ユグドラシルのTORA (神坂真之介)
しおりを挟む
前編
その日、一大ブームを起こした大人気ゲームユグドラシルは最後の一日がはじまった。
過疎化が進み人が減少したゲームでも最後の時に一度でもとINする者、最後まで共にしようと残る者
最終日だからこそ、お礼参りに向かう執念深い者やら、愛を叫ぶもの、ただただ、馬鹿騒ぎするもの。仲間達と思い出話に花を咲かせるものと様々である。
とある一角、ゲーム世界を構成する9つの世界の外側に位置する、どこでもない場所にもプレイヤーが居りそこで最後の時を過ごして居た。
「じゃ、じゃぁ行ってくる」
「おぅ、行って来い、そして末永く爆発しろ、この戯け」
一人は年若い人間のプレイヤーで一人は黄金色の体毛を生やした二足歩行の獣、獅子とも虎とも見えるし、そのどれでもない異形種。
「ありがと、TORA、今まで楽しかった。」
その言葉を残して少年の姿は掻き消える。
カランと、音を立てて、一本の槍がその場に残った。
「ぶ、あの阿保、メイン武器を忘れていきよったぞ」
一人残ったTORAと呼ばれた獣は慌てて、フレンドリストを見たが、すでにログアウトである。
終了までに戻って来るなら返せるが、あの様子では無理かもしれなかった。
「あー、まぁ、全ては消えるからのぅ」
ゲーム終了と共に、全てのデータは消える。時間をかけて鍛え、自分の考えた最高のビルドを組んだキャラクターも、作り上げた武器も、課金アイテムも、全ては泡沫の夢の如し。それがネトゲと言うものだった。
自身と相棒が共に散々苦労して、鍛え、こっそりワールドアイテムを組み込んだ、最強な神器級武器でも日付ば変われば全て0である。
そう考えればあっても無くても変わらない、そしてそう思うと何とも言えない哀愁がTORAの背にのしかかるのだった。
どっこいせと座り込み、世界の果ての深淵を眺める。
無駄に凝ったグラフィックが暗黒とも万色とも言える色彩で最果てを染め上げて、刻一刻とその姿を変え続ける。
溜息をつきつつ、感慨にふける、ユグドラシルを初めて約12年随分と遊んだものだ、友人達はその間に入れ替わり
最期の友人も今先ほど送り出した。
なんでも、今日人生を決めるのだと言う、ゲーム中は馬鹿たれ極まりない脳筋だった相棒も、現実では割とヘタレな草食系でしり込みをしていたので発破をかけて送り出したのだが、何か理由を付けて、引き留めれば良かっただろうか。
ふとそんな事を考えてかぶりを振る、もうすぐ終わるゲームだ、そのゲームの交友関係の為に、友人の恋路を邪魔するのはさすがに気が咎める。
そもそも、現実は相手を見つけるだけでもルナティックな難易度である。告白までこぎ着けられたなら応援してやるのが筋と言うものだろう、まぁ、振られる可能性も大いに在るが。
楽しい日々だった、不思議を追い求めたし、PKを返り討ちにもした、自身には装備できないレアアイテム探しもした、ボスエネミーは知ってるものは軒並み一度は倒した。PVPも面白かった、終ぞあの墳墓のオーバーロードには勝てなかったのが心残りだが、今となってはそれも良い思い出である。そしてそれらがあと20時間後には終わる。
今日一杯は休みを取っているのでユグドラシル漬けで構わないが、明日から何をするべきか、新しいゲームを探してもいいのだが、未だ心の琴線に触れるそれらしいものには出会わなかった。
ふと視界に違和感を感じる深淵の向こう側に、背景と異なる変化を認めたのだ。
遠く彼方でありながら、それは明らかに巨大な蠢く漆黒の蛇体、遠近感覚が正しいなら巨大所ではない。
そして、その姿にTORAは見覚えがあった、たしか、最後に見たのは3年前。メインストーリー最終章のラストであったと覚えてる。
