ハイスクール・フリート-近代艦 (たむろする猫)
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ブルーマーメイドの階級

ブルマーの階級について、本編で長々と解説すると邪魔になりそうだったので。


ブルーマーメイドは船を戦争に使わない“象徴”として、女性のみによって構成されてはいるものの。

だからと言って、国家として軍事力を完全に放棄する事はあってはならないといった、軍関係者の“抵抗”によって、現在のブルマー艦艇は一定以上の“攻撃能力”を「海上に於ける治安維持行動の為の“必要最低限の装備”」として有しており、階級においてもその“抵抗”の結果として、軍隊然とした階級になっている。

 

・階級一覧

 

ブルーマーメイド/自衛隊(他国“軍”)

 

【将】

 

一等監察官/海上幕僚長・海将(海軍大将)

二等監察官/海将(海軍中将)

監察官補/海将補(海軍少将)

_________________________________________

 

【佐】

 

一等航海佐/一等海佐(海軍大佐)

二等航海佐/二等海佐(海軍中佐)

三等航海佐/三等海佐(海軍少佐)

 

_________________________________________

 

【尉】

 

一等航海尉/一等海尉(海軍大尉)

二等航海尉/二等海尉(海軍中尉)

三等航海尉/三等海尉(海軍少尉)

 

_________________________________________

 

【士(曹)】

 

航海士長/海曹長(海軍曹長)

一等航海士/一等海曹

二等航海士/二等海曹(海軍軍曹)

三等航海士/三等海曹(海軍伍長)

 

_________________________________________

 

【員(士)】

 

航海員長/海士長(海軍兵長)

一等航海員/一等航海士(海軍上等兵)

二等航海員/二等航海士(海軍一等兵)

 

_________________________________________

 

横須賀女子海洋学校を始めとするブルーマーメイド養成学校を卒業した、所謂幹部候補生達は在学中に艦長を始めとした幹部職を経験した者は三等航海尉から。

それ以外の役職だった者は航海士長からスタートする。

海洋学校に通わずにブルーマーメイド訓練部隊を経て入隊をした者は二等航海員からスタート。

 

・階級章

 

【将官】

一等監察官/金地にマーメイドと桜星4つ。

二等監察官/金地にマーメイドと桜星3つ。

監察官補/金地にマーメイドと桜星2つ。

_________________________________________

【佐官】

一等航海佐/黒字に桜星1つと金の線4本。

二等航海佐/黒字に桜星1つと金の線3本。

三等航海佐/黒字に桜星1つと金の線2本。

_________________________________________

【尉官】

一等航海尉/黒字に金の線3本。

二等航海尉/黒字に金の線2本。

三等航海尉/黒字に金の線1本。

_________________________________________

【士】

航海士長/黒字に金のV字4本。

一等航海士/黒字に金のV字3本。

二等航海士/黒字に金のV字2本。

三等航海士/黒字に金のV字1本。

_________________________________________

【員】

航海員長/黒字に赤のV字3本。

一等航海員/黒字に赤のV字2本。

二等航海員/黒字に赤のV字1本。




原作アニメそのものに海上保安庁が、かかわっていたり。
「海の平和と安全を守る」組織であるブルマーの在り方からも、最初は海上保安庁準拠の階級を使おうと、考えていたんですが。
ブルマー設立に当たって割りを食った人が居たで有ろう事と、現行において運用されているブルマー艦が、どう取り繕おうと軍艦であり治安維持行動に必要であろうと考えられる装備よりも、数段高い戦闘能力を持っている(海賊や不審船を相手にするだけなら、それこそ海上保安庁の大型巡視船でも良い筈。航続距離が問題でも戦艦が運用され続ける理由には弱いし、そもそも戦艦を保有し続けること自体有事の際にブルマーを戦力とする為のものであると考えられる。)事から、こんな階級になりました。


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プロローグ


【プロローグ】

 

 

日露戦争後の日本はプレートの歪みや、メタンハイドレートの採掘が原因で沿岸部の多くを海中に失う事となった。

その結果、海上都市が多くなりそれらの都市間を繋ぐ海上交通の増加により海運大国となった。その過程において、嘗て軍事兵器として建造された軍艦はその多くが民間用に転用される事となり、戦争には使わないと言う“象徴”として、艦長は女性が務める事となった。

これが海上の安全を守る「ブルーマーメイド」の走りであり、ブルーマーメイドは多くの女子の憧れとなっていった。

嘗ての軍艦の中には未来のブルーマーメイドを育成する為の教育艦となるものもあった。

が、あくまでもこれは“本来の世界線(げんさく)”での話しであり“この世界線”においては、この続きがある。

“本来の世界線”同様「航空機」こそ机上の空論として発展しなかったが、少々の違いがあった。それは魚雷である。

今から30年程前に開発された「スーパーキャビテーション魚雷」の登場によって各国の海軍戦略は見直しを余儀なくされた。

航空機が存在しない以上「大艦巨砲主義」こそが絶対であった海軍戦略であったが、スーパーキャビテーション魚雷と言う高速かつ高射程、そして高威力を誇るこの魚雷を相手にした時、今迄の鈍重な軍艦では対応仕切れないとされ、対SC魚雷戦は同じ魚雷で持ってして撃破するか回避するといった戦略へと変換され、“史実(現実)”における所のミサイル戦闘が空中では無く海中で行われる様な形となった。

結果として各国の軍艦は装甲では無く速力を重視する様になり、“史実”の近代艦へと姿を変えていった。

 

 

ーーーーーー4月、横須賀女子海洋学校

晴天の下「記念艦武蔵」甲板上において新1年生の入学式が行われる少し前、同艦内艦長室において新3年生の成績優秀者に対する艦長任命式が行われていた。

 

横須賀女子海洋学校を始めとするブルーマーメイド養成学校においての艦長職とは基本的に、3年生のみが選任されるものでありその選考資格は前年度2年生時に副長であった事、もしくは2年生時に乗艦していた艦の艦長の推薦があり、職員会議において認められる事である。また、此処まではあくまで選考資格であって任命されるには此処から更に試験に合格する必要がある。よって艦長とは任される艦がどの様な艦であっても学年トップクラスの優秀生徒の集団である。

 

今年度艦長に任命される生徒の数は15名、制服をきっちり着込み5名づつ三列に別れて整列する少女達を見て、横須賀女子海洋学校の校長である宗谷真雪は今年の艦長も優秀な子達だと微笑みを零す。

 

「それでは此れより、第二十一期艦長任命式を執り行います」

 

真雪の言葉に漂っていた緊張感が更に張り詰めたモノになる。ここから成績順に名を呼ばれ艦長への任命と任される事になる艦が告げられる。

 

「では順番に、航海科1組知名もえかさん」

「はいっ」

 

真雪から見て右側の列のその先頭にいる少女、もえかは大きな声で返事をして、しっかりとした足取りで真雪の前へと進み出る。

 

「航海科1組知名もえかさん、貴女を直接嚮導艦こんごう艦長へ任命します」

「こんごう艦長、拝命します!」

 

言葉と共に差し出された任命状を受け取り真雪へと一礼すると右回りで居並ぶ同級生達へと体を向けると

 

「二十一期生航海科1組知名もえか!直接嚮導艦こんごう艦長を拝命しました!」

 

瞬間拍手が起こる。

それに対し一礼すると再び真雪の方へと体を向け一礼し、元の位置へと戻って行く。

ここまでが艦長任命式の一連の流れである。

 

ー全員が真剣な顔で拍手をしている中チラリと見えた幼馴染の嬉しそうな顔に、頬が思わず緩みそうになるのを堪えるのは学年主席のもえかをもってしても、少々難易度の高いものであったー

 

「それでは続いて・・・

 

 

この様な任命式がもえかの後12人続き、いよいよ最後の1人となった。

名前を呼ばれるのはもえかの幼馴染にして、“本来の世界線”そして“この世界線”の主人公たる少女....

 

「では最後に、航海科2組岬明乃さん」

「はいっ!」

 

緊張を含んではいるが元気な声で返事をした明乃は何処かぎこちなく硬い動きながらも、しっかりとした動作で真雪の前へと進み出た。

15人の中で唯一昨年度副長を務めていない、

数年振りの推薦枠の生徒に居並ぶ教師陣のみならず同級生達からも、彼女以前の生徒よりも強い視線を浴びせられる。

真雪自身数年振りの快挙を成し遂げたこの少女に、思わず期待の眼差しを送ってしまうのは仕方の無い事であった。

 

「航海科2組岬明乃さん、貴女を直接嚮導艦はれかぜ艦長へ任命します」

「はれかぜ艦長、拝命します!!」

 




■岬明乃

原作主人公で今作でも主人公。
前年度、2年生時には上級生が少なかった事もあり
航海長を務めていた。
その時の艦長の推薦により艦長試験を受験、
合格航洋直接嚮導艦はれかぜの艦長を拝命した。


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1話

艦長任命式が終わった後、続けて新1年生の入学式が行われる武蔵から降りた明乃ともえかは、それぞれの艦の教室へと向かう前に校内にあるカフェへとやってきていた。

 

「ああ〜緊急したぁ〜」

「ふふ、お疲れ様ミケちゃん」

 

緊張の糸が切れたのか、テーブルにダラっと上半身を預ける明乃の姿にに微笑みながら、もえかは渡された船員名簿を開く。

艦長である自身の名前が一番上で、その下に副長村野瞳子以外こんごうクルーの名前が役職毎に並ぶ。副長の名前が予想していた名前と違った事に些か驚いたが、今気にすることでは無いと一人一人の名前を確認していく。

 

「あれ?」

「どうしたの?ミケちゃん」

 

明乃の少し驚いた感じの声に顔を上げると、向かいで同じ様に船員名簿を確認していた明乃が首を傾げていた。

何か問題でもあつたのだろうか?そう考えたもえかに、ちょっとビックリしちゃってと言いながら明乃ははれかぜの船員名簿を示して見せた

 

「あれ?この子.....」

 

【艦長:岬明乃(3年)】の名前のすぐ下に【副長:宗谷ましろ(2年)】とある。2年生が副長になっている事は別段驚く様な事ではない、実際もえか自身も去年は2年生で副長だった。そもそも、艦長選考の条件でもある以上副長という役職は来年の艦長候補である優秀な2年生が選ばれるものである。ならば、何に驚いたのかと言うとそこに書かれていた名前だ。当然校長と同じ苗字に驚いた訳でもなく、では何に驚いたのかと言うと彼女、宗谷ましろの名は上級生の中でもそこそこ有名だったからである。

 

「この子、去年の1年生の学年主席だよね?」

「うん、とっても優秀な子だって聞いてたけど........」

 

2人も彼女が入学した頃からそれなりに彼女に関する噂を聞いていた。

母親である宗谷真雪たけでなく、2人の姉もブルーマーメイドの関係者であり、代々ブルーマーメイドの重役を務める宗谷家の人間である為、コネだなんだといった悪い噂もあつたりしたが、入学時から各分野で名家の名に恥じぬ優秀な成績を収め学年末の時点で来年の副長は確実、3年時には艦長になるだろうと言われていた。

実際に今年には副長としてはれかぜに乗艦する事が明乃の持つ名簿にしっかりと記されている以上、噂は間違いなく彼女が期待通りの優秀生であった事の証明であるのだが、しかし配属艦か【はれかぜ】である。

 

「この子はモカちゃんの【こんごう】だって思ってたんだけど」

「去年の乗艦ははれかぜじゃ無かったよね?」

「うん、違うよ」

 

副長は大抵一年生の時に乗っていた艦で務める事が多い。

特に優秀な生徒を集めたこんごうや3年生が副長を務める際はその限りでは無いが、1年生の時に乗り込んだ艦から3年間動く事は余程の事がない限りあり得ない。実際明乃ももえかも、去年はそれぞれはれかぜ航海長とこんごう副長だった。こんごうは3年生と2年生しかいない為、もえかは1年生の時こそ違う艦だったが明乃は1年生の時からずっとはれかぜである。

余程の事と言うのは1年生2年生の時に取り分け優秀な成績を収め、こんごうを始めとする優秀クラスへ移る事か若しくは、退学にはならないものの何か問題を起こしてそれ程優秀とは言えないクラスへと移される事である。

1年生の時には優秀クラスのどれかに乗艦していたであろう宗谷ましろが、お世辞にも優秀クラスとは言えないはれかぜの副長に就任するという事は、その余程の事があったと言うことだろう。

 

「これ、本人の居ない所でする話じゃ無いよね」

「うん、そう...だね」

 

入学したての1年生や噂好きなら兎も角、2人とも艦長に任命された3年生であり分別も弁えているし、そもそもそこまで噂好きという訳でも無い。明乃としては何らかの問題を起こした可能性のある生徒が自分の副長だと考えると、不安を覚えなくも無いが優秀だという事実はあっても問題行為を起こしたという噂は無い以上、本人を直接見定めるしか無いとそう考えることにした。



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2話

ましろに関しての話を止めた後、しばらく他愛も無い話をしていた明乃のもえかであったが、広場を歩く生徒が増えて来ている事に気付いた。彼女達は皆書類を片手にきょろきょろとしながら歩いている、

おそらくは入学式が終わり各艦の教室へと向かう新1年生だろう。

 

「入学式終わったみたいだね」

「それじゃあ私達もそろそろ行こっか?」

 

グラスに残っていたアイスティーを飲み干し席を立つ。

船員名簿などの手荷物はテーブルに置いたまま、

どちらからともなく手を取り合いそのまま抱き締める。

 

「モカちゃん」

「ミケちゃん」

 

しばらくの間そのままで、お互いの体温を伝え合う。チラホラといる1年生達が二人を見て何やら顔を赤くしたり、鼻息を荒くしたりとしているが、二人がそれを気にする事はない。

 

「やっとここまで来たね、モカちゃん」

「うん、でもここからだよミケちゃん」

 

“豊作”と呼ばれる今年の3年生ではあるが、その人数は1・2年生に比べその人数は少ない。勿論入学時からその人数しか居なかった訳では無い、理由は単純で3年生になる迄に次々と減っていく(・・・・・)のである。

それでも尚、昨年の3年生と比べると多い辺り今年の3年生が全体的に見て優秀であると言って差し支え無いだろう。

最もそれでいて尚新入生の半数にも満たないのではあるが。

 

「そうだね、ここからが本番だね」

「一層頑張らないとね」

 

二人が言う様に横須賀女子海洋学校だけでなく、

ブルーマーメイド養成学校に於いては3年生からこそが本番であると言われている。それは艦長を始め艦の幹部となる役職には基本的に3年生が就く為である。上官(上級生)の命令に従っていれば良かった今までと違い、責任ある立場に就く事により自身で考え部下(下級生)に命じ、時として艦長に意見し対立する事も求められる。そして3年生になったからと言って脱落の可能性が無くなる訳では無い、それどころか寧ろ3年生になってから役職の重責に押し潰され脱落して行く事が多い程である。

何にせよ兎角優秀で無ければ生き残れないのが海洋学校であり、優秀で無ければなれないのがブルーマーメイドである。

 

「それじゃあ、また二週間だね」

「うん何時もと一緒、ニ週間なんてあっという間だよ!」

 

くすくすと笑いあいまたどちらからともなく離れる、その時絡めあっていた指が名残惜しそうに離されたのはご愛嬌だろう。

荷物を手に取るとお互い少々離れた所にある教室に向かう為に別々の方向へ向かって歩き出す。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

明乃がはれかぜ艦内の教室へ入った時には既に殆どの生徒が集合していた。見慣れたはれかぜのクルー達の顔に明乃の頬も綻ぶ。そして大半の見慣れない顔ぶれである1年生の顔と名前を船員名簿にあった写真と名前で確認して行く。件の副長は教室の隅に居た、取り敢えず副官である彼女に声を掛けようとして別の所から声を掛けられた

