガゼフとクライムの目にも光が宿った。

「クライム、お前は特に弱い。一匹でも多く倒せ。少なくとも多くの蛇を切りつけろ。他の二人に数で負けるな」
「は、はい! わかりました!」
「よし、眷属よ、攻撃せず大人しく斬られろ!」

 蛇たちは頭を下げた。誰よりも先に、クライム歯を食いしばって斬りかかっていく。

「たあっ!」

 蛇は抵抗せずに斬られるが、クライムの一撃では死ななかった。

「うおお!」

 ガゼフは一太刀で二匹まとめて切っていく。このペースでは、クライムのレベルアップは期待できない。ブレインはガゼフの姿を見て闘志を燃やし、居合の切れが良くなっている。社会復帰ができるくらいには回復しているように見えた。

 斬られた大蛇たちは、血も流さず光になって消え、蛇の死骸は一匹も残らなかった。

 レベルアップに興じる彼らは忙しいが、そちらが忙しければこちらが暇になる。彼らが全ての蛇を倒し終わるまで体が空いてしまい、ガゼフ邸の玄関で涅槃のポーズで横たわった。

「セバスー……宿に行ってガゼフに貰った酒を持ってきてくれない?」
「畏まりました。すぐに行ってまいります」

 召喚した眷属が全て消えたのは二時間後だ。

 セバスが行って帰ってきて、のんびりと休憩してもお釣りが出た。

 全ての蛇を倒し、彼らは地面にへばっていた。レベルが低い相手とはいえ、庭の半分を埋め尽くしかねない量だったので無理もない。今度こそ精魂尽き、誰も立ち上がれなかった。

「セバス、彼らの経験値上昇はわかるか?」
「個人差があるにせよ、全員が上昇しています」
「あーそう。誰が一番上がった?」
「はい、ガゼフ様とブレイン様はもうすぐレベルが上がります。ですが……これは……クライムは上がっていません」
「……倒した数が少ないからか? 相手の強さはクライムと同じくらいだから、一番レベルが上がってもいいんだけどな。アップも才能なのか? ユグドラシルじゃレベル100にするよりも、どの職業を極めるかが重要だったから、レベルアップはそんなに大変じゃなかったんだが……」
「はっ、申し訳ありません、勘違いをしておりました。クライムはレベルが一つ上がっておりました」
「適当に考えた理論通りだ。それなら問題ない。この世界でもレベルアップの方法は敵を倒して強くなると実証できた。彼らに変化を確認しよう」

 へばっている彼らに声を掛けに行った。

「三人とも少しだけ強くなってるが、自覚はあるか?」
「はぁ……はぁ……ヤト、これはなんだったのだ?」
「レベルアップだ。強さのランクで100まである。俺とセバス100、ガゼフとブレインが30超え、クライムが17だな。30越えで英雄級らしいぞ」
「100まで……どのくらいかかるんだ……?」
「それは俺にもわからない」
「ぜぇ……ぜぇ……」
「わ、はぁ……はぁ、私は」
「クライムはリザードマン並みだな」
「リ……りざあどまん……?」

 へばっている彼らは、会話も困難だ。

「レベルの検証は始まったばかりだからな、数日間は付き合ってくれるとわかるのだが」
「俺はまだ……戦える」

 ブレインが刀を杖代わりに立ち上がった。彼の目はまだ生き生きとしていた。とはいえ、体力の限界を超えているので長続きせず、改めてへばった。

「ヤト、今日は泊まっていかないか? 家政婦の料理は味が薄いが、美味しいぞ」
「遠慮なくそうする。クライム、今日は帰って休め、レベルが一つ上がっているから体が悲鳴を上げるかもしれない。ガゼフとブレインは明日には一つ上がる」
「わかり……ぜぇ……ました」
「二人とも、ガゼフから貰った酒があるから、落ち着いたら飲もうぜ」

 元気づけようとニーッと笑ったのだが、彼らは起き上がれなかった。

 レベルが上がっても、疲労のステータス異常は回復しなかった。





 王の私財を投じた最高級ランクの酒は、ブランデーの香りに似ていて美味しかった。アルコール度数はかなり高かったが、三人ですぐに空けてしまった。家政婦の味付けがもっと濃ければ、満腹になり深酒せずに済んだ。

「ガゼフは結婚しないのか?」
「私は王の為に剣の腕を磨き続ける生活をしていた。この年になっても縁がない上、どうやって交際するかもわからん」

 ブレインは顔を真っ赤にしながら、嬉しそうにガゼフを茶化す。

「こいつ、女を知らねぇのかもしれないぜ?」
「ガゼフー、三人で娼館でも行くかぁ?」
「……遠慮しておく」

 ヤトがガゼフ邸に泊まっている間、”蒼の薔薇”の面々が代わる代わる部屋を訪れた。

 どこに行ったのか誰も知らず、追いかける手段もないので引き返していった。英雄級の彼女たちは組合から放っておかれず、すぐに依頼に出掛けてしまい、宿の主人に伝言を頼んでいった。宿の主人は戻ってきた彼らに、大量の手紙を手渡した。

 最初こそメガネをかけて一生懸命読んでいたが、武器屋・装備品・雑貨屋・投資話・弟子入り・生き別れた家族を名乗る者・貴族・冒険者などの怪文書まで混じった案内状(チラシ)の山に辟易してしまい、最後の方は読まずに捨ててしまった。

 善行を重ね続け、富と名声が高い彼らと関係を深めようとする人間は、当初、予想された数を遥かに超え、驚くほど多かった。

 所詮は異国の言葉で書かれた、翻訳無しでは読めない文書であり、メガネをかけ直す手間が面倒な彼にとって、ゴミでしかなかった。”蒼の薔薇”の伝言は最後まで読まれることなく、ラキュースは音沙汰の無い彼に失望を募らせた。

「く……あんな人……期待した私が馬鹿だった……」

 ラキュースは全力で怒り、魔物討伐に余計な力が入った。





 ヤトが王都に戻ってから、アインズはアンデッド作成で忙しい。作成したアンデッドは円形闘技場にまとめて整列させた。かなり作ったとはいえ、肝心の中位アンデッドの材料が足りない。魂食い(ソウルイーター)級が必要な現状、依り代として使える器が無い。

「レベルが低い人間を媒介にするより異形種を使った方が強い。リザードマンの死体か……」

 期待されたリザードマンは、アンデッドの種としてあまり役に立たなかった。人間を媒介にした場合と同程度のアンデッドしか作れず、改めてアンデッド作成の法則を検証する必要があった。

 とにかく、当面の問題は種の確保だ。

「リザードマン以外の死体でも実践するべきか。魔獣がいれば試してみたいが……中・上位アンデッド創造に耐えられるのは種族とレベルのどちらなのだろうか」

 闘技場の隅に腰かけ、召喚したアンデッド達を眺めながら悩む。せっかく手に入れたハムスケ、王国最強の剣士であるガゼフを実験台にするわけにはいかない。失敗したら替えが利かないのだ。

 視界の端、闘技場の片隅から誰かが走って来た。砂塵を巻き上げ、アインズの前で急停止した。

「アインズ様!」
「アウラか。すまんが闘技場をアンデッドの作成に使っている」
「何を仰いますか。絶対の支配者であるアインズ様に、私達の第六階層を利用して頂いて光栄です」
「うむ」

 嬉しそうに見上げる碧と蒼の異色の瞳(オッドアイ)。ダークエルフである彼女の金髪を、くしゃくしゃと撫でると、頬が紅を帯びた。

「ア、アインズ様……」

 骨の手が離れると、顔の赤身はすぐに引いた。

「さて、お前にリザードマン達の様子を見てきてほしいのだが、構わないか?」
「はい! 喜んで!」
「手土産を持っていってくれ。魔法で作り出した魚がいい。それから、死体があれば持って帰ってきてくれないか。エイトエッジ・アサシンを連れて行け。彼には転移ゲートのスクロールを渡してある」
「畏まりました。でも、死体を集めるのなら、生贄として殺してみてはどうですか?」
「皆で協力し、統治した領地が水の泡になる事態は避けねばならん。ここは友好的にいこうではないか」
「はい、すぐに行ってきます」
「頼んだぞ、アウラ」

 来た時と同じ速さでアウラは走っていった。

(アウラもマーレも年齢設定は俺より年上なんだよなぁ。見た目は子供だから、王国を手に入れたら学校でも作るか。人間達と友好な関係も築ける、二人の教育も捗る。どこかの誰かみたいに下品にならないよう、性教育もしっかり教えておかないと)

