モモンガさん、世界征服しないってよ (用具 操十雄)
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舞台設定 かわいそうなスルシャーナ様



 むかしむかし、六人の神様がこの世界に現れました。

 五人は人間のお姿をしていましたが、一人はスルシャーナ様という骸骨でした。

 六人の神様は魔物たちに苛められていた人間達を、魔法という力で助けてくれました。

 やがて、人間達は六人の神様に助けられ、大陸に人間達の国を作ります。

 人間達は六人の神様を六大神と呼んで崇め、信仰を捧げました。

 五人の神様は人間と子供を作り、寿命を全うして天に召されました。

 骸骨であるスルシャーナ様は、他の神様たちが天に還られた後も、仲間の子供達、孫達を見守り、慈愛に満ちた目で人間達を見守って下さいました。

 文化が発展し、知恵を付けた愚かな人間達が、スルシャーナ様を恐怖して排他的な目を向けても、その慈愛は変わりませんでした。

 スルシャーナ様は人間達の生活を邪魔しないよう、六大神がお住まいになられていた住処へお帰りになられました。

 いつしか百年の歳月が流れ、恐るべき八人がこの世界に顕現しました。

 彼らは八欲王と呼ばれ、偉い人しか使う事が出来なかった魔法を、位階魔法という名前を付け、一人でも多くの人間が使えるようにしました。

 魔法で力を付けた愚かな人間達の国は、争いが絶えない国に変わっていきます。

 これを悲観したスルシャーナ様は、大切な仲間の子孫を守るため、八欲王と話しに行きました。

 醜い八欲王たちは話など聞かず、攻撃を仕掛けます。

 殺されても何度となく復活を遂げていたスルシャーナ様は、いつしか姿が見えなくなってしまいました。

 その後、スルシャーナ様の拠点に住んでいた神々は、神様の死に激昂し、各地を暴れまわる魔人となってしまいます。

 この世界の変化と、友達の死に心を痛めた白金の竜王は、他の竜王を集め話し合いをしました。

 多くの竜王が八欲王の行動に怒り狂い、部下や他の魔物たちを集めて八欲王に戦争を仕掛けます。

 これが種族全てを巻き込んだ大抗争の始まりでした。


 スルシャーナ様と仲の良かった白金の竜王は、戦いを仕掛ける竜王達を止めましたが、怒りで我を忘れた彼らは聞く耳を持ちません。

 何日も何十日も続いた大戦争で、多くの犠牲がでました。

 しかし、殺されても蘇る八欲王の前に、竜王達は一人、また一人と倒れていきます。

 戦争に勝った八欲王たちは、やがて大陸の支配者となったのです。

 ですが、繁栄は長く続きませんでした。

 醜い強欲を剥き出しにした彼らは、互いの宝を奪い合うために争います。

 遂にその闘争も終わりを迎え、愚かな八欲王は一人だけになりました。

 白金の竜王は六大神の子孫達と協力し、残された八欲王に戦いを挑みます。

 依然として強い力を持つ八欲王でしたが、消耗した彼に勝ち目は無く、最後は白金の竜王が始原の魔法で八欲王を滅ぼしました。

 八欲王が住んでいた浮遊都市は、都市内の魔人を刺激しないようにそのまま放棄されました。

 六大神の子孫は白金の竜王と協定を結び、スレイン法国を建国します。

 こうして六大神の子孫と八欲王の子孫を含む人類で、大陸が分かれたのです。

 各地を暴れまわっていた魔人たちは、神の力を受け継いだ者と十三英雄によって倒され、この世界に平和が訪れたのです。





 髪が白黒に分かれた少女は、読んでいた本を静かに閉じた。
 宗教国家スレイン法国の最強部隊であり、国内の暗部まで担当する漆黒聖典に籍を置く彼女は、都合の良い捏造を盛り込まれた本を放り投げた。

「ふぅ……これってどこからどこまで捏造なんだっけ?」

 言葉以上に本への興味を失い、漆黒聖典番外席次は”ルビクキューブ”を手の中で弄ぶ。
 静寂が支配していた室内に、かちゃかちゃと玩具の音が流れた。

「かわいそうなスルシャーナ様。馬鹿な奴らなんて放っておけばよかったのに……どうでもいいけどね。はぁ……私の王子様はいつ現れるのかな。子供作らないと勿体ないし」

 視線は玩具から逸れ、少しの間だけ腹部へと移る。

 彼女のいうところの王子様とは、白馬に乗った王子様ではなかった。

 スレイン法国大神殿の最奥、宝物殿を守護する最強の彼女を、殺しきれる強者を求めていた。

 悲劇的な血の交じり合いという奇跡の末に誕生した化け物、その彼女からすれば極めて個人的な悲願だった。

 スレイン法国の先代神官たちによって攻撃性を高めて育てられた、彼女ならではの空想だ。

「これが完成する頃には会えるといいな……あ、一面出来た」

 手の中に収まる”ルビクキュー”は、緑の一面だけ揃っていた。

 全ての面が完成する目途は立っておらず、現段階では完成など夢のまた夢だった。

 それも飽きた彼女は、玩具を放り投げ、窓から階下を見下ろす。

 何事もない一日の終わりを、街灯が集まった夜景が告げる。

「はぁ……退屈……戦争でも起きればいいのに」

 少女の部屋にしては簡素な部屋で呟いた。

 誰にも聞かれなかった呟きは、窓に衝突して静寂を際立たせる。


 退屈な顔で窓から階下を見下ろす彼女は、深窓の令嬢に見えた。

 王子様を待つお姫様は、意味もなく夜空を見上げる。


 半月は時が満ちるのを待っていた。



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0日目



 DMMORPG、通称「ユグドラシル」のオンラインサービス終了を受け、とある家屋ではHN(ハンドルネーム)モモンガこと鈴木悟からきたメールが、PCのモニタ上にて展開されていた。
 メールの送り主と、一時期だけだがゲーム内にて同ギルドに所属していた、HN(ハンドルネーム)ヤトノカミこと真島平也は悩む。

(もう終わりか……最後に遊ぶなら何をしようかな)

 彼は翌日に迎える最後の時に備え、母親が寝ているのを確認してから布団へ潜った。






 通勤している会社での立場はここ最近で急激に悪くなり、幸か不幸か帰宅時間は十分に早かった。
 年老いた母親を強引に宿泊可能な施設へと預け、浮かれて帰宅した彼がゲーム内にログインできたのは、サービス終了5時間前だった。

 神殿を思わせる荘厳な造りの廊下の次元が歪み、角を生やした大蛇が現れる。

「久しぶりだな、このアバター見るのは」

 彼の利用していたアバターは、両腕が生えた大蛇の姿をしている。
 全身を群青色の鱗に覆われた蛇の胴体、頭部には雄鹿を思わせる赤い角が生えていた。

 彼の種族アバターは蛇神で、種族ボーナスにより頭部に刀装備が可能だった。
 何も装着されていない額には、目を90度回転させたような裂け目が開いていた。
 汗水と時間、現金(リアルマネー)まで消費して作成した、神器(ゴッズ)級装備は宝物殿に預けてあるため、底の見えない空洞だった。

 縦に開いた小さな裂け目が、彼に何かを連想させた。

「装備品が無いと、アレみたいだな」

 誰もいないのをこれ幸いと、下品なことを呟いた。
 運営規定には引っかからず、彼のアバターに変化はない。

「さて、骸骨さんを探しに行きますか」

 少し先に見える、円卓の間へと向かった。





 国家首脳会談で使用されるのが相応しいと、そう思わせるほど広く豪華な円卓の間にて、久しぶりに再会した死の支配者(オーバーロード)と蛇神は歓談する。

「久しぶりだね、ヤトくん」
「水くさいッスねー。ヤトでいいですよ」
「あぁ、そうだった。久しぶりだね、ヤト」

 ギルド名アインズ・ウール・ゴウンは複数の加入条件が存在し、ヤトノカミは加入当時20歳になったばかりであった。
 最盛期の人数41人の中で、彼の加入は後期に分類される。
 41人いる仲間の大多数より年下の彼は、相手に敬語を使われるのが苦手だった。
 初対面の相手に気さくな口調を強要し、真面目で固い性格のギルドメンバーに怒られていた。

 やまいこなどは悪戯に刺激され、同士討ち(フレンドリーファイヤ)禁止にも拘らず、よく追い掛け回された。

 ヤトも無駄に楽しく逃げていた。

「モモンガさんはどうですか? 特にお変わりないッスか?」
「そうだね、俺は昔と変わってないよ」
「それはよかったです。俺の方は色々ありまして……」

 後輩の責任を取ったために、窓際の閉鎖部署に回された事。
 唯一の肉親である母親が認知症を発症してしまい、結果だけ鑑みれば帰宅時間が早くて助かっているなど、雰囲気が暗くならないよう注意しながらモモンガに打ち明けた。

 久しぶりに再会したというのに、下らない愚痴を言っている自分が情けなかったが、存分にため込んだ不満は、風船から逃げ出す空気の如く止められなかった。

 聞き上手なモモンガは、頷きながら彼の話に相槌を打つ。

「俺には家族がいないからわからないけど、たった一人の家族なんだよね」
「いや、そんなに大それたもんでもないスよ。人は死ぬ前に弱るから、できることをするだけです」
「そうだね。でも、元気そうでよかったよ」
「まぁ、それは変わらないかと思いますよ。ところで、玉座にNPC全員集めて記念撮影しません? スクショですけど」
「面白いね、それ。あと4時間で終わってしまうんだよな……本当に楽しかったなぁ……」

 ヤトは泣く顔のスタンプを出す。

「そんなにしんみりしないで、次のゲームがありますよ。さぁモモンガさん、宝物殿に行きましょう! 装備を取りに行きたいんで、付き合ってください」

 腕を上げてガッツポーズをし、モモンガを促した。

(次のゲーム、か。でもみんなには会えないんだよな)

 ギルドマスターの寂しい内心は、ヤトに嗅ぎ取れなかった。





「おぉ、久しぶりだな。パンドラズ・アクター!」

 モモンガが作成した変幻自在のNPCパンドラズ・アクターは、仲間の一人で魔法職最強だったウルベルト・アレイン・オードルの姿に変わっていた。

「これってどんな設定でしたっけ?」
「……あまり言いたくない」
「最後ですよ、ほらほら」
「確か……ナザリック最高の知能を持ち、仲間の能力を80%まで使用できる、だよ」

 仲間の姿を永久保存する役割を担っていたのだが、そこまでは言わなかった。

「やっぱり格好いいなーバフォメット。俺も素早さを優先しなければ悪魔にしたのに」
「誰よりも早く突っ込んでいって、すぐやられてたよね?」

 徐々に当時の記憶が照り返し(フラッシュ・バック)したモモンガは、怒り顔のスタンプを出す。

「あーあまり反省してないッス。それが生き甲斐でしたから。ところでスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンはどうしました?」
「え? 置いてきたけど、どうかしたの?」
「格好いいじゃないスか。玉座に行く前に装備してくださいね?」

 「はいはい」と片手をあげたモモンガに続き、二人は宝物殿の中に入っていった。

「見てください、この赤と黒の大鎌(デスサイズ)! ウルベルトさんに協力してもらってやっと取ったんですよ。素材が面倒で面倒で」

 精魂込めて作成した装備を久しく見ておらず、NPCも作らずに入れ込んだ装備品に機嫌を良くし、一人で盛り上がる。

 懐かしさも手伝って、気分が高揚していた。

 モモンガからしてみれば、宝物殿で過去を懐かしむときに見ていたので、今さら何をという感情が強く、ギルドの主である彼の対応は冷めていた。

「知ってるよ」
「おでこに装備してあるこの刀はデザインを建御雷さんに協力してもらって」
「だから知ってる」
「一見して弱そうな小太刀ですが、実は耐性強化と負属性特攻が入ってて」
「知ってるつーの、うるさいな」
「ではこの」
「もういいよ。守護者達を集めるんでしょ?」

 脳へ直結している機械から通知音(アラート)が聞こえ、仲間のログインを知らせるメッセージが表示された。

≪ヘロヘロさんがログインしました≫

「おお、ヘロヘロさんだ」
「円卓の間に移動しよう」





「いやー、ナザリック地下大墳墓がまだ残ってるなんて、思いもしませんでしたよー」
「あ、ナザリックはみんなで作ったギルドですからね」

 ヘロヘロの発言に、大事に思っていたのは自分だけなのだろうかと、モモンガには思う所があった。

「ヘロヘロさんも引退した口でしたもんね」

 41人いたギルドの仲間たちは、大半が引退を宣言してゲームを去った。
 現実世界で夢を叶えた者、家族のために諦めた者、単純に飽きた者、それぞれの理由は違えど、現実での生活を優先する気持ちはわかっていた。
 それでも、いつか誰かが帰って来てくれる希望も、現実世界に何もないモモンガは捨てられずにいた。
 感傷に痛めつけられるモモンガの心情を、楽しく笑う二人が理解しているのかは怪しかった。

「そうそう、転職を機に引退したから、何年振りだっけな……」
「仕方ないですよ、リアルがないと生きていけませんから」
「あんなクソみたいな世界でも、それなりに色々ありますもんね」
「メイドのAIだけ作って暮らせるわけじゃないからねえ……」

 三人はしばらく昔話に花を咲かせた。

「あぁ、もうこんな時間だ。二人とも、明日は朝が早いので、私はそろそろ」
「えっ? 帰っちゃうんですか?」
「まぁね。二人とも、またどこかでお会いしましょう」
「お疲れさまでした、ヘロヘロさん」
「お疲れ様ッス!」

 時刻は23時を回った頃、ヘロヘロと呼ばれたスライム種、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)消え去った(ログアウトした)

≪ヘロヘロさんがログアウトしました≫

 無言の二人に、通知音が虚しく響き渡る。

 モモンガは再び感傷に痛めつけられた。

「またどこかで……か。どこで会えるんだろうね……」
「他に誰も来ませんね。11時だというのに」
「……仕方ないよ、リアルを優先するのは当たり前だから。夢を叶えた人や、まだ夢に向かって走っている人もいる」
「そう、なんですけどね……あ、モモンガさん。NPCを集めませんか? 可能な限り全て。分担すれば間に合いますよ」
「そうだね……やろうか。最後なんだし」

 初めてモモンガは、死の支配者とは思えない明るい声をだした。

「じゃ手分けしましょう。俺は上層階で、モモンガさんは下層階のNPCで。ヴィクティムも呼んでくださいね」
「エクレアは?」
「エクレア……裏切りペンギンでしたっけ? いいじゃないですか、呼びましょうよ」
「……恐怖公は?」
「呼ぶに決まってるじゃないですか」

「あはは」と、蛇神は感情を込めずに言葉だけで笑った。

「そうだね、じゃ時間もあまりないし、行こうか」

 二人は指輪の転移機能で持ち場へと移動していった。
 モモンガは一足先に玉座の間へ到着した。

「ふぅ、意外と早かったな。ヤトはまだ来ていないようだし」

 水晶で作られた玉座の横で、純白のドレスに漆黒の翼を生やした美しい淫魔(サキュバス)が微笑む。

「アルベドか……どんな設定だったかな」

 このあと、創造主により作られた長い設定と、最後の一文《ちなみにビッチである》を不憫に思ったモモンガは、その一文を改訂する。
 《モモンガを愛している》と。

「最後か……寂しいなぁ……過去に戻れたらいいのに。みんなに会いたいなぁ……」

 小声で呟いた彼の声が、すぐ隣で静かに佇む白い淫魔に聞こえたかどうかは定かではない。





 赤い絨毯が玉座へと伸びる荘厳な最下層にて、ヤトはモモンガへ役割演技(ロールプレイ)を促す。

「さぁ始めましょう。王様」
「うむ……ゴホン! よくぞ帰還した! 我らアインズ・ウール・ゴウンの切り込み隊長よ!」
「留守にしてしまい申し訳ありません。我らナザリック地下大墳墓の悠久なる支配者、オーバーロード」

 入口から玉座へと伸びる赤い絨毯を、努めてゆっくりと進み、玉座付近で跪いた。
 両側で跪く守護者達も合わせ、荘厳で美しい眺めだった。

「我らナザリック地下大墳墓は永遠に不滅である! お前は私の大切な剣だ。これからも私の為に生き、私の為に死ね」
「お望みとあらば、自らの首さえも掻っ切ってみせましょう」

 一瞬の閃光が走り、シャッター音が響きわたる。
 スクリーンショットで保存し終えたヤトは、立ち上がって成果を確認した。

「まぁ、こんなもんかな。スクショの保存はできました。ありがとうモモンガさん」
「後で俺にも送ってね。こうやってNPCを並べると、なかなか盛観だね」

 しばらく、沈黙が場を支配した。

「……モモンガさん。次に何かゲームやるときは必ず誘って下さい」

 ヤトは直に消え去ろうとする過去の風景、ゲーム内の思い出に感銘を受け、少しだけだが目を潤ませた。
 仮想現実の体ではなく、現実世界の瞳に潤いが膜を張る。
 もっと早く復帰していればという後悔、明日から何の価値もない日常に戻るという寂寥が、最後の最後でヤトの胸に溢れた。

「わかった。また一緒に遊ぼう、ヤト」

 その気持ちを汲んだかは定かではないが、モモンガはヤトが聞きたい言葉を発した。

「もう時間ですね。さようなら、モモンガさん」
「うむ、苦しゅうない。さらばだ、盟友(とも)よ」

 感傷的な二人は軽く笑い合った。


「ああ……本当に……楽しかったなあ」
「そうですよね……」

未来を歪める何者かの手が届く0時まで、一刻の猶予もない。

 現実世界で取るに足らなかった二人の運命は、日付の変更をもって捻じ曲がっていく。


 それを知るものはいない。





【挿絵表示】


【挿絵表示】





主人公の種族→1d4・1鳥・2蛇・3狼・4蛾→2
パンドラを作ったモモンガの意図に気付く5d20>25以下→31
混乱から復帰 1d6 偶数モモ 奇数ヤト→3


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こんにちは、異世界



《おかえりなさいませ、ヤトノカミ様!》

 守護者達は一斉に声を上げた。

 声は轟音となって玉座の間に響き、モモンガとヤトの体を物理的に震わせる。
 モモンガはアンデッドが所持する精神の沈静化を繰り返し、ヤトは思考停止して固まっていた。

 「キラキラ」と効果音を流す彼らの熱い眼に、耐え切れなくなったヤトが一足先に声を発した。

「マップ・時計とか消えてんですけどー……」

 周囲を伺いながら控えめかつ小声でモモンガに問う。
 不安に満ちたヤトの声で、精神の沈静化を繰り返していたモモンガはようやく動き出す。
 放射能の如き熱い視線は止んでおらず、モモンガは極度に緊張しながらも、辛うじてヤトに応じた。

「サーバーダウンが延期に? しかし、NPCが声を……運営からは何も来てなかったし」
「モモンガ様、ヤトノカミ様、どうかされましたか?」

 アルベドの声で支配者たちは目を上限まで見開き、瞬間的に声のした方へ顔を向ける。

 玉座の隣に立っていた白い淫魔が、モモンガに近寄っていく。
 露出された白く豊かな胸は、姿勢よく歩く彼女の動きに合わせて揺れ、視界一杯に胸の谷間が入ってしまい、モモンガは改めて精神の沈静化を行なった。

 下品な事で精神の沈静化を使う自分が恥ずかしかった。

「いや、コンソー……ゴホン! GMコールが、利かないようだ」

 反射的に鈴木悟の優しい声で応えようとしたため、咳払いをして支配者たる低めの声に訂正した。
 件の淫魔はモモンガの発言が理解できず、二歩下がって跪いた。

「申し訳ありません。愚かな私には《じいえむこおる》が何かわかりかねます」
「いや、気にするな、忘れてくれ……ヤトノカミよ」
「なんでしょう……モモンガさん」

 ヤトはどう答えるのが最適なのかわからないままだった。

「何か気が付いたか?」
「何か……起きてますね」

 様子のおかしな支配者たちに、赤い絨毯の両脇に並んでいる守護者・僕たちもざわめき始める。
 何かが起きる度に精神を沈静化させ、進まぬ事態に困窮したモモンガは、この場を凌ぐ妙案を思いつく。

「守護者たちよ。己の守護階層・及び領域内全てを、僕を総動員して協力・連携をとり、隅から隅まで異常がないか調査せよ。その後、階層守護者に報告し、各階層守護者は私に報告、ヴィクティムの階層確認はアルベドが支援せよ」
「仰せのままに」

 傍らに佇むアルベドは、守護者統括として皆を代表する。

「セバス」
「はっ、御前(おんまえ)に」

 白い髭を生やした身なりのいい執事が、一歩前に歩み出た。

(命令して……大丈夫だよな?)

 支配者たる悠然とした振る舞いとは裏腹に、心の器は不安で満ちた。

「プレアデスを連れてナザリックを出ろ。周辺地理を1km範囲まで確認・捜索を行なえ。特に知的生物との接触には細心の注意を払い、丁寧に交渉をした上でナザリックに連れてこい。交渉が決裂するようであれば即時撤退、無傷で情報だけを持ち帰れ」
「畏まりました、モモンガ様」
「では、総員行動開始。私とヤトノカミは円卓の間で話がある」

 二人は目で合図をした後、円卓の間へ移動した。





 モモンガ、ヤトの両名は、腕を組んで頭を悩ませる。
 部下の目がない場所で緩く打ち合わせをしようと思ったまではいいが、異世界転移という異常な状況に、何から手を付けていいのか考えあぐねていた。

 気まずい間に耐え切れなくなったヤトは、小石を投げつけた。

「……どう思います?」

 無視するわけにもいかず、モモンガも応じる。

「……NPCは意志を持っているとしか思えない。あんなに大量のNPCを運営が動かすとは考えられないし、ログアウトもコンソールが開かない以上はどうしようもない」
「異世界へ転移ですか……夢ですかね? ちょっと外を散歩でもしません?」
「それはだめ。もし異世界に転移していたのなら強い敵に出会った場合、そのまま死亡という可能性がある。敵のレベルもわからないからね」
「まあ、そうですよね。全てがレベル100ってことはないでしょうけど。いや、でも……こんな事が現実に起きるとは……」
「対応としては、事実関係が把握できるまで異世界転移と判断かな。そうなるとNPC達が襲って来ないとも限らないけど」
「エクレアとか?」
「バードマンLV1なんかどうでもいいよ……」

 部下がいない場で支配者としての振る舞いはせず、モモンガは気楽な口調に戻っていた。

「正直、もう死んだって構わないスけどね。現実に戻っても誰にも必要とされないし、モモさんは会社で営業マンだからまだ期待されてると思うんですけど、俺はもうリストラ候補だし、ボケて徘徊している母が一人だし、クビになったら文字通り首括った方がいいかなと。そんな世界に何の未練が」

 蛇は生き血を滴らせるかのように、つらつらと心情を打ち明ける。

「母親は?」
「気にならないわけではないですけど、ボケる前に言ってたんですよ。私の事は見捨ててもいいから、必ず幸せになれって」
「そっか、じゃあ俺と同じだね。家族はおろか、リアルでは友達すら俺にはいないからね。誰にも必要とされてないのは、母親に手間をかけることすらできない俺の方だと思うよ。営業マンっていっても所詮は沢山の消耗品、歯車の一つだから。俺みたいのは社会から消えても気づかれないさ」

 モモンガの骨がむき出しの眼窩には、暗い闇が広がっていた。

「友達は……俺が居ますよ」
「ああ……そうだよね」
「……」
「……」

 久しぶりに再会した両者は、相手が自身へ抱く感情に自信が持てず、相手の心を目隠しで探すような会話をしていた。
 異形種となった相手の感情を外見から読み取るのは困難を極め、互いの心を伺う二人には沈黙が流れた。

 大蛇は甲高い声で静寂を打ち破る。

「モモンガさん、これってハッピーエンドですかね!」
「何がハッピーかはわからない。おまけにエンドじゃなく始まったばかりだし、この世界で死んだらそのまま死ぬ可能もあるからね」
「真面目ッスね! モモさん!」
「当面は情報収集に当たろう。あとNPC達の忠誠の確認とか。ていうか魔法って使えるのかな……」
「あーモモンガさん? リアルで魔法使いになったからって、プックク」

 ヤトはわざと吹き出す。
 所詮は愛想笑いなのだが、挑発行為で相手を怒らせるのは悪い癖だった。
 モモンガの心は少しだけ晴れ、二人の間に浮いていた重たい空気は溶けた。

「うるさいな! そういう意味じゃないよ」
「それにしても随分と冷静ッスね」
「アンデッドは精神作用に耐性があるからかもしれない。動揺すると何かに抑圧されたように落ち着きを取り戻す。精神の沈静化っていうか」
「そりゃ羨ましい限りで」
「ヤトだって冷静じゃないか。何の反応もなかったし」
「うーん……何て言うか、人間だった時より鈍くなってますね。夜の湖に石を投げたみたいな」
「よくわからないよ……しかし、違和感があるなぁ。俺もヤトも普通に話しているのに、口の動きと合ってない」
「アバターの特殊性ですかね。他のNPCはどうなんでしょう」
「アルベドは口と言葉は合っていたよ」

 二人は雑談や冗談を交えてしばらく会話を続けていた。





 時間の経過と共に、各階層の守護者が報告のためにを訪ねてくる。
 ノックと共に入室したシャルティアは、入室するとその場で跪いた。

「シャルティア・ブラッドフォールン。御前に」
「ご苦労だったな、シャルティア」

 モモンガの支配者に相応しき声色の褒め言葉を受け、頭を下げていたシャルティアは紅潮した顔を上げた。

「あぁ……愛しきモモンガ様、私が支配できぬ愛しき君」

 見た目に反して艶っぽい声を吐き、モモンガの首に向けて両手を伸ばして迫った。
 ヤトは揺れる彼女の銀髪から、さぁぁっと銀色のハープが奏でる美しい幻聴を聞いたような気がした。
 幻聴を聞いていないモモンガは、突然に抱き着かれて動揺している。

「ちょっ、お、お」

 変な声を上げて動揺するモモンガを、隣の蛇は面白そうに見守った。

「失礼します、アウラ・ベラ・フィオーラ、おんま……ちょっ、ちょっとシャルティア! モモンガ様に何してるのよっ!」
「同じくマーレ・ベロ・フィオー……あ、お姉ちゃん、落ち着いてよぉ……」

 第六階層守護者であるアウラ・ベラ・フィオーラ、同じく守護者であるマーレ・ベロ・フィオーレが肩を並べて入ってくるが、モモンガにべたべたするシャルティアを確認したアウラは、駆け出して飛び蹴りを食らわせ、突然に走り出した姉に弟は動揺していた。
 足蹴にされたシャルティアは無様に回転しながら壁に激突した。

 アウラの足が右に逸れていれば、モモンガもろとも椅子が倒れただろう。

「いたい! ちょっと何するのよ! せっかく我が君に愛の睦言を――」
「あんた、何言ってんのよ! 至高の方々が会議で使う大事な円卓の間よ! 私達みたいな守護者は入れるだけでも恐れ多いのに、無礼な真似をするなんて信じらんない!」

 モモンガとヤト言い争う二人の守護者を見て、実の姉弟であったギルドの仲間を思い浮かべた。

「失礼いたします。遅くなり申し訳ありません。第七階層守護者、デミウルゴス、御前に」

 ウルベルトが智謀の悪魔であれと創造した階層守護者、デミウルゴスは言い争うシャルティアとアウラを見て、やれやれと眉間を押さえてため息を吐く。

「マーレ、デミウルゴス、ご苦労であった」

 言い争う二人を無視して、モモンガは両名を労う。

「失礼します、守護者統括アルベド、御前に」
「うむ。シャルティア、アウラ、その辺にして席につくがいい」
「申し訳ありません!」
「申し訳ありません!」

 声を揃えて謝罪の声を上げた。

 アルベドはさも当然とばかりにモモンガの隣へ腰を下ろし、アウラと喧嘩していたばかりに先を越されたシャルティアは、歯をギリギリと鳴らした。

 反対側の席はヤトが座っており、椅子取りゲームの枠は一つしかない。

 その後、コキュートスが来て階層守護者は全て揃い、セバスを呼び戻して下界の報告を聞く。

(席はたくさん空いているのに、何で俺たちの方に集中して座るんだ……)

 二柱の支配者は、同一の疑問をぼんやりと浮かべた。





「草原?」

モモンガの眼窩に妖しい光が宿り、顎は少しだけ開いていた。

「はい、かつてナザリックがあったはずの沼地は見当たらず、広大な草原が広がっております。北の方角には森林を確認致しました」
「そうか……やはりナザリックに何かが起きているようだな。アルベド、デミウルゴス」
「はっ」
「強固で柔軟な情報共有システムを構築し、不測の事態、特に未知なる敵対者の想定に備えよ。全階層、ナザリックの警戒を2段階引き上げてくれ」

 その後、マーレにナザリックの隠蔽を指示し、モモンガはヤトを見つめる。
 ヤトはモモンガの意向を理解して頷き、努めて穏やかに声をあげた。

 役割演技(ロールプレイ)に自信はなかったが、先ほどまでのモモンガを参考に、自分なりに演じはじめる。

「ゴホン! 俺は帰還する事ができた。皆、しばらく留守にしてすまなかったな。これから先、私が消える事はない。安心してくれ」

 モモンガのようなロールプレイは苦手な彼は、それが限界だった。
彼らからの返答はなく、心中で冷や汗が流れる。

(え? 何これ? 俺、嫌われてる?)

 一部の守護者が震えているのを確認し、喜んでいるのだと勝手に判断し、それ以上は考えなかった。

「では守護者達、階層の警戒にあたれ」

 モモンガの声に彼らは一斉に返事をし、円卓の間を後にした。





 守護者達が出て行った円卓の間にて、机に突っ伏したモモンガは大きなため息を吐く。
 毛の生えていない白磁の頭部は照明で光っていたが、隣のヤトは何も言わなかった。

「疲れる……NPCたちは忠誠を誓っているのかな? 俺たちについてどう考えているのか聞けばよかったかも」
「うーん、大丈夫じゃないッスか?」

 偉そうに腕を組む大蛇は、器用に椅子にもたれ掛かりながら答えた。

「他人事だと思って……やっぱり不安だ」
「あんまり心配ばかりしてると、胃が無いのに胃潰瘍になりますよー?」
「冗談じゃなく、本当になりそうなんだけど……」

 守護者達の忠誠を考えれば杞憂なのだが、非常に慎重な彼に気にするなというのも無理な話だった。

「忠誠心が心配なら、各階層を単独で確認するしかないッスね。恐怖公やニューロニストみたいな五大最悪の部屋まで余すことなく」
「うっ、それはご遠慮願いたいな」
「屋外の状況を自分たちの目で見たくないですか?」
「そうだね、どうなっているのか気になる。その前に自分の部屋に行こう。体を確認したいから」
「肉の無い骨の体ですもんね。人の事は言えませんけど……俺は鱗だらけですから」
「体の確認が終わったら、空の散歩と行こうか」
飛行(フライ)使えねえッス」
「使える道具はあるから平気だよ」

 やっと気が抜けると思っていた二人は意気揚々とドアを開いたが、室外で待機をしていたプレアデス2名に付き従われる。

 重い忠誠に不慣れな二人は、視線を意識して歩く姿もぎこちなく、時間を掛けて自室へ戻っていった。





 モモンガの自室にて、いつまでも付き従う黒髪夜会巻きのメイド、ユリに声を掛けた。

「ユリ・アルファよ。私は自らの体を確認する、席を外せ」
「畏まりました、部屋の前にて待機しております。何かあればお声かけを」
「すまないな」
「いえ、お気になさらず。では、失礼致します」

 ユリは姿勢を崩さず、静かに部屋を後にしていく。
 歩く姿は百合の花という言葉が、モモンガの脳裏に浮かんだ。

 閉まったドアに安心してため息を吐き、興味深そうに新たな白磁の肉体を触りはじめた。

 寸分違わず同時刻、ヤトノカミの自室にて、同様の会話が繰り返されようとしていた。

「ルプスレギナ、ちょっと体を確認するから外出て」
「お手伝いは必要ありませんか?」
「男性の恥ずかしい所まで見るから、出る事をお勧めする」
「はっ! はい! 申し訳ありませんでッス!」

 ルプスレギナは顔を赤くして、扉の外へ走った。
 「私も見たいッス!」と言われたらどうするかと考えていた大蛇は、安堵のため息を吐いた。


 一人になったモモンガは、食欲・睡眠欲を感じず、性欲は人間の時に比べ激減していると知った。
 感情の起伏はあるが、何かに抑圧されたように沈静化される。

 試しに先ほどのアルベドを思い浮かべて動揺を引き起こすも、やはり沈静化されてしまい、平常時の冷静な精神状態へと移行した。
 賢者の如く頭が冴えている状況は何らかの状態を思い起こさせたが、下世話な方向へ動きかけた思考を厳しく律する。

「しかし……実戦使用せずに無くなっちゃったか……」

 冷静沈着なモモンガの呟きは誰にも聞えなかった。


 少し離れた部屋で、ヤトは三大欲求が弱体化していると感じていた。
 感情の起伏も感じず、喜怒哀楽を感じるのか不安だった。

「どうも変だな。感傷が無いというより、笑いたいのに笑いがでないというか。でも期待してワクワクするというのはどういう事だ? 喜びや楽しみはあるのか? じゃあなぜ笑えないんだ?」

 試しに過去の嫌な記憶や現実に残した親を思い出してみるが、やはり悲しみや怒りは感じなかった。
 把握しきれない何かが胸か頭に残っている気はしたが、検証は後回しにされる。

「動揺や困惑はどうなんだ。まさか二度と本気で笑う事ができないのか? マジかよ……全て愛想笑いになるのか。なんか半端だなぁ……あ、男にとって重要な下半身はどうなった?」

 下半身を確認した彼は、人間だった頃と大きく変わった体の一部に激しく動揺し、自分が動揺できることを知った。





 重要部位を含む身体構造が蛇へと変態し、健全な青年として強い衝撃をひとしきり味わったヤトは、全身が映る姿見に移動してスキルを使用する。

「スキル《人化の術》」

 淡い光が大蛇の全身を包み、彼は人間の姿へ変わる。
 頭部に差し込まれていた長太刀は、自動で腰に携えられていた。

「……なんか体調悪い?」

 体のどこかで違和感があるが、原因がわからないため、やはり後回しにされた。
 人化した姿は中肉中背の特徴のない体型、適当に伸ばした艶のある黒髪、半分だけ開いた眠たげな目、口は定位置でへの字を描いていた。

 悪くはないが決して美形でもない、そんな印象を与える顔だった。

 彼は下半身の衣服をめくり、自らの体を確認する。
 自制したモモンガとは違い、彼の好奇心は下世話な方へ流れていった。

「蛇のアレは見るに堪えなかったが、これはいいものだな。違った、モノがいいな!」

 嬉しそうに衣服を戻した彼は、空中のアイテムボックスに手を突っ込み、大きなバックルを取り出す。
 そのまま下腹部に押し当てると、左右に収納されていたベルトの革が体を一周し、自動で適正な長さに締まった。

「ちゃきーん!」

 バックルの上部に着いた大きなスイッチを叩くと、バックル中央が赤く光る。

「スカイ、変身!」

 右腕を回した後、左腕を右斜め上に差し出した。
 体が白く発行し、イナゴを模した全身鎧(フルアーマー)が全身を覆う。
 目を見開くと複眼が赤く光り、目を細めると消えた。

「2秒間の猶予があるってだけで、ポーズ決めなくてもいいんだけどね。無事に変身できた。結構、似合ってる? これで行動しようかな?」

 特撮ヒーローを模した、《飛行(フライ)》が使えるだけのユニークアイテムだった。

 このアイテムを作成する依頼(クエスト)に拘っているところをウルベルトに馬鹿にされ、それを見たたっち・みーがなぜか反論し、いつもの喧嘩に発展した事を思い出した。

 実際に装備できるとなれば感傷も一塩で、鏡の前で様々な姿勢(ポーズ)を取る。

「懐かしいな……たっち・みーさんの取ってたジャスティスだけ異常に強かったんだよな。宝物庫にあるかな。あの人、特撮ヒーロー大好きだったからなー、俺もだけど」

 その時、彼のみぞおちの辺りから唸るような音が鳴り、瞼が急激に重たくなった。
 
「人間になるとお腹が減って、眠気も増えるな。あ、やべ……眠い……腹減った……まずい、このままじゃ寝落ちする」

 急いで人化の術を解除すると、眠気と空腹感は消えたが鎧の装備も外れた。
 流すように確認作業を終えた大蛇は、外へ出歩く期待によって後回しにした問題など忘れ、モモンガの自室へ這い寄った。





「おーいモモンガさん、入りまスよー?」

 無礼講とばかりにノックもせずドアを開くと、モモンガは両手を広げてまじまじと見ていた。
 全裸の可能性も考慮したが、どうやら体の確認は今しがた終えたらしい。


「ヤト、やっぱりアンデッドだった。食欲・睡眠欲は感じない。性欲は……微妙になくもないけど」
「俺は人間の時の半分くらいですかね。人化の術を使うと空腹と眠気が異常に増える感じでした。アレも色々と検証を……」
「アレ?」
「ええ、男のアレです」
「……じゃあ外の散歩に行こう。はい、これはフライのアイテムね」

 モモンガは下世話な返事を軽く受け流し、小さな青い首飾りを手渡した。
 部屋の外で待機をしていたユリとルプスレギナは《飛行(フライ)》の使えるナーベラルに交代し、三名は外へ繋がる第一階層を目指した。

 正直なところ、自由にさせて欲しかった。





 三名は第一階層に到着して早々、配下の将に指示を出していたデミウルゴスに見つかり、ナーベラルだけでは不安なので自分も御伴すると言われ、断る理由も思いつかずに一行(パーティ)は四名に増えた。

 死の支配者(オーバーロード)と蛇神は、部下のナーベラルとデミウルゴスを引き連れ、光り輝く夜空へ舞い上がる。

 眼下に広がる雲海、眩い星たちに手が届きそうな夜景は、絵画のように美しかった。
 大きな月と見渡せる星空は、裸眼で流星を捉え、冷たく感じる風には雨と緑と土の匂いが香る。
地肌は雲海に覆われ見えず、下界を見下ろす自分が神になった気分にさせた。

 御付きの二人を忘れ、素の雑談に興じる。

「星が……宝石箱みたいだな。ブループラネットさんに見せてあげたいよ」
「他の39人も来てるんですかね……」
「現状では情報が少なすぎる。判断が出来ない」
「またみんなで冒険ができたらいいスね。現実世界なんか捨てて……」
「そうだね……」

 絶景の感動を沈黙で味わった。
 モモンガより早く復帰したヤトは、デミウルゴスへ尋ねる。

「デミウルゴスもウルベルトさんに会いたい?」
「当然でございます」

 理知的な彼は考えることなく即答した。

「我々守護者を初め、ナザリックに属する全てのものに、自身の創造主に会いたくない者など存在しません」
「確か、ヤトはウルベルトさんに負けて、そのままノコノコ付いてきたんだよな?」
「その通りで。魔法職なんて馬鹿にしてましたが、自分がいかに弱かったか知りましたよ。たっち・みーさんがいたので、前衛でも大して強くなかったですけどね」
「すぐ死ぬので有名だったからな。何人のメンバーに文句を言われていた事か」

 眩しすぎる月明りに体を照らされ、二人は昔話に興じた。
 ナーベラルとデミウルゴスは、彼らの昔話を楽しそうに聞いている。
 美しい夜景よりも、至高の41人の話こそが彼らにとっての宝石だった。

「情報を集めて、仲間を探しに行きましょうね」
「そうだね……ん? あれは」

 雲の切れ間から覗いた下界で、城壁に立ったマーレが魔法を行使し、ナザリックの隠蔽のために周辺地域の土を集めていた。
 巨大なモグラでもいるかのように周囲の土砂は浮き上がり、マーレの元へ馳せ参じていた。

「作業を始めてそう経ってないと思うが、顔を出しておこう。ヤトはどうする?」
「俺はもう少しここにいます。ぼーっとするのが好きなので」
「分かった。また後で」

 モモンガはデミウルゴスと共に、マーレのいる場所へ降りていった。

 残された大蛇は空中でとぐろを巻き、しばらく空を見上げる。
 これが異世界に転移した夢であるなら、ずっと覚めないで欲しかった。

 憂鬱な妄想に飽きた大蛇が、後ろで待機するナーベラルを盗み見ると澄まし顔で佇んでおり、《ツンデレ》に造詣の浅いヤトは感情を読めなかった。

「ナーベラル・ガンマ」
「はい、ヤトノカミ様。こちらに」

 黒髪ポニーテールを揺らし、彼女は空中で跪いた。

「君の創造主は誰だったか教えてくれ」
「はい、私の創造主様は弐式炎雷様でございます」
「あぁ、そうか。あの人か……建御雷さんと仲がよかったけど、ナーベラルもコキュートスと仲がいいの?」
「私は至高の御方とはあまり接点がありませんでした。ですが、武人建御雷様が創造なされたコキュートス様とは、懇意にさせて頂いております」

(えっ? そうなの?)

 澄ました顔のナーベラルを見つめるが、懇意にしている場面は想像できなかった。

「コキュートスとは立ち合いとかしたりするのか?」
「いえ、武器の使い方や知識をお聞きしています」
「あぁ、確かに。それなら納得できる」

 NPCが自由意志で行動を取るようになってからさほど時間は立っていないのだが、このような記憶があることに疑問を抱く。
 
(もしかすると弐式炎雷さんと建御雷さんの間で何かやりとりがあり、NPC創造時に設定を加えたのかもしれないな)

 「よっしゃぁああああ!」と誰かの叫びが聞こえ、今まで考えていた思考はセーブする間もなくデータが消えた。

 遥か上空まで響く大きな声に驚き、何事かと驚く二人は慌てて地表へ降下した。





 ナザリックの城壁へ降り立った彼らは、両手のこぶしを握り締めるアルベドと、ため息を吐くデミウルゴス、手の甲を嬉しそうに眺めるマーレを目撃する。
 肝心のモモンガは影も形も見当たらなかった。

「あれ? モモンガさんが居ないが、どうしたんだ? アルベド、何かあった?」
「これはヤトノカミ様、何でもございません。モモンガ様より指輪を賜っただけでございます」

 左の薬指にしっかりと嵌められた指輪、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが輝く。
 左手をしっかりと立てて、指輪を見せつける様子はまるで花嫁だった。

「なんだ、婚約指輪か?」
「はいっ!」
「えぇえっ!」

 強く返事をするアルベドに、マーレは驚愕の表情を浮かべた。
 よく見ると、マーレの左薬指にも同じ指輪が嵌められている。

「あ、あの、ヤトノカミ様。僕も婚約指輪なのでしょうか」
「んんっ!? マーレは男の子だから、その……感謝の――」
「そうよ、マーレ」

 ヤトの言葉を遮りアルベドが続けた。
 視界の隅にいるデミウルゴスが、音を立てずに深いため息を吐き出した。

「あなたは男の子だから、一人の女としてモモンガ様からご寵愛を賜る事ができないの。より一層の忠義を尽くすようにと仰せつかった、モモンガ様への期待に応える事こそが、その指輪に込められた意味なのよ」

 耳の中を素通りしていくアルベドの言葉に、何か言い表せぬ違和感があった。
 小さい違和感は雪だるま式に膨らみ、モモンガが何かしたのではとの疑念に変わる。

(後で問い詰めてみよう)

「モモンガ様が……アルベド様に……婚約を……?」

 激しい動揺に脳を揺らされたナーベラルの呟きが聞こえたが、そちらは無視をされた。

「アルベド、男は押しの強い女が苦手だから、ほどほどにな。モモンガ様は女性経験が豊富ではない、間違っても押し倒したりはしないように」

 言い切ってから密かに慌てはじめる。
 ギルドの面々を至高の41人と称し、過大な忠誠を尽くしているとしても、迂闊な個人情報で忠誠が薄れるような真似は、慎重なモモンガには快くは思わないだろう。

「貴重なご意見、感謝の極みにございます。今後の参考にさせて頂きますわ」
「では、私もモモンガさんの部屋で話がある、あとは任せたぞ、マーレ」

自身の役割演技(ロールプレイ)に正しいか自信はなかったが、アルベドの反応に安心したヤトはナザリックへと戻っていった。
 ゲーム内のと違い、実際に意志のある僕に対しての発言は言葉を選ぶ必要があり、上手く演技のできないヤトは、それが必要ない立場を模索しようと考える。

「発言に気を付けた方がいいかもな」

 モモンガの自室へ向かう途中に呟いた言葉は、煌びやかなナザリックの壁にぶつかり、虚空へ溶けた。





「モモちゃん!」

 モモンガの自室のドアは、蛇神の全力で開け放たれた。
 開けた両開きの扉は轟音を立てて壁にぶつかり、反動で再び閉じた。

「あ、はい。なに?」
「アルベドに何かしました?」
「うっ……うーん、ちょっと設定を」
「設定を?」
「設定を弄りました」
「……ほう」

 明言せずに歯切れの悪いモモンガを見て、叩けば埃が出ると嗅ぎとる。

「どのように変えたんでしょうか?」
「いやちょっと……愛しているって……」
「だれを?」
「……モモンガを」

 支配者は変な間を入れながらも、渋々と白状した。
 叩いて出た埃が想定以上に大きかったので、この後に提案する案件は上手く事を運べそうだった。

「なんだその程度で……えぇっ!?」

 予想外に大きな声を上げた大蛇に、モモンガは悪戯が見つかった動揺で精神の沈静化が起きる。

 ヤトの驚きは演技だった。

「アルベドはモモンガさんに対する愛情が振り切ってるっぽいスね。今後の動向には注意をした方がいいかもしれません」
「なんで?」
「モモンガを愛しているってことは、言い換えるとモモンガ以外は愛していないって事でしょう? ナザリック内でモモンガさんを巡る反乱の伏線ですか?」
「いや、それは拡大解釈じゃないの?」
「杞憂で終わればそれで良しとしましょう。石橋は叩きすぎても壊れませんから」
「……頭の片隅に置いておくよ」

 女性経験のないモモンガはアルベドの設定改変を後悔し、蛇に情報が漏えいしたことを悔やんだ。
 異世界転移して舞い上がる彼は、アルベドとの結婚を勧めかねない。
 現に、目の前で偉そうに腕を組む赤目の大蛇は、何かを企んでいた。

「さて、モモンガさんも好きにやってることですし、僕のお願い聞いてもらえますか?」
「いや、好きにって……なに? 聞くだけならいいよ」

 ヤトの提案は、アウラに魔獣を使いナザリックを中心に半径5キロ圏内の、知的生命体の調査を行わせてほしいというものだった。
 転移して早々にナザリックから出ることに、モモンガは実に消極的な姿勢であったが、アルベドの設定変更の交渉材料を提示されてしまい、断ることもできなかった。
 「やだー! ずるいー!」とギルドメンバーだった通称ゴーレムクラフトのクズ野郎こと、るし★ふぁーに仕込まれた駄々の捏ね方に辟易したというのも理由の一つだが。

「ところで魔法の実験をしたいんだけど、六階層にいかない? 確か闘技場があったから」
「あぁ、いいッスよ。どうせアウラに会いに行きますし」

 この世界に転移してから初めての魔法は、連絡手段の一つでもある《伝言(メッセージ)》だった。
 アウラに無事繋がり、他の魔法は六階層の円形闘技場にて試す運びとなる。

 連絡を切断したモモンガは、かつての仲間へと《伝言(メッセージ)》を飛ばしたが、対象がこの世に存在しないかのように空振りに終わった。





 闘技場内へ転移すると、既にアウラは目の前で跪いていた。

「いらっしゃいませ。モモンガ様、ヤトノカミ様。第6階層へようこそ」
「邪魔をするぞ、アウラ」
「アウラ、モモンガさんは魔法の試し打ちをするそうだ。モモンガさん、根源の氷精霊(プライマル・アイス・エレメンタル)召喚してください」
「わかった。《根源の氷精霊召喚(サモン・プライマル・アイス・エレメンタル)》」

 どこからともなく水が集まり、巨大な球体を形作り、空中で凍り付く。
 やがて氷の球体は砕け散り、上半身だけを持つ根源なる氷の精霊が召喚される。

「で、俺がこれを討伐します。そこで見ていてください」

ヤトは背中に収納してある黒い大鎌と小太刀を取り外す。
数秒と待たずに、闘技場中央の精霊へと走っていった。

「ちょっと、冷気属性は弱点じゃ……まぁいいか、やばそうだったら消せばいいし、精霊相手に負けないでしょう」
「頑張ってください! ヤトノカミ様!」

 満面の笑みでグローブをつけた手を振り回す、男装の闇妖精(ダークエルフ)が叫んだ。

 ヤトの戦い方はギルド加入前から一貫している。
 自身の高すぎる速度を生かし、誰よりも早く敵へと突っ込み、斬撃《超斬撃衝撃波(ギガスラッシュ)》を幾つも打ち込んで敵の数やボスの体力を削る。
 モモンガも使用可能な、第10位階魔法の《現断(リアリティ・スラッシュ)》に相当する威力を持ち、何よりも前衛の特技としては燃費が良かった。

 不意打ちや捨て駒担当で、ナザリックの先発隊だった。

(同じ先発隊の他のメンバーに怒られてたな……)

 特化した素早さに物を言わせて一人で突っ込み、同じ先発隊で置き去りにされた他のメンバーが着いた時には息絶え、蘇生待ち状態が目立った。
 勝手に突っ込んで勝手にやられるとは何事だと、クエストクリア後に彼が怒られていた場面を思い出す。


「スキル使用。先陣の初太刀・運向上(中)・先制攻撃」

 攻撃を仕掛けながらスキルを併用し、その度に自身の中で黒い何かが湧きだした。
 どす黒い何かに身を委ね、全力の衝撃波を放つ。

「《超斬撃衝撃波(ギガスラッシュ)》」

 鎌の刃が輝き、横に伸びる衝撃波は鼻たれ、精霊へ向かって高速で進む。
 難なく精霊を横断し、彼は上下二つに分かれた。

 すぐに体を接合し、ブレスを吐きながら腕を振り回して反撃へと移る。
 体勢を崩したヤトは、右手の拳を交差した両手の武器で防ぐ。
 剛拳の一撃からダメージを負わず、数メートル後退して済ませたが、口から吐き出された冷気のブレスは武器で防げなかった。
 それ以上の吐息を食らうまいと、衝撃波を複数回繰り出し、精霊を細切れにする。
 運向上のクリティカル抽選には失敗したが、体力の底をついた精霊は光の粒子に変わって闘技場の砂へ混ざった。

「モモンガさん! 弱点属性なのにシッペ程度しか痛くなかったよ!」
「もう少し考えて戦ったらどうだ。命は一つしかないのだぞ」
「ごめんなさい、モモンガさん」
「お見事でした、ヤトノカミ様」
「ありがとう、アウラ。ところで頼みがあるんだけどいいかな」

 マーレのように自分も何か頼まれたいと思っていたアウラは、眩しいほどに目を輝かせた。
 アウラに命令を伝達した後、今度はヤトが眷属召喚を発動し、モモンガの魔法の実験に付き合う。


 宙を舞い、多種多様な魔法を楽しそうに行使するモモンガを、闘技場の隅でとぐろを巻いて見つめた。

「あの分だとしばらくかかりそうだな。召喚した眷属って俺が昼寝しても有効なのかな? 別に眠くないけどね。しかし、眷属って言ったものの、大蛇を見てもあまり同族って感じがしないな」

 召喚した大蛇を魔法で全て消し去ったモモンガは、こちらに手を振っている。
 「おかわり下さい」といわんばかりの彼は、次の眷属を注文していた。


「ヤト! 眷属召喚の眷属は倒したら消えちゃうから、アンデッドに変えられないみたいだよ」
「はーい、了解でーす。眷属召喚ついかー」

(数時間はこのまま魔法練習に付き合うことになるかな)

 とぐろを巻いて頬杖をつきながら空を見上げた。
 造られた空は満点の星空だった。

 周辺の村や異世界の知性体に思いを馳せ、モモンガが女性と夜を過ごす場合、どのように致すのだろうかと考える。

 人間を辞めたことに何も感じないでもなかったが、ガスマスクを必要とせず、固形栄養食ではなく一般食、仕事に追われずゆっくりと過ごせる時間を考慮し、強引に過去から目を逸らせた。

「モモンガさんは結婚適齢期だから、誰かと出会って恋したり結婚したりすんのかな……」

 ローブの影から見え隠れする彼の下半身を探ったが、闘技場を縦横無尽に暴れ回る彼の体は窺えなかった。


「……俺も彼女欲しいな」


 まだ見ぬ誰かに物思いを膨らませる。

 明けない夜空を見上げて月を探したが、創造されていないのか、どこにも見当たらなかった。

 月光を懐かしむ蛇神をよそに、異世界転移した彼らの一日目は流星のように彼方へ過ぎた。







報告順番1d6→2→3→4→6→1→コ→セ
設定変更発覚30%→気付かない
御付きプレ モ1d6→1ユ ヤ1d6→2ル
顔面偏差値 10d10→54
デミウルゴス→遭遇
アルベド好感度1d6→5 憎悪-5
設定変更発覚 1d% 80%→発覚
アルべドの好感度発生 1d6→2 現在53


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異世界、カルネ村滞在記(前編)



 異世界に転移して丸一日が経過した明け方、ナザリック地下大墳墓の円卓の間では、調理された大きなステーキが大皿に積み上げられていた。
 雄々しくそびえる肉の岩から流れる肉汁が、シャンデリアの照明を浴びて美しく光り、見た者の食欲を刺激した。

 フォークを頂上の肉へと突き立て、口に運んでいく。
 咀嚼されることなく丸呑みにされ、飲み込まれる度に細長い身体が蠕動を繰り返した。

「肉、美味しいよ、モモンガさん。こんなのリアルじゃ見るもできないってのに」
「丸呑みしているのに味なんかわかるの?」

 額に手を当てて呆れたモモンガは、眼窩の怪しい光で笑顔の大蛇を見つめる。
 蛇の笑顔は非常に理解しづらく、歪んでいる口元で笑顔だろうと判断を下した。
 当の本人は、次の肉にフォークを突き刺す。

「いやほら、ボクは蛇ですし。でも何の肉なんでしょうね」
「……人間?」

 肉を運ぶ手が空中で静止し、それを迎え入れようとした口も開いて止まる。
 ややあって、肉は蛇の口にめがけ、再び動き出す。

「まさか、勘弁してくださいよ。モモンガさん」
「冗談だったけど、あながち冗談じゃないかもよ。ナザリックには例外の一人を除いて、人間がいないからね」
「それはまぁ……ン、そうなんですけどね」

 話の途中で喉を大きくならし、肉を飲み込んだ。
 飲み込まれた旨そうな彼の位置は、蛇の体を降下していく膨らみで特定できた。

「それよりどう思う? アウラの話」
「フォアイル、バーにウィスキーを取りに行ってくれる? 一番いいやつを1瓶ね」

 話を聞いているのか怪しい蛇はまともに返答をせず、フォアイルと呼ばれた金髪ショートカットの活発そうなメイドにお使いを頼む。

 彼女は笑顔で頭を下げた。

「畏まりました、ヤトノカミ様。では失礼致します」

 彼女が走り去ったのを確認したモモンガは、語尾を強くしてヤトを責めた。

「聞いているのか?」
「はい、すみません。えーと、北北西の森林内にリザードマンの集落、西に小さな村落でしたっけ?」
「そうだよ。二つも見つかったっていうから、アウラを急いで帰らせたんだよ」
「食うのに夢中ですみません」

 謝っている大蛇からは反省の意が汲めず、モモンガは眉間に皺を寄せた。
 髑髏の彼が寄せ集めた透明な皺は、誰にも見えなかった。

「食べても何の意味もないでしょう。飲食と睡眠が不要のアイテムを装備してるんだから」
「好奇心で……」
「……それなら仕方ないね」

 美味しそうな匂いを周囲に漂わせ、楽しそうに食欲を満たすヤトが少しだけ羨ましかった。

「それで、リザードマンといえば、ユグドラシルでは好戦的な種族だったと思うんだけど。湖に魚を飼っているって、何かの見間違いかな?」
世界(ゲーム)が変わればルールも変わるでしょうからね。俺は人が住む小さな村の方が気になりますけど」
「この世界の人間が、何かの皮を被った別のナニかでない限り、話は通じるだろうからね」
「手土産をもって情報収集に行けばいいじゃないスか。ここからそう離れてないんでしたっけ?」
「アウラを呼んで詳しい話を聞いてみよう」

 モモンガは《伝言(メッセージ)》を飛ばした。





 敬愛する支配者の招集に舞い上がり、全力疾走で駆けつけたアウラの話によると、百人近くの人間が農作業をしているのが見えたとの事だった。
 満面の笑みで報告をする彼女に報いようと、モモンガは星の砂の如く美しく流れる髪を掬い、頭を優しく撫でた。

 赤色に頬を染めた彼女の口元が緩む。

「えへへ……」

 二人はほのぼのとした雰囲気を漂わせ、周囲の者へおすそ分けしようとしていた。
 モモンガの姿は、家事を手伝った子供を褒める良き父親に見える。

「お役に立てて嬉しかったです! またなんでも仰ってください、モモンガ様!」

 風を切る音を笛のように奏でながら、アウラは持ち場である第六階層に帰っていった。
 邪魔をせぬようにドアの外で様子を窺っていたフォアイルが、入れ違いで入室する。

「お待たせ致しました、ヤトノカミ様」

 茶色の液体で満たされた瓶が、ヤトの前に差し出される。
 散々に肉を飲み込んだ蛇の口元は微かに涎で濡れ、鱗を数枚だけ光らせた。

「ありがとう、フォアイル」
「滅相もありません、お役に立てて感激でございます」

 一礼後に室外まで下がっていった。

「みんな大した忠誠ですね。モモンガさん」

 グラスに酒を満たして恐る恐る口をつけると、アルコールの芳香が立ち上った。
 そのまま一気に飲み干したが、毒無効の効果によって酔う事はなく、身体的な変化も見られなかった。

 気分は少しだけ良くなった。

「本当だね、もし一人でここに転移してきたらと思うと、ゾッとするよ」
「あー……それは俺も怖いッスね。モモンガさんは、胃袋無いのに胃潰瘍とかになりそうじゃないッスか」

 今にも笑いだしそうな声で軽口を叩いた。
 モモンガは内臓のない身体の胃の辺りをスカッと撫で、存在しない胃袋を確認し、小さな咳払いで仕切り直した。

「さて、小さな村落という事と、農作業で慎ましく暮らしている村という事はわかったね」
「そうですね、他に手早く検証したいことは……あ、そうだ。フォアイルー」
「はい、なんでございましょうか、ヤトノカミ様」

 待機していたメイドは、上機嫌らしき蛇の声を聞きつけ、間髪入れずに入室した。
 唐突にメイドを呼んだ理由が分からず、モモンガの頭上には巨大な疑問符が出現する。

「頼みがあるんだけど、いいかな?」
「はい、なんなりとお申し付けください」
「パンツみせて」
「ちょっ! おまえ何言っ――」
「畏まりました」
「えええっ!?」

 状況についていけない死の支配者は、恥も外聞もかなぐり捨てて動揺の叫びを放った。
 冷静に考えれば、ギルドに所属するメンバーを至高の41人と呼称して忠誠を誓い、忠義に応えるためなら命さえも投げ出す彼らは、言われれば自身の体も喜んで差し出しただろう。
 複数回にわたって精神の沈静化を図り、それを理解したが時すでに遅く、事態は進められていた。

 顔を夕日のように真っ赤に染め、スカートの裾を両手でそっと摘んで持ち上げたフォアイルに対し、ヤトは赤い瞳で純白の下着を見つめていた。

「あの、初めてなので至らぬ点がございましたら――」
「おぉ、純白のレースがまぶ――」

 両者が言葉を終える前に、骨が剥き出しの拳骨が蛇の頭部へ振り下ろされた。
 「ボコッ」というペットボトルをへこませたような音が鳴り、鱗に覆われた頭部の感触が骨の右手に居座る。

「……フォアイル。スカートを正しなさい」
「は、はい! 見苦しいものをお見せして、申し訳ありません!」

 美しいメイドは慌ててスカートを下ろし、身なりを正した。
 下着が隠れたことで安堵したモモンガは、努めて冷静に馬鹿な仲間の行動を埋め合わせる。

「いや、こちらこそ変な事を頼んで済まない。改めて仕事を頼もう。明日、情報収集のため、近隣の村を訪れたい。他のメイド達と協力し、明日の正午までに手土産の食料を準備せよ。食料を積みこむ馬車と我々が乗る馬車も必要だ。護衛にはセバスとユリを連れていく、隠密の護衛としてエイトエッジ・アサシンを手配せよ」
「はい、畏まりました。すぐに始めさせていただきます」
「よろしく頼む」
「はいっ!」

 勅命を受けて喜ぶ彼女は元気な返事で部屋を出て行った。
「痛い……」と呟いて頭を撫でている、隣のヤトへ顔を向ける。

「モモンガさん18禁に触れる行為は問題がないようで――」
「なに考えてんだ、馬鹿!」

 この後、モモンガは懇々と説教を垂れた。
 説教の出口が見える頃に、ヤトが「でも所詮はNPCですし」、「忠誠マックスなんで平気ッス」などと根拠のない反論をした影響で、説教の時間は延長されていった。

「大事な仲間が残したNPCなんだ。今は意志を持って動いているんだからな。だいたい、あの子達にちょっかいを出そうとするなんて事が倫理的に――」
「うへぇ……」
「聞いているのか?」
「はい……」


 後日、湾曲された噂を耳にしたアルベドが、「モモンガ様にご寵愛を賜るなど恨めしいぃぃ! 妬ましいぃぃ!」と、地の底から這いあがる声で渦中のフォアイルに嫉妬したと、メイドたちの間で囁かれる。

 噂は当然ながら二人の耳にも入り、迂闊に余計な真似をしたヤトは、年上の友人から同じ説教を再び食らう羽目になった。





 翌日の朝、ナザリックの入り口には馬車二台がつけられたが、出発時間はずれ込んでいた。

 白い淫魔がモモンガに縋りつくように、駄々を捏ねまわしている。

「モモンガ様、護衛が少ないかと思われます。私をお連れ下さい、防衛に特化した私であれば、下等な人間共が歯向かって来ようと返り討ちにしてご覧にいれますわっ!」

 人間を下等生物と断定し、モモンガに危害が及ぶと信じて疑わないアルベドは、満ち潮さながらになかなか引く気配を見せない。

「アルベドは信頼しているのだが、今回はそのような事態にはならん。戦争を起こしに行くわけではないからな」
「しかし、愛する殿方の護衛に付いていきたいと思うのは、一人の女として当然の事ではないでしょうか」
「あ、はい」

 設定で自分を愛するように変更してしまった負い目により、モモンガにこの交渉は荷が重いように思えた。
 ヤトはやれやれとため息をつき、助け舟を出す。

「アルベド、モモンガ様はお前に自分の家であるナザリックを守って欲しいと思っているのだよ。その一人の男としての気遣いを無にしては、一人の女として失格なのではないか?」
「そ、それは本当ですか、モモンガ様!?」
「う、うん、まぁな」

 露骨に歯切れの悪い返事なのだが、アルベドに気にした様子はなく、都合のいい箇所を都合よく解釈したようだ。

「私としたことがその愛に気付かずに……失礼いたしました。それでは、御帰還をお待ち申し上げておりますわ、一人の女として!」

 優しい後光がアルベドの後頭部から照らし、輝く淫魔の笑顔にヤトは鬼子母神という神様を思い出す。

「留守を任せたぞ、アルベド」

 モモンガは、逃げるように豪勢な造りの馬車に乗り込んだ。
 ヤトは大蛇の姿だとかさばるため、人間に化けて続く。

 彼らの乗る馬車は魔法スクロールによって召喚されたゴーレムの馬に牽引され、二人の馬車はセバスが担当を、手土産の馬車はユリが担当する。

「セバス、ユリ、不測の事態の際は、私に連絡をしなさい。他の何を放ってもすぐに向かいます」
「畏まりました」
「行ってまいります」

 二人はアルベドに頭を下げ、村に向けて馬車を走らせた。





「ギルド名を名乗る?」
「ああ、この世界に転移したのは我々だけではなく、ギリギリでログインした他の仲間もいるかもしれない。私たちは運良く二人だったが、単身でどこかに飛ばされた仲間は、途方に暮れて彷徨うかもしれない」
「……モモンガさんの名前はみんな忘れないでしょう。本名でいいんじゃないスか」
「より間違いない方を選ぼう。ギルド名なら忘れないだろう。特に最初の九人は」
「……まぁ……そうですけどね」

 ヤトは呼びなれたモモンガの名前が変わるのが不満だったが、ギルドマスターであり、一人でナザリックを守り続け、復帰した自分を優しく迎えてくれた彼に、それ以上は言えなかった。

「ヤトのアバターは蛇だけど、何か秀でたところがあったっけ?」
「スピードですよ。足だけは早いッスよ。逃げ足も」
「ふーん。ガチビルドプレイヤーにでもなっていれば、護衛に安心だったのに」
「ペロロンチーノさんみたいなのは無理ですよ。それに、人と同じはちょっと」
「みんな個性強いからね……41人集めたいなぁ。あと39人もいるのか」
「話は変わりますけど、ペロロンチーノさんの種族名ってなんですかね?」
「バードマンだったから、サンダーバードとかじゃなかったっけ?」
「ふぁ……あーあ……」

 返事の代わりに大きな欠伸がされた。

「……人が話している時に欠伸をするな」
「馬車の揺れが……気持ちよすぎて……」
「この話を振ったのは誰だと――」

 会話の途中にも関わらず、人化による身体変化の眠気に強襲され、馬車の心地よい揺れの後押しも手伝って、耐えきれずにスヤスヤと寝息を立てはじめた。

「……寝ちゃったよ。二人しかいないのに気持ちよく眠りやがって」

 人間の三大欲求とは無縁のモモンガは、移動時間を潰す相手が夢の世界へと旅立ってしまい、話し相手にアルベドを連れてくればよかったかと後悔する。

 彼の不満を解消するかのように、優秀な脚力を持つゴーレム馬は全力で草原を駆け抜け、さほどの時間を掛けずに小さな農村へと到着した。





 馬車を村の入り口に停めたセバスは颯爽と飛び降り、手近な村人を探しに村への侵入を果たす。
 入ってすぐの小さな畑の前で、腰を屈めて作業をしている女性を見つけた。

「お仕事中、申し訳ありません。そこのご婦人」
「え? きゃあっ!」

 農作業の集中を切られ、顔を上げた彼女の視界には、身なりの良い執事が立っていた。
 整えられた髭に鋭い眼光、穏やかな口調で顔立ちは整っており、着ている衣服も一級品だった。
 声を掛けられて驚いた夫人は、農作業の土で衣服は汚れ、髪も整えていない自らの身なりが恥ずかしくなり、逃げ出したい内心だけは必死で堪えた。

 顔が赤くなるのは防げなかった。

 明らかに動揺している彼女へ構うことなく、モモンガから指示された内容を伝える。

「私はこの近くに転移してきた魔法詠唱者(マジックキャスター)の執事、セバス・チャンと申します。主が手土産を持って村長殿にご挨拶に伺いました。申し訳ありませんが、お呼び頂いてよろしいですかな?」
「あ、はい、え?」

 村で農作業に明け暮れるだけだった何気ない一日は、極めて特別な日に変貌を遂げた。
 状況はなかなか飲み込まれず、喉につっかえた彼女は混乱する。

 慎ましい生活を維持するために必死で働き、自分を見て育った二人の娘も働き者だった。
 この生活がずっと続くだろうと思っていた彼女の地盤は、一人の執事を見ただけで揺らぎ始めた。

 セバスは少しでも落ち着くように、彼女に微笑みかける。
 心なしか顔の赤みが増した。

「は、はは、はい! すぐに呼んでまいります!」

 赤い顔の彼女は村の奥に駆けて行った。





 ドアをノックする音が馬車内に響く。

「失礼します、モモンガ様、ヤトノカミ様。直に村長が来ると思われます」
「御苦労、セバス。ヤト、そろそろ起きろ」
「んー……ふああぁ。よく寝た……」

 口を限界まで開き、腕を上に大きく伸ばして欠伸を行なった。
 蛇の姿で欠伸を行った場合、角度はどの程度まで開くのだろうかと、モモンガは興味深そうに彼の口を覗き込んだ。

 ピンク色の舌が鎌首をもたげ、覗き込むアインズを咎めていた。

「……なんスか。何か入ってました?」
「い、いや、何もなかった……それより、私がロールプレイを行うから、軽々しい発言は慎んでくれよ」
「大丈夫ですよ。モモンガさんが魔王なら、俺は部下でしょ? 社長と平社員が同じ口調じゃ、逆に変ですよ」
「うぅむ……何か違う気がするのだが」
「嫉妬マスク、お似合いですねい」
「……放っておいてくれ。ほら、この世界で初めて人間と遭遇するんだから、ちゃんとしなさい」
「はい、もう大丈夫です」

 内心ではもう少し昼寝したいと思っていたが、朝方に十分な説教を食らった状況で、不要な怒りを買うのは御免被りたかった。
 説教の一件から、モモンガの口調が雑になっていることも気になった。

 細い目を少しでも大きく見開き、腰に携えた長い太刀に手を当てながら、堂々と馬車を降りるモモンガに続いた。





 先ほどの女性はセバスの依頼通りに村人を連れてきていたが、村長だけではなく、大量の村人を吸着していた。
 人だかりは弧を描いて遠巻きに馬車を囲い、不安と好奇心で満ちた視線を浴びせている。

 一人の小柄な男性が、セバスの元へ歩み寄った。

「私がカルネ村の村長でございますが……」
「初めまして、村長様。私、執事のセバス・チャンと申します。じきに私の主が降りて参りますので、少々お待ちください」

 セバスの言葉とほぼ同時に装飾品で飾り付けられた煌びやかな馬車の扉が開かれ、黒いローブに身を包み、泣いているのか怒っているのか判断しかねる仮面を付けた、魔法詠唱者(マジックキャスター)が降りてくる。

 その悠然とした振る舞いに、村人たちはどこかの王族かと、極めて自然に考えた。
 彼の後に続いて降りたのは、黒髪黒目で腰に武器を差した男性だった。

 村長一人に村の案内をしてもらい、情報収集を行なおうと想定していたモモンガは、村人総出の視線に体を蜂の巣にされ、密かに精神の沈静化を図った。


 この村は農作業や薬草の販売などで生計を立てており、ゴーレムの馬も見たことなければ、豪華な装飾を付けた馬車も、黒髪黒目の異邦人に対する一切の見識もなかった。
 突き刺さる好奇の視線に耐え切れず、モモンガは役割演技(ロールプレイ)をはじめる。

「初めまして。私はアインズ・ウール・ゴウン。異国の魔法詠唱者です。護衛のヤト、従者のセバスとユリです」

 紹介された三人は軽く頭を下げた。

「実は転移魔法の実験で失敗をしてしまいましてね。我々の住処ごと、この付近へ転移してしまいました。不幸な事故で急に別の大陸に転移をしてしまったもので、情報を教えて欲しいのですが」
「そうでしたか、それは大変でしたね。及ばずながら知っていることでよければ、ご協力いたしましょう」
「ほんの気持ちですが、手土産をお持ちしました。あちらの馬車一台分の食料がそうなのですが、村の中に入れてもよろしいですかな?」
「馬車1台分!? この村は冬を越すための蓄えを作るために、なんとか暮らしている村です。なんのお礼もできませんが……」

 モモンガは片手を突き出し、村長の言葉を制止する。

「いえいえ、私達は誠意ある対応をしたいのです。村長殿もこの大陸・国の知識、硬貨や普段の暮らしについて、知っていることを全て話して頂ければ、我々はそれ以上に何も望みません」
「おぉ、なんと仁徳のあるお方。わかりました、全てお話ししましょう。馬車は誰かに案内させます。エモット」
「はい」

 先ほどセバスが声を掛けた女性と、その伴侶であろう男性が前に出る。

「馬車を広場にご案内して差し上げなさい。ゴウン様は護衛の方と、汚いですが私の家へご案内します」
「感謝します、村長殿」
「セバス、ユリ、馬車を村の中へ運べ。終わったら村長殿の家の前で待機だ」
「畏まりました」

 モモンガとヤトは、案内に従い村長の家に向かった。

「アインズさんじゃなくゴウンさんになっちゃいましたね」
「う、うん……日本式ではないようだ」
「行きましょう、ゴンさん」
「……アインズにしてくれ」

 ふざけて囁き合う二人の声は、前を歩く村長にまで届いた。

「何か仰いましたかな?」
「い、いえ、何でもありません。行きましょう、村長殿」
「大丈夫ッス!」
「……?」

 一瞬だけ不思議な顔をした村長は、改めて自宅へ向けて歩を進めた。





 エモット夫妻に案内され、セバス達は村の中央広場まで馬車を牽引する。
 その後ろを先ほどの村人たちが、ぞろぞろと列をなしてついてきていた。

「お姉ちゃん、あれなに?」

 赤髪の少女は銀色に輝く馬を指さし、手を引く姉に尋ねた。
 当の姉はメガネをかけた黒髪メイドに見とれ、声は耳まで到達しない。
 馬車を案内しているエモット夫妻の娘であるエンリ・エモットは、美しいユリの姿から目が離せなかった。

「綺麗な人……」

 メガネをかけた整った顔立ち、小奇麗にまとめられた黒髪、首元のチョーカー、立ち居振る舞いも姿勢がよく、それだけで美しさを感じさせた。
 ユリは自分を見続けている娘の視線に気が付き、優しく微笑みかける。
 我に返ったエンリは顔を赤くし、ネムに視線を移した。

「ネム、どうしたの?」
「あれ、何かなぁ」
「ごめんね、ネム。私にもわからないよ……」
「お姉ちゃんでもわからないんだ。凄いね!」

 案内された広場は、広く開けた場所で周辺には物見櫓が建設されていた。
 恐らく村の全人口であろう群衆は、馬車一杯に詰まれた食料を見つめて固まっており、セバスとユリの食料運搬は遅々として進まなかった。





 朴訥な村長夫妻は、転移に失敗した魔法詠唱者(マジックキャスター)一行という話を信じた。

「南方の異国に、そのような方々がいらっしゃると聞いたことがあります」

 村長はヤトの姿を見て言った。

 アインズの脳裏に反射的な疑問が湧く。


(南方に日本人に似た者が住む国? ユグドラシルから転移してきた者達が、集団で住む国なのか? 時期が合わないのはなぜだ)

 アインズは考えを一旦止め、村長の話に耳を傾けた。

 話をまとめると、このカルネ村はリ・エスティーゼ王国の領内に所属している。
 リ・エスティーゼ王国とは大陸の西を統べる王政国家で、東の方にあるバハルス帝国とはカッツェ平野で戦争という名の小競り合いを繰り返している。
 小競り合いが行われる際、カッツェ平野に最も近い城塞都市エ・ランテルに、徴兵された兵士たちが集結する。
 荷物の置く場所が無い場合は、カルネ村も場所を提供する事があるようだ。
 魔法に関しては、この村の北にあるトブの大森林に、薬草採取に訪れているエ・ランテルの薬師の青年が魔法を使えると聞いた。
 《冒険者》という存在があり、薬師の護衛に付いてくるのをよく目にしている。

 言葉を拾い上げたヤトの目が輝く。

(異世界で未知の冒険に出るのは、多くの仲間が夢見た事だったからな……)

 密かに彼に同意を示し、村長の話に耳を戻した。

 冒険者組合は王都とエ・ランテルにあり、他の国にあるかは知らない。
 このカルネ村を大きく南下していくと、宗教国家スレイン法国がある。
 村長は諸外国の情報に疎かったが、村を訪れた冒険者の情報によるとリ・エスティーゼ王国の王都では、貴族が幅を利かせていると言う。
 他にも貨幣・暮らし・平野にはアンデッドが多い・1年の暮らしの流れ、村長夫妻には子供が出来なかった、村人達の相関図・恋愛関係など、村長は知りえる限りの全てを話そうと必死になっていた。

 教えてくれと言ってしまった手前、興味のない村内の色恋沙汰まで聞く羽目になる。
 アインズが仕方なく話を聞いている横で、ヤトは退屈そうに欠伸をしていた。

 カルネ村に限ったことではなく、リ・エスティーゼ王国の暮らしは厳しい。

 帝国との小競り合いに働き盛りの男手が徴兵され、カルネ村も男手だけでは足りずに動ける女性も農作業に駆り出され、子供達まで薬草をすり潰して仕分けをしたりと、村人全てが協力し合ってようやく一年を越す事ができる。
 戦争で男手が足りなくなっても納税額が下がる訳もなく、暮らしに余裕はなかった。

 そんな村に、馬車一杯に積まれた食料を放り投げられ、反射的に受け取ったはいいが彼らには何も差し出せなかった。

 洗いざらいの情報を渡そうとするのも無理なかった。
 
 長きにわたる色恋沙汰の話を遮り、アインズは村長へと申し出る。

「村長殿、貴重な情報ありがとうございました。一つ提案があるのですが、我々はこの村に、数日間だけ滞在しても構いませんか?」

 アインズの申し出を、「まともなもてなしが出来ない」という理由で断ろうとする村長夫妻に対し、場所だけ貸してくれればいいと強引に納得させ、渋々と提案を吞ませた。






 彼らが村の広場に着く頃、既に日没の時刻が迫っていた。

 セバスとユリを手伝っていた村人たちは、何かを始めようとする魔法詠唱者の動きを見守り、作業は一時凍結された。
 
 馬車が止められている村の広場にてアインズは魔法を発動させ、《要塞創造(クリエイト・フォートレス)》で堅牢な要塞を創造する。
 豪華な要塞の上部に、アインズ・ウール・ゴウンの紋章旗が風で揺れていた。

 何もなかった広場に貴族の住む住居を思わせる要塞が現れたもので、目撃した村の老人は奇跡を見たように声をあげて跪いた。

 老人を宥めるアインズをしり目に、ヤトはそそくさと要塞の中に入っていった。

 神の降臨だとめそめそする老人を宥め疲れたアインズが要塞へ入ると、ソファーに横たわって欠伸をするヤトが見え、蹴飛ばしてやろうかと迷った。
 すぐ後ろに続いたセバスとユリによってヤトは命拾いし、アインズの足はカタパルトを発進しなかった。

 改めて二人の支配者は机に座り、今後の打ち合わせに入る。

 簡易的な打ち合わせによって、この世界における文化・魔法・一般教養・アイテム価値、異形種に対する認識を、早急に調査すべきだと方針が固まる。

「セバス、ユリは村人の農作業を手伝え。少しでも多くの情報を集めよ。ヤトは異形種に対する認識調査を行なってくれ」
「はいはい。了解ッス」

 セバスとユリは跪いて頷いた。

「私は隠密行動を取り、アイテムの調査を行う」
「泥棒ですか?」
「ん?」
「忍び込んで人の家を漁るんじゃ……」
「……違う。普段の生活でマジックアイテムの類を使用しているか確認する」
「ああ、そういうことか」
「それから、自分たちが異形種であることは、何があっても話すな。全員が周知徹底せよ」
「畏まりました」
「畏まりました」
「畏まった」
「……」

 一貫して軽い態度のヤトを不安に思い、目を細めた。

 打ち合わせを終えた四名は、それぞれの部屋に戻っていく。
 セバスとユリにも部屋が与えられたが、僕として優秀な両者は護衛をしていないと落ち着かず、支配者二人の室外で待機し、そのまま朝まで寝ずに過ごした。

 一息ついたアインズは情報収集に活用すべく、《遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)》の操作を練習し始めた。


 蛇の化身である黒髪黒目の男は、太陽が昇っても起きることはなかった。





メイド 1d10→フォアイル
アルベド憎悪1d6→ +5
恋愛相談のため、アルベドの好感度ロール発生
1d6→ -6
近くにいた人間に声を掛ける→1d4→エンリママ


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異世界、カルネ村滞在記(後編)



 翌朝、いつまでも眠っているヤトはアインズに一任され、セバスとユリは農作業に精を出す村人を手伝うため、早々に出かけていった。
 二人は飲食・睡眠不要の指輪を所持しているため、睡眠・食事が必要なのはヤトだけだったが、当の本人はアインズが部屋に侵入しても起きる気配がない。

 耳をすませば、静かな寝息が聞こえてくる。

「いつまで寝ているんだ。早く飯を食え」
「おはようございます、アインズーさん」

 骨の手で揺り起こすとすぐに目を覚ましたが、寝ぼけている彼はアインズの名前を変な所で間延びさせた。
 引きずるように退室し、応接間の椅子に腰を下ろさせる。
 応接間のテーブルにはナザリックから持ってきた果物が置かれ、目が半分しか開いていないヤトは無造作に林檎を掴んだ。

 シャクシャクと果実に食らいつく音を背景に、二人は打ち合わせに入った。

 村内の視察に、アインズは《完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)》を、ヤトは武器を置いた自然体で村の中を回り、彼らの日常を知る必要があった。

 魔法を唱えたアインズの姿は掻き消える。

 ヤトが一人で外に出ると、セバスとユリは順調に作業を進めており、セバスは農作業をする女性たちに交じって土を耕し、ユリが男性二人で持つ大きな材木を両肩に乗せ、心配する男性を付き従えて運搬している。

(普通、逆じゃない?)

 男女平等とまでいかないが、激しい違和感のある風景に疑問を抱いた。

 少し離れた大木の下では、木漏れ日に照らされる子供たちがチマチマと何かの作業をしており、彼はそちらへと向かった。

 自分達へ近寄って来る彼を見つけた子供たちは、大きい瞳を輝かせて見ていた。
 驚かせぬよう、努めて優しい口調にて話しかける。

「こんにちは」
「こんにちはー!」
「何をしているんだ?」
「薬草をすり潰して薬の材料にするの」

 リアルでは滅多に見ることのない器具、車輪の両側に棒の着いた薬師の商売道具で、丸い石の中心に溝のある器に薬草をすり潰していた。
 横に並べられた見覚えのない草を摘み取る。

「これはなんていう薬草かな?」
「知らなーい。お姉ちゃんなら知ってるかも。お姉ちゃーん!」

 赤い髪の幼女が、若い女性を呼ぶ。

「は、はい、何でしょうか?」

 一人の少女がバケツを両手で持ち、駆け寄ってきた。
 バケツに水が満杯だったが、器用な走り方で中身は零れなかった。

「すまない、忙しかったか?」
「いえ、大丈夫です。セバスさんのお蔭で、少し余裕がありますので」
「この薬草はなんていう名前なのか教えて欲しい。私達の国にはなかった」
「はい、ぺんぎん草と言います」

(……なんだそのふざけた名前は、村の名前もペンギン村に変えたらどうだ)

 更に詳しい話を掘り下げていくもめぼしい情報はなく、その流れで仕事を手伝う事になった。





 太陽が沈み夜の帳が降りた頃、住居にしている要塞では、互いが得た情報の交換会が催される。

「ご苦労だったな。セバスとユリは部屋にて休養をとれ。護衛はエイトエッジ・アサシンがいればよい」

 天井にへばりついている、八本足の黒い生物が蠢いた。

「しかし、アインズ様」
「構わん、下がれ。休息も大切だ」
「……畏まりました」

 「疲れるんだよな」と、アインズは心の中で愚痴を零す。
 二人が退室したのを確認し、ヤトは果物を齧りながらアインズに問いかけた。

「どうでしたか?」
「いや、特に有益な情報はなかった。こちらの持っているアイテムは、年長者の村長でも知らないらしい。使い方もよくわからないと言っていたから」
「なるほど、お疲れ様です」

 ヤトは次の果物を手に取った。

「人化の術を解除すれば食べなくて済むよ」
「いや、アインズさんも嫉妬マスク外してないじゃないですか」
「……まあね。どこに目があるかわからないから。ヤト、人間をどう思う?」
「どうって……別に大した興味はないです。友好関係を築けるならそれでいいんじゃないスか」
「俺は虫けらを見ている気分だよ。子供の頃に蟻の巣を観察したことがあったが、今そんな気分だ」

 感情のない淡々だった。

「それってカルマ値の影響ですか? 単純にアンデッドだから? いや、でも、ユリは人間共と仲良く話してましたよ。男女問わずおモテになるようでしたね」

 人間を“共”と表現をしている時点で対等に見ていない証明となるのだが、蛇の化身に自覚はなかった。

「セバスなんか女にモテるんですね。ある意味ライバルかな」
「……なに言ってるんだよ」
「いや、以前にペロロンチーノさんが、最初の一周目を誰にするかと話してた事を思い出しましたよ。最初だから適当に見つけた女の子に決めるのか、それとも理想に近い女の子が出てくるまで待つのかと」
「そういえばそんな事、話してたなぁ……ぶくぶく茶釜さんの目を避けて。それとなんの関係が?」

 仲の良かった友人を思い出すアインズは口調まで優しくなっていたが、彼にも自覚は無かった。

「いや、この村の女性を口説くかどうするかと……」
「まだ待ちなさい。しかし、カルマ値か。あんなおまけステがこの世界に甚大な影響を与えられるのかな」
「クエストや種族によっては、あながちおまけとも言えませんでしたがね。可能性の一つッスよ」
「セバスとユリにも聞いておこう。あの二人なら人間に悪感情を抱いてなさそうだ。そうなると、ナザリックにいる大多数のNPCがカルマ値マイナスなんだよね」
「アインズさん-500でしたね、極悪人じゃないですか」
「人じゃないけどね。よく+100にしたよね。カルマ値を上げるだけの、何の意味もないクエストやって」
「神職なのでマイナスにするとステータスに多少の影響があるんです。ペナルティがあるのがいやだったんですよね。クエストの敵も弱かったッスから」
「そのうちに実戦をやらないといけないね」

 アインズは顎に手を当てて、何かを思案している。

「ちょうどいいから、北にあるトブの大森林を見に行こうか?」
「いいですねぇ。きっと初期ダンジョンですよ! ゴブリンとかゴブリンとかゴブリンがたくさんいますよ」
「全部ゴブリン……強いゴブリンがいるといいけどね。何とかゴブリンとかゴブリン何とかとか」
「敵が強かったらどうします?」
「……可能性として、何気なく遭遇した最初の敵、レベルが100だったらナザリックへ撤退だね」
「村人のレベルは幾つでした?」
「セバスの話だと、レベル0から1だそうだ」
「0? レベルって1からじゃないんですか? レベル0.2とか0.3とかもあるんですかね」

 軽く笑いながら、下らない話を続けた。

「レベル100とレベル0の人が町で肩がぶつかったらどうなるんでしょうね。いきなりヒットポイントがガリッ! と削れて死んだりするんでしょうか」
「そんな細かくて危ない設定だったら、この世界のレベル上げは大変だろうね」

 アインズも楽しそうに、それに応じた。
 まだ二人からはゲームの中にいる感覚が抜けていなかった。

「ところでエ・ランテルにはいつ行くんですか? 冒険者になるんでしたっけ?」
「そうだね、エ・ランテルはそれなりに発展している町らしいから、そこで暮らす者だけが知る情報は貴重かもしれない。あ、先に言っておくけど、君は連れて行かないよ?」
「えーっ……なんて、言うと思いました? 最初からそのつもりですよ」
「え? どういう風の吹き回し?」
「これが、るし★ふぁーさんとか、モモさんと仲の良かったペロロンチーノさんだったら、否応もなくついていったと思いますけどね。せっかく二人で異世界に転移したというのに、同じところで活動してちゃ意味ないじゃないですか。ましてや、情報収集が目的だというのに」

 ほお、とアインズは感心して顎を撫でた。

「何気にちゃんと考えてるんだね。るし★ふぁー仕込みの若造じゃなかったんだ?」
「仕込みなのは認めますけどね。いや、実験台という方が正しいかな。悪影響は受けてますけど。そういえば、昼間に薬草の話を聞きましたよ」
「俺もその場にいたから知っている」
「透明化してストーキングを?」
「失礼だな。生の情報調査だよ」
「薬草の種類も形態もユグドラシルとは差があるみたいスね。村長との密談はどうでした?」

 村長の話だと、アインズの使用した魔法《要塞創造(クリエイト・フォートレス)》がマジックアイテム、それも国宝級のものではないかという話だった。
 その所為でアインズは、「どこかの異国の国王なのでしょうか」と村長に誤解されそうになり、絡まり始めた誤解の糸を解くのに随分と時間を要した。

 マジックアイテムに関しての具体的な情報は知らなくとも、その便利さは理解しており、不可解な事象はマジックアイテムと判断しているらしかった。

「つまり魔法でやり過ぎても、マジックアイテムという事にすれば何とかなる、と?」
「うん、そういう訳だ。他にも文化レベルは中世ヨーロッパかと思ってたが、どうやら違うらしい。魔法の力で発展の方向が違うから、下手するとリアルと変わらない可能性もある。町に行けばわかるけどね」
「噂の生活魔法ですね。塩を作るって本当ですかね……それってまさか人の汗を結晶化してたりしませんか。そう考えると汚いですね」
「さすがにそれはないだろう……その魔法の位階はわからないけど、習得できるなら使ってみたい」
「死臭のする塩なんか舐めたくないですよ」
「だから人の汗じゃな……なんだ死臭って。俺の骨か?」

 その他に一般の生活レベルは不明だが、リ・エスティーゼ王国領の暮らしは苦しく、税を納めるので手一杯のようだ。
 一般的に異形種は人間の敵という意識が強く、どこかの国では異形種と人類の戦いが常に起きている。
 アイテムの価値については、この村がアイテムとは無縁なので不明と説明をした。

「この世界の女のレベルはどうしたんです?」
「知るか。腐れリア充、爆発しろ」
「リア充じゃないですって。欲望は進化に必要不可欠なものじゃないですか。あ、でも女の子達がユリの事を絶世の美女だって話してたから、あまり期待できないのかもしれないスね。まあ確かにユリは美人だけど、人化の好みと蛇の好みに差が生じているのかもしれないな。いや、これはむしろ欲望の増大という方が正しいような……」

 ヤトはブツブツと取り止めのない事を話している。

「ヤト、今後パンツ見せて禁止。現実でやってなかった事をゲーム、といってもここは現実だからやらないように」
「心外ですね。ボキは現実でもやってましたよ?」
「やってたの!?」
「意外と引かれないんですよ。相手と仲がいいことと、普段からそんな態度をとる条件が満たされていれば」
「このリア充め、《心臓掌握(グラスプ・ハート)》でも掛けてやりたいよ」
「勘弁してくださいよ。ピヨっちゃいますって」

 二人の楽しそうな会話が、応接間に満ちる。

 文句を言いながらも会話が止まらないアインズは、この他愛ない会話を楽しんでいた。
 以前の41人が揃っていた黄金時代と比べれば寂しさは拭えないが、ブランクがあっても現役時代と変わらずに接してくれるヤトは、いつか他のメンバーが帰って来ても全盛期と何ら変わることなく時間を過ごせると感じさせた。

 同様にヤトは嬉しかった。
 ユグドラシル現役時代にアインズとの絡みは少なく、ギルドマスターなので会話はするが、彼と最も仲が良かったのはペロロンチーノだった。
 それが今は対等な立場に、しかも異世界にて近距離で会話をしている。

 互いに話しているだけなのだが、それだけの事が嬉しかった。

「あ、るし★ふぁーさんは一番最後に戻ってきてほしいですね」
「そうだよね。この状態で彼だけ帰ってきたら、ナザリックが崩壊しそうだから」

 こうして二人の夜は、ヤトが眠気の猛攻撃に耐え切れず、深夜に音を上げるまで続いた。
 相棒が眠りに落ちたあと、アインズはマジックアイテム《遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)》の練習を再開する。

 周辺の村がスレイン法国の特殊部隊に滅ぼされ、彼らの手はカルネ村に伸びようとしていた。





「じゃあ午前中は村人達を手伝ってきますね」
「わかった、また後で」

 周辺の村を調査して村同士の交流はどうなのかを知ろうと、アインズは上手くいっている鏡の操作に没頭し、ヤトは一足先にエンリとネムを手伝おうと出ていった。

 果物を齧りながら、村内を気怠そうに歩く。
 すれ違う村人たちは、一人の例外もなく挨拶をしてくれた。

「おはようございます」
「おはようございます」

 繰り返し(ダ・カーポ)に疲れてきたところで、木陰で薬草をすり潰している子供たちへ到達する。
 彼らの元気は今日も振り切っていそうで、ナザリックの闇妖精(ダークエルフ)を思い出した。

「おはよう」
「おはよう!」
「お兄ちゃん、起きるの遅いんだね」
「ん、いや家の中でやる事があったんだよ」

 しばらく取り止めのない話が、子供達と続いた。

「おはようございます。ヤト様」

 やがて、水の入ったバケツを手にしたエンリがやって来る。

「おはよう、エンリ。今日も手伝わせてもらっていいかな?」
「あ、でも今日は近くの森に薬草の採取に出掛けようと」
「じゃ付いていこう。こう見えても強いから護衛になるぞ」
「よろしいのですか?」
「あぁ、アインズさんは中でやる事があるみたいだから、俺は暇なんだよ」
「ではよろしくお願いします」

 控えめにエンリは頭を下げた。

「ねえ、お兄ちゃんはどこから来たの?」
「なんで髪が黒いの?」

 異国の民へ興味津々な子供たちは、瞳を輝かせて質問を投げつける。

「俺はずーっと遠くの国からだ。俺にもどのくらい遠くなのかわからない。そこに住んでいる人は、みんな髪が黒いんだよ」

 この村では大人たちが農作業に取られてしまい、子供たちも遊ばずに作業を手伝っている。
 絶好の遊び相手となったヤトは代わる代わる肩車をせがまれ、エンリは申し訳なさそうに謝っていた。

 子供に特別な興味があるわけではないが、他者と親交を深めるイベントは嫌いではなく、彼は全ての子供たちに応じながら、トブの大森林へと足を向けた。





 森林の入り口付近での薬草採取を終え、村に帰ると正午だった。
 食事を摂るために、要塞に帰宅すると、セバスとユリは頭を下げて出迎えてくれた。

「ただいまー」
「お帰りなさいませ、ヤトノカミ様」

 「お帰りっていい響きだな」と思いながら、卓に並べられた調理の必要が無い果物に手を付ける。

「アインズさんは?」
「はい、まだ作業中でございます」
「ふーん。そうか」

(まだ鏡弄っているのか。何か面白い発見でもあったのかな?)

 面白いイベントを待っているヤトが、何かの発見があったのかと期待していると、ユリが申し訳なさそうに声を掛ける。

「あのう、ヤトノカミ様?」
「どうしたユリ?」
「お聞きしたい事がございます。よろしいでしょうか」

 主の食事を妨げたユリを、セバスが軽く睨んだ。

「いいよ、何?」
「一般メイドであるフォアイルに、その……ご寵愛を授けたというのは真でございましょうか?」

 口の中で咀嚼していた果物を吹き出し、一部は気管の方へと足を延ばした。

「ゲホッゲホッ。水をくれ」
「は、はい、ただいま!」

 優秀な執事であるセバスも、ユリの想定外な質問に固まっていた。

「ふぅ」

 コップに入れられた水を飲み干し、一息を吐く。

「いや、あれはご寵愛などではない。私達にしかわからない事を確認したかっただけなんだ。決して下品な下心からではないよ。だからこれ以後、もう二度と言わないから」
「そうなのですか?」
「当たり前だ。ちなみにその話、どこまで広まってんの?」
「はい、守護者の方々はあまりご存じないかと思われます。私を含めたプレアデス・一般メイド達と、噂によるとアルベド様の耳には入っているとか」

 心の広場に立っている小さいヤトが、滝のように流れる冷や汗で足元に水溜りを作った。

「わかった。明日には帰還するから、皆の誤解を解いてくれ」
「畏まりました。私の悩みに応えて頂き、ありがとうございます」
「悩んでたの?」
「はい、アインズ様はアルベド様と御婚約なされたというのに、更に一般メイドにお二人でご寵愛をとの事でしたので、アルベド様が不憫でございまして」
「……指輪のことだな。アインズさんは婚約指輪という意味で与えたわけではないよ。ついでにそれも訂正しておくように」
「畏まりました」

 居心地悪くなったので、果物を手に取りアインズの部屋へ移動した。

 どちらにしても噂はアインズの耳に入ることになり、ヤトへの説教も揺らぎはしなかった。





「アインズさん。何時ごろにトブの大森林に行く?」
「おかえりヤト、その前にちょっとこれを見てくれ」

 アインズは遠隔視の鏡を指さす。

「なにコレ? 廃村?」

 鏡の中に映っていたものは、焼き払われた村の残骸、煙を上げる家、無造作に置かれた老若男女の死体だった。
 死体の致命傷は剣によるものだろう。

 奥に生きている人々が10人程度、呆然自失で立ち尽くしている。
 その十倍以上の死者が転がっていた。

「盗賊団の襲撃かもしれない」
「ここはどこですか?」
「ここから南東に下って行った場所、だね」
「カルネ村にまで来るかもしれませんね」
「俺もそう思う。すぐに帰還しよう」
「えっ? 助けないんですか?」

 不思議そうなヤトの問いに、輪をかけて不思議そうなアインズが聞き返した。

「なんで?」
「だって可哀想じゃないですか」
「いや、もう情報はもらったし、理由も価値もないから」
「う、いや、まあそーなんですけどねー……」

 驚いたり失望したりしているわけではなく、待ちわびてようやく発生したイベントを無視して拠点に帰るのは勿体なかった。
 アインズの意見には同意し、理解もできていたが、帰還と交戦ではどちらが面白そうかと偏った天秤にかけると、自然に戦う方へ軍配が上がる。

「ではこうしましょう。逃げる準備を万全に整えて、隠密部隊を後方待機させます。その後で村人を待機させ、俺が本気で強化スキル全力の一撃を与えましょう。それで相手が死んだらオッケー、死ななきゃ逃げましょう。実戦の機会ですよ、アインズ様」

 個人的な意見が強いため、あまり強くは言えなかった。
 アインズは顎に指をあてて考えている。

「実戦という意味で考えれば、逃げやすい状況での実戦は悪くないね。一般的な盗賊団だとすると、レベルも桁違いに強いわけではないだろうし」
「ありがとうアインズさん」
「でも負ける可能性が1%でも見えた場合、即時撤退。ゲートの準備は先にする。これは譲れないよ」

 反論は許さないと、アインズは静かに強く諭す。

「ん、うーん……はい、わかりました」

 これ以上の反論が思いつかず、また反論する気もなかったため、大人しく引き下がった。
 アインズの言う通り、命を懸けて守らなければならないのは、ナザリック地下大墳墓だけであり、他の生命は行きがけの駄賃というのに同意見だった。
 アインズにとっては虫けらであり、ヤトにとっては風景の一部(モブキャラ)なのだ。

 彼らが死のうが生きようが、どちらもゲーム内のイベントに過ぎなかった。





 俄かに信じがたい事実を突きつけられた村長は、困惑して汗を流した。
 ヤトが鏡の映像を見てもらうよう提案し、映し出された大量の死体を見て、彼は何が起きたのか一目で理解した。

「こっこれは!? コトス村が壊滅している! なんという事だ……」
「落ち着いてくださいよ。襲撃した奴らはその内ここにも来ますよ」
「村長殿、世話になった礼に、我々も協力しましょう。だが、彼らの強さが分からない以上、逃げる準備は必要です」

 崩れ落ちるんじゃないかというほどに、重大な衝撃を受けた村長を宥め、村の北側に住民を集めさせた。
 北側に集めたのは、アインズ達が撤退した場合にトブの大森林に隠れ、一人でも生き残れるようにとの提案だった。

 セバスとユリをナザリックへ帰還させ、入れ違いに防御に特化したアルベドを呼びだす。

「アインズ様ぁ、お会いしとうございました」

 全力の武装をした彼女は、黒い鎧で全身を覆い隠して性別すら不明だったが、作ったしなで女性だとわかる。
 アインズの目の前でくねくねと踊っていた。

「よかったね、アルベド。彼も会いたがってたよ」
「くふふふ、ありがとうございます。アルベドは女に生まれて幸せでございます」
「……うむ、では作戦を決めるとしよう」

 無言で冷や汗を掻いていそうなアインズを、ヤトは面白そうな目で眺めていた。





 アインズが鏡で周辺をくまなく探した結果、今夜から明朝にかけてカルネ村へ襲撃をかけるらしく、騎士の格好から盗賊ではないと推測された。

「盗賊じゃないって、じゃあ戦争の侵略行為ですかね?」
「皆殺しにしていないところを考慮すると、その可能性が高いと思われますわ」
「ふむ、どちらにしても振りかかる火の粉に変わりはない。彼らに先陣のヤトが放つ衝撃波が通じなかった場合、即時撤退だ。だが、ここはナザリックから近い。戦争の示威行為だった場合は危険だな」

 アルベドとヤトは、顎に手を当てて悩むアインズの次の言葉を待った。

「エイトエッジ・アサシンは15体、全員で等間隔に村を囲め。ヤトの初撃で歯が立たないようなら、その身を挺して我々を守れ」
「御意」

 壁際に整列しているエイトエッジ・アサシンが応えた。
 彼らは隠密行動に長けた昆虫種族であり、その豊富な手足で8回連続攻撃を持つ強力な暗殺者だった。

 それなりの弱者であればだが、彼らだけで事足りるだろう。

「アルベド、お前は最終防衛ラインだ。必ず我々の撤退を支援し、そして自らも必ず生きてナザリックに帰還せよ。念のため作戦前にデスナイトを一体召喚しておく」
「はっ。必ずやご期待に応えてみせます」
「いつものデスナイトですね」
「エイトエッジ・アサシンは敵影が発見できるまで、周辺地域を広範囲にわたり警戒。敵影を発見後、即座に伝達。行動はすぐに実行せよ」
「仰せのままに」

 返事と同時に彼らの姿は消えた。

「アインズ様、他の守護者達を呼んでは如何でしょうか。特にアウラは魔獣を使役していますし、シャルティアは眷属召喚が可能です。発見した敵の実力を測るのに最適かと思われます」
「今回、最も優先しなければいけないのは、敵が我々より強かった際の素早い撤退だ。それには人数が多いと時間がかかってしまう。エイトエッジ・アサシンであれば、ここに置いていっても、隠密行動に優れているため、見つかることは無いだろう」

 アルベドに優しく諭した。

「はっ、失礼いたしました。ではそのように」
「では待機だ、アルベド。よろしく頼むぞ」
「畏まりました、アインズ様」

 ここまでアインズのロールプレイを、ヤトはぼんやりと見つめていた。
 改めて自身のロールプレイをどうすべきなのかと考えるが、特に希望も結論も出なかった。

「相変わらずロールプレイがお上手ですね。俺も従いそうになりますよ」
「好きな事だからね。今回は命懸けだけど」
「さて、何時に来ると思います? アインズさん」
「戦争の先発隊だと仮定すれば、村人が目を覚ます前、早朝が妥当だ」
「俺もそう思います。人化は解除しておきますね。もうすぐ夜なので、外で見張りしませんか?」
「そうだな。念のためフライで空から見てみるか」

 ヤトは本来の大蛇に戻った。

「うし、眠気も覚めましたし、警戒に当たりましょう。血沸き肉躍るというのはこんな気分なんでしょうねえ」
「どうも締まらないな……」

 若干の不安と強い好奇心を小脇に抱え、二人は要塞を後にした。





 満天の星空を照明に、村人たちは災害で避難してきた難民の如く、表情に不満を色濃く出していた。
 空を流れる天の川は彼らからしてみれば見慣れた景色であり、慣れない野営と襲撃の恐怖で大半の人間は震える夜を過ごした。

「お母さん、今日は外で寝るの?」
「そうよ、あなたは何も心配しなくていいの。たくさん食べなさい、私の分も」
「いただきまーす!」

 ネムは赤い果物をもぐもぐと食べ、口の周りを果汁で濡らしていた。
 母親の手が優しく口を拭き、咀嚼する彼女の口角が上がる。

 すぐ隣では食欲を失ったエンリが、顔に濃い影を落とした父親に尋ねている。

「お父さん、私たちどうなるのかな……」
「わからん。今はあの方々を信じるしかない。エンリももう休みなさい」
「うん……」

 何でもない一日は、執事の訪れから一変してしまった。

 命を奪われる恐怖に、皆がすぐにでも逃げ出したかったが、夜の森をうろついて魔物にでも遭遇すれば、そちらの方こそ死ぬ確率が高く思えた。


「お母さん、これ美味しいよ! お母さんも食べなよ!」


 ネムだけが遠足の前日にはしゃぐ子供のように、笑顔で果物にかぶりついていた。




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異世界カルネ村殺戮記



 眠ることなき一行に、エイトエッジ・アサシンから敵影発見の報告が入ったのは翌朝だった。

 南西の方角より騎馬一個小隊、騎士であることは間違いないが、強さや所属までは彼らに測れず、その実力は不明のままだった。

 一晩待ち続けた来客にヤトの心は躍り、アインズは密かに身構える。

「ワクワクするね。楽しい!」
「命掛かっているんだから死ぬなよ。頑張れ、切り込み隊長」
「お任せを、アインズ・ウール・ゴウン様」

 ヤトは背中に収納されている大鎌・小太刀を構える。

「じゃあ、ちょっと行ってきます。アルベド、何かあったらアインズ様だけは守れよ」
「御武運を、ヤトノカミ様」

 買い物に出かけるのとなんら変わらない、軽快な口調だった。

 強化スキルをいくつも唱え、黒い波動を全身から立ち上らせる。
 スキルの使用が重なる度に、自分が強くなっていくのを感じ、同時に攻撃性と加虐嗜好が膨張していく。

「はぁぁぁぁ……」

 どす黒い色でも帯びているかのような、吐息を漏らした。

「さあ、はじめようかぁ!」

 大蛇は駆け出した。

 スピードは元より速かったが、スキルにより強化されている彼の速度は人知を超越し、一瞬で姿が見えなくなる。

 「流石に速いな」と、残像も残さずに姿を消した友人を見て、アインズは呟いた。

(ちょっ、ちょっと! 早すぎる!)