 

「なんでぇ航海長(・・・)!えらく重役出勤じゃねぇか!!」

 

振り向くとそこには機関科の生徒で今年から機関長になった柳原麻侖が居た。その隣には同じ機関科で2年生の黒木 洋美もいる。

 

「マロンちゃん!くろちゃん!」

「おう!はれかぜ機関長柳原麻侖でい!!」

「遅かったですね航海長」

 

自称江戸っ子で矢鱈とテンションの高い麻侖と、少々物言いにトゲのある洋美に若干苦笑いに成りつつ直ぐに教室に来なかった理由を告げ、序でに間違いを訂正する。

 

「うん、ちょっとモカちゃんとお話ししててね。

それと、私航海長じゃないよ。航海長はりんちゃん」

「なんだって?するってぇとおめぇさん」

「うん、艦長だよ」

 

明乃の言葉に周囲の喧騒が止む。

1年生の驚きはまぁ一見頼り無さそうに見える明乃が艦長である事への単純な驚きだろう。2年生達の驚きは去年のはれかぜに副長が居なかった事は分かっていてもまさか明乃がという純粋な驚きだろう。

そして3年生はと言うと、驚いていると言うよりは何方かと言うと納得しているといった様な様子がある。

 

「なんでぇなんでぇ!いつの間に試験受けてたんでい!!」

「いつの間にって、普通に試験の日にだよ」

 

バシバシと背中を叩きながら言う麻侖に苦笑する。

驚いているままの1・2年生をよそに、いつの間にか周囲に集まっていた3年生達が次々に祝いの言葉を述べていく

 

「おめでとうございます岬さん!」

「......めでとう」

「お、おめでとう明乃ちゃん」

「おめでとう」

「おめでとう!」

「おめでとう岬さん!何かお祝いしないと!」

「おめでとう!私ケーキ作るね!」

 

上から順に通信長の納沙幸子、砲雷長の立石志摩、航海長の知床鈴、見張り員の野間マチコ、応急長の和住媛萌、補給長の等松美海、給養長の伊良子美甘である。それぞれにありがとうと返しながら美甘にケーキはまた今度ねと返す。と、そこに3年生の輪の外から声がかけられる

 

「あのっ宜しいでしょうか!!」

「「「「「「「「「うん?」」」」」」」」」

「うっ」

 

9人全員、合計18の視線が一斉にそちらに向けられ声の主は僅かに怯む。若干そこに立って居たのははれかぜ副長の少女だった。

 




因みにこの時の彼女の姿は他の1・2年生から見ると3年生の輪の中に割って入る勇者に見えたらしい。


【はれかぜ幹部クルー】
上位意思決定権を持つ生徒。

艦長:岬 明乃__航海科3年生
船務長・副長:宗谷 ましろ__船務科2年生
通信長:納沙 幸子__通信科3年生
砲雷長:立石 志摩__砲雷科3年生
機関長:柳原 麻侖__機関科3年生
補給長:等松 美海__補給科3年生
給養長:伊良子 美甘__補給科3年生
衛生長:鏑木 美波__大学生


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3話

「あのっ!宜しいでしょうか!!」

明乃の艦長就任を祝う3年生の輪に外側から声がかけられる、全員の目が一斉に向いたそこに居たのははれかぜ副長である宗谷ましろであった。


「はい、どうぞ」

 

明乃は自分を囲っていた友人達の輪から進み出てましろの前に立つ。彼女の顔を初めて見た明乃であったが、抱いた感想は少なくとも懸念していたような問題を起こす様な子では無く、至って真面目そうな子であるという印象だった。

 

「本年度より航洋艦はれかぜ船務長並び副長を拝命しました!船務科2年宗谷ましろです!」

「本年度より航洋艦はれかぜ艦長を拝命しました、航海科3年岬明乃です。ようこそはれかぜへ」

 

よろしくね?と微笑みながら差し出した明乃の手をましろは真面目な表情のまま、よろしくお願いします!と真面目に答え握り返す。そんな彼女の様子に固くなっちゃってるなーと内心で苦笑する。2年生になって直ぐに副長という大役に就いた事も要因の一つであるだろうが(最もはれかぜには1年生がいる分、こんごうに行く(期待しされていた配置)より幾分かマシだろうが)、明乃には彼女がマニュアル人間である様に見えた。

最もこれは明乃の第一印象のみでのものであり、

彼女がどの様なタイプなのかは実際に接して判断する必要があるだろうとは思う。

ただ取り敢えずは確認はしておくべきだろう

 

「宗谷さん、出航準備が終了してからで良いのでお話しがあります。良いかな?」

「え?あ、はい構いませんが.........」

「良かった。それじゃあそろそろ教官が来られると思うから席に着いて。ほら、皆んなも!」

 

明乃の言葉に全員が慌てて席に着く。と、同時に

 

「はれかぜクラス、全員そろったか?」

 

ドアが開き、薄茶の制服を着た教官が入ってくる。

教室内を見回しつつ教壇に立つと明乃を見て小さくうなづく。

 

「起立!傾注!」

ーザッー

 

明乃の号令に合わせ全員が立ち上がる。

因みに余談ではあるが、起立の号令を聞いて(・・・)立ち上がったのは1年生だけで、2・3年生は教官が明乃を見た時点で既に立ち上がる準備を終わらせ、号令に合わせて(・・・・)立ち上がっている。この辺は慣れの問題である。

 

「指導教官の古庄です。2年生の皆さんは上級生となり下級生へと教える(・・・)事もある立場となりました。3年生の皆さんは遂に最後の年を迎えました、責任ある立場になった人もそうではない人も3年生としての自覚と責任感を持ち航海に臨む様期待しています」

 

2年生、3年生の全員と目を合わせる様に全体を見回しながらそう語る。それを聞く彼女達、特に3年生は万感の思いを胸に前を向いている。今日から2週間の航海をもって始まる最後の年、この1年で自分達の真価が試される訳であるから当然だろう。

 

「そして、1年生の皆さんは今日から高校生となり海洋実習に出る事となります。辛い事もあるでしょうが、穏やかな海は良い船乗りを育てないと言う言葉が有ります。3年生2年生の先輩達からよく学び仲間と助け合い厳しい天候に耐え荒い波を越えた時貴女達は一段と成長している筈です。学年を問わずまた丘に戻った時に立派な船乗りとなった貴女達に会うことを楽しみにしています」

 

そんな彼女の言葉に不安そうな顔の生徒は少ない。3年生はこれまでの2年間から来る自信の表れか真剣な顔だが僅かに笑みを浮かべている様に見えるし、2年生はそんな頼もしい上級生が居る事への安堵か硬い表情になっている者は少ない(・・・)。1年生はこの学校に入学出来たことから来る自信だろう、不安よりも期待の方が大きい様に見える。根拠の無い自信(・・・・・・・)で潰れてしまわなければ良いが。それはその1年生だけでなく眼前の少女達の中どころか、21期生の中でもトップクラスに期待されている少女をも潰してしまいかねないから.....

そんな考えを表情には出さず、古庄は言葉を続ける

 

「それでは艦長、出航の用意を」

「礼っ!!」

 

出航の用意をする様に告げ部屋を出て行く古庄に明乃の号令で礼をする。ガチャリとドアの閉まる音がしてから

 

「直れ!各員持ち場に付き出航用意!!」

ーはいっ!!ー

 

頭を上げた明乃の命令により全員が出航に向けての準備を始める為、自身の持ち場へ向かう為駆け足で一斉に教室から出て行く。

と、そこで明乃は「副長」と声を掛けましろを呼び止める

 

「はい、何でしょう?艦長」

「教官に確認したい事が有るので少し外します。

出航準備の指揮お願いします」

「えっ?いやっあのっ!?」

 

呼び止めようとするましろの声を無視して、明乃は教室から駈け出す。古庄教官が艦内に居る内に捕まえないと。そう思いつつドアをくぐって行くと、丁度ラッタルを下りようとしている後ろ姿を見つけた。

 

「教官!少しだけ宜しいでしょうか!!」

 

 



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4話

「教官!少しだけ宜しいでしょうか!!」

丁度ラッタルから下りようとしていた古庄の背中に、教室から追いかけて来た明乃の声が掛けられる。


「はい、何かしら?岬さん」

「はい、少しお聞きしたい事が有りまして」

 

明乃の呼びかけに応え古庄はラッタルから艦内へと戻る。

 

「副長の宗谷ましろさんについてなのですが.....」

「宗谷さんがどうかしましたか?」

「えっと、その......」

 

ましろがはれかぜ配属となった理由自体はましろ本人に聞くつもりであった明乃だが、そもそもそれが尋ねていい(・・・・・)ものであるのかそれとも、そうでは無いのかが判らなかった為に古庄を追いかけてきた訳だが。実際にその事について聞こうとすると若干の躊躇いを覚える。その理由がそれ程重要なもので無ければ構わないが、何かしらの重い理由があった場合目も当てられない。最も仮にそうであった場合本人に聞く事すら憚れるが。

 

「その....宗谷さんが【はれかぜ】に副長として配属された理由についてなのですが.......」

「それは」

 

それでも艦長として全てでなくても良いので知っておく必要が有ると、意を決して明乃は言葉にする。

 

「いえ、その全容を教官にお話し頂きたい訳じゃ有りません。この後に本人に直接確認するつもりです、ただ」

「ただ、何かしら?」

 

古庄としてはましろがはれかぜ配属になった理由については勿論知っているし、本人には悪いがそれがそこまで真剣な表情で語る事でも無いと知ってはいるが、艦長として部下に関してキチンと把握しておこうと言う明乃の姿勢に自然と真剣な表情と声になる。

 

「彼女は去年度から他艦の上級生の中でもそれなり(・・・・)に有名な優等生でした。そんな彼女でしたから今年度からはおそらく【こんごう】の副長になるだろうと噂されていました。それが.....」

「そんな彼女が【はれかぜ】に自分の副官として乗艦して来て驚いた?」

「はい、正直驚きました。勿論!私ははれかぜとクルーの皆は最高の艦と最高の仲間だって思っています!......けど..」

 

そこで明乃の言葉は止まる。

その先は岬明乃個人として言いたく無かったのかそれとも、【はれかぜ】艦長として口を噤んだのか。それは明乃本人では無い古庄には当然判らないが、判らないからこそ彼女達の教官として教師として古庄は敢えて口にする

 

「総合評価において下位クラスであるはれかぜに昨年度の学年主席が副長として乗艦するのは何か有ったのでは無いのかと?」

「はい.....」

 

成る程艦長としては気に成る事だと古庄は内心うなづく。眼前の少女が自身の乗艦である【はれかぜ】やそのクルーを誇りに思っている事は良くわかる。でも、だからこそ気に成る、いや、気にしないといけないと考えたのだろう。学校側からの評価として下位になるはれかぜの副長として上位クラスに配属されておかしく無い生徒が配属された、それは理由を知っていなければ何かしらの問題を起こしたのでは無いかと考えるのは仕方の無い事だろう。ただのクルーなら未だしも副長に不安を抱えたまま航海に出る事はしたく無いと言う事だ。

ならばと古庄は笑みを浮かべる、正直な話本人にとっては重大な事だろうが、些か気の抜ける様な理由なのだから。

 

「岬艦長」

「はい!」

「貴女の考えている程重大な理由では有りません。でも流石に私の口から話すのはかわいそうだから、本人に聞きなさい」

「えっとはい、了解しました!」

 

姿勢を正し返事をする出航用意急いでねと声を掛け背を向けラッタルを下りていく。その古庄の背中に明乃はありがとう御座いましたと一礼すると、出航用意の指揮を引き継ぐ為艦橋へと足を向けた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

ー明乃が古庄と話していた丁度その頃、機関室にて機関長の柳原麻侖が唸り声を上げていた。

 

「あの、麻侖?」

「むぅ〜」

 

機関助手であり幼馴染でもある黒木洋美が横から声を掛けるが、ました侖は手にした仕様書を睨み付けたままで顔を上げない。側から見ていればスネている様に見える麻侖だが、その実昔から彼女を良く知る洋美から見れば軽くではあるものの麻侖がキレている(・・・・・)事が判った。それと言うのも、メーカーからやって来たと言う今も麻侖と洋美の後ろで、あわあわとしている女性の口から漏れ出た言葉が原因だった。その言葉は以下の通り

 

ーこの新設の主機なんですが、少々不安定でしてそのえぇっと、突然止まるかも知れないので気を付けて下さい




主機に関してはガスタービンエンジン搭載の近代艦を原作通り、主機の不調により遅刻させる為(因みに鈴ちゃんによる航路の間違いは起こりません)のかな〜り、無理矢理な設定です。


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5話

「艦長入られます!」

 

古庄との話を終えた明乃は、自室に寄って艦長に支給される“本来の世界線”では、入学主席のもえかのみに支給されていた将校服を羽織り、制帽を被りつつ艦橋に入る。

艦橋に入って来た明乃に対し、艦橋内にいた全員が一旦作業の手を止め正対し敬礼する。その姿にうんと頷くと作業に戻るように促す。

 

「副長、どう?初めて指揮をしてみて」

「えっとその.....」

 

明乃の突然の質問に戸惑うましろの姿にあははと笑う。ましろとしては艦長がやって来たら文句の一つでも言おうと思っていたのだが、ころころと笑う明乃の姿に何だか毒気が抜かれた気分になる。

 

「ごめんね?ホントはちゃんと教えてあげれれば良かったんだけど、この艦(はれかぜ)はどっちかって言うと習うより慣れろって感じだから。それにそこまで難しくはなかったでしょ?」

 

出航の指揮なんて言ってしまえば出航準備をしなさいって命令するだけだしね。などと笑う明乃だがましろの顔は優れない。

 

「えっと副長?どうかした?」

「実はその...」

「先程機関室から連絡が有りまして。どうにも柳原さん、機関長がおかんむりのようです」

 

明乃の質問に言い淀むましろの横から通信長である納沙幸子が顔を覗かせ手にしたタブレットを見せてくる。マロンちゃんがおかんむり?と首を傾げながらタブレットを覗き込んだ明乃の顔が引き攣る。

 

「えっと....ココちゃん?」

「はい、何ですか?」

「コレ本当?」

「ええ、みたいですね。今も機関室にいらっしゃるメーカーの方から直接聞いたとか。それに柳原さんでは無く機関助手の黒木さんからの報告ですから」

 

それを聞いて余計にアタマを抱える明乃、ましろが言い淀んだ理由が良く分かった。艦長からイキナリ出航準備の指揮を押し付けられたと思ったらコレだ。とは言え仕方がないだろう誰が予想など出来たか、いやそもそもそんな事想定している方が可笑しい。前年度が終わってから暫くの間はれかぜがドッグ入りしていたのは知っていたが、よもや試作の安定性に事欠く主機を事前説明なく押し付けられるなど、幾ら何でも想定しておけと言うほうが無理な話だ。

 

「ごめんねしろちゃんまさかこんな事に成ってるなんて」

「いえ...ってえ?しろちゃん?」

「ココちゃん、学校の方に連絡を取って『抗議』しておいて、私の名前で良いから」

「はい、了解しました」

 

思わず返事をしたが、しろちゃん等と言う呼び方をされた事に戸惑っているましろを余所に明乃は幸子に学校に対して文句を言っておく様にと指示すると、艦長席に備え付けられた受話器を取り上げ機関室へと繋ぐ。

 

「機関室こちら艦橋、艦長の岬です。機関長は居る?」

『おうおう!艦長!丁度良かった!今そっちに連絡を入れようとしてたところでぇ!!』

 