 どこかの誰かさんが、くしゃみをしている気がした。





 アウラは魔獣三体と共に森の中を走っていた。

 大狼のフェンリル、カメレオンに似たイツァムナー、翼の生えた蛇のケツァコアトル。三体は神話に詠われる魔獣だ。フェンリルはフェンと呼ばれ、アウラを背中に乗せるといって聞かなかった。三匹は背中に食料とアウラを乗せ、目的地の集落へ到着する。

「さて、ついたっと。おーい! こんにちわー!」

 集落全体に響くよう、大きな声で呼びかけた。門は開かなかったが、声を聞きつけた見張りがやぐらから声をかけた。

「は、はい! どなたでしょうか?」
「アインズ様の使者だよ、様子を見に来たんだけど」
「おお、使者の方でしたか。申し訳ありません、見たことのない魔獣でしたので襲撃者かと」
「ごめんねー」

 門は急いで開閉され、中から出てきた蜥蜴人たちが跪いた。族長と名乗った蜥蜴に合わせ、皆が一様に跪く様子は忠誠を尽くしていて満足した。ニコッと笑う彼女は、それだけみれば10歳前後の少女だ。

「みんな、アインズ・ウール・ゴウン様の使者の御方だ。客人にもそう伝えてくれ」
「誰か来てるの?」
「近くのカルネ村から魚の養殖を手伝って頂ける方がお越しです」
「ふーん。アインズ様の命により、食料を持ってきたよ。みんな、集落の中に運んで」

 魔獣達は自分の大好きな主人の命令に、嬉しそうに鳴き声を上げた。

「あの、失礼ですが。お名前を」
「アウラだよ。アウラ・ベラ・フィオーラ」
「フィオーラ様。では汚い場所ですが、どうぞこちらへ」

 族長達の集会所に案内された。本来ならば汚い家には入らないつもりだったが、大人しく後に続いた。彼らの忠誠を見たアウラは、自らが敬愛する主人を神の如く崇める彼らに気分を良くした。

「兄者、その方は?」

 集会所の入り口で緑色のリザードマンが近寄ってきた。

「ああ、ザリュース。アインズ・ウール・ゴウン様の使者の御方で、アウラ・ベラ・フィオーラ様だ」
「お久しぶりです。族長の弟、ザリュース・シャシャです」

 戦の終わった後でアインズが連れてきた従者だったため、彼の記憶には新しいが、アウラはまるで覚えていない。跪くザリュースに、アウラは別件を思い出した。

「そういえば、変わったヒュドラがいなかったっけ?」
「はい、彼は奇形のため首が四本しかありません。ロロロは私の家で留守番をしています」
「あの子ちょっと欲しいなぁ。ねえ、ちょうだい」

 親に玩具をせがむ子供のようだ。

「え? いや、ロロロは大事な家族なので、それは……」
「可愛がるからいいでしょ。お願い」
「いや、しかし……」
「じゃあ私のものって事にしてよ。ナザリックには連れて行かないからさ。たまにここに来たとき一緒に遊ぶくらいにするから」

 アウラは珍しい魔獣と遊びたいだけだ。彼女に蒐集欲はない。

「む、あ、はい。それくらいであれば……」
「やったね」
「……フィオーラ様、ではこちらへ。ザリュースも来てくれ」
「アウラでいいよ」
「アウラ様、どうぞ、こちらへ」

 無邪気に両手放しで喜んでいるアウラに、シャースーリューとザリュースは困惑したまま会議室へ入っていった。





 藁葺き屋根の会議室は思ったよりも片付いており、室内も広かった。中に入ると他の族長達と二人の少年が出迎えた。

「あ、あの、初めまして。カルネ村でアインズ様のためにポーションを作っているンフィーレアです。ほら君も挨拶を」
「は、ははは、初めまして。ヤトノカミ様におおお世話になりました」

 多少は落ち着いているンフィーレアに促され、震えながら挨拶をした少年。見た目がアウラと同年代、10歳前後に見える小さな少年は、緊張して口もまともに回っていなかった。

 二人はカルネ村から様子を見るために、実験的に派遣された二人である。ポーションの開発に行き詰まっていたンフィーレア、その付き添いで付いてきた少年。

 カルネ村も食糧難を解決するために、農作業に従事する者から人を選べず、止む無く無作為に選ばれた少年が派遣された。森林の蛇達がアインズの配下に入っている事は周知されており、道中に襲われる心配はないため、年齢の下限はなかった。

「ふーん。そうなんだ」
「よろしくお願いします」
「お願いします!」

 ンフィーレアのお供の少年はアウラの金髪に見惚れ、口を開いて呆けていた。

(格好いいなぁこの人。女の人みたいに綺麗だし、年齢も僕と変わらないはずなのに。あの魔獣達が嬉しそうに懐いているなんて。あの赤い服の女の人も綺麗だったけど、この人も……あれ? 男の人だよね……? 僕は何を考えてるんだろう)

 光の当たらない、排泄物や生ごみの臭いが混じる不潔な路地裏から、太陽の下で働けて、少なくとも三食の食事ができる環境に連れて来られた少年。ゴミ漁りや窃盗に手を染めてでも妹を守るために必死だった彼は、妹とともに地獄から解放されて汗水流しながら働けるだけのことが嬉しかった。

 いくら感謝しても尽きないほどの感謝の気持ちを持つ彼が、尊敬する人が所属する組織の幹部に会い、緊張するのも致し方ない。アウラを見て”男性”と勘違いしたことも、また仕方なかった。


「んで、みんなナザリックの支配下でまとまったの?」
「はい、部族戦争は終わりました。反発していた者は亡くなりましたので、当初のお話通りに我らを支配下にお加え下さい」

 部族戦争は過去に起きた食料を巡る凄惨な戦争ではなかった。

 プライドや見栄に固執した者と、種の補完に拘った者の戦いだ。長老と呼ばれる年長者に付いていく者とそれ以外の者では、後者の方が数も多く、戦争というより小競り合いの域を出なかった。結果として年長者が大幅に減る事になったが、今後の事を考えれば子供が減るよりは些細な問題だ。ザリュースが企てた間引きの予定調和を外れず、適度な数に間引きされて部族の境界まで取っ払われた。

 ゼンベル率いる血の気の多い部族“竜牙”、その一族全てがナザリックについた事も戦況を有利に進めた。

「そっか、じゃあ死体は持って帰るね。代わりに食料持ってきたから」
「ありがたく存じます。アウラ・ベラ・フィオーラ様」

 知性の高い族長は深く頭を下げた。

「それで、今度は違う問題がでてるんですがよぉ」

 ゼンベルは慣れない敬語を使っているため、言葉に違和感がある。白いリザードマンが不安そうに切り出した。

「フィオーラ様」
「アウラでいいよ」
「失礼しました。アウラ様、どうやら蛙人(トードマン)が攻めてくるようなのです」
蛙人(トードマン)?」
「彼らが様子を窺うついでに攻めて来たのが数日前。それを撃退した際、カルネ村から持ってきたポーションを使いきってしまったんです」

 ンフィーレアが空き瓶を取り出して振ったが、中に液体は入っていなかった。

「ふーん。そいつらって強いの?」
「いえ、はっきりいうと我々が弱いのです。アウラ様の連れて来られた魔獣一体で、全滅が可能でしょう」
「なんだぁ、大したことないじゃん」
「御助力頂けるのですか?」
「いーよー。アインズ様も死体を欲しがってたし、お土産にちょうどいいね。アインズ様が心配してるアンデッドの素材になればいいけど」
「ありがとうございます」
「では我々も早速、準備を――」
「あたし一人で足りるよ」

 彼女は森の妖精(ドライアード)の手伝いで忙しい弟に引き換え、時間が大いに余っていた。暇つぶしに種族を全滅させるというだけのことで、主人の役に立つ”仕事”ができるのは嬉しかった。

 首尾よく運べば、アインズのご褒美も期待できる。

「あの、僕も連れて行って下さい。」
「やだよ。面倒くさいし」

 ンフィーレアのお供の少年は、魔獣にしがみつけるかも怪しい。一緒に連れていっても役に立たないが、彼の生死そのものに興味がわかなかった。

「僕もアウラ様みたいに強くなりたいんです!」
「えー……じゃあフェンに乗れば? 落ちても助けないし、死んでも知らないよ?」
「はい! 頑張ります!」
「あ……あー。アウラ様、彼をよろしくお願いします」