 当の本人は自分でも驚く速さで敵に向かっており、遥か遠方に見えていたはずの敵は目前に迫っていた。

「わあああ! 超斬撃衝撃波(ギガスラッシュ)!」

 敵と遭遇(エンカウント)時に不意打ちを食らったような驚きの声を上げ、敵の騎士達は異形の怪物に気が付いた。
 迎撃準備ができていないヤトは、ダメージを負う焦りで慌てて衝撃波を放つ。
 鎌と小太刀の間から発生した衝撃波は、横に大きく広がって騎士たちに進んでいく。

 (まずい、体勢崩したから二発目が)

 ヤトが焦ってもたついている間に、敵へと到達した衝撃波は馬もろとも切断する。
 スパッと気持ちいい音が聞こえそうな切れ味に、こちらに走っていたはずの騎士たちは一人も残さず地面に倒れていく。

「え?」

 付近に生きている者の姿は見えない。

 どこかで何かが倒れる音が聞こえ、そちらへ顔を向けると遠くで大木が倒れていた。

「……そんなに遠くまで伸びないはずだったんだけど。《現断(リアリティ・スラッシュ)》相当だからなぁ。たっちさんの次元断層とか次元断切とかどうなんの? 範囲強化スキルは持ってないんだけど、運強化(中)の影響か?」

 探知スキル、ピット器官《生命探知・アンデッド探知不可》で周辺を確認し、何も生き物がいない事を確認後、仲間の下へトボトボと帰還するのだった。

「期待外れだ……鎧ってあんなにスパッっと切れるの? 頭の刀も抜いてないし。つーか、あれだったらアインズさんの絶望のオーラⅤとかでも殺せたんじゃない? そっちのがMP消費少ないし……ツマンネ」

 ブツブツと文句を言いながら、緩やかに村に歩いていった。





 村の入り口で二人が出迎えてくれる。

「お疲れ。デスナイトを出すまでもなかったね」
「弱かったッス。ゴミでした」

 文句を垂れ流していた先ほどとは打って変わり、明るい口調でアインズに声を掛けた。

「いえ、ヤトノカミ様に両断して頂けるなど、下等生物に相応しい最期かと思いますわ」
「そ、そうかな、ありがとう。ところで、アルベドは人間をどう思う?」
「虫けらでございます。あの様な下等生物、踏み潰したら、さぞや気持ちがいいでしょう」

 声のトーンを落として答えるアルベドに、ヤトは心からそう思っているなと理解する。
 アインズはカルマ値の影響を考慮しようと、人知れず心のノートに疑問を書き加えた。

 書き終えたアインズは、アルベドを優しく諭す。

「アルベド。考え方を変えろとは言わんが、その物言いは避けよ。何か役に立つ事もあるかもしれない」
「はっ、失礼いたしました」
「エイトエッジ・アサシン。奴らの死体を村の広場に運べ」
「アインズ様、村の反対側より一個分隊相当が接近しています。どうやら隊長格はそちらにいるかと」

 エイトエッジ・アサシンが急いで報告に来る。

「隊長は生かして捕らえよ。他は綺麗な死体で殺せ。武器や防具を調べたい。殺害後は同様に死体を集めよ」
「仰せのままに」

 指示されたエイトエッジ・アサシンは、素早く走り去った。

「村長を呼びに行きますか。気を張って外で寝たから疲れてるでしょ」
「その姿で行かないように」
「あ、そうでした。《人化の術》」

 三人は村人達が待機している村の北側を目指した。
 途中でヤトの足は極端に鈍くなり、アインズとアルベドが立ち止まって振り返ると、彼の目は半分も開いていなかった。

 黒髪黒目の男は、弱弱しい声で新たな危機を知らせる。

「アインズさん、大変です……眠いです……」
「……村長宅で寝かせて貰え」

 彼は途中で力尽き、アインズとアルベドに肩を担がれて広場へと向かった。





 肩を担がれるヤトの姿を見て、戦った影響なのかと動揺した村人たちは顔色が悪かった。
 アインズの説明と寝息を立てるヤトで落ち着きを取り戻し、安心して各々の自宅へと帰っていった。
 村長の肉体疲労をアインズが魔法で癒し、眠ったヤトの代わりに村長を加えた三人で、捕らえた隊長の尋問を行う。

 吐き出された痰のような男はベリュースと名乗り、品性も誇りもない命乞いと話し方でアインズを不快にさせ、アルベドの殺意を買い、村長の頭を怒りで真っ白にした。
 会話の途中でいちいち命乞いを挿入し、遅々として進まない話に不快になるも、他に生かして捕らえた者はおらず、情報を引き出すに余計な時間を労した。

 彼らはスレイン法国の特殊部隊、陽光聖典の先遣隊にあたり、当該任務はリ・エスティーゼ王国最強の戦士と名高い、ガゼフ・ストロノーフ戦士長の暗殺任務だった。
 村にいる人間を無作為に選んで生き残らせ、他は全員殺すように言われたと話した。

「帝国の鎧を着用して両国の仲違いを仕向けろと。もうすぐガゼフ・ストロノーフも、この村に来ます。スパイがいますので、装備のランクを落とした戦士長を、陽光聖典が包囲してから暗殺する手はずになっています。ですから! 私の命だけは助けてください!」

 部下を殺戮したエイトエッジ・アサシンが、よほど恐ろしかったのだろう。
 特に聞いてもいないのだが、ベリュースという男は尋問に友好的かつ協力的だった。

 それが余計に不愉快だった。

「ちょうどよい。そのガゼフとやらがここに向かっているのであれば、もう一度その話をせよ」
「はっはい! ありがとうございますぅ!」

 アインズはこの男を助ける気が無く、また助けるという言葉も口にしなかったのだが、助かったと勘違いしているベリュースは騒がしく叫んだ。

「なんということを……この村には幼い子供たちも、働き盛りの若者もたくさんいるのに……適当に残して殺すなどと……我々は間引きされる家畜ではない、許される筈が」

 村長は怒りで顔を真っ赤にして震えている。
 ベリュースの小物臭い話し方も、その怒りを助長する原因だろう。
 こんな奴らに殺される所だったのかと、心中では暴風雨が吹き荒れた。

「村長殿、もうすぐここに王国戦士長がやってきます。改めて村人をどこかに集めてください」

 アインズは村長に呼びかけたが、顔を赤くして怒りを堪える彼に聞こえてはいない。

「少し落ち着いてください、村長殿。もうすぐお昼なので、皆さまと食事を」
「申し訳ありません、ゴウン様」

 とぼとぼと立ち去る村長は背中に哀愁を漂わせ、前日と比較すると一回り老け込んでいた。


「ではヤトを起こしてこよう。戦士長殿を迎える準備をしなければ。アルベド、ここからが本番だぞ」
「畏まりました。お任せください」

 エイトエッジ・アサシンが無傷で殺戮を終えたことにより、アインズは敵のレベルに安心と油断をしていた。

 広場に積み上げられた死体の山は全員がレベル1から5までの騎士であり、最悪の選択肢はどこにも存在しなかった。





 村長、アインズ、アルベド、そして眠そうなヤトの4名は、村の西側で待機をしている。
 アルベドはベリュースの首根っこを絞められた家畜のように掴み、アインズの後ろで待機する。
 ベリュースがうめき声をあげる度に、アルベドの手に力が込められた。

「……アルベド、殺すなよ?」
「ご安心ください、アインズ様。限界は見極めております」
「……そうか」

 生命活動が放棄(ボイコット)される限界寸前まで首を締め上げられ、畜生扱いの彼は鼻水と涙を流していた。

 程なくして、馬を駆る武装集団が見えてくる。

 現れた騎士たちは装備に統一性がなく、武器の種類もバラバラだった。
 盗賊団や傭兵団と言われても、素直に信じただろう。
 恐らくは隊長かと思われる先頭を走る屈強な男性は、部下たちへ停止の合図を行い、精悍な声で叫んだ。

「私は王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ! 近隣を荒らしまわっている騎士を討伐するため、王のご命令を受け、村々を回っているものである!」

 アルベドに首根っこを掴まれた男を見つけ、ギョッと目を見開いて言葉を止めた。

「……村長殿。この方々はどなたか教えて貰おう」

 「偉そうだな」とヤトは表情を曇らせ、「生意気な下等生物が」とアルベドは鎧の中で顔を歪めた。
 二人の不穏な空気を察したアインズは自身へ注意を向けようと、口を開こうとした村長を手で制し、堂々とした振る舞いで説明をはじめる。

「初めまして王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ殿。私はアインズ・ウール・ゴウン。ナザリックという場所の主人である魔法詠唱者です。転移魔法の失敗で、仲間達と共に近くに転移してきてしまったのです。周辺の情報を集めるために村へ滞在していたのですが、騎士の襲撃に遭い、これを撃退した者です。彼が護衛で友人のヤト、部下のアルベドです」

 紹介された二人は、仕方なく頭を下げた。
 双方、若干の意味合いは違うものの、あまり快く思ってはいない。

 ガゼフは馬を降り、アインズに歩み寄る。

「この村を救って頂き感謝する。ゴウン殿。すまないが、仮面を外してくれないだろうか」
「お断りします。私の見た目は少し変わっていますので。彼を見て察して頂きたい」

 手で促されたヤトは、軽く頭を下げた。
 南方の異国人である事を貫き通すつもりだったが、ガゼフが高慢な貴族であれば何の理由にもならなかっただろう。

 しかし、彼はそれ以上の追及をしなかった。

「さあ、お前の知っていることを説明しろ」

 身元を掘り下げられても困ると判断し、捕えているアルベドを促した。





 小物の異臭漂うベリュースの話を、ガゼフは眉をひそめながらも静かに聞いた。
 ひとしきり話が終わったのを確認し、アインズが尋ねる。

「王国貴族はスレイン法国と繋がっているのですか?」
「いや、そんな筈はない。スレイン法国は王国貴族の腐敗を嘆いていると聞く。恐らく、先遣隊の彼には作戦の詳細を明らかにしていないのであろう」

 アインズは仮面の下からベリュースを睨んだ。
 不穏な空気を察した彼は俄かに騒ぎ始め、アルベドに首根っこを再び拘束された。

「ひぃっ! お許しください! 私は部下の話を聞いただけなんです! 命だけは!」

 情けない姿に殺す気にもならず、ガゼフとの話し合いに戻る。
 彼の話によると、貴族から難癖をつけられ装備品をはく奪、投げやりに放り出されたようだった。

「戦士長殿、王国は私達を見捨てたのですか! 今まで必死に税を納めてきたというのに、ゴウン様があの時いらっしゃらなければ、村は壊滅していたのです!」
「村長殿、すまない。責めるなら腐敗貴族の反発に抗えなかった私を責めて欲しい。どうか王を、弱られている王を責めないでくれ」
「そんな……私達は冬を越すために、毎日必死で生きているというのに」

 否定もせず、村長へ謝罪の言葉を紡いだが、彼の心中は平穏を失った。

 憤怒・絶望・悲哀・落胆・様々な感情が入り混じった表情を浮かべ、膨らんだ風船のように針で刺せば破裂をし兼ねない。
 50代中頃だったはずの村長は更に老け込み、背中は少し押せば倒れそうだった。

 そんな村長をしり目に、ヤトはガゼフ・ストロノーフを真っすぐ見据えた。
 王への忠誠、自らの武への誇り、他者へ心遣いが見て取れる彼は、決して嫌いではなかった。

 しかし、噴き上がった村長の感情は、その程度では収まらない。

「もう手遅れだな」

 聞えないように呟いた。

 場を仕切り直そうと、アインズが努めて穏やかに彼を宥める

「村長殿、気持ちはわかるが落ち着いてください。あなたがしっかりしないと、他の村人も不安になるでしょう」
「取り乱して申し訳ありません、ゴウン様。私は悔しいのです。今まで王国の為に、王の為に尽くしてきた私達の、その人生はなんのためだったのか……」
「一度、皆様に説明をしてきてはいかがですか。私達はここにいますので」

 村長を促し、この場を離れさせた。

 あそこまで落ち込んでしまった以上、アンデッドでもない彼の精神が落ち着くまで多大な時間を要するに思えた。

「戦士長殿、周辺に隠密に長けた部下を待機させています。今しばらくこちらで待機を」
「しかし、包囲が完了するまで大人しく待機をしている訳には――」
「ご安心下さい。強いのですよ。私達は」
「戦士長殿、私と立ち合いをしてくれないか? 王国最強の腕を見てみたい」

 「おまえ、また何言ってんだこの野郎」と、アインズの内心は穏やかでない。

「よろしいのではないでしょうか。アインズ様」

 アルベドがヤトに加勢し、アインズの勢いは止まる。
 ガゼフは全身武装でベリュースの首根っこを無慈悲に掴む御仁は、実は女性だったことに気づく。

「アルベド、なぜだ」
「安心して我らに任せるには、王国最強と名高い彼と立ち会うのが相応しいかと」

 理性的なアルベドはアインズを納得させた。

「……仕方ないな。お手柔らかに、戦士長殿。陽光聖典は我々で撃退しましょう。立ち合いの礼だと思って下さい。勿論、彼が弱くて不安であれば、ご同行頂いても構いません」

 アインズは諦めたようにガゼフに話しかけ、どこからか小さく「やった」という声が聞こえ、密かにアインズを苛立たせた。

 ガゼフの意志をないがしろにして立ち合いをする流れに巻き込まれ、今さら「嫌だ」と言えない空気に、止む無く戦士長は準備を始めた。

 死体が積み上がる広場にて、副長に手伝われながら下級の装備を整える。

「よろしいのですか、ガゼフ様。あのような得体のしれない者と立ち合いなど」
「ふむ……副長はどう思う?」
「……私は不気味です。あの三名、誰一人として勝てる気がしない。まるで猛獣の檻に放り込まれたようです」

 ガゼフは笑いながら応えた。

「私もそう思う」






 (PVPの開始距離は10mだったかな……?) 

 王国側の手に汗握る緊迫感とはほど遠く、呑気なヤトはどの程度の距離を開けるか悩んでいた。
 仮面で表情が不明のアインズは、どことなく退屈そうである。
 仮面が無くても表情はわからなかっただろう。

 双方、武器を構え対峙し、僅かな間が流れた。
 騎士たちは揃って唾を飲み込む。

 先に動いたのはガゼフだった。

 手加減して動きの鈍いヤトの刀を掻い潜り、少しでも手傷を負わそうと斬りかかる。
 攻撃の全ては弾かれることなく命中したが、《上位物理無効化Ⅲ》の自動発動によってレベル60以下の攻撃が無効化されてしまい、重たい空気を斬るような手ごたえしか感じなかった。

(60レベル以下か……)

 ヤトとアインズは同じ事を考えていた。

 相手を動かしてばかりで悪いと思ったのか、長い刀でガゼフの剣を防ぐ。

(体は自然に剣術を使えるみたいだな)

 幾度となく剣を弾かれ、幾度となく受け流され、ガゼフは徐々に本気になる。

「《流水加速》《能力向上》」

 武技を使用して身体能力を上げ、再びヤトに斬りかかった。

 (何だ? スキルとはまた違うな。俺は習得できるのかな)

 自動で無効化されるため、ヤトは真剣に相手をしていなかった。

 立ち合いは一方的な流れとなり、心配したアインズから《伝言(メッセージ)》が入る。
 片手でガゼフの剣を弾きながら、こめかみへ指をあてて答えた。

《なんでしょうか》
《あまり圧倒的な立ち合いをするな。目立つ事は避けなさい》

 「それもそうだな」と《伝言(メッセージ)》を切断し、声だけでダメージを負ったように振る舞いを行う。

「うっ」

 特に剣も当たっていないが、痛がる振りをして体勢を崩した彼に、ガゼフは更に武技を使って闘争の幕を下ろそうとしていた。

「《六光連斬》!」
「うわああ!」

 彼の動きに合わせて後方に飛び、故意にバランスを崩して芋虫のように転がった。
 さじ加減が良くわからず、過剰に遠くまで転がった彼は、衣服が上から下まで砂埃で汚れた。

 アインズは友人の稚拙な演技が恥ずかしくなり、精神の沈静化を果たした。

 手を汗で濡らしたガゼフの部下たちは、安心して胸を撫で下ろしていたが、勝者のガゼフには何の手ごたえもなく、圧倒的な力の差に苦々しい表情を浮かべていた。

 どちらが勝者かなど、戦った両名からすれば考えるまでもなかった

 砂で体を汚した敵はのろのろと立ち上がり、片手をあげてガゼフへの称賛を述べたが、ガゼフからすれば皮肉を言われているように感じる。

「いててて、ありがとうございます。ガゼフ・ストロノーフ殿。お見事です」
「友人の我儘に付き合ってくれて感謝する。戦士長殿」
「いや、ゴウン殿。そなたの友人は強い。ヤト殿、退屈な試合で申し訳ない」
「いえ、楽しかったです。またお会いする事があればお願いします」
「一度王都に来てくれないか。今回の礼を兼ね、歓迎させて頂く」
「いや、礼ならばこの村に届けてくれればかま――」
「王都には美人が多いのですか?」

 アインズの言葉を遮り、会話に割り込むヤト。

(この野郎……なに勝手に話をしてるんだ)

 仮面の下でジロリと睨んだが、ガゼフは彼の言葉を拾い上げた。

「もちろんだとも。王国一美しいのは第三王女様だろう。そのご友人であるアダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇リーダーは、強くて美しいらしいぞ。なんでもチームメイトは美しい女性ばかりとか」

 村を救った英雄の彼らへの敬意として、王都にて個別に礼をしたいガゼフは、自らの発言に多少の誇張表現があったと自覚していた。
 アインズが王都へ来る件に否定的なのであれば、ヤトだけでも王都に招きたいと考えていた。

「よっしゃー。必ず行くぜ、ガゼフ・ストロノーフ殿」

 アインズは止める気にもならず、額を押さえて首を振る。
 不思議そうにアルベドは首を傾げていた。
 「後で覚えていろよ」と、アインズは先の戦闘以上に決意を新たにする。

 アルベドは配下から連絡を受け、アインズへ報告をした。

「アインズ様、陽光聖典によるカルネ村の包囲網は完成したそうです」
「わかった。では戦士長殿、我々はこれより彼らの迎撃に入る。村人の避難所を守ってくれるとありがたい」
「ゴウン殿、我々も助太刀を――」
「それには及ばない、巻き添えになると命に関わる。私はそのような魔法詠唱者だ」
「それじゃっ!」

 死地に赴くとは思えない程軽く、ヤトは手を挙げる。

「ではまた会おう、戦士長殿」

 強い目で助太刀を申し出たガゼフだったが、差し出した手は取られなかった。

「よろしいのですか、ガゼフ様」
「彼らは強い。恐らく、私が何人いても、傷一つ負わせられないだろう。その彼らについていくというのは、邪魔になるだろうな」
「そんな……」
「我らにできることは、彼らが撤退した場合、速やかに村人を逃がすだけだ。副長、村長に協力を仰ぎ、村人を広場に集めろ」

 この時に下した選択の正誤が、ガゼフは後になってもわからなかった。





 カルネ村の周囲にて、陽光聖典指揮官であるニグン・グリッド・ルーインが、部下の報告を険しい顔で受けた。

 周囲に控えている黒い法衣を着た部下は、天使である炎の上位天使(アークエンジェルフレイム)の召喚を続けている。
 召喚された天使たちは宙を漂い、命令があるまで待機をしている。

「そうか、先遣隊がなぜ消えたのかは不明だが、ガゼフと対峙してしまったのであれば、やむを得ない犠牲か。標的はどうした?」

 頬に縦に走る傷跡がある彼は、獰猛な獣の目を部下に向けた。

「はっ、村の中にいる事は確認してあります。じき、こちらに現れるかと」
「そうか、これで神託を成す事ができ……ん? なんだあいつらは」

 黒いローブを着て怪しげな仮面をつけた魔法詠唱者が、二人の護衛と立っていた。

「初めましてスレイン法国 陽光聖典の皆様。突然で申し訳ありませんが、皆さまは我々と共に来て頂きます」
「貴様らは何者だ!」
「ナザリック地下大墳墓の主、アインズ・ウール・ゴウンと申します。無駄な抵抗は御止めになった方がよろしいかと思われます」

 スレイン法国の特殊部隊隊長であるニグンは、馬鹿にされた気になり怒りを露わにする。

「殺せ」


 光り輝く剣を握った二体の天使が、アインズ目がけて急降下し、一切の抵抗なしに両胸を貫かれた。
 ニグンの目には無言で佇む彼が、剣で貫かれ絶命したかに見えた。

 傍らの剣士が気の抜けた声を発するまで。

「どうッスか?」
「やはりユグドラシルと同じだ。炎の上位天使(アークエンジェルフレイム)で間違いない」
「斬ってもいいスか?」
「いや、私がやろう」

 突き刺した剣が抜けず、足をじたばたと暴れさせる天使の頭を掴み、全力で地面に叩きつけた。
 叩きつけられた天使たちは光の粒子となり、砂埃に混じって消滅した。

(綺麗だなー)

 緊張感の欠片も見受けられないヤトは、夕刻を彩る光の砂に見惚れていた。

 アインズは動揺する陽光聖典に語り掛ける。

「さて、君たちの信仰する神はなんだ? 名前や力などを詳しく教えてくれるとありがたいのだが」
「天使の召喚を続けろ! 天使たちよ、かかれっ」

 ニグンは答える様子もなく、指示を出している。

「やれやれ、聞く気もなしか。アルベド、ヤト、後ろに下がれ。私がまとめて片づける」

 命じられた二人は、アインズの後方に下がっていく。

「さぁ、始めようか、鏖殺だ。《負の爆裂(ネガティブバースト)》!」

 アインズを中心に黒い球体が大きく広がり、空を漂っていた大量の天使たちは負属性の爆裂を受けて消滅した。
 日没が迫る夜空に、光の粒子が装飾(イルミネーション)となった。

 またもや見惚れるヤトの口は開いていた。

「ひっそんな馬鹿な! あれだけの天使たちを一撃で!」
「ニグン隊長! どうすればいいのでしょう、いっそ撤退を!」
「静まれい! 神託を帯びた我々が負けるはずがない! 上位天使を召喚するまで時間を稼げ! 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)、我を守護せよ!」

 ニグンの激励で部下たちは我に返り、乱れかけた隊列は再び整う。
 時間を稼ごうとするか弱い部下たちは、各々が多種多様な魔法を放ったが、アインズは涼しい顔をして魔法を全て受けている。

 見知った低位の魔法に防御をする気にもならず、《上位魔法無効化Ⅲ》の効果により体にも届かなかった。

 指揮官は懐から水晶を取り出し、呪文の詠唱に入る。
 ベリュースの惨めな姿に比べれば、ニグンの姿は優秀な指揮官に相応しかった。

「アインズさん」
「アインズ様」
「ふむ……アルベド、スキルを使用して私を守れ。念のため、ヤトは強化スキルをフルで掛けておけ」
「はっ」
「はい」

 同時に聞こえた二人の返事を受け、アインズは今後の戦略を練り始める。

織天使級(セラフィムクラス)だったら、即座にヤトを突っ込ませたほうがいいかもしれない。大鎌(デスサイズ)は聖属性特攻だったはず。あれ? 小太刀だったか? 蛇に戻らせたほうがいいかもな) 

 アインズが悩んでいるうちに、ニグンにより上位天使の召喚が完了する。

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)……か?」

 アインズは戦略を立てるのを放棄し、違う案件に頭を悩ませた。

(ユグドラシルと同じ程度の強さなのか? 最高位天使って織天使(セラフィム)の事じゃないのか?)

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)! 《善なる極撃(ホーリースマイト)》を放て!」

 天使のメイスが砕けて風に舞い、聖属性を帯びた光の柱がアインズに降り注いだ。

「あ」

 ヤトは無抵抗に魔法を食らったアインズをみて焦り、アルベドは瞬時に激昂した。

「ふはははは! これが痛みか、ダメージかぁ! 痛い、痛いぞ!」

 アインズは愉快でたまらないといった感じで笑っている。
 笑い声で不要な心配だったと知ったヤトは落ち着きを取り戻したが、アルベドの怒りは際限なく上昇していた。

「か、か、下等生物がぁぁ! 私の偉大なる、愛している御方に痛みを与えるなど! 殺してやる! 殺して殺して、蘇生して殺して殺しつくしてやる!」

 胸を掻き毟り激昂し、呪詛の言葉を吐き、肺に甚大な影響を及ぼしそうな瘴気が周囲に満ちた。

 アルベドの激昂を見たヤトは、役割演技(ロールプレイ)にて付き合った。

「貴様らぁ! 我らの偉大なる支配者に痛みを与えるなど、神に弓引く背教者共がぁ! 神罰だ、生まれたことを必ず後悔させてやる! 今すぐ死ねぇえ!」
「二人とも静まれ。ここまでは全て予定通りに進んでいる」

 なぜヤトが怒っているのか不明なアインズは疑問符を頭上に浮かべ、不可解なままに両者を宥めた。

「さぁ、絶望を知れ。《暗黒孔(ブラックホール)》!」

 二体の天使が、虚空へ吸い込まれていく。
 魔法は一体につき一つというルールが、この世界でずれており、アインズは新たな収穫を喜んだ。

(至近距離で浮かぶ二つの天使の間に放った場合は、二体とも吸い込まれるというのはかなりの収穫だな)

 誰も言葉を発せずに辺りは静寂が支配する。
 静寂を破ったのはニグンだった。

「ひぃぃ、そんな馬鹿な! こんなことがあるはずがない! 助けてくれ、命だけは!」

 命乞いをするニグンを、アルベドは甲冑の内側から汚いものを見る目で眺めた。

「下等生物が。そんな願いなど、我らの神に聞き入れて頂けると思うのかしら? あなたたち、もう楽に死ねないわよ」

(嬉しそうだな)

 無慈悲に死刑宣告を告げるアルベドを眺めた。水を得た魚は楽しそうに跳ねている。

 絶望的な文言を陽光聖典に告げて間もなく、天空に亀裂が走った。皆の視線はそちらに注がれた。

「どうやらお前たちは身内から監視をされていたようだな。情報系魔法に対する攻性防壁が発動したようだ」
「本国が私を監視? そんな、なぜ――」
「私はこう見えて慈悲深い。ナザリックで1秒でも早く死に絶えるように祈るといい。攫え!」

 アインズ達と反対側から攻めていたエイトエッジ・アサシンが、透明化を解除して八本の腕で彼らを捕える。

 陽光聖典は絶叫の命乞いを続けていたが、三人は既に興味を失っていた。どういう形であれ、彼らは平和な村を襲った侵略者であり、同情の余地はない。ナザリックで酷い目に合わされるだろうが、自業自得だ。
 転移ゲートに宅急便の荷物よろしく放り込まれていく陽光聖典の隊員を、一瞥さえもせずに村へ向かって歩き出した。

「アルベド、愛するアインズ様は格好良かったか?」
「くふー! 勿論でございますぅ!」
「アインズさん、天使の攻撃でダメージは?」
「そうですわ! アインズ様、どうか治療は私めにお任せ下さい。つきっきりで看病をさせて頂きます! 昼も夜も!」
「そうだ、アルベドが人肌で温めればいい。愛で傷も治るだろう」
「それはいい考えでございます! 必ずや、愛で傷を治してみせますわ!」

 ヤトは悪戯にアルベドを刺激し、際限なく興奮させ続けた。

 そんな二人に気付かれることなく、無言で村へと歩を進めるアインズは、幾度となく精神の沈静化を図っていた。


 平和を取り戻したカルネ村では別の騒動が発生し、三名の帰りを切望していると知らずに。





森林でイベント発生率1d%→ハズレ
アルベド好感度54→1d6→4 現在48
クリティカル抽選→当たり


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カルネ村事変



 夜の帳は陽光を重たく遮り、周囲に静寂と休息をもたらした。

 殺戮を終えた三名がカルネ村に到着すると、平和になったはずの村から喧騒が聞こえてくる。
 他に村人も見当たらず、止む無く彼らは声に導かれるままに、村長の自宅方面へと向かった。

 村長の自宅付近にて村人達を背後に村長が、騎士達を背後にガゼフが、双方が険悪な雰囲気で何かを話している。
 眠ってしまった子供たちは、村長の自宅でお腹いっぱいになる夢を見ていた。

 不思議に思ったアインズは、皆に聞こえるように声を掛ける。

「皆さん、どうかされたのですか?」

 その場に居た全ての人間の視線が、一斉にアインズに向けられた。

「ゴウン様! よくぞ御無事で!」
「ゴウン殿、無事であったか!」
「えぇ、天使たちの数が多くて時間が掛かってしまいました。指揮官も纏めて消滅させてしまいましたが、問題ありませんか?」
「もちろんだ、この村を救って頂き、更には我々の代わりに彼らを撃退してくれた君達に、感謝の言葉もない」
「アインズ様、よろしいでしょうか?」

 ガゼフとの話に村長が割り込んだ。

「どうなさったのですか? 村長殿」
「我々カルネ村を、ゴウン様の支配下にお収めください」
「はぁ?」
「え?」
「くふん!」

 突拍子もなく打ち出された提案に沈黙が流れる。

 口火を切ったのはガゼフだった。

「村長殿、王国から謀反と取られてしまう。どうかここは穏便に頼む」
「謀反でも我々は構わないのです! アインズ様は十分な食料を、我々が何年働いても手に入らないような食料を、見返りも求めずに与えて下さいました。それだけではありません。戦士長暗殺の阻止に協力を、この村を滅ぼそうとする法国の謀略を阻止なさった。村を切り捨てた王国と違い、アインズ様は2度もこの村を理不尽な侵略から救って下さいました。私達は殆どが今朝には死に絶えていた命、この命を差し出すことがあっても、アインズ様のお役に立ちたいのでございます! どうか、このカルネ村を支配下にお収めください!」

 村長は悲鳴のような言葉をまくしたてる。

「ううむ」

 弱ったアインズは悩むふりをして額に指をつけ、《伝言(メッセージ)》で隣のヤトに話しかける。

「ううむ」

 アインズの真似をして悩む振りをしつつ、メッセージに応えるヤト。

《どうしよう、っていうかなにコレ?》
《アインズさん、メッセージを送っても俺にもわからないッスよ。アルベドならわかるかも》

「アルベドよ、お前はどう思う?」
「はい、私はアインズ様の御心のままに進めるのがよろしいかと」

《それがわからないんだよっ!》

 メッセージを繋げたまま叫んでしまい、ヤトに筒抜けになった。

「ぶっ」

 あまりの面白さにヤトは吹き出し、《伝言(メッセージ)》を切断して明後日の方向に顔を向けた。

 考えても名案は浮かばず、自棄になったアインズは話しながら探ろうと、支配者としての役割演技(ロールプレイ)を続けた。

「ふむ、村長殿。それは村人たちの総意なのか? 妄信的に誤った感謝を捧げているのではないか?」
「他の者たちも、自分が生贄になりこの村を発展させてくれるのであれば、自分の全てを捧げる所存です」
「王国と敵対した場合、我々はカルネ村を切り捨てるかもしれんぞ」
「王国に従っていても、遅かれ早かれ滅びるでしょう。ならば、滅び方くらいは我々で選びます」
「私達は人間ではないかもしれん。支配下に入った途端に拷問され、惨たらしく殺されるかもしれないが」
「構いません。相手が人間か魔物かという事は重要ではないのです。誰に忠誠を尽くしたいかでございます」
「……その命もらい受けると言ったら、この場で死ぬ覚悟まで出来ているというのか?」
「はい、老い先短い私の命などお安いものです。幼子や若者へ安らかな死を、あわよくば少しでも長く生かして頂けるのであれば、拷問でも死でも受け入れましょう」

(そこまでの覚悟か……)

 アインズはついに言葉に詰まった。

 ガゼフ並びに騎士たちは、鬼気迫る村長の申し出に入り込めなくなっている。

 最初こそ慌てていたが、村長の背後から強い眼差しをこちらに向けて来る村人達に当てられ、アインズは真剣に考えた。

「ふっ、ふふっ……ふはははは! 面白いな、人間」

 そこでヤトが急に笑い出したため、彼の話を聞く事にした。

「よく聞け、私は人間ではない。お前たちの目に、確かな輝きを見た。だが、我々の支配下に弱者は必要ない」

 言葉を区切り、村人たちを見渡す。

「そこで、人の子よ。諸君らの中から1人以上選別し、この場で死ね。我らの王は死を超越した存在、神に等しい御方。苦痛を伴う死を越え、未来永劫この村を守るアンデッドへと生まれ変わらせてくれるだろう。そして自分たちの手で、この村を発展させるがいい!」

 ヤトは刀を抜き、村人達に突きつける。

「我々ナザリック地下大墳墓が、お前たちを支配したいと思わせるような村にするのであれば、神に等しき王の御手により、いずれこの地は慈愛により統治され、繁栄を続けるだろう。そのような支配を受け入れるか、人の子よ」
「なっ!」

 ガゼフが声を上げ、部下の騎士たちはどよめいている。
 それでも彼らは村人を止められなかった。

「おぉ、ありがたき幸せ。では、喜んでこの老体の命を差し出しましょう」

 村長がためらいなく前に出て、刀の前に鎮座する。

「いや、村長はこの村に必要な方だ! 俺が代わりに死ぬ!」
「まってくれ、私は怪我をしていて農作業も満足に行う事が出来ない。私が死ぬ! 村の役に立ちたいんだ!」
「お願い! 私にさせて! このまま王国の食い物にされる人生なんて耐えられない!」
「同じアンデッドになるにしても、元気な男の方がいいだろう! 俺がなってやる!」

 さながら邪教の狂信者のように、こぞって手が挙げられた。
 傍から見れば我先に殺してくれと手を伸ばす、この世の物とは思えないおぞましい光景だが、そんな彼らの声にアインズは胸を打たれた。

 リアルでただ生きていただけの自分が、何の巡り合わせかアンデッドとなってこの世界に、それも仲間たちと作り上げたナザリック地下大墳墓の支配者として君臨している。
 強者として異世界に転移したのであれば、それは楽しいのだろう。

 しかし、目の前にいる弱者の彼らは、たった一つの命を犠牲に、仲間、子、伴侶を守ろうとしている。
 それは強者のアインズには存在しない、強く魅力的な意志だった。

 今一つなロールプレイを終えたヤトは、無表情で彼らを眺めていた。
 何を考えているのかはわからなかったが、恐らく感銘を受けているのだろうと推測をし、やがて自らも心の揺れが大きくなり感情は沈静化された。

「私は何人でも構わん。私の生み出すアンデッドは、そこのガゼフ・ストロノーフ殿に匹敵する実力だ。生き残った者は誠実な者の方が良いと思うが?」

 彼らの強い意志に充てられ、沈黙していたガゼフは息をのむ。
 底の見えない彼らの実力に、いつか彼らと敵対者として戦場で会わないことを心より願った。

「では村長である私、足の動かないセリーヤの2名を、どうか殺して下さい。たとえ人間を辞めたとしても、この村を守れるのなら本望でございます。みな、それでよいな?」
「村長……ありがとう。本当にありがとう。これで俺も役に立てる」

 セリーヤと呼ばれた、幼少期の怪我により片足が動かなくなった青年は、村人の手を借りて村長の隣に座った。

「試したことはない。失敗する可能性もあるが、本当に良いのか」
「いえ、それであれば私を実験台にお使いください。身に余る光栄でございます」
「……そうか。では両名、私を見よ」

 その場に居合わせた人間すべてが、一斉に唾を飲み込む。
 恐怖、好奇心、期待に満ちた目で、歴史に名が残る事象を少しも見逃すまいと、目を見開いた。

「先に言っておくが、とても苦しいぞ? 覚悟はいいのか?」
「はい、思い残すことなどありません」
「よろしくお願い致します」
「本当にいいんだな?」
「後悔はありません」

 真っすぐにアインズを見つめる二人は、死の覚悟を決めていた。

「まったく、愚かな人間達だ」

 嘆くように、それ以上に優し気な感情を籠めて言った。

「行くぞ、《心臓掌握(グラスプ・ハート)》」

 色の良くない痩せた心臓が、アインズのガントレットに握られた。
 グチャっと音を立てて握り潰される。

「ぐはっ!」

 胸を強く掴んだ村長は、吐血しながら倒れていった。

「次はお前だ、《心臓掌握(グラスプ・ハート)》」

 震えているセリーヤに構わず、心臓を握り潰した。

「中位アンデッド創造。デスナイト」

 どこからともなく黒い闇が現れ、二つの死体を覆っていく。

 二つの死はアンデッドとして具現化され、巨大な黒く雄々しい兵士が二体、アインズの前に跪いた。

「聞け、デスナイトたちよ。お前たちはこの村を発展させ、守護し、人々の暮らしを見守る存在である。村人の指示に従い、彼らを助けよ」

 先ほどまで人間であった二体は、聞けば体の芯が震えるほどの雄叫びを上げた。

 ガゼフの部下は恐怖で身を震わせる。
 先ほどまで何の変哲もなかった村人は、自分たちを造作もなく皆殺しにできる存在に変わっていた。


「あ、あぁぁ……村長! セリーヤ!」

 村人達は歓喜の声を上げている。

(しかし、これではまるで邪教の信者たちのようじゃないか?)

 アインズが頭を抱えていると、ガゼフが近寄ってきた。
 「怒られるかも」と、アインズはビクっと体を震わせる。

「アインズ殿、なんという底のない魔力。そして慈悲のある対応、感服致した。そして多大な感謝をする」
「村長含む2名を殺害し、生者を憎むアンデッドに変えた者に、そんなことを言ってもいいのですか?」
「いや、言わせてくれ。この村を含め多くの命が救われた。どれほど感謝を捧げれば良いのか。王の勅命も実行し、カルネ村を犠牲者も出さずに防衛、スレイン法国工作部隊の殲滅など、我々には到底できなかっただろう」
「ガゼフ殿。後日遊びに行くからよろしく。俺はお酒が好きだ」

 先ほどの演技と打って変わり、あっけらかんとしたヤトが会話に混ざる。

「茶々を入れるな、ヤト」
「はっはっは、構わないとも。うまい酒を用意して待っている。またお会いするのを楽しみにしている。ゴウン殿、ヤト殿」
「ばいばーい」

 子供が手を振るかのような気楽さで、王国最強の戦士に手を振った。

 ガゼフ達は夜の草原を王都に向けて出発していった。

「まったく、人間ではないと思えない。王都の腐敗した貴族どもに爪の垢でも飲ませてやりたいくらいの人徳だ。願わくば、敵にならない事を祈るばかり、か」
「ガゼフ様?」
「何でもない、急ぐぞ」

 月が見下ろす草原を、王国騎士団の彼らは王都へ向けて馬を駆った。


「さて、アインズさん。ここにいると危険だから帰りましょうか」
「ああ、そうだな。アルベド、帰還するぞ」
「はい、アインズ様」

 デスナイトの周辺で盛り上がっている村人達に気付かれないよう、赤黒いゲートを開き、ナザリックに向けて出発した。

 その後、村人たちの会合にて、アインズとヤトの銅像を作るべきかの議論が行われたが、発展途上の村に銅像を作る余裕もなく、またヤトが発展すれば支配すると言い切った手前、現状で作るべきではないとの結論に落ち着いた。

 外見上は今まで通りのカルネ村として振る舞っていたが、内面は全く別の村になっていると誰も思いつかなかった。





 カルネ村にて殺戮を終えた二柱の支配者は、円卓の間にて緩んだ雰囲気で会話をはじめる。

「それで? なんで円卓の間にいるのかな」
「これからの事を考えようかと」
「これからって?」
「冒険者、興味ありません?」
「……認める、興味ある。街で暮らす必要もあるからな」
「エ・ランテルで冒険者になるってのは賛成です」
「冒険者が夢のある仕事だといいんだけど」
「俺はセバスと王都へ情報収集に行きます」
「ガゼフが図書館は小さいのが王都にあるって言ってたもんね。セバスにヤトが好き勝手に動かないように注意しておかないと。たっちさんが創った彼なら、しっかりと監視してくれるだろうから」
「心配し過ぎッス、大丈夫ですよ」
「……本当に?」

 アインズは目を細め、骸骨の眼窩に妖しい赤い光が宿った。

「アインズさん。ナザリックの内務についてなんですけど、俺たち二人とも留守にするじゃないスか?」
「そうだね」
「んで、留守中の内務について相談なんですけど。参謀を立てる事をお勧めします」
「アルベドとデミウルゴス?」
「もう一人いるじゃないスか。あなたの息子さんが」
「……」

 ヤトは返事を待ったが、彼は無言(ノーコメント)を貫こうとしており、待っても言葉は出てこなかった。

「無視ですか?」
「気が乗らない」

 拒絶的な響きがあった。

「彼の設定は頭が良かったですよね?」
「ん……うぅーん……どうだったかなぁ」
「誤魔化さなくてもいいですよ。もう知ってますから。乗る乗らないではなく、ナザリックの維持では必要じゃないですかね?」
「……そういわれると弱いんだけど」
「ついででアレですが、一つ提案があるので聞いてもらえます?」

 却下しようとするアインズを説得するのに時間がかかり、二人が円卓の間を出たのはカルネ村から帰還して随分と経ってからだった。





 数時間後、玉座の間には可能な限り全ての僕たちが集められた。
 アインズは水晶で作られた玉座に腰かけ、ヤトは玉座の隣で腕を組んでいる。

「カルネ村訪問に付き合った者、まずは礼を言おう。此度の働き、ご苦労であった」

 悠然たる支配者の声に、該当人物は深く頭を下げた。

「そして今後の話だが、パンドラズ・アクターよ、前へ」
「仰せのままにっ! 我が創造主にして我が神よっ!」

 軍服を着たパンドラズ・アクターが、赤い絨毯の中心に進み出て跪く。

「彼は私が創造した宝物殿の守護者、パンドラズ・アクターだ。知らない者もいるだろうが、以後周知徹底せよ。アルベド、デミウルゴス、前へ出ろ」

 二人はパンドラズ・アクターの両脇に跪く。

「お前たち三名は他の者たちより高い知能を持つよう創造された。ナザリックを不在にする私とヤトノカミに代わり、このナザリックの参謀として内務・外務・その他の(まつりごと)に従事し、他の者へ指示を出せ。何かあれば私に知らせるように」
「仰せのままに」

 そっけなく返事をしたように聞こえるが、彼らは勅命を名指しで受け歓喜に震えた。

「下がれ」

 三人が列に戻ったのを確認し、アインズの業務連絡は続けられた。

「皆の者、私は名を変えた」

 アインズはモモンガとしての紋章旗を、人差し指を振って焼き払う。

「我が名はアインズ・ウール・ゴウン! 以後私の名を呼ぶ時はアインズ・ウール・ゴウン、アインズと呼べ! そして次はヤトノカミ、前へ出ろ」

 大蛇のヤトに顎で促す。
 玉座の隣から下へ降りたヤトは、アインズに背を向けて(しもべ)に向き直る。

「皆の者聞け! 私は本日を以て、至高の41人を降りる!」

 予想外の内容に、並ぶ僕たちからどよめきが起きる。

「ナザリック地下大墳墓の完全復活のために、ここにいない至高の41人を全て見つけ出す! 私はナザリックの支配者であるアインズ様に、諸君らと同様、絶対の忠誠を誓い、ナザリックの先陣、切り込み隊長として行動を行う!」

 背中の大鎌を高く掲げた。

「我らの悲願は、残る至高の39人を見つけ出すことと知れ! 現時点をもって、命令の優先順位はアインズ様、次いで私とせよ」

 ひとしきり大きな声で叫んだ。

「死の支配者、オーバーロードに栄光を! ナザリック地下大墳墓に永遠の繁栄を!」

 大蛇の声は荘厳なナザリックの玉座の間を反響し、跪く従者たちの心に浸透していった。

「御苦労であった、下がれ、ヤトノカミ。我々の話は以上だ、異論がある者は立ってそれを示せ」

 守護者統括であるアルベドが、代表してその命に応えた。

「御下命、賜りました。いと貴き御方、アインズ・ウール・ゴウン様、万歳!」

《アインズ・ウール・ゴウン様万歳!》

「ナザリック地下大墳墓に永遠の繁栄を!」

《ナザリック地下大墳墓に永遠の繁栄を!》

 僕たちの声は音の塊となって、支配者二人の体を震わせた。

 それは神話の一部のように荘厳な景色だった。


(この世界に居るかもしれない、他の仲間たちにその名が届くように)

(この世界に誰も居なくとも、仲間に誇れる冒険ができるように)


 アインズとヤトは心の中で、それぞれの少し違う思いを固く誓った。





 アインズとヤトは一仕事終えてから円卓の間へ移動し、玉座の間に残された守護者たちは話をはじめた。

「でも、ヤトノカミ様が至高の41人を降りるというのは、つまりどうすればいいのでありんす?」

 シャルティアは首を傾げた。

「何も心配はいりませんよ、シャルティア。蛇神ヤトノカミ様は、アインズ様をナザリックの王とするため、我らの忠誠がブレないようにそう命じたのです。私達が偏った忠誠を尽くさなければ構わないと、つまり忠誠を尽くすことを否定してはいないという事になります」

 デミウルゴスが中指で、メガネのフレームを正した。

「そうね。私達の忠誠がアインズ様に集まれば、後は各自の好きにして良いというのが、御方の方針と考えればいいのよ」

 アルベドも同意を述べ、シャルティアは「ふーん」と答えた。

「フム、ナザリックノ最終目的ハ、他ノ至高ノ御方々ノ捜索カ」
「あ、あの、それってぶくぶく茶釜様とか、他の方々がこの世界に居られるかもしれないってことですか?」
「えぇ!? じゃぁ早く探しに行かないと!」
「落ち着きなさい、アウラ。私達が成すべき事は、この大陸の捜索と平定よ。地盤が安定していれば、下等な人間どもに煩わされることなく、ナザリックを離れ遠方へ捜索に行けるでしょう?」

 アルベドが二人を諫め、慌てたアウラは動きを止めた。

「アルベド殿から聞いた話だと!」

 パンドラズ・アクターは体を半周回し、玉座に背を向けた。

「人間は得体のしれない相手や目的に対してとる行動は、避けるか消すという事でしたね?」

 帽子の下から片目でアルベドを窺った。

「我が創造主、偉大なる絶対者、アインズ・ウール・ゴウン様であっても!」

 ダンスに誘うかのように、オペラ口調でアルベドに手を差し出したパンドラズ・アクターに対し、アルベドは冷めた目で答えた。

「……そうね。そのために私達はこの地域を平定しなければならない。一刻も早く至高の御方々を見つけ出し、ナザリック地下大墳墓が完全復活を遂げるために、ひいてはアインズ様の悲願のため」

 内心では至高の41人など殺しても構わないと思っていたが、それを態度に出すほど愚かではなかった。

「ふーん、歯向かう人間なんか皆殺しにしちゃえばいいのに」
「マッタクダ、敵対者ナド、我ラニオ任セ頂ケレバ、必ズヤ忠義ニ応エテミセヨウ」

 「やれやれ」とアウラは両手を肩の高さに上げ、コキュートスは顎をガチガチと鳴らして冷気を吐き出した。

「あぁ、早くペロロンチーノ様にお会いしたいでありんすぇ」
「あ、ぼ、ボクだってぶくぶく茶釜様にお会いしたいです」
「もしやたっち・みー様もこの世界にいらっしゃるのでしょうか」

 創造主への敬意は尽きることなく、守護者、あるいは僕たちは自身の創造主との思い出話や未来予想図で、玉座の間は賑わっていた。





 業務連絡を兼ねた大事な役割演技(ロールプレイ)を終えた二人は、他に誰もいない円卓の間で一息つく。

「疲れたッスー……やっぱり俺には向いてないすわ」
「やっぱり……失敗だったんじゃない?」
「いや、完璧なロールでしたよ、お互いに。納得いってないのは不満という事ですかね?」
「不満が残らないわけがないでしょう……仲間を部下にするなんて」
「頭のいいNPC達ですから、きっとこちらの意図を読んでくれますよ。それより今後の方針はやはり冒険者に?」
「他力本願だな……そうだね、俺はエ・ランテルに行こう」
「俺はセバスと情報収集に。腐った町の生情報に触れてきますよ」
「変なもめごとは避けてくれよ? いらん事したらコロ助」
「勘弁して下さいよ」

 愛想笑いの声が、天井へと浮かんでいった。

「素早さも逃げ足も定評あるから大丈夫です。護衛も肉弾戦最強のセバスなので、不要な殺戮はしないでしょう。たっち・みーさんが作った彼なら」
「俺は誰を連れて行こうかな……」
「それはお好みで、より取り見取りつかみ取りです。みんなキレイどころですよ」
「他人事だなぁ……先に内務の状況を確認しないといけないっていうのに」
「全部任せれば大丈夫でしょ」
「最初はこちらで見ておかないと、引き継ぐ彼らが可哀想だよ。パンドラズ・アクターの紹介は先に済ませたから、多少は気が楽だけど」

 大袈裟で無意味に芝居がかった態度を思い出し、精神の沈静化を図った。

「やる事が多いのは、始めたばかりのゲームっぽいじゃないですか」
「そう考えると少しは気が楽になるね。ところでいつ王都に出発するの?」
「予定ではアインズさんがエ・ランテルに向かった後ですかね。冒険者組合の情報が欲しいので。俺は転移魔法が使えないので、シャルティアに手伝ってもらおうと思ってます」
「じゃあ、お互いにメッセージでやり取りになるね」
「当面の目標は情報収集、武技の確保、魔法調査、王都の勢力分布ですね?」
「金貨の安定供給方法とかね。維持費でユグドラシル金貨は日々少しずつ減っていってるから」
「一日当たりいくら消費するのかは、怖くて確認したくないッスね……冒険者やらずに農業でもやっちゃいますか?」
「はいはい。まぁ飲食・睡眠不要に関するアイテムはある程度の数があるから、大幅に抑えられる箇所もあるけど。長い目で見るとね」
「アンデッドって寿命とかあるんですかね? 俺も見た目は大蛇ですけど、一応クラスは神様ですし」
「その答えは誰も知らない。神のみぞ知るってやつじゃない?」
「俺、神様だけど知らねッス」
「……そうだったね」

 寿命に関してはあまり考えたくなかった。

 ゲームの種族通りになったと仮定すれば、アインズは不死者(アンデッド)であり、ヤトは神族とはいえ生体である。
 蛇神という種族を抜きにして安易に想像すれば、アインズは永遠の命を、ヤトは大蛇の寿命を手にしたことになる。
 アインズが生きている間にヤトが寿命で死ぬ可能性は高いだろうと想像し、孤独になる可能性が心を曇らせた。

 既にゲーム内で孤独を味わった経験があるアインズは、誰も知らない世界で改めて一人きりになる不安を感じていた。

「可愛いNPC達のために頑張って稼がないと。やっぱり意志を持っているところを見てしまうとね。結婚もしてないのに子持ちになった気分だよ」
「すればいいじゃないですか、結婚。アルベドと」
「うーん……流石にそれは。美人なのは認めるけど」
「アルベドと結婚したら、後で仲間が合流したときに超笑われますね。あ、アインズさんが稼いだ金で娼館いってもいいですか?」
「ふざけるな」

 取り付く島もない口調で却下された。

「ヒィィ! 仕方ない、自分で稼いだ金で、色々と溜まったら考えます。性欲とかお金とか」
「程ほどにね、ところで人化の術って便利だよね。ちょっとうらやましいよ」
「え? アインズさんのクリエイト・グレーター・アイテムの劣化版みたいなもんですよ? 状態異常耐性落ちますし、所詮は装備品のためのスキルですよ。おまけにこれ、欲求が今の倍化するんで、人化した途端に空腹と眠気に襲われちゃうんですよ。人化が継続していると、若干の緩和はできるみたいなんですけどね」
「それは色々と酷いね。下手をしたら人化した途端、昏倒してしまう事もあるのか……行動には細心の注意を払ってね」
「蛇に戻れば冷めるんで、何か起きたら蛇に戻って逃げます」
「絶対に死ぬなよ。俺達は二人きりなんだから」
「こちらもアインズさんを残して死ねないッスから。しかし、イベントアイテムの装備のためとはいえ、今思えばもっと強いスキル取っておけばよかったです。異世界に来ることなんて予想できませんけどね」
「ライダー装備は人型じゃないと装備できない、だっけ?」
「そうです。たっちさんと特撮で盛り上がったりしましたよ。ライダーイベントの時は楽しかったですねえ」
「よく知らないから話に入れなかったんだよね、あの時。そういえばたっちさんは――」

 二人はそのまま昔話に突入し、終わるまで冒険の準備は進まなかった。
 円卓の間には、長きにわたって支配者たちの談笑する声が流れていた。

 パンドラ・アルベド・デミウルゴスをナザリックの内政・参謀に加え、アインズとヤトはリ・エスティーゼ王国のそれぞれ違う場所で暗躍する。

 投げられる予定の賽は、しばらくの余暇を楽しんでいた。





村長ロール→2d20 ×4回 97→95以上で統治
生贄《1エンリ一家 2若い女性 3障害を持った人 4村長の嫁 5若い男性 6村長のみ》
1d6→3


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第一次幕間劇



 リ・エスティーゼ王国、王都の北に位置する王宮に帰還したガゼフ・ストロノーフは、玉座の間にてカルネ村の一件を報告する。
 王の御前(ごぜん)に跪いて報告をする一行を、両側に立ち並ぶ傲慢な貴族は冷笑を以て相槌とした。

 政権交代を狙う腐敗貴族の前でカルネ村の一件をありのまま報告してしまえば、彼らは両手放しに喜んだだろう。権力を交代する一つの手段に使えるだろう。
 ガゼフが気を回し、分厚いオブラートに包んだ報告内容は、領内の農村へ攻撃を仕掛けたスレイン法国の特殊部隊を、異国の魔法詠唱者一行が善意で撃退したという内容であった。

 ひそひそと囁き合う貴族を無視し、国王のランポッサ三世は威厳を失わない穏やかな声で尋ねた。

「彼らは何者だ」
「転移魔法の実験の最中、実験失敗という不慮の事故によって、この大陸に住居まとめて転移をしてきたそうです」

 国王並びにガゼフに対して害意がある貴族は、無難な報告内容にも拘らず、聞こえる陰口を叩いた。

「スレイン法国の茶番だったのではないのか?」
「本当にそのような魔法詠唱者がいるのか?」
「許可なく王国領に転移してくるとはなんたる無礼な。出頭を命じるべきだ」

 それでも騒いでいる貴族はまだよかった。
 騒いでいない貴族は、国王のランポッサ三世を王位から引きずりおろそうと、件の魔法詠唱者が利用できないかと皮算用を始めている。

(情けない……彼らには見せたくない光景だな)

 アインズに忠誠を尽くしていた部下を思い出し、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい貴族の態度に、歯を食いしばって堪えた。

 無様な光景だった。


 ひとしきり報告を終えたガゼフは、不穏な玉座の間を後にした。

 後日、王であるランポッサ三世と密かに謁見を行い、改めて密命を受けた。
 詳細こそ話していないものの、自国領内の村を救ってくれた彼らに対し、国王は感謝の証明として私財を投じ、王都を訪問の際は手厚くもてなすようにガゼフへ命令を下す。

「酒が好きなのだったな。一番良い酒を渡してくれ。決して私からだと言うでないぞ?」
「畏まりました、国王陛下」
「帝国が羨ましいものだな」
「陛下、彼らの人徳を鑑みれば、必ずや我らの力になってくれるでしょう」
「本来であれば、彼らと一席設けたいのだが、この情勢でそうはいかん。領内の村、そして私の最も忠実なる側近を救ってくれて、感謝していると伝えたいのだが」

 ガゼフが忠義を尽くす主君は予想した通りの人物であり、安心して私室を後にした。





 翌日、ガゼフはクライムと呼ばれた少年と、王宮の中庭で剣の稽古を行っていた。
 幾度となく打たれ、攻撃を躱され、それでも諦めずに必死で斬りかかるクライムに、ガゼフはヤトと立ち合った自分を重ねる。

 重たい忠誠を主君に捧げている若き剣士に苦手意識があったが、自らが超えられない壁を目の当たりにしたガゼフは、同じ平民出身である彼の気持ちに共感(シンパシー)を覚えていた。

 第三王女の専属護衛であるクライムは、稽古が終わる頃には虫の息だった。
 呼吸が落ち着くのを待って立ち上がり、深々と頭を下げた。

「ありがとうございました。ガゼフ・ストロノーフ様」
「クライム、私は明日も空いている。機会が合えば付き合おう」

 気を利かせたメイドが汗を拭く布巾を持ってくる。
 滝のような汗を拭き、クライムは耳にした噂へと話題を移す。

「本当なのですか? ストロノーフ様が敗れたというのは」
「ああ、部下の手前、私が勝ったことで終わらせてくれたが、彼が本気で戦っていたら何分持ちこたえられるか分からない」

 彼らが人間でない事実は伏せられた。

「想像ができません。何者なのでしょうか」
「転移魔法の失敗で、こちらに飛ばされた魔法詠唱者の一行だと聞いている。その魔法詠唱者の召喚した生物も、下手をすると私より強いかもしれん」
「そんな……彼らが王国に牙を剥いたら、この国は」
「心配はいらない。彼らの仁徳を考えれば、こちらが余計な刺激をしない限り、彼らから襲ってくることはない。なんの見返りもなく、襲われている村を通りすがりで助けるのだからな」

 クライムからすれば、ガゼフこそが手が届かない相手だというのに、そのガゼフを子ども扱いするような相手がいる。
 その事実は、血流良く火照る少年の顔色を変えた。

「人間……なのでしょうか」
「どうだろうな。少なくとも、見た目は私と同じく南方の血が入っているようだ。頭髪の黒さや顔の白さをみると、私より血が濃いだろうな」

 リ・エスティーゼ王国では魔法詠唱者の地位が低い。
 スレイン法国の特殊部隊、六色聖典の一つを消滅させた魔法詠唱者とは言え、王国内の貴族は余りあるほどに侮っていた。
 所詮は地位がない魔法詠唱者など、貴族からしてみれば野良犬と何ら変わりはない。

 一撃で国を滅亡させてしまう魔法など、誰も見聞きしたことはないのだ。





 翌日もクライムとガゼフは中庭で汗水を流し、足元の芝生は人間臭い水滴で濡らされ、実に迷惑そうだった。 
 同時刻、王宮上層のとある貴賓室では、見目麗しい二人の乙女が互いの懇親を深めていた。

 鈴の転がるような美しい声が貴賓室へ流れる。

「でね、その方々は戦士長様より強いんですって」
「信じられない……王国最強の戦士長を破るなんて」

 第三王女のラナーと、冒険者チーム“蒼の薔薇”リーダーであるラキュースは、前日にクライムから聞いた噂話を茶菓子代わりに、湯気の立ち上る紅茶を飲んでいた。

「あなたはどうなの? 戦士長様に勝てる?」
「勘弁してよ、ラナー。お互いに無事では済まないわ」

 話題を振られたラキュースはティーカップを口に当てる。
 王国の秘法を装備したガゼフに勝てる見込みは薄かったが、素直に認めるほど殊勝ではなかった。

「勝てないとは言わないのね。相変わらず素直じゃないんだから」

 ラナーは口に手を当て、クスクスとおしとやかに笑った。
 ラキュースから見ても彼女はこのような仕草がよく似合い、二つ名の“黄金”を思い起こさせる。

 自分のくるくると巻かれるくせ毛とは違い、彼女の金髪は流れるようなサラサラの長髪だ。髪型に関しての懸想が消え、次にそこから浮かび上がったのは犯罪組織に対する対応だった。
 ラナー王女も同じことを考えたのか、真面目な表情でラキュースに問う。

「彼らに協力を乞えないかしら?」
「お礼はどうするの? そんな方々が金貨や宝石や名声で協力するかしら」
「それもそうね。ではこうしましょう。彼らの欲しい物を調べてちょうだい」
「接触できそうにないけど……今頃どこにいるのかしら」
「貴族たちはあまり本腰を入れていないけれど。戦士長様が王都に招いたようだから、案外と近くにいるかもしれないわよ」
「それこそ考えにくいと思うけど。わざわざ王都に来る理由が思いつかないわよ」

 彼らがプレイヤーで、しかもその片割れが遊び半分に王都に滞在しているなど知る由もない。二人が話しているこの日、ヤトとセバスは王都を訪れていた。
 接点のない現状でその事実を嗅ぎ取る手段はない。

(仁徳の御仁という事だったけど、事情を話せば協力してくれるかしら。八本指もそろそろ本腰を入れないと……叔父さんに聞いてみようかな)

 ラキュースは南方から来たという、彼らの事を考える。

 未知の存在に少しだけ胸が高鳴った。





 ナザリック地下大墳墓の執務室から、室外にまで響き渡る大きな声が聞こえた。

「なりません!」

 入口付近で待機していた一般メイドが、ビクッと体を震わせる。
 ヤトは自室で出かける準備をしており、室内にはアルベドとアインズ、待機するメイドしかいない。

「だめです! そのような事、お許しするわけにはいきません!」

 耳をつんざく大声に、机に腰かけて手を組むアインズは頭を抱えたくなった。

「アインズ様は至高の御方々の頂点であり、我らの上に君臨する貴き御方。そして私の愛しき方です。護衛がナーベラル・ガンマ一人など、見過ごせません! もしも……もしも御身に何かあった場合、私達はどうすればいいのでしょう。ナザリックに存在する者たちは、絶望のあまり全て自害してしまいます」

 言われなくてもそれは理解していた。しかし、それ以上に世界全体のレベルも理解しており、身分を隠して行動するのに、何らかの失態を打つとも思えなかった。

「アルベド。私が人間相手に不覚を取るとでも思うのか?」
「いいえ! アインズ様は下等な人間相手になど傷1つ負う事は無いでしょう。ですが、万が一という事もございます。防衛に特化した私をお連れ下さいませ!」

(あぁ、そうかこれが言いたかったのか……)

 アインズはやっとアルベドの真意に気が付く。
 早い話、自分がついて行きたかっただけである。

「失礼します、アインズ様。法国の装備品と彼らから搾取した情報を……」

 荷物と書類を持ち込んだデミウルゴスが、騒々しいアルベドを見てため息を零す。
 ニヒルな笑みでメガネを正し、アルベドに何か耳打ちをする。

 良妻に相応しき振る舞いについて、悪の策士(デミウルゴス)から耳打ちで意見を貰った彼女は、金色に輝く瞳を限界まで見開き、何かを思案していた。
 そう間もなく瞳は閉じ、咳払いで仕切り直す。

「えへん……取り乱してしまい、申し訳ありません、アインズ様。ではナザリックには頻繁にご帰還頂きますよう、御進言致します」
「う、うむ、心配するな。ヤトノカミとセバスが王都で集めてきた情報精査もあるのでな。不在時に内務も溜まるだろう。小まめに戻るように心がけよう」

 支配者として受け答えをする骸骨は、デミウルゴスの耳打ち内容を気にしていた。





 前日、小耳に挟んだメイドの噂が切っ掛けで、ヤトはアインズの説教を受ける。
 几帳面で真面目なA型気質のアインズと、マイペースで思慮浅いB型気質のヤトの相性は、仕事面においてあまり良くなかった。これから長い異形種としての生を全うするにあたり、付き合い方を考えるべきかと愚痴交じりのため息を零す。

 長い説教から解放され、十分な精神疲労が溜まっていた。

 気分転換に王都へ滞在する準備をするもすぐに飽きてしまい、現在は御付きメイドのエントマと世間話に興じていた。

「エントマ、おまえは普段、何を食べているんだ?」
「はいぃ、私はグリーンビスケットとぉ、おやつに恐怖公の眷属を食べているのですぅ」
「恐怖公の眷属……」

 人間を辞めても黒光りするそれは苦手だった。

「グリーンビスケットって美味しいのか?」
「人のような味がしますわ」
「人、か。一番好きなものはやはり人か?」
「本当は二日に1回くらい、筋肉質の男が食べたいのですぅ。ダイエットに最適ですわぁ」
「エントマも女の子なんだな。今度いいのが手に入ったら分けてくれないか? 試しに食べてみたい」
「はいー。喜んで差し上げますぅ」
「全部はいらないよ。口に合わなかったら困るし」
「そうでしたぁ。ではぁ、活きのいいのが手に入りましたらご連絡しますわ。楽しみですぅ」

 「うふふっ」と目だけで嬉しそうに笑った。
 口は動かないが、目は感情を表せるらしかった。

「たまには人間も食べたいですわぁ」
「うーん……今のところ予定がないなぁ」
「御二方ともお優しいのですぅ。無益な殺生はなさらないのですかぁ?」
「有益な殺生はするさ。所詮、他人はゲームのモブキャラだからな」
「もぶきゃら?」
「何でもない。はー、王都かぁ……楽しいイベントがあればいいけどな」
「いべんと?」
「……気にするな」

 ゲーム用語を知らないエントマとの会話は頻繁に滞った。





 アインズ及びナザリックに自発的な忠誠を誓うカルネ村の住民にとって、2体のデスナイトは守護神というべき存在である。
 自らの命を犠牲にしてアンデッドとなった彼らは、この村に貢献する尊い仲間だ。

 時たま訪れる旅人や冒険者は、歓迎するデスナイトを見て脱兎のごとく逃げていくが、農業に勤しむ村人からは気にされていない。

 彼らの恐怖も日常ではよくある風景となっていた。

 この日もいつも通りの朝が訪れ、早朝から活動を再開する村民の姿が見受けられた。
 全ての村人達は、朝起きると彼らに挨拶をするのが習慣となっている。

「おはよう!」
「グオオオォォォ」

 武器と大盾を持って佇む二体は、村人からの指示が無いと自発的に何もしなかったが、挨拶をすればちゃんと返してくれた。

「今日も城壁建築に取り掛かかりましょう。資材を運んできて」
「あなたは畑よ。耕すから手伝ってね」

 二体は細部に至るまで酷似しており、誰にも見分けがつかなかった。どちらが村長なのか不明なので、形容詞で呼ばれている。
 それを見て面白くないのは子供達だった。

「ちぇ、大人ばっかり独占してさ。僕だって遊んで欲しいのに」
「大丈夫だよ。手が空いたら遊んでくれるから待ちましょ?」

 子供達は無尽蔵に遊んでくれる相手が、大人の野良作業に取られてしまって不満だった。
 傍から見ると、デスナイトと追いかけっこをしている様子など地獄絵図なのだが、カルネ村では日常のほのぼのとした風景となっている。


 平和なカルネ村近郊とは違い、北にあるトブの大森林では、ゴブリン一族が他の種族に怯えながらも慎ましく暮らしている。
 森林内の勢力図は、少しずつだが確実に乱れていた。

 王都では、どのような行為も許容される下劣な娼館でツアレニーニャ・ベイロンという女性が、小金持ちの下劣な欲望を満たすため、血を流しながら職務に従事していた。

 各々は日々の糧を必死に得ながら、表舞台に上がるのを待っている。

 渦潮のように周囲を巻き込み、運命は歯車を組み込んでいった。





蒼薔薇遭遇率→1d%→成功
クライムとセバスの遭遇1d%→成功
ラキュースとの遭遇率1d%→失敗

八本指に情報回→1d6で1or2 →6
帝国にカルネ村の情報回る→回らない

漆黒の剣の死期が、刻一刻と近づいていますね。


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8日目 王都リ・エスティーゼ




 内務の確認、念入りな身支度、アルベドの悪あがきなどで、アインズがエ・ランテルへ向かう予定時刻は大幅にずれ込み、ナーベラルを伴って出かける準備ができたのは正午のことだった。

 朝一番で出かける予定は実ることなく地に堕ちた。

 大蛇の化身、黒髪黒目の男と、参謀と命じられた三名は、出発するアインズとナーベラルを見送ろうと地表まで出てくる。
 役に立つべく意気込んでいるナーベラルは荷物を掴んで離さず、冷や汗交じりのアインズは皆に挨拶をする。

「留守は任せたぞ。アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクター」
「はい、全てはアインズ様の御心のままに」
「ヤト、私は先に出る。王都の情報は細かく教えてくれ」
「はい、アインズ様。組合登録後、連絡をお待ちしてるッス」

 二人は《飛行(フライ)》により宙に浮き、エ・ランテルへと出立した。
 転移魔法を原住民(モブキャラ)に見られたら面倒だという配慮のもとであったが、ヤトの移動方法は自動的に馬車と決まり、さっさと遊びに行きたかった彼は残念に思う。

「アインズ様ぁぁぁ! アルベドは良妻として、御帰還をお待ちしておりますぅぅ!」

 アルベドは体を震わす大声を上げ、白いハンカチを振る。デミウルゴスとパンドラはやれやれとため息を吐き、ヤトは危険物を見るかのように横目で彼女を見た。

(やだ、あの娘ヤバくない?)

 デミウルゴスが話しかけてくる。

「ヤトノカミ様、出立のご準備で何かお手伝いは必要ありませんか?」
「デミウルゴス。死亡したスレイン法国の装備を馬車に積むように指示を。売って宿代を稼ぐ。王都で得た情報の精査は、アインズ様が帰還するまでにまとめておくように」
「畏まりました。我がナザリックの先陣である、ヤトノカミ様っ!」

 パンドラはデミウルゴスの返答場面を過剰演出で奪い去り、軍帽の鍔を摘んで下げ、右手を胸に当てて左手を空に掲げた。
 気のせいだろうが、卵頭に後光が差していた。

「ご報告はヤトノカミ様にしなくても本当によろしいのですか?」

 ポーズを決めているパンドラを放置し、今度こそ返事をしようとデミウルゴスが問う。

「いいよ。俺はアインズ様みたいに叡智がないからね。後日アインズ様に要点だけ聞く事にする」
「畏まりました。馬車の準備はこちらで指示を」
「ありがとう、デミウルゴス。先に戻っているから」

 先に戻ったヤトと違い、アルベドが満足するまで、パンドラとデミウルゴスは地表でつき合わされた。





 翌日、ヤト、セバス、シャルティアはゴーレムの引く馬車の中に居た。
 シャルティアは宿の部屋に転移ゲートの紐を付けるべく、初日は同行をする運びとなり、至高の41人の御供として外出する彼女はとても楽しそうだった。

「という訳で、たっち・みーさんに最強のライダースーツであるジャスティスセットを取るのに協力したんだよ。俺はブラックセットが欲しかったから、利害は一致してたし」
「なるほど。それでよくお二人は、連れ立って外の世界に出撃していらっしゃったのですね」
「変身するのが好きだからね、俺も、たっちさんも。だからセバスも竜人なんだろうね。正義とかはあまり興味ないけど、あの人は正義の味方だし」
「はっ、私も同意見でございます」

 馬車の中で昔話に花が咲く。主要な話題はセバスの創造主であり、かつての仲間であった”たっち・みー”のことだ。
 会話に混ざれないシャルティアは、控えめにチラチラとこちらを見ている。
 自身の創造主である”ペロロンチーノ”の話も聞きたいのだろうと気を回し、話の切れ目で彼女に振った。

「そういえばペロロンチーノさんが――」
「はい! なんでしょうか!?」

 言葉を遮る素早い返事に、黒髪で黒い瞳のヤトは少し引いた。

「ゴホン、シャルティア。廓言葉を忘れてはいけない。ペロロンチーノさんが最も重視した設定なんだから」
「これは、失礼をしたでありんす。以後気を付けますぇ」
「シャルティアはペロロンチーノさんについてなにか聞きたい事は?」
「はい、わたしはペロロンチーノ様にお会いしたら、どうすればよろしいのでありんしょうか?」
「どうすればって、ペロロンチーノさんと結婚でもすればいいんじゃないの? あの人、まだ結婚してないし、多分」

 割と適当な返答だったが、彼女はその気になって盛り上がる。
 アインズに聞いた話から予測した話なので、的を外れてもいなかったが、恐れ多いと感じ、彼女は息を呑む。

「っ……そんな……わたしのようなものが、あの御方と結婚などと」
「したくないの?」
「いえ、わたしの創造主たるペロロンチーノ様の妃になれるのであれば、これに勝る喜びはありんせん」
「ならば、更なる精進を遂げて、妃として相応しいような美しさを身につけると良い。ペロロンチーノさんが復帰したら、俺の方からも提案しておく」
「ありがとうございます! より一層の精進を遂げるでありんす!」

 鼻息荒く目を輝かせるシャルティアに、どことなく阿呆さが見受けられ、知能設定はあまり高くないようだった。
 創造主に対する純白の敬意と愛情を目の当たりにして、なんとか彼と会わせてやりたいと思う。

(みんなが帰ってくる可能性は、早めに調べたいな)

 望み薄だと分かっていても、一人でも多く、可能であれば全員、ナザリックに呼び戻せるのなら、それに越したことはない。
 何よりもアインズの喜ぶ姿が見たかった。
 蜘蛛の糸でも希望があるなら、どうにかしてそれを掴みたかった。

 余談だが、シャルティアはその気になってしまい、ナザリックへ帰還後、アルベドに「ペロロンチーノ様のお嫁になるでありんす!」と鼻息荒く馬車内の会話を熱弁し、アルベドはアインズの第一妃へ少しだけ近づいた。

 本当に、少しだけだが。

 それを受け、アルベドは金色の瞳で怪しく笑う。

「なかなかやるじゃない。これで私とシャルティアは同じ殿方を愛するライバルではなく、至高の御方を女として愛する盟友ね。くふふふふ」

 この日からシャルティアは、ペロロンチーノの花嫁になるべく、夜伽の鍛錬を初めた。
 鍛錬の意味はヤトと食い違っていたが、敢えて誰も訂正しなかった。





 馬車は半日の時間を掛け、王都リ・エスティーゼに到着した。
 ゴーレムのため休息の必要もなく、普通の馬より遥かに早かった。

 付近の草むらで馬車を降りた一行は、改めて行動を確認する。

「事前情報だと、ゴーレムの馬なんて国宝級に価値のあるアイテムらしいからな。今は目立つことを避けよう」
「馬車は消してもよろしいのですか?」
「いいよ、スクロールはまだあるから。では行くか。王都リ・エスティーゼへ」

 入国審査は非常に緩く、門番は冒険者志望という嘘を容易く信じ、人間に見える異形種三名は、いともたやすく王国へ侵入する。犯罪組織に蝕まれ、治安も悪化の一途を辿る王都での入国審査はまさにザルだった。

 街に入ってすぐに見えた市場は活気に溢れ、治安の悪さを感じさせなかった。
 露店では怪しげな武器・防具・食べ物・お酒・骨董品など様々な品が並べられ、それらを値踏みする冒険者らしき者や、手に取って果物の品質をチェックするメイドもいる。

 活気の面でいえば、ユグドラシルの市場に比べて大きく見劣りした。
 並べられている商品も、品質の期待は難しく、手に入れても使い道がないように見える。

(おぉ、夢にまで見たリンゴが雑多に並べられている商店じゃないか、金が無いから買えないけどな)

 スレイン法国の陽光聖典が所持していた通貨の類は、まとめてアインズに渡していたため、無一文の浪人であった。それでも実際に手に取って食せる商品に、楽しそうに物色しながら街を歩いていた。

「それにしても、セバスとシャルティアは目立つな」
「申し訳ございません」
「いや、責めたわけじゃなくて……」

 シャルティアは赤と黒のゴシックロリータファッション、セバスは身なりの良い執事であり、目立つために歩いているようなものだ。
 黒髪黒目のヤトは、自分が目立っているとは想像もしていない。

 彼の装備している鎧は、鎖帷子を基調に作られた安物だが、腰に差した黒い大太刀には金の蛇が描かれており、名刀だと一目でわかる。
 それに加え、適度に伸びている艶のある黒髪と黒い目は異国人だと一目でわかる。
 住民のほとんどが金髪、茶髪、赤髪の中、目立って当然である。

 ヤトは中空(アイテムボックス)から仮面を取り出す。

 額に大きな目が一つ描かれ、口は不自然に横に広がり、赤い隈取を思わせる線が伸びていた。
 珍しいだけの(ユニーク)アイテムだった。

 この“まことのお面”は、触れた者の表面にある感情を読むことができる。
 ユグドラシルでは一部のマップ以外で使い道のないアイテムだったが、この世界で使えるかの検証のため付けようとしている。

 わけではなかった。

 DMMOTRPG、《ユグドラシル》は自由度の高いゲームである。その延長線で、遊んでいる感覚の彼は、悪目立ちすると考えもせず、面白そうという理由だけで奇妙な仮面を装着する。

(目の部分に穴が空いてないから視界はゼロだけど、探知スキル《ピット器官》は使えるし。まさかアンデッドなんかこの街にはいないだろ。やっぱり、謎の流浪人に必要なのは仮面だね)

 仮面を付けていては視力が役に立たず、相手の体温だけを感知して歩を進める彼は、落ち着いて見えても内心は浮ついていた。

 すれ違う通行人の関心を集めて引き摺り、一行は王都中心にある噴水の広場に辿り着いた。

「セバス、武器屋を探してくれ。クズアイテムを売り、今日の宿代を稼ごう」
「はい、では聞き込みをしてまいります」
「ヤトノカミ様の護衛はわたしに任せるでありんす、セバス」
「よろしくお願い致します、シャルティア様。それでは行ってまいります」

 シャルティアは黒い日傘を差し、ニコニコ笑ってセバスに手を振る。
 さんさんと照らす太陽の光を涼し気に受ける吸血鬼真祖は、服装に合わせたコーディネートなのか、由緒正しき貴族の令嬢に見える。背景が透けて見えそうな白い肌に銀髪が周囲の注目をよりいっそう集めていた。

 最寄り武器屋の場所はすぐにわかり、一行はスレイン法国の装備品を売り払うべく、武器屋へと足を向ける。

「金にならなくても、ガゼフを探せば一晩くらいは泊めてくれるだろ。転移ゲートをガゼフの家に開くのは気が引けるがな」

 後になってヤトは後悔する。
 この世界の価値基準が、自分たちと比較して想像を絶するほど低かったと、想定もしていなかった。





 何でもない一日を迎え、退屈そうに店を構えていた武器屋の店主は、南方出身であろう異国人の驚いた声に、驚きを上乗せして驚く。
 知らぬうちに無礼な発言をしたのだろうかと慌てるが、異国人は違うことに反応していた。

「こんなにくれんの? だって、金貨って慎ましく暮らせば、1枚で15日くらい過ごせるんでしょ?」

 スレイン法国の装備品、職杖(メイス)(スタッフ)はデータ量が少なく、使い道が一切ない武器だ。どちらも前衛職のヤトには装備が出来ず、弱すぎて蒐集(コレクション)する気にもならず、何よりヤトにコレクター欲はない。

 蒐集家(コレクター)として一日の長があるアインズに聞いたものの、低位すぎて反応さえしなかった。

 銀貨1枚~2枚かなと見積もっていたヤトの想定は大きく外れ、実際には武器二つが金貨5枚で買い取られていき、牧場の家畜を売る気分で奥へ運ばれる武器を見送った。
 呆れが顔に出る武器屋の店主は、急に入ってきた物の価値が分からぬ旅人を、改めてまじまじと見つめた。

(これでも高いの? こいつ何もわかってないけど、どこの御曹司(ボンボン)だよ。ボンボン……か? なんだコイツ)

 店主からすると十分に買い叩いたつもりだったが、相手はとんでもなく喜んでいる。
 奇怪な仮面で表情は見えないが、声色から想像するに笑っているとわかった。

(スレイン法国の職杖(メイス)(スタッフ)なんて、二つで金貨8枚にもなるだろうに。まさかまだ大量に持っているのか? 鎌かけてみるか)

「あのー、もしよろしければ纏めて引き取らせて頂きますが、如何ですか?」

 流石に探りを入れられていると気付くが、アインズとは違い思慮深い行動が苦手な彼は、追加で10本を引き取ってもらった。
 まだ持っているのだが、別の武器屋でも価格を調べるために残しておく。
 店を出る頃には、合計で金貨30枚を手にしていた。

 お互いにぼろ儲けの良い取引だった。

(スレイン法国の職杖(メイス)(スタッフ)が大量に購入できたぞ。他の武器屋に半分を高値で売りつけてやる。あとはヘボい冒険者からぼったくれば、渡した金貨など簡単に取り返せるからな。安い初期投資だった)

 出ていく彼らに声を掛ける店主は、両手放しで喜んでいた。

「ありがとうございましたあ!」





 武器屋を出た三人は噴水の広場へと戻り、成果を調べていた。
 仮面の下に満面の笑みを浮かべているヤト。

「儲かったな」

 金貨30枚を数え終えた青年は、部下の執事と少女へ指示を出す。

「セバスはシャルティアと共に今日の宿をとってくれ。金貨1枚で2泊くらいできる中流宿が理想、時間がかかるなら見つけた宿でいいや。二人部屋を確保したら、シャルティアは部屋でゲートを開きナザリックへ帰還、パンドラに金貨10枚を渡して」

 子供にお小遣いを渡す感覚で、シャルティアに金貨を10枚手渡した。それだけでも一般市民の感覚からすれば、半年近く過ごせる金額である。
 アインズとの打ち合わせにて、エクスチェンジボックスによる貨幣の換算を行うため、法国が所持していた武器を売却し、現地貨幣調達の担当はヤトだった。
 一人で冒険者組合に行くことに二人は反対したが、シャドウ・デーモンが影に潜んでいるので強引に納得をしてもらう。

「……畏まりました。宿が取れ次第、私も向かいます」
「よろしく」

 二人は一礼をして反対方向へ歩き出した。

(あの二人が一緒に行動するなんて珍しくない? つーかゴスロリ美少女とナイスミドルの執事なんて、どこのお嬢様だと思われるかもな)

 「面白そうなんで、俺はこっちで冒険者になります」とアインズに言えば、説教を交えて止められるのは想像に難くない。
 面白そうなイベントを逃すなどできず、勝手になろうと決めていた。

 結果を出してから報告すれば、そこまで怒られないだろうと踏み、冒険者組合に向かった。





「チーム名?」
「はい、今後の活躍により有名になった時、名指しの依頼が入りやすくなります。皆様お好きな名前を付けていらっしゃいますよ」

 泣き黒子のある若い受付嬢は、微笑みながら説明する。

「うーん、そうなのか。どうしようかな。有名なチームの名前はどんなものがあるんですか?」
「朱の雫とか蒼の薔薇は、アダマンタイト級の最高ランクに該当する冒険者です。次点だと純白悪魔とか、雷撃招来とか獄炎乱舞とか、皆様お好みのものを選び、お付けになっていらっしゃいます」

 純白悪魔という言葉に、アインズを押し倒している淫魔が脳裏をよぎる。

「ナザリック地下大墳墓で」
「……少し長すぎるかと思われますが」

 受付嬢は眉をひそめる。

「ん? そうですかね? ではナザリックでお願いします」
「ナザリック、でございますね。畏まりました。チーム人数はお一人でよろしいのですか?」
「いや、後でもう一人くる予定なんで二人です」
「お二人ですね。では明日もう一度いらして下さい。銅のプレートをお渡しいたします」
「ありがとうございます。ところで、チームを二つに分け、別々の依頼をこなすことは可能でしょうか?」
「は、はぁ。不可能ではありませんが、失敗した場合に違約金や慰謝料が発生する可能性があります。最初の内はオススメできません」

 「なに言ってんのコイツ?」とでも言いたげな目を向ける受付嬢。
 背筋がゾクゾクし、鳥肌が立つ。
 現実世界から加虐嗜好があった彼は相手の怒りを助長させたくなったが、初日から揉め事を起こせず、辛うじて踏み止まった。

「実力は問題ありません。可能なんですね、ありがとうございます」

 馬鹿の相手でもしたように受付嬢はため息を漏らしたが、既にヤトは興味を失っていた。

(さて、依頼一覧でも読みながらセバスを待つかな……)

 水晶フレームの翻訳眼鏡をかけるのは気が重い。
 ごつい眼鏡を掛けて、容姿がオタク臭を出すのが嫌だった。

(まぁ、眼鏡かけても、リアルよりはちょっとだけいい男だけどさ)

 掲示板に貼られている依頼内容を細かく読んでいく。
 一足先にエ・ランテルで登録を済ませたアインズの話の通り、モンスター専門の傭兵というのが相応しく、護衛に関する依頼が大多数を占めていた。

 危険モンスターの討伐、移動する商人の護衛、用心棒などの依頼が掲示板にびっしり貼られている。
 そうして彼は依頼の内容を見ることに没頭する。

 近寄ってくる新人潰しの冒険者に関心は向かなかった。

「おい、異国人! ここじゃおめぇみたいのは歓迎されねぇんだ。首洗ってとっとと消えな!」

 育ちの悪そうな冒険者がヤトに声を掛けるが、ヤトの耳には届かない。

「耳聞こえねぇのかテメェ!」

 男がヤトの肩に手を掛けようとしたとき、横から手が伸びて凄まじい力で腕を掴まれた。

「私の主人に対する無礼は許しませんよ」

 身なりのいい執事が、殺意を感じる目で男を睨んでいた。息巻いていた彼は尻尾を巻いた野良犬と自信を重ね、その場を動けなくなった。

「あ、セバス。早かったな」
「はい、それなりの宿が取れました。一日銀貨3枚だそうです」
「ん? なんだ、こいつ」

 野良犬でも見る目で、青くなっている冒険者を見る。

「はっ、危害を加えようとしていました。粛清してもよろしいでしょうか?」
「いや、面倒だから放っておけ。街中では掃除は目立つだろ。さ、宿に行こう」
「畏まりました。こちらです」

 唐突に離された男の腕には、手の形に痣がついていた。
 この日の出来事は、酒場で低ランクから中ランクの冒険者たちに共有されたが、ヤトの情報ではなく強い執事の噂話だった。





 案内された宿の名前は“銀の靴”といった。

 中級の宿だったので食事はでないが、ベッドはふかふかと柔らかかった。
 アインズからの連絡も入らず、退屈を誤魔化すようにベッドでゴロゴロと転がる。
 ナザリックでどうしても離れない御付きメイドの影響なのか、同室に誰かがいる事に慣れ、入口で待機しているセバスは特に気にしない。正確には、気にしていない素振りをする。

 ヤトの腹部から、胃の収縮音が鳴る。
 やがて彼は、何かを決めたように立ち上がった。

「セバス、酒を飲みに行きたい。小腹も減った」
「はい、御伴致します」
「俺はもう至高の41人ではないから、付き従う必要はないよ」
「いえ、それでもヤトノカミ様は、偉大な御方のままでございます」

 セバスは有無を言わさず即答する。

「だから、そうゆうのはもう必要ないって。自由に行動させてくれ」
「……それでは、このように致しましょう。敬意を払う必要はない、しかし敬意を払ってはいけないわけではない、と。それも私の自由行動ではないでしょうか」

 セバスの意外な提案に、ヤトは目を見開く。
 口から小さな笑いが発せられる。

「ふっ……セバス。私はそのような提案が大好きだ。よかろう、付き従え」
「はっ、勿体なきお言葉」

(知らない街に一人じゃ心細いしな、ちょうどいいといえばちょうどいいか)

 子供みたいな事を考えるヤトの心中を知らず、自らの大それた提案を褒められたことで、密かに安堵する。仮面を付け忘れていたが、今は食欲を満たすことが先決だった。


 二人は宿からそう遠くないバーを見つけ、“魔の巣-第2店舗”という名が書かれたドアを開く。
 カウンターの内側では、半分しか開いていない目で、ひげ面のマスターがコップを磨いていた。

 ヤトとセバスはカウンターに腰を掛ける。
 セバスはドア付近で待機するつもりだったようだが、ヤトはそれを許さない。
 暗めの照明で照らされた店内の客はまばらで、空席の方が多いようだ。

「マスター、金貨1枚で飲める範囲で高いお酒を二つ。あと、何かツマミを」
「はい、わかりました」

 出てきた茶色の酒は、ウィスキーに似ていたが後味は柑橘系のような香りだった。
 ナザリックの高貴な酒より、ヤトはこっちの安酒が合っている気がした。

「セバスも飲まないと、出してくれたのに失礼だよ」

 手を付けようとしないセバスを促す。

「マスター、俺たちは今日冒険者になったばかりなんですけど、強い冒険者の情報とか知りません?」
「お客様、この街で最も有名な冒険者は、蒼の薔薇と朱の雫でございます。なんでも蒼の薔薇のラキュース様と、朱の雫のアズス様は親類だとか」
「そうなんだ? アダマンタイト級親戚だな。彼らに会うには普段はどこに行けばいいのかな?」

 グラスの氷をカランと鳴らし、酒をあおる。

「上位の冒険者達が使っている、黄金の林檎亭に行けば、宿の中に酒場食堂があると聞いていますが、宿泊料はそれなりに高額とか。そこで会えなければ、どこかに拠点となる屋敷を構えているのかもしれません」
「ありがとうマスター、これ情報料のチップね。御馳走様」

 懐が温かいと金遣いが荒くなるもので、店主の話に満足したヤトは、金貨を一枚カウンターに置いて店を出ていく。
 感じのいい客に、表情には出さないが、彼らを真摯な目で見送った。

(毒無効の影響か酔わないな……ま、いっか。最高峰冒険者の実力を調べに行きますか。運が良ければいい女に出会えて、実機並みの性活ができるな。恩を売っておけば昇格できるかもしれない)

 うきうきしながら宿へと向かう。
 アインズとどちらが先にアダマンタイトになれるか勝手に始めたゲーム、王国の女性との火遊び(アバンチュール)など、様々な事柄に期待を寄せ、静かな街を歩いて行った。





 宿へ戻ろうと裏路地を近道したが、なぜか男が腕を組んで仁王立ちしてゆく手を阻んでいた。

 不敵に笑う彼は偉そうに問いかける。

「おい、そこのお前。ちょっと聞きたい事がある」
「なにか?」

 宿に帰るため、細い裏通りを歩いていると、前方から武装した男が3名、後ろから3名が探知スキルに引っかかり、どうやら挟み撃ちをされるようだ。

「昼間に連れていた女を出せ」
「昼間? あぁ、シャルティアの事か」
「身ぐるみと持っている装備品、全部置いて消えろ。命だけは助けてやる。護衛と執事は大したもん、持ってねえだろうからな」

 どうやらシャルティアが貴族の令嬢、ヤトは護衛の戦士、セバスは執事と見えているようだ。

「機嫌がいいので有り金おいて消えるなら、命は助けてあげましょうか?」
「ひゃははは、このガキ! 面白いじょうだ――」

 ヤトは男の首を躊躇わずに切断する。飲酒時に発動するオートスキル《うわばみ》で攻撃力を強化されており、首を刎ねたにも拘らず何の手ごたえもない。

 切断された男の首は言葉を発しながら飛んでいった。

「んだなー……あれ? 俺の……から……だ――」

 地面に転がるはねられた頭部は、ヤトの足で踏み潰される。
 下手に出ていたヤトは、光を吸い込む黒目で睨んでいたが、賊には殺気を放つ怪しい仮面が見えていた。先ほどまで見下していた仮面の男は、数秒で得体の知れない化け物に変わる。

「ちっ……セバス、こいつらの身ぐるみを剥げ。念のため依頼主がいるかを吐かせろ。つまらん嘘をつくならナザリックに送って拷問。死んだら死んだで構わん」
「はっ、仰せのままに」

 セバスは小さな竜巻のように障害物をなぎ倒していく。

 刀に滴る血を払うと血がびしゃっと音を立て、石畳をどす黒い血で汚した。

 刀を納刀するわずかな時間で、敵をなぎ倒したセバスが戻る。

「彼らは武器屋の用心棒だそうです。我々が取引をした武器屋ではなく、違う武器屋だそうで、スレイン法国の装備品を大量に持っていることと、ヤトノカミ様の名刀、シャルティア様の容姿が、武器屋同士の繋がりで伝わったそうです」
「そう、それじゃあその武器屋をエイトエッジ・アサシン3体で襲撃。シャドウ・デーモンを監視につけよう。武器と貨幣を根こそぎ奪え。店主は殺してナザリックに。こいつらはそのまま送れ、処遇は参謀たちに一任する。どんな目に遭っても構わん」
「畏まりました。すぐに手配いたしましょう」

 気持ちよく飲んでいた気分を害されてはいたが、現実世界で秀でて喧嘩っ早いタイプではない。本来の、つまり人間の彼であれば無駄な殺しはしなかっただろう。
 異形種になってから怒りという名の感情が消失し、本来の憤激は憎悪に自動変換されていた。
 今の彼は真っすぐな殺意を含んだ憎悪しか持たず、前段階の怒りという感情はどこにも存在しない。

 何よりもゲームのモブキャラ如きに雑魚に、殺しを躊躇うはずがなかった。

「ったく、酒も気持ち良く飲めねぇのかよ、この街は。本当に腐ってんな」

 石畳の地面に唾を吐き、憎々しげに呟いた。
 憎悪の黒炎はまだ頭の中を焦がしている。

 手ごたえのなさに不快な感情は晴れておらず、拷問して鬱憤を晴らしたかったが、死体はナザリックへ送ってしまった。

「……簡単に殺すんじゃなかったか」

 呟いても憎悪の炎は静まらない。

 せめて、大墳墓に送られた彼らが、惨たらしい目に遭うよう何かに祈った。





 主人が不在となったナザリック地下大墳墓では、今後の計画と内務がアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの3人に一任されている。

 参謀達には私室が――パンドラズ・アクターは宝物殿を希望した――与えられることとなる。デミウルゴスはヤトから送られた人間を見て、歓喜に身を震わせる。

 懸念するスクロール問題に人間を使えないかと検討していた時分、間髪入れずに死体が7体も送られてきたのだ。
 陽光聖典の死体だけでは足りず、カルネ村から何人か引っ張ってこようかと考えていたところ、渡りに船となった。

「素晴らしい! 流石は至高の41人です。カルネ村を僅か3日で、喜々として命を差し出す信者に変え、更には私のスクロール供給の懸案事項にまで手を伸ばして頂けるとは。やはり至高の御方々には、私達の考えている事など御見通しなのかもしれません。早速この死体で色々と試すとしましょう。まだまだこれからも死体は送られてくるでしょうからね。ああ、忙しいです、本当に忙しいですよ」

 言葉に込められた意味は不満ではなく、歓喜だった。
 喜ぶデミウルゴスは、たくさんのおもちゃを贈られた子供に見えた。

 デミウルゴスは地域平定をアインズに捧げようと、考えていた幾つかの策を全て後回しに、人体実験に取り掛かった。





 統計によるといつの時代、どこの世界、文化のレベルに関係なく、女性は男性の三倍も話すという。
 本日の業務を終えた冒険者組合の受付嬢たちは、別室で着替えながら世間話に興じている。
 主な話題は、新米冒険者でありながら強そうな執事の件だった。

「あの執事さん格好よかった」
「そうなの? どんな人?」
「一目でわかると思うよ。若くはないけど、すごく紳士的で強くて優しそうなの」
「えー。あたしも見たかったなー」
「冒険者に登録しているから、すぐに会えるわよ。みたら一発でわかるからね」
「誰の執事だったの?」
「んー? なんか変な南方の人。あの人は偉そうに執事さんに守られてただけだったし、気にしなくてもいいんじゃないの? そんなに美形じゃなかったわよ。頭も悪そうだったし」

 酷い言われようである。
 チーム名を長くしようとしたことと、いきなりチームを二つに分けようとしたことが尾を引いているらしい。

「そうなの? でもお金持ちなんじゃない?」
「でも執事さんの方が格好いいし、着ている服も高そうだったから」
「じゃあ執事さんとでも結婚できたら問題ないね」
「そうそう、あんな強い人に優しく守られたいぃ」
「お姫様を守る騎士(ナイト)ね」
「あー! わかるー! 白馬の王子様が年を取ったらあんな感じよ、きっと。チーム名はナザリックだからね。危険で安い仕事を回しちゃだめよ? 一回でも多くここに出入りして貰うんだから」

 女が三人集まると姦しい(かしましい)

 セバスの評価は依頼を回す受付嬢の間で、鯉と恋の滝上りとなり、年配の執事には楽で割の良い仕事が回る。
 黒髪黒目の男の評価は芳しくないため、セバス一人だけが特別に優遇された。


 ヤトがそれを知ることはない。






アルベド好感度ロール→-6 好感度42
面倒事→1d%→失敗
受付嬢好感度→1d20→+17

ゲヘナ実行前に相談→1d%→相談しない。
ゲヘナ実行日延期→1d10→+8日
人間牧場の実行計画の進展→1d10 -3日

賊が所持していた貨幣→金貨3枚、銀貨14枚
疑似カルマ値変動1d%→0%


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9日目 王都リ・エスティーゼ



 夜明けとともに武器屋を襲撃したエイトエッジ・アサシンの報告で、金貨が100枚程度、他の貨幣が金貨20枚相当、武器・防具が店一軒分手に入った。
 武器屋1軒分の装備品をどこに売ればいいか考えるが、量が多すぎて妙案も浮かばず、ナザリックの参謀に丸投げする。
 せめて全体の三割相当の武器くらいは売り払ってしまおうと、いくつかの武器屋・質屋・市場など、王都中の買い取りをしてくれそうな場所をはしごして、更に50枚の金貨が追加された。

 空っ風が吹いていた懐は、今や十二分に潤っていた。
 元より浮かれ気分のヤトは、遊びを過熱させていく。

「セバス、黄金の林檎亭に行き二人部屋を。料金は10日分まとめて前払いで」
「はっ、直ちに行動いたします」

 “黄金の林檎亭”は最高級宿屋に相応しく、三階建ての豪華な屋敷だった。煌びやかな装飾が周辺のどの建物よりも眩しく、出入りする冒険者も中級以上で、喧騒が外まで聞こえてくる。
 実際のところ、冒険者としての見栄、顧客の信頼・評判を得るために、無理をして宿泊する者も多い。
 そんな中、何者かわからぬヤトと執事は十分な注目を集めていた。

 部屋に案内され、転移ゲートの紐をつけさせようと、シャルティアを呼び出す。
 前日の失敗を警戒し、小さなシャルティアは部屋の窓から侵入を果たした。

「わたしはナザリックに帰還いたしんす」

 シャルティアはスカートの裾を軽く摘み、育ちのよい女性が行う礼をした。

「ありがとうシャルティア。シャルティアにとても助けられたと言っていたと、アインズ様に会ったら報告してくれ」
「光栄でありんす。では失礼いたしんす」

 笑顔でシャルティアが応える。
 シャルティアがゲートに吸い込まれるのをセバスと見送った。

「シャルティアは頑張り屋さんだな」

 誰ともなく呟いた。

 王都中を武器売却のために歩き回り、時刻は夜になっていた。宿の中に酒場兼用の食堂を有しており、自然と思考はそちらへ流れていく。
 アインズと情報交換する必要もある。

「セバス、酒場でアインズ様と情報交換をしてくる」
「お供を」
「いや、悪いが遠慮してほしい。どうしてもというのであれば、酒場が見える位置で離れて待機を」
「……大変に失礼を致しました。留守はお任せください」
「すまないな」
「いえ、私も気が利きませんでした。お帰りをお待ちしております」

 深々と礼をするセバスを後ろに、部屋を出て酒場に向かう。
 後で執事はとても後悔する事になるのだが。


 宿の1階にある酒場食堂は、冒険者たちで活気に溢れていた。
 依頼の報酬や依頼者の態度に愚痴を零す者、直近にこなした依頼の自慢話をする者、口説いた女の話など、騒がしかったが一様に楽しそうだった。

(いいね、こういう大衆的な雰囲気)

 その光景に愛想笑いを浮かべながら、テーブルの隙間を縫ってカウンターに辿り着き、影の差している端の席へ座る。
 目の前にいた店主に金貨を一枚手渡した。

「マスター、適当にこれで一杯ちょうだい。お釣りはいらないです」
「あいよ、毎度あり」

 ちょうどよく物陰に隠れる席に座り、《伝言(メッセージ)》のスクロールを取り出し、アインズに連絡を飛ばし、元営業マン同士の長話が始まった。





《へー、タレント持ちですか。割と転がってるもんですね、その辺に》
《いや、そんなことはないと思う。全てのマジックアイテム使用可能というのは珍しいけど》
《うーん、接近を間違えるとモモンとアインズが同一人物とバレる危険がありますが、まぁその分なら大丈夫そうスね》
《そうなんだよね。ナーベも会った瞬間に斬りかかろうとしてたし》
《コネ作りに成功したのはよかったですね》
《そちらの情報収集は? 図書館にはもう行ったの?》
《あ、いや、その……1ミリも進んでません》
《……はぁ?》

 アインズは僅かな怒気を孕んだ声で聞き返す。

《でも稼いだ金は金貨200枚ッスよ! 凄くないですか?》
《はぁ!? なんだそのアンバランスな》

 僅かに漏れた怒気は消え、予想していなかった資金稼ぎに、アインズの声は機嫌を取り戻す。
 改めてヤトは経緯を説明する。

《なるほど、そんな事がね。でも武器屋を襲撃なんて、ただの盗賊じゃないか。発覚しないといいけど》
《今回の件で死体は1体も出てませんよ。発覚しても言い逃れができるように全てナザリック送りにしましたから。ご丁寧に血痕すら残してません》
《アダマンタイト級と接触する時は注意を怠らないように。どんなタレント持ってるのかわからないから》
《大丈夫ですよ。逃げ足に定評のあるヤトノカミさんを信じてください》
《るし★ふぁー仕込みのヤトノカミを?》
《む、それを言われると言い返せませんが》

 仕込まれているのではなく、素直についていくから被害者や実験台にされていただけなのだが、周りから見ると舎弟に見えていたらしい。
 彼もそこを無理に否定しようとは思っていない。

《話は変わりますけど、面倒なんで図書館の本を盗んでもいいスかね? 一冊ずつ読む気だったんですけど、面倒なんでまとめてナザリック送りでいいスか?》
《いいんじゃないか? 情報を搾り取ったら返しておけば問題ない。確か、盗賊職を取っていたよね?》

 普段は慎重なアインズも、所詮は他人事である。
 図書館泥棒しようとするヤトを、止めるつもりはさらさらなかった。
 当面の問題は転移した異世界の情報収集と資金稼ぎである。こうしている間にも、ナザリックを維持するために、ユグドラシル金貨は刻一刻と消費されている。

《もちろんです。上位盗賊まで取ってます。弐式炎雷さんみたいに、最上位の盗賊は取ってませんけどね》
《それなら大丈夫かな。くれぐれもヤトが盗ったと気付かれないように》
《お任せを。手の空いた時に、アインズさんからアルベドへ情報の確認連絡をお願いします》
《なんでアルベドなの?》
《声を聞きたがってるでしょう。ついでにねぎらいの言葉でも掛けてやれば、業務も捗るでしょうから》
《アルベドに限ってそんな事は無いと思うけど……》
《いいや、そこは譲れませんね。必ずやってください》
《あ、ハイ》
《ところで、その薬師の彼なんですけど》

 酒を頼んだのに口もつけず、こめかみに指をあてて微動だにしない彼を、マスターは名状しがたき目で眺めた。





 猫背で黒髪黒目の男がアインズと連絡を取っている同時刻、同室内、対象までの距離6mのテーブル席に、アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”がいた。
 双子の忍者ティアとティナ、戦士のガガーラン、魔法詠唱者のイビルアイがテーブルで打ち合わせを兼ねた食事をしている。
 周囲に気を配るのが自然になっており、皆がヤトを発見していたが、興味を示したのはガガーランとイビルアイだけである。暗殺者として優秀な三つ子の二人、ティアとティナは、見慣れない者と分かっていたが無害そうな輩に反応を示さない。

「あそこの奴、メッセージを使ってるな」

 赤いフードを被った仮面の者は呟く。
 仮面の影響で、性別や年齢を悟らせぬ歪んだ声しかでないが、人間では無くても一応は女性だった。

「見かけない奴」
「仮面がおそろ」

 ティアとティナは素っ気なく答える。
 話題に上ってもさした興味が湧かなかった。

「おそろって、アイツは私とは違うだろ」
「確かに見かけない奴だな。メッセージで堂々と会話する奴も今時珍しいよな」
「黒髪だから南方の奴だろう。ガゼフ・ストロノーフも南方の血が入っているからな、そこまで珍しい事じゃない」
「興味あるなら声でも掛けてくるか? 同じ冒険者なら繋がりがあっても損はねえからな」

 屈強なガガーランが答えた。
 一見だけではなく、至近距離で見たとしても男性と見紛える逞しい彼女は、男らしい見た目通りに肉をほお張っている。
 ガガーランの後姿はガゼフ・ストロノーフよりたくましく、小さなイビルアイは親に付いてきた子供に見えた。

「流石だな、童貞食い」
「童貞にすぐ反応する」
「いや、俺の見立てでは童貞じゃねえな、ありゃあ。間違いないぜ」

 フフンと自慢げに鼻で笑った。

「意味が分からん。見た目で分かったら苦労しないだろう」

 イビルアイは呆れてため息を吐く。

「甘いぜ、イビルアイ。お前も卒業したらわかるぜ」

 ガッハッハと大口を開け、豪快に笑った。
 彼女が女性と知らなければ、頼りがいのある男性と見間違えるだろう。

「私には関係ない。お前と一緒にするんじゃない、筋肉ダルマめ」
「イビルアイ、嫉妬は見苦しい」
「卒業するなら相手を紹介する」
「余計なお世話だ。私には関係ないし興味もない」
「張型という手段も」
「雑貨屋に売ってる」
「いい加減にしろ。下品な双子め」
「しかし、この宿にいる以上は同じ冒険者だろ? あの服装だと貴族とは思えないからな、なぁそこのアンタ」
「ひっ。はい、なんでしょうか?」

 ガガーランは隣席の中級冒険者に声を掛けた。
 突然に声を掛けられた彼は、息を呑んで過剰に怯え、ガガーランに何かされたのではないかと想像される。

「あそこで飲んでいる奴は誰だ?」
「あー、確か登録したばかりの冒険者だったかな。胸にカッパー()プレートがぶら下がっていたと」
「カッパー? ここの宿代って結構するが、払えるのか」
「店の主人によると10日分の金貨を前払いしたとか」
「サンキュー、悪かったな、邪魔をして。構わず続けてくれ」

 明るく気さくに呼びかけ、安心した彼は仲間との談笑に帰った。
 下級冒険者で金持ち、そんな人間は王都に今までいなかったため、イビルアイは考え込む。最悪な選択肢として思い至るのは、敵対中の犯罪組織“八本指”に雇われた用心棒で、こちらの情報を調査していることだ。
 ラキュースに報告すべきか、彼に接触するか悩む。

「イビルアイ、奴はどれくらい強いと思う?」
「わからん。全く強くなさそうだ。まるで力を感じないぞ」
「南方の武器……カタナだったかな。かなり希少な武器だと思うぞ。あのブレイン・アングラウスも使ってるとか。戦士の勘だとかなり強いと見た」
「興味ない」
「仮面の下が子供だったら興味ある」

 冷静に分析するより、性的嗜好の興味で返事をする二人。
 一瞬だけ湧き上がったイビルアイの懸念はどこかへ去り、強さを感じないヤトの警戒は解けていった。

「二人ともしょうがねえなあ」
「買い被り過ぎだ。見た目で強さを感じないなら、やはり私より弱い」
「そうかね、戦士の勘が外れたかな」
「それより、ラキュースの作戦はどうなっているんだ?」
「鬼ボスは近いうちに黒粉の村を攻める予定」
「鬼リーダーは、実験で3手に分けて監視させたい」
「ほー。本腰上げて壊滅させるってか。王女様も思い切った決断したな」

 四人は打ち合わせに戻っていった。





 友好関係にある営業マン同士の話は長い。
 どんなに短く切り上げても、他の友人相手にするよりも、次から次へと話題が移っていく。自然と時間も際限なく延長され、気が付けば二時間が経過していた。空席が目立つカウンターと違い、テーブル席は一杯だった。

(ふぅ、今日はこんなところかな。アインズさんは野営中だったし)

 ヤトは首を左右に振り、ボギボギと濁った音を鳴らし、仮面の下でため息を吐いた。

「マスター、御馳走さまー」

 カウンターを降りて壁際の通路を歩いていると、塞ぐように足が投げ出されていた。

(なんだこの足は。踏んづけて欲しいのか?)

