―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ (NEW WINDのN)
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シーズン1 エ・ランテル編1
シーズン1第1話『ARROW(アロー)』前編


 

 帝国騎士に偽装し、カルネ村を襲撃していたスレイン法国の部隊を退けたモモンガ――今は改名し、ギルド名そのものである”アインズ・ウール・ゴウン”を名乗っている――は、ナザリック地下大墳墓第九階層にある自室に一人籠っていた。

 

「……1人で試すことがある。何人たりとも部屋には入ることは許さぬ!」

 アインズは語気を強め、シモベ達を無理やり部屋から遠ざける。

 

(命令しないと、絶対に1人にさせてくれないからな……ずっと、人に見られているのはキツイんだよなぁ。だいたいオレは、王族でも貴族でもなく、たんなる一般人だぞ? 四六時中人に付きまとわれるなんて耐えらないよ)

 ここ数日の間に溜まったストレス――アンデッドであるアインズには存在しないはずのバッドステータスだが――を吐き出すとアインズは気持ちを切り替える。

 アインズが試したいこととは、”あるアイテムの効果を試すこと”。そのアイテムが使えるかどうかによって、アインズの今後の計画は大きく変わる可能性があった。

 

 

 このナザリック地下大墳墓ごと、アインズが謎の異世界に転移してからすでに数日が過ぎているが、得られた情報はそう多くはなかった。

 

 この異世界には自分達を超える強敵が存在することも考えられるし、アインズと同じユグドラシルのプレイヤーが転移している可能性も十分に考えられる。この世界にアインズ達が転移した原因は不明だ。それがわからない以上どこかに他のプレイヤーおよびギルド拠点があると考えるのが自然だろう。

 

 それに、もしかしたら、かつての仲間達――ギルド[アインズ・ウール・ゴウン]のメンバーも自分と同じようにどこかに転移していることも考えられる。

 可能性は色々と考えられるものの、今まで得た情報ではまったく足りていない状況だった。

 

(何をするにしても、まずは情報がないと始まらないな。情報さえあれば対策を考えられるからな……ぷにっと萌えさんもそう言っていたな)

 アインズは、すでにいくつかの施策を考えていた。

 

(まずは、隠密能力に長けたシモベを大都市に派遣して情報を得ることだな)

 隠密能力にたけたシモベの代表格は八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)だが、ナザリック全体でも15体しか存在しない貴重な存在のため、安易に外に出すのは躊躇うところだ。

 

(となると影の悪魔(シャドウデーモン)あたりが適役だろうな。そこまで強くないとはいえ、王国最強と聞く王国戦士長ガゼフ・ストロノーフがあの程度の強さならば、十分に役に立つだろうし)

 もちろんこれも数には限りがあるので、情報網を広範囲に広げるのは難しいだろう。

 

(だが、情報を探るには、密偵の数もある程度は必要だからな)

 実は、この数を補うための手は、すでに手を打ってある。

 アインズ自らが考案し、命名した“G計画(ネットワーク)”。これは、恐怖公の眷属である“G”を世界各地に放って情報収集をさせるというものである。

 この“G”はとにかく数がおり、物陰に隠れやすいサイズだ。それにたとえ発見されたとしても、情報収集にはうってつけの存在であった。また見た目は“G”そのものであり、発見されたとしても、それが諜報員であると気付く人間など皆無といえた。

 

 すでにリ・エスティーゼ王国・バハルス帝国・スレイン法国という、人間の3つの国家には、多数の”G”を送りこんである。

 そして、今後は世界各地へ送り出し、情報を収集させようと考えている。

 

 さらにアインズは、自分自身が現地に入り、直に現地の人間達と交流を持つことが絶対に必要だと感じている。

 

(現場を観ないで判断すると大きな間違いにつながる可能性が高いからな……まあ、守護者らを派遣することも考えてはいるんだが……うーん……)

 ナザリックの階層守護者をはじめとするシモベたちは、素晴らしい能力の持ち主である。それにかつての仲間達(ギルメン)が作った大事な子供達のような存在だ。きっとどのような任務もこなしてくれるだろうという期待はある。だが不安もまた同じように存在する。

 

 基本このナザリックには異形種しかおらず、至高の存在に創造されることのなかった人間を見下す傾向にある。それでは友好的に現地の人間と交流を持つことは難しいだろう。 そもそもの問題として、人の世界に送り出しても違和感のない見た目の者が少なく、選択肢はかなり限られてしまう。

 

 派遣できる可能性があるのは、ナザリックの執事(バトラー)であるセバス・チャン、戦闘メイド(プレアデス)のユリ・アルファ、ルプスレギナ・ベータ、ナーベラル・ガンマ、ソリュシャン・イプシロン、それと守護者からは、第七階層守護者デミウルゴス、第一~第三階層守護者シャルティア・ブラッドフォールンといったところが、かろうじて候補となるだろう。

 

(聞いた話だと帝国では森妖精(エルフ)は奴隷扱いだということだから、闇妖精(ダークエルフ)であるアウラやマーレを送り込むわけにはいかないよな……それに2人にはすでに別の仕事を任せてあるし)

 

 アインズは今後冒険者として、ナザリックから一番近い大都市であるエ・ランテルに行くつもりだ。そこで問題となるのは、「どのようなキャラ設定でいくのか?」、そして「メンバー構成をどうするのか?」ということだ。

 

 魔法詠唱者(マジックキャスター)アインズ・ウール・ゴウンとして赴くことは考えていない。カルネ村はその姿で救ったのだが、それは緊急事態であったため例外だ。それに通称”嫉妬マスク”と呼ばれる奇怪な仮面をつけて冒険するというのはどうにも格好がつかない。

 

(せっかくだから、違うアバターのつもりで考えたいよな)

 アインズは、「ユグドラシルでも、サブアバターを作れればいいのに」とずっと思っていた。

 これは、多くのユグドラシルプレイヤーもそう思っていただろう。ユグドラシルには”1人1アカウント”という制限があったのだから。

 

(……剣や槍といった武器は持てないけど、魔法で作った武器なら持てるし、前からやりたかったからな)

 候補としてまず上がるのが、魔法で作り出した全身鎧(フル・プレート)を装着した漆黒の戦士。ダーク・ウォーリアとアインズが呼ぶ姿である。しかし、ずっと街中で兜を含めた鎧姿でいるのは不自然ではなかろうか……という懸念点がある。

 

(といっても……兜をとったら骸骨だしな)

 低レベルの幻術で顔を作ることはできるが、出来はよくないので見破られる可能性も高い。そもそも飲食をすることができないことも怪しまれる可能性がある。

 

(……やっぱりあれを試すべきだろうな)   

 アインズは決意すると、何もない空間に右手を入れて、ひとつのアイテムを取り出した。

 

(これが役に立つ時がくるなんて、あの時は思わなかったけどなぁ)

 アインズは銀色の光を放っているペンダントを懐かしい気持ちでみつめる。このペンダントは鏃の形をしているが、特にそれ以外に目立った”外的特徴“はない。なお、色は緑ではなく銀色だが、”緑の矢(グリーン・アロー)”という名称がついている。

 

 この”緑の矢(グリーン・アロー)”は、ユグドラシル後期に期間限定で行われたコラボイベント”DCコミックコラボ”でしか手に入らない期間限定の超々レアアイテムである。

 DCコミックコラボとは、リアルでのアインズ……鈴木悟の生まれる1世紀以上も前に流行ったヒーローもののアメコミとのコラボイベントであり、”バットマン”や”スーパーマン”といったヒーローに関連するイベントやアイテム・外装などが登場し、ちょっとした話題になったものだ。

 

 

「なんで、マーベルの方じゃなかったのかなー? あっちの方が人気あったと思うし、ユグドラシルに人を呼び戻すためにってやるというのなら、そっちの方が絶対にいいと思うのにな」などと言っていたギルメンもいたような気もするが、あまり興味のなかった当時のモモンガにはどうでもいい話だった。

 

 聞きかじった話だとマーベルも同様にヒーローもののアメコミであり、100年以上前には多数の作品が映画化されて非常に人気があったらしい。

 

(正直世界観もそうだし、内容がよくわからないから興味なかったんだよな)

 コレクターとしては新たに登場するレアアイテムだけには興味があったが、コラボの題材そのものにはまったく興味がなかったのだ。

 それに中世ファンタジー風のユグドラシルの世界観にマッチしない気がしていたので、モモンガは課金せずに軽く流して参加するつもりだった。

 

 

 だが……その思いは友人ペロロンチーノのある一言によって大きく変化することになる。

 

 

 

 

 

 



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シーズン1第2話『ARROW(アロー)』後編

 

(……懐かしいなあ。ペロロンチーノさんの、あの一言があったからこそ、このアイテムが今ここにあるんだよな)

 

 アインズは、その時のことを、昨日のことのように思い出す。

 

 

 

 

◆◆◆ ◆◆◆

 

 

 

 

 

 数年前……ナザリック地下大墳墓第九階層”円卓の間”

 

 その日も、モモンガはユグドラシルにログインしていた。まだ仲間の姿は少なかったが、円卓にはギルド内で一番仲が良いバードマンの姿がある。

 

 

「おつです~、ペロロンチーノさん」

「おー! モモンガさん。おつでーす」

「ねえねえ、モモンガさん聞いてくださいよ」

 ペロロンチーノは挨拶もそこそこに明るい声で話しかける。

「なんでしょう、ペロロンチーノさん」

「実は、モモンガさんに伝えたいことがあってさ……」

 

「まさか、引退するんじゃないですよね?」

 声のトーンからして違うだろうと思いつつも、引退するメンバーが増えてきた現状を考えるとありる話だとモモンガは思っていた。

 

「違いますって! こんなに明るい声でそんな重大な話をするわけがない」

「……ははっ。軽いブラックジョークですよ」

「やめてくださいよー。えっと、話してもいいですかね?」

 モモンガは承諾の合図にサムズアップのアイコンを浮かべる。

 

「今回のコラボにも関連するし、ちょうどいいから言うんだけど……モモンガさんの声って”グリーン・アロー”の声にそっくりじゃね?」 

 

「”グリーン・アロー”ですか?」

 モモンガはその名前に心当たりがない。

「そう”グリーン・アロー”。DCコミックに出てくるヒーローの一人で、弓矢の名人なんだ」

「グリーン・アローって名前は、今初めて聞きましたけど」

「……まあ予想通りだけどね。多分そうだろうと思っていたよ。正直なところ“バットマン”とか“スーパーマン”に比べればマイナーだからさ……それでも、今から100年以上前の話だけど、”グリーン・アロー”を主役にしたアメリカの連続TVドラマがあったんだよね。タイトルは”ARROW(アロー)”」

 

「そうなんですか。“バットマン”と“スーパーマン”は、聞いたことがありますけど、グリーン・アローは知らなかったですね。それに――ペロロンチーノさんがそんなものを見ているなんて思わなかったですよ」

 エロゲー以外にも興味があるのだなあとモモンガは友人の評価を見直す。

 

「俺もしばらく前までは知らなかったんだけど……ほら、俺って弓矢使いじゃん? それで参考になるものが何かないかなって色々探していたら、偶然見つけたんだ。そしたら、完全にハマっちゃってさ。結局シリーズを全部みたんだよね。毎回、『うーん、何回聞いてもモモンガさんの声にそっくりだなー』って思いながらさ」

「……うーん自分の声ってよくわからないけど、そんなにそのアメリカ人の声に似ているんですかね。……こんな感じ? Hello!」

 沈黙が支配する。

 

「……いや、吹替ですよ」      

 ペロロンチーノは真面目な声で答える。

「はははっ……やっぱ、そうですよねー!! も、もちろん吹替だと思ってましたとも!」

 モモンガは乾いた声で返す。

 

「そういえば、確かに声が似ている気がするわね……モモンガさん、魔王ロールの時より若干低めの声で言ってみて『ペロロンチーノ! お前はナザリックを(けが)した!!』って」 

 ここでペロロンチーノの実の姉、ぶくぶく茶釜が話に加わってきた。赤い色の粘液を発するピンク色の肉の棒のようなアバターをしている。

「……姉貴、いきなり割り込んできたと思ったら、なんなんだよそのセリフ。普通に『ぶくぶく茶釜! お前は町を汚した!!』でいいじゃん」

「おい、弟よ。それのどこが普通なのか言ってみろよ、ああん?――まあ、それはいいから、早くセリフいってみてよ、モモンガさん」

 

 

「……ペロロンチーノ! お前はナザリックを(けが)した!」

 モモンガは素直に従った。今までの経験から知っているのだ。こういう時はぶくぶく茶釜に逆らってはいけないと。

「チッ、姉貴を選んだか。……まあ、セリフは気に入らないけど、モモンガさん、かっけー!! ……やっぱりグリーン・アローの声にそっくりだわ」

「うん、うん。いい感じね。本当にそっくりだね」

 ペロロンチーノとぶくぶく茶釜は口々にモモンガの声=”グリーン・アロー”の声だと賛同する。

 

 特にぶくぶく茶釜は、リアルでは”声優”という声のプロフェッショナルな職業についており、当然のことながら耳も一般人よりも遥かによい。そんな彼女の判断が”そっくり”というのであればモモンガの声は”グリーン・アロー”の声優の人にそっくりなのであろう。

 

「やっぱ姉貴もそう思う? っていうか姉貴が似てるって言うのなら、間違いないんじゃないかなー」

「うーん。ペロロンチーノさんだけなら『気のせいだろ!』って返すところなんですけどねえ。茶釜さんが言うのなら、間違いなく、そうなんだろうな」

「うわ、それってひどくねえ?」

「さっすがモモンガさん、わかってらっしゃるぅ」

 テンションが真逆な姉弟の反応をさらりと流しモモンガはこうつぶやいた。

「……そこまで似ているって言われるなら、そのドラマ見てみようかなあ……」

「絶対見た方がいいよ。マジで似ているし」

 その後ペロロンチーノから借りた”ARROW(アロー)”を見たモモンガは、「確かに声が似ているな」と思うのと同時に、グリーン・アローに対して愛着がわいてしまった。結果、”緑の矢(グリーン・アロー)”を手に入れる為に予定以上の課金をする羽目になる。

 

 

 

 

◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

 

(ユグドラシルでは、ほとんど使うことはなかったけど、今なら役に立ちそうだな)

 

 このアイテムの効果は、”どんな種族の者でもグリーン・アローに変身することができる”というものだ。

 種族レベルは落ちるが、その代わりに職業レベルを取得。超人的な弓矢の名人になり、さらには片手剣を始めとする武器および体術での戦闘技術や薬草の知識などを持つことができる。 

 

 異形種でも、緑のフードを被り特製のアイマスクで顔を隠したグリーン・アローの姿と、その正体である非戦闘形態の外装となるオリバー・クイーンの姿になることが可能だ。

 その姿であれば異形種が入れない町にも入ることができたし、魔法の使用はかなり制限されるが前衛職として戦闘することも可能だった。

 

「……〈My Name Is Oliver Queen(俺の名前はオリバー・クイーン)〉」

 首にかけたペンダント”緑の矢(グリーン・アロー)”を胸に当てながら、アインズは起動キーワードを発した。その直後、漆黒の豪奢なローブ姿だった死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウンの姿は、大きく変化する。

 

 

 服装は黒のロングパンツに、緑色を基調としたカジュアルな半袖シャツ姿になり、その袖から見える腕をはじめとした体は、骨ではなくガッチリとした彫刻のような筋肉で覆われている。

 今は見えないが、シャツの下……あの赤い珠が光るだけであった腹部も、いわゆるシックスパックに。そして頭は頭蓋骨むき出しではなく、金色の髪が短く刈り揃えられ、顎と頬にはうっすらと髭まで生えており、精悍さを醸し出している。空虚な穴に赤黒い光があるだけであった目は、欧米人によく見られるブルーアイへと変化していた。

 

 これはグリーン・アローの変身前の姿であるオリバー・クイーン、通称オリバーの姿である。なお、変身前でも能力などはそのまま使用可能だ。

 

「「俺の名前はオリバー・クイーン。孤島での地獄の5年間を生き抜き、戻ってきた理由はただひとつ。この街を救うこと」……だったか?」

 

 アインズはARROWのオープニングのセリフを真似てみる。ナザリックに所属するものは誰も知らないことだが、その声はまさにそっくりであった。

 

(ちゃんと変身することはできるようだな。当然ゲームの時とは違う仕様になっている部分もあるだろうから、まずは色々と試してみるかな)

 アインズは結構な時間をかけてスキルの発動などをチェックし終えると、それ以外の部分をチェックしはじめた。

(まず、飲み食いができるかだな……)

 アインズはアイテムボックスから”無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)”とグラスを取り出すと、水を注いで飲んでみる。

 

「おおっ!」

 骸骨姿だと、飲んだ先から顎から零れ落ちたものだが、オリバーの姿だと顎から零れることもなく、しっかりと味も感じるし、胃に水が注がれる感覚もある。

 

「これなら……」

 アインズはアイテムボックスから自分が使うことがなかった食料アイテムを取り出すと口に放り込む。

 

(お、コレうまいじゃないか。まあ、今までのリアルでの食事がひどかったからなあ。何を食べてもうまく感じるのかもな。とにかく、これなら普通に暮らせそうだし、飲食不要ってのもいいけど、やっぱり現地の食事……特に美味しいものが食べられたら幸せだろうな)

 これはアンデットのアインズにはない、人間だった鈴木悟としての思いである。

 

(飲食は問題ないか。なら当然問題ないだろうけど戦闘技術を確かめないとな)

 アインズは続いて体を動かしてみる。

 

「ハッ! トオッ! セイッ!!」

 左ジャブから右フック、左のミドルキックからさらに一回転しての右スピン・キックと鋭い連携技があっさりとできる。

 

「ふむ……不思議だ。まるで前からこの体だったかのように動くな」

 この姿のモデルとなったオリバーは金持ちの息子であり、プレイボーイ。女の子を口説く技術は持っていたが、戦闘技術は皆無だった。ある時父親とガールフレンドとともにクルーザーで海に出かけた際に事故にあい、自分だけが孤島に辿り着き、そこで弓矢を始めとした戦闘技術を学んだという設定になっている。

 

 

「まあ、俺は女性と付き合ったことなんてないんだけどなっ!!」

 アインズというよりも鈴木悟の残滓がそう叫ばせた。

 

(たしか、オリバーの時はその技術も使えるはずだ。うっかりアルベドに知られないようにしないといけないな)

 ”アルベドの前には、オリバーの姿で出ない方がよい”とアインズは心のメモに刻み込んだ。

 

「では、グリーン・アローの方はどうかな……」

 アインズは外装をチェンジして、緑のフードを被ったロビン・フッド風のコスチューム姿になる。

 

(ドラマではもうちょっと現代的なコスチュームだったけど、ユグドラシル版は世界観に合わせたようで、違和感がないデザインなんだよな)

 現代風なのは目元のアイマスクくらいだろうか。

 

「そこまでだ!」

 アローの場合、アインズが支配者ロールをする時よりもやや低めの声であり、仕組みは不明だが、エフェクトがかかっているため元の声がわからないように感じる。

(この辺は番組の通りか。これならアインズ・ウール・ゴウン=グリーン・アローには繋がらないだろう。あとは武器を装備できるかだな)

 

 アインズは武装を変えて試してみるが、死の支配者の体で以前に試した時のように武器を落としたりすることはなかった。種族レベルが減少する代わりに得ることのできる職業レベルによる効果であろう。

 

(このあたりは、アイテムの設定通りだな)

 この姿では魔法がほとんど使えないとはいえ、冒険者として活動するのなら十分すぎるだろう。

 

(でもダーク・ウォーリア……いや、モモンか。あれも捨てがたいんだよなぁ。うーん、悩む)

 

 漆黒の全身鎧(フル・プレート)を身に纏い、身の丈ほどもあるグレートソードを二刀流で使いこなし、敵をなぎ倒す戦士モモン。そして弓矢を扱うアーチャーであり、レンジャーとしての知識を有するグリーン・アロー。どちらにも魅力は十分だ。

 

(チームとして考えるなら、戦士もレンジャーも両方いても問題はないんだけどな……というかむしろ自然か。それに正直言えばどちらも使ってみたい。両方同時には無理だろうけど、交互にやるとかどうかな)

 アインズはイメージを膨らませる。

 

「ある時は漆黒の戦士モモン、またある時は弓矢使いのヒーロー、グリーン・アロー。そしてその正体は……ナザリック地下大墳墓の主、死の支配者アインズ・ウール・ゴウン!!」

 

(これって、ナイスアイディアじゃないかな? ああ、でもそうするとお供が同じってわけにはいかないから、モモンとグリーン・アローの時は別々の者を連れて行かないとダメか……)

 

 アインズは迷う。以前からの想いを具現化した漆黒の戦士モモンと、自分と同じ声を持つスーパーヒーロー、グリーン・アロー。かつて、たっち・みーに助けられたように自分がヒーローとなる大チャンス。これは難しい選択と言えるだろう。

 

(せめて、俺の体が二つあればなあ……なんて、ないものねだりをしてみても状況は変わらないか。……いや、もう一人の俺ならいるぞ)

 このナザリックにおいて唯一自分が創造したNPCであるパンドラズ・アクターを思い浮かべる。

 

(うーん、あいつか。俺が設定したけど、正直引っ張り出したくはないな。だけどアイツなら俺の姿にもなれる。つまりはモモンにもなれるってことだ。俺のイメージではモモンは気高く、高潔な戦士という設定だ。アイツならなんとかこなせるのではないだろうか)

 

 パンドラズ・アクターは宝物殿の領域守護者であり、階層守護者達と同じく100レベルのNPCだ。その種族はドッペルゲンガーであり、至高の41人と呼ばれるギルドメンバーの姿に変身し、80%程度の力ではあるが、その能力を駆使することができるというチートじみた存在である。よって利便性はかなり高い。

 ただ、アインズにとっては黒歴史そのものともいえる存在だけに、対面することには躊躇いがあった。

 

(でも、いつかは会うことになるのだろうから、どうせなら早めの方がいいよな。美人は3日で飽き、不美人は3日で慣れるっていうし)

 

 アインズは死の支配者(オーバーロード)たる本来の姿に戻ると、指に嵌めていた指輪の一つ……リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを起動し宝物殿へと向かった。

 

 

 

 



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シーズン1第3話『パンドラズ・アクター』


 いよいよ彼が登場します。原作よりも早い登場となります。

 


 

 宝物殿へと転移したアインズは、いくつかの部屋を経て奥へと歩みを進める。この宝物殿に天井まで積まれている黄金や財宝・武具などはアインズ・ウール・ゴウンの仲間たちの冒険の結晶と言える。

 

(それにしても色々な冒険をしたなぁ……)

 そんなことを思っているアインズの前に、ピンク色の卵のような顔をした異形の者が姿を見せた。

 その顔はのっぺりとしており、両目と口に該当すると思われる部分には黒い穴が開いていた。

 ドイツ風の軍服を着用し、頭に被っている制帽の真ん中にはアインズ・ウール・ゴウンのギルドサインが入っている。

 

「おお、ようこそおいでくださいました、私の創造主たるモモンガさまっ!」

 カツンと踵を鳴らし、右手でビシッ! と敬礼を決めた。

 

「…………お前も元気そうだな。パンドラズ・アクターよ」

 疲労とは無縁のはずのアンデッドの体が心なしか重くなった気がする。 

「はいっ! 元気にやらせていただいています! ところで今回はどうなされたのでしょうか? 何か御入用なアイテムでもございましたか? それともついに私の力を使う時がきたのでしょうか?」

 パンドラズ・アクターのつるっとした顔に興奮の色が見える。

 

「……後者の方だな」

「お、おおっ! ついに……この時が!」

 感動して泣きそうなくらいになるパンドラズ・アクターをみて、アインズは今まで宝物殿に押し込めておいたことに罪悪感を覚える。

「……パンドラズ・アクターよ。私の姿になることはできるな?」

「はい、もちろんでございます! モモンガ様!」

 オーバーリアクションで頭を下げるパンドラズ・アクター。それを見てアインズの罪悪感が薄れる。

 

「……うむ。では私の姿になってみせよ!」

「ははっ……Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 突然のドイツ語にアインズはビクリと反応し、精神が強制的に沈静化するのを感じる。

 

(うわーっ、だっさいわー。フレーバーテキストならまだしも、実際に動いているとグサグサくるな。〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を使って、あの時に戻って修正したい!)

 

 だがしかし、パンドラズ・アクターに罪はない。なにしろアインズがそうあれと創り出したのだから。

 そんなアインズの動揺に気付くこともなく、パンドラズ・アクターは忠実に命令に従い己の姿を変化させる。パンドラズ・アクターの卵頭がグニャリと歪むと、一拍の後、もう一人のアインズがアインズの前に現れた。

 

(おおっ!……現実化するとこんな感じで変身するのか)

 アインズは初めて見る変身に気持ちが高鳴ったが、すぐにアンデンドの特性が発動し安定化される。

 

「いかがでしょうか。モモンガさまっ!」

 パンドラズ・アクターの声ではなく、自分の声で言われたアインズは顔をしかめる。まあ骸骨なので表情は変わらないが……。

「……う、うむ。見事だ」

「ありがとうございます、モモンガ様っ!」

 やはり妙な気分になるが、アインズはここは自らの意志で気持ちを切り替える。

 

「よし、では私と同じ姿になるように。〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉」

 アインズは魔法で漆黒のフルプレートと二本のグレートソードを創り出し、戦士モモンの姿となる。

 

「かしこまりました。〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉」

 パンドラズ・アクターもモモンの姿となる。

 

「さすがだな、パンドラズ・アクター。素晴らしいぞ」

「おおっ~。ありがとうございます。モモンガさま!」

「――パンドラズ・アクターよ。一つ言っておこう。今の私はモモンガではない。――私は名をアインズ・ウール・ゴウンと改めた。今後はアインズと呼ぶように」

「おお! 承りました。私の創造主、アインズ様!!」

 モモン姿のまま敬礼をする。それを見たアインズの精神がまた強制的に沈静化する。

 

「……パンドラ、今後敬礼はしなくてよい。それとドイツ語も禁止な」

「ええっ、以前はカッコいいとおっしゃって……」

「時とともに流行は変わるものだ。……よいな?」

「ははっ!」

 再びオーバーリアクションなお辞儀で返す。

 

(本当は、オーバーリアクションもやめてほしいんだが、さすがに全部禁止もかわいそうだしな。……それに、オレが本気でカッコいいと思っていたころに創ったせいか、コイツ自身それが本気でカッコいいと思っているみたいだし)

 セバスにその創造主であるたっち・みーの影響がみられるように、どうやらNPC達は創造主の影響を大小の差はあれども受けるようだ。

 

 

「さて、パンドラよ。今後の為にもいくつか試したいことがある。まずは、この姿同士で剣を合わせようじゃないか」

「おおっ。我が創造主と剣を交えることができるとは。このパンドラズ・アクター感激の極みであります」

 通常は両手で一本を持って扱う大剣グレートソードをそれぞれの手にもち、寸分違わぬ姿の二人が鏡合わせのように同じ構えで向かい合う。

 

 

「……いくぞっ!」

 アインズは右手のグレートソードを力いっぱい振り下ろす。

「ふっ……」

 パンドラズ・アクターはそれを見切り、軽く体を右に捻ることでその剣を回避する。それとほぼ同時に左手のグレートソードの薙ぎ払いを放つ。

 

「なんのっ!」

 アインズは回避されたことでバランスを崩すも、左手のグレートソードを盾のように扱いその一撃を受け止めてみせる。だがバランスを崩していた分威力を受け止めきれない。

 

(オレの方がレベルは上のはずだが……)

 

「ふんっ!」

 パンドラズ・アクターはそのまま一回転すると今度は右上段斬り!

「むっ!」

 アインズは身体能力の高さを生かし、先ほどのパンドラズ・アクター同様にほとんど動かずにそれを回避するが、それを予想していたようにパンドラの連撃が襲う。

 

「むうっ」

 防戦一方となるアインズはここで反撃に出るべく、大きなスイングで剣を繰り出す。

 

「……アインズさま。攻撃に意識を置きすぎないほうがよいかと」

 パンドラズ・アクターはそう忠告しつつ、攻撃を回避されバランスを崩したアインズの首筋に剣を突き付けた。

 

「……むう。やるな、パンドラよ」

「光栄でございます。アインズ様」

 

「一つ聞くが、なぜこうなる」

「はい。アインズ様は普段は魔法詠唱者であり、前衛職の経験はなかったかと思います」

 その通りだとは答えずにアインズは首を縦に振ることで肯定する。

 

「ですので、今のアインズ様は技術ではなく、身体能力に頼ったいわゆる”力任せの攻撃”になっております。さらに、攻撃しようとする意識が強すぎるため、繰り出す一撃一撃が、すべてフルパワーで繰り出されております」

 アインズは黙ってパンドラズ・アクターの言葉に聞き入る。

 

「私は恐れ多くもアインズ様のお姿にならせていただいておりますが、知識として他の至高の御方々の情報が入っております。それによりますと、相手がどう動くかということも考え、避けられたり、防がれたりした際のことも考えて仕掛ける必要があるのです。『戦いとは、常に二手三手先を読んで行うものだ』と伺っています」

 パンドラズ・アクターの表情には変化はないが、声が弾んでいる

 

「なるほど。言われてみれば確かにその通りだ。おかしなものだな。魔法で戦う時は先読みをしていたのにな」

「実際に戦場に出たことがない私が、至高の御方々から与えられた知識だけで創造主たるアインズ様に意見するなど恥ずかしい限りではございますが、経験の有無ということだと思います。私も実際の戦闘を行えばこの限りではないかもしれませんが」

 

「パンドラよ、礼を言うぞ。この経験は貴重なものだ。私はこれからナザリックを出てこの世界の人間の中で冒険者として暮らすつもりなのだ。その際に必ずお前の助言は役に立つだろう」

「ありがとうございます。アインズ様」

「では第二段階といこうか。〈My Name Is Oliver Queen(俺の名前はオリバー・クイーン)〉」

 アインズは、オリバーの姿を経てグリーン・アローの姿に変身する。

「おおっ! そのアイテムは”緑の矢(グリーン・アロー)”アインズ様の秘宝の1つではありませんか。その効果は……」

「よい。わかっているのであれば、先程のようにはいかんぞ」

「ハッ! 心してお相手を務めさせていただきます」

 

 

 アロー(アインズ)モモン(パンドラズ・アクター)の模擬戦闘が始まる。

 

 

 先程はお互いに近接戦闘型だったために剣での戦いだったが、当然今度は違う。

 

 アローの姿になったアインズは、素早く距離をとると弓を構え矢を射た。1射目を回避したパンドラズ・アクターに2の矢、3の矢が襲いかかる。

 

「むう……」

 頭部を狙う矢を、上体をそらして回避し、胸部を狙う矢を右のグレートソードで叩き落とす。

「やるな」

「アインズ様こそ」

 兜の下で見えないが、きっとパンドラズ・アクターは笑みを浮かべているのだろう。だが、その笑顔は続くアインズの攻撃の前に掻き消えることになる。

 

 

 

 

 

 

「カベッ!!」

 アインズの高速連射をかわし切れなくなったパンドラズ・アクターは、気付けば壁際に追い詰められてしまった。

 

「うーん、参りました」

 元の姿に戻ったパンドラズ・アクターは、感激の面持ちである。のっぺりしたピンク色の卵頭なのでそんな気がするだけかもしれない。

 

「さすがにグリーン・アローは弓の名人であり、戦闘術に長けているな。先ほどの戦いに比べると体が動く」

「はい。素晴らしい動きでございました。さすがはアインズ様」

「これなら十分に行けるな。……よし決めたぞ! パンドラズ・アクターよ、お前はこれから先ほどの戦士の姿となりモモンと名乗るのだ。私はこのグリーン・アローの姿で人間の都市に行く。お前は戦士モモンとして私の供をせよ。留守の間はアルベドに財政面の管理を任せよう」

 

「おおっ! この私をお連れいただけるとは! このパンドラズ・アクター、これ以上の喜びはございません」

「ナザリックではアインズで構わんが、人間の都市では”アロー”と呼ぶようにな」

「承りました。アインズ様。それではお供をさせていただく際はお望み通り、”アロー”と呼ばせていただきます」

「よし、それではお前の役回りを伝えなければな。だが、その前にもう少し戦闘訓練といこうじゃないか」

「おお! 喜んでお相手を務めさせていただきます。アインズ様!」

 

 アインズとパンドラズ・アクター。創造主と創造された者の戦闘訓練は、この後もしばらく続くこととなる。

 

 



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シーズン1第4話『3本の矢』

 




 

 ナザリックが転移した地点から一番近い場所にある城塞都市エ・ランテル。

 この都市は、リ・エスティーゼ王国の王家直轄領であり、バハルス帝国、スレイン法国との国境に一番近い防衛拠点であるため3重の城壁に覆われている。

 

 そのエ・ランテルの大勢の人で賑わうメインストリートを堂々と歩く3人の姿があった。

 

 中央を歩くのは、ギルド[アインズ・ウール・ゴウン]の至高の41人のまとめ役であり、ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者、自らの名をギルド名そのものに変えたアインズ・ウール・ゴウンその人である。

 その姿は、いつもの死の支配者としての姿ではない。それは当然だろう。ここは人間の街だ。そんなことをしたら町中がパニックになるのは間違いないのだから。

 

 アインズは先日の実験で手ごたえをつかんだ緑のフードの男――ロビン・フッドを彷彿とさせるグリーン・アローの姿に変えている。その背には弓と矢筒。普通なら警戒されるのだろうが、冒険者の多いこの都市ではごく日常の光景に過ぎない。

 

 その右隣には、一目で高級品とわかる細工の見事な漆黒の全身鎧(フル・プレート)をまとい、背中には鮮やかな真紅のマント。そして、そのマントの間からは大剣の柄が二本見える。戦士の顔は面頬付き兜(クローズド・ヘルム)に覆われ、表情はまったく確認できない。この戦士はモモン――正体はパンドラズ・アクターだ。――が並んで歩いている。

 

 冒険者仲間同士ならば普通の光景かもしれないが、これはナザリックのシモベの感覚ではありえない光景といえる。ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者であるアインズの隣を歩くなど不敬の極みと考えるのがナザリックに属するシモベの共通認識だ。当然その考えはパンドラズ・アクターにも存在するが、“対等の立場で”というアインズの命令がそれに優先している。

 

 

 アインズがパンドラズ・アクターを他の守護者達に紹介した際、および同伴者として人間の街へ連れていくと宣言した際には色々とあったのだが、それは別の話。

 

 そしてアインズの左側、こちらは隣ではなく二歩ほど離れてつき従うのは、漆黒の美しい髪をポニーテールにまとめている“絶世の美女”と呼んで差支えないほどの美女だった。

 彼女の名前はナーベラル・ガンマ。ナザリックの戦闘メイド(プレアデス)の一人であり、優秀な魔法詠唱者(マジックキャスター)である。普段はギルメンの一人、ホワイトブリムがデザインしたメイド服を着ている彼女だが、今日は深い茶色のローブという簡素な服装に変えており、腰には剣を一本下げていた。

 

 

「……ナーベ。そんなに怖い顔をするな」

 アインズは気楽な口調で話かけた。ナーベラル・ガンマは、ここでは冒険者ナーベと名乗ることになっている。

「はっ、申し訳ありません。アインズ様。どうにも蛆虫どもが邪魔くさく……」

 歩きながらである為、さすがに跪いたりはしていないが、もし立ち止った状況であったのなら確実に跪いていることは間違いない勢いで謝罪する。

「ナーベ。今はアインズではない。アローと呼びすてにするように」

「畏まりました。アロー様」

 

「様はいらん。アローでよい」

「申し訳ありません。アローさ―――ん」

「まあよい。これは命令だぞ。アローと呼ぶことになれるように」

 アインズは少し強めにいう。

 

(だいたいこれはニックネームみたいなものなんだからさ、呼びやすいだろう?)