1年生の誰かが出るだろうと思っていたが、本人の言っている通り此方に連絡を入れようとしていたところだったのだろう、直接麻侖が出た事に少し驚いた明乃であったが、そんな事よりもと確認を優先する

 

「マロンちゃん、取り敢えず聞きたいんだけど」

『おう、なんでぇ』

「動く事には動くんだよね?出航しても大丈夫?」

『動くには動く。けど常に安定してるかどうかは保証できねーぞ』

 

明らかに文句を言おうとしていた麻侖だったが、明乃に先手を打たれた所為で出鼻を挫かれ少し拗ねた様子なのが分かる。明乃はクスリと笑うと出航する事を伝えてから尋ねる。

 

「其処にメーカーの人が居るんだよね?」

『いるけど、それがどうしたんでぇ』

「今更無責任に降りるとか言われても困るから、教室の方にご案内しておいてくれるかな?ちょっとお話もしたいし」

『おう!分かった、連れて行かせておく』

 

お願いね。と受話器を置くと明乃は溜息を吐く。そんな明乃に恐る恐ると言った感じで、ましろが声をかける

 

「あの、艦長」

「はい?どうしたの?」

「出航準備整いました」

「ああ、うんそっかありがとう」

 

出航の準備は整った。出航直前に唐突に不安要素が降って湧いた訳だが、もうどうしようもない。早く出航しないと遅刻でもしようものなら何を言われるか分かったものじゃない。

 

「よしそれじゃあ出航しようか」

ーはいっ!ー

「手すきの者は右弦へ!」

 

「出航よーい!」

ーパパパ♪パパパ♪パパパッパ♪パッパパー♪ー

「出航よーい!!」

 

明乃の命令ではれかぜが動き出す。ましろが指示に合わせて手が空いている生徒は、はれかぜの右弦へと並ぶ。明乃とましろも連れ立って右弦のウィングへと出る。見下ろすとはれかぜが接舷していた岸壁にははれかぜクラスの生徒の家族が多くいた。『いってらっしゃい』と書かれた横断幕が広げられ、小さな旗を振っている人も居る。そんな光景に明乃の頬は自然と綻ぶ。

 

「舫放てー!」

「機関始動、両舷前進微速」

「機関始動ー!両舷前進びそーく!」

 

明乃の命令を航海長である知床鈴が復唱し命令が伝わり、はれかぜはゆっくりと動き出した。

 

「いってらっしゃーい!!」

「行ってきまぁーす!」

 

岸壁の家族の行ってらっしゃいの声に手を振って答える少女達の姿に微笑んだ明乃は、一人岸壁に立つ出航確認の教師の姿を認めると敬礼する。その教師も手元のタブレットのはれかぜの項目に出航とチェックを入れると、明乃に対し返礼をした。

 

「航洋艦はれかぜ出航!!」

 



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6話

4月1日、17:00ー三宅島沖

 

 

「対水上レーダーに感あり!」

 

その報告にはれかぜの艦内の緊張感は一気に高まる。

 

「目標80°、艦影2!速力凡そ42ノットで接近!」

「目標は中型漁船クラス!登録船舶ビーコン応答無し!」

 

海上保安法には個人所有や商用船舶、船舶の規模を問わず全ての船舶に課せられた届け出の義務が明記されている。

届け出のあった船舶は海上安全整備局による検査の後、登録船舶である事の証明となる発信機が配布されそれの設置が義務付けられている。

【登録船舶ビーコン】とはその発信機の事であり、それの反応が無いと言うことは無登録であるかもしくは設置の義務を怠っていると判断できる。

勿論それらの行為は勿論違法で

 

「接近中の船舶を不審船と認定....警戒行動始め」

「不審船に対し警告を開始せよ!」

 

CICからの情報を元に艦長である明乃が接近中の船舶を不審船と認定し、それに合わせて副長であるましろによって、不審船に対する警告を行う様に命令が下る。

警告は数段階に別れており、まず初めに音声による警告が行われる。

 

『こちらは横須賀女子海洋学校航洋艦はれかぜ、接近中の船舶に通告します。ただちに停船こちらの指示に従いなさい。繰り返します、だちに停船しこちらの指示に従いなさい』

 

最初に日本語による警告が行われ、続いて英語中国語それから使用されている言語圏が一番多いスペイン語による警告が行われる。

しかし、それらに対して不審船は2隻共反応を示さない。

 

「不審船2隻共になおも接近!」

「警告射撃を許可します!」

「警告射撃用意!」

 

警告に対して反応を見せず尚も接近してくる不審船に対して、明乃は警告射撃を行う様に命令する。

と、ここで少し脇道にそれるが【航洋艦はれかぜ】について話しておこう。はれかぜは【かげろう型航洋艦】の12番艦だ。

このかげろう型とは“史実”で言うところの【はつゆき型護衛艦】である。“本来の世界線”や“この世界線”では航空機が存在せず主兵装たるミサイル兵器は魚雷へと置き代わっている為、このかげろう型航洋艦に搭載されている兵器も、其々ミサイルと同じ様な役割を持った魚雷へと置き代わっている。

そこに加えブルーマーメイドの艦船では、今回の様な不審船や海賊と言った比較的小さな目標との交戦も頻繁にとまでは言わないものの、全く無いと言う訳では無い為に艦橋横のウィングと両舷共に2カ所づつ、計6門のブローニングM2重機関銃が備え付けられている。

警告射撃に使用されるのはこのM2で、命令を受けた航海員がウィングにあるM2に取り付き射撃の用意を始める。

 

「1番機銃警告射撃用意よし!」

「警告射撃始め!」

 

そうして警告射撃が行われるがそれでもやはり不審船2隻は、反転もせず警告に従うつもりも無い様だ。それよりもむしろ

 

「不審船より発砲炎!!」

 

ウィングから見張りを行っていた野間マチコが叫ぶ。さて、ここでもう一度脇道にそれよう。

以前から“本来の世界線”だけてなく“この世界線”でも航空機は存在しない、そしてミサイルも存在しないと何度か繰り返していると思う。がしかし、かと言ってどちらの世界線にも空を飛ぶモノが全く存在しない訳では無い。

熱気球や空気よりも軽い気体を使用した飛行船は存在しているのだ。そして飛行では無く一時的な飛翔を行う【噴進魚雷】と言う兵器がある。

飛行と飛翔の違いは曖昧なものだが、ここでは前者を一定の時間以上を飛び続ける(・・・・・)もの、後者をごく短時間の間(・・・・・)だけ空を飛ぶものとする。

噴進魚雷とは燃料を燃焼させ噴射にて一時的に空中を進み、その後着水し水中を進むと言った魚雷である。

では以上の事を踏まえて何が言いたいのかと言うと、噴射で短時間飛ぶ兵器は噴進魚雷だけでは無いと言う事で。

長距離での誘導能力は愚かそもそも目視範囲外まで飛ばせ無いものの、短距離てま有れば空をすっ飛んでくるロケットランチャーの様な兵器は存在するという事だ。

 

「左弦後部に被弾!!」

「被害報告!!」

「損害軽微!」

『機関室にて負傷者1名!』

「医療班は直ちに機関室へ!」

 

ー被弾

 

とは言え所詮は人間一人によって携行できる程度の兵器であり、大型の軍艦であるはれかぜに対して致命的な損傷を与える事など不可能だ、精々衝撃で転けた機関要員が捻挫程度の軽い負傷を負っただけである。

 

「艦長、二段階に渡る警告を無視、並び本艦に対する攻撃.....不審船は明確な敵対意識を持っている者と思われます」

 

明乃はましろからの意見具申に対してうなづくと

 

「海上保安第8条に基づき、不審船2隻を海賊船と認定!本艦はこれを迎撃します!臨検部隊用意!左弦機関銃前門攻撃始め!!」

 

そう力強く命令した。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「17:40、訓練終了しました。なお機関科、伊勢負傷」

「.....10分遅れか」

 

幸子の報告にましろは時計を見ながら呟いた。

不審船に対する対処の訓練、それがはれかぜが先程まで行っていた戦闘(摘発)の実態である。

実際には不審船2隻は存在してい無いし、被弾もしてい無いので負傷者も存在し無い。

 

「まぁ、初めての1年生がいる中で10分遅れなら十分だよ」

「しかし.....」

 

どれだけ頑張ろうと初めての訓練では入学したて1年生が上級生の足を引っ張ってしまうのは、想定通りの事で仕方の無い事である。

最も優等生で(・・・・)あろうとしている(・・・・・・・・)ましろにとっては納得のいかないものであったが。

そんなましろをチラリと一瞥すると明乃はさてとと言いながら立ち上がる。

 

「艦長?」

「副長、暫く艦橋を預けます。ココちゃん一緒に来て」

「了解です」

「了解しました。ですが何方へ?」

「流石にこれ以上待たせる訳にはいかないでしょ?」

 

それじゃ宜しくね、と幸子を伴い艦橋を出て行く明乃を見送ってから、漸く自分達の艦が部外者であるメーカーの人間を乗せていた事を思い出したましろであった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

はれかぜの訓練が終わったのとほぼ同時刻、はれかぜに先行する形で航行するこんごうでも訓練終了の報告がなされていた。

はれかぜの訓練と殆ど変わらない為、内容に関しては省くが一つ特筆するならば10分遅れであったはれかぜと違い、こんごうは僅か3分遅れであった事だろうか。

その殆どが去年度から減りはしたものの増えては居ない3年生と違い、2年生は元々同じ艦に乗っていた生徒だけなら未だしも、ほぼ各艦から集まったばかりの中でこの時間と言うのは、流石は優秀クラスと言ったところか。

 

「樫本さん左前方貨物船、注意して」

「了解しました!」

 

そんな感じで訓練が終わったから少し緩みかけていた艦橋の空気を、もえかの命令が引き締める。

操舵輪を握っていた航海科2年生の生徒は操舵輪をしっかりと握り直し、ウィングの見張り員達は艦長に見張り員の様な事をさせた事に慌てて双眼鏡を覗く。

と、その時

 

「艦長!主砲が!?」

「どうしたの?」

 

唐突に艦橋前方にある主砲が動き出しそして、

 

ーDam!!Dam!!Dam!!ー

 

貨物船に対して三発の12.7cm砲弾が吐き出された。

 

 




訓練部分は「ジパング」より。
最初はミサイルを魚雷に置き換えて行おうかと思ったんですが、どっちかと言うとブルマーなら“敵艦”との戦闘(・・)より“海賊”や“違法漁船”の摘発(戦闘)の方が現実的かなと。

ちなみに演習参加艦艇はそれぞれ少しづつ違う航路にて、集合海域である西之島新島沖を目指しています。多分原作でもそうだったんじゃ無いかなと。リンちゃんが航路間違えたとか言ってたし、艦隊を組んでの移動なら間違え様が無いですよね?序でに機関停止した晴風を置いていく事も無いでしょうし。


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7話

「すみませんでした、お待たせしてしまって」

「あっい、いえ!だ、大丈夫、です」

 

この人がメーカーの方です、そう機関科の1年生が明乃に紹介した人物は、驚いた事に明乃たちよりは幾らか歳上ではあるものの、それてもまだ十分に若いと言える女性だった。

 

「そう言って頂けると助かります。改めまして、はれかぜ艦長の岬です」

「みっ三ッ葉重工から来ました、エンジニアの吉野です」

 

差し出した明乃の手を握り返した吉野は何処かビクビクした様子だ。それは彼女本来の性格か、それとも学生とは言え艦の最高責任者に相対する事への怯えか。気楽にして下さいと椅子を勧めるも、吉野は凄く恐縮しながら着席する。最も前提として、彼女の会社が不具合のあるエンジンを押し付けた(・・・・・)と言える現状、その会社の人間としてたった1人はれかぜに送り込まれた以上、叱責されると身構える事は仕方ない事なのかも知れない。

 

「単刀直入にお伺いします」

「はい」

 

それ程長く時間を取る訳にはいかないので、早速本題に入る。

 

「詳細については諸元等は頂いていますので、詳しくは伺いません。社外秘の事もあるでしょう。ただ、この後も航海を行っても大丈夫だと言う確証さえ頂ければ、それで結構です」

 

最悪の場合、学校との協議の結果によっては、はれかぜは航海演習の参加を見送り、引き返す事になりうる。学校側でもはれかぜからというか明乃からの『抗議』が届いた時点で、三ッ葉重工への問い合わせが行われている筈だが、未だに連絡が無い為協議が難航しているか、相手側にはぐらかされているかの何方かだろう。メーカーとしても、不良品とは言わないが、そんな安定性に欠けるものを説明もせずに搭載した事を公言はしたく無いだろう。

 

「はっはい。基本的には問題は有りません、ですがその....高速を出した時や、急速旋回などを行った時には....,その」

「成る程、つまり普通に航行している分には問題はなージリリリ!ジリリリ!!ーココちゃん」

 

壁に取り付けられた艦内電話が狙い澄ましたかのように鳴り始める。

 

「はい、こちら教室の納紗です。はい、艦長ですか?おられますが。ええ、はい了解しました、ちょっとお待ち下さい」

「何かあった?」

 

電話を手に取り、少しのやり取りの後振り返り自分を見た幸子に明乃は尋ねる。

 

「艦橋の副長からです。柳原機関長からの意見具申で機関の調子が芳しくない為、速力を落とすか一度完全停止して欲しいと、言ってきているそうです。」

 

その言葉に明乃と幸子、控えている機関科の一年生や横で見ていた伊良子美甘以下給養員の視線が、吉野に突き刺さる。普通に走ってる分には大丈夫なんじゃなかったのかと。

 

「ひぅっ」

「はぁ、副長に速力を微速まで落とす様に指示、私も直ぐに戻ります」

「了解しました。副長、速力微速に落とす様にとの事です。ええ、はい艦長も直ぐ戻られます。はい、では」

「吉野さん、申し訳ありませんが、直ぐに機関室に向かって頂けますか?」

「わっわか、分かりました!」

「お願いします。津田さんご案内を」

「はいっ、どうぞこちらへ」

 

明乃の命令を受け、幸子は艦橋へ指示を伝え吉野は機関科の一年生に先導され大慌てで教室から駆け出す。

 

「うーん、先行き不安だなぁ」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「艦長入られます!」

「敬礼は良いよ、それで副長状況は?」

 

艦長の艦橋への入室に合わせ、振り向き敬礼しようとする艦橋要員達をそのままで良いと制した明乃は、席に付きながらましろに尋ねる。

 

「はっ、機関長からの報告では機関が若干不安定になっており、今直ぐにと言うことは有りませんが、出力が下がるか最悪停止する可能性もあると」

「航海長、微速は維持してる?」

「はい、現在はれかぜは微速にて航行中です。でっでも、機関の問題は判りませが、このままじゃ他の問題が.....」

 

ましろの報告を受けて今度は航海長の知床鈴に、確認をとる明乃だったが、鈴の返答は少々焦りを含んだものだった。

 

「他の問題ですか?」

「うっうん、あのね。このままだと、集合時間にその.....」

 

集合時間。

言うまでもなく演習参加艦艇に課せられた遵守すべき義務である。巡行速力であれば、問題なく到着していた筈だが、既に速力を微速にまで落としさらには、今後機関停止の可能性すらある現状、遅刻してしまう可能性は大いにあると言えるだろう。

 

「つまり鈴ちゃん、このままだと」

「ちっ遅刻しちゃう....かも」

「そんな!?」

 