 中級冒険者らしき人物がヤトの通る場所に片足を投げ出していた。
 楽しそうに飲んでいる彼らを邪魔するのに気が引けた。
 横に避けようとしたが、足は通せんぼをするように腰まで上がった。
 彼らは低位冒険者の実力を図るために絡んでいるのだから、接触を避けられはしない。

(よく絡まれる街だな。まあいいや、刀を抜かなければ死なないだろ)

 遠慮なく、差し出された足を全力で蹴り上げた。

「ぎゃああ! いてえぇぇ!」

 人間の体とは言え、異形種のレベル100プレイヤーのヤトが全力で蹴り上げれば、人間の足など木の枝に等しい。ふくらはぎの骨にひびが入っていたが、自分から絡んできた彼に何の感傷もない。
 男は予想を遥かに超える痛みに悶絶し、床を這いまわる。

「弱いなオイ。そっちから喧嘩を売ってきたんだから、醜い悲鳴を上げるなよ、雑魚が」

 みっともなく転げまわる彼に、加虐心がそそられ、仮面の下で口を歪めて笑う。
 同じテーブルに座っていた仲間が立ち上がった。

「おい、仲間になにしやがるんだ、この野郎。カッパーの下級冒険者風情が!」
「おまえらそれなりの冒険者の癖に相手の実力もわからんのか?」
「表へ出ろ!」
「この野郎、ボコボコにしてやる!」

 ヤトの胸倉を掴まれた。
 彼の加虐心は小さな殺意へと昇格を果たし、このまま順調に進めば数刻と待たずにバラバラになって石畳の街へと散らかる。自らの運命を悟らぬ彼らは、歯を剥いて敵意を向けていた。

「はぁー、よく絡まれる街だな、本当に」

 先ほどの一息ついた意味のため息と違い、失望の意味を込めて深いため息を吐いた。
 昨日の件が燻っていた彼は、落ちて来た火の粉を払う感覚で殺意を抱く。

「お望み通りこの世から消えろ。生ごみさんたち」

 最下級冒険者という最も格下に侮辱された彼らは、顔を真っ赤にして怒り狂っていた。

「舐めんなカッパーが!」
「外で土下座させてやる!」
「あ、そう。頑張って。弱いけど平気?」
「ふざけるなぁあああ!」

 相手の怒りを悪戯に助長させ、収拾は殺戮しかないと思っていた。





 遠くで騒いでいる冒険者たちの喧騒は、最高位冒険者チームの彼女らまで届く。
 ティアとティナが眉をひそめ、なぜかガガーランに抗議する。

「あいつらうるさい」
「筋肉さん、止めてきて」
「まったく、大事な話をしてる時にしょうがねぇなぁ」

 面倒見のいいガガーランは、席を立って彼らに近寄っていく。

「おいおい、この店で揉めるなよ。出入り禁止になったら、おまえらまとめて損をするだろ?」

 希少価値の高いアダマンタイト級の冒険者の発言力は、他を凌駕する力を持っていた。
 その中でも見た目が屈強なこと、初物(童貞)好きということ、二点で奇異なるガガーランは特別だった。

「し、しかしガガーランさん。仲間が負傷を」
「自分で喧嘩売ったんだから仕方ねえだろ。ほら、おまえさんもその辺りで抑えときなって、な?」

 ヤトの視界は仮面に覆われ、サーモグラフィのように人の体温しか感知できない。
 突然やってきた屈強な形を持ち、気さくな対応で上位者として喧嘩を止めたソレが、男か女か判断付かず、怪しい存在に戸惑った。
 面倒がそれで済むなら大人しく謝ろうと、ここで続投しようとするほど子供ではなかった。

「はぁ、そうっすか。みなさんごめんなさい、私の注意不足でしたー、あまりに弱すぎたので」

 子供ではないが、大人でもなかった。
 足を蹴り上げて骨にひびを入れておきながら、不注意も何もない。なおも挑発するヤトに冒険者たちは顔を真っ赤にして怒りを堪えている。

 転移魔法を使うのが面倒だと考えていたヤトは、形だけの謝罪をして落とし所を作ったつもりだった。

「ちっ、覚えてろよ」

 小物臭さが拭えない捨て台詞を吐き、彼らは去っていく。
 物珍しそうに見ていたやじ馬も、事態の収拾を見て自分たちの話へ戻った。

「どなたか存じ上げませんが、感謝いたします」

 アダマンタイト級の顔を知らず、また仮面を付けているので顔も見えないヤトからすれば至極まっとうな会話だった。
 最上級の冒険者に対する最下級の冒険者にしては態度が大きく、酒場の空気は改めて凍り付く。
 やじ馬の顔は改めてヤトに向けられ、今度は信じられないと言わんばかりの表情をしていた。

「おぉ、じゃ覚えておいてくれ。俺はアダマンタイト級冒険者で蒼の薔薇の戦士、ガガーラン様だ」

 ガッハッハと笑う彼女は、本当に楽しそうに笑った。
 自慢したいわけではなく、自分を知らない彼がとても珍しかった。

「あ、え? は? ……え?」

 仮面の男は混乱する。
 蒼の薔薇とは女性のみで構成されるチームではなかったのかと。
 彼の探知スキルで見たガガーランは、分厚い筋肉で構成された迫力のある“男性”に見えた。

「ガガーラン、さっさと戻ってこい。打ち合わせの続きだ」
「おぉ、イビルアイ。悪かったな」
「んん!?」

 ヤトは更に混乱する。
 探知スキルによると、誰もいなかった場所から唐突に歪んだような、男女の判別がつかない声が自身の背丈よりも低い場所から聞こえた。空中から声を流せる魔法でもあれば別だが、前衛職のヤトは魔法の種類に疎い。
 手のひらサイズの妖精でもいたのだろうかと思ったが、依然として生者の体温は検知できていない。

 事態が把握できずに混乱し、声の聞えた場所に両手を伸ばすが、周りからは透明人間でも探しているかに見えた。

 身長149cmのイビルアイに対し、170cmのヤトが少し低めに手を伸ばしてしまうと、ちょうどよくイビルアイの胸に向かって手が伸びていく。
 イビルアイが反応できたのは、自分の胸に彼の手が触れる寸前だった。

 小さな赤い頭巾は、野良猫並みに素早く飛び退き、その気配で誰かがそこにいたのだと理解できた。

「な、何をする!」

 貞操の危機を感じ、瞬時に怒るイビルアイをよそに、セクハラの加害者は様々な思案をしていた。

(ふむ……これは一体、どうしたことだ? 探知スキルの異常か?)

 考えてもわからず、時間を掛けても面倒なので仮面を剥ぎ取る。
 目に光が差し込み、眩しそうに目を細めた。
 屈強な男性と思っていたガガーランは、逞しい大胸筋に申し訳程度の胸が付き、どうやら体は女性のようだ。
 赤いフードを被った小さな人物が、少し離れた場所で警戒している。

「ちっちゃいな」
「なんだとこの無礼者! 今度は私に喧嘩を売る気か!」

 ついつい口から洩れてしまった本音に、「やべえ」と冷や汗を掻く。
 本気で怒っているイビルアイは、アンデッドのため成長や変化がなく、誰にも話していないがそこを刺激されるのが嫌だった。

「落ち着けよ、イビルアイ」
「あー……ゴホン! 申し訳ありません、許してください。私はナザリックのヤトと申します。相方はセバス・チャンという執事です。今日はお会いできてとても嬉しかったです」

 深々と頭を下げ、イビルアイの警戒がほどける気配を察する。

「あなたはイビルアイさんと言いましたか?」
「な、なんだ?」

 イビルアイは再度、警戒し、体を強張らせる。

「あなたとはまたお会いしたいですね。私もこの宿を使っております。よろしければ今度、食事にお付き合い頂けないでしょうか、できれば二人きりで」
「な、ぜ私が、そんな事をしないといけな……いんだ」

 動揺してしまい、奇妙な間が生じた。

「気が向いたらで構いません、我々はしばらく王都にいる予定です。宿が同じならまた会えるでしょう。あなたのことをもっと教えてください」

 アンデッドと公言しては可哀想と思い、緩い表現をしたつもりだった。
 アインズがアンデッドであり、この世界の知性あるアンデッドから有益な情報でも仕入れられるかと探りを入れていたのだが、イビルアイの性別を知っている者からすると、口説いているようにしか見えない。

「はぁ!?」
「マジでか!」

 イビルアイは警戒を解いて驚きの声をあげ、ガガーランは面白そうに声を上げる。

「では今日はこれで失礼します」

 頭を下げ、彼は借りている居室がある2階に続く階段を昇っていく。

「イビルアイ卒業」
「でえとの申し込みされた」

 その場に立ち尽くし、固まっていたイビルアイは、近寄ってきたティアとティナの声で我に返る。

「うるさい! なんなんだあいつは。初対面で無礼な」
「でも断ってなかったよなー? イビルアイも満更じゃないんじゃねぇのー?」

 ニヤニヤと笑うガガーラン。

「仮面をつけた者なんか信用できるか。八本指の手かもしれないんだぞ」

 自分を棚に上げて言い返す。

「でも向こうは信用した」
「こっちも信用すべき」

 信用も何も食事に誘われたというだけなのだが、イビルアイは過剰表現で煽られ、徐々に様々な意味で過熱されていく。打ち合わせに戻れる雰囲気ではなくなっていた。

「黙れ! 明日の話をしろ!」

 強引に話を戻したつもりのイビルアイだが、他の面々は聞いていない。

「でもあのカタナ、近くで見たら本当に名刀だな。顔を見る限りじゃ、南方の出身なんだろうな。もしかすると腕前も相当なもんかもしれないぜ。顔も童貞じゃなかったしな!」
「そ、そうなのか?」
「イビルアイ興味出てきた」
「鬼リーダーより先に卒業決定」
「は、いやなにを言っているんだ、馬鹿! 明日の夜から忙しいのだぞ! もう会うこともない!」
「よく会えると思うぜぇ、同じ宿を使ってんならな」
「イチャイチャするなら他の宿へ一部屋取るべき。ゆっくり眠れない」
「手ほどきが必要ならする。事前準備は依頼と同じくらい大切」
「いい加減にお前ら黙れ! 真面目な話をしろ!」

 三人からニヤニヤされて、イビルアイは怒りながら話を続けた。
 小さな赤ずきんの仮面に隠された素顔を知っているのは、蒼の薔薇の仲間だけだ。

 探知スキルは体温を生命反応として感知するスキルであり、探知できない存在は一つしかない。

 イビルアイの声は仮面の効果で歪んでしまい、初対面の相手には男女の判別が難しく、ヤトはアンデッドの”少年”だと勘違いをしていた。ガガーランの性別にはあまり自信と興味がなかった。

「アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”、王国で知らない人間の方が少ないだろうな。メンバーはガゼフより屈強な女……だよな? つーか本当に女か? 他に性別すら不明な小さいアンデッド。この国はどうなってるんだ。アンデッドが紛れているのが判明した以上、お面に穴を開けて視覚でないとまずいよな……」

 階段を上りながら、気が重たくなる。

「外したくないんだよ。無くてもいいけど、気に入ってんだよね。大きい穴を開けると格好悪いし……」

 大きなため息をつきながら、セバスが待つ部屋に戻っていった。

 話を聞いたセバスは自分がいればと、猛烈に後悔する事になった。
 イビルアイを宥めた時以上に、本腰を入れてセバスを慰める羽目になる。





喧嘩を売られる→30%→9 喧嘩イベント発生


スキル《女好き》女性タイプに対する攻撃力減少は、飲酒で発動する《うわばみ》で相殺


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10日目 王都リ・エスティーゼ



 この日、目を覚ましたヤトは、図書館に本を盗みに行こうと勝手に予定を立てた。護衛のセバスを体よく出払わせるには、資金稼ぎの依頼に付けるしかない。
 組合まで同行し、1日で終わりそうな商人の護衛の依頼につけ、護衛がいなくなった異邦人は羽を伸ばそうと町へ繰り出した。

(どうせ夜に侵入する予定だし、この街には大した危険もないだろ)

 昨夜に遭遇した”蒼の薔薇”、未知の戦力に対する警戒など頭には無く、早い話が舐めていた。
 浮かれ気分の彼は、シャドウ・デーモンが影にいなければスキップしていただろう。

 通りすがりに肉の臭いが鼻をくすぐり、仮面をずらして確認する。
 串に刺さった肉が、肉汁を垂れ流して炭火で焼かれ、食欲を程よく刺激した。子供のようにそわそわと、買うか他を見るべきかと迷う。

「ナザリックのヤトで間違いないかね?」

 誰かの声が聞こえた。
 昨日の件のようにアンデッドがいると困るため、一応は仮面をズラして目視する。
 1種類しか聞こえない声色の通り、恐らくは戦士職であろう年配の男性が一人だけだった。
 金髪の髪を短く刈り揃え、赤を基調にした鎧を来た中年男性はガゼフより弱そうで、興味をそそられず、口から出る返答も素っ気ない。

「はぁ、間違いないです」
「王都の武器屋失踪事件について出頭命令が出ている。私と一緒に組合まできてくれないか」

(ああ、その件か……ツマンネ)

 調査を依頼された中級以上の冒険者と想像に難くない。
 特に動揺することはなく、逃げるのは簡単だった。

「同じ冒険者も捕まえなければいけないなんて大変ですね」

 ある種のイベント発生を見過ごすこともなく同行するつもりではあったが、素直に付いていくのも癪だなとひねた考えを巡らせ、良い策が閃く。

「大人しく付いていきますんで、串焼き奢って下さい」
「はぁ? 君は自分の立場が分かっているのか?」
「分かってます。貴方は私を連れていきたい、私は串焼きが食べたい。相互利益は一致しています。とりあえず買ってきてくれませんか?」

 人化の術を使用していれば、食べ物は普通に食べられると実験済みだった。
 ナザリック滞在中に食事を試し、蛇の姿と同様に丸呑みしてしまい、喉に突っかかってしまった経緯を考えると、実験しなければこの場で丸呑みし、喉に引っかかって不審がられただろう。

 安心して串焼きを指さし、面妖な仮面の男は肉を催促している。

「とりあえず、そのふざけた仮面をとりたまえ」
「仕方ないな……」

 仮面を外すと、黒髪黒目の容姿が目を引く。

「おや? 南方の出身者だったのか」
「偉そうな物言いは無駄な軋轢を生みますよ。名無しの冒険者さん」
「余計なお世話だ。詳しい話は組合で聞くから、さっさと歩きなさい」

 手慣れた動作で、ヤトの手首に手錠らしき物を付けるも何度やっても外れてしまい、冒険者は困り果ててしまった。
 盗賊が鍵を外してすり抜けるのは理にかなっているが、数秒たりとも拘束できないと言うのは理にかなっていない。
 まるで手枷が拒否をしているようだ。

「……どうやって抜けたのかね」
「買ってくれないならこちらにも考えがありますよ」

 被疑者は大きく息を吸い込み、力ずくで逃げるつもりかと武装した冒険者は身構える。
 予想は遥か彼方へ飛んでいき、怪しい異国人は地団駄を踏んで叫んだ。

「串焼きー! 串焼き買ってぇ! パパー! お腹空いたー!」

 大きな声で叫んでいる姿は、叫んでいる本人も恥ずかしいが、それを気にしなければ十分な嫌がらせが可能だった。
 回りの視線を集め続けることに、耐えきれなくなった男は観念する。

「わかった、わかった。買ってくるからそこにいたまえ」

 堂々とした振る舞いを崩さず、串焼きを入手した。
 なぜ二つあるのか不明だった。

「二つもいりませんよ?」
「いや、私も食べるのだ」
「フーン……あなたはどうやらいい人のようだ。冒険者組合でいいんですね」

 串焼きを1本受け取り、男と並んで歩き出す。

(やはり思った通りだ。肉が安くて噛み切れないが、これはこれでいいか)

 安物で喜ぶのも変な話だが、嬉しそうに肉を食べながら歩いていた。
 現実社会では安い肉であっても、見ることさえできず、口にするのは飼料のような固形食で、自分がこうして食事をしているのが楽しかった。

 隣を歩く男の装備は、近くで見るとなかなかの値打ち物に見え、育ちが良い人間特有の落ち着いた知性のある顔をしている。
 食べ方は口元を汚さないよう、綺麗に食べていた。
 目つきの鋭さは、冒険者としての経験故なのだろう。

「若い時はモテたんじゃありません?」
「いや、それなりだ」

 男はニッと笑う。

「ところでお名前を聞いても?」
「ああ、申し遅れたな。私はアズス・アインドラ。冒険者チーム朱の雫の者だ」

(またアダマンタイト級か……)

 ヤトは若干の警戒と多くの疲労を浮かべる。

 彼はアンデッドではないことは確かだった。





 冒険者組合に着くと、応接間で組合長が待ち構えていた。
 
「君に聞きたいのは、2番街の武器屋の失踪についてだ。先日、唐突に武器屋が失踪し、店の商品が一通り消え失せていた。次の日、君がその武器屋の品物を売っているのが目撃されているのだが、何か知っているのではないか?」

 組合長は隠すことない疑惑の視線で貫き、「あちゃーっ」と額に手を当てたくなった。
 武器を売っているところを目撃されると反論が難しいが、素直に私がやりましたと言えるわけもなく、知らないと答えた。死体は既にナザリックへ送っており、奪った金貨も十分に消費している。

「知らないと言われても、我々には君しか辿る糸がない。知っていることはなんでもいいから話してくれ。我々もわかりませんでしたと、依頼者へ報告ができないのだよ。一般の依頼者じゃないからね」

 公共機関から冒険者組合へ入った依頼は、店一軒消えた非常事態を受け、それなりの実力者、つまりアダマンタイト級へ依頼されていた。これまで店一軒分消えた事件は、犯罪組織内の内輪揉め、あるいは敵対者への制裁が主であり、下位冒険者に犯罪組織”八本指”の相手は荷が重い。
 アダマンタイト級冒険者“朱の雫”に所属しているアズス・アインドラは、違う依頼に出発する予定だったが、火急の依頼に引き留められたと聞く。

 結果、失踪した武器屋の商品を、周辺の武器屋、質屋に売りに来た彼が、共通の人物としてやり玉にあげられる。
 アインズの説教を思い出し、やはり認めるわけにはいかない。ナザリックにて十分な説教を受けてから日にちもさほど立っておらず、一般メイドの件で十分に怒られたのは記憶に新しかった。

 一瞬、皆殺しにして闇から闇に葬ろうかと思ったが、そちらの方が余計な足がつきそうだった。管理職と上位冒険者が消えれば、程度の低い街であっても大騒ぎになってしまう。

「仕方ないですねぇ」

 一部の情報だけ話して納得してもらえないかと、ヤトは用心棒を雇って襲撃してきた武器屋のことを話した。

「と、いうわけでこちらは被害者なんです」

 話し終わった時に、組合長がお茶を落とす。

「申し訳ない。おーい、新しい物を持ってきてくれ」

 若い女性がお茶を下げていった。

「しかしだねぇ……その話を信じても信じなくても、現に君は武器を転売しているじゃないか」
「ちょっと脅したらくれたんですよぅ。私には必要ないから他の武器屋にリサイクルをお願いしましたよ。店を畳む頃合いかもしれないと言ってましたしぃ、金貨は支払いましたよ?」
「だが、そんな話をその、信じるわけにはだな、組合としてはいかんのだよ……」

 組合長の歯切れは悪くなる。

(なんだ? なんか様子が変だぞ、体調でも悪いのか?)

 部屋の入り口付近で待機しているアズスが口を開いた。

「もう自白しているようなものだと思うのだが。組合長、なぜ捕まえないのですか?」
「いや、その……実はもう隣の部屋から《睡眠(スリープ)》の魔法をかけているのだが」
「そうなの?」

 どうやら先ほどのお茶を落としたのが合図だったらしいが、《上位魔法無効化Ⅲ》を前になんの効果もなく、怪しい青年は涼し気だった。

「そうなの?」
「君になぜ通じないのか不明だが、話が通じる相手だから、こうして事情聴取を続けている」
「素直ですね」
「君は私の手枷もすり抜けたな。一体何者なんだ?」
「ナザリックのヤトです」
「それは最初に聞いた」

 アズスは深いため息を吐く。

「ではこうしませんか? 店主が逃げた以上、被害者は居ない、荷物を懇意にしてた私に預けて田舎に帰りましたと、依頼主さんに報告を」
「確かにそれでも辻褄は合うのだが……」
「組合長、犯罪者の可能性が濃厚なものに従う気か? 奴らの手先だったらどうする」

 苛立たし気に話すアズスを、もっと怒らせてみたくなり、ヤトは少しゾクゾクしてくる。
 感情が欠落した彼は、補完しようと感情を当てられたかったのだが、彼が自覚することはない。

「まあまあハナズズさん」
「アズスだ! 気安く呼ぶなっ!」
「ブッ……クク……」

 素直な反応に思わず吹き出してしまう。

「ゴホン、失礼。先生、飽きたから帰っていいですか?」
「ふざけるな!」

 想定通りに返してくれるアズスに至上の喜びを感じ、心が満たされていた。

「じゃ、あなたの家にお邪魔してもいいですか? 身内に美少女がいれば、紹介を」
「来るな! いい加減にしろ!」
「ア、アインドラ殿、落ち着いてくれ」
「組合長がお困りですよ」
「糞が! この野郎! 馬鹿にするのも大概にしろ!」

 徐々に顔が赤くなっていく。

「朱の雫の朱は顔色ですかね? 真っ赤ですよ、顔が。ねえ、組合長?」
「私を巻き込まないでくれ……」
「無礼者が、切り捨ててやる! 私と立ち会え!」
「お断りします、そんな剣では私に傷1つつけられませんよ。試してみますか?」

 熱を帯びて暑苦しいアズスに対し、南方の異国人は涼しい顔で返答する。

「糞がぁ! 死ね! この腐れ外道!」

 斬りかかろうとしたようだが、体を張った組合長に止められていた。

「ま、待ってくれ! 組合を破壊するつもりか!」
「……」

 怒りの炎は燃えていたが、義理のある組合長を前に表層だけの落ち着きを取り戻す。

「1つききたいのだが、君はアダマンタイト級の冒険者より強いのか?」
「えぇ、もちろん。強さがわかったところで、銅から昇進をさせてもらえたりしませんかね?」
「それは出来ないよ、他の冒険者たちの手前もある。彼らが可哀想だからね」
「……むぅ」

 組合長が諭すように言い、ヤトは黙る。

「そうですか、ところでこの後どうするんですか?」
「冒険者には身元引受人がないからね、厄介事に関わりたい者はいない。一晩くらい檻に入ってもらう事になるだろうが、何か君に責任があれば冒険者の地位をはく奪する事になる」
「このまま冒険者を永久追放してやりたいわ!」
「落ち着いてください、ハナズズさん」
「アズスだ! この糞野郎が! どこまで馬鹿にすれば気が済むんだ」

 王国貴族であるアインドラ家、冒険者から尊敬の目で見られるアダマンタイト級冒険者と思えない取り乱しようである。

「無限に広がる大宇宙のように」

 他に面白い言い回しが思いつかず、これを機に怒らせるのを飽きてしまった。この流れに身を任せると、檻に入る羽目になり、逃げだすのは造作もないが、アインズに説教を食らいかねない。

「組合長、この馬鹿は何を言っているんだ?」
「南方の言い回しなのではないでしょうか」
「そろそろ真面目に話しましょうか。ではこうしませんか? あなたの依頼でも、知り合いの依頼でもなんでも構いませんので、私が無料で解決してきますよ」
「犯罪者の疑いがある者に、任せられるわけないだろう」
「では担保として全財産をお預けします、部下もお預けしましょう。それでいかがですか?」
「逃げない保証がどこにある?」

 馬鹿にしたような笑いを浮かべるアズスに、少し苛立つ。
 ナザリック外の者は総じて弱者へ分類され、そんな彼に話が通じないのが面倒だった。

「特にはありません、これ以上交渉ができないなら私は普通に入口から帰ります。この街には私を止められるものはいないんで」
「本気で殺そうとしてもかな?」
「構いませんが、何か?」

 空気がささくれ立ち、組合長は逃げ出したそうにドアを見ている。

「私も抵抗します。その結果、最高位冒険者が死んだとしても知りません。平然と明日もここに来て、依頼を受けます。無理なら力ずくで受けます。組合が壊滅しても、私の知ったこっちゃない」

 やれやれと両手を肩まで上げ、大袈裟にため息を吐いた。

「貴様、やはり……」
「くどい」

 少し脅すつもりで大きな声を出したが、組合長にしか効果が出ず、アズスは平然としている。

「お願いです。信じてください、私は約束を必ず守る。どのような無理難題であっても」
「……では聞くが、同じ日に離れた三か所の村の畑を焼き払えるか? 距離はかなり離れている。移動するだけでも半日以上かかるが、そのような事が人間にできるはずが――」
「できますよ。場所を教えてください」
「は?」
「面倒くせぇなこのハゲ。早く言えよ、ぶっ殺すぞ。それともアダマンタイト級はみんながこんなに馬鹿なのか? ゴリラ並みの馬鹿であれと、最高位冒険者の条件に書いてあんのか?」

 脅し文句を言い過ぎて暗黒色の波動、絶望のオーラⅢを漏らしかける。
 発動してもいないのに組合長は椅子から転げ落ち、アズスはこちらを品定めするように頭から眺めた。

「すまない、もう一度聞かせてくれ」
「できますよ、場所を教えて貰えれば即座に。さっさと終わらせて私の実力に折り紙をつけてください」
「君は、八本指とは関係ないのだな?」
「何それ? タコですか?」

 組合長はまだ怯え、言葉が出てこない。

「よし、わかった。組合長、応接間を貸してくれ。それから、この客人になにか飲み物を。そしてさきほどの非礼を詫びよう、すまん」
「うむ、気にしないで下さい。理解を超えた強者はいつの世も理解はされませんし、それも慣れておりますので」

 ふてぶてしい返事をして、出ていくアズスの後に続いた。

 空気のささくれに刺され、組合長はしばらく動けなかった。





 組合長不在の応接間で冷たい果実汁を飲み、アズスから話を聞く。
 身構えていた割に、彼が出した条件は大したものではなかった。

 ここ最近、王都で薬物が蔓延し、腐敗貴族を勢力内に取り込む犯罪組織”八本指”がばら撒いている。
 生産所、つまり薬物の栽培場所が判明したので、これを壊滅したい。
 本来は別のチームを3組に分けて、一斉に行う手筈になっていたが、そちらの準備は今しばらくかかると思われた。
 しかし、小さな子供にまで薬物が及んでいるため、悠長に構えている間がなくなったので、別の冒険者チームが大急ぎで準備をしている。

 朱の雫は依頼が入っていたため、本来は関与せずに任せる予定だったが、ヤトの一件でアズスは王都に残っているので、時間が合えば手伝う予定だった。
 第三王女勅命の非正規依頼であることは伏せ、それが今夜とだけ伝えた。

「王都の闇、掃討作戦というわけですな」

 気軽に答えているが、内心は不愉快だった。
 薬物を子供に売るメリットは、安価で依存させていき、購入できなくなったところで組織に招き入れればいい。
 薬欲しさに、進んで犯罪行為に加担をしてくれる。
 脅して動かすより、裏切り・情報漏洩のリスクが少ない。
 王都で感じ続けていた不快感や苛立ちは、そっくりそのまま犯罪組織へ向けられた。

「報酬は必要ないです」
「報酬なんか払わんよ、未だに君は疑惑の者だ」
「あ、そうでしたね。それより確認作業は誰が?」
「他の冒険者チームと合わせて、該当する村の付近に潜伏する。もちろん私も行く。君が失敗した場合、我らが手を出す必要があるからな」

(アダマンタイトって、沢山いるんだな……)

 他のチームが昨日出会った“蒼の薔薇”とは思いつかない。

「村の中に居る人はどうすれば?」
「なるべく殺さないで欲しい。彼らの中には犯罪行為に加担している意識のない、善良な村人も居るんだ」
「私を昇進させてほしいのですが」
「そのような要求は、成功させてから言ってくれ」
「そうッスね……」

 肩を落として落胆し、先ほど超越者の態度を取っていた者とは思えない。

「だが、こんなに無茶な依頼を成功させるのであれば私が保証しよう。なぁ組合長?」
「え? ああ、そうですね、はい」

 快復してドアの辺りでこちらを窺っていた組合長は、いきなり話を振られて目が泳いでいる。該当人物は柄の悪さと態度の悪さで、皆の見本となる上位冒険者には、正直なところ昇進させたくなかった。

「ついでに私の姪にも保証させよう」
「姪?」
「冒険者のチームリーダーをしているお転婆娘だ。身内びいきだが、とても美人だぞ?」

 「はっはっは」と愉快そうに笑った。

 その様子にガガーランとガゼフ・ストロノーフを思い浮かべ、アズスもかなりたくましい部類に入るので、あまり期待できないだろう。なんとなく出会った人物の親族が美人など、都合が良すぎて考えられなかった。

 同じ金髪で戦士という点で、ガガーランが娘という可能性も捨てきれず、迂闊な返事をして無駄な縁談を結んでしまうと、やりたい火遊びを阻害され、様々な理由で最悪だった。

 ガガーランは女性かどうか怪しい、イビルアイは存在そのものが怪しい、アズスも典型的脳筋であり、アダマンタイト級冒険者に対して好印象は消えていた。

(碌な奴が居ないな……いや、何かしらの問題が無いとアダマンタイト級にはなれないのか?)

「期待しないでおきます……できればご遠慮したい」

 虚ろな目をした暗い返事だった。
 楽しそうな最高位冒険者に対しての期待は、薄められた果実酒のように何の味もしなくなっている。

「む、そうか? 残念だな、とても美人なのだが」
「へー」
「本当だぞ?」
「ふーん」
「……ところで何か用意するものはあるかね?」
「別に。作戦開始時間は?」
「私達は村の近くで潜伏するため、すぐに他のチームと合流する。君も準備が出来たらすぐに出て欲しい」

 秘密裏に行われる作戦は、決行まで時間がかかると情報が漏れてしまう。
 そのために即時実行なのだろう。

「いや、私は部下を待ってから出発します」
「それで間に合うのか?」
「ええ、まあ」
「では村の場所を書いた地図をこちらに届けさせる」
「組合長、セバスが戻ってきたらこちらへ呼んでください。私はここで昼寝していてもいいですかね?」
「え!? 寝るんですか? 準備はよろしいので?」
「問題ありません。眠気が無いときにしか使えないアイテムもありますんで」

 理由は本当に出任せだった。

 人に化けているため、睡眠による行動麻痺を避けようと、仮眠をとる。
 組合が黙認している依頼の話を組合でされ、尚且つ待合所、挙句の果てに仮眠所に使うなど言語道断だが、先ほどの恐怖を思い出しそれも黙認する。
 黙認するのが一つ増えても大したことはないだろうと、組合長は強引に自分を納得させた。

「道中、気を付けてな」

 アズスは手を振り、冒険者組合を後にした。

「今夜中に全て仕上げておきますねー」

 興味は仮眠に移り、返事はおざなりだった。





出会う相手
1d6 1チンピラ 2 八本指関連 3蒼の薔薇関連 4朱の雫 5ガゼフ 6クライム
→4朱の雫

アズス・アインドラの人物像推察

ラキュは顔だけ父親似。母親か叔父の影響が強いお転婆娘。そもそも異性の親に似ないと美人にならない。ラキュを男性化して特徴を反転させるとアズス。
貴族の次男、家督相続のプレッシャーとは無縁。
ラキの年齢が19-20という事から、40代前半-中頃。金髪、戦士を思わせる顔、頑固。
ラキが憧れていた事から冒険者としての活動期間は長く、立ち振る舞いも堂々。
アダマンタイト級になって拍車がかかり、誰からも信頼され、一目置かれることに慣れている。




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黒粉畑焼き討ち

4/1 仮修正




 眠りこけていた黒髪の青年は、執事の入室で意識を呼び戻した。依頼をこなしたセバスが受付嬢から話を聞き、寝ている主人の下へ馳せ参じた時には、窓の外に暗闇が広がっていた。
 寝起きの覚醒が鈍く、ヤトはまだ寝ぼけていた。

「う、うーん……おはよう、セバス・ちゃん」
「おやすみのところ申し訳ありません。部屋で待機しているはずのヤトノカミ様がこちらにいると聞きましたが、何かあったのですか?」

 問い詰める眼差しで聞かれ、説教されないかと焦るも、大蛇の化身に冷や汗は浮かばない。
 あくまでイメージだが、心中では脂汗を掻いていた。

「あー、やべ。いや、実は冒険者の名を売るために、アダマンタイト級冒険者に協力をすることになった。昇進すればセバスの報酬が上がるぞ」
「おお、そうでしたか。流石はヤトノカミ様、空き時間も全く無駄にしないとは」
「う、うん。まーね」

 上手く誤魔化せたかどうか、鋭い執事の視線を見てもわからない。
 後ろ暗いヤトはそれ以上言わず、依頼の説明に入った。


「――と、いうわけだ」
「問題ありません。ナザリックから応援を呼び、畑を焼き尽くしましょう」
「いや、それだと俺がやったか不明だから。アインズ様も別の依頼についてるし」

 顎に指をあてて悩むも、結論は寝る前に出ており、素振りだけであった。

「マーレに連絡を取って、一番近い村で待機させてくれ。太陽が出るまでに俺が来なければ、村を焼き払えと」

 畑を焼き払えという意味で言ったつもりだったが、村をと言い間違えていた。
 彼が間に合わなければ、真面目なマーレは村を壊滅させていた。

「護衛はどうなさるのですか?」

 再度、強い目力を感じるが、今度は後ろ暗いことがなく、真っすぐにセバスの視線に応じる。

「俺が本気で走ったら、誰も追いつけないと思う。シャドウ・デーモンで充分だ」
「畏まりました、すぐに手配します」
「宿に行くついでに、金貨を全部持ってきてくれ。組合長に全財産を預けると言っちゃったから」
「畏まりました、ヤト様」

 セバスが出ていった応接間には静寂が戻り、黒髪黒目の青年は眠りに入った。





 焼き討ちの準備をするアズスの邸宅で、アダマンタイト級冒険者の男女二名が話をしている。
 男性は落ち着いていたが、武装した女性は眉をひそめ、親族の勝手な行動を咎めていた。

「叔父さん、それは無茶苦茶です。信じられません。ここで失敗すると、奴らは隠れて生産を続けます」

 一旦、言葉を切るアズスの姪、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。
 カールした輝く金髪、白くて透き通る肌、碧の瞳は吸い込まれそうに澄んでいる。
 黒い大剣を背負い、浮遊する剣(フローティング・ソード)が周りに浮かんでいた。

 桃色の唇は文句を続けた。

「今度はもっと巧妙に隠され、発見が困難になります。多くの人々が苦しむのです。事態の深刻さがおわかりですか?」

 口調こそ強くないが、批判的な意見だった。

「お前の言い分はよくわかる。私もそう思ったのだが、彼なら出来る気がするのだ」
「できなかったと言って笑える話ではないのです!」

 ラキュースは口調を強くするも、叔父には通じていない。

「念のため私が距離の遠い村に潜伏する、間に合わなければ私たちでやろう」
「そんな――」
「安心しろ、お前もその仲間も、そして私自身の力も信用している」
「そういう問題ではありません!」

 「ははは」と笑って受け流す叔父のに、うら若き女性はため息を吐く。

「お前もいい男がいれば、結婚してそんな苦悩から解放されるというのに」
「私を満足させる殿方などいらっしゃいません」

 やけくそ気味に応えたが、あながち適当でもない返答だった。
 王国貴族兼アダマンタイト級冒険者で、周りが目を引く美人ともなれば縁談は多く寄ってくる。
 しかし、相手の家柄、相手の容姿など条件がいかに良くても、彼女の首が縦に振られた試しはない。
 元より、そのようなものに重きを置いておらず、中二病の難しさがそこにあった。
 相手が異形種であれば、意外にも首が縦に振られたかもしれない。

「跳ねっ返りは変わらんな。兄上が嘆いていたぞ? 気まぐれで縁談を二つも潰されたと」
「八本指の娼館に出入りする貴族の次期頭首、彼らと繋がる貴族の三男、そんな方々との見合いなど気分で潰されて当然です」

 アズスの兄から聞いた話だと、徹底的にやり込められて男が半泣きで逃げ帰った、お茶をぶっ掛けられたなど、枚挙に暇がない。

「それはそうなのだがな。あいつもお前が心配だから、少し暴走しているのだろう。今が一番美しい年頃だというのに、危険の多い冒険者に明け暮れるとは」

 身内に向ける優しい笑みで、尚もアズスは言葉を続ける。

「心配な親の気持ちくらいは理解をしてやれ」
「ええ、勿論です。良い方がいれば考慮しますと、叔父様からお伝えください。それよりも、本当に任せて大丈夫なのですか?」
「ああ、私もアダマンタイト級の戦士だ。相手の実力を見抜く経験と直感には自信がある」
「……仲間に伝えてきます」

 ラキュースは部屋を出ていくが、言葉ほどに内部へ響いたとは思えず、アズスはお転婆な姪に苦笑いをする。

「あれは話を聞いていないな」

 彼女は自分に憧れて冒険者になったと聞いている。
 そこに負い目が無いでもなかったが、自分の意思で最上位まで上り詰めた彼女が誇らしく、誰かに自慢したかった。なぜヤトが素っ気ないのか理由は不明だったが、色恋沙汰に限らず、お互いに面識があっても損はないと、首尾よく進めば紹介しようと考える。

「さて、私も準備をするとしよう」

 気を取り直し、野営の準備に取り掛かった。





 アズス邸宅の外で、集まった“蒼の薔薇”は、リーダーの突拍子もない言葉に首を傾げる。意気込んでいた彼女たちは、ラキュースが持ち帰った異例の事態に、苦言を呈さずにいられない。

「なんだとぉ? 村の近くに待機して様子を見ろ? これからか?」
「そう。私達は結果の確認だけすればいいと」
「アズスは何を言っているのだ? 見ているだけで何とかなる話ではないぞ」

 イビルアイは不思議そうに聞くが、ラキュースの表情は浮かない。

「鬼ボスどうした?」
「素直に聞くのは珍しい」
「今回は助っ人さんが全てをこなしてくれるみたいよ。名前は聞かなかったけど」
「それで本当にどうにかなるのかねえ? 黒粉は王都に蔓延してんだぞ」
「叔父様が大丈夫だと言って引かなくて。付近で待機して様子を見て、日が昇っても結果が出なければ、私達でやってくれですって」

 実際に大蛇の化身を見ていない彼女たちは、不満もさることながら疑問も大きく膨らんでいた。

「ますます意味が分からん。あいつは何を言ってる? それこそ失敗する可能性が高いじゃないか。失敗する可能性がある前提なのか?」
「万が一を考えてのことだけど、私達を頼りにしているとも言っていたわ」
「そんなわけわからん方法に、素直に賛成はできねえな」

 普段は前向きなガガーランも今回は不安を隠しきれず、口はへの字に曲がっていた。
 ティアとティナは早々に提案を呑み、腕を頭の後ろで組み、表情からやる気が消えていた。

「二人は?」
「楽できる」
「寝てられる」
「おいおい、そんなに悠長でいいのか」
「いい」
「命令に従ってサボるのみ」

 適当な返事の二人に、ガガーランは苦笑いをする。

「アズスの事だから何も考えていないとは思えないが、今回は理解ができないな……」

 結果、イビルアイの呟きを最後に、アズスの奇怪な提案は女性冒険者たちに呑まれ、彼女たちは馬を駆って王都を去った。

 噂の助っ人は、同時刻に冒険者組合のソファーで何も考えていない寝顔を晒し、聞いた者にまで睡魔をもたらしそうな寝息をスースーと立てていた。セバスが準備を終え、宿に帰ってくるまで1時間以上、一度も起きることは無かった。

 時折、組合長が覗きに来ていたが、眠っている彼に何かを諦めて出ていった。

 信心深い方ではなかったが、この時ばかりは神に祈りを捧げた。





 冒険者組合をセバスと入れ替わりに出発し、彼は宿にいた。転移ゲートを開くべくシャルティアを呼び出し、みんなで仲良く地図に書かれた場所を探していた。時は刻一刻と流れていたが、誰も興味を示さなかった。
 程なくして、シャルティアがおぼつかない手つきで操作する鏡に、小さな畑が映される。

「おお、それそれ。この村に俺を転送できるか?」
「問題ありんせん」
「じゃ、すぐに出発しよう。ゲートを開いてくれ」
「はーい、でありんす」

 赤黒い闇が現れ、二人はその中に吸い込まれ、セバスは一礼をして見送った。


 最も離れている村の近くに闇が開かれ、異形の二人が出現するが、誰にも悟られた気配はない。
 周囲に人気もなく、夜の草原は静寂の所有物だった。

「御武運をお祈りしんす」
「ありがとう、シャルティア」

 帰還するシャルティアを見送り、改めて暗がりの畑を眺める。

「一番遠くの村に来たが、アズスはまだ着いてないか。当然と言えば当然だな」

 草原にあぐらをかき、小さな村全体を眺めた。こちらの存在に気が付いて襲撃でもしてくれれば時間も潰せたが、見張り台に人気はなく、本来の役目を果たしていなかった。

「あー……暇。暇だ………もう始めちゃおうかな……?」

 立ったり座ったり歩き回ったりと、手持無沙汰な青年に落ち着きはない。
 30分と耐え切れず、先に始めると決めた。
 終わってからゆっくり寝ればいい。

「忍術、《火遁の術》」

 掌から炎が伸び、蛇のように空中を進んで畑に到達する。王都に影を落とす薬物、黒粉の栽培畑は、あっという間に炎に包まれた。
 MPが消費し、疲労が蓄積しているのが分かる。

「思ったより疲れるな……3件も保つか? 次は消費を抑えてみよう」


 ティアとアズスが現場に到着したのは、畑が燃え尽きてから4時間後だ。
 足の速い馬を用い、距離を考えると異例の早さだったが、かなり前に事は済んでいた。

「なぜもう終わっている……? 鎮火しているところをみると、何時間も経っているじゃないか」
「不明。暴動でも起きた?」

 まさか一番遠い村から始めているとは夢にも思わない。
 自信満々のヤトは足の速い馬、あるいはマジックアイテムでも持っているのかと想像していた。
 彼らの知識を超え、常軌を逸した暇人の青年が、転移魔法で一番遠い村から歩いて回る暴挙に出たと、考え至ることはない。

「奴は一体……何をした?」
「奴って誰? 怪しい奴?」
「う、うむ。まあ怪しい奴なのだが。この仕事が終わったら皆に紹介しよう」

 彼らは、そのまま何もせずに、王都へとんぼ返りする。

「全然、サボれない。つまらない」

 昼寝ができると踏んでいたティアは、馬に乗りながら不機嫌に文句を零した。





 最初の村を焼き討ちした彼は、人の姿で走るのが億劫になり、蛇の姿で次の村へ急いだ。
 人の姿より大蛇の姿が早かった。

「風が気持ちいい。バイクってこんな感覚なのかな?」

 呟きは風に消え、すぐに次の村が見えてくる。

「意外と近いじゃないか」

 物見櫓が立っているが、村に灯りは見当たらず、こちらの村も寝静まっていた。
 探知スキルにより、近くに人が一体だけ確認できた。
 恐らく確認する冒険者なのだろう。

(あの野郎、二人でペアじゃなかったのか)

 一人がアンデッドのイビルアイなどと知らず、心中で文句を言った。

「潜伏している冒険者があそこだから、死角はこっちだな。一応姿勢を低くするか」

 蛇らしく地を這うと、豊穣な土に育まれた背の高い雑草が、地を這う大蛇の体を隠してくれる。鹿を思わせる立派な角の先が覗いていたが、それも夜の闇に消えていた。

 悠長に這うと目の前に畑が見えてくる。

「忍術、《火遁の術》」

 火炎放射器の様に口から火を放射し、炎はすぐに畑を飲み込む。

「ふーん……見た目が変わると火が出る場所変わるな。俺、格好良くない?」

 口から黒煙を吐き出しながら呟いた。
 畑全体に放たれた炎はすぐに燃え広がり、村も火をつけたように騒がしくなる。

「次行こう、つぎー」

 長居は無用と、人間に視認できない速さで次の村に向かった。


 目を離すことなく監視していたティナとイビルアイは、何事かと互いに顔を見合わせる。
 異形の大蛇は二人に感知されていなかった。

「見た?」
「燃えたのは見えたが、なんだこれは? 術者不在の魔法など、あるわけがない……」
「ちゃんと見てた?」
「当たり前だ。これでもよく見えるんだぞ」
「昨日のこと思い出してない?」

 ティナは仕事が終わった安堵で、イビルアイを煽りだす。少しは気にしているだろうと鎌をかけられ、イビルアイは激昂する。

「しつこい! もう忘れろ! 絶対に私は行かないぞ!」
「でえとしても減るもんじゃなし」
「危険だ! 八本指の手かもしれない」
「そうだった、危険。純潔が減る」
「うるさい! そんなことは言ってない!」
「ヴァージンは疑い深い」
「お前はふざけているだけだ」
「大丈夫、最初は誰でも痛い」
「うるさい黙れ! 置いて帰るぞ!」
「怒りっぽい、大事な日?」
「あああ! 本当に腹が立つ! 少しは黙れないのか!」

 この村の潜伏者は他と比べて騒がしかった。





 大蛇は王都から最も近い村へ到着する。
 彼が冒険者組合で昼寝している時間を含めて3時間程度しか時間が経っていないが、残す栽培所は一つだけだった。

(ここが最後だな、付近に人は……北側に一体、南東に二体。一人がマーレだな)

 イビルアイがこの村にいれば大蛇の姿を目撃したが、そう上手くはいかない。
 今までと同様に口から火を吐き、畑に火を放つ。
 充分に炎上したのを確認し、マーレの方へ這っていった。

「よう。元気か?」
「はい! お疲れ様です、ヤトノカミ様」

 マーレは数日振りに顔を見た蛇神に目を輝かせ、杖を抱えて駆け寄ってくる。
 艶のある頭髪がさらさらと揺れ、上目遣いでこちらを眺めている。

「ちょっとお願いがあるんだが、頼んでもいい?」
「はい。あの、僕でよければ喜んで」
「俺はここで人に変わるから、眠気で倒れたらセバスの所まで運んでほしい」
「でも、あの、僕が至高の御方に触るわけには」
「そんな気にしなくていいんだよ。俺は41人の末端だし。眠ってしまったら運んでくれればいいから」
「わかりました、なんとかします。任せて下さい」

 嬉しそうに笑った。
 普段は気弱な女の子に見えるが、笑う姿は可愛らしい女の子だった。
 創造主である桃色の粘体生物を思い出すも、男の娘にした彼女の意図は理解できない。

(どっちにしても女の子みたいだな……茶釜さん)

「ほい、人化の術っと」

 大蛇は光に包まれて消え、黒髪黒目の人間が立っていた。

「ほら……眠くなってきた。本当に不便だな、これ」

 目をしばしばと瞬かせるも、それすら覚醒効果を感じなくなる。

「マーレ、ナザリックに戻ったら、犯罪組織八本指の情報をなるべく多く調べるように伝えてくれ。やり方は任せる……」
「はい! 畏まりました! 偉大なるヤトノカミ様!」
「偉大はいらないって……まあいいか。頼んだよ」
「わかりました!」

 地面に倒れていく彼には、マーレの返事は届かない。
 華奢なマーレは慌てて抱きとめ、ヤトを背負って王都へ帰還した。

「お帰りなさいませ、マーレ様もお久しぶりです」
「あ、はい。あの、ヤトノカミ様を、お願いします」

 深夜だったが、組合長は自室にて作戦の成功を神に祈っており、引き籠っている組合長にマーレは目撃されなかった。
 主をセバスに渡し、闇妖精(ダークエルフ)の男の娘はナザリックへ帰還していった。


 作戦は終わったが、それを眺めていたラキュースとガガーランは、他の村と同様に顔を見合わせる。彼女らの視界では、村が急に明るくなり、何事かと近寄ると畑は燃えていた。
 慌てて家屋から飛び出す者に火消しされていたが、首尾よく全ての植物は燃え尽きている。最初にこの場所へ来るだろうと予測し、誰に頼んだのか目を見開いて監視していたが、誰の姿も捉えずに仕事は終わる。

「今の見たか?」
「ええ……なんで急に燃えたのかしら」
「ああ、誰もいないのに畑が燃え上がったよな」
「本当になんなの……今回の依頼は。ラナー直通の大事な依頼だったのに」
「成功したからいいけどよ」
「う、うん……」

 アズスの任せておけという態度が引っかかり、ラキュースは金髪ドリルの片方を指でくるくると弄んだ。

「……後で叔父さんを問い詰めておくわね」
「よくわかってないと思うぜ」
「そ、そうかしら」
「話を信じる限りだと、無事に終わるってだけ知ってたな。何がどうやって進むのかは全く知らなかったんじゃねえの?」
「そんなことってあるのかしらね」
「この消し炭になった畑を見ちまうと、信じるしかねえだろうぜ」
「……そうね。知っていることは後で聞いておくわ。誰が助っ人かは教えて貰わないと」

 ラキュース以外の仲間は相手を知っているのだが、実力が不明な相手に点と点は繋がらなかった。

 王都リ・エスティーゼで活動する、アダマンタイト級冒険者たちの忙しい夜は更け、明朝には全員無事に王都へ帰還した。






漆黒聖典とシャルティアの遭遇率 0%
村でイベント→1d% 失敗、何も起きません


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11日目 王都リ・エスティーゼ


 ヤトはベッドで気持ちよさそうに眠り、護衛のセバスは椅子に座って待機をしている。
 冒険者組合からの使者が来たが、敬愛する上司を起こすなどセバスには恐れ多く、気持ちよく眠っているのに可哀想だ。用件だけ聞き、後ほど顔を出すと伝えてお引き取りいただいた。

 それから一時間余り、ベッドの中の黒髪黒目の男がもぞもぞと蠢きだす。

「んー………ふあ……あーぁ。よく寝たなー……あ、おはようセバス」
「おはようございます、ヤト様。ゆっくりとお休みでしたね」
「昨日は疲れたからね、もうこんな時間か」
「早速ですが、いくつか報告したいのですが」
「では食事をしながらにしよう」

 酒場食堂へ移動する。有料の朝食はパンとシチューだった。恰幅の良い中年の女性は、誰よりも遅く目覚めた彼らに呆れていたが、善意で食事を大盛りにしてくれた。

「ヤトノカミ様、朝早く冒険者組合の使者の方がいらっしゃいました。後ほど顔を出すと伝え、お引き取りいただきました」
「そうか……すみませーん、おかわり」
「まだ食うのかい、じゃあ、また大盛りにしとくよ」

 ガガーランを小さくした女性は、見た目通りに気前が良かった。

「ありがと、おばちゃん。セバス、今は何時だ?」
「はい、食事を終えてから行かれるとちょうどいいかと思われます」
「え? そうなの?」

 パンをスープにぶち込んで、口に一気に流し込む。大そうお行儀が悪いが、咎める相手は存在しない。

「ふほうふ」

 何を言っているのかは不明だが、出掛ける意を汲み取り、セバスは付き従う。
 夜は図書館に忍び込む予定だったので、昼間の雑用をする時間は減らしておきたかった。

 仮面もつけずに冒険者組合へ向かった。





 冒険者組合に着くと、応接間にてアズスと組合長が談笑しながら待っていた。

「お疲れのところ、悪かったな。まずは昨日の首尾に礼を言いたい」
「いえ、お構いなく」
「どうやって迅速に焼き払ったのだ?」
「それは言えません。機会があればお見せします」
「そうか……それは残念だよ」

 アダマンタイト級は寂しそうに顔を伏せた。

(たっぷり寝てそれなりに食ったので、次に気になるのは女の事だけです)

 ろくでなしに相応しい事を心の中で呟いた。

「ヤトノカミ殿、我々冒険者組合としては、あなたを昇格させることで合意をした」
「おお、ありがとうございます。アダマンタイトですか?」
「はっはっは、流石にそれは無理だろう」
「あなたの実力は私達の知らないような領域なのでしょう。そこで提案なんですが、今回は3階級昇進させて頂きます。銅、鉄、銀、金の序列なので金級(ゴールドクラス)冒険者になりますね」
「ありがとうございます」

 特に不満はない。3階級も駆け上がれば、エ・ランテルで冒険者をやっている相方よりも早い昇進だと考えた。既にあちらはミスリル級まで上がっており、2段階も差をつけられていた。それを知っていれば、この場でさぞかしごねたことだろう。

(金級の方が依頼の報酬が良かったな。ミスリル級まで行けば、宿の払いが冒険者の仕事だけで済むから、早くそこまで上げないと)

「ただし」
「ん?」

 組合長は思考へ被せるように続ける。

「アズス様の条件を飲んで頂く事が前提となります」

 アズスと組合長は目で合図をして頷いた。

「今後も八本指の力を削ぐために協力を仰ぎたい。その依頼を優先的に受けてもらいたい。これが条件だ」
「そりゃ構わないですが、今度は報酬が出るということでいいんですかね?」
「もちろん、そう考えてもらって構わない。冒険者としての昇級も早くなるだろう。それほどの功績となるからな」
「了解です。それは楽しみです」
「楽しみか……ははは」

 乾いた笑いの組合長。ヤトは彼の理解を超えていた。実力だけでなく、行動原理がこれまでの常識とは違い過ぎる。

「じゃあ、私はこれで失礼します。また明日、依頼を受けに来ますので」

 事も無げに護衛を連れて退室する。まるで一仕事終えて、ゴブリンの討伐以来でも請け負ったような軽さだった。アズスは苦笑いで組合長を見た。

「大したものだな、知らないというのもあるのだろうが。八本指をゴブリンと同じ程度に考えている」
「知らないだけではないでしょうか。六腕など存在を考慮すると、早々にお教えした方が」
「いや、その調整はこちらでやろう。彼を下手に刺激すると突っ込んで行きかねない」
「……よくわかります」

 アズスは豊富な経験の背景に、冷静な分析で大人の対応をしていた。彼の言う通り、強い用心棒がいるなどと聞けば、依頼とは関係なしにヤトは突っ込んでいった。アズスはアダマンタイトに相応しい器の人間だった。

「彼に何をさせるかはこちらで考えよう。早めにラキュースと引き合わせて、組織の壊滅に連携を取ってもらわねばならん」
「冒険者組合が儲からなくて困ったものですな」

 言葉ほどやっかみは感じない物言いだった。

「そういうな、組合長。彼らが消えて町の治安が戻れば、若い冒険者達で溢れるだろうからな」
「そうなるといいんですがね」

 二人は強引に明るい未来を想像して笑った。





 ヤトは図書館に向かう道と宿へ戻る道の十字路で、セバス別れる。

「ではセバス。私はこれから図書館へ行き、本を盗む。二人だとバレるから、自由行動で解散」
「護衛の手配は御済で?」
「シャドウ・デーモンはまだ影にいる。エイトエッジ・アサシンを大量に呼んであるから安心してくれ」
「出過ぎた真似をお許しください」

(嘘だけどな! こんな面白いこと一人でやらせてくれよ!)

 ヤトは相変わらず単身である。細かい嘘を吐くのが面倒になりだしている、いつも通りの適当な理由が推し通された。セバスの紳士な対応はその都度、彼の心に棘を刺す。

「流石でございます。では私はこれで」
「好きに遊んでいいからね。人助けとかは有益だからいいかも」
「はい、ありがとうございます。では」

 セバスは宿の方角へ向けて歩き出した。一人

(なんか楽しいね。ただの泥棒だけど)

 図書館に忍び込むものなど居ないと判断されているのか、重厚な扉があるだけで見張りの姿は見えない。

「不用心だな。あまり期待できないかもしれない」

 扉の鍵を造作もなく開けて、音もたてずに中に入っていった。
 闇と静寂に支配された図書館内部は、とても気持ちがよかった。
 ヤトは美しいメガネを取り出す。
 翻訳するメガネが無いと、全てがゴミにしか見えなかったのだ。

「ふんふんふーん。ふふふふーん」

 鼻歌交じりで、図書の山を物色する。
 歴史関係の本が置いてあるエリアを、ごっそり全て盗む。

「他に面白そうな本は、と……お?」

 手に取った本には、《よくわかる。帝国雑学》と書いてあった。

「あーバハルス帝国と戦争してるって言ってたな。この棚全部そうなのか」

 《鮮血帝の恐怖》、《腐敗貴族の消し方》、《帝国の魔法学》、《魔法科学院の優等生》など、様々な帝国関係の本が並ぶ中、より強く彼の興味をひく本があった。

 《必勝!帝国の賭博》と書いてある本を手に取り、しばらく動きが止まる。

「帝国の賭博ってなんだ? ちょうどいいか、これは個人的に貰っていこう」

 ユグドラシル内で賭博やカジノが大好きだった。
 そのために対した効果もない《ギャンブラー》の職業を取ったのだ。
 彼は文献での知識はあったが、賭場に行ったことは無かった。
 そして憧れていた事の一つでもある。
 賭場があるのかでさえ、不明だったのだから。

「これはアインズさんの勅命よりも重要かもしれない……。帰ってゆっくりと研究するか」

 大量の本をアイテムボックスに放り込み、大事な本を一冊だけ抱えて図書館を後にした。





 宿に帰るとセバスはまだ帰って来ていなかった。
 彼はベッドに横になり、先ほどの本を読む。
 帝国は公営賭博として、闘技場がある。
 見世物小屋の意味もあり、連日多くの見物客が訪れる。
 戦う者たちの実力差によって、賭けの倍率が変わる。
 換金するときの手数料は10%である。
 以上の内容まで読み進めた。

「公営ギャンブルかー。ナザリックの誰かに戦ってもらって、持ち金を全て掛けちゃえばぼろ儲けできるな。アインズさんが許してくれればだけど。怒りそうだなあ」

 更に闘技場の勝率、手固い賭け方などを読み進めていく。
 やがて、彼は本を読む姿勢のまま、心地よく眠りに落ちていった。




 カツカツと彼の靴が、静かな街の中に響く。
 聞き覚えのある音が、風に乗って耳に届いた。
 人の拳が人を殴る時の音。
 彼は音の出どころを見つける。
 倒れている子供、それを庇う白い鎧をきた若い騎士、対峙する屈強な男達。
 カルマ値がヤトの三倍もあるセバスの体は自然に反応した。
 鉱物の様な拳と金属がぶつかる甲高い音が響く。
 セバスが正拳を放った相手は壁に激突し、気を失った。

「助太刀を致しましょう」

 若い騎士に声を掛け、残り二名の男と対峙する。
 いきなり目の前に現れた執事らしき老紳士。

 本来であれば怒号を放つはずだったが、その武力を見せられて尻込みをしてしまう。
 先ほどまで気に入らないガキを蹴飛ばしていた。
 そこに若い騎士が割り込んできたので、日々の鬱憤を晴らそうと思っただけだった。
 彼らはたまたま通りかかった優しい(ドラゴン)と目が合ってしまった。
 ただそれだけの事なのだ。

「どなたか存じ上げませんが、感謝します!」

 白い鎧を着た若き騎士は、剣を構えたまま返事をした。

「いえ、助けるのは当然の事です。さあ、かかってきなさい」

 先ほどの威圧に、加えた殺気。
 彼らの心は完全にへし折れた。

「す、すすすまない。俺たちが悪かった。許してくれ」
「死にたくない。助けて」

 セバスはため息を吐いて、構えを解いた。

「消えなさい」

 その言葉を聞くが早いか、夜の闇に消えていった。

 セバスは倒れた子供にポーションを飲ませた。
 常に一つは携帯しておくように渡されていたのだ。
 元気になった少年は自らのねぐらに戻っていく。

「あ、あの、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 若い騎士が目を輝かせて聞いてくる。

「私はセバス・チャンと申します。冒険者ナザリックのヤト様に仕える執事です」
「あ、ああ、あなたはガゼフ・ストロノーフ様が勝てなかったヤトという御方の執事なんですね! お噂はお聞きしております」
「おや、左様ですか。失礼ですがあなたは?」

 主の話を聞き、少しだけだが機嫌が良くなる。

「私はクライムという者です、この国の兵士です。先ほどは助けて頂き、ありがとうございました」
「これはご丁寧に。では私は主人がお待ちしていますのでこれで」
「あ、あの! 待ってください! 私に稽古をつけてください!」
「これは困りましたね。私は執事である身、いち早く主の下に戻らねばなりません」
「お願いします! 私は強くなりたいんです。主人の為に」

 セバスは少し悩んだが、主の言葉を思い出した。

 好きに遊んでいいからねーと仰っていましたね。

「わかりました、簡易的なものでよろしいですかな?」
「ありがとうございます!」
「本当にどうなってもいいのですか?」

 その意味が分からず、クライムは黙る。

「私はこれからあなたを殺します。強い意志を持ち、立ち向かえるのであれば生き残れるでしょう。それでよろしいですか?」
「……」

 己の主人を守りたい意志は自分を守ろうとする意志より強い自信があった。
 セバスの言葉を深く理解せずに受ける。

「わかりました。私は主人を守るために強くなります。よろしくお願いします」
「では行きますよ、構えてください」

 クライムは改めて剣を抜き、相手の攻撃に備える。
 セバスはただ立っている。
 強く体の芯まで刺さりそうなほどの殺気を出して立っている。
 クライムは相手の体が、十倍以上に大きくなった錯覚を受けた。
 全身が震えだし、歯はガチガチとぶつかり、鎧もガチャガチャと擦れあっている。
 恐怖のあまり倒れてしまった。
 純粋な死の恐怖だ。
 動かなければ死んでしまうのに、体がまるで自分の意思で動かせない。
 頭は何も考えられない。
 目が少しずつ閉じていった。
 彼の頭に愛すべき主人、ラナー王女の笑顔が浮かぶ。
 目を見開き、立ち上がった。
 その顔は涙、涎、鼻水で汚れており、見るに堪えない有様だ。
 震える身体を必死に動かし、死の恐怖から目をそらし、彼はもう一度剣を構えた。

「ほお。お見事です」

 セバスは強い殺気を解く。

「お疲れ様でした」
「え……?」

 本当は色々聞きたかったのだが、口からはそれしか出てこない。

「私は本気で貴方を殺そうとしました。全力の殺気を放ちました。貴方が倒れたところまでは私の想像した通りです。ですが、良く立ち上がりましたね。貴方はなぜ立ち上がったのですか? 起きたら私に殺されるとわかったでしょう?」

 静かにクライムに問いかける。

「そ、その、私は主人の為に強くなりたいんです。主人を守るために、私の主の為に」

 まだ冷静になっていない頭で、必死に言葉を考える。
 その言葉を聞き、満足そうに頷く。

「それでいいのです。死を乗り越え、己の命を投げ出して、それでも守る相手がいるからこそ強くなる意味があるのです。ではもう一度やりましょう。今度は手を出しますよ」


 クライムは地面に跪いていた。
 足が震えてこれ以上は立てなかった。
 セバスの手加減をした正拳をまともに食らってしまい、しばらく地面を転がり続けた。
 体力の限界を見抜いたセバスに温情を掛けられる。
 それ程までに彼は消耗していた。

「時間のある時に、黄金の林檎亭にお越しください。日中は冒険者をしておりますが、夜ならば大丈夫ですよ」
「は、はい。ありがとうございます」

 肩で息をしているクライム。

「黄金の……あ、蒼の薔薇さんたちと同じ宿なんですね。わかりました、必ず行きます」
「私の主人にも伝えておきましょう。あなたの様な人は好きな筈ですから」
「あの、セバス様の主人は、どのような方なのでしょうか」

 セバスはどちらを話すか少し悩む。

「慈悲深く叡智に優れた御方が我々の王です。ヤト様は自分の考えた道を全力で走る方です。それで自分を犠牲にしたとしても」

 本人が聞いたら赤面しかねなかった。


「わかりました。お会いする事を楽しみにしております」

 まともに動かない顔を捻じ曲げ、笑顔を作る。

「では私は失礼します」

 ツカツカと靴音を響かせ、夜の王都の闇に消えていった。

「はあー……死ぬかと思った」

 クライムは改めて地面に座り込んだ。
 しばらく彼はそのまま動けなかった。



 宿に戻ると主人は眠っているようだ。
 読みかけの本を抱いて眠っている彼に思わず微笑む。
 こうしていると本当に子供のように見える。


 そんな不敬とも思われる事を考えながら、セバスは主人に毛布を掛けた。







情報→4バハルス帝国
ティアかティナと遭遇率→30% 失敗 スルーして宿

イビルアイの心理

気にも留めてなかった同じクラスの異性が、
自分の事を好きだと聞いた時の中2男子




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10日目  城塞都市エ・ランテル

 漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包んだモモン・ザ・ダークウォーリアーこと冒険者モモン。
 冒険者組合で出会った冒険者チーム“漆黒の剣”と共に、野営をしていた。
 エ・ランテルで高名な薬師の孫、ンフィーレア・バレアレの薬草採取の護衛。
 周辺モンスターが増え過ぎないように間引き。
 二つの依頼内容をこなすために、冒険者チーム“漆黒の剣”、若い薬師ンフィーレアと共に旅に出ていた。
「ふぅ、今日はこんなものか」
 友人と《メッセージ/伝言》で連絡を取り終えた。
「あっちも好き放題やってるようだし、こっちも冒険を楽しもう」

 それにしても、もっと夢があってもいいんだけどな。

 冒険者という言葉で、未知の山脈や闇の深い森林、見たこともない魔物との戦いをイメージしていたが、実際の冒険者はいつも通りの依頼を淡々とこなす仕事だった。
「これじゃ魔物退治のサラリーマンと変わらないじゃないか。こっちで何か考えた方がいいかもな」
 王都で酒飲んだり、食事したり、金を稼いだり、武器屋を襲撃したりなど、遊び呆けている彼が少しだけ羨ましかった。

 飲食不要の指輪効果で、ナザリックの維持費は安く抑えられている。
 だが、それもいつまで続くかわからない。
「維持費で頭が悩む事の無いようにしたいんだが、カルネ村に渡した土産物の金額回収まではしばらく手が届かないだろうな」

 構想中のアンデッドによる大規模農場計画を早めに進めた方がいいかもしれない。
 ナザリックの名声を高めるために、この先も手土産は必要だろう。
 来客をもてなす場合も出てくるかもしれない。

 幸いにも王都のヤトは順調に金を稼いでいる。
 情報収集はあまり進んでいないようだが、資金の援助が必要ないのはありがたかった。
 こちらで稼いだ金貨はそのまま、全て維持費に充てられるのだ。
「農場って人の国に勝手に作ってもいいのか……?」
 モモンことアインズは、ナーベことナーベラル・ガンマの待つテントへ帰っていった。




「さて、あれから何日か経っているが、どのように変わっているかな」
 周りに聞こえないようにモモンは呟く。
 翌日、一行がンフィーレアの希望でカルネ村に到着したのは、お昼近くだった。
「あれ? なんだ、これ?」
 木材による大きな囲いが設置されていた。
 周りに石材が大量に積まれているため、城壁建築の予定なのだろう。
 村の入り口で、一行は立ち尽くす。
「ンフィーレアさん。ここは一体」
「いえ、カルネ村の筈なんですが、農業や薬草で生計を立てていた村だったんですけど」
 ンフィーレアは村の変化に戸惑っている。

「どなたですかー?」
 村の中から若い女性が走ってきた。
 カルネ村で生活するエンリ・エモットである。
「あ。エンリ! 僕だよー!」
 知っている顔を見つけて、声が弾む。
 しかし、エンリの後ろから走ってくるデスナイトをみた全員が凍り付く。
「ンフィー。久しぶりだね」
 黒くて巨大なアンデッドがエンリを殺そうとしている。
「エンリ! 危ない! 逃げて!」
 悲鳴を上げながらンフィーレアは飛び出した。
「な、なんだあれは! バレアレ殿、待つのである!」
「モモンさん! あれの足止めはできますか! 我々でバレアレと女性の逃亡を補助します!」
「ひっ」
「ニニャ! 固まるな! 全滅すっぞ!」
 思い思いに動揺する漆黒の剣の面々。
 モモンとナーベは素知らぬ顔でそっぽを向いていた。
「モモンさん! 早く!」
「久しぶり、ンフィー。元気だった?」
 エンリが止まるとデスナイトも止まった。
 その緊張感のない表情をみて、少し落ち着いたらしい。


「エンリ、これは一体」
「え? ああ、あの人はね。カルネ村の村長さんよ」
 ニコニコしながら話しているが、だれも意味が理解できない。
「村長さんって。ごめん、意味が分からないから詳しく教えてくれないかな?」
「あ、そうだったね。ごめんごめん」
 失敗したと可愛く笑うエンリ。
 後ろに居るのがデスナイトでなければ、微笑ましい光景だっただろう。
「村長さんはね、アインズ・ウール・ゴウン様の手で殺されたの。それでアンデッドに変えて頂いたのよ」
 心の底から嬉しい事を話しているのが、満面の笑みで理解できる。
 だが話を聞いた彼らには激しい誤解を招き、ンフィーレアの心に亀裂が入りそうになる。

「村長殿は殺されたのですか!?」
 漆黒の剣のリーダー、ペテルは問い詰めるように聞く。
 何者かに侵略されたと思ったのだろう。
 エンリは首を傾げてこたえる。なぜ怒っているのかが理解できていない。
「はい。村が兵隊さんに襲撃をされて」
「えええ!?」
 ンフィーレアの心は、重大な情報が連続して入ってきたので考えがまとまらない。
「みなさん、こんな村の外れで話しているのもなんなので、ひとまず村の中に入りませんか? あそこの彼も襲っては来ないようですから」
 埒が明かずに、誤解が誤解を招きそうな立ち話を止めさせた。




 村の中に入った一行は各所に分かれた。
 漆黒の剣の面々は、村の中にもう一体居たデスナイト達を遠巻きに監視している。
「あんなデスナイトを使役しているのか?」
「そもそも村長が殺されたっていうのはなんなんだ?」
「何が起きているのか理解ができないのである」
 震えているニニャを宥めながら、彼らは小声で話し合う。


 モモン達は、村の中を散策していた。
「大したものだな。デスナイトを上手く使い、村を発展させるとは」
「そうでしょうか?」
「うむ、畑の開墾は以前の倍以上になっている。森の開拓も進んでいる。この後は城壁でも建築するのだろう」
 村から見える森の位置は明らかに後退している。
 畑はデスナイトのフランベルジュで開墾をしたのだろう。
 農作業に明け暮れる人々の表情は以前より明るく、デスナイトと共に農作業をしている。
「剣の稽古もしているのか」
 広場の片隅に木彫りの剣と盾が複数置かれている。
 どれもかなり使い込まれていた。
「まったく、大したものだ」
 死を覚悟した人間は、ここまで変われるものか。
 ナーベはその意図が汲めず、不思議そうな顔をしていた。


「というわけなのよ、ンフィーレア」
「でもそんな事が……だって二人も殺されたんでしょ!? なんでそんなに嬉しそうなのさ!」
 ンフィーレアは興奮して声を上げる。
「だから違うってばンフィー。村長さん達は自分で進んで殺されたの。この村を守るために」
 感極まった目で両手を組み、顔を上げるエンリ。
 ンフィーレアはエンリの変わった様子に戸惑う。
 邪教の信者に見える最愛の人に、どう対応すればいいのか悩んでいた。
 そして何者かわからない相手に嫉妬をする。
「何者なの? 何か覚えていることはない?」
「気が付いたら皆さん消えていたから。他の方はヤト様とアルベド様とか仰っていたわ」
「アル……ベド……?」
 道中にナーベがアルベドの名前を出して失言をしたため、彼はその言葉に聞き覚えがあった。
「そんな、いやでも。え? そんな事……?」


 剣士として優れているあの人が、そんな闇の魔法を行使する?
 いや、あの人はちゃんとした人だったと、えー、アンデッドに作り替えるって何位階なの?
 一流の剣士で位階不明な魔法を使う? 十三英雄に匹敵する人? ……人間なのかな? 

 頭の中に突拍子もない仮説が浮かぶ。
 あの人はアインズ・ウール・ゴウン氏であり、神かそれに等しき存在で、この世界の人々の生活を見守るために冒険者になってやってきたのではないかと。
 通常ではありえないポーションを持っている事も、なんとか理解できる気がした。
 しばらくブツブツと悩んでいたンフィーレアは、いてもたってもいられずにエンリの家を飛び出した。
「あ、ンフィー。どこいくのー?」
 背後で呼ぶエンリの声は、彼の耳には入っていない。


「どうしましたか、バレアレさん」
 肩で息をして、ンフィーレアがこちらにやってくる。
「モモンさん! あなたはアインズ・ウール・ゴウン様なのでしょうか?!」
「なっ!?」
 ここでナーベが自らの失言に気付き、ギリギリと歯を食いしばる。
 彼女は態度こそ悪いが、聡明だった。
「ゴホン、君は何を言っているのかな?」
 誤魔化したつもりだったが、ンフィーレアにはその反応が肯定と取られる。
「やはりそうなんですね。あの、何から言っていいのかわかりませんが、まずは僕の方からお礼を言わせてください」
 ンフィーレアの話によると、好意を寄せているエンリの幸せが守られた事。
 珍しいポーションの作成方法を盗むために近づいた事。
 これからもこの村を助けてほしい事だった。

「私は村長を含めて村人を二名殺しただけだ。これからも私の力に頼らずとも、この村は発展を遂げるだろう」
「いえ、それでも言わせてください。ありがとうございました」
 先日の村人を思わせる強い眼差しに、アインズは笑った。
「気になるのであれば、もっと頻繁にこの村に滞在してみてはどうかな? 薬草の採取も彼らデスナイトがいれば捗るだろう。ポーションの作成は村人を助ける事になるからな」
 ンフィーレアの生まれながらの異能(タレント)にコレクター意欲を刺激されていた。
「そうでしょうか。いや、そうですね! わかりました、戻ったら祖母に相談してみます」
 腕組みをして堂々とした立ち居振る舞いのモモン。
 心の中ではガッツポーズを決めていた。





 その後、トブの大森林にて一行は薬草採取に向かった。
「おまえが森の賢王か?」
 漆黒の剣達は既に避難を終えている。
「アインズ様、興奮させるまでもなく興奮していましたよ」
 森の賢王の捜索の為にアウラは呼び出されていた。
「近頃、このあたりを荒らしている化け物の仲間でござるか?」
「化け物? なんだそれは?」
「あの黒くて大きな化け物の事でござる」
 どうやらデスナイトの事らしい。
「そうともいえる、そうでないともいえるな」
「禅問答は不要でござる!」
 尻尾が蛇になっている巨大なジャンガリアン・ハムスターは牙を剥く。
「某の支配領域が日に日に狭まっているでござる。到底許すことは適わんでござるよ!」
 デスナイトが森を切り開き続けているため、森は後退している。
 それが彼の支配領域だったようだ。

 怒りを露わにして飛び掛かってくる森の賢王。
 グレートソードを交差させて防ぐが、威力を殺しきれずにモモンは後ずさる。
「ハムスターの癖になかなかやるじゃないか」
 他の二人は心配すらしていない。
「そちらもなかなかやるでござるな。だが遊ぶ気分ではござらん。いざ!」
 突撃と同時に尻尾を鞭のようにしならせる森の賢王。
 適当に絶望のオーラⅠで様子を見ようと思っていたモモンだったが、剣の練習に切り替える。
「さあ行くぞ」
 ふわふわの体毛は剣を弾き、爪は鎧を切り裂く事ができる。
 しかし、力でモモンに劣っている森の賢王は徐々に消耗していった。
「某はここで死ぬのでござろうか」
「森の賢王であっても死が恐ろしいか?」

 死んだら死んだで上位アンデッドの素材になるか実験をしよう。

「いや、心残りは同じ種族が見つけられなかった事だけでござる。種の保存は生命の本能が故に」
「それはすまなかったな」
 意外な事をいうハムスターに戸惑うモモン。
「気にする必要はないでござる。命の奪い合いというものはそういうものでござろう」
「そうだな。行くぞ、森の賢王」


「なんだ貴様らあ。俺の支配領域でうるせえぞ」
 武装した巨体を揺らしながら巨人がこちらに向かって歩いてきた。
「グ! ここは某の支配下でござろう。いらぬ侵入は許さぬでござる!」
 勝負を邪魔され、しかも支配領域に侵入もされ怒る賢王。
「バハハハハ。弱っているおまえに負けるものか」
「なんだこいつは?」
「すまぬ。やつは森の東を統べるトロールのグでござる」
「愚?」
「奴の名前でござる」
「消耗した某に、奴を倒す力はないでござる。そなたも早く逃げ――」
 言葉の途中でトロールに向かって歩き出すモモン。
「勝負の邪魔をしないで貰いたい」
「断る。お前も森の賢王も、俺の晩飯だ!」
 巨大な棍棒を振り下ろすグ。
 体と等しく力も大きいが、ただそれだけだった。
 モモンの剣は再生を繰り返すグの四肢を切断し続ける。

「バハハハ! 俺の体は再生するぞ。おまえの攻撃など効かない」
「そうか、魔法でも同じことが言えるのか試してみよう」
 素早く鎧を解き、オーバーロードの姿に戻る。
「《ヘルフレイム/獄炎》」
 黒い炎が体を焼き尽くし、灰は風に乗って森に散った。
 死んだことが理解できたか不明のままに。

「ふむ、特異な再生能力というのは物理のみに有効なのか? 低位の魔法での再生力を図ってからにすればよかったかもな。だがこの程度で死ぬのならやはり価値は……」
 ブツブツと悩んでいたアインズは、森の賢王に向き直る。
「さて、お前はどうする。森の賢王」
「と」
「と?」
「殿ー!」
 飛びついてくる賢王を、黒いローブを翻して闘牛士のように躱した。
 対象がいなくなった賢王は、大木にぶつかる。


「酷いでござる」
 ぶつけた頭をさすっている。
「殿、拙者を連れていって欲しいでござるよ!」
「はぁ?」
「先ほどの強さ、感服いたした。剣を振ってもよし、よくわからないことをしてもよし、ついでのようにあのグを倒す御仁の強さを少しは学びたいでござるよ!」
 モモンは損得勘定で冷静に計算した結果、森の賢王を使役する名誉(ネームバリュー)のメリットを取る。
「わかった。私は冒険者モモン、森の賢王よ、私に従うがよい」
 鎧を再び着用した。
「畏まったでござる! 殿!」
 アウラは質のいい毛皮が手に入らず、残念そうだった。
「アウラ様、心中お察しします」
「まあ仕方ないよねえ。アインズ様のペットなら」
「ところで先ほどの姿は鎧の中身でござるか?」
「私の本来の姿だ。他人に喋ったらお前も消える事になる」
「安心するでござる! これでも口は堅いでござるよ!」
 アインズは不安を隠し切れなかった。


 その後、エ・ランテルに戻った一行は、アンデッドで溢れる墓地を解放した。
 ンフィーレアが攫われた時の犠牲者になり、“漆黒の剣”は命を落とした。
 その功績を受けた冒険者組合は、モモンをミスリル級の冒険者とする。
 話を聞いたヤトにクレマンティーヌを攫わずに殺してしまったことについて、グチグチと文句を言われる事になる。
 ンフィーレアは祖母と共にカルネ村で、ポーションの研究をする事になり、村の発展に貢献していくことになった。




気が付く可能性→1d6で偶数→4 ンフィー気付く。
漆黒の剣の死亡率→1d% →80% ダイス成功…
ニニャ個人の死亡率 1d% → 70%  ダイス成功…
クレマンティーヌの生存率→1d% →20%   ダイス失敗

ハムスケの死亡率→1d% 50% 奇数で死亡1d10→00
100扱いではないため、困ってしまいイベント


アル E-F
クレ D
ラキ C+
テ2 B+-C
イビ A-

ガガ H


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12日目 王都→ナザリック

ギャグは言い換えるとペナルティ。


 翌朝、寝ぼけながらクライムに関する報告を受けた。
「はい、ポーションの補充」
「ありがとうございます」
「けど面白そうな奴だ。次はここに連れてきてね、俺も会いたいから」
「はい、直接こちらへ来るそうなので、いらっしゃった時は必ず」
「主君の為に強くなりたい、か」

 俺は誰かのためじゃなかったな。あ、強くなってないんだった。
 誰か帰ってきてくれないかな。素早いだけじゃ今後が不安だよ、本当に。

 そんな事を考えながら、冒険者組合へ出発した。




「ヤト殿、お手紙を預かっております」
 冒険者組合に行くとアズスからの手紙を手渡された。
 内容は今回のお礼と今後の事だった。

 八本指の調査依頼の要請。
 警備部門・武力担当、“六腕”と呼ばれる六人の調査。
 情報だと彼らはアダマンタイト冒険者に匹敵。
 身元と実力の調査をしてほしい。
《終わり次第、いつでも構わないので私の邸宅まで頼む。どこで聞かれているかわからないため、この手紙は読み終わったら焼き捨ててくれたまえ》

「……アダマンタイト級に匹敵って、何がだ? 変態なのか?」
 アダマンタイト級とは、変人の職業という思い込みが強くなっていた。
「何か仰いましたかな?」
 組合長は不審な目で見る。
「あ、なんでもないです。セバス、ちょっとこちらへ」
 隅の方で話をしている。
 セバスをここに残して、ヤトはナザリックへ帰還する事になった。
 その間の外貨の獲得や名声を高める業務はセバスへ一任されることとなる。

「組合長、私はアズスさんの依頼をこなすため、数日間は席を外します。普段はセバスが冒険者として活動しますので、何かあれば彼にお願いします」
「分かった。くれぐれも気を付けてな」
「お気をつけて」
 セバスは頭を下げる。
 ナザリックへ帰還するのだから、どこよりも安全なのだ。
 店を出たヤトは宿に戻り、エイトエッジ・アサシンとシャドウ・デーモンを複数集め、六腕の調査を頼んだ後、ナザリックへ帰還していった。
 本来の姿で飲食や睡眠をした場合の検証、つまり自堕落に過ごすためにである。
 娼館に出入りをしようかとも考えたのだが、どんな影響がでるかが分からなかった。
 行為の途中、あるいは事後に人化の術が解けてしまう可能性を考えると、とてもそんな事に集中ができなそうだったのだ。
 欲望に従った結果、検証不足の事態が起きて、王都を追放されたら目も当てられなかった。





 組合に残ったセバスは受付に話しかける。
「失礼、何か依頼はございますかな? 金級で最も難しいとありがたいのですが」
「あ、セバス様ですね! お噂はかねがね。現在、金級だとこちらなど如何でしょうか?!」
 なぜか鼻息の荒い受付嬢は一枚の羊皮紙を手渡した。
《組合が外部で魔物・地理・自然の調査を行うための護衛。金級以上限定。報酬金貨6枚。実力が保証された者限定》
「なるほど、護衛するのはどなたでしょうか?」
「わた「彼女は受付のシフトがあるため出られません、そのため私と組合の調査員の2名ですわ!」」

 横から別の受付嬢が割り込んできた。
「そうですか、ではこれをお受けしましょう。出発はいつ頃ですか? 私はすぐに出発しても構いませんよ」
 受付嬢が凄い顔で彼女を睨んでいるようだが、何かあったのだろうか。
「で、では、行きましょう! 私はいつでも大丈夫です。私達の今後について打ち合わせしましょう!」
 セバスは手を引かれて応接室へ入っていった。
「くやしいいい! 私があの依頼を勧めたのにい! さりげなく手も握ってさー!」
 机に突っ伏して頭をぶつける受付嬢の悲鳴がこだました。




 仲間と依頼に行きそびれたアズスは、邸宅で姪と話をしていた。
「叔父様、そろそろ説明して頂けませんか?」
「実は私にもわからんのだ。君の所のティアと共に、村に着いたら既に燃え尽きていた」
「私もそうです。気が付いたら火がついていました」
「だからその、私に聞かれても困る」
「しかし、今回の作戦では叔父様は確信めいたものがおありでした。それくらいは教えて頂いてもよろしいのではないでしょうか」
「いや実はな」

「ナザリックのヤト殿ですか?」
「そうだ、銅のプレートなのだが、」
「存じ上げています」
「ん? そうなのか?」
「はい、実はガゼフ・ストロノーフ殿がカルネ村でお会いした方、それも立ち合いをして敗れた方がその方と」
「なにい!?」
「それも正々堂々と勝負した上で敗れて、本人は清々しいほどに完敗をしたと」
「そんなことが、あるのか」
「更に私の仲間が口説かれたとか」
「なんだとぉ!? あいつ女性に興味ないような素振りをしていたくせに」
 二人は、噂の彼がイビルアイを少年と勘違いしている事は知らなかった。

「仲間と同じ宿のようですね」
「あの財力を見るとそれは仕方ないな」
「私もお会いしてみたいです。次はいつお会いするのですか?」
「いや、しばらく会わない予定だ。六腕の戦力調査を依頼したからな。数日は姿を消して調査にあたると、組合長に伝えたそうだ」
「そうなんですか……それは残念です」
 アズスはニヤニヤする。
「お前の事を売り込んでおいたぞ」
「あら、そうなんですか?」
「あまり関心がなさそうだな」
「私の仲間のイビルアイを口説いたと聞いています。その方の好みは背の低い女性なのではないでしょうか」
「まあ人の好みはなんとも言えないが。女性に大した興味がないのではないか?」

 背の低い女性が好きというのは少し気になるわ。まさか八本指の娼館などに出入りするような下種ではないといいのだけど。近頃では貴族も出入りしているというし。
 糞が。ああ、本当に胸糞悪い! 欲望でしか考えられない人間はとっとと死ね!

 八本指の娼館とは、暴力・幼児嗜好・その他、どのような欲望をぶつけても構わない娼館だった。
 一呼吸おいて心を落ち着け、話を再開する。
「でも興味はあります。今度お会いする時は私もお連れ下さい」
 “蒼の薔薇”のラキュースは、楽しそうに笑った。
「ではラナー王女は任せるぞ。私が王都に居るうちに、成果を上げたいものだな」
 邸宅で話している二人は、王国貴族そのものだった。




 ナザリックの自室に戻った彼は、アインズに連絡をした。
「ジャンガリアンハムスターを飼うことになった?」
「カルネ村近くの森で困ってたから。そのまま連れてきたんだよ」
「それは見たいッスね。死んだら一週間ログインしない真似はやめてくださいね」
「大丈夫だと思うけどな。そういえばミスリル級に昇格したよ」
「そうですか、ミスリル級に昇格ですか……」
「ん? どうしたの?」
「いえーなにもー。折角、金級になったのにそれを上回る活躍をしてるからって嫉妬なんかしてませんよー?」
「なるほど、哀れな奴め」
 してやったりと嬉しそうな響きだった。

「で? なんで冒険者やってんの?」
「え? あーいやー……王都で生の情報を集めようかと」
「エ・ランテルでも同じだろうに。誘ったじゃないか」
 実は嫌われてるのではないかと疑う。
「でもなくてはならない存在になりつつありますよ」
「チーム名は?」
「ナザリックです」
「はぁ!? 馬鹿かこの馬鹿! なに堂々と名乗ってんだ?!」
 アインズは精神の沈静化を図っていた。
「いや、だって面倒でしたし」
「はあー何やってんだよ。カルネ村の件だって誤魔化すのにどれだけ大変だったことか。薬師にはバレるし。そっちはガゼフと面が割れてるだろ」

 割と本気で怒っているアインズに前もって考えた言い訳を伝える。
「でも考えてみてくださいよ。ナザリックで名乗って善行を続けて行けば、こちらの名声も高まり続けますよ。セバスも居ますし」
「だからなんだ?」
「つまり、いずれはカルネ村の事は露見するじゃないですか。その時にこちらの信用を無限大に高めておけば、ちゃんと話ができますよ」
「言いたい事はわからなくもないけど。でも駄目だ」
「どんな敵がいるか不明ってことですかね? でも調べた限りだと、王国にはいませんね。アダマンタイト級冒険者も変態ばかりですし」
「変態? そうなの?」
「そうッスよ! 本当に酷いですよ。ゴリラみたいな女性とちっちゃいアンデッドの少年、後はあまり賢くなさそうな脳筋さんとか」
「なんだそりゃ……動物園にでも居るのか?」
「次は王都に巣くう八本指の調査を依頼されてますが、アダマンタイト級変態というので大したことはないでしょうね」
「変態が好きだな。だがその八本指っていうのは面白そうだ」
「アインズさんが殺してしまった女の代わりに捕まえますよ。アダマンタイト級なら武技くらい使えて当然ですからね」
「そうだな。俺も次に見つけたら捕まえるよ」

 こうしてヤトの王都での生活は、自堕落な生活に対する欲求に負け、一旦の幕を下ろした。
 ナザリックにて飲食・睡眠不要のアイテムを外し、眠りにつく。
 食欲が満たされたので軽く昼寝をしたつもりだったのだが、24時間以上も眠りこけてしまった。
 彼は、予想以上の時間浪費を自室でしばらく嘆く事となる。
「蛇の時に指輪は外しちゃだめだな」




 翌日早朝、ナザリックの執務室。
 アインズは冒険者の依頼をナーベ単独に任せ、ナザリックでの内政に当たっていた。
「ヤトからの金貨はこれだけか?」
「はい、持ち帰るように言われたのはこれだけでありんす」
 まだ得た金はあるはずだが、念のため余分に取っておいてるのかな。
「あの、アインズ様」
「ん? どうした、シャルティア」
「はい、ヤト様がこなたに大変助けられたと伝えて欲しいと」
「よくやったな、シャルティア。彼も嬉しかったのだろう。お前の忠義に応え褒美を与えよう。何か欲しい物があるなら教えてくれ」
「光栄にありんす。ですが、守護者が欲しい物はアインズ様のお褒めの言葉だけでありんしょう」
「今でなくても構わん。ゆっくり考えてから教えてくれ。それでお褒めの言葉というならそれでもよい」
「畏まりましたでありんす。失礼致しんす」

 シャルティアに伝言を頼んだという事は何か意図があるのか?