 

「はい。アローさ……いえ、アロー」

 

(はあ……本当に大丈夫かな) 

 アインズはかなり不安であった。

 

「ナーベ、もう一つ。ここは人間の街だ。人を下に見るような発言は慎むようにな」

 ナーベは一瞬何かいいたげな顔になったが、頷くことでアインズの意を受諾する。

「モモンもよいな?」

「問題ない。アロー」

 さすがに役者である。パンドラズ・アクターはすっかりモモンという役になりきっている。アインズがモモンを演じる時に比べると少々大げさな感じがするが、許容範囲と言えるだろう。

 

(こうやって自分の声を聞くと不思議な気持ちになるものだな)

 モモンの面頬付き兜(クローズド・ヘルム)の中身は、骸骨姿のアインズに変化したパンドラズ・アクターである。兜越しの為若干くぐもって聞こえるが、アインズの声そのものである。

 

 一方のアインズは自分と似た声のアローの姿になり、その特性でエフェクトのかかった声になっている為、他人には同じ声には思えないであろう。

 

 とにかくアインズは、気楽に冒険をしたいのだ。

 

 リアルでのアインズは単なる一般人であり、ナザリックのシモベ達が求める絶対的な支配者を演じる、いわゆる支配者ロール――ギルメンの間ではモモンガの魔王ロールと呼ばれていた――でいるのは非常に疲れる。

 その気分転換とストレス発散を兼ねている。アンデッドであるアインズにストレスというバッドステータスは存在しないが、鈴木悟の残滓はそれを感じている。

 

 

 

「確かこの辺りだったはずだが……」

「そうだな。私もそう記憶しているぞ、アロー」

 3人は冒険者組合で冒険者としての登録手続きを終え、今は組合から紹介された宿屋へ向かっている最中であった。

 

「どうやら、あそこのようだな」

「ええ、間違いないようですね。アロー」

 

(ふふ、やっぱりパンドラで正解だったな。そうそう、こういう感じがよかったんだよ。他の奴にはこれは無理だろうな……ルプスレギナくらいか。そう考えるとナーベラルではなく、ルプスレギナを連れてくるべきだったか。だがルプスレギナには別の仕事を与えているな)

 

 アインズは望み通りのモモンを演じてくれるパンドラズ・アクターの評価を一段上げた。多少気になる部分もあるが、彼は役者(アクター)だ。

 

 

 

 宿の扉を開け中に入ると、そこは“場末の酒場”という言葉がぴったりの薄汚い空間であった。

 安い酒が染みた床、年季の入ったと言えば聞こえがいいが、言い換えると朽ちかけた木製のテーブルとイス。

 

 そして、たむろしている低レベルの冒険者と思われる者たち。そのほとんどは男であり、首元に光る冒険者のランクを証明する金属板は、アインズ達と同じ(カッパー)、または1ランク上の(アイアン)のプレートだ。

その中の一人、赤い髪の女性冒険者がテーブルに置いた青色の液体の入った小瓶を眺めながらニヤニヤしているのがアインズの目の隅に入った。

 

 

(やれやれ……まさに絵に書いたような初心者向けの安宿だな)

 アインズは心の中でため息をつくと、奥にあるカウンターへと歩みを進める。

 同業者たちは品定めをするように新入りを順繰りに眺めているが、アインズの軽やかな動きに警戒感を表し、ついで彼らの基準からすれば立派すぎるモモンの漆黒の全身鎧(フル・プレート)に目をやると嫉妬と感嘆の交じった複雑な表情に変わり、そして美しすぎるナーベの美貌にみとれ、鼻の下をのばす。

 

 

「おう。宿泊か?」

 カウンターにいたこの宿の主人と思わしき人物が声をかけてきた。頭はそり上げているのか一本の毛もなく、顔には大きな傷跡が残っている。

(昔は冒険者だったのかもしれないな。筋肉も凄いしここにいる誰よりも強そうだ)

 アインズは質問には答えず主人を観察する。

 

「ああ。3人部屋で頼む」

 応えたのはモモンだ。

「……まあよかろう。1晩で10銅貨だ」

 モモンが銀貨1枚を手渡し、釣りを受け取る。

「部屋は階段をあがって奥のところだ」 

 主人は右手の親指で自分の肩越しに指し示す。

「了解した。行こうか」

「ああ」

 モモンの問いかけにアインズは頷き階段の方へと向かう。

 

 

「へへへっ……」

 アインズの前に冒険者の男が足を出し、彼らの行動を妨害しにかかる。

「!」

 ナーベが腰の剣を抜こうとするが、それをモモンが押しとどめる。

 

(ふっ……初心者への洗礼のつもりか。くだらない習慣だな)

 アインズは的確に急所である向う脛をかる~く――そうアインズの筋力からすれば本当に軽く、せいぜいゴルフボールを1㎠先のカップに蹴りこむ程度の力で――蹴り上げた。

 

「いってえええええええええっ!!」

 男は絶叫を上げると、右脚を押さえ倒れこんだ。その額からは脂汗が滲む。

 本来なら「いってえじゃねえか」と因縁をつけるつもりだったのだろうが、想定以上の威力に何も言えなくなってしまったようだ。

 

(あれっ? 強すぎたか。モモンの時よりも、アローの方が戦闘力が高いから加減が難しいな)

 

 

「……お前、うちの仲間に何をしやがった?!」

 ガタガタと音を立て、仲間と思わしき二人が立ちあがった。

「うん? どいて貰っただけだ。まあ、私の想定以上に弱かったようだが……」

 これはアインズの偽らざる本音である。

「てめえ、ふざけんじゃねえぞっ。この”フード野郎”が!」

 男が掴みかかってきたが、アインズはその手が届くよりも早くジャンプすると両足で男の頭部を挟み込んで後方に回転し、足元の床に背中からとてもかる〜く叩きつけた。

 この場所にいる誰もこの技の名称を知らないが、この技はその場飛びで放った〈フランケンシュタイナー〉と呼ばれる大技そのものであった。

 

「ふぎゃっ!!」

 今までに見たことすらない技をくらった男は情けない悲鳴をあげた。傍から見ていた者ですら理解するのがやっとという早業だったのだから、当の本人は何が起こったのか理解していないだろう。まあ、鎧を装備している分ダメージは少ないとは思われるが……。

 

 

「うおっ! ……なんなんだ今の技は」

 ただ一人残った男は今自分が見たものが信じられない気持だった。

 

「お前はどうする? 私としては売られたケンカから逃げるつもりはないが、売らない奴と戦う気はないぞ」

「……仲間がすまないことをした」

 

「いや気にしていないさ。……一言いっておくが戦いにおいては、相手の力量を見極めることは肝心だぞ」

 アインズは諭すように話す。むろんこれは相手にだけ掛けた言葉ではない。自分自身と、仲間であるモモンとナーベにも向けてのものだ。

 

「お、おう」

「……アローの言うとおりだな。ナーベも気をつけるように」

「わかりました、モモン」

 同意を示した二人とともにアインズは部屋へと上がっていく。

 

 

 

 アインズ達の姿が消えると、その場にいた冒険者達が口々に話しだす。

 

「あの調子じゃ、あの漆黒の全身鎧(フル・プレート)も見かけ倒しじゃなさそうだな」

「ああ。……たしか、モモンとか言ったか? 鎧もかなりの逸品と見えたが、それよりも放っているオーラが半端なかったな。ただのボンボンかと思ったが、ありゃかなり腕に自信があるとみたぜ」

 

「いや、それよりもあのフードの男だよ。アンタらも見ただろう? あの今までに見たこともない技。大の男の頭を助走もつけずに両足で挟み込んで叩きつけるなんて、並みの瞬発力と筋力じゃないよ」   

 ただ一人の女性客――赤い髪の女冒険者が感嘆の声を上げる。なお、その両手には大事そうに薬瓶らしきものを持っていた。

 この場にいる誰もが知らないことだが、対戦相手の協力なしにその場飛びのフランケンシュタイナーで叩きつけるのはかなり無理がある。

 

「ブリタもそう思うか? オレもそう思うね。あのアローって奴の動きは半端なかったな」

「だね。あの3人組かなりできると思うよ。今のうちに仲良くしとこっかなー」

 ブリタと呼ばれた赤毛の冒険者は笑みを浮かべる。正直彼女は「今日はなんていい日だ!」と思っていた。彼女は今日ずっと欲しかった回復用のポーションを購入したばかりであり、さらに頼れそうな同業者の素晴らしい技を見られるという幸運も重なったのだから。

「またオレらをすっ飛ばしていきそうな奴らの登場か」

「そうだな。強い奴ってのは、いるところにはいるもんだよな」

「……やれやれだぜ」

「俺たちの努力なんて、無駄なのかもしれないよな」

「アンタたち努力していたっけ?」

 冒険者達の話題はなかなか尽きることはなかった。

 

 

 

 

◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

 

 部屋に入ったアインズはアローの姿を解除し、元の姿に戻っていた。これは防御魔法を張る為である。なお同じようにパンドラズ・アクターも元の姿に戻っている。

 

「冒険者か、思っていた以上に夢のない仕事だ」

「アインズ様のおっしゃる通りですな。冒険者というよりもモンスター退治屋と名乗った方がよいと思われます」

 

 アインズとパンドラズ・アクターは今後の行動について話し合っている。そばに控えるナーベラルには色々と理解できないことも多い。 

 

(それにしても私はとても幸せな立場なのではないでしょうか……)

 ナーベラルは自分の置かれた環境を改めて考えて、恵まれていることに気づく。

 まず、ナザリックの絶対的支配者であるアインズのそばに仕えることは至上の喜びであり、さらに、同じドッペルゲンガーの上位者であるパンドラズ・アクターも一緒にいる。

 

(宝物殿の領域守護者パンドラズ・アクター様……いつかはお会いしたいと思っていた存在でした……)

 ドッペルゲンガーではあるがとれる形態は一つしかないナーベラルにとって、40を超える形態に変化できるというパンドラズ・アクターは憧れる存在であった。

 ナザリックに使えるメイドとして、またドッペルゲンガーとしてこれ以上恵まれた環境など考えづらいものがある。 

 

(精一杯お仕えせねば!)

 ナーベラルは、より一層の働きをみせることを心に誓う。

 

 

「さて私は少し街へ出てくる。ナーベラルは定時報告を。パンドラズ・アクターは私と同行せよ」

「畏まりました」

「御意のままに」

 

 再びアローとなったアインズと、モモンとなったパンドラズ・アクターは街へと繰り出していった。

 

 



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シーズン1第5話『神の血』

 





 

 夕暮れ時が近づいた城塞都市エ・ランテル。家路を急ぐ住民たちは自然と早足となり、先程まで元気な子供達の声が響いていた路地裏からは人影が消え静寂に包まれていた。

 

「……アロー、ここのようだ」

「そのようだな、モモン。ここが”G計画(ネットワーク)”より情報のあった、この都市一番の薬師がいるという店か」

 緑のフードの男アローに姿を変えているアインズと、戦士モモンに扮しているパンドラズ・アクターは、ようやく目的の場所――”バレアレ薬品店”――へたどり着いていた。

 

「……アロー。確かにその薬師は気になる存在だが、どちらかといえば関心があるのは……」

「ああ。……店主の薬師リイジー・バレアレではなく、その孫の方だな」

「……正直危険な存在と言える」

「ああ。かなり危険だな」

 リイジー・バレアレは高名な薬師であり、アインズとしてもこの世界のポーションには興味を持っている。だが、その孫はもっと有名である。薬師としての才能もかなり高いと言われているが、それ以上に彼を有名人たらしてめいるのは、彼が持っている特別な能力にある。

 この世界にはユグドラシルにはなかった要素として生まれながらの異能(タレント)と呼ばれている特殊な才能が存在している。これはおよそ200人に1人が持っているらしく、そこまで珍しいものではないようだが、その種類は多岐に渡る。

 

 例えば先日カルネ村で捕えた、スレイン法国特殊部隊陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインのように、”召喚したモンスターを強化する”という戦闘向けの生まれながらの異能(タレント)を持つ者もいれば、”翌日の天気を70%の確率で当てる”という、日常生活向けの能力を持っている者もいる。

 ニグンはその才能と、進んだ道がピッタリ合った好例といえるが、生まれ持った能力を活かせない者も数多い。例えば”信仰系魔法の才能を持つが職業はパン職人”というようなケースである。

 

 リイジーの孫、ンフィーレア・バレアレは”ありとあらゆるマジックアイテムが使用可能”という生まれながらの異能(タレント)を持っている。

 噂によると職業で制限がかかるようなものや、系統の違う魔法の巻物、さらには人間には使えないアイテムですら使えると言われており、これが本当に噂通りであれば、場合によってはナザリックにとって不利益になる恐れがある。

 

 

「まずは会ってみようじゃないか」

 モモンは頷くことで同意を示し、それを見たアインズは自ら木製のドアを押し開ける。店内からおそらく薬草が原因と思われるなんとも言えない匂いが漂ってきた。

 

「いらっしゃいませ。バレアレ薬品店へようこそ」

 声のした方を見ると金髪の長い前髪で顔の半分まで隠れてしまっている為年齢を判別しにくいが、たぶん少年という方が近い……が二人を出迎える為に近づいてきた。茶色の作業着には薬草の染みがついており、彼が職人であることを示している。

 

(彼がンフィーレア・バレアレか?)

 

 

「本日はどのようなご用件でしょうか? 当店は初めてですよね?」

「……ええ。組合で知り合った冒険者から、このお店のことを聞きまして」

 アインズはとっさに応えた。むろん嘘である。

「そうでしたか。当店のポーションは全て天然の薬草を使っているのが自慢なんですよ。まあ、効果は栽培した薬草を使うのに比べると10%増し程度なんですけどね」

 若い店員の口元には自信の笑みが浮かんでいる。

 

「ふむ……その10%が命の危険の際には効果的だと伺っています」

「冒険者の方々からはよく言われますね。少しだけお高くはなってしまいますが、その分だと思ってください」

「……それでは回復のポーションを見せていただけるかな?」

 アイテムコレクターでもあるアインズにとって未知なる世界のポーションは収集しておきたい品である。持ち金は決して多くはないが、ポーションくらいなら買えるはずだ。

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 

 しばらく後に少年が持ってきたのは、青い液体の入った小瓶であった。

 

(ユグドラシルでは赤だったのだが、この世界では青なのか?……そういえば、宿でこれに似た小瓶を眺めている女冒険者がいたな。あれは回復のポーションだったのか。……赤いポーションはないのかな?)

 

「こちらが回復のポーションになります」

「えーと、ンフィーレア・バレアレさんでしたよね」

 アインズは色に戸惑いを覚えつつ尋ねる。

「あ、ご存じでしたか。そうですよ。ンフィーレア・バレアレは私です」

 素直に応えるンフィーレアに心の中でアインズは眉をしかめる。

 

『アインズ様。どうやら彼は生まれながらの異能(タレント)の危険性に気がついていないようですな』 

『ああ。そのようだ。これは巻き込まれやすいタイプだな』

 アインズとパンドラズ・アクターは〈伝言(メッセージ)〉と呼ばれる魔法で会話し、認識を共有する。

 

「やはり。お会い出来て光栄です。私はアローといいます」

「アローさんですね。よろしくお願いします」

 アインズは名乗ると同時に右手で握手をもとめ、ンフィーレアもそれに応じる。この辺りはアローの正体であるオリバー・クイーンの行動パターンに近い。

「こちらこそよろしく。あ、彼はモモンと言います。」

「戦士モモンだ」

 モモンは仰々しいほどに重々しく名乗る。

「モモンさんもよろしくお願いします」

 

「ところでンフィーレアさん、1つお伺いしたいのですが?」

「なんでしょうか?」

「――やはり、こちらの店でもポーションは青なんですね?」

 アインズはいきなり疑問点に切り込んだ。

「!?」

 予想外の質問にンフィーレアの目が大きく見開かれる。

「確かにうちのポーションは青です」

 

「というか、青以外のポーションなぞ、どこを探してもないと思うがの」

 店の奥からしわがれた女性の声がする。

「おばあちゃん!」

「ということは、リイジー・バレアレさんですね」

「……最高の薬師と聞き及んでいる」

「いかにも、わしがリイジー・バレアレじゃ。確かアローとモモンとかいったの。見かけない顔じゃが……」

 姿を現したのは、背の低い老婆であり、身に着けている作業着は、ンフィーレアと同じものだが、染みはこちらの方がひどい。

「……私たちは遠方からこの都市にきたばかりなのです」

「この都市では新人冒険者というところだな」

「へーそうだったんですね。どおりで……」

 どうやらンフィーレアは疑問が解決されたようだ。

 

「……それにしても、まさか来たばかりだというのに、この都市の有名人にお会いできるとは光栄だな、アロー」

「その通りだな、モモン」

 アインズとパンドラズ・アクターは仲良し冒険者という空気を創り出す。この辺りはあうんの呼吸という感じだ。

 

「ほう。お前さん達見かけない顔じゃと思っておったが、この街の人間じゃあなかったんじゃな」

 リイジーは遠方よりの客と知り笑顔を見せる。自分の知らない知識を持っているかもしれないと期待して。

 

「その通りだ」

 パンドラズ・アクター扮するモモンが応じる。

 

(というか、本当は人間ですらないんだけどなっ!)

 アインズは心の中で叫んだ。

 

「それで青ではないポーションを知っておるのか?」

 リイジーの目がギラリと光る。

「……噂では黄色だか赤だったか……とにかく色は忘れたが青ではないポーションがあると聞いた」

 ここはアインズが答える。

 

「ンフィーレアや、全てのポーションは作る過程において、青くなる――そうじゃな?」

「その通りだよ。おばあちゃん」

 

(やはり青なのか。ユグドラシルとは作り方が違うのかな)

 

「じゃが、真なるポーションは”神の血の色”をしていると伝えられておる。まあ誰も見たことはないのじゃが……」

「僕たちのようなポーション作成に関わる職人の間では、「神の血は青色だった」なんていう冗談がまるで真実のようにささやかれているね」

 

「なるほど、そうでしたか……血の色ということは”赤”だということでしょうか」

 モモンが尋ねる。

「そうじゃよ。お主の言う通り、言い伝えによると真なるポーションの色は“赤”じゃ。私は何としてもそのポーションを作ろうと努力してきたのじゃが、この年になっても未だにお目にかかったことはないのじゃ」

 

(これはアレか? 元々は赤……ユグドラシルのポーションが元で、それが現地……つまりこの世界の材料のせいかはわからないけど青くなったってことなんじゃないか)

 

「……なるほど。赤いポーションはないのですね」

 モモンが本当に残念そうな声を出す。

「ということは、もし赤いポーションが手に入ったとしたら……」

「持っておるのか?!」

 リイジーがカッ!と目を見開きながらアインズに尋ねる。

 

「いえ、残念ながら」

「そうか……残念じゃ」

「……それでもし仮に手に入ったとしたらどれくらいの価値になるのでしょうか?」

 モモンが質問すると、リィジーは即答せずに首をひねりながら真剣に考える。

 

「詳しいことは実際に鑑定してみないとわからんが、まず金貨7、8枚はするじゃろうな」

「そんなに? 普通のポーションが金貨1枚ちょっとなのに!?」

 驚きの声を上げたのはンフィーレアのみである。なにしろアインズ達には現地のポーションの値段がわからないのだから、驚きようがない。

 

「「おおっ!」」

 だが、都合よくンフィーレアが解説をしてくれたので、アインズ達は遅ればせながらリアクションをとることができた。

 

「誰も手に入れたことがないという希少性を考えると、私はこの数倍を出しても手に入れたいと思うがの。場合によっては、持ち主に害を加えてでも手に入れる価値がある!」

「おばあちゃん、落ち着いてよ」

 

(コレクター魂に通じるものがあるな。少しだけ気持ちがわかるぞ。それにしても探っていてよかった。赤いポーションの存在だけでも、プレイヤーにつながる情報になりえるとわかったのは大きい)   

 

「……手に入れることができた場合は持ってくるし、情報が手に入ることがあれば伝える」

「モモンさん、ありがとうございます」

「持ってはおらぬのか。残念じゃのお」

「……ひとまず、回復ポーションを1つ買おう」 

 アインズはこれ以上の追及をさけるべくポーションを購入すると、店を出ることにした。

「ありがとうございました。またご贔屓に~」

 

 ンフィーレアの元気な声が二人を見送った。

 

 

 

 

 

「ンフィーレアや。あの2人に依頼をするのじゃ!」

 リイジーの顔は真剣そのものである。

「どうしたの、おばあちゃん? まだ薬草採取に行くには早いけど」

「わからぬか。ンフィーレアや、今までにあんなことを聞いてきた冒険者がいたかえ?」

「いなかったけど……」

「じゃからじゃよ。一緒に旅をすればもしかしたら、わしらの知らぬ知識を漏らすかもしれん。それが狙いなんじゃよ」

 エ・ランテル最高の薬師、リイジー・バレアレのポーションへの意欲は加齢によって衰えるどころかさらに燃え盛っていることを、ンフィーレアは改めて思い知らされるのであった。

 

 

 

 



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シーズン1第6話『初めての冒険』

 


 翌早朝、再びグリーン・アローの姿に変身したアインズと、その冒険者仲間の戦士モモンに扮するパンドラズ・アクター、魔法詠唱者(マジックキャスター)ナーベこと、ナーベラル・ガンマは冒険者組合の中にいた。

 

 組合の中は数多くの冒険者たちが集まり、活気に満ちている。

 

 奥にあるカウンターに座る3人の受付嬢から依頼内容を聞いている者、掲示板の前で依頼を選ぶ者、また顔見知りらしき冒険者と情報交換をしている者。

 その中にはアインズ達と同じ(カッパー)のプレートの姿はなく、(アイアン)(シルバー)といったランクが上の冒険者の姿が多い。

 その装備は様々で、革鎧の戦士、法服にクロスを下げた神官らしきもの、髪を逆立て派手な色のバンダナを巻いたレンジャーと思われるものなど多岐に渡るが、どの冒険者の装備品もアインズにはゴミ以下のレベルにしか見えないものだった。

 

 

「……さてどのような依頼があるかな」

「楽しみだな。アロー、ナーベ」

「そうですね、モモン」

 3人は依頼の記された羊皮紙が多数貼り付けられている掲示板の前に立つ。

「……なるほど、なるほど」

 羊皮紙には見たことがない文字で依頼内容が書かれており、アインズには当然読むことができなかった。

 

 この世界の言葉はどういう訳かはわからなかったが自動的に翻訳されているらしい。どういうことかと言うと、誰かが話せば、その内容はアインズには日本語で聞こえてくるのだが、よく見ると聞こえてくる言葉と口の動きが合っていない。

 要は吹替版の映画を観ている時に、たまに気になることがあるズレである。口は”あ”の動きなのに、言葉は”う”で聞こえるというようなことだ。

 残念なことに言葉は自動的に翻訳されても、字は翻訳してはくれない。

 

 

(誰がどうやってこの自動翻訳システムを導入したのかはわからないけど、どうせなら字も翻訳してくれるようにすればよかったのになあ……まてよ? これはプレイヤーの影響と考えるべきなのかもしれないぞ。不自然すぎる)

 先日捕縛した陽光聖典から引き出した情報から推測を立てると、スレイン法国の建国にはプレイヤーが関わっている可能性が高いとアインズは考えている。

 

『……読めるか、パンドラズ・アクター』

 吟味している演技をしつつ、アインズは〈伝言(メッセージ)〉の魔法を起動する。

『はい。アインズ様……アイテムを用意してございます』

『ほう……セバスに貸し出していたもの以外にもあったのか?』

 アインズの認識では、セバスに渡してあるもの一つだけしかない。

『はい。私は僭越ながら、ナザリック地下大墳墓の宝物殿の管理を任されております。至高の御方々が集められた数多くのアイテムの中に眠っておりました』

 頭に響く声はモモンではなく、パンドラズ・アクターの声である。

 

 

「依頼を探しているのかい?」

 突如(アイアン)プレートを下げた赤毛の女冒険者が声をかけてきた。

「……その通りだ」

 モモンが重々しく応えるかたわらで、ナーベが警戒し剣を抜くべく中腰になりかけていたが、アインズがそれに気付き手で動きを制する。

 

「……見たことがある顔だ」

 アインズはこの女冒険者が昨日宿にいた人物だと気付く。

「ああ、昨日宿にいたからね。私はブリタってんだ。たしか、アローだったっけ? 昨日の宿屋での一件見ていたけれどアンタ凄かったね」

「それはどうも。……やはりそうか。あの時にポーションを眺めていた人だな」

 アローの姿になっている場合、視野が広くなり、観察力が上がる自覚がアインズにはあった。レンジャーかアサシンの職業レベルによる効果と思われる。

「へえ、さすがだね。アローさんとモモンさん、それにナーベさんだったよね。見たところ慣れてないようだし、よかったらガイドしようか?」

 ブリタは笑みを浮かべる。

 

『アインズ様、どうなさいますか?』

『我々は冒険者としては“初心者”だからな。ここは先輩の顔を立ててやろうじゃないか』

『畏まりました』

 〈伝言(メッセージ)〉で素早く意見をまとめる。

 

「それは助かる」

 モモンが申し出を受諾する。

「ああ、任せてよ。じゃあ、まず依頼の受け方だけど……」

 ブリタは喜々として話し出す。

 

「なあ……あいつ、あんな奴だっけ?」

 ブリタを以前から知る冒険者たちは、ブリタが初心者に対してあまりに親切なので驚きを隠せなかった。

 

 

 アインズ達は、先輩冒険者であるブリタから、依頼の受け方、報酬の受け取り方、モンスターを倒した場合の証明方法など、冒険者の“イロハ”を叩きこまれる。

 途中ナーベがブリタの言葉遣いに対し、文句をつけそうになるというハプニングはあったが、無事レクチャーは終了する。

 

(なんだかゲームのチュートリアル終了って感じがするな)

 アインズは懐かしく思い出す。

 

「……何かお勧めの依頼はあるかな?」

 アインズは先輩を立てる意味と、自身が文字を読めないことを知られないようにするためにブリタに尋ねた。

「出来れば一番難しいものを頼む」

 モモンもそれに合わせる。このあたりは“アドリブ”だが、アインズとモモンの息はまさに阿吽の呼吸と言える。

 

「そうだねえ。(カッパー)クラスの依頼なんて、アンタ達ならどれでも簡単にこなせそうだけど、私の見たところならコレ……」

 ブリタは依頼の中から一枚の羊皮紙を選び出す。

 

「どのような内」

「モモン様! アロー様!!」

 アインズの質問をかき消すように受付嬢から声がかかる。

「……どうしたのかね?」

 モモンはアインズの邪魔をしたということで殺気立つナーベを制しながら、重々しくも穏やかな声で尋ねる。

「お話のお邪魔をして申し訳ございません。モモン様とアロー様に名指しの依頼が入っております」

 それを聞き、アインズとモモンは顔を見合わせ、ナーベは不審感を隠せない顔になる。

 

「ナーベ」

 小声でアインズはそれを窘める。

「……名指しの依頼ですか?」

「いったい誰が……」

 昨日この都市に来たばかりのアインズ達にはこの街の知り合いなどほとんどいないに等しい。

「すごいじゃないの! 名指しの依頼なんてそうそう貰えるもんじゃないよ!」

 ブリタが一番興奮している。

 

 

「僕が依頼させていただきました」

 人垣の中から現れたのは金髪で顔の半分が隠れてしまっている少年、昨日出会った薬師ンフィーレア・バレアレである。

 

「……ンフィーレアさん?」

 アインズ達にとってはこの都市での数少ない知り合いの一人である。 

「昨日はありがとうございました。アローさん、モモンさん」

「……こちらこそ」

 モモンが重々しく答え、その隣でアインズは頷き同調する。

「依頼内容をお話してもよいですか?」

「……構いません。ちょうど依頼を探していたところですしね」

「ああ、ぜひ聞かせてもらおう」

 この後聞いた依頼内容は、ポーションの元となる薬草を採取するためにカルネ村近辺の森まで行くので護衛をしてほしいというものである。

 またアローとモモンに依頼した理由を尋ねたところ、今までに依頼していた冒険者が別の街へ行ってしまった為、新しい人を探していたこと、(カッパー)のプレートなら安く済むと思ったこと。そして、昨日の宿の一件を聞き頼れそうだと思った……ということであった。どれも妥当な理由でもあり、アインズ達はこの依頼を受けることにする。