 ンフィーレアは少年を止めようとしたが、話の流れに間に合わず、それだけ言うのが精いっぱいだった。





 アウラはケツァコアトルの上から、フェンに必死で掴まる少年を振り返った。

 フェンにゆっくり走ってと指示を出してはいない。彼女からすれば落ちて死んだとしても興味はなかった。フェンがとても優しいなどと、予想すらしなかった。

 三匹の最後尾を走るフェンは、明らかに走る速度を落としていた。全力で走ったら、少年は吹っ飛んで木に激突していた。

 程なくして湖の反対側にあるトードマンたちの集落へ到着する。

「フェンは優しいなー」

 遅れて到着したフェンの顎を撫でると、嬉しそうにキューンと鳴いた。必死でしがみついていた少年は話す気力もなく、フェンの上で息を荒くしていた。

「こんちわー!」

 初めから皆殺しにしてもよかったのだが、一応どんな種族か見ようと声をかけた。

「……げっ」

 ロロロがいたケースもあったので何かいればいいな、と思っていたが彼らの姿にアウラはとても後悔する。ギョロッとした飛び出そうな目玉、体を覆う大量のイボ、表面はヌメヌメした粘液で覆われて光っている。蛙に似た亜人ではなく、二足歩行で歩く普通のイボカエルだ。

「ゲロ。なんだお前ら」
「……悪いんだけど、リザードマンはあたし達のだから手を出さないで貰える?」

 なるべく控えめにいったつもりだったが、それがかえって彼らの増長を助けた。

「ゲッゲッゲ。馬鹿かこいつ。」
「ああ、馬鹿だな」
「変な奴らに襲われて弱っている今が攻め時だ」

 蛙たちはゲロゲロと笑いあっている。

「や、やややめろ! あの人達は大事な仲間なななんだ!」

 リザードマンと僅かな期間をともに過ごした少年が、怯えを懸命に抑えて震えながらもこれに反論した。

(ふーん……)

 アウラは少年を少しだけ見直した。フェンに乗ったままでなければ、もう少し評価が上がったところだが、レベルの低い彼には難しい。

「大人しくするなら部族全てを滅ぼさずに済ませるけど?」

ナザリックがこんな汚い蛙共に馬鹿にされたのが気に入らなかった。
ここで跪いていれば彼らは助かったかもしれないが、その選択肢は選ぶことが出来なかった。

「ギャッギャッギャ!」
「どこかの馬鹿どもにやられた奴らはこのまま滅びるんだ。」
「骸骨なんかに負けたそうだな、俺達だったら簡単に倒してたぜ!」

 彼らは非常に素早くアウラの怒りに触れた。

 アウラが腰から取り出した鞭を大きく振ると、近くにいた蛙はまとめて千切れた。腰のあたりから引きちぎれた彼らの臓物が辺りに散らばり、周囲は生臭さで溢れる。

「みんな、殺していいからね。死体は後で持ち帰るから、あまりバラバラにしないでね」

 魔獣は主の命を受け、三匹とも嬉しそうに吠えた。フェンは背中に乗せていた“荷物”をアウラに向かって放り投げる。ゆっくりと放物線を描いて投げられた少年はアウラに抱き留められた。

(あ……いい匂い)

 少年の鼓動は、今まで生きてきた中で最も高鳴る。

 無言でさっさと地面に降ろされ、内心はとても残念だった。アウラは蛙たちの殺戮に興じる、可愛い魔獣達の頑張りを嬉しそうに見ている。その横顔から少年は目が離せなかった。

 戦いは一方的で、蜥蜴人(リザードマン)と対等以上に戦える程度の蛙人(トードマン)に初めから勝ち目はなかった。食料としての価値すら見出してもらえず、蟻を踏み潰すかの如くあっさりと殺され続ける。神話や伝説に名を連ねる魔獣達は、老若男女一匹も漏らさずに順調に壊滅させていった。

「うえー汚いなあ……」

 引きちぎられた内臓が周辺にばら撒かれ、アウラは嫌悪感を隠せずにいる。少年は初めて見る生物の内臓に吐き気を堪えるので必死だった。

 蛙人(トードマン)が絶滅するのにさほどの時間はいらなかった。

「全部殺したからアインズ様に連絡しようっと」

 すぐに《伝言(メッセージ)》を飛ばし、主に報告をする。

《アウラか?》
《アインズ様、トードマンが戦争を仕掛けようとしていたので全滅させました》

(うぇ! マジで!?)

 命令外の注文までこなした彼女に激しく驚いたが、精神の沈静化で覆い隠した。アインズの声はあたかも予想していたかのように落ち着きを払っている。

《……ほう。アウラよ、勝手に交戦しては駄目じゃないか。相手が未知の武器を持っていたら大事なお前が傷を負ったのかもしれないのだぞ》

 勿論、守護者の自立意志を改めて証明する喜ばしい成果だと考えていた。

《可愛いお前に何かあったら、ぶくぶく茶釜さんも悲しむだろう?》
《はい……ごめんなさい、アインズ様》

 通話だけで顔は見られないが、内心は可愛いと言われた事で有頂天になる。彼女の顔は緩んでいた。

《構わないとも、アウラ。予想以上にお前は優秀な子だ。これでアンデッド作成の実験がはかどり、進行中の計画も進展するだろう。よくやったぞ、アウラ。死体はこちらで引き取る者を手配するので、安心して帰還せよ》
《ありがとうございます、アインズ様!》

 褒められた事に喜び、健やかな笑みを浮かべる。声は周りの者には聞こえないが、アウラの満面の笑みは少年からよく見えた。

(なんでだろう。同じくらいの男の子にドキドキするなんて……僕はおかしくなっちゃったのかな……?)

「さて、みんな帰るよー。あんたもフェンにお礼いいなよ。わざと遅く走ってくれたんだからさー」
「は、はい! ありがとうございます、フェンさん」

 礼を言われた大狼は、気にするなとでも言いたげに鼻を鳴らした。彼らが立ち去った後には、蛙の死体が大量に残されるばかりだった。


 蛙人(トードマン)達はその低い知性によって片手間で全滅し、蜥蜴人(リザードマン)の周辺から完全に姿を消した。弱者が強者により淘汰される事は自然の摂理の一環であり、他に何の意味もなかった。こうして敵を失った蜥蜴人(リザードマン)達はひょうたん湖全てを領地とし、魚の養殖は順調に進んでいく。


 アウラに懸想しつつ同性愛の性的嗜好に悩む少年は、リンゴが大好きな妹をカルネ村に残し、集落での魚の養殖に、本格的に取り組む。

 アウラ個人の信者となった少年は、知識を少しずつ増やし続け、魚の養殖人としての知識を彼らと共に蓄えていく。

 自身を同性愛者と勘違いし苦悩しながらも、稀にロロロに会いに来るアウラの顔をみては舞い上がっていた。


 一部の蛙人(トードマン)は耐性、レベル共に高く、中位のアンデッド作成に使用できるのが三体ほどあった。

 種に困窮していたアインズは悦び、デミウルゴスの王国乗っ取り作戦は滞りなく進んだ。





蒼薔薇の伝言に気付く日→10日後
クライムの子犬度→7 現在23

使者→4 アウラ
カルネ村の助っ人 ンフィーレア(固定)
→6 ヤトに拉致られた子供

再抽選→1d4《1兄 2妹 3兄妹 4その他の子》 →1兄

少年の好感度 → 20 クリティカル

修正時の追加ダイス
レベルアップダイス追加 《00は100%扱い》
ガゼフ →80%
ブレイン→90%
クライム→10%  …。

クライムが実はレベルが上がっている可能性→60% 成功


族長クラスの蛙さんが中位アンデッドの素材に使えるのは設定改編です
原作では不可能だと思います。



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34日目 王都リ・エスティーゼ



 何よりも懸念すべきは、過剰な犠牲者が出てはいけないことだ。

 特に、ヤトの意中の相手、”蒼の薔薇”にもしものことがあっては、責任追及されるのはアインズであり、ヤトは本気で怒るだろう。

 アウラが持ち帰った一部の蛙人(トードマン)は中位アンデッドの作成が可能な種であったが、問題はこの世界の人間のレベルの低さだ。

「トードマンで作れるアンデッドか……やはりレベルを考慮すると……しかし……うーむ……いくらなんでも大丈夫か?」

 円形闘技場で考え事をしているアインズに、ナーベからの一報が入った。

《アインズ様。白銀という者が宿に来ていますが、どういたしますか?》
《そうか、すぐに行くから待っていてくれと伝えてくれ》

 ナーベから連絡を受けて急いで宿に行くと、白銀の全身鎧を着たツアーが待っていた。漆黒のモモンの姿を発見し、彼は片手を上げて気さくに挨拶した。


「やあ、モモンガ。久しぶりだね」
「ああ、わざわざ来てくれてすまないな。早速だがここでは話が漏れるとまずい。密談できる場所へ移動しよう」

 二人はナザリックの応接間に通じる通路へ転移していった。





 大理石のような鉱石でできたテーブル、巨大なシャンデリア、作り込まれた室内はどこか大国の国宝を思わせる品で溢れていた。ツアーは赤いソファーに腰かけ、周囲を物珍しそうに見渡していた。