鈴の言葉に、矢鱈とオーバーリアクションをとるましろ。最も遅刻と言う単語に動揺しているのはましろだけでなく、艦橋にいる殆どの生徒に言える事だが。実際舵輪を握っている航海科の1年生は、進路そのままと言われているのに動揺からか一瞬進路をずらしかけ、鈴に注意されている。「ついてない」とダウナーになるましろを横目に、明乃は側に控えている幸子に指示を出す。

 

「通信長、取り敢えず学校と“さるしま”に連絡を。事の顛末を伝えて集合予定時刻に間に合わない可能性アリとの報告と合わせて、さるしまの方には私の名前で謝罪文を送っておいて」

「了解しました。序でに学校の方には今一度抗議しておきます」

 

命令に軽く頭を下げ艦橋を出て行く幸子の背中に「よろしくね」と声を掛けると明乃は艦長席に深く座り直した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

西之島新島沖ー横須賀女子海洋学校演習艦隊集結地

 

横須賀女子海洋学校教導艦「さるしま」艦橋

 

「全艦揃った?」

「はい、ほぼ全艦集合しています。後は“こんごう”と“はれかぜ”だけですが.....」

 

艦長席に腰掛けた女性ー古庄の質問に隣に控える副官の男性は言葉を濁す。

 

「何か有ったの?」

「はれかぜについては、はれかぜから直接連絡がありました。現在搭載されたばかりの機関に不調が発生。乗り込んでいたメーカーのエンジニアの指導の下、応急処置中ではあるものの、速力の低下は必至、最悪機関停止も有り得ると報告していています」

「はれかぜには新型のエンジンが搭載されていた筈だけれど」

「どうにもその“新型”に問題があった様です。また、遅刻の報告と共に艦長の岬明乃さんの名前で謝罪文が届いています」

 

副官に渡されたタブレットに映されている明乃からの謝罪文(明乃が事前に用意していた、定型文とは違うもの)に目を通しながら、こんごうについて尋ねるが。

明乃らしい、真面目だが何処か柔らかさの有る謝罪文に微笑んでいた古庄も、副官のその言葉に思わず顔を上げるーー

 

「........こんごうは現在、音信不通です」

 




津田さん。

原作には登場しない機関科の1年生。
モブである。


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8話

「さるしま、更に発砲!!」

 

ーいったい、何が起こっているのかー

 

今、明乃以下はれかぜクルー、特に3年生の幹部生徒達に共通した思いだった。事の次第は数分前に遡る。

 

搭載されたばかりの、新型機関の不調という大問題が発生した後、一旦は機関停止までいったものの、なんとか応急処置を済ませたはれかぜは、演習艦隊集結予定地である西之島新島沖を目指し南進していた。

到着まで後2時間程となったその時、はれかぜのレーダーが自艦のいる方向に向かって、北進してくる艦隊を補足した。

 

「対水上レーダーに感!本艦前方より接近する艦艇あり!方位1-6-5、距離12000!」

「艦艇数1(ひと)2(ふた)、更に増加!十隻以上居ます!」

「データリンクに接続無し!IFFも確認できず!ビーコン反応も有りません!?」

 

CICに緊張が走る。当然其れ等の事は艦橋にいる明乃の下へも届けられる。

 

「接近中の艦艇は数10。データリンクへの接続は無く、IFF、ビーコン共に反応無しとの事。また、通信による呼び掛けにも応答有りません」

「航行予定を問い合わせ確認しましたが、現在周辺海域にこれ程の船数の航行予定は一つしか(・・・・)なく、民間船団では無いとの事です」

 

ましろと幸子の報告に、明乃は少し考えるフリ(・・)をするが、結論は既に出ている。

 

「艦長、この艦隊(・・)は.....」

「間違いなく、横須賀女子海洋学校の演習艦隊だね」

「....しかし、では何故データリンクを切りIFFやビーコンすら」

 

そう、問題はそこである。この状況で艦隊が此方に向かって来ていること自体は、まぁ理解できる(・・・・・)。機関に不調をきたし、集結時間に遅れているはれかぜと早急に合流する為、迎えに来たと言う可能性は十分ありうる。しかし、それならば態々データリンクから外れ、IFFとビーコンを切る必要などありはしない。

 

「何らかのトラブルでもあったのでしょうか?」

「艦隊全てのデータリンクが途絶えて、IFFにビーコンが切れる様なトラブルが?仮にそんな事が起こってたら、それはトラブルなんて言葉で済ませられる様な事じゃないよ、副長」

「あっ....はい」

ましろの考えにも一理ないとは言えないが、仮にそんな事が起こっていたのならば、それはトラブルと言う枠を超える。不祥事やそうで無いとすると、下手をすると第三者による攻撃の可能性(・・・・・)、更には教員艦「さるしま」以下の艦艇による反乱(・・)と、考え出せばきりが無い。それに加え....

 

「別海域で合流予定の「とわだ」「あかし」とその護衛の2隻が居ないのは、わかるけど後1隻足りないよね?」

「そうですね、さるしまを除けば艦艇数は9隻。本艦を除いたとしても、直教艦の数が1隻たりません」

 

現在横須賀女子海洋学校が保有運用する艦艇は、教員艦が2隻、直接教導艦が補給艦「とわだ」工作艦「あかし」を含め、予備艦艇4隻を合わせた全19隻。そして、今回の航海演習に参加する艦艇は全部で16隻。これはさるしまも含めた数である。

とわだとあかしに関しては護衛の2隻を含め、西之島新島沖では無い海域での合流予定であった為に、今居ないのは分かるがだとしても、はれかぜを除けば11隻いる筈である、最も

 

「さるしまがあの中に居るとも限らないけどね」

「えっ?艦長それは....」

「つまり、何らかのトラブルか何かがさるしまにて発生、その為古庄教官が帰投命令を出したと?だとしても、現在の状況は....」

「そうだね、説明がつかない。色々と...」

 

明乃とましろ、幸子が話し合う中通信室からの報告が入る。

 

横須賀女子海洋学校艦隊司令部(しょくいんしつ)並び、海上安全整備局より入電です。現在横須賀女子海洋学校所属艦艇、直接教導艦の内、補給艦「とわだ」工作艦「あかし」航洋艦「はれかぜ」「うらかぜ」「たにかぜ」を除く教員艦「さるしま」以下11隻のデータリンク途絶。全周波数での通信にも応答無し、警戒されたしとの事。また、艦隊司令部(しょくいんしつ)より「はれかぜ」は「さるしま」以下の艦隊との合流は避け、「とわだ」以下別働隊と合流せよとの命令です!』

「合流するなって、そんな今更....」

「目の前に居ますしねぇ」

「まぁ取り敢えず退避する方向で行こうか。航海長しんろ

 

『対空レーダーに感!!先頭艦艇より小型目標分離!!発砲した模様!?』

 

学校からの指示に従い、退避する為進路変更を指示しようとした正にその瞬間、スピーカーがレーダー員の怒鳴り声を艦内中に伝えた。

 

「りんちゃん回避!!野間さん見えるっ!?」

「面舵、いっぱい!」

「お、面舵いっぱ〜い!!」

 

明乃の命令を聞くと同時に、鈴の出した指示により回避行動を行い、大きく揺れるはれかぜ。そんな中、右舷側のウィングから左舷側へと走り抜けたマチコは、メガネを上げると遠くの空を睨み付ける。

 

「発砲したのはさるしま!繰り返す発砲したのはさるしま!」

『先頭艦再び発砲!!』

 

ードォォン!!!ー

 

水飛沫と爆炎が上がる。

 

「なっ!?爆発した!?」

「まさか、実弾を撃ってきてるんですか!?」

 

教員艦に搭載されている模擬弾頭は、後に生徒達自身に回避行動時の操艦の見直しや反省をさせる為に、直接教導艦に搭載されている模擬弾頭と違う、ペイント弾になっている。無論、そんな物が爆発を起こす筈もなく、それはつまり今飛んできている砲弾は紛れもなく実弾であった。

 

ードォォン!!!ー

 

「左舷前方に着弾!!先程より近づいています!ッツさるしま更に発砲!!」

 

何故?どうして?そんな思いが生徒達の中に広がっていく。艦橋やCIC要員では無く、撃たれているという事しか知らない1年生の中には、「遅刻したからって、実弾で撃たなくても」と泣き出してしまう子までいる。

 

「まずいっ!艦内退避!!」

 

焦りを含んだマチコの声に、左舷の見張り員達は転がり込む様に艦橋へとはいってくる。そして、最後に入ったマチコが扉を閉めた瞬間

 

-ドカァァン!!!-

 

「きゃあッ!?」

 

艦全体が揺れる。至近弾ではなく、紛れも無い直撃弾。

 

「被害状況知らせッ!!どこに当たったの!?」

『艦橋、CIC!レーダー等に異常無し!損害は軽微!』

「着弾したのは恐らく左舷ウィングの下辺りです。見張り員は退避が間に合い、全員無事です」

 

思わず大声を上げた明乃に、CICとマチコから返答がくる。

運良く、怪我人もなくこれと言った被害も無かった。しかし、次もそうだとは限らない。だから..

 

「本艦はコレより、自衛権に基づき行動します」

 

宣言する。その言葉はつまり撃ち返す、教員艦さるしまを攻撃すると言うそういう宣言だ。周囲から息を飲む音が聞こえる。

その音を務めて無視しながら、明乃はましろへと下命する

 

「副長、復唱を」

 

しかし、その命令にましろの返答は無い。不審に思い、ましろの方へと顔を向けると、彼女は呆然とした顔でブツブツとさるしまに搭載されている主砲のスペックを呟いていた。

 

「副長!宗谷さん!!」

「はっはいっ!?」

 

語尾を強めて声を掛けると、漸く明乃の方へと顔を向ける。

そんなましろの姿に内心ため息を吐きながら、明乃はもう一度命令を繰り返す。

 

「本艦はコレより、自衛権に基づき行動を行います」

「なッ!?まっまって下さい!!ココは敢えて耐え忍ぶべきですッ」

「耐え忍ぶ?この状況で?どうして?」

「えっ?」

 

ある意味抗命とも取れるましろの意見に、明乃の声は思わず低くなる。確かに、副長は時に艦長へと意見する事も必要では有るが、少なくともこの状況下において、ましろの意見は的外れなものだった。

 

「耐え忍んでどうなるの?まさか、もう二、三発当ててから「怖かったでしょう?これに懲りたらもう遅刻はしないように」なんて言って、古庄教官が通信を入れてくるとでも?」

「それは.....」

 

そんな筈がない。そもそも、それなば通信の遮断だけで良い筈だ。データリンクから外れ、IFFにビーコンを切る必要は無い。第一に、はれかぜの遅刻は、はれかぜのミスによるものでは無く、学校側のミスと言えるものだ。其れ等の事はきちんと伝えられている上に、古庄から直接遅れることへの了承も出ている。前提からして、はれかぜクルーが罰を受ける謂れは無いのである。

 

「それに、仮にコレが罰だとしても、実弾を使用する必要は無いでしょう?にも関わらず、さるしまは実弾を撃ってきてる。それはつまり、あちらはこちらに怪我人が出ても良いと、そう考えてるって事だよね?」

「ですがっ」

 

理屈は分かっていても、教官の座乗する艦艇を攻撃すると言う事への抵抗が拭えないのか、ましろは納得した様子を見せない。その間にも再び直撃弾があり艦が揺れ、悲鳴が上がるが明乃はじっとましろを見つめている。

 

「よく聞いて、宗谷“副長”」

「ッはい」

 

副長の部分を強調した明乃の声に、思わず背筋が伸びるましろ。

 

「いい?私には航洋艦「はれかぜ」の艦長として、現在はれかぜに乗艦している51名のその生命に対しての責任があります。誰かが怪我をしたり、最悪の事態が起こってからじゃ遅いの。後で私が罰を受けるとしても、それで皆んなの命を守れるならそれでいい」

「艦長....」

 

明乃の覚悟に、ましろは何も言えなくなる。学年の差、年の差、たった一つしかない筈のその差がとても大きいものに思えた。果たして自分はこれ程の覚悟が持てるのだろうか...と。

そんな事を考えて思わず俯いてしまうましろの肩に手を置いた明乃は、一転優しげな声で告げる

 

「しろちゃんはまだ、そんな覚悟は持たなくても大丈夫。今は見てれば良いよ」

「え?」

「航海長!」

「はい!」

 

顔を上げたましろに、にこりと微笑み掛けると航海長ー知床 鈴を呼ぶ。

 

「現時点を持って、副長権限を一時的に航海長へと移行します。私はCICに降りるのでその間の艦橋指揮を」

「頂きました航海長。現時点より別命あるまで、艦橋指揮を行います」

 

そのやり取りにはっとする、見ていれば良いと言う言葉と、たった今行われた指揮権の移譲。それはつまりお前は何もするなと言う事だ。

 

「艦長っ」

 

声を上げるが、明乃はそれを無視して艦内電話を取り上げると、艦内全てへと繋げる。

 

「艦長より告げる。本艦はコレより、自衛権に基づき行動を行う。総員戦闘配置。対水上戦闘用意!」




ミケちゃん17歳
しろちゃん16歳


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9話 B

「はれかぜより追加情報きました!!」

「読み上げてちょうだい」

 

横須賀女子海洋学校艦隊司令部ー通称職員室に詰める教員達は、機関の不調で遅れると連絡のあったはれかぜや、別海域での合流予定だった「とわだ」「あかし」「うらかぜ」「たにかぜ」以外の、さるしま以下の演習参加艦艇のデータリンクが途切れたとの一報が入って以降、さるしまやその他の直接教導艦との通信を試みたり、関連各所への連絡や確認で、ただでさえさるしまから「こんごう」が音信不通だと連絡してきて騒ぎになっていた上でのこの事態に、大騒ぎになっていた。

そこに、退避勧告を出した時点で既に艦隊と接触していたはれかぜからの情報が届く。

 

「さるしま以下、データリンクが切断されている艦艇はIFF・ビーコン共にノーリアクション!船外スピーカーによる直接の呼び掛けにも応答無しとの事!また、接触している艦艇は全10隻!データリンク等が途絶していない艦艇を除き、1隻少ないとの事です」

「了解しました。はれかぜにはそのまま退避する様に連絡を。居ない艦がどれかは解る?」

「見当たらないのは「こんごう」との事」

「こんごう..やはり行方不明になっていると言う事ですか」

 

今までにも天候の影響などによって、データリンクや通信の状況が悪くなったという事態が無かった訳では無いが、今回の様な状況は前代未聞であった。直接教導艦ぎ行方不明に成った事も今までに一度も無い。

真雪はそんな状況でも、冷静に事態の対処に当たる職員達を頼もしく思うと同時に、自身の娘が乗艦している船が連絡の取れる状態にある事に、横須賀女子海洋学校の校長では無い個人として安堵する。

 

「それにしても、さるしま以下の艦艇に一体何が起こっているのかしら」

「データリンクの切断だけだなく、IFFにビーコンまで切られていますから、只事では無いのは確かですが......通信やスピーカーでの呼びかけに教員艦のさるしまだけでなく教導艦まで一切無いにも関わらず、航行に関しては問題無く行えていると言うのは些か.....」

「トラブルと言い切れないのがね」

「はい」

 

そう事態は唯のトラブルとは言い難い。

10隻もの艦艇のデータリンクが途絶し、IFF・ビーコンも切られ、その上通信やスピーカーでの呼びかけにも応答は無くとも、何らかの方法ー例えば、自室以外での使用が禁じられているとは言え、教員も生徒も自身の通信端末を所有している筈だし。