 

 

「……わかりました。この依頼お受けしよう。異論はないな?」

「私は問題ないぞ、モモン」

「お二方がよいということであれば、私も問題はありません」

「皆さんありがとうございます。よろしくお願いいたします」

「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」

 アインズ達の初めての冒険は、ンフィーレア・バレアレの護衛任務に決定した。

 

 

「おめでとう。頑張りなよ!」

 依頼がまとまったのを見てブリタが声をかける。

「……ありがとうございます」

 ここはモモンが応じる。

「ンフィーレアさん、一つ伺いたいのですが……」

「なんでしょうか、アローさん」

「我々3人は腕には自信があります。ただ、今回は護衛任務ということですので人手は多い方がよいと思います」

「確かにそうですね。ああ、別に私の方は人数が増えても問題はないですよ」

「ありがとうございます。ではブリタさん、よろしければ一緒にいきませんか?」 

 突然名を呼ばれたブリタは驚きを隠せない。

 

「えっ? 私??」

「無理にとはいいませんが」

「いや、特に予定もないし、無理なことなんてないよ。お願いするわ」

「じゃあブリタさんもよろしくお願いしますね」

 出発はニ時間後に決まり、それぞれ準備を整えて集合することに決まった。

 

 

 

 

◇◆◇ ◇◆◇

 

 

 

 

 アインズ達は集合場所近くの人の少ない路地裏に移動し、時間になるのを待つ。姿はそのままだが、防御魔法を張ってあるので、周囲を気にする必要はない。

 

「アインズ様、お伺いしたいのですが……」

「あの赤毛のことだな? 赤毛には証人になってもらう。我々の名声を高めるための道具というわけだ。もっともそれだけではないがな」

「なるほど……」

「して、アインズ様。今回は依頼を成功させるということでよろしいのでしょうか?」

 姿はモモンのままだが、声はパンドラズ・アクターのものになっている。

「もちろんだ。パンドラの言いたいこともわかるぞ。あのンフィーレアの生まれながらの異能(タレント)だろ?」

「はい。昨日も申しましたが、危険な能力だと思われます」

「ナザリックに取り込みたいところだが、いきなり依頼を失敗するわけにはいかないからな。いずれはこちら側に引き込みたいが」 

「かしこまりました。ではその方向で動くようにいたします」

「頼むぞ。さあ、冒険の始まりだ。行くぞ!」

 

「「はっ!」」

 いよいよ、アインズ達の初めての冒険が始まる。

 

 

 



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シーズン1第7話『黒と緑の競演』

 エ・ランテルを出たアインズ達は隊列を組み進む。

 

 その中心となるのは、依頼主であり、護衛対象者でもあるンフィーレア・バレアレの乗った馬車で、御者は彼自身が務めている。

 その手綱さばきは手慣れたもので、よそ見をしたり、話をしながらでもしっかりと馬車を制御していた。

 馬車を引っ張る馬は葦毛の馬一頭だけだが、この馬は、そのあたりの馬と比べてもはるかに立派な馬体をしており、まったく疲れをみせずにいる。その荷台は薬草採取用の道具や、保存する為の瓶や篭などで埋まっており人を乗せるスペースはない。

 

 馬車の前を歩くのは、レンジャーの能力を持つ緑のフードの男、アロー。なおこのアローは、アインズがアイテム”緑の矢(グリーン・アロー)”の力によって変身した姿である。

 

 フードを初めとした装備品は緑で統一され、背中には矢筒を下げ、左手には大きな弓を持っている。

 無駄な装飾などを省いた機能性を重視した一品であり、見た目以上の強度を誇る。相手の攻撃を受け止める盾の役目を果たすことや、そのまま弓で殴るということも可能で、下手な殴打武器よりも攻撃力はある。

 また、弓だけではなく矢も、その名の通りに緑のカラーリングに統一され、さながら『アロー専用』という雰囲気を醸し出している。

 背負っている矢筒は、”無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)”を応用したようなマジックアイテムで、自動的に矢が補充される設定になっている。無限と言いながら限界はあることになっているが、通常の使い方をするのであれば、矢が切れる心配はほぼない。

 

 

 馬車の隣に目をやると、パンドラズ・アクターが変身している漆黒の全身鎧(フル・プレート)の戦士モモンが右側を堂々と歩み、左側は魔法詠唱者のナーベが鋭い眼光で周囲を睨み付けながら、ガードしている。なおアインズがオマケで連れてきた女冒険者は戦力としては計算していない為、馬車の後方に廻されている。

 

 

 エ・ランテルを出発して半日。ここまでの所はモンスターが現れることもなく平和な旅路が続いており、アインズはリアルでは味わえなかった美味しい空気と美しい自然……そしてンフィーレアとブリタとの会話を楽しんでいた。ブリタには冒険者の話や武器のこと、ンフィーレアには魔法のことやポーションのこと、そして世界の決まり事など色々なことを質問し、知識を得ていた。

 

 

「アローさん、そろそろモンスターが出てくる地域だって聞いているよ。警戒よろしくね!」

 馬車の後方から、赤毛の鉄プレート女冒険者ブリタの声がかかる。 

 

「了解した……」

 話をしながらもアインズは警戒は怠ってはいなかったが、より集中力を高めることにする。

(まあ、出てきたところで我々の相手ではないが……)

 カルネ村でアインズがスキルを使って作り出したアンデッド”死の騎士(デス・ナイト)”。ユグドラシルでは盾役に使い捨てる程度のアンデッドが、この異世界では”伝説クラスのアンデッド”といわれるくらいのレベル差があるのだから、このあたりで出現する普通のモンスターなどが、まずアインズ達の相手にはならないと思われる。

 

 

 

「むっ……どうやら、ちょうどお出ましのようだ。気をつけろ!」

 一行の右前方にある森から姿を現したのは、人間の大人の3分の2程度の大きさの醜悪な顔の小鬼(ゴブリン)と、大人の背丈の倍以上の大きさで、ずんぐりした体格のより醜悪な顔をした人食い大鬼(オーガ)の集団であった。  

 

「ヤバイ! アレは数が多いよ。まずくない? 逃げた方がっ!」

 ブリタが声を上げる。

 

 相手はさびた鉄の剣や棍棒・オノなど、バラバラの武器を手に持ち、ボロボロの革の鎧や、獣の皮などを身に着けた小鬼(ゴブリン)が15体。

 人間ほどの大きさはある棍棒を持った人食い大鬼(オーガ)が6体。合わせて21体の大所帯である。

 それに対し、こちらは護衛対象者を除けばたった4人。数の上でみれば圧倒的に不利な状況といえた。

 小鬼(ゴブリン)達は数で彼我の戦力差を図る傾向にある。つまり彼らからしたらこの状況は美味しすぎるシチュエーションであり、簡単には逃がしてはくれないだろう。

 冒険者たちからみれば小鬼(ゴブリン)は決して強いモンスターではないが、やはり同数以上いる場合苦戦は免れないとされている。ましてや相手にはパワーが桁ハズレのモンスター、人食い大鬼(オーガ)まで複数いるのだ。ブリタの意見は普通なら間違っていない……そう普通なら。

 

 

「……力は数に勝る」

 アインズは、そう呟くと素早く矢をつがえ弓を構える。

「……まず私が数を減らす。モモンはオーガを頼む。ナーベはンフィーレアさんの方へ敵がいかないようにフォローに回れ。もし逃げる敵がいれば魔法を放て! ブリタさんは、ンフィーレアさんを守ってください」

「――了解した」

「……承りました」

 モモンとナーベは即答し、それぞれ鞘から剣を抜き戦闘態勢に入る。

 

「ちょ、ちょっと! マジでやる気なの?」

 ブリタは慌てながらも剣を構える。その顔は青白い。

「――当然だ。あの程度、ものの数ではない」

 アインズは、ブリタの返事などは待たずに、矢を放つ。

 

 ビシュッ!! 

 

 約200メートル先の小鬼(ゴブリン)めがけ、アインズの冒険の始まりを告げる矢が高速で飛んでいく。

 

「ぐぎゃっ……」

 矢は先頭にいた小鬼(ゴブリン)の眉間に正確に貫いた。確認するまでもなく間違いなく命を奪う一撃であった。

 

「テメエラ、コロス!」

「クッテヤル、クッテヤルゾ!」

「シニヤガレ!」

 仲間をやられ、怒りに燃えた小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)とともに全力で突っ込んでくる。

 

「ボゴッ!」

「ケハッ……」

 しかしアインズの弓の速射の前に小鬼(ゴブリン)達は次々に命を散らしていく。それもほとんどの者は何が起きたかすら認識できずに。

 

「ぐるるるるっ!」

 最初のオーガがモモンの前に立つ頃には、すでに生きているゴブリンは一体も存在しなくなっていた。

 

「おおおおおおおおおおっ!!! いくぞ、人食い大鬼(オーガ)!!」

 モモンが気合をみなぎらせ、グレートソードを二刀流で構える。

「ヌオオオオオオっ!」

 人食い大鬼(オーガ)が力任せに棍棒を振り上げるが、それが振り下ろされる前にモモンの右手のグレートソードが斜めに振り下ろされる。

 

 ザンッ!! 

 

「ア?」

 何が起きたか不思議そうな声をあげながら、袈裟斬りで一刀両断された人食い大鬼(オーガ)が地面に崩れ落ちる。そしてその直後に2体目の人食い大鬼(オーガ)がさらに薙ぎ払いを受け胴体が真横に分断される。

 

(パンドラよ、気合が大げさすぎだぞ……)

 アインズは心の中で溜息をつく。

 

「うそっ! 人食い大鬼(オーガ)を一撃っ? ありえないっ!!」 

「ぐおお?」

 知性で劣ると言われる人食い大鬼(オーガ)だが、さすがにここまでやられると状況を理解し、逃走に移る。だが、すでに手遅れだった。

 

「……無様な撤退だな。兵は神速を尊ぶという言葉を知らないのか。ナーベ、やれっ!」

「かしこまりました。……〈雷撃(ライトニング)〉!!」

 ナーベの突き出した右手にバチバチッという音ともに魔力が集まり、一瞬の後、サンダーボルトが草原を奔る。

 

「シアアッ……」

 雷に貫かれた2体の人食い大鬼(オーガ)はアッという間に絶命する。

「フンッ!!」

 残る2体のうち1体は、モモンがグレートソードを高速で投擲するという常識外の荒業を見せ、物言わぬ肉塊に成り果てた。

 

「逃がさん!」

 アインズは最後の一体の右足を射抜いて動きを止める。

「うががああっ!」

 暴れて逃れようとする人食い大鬼(オーガ)にアインズは素早く接近すると、一瞬のうちに人食い大鬼(オーガ)の頭を両足で挟んで後方回転し、脳天から地面に叩きつける!

 

「うおおっ!! あの技は……昨日のっ! あの巨体をぶん投げるなんてっ!!」

 そう……この技は、昨日アインズが宿で見せた技。

 アインズ自身も名称を知らないが、〈フランケンシュタイナー〉と呼ばれた技だった。

 昨日よりもずっと威力が強かったため、叩きつけられた人食い大鬼(オーガ)の頭は完全にベチャリと潰れてしまっていたが、奇跡的に右側の耳だけが、かろうじて原型を留めていた。なお、この耳を切りとって組合に提出することで報奨金を手に入ることができる。

 

 

「……ンフィーレアさんは無事かな?」

 正直聞くまでもないことだが、依頼されている以上無事を確かめるのは当然のことだ。 

 

「はい。おかげさまで……お見事な戦いぶりでした。今までにも色々な方の戦いを観てきましたけど、ここまで圧倒されたのは初めてです」

「すごかった! いや~昨日もすごいって思ったけどさあ。あんた達すごすぎるわ!!」

 

 人間本当にすごいと思った時はそれ以上の言葉が出ないものだ。

「ナーベさんの魔法もすごかったです。あんなに威力のある〈雷撃(ライトニング)〉なんて、今までにみたことなかったですよ」

 ンフィーレア自身が第2位階まで使える魔法詠唱者であるため、やはり魔法に目がいくのだろう。

 

「モモンさんもすごかったね。普通は両手で扱うグレートソードを片手に一本ずつ持って、あの人食い大鬼(オーガ)を一刀両断なんて、人間技とは思えないよ」

(実際人間じゃないからな!)

 内心でアインズは思っていたが、当然口にはしない。

「アローさんの弓の腕前も素晴らしいですね。”三国一の弓取り”と言われても僕は信じますよ!」

 なおンフィーレアのいう三国とは、リ・エスティーゼ王国・バハルス帝国・スレイン法国のことを指す。

 

「弓もすごいけど、最後の技なんて超人技ね。あのでっかい人食い大鬼(オーガ)の頭を両足で挟んで投げ飛ばすなんて、すごい筋力と瞬発力よね」

 

 この後、冒険者組合への提出する人食い大鬼(オーガ)小鬼(ゴブリン)の耳を切り取る作業を終えた一行は、途中でテントを張り一泊することになった。

 

 

 

 



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シーズン1第8話『再会』

 小鬼(ゴブリン)達を圧倒したアインズ達は、途中で一泊した後、目的地であるカルネ村が遠くに見える地点まで到着していた。

 村は頑丈そうな木製の塀に囲まれている。塀の高さは5メートルほどはあるだろうか。上を乗り越えられないように尖らせており、村を守る防御柵というよりも、砦のような印象を受ける。

 

(ほう。だいぶ工事が進んだようだな。……そういえばあいつは上手くやっているのだろうか)

 アインズは村の守りに派遣した戦闘メイド(プレアデス)のルプスレギナ・ベータの顔を思い浮かべる。彼女は人あたりがよいので問題ないはずだが、間近でナーベラルの失敗を見ているので不安は残る。

 

 この村の復興にアインズは直接関わっていないが、力にはなっている。村へはルプスレギナ以外にもゴーレム数体とデス・ナイトを派遣している。

 

 ゴーレム達は人間ではとても出せないような力を持つ上に疲労することがない。そのため不眠不休――もともと眠りも休みも必要ないのだが――で働くことができるため、短期間でここまでのものを作ることができた。大勢の村人が殺され、人手の減っていたカルネ村の住人にとっては、これ以上ない支援と言える。

 

 塀の中央にあるカルネ村の門は閉ざされており、中を窺うことはできない。その門へと通じる道の両側には人の背丈ほどがある草が茂っている。歩みを進めるうち、アインズは複数の生体反応に気づく。

 

(……何かいるな。うん? この感覚は……”小鬼(ゴブリン)将軍の角笛”で召喚された小鬼(ゴブリン)じゃないのか)

 この”小鬼(ゴブリン)将軍の角笛”とは、マジックアイテムの一つで、複数の低レベル小鬼(ゴブリン)を召喚するという効果をもつ。正直ユグドラシルでは微妙なアイテムであった。 むしろ役に立たないゴミアイテムという評価が正しい。

 アインズはそれをカルネ村の住民で、最初に助けた少女、エンリ・エモットに身を守るようにと2つ与えていた。

 このアイテムで召喚された小鬼(ゴブリン)は、召喚者の命令を忠実に聞くこと、そして時間で消滅しないというメリットを持つ。

 そのうちの数体が道ぞいの草の中に隠れているのが、アローに変身中で感知力が強化されているアインズには手に取るようにわかる。まだ距離は十分あるので、先制することは容易だ。やる気になれば全員の武器を撃ち落とすこともできなくはない。

 

 

『アインズ様!』

『わかっている。パンドラズ・アクターよ、この先に伏せているのは小鬼(ゴブリン)だ』

『掃討いたしますか?』

『いや、アレは敵であるとは考えにくい。おそらく私が渡したアイテムで召喚したものだろう。敵意をみせたら別だが、そうでなければ傷つけることのないようにな……まあ敵に回ったところで私たちなら問題はないがな』

『畏まりました。アインズ様』

 〈伝言(メッセージ)〉を起動し、アインズ達は素早く行動指針を決定する。

 

 

「変だな。あんな頑丈そうな塀はなかったはずなのに」

 何度もここに来たことのあるンフィーレアは村の変化に気づく。アインズよりも遅いのは、レベルの違いというものだろう。

「そう? 開拓村に対モンスター用に備えがあるのは珍しくはないと思うけど」

 ブリタはこの村のことを知らない上に、感覚も特に優れているわけではないため能天気な反応をみせる。

「うーん、おかしいですね。元々カルネ村付近は、”森の賢王”という魔獣の縄張りになっていてモンスターはほとんど近づかないはずです。だからほとんどモンスターに襲われることがなかったんですよね。それで塀などは存在しなかったんですが……何かあったのかな?」

 まさかモンスターではなく、同じ人間に襲われたとは知る由もない。

「うーん、自衛に目覚めたんじゃない? 最近物騒だしさ」

「だと、いいんですが……」

 アインズは真実を知るが、アロー達3人もこの村に来るのは初めてという設定だ。当然それについては何も言わない。もっともアインズ以外のパンドラズ・アクターとナーベラルの二人は事実初めてなのだが。

 

 

 

「……ブリタさん。ンフィーレアさんを守ってください」

「えっ? ああ、わかった」

 ブリタはアインズの警告を受け、素早く警護対象者であるンフィーレアの前に出る。

「ナーベもいいな?」

 モモンの言葉にナーベは頭を下げて意を示し、ブリタと並んでンフィーレアの盾になる。

「……姿を現せ、小鬼(ゴブリン)! 我々は薬草採取の為に村を訪れたものだ! 敵意はない」

 アインズは弓を握っている左手をだらりと下げて、攻撃する意思がないことを示す。モモンも腕組みをして立つのみで、二本のグレートソードは鞘に収まったままだ。

「……この距離でオレ達に気が付くとは、タダモンじゃねえな、アンタ」

 精悍な体つきの小鬼(ゴブリン)達が姿を現し、その先頭に立つ、一回り体の大きな立派な筋肉に包まれた小鬼(ゴブリン)が返答してきた。彼は他の小鬼(ゴブリン)より装備も1ランク上の物を装備しており、おそらくリーダーと思われる。

 それに従うのは戦士風の者、弓矢を持っている者など総勢で10体を超える。数だけなら昨日の小鬼(ゴブリン)の方が多いが、戦闘力はおそらく今目の前にいる小鬼(ゴブリン)達の方が高い。

 その鍛えられた体つき、しっかりと磨かれた武器や防具、そしてなによりも知性が違うように感じられる。

 

「こ、こんな村の近くに、小鬼(ゴブリン)!?」

「よしたほうがいい」

 ブリタがあわてて剣を抜こうとしたが、ナーベがそれを冷静に押しとどめる。

「それはどうも。……私の名前はアロー。”ンフィーレア・バレアレ”さんの護衛の者だ。ンフィーレアさんは何度もこの村に来られているそうだから、村の人に聞いてもらえればわかるはずだ」

「アローさんだな。オレはジュゲムっていいます。オレには判断が出来ねえから、姐さんに確認させてもらう。その間動かないでいてもらえますかね。動かないでいてくれれば、こちらも危害を加える気はないもんで」

「……了解した」

 小鬼(ゴブリン)の1人が村へ駆け込んでいく。

 

「ありがてえ。そっちの赤毛の姉さんはオレらで対処できるだろうけど、正直アンタと、そっちの全身鎧(フル・プレート)の人からはヤバイ雰囲気がバリバリ伝わってくるんでね。あと黒髪の姉さんもだ」

 ジュゲムと名乗った小鬼(ゴブリン)はアインズとモモンを交互に目をやる。

 

(ほう……小鬼(ゴブリン)でもわかるものなのか。召喚された者はやはり昨日倒した輩とは違うのかな。召喚主に忠誠を尽くしているのは設定通りのようだが)

 

「まあ、確かにそうだけどさ。私じゃあんた達にはかなわないよ……ただの小鬼(ゴブリン)とは一味違いそうだし……」

 小鬼(ゴブリン)からすれば脅威ではないと言われたブリタ。ただ、彼女は納得もしていた。今、目の前にいる小鬼(ゴブリン)は、ブリタが今までに見たことがある小鬼(ゴブリン)とは明らかに違っていた。今のブリタでは、相手にすらならないほどの強い相手に思える。

 

「この村はいったいどうなっているんだ! 姐さんって何者だ? そいつがここを支配しているのか?! エンリは無事なのか!」

 ンフィーレアが掴みかからんばかりの勢いで声を張り上げる。ブリタとナーベが進路を塞いでいるため言葉だけですんでいるが、いなければ実際に掴みかかっていたであろう。

 

(おとなしい坊ちゃんだと思っていたが、意外とそうでもなかったのか……それにしてもエンリだと? ……なるほど。彼女が言っていた魔法が使える薬師の友人とは彼……ンフィーレアのことだったのか。てっきり女だと思っていたが)   

 

 エンリと聞いた小鬼(ゴブリン)が何か言おうとした瞬間、「どうしたの、小鬼(ゴブリン)さん?」と、金髪の少女がひょこっと姿を見せた。

 

「エンリッ!!」

「まあ、ンフィー! 久しぶりね」

 何事もなかったかのように笑顔で出迎えるエンリの姿に安堵の表情を浮かべるンフィーレア。

「よかった、無事だったんだね。エンリ。よかった~。小鬼(ゴブリン)はいるし、以前はなかった塀はあるしで、エンリが無事か、不安で、不安で」

「……色々とあったのよ。あ、ジュゲムさん、彼は私の友達だから大丈夫。冒険者の皆さまもどうぞ。ようこそカルネ村に」

 エンリの表情が一瞬陰ったが、すぐに笑顔に変わる。

「僕でよかったら話きくから!」

 ンフィーレアは精一杯の言葉を伝えた。

 

 

 この村に起きた悲惨な出来事と、それを救った謎の大魔法詠唱者(マジックキャスター)アインズ・ウール・ゴウンを知ることになるのはこのすぐ後であった。

 

 

 

(やれやれ。ンフィーレア・バレアレとエンリ・エモットが友人だったとは。世の中はこの世界でも狭いものだなあ)

 アインズは、情報の大切さをさらに痛感する。もっともさすがに人と人とのつながりまで把握するのは難しいだろうが。

 

(あの時、記憶を弄っておいて正解だったな)

 エンリ・エモットおよびその妹、ネム・エモットの記憶を、アインズは書き換えている。書き換えた内容はアインズとの出会いの部分である。アインズは死の支配者(オーバーロード)たるアンデッドの姿では登場したのではなく、“最初から嫉妬マスクを被った姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)であった”こと。

 その後に使用した魔法については、“聞いたことのない魔法で助けてくれたが、どんな魔法かはわからない”こと。そして“傷を治してくれたが、それは赤いポーションではなく何らかの魔法を使った”ことの3か所である。

 

(この世界の基準は”第3位階魔法で一流”と聞いたからなあ。オレからすれば弱すぎる第5位階魔法の〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉ですら”桁はずれ”とは思わなかったよ。ましてや最初に使った第9位階魔法〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉なんて伝説の領域らしいからなあ……ついでにと思ってポーションの事を書き換えたのは、この世界のポーションとの違いを知った以上は正解だったはずだが)

 アインズはンフィーレアと、その祖母リイジーの反応を思い出す。

 

 

(まあ、彼らがそのことで探りを入れてきたのは明白だからな。上手く赤いポーションのことをチラつかせればこちらに引き込めるかもしれないな)

 貴重な生まれながらの異能(タレント)持ちであるンフィーレア、その祖母で高名なポーション職人であるリイジー。二人を味方に引き込むことはナザリックの強化につながるとアインズは考えていた。

 

 

 



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シーズン1第9話『トブの大森林』

 

 カルネ村近くにあるトブの大森林。

 薬草採集の為に森へと入ったアインズ達は周囲を警戒しながら進んでいる。森の中は木々の枝が日を遮る影響で薄暗く、肌寒さを感じる。森の外と比べると3、4度は低いのではないだろうか。

 このあたり一帯は”森の賢王”と呼ばれる強大な魔獣が支配していると伝えられており、ここまでのところモンスターとの接触がないのは、その影響であろうか。もっとも森に入ってから未だに小動物の姿すら見かけていないのだが。

 

(……ふむ。足跡なども見当たらないな) 

 アイテムの力により、緑のフードの男アローに変身中のアインズは、そのアローが持つレンジャー能力を駆使して周囲の警戒をしつつ、地面に残る痕跡を注意深く観察していた。

(……やっぱり、違う姿で冒険をするのは新鮮だなあ)

 能力が違えば見える光景も大幅に変わるものだ。アインズはユグドラシル時代に魔法詠唱者(マジックキャスター)として森を冒険した時との違いを楽しんでいる。

 

 

「アローさんとモモンさんは、アインズ・ウール・ゴウンさんっていう魔法詠唱者(マジックキャスター)のことをご存じでしょうか?」

 ンフィーレアが真剣な顔で尋ねてきた。

「……聞いたことはないな」

 モモンがさらりと答える。まったく動揺が見えないのは流石といえる。

「……同じくだ。さっきの村で聞いたくらいだな」

 一方のアインズは、内心ドキドキしながら答える。今のアインズはアローという人間種に変身中であり、アンデッド特有の精神安定化は発動しない。もっともアローはヒーローとしてその肉体面はもちろん精神力も鍛えられている設定なので影響は少ない。

 

「そうでしたか。この辺りでは聞いたことのない名前でしたので、遠方から来られたというアローさん達たちなら、もしかしたら何かご存じかなって思ったのですが」

「ナインズ・オウン・なんとかだったっけ? カルネ村を救った奇怪な仮面の超凄腕魔法詠唱者(マジックキャスター)だっけ? 会ってみたいもんだね」

 目の前に当の本人がいるとも知らず、ブリタは気楽なものである。ナーベに睨まれていることも気づいていない。

 

「違いますよ、ブリタさん。アインズ・ウール・ゴウンさんですよ。ナインズ・オウン・ナントカじゃあないです」

 ンフィーレアは笑うが、アインズは笑えない。

(ナインズ・オウンまでは、ギルドの元になったクランの名前だからなぁ。ちょっと単純すぎるネーミングだったのかなあ? ま、きっと偶然だろうけど)

 ナザリックではアインズだけが知っている事実なのだが、ギルド[アインズ・ウール・ゴウン]は、もともと[ナインズ・オウン・ゴール]というクラン名で活動していた。 

 

(それにしても奇怪な仮面って。まあ、間違っていないけどさ。それにしても、ナーベラルの奴は、本当に人間が嫌いなんだろうなあ。……まあ、そう設定されているからそれは仕方ないか)

 アインズはナーベラルの言動に毎回ヒヤヒヤさせられていた。

 

(しっかし、なんで我慢しろとか、こう呼べという命令しているのにああなるんだろうな? もしかして、そういう設定になっているのかな? 例えば人の名前を憶えないとか。思ったことを口にしてしまうとか……うーん。弐式炎雷さんがどんな設定をしていたかは詳しく知らないんだよなあ。そもそも設定を覚えているNPCの方が少ないし)

 ナザリックのNPCは数が多い上に、凝り性なメンバーが多い為やたらと設定が詳細に記載されていることが多く全てを把握するのは不可能といってよかった。

 

「ンフィーレアさんは、そのアインズという人に会いたいのですか?」

 モモンという役になりきっているパンドラズ・アクターだからこそ口にできる、絶対支配者に対する呼び捨て行為。ナザリックのシモベにとっては不敬極まりない行為であるため、他のシモベでは殺されても口にすることはないだろう。なおナーベはやっぱり睨んでいた。

「ええ。カルネ村を、僕の大好きなエンリを救ってくださった恩人ですから、ぜひお会いしてお礼を言いたいんです」

 ンフィーレアは真剣そのものである。

 

『アインズ様、これは使えそうですな』

『ああ。ルプスレギナにエンリ・エモットを守るように伝えておこう』   

 ンフィーレアの純粋な思いに対して、鈴木悟の残滓としては「頑張れよ、少年!」という気持ちなのだが、アインズにとってはナザリックの強化につなげる鍵という感覚でしかないのでこの対応となる。

 

 

 

◆◆◆ ◆◆◆

 

 

 

「このあたりで薬草を採取します。探しているのはこういう葉になります」

 ンフィーレアは足元の草を摘むと、アインズ達に見せる。

「……私にはどうにも区別がつかないようだ」

「モモン、私も判別が……つきません」

 モモンは堂々と、ナーベはちょっと悔しそうにしている。これはモモンもナーベも薬草に対する知識を持つクラスをとっていない為、薬草の判別ができないということのようだ。

 

(なるほど、対応できる職業レベルがないと対応できないってことなんだろうね)

 ナザリックにおいてアインズは、装備品に関する実験や、料理に関する実験などをいくつか行っているが、共通していることがあった。それは”()()()()()()()()()()()()()()()”ということだ。

 

 例えば魔法詠唱者(マジックキャスター)であるアインズは、杖や短剣といった武器は装備することができ、普通に武器として扱うことができる。だが、戦士のクラスを取得していない為、魔法で自ら作り出した物を除いて剣を装備することはできない。ただし、手に持つだけなら可能だ。

 また、料理に関しては肉を焼くことすら不可能だ。アインズが挑戦した結果は、消し炭ができただけで終わった。 なお、現在変身しているアローは料理スキルを持っており、シェフ顔負けの腕を持つ。もっともなかなか披露する機会はないと思われるが。

 

 それにしても、ここは異世界なのだ。……ここはユグドラシルのゲーム内ではなく、異世界である……それなのに、こうやってユグドラシルのルールが採用されているのはまったくもって不思議なことである。

 もっとも、そもそもアインズがナザリック地下大墳墓ごとこの世界に来た原因もわからないのだから、”ここはそういう世界だ”と考えるしかないのだろうが。

 

 

「では、私が手伝おう。モモンとナーベは周辺を警戒してくれ」

 レンジャーのクラスを有するアローに変身中のアインズは、薬草の判別をすることができる。

「ありがとうございますアローさん。よろしくお願いします。モモンさんとナーベさんも、警戒の方をよろしくお願いします」

 ンフィーレアが丁寧に頭を下げる。

「……了解した。ナーベが〈警戒(アラーム)〉に似た魔法を使えますので周囲に張ってきます。いくぞ、ナーベ」

「かしこまりました」

 すっと歩き始めるモモンに従い、ナーベもお辞儀してからその場を立ち去る。これは雇い主に向けたものに見えるが、実際はアインズに向けたものである。

 

『パンドラズ・アクターよ、打ち合わせ通りに頼むぞ』

『お任せください、アインズ様』

 〈伝言(メッセージ)〉で短い言葉を交わす二人。その思惑などを知らないンフィーレアとブリタは薬草採取に夢中になっていた。

 

 

 

◆◆◆ ◆◆◆

 

 

 

 森の奥へと入り、少し開けた地点に移動したモモンとナーベは足を止める。

 

「この後はどうなさるのでしょうか、パンドラズ・アクター様」

「アインズ様のお望みはご存じですよね、ナーベラル殿」

 姿はモモンだが、声はパンドラズ・アクターのものになっている。

「はっ。我々は冒険者としての偽装身分を作り、その名を高め、下等生物(ダニ)共を恐怖に陥れるとのことですよね」

 ナーベラルは自信満々に答える。

 

(うーん、何と言ってよいのやら……アインズ様にも報告しておかないといけませんね)  

 パンドラズ・アクターは面頬付き兜(クローズド・ヘルム)の内側で埴輪の口をパクパクする。

 

「ちょっと違いますね。偽装身分を作り、その名を高めるところまではあっていますが、アインズ様は人間達に慕われるような存在になろうとしています」

「なんと、そうだったのですか?……なぜウジムシなどに慕われるようにせねばならぬのか、私には理解できませんが……」

 

「よいですかナーベラル殿。アローは”街の人々を闇の脅威から救うヒーロー”、モモンは”弱者を救い、強きものに挑む正義の高潔な戦士”。そして、ナーベはそれを補佐する優秀な魔法詠唱者(マジックキャスター)にして”美しき姫君”という設定になっています」