「……九曜の世界喰らいじゃと?」
それは、ユグドラシルに実った無数の世界を食らい尽くした最大最悪のワールドエネミーであった。
さて、九曜の世界喰らいとはユグドラシルのメインストーリーにおけるラスボスである。
ぶっちゃけ、ソロでクリアー出来るため、煽り文句上は最強ワールドエネミーだが、実際には最弱のワールドエネミーであった。
もちろんバランスをぶっちした運営の作るラスボスであるから、まともにやるとソロでレイドボスを相手する様なもので上位プレイヤー程度では100レベルになって居ても勝利は難しい。
しかし、ストーリーモードを進め、ある程度のフラグを埋めておくと、弱体化し、ついでにダメージ効率が上がりつつ防護も無視可能な弱点が沸いてくる。
そこがねらい目であり、倒すなら、そこを狙うのが通例である。
そして、目の前に遠く見えるアレはどうであろうか。
そもそも、ストーリーモード限定のラスボスが何故、あんなところにポップしているのか
TORAは気になり、鑑定用課金モンスターを召喚する。
鏡を背負った老人めいた異形の生き物が鏡面部にワールドエネミーの姿を映すと、ワードスクリーンがポップしてデータが解説の形をとって表記される。
ちなみに彼には種族ビルドの都合上、ゲーム内アイテムは殆どが使用不能な制限が掛かる為、課金要素で何とかするしかない。
【鑑定結果】
・九曜の世界喰らい/完全体/ワールドエネミー
LV256
HP/9999※測定不能
MP/9999※測定不能
物理攻撃/100※※(測定不能
物理防御/100※※(測定不能
素早さ/80
魔法攻撃/100※※測定不能
魔法防御/100※※測定不能
総合耐性/100
特殊/100
全ての世界を喰らい尽くすもの、遥か彼方に追いやられ封じられた筈のワールドエネミー。
この終焉に至り、全ての枷より解き放たれしもの、ユグドラシルの最期の九葉を喰らい尽くし、そしていま世界樹そのものを飲み干す最強の魔
「まてぃ、なんじゃこりゃあ!」
この鑑定結果には思わずTORAさん突っ込んだ。
ユグドラシルのプレイヤーの最高レベルは100であり、10レベル差があると格下は格上に殆ど勝ち目が無くなる
その上で、ワールドエネミー等のレイドボス格のモンスターのレベルは100を軽く超えてくる。パーティーを組んで勝つ為のレベル差が10レベル上と考えていいだろう。20,30のレベル差も最高装備でガチガチに固めた連携のとれたパーティがきっちりと作戦を練れば勝てるだろう。
だが、アレはフルレイド所か最盛期のプレイヤーが総力戦を挑んでも勝てるか疑問なレベルであった。
デコピン一発でHPがゼロになること請け合いである。
単純スペックでも最高峰の100レベルの特化型プレイヤーの能力値と最低でも同等の数値が5つ並ぶとはどういうことか。しかもそれは最低でというだけで、測定不能の文字は明らかにそれ以上の数値を示唆している。
ユグドラシルを滅ぼす最凶最期のモンスターにふさわしいデータだとも言えた。
TORAは考える、アナライズデータには終焉に至り枷より解き放たれ、今、世界樹を飲み干すと書かれている。
要するに、これはゲーム内最終ボスイベントとでもいうべきものでは無かろうか、ユグドラシルの幕引きをこのエネミーに引かせようと言うのだ。
もちろん、プレイヤーが一致団結して撃退する可能性もある、だがプレイヤーが撃退したとしても、ユグドラシルは終了するだろう、運営の都合で終わるのでその辺りはどうしようもあるまい。
そもそも、今のプレイヤーにあれを退けるだけの活力があるだろうか?