「凄いな、ここが君たちの拠点かい?」
「ああ、凄いだろう。私達が仲間と作り上げた大切な場所だ。壊すなよ?」
「壊さないよ、本当にすごいな。スルシャーナの拠点も綺麗だったけど、廊下からここまでのわずかな距離だけで、こんなに作り込まれているなんて。」

 素直な称賛だからこそ、アインズの気分を頂点まで引き上げた。

「そうか、そうだろう。ここは仲間と作った大事なナザリックだからな。褒められると嬉しいものだ。今度、時間があるときに別の場所を案内しよう」

 さりげなくナザリックという固有名詞を出してしまっていたが、軽く(チョロく)舞い上がっているアインズは気付いていない。

「スルシャーナとは、六大神で合っているか?」
「その通りだよ。種族に詳しくないから、彼が何のアンデッドだったのかは知らないけどね」

 アインズは気分が良くなり過ぎていた。

 自分自身の軽率な行動に後悔し、ヤトにも馬鹿にされる羽目になる選択肢を取った。

「私の姿を見せよう。少しはヒントになるかもしれない。」

 モモンの姿だったアインズは、オーバーロードの姿に戻った。

 ツアーは身動きを止め、アインズを凝視した。

「どうした?」
「あ……スルシャーナじゃないか!」
「え?」
「いつ復活したんだい? どうして連絡くれなかったんだ。」
「は?」

 いきなり興奮し出した白銀に驚き、骸骨の下顎が落ちる。

「もう二度と復活しないのかと思っていたんだよ。もしかして記憶があまりないのかい?」
「待て待て。私はモモンガだ。スルシャーナではない。」
「……違うのかい? 着ているものまで同じに見えるけど」
「はっきり言って違う。似たような装備は沢山あるだろう。ユグドラシルから来たのであれば」
「そうだね……。すまない、取り乱してしまったよ」

 声の響きだけで判断すると、かなり落胆していた。

「スルシャーナは私と同じ種族の魔法詠唱者だったわけか」
「そうだろうね。やはり彼は復活しないと思うかい?」
「繰り返し殺されたとすると、消滅した可能性が高い。ユグドラシルでは苛烈な制裁や報復で使われていた手段だ。もう復活はしないだろう」

 ”燃え上がる三眼”を思い出した。複数のギルドが一丸となって苛烈な報復をした彼らは、2度とユグドラシルで見ることはなかった。

「そうか、そうだよね……」

 寂しそうにつぶやいた。

「ああ、そうだった。ツアー、お前は白金の竜王で間違いないか?」
「うん? どうしてそう思うんだい?」
「スレイン法国の情報に、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)以外の竜王は全滅したと記述があったぞ」
「確かに……私は白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)だよ。だけど、今でも元気にやっている竜王もいる。スレイン法国の捏造に引っかかったんだね」
「……用心深い事だ。何を心配しているのやら」
「私を除き、今を生きる竜王は八欲王とは交戦していないんだ。当時を生きていた竜王の大多数が犠牲になったのは事実だよ。今を生きる竜王達を遥かに超える力を持っていたのに、みんな殺されてしまった」

 鎧を付けているので表情はまるで分らないが、何か思う所がありそうだ。彼を懐柔するのであれば、スレイン法国が鍵となるだろうと、アインズは顎に指をあてて考えた。

「当時を生きた竜王の生き残りはツアーだけなのか?」
「そうだよ。スレイン法国の連中は復活すると信じているし、危機感を抱いているけどね。だからこそ、彼らにユグドラシルのアイテムが渡るのは何としても避けたいんだ。彼らが八欲王のようにドラゴンや亜人種、魔獣、詰まる所、人間以外を殺し尽くす存在になりかねない」
「ふむ、それは我々にとっても危険だ。彼らのアイテムについて説明をしよう」

 漆黒聖典の中で最も危険なアイテムは”傾城傾国”であり、相手の抵抗力を無視して洗脳する効果がある。世界級(ワールド)アイテムである以上、対抗するにはワールドアイテム所持者でなければならない。

 竜王・ヤトを含めて大多数の者に効果が及ぶ事になる。

 アインズは所持した経験がないので詳しいルールまでは不明だが、何かの制限は必ずあるとだけ説明をした。

「洗脳か……それはまずい。やはり彼らの無効化が先だね。私が操られてしまうと、平和に暮らしている大半の国に影響が出てしまう。ギルド武器では対抗できないのか?」
「無理だ。世界を変えるためのアイテムに対抗できるのは、同じように世界を変えられるワールドアイテムしかできない。使用したら壊滅的な被害をこの世界に与えるアイテムには心当たりがあるが、それが存在するかは不明だ」

 自分が持っているワールドアイテムは黙っていた。こちらの戦力を隠す上で、スレイン法国は体のいい隠れ蓑として機能していた。共通の敵とは、考えようによっては親交を深めるに都合よく働く。

「そうなのか……想像以上にまずい状況かもしれない」
「これを機に彼らの持っている危険なアイテムを全て没収してはどうだ?」
「考えてはいたのだけど……単身では難しい。モモンガ、私と手を組まないか?」
「初めからその提案をするつもりだったが」
「そうか、ありがとう。彼らの動向を窺った上で、協力をしよう。でも、過度の殺戮は避けてくれよ」
「……どうやらまだ私を疑っているな?」
「違うよ。やり過ぎないでほしいんだ」
「そうか? 敵対者などうどうなっても構わないと思うが……彼らには部下の監視を付けてある。どこにいるのかはすぐにわかるが、今はもっと情報が欲しいな」

 アインズは言葉を一旦区切った。

「知っているか分からないが、教えて欲しいことがある」
「なんだい?」
「王国の冒険者、蒼の薔薇にいるアンデッドがプレイヤーを知っているのだが、心当たりはないか? イビルアイというヴァンパイアの少女らしいのだが。」
「イビルアイ……少女……プレイヤーを知るアンデッド…ヴァンパイアねぇ。思い当たる節はあるけど、彼女が何かしたのかな?」

 背の小さい生意気な少女が白銀の頭に浮かんだ。彼女以外に考えられるものはいない。

「阿呆な友人が大そう怒らせて蹴りを食らったらしい。彼女が敵か味方か知りたい」
「そうなのかい? 大方、背丈の小さいとか、少年とでも馬鹿にでもしたんじゃないか?」
「……故意ではないのだが、その通りだ。」

 友人のしでかした愚行に、自分も恥ずかしくなるアインズ。あっさりとツアーに看破されたことも余計に恥ずかしかった。

「彼女にならプレイヤーと話しても問題ないと思うよ。彼女とは私よりも仲の良かった友人がいるから、その内に会わせよう」

 怪しく笑う老婆を連れて行けば、再会を喜べるかもしれないと浮かんだ。

「わかった。ではそのように伝えておく」
「泣き虫インベルンのお嬢ちゃんと言えばわかるよ。私達の知り合いだとわかる」
「イビルアイ……インベルン……出会ったら伝えておこう」
「あまり苛めないであげてくれないか。友人には、昔から泣き虫と言われ続けているんだ。意地っ張りで頑固だけど、根は優しい子なんだよ」
「白銀と同じ英雄だったりするのか?」
「そこまで気付いたのかい? 竜王と分かっているようだから話すけど、私は十三英雄の一人だったんだ」

「やはり、か。白銀という名前が文献に載っていたぞ。本当に隠す気あるのか……」
「私にはこの鎧しかないからね」
「イビルアイはその周辺の人物といったところか。他のプレイヤーの情報も知りたいのだが」
「それはまた今度にしよう。話すと長くなる。彼らは良いプレイヤーだったよ。君と同じようにね」