 パンドラズ・アクターはいつもの調子とは違ってすこぶる真面目な口調で話す

 

「わ、私が、う、美しき姫君?」

 普段冷静なナーベラルの声が上ずり、頬がほんのりの桃色に染まる。

「そうですよ、ナーベラル殿。これはアインズ様がお決めになられた我々3人の冒険者としての役割なのです」

「なっ……アインズ様が……お決めになられた! と」

 

「はい。アインズ様はこうおっしゃっていましたよ……」

 パンドラズ・アクターはここで言葉を切り、アインズの声に切り替える。

 

「パンドラズ・アクターよ。私の変身する”緑のフードの男”とお前が担当する”漆黒の戦士”だけでは少々華がないとは思わないか。……うむ、お前もそう思うか……そこでだ。私は、ナーベラル・ガンマを連れていこうと思っている。彼女なら姫役をこなしてくれるだろう」

「アインズ様が、そこまでおっしゃってくださっていたのですか……」

「ええ。私も”美しき姫君”の役は、ナーベラル殿にぴったりだと思いましたので同意いたしました。ですので、アインズ様も私もナーベラル殿には大いに期待しているのです」

 パンドラズ・アクターの声は本来のものに戻っている。

 

「そうとも知らず、私は……なんて愚かな……」

「よいのです、ナーベラル殿。今後に期待しています」

 兜の下で顔は見えないが、きっと笑顔なのであろうとナーベラルは思った。

「かしこまりました。全力を尽くします」

「頼みますよ。さて、ではナーベラル殿。最初の質問へ回答させていただきます。ここで我々の名声を上げるため、ちょっとした仕掛けをすることにします」

 パンドラズ・アクターは芝居がかった口調に戻っている。

「仕掛けでございますか?」

「ええ。さらなる名声を上げる為に」

「しかし、パンドラズ・アクター様。我々の力はすでに十分に見せつけたと思いますが……」

「いえいえ、まだまだ全然足りませんよ。ナーベラル殿」

 パンドラズ・アクターは右手の人差し指を一本立てるとチッチッチッという音とともに左右に振ってみせる。

「確かに私は人食い大鬼(オーガ)を一刀両断にしてみせましたし、アインズ様はアローとして、小鬼(ゴブリン)を瞬殺なさいました。ですが、しょせんは小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)です。相手として十分でありません」

 パンドラズ・アクターは、パチ~ン!と指を鳴らし、ナーベラルを指さす。

 

「なるほど。ではどうするのですか? シモベでもけしかけますか?」

「それもアインズ様と私で考えましたが、今回は途中で話題に出てきた”森の賢王”を使います」

「森の賢王……ですか?」

 ナーベラルの記憶にはない名前だ。

「ふう……これからは、話はちゃんと聞いた方がよいですよ」

「……申し訳ございません」

 すごい勢いでナーベラルは頭を下げる。

 

「いいですか? 人食い大鬼(オーガ)を一刀両断にし、小鬼(ゴブリン)の集団を瞬殺したという話をするのと、”森の賢王”を倒したというのでは、圧倒的な違いがあります。前者は、所詮はありふれたモンスターにすぎませんが、後者はこの世界では伝説として語り継がれている存在ですからね」

 森の賢王……トブの大森林を大昔から支配する白銀の体毛を持ち、尾は蛇のような四足獣と聞いている。

アインズはその正体を「鵺ではないか?」と推測していたが、パンドラズ・アクターは「混合魔獣(キマイラ)の亜種」ではないかと睨んでいる。

 

「では、これから捕えにいかれるので?」

「いえいえ。もう手は打ってありますよ、ナーベラル殿」

「はーい、そういうことで私の出番でーす!」

 この上から少女の声がする。

 

「なっ? アウラ様! いつの間にっ!!」

 枝からぴょんと飛びおりてきたのは、ナザリック第六階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラである。

その肌の色は薄黒く、耳は長く先は尖っている。彼女は闇妖精(ダークエルフ)。見た目は10歳程度に見えるが、エルフは長命種であるため実際は76歳。またその瞳は特徴的で緑と赤と左右で異なった色をしている。

 

「さっきからずっといたよ。この森に入ったときから」

「……まったく気づきませんでした」

 63レベルのナーベラルでは、100レベルであるアウラを感知できなくても仕方がないことだろう。

 

「ヘヘヘッ。まだまだだねえ、ナーベラル♪」

「……精進いたします」

 ナーベラルは頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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シーズン1第10話『アローVS森の賢王』

 トブの大森林に入ったアインズ達は薬草の採集に励んでいる。

「お、これだな」

 アインズは目的の薬草を見つけると、慎重にその葉を摘む。

(……ブルー・プラネットさん。あなたが愛し、求めていた自然がここにあります。ここにブルー・プラネットさんがいたら、どんなに喜んでくれただろうか……) 

 アローの姿に変身しているアインズは目的の薬草を見つけては摘むという、荒廃したリアルの世界ではできない体験を楽しんでいた。ほとんどレジャー感覚といえる。

 

 

「これだけ採取できれば十分ですかね」

 額の汗を拭いながら立ち上がるンフィーレア。その顔には満足そうな笑みが浮かんでいる。それもそのはずで、いつもより質のよい薬草や、普段なかなか手に入りにくい薬草も今回は採取できているのだ。

 アローとモモン……そしてナーベ。3人もの強者に守られているという安心感もあり、いつもよりも奥まで進んでいたのだが、そのことにンフィーレアは気づいていない。

 

 ガサッ! バサッ! バサッ! バサッ!! という葉を揺らす音、そして鳥の羽音が聞こえたので、そちらを見てみると遠くから一斉に鳥の飛び立つ姿が目に入る。

 

(普通なら良くない予兆だよな。まあ原因はわかってはいるけどね) 

 アインズは左耳を地面にあて、音を確かめる。

 

「むっ、……何かくるぞ! ”人とは違う何か、人ではない巨大な何かだ”……ンフィーレアさん、急いでここから離れるんだ」

「わかりました。急ぎましょう。ブリタさん、お願いします」

「おっけ~!」

 薬草を入れた籠をンフィーレアとブリタの二人が運び込む。

 

 

「近いぞっ!!」

 アインズが叫び、弓を構える。

「あぶないっ!」

 ちょうど荷を運び終えた二人めがけ、何か硬いものが高速で襲う。

「うわあああっ!」

「おっきゃああああああっ~!!」

 ンフィーレアは頭を抱えながら伏せ、ブリタは恐怖を感じ、ただ絶叫する。

「させるかあああっ!」

 モモンが二人の前に飛び込み、それを両手のグレートソードで受け止める。

 

 ガキイッ!! 

 

 金属と金属がぶつかり合う音がして、火花が散った。

 

「ほお、見事でござる。それがしの初撃を完全に防ぐとはやるでござるな」

 シュルシュル……と音がして、攻撃してきた金属らしきものが巻き戻っていく。どうやら襲撃してきたのは魔獣の尻尾だったようだ。

 

(それがし? ござる? ああ、そういうことか)

 アインズは疑問に思ったが、自動翻訳の結果と判断する。長いこと生きている魔獣という話だ。きっと言葉遣いが古いのだろう。

 

「……お前が、森の賢王か?」

「いかにも。それがしが森の賢王でござる」

 一行の前に、ぬっと巨大な生物が姿を現す。白い毛並みにつぶらな黒い瞳。ドデンとしたまん丸い体。その姿は、ジャンガリアンハムスターそのものであった。ただし、アインズ達よりも大きいというサイズを除けばだが。

 

「ずいぶんとでかい、ジャンガリアンハムスターだな……”ミラクル”でも投与されたのかな? まあ、この世界にはないだろうが」

 アインズは予想外のモンスターの姿に驚きを隠せない。なお”ミラクル”はARROW(アロー)の中で登場する、超人的な力を得ることのできる薬である……当然そんなものはこの世界にはないはずだとアインズは考えた。

 

(アインズ様……”ミラクル”なら宝物殿に収納されていますが……)

 モモンの中身であるパンドラズ・アクターは、ナザリック地下大墳墓の宝物殿を守る領域守護者であり、そして極度のマジックアイテムフェチでもある。当然のことながらその所在・効果は把握していた。

 

「これが……森の賢王……なんて凄い魔獣なんだ!」

「やばい……なんて日だ!! 勝てない……」

 ンフィーレアとブリタは強大な魔獣をみて恐怖に震える。

(えっ? ただのでかいハムスターだろ? なんでそんな反応になるんだ?)

 アインズには理解不能であったが、気を取り直して「この世界の基準では、とってもすごい魔獣なんだ。うん、きっとそうだ」という風に思うことにした。

 

「ナーベ、ブリタとンフィーレアさんを連れて、離れろ!」

「……かしこまりました。アロー」

 ナーベはキチッと決めて見せる。

(やればできるじゃないですか。その調子ですよ、美しき姫君ナーベラル殿) 

 パンドラズ・アクターは、人知れず兜の中で満足げな笑みを浮かべた。 

 

 

「お主、それがしの種族を知っているのでござるか?」

「知っていると言えば知っているが……」

「本当でござるか? できれば同族に会いたいのでござる。子孫を残さねば生物として失格であるがゆえに」

 アインズは、「自分も失格なのか?」と考えたが、「アンデッドだから生物じゃない!」という結論に至る。

 アルベドがどんなに言い寄ってきても求めても、無い物はないのだ。ただ、今の姿だと確実に危険なので、アルベドの前ではこの姿にはならないことを心に誓っている。

 

「コホン! ……親や兄弟はいなかったのか?」

「それが……それがしは生まれてからずっと一人だったでござるよ。同族を見たことがないのでござる」

「そうか。お前に似た生物は知ってはいるが、サイズはこれくらいなんだ」

 アインズは右手の人差し指を動かして、空中に円を描きハムスターの大きさを教える。

「……残念でござる。それでは無理でござるな……」

「なんかすまないな」

「では、気を取り直していくでござる。命の取り合いでござる! いざ尋常に勝負! さあ、さあ、さあ!」

 ぐっと気合が入るでかいハムスターいや森の賢王。それとは逆にアインズのやる気は一気に下がる。

 

 

「……ふう、やるしかないか……モモン、下がっていろ」

「よいのか? 私が相手をしてもよいのだが」

 モモン――その正体であるパンドラズ・アクター――は、自らの創造主たるアインズのモチベーションの低下に気付いていた。

「……せっかく出てきてくれたんだ。私の力を試すいい機会だからな」

(森の賢王がハズレだったとしても、それを別の方向で生かせばよいということですか。さすがはアインズ様。思慮深き御方だ)

 モモンが距離をとったことで、森の中で巨大ハムスターと、緑のフードの男が対峙する。

 

「それがしは森の賢王でござる。一人でよいのでござるか、”フードの男”よ。それがしは二人がかりでも構わないでござるが」

「ハムスター相手にそんな恥ずかしいことができるか。私の名はアロー、お前を倒す者だ」

 互いの名乗りが終わると同時にまず森の賢王が動く。

 

「いくでござる!」

 ゴオオオッ! という轟音ともに尻尾が襲い掛かる。それは先ほどよりも遥かに早く、そして重い攻撃だった。これが森の賢王の本来の一撃なのであろう。

 

「フン!」

 アインズは体を半身にすると左足を高く蹴り上げ、足裏でその一撃を受け止める。

 

 例によってアインズ自身は技名を知らないが、これは〈トラースキック〉。場合によってはフィニッシュホールドにも使われることがある技だが、それを贅沢にも防御に使ったということになる。

 

「なんと?」

 自らの一撃を完全に受け止めただけでなく、1ミリたりとも体がぶれないアインズに森の賢王は瞠目する。並みの冒険者、例えばブリタであれば一撃で死に至るほどの破壊力であるにも関わらず、アローの姿になることで飛躍的に向上した身体能力を持つアインズにはまるで通じていない。

 

「……やるでござるなっ!」

 森の賢王は続いて予想以上の鋭さを持つ右前足の爪で、アインズを攻撃する。

「セイッ!」

 アインズは弓を持った左手の甲を、森の賢王の手首(前足首?)に打ち込み、その一撃を弾く。

「ぬおっ! でござる!」

 ひるまず左、右と連続して爪が襲ってくるが、アインズは左に対しては右の手刀を打ち込み、右に対しては先程と同じように”裏拳with弓”で弾き返す。

 

「ハアッ!」

 続いて放った右エルボースマッシュを今度は森の賢王が弾き返す。

「見事でござるっ! ならばっ、〈全種族魅了(チャームスピーシーズ)〉」

 森の賢王の丸っこいボディに模様が浮かび輝く。

「ぬんっ!」

 アインズは魔法攻撃を弾き返す。今はアンデッドの体ではないので精神攻撃無効ではない。だが、アインズはそれに対抗するマジックアイテムを所持している。

 

「ならばっ! 〈盲目化(ブラインドネス)〉」

 先程とは違う模様が輝き、相手の視界を奪う魔法を放つ。 

「トオッ!」

 魔法が発動する直前に高く飛び上がり、魔法がおよぶ範囲外へと距離をとる。

「いくぞっ!!」

 そのまま降下しながら矢を3連続で放つ。

 

「飛び道具とは卑怯なり! でござる」

 昔の武士のようなセリフを吐きつつ、森の賢王は左右の爪で二本の矢を払ったが、三本目の矢は防げず、左肩へとあたる。

 カキンッ! と金属のような音がして矢が弾かれる。

 

(見た目とは違って硬いな。それにしても武人建御雷さんのようなことを言うなあ)

 アインズは懐かしい友の姿を思い出す。

(でも、お前の尻尾も飛び道具じゃないのか?)

 残念ながら尻尾は肉体の一部とみなされる為、道具ではないとみなされる。

 

「くらうでござるよォォォ-ッ! 賢王アタァァァックウ!」

 アインズがぼんやりしながら着地をすると、いつの間にか距離をとっていた森の賢王が、ものすごい勢いで全身を大きく広げて飛んできた。フライングボディアタックというところか。正直賢王の名には相応しくない技といえる。

 

「アロー!!」

 さすがにモモンが声を上げる。

 

「なめるなよっ!! ハムスター!!」

 両腕でがっちりと微動だにせずに受け止めると、アインズは自分の左膝を立て、そこに森の賢王の下腹部? を打ち付けて動きを止めた。

「……ぬおおっ……ふぎゃっ!」

 初めて受ける攻撃に苦しむ森の賢王。さらにその毛むくじゃらな顔面を掻き毟り、アインズは右人差し指を天高く突き上げ叫んだ。

 

「「ジョン・ウー!」」

 アインズとモモンの声が重なる。

 

(なんだ? 今のは……)

(思わず声を出してしまいましたが……ジョン・ウーとはなんでしょうか??)

 アインズは疑問に思い、パンドラズ・アクターは首を捻るが、何分思わず言ってしまっただけなので、答えはでない。

 

「らああっ!」

 アインズは両足で踏み切る、いわゆる正面飛びで飛ぶと、森の賢王のでぷんとした腹部へと、両足を揃えた強烈な蹴りを繰り出した。

 

「うごおおおっ!」

 回避できずにまともに受けた森の賢王は、“ぎゅーんっ!”という音ともに思いっきり吹っ飛ばされ、大木の幹へと激突! 

 その衝撃に耐えきれず、大木は真っ二つにへし折られてしまった。

 

「今のは……効いた……でござ……るよ」

 短い手いや前足でお腹をさすりながら森の賢王は、よたよたと立ち上がる。

 

 例によってアインズとモモン……いやパンドラズ・アクターはこの一連の動きの名称を知らない。それぞれ”マンハッタン・ドロップ”・”顔面掻き毟り”・”正面飛び低空ドロップキック(ジョン・ウー)”とかつて呼ばれていた技である。なぜ二人の声がそろったのかといえば、「お約束」とだけ答えておこう。

 

「ふんっ!」

 ここでアインズは矢を4連続で放つ! 放たれた矢は、森の賢王に命中する直前に金属製の縄のような形に変化すると、森の賢王のサイズの割には短い四肢を絡めとり、地面へと縫い付けた。

 

「な、なんでござるかこれは! う、うごけないでござるよ~!!」

「これは〈捕縛する矢(キャプチュード・アロー)〉というスキルで作成した矢だな。森の賢王よ、もう力の差はわかっただろう?」

 アインズは弓を構え、仰向けに倒れている森の賢王の額に突きつける。その周囲には相手を威圧するようなオーラがただよう。

 これは〈正義の怒り〉というスキルで、アインズが本来使う〈絶望のオーラ〉のレベル1よりも効果は弱いが、相手を威圧し心理的な優位性に立つことができる。主に悪人を捕える際に使う。

 先程の〈捕縛する矢(キャプチュード・アロー)〉も同様に主に悪人を殺さずに捕えるために使うもので攻撃力はほとんどない。なお、ユグドラシルでは行動阻害に対する耐性を有するプレイヤーが多かった為、まず使われることはないスキルであった。

 

 

「降参するでござる。命ばかりはお助けを……」

 ぶるぶると震え、つぶらな瞳でアインズを見る。

『アインズ様。いかがなさいますか?』

『ハムスターを殺すのも気が引けるからな。パンドラよ、こいつはこの世界ではそれなりの強さなのだろう?』

『そのようですな。……アインズ様、先日ブリタ殿が使役した魔獣がいたら組合で登録する必要があるという話をしていたかと思います』

『なるほど、この魔獣を我々が使役していれば倒した時よりも名声は上がるという考えだな』

『はい。倒した時は一瞬だけ広まりますが、連れている限りはそれが継続できます。これはメリットではないでしょうか? アインズ様の計画に、強大な魔獣を従えているという設定を加えるべきかと』

『良い考えだ。採用しよう』

『ありがとうございます。アインズ様!』

 例によって〈伝言(メッセージ)〉を起動し、方針を素早く決める。

 

「ふむ。まあ、よかろう。私の真なる名はアインズ・ウール・ゴウンという。お前が忠義を尽くすのであれば、その命を助けよう。」

「おお、ありがたき幸せでござるよ。それがし、命をかけて忠誠を誓うでござるよ」

 

 こうして森の賢王は、名前が欲しいということで”ハムスケ”というセンスのカケラもない命名をされ、アインズ旗下の魔獣として同行することになった。

 

「おお、素晴らしい名をいただき感謝感激雨あられでざる。殿!それがしは忠義を尽くすでござるよ」

 

 当の本人、森の賢王あらためハムスケが喜んでいるので、ネーミングセンスはあまり関係なかったようである。

 

 

 



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シーズン1第11話『運命の分かれ道』

 
 


 薬草採集を終え、森の賢王改めハムスケを配下としたアインズ達は、カルネ村に戻ると、ンフィーレアの友人であり想い人――残念ながら当の本人はその想いにはまったく気づいていないようだが――エンリ・エモットの質素ながらも心を込めた料理を堪能する。

 

「うまいっ! 今までこんなに美味い料理食べたことないですよ。エンリさん、素晴らしいです」

 

 アイテムの力でアローに変身しているアインズは、食事をとることもできる。出されたものは開拓村のありきたりな家庭料理ではあったが、アインズ……いや鈴木悟が過ごしていたリアルでは、食事はただ栄養分をとるだけのものであり、食事を楽しむという行為ができるのは、ごく一部の富裕層にすぎなかった。

 よって、アインズは皆で食卓を囲むという経験がほとんどなく、家庭料理という気持ちのこもった暖かいものを食べた記憶がほとんどないのだ。

 

「よかったー。気に入っていただけて。どんどん食べてくださいね♪」

「どんどん食べてくださいね♪」

 妹のネム・エモットも姉の口調を真似てみせる。

「もう、ネムったら。真似するんじゃないの!」

「真似してないもん。ネムはアローさんに「どんどん食べてくださいね♪」って言っただけだもん!」

 どっと笑いが起こり、場が和やかな雰囲気になる。

「……ありがとう。じゃあ、おかわりいただいてもいいですかね?」

「もっちろん! どんどん食べてくださいね」

「食べてくださいね~」

 その言葉に甘え、なんとアインズは煮込み料理を3度おかわりしてみせた。

(本当に美味いな。いや~アンデッドのままだと食事できないからなあ。このアイテム取っておいてよかったよ。まあ飲食不要にもメリットはあるんだけどな)

 アインズはアイテム”緑の矢(グリーン・アロー)”に感謝する。

 

(アローさん、美味しそうに食べてくれるなあ。なんだか、すっごく嬉しいな♪)

 エンリは自分の作った料理、それもありふれた田舎料理を褒め、――いや、単に褒めるだけではなく、絶賛したうえで――本当に美味しそうに食べてくれるフードの冒険者に好感を覚えた。アローと名乗った冒険者は常に緑のフードをかぶり、その目元をアイマスクで覆っている為、顔をすべてみることはできない。

 

(どんなお顔なんだろう。見える部分からすると、かなりの男前な方だと思うけどな。たしか目元に傷があるから隠しているって言っていたけど……最近はお顔を隠されている方とご縁があるなあ)

 エンリは自分を助けてくれた偉大な魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンの姿を思い浮かべた。アインズとアローが同一人物であるとは知る由もない。

 

 

 

 

◆◆◆ ◆◆◆

 

 

 

 

 一行は夜明けとともにエ・ランテルへ向かって村を出る。

「エンリ~また来るからねー」

「またね~。ンフィ! アローさんたちも気をつけて! ンフィーをよろしくお願いします!」

 見送る金髪の少女エンリの傍らには彼女が召喚した精強な小鬼(ゴブリン)が数匹ガードについている。アローことアインズと、モモンは手をあげることでその言葉に応えた。

 

 

『ルプスレギナよ、聞こえるか?』

『はい。アインズ様』

 アインズは〈伝言(メッセージ)〉を起動し、この村の守りを任せている戦闘メイド(プレアデス)の一人ルプスレギナ・ベータを呼び出す。

 

『エンリ・エモットはナザリックにとって重要人物だ。しっかりと監視し、命の危険から守れ』

『かしこまりました。アインズ様。このルプスレギナに任せるっすよ。エンちゃんのおはようからおやすみまでしっかり見守るっす。もちろん入浴とかもバッチシ。キシシシ』

 アインズはありえないはずの頭痛を感じる。

(たしかに人当たりは悪くないが、人間をなんだと思っているのだ? コイツは)

 

『ルプスレギナよ。お前は人間をどう思っている?』

『面白いオモチャっす! 親切にしておいて、最後に裏切るとか最高っすね!』

 ルプスレギナは屈託のない笑顔をしていそうな声である。

(誰だこういう設定にしたのっ!! うーん、思い出せない。メイド服はホワイトブリムさんのデザインなんだけどな。思い出せないから文句がいえないっ!!) 

 

『……危害を加えるなよ。それとハムスケ、森の賢王を連れていく。ハムスケの代わりにデス・ナイトを配置する。ルプスレギナよ、ともにモンスターから村を守れ』

『かしこまりました。おまかせを。アインズ様も道中お気をつけてっす!』

 アインズはまともな設定のシモベを探しておこうと心の中のメモ帳に書き込む。ただ、元々が異形種のみのギルドである。そう簡単に見つかるとは思えなかった。

 

 

 アインズ達一行は、道中モンスターに襲われることもなく、天候にも恵まれる順調な旅を終え、無事に城塞都市エ・ランテルに帰り着くことができた。

 途中起きたことと言えば、巨大な魔獣……森の賢王あらためハムスケにまたがる漆黒の戦士モモンの姿に驚いて腰が抜け、尻餅をつく者などが多発したことくらいだろうか……。

 

 

「うおおお、なんて立派な魔獣なんだ」

「あれで(カッパー)のプレートとか嘘だろう?」

 城門をくぐる際に、多少時間がかかったが、そこは都市の有名人であるンフィーレアの顔で通過することができた。

 アローの姿に変身しているアインズは人目のないところではハムスケに騎乗していたが、現在はパンドラズ・アクターが担当する戦士モモンにその役を任せている。

 

「アローが乗るべきでは」

「このチームのリーダーは戦士モモンとなっているのだから、モモンが騎乗すべきだ」

 モモンとナーベの主張を、アインズはもっともらしいことを言って退けた。

 どちらにせよ、アローおよびモモンの名声が高まれば十分であるし、実際はともかく、名目上のチームリーダーは戦士モモンだ。リーダーが乗ることは自然なことと言える。まあ、実際は恥ずかしかっただけなのだが。

 

 

「アローさん、モモンさん。道中ありがとうございました」

 都市に入ってすぐ、ンフィーレアがお礼を言ってくる。バレアレ薬品店とアインズ達が向かう冒険者組合は方向が違うため、ここで依頼完了となるのだ。

「こちらこそ。またよろしくお願いします」

 アローとモモンが頭を下げるのをみて、ナーベも合わせて頭を下げる。

(ナーベの奴、急に出来るようになったな。ようやく慣れてきたのか?)

 アインズは知らない。裏でパンドラズ・アクターが貢献していることを。

「たしか魔獣の登録でしたよね。冒険者組合で受け付けてくれると聞いています」

 

「モモンさん、魔獣の登録は、”絵を自分で描く”または”組合の紹介で魔法を使って登録してもらう”の二つの方法があるって話だよ。ちなみに魔法を使う場合は有料だそうだけどね」

 ”チュートリアル担当”と勝手にアインズが命名した、赤毛の先輩女冒険者ブリタが、最後のレクチャーをしてくれた。なお彼女は(カッパー)プレートであるモモン達3人の1ランク上、(アイアン)クラスのプレートの持ち主である。

 

「……ありがとうございます。ブリタさん」

「ブリタでいいよ。モモンさん達3人は確かに(カッパー)のプレートだけど、その実力はいやってほど見せてもらったもん。この都市にはミスリルのチームがいくつかあるけど、実力はモモンさんたちの方が上って気がするよ。きっとアンタ達のような人たちがアダマンタイトとかになっていくんだろうな」

「ブリタさん……」

 モモンが無駄に重々しく応える。

「だからブリタでいいってば! 本当にいい人たちだね。今回一緒に冒険させてもらって嬉しかったよ。どんどん階級上げて行ってよ。私はあの人たちと一緒に冒険したんだって、自慢してやるつもりだからさっ!」

「また一緒に冒険できるさ、ブリタ」

 アインズはそう答えておく。「まあ、もうないとは思うがな」と内心思ってはいるが。

「ああ。また機会があったよろしくね!」 

「アローさん達にも追加報酬をお支払いたしますので、後で取りにきてくださいね」

 森の賢王改めハムスケを配下にしたことで、今までよりもずっと奥まで入ることができ、より貴重な薬草を採取できた為、ンフィーレアは追加報酬を約束していた。

「……私は先にバレアレ薬品店に行って、荷卸しでも手伝うよ。今回はほとんどアンタ達にまかせちゃったからさ。また後で会おうね」   

「……ああ、後でな」

「では、後程。お待ちしています」

 

 

 ンフィーレア達の姿が見えなくなるまで、アインズ達は見送り、姿が見えなくなると同時に音が漏れないように防護を張る。

 

 

「さて、パンドラズ・アクターよ。ハムスケの魔獣登録の方は、お前に任せるぞ。ナーベラルもパンドラとともに行け」

「かしこまりました。アインズ様!」

「かしこまりました」

 二人は軽く頭を下げる。

「登録は魔法でなさいますか?」

 パンドラズ・アクターの質問にアインズはちょっとだけ考えてから答える。

「いや、”絵画に興味がある”とでも言って絵を描く方にしておこう。まだ我々は(カッパー)プレート冒険者だからな」

「かしこまりました。無駄な経費を削減することは大事ですからな」

「……アインズ様はどうなさるのでしょうか?」

 ナーベラルは疑問に思ったことを聞く。 

「……別件で動く。まあ、父兄参観のようなものだな」

「フケイサンカン? 何かの魔法でしょうか?」

「まあ、ある意味魔法だな。あの時だけは空気が魔法にかかったようになるからな。いつもは手をあげない癖にそういう時だけは、手をあげたりとか……」

 アインズは昔の記憶を思い出し、懐かしい気持ちになる。

「は、はあ?」

 当然ナーベラルにはわかってもらえなかった。

「はは。まあ、気にするな。ではまた後で会おう。何かあったら〈伝言(メッセージ)〉を使え」

「かしこまりました」

 そのままアインズは人のいない路地へと姿を消した。

 

 

「パンドラズ・アクター様は、今のお言葉の意味がおわかりに?」

「……多分ですが、これは他のメンバーの任務の様子を見に行くということでしょうね」

「……なるほど! そういうことですか」

「ええ。アインズ様がその場に居られれば、空気は変わります。まるで魔法にかかったようにね」

 実際パンドラズ・アクターとナーベラルは先程と同じ場所にいるのに、アインズの姿が消えただけで、まるで別の場所にいるかのように感じていた。

 

「早くいくでござるよー」

 ハムスケが早く身分を得たいが為に催促する。

「……行きましょうか」

「早く乗るでござるよ。殿」

 パンドラズ・アクターは、片手をハムスケの背中に置くとヒラリと赤いマントを靡かせて、無駄に大きな動きで飛び乗った。

「おお~~格好いい~~!」

「すげー魔獣だ!」 

 ハムスケに騎乗したモモンを見た住人達が、口々に感嘆の声を上げる。ハムスケを褒める声がするたびにハムスケがピクンと反応する。

 

(まあ、ずっと一人でいたのでしょうから、大勢の人からの反応はうれしいのでしょう。気持ちはわかりますよ)

 パンドラズ・アクターもずっと宝物殿に一人でいた。たまにアインズが来ることがある程度でしかない。だからこそハムスケの気持ちがわかる部分がある。

 

(私も役者ですから、どうせなら大勢の前で活躍したいものです)

 今回の冒険の観客はブリタとンフィーレアの二人だけだった。

 

 

 パンドラズ・アクターは願う、多数の観客の前で演じることを。

 

 

 



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シーズン1第12話『誘拐』

 リ・エスティーゼ王国王家直轄領、城塞都市エ・ランテル。三重の城壁で囲まれたこの都市は、王国にとって防衛の要といえる軍事拠点であり、バハルス帝国との会戦時には、ここを拠点として戦場となるカッツエ平野へと兵を派遣することになる。

 また、帝国およびスレイン法国との国境が近いという地理上から、この都市はこの三国間を行きかう商人の出入りが多く、交易都市という一面も持ち合わせている。

 

 昼間は大勢の商人が店を開き、それを買い求めるこの街の住民や、近郊の村人。そして珍しいマジックアイテムを求めて立ち寄る冒険者などで、街は大賑わいを見せている。だが、そんなこの都市も、太陽が地平線に沈むとまったく別の顔を見せる。一部店舗は例外的に賑わっているが、ほとんどの地区は静寂に包まれ暗闇が街を支配していた。

 

 

 

「ブリタさん、ありがとうございます」

 少年は、馬車の向こう側にいる赤毛の女冒険者に声をかけた。 彼の名前は、ンフィーレア・バレアレ。この都市最高の薬師リイジー・バレアレの孫にして、バレアレ薬品店の将来有望な後継ぎであり、そして強力な生まれながらの異能(タレント)を持つこの街の有名人である。

 

 ンフィーレアは額の汗を拭うため、その顔の半分を覆う金髪をかきあげた。普段は髪で隠れているが、その顔立ちは非常に整っており、何人もの異性を虜にできるだけのポテンシャルを秘めている。これも生まれながらの異能(タレント)と言えるかもしれない。

 

 

「……いいって。あの人達のおかげで、護衛任務では、なんにも役に立てていないしさ。これくらいさせてよ」

 薬草採取の際は多少は役に立てたという実感はあるものの、本来の依頼内容である護衛任務という面では、彼女自身の言葉通り何の役にも立っていなかった。

同行した(カッパー)プレート冒険者――その実力はミスリルを遥かに超えると、ブリタは思っているが――の活躍もあり、初日の小鬼(ゴブリン)および人食い大鬼(オーガ)との遭遇戦、二日目の森の賢王との遭遇戦ともに、ただ見ているだけで終わってしまっている。一応剣は抜いたが使う機会は訪れなかった。

 

 

「何だか申し訳ないですね」

「いいって、いいって!」

 ブリタとしては今回の依頼で、この都市最高のポーションを扱っている”バレアレ薬品店”との繋がりができただけでも十分な成果といえるし、これからきっと頂点に登りつめていくであろう実力を持つ冒険者、アロー・モモン・ナーベの3人と一緒に旅をしたということは、二度と得られないかもしれない貴重な経験となる。

 それに現実的な話として追加報酬まで貰えるのだ。荷降ろしを手伝う程度は、当然と考えていた。

 

 

「これで最後ですね」

「結構時間かかったね」

 数も多かったが、二人だけでの作業だ。効率がよくないのは否めない。

「ブリタさん、馬車を裏に止めてきてもらえますか? 僕は中で整理しているので、馬車を止めたらお手伝いお願いします」

「オッケー。任せてよ」

「冷えた果実水がありますので、終わったら声をかけてくださいね」

「おーいいね!」

 ブリタは手綱を引いて馬を誘導し、馬車を店の裏へと移動させる。

 

 

「さってと、今回は量があるから仕訳が大変だな。頑張るぞ!」

 ンフィーレアは腕まくりをして、薬草の詰まった壺を持ちあげた。

 

 

「んふふー、おかえりなさーい♪」

「えっ? 誰?」

 聞いたことのない若い女の声にビクリとし、ンフィーレアは声のした方向へと顔を向けた。暗い店内から漂う薬草の臭いの中に、何か花のような香りが混ざっているが、人の姿はしない。

「この香りは……蒼い薔」

 香りの正体に気づいたところで、ンフィーレアの意識は途切れた。

 

ガシャァン!!