通信が行えない状態にあったとしても、はれかぜが接近しているのだから、発光信号なり手旗信号なり、意思疎通の手段が全く無い訳では無い。

それらの方法での連絡があれば機材のトラブルと言い切ってしまう事も出来なくは無い(最も、だとしても11隻もの艦艇の機材が同時に全く同じトラブルを起こした事は割と大問題だが)が、しかし現時点ではそれらによる連絡も一切行われていない。

そうなると、一つ最悪の事態が予想されるが、その事を口にする者は真雪を始め一人も居ない。それは本当に最悪だから。

 

「例えば、西之島新島沖には海底火山の活動による影響で、強力なECMが発生している様な状態になっているとか」

「副校長、それだと事前の調査の時点で報告が上がっているでしょう。その時は大丈夫で今になってだとしても、さるしまが到着した時点で古庄教官からの連絡がある筈よ」

「それは、そうですな」

「何より、さるしま以下の艦艇ははれかぜと接触した、それは詰まり彼女達は西之島新島沖から動いたと言う事よ」

 

何にせよ、直接接触して確認しない事にはあらゆる対話方法が封じられている以上、急行しているブルーマーメイド艦艇の到着を待つしか無い。真雪だけでなく、職員達の中に学生ではるはれかぜにその役目を任せる等と言った選択肢は存在しない。

学生達に任せられる程簡単な事態では無いからと言うのもあるが、学生達に危険な真似をさせたく無い、はれかぜには出来うるだけ退避して欲しいと言うのが、教員達の共通した思いだ。

しかし、悪い事と言うのはそういった時にこそ起こるもので

 

「はっはれかぜより緊急伝!!さるしま発砲!繰り返します、さるしまが発砲!!尚、使用されたのは、じっ実弾です!!」

「何ですって!?」

「はれかぜは!無事なのか!!」

「現在、被弾2!されど損害は軽微、乗員にも被害は無しとの事です!」

 

突然、さるしまがはれかぜに対し発砲した。それもあろう事か実弾によってだ。損害は軽微で生徒達に怪我も無いのは良かったが、だからと言って事態が好転する訳では無い。それ以上にまだ(・・)2発しか当たっていないのは単なる幸運でしか無い。

 

「えぇ!?」

「どうしたの!!」

「はっはれかぜ岬明乃艦長は、さるしまによる実弾を用いた攻撃に明確な“敵意”が有ると判断!はれかぜ乗員及びのり合わせたメーカー職員の生命保護を名目に自衛権の行使を宣言、横須賀女子海洋学校艦隊司令部及び整備局安全監督室に対して、攻撃の許可を求めてきています!」

「そんな、いくら何でも無茶だ!」

 

いくら何でも、学生が操る直接教導艦で教員の操る教員艦に対抗するのは無茶な話だ。こんごうならば元々沿海域戦闘艦であるインディペンデンス級が元に成ったさるしまとは、単純戦闘能力に差がある為に或はと言えるかも知れないが、はれかぜの艦級とさるしまとでは最新鋭艦と旧型艦という差こそあれど戦闘能力の差は然程存在しない。

電子機器の差こそあれ武装数では、はれかぜの方が多いのは有利な点と言えるかも知れないが、それでも操艦しているのは教員と学生だ、その技量の差は推して知るべし。

そもそも教員艦と直接教導艦が演習以外で撃ち合うなど、前代未聞の最悪の事態だ。

 

「直ぐに止めさせなさい!はれかぜは退避を最優先よ!!」

「はれかぜは演習弾頭による牽制射と、同弾頭の魚雷による足止めを行うとの事です。同じプランが安全監督室にも提出されています!」

「それでも幾ら何でも無茶よ」

「ッ!!安全監督室宗谷真霜室長がはれかぜに対して自衛権の行使を容認!提出されたプランに基づいての反撃を許可しました!!」

「何ですって!?」

 

真雪は自らの娘の出した判断に戸惑いを見せる。

この辺りは生徒の安全を第一に考える教師と、現役のブルーマーメイドとの違いだろうか。

 

「何もせずに退避するよりは、さるしまの行動を妨害した方が安全性は高いと判断された模様です」

「そんな、さるしま以外の艦がどう動くかもまだ解らないと言うのに」

「真霜.......」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「本当に宜しかったのですか?」

「はれかぜに反撃の許可を与えた事かしら?」

「はい。反撃などせずに、逃げに徹した方が良いのでは?」

「はれかぜが全力を発揮出来るのならね、その方がいいでしょう。でも、今のはれかぜは最大船速に急旋回を封じられている状態よ」

「それは、そうですが」

「信じましょう。はれかぜの生徒達を彼女達の指揮官を」



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9話 A

「総員戦闘配置!対水上戦闘用意!!コレは訓練では無い、繰り返すコレは訓練では無い!」

 

明乃のその命令を受け、はれかぜ艦内は慌ただしく動き出す。

訓練に非ず。その言葉は軍人では無いにしろ、戦闘を視野に入れた職種であるブルーマーメイドにとり、例え彼女達がその候補生でしかなくとも、否未だ候補生でしかない彼女達にとって想像以上に重たいモノであった。

最も、その事に身を硬くして冷静になれていないのは、今年からはれかぜに乗り込んだ一年生とましろそれから、巻き込まれた形になる吉野位であった。

何せ去年の時点で既にはれかぜ乗員であった三年生、二年生にとっては、初体験という訳では無い(・・・・・・・・・・・・)

それは前任の艦長が卒業目前にして艦を去り、来年度の艦長を期待されていた副長がブルーマーメイドに成る道を奪われた(・・・・)忌々しい記憶だ。

 

「航海長、艦橋を任せます」

「了解しました艦長」

 

明乃は鈴と敬礼を交わし、幸子を従え艦橋から出て行く。

その背を見送ると鈴は艦内電話の受話器を取り、機関室に繋げる。

 

「艦橋より機関室、航海長の知床です。艦長より操艦の指揮をお預かりしました、以降別命あるまで私が指揮を執ります」

『航海長、機関長の柳原だ。副長は?やっぱダメか?』

「まぁそんなところです」

 

一年生では無く機関長である麻侖が態々出た事に驚きもせず、彼女の質問に曖昧な回答で答える。

 

『わかった。で、何の用でい?』

「全速を出します用意を」

『・・・・10分だ、それ以上は保証しねーぞ』

「それだけあれば」

 

少し間を置いての麻侖の答えに満足気にうなづくと、受話器を置く。

 

「全力即時待機となせ!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「艦長追加情報です。前方の艦隊内に見当たらない艦は「こんごう」との事です」

「そう」

 

CICの艦長席に着いた明乃に背後に控えた幸子が、艦橋の見張り員からの報告を伝える。こんごうは明乃の親友であるもえかが艦長を務める艦だ、一瞬明乃の脳内にもえかの姿が浮かぶが、それを即座に振り払う。別に心配で無い訳では無い。だからと言って、何かが出来る訳でも無い。

ならば私の優先すべき事は、はれかぜの乗員を護る事だと、意識を切り替える。

 

「砲雷長、航海長、最終確認を」

 

その言葉に明乃の隣に立つ砲雷長、立石 志摩と通信越しに鈴が答える。

「うぃ。戦闘....に用いる....弾種、模擬弾頭に...限定。主砲による.....牽制、魚雷で進路.....を塞ぐ」

『その後は全速で当海域を離脱。鳥島の南方10マイルに退避』

「離脱のタイミングは航海長に任せます」

『了解しました』

 

確認を終え、はれかぜの戦闘準備が完了した所に、安全監督室から明乃が提出したプランに対する承認が伝えられた。

 

「驚いた、まさかこんなに早く承認が出るなんて」

「お役所仕事ですから、最悪事後承諾に成るかもと思っていましたけど」

「まぁ、承認されたのなら問題は無いって事だよ」

 

意外に早く出た作戦の許可に若干驚く、何だかんだと言ってもブルーマーメイドだって上はお役所仕事である事に変わりなく、ゴタゴタとして作戦の承認は遅れるか、そもそも承認されないかもと考えていた。そもそも作戦プランを送った事自体、最悪の場合事後承諾にでも成れば良いと言うのと、「報告はしていた」と言い訳する為でもある。

因みに、この際言っておくが、明乃は安全監督室だけでなく、職員室にも報告し作戦プランを提出したが、こちらに関しては何が有っても承認されるとは、微塵も思って居なかった。

横須賀女子海洋学校の教員が校長である真雪以下、全員が生徒想いの良い先生である事は明乃自身がよく知っている。そんな彼女達が生徒に危険な行為をさせるとは思っていない。

 

ともあれ、安全監督室からだけとは言え、承認されたからには直ちに動く。

 

「それじゃあ砲雷長......始めよう」

「うぃ、主砲1番2番....右砲戦用意」

「主砲1・2番右砲戦よーい!」

 

志摩の命令を受け、砲術長の小笠原 光の操作により、CICからは見えないが、艦首と艦尾に設置された【62口径72ミリ単装速射砲】が右舷側へ旋回する。

 

「弾種模擬弾頭、牽制射」

「弾種模擬弾頭!牽制射!!」

「撃ち方....はじめ!」

「うちーかたはじめ!!」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

ーDam!Dam!Dam!ー

 

さるしまに右舷側を向け、並走する形に成っていたはれかぜの前部後部の主砲が、未だに主砲による攻撃を続けるさるしまに対し火を噴いた。

 

「主砲発砲!」

「進路そのまま、速度そのまま!」

「よーそろー、進路速度そのまま!」

 

艦橋では鈴によりそのままの進路と速度を維持する様、指示が飛び。

 

「右魚雷戦用意」

「右魚雷戦よーい!」

 

CICではさるしまの頭を抑える為、魚雷発射の用意を志摩が命令し、水雷長の西崎 芽衣がテンションを上げる。

 

ーガアァン!ー

 

はれかぜの牽制射に対するさるしまの返答は相変わらずの砲撃であった。

 

「艦首に被弾!!」

「損傷は軽微!!問題ありません!!」

 

着弾はしたが、損害が無かった事に皆、特に艦橋に居て見た生徒達は一様に胸を撫で下ろす。そんな中鈴とマチコは精度が上がってきている事に僅かな不安を覚える。

 

「右魚雷戦用意よし!」

「攻撃はじめ!」

「魚雷、攻撃はじめ!!」

 

そんな不安を拭い去るかの如く、右舷側の【68式3連続魚雷発射管】から、一発の通常魚雷(スーパーキャビテーション魚雷では無いと言う意味で、弾頭は模擬弾頭)が撃ち出され、数瞬置いて追いかける様にもう一発撃ち出される。

因みに、この瞬間も二門の速射砲は牽制射撃を続けている。

 

「魚雷発射確認!」

「真っ直ぐさるしまへ向かう!」

 

通常魚雷が発射されれば、回避運動を取りつつデコイを射出するなり、迎撃用魚雷による迎撃が試みられるが、さるしまはその何れをも行わなかった。

 

「さるしま進路そのまま!!回避行動とらず!!」

「魚雷一発目さるしまの前方を通過します!」

 

最初に放たれた魚雷が、さるしまの鼻先ギリギリを通り抜ける。最初から当てる気が無い事に気付いていたのか?否、ただ単に避けるという事を考えてい無いだけだ。その証拠に

 

「二発目、さるしまに直撃!!」

 

ードォォン!ー

 

模擬弾頭と言え、爆発し無いだけで衝撃まで無くなる訳では無く、直撃を受けたさるしまは目に見えてその速力を落とす。左舷側のサイドハルでは無くメインハルに直撃した事が要因だろうか。

何にせよ砲撃は続いているが、著しく精度が落ちている。

 

隙は出来た

 

「機関最大!最大戦速!!」

「機関最大!最大せんそーく!!」

「0度よーそろー!鳥島南方10マイルまで退避!!」



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プロローグ

『私ね....ブルーマーメイドに.....

成れ無くなっちゃった』

 

そう言った彼女の表情(かお)

哀しそうで悔しそうで苦しそうだった(痛々しくて見ていられなかった)

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

ーそう言えば、あの日もこんな夕焼けだったなー

ー私達の都合なんて御構い無しに空は綺麗だー

 

ふと自分達の置かれている状況を忘れそうになった明乃は、苦笑いして足元で煮干しを頬張るはれかぜの大艦長(マスコット)の猫、五十六の頭を撫でる。

 

「のんきだね〜五十六〜」

「なう」

 

現在はれかぜは、さるしま以下の艦艇から逃走し鳥島沖へ向かい原速にて航行中である。決してのんびりとした状況ではない筈なのだが、人間共の事情など知ったことかと、のんきそうな五十六を見ていると思わず頰が緩みそうになる。

 

「ここに居たか、艦長」

「美波ちゃん」

 

そんな明乃に背後から声を掛けたのは制服の上から白衣を纏った小柄な少女、衛生長の鏑木美波だ。

 

「一応一年生達のカウンセリングは終わったぞ」

 

一年生達へのカウンセリング、それが普段自分の城(医務室)に籠っている美波が態々明乃を探し歩きまわって居た理由である。

彼女は、先の戦闘が終了し戦闘配置の解除が行われたすぐ後に、医務室を訪れた明乃によってカウンセリングを依頼され、専門で無いとブツブツ文句を言いながらも各部署を回っていた。

 

「うん、お疲れ様美波ちゃん。皆んなの様子はどうだった?」

「深刻な状態になっているのはいなかった。艦橋の見張り員と操舵者は少し恐怖状態が強かったが......まあ、同配置の上級生のおかげか何とか大丈夫ではあった」

「そっか」

 

明乃としては、正直シェルショックとまでは言わないが、恐怖で使い物にならなくなっている子が居ても可笑しくは無いと思って居たが、完全に問題無いとまでは行かないものの、一年生の大半が使い物になら無くなる様な状態に成らず、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「美波ちゃん自身は?大丈夫?」

「私は大丈夫だ」

 

それじゃあと少し前かがみになりそう問いかけた明乃に、表情を動かさずに美波は答える。

 

「ホントに?無理してない?怖かったら我慢しなくても良いんだよ?」

「子供扱いしてくれるな、私は大学生だぞ」

 

美波のそんな答えに明乃は苦笑いになる。

確かに、眼前の少女は大学生で学歴だけで言えば自分よりも上ではあるが、それはあくまで飛び級の結果だ。大学生を卒業していようが、その年齢に対して精神が成熟していようが、それでも彼女がまだ12歳である事に変わりは無い。

 

「子供だよ、12歳なんてまだまだ子供」

「むぅ」

 

いい子いい子とでも言いたげな動きで頭を撫でると、拗ねた様な顔をする美波に明乃も思わず笑みをこぼす。

 

「艦長も....まだ子供だろう」

 

だから背負い過ぎなくてもいいんじゃ無いのか

 

予想外のその言葉に一瞬動きが止まる。

 

「そう、だね。うん、私もまだまだ子供だよ。けど、そんな私よりも美波ちゃんはもっと子供なんだから、怖い時は怖いって言って良いんだよ?」

 

誤魔化す様なそんな明乃の言葉と、どこか哀しそうなその表情に反論すべきか、子供扱いに再び文句を言うべきか、悩んでいる美波と哀しそうな表情のまま美波を撫でる明乃の下に

 

「大変です!艦長!!はれかぜが!私達が反乱したって!!」

 

幸子の悲鳴が降り注いだ

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

---- ・・-・ ・・・ -- ---- ---・- ・-・・ --・-・ ・・ --・-・ ・-・・ ・- -- ・・- ・-・・ ・・ ---- ・・- 

 

『こちら横須賀女子海洋学校』

 

-・-・・ ・・- ・- ・-・-・ --・・ --・- -・-・- -・--・ --・-・ 

 

『教員艦〈さるしま〉』

 