 顎に指をかけ悩む。

 シャルティアに機嫌をとっておけという意味合いと考えるのが自然か。王都で何かあったのかもしれん。

 ただ褒めてやれという意味なのだが深読みしてしまうのは悪い癖だった。


「失礼します、アインズ様。新しい羊皮紙が出来上がりましたので、ご確認下さい」
 デミウルゴスがいくつかの羊皮紙をもって入ってきた。
「白いのが王国産、黄色いのが法国産、茶色いのは野良でございます」
「こんなに差が出るものか。魔法の位階はどの程度まで耐えられそうだ?」
「はい。全て同様に第一、または第二位階程度です。今後改良を重ねれば、より高度な魔法を封じられるかもしれません」
「そうか。これは確認しておこう。ご苦労だった、デミウルゴス」
 どうせ羊だろうと思っているため、これ以上は聞かない。
「はっ、御身のためであれば如何様にも。では失礼します」
 更に入れ替わり、パンドラが入ってくる。
 どうやら執務室の外で並んでいるようだ。

「お久しぶりでございます。私の創造主、アインズ様!」
 正直に言うと、自分で創造した彼が苦手だった。
 今も敬礼をしたまま動かない。

 だっさいわー……。

 精神の沈静化を行い、パンドラの報告を聞く。
 食事を一般メイドのみと限定し、ナザリックの経費削減計画は順調に進んでいた。
「POPモンスターであるスケルトン共は、いずれ何かに使うだろう。特にエクスチェンジボックスに放り込む物資の獲得のために。金貨の換算価値はどうだ?」
「この世界の金貨は単純に金、つまり鉱物としての価値しかないようです」
「他の鉱物で試してはないからな。武器や防具の換算価値はこの世界のものか?」
「いえ、それもユグドラシルの換算価値によるものだそうです。しかし!」
 パンドラは大きな声をあげ、胸に手を当てた。
「食料に該当する品の価値は、この世界よりも僅かに高価であります。音改(ねあらた)様の姿を取った場合、小麦、農作物、調理された食材などはエクスチェンジボックスに放り込んだ後で、魔法で作り出す方が僅かに浮く物が一部に見られます」
「それは素晴らしい成果だ。パンドラズ・アクター、流石は私の創造した守護者だ」
「はい、光栄の極みにございます。アインズ様の高き叡智が、僅かでも私に宿るように精進いたします!」
 跪き、両手を上に掲げた。
 剣を捧げる騎士のようだが、何も持っていないから不自然だった。

 ちょっと褒めたらこれだよ。

 再び精神の沈静化を図り、パンドラを下がらせる。
「食料品の価値による差異か。やはりそちらの方向で安定供給を図るのが早いな」
 広大な畑を開墾し食料の供給を支配地域へ行い、余った食料を換金するのが安定した方法に思える。

 増え過ぎた生物の間引きを試してみよう。生き物は放り込めないから、死体でも放り込んでみるか。

「アインズ様、失礼します」
「アルベド。ヤトが手に入れた書物の情報精査の進展具合はどうだ?」
「恐れながら、順調とは言い切れません。王国の図書館には捏造された情報などもあり、一つ一つに時間が掛かっております」
「やはりあの国は駄目だな。図書館まで怪しい本ばかりとは」
「仰る通りです。現在、参謀三人で分担し進めておりますので、何か分かり次第ご報告を」
「そちらはアルベドに一任しよう。私の代わりに情報をまとめてくれ」
「畏まりました」

 ヤトがねぎらいの言葉を掛けろと言っていたか。

「アルベド」
「はい。なんでございましょうか」
 アインズの呼び掛けには目を輝かせて応えている。
「いつもすまないな。情報戦を制し相手を制するのは得意戦略だ。お前は私にとって情報精査という最も重要な任務についている事を分かって欲しい」
「アインズ様ぁ!」
 当然のように抱き着かれる。
 恍惚とした顔でアルベドは抱き着いてくる。
 天井のエイトエッジ・アサシンが迷っているのを感じた。
「アインズ様! アルベドは準備がいつでもできております!」
 凄まじい力で抱き着いているアルベドを引きはがすことはできなかった。
 気を使ったわけではなく、単純な腕力の問題だ。
 自分で言ってしまった手前、誰かを呼ぶわけにもいかない。

 いつまでも出てこないアルベドの次に順番待ちをしていたアウラが、こっそりとドアを開けて事態に気が付くまでアルベドの喘ぎ声を聞く羽目になった。




調査内容→1d6 1八本指の全身調査 2六腕の調査 3面倒なのでボスを拉致 4面倒なので幹部を拉致 5内々に娼館を襲撃 6関連貴族の調査 →2 六腕の調査
アズスの滞在日数残り 1d6→5日


情報収集率 1d20
スレイン法国 d+20→ 20+20→40%
バハルス帝国 d+10 →13+10→23%
リ・エスティーゼ王国 d+15 → 2+15→17%
プレイヤー情報 d-5 →2 →0%
他国情報 d÷2→17 →8%

補足
アインズさんの甘さは原作通りです。警戒をするのは被害が出てからというのは彼の戦い方に影響を受けています。最初は負けて、その後は勝ち続ける彼のやり方は、言い換えれば最初に犠牲が出るという事です。ですが、王国内で敵もいないので、被害もでません。
故に彼の警戒度はまだ上がっていません。どんなに友人の行動がアホでも。


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13日目 城塞都市エ・ランテル

半端な長さなので分けた二日間。ダイスの目がもっといい目だったらよかったです。


 ナザリックで内務に明け暮れるアインズにナーベから連絡が入る。
 冒険者組合からモモンに来てほしいと使者が来たようだ。
 エ・ランテルに戻ったモモンはナーベと共に冒険者組合へ向かった。




 組合に到着後、二人は打ち合わせをする部屋に通される。
「盗賊団の調査ですか?」
「その通りだ。他の冒険者と組んで当たってもらいたい」
 用事があったのはエ・ランテルの冒険者組合長であるアインザックだった。
「他の冒険者とは?」
(アイアン)の冒険者だ。もうすぐここに着くと思う」
 いきなりドアが開く。
 男女六人の冒険者たちが立っていた。
 先頭の赤髪の女性には見覚えがある。

「し、失礼します! モモンさ、さん! 先日は大変申し訳ありませんでしたあ!」
 深く頭を下げた。
 彼女は初日にポーションを渡したブリタという女性だった。
 後輩だったはずのモモンが、自分たちを大きく飛び越えて高みに行ってしまったため萎縮しているのだ。
「そんなに畏まらないでも構いませんよ。同じ任務に当たる仲間ですから、お掛け下さい」
 他の冒険者から安堵の息が漏れる。
 ブリタからポーションの一件を聞き、半ば強引に奪い取った事が尾を引いていないか不安だったのだろう。
 全員はそれぞれ適当に座った。

 鉄級の冒険者にはチームを組んでいない者も居る。
 様々な冒険者たちと出会う事で自分に必要な、あるいは欠けている箇所を補う相手と組むことができるからだ。
「では説明を続けよう。王都からの協力要請で、犯罪組織を摘発する事が決まった。そこで、関連している可能性がある者たち。これから関連しそうな者たちに手を回し、浄化をしてほしいとの事だ」
「なるほど。他のミスリル冒険者は出払っているようですからね。具体的にはどのような作戦で行うのですか?」

 依頼内容は二つ。
 アジトを襲撃して、彼らを捕まえる事。
 アジトに拉致されている女性を助ける事。
 余力があれば盗品も回収してきてほしいと。

「で、では及ばずながらこのブリタが、説明をさせて、え、と、いただきます!」
 ご飯でも食べるのか? と聞きたくなるくらい、変な間だった。
 畏まっているブリタの話によると、モモンとナーベが盗賊のアジトの見張りを急襲。
 馬車1台を入り口につけ、モモン達“漆黒”が先陣を切る。
 突撃したモモン達が盗賊を引き付けている間に拉致されている女性達を助ける班、外から帰ってくる盗賊の捕縛をする班の二手に分かれる。
「なるべく多くの者を生かして捕らえたいのだがな。今回は相手に凄腕の用心棒がいると情報が入っている。不測の事態に備え、充分な注意をしてくれたまえ」
「お話はわかりました。今回、撤退はないと思ってください。ブリタさんの提案した内容で行きましょう」
 品のある声で静かに話すモモン。
 ナーベは澄ました顔のまま、静かに話を聞いている。


「それで、盗賊は”塩招く剣団”でしたか?」
「いや、”死を撒く剣団”だ。帝国との戦争時は傭兵部隊となるのだが、それ以外は盗賊で生計を立てている」
「はい、数は80人前後でここエ・ランテルにも拠点があります。普段は盗賊の拠点の方にしか居ません」
「エ・ランテルの拠点は大丈夫ですか?」
「そこは有事のみ利用する拠点のようだ。誰も居ない事は彼らが確認をしてきている」
「内容はわかりました、ありがとうございます。アインザック組合長、ブリタさん。一つ提案があるのですが」
「は、はい! なんでも言ってください!」
「どうしたのかね、モモンくん」
「馬車を二台にしてもらえませんか? 作戦の成功は私が保証致します」




 夜になり討伐の即席部隊は森の中に潜んでいた。
 レンジャーの探索により付近に人影は発見できず、洞窟内に居ると思われる。
 洞窟を改良した入口に見張りが二名、武装して立っている。
「では皆さん、私達が彼らを倒したあと、馬車を二台とも入口へつけてください」
「はい! わかりましたあ!」
「ブリタ! 声がでかい!」
「ご、ごめんなさい」
 仲間に怒られ恥ずかしそうに俯く。

「……では後の事、よろしくお願いします。いくぞ、ナーベ」
「はい、モモンさーん。《フライ/飛行》」
 二人は飛び上がっていった。
「はあ、凄いなあモモンさん」
 姿が見えなくなってもそちらを見ているブリタ。
「ほら、俺たちもさっさと行こうぜ。英雄に迷惑かけちゃまずいぞ」
 他の者もモモンの立ち居振る舞いに、親しみと尊敬の念を抑えられない。
 自信に溢れて頼もしさを感じる彼は英雄になりつつあった。


「ナーベ、やれ」
「《ドラゴン・ライトニング/龍電》」
 放たれた雷撃により、見張りは消し炭になる。
「やはり余裕だな、これは。ナーベ、お前は後から来い。私は剣の練習をする」
「畏まりました、モモン様」
「ハムスケも連れてくればよかったか。あいつは動物の勘が鋭いからな」
「いえ。あのようなペットなど、自宅待機が相応しいかと思われます」
 ナーベのハムスケに対する当たりは強かった。
 所詮は獣と侮っている。


「そうか。では行ってくる」
「御武運を、モモン様」
 洞窟を改造したアジトだったが、中は意外と広くなっていた。
 モモンが両手で剣を振り回しても問題が無い程度には。
 部屋数もかなり多かった。
「なんだあこの野郎!」
「食らえ!」
「死ねええ!」
 思い思いに襲い掛かってくる彼らを、丁寧に気絶させながら奥へ進んでいく。
「ふう、もう半分くらいの人間は倒しただろう。あとは殺してしまうか」
 そんなモモンの心の機微など知らない盗賊は、同様に襲い掛かったつもりが今度は真っ二つにされていく。
 拠点のアジトは徐々に血で染まっていった。


「よお」
 青い髪の剣士が奥から現れる。
「噂の凄腕用心棒か?」
「用心棒は俺しかいないからな、そうなんだろうぜ」
 彼の腰には刀が差してある。
 ヤトの物と比べると大したことがなく、データ量も低そうだった。
「一つ聞きたいのだが、いいか?」
「なんだ?」
「君はガゼフ・ストロノーフより強いのか?」
 その言葉で相手の雰囲気が変わる。
 死合い前の張りつめた表情に。
「奴とは因縁がある。昔だが互角の戦いを行った。その時は油断で敗れたがな」
「今は違うと?」
「ああ、俺は強くなった。剣の稽古以外の事など、一切していない」
「そうか、それは楽しみだ」
「ブレイン・アングラウスだ」
 ブレインは腰を落とし、居合の体勢になる。

 ほう、居合か。刀で居合を習得しているとはな。……楽しみだ。

 新たな技との出会いに期待する。
「冒険者モモンだ。行くぞ、ブレイン・アングラウス」



「《領域展開》」
 ブレインの周囲に何かが広まったのを感じた。
 居合の切っ先が届く範囲の攻撃と予測しながらも、アインズは構わず踏み込んでいく。
「馬鹿が! 領域と神閃の複合、虎落笛(もがりぶえ)!」
 人の目では知覚できない程、刃は素早くモモンの首を狙った。
 油断はしていなかった、タイミングも最高だった。
 だが彼の刀は大型の剣であっさり受け流されていた。
「ふむ、見様見真似なのだが上手く受け流せたな。居合は狙う場所が限定されてしまう、私には通じないぞ」
 全身鎧(フルプレート)の彼に対抗するための狙い場所など、初めから限られていた。
 モモンは大剣の片方を背中に掛け直し、残った一本を両手持ちに変える。
「さあ、全力でかかってこい!」

 改めてブレインは武技を使う。
「《能力向上》! 《四光連斬》!」
「この技は原理がよくわからんな」
 防ぎ方がよくわからず、モモンは剣を適当に振るが、鎧に斬撃の衝撃を受けた。
 魔法で作った鎧に傷が入った。

 見事なものだ。武技使いは欲しかったから、こいつは持って帰るとするか。

 ブレインにとっては非常に物騒な話である。
「これも通じないのか……ふふっ、ああああ!」
 がむしゃらに刀を振り、斬りかかってくる。
 モモンは適当に相手をしながら、他の武技を使えるか様子を見ている。
 鎧を装備したアインズの戦士としてのレベルに、ブレインと大きな開きがあるわけではない。
 だが、不死者(アンデッド)のモモンと、自信がある技を破られたブレイン。
 腰が引けつつあるブレインは、勝負を投げ出しつつあった。
 既に勝敗は決していた。


「はあ、はあ、はあ」
「どうした? もう終わりか? こないならこちらから行くぞ」
 死の恐怖が近づいてきている。
 モモンが恐ろしい化け物に見えてきていた。
「うわあああ」
「あ」
 ブレインは洞窟の奥に向かって全力で逃げ出した。

 逃げられた。ここで逃がしたらまた文句を言われてしまうな。
 まあ洞窟なんて行き止まりなんだから、奥まで行けば居るだろう。

 しかし、抜け道があるとは予想していなかった。
 また、武技の練習をする時間も今しばらく取れないため、急いでもいなかった。
「モモン様、何か問題が?」
 洞窟の散策を始めていたナーベが、ブレインの悲鳴を聞き駆けつける。
「特に問題はない。私はこれから奥へ追撃に入る。各部屋を確認せよ。冒険者達が来る前に盗品の回収だ」
「はっ畏まりました」
「盗賊が残っていたら殺しても構わん。女性は後から来る冒険者に渡せ」
「お気をつけて、モモン様」


 奥の部屋では盗賊の頭領が、生き残った者たちを集めて立て籠もっていた。
「うわあああ!」
「ブ、ブレインさん!?」
 逃げていくブレインが、奥の抜け道へ消えていった。
「あの役立たずが! 全員弓を構えろ! 誰かきたら構わず打て!」
「うわ!」
 入口の方から誰かの叫び声と何かを引き潰したような音が聞こえた。
 盗賊達に緊張が走り、誰かが唾を飲む音が聞こえた。
 やがて奥から黒いフルプレートの人物が現れる。
「野盗諸君、投降すれば命は助けよう」
 二本の大剣を構えたまま呼びかけた。
 殺気だった彼らには届かなかったのだが。
「撃て! 全員撃て! 矢を絶やすなああ!」
 頭領の絶叫と共に全てのボウガンから矢が放たれたが、対象に刺さることなく地面に落ちていった。
「な、なんだこいつは」
 モモンは盗賊たちを順々に切断していき、頭領の前に立った。

「さて、お前が頭領か? 先ほど逃げていった男はどこだ?」
「お、お、奥の逃げ道から逃げてったぞ」
「なに?」
 頭領を殴って気絶させ、モモンは慌てて奥へ進んでいく。
「逃げ道があったのか……まあいい。次がいるだろう」
 モモンは追うのも面倒だったので、来た道を戻っていった。
 彼の警戒は緩んでいた。
 この世界に自分たちを脅かす者の存在が発見できなかったからだ。




「モモン様! ありがとうございました。あなたのお蔭で一人の犠牲者も出さずに女性たちを助けられました!」
 いつの間にか様付けになっているブリタは、他の面々と共に深く頭を下げた。
 盗品はモモンに全て回収され、一部の盗賊の死体まで頂いているのだが。

「いやいや、同じ冒険者ですから困った時は助け合いましょう」
「はい! ありがとうございます」
 彼女はおとぎ話の英雄でも見るような目でモモンを見上げる。
 数日前にいちゃもんを付けた時と同一人物とは思えなかった。
「私はもう少しここに残り、戻ってくる盗賊や隠し部屋が無いかを調べます。馬車の護衛をお願いします、ブリタさん」
 その気取らない態度に、更に好感度を上げるブリタ。

「はい! お任せください」
「ではモモン殿、後は宜しくおねがいします」
 他の冒険者たちと馬車を見送ったモモンとナーベ。


「ナーベ。改めて洞窟の中を調べ、隠し部屋の確認をしてくるのだ。死体も回収せよ」
「畏まりました、モモン様」

 王都での作戦というのはヤトが絡んでいる奴だな。こちらも名声を高める事ができるから、結果オーライというべきなのか。
 武技使いには逃げられたが、どちらにせよすぐ修行に移れるわけじゃないし。

 グルルルル。

「ん?」
 物思いにふけるモモンに、獣の息遣いが聞こえる。
「ギガント・バジリスクか? なぜこんなところに」
 近くの木陰からこちらを窺っている、カメレオンに近い顔をした魔獣。
「モンスターってお金になるんだよな、確か。どうせ依頼になるなら先に討伐しておくか」
 モモンは背中のグレートソードを取り出し、魔獣に向かって駆け出した。
 石化睨みを無効化し、鋭利な爪を避け、首に連続して斬撃を叩きこむ。
 裂傷が頸動脈まで到達し、大量の血を周囲にまき散らしながら、ギガント・バジリスクは絶命した。


「さて、これはどこの部位を持ちかえればいいんだ? 無難に頭部だけ持って帰るか」
 モモンがマグロの解体の如く、剣を首に刺し込みグリグリと弄っている時。
「貴様! よくも私のバジリスクを!」
「ん?」
 先日殺したクレマンティーヌに似た男が立っていた。
 更に後ろから長髪で長槍を持った男性が走ってくる。
「クアイエッセ、少し落ち着かないか」
「隊長! ですが、数が少ないバジリスクを!」
「すまない、どなたかは知らないが、我々の事は見なかったことにしてもらえないだろうか」
「私は構わないが、後ろの彼はよろしいのか?」
 青筋を立てて怒っている、怒りは当分冷めないだろう。

「……すまない、こちらで宥めておく」
「隊長! 二体しかいない貴重なバジリスクだったんですよ!」
「気持ちはわかるが落ち着け、我々の任務は神命を全うすることだ」
「しかし……」
 凄い怒っているな、と冷静に二人を見ていた時に、後ろから数名の人影が出てきた。

 うわ、なんだあの老婆。チャイナドレスなんか着てるけど、趣味なのか? 誰も止めないのか? 

 スレイン法国の最強部隊、漆黒聖典の者達だ。
 本来ならば危険な遭遇なのだが、情報量の少ない現状で彼らが漆黒聖典だと気付く事はなかった。
 モモンは良いタイミングで到着した彼らが盗賊の関係者かと疑う。
「たいちょー。早く行こうよー。クアイエッセなんか放っておいてさー」
「なんだと!」
「少しは落ち着きなされ、わしらは戦争に行くわけじゃないのじゃぞ」
「そうですわー。はやくさきにいきたいのですー」

 セーラー服を着た女子高生、黒く豪勢なローブを着た老人、チャイナドレスを着た老婆……。
 バラエティ豊富な人材だな、ナザリック程じゃないが。

「私は冒険者モモンだ。盗賊の討伐で拉致されていた女性たちを助け、外に出ていた盗賊たちが戻ってこないか警戒をしている。君たちは盗賊ではないよな?」
 誤解を招いても面倒なのでモモンは改めて名乗る。


「そうか、それは任務中に邪魔をして申し訳ない。私達は盗賊ではない。申し遅れたが、私がこの部隊の隊長だ」
 ここでナーベが戻ってくる。
 事態が把握できないが、敵かもしれないとモモンの前に飛び出て構える。
「下がれ、ナーベ。彼らは敵ではない」
「……畏まりました」
 まだ睨みつけながらモモンの後ろに移動する。
「すまない、私達は公言できない極秘任務の途中だったんだ。詳しい話ができなくて申し訳ないが、お互いに見なかった事にして頂きたい」
「訳ありのようだな。わかった、このことは忘れるとしよう。道中気を付けてくれ」
「そちらも、モモン殿」
 彼らはそのまま去っていった。
 クアイエッセだけはいつまでもモモンを睨んでおり、それに怒ったナーベが殺気を込めて睨み返していた。

 どこの国かは知らんが、大したものだ。
 装備品はこの世界じゃ見たことないようなものばかりじゃないか。
 ユグドラシルのワールドアイテムのような……。

 気楽に考えていたモモンは、顎に手を当て真剣に考え出した。


 まさか、あの老婆のドレスは……いやそんな事があるのか? 彼らはプレイヤーなのか? 
 あれがアバターだとすると、バラエティ豊富な事も理解できる……か。

 モモンは《メッセージ/伝言》でアルベドへ連絡をする。
「アルベドか。ニグレドに監視をさせたい者が居る。私達の居る場所から北の方へ進んでいく集団を監視せよ。彼らの所持品はワールドアイテムの可能性がある。彼らを探れ、そして絶対に気付かれるな」



 漆黒聖典は歩きながら雑談をしている。
「彼らは何者なのか、見えたか?」
「いえ、何も見えてません。というかただの冒険者なんか見る必要ありました?」
「……いや、その通りだな」
「それよりあの女の子美人でしたね、隊長。結婚しろって上から言われてるとか?」
「考えているが、気が乗らないんだ。そのうちいい出会いがあるだろう。さあ行くぞ」
「俺のギガント・バジリスクが……」


 立ち去った漆黒聖典と入れ違いに白銀の全身鎧(フルプレート)が付近を通過した。
 本来であればお互いに出会うはずだった。
 だがモモンの影響でコースがずれてしまった漆黒聖典と出会うことはなく、スレイン法国の方向へ歩いていった。



ブリタの好感度ロール → 1d20 4回の合計50以上でイベント →19
ブリタの好感度ロール → 1d20  50以上でイベント →10 → 29
ブレインの情報回る→ 1d% →40% ダイス成功

漆黒聖典、白銀→1d% 漆黒→90% 白銀→20%
漆黒聖典はダイス成功。白銀はダイス失敗。
漆黒聖典にアンデッドだと気付かれる可能性→1d%
→60% ダイス失敗。スルーされる。


隊長のナーベへの興味→1d% →0%
ナーベの魔法位階に気付く可能性→1d% →0%
ワールドアイテム所持に気付く可能性→1d% →90% ダイス成功気付く
漆黒聖典と白銀の遭遇率 →1d% →30% ダイス失敗
スレイン法国の情報収集 →1d6 →1 現在21%

賽の目が滅茶苦茶。確率統計って何それ?美味しいの?
0%の目って二回連続で出ていいの?その次90%引くって何このダイス。グラサイ?
ヤラセを疑われる様な目は出してほしくないんだけど。



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14日目 城塞都市エ・ランテル

原作と僅かに違う描写がなくてすいません。
ほぼ原作通りに進んでいるのはちょっと躊躇われます。


 バジリスクの頭を持ち、冒険者組合に帰還した時は、朝になっていた。
 頭は組合員たちに預けられ、応接室へ通された。
「お手柄だな、モモンくん」
「ありがとうございますモモン様。私達ではギガント・バジリスクなんて撤退できたかどうかも」
「いやいや、運がよかったのですよ。他の魔獣との争いで傷を負って動きも鈍かったですから」
「いや、まさか盗賊たちを過半数生かして捕らえ、女性たちを全員助け出し、こちらに犠牲者を出さず、行き掛けの駄賃にギガント・バジリスクの頭を持ち帰るとは。やはり私の目に狂いはなかったようだな。そんな君に相談があるのだが」
 たまたま遭遇した他人のペットを殺して頭を持ち帰っただけなのだが、アインザックはとても満足していた。

「どうしましたか。アインザック組合長」
「実は君に昇級の話が出ていてな。私はアダマンタイト級にしても構わないと思うのだが、他のミスリル級の様子をみてオリハルコンにしようかと考えている」
「昇級、ですか?」
「うむ、ここの組合にはバジリスクを気軽に倒せるものなど居ないからな。そこで他と差をつけてもらおうと思っているのだが」
 半分は嘘だった。
 彼はモモンの態度・功績を見込んで町から逃がさないように、正当で高い評価をつけさせようと企んでいた。
 女関係で誑し込もうとも考えたが、相棒のナーベより美しい女性はこの街に居なかった。


「モモン様! 凄いですよ! こんなに早くオリハルコンなんて!」
「フン」
 いつの間にかモモンを崇めているブリタに、ナーベが鼻で笑う。
 やっとモモン様の凄さが分かったのかと言わんばかりだ。
「それでいつなら都合がいいかね?」
「私達はいつでも構いませんよ。この後行ってもよろしいですか?」
「しかし、君達も休息が必要だろう。明日でも構わないよ」
「いえ、問題ありません。すぐに出発できますので」
「え……そ、そうか、では話に入ろう。カッツェ平野に行き、平野の西部のアンデッドを討伐してきてもらいたい。なるべく多くだ」
「なるべく多くで構わないんですね?」
「ああ、そろそろ帝国との戦争の時期だからな。例年通りならば霧が晴れるのだが、万が一王国側にスケリトル・ドラゴンなどが出現しては、集めた兵が無駄になるからね」
「では早速、出発します」
「え? もう行くのか?」
 間の抜けた声を出すアインザック。

「はい、私達はすぐにでも出られますので」
 そういう事ではなく、夜通し盗賊の討伐をしていたのに、仮眠や食事などは済ませなくていいのかという意味だった。
「そ、そうか、ははは、ではよろしく頼む」
 アインザックは乾いた笑いを上げる。
「ええ、では失礼します。行くぞ、ナーベ」
「はあぁぁ。モモン様ー」
 ブリタは手を組み合わせ熱っぽい息を吐き、王子様の夢を見る少女のようにモモンの姿を見送った。





 モモンが出発したあと、依頼を終えて帰還したミスリル冒険者イグヴァルジは、モモン昇級の話を聞き激昂した。
「ふざけんな! なんであんな奴が! 俺が昇級するのが先だ!」
 顔を真っ赤にして怒るイグヴァルジは、掴みかからんばかりの勢いでアインザックに詰め寄る。
 彼は仲間にとって生き残るための良いリーダーであったが、人格の方はお世辞にも良いとはいえなかった。
「ふん、では聞くが君たちにギガント・バジリスクが倒せるのか? それも片手間で」
「できる! だいたいスケリトル・ドラゴン二体など、俺達でも倒せるんだよ! なんであいつばかり優遇されてやがるんだ!」
 実力と職業を考えれば出来る筈がないのだが、怒りで我を忘れている。
「君のそういうところだよ。なんでも他に才能のありそうな冒険者の足を引っ張るので忙しいらしいじゃないか? 若く自分より強くなりそうな者は先に芽を摘むという話も聞いたな。忙しそうで何よりだ」
 先ほどモモンにとった態度とは一転し、見下した冷たい態度だった。

「ぐっ、根も葉もない事いうんじゃねえ!」
 身に覚えがある彼は、誤魔化すために口調を強める。
「少なくとも私からこれ以上の話はない。帰り給え」
 手をひらひらさせて追い払うしぐさをすると、アインザックは事務室へ戻っていった。
「く、く、くそおおおおお! 殺してやる! 必ず殺してやる!」
 強い嫉妬を敵意で塗りつぶした彼の心中には、憎悪という黒い炎が燃えていた。




 カッツェ平野では、濃い霧が昼夜を問わず広がっている。
 モモンとナーベ、暇そうだから連れてきたハムスケの二人と一匹は、平野の前に立っていた。
 アインズのスキル《アンデッド探知》によると、中はやはりアンデッド達の巣窟のようだ。
「ナーベはハムスケとここで待機だ、絶対に入ってくるな。私が撃ち漏らした物だけを片付けろ」
「かしこまりま――」
「わかったでござるー!」
 ナーベの声はハムスケの無駄に元気な声でかき消された。
 彼女は白い毛玉に手刀を叩きこんでいる。
「い、いたいでござるよ。ナーベ殿」
「……では任せたぞ」
 呆れつつモモンは霧の中に入っていった。





 モモンが霧に入ってしばらくの時間が経過していた。
 ナーベは地べたに座り、ハムスケに寄りかかって空を見上げている。
 ハムスケも最初こそ敵に備えて息巻いていたが、やがて退屈になったのか眠ってしまった。
 生意気なペットを蹴飛ばして起こそうかとも思っていたが、結局は自分も退屈してしまった。
 絶対に入ってくるなと言われれば、何かできるわけがない。
 彼が霧の中に入ってから撃ち漏らされた“物”は、スケルトン一体だけだった。
 ハムスケの尻尾に粉砕されたスケルトンの亡骸が風でカタカタと揺れている。
 やはりしばらく何も起きずに、ただ時間だけが流れた。


 そんな時、馬の蹄の音が聞こえ始めてから、程なくして四人の男が現れる。
 エ・ランテルのミスリル級冒険者チーム、“クラルグラ”である。
「おい! 女! モモンはどうした?!」
「ナメクジ風情が、気安く話しかけないで下さい。干からびたいのですか?」
「なんだとこのアマ! ぶち殺すぞ!」
 苛立っているイグヴァルジはすぐに顔が赤くなる。

「おいおい、イグヴァルジ。少しは落ち着けって」
「あの、すみません。モモンさんの強さに興味があって、見学に来たんですが」
 イグヴァルジはモモンを殺しにきたのだが、仲間に素直に言っても協力してくれないため、嘘をついて無理やり連れてきた。
 幸いにカッツェ平野は濃い霧で閉ざされている。
 アンデッドと間違えた事にすれば、なんとかなるだろうと踏んでいたのだ。

 ナーベは霧の中へ向かって人差し指を伸ばした。
「凄い霧だな、だが剣で戦っている音は聞こえる」
「これじゃあ少し先も見えないぜ。残念だったな。リーダー」
「いや、構わん。このまま行こう」
 強行しようとするイグヴァルジをみて、仲間はやっと意図に気付いたようだ。
「おい。そんなことをするために来たわけじゃ――」
「うるせえ! ビビってんなら勝手に帰れ!」
 彼は霧の中へ入っていった。
「な、なあ。モモン殿を呼び戻した方がいい。あいつは闇討ちする気だ」
 ナーベは涼しい顔で言い返す。
「あの程度の虫けら、モモンさんには百人いても勝てませんよ」
 興味を失ったように、空を流れる雲を見上げるナーベ。
 ハムスケは起きることなく眠り続けていた。


「くそ! くそ! 糞野郎が! あいつさえいなければ、俺が昇級だったはずなのに」
 イグヴァルジは霧の中を注意深く、音の鳴る方へ進んでいく。
「グオオオオオオオ!」
 どこからか地の底から響く声が聞こえた。
「モモンのやつ怪我でもしたか?」
 口元から笑みがこぼれる。
 平野に自然発生してしまったデスナイトの声なのだが、遭遇したことがない彼にはわからなかった。
 背後に巨大な影が迫っていた。


 クラルグラの仲間はリーダーを追って、霧の中を探していた。
「イグヴァルジ。どこだ」
 やがて目の前から大きな黒い影が現れる。
「うわ! なんだこいつは!」
「逃げろ! 撤退! 撤退だー!」
 やがて上空から更に黒い影が落ちてきた。
「逃がさん。まだ戦いは終わっていないぞ、デスナイト」
 着地と同時に大きな音をたてて、モモンが二つの大剣を構えていた。
「ん? なんだおまえら」
「モモン殿! ミスリルのクラルグラだ。イグヴァルジを見なかったか?」
「すまないが見ていない。それより早く逃げた方がいい。アンデッドは生者への憎しみで襲ってくるぞ」
「わ、わかった。すまない」
 彼らはためらわずに逃げていく。
 しかし、生者への憎悪は目の前の相手を無視するほど強かったのだ。
 モモンはアンデッドなので、憎悪の対象ではないのだから。
「あ、おい、待て」
 生者を追ってしまったデスナイトとは別に、反対側からもう一体デスナイトが現れた。
「二体も自然発生していたのか。まあいい、剣の練習に付き合ってもらうぞ」


「くそ、痛え。なんで俺がこんな目に。畜生」
 彼は幼い頃に読んだ物語の英雄になりたかった。
 頑張れば英雄になれるとは思っていなかったため、汚い事もやってきた。
 そのツケは今日まとめて精算されることとなる。
「いてえ、足が。俺の足が」
 彼の右足は膝から下を切断されていた。
 芋虫のように這いつくばって、霧の外へ出ようとしている。
「うあああ」
 仲間の叫び声が聞こえた、よかったこれで助かる。
「おおい! ここだ!」
 やがて、彼らの声は悲鳴の後で聞こえなくなる。
 仲間の代わりに出てきたのは、先ほどのデスナイトだった。
「ひっひいい」
 その悲鳴が彼の最後の言葉だった。
 “生きている時の”だが。




 ナーベがハムスケの寝息につられそうになっていると、モモンが戻ってきた。
 大きなフランベルジュを二本、巨大な盾を二つ手土産に。
「ナーベ、気持ち良さそうなところ悪かったな」
「申し訳ありません。この無礼は命で!」
 失態を見られたナーベは、首に剣を当てる。
「嫌味で言ったわけではない。自分の為に時間を使う事はとても喜ばしい事だ。お前たちは自分の好きなように生きた方がいい」
 ヤトを見習えというところだったが、悪影響が出そうなので踏みとどまった。

「はっ、ありがとうございます。この失態は必ず埋め合わせを」
「それよりハムスケを起こしてくれ」
 即座にハムスケに蹴りを入れる。
「痛いでござる! おお、おはようでござるよ、殿、ナーベ殿」
「ハムスケ、これを持て。エ・ランテルに帰還後、これを装備できるか試してみろ」
 フランベルジュが二本、大楯を二枚落とした。
「畏まったでござるよ! 殿!」
「先ほど虫けら共がそちらへ行きましたが、問題ありませんでしたか」
「ん? ああ、そういえば変な奴らが居たな。捨ておけ」
 全く興味を示していなかった。

「それより、早急にエ・ランテルに帰還するぞ。この辺のアンデッドは全て始末したからな。さっさと昇級すれば、より報酬の高い依頼が選べよう」
「はっ、畏まりました」
「デスナイトはいい稽古相手だったな。ハムスケもデスナイトに稽古をさせるか」
「拙者、殿の為に強くなるでござる!」
「わかったわかった。さあ帰るぞ」
「殿ー!」


 こうしてミスリルチーム“クラルグラ”はカッツェ平野で姿を消した。
 ミスリルチーム“漆黒”は、デスナイト二体討伐の功績によりアダマンタイト級冒険者へと異例の昇級を遂げる。
 同時期に少ないミスリル級チームが1チーム失踪してしまった事も、それを後押しした。
 皮肉にもクラルグラが失踪した事は、彼らの昇級を手助けする結果となった。
 デスナイトの装備は、漆黒の英雄印のフランベルジュ・大盾としてプレミアが付く事となる。
 カッツェ平野では、イグヴァルジと仲間たちの声が聞こえると噂が広まった。
 デスナイトに殺されスクワイア・ゾンビへと変貌を遂げた彼らを、弔う者は居ない。




ブリタの好感度ロール1d20 4回で50以上でイベント、現在29→20 え? 49
4回目が最低値の1でも確定なので4回目は省略

出会う敵1d4×3
1スケルトン 2スケリトル・ドラゴン 3デスナイト 4エルダーリッチ
→ 1・3・3
イベント発生率 →1d% →70% ダイス成功
出会う相手 1帝国騎士 2ワーカー 3冒険者 4魔法学院生徒 5召喚モンスター 6特殊ゴブリン 7スレイン法国の誰か 8竜王国の誰か
→1d8 →3 冒険者


補足
ブリタの恋愛系イベントは、遥か先になる予定です。
イグヴァの性格は原作より悪いです。


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14日目 王都リ・エスティーゼ

丸一日行動するなよ、面倒くさいな。文字数が増えるだろ。
早くアインズ様の英雄伝説書きたいよー。




 ナザリックで充分な惰眠を貪った彼は、朝早くに宿へ戻った。
 セバスは依頼が長引いて、留守のようである。
 朝の七時の事であった。

 眠気はまるで感じなかった。
 蛇の時に欲求が満たされていると、人になっても大きく増加しないらしい。
 0に何を掛け合わせても0という事なのだろう。
「さて眠くはないから、出かけるか。腹も減ったし」
 夜に八本指調査の依頼を行うため、昼間は時間が余っていた。
 まだ出入りをしていない武器屋の調査に行くことにした。

 ナザリックで改造を施してもらった仮面を被る。
 改造したところは、目の辺りに細かい穴をあける、口の部分を着脱式にしてもらう、この二点である。
 これでアンデッドであってもぶつからない、仮面を外さなくても食事ができるのだ。
 彼は近くにある市場へ情報収集と食事をするために出掛けていった。




「これ下さい」
 林檎が雑多に並べてある商店に声を掛ける。
「はいよ、一つ銅貨1枚」
「銅貨ないから、銀貨1枚分ちょうだい」
 割と安い商店だったのだろう、大きめの紙袋に一杯の林檎が手に入る。

「食べ物の物価が本当に安いな。余ったら誰かにあげよう」
 林檎を齧りながら、他の商店を冷やかす。
「げ、なんだこの魚。足が生えてるぞ」
 蛙のような足を生やした魚が置かれていた。
「おう、兄ちゃん。朝方獲れたばかりのショウカンだぜ、どうだ?」
「これ食べるんですか? 観賞用じゃなくて?」
「なに言ってんだ兄ちゃん。こいつあ脂がのってて焼くと最高だぜ。滅多に取れねーんだからよ」

 鉢巻を巻いた中年男性が朗らかに笑った。
 ちょっと涎が出そうになる。

「おっちゃん。この辺に珍しい武器屋はない?」
「武器屋? スラム街の辺りなら盗品も混じった珍しい物が流通してるっていうぜ?」
「ありがとうおっちゃん。魚は買わないから銀貨を情報料で払うねー」
「お、おい。」

 戸惑いながらも銀貨は受け取った。
 鼻歌交じりに林檎を齧りながら、武器屋へ向かっていく。






 教えて貰った武器屋は、八本指の窃盗部門が経営する店だった。
 窃盗で得た品を正規ルートではない店で売り捌いている。
 そんな事を知る由もない彼は、スラム街の武器屋の前に立った。
 店前の路地に何かが居る。
 目を凝らすと小さい女の子が、袋一杯に詰められた林檎を口を開けてみている。
「欲しいのか?」
「う、うん、お腹空いた」
「馬鹿! ごめんなさいごめんなさい、欲しくないです。許して下さい」
 背後から男の子が出てきて土下座をした。
 どうやらスラム街で暮らす兄妹のようだ。

 スラム街で暮らす孤児に、貴族や犯罪者たちの生ごみを漁る以外の自由はない。
 空腹であっても、食べ物を欲しいと言う自由も。
 相手が貴族や犯罪者、質の悪い冒険者であれば、それを口実に殴られ、蹴られ、運が悪いと武器の試し切りにされてしまうかもしれない。
 スラム街とはその程度の場所だった。

「おいおい、お腹空いたんだろ?」
「空いてません! 声を掛けてすみませんでした!」
 妹を連れて逃げ去ろうとする彼の肩を掴む。
 殺されると思ったのだろう、二人の顔はこの世の終わりを思わせた。
 可哀想に思い、仮面を外しなるべく優し気に問いかける。
「何もしないから安心しろ。お腹が空いたんだろ?」
 声は出ないが、妹は控えめに頷いた。
「そうか。俺は武器屋を見てくるから、出てくるまでこれを守ってくれ。一つずつ食べていいから」

 本当は全部あげるつもりだった。
 こうした方が貰いやすいだろうと思っただけなのだ。
 嬉しそうに笑う妹とまだ不安そうに見上げる兄。
「じゃ、よろしく」

 やまいこさんならお持ち帰り、いやメンバーだったら全員が持ち帰るかもな。
 ……連れて帰るか。ナザリックへは難しいから、カルネ村にでも。

 心に残る後味の悪さは、思い出した仲間の顔と、背後から聞こえる林檎を齧る音で薄れた。





 なぜこんなに見られているのか問い詰めたい。

 武器屋に入ってから、先客と店主の目が痛かった。
 一回も視線を外していないのではないかと思うほどに注目を集めている。
 居たたまれない気持ちを誤魔化すように武器を物色するが、集中できる程の逸品もなかった。

 やはりゴミばかりだな、刀があれば多少基準もわかるんだけど、少しだけ集めてたし。

「店長さん、刀はありませんか?」
「お客さん。ウチにゃあんたが腰から下げてるものより強い物はないよ」
「じゃあ、何か珍しい武器を見せてください。集めるのが好きなもので」
「その武器はいくらで売る?」
「この刀は弱い奴には使えませんよ。毒がついてますんで」
 なぜか青筋を立てている店長は、店の奥に入っていった。


 冒険者だから見てるのか? 俺はアダマンタイトの変態じゃないぞ。


 スラム街で荒っぽい犯罪に加担する者たちにとって、冒険者とは殺しても後腐れのない存在である。
 低級の冒険者であれば、より強くその目で見られる。
 これから起きる事も、そう考えれば仕方がないのかもしれない。

「やれっ!」
 怒号と共に店内の男達、それに加え奥から出てきた男が数名、彼に襲い掛かった。
「あーと……君ら外の子供達殴った?」
「武器に傷はつけるな!」
「……」
 王都で何度目かわからない失望のため息を吐いた。


 店長は血溜まりの中で、腰を抜かしている。
 加虐嗜好が強化されている彼にとっては、痛めつける事もただの趣味だった。
 先ほどの後味の悪さを払しょくするかのように、暴行を加えだす。
 店長を跨いで座り込んだ。
「お前の情報に価値が無ければ憎悪を込めて殺す。いいな?」
 ヒューヒューと洞窟から出る空気の音がした。
「まず一つ、この店はなんだ?」
「た、た、助け」

 返事が気に入らなかったため、顔面を殴る。

「質問の返事以外、聞く気はない。死ぬより辛い事など、方法はいくらでもある」
「は、はい。わかりました」
「この店はなんだ?」
「この店は八本指様の窃盗部門直営店です」
「八本指の盗品か。なぜ俺を襲った」
「武器が見たこともないくらい高そうだったからです。金級(ゴールドクラス)の冒険者なら束になれば殺せると思いました」

 話す店長の唾がかかったので、もう一発殴る。

「客層はどんな奴らだ」
「ごぼ、ご、冒険者やゴロツキ、他に組織の人間です」
 血を吐く店長を見て、汚ねぇなと少し体を引く。
「外のガキ共を殴ったのは誰だ?」
「そ、そんなことはしら――」
 先ほどよりやや強めに殴る。
「私ではありません! 出入りしている奴らが、気分転換に殴っているのを見たことがあります! 私じゃありません!」

 予想通りの返答に苛立ち、舌打ちをして不快気に唾を吐いた。

「おまえは八本指全体のどの程度の地位だ?」
「私は窃盗部門の末端です。盗品を売る事しかしていません」
「六腕とは何者だ?」
「警備部門の精鋭六人です。彼らの通称が六腕です」
「では最後の質問だ。八本指の部署を全部言え」
「窃盗、麻薬、警備、奴隷、暗殺、密輸、金融、賭博です」
「賭博? そうか賭博があるのか。これは思いつかなかったな」

 立ち上がり、腕組みをして悩んでいる。
 冷徹な気配が消え、途端に緩んだ雰囲気が溢れた。

「お前は賭博に出入りをしているのか?」
「はい、たまに遊びに行きます」
「じゃあ交換条件と行こう。殺さないから俺を連れていけ、今夜」
「新顔をそんな簡単に――」
 顔面をサッカーボールのように蹴った。
「ひっわ、わ、わ、わ、わかりました。すぐに話を通します」
「じゃあまた後で来ますね、店長さん。あ、店汚しちゃってすみませんね。掃除、頑張ってください」

 ニコッと笑いかけながら店を出ていく。
 忙しくなった武器屋は、血を吐きながら店内の掃除を始めた。





「よう、ご苦労さん」

 兄妹は大事そうに林檎の袋を抱えている。

「おまえら親はどうした?」
「居ません」
「お腹はまだ減ったか?」
「はい、空いています」
「腹を減らした子供はまだたくさん居るのか?」
「……たくさん居ます」

 身寄りのない孤児だ。

 ヤトは大事な友達を思い出した。
 しかし、友達と彼らは違う。
 将来は大人の玩具か犯罪者、良くて愛玩具になるしかないのだ。

「おまえら、同じような子供達を集めろ。食事をさせてやるから」
 怪訝な顔をする子供達を説得し、他の子供達を集めさせた。

 17人の集まった子供たちは年齢も性別も怪我の程度も様々だった。
「これから食い物に困らない場所に連れていく。ここに住みたい奴は残れ」
 林檎を皆で分け合いながら、夢中で食べている彼らからの返事はなかった。

「まあ宿でいいだろう。ゲートはあそこだし。シャルティアに連絡しよう」
 ちょっと人数多いけど、大丈夫だろうと踏んでいた。
 それが全然大丈夫ではなかった。




「お客さん! 困りますよ」
「だからなんでですか?」
「だってこんな、わかるでしょ」

 汚いとでも言いたげに、子供達をみる。
 スラム街を這って生きる彼らの身なりが綺麗な筈もなかった。

「部屋にマジックアイテムがあるので、知り合いの家に連れていくだけですよ。特に迷惑も掛からないと思いますが」
「ですがシラミとかがいたら宿の評判が。客入りが遠のいたら困るんですよ」
「うーん、じゃあ入口でこのまま待たせてください。アイテム取ってくるんで」
「離れた所で待機させておけばいいじゃないですか。すぐ行けばそちらこそ問題ないでしょうに」
「あ、そ。じゃあそれで勘弁してやるよ」
 相手のランクを二つほど下げ、見下した態度に変えた。


 シャルティアを連れて戻ったが、案の定予想した通りに子供達がごろつきらしき奴らに絡まれていた。
「てめえらみたいなゴミが、綺麗な街をうろつくんじゃねえよ」
 可哀想な子供たちは何も言い返せず、震えて俯いている。
 背後から剣の鞘で力一杯に叩いた。
 男は地面に倒れて鼻血を出している。
 人目が多い中で殺しはどうかと考えたが、憎悪で頭が黒くなりかけ、あまり我慢が出来そうになかった。

「いちいち不愉快な街だな、この街は。王都じゃなくゴミ都に改名しろ。お前らも死にたくなければ消えろ」
 そういっても聞くはずもなく、男達は襲い掛かってくる。

「シャルティア、面倒だから襲い掛かって来る奴ら全員、ナザリックへ送れ。殺しても構わん。デミウルゴスに使い潰すように伝えろ」
「畏まりましたでありんす」
 シャルティアは服が汚れるのが嫌だったので、新たに開いたゲートに彼らを放り込んでいく。
「ふぅー……」
 深呼吸をして、心を落ち着けた。
 そうしないと子供達に八つ当たりをしそうだった。
「ありがとう、次はカルネ村に頼むよ」

 転移魔法など見たこともない、子供達を含む町の人たちが周囲に集まりだしている。

「ほら、行くぞ。安心しろ、飯を食いに行くだけだ。この先ずっとな」

 怯えている子供達を促し、一人ずつゲートに入れていく。
 後に残ったのは倒れた男が出した鼻血と、野次馬だけだった。




 カルネ村に到着した彼は、首を傾げてしまった。

「あんな城壁あったかな……? ここは本当にカルネ村か?」

 転移先を間違えたとも考えにくく、その場で悩んでしまった。

「あのー、ヤト様ではありませんかー?」
 監視塔らしき場所からエンリの声がする。
「お久しぶりです! 私です。エンリ・エモットです。門を開けてー!」
 デスナイトが巨大な城門を開いていく。
 その姿をみた子供達は、泣き喚いている。
 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

「大丈夫だ、襲わないから」
 シャルティアは泣き喚く子供達を物色する目つきで見ていた。
「シャルティア、手を出したら駄目だぞ。欲しければ今度アインズ様におねだりしなさい」
「申し訳ないでありんす。以後気を付けますぇ」
 走ってくるエンリの姿が見えた。


「よくわかったな、俺だと」
「はい、顔は見えなくても髪や背格好が同じだったので。お帰りなさいませ、ヤト様」
 狂信者のようだな、と思いながら仮面を外す。
「この子供達を引き取ってくれ。食事を食わせて、働かせて、知ってることを教えてあげてくれ」
 他の村人達も少しずつ集まってきていた。

「はい、ヤト様の頼みとあれば、喜んで」
 村人達は子供達をみてヒソヒソと囁いていた。
「王国の犠牲者達だぞ、きっと」
「あの時の我々と何も変わらないではないか」
「ナザリックの皆様方の力で、王国など無くなってしまえばいいのです」
 少しずつ大きくなってきて、囁き話でなくなっている声を無視した。


「押し付けてしまうようで、申し訳ない」
 ヤトが頭を下げようとしたら、大きな声がした。
「やめてください! 私達は恩を少しでも返せればそれでいいのです。アインズ・ウール・ゴウン様、ヤト様、並びにナザリックの皆様に貢献ができればそれだけでいいのです。頭を下げずに命令して下されば喜んで致します」
「そうか、では彼らを頼む。カルネ村の発展、並びにここに住む全ての人が満ち足りて暮らせるようにな」

 後ろでシャルティアが胸を張って鼻を鳴らした。
 どうだ、至高の41人は凄いだろうと言いたげだ。
 子供達はエンリに連れられていった。

「では、よろしく頼む。シャルティア、帰るぞ」
「よろしいのでありんすか?」
「ああ、後は彼らの人生だ」
 村人たちと軽い挨拶をしてから、王都へ戻った。




 夕方になりセバスは宿に戻ってきた。
 事情を説明し、共に賭場までいく事になる。
 仮面をつけ忘れるくらいに興奮と期待をしていた。
「ほら店長、さっさと歩け」
 怯えた目でこちらをみる店長に先導され、路地の奥にある二階建ての建物に着いた。
 入口の見張りと店長が何やら話している。
「いいカモを連れてきたな」
「ああ、うん、そうだな。そうかもしれない」

 さてギャンブルギャンブル。

 意気揚々と階段を上っていった。
 賭場はいくつかの賭け事のテーブルに分かれていた。
 空気が悪いが、活気のある場所だった。
 三ヵ所のテーブルにはそれぞれ違う種類の賭け事があり。
 サイコロを三つ振って、出た目の強さを競う物。
 小さな絵札に書いてある数字を競う物。
 振ったサイの目に二択で掛ける物。
「なんだあれ? 花札か? なんでこの世界にあるんだ?」
 猪鹿蝶しかしらない彼だが、絵札に見覚えがあった。
「では私はこれで」
 案内を頼んだ武器屋の店主は足早に帰っていった。

「御苦労。さて遊ぶか」
 選んだのは、サイコロを二つ振って、出目が偶数か奇数かを賭けるものだ。
 職業ギャンブラーのスキルを試すには、ルールが複雑なものは避けたかった。

 これって丁半博打って言わない? 偶奇のサイって何?
 中世じゃサイコロを使って賭け事をしてたって、本当なんだな。

 サイを振る男に促され席に着く。
「よろしくお願いします」
「お手柔らかに、兄さん」
「最初は金貨一枚」
 壺振りと言われたサイを振る男は、妙な小さい入れ物の中に二個のサイを投げ込んでテーブルに強く押し当てた。
「スキル発動《必勝法》」
 隠されたサイコロの目が見えるようになる。
「奇!」
「偶!」
「奇!」
「奇!」
「偶!」
 同席した男たちは思い思いに賭けていく。
 結果は知っているが、同様の声量で賭ける。
「丁! じゃなかった偶!」
 当然だが、当たる。

「おめでとう兄さん。倍掛けやるかい?」
「なんですか、それ?」
「勝った金を全部掛けてもう一勝負だよ」
「やる」
「はいよ。さあ、掛けな」
「奇!」
 どの程度の資金力を持っているか早めに調べようとしていた壺振りの思惑は、見事に外れてしまった。
 順当に勝ち続け、五回勝ったあたりでサイの目が見えなくなった。
 スキル効果が切れたことを悟らせたくなかったため、同じ要領で適当に掛けた。
「遇!」
「……おめでとう兄さん」

 あたったよ、適当でも。

 同席した者たちは彼の勝ち続ける様子を黙って見ている。
 金貨1枚が倍賭けを続けた事により64枚になっていた。
 そこから場代15%の9枚が引かれる。
 手持ち金貨は200枚程度だが、これを全て賭けることにした。
「持ち金、全部。遇」
 壺振りの体が光り、ヤトはそれを見逃さない。
 どうやらイカサマをされる時には相手が光るらしい。
「待て、イカサマしたな?」
「な、なんだ。言いがかりだ!」
 いつの間にか他のテーブルの人間も賭けを止めて集まって来ていた。
 ギャラリーの視線が壺振りに集まる。

「セバス、奴の背後につけ。俺が命じたら殺せ。こいつが死んでも代わりの奴がくるだろう」
「畏まりました」
 殺気を放ちながら、サイ振りの背後に立つセバス。
 背後からの威圧感により、手が震えている。
 この手のギャンブルは親である壺振りと、子である賭ける者との駆け引き要素が多いため、イカサマをされても結果が空けて見える彼には関係がないのだが。
 余計な事をされて興ざめするのは避けたかったので、過剰に脅した。


「ほら、どうした? 振れよ、震えてるぞ」
 手が震えて、サイが持てない。
「振らないなら殺して人を変えるか?」
「ひっ、振ります! 振ります!」
 荒っぽく精密さに欠ける動作で、乱暴にサイを振る。
「ふむ、これは奇だな」
 当然あたり、金貨は400枚になる。
「どうも、ありがとうござ――」
「倍掛け」
 壺振りは大きく勝ったからこれで帰ると安心したのだろう。
 だが彼は遊び足りなかった。
「へ?」
「倍掛けだ。早くしろ」
 口を歪めて笑う彼の姿は、獲物に狙いを付けた巨大な蛇に見えた。
 刃向かうことなど、考えられない。
 後ろでは執事が強い殺気を放っている。
 蛇と龍に挟まれ、逃げる可能性も考えられなかった。
 せめて予想を外してくれと願った。
「遇!」


 やがて勝ち金は金貨1,600枚を超えた。
 周囲で楽しそうに見ていた外野も、壺振りが可哀想に思えてきたのか黙ってみている。
 ヤトはそんな引いている空気にも気が付かず、ギャンブルの続行を叫んだ。
「ほら、早く。次に勝てば3,200枚超えだぞ」
 金貨数枚程度で雇われている彼は、悍ましい金額に気が遠くなりそうだった。

「お客様、この辺で勘弁して頂けないでしょうか? 金貨をご用意致しますんで別室へどうぞ」
 身なりのいい商人のような男が現れる。
 壺振りは安心したのか、そのまま横に倒れていった。
 セバスの殺気とヤトの飢えた目に挟まれ、心身を消耗していたのだ。
 ギャンブルの業火に焼き尽くされて消耗した彼に、続行はできなそうだった。
「わかった、案内しろ」
 飢えた獣の如き目で睨みながらついていく。




 応接室に入ったら、男は威圧的な態度に変わった。
「おまえ、何者だ? 蒼か朱の関係者か?」
「早くギャンブルの続行を。賭けさせてくれ」
 淡々とした声だった。
「え?」
「だからギャンブルやらせろ。まだまだ足りない、もっと遊びたい」
「は?」
「ギャンブル。早く続きをさせてくれ」
 八本指幹部の賭博担当である彼は、運がいいだけの阿呆かもしれないと思いはじめる。

 なぜ後ろの執事も止めないんだ。主人の暴挙を温かい目で見守るなっ!

 冒険者が八本指の拠点を潰しに来たと思い込んでいた彼は拍子抜けしてしまった。



「わかった! わかった! ちょっと待ってくれ! あんた、名前は?」
「ヤト。ギャンブル」
「ヤト・ギャンブル?」
「違う、ヤトだ。早く続きをさせろ」
「ヤト、胴元やらねえか? 安定して儲かるぜ?」
「やらねえよ。ギャンブルさせろ」
「……」

 なにこの人、話通じない。

 八本指幹部で大抵の事は処理してきた彼も、これには困り果ててしまった。
 必ず勝つギャンブルに嵌ってしまった彼に、敬語を使って取り繕う余裕などない。
 しばらく大騒ぎをした彼は、疲れて少しだけ大人しくなる。

「はー。わかった。じゃあ八本指に会わせてくれ」
「なに言ってんだ。おまえやはり我々を潰そうと――」
「八本指を貰おうか。そうすれば軍資金が増えるだろ? その金持って帝国へ稼ぎに行こうぜ。経済侵略、倍プッシュで帝国の国家予算を根こそぎ俺の物にしようと思うのだがどうだろうか」
 ギャンブルの業火は、全然鎮火していなかった。
 彼の目は天をつくほど積まれた金貨で埋もれている。
 人間を辞めていなければ大声で叫んで暴れ出しただろう。
 突拍子もない提案に、困惑し何も言い返せなかった。


「とりあえず、金貨1,600枚を払ってもらいたい」
「いや、ここに全ての金があるわけじゃない。それよりさっきの話は本気か? 帝国に賭け事しに行くのか?」
「本気だ。必ず勝つ」
「我々を潰しに来たのではないのか?」
「潰そうと思えばすぐに潰せる。そんな事より早く遊びに行こうぜ」
 アズスの依頼など今は後回しだった。
 ナザリックに六腕の調査を依頼してあり、待っていれば彼の依頼は満たせるのだから、今は目の前の楽しそうな遊びの事しか考えていなかった。
「……わかった。ボスに話しておく。取りあえず手付金を渡しておこう」
 白金貨を100枚手渡す。
 金貨に換算すると1,000枚に該当する。


「なにこれ? せんべい?」
「白金貨だよ。金貨の10倍の価値があるんだが、知らないのか?」
「ふーん、じゃ明日来る」
 手提げ袋に無造作に投げ入れ、興味が無くなった彼は足早に去っていく。


 まるで嵐だ。

「これじゃ明日からどうやって営業するんだ……。今日は定例会議が入ってるのに」
 彼がここまで暴れて勝ち続けてしまうと、しばらく客入りは悪いだろう。
 ちょっとしたついでにイカサマの事まで周囲に公言されてしまった。
「会議で失言したら、俺の首が飛ぶか……」

 肩を落とした八本指幹部は、会議場へ向かった。




スキル《必勝法》:ユグドラシルにて、上位カジノに出入り可能。コイン獲得枚数がちょっとだけ上がる。運も気持ち程度は上がる。戦闘で使っても何の効果もない《重要》。


ラキュースと遭遇確率再抽選→1d% →40% → ダイス成功!!
六腕・八本指の調査進展具合→ 1d% →20% 隠密行動のため、効率が悪い様だ
孤児の数→1d20 《15以上でイベント》 → 17
最初に向かう場所1d4 《1宿 2組合 3ガゼフ邸 4アズス邸》 → 1 宿


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14日目 深夜 15日目 深夜  王都→ナザリック

 ヤトが賭場で暴れまわった数時間後、八本指のアジトでは緊急会議が開かれていた。
「なんだそいつは?」
 長髪の冷たい印象の男は、八本指のボスだった。
 落ち着いた静かな声はカリスマ性を感じさせた。
「わからない。誰かの依頼ではない、冒険者であっても賭け事しか興味がない。潰しに来たのかと思ったが、それも違う。運がいいだけの阿呆に見えた」
 賭博部門の彼は口調こそ変わらないが、内心は穏やかではない。
 報告を少しでも間違えると、その場で首が刎ねられるのだから。
 死刑宣告を受けた受刑者の気分だった。

「でも失態は失態よねーん。彼の処遇はどうするー?」
「金貨1,600枚の損失は彼の命じゃ補填できなかろうよ」
「イカサマがバレちゃあ賭博部門に未来はないな」
「殺すならこの場ですぐやるぜ、ボス」
 他の幹部達は好き放題に言っている。


「……奴は帝国で勝てると思うか?」
「おいおい、ボス。まともに取り合う気かよ。殺して金を奪えばそれで終わりだろ。低ランクの冒険者だぞ。俺がやってやろうか?」
 警備部門担当のゼロと言われたスキンヘッドの屈強な男は笑いながら提案する。
「興味がある。この国で出る儲けの何十倍だ、奴が攫っていった金貨は」
「賭博部門の予算は来年の分まで消えました……」
「奴を殺してもたかが知れている。賭博部門の予算は時間をかければ返ってくるが、失った信用は更に時間が掛かるだろう。ならば取り戻すまでの埋め合わせに帝国の金を頂くのも悪くはない」
「本気ですか?」
「ちょっと、正気とは思えないわよ」
「そうだ、俺たちの財産を狙っているのかもしれない」
「冒険者のスパイという疑いも晴れてはいないぞ」
 幹部は一様に反対を口にする。
「実は気になる噂がある。麻薬部門の畑が焼き払われた時、実行者の名前がヤトとか」
「なんだと!?」
 麻薬部門担当の彼は立ち上がった。顔が赤くなっている。
 どうやらヤトの情報がどこかで漏れたようだ。

「落ち着け。彼の話が本当なら資金面の心配がなくなる。それに一人でどうやって三か所を襲ったのかも気になる」
「そいつの情報がデマで、本当は蒼と朱が協力したとかは? 朱のアズスはこの街にいるそうじゃないか」
「構成員が武装していないアズスを見かけた情報は入ってきているな」
「確かにその可能性はある。だが焼かれた畑は全て同時刻なのだろう? アダマンタイトとはいえ、そんなことが可能なのか?」
「……」
 全員、沈黙で返答する。
 そんな話は聞いたことが無い。
 賭博・麻薬部門双方の損害は他部門の名を売るいい機会だったが、未知の力を持つものが自部門を敵視したらという想像に、初めて危機感を覚える。

「彼の実力を測る絶好の機会だ。万が一、帝国で勝ち続けたら、国家予算が我々に流れ込んでくるんだからな。他に彼の噂を聞いた者は居るか?」
「そういえば昼間に冒険者とガキを大量に攫った奴もヤトだったな」
「武器屋を拉致して商品を根こそぎ奪ったって聞いたわ」
「アダマンタイトを調べ回っているところも目撃されているな」
「冒険者組合長がそいつに怯えているとか。執事が凄く強いとかの情報もあるぞ」
「なんなんだ、一体……」
 賭博部門の彼は、相手をしたのが得体のしれない存在と知り、初めて戦慄する。
 滞在日数が少ないにも拘らず、ここまで噂を集める彼らの情報網は広かった。


「彼はもしかするとこちら側の人間かもしれないな」
 怪しい噂が尽きない彼を仲間にする算段を始める。
「ゼロ、こいつに勝てるか?」
「当然だ。六腕は最強だぞ。だがその執事は気になるな。こちらに犠牲がでるかもしれない」
「ふふ、そうか。では彼の話に乗ってやろうじゃないか。我々の金貨・白金貨を全て馬車に積もう。価値の低いマジックアイテム・美術品なども全て売れ」
「ボ、ボス。本当にいいのか」
「構わん。理由をつけて執事と奴を離そう。六腕はそいつの護衛の振りをして監視をしろ」
「わかった。任せておけ」
「金貨がある程度溜まったら奴を勧誘だ。提案は金貨が減り始めてからだ、損害はなるべく減らしたい」
「奴が交渉に応じなかったら?」
「ゼロに任せる」
「悪い男だな。俺に任せておけ。馬車の中が死体一つと溢れる金貨を持って帰ってやるよ」
 ゼロは嬉しそうに顔を歪めた。
 これで警備部門の名が上がると踏んでいるのだ。
 その小旅行が人を人とも思わない恐ろしい悪魔との旅とも知らずに。
 自分たちを瞬きする間で皆殺しにできる存在などとは想像していなかった。

「では他部門は全ての営業を控えめにしろ。奴が冒険者のスパイだった場合、この機会を逃さずに攻め込んでくるだろう。すぐに逃亡できる準備は怠るな」
 会議はその後しばらく続いたが、進展はなく賭博部門の彼も罰せられることはなかった。





 ナザリック地下大墳墓のとある一室にて、参謀達が集まっていた。

「アルベド殿、なぜ私達を集めたのですかな?」
「その通りです。ヤトノカミ様から授けて頂いた素材の人体実験の途中だというのに」
 パンドラズ・アクターとデミウルゴスは、アルベドに促されソファーに掛けた。
「私達はこのままでいいのかしら?」
「ほう、その心をお聞きしても?」
「ええ、至高の御方々であるお二人は本当に素晴らしい方々だと思わない? カルネ村を数日滞在しただけで犠牲者も無く支配下に置く。しかも狂信的で盲目的な信仰を捧げる者たちへ変えて」
 頬を染め恍惚の目で見上げるアルベド。
「そこへ街で有能な薬師を愛で縛り、アインズ様は冒険者として名声を高め続けている。ヤトノカミ様は王都の未来を握る人たちの心に根を張っている」
 アルベドは一呼吸置いた。
「実を結ぶのは遠くない日でしょうね。いいえ、早すぎると言った方がいいのかしら?」
「おぉアルベド殿。私はわかった気がします! 聞いて頂けますか!」
 パンドラズ・アクターが震えながらいう。
「ええ、もちろん。聞かせて、パンドラ」
 三人はパンドラズ・アクターではなく、彼の事はパンドラと簡潔に呼んでいた。
 友好の意味もあったのだが、芝居がかった台詞で話が長くなる場合があるからだ。
「ナザリックの名前で王都に根を生やす、しかもセバス・チャン殿と共に善行を続けているヤトノカミ様。既に最高位の冒険者達に頼られる存在になっていると聞いています」
 伸ばされた右腕が隣に座るデミウルゴスに当たりそうになる。
 デミウルゴスは無言で身を引いた。

「冒険者達を陣営に入れ、王都をナザリックの支配下に置こうとしていらっしゃる。そこにナザリックに抵抗しようとする勢力は、やがて英雄になるモモン様の立場を用いて、無駄な血を流さず秘密裏に王国を手に入れようとなさっているのでは?」
「それは私も考えましたが……お二方が支配するにしては、あまりに貧相な国ではありませんか?」
 デミウルゴスはメガネを上げる。
「痩せこけた土地と平民、愚かな貴族に貧相な国王、貧弱な武力、程度の低い裏組織、どれ一つとして、我々ナザリック、ひいては王であるアインズ様とヤトノカミ様が君臨する価値のない国では?」
「その通りよ、私も最近までそう思っていたの」
「ほう、では私達にお考えをお聞かせ頂きたいですな、アルベド殿」
「そう確かに支配するには何の価値も無い国ね。けどそうではないのよ、価値が無いと意味がないの」
「ふむ。」
「む、まさか」
「そうよ。ヤトノカミ様は裏組織の畑を手早く焼き払い、冒険者の上層部に深く根を張った。つまりこの先はあの御方が中心になって王都を浄化するという事。でもこちらに入っている指示は、その八本指の勢力を明らかにせよという事。彼らの信用を得るのであれば冒険者の指示に従えば効率がいいわ。でも秘密裏に私達に頼む理由はなんなのかしら?」
 ヤトが聞けば脂汗を流していただろう。
 自分で調べるのが面倒だから丸投げしたとは言えずに。

「なるほど」
 デミウルゴスは間をあけて、二人の視線を集める。
「つまりアインズ様、ヤトノカミ様は八本指を支配下に置き双方の衝突を故意に操作しようとしていると、いう事かな?」
「王都で行われる小競り合いは全てあの御方々の掌の上、と?」
 パンドラは帽子の鍔を掴み、少し下げる。
「えぇ、上手く立ち回れば人間達は善行を続けるナザリックに従いたくなるでしょう。仮にそこに猛反発するような愚かな貴族・王族がいたとしたら?」
「ヤトノカミ様は王都を離れていき、抑えつけられていた八本指は犯罪行為を激化させる。王都に住む人間には堪ったものではありませんね」
 首を振りフーッと息を漏らすパンドラ。
「その次の段階はクーデターの扇動・誘発となるわけだね」
「そうなるわね。上層部はともかく、それ以外の平民達はクーデターを起こしてでも、支配を望み始めるわ。己の命が、自らの家族が可愛さ故に。それこそがアインズ様が引いた絵図の通りであり、自ら冒険者の名声を高めている理由なのよ」
「なんと! アインズ様には他にもお考えがございましたか!」
 パンドラが声を弾ませる。
 創造主に絶大な信頼と期待を寄せているのだ。
「アインズ様は他の国に対して、あの御方がいれば攻められないと思われるくらいの英雄になられつつあるわ。王国の王や貴族達が、善行を続ける慈愛に満ちた王の支配を私利私欲で跳ねのけたとなれば、この国に嫌気がさして他の国に移ったとしても不思議じゃないと思わない?」
 途中から黙って聞いていたデミウルゴスは、彼らの支配者の叡智に畏怖し、感嘆し、強い尊敬の念に身を震わす。
「なんということだ。我らの王は、ナザリックの永遠の支配者はここまで、初めからここまで考えていたというのですか?!」
「素晴らしい! 王国からお二人が去るだけで、国内のクーデターと国外との戦争を誘発させることができる! 緩和された国の治安を知ってしまった人間達が、一気に失意のどん底へ落とされてしまうという訳ですか」
 アインズが聞いたら精神の沈静化を繰り返していただろう。
 もしかすると無い胃袋もキリキリと悲鳴を上げていたかもしれない。
 実際の痛みではなくそんな気がするだけだろうが。

「なるほど。すぐに懐柔できればよし、できなくても遅かれ早かれ彼らはナザリックに従う事になる」
「ええ、そうよ。荒れ果てた国はナザリックに消耗・犠牲が一切ないままに、秘密裏に支配が進んでいく。やがて荒れ果てた国が私達の支配により平和に満たされていく様は、近隣の国に多大な影響を与えるでしょう」
「その通りです。そうなると、最初は酷ければ酷いほどいい。後の統治による治世が如何にいいものかが、より一層際立ちますからね」
「おお、御許しください我が創造主よ! その深淵なる御心を察する事が出来ない愚かな造物を! アインズ様に作られたデスナイト、いや湧き出るスケルトンにも劣る私の心に重罰を!」
 パンドラは立ち上がり、両手を天にかざしている。
「落ち着き給え、パンドラ。それを言うなら私も同じ気持ちだ。武力では至高の御方々は疎か、守護者達の中でも私はかなり劣る」
 デミウルゴスは言葉を切った。
 どことなく悲痛な顔をしているように見える。
「しかし知力では近づくようにあれ、と創造された私がここまで後手に回るとは。最早あの御二方、そして創造主であるウルベルト・アレイン・オードル様にも顔向けができないではないか」
 デミウルゴスは歯を食いしばった。

「二人とも落ち着きなさい。私達が成すべきことは嘆く事ではないの。ナザリックの栄光を不変のものにする事よ」
 アルベドの声は穏やかに澄んだままだった。
 知力において、この三人に大きな差はない。
 若干の見ている方角に差があるだけだ。
 その中でアルベドだけはアインズ自らの手により、アインズを愛するように作り替えられている。
 その女としての自負が他の二人より秀でていた。
「……すまないね、アルベド。取り乱したようだ」
「私も今は何も言いません。話を続けて頂きましょうか」
「私達の現状は理解したと思うわ。だからこそ、私達は自分たちの力と意志を持って、大それたことをしなければならないの。たとえ不敬と思われても、私達がナザリックで何もせずにいる事こそが、参謀であれと仰ったアインズ様への最も重大な不敬。何もせずに苦しむより、失敗して罰を受けた方がいいわ」
 二人はアルベドの話を黙って聞いている。
「アインズ様の勅命により、ニグレド姉さんがとある部隊を監視しているの。彼らはスレイン法国最強の特殊部隊、漆黒聖典。彼らの中にワールドアイテム所持者と思われる者が居て私達やヤトノカミ様が不覚を取る可能性があると」
「下等な人間共に我々が不覚を?」
「アインズ様も所持なされているワールドアイテムですか?」
 デミウルゴスとパンドラは違う所に反応をする。

「彼らを無効化する事を最終目的に掲げましょう」
「全精力で叩き潰せば問題ないのではないですか?」
 デミウルゴスは知らない敵対者に怒り心頭だった。
「いいえ、アインズ様が危険視しているアイテムの効果は不明よ。それに下手な行動をとってナザリックが人類の敵と見做されたら、御方々の策が全て水の泡になってしまうわ」
「なるほど、アルベド殿は既に次の一手を打っていらっしゃるようですな」
 芝居がかった動作のないパンドラは参謀に相応しい態度だった。
「情報収集は姉さんに一任して、守護者各員は早急に強固で柔軟な連携を取れるようになる必要があるの」
「それは一理ありますね」
「守護者達を集めて相談を行いましょう。手始めに近くの森林内に住む蜥蜴人(リザードマン)の集落を陥落させてはどうかしら? アインズ様が統治をしたカルネ村と同様な支配をもって」




ダイスは訳あって隠匿
パンドラはこの時点でアルベドと共にヤトに殺し合いを挑まなくなりました。
アルベドの憎悪値の増減は間を挟んでしばらく続きます。
彼女の中でまだ結論は出ていません。

細部の描写不足は力量不足、そしてダイスによる進展の弊害。
許して下さい、ごめんなさい。


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15日目~16日目の夜 王都リ・エスティーゼ

二日分だから長いです


 またギャンブルをやるのが楽しみでしょうがないヤトは、夜までずっと宿に居た。
 八本指の調査も、ナザリックの内政の確認も、アインズへの連絡も、何一つとしてやっていなかった。
 初めてやった賭け事で大勝をしたのが楽しかったのだろう。

「これがビギナーズラックか。気分がいいな」
 スキルを使っているのだから、(ラック)も何もないのだが。
 待ち切れずに、早めに賭場の前で待つことにした。
 既に八本指・六腕の調査は彼の頭の片隅にもなかった。
 最低限やったことは、白金貨をナザリックのパンドラに送り、価値を調べろと指示を出したことだ。
 セバスに丸投げではあったが。


「……時間よりも大変にお早い到着で。応接間へお越しください」
 昨日、散々苦しめた賭博部門長の彼が出迎えてくれた。
 スキップでもせんばかりの上機嫌で階段を上っていく彼には、嫌みの言葉など耳に入っていない。
「ようこそ、八本指へ」
 大きめの卓に八人の男女が腰かけていた。
「どーも。帝国のギャンブルは考えた?」
 今日はギャンブルが出来ないことが分かると、気分は大きく盛り下がった。
 先方のボスに対してあまりに失礼な態度なのだが、誰も顔に出さない。
 降って湧いた金蔓と思わしき存在を逃がしたくなかった。

「改めて聞かせてくれ。君は勝てるんだな」
「俺の実力はそこの奴に聞いて。イカサマはすぐわかるし、運もある。俺自身も強い」
「昨日、我々から奪った金貨はどうするんだ?」
「全額、帝国の公営賭博に突っ込む。必ず勝つからな」
「そうか。では私達も話に乗ろうじゃないか。だが、初期投資の金は返してもらう。儲けは7:3にしてもらおう」
「俺がいなきゃ勝てないくせに何言ってんだハゲ、殺すぞコラ。4:6だ!」
 怒っているわけではないが、交渉事だったので声を荒げる。


「すまないがこれは譲れない。軍資金の殆どを私達が出すのだからな。では5:5で手を打とう」
「面倒くせえな。変な駆け引きすんなよ、糞ボケが。死にてえのか」
 あまりに酷い言い草にゼロは睨んでいる。
 アインズであれば滞りなく交渉を進めただろうが、ヤトには無理な相談だった。
 最初から全額頂戴するつもりなのだから。


「軍資金はいくらだ?」
「白金貨1000枚くらいなら明日の夜に用意できる」
「犯罪組織って慎ましいんだな」
「ははは。この国が貧しいのさ。これが帝国だったらどれほど儲けている事か」
「なるほど、それは楽しみだ」
「では明日の夜に門で待っていてくれ」
「わかった」
「そこでこちらから提案があるのだが、聞いてくれないか」
「なんだ?」
「執事の彼の同行は目立ちすぎるからやめてくれるとありがたい。私達の警備部門の精鋭部隊を護衛に付けよう。サービスだから金はいらんよ」
「当たり前だ。じゃあまた明日な」
 馬車が出発する寸前まで引きずるかと思っていた提案が、あっさり呑まれて拍子抜けするボス。
「ヤト様。それは流石に」
「いいから。俺に考えがある。それじゃまた明日」
 軽く手をあげ、そのまま帰っていくヤト。


「ヤト様、私を同行させないというのは暗殺を仕掛けてくる可能性が高いかと思われます」
「知ってるよ」
「ではなぜなのでしょうか?」
 身の安全が保証されていない旅を、執事は許可できなかった。

「精鋭部隊という事は武技が使えるだろう? なるべく多くの武技使いを集めろとアインズ様から言われている」
「しかし、それでもお一人でというのは」
「彼らは俺に勝てるかな?」
「いえ、万が一にも勝てないでしょう。ですが、私がそれを承認するわけには」
「一人の方が武技を使ってくれるし、彼らも安心する。ついでに帝国で資金集めができる。六腕の調査もできて冒険者に信用も売れる。全てがアインズ様を助ける事に繋がるんだよ」
「この事はアインズ様もご存じなのですか?」
「勿論。俺は至高の41人を降りたんだから、指示なく勝手に動いたりはしないよ」
 当然だが嘘である。
 嵌ったらとことんやりつくす彼の心は、中途半端で終わってしまったギャンブルに燃えていた。
 いい加減な嘘をついてでも。
 彼にはどのように考えても自らが危険になる可能性が浮かばなかった。

「それは失礼しました。護衛はシャドウ・デーモンとエイトエッジ・アサシンで?」
「ああ、それも手配してあるから安心してくれ」
「流石は至高の41人であらせられるヤトノカミ様です。私の浅はかな考えをお許しください」
「いや、俺もアインズ様に言われただけだよ。あの人は凄いよな、本当に」
 会話の流れでなんとなく本当にアインズに頼まれたような気分になり、遠い目をする。
 アインズが聞いたらゴングと共に説教が始まる内容だった。

 あ、そうだ。事態が面白い事になっているから調査の期間を延ばして、とアズスに言っておこう。
 もう明日でいいかな。ああ楽しみだ。帝国に遊びに行くのがこんなに早まるなんて、本当に楽しみだ。

 ヤトの口元には宿に帰って眠りに落ちるまで、笑顔が張り付いていた。




 翌日、彼ら二人は教えて貰ったアズスの邸宅に来ていた。
「すみませーん」
「はい、どちら様でしょうか」
 年配のメイドに、アズスにアポなしで会いに来たことを告げる。
 すんなりと応接室へ通してくれた。
「……事前に連絡を貰えるとありがたいのだがね」
「貴族みたいですね!」
「貴族だよ。それも王国貴族。私も暇じゃないのだが今回はちょうどいい。こちらへ来たまえ」


 窓があるダイニングらしき場所へ通される。
 日差しにより明るく照らされた部屋で、ピンクのドレスを着た美しい女性が待っていた。
「初めまして、ナザリックのヤト様。お噂は伺っております」
 カールし肩まで降ろした金髪、ピンクの唇、エメラルドを思わせる瞳、ヤトは思わず声を漏らした。
「ヒロインがいる」
 彼の言葉の意味が掴めなかったので、無視して続ける。
「蒼の薔薇のリーダーをしております、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラと申します。よろしくお願いします」
 腰のあたりから体を折り、礼儀正しくお辞儀をした。

 あー……こんな美人と話した事はない……。

「ヤト様、どうかなさいましたか?」
 見惚れていたヤトは、セバスの声で冷静さを取り戻す。
「失礼致しました。貴方のように美しい方とお会いしたことが無かったものですから。その、すみません」
 ギクシャクとぎこちなく謝罪する。
 礼をしたのは赤くなっていそうな顔を見られたくなかったからだ。
 仮面をつけているのだから関係ないのだが。


 ラキュースは叔父から聞いていた人物像とあまりに違うため、目で抗議をする。
 普段のふざけた態度と違うため、アズスはちょっかいを出したくなった。
「あら、光栄ですわ。ありがとうございます」
「どうだ? 私の姪は美人だろう? 何なら嫁にどうだ? はっはっは」
「是非お願いします」
 間髪入れずにそこは同意する。
「お二人とも。私のお相手は自分で選びますわ」
「はい、すみません。あ、ちなみに彼は執事のセバス・チャンです」
「初めまして。セバスとお呼び下さい」
「よろしくお願いします。どうぞ、おかけになってください」
 相変わらずセバスは後ろで待機と聞かなかった。
 ヤトはラキュースの目の前に腰を掛ける。


「本当に何からお聞きすればよろしいのかわかりませんが、早急にお聞きしたかった事を聞いても?」
「あ、はい、なんでも聞いてください」
「先日、子供達を拉致して、それを止めようとした者達を殺害したというのは本当ですか?」
 微笑んでいた顔が、険のある顔に変わる。
「拉致、か。はい、拉致しました」
 ラキュースは笑顔のまま怒りを露わにした。
「やはりあなたは信用できません。本当は八本指の手の者ではないのですか? 早急にこの街から出て行って下さい」
 有無を言わさぬ、静かな怒りだった。
「おい、ラキュース。そんな言い方は」
「ですがここ最近の噂は、本当に暗い内容です。人身売買に手を染めているとも聞いています」
「あー、そうか、そうですね。そう見えますね。説明をすると、彼らはカルネ村に居ますよ」
 ヤトは彼女の怒りが少しだけ収まるのを感じた。
「カルネ村で他の村人達と共に、畑仕事に精を出しているでしょう。食事は食べられる、屋根のある場所で眠れる、生ごみを漁らなくていい、暴力も振るわれることがない。そんな環境に彼らは居ます」
「え?」
 きょとんとした顔は、先ほどの澄ました顔よりも好ましかった。
「拉致をした事に関してはどんな批判も受けます。私の勝手な気分一つで、暗いスラム街の路地から、陽の当たる小さな村へ拉致をしたのですからね」
「あの、詳しいお話を伺っても?」
「はい。元はといえば子供達が可哀想だから、カルネ村に攫っただけなんです。子供達に暴力を振っていた者はどこかに放り出しましたよ」
 ヤトの口調は少しずつ暗くて静かな声になっていく。
 子供達の一件で街の人間達の対応が、沸々と黒い泡を立てて蘇ってきていた。

「人身売買の噂はなんなのでしょうか」
「強者というのは根も葉もない噂を立てられるものです。もっとも、子供達を攫った以上は事実無根ではありませんが」
「で、では武器屋を襲撃して品物を横流ししたことは?」
 ラキュースはあらぬ疑いをかけてしまったと危機感を抱き始めた。

「うーん、私の所持しているこの刀は名刀ですからね。奪おうとする者は多いんですよ。用心棒を雇って武器を奪おうとしたので、身を守っただけなんです。あ、武器はちゃんと買い取りましたよ。店主は殺してませんからご安心を」
 半分は嘘なのだが。
 ぽかーんと口を開けている彼女に、既に見惚れる気分ではない。
 脳の奥が黒く染まりつつあった。

「それで? 子供達はお返しした方がよろしいですか? 小さな村で土を弄りながら楽しく暮らすよりも、スラム街で小さく震える野良犬のように過ごせと仰いますか? 慎ましい生活を捨てて、生ごみを漁って生きろと?」
 仮面を被っているからわからないが、無ければ感情の籠らぬ爬虫類の視線をまともに受けただろう。
 いくら美しい女性であっても、愚かで知性のない者は彼の好みではなかった。
 女性に飢えていても、彼にとっては所詮、ゲームのキャラクターと同義なのだから。
 それほどまでに、彼はこの街に失望していた。

「い、いえ。申し訳ありませんでした。本当になんとお詫びをしたらよいか」
 ラキュースが返答を誤っていたら、この場でバラバラにされていた可能性があった。
「ガゼフ・ストロノーフ卿が、彼は人間ではないかもしれないと話しておりましたので、人間では無いかのような極悪人という意味かと」

 あの野郎、余計な事言いやがって。

 ごつくて憎めない顔の男を思い出し、暗く静かな水面の空気が消えた。
 ふぅと一息ついて、仮面を外す。
「いえ、これで改めてお話ができますね」
「申し訳ありません。この非礼はいつか必ずお詫びいたします」
「私からも謝るよ、ヤト殿。姪を許してあげてくれ」
 アズスは今まで見たことも無い、痛みを堪える真面目な表情だった。
 身内を守ろうとする男の目だ。
「……いやですね。許しません」
 暗い顔をする二人を余所に、ヤトは少し考え込む。
「好きな男性のたが、タイプはどのような方か、を教えて頂ければ無かった事にします」
 噛んでしまい、更に鼻息が荒くなりそうだった。
「おい、ヤト殿。その辺で」
「私の好きな殿方は強くて優しい、それでいて自分の道を真っすぐ進んでおられる方です。私より強ければ嬉しいですわ」

 微笑みながら答えた。
 彼女もアダマンタイトのリーダーなのだ、この程度はすぐ反応できる。
「おい、ラキュース。お前まで何を……」
 どこかの冒険者であれば「惚れましたー!」と叫んでいたかもしれない。
 単純に人の状態で増加している、今まで一回も満たされていない性欲値の影響を受けているだけなのだが。
 その心拍数の上昇を一目ぼれと勘違いしてしまった。

「ところでガゼフ・ストロノーフ卿を立ち合いにて倒されたと伺っておりますが」
「立ち合いはしましたよ。彼の武技を食らってぶっ飛ばされましたから、とても倒したとは」
「ストロノーフ卿が自ら刃が立たなかったと、若い兵士に話していたとか」

 あの野郎、重ね重ね余計な事ばかり言いやがって。

 殺意はないが、次に会ったら目潰しくらいはしてやろうかと算段する。
「お聞きしたい事は山のようにあるのですがよろしいですか?」
「ではその、交換条件にしませんか? あなたの情報を教えてください」
「情報ですか?」
「はい。俺が知りたいのはラキュースさんの情報です。交際している男性はとか、いままでお付き合いした方はとか」
 いきなり下の名前で呼ばれていた。

 取り繕った姿でなくなったところを見ると、彼は元々こんな感じなのだろうか。
 叔父がふざけた奴だと怒るのがわかった気がした。
「くすっ。その程度の事でしたら喜んで」
 どちらにしても装備品が無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)なので、重要な情報が一発でわかってしまうのだから。


「ヤト殿。その前に八本指の報告があったのではないのか?」
「あー忘れてました。実は明日の夜から警備部門の六腕と帝国に行ってきます。八本指の財産、白金貨1,000枚を持って」
 常軌を逸した報告内容に沈黙が流れた。
「実は八本指の賭場に調査に行ったら目をつけられちゃって。流れで帝国の賭博場を食い荒らす流れに」
 本当は遊んでいただけですと言いたいが、ラキュースの前で馬鹿をやるのは気が引けた。
「君は何を考えているんだ! 殺してくれと言っているようなものじゃないか!!」
「そうです! 勝っても負けても六腕は殺すために同行するのですよ!」
 この街に来て最も大きな声で二人は叫んだ。
 やはり二人は親戚なのだとわかる。
「セバス、あの場にいた大きな男が六腕かな?」
「はい、かなりの強さでした。他と比較をすると芋虫と雀でしょうか」
「彼が何人いればセバスに勝てる?」
「不可能です。十人いても二十人いても勝てません。かすり傷を負わすことが目的であれば、何回かやれば可能かと」
「ど、どういうことだ。彼は六腕より強いのか?」
「彼がじゃないと思うけど。セバス、俺が戦ったら彼らは勝てるかな?」
「重ねていいますが不可能です。1秒で死ぬか2秒で死ぬかの違いでしょう。5秒持たせる事が出来るのであれば、彼らに称賛を送りましょう」
 セバスは仕える主の強さを、誇らしげに語った。

「だ、そうです。私の強さがわかりましたか?」
「ん。うん。そうだな」
「叔父様……」
 なぜ納得するんだと言いたげな目だった。
「で、アズスさん。俺をアダマンタイトにしてくれてもいいんじゃないッスかねえ?」
「ヤト様、アダマンタイト級は強さだけではなく人間性も求められます。軽率に子供達を攫ってはいけませんわ」
 子供に諭すように柔らかく言われてしまう。
 エメラルドを思わせる澄んだ瞳は、彼を照れさせるには充分だった。
「はい。僕が悪かったです」
 ラキュースに対してのみ素直に答える。
「ですが実力が保証されているのであれば、何もしなくても勝手に上がっていきます。ヤト様が犯罪に加担しない事を願いますわ」
「じゃあ、交際している男性はいらっしゃいますでしょうか?」
 先ほどから切り出すタイミングを間違ってばかりだ。
 感情の起伏がなくても、アインズみたいに冷静な判断ができるとは限らないらしい。

「交際している男性は居ません」
「彼女はこう見えてお転婆なんだ。この前も見合い相手にお茶をぶっかけて追い払ったとか」

 なんて羨ましい。美しい女性に感情をぶつけられるなら、それはそれでご褒美じゃないのか。

 何の役にも立たない事を考えていた。
「叔父様、この場でそれを言うのはどうかと思います」
 ニコニコと笑っているが、何やら物騒な笑みに感じた。



「それより本当に六腕と帝国に行くのか?」
「ええ、もちろんです。ついでに六腕を捕まえて財政面に壊滅的な打撃も与えておきますね。お金は貰いますけど」
 冷静になった彼は、“それらしく”振る舞う。
「いや、それは困る。金銭でなんとかなる被害者たちに返済したいのだが」
「それは構いません。私が不在の間に調べてください」
「いつ出立ですか?」
「今夜出発します。帝国は遠いですからね」
「私とラキュースも影に隠れて護衛をしよう。すぐに準備を」
「いえ、結構です。逆に私がラキュースさんとアズスさんを守らなければなりません」
「ヤト様、無事に戻ってきたら私に報告をお願いします。叔父様は明日には王都を離れてしまいますから」
 既にアズスの事は二の次だった。

「帰ってきたら、その……二人で会えませんか?」
「お断りします」
 即答だった。恐らく悩んでもいないだろう。
「えー……やはり俺はラキュースさんに相応しくなかったですか。そうですよね……王国貴族でしたもんね……はぁ……」
 がっくりと肩を落としへこんでいる。
 背後から絶望のオーラが出ていそうだった。
 ここまで落ち込まれてしまうと、ラキュースにも罪悪感が芽生える。

「い、いえ、そうではないのです。仲間がヤト様に口説かれたと聞いていますので、あまり恋多き方は好きではありません」
「仲間?」
「蒼の薔薇のイビルアイがヤト様に口説かれたと、他の者が仰ってましたわ」
「イビルアイって少年、ん? 女性だったんですか?」
 アンデッドの部分は隠した。
 本気で少年だと思っていた事は間違いない。

「もしや女性と知らずに口説かれましたの?」
 何やら雲行きが怪しくなり妙な勘繰りをする。
「いや、違うんです。本当に口説いていません。小さな子供のようでしたし、アダマンタイトに興味がありまして。決して少年愛などではありませんよ。お願いですから信じてください」
 冷や汗が出そうなほどに必死で否定をしている。
 出会ってからコロコロと表情の変わる彼が面白くなり、見入ってしまう。
「では蒼の薔薇と会談でも致しませんか?」
「……二人きりがいいです」
 初恋相手に告白をする少年を思わせる自信の無さだった。
 セバスは主人の弱弱しい姿を、おいたわしやと悲しい目で見ている。
 アズスは男の影がない彼女に言い寄っている者が、こんな怪しくて奇妙な男なのが複雑だった。

「ラキュース様。この御方はナザリックにおいて2番目に強く、仁徳の高い慈悲深き方。私からもお願いします」
 セバスからも頭を下げられ、ラキュースは考え込んでいる。
 ナザリックで2番目に強いというのは事実だった。
「今は」という前置きがつくのだが。
「蒼の薔薇との食事というのは情報交換の真面目な場です。あなたの所属するナザリックのお話やカルネ村での一件もお聞きしたいですわ」
 カルネ村では自分が人間でない事を公言してしまっているため、不安が過る。
「その後でもよろしければ構いません。不束者ですが私をエスコートして下さいませ」
 ぺこっと頭を下げる姿で、先ほどの不安は天に溶けた。

「私個人としましてもお聞きしたい事が山ほどあるのですが」
「はい! なんでもかんでもある事ない事お話しします! 好きな人はラキュースさんです!」
 ここまで言われるとラキュースも頬を少し染める。
 既に自分でも何を言っているのかわかっていなかった。
「お、おいおい。ここは私の家なのだが」
「アズス様! 若い二人に任せて席を外して頂けるのですね! 多大なお心遣いに感謝を捧げます。後で靴でも磨いておきます」
「出て行けという事か……」
「アズス様。私は個人的にお聞きしたい事があるのですが」
 セバスはクライムの事を聞くために、加えて主人の為に空気を読みアズスを連れ出した。


 二人きりの空気に僅かな緊張と緩やかな楽しさを感じるヤト。
「改めてどうしてこちらにいらっしゃったのですか?」
「ウチの王様が転移魔法の実験をしていたんです。魔法詠唱者なんですけど実験の失敗でナザリックのみんなとこちらへ転移してしまったんです」
「みんなというと他にもお仲間が?」
「ええ。ナザリックは正式名称をナザリック地下大墳墓といいます。他にもメイドとか色々な者が」
「まあ、大墳墓をお造りになるなんて珍しいですわ。どなたのお墓なのですか?」
 大墳墓と聞いても怯まずに突っ込んでくるラキュース。
「いや、大墳墓というとお墓を想像しますけど。地下10階層からなる広大な美しい神殿になっているんです。他にもお酒を飲むところ、来客用の貴賓室に、地下なのに美しい夜空が見える円形闘技場、溶岩が煮えたぎる火山、吹雪で凍り付く雪山、広いお風呂もあるんです。料理もお酒も最高級品ですし、墳墓とは名ばかりなんですよ」
 饒舌に話している彼の目は出会ってから一番輝いていた。
 彼らを探ろうとしていたつもりだったが、好奇心で詳しい話を聞いてみたくなる。


「それは素晴らしいわ! 私も一度拝見してみたいです」
 両手を合わせて嬉しそうに笑う。
「では私の主に話しておきます。蒼の薔薇の方々をお呼びしてもいいかと。なんなら朱の雫の方々もお呼びしても大丈夫です。お泊りになるなら来客用のお部屋をご用意させますので」
「そんなに大勢で押し掛けてご迷惑ではないかしら」
「自慢したいんですよ。きっと主もそうでしょう。私達が大切な仲間たちと作ったナザリックを」
「大切な仲間、あなたのような方がまだ他にもいらっしゃるのですか?」
「……みんな遠くへいってしまいました。私もナザリックに偶然戻った時に、ここへ」
 少し悲しい目をしていた。

 ゲームをクリアした感覚でユグドラシルとナザリックを捨てた自分が、ナザリックの一柱として君臨していいのだろうか、と今更ながら疑問を感じた。
 前々からなるべく考えないように目を背けていた。
 この世界に二人きりという思いが強い彼には、時折胸に去来する感傷だった。

 その悲し気な空気に、ラキュースは何かの事情を察する。



「何か事情がおありなのですか? 私達に出来る事であれば協力させてください。八本指壊滅の立役者になる方ですもの、誰も無下には致しませんわ。そうだ、ラナー王女にも話をしてみましょう。情報を集めてくれるかもしれません」
「王女様と交友があるなんて、アダマンタイトとは凄いんですね」
「私が第三王女のラナー姫と友人なのです。落ち着いたら協力して貰えないかお話をしておきますね」
 嬉しそうに協力を申し出る彼女を、心から可愛らしいと思った。


「いえ、彼らもこの大陸ではない場所にいるかもしれません。私達の故郷は遠いのです。どれほど遠くなのかわからないくらいに」
 先ほど子供の様にはしゃいでいた事が嘘みたいだった。
「それに自分の手で探し出したいんですよね。見つけたら来るのが遅いと責めてやりますよ」
 穏やかに微笑む彼に、本気でときめくラキュース。
「話は変わりますが、いままで交際した経験もないんでしょうか」
「私は家を飛び出して冒険者になったのです。叔父様の影響もあり、両親の反対を振り切って家を出たのです」
「はは、意外とお転婆なお嬢様なんですね」
「あら、活発なお嬢様は御嫌いですか?」
「大好きです! 婚約したいくらいです!」
 適当でいい加減な求婚だったが、彼女は口元を隠して笑っている。


「ヤト様。お話し中に申し訳ありません。そろそろ準備を始める時間となります」
「えー? もう少しー。もう面倒臭くなってきたよー。もう行かなくていいかな、面倒だし」
「ヤト殿、大事な任務なのだから遅れてはまずかろう」
「そうです。お戻りなればいつでも会えますわ」
 依頼で忙しいため頻繁には会えないのだが、こうでも言わないと依頼を破棄しそうだった。
 ラキュースも彼の人物像を掴んできていた。
「はーい。セバス……行こうか。アズスさん、長居をしてすみませんでした」
「気にするな。アダマンタイトにでもなってラキュースと婚姻でも結んでくれ」
「ありがとございます! 叔父様!」
「ちょっと叔父様!」
「では失礼します。ラキュースさん、アズスさん」


 なんて下らない事をいって王都を離れることになったんだろう。

 心の底から後悔をしているヤトの足取りは死刑台に上るかの如く重かった。
 ギャンブルの業火はラキュースの澄んだ目により完全に鎮火されていた。
「面倒くせ……。うーん、いややっぱり面倒くさい。なんて余計なこと言ったんだろう」
 こうして彼は好みの美女とのデートを捨て、むさ苦しい男達を引き連れ帝国に向かった。




ラキュースの好感度ロール →1d20 《10以上で有効、15以上でイベント》 →20
マジッスか?イベント発生があります。
ラナーがナザリックを利用しようと企んでいます。
ラキュースに恋慕している(様に見える)ヤトを利用しようとしています。

イビルアイは少年と思われていた事に怒り心頭です。
ぷんすか怒っていますので、次に会ったら攻撃されるかもしれません。

1みぞおち 2ライダーキック 3罵倒 4鎮火 5トキメキ 6無視
 《王都帰還後に1d6》
ヤトの顔面補正→50が中間値のため、52点の彼に補正は無し。

ラキュース性格
武装していない時、王国貴族のお嬢様としての態度を取っていないと不自然と判断。
中二病を患ったのは家を飛び出す前後。夢見がちなお嬢様が中二病の女性に変貌。
冒険者の最上部で活躍する彼女が些細な社交辞令・口説き文句で動揺するとは考えにくい。
相手が本気だと判断すると周りを顧みずに突っ走る傾向のある彼女は、少し危険かもしれない。

頭の中で作り上げたロールプレイを、投稿するまで同じ場面を何度も何度も繰り返す羽目になります。
とある事情により今回の投稿が遅れてしまい、ラキュースと何度も何度も対談をする羽目になりました。



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17日目~15:00  城塞都市エ・ランテル

yelm01様、たこルカ様、九尾様 誤字報告ありがとうございます。
二回読み直しても気づかないもんですね…。
これからも読んでもらえると嬉しいです。



《伝言/メッセージ》を送っても連絡が繋がらないヤトを心配し、セバスに連絡をする。
「はい、なんでございましょうか。アインズ様」
「セバスか。ヤトノカミはどうした?」
「はい、現在は八本指の六腕を護衛につけて帝国へ向かいました。」
セバスは護衛が付いていると思い込んでいるため、一人で行きましたとは言わなかった。
「はあ?どういう事だ?」
「武技を使う者の獲得と資金活動の一環と仰ってましたが、アインズ様のご指示ではないのですか?」

ヤバイ。あの野郎、俺の名前を適当に使ったな

「う、うむ。そうであったな。こちらで改めて連絡をしておこう。」

あいつは一体なにをやっているんだ?