 

 ンフィーレアの持っていた壺が大きな音とともに割れ、深い緑色の草が壺のかけらとともに散らばった。その近くには蒼い花びらがひらりと舞い落ちる。

 

「んふふー。ンフィーレアちゃん、ゲットォ♪」

 闇の中で、短いブロンドの髪をした女が笑みを浮かべている。目を凝らしてよくみると、その右拳はンフィーレアの腹部にめり込んでいるのがわかる。

 

「ずーっと待っていたんだよ? 寂しかったんだからー。もう一人で身悶えちゃうくらいに」

よく見ると整った顔立ちをしてようにも見えるが、暗い色のフードを被っている上、店内は明かりがついておらず闇に溶け込んでしまいハッキリとは見えない。

 

「タイミング悪かったみたいだけど、これで安心だよねー! これからひと騒動起こせちゃう。 うふふ……楽しみだよねー♪」

 ニンマリと笑うその顔は、”人とは違うなにか、人ではない何か……”であり、獰猛な肉食獣が獲物を前にした時に浮かべる笑みのようにも感じられる。まず間違いなく闇を味方にするタイプの人種であろう。

 

「じゃあ、行こっかー。楽しいことになるよー。ねえ、ンフィーレアちゃん♪」

 同世代と比べると若干細身とはいえンフィーレアは男である。だが、ブロンド女は軽々と左肩に担ぎあげると、堂々と入口から出て行こうとする。

 

「ンフィーレアさん、何かあった? 大きな音がしたけど??」

 馬車を止め終えたブリタが声をかけながら入口へと近づいてくる。

「ンフィーレアさん?」

 ブリタは不思議そうな顔をしながら店へと入る。彼女の顔は正面を向いており、その位置からだと扉が邪魔をして、女とンフィーレアの姿は目に入らない。

 

「チッ!」

 舌打ちとともに素早く右手で腰のベルトに差し込んであったスティレットを引き抜くと、ブロンド女はブリタの腹部にブスリという音を立て、一瞬の躊躇いも、そして一切加減することもなくそれを刺し入れた。

「ガハッ……!」

 何が起きたのか理解できないうちにブリタは強烈な痛みを腹部に感じ、一瞬の後に口から大量の血を吐きながら、前のめりに自らの吐いた血に向かって倒れこむ。

 

「バイバ~イ♪」

 聞いたことのない女の声と、ガシャンッ!という音とともに床に倒れ伏したブリタの目に映るのは、先程ンフィーレアとともに店内に運びこんだ、見覚えのある壺のかけらと飛び散った薬草だけだった。

 

(ン、ンフィーレアさん……なんて……日……だ……アローさ……モモ……ンさ……ん……ナー)

 依頼主の安否を気にしながら、ブリタは共に旅をした冒険者を思い浮かべる。右手をどこへともなく伸ばす。震える指先が何かに触れたところで動きが止まり、ブリタの意識は白に染まった。

 

 

 

「んふふふふっ~♪ おんやー、残念。もしかして死んじゃったのー? ばっかだよねえ、もう少しゆっくりと馬車を止めていればよかったのにね!! ”出てこなければ殺られなかったのに♪” うーん、でもやっぱり殺しちゃったかもー!!」

 この女の楽しげな独り言は、ブリタには当然届くことはなかった。

「急ぐから、じゃあねっ~♪」

 女はそのまま何事もなかったかのように、店を出ると、走り始める。

 

 

 

 

 走る! それも人を肩に担いでいるとは思えないスピードで。女は疾風のように街を駆け抜けていき、あっと言う間に目的地までの道のりを走破する。そして、そのまま暗闇の中へ溶けるように消えていった。なお、その間一切スピードは落ちることはなく、鼻歌も途切れることはなかった。もっともそれを知覚できる“人間”は誰もいなかったが。

 

 

「なあ、今何か聞こえなかったか?」

 墓地近くの街を巡回中の衛兵二人組のうち、背が高い方の衛兵があたりをキョロキョロと見まわしながら尋ねた。

「いや……何も。何も聞こえないが、一体何が聞こえたんだ?」

 背の低い方の衛兵――筋肉の付き具合はこちらの方がガッチリしている――が聞き返す。

「……うーん。はっきりとは言えないが……何だか若い女の声が聞こえた気がしたんだよな」

「はあっ? 気のせいだろ。このあたりには老婆はいても、若い女なんていないぜ」

 この近くには神殿があり、よく病気の老婆などが歩いている。もっともそれは昼間の話であり、今の時刻には人っ子一人いない。

 

「ははっ。そりゃ、そうだよな」

「そうそう。疲れているのか? ……それともアンデッドかもしれないな」

「やめてくれ」

「ま、ここは墓地からは少し離れているからな。アンデッドなんて出やしないさ」

 衛兵達はのんきな会話を交わしながら、巡回を続ける。

 

「たまには、何か事件起きないかな。正直ここのところ暇すぎる」

 背が高い衛兵は不満げな顔である。

「お前、そういうこというなよな~。よく物語であるだろう? そういうことを言っていると事件に巻き込まれることになるんだぜっ!」

「はっはっは。そんなわけないだろう。ここのところアンデッドも出ないし、平和そのものじゃないか」 

 笑いあう二人。その口ぶりは平和な日常そのものであった。

 

 

 だが彼らは知らない。闇はいつも光の陰に隠れていることを。

 

 そして、闇はいつでも自分たちのすぐそばに存在するものであることを。

   

 

 



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シーズン1第13話『依頼』

 

 夜の闇に包まれた城塞都市エ・ランテル。ごく一部の酒場などを除き人の姿はまばらであり、街は明るい時間帯とはまったく別の顔を見せている。

 エ・ランテル冒険者組合があるこの区画も、この時間になると人影は少なく、せいぜい数人の冒険者が報告に訪れている程度でしかない。

 

 だが今日はいつもとは違っていた。冒険者組合の建物を中心に人が集まり、気が付けば組合を半円状に囲んで人垣が十重二十重に囲み、人の声が重なりあってかなり騒々しくなっていた。

 

 冒険者組合の入り口前に、ど~ん! と座り込んでいるのは、背丈が人の2倍以上、幅はそれ以上の強大な体を持つ白毛の大魔獣であった。その姿はサイズを除けばジャンガリアンハムスターそのものと言えるが、ハムスターを知る者はこの場には存在しない。

 この魔獣の名はハムスケ。つい昨日までは”森の賢王”と呼ばれていた伝説級の魔獣である。現在はアインズの配下として新たな人生……いや獣生? を歩み始めていた。

 その傍らには漆黒の美しい髪をポニーテールにまとめ、深い茶色のローブをまとった絶世の美女、冒険者ナーベ――本来の名は、ナーベラル・ガンマ――が付き添っている。釣り合いのとれない二人……いや一人と一体。まさに、美女と魔獣とも呼べる組み合わせであった。

 

「んあーっ。ひまなのねー。ナーベ殿、殿はまだでござるか?」

 ハムスケは大あくびをしながら伸びをする。正直お疲れのおっさんじみた動きだ。

「まったく。これだから下等な獣は……」

 ナーベはため息をつき、ギッ! とハムスケを睨みつけた。

「うおおおっ! しゃべった!!」

「話すこともできるのかよっ!」

 群衆の誰かが言えば、それが連鎖してどよめきが広がっていく。

 

 ちょうどその時、ギイ~ッ!! という木が軋む音がして組合の扉が開き、漆黒の見事な全身鎧(フル・プレート)を着用した戦士が姿を現した。彼の名はモモン。演じているのはパンドラズ・アクターだ。

 

「ナーベ、ハムスケ、待たせたな。思った以上に時間がかかってしまった」

 使役している魔獣を都市に連れて入るには、冒険者組合で魔獣登録をする必要があった。モモンは先程までその手続きのため、ハムスケの絵を描いていたのだ。

 

「遅かったですね、モモン」

「おぉ、殿ぉ~それがし待ちくたびれたでござるよ」

「……すまんな。思った以上に絵を描くのに手間取ってしまった」

 モモンの中身は”アインズに変身しているパンドラズ・アクター”である。彼は至高の41人とナザリックで呼ばれているギルドメンバーの姿に変身し、その能力を八割程度にはなるが使用可能……という便利な特技を持っている。ただし、もう一度いうが”八割”程度でしかない。

 仮に本家が100レベルのモンスターを作成できるとしたら、80レベルのモンスターを作成するのが限度となる。絵を描くという場合もそれが適用されてしまうため、アインズが絵を描いた場合と比べ、パンドラズ・アクターが描いた絵の出来栄えは二割減となる。

 

 

【……漆黒の戦士は絵画にも興味があり、実際に筆をとってデッサンを行うこともあったという。もっともその絵は、下手の横好き……と評されている。大剣を振るう腕は超一流であったが、筆を振るう才には恵まれなかった……と言われている】

 このように後世の歴史家は記している。

 

 なお、ハムスケ達がかなり待たされた理由は、”描くスピードも二割減になる為、時間がかかった”という点にある。待たされる側からすればこの差は意外と大きい。

 

「とにかく早く行くでござるよ。ンフィーレア殿も待っているはずでござる」

 ハムスケは早く乗れと促す。

「……そうだな。では、行くとしよう!」

 モモンはバサァッ! という音をさせながら大げさに真紅のマントを靡かせる。

「オオッ!」

かなり芝居がかった動作ではあったが、群衆の目はすでに漆黒の戦士の一挙手一投足にくぎ付けになっており、それを気にする者はいない。

「……トオッ!!」

 無駄に気合の入った掛け声とともにモモンは宙高く飛び上がり、わざわざ膝を抱えて空中で前方にクルクルとニ回転してから、スタッ! という音とともに、ハムスケのまんまるい背中に見事に着地を決める。

 一瞬群衆は静まりかえったが、誰かが「うおおおおっ!」と叫んだ事をきっかけに大歓声があがった。

 

「うおおおおおっ!!」

「すっげええええええ!」

全身鎧(フル・プレート)を着ているとは思えないっ!」

「あれで(カッパー)? ありえないだろう」

「何かの間違いじゃないのか!」

「誰、誰?」

「戦士モモンだってよ!」

「ばっかやろ、モモン“様”だろ!」

「モモンさま~!」

「モモ~ン! モモ~ン!」 

 そして群衆の間から自然とモモンコールが沸き上がった。闇を切り裂くモモンコール。

 

 アインズがいたら精神が強制的に安定化させられていたと思われる光景だが、“役者”であるパンドラズ・アクターからすれば拍手や喝采は、喜びそのものである。

 

「…………」

 モモンは右手を胸に添え、大げさすぎるほど丁寧なお辞儀でそれに応えた。白き大魔獣を使役する漆黒の戦士モモンの名がエ・ランテルの歴史に記された記念すべき瞬間であった。

 

「おお、なんの騒ぎかと思っておったら、モモンさんじゃったか」

 人垣から現れたのは、しわくちゃの小さな老婆リイジー・バレアレである。相変わらずの薬草の染みがついた作業着姿だった。先日よりもさらに染みが増えている。

 

「おお。これはリイジーさん。ちょうどお宅へ伺うところでした」

「そうかえ。では一緒にいくとしようか。ところでこの強大な魔獣は?」

「それがしは、”森の賢王”……今はハムスケと名乗っているでござる。よろしくでござるよ」

 モモンの代わりにハムスケが答える。

 

「ひょえっ! しゃべった!!」

 突如魔獣が人語を話したため、まったく予期していなかったリイジーはかなり驚いたのだろう。小さな体はビクンと大きく跳ねていた。

「それに、この魔獣がかの有名な森の賢王……それほどの魔獣を支配下に置くとは……やはりお主らは只者じゃないようじゃのお……そういえばアローどのは一緒じゃないのかえ?」

「ええ。彼は別件で外しています。まあ、後で合流しますがね」

「そうかえ。まあよいじゃろう。では一緒に行くとするかの。それにしても立派な魔獣だのぉ」

 リイジーに褒められたハムスケは、わかりやすいくらいのどや顔になっていた。顔は見えないが、楽しそうに歩いているのが、馬上いやハムスター上? のパンドラズ・アクターに伝わってくる。

(調子に乗りやすい性格というところでしょうか。わるい奴ではないのですが)

 アインズが聞いていたら、「人の事は言えないだろう!」とツッコミを入れているところだろうが、ここにはいなかった。

 

 

 

 

◆◆◆ ◆◆◆

 

 

 

 エ・ランテル バレアレ薬品店前 

 

「……おかしい……明かりがついていない」

 不審に思ったモモンが店に入ろうとしたリイジーを手で制する。日が暮れてから大分たっているというのに、店内は真っ暗で、人の気配がしない。

「ふむ……確かに、そうじゃな」 

 リイジーも不自然さに気づく。

 

「なにかあったのでござるかな?」

 モモン達がンフィーレア&ブリタと別れたのは約2時間前。もうその時には暗くなり始めていたのだから、明らかにおかしい状況といえる。

「では私が先頭で入ろう。その後に続いてください」

「わかった。そうしよう」

 モモンが慎重に扉を押しあける。

「ンフィーレアや~い。モモンさんがきたぞーい!」

 反応はない。

「むっ……」

 モモンは扉の陰に倒れている人に気づく。

「どうしたんじゃい? ひょえ~っ!」

 モモンの後ろから顔を覗かせたリイジーは、人が血だまりの中に倒れているのを見て悲鳴を上げた。

 

「……ブリタさん」

「知っているのかえ?」

「一緒にンフィーレアさんの護衛をした冒険者です」

 モモンはリイジーの方を見ずに応えゆっくりとブリタへと近づいていく。

「モモン、どうですか?」

 周囲を警戒しながらナーベが尋ねる。

「……かろうじて息がある。虫の息というところだが……」

「なにっ? その出血で、生きておるのか?!」

 リイジーは目を丸くする。

「ああ。……なるほど、“コレ”のおかげのようだな」

 うつ伏せに倒れていたブリタを仰向けにすると、割れたポーションの瓶が転がっている。どうやら倒れた衝撃で持っていたポーションが割れ、運よく回復の効果が発揮されたのだろう。刺された箇所が頭や心臓でなかったことが幸いしたとみえる。

「だが、このままでは……」

 このまま放置すれば手遅れになる。かなり深刻な状態だと判断する。

 

『アインズ様! 緊急事態発生です。赤毛が刺され、ンフィーレアが攫われたようです』

『……パンドラか。そうか、ンフィーレアが攫われたか。……赤毛は何か言っていたか?』

『残念ながら。かろうじて生きてはいますが、虫の息ですね』

『そうか。すぐに行くから待っていろ。場所は当然、バレアレ薬品店だな』

 〈伝言(メッセージ)〉を起動し、パンドラズ・アクターはアインズに急を知らせる。

 

 

「モモン!」

 直後、アローに変身したアインズが中へと飛び込んでくる。

「アロー!」

「これはいかん。治療するぞ」

 アインズは赤いポーションを浸しておいた布をブリタの傷口にあてる。

『アインズ様、これは赤のポーションですか?』

『ああ。たぶんリイジーなら何かを感じるだろうが、そのものをみせたわけじゃないからな』 

 アインズは自分たちの体でリイジーの視線を遮りながら、ブリタの治療に取り掛かる。

 

 このあとブリタは意識を取り戻し、女が犯人であることを告げた。

 

 

「かなりの凄腕だな。迷いがない犯行だ」

「ンフィーレアはどこじゃ???」

「リイジー・バレアレ。我々で少し探ってみよう。お前はブリタを頼む」

 体よく部外者を外へ出すことに成功したアインズ達は、作戦会議を開始する。

 

「犯人はわかっている。実行犯はクレマンティーヌという元スレイン法国漆黒聖典第九席次の女だな」

「叡者の額冠という秘法を盗んだという女ですな」

 このあたりの情報はすでに『ネットワーク』から掴んでいた。

「ああそうだ。影の悪魔(シャドウデーモン)からの報告では墓地へ消えたということだ」

「今からその現在の状況を映し出します」

 いくつかの魔法をかけてから〈水晶の鏡(クリスタル・モニター)〉を発動すると、アンデッドの大軍が衛兵たちを追い詰めているのが見える。

 

 

「急ぐとするか。あまり被害を出したくはないのでな」

「かしこまりました。して方針は……」

「首謀者の男を始末する。他の冒険者に邪魔をさせないようにしつつ、我々の名声を最大限に高めるように動く。ちょうど観客もそろっているしな」

「かしこまりました。アインズ様」

「かしこまりました」

 

 この後アインズ達は、リイジーに全てを差し出すことを代償に、ンフィーレア・バレアレの救出依頼を受けることにする。

 

 リイジーとブリタは状況報告の為に冒険者組合へ、アインズ達は事件解決の為墓地へと向かう。

 

 



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シーズン1第14話『漆黒の英雄と、緑衣の弓矢神』

 

「うわーっ! も、もう駄目だ! て、撤退! てったーい!!!」

「ひ、ひいっ!」

 エ・ランテル外周部にある巨大な墓地に、衛兵の悲鳴にも似た叫びが響き渡る。

「くそっ、なんだってんだっ!! いったいどうなってやがるっ!」

 城壁を守っていた衛兵は持ち場を棄て、階段を駆け下りた。 

 

 

 少し前までは、この夜もいつもと変わらぬ平和な夜だった。違いといえば満月が美しい夜であったことくらいだろうか。

 ここ最近はアンデッドの発生もほとんどなかった為、衛兵たちは「交代時間後に何をしようか?」と思いを巡らせていた。

 

 

 だが……。

 

 

 その平和な夜は突如破られた。

 

 墓地に巡回に出ていた衛兵の10人のうちたった2人だけが骸骨(スケルトン)らに追われて逃げ帰ってきたのだ。

 スケルトンは槍では倒しにくいが、倒せないことはない。正直、強さ自体はたいしたことが無い為、衛兵たちで十分対処できるアンデッドであり、それを相手に逃げ帰ってくるということはありえないはずである。

 

「どうした!」

「早く、早くあけてくれ! 大急ぎで頼むっ! そしてすぐ閉めてくれっ!」

 扉を開けて生き残りの衛兵を中へ引き込むと、言われたとおりに扉を閉める。

「お、おい! あれを見ろ」 

 衛兵たちは、続いて現れた骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)をはじめとするアンデッドの大軍を見て、この二人が焦っていた意味を理解した。

 

「なっ! ……なんなんだ、この数は……」

「100や200じゃない。500……違う1000はいるのか……いやそれ以上?」

 城壁上から見える範囲を埋め尽くす骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)の大軍。その中には数こそ少ないがより強いアンデッドである食屍鬼(グール)腐肉漁り(ガスト)黄光の屍(ワイト)などの姿も見える。

 

 

「な、なんてこった!」

 ゴクリと全員が唾を呑み込む。

「死守せよ! ここを破られたら町に被害が出る!」

 真っ先に我に返った隊長が大声で指示を飛ばす。

「お、おう!」

「援軍を要請するんだ! 詰所に連絡! ええいっ冒険者組合にも伝令を走らせるんだ!!」 

 墓地と街は城壁一枚で隔てられている。つまり、ここは破られてはいけない最終防衛線といえた。

 

 

 

 

「左翼! 槍衾薄いぞ!」

 隊長自ら苦戦中の左翼へ走る。

「とにかく、げ、迎撃っ! とにかく突け、突け、突けー!! これだけいるんだ、デタラメでもあたるっ! とにかく突くんだ!!」

「うおおおおおっ!!」

「こんのおおおおおおっ!!」

 衛兵たちは持てる力の限りに槍を突き立て、剣を振るい城壁を乗り越えようとするアンデッド達を必死に撃退していく。しかし多勢に無勢。しかも相手はアンデッドであり疲労しない存在だ。

 

「くそっ! 疲労しない奴らの方が多いなんて反則だっ!」

「ばかかっ! アンデッドにルールなんてないわっ!!」

 次第に疲労の色が濃くなり、やがて櫛の歯が抜けるように衛兵たちは数を減らしていく。

「駄目だ、いったん壁の下へ!」

 城壁上での防衛を諦めた衛兵たちは城門裏に集まる。生き残りはだいぶ少ない。

 

 

 

 

「くそっ……なにが『たまには、何か事件起きないかな』だよ。あ~あ、あんなこと言わなければよかった」

 背の高い衛兵が、ぎゅっと唇を噛みしめる。

「俺もだ。自分でも笑えるぜ……『よく物語であるだろう? そういうことを言っていると事件に巻き込まれることになるんだぜ!』なんて言ったからこんなことに」

 背の低いガッチリとした体格の衛兵もまた後悔の念を浮かべていた。この二人は援軍に駆け付けた衛兵で、たまたまこの墓地近くを巡回していた者たちである。

 

 

 普段は心強く思っていた城門だが、今日に限ってはかなり心細く感じられる。容易く破られてしまいそうな予感を皆が感じていた。そして、それは現実となる。

アンデッドの襲撃で弱った扉は、4メートルの高さを誇る城壁よりも巨大な……無数の死体が集まって作られたアンデッド集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)にあっさりと破られ、アンデッド達が城門からあふれ出てきてしまった。

 

 

 

「うわっ! も、もう駄目だっ!! て、撤退! てったーい!!!」

「くそっ、なんだってんだっ!! いったいどうなってやがるっ!」

 

 生き残っていた衛兵たちは次々とその命を散らし、騒ぎを聞いて駆け付けた冒険者たち――主に金と銀のプレート――も数の暴力の前に飲みこまれ始める。

 

「だ、駄目だっ! 数が多すぎる!」

「くそっ、ミスリルがいてくれればっ!」

 エ・ランテル冒険者組合には、最高ランクのアダマンタイト、それに次ぐオリハルコンは所属していない。そのためこの都市の最高ランクはミスリルであるが、運悪く依頼の為都市を離れてしまっていた。

 

 

 

「うわああああああああああああああ!!」

 残り少なくなった衛兵の一人が魂の絶叫を上げた。城壁を破った巨大アンデッド、集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)の巨大な手が振り下ろされたのだ。

 

「死んだ!」

 

 そう誰もが思ったが……

 

 ガキイイッ!! 

 

 

「うあっ? あれっ?」

 衛兵は自分が無事なことが理解できない様子だ。

 

「……大丈夫か」

 彼の目の前には、漆黒の全身鎧(フル・プレート)を身に纏い、背中には真紅のマントを靡かせた戦士が立っていた。その右手に持った漆黒のグレートソードは、集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)の巨大な拳をガッチリと受け止めている。

 

「あ、ああ」

「……戦士モモンだ。助太刀する」

 キラリと鈍い光を放ったプレートは(カッパー)。それを見た衛兵と冒険者はガックリとする。

「逃げろ! (カッパー)プレートで叶う相手じゃないっ!」

「……それはどうかな?」

 モモンは集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)の拳を押し返す。

 

「なっ?」

「いくぞっ!! トオオオッ!!」

 モモンは跳躍し、右手に持ったグレートソードを集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)の脳天へと振りおろし、一撃で真っ二つにしてみせる。

 

「んな? ばかなっ……」

「ま、マジか……」

「どんな身体能力しているんだよ……」

 全身鎧を着用して助走なしに5メートル以上も跳躍し、集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)を唐竹割りで一刀両断。そんな冗談のような光景が今目の前で繰り広げられたのだ。

 

 

「危ないぞ! 伏せろ!」

 あぜんとしていた冒険者だが、謎の声に反応するのはさすがだ。慌てて伏せる。

 

 ビシュッ!! 

 

 空気を切り裂く音がして、矢が頭上を通過し、冒険者を襲おうとしていた内臓の卵(オーガン・エッグ)と呼ばれる蠢く腸のようなアンデッドに突き刺さる。

 

「矢なんて効か……」

 冒険者は言いかけたが、突如矢が光ったと思った瞬間に爆発し内臓の卵(オーガン・エッグ)は死の世界へと帰る。なお矢はスキル〈爆発する矢(エクスプロージョン・アロー)〉で生み出されたものだ。

 

「……冒険者アローだ。お前たちは下がれ!」 

 矢を放ったのは緑のフードの男――当然アインズがアイテムで変身した姿である。その首元には、モモンと同じ(カッパー)のプレートがぶら下がっていた。

 

「ま、また(カッパー)?」

「……確かにこれはランクを示すが、実力を示すものだとは限らんよ」

 

「ナーベ! ハムスケ!」

 いつのまにかモモンはもう一本のグレートソードを鞘から抜き放ち、二刀流になっている。

 

「はっ!」

「殿、なんなりと!」

 漆黒の髪の美女と、白い毛並みの大魔獣が姿を現す。

 

「ヒュー♪ ペッピンさんや!」

「なっ? なんだ、あの魔獣は!」

「安心して欲しい。仲間のナーベと、私達の”カプセル怪獣”だよ」

 アインズはニヤリと笑う。

 

「はあっ?」

「いや、”使役している魔獣”と言いたかった」

 モモンがすかさずフォローする。

 

「まあ、そういうわけだ。ナーベとハムスケはここで街に被害がでないように食い止めてくれ。私とモモンで奥へ向かう」

「……かしこまりました」

「わかったでござる! 任せるでござるよっ!!」

 丁寧にお辞儀をするナーベの隣で、ハムスケは立派なお腹をポンと叩いてアピールする。 

 

 

「行くぞ、アロー!!」

「了解だ、モモン!!」

 モモンはグレートソードで、アローは拳と足を使ってアンデッドを蹴散らしながら奥へと突っ込んでいく。

 

 

「し、信じられん!!」

 モモンに救われた衛兵は見た。彼がグレートソードを一閃する度に数体のアンデッドが姿を消していく光景を。

2本のグレートソードを軽々と扱い、剣舞のような華麗な動きで流れるように奥へと進んでいく。

 

「すげえっ……」

 アローことアインズに救われた冒険者は見た。拳を振るうだけで骸骨(スケルトン)が粉砕され、キック一発で動死体(ゾンビ)がぶっ飛んでいく光景を。

時には正面の動死体(ゾンビ)を蹴り飛ばしながら、横から襲いかかろうとした骸骨(スケルトン)を見もせずに拳打で弾き飛ばすなんて芸当も見せている。

また、飛んでくるアンデッドがいれば、矢で確実に射抜いてしとめていた。

 

 

「漆黒の英雄と……」

「ああ。緑衣の弓矢神の誕生だな」

 冒険者は思う。

(きっとああいう人がアダマンタイトになっていくのだろう)

確かにプレートは今のランクを示すが、新入りはみな(カッパー)からのスタートだ。実力を示しているとはいえない。それを彼は理解した。

 

 

「俺たちも踏んばらないとなっ!」

「おう! 先輩として負けてられん!」

 冒険者たちの萎えていた闘志に再び火が付いた。モモンとアローの二人が数を減らしてくれてはいるが、全部倒しているわけではない。彼らは一直線に奥へ奥へと向かっているのだ。

 

 

「こちらも行くわ。ハムスケ!」

「任せるでござるよ、ナーベ殿」

 美女と魔獣が頷きあい、アンデッドへと突っ込んでいく。

 

「勝てる〈雷撃(ライトニング)〉!!」

 ナーベの右手が光り、墓地へ向かってサンダーボルトが一直線に奔る。その直線上にいた骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)10数体……いや20体近く……が一瞬で消滅する。

 

「ぬおおおおおっ! 〈賢王の爪(ハムスケクロー)〉! でござる!」

 格好つけたものの、これは武技や魔法ではなく普通の攻撃。ハムスケの前足の鋭い爪が骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)を切り裂く。

 

「うう、骸骨(スケルトン)はともかく、動死体(ゾンビ)はちょっと感触が気持ち悪いでござるな~」

「……文句言わない」

 気軽な調子で息のあった戦いを見せる一人と一体。

 

「おいおい、この姉ちゃんもやるじゃねえか」

「まったくだ。あの二人だけじゃないんだな。この姉ちゃんといい、大魔獣といい……デタラメだな」

 冒険者たちは呆れながらも負けじと剣を振るう。

 

 崩壊寸前まで追い込まれていた城門攻防戦は、ナーベとハムスケという強力な援軍を得た人間側に有利な流れになりつつあった。

 

 

 

 



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シーズン1第15話『天空の剣』

 城塞都市エ・ランテル外周部。その一角にある広大な共同墓地。昼間でも人の少ないこの場所は、深夜ともなれば普段は静寂に包まれている。

 

 時には騒がしいこともあるが、それはせいぜい巡回中の衛兵たちが、自然発生したアンデッドと戦いになった時くらいだろうか。

 だが、今日は墓地の出入り口付近を中心に、人の叫び声や武器がぶつかる音、そして魔法の炸裂音などが、長いこと夜の街に響き続けている。

 

 突如現れたアンデッドの大軍に対し、人間達は当初劣勢に追い込まれていた。巡回および警備についていた衛兵は壊滅状態に陥ったものの、援軍に駆け付けた衛兵と冒険者の奮戦もあり、徐々に押し返し始めていた。

 

 その主力となっているのは、美人魔法詠唱者ナーベと、白き大魔獣ハムスケ。二人……いや、一人と一体の登場により、アンデッドと人間の戦闘は終結へと向かいつつある。

 

「〈雷撃(ライトニング)〉!!」

 ナーベの手から放たれたサンダーボルトが一気にアンデッド数体を屠る。

「くらうでござるよおお!! 〈賢王の尾(ハムスケテール)〉!」

 ハムスケの硬い尾が骸骨(スケルトン)を砕く。

「……やれやれ、無駄に数だけ多いわね」

「もう少しでござるよ。ナーベ殿。ところで殿たちは大丈夫でござろうか」

「安心なさい。この程度アローとモモンの相手にはならないわ」

 ナーベは自信満々に言い切った。

 

 

 

 

 そんな城門付近の喧騒を後ろに、アインズが変身している緑のフードの男アローと、パンドラズ・アクターが演じる漆黒の戦士モモンは、アンデッドの大軍を難なく蹴散らし墓地の奥へと辿りついていた。

 

 パンドラズ・アクターは、道中でスキル〈下位アンデッド作成〉をつかって作成した、死霊(レイス)骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)という飛行型アンデッドを中間地点に配置。〈飛行(フライ)〉で飛んでくる冒険者がいた場合、足止めをするように命じている。

 もっともナーベとハムスケを前線に配しており、彼女らを出し抜いてここまで来られる者はまずいないはずだが。

 

 

 アインズとモモンは迷うことなく目的地へと進む。アインズ命名“G計画(ネットワーク)”の成果により、首謀者が所在地はすでに掴んでいるのだ。

 

 

「……あそこか」

 墓地の最奥……霊廟の前に数人の黒いローブを纏ったいかにも怪しげな集団が見える。彼らは円陣を組んでぶつぶつと呟きながら何かを行っているようだが、この距離ではその詳細まではわからない。場所や時間帯などから推測すると、何かしらの闇の儀式を行っているのだろう。 

 集団は全身を頭までローブで覆っており顔が見えないが、ただ一人……円陣の中央にいる、髪の毛も眉毛もない不気味な様相の男だけが素顔を晒していた。彼を一言で表せば、アンデッドのような男という感じだろうか。

 その男が身に着けているものは、周りの人間に比べて質がよい。1ランク……いや2ランクほどは上か。どうやら彼がこの集団の頭と見える。

 

(そういや、昔日本にいたっていう妖怪”ぬらりひょん”が、ああいう感じだったような。確か……誰かにイラストを見せてもらったことがあったが……あれは誰だったかな?)