-・- --- ---- ・・- -・-- ・・ -・-・・ ・--- ・・- ・・・- ・・・- --・ ・-・・ -・--- ---・- -・- --- ---- ・・- -・-- ・・ -・-・・ ・--- ・・- ・・・- 

 

『我攻撃を受く、繰り返す我攻撃を受く』

 

---- ・・- -・-- ・・ -・-・・ --・-・ -・ ・・-- -・・・ -・-・・ ・・- ・- ・・・- --・・ --・- -・・・ --- ・-・・ ・---・ ・・ 

 

『攻撃をしたのは教導艦〈はれかぜ〉』

 

・・・- --・ ・-・・ -・--- ---・- ---- ・・- -・-- ・・ -・-・・ ・--- ・-・・・ ---- ・-・ -・ ・・-- -・・・ -・・・ --- ・-・・ ・---・ ・・ 

 

『繰り返す、攻撃を行ったのは〈はれかぜ〉』




歳の差5歳。
学年で言えば普通小学校でしか同時に通わない


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1話

『繰り返しお伝えします。本日午後17時30分頃、ブルーマーメイドの幹部養成学校の一つ、横須賀女子海洋学校所属の教員艦〈さるしま〉が国際救難チャンネルにて、救難信号を発信。

それによりますと、本年度最初の航海演習に参加予定であった直接教導艦〈はれかぜ〉が、〈さるしま〉に対し発砲。魚雷2発を発射した後に逃走したとの事です。

横須賀女子海洋学校及びブルーマーメイド海上安全監督室は現時点において、本件に関して一切のコメントをしておらず、攻撃を受けた〈さるしま〉や逃亡した〈はれかぜ〉の現状は不明です。

また、未確認情報ではありますが、直接教導艦〈はれかぜ〉は同校の学生によって運用されているものの、演習に合わせて実弾も配備しているとーー』

 

 

「で?何が如何してこんな事になってるんでい?」

 

はれかぜの士官食堂、集められた3年生からなる主幹要員の内、最後に到着した麻侖は苛だたしげに席に着くと、直様切り出した。

その言葉を受け、タブレットを手にした幸子が立ち上がる。

 

「では先ず始まりから、我が艦が戦闘海域を離脱後ラジオ情報によると、1730ごろ海上安全整備室からの正確な情報によると1732に横須賀女子海洋学校所属の教員艦〈さるしま〉が国際救難チャンネルにて、救難信号を発信しました」

「それが何ではれかぜの反乱になるの?」

 

そう尋ねたのは給養長にしてはれかぜの台所番伊良子美甘だ。

幸子は美甘の質問にその疑問は最もだと頷き、人数分の紙を取り出し全員に配布する。

 

「それはさるしまが発信した救難信号の全文です」

「ちょっとまって!コレ救難信号なんかじゃないじゃない!」

 

補給長の等松美海がバン!と机に手をつきながら声を上げる。

他の面子にしても、美海の様に声を上げこそしないが、意味が解らないと言った様子だ。

 

「つまり、このどう見ても救難信号と言うよりは、通報と言った方がしっくり来るモールスを有ろう事かさるしま、ううん古庄教官は国際救難チャンネルで垂れ流した上に。海上安全監督室と言うか、安全整備局が動く前に民間のラジオ局によって更に拡散された.......と」

 

明乃はそう言ってハァとため息をつくと、出港前に話した感じこんな事仕出かす様子じゃ無かったけどなぁと小さく呟く。

 

「それで、あの、職員室の方は何と?」

「現在、横須賀女子海洋学校艦隊司令部及び海上安全監督室からは此方に対し、新たな指示は出ていません。現状本艦に下されている命令は補給艦〈とわだ〉以下の別働隊との速やかなる合流です」

 

遠慮がちになされたましろの質問に幸子は首を横に振りながら答える。現在まだ副長権限は鈴に移譲されたままの状態だが、船務長ではあるためこの主幹会議に呼ばれたものの、ましろは何処か肩身が狭そうである。最も、そもそも周りはほぼ初対面の上級生ばかりで、副長権限を取り上げられていなくとも、萎縮していた可能性もあるが。

 

「それで艦長、この後どう動くよ。流石にとわだやらがラジオ放送を鵜呑みにして〈うらかぜ〉〈たにかぜ〉が攻撃仕掛けて来るなんてこたぁ無いとは思うけどよぉ」

「...いっしょ、かも」

「そうだね。とわだ以下の別働隊4隻がさるしま含む10隻と同じ状態になっていないとは、言い切れない」

 

麻侖と志摩に続く明乃の言葉に、室内が静まり帰った。

実際今現在、合流を目指している4隻がどう言う状態にあるのかは、はれかぜでは解っていない。

通信を入れて確認すればいい話たが、置かれている状況が容易な通信を躊躇わせる。

 

「艦長.....」

「本艦は一先ず、艦隊司令部からの命令を優先。とわだ以下の別働隊との合流を目指します。ただし、彼方の状態が解らない以上警戒は厳に。相手側の状態次第では攻撃を受ける可能性もあるけれど、可能な限り交戦を避ける為、レーダーに別働隊が映り次第短波通信を入れます......応答が有り、正常な状態だと判断された場合はそのまま合流。応答が無く、さるしま以下の10隻と同じ状態にあると判断された場合は、即座に離脱を図ります」

 

ー了解ー

 

全員が席を立ち明乃に敬礼して部屋を出て行く。

明乃と幸子以外が立ち去った士官食堂で、いつの間にか明乃の後ろに控える様に立っていた幸子に明乃が声をかける。

 

「本艦がさるしまの救難信号を受信出来なかった原因は?」

「申し訳ありません、原因は判明していませんが、さるしまから救難信号が発信された時間帯に、通信設備に電磁障害の様なモノが発生。障害自体は数分後にクリアになり、直後に行った診断では異常は発見されませんでした」

「さるしまが救難信号を発信した時間帯.....確か1732だったね」

「はい」

 

その時間に何があったか。電磁障害自体は既に報告は受けていたが、それ以外で起こった事と言えば確か........

 

「ああ、確か五十六がネズミ(・・・)を捕まえて来たのもそれ位の時間だった様な.......」

「ネズミ、ですか?」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「対水上レーダーに感!左舷前方18000!!」

「ビーコンはノーリアクションですが、IFFは応答有りです!」

「とわだ以下の別働隊?」

「いえ、これは.......シュペーです!!」

「シュペー?」

「IFFチェック!間違い有りません!ドイツ連邦共和国、ヴィルヘルムスハーフェン校所属、装甲艦〈アドミラル・グラフ・シュペー〉です!!!」

 



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01-新年度


日露戦争後の日本はプレートの歪みや、メタンハイドレートの採掘が原因で沿岸部の多くを海中に失う事となった。

その結果、海上都市が多くなりそれらの都市間を繋ぐ海上交通の増加により海運大国となった。その過程において、嘗て軍事兵器として建造された軍艦はその多くが民間用に転用される事となり、戦争には使わないと言う“象徴”として、艦長は女性が務める事となった。

これが海上の安全を守る「ブルーマーメイド」の走りであり、ブルーマーメイドは多くの女子の憧れとなっていった。

嘗ての軍艦の中には未来のブルーマーメイドを育成する為の教育艦となるものもあった。

が、あくまでもこれは“本来の世界線(げんさく)”での話しであり“この世界線”においては、この続きがある。

“本来の世界線”同様「航空機」こそ机上の空論として発展しなかったが、少々の違いがあった。それは魚雷である。

今から30年程前に開発された「スーパーキャビテーション魚雷」の登場によって各国の海軍戦略は見直しを余儀なくされた。

航空機が存在しない以上「大艦巨砲主義」こそが絶対であった海軍戦略であったが、スーパーキャビテーション魚雷と言う高速かつ高射程、そして高威力を誇るこの魚雷を相手にした時、今迄の鈍重な軍艦では対応仕切れないとされ、対SC魚雷戦は同じ魚雷で持ってして撃破するか回避するといった戦略へと変換され、“史実(現実)”における所のミサイル戦闘が空中では無く海中で行われる様な形となった。

結果として各国の軍艦は装甲では無く速力を重視する様になり、“史実”の近代艦へと姿を変えていった。

 

 

ブルーマーメイド養成校の一つ横須賀女子海洋学校記念艦【戦艦武蔵】が停泊する岸壁、

入学式の余韻の残る中新品の制服を身に纏い整列する新1年生達の前に、彼女達のセーラー服とは毛色の違う白の詰襟の制服を身に纏った15名の新3年生が並んだ。

 

「ではこれより、第25回艦長任命式を執り行います」

 

そう、これから行われるのは横須賀女子が保有している15隻の直接教導艦各艦の艦長任命式だ。

ブルーマーメイド養成校の直接教導艦艦長職は3年生のみが任命されるものである。

その選出方法は二種類あり、一つは前年度2年生の時に副長を務めた者、基本的には此方の選出方法の方が主流である。

もう一つは前年度の艦長の推薦による選出方法、此方は前年度副長が2年生では無く3年生であった場合に使われる。

以上の選考基準を満たし、かつ試験において合格値を超えた者が任命される。

 

その為、女子海洋学校において艦長職とは全生徒トップの15人であり全生徒の憧れの的だ、教員のアナウンスに1年生達からは興奮した様子が伝わってくる。

対して15名の3年生達は静かにその時を待つ、そんな彼女達を見て横須賀女子海洋学校学校長の宗谷真雪は、今年度の艦長達も優秀な子達であると笑みを浮かべた。

 

「それでは直接教導艦【こんごう】艦長から順に任命を行なっていきます、3年1組航海科知名もえかさん」

「はいっ!」

 

進行の教員に名前を呼ばれ、列の右端に居た学年主席知名もえかが真雪の前へ進み出る。

 

「3年1組航海科知名もえかさん、貴女を直接教導艦【こんごう】艦長へ任命します」

「3年1組!航海科知名もえか!直接教導艦【こんごう】艦長を拝命します!」

 

もえかは、差し出された任命状を受け取り真雪へと敬礼する。

真雪が返礼をするとくるりと、生徒達の方へと向き直る、そして

 

「3年1組航海科知名もえか!直接教導艦【こんごう】艦長を拝命しました!」

 

瞬間ー岸壁は大きな拍手に包まれた、一番熱烈に拍手しているのは新1年生達で、次に保護者の方々、そして来賓や教員達。

他の新艦長14人は決まり通り敬礼している。

もえかは先ず来賓や教員達へ正対し一礼、その次に同級生達と1年生達に対し敬礼し、再び真冬の方へ体を向け一礼、列の左端へと退去する。

ここまでが新艦長任命式の一連の流れである。

 

終始真面目な表情のもえかであったが、列へ並ぶ時に前を通り横へと並んだ大切な幼馴染の、隠しきれない祝福の気配に表情筋が緩みそうになるのを抑えるのは、学年一の才女の彼女を持ってして、中々に大変だった。

 

「それでは続いて--

 

 

そして、もえかの後に12人同じ流れの任命式が行われ、遂に最後の1人の番が来た。

 

「続いて直接教導艦【はれかぜ】艦長の任命を行います。3年2組航海科岬明乃さん」

「はいっ!」

 

これまでで一番かもしれない程元気な返事、

名前を呼ばれたのはもえかの幼馴染にして、“本来の世界線”と“この世界線”のどちらに於いても主人公である少女。

真雪の前へと進み出る明乃に対し、これまでの14人の新艦長へ向けられていたモノとは、微妙に違う視線が来賓や教員達から向けられる。

 

「(久し振りに出た推薦組の艦長、皆んなが気になるのも仕方がないわね)」

 

そう明乃は今年度唯一にして数年ぶりの副長未経験の艦長であった。

とは言え、2年生の時【はれかぜ】の生徒数の問題で航海長を務めていたし、ある事情(・・・・)から年末辺りから前艦長からほぼ副長扱い(・・・・)されていたので、書類上副長では無かっただけで、全く経験が無かった訳ではない。

 

「3年2組航海科岬明乃さん、貴女を直接教導艦【はれかぜ】艦長へ任命します」

「3年2組!航海科岬明乃!直接教導艦【はれかぜ】艦長を拝命します!」

 

 

艦長任命式が終わり、続いて行われる新1年生の選考振り分けの発表の前に明乃達新艦長達は解散となった。

その後の行動は自由で、そのまま残り新1年生の選考振り分けを見守る者や、陸の寮の自室や自身の乗艦する直接教導艦へと帰る者が居る中、明乃ともえかは学食に併設されたカフェへと来ていた。

 

「ああ〜緊張したぁ〜」

「ふふ、お疲れ様ミケちゃん」

「モカちゃんもお疲れ様〜」

 

緊張の糸が切れたのか、テーブルにダラっと上半身を預ける明乃の姿にに微笑みながら、もえかはタブレットで船員名簿を開く。

艦長である自身の名前が一番上で、その下に副長村野瞳子以外【こんごう】クルーの名前が役職毎に並ぶ。副長の名前が予想していた名前と違った事に些か驚いたが、今気にすることでは無いと一人一人の名前を確認していく。

 

「あれ?」

「どうしたの?ミケちゃん」

 

明乃の少し驚いた感じの声に顔を上げると、向かいで同じ様に船員名簿を確認していた明乃が首を傾げていた。

何か問題でもあつたのだろうか?そう考えたもえかに、ちょっとビックリしちゃってと言いながら明乃ははれかぜの船員名簿を示して見せた

 

「あれ?この子.....」

 

【艦長:岬明乃(航海科3年)】の名前のすぐ下に【副長:宗谷ましろ(航海科2年)】とある。2年生が副長になっている事は別段驚く様な事ではない、実際もえか自身も去年は2年生で副長だった。そもそも、艦長選考の条件でもある以上副長という役職は来年の艦長候補である優秀な2年生が選ばれるものである。ならば、何に驚いたのかと言うとそこに書かれていた名前だ。当然校長と同じ苗字に驚いた訳でもなく、では何に驚いたのかと言うと彼女、宗谷ましろの名は上級生の中でもそこそこ有名だったからである。

 

「この子、去年の1年生の学年主席だよね?」

「うん、とっても優秀な子だって聞いてたけど........」

 

2人も彼女が入学した頃からそれなりに彼女に関する噂を聞いていた。

母親である宗谷真雪だけでなく、2人の姉もブルーマーメイドの関係者であり、代々ブルーマーメイドの重役を務める宗谷家の人間である為、コネだなんだといった悪い噂もあつたりしたが、入学時から各分野で名家の名に恥じぬ優秀な成績を収め学年末の時点で来年の副長は確実、3年時には艦長になるだろうと言われていた。

実際に今年には副長として【はれかぜ】に乗艦する事が明乃の持つ名簿にしっかりと記されている以上、彼女が優秀生である事の証明であるのだが、しかし配属艦か【はれかぜ】である。

 

「この子はモカちゃんの【こんごう】だって思ってたんだけど」

「去年の乗艦は【はれかぜ】じゃ無かったよね?」

「うん、違うよ」

 

副長は大抵一年生の時に乗っていた艦で務める事が多い。

特に優秀な生徒を集めた【こんごう】や3年生が副長を務める際はその限りでは無いが、1年生の時に乗り込んだ艦から3年間動く事は基本的にはない。

実際明乃も、もえかも去年はそれぞれ【はれかぜ】航海長と【こんごう】副長だった。【こんごう】は3年生と2年生しかいない為、もえかは1年生の時こそ違う艦だったが明乃は1年生の時からずっとはれかぜである。

移動が有るのは2年生への進級時に【こんごう】へと移動するか、その【こんごう】で成績が振るわず他艦へと移動する場合程度である。

 

「【こんごう】への移動なら分かるんだけど...」

「問題行為を起こしたって話も聞かないし、不思議だよね」

 