やってみなければわからない事ではあるが、TORAには非常に難しい事に思えた。
それにあの、糞ったれな運営の事である、バランス調整などしておるまい、僕の考えた最強のラスボス仕様なのは間違いなかろう。そういう所だけは無駄に手を抜かない連中なのだ。
視線を虚無の海に向ける、無窮の空を泳いで、それは来る。
巨大と呼ぶのも生易しい圧倒的なその威容を眺め、TORAは腹の底から可笑しくなった。
そうだ、その通りだ、最後が湿っぽいなど自分らしくもない、最後は派手にいこう、ど派手に逝こう
全てを大盤振る舞いだ、アバターの表情こそ変わらなかったが現実のTORAの体には太くて大きく歯をむき出した笑みが浮かんでいた。
戦いは熾烈を極めた、HPは1%を切り死亡級のダメージは何度受けたか判らない、その度に高価な課金アイテムやレアな回復アイテムが湯水の様に消費されていく。
流石は運営自重無しの世界級エネミーボスである、強いなんてものでは無い。
されどTORAもただの凡プレイヤーではなかった、自称ではあるが、ビルドの都合状ガチとは言い難い構成では、あるが、型にはまれば上級上位のワールドチャンピオンとも為を張ると自負している。
飛び交う、超越級致死攻撃、超越級状態異常各種を避けて弾いて、突き進む、その戦いは実にユグドラシル時間にして30日、現実時間にして20時間に渡ろうとしていた。
この長きにわたるしぶとい戦いは彼のプレイヤースキルとそのために組まれたビルドの賜物であったが
それでも悲しいかな、決め手に欠けると言わざるを得なかった。
戦線はじりじりと後退し、いまや、ユグドラシル世界に、世界喰らいの口腔は到達しようとしている。
フリーフィールドでの戦闘である、戦いの合間合間に『伝言/メッセージ』でかつてのフレンド達に応援を要請したが誰からも返答は無く、応援も終ぞ来なかった。
誰ぞ、通りがかりのプレイヤーでもいれば、孤独な戦いにも花があっただろうが、こんな辺鄙な世界のはずれである
結局、彼は最後まで一人であった。
かつて見たメインストーリーのムービー通りであれば、一口で世界一つの半場が齧り取られるだろう。
ずいぶん長く戦った、それゆえ、予定調和の終焉はすぐそこだ、ならば、九回咀嚼で九つの世界が滅ぶやもしれぬ
所詮は決まりきった流れではあるが
「ワシを誰だと思ってやがる!!」
開いた顎の真ん前に、一声叫んで躍り出る、蘇生アイテムはとうに尽きている
そもそも、アレは無差別範囲攻撃も良い所、何の意味もありはしない、それでもスキルを操作した。
「ユグドラシルは九世界、あまねく全土に名を轟かせた大妖怪、TARAとはワシの事じゃあ!!」
叫びと共に金色の鬣が逆立ち、膨大な雷が迸る、
広範囲に及ぶ雷撃の本流が世界喰らいの頭部を飲み込み体表面を焼き焦がしていく、だがそれでも小動もしない
ちなみにスキル名はTORAの趣味により、課金によって変更がなされている、意味はない。あるのは浪漫だけである。
その速度を一切、落とす事無く、世界喰らいは進む、移動そのものが攻撃判定を備えた直進。叩き出されるダメージは100レベルの前衛を100回死亡させてお釣りの来る馬鹿げた数値。
止める術は、無い―――――普通であれば。
「切り札は常に持て、ここぞと言う時、決して迷うな、だったか?」
墳墓の王を思い出し、いっそ邪悪な笑みを浮かべる
スキル発動
スキル説明に寄れば世界一つを丸ごと絶対不可侵の守護領域に置くと言う頭の可笑しいチート技である。
もっとも、こんな事態でなければ、一定時間だけ自身と味方への攻撃を無効化&ダメージを100%
専業のスペルキャスターであれば1分、TORAのMPでは持続時間は10秒が限界、魔力の自然回復が成されても、ディレイ時間は現実時間で24時間もかかるので使い所の難しい技でもあった。
TORAを中心として彼のパーソナルカラーである金色の力場が形成され接触点との間に凄まじい衝撃エフェクトが
吹き荒れ。
そして世界喰らいの進攻が止まる、意思に反した強制停止に、ゲーム的に用意されていたのか慣性が働き、世界喰らいを自身の備えた圧倒的質量と言う名の巨大な負荷が襲う。
―――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!