 アインズはギルドメンバーのアバターを順番に思い浮かべるが、誰だったかは思い出せなかった。

(そういえば、この世界には妖怪っているのかな? 和製モンスターみたいなものだろう??)

 なお、G計画(ネットワーク)から今のところはそういう報告はなかった。

 

 

 

「……不意を打つか?」

 モモンが目をそらさずに低い声で尋ねる。

「お前ならわかるだろう? 召喚者と被召喚者には精神的なつながりがある。こちらが近づいているのは、奴らにもわかっているはずだ」

「では……」

「ああ。お前は正面から行け。不意打ちをするつもりはないが、私は別のところから行こう」

「……了解した」

 モモンは抜刀し、右手のみ剣を構え無造作に歩んで行く。それを見届けてアインズは迂回するために姿を消した。

 

 

 霊廟へと向かう道をモモンはまっすぐに進む。

 

「……カジット様、来ました」

 円陣を組んでいた若い男が、中央にいる男に声をかける。

 

(はい。おバカさん確定ですね。もっとも、言われなくても知ってはいましたけどね……カジット・デイル・バダンテール殿!)

 兜の内側でパンドラズ・アクターは笑みを浮かべる。

(それにしても我が創造主の叡智には驚かされます。あの一手がここまでの影響を及ぼすとは思いませんでした。おっと……私の仕事をしなければいけませんね)

 

「いやー満月の美しい、とてもいい夜だな。……つまらない儀式をするには勿体なくはないかな?」

 モモンは気軽な口調で話しかける。

 

「ふん! ……儀式に適した夜か否か決めるのはこのワシよ。まあ、月が美しいというのは否定しないがな……それよりもお前は何者だ?……どうやってあのアンデッドの大軍を突破してきた」

 円陣中央に立っていたカジットと呼ばれた男が返答してくる。

 

「私は依頼を受けた冒険者でね。とある少年を探しているんだが……まあ、名前はいう必要もないだろうな……お前たちに心当たりがあるだろうよ! なあ、カジット?」

 男たちがピクリと反応する。カジットは自分の名前を口にした弟子を睨みつけた。

 

「まず間違いないと思っていたが……やはりお前たちが犯人のようだな」

 モモンが音もなく剣を構える。

 

「そうだと言ったらどうするつもりだ?」

「大人しく返せばよし。その場合は命までは取らん。だが、敵対するというのであれば……」

 モモンはビシッ! と剣を突きつける。

 

「この剣によって討ち滅ぼす! 好きな方を選べ!」

(ふふ。決まりましたね)

 パンドラズ・アクターは満足感を覚える。

 

(やれやれ、パンドラズ・アクターの奴……大げさすぎるんだよなあ。カッコつけすぎ……)

 様子を見ていたアインズは精神が安定化する気配を覚えた。

 

 

「くっ……やれっ! 殺せっ!!」

「ハッ!」

 カジットの命に男たちが応える。

 

 それと同時に、ビシュッ! ビシュッ! シュン! と音がして、カジットを除くローブの男たち全員に矢が突き刺さった。

 

「うがっ…」

「そぎゃっ!」

「だぎゃ!」

 ばたばたと倒れ絶命するローブの男たちにカジットは唖然とするしかない。

 

「な、なんだ……いったい!?」

 カジットはきょろきょろと辺りを見まわし、自分の後方……霊廟の上で弓を構える緑のフードの男に気が付いた。

 

「カジット・デイル・バダンテール!! お前は街を(けが)した!!」

 アインズはアローの決め台詞を決め、矢を放つ。

 

「な、なんで私の名前をそこまで……」

 カジットは喘ぎながらも身をよじり、意外に俊敏な動きで矢を躱す。

「……ほう。まさか避けるとはな」

 全力で放った一撃ではなかったが、それでも魔法詠唱者と思われる人物に避けられたのは意外だった。

 

(実は……妖怪”ぬらりひょん”…… なわけないな)

 アインズは心の中で首を振りつつ、弓を引き絞る。

 

「フンッ!」

 追撃で矢を2連射。

 

「ぬっ!」

 一射目は後ろに飛び退いて躱したカジットであったが、2射目は躱せない。

「くっ! いでよ!!」

 ぎりぎりのところで白い物体が矢を防ぐ。

 

「くくくくくっ! 貴様らに邪魔はさせんぞ」。

 カジットは不気味な笑みを浮かべる。その表情はやはり妖怪じみていた。

 

「グオオオオオオオオッ!」

 先程矢を防いだ白い物体が咆哮する。その正体は、カジットが召喚したモンスターだった。3メートル以上はあろうかという人骨の集合体で、先程城門に現れた集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)とは違い、翼の生えたドラゴンの形をしている。

 

これは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)と呼ばれるアンデッドである。

 

 

「ふっ……これがお前の切り札か。舐められたものだな」

 アインズは嘲笑する。このモンスターは”ナーベ”なら苦戦する特性を持っているが、アローの姿であるアインズ、そしてモモンを演じているパンドラズ・アクターの敵ではない。

 

「……ふん。強がりか? まあ、よい」

 カジットはニタリと笑いながら、手に持った黒い物体を掲げる。

 

「グオオオオオオオオッ!」

 今度は上空から咆哮とともに骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が下りてくる。

 

 

「任せておけ!」

 疾風のように駆けぬけ、モモンはグレートソードを一閃。

 

ドガアアアアアッ!!

 

大きな音と共に骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が崩れ落ちる。

 

「なっ、なんだとっ!! いかん! させん、させんぞ!〈負の光線(レイ・オブ・ネガティブ・エナジー)〉」

 慌ててカジットは魔法を発動。カジットの手から放たれた黒い光が骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に注ぎ込まれダメージを回復させる。通常回復魔法ではアンデッドは回復できないのだが、闇属性魔法を注ぎ込むことでこうやって回復させることが可能となる。

 

「お主ら何者だ。その力……さてはミスリル級冒険者か? いや、オリハルコン? この都市にはいないと聞いていたが……」|

 カジットは警戒しながら素早く、〈盾強化(リーンフォース・アーマー)〉〈下級筋力増大(レッサー・ストレングス)〉〈盾壁(シールドウォール)〉といった魔法をかけ、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)2体を強化する。

 

 

「くくくくくっ……こんどは先程のようにはいかないぞ」

 

「……無駄なことだ。トオッ!」

 モモンは一気に距離を詰めてジャンプ。

「ぬんっ!!」

右のグレートソードを唐竹割りで振り下ろす。この一撃で、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の体は頭部から左右に真っ二つに分かれる。

 

「ふんっ!!」

落下しながら、続けて左の剣で胴体を薙ぎ払って、今度は上下に真っ二つにしてみせる。あっという間にスケリトル・ドラゴンは大きく四つに分割される。

 

「せいやあああああっっ!」

着地と同時に左の剣を地面に突き立てると、モモンは両手持ちに変えて、大剣を右上段から袈裟斬りに叩き込み、下で剣を返して左斜めに切り上げ『Vの字』に切り裂いた。

 

「はああああああっ!」

剣を持たない左手を気合とともに突き出すと、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は崩れ落ちた。もはや回復させることはできないだろう。

ちなみに最後の攻撃は単なるポーズであり、実際はVの字に切り裂いた時に終わっている。

 

天空から振り下ろす一撃からはじまる怒涛の連続剣。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に抵抗の余地はなかった。

 

 

「なあ……ば、ばかなっ!! 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が一瞬でだとおお?」 

 カジットは口をあんぐりと開け、さっきまで骨の竜(スケリトル・ドラゴン)のいた何もない空間を見つめる。

 

「……ざっとこんなものだ」

 

 二本のグレートソードを血振り――血はついていないので、骨片がパラパラと舞う程度であったが――して、モモンは背中の鞘に剣を収めた。

 

 

 

 

 



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シーズン1最終話『汚れた街』

 

「そ、そんな……ありえん!! 信じられん!」

 カジットは目の前で起こった光景が信じられなかった。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は魔法への絶対耐性を持っている。確かに相手は魔法詠唱者ではなかったが、それでも戦士一人に一瞬で屠られるはずがないのだ。それだけの強さを持つアンデッドである。

 

「……信じるか信じないかはお前の好きにするがいいさ。だが、目の前で起こったことは事実だと認識すべきだな」

 すでに双剣を収めたモモンは腕組みをしながらカジットを見下す。やや斜に構えるあたりがパンドラズ・アクターらしい演出だ。

 

 

(やるな、パンドラズ・アクター。でも、ちょっとやりすぎかな。オレもモモンを演じることがあるんだぞ)

 状況によっては今後アインズがモモンを演じることも考えている。

 

 

 

「……では、私の番だな。行くぞ! カジット!」

 残る一体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に向かって、緑のフードの男”アロー”――正体はアインズである――が突っ込んでいく。

 

「バカなことを。レンジャーごときが敵うものかよ!」

 気を取り直したカジットがせせら笑う。

(戦士相手だからあのような結果になったが弓矢使いのレンジャーごとき、相手になるまい)

 

「それはどうかな?」

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の尻尾が轟音とともにアインズを迎え撃つ。

 

「せやっ!!」

 アインズは右の前蹴りを繰り出してそれを受け止めてみせる。

 

「グギャアアッ!」

 その一撃で骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の尻尾は半分から先が吹っ飛んでしまった。

 

「なっ!? なんだとおっ!? そんな馬鹿な! やらせはせん、やらせはせんぞっ!! 〈負の光線(レイ・オブ・ネガティブ・エナジー)〉」

 カジットの手から黒い光線があたると、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の砕けた尻尾は、時間を逆回しにしたように元に戻っていく。

 

「無駄なあがきだ」

「グルルル」

 唸りながら骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は再度尻尾を全力で叩き付ける。

 

「ふんっ!」

 ガシッ! と受け止めたアインズは尻尾を持ったまま、回転を始める。

「な、なにを?」

 尻尾を持ったまま8回転ほどしたのち、アインズは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を放り投げ、自らは高く飛び上がると、片足を伸ばして蹴りを叩き込む。蹴りの形としては100年以上前に流行った日本の特撮ヒーローの必殺技に近い。

このライダーキック一発で、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の顔半分が粉々に砕け散る。

 

「な、なんてパワーだ!? 信じられん」

「グガッ!」

 アインズは弓を握ったままの左拳で骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の腹部を殴りつけ、さらに右のグーパンチを叩き込む!

 

「グギャアアアッ!」

 一撃決まるたびに骨の竜(スケリトル・ドラゴン)のあばら骨が砕け散っていく。

 

 

「させるか! 〈負の光線(レイ・オブ・ネガティブ・エナジー)〉」

 再び黒い光が放たれ、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の砕けた骨がもとに戻る。

 

「無駄だといったはずだ!」

 アインズはその場で高くジャンプすると体を横に倒しながら、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の右頬を左足の甲で蹴り飛ばす。

 

「グギャッ!」

 ジャンピングハイキックを決めたアインズはその勢いを利用し空中で一回転! 今度は右の踝で顎先を打ち抜く。

 

「グギャアアッ!」

「フンッ!」

 綺麗なスピンキックを叩き込んだアインズは、続いて右の踵を骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の左腕へと叩き付けた。

 

「グギャアアアアッ!!」

「ダッ! ハッ! タアッ!!」

 アインズは着地と同時に連続して腹部を拳で殴りつける。

 

「グゴオオオッ!!」

 スケリトル・ドラゴンは苦し紛れに右腕を振り下ろして反撃するが、アインズは上体をそらして避けると、クルンと右に回転して後ろ蹴りを突き刺す。

 

「ラアアアッ!!」

 今度はローリングソバットの蹴り足である右足を軸にして、体を半身にすると左足を高く蹴り上げ、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の胸元を足裏で蹴り飛ばす。これは先日森の賢王との戦いでも繰り出したトラースキックである。

 

「グガャアアアアアアッ!」

「くっ、〈負の光(レイオブ)

 詠唱の途中でアインズは矢を放ち、カジットの持った黒い水晶を弾き飛ばす。

「ぐあっ!」

 

 

(あ、あれは! マジックアイテムでは??)

 面頬付き兜(クローズド・ヘルム)のスリットの奥で、パンドラズ・アクターの目がキランと光り、素早く距離を詰めるとその黒い水晶をさっと拾い上げる。

(やはり、マジックアイテムのようですね……)

 パンドラズ・アクターは戦闘に問題はないと判断し、意識をアイテムへと向けた。

 

 

「グゴオオオオオオッ!!」

 ボロボロになった骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は意地の反撃に出る。まだ無事な翼で若干上昇すると、アインズの顔面めがけて右足で蹴りを繰り出す!

「……甘い」

 その蹴り足をアインズは左腕でがっちりと抱え込むようにキャッチすると、右手を横に振り上げる。

 

「いくぞっ!!」

 勢いをつけてその手を振りおろし足に絡みつくと、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の巨体を右足を中心に軽々と一回転させる。

 

 ズッドオオオオオン! 

 

 轟音とともに大地が揺れる。

 

「な、なんだとおおおお?! ば、ばかなーっ!!」

 カジットは信じられない光景に目を奪われ、動きをとめてしまった。

 

(おおっ! さすがはアインズ様! 華麗かつ効果的な技! さすがでございます。ドラゴンがスクリューのように回転しましたね……『ドラゴン・スクリュー』とでも名付けますか)

 意識を戦闘へと戻したパンドラズ・アクターは、心の中でネーミングを決めた。

(あとでアインズ様にも、共有せねば)

 

「終わりだっ!」 

 なんとか無事な左膝をついて立ち上がろうとする骨の竜(スケリトル・ドラゴン)

 

 その太腿に相当する部分を踏み台にして、飛翔したアインズは飛び膝蹴りを額へと叩き込こんだ! まるで閃光のようなスピードで放たれた一撃が骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の頭部を打ち砕く。

 

(ふむ。まるで閃光のような技だったな。閃光の……魔法詠唱者(マジックキャスター)? うーんそうだな……〈閃光魔術師弾(シャイニング・ウイザード)〉とでも名付けておくか。まあ今はレンジャーだけどな)

 

 アインズにしては悪くないネーミングである。

 

 

 

「くうっ! 〈負の光線(レイ・オブ・ネガティブ・エナジー)〉」

 しかし何も起きない。カジットは黒い水晶を失い、強化されていた魔法力を失っていたためだ。もっとも魔法が発動していたとしても、回復する前に終わっていたのだが。

 

 アインズが放った〈爆発する矢(エクスプロージョン・アロー)〉によって骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は爆散し、まわりには骨が残るのみとなる。

 

「な……なんだとおおお!!! ワシの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が! ワシの時間がーっ!!」

 

 これが、カジットがこの世で吐いた最後の言葉となった。

 

 

 

 

◆◆◆ ◆◆◆

 

 

 

 

 

 首謀者を滅したアインズ達は奥の霊廟で、失明し自我を失ったンフィーレア・バレアレを発見する。

 

「まあ失明くらい魔法で治るんだがな」

 さて、どうしたものかとアインズは考え込む。

「アインズ様!」

「パンドラズ・アクターよ。ンフィーレアの処置を任せる。……まあ、失明は回復してやれ。勿体ないがな」

「かしこまりました。ちと勿体ないですな」

 パンドラズ・アクターはンフィーレアの額に光るアイテムを見る。これは叡者の額冠と呼ばれるスレイン法国の秘法である。簡単にいえば自我を奪い、装備者をMPタンクにして強力な魔法を使うための道具にするアイテムで、ユグドラシルでは再現不可能な貴重な一品だ。

 

「ふっ……お前は私譲りだな。たしかに貴重なアイテムだが」

 アインズは笑う。自分が設定したとはいえ、ここまで自分に似ているとは思っていなかった。

「だが……壊すしかないだろうな」

 これを聞いたパンドラズ・アクターはがっかりした顔になる。 

「承知いたしました」

 

「それよりもンフィーレアだ。コレは貴重な生まれながらの異能(タレント)持ちだ……本来ならばナザリックへと連れ帰りたいところだが、依頼を失敗するわけにはいかないからな」

「かしこまりました。誘拐された有名人を救うという演出は我々の名を売り出すには、うってつけかつ貴重なものですし」

「ああ。それにすでに祖母リイジー・バレアレから”すべてを差し出す”という言質をとっているからな。今回はそれでこちらへ取り込むきっかけとしよう」

 アインズはリイジーとンフィーレアを自分の目が届くカルネ村へと送り込むつもりだった。

 

「さすがはアインズ様。ところで、残る“もう一人”はどうなさいますか?」

「ああ、あの人間にしては”スピーディ”な女か。……私にちょっと考えがある。ここにはいなかったようだが……まあ、だいたいの居場所は掴んでいるから問題はない……あとそいつらのマジックアイテムや装備品は回収し、カジットの死体は証拠品として突き出そう。その黒い水晶はお前に預ける。たしかインテリジェンスアイテムだったか?」

「はい。死の宝珠というアイテムですな。では保管しておきます」

「任せた。では私はいってくるぞ」

「かしこまりました。アインズ様!!」

 パンドラズ・アクターはクルンと踵を返し、カジットの遺体の方へと向かっていく。

 

 

 

 こうしてエ・ランテルの街を襲ったアンデッド軍団襲撃事件は、首謀者カジット・デイル・バダンテールをモモンとアローという二人の冒険者が、討ち取ったことにより、大きな被害を出す前に終結を迎えた。

 

 

 

 エ・ランテル冒険者組合は、この未曾有の大事件の解決を考慮し、モモン達をミスリル級冒険者として認定することにした。通常実績を積んだ上で試験をクリアして認定されることを考えると異例の昇級といえる。

 

 それも最下級の(カッパー)プレートから(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)の4階級を一気に飛び越して。

 

 モモン達は、一夜にして、エ・ランテル冒険者組合に所属する最高ランク冒険者の一角を占めることになる。

 

 チーム名がない3人と一体の魔獣で構成される冒険者チーム。リーダーの漆黒の戦士モモン、緑のフードの男アロー、美人魔法詠唱者ナーベ、白き大魔獣ハムスケの名は、この一件により一気に街に広まった。

 

 そして人々には、チーム”漆黒”として名が浸透し、それぞれ”漆黒の英雄モモン”・”緑衣の弓矢神(ヒーロー)アロー”・”美姫ナーベ”・”ハムスケ”と呼ばれることになる。

 

 後に伝説として語り継がれることになる冒険譚の始まりとなる事件であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待つでござるよ~! なんでそれがしだけそのままなのでござるか~!!」 

 

 

 ハムスケの絶叫に答える者は誰もいなかった。

  

 







今回がシーズン1最終話となります。

クレマンさんとの一戦は、シーズン2に持ち越しになります。




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シーズン2 エ・ランテル編2
シーズン2第1話『アローVSクレマンティーヌ』


 

 城塞都市エ・ランテル。静かな夜の街を、突如墓地から発生した大量のアンデッドが襲うという大事件が発生。街は騒然とした空気に包まれた。

 後に”漆黒の英雄と緑衣の弓矢神の冒険譚”の冒頭で語られることになる[エ・ランテル満月のアンデッド事件]は、首謀者であるカジット・デイル・バダンテールの死亡により、終結。都市には平和が戻った。

 この事件には秘密結社ズーラーノーンが絡むと判断され。被害が大きくなる前に解決できたことは大きく評価されることになる。 

 この事件解決の立役者である、モモンとアロー、そしてナーベは一気にミスリル級冒険者となり、一躍都市を救った英雄として語られるようになった。

 

 しかし、この事件にはもう一人の重要人物がいたことは公には知られていない。

 首謀者は確かにカジットであったが、それに協力した黒幕と呼べる存在がいたのだ。

 

 [エ・ランテル満月のアンデッド事件]には、知られざるもう一つのエンディングがある。

 

 

 

 -時は少し遡るー

 

 

 墓地最奥にある霊廟の前で、アインズ達がカジットの召喚した骨の竜(スケリトル・ドラゴン)と激戦を繰り広げていた――いや、一方的に蹂躙したのだが――とほぼ同時刻のことになる。

 

 

 エ・ランテル近郊にある街道沿いの草原を疾走する影があった。

 

 

 草原を鼻歌混じりで走っているのは、ブロンドの短い髪をした若い女。その身には暗い色のローブを纏っている。

 すぐそばには街道があるのだが、女はあえて街道ではなく草原を選び、疾風のように走り続けていた。

 

 彼女の名はクレマンティーヌ。今回[エ・ランテル満月のアンデッド事件]の協力者であり、[ンフィーレア・バレアレ誘拐事件]の実行犯でもある。

 

 クレマンティーヌは、以前はスレイン法国特殊部隊”漆黒聖典”第九席次、人類最強の集団の一角を占めていた凄腕の女戦士であった。

 だが、彼女は同国の至宝”叡者の額冠”を盗み出し逃走。その際100万人に一人しか適合者がいないと言われている巫女の一人を発狂させ、再起不能にするという大損害を与えている。当然のことながら法国上層部が彼女を許すはずもなく、今ではかつての同僚に大罪人として追われる身であった。

 そんな彼女は身の安全確保のためもあり、秘密結社ズーラーノーンのメンバーとなる。現在の同僚であるカジット・デイル・バダンテールに儀式を行わせ、アンデッドの大軍で街を混乱に陥れ、騒ぎが大きくなったところで逃げ出すという計画はうまくいっていた。

 

 大量のアンデッドが城門を破ったことで街は大騒ぎになった。住民は動揺し、冒険者を始めとした戦力は防衛の為そちらへ集中。きっと追手の目もそちらへと向いていることだろう。

 

(今頃エ・ランテルは大騒ぎだろうな。何人くらい死ぬのかなー? カジッちゃんの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を借りられなかったのは残念だけど、まあ、逃げるには十分な目くらましだよね。ミスリル抜きだし止められないだろうな)

 

 エ・ランテルの対モンスター戦における最高戦力はミスリル級冒険者である。計画の邪魔になる可能性がある彼らは、全チーム依頼を受けて出払っていた。つまり事件を起こすには最高のタイミングであった。もちろんそれは偶然ではなかったが。

 

 

(それにしても、予定通りに、いや――予定以上にうまく行ったみたいね)

 クレマンティーヌは笑いが止まらない。

 

 薬師ンフィーレア・バレアレを攫い、彼の持つ”()()()()()()()()()()()()()使()()()”という生まれながらの異能(タレント)を使用して、100万人に一人しか適合者がいないとされる叡者の額冠を装備させ、第7位階魔法〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉を使用。アンデッドの大軍団で街を大混乱に陥れて、その隙に逃げ出す……。

 

 これがクレマンティーヌのいうところの”完璧なけーかく”の全貌である。実のところ、ほとんど上手く行っており、アンデッドの軍勢は城門を突破し、街は大騒ぎになりかけていた。その騒ぎに紛れて彼女はエ・ランテルを脱出し、走り続けている。

 

(さて……どこへ行こうかな? 王都に行くのも面白くないし。ガセフとか有名な奴をやるのも楽しいけど、追手がかかりそうだしね。うーん、帝国ってのもアリかな? それとも誰か適当な奴を殺して遊ぼうかな) 

 クレマンティーヌの実力は人類の最高峰アダマンタイト級冒険者にも匹敵するものだが、問題はその性格である。人格者とは言えない。むしろ性格破綻者といった方がしっくりくる。

 

(さっきは時間なかったから遊べなかったし。ちょっと欲求不満。アイツ弱すぎ!)

 クレマンティーヌは自分が刺した赤毛を思い出す。本来ならたっぷりと可愛がってから殺すのが好きなのだが、相手があまりに弱すぎて一撃で倒してしまったのだ。

 

「可愛がるっていっても、高い、高―いしたり、ピーカ-ブー(いないいないばあ)したりするんじゃないよー。いたぶって、拷問して、悲鳴を楽しんで、たっぷり楽しんであげるって意味だから」

 ここは深夜の草原地帯であり、それも走っている最中だ。当然誰も反応しない。 

 

(そういえば、コレクションするのも忘れたな。チッ、カジッちゃんが急がせるからだ)

 クレマンティーヌには殺した冒険者のプレートを奪い、自分の鎧を彩る装飾品にするという隠れた趣味がある。

(まあいっか。(アイアン)じゃ価値ないしね)」

 彼女の鎧はセパレートタイプになっており、へそ回りは露出している。上下に分かれた鎧には(カッパー)(アイアン)(シルバー)(ゴールド)などといった冒険者プレートが無数に散りばめられており、その中にはその上のクラスである白金(プラチナ)そしてオリハルコンまで混ざっている。これは彼女の戦果を示す狩猟戦利品(ハンティング・トロフィー)である。

 

 

「ご機嫌だな……クレマンティーヌ」

 突如、闇から男の声が響く。

「あん? 何者だ、お前。……せっかく気分よかったのにー」

 クレマンティーヌは足を止め、声のした方へ目をやる。そこに立っていたのは、緑のフードを被り、弓矢をはじめとする装備をすべて緑で統一した男だった。

 もちろんアローに変身中のアインズであるが、クレマンティーヌはそれを知らない。

 

「御機嫌よう、御嬢さん」

「ああん? ふざけんじゃねーぞ、お前! クレマンティーヌ様は、今とってもご機嫌斜めなんだよ!! 月に変わってオシオキしちゃうよー?」

 クレマンティーヌの目に怒りの炎が宿った。その背後にはきれいな満月が浮かんでいる。

 

(こいつ……一見隙だらけに見えるけど、実は隙がない。ただのレンジャーじゃないね)

 クレマンティーヌはこの世界において超一流の戦士である。当然相手の技量を見る目も優れている。今は戦闘力を抑えているので判断は難しいが、少なくとも警戒が必要なレベルと判断する。

 

 

「――それは残念。計画がうまくいかなかったのかな?」

「なにいっ? ……この”フード野郎”!」

(コイツ……どこまで知ってやがる。少なくても私の名前を知っていることは間違いないけど。それと計画のことも把握していそうな雰囲気だな)

 クレマンティーヌは警戒レベルを引き上げる。

「わかるぞ、クレマンティーヌ。今お前はこう考えているはずだ。「コイツ……どこまで知ってやがる」ってな」

 スバリと言い当てられ、クレマンティーヌの顔が歪む。

「てんめぇ、おちょくってんのか? ああん?」

「……安い挑発でごまかすか。まあ、お前の”完璧なけーかく”とやらは、すでに阻止されているんだがな」

「なにィ? どういうことだ、お前」

 クレマンティーヌはギッ! と睨みつけるが、フードの男は意に介さない。

 

 

「……教えてやろう。すでにカジット・デイル・バダンテールは死んだ!」

「カジっちゃんが? ……骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はどうした?」

(どういうこと? 嘘をいっているようには見えないが……あのカジっちゃんが簡単にやられるとも思えないけど)

 

「……骨に戻ったさ」

「もともと骨だろうが? ふざけてんじゃねえぞ!」

「やれやれ……言い方を変えてやろう。この私が倒した」

 

「ああん? 弓矢使いじゃー骨の竜(スケリトル・ドラゴン)には勝てないはずだけどー」 

 アンデッドは殴打武器には弱いが、刺突武器はあまり効かない特性を持っている。  

「まあ、普通ならそうだろうな」

(コイツ……マジでわからない奴だ。見た感じ弓矢しか武器は持ってなさそうだが……ってことは魔法詠唱者(マジックキャスター)か? そうは見えないけど……。いや、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は魔法に対する絶対耐性を有している……とすると実は神官とか?)

 魔法は効かなくてもアンデッドに有効なスキルは存在する。

 

「ま、お前が誰かは知らないけどー。このクレマンティーヌ様とやろうなんて、100年早いんだよ」

「ほう。すごい自信だな」

「まあねー。この国で私とまともに戦えるのは、ガゼフ・ストロノーフ、ブレイン・アングラウス、蒼の薔薇のガガーランと他二人の5人くらいかなー? 全部余裕で倒せるけどねー」

 クレマンティーヌは、大きく顔を歪めて笑みを浮かべる。

 

(ガゼフとブレインよりも上か。少しは楽しめるかな)

 アインズはワクワクしていた。

 

「お前のそのフードとマスクの下に、どんなくそったれな顔があるかしれねえが、この! 人外――英雄の領域に足を踏み込んだクレマンティーヌ様が負けるはずがねえんだよ!」

クレマンティーヌは刺突武器――腰につけた4本のスティレットのうち一本を引き抜き、右手に構える。

 

「それはどうだろうな!?」

 アインズは弓を引き絞り、いきなり矢を放つ!

「ふん♪」

 高速で飛来する矢をクレマンティーヌは首を傾けるだけで回避する。

「思ったより早いねー。やるじゃん。でも遅すぎかなー。そんなんじゃ私には当たんないよー」

「ならば、これはどうかな?」

 先程よりも早く打ち出された矢が2本、闇を切り裂いてクレマンティーヌを襲う。

「ふん♪ ふふん♪」

 一本目は先程と同様に首を傾けてよけ、2本目の胴を狙った矢は、腰をくねらせることで回避する。 

「だから遅いってー」

 クレマンティーヌはニヤニヤと笑みを浮かべている。

「なかなかやるな……ではこれならどうかな?」

 さらにスピードを上げて3連射するが、クレマンティーヌは、1本目をダッキングして避けながら、2本目は体をよじって回避。そして3本目はジャンプして躱す。

 

「だから、お・そ・いっ! ってばー」

 クレマンティーヌはププーッと吹き出す。

「……」

 アインズは無言のまま5連射。数を増やした上に先程の倍近いスピードで放つ。

「なっ?」

 顔捻り、ダッキング、体さばき、ジャンプで回避、最後の1つのみスティレットで叩き落とす。

 

「なかなかやるじゃーん。それが限界? ちょっと遅いかなー」

「ほう。血が出ているようだがな」

 アインズは笑う。たしかにクレマンティーヌの右頬には一筋の傷がついており、血がにじんでいた。

「なにっ……」

 クレマンティーヌは左手で血を拭い、それが事実だと気付く。

「避けきれていなかったようだな。そろそろ限界じゃないのか?」

「なんだとてめえ。そっちこそもう限界じゃねえのか? ああん?? くだらねえハッタリはやめておくんだな?」

「……試してみるか?」

 アインズは笑みを浮かべると、さらに倍のスピードで10連射!