明乃ともえかが2人揃って首を傾げたところに

 

-PiPiPi-

 

明乃の携帯が鳴り響く、画面を見てみるとそこには「ココちゃん」と表情されている。

 

「あれ?ココちゃん?モカちゃんちょっとごめんね」

「ううん、急ぎの用事かも知れないし、どうぞ」

 

ココちゃんと言う名前が【はれかぜ】のクルーの納紗幸子であると知っているもえかは断りを入れる明乃に微笑む。

 

「はいもしもし明乃です」

『幸子です、ミケ艦長任命式お疲れ様です。ちょっとお時間宜しいですか?」

「うん大丈夫、何かあった?」

『はい、私今日は朝から【はれかぜ】に居たんですけど、今し方2年生の宗谷ましろさんがいらして、艦長に連絡して欲しいと』

「宗谷さん?ああ成る程、分かったすぐ【はれかぜ』に戻るね」

 

去年【はれかぜ】に関係が無かったましろが何故【はれかぜ】へやって来たのか、分かっていない様子の幸子たが、明乃はましろが艦長である自身へ【はれかぜ】への移動の挨拶をしに来たのだと察する。

 

『わかりました、では宗谷さんは艦内にお通ししておきますか?』

「それはちょっと待ってて、乗艦は私が戻ってからで」

『了解しました、ではタラップ前でお待ちしています』

 

所属艦では無い教導艦への乗艦は艦長の許可が無ければ基本的許されない。

単なる客であれば電話越しでも良いのたが、

ましろは本年度から【はれかぜ】所属だ、お客さんでは無い。

前年度迄は他艦の所属であった為、艦長である明乃への挨拶と直接の乗艦許可が無い為に、まだ【はれかぜ】へと乗艦する事は出来ないし、それは電話越しでは行えない。

電話を切った明乃はもえかに向かって手を合わせる、

 

「ごめんモカちゃん、宗谷さんが挨拶に来てるみたいで、【はれかぜ】に戻らないと」

「ふふ、就任早々お仕事だ。頑張ってねミケちゃん」

「うん!それじゃあまた明日!」

 

 

「直接教導艦【はれかぜ】艦長、3年航海科の岬明乃です」

「2年航海科宗谷ましろです」

 

【はれかぜ】のタラップの前で明乃とましろは敬礼を交わす。

副長飾緒を付けしっかりと制服を着こなした真面目な子、それが明乃から見たましろの第一印象だった。

とても問題行為を起こすような子には見えない。

 

「2年1組航海科宗谷ましろは、本年度より直接教導艦【はれかぜ】へと移動。同時に同艦副長を拝命しました!【はれかぜ】への乗艦許可願います!」

 

そう言いながらいくつかの書類が入った封筒を明乃へ差し出すましろ。

事前に知っていたら為驚く事なく受け取る明乃と違って、彼女の後ろに控えて居た幸子は驚きから僅かに目を見開く。

幸子達【はれかぜ】クルーの3年生達は、成績的に砲雷科の西崎芽衣か航海科の万里小路楓辺りが副長になるものと思っていたので、まさか外部からやって来るとは思ってもいなかったからだ。

 

「はい、宗谷ましろさん【はれかぜ】への乗艦を許可します。ようこそ【はれかぜ】へ」

「ありがとうございます!」

 

明乃からの乗艦許可に敬礼するましろ、明乃はそれに返礼する

 

「宗谷さんは去年どの船に?」

「はい去年度は直接教導艦【はるな】に乗艦していました」

「それじゃあ一応“旅行”はしておいた方が良いかな?納紗通信長、宗谷副長を案内してあげて。それから伊良子給養長に今夜の歓迎会は1年生だけじゃなくて、宗谷副長も主役だって伝えておいて」

 

驚きから帰ってきた幸子は、明乃の指示に了解を返しましろへと声をかける

 

「改めまして3年通信科納紗幸子通信長です、宗谷副長の乗艦を歓迎します。宜しくお願いしますね」

「此方こそ宜しくお願いします納紗通信長」

「では【はれかぜ】艦内と宗谷副長の部屋の案内をしますのでどうぞ」

「お願いします」

 

タラップを登り早速ましろの艦内旅行へ向かう2人を見送り、明乃は艦長室へと足を向けた。

 

〜〜〜

 

「宗谷ましろさん、2年1組航海科。1年時の成績は極めて優秀で年間を通して学年主席。“宗谷”の名前に恥じない真面目な生徒で、問題行為を起こすと言った事も無し。

うーん益々なんで【こんごう】副長じゃ無いのか分からないなぁ」

 

艦内室へ入り鍵を閉めると、封印がされていた封筒を開け中の書類を取り出し、それらを確認する。

そこには「宗谷ましろ」と言う生徒の成績や、教員からの評価が記されている。

本来これらは1年生の物だけが渡されるのだが、ましろは去年別の艦に乗っていたので、用意されていた。

尚、個人情報も含まれるので艦長以外には閲覧は許されず、厳重な保管を行なう事が義務付けられている。

 

「うん?進級試験の成績が...えぇっと名前の書き忘れ?」

 

学年末に行われた進級試験の筆記試験の成績の項目に、そう記載されているのを見つけた。

 

「解答こそ学年トップの成績であったものの、数科目で名前の無記載が有った為にそれらは認められず。

あ〜ええ〜」

 

なんと言って良いのか分からない。

つまり名前の書き忘れによる成績不振により、予想されていた【こんごう】副長では無く、【はれかぜ】の副長となったと言う事だろう。

まぁ進級試験でポカをやらかして尚、副長へと任命される成績は素晴らしいと言えるだろうが。

 

「優秀である事は確かなんだろうけど、うーん本番に弱いタイプかなぁ」

 

だとすれば若干不安になる。

航海試験の時にでもポカをやらかされれば、問題は彼女だけで無く艦全体のものとなってしまう。

 

「あーちょっと不安になってきた」

 

 

【はれかぜ】の食堂はガヤガヤと賑わっていた、食堂内は折り紙で彩られ「ようこそはれかぜへ!!」の文字が掲げられている。

【はれかぜ】の新しいクルーである1年生24人とましろの歓迎会である。

テーブルには【はれかぜ】給養長伊良子美甘による渾身の料理が並べられ、主役であるましろ達を含め全員のグラスには飲み物が注がれ、皆んなが今か今かと待っている状態だ。

とは言え、まだ始める訳にはいかない、何故なら

 

「ごめんね、遅れちゃって」

 

今し方食堂に入ってきた明乃が原因だ。

艦長抜きにと言うか艦長の許可なく始める訳にはいけなかった為である。

 

「どうぞ、艦長」

「ありがとう」

 

幸子からグラスを渡されると、明乃は全員から見える位置へと移動する。

そして

 

「堅苦しい話は無しにして、新しい【はれかぜ】の仲間を私達は歓迎します。ようこそ【はれかぜ】へ、皆んなの航海の安航を願って、乾杯!」

 

-乾杯!!!-

 

明乃の挨拶をスタートの合図に、歓迎会が始まった。

あちこちで乾杯が交わされ、一気に騒がしくなる。

立食パーティーの形で席は決まっていない為、1年生達は同科の上級生に早速絡まれているし、ましろもまた同級生達に囲まれている。

 

「艦長お疲れ様でした」

「ココちゃん、ありがとう」

 

明乃が遅れていた理由-1年生達の挨拶の後彼女たちの資料に一つ一つ目を通していた-を知っていた幸子が労いの言葉をかける。

 

「どうでしたか?今年の1年生は」

「うーん、海洋学校に入学できるだけあって皆んな優秀だよ。まぁ入試テストで判るのは成績だけだから、本人に関してはまだなんとも」

「それもそうですね」

 

明乃と幸子が話していると、数人の1年生が興奮した様子で近づいてきた

 

「あっあのっ!岬艦長!」

「うん?どうしたの?若狭さん」

「あのっ艦長が推薦任命ってホントですか!?」

「ああ、うんホントだよ」

 

質問してきた1年生、若狭麗緒にそう答えると彼女達はワッと歓声を上げる。

 

「凄いですっ!!5年ぶりだって聞きました!!」

「あはは、ありがとう」

 

年下の少女達の無邪気な様子に思わず笑みがこぼれる

 

-私ねブルーマーメイドになれなくなっちゃったの-

 

病室で窓から差し込む夕陽でよく見えなかった彼女の顔がチラついた

 

「ッ!」

「艦長?どうかしたんですか?」

「あ、ううんなんでもないよ大丈夫」

 

思わず一瞬顔をしかめた明乃に、どうしたのかと尋ねる麗緒に何でもないよと微笑んで答える。

 

「・・・・」

 

明乃は、興奮覚めぬまま話しを聞きたがる麗緒達に答える。

そんな彼女を心配そうに見る視線に気づく事は無かった。

 

〜〜〜

 

歓迎会も終わり、1年生達を陸の寮へと帰した後、静かになった【はれかぜ】の後部甲板で明乃は1人、海を眺めながら夜風に当たっていた。

 

「おう艦長、どうしたんでい」

「マロンちゃん」

 

そんな彼女に声がかけられた、機関長の柳原麻侖だ。

麻侖に答えながら海を眺めていた体を反転させると、驚いた事に【はれかぜ】の3年生全員がそこにいた。

 

「えっとどうしたの?皆んな」

「あっあの、そのっココちゃんがねっ皆んな艦長がえっとその」

「うぃ、1年生と話して、悲しそうな顔したって」

 

明乃の疑問に航海長の知床鈴と砲雷長の立石志磨が答える。

その言葉に「ああ〜」と目を泳がせる明乃。

 

「そのね、今日任命式があって、正式に貴女が“艦長”だって言われて、皆んなにも艦長って呼ばれて、私艦長になったんだなって」

「おめぇさんそれは......」

 

ここに居る全員が事情を知っている。

去年、2年時に航海長だった明乃が何故推薦されたのか。

そもそも何故去年の年末辺りから、明乃が副長扱いされていたのか。

 

私が艦長に(・・・・・)なっちゃった(・・・・・・)んだなぁって」

「「「「「「「「......」」」」」」」」

 

だから誰も何も言えなかった

 

彼女達は知っているから

 

明乃が【はれかぜ】クルーの中では“彼女”と1番中が良かったと知っていたから。

 



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01b- White

事務手続きを終え教員科を後にした宗谷ましろは、酷く緊張していた。

足取り重くとまでは行かないが、新学期新学年のドキドキワクワクといった高揚感はあまり無い。

原因が自身の人生最大の大ポカにあるだけに如何ともし難い。

横須賀女子海洋学校に入学してから“宗谷”の名に恥じぬ様、七光りだの何だのと言った陰口を跳ね返すべく努力を続けて来た。

2年生に進級した今年乗艦する直接教導艦こそ変わったものの、その船は目指していた【こんごう】ではなかった。

 

理由は学年末テスト時の名前の書き忘れ。

 

呆れる様な理由だ、穴が有ったら入りたいとはこの事か、いや寧ろ発表があった日はどうやって寮に帰ったのか覚えてないし、その後しばらくベットに篭っていて、ルームメイトにひどく心配されたが。

 

ましろが乗艦する事になった直接教導艦の名は【はれかぜ】。

全ての船から優秀者を集めた【こんごう】と比べると、下になってしまうが別に【はれかぜ】は落ちこぼれと言うわけでは無い。

総合成績的には下の方の生徒達を集めた船ではあるが、「【はれかぜ】クルーは職人だ」などと言われるレベルで専科での一芸に特化した集団だ。

 

-噂では今年の砲雷長は主砲を手動操作した方が砲弾を当てるとかなんとか-

 

そんな【はれかぜ】クルーに対して、総合的に優れていると言う自信はあるが、どこかが特出して優秀だと言う自信の無いましろは若干萎縮してしまっている。

さらに言えば、前年から一緒で人間関係の構築が済んでいるのは3年生だけである【こんごう】と違い、【はれかぜ】は3年生間だけでなく2年生間の人間関係のみならず、3年生と2年生間の人間関係の構築も済んでいる。

指導される立場である新入生達と違い、2年生であるましろはいきなり外から副長だとやって来ても、素直に受け入れられるとは思えない、特に2年生の中では「誰が副長になるのか」と言う話はされていただろうし、「私が」とか「彼女が」とかそう言うのもあった筈だ。

それにそんな彼女達の輪の中に積極的に入って行ける自信もあまり無い。

 

「ついてしまった」

 

色々と考えながら歩いていると、いつの間にか直接教導艦が係留されている岸壁に着いていた。

数隻の同型艦が並んでいる中から【はれかぜ】を探し出す、先ず艦内に連絡して艦長の所在を確認しなければ

 

「岬明乃艦長...か」

 

ましろが【はれかぜ】に対して萎縮している理由の一つに、新しい艦長である明乃の存在もあった。

なにせ5年ぶりの副長未経験の推薦による艦長合格者だ。

実際の所明乃には色々と経験があるのだが、ましろは明乃の去年の役職すら知らない。

 

「宗谷さん?【はれかぜ】に何か用事が?」

「黒木さん」

 

【はれかぜ】を見つけいざ連絡を入れようとした所に、タラップの上から声がかけられた、見上げてみるとそこに居たのは同じクラスの黒木洋美だった。

 

「えっと、その艦長は居られるだろうか?」

「艦長?艦長なら任命式に出席してて、時間的には終わってる筈だけれど...」

 

ましろに尋ねられうーんと考える洋美。

時間的には艦長任命式は終わっている時間ではあるが、あの艦長の事だ親友の知名先輩と話でもしているだろうから、真っ直ぐに【はれかぜ】へやって来るとは思えない。

 

「ちょっと通信長に確認してきますね」

「すまない、よろしく頼む」

 

ましろと話すために降りて来ていたタラップを再び登り洋美は現在【はれかぜ】内において最高位者である通信長納沙幸子に確認する為、艦内に戻って行く。

少し待っていると、携帯端末で誰かと通話しながら見慣れない上級生が出てきた、状況的に通信長だろうか?