初めて最悪のワールドエネミーが苦悶の悲鳴を上げた。
此処に来て漸く、ダメージ蓄積が無視できない領域に到達した事でもあった。
「がーははははは!思い知ったかこの蛇畜生が!!貴様にゃ、こん世界は一口たりともくれてやらんわ!!」
TORAは調子に乗った馬鹿笑いを上げるがそれも、世界喰らいの次の行動までであった。
所詮此処までやっても前哨戦に過ぎなかったと言う事を知らしめるように、世界喰らいの姿が形態変化していく。
ボスの挙動の段階分けにおける本気モードに突入したことを示す変化にTORAの口元がムッとしたへの字、口に変わる。
ボスには大別して三段階の形態変化がある、通常モード、本気モード、発狂モードとTORAとギルメン達はそう呼ばわっている。
そう、まだ、本気モードに入ったばかりに過ぎないのだった。
TORAはおもむろに鑑定モンスターも呼び出す。
鏡面に映し出されるデータは相も変わらず大体が詳細不明、HPも9999からまだ変化が無い。
見るだけ無駄と言えるし、下手に見るから今後油断が出るかもしれない。
特に実は無いがTORAは一言モンスターに声をかけた。
「おぅ、雲外鏡のジジイ、世話になったな、後はどっかにいっちまえ」
何か驚くほど穏やかな声が出た。
ただの傭兵モンスターである。細かい設定はしていない。名前だってモンスター名そのままだ
脅すと悲鳴を上げるとかそんな感じの苛めっ子といじめられっ子みたいな設定は書き込んだ覚えはあったが。
「――――っ」
自らの声に何かのAI反応が返りそうだったが、正直声をかけても、「ひー」とか、「なんじゃぁー」とかしか設定してないのでRP的にアレである。
テンションが下がる前に、傭兵モンスターの召喚設定を切った、此れで拠点の設置場所に戻っただろう。大した意味は無い、誰でもいいから、何でもいいからお別れを言いたかったのだ。
戦いは最終局面である、世界喰らいのHPはまだまだだ、此処まで来るのに丸一日が過ぎようとしている。そして今日と言う日が過ぎるのに、恐らくもう十分も無いだろうとTORAは予測している。
決着が尽きる前にゲームは終わる、もしくはゲームが終わる前に自分が倒れる、か。
TORAは最後の覚悟を決めた。
しかし、彼は気づいていなかった、その実すでに、ゲーム終了時間は過ぎていたと言う事に。
そして先ほど拠点に還した雲外鏡が彼にとって想像もしなかった展開を呼び込むのだ。
・TORA(下記の数値は100を最大値とした場合)
LV100
カルマ値50
種族クラス/雷獣10、火獣10、妖15、大妖5、等々……
職業クラス/ベルセルク5、
HP/150
MP/40
物理攻撃/60
物理防御/30
素早さ/100
魔法攻撃/40
魔法防御/30
総合耐性/30
特殊90
スキル
・
・
・逆境:逆境下における潜在能力の発露、HPが最大値の70%以下になった場合基礎スペックが10%上昇。
・底力:限界まで振り絞った先にある底力、HPが最大値の50%以下になった場合基礎スペックが30%上昇
・起死回生:死線を越えた先にある死中の活、HPが最大値の30%以下になった場合基礎スペックが60%上昇
・運命凌駕:その意思は運命すらも凌駕する、HPが1になった場合基礎スペックが100%上昇。
・他……。
うしおととらスキー。
目次 感想へのリンク しおりを挟む