「なあっ!」

 クレマンティーヌはここまでに披露した全ての防御法を駆使し、それでもぎりぎりのところで躱すものの、さすがに体をかすめる矢が多くなる。もともと機動力を重視し、露出の多い装備だ。むき出しになっている太腿や二の腕に血がにじむ。

 

(まずい……〈流水加速〉)  

 クレマンティーヌは武技を発動する。クレマンティーヌの動きが加速し、流れるように矢を躱す。最後の10本目の矢を背面飛びの要領で飛び越えて避けたところへ、追撃の一矢がさらにスピードをあげてクレマンティーヌの顔面めがけて飛ぶ。

 

「むっ……」

〈――不落要塞〉

 武技の発動とともに、クレマンティーヌはニタリと獰猛な笑みを浮かべると飛来する矢の柄をパクリと口で受け止める。いや噛付いたというべきか。

 

「なっ、なんだとォ!?」

 さすがにアインズもこれにはビックリした。あまりにも予想外すぎる防御方法だ。

 

 いくらアインズが本気ではないとはいえ、この世界に来てからあれだけのスピードで矢を放ったことはない。

 

 ましてや飛んでくる矢、それも最高のタイミングで放った矢を口で咥えるとは……。

 

戦う女の笑み(ウォーズウーマン・スマイル)ってところか? おそらく、なんらかの武技……それも防御系を使ったのだろうが……厄介だな、武技というやつは)

 

 

「もーう。どうせ固いのを咥えるなら~、もっと別のがいいなー」

 クレマンティーヌは下品な笑みを浮かべた。

 

 



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シーズン2第2話『決着』

 

「はあー。私、疲れちゃったなー」

 クレマンティーヌは軽口を叩きつつ、青い液体の入った小瓶を取り出し体へと振りかける。

「たしかに、なかなかやるねー。でもさあ、もうわかったでしょー? 私に矢は通じないってー」

 アローに変身中のアインズの常人離れした速射攻撃を、クレマンティーヌはギリギリではあるが全て直撃を避けている。多少かすり傷は負ったが、それも先程のポーションで回復させた。

 

「そうかな? 結構ギリギリじゃなかったか?」

 アインズは笑みを浮かべて見せる。

「――そんなことないよー。まだ私、本気じゃないもーん。確かに今まで見た中でアンタ1番の弓の使い手かもしれないよねー。自信持っているのはわかるよー」

 クレマンティーヌの笑みが、獰猛なものに変わる。”人とは違う何か、人ではないなにか”そう野生の動物を思わせるようなものだ。

 

「アホか、お前。“当たらなければどうということはない”んだよー」

「……そうか。まあ確かにそうだろうな。じゃあ、どうする? そのまま避け続けるだけなのか? こっちの矢が尽きる前にそちらの体力が持たないんじゃないのか?」

 

(……確かにね。普通なら全部避ければこっちのものだけど、コイツの矢筒……さっきから矢が減ってない。もしかして……いや、まず間違いなくマジックアイテムだよね)

 クレマンティーヌは冷静に観察する。

 

「その矢筒、マジックアイテムでしょー? どうやら矢が切れるっていうのは、なさそーだしね」

「……気づいていたか」

 アインズは、クレマンティーヌの観察眼を評価する。

 

「まあねー。だって22本も打ったのに最初と本数変わってないとか不自然だしー。便利なマジックアイテムだねー」

 クレマンティーヌはニイッと笑う。余裕があるようなそぶりだ。

(……だから、やっかいなんだけどね。)

 

「ほお、数まで数えているとはずいぶん冷静だな」

 アインズ自身も数をカウントしていなかったし、矢筒の残数まで見るという意識はなかった。

(ふむ、勉強になるな。普通の矢筒なら重要な要素だ。覚えておこう)

 

「なら、どうする? ただ逃げ回るだけなのか? それとも、かかってくるか?」

「しょうがないなー。じゃあ、仕掛けさせてもうおうかなー。きっと後悔することになるよー」

 クレマンティーヌの雰囲気が明らかに変わる。

「さて、一応聞くがお前にこの距離を詰める手段があるのか?」

 アインズの矢は十分届くが、スティレットのみを装備――腰のベルトにモーニングスターは差し込んでいるが――しているクレマンティーヌの攻撃が届く距離ではない。

 

「なめるなよ、フード野郎! 弓使いなんて、魔法詠唱者(マジックキャスター)と一緒なんだよ。私に勝てるわけないじゃん。スッといってドス! これで終わりだよー。いつもねー」

 アインズはクレマンティーヌの様子から、策を持っていると予想する。

 

「では、見せてもらおうか」

「お前のその余裕、気に入らねーんだよ!」

 クレマンティーヌは姿勢を変える。一見陸上のクラウチングスタートのポーズのようだが、立ったままであり、異常な姿と言える。

 

 クレマンティーヌはドンッ! という音ともに一気に疾風のように突っ込んでくる。

 

(はやいっ!)

 アインズは予想を超えるスピードに瞠目する。驚異的な身体能力を持つアインズからしても信じがたいスピードだ。

 

 アインズはさらに倍増させた速度の矢を放って迎撃するが、超スピードで突っ込んできながら、それをクレマンティーヌは回避し、そのままスティレットを左肩へと突きたててくる。

 ガキイッッ! と金属同士がぶつかる音がする。

 

「ふんっ!」

 アインズは後方に飛び退きながらクレマンティーヌの首を両足首で挟んで横回転し、遠心力を利用して投げ捨てる。”ヘッドシザースホイップ”だ。

「なっ!」

 投げ飛ばされたクレマンティーヌはひょいっと手を片手で着地し、ぴょんとバク宙を決めて体勢を立て直す。

 

「……かったいなー。その服何で出来ているの。布製だと思ったのに、もしかしてアダマンタイト? 金属を織り込んだ服なんて、まずないよー。どこで手に入れたのさ」

 アインズが、スティレットを突き立てられた左肩を見ると服にへこみのような傷がついていた。一見たんなる緑色の服だが、これは課金の結果手に入れた高レベルの装備品だ。これに傷をつけるクレマンティーヌの一撃はそれだけの破壊力を秘めていた。

 

「ま、いいかー。それなら次は防御の薄い所を狙えば良いだけだしねー。せっかくちょっとずつ弱らせて身動きできなくなってから、苛めてあげようと思っていたのになー。ざんねーん♪」

 肩口に突き立てられたのが、戦闘力を奪う狙いと知って、アインズはクレマンティーヌへの評価を高める。

 

(そういえば以前、パンドラもいっていたな……)

『今のアインズ様は技術ではなく、身体能力に頼ったいわゆる力任せの攻撃になっております。さらに、攻撃しようとする意識が強すぎるため、繰り出す一撃一撃が、すべてフルパワーで繰り出されております。私は恐れ多くもアインズ様のお姿にならせていただいておりますが、知識として他の至高の御方々の情報が入っております。それによりますと、相手がどう動くかということも考え、避けられたり、防がれたりした際のことも考えて仕掛ける必要があるのです。『戦いとは、常に二手三手先を読んで行うものだ』と伺っています』

(いくらアローになって戦闘技術を持っているとはいっても、私はまだまだ経験不足だ。この女は参考になる) 

 

「じゃあ、いきますよー」

 再び前傾姿勢をとると、流星のような一撃が再びアインズを襲う。

「っ!」

 顔を狙った一撃をスッと右へ顔を逸らして躱すと、アインズは右の掌底をフック気味に叩き付ける。

「甘いっ!」

 それを回避したクレマンティーヌは、いつのまにか装備した左のスティレットを顔に突き立てる。

 

「ふっ……」

 アインズはその腕をとって回転を加えながら一本背負いで地面へと叩き付ける。名付けるなら竜巻一本背負いといったところか。

「ぐはっ……」

 タイミングを外された為、受け身をとれずクレマンティーヌは後頭部をしたたかに打ち付ける。

 

「ふんっ!!」

 さらに腕を離さず、腕ひしぎ十字固め! 腕を折りにいく。

「させるかよ!」

 右のスティレットを振り回し、技が決まる前に外しにかかる。

 

(そう来るだろうな)

 アインズは予想しており、素早く技を外して距離を取る。

「いったああ。格闘術まで持っているとは思わなかったなー」

 完全に意表を突かれたクレマンティーヌは、ダメージを隠せない。

 

「今度こそ全力でいくからね!!」

 〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉〈能力超向上〉4つの武技を同時に発動し、クレマンティーヌは三度突撃を敢行する。

 

「うっ、早いっ!」

 先ほどまでよりも一段上の突撃。威力もスピードも違う。右の刺突がアインズの顔面を狙う。

 アインズはカウンターで右のストレート掌底を繰り出す。

 

「きた!〈流水加速〉」

 武技を発動したクレマンティーヌは加速し、掌底を素早く躱してアインズの顔面へとスティレットを突き刺した。

 

「ぐうっ……」

 アインズはぎりぎり顔を動かし、アイマスクで受ける。またも金属音がしてスティレットが弾かれた。

「なっ? それまで金属糸使っているのー?」 

 ダメージは吸収したものの、アイマスクはその勢いで弾き飛ばされ、フードはめくれ上がってしまう。

「やるな……クレマンティーヌ」

 アインズは素直に賞賛する。いくら本気ではなかったとはいえ、顔面直撃弾だ。そうそうできるものではない。

 

 

「へー、どんなくそったれな顔かと思ったら、意外とイケてんじゃん。結構好みだよ、その顔」

 アローの正体である金髪碧眼の青年、オリバー・クイーンの顔を見られるという、ヒーローとしては大失敗なシーンだが、そもそもアインズが変身しているので問題ない。

 

「そうか、それは嬉しいよ。……お前もなかなか可愛いぞ、クレマンティーヌ」

 オリバーとしての常時発動型特殊技能(パッシブスキル)〈プレイボーイ〉が発動する。

「……可愛いってすっごく久しぶりに言われたんだけどー。でもーそういうこというシチュエーションじゃないよね?」

 予想外の言葉にちょっと頬を赤らめるクレマンティーヌ。

 

「まあそうだな。お互いに武器を振り回している最中だからな」

「そういうことー。別のシチュエーションならよかったのに。でも、今は殺し合いの真っ最中だよー」

 

「では、殺し合うとするか?」

「そーだね。まあ、可愛いって言ってくれたことは、そっちが死んでも忘れないよー」

「一応聞くが、もし悩んでいた結果こういう事件を引き起こしたのなら、話は聞くし力になるぞ?」

 

「ま、なくはないけど」

 クレマンティーヌは再び〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉〈能力超向上〉4つの武器を同時に発動し、全力の突撃を敢行する。

 

「また、それか」

 アインズはあたらないと知りつつ弓で牽制し、さらに接近するクレマンティーヌへ軽く右掌底をアッパー気味に打ち出す。

 〈――流水加速〉

 先程と同じように武技を発動して回避し、スティレットを突き立てる。

 

「だがっ!」

 アインズはその攻撃を避けつつ、クレマンティーヌの2撃目……左手首を掴むと素早く懐へ飛びこみ、自らの左肩に叩き付ける。

 

 バキイイイッ! 

 

 ショルダーアームブリーカーで、文字通り左腕をへし折った。

 

「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 左手に持っていたスティレットが地面に力なく落ちる。

 

「すまないな、クレマンティーヌ。 痛かったか?」

「痛いに決まってるだろ! 武技を使ったっていうのになんで当たらない……なぜ……」

 

「これがレベルの差だよ。クレマンティーヌ。お、その困惑した表情も可愛いぞ」

「てんめえええっ……コロス!!」

 武技の発動もなく、力任せに右のスティレットを突き出す。スピードはまったくない。

 

「やれやれ……まだ懲りないのか」

 アインズはその手を掴み、クレマンティーヌを引き込んで前かがみにさせると、その頭をまたぐように前転! そのまま肘関節を伸ばしてへし折る。

 

「ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 絶叫が草原に響き渡り、満月へと吸い込まれる。

 

「どうだ気分は? たしか「ちょっとずつ弱らせて身動きできなくなってから、苛めてあげようと思っていたのになー」とか言っていたが?」

 アインズは笑う。

 

「てんめえええええええええええっ!!」

 クレマンティーヌは苦痛に顔を歪めつつも、アインズを睨みつける。

 

「ほう。まだ戦意を失わないか。たいしたものだ。興味深い女だ」    

「くそっ……まだ終わってねえんだよ!」

 〈能力超向上〉

 クレマンティーヌは武技を乗せ右足の蹴りを繰り出し、アインズの腹部を狙う。

 

 

 パシッ!

 

 絶望的な音がして、あっさりと蹴り足がアインズの左手に掴まれる。

 

「は、はなせっ!」

 アインズは左腕で足を抱えこむと右手を横に振り上げる。

「では、いくぞっ!!」

 勢いをつけてその手を振りおろし足に絡みつくと、クルンと一回転。

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっつ!」

 技の対処方法を知らないクレマンティーヌはまともに足を捻られてしまい、靭帯がねじ切られてしまった。本来自ら飛んでおかないとダメージを逃がせない。

 

(確か、この技はドラゴン・スクリューと名付けた……とパンドラが〈伝言(メッセージ)〉で言っていたな。そのまんまじゃないか)

 

「くそやろうがあああああああっ……」

 唯一元気な左足で立ち上がろうと膝をついた瞬間、アインズが疾風のように走る。

 

「クレマンティーヌ! お前は街を汚した!」

 腿を踏みつけて飛び上がり、大きく振りあげた右足の踵を、サソリの尾のように後頭部へと叩き込んだ。

例によってアインズは知らないが、閃光式踵落し(スコーピオ・ライジング)と呼ばれる技である。

「がはっ……」

 血を吐きながら倒れこみ、クレマンティーヌは意識を失った。

 

「本当になかなか可愛い顔をしているな。アルベド達にはかなわないが。こいつは何かに利用すべきか。別に殺してもいいんだが、特に恨みがあるわけではないからな。どちらかと言えばコイツには感謝すべきか」

 若干オリバーが混ざった考え方になっているが、アインズは気づいていない。

 

 

『コキュートス、聞こえるか?』 

『ハイ。アインズ様』

 アインズは〈伝言(メッセージ)〉を起動しナザリックの第五階層守護者を呼び出す。

現在守護者達はナザリックを離れているため警備を担当しているコキュートスにマジックアイテムを持たせて連絡を取れるようにしてある。

『今から〈転移門(ゲート)〉で捕虜を一人送り込む。最低限の回復をしたうえでニューロニストに引き渡せ。そして伝えよ。この女は使い道がありそうだ。手段を問わずに敵対心を奪え。命は奪うなよ』

『カシコマリマシタ。至高の御方ノ、ゴ命令シカト承リマシタ』 

 

 アインズは会話を終えると即座に〈転移門(ゲート)〉を開き、クレマンティーヌを中に蹴りこんだ。

影の悪魔(シャドウ・デーモン)よ、ご苦労だった」

 ゲートの前の影から悪魔が現れ、アインズに一礼して姿を消す。

 

「では戻るとするか。やることは多いからな」

 

 アインズは地面に転がっているスティレットとアイマスクを回収してから姿を消した。

 

 

 



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シーズン2第3話『疾走』

 意外(?)な人物が初登場します。

 
 なお少し短めです。


 

 

 リ・エスティーゼ王国王家直轄領城塞都市エ・ランテル。この都市にはいくつかの方向に城門が設けられている。

 そのうちの北門から出発して、徒歩で3時間ほど街道を進んで行くと、近くには森が広がっていた。

 

 最近この街道沿いでは野盗による被害が多く出ている。

 

 被害にあった商人は金や商品を奪われ、男や老婆は惨たらしく殺害され、若い女は連れ去られた。その後どのような目にあっているかは想像に難くない。きっと生き地獄のような状況になっているだろう。

 

 多発する被害に対し、王国の動きは鈍い。

 “黄金の姫”の提案により街道の警備を強化する方針にはなったものの、貴族たちの利権が絡むこともあって妨害工作が入り、ろくな予算が組めず、実際はほとんど機能していない。

 国が頼れないのであれば、“自前で警備を強化する”か、“そもそもそこを通らない”という二択になる。

 よって商売をしたい商人は、金をかけて自前で信頼できる傭兵を雇うことになり、当然その分の金額は、物価に反映されることになるため、都市としては無視できない損失となっていく。

 そこでエ・ランテル冒険者組合は、この地域へ冒険者を派遣し街道の警備を強化している。この街道沿いの森を抜けた先に野盗の塒があるという情報を掴み、冒険者組合は調査隊を派遣することになった。

 

 そういった事情を除けば、今夜は綺麗に晴れ渡っており、空には、きらきらと煌く満天の星と満月一歩手前といった丸い月が浮かび、闇を照らしている。

 風も心地よい強さで吹き、過ごしやすい気温。何もなければとても雰囲気のよい夜であった。

 

 月明かりの下、森の近くで過ごす。恋人と語らうには悪くないシチュエーションともいえる。 

 

 

 

(いやー、こういう月の下で、美女と二人手を繋いで歩きたいよなー)

 草陰に身を伏せた若い男は、月に目をやりながら一人心の中で呟く。

 彼は20歳前後の若者で、長い金髪をヘアバンドのような物でまとめ、背中には弓と矢筒を背負っている。

(そいでもって、ちょっとカッコつけたセリフを言ってみたり……)

 

 彼は身を伏せたまま、一人考え込む。

 

(ふむ……こんなセリフはどうだろうか。「今日はいつも以上に美しい月だと思わないかい? え、どうして? それはね、君の輝きを受けて、いつも以上に輝いているからだよ。だって、君は僕の太陽だから!!」」とか! どうかな。なかなか詩的じゃないかな?)

 この場所には彼しかいない。風に葉が揺れる音と、時折虫たちが合唱をしている程度で静かなものだ。 

 

(もしくは、こんなのはどうだろう? 「だいぶ森の中を歩き回ってどうやら君も疲れたようだ。……それに実を言えばどうやら道に迷ったようだ。よかったら、ここで休むとしよう。そして楽しい朝が来るのを待つとしよう」 とかカッコよくね? あ、職業柄、森で迷うのはカッコ悪いか……)

 彼はレンジャーである。それが道に迷うというのは本人の考えた通りかなり恥ずかしいことだろう。

 彼が思いついたセリフは戯曲のような言い回しであるが、真剣に考えた結果だ。使うのはともかく考えるのは楽しい。

 

 

 

 ただし……何事も起きなければの話だが。

 

 

 

「む。風向きが変わった。この風……血の匂いがする……。風上は洞窟の方か?」

 彼――ルクルット・ボルブは、変化を感じ警戒を強めた。

(何もなければいいが……いやな予感がするぜ)

 仲間が向かった方向を見るが、彼の位置からは仲間の姿は見えなかった。

 

 

 そして……残念ながら彼の予感は的中することになる。

 

 

 

「推定、吸血鬼(ヴァンパイア)!! 銀武器か魔法武器のみ有効。 勝てない! 撤退戦!! 目を見るな!!」

 やや離れたところから、森全体に聞こえるかのような大声が響く。声の主は男性のようだが、この場所から姿は見えない。

 

「くそっ……マジかよ!」

 声が聞こえると同時に、ルクルットは弾かれたように起き上がり反転。声のした方向とは逆向きに全速力で走り出した。

 

(くそっ! デートのことなんて考えている場合じゃないぞっ! ……吸血鬼(ヴァンパイア)だと? 月夜に悪い出会いだな! ……まあ、美人の吸血鬼(ヴァンパイア)なら会ってみてもいいけど。いや、美人でも吸血鬼(ヴァンパイア)は駄目か。それにしても”野盗化した傭兵団の拠点”って話じゃなかったのかよ! 傭兵団を吸血鬼(ヴァンパイア)が支配していたのか? それとも逆なのか? 逆だったらそれを操る凄い奴がいるってことになるけど。……それはないか? いったいどういうことだ?? わからん!!)

 ルクルットは闇を切り裂き、木の根を飛び越えて疾走する。

 

 彼は依頼を受けた冒険者チームの一人であり、先行偵察に出たチームに何かあった場合は後退して情報を持ち帰ることになっていた。

 

吸血鬼(ヴァンパイア)……銀武器が有効だ。アイツら添付剤は持っていたはずだよな。……あと目を見ると魅了されるから見てはいけないって聞いたことがあるな。……くそっ! ペテル……ダイン……ニニャ……無事に帰ってきてくれ!)

 先行隊に同行している“漆黒の(つるぎ)“の仲間の顔を思い浮かべる。一緒に(シルバー)プレートまで昇格した大事な仲間だ。それを任務とはいえ置きざりにして逃げることに、ルクルットは苦しい思いでいた。

 

(くそ~っ! こんなことになるなら、やっぱりナーベちゃん達と同行するべきだったぜっ! もたもたしなければよかった!!)

 必死に走りながらもルクルットの頭には、ある美人の顔が浮かんだ。彼は無類の女好きであり、面食いだ。平時であれば美しい女性には必ず声をかけるという特性を持つ。

 もっともその成功率はかなり低いらしい。一応彼の名誉の為に言っておくと、彼自身のルックスは人並み以上でポテンシャルは決して低くない。どちらかといえば高いレベルに入るのではなかろうか。

 ではなぜ彼が失敗するかといえば、まず”数を打ちすぎる”こと。そして”レベルが高いところを狙いすぎる”ということが成功率低下の要因といえる。また、軽薄そうな話し方が足を引っ張っている可能性もある。

 

 

 そんな彼の心を捉えて離さない特別な存在がいた。

 漆黒の髪をポニーテールに纏め、キリッとした顔つきを崩さない絶世の美女。彼女の名はナーベという。

 冒険者組合で彼女を見かけた瞬間、いつものように一目ぼれ。そして仲間をそそのかして「一緒に仕事をやりませんか?」という声をかける段取りまではしたが、実行には移せなかった。

 

(あの赤毛……あいつが邪魔をしなければ……たしかブロリーだっけ?) 

 ルクルット達は赤毛の女冒険者――正解はブリタ――に邪魔をされ、仕事を依頼するという面では声をかけそびれたのだ。

 ちなみに彼の記憶力はある意味優秀で、好みの美人が相手だったら一瞬で覚えることができ、何年でも何人でも名前を覚えていられるのだが、そのブなんとかという赤毛の冒険者は残念ながら好みではなかった為にうろ覚えだった。

 

(今頃ナーベちゃんと楽しい夜を過ごしているはずだったのに)

 冒険者として同行できなかったが、彼個人としては素早く行動を起こしている。

 組合を出る前にナーベを捕まえ、すかさず愛の告白はしたのだが、躊躇することなくウジムシ扱いをされて冷酷に断られている。その後の”お友達から”のお願いも駄目だった。

 だが、彼はまだあきらめていない。そういう男である。 

 

(きっとツンデレってやつだろ。ツンじゃないときはめちゃくちゃ優しくてかわいいんだろうなー)

 そんなことを思いながらもルクルットは仲間の危機を知らせる為に全力で走り続けている。 

 

 結局ナーベ達に声をかけ損なった漆黒の剣の面々は、別の依頼を受けることになり、野盗化した傭兵団”死を撒く剣団”の調査に参加することになった。

 

 チームを先行偵察隊、後方支援隊の二つにわけ、レンジャーのルクルットは、もう一人のレンジャーとともに両チームの間に潜伏。

 先行偵察隊に何かあった場合または合図があった場合は、ルクルットは援軍を求めエ・ランテルへ帰還。もう一人は後方支援隊に連絡をとって退却することになっている。

 

「みんな、生き延びてくれっ!! 神様っ! どうかどうか助けてやってください」 

 さっきまでの妄想を振り払い、ルクルットは信仰心をフル動員して仲間の生還を願った。

 

「また必ず会おうって約束……破るんじゃねえぞっ! ペテル・モーク! ダイン・ウッドワンダー! ニニャ!」

 

 

 彼は走り続ける。情報を持ち帰る為に。

 

 

 そして……思い人に再び会う為に。

 

 

 



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シーズン2第4話『領域』

 

 

 時と場所は変わる。

 ここは城塞都市エ・ランテル近郊――エ・ランテル北門からおよそ徒歩で3時間ほどの距離――の森を抜けた先にある洞窟。

 

 この洞窟は傭兵団“死を撒く剣団”の塒であり、先程までは静かな夜を過ごしていた。一部の団員が仕事に出かけてしばらく経った頃、その静寂は破られることになる。

 

 突如現れた女二人組の襲撃を受け、入口付近にいた10人を超える傭兵達は、増援が駆け付けるまで持ち堪えることもできずに全滅した。

 それを受けて単騎で自信満々に迎撃に出た傭兵団の最高戦力ブレイン・アングラウスは、襲撃者にまるで相手にされず、圧倒的な実力差を見せつけられることになる。

 

 

 

「な、バカなっ!」

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを倒すために磨き上げた必殺剣を軽く指で摘まれ、繰り出した全ての攻撃を右手の小指の爪一本で弾かれる。それも退屈そうに欠伸までされる始末である。

 

「武技……使えないんでありんすか?」

 場違いな黒いドレス姿の銀髪の美少女は、憐れみと呆れが入り交ざった声で語りかけてくる。

 彼女の名はシャルティア・ブラッドフォールン。ナザリック地下大墳墓第一~第三階層の階層守護者である。武技や魔法などを修める犯罪者など捕縛する命を受け野盗化したこの傭兵団の塒を襲撃している。

「……!?」

 ブレインは、何も言えない。実際には武技をフルに発動していたのだが……。まるで相手にされていない。

「もしかしてそんなに強くはないんでありんすか? 先程の入口にいた者たちよりは強いと思ったんでありんすが、あなた……。申し訳ないでありんすぇ。私が測れる強さの物差しは1メートル単位でありんすぇ。1ミリと3ミリの違いって分かりんせんでありんすね」

 もはや圧倒的という言葉では足りない、絶望的な差……それもどうやっても埋めようのない差と言えた。

 

 

「さ、三十六計、逃げるにしかずっ!!」

 ブレインは以前読んだ古い本の言葉を残し、全力で逃走することを選んだ。

(な、なんだってんだ。あんな化け物が襲ってくるなんて……)

 ブレインは決して弱くない。かつて、当時はまだ平民だった、現在の王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと御前試合で戦い、互角の勝負の末惜しくも敗れ準優勝に終わっている。純粋な剣技なら王国で最強クラスの実力の持ち主だ。

 

「今度は鬼ごっこぉ? 色々と遊んでくれるのね? じゃあ、楽しみましょうか? あははははは」

 シャルティアは高らかに笑いながら、ゆっくりと歩き出す。強さゆえの驕りがそこにはあった。

そのシャルティアに白いドレスの吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が付き従う。

(シャルティア・ブラッドフォールン……決して届かぬ高みにいる化け物……戦いを挑むべきではなかった……)

 ブレインは今までの人生で一番のスピードで走る。恐怖から逃げるために。

 

 

 一番の奥の開けた場所には、机や箱などでバリケードを築き武器を構えた傭兵たちの姿があった。

 彼の姿を見た時、「勝った」と思った傭兵たちから歓声があがったが、ブレインの様子がおかしいことにきづき、静かになる。

 

「ブ、ブレイン?」

 血相を変えて全力で飛び込んできたブレインは、仲間が作ったバリケードに強引に体を突っ込み中へと飛び込む。

「どうした、ブレイン!」

 その声に答えず彼はある部屋へと飛び込んでいく。

「なにか、くるぞっ!」

「今度は、かくれんぼぉぉ??」

 その直後に現れた二足歩行するヤツメウナギのような長い銀髪の化け物が、真紅の瞳をギョロリとさせながら団員に襲いかかった。

 

「ひいいいいっっ!」

「であえ……」

「ぶほっ……」

 次々に団員たちが倒れていく。

 

 

 

(やれやれ、シャルティアの奴、血の狂乱が発動しているじゃないか……)

 不可視化して様子を見ていたアインズは心の中で溜息をつく。

(まあ、その可能性もあるから来たんだけど……的中か。さっき戦った刀使いに名乗っていたからなぁ。ちゃんと始末しないとまずいな)

 アインズはお楽しみ中のシャルティアを放置し、ブレインを追って部屋へと入る。

 

 その部屋の中にブレインの姿はない。奥の壁から外気を感じるところを見ると外へ通じているのだろう。

(どうやら、外へ逃げたようだな)

 土が通路を塞いでいるが、アインズには問題にならない。

 

「〈次元の移動(デイメンジョナル・ムーブ)〉」

 アインズは隠し通路の先へ通り抜け森へと出る。

 木の枝が月の光を遮っているため辺りはかなり暗い。もっともアインズは闇視(ダークビジョン)の能力があるため、昼間と変わらぬ明るさで見通すことができるのだが。

 

「さて、どっちへ行ったかな。このまま探すよりも、技能を持っている姿に変身して探索するか。……といってもアローは今カルネ村にいることになっているからな。そうだな、外装を変えておくか」

 アインズは緑の鏃の形をしたペンダントを取り出す。先程までアインズは緑のフ-ドの男アローとして、カルネ村でエンリ・エモットの手料理の歓待を受けていた。さすがに同じ時間に同一人物がまったく別の場所にいるわけにはいかないだろう。

 

「<My Name Is Green arrow(私の名前はグリーン・アロー)>」

 起動ワードを口にすると、アインズの体は緑のフードの男に変化する。

「……外装変更“漆黒の矢”」

 アインズは服装を変更し、色を緑ではなく漆黒に変更する。

「たしかこの色合いは“ダーク・アーチャー”だったか。これを使う機会があるとはな」

 アインズが名付けた“モモン・ザ・ダーク”と似たようなセンスだが、れっきとした正式名称である。ARROWシーズン1のラスボスをイメージしたものだ。

 能力には変化がないので、たんなる色違い。2Pカラーのようなものといえる。

 

「こっちか……」

 アインズは新しく踏み荒らされた葉を発見し、それを辿りながら後を追う。

(……違う職業になれるというのは面白いものだ)

 しばらく行くと、前方に全力で走る男を発見する。

 

(見つけた。逃がさんよ)

 アインズはいつもとは違う黒い弓を構え、黒い矢を放つ。 

 

 

 ビシュッ!

 

 

 闇を切り裂き黒い矢が、走る青い髪の男を襲う。

 

「っ!?」

 矢を感知したブレインは、それを回避する。

「ほう。なかなかだな。ブレイン・アングラウス」

「だ、誰だ」

 振り向いたブレインの目は充血しており、何かに怯えているようにも見えた。

「私は“ダーク・アーチャー”だ」

 アインズは偽名を名乗る。

「あん? 明らかに偽名のような名前だな。このタイミングで俺に声をかけてくるってことは、シャルティア・ブラッドフォールンの仲間か……」

 ブレインは用心深く刀の柄に手をかけるが、戦意が鈍い。

 

「……いい推理だ。そうだな、ほぼ正確に近いといっておこう」

「そうか……やっぱりな。お前も当然強いってことか……」

 ブレインはふう~と息を吐き出す。

「まあ、そうだな。少なくともお前よりは強い」

「そうか……俺は努力してここまでになったというのに、決して届かぬ高みにいる奴らがいると知った。俺は弱い」

 ブレインの瞳に涙が浮かぶ。

「人は弱さを認めるからこそ、成長できるものだぞ。ブレイン・アングラウス」

「だがしょせんは人間にすぎないってことだ。俺は強くなりたかった。あのガゼフに勝つために。そのためならよくないこともやったさ」

「……お前は強くなりたいのか?」

「ああ。強くなりたかった……」

 ブレインは唇をギュッと噛む。

「過去形か。まあよかろう。ところで私は武技に興味を持っていてね。お前の武技を見たいんだが」

「……シャルティアに破られた。そんな児戯程度でよいなら……」

ブレインは自嘲気味に笑うと、なけなしの闘志を燃やし、武技を発動する。<――能力向上>

(む、戦闘力が上がったか? 能力を上げる系統の武技か……)

 アインズは気配の変化を察する。

 

 <――領域>

 ブレインを中心に半径3メートル以内に限ってその範囲内に入ったものを感知する武技だ。つまり、武器命中率と回避力をそのゾーン内に関しては最大限に引き上げるものだ。

 

「ほう。範囲系の武技か。効果は3メートル程度とみる」

 アインズはブレインを中心に防御シールドに似た何かが発動したのを察知する。

「なっ……」

 ブレインは唖然とする。

(見破られるだと? そんなことがありえるのか? これが力の差なのか? ……シャルティアとはまた違うようだな。探知系の能力が優れているのか?)

 

「では、試させてもらおう」

 アインズは黒い弓を構え、かなり速度をあげて矢を射る。

「そこっ!」

 ブレインにとってこれは対処しやすい。領域に入ってきたところで超高速で飛来する矢を居合い抜きで真っ二つにしてみせる。

「……ほう。なかなかやるな。ではこれはどうかな」

 アインズは速度を上げて、3連続で矢を放つ。

「早いっ! だがっ!」

 感知力の上がっているブレインにとってはすべて位置が把握できた。3矢すべてをブレインは切り落としてみせる。

(こいつも遊んでやがるのか? 見た感じ人間だが……何者だ?)

 

「……武技か。やはり興味深いな」

 アインズは目の前の男を評価する。

「では、いくぞっ!」

 アインズはちょっとだけ本気を出して踏み込む。

「そこかっ!」

 <神閃>

 超高速の一撃。<領域>と合わせて発動することで必中を誇る技だ。これこそがブレインの必殺の一撃。先程シャルティアには軽く指で摘まれるという屈辱を味わったがが……。

 

 刀がアインズにあたると思った瞬間に姿が消える。

 

 トンッ!