連絡が繋がらない彼に不満を抱きつつ、こちらの資金稼ぎのために冒険者組合へ向かった。




「ゴブリンが部族連合を?」
「そうなんだ。どうも北にあるトブの大森林の様子がおかしい。そこのゴブリン達が近隣のゴブリン達をまとめて連合を組んでいるという情報が入ってな。」
「ゴブリンにそんな知性があったのですか?」
ゴブリンは人に悪戯をして困らせたり、オーガを煽って人間を襲わせたりする程度の魔物だった。
「別の冒険者にトブの大森林の調査を頼んでいる。先に南下してスレイン法国境界にある森を調査してくれ。」

 スレイン法国か……漆黒聖典の事があるから、今はあまり近寄りたくないんだよな。

「南のゴブリン達はどうすればいいのでしょう。」
「彼らが北上しトブの大森林へ移動するようなら討伐をしてくれ。ゴブリンとはいえ、増え過ぎると危険だからな」
「ではその後はトブの大森林へ?」
「うむ、先に調査をした冒険者とカルネ村で落ち合うといい。その情報を基に数が多ければ間引きをしてほしい」
「なるほど。数が不明だからある程度の力を持った者にという事ですね。」
「すまない。君に限っては何もないと思うが、注意をしてくれ。」
つまらない依頼とは思わなかったが、アインザックは申し訳なさそうに頼んだ。

「わかりました。では早速出発をします。行くぞ、ナーベ。」
「はい、モモンさー…ん。」
ナーベはまだモモンさんと呼ぶことに慣れていなかった。
彼らは規模の小さい南の森へ向かった。




南の森はスレイン法国とリ・エスティーゼ王国の境目付近にある小さな森だった。
ハムスケも加えたモモン一行は森の手前で打ち合わせをしていた。
「ハムスケ、お前はゴブリンと話はできるか?」
 彼は度重なる待機に飽きてしまい、今回は付いてくると言って聞かなかったのだ。

「多少ならわかるでござるよ!」
「では彼らと話をしてきてくれ。」
「畏まったでござるー!」
 ハムスケは森に突っ込んでいった。
 多大な不安を抱えたまま、モモンはハムスケが戻ってくるのを待つ。


程なくしてハムスケの後ろからゴブリンの部族がぞろぞろと付いてくる。
「殿、彼らはトブの大森林に引越ししようとしているでござるよ。」
なぜかハムスケは嬉しそうである。
「ハムスケ、彼らはなぜ移動しようとしているのだ?」
「どうやらホーコクに苛められているようでござる。」
「ホーコク?スレイン法国の事か。あそこは亜人種を排除しようとする国家だったな。」
「ギッギッギ。ソウダ。ホーコク、ホーコク。」
ゴブリン達は口々に叫んでいる。

「殿!拙者からもお願いするでござるよ!助けてあげて欲しいでござる。」
「ペットがモモン様になんたる無礼を!」
ナーベは手刀を打ち込もうと構えている。
「落ち着け、ナーベ。ハムスケ、彼らは人を襲わないのか?」
「ホーコクに苛められて数を減らされ、戦う力が残ってないと言ってるでござるよ。」
「見なかった事にしてもいいのだが、ゴブリン達が可哀想だからトブの大森林にまとめましたとは報告ができないだろう。」
さてどうしたものかと悩んでいるモモンに、視界の端から何かが近寄ってきた。


「やあ、何をしているんだい?」
「ん?」
銀色に輝く全身鎧(フルプレート)の者が近寄りながら声を掛けた。
モモンが漆黒の全身鎧(フルプレート)なので非常に対照的な絵である。
「彼らを殺すのかい?」
「失敬な!殿は彼らを助けようとしていたでござるよ。」
ハムスケは怒って反論する。
「いや、違う。だがそれも視野には入れている。」
「君は何者だ?」
「人に名前を聞くなら先に名乗ったらどうだ?」
「それはそうだったね。私は白銀だ。」
「色が名前なのか?私は漆黒のモモン。彼女が相棒のナーベ。エ・ランテルのアダマンタイト級冒険者だ。」
アダマンタイト級と名乗っても効果がない相手だったのか、動揺した雰囲気は感じなかった。
白銀と名乗った相手は、顎に指を掛け何かを考えている。

「……君は、何か珍しい物を身に着けていないか?」
「この鎧の事か?」
「いや、そうじゃないと思う。まさか100年の揺り返しか?今までにない反応だね。」
彼は白金の竜王が操作する鎧だった。
竜の財宝に対する知覚能力により、異様なアイテムを所持している相手なのだと感じているのだ。
「すまない、君はユグドラシルに関するアイテムを持っていないか?六大神や八欲王、十三英雄が残したようなものを。」
この一言でモモンは警戒した。
「……意味がよくわからないのだが」
「指輪かその鎧の中に着用できるような装備に、珍しい由来の物がないかい?」
「いくつかの強力な指輪は確かにしているが。」
白銀が知覚したのは、アインズが所持する腹部にはめ込まれた宝玉なのだ。
その世界級秘法(ワールドアイテム)の強大さは白銀が即警戒をするに充分な反応だった。


「見せてくれないか?ユグドラシルに関するアイテムは強力過ぎて法国に渡ると危険なんだ。」
モモンは相手からは大した強さを感じなかった。
「お前は何者だ?」
「む、君はまさかプレイヤーなのかい?やっぱり100年の揺り返しかな。」
「待て、先に聞きたい。お前は敵か?」
剣に手を掛ける白銀を制する。

「君が世界を荒らすのなら敵対する事になるね。」
初めてプレイヤーを知る者と出会い、モモンが最初に考えたのは仲間と出会っているかもしれないという微かな希望だった。

「ナーベ、ハムスケを連れて森へ身を隠せ。戦闘が始まったらすぐに帰還しろ。」
「畏まりました。モモン様。」
「殿。どうしたでござる。」
ハムスケは無垢な瞳で見上げている。
「では失礼します。さあゴブリンに森に隠れるように指示をなさい」
軽く蹴飛ばされながら命令されるハムスケ。
この二人は見た目よりも仲がいいのかもしれない。

「うむむ、分かったでござるよ、ナーベ殿。」
全員で森へ入っていった。
そんなに深い森ではないため、アインズに戻り本気で戦ったら巻き込まれて跡形もないのだが。

「すまないね、人払いをしてもらって。彼女はプレイヤーではないのかな?」
「NPCだ。」
「ああ、えぬぴいしいのだったのか。」
「先ほどから気になっているのだが、なぜそこまでプレイヤーを警戒するのだ。我々は一触即発の空気になっているぞ。」
モモンの言葉通り、白銀は剣に手を掛けたまま、いつでも抜けるように構えていた。
 そしてモモンも相手と適度の距離をとり、斬りかかってきても対応できるようにしていた。

「八欲王の事は知っているかい?」
「いや、情報収集は別の者がやっているが、プレイヤーの情報は集まっていない。」
「そうなのかい?では簡単に順を追って説明しよう。」


白銀は自分が十三英雄の一人であること、白金の竜王であることを隠し、プレイヤーの情報を簡単に伝えた。
「それは警戒しても仕方がないかもしれないな。急に強い力を持った者がどのような行動に出るかは想像に難くない。」
腕を組みモモンは考える。
自分一人でこの世界に来たら、どうなっただろうかと。

「八欲王は本当に最悪だったよ。もちろん竜王の全てが消えたわけではないよ。今でもどこで何をしているのかわからない者もいるからね。」
「ではお前は竜王という事で間違いがなさそうだな。」
「ん?そんな事言ったかな?」
「いや、プレイヤーや竜王の事に詳しいのは竜王かそれに属する者しかあるまい。」
「ああ、そういうことか。これは失言だったね。君もその姿が本当の姿なのかい?」
「それはお互い様だろう。お前は一体、何歳なのだ?」
「それもそうだね。」
白銀の口調はとても軽かった。


「急いで聞いておきたいのだが、私と同時期に転移してきたプレイヤーには会ったか?」
「君たちが100年前を除き初めてだよ。」
「そうか……」
白銀には彼のあからさまな落胆が感じられる。

「その鎧の下はアンデッドか?」
「うーん、違うとだけ言っておくよ。」
あははと軽く笑って誤魔化していた。
気が付けば白銀の警戒が緩くなっている。

「なぜユグドラシルのプレイヤーはこの世界に飛ばされたのか知っているか?」
「すまないがそれは私にもわからないんだ。話を聞いても向こうの世界の事は理解できないからね。」
モモンは再び考え込む。
現実の世界に戻りたいわけではなかった。
ただ仲間がこちらへ来る、あるいはこれから来る可能性はなんとしても知りたかった。

「私からも教えてくれないかな。君たちの目的はなんだい?」
「目的? ……目的か。そうだな……私達の目的はただ一つだ。かつての仲間を探したい」
「仲間?君は先ほど私達と言ったね。他にもプレイヤーがいるのかい?」
再び警戒を強める白銀。
「ああ、その通りだとも。私達はギルド41人の中で二人だけがこの世界に飛ばされた。どうしても他の仲間を探し出したい。」
「それが君の望みか?」
「その通りだ。仲間を見つけ出し、昔のように未知の冒険に出たい。知らない場所や見たことない魔物と戦い、新たな出会いを繰り返したい。他の事は二の次だ」
白銀の目から見て彼の言葉は真剣に言っていると思えたが、同時に意外だった。
彼らの世界は荒んだ世界で、この世界に来て暴れまわるプレイヤーの方が多いと思っていた。
六大神や十三英雄に名を連ねる“彼”や“彼女”の存在も確実にいるが、八欲王と対峙した白銀からしてみればそちらの方が珍しいと思える。


「モモン、君はこの世界で強者だ。だが暴れまわるのなら敵対しなければならない。」
残念そうな響きが籠っていた。
「安心しろ。私は破壊がしたいわけではない。ただ仲間を探したいだけだ。邪魔する者を殺す可能性を否定はしないが。」
「ふむ、そうか。あまりこの世界のルールを捻じ曲げないでほしい。この世界にはこの世界なりのルールがあるからね。」
「白銀、だったか?人間の味方なのか?敵なのか?」
「どちらでもないよ。ただユグドラシルのプレイヤー達にこの世界を壊してほしくないだけなんだ。」
彼からすれば“始原の魔法”(ワイルドマジック)の理を変えてしまう影響を出す存在を見過ごせなかった。
言い換えれば理を変えるような真似をしないのであれば、介入する気はなかった。
彼の竜王は、八欲王のアイテムを保護しなければならないのだから。

「白銀よ、私と取引をしないか?」
「取引?」
「私はアインズ・ウール・ゴウンのモモンガだ。この名前を知っている者がいたら知らせて欲しい」
仲間に会いたい思いが強いモモンに、取り繕って大事な情報を逃す真似はどうしても避けたかった。
「モモンガ…アインズ・ウール・ゴウンのモモンガと言うのかい?君の名前は。」
「頼む。私達は仲間を探したいだけなのだ。」
モモンは頭を下げた。
ナザリックの者たちが見たら激昂していただろう。

「モモンガ、君はどうやら不快なプレイヤーではないらしいね。出会ったら必ず伝えると約束するよ。」
白銀はもう警戒をしていない。
攻撃をされたら無警戒に直撃しただろうが、仲間の情報を得る伝手を得た事に喜んでいた彼が、攻撃などする筈はなかった。

「名前を改めて教えてくれないか?」
「白銀、白銀のツアーだ。いずれ君の友人も紹介してくれると嬉しいな。」
「わかった。伝えておく。」
「また会うのを楽しみにしているよ。ああ、先ほどのゴブリン達はできれば殺さないであげてくれないかな。スレイン法国の犠牲者なのだろう?」
「私は殺生が趣味ではない。彼らは安全な場所に連れていこう」
何の価値もない者を生かすも殺すも興味がないが、後々の為にそうしたほうが賢く思えた。


「ありがとうモモンガ。では私は帰るよ。漆黒聖典にも逃げられちゃったからね。」
「漆黒聖典……スレイン法国のものか」
「おや?知っているのかい?」
「詳しくはない。文献には載っていないからな。思い当たる事はあるのだが、所持アイテムのレア度が高い、年齢層も幅広い連中で合っているか?」
「そうだね……恐らくはその者達で間違いなさそうだけど」
「彼らはプレイヤーか?」
「いや、違うよ。だが、プレイヤーの残したアイテムを持っている。」
「やはり彼らで間違いないな……。ワールドアイテムは知っているか?」
「わあるどアイテム?ギルド武器みたいなものかい?」
ユグドラシルのアイテムにそこまで詳しくはなかった。

「いやそれよりも厄介だ。世界を変える可能性があるアイテムになる。」
「そうなのかい?詳しい話を聞きたいのだが、今は時間がない。君は普段はどこにいるのかな?」
「エ・ランテルの黄金の輝き亭にくれば先ほどのナーベがいる。出かけていてもそこで待てばいずれ会えるだろう。」

本当はナザリックにくれば確実だった。
だが相手が竜王で、しかも敵対する可能性が否定しきれない現状で、ナザリックの場所を話すのは躊躇われた。
「わかった。また会いに行くよ。それじゃあさようなら。」
「ああ、気を付けてな。ツアー。」
白銀は手を振りながら来た方向へ戻っていった。



「ふぅ、ナーベ達を呼ばないと。」
考えている内に、ナーベ達が森からゾロゾロと出てきた。
「モモン様、問題ありませんでしたか?」
「問題ないとも、ナーベ。今後、奴と交戦は絶対にするな。お前たちでは勝てないだろう。」
「……はっ。畏まりました」
ナーベは不満そうである。
「さて、ゴブリンを連れてカルネ村に行きたいが、その前に。」
モモンは《ゴブリン将軍の角笛》を取り出す。
ぷあーっ、と笛の音がなった。
「へい!旦那!お呼びですか?!」
ゴブリン達の中で何人かが知性の宿った顔に変わった。
この世界ではアイテム効果が少し変わっている事を改めて実感する。
「お前たちは今日からカルネ村で生活をせよ。村人と協力し、村の発展に人間達と協力をするなら命は助けてやると皆に伝えろ。」
「ヘイ!直ちに!」

 なんか喋ってるんだけど……

あとから分かったことだが、彼はこの部族のリーダーだった。
見分けはつかないが、名前はカイワレというらしい。
「では行くぞ。先に行くからついてこい。」
モモン一行はゴブリン達を引き連れ、カルネ村へと向かった。





向かう先→奇数は南の森、偶数はトブの大森林 →1
接触方法→《奇数 ハムスケ 偶数 角笛》→1d6 →3

出会う相手 1d6
《1漆黒聖典 2番外席次 3白銀 4エルフ 5リグリッド 6ズーラーノン》→3

警戒度1d%  白銀ツアーの警戒度 90% モモン 10%

片方が剣を抜く寸前なのに、もう片方は空をみて小指で鼻くそをほじっている状態。
ナザリックの場所を話す 1d%→70% ダイス失敗

ここで白銀と出会ってそれなりに仲良くしたという事は、いくつかの選択肢が死に、新たな選択肢が発生


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17日目~夜まで 城塞都市→カルネ村

ブリタは冒険者組合でアインザックと話をしていた。
モモンが組合で依頼を受ける1日前の事である。
「トブの大森林に住むゴブリンの調査ですか?」
「うむ、モモン君にゴブリンの部族連合の殲滅を依頼する予定なのだ。」
「モモン様が……」
彼女の夢見る少女の態度は変わっていなかった。

「調査を終えたらカルネ村でモモン君と落ち合ってくれ。得た情報を基にモモン君がなんとかしてくれるからな」
「はい!わかりました!」
元気を通り越してうるさいくらいの返事だった。
「早速向かってくれ。明日にはモモン君もここへ来るだろう。」
「では失礼します!」
彼女の冒険者組合を出る足取りは軽かった。
冒険者の階級が大きく離れているモモンと会う機会など滅多にないのだから。
普段は男勝りな彼女も、最近は小さなそばかすが気になり化粧品を調べたりしていた。

こうして彼女は身支度を手早く整え、鼻歌交じりでカルネ村へ向かった。
「あ、そういえばンフィーレア・バレアレさんがカルネ村へ移住したんだっけ?顔出してみよっかな。」




「こんにちはー!」
今や立派な城塞を建築し終えたカルネ村は、小さな要塞に見えた。
「はーい。」
上から若い女性が顔を覗かせる。
「あのー!ンフィーレア・バレアレさんに会いに来たんですけどー!」
ポーションの件でお世話になっている彼に、何か情報があればと思い尋ねたのだ。
「はーい。ちょっと待ってくださーい」
若い女性は引っ込んでいった。
ほどなくして巨大なアンデッドが城壁を開く。
「ひっ!」
思わず声が漏れてしまった。
平然とすることができた自分を褒めてやりたかった。
「あなたはこの前の。」
 ンフィーレア・バレアレは見覚えのある冒険者に近寄ってくる。

「どうしたんですか?」
「あ、いえその、あれは何ですか?」
「ああ、デスナイトさんの事ですね。この村の守り神だそうです。」
ンフィーレアは自分も初めて見た時、同じことを思ったのは黙っている。
「えー…気まぐれで殺されそうなのに?」
「あはは。大丈夫ですよ。今は村人たちの大事な仲間です。それより、どうしてここに?」
「モモン様がゴブリンの部族連合を倒しに来ます。その事前調査を。」

 モモン様……アインズ様ってことだよね? 

ンフィーレアだけがこの村で唯一、モモンの正体を知っていた。
「トブの大森林へ行くんですね?」
「そうです。先に調査に行ってここでモモン様と落ち合う予定です。その前に森の事を教えて貰えたらと思いまして。」
ンフィーレアはなぜ彼女がモモンを様付けしているのか不思議だった。

「トブの大森林の西側は蛇が多いので、南の方から入って下さい。東でもいいんですが、最近はゴブリンが多いので。」
「はい、わかりました。ではまた後でここに来ます。」
「お気をつけて。これ試作品ですが、よろしければどうぞ。」
紫色のポーションを渡される。
「ありがとう!じゃ行ってきます!」
ブリタは急いで森林へ向かった。




森林の南から中心部へ向けてブリタは侵入した。
 樹海を思わせる広大な森林はいつ魔物が飛び出て来てもおかしくなかった。
「ゴブリンの姿なんか見えないけど。」
不安を誤魔化すように独り言を呟く。

「おーい、きみー。」
「ん?」
上の方から声がした。
「この森は危険だよー!」
森の妖精(ドライアード)が木の上から声を掛けていた。

「降りてきたらー?」
この妖精はピニスンというらしい。
「ゴブリンの調査に来たんだけど、あんた何か知らない?」
「ゴブリンかー。確かに最近は森の様子が変なんだよね。」
彼?の話だと東のトロール達と南の森の賢王が消えたらしい。
「森の賢王は知ってるよ。モモン様が配下に収めたから。」
「ええっ?森の賢王を?」
「当然でしょ。あの人は強いんだから。」
鼻息荒く自慢げに胸を張る彼女は、シャルティアに似ていた。

「じゃあザイトルクワエも倒せるかな?」
「なにそれ?モモン様に倒せない敵が思いつかないけど。」
「森を荒らす魔樹だよ。今はまだ寝てるけど起きたら世界を滅ぼすと言われているよ。もうすぐ起きる時期なんだ」
「ふーん。じゃあそれは後でモモン様に話しておくね。依頼が来たら来てくれると思うよ。」
「ありがとう!でもそれとは別に早く逃げた方がいいかもしれないよ。」

ピニスンが言うには、森の様子が変なのはここ数日で更に激化している。
他の精霊たちの噂だとリザードマンの集落が戦争を始める話も出ている。
今までは森にいなかった筈のアンデッドも急激に増えている。
「戦争って誰とすんのよ。人間?」
「さあ、そこまでは。でもかなり殺気立ってるみたいだからすごく強いんだろうね。」
「ところでゴブリンの噂はないの?」
「リザードマンの集落がそんな状態だから、端っこの方で静かに暮らしてるみたいだよ。」
「端っこね……わかった。あんがとねー」
「気を付けてねー!」
ピニスンは再び自らの分身である大樹に上っていった。
彼の不安は自らの大樹が生き残れるかだけであり、彼女の生死にそこまでの関心はなかった。
もっとも、彼が何をいったところでこの後に訪れる不幸な遭遇は避けられなかっただろう。
そうしてブリタは森の奥で遭遇する。
自らの命を、気まぐれに手を振るだけで奪える相手に。




ピニスンと話をして気が楽になったブリタは足取り軽く、森の中央に向けてゴブリンの捜索にでた。
だが、その気分は一気に凍り付く事になる。
大樹の陰から急に現れた青銅の蟲王(ヴァーミンロード)の手によって。
「……ナニモノダ?」
「……」
ブリタは混乱のあまり反応することもできなかった。
自分はゴブリンを探していたのに、なぜ巨大な蟲人が戦斧を持ってこちらを見ているのかが理解できずに。
同様に遭遇相手のコキュートスも混乱していた。
リザードマンの集落を落とすために臨時拠点の周辺を見回っていただけだった。
問題はそこではなく、彼女を生かすのか?殺すのか?生かすなら口止めが必要か、殺すなら”掃除”は自分でやるのか?


カルマ値中立の彼は無益な殺生を好まず、今後の作戦に問題がないならそれで済ませたかった。
そうして混乱したコキュートスは同じ問いを繰り返すことになる。
「ナニモノダ?」
「は、はい。あの私はゴブリンの部族を偵察してくるように言われました。モモン様がゴブリンの部族連合をなんとかするために情報収集をしています。この後、カルネ村で落ち合う予定です。」
コキュートスは更に困ってしまった。
モモンというのがアインズの冒険者名というのは情報を得ている。
だがアインズに迷惑が掛かる可能性がある以上、始末して済む相手ではないという事もわかってしまった。
 ブリタからすればモモンの名前を出せばなんとかなるかもしれないという賭けだったのだが、上手くいったように見える。

「私ハ何モ見ナカッタ。オマエモ何モ見ナカッタ。ソレデヨイカ?」
「は、はい!誰にも何も言いません!失礼します!」
言い切る前に脱兎のごとく逃げ出した。
「カルネ村に逃げよう。死にたくない!助けて!モモン様!」
あと少し彼の前に立っていたら失禁していたかもしれない。
「決戦マデマダ時間ガアル。……忘レヨウ」
コキュートスは何事もなく付近の警戒を続けることにした。




カルネ村に着いたブリタを待っていたのは、大量のゴブリン達を引き連れたモモンだった。
姿をみて安心した彼女は、モモンに向けて走っていった。
「モモン様ー!」
 びくっ、と驚いて剣を構えそうになったモモンは、半泣きで駆けてくるブリタの姿をみて剣を降ろした。
ナーベがモモンの前に飛び出したため、ブリタはモモンに抱き着く事ができなくなり、寸前で立ち止まる。
「はい、ハムスケさん。これ食べて。」
「おお!懐かしいでござる!森の果物でござるな!」
エンリとハムスケだけが平和な日常を過ごしていた。

「どうかしたのかな、ブリタ。」
「はい! 森の中を中心に向かってゴブリンの捜索に当たっていました。そうしたらせいど……」
先ほどの蟲王(ヴァーミンロード)が頭に浮かんだが、命懸けの約束を破る事は出来なかった。
「ブリタ、どうしたんだ?何かあったのか?」
「あ、いえ。ゴブリン達は森の様子がおかしいので、端っこの方でひっそりと暮らしているようです」
上手く誤魔化すことができた。
彼女はその他に森の妖精(ドライアード)の情報や世界を滅ぼす魔樹の事、リザードマンの集落の異変を少しだけ伝える。

「魔樹か……それは確かに面白そうだな」
「モモン様は強いので相談をしたいそうです。」
「わかった。それは覚えておこう。リザードマンの集落も気になるからな。ありがとう、ブリタ」
「はい!光栄です!」
うるさいくらいの返事だった。

「ブリタ、彼らゴブリンをこのカルネ村に預ける事になった。」
「ええっ?!」
「ええっ?!」
ブリタと同じ反応をしたエンリは、モモンの正体がアインズだと知らずに驚いている。
なぜ私達がゴブリンを引き取らなければならないのかと。


「エンリ、ちょっとこっちへきて。」
ンフィーレアがエンリを連れていく。
本当は彼にもポーションの制作進展の話も聞きたいのだが、人目が多すぎるため夜にすることにした。
「お任せください。ゴブリンさん達と仲良くしますので。」
 戻ってきたエンリは事情を理解したのか怪しかったが、このゴブリン達の受け入れはしてくれるようだ。
「ところで、子供達が増えていないか?」
「はい!ヤト様が王国で酷い暮らしをしている子供達を連れていらっしゃいました。」

なんだとあの野郎、また勝手なことを。

アインズは《メッセージ/伝言》が繋がらない友人に、心の中で文句を垂れた。
「子供達は全員、村の農業を手伝って生活しています。」
エンリは嬉しそうに微笑んだ。

「ブリタ、このアンデッドはデスナイトと言って、伝説級のアンデッドだそうだ。アインズ・ウール・ゴウンという者から授けて貰ったそうだ。」
「そ、そうなんですか?こんなアンデッドを二体も授けるって、それにこの城壁は?」
試しに突っついてみて正解だった。
ブリタはカルネ村の状況に疑問を多く抱いている。
 このままエ・ランテルに帰したら誤解が誤解を招くところだった。

「彼らは自分たちを王国に見捨てられた棄民だと思っている。アインズ・ウール・ゴウンを崇拝しながら、彼らの力を借りずに自らの手で村を発展させようとしているのだ。」
「はい、その通りです。」
エンリが笑顔で答えた。
「あの、アイ……モモンさん」
危なくアインズと呼びそうになるンフィーレア。

「どうしたのかな、ンフィーレア・バレアレ殿。」
「今日はもう遅いので泊まっていっては如何でしょうか。家はご用意しますので。」
ポーションの進展状況や村の報告をしようと考えていた。

カルネ村は一人の犠牲者も出さず、労働力が増え続けている。
逞しい青年たちを農業ではなく他の肉体労働に回し、女子供で農業・薬草の調合、食事睡眠不要のアンデッドによる不眠不休の労働により大きな発展を遂げていた。

作物は周期が間に合わないため、食料事情は決して豊かではなかった。
だが、それに不満を持つ者はいない。
なぜなら大きくなり続けているこの村は、発展と幸福が約束されているのだ。
広がり続ける畑の面積、村の敷地、建てられ続ける住居の数、休みが不要な労働力、真面目に働く子供達。
カルネ村の広さは、以前に来た時の倍に思えた。

「ではお言葉に甘えて、明日にしよう。」
アインズはアンデッドなので休む必要なないのだが、勝手な事ばかりする友人に連絡をしなければならなかった。

「はい、ご案内します。こちらです。」
その後、正体を唯一明かしているンフィーレアから、こっそりとポーションの制作状況の進展だけを聞きアインズは外に出た。




「さて、あの野郎。何してやがるかな。」
アインズは《メッセージ/伝言》を使う。
「はい、ヤトッスー。」
 気の抜けた返事が返ってきた。
「おまえこの野郎。好き勝手に遊びまわりやがって。」
「えーと……どれのことでしょう?」
「全てだよ!セバスから聞いたぞ。帝国に行っているって。だいたい六腕って犯罪組織の何かだろ。」
「六腕というのは犯罪組織の精鋭部隊だそうですよ。」
「もっと悪いわ!セバスを置いて何やってるんだか。」
「いやーあははー。話の流れでつい。でもアダマンタイト級の強さを持ってるらしいので、利用した後にナザリック送りッスよ。」
「おまえなあ、そういう問題じゃ。」
「そういえばこの世界の貨幣なんですけど、金貨の上に白金貨っていうのがあるみたいですね。金貨の十倍の価値だそうで。」
「誤魔化すなっ……てそうなの? 何それ?」
ナザリックの維持費に頭を悩ますアインズは、上手く誤魔化されてしまう。
「やりー。とりあえず1,100枚集めましたよ。」
「はあ?なにをやっているんだ。詳しく教えなさい。」
金貨11,000枚に相当する貨幣を集めたヤトを、既に怒る気は失せていた。

「八本指の賭場であそ……情報収集の依頼をうけたんですけど。目をつけられたので、帝国の公営賭場に出入りする羽目に」
本当は遊び呆けた結果、美女とのデートを涙ながらに捨てて、正体不明なむさ苦しい男達と小旅行になりましたとは言えなかった。

「ギャンブラーのスキル持っててよかったですよ。負けないギャンブルがこんなに面白いとは。ハマりそうッスね。」
「ダメ男の典型だな。散財するなよ?ナザリックの維持費に回すんだから。」
「あ、そういえば凄い美人と会いましたよ。蒼の薔薇のリーダーだそうで。」
「……知るか」
「露骨に興味を失うのやめましょうよー。王都に戻ったらデートする予定です。」
「へー。」

「過去最大に薄いリアクションッスね。」
「俺もアダマンタイトになったんだよ。」
「あー……そうですか。早すぎないスか? 何段駆けあがったんですか」
羨ましくてちょっと嫉妬をしているようだ。
「こっちの街は何かと問題が多くてね。そういえばプレイヤーの情報が手に入ったよ。」
「マジッスか!?じゃあみんなも!?」

本日、一番大きな返事だった。
お互いにそれが最重要事項だと分かっていた。
他の事は全てがおまけに過ぎないのだから。

「それはなかった。けど情報をくれた者とは協力する事になった。他にも話す事あるから、詳しくはナザリックで話そう。そろそろお互いの情報交換をしないといけないな。」
「了解ッスー。じゃあ、こちらが終わったら六腕連れてナザリックへ帰りますね。」
「あとギャンブルに明け暮れてもいいけど、必ず勝って帰ってきてね。ナザリックの財政面が助かる」
「約束します。じゃないとデートの予定を延期してまで来た意味がないッスから。」
「張り切ってるな。こっちは明日もゴブリン部族連合の調査だというのに。そういえばリザードマンの情報は持ってる?」
「リザードマン?いえ、特に目新しい情報はないですけど。」
「彼らの集落に何か異変が起きているらしい。」
「そうですか。それはカルネ村のようなチャンスなんじゃないスかね」
「俺もそう思う。この辺はナザリックから近いから、なるべく全てを平定しておきたい。」
「じゃ、明日にでも偵察に行った方が。」
「そうだな。冒険者としての身分があるから、様子見て大変そうなら連絡する。」
「へい。あまり期待してませんよ。アダマンタイトに匹敵する犯罪者もゴミでしたから。」
「そう言うなって。珍しい武器やアイテムを持っているかもしれない。」
「だといいんですがね。ところでアインズさんは夜、何してるんですか?」
「夜って別に何もしてないよ。」
「睡眠の代わりにベッドでゴロゴロして、精神の安定化を図った方がいいんじゃないスかね。」
「だって意味ないし。」
「試しにやってみてください。何か変わったら教えてくださいよ。」

ヤトが眠気でギブアップするまで、二人の話は続いた。
この影響により帝都で無残な事態が起きるのだが、それは別のお話。




出会う相手1d10 《1ザリューシュ 2クルシェ 3ゼンベル 4拠点発見 5ピニスン 6守護者 7蛇公 8デスナイト 9ゴブリン 10ハウンドドッグ》
→5ピニスン
遭遇確率1d%→60% ダイス成功
遭遇相手《1シャルティア 2コキュートス 3アウラ 4マーレ 5デミウルゴス 6やり直し》
→2 コキュートス

死亡率→20%(固定) ダイス失敗のため生存 アウラとマーレも同確率

ちなみにシャルティアだった場合の死亡率70%(固定)
デミウルゴスは帰還不能(固定)、ナザリックにてイベント発生


カルネ村での振る舞い 1d4
《1ナーベを残し、アインズで再登場 2モモンのまま 3森に行く 4帰る》
→2モモンのままで行く



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17日目 帝都アーウィンタール

残酷注意 小



話は一日前に遡る。
「警備部門のゼロだ。よろしく頼む。彼らが私の優秀な部下だ。」
心の中で嘲るゼロが形だけ頭を下げる。
「御苦労。」
上から目線で労をねぎらうヤト。

馬鹿が、これが最後の王都と知らずに。

紹介された五人も簡易的に頭を下げる。
 その軽い態度で、馬鹿にしている事が窺えた。
先ほどに美人と楽しくおしゃべりをしていたヤトは、まだ浮かれており彼らの態度に気付かなかった。
仮面をつけているので、浮かれている表情が悟られる事はない。
「よろしく。じゃ、セバス。留守を頼むよ。」
「はい、道中お気をつけて。」
セバスは深々と頭を下げた。

「ヤト殿、気を付けて旅をしてくれたまえ。」
八本指のボスは手を振って見送った。
内心は笑いをこらえるので必死だろう。
六腕がついているのだ、彼が金を稼いでも八本指に入るか、死ぬかしか選択肢がないのだから。
人数が多かったので馬車は二台になっていた。


 帝国に行くのにこのやっすい鎧じゃださいな……。向こうで買えばいいか。
金は白金貨が1,100程度はあるからな。

馬車の中でくつろぎながらのんびり考える。
「なあ、デイバーノックって言ったっけ?」
「ああ、そうだ。」
 同乗した黒いローブで顔を隠した男が答える。
「王都っていうのはアンデッドが多いのか?君みたいな。」
「えっ?え?」
「おいおい、なに言ってんだよ。」
ゼロがフォローを入れる。
乗ってから早々にアンデッドとばれてしまい慌てているのだろうか。
すぐに精神の沈静化が起きるのだが。
「あーいいからいいから。アンデッドはわかるんだよ。どうせエルダーリッチかなんかだろ?」
「その辺にしておいた方がいい。」
ゼロが睨みを利かす。
「いいんだよ、こいつで二人目だから。本当に変な国だよな、ここ。」
ははっと軽く笑い窓の外に視線を向ける。
月は満月だった。

面倒くせー早く帰りてー。適当に稼いで早く帰ろう。
ラキュースさんとのデート資金くらいはちょろまかしても大丈夫だろ。
 ついでに図書館くらいは見ておくか。……なんだかんだとやる事多いな。
楽しい事や美味しいものは最後に回せって事か。

「ゼロ、武技は使えんの?」
「当然だ。私は強いからな。」
「結婚はしてる?」
「……いや、してない」
「じゃあ恋愛経験は?」
「女を抱きたければ力ずくか娼館に行く」
「そっか……なんか……ごめんな。それじゃ恋愛相談なんかできないもんな」
仮面をつけているので表情はよくわからないが、どうやら同情をされているらしい。
スキンヘッドの頭に血が上りそうになった。
「そこのアンデッドには聞くだけ無駄だな。じゃあ俺は寝るからよろしく。」
言うが早いか彼はすぐに眠りに落ち、その後12時間以上眠ったままだった。
楽し気な夢を見ているのか、時折笑い声がでる。
それが二人には余計に腹立たしかった。
「なんだこいつは?これが帝国に経済侵略しようとしている奴なのか?ムカつく糞ガキがっ。」
苛立つゼロが吐き捨てるように言った。




帝国に到着したのは翌日の夕方だった。
起きたヤトに散々弄り倒され、二人の怒りは限界だった。
本来であれば即座に殺しただろうが、何の成果も上がってない現状で殺す事もできなかった。
「はあ、疲れた……ちょっと宿探してきて」
「……ああ」

あの糞野郎。必ず殺してやる。

精神の沈静化により感情はすぐ落ち着くとはいえ、日中に馬鹿にされ続けた彼の中に怒りの炎はまだ燃えていた。
馬車の従者を入れて9名のため、三人部屋を三つとる事になる。
ヤトの同室は、そのままゼロとデイバーノックだった。
「あ、メッセ入った。ちょっと宿の外に行ってくる。すぐ戻る」
機嫌よさそうに見えるヤトは、実は不機嫌だった。
ラキュースとのデートを嫌々振り切って同行したむさ苦しい男が、死ぬほどつまらなかったからだ。
小馬鹿にして怒らせるしか楽しみようもない。
彼女と出会ってなければ、ここまで機嫌は悪くならなかっただろう。


 やがて眠気が上限に達したヤトが戻ってくる。
「ゼロ、明日は朝から闘技場にいく。誰かに図書館の場所を調べさせろ。」
「なんで俺達がそんな事を!」
「口答えするな。おまえら俺の護衛だろ。調べろといったら調べろハゲ。」
暴言を吐き捨ててベッドに横になる。
眠くて不機嫌の彼は、いつ爆発するかわからなかった。
彼らがそれを知る事は無い。
「ボス、こんな奴のいいなりになるのか?」
「……」
真っ赤になって震えているゼロの我慢は限界だった。
元々温厚なタイプではなかったが、ここまで侮辱された経験もなかった。

足の一本でもへし折れば、大人しく従うだろ。どうせ役に立たなければ殺すんだからな。

右の拳を彼の足にめがけて無造作に放った。
放った拳は彼に当たったが、威力は彼をすり抜けベッドを破壊する。
これが最もとってはいけない選択肢だった。
ベッドを破壊され無理やり叩き起こされた彼の不機嫌の数値は、いきなり上限を振り切っていた。
怒りで頭が真っ白になる感覚とは違い、殺意を交えた憎悪の炎は彼の頭を黒く塗りつぶした。
これが生き地獄の始まりとなる。
「……うるせえぞ。ベッドを壊しやがって、てめえどうしてくれるんだ」

言い終わる前にゼロの顔に右の拳を叩きこむ。
多少の手加減はしたが、ゼロの体は壁まで飛んでいった。
それで憎悪が収まるはずがなく、馬乗りになって殴り続けた。
抵抗は何の効果も無く、叫んでいても殴り続けた。
腕で身を守っていれば腕ごと殴り続けた。
加虐嗜好まで加わり楽しくて仕方ない彼には、止めることができなかった。

デイバーノックは強者であるはずのゼロが、子供扱いされ殴られ続けているのを仲間が駆けつけるまで呆然と見ていた。

音を聞いた他の4人が駆けつける頃には、ゼロの顔は本来の大きさの倍程度まで膨らんでいた。

だが彼らも目の前の光景が理解できずに立ちすくむ。
自分たちのボスの実力には信頼を寄せていた。
六腕最強のボスであるゼロは、大人が子供をいたぶる実力差で殴られ続けている。
ヤトは楽しんで虫の足を捥ぐかの如く、しばらくゼロを殴り続けた。
「ちっ、動かなくなった。勿体ないけどポーション使うか。」
空中から赤い液体を取り出し、ゼロに掛ける。
傷が治り回復したゼロは意識を取り戻す。

「お、お前はいったいごっ!」
彼の言葉はヤトの拳で遮られた。
初めから治癒を望んだわけではない。
ただ、殴り足りなかった。
それだけの事だった。


「やめろっ!」
ボスの声でいち早く我に返ったデイバーノックが止める。
拳が止まった。
「なんだ?何か文句があるのか、虫けらが。」
仮面をつけているので表情がわからないのが、余計に不気味だった。
「どうした、お前ら。攻撃しないのか?」
ヤトは仮面をゆっくりと外した。
口元を歪め、残忍な表情を浮かべる彼は同じ人間とは思えなかった。
ゼロは再び殴られ続けた。
「やめろがっ!手を出すなごぼっ!化け物だぐほっ!」
部下の身を案じ叫ぶゼロの声は、止まる事のない右の拳で邪魔され続ける。
「安心しろよ。殺さないから。俺が殴るのに飽きたら止めてやるよ。」
見物人は八本指管轄の劣悪な娼館を想像する。
ゼロはやがて動かなくなった。


「ちっ、雑魚が。相手の力もわかんねーなら手ぇだすんじゃねえよ、ゴミが。」
意識を失ったゼロの顔に唾を吐き捨てた。
「おい、てめえらはどうすんだ。ボスの名誉を回復しなくていいのか?」
彼の顔は加虐嗜好に溢れていた。
誰も言葉を発さず、ただ沈黙だけが流れる。
「根性無しだな。俺に歯向かったらどうなるか覚えておけ。お前ら今日から全員俺の部下なんだからな。」
「……」
「返事をしろ!」
大きな声でビクッと体が跳ねる。
「はい。」
誰かがそれに答えた。
何が“はい”なのかもわからないが、この場をやり過ごせばなんとかなりそうだった。

「あーそうだ。アンデッドのお前、武技は使えんの?」
「使えません。」

ガシャーン!

デイバーノックの体は空中でバラバラになった。
床に彼の残骸が散らばる。
素早く力任せに殴っただけなのだが、他のものには理解が出来なかった。
考える間もなくヤトが声を掛ける。
「他に武技を使えない奴、いまここで楽にしてやるから言え。ここで死んだ方が楽かもしれないぞ。」
「……」
この状況で使えないなどと言えるわけがない。
 殺されたデイバーノックは“不死王”の二つ名を名乗ることなく消滅した。
名乗っていても気に入られずに消されていたかもしれない。
どちらにしても彼に生きる道はなかった。


「いないんだな。じゃあそこのゴミを連れていけ。目障りだ。」
「……」
 水揚げされたマグロのように転がるゼロは微かに動いている。
「早くしろ、死にたいのか?」
「デイバア……ノック……」
犯罪者の集団でも、仲間を案ずる気持ちはあるらしい。
虫の息のゼロは息も絶え絶えに、消滅した仲間の名を呼ぶ。
「なんだ?まだ意識があったのか、うるせえんだよ。」
 ゼロの頭をサッカーボールのように蹴飛ばした。
蹴られた彼は床を回転して壁に当たり痙攣をしている。

「早くつれていけ!目障りだっつってんだろうが!」
怒鳴られてからやっと動けた4人はゼロを引き摺り部屋をでた。
何の反応もしない彼は死んでいると言われても信じただろう。
「おい、おまえ。」
最後尾の一人に呼びかける。
「はっはい!」
「あの豚に振りかけろ。死なれては利用価値がないからな。」
赤いポーションを投げ渡した。
「死んだら教えてくれ。蘇生させる。」
感情の無い言葉に、内容の意味も分からず頷いて部屋を出た。




赤いポーションを振りかけられ回復したゼロは、四つ這いになって涙をながした。
屈辱だった。
殺せるなら殺しただろう。
だが何回やっても勝てる想像ができなかった。
「ボス……」
哀れみの目線を送る部下。
「全員で襲えば勝てるかしら?」
「無理だと思う。」
普段であれば軽口を叩き、冗談を飛ばしながら話しただろう。
 今は親の葬儀のように暗い。
ゼロは自らの原風景である、スラムで泣く子供に戻っていた。

力があれば人から奪って楽に暮らせるんだ。

ただそれだけだったのに、もうゼロは原風景から未来へ出てこれないだろう。
彼らは静かに涙を流すボスの周りで、声を掛けられずにそのまま時間を過ごした。
こうして心のへし折られた“五腕”は、僅かな反抗心・脱走への希望を残しながらヤトの部下として振る舞う事になる。
これが終われば逃げ出せるという希望を信じて。

ナザリックで真の地獄を見せられるまでの短い間だけなのだが。

多少の溜飲が下がったヤトは綺麗なベッドに横になる。

そういえば女が一人いたな、あんまり好みでもないけど後で遊ぶか?

だがラキュースの顔が浮かび、その気が失せていく。


 恋多き方は好きじゃない……か。
まあちょうど五人いるから五大最悪を全部試す程度で留めるかな。
この世界でどんな変化をしたか気になるし、恐怖公の部屋には入りたくないけどな。

黒い憎悪の炎は頭の中にあった。
ラキュースと出会っていなければどうなったのかはわからなかった。
そういう意味では彼らは命拾いをしたのだが、死んでいた方が楽だったと後に知る事になる。

帝都アーウィンタール1日目。
血反吐色の絶望で彩られた夜は更けていった。




ヤトと同じ馬車→1d6 →”不死王”デイバーノック。
ゼロの怒り →70%

暴言により+1d10を加算。
暴言×2怒りゲージ 2d10→17 クリティカル。想像しえる最悪の選択肢。
ゼロの死亡率→30% ダイス失敗 生存

補足
憎悪の炎は殺意が漏れなく付録で付いてきます。
静まっても元通りとは限りません。アインズさんの沈静化された粘着質な憎悪もこれに該当します。
加虐嗜好はフルアクセルです。最悪です。


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18日目 カルネ村付近

田村ゆかりか堀江由衣と結婚したいです。田村さんの方がちょっと好きです。
大分年上だけど大丈夫だろう。あれ?ほっしゃんて結婚してるんだっけ…?


依頼に期限がないため、モモンはリザードマンの集落と魔樹を調べる予定だった。
「すまない、個人的に調べたい事があるからナーベとブリタは村で待機をしてくれるか?」
「わかりまし「危険ですよ!モモン様!」
相変わらず誰かに返事を遮られ続けるナーベ。
今にも斬りかかりそうな目つきで睨んでいる。
そんな事を知らないブリタは、昨日の蟲王(ヴァーミンロード)を警戒していた。

「大丈夫だ。ちょっとゴブリンで気になる事もある。一人の方が逃げやすいからな。」
「ですが、森には何がいるかわからないですよ!」
モモンは彼女がなぜ必死に止めるのか不審だった。

「魔樹を警戒しているのなら、目覚めるのはまだ少し先なのだろう。他にも何かあるのか?」
「いえ、何もありませんが……」
「ふむ。私は強い、だから安心して帰りを待つといい。」
「……わかりました。気を付けてください」
彼なら負けないと信じていても、傷を負うと考えると不安には変わりなかった。
「二人とも時間があるなら村人を手伝ってやってくれ。新たな住人であるゴブリン達も心配だからな。」

モモンのままアイテムで《フライ/飛行》を使い、森林を上空から観察する。
中心部の北方に湖を発見したため、地上に降りていく。


ナザリックの階層守護者達が急ピッチで建設を進めている、リザードマン侵略のための臨時拠点は、巧妙に周囲の樹木で隠されていた。
幻術だったら見破られた可能性があるが、実際の樹木を操作されては発見が難しい。
 見えてきたひょうたん湖と呼ばれる湖の畔で、リザードマン達が大量に集まっていた。
手近なリザードマンに声を掛ける。

「すまない、どうかしたのかな?」
「お、お前は何者だ!」
「奴らの仲間か?!」
「どこから来たんだ?!」
何やら彼らは殺気立っている。

「私は冒険者だ。ゴブリンの調査にきたのだが。」
「本当か?!」
「おいそこ!騒がしいぞ!」
群れの先頭から一際大きな声がかかる。


「何者だ?奴らの仲間では無いとありがたいのだが。」
どうやら群れのリーダーらしい。
落ち着いた冷静な声だった。
「私は冒険者モモン、森林に住むゴブリン部族の調査にきた者だ。」
戦う意志はないと両手を肩の高さまで上げる。

「強いのか?」
「勿論だ。王国最高位の冒険者だ。」
「そうか……少し話をしてもいいだろうか?」
「どうかしたのか?」
「私は族長の一人、シャースーリュー・シャシャ。これから族長会議を開くのでそこで話をしよう。一緒に来てくれないだろうか。」
「わかった、付き合おう。」
ユグドラシルとは違うリザードマンに興味があったモモンは、二つ返事で付いていった。




五人のリザードマン達が大きな藁葺き屋根の家に集まっていた。
「おい緑の爪族長、なんだそいつは。」
「兄者、部外者を巻き込むのは歓迎できん。」
「我々だけでは気付かないこともあるだろう。話だけでも聞いて貰おう。」

ここは大人しく話を聞いてみるか。

「はじめまして、私は冒険者モモンだ。」


彼らの話によるとリザードマンの集落全てが襲撃を受ける予定らしい。
相手は存在も所属も不明な者で、支配下に下るなら無駄な血を流さずに済ませると伝えて帰っていったらしい。
 その知らせを受けて他の族長を全て集め、“緑の爪”族長の弟で“旅人”であるザリュースが中心となり会議を開いていたようだ。

「それより話にあった至宝という物を見せてくれないか?」
「ああ、構わない。これが凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)だ。」
「わたしの、これ、ほわいとどらごん、ぼーん。」
「彼は鎧の影響で知性を失っているんだ。」

彼らのもっている凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)白竜の骨鎧(ホワイト・ドラゴン・ボーン)はユグドラシルになかった装備だ。
アインズのコレクター意欲が刺激される。
コレクター意欲というものは対象の利便で変わるものではなく、珍しい物ほど欲しかった。
現に彼らの身に着けている装備は、アインズが手に入れても装備品としては何の役にも立たないのだ。

「なるほど、纏めると相手の戦力・所属不明。三日後に攻めてくる。なぜか食料を渡して帰っていったと」
「そうだ。支配下にはいるなら食料問題に協力すると。」
「変わった奴だな。相手に心当たりは?」
「ない。いままで迷い人以外に近寄って来なかったからな。」
「トードマン共が誰か雇ったんじゃねえのか?」
蛙人(トードマン)とはリザードマンに敵対する存在だった。

「それはないわ。明らかに彼らより強いもの。」
 内容を伝えにきたのは巨大な武器に見合った大きな異形種だったと。
 全員の所に同じ使者が来ているところをみると軍勢ではないのかもしれない。
「敵は単独で戦うのか?」
「ああ、そういっていた。」
「やつ、つよい。ひとりでみなころせる。」
単独勢力にしては疑問が残るが、決戦に関してあちらは一人で戦うのは間違いない。
白銀の時みたいに未知の存在を考慮すると、彼らに勝算はないかもしれない。

 もしかするとモモンとしての俺にも、勝ち目がない可能性もある……か。

「話はわかった。このモモンを用心棒に雇う気はないかな?」
未知の存在への興味とコレクターとしての矜持が先走った。
最悪は負けそうだったら見捨てて逃げればいいだろうと踏んだのだ。
「ありがたい申し出なのだが、我々に報酬が払えるとは思えないが……」
「おい!何言ってやがる!おまえが俺たちより強いというのか?!」
ワニに似ているリザードマンが怒鳴る。
「ゼンベル、ちょっと落ち着け。」
「俺は反対だ!流れ者が俺たちより強いと思うのか?!」
「ほう、好戦的だな。試してみるか?」
面白そうだったのでモモンも挑発する。
「上等だ!表出ろっ!」
他の族長たちはため息をついて彼らを見送った。

「またやってるわね、ザリュース。」
白いリザードマンがやれやれと言った表情をする。
「あいつの趣味だ。邪魔しないでおいてやろう。」
“竜牙族”族長のゼンベルは好戦的な性格で、止めても話を聞かないだろう。
加えて僅かな時間を対峙しただけで、モモンの強さが理解できたからだ。
当然、LV18のゼンベルが勝てる要素はない。
LV35前後の剣士がLV100の筋力を持っているのだから。




「ぎゃああ!」
片手でぶん投げられ、部落内の大木に激突した音とゼンベルの悲鳴が響いた。
「終わったな……」
 案の定、ゼンベルはボロボロになって帰ってくる。
「負けた……あんた、俺たちの族長に」
「断る。シャースーリュー・シャシャ殿、用心棒の話は如何かな?」
ゼンベルの話を遮る。
「条件はなんだ?私達にその、大金の用意は」
「そこにある二つの至宝で構わん。それが私の条件だ。」
鎧の目に該当する箇所へ、赤く怪しい光が宿る。

「いや、これは他に替えが聞かないものだ、他のもので代用は――」
「わかった。その条件を呑もう。」
「おい!ザリュース!」
シャースーリューは声を荒げる。

「どちらにしてもこのままでは全滅する。魚の養殖もまだ成果はない。勝っても食料問題は残るが、総力を上げて戦っても全滅する。ならば少しでも多くの者を生き残らせよう。」
白いリザードマンが熱い目で見ている。
何か特別な関係を思わせる目だ。
「わたし、かまわん、あげる。」
知性の落ちたリザードマンもこの条件を受けた。
モモンは両手放しで喜びたい気分だった。
「では交渉成立だ。欲しいのは栄誉でも金銭でもない、そのアイテムだ。では早速作戦会議といこう。」




 少し後に帰ってきた斥候によると、相手は臨時の簡易要塞を近くに建設している。
要塞は大量の低位アンデッド達によって守られており、全ての敵が攻めてきたら勝ち目は薄いだろう。
彼らは絶望した表情になる。

「心配はいらない。彼らの目的が惨殺でないのであれば、こちらも力を見せてやればいい。」
「どういうことでしょうか?」
白いリザードマンが不思議そうに聞く。
「手を出すのが面倒な相手と思わせればよい。私の戦力も含めて。」
モモンの目が妖しい赤い光を発する。
これは示威行為の一環であり、彼らは最初から皆殺しにするつもりがない。
それならばこちらも力を誇示し、お互いに甚大な被害がでると思わせればいい。
モモンの力でどこまで行けるか不明だが、最悪は魔法で撃退すれば至宝が手に入るだろう。
「では作戦を考える前に、こちらの戦力の分析といこうか。」




アインズはカルネ村に帰還したのは、夕暮れになってからだった。
鼻提灯を膨らませて寝ているハムスケに、げしげしとけりを入れているナーベを見つける。
「ナーベ、何をやっているんだ……」
「これは、アインズ様。お待ち申し上げておりました。」
「うむ、実はな」
「モモン様ー!」
ブリタは一日農作業をしていたのだろう。
 泥だらけになりながらも、モモンの姿を見つけて走ってくる。
ナーベは武器を構えてモモンの前に飛び出た。

これって既視感(デジャヴ)か?

既視感(デジャヴ)に疑問を抱きつつ、モモン達はアインズの部屋で今後の打ち合わせに入った。
「明日、トブの大森林を大捜索する。ナーベ、カルネ村のゴブリン達はどうだった?」
「はい、彼らは村人たちと仲良くやっていると思われます。」
「そうか、ではゴブリン達の数が“多少”増えても問題が無いな。」
「あのーモモン様。どうするんですか?」
「森に棲むゴブリンを全てカルネ村に移住させようと思う。」
「そんなっ。」
ブリタがいるとアインズ口調が出来ないため、正直邪魔だと思っていた。

「心配はいらないさ。冒険者組合にはゴブリンの部族連合の危機は去ったと伝えよう。」
「ですが、ゴブリンですよっ?!いつ襲ってくるかもわからないのに。」
「ブリタ、君は彼らと一緒に過ごしてどう思った。」
ブリタを真っすぐ見つめる。
「あーえっと、はぁい。普通の人と同じでしたぁ。」
じーっとモモンに見つめられて照れるブリタ。

ブリタは今日一日、ゴブリン達に気さくに話しかけられ続け、本来の印象が崩壊していた。
ゴブリンとは人間に敵対する悪の種族だと思っていたからだ。
「ではすまないが、アインザック組合長殿に報告をお願いしてもいいかな?明日の朝、出発してくれ。」
「えっ?」
ナーベは同じ冒険者としてではなく、女としてモモンを見ている悪い虫を睨んでいる。
「いえ、明日は私も同行させて下さい。やはり事が済んでからの方がよろしいと。」
あわよくば帰り道も一緒にと考えていた。
それも一理あるなとモモンは思う。
最後まで見届けての報告をして貰わないと、信用と報酬に関わるかもしれない。

「それは……うーん、まあ仕方ない、か。私は二日後からリザードマンの集落の援軍に向かうため、帰りが数日遅れる。ブリタは明日、ゴブリン達がカルネ村に集まったのを見届けてから、エ・ランテルに帰還をしてくれ」
「リザードマン?」
異形種はゴブリンとオーガ程度しか知らなかった。

「二足歩行の知能の高い爬虫類の亜人種だ。見たことは無いかな。」
「はい、初めて聞きました。ではその援軍は私も――」
「モモンさん。この大蚊(ガガンボ)は私が責任を持って送り飛ばします。お任せください。」
ナーベに言葉をぶった切られてしまい大人しくなる。

ブリタはナーベに弱かった。
自分より美しく、そして強い魔法詠唱者の彼女。
モモンの相棒として強烈に名を馳せる彼女に、田舎の平民出身である彼女が勝てる要素は何一つとして無かった。
「わかった。ナーベに任せる。ブリタを送り届けたらカルネ村で待機をしてくれ。私はリザードマンと共に、彼らの誇りと命を懸けた戦いに臨もう。」
モモンの目が怪しく光る。
相変わらずブリタは見惚れている。

「わかりました。では明日に備えて休みましょう。」
これ以上、主の邪魔をするわけにいかず、ブリタを連れ出す。
「モモン様……」
真剣なモモンの表情に見惚れているブリタ。
「では明日の朝会おう。」
ナーベはブリタを引き摺るように出て行った。
一人になったモモンは、装備を解きアインズに戻る。
「ふう。」
椅子に座って腕を組み、考え事に耽る。
「……魔樹の存在は気になるが後回しだな。さて、この不利を覆す作戦を立てようか」
机に向かって彼らの命を懸けた戦いのシナリオの構築を始めた。




クレマンティーヌが出てこないと誰が決めたのか
カジちゃんとクレ公の死体が盗まれた情報は入ってきてます。

モモンが侵略者に気付く可能性1d%→40% ダイス失敗 気付かない。
作戦成功率 1d% →90% 当然成功


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19日目 カルネ村付近

あ、この話は短いデスヨ。



アインズは作戦を立てたり、ベッドでゴロゴロしたりして一晩を過ごしていた。
これが意外と面白く、情報を集めて必勝の戦略を立てる事が好きな彼は、心から楽しみながら一晩を過ごすことができた。
ナザリックに帰還することなく、僕に気も使わずに策を講じる事に没頭できた彼は、心身ともにリフレッシュをした気分だった。
いつの間にか朝になっており、モモンが泊まっている部屋のドアがノックされる。
アインズは急いでモモンに戻る。

「おはようございます、モモンさ、ん。そろそろ出発のお時間です。」
「モモン様。今日はよろしくお願いします。」
ナーベがブリタを連れ立って顔を出す。

あ、忘れてた。コレと一緒だったっけ。

「おはよう、二人とも。今日はよろしく頼む。」
モモンはマントを翻して、間借りしている家を出た。
「はあー。モモン様のチームに入りたいなー。」
ブリタはモモンの背中を目で追っている。
「芋虫。遅れたらおいていきますよ。」
「はっはい!よろしくお願いします、ナーベさん。」

一晩中、ブリタにモモンの話を聞かされたナーベだが、あまり気分は悪くなかった。
モモンを尊敬し崇めているその心中は同じだった。
虫けらと思っている事に変わりはないが、ブリタは害虫から益虫へと昇格していた。
アブラムシからテントウムシ程度には昇格することができたのだ。
それでも、殺せと命じられれば躊躇いなく、喜んで殺しただろう。




うるさいハムスケはカルネ村での農業に従事させることになった。
ハムスケの代わりにゴブリンのカイワレを連れ、一行は大森林の入り口に到着した。
「カイワレ、森の様子を見てきてくれないか。ゴブリンがいたら連れてきてくれ。」
「ヘイ!合点でい!」
カイワレは森へ飛び込んでいった。

程なくして戻って来たカイワレの話によると、森林の西部は蛇たちの生息域となっており、ゴブリンの姿は見えないらしい。
彼らは森林の西部の状況を確認するため、魔物が蠢く森へ入った。

カイワレの情報通りに、森林西部は蛇達の支配下に置かれており、そこら辺を大小様々な蛇達がうろついていた。
友人の姿を思い出し殺す気にはなれなかった。
と、最初は思ったが、連絡もなく好き勝手に暴れる友人に段々と腹立たしくなり、襲い掛かる蛇達を滅多切りにしていった。

「はあっ!」
飛びかかる大蛇は口から剣を突っ込まれ、二つに分割される。
「なんかモモン様、怖いです……」
「芋虫、モモンさ、さんに無礼は許しませんよ。」
ブリタに釣られて様付けで呼ぶところだった。
仲間を大量虐殺された蛇達は少し開けた場所で遠巻きにこちらをみている。

「で?そこのお前が西を支配する蛇の親玉だと嬉しいのだが?」
「え?」
虚空に話しかけるモモンにブリタは不思議そうな声をだす。

「おぬし、何者だ?」
「ナーガか。先に言っておくが私はお前より強い。素直に話を聞いた方が身のためだと思うが。」

蛇の胴体に老人の上半身をくっ付けた魔物が姿を現した。
 透明化で様子を窺いに来たようだが、モモンには通用しなかった。
「あ。」
ブリタは経験したことない出来事の連続で、細かく反応をする。
「私はリュラリュース・スペニア・アイ・インダルンじゃ。侵入者よ、早々に立ち去れ。」
「ナーベ、カイワレとブリタを守れ。」
「はい。」
殺気立った周りの蛇達はいつ襲い掛かってくるかわからなかった。
ナーベはモモンの邪魔ならない程度に距離を取るため離れていく。
「芋虫、小さいのくらいは倒しなさい。」
「私だって冒険者です!」
「オイラもやったるぜ!」

どうやらあちらは任せても大丈夫そうだな。

モモンは魔蛇へと対峙する。



「名前が長いのだな。私がここに来たのはお前と交渉をするためなのだが。」
「ふえふえふえ。舐めるなよ小僧。」
どうやらこの相手は、敵の実力を見抜く程に強くはないらしい。
リュラリュースは地を這い近づいてくる。
素早い友人の事を考慮し、スピードに注意を払っていた。
予想よりも大幅に遅かった蛇は、あっさりモモンに捕まった。
「ふえ?!なぜわしがこんなやつに捕まるのじゃ。」
「お前が遅いからだ。」
モモンはナーガを地面に組伏す。

 まだ長い胴体で締め上げようと抵抗していたが、モモンは事も無げに話をはじめた。
「さて、ゴブリンの部族について教えてもらおうか。」
「ぐぐ、なぜ締め付けが効かないのじゃ。」
「お前が弱いからだ。」
頭を何度か地面にぶつけてやると、魔蛇は大人しくなった。

「ゴブリン共は纏まって東の森に逃げていったわい」
「なるほどな、ゴブリン達はお前が追い出したのか。」
「頭の悪い東のトロール共と、南の森の賢王が消えたからのう。なぜ消えたかは知らんが、ゴブリンを追い出して森林全てを蛇の楽園にするつもりだったんじゃ。」

トブの大森林は二体の支配者を失い、拮抗していた勢力図が崩壊してしまった。
そのため、残されたゴブリン達が西の蛇による侵略の標的となった。
「数は確実に減らしたのじゃが、まだたくさんおるからのう。じゃが問題はたまに森に来る黒くて大きいアンデッドの方じゃ。奴ら森を少しずつ狭めとる。」
どうやらデスナイトの事らしい。

「安心しろ。そのアンデッド、デスナイトは私の支配下だ。」
「あ、あんたがあの化け物を?」
モモンに乗られて苦しくなってきたのか、息が荒くなっている。
「ゴブリンは私達が付近の村に連れていく。この森はお前たちの支配下だ。」
「何じゃと?!よいのか?!」
森林を統べられる喜びで大声を上げる魔蛇。

「本当だとも。だが、アンデッドはこれからも森の面積を減らし続けるだろう。お前たちは森の環境を維持するんだ。」
「え?森が減る?」
「何か問題があるのか?減った森は植林を行い自分たちで増やせばいい、違うか?」
有無を言わせぬ雰囲気にリュラリュースは言葉に迷う。
「で、ですが、最近森の中央に謎の集団が。」
「そちらは私がリザードマンと共に戦う。お前たちは森を維持する事だけ考えれば幸せに暮らせるぞ。私が負けたら逃げた方が賢明かもしれないがな。」
「森の中央はよろしくお願いします。」
魔蛇リュラリュースは完全に抵抗を止めた。
 事態が収束したのを確認したナーベ達が近寄ってきた。


「この魔蛇は森林を蛇達の支配下に置く事と引き換えに、森林内の環境を維持してくれるそうだ。」
「……よろしくお願いするのじゃ」
新たな支配者である魔蛇は、心細げに頭を下げた。
「モモン様!凄いです!西の魔蛇と森の賢王を屈服させるなんて。」
「透明化を阻止するアイテムを付けていただけだ。運が良かったのだろう。」
「……」
そういう問題ではない。とリュラリュースは心の中で呟いた。
何度戦っても彼に勝てる可能性を感じなかった。

「ブリタ、あとはカイワレと私でゴブリン達の部族と交渉をする。ナーベ、彼女をエ・ランテルへ頼む。」
「はい、ではこの七星天道虫(ナナホシテントウムシ)をエ・ランテルへ送り届けてきます。」
「えっいや、あたしはまだここにのこ――」
「頼んだぞ、ナーベ。ブリタ、アインザック殿によろしく伝えてくれ。ゴブリン達の脅威は去ったと。」
「はい!必ず伝えます!」
ブリタは食い下がろうとしたのだが、直接モモンに頼まれてしまっては返事するしかなかった。
彼女の表情は木漏れ日が当たり、晴れやかだった。
ゴブリン部族の確認など、本当はしなくてもどうなるかは察していたのだから。


モモンはその後、カイワレを連れて森林の東部まで移動していた。
「カイワレ、この近辺に住むゴブリン達を集めてくれ。」
「合点承知の助!」
 モモンが理解できないくらいに古臭い返事をして、ゴブリンは草むらに突っ込んでいった。
「これは……かなりの数だな」
森林内に住む全てのゴブリンが集まったとはいえ、千匹はいるかに思えた。
がやがやと騒ぐゴブリン達を落ち着けるため、モモンは新たな《ゴブリン将軍の角笛》を吹き、彼らと話をする。
「へい!旦那!あっしはジュゲムです!」
やはり何匹かに知性が宿り、話ができる顔になった。

「お前たちは部族全員でカルネ村に行け。そこで村人たちと協力し、村を発展させるのだ。」
「任せてくだせい!」
「あっしらでゴブリンをまとめてみせますぜ!」
カイワレとジュゲムは元気に同意した。
どちらがどちらなのか、モモンには見分けがついていなかった。
「ジュゲムとカイワレ、くれぐれも村人に迷惑をかけるな。共存し繁栄をするがいい。」

 全部で千匹くらいいるけど、大丈夫だよな……? 

「食料の援助くらいはしてやればなんとかなるだろう。カルネ村にナーベが戻ったら、明日からリザードマン達と共闘の準備を始めなければな。」

そうしてトブの大森林の勢力図とゴブリンの部族連合を解決し、モモンとナーベはリザードマン達の生き残りをかけた決戦に臨む。
戦う相手が何者かを知らないままに。




西を支配する蛇達は、彼らも知らぬうちにナザリックの支配下に置かれた。
南の森の賢王、西の魔蛇を屈服させ平和のまま森を制定したモモンは名声を高める。
その情報はブリタの布教活動により、エ・ランテルを中心に各地に回っていく。
 彼は“漆黒の英雄”に加えて、“救国の英雄”の二つ名でも呼ばれ、噂は瞬く間に王国中を巡ることになる。

後日、話をきいたヤトが、面白半分でナーガ達に会いに行く事になった。
同じ蛇種族として何か感じるものがあるかの検証だったそうだ。
自分たちの上位種を初めて見た蛇達は、その強さと美しさにより自ら望んでナザリックへの崇拝を始める。
トブの大森林は蛇が支配する森となり、毒対策が必須という情報が周知の事実となった。


一方でモモンの心配通り急激に人口が増えたカルネ村では、とんでもない食糧難がしばらく続く羽目になる。
密かなナザリックからの食料援助に加え、元々森に棲んでいたゴブリン達の協力により、森の木の実・果物・蛇の蒲焼きなどで細々と飢えを凌ぎ、奇跡的に死者は出なかった。
時間が経つにつれて農作物の循環が上手くいったカルネ村は、周辺からの手助けもあり、かつての姿を思い出せない程の発展をする事になる。
 質の良いポーション、森で採れる良質な蛇皮、農作物・果物・魚の販売などで順調に生計をたて、飛躍的な発展を遂げる。

異形種と共存する平和な要塞都市カルネ・AOGとなり、彼らが待ち望んでいたナザリックによる本格的な統治が始まる事になるのだが。

今しばらく先の話である。




カルネ村の発展速度向上率→1d%÷2→60%÷2→ 30%向上。
原作の三割増しで発展進行。
王国三番目のアダマンタイト、漆黒の英雄・救国の英雄の噂が王都へ伝わる。
冒険者が出入りする国には周知の事実として伝達。

補足:ンフィーレアから貰った試作品のポーションは、カルネ村に冒険者を集める理由になります。


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19日目~?日目 幕間



“黄金”のラナー王女と“蒼の薔薇”のラキュースは、王宮の一室で雑談を交えつつ話をしていた。

「それでどうだったの? 噂のヤト様は」
「まだわからないわよ、ラナー」
「クライムが執事の方に稽古をつけてもらったそうよ。なんでも、本気で殺されると思ったとか」
「そ、そうなの? 執事の方も強いのかしら。六腕より強いって話だけど」
「それは凄いわ。でも本当にそんな人がいるのかしら」
「そうよね。あの人も戦士長より強いみたいだけど、そんな嘘をつく人にも見えないのよね……」

ややこしい人間性はなんとなく理解できたが、彼の強さに関しては何も聞けていなかった。

「どうやって畑を三つも同時刻に焼いたのかしら?」
「そこは誤魔化されちゃった。というよりまるで何も聞けてないわ」
「あら、珍しいじゃない。詳しく掘り下げるって言ってなかった?」
「えーその、あっと……うーん、求婚がその……」
ラキュースは歯切れが悪くなる。
彼が去った後、改めて考えるとなんて恥ずかしい事を躊躇わずにいう人だったのかと、何度も思い出して赤面したことか。

「え? 何の球根?」
「そうじゃなくてね。その……言い辛いんだけど求婚されちゃってね」
「ええー? よかったじゃない、ラキュース!」

このまま掘り下げれば彼女の顔が赤くなりそうだ。それはそれで面白いのかもしれないが、話を先に進めなければならない。

「何がよかったのよ……」
「話を聞くと執事の方でもあなたより強いかもしれないのよ。その執事の方よりも強いのでしょう?」
「でもー。いい加減な求婚だったから本気じゃないと思うけど」
「本気じゃなくてもいいじゃない。既成事実を作ってしまえばどうにでもなるわ」

ラナーは推し続ける。

「……ラナー。それはちょっと、どんな人かわからないのに」
「でも話が本当だとすると、強くてお金持ちで可哀想な子供達を助けてくれる“程度”には優しい人なのよね。貴方の理想にぴったりの人じゃない?」
「そうだけど。まだ得体が知れないというか、危険なにおいを感じるというか」
「そういうところが好きですって事?」
「それはそうな……って何言ってるのよ」

ラナーは彼女の悪い病気を見抜いていた。
 王子様に憧れる少女が、夢を見過ぎて悪い病気を発病するのは想像に難くない。
冒険者で名を馳せ、黒き魔剣を振り回し、影のある正義に憧れる彼女の心は容易に紐解けた。

「格好良かったの?お顔の方は?」

ニヤニヤした笑いがラナーに貼りつく。

「ん、うーんと、別に美形じゃなかったわよ。南方の人というのは間違いないけど。戦士長より南方の血が濃いみたい。着ている鎧も安物だったけど」

色白で黒目黒髪を思い出す。
見た目や装備で判断するのであれば、決して強そうには見えず、むしろ弱そうな見えた。

「私も会ってみたいわね。ああ、お宅に招かれたんだっけ?」
「ええ、自慢したいからみんなで来てくれって。」
「普通の貴族の豪邸だったら期待外れね」
「話を聞くとどうも違うのよね。墳墓なのに神殿で、地下なのに空が見えるとか、火山の溶岩とか凍土の雪山とか、食事が美味しくて豪華なお風呂ってなんなのかしらね……?」

支離滅裂である。
この世界の人間は、実際に見たとしても夢を見たと思うだろう。

「私の代わりに行ってきてくれない? 私も王女じゃなかったらついて行ったのだけど」
「でも相手がどんな人かわからないし」
「結婚を視野には入れているって事ね」
「もう二十歳だから、ってそっちじゃない」
この世界の平均寿命が40代~50代と考えると、決して早くはない話だった。
もっとも、ラナーは別の計算を始めている。

「子供達を助けたのは好感を持っているのでしょう?」
微笑みながらラキュースを責める。
「それは認めるわ。誰でもできる事じゃないから。今回も結果的には八本指の財政面に大打撃を与えて、六腕を全て連れ出してしまった。でも彼の周りで人が消えている事も否定はできないのよね。」
行方不明になった武器屋の店主、子供達に絡んだゴロツキの姿は、王国から消えたままだ。
それだけではなく、彼が王都に来てからの柄の悪い者たちの失踪が増えている。
街の住人達から好感を持たれない相手だったため、誰も本腰を上げて調べなかったのだ。

「それは本当に怪しいわね。何がではなくただ怪しい。でもラキュースの事は好きなのよね」
「それもどうかしら。イビルアイにちょっかいを出していたと聞いているの」
「みんなには話したの?」
「まだよ。みんな別の依頼に出掛けてしまって」
「そう、会談が楽しみね」
「情報を引き出すのが目的よ。彼の主人は魔法詠唱者(マジックキャスター)らしいから、イビルアイがいないと私一人では不安だわ」
「どんな様子だったか詳しく教えてね」

ラナーは物思いに耽りだす。

クライムに首輪をつけて鎖で縛り続ける生活を送るためには、相応の財が必要。
彼に王国を売って生活の保証をしてもらう手もあるな。
ラキュースをつけてあげれば喜ぶかもしれない。

ラキュースはラナーの友人だが、お互いが同等に大事に思っている訳ではなかった。
 “黄金”のラナー王女の目的は子犬のように可愛いクライムを鎖でつなぎ、その瞳に自分だけが映し出される事なのだ。
鎖が金だとなお好ましかった。
他のモノは家族・友人・部下・王国、クライム以外の全てを犠牲にしたとしても、彼女の心は痛むどころかさざ波すら起きないだろう。


彼の目的は嫁探しには見えない、この国が目的か?
それならどれほど素晴らしい事か。二つ返事でくれてやるのだが。
戦士長の話だと人間じゃない可能性も、ただし仁徳はある。
人間ではないというのは考慮が必要、か。
下手なちょっかいを出してクライムが死んだら元も子もない。
使者を通じて内密にここに招くか。いや、使者よりラキュースを使うのが確実だ。

「ラナー?どうしたの?」
「ううん、なんでもない。八本指が落ち着いたら私の部屋に招きましょう。王や貴族が絡むと厄介事になりそうだから」
「危険だからやめた方がいいと思うけど」
「大丈夫よ。クライムを通じて執事の方にお知らせしてみるわ」
「だけど、本当に危険よ」

ラキュースは友人ではなく貴族としての立場から止める。
今はそれが鬱陶しかった。

「大丈夫よ。貴方の愛しいヤト様は取らないから」
「ちょっと! ラナー!」
「あまり大きな声を出すと衛兵が駆けつけるわよ?」
「ゴホン! 仕方ないわね……」
「八本指の調査はどうするの?」

上手く話題をすり替えた。
ラキュースはラナーの心情を察していない。

「必要であれば執事の方が協力してくれるみたい。叔父様は旅に出てしまったから、私達で探ってみようかしら」
「それはいい考えね。彼が返ってくるまで私達で調べておきましょう」
「無事に帰ってくるといいのだけど」
心配そうな顔を浮かべる。
「大丈夫よ。六腕が束になっても敵わない人が簡単に死なないわ。それより今後の行動方針を」

 ラナーは昆虫にも似た無感情な熟考を再会する。

 城内へ招き、次いでラナーの私室へ内密に招くのであれば、何らかの功績をあげてもらわねばならない。ラキュースとの逢瀬(デート)をけしかければ、彼女の報告で趣味嗜好がわかる。個人的な表彰としてここへ招き、ラキュースの情報を基にナザリックの情報を回させれば、多少の対策は練れるだろう。万が一、ラキュースを犠牲する必要も出てくる。

 そんな親友の心中を知らず、ラキュースは真剣に八本指の調査に関する打ち合わせを続けた。





 スレイン法国の大神殿内部にて神官達の会議が行われていた。

 差し込む日差しが逆光となり、彼らの表情は窺えない。
 議題は王国への警戒と、突然に現れた漆黒の英雄だった。
 漆黒聖典が遭遇した冒険者モモンは、ギガント・バジリシクを戦士で屠った。
 彼の存在は王国と敵対した場合、確実に脅威になるであろう。
 漆黒聖典の報告内容は彼の実力ではなく、人間性に関するものだった。

「厄介な存在が出てきてしまったものだな。ぷれいやーか神人の可能性はないのか?」
「それはないだろう。隊長より弱いという判断だからな」

 モモンは戦士としてのLVが低いため、LV100の漆黒聖典隊長より強いと報告される事はなかった。
 魔法職を鎧で戦士職に見せているだけなのだ。
 装備品も本来のものではなく、その実力は低く見られて当然だった。
 アインズが好む情報戦において、ナザリックが圧勝している証明だった。

「陽光聖典の調査はどうなっている?」
「王国内の武器屋で陽光聖典の武器が販売されているという報告が入っている。」
「では最高位天使を封じ込めた水晶も王国の手……か」
「彼らは誰にやられたというのだ」
「未だ不明のままだが、アインズ・ウール・ゴウンという者が近くのカルネ村を支配したとか」
「戦士長が無事なのはその者の影響も考慮すべきだ」
「一度、カルネ村に使者を派遣する必要があるか」
「そんな者の事などどうでもよい。今は破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の調査を優先すべきだ」
「漆黒聖典は成果を上げられなかったが」
「失った土の巫女姫の後任もまだ決まっていないのだぞ」

これ以降、アインズとモモンの名がでる事はなかった。
人類の敵となりえる竜王の復活に向け、王国を纏め協力をしなければならないというのに、陽光聖典を失い、貴重な水晶を王国に取られてしまったと思っている。
忌み嫌うアンデッドを使役して飛躍的な発展を遂げるのであろうカルネ村の事も、領内の話ではないため、今は深く考えるに値しない問題と判断された。
人間至上主義が故の弊害だった。
出現してもいない敵に目が集中してしまっている彼らが、足元のプレイヤー・脅威を考慮する事はなかった。
スレイン法国の神官達は王国に対する警戒を若干強め、アインズ・ウール・ゴウンに関する調査は無期限の先延ばしにされた。


余談だが、後日カルネ村にスレイン法国の使者数名が派遣された。
彼らの話によると、最初は楽しく話していた村人達にスレイン法国の使者だと身元を明かした。
 それまで笑顔で話をしていた村人達は武器を手に取り、“アレ”と共に襲い掛かってきたらしい。
カルネ村からすると王国への恨みは深いのだが、直接に攻撃してきたスレイン法国を許す者は存在しなかった。
 命からがらに逃げ帰った彼らは、故郷に帰って隠遁してしまう。
彼らが何を見て何をされたのか、神官達が知る事はなかった。




王宮内の庭で、ガゼフとクライムは剣の稽古の後だった。
「ストロノーフ様。先日、件の御方の執事様に稽古をつけて頂きました。」
「ヤト殿のか?」
「はい、その通りです。本当に強かったです。」
「剣の腕が上達したのは、その影響もあったのだな。」
クライムの剣は、技術ではなく気迫が大きく上昇していた。
「そうです。冗談ではなく本当に殺されるかと思いましたので。」
 思い出すと足の震えが蘇るようだった。

「ヤト殿には会えたのか?」
「いえ、帝国に出掛けていると聞いています。」
「帝国に……彼の事だ。ゴウン殿と反目し、帝国に属して王国と敵対する事はないと思うが」
「それは怖いです。死ぬために行くようなものです。」
「はっはっは。私もそうだとも。」
ガゼフは愉快そうに笑った。
彼の性格から考えれば、ヤトが異形の者であると判明しても、恐ろしい真の姿を見たとしても態度を変えなかっただろう。
強い剣士として好感を抱く者への態度を。

「今は黄金の林檎亭で宿をお取りです。“蒼の薔薇”の方々と同じ宿ですね。」
「ふむ……クライム、共に彼を訪ねないか?」
「よろしいのですか?」
「勿論だ。待っていても彼は訪ねてこなさそうなのでな、こちらから行こうじゃないか」
遊び呆けているヤトの頭は、ガゼフ邸に遊びに行くという考えを遠くに追いやっていた。
「執事のセバス様が夜か早朝であれば、宿にいらっしゃると仰っておりました。」
本来であれば従者に様付けするのは不自然なのだが、彼にとっては大事な師匠なのだ。


「王から丁重にもてなすように言われているからな。何か手土産を用意しておこう。クライムはいつが空いているのだ?」
「はい、三日後の夜であれば。」
恐らく自分が知る中で最強の剣士であろう、しばらく会っていない彼の顔を思い出す。
クライムの話によると、八本指の件にも絡んでいると聞いていたため、その辺の話もしたかった。
「ラナー様には内密にお願いします。」
「ああ、勿論だ。その代わり、私が王の勅命を受けている事も内緒だぞ。」
「はい、楽しみですね。」
「ああ、楽しみだ。」
二人は庭で笑い合った。
ラナーの目的は歪んだ形でクライムと結ばれる事であり、彼が強くなる事は損こそあれ得する事は何もないのだ。
その意味でクライムがラナーに内密にしたことは正解と言える。
後々に起きる事象を考慮すると、大失敗ともいえた。
稽古で温まった体を冷やす彼らの談笑はしばらく続いた。





更に数日後、王都郊外でガガーランとイビルアイは受けた依頼をこなしていた。
魔物の間引き依頼は、相手の数が多ければ上位冒険者に回されるケースもある。
「王国で三番目のアダマンタイト級?」
「そうだ、どうやらかなり強いな。今まで上げた功績で何段も飛びながら昇級したと聞く。」
「そんな奴がいんのか。そりゃ会ってみてえなあ。」
「いずれ会う事もあるだろう。この国には三つしかないからな。」
「あいつとどっちが強いと思う?」
アイツとはイビルアイがご立腹のヤトである。
「……あいつはどうでもいい」
「つれねえなあ、イビルアイ。」
「うるさい、ぶちのめすぞ。」
本気で怒気を孕んだ声だった。
ガガーランは少し間をあける。
怯んだわけではないが、仲間が本気で怒っているのを煽るのは少しだけ気が引けた。
「もう許してやれって。悪気があったわけじゃねえんだろ?」
ラキュースからイビルアイが少年と思われていると聞いた事が尾を引いていた。
彼女の精神は250年の歳月を過ごしても、一部の精神面で幼い部分があった。
普通の人間としての250年間ではなかったのだ。

「なぜ少年と間違える。そんな事が許せるか。」
女性として何かを期待したわけではない。
だがまるで気にしなかったわけでもない。
その結果が少年だと思われていたなど、いい笑い種だった。
実際にティアとティナに笑われ、陰で甚大なショックを受けた。
今回の依頼はその影響もあり、ガガーランと一緒なのだから。

「その仮面のせいじゃねえの?お前の素顔は俺らしか知らねえんだからよ。」
「外すこともできないだろう。私は奴との会談など死んでも御免だ。」
仮面による声の変質で男女の区別すらつかない声なのだから、勘違いされて当然である。
八つ当たりに近い怒りだったが、理屈で解決できなかった。
イビルアイはどこかで復讐してやろうと強い決意を固めた。



ラナー、ヤトへの接触方法→1d6
《1ラキュースを餌 2クライムから諜報 3使者をナザリック 4会談を取り付ける 5王女の部屋に招く 6レエブン侯に指示》
→5王女の部屋に招く

スレイン法国の“王国領内”警戒度 初期値0 上限100
王国の体制による不信感1d20 →6
陽光聖典の失踪による警戒度1d20 →17
漆黒聖典の報告1d20 →12
合計警戒度 35
第一次魔導戦争(仮)のフラグを立てるためのフラグ発生

ガゼフ達の日程→1d4 →3 三日後
22日目の夜に彼らが宿を訪れます。
復讐のダイス
《1 みぞおち 2 ライダーキック 3 罵倒 4 鎮火 5 トキメキ 6 無視》
→2 ライダーキック


ガゼフは良い奴、でも結婚はできない。ダイスの必要すらない決定事項。


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21日目 リザードマンの集落

原作周回5回目辺りで気付く、リザードマン編の良さ。
鈍い方なんでしょうね。ちなみに今日はこの一話だけです。
かなり手短に作ってもこの長さと荒さに涙


リザードマンと決戦の日、湿地帯の決戦地は充分な水分を吸ってぬかるんでいた。
ゆっくりと前進するコキュートスは気を抜いている。
リザードマンのレベルは高いものでLV20前後であり、LV100のコキュートスからすると何匹集まろうと敵ではなかった。
突っ立っているだけでも、ダメージを負わないのではないかと疑問に思う。
正々堂々とした戦いは望むところではあったが、相手に歯ごたえが無さ過ぎた。

デミウルゴスが立てた策に不満があったわけではなく、様々な意味で絶大な信頼は寄せている。
だが主の勅命でない以上、無為な惨殺という概念は捨てきれていなかった。
完全武装する気にもならなかったため、武器は戦斧一本だけである。
そうして青銅の蟲王(ヴァーミンロード)はリザードマン集落前の死線に立つ。


「決戦ノ時間ダ。」
集落の正門が開き、族長とみられる戦士が四匹、背後から首が四本しかない奇形のヒュドラに乗った族長が二匹。
合計六匹のリザードマンとヒュドラが、ゆっくりとコキュートスの前に立った。
命懸けの戦いに臨む者たちのいい目だった。
コキュートスは気を引き締める。
「命ヲ懸ケテ、カカッテコイ。」
人差し指をたてて挑発をする。
「俺たちは死ぬつもりはない。」
「吠え面かくなよ!」
「行くぞ、侵略者。クルシュ!始めろ!」
「《アース・バインド/大地の束縛》・《ライオンズ・ハート/獅子ごとき心》・《サモン・ビースト・3rd/第3位階自然の獣召喚》」
地面から蔦が生え、コキュートスの体に巻き付く。
召喚された低級狼がコキュートスに襲い掛った。
「行くぞおおお!」
前衛が咆哮を上げる
それが開戦の合図となった。


四人の戦士が距離を詰め過ぎずに前衛、後衛の二匹はヒュドラに跨り周囲から遠距離射撃と援護魔法。
「無駄ダ。」
伸ばされた蔦を薙ぎ払い、一歩前に出る。
「今だ!やれ!」
集落から投石が始まった。
所詮は石であり、飛び道具耐性のあるコキュートスの体に傷一つつけることはできない。
クルシュは追加で獣を召喚する。
 戦士四匹が近寄ってこないため、戦況が進展せずコキュートスは徐々に苛立つ。
技を繰り出すと殺し過ぎてしまうため、今回は肉弾戦のみと指定があった。
故に、ある程度の距離を詰めないと、攻撃が通らないのだ。

「ドウシタ?近寄ッテ来ナイノナラコチラカラ行クゾ。」
大きく一歩を踏み出す。
「そうだな、蟲の武人。今度はこちらから行くぞ。」
前衛四匹は一列になって突進を始めた。
「ホウ、何カノ策ナノカ?」
期待を込めて、最前の厚い鎧を装備した蜥蜴を薙ぎ払う。
戦斧は手ごたえが無く、空を切った。
彼らは地に伏せ、攻撃を避けた。


「いけ。」
事前の作戦によると彼の鎧は敵の一撃を耐えられない可能性があり、盾になる事は止められていた。
突っ込むのであれば盾になるつもりだと相手に思わせ、必ず相手の一撃を避けろと。
その作戦は功を奏し、刹那の隙ができる。
ゼンベルは前進を初めコキュートスの足元に滑り込む。
そのゼンベルを踏み台にしてザリュースが飛び上がり凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)で斬りかかる。
飛びかかるザリュースを薙ぎ払おうとした武器が重かった。
前衛三匹が空を切った武器を掴んでいた。
「《アース・バインド/大地の束縛》」
シャースーリューの援護魔法が発動し、武器に蔦が絡みつく。
彼らは初めから攻撃をするために近寄ったのではなく、コキュートスが持っている一本の武器を手放させるために近寄ったのだ。
良い結果には至らなかったが、凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)を打ち込むには充分な隙だと思える。
確認行為により意識がそれたコキュートスは次の攻撃に直撃してしまう。
氷結爆散(アイシーバースト)!」

ガキイインッ

鉄と鉄がぶつかる音がして、渾身の一撃は外殻に弾かれた。
まともに食らったのだが、LVの差は明らかだった。
コキュートスは即座に反撃に移り、戦斧を力任せに振った。
「ぐああ!」
 族長一匹の腕の切断に成功したが、彼らは急いで後退していく。
「後退しろ!急げ!」
「逃ガサンゾ。」
武器を手放し戦士達は走って戻っていく。
追撃のため、コキュートスは一歩前進する。
「今よ!早く!」
 後ろから叫ぶクルシュの声と同時に、コキュートスの足元の地面が落ちた。
初めからそれが本命の合図だった。


周辺から武器を手にしたリザードマン達が現れる。
伏兵として地面に潜っていたようだ。
 引いていった族長の戦士達も踵を返し戻ってくる。
「やれ!」
「うおおおお!」
 腰まで埋まったコキュートスの周りに、命の咆哮を上げるリザードマンが蟻のように群がる。
コキュートスにダメージを負った形跡がなくても、彼らは怯まずに立ち向かっていく。
「舐メルナヨ。」
コキュートスは右側のリザードマン達を薙ぎ払う。
一撃で倒れていく右側の伏兵達。
かくして舞台は整い、漆黒の英雄が現れる。



泥が鎧に付着してしまい、モモンの視界は恐ろしく悪かった。
片目の泥を払って戦況を確認すると、リザードマンは敵に群がっているらしい。
武器は右手に構えているため、敵の死角は左側だろうか。
モモンは渾身の一撃を叩きこむため、飛び上がり二本の剣で斬りかかった。
だが暴れるコキュートスの腕が剣にあっさり弾かれる。
視界が悪く、体重を上手く乗せられなかったのも影響した。
モモンは絶好の機会である不意打ちを生かせなかったのだ。

「くッ!」
やがて敵が穴から這い出る気配がする。
「全員下がれ! 敵の射程圏内から出るんだ!」
敵は単身で間違いない。
 自らも射程圏内から離れ、視界を塞ぐ泥を払う。


「あ」
「ア」
コキュートスとモモンは向かい合う。
相手がコキュートスと知りパニックを起こすモモン。
それに加えて、自らの手で大事な部下に全力で切りかかってしまった。
その事がパニックをより増大させていた。
遠巻きに見守るリザードマン達に囲まれ、二人は無言で対峙した。
同様にコキュートスもパニックを起こしていた。
円滑な情報共有システムにより、アインズが剣士として冒険者をやっている情報は知っていた。


忠誠を誓う主君が、情報通りの姿で突然に目の前に現れ、敵として対峙したのだ。
誰一人とこの展開を予想出来ず、守護者達の臨時拠点でも大騒ぎとなっていた。
 何故かシャルティアとアウラが大喧嘩を始め、マーレは椅子から転げ落ち、デミウルゴスは思考し続け固まったと後の報告で知る。
モモンは鎧の中の髑髏に脂汗が流れている錯覚に陥っている。

あ、メッセージ来てる。

コキュートスは額に指をあて、誰かと話をしているようだ。
静寂の中、リザードマン達の唾を飲む音が聞こえた気がした。
「お前が私の敵か?」
様子を見ながら、次に繋げやすい言葉を投げかける。
「ナザリックノ御方トオ見受ケシタガ間違イナイカ?」
ここで名乗れという事なのだろうか。
このあたりで思考を止めた。

戦いが終わった後でフォローしよう。

何かの作戦を邪魔してしまい、親に怒られる事が決まった子供の心境のモモン。
「その名を知るのか。その通りだ!私はナザリックの王、アインズ・ウール・ゴウン!」
「手合ワセネガイタイ。」
「いいだろう。その挑戦を受けよう。リザードマン諸君、ここからは1対1の死合いにつき手出し無用だ。」
リザードマン達は更に距離を置く。
「名前を聞いておこう。」
「私ハコキュートス、旅ノ蟲王(ヴァーミンロード)ダ。」
なるほど、そういう設定なのか。
「では行くぞ、コキュートス!」
泥に汚れた二人の武人は武器を構える。


先に仕掛けたのはモモンだった。
二本の剣を打ち込むがコキュートスの戦斧が弾く。
弾かれた勢いを利用し、体を回転させて追撃に入る。
コキュートスは更にその剣を弾く。
この繰り返しにより、二人の周辺には剣風の嵐が吹き荒れる。
巻き込まれたら死ぬ、と周りのリザードマンは思った。


周りからはそう見えるのだ。
モモンから見ればコキュートスは明らかに手を抜いていた。
申し訳ない気持ちになりながらも、真剣勝負をしている振りは止められない。
リザードマン達の祈る視線が、モモンの心に繰り返し突き刺さる。

「そろそろ終わりにしよう、コキュートス。」
「望ムトコロダ。」
コキュートスのやけに大振りな一撃を弾くと、過剰に大きな隙ができる。
「はあっ!」
わざとらしい掛け声で二本の剣を叩きこむと、大したダメージを負っていないのにコキュートスは膝をついた。

…茶番だ。守護者達になんて詫びよう。

申し訳ない気持ちで一杯だった。
モモンはコキュートスの前に歩み寄り、剣を向ける。
「さあ、どうする。退くのであれば命はとらないぞ。」
「オ見事デス……私ヲ貴方ノ配下ヘオ加エクダサイ」
「分かった。私に従え、武人コキュートスよ。」
加えるも何も初めから部下なのだ。
茶番のロールプレイに恥ずかしさを覚える。


「リザードマン達よ。私は彼の拠点に行ってくる。けが人の手当てを頼むぞ」
アインズの姿に戻り、転移ゲートを開く。
リザードマン達から大きな歓声と、どよめく声が上がった。
「モモン殿?!」
「ああ、これが私の本当の姿だ。」
「アンデッドだったのですか?」
「安心しろ。生者を憎んでいる訳ではない。詳しい話は後でしよう。では行くぞ、コキュートス。」
二人は転移ゲートに入っていった。
混迷するリザードマン達を残して。




 彼らの拠点についたところで、特に妙案が思いつく事はない。
パンドラとアルベドは、アインズの帰還に備えてナザリックにて待機中だった。
他の守護者達は跪き、アインズの言葉を待っている。
「まずはコキュートス。このポーションで回復せよ。」
「ハッ光栄ニ存ジマス。」
コキュートスが回復するのを確認し、アインズは皆に声を掛ける。
「皆の者、任務御苦労だった。」
跪いた守護者達に礼をいう。
とりあえずそう言っておけば、何とかなるだろうと踏んだからだ。


「おお、流石はアインズ様。我々の浅はかな考えなど御見通しどころか、それを利用なさるとは。一体どれほどの叡智を有してらっしゃるのでしょうか。」
デミウルゴスが反応してくれた。
「うむ、私はお前たちが思っているよりも深く物事を考えているからな。」
「我らの王にして絶対者。41人が一柱、ヤトノカミ様を以てしても、叡智に遠く及ばないと言わしめる至高の御方。此度の最終局面での軌道修正はお見事でした。このデミウルゴス、幾度となく感服を繰り返しました」
相変わらず何の事を言っているのかは不明だが、これなら彼から聞きだせる。
「と、ところでデミウルゴス。私の計画とずれていないか擦り合わせを行いたい。お前たちの考えていた計画を話せ」
「はっ。我々は王国を秘密裏に奪おうとしている御方々の力になるべく、微力ながらも守護者独自にて動く事を決意致しました。つきましてはアインズ様が警戒をする漆黒聖典の無力化を最終目標に掲げ、その前哨戦としてリザードマンの集落を陥落させる事に至ります。」

えっ?そうなの?俺達、王国を奪おうとしてたの?
漆黒聖典の無力化は守護者達がやるの?