 影で暗躍していると知ったら、さぞかし怒り出すに違いないと踏んだ。ツアーと敵対する可能性は捨てきれないが、当面の問題はスレイン法国だ。そちらを無力化する過程で、彼と親交を深めておけば敵対の目は無くなる。

「それは光栄だ。またゆっくり話に来てくれ、歓迎する」
「今度は私の下に来てくれるかい? モモンガと一緒にこの世界に来た友人と一緒に。こちらの戦力はなるべく把握しておきたいし、単純に会ってみたいんだ」
「油断させて殺そうとしているかもしれないぞ? 白金の竜王なのだろう?」
「そんな奴だったらわざわざ会いに来ないよ。モモンガの望みはこの世界の支配ではなく、大事な仲間を探すことだろう?」
「その通りだ……この先もそれは変わらない。落ち着いたら会いに行かせてもらう。どこに住んでいるのだ」

 舞い上がって姿を見せたことを、今更に後悔しているとは言い出せなかった。傍から見ると、二人は古くからの友人のように楽しく親しげだった。

「アーグランド評議国領内にある北の山の神殿だよ。私はずっとそこにいる」
「わかった、では友人と共に行こう。日程が決まったら連絡をする。魔法で行けばすぐだからな」
「待っているよ、モモンガ」
「……あまり私の友人に期待するな。相当な阿呆だぞ」
「それはそれで楽しみだよ」

 白銀との話はアインズの予想以上に上手くいった。

 お互いに和やかな雰囲気のまま、話は無事に終わった。

 エ・ランテルまで白銀を送り届け、白銀と別れた。


「インベルンのお嬢ちゃんか。あいつに教える必要はないな。さて、続きを始めるとするか」

 眼窩に赤い光を宿したアインズは、円形闘技場へ戻っていった。





 王宮の一室にて、美女二人と護衛の忍者が一人、会話をしていた。

「ラキュース、思い人のヤト様はどうしたの?」
「思い人じゃない。この数日は、宿に戻っていないのよ。伝言を置いてもらったのに相変わらず反応がないし……本当に腹立たしいわね。思い出すだけでイライラする」

 過度の期待が失望に変わったため、苛立ち始めていた。そうなって困るのは、目の前にいる黄金の魔女だ。

「落ち着いて、ラキュース。こういうことは焦ると損するわよ」
「はぁ……わかっているわ。最近ため息が増えたのよね」
「恋の病なの? 駄目じゃない、愛しの殿方は既成事実を作って鎖で繋ぎ止めておかないと。一緒に住んじゃえば?」
「ん……うん……いえ、ん? そんな事、出来るわけがないでしょう。恋の病とは違うもの」

 ラキュースの歯切れは悪い。ラナーは彼女の心の機微を探った。誰かに恋煩いをしているとしか見えない。

「貴方もそう思うでしょ、ティア」
「そう思う。鬼ボスのせいで美女が遠のいた。とても不満」

 眉毛を逆ハの字にして不満を表し、明確に責めていた。

「ティアまで何を言っているの」
「私もお会いしてみたいわね。ラキュースがもう少し積極的だったらよかったのに」
「充分積極的だと思うけど……」
「冒険者として積極的でも仕方がないでしょう? 既成事実を作ってからにしなさいな。純潔のお嬢様」
「う……なんか当たりが強いのはなぜなの?」

 決まっている。クライムペット化計画が進んでいないから、内心は腹立たしい。実績を立てさせて彼をこの部屋に招き、協力を仰ぐ計画はまるで進んでいない。肝心要のラキュースがこれでは、計画の進行に差し支える。

「鬼ボス、早く手を付けないと他の女に取られる。手は早そう」
「そうよねえ。私もそう思うわ」
「二人して何言っているの。なぜ私が彼を好きになっていると信じているの? よく考えたら私は何もしないわよ?」

 澄ました顔でティーカップを口につけた。それが嘘だと二人とも分かっていた。

「素直じゃないのね、大事な魚を逃がしちゃうわよ。おバカさん」
「純潔鬼ボスは思い込みが激しい。最初が踏み出せない」

 ラキュースの笑顔に影が差し込みだす。

「ねえ、ラナー。私、あなたに何かしたのかしら」
「何もしていないわ。ちょっとからかっただけよ」

 何もしていないからこそ腹立たしいとは言えない。歯がゆい内心は天才が持つ独特の冷徹さで心の奥底へ押し込められた。

「そう、このお姫様は仕方ないわね」
「私はまだ不満。早くナザリックに行きたい」
「お黙りなさい」

 ニコニコと笑う笑顔には、既に暗い影が差していた。心の中でため息を吐き、表層は微笑みで取り繕い、ラナーは一枚の羊皮紙テーブルに広げた。

「ラキュース、これをみてくれるかしら」
「暗号文?」
「そうなのよ。これは八本指の拠点移動の指令書みたいね」
「よく解読できたわね。出どころは確かなの?」
「盗賊が酒場で酔いつぶれた構成員から盗んだみたいなの。道端で眠っていた盗賊を、運良く通りかかった衛兵が捕まえたようね」
「そんな……都合が良すぎるわね」

 酔いつぶれた八本指構成員から鞄ごと盗んだ盗賊、それを衛兵が“偶然”捕まえたのだ。

 カバンを盗まれた八本指構成員は始末されずに生きている。
 内容は本指令ではなく、拠点移動の案件が記載された連絡書類であること。
 具体的な内容と日時の記載はないが、拠点場所は全て記されていた。

 以上の内容により、罠である可能性は非常に低いと判断された。

 だからこそ罠である可能性が高いと思ったのはラナーだけだが、相手の実力を探るに冒険者をぶつけるのが手っ取り早い。もし、これがヤトの所属する組織の謀略であれば、アインズ・ウール・ゴウンなる魔法詠唱者が必ず出てくる。それは同時に、高い知性を持つ部下の存在まで教えてくれる。

「どうやら八本指に何かあったみたいなのよ。捕まえた犯罪者たちの話だと、内紛の可能性が非常に高いわね。違う部門で無作為に捕らえた彼らの話は全て一致しているわ」
「凄いじゃない! これならすぐに八本指を潰せるわ!」

 ラキュースは興奮して立ち上がる。

「上位冒険者を集めて総力戦にしようかと思うのだけど、あなたたちは空いている?」
「当たり前じゃない!他の依頼は後回しよ!」
「叔父様はいつお戻りになるのかしら?」
「叔父さんはしばらく帰ってこないわよ」

 ラキュースは身を乗り出した。彼女の使い道を変えるべきかと、ラナーは算段し始めた。

「そう。愛しのヤト様は捕まらないみたいだから、執事の方に話を通しましょう。叔父様の穴埋めにエ・ランテルにいる英雄様にも話を持っていくわね。六腕は数が減ったとはいえ、まだ敵にいるから」
「愛しのって、それは本当に違うからね。この機を逃さず徹底的にやれば、王都も平和になるから。早速、準備をしましょう」
「この配置だとある程度の策を練らないと……」

(八本指壊滅の功績は彼を招くのに充分な理由だ。次はこちらにも協力して貰おう。ラキュースの情報、あるいは身柄くらい渡してやっても構わないだろう)


 聡明なラナーはここで一つの過ちを犯した。

 功績を立てる前にヤトと会っていれば、後の歴史に残る惨劇は防ぐことができた。

 あるいは、クライムがラナーに内密にしなければ、強引にヤトを呼んでいたら、ラキュースとヤトが恋仲であれば、どれか一つでも達成していれば防げた可能性が高い。

 この先の未来にまで影響を及ぼす負の事象、既に動き始めている。

 こうして数日の内に、作戦概要は王国中の強者、中位以上の冒険者達に通達された。



◆おまけ


 ヤトは森の妖精(ドライアード)が住むナザリックの林檎区画を訪れた。

 腕を組んで気を見上げると、森の妖精(ドライアード)が怯えて見下ろしていた。

「おまえが森の妖精か?」
「ひっ! は、はい! そうです! よろしくお願いします!」

 森の妖精(ドライアード)は蛇の容姿にとても怯えていた。彼はナザリックの支配者だ。粗相があればすぐに首を刎ねられると、徹底的に教え込まれていた。

「なぜ怯えてるんだ?」
「だ、だってその。失礼なことを言うと、気まぐれで殺されるって」
「……まあ、それは外れではないな。ところで一つ聞きたいのだが、お前は男なのか? 女なのか? 両性かあるいは性別が無いのか?」
「はい。僕は女です」
「僕っ娘?」