 

「宗谷ましろさんですね?【はれかぜ】通信長の納沙です。今艦長に連絡した所直ぐにお戻り成るとの事なので、少しお待ち下さい」

「はい、了解しました」

 

 

 

「直接教導艦【はれかぜ】艦長、3年航海科の岬明乃です」

「2年航海科宗谷ましろです」

 

納沙通信長に待つように言われ数分、タラップの前でましろは【はれかぜ】艦長の岬明乃と相対していた。

敬礼を交わしつつそれとなく観察してみると、岬艦長の第一印象は何処にでも居そうな少女だった。

見た目は兎も角雰囲気は大人びている様に感じるがそれだけだ、失礼だろうがとても数年ぶりの快挙を成し遂げた才女には見えない。

 

「2年1組航海科宗谷ましろは、本年度より直接教導艦【はれかぜ】へと移動。同時に同艦副長を拝命しました!【はれかぜ】への乗艦許可願います!」

 

規定通りそう言いながら教員科で渡された自身についての書類の入った封筒を差し出す。

岬艦長の後ろに控える納沙通信長は驚いた様子だが、艦長にはその様な様子は見られない。

おそらく艦長には事前にクルーについて通知が有ったのだろうと、あたりを付ける。

 

「はい、宗谷ましろさん【はれかぜ】への乗艦を許可します。ようこそ【はれかぜ】へ」

「ありがとうございます!」

 

封筒を受けってそう言う艦長に敬礼する。

 

「宗谷さんは去年どの船に?」

「はい去年度は直接教導艦【はるな】に乗艦していました」

「それじゃあ一応“旅行”はしておいた方が良いかな?納紗通信長、宗谷副長を案内してあげて。それから伊良子給養長に今夜の歓迎会は1年生だけじゃなくて、宗谷副長も主役だって伝えておいて」

 

1年生の時に乗っていた直接教導艦に関して尋ねられたので答えると、艦内を旅行しておく様にと言われる。

【はるな】と【はれかぜ】ではかなり違いがあるので、有り難い事だ。

艦長に指示された通信長が顔から驚きを消し、前に進み出て来る。

 

「改めまして3年通信科納紗幸子通信長です、宗谷副長の乗艦を歓迎します。宜しくお願いしますね」

「此方こそ宜しくお願いします納紗通信長」

「では【はれかぜ】艦内と宗谷副長の部屋の案内をしますのでどうぞ」

「お願いします」

 

艦長へと敬礼し、通信長に従って早速艦内旅行へ向かう。

 

 

陸の寮の自室で、今日の事を振り返る。

納沙通信長の案内の元艦内旅行を終え、通された副長室に居ると、洋美がやって来て新しいクルーの歓迎会があるからと言われた。

夕食の時間にやるとの事なので、一旦寮の方に戻り艦内の副長室の方に置いておきたい荷物の移動や整理などをしていると、あっという間に時間になった。

 

歓迎会では艦長の簡潔な挨拶の後、直ぐに同級生達に囲まれた。

予想していた様なやっかみなどは無く、寧ろ至って普通に受け入れられた事に驚いた。

【はれかぜ】移動になった理由について、誰も無理に聞き出そうとしてこなかったのも、正直言って有り難かった。

 

-もっとも3年生には探る様な値踏みする様な視線を向けられていたのだが、あいにくとましろ自身は気付いていない-

 

「なんとかやっていけそうだ」

 

ルームメイトに聞かれない様、小さな声でポツリと呟いた。



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02-出港準備

 

6月

新学期が始まり早二カ月。

陸の教室での学年毎の授業や、各直接教導艦での授業の続くある日の放課後。

明乃やもえかを始めとする直接教導艦艦長達は、会議室へと集められていた。

 

「時間なので始めましょう」

 

主席教官の古庄薫が会議の始まりを告げる。

今日話し合われる(と言うよりは殆ど学校側から艦長達への通知)のは、新年度の最初に行われる航海演習についてだ。

1番最初の航海演習と言うこともあって、1週間ほどの短期間であり、1年生を航海に慣れさせる目的も有る。

短期間とは言え、1年生にとっては待ちに待った、2年生にとっては上と下に挟まれ色々気苦労の絶えない、3年生にとっては最後の篩掛けの始まりを意味する演習である。

 

「本年度の第一次航海演習は、演習海域を西之島新島沖に制定。各艦の出港は7月5日、西之島新島沖への集合は7月8日になります」

 

薫の言葉を聞きながら、配布された資料に目を通す。

演習海域とされた西之島新島は小笠原諸島に、海底火山の噴火の影響で新しく出来た島だ。

7月5日の出港で8日の集合となっているが、実際3日もかかる様な距離では無い。

では何故3日も時間が用意されているのかと言うと、

 

「例年通り、演習海域までの航路は各艦毎に選定、7月1日までに提出してください。また、その中で行う第2種教練の内容についても、策定の上同日までに提出を」

 

そう、演習海域までの航路は生徒達に任されているのだ。

その為に各艦はバラバラの航路を取り演習海域を目指し3日掛けて(・・・・・)到着しろと言う事だ。

薫の告げたもう一つの提出事項の「第2種教練」とは、副長をトップに一、二年生のみで行われる教練の事だ。

各艦の幹部生(主に艦長)の設定した教練要綱に従って行われる。

教練中幹部生は状況の提示(方位○-○-○にて不審船発見、速力は○○ノット、船種は○○、等)以外一切教練内容に関わらず、ミスのアドバイスも行わない。

教練終了後の評価にて、全体や各科毎の指摘等が行われるが、その場でアドバイスなどはされず、アドバイスが欲しい場合は基本的に自ら上級生に教えを請う必要がある。

ただし艦長の裁量に任されているところもあり、代々受け継がれている艦毎の色がある。

艦によっては自身でどう直せばいいか、より良くするにはどうすればいいのかを考させ、それを話させた上でアドバイスを行う艦もある。

はれかぜの場合伝統的に評価の後、同じ教練要綱を幹部生による指導を行いながら再び行う。

 

「また今年度の【あかし】【とわだ】の護衛艦は【うみかぜ】【はまかぜ】とします。4艦の艦長は相談の上航路を決める様に」

 

【あかし】は工作艦、【とわだ】は補給艦だ、この2隻は演習内容の都合もあって1日遅れて合流する事になっていて、その護衛艦である【うみかぜ】【はまかぜ】の2隻も1日遅れになる。

 

「以上何か質問は?......無いようね、それでは解散」

 

ぐるりと艦長達の顔を見回し、質問が無い様子に頷くと薫は解散を宣言する。

全員が立ち上がり敬礼すると、会議室を出て行く。

【あかし】以下4隻の艦長達は予定の擦り合わせを行いながら出て行く。

明乃ともえかも連れ立って、会議室を出ようとした所で薫に声をかけられた

 

「岬さん、少しいいかしら」

「はい、何でしょうか?」

「【はれかぜ】の衛生長についてよ」

 

そう言いながら封筒を手渡す薫。

【はれかぜ】の衛生科は現在1年生のみで、明乃としてはどうしたものかと思っていのだが、どうやら流石にそのまま出港させる事は無い様で一安心だ。

 

「事情があるので、口頭でも伝えます。知名さん」

「はい、では私は失礼します。それじゃミケちゃん」

「うん、モカちゃんまた」

 

薫がもえかに退席する様伝えもえかが去って行く。

 

「では岬さん、その彼女に関してなのだけれど。彼女は海洋医大を卒業済みですが、職務資格に必要な海洋研修未修の為、今年度登校の航海演習へ参加する事になりました。現3年生の衛生長が居ない【はれかぜ】乗艦となります、合流は出港の前日となります」

「了解しました、各員への通知と受け入れの用意をしておきます」

 

出港前日の合流と言うのに思うところもあるが、海洋医大卒業済みの本物の医者の卵が乗艦してくれると言うのであれば、話は別だ。

 

「よろしくね。それからもう一つ、彼女について伝えておきたい事があります。彼女、鏑木美波さんはまだ12歳です。なので岬さん、出来るだけ気に掛けてあげてちょうだい」

「...はい?」

 

〜〜〜

 

【はれかぜ】の艦長室に戻り、渡された資料に目を通した明乃は頭を抱えていた。

 

「鏑木美波さん。海洋医大を飛び級で卒業、大学を2年大学院を3年で卒業。その上博士号まで保有これだけ見ればすっごく優秀な子、で良いんだけどなぁ」

 

問題なのは彼女の年齢だ。

齢12歳。

天才という言葉が陳腐に感じるほどの才能だ、才能だけを見れば手放しで絶賛してもいいだが、

 

「12歳かぁ......」

 

ああ懐かしき幼少の頃といった様な明乃。

 

「12歳」

 

何度口にして資料を見直しても、その数字は変わらない。1の方が2に変わったりもしない。

未だまみえていないが、きっと大人びた性格をしているんだろうなと予想がつく。

だが幾ら飛び抜けた才能を持っていようが、どれだけ大人びていようがまだ12歳の女子だ、そんな彼女の面倒をみないといけない。正直1年生だけでも大変だと言うのに、

 

「どうせなら【こんごう】辺りにねじ込んで欲しかったなぁ」

 

そうなるともえかが今の明乃と似た様な状態なるのだが、

 

「(まだ1年生がいない分マシなんじゃ無いかな?)」

 

割と真剣にそう考える明乃であっが、既に決定事項として通達された以上、これが覆る事は無い。

 

 

 

新年最初の航海演習の通知と、衝撃的な新クルーの通達があった翌日。

明乃はましろ以下【はれかぜ】幹部生徒を招集していた。

 

「さて、皆んな揃ったから始めようか。今日皆に伝える事は二つ、一つは今年度最初の航海演習の話し。もう一つは現在空席の衛生長について」

 

幸子に合図を送ると全員に資料が配られる、明乃が昨日の夜航海演習について纏めたものだ。

 

「今回の演習海域は西之島新島沖、出港は7月5日で集合は3日後の8日。それで、航路の設定は航海長と副長よろしくね」

「わっわかりました」

「了解しました」

 

明乃の指名に一瞬顔を見合わせて了解と返す鈴とましろ。

少々気の弱いところのある鈴と、新顔であるましろの組み合わせは別に明乃の意地悪とかでは無く、そもそも演習海域までの航路の設定が主に3年生の航海長の仕事であり、2年生の副長がそれを補佐するのが習わしだからだ。

 

「鈴ちゃん、今回に関しては一応私も顔を出すから、取り敢えず2人で素案だけでも纏めてくれるかな?」

 

鈴に対して少し気遣わしげに告げる明乃。

実は各科長は年始の進級試験の後、役職の内示を受けた辺りから前年度の科長から、幹部生徒としての指導を受ける。

鈴の場合前年度の航海長である明乃から指導を受ける筈だったのだが、その頃明乃は艦長試験の準備や試験そのもの、合格発表後は明乃自身が前任艦長から指導を受ける必要があった事から簡単な指導しか受けられなかった。

その為、一番最初のこの演習くらい自分主体で航路設定をしても良いとは思うのだが、かと言って明乃自身暇な訳じゃない。

艦内シフトの調整に他艦との調整、補給科や給養科が上げてくる必要物資の精査とそれらに対する予算付け。

さらには一般校において生徒会に位置する艦長連絡会の仕事と、多分一番忙しい。

なので、少しだけでも手伝おうと思ったのだが

 

「だっ大丈夫っ、私達でやるっ、から!」

「鈴ちゃん」

 

鈴にだってプライドはある。

3年生になるまで生き残った、お零れに近い形かも知れないけれど、航海長に選ばれたと言う自負が。

それに、一年生の頃からずっと追い続けてきた、同じ航海科で自分よりも高みにいる明乃の背中を。

今だってもっと遠くに行ってしまったけれど、追いかけ続けている。

そんな彼女に「私が貴女の航海長なんだ!」ってそう示したい。

そんな思いが鈴の中には確かにあった。

 

「宗谷副長、よろしくお願いしますね」

「ッ微力ですが尽くします」

 

鈴のいつに無く真剣な眼差しに一瞬息を呑みながらも返すましろ。

そんな2人のやりとりを目を細めながら見る明乃、彼女が何を思ったのかは隣で見ていた幸子にもわからない。

 

〜〜

 

鈴の決意表明じみたやりとりがあった後、演習航海についての残りの話し(【あかし】と【とわだ】の護衛艦について等)をした後、明乃は議場に爆弾を放り込む。

 

「さて、次に衛生長についてなんだけれど。今年度の衛生長、名前は鏑木美波さん。海洋医大卒業済みだけれど、海洋研修未修の為今年度【はれかぜ】乗艦となりました。それで、まぁ隠しててもしょうがないから言っちゃうんだけれど、彼女はまだ12歳だから皆んなもその辺気にしてあげてね」

 

-はい?-

 

この場にいる明乃以外の全員の心が一つになった瞬間だった。

 

「あの、艦長?」

「なにかな?副長?」

「いえ、その今12歳と聞こえんですが?」

 

流石に聞き間違いだろう、いや寧ろ聞き間違いかいっそ艦長の言い間違いであってくれと、恐る恐る尋ねるましろだったが、

 

「うん、だから美波さんは12歳だよ。あ、さんよりちゃんの方が良いかな?年齢的に。飛び級したんだって、凄いよねぇ」

 

明乃の何というか諦めた感じのある口調で紡がれた言葉に、その儚い希望は打ち砕かれた。

 

-12歳で飛び級して大卒ってどんな天才だ!?-

 

再び全員の心が一つになった。

 

 

 

「それじゃあ副長、下がって良いよ」

「はい。では失礼します」

 

齢12の飛び級大卒スーパー少女が衛生長としやって来ると言う爆弾が、会議室で炸裂してから暫くして。

伝える事はもう無いと明乃がましろに退出を促す。

他の3年生幹部達に退出の気配が無いことに内心首を傾げながら、会議室を後にするましろ。

ドアが閉まり彼女の姿が見えなくなり、足音が遠ざかって行くのを確認してから、明乃が口を開く。

 

「それじゃ第2種教練に関する会議を始めようか」

 

ましろを退出させながら、他の誰も動こうとしなかったのはこの議題が理由だ。

既に説明したように、「第2種教練」は副長をトップに置く教練で、その教練内容は3年生達によって決められ、当然副長にすら伝えられない。

2年生に初めての指揮する立場を経験させ、その中から指揮官としての適性のある者を見いだす。

1年生には最初の洗礼だ。

横須賀女子海洋学校に合格したと言う自尊心と驕り、伸びた鼻をへし折る。

3年生も3年生で楽な訳では無い。

教練中は担当部署の動きを全体的に見て、個人の動きと全体の動きを評価しなければいけないし、準備の段階であらゆる状況を想定して設定を考えなければいけない。

 

「不審船への対処を主軸に置きたいんだ」

「不審船つっても海賊に密漁船と領海侵犯、他にもあるがどれにすんだい?」

 

明乃の切り出しに麻侖が尋ねる。

たしかに不審船といえば、麻論の上げた「海賊」「密漁船」「領海侵犯」が主に思い付くだろうか。

その他にも外部から呼びかけて反応が無い漂流船だとか、違法薬物の密輸だとか、領海侵犯の一種ではあるが密航だとかが上げられる。

 

「うん、今回は時間によって変化する形にしようかなって」

「変化ですか?」

 

首を傾げる一同に明乃は「そうだね」と言い立ち上り、ホワイトボードに書き込みながら説明を始める。

 

「先ずブルーマーメイド横須賀管区海上安全監督室からの通信で状況開始。通信内容は『【はれかぜ】近海で不審な船を見たと言う漁船からの通報あり、至急確認を行え』」

「ん、よくある内容」

「うんそうだね。で、この不審船を見つけた辺りから変えようかな。最初は何の反応も無し、その後見張員が船上に武器を発見。それを受け海賊船と判断、制圧しようとしたところで不審船が他国の国旗を掲揚」

「成る程、密漁船か密輸船かと思ったら海賊船で、制圧しようとしたら領海侵犯した船だったってシナリオか」

 

明乃の説明に全員が頷く。

 

「そうなると、見張員の働きと副長の判断が重要になってきますね」

「そうだね、発見した時点での見極め。武装を確認した時どう判断して、海上安全監督室にどう報告して指示を乞うか。制圧を始めようとしたところで、領海侵犯だと分かり咄嗟にどう判断するか」

「いきなり副長に厳しすぎない?」

 

補給長等松美海が、明乃のシナリオに教練時に艦長に代わり、全体の指揮を執る副長のましろの負担が大きく、また初めて指揮を行うましろにとって厳し過ぎるのでは無いかと問う。

 

「うん確かに厳しい内容かもしれないよ。だけど私達はまだあの子が、どこまで出来るのか知らないでしょ?」

 

明乃の中でのましろの評価は、教員科から渡された艦長以外極秘の資料から読み取れた内容と、この二ヶ月直接接した上での判断として本番に弱いマニュアル人間だ。

具体的に指示された事であれば完璧にこなすし、大まかな指示であっても卒なくこなす。

もちろん、指示されなければ何も出来ていない訳ではなく、自分から行う事も出来る。

 

何をすればいいか(・・・・・・・・)決まりきった事に限るが(・・・・・・・・・・・)

 

緊急事態への対応力も今の所計れていない

 

「だから見極める必要があるんだよ」

 

あの子が使えるかどうかを



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