次から次へと疑問が湧いてくる。
「コキュートスが彼らの族長、つまり強者を屈服させることで、流れる血が少ないままに彼らを支配下に置こうとしたのです。」
「そうだな、そこまでは私の策の中だ。」
「アインズ様の想定外の出現により、結果的には我々が動くよりも遥かに効率よく彼らを手に入れることができました。後はアインズ様の一押しで、彼らは陥落するかと思われます。」

 一押しってなんだろう……。モグラたたきみたいに叩けばいいのか。

ちょっと現実逃避が混じる。
「アインズ様」
「なんだ、コキュートス。」
「タトエ本気ノ死合イデハ無カッタトハイエ、主ニ剣ヲ向ケタ私ニナザリックニイル資格ハアリマセン」
「よい、コキュートスよ。お前はリザードマン達を相手にして、学んだ事があるのではないか?」
「ソノ通リニゴザイマス。彼ラハ弱イ、デスガソノ弱サヲ認メ策ヲ立テル戦イハ見事ナモノデシタ。」
「ならばそこから学ぶがいい。そして更に強くなれ、コキュートスよ。私はお前の全てを許そう。」
「アリガタキ幸セ……」
コキュートスは感銘を受けている。


「皆も心せよ。漆黒聖典や他の未知なる存在が、我々の邪魔をするかもしれぬ。決して油断をしてはならぬ。蟻を踏み潰す時であっても、全力で踏み潰せ!」
「はっ!」
アインズはここで一息つく。
「せっかく守護者達が集まったのだ、全員でリザードマンの集落へ行くぞ。我らにとっては茶番だが、彼らにしてみれば英雄の凱旋だからな。」
「はい!」
守護者達に笑顔が戻った。
可愛い部下達の笑顔をみて、アインズは安心して凱旋をする事が出来た。




リザードマン達の集落では消えた英雄の噂で持ちきりだった。
初めから仕組まれていたのではと疑いの目を向ける者もいたようだが、大多数が彼を信用しているため、疑惑の声は掻き消えた。
やがて転移魔法が展開し、見たことも無い異形の者たちが現れる。
アインズはモモンに戻って勝鬨を上げた。

「リザードマン達よ、脅威は去った!我らの勝利だ!」
モモンは右手の剣を高く掲げた。
「おおおおお!」
大歓声があがり、リザードマンの咆哮が木霊する。
「彼は我々の軍門に下り、この地を去る。彼らが私の部下たちだ。族長達よ、こちらに来てくれ。」
五匹の族長が前に出た。


「約束通り、報酬の装備を頂きたい。」
「ありがとう、モモン殿。」
「貴方のおかげで、我々は全滅せずに済んだ。改めて礼を言う。」
至宝を持った二匹のリザードマンが礼を言う。
「一つ提案があるのだが、聞いて貰えるだろうか。」
モモンは死の支配者(オーバーロード)に戻った。
「これが私の本当の姿だ。」
死が形を成した姿に、リザードマンは後退していく。
「私はナザリック地下大墳墓の支配者であるアインズ・ウール・ゴウンだ。諸君はナザリックの支配下に入らないか?」
「なんだとお?英雄さんよ、それは無茶苦茶なんじゃねえのか?俺は構わねえんだけどよ。」
ゼンベルだけはモモンに負けたため、素直に従うつもりだった。


「す、すまん、詳しく教えてくれないか?」
他の族長達は動揺している。
最初から仕組まれていたと考え始めたのだろう。
「この先、彼らのような者が来ないとは限らない。その時は全軍を以て君らを守ろう。食料事情の解決にも尽力しよう。お前たちの中で死者が出たら、私がアンデッドとして蘇らせてやろう。これが私の条件だ」
そこまでするのは面倒だったが、デミウルゴスが立てた策を途中で失敗させる事はできなかった。
好条件を出し過ぎたかなと、言い終えてから思う。

「我々がその条件を呑まなければ?」
「何もせんよ。我々はこの地を去る。」
「あの、何をお望みなのでしょうか?」
白いリザードマンが首を傾げる。
彼らが損をする提案がまるでなかったから疑問に思ったのだろう。
「魚を増やせ。大森林の南にあるカルネ村と交流せよ。新鮮な魚と作物を交換し、お互いに利益を享受せよ。」
今さっき、思いついた事だった。

詳しく話すアインズの前で、跪かないリザードマン達に守護者から不満が出る。
「ねえ、ちょっとあいつら頭が高くない?」
「そうでありんす、蜥蜴の癖に。」
「で、でも、あの、アインズ様がお話になっているから。」
「いや、これは失礼。気が付かなかったよ。卑しい蜥蜴風情が神の御前で頭が高い、『平伏しなさい』」
五匹のリザードマンはデミウルゴスの一言により、ぬかるんだ地べたに伏す。
「デミウルゴス、並びに守護者達よ。大事な会談だ、邪魔をするな。」
「申し訳ありません。『楽にしなさい』」
「部下が済まない、許してくれ。そうだもう一つ教えておこう。大森林に住む魔獣達は支配下に置いた、西の魔蛇は私の部下だ。」
「なっ。彼らを全て屈服させたのですか?!」
旅人であるザリュースは彼らの強さをよく知っていた。

「そうだ。森のゴブリン達もカルネ村に移動した。この森で取れる食料は好きにするがいい。魚の養殖に使えるかもしれないぞ。」
「待った!待って下さい!族長達で話し合うから少し時間をくれないか?!」
斬られた腕が回復したシャースーリューが慌てて大声で止める。
「構わん、好きにせよ。ところで、犠牲になった者たちの死体はこちらで弔ってもよいか?」
「はい、それは問題ありません。」
爬虫類の彼らは人間ほど感傷深くなかった。
「シャルティア、彼らをナザリックへ連れていくのだ」
「畏まりました、でありんす。」


族長達は集まり、囁くような打ち合わせを行う。
「どうすればいいんだ。」
「どうするって俺たちゃリザードマンだろ?強者に従うのが筋なんじゃねえの?」
ガハハハハとゼンベルは豪快に笑う。
「声がでかい!」
「おまえ、そんな気楽に。」
「いえ、従いましょう。」
クルシェが事も無げに言う。
「ええ?!」
「いや、その通りだ。このまま五つの部族に分かれて、各部族が好き勝手に生きたとしても、食糧問題は解決しない」
至宝である知性を犠牲にする鎧を外した彼の目には、高い知性が戻っていた。


「そうよ、私達はリザードマン各部族の独自な繁栄が目的ではないわ。種そのものの存続が目的なの。」
「だが、彼らの目的はなんだ?至宝とは思えん。彼らの身に着けている物はそれよりも価値が高く見える。」
「問題はそこではない。我々はこのままだと数を増やし続け、食糧問題にぶち当たる。」
「その通りね。行きつく所は地獄絵図よ……」
共食いで生き残ったクルシェは苦い顔をする。
「おい!お前ら!湖が凍ってるぞ!」
「……そんな馬鹿な」
「湖が凍る伝説を簡単に実現できる存在か、あの方は……」




「ふむ、この世界では効果範囲にも差があるのか。ブラックホールが範囲攻撃の効果を出していたからな。デミウルゴス、凍った範囲を測定せよ。」
「はっ、直ちに。」
「ヤトに連絡をしなければ、周囲の警戒を任せるぞ。」

 こんな所をツアーに見られたら喧嘩になりそうだ……。
しかし、適当に話を進めても何とかなるもんだな。

 ヤトへの緊急連絡が終わってから、程なくして彼らは戻ってきた。
「あの、これは貴方様が?」
凍り付いた湖を指さす。
「そうだ。どの程度の範囲で凍るのか試してみたかったのでな。」
駄目だったかなと不安がるアインズの思惑を外れ、リザードマン達は石を投げる感覚で湖を凍らせる彼を畏怖していた。


「我々リザードマンを支配下にお加え下さい。つきましては二つの申し出を受けて頂けますでしょうか」
クルシェが跪き、アインズを見上げる。
「構わん、申せ。」
「はい、一つは食料の安定供給へのご協力です、もう一つはお時間を頂きとうございます。」
「我々は五つの部族に分かれております。それら全てを纏め上げるために今しばらくのお時間を」
“白い爪”の族長も続いて跪く。
「わかった。10日程、時間をやろう。その後に使者を寄越す。」
「ありがとうございます。」
「宜しくお願いします。」
他の四匹も跪いた。
「もし部族抗争に発展し、死者が出たのならこちらで弔おう。」

アンデッドの素材にもなるし、スクロールの制作も捗る。
エクスチェンジボックスの死者の生肉が適用可能かも調べないとな。

アインズの内心はとても嬉しそうだった。
「では我々はこの地を去る。いい返事を期待している。」
一行は転移ゲートに消えた。
蜥蜴人(リザードマン)の命を懸けた戦いの幕は下りたのだ。



こうしてリザードマン達の集落は一つに纏まり、食料の供給を解決するべくナザリックの支援を受ける事となる。
だが部族間の抗争 ― 族長含む賛成派と長老含む反対派の衝突 ― は避けられず、少なからずの死者がでる事となる。
死体は食料と引き換えに回収された。
蜥蜴人(リザードマン)は閉鎖的な種族から積極的に交流をする存在へと変貌を遂げる。
カルネ村・蛇・蜥蜴人(リザードマン)を巡る循環の輪は、各々の発展へ繋がりカルネ村を要塞都市へ変貌させる後押しとなる。




作戦開始地点からコキュートスまで距離→1d4+1 →4m
武器を手放させる確率→20% →ダイス失敗 
縋りつくので精一杯

モモンの初撃→3が基準攻撃値1d10 →出目でダメージ増減 → 2=-1
外した…。

魚の養殖に協力する人材がカルネ村から多く派遣される事が決まりました。
リザードマン達の文明の進展が進んでいます。

トードマン達との戦争勝率向上→60% →現在60%
この時点でダイス成功していますが、犠牲が出るでしょう。
誰かの介入する確率発生 →80% つまりイベント発生

ナーベとハムスケは翌日までカルネ村にて待機させられました。

14日目に隠匿されたダイス 作戦の露見タイミング
《1すぐに 2会議中 3拠点建設中 4実行中》
1d4→4 実行中

ネタバレするために隠匿して、隠匿したまま忘れているダイスは他にもあります。
でも思い出せないので、記入もできません。


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18日目 帝都アーウィンタール

地獄を過ぎるまで連投


五人となった六腕はヤトに引き連れられ闘技場へ向かった。
 彼らを恐怖に陥れた悪魔の表情は、仮面に遮られ窺えなかった。
「ここで二手に分かれよう。二人くらいは別行動をとって図書館の場所を調べてくれ。残りは俺の護衛ね」
「……はい」
昨夜の一件から彼らの表情は暗い。
気分を損ねたら、死ぬ事に気付かない程に手早く殺されるのだから。
調理台に乗せられた鶏の気分だった。

「暗いよ!五腕!じゃあこれ軍資金ね。」
白金貨一枚を紅一点であるエドストレームに手渡した。
「調べたら宿で落ち合おう。」
「わかりました。では失礼します……」
サキュロントは今にも死にそうな声を出す。
「本当に暗いなぁ。折角の帝国なんだから楽しんできていいよ、全部使っても構わないから。」
明るくできる筈がなかった。
死地へ向かう若い兵の心境で、二人は図書館の捜索に向かった。


「これ、逃げ出してもわからないんじゃない?」
「やめとけって、行き場所なんかないだろ。これが終わったらボスを連れて逃げよう。」
「そうね……刃向かわなければ殺される事もなさそうだし」
この時に逃げ出しておけばよかったと、後で心の底から後悔することになる。
二人には監視の目は何もついていないのだから。
最悪な事はその漢字が表す通りに、最も悪い事なのだから。
人間の想像を軽く凌駕するほどに。
「せっかく白金貨一枚も貰ったんだから、朝食でも食べましょ。」
こういう時、女は強いなあと思いながら、サキュロントはエドストレームの後に続いた。




闘技場は第六階層の円形劇場(アンフィテアトルム)と同規模の大きさに思えた。
正面入り口を過ぎて見えてくる受付は、人で溢れそうだった。
 開けた内部は闘技場を一周できるように繋がっているようで、通路の先は曲がって見えなかった。
すぐ前方に受付が二つあり、左側に武装した者が並び、右側に老若男女様々な者が並んでいる。
 食べ物の匂いがするところをみると、どこかに食堂があるのだろうか。
「朝飯、食ってこなくてよかった」
ここで食料が調達できないと、入場し直すようだったため、少し安心する。
 右側の大型掲示板に今日の組み合わせと倍率が貼り出されていた。
第一試合の倍率は1.4倍と1.7倍だった。
「スキル発動。《必勝法》」
 掲示板に貼り出されている倍率に変化が現れる。
「ん?片方の倍率が0になった。」
スキルにより更新された倍率は0倍×1.7倍と表示されている。
「ゼロ、金持って列に並ぶぞ。」


「お待たせしました。お賭けになる方ですね。現在、1試合目を受付しております。手数料は勝ち金貨から10%になります。どちらに賭けられますか?」
受付嬢が手慣れた様子で教えてくれる。
「1.7倍の方に白金貨全部。1,099枚入ってると思います。」
「……?」
そんな大金を言われたことがない受付嬢に間ができる。
「あ、あの、申し訳ございません、もう一度お願いします。」
「1.7倍の方に白金貨全部。1,099枚。」
「ええ!?よろしいんですか?!」
受付嬢の大声で後ろに並んでいた客が何やら騒ぎだす。
ゼロの体に隠されて、何が起きているのかはわからなかった。

「大丈夫です。数えてください。」
金貨1枚で静かに暮らせば12日間程度は過ごせるのだ。
現実の貨幣価値に換算すると、金貨1枚一万円前後だろう。
つまり、ヤトの賭けた金額は1億円に相当する。
そこまで貯蓄した八本指もそれなりに力のある犯罪組織だった。
現実世界で金貨など使った事のないヤトは、その価値がピンと来ないまま、無造作に白金貨を渡す。


「い、いえ、わわかりました。ではこち、こここちらがそそそ、そのチケットです。白金貨を数えますので、席に座ってくらさい。」
 見たこともない程の大金がいきなり目の前に置かれ、受付嬢は激しく動揺をした。
口が震えている。
「お願いします。」
ヤトは護衛三人を連れて、椅子でしばらく待ち続けた。
空腹により胃の収縮音が鳴り始めた頃、身なりのいい紳士がこちらにやってきた。


「お待たせいたしました。掛け金を数え終わりましたので、VIP席へご案内いたします。」
「え?そうなの?俺、朝食を食べたいんですけど。」
「お任せください。ルームサービスが備わっております。こちらへどうぞ。」
なぜVIP待遇なのか理解できないが、食事は食べられるらしい。
闘技場の運営側からすると、上手くいけば莫大な利益がでる一戦だ。
当事者の待遇が良くなるのも致し方なかった。


「じゃあ、コレとコレとコレ。おまえらも食べていいよ。」
そんな思惑に興味が無い彼は、食べることしか考えていない。
無造作にメニューをゼロに手渡す。
「よろしいのですか?」
「いいよ。金貨は別で少しあるし、必ず勝つ試合だから気にするな。」
反論して機嫌を損ねる気もなく、実際にお腹は空いていた。
彼らも普段はあまり食べない豪華なメニューを好きに注文していく。

「では試合開始までお時間がございます。しばらくお待ちくださいませ。」
笑顔のウエイターは一礼をして下がっていった。
後で判明したことだが、1試合目は中位の戦士に下位の冒険者が挑むものだった。
手堅い前座としてのもので、殆どの観客が中位の戦士に賭けているらしい。
そんな事にまるで興味がない彼らは、食事を美味そうに食べていた。


「ふー食った食った。さて、換金しよう。」
スキルを使って結果だけ見ているのだから、予定調和である。
会場は軽い番狂わせで騒ぎになっていたが、そんなことに興味がなかった。
「はい、換金で。」
「………おめでとうございます。手数料の187枚を引いた白金貨1,681枚です。」
受付嬢の反応は悪かった。
彼女が死ぬまで働いても手に入らない白金貨を積み上げたのだ、無理もないだろう。


「じゃあそれを全て2.7倍に賭けてください。」
「……」
受付嬢は無言で顔面蒼白だった。
「あのー?」
「……本当によろしいのですか?」
「大丈夫ッスー。」
「では白金貨1,681枚をお預かりします。こちらがチケットです。」
支配人は壁の陰で拳を握った。
次の試合は無名ワーカーが名を売るためにオーガ三体と戦う試合だった。
ワーカーとは法に触れる行為も行う冒険者の総称である。
 だが、この試合は見世物としての意味が強く、ワーカーがいたぶられる内容で決定されている。
そのためにオーガを魔法で強化してあったのだから。
この様なガス抜きは、皇帝の命により、定期的に開催されていた。

「で、ワーカーってなんだろう?」



試合はオーガ達が優勢だった。
途中で妙なマジックアイテムを取り出してオーガ達を眠らせなければ、ワーカーが死んで終わっていただろう。
ガス抜きの意味であれば、どちらが勝っても特に問題はなかったのだ。
 だが、今回は闘技場の大損害となる事態が付録として存在し、支配人は陰で首を吊ろうかと悩んでいた。
彼は最後の手段を企てて、選手の控室へ向かった。
そんな事など知らないヤトは嬉しそうに次の試合の組み合わせを確認する。
「えーと……次の試合は……ん? なんだこれ? 0倍×0倍? ……八百長……か」

ありえない事も無いかな。結構勝ってるし。

受付嬢が変わっていた。
「前の受付が体調を壊したので交代しました。白金貨4,538枚から手数料454枚を差し引いた4,084枚の払い出しです。」
「はいはい、どうも。」
「次の試合はどちらにお賭けなさいますか?」
ニコッと微笑む受付嬢をみて、どうやら知っているなと勘繰る。
「いえ、帰ります。また明日来ます。」
「ええ!?賭けないんですか?!」
「賭けませんよ、八百長の試合になんて。」
「ひっえ!あ、何を仰いますか、お客様。」
どこかで見ていたのであろう支配人らしき人物が現れる。


「お客様、どうなさいましたか?」
「だから八百長には賭けません。帰ります。」
「なんて事を仰いますか。次の試合は面白い組み合わせですので、遊んで行かれては如何でしょう。」
「うるっさいなー。八百長になんて賭けないっつってんだろうが!行くぞ、ゼロ。」
大きな声で八百長を叫ばれてしまい、他の客が引いていっている。
がやがやと噂をする客達と青くなった支配人が残された。
六腕は彼が今にも殺戮を始めるのではないかと怯えながら、ヤトの後ろをついていった。




宿に戻り、別行動の二人の報告を受けた。
「図書館の場所は城の二軒隣、白い建物だそうです。」
「夜は見張りが厳しくとても忍び込めそうにな」
「あ、大丈夫。俺が一人で行くから。」
「よろしいのですか?」
「いいよ。みんなは宿で待機しててくれ。じゃあ行ってくる」
図書館に忍び込むとは思えない雰囲気で、彼らの脅威は出て行った。
「……行ったか?」
「ああ、本当に出掛けていった」
「ボス、逃げ出さないか?」
形はヤトに従っているとはいえ、彼らのボスはゼロのままだった。

「俺は……諦めた」
「何を?」
「全てを……だ。あいつには手も足もでない。傷を負わせることもできないだろう。逃げても八本指に被害を与えてしまう」
「大丈夫よ、五人だけで逃げ出して帝国で用心棒でもやりましょう。」
「そうだ!ボスがいればなんとかなる。」
「デイバーノックは何をされた?アイツが何かしたのが見えたか?」
その質問には誰も答えない。
誰も何も見ていなかった。
 ゼロの心は思春期の少年のように深い傷を負っていた。

「ここで逃げ出して、万が一にでも捕まったらどうなる?俺の二の舞で済むとは思えん。それ以上の地獄が待っているぞ。」
「このままだと何をされるかわからないじゃないか。」
「らしくないぞ、ボス!闘鬼ゼロの名はどうしたんだ!」
「いつからそんな腑抜けになったのよ!」
「……ふっ、おまえら本当に馬鹿だな」
ゼロの表情が緩む。
部下に怒られるなど、昔の彼には考えられなかった


「逃げるなら王都のアジトへ着いてからだ。抜け道を使って貴族の家に潜伏しよう。あいつが同じ国にいなくなってから、王都からすぐに逃げるんだ。」
「ボス……わかった。俺達全員で、遠くの国へ逃げよう」
「竜王国なんかいいんじゃないか?王国から離れているし。」
「あんな奴がいたら八本指もおしまいだろうからね。」
微かな希望が見え、彼らの声は明るくなった。

「ボスも逃げたら今まで以上に働いて貰わないと。」
「しばらく俺は使い物にならんぞ。」
「いいよ、俺達だってそんなに弱くはないんだからさ。」
「六本腕なんて名の組織でも作るか?」
「センスがないな、もっといい名前を考えよう。」
楽しそうに未来に語る六腕の五人。
その微かな希望がいつまで続くか考えてはいなかった。
 敵がかなり強い程度の“人間”だと思っている彼らに、明るい未来が来る事はない。




「流石に帝国は王都とは違うな。」
図書館の入り口には、見張りと思わしき衛兵が二名立っていた。
物音で衛兵を動かし、その一瞬の隙にさっさと侵入を果たす。
王国のいい加減な図書館と違い、内部は広かった。
「アイテムボックスに全部入るかな?さて、片っ端から詰め込むとするか。」
取り急ぎ必要なのは周辺国家の情報だった。
スレイン法国、リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国の棚をアイテムボックスに放り込んでいく。
「大分、盗んだな……。まあ全部盗んでも可哀想だから、適当に残しておこう」
棚の70%を盗んで満足をしたため、適当に他の棚も冷やかしていく。


「動くな!貴様、何者だ!どうやって忍び込んだ!」
 ぼちぼち帰ろうかと欠伸をして気を抜いていたところに、衛兵が走ってきた。
図書館で空っぽになった棚の前で欠伸をしていたのだから、本来ならば言い訳が難しい。
「ちょっとちょっと、俺は泥棒を追ってここに入ってきたんですよ。ほら、手ぶらでしょう?」
「愚か者が!魔法による侵入者特定により、お前が侵入者という事はわかっているんだぞ!手を上げろ!」
後ろから応援が駆けつけてきて、衛兵は五人になった。

「はあ、君らじゃ無理だって。」
叫びながら向かってくる衛兵達に、ヤトは無抵抗で棒立ちのままだった。
武器で攻撃しても手ごたえがない、縄と手枷も効果がない。
それを確認して軽い足取りで歩いて逃げていくヤト。
「フールーダ様はまだか!」
「こいつ、怪しげな術を使うぞ!」
「あの方が来るまで持ちこたえろ!」
衛兵達はヤトの周りを入れ替わり立ち代わりぐるぐると回る。

「フールーダさんって誰ですか?」
「帝国の主席魔法詠唱者だ!」
「おまえなんぞ、一捻りに捕まえてくれる!」
「英雄のあの方は第六位階までの魔法が使えるんだぞ!」
 段々と周囲をくるくる回る彼らが、“かごめかごめ”でもやっているように見えてきた。
結局、彼らは周囲をこまめに回りながら抵抗をしたが、意に介さないヤトはそのまま庭まで出てきてしまった。

「この忙しい時に騒がしい、何事だ。」
上から声がしたので見上げると、白いローブを着て長い髭を生やした老人が浮いていた。
「声が若いな。」
「侵入者です!図書館の本を大量に奪われました!」
「誤解ですってば、泥棒が入っていったので追いかけて入っただけなんですよ。」
「闘技場の出費が大赤字だというのに、次から次へと……。何者だ?」
「旅の者です。」
「名乗る気はないという事か。髪が黒いから南方の者なのだな?」
「ご自由にお察しください。」
「ではご同行願おうか。」
「お断りします。」
ヤトは小声で《疾風迅雷》を発動する。

「やはり後ろ暗いのだな。力ずくでも同行願おう。いく……ぞ、あれ? どこへ消えた?」
彼の姿は忽然と消滅していた。
「逃げられたな!探せ!付近を捜索せよ!」
衛兵たちは蜘蛛の子を散らすように走り出した。
「魔力は感じなかったので、そんなに大した敵でもあるまい。被害の確認を行なっておくか。」


「三十六計逃げるに如かず。ぷにっと軍師の指示を聞かなかった俺が言うと怒られそうだけどな。」
 見つかってしまった事を反省するよりも、明日は仮面を被れない事を悔やむヤトは風のように宿へ帰っていった。




帝都の王宮にある豪華な一室。
赤を基調に煌びやかな装飾がなされているこの部屋は、バハルス帝国の皇帝が住む部屋だった。
「じい、あちらは大丈夫だったのか?」
「困ったことにかなりの図書を奪われております。」
「それはまずいな、犯人の行方はどうした?」
「幸い、敵に強い魔力は感じませんでした。付近の衛兵を総動員して探しておりますので、程なく見つかるでしょう。」
「そうか。では先ほどの続きといこう。これが損害額の報告だ。」
「ふむ、失礼しますぞ。えー……損失額は……白金貨2,985枚?! 金貨の間違いではないのですか?」

日本円に換算すると3億近くになる。
帝国の維持に関してというのであれば、甚大な被害とは言えなかった。
だが一日だけでこの額の損害とは、胃が痛くなる金額だったのだ。
「大金を持った者が勝ち続けたらしい。既に闘技場から大量資金の追加投入依頼が来た。彼らは明日も損害が出ると予想しているな。」
「……明日はこの程度の損害では済まないという事ですか?」

「状況は切迫している。じい、明日は衛兵を連れて闘技場へ行くんだ。該当する人物を拘束してお連れしてくれ。」
「畏まりました、陛下。お任せください。」
かつての教え子の成長を喜び、嬉しそうに一礼をした。
皇帝は侮っていた。
捕まえられない存在になど会ったことがないのだから。



《1ゼロ 2サキュロント 3エドストレーム 4ペシュリアン 5マルムヴィスト》
図書館班 ゼロ固定のため 1d4 →2・3
賭け倍率→1d4 1の桁  1d10小数点

情報%追加→1d20
特に多かった情報→1d4 →3バハルス帝国
ボーナス 帝国+2d20
情報収集率 1d20 1回目は王国、二回目は帝国の合計
スレイン法国 →27%
バハルス帝国 →43%
リ・エスティーゼ王国 →22%
プレイヤー情報 →35%
他国情報  →28%
全ての情報が60%OVERで竜王国・六大神・十三英雄・評議国・未知が追加

参謀が全ての文章を読み解く時間→1d20→11日後
11日後、情報%に追加 1d20 →3%  

…参謀はそんなに頭悪くないと思うのだが、ああ忙しいのか、そうだよね。

イベント発生率→1d% →90% ダイス成功
遭遇相手→《1四騎士 2イジャニーヤ 3ワーカー 4古田さん 5皇帝の妾 6レイ将軍 7皇帝 8魔法学院生徒 9アルシェ 10アルシェ家族》
→4 古田・パラディン


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19日目 帝都アーウィンタール

翌日、仮面を外したヤトは六腕達と闘技場に来ていた。
図書館に忍び込んだ際、仮面を見られていたため、素顔で誤魔化そうとしていた。
「ふむ、倍率は間違いないようだな」
掲示されている試合の倍率は2.8倍と1.2倍だった。
スキルで確認すると、やはり1.2倍の数字だけ残っている。
ここでヤトは妙案を思いつき、彼らに指示を出す。
「エドストレーム、お前は受付に顔を見られていない。加えて女だ、俺の代わりに賭けてこい」
「はい、おいくらでしょうか」
「控えめに白金貨1,500枚を2.8倍に賭けてきてくれ」
全然控えめではなかった。

「ではすぐに行ってきます」
「VIP席に案内されそうになったら断ってくれ」
「我々はどうしましょうか」
「俺はちょっとやることがあるから、チケットを持った彼女を皆で護衛してくれ」




この試合は闘技場に設定されている階級(ランク)の防衛戦だった。
AA~Eまでのランク制度で、戦う者の報酬や名誉が変動する制度を導入していた。
そのDランクの王者に挑戦者が挑むものだった。
体格・経験・武器などを考慮しても、挑戦者に分が悪い試合だったため、倍率も手堅いものであった。
やがて歓声と共にモーニングスターを持った大柄な男と、何の変哲もない剣を持った小柄な男が会場へ現れる。
開始の合図と同時に、小柄な男が走り出す。
それを迎え撃つために、モーニングスターの棘付き鉄球を振り回す王者。
だが強く振り回し過ぎたのか、モーニングスターは壁に向かって一直線に飛んでいった。
鉄球が壁にめり込んでいる。
突然に武器を失った王者は男の剣をまともに受けた。
「いてえ!」
血が流れる肩を抑えながら武器へ走るが、そこで転倒してしまう。
「え?」
頭から地面に倒れた男は何が起きたかわからず立ち上がろうともがいているが、挑戦者はこの隙を逃さなかった。
小柄な挑戦者が男を滅多切りにし、やがて会場は血で染まっていく。
誰も予想しなかったGIANT KILLING(番狂わせ)だった。
全ての観客が多種多様な感情を込め、大きな歓声を上げた。

その下、試合会場へ続く通路の角でヤトがニヤニヤしながら壁にもたれ掛かっていた。
「やればなんとかなるもんだな。ボロ儲けができた」
彼がスキルを使って本気で走る姿や、武器を奪って壁に放り投げる姿、足を蹴飛ばして転ばせる姿は誰にも見られていなかった。
 若干の眠気を感じながら、六腕の下へ歩いていった。




受付に戻ると、六腕が帝国の衛兵に囲まれている。
「お、おい。なんだ、何事だ?」
予想外の事態に、ヤトは少し焦る。
「あなたが、このチケットの所有者ですか?払い出しを別室で行いますので、ご同行願います」
剣に手を掛ける衛兵の目は、そう言ってなかった。
「ふざけんな!ここで払えばいいだろうが!」
「舐めんなよ、衛兵共が!」
やはり六腕はまだ血の気が多かった。
「落ち着け、とりあえず行ってみよう。騒ぎを起こして金が手に入らないのは困る」
「……はい」
花が萎れるかの如く、途端に大人しくなる六腕。
「さあ案内してくれ」
「こちらです」




案内された応接間には、昨日の帝国主席魔法詠唱者であるフールーダが腰を掛けていた。
「ようこそ、お呼び立てして申し訳ない。腰をかけてくれ」
「はあ」
「む? その髪……貴様、昨日の夜は何をしていた?」
仮面を外しても服装と髪でバレたらしい。
「昨日は護衛の彼らと宿におりました」
「嘘を吐けこのこそ泥めがっ!衛兵!」
六腕が応戦しようとして、応接間は一触即発になる。

「ちょ、ちょっとちょっと。落ち着いて」
「問答無用! 食らえ! 人間種束縛(ホールドパーソン)!」
魔法を放ったが、ヤトは涼しい顔をしている。
「無駄ですって。早く換金してもらえないですかね?」
「なぜだ、なぜ効果がない。マジックアイテムか、厄介だな」
「白金貨を早く」
「衛兵共! こいつを拘束しろ!」
六腕が衛兵と交戦しようとしているが、ここは実力差を見せて収束を急いだ。
「六腕、手を出すな。壁際で待機だ」
即座に壁まで後退する。
そして5人の衛兵が拘束しようと試すが、何一つとして上手くいかない。
剣で斬りかかる者もいたが、それもソファーを切っただけだった。

「もう実力差わかったでしょ、謎のじじい」
「なっ。何者なんだ」
「さあ白金貨をください。まだまだこれから稼がなければならない」
帝国が破産するまで勝たれそうだった。
相手はそんな顔をしている。
「……白金貨は無い」
「え?」
「白金貨はもうない」
「……なるほど、懐事情はあまりよくないと」
「そうだ。だから元本はお返しするので、お引き取り願いたい」
「お断りします。あるだけの白金貨とないなら人材とか財宝とかなんでもいいからかき集めて下さい。エドストレーム、勝ち金はいくらだ?」
「3,780枚でございます。」
「ほら、さっさと皇帝にでも伝えてきて下さい。フールーダの身元なら白金貨1,000枚で引き取ってやってもいいですよ?」
「いや、それは難しいだろうな。そんな大金が用意できな――」
「知るか、胴元なんだから何とかして下さいよ。それとも帝国とはこんなケチくさいやり方で勝つ国ですか?」
「……皇帝陛下に相談してくる」
帝国と皇帝を馬鹿にされるわけにはいかない。
フールーダは肩を落とし、年相応の哀愁を漂わせながら部屋を出て行こうとした。

「あーちょっとまった」
「なんだ?」
哀愁漂うフールーダは鋭い言葉による追い打ちを覚悟する。
「白金貨2枚ほどあげるから、俺達全員分の昼飯を用意してくれ。なるべく多めに、美味しいもの」
「衛兵、急いで手配をしろ。最高級品にしろと伝えておけ」
「はっ!」

「よろしいのですか?我々も食べて」
「いいんだよ、別に。俺の護衛なんだから飯食わないと力がでないだろ?」
ニッと笑う彼は二十歳前後の若者に見えた。
六腕は彼を見直して、労働環境が悪くないなら就職するのもいいかもしれないと少しだけ思った。
一日だけしか持たない希望だったが。




「最悪だな……追加して勝たれるとは……」
「申し訳ありません。どうやら特殊なマジックアイテムを所持している可能性があります」
「名前は聞いたか?」
「いえ、護衛は六腕と言っていました」
若き有能な皇帝はその名に聞き覚えがあった。

「そうか、王国の犯罪組織が妙なアイテムを手に入れたから侵攻にきたわけだ。六腕とは王国犯罪組織の武闘勢力の名だ」
「なるほど、それならば納得ができますな。彼らが大人しく従っているところをみると、恐らくあの男がボスなのでしょう。不要な程に安い装備なのは身元を隠すためではないかと」
酷い誤解だった。

「王国の犯罪組織に付け込まれるわけにはいかない。急いで財宝を用意させろ。そして二度と来るなと伝えるのだ」
「畏まりました」
「ご丁寧に大きな声で八百長を匂わす真似をしてくれたのだったな。もしかすると闘技場にスパイがいるかもしれないか。人員を総入れ替えしよう」
「では早速準備に取り掛かります」
「ああ、よろしく頼む」
フールーダが去った後で、皇帝はブツブツと物思いに耽る。

「最悪だ。勧誘を頼まなくてよかった。この損害は王国との戦争に影響がでるな。ここまで戦力を削ったというのに、帝国としては金額以上の大損害だ。王国が犯罪組織を野放しにしている事が、こちらにまで影響がでるとは。やはりあの国は早々に潰さねばならない。イジャニーヤが手に入っていれば苦労もせずに済んだのだがな。明日から全ての経費を削減か、私も質素な生活をしてみるのも悪くないな」
叡智に溢れる若き皇帝は、損害の補填をどうするかで再び動き出した。




「出入り禁止だって……」
「そのようですね」
「アインズさんに怒ら……れないか。財宝貰ったし、白金貨もたくさん稼いだし」
 自分が八本指のボスと勘違いされているとも知らず、アインズの喜ぶ顔を浮かべ守護者のようにニヤけるヤト。
骸骨なので表情はないのだが、きっと喜ぶに違いないと踏んでいた。
彼の稼いだ白金貨は合計で6,364枚、1枚十万円として現代社会の貨幣価値に換算すると約6億である。
一部は現物支給だったのだが。
他国に比べて多少は裕福な帝国とはいえ、影響がない筈がなかった。
仮に八本指に軍資金を返したとしても5億の大金がナザリックへ流れ込むのだ。
返すつもりは毛頭なかったにしても。

「せっかく来たから、ちょっと服を見たい。夜には出発するから、馬車の手配も頼む」
「では私が数名といってまいります」
短期間であったが、裕福な暮らしをさせてもらっていたサキュロントは、素直に進んで従う。
「ああ、よろしく。はい小遣い。夜には入口にいくから、待機をしててくれ」
白金貨を数枚、適当に渡す。
渡した数枚が数十万に該当するというのに、金銭感覚は崩壊していた。
「ありがとうございます。では我々は街の入り口で待機をしております」
大金を無造作に貰い、浮かれるサキュロント。
「わかった。ではまず服を買いに行こう。このダサイ鎧ではなく、もっといい格好をしないとな」

 ラキュースさんと会うのにこの格好じゃちょっとな……。

とは言葉に出さなかった。





「大変によくお似合いですよ」
年配の女性は嬉しそうに服を褒めた。
 首元のボタンが開いたワイシャツに似たな白い服、黒いベストのようなチョッキ、ジャケットを思わせる黒い上着、先が尖がったブーツ。
まるでラフな格好をした若手社長を思わせた。

「南方のすうつと呼ばれている服をイメージに、お抱えである一流の職人達が編んだものでございます」
「いいですね」
このまま日本に帰ったとしても通用しそうな格好だった。
彼は異世界を心の底から謳歌していた。

「これ全部でいくらですか?」
「金貨50枚になります」
初めから値切られる事を前提にした高めの金額だった。
金貨一枚1万円として換算すると50万円である。
いくら最高級のブランド店であっても、そんなに法外なわけがない。
だが金銭価値が崩壊しているヤトは何も言わない。
「はい、白金貨5枚。じゃあ古い服は捨てといてくださいねー」

人化の術はカスタム可能だから、一度服を着替えるとずっとそのままなんだよな。
そのうち、予備の服も買っておこう。髪も切った方がいいかな?

「じゃあまた来ますねー」
「ありがとうございましたー!」
ヤトが出て行った後で女店主はぼやく。
「もっとぼったくればよかったわ……まさかあんなに金持ってるなんてね……はぁ」
彼女のここ最近で一番の失態だった。




その後、特に問題なく帝国の情報を簡単に集めた。
武器はどこの店もやはり特殊な武器はなく、珍しい武器と出会うには特別な伝手がないと難しい事。
冒険者の一線を越えた者達はワーカーと呼ばれており、善人も悪人もその中にはいるという事。
この国では亜人種は奴隷という扱いを受けているが、期限付きの労働者の意味と同等である。
 だが中には“そのような”奴隷が売っている店もある事。
夕日が沈みそうになる頃、帝都の入口へ到着する。
そのまま入口で待っていた馬車に乗り込む。
貰った財宝や白金貨はアイテムボックスに放り込んであるため、中はすっきりしていた。
六腕も一人減っていたこともあったのだが。

「ちょっとトブの大森林に向けて走らせてくれ。寄るところがあるから」
「……? へい、畏まりやした」
よくわかってない馬車の従者は、地獄へ向けて出発した。


王国と帝国の戦争を無期限延期にさせたことなど知らない彼は、馬車の揺れに心地よさを感じ睡眠に入った。

気持ちよく寝ている彼の横で、こいつについていくのも悪くないかもしれないと呑気に考えている六腕。
彼らは想像もできない程の最悪な事態に陥る。

後日、戦争が無期限延期と聞いた彼は、自分の仕業だとは知らずに「へー」と軽く流した。
 誰よりも大きな彼の功績は、誰にも気付かないまま、人から人へ流れていった。
そんな事情を知る由もないアインズは、帝国の闘技場を出入り禁止になった事で不満を溜めるのだった。




ジルが六腕に気付く可能性→1d% 50% ダイス成功
帝国の闘技場に無期限の出入り禁止→100%(変動不可)
王国の評判下落→1d% 70% →大暴落→あんな国どうでもいいよ
カッツェ平野での戦争の無期限延期が確定しました。

八本指の評判上昇 1d%→80% 
王国に帝国を傾かせる程の犯罪組織があると誤情報が各地へ流れます。

見た目値上昇→1d20 →3 合計55点


帝国でのイベント発生率→1d% →60% ダイス失敗
ワーカー遭遇率 → 1d% →10% ダイス失敗
アルシェに繋がる者への遭遇率→ 40% ダイス失敗

何これ?早く出ていけって事?

補足
六億程度で戦争が無期延期になる?
闘技場の利益体質が整えば復活します。無期延期とは、期限の決めが無い延期です。
意外と早い可能性もあり、戦争が無くなる可能性もあります。


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20日目 ナザリック地下大墳墓の最悪

純粋な拷問回。色々と下品で最低。R-18に引っかからない様に必死。
飛ばしてもストーリーに影響はありません。
内容に不快感を覚える方はお避け下さい。私を責められても謝る事しかできません。
ごめんなさい。フラグまで少しえぐいです。


ナザリックに到着したのは深夜だった。
 ナーベラル以外のプレアデス達が、深夜だというのに入口から急いで駆け寄ってきてくれた。
「みんなお疲れ様、元気だったか?」
「はい。お帰りをお待ち申し上げておりました。」
代表してユリが頭を下げる。
「早速で悪いんだけど、彼らを捕まえてくれないか?」
「はい、即座に。」
六腕と従者はメイド達に拘束される。
「な、なんだ?!何をするんだ?!」
「君達の忠誠心を得るために、悪いがナザリックの洗礼を受けてくれ。あ、ちなみに俺の真の姿はこれ。」
目の前にいた身なりのいい若者は、腕と角の生えた大蛇に変わった。


「ひっ!ひいい」
「たすけて!お願いします、なんでもします!」
「ちっ…やはり化け物か、殺したいなら殺せ。」
怯える四人と比べて、ゼロだけは落ち着いて覚悟を決めていた。
彼だけは荒れ狂う暴虐を味わっていたからだろう。
このままこいつに従って平和に暮らすのも悪くないかもしれない、などと考えていた他の四人はどん底へ叩き落とされた。

「プレアデス達、こいつらの使える武技を調べたいのだが、うーん、誰をどこにしようかな。あ、女だけは先にローパーへ渡してきてくれるか。」
「はいぃ。畏まりましたですぅ。」
 エントマが、目だけで笑いエドストレームを連れていった。

女が何か叫んでいるが気にしなくても大丈夫だろう。後で様子を見るのが楽しみだ。

蛇の状態になり、欲求が大幅減になった彼に大した感傷はなかった。


「うーん…恐怖公の所にゼロ、ニューロニストにサキュロント、大穴にペシュリアン、性格最悪にマルムヴィストという事にしようか。」
「ヤトノカミ様、死亡した場合は、如何いたしましょう。」
ユリがメガネを光らせ聞いている。
「絶対に殺すな。発狂したら治療してくれ、死ぬ前に必ず治してくれ。彼らはアインズ様のための大事な駒だからな。馬車の従者は殺していいよ、いらないから」
「畏まりました。では皆、持ち場に行きましょう。」
必死で抵抗している彼らに一瞥もくれずに、ヤトは自室で眠り込んだ。
サキュロントは涙と鼻水を出して叫んでいた。
それを拘束するソシュリャンが嬉しそうに見つめていた。

嗜虐嗜好に溢れる彼女の好みだったらしい。
可哀想なので馬車の従者を一個あげることにした。




わざわざ指輪を外して、一晩の休眠を取ったころ、ソリュシャンが起こしにきてくれた。

「おはようございます、ヤトノカミ様。そろそろご指定のお時間となります。」
「ん~、ふあああ。おはよう、えーと……ソリュシャン」
「はい、お名前を覚えて頂きありがとうございます。朝食をお持ち致しましたが、お運びしてもよろしいですか?」
寝ぼけてるとはいえ失礼な対応だったが、柔軟なソシュシャンは気にしていない。
「ありがとう持ってきて。ところで彼らは“元気”かい?」
「はい。様子を見る限り、とても“元気”でございます」
「分かった、朝食を食べたら様子を見に行こう。」
「ではご用意を致します、少々お待ちください。」



五大最悪で恐怖公は容易に想像ができた。
ゼロは体力もあるから後回しにしても大丈夫だろうと、詳しく知らない性格最悪から回る事にした。
拷問部屋が近づくにつれて、絶叫が耳に入る。
 件の担当者は見た事がなかったため、部屋の小窓からこっそりと窺う。
振り子状のギロチンが、四肢と首を拘束されたマルムヴィストの上で、左右に大きく振れている。
 だが彼の恐怖はそれだけではないように思えた。

「あれは何をやっているんだ?」
御伴しているソリュシャンに尋ねる。
「はい。彼のトラウマを爆発的に増大させ、精神と肉体の両方の破壊を試みているそうです。」
「精神ね……どんなトラウマをみてるのやら。目玉が飛び出しそうだぞ」
「軽くお話を伺った限りですと、どうやら両親の躾により、針で刺された事が強烈に嫌な記憶だったそうです。」
「へー。それトラウマじゃなくない?」
「少しでも辛い記憶であれば増幅するので問題ないそうです。」
「……怖いな。ちょっと嫌な記憶が、二度と思い出したくない物に変わるのか」
「その辛い過去を幻術などの魔法を重ね、最大限に膨らませて追体験を繰り返します。そこにギロチンを足したそうです。」
「……そりゃ凄いな」
他に言葉が出てこなかった。


「ギロチンで怪我を負って死にかけたとしても、それが新たなトラウマとなって蓄積されるそうです。雪だるま式に増えていくトラウマの絶望と恐怖は、繰り返し追体験する事により膨み続けるとか。」
「確かに目玉が飛び出る程に叫びたくなるよな。」

 自分だったらリアルに捨ててきた母親の事を体験するのだろうか……。

胸にちくりと痛みを感じた。
「幻術を上手く操作する事により、凝った内容となるそうです。伺ったお話によると睡眠の夢と併用し別人として子供時代から大人まで成長させ、美しい細君、可愛らしい御子、裕福な家庭を築いたところで、再度この状況に突き落とすそうです」
「げっ……」
「絶望と恐怖で発狂させるための手間を惜しんではならないと。勝手ながら楽しませて頂きました。」
なぜか内容に詳しいソリュシャン。
どうやら彼女は、空いていた時間で様子を見に来ていたらしい。

「後ろに転がっている他の拷問器具は試さないのか?」
「全て使用済みだそうです。針に関してスタンダードな鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)や審問椅子より、彼が最も絶望したのがこの振り子だそうです。」
「あーそうなんだ。あの器具で試した全てがトラウマに加わってると……」
背筋が寒くなった。

「武技の方はどうだった?」
「はい、最低限のものであれば使用可能だそうです。」
「そうか、使い物にならなくなったらアインズ様に怒られるから、適当なところで解放させてと伝えてくれ」
「畏まりました。」
これは自分がやられても発狂するかもしれないな。
腹部を横一文字に裂かれ始め、腸が覗き始めたマルムヴィストの悲鳴を背に、そそくさとその場を立ち去った。



「おーい!餓食狐蟲王ー!渡した奴はどうだー?」
巨大な大穴に向けて大声で叫ぶ。
 黒い全身鎧(フルプレート)に身を包んだ男が、マリオネットのような奇妙な動きでゆっくりと出てきた。
「ヤトノカミ様、我が領域へようこそおこし」
「あーいいからそのままで、穴の中から出てくる必要は無いから話だけ聞かせてくれ」
見た目通りに寄生虫の彼は、今はちょっと苦手だった。
蛇・蛙・蛞蝓の三すくみで、蛇が蛞蝓に負ける心理に近い。

「畏まりました、ではこのままで失礼いたします。」
「彼の調子はどうだ?」
「順調に体重が増えております。体は健康そのもので、眷属達の素晴らしい苗床となっております。」
「……そうだよね」
ヤトは忘れていたのだ。
餓食狐蟲王に指示なく渡すと、使い物にならなくなる可能性がある事を。
彼は風もないのにふらふら揺れていた。

「こいつは武技を使えたか?」
「いえ、ボスよりは使えない様子です。詳しく聞いていませんが、使えない可能性も考慮しております。」
「よかった……ここにゼロを渡してたらアインズさんに説教食らってたな。じゃあ、彼はそのまま渡すから好きにしていいよ」
「光栄の極みにございます。この餓食狐蟲王、必ずや忠義にて応えてみせましょう」
「気にする必要はない、では失礼する。」
「はい、またのお越しをお待ち申し上げております。」

 あぶねー。武技を使える者っていう理由で拉致したのに、思い出して青くなったのはさっきだもんな……。よかった、弱そうな奴で。餓食狐蟲王も喜んでいたし。

“空間斬”の二つ名を名乗っていても殺されていただろう。
とある最強の前衛を思わせる二つ名は知られることが無かったが、それは不幸だったのかもしれない。
彼だけが二度と表舞台に出てこなかった。
「さて、ソシュシャン。私は一人で行くところがある。ナザリック内にいるから、どこかで待機していてくれ。」
「畏まりました。では失礼致します。」
微笑んだ彼女は、歩く姿勢が綺麗だった。
鼻歌交じりで人化の術を使い、人間に変わる。



ヤトはしゃがみ込んで右手の親指と人差し指を顎にあて、上を見ていた。
「エロ最悪サイコー。」
本当に最低である。
ラキュースが見たら、彼に近寄らなくなるだろう。
二度と視界に入らない程に。
「胸が留守だよー。」
「これは失礼いたしました、ヤトノカミ様。」
担当しているローパー系の生物は、行われている行為に反して非常に穏やかだった。

「おっと、危ない。濡れるところだった。」
 上空から落ちてきた大量の水滴を避ける。
「もう少し離れられた方がよろしいのではないでしょうか?」
触手を大量に伸ばした棒状の生物が、つぶらな一つ目で問いかける。
「いーのいーの、臨場感が違うだろ?あ、前の動きが鈍いからちょっと速度上げてみて。」
「はい、畏まりました。」
絶叫が付近に響いた。

「これってさードリルみたいにできるの?」
「申し訳ありません。純粋に回転を続ける事は体の構造上、困難でございます。ですが捻りを加え続け、回転している感触を与える事は可能です。」
「ちょっと両方でやってみてよ。」
興奮して鼻息が荒くなっていた。
息も絶え絶えだった対象から再び絶叫が上がる。

「速い速い、凄いなー。これって気持ちいいのかねえ?」
事情により立ち上がる事が出来ないヤトはしゃがんだまま楽しそうに見上げた。
「行く行くってどこに行くんだか。」
「残念ながら人体の構造に疎い私めにはわかりかねます」
「そうだよね。発狂して快楽の虜になったら、治して続けてね。俺はちょっと自室でやる事ができたから」
「お任せください。これはいつまで続ければよろしいのですか?」
「そうだなぁ……あと一時間程度でいいや。その頃には俺もすっき……満足する仕上がりになっているだろうから」
「畏まりました。」

自室の前で待機していたソリュシャンに挨拶もせず、部屋のドアを荒く開けてベッドに入った。
本当に最低である。



しばらくしてヤトは部屋から出てきた。
清々しい表情であった。
「ソリュシャン、エントマにニューロニストの部屋に来るように伝えてくれるか。」
「はい、畏まりました。御伴はよろしいのですか?」
「大丈夫だよ。ナザリックの中で迷子にならないからね。」
「失礼致しました。ではエントマに伝えます。」
「よろしくー。」

 そのうち、異種族交配の検証をしないとな。人化の術って子供作れんのかな……? 
人化の術って“人に化ける”のか?“人と化する”のか?

蛇に戻ったヤトは、真実の部屋(Pain is not to tell)へ向かった。


「んで、これは何をやっているんだ?」
サキュロントは体の関節全てを拘束されていた。
拷問官(トーチャー)達が、彼の股間周辺で作業をしている。
「あらーん、ヤトノカミさまあん。ご機嫌麗しゅうございますわん。」
「ん、うん。久しぶり。」
 指示を出していた彼女は、小走りでこちらに近寄ってくる。
とてもすっきりして状態のため、余計に彼女の姿が堪えた。

「今は尿道周辺の神経を、刃こぼれしている鋸で擦っているところですわん」
「げっ。」
男性としては想像しただけで縮こまりそうな状況である。
「うわー……痛そう……」
「ぎゃあああああああああああああ!」
永久に終わらないかと思わせる絶叫だった。
彼の苦痛を想像してしまい、体の一部が縮こまる。

「彼の使える武技はありませんわん。」
「え?そうなの?」
「そうなのですわん。恐怖公が担当した彼が一番優秀みたいですの、うふふ。」
「そ、そうか。心をへし折って二度と刃向かう気が起きなくなればいいから、もう許してあげて。可哀想だから殺さないであげて。」
こちらまで痛くなりそうな彼に心の底から同情した。
武技が使えない者は死んでも構わないと思っていたが、同じ男性としては思う所があった。

「はい、ではキリのいいところで終わらせますのん」
ヤトは彼の苦痛を想像して申し訳なくなり、足早にニューロニストの部屋を出た。



「あ、エントマ。」
「エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ、御前ですわぁ。」
部屋の外でエントマが待機していた。
「いいタイミングだな。恐怖公の部屋に放り込まれた彼の様子を見たいから、一緒に行こう。」
恐怖公の部屋に躊躇わず入れる者は彼女だけだった。
「はいぃ。わかりましたわぁ。御伴いたしますぅ。」
自分で命じておきながら、部屋の中まで入る気にはならなかった。

エントマが黒棺(ブラックカプセル)から恐怖公を連れてきてくれた。
慎重30cm程度の黒い彼は、トコトコと歩み寄ってくる。
小さく二足歩行で歩く姿は少しだけ愛嬌がある。
「おや、これはるし★ふぁー様のご友人であるヤトノカミ様、お久しゅうございます。」
「ゆうじ……ん、まあそうだな。恐怖公、元気そうで何よりだ」
内心は実験台の間違いではないのかと思っていた。

「皆さま至高の御方々の御蔭で、眷属も楽しい毎日を過ごしております。」
「私もぉ恐怖公にはお世話になっているのですわぁ。」
「眷属食い殿には数を減らすのにご助力頂いて、感謝は尽きません。ですが、このところ頻度が上がっていますぞ。」
「エントマ、駄目だよ。すぐ増えるとはいえ、それを超えるペースじゃ可哀想だからね。」
「はいぃ……申し訳ありませんですぅ」
怒られたと思い、本気で悲しむエントマ。

「いや。怒ったわけじゃないんだ。あまり気にするな。」
エントマの頭にある二つの“お団子”を人差し指でくすぐる。
 くすぐられた蟲が体を起き上がらせ、エントマの髪はウサギの耳のようになる。

「くすぐったいですぅ。」
「あーすまんすまん。エントマも反省しているから許してあげてくれ、恐怖公。」
「分かって頂けるだけで、吾輩は嬉しいのです。これからも気兼ねなく黒棺(ブラックカプセル)を訪れて構いませんぞ。」
冠をひょいと上げて一礼をする。

器用な油虫(ゴキブリ)だな。

「ところで恐怖公。彼は元気かな?」
「勿論ですとも。ペストーニャ・S・ワンコ殿がポーションを置いていって下さりました。まだまだ延命できますぞ。眷属達も食い応えがあって大喜びですとも。」

ペストーニャはあまり近寄りたくない上に長居もしたくなかったので、部屋の前にポーションを置いて立ち去った事は後で聞いた。
「……眷属を体から追い出してから、ポーションかけて連れてきてくれるか。エントマ、手伝ってあげて」
「畏まりました。少々こちらでお待ちください。」
「わかりましたぁ。」



「お待たせいたしました、ヤトノカミ様。」
「……」
ゼロは物言わぬ人形だった。
瞳から光は消え、感情が無くなってしまったかに見える。
まだ完治していない傷は、眷属が入り込んだ穴なのだろう。
「ありがとう恐怖公。また拷問の必要があれば頼むから休んでくれ。」
「では失礼致しますぞ、ヤトノカミ様。」
恐怖公は自室に下がっていった。

「エントマ、彼を治しておいてくれ」
「わかりましたぁ。では失礼しますぅ。」
 ずるずるとマネキンのように引き摺られていくゼロを見送る。
彼は武技を多く使える者だから、殺すわけにはいかなかった。
「それにしても最悪と言われてる割には、みんな大人しくていい奴だよな。」
そろそろ解放の指示を出さないと、と考えながら、ヤトは自室へ戻っていった。


ゼロの回復により、ペストーニャとルプスレギナはあちこちで依頼がある修理から解放された。
ヤトはポーション使用量の報告を受けたアインズから、説教をくらった。


六腕改め五腕から、更に改め四腕になった彼らは、最悪の悪夢から解放された。
今までの行いを顧みれば、報いを受けたと言われても仕方がなかった。
生きたまま利用され続け、状況が変われば簡単に殺される実情を知れば、同情する可能性もあった。
ナザリックへ恐怖による揺るがない忠誠を誓い、参謀達の駒として八本指掌握、王国乗っ取りに利用されていく。
エドストレームだけ他と少し違う雰囲気になっていたが、ヤトの気にするところではなかった。


「ところで守護者達が少ないけど、どこか行ったの?」
「はい、皆様は作戦実行のためしばらく留守にするとの事です。」
「ふーん。アインズ様も色々考えるね。」
アインズから連絡が入るまで気付く事はなかった。

守護者と僕の出入りが少ない領域と自室をこそこそと往復していたヤト。
彼は作戦実行のために待機していたパンドラとアルベドに気付かれることは無かった。
アインズが帰還後に、初めてヤトが帰還していたことを知る。




同情した優しさUPのカルマ値仮想変動→1d% →40%
プレイヤーはカルマ値が実際に変動しても影響を受けません。
カルマ値40%増量相当の行動変化が起きます。
セバスのカルマ値 300(極善)  ヤトのカルマ値100→140相当(善)
セバスの優しさ半分の行動をとり、周りからみると善になります。

原作でアインズさんが牧場を視察したらカルマ値変動したでしょうか。


性欲値が0にリセットされました。
0の時のみ女性に対して非常に紳士的になります。
エロ最悪の話がでると思い出してしまい、性欲値が10ずつ上がります。上限50。

カニバリズムフラグ→1d% →60% ダイス失敗。
エントマとの食事会フラグ消滅。
国王を食い殺すルートも消滅。
…ちょっとザンネン。


性格最悪は人の精神がどうすれば苦しみ壊れるかを冷静に分析して、執拗かつ徹底的にやる真面目タイプだと推理。
悩んでいる夜に見た夢で、そんなキャラクター設定がされていたんです。

エロ最悪は“ソレ”のためにあるとバレなければ配置する事が可能と判断。
薄い本みたいな状況です。

独自解釈ですいません、他に情報が無いもので。




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21日目 ~翌朝 ナザリック地下大墳墓

会話が大半を占める内容。ある意味、伏線ともいえる回。
でも読み飛ばし可能。後書きだけ読んでも可。



事は一日前の午後に遡る。
指輪を外し無駄に食事中のヤトは、アインズからの連絡を受けた。
「ヤト、今はどこにいる?」
「ナザリックで五大最悪を試してました。」
憔悴しきった彼ら四人は貴賓室で酒・食事と共に軟禁されていた。
「何をやっているんだ?」
「エロ最悪はエロ最高に正すべきと提案します。」
「……最低だな。」
「あれ? なんか引いてません?」
「そんな下らない事より、ちょっと守護者の事で話があるから、円卓の間で待ってて。」
「なんかあったんスか?」
「今後の方針に関わるかもしれない。」
「じゃあ円卓の間で待ってますね。」
ヤトは肉を丸呑みにし、円卓の間へ向かった。




「と、いう事があってね。」
「……なるほど、意外ですね。どうやら俺はNPC達を舐めてたみたいです。俺達の意志に反したり、独自に作戦を展開したりはしないだろうと」
ヤトの表情は蛇なりに真剣だった。
NPCはどこまでいってもNPCだと考えていた。
所詮はゲームの延長線で、創造された存在がAI(人工知能)で動いている程度の感覚だったのだ。

「俺も予想してなかった。子の成長に複雑な感情を覚える親の心境だ……」
「大袈裟じゃないスかぁ?ところで、俺達はいつの間に王国を手に入れる事になったんですかね?」
「俺にもわからない。王国を手に入れて漆黒聖典を無力化するみたい。」
「漆黒聖典?」
「ああ、ワールドアイテムを持っているスレイン法国最強部隊だそうだ。よりによって“傾城傾国(ケイ・セイ・コゥク)”を持っててさ……」
形成虚空(ケイセイ・コクウ)? なんでしたっけ?」
「……後でゆっくり話そうか、おバカさん」
「おバ……まあ否定はしませんがね。そういえば六腕は手に入れましたよ、武技も使えます。今は四腕ですけどね」
「気になるが、後でその話もしよう。話しておかないと危険な事が多いから。取り急ぎ彼らへの対応なんだけど。」
「褒めて終わりでいいんじゃないスかね。実績は上がったんでしょう?」
「叱るつもりはないよ。」
「俺は、頭がいい設定はアインズさんに押し付けてますからね。」
「きったねー。全部押し付けるか、普通。」
ギルドメンバーに振り回されて雑用をこなすアインズは、少し嬉しそうである。


「じゃあ守護者達に二人で話をして、後でここに参謀達を呼びましょうか。」
「情報の擦り合わせか。」
「いやいや、俺は頭が悪いからアインズさんの考えている事を教えてくれって。」
「それはいい手だな。白銀にもNPCがすみませんっていいわけができるし」
「白銀?」
「あ、それも後で話す。ところで資金稼ぎは?」
「えーと、白金貨が6,000枚相当ですね。一部は現物の財宝で貰いましたけど。」
「え?金貨?」
狂った数字が理解できず、ピントをずらして聞き返す。

「白金貨ですって。金貨一枚が1万円だとして、その十倍の価値が十万なのでえーと…六億くらいッスか……ね? 凄いな! 六億? ええ? ホントに?」
初めて恐ろしい金銭価値に気付いたらしい。
「今気づいたのか……? でもこれだけあればモモンが働かなくても大丈夫だな」
「帝都の闘技場、出入り禁止になっちゃいましたけどね。」
「二日程度しか滞在しなかったんだよな……って出入り禁止ってなんだこの野郎。帝国の出入りが面倒になるだろ」
速乾性の怒りを露わにする。

「なってしまった事は仕方がないです。しばらく大人しくしていますよ。」
八本指のボスと勘違いされているとは、二人とも知る由もない。
「じゃあ王都で物資を買って送って。俺はナザリックから指示を出すから。」
「えー……しばらく自堕落に過ごそうかと思ってたのに」
「おま、ふざけんな。散々好き勝手やって遊んだんだから内政を手伝いなさい。」
「でーすーよーねー。」
「孤児達を勝手にカルネ村に送った件だってあるんだから、今度はこっちに主導権があるぞ。」
「はい……すみませんです」
上辺だけ申し訳なさそうに謝る。

「でも内務を任せるのは不安だから、王都で物資の調達とか情報収集とかになるかな。基本的にはスキル使って急いで移動してね。スレイン法国の者がいると困るし。あと、夜は宿でゆっくり寝て、護衛はセバスね。」
「要警戒ですか。まぁ、逃げ足は確かに一番早いッスね。アイテムボックスもNPCじゃ使えませんし、指示も出しやすいんじゃありません?」
「それもある。やっぱりプレイヤーはプレイヤー同士の方が便利なのは間違いない。あと、“絶対に”揉め事は起こすなよ。蒼の薔薇とデートもするんだろ。」
「んー?あーそうでしたね。忘れてたッスー。」
「何かあったのか?」
性欲値が満たされたので、そちらの分野にて積極性が失われているヤト。
それを見て何かトラブルがあったのではないかと心配するアインズ。
「楽しみっすー。とりあえず、守護者達を褒めにいきません?」
まさか性欲が最悪を使って満たされましたとも言えず、誤魔化そうとする。
何でも話す仲間とはいえ、流石に気まずかった。
「そうだな、先にそれを済ませよう。情報交換はもっとお互いにあるからね。」




玉座にて守護者達が跪く。
ヤトは玉座右端で腕を組んで立っている。
「まずは皆を労いたい。此度の作戦、実に見事であった。私はお前達を褒め称えたい。自慢の部下であると。」
跪く守護者達は嬉しそうだった。
特にデミウルゴスは震えている。

「各々が独自にナザリックの為に有益であると判断し、私に相談なく動いた事は問題があるかもしれない。」
アインズは少し間をあける。

「だが、その策によってナザリック周辺は完全に平定された。皆が独自に動かなければ、ここまで事を進める事は出来なかっただろう。」
「勿体なきお言葉、感謝致します。我ら守護者各員、必ずやナザリックの為に、よりよい実績を上げてみせます」
現場指揮官のデミウルゴスが代表して答えた。

アインズは顔をあげ、コキュートスを見る。
目が赤く光る。
「コキュートス、お前は此度の作戦で何を思い、何を感じ、何を得た。皆に説明せよ。」
「ハッ。私ハリザードマンヲ侮リマシタ。彼ラガ何ヲシヨウト負ケル事ハナイト。デスガ統率ノトレタ連携ニヨリ、戦況ヲ思イ通リニ運ベズ、苦戦ヲ強イラレ、ソシテ予想シナイ戦力、アインズ様ノ出現ニヨリ私ハ敗レタノデス。」
それでもモモンに負けることはなかった。
しかし、現れた者がヤトであればコキュートスは敗れていただろう。

「うむ、その通りだ。全力で戦って勝利を収める事はおまえなら簡単であろう。だが作戦としては最悪だ。彼らは大量の死者を出し、作戦の本懐を成し遂げられたかは不明だ。」
アインズは立ち上がり、金色の大きな杖の先端で地を小突く。

「心せよ! 決して敵を侮ってはならん! 漆黒聖典のアイテムを奪い、彼らを無力化する策をたてよ。そして我らに報告するのだ。不備があれば我々で正そう。良策はナザリック全軍を以て実行するのだ。思えばお前達と第一戦で戦ったことはなかった。これからは我らと共に戦え! 戦場に付き従え!」

アインズさんすげー。これってもうロールプレイの域じゃなくない?魔王じゃん。

ヤトはアインズの見事なロールプレイに口を挟めずに、隅っこの方で腕を組んで立っていた。
「オオオ。至高ノ御方々ト肩ヲ並ベテ戦エルノデスカ……」
「必要であればそうしよう。各自、鍛錬を怠るな。」
「オオ、素晴ラシイ。必ズオ役ニ立ッテミセマショウ」
コキュートスは感動のあまり涙を流しそうだった。
だが昆虫族である彼の複眼から、涙が流れることはなかった。

「守護者達よ、成長を遂げるのだ。そしてナザリックの繁栄の為に尽力せよ!」
一際、大きな声だった。
アインズの姿は本物の魔王を思わせた。
ヤトは彼が同じ人間だった事を忘れ、見惚れてしまう。

「慈悲深きアインズ様。独自で動いた私達を責めるどころかそれを逆手にとり作戦を修正して頂き、あまつさえお褒めのお言葉を賜るとは……流石は私の愛しい御方です!」
アルベドは目を潤ませ、恍惚の表情を浮かべている。
「アインズ様、その深淵なる御心は我らには見通す事はできないでしょう。ならば、必ずや守護者一丸となりナザリックの永遠の繁栄を成し遂げてみせます。」
珍しくパンドラはオーバーアクションが無く、跪いたままで答える。
「我らを自由にお使いください。御方々のためならば、忠義の下に命さえ投げ出してみせましょう」
ニヒルな笑いでデミウルゴスが続いた。

「ナザリックノ名ノ下ニ、絶対ノ忠義ヲ」
「全ては御方々のために。」
「お、王が永遠に君臨できる世界を。」
「捧げると誓います。」
参謀ではない守護者達の言葉は少なかったが、息が合っていた。
リザードマンの作戦の影響かもしれない。
ヤトは今までNPCと侮っていた彼らを心の底から見直し、これからは対等な存在として向かい合うと決めた。
ゲームの延長線にいる気分だった彼は、この時初めてこの世界が現実だと実感したのかもしれない。
変貌してしまった彼の心は、仲間を大事に思う事により改めて血が通った。
「我々は円卓の間で会議をする。参謀の三名は付き従え。」
「畏まりました。」
五人は円卓の間へと去っていった。




「すまない、三人とも。私はアインズ様の考えの全ては理解ができていないのだ。私に教えてくれないか?」
「はい、では私からご説明いたしましょう。」
デミウルゴスの話によると、ナザリックは王国を手に入れようとしているらしい。
掌握した八本指と二人で高めたお互いの名声を利用し、王国内の小競り合いを操作しようとしている事。
既に六腕は手中に収めており、デミウルゴスが感銘に震えていたので、話が少し止まった。
地域の平定は王国を手中に収める事から始まり、その他に脅威である漆黒聖典の無力化も並行して行われる。
「話はわかった。では私達は今後の展開を話し合うので、三人は下がってよい。」
「あ、そういえば本を大量に盗んできたから情報精査をお願いしよう」
大量の本と財宝と思われる煌びやかな物をアイテムボックスから出した。

「この財宝はパンドラに管理を任せる。バハルス帝国からもらってきた。」
「おお、これは素晴らしい。ナザリックの宝物庫にまた一つ美しい財が加わりました。」
パンドラは大量の財宝を抱えて震えている。
「情報戦は私の最も得意とするところだ。漆黒聖典の無力化に役立つ事があるかもしれぬ。アルベド、情報精査を頼んだぞ。」
「はい! 必ずや、アインズ様のお役に立ってみせますわ!」
そうして三人は部屋を後にした。


「ふう。さて、次はお互いに何があったか情報交換しようか。」
「はい、了解です。」
二人はお互いの情報交換を徹底して行い、僅かな差異も無きように注意して話をした。
漆黒聖典や白銀の存在は知らないままだと非常に危険だった。
全ての情報共有を行い、それは後日改めて守護者達にも伝わる事になる。
途中でヤトのしでかした内容による説教も混ざり、時間は過ぎていく。

「しかし、改めて考えると本当に好き勝手やってるね。」
「いやーかなりこの世界が理解できましたよ。帝国の懐事情とか、主席魔法詠唱者とか。」
「第六位階まで使えて主席なら俺はどうなるんだろう。」
「神様じゃないですかね?」

話が終わる頃には朝になっていた。



「さて、じゃあ俺は王都へ帰還します。」
「ああ、俺もカルネ村にナーベとハムスケを迎えに行かないと。報酬貰ったらナザリックに帰ってるから、何かあれば連絡する。しばらく王都で大人しくしてくれ。」
「指示待ちッスね。ところで蒼の薔薇との会談は一緒に来ますか?」
「行かないよ。折角、六億も手に入れたんだから今後の財政状況を考えないと。」
「そうだと思ってたッス。じゃあお気をつけて、アインズさん。」
「分かった。そっちも気を付けてな。」

二人はしばらくの間、平和だが忙しい日々を過ごすことになった。
ヤトは安請け合いで使い走りになり、死ぬほど後悔する事になる。



モモンが王都へ行く可能性→1d20 奇数で行く →4 行きません。
これまでの情報はナザリック全てで共有されます。
四腕はデミウルゴスの支配下になりました。
八本指が待ちくたびれております。

今後、作戦に関してはアインズさんのクッションを通します。
ヤトの行動・言動に若干の変化があります。大切なのは気持ちです。

ゲヘナ計画は実行不可です。
代わりに違う作戦のフラグが立ちました。
人間牧場どころではなくなりましたので、聖王国は健在です。困りました。
聖王国の設定を作らなければなりません。



補足
危険分子を把握した上で、なぜ使い走りにするのかという点は安心できるから。
脚が速いから逃走が容易、アイテムボックス仕様により荷物を抱える事も無い。



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22日目 王都リ・エスティーゼ

キスはR-15で可能なのかしら



心機一転したはずのヤトは、人になって倍増した睡眠欲のままに王都へ帰還した。
宿ではセバスが机に向かい、何やら書き物をしている。
「おはよー、セバス。」
「ヤト様、お帰りなさいませ。」
「ごめん、話は起きてかるあするう……眠い……」
呂律が回らない彼は、そのままベッドに倒れ込んでいった。
セバスは優秀な執事として、主の上着が皺にならぬように慎重に脱がせていった。




起きたら夕日が差し込む寸前だった。
15時30分くらいだろうか。
「セバス、今日は依頼に行かなかったの?」
「はい、名指しの依頼があったようですが、事情を話してお断りを致しました。主人を置き去りにして出かける事はできませんので」
「そうか、悪かったな。今度、埋め合わせをしないとだめだね。」
「いえ、お気になさらず。後日に回す事が可能でしたので、大した依頼でもなかったのでしょう。」
ヤトは果物とシチューとパンを順調に平らげている。
「俺がいない間に何か変わったことはあった?」
「冒険者として昇格致しました。今はオリハルコンだそうです。」
「え?」
「蒼の薔薇の方々と協力し、八本指の勢力調査を行いました。あまり収穫はありませんでしたが、組合の方に推薦をして頂いたのです。」

ヤトが王都を留守にした五日の間に、“蒼の薔薇”が彼に協力を要請していた。
内容は六腕不在を受け、彼らの拠点の調査及び情報収集だった。
だがそれを読んでいた八本指のボスは、営業を抑えており大半が空振りとなった。
それでも敵を倒す必要があり、その時にセバスの強さが周知の事実となる。


「そうなんだ。じゃあ俺もオリハルコンって事?。」
「はい、私達はチームとして昇格しました。」
その他に組合の受付嬢達からの強いバックアップがあったのだが、セバスはその事を知らない。
「流石はセバス。一流の執事(バトラー)だな。アインズ様にもよく伝えておこう。」
「ありがとうございます。」
「あとこれ、宿代とか何かの経費に回して。使ったら教えてね。金貨の十倍の貨幣だそうだ。」
ヤトは白金貨を20枚手渡す。
「ありがとうございます、ヤト様。大切に使わせて頂きます。今夜は八本指に顔を出されるのでしょうか。」
「んー面倒だなー六腕は腕が二本減って、完全にナザリックの奴隷だし。……面倒だな、本当に」
「ですが、何度か彼らの使者がこちらに。帰ったら顔を出すように伝えてくれと。」
「デミウルゴスに相談してみるか。」


部屋に戻り《メッセージ/伝言》を使う。
「デミウルゴスか。」
「これはヤトノカミ様。如何なさいましたか。」
「六腕を連れて八本指の所に行きたい。彼らを任せてもいいか?。」
「お任せください。ナザリックに送り、恐怖公に任せるのがよろしいでしょう。とても“素直”になります。」

あれ以来、彼らは性格が変わり過ぎてしまい上手く利用できるか不安だった。
サキュロントは魚介を見ると失禁するほど怯える。
マルムヴィストは尖端・刃物・人間不信、などの恐怖症により部屋の隅で膝を抱えて震えている。
ペシュリアンは餓食狐蟲王にまるごと渡してしまった。
 エドストレームは媚びた目をずっと向けてきて、近寄ると体を密着させてくる。
ゼロが最も忠実で、蟲に怯える以外は無言で待機を続けていた。

「わかった。ではまた夜に会おう。」
「はい、受け賜りました。」


「セバス、夜にデミウルゴスが六腕を連れてくる。俺はそれまで眠って待つから、何かあれば起こしてくれ」
「……畏まりました」
セバスはデミウルゴスに何か思う所があるのか、眉をひそめた。





ヤトが眠って3時間が経過した。
「ヤト様。お休み中に申し訳ありません。」
セバスに声を掛けられる。
「ん~……まだ……眠いーもう時間?」
「ガゼフ・ストロノーフ様とクライムがお越しです。」
「なにい? ヤバイ……これから四腕連れてデミウルゴスが来るのに」
寝ぼけていた頭が焦りで少しずつ活性化する。

「如何いたしましょうか?」
セバスの声は落ち着いていた。
「とと、とりあえず服を着よう。あっ。」
ベッドから上手く降りられずに転んでしまった。
部屋の中からした物音に、室外で不思議そうに首を傾げる二人がいた。
「どうかしたのだろうか、騒がしくなったな。」
「叫び声も聞こえますね。」

寝癖を立てたヤトが仮面もつけずに、ドアを開いた。
「ヤト様、寝癖が立っております。すぐに私が。」
「えー?もういいよ、開けちゃったし。久しぶりだな、ガゼフ。」
「久しいな、ヤト殿!我々は急いでいないから寝癖くらい直しては如何かな。」
ガゼフは朗らかな笑みを浮かべた。

「おや、クライム。お元気でしたか?」
櫛を持ってヤトの後ろから迫るセバスは、以前に稽古をつけた若い騎士に気が付く。
「はい!その節はありがとうございました。」
クライムは嬉しそうにお辞儀をした。
「セバスの知り合いか?」
「はい、以前にお話ししたクライムでございます」
「あー君がそうなのか。話を聞きたいから、下の食堂に行こう。」
クライムは聞いていた内容と大きく差がある彼を見る。

 この方が、ストロノーフ様を倒し、セバス様よりも強い剣士……? 

高級な服と寝ぼけた顔、頭頂部から天を突く寝癖、だが所持している刀は一級品だった。
実力を感じさせない気の抜けた貴族の格好だ。

「ヤト殿。クライムが世話になった執事殿を困らせては悪い。先に飲んでいるからゆっくり来てくれて構わないが。」
「そうか?じゃあ先に始めててくれ。すぐに行く。」
「わかった、先にいって待っていよう。」
「ああ、酒はこの部屋につけてくれ。金はあるからな。」
「ではヤト様、寝癖をお直し致します。」
「いや、もう寝癖はこのままでもいいんじゃ」
言葉の途中でドアが閉まっていった。
彼はまだ文句を続けていそうだった。




酒場食堂にヤトが着くと、赤ら顔の二人が酒を交わしていた。
「はっはっは。すまんな、先にはじめているぞ。」
「いいよ、別に。マスター、俺にも同じ奴持ってきてー。あと何か肉。」
「ヤト様、お会いできて光栄です、クライムと申します。セバス様、お久しぶりです。」
クライムは礼儀正しく挨拶をした。
セバスはデミウルゴスが来たら困るので、部屋で待機をしてもらっている。
「君がクライムか。」
「あ、あの、はい。その件ではセバス様に助けて頂きありがとうございました。」
寝癖を直して仮面をつけ、服の皺を正して刀を携えていた。
先ほどとはまるで違う剣士の姿に緊張していた。
気の抜けた雰囲気が一切感じられなかった、と彼にはそう見えた。

「その仮面は何なのだ?」
「ん、南方の血が目立つから顔を隠しているのだ。」
「なるほど、私よりも血が濃いからな。仮面が無いと目立つ気持ちもわかる。」
本当はただの趣味なのだが、堅物のガゼフ相手にふざける気にはならなかった。

「ガゼフにも南方の血が入っているのか?」
「ああ、私はそこまで血が濃くないがな。黒髪黒目は南方の関係者だ。」

これは覚えていても損が無いかもな…。

「ところで、クライム。セバスは強かっただろう?」
仮面に空いた口元の穴から、ニヤッと笑った口が見えた。
「はい、殺されるかと思いました。」
「彼はナザリックで肉弾戦最強クラスだからな。無事で何よりだ。」
楽しそうに話していた。

「セバス殿もそんなに強いのか……でたらめな場所だな、ナザリックというのは」
「六腕よりも強いのでしょうか。」
「彼らじゃあ5秒と持たないだろう。素手で彼とやったら俺も負けるだろうな。」
「凄いですね……」
クライムはそれだけ言うのがやっとだった。
「ところでガゼフ、今日はどうしてここに?」
彼をどのように呼んでいたかを忘れてしまい、適当にガゼフと呼ぶ。
カルネ村ではガゼフ・ストロノーフ殿と呼んでいたのだが、ガゼフにはその方が話しやすかった。
友人になったと思わせる距離の近さが嬉しかった。

「なかなか訪ねて来ないのでな、こちらから参ったのだ。」
「あ、わす……そうだな。色々とあそ……忙しくて申し訳ない」
忘れていた事に重ねて遊び呆けていましたと言えず、ボロを出しながら取り繕う。
「あの、ヤト様。アインドラ様に求婚なさったとお聞きしているのですが。」
「なんだと?!そうだったのか、水臭いじゃないか!」
突然の朗報に、ガゼフは単純に驚いている。

「アインドラ……? 誰だ? そんな奴、俺は知らんぞ」
既に彼の中のラキュース以下の名前は残っていなかった。
「違うのですか?蒼の薔薇のリーダーで」
「ああ、ラキュースさんか。そうだった……そうだそうだ。蒼の薔薇と会談してそのあとに二人でデートだったな」
「お忘れだったのですか?」
「ヤト殿、それは困るな。アダマンタイト冒険者は王国の財産だ、傷物にしてもらっては」
二人の目に非難の色が宿る。
彼らはとても真面目だった。
酒のツマミに話す女性問題にしても、融通が利かないくらいに。

「傷物って大袈裟だなぁ。まだ何も手を出していないぞ」
「では手を出す予定なのか。それは真面目な交際なのか?」
「交際……固いな、ガゼフ。色んな人と出会えば好みの女性を口説く事もあるだろう」
「む、そうか。真面目な交際なのだな?」
「まあ……それなりに……その……」
以前に比べて落ち着いているから、そこまでがっついてない、などと言おうものなら、前日に受けたアインズの説教並みに、話が長くなりそうだった。
「あ、少なくとも俺は彼女が好みだ。」
誤魔化すように仮面の口元を外し、酒を口に含む。
「やはり本当なのですね。英雄同士の交際なんてすばらしいと思います!」
目をキラキラと輝かせているクライムは、セバスに聞いていた話よりもずっと幼く見えた。

 口説いたのは事実だし、このままにしておくか……。



「ところでなぜ知っているんだ?あの場には二人しかいなかったぞ。」
「はい、王女様からお聞きしました。」
「クライムは王女の専属護衛をしているのだ。」
「回り回ってここに来たのか。専属護衛ねえ、だから強くなりたかったんだな。」
「あの、私はどうすれば強くなれるのでしょうか。」
「ふむ……そうだな」
この世界で強くなるというのはまだ未検証の事例だった。
レベルアップの経験、つまり何かを大量に殺せば経験値は溜まるのだろうかと疑問に思う。
「明日から、セバスは依頼をこなしてもらうため昼間はいない。俺も昼間は出掛けている場合が多くなるだろう。夜は宿にいるから、時間があれば来るといい。まるで相手にならないだろうが、壁にぶつかるのはいい経験だ。」

何かを大量に殺させるか。眷属召喚の蛇でいいかな。


「壁……か。壁を壊すにはどうすればいいと思う?」
何か意味ありげにガゼフが話しかけてきた。
「そうだなぁ……負けて剣を捨てるならそれまでだろう。剣を手放さないなら、そのうちなんとかなるんじゃないの?」
何も考えていない受け答えだったが、ガゼフには思う所があった。
ゲームで強くなったヤトからすれば、真面目な剣術の向上は難しかった。

「ヤト、今度は私の知り合いと共に立ち合いを願いたい。」
心を許したガゼフは、“殿”を付けていなかった。
ヤト自身もあまり気にはしなかった。
「別に構わんが、どうかしたのか。」
「壁にぶつかって立ち止まっている者を更生させたいのだ。」
「あの、ヤト様。私もお願いしてもよろしいでしょうか?」
クライムはこちらを真っすぐ見つめていた。
「わかった。協力できる事ならしよう。」

眷属召喚で蛇を殺させてみるか。経験値の上昇を見よう。

「わかりました。必ず来ます。」
「よろしく頼む。次は帝国の話を聞きたいのだが。」
「帝国? んー…闘技場の賭博(ギャンブル)に勝ち続け、白金貨6000枚以上持ち帰って、勝ちすぎて出入り禁止になって追い出されて、服買って帰ってきた、といったところかね」
事も無げに常識を外れた事を説明した。
「白金貨……。6,000枚……」
王女付きのクライムは同年代の兵士から比べると、それなりに高給だった。
だが、白金貨で数える程の給金でもなく、羨む以前に天文学的数字に思えた。


「はっはっは!滅茶苦茶だな!ゴウン殿と反目し、帝国に所属したのかと思ったぞ!」
ガゼフは酒を飲みながら楽しそうに笑った。
僅かに脳裏をよぎった心配が杞憂で、心から喜んでいた。
「それだけは絶対にない。八本指の金でギャンブルしに行っただけだからな。」
アインズを裏切る事は想像もしたくなかった。
裏切って得をすることが何もない上に、唯一の友人を失うのだから。

「八本指の件にやはり絡んでいるのか?」
「なりゆきで絡んでいる。セバスを置いて代わりに彼らの警備の精鋭部隊、六腕を連れていったな」
「よくぞ御無事で……」
おとぎ話でも聞いている表情のクライム。
白金貨の段階で、彼の理解の範疇を超えていた。

「六腕って恐ろしく弱かったぞ。二人も殺しちゃったから、四腕だけどな。」
「そんな事を気軽に言えるのはヤトだけだろうな。この国では彼らに手を焼いているというのに、本当に相変わらずだ。」
ガゼフはとても嬉しそうだった。
力と仁徳を見込んだ男が、カルネ村で別れてから変わっていなかったのが嬉しかった。
寝起きが悪くて一人は気分で殺したと話せば怒っただろう。


「おお、忘れていた。これは手土産だ。」
「なに、これ?」
白く包装されたもの酒瓶を手渡す。
「王国最高級の酒だ。ゆっくり味わってくれ。」
仕える王からの餞別だったが、国王からとは言えなかった。
貴族たちに知れたら何を言われるかわかったものではない。

「少しずつ飲むことにしよう。ありがとう、ガゼフ。」
「最近、噂になっているのもヤトなのだろう?冒険者を殺してスラム街の子供達を攫ったとか。」
「それはラキュースさんにも怒られた。勝手な行動するなーって。」
「攫った?!なぜなのですか?!」
孤児だったクライムは不審を抱く。

「犯罪者たちの気分で暴力を振われるのが可哀想だろ。あの子達は今頃、カルネ村で農作業してるよ。」
「やはりそんな事だろうと思ったぞ。人身売買や殺害目的で子供を攫うのなら、カルネ村にいた時にやっていただろうからな。」
「随分と怒られてしまった。美人に怒られると堪えるな。」
二人は酒の席らしく楽し気に笑い合った。
クライムは安堵の息を漏らす。

「ところで、クライム。ラキュースさんの……えーとその……家はどこかな?」
中学生が初恋相手の住所を聞くような恥ずかしさだった。

求婚したと思われてる相手の家を聞くなんて、夜這いに行くみたいじゃないか。
 む、生々しいな。やばい、想像がそちらの方に……。

「残念ながら私にはわかりかねます。蒼の薔薇の方々もこの宿なので、お聞きしてみては如何でしょう。」
 クライムは不安そうな顔でこちらを窺っていた。
その表情で少しだけ冷静になる。
「それもそうだな。急ぐ必要もないし。」
「私の家の場所は王宮の東だぞ。」
「一応覚えておこうじゃないか、ガゼフ。」
「わ、私の家は」
「それは聞いていない。」

こいつは子犬っぽいなぁ。尻尾ついてんじゃないのか?

 失礼な事を考えていたところで、セバスが呼びに来た。
「ヤト様、そろそろお時間となりました。」
「もうそんな時間か。ガゼフ、クライム、俺はこれから八本指に金を返しに行くから今日はこれで失礼するよ。」
「な、なんだと?!危険だ!私も付き合おう!」
「はい!お供します!」
「……すまんがその方が困る。戦うのも逃げるのも数が少ない方が楽だ」
「ガゼフ様、クライム、護衛は私一人で問題ありません。ご安心ください。」
セバスは微笑んだ。


「それもそうだな。死ぬなよ、ヤト。」
「ストロノーフ様、大丈夫でしょうか。」
「彼は私より強いのだ。下手について行くと足手まといになるだろう。」
「安心してくれ。八本指もそのうち大人しくなるさ。」
「人手が必要だったら声を掛けてくれ。喜んで駆けつけよう。」
「わ、私も」
「その時はよろしく頼む、二人とも。では今日はこれで失礼をする。」
「ではお二人とも、失礼します。」
セバスが頭を下げたのを確認し、自室へと戻っていった。


「デミウルゴス、呼び出してすまなかったな。」
「そのような気遣いは無用でございます。お役に立てる事が無上の喜び、歓喜こそすれ誰が不満など漏らすでしょうか」
「ところで……彼らはだいぶ大人しくなったけど、何かあったのか?」
四腕は何も言わずに壁際で待機をしている。
「はい。彼らの調教の粗を私の方で削っておきました。希望と絶望を感じる事象を交互に与え、命令に忠実な部下へ変わったのです。」
エドストレームは女性だからなのか、まだ瞳に媚びた色がある気がした。
彼女の調教具合を想像してしまう。
「女性は強いな……」


「ではセバス。デミウルゴスと出掛けてくるから、ここで待っていてくれ」
「デミウルゴス、よろしくお願いします。」
深々と頭を下げる。
「すまないね、セバス。さほど時間はかからないから心配は無用だよ。」
「行くぞ、デミウルゴス。」
二人は八本指の会議が行われる拠点へと向かった。





ご丁寧に八本指は幹部が揃っていた。
白金貨の帰りを全員が心配していたのだ。
「……久しいな、ヤト殿。首尾は如何だったか?」
 八本指のボスは彼が無事に帰ってきた事が不満だった。
服が変わっているのを見ると、恐らく賭けには勝って凱旋したのだろう。
彼が生きて帰ることより、死んで金を持って帰る事が理想的な選択だった。
「ああ、白金貨6000枚程度になった。半分は頂いてある。」
どすん、と大きく膨れ上がった小袋を机に置いた。
重たい袋を持ってくるのが面倒だったので、屋敷外の生ごみと石ころを詰めた偽物だった。
彼らはすぐにナザリックへ送られるのだから。

「おお!」
「これだけあれば一生遊んで暮らせるわ!」
「待て、各部門に均等に割り振るんだろうな。」
他の部門長たちは欲で目が眩み、にわかに騒ぎ出す。
「それは酷いのではないか?私達は資金を貸し出したのだから、その白金貨を補填して頂きたい。貸し付けたのだから利子も必要だぞ。」
ボスだけが冷静に交渉を開始した。
相手に交渉する気は一切なかったのだが。

「そうか。」
デミウルゴスによって、ナザリックの駒にされる存在に興味はなかった。
「ゼロ。こいつらを捕らえろ。」
警備部門長の彼はボスの声に何も反応を示さず、代わりにスーツを着た長身の男がクックックと笑い声をあげた。

「聞こえているのかゼロ。他の二人はどうした。四人しかいないのはなぜだ。」
ボスの問いかけに、ゼロは何も答えない。
いや、何の表情もない彼は話が聞こえたかもわからない。
「あーいいから黙って。だいたいさあ、想像力が足りないぞ。俺が彼を調教する可能性は考慮に入れなかったのか?」
「ヤトノカミ様、程度の低い裏組織の皆様ではこれが関の山かと。」
口角を上げて見下しながら笑うデミウルゴスは、本物の悪魔らしい表情だった。
「それもそうだな。俺達が人間だと思ってんだから、お気楽なものだ。デミウルゴス、後は頼む。」
「初めまして、程度の低い犯罪組織である八本指幹部の皆さん。我らの王は下等生物である諸君らに慈悲を与えよと申し付け下さいました。これより八本指は我々の支配下になります。」
「なっ何を言っているんだ?!」
「ゼロ以外の者、この館にいる幹部以外の者を殺してきなさい。死体は全て持ち帰りますよ。貴重な実験道具なのですから。」
即座に四腕は屋敷の中に散っていった。


「貴様、何をした!」
「ゼロ、彼を黙らせなさい。」
裏切りとは最も縁遠かったゼロ達の謀反は、ボスに過度の動揺を与えた。
命じられたゼロは、無言でボスを殴りつける。
その表情にはなんの感情も、感傷も無かった。
 鼻の骨が折れた彼は、顔を押さえてうずくまった。
 他の幹部は事態の深刻さをようやく把握し、逃げ出すタイミングを窺っていた。
「安心してください。栄光あるナザリックの奴隷となれるのです。その洗礼を受けたら解放して差し上げましょう。」
心の底から嬉しそうなデミウルゴスは水を得た魚だった。
「ふざけるなっ!誰がお前たちに従うか。」
「そうよ、裏切るかもしれないわよ。」
「もっと反発しなさい。今しかできないのですから。ですが至高の御方の御前です、少々頭が高い。『平伏しなさい』」
全員が椅子から転げ落ち、床に伏す。

デミウルゴスの言葉による縛りを、解除するアイテムは持っていなかった。
「安心してください。君たちの命は保証します。それ以外は何一つ保証しません。ナザリックにて我らの部下に相応しい洗礼を受けさせましょう。」
 彼の趣味を悟り、邪魔しないようにお暇する事にした。
「じゃあデミウルゴス、後は任せたよ。なるべく早く済ませてあげてね。過度な拷問はアインズ様の望むところではないだろう。」
ヤトは最悪の一件以来、少しだけ優しくなっていた。
この後しばらく続くであろう、デミウルゴスによる彼らへの調教を想像し、助けることなく早々に退散する事にした。

「畏まりました。ではヤトノカミ様。後は我らにお任せください。ただいま、ゲートを開かせます。」
「いや、必要ない。俺は夜風に当たりながら散歩して帰るから。こいつらだけ任せる。」
「そうですか、それは残念です。帰り道、お気を付けください。」
「また何かあれば連絡する。アインズ様によろしく。」
八本指はナザリックの支配下に置かれ、財は全てナザリックの所有物となった。

今後、八本指関連の依頼はデミウルゴスの作戦だと考えた方がいいか。

迂闊に動いてナザリックとアインズに迷惑をかけることは避けたかった。
行動に気を付けようと、少しだけ慎重になった。




寝る時間→ 1d10 →8 時間
昇格数1d4→3 金→白金→ミスリル→オリハルコン
1d20→ 奇数でデミウルゴスと行く 偶数はセバスと行く→9

思い出して性欲 +10 現在 10 
思い出して性欲 +10 現在 20 

デミウルゴスがすぐ来る可能性→1d20 →20% 外れ。
蒼の薔薇とのバッティング率→ 1d% →20% 外れ
ブレインと遭遇率→ 1d% → 90% 成功
ブレインが来る日程→1d20 →8

次の作戦内容→1奴隷 2賭博 3金融 4暗殺 5密輸 6窃盗 7麻薬 8警備
1d8→4→ 暗殺部門系を利用

クライムの子犬度 →1d20 →16
意味が無いようで意味があるフラグ。作った意味の半分は趣味です。


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27日目 王都リ・エスティーゼ

性欲値の変動により、態度が変わっています。ご了承下さい。
未だにヤトはラキュの職業知りません。大して興味もありません。
知る選択肢も今の所出てきません。単純だけど感想もらうと嬉しいね…。
ここまで修正済2016/07/04


それからの数日はヤトにとって悲惨な日数消化となった。
アインズは事あるごとに細かく指示を出した。

23日目
「早速だけど今日は鉱石を一通り買い集めて。金貨一枚で買えるだけでいいから。価格の差も検証したい、王都中回ってね。」
「はいはい。」
「次は質のいい果物と安い果物買ってきて。やはり金貨一枚分。種類は多く、できれば全種類」
「はいッスー。」
「天然の塩と魔法で生成した塩買ってきて。他にも調味料全種類、金貨一枚分。」
「……あい」


24日目
「俺、みんなと魔樹退治しに行くから。今日は衣服を集めて。同じような物を質の悪い物から最高品質まで一式。」
「ええー……」
「みんなで魔樹を狩ってるよ、こっちは。魔物の肉とか売ってない?売ってたらどうやって捌いてるのか調べて。取りあえず、肉を頼むよ。」
「それはちょっと……」
森の妖精(ドライアード)を手に入れたよ、第六階層に連れていくから顔出しといて。あと魚を頼むの忘れた。もう夕方だから急いで行って並んでいる魚を全て買ってきて。時間ないからダッシュね。店は回れるだけ回って」
「なんて無茶苦茶なこ――」
「お互い様だよ。」


25日目
「今日はゴブリン将軍の角笛と無限の水差しがいくらで売れるか聞いてきて。神殿と魔法局、両方でね。本当に売るなよ。」
「了解です。」
「白金貨一枚でスクロール何枚買えるかな。買えるだけ買ってきて。」
「昼飯食べてから行きま――」
「走りながら食べて。」
「ぎゃー!」

「夜だから酒を集めて。ナザリックにも置いてある酒がいい。最高級品限定ね。金に糸目はつけず。」
「うへあ……。ちょっと飲んでもいいッスか?」
「飲んだら心臓掌握(グラスプ・ハート)な。」


26日目
「安い家具買ってきて。金貨一枚で買える種類全部。」
「そんなに持てな――」
「アイテムボックスに放り込んで。」
「ですよねー!」
「うるさいよ。」

「豪華な屋敷に住む貴族の壁を切り取ってきて。なるべく多めに。大理石希望」
「ちょ、夜でもう眠――」
「問答無用。早く行ってきて。」


アインズは使い切れない程の大金を手に入れたため、何をどのように換金するのが効率いいのか試行錯誤をしていた。
手に入れた金貨を放り込んでもいいのだが、それを繰り返すとこの世界の貨幣が激減してしまう。
最終的に大陸を統治し終わったとして、必ず訪れる金貨不足は食糧難・物資の溜め込みを招くに至るだろう。
その都度ナザリックが解決していては意味がない。
魔法で食料・資源を制作するとユグドラシル金貨を消費してしまい、本末転倒だった。

アインズがパンドラと共に効率のいい換金方法を協議しつつ、ヤトは使い走りで王都全域を動かされる羽目になった。
アイテムボックスはプレイヤーしか使えない上に、スキルにより強化された速度で、王都全域を手早く回れる者はヤトしかいなかった。
1回の使い走りで同種の店を王都中走り回るため、MP消費と稼働時間数による疲労で、夜になると眠くて仕方がなかった。


精根尽き果て、白くなって宿に帰ると、ご丁寧にシャルティアとセバスが荷物を受け取るための待機をしている。
特にシャルティアが嬉しそうにこちらを見上げていた。
 口から覗く小さな牙と円らな両眼で見つめられると、文句や愚痴の一つも言う事ができなかった。
彼女は同じナザリックに属する大切な仲間なのだ。


この一連の彼の行動は街の住人から見ると非常に覚えやすかった。
大金を惜しげもなく使い、多種多様な物を買いあさる彼の姿が奇妙だったのだ。
身なりがよく、仮面をつけて、刀を装備し、大金を浪費し続け、見た事ないアイテムを持ち、買い物が終わると消える、彼の姿を一度見た者は忘れなかった。
オリハルコンのプレートをぶら下げた“速い仮面の金持ち”は、住人大多数に強烈に印象付けられる。

「雑貨屋の珍しいアイテムを買い漁ってきて。白金貨二枚分は欲しい。」
「休みたいー助けてーラキュースさーん!」
思わず声に出ているが気付いていない。
「はい!」
返事が聞こえたのは、幻聴なのだろうと判断する。
「はあ……幻聴か。末期だな」
幻聴と分かっていても期待をしてしまう。
使い走りの無限連鎖地獄から解放させてくれるのは、彼女たちとの会談しかないのだ。
この数日間、宿で“蒼の薔薇”の姿を見ない上に、ラキュースの家も知らないので逃げ道もなかった。

「呼びませんでしたか?」
「あ。」
振り向くと黒い大剣を引き、白い剣を周囲に浮かべたラキュースが、微笑みこちらを見ていた。

「なんだ、どうした、おーいヤトー。」
「あーアインズさん、ちょっとお客さん来たんで、今日は雑貨屋だけにして下さい。」
「え、ちょっとま――」
ブチッとメッセージを切る。

どうやら幻聴では無かった。
彼女の姿は聖女の様に輝いて見えた。
「よかった。これでやっと解放された。」
「何が良かったのでしょうか。」
「え?」
様子がおかしかった。
太陽に照らされる向日葵の笑顔ではなく、建物の影に咲く曼珠沙華の笑顔に見える。

「何かお怒りでしょうか?」
「帰ってきたならどうして連絡して頂けなかったのでしょう」
「家の場所が分からなくて。」
「宿に伝言を頼みましたが、二日続けて無視されました。」
ラキュースは家の場所を書いた伝言を宿に頼んでいた。
子供達の一件から見下していた宿の主人に、疲れている彼が取り合うことは無かった。

宿屋とのやり取りが思い出される。
「ヤト様、伝言が。」
「後で見る。」
疲れて話を聞いていない彼の言葉を信じた主人は、彼が来るのを待ち続け、伝言は放置された。
いつまでも来ないヤトの報告に、彼女が苛立つのも仕方なかった。
生きて帰るかを本当に心配していたのだから。


仮面の下で冷や汗がでてきた。
「あ、すみません」
「許しません。」
「どうすれば許してもらえますか?」
じーっとラキュースに見つめられ、冷や汗をかく。
ここで彼女にへそを曲げられ逃げられでもしたら、使い走りが復活するのだ。

「はぁー。仕方ないですね。では私のいう事をなんでも無償で聞いてください。」
武装しているラキュースの話し方は、お嬢様というより貴族の戦士だった。
「そりゃ構わないッスけど、体なら後日にしてほしいです。今は気が乗らな――」
「違います。なんて下品な。何を頼むかはわかりませんが、あとでゆっくり考えます。」
「そんなことでよければ喜んで。」

「あの、何かありましたか?」
以前に会った時と態度が変わっている彼に違和感を抱いた。
「いえ、特にはありません。どうかしましたか?」
「……なんでもありません、失礼しました」
こんな街中で以前の様に大声で求婚されては厄介なので、これ以上は聞かなかった。

「それより変な仮面の金持ちが王都を飛び回っているという噂で気付いたのですよ?」
「あー……本当に申し訳ないです。すみません」
自分の責任と分かっていたので、ここは反省していた。
「でもそのお召し物は素敵ですよ。」
「本当に? よかった。気に入られなかったら買い直すところでしたよ」
ラキュースのフォローは有効だった。
「ラキュースさん、時間はありますか?買い物にいきません?」
「何を買うのですか?」
「雑貨屋で面白いもの買い占めろって指示が。」
「指示ですか。貴方の仕える方からですね。時間はありますが、私はこの通り武装していますので。」
「ちょっと剣を貸してください。」
「? はい、どうぞ。」
不思議そうに黒い剣を渡す。
試しにアイテムボックスに剣を入れてみる。
黒い小窓が開き、武器をしまう所に自動で収まっていった。

「おお、案外なんとかなるもんですね。これで出し入れ無限のアイテムボックスに入りましたよ。」
「あ……あのそれは」
目を見開いたラキュースが、控えめに問いかける。
「アイテムボックスです。」
「マジックアイテムなのでしょうか?」
「もう一度やりましょうか?その周りで浮いてる剣も預りますよ。」
「お願いします。」
好奇心が刺激されていた。


六本の浮遊する剣(フローティングソード)も小さな小窓にしまい込まれていく。
「なんでも入るのですか?」
「さあ、どうなんでしょう。僕らは元から使えましたので。人を仕舞い込んだ経験もないですし。しまっちゃいますか?」
「いえ、結構です。それは生まれながらの異能(タレント)なのでしょうか?」
「さあ、なんなんでしょう。」
「さあって……」
「今は考えても仕方ないですよ、行きましょう。」
「あ」
本当に深く考えず、ラキュースの手を握り早足で歩きだした。


心の底から楽しくてしょうがなかった。
アインズの使い走りで心身を消耗し続ける毎日から、雑貨屋で適当な買い物をする程度に収まったのだ。
これもラキュース様様である。
“多少”調子に乗ってしまうのも致し方なかった。




「これ何ですか?」
「……知りません」
冒険者向けの雑貨屋にはラキュースの顔が描かれた皿が数種類並んでいる。
一押しの人気商品はガガーランの皿です、と店員から説明があった。
それからずっと彼女は俯いて顔を隠したそうにしている。

空いている棚に新商品のご案内のチラシが貼ってあった。
“漆黒の英雄皿準備中”、“美姫ナーベ皿予約完売”
吹き出してしまい、不審な目で見られた。

アインズさん、ナーベラルに負けてる。


「早く出ましょう。一刻も早く。」
「恥ずかしいんですか?」
「当たり前でしょう。」
店内にいた客の視線は彼女に釘付けになっていた。
その姿が面白くて仕方がない彼は、とても嬉しそうだった。
「ほら、これなんかいい角度だと思いません?買って帰ろうかな。」
「早くしてください」
「スプーンを使わずにスープを飲むと、まずい事になりそうじゃないですか?」
「早く!」
「真剣に欲しいですね。一枚くらい買いましょうよ、ラキュー皿さん。」
「うるさいです。」
「お金はあるからこの店のラキュー皿買い占めるというのはどうです?」
「黙って下さい。」
「おー、これなんか上手いですね。実物より美人さんじゃないですか?」
「本当に怒りますよ!」
怒気を孕んだ小声だった。
「じゃあ買い占めて俺だけが独占し――」
「やかましい!早く来なさい!」
ラキュースが切れた。
周囲の視線を気にせず声を出し、ヤトの手を掴み店から連れ出す。
「アダマンタイト級激怒ですね。今なら頭でお湯がわ――」
「黙って歩きなさい!」
怒りと羞恥で顔を真っ赤にしながら、周囲の注目を独占して出て行った。
「あーなんか超楽しい。」
手を強く引っ張られながらも、アズスを怒らせた時に感じた以上の楽しさだった。

一部の冒険者から羨望や嫉妬の眼差しを受けても、彼には関係なかった。



結局、四軒の雑貨屋を回り買い物に明け暮れた。
白金貨三枚の散財だった。
ラキュー皿は最初の店でしか売っていなかった事が、特に残念に感じられた。

アダマンタイト冒険者皿。金貨1枚。
強い女性の皿は男性冒険者によく売れます。
値段設定はかなり高めですが、売り上げ好調です。





「やっぱりーラキュー皿が欲しかったなー。」
「本当にしつこいですよ。武器を渡してしまったのが悔やまれます。今なら躊躇いなく斬れます。」
「でもラキュー皿はそれなりに売れてるみたいですね。じゃあ俺が買ってもいいじゃないでスか。」
「私の皿は必要ないでしょう。宿で食事するのですから。」
「食堂のおばちゃんに俺の食事はこの皿でって頼めばいいんじゃないスか。やっぱ今から買いにもど――」
「黙りなさい。二度とあなたと雑貨屋は行きません。買っているのを見つけたら叩き壊します。」
「まあ間違えて他の男に使われるのも気に入りませんからね。嫉妬ッスか?」
「……知りません。あの皿、粉々にして口に詰めてやりたいです」
夕日で赤くなった街で、ラキュースを小馬鹿にしながら二人で歩いていた。

「そういえば何も報告してませんね、どうします?」
「私も忘れてました……。挑発がお上手ですわね」
下手に手で触ると毒がありそうな曼珠沙華の笑顔だ。
散々馬鹿にした彼にはもう怖くなかった。
「お褒めの言葉ありがとうございます、お転婆姫様。あんみつ姫とお呼びしても?」
「……はあ。もう何言っているのかわかりません。それより会談を致しましょう。今日で一通りの依頼は終わりましたので、明日は空いていますか?」

マジで?明日もパシりサボれんの?