 森の妖精(ドライアード)は言葉の意味が分からずに首を傾げた。

「めしべってことになるのか? それじゃ、おしべがあれば樹木が増えるのか? ドライアードが増えるのか? そもそも森の妖精って交配とかするのか?」
「あー……ごめんなさい。わかりません」
「む、そうか。試しにちょっと抱いてもいいか?」
「ええっ?」

 言い切ってからヤトは躊躇う。大蛇と森の妖精(ドライアード)の交配は無理がある。ここは人型と人間の交配で試すのが優先だ。

「うーん、あまり好みでもないな……。いや、異種族交配の検証を急ぐ必要もないのか。気分も乗らないし。そもそもこの姿で気分が乗ったことがないが、やはり人化の術は“人と化する”可能性が高いか……。睡眠と食事が重大なペナルティで辛いんだよな…。となるとやはり人化の術なら人と交配できるのか……?」

 赤い角と両腕の生えた大蛇はブツブツと悩んでいる。

「やっぱり忘れてくれ。じゃあ農業、頑張ってな」
「あ、はい」

 好き放題に言っておきながら、忘れてくれも何もない。森の妖精(ドライアード)は困惑し、彼に言われたことを頭の中で復唱した。

(何だったんだろう。僕が好きなのかな? マーレ様に相談してみよう)


 後日、変な噂がナザリックに蔓延し、小耳に挟んだアインズから長い説教を食らった。

 部下の性教育に悩むアインズはかなり怒っていた。





白銀がくる日程→遭遇から15日目
リグリッド確率→30% 外れ
イビルアイ=インベルン発覚率→ 当たり

タイミング→18 後で

スレイン法国 1d20 →8   現在 38%
プレイヤー 1d20 →13    現在 51%




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蛇に足無し、薔薇に棘有り



 貴族のレェブン候から秘密裏に頼みたい依頼があると、ナーベラルを訪ねたのは2日前のこと。

 これがデミウルゴスの想定していた件であれば、冒険者の”漆黒”は王都へ駆り出され、8本指の掃討作戦に協力する。アインズは訪れる貴族への対応を練り、満を持してエ・ランテルへ飛んだ。

 ナーベの話の通り、王女勅命により秘密裏に派遣された貴族はレェブン候と名乗った。

 彼の話によると、犯罪組織”八本指”の現行拠点が全て判明したが、王都を八角形状に囲んでいる重要拠点を少ない人数で襲撃しても、他拠点の幹部が雲隠れしては意味が無い。警備部門の精鋭部隊、”六腕”最強の男もまだ行方を眩ませている。

 そこで王国の強者を集め、八か所の同時攻撃をかけたいので協力を願いたい、と。

 全てはデミウルゴスの奸計通りに進んでいた。

 指示を出したのが自分だとすっかり忘れる程、期日通りの鮮やかな手並みだった。

 話を聞いたモモンは2つ返事で応じた。

「素晴らしい作戦です。我々、”漆黒”もご協力しましょう」
「そうして貰えると助かる。これで彼らと繋がる貴族も大人しくなるだろう」

 レェブン候は影の差した陰気な笑みを浮かべた。蛇の友人よりも、彼の方が本物の蛇により近い笑みだ。

「これから支度をして出発します。現地の組合に行けばよろしいのですね?」
「私と一緒の馬車に乗ってくれても構わないが」
「いえいえ、貴族の方と同じ馬車に乗る訳にはいきません。我々は別の方法で伺います」

 礼節を弁えたモモンの態度に、レェブン候は少しだけ表情を緩ませた。裏工作や欲深さとは無縁の人間だと悟り、貴族としての上から目線を止め、警戒も緩めた。

 陰気な笑顔は消え去り、控えめな笑顔になった。

「これで私も子供と過ごせる時間が増える。個人的には君にも感謝しているよ」
「意外ですね。子煩悩なのですか?」

 彼に抱いた蛇の印象が早くも崩れていった。

「ああ、子供が生まれた時に私の指を必死で握っている姿をみて、感動のあまり涙が止まらなくてな」
「男の子ですか?」
「ああ、そうだが?」
「二人目は女の子だといいですね。私の友人は女の子が生まれまして、大層な猫可愛がりでした。男親は女の子だと更に可愛いと話しておりましたので」
「そうか、それはいいことを聞いた。今後の参考にさせて頂こう」

 レェブン候は嬉しそうに笑った。子供は一人でも賑やかだが、二人に増えたと想像すれば楽しさも2倍になると、白昼夢のように想像した。

「王国が派閥に分かれてなければ、もっと一緒に過ごせたでしょう。残念ですね」
「その通りだよ。貴族の派閥が揉めてなければ私は領地で静かに暮らせたものを」
「これで過ごせる時間が増えるといいですね」
「腐敗貴族を一網打尽にして、反王派閥の力を削げるからな。そのためにも宜しく頼む、モモン殿」

 レェブン候は立ち上がって、モモンの手を取り固く握手を交わした。

 貴族と冒険者というよりは、貴族と握手を交わす貴族に見えた。





 レェブン侯がモモンの宿を訪れた同時刻、王都では組合の使者がヤト達の宿を訪れた。

「ヤトノカミ様、組合から出頭依頼が来ております。名指しで頼みたい依頼があるとか」
「デミウルゴスの成果が上がった? わかった、すぐに行くか」
「畏まりました」

 冒険者組合に行くとすぐに応接間に通され、組合長が待っていた。説明されたのは8本指に関することで、デミウルゴスの想定から少しも外れていなかった。予定調和の話は退屈で、時おり欠伸を交えるヤトを組合長は眉をひそめて見た。

 しかし、今の彼らは善人だ。それくらいは目をつぶらなければならない。

「ご要望の通り、私達も八本指の拠点殲滅作戦にご協力します」
「ありがとう、ヤトノカミ殿、セバス殿。二人には細々した金額の安い人助けを大量にこなしてもらっているので、こちらも心苦しいのだが……」
「いえ、当然のことですから。私達の所属するナザリックは人助けが大好きなのです。これで世話になっている王都の方々のお役に立てるなら喜ばしい限りです」

 アインズが聞いたら、よくここまで嘘を吐けるものだとケチを付けた。

「これからも王都で活躍してくれるとありがたいのだが、どうかね」
「残念ですが、私達は今回の作戦が終わったらナザリックへ帰還しなければなりません」
「それは残念だよ……二人の行動でどれほどの住民が助けられたか。今や組合だけではなく、王都中で評判だというのに。なんとかこの街に住んでは貰えないだろうか……」

 組合長はヤトと出会った当初、散々に怯えさせられた件は水に流していた。いい加減な態度に反し、聞こえてくる名声は勧善懲悪に偏っている。ここ最近の二人は安い報酬で人々の為に尽くす、困っている人を無償で助けるなどの善行を続け、順調に評判を上げていた。

 ヤトの支配者たる態度には制限時間があり、飽きてくると少しずつくだけた。今となってはこれまでの善行で覆い隠され、気さくな態度が好きな男だと都合よく解釈ができた。

「また少ししたら、こちらへ帰ってくる予定です。二度と帰らないわけではありませんので、心配はいらないスよ」
「明日の夜、エ・ランテルのアダマンタイト級、漆黒が到着する。君たちのナザリックは二日後の正午に組合まで来てくれれば問題ない」
「ところで俺はいつ頃、アダマンタイトになれるのですかね?」
「……その件だがね。蒼の薔薇のアインドラ様からの伝言があるのだが、読み上げてもいいか?」
「ラキュースさんのことですよね? どうぞ、読んでください」

 恋文(ラブレター)かと思って期待したが、内容を聞くにつれてヤトは怪訝な顔になった。

「八本指から強奪した白金貨の内、400枚は被害者に還元するので持ってくるように。伝言を無視し続けた件は絶対に許しません。不誠実で無責任な方は、アダマンタイトに昇級することはできません。特に、ヤトは集合時間の一時間前に来なさい。……だそうだ」
「……」

 文章だけで彼女のご立腹は、理解できた。

「大そうお怒りのご様子だが、彼女に何かしたのか?」
「えー……とー……伝言? って何でしょう」
「私に聞かれても困る」
「セバス、彼女はなぜこんなに怒っているんだ?」
「私は存じ上げません。我々が気づかぬところで彼女に何か無礼をしてしまったのでしょうか」

 破棄をした大量のチラシや案内状に紛れていたと、彼らが知る由もない。ヤトの運が悪かったのは、ラキュースの伝言は予想以上に早く届けられ、新しい書類から読み進めたヤトが廃棄した古い束に伝言が含まれていたことだ。

 自覚が無いのだから反省のしようもない。

「心当たりがないな。宿に来れば会えたのに、伝言など残すか? まぁ早く来いっていうなら金貨もって早くいけばいいだろ」
「白金貨はすぐに手配いたしましょう」
「組合長、また来ます」

 軽く頭だけ下げ、受付嬢達に見送られながら二人は組合を出た。

 二人が出ていったあと、組合長はラキュースの怒りを思い出し鳥肌が立った。関係ない組合長の目から見ても、彼女は空気を震わせて明確に怒っていた。並みの冒険者なら震えあがる迫力だ。

「アインドラ様があそこまで怒ったのは見たことがない……二日後の顔合わせが無事に済むと良いのだが」

 組合を出てから程なくして、アインズから《伝言(メッセージ)》が入り、ヤトとセバスはナザリックへ呼び出された。





 円卓の間、アインズはモモンのまま、ヤトも人化の術を解かぬままに打ち合わせに入った。ヤトは久しく蛇の姿に戻っていないが、いっそこのまま人間として暮らしてもいいかと思っていた。

「さて、いよいよ本番だ。一応、注意しておこう。絶対にアインズと呼ぶなよ?」
「わかってますよー。それより他の準備は?」

 軽く流すヤトを見て、余計に不安を積もらせた。

「そちらは先ほど指示を出した。開始前には臨戦態勢に入るだろう」
「なら問題ないスね。久しぶりに全力で暴れられますよ」
「油断するなよ? 敵は本当に強いからダメージ覚悟だ」
「弱かったら楽しくないデス」
「大丈夫か……? 宿で睡眠をとっておけよ。大事な時に動けなくなったら困る」
「ええ、すぐ帰って寝ますよ。そういえば、白金貨400枚を八本指の被害者に充てるそうなので持っていきますね」
「わかった。好きに持っていくといい」
「他に何か変わった事はありました?」

 特にないだろうと、適当に投げかけた質問だったが、予想を大きく超えた返答が聞こえた

「この前、ツアーがここに来た」
「ええー? またそんな俺に内緒で楽しそうな……」
「評議国の北の山にいるから二人で来てくれと」
「……決闘か何かですか?」
「違うよ。彼は漆黒聖典の件で手を組むから、ヤトにも会ってみたいそうだ。さきはどうなるかわからんが、共通の敵がいる以上、敵対の目はないだろう」
「いいですね。ドラゴンの背中に一度乗ってみたかったんですよ」

 モモンも予想していない間抜けな返答に、呆れが出てしまう。

「わかってますよ。そこまで馬鹿じゃありませんから」
「そうかな……馬鹿じゃなく阿呆ではないのか?」
「否定はしませんよ。楽しむためには阿呆になれと思いますから」
「はいはい」

 仮面から覗くヤトの口元が歪んだ。

「これが終わったら蒼の薔薇も呼んで、不動の地位を手に入れるわけですからね。前哨戦は気合い入れて頑張りましょう。冒険者たちには地獄の釜の底でしょうけど」
「ああ、まったくだ。俺も久しぶりに外で忙しい。本当に楽しいな」
「モモさんが喜んでいる……おお、なんて神々しい」

 遠い目で過去の風景を浮かべようとしたのだが、ふざけた返事で掻き消えた。

「馬鹿にしているな……? ちょっとは昔の感傷に浸らせてくれ」
「バレましたか。駄目ですよ。これからもっと楽しくなるんですから」
「はあ……。ヤトと二人になってからため息が増えた気がする。他の奴にもそう言われない?」

 少なくともラキュースはそう思っているが、ヤトの目の届かぬ場所だ。彼女の気持ちまで察するには至らない。

「言われないス。人格者で通ってますから」
「……本当は嫌われ者なんじゃないのか?」
「えー……そうかな……それは結構、傷つきますけど」

 想像して少しだけ暗くなった。

「るし★ふぁー並みにふざけた奴が?」
「あの人は飽きるまで真面目にやり込み過ぎるふざけた人ですよ。俺は面倒くさがりでふざける人なんで、全く違うんスよね」
「まあ、その辺の話をすると長くなりそうだから、終わったらゆっくりしよう」
「あと、盗賊の用心棒はガゼフの友達らしいんで手を出さないでください。作戦に参加する可能性が高いと思いますんで」
「ガゼフの友達だったのか」

 それ以上、興味はなかった。今となってはブレインの顔さえ覚えていない。武技を使える人材は確保を終えており、そちらは用済みだ。

「それじゃ、王都に帰ります。また二日後に」
「ああ、気を付けろよ」

 ヤトは仮眠を取るべく王都へ帰還した。

 アインズはイビルアイが13英雄であること、ツアーにインベルンのお嬢ちゃんと呼ばれていることを伝えそびれた。思い出したところで慌てて伝えるべきことでもなく、終わってから伝えようとアインズもエ・ランテルへ向かった。





 ヤトは睡眠で時間調整を行い、作戦決行日の時間通りに目を覚ました。セバスは起き上がった彼の寝癖を直し、ジャケットの毛玉を取り、身支度を整えてから折り目よいお辞儀をした。

「一時間前に来いって言ってたから……もう出かけるか」
「畏まりました。参りましょう」

 指定された時間通りに組合に到着し、セバスを外に待たせて組合に入った。久しぶりに二人で会うので、怒っていると知りながらも気分は浮かれた。

 先に応接間に通され、憮然とした表情のラキュースにいつも通りの軽さで話しかけた。

「あ、どーも。ラキュースさん、お久しぶり」
「……」

 この時、”蒼の薔薇”の会談から13日が経過していた。

 ラキュースの耳に、彼の噂、特に善行の話はあちこちから回ってきた。依然として、彼女の伝言は読まれておらず、夜になって訪れる可能性のある彼を待って寝不足の日もあったが、結局、今日まで会うことは無かった。

 彼女は個人的に腹立たしかった。

 怒りの正体は”失望”だ。

 冒険者に憧れて家を飛び出した彼女を待っていたのは、理想と程遠い地味で暗い依頼の連続だ。自らが英雄級(アダマンタイト級)と呼ばれる日常で、本物の”英雄(ヒーロー)”、”救世主(セイヴァー)”、”義賊(ダークヒーロー)”へ思いは募っていった。

 夢見る少女の夢に果てはなく、隠れて理想像の演技をしていたし、夢や妄想を記録紙(ラキュースノート)に書き写した。

 王都に湧いた謎の多いヤトの存在は、彼女の心に少なからず期待をもたらす。

 しかし、いざふたを開けて見れば、杜撰でいい加減な彼の態度は失望に充分、値した。幼い少年が、地面へ唾を吐く憧れのヒーローを見た心境に似ている。謎の多い彼への希望、いい加減な彼への失望、相反する心情がぶつかり、怒りが表面に浮上してきていた。

 彼女は笑顔で怒るのではなく、素直な怒り顔でやや低い声を出した。

「……白金貨はお持ちになりましたか?」
「はいはい、どうぞ。きっちり中に入ってますよ」
「どうも……」

 ラキュースは彼の反応を見ていた。

「何か、私にいうことはありませんか?」

 手提げ袋を受け取り、努めて静かに暗く問いかける。二人の雰囲気は、喧嘩が始まる前の恋人に似ていた。

「あーと……伝言って誰に頼みました? 俺は見てませんよ」
「ええ、あれから一度もお会いしておりませんものね」

 今までみた中で最も濃い影の差した笑顔だ。反省の無い態度に、すぐ謝るなら許してやろうかと思っていた彼女の怒りは増していく。

「いや、ちょっと待ってくださいよ。避けてたわけじゃ――」
「なぜ連絡を頂けなかったのですか!?」

 自分で思っている以上に大きな声だった。ラキュースは口に手を当てて外に声が漏れていないか心配するが、手遅れだ。怒号は組合の応接間外に漏れ、近くを通りかかった受付嬢の耳にも入った。

「ねえ、ヤバくない?」
「痴話喧嘩でしょ? 放っておきましょうよ」
「興味あるからお茶でも持って行こうかしら」
「あら、いい考えね。くじで決める? ダイスで決める?」