「もちろん空いてます。ラキュー皿さん、命令してくれれば従います。」
「うるさいです。それはもっと大切な場面で使います。ですからずっと覚えていてください。」
「……はい」
二人の男女と言うより、貴族とその護衛だった。
ヤトが以前の安い身なりであれば、面倒見のいい姉と馬鹿な弟に見えただろう。


「あなたの宿はそちらでしたね、では武器をお願いします。」
「このまま一緒に泊まっ――」
「お断りします。武器を返して下さい。」
「名残惜しいですね。食事でもしません?」
「そんなに元気ではありません。誰のせいですか?」
「はい、ごめんなさい。すぐに出します。」
ラキュースは出会ったときと同様に、武器を装備した。

「明日は何時ですか?」
「夕方に全ての仲間が集まりますので、宿に伺います。詳しい報告はその時にまとめてお願いします。」
「では宿でお待ちしてます。また明日。楽しみですね。」
表情はわからないが、ヤトの声は笑っている。
二人は反対方向へ歩き出した。





 本当に……なんて人なのかしら。

帰り道、内心で文句を垂れていたが、表情は楽し気であった。
頼られ崇められ認められ続けていた彼女を、小馬鹿にして楽しむ人間など今まで存在しなかった。
彼女の中で、危険人物という認識は消えていた。
厄介で面倒な人物という認識は膨らんでいたが、不思議な力に多少の期待も寄せていた。
明日の会談に思いを馳せる。


この世界の人間じゃない・暗い影のある英雄・自分をどこかへ連れて行ってくれる存在、せめてどれかであればいい、と。
密かに記録(ラキュースノート)へ、夢や妄想を書き起こす必要が無くなるのだ。
現実のものになるのだから。




「何してるんスか?」
宿に戻るとアインズがベッドに座って待っていた。
「セバスはどこへ?」
「夜に行って欲しい依頼がきたんだと。許可はこちらでしておいた。今日はナザリックへ帰還ね。」
「それは変わった依頼ですね。」

最近そんな依頼が増えていると言っていたな。何をしているんだか。ナニをしてないよな?セバスに限っては大丈夫か。

「デートお疲れ。」
「心外だなー。アインズさんのおつかいですよ。」
「うるさいよ。楽しそうに手を繋ぎやがって。」
ちょっと僻みも混じっていた。
「あ、やっぱり見てたんですね。固くて生暖かったッス。」
こちらから勝手に連絡を切断したので、見られている事だけは予想していた。

「その生々しい表現もいらん。雑貨はどうだった?」
「本当に下らないアイテムばかりで。生活の面白雑貨って店が多かったッスー。」
「そうか、やはりアイテムの価値は酷いな。購入品を金貨に換算するのは期待できそうにないが、一応試しておくか……。食料関係の品が無難か……。アンデッドによる農場や牧場、養殖場とか……魔法で作り出せる食料を大量に生産させても……」
手を顎に当てブツブツと悩みはじめた。

「明日は蒼薔薇と会談になりました。モモンとして来ませんか?王国中で評判らしいッスよ。救国の英雄様ー!って。」
「行かないよ。まだまだ検証しなければいけない事は山積みなんだから。」
「漆黒の英雄皿準備中だそうですよー?」
「……見てた。なんだあれは。売れるのか?」
「冒険者には人気があるとか。ナーベに人気では負けてましたね。予約完売ですから。」
ナザリックの者が知れば、漆黒の英雄も予約完売になるだろう。
「そんなのどうでもいいよ。それより蒼の薔薇には気を付けろよ?」
これ以上突っ込むと使い走りが再開しかねなかった。

「何かありましたっけ?」
「アンデッドが混じってるんだろ。敵かもしれないからな。」
「あー……大丈夫ッス。多少強くてもどうにでもなりますから」
「相手の強さじゃなく、噂の方が心配なんだよ。漆黒聖典に回る事だけは避けたい。」
「繋がってないと思いますけど。」
「細心の注意を払えよ。まずい事になりそうだったら逃げてくれ。」
「わかりました。それより彼女達をナザリックに招くという手はどうでしょう。」
「なんで?」
「ただの自慢ですよ。俺達が全員で作ったナザリックは凄いだろうって。」
「面白そうだな。ナザリックがこの世界の人間にどう思われるかは気になるところだし、自慢は俺もしたいな。検討だけしようか」
「じゃあ本決まりじゃなくても、ちらっとだけ匂わせときますね。」

「あ、買い物はまだあるからね。会談終わったら次の日から再開だよ。」
「ぎゃああ!」


アインズに付いてナザリックに戻った。
そこから雑談に興じてしまい、宿に戻ったのは朝になっていた。
明日はゆっくり眠れると安心しきっていた彼は、そのまま眠りにつく。
 セバスが帰ってきたのは、ヤトが眠りに落ちてすぐの事だった。





ラキュー伝言に気付く確率→1d8 《4・5・9気付く 他は無視》→6無視
ラキュー好感度→15 現在35
好感度が50超えると手や足が出ます。命の境界線まであと二回。
アインズに鏡で覗かれる可能性→ 1d8 偶数なら覗かれる→6 あら

今まで隠匿していたダイス
受付嬢のセバスだけに対する好感度 →1d20×3 回数無制限
17+9+13+10 合計49 既に色んな意味でレッドゾーン。
受付嬢のヤトに対する恨み→ 1d20 ×2 回数無制限
8+7 →合計15 会話イベントまであと35

セバスはモテる。たっち・みーさんが現実世界でモテていれば、創造主の影響によりセバスが紳士的でモテる事も納得がいく。


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28日目 王都リ・エスティーゼ

ねえ、リグリッドって白銀のこと好きだったんじゃないの?
この話はダイスの伏線・回収・趣味が入っているので超長い。


前日の夜更かしが祟り、ヤトは昼を過ぎても起きる気配がなかった。
朝帰りをしたセバスは、眠ったままの主を置いてはいけず依頼に出なかった。
生真面目な彼らしい判断だった。
部屋にノックの音が響く。
「はい、どちらさまでしょうか。」
ドアを開くとラキュースとガガーランが立っていた。
「これは皆さま。ご機嫌麗しゅうございます。」
八本指の各拠点調査に協力をした一件で、セバスは彼女達と面識があった。

「よっ、セバスさん。」
ガガーランは軽く手を上げる。
「セバスさん、先日はありがとうございました。無事にオリハルコンまで昇格したと聞いています。」
推薦をしたラキュースは、自分の見る目が間違っていなかった事を喜んでいた。
「皆さまに推薦を頂いた御蔭でございます。ところで、今日は如何なさいましたか?」
「今日はヤトさんと会う約束なのですが、彼は何を?」
ラキュースは前日の件により、“様”“殿”付けで呼ぶ気を失っていた。

「それは困りましたね。まだ主は眠っております。」
「おいおい、もう夜だぜ。何時から寝てるんだよ。」
「私にもわかりかねます。朝、戻った時には既に床についておりました。少々お待ちください、様子を見て参ります。」
セバスは部屋の中に戻っていった。

「ヤト様。お休みのところ申し訳ありません。蒼の薔薇の方々がお越しになっております」
「ん…あー……もう、そんな時間か……」
前日の夜更かしの影響で、頭の動きがとても鈍かった。
「じゃあ、行かないと……」
寝ぼけた顔・髪で薄いシャツのままで出て行こうとするヤトを必死で止める。
「お待ちください。彼女達は下でお待ち頂きますので、寝癖を直すところから開始いたしましょう」
「……寝癖直すの好きだね。別にそれはいいんじゃないの?」
「いけません。麗しい御婦人方との会談です。ヤト様はナザリックの一柱なのです。支配者に相応しき御姿でなければなりません。」
「じゃあ声だけかけて来ようか。」


「おはようございます。」
仮面を付けず、寝ぼけた表情以外の形容が出来ない緩んだ顔で、二人の前に立った。
ラキュースは失望する。
「……今、何時だと思っているのですか?」
「すみません。昨日は朝まで話し合いがあったので」
謝罪をしているが、どこまで心が籠っているのかわからなかった。
「……貴方という人は本当に……はぁ」
ラキュースは彼と会ってからため息が増えたことに悩んでいた。

「おいおい、頼むぜ。今日の主役なんだからよっ。」
ガガーランは彼の肩を叩いた。
《上位物理無効化Ⅲ》により何の感触もなかった。
不思議そうに、彼を叩いた手を眺めていた。
「申し訳ないです。」


後ろから櫛を持ってセバスが迫る。
「ではヤト様、こちらへお越しください。」
「お酒飲んで待っててください。この部屋につけて下さい。」
「今日は洗いざらい吐いて頂きますからそのつもりで。」
「はい、わかりました。」
「ではラキュース様、ガガーラン様、下で少々お待ちください。」
ドアがゆっくり閉まっていった。

「ガガーラン、どうしたの?」
「ん…いや、変な感触がしたからよ。ま、後で聞けばいいか。」
二人は部屋を後にした。




「で、なぜあいつは来ないんだ?」
 主役を連れずに戻ってきて、お酒を飲み始めたガガーランに、イビルアイは文句を言う。
「寝坊したってよ。」
「ふん、そんなところだろうな。その程度の奴だ、王国から追放した方がいい」
イビルアイの当たりは強く、恨みも深い。
「まだ恨んでる。」
「いいじゃねえか。酒は奢って貰ってんだからよ。」
豪快に笑い、お酒を飲み干す。

「鬼ボスどこいった?」
「応接間を取ってくれと頼みにいったぜ。」
「下らん。早く帰りたいものだな。」
彼女の怒りはまるで収まっていなかった。
「おお、来たぞ。今夜の主役が。」
 会談をすっぽかしそうになった優男は、執事を連れてのろのろと階段を下りてきた。
まだ寝ぼけていそうだった。

「こんにちは。えーと、こちらの二人は初めましてですかね。」
「どーも。ティア。セバさん、おひさ。」
「どーも、ティナ。よろしく。」
「よろしくお願いします。」
顔に興味がないと書いてある双子は、形式的に頭を下げた。
セバスも礼儀正しくお辞儀をしている。
「この前の時にいたんだけどよ、テーブルに座ったままだったんでな。」
「あーそうスか。よろしくお願いします。あとイビルアイさんも久しぶり。」
「……」
彼の仮面を見てあの時の事が思い出されるイビルアイ。
「今日は顔合わせみてえなもんだ。八本指の事も聞きてえからな。」
「みんな、準備ができたそうよ。こちらへ。」




応接間にて“ナザリック”と向かい合って座る“蒼の薔薇”という配置で席についた。
「自己紹介は必要ないわね。では早速始めましょう。」
聞きたい事は以下の通りだった。

八本指とどんな話をしたのか。
帝国で何があったのか。
彼らのボスは誰だったか。
六腕と一緒でなぜ無事だったのか。

「……えーとまず八本指の賭場であ……潜入した話からですね」
八本指はナザリックの支配下に入ってますよと言えるわけもなく、虚偽を交え誤魔化しながら説明する。
「と、いう訳で六腕は四腕となってます。ボスの顔は覚えてないんです。」
「ちょっと待って下さい、なぜ二人も殺害して無事なんですか?」
「あいつらってアダマンタイト級に強いんじゃねえのか?」
ラキュースとガガーランはツッコミの様に早く反応する。
「簡単ですよ。俺がそれを超えるくらいに強いんです。」
「……」
不審気な彼女達の視線により、沈黙が流れた。
「それより帝国の闘技場を出入り禁止になった方が痛いですよ。」

「えーと……まとめると彼らの白金貨1,100枚を6,000枚に増やしてから、帝国に目を付けられ帰ってきて……」
「六腕と戦って二人殺して逃げ帰り、ボスの顔を覚えずに金は全て奪ったぁ?」
「ふざけるな!そんな事ができるものか!」
苛立ちながら黙って聞いていたイビルアイは、声を荒げてテーブルを叩きながら立ち上がる。
「本当なんだから仕方ないですよ。」
「イビルアイ、落ち着く。」
「宿で暴れたらこっちも困る。」

「ちょっと教えて貰いてえんだけど、いいかい?」
「はい。」
「さっき軽く肩を叩いただろ。霧に手を突っ込んだみてえな感触だったんだが、変わったマジックアイテムでも持ってんのか?」
ガガーランは彼の特殊な行動が、マジックアイテムによるものと推測していた。
「あー、レベルの弱い攻撃は無効化されるんです。」
「無効化?れべるを知っているのか?」
イビルアイが食いついた。
「レベルって……一般的には知らないんですか?」
「ほう…それは興味深いな。ところでヤト殿、私を少年と間違っていたのはなぜだ?」
イビルアイが態度を反転させ、大人しい口調に正した。

「その声が性別不明の歪んだ声だったからです。」
「……なるほど。次は無効化というものに興味がある。ちょっと試してもよいか?」
「どーぞ、じゃあこっちへ。」
「おいおい。」
「気にしないでいいですよ。」
二人は何も置いていない部屋の端に移動した。

イビルアイはヤトに軽く拳をぶつける。
ぽすっぽすっと自転車のタイヤに空気を入れるような音がした。
「本当に無効化されているな。まるで手ごたえを感じない。霧に手を突っ込んでいるみたいだ。」
「この前のアイテムボックスといい、不思議な物を使えるのですね。」
「無効化は解除する事もできます。」
「では解除してみてくれないか?」
「ああ、はいはい。どうぞ。」
「感謝する。」


「ん?なぜ後退していくんですか?」
 彼女はゆっくりとこちらに走ってくる。
速度は徐々に上がっていき、途中で飛び上がって蹴りの体勢を取る。
左足を折り畳みながら右足を突き出して、ヤトへ向かって空中を進んでいく。
渾身のライダーキックである。
そんな言葉を彼女が知る由もない。
特撮好きなヤトは、小柄でありながら綺麗な姿勢(フォーム)で向かってくる彼女に見惚れる。

「綺麗なライダーキ……ぐう」
《上位物理無効化Ⅲ》を解除したことは、もう忘れていた。
無防備な彼の鳩尾、人体の中心部に怒りを込めた蹴りが入れられ、ヤトは後ろへ倒れる。
小柄な彼女の小さな足は、まるで一本の槍だった。

「いってー……うーん……」
余程痛かったのだろう、しばらく床を転がり回る。
セバスは目の前の光景が理解できず、反応もできなかった。
依頼に協力した際に打ち合わせた時の彼女は、こんな暴挙にでるタイプではなかった。
慎重で冷静、レベルは50前後で魔法詠唱者、仲間を大事に思っている。
二人ともまさか攻撃されるとは考えておらず、加えて無防備に急所への一撃を受けたヤトの衝撃は大きかった。

「覚えておけ!私は女だ!この無礼者!」
仁王立ちになってヤトを指さし叫ぶ彼女の声は、転がり回るヤトの耳に入らなかった。
「イビルアイ!何てことをするの!」
ラキュースが慌てて駆け寄り、《ヒール/治療》をかける。
手の中に柔らかい光が宿り、優しく照らした。
「やりすぎ。逃げた方がいい」
「治ったら殺される。」
「理屈じゃないんだろうぜ。でも確かに逃げたほうがいいかもな。」
「誰が逃げるかっ。」
緩んだ空気の彼女達は想像していなかった。
穏やかで優しい人格者の執事が、自らの主と敵対した場合、全員の命を一瞬で奪う力と残酷さを持っている事を。


「イビルアイ様、私の主に敵意を持って接する事がどのような事かお分かりですか。」
セバスの体から強烈な殺気が溢れる。
復讐が成功した事で少し落ち着いたイビルアイは、身の危険を感じて後ろに下がる。

彼は迷っていた。
至高の41人の一柱であり、身を粉にして忠義を尽くす主の一人に攻撃など、本来は言語道断だ。
 たとえ自ら至高の41人を降りたと話していても。
カルマ値が悪に寄っている者であれば、即座に殺戮に興じただろう。
しかし、セバスは甘い程に極めて善人である。
彼女の性格を知っており、反撃に迷いはあるが、ナザリックの執事として見過ごす訳にもいかなかった。
彼は戦闘態勢を取り、少し腰を落として中段に構える。


「私の主に無礼を働いたものを、このままにする訳には参りません。」
攻撃するつもりはなかったが、全力の殺気は絶やさなかった。
それが極めて善なる執事としての、セバスの選択だった。
強い殺気により、彼女達も事態の深刻さを把握する。
「待ったあ!待ってくれセバスさん!謝らせるから許してくれ!」
ガガーランが両手を前に出し、間に立ち塞がる。
「セバスさん! 私も謝ります、許してください! 傷は私が治します!」
治癒魔法をかけながらラキュースもフォローする。

「あ……あ……その……」
 当事者のイビルアイは大量の殺気を直に浴びて、子猫のように震えていた。
殺気に手加減はなかった。
「イビルアイ様、私は貴方が軽率に敵対する方ではないと信じております。ですが、ナザリック地下大墳墓に君臨する至高の41人が一柱、ヤトノカミ様。神に等しき御方に無礼を働く者を見過ごすことはできません。」
セバスも大事な情報を簡単に漏らした。
件のヤトは床に仰向けで静かに横たわっている。


「あ……ご、ごめんなさい」
イビルアイの仮面から弱弱しい謝罪が漏れる。
 穏やかで優しい執事が竜王に変わり、伝説のヴァンパイア“国堕とし”が子猫になった心境だった。
「イビルアイ、早く逃げて。時間稼ぐ。」
「多分、すぐにやられる。少しでも遠くへ。」
いつの間にかティアとティナも、ガガーランの両脇でクナイを構えていた。
冷静な双子の忍者も冷や汗を掻いている。
動かない執事の強い眼光は、必ず殺す意思が宿っていた。

「くそっ!あんたとはヤりたくねえよ!」
ガガーランは戦鎚を構える。
「お願いだからみんな止めて!あなたからも何か言って!」
ラキュースの絶叫が響く。
気絶していたわけではないので、声は聞こえていた。
仮面の隙間から見える、黒いタイツを履いたラキュースの太ももが眩しかった。
「セバス、そこまで。」



その一言で場が沈黙する。
彼は痛みが落ち着いてからそれしか考えていなかった。
セバスは殺気を止めた。
一触即発に見えた空気は緩んだものの、誰も何と言えばいいのか分からなかった。
強烈な殺意を浴び続けたイビルアイは床にへたり込む。
「ああ、よかった。」
「俺なら心配は――」
「あなたじゃありません。」
「ちょっとは心配して下さいよ。寝顔を見た仲じゃないですか。」
「黙りなさい!イビルアイ、大丈夫?」
ラキュースは躊躇いなく離れ、へたり込んでいる仲間に駆け寄っていった。


「ちぇ……はあーあ、残念っと」
のそのそと立ち上がった。
攻撃は予想以上に痛く感じた。
だが、彼の心は痛みを受けた喜びに満ちていた。
アインズがカルネ村防衛戦にて、天使の一撃を受けて笑っていた事を思い出していた。
「ここに来て一番痛かったかも。これが痛みか。」
「ヤト様、よろしいのですか。」
「別にいいよ。ちょっと大げさに脅かし過ぎじゃない?」
セバスが警戒を解いたため、三人は安心して気を抜く。
「その通りでございます。流石はヤト様。蒼の薔薇の皆様、大変に失礼を致しました。」
深いお辞儀で詫びを述べた。

さっきまで殺すつもりだったじゃないか。

イビルアイはラキュースに肩を借りながら心中で呟く。
そう誤解するのも理解できた。
「……はぁ、よかった。ではとりあえず、みんな座りましょう」


「ところでなぜ俺はライダーキック食らったんだ?」
先ほどのイビルアイの言葉は、悶絶していた彼の脳に届いていなかった。
彼だけが最初からずっと、気の抜けた雰囲気のままだった。


この一件によって話は混迷し続け、何一つとして進まなかった。
なぜイビルアイに蹴られたのか不明なヤトは、楽しそうに話を混ぜ返した。
彼にとっては、痛みを受けた楽しい思い出だった。
イビルアイには苦い思い出になってしまい、ラキュースが仕切り直すまで皆の口数が減り続ける状況が続いた。

「なるほど、つまり少年扱いをされていることに怒っていたというわけですね、少年。」
「ヤト!お願いだからこれ以上蒸し返さないで!」
 既に“さん”付けすらされなくなっていた。
五回以上も仕切り直しをさせられたラキュースはとても疲れていた。
「仮面のせいで間違ったんですよ。他の人は彼女の仮面の下を見たことは?」
「ある。」
「いいにおひ。」
「仲間だからな、それくらいはあるぜ。」
「じゃあ大丈夫かな。俺はアンデッドだって知ってますよ。」
「なんと、そうなのですか?」
セバスは気付いていなかった。
アンデッドの気配は、アイテムにより消されていた。
「あれ……? なんでみんな黙るの?」


「誰か話した?」
「あんた、なんで知ってんだ?」
「なんでって……ちょっと特別なスキルを」
「スキルって何?武技?」
「うーん、なんていえばいいんだろう。スキルはスキルだよ。」
「武技とは違う特殊な技や技術の事でございます。」
セバスが丁寧に補足をする。
彼がいなければ更なる混乱を生んだだろう。

「無効化もアイテムボックスも、何かと特殊な事が多いですね。」
「体温を感知するスキルだから、探知できない存在はアンデッドです。原始的なスキルだから気配を消してもわかります。体温があれば全て感知するから面倒なんですけどね。」
先陣で雑魚を蹴散らしながら、ボスまで一番乗りに賭けていた彼には相応しいスキルだった。
「まさか……そ、その、ヤト殿。一つ聞きたいのだが、あなたはぷれいやーなのか?」
「……。」

やっべー…なんでこいつがそれを知っている。

無言で悩み始めた仮面の下で冷や汗が出はじめた。



 やばい……これはアインズさんに怒られる。否定しないと、既に悩んでいるのが肯定だ。
 いや、まだ誤魔化せる……か? 無理じゃね? それよりこれはどっちが正解だ? 
ばらすのがいいのか?バラすのがいいのか?最悪は殺す事も想定に。
ああ、でもナザリックに招く事もできなくなるし、アインズさんもツアーという奴に話したって。じゃあいっその事プレイヤーとバラしてしまっても。
 この場は押し通すか……。

「イビルアイ、プレイヤーの事を知っていますか?」
「え?」
「プレイヤーというのがどれくらい強いのか興味がありまして、イビルアイはプレイヤーと会ったことは?」
「ああ、あるぞ。かなり昔の話だが。」
「そうですか。ところで仮面は取らないのですか? 今は何歳なんです? 本当に女性なのか確認したいのですが」
別の質問攻めにして誤魔化す、いい加減な策だった。

「あ、仮面はその、種族がバレてしまうから。」
「何を言うんですか!その仮面の下が醜いアンデッドであったとしても、そんな事で責めたりする者はここにいません!」
立ち上がって右手を無造作に突き出し、パンドラのオーバーアクションの真似をする。
不安による冷や汗がテーブルクロスに滴らないかを心配していた。

「イビルアイ、大切な仲間はその程度の存在ですか? それともこの私が、セバスの主人であるこの私が、その程度の小物に見えると! ……言うのですか?」
帽子を被っていれば完璧だっただろう。
急に動きが大きくなった彼に、皆が注目する。
「い、いや、そのぅ……違う、違うんです。これは……」
 言い切る彼に、浮気を責められている少女のようになる。
「ならば素顔を晒し、顔を見せて下さい。誰もあなたを責めたりなどしません。」
差し出した手を強く握る。
「はい……わかり、ました」
ヤトは飛び上がりたいくらい嬉しかった。これなら誤魔化せると踏んだからだ。

パンドラに後でお礼を言わないとな。

仮面を被ったイビルアイの素顔は美しい少女だった。
「ヴァンパイアか、思ったより可愛らしいじゃないスか。フードも取ってください。」
腐り落ちた顔面が現れる覚悟をしていたので、拍子抜けだった。
「え……あ、そ、そうか?」
ちょっと嬉しそうなイビルアイ。
金髪のサラサラな髪、紅の瞳、口元から覗く牙、とても可憐な吸血鬼(ヴァンパイア)だった。
もっとも、子供が守備範囲外の彼が、強い興味を惹かれる事もなかった。

「それならこ……淑女と分かるのですから、間違えませんでしたよ」
「そうか? いや、これでも昔はくにおと……」
「イビルアイ、だめ。」
「話し過ぎは良くない。」
ティアとティナに話を止められる。
「おう、ヤトさんよ。今度はそちらの事も教えてくれよ。」
二人の意思を察したガガーランが援護射撃を打つ。

「欲しい物はラキューさ。」
「黙りなさい、そろそろナザリックの事を教えてください。」
「鬼リーダー、何かあった?」
「そうそう、ラキュースさんの」
「黙りなさい!」
自分たちリーダーが発した突然の大声に、仲間は一歩引く。

「はい、すみません。えっと……教えてって言われてもラキュースさんに話した以上の話はないですよ。地下10階層からなる広大で美しい神殿。酒を飲むバー、美味しい食堂、地下なのに夜空が見える円形闘技場、溶岩が煮えたぎる火山、吹雪で凍り付く雪山、広いお風呂とか」
セバスは頷いている。
「意味がわからない。」
「何それ、神話の話?」
「すまねえが、さっぱり理解が出来ねえ。」
「言葉通りの物が存在すると思えば大丈夫です。全て本当にあります。」
詳しく説明する気はなかった。
「あ、ヤト殿。先ほどのぷれいやーか否かの質問に答えてもら」
「おお!そうだった!俺の主であり友人、ナザリックの王が君達を来賓として招きたいそうです。」
危なく先ほどの質問に戻りそうだったため、話題を逸らす。

「よろしいのですか?」
「見てみたい。」
「私の質問にこた――」
「何人来ても大丈夫ですよ!仮に100人連れてきても。とりあえず蒼の薔薇の方々は来ませんか?暇な時を教えてくれれば話を通します。案内しますよ、なんなら泊まっていっても大丈夫!広いお風呂で戦いの疲れを癒して下さい。入浴の作法にはお気を付けて」
「可愛い女の子いる?」
「メイドは全員が美人です。でも手を出すと王様に怒られますよ。」
冗談だと思い、さらりとティアがレズビアンである事を聞き流していた。
「残念……美女なら見るだけでいい。匂いは嗅ぎたい」
「なぜ私を無視す――」
「匂いくらい好きなだけ嗅がせますよ!全員が絶世の美女らしいんで!いつでもいいから日程を教えてください。」
「……」
イビルアイは度重なる無視に諦めてしまった。

「じゃあそういう事で、もう遅いからまた今度にしましょう!セバス、戻って寝るぞ。俺はもう眠い!」
「ちょっと! まだ話が終わっ――」
「大丈夫です!俺はここで泊まってますんで、何かあれば部屋に!」
 声の残響を残し、風のように走り去っていった。
アインズに一刻も早く相談したかった。
 彼のように臨機応変に冷静な対処ができない体を恨んだ。
とても困っていた。


「……なんなのかしら。八本指の今後の話はできなかったわね」
「まったくわからん。何かを隠しているのか?」
「セバさん。しこうの41人って何?」
ティナが不思議そうに尋ねる。
「あと彼の名前はヤトではないのですか?」
「はい。ナザリック地下大墳墓は41人の神に等しい力を持った、尊き御方々によって創造されました。神に等しい至高の41人の一柱こ――」
「危ないな!余計な事言わずに早く来い!」
 風のように出ていったヤトが、風の如く戻り、再び風になって出ていった。
誇らしげに話していたセバスの口が止まる。
「申し訳ありません。では蒼の薔薇の皆様、これにて失礼いたします。」
既に姿の見えない主人の後に続く。




「なんなの……?」
「最後の方は私を無視し続けたぞ。やはり彼はぷれいやーと考えるべきか。」
「ぷれいやー?」
「十三英雄や六大神、八欲王などの神に等しき力をもった存在だ。ゆぐどらしるという場所からこちらへ来る者がそうだ。」
「でもよ、南方の血が入ってるぜ。そっちの出身なんじゃねえの?」
「可能性の話だ。もし、ぷれいやーだとすると非常にまずい。……彼は少し変わっているが」
「あんな変な人が神様なのかしら?」
執拗にお皿の一件で馬鹿にし続ける変な仮面を思い浮かべる。

「イビルアイ、神様蹴飛ばした。ライダーキックって何?」
「うっ……い、いや、ライダーキックは私も知らん。だが今度会ったら本気で謝っておこう」
「セバス様にもね。」
「う……うん」
先ほどの事を思い出し、頭を垂れる。
「今日は疑問が増えただけ。何者かまるでわかってない。」
「本当だよな。結局はなんだっつうんだ?あいつは神様か?」
「美女……早く行きたい……。鬼リーダー、すぐ行こう。まだ起きているはず」
「落ち着け。でまかせかもしれないからな。」
「そうよ。まだ安心はできないわ。隠し事があるのは殿方には……ん、怪しいものね」
「鬼リーダー、どうした?装備品変える?」

 聞きたい事は山のようだったが、中途半端に聞く事により天へと伸びるバベルの塔になっていた。
ティア以外の四人は得た情報を精査し、次に何を聞くべきかを深夜までまとめ続けていた。
「美女が一杯……」


彼女達は何もわかっていないが、それはヤトも同様だった。
五人の職業すら理解しておらず、イビルアイのちょっとした情報だけを得た。
蒼の薔薇が本当に部屋に来ても困るので、アインズの言葉通りナザリックへ逃げ帰った。

アインズとデミウルゴスを交えながら、今後の戦略を練る事になるが、これが朝まで続く長い会議となってしまった。
 帰ってきたヤトは、前日と同様に夕方まで眠り続ける事になった。




29日目はネタバレ防止のため夕方までカットします。
その会話内容により、八本指の利用方針決定。
会議の影響により、ラキュースの好感度ダイスは最後の一回が危険。

寝起きダイス 13以上で寝坊、14のみラブコメ  1d20→16 寝過ごしました。
まぁ、ラブコメはちょっと違うよな…。
イビルアイの地雷踏む率 1d% →60% 外れ 彼女のクリティカル確率Down
6個くらいの条件を考慮した結果→ファンブルなし クリティカル率40%
→当たり、クリティカル。クリティカルとしては破格のバーゲン確率。


ラキュース好感度 1d20→6→ 現在41
最後のダイス9以上で悲恋回避。
8以下はこのSSのあらすじを変更の必要も考慮(ヒロイン変更)

おめでとうございます。
ラキュースでも性欲値が上がるようになりました。+10 現在30 上限50


イビルアイの好感度ゲージ出現 ただし条件は下記の通り
ヤト 2d8 まだダイス不可
アインズ 1d10 まだダイス不可
モモン 1d20 出会って機会があれば可能


今更ながら好感度の説明。女性50で恋愛関係イベント。
相手の短所を知らずに、長所だけみて関心を寄せている状態。
100は相手の清濁・表裏、全てを受け入れる状態。
女性側の好感度が50を超えた段階で男側の好感度ゲージが出現。
ナザリック勢は初期値100(アインズ・モモンガ・鈴木悟のみ)


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31日目まで  ~ナザリック地下大墳墓

読み飛ばし可能。長い。
この話は修正時に一部への大幅な改修がありました。
ガゼフ達との一件は、今後レベルアップの参考になるでしょう



「ということで、今日から我々は作戦実行に向けて行動しよう。」
夕方に目が覚めたヤトは、食事を摂りながら昨日の作戦内容をセバスと共に確認した。
「はい、お任せください。ヤト様が動けない夜は、私にお任せください。」
「よろしく頼むよ。人助けの依頼は必ずやってね。昼間は俺が見回るから。」
会議により決まった行動方針は3点だった。
ヤトは支配者として、それらしい態度をとる事。
可能な限り善行を重ね続ける事。
王都でレベルアップの検証をする事。

セバスは睡眠不要のため、昼は人助けに関する依頼をこなし、夜は眠っているヤトの護衛につく。
「ヤト様、クライムがこちらに。」
「なに?」
 入口の方に目を向けると、クライムが嬉しそうな子犬のようにこちらに走ってきた。
「ヤト様、セバス様。先日はありがとうございました。」
「クライム、あれから鍛錬は続けていますか?」
「はい!もちろんです!」
「あ、ああ。どうしたのだ、クライム。」
予想外の来客に困っている。
「はい、実は稽古をつけて頂こうかと。いつでもいいと仰ってましたので、失礼ながら今日は時間がありましたのでこちらに。」
「そ……そうだったな」

面倒だな。セバスに任せようかな。

「直にストロノーフ様とお連れの方がこちらに向かっております。」
「えー。そうなの?」
支配者然としての態度ではなくなっていた。
いつでもいいよと自分で安請け合いした以上、大した用事もなく断れもしなかった。
どちらにしてもレベルアップの検証は必要なのだ。
「セバス、今日は彼らに付き合おう。俺も興味があるからな。」
「畏まりました。ではクライム、何か召し上がっては如何ですか?」

セバスが彼に優しいのは弟子だからだろうか、子犬だからだろうか。

「そうだな、好きな物を頼んでこい。満腹になると動きが悪くなるから食べすぎるなよ」
「はい!ありがとうございます!」
お尻に尻尾が見えないかと思い、ヤトは目を凝らした。
だが、何もついておらず、尻尾は発見できなかった。
「まあ、いいか……」




その後、宿に着いた彼らと話した結果、この宿の中庭が想像以上に小さかったため、ガゼフの邸宅へ邪魔する事になった。

「よろしく頼む、ヤト。」
「ヤトと言います。よろしく。」
「ブレイン・アングラウスだ。」
盗賊のアジトでモモンに敗走後、ガゼフ邸に厄介になっていた。
仮面の不審者が無警戒に伸ばした手を、ブレインは恐る恐る取った。


玄関の縁石にあぐらをかいて、猫背気味に座り込む。
離れた所でガゼフ達が話をしていた。
「よお、ガゼフ。本当にあいつは強いのか?俺を倒したモモン程の強さを感じないぞ。」
「ブレイン、私を信じろ。彼は私が会った剣士の中で最強だ。」
「とても信じられんが。」
「立ち合えばわかる。私が手も足も出ないのだからな。」
「あまりわかりたくないものだ。短期間で何回も負けたくない……」
ブレインは腕の割に打たれ弱かった。


新たなブレインの実力を調べさせたかったので、セバスに見学をしてもらいながら3対1の立ち合いとなる。
 ガゼフが装備を整える事を勧めていたが、はっきり言って乗り気でなかった。
実力差ははっきりしているのだ。
そのため真剣に装備品を整える気にもなれず、いつもの黒ジャケットと仮面のままだった。
「さあ、始めよう。」

 刀を構えるヤトに対し、最初は一人ずつ斬りかかっていった彼らも、まるで歯が立たない現状を考慮し、やがて同時に仕掛けて行った。
それでも三人同時の攻撃まで弾かれ、当たったと思われる攻撃も何の効果も無かった。
しばらく剣が刀に弾かれる金属音を響かせ続けた。
30分程度、そんな事を繰り返していると、ブレインが音を上げた。


「なんだこいつは!化け物か!勝てるわけがない!」
ブレインは刀を投げ捨て、庭に大の字で寝そべった。
「はぁ……はぁ……ブレイン……」
「ガゼフ、休憩にしよう。」
「あ……ああ、そうだな。すまない、ヤト」
三人とも息が上がっていた。

セバスの隣に行き、ヒソヒソと内緒話を始める。
「セバス、彼らのレベルは調べたか?」
「はい、ガゼフ様が35、ブレイン様が32、クライムが16でございます。」
クライムはリザードマン相手でも怪しかった。


「ブレイン。ちょっといいかな?」
大の字に寝転がるブレインに歩み寄る。
「はぁ……はぁ……なんだ?」
「ガゼフが壁にぶつかっていると話していたのは、ブレインの事だろう。誰に負けたのか教えて欲しい。」
彼の持っている刀に興味があった事と、この世界では強い彼をここまで追い詰めた相手にも関心があった。
 だが、話を聞くとどうやらアインズに拉致されそうになったところを命からがら逃げだしたと聞き、昨日の情報交換に出た、取り逃がした盗賊の用心棒だと気付く。


「一つ聞きたいのだが、強くなりたいのか?」
「当然だ。だがモモンに勝てるとは思えん。あいつは……上手く言えないが人間では勝てないさ」
自嘲気味に笑った。
「では可能性があったら、どうする?」
「そうだな……そんな可能性があるなら、悪魔に魂売ってでもやるかもしれないな」
「その言葉……忘れるなよ? 眷属よ!」
《眷属召喚》により、ガゼフ邸の庭に大量の大蛇が召喚される。
鮮やかな色をした大量の大蛇たちは、庭の半分を埋め尽くしそうだった。
一様にヤトの後ろへ集まり静かに頭を垂れた。
蛇は蛇なりに跪いたのだろう。
休憩していたら大蛇の群れが現れたのだから、驚いた三人は武器を構え蛇達から目を逸らさずにこちらへ避難してきた。

「大丈夫、彼らは俺の指示があるまで動かないから。」
「ヤト、何をしたのだ?!」
「ヤト様、なぜ急に蛇達が!」
「あんた……本当に人間なのか?」
「彼らは特殊な技術で呼び出したものだ。レベルアップというものがあって、倒した敵の強さや数に応じてこちらも強くなる方法を試したい。三人とも付き合ってくれないかな。」
「れべるあっぷ、ですか?」
「こいつらを殺せばいいのか?」
「レベルは強さの階級の事で、強敵・数多くを倒せば上がっていく。彼らはこのまま無抵抗にしているから倒してくれるか。」
「しかし……無抵抗の者を切るというのは」
「本当に強くなれるのか?」
「俺はそうやって強くなった。際限ない殺戮の果てが、今の俺の姿だ。試す価値はあると思うが?」

「私は反対だ。」
ガゼフには、呼び出した部下を殺せというヤトが信じられなかった。
「安心してくれ。彼らに関しては殺されたら自分たちの住む世界に帰るだけだ。無為な殺戮よりはマシだぞ。」
初日にアインズが魔法で眷属を倒したとき、死体が残らなかった事を覚えていた。

「……ガゼフ。俺はやる」
「ブレイン……」
「ストロノーフ様。私も強くなる可能性があるのなら、やります。」
「クライムまでもか……ヤト、彼らは本当に消えるだけなのか?」
「ああ。死体の山が溢れるような事はない。それは安心してくれ」
「わかった。私もやろう。」
いつしかブレインの蝋燭の灯だった瞳の光は、希望の光にかわっていた。
その光に当てられ、ガゼフとクライムの目にも光が宿った気がした。
「クライム、お前は特に弱い。一匹でも多く倒せ。他の二人に負けるな。」
「は、はい!わかりました!」
「では行くぞ。眷属達よ、攻撃せず大人しく斬られろ。」




真っ先にクライムが斬りかかっていく。
「たあっ!」
蛇は抵抗せずに斬られるが、やはりクライムの一撃では死ななかった。
「うおお!」
ガゼフは一太刀で二匹まとめて切っていく。
ブレインはガゼフの姿を見て闘志を燃やし、居合の切れが良くなっている。
 斬られた大蛇たちは、血も流さず光になって消えていく。
庭に蛇の死骸は一匹もなかった。
そのまま彼らはしばらくレベルアップに興じることになった。


彼らが全ての蛇を倒し終わるまで体が空いてしまい、ガゼフ邸の玄関で涅槃のポーズで横たわる事になる。
「セバス、宿に行ってガゼフに貰ったお酒を持ってきてくれるかな?」
「畏まりました。すぐに行ってまいります。」
眷属が全て消えたのは二時間後だった。


彼らは全ての蛇を倒し、地面にへばっていた。
レベルが低い相手とはいえ、庭の半分を埋め尽くしかねない量だったので、無理もないだろう。
「セバス、彼らの経験値上昇はわかるか?」
「はい、どうやら個人差があるにせよ、上昇をしているようですね」
「あーそう。誰が一番上がった?」
「はい、ガゼフ様とブレイン様はもうすぐレベルが上がります。ですが、クライムはまるで上がっていません。」
「……倒した数が少ないからか? 相手の強さはクライムと対等程度だったから、一番レベルが上がってもいいのだが。アップも才能なのか? ユグドラシルじゃレベル100にするよりも、どの職業を極めるかが重要だったから、レベルアップはそんなに大変じゃなかったんだが……」
「ヤト様、申し訳ありません。クライムはレベルが一つ上がっております。」
「わかった。それなら問題ない。この世界でもレベルアップの方法は敵を倒して強くなると実証できた。彼らに変化を確認しよう。」
へばっている彼らに声を掛けに行った。

「三人とも少しだけ強くなってるが、自覚はあるか?」
「はぁ……はぁ……ヤト、これはなんだったのだ?」
「レベルアップだ。強さのランクで100まである。俺が100、ガゼフとブレインが30超え、クライムが17だな。」
「100まで……どのくらいかかるんだ……?」
「それは俺にもわからない。」
「ぜぇ……ぜぇ……」
「レベルの検証は始まったばかりだからな、数日間は付き合ってくれるとわかるのだが。」
「わかった……俺はまだ……戦える」
「はぁ……ヤト、今日は泊まっていかないか? 家政婦の料理は味が薄いが、美味しいぞ」
「遠慮なくそうしよう。クライム、今日は帰って休め、レベルが一つ上がっているから体が悲鳴を上げるかもしれない。ガゼフとブレインは明日には一つ上がるだろう。」
「わかり……ぜぇ……ました」
「こんな事……明日もやるのかよ……」
「二人とも、ガゼフから貰った酒があるから、落ち着いたら飲もう。」
元気づけようとニーッと笑ったのだが、彼らはしばらく起き上がれなかった。
 レベルが上がっても、疲労のステータス異常は回復しないようだ。




王の私財を投じた最高級ランクの酒は、ブランデーの香りに似ていて美味しかった。
 アルコール度数はかなり高かったが、三人ですぐに空けてしまった。
家政婦の味付けがもっと濃ければ、満腹になり深酒せずに済んだだろう。
「ガゼフは結婚しないのか?」
「私は王の為に剣の腕を磨き続ける生活をしていた。この年になっても縁がない、どうやって交際するかもわからん。」

ブレインは顔を真っ赤にしながら、嬉しそうにガゼフを茶化す。
「こいつ、女を知らねぇのかもしれないぜ?」
「ガゼフー、三人で娼館でも行くかぁ?」
「……遠慮しておく」


ヤトがガゼフ邸に泊まっている間、“蒼の薔薇”の面々が代わる代わる部屋を訪れていたらしい。
どこに行ったのか誰も知らず、追いかける手段もないため引き返していった。
彼女達は依頼に出掛けてしまい、宿の主人に伝言を頼んでいった。
 宿の主人は戻ってきた彼らに、大量の手紙を手渡した。

最初こそメガネをかけて一生懸命読んでいたが、武器屋・装備品・雑貨屋・投資話・弟子入り・家族を名乗る者・貴族・冒険者などの怪文書まで混じった案内状(チラシ)の山に辟易してしまい、最後の方はまとめて捨ててしまった。
善行を重ね続け、富と名声が高い彼らと関係を深めようとする人間は、驚くほど多かった。

メガネ無しでも良質な羊皮紙であれば目に留まっただろう。
だが所詮は異国の言葉で書かれた、翻訳無しでは読めない文書であり、メガネをかけ直す手間が面倒な彼にとって、半分ゴミでしかなかった。
“蒼の薔薇”の伝言が読まれることはなく、ラキュースは音沙汰の無い彼に失望を募らせた。





翌日のナザリック地下大墳墓、アインズが円形闘技場にて死体を使ったアンデッド作成を行っていた。
「ふむ、やはりレベルが低い人間を媒介にするより異形種を使った方が強い。リザードマンの死体か……」
アンデッド作成の効果が、この世界に少し変わっている事を改めて実感する。
「リザードマン以外の死体でも実践するべきか。上位アンデッド創造に耐えられるのは種族なのかレベルなのか不明だが。」
召喚したアンデッド達を眺めながら悩む。
まさか王国最強の剣士であるガゼフを実験台にするわけにはいかない。
 失敗したら替えが利かないのだから。

視界の端、闘技場の片隅から誰かがこちらに走って来ていた。
「アウラか。すまんが闘技場をアンデッドの作成に使っているぞ。」
「何を仰るんです。絶対の支配者であるアインズ様に、私達の第六階層を利用して頂いて光栄です。」
「うむ。」
嬉しそうに見上げる碧と蒼の異色の瞳(オッドアイ)の、ダークエルフである彼女の金髪を、くしゃくしゃと撫でる。
「ア、アインズ様……」
少しだけ頬が紅を帯びた。
「さて、お前にリザードマン達の様子を見てきてほしいのだが、構わないか?」
「はい!喜んで!」
「では彼らへ手土産を持っていってくれ。魔法で作り出した魚がいいだろう。それから死体があれば持って帰ってきてくれないか」
「畏まりました。でも死体を集めるのなら、生贄として殺してみてはどうですか?」
「皆で協力し統治したものが水の泡になる可能性は避けねばならん。ここは友好的にいこうではないか。」
「はい、ではすぐに支度をしてまいります。」
「頼んだぞ、アウラ。」
「はい!行ってきます!」

来た時と同じ速さでアウラは走っていった。
「アウラもマーレも年齢設定は俺より年上なんだよなぁ。見た目は子供だから、王国を手に入れたら学校でも作るか。人間達と友好な関係も築ける、二人の教育も捗る。どこかの誰かさんみたいに下品にならないよう、しっかりとした性教育もそれとなく教えないとな。」
どこかの誰かさんがくしゃみをしている気がした。




アウラは魔獣三体と共に森の中を走っていた。
大狼のフェンリル、カメレオンに似たイツァムナー、翼の生えた蛇のケツァコアトル。
三体は全て神話に詠われるものだった。
フェンリルはフェンと呼ばれており、彼はアウラを背中に乗せるといって聞かなかった。
三匹は背中に食料とアウラを乗せ、目的地の集落へ到着する。

「さて、ついたっと。おーい!こんにちわー!」
集落に響くように大きな声で呼びかけた。
「は、はい!どなたでしょうか?」
「アインズ様の使者だよ、様子を見に来たんだけど。」
「おお、使者の方でしたか。申し訳ありません、見たことない魔獣でしたので襲撃者かと。」
急いで彼は跪いた。
「ごめんねー。」
ニコッと軽く謝る彼女は、10歳前後の少女に見えた。
「みんな、アインズ・ウール・ゴウン様の使者の御方だ。客人も安心してくれ。」
大声で集落に呼びかけた。
「客人?誰か来てるの?」
「はい、近くのカルネ村から魚の養殖を手伝って頂ける方がいらっしゃってます。」
「ふーん。アインズ様の命により、食料を持ってきたよ。みんな、集落の中に運んで。」
魔獣達は自分の大好きな主人の命令に、嬉しそうに鳴き声を上げた。
「あの、失礼ですが。お名前を。」
「アウラだよ。アウラ・ベラ・フィオーラ。」
「フィオーラ様。では汚い場所ですが、どうぞこちらへ。」
族長達の集会所に案内された。
本来ならば汚い家には入らないつもりだったが、大人しく後に続く。
彼らの忠誠を見たアウラは、自らが敬愛する主人を神の如く崇める彼らに気分を良くしていた。

「兄者、その方は?」
 集会所の入り口で緑色のリザードマンが近寄ってきた。
「ああ、ザリュース。アインズ・ウール・ゴウン様の使者の御方で、アウラ・ベラ・フィオーラ様だ。」
「お久しぶりです。族長の弟、ザリュース・シャシャです。」
戦の終わった後でアインズが連れてきた従者だったため、彼の記憶には新しい。
跪くザリュースをみてアウラは違う事を思い出した。
「そういえば変わったヒュドラがいなかったっけ?」
「はい、彼は奇形のため首が四本しかありません。ロロロは私の家で留守番をしています。」
「あの子ちょっと欲しいな。ねえ、ちょうだい。」
 親におもちゃをせがむ子供のようだった。
見た目は子供なのだが。
「え? いや、ロロロは大事な家族なので、それは……」
「可愛がるからいいでしょ。お願い。」
「いや、しかし……」
「じゃあ私のものって事にしてよ。ナザリックに連れて行かないからさ。たまにここに来たとき一緒に遊ぶくらいにするから。」
アウラは珍しい魔獣と遊びたいだけだった。

「む、あ、はい。それくらいであれば。」
「やったね。」
無邪気に両手放しで喜んでいる。
「……フィオーラ様、ではこちらへ。ザリュースも来てくれ」
シャースーリューは困惑したまま、会議室へ入っていった。





藁葺き屋根の会議室は思ったよりも片付いており、室内も広かった。
中に入ると他の族長達と少年が二人出迎えてくれた。
「あ、あの、初めまして。カルネ村でアインズ様のためにポーションを作っているンフィーレアです。ほら君も挨拶を。」
「は、ははは、初めまして。ヤト様におおお世話になりました。」
多少は落ち着いているンフィーレアに促され、震えながら挨拶をした少年。
見た目がアウラと同年代、10歳前後に見える小さな少年は、緊張して口もまともに回っていなかった。

二人はカルネ村から様子を見るために、実験的に派遣された二人である。
 ポーションの開発に行き詰まっていたンフィーレア、その付き添いで付いてきた少年。
 カルネ村も食糧難を解決するために、農作業に従事する者から人を選べず、止む無く無作為に選ばれた少年が派遣されることになった。
森林の蛇達がアインズの配下に入っている事は周知されており、道中に襲われる心配はされなかった。
「ふーん。そうなんだ。」
「よろしくお願いします。」
「お願いします!」

格好いいなぁこの人。女の人みたいに綺麗だし、年齢も僕と変わらないはずなのに。
 あの魔獣達が嬉しそうになついているなんて。あの赤い服の女の人も綺麗だったけど、この人も……あれ? 男の人だよね……? 何を考えてるんだろう。


光の当たらない、排泄物や生ごみの臭いが混じる路地裏から、太陽の下で働き三食の少ない食事ができる環境に移動された少年。
窃盗・ゴミ漁りで妹を守るために必死だった彼は、妹の責務から解放されて汗水流しながら働ける事が嬉しかった。
使い切れない感謝を持つ彼が、尊敬する人が所属する組織の幹部に会い、緊張するのも致し方なかった。
アウラを見て“男性”と勘違いしたことも、また仕方なかった。


「んで、みんなナザリックの支配下でまとまったの?」
「はい、部族戦争は終わりました。反発していた者は亡くなりましたので、当初のお話通りに我らを支配下にお加え下さい。」
部族戦争は過去に起きた食料を巡る凄惨な戦争ではなかった。

 プライドや見栄に固執した者と、生きる事に拘った者との戦いだった。
 長老と呼ばれる年長者に付いていく者とそれ以外の者では、後者の方が数も多く、戦争というより小競り合いの域を出なかった。
結果として年長者が大幅に減る事になったが、今後の事を考えれば子供が減るよりは些細な問題だった。
ゼンベル率いる血の気の多い部族“竜牙”、その一族全てがナザリックについた事も戦況を有利に進めた。

「そっか、じゃあ死体は持って帰るね。代わりに食料持ってきたから。」
「ありがたく存じます。アウラ・ベラ・フィオーラ様。」
知性の高い族長は深く頭を下げた。
「それで、今度は違う問題がでてるんですがよぉ。」
ゼンベルは慣れない敬語を使っているため、言葉に違和感がある。
「フィオーラ様。」
白いリザードマンが不安そうに切り出した。
「アウラでいいよ。」
「失礼しました。ではアウラ様、どうやら蛙人(トードマン)が攻めてくるようなのです」
蛙人(トードマン)?」
「彼らが様子を窺うついでに攻めてきたため、撃退した時にカルネ村から持ってきたポーションを使いきってしまったんです」
ンフィーレアが空き瓶を取り出して振ったが、中に液体は入っていなかった。


「ふーん。そいつらって強いの?」
「いえ、はっきりいうと我々が弱いのです。アウラ様の連れて来た魔獣一体で、全滅が可能でしょう。」
「なんだぁ、大したことないじゃん。」
「御助力頂けるのですか?」
「いーよー。アインズ様も死体を欲しがってたし、お土産にちょうどいいね。」
明るい口調だが、内容は物騒だった。
褒めて貰える期待で目が輝きだす。
「ありがとうございます。」
「では我々も早速、準備を――」
「あたし一人で足りるよ。」
彼女にしてみれば、森の妖精(ドライアード)の手伝いで忙しい妹に引き換え、時間が大いに余っていた。
暇つぶしに種族を全滅させるという、主人の役に立つ“仕事”ができて嬉しかった。


「あの、僕も連れて行って下さい。」
「やだよ。面倒くさいし。」
 魔獣にしがみつけるかも怪しい少年を、一緒に連れていく気にはならなかった。
「僕もアウラ様みたいに強くなりたいんです!」
「えー……。じゃあフェンに乗れば? 落ちても助けないし、死んでも知らないよ?」
「はい!頑張ります!」
「あ…あー。アウラ様、彼をよろしくお願いします。」
ンフィーレアは少年を止めようとしたが、話の流れに間に合わず、それだけ言うのが精いっぱいだった。




 アウラはケツァコアトルの上から、フェンに必死で掴まる少年をみる。
フェンにゆっくり走ってと指示を出してはいない。
彼女からすれば落ちて死んだとしても、興味はなかった。
フェンがとても優しいなどとは、予想すらしなかったのだ。
三匹の最後尾を走るフェンは、明らかに走る速度を落としていた。
全力で走ったら、少年は吹っ飛んでいただろう。

程なくして湖の反対側にあるトードマンたちの集落へ到着する。
「フェンは優しいなー。」
遅れて到着したフェンの顎を撫でると、嬉しそうにキューンと鳴いた。
少年は話す気力もなく、フェンの上で息を荒くしていた。

「こんちわー!」
初めから皆殺しにしてもよかったのだが、一応どんな種族か見てみる。
「げっ。」
ロロロがいたケースもあったので何かいればいいな、と思っていたが彼らの姿にアウラはとても後悔する。
ギョロッとした飛び出そうな目玉、体を覆う大量のイボ、表面はヌメヌメした粘液で覆われて光っている。
蛙に似た亜人ではなく、二足歩行で歩く普通のイボカエルだった。
「ゲロ。なんだお前ら。」
「あー……悪いんだけどさ。リザードマンはあたし達のだから手を出さないで貰える?」
なるべく控えめにいったつもりだったが、それがかえって彼らの増長を助ける事になる。

「ゲッゲッゲ。馬鹿かこいつ。」
「ああ、馬鹿だな」
「変な奴らに襲われて弱っている今が攻め時だ。」
蛙たちはゲロゲロと笑いあっている。
「や、やややめろ!あの人達は大事な仲間なななんだ!」
リザードマンと僅かに過ごした少年が反論した。

ふーん。

アウラは少年を少しだけ見直した。
フェンに乗ったままでなければ、もう少し評価が上がっただろう。

「大人しくするなら部族全てを滅ぼさずに済ませるけど?」
ナザリックがこんな汚い蛙共に馬鹿にされたのが気に入らなかった。
ここで跪いていれば彼らは助かったかもしれないが、その選択肢は選ぶことが出来なかった。
「ギャッギャッギャ!」
「どこかの馬鹿どもにやられた奴らはこのまま滅びるんだ。」
「骸骨なんかに負けたそうだな、俺達だったら簡単に倒してたぜ!」
彼らは非常に素早くアウラの怒りに触れた。


アウラが腰から取り出した鞭を大きく振ると、近くにいた蛙はまとめて千切れた。
腰のあたりから引きちぎれた彼らの臓物が辺りに散らばり、周囲は生臭さで溢れる。
「みんな、殺していいからね。死体は後で持ち帰るから、あまりバラバラにしないでね。」
魔獣は主の命を受け、三匹とも嬉しそうに吠えた。
フェンは背中に乗せていた“荷物”をアウラに向かって放り投げる。
ゆっくりと放物線を描いて投げられた少年はアウラに抱き留められる。

あ…いい匂い…。

少年の鼓動は、今まで生きてきた中で最も高鳴る。
無言でさっさと地面に降ろされ、内心はとても残念だった。
アウラは蛙たちの殺戮に興じる、可愛い魔獣達の頑張りを嬉しそうに見ている。
その横顔から少年は目が離せなかった。


戦いは一方的であり、蜥蜴人(リザードマン)と対等以上に戦える程度の蛙人(トードマン)に初めから勝ち目はなかった。
食料としての価値すら見出してもらえず、蟻を踏み潰すかの如くあっさりと殺され続ける。
神話や伝説に名を連ねる魔獣達は、老若男女一匹も漏らさずに順調に壊滅させていった。
「うえー汚いなあ……」
引きちぎられた内臓が周辺にばら撒かれ、アウラは嫌悪感を隠せずにいる。
少年は初めて見る生物の内臓に吐き気を堪えるので必死だった。


「全部殺したからアインズ様に連絡しようっと。」
《メッセージ/伝言》で主に連絡をする。
「アウラか?どうかしたのか?」
「アインズ様、トードマンが戦争を仕掛けようとしていたので全滅させました。」

うぇ?!マジで?!

「……ほう。アウラよ、勝手に交戦しては駄目じゃないか。相手が未知の武器を持っていたら大事なお前が傷を負ったのかもしれないのだぞ」
内心動揺していた彼の心はすぐに収まったが、ただの使者として任せたアウラが自由意志で一種族を全滅させたのは意外だった。
勿論、守護者の自立意志を改めて証明する喜ばしい成果として。

「可愛いお前に何かあったら、ぶくぶく茶釜さんも悲しむだろう?」
「はい……ごめんなさい、アインズ様」
申し訳なさそうに謝っているが、内心は可愛いと言われた事で有頂天になる。
「構わないとも、アウラ。予想以上にお前は優秀な子だな。これでアンデッド作成の実験がはかどり、進行中の計画も進展するだろう。よくやったぞ、アウラ。死体はこちらで引き取る者を手配するので、安心して帰還せよ。」
「ありがとうございます、アインズ様!」
褒められた事に喜び、健やかな笑みを浮かべる。
声は周りの者には聞こえないが、アウラの満面の笑みは少年からよく見えた。

 なんでだろう。同じくらいの男の子にドキドキするなんて……僕はおかしくなっちゃったのかな……? 

「さて、みんな帰るよー。あんたもフェンにお礼いいなよ。わざと遅く走ってくれたんだからさー。」
「は、はい!ありがとうございます、フェンさん。」
礼を言われた大狼は、気にするなとでも言いたげに鼻を鳴らした。
彼らが立ち去った後には、蛙の死体が大量に残されるばかりだった。


蛙人(トードマン)達はその低い知性によって片手間で全滅し、蜥蜴人(リザードマン)の周辺から完全に姿を消した。
弱者が強者により淘汰される事は自然の摂理の一環であり、他に何の意味もなかった。
こうして敵を失った蜥蜴人(リザードマン)達はひょうたん湖全てを領地とし、魚の養殖は順調に進んでいく。


 アウラに懸想しつつ同性愛の性的嗜好に悩む少年は、リンゴが大好きな妹をカルネ村に残し、集落での魚の養殖に、本格的に取り組む。
アウラ個人の信者となった少年は、知識を少しずつ増やし続け、魚の養殖人としての知識を彼らと共に蓄えていく。
自身を同性愛者と勘違いし苦悩しながらも、稀にロロロに会いに来るアウラの顔をみては舞い上がっていた。





蒼薔薇の伝言に気付く日程→1d10 →10→10日後→41日目
クライムの子犬度 →1d20 →7 現在23
使者→1d6 →4 アウラ
カルネ村の助っ人 ンフィーレア(固定)
→1d6《1一人 2ゴブリン 3義父 4エンリ 5村長 6ヤトに拉致られた子供》
→6 ヤトに拉致られた子供
再抽選→1d4《1兄 2妹 3兄妹 4その他の子》 →1兄

少年の好感度  めんどくせ、一応振ってやるか 
1d20→ 20 クリティカル  ぎゃああ! →話が長くなる原因

今の所、魚の養殖くんに出番はありません。カルネ・AOG発展にも影響はありません。
アウラとの恋愛は不可能です。砂漠にフラグは建設不可です。
彼女を少女から女に変えられるのはアインズ様だけです。

10巻のアウラに女の表情が見て取れて、成長してるんだなぁと感慨深いス。
つーか原作アインズさん、あちこちで奇妙なフラグ乱立し過ぎ。
アルベドの頬にキス(?)して嬉し泣きさせて、真逆の意味で解釈するってどうなの。


修正時の追加ダイス
レベルアップダイス追加 《00は100%扱い》
ガゼフ →80%
ブレイン→90%
クライム→10%  …。

クライムが実はレベルが上がっている可能性 1d% →60% 成功
実は一つ上がってた。


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34日目まで 王都リ・エスティーゼ

蛙人(トードマン)で作れるアンデッドか……やはりレベルを考慮すると……しかし……うーむ……いくらなんでも大丈夫か?」
円形闘技場で考え事をしているアインズに、ナーベからの一報が入った。
「アインズ様。白銀という者が宿に来ていますが、如何いたしますか?」
「そうか、すぐに行くから待っていてくれと伝えてくれ。」

ナーベから連絡を受けて急いで宿に行くと、ツアーが宿の外で待っていた。
「やあ、モモンガ。久しぶりだね。」
「ああ、わざわざ来てくれてすまないな。早速だがここでは話が漏れるとまずい。密談できる場所へ移動しよう。」
二人はナザリックの応接間に通じる通路へ転移していった。




 大理石のような鉱石でできたテーブル、巨大なシャンデリア、作り込まれた室内はどこか大国の国宝を思わせる品で溢れていた。
「凄いな、ここが君たちの拠点かい?」
赤いソファーに腰かけた白銀は、周りをきょろきょろと見渡している。
「ああ、凄いだろう。私達が仲間と作り上げた大切な場所だ。壊すなよ?」
「壊さないよ、本当にすごいな。スルシャーナの拠点も綺麗だったけど、廊下からここまでのわずかな距離だけで、こんなに作り込まれているなんて。」
素直な称賛がアインズの気分を頂点まで引き上げる。

「ははは。そうか、そうだろう。ここは仲間と作った大事なナザリックだからな。褒められると嬉しいものだ。今度、時間があるときに別の場所を案内しよう。」
さりげなくナザリックという固有名詞を出してしまっていたが、チョロく舞い上がっているアインズは気付いていない。
「スルシャーナは六大神だったか?」
「その通りだよ。種族に詳しくないから、彼が何のアンデッドだったのかは知らないけどね。」
アインズは気分が良くなり過ぎていた。
自分自身の軽率な行動に後悔し、ヤトにも馬鹿にされる羽目になる選択肢を取った。
「私の姿を見せよう。少しはヒントになるかもしれない。」
モモンの姿だったアインズは、オーバーロードの姿に戻った。


「あ……スルシャーナじゃないか!」
「え?」
「いつ復活したんだい?どうして連絡くれなかったんだ。」
「は?」
いきなり興奮し出した白銀に驚き、骸骨の下顎が落ちる。
「もう二度と復活しないのかと思っていたんだよ。もしかして記憶があまりないのかい?」
「待て待て。私はモモンガだ。スルシャーナではない。」
「……違うのかい? 着ているものまで同じに見えるけど」
「はっきり言って違う。似たような装備は沢山あるだろう。」
「そうだね……。すまない、取り乱してしまったよ」
声の響きだけで判断すると、かなり落胆している。

「スルシャーナは私と同じ種族の魔法詠唱者だったわけか。」
「そうだろうね。やはり彼は復活しないと思うかい?」
「繰り返し殺されたとすると、消滅した可能性が高い。ユグドラシルでは苛烈な制裁や報復で使われていた手段だ。もう復活はしないだろう。」
“燃え上がる三眼”を思い出した。
「そうか、そうだよね……」
寂しそうにつぶやいた。


「ああ、そうだった。ツアー、お前は白金の竜王で間違いないか?」
「うん?どうしてそう思うんだい?」
「スレイン法国の情報に、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)以外の竜王は全滅したと記述してあったぞ。」
「確かに私は白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)だよ。だけど今でも元気にやっている竜王もいる。スレイン法国の捏造に引っかかったんだね。」
「……用心深い事だな。何を心配しているのやら」
「私を除く今の竜王は八欲王とは交戦していないんだ。それに当時を生きていた竜王の大多数が犠牲になったのは事実だよ。今を生きる竜王達を遥かに超える力を持っていたのに、みんな殺されてしまった。」
鎧を付けているので表情はまるで分らないが、何か思う所がありそうだった。

「当時を生きた竜王の生き残りはツアーだけなのか?」
「そうだよ。スレイン法国の連中は復活すると信じているし、危機感を抱いてるけどね。だから彼らにユグドラシルのアイテムが渡るのは何としても避けたいんだ。彼らが八欲王のようにドラゴンや亜人種、魔獣、詰まる所の人間以外を殺し尽くす存在になると困るからね」
「ふむ、それは危険だな。彼らのアイテムについて説明をしよう。」

漆黒聖典の中で最も危険なアイテムは“傾城傾国”であり、相手の抵抗力を無視して洗脳する効果がある。
ワールドアイテムである以上、対抗するにはワールドアイテム所持者でなければならない。
つまり、竜王・ヤトを含めて大多数の者に効果が及ぶ事になる。
アインズは所持した経験がないため、詳しいルールは不明だったが何かの制限は必ずあるとだけ説明をした。


「洗脳か……それはまずい。やはり彼らの無効化が先だね。私が操られたら平和に暮らしている大半の国に影響が出てしまう。ぎるど武器では対抗できないのかな?」
「無理だ。世界を変えるためのアイテムに対抗できるのは、同じように世界を変えられるワールドアイテムしかできない。使用したら壊滅的な被害をこの世界に与えるアイテムには心当たりがあるが、それが存在するかは不明だ。」
自分が持っているワールドアイテムの事は黙っていた。

「そうなんだ……。想像以上にまずい状況かもしれないね」
「これを機に彼らの持っている危険なアイテムを全て没収してはどうだ?」
「考えてはいたのだけど……モモンガ、私と手を組まないか?」
「初めからその提案をするつもりだったが。」
「そうか、ありがとう。彼らの動向を窺った上で、協力をしよう。でも過度の殺戮は避けてくれよ」
「……どうやらまだ私の事を疑っているな?」
「違うよ。やり過ぎないでって事さ。」
「そうか? 私は構わないと思うのだが。今は部下の監視を付けてある。どこにいるのかはすぐにわかるが、今はもっと情報が欲しいところだな」
アインズは言葉を一旦区切った。


「それより、教えて欲しい事があるのだが。」
「なんだい?」
「王国の冒険者、蒼の薔薇にいるアンデッドがプレイヤーを知っているのだが、心当たりはないか?イビルアイというヴァンパイアの少女らしいのだが。」
「イビルアイ……少女……プレイヤーを知るアンデッド…ヴァンパイアねぇ。思い当たる節はあるけど、彼女が何かしたのかな?」
背の小さい生意気な少女が白銀の頭に浮かぶ。

「阿呆な友人が大層怒らせて蹴りを食らったらしい。彼女が敵か味方か知りたい。」
「そうなのかい?大方、背丈の小さい事か、少年とでも馬鹿にでもしたんじゃないか?」
「う…うむ。故意ではないのだが、その通りだ。」
友人のしでかした愚行に、自分も恥ずかしくなるアインズ。
「その彼女にならプレイヤーと話しても問題ないと思うよ。彼女とは私よりも仲の良かった友人がいるから、その内に会わせよう。」
怪しく笑う老婆が思い浮かんだ。

「わかった。ではそのように伝えておく。」
「泣き虫インベルンのお嬢ちゃんとでも言えばわかるよ。それで私達の知り合いだとわかるから。」
「イビルアイ……インベルン……わかった、私が出会ったら伝えておこう」
「あまり苛めないであげてくれ。友人に昔から、泣き虫と言われ続けているんだ。意地っ張りで頑固だけど、根は優しい子なんだよ。」
「白銀と同じ英雄だったりするのか?」
「そこまで気付いたのかい?竜王という事まで分かっているから話すけど、私は十三英雄の一人だったんだ。」

「やはり、か。白銀という名前が思いっきり文献に載っていたぞ。」
「気づいていたのか。その通りだよ。」
「イビルアイはその周辺の人物といったところか。他のプレイヤーの情報も知りたいのだが」
「それはまた今度にしよう。話すと長くなるからね。彼らはいいプレイヤーだったよ。君と同じようにね。」
影で暗躍している事を知ったら、さぞかし怒り出すに違いない。

「それは光栄だ。またゆっくり話に来てくれ、歓迎する。」
「いや、今度は私の下に来てくれるかい? モモンガと一緒にこの世界に来た友人と一緒に。こちらの戦力はなるべく把握しておきたいし、単純に会ってみたいんだ」
「油断させて殺そうとしているかもしれないぞ?白金の竜王なのだろう?」
「そんな奴だったらわざわざ会いに来ないよ。モモンガの望みはこの世界の支配ではなく、大事な仲間を探す事だろう?」
「その通りだ。この先もそれは変わらない。では落ち着いたら会いに行かせてもらうとするか。どこに住んでいるのだ。」
舞い上がって姿を見せたことを、今更に後悔しているとは言い出せなかった。
 傍から見ると、二人は古くからの友人のように楽しく親しげだった。

「アーグランド評議国領内にある北の山だよ。私はずっとそこにいる。」
「わかった、では友人と共に行こう。日程が決まったら連絡をする。魔法で行けばすぐだからな。」
「待っているよ、モモンガ。」
「……あまり私の友人に期待するな。相当な阿呆だぞ」
「それはそれで楽しみだよ。」
白銀との話はアインズの予想以上に上手くいった。
お互いに和やかな雰囲気のまま、話は無事に終わった。

エ・ランテルまで白銀を送り届け、白銀と別れた。


「インベルンのお嬢ちゃんか。あいつに急いで教える必要もないだろう。さて、続きを始めるとするか。」
眼窩に赤い光を宿したアインズは、円形闘技場へ戻っていった。





王宮の一室にて、美女二人と護衛の忍者が一人、会話をしていた。
「ラキュース、思い人のヤト様はどうしたの?」
「思い人じゃない。この数日は、宿に戻っていないのよ。伝言を置いてもらったのに相変わらず反応がないし……本当に腹立たしいわね。思い出すだけでイライラする」
期待が失望に変わったため、苛立ち始めていた。

「落ち着いて、ラキュース。こういうことは焦っては損するのよ。」
「はぁ…わかっているわ。最近ため息が増えたのよね。」
「恋の病なの?だめじゃない、愛しの殿方は既成事実を作って鎖で繋ぎ止めておかないと。一緒に住んじゃえば?」
「ん……うん……いえ、ん? そんな事、出来るわけがないでしょう。恋の病じゃないもの」
歯切れが悪いのは何か思う所があるのだろうか。
事情を知らない者が見れば、誰かに恋煩いをしているとしか見えない。

「貴方もそう思うでしょ、ティア。」
「そう思う。鬼ボスのせいで美女が遠のいた。とても不満。」
眉毛を逆ハの字にして不満を表す。
「ティアまで何を言っているの。」
「私もお会いしてみたいわね。ラキュースがもう少し積極的だったらよかったのに。」
「充分積極的だと思うけど。」
「冒険者として積極的でも仕方がないでしょう?既成事実を作ってからにしなさいな。純潔のお嬢様。」
「う……なんか当たりが強いのはなぜなの?」

決まっている。クライムペット化計画が進んでいないから、内心は腹立たしい。
実績を立てさせて彼をこの部屋に招き、協力を仰ぐ計画はまるで進んでいないのだ。

「鬼ボス、早く手を付けないと他の女に取られる。手は早そう。」
「そうよねえ。私もそう思うわ。」
「二人して何言っているの。なぜ私が彼を好きになっていると信じているの?よく考えたら私は何もしないわよ?」
澄ました顔でティーカップを口につけた。

「素直じゃないのね、大事な魚を逃がしちゃうわよ。おバカさん。」
「純潔鬼ボスは思い込みが激しい。最初が踏み出せない。」
ラキュースの笑顔に影が差し込みだす。
「ねえ、ラナー。私、あなたに何かしたのかしら。」
「何もしていないわ。ちょっとからかっただけよ。」
何もしていないのが腹立たしいとも言えなかった。
「そう、このお姫様は仕方ないわね。」
「私はまだ不満。早くナザリックに行きたい。」
「お黙りなさい。」
ニコニコと笑う笑顔には、既に暗い影が差していた。

「ラキュース、これをみてくれるかしら。」
一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルに広げる。
「暗号文?」
「そうなのよ。これは八本指の拠点移動の指令書みたいね。」
「よく解読できたわね。出どころは確かなの?」
「盗賊が酒場で酔いつぶれた構成員から盗んだみたいなの。道端で眠っていた盗賊を、運良く通りかかった衛兵が捕まえたようね。」


酔いつぶれた八本指構成員からカバンごと盗んだ盗賊、それを衛兵が“偶然”捕まえたのだ。
カバンを盗まれた八本指構成員の健在を確認していた。
内容は本指令ではなく、拠点移動の案件が記載された連絡書類だった。
具体的な内容と日時の記載はないが、拠点場所は全て記されている。

以上の内容により、
書類の紛失は発覚していない事
本格的に動くまでに至っていない事
組織内で内々に動くべき何かが起きた事

などの点が考慮され、罠である可能性は非常に低いと判断された。


「どうやら八本指に何かあったみたいなのよ。捕まえた犯罪者たちの話だと、内紛の可能性が非常に高いって。違う部門で無作為に捕らえた彼らの話は全て一致しているわ」
「凄いじゃない!これならすぐに八本指を潰せるわ!」
ラキュースは興奮して立ち上がる。
「上位冒険者を集めて総力戦にしようかと思うのだけど、あなたたちは空いている?」
「当たり前じゃない!他の依頼は後回しよ!」
「叔父様はいつお戻りになるのかしら?」
「叔父さんはしばらく帰ってこないわよ」
興奮して貴族としての話し方が止まっていた。

「そう。愛しのヤト様は捕まらないみたいだから、執事の方に話を通しましょう。叔父様の穴埋めにエ・ランテルにいる英雄様にも話を持っていくわね。六腕は数が減ったとはいえ、まだ敵にいるから。」
「愛しのって、それは本当に違うからね。この機を逃さず徹底的にやれば、王都も平和になるわね。早速、準備をしましょう。」
「そうね、この配置だとある程度の策を練らないと、逃げられると面倒だし。」

八本指壊滅の功績は彼を招くのに充分な理由だ。次はこちらにも協力して貰おう。
ラキュースの情報くらいは全て渡してやっても構わないだろう。


聡明なラナーはここで一つの過ちを犯した。
功績を立てる前にヤトと会っていれば、後の歴史に残る惨劇は防ぐことができただろう。
あるいはクライムがラナーに内密にしなければ、強引にヤトを呼んでいたら、ラキュースとヤトが恋仲であれば、防ぐ事ができたかもしれない。
だが後の祭りである。

こうして数日の内に、作戦概要は王国中の強者、中位以上の冒険者達に通達された。



おまけ

「おまえが森の妖精か?」
「ひっ!は、はい!そうです!よろしくお願いします!」
森の妖精(ドライアード)はなぜかとても怯えている。

「なぜ怯えてるんだ?」
「だ、だってその。下手な事を言うと気まぐれで殺されるって聞いてます。」
「……まあ、それは外れではないな。ところで一つ聞きたいのだが、お前は男なのか? 女なのか? 両性かあるいは性別が無いのか?」
「はい。僕は女です。」
「僕っ娘?めしべって事になるのか?ではおしべがあれば樹木が増えるのか?森の妖精(ドライアード)が増えるのか?そもそも森の妖精って交配とかするのか?」
「あー……ごめんなさい。わかりません」
「む、そうか。試しにちょっと抱いてもいいか?」
「ええっ?!」
「うーん、あまり好みでもないのだが……。いや、異種族交配の検証を急ぐ必要もないのか。気分も乗らないし。そもそもこの姿で気分が乗ったことがないのだが、やはり人化の術は“人と化する”可能性が高いか……。睡眠と食事が重大なペナルティで辛いんだよな…。となるとやはり人化の術なら人と交配できるのか……?」
赤い角と両腕の生えた大蛇はブツブツと悩んでいる。

「やっぱり忘れてくれ。じゃあ農業、頑張ってな。」
「あ、はい。」

何だったんだろう。僕の事、好きなのかな?
マーレ様にでも相談してみようかな。


後日、変な噂がナザリックに蔓延してしまい、アインズさんから超キレられました。





17日目のダイス 白銀がくる日程 1d20 →15 遭遇から15日目
リグリッドがいる確率→30% 外れ
イビルアイ=インベルン発覚率→1d% →50% 当たり
タイミング→1d20《偶数 後で 奇数 すぐ》→18 後で
別のフラグが発生しました。

スレイン法国 1d20 →8   現在 38%
プレイヤー 1d20 →13    現在 51%

竜王はやっぱり北の山だよね。
あとこの時代には携帯電話がないから不便だよね、色々と。

補足
クライムの件で少し先を急いでいた事、ラキュースに不満を抱えていた事。
この状況でなければ、今回はラナーを騙すことは不可能です。
人間でありながらアルベド並みの知能を持つ魔女は、非常に厄介です。
固定観念に縛られず、柔軟かつ冷酷に物事を進める彼女は、登場人物の中で最も油断できない相手です。味方につければ参謀が一人増えるでしょう。


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41日目 正午まで  王都リ・エスティーゼ

「アインズ様、貴族であるレェブン候の使者が訪れました。秘密裏に頼みたい依頼があるそうで、二日後にこちらへ来るそうです。」
「ありがとう、ナーベラル。では私もそちらへ行こう。」
「お待ちしております。」




ナーベの話の通りに二日後、王女勅命により秘密裏に派遣された貴族はレェブン候と名乗った。
彼の話によると、犯罪組織“八本指”の現行拠点が全て判明したが、王都を八角形状に囲んでいる重要拠点を少ない人数で襲撃しても、他拠点の幹部が雲隠れしては意味が無い。
警備部門の精鋭部隊、六腕もまだ最強の男が行方を眩ませている。
そこで王国中の強者たちを集め、八か所の同時攻撃をかけたいので協力を願いたい、と。

全てデミウルゴスの奸計通りに進んでいた。
指示を出したのが自分だとすっかり忘れる程に、期日通りの見事な進行状況だった。



「素晴らしい作戦です。では私達“漆黒”もご協力しましょう。」
「そうして貰えると助かる。これで彼らと繋がる王都の貴族たちも大人しくなるだろう。」
レェブン候は影の差した陰気な笑みを浮かべた。
蛇の友人よりも、彼の方が本物の蛇なのではないかと思わせる笑みだった。
「では私はこれからすぐに支度をして出発します。現地の組合に行けばよろしいのですね?」
「私と一緒の馬車に乗ってくれても構わないが。」
「いえいえ、貴族の方と同じ馬車に乗る訳にはいきません。我々は別の方法で伺います。」
礼儀のあるモモンの態度に、レェブン候は少しだけ表情を緩ませた。
裏工作や欲深さとは無縁の人間だと悟り、警戒を緩めた。

「これで私も子供と過ごせる時間が増える。個人的には君にも感謝しているよ。」
レェブン候は頬を緩ませ、控えめな笑顔になった。
「意外ですね。子煩悩なのですか?」
 彼に抱いた蛇に似た印象が、早くも崩れていった。
「ああ、子供が生まれた時に私の指を必死で握っている姿をみて、感動のあまり涙が止まらなくてな。」
「男の子ですか?」
「ああ、そうだが?」
「では二人目は女の子だといいですね。友人は女の子でして、大層な猫可愛がりでした。男親は女の子だと更に可愛いと話しておりましたので。」
「そうか、それは今後の参考にさせて頂こう。」
レェブン候は心から嬉しそうに笑った。
 子供は一人でも充分賑やかだが、二人に増えた事を白昼夢のように想像していた。

「王国が派閥に分かれてなければ、もっと一緒に過ごせたでしょう。残念ですね」
ふと最強の剣士であった友人を思い出した。
彼も子供が生まれたと喜んで、仕事が忙しいと嘆いていた。
「その通りだよ。貴族の派閥が揉めてなければ私は領地で静かに暮らせたものを。」
「これで過ごせる時間が増えるといいですね。」
「腐敗貴族を一網打尽にして、反王派閥の力を削げるからな。そのためにも宜しく頼む、モモン殿。」
レェブン候は立ち上がって、モモンの手を取り固く握手を交わした。
貴族と冒険者というより、貴族と貴族にみえる会談だった。




レェブン侯がモモンの宿を訪れた同時刻、王都では組合の使者がヤト達の宿を訪れた。
「ヤト様、組合から出頭依頼が来ております。名指しで頼みたい依頼があるとか。」
「デミウルゴスの成果が上がったという事か。わかった、すぐに行こう。」
「畏まりました。」


「ではご要望の通り、私達も八本指の拠点殲滅作戦にご協力します。」
「ありがとう、ヤト殿、セバス殿。二人には細々した金額の安い人助けを大量にこなしてもらっているので、こちらも心苦しいのだが。」
「いえ、当然のことですから。私達の所属するナザリックは人助けが大好きなのですよ。これで世話になっている王都の方々のお役に立てるなら喜ばしい限りです。」
アインズが聞いたら、よくここまで嘘を吐けるものだとケチを付けただろう。

「これからも王都で活躍してくれるとありがたいのだが。」
「残念ですが、私達は今回の作戦が終わったらナザリックへ帰還しなければなりません。」
「なんと、それは嘆かわしい。二人のお優しい行動でどれほどの住民が助けられた事か。今や組合だけではなく、王都中で評判だというのに。なんとかこの街に住んでは貰えないだろうか……」
 組合長はヤトにあった当初、散々に怯えさせられた事は忘れている。
 ここ最近の二人は安い報酬で人々の為に尽くす、困っている人を無償で助けるなどの善行を続けていた。

「また少ししたらこちらへ帰ってくる予定です。二度と帰らないわけではありませんので、心配はいらないスよ。」
 ヤトの支配者たる態度には制限時間があり、飽きてくると少しずつくだけていった。
「明日の夜、エ・ランテルのアダマンタイト級である漆黒がここへ到着する。君たちのナザリックは二日後の正午に組合まで来てくれれば問題ない。」
「ところで俺はいつ頃、アダマンタイトになれるのですかね?」
「あー…すまない。蒼の薔薇のアインドラ様からの伝言があるのだが、読み上げてもいいかな?」
「ラキュースさんの事ですよね?どうぞ、読んでください。」


「八本指から強奪した白金貨の内、400枚は被害者に還元するので持ってきて下さい。伝言を無視し続けた事は絶対に許しません。いい加減な方は、アダマンタイトに絶対に昇級することはできません。ヤトは集合時間の一時間前に来なさい。……だそうだ」
「……」
文章だけで彼女のご立腹は、理解できた。
「大層、お怒りのご様子だったが。ヤト殿、彼女に何かしたのか?」
「えー……とー……伝言? セバス、彼女はなぜこんなに怒っているんだ?」
「私は存じ上げません。我々が気づかぬところで彼女に何か無礼をしてしまったのでしょうか。」
破棄をした大量のチラシや案内状に紛れていたなどと、彼らが知る由もない。

「心当たりがないな。宿にくれば会えるのだから、伝言など残すのか?まぁ早く来いっていうなら金貨もって早くいけばいいだろう。」
「畏まりました。白金貨はすぐに手配いたしましょう。」
「では組合長、また来ます。」
軽く頭だけ下げ、受付嬢達に見送られながら二人は組合を出た。
 二人が出ていったあと、組合長はラキュースの怒りを思い出し鳥肌が立った。
「アインドラ様があそこまで怒ったのは見たことがない……二日後の顔合わせが無事に済むと良いのだが」


宿を出てから程なくして、アインズから《メッセージ/伝言》が入る。
「こちら、アインズ。依頼がきたので、ナザリックに帰還する。」
「了解。俺もすぐ行きます。」





ナザリックの円卓の間、アインズはモモンのまま、ヤトも人化の術を解かぬままに打ち合わせに入る。
「さて、いよいよ本番だ。一応、注意しておこう。絶対にアインズと呼ぶなよ?」
「わかってますよー。それより他の準備は?」
軽く流しすヤトを見て、余計に不安を積もらせていく。

「そちらは先ほど指示を出した。開始前には臨戦態勢に入るだろう。」
「なら問題ないスね。久しぶりに全力で暴れられますよ。」
「油断するなよ?敵は本当に強いからダメージ覚悟だな。」
「弱かったら楽しくないデス。」
「大丈夫かなぁ……。宿で睡眠は大量にとっておいてくれよ。大事な時に動けなくなったら困る」
「ええ、すぐ帰って寝ますよ。そういえば、白金貨400枚を八本指の被害者に充てるそうなので持ってきますね。」
「わかった。まだまだあるから好きに持っていっていいよ。」
「他に何か変わった事はありました?」
特にないだろうと、適当に投げかけた質問だった。

「この前ツアーがここに来たよ。」
彼の予想を大きく超えた返答だった。
「ええー?またそんな俺に内緒で楽しそうな事を。」
「評議国の北の山にいるから二人で来てくれってさ。」
「え?決闘か何かですか?」
「違うよ。彼は漆黒聖典の件で助っ人になったから、ヤトにも会ってみたいってさ。」
「いいですね。ドラゴンの背中に一度乗ってみたかったんですよ。」
「……乗せてもらえないと思うが。失礼な事をいって友好関係だけは壊すなよ?」
モモンも予想していない間抜けな返答に、呆れが出てしまう。
「わかってますよ。そこまで馬鹿じゃありませんから。」
「そうかな……馬鹿じゃなく阿呆ではないのか?」
「否定はしませんよ。楽しむためには阿呆になれと思いますから。」
「はいはい。」


「これが終わったら蒼の薔薇も呼んで、不動の地位を手に入れるわけですからね。前哨戦は気合い入れて頑張りましょう。彼らには地獄の釜の底でしょうけどね。」
仮面から覗く口元が歪んだ。
「ああ、まったくだ。俺も久しぶりに外で忙しいよ。本当に楽しいなあ。」
「モモさんが喜んでいる……おお、なんて神々しい」
「馬鹿にしてるな?ちょっとは感傷に浸らせてくれよ。」
遠い目で過去の風景を浮かべようとしたのだが、ふざけた返事で掻き消えた。
「バレましたか。だめですよ。これからもっと楽しくなるんですから。」

「はあ……。ヤトと二人になってからため息が増えた気がするよ。他の奴にもそう言われない?」
「言われるわけないじゃないスか。人格者で通ってますから。」
「嘘くせー……本当は嫌われ者なんじゃないのかぁ?」
「えー……そうかな……それは結構傷つきますね」
想像して少しだけ暗くなる。
「るし★ふぁー並みにふざけた奴が?」
「あの人は飽きるまで真面目にやり込み過ぎるふざけた人ですよ。俺は面倒くさがりでもふざける人なんで、全く違うんスよね。」
「まあ、その辺の話をすると長くなりそうだから、終わったらゆっくりしよう。」
「あと、盗賊の用心棒はガゼフの友達らしいんで手を出さないで下さいね。作戦に参加する可能性が高いと思いますんで。」
「ふーん、ガゼフの友達だったのか。」
あまり大した興味もなかった。
「それじゃ、王都に帰ります。また二日後に。」
「ああ、気を付けてな。」

あ、インベルンのお嬢ちゃんの件、伝えるの忘れた。まあいいか、終わった後でも。





大量の睡眠をとり、作戦決行日の時間通りに目を覚ました。
「一時間前に来いって言ってたか、仕方がない。出かけるとするか。」
「畏まりました。では参りましょう。」

組合応接間はかなり広く作られていた。
厄介な依頼を合同で受ける前提で作られているため、30人以上が座れるテーブルとイスが配置されていた。
「取りあえず届けてくるから、ここで待っててくれ」
「お気をつけて。」


「あ、どーも。ラキュースさん、お久しぶり。」
「……」
先に応接間に通されている、憮然とした表情のラキュースにいつも通りの軽さで話しかけた。
この時、“蒼の薔薇”との会談から13日の期限が経過していた。
 彼の噂、主に善行の話はあちこちから数多く回ってきた。
だが依然として、彼女の伝言は読まれておらず、夜になって訪れる可能性のある彼を待つ日もあったが、今日まで会うことは無かった。
それ故に、彼女は非常に個人的に腹立たしかった。


彼女自身も気づいていないが、怒りの正体は“失望”である。
冒険者に憧れて家を飛び出した彼女を待っていたのは、理想とは程遠い地味で暗い依頼の連続だった。
自らが英雄級(アダマンタイト級)と呼ばれる日常の中で、本物の“英雄(ヒーロー)”、“救世主(セイヴァー)”、“義賊(ダークヒーロー)”に憧れていった。
隠れて理想像の演技をしていたし、夢や妄想を記録紙(ラキュースノート)に書き写していた。

王都に湧いた謎の多いヤトの存在は、彼女の心に少なからず期待をもたらす。
しかし、杜撰でいい加減な彼の態度は失望するにも充分なものだった。
幼い少年が、地面へ唾を吐く憧れのヒーローを見た心境に似ていた。
謎の多い彼への希望、いい加減な彼への失望、相反する心情がぶつかり、怒りが表面に浮上してきていた。


「……白金貨はお持ちになりましたか?」
「はいはい、どうぞ。きっちり中に入ってますよ。」
「どうも……何か私にいう事はありませんか?」
手提げ袋を受け取り、努めて静かに暗く問いかける。
二人の雰囲気は、喧嘩が始まる前の恋人に似ていた。

「あーと……伝言って誰に頼みました? 俺は見てませんよ」
「ええ、あれから一度もお会いしておりませんものね。」
恐らく今までみた中で最も濃い影の差した笑顔ではないだろうか。
 反省の無い態度に、彼女の怒りは増していく。
「いや、ちょっと待ってくださいよ。避けてたわけじゃ――」
「ではなぜ連絡を頂けなかったのですか?!」
自分で思っている以上に大きな声だった。
ラキュースは口に手を当てて外に声が漏れていないか心配するが、もう手遅れだった。

組合の応接間外にまで声が漏れており、近くを通りかかった受付嬢の耳にも入る。
「ねえ、ヤバくない?」
「痴話喧嘩でしょ?放っておきましょうよ。」
「興味あるからお茶でも持って行こうかしら。」
「あら、いい考えね。くじで決める?ダイスで決める?」


「そりゃあ確かに連絡してませんけど。でも家も知りませんし、ガゼフ邸に泊まったり、人を助けるのでも忙しかったです。」
「それでも連絡の取りようは――」
「蒼の薔薇の方々を宿で見なかったんですよね。ラキュースさんが部屋まで来てくれれば早かったのに。」
ガゼフ邸に連泊したのは最初の数日間だけであり、その後は宿にいたのだ。
彼も真剣に心配していなかった。
「ですが――」
「どうすれば機嫌直してくれますか?お願いします、許して下さい。」
両手を合わせ、拝む姿勢をとる。

「……ここまで無視されて、正直言うと許す気にならないのですが」
「お願いします!そこを何とか。また太陽みたいに笑ってください。光合成しないと死んでしまいます。」
懇願する声に、お道化た雰囲気が混じってきた。
正直に死ね!と言いたかったが、強い理性で押し留まる。

反応が無い彼女をみて、ヤトは仮面を外して真面目な表情になる。
「これが終わったらもう一度会談しませんか?今度はナザリックで。次は途中で逃げませんから、お願いします。この通りです。」
立ち上がって謝罪のお辞儀をする。
内心では反省をまるでしておらず、美しい女性とのディベートを楽しんでいた。

「本当に約束してくれますか?」
「その前に二人きりでお会いしてもいいですよ。もう逃げも隠れもしませんからお願いします。アインドラお嬢様。家族ぐるみの付き合いじゃないですか。」
「誤解を招く言い方は……ってやはり反省していませんね?」
「あ、お願いなんでも一つだけきくって言いましたよね。なんなら命じて貰っても。」
「はぁー……疲れてきました。貴方と真面目に話している自分が馬鹿みたいです。大体、私はいい加減な人はだいきら――」
「お茶をお持ち致しましたぁー。」


ノックもせずにドアを開け放つ受付嬢。
二人の間は時間が止まったように静かになる。
ラキュースの口は「あ」の形に開いたままだった。
事務的に二つのお茶を出し、ヤトを一瞥する。
「女性の扱いはセバス様を見習っては如何でしょうか。ご指導を願い出てみるのも手です。美しい女性を悲しませる男性は、人の上に立つには難しいですわ。では失礼致します。」
固まっている南方出身の男に皮肉をたっぷり言い放ち、返事も待たずに出て行ってしまった。

「やっぱり痴話喧嘩みたい。」
「あの二人、“そういう関係”なのかしら?」
「浮気?」
「うーん、構ってくれないから怒ってるって見えたけど。」
「釣った魚に餌を与えないって事ね。」
「アダマンタイトとオリハルコンの交際なんて、どこかの英雄譚みたいね。」
「大して格好良くないのにどうやって口説いたのかしらね?」
「あの女の人、王国貴族でしょ?私達にはわからない程の、上の方でやりとりがあったのかもしれないわ。」
「依頼はセバス様に任せてばかりだもの。お嫁さん探しにでも来たんじゃないの?」
「お嫁さんかぁ……私も口説いてくれないかしら。セバス様とか、セバス様とか」
「セバス様も未婚って言ってたわ。私も口説かれたいー!」
「でもあの二人どうなるのかしら。別れてどちらかが王都を出て行っちゃったら、組合長も頭が痛くなるわね。」
「セバス様だけ王都に残ってくれれば、どちらでも構わないけどね。」
ラキュースの機先を制した受付嬢達は、修羅場と化しているだろう応接間を想像し、楽しそうに笑っていた。


 受付嬢が出ていった後も、二人の間にはしばらくの静寂が流れた。
「コホン、どこまで話しましたか。」
「えーと……そのーラキュースさんは俺が大好きのくだりまで」
俯き恥ずかしそうな態度をとる。
ディベートには冷静な理論と、話の合間に垣間見える素の感情が有効だ。
実際に現在の性欲値30、通常の人間に換算すると60の彼は、ラキュースにもそれなりに興味があった。
「そんなことは言っていません。いい加減にしなさい。だいたい……ラナーや仲間にも恋仲と疑われてしまって、誰が貴方みたいな不誠実な人なんか選ぶものですか!」

え?そうだったの?

彼にとっては意外な内容だったが、それ以上に声を荒げて怒っている彼女に見惚れた。
「あ、そう……ですかね。俺はラキュースさんが好きですよ」
“面白いから”の箇所が抜け落ちていた。
この返事が彼女へ怒りを積み上げていく。

「そうやって会話を乱すところが大嫌いです! 本当に嫌いです! 顔も見たくありません! 一緒に居たくないので時間まで失礼します!」
本気で怒っている彼女をそのままにしたら、後々まで拙くなる気がした。
だが彼女の手を取ろうとして伸ばした手は、避けられて空を切る。
「触らないで!」
「ちょっと待ってくだ――」

バタン!

「さいよー……」
全力で閉じられた扉の残響音が室内に残り続けている気がした。


「フラれた。」
怒っている彼女の顔は乱れても美しかったと思い出す。
彼女の激情を真正面からぶつけられ、感情の起伏が消滅した心の砂漠が一瞬だけ水で潤った気分だった。
「不思議な感覚だな。本気で怒られたというのに。なんだろう、乾いた喉が一瞬だけ潤った感覚は。作戦終わったら機嫌直してくれるかな。今回は本気で頑張った方がいいかもしれない。だが、あそこまで怒っている状態がなんとかなるのか? 最悪な結果は二度と話してもらえない事……か? 本当に最悪なのか? それはそれで追い掛け回すのも…どうするか……」

応接間に一人残された彼は仮面を付け直し、ブツブツと今後の展開を考慮しながら悩み続けていた。
受付嬢が来なければよかったとは思っていなかった。
彼女が来なければ、ラキュースの怒った表情も見られず、心が一瞬でも満たされる事もなかったのだから。



29日にカットされた会話、一部抜粋
「上手くいけば愛しのラキュースも手に入るんじゃないの?」
「愛しのって……別に愛しくないですよ。性欲が……ゴニョゴニョ」
「それは是非とも私にお聞かせ願いたいですね。ナザリックの将来という意味において。」
「デミウルゴス……」





1d20偶数で寝坊する。→19  時間通りに
1d20 20以外でお茶を持っていく。→10 受付嬢襲来
1d20奇数で手を取れる。→14  空振り

1d20偶数で善行中イベント→1 ファンブル
驚くほど何も起きないため、打ち合わせまで描写を全スルー。


受付嬢の好感度推移
ダイス発生→1d% 90% 成功
好感度ロール回数 →1d4 →3
+セバス 1d20→6 + 4 + 17→現在 76  ハーレム?
-ヤト -14 + -20 + -7→現在 -56   ヤトは陰で嫌われています。

受付嬢の好感度が+-50を超えたのでダイスは区切られました。
セバスのハーレムフラグが立ちます。
ヤトに回される依頼は、マジでろくでもない依頼になります。


ラキュースのダイスを1回減らした理由は、下手するとここで二人が結ばれ兼ねないため。確定したイベントが爆発前に鎮火されると困る。

補足
所詮、好みのゲームキャラとの恋愛イベントなど、プレイヤーからすればこの程度の感覚です。ヤト側の好感度ゲージは発生していないので、彼女はまだゲームのヒロイン候補でしかありません。
修正しても彼が伝言に気付く事はありません。踏んづけて捨てても自然です。
この世界で超越者の彼が気にするのは、大切な友達の顔色だけです(41日目現在)


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41日目 午後  王都リ・エスティーゼ

ラキュースがヤトに怒りをぶつけた少し後、モモンとナーベは王都の冒険者組合に向けて歩いていた。
「いよいよ作戦会議か。ナーベ、冒険者達にボロを出すなよ。これは死守すべき前提条件だ。」
「はい、モモンさ…ん。」
その返事だけで、余力を持って余りある不安に駆られる。
「ナーベ。今回の作戦が事前に露見する事になれば、ナザリックの今までの苦労は水泡に帰す。私が許しても、他の者が許さなかった場合、庇う事が難しくなる。今までの無為な日数消化は、今日この日を迎えるためだったのだからな。」
「はっ。気を引き締めて臨みます。」
「もうすぐセバスとも会うだろう。初対面の振りを忘れるなよ。目も合わせてはならん。」
「そ、そうでした。必ずやご期待に応えてみせます」

 心配だな……。




 通行人に聞いた冒険者組合が見えてくる。
入り口付近では、見覚えのある金髪の女性に、セバスが頭を下げているのが見えた。

 あれは……ヤトとデートしていた蒼の薔薇か? 

「こんにちは。失礼ですが、蒼の薔薇の方で間違いありませんか?」
ナーベはなぜセバスに話しかけないのかがわからず、不思議そうな顔をしている。
初対面の執事より、名が売れている女性に話しかける方が理に適っているのだ。
「あなたは……漆黒の英雄モモン様ですか? 私は蒼の薔薇リーダーのラキュース・アルべイン・デイル・アインドラです」
「おお、高名な漆黒の方でしたか。初めましてモモン様。私はオリハルコン級であるナザリックのセバスと申します。」
二人は揃って頭を下げた。

セバスの演技は完璧だった。
「初めまして、ラキュース殿、セバス殿。私は漆黒のモモン、こちらが相棒のナーベです。」
「あの、失礼ですが南方の出身なのですか?」
「ええ、その通りです。どうかなさいましたか?」
ヤトで見慣れている筈の南方人について、なぜ聞いてくるのかが不思議だった。
横目でナーベを見ると、失言をしないように必死で口を閉ざしていた。
いきなり下の名前で呼ぶことが失態なのだが、それには気付かない。
「いえ、その……ヤトという方に心当たりはございますか?」
「……残念ですが、聞いたことがありません。その方がどうかなさったのですか?」


「モモン様、ヤト様は私の主人でございます。私の手違いが原因で双方に行き違いがありまして、ヤト様に誤ったお怒りを向けていらっしゃいましたので、私が謝罪を述べていたところでございます」
「セバス様は何も悪くありません。悪いのはあの男です。本当になぜ貴方ほどの御方があんないい加減な者に尽くしているのですか?」
「ヤト様はいい加減な方などでは――」
「蒼の薔薇に入りませんか?セバス様なら歓迎しますわ。」
微笑んではいるが、冗談ではない声色だった。

「ラキュース様、あの御方は本当にお優しい方なのです。お怒りが静まった時に、また交流をして頂けないでしょうか。執事からのお願いでございます。」
セバスは深く長くお辞儀をした。
「……優しいのは認めます」
子供達を助けた事、仲間の無礼を軽く許した事も、不思議な力を持っている事も、求婚により何か抱く感情があると思わせた事も、楽しそうに仲間の自慢をする顔も、全てが彼女の中でまだ引っかかっていた。


何やら面白いことになっているな。

組合の中にいる彼の顔がへこんでいるか確認するために、中に入ろうとしたのだが、別の者の出現により実現できなかった。


「よっ、ラキュース。意中の殿方と密会は終わったのか?」
「知らない人がいる。」
「だれ?漆黒の英雄?」
「ええ、彼が王国三番目のアダマンタイト級よ。」
「蒼の薔薇の皆様方、ご機嫌麗しゅうございます。実はラキュース様が私の手違いでヤト様の事を誤解してらっしゃるのです。」
「誤解ではありません。私は彼のことが本当に嫌いです。」
 今度は微笑んでおらず、憤然とした表情を浮かべていた。

 あいつ、フラれたのか……? それにしてもここまで怒るか、普通? 何をやらかしたんだ? 

以前にデートしていた時と比べ、あまりの嫌われように、進行へ影響がでるのではないかと不安になる。
「落ち着けラキュース。作戦前にそんな事をいっても仕方ないだろう。ぷれいやーの疑いのある方だぞ。」
「そこまで言うならイビルアイが相手をなさって。私は彼に近寄らないからね。」

これがツアーの言っていたインベルンのお嬢さんか。確かに仮面のせいで男女の判別は難しいな。

「なあ、あんた。漆黒の英雄さんかい?」
「ええ、その通りです。英雄かどうかはわかりませんが。」
「匂いがするぞ。あんた童貞だな?」
「は?」
「筋肉さんの守備範囲の人?」
「可哀想。英雄に同情する。」
「これが終わったら二人きりにならねえかい?」
「ちょっ」
馴れ馴れしく肩に手を回す。
事情を知らなければ同性愛者だと思っただろう。
ガガーランは童貞好きという情報を貰っていないモモンは、精神の沈静化が起きる程に動揺する。
ヤトはその情報を知らないのだ。
それを見たナーベは、例の如く大声を上げる。

「無礼者! ももんさm……さんに気安く手を!」
剣を抜き出し、飛びかかろうとしているが、セバスは素早い動きでナーベの前に立つ。
「落ち着いてください。ナーベ様。」
「あ、し、し、失礼いたしました!」
明らかに上司に頭を下げているナーベをみて、モモンは危機感を覚えた。

まずいな。こちらもボロが出るのは時間の問題か。

ガガーランの手を素早く外した。
「では私は組合の中に入っていますね。」
「あ、すみません。私は王女を迎えますので、みんな案内をお願いね。既に応接間を取っていますから」
「じゃあやはり俺と行こうぜ、英雄様。」
再び肩に手を回される。
「いえ、私は――」
「英雄は童貞?」
「英雄は遅咲き。鬼ボスと一緒。」
「お前ら下らない事を言っていないで早く入るぞ。」
再び剣に手を当てたナーベは、セバスに目で牽制され大人しくついて行った。
そのままガガーランと共に組合へ入っていく羽目になった。




応接間では、仮面の男が腕を組んで悩み続けていた。
「うーん、逃がした魚は大きかったか。あんな美人は早々いないよな。もう一度、あの表情が見たいんだけど。……作戦実行中はタイミングが必要かもしれない、と言っても死にかねないし。眠気との兼ね合いがあるからのんびりしていると大事な場面で昏倒する可能性も…敵の強さを見ておけばよかったかもしれないな」
フォローを効率よく行うために、今後の展開を考慮しながらブツブツと作戦を練っていた。
 やがてドアが開き、セバス、“漆黒”、ラキュースを除く“蒼の薔薇”が、他の冒険者より一足先に入ってくる。

「あ、こんちはッス。」
「おひさしぶ」
「初めまして!私は漆黒のモモンと申します!」
ナーベが “お久しぶりです”と言いそうになっていたので、大声を出し強引に遮った。

アインズさん、苦労してるなぁ。

仮面の下で面白そうなものを見る目をしながら、立ち上がった。
 セバスもこちらに急いで戻ってきた。
「ヤト様。こちらはエ・ランテルのアダマンタイト、漆黒の英雄モモン様とナーベ様でございます。」
「初めましてモモンさん、お噂は聞いていますよ。俺は王都のオリハルコン級冒険者、ナザリックのヤトです。」
立ち上がり、二人は握手を交わした。


手を放し、隣にいたイビルアイに向き直る。
「イビルアイ、ラキュースさんはまだ怒ってました?」
「あれはしばらく怒っているだろうな。一体何をしたのだ?」
「宿に届けられた伝言に気付かなくて。謝ったんですが、許してくれませんでしたよ。」
「ヤト様、お怒りのラキュース様が私に蒼の薔薇に入らないかと勧めておりました」
「……」
「私の力では誤解を解く事ができずに、申し訳ありません。」
「……俺のせいだからセバスは気にしないでくれ。実績を立ててから改めて謝ろう」
「あいつがあんなに怒っているのは見たことない。余程、頑張らないと難しいと思うのだが。」
「困ったなぁ。」
いつもの軽い演技ではなく、頭をぽりぽりとかきながら素で困っているヤトが面白く、事情を知ったモモンの鎧の下はニヤけっぱなしだった。
骸骨で表情が無いため、ニヤけていても見た目は変わらないが。


「ま、気を落とすなよ!そのうち機嫌が直るだろ。」
「純潔は疑り深い。」
「鬼ボスは用心深い。」
「私も詳しく知りたいのですが、教えて頂けませんか?」
「ちょっと、モモンさんまでなんて事を言うんですか。」

セバスはナーベの傍に待機をして見守っていた。
「あ、あのう……セバス殿」
「イビルアイ様、どうなさいましたか?」
「この前は済まなかった、許してくれ。」
小柄なイビルアイはペコッっと腰から折り曲げお辞儀をした。
「頭をお上げください、イビルアイ様。私もいささか冷静さを欠いておりました。今回の作戦は共同作業ですので、改めてよろしくお願いします。」
「は……はい!」
仮面の下は満面の笑みなのではないかと思わせる元気な声だった。


その後、最上級クラスの冒険者たちが談話している応接間に、各冒険者たちが集まりだした。
 自分たちの遥か上に座す彼らが談笑しているのをみて、再び応接間の外へ出ていった。
王女とラキュースに促されるまで、部屋の外で大人しくしていた。

「英雄さんよぉ、マジな話だが、終わったら二人でどうだい?」
「謹んでご遠慮します。」
「そう言わずに、なあ。天井の染みを数えている間に終わるからよ。」
「いえ、本当にお断りします。」
「筋肉さんはしつこい、気を付けて。」
「噛みついたら話さない。」
「プッ……」
「ヤトさん、何かございますか……?」
声を低くして注意するモモンをよそに、ヤトはそっぽを向いた。


王女、ガゼフ、クライム、俯いたブレインが集まり、王国の未来を左右する会議が始まった。
男女・武装に統一性の無い者達は全員が席に着き、冠を被った王女が話を始めた。
「お集りの皆様、今日はお越し頂きありがとうございます。この国の王族として深く感謝を捧げます。」

“黄金”の通り名を持つ美しいラナー王女が中心となり、八本指討伐会議が開始された。
王に直談判を行い、表向きには個人的な息抜きの買い物でガゼフ、ブレイン、クライムを護衛につけている。
 そのために長居ができない彼女は、簡潔に淡々と内容を述べていった。
冒険者に紛れた二柱の支配者は、彼女の聡明さが理解できた。
それほどまでに、彼女の話は理性的だった。



彼女の提案した内容は、八角形状に散らばる拠点八か所の同時襲撃を行うものだ。
 唯一隣接している北の二点を“蒼の薔薇”、南をガゼフ、ブレイン、クライムとガゼフの部下、東西は“漆黒”、“ナザリック”主導の下に冒険者達が分担して行う。

自らの拠点を制圧後、各制圧部隊のリーダーとして任命された者は東回りに隣の拠点の援軍に向かう事。
各地域のリーダーは、東がモモン、西はヤト、南はガゼフ、北はイビルアイかラキュースである。
残りの者は敵援軍を警戒し、制圧箇所の防衛に当たる。
「どこかに六腕の警備部門長、ゼロが潜伏している可能性が高く、危険と判断したら即撤退を行い、味方援軍到着まで隠れてください。一箇所でも失敗したら水の泡になる可能性があり、二度とこのような好機は訪れないでしょう。」

ラキュースが一歩前に出た。
「力を削ぐのであれば失敗しても問題はありません。ですがこれを機に王国を一気に浄化し、二度と立ち上がれない程に打撃を与える事が目的です。」
握り拳を前に出し、冒険者たちを鼓舞する。
「では、私達はお時間となります。後はラキュースに引き継ぎます。よろしくね、ラキュース。」
「ええ、気を付けてね。ラナー王女。」
 王女はガゼフ、クライム、ブレインを連れて出ていった。
ガゼフはヤトに目を向け、ヤトも頷いて返した。


ラキュースは目も合わせてくれていない。
露骨に避けられている現状に、気分がへこみ始めていた。

「ではみなさん。これより先は蒼の薔薇の私が引き継ぎ、具体的な行動の話をさせて頂きます。」
彼女の話によると、作戦決行は今夜0時。
各拠点、営業箇所では撤収作業をしている時間だ。
襲撃地点の付近で待機を行い、時間きっかりに総員で襲撃を行うとの事だった。

「アインドラ殿。なぜここまでするのですか?彼らの脅威は六腕だけだとお聞きしています。わざわざ英雄殿まで招集した総力戦でなくてもよかったのでは?」
ミスリルプレートを下げた冒険者は手を上げ質問を問いかけた。
この中にはアダマンタイトチームが2つ、オリハルコンが一つ、それに加え名の売れているガゼフ戦士長、ブレイン・アングラウスまで参加するのだから、彼の疑問も止むを得なかった。
内容は犯罪組織の討伐戦なのだから。

「此度の作戦には複数の娼館で強制労働させられている人材の救出、そこに滞在中の可能性がある貴族の確保も含まれています。人では多い方が間違いないでしょう。付け加えると六腕のボスである“闘鬼”ゼロがどこに潜んでいるか不明のため、これを機に全てを浄化するのが間違いないと、ラナー王女の判断です。」
「そのゼロというのはどの程度の強さなのですか?」
「調査内容によると、ガゼフ・ストロノーフ戦士長に匹敵、あるいはそれ以上の実力を持つとお聞きしています。」
冒険者たちがざわつき始めた。
「安心しろ。先ほどの通りに各地のリーダーが東回りに移動をする。リーダーは実力が保証された者達ばかりだ。」
イビルアイが静かな声で皆を宥めた。

「では各地にて行動を開始する前に、リーダーを紹介するわね。イビルアイ、お願い。」
ラキュースはここでイビルアイに交代し、壁際まで下がった。
「え?ああ、うん。まずは仮面を被った御仁がオリハルコン級冒険者、ナザリックのヤト殿だ。執事のセバス殿は私達より強いぞ。」
全員の視線が二人に集まった。
「ヤトです。よろしくお願いします。」
椅子に座ったまま、簡単に頭を下げた。
彼の頭は、紹介すら自分でしてくれない彼女に動揺している。
 モモンはナザリックの名をちゃんと名乗れと、口にするところだった。
「ナザリックのヤト様と、その執事セバスでございます。皆さま、よろしくお願いします。」
無言の主に代わり、セバスが立ち上がり深々とお辞儀をした。


「次にエ・ランテルで誕生した王国三番目のアダマンタイト級冒険者、漆黒の英雄モモン殿と相棒のナーベ嬢だ。」
モモンは立ち上がり頭を下げた。
「みなさん初めまして。漆黒のモモンと相棒のナーベです。」
冒険者達から声があがる。
おお、彼が噂の英雄か、まさかお会いできるとは、と冒険者達はこの依頼を簡単な依頼と判断したようで、張りつめた空気は緩んでいた。
こちらもこちらで、ナーベが何の反応も起こさなかったので、モモンは深々とお辞儀をした。


「戦士長とブレイン・アングラウスは知っているな。先ほどの小僧は王女の護衛だ。南を補佐するために参加する。」
「ありがとう、イビルアイ。では振り分けですが、私達の蒼の薔薇は北の二か所を襲撃します。残りの方々の割り振りは、東西の二人に一任します。王都中心部の噴水広場にて回復魔法を行う神官たちが待機をする手筈となっています。助けた女性や冒険者で怪我をした方はそちらにお願いします。」

モモンが腕を組み、ラキュースを見た。
「ラキュース殿、感謝します。さて、ヤト殿と私は割り振りに入ろうと思うのですが。」
「俺もそれで問題ありません。」
「わかりました。後は二人にお任せします。」
相変わらず、ヤトの方へは目も向けない。
しばらく彼女に目を向けるが、意地でもこちらを見まいとそっぽを向いていた。
「ではヤト殿、割り振りはどうなさるかな?」
「あーそうですね、ア……あ、モモンガさ」

そこで突然動きが止まる。
アインズと呼ばなきゃ大丈夫と思っていた彼は、違う事に気を取られてしまい、勢い余って昔の呼び名で呼んでしまった。
不思議そうな冒険者達と対照的に、二人の内心はパニックだった。
 どちらも表情は窺えないが、目を見開いていた。

 やっちまった! ……どうしよう。

このバカ蛇!何やってんだ!


モモンは精神の沈静化が発動していた。
“漆黒”のモモンとして座っている以上、怒るわけにもいかず、かといってこのままにもできず、一瞬で冷えた頭であれこれ考えた。
「ど……どうかしたのかな? ヤト!」
「あ……ああ、すまない! モモン“が”ミスリルチーム2つか3つに匹敵する戦力を取って、残りをこちらと言うのはどうだろう。ナザリックの戦力でトップクラスを誇る我らに、敵う相手などいないからな」

 ありがとう、アインズ様! きっとみんな聞き流してくれて。

だがその思考は別の者によって中断される。
「お二人はいつの間に名前で呼ぶほど交流を深めたのですか?」
 ラキュースが面倒なところへ突っ込んできた。

さっきまで目も合わせなかった癖に不味い時だけ入ってくんな!突っ込むぞ!



 アインズが微動だにしていないところを見ると、再び精神の沈静化を図っているのだろう。
「ああー、実はナザリックへ帰った時に、立ち寄ったカルネ村で偶然お会いしたのですよ。その時に意気投合していたのですが、説明すると長くなりそうでしたので。」
「そ、その通りです!ヤトとは依頼の途中に立ち寄ったカルネ村で会って以来の仲なのです。ナザリックに所属する者達は特別な強さを持っている事を知り、その強さに関心を寄せられて交流を深めるうちに、今では名前で呼び合う仲です。」

過剰に大きな声で誤魔化す二人。
ヤトの態度に何やら思う所があったのか、ラキュースは疑いの目で見つめている。
幸い冒険者の驚く声で、彼女の疑惑は言葉にならずに済んだ。
「おお、アダマンタイトの英雄が認める方なのか。」
「この世界とは違う強さってなんだ?」
「やはりオリハルコンでも格が違うのか。」
それでも奇妙な疑惑は無くならないらしく、怪しむ視線はヤトに向けられていた。

「ヤト。ナザリックに行きたい。」
なぜか介入してきたティアが、今は百合の花に見えた。
ラキュースの視線は、仲間の“百合”に移った。


「ああ、終わったら来ますか?私は今回の作戦が終わったら、しばらくナザリックに帰るので、いつでもいいですよ。なんなら一人で来ますか?」
「そうする。鬼ボスは忙しい。」
「雑談はその辺になさい、ティア。」
いつもなら細める目が見開いている笑顔だったので、苛立っているのかもしれない。

「話が逸れましたね。ヤト、ミスリル級3チーム相当の戦力をこちらに裂いても構わないか?」
「ああ、それで構わない。ナザリック序列2位の私と、肉弾戦最強のセバスがいれば、西の2ヵ所は攻防共に完璧だろう。」
「ではそれでいこう。細かい割り振りは後程、皆で協議をするとしようか。これでよろしいですか、ラキュース殿。」
「わかりました。ではこの後は各地域別に分かれて、打ち合わせを行います。西は彼の所へ、東はモモン殿、私達はこちらにいますので、何かあれば教えてください。」

ラキュースの合図に冒険者たちは立ち上がり、モモンとヤトの前に列をなして並び始めた。
なぜ並ぶのだろうと思っていたが、強者である二人に顔を売りたいらしい。
取引先の社長へ挨拶の為に並ぶ営業マンよろしく、皆一列になって顔を売っていた。
だがこの世界には名刺などという者があるはずもなく、顔と話内容で覚る必要があり、必死に記憶しようとするアインズとは対照的に、ヤトは四人目辺りから覚える行為を放棄していた。

どうせ覚えらんねーって。生き残れるかもわかんねーし、必要があればその都度、聞き直そう。


八角形は一つの方角に角が二つあるため、“漆黒”と“ナザリック”は全員を一箇所に配置を行い、中位冒険者はヤト・モモン・ナーベに均等に割り振り、余りはセバスに託された。
やがて彼らの挨拶も終わり、室内には“漆黒”、“ナザリック”、“蒼の薔薇”が残される。
「ではモモン。東は頼む。」
「ああ、ヤト。しくじるなよ。」
演技(ロールプレイ)ではなく、素で注意をしていた。
二人にとって、今回の作戦は八本指の討伐ではないのだ。

「モモンさん、よろしくお願いします。」
ヤトには目も合わせず、声もかけてくれないラキュース。
 気付かれないように、今日何度目かのため息を吐いた。
「あ、ああ。よろしくお願いします。では私は彼と話があるので、先に退室して頂けますか?」
ヤトもそれに応じ、頭を軽く下げた。
「作戦内容に関してであれば私も――」
「いえいえ、至極個人的なことなものですから。御心配には及びませんよ。」
早く帰れと言わんばかりに声を低く落として、反論を許さなかった。
「……そうですか、わかりました。では制圧後は打ち合わせ通りに被害者や捕縛した貴族を連れ、噴水広場までお願いします」
「ええ、わかりました。蒼の薔薇の皆様も、また後程お会いしましょう。」
 意味ありげにヤトを一瞥だけして、他の仲間と出ていった。




「モモン様。全員出ていきました」
兎の耳を装備したナーベが、会話が聞こえる範囲に人がいない事を確認した。
「ありがとう、ナーベ。それで?なぜあそこまで怒っているんだ?」
「いやー困りましたね。」
「大丈夫なのか?ナザリックへ招く件は。」
「幸い、彼女達が当たる敵はマジで強いんですよね?俺も今回は本気でロールプレイします。なんかそんな状況に弱そうだし。」
「ヤトノカミ様、ご命令とあれば即座に首を刎ねてみせますが」
「ナーベ、今はヤト様とお呼びしなければいけませんよ。」
「はい…申し訳ありません、セバス様。」
ナーベは意気込んでいたが、叱られシュンと縮こまった。

「ナーベは殺したがるタイプなのか。ダメだよ、利用できる所は利用した方が得だろ。」
「はい、以後気を付けます。」
「ナザリックとして打って出る貴重な戦線だ。全ての状況を無為にせず有益に使わないと。」
「そうだな。こんな機会は滅多にないだろう。」
二人の声は遊びに出掛ける前の高揚感があった。

「ええ、本当に楽しみです。あと8時間弱といったところかな。北には俺が先に行っていいですか?」
「どちらにしてもスピードではヤトには勝てないよ。」
「万が一、先に着いたら美味しい場面を取るまで待っててください。」
「わかった。北はマジで強いから油断するなよ?」
「相手を見ておけばよかったですよ。死にはしないでしょうけど。」
「万が一という事もある。聖属性の小太刀は持っていった方がいい。」
「そんなに強いんですか?わかりました、必ず持っていきます。」
「後は充分な睡眠を忘れるな。戦闘が始まってMP消費し続けたら、また眠くなるんだろ?」
「そうですね、宿に帰って眠ります。眠気0で挑まないと何が起きるかわかりませんね。」
「俺達は現地の下見に行こう。では“八咫鏡(やたのかがみ)”開始だ。」
「なんか厨二病っぽいッスね、それ。」
「おまえが決めたんだろっ!」
「あ、そっか。忘れてたッス!」

緊張感のない彼らは、祭りの待ち合わせ場所を決める子供に近かった。




「ラキュース、ちょっと怒り過ぎじゃねえの?」
「ああ、本当だな。ぷれいやーの可能性がある人物が他国へ行くとまずい。特にスレイン法国に情報が回ると戦争になりかねん。」
「……つい、感情的に」
「鬼ボスの純潔が散る兆候。」
「鬼リーダー、終わったらナザリック。」
「はいはい。でもモモンさんがあそこまで言うくらい、あの人は強いのかしらね。」

彼女達は周囲の噂でしか彼の強さを知らなかった。
ヤトと戦った者は全て、殺害・洗脳・ナザリック送り、の三択なのだから。






ガゼフとブレインのやりとりは都合によりカット。
モモンガと呼んでしまう。→1d% 60% 当たり

作戦選択1d4 → 2
《1デル・モンテル 2八咫鏡 3六芒星(大いなるタントラ) 4輝く偏方二十四面体(トラペゾヘドロン)




ダイスの指示は絶対です。
どんな無理難題でも合わせることが、始めるにあたり決めたルールです。
じゃないと面白くないし。

そしてここまで読んで頂いた方へ、改めて心からの感謝を致します。
所詮は自己満足だとわかっていても、読まれると嬉しいですね。


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42日目 王都・八咫鏡-昴前哨戦

難易度設定
東 ノーマルモード
西 イージーモード
南 修羅モード
北 インフェルノ(作者のレベル的にも)
この話は後半から読み飛ばし可能です。



西上方
腕時計からかつての仲間が装った幼い声が響き、定刻を差した事を伝える。
「さあ、始めようぜ。」
「はい。では先発を」
「いや、必要ない。俺が一人で突入するから、逃げていく腰抜けどもを任せる。」
相手の返事を待たずに、刀を抜いてドアを右足で蹴破った。
ドアはそのまま外れて飛んでいき、通路の壁に激突し建物全体に侵入者を大声で知らせる。
「全員出てこい! 土下座をして命を乞え!」
演技(ロールプレイ)が下手くそな彼の夜は始まったばかりだ。


東上方
「そろそろ突入している頃か。では我々も行こう。」
「モモン殿、一人で先陣を切るのですか?」
「問題ない。安心して付いてきてくれ」
盗賊スキルがないモモンは、ドアにグレートソードを突き立てた。


「「外れか……」」
東西で先陣を切った二人の英雄は、それぞれの場所で同様に呟いた。
六腕は四人しかいないため、時間稼ぎにもならない場所に配置する意味が無いということなのだろう。
セバスとナーベも、雑魚しかいない拠点の制圧を開始した。
 自然と六腕は残りの場所に配置されるため、南北は存外苦戦を強いられていた。




北の拠点は二か所が近い距離に点在する大型拠点だった。
彼女達にとっては迷惑な事に、目的の六腕ボスである“闘鬼”ゼロとエドストレームの二人が立ち塞がった。
「よお、いい夜じゃねぇか。」
「蒼の薔薇……ここは暗殺部門の元締めだ、……俺達の邪魔をするな」
「……」
会話が棒読みのゼロと何も話さないエドストレームは、ガガーランの挨拶には応えず、命じられた言葉を喋った。
「ふん、やはり内紛か。暗殺部門と警備部門が喧嘩でも始めたとでもいうのか?」
「油断しないでイビルアイ。あれが闘鬼ゼロよ。」
「大きい拠点を選んで正解。」
「六腕と暗殺部門、どっちも潰せる。」

「馬鹿が……俺達の邪魔を……」
ゼロが言い終わる前に、イビルアイが魔法を唱えだす。
ガガーランが刺突戦鎚を構え、皆の前に出た。
「ティア、ティナ。私達はあちらの女性を。」
双子は同時に頷き、距離を取るために横へ移動していく。
エドストレームはその意を汲んで、ゼロから大きく距離を取る。
彼女はここで死ぬ以外の命令はされていなかった。


「うおお!」
ゼロの一撃を武器で相殺したが、全ての勢いを殺せずガガーランは大きく後ずさる。
「《クリスタルランス/水晶騎士槍》!」
イビルアイは隙を逃さず、魔法による一撃を放った。
直撃を食らい、ゼロは息も絶え絶えに地面に横たわる。
「馬鹿が……俺達は暗殺部門の暴走を止めにきた……もう終わりだ……この国は亡びる……」
小さく赤いフードがマグロの値踏みをするように彼に歩み寄った。
「言い訳はあとで聞いてやる。心臓を貫いてはいないのだから、ラキュースが来たら生きられる程度までは回復をしてやろう。」
「ここで殺しちまってもいいと思うがな。」
ガガーランにいつもの茶化した雰囲気はなかった。
それだけ真剣だったのだろう。
「聞け……内乱により暗殺部門は暴走した。禁呪のマジックアイテムを発動準備……している…奴らを止めろ」
命じられたとおりに、妙な間を空けながら棒読みで話す彼の言葉は、まるで信憑性に欠けていた。
 やがてラキュース達がエドストレームを倒し、戻ってきた。
「お疲れ様。こちらは終わったわよ。どうしたの、二人とも。」
「ああ、どうやら暗殺部門が何かを企んでいるらしいな。」
「奴らを止めろって言ってんだけどよ、どうする?」
「様子を見てきましょうか。二人ともたの」
ラキュースの言葉を遮り、目的地であった彼らの拠点から二本の火柱があがる。
拠点二つを焼き尽くせるほどの、巨大な炎は天まで伸び、王都全域へ作戦開始を通達する。

東西の四か所で火柱を目撃した各員は、開始に際し気を引き締める。
「行くぞ、ヤト」
「わかった、アインズさん」
聞えていなくても会話しているかに呟いた。




ヤトが担当する方角にて誰かの悲鳴が聞こえてくる。
この地域で作戦開始を告げる合図となった。
 屋敷の中から冒険者達が逃げてくる。
「どうした?」
「は、はい!アンデッドが!化け物が!」
「くそ!なんだあの化け物は!」
ゆっくりした足取りでアンデッド二体が屋敷から現れる。
笑顔が描かれた仮面、メスへ変化した両手の指が一体。
両手に鉤を構え、体中を包帯で覆った屈強な死体が一体。
入口からは多量のスケルトンが見え隠れしていた。
彼らは項垂れたまま動く気配がなかった。
切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)屍収集家(コープスコレクター)か……」
「ヤトさん!あれは何なんだ!」
「どうやら想定外の事態が起きたらしいな。全員下がって周囲の警戒を。こいつらは俺が殺す。」
ヤトは白い小太刀と長めの黒刀を両手にそれぞれ構え、アンデッド達へ向かっていった。
「行くぞ、亡者共!」
久しぶりに使う聖属性小太刀のために仕組んだ練習試合だった。
 襲い掛かってくるまで待つ予定だったが、我慢が出来そうになかった。
この地点のみ、他に比べてかなり早く交戦を始める。





「はっ!」
モモンは両手で剣を大きく伸ばし、体を回転させて周囲のスケルトンを薙ぎ払った。
「皆、警戒を怠るな!何が起きているのか不明だが、スケルトンなど恐れるに足りない!」
ミスリル級冒険者達は彼の鼓舞により、冷静さを徐々に取り戻す。
「そうだ!相手がスケルトンなら俺達でも十分だ!モモン殿、ナーベ嬢を!」
「すまない、あちらが問題無ければ戻ってくる。少しの間、ここは任せるぞ」
「任せてくれ! 英雄の殿(しんがり)くらいは務めてみせる!」
救国の英雄と名高い彼に頼まれ、彼らは闘志を燃え上がらせた。

さて、こちらは準備に入ろうか。

モモンは人目を気にしながら、用意された隠れ家へ入っていった。





北方にて屋敷を燃やし尽くした炎が消え、焼け跡から三体のアンデッドが現れた。
馬に似た獣の体は全て骨で構成され、体全体の骨から黄色い霧が立ち上っている。
「イビルアイ、あれは?」
「ヤバイやつ?」
魂食い(ソウルイーター)だ。三体でビーストマン十万を殺戮したという……」
「私達の難度が九十と言われているけど、あれはどのくらいだと思う?」
「百から百五十だ……」
「おいおい、マジかよ。」
「倒せても一体か二体だろうな。逃げた方が賢明だが、どうする?」
「それは無理よ。私達が逃げたら、王国が滅びることになるもの。」
「近寄ってくる! 離れろ!」
三体の魂食い(ソウルイーター)は、ゆっくりした所作で倒れているゼロに近づいてくる。
相手との距離を決して詰めさせずに、彼女達も後方へ下がった。
 馬が倒れている主を心配するように、鼻先をゼロの胸へ降ろした。
やがてゼロに近寄った一体の、体から立ち上る霧の量が大きくなる。
「魂を食ってるのか。」

キュオオオオオン

魂を食べて強さを増した魂食い(ソウルイーター)は、高音の咆哮を夜空に放ち、その場に腰を下ろした。
 他の二匹も動かず、こちらの様子を窺っている。
「どういう事?何が起きているの?」


王都にいる任務中の冒険者全てに、声が聞こえた。
《初めまして、王国の冒険者諸君。私はナザリック地下大墳墓の主、アインズ・ウール・ゴウン》
声が聞こえた者達は周囲を探すが、誰の姿も発見できなかった。

《ヤトとセバスが世話になっている。今、王国に起きているのは禁呪、死の螺旋によるアンデッド召喚術。我々が八咫鏡(やたのかがみ)と呼ぶものだ》

《これより術式をこちらで解除するが、解除と同時に彼らは襲い掛かってくる。術式の解除に必要な時間は十分程度だ、その間に各自武装を整え交戦に備えてくれ》

《ヤト、おまえは北に向かい蒼の薔薇を助けよ。あそこにいる物はまずい。漆黒の英雄モモン殿、御助力を頼んでも構わないか?》
誰にもモモンの姿は見えなかった。
モモンはアインズに戻り、用意された隠れ家にいたのだから。

《感謝する。では二人共、急ぎ北へ向かえ。他の地点にはナザリックから援軍を寄越そう。術式の解除後、召喚されたアンデッド達を全て倒せば終わりだ。高位の神官を中心部の広場へ向かわせる、けが人はそちらへ運ぶといい。》

《行け、ナザリック地下大墳墓の玉座を守りし戦闘メイド、プレアデス達よ。》





ガゼフストロノーフは上空を見上げて笑みを浮かべる。
昔にあった底が見えない魔法詠唱者(マジックキャスター)の姿を思い出した。
「ゴウン殿、久しいな。流石はヤト殿の主だ。」
ガゼフの部隊は、デスナイト二体、スケリトル・ドラゴン一体と向かい合ったまま、膠着状態だった。
「総員に告ぐ!敵の攻勢に備えろ!援軍まで持ちこたえる!一人も死ぬな、絶対に生きて帰還せよ!」
尊敬する隊長の鼓舞に、兵士たちは剣を掲げ叫んだ。


北では“蒼の薔薇”が、ガゼフ隊と同様に魂食い(ソウルイーター)と向き合い動けずにいた。
「聞いたか、ラキュース。英雄が二人もこちらに向かってくるぜ。」
「ええ、あれがヤトの主なのね。」
「持ちこたえられる?」
「奴らが連携を取らなければ、二匹は倒せるかもしれん。そうでなければ逃げ回るだけで精一杯だろうな。」
「鬼ボスがいれば生き返る。私達でやる。」
「私だけ逃げ回る訳には――」
「おいおい、落ち着けよラキュース。おまえが死んだら誰が生き返らせてくれんだよ。」
「修羅場は慣れてる。」
「生きてたらナザリック。」
「わかったわ。無様に逃げ回ってもいいからなるべく死なないでね。」
視界の端で魂食い(ソウルイーター)が立ち上がるのが見えた。



西上方
中位アンデッド二体を倒したヤトは、冒険者達と周囲の警戒をしていた。
メガネをかけ、髪を夜会巻きにした知的な美女がこちらへ歩いてくる。
「お久しぶりでございます、ヤト様。」
「ユリか。お前がこの地区担当だな?」
「はい、御下命を賜っております。後は私にお任せを。」
「わかった。ではこれより蒼の薔薇の増援に向かう。冒険者を守り、アンデッド共を全て殺せ。」

 ユリもアンデッドだよな……怒らないかな。

下らない事で不安になっていた。
「仰せのままに。」
ユリは微笑み、両手を前で組んでお辞儀をした。
その動作は洗練された美しいメイドのそれだった。

二人を見ていた冒険者が近づいてきた。
「あの…ヤトさん、彼女は?」
「ああ、紹介しよう。ナザリックの戦闘メイド、ユリ・アルファだ。」
「メイドの方が援軍……なのですか?」
「安心してくれ。ここを更地にできる程度には強いから。」
「……」
とても信じてはもらえなそうな顔だった。

「では任せたぞ、ユリ。」
「はい、後程お会い致しましょう。」
ユリの一礼を待たずに、ヤトの姿は掻き消えた。
やがて上空から骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が二体降りてくる。
「ひっ!勝てるわけがない、あんなもの!」
「皆さま、落ち着いてください。あれは私が引き受けます。周辺の警戒、雑魚の討伐を。」

グオオオオオ!

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)二体の咆哮が周辺に響き渡る。
ユリは落ち着いた動作で、両手にガントレットを嵌めた。
「プレアデスがユリ・アルファ。至高の御方であらせられるアインズ・ウール・ゴウン様の命により、アンデッドの討伐を開始いたします。」

打撃属性に弱い骨系モンスターは、モンクの彼女に最適の相手だった。
魔法が効かない相手だったが、スケルトン系のモンスターは総じて打撃に弱い。
瞬時に距離を詰めたユリの一撃は、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の片足を粉砕した。
「おお!」
今しがたまで疑っていた冒険者から歓声があがる。
「術式の解除までまだ時間があります!雑魚を逃がさないで下さい!」
骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を撲殺しながら呼びかけた。
見惚れていた数名の冒険者たちは我に返り、スケルトンの討伐を開始した。

この地域のアンデッドは術式解除前に全て討伐される事になる。
任務に燃えるユリの両手(ガントレット)によって。



東下方《ナーベ》
「ナーベ殿、これは一体……何を相手にしているのだ!」
いつ襲ってくるかわからないデスナイト三体が目の前で体を揺らしていた。
彼らにしてみれば見たことも無い恐ろしいアンデッドだった。
「こんにちわぁ。」
「ひっ!」
背後から声を掛けられた冒険者は、体が跳ねあがるほど驚いた。

「援軍なのですぅ。」
エントマが手で口元を隠し、嬉しそうに目で笑った。
口元を隠したのは冒険者が美味しそうだったから。
目で笑ったのは、ナーベと久しぶりに会ったからだった。
ナーベも久しぶりに会った妹に微笑んだ。
「エントマ。よろしく頼むわね。」
「はぁい、任せてぇ。」
「では、あなたは捕らえた貴族と娼婦達を守るために、屋敷内の警戒を。ここにいると彼女の戦闘に巻き込まれて潰されますよ。」
「はい!畏まりました!」
美女に会えたことよりも、様々な恐怖が彼を屋敷へ駆り立てた。
「じゃぁ、始めちゃいますぅ。」
開始から全開のエントマは、背中から四本の蜘蛛の脚を出した。

ここに配置された冒険者達は、一人残らずトラウマを残すことになる。
蜘蛛をみてこの日の事を思い出す程度に。




南西《ガゼフ隊》
「うわあ!」
骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の足を避けた騎士は、目の前に立つデスナイトの一撃を避けられなかった。
「隊長!また一人やられました!」
「くそ!何人やられた?!」
「五名が戦闘不能です!」
「援軍が来るまで持ちこたえろ!死ななければ勝ちだ!」

部下に気を取られていた彼の目前に、デスナイトのフランベルジュが迫る。
「隊長!」
「くそ、ここまでか」

カキイイイン

甲高い金属音が鳴り響き、ガゼフの命を奪おうとしたフランベルジュはどこかに飛ばされた。
「助けに……きた」
赤金のロングヘアにミリタリー模様のアイパッチとマフラーをしたシズ・デルタ(CZ2128・Δ)が体に釣り合わない大きな銃を構えていた。
「おお、援軍か。助かったぞ。」
「援護……する」
「感謝する!全軍、突撃だ!」
シズの援護射撃により、デスナイトの武器と大盾は弾き飛ばされた。
肉弾戦でも充分に負ける要因だったため、シズは装備品の変更を行った。

自動照準(オートロック)……充電……撃鉄……発射(シュート)
放たれた光線はデスナイトの体に大穴を開けて貫通し、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)まで届いた。
光線は竜の体を正面から打ち抜き、光の通り道には何も残らなかった。
「凄いものだな、ナザリックの武力は。」
「はい、それにとてもお美しいです。」
「そうだな。我々もいいところを見せようじゃないか、行くぞ!」
中心部を失ってなお手足だけでもがく骨の竜(スケリトル・ドラゴン)へ向かっていった。

「お待ちください、ここは既に陥落したとみていいでしょう。」
突撃しようとしたガゼフ達の前に、イワトビペンギンがよちよちと歩いてきた。
「……」
ガゼフと部下の騎士たちは、目を見開き動作を停止した。
アンデッドが出現した時とは違った意味で、何が起きているのか理解できず、言葉も出てこなかった。
「私はナザリックの副執事長、エクレア・エクレール・エイクレアーです。親しみを込めてエクレアとお呼び下さい。」
左手を腹部に当てて、器用にお辞儀をする“彼?”の所作は、訓練された執事のそれっぽかったが、ただのペンギンにも見えた。
「は、初めまして。」
「早速ですが、諸君らは執事に興味はありませんか?」
「……いや、我々は王国の騎士団なので」
「男性執事はアインズ様の御付きはできませんが、やりがいのある仕事があります。これを機に転職を考えてみては如何でしょうか?」
「……すまない、戦闘中なので」
「戦闘はシズがいれば問題ありません。よろしければあちらで詳しい話などをさせて頂きたいのですが。」
シズが射撃によってアンデッドを全て打ち抜いても、イワトビペンギンによるガゼフ勧誘は続いていた。




南東《ブレイン、クライム》

「む、無理です!ブレイン様!あんなものに勝てるわけが!」
「いいから走れ!」
スケルトンで構成された巨人、集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)が建物をなぎ倒しながらこちらに向かってきていた。
騎士たちと共に全力で逃げ出したが、既に手が届く距離まで迫っていた。

彼らの目前まで迫っていた巨大な人骨の腕は、大量の骨となって石畳の路地に転がる。
「な、なんだ。どうしたんだ。」
大量の骨の山の中がもぞもぞと動き、中からメイド服を着た金髪の美女が現れる。
「ふぅ。こちらは終わりましたわ。ご安心下さいませ。」
貴族の令嬢を思わせる振る舞いだった。
「プレアデスはソリュシャン・イプシロンですわ、宜しくお願い致します。」
胸に手を当てて、挨拶をするその仕草に、ブレイン以外は見惚れた。
「ああ……援軍か。助かったぜ」
安心したブレインは、地面にへたり込む。
「さあ、皆様。中央広場に移動しましょう。けが人の手当てを致しますわ。」
瞳に暗い光が宿っているが、絶世の美女と言っても過言ではない美しさだった。
誰も彼女以上の美人を知らなかった。
クライムでさえ、主とどちらが綺麗かと脳裏を天秤が過る。


あら、見惚れているのね。何人か食べちゃってもいいかしら。

激しい温度差がある双方だった。
「なあ、あんた。どうやって倒したんだ?」
「中に入り込んで核の部分を破壊しただけですわ。」
「そうか、もう俺の出番はなさそうだな。」
 自嘲気味に笑うブレインに、ソリュシャンは美味しそうな男を見つけて、女神のように微笑んだ。
彼が女好きだったら命が無かったかもしれない。



西下方《セバス》
「セバス殿、彼女達は我々が守ります。アレには勝てませんので。」
「畏まりました。では敵はお任せ下さい。」
作戦通りに娼館を襲撃した彼らは、遊んでいた貴族と遊ばれていた娼婦を無事に確保していた。
「敵はデスナイト三体です。私一人で問題ありません。」
この地域にスケルトンは配置されていなかった。
雑魚に気を取られて、今後も王都で活躍をするであろうセバスの強さを、冒険者達に見落とさせないためだ。
「では術式の解除を待ち、交戦と致しましょう。」

やがて彼らは襲い掛かってくる。
人間形態の彼は、一般的に手を抜いた状態なのだが、デスナイトを一撃で倒す力は充分にあった。
セバスは無駄な動きをせず、一撃でデスナイトの頭を胴体から飛ばしていく。
 頭は周辺の家屋へぶつかり、腐ったトマトのように赤黒い液体を滴らせて潰れた。
だが体はまだ動いているため、気功を発動しながらアンデッドが死に切るまで拳をとめない。
三体のアンデッドが動かなくなって、彼は一息ついた。
「皆様、お疲れ様でした。我々は中央広場に移動を開始いたしましょう。」
彼の圧倒的な強さを目の当たりにして、恐怖を覚える娼婦たちと貴族。
そんな彼らの心情を理解したのか、セバスは黒く染まった拳を隠し、穏やかに微笑んだ。

女性達の緊張が解れたのを感じ、セバスは北へ目を向ける。
「御武運を。」



再び東下方
妹のエントマが周囲の家屋に足で穴を開けながら暴れまわる姿を、ナーベは口を半開きにして見上げていた。
宝物殿領域守護者の顔に似ていると言えば似ていた、似ていないと言えば似ていなかった。
モモンがこちらに駆け寄って来るのに気づき、真面目な顔に戻した。
「ナーベ、我々は北へ向かう。フライで飛ばしてくれ。」
「畏まりました。モモンさ…ん。」
「ところでここの援軍はまだ到着していないのか?」
「いえ、あそこで交戦中です。」
エントマは背中から四本の巨大な蜘蛛の脚を生やし、デスナイト二体を相手に暴れている。
 攻撃を避ける際、足を広げて家に穴を開けながら上に躱していたため、周囲の家屋は穴だらけだった。
「……付近に冒険者の姿が見えないのだが」
「怯えて屋敷の中に入ってしまいました。娼婦たちの警護にあたっています。」
「……そうか。」
もはや何も言うまいと諦めた。

「エントマ、私達は北へ向かう。先に注意しておくが、人を食べてはだめだぞ。」
「はいぃ、畏まりましたぁ。」
 巨大な脚にぶら下がった人形のように、体を左右にふらふら揺らしながら片手をあげた。

プレアデスの配置をもう少し考えた方が良かったかもしれん。

「行くぞ、ナーベ。私のいた地点も確認していこう。」
「畏まりました。」
「お気を付けてぇ。」
エントマはデスナイトと遊びながら、建物に穴を空けつづけた。




再び東上方

ルプスレギナは周囲の屋上で、冒険者とスケルトンの戦いを胡坐をかいて見ていた。
「うわーやばいっすねー。頑張れスケルトン、そこ!そこっすよ!」
大量のスケルトンに冒険者達は押されつつあった。

頭に衝撃が走り、目から火花が出る。
拳骨を食らわしたモモンが、背後に腕を組んで立っていた。
「あ、アインズ様!」
「ルプスレギナ……お前は何をしているんだ」
「はい、監視していました。」
「……早く彼らを助けろ。厳罰を食らいたいのか?」
モモンの声は数段低くなっており、支配者としてのそれだった。
「ひっ、も、申し訳ありません!すぐに行ってきます!」
 聖印を象った巨大な両手武器を取り出し、急いで屋上から飛び降りていった。

結局は時すでに遅く、このエリアの犠牲者が一番多かった。




「余計な事をしていたら遅くなってしまった。急ぐぞ、ナーベ。」
「モモン様、ルプーが申し訳ありません。」
「もうよい、それよりヤトが心配だ。人化した体であれに勝てるのか。」
「畏まりました。」

二人は北の死線へ急いだ。






ペンギンがいる確率→1d% 50% 当たり  正直、面倒な別のフラグが立つ
援軍を呼ぶ《1二人で 2守護者と 3プレアデスと 4支配下の亜人や魔獣》
1d4→プレアデスを援軍に呼ぶ

蒼の薔薇に先に駆けつける→偶数ヤト 奇数モモン
1d20→12 ヤトが蒼の薔薇へ
配置ダイス《1ユリ 2ルプス 3ソリュシャン 4シズ 5エントマ》
ペスは中心にて怪我人の治療(確定)

なぜ全方向を描写したのかと問い詰めたい。
ライダー装備?今回の作戦では使いませんよ。

補足
モブ冒険者のレベルは低めに設定してあります。


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42日目  王都・八咫鏡-インフェルノ戦

正直…読み飛ばし可能です


“蒼の薔薇”と魂食い(ソウルイーター)の戦闘開始には、何の合図も無かった。
一体が目を光らせティナに突っ込んでくる。

「《不動金剛盾の術》」
発動した盾は突き破られたが、勢いを殺す事はできた。
腹部に軽減された突進を食らい、ティナは大きく飛ばされていく。

双子の片割れを助けるため、ティアは短距離転移をした。
「このおお!《ドラゴン・ライトニング/龍電》」
イビルアイの放った怒りの雷撃を、避ける事もしなかった。
平然とこちらを見ており、ダメージになんの感傷もないことを告げる。

「おらあ!」
 ガガーランが背後から戦鎚を叩きこみ、打撃耐性の低い“彼”の一部が欠け、体勢が崩れる。
 隙ができたところへ水神への祈りを捧げたラキュースの一撃が加わる。
「超技・暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)!」
魔剣による無属性の衝撃波が現れ、“彼”を直撃し体が削れていく。
「止まるな!攻撃を続けろ!」


《ファイヤーボール/火球》
魂食い(ソウルイーター)は魔法を唱え、周辺に大量の火球が現れる。
詠唱を重ねた火球の数は、周囲を焼き尽くすのに十分な量だと言えた。
「ここまでの魔力があるのか。くそ、まだ奥に二匹もいるというのに。」
彼女達が相手にしているのは三体の内、一体だけだった。
残りの敵二体は、静かにこちらの様子を観察している。
それが余計に不気味だった。
特に奥の一体は、体から立ち上る黄色い霧が他に比べると遥かに強い魔力を帯びており、目を離すと何をされるかわからない。


浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)、みんなを守りなさい!」
放たれた火球の大半が防がれ、残りは個別に身を躱す。
射撃精度が低かったのが救いだった。
「《クリスタルランス/水晶騎士槍》!」
 放たれた透き通る槍は、完全な死角からの攻撃だったにも拘らず、後ろ蹴りで弾かれた。
「うおおおお!」
ガガーランの戦鎚はイビルアイの槍を蹴飛ばした足に直撃し、打撃に弱い魂食い(ソウルイーター)の脚を一本砕いた。


《ライオンズ・ハート/獅子ごとき心》
ラキュースの支援魔法により、全員の覇気が高まり畳みかけた。
戦闘に復帰したティアとティナの忍術による爆発がおきる。
「ラキュース!」
暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)おおおお!」
爆炎に放たれた衝撃波に続き、飛び上がったガガーランは背後から戦鎚を叩きこんだ。
彼女らの攻撃を全て受けきった魂食い(ソウルイーター)は、前足をバタつかせてもがき苦しんでいる。
“彼”の後ろ半身は破壊され、地面でも残り手足をばたつかせる。
この時、骨で出来た馬に追撃を加えれば一体は殺せていただろう。

キュオオオオオン!

金属の摩擦音を思わせる高音の咆哮が周囲に響く。



《ファイヤーボール/火球》

恐らく三体のリーダーである魂食い(ソウルイーター)の生み出した火球は、先ほどの比ではない数だった。
 同時に傍にいたもう一体がこちらに全力で走ってくる。
「全員撤退!急いで!」
 走る馬の後方から一直線に隕石のような火球が飛んできていた。
「危ない!」
「しま――」
気が付いたら火球は目の前まで迫っていた。
手前にいたイビルアイに二つ、ティアに一つが当たり、体を燃やし始める。
火球で燃え上がる二人は、巨大な火の玉となって後方へ飛ばされた。
「イビルアイ!ティア!」
飛ばされた二人の支援に、ラキュースは駆け出した。
「《大瀑布の術》」
忍術により水が現れ二人を鎮火したが、火傷が痛々しかった。
二人に駆け寄り、回復魔法を詠唱する。


《マジック・アロー/魔法の矢》
地でもがく魂食い(ソウルイーター)の魔法詠唱により、橙色に輝く弓が召喚される。
迫りくる火球を避けようと気を取られていたガガーランとティナを、精度の低い弓の射撃が襲う。
ガガーランの腹部に一本、ティナの左大腿部と左腕に計三本の弓が突き立った。
「油断したぜ、この野郎!砕けろや!」
「ガガーラン、こいつは殺す。」
「おう!」
ガガーランとティナは動けない魂食い(ソウルイーター)に、何度も何度も武器を振り下ろした。
二本の前足をバタつかせているため、蹄が二人にダメージを与える。
骨にヒビが入ろうと、打撲で多大な痛みを負おうが関係なかった。
火球も迫っていたが、ここで殺しておかないと魔法の援護射撃は止められないのだ。
魂食い(ソウルイーター)が絶命し、立ち込めていた黄色い霧が消える。


「《不動金剛盾の術》」
 痛みを堪えて短距離転移したティアが、火球を防ぐため防御障壁を再度呼び出す。
だが、突進してくる魂食い(ソウルイーター)との距離は充分に詰まっており、故意に頭から突っ込む“彼”により壁は破壊された。
突進は避けられたが、障害物が無くなった事で火球が二つ入り込み、双子に直撃する。
「ぐっ…。」

「《大瀑布の術》」
再び多量の水が湧き上がり二人の炎は鎮火された。
二度の火だるまにより負った火傷の痕は、今もじくじくと体液を滴らせていたが、そんなことに構っていられなかった。
新手の魂食い(ソウルイーター)は、既に彼女達の前へ到着しているのだから。


ラキュースとイビルアイは、奥にいた魂食い(ソウルイーター)から目が離せなかった。
彼ら三体のボスであろう魂食い(ソウルイーター)は、ゆっくりと緩慢な動作でこちらへ歩み寄っていた。


「イビルアイ!あちらを支援しなさい!」
「わかってる!くそぉおおおお!」
仲間がすぐに魂を食われる危機感で、イビルアイは全力で駆けだした。
こちらの方が危険だと分かっていても。


 ティア達の前に立つ魂食い(ソウルイーター)は、値踏みするように皆を一瞥した。
「二人とも、動けるか?」
「多少は動ける。」
「覚悟はできてる。」
「俺もあと少しだけかもしれねえ。弓だけじゃなく、あんなバタバタしただけの蹴りで足が動かねぇわ。」
 全力で走ってくるイビルアイは、間に合いそうになかった。
 間に合ったところで、勝てる気もしなかったが、このまま無下に殺されるつもりもなかった。



魂食い(ソウルイーター)は魔法を唱えず、最も近くにいたティアの肩を優しくくわえた。
ラキュースに近寄っていく魂食い(ソウルイーター)へ、全力で放り投げる。
「この糞があ!」
必死で抵抗する彼女達の攻撃を意に介さずに。

「《クリスタルランス/水晶騎士槍》!《シャード・バックショット/結晶散弾》!」
イビルアイの魔法も直撃し、ダメージは受けたがそれも気にしなかった。



放り投げられたティアは、魂食い(ソウルイーター)のリーダー目前まで飛ばされる。
「ティア!」
火球二つが直撃し半身が火傷、くわえられた肩が脱臼した彼女は、まともに歩くのが難しそうだった。
魂食い(ソウルイーター)は彼女を静かに見つめている。
「やめろおおおお!」
状況を察したラキュースが駆けだすが、充分に距離は空いていた。
ティアの魂を食べられる時間がある程に。


《不動金剛盾の術》
現れた盾に、高く掲げた前脚を振り下ろして盾を突き破り、ティアの心臓目がけて止めずに振り下ろす。
ゼロの魂を食べて一時的にだが大幅強化されている敵は、ティアへ甚大な被害を与える。
口から泡立った血を吐くティアの命は、虫の息だった。
“彼”の前で仰向けに横たわるティナは、まな板の上の鯉を思わせる。
後は貪られるのを待つしかない。

ティアに顔を近づける“彼”の動作は慈悲深かった。
彼女は大切な食料なのだ、粗末に扱うはずがない。
初めから“食事”をするために、部下に放り投げさせたのだから。


血を吐くティアの動きは完全に止まった。
走るラキュースは間に合わず、ティアの魂まで食べた魂食い(ソウルイーター)は、立ち上る霧を、一層濃く大きくしていた。
怒りで冷静さを失っているラキュースが、思わず立ち止まるほどに魔力が上がる。
「この不死生物(アンデッド)が!」
食事を終えた魂食い(ソウルイーター)がこちらに目を向けた。
主食(メインディッシュ)を見る態度で、ゆっくりと近づき始めた。
 相手との実力差に冷静さが戻ってくる。

 ティアがやられた、私はもう死ねない。味方援軍まで、後どれくらいかかる。
いや、それを期待して時間を稼げる程、距離は離れていない。

彼我の距離は、接触まで幾秒もなかった。
ラキュースは魔剣を構える。



「畜生……」
「……大丈夫、今は目の前の奴に集中を」
「わかっている。」
三人の前に立つ魂食い(ソウルイーター)は、ただ彼女達を見ていた。
動いたら魔法詠唱をするつもりだった。
リーダーの指示は彼女達をこの場に縛り付ける事だったのだから。
「イビルアイ!走れ!」
「リーダー生きてれば蘇生可能。」
「……死ぬなよ!」
ガガーランとティナはイビルアイの逃走を援護した。
「影分身の術!」
「《不落要塞》!おら、かかってこいや!」


ラキュースに近寄る魂食い(ソウルイーター)は考えていた。
どの程度まで痛めつけていいのだろうか、と。

《この女……聖なる匂い……うまそうな生命の輝き……》

蛙人(トードマン)を原料に作成された三体の中で、彼は族長を原料として作成された。
生まれ変わってから人の魂が大好物に変わった。
特に神官・巫女などの聖職・神職に殉ずる魂には、強烈に惹かれていた。
ラキュースの命の輝きは神官戦士が持つ特有の者で、それに惹きつけられている彼は彼女の魂を食べたくて仕方が無かった。
 砂漠を踏破している者の前へ、突然にオアシスが現れたかのような、強烈な聖と生への渇望と憎悪だった。


《主は魔法を限定せよ、アレは殺すなとは言われたが、殺さなければ魂の一部は食べても構わないか。》
リーダーの彼は待機している魂食い(ソウルイーター)に指示を出した。

《そいつらに私の邪魔をさせるな。》
指示を出された魂食い(ソウルイーター)は、全力でイビルアイを追う。
「イビルアイ!くそお、どこまでも舐めやがって!ティナ、立てるか?!」
「仲間を守る。寝てられない。」
「違えねえ!行くぞ!」
二人は痛みを無視して後を追った。

ティナが《闇渡り》により影から飛び出てクナイを打つが、魂食い(ソウルイーター)は意に介さなかった。
「イビルアイ!急げ!砕けやああ!」
戦鎚が腰をかすったが、構わずイビルアイに向かって走り続ける。
「邪魔するなあああ!」

接近を阻止するために突進する魂食い(ソウルイーター)を、イビルアイは必死で避けていた。
距離を考えるとどう考えても間に合わないだろう。
魂食い(ソウルイーター)に殺す気はないのだが、状況を考えると魂を食われるとしか思えないのも無理はない。


手に力を籠め、まだ剣が握れることを確認した。
浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)!」
座ったまま剣を振るが、相手は一歩下がった。
魂食い(ソウルイーター)は周囲を漂う目障りな剣を、馬の後ろ蹴りで一本一本を丁寧に粉砕していく。
美味しそうな“食事”を邪魔されるのが嫌だったのだ。
その隙を逃さず、MP全てをつぎ込んだ一撃を放った。
暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)!」
全力の一撃は、MPの下限を振り切って生命力まで消費した。
だが、命を削って放った衝撃波は、当たった箇所の骨を削っただけだった。

敵は残りの浮遊している剣を砕き続けている。


砕かれた剣の金粉が宙を舞い、彼女の心に絶望が影を差した。
 武器を造作も無く破壊し、全力の一撃で殺せない相手に、どう立ち向かえというのだろうか。
MPだけではなく、溢れる生命力の一部まで注ぎ込んだ彼女は、普段では考えられない弱気になっていた。
敵が目前に居なければ、へたり込んだまま動かなかっただろう。


「あ……あ……」
自分が死んだら誰も仲間を復活できない、追い詰められた恐怖から這って逃げ出そうとする。
自らの命など顧みなかったが、血を分けた戦友だけは救いたかった。

 死んだらティアが……ここで死んだら、ティアが助からない……

彼女の激しい消耗による敗北感により、予定通りの勝敗は決した。



 私はどうなってもいいから……誰か……助けて

彼女の脳裏に“大嫌い”と罵った男性が浮かんだ。
剣を破壊し終えた魂食い(ソウルイーター)はラキュースの背後に迫る。

両足を砕き彼女の動きを止めてから、ゆっくり食べるつもりだった。
ラキュースの背後で、骨の馬が前足を高く掲げられる。

“彼女の”英雄は近くまで迫っていた。





死亡率1d% そのままダメージ量に直結
ラキュース  0%  死亡ダイス失敗
ガガーラン  30% 死亡ダイス失敗
ティア    60% 死亡ダイス成功
ティナ    70% 死亡ダイス失敗
イビルアイ  40% 死亡ダイス失敗
ラキ死亡率0%なのはやはりダイスの意志…か。

モモン登場まで倒せる数 → 2
最後のラキュース好感度1d20→ 20 

おめでとう、ヤトノカミ。お前は凄いよ、本当に。
8以下でラキュース死亡、1or2でヒロイン交代だったのに、20が出るとはね…。


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42日目  王都・八咫鏡-鏡割り戦

読み飛ばし不可


訪れる事が決まった痛みに対し、覚悟を決めた彼女に、馬の前脚は振り下ろされなかった。
振り返った彼女は、いつもの軽装に身を包んだ男性を見つける。
黒い光沢を帯びた長い刀を両手で支え、魂食い(ソウルイーター)が下した二本の脚を抑えていた。

「重てぇ……この腐れ魂食い(ソウルイーター)が」
既にスキルを使用しており、攻撃性が増した話し方へ変わっている。
「ヤト……」
助けを求めていたが、実際にヤトを見ると昼間の件が思い出された。
「早く離れろ!」
「は、はい!」
彼の珍しく真剣な声で、急いで横に転がっていく。
「てめえも離れやがれ!」
抑えられている剣を力任せに振ったが、軽快な足取りで魂食い(ソウルイーター)は後ろに飛んだ。

 予想以上に重い。物理無効化は効かない……か。


タイミングを計る予定だったのだが、現地に到着するとラキュースがダメージを受ける寸前だった。
“惚れて”はいないが、“お気に入り”の女性(ヒロイン)が無残に痛めつけられる場面を観賞する趣味はなかった。
結果として、余計な消耗をしてしまい、体を疲労感が襲う。

新手の出現に、魂食い(ソウルイーター)は更に後ろへと距離を取った。
「ラキュース、状況を。」
「ティアが殺され、イビルアイはあそこで交戦中です。他の皆はまともに動けません。」
「わかった。」

これは本当に魂食い(ソウルイーター)か?なんだこの強さは。

敵の強さが、ラキュースの異様な弱気から目を逸らした。
防いだ相手の一撃が予想を遥かに超える重さだったため、ふざけている場合ではなくなっていたのだ。
彼の目は世界級魔物(ワールドエネミー)に対峙したとき以上に真剣だった。
仮面はつけていたためにわからなかったが、らしくない真剣さは彼女に伝わる。

「私も力が尽きました。まともに動けません。私はどうなっても構いませんから、ティアを……お願い……助けて下さい……」
MP枯渇・生命力減の作用により、過剰に弱っている彼女は今にも泣きだしそうだった。
「どうでもよくねえだろバカ、下らない事言うな!」
「ご……ごめんなさい……」
昼間と立場が逆転していた。


「運びづらいから、その剣は預かるぞ。」
黒い魔剣を強引に奪い、アイテムボックスへ収納する。
「あの……私はもう戦えません」
「見ればわかる。」
へたっているラキュースを、刀をしまってから両腕で抱えた。
「え?きゃあ!」
彼女らしくない生娘の悲鳴だったが、ヤトは違和感に気づいていない。
恥ずかしさに思わず顔を両手で覆う。

お姫様抱っこである。


羞恥と期待に胸が膨らみ、心臓が大きく脈打つ。
おとぎ話のお姫様は、自分一人では演じられなかったのだが、こんなに簡単に叶ってしまった。
心拍音が相手に聞かれそうな不安で、仮面を被った彼の顔をまともに見れずにいた。
首に手を回して無言で見つめ合う行為は、やはりおとぎ話の中だけなのだろう。


普段のヤトであれば楽しそうに小馬鹿にしていただろうが、とてもそんな余裕はない。
これまでの消耗・MP消費による眠気の気配は間近まで迫っている。
そして対峙した魂食い(ソウルイーター)は強かった。

無効化できないからレベルは60以上、そこまで強いソウルイーターなんていたか?


“美味しい”魂を二つも食べた敵はレベルの向上を図っており、ユグドラシルでは考えられない厄介な変化だった。
物理の無効化はされず、相手の攻撃も重かったのだ。
それでもヤトが負けるなど、通常では考えられなかった。
眠気・空腹により危機感を抱いている人型のため、彼は不安を感じる。
今更に人化によるペナルティの重さを痛感していた。

「……ラキュース、飛ぶから首に掴まってくれ」
恐る恐る両手を彼の首に回しているが、彼の方から言ってくれた喜びが顔に出ていた。
「絶対に喋るなよ、舌噛むぞ。《疾風迅雷》」
二人は瞬時に姿を消した。


「援軍だ、間に合っ――」
遠目にヤトの姿を発見したため、安心して漏れた安堵の声は魂食い(ソウルイーター)の頭突きにより遮られる。
「くっ!」
大きく体勢を崩した彼女に、追撃を加えようとした敵は、後ろへ倒れ込んだ。
ラキュースを抱えながら放ったヤトの蹴りが、知覚できない速さで打ち込まれていた。


「大丈夫か?」
「遅いぜ、英雄さんよ。」
「痛くて限界。あとは任す。」
二人は安心して地面に倒れた。

「ああ、ここで待ってるといい。俺はこいつらを倒す。」
「はい!!」
降ろされたラキュースは、ふらつきながら仲間達の近くにストンっと腰を下ろした。

「大丈夫なのか、ヤト殿。」
「問題ない。こいつは俺が冥界へ送り返してやる。」
それらしい台詞を吐く彼を、ラキュースは座り込んで見つめていた。
脇へ携えた黒い大太刀、腰に横向きへ携えた一本の白い小太刀をそれぞれ構える。


「《分身の術》《疾風迅雷》《先制攻撃》」
スキルの多重化により、萎みかけていた加虐心が再び膨らんでいく。
黒く着色されていると感じる吐息が漏れる。
「はぁぁぁぁ……行くぞ、馬の骨が!」
 彼女達には、ヤトが消えたようにしか見えなかった。

「今、忍術……使った?」
ティナは不思議そうに首を傾げた。
その疑問には誰も答えられなかった。

「やっぱり……あの人は英雄だったのね……」
夢見る乙女にも、誰も答えなかった。



超斬撃衝撃波(ギガスラッシュ)!」
強化された横に伸びる衝撃波は、弱い魂食い(ソウルイーター)を横方向に両断するには充分だった。
既にHPが削られていた彼は、そのまま塵となり王国の空へ散っていく。
「すげえな!流石は英雄だぜ!」
「……素敵」



一体の殲滅を確認したヤトは、奥で様子を見ている魂食い(ソウルイーター)へ走りだす。
その姿は誰にも見る事ができない。
唐突に刀で切られた魂食い(ソウルイーター)は、反応するまで時間が掛かった。


キュオオオオオン

高音の咆哮が周囲に木霊したが、動きを止めるつもりはなかった。
二本の刀による追撃で、肋骨付近が大きく削れる。
そのまま首を長太刀で切断せんと前に出たが、火球に邪魔をされる。
気が付かずに詠唱された《ファイヤーボール/火球》が彼を囲んでいた。

「分身じゃあ魔法はよけらんねえよ。熱そうだな。」
魔法防御系のスキルを使うよりも火球を切った方が速そうだったため、一つでも多く斬って消し始める。
そのせいで、別の攻撃に気付かなかった。

自らダメージ覚悟で突っ込んでくる魂食い(ソウルイーター)の飛び蹴りは、仮面の死角上方から落ちてきたため、どちらにしても気づけなかっただろう。
分身の効果により、片方の脚は無効化されたが、残った脚は仮面を貫通して頭部左上を直撃し、ヤトは頭から後ろに飛ばされた。
 背後の火球に自ら突っ込んでいく。

「ぐああ!」
転がり回って火を消したが、高かったジャケットもベストも消し炭になってしまった。
胸元を大きく開けたYシャツとスラックスという服装に見える。
「はぁ、あっちい……」
ジャケットの燃えカスを払う。
砕けた仮面の残骸が頭から落ちた。

蹄の一撃により、ヤトの額から血が流れる。
人差し指と中指で額の血を確認した。
「やってくれたな。」


そこで彼女達は初めて彼と敵の強さを確認する。
「流石はぷれいやーの戦いだ、何をしているのかまるでわからん。」
安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)で包み終わったティアを引き摺るイビルアイが呟く。
「ああ、俺もだ。どうやら出番じゃねぇようだな。」
「イビルアイ!ヤトを助けて!あなたしかもう戦えないの!」
ラキュースの悲鳴が響いた。
「お願い……あの人を……助けて」
今までの彼女の口からは想像が出来ない、縋りつくか細い声だった。
ラキュースの頭の中で、今まで彼と過ごした時間が反芻されていた。
昼間に言った言葉は強い後悔となって、彼女の弱気に拍車をかける。

待ち望んでいた人に、私はなんて酷いことを言ったのだろう。彼は許してくれるだろうか。この戦いが終わったら謝らないと。


「わかった、どこまでやれるかわからんが助太刀してくる。」
彼女の泣きそうな瞳に断る事も出来ず、イビルアイはヤトに向けて走り出した。

「水神様、二人をお守りください。」
見たことない技を駆使する彼の姿に、神官として祈るラキュースの鼓動が一人の女として高鳴った。


超斬撃衝撃波(ギガスラッシュ)!」
 放った衝撃波に追い付かないように、敵へ向かっていく。
聖属性の小太刀を逆手に構え、頭を打ちぬきとどめをさすつもりだった。

魂食い(ソウルイーター)は大好物の食事を邪魔された恨みにより、本気で戦うべき敵だと認識している。
衝撃波を食らいダメージを負ったが、敵を迎え撃つ準備も整っていた。

真正面から頭を交差しぶつかり合う。
近づかれたため間合いがズレてしまい、ヤトは致命的な一撃を与えられなくなった。
怯まずに二本の刀による切りを至近距離で与え続けた。

ダメージを受けながら、魂食い(ソウルイーター)はヤトの首に全力で噛みつく。
そのまま首を食い千切るつもりだった。


「ああああ!痛えなこの野郎!」
振りほどいたが首の肉片が相手の口元に付着しており、彼の首から大量の血が滴る。
肋骨に深く食い込んだ小太刀は、敵の体に残っており、あのままでは抜けそうになかった。

「この出血……頸動脈か……HPが凄まじい勢いで削れていくのが分かる……最悪だ。HP量とダメージ量は等価じゃなかったのか……頸動脈を切ったら制限時間は一分だったか? 二分だったか?」
 片手を首に当て止血しようとするが、手の隙間から漏れる血液に、止まる気配はなかった。


「くそ!血が止まらねえ。徐々に減らされるとあのスキルも使えねえ!そして一番やばいのが眠い!あああ!畜生ぉおおお!今寝たら死んじまうだろうが!」
誤魔化すように大声を出すが、気を抜くと昏睡しそうだった。
大量の血は地面に零れ続け、彼の顔面を蒼白にした。
HP・MP消費の検証などしていなかったのだ。
 強い眠気が津波のように次から次へと襲ってきている。


「あの突き刺さった奴を下へ降ろせば勝てそうなのによ……俺はここで死ぬのか……?」
敵の胸に刺さった小太刀を恨めしそうに見た。
「ヤト殿!使え!」
少し離れた場所からイビルアイはポーションを投げ渡す。
「助かった!」
すぐに首に振りかけたが、敵は待ってくれなかった。
 傷が癒えるのを待たずに、こちらに走ってくる。

「ちっ、馬の骨が。」
 ダメージを緩和するために後ろに飛ぶが、予想以上に強い当たりは殺しきれず、こちらに走ってくるイビルアイにぶつかるまで飛ばされた。
「くっ。」
「悪いなイビルアイ。」
勢いが緩んだ出血が、イビルアイの衣服へ滴る。
「大丈夫だ。気にするな。それより早く回復を。」


くそ、回復してもこれじゃあ眠くてしょうがない。頼むから早く来い。

背後のイビルアイを庇いながら戦える余力はもう残っていない。
首の出血にHP減少が、彼に冷静さを失わせる。
敵は追撃の準備に入り始め、地面を蹄で引っ掻き始めていた。


かくて救国の英雄は、満を持して舞台袖から高座へ上がる。





何かがけたたましい音をたて、双方の間に落ちる。
重みを受け止めきれず、地面が大きくへこんだ。
漆黒の鎧は黄色い霧を反射させ、怪しい美しさに彩られる。
幼い頃に見た特撮のヒーローに酷似していた。
「すまんな……ヤト、遅くなった」
「ああ…おせえよ、モモン。」
 首の出血を押さえながら、顔を歪めて笑った。

命に関わりそうな傷を負った友人を見て、モモンの内心は怒りで沸騰する。
「インベルン、悪いが離れてくれないか?我々の巻き添えを食らうぞ。」
冷静さを失いそうな自らを律し、平静さを装って彼女を離した。
「え?! ……あ、ああ、分かったモモン殿」
 さりげなく名前を間違えられたが、モモンの鬼気迫る態度に引いていく。
彼女の脳は完全に上の空になっていた。

インベルンと呼んだな?なぜ奴は私の名の一部だけ知っているんだ?まさか彼もぷれいやーなのか?


イビルアイの思考と動揺は、黒髪にポニーテールを揺らした不機嫌な女性に遮られた。
「そこの藪蚊(ヤブカ)、もっと離れなさい。邪魔ですよ。」
「うえっ?!あ、ナーベ嬢。」
「大人しく見ていなさい、二人の英雄の戦いを。」
「英雄……」
騎士に守られるお姫様に酷似した、ラキュースとヤトの情景が脳裏に浮かぶ。
ヤトに抱かれたいわけではなかったが、あのシチュエーションは羨ましかった。
顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうに彼の首に手を回していたラキュースも。

「ナーベ殿、お姫様抱っこというものをされたことはあるか?」
「はあ?」
露骨に不快な顔をされて、イビルアイは仮面の下を羞恥で真っ赤にした。
「いや、なんでもない……すまない。英雄の戦いに集中しよう!」

落ち着いて見える彼女は、主の一人であるヤトの傷を見て頭が真っ白だった。
本来ならば真っ先に盾となる自分が、モモンに言われて見ている事しかできないのが歯痒かった。
歯を食いしばり、二人の支配者が戦う姿を、一瞬も見逃さずに見続けた。


「モモン……胸に刺さった小太刀でそのまま切り裂きたい。奴に突っ込んでくれ……先に言っておくが、これが失敗しても成功しても俺は昏倒する」
ヤトの冗談がない口調は、彼に事態の深刻さを告げた。
首の血はまだ止まっていなかったのだから。
「わかった。奴が死ぬ前にお前が死ぬなよ。」
「ああ……頑張る」
「愛しのラキュースが見守っているぞ。」
小さな声で呟いた。
ラキュースはこちらを見ながら祈るように両手を組んでいた。
「はは……そりゃ死ねないな」
「その通りだ。簡単に死ぬなよ、英雄。」
「そちらもな……英雄(ヒーロー)


「では行くぞ、ヤト!」
「わかった……モモン」
蒼の薔薇・ナーベが見守る中、二人は動き始めた。
モモンは勢いよく相手に走り出て、視線を彼に集める。
魂食い(ソウルイーター)は新たな敵の出現にかなり苛立っていた。
 彼の主君は黒いローブに身を包んだオーバーロードであり、鎧を着た存在は全て敵と認識していたのだ。

アインズが内々に連絡すれば気づいただろうが、怒りが沈静化されて粘着質な憎悪に変化したモモンは考えなかった。
自らが創造した僕ではなく、大事な友人を傷つけた魔物となり下がっていたのだから。

モモンは敵に真正面から当たり、敵の動きを封じた。
「やれ!」
「ああ!」
 モモンの背中を踏み台にして、胸の小太刀を掴み取った。
その動きに合わせて一歩引いたモモン。
そこに空間が出来たため、そのまま下まで一気に切り裂いた。
魂食い(ソウルイーター)の肋骨周囲に大きな裂け目ができる。


超斬撃衝撃波(ギガスラッシュ)!」
MPが尽きるまで衝撃波を直上へ放ち続け、魂食い(ソウルイーター)の頭部が破壊されたていく。
 モモンがいる安心から、たとえ倒れて力尽きても構わないと思い、MPを全て使い切った。
力んだために首から流れ続ける血の勢いを増しながら、ヤトはゆっくりと地面に倒れていく。
ここが彼の限界だった。

遠くで女性の悲鳴が聞こえる。
昏睡する友の首に、急いで赤いポーションをかけた。
首の傷は収まり、見る見るうちに顔色が良くなっていく。
その様子をみて安心したモモンの心中に、やり場のない怒りが再び湧いてくる。
認識が甘かったため、友人を傷つけた自らに対する怒りだった。


「さて、お前がこのまま死のうが生きようが、私が止めをさそう。大切な友を傷つけた代償を払え!」
体をよろけさせバランスを崩して倒れそうな魂食い(ソウルイーター)に追撃を始めた。
敵の体が骨の一本一本バラバラになるまで、二本のグレートソードの剣風を巻き起こし続ける。
失敗した部下に対する粛清というより、個人的な理由の苛烈な復讐だった。
それ程にモモンは自分が許せなかった。


抵抗する力を失った魂食い(ソウルイーター)に、逃げる事も防ぐ事も避ける事もできない。
戦士としてのレベルは低くても、筋力は上限100なのだ。
 骨で構築された体が、組まれたブロック模型を解体するように解けていった。

「地獄へ還れ!」
残った頭部へ二本の剣が全力で打ち下ろされ、頭部を完全に砕かれた魂食い(ソウルイーター)の残骸は、風に舞って王国の空へ消えていく。

王国始まって以来最強のアンデッドは塵になり、二人の英雄の戦いは終結した。

「格好いい……はっ?! 私は何を言っているんだ」
水馬(アメンボ)、騒がしいですよ。」



「ヤト……すまない、今回のは私のミスだ。許してくれ。ナザリックへ帰りゆっくり眠れるといい」
 アインズは友人を両手で抱え、マントを棚引かせながら観客の下へ歩き出した。



《ギャンブラーの矜持》→クリティカル率再抽選 →当たり(一体目)
《ギャンブラーの矜持》→クリティカル率再抽選 →外れ(二体目)

イビルアイ好感度ロール
ヤト 2d8 →10
モモン 1d20 →10
イベント発生ほどではない。ダイス種類が違うのに数値がなんで同じなん?キーノはダイスに冷遇?ラキは優遇?

イビルアイにインベルンと呼ぶ率→1d% 70% 当たり

敵のクリティカル率 30% →成功 甚大な被害
ヤトの生存率 50% →成功 モモン間に合う

これ以降、アインズさんは思慮深くなります。
若干、残っていた甘さが消えました。
原作でいう所のシャルティア戦後。


補足(ヤトって弱すぎねぇ?)
前衛なので剣術が使えて、動きで相手を翻弄出来ますし、本来なら勝てる相手です。
細かい様々な要因全てが、彼にとって不利に働きました。
それでも蛇なら無傷で勝ってます。


魂食い(ソウルイーター)リーダー
蛙人(トードマン)族長を媒介に作成。初期レベル50で魂を食べてなければ他との差異は無し。
魂を食ってレベルの向上をはかった彼のレベルは、一時的に80前後(という独自設定)

※感想にてご指摘頂いた方、感謝します。


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42日目 王都・八咫鏡-英雄の凱旋

「やった!勝った!勝ったんだ!」
喜ぶイビルアイはモモンに飛び込むかどうか悩んだが、ヤトを抱える様子を見て諦めた。
「あの、モモン殿……」
「すまない、イビルアイ。話は後にしてくれないか。彼女が心配している。」
素っ気ない態度で断られてしまった。

 振り返るとラキュースが必死にこちらへ這ってこようとしている。
ガガーランとティナが激痛を堪えて止めていたが、素直に聞きそうには見えなかった。

「……そうですよね。申し訳ありません」
隠していた名前を突然呼ばれた衝撃は、激しく動揺するに足りた。
モモンに聞きたい事は、ヤトに聞きたい事以上に膨らんでいる。
聞きたい事の中には、個人的な興味も含まれていた。

小さい彼女が更に小さくなっている錯覚をしながら、ナーベはモモンの後に続いた。


モモンに両手で抱えられた彼の姿は痛ましかった。
上着は着ておらず、シャツには大量の血痕が付着しており、服装だけで見れば死体と言われても信じるだろう。
「モモン様!ヤトは?!ヤトは無事なのですか?!」
ラキュースはいつ号泣するかわからなかった。涙が堪えきれずに溢れ始めている。


「安心してください、ラキュース殿。彼は著しい消耗により昏倒しただけです。体の傷は治しておきました。」
「あ……あぁ……よかったぁ」
ぐずぐずと涙を拭いている。会議で会った彼女と別人なのではないかと思わせる取り乱しようだった。

「いつ目を覚ますかはわかりませんが、そのお顔ではまずいのではないでしょうか?」
「は……はぃ……ぐす」
顔と同様に心もぐちゃぐちゃだった。

 酷い事を言ってしまった、どうすれば許してくれるのだろう……ごめんなさい……ごめんなさい……

考え過ぎて再び泣きそうになる彼女に、ガガーランは白いハンカチを差し出す。

「ラキュース、ハンカチやるから返さなくていいぜ。」
「ありがとぅ、ガガーラン……」
「鬼ボス、蘇生も忘れなければ嬉しい。」
「その辺にしておけ。泣き止まなくなるだろ。」
「蘇生?彼女は蘇生が使えるのですか?」
「あ、ああ。ラキュースは神官戦士です。王国で唯一の蘇生術が使える者です。」
涙を拭きながら取り乱している彼女からは信じられなかった。
恐らく、ヤトも知らなかったのだろうと納得する。

「しっかしよぉ、あんたらは本当に強いんだな。」
「ああ、お二人の鬼気迫る剣技には惚……憧れてしまいそうでした」
「王国に二人も英雄できた。」
皆の称賛を聞きながら、モモンは全く違う事を考えていた。

 蘇生術の事を聞きたいが……まぁいいか。どうせ彼女達はナザリックへ来るのだ。モモンが魔法を気にしていたら不自然だからな。


「素直に受け取っておきましょう。ただ、彼はもっと強いはずですよ。私が以前に見た彼の力はこんなものではありませんでしたから。」
「私を……私を庇って余計な消耗をしたから……私のせいです……彼に酷いことを言った私を……」
「ラキュース、お前ちょっと黙れ。」
弱って話が長くなりそうなアダマンタイト級冒険者のリーダーは、小さな少女に諫められた。
「鬼ボスは初めての期待で胸が高鳴る。」
「あー……俺が説明すっか」

 話を聞いてもあまり大した消耗はしていないようだった。
モモンは彼の生理現象に関する検証について考える。

 今回はこれで済んだからいいが……蛇で行動できない作戦は厄介だな。



「ナーベ、彼女達を中央広場へ運ぼう。回復する者を差し向けるとの事だったからな。」
「はい、では参りましょう。」
「では皆さん、中央広場へ移動しましょう。」
「モモン殿、転移魔法が使えますので、こちらで移動手段を。」
「そうですか。お願いします、イビルアイ。」
「……はい」

もうインベルンとは呼ばないのか?やはり聞き間違いだったのか?

イビルアイは悩みながら青と白の混ざった転移ゲートを開いた。
モモンには見たことない色のゲートだった。

これも知らない魔法だな。彼女達がナザリックへ来るのが楽しみだ。聞きたい事がたくさんある。

期待に胸を膨らませ、ゲートに入った。




広場中央ではプレアデス達が休憩をしていた。
「ユリ姉、みんなこっち見てるっす!」
「そうね。メイドが珍しいのかしら。」
プレアデス達の見たことも無い美貌に、男性冒険者・騎士が遠巻きに見惚れていた。
「あら、ペンギン連れてきたの?」
「抱き心地……いい」
エクレアは辟易した様子を見せるガゼフの隣で、未だに勧誘の話を続けていた。
「シズは妹なのでぇ仕方ないのぉ。」
ピキーンと硬質な何かが割れる音をユリは聞いた気がした。
序列が曖昧な二人は、どちらが姉か妹かで思う所があった。
「…………違う。貴方が妹」
「貴方がぁ、妹ぉ」
「…………何?」
「なぁにぃ?」
顔を至近距離に近づけて睨み合う二人を無視し、ソリュシャンが続ける。

「そろそろ戻られるのではないかしら。」
「残念なナーちゃんも戻ってくるっすね」
「そうよねぇ?プレアデス総出というのに、混ざれないなんて可哀想だわ。」
ソリュシャンは意地悪な笑みを浮かべた。
「普段、アインズ様を独占している罰っす。ソーちゃんもそう思うっすか?」
ルプスレギナもサディストに相応しく、牙を見せて狼が獲物を狙う目に変わる。
「いつかはオーちゃんもみんなと一緒に出れるといいわね。ルプーはペスを手伝わなくていいの?」
「メイド長は治療が上手なので大丈夫っす。」


離れた所ではペストーニャが佇んでいた。
「ペストーニャ、彼女の治療をお願いします。」
「わかりました……わん」
中心部に縫合された痕のある犬の頭部を見て、連れてこられた娼婦の少女は露骨に怯えていた。
構わずに治癒魔法をかけて暖かい光を浴びせると、後ずさろうとしていた彼女は安心して眠った。


行動を共にしていた冒険者が、ペストーニャを妖しいものを見る目で話しかけてきた。
「セバスさん、彼女は?」
「はい、彼女はナザリック地下大墳墓のメイド長。高位の神官でもあります。回復におい……」
セバスの言葉は出現したゲートに区切られた。


雑談をしていた皆は、転移ゲートから出て来たモモンに抱えられたヤトを見つけ、慌てて駆け寄る。
シャツの半分は血痕で赤黒く染まっており、どう見ても満身創痍だった。

「ヤトノカミ様!そのお姿はどうなさったのですか?!」
「そのお怪我は? 誰がこのような愚劣な真似をなさったのでしょうか」
「私がその傷に見合う代償を払わせます。すぐに出撃を。」
「必ず殺してご覧に入れますわ。私にお任せ下さい。」
「ヨクモォヤトノカミ様ヲォ。」
「…………許さない。」
全ての者が禍々しい殺気を体から溢れさせていた。
ルプスレギナは怒りのあまり口調まで変わっている。
プレアデス達の美貌に見惚れていた男性達は、禍々しい殺気を感じて全員離れていった。

至高の41人を降りたと自称していても、君主の一人である事に変わりはないのだ。
一部の者を除き、ナザリックの者は盾になって守るべき主人という認識は変わっていなかった。

モモンは改めて自分の愚かさを悔やむ。
自分の僅かなミスで大事な友人をなくし、主を失ったNPC達を大きく悲しませるところだったのだ。
深い悔恨に落ちそうだったが、そう簡単には休ませてもらえなかった。

「ナーベラ――」
「みなさん、落ち着いてください!彼の傷は治っています。敵も彼が殲滅致しました。」
脳筋のユリが御付きのナーベではなく、ナーベラルとして叱責をしようとしていたので、慌てて大声で遮る。
「……畏まりました。モモン様、私の主を助けて頂き感謝いたします」
セバスはその意を汲んでモモンに応えるが、主を傷つけた敵への怒りは収まってはいない。
モモンに扮したアインズが落ち着いている手前、執事の自分が取り乱せなかったのだ。
やり場のない感情を抑えるため、拳を強く握る。
それでもプレアデス達は納得していない様子だった。


「ブレイン様……セバス様はともかく、あの美しいメイドの方達も、ヤト様のように強いのでしょうか?」
「その可能性はあるぜ。」
「……人間じゃないと言われたら、自分の弱さの慰めになるのですが」
「どちらにせよ、今は近づかない方がいいかもな。俺もあいつには近寄りたくない。」
「あとで挨拶に行きましょう!漆黒の英雄様とお話をしたいです!」
「……いや、俺は遠慮する」


やがて到着した“蒼の薔薇”の面々は、ヤトの周りにいる美しい女性達に目を奪われる。
特にラキュースの落ち込みは半端なものではなく、誰が声を掛けても生返事を繰り返すばかりだった。

ティアが知ったら地団駄を踏んで悔しがるこの状況下で、自分が彼に選ばれるとは考えられなかった。
ここまでの短い距離を取り繕って歩いていた彼女は、その場に再びへたり込んでしまい、小柄なイビルアイに背負われる。
他の者はまだ満身創痍だったのだ。
精神的な影響が大きいため、しばらく立てないだろう。

「勘弁して欲しいのだが……」
イビルアイは誰ともなく呟いた。




「ペストーニャ!ヤト様の回復を」
セバスの大声が周囲に響いた。
過去を思い出したイビルアイは、ラキュースを背負ったまま体をビクッと震わせる。
「いや、ヤトの傷は心配いりません。それより蒼の薔薇の方々を、先に回復してください。」
「お任せ下さい……わん」
「……よろしく」
「あ……ああ、頼んだぜ!」
異形のメイドに二人は少し引いていた。

動けないラキュース以外は、ペスの回復によってすぐに元の体へ戻る。
ペスであれば蘇生が可能なので、ティアを蘇生する事は出来る。
だが蘇生をこの場で使うのは検証不足な件も多く、ペスには使用禁止の指示が出された。


「モモン殿、我々は各冒険者達の報告を聞いてきます。ラキュースを見張って下さいませんか?」
「わかりました、ではこちらで待機をしていましょう。」
「ヤト……ごめんなさい」
ラキュースは何かを呟いている。
モモンの腕の中で眠るヤトを、女の子座りをして虚ろな目で見上げていた。
動けそうになかったが、目を離して何をするかわからかった。
やれやれと、心中で呟く。


「ラキュース殿、ヤトをお願いします。私は他の者達に話を聞いてきますので。」
「ふぇ? あ……」
ヤトを優しく地面に横たえ、頭を彼女の膝に置いた。
「モモンさん……ありがとう……ございます」
彼女はここでやっと微笑む。

ラキュースは、穏やかに寝息を立てるヤトの頭を優しく撫で続けた。
消耗した二人はしばらく動けないのだから。

 やれやれ……世話の焼ける二人だ。あいつが起きたら教えてやらないとな。

 プレアデス達は彼女の傍で待機という監視をしながら、各自が何とも言えない眼差しで見ていた。


モモンは少し離れた場所で腕を組んで二人を見ていた。
「アインズ様、MPでしたら回復が可能ですが如何しますか……わん」
いつの間にか近寄っていたペストーニャが、モモンに囁く。
「いや、今はこのまま眠らせてやろう。理由はわかるな。」
「お優しいです……わん」
「ああ、そうかもしれないな。」
優し気な響きが籠っていた。


二人の近くではプレアデス達がひそひそと噂話をしている。
「セバス様、彼女はヤトノカミ様からご寵愛を賜るのでしょうか?」
「うっわ。ヤトノカミ様、手が早くてマジぱねぇっす!」
「あのような者がヤトノカミ様の好みなのかしら?」
「………データ保存する。」
「ルプーと同じぃおもちゃではないですかぁ?」
「至高の御方の考えは、我々には遠く及びません。何か深いお考えがおありでしょうが、今は見守ると致しましょう。」



モモンは手招きでセバスを呼び、広場中央の噴水付近へ目を向けた。
「セバス……娼婦たちの視線がセバスから離れないのはなぜなのだ?」
 噴水付近でひとかたまりになっている娼婦たちは、セバスから目を離さずにこちらを見続けている。
「はい、彼女達は身寄りが無く、今後に身を寄せる事もできない者達です。しばらく宿で匿おうかと思うのですが如何でしょうか。」
「……ナザリックの名声としては悪くないが、数が多すぎないか?」
「身寄りのない者達だけなのですが、それでも9名はいるそうです。」
「……仕方がないな、王都滞在時のメイドにでもするか。ペス、彼女達の治癒は終わっているか?」
「全て処置済みでございます……わん。」
20名程度いる彼女達から本当に9名だけしか来ないのかと不安を抱えつつ、今後の処遇は後回しとなり、ひとまずはセバスと宿を共にする事となった。




「ガゼフ・ストロノーフ様、まだお話は終わっておりませんよ。」
「もう勘弁してくれ!」
ガゼフがペンギンに後を付けられながらこちらに歩いてきた。
セバスがシズを呼び寄せ、ガゼフに付きまとっていたイワトビペンギンは、少女の腕へと収まる。
そのまま連行されていった。

 あいつは何をやっているんだ……。

「モモン殿!ヤトは無事なのか?」
「ええ、今は眠っているだけです。いずれは目を覚ますでしょう。」
「そうか、本当に良かった。申し遅れたが、私はガゼフ・ストロノーフだ。」
「よく存じ上げています、戦士長殿。ヤトからお話は伺っています。」
アインズと声が同じ事を指摘されないか不安だったが、彼は気にした様子が無かった。

「彼には世話になっているからな。本当に二人とも無事で何よりだ。」
「いえいえ、私は彼が倒した敵にとどめを刺しただけですよ。大したものですね、ナザリックというのは」
「ああ、私も援軍の彼女に助けられたよ。役に立つ事すらできなかった。」
エクレアの勧誘が執拗だった事は黙っていた。

「ところで、あの二人は何かあったのか?」
膝枕で頭を優しく撫でられている英雄を眺める。
「仲が良いことは良い事ですよ、戦士長殿。」
「違いないな。」
二人は楽しそうに笑い合った。



「ブレイン様、こちらですよ。」
「いや、だから本当にまずいんだって……あ」
クライムに腕を引かれてブレインがこちらにやってきた。
「モモン殿、紹介する。私の友人の――」
「いえ、存じ上げています。ブレイン・アングラウス殿、お久しぶりです。」
「あ……はい、お久しぶりでございます」
「知り合いだったのか?」

この朴念仁!こんな時に限って余計な事言うな!

ブレインは内心で悪態をつく。
「実は昔に一度だけ立ち会った事があるのですよ、ストロノーフ殿。」
「そうだったのか。英雄殿は顔が広いな。」
「いや……ガゼフ、実は――」
「ブレイン・アングラウス殿。お互い昔の事を探ってもあまり良いことがないでしょう。このまま水に流しませんか?今夜、同じ戦場で血を流した同志として。」
素直にお縄になろうと覚悟を決めたブレインの独白は、モモンに遮られた。

「……いいのか?」
「いいも何も、私は特別な恨みを持っているわけではありません。過去より未来を大切にしましょう。」

 あの時、アンデッドの姿を見られていなくてよかったな。
そんな内心など知る由も無く、ブレインは力も風格も圧倒的なモモンの前で恥ずかしそうに頬を掻いた。
「すまない……全て俺が悪いんだ。なぁ、また俺と立ち合ってくれないか?」
「勿論です、機会があれば喜んでお受けしましょう。」
「感謝する、モモン殿。」
二人が固い握手をする姿に、クライムは絵画に描かれた英雄を思い出し、胸を熱くした。

その後、紹介されたクライムと握手をしている様子をみた他の冒険者・騎士たちは、モモンと握手をするために列を成した。
幸せそうに眠っているもう一人の英雄の邪魔はできない。
二人は不動の英雄となったのだ。
吟遊詩人が歌う組曲の、登場人物になった感動で舞い上がるのも仕方なかった。

 戻ってきた“蒼の薔薇”が止めるまで、列は続いた。




広場中央に、ではなくラキュースの周りに一堂が集められる。

「モモン殿、皆に勝利を。」
「恥ずかしいな。」
鎧を着たまま頬をぽりぽりとかくモモンに、イビルアイは微笑ましい気持ちになる。
「お眠りになっているヤト殿の代わりにも、誰かがしなければならない事です。」
「そうか。彼の為にもするべきだな。」
モモンは一歩前に出て宣言する。
「皆、再び相見える事ができて何よりだ。犠牲になった者達の弔いの前に、我らの勝利を祝おう。此度の作戦は非常事態にも拘らず、ナザリックの協力の下、皆が死力を尽くし、ここが廃都と化す事を防ぐことが出来た。だが、肝心の功労者は激しい消耗により、まだ眠っている」
皆の視線が、横たわるヤトとその頭を撫でるラキュースへ向けられる。

「眠っている彼に届く勝鬨を上げろ!我らの勝利だ!」
モモンが拳を握り、勢いよく突き上げた。

「うおおおおおおおおおお!」
広場にいた全ての者達が同様に拳を突き上げ、勝利の雄たけびが轟音となって彼らの体を揺らす。
ラキュースは体を震わす雄叫びに構わず、ヤトの頭を優しく撫で続けた。

一様に称えているのは、二人の英雄の名だった。
モモンという救国の英雄と、ヤトという眠れる英雄の名を。




シャルティア出現1d% →50% 外れ。ティア吸血鬼化計画頓挫

1d20 →9(ツアレは固定で含まれる。)
ツアレニーニャは原作より元気です。顔の原型があります。
藍色のくりんとしたお目目が可愛らしいです。妊娠はしていません。
クライムの態度は、ダイスの分だけ原作より子犬度が増しています。


ナザリックの噂が冒険者の出入りする全ての国へ伝わりました。
プレアデス達の設定は、原作者殿の二次創作者へ向けたSS情報が加算されています。

日付表記がなくなりました。独自解釈・設定が増えます。
もし原作との激しすぎる差異を発見したらご指摘下さい。
特殊な理由が無い場合は訂正をします。ダイスの決定を避けない程度に、ですが。

ダイスが外れた作戦内容を、活動報告へ記載します。
興味がある方のみ、ご覧ください。


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建国篇 月明かりに

平和・甘い・47日目



消耗したヤトが、プレアデスに連れられて帰還し、既に三日が経過していた。
自室のベッドで静かに寝息を立てる彼の傍らで、アインズは心配そうに呟いた。
「ヤト……まだ寝ているのか……」
 彼の頭に手を当てると人型の体温が伝わってくる。

「すまない……なんて詫びればよいのか……」
「んー?あ、アインズさん、おはよう。」
アインズのへこたれた空気を読み、ヤトは目を覚ました。

「ヤト!」
「大袈裟だなー起きてましたよ、とっくに。」
「はぁ?何言ってんだコラ。」
「ナザリックのベッドが気持ちよくて三度寝ほどしましたね。」
「……さっさと起きろ。このバカ蛇!」
「ふぁい……」
大きな欠伸をして、ボロボロの服のまま円卓の間へ移動した。


「では無事に終わったんですね。」
目覚めた彼は、ついでに食事を始めていた。
ステーキやサラダを旨そうに咀嚼する。
「ラキュースが一緒に付いてこようとして大変だったんだよ。武器も預かったままだろ?」
「怒ってました?」
「覚えてないのか。」
「敵が強かったッス。うーん、ご飯も頼めばよかったかなぁ。」
鼻歌交じりにナイフとフォークでステーキを切断している。

「お前なぁ……俺がどれほど心配したか分かってるのか?」
「俺だったらキレてその場で蛇になってたでしょうね。」
「……そうか」
相手も自分の事を大事に考えてくれていることがわかり、アインズの不満は引いた。

「俺も本気で走ったんで仕方ないスよ。」
「先に転移しておけば間に合った。」
「まぁ、確かにそうですけどね。」
彼の目は食べ物に向いている。

「自殺しそうに心配してたから、ラキュースに顔出しておけ。ついでに剣も返してこい」
「そんな大げさな。ざまあみろとか、自業自得とか言ってませんでした?」
「昼間の事をごめんなさいごめんなさいと繰り返していたが。」
「想像できないですね。」
「膝枕されて頭を撫でられた事も……覚えてるわけないか、眠ってたから」
「なんですか、そのエロゲみたいな状況。」
「……はぁ。じゃあエロゲ風に言うと、攻略済み」
「うーん……まるで想像ができないスけど。異世界の現地妻ですかね?」
「リアルに妻がいたのか?」
「いません。」
「じゃあただの妻だろ。」
「あ、そっか。なんか恥ずかしいですね!俺の嫁を紹介しますみたいな!」
自分の事であっても、やはりゲーム内のイベント感覚であった。

「はぁー……下らない事ばかり言いやがって。心配して損した」
「いつもの事ですよ。」
「文字通り死ぬほど心配しているから、さっさと手土産でも持って会いに行きなさい。」
「では王都に行きますか。セバスに彼女の家を――」
「もう聞いているそうだ。回復したら一刻も早く会いたいと伝言が届いたんだとさ」
「なんか恥ずかしいッスね。」
「……それこそ俺の知った事じゃない」
「冷たいなーモモンガさん。」
ふざけている彼をみて、少しだけ安心していた。

「王都行ったらすぐ帰ってくるんだろ?」
「ええ、その予定です。みんなの顔も久しく見てないし。」
「わかった。内政や情報の報告は戻ってからにしよう。ナザリックへ訪問の日程を聞いておいてくれ。」
「はいー。それじゃ行ってきまーす。」
アインズが開いた転移ゲートに飛び込んでいった。

「異世界を謳歌してるな………俺も何かしようかな。」




仮面は破壊されてしまった。
服もボロボロのシャツしかなかった。
王都へ転移した彼を、セバスと見覚えのないメイド達が出迎えてくれる。
「セバス、なんか久しぶりだな。」
「御快復おめでとうございます。お会いできるのを楽しみにしておりました。」
「大袈裟だな。……それより、これは何事?」
後方で待機するメイド服を着た女性達を指さす。

「はい、先日の件で身寄りのない者を一時的に預かっております。」
「……そうなんだ。宿代かさむからナザリックへ送りたいが」
「申し訳ありません。何でもするからここに残ると言って聞かなかったもので。」
「わかった……じゃあよろしく頼む」
また行方不明という噂が立つのも面倒なので、それ以上は言わない。

本当はセバスと一緒に居たいだけなんじゃないのか?

 熱っぽく見つめる眼差しに勘繰るところはあったが、指摘はしなかった。
「宜しくお願い致します、ヤトノカミ様。」
新たな一般メイド達は、粗削りな作法でお辞儀をした。

「これはこれでいいのかもしれないな。メイド担当の三人が見たら大喜びだろう。」
メイドの服装で盛り上がっていた仲間を思い出す。
新たなメイド達は静かな顔を見て、許されたと思い安堵の息を吐く。
かつての“仕事”よりも緊張していた。
「まずはお召し物から買いに行きましょう。留守を頼みましたよ、ツアレ。」
「はい、いってらっしゃいませ。」
セバスは一般メイドのリーダーらしき女性に声を掛けた。


「どうも、服が欲しいんですけど。」
「あの、失礼ですがヤト様でいらっしゃいますか?」
「ええ、そうです。」
「やはりそうでしたか!ご利用ありがとうございます。今日は上着をお求めに?」
「そうです、できれば同じタイプが良いんですけど。シャツも血痕がついてるんで、新しいものを。」
「畏まりました。ではこちらへどうぞ。」
押しの強い店主の勧めで、シャツとベストを購入した。
以前の服に比べて徒っぽい雰囲気が気になる。


「イマイチだ……ジャケットが売り切れてなければ買ったのに。袖が長いから捲らないといけないしさあ」
髪の薄い店主の話だと、黒のジャケットは王都中で売り切れとの事だった。
胸元が空いた灰色Yシャツに黒のベスト、腰からは刀を下げる。
「よくお似合いでございます。ですが地味ですので新しい物を探しておきましょう。」
セバスが褒めてくれた。
「また帝国へ服を買いに行かないとね。さて、次は花屋だな。」


赤いリボンをしたそばかすの娘が、花に囲まれて退屈そうに店番をしている。
「いらっしゃいませー……あの、ナザリックの方でしょうか?」
「ええ、そうですが。」
「お会いできて嬉しいです!握手してください。」
「はぁ。」
よほど嬉しいらしく、握手した腕をブンブンと上下に振られた。
「ありがとうございます!英雄様と握手ができるなんて光栄です!」
 神の啓示を受けた信者のように、手を上にかざす。
「ところで、今日はラキュース様のお見舞いでございますか?」
「え……? ええ、そうです」

なんで知ってんの?

「お二人は仲睦まじく、英雄級の恋仲だと聞いています。」
「……それなりですが」
 彼の名声と同時に、二人の仲も噂になっているようだった。
自身でそう振る舞った記憶もあり、気分も悪くないので否定はしないが、大した肯定もしていなかった。
彼女が攻略済という話は、実際に見るまで信じられなかった。

「やはりそうなのですね?! なんてうらやまし――」
「ラキュース様のお見舞いに行く予定なのです。何か花を見繕って頂けませんか?」
長くなりそ