 ダイスで選抜された受付嬢は、喜々としてお茶の支度を始めた。

 改めて応接間で、ヤトは言い訳を並べた。

「そりゃあ確かに連絡してませんけど。でも家も知りませんし、ガゼフ邸に泊まったり、人を助けるのでも忙しかったです」
「それでも連絡の取りようは――」
「蒼の薔薇の方々を宿で見なかったんですよね。ラキュースさんが部屋まで来てくれれば早かったのに」

 ガゼフ邸に連泊したのは最初の数日間で、その後は宿にいた。彼も真剣に心配していなかった。

「ですが――」
「どうすれば機嫌直してくれますか? お願いします、許して下さい」

 両手を合わせ、拝む姿勢を取った。8本指の掃討戦だというのに、相も変わらず緊張感のない彼は自信を感じさせ、苛立ちながらも嫌いになれなかった。

「……ここまで無視されて、正直言うと許す気にならないのですが」
「お願いします! そこを何とか。また太陽みたいに笑ってください。光合成しないと死んでしまいます」

 懇願する声に、お道化た雰囲気が混じる。「死ね!」と言いたいところだが、強い理性で押し留めた。反応が無い彼女をみて、ヤトは仮面を外して真面目な表情になった。

「これが終わったらもう一度会談しませんか? 今度はナザリックで。次は途中で逃げませんから、お願いします。この通りです」

 立ち上がって謝罪のお辞儀をする。内心では反省をまるでしておらず、美しい女性とのディベートを楽しんでいる。ラキュースが素直に許すと言えないのも、体全体から滲み出る不誠実さを感じているからだ。

「本当に……約束してくれますか?」
「その前に二人きりでお会いしてもいいですよ。もう逃げも隠れもしませんからお願いします。アインドラお嬢様。家族ぐるみの付き合いじゃないですか」
「誤解を招く言い方は……って、やはり反省していませんね?」
「あ、お願いなんでも一つだけきくって言いましたよね。なんなら命じて貰っても」
「はぁー……疲れてきました。貴方と真面目に話している自分が馬鹿みたいです。大体、私はいい加減な人はだいきら――」
「お茶をお持ち致しましたぁー」

 ノックもせずにドアを開け放つ受付嬢で、二人は時間が止まったように静かになる。ラキュースの口は「あ」の形に開いたままだった。事務的に二つのお茶を出し、ヤトを一瞥する。

「ヤトノカミ様、女性の扱いはセバス様を見習っては如何でしょうか。ご指導を願い出てみるのも手です。美しい女性を悲しませる男性は、人の上に立つには難しいですわ。失礼致します」

 固まっている南方出身の男に皮肉をたっぷりと言い放ち、返事も待たずに出て行ってしまった。

 彼女はお盆を持って走り去り、他の受付嬢が覗く給湯室へ駆けこんだ。

「やっぱり痴話喧嘩みたい」
「あの二人、“そういう関係”なのかしら?」
「浮気?」
「うーん……構ってくれないから怒っていると見た」
「釣った魚に餌を与えなかったのね」
「アダマンタイトとオリハルコンの交際なんて、どこかの英雄譚みたいね」
「大して格好良くないのに、どうやって口説いたのかしら」
「あの女の人、王国貴族でしょ? 私達にはわからない上の方でやりとりがあったのかも」
「依頼はセバス様に任せてばかりだもの。お嫁さん探しにでも来たんじゃないの?」
「お嫁さんかぁ……私も口説いてくれないかしら。セバス様とか、セバス様とか」
「セバス様も未婚って言ってたわ。私も口説かれたいー!」
「でも、あの二人どうなるのかしら。別れてどちらかが王都を出て行っちゃったら、組合長も頭が痛くなるわね」
「セバス様だけ王都に残ってくれれば、どちらでも構わないけどね」

 人の色恋沙汰より甘いゴシップは無い。

 ラキュースの機先を制した受付嬢達は、修羅場と化しているだろう応接間を想像し、楽しそうに笑っていた。





 受付嬢が出ていった応接間に、出鼻をくじかれたラキュースと、上手くまとまりそうな流れを破壊されたヤト。二人の間にはしばらくの静寂が流れた。

 埒が明かず、ラキュースが咳払いで会話を再開する。

「コホン、どこまで話しましたか」
「えーと……そのーラキュースさんは俺が大好きのくだりまで」
「そんなことは言っていません。いい加減にしなさい。だいたい……ラナーや仲間にも恋仲と疑われてしまって、誰が貴方みたいな不誠実な人なんか選ぶものですか!」

(え? そうだったの?)

 彼にとっては意外な内容だったが、それ以上に声を荒げて怒っている彼女に見惚れた。

「あ、そう……ですかね。俺はラキュースさんが好きですよ」

 あながち嘘ではないが、彼女の膨らんだ怒りを破裂させた。

「そうやって会話を乱すところが大嫌いです! 本当に嫌いです! 顔も見たくありません! 一緒に居たくないので時間まで失礼します!」

 本気で怒っている彼女をそのままにしたら、後々まで拙くなる気がした。

 彼女の手を取ろうとして伸ばした手は、避けられて空を切る。

「ちょっと待ってくだ――」
「触らないで!」
「さいよー……」

 消え入りそうな返事は虚しく空中に消えた。全力で閉じられた扉の残響音が室内に残り続け、鼓膜が痛くなる静寂が体の周囲を覆った。

「フラれた……」

 怒っている彼女の顔は乱れても美しかった。

 思い出すと温かいスープを飲んだように胸が暖かくなった。彼女の激情を真正面からぶつけられ、感情の起伏が消滅した心の砂漠が一瞬だけ潤った。

「不思議な感覚だ。本気で怒られたというのに。なんだろう、乾いた喉が一瞬だけ潤った感覚は。作戦終わったら機嫌直してくれるかな。今回は本気で頑張った方がいいかもしれない。だが、あそこまで怒っている状態がなんとかなるのか? 最悪な結果は二度と話してもらえないこと……か? 本当に最悪なのか? それはそれで……」

 応接間に一人残された彼は仮面を付け直し、ブツブツと今後の展開を考慮しながら悩み続けていた。

 受付嬢が来なければよかったとは思っていなかった。

 彼女が来なければ、ラキュースの怒った表情も見られず、心が一瞬でも満たされる事もなかった。







29日にカットされた会話、一部抜粋

「上手くいけば愛しのラキュースも手に入るんじゃないの?」
「愛しのって……別に愛しくないですよ。性欲が……ゴニョゴニョ」
「それは是非とも私にお聞かせ願いたいですね。ナザリックの将来という意味において」
「デミウルゴス……」


寝坊する。→19  時間通り
20以外でお茶を持っていく。→10 受付嬢襲来
奇数で手を掴める。→空振り

善行イベント→1 ファンブル

受付嬢の好感度推移
ダイス発生→1d% 90% 成功
好感度ロール回数 →1d4 →3
+セバス 1d20→6 + 4 + 17→現在 76
-ヤト -14 + -20 + -7→現在 -56



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41日目 午後  王都リ・エスティーゼ

 ラキュースがヤトに怒りをぶつけた少し後、モモンとナーベは王都の冒険者組合に向けて歩いていた。王都リ・エスティーゼはエ・ランテルと違い、人口の多さに活気はあるが、治安の悪さがそれを抑えていた。道を歩く人々もどこか諦めたような辛気臭い雰囲気が漂っている。

「人口の割に暗い街だな……」

 ナーベは答えが分からずに黙っていた。

「いよいよ作戦会議だ。ナーベ、ヤトとセバスに会うがボロを出すな。これは死守すべき大前提だ」
「はい、モモンさ……ん」

 その返事だけで、余力を持って余りある不安に駆られた。

「ナーベ。今回の作戦が事前に露見すれば、これまでの苦労は水泡に帰す。私が許しても、他の者が許さなかった場合、庇う事が難しくなる。今までの無為な日数消化は、今日この日を迎えるためだったのだからな。特にヤトは簡単に許さないだろう」
「はっ。気を引き締めて臨みます」
「もうすぐセバスとも会う。初対面の振りを忘れるな。目も合わせてはならん。普段は他者を虫けら扱いする美姫ナーベが、セバスにだけ真摯な態度を取っては不自然だ」
「そ、そうでした。必ずやご期待に応えてみせます」

(心配だな……)

 どれほど説明し、どれほど復唱させ、どれほど理解させても、モモンの不安が消えることはなかった。





 冒険