 

「うぐっ……」

 ブレインは刀が急激に重くなったのを感じる。それも当然だ。刀の先には、アインズが腕組みをして乗っているのだから。

「なっ、いつの間に……」

 今まで誰にも破られたことのなかったブレインの必殺技“秘剣――虎落笛”は今晩だけで二人に破られた。

「なかなか興味深かったぞ。ブレイン・アングラウス。どうやらもうネタ切れかな?」

 アインズの言葉にブレインは刀を棄て、両手を上げて降参の意を表す。

 

 

「その通りだ。“ダーク・アーチャー”さんよ。お前さんは強すぎる」

「ブレイン・アングラウスよ。より強くはなりたくないか?」

「今日俺はどんなに努力をしても勝てない相手がいると知った。正直絶望的な差をみせられたよ。お前さんにも、あのシャルティア・ブラッドフォールンにもな。正直人間という領域にいる限り勝てはしない」

 ブレインは悟ったような表情になる。

「だけど、それでも強くなりたいさ。俺は弱いってわかっただけでも、今日は価値がある。本当はすごいショックだけどな」 

「そうか。もしお前が強くなりたいのなら、私の元へこい。強くしてやる。手段は問わなくてもよいな?」

「ああ。……それも悪くないか。どうせ逃がしちゃくれないんだろう? だったら強くなりたい。」

「どれくらい強くなりたい?」

「そうだな。アンタくらいになりたいが。現実的なところだとまずはガゼフに勝ちたいな。もちろん人の領域を超えるような存在になれるならそれもまたいいかもしれん」

「わかった。では着いてこい。悪いようにはせんぞ」

 

 結果としてブレイン・アングラウスはナザリック入りし、転生実験に協力する形になる。

 

 

 

 



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シーズン2第5話『遭遇』

 

 

 月夜の森を8人の武装した男達が隊列を組んで進む。

 彼らの武装は様々で、先頭を歩くのは、男の戦士が3人。全員デザインの違った鱗鎧(スケイルアーマー)を着込み、大型の盾を背負っている。そして、いつ戦闘になってもいいように、武器は抜いてある。歴戦の戦士という雰囲気を醸し出していた。

 その後ろには首から十字架を下げ、神官服を着用した信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)らしき男、さらに軽装で杖を持った魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)が続く。

 その後ろには帯剣し帯鎧を装着した戦士風の者、メイスを片手に持った髭面の男、木の杖を持ちローブを着た年若き魔法詠唱者(マジックキャスター)が続いている。

 先行する5人のメンバーに比べると、後に続く3人はまだ若く、顔はやや引きつり緊張を隠せない。

 

 彼らはエ・ランエル冒険者組合に所属する冒険者で、街道周辺の警備に出ていたチームだ。その任務中、昨今この近辺を荒らしている野盗の塒と思われる拠点を発見したという報告を受けたため、チームを二分。まずは彼ら先行偵察隊が調査に向かうことになった。

 

 

「野盗達はどれくらいの数がいますかね」

「……さあな。かなりの規模だっていう話だぜ」

「まあ、野盗の3、40人程度なら十分片づけられるだろうぜ」

 先頭を歩く戦士三人が小声で囁き合う。彼らの態度には余裕があり、自分たちが負けるということは考えていない

「……ご遺体を調べた限りだが、野盗どもの腕はそれなりと見ます。あまり脅威にはならないかと」

 神官の言葉に、戦士達の表情が緩む。

「なら問題ないな」

「ただ、稀に一刀のもとに急所を切られているご遺体がある。正直他と比べると段違いの凄腕だ。最低でも一人、もしくは複数は腕の立つ者がいると考えておいた方がよいな」

 ローブを纏った魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)と思われる人物が雰囲気を引き締める。その後ろに続く(シルバー)プレートの若者3人は緊張の面持ちを崩していない。

 何か危険があったり、イレギュラーな事態が発生すれば、彼らはすぐさま撤退する予定になっている。目的は、まずは相手の戦力を見極めことにある。 

 

 撤退を前提にした無理のない仕事であり、危険度はそこまで高くない任務のはずであった。

 

 

 

 

 ただし……そこにそれが存在しなければの話だ。

 

 

“死を撒く剣団”の拠点と判断された洞窟から出てきたのは、“人とは違う何か、人ではない何か”だった。

 

 

「推定、吸血鬼(ヴァンパイア)!! 銀武器か魔法武器のみ有効。 勝てない! 撤退戦!! 目を見るな!!」

 一行のリーダーである魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)がやけに大きな声で叫ぶ。

 現れたのは長い銀色の髪の化け物。……吸血鬼(ヴァンパイア)。赤い瞳が、地獄の炎のように見える。頭上には血の色をした球体が禍々しく浮かんでおり、より得体のしれない雰囲気を漂わせている。またその背後には白いドレスをきた色の白い吸血鬼を引き連れていた。そこから感じる力もかなり強い。

 

 

「ゔっ……」 

 モンスター退治に慣れている冒険者をして“化け物”と思わせるのは、その吸血鬼(ヴァンパイア)から放たれる圧倒的な存在感故だ。

 今までにないどす黒いプレッシャーを放つ化け物。……一般人ならすでに卒倒しているであろう邪悪なオーラになんとか耐えているのは冒険者としての経験によるものだ。

「……ゴクリ」

 誰かが喉を鳴らした。あるいは全員か。今、この場にいる者は目の前の化け物に圧倒されている。彼らの背中を今まで流したことのない量の冷や汗が、滝のように流れ落ちる。

 

「わが神、炎神――」

「無駄をするな、防御魔法に入れ!」

 神官がアンデッドを退散させるべく聖印を掲げたが、魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)がそれを制し、防御魔法をかけ始める。それに続き神官も防御魔法を発動させた。

 神官は自分よりも格下のアンデッドを退散・消滅などをさせることが可能だが、今回の相手は格が違うため効果は期待できない。そこで無駄をするなと伝えたというわけだ。

 

 圧倒的な差を感じながらも、それでも冒険者達は経験によって動く。最善を尽くす為に。

 

 戦士達は一時的に銀武器の効果を発する添付剤を武器に塗り、それを構えながら後退し始める。

 彼らは知る由もないが、この吸血鬼は、ナザリック地下大墳墓第一~第三階層守護者シャルティア・ブラッドフォールンがその正体を現したものである。

 

 彼女の普段の美少女然とした姿はいってみれば仮初の姿であり、本当の姿はこの真祖(トゥルーヴァンパイア)である。彼女には血の狂乱という欠点があり、血を浴びすぎると、このいわゆる狂戦士(バーサーク)モードに突入してしまう。理性が飛び、非常に攻撃的になってしまうのだ。

 

 

「あ~もう駄目~~しんぼうできないいいいいいいいいいっ!」

 シャルティアは恐るべきスピードで襲いかかる。一番手前にいた戦士の鎧を貫き、心臓を抜き手でえぐり掴みだす。

「は、はやいっ!!」

 シャルティアはえぐり出した心臓を見せつけるように突き出す。

「うっ……」

「あっ……ああ……」

 神官が顔を歪め、木の杖を持った魔法詠唱者(マジックキャスター)らしき若い男がぶるぶると震えだす。  

 

不死者創造(アニメイト・デッド)

 シャルティアは相手の反応に満足すると、ニタリと邪悪な笑みを浮かべながら、魔法を発動させた。

 

「うあっ……」

 彼らは息をのむ。魔法の発動と同時に、先ほど心臓を失った戦士が、モゾモゾと動きだし動死体(ゾンビ)として蘇った。さらにシャルティアは頭上の血のプールからドス黒い塊を一塊取り出すと、それを動死体に無造作に投げつける。

「な、なんだ?」

 そしてその動死体(ゾンビ)下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)へと生まれ変わった。

 

「なっ!」

「うあああああっ……」

「ありえん! 代償なしであれほど高度な魔法を使う吸血鬼(ヴァンパイア)など聞いたことがない」

「実際に目の前にいる!」

「落ち着くんだ! 撤退は無理か? 打って出る」

「いや、勝てるのか?」

「やるしかないんだ」

 冒険者たちは口々に叫ぶ。  

「うおおおおおっ!!」

 戦士一人がシャルティアに切りかかり、もう一人の戦士がさっきまで仲間だった下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)に切りかかる。

「わが神、炎神よ。不浄なりしものを退散させたまえ!」

 神官の聖印から神聖なる力が放出されるが、当然シャルティアにはなんの効果もない。下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)の方は動きが鈍り、戦士の剣が突き刺さっている。多少は効果があったということか。

 

「邪魔ああああああっ!」

 戦士の剣を小指で弾き、シャルティアは無造作に右手を払う。たったそれだけの動きで、戦士の首がスパッ! と切り飛ばれ足元に転がる。そして、首を失った胴体は、血しぶきを吹き上げながら仰向けに倒れていく。

「つぎいいいいいいっ!」

「か、神よ!」

 パニックになった神官は、己が信じるものに縋り、十字架を突き出す。だが、そんなものはシャルティアにはまったく効果がない。

 次の瞬間、シャルティアの左手が横なぎに動く。そして、神官の首も血しぶきとともに宙を舞った。

 

「なんてことだ! 魔」 

 魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)が魔法を唱えようとするが、その前にシャルティアが暴風のような勢いで飛び込み、右手刀を脳天へと振り下ろした。“脳天唐竹割り”まさにその言葉通りに魔法詠唱者(マジックキャスター)の体は左右に真っ二つに切り裂かれた。

 

「な、なんて力だっ!」

 後方にいた帯鎧の戦士が呻く。

「きえろおおおおおおっ!」

 シャルティアはその二つに分かれた体をムンズとつかむと、後ろを振り向く。そこにはまだ下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)と互角の戦いをしていた戦士がいた。

 シャルティアは手に持った魔法詠唱者(マジックキャスター)だったものを無造作に戦士めがけ思いっきり投げつけた。

「ごばっ!」

 戦士もろともレッサーヴァンパイアも巻き込まれ、どちららもグチャグチャに潰れてしまい、すでに原型をまったく留めないただの肉塊に成り果てた。

 

 あたりには血の匂いが充満し、地獄絵図のような光景が広がる。

 

「……予想をはるかに超えるのである」

「ああ。化け物中の化け物だな……」

 残る冒険者は3人。彼らは全員『漆黒の(つるぎ)』という(シルバー)冒険者チームのメンバーである。本来は4人チームだが、レンジャーのルクルット・ボルブは繋ぎ役として先行偵察隊の後ろに控えており、今頃はエ・ランテル目指して疾走しているはずだ。

 リーダーの戦士ペテル・モーク、そして森祭司(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー、魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャは、チームの補佐という形で同行していた。

 

「うわあああああああっ……」

 メンバーの一人、ニニャは悲鳴を上げガクンと両膝をついてしまった。

「ニニャ! 立つんだ!」

 リーダーのペテルが檄を飛ばす。

「〈獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)〉」

 髭面の男……ダインが唱えた魔法の力により、ニニャはショック状態から立ち直る。

「すいません、ペテル、ダイン。取り乱してしまって……」

「……仕方ないのである。こんな状況では」

「ああ……こんなひどい状況は初めてだ」

 今までにも同行していた冒険者が命を落とすところに遭遇したことはあるが、今回のような悪夢のような光景ではなかった。 

 

 

(そして恐らく、これが最初で最後だろうな……)

 ペテルは覚悟を決める。もはや生きて帰れる可能性はほぼゼロだと彼は考えていた。

 

 

「ニニャ……逃げろ。逃げるんだ! これは、敵う相手じゃない」

 ペテルはシャルティアの胴体から目を離さない。

「ペテル!」

 ニニャは抗議の声を上げる。

「そんな顔をするな、ニニャ。お前を逃がす時間くらい俺が何とか……」

「私もいるのである」

「そんなっ! ペテル! ダイン! 一緒に逃げましょう!!」

 悲痛な表情でニニャは叫ぶ。

 

「いいから走れ!」

「……ニニャ、お前にはお姉さんを探す使命があるのである」

 ペテルとダインは覚悟を決め、武器を構える。

(こんなに心細く感じたことはないぜ)

 一緒に冒険してきた(あいぼう)が紙で出来ているかのような感覚をペテルは感じている。そして彼の構えた剣先は小刻みに揺れていた。

「〈獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)〉」

 ダインは彼自身とペテルを対象に含め、小声で魔法を発動させた。

 

「いけっ!」

「う、うん!」

 ニニャは泣きながら全力で走りだす。

 

(ペテルっ! ダインっ!!)

 

 ニニャは後ろを振り向かずに走る。それが二人の厚意に答えるたった一つの方法だと知っているから。

 

 

 



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シーズン2第6話『奮戦』

 

 

 傭兵集団『死を撒く剣団』の塒である洞窟の前……。もっともすでに傭兵達は全滅しており、もはや彼らの塒とは言えないだろうが。

 その洞窟の前は濃厚な血の匂いが充満し、すでに冥府の住人となったものが5体転がっている。

 現在生きている者は4人だけ……いや、そのうち2体はアンデッドであるから生きているという表現が正しいとはいえないかもしれない。

  

 そして速度を上げてこの場所から走り去っていく影が一つだけあった。

 

(行けっ、ニニャ! 絶対に逃げ切れよ)

(……走るのである。逃げ切ってお姉さんに会うのである)

 戦士ペテルと森祭司(ドルイド)のダインは、正面の敵から目を離せない。

 振り向くことも、背中を見送ることもできないが、気配で大事な仲間が遠ざかっていくのを感じていた。この距離が離れれば離れるほど、仲間は安全になる。

 そのための時間を稼ぐと2人は約束した。彼我の実力差を考えれば、実行不可能なミッションかもしれない。だが、彼らはやらねばならなかった。

 

 そして彼らは全ての信仰心を捧げて神に願う。「ニニャを無事に逃がしてくれ」と。 

   

 

 

「にがさんぞおおおおお!」

 向かい合っていた者たちの一人……いや今は一体というべきか。銀髪の真祖(トゥルーヴァンパイア)が逃げた魔法詠唱者(マジックキャスター)を追おうとする。

 

「ちょっと待ったぁ! そうはさせないぞ!」

 金髪碧眼の戦士ペテルが、勇気を振り絞って錬金術銀を塗って一時的に銀武器化させた剣を構えて立ち塞がる。

「そ、そうはさせないのである」

 同じ冒険者チームの仲間である髭面の森祭司(ドルイド)のダインもメイスを構える。彼の声には震えが残っていた。

 

(……ニニャをやらせるわけにはいかないが、俺達でどれくらいの時間を稼げるだろうか)

 ペテルはわずかな時間でプランをいくつか考えてはいた。

「それならぁぁぁあ! 先に殺してやるぅぅぅぅぅぅう!」

 真祖(トゥルーヴァンパイア)……シャルティアは攻撃を仕掛けるべく腰を落とす。

(来るかっ! ……何秒稼げるかってところだろうな、正直)

 ペテルは同行していた冒険者の悲惨な最期を思い出す。誰もが自分よりも上の実力を持っていたし、装備品も上だった。にも関わらず、彼らは数秒もかからずに全滅している。 

 

 実力も装備も劣る2人がどんなに必死で抵抗したところで、持つ時間は一瞬にすぎないだろう。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。吸血鬼(ヴァンパイア)さん。話し合いをしませんか?」

 ペテルは完全に戦意を消し、目の前の化け物に明るく話しかけた。隣に立つダインは突然の相棒の変化に驚き、その顔を凝視する。

「はなしああぃぃい?」

 攻撃を仕掛けようとした矢先、あまりにも意外な言葉に戸惑ったシャルティアは、思わず攻撃をやめ動きが止まってしまった。

(チャンス! やるなら今であるが……)

 ダインは攻撃しようと目で訴えるが、ペテルはそれを無視して目の前に立つ恐ろしい吸血鬼(ヴァンパイア)との会話を続ける。

 

「はい。不幸な行き違いがありましたが、僕たちは貴女と敵対するつもりはないんですよ」

 ペテルは両手を広げ、無防備な状態を晒すことで敵意がないとアピールする。

(そういうことであるか!)

 ダインはペテルの意図に気付く。

「そ、そうなのである。戦う意思はないのである」

 慌ててペテルと同じように両手を上げ、こちらも本当に敵意はありませんと追随する。

「さあぁぁぁっきぃぃぃぃぃい……武器を構えたぁぁぁぁあっ!」

 シャルティアは、ギイッ! とペテルを凝視する。

 

「そ、それは……は、反射的に構えてしまっただけなんですよ。いやー冒険者の癖みたいなもんですかね。あはははははっ……」

 ペテルは頭をかきながら無邪気に笑ってみる。本当に敵意など微塵もないという笑顔に見える。

(ペテル……意外と演技派であるな。無事に帰ったら役者になるのもいいかもしれないのである)

 ダインは、長いこと一緒にいるリーダーの意外な一面を初めて知った。

 

(うーっ。くそっ! 嫌な汗かくぜ……ニニャ、逃げ切ってくれよ)

 ペテルの背中はすでにビッショリと濡れている。先程からずっと冷や汗が流れ落ちているのだ。自分を一瞬で屠ることのできる存在を前にしながら、明るく振舞い続けるというのは、精神力を消耗し続ける行為だ。それも当然だろう。

 

 彼の眼はシャルティアの胴体を捉えつつ、その後ろに控えている白いドレスの吸血鬼(ヴァンパイア)の動きにも注意を払い続けている。今までのところ後ろの吸血鬼(ヴァンパイア)には動きがない。だからといって無警戒にすることはできない強さを感じているのだ。

 

「こ、ころしたぃぃぃぃっ!」

 シャルティアはニタアッと笑う。見る者を凍りつかせるような笑みだった。実際ペテルは一瞬固まってしまった。

 

「……ま、まあまあ、吸血鬼(ヴァンパイア)さん。お、落ち着いてくださいよ」

「そ、そうなのである。落ち着くとよいのである。ほら、今日は月も綺麗であるのである……」

(わ、我ながら、なんだかよくわからない言葉になっているのである)

 ダインは自分自身の言葉がおかしい気がしていた。

 

 

「つき?」

「そ、そうです。今日の月は本当に綺麗ですよね~」

「月光がいつになく美しいであるなー」

 ペテルとダインは慣れないことをする。

(ルクルットが得意そうなんだけどな)

 今ここにいないメンバーを思う。きっと彼ならもっと上手い言葉を考えるだろう。

 

 

 シャルティアは目をぎょろっと動かし月へ目をやった。彼女には何の変哲もない月にしか見えない。

 

「……おまえら。何しにきたぁぁぁあ?」

「俺いや、私たちは冒険者です。先程貴女が出てこられた洞窟の調査に来たんですよ」

「ちょうさぁぁぁあ?」

 シャルティアは首を傾げる。

 

「ええ。もしかしたらご存じかもしれませんが、あそこは野盗の塒でして。私たちはそれを調べにきたんですよ」

 ペテルは相手に敬意を払い丁寧に話す。

「そ、そうなのである。野盗の中には強い奴が混ざっていたりするのである」

「そうなんですよー。たま~にすごい“武技”を使う奴がいるので……」

 ペテルの言葉にシャルティアの動きがとまる。

 

(ぶぎ? どこかで聞いた言葉だ……)

 シャルティアは目の前の二人を睨みつけながら考える。血の狂乱に我を忘れていたとはいえ、その“ぶぎ”という言葉は彼女の中にハッキリと残っている。

 

(なんだ? なぜ反応がないんだ?)

 ペテルは戸惑う。ここまでは何かしら反応があったのに、なぜ今だけ反応がないのか。特に思い当たることはない。

「そ、そうであるなぁ。すごい武技を使われると、困るのである」

 ダインは話に乗った方がよいと判断し、ペテルに話し続けろとハンドサインを送る。

 

(ぶぎ……)

 シャルティアは”話し合い”の中で、少し冷静さを取り戻しつつあった。そこで聞かされた“ぶぎ”という言葉。彼女は必死に思い出そうとしている。

 

「ぶぎ?」

「そ、そうです“武技”です。私も使えますが」

 ペテルは胸に手をあててニッコリと笑ってみせた。

(どうやら、“武技”がキーワードのようだ)

 ペテルはシャルティアの反応の理由に気付き、頭をフル回転させる。

(なぜ武技に反応を示すんだ? 武技はそう珍しいものではないが……。まさか、自分で使いたいとか? いや、武技を使う吸血鬼(ヴァンパイア)なんて聞いたことがない)

 もっとも彼はこんなに強い吸血鬼(ヴァンパイア)なんて聞いたことがなかったし、下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)を生み出すような存在も今までも見たこともなかった。

(もしかしたら、今まで知らなかっただけで、武技を使う吸血鬼(ヴァンパイア)もいるのかしれないな)

 ペテルは今自分の前にいる存在が未知の存在だと改めて考える。

 

 

「武技つかえるのぉぉぉぉお?」

 シャルティアは下から覗き込むようにペテルを見る。

「は、はい使えますよ。ねえ、ダイン」

「そ、そうなのである。ペテルは武技を使えるのである」

 ダインは大げさに首を縦に振ってみせる。その間も2人はシャルティアとは決して目を合わせない。

「そー。つかえるのぉぉ。……そっちはぁぁあ?」

 シャルティアはダインを見る。

「ダインも、つ、使えますよ」 

 ペテルは嘘をつく。ダインは魔法を使うことは出来るが、まだ武技は取得していない。

「そ、そうなのである」

 ダインは内心ヒヤヒヤしながら答える。髭が凍っているかのように重く感じていた。

(武技という言葉に反応している以上、ここで使えないというわけにはいかないのである。本当は嘘なのであるが……)

「そう。使えるのぉぉお!?」

「はい。こう見えても私もダインも(シルバー)プレートの冒険者です。武技や魔法の二つや三つは使えますよ。まあ、私は戦士なので魔法は使えませんけどね……っ」

 ペテルは小さな嘘を混ぜ、使える数を水増しする。といっても一つ足しただけで可愛いものであったが。

 

(武技……アインズ様はおっしゃられた。武技を使える者・魔法を使える者を捕縛しろと。できれば犯罪者……。でもこの際だからいいっか?)

 

 

 

「じゃぁあ。捕まえるぅぅぅぅう!」

 シャルティアはそう宣言して二人を睨みつける。

 

「くっ……やっぱりだめか?」

 ペテルの顔に焦りが浮かぶ。

「……ペテル。今、捕まえると言っていたのである。ここは、おとなしく捕まるべきである」

「確かに……逃げても戦っても無理だからな。そうしよう」

 二人は小声で会話をかわし、意見を合せる

 

「わかりました私たちは逃げません……最後に一つだけ聞きたいのですが、吸血鬼(ヴァンパイア)さん」

「なあにぃぃぃい?」

「どうして貴女はそんなに武技を求めるのでしょうか? 我々が知る限り武技を使える、もしくは興味がある吸血鬼(ヴァンパイア)など見たことも聞いたこともないのですが」

 

 ペテルは、一番の疑問点を尋ねた。

 

 

 



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シーズン2第7話『降臨』

 

 

 

 ナザリックへブレインを送り込むと、アインズは指示をいくつか出してから、再びシャルティアの様子を見に戻ってきていた。

 念のため洞窟から少し離れた場所へ転移したアインズは、アローには変身せず、本来の死の支配者(オーバーロード)の姿のまま、不可視化する。その上で飛行(フライ)を使って上空から洞窟へと接近し、洞窟入り口付近を見降ろす形をとった。

(一体、これはどういう状況だ? プレートがあるところを見ると冒険者か。運の悪いことだ。……血の狂乱か。これは厄介な設定だな。現実化すると使い勝手が悪すぎる。これでは外に出すのは難しいな)

 

 眼下には、冒険者と思われる惨殺死体が、血の海に三体転がっており、そのうちの二つは首と胴体が離れ離れになっている。凄惨な光景が広がっていた。

 さらに何かの肉の塊が二つ。近くに装備品らしきものが転がっている所を見ると、それも冒険者のなれの果てと思われる。

 

(……冒険者 夢もないのに 殺される)

 なんとなく川柳を思い浮かべてしまいアインズは苦笑する。

 

(やはりアンデッドになってしまったのだな。こんな悲惨な光景を見てもその程度にしか感じないとは)

 アインズはまだ立っている者へ目を移す。洞窟の入り口近くに吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が控えており、入口からやや離れたところには、血の狂乱を起こした状態のシャルティアと、生き残りらしい男の冒険者二人が対峙していた。

 二人の冒険者に敵意はないらしく、武器は持っているが構えていない。覚悟を決めた表情であり、どうやら必死にシャルティアに語りかけているようだった。

 

(うん? あの二人、どこかで見た覚えがあるな……)

 アインズは脳味噌をフル回転させて記憶を辿る。まあ脳味噌はないのだが……。

(……ああ、あの時の!)

 アインズは、アローとしてンフィーレアの依頼を受けた後の出来事を思い出す。

 

 

 

◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

 

「そこの大変お美しい御嬢さん。私はルクルット・ボルブといいます。 あなたに惚れました! 一目惚れです! 付き合ってください!」

 組合を出た直後、後を追ってきた一人の軽薄そうな(シルバー)のプレートのレンジャーがいきなり“ナーベ”に告白してきた。

 突然の出来事に、アインズはもちろん、一緒にいたモモン(パンドラ)でさえ唖然として、完全に動きが止まってしまった。

 

下等生物(ウジムシ)が! 踏みつぶしますよ?」

 ナーベが刺々しい表情で、冷酷すぎる断り文句を言い放つ。

「くう~っ。手厳しい断り文句ありがとうございます。ではお友達からということで、お願いします!」

 だがその男……ルクルットはまったくめげていなかった。

(ほう。メンタルが強いのかな? オレには出来なかったな)

 アインズは妙なところに感心してしまう。そして、自分(鈴木悟)にはなかった勇気がちょっとだけ羨ましかった。

下等生物(ムシケラ)の分際で。己の身の程を知りなさい!」

 だがナーベはあくまでも冷酷だった。

 

 

「「「オイっ!」」」

 アインズとモモンの息の合った脳天へのダブルチョップを受け、涙目になるナーベ。それと同時にルクルットの首根っこは、金髪の戦士風の男に掴まれる。

 

「すいません。うちのチームの者が迷惑をおかけいたしまして」

「いや、こちらこそ」

「失礼を」

 三人の男がお互いに頭を下げあう。

「いえ、こちらが先にご迷惑をおかけしておりますので。大変申し訳ありませんでした。私は (シルバー)プレートの冒険者チーム“漆黒の(つるぎ)”のリ-ダーをしています、ペテル・モークといいます」

 ペテルはさわやかな笑顔で挨拶をする。相手が自分より格下の(カッパー)であるにも関わらず見下すところがまったくない誠実な対応であった。

 

「ご丁寧にありがとうございます。どうもナーベは過剰な物言いをしてしまうもので、注意はしているのですが……私はアローといいます。こちらがリーダーの」

「モモンだ。私がチームリーダーということになっています。まだチーム名は決めてないのですがね。とにかく……チームメイトの無礼は、私の無礼。失礼な対応で申し訳なかった」

 アインズとモモンはもう一度頭を下げる。ナーベはその対応に驚きを隠せない。

 

「いえいえ。もともと、いきなり声をかけるという無礼を働いたのはこちらですから。コイツ(ルクルット)には手を焼いているもので」

「本当に申し訳なかったのである」

「ご迷惑おかけしてすみません」

 ペテルのチームメイトと思われる髭面の男と、年若い中性的な容姿の魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)風の少年が丁寧に頭を下げる。

「そちらのお二人はチームメイトですか?」

 モモンが尋ねる。

「はい。森祭司(ドルイド)のダインと、魔法詠唱者(マジックキャスター)にしてチームの頭脳、ニニャ・ザ“術師(スペルキャスター)”」

「ペテル……その恥ずかしい二つ名やめませんか?」

「……二つ名持ちですか?」

「ああ、コイツ貴重な生まれながらの異能(タレント)持ちでさ。魔法の習熟速度が2倍になるんだよ。この年で第二位階魔法を使えるのもその生まれながらの異能(タレント)の影響なのさ」

 ようやく解放されたルクルットがやや早口で解説する。

 

 

「それはすごいですね」

 アインズは生まれながらの異能(タレント)に関心があった。

「たまたまですよ」

「それはそうと、モモンさん達はこれから依頼でカルネ村まで行かれるとか?」

「ええ。護衛任務ですね」

 

「カルネ村付近の森は、“森の賢王”という強大な魔獣の縄張りになっているそうですよ。情報が少ないので詳細は不明ですが、白銀の体毛の魔獣ということです。魔法も使えるとか。あまり奥までは行かないように気をつけてくださいね」

 ペテルは貴重な情報を伝える。

「ご丁寧にありがとうございます。気をつけます」

「はい。もし機会があったらご一緒したいですね。お気をつけて!」

「ありがとうございます。その時はぜひ」

 アインズは「気持ちのいい奴らだ」と漆黒の(つるぎ)を評価する。

「またね~ナーベちゃん!」

 ルクルットが手をヒラヒラ振りながら愛嬌をふりまくが、当然のようにナーベは無反応であった。いや正確には眉を顰めるという伝わりにくい反応はしていたが。

 

 

 

◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

(漆黒の(つるぎ)と言っていたか。名前は、ペテルと……たしか、”ダンバイン”だったかな? うーん、ちょっと違うような気もするが……)

 チーム名とリーダーの名前はあっている。髭の人は……コキュートスが喜びそうな名称だ。

 

(こんなところで会うとは何かの因縁でもあるのか? 人数が2人少ないが、もうシャルティアが殺ってしまったのかな?)

 アインズは高度を下げてシャルティア達の会話を聞こうとしたが、その途中で森へ飛び込む影を察知する。

 

(むっ……何者だ!)

 アインズは一気に速度を上げて飛び、その影に近づく。やがて確認できたのは、木の根で転んだりしながらも必死に立ち上がり走り続ける年若い魔法詠唱者(マジックキャスター)の姿だった。

 

(あれは、二つ名持ちのニニャだな。……シャルティアの奴()()逃がしたのか。さすがにここでシャルティアの容姿を伝えられるのは困るな)

 アインズは魔法を発動し、あっさりとニニャを眠らせる。そのまま近づくと片手で無造作に胸倉を掴んで持ち上げようとして、柔らかい感触に気づく。

 

(こいつ女だったのか。なんで男装をしているのだろう? さて、どうしたものか。殺すにしても捕えるにしても、ここに置いておくわけにはいくまい。ひとまず()()()()()

 もしアルベドが、この心の声を聞くことが出来たなら確実にひと悶着起きそうなフレーズだが、アインズはまったく気づいていない。ニニャを軽々とファイアーマンズキャリーで持ち上げ、飛行(フライ)で一気にシャルティア達の上空へと飛んだ。

 

 

 そして……アインズが戻った場所では……。

 

 

「じゃああ。捕まえるぅぅぅぅう!」

 襲いかかる寸前のシャルティアと、震えながらも武器を構えず従おうとする二人の冒険者の姿があった。

 

「わかりました私たちは逃げません……最後に一つだけ聞きたいのですが、吸血鬼(ヴァンパイア)さん」

「なあにぃぃぃい?」

「どうして貴女はそんなに武技を求めるのでしょうか? 我々が知る限り武技を使える、もしくは興味がある吸血鬼(ヴァンパイア)など見たことも聞いたこともないのですが」

 

(どうやら彼らは“交渉”を試みていたようだな。なかなかやるじゃないか。戦っても無駄、逃げることも難しいと判断したと見える。あるいはコレ(ニニャ)を逃がすための時間稼ぎかな。察するに……シャルティアは血の狂乱を発動していた中でも“武技”という言葉に反応したのだろうな。これ以上長引かせると余計なことを話しかねないか。ここで止めておくべきだろう)

 アインズは無詠唱化した魔法を発動し、ペテルとダインの意識を奪った。

 

「ああん?」

 シャルティアは目の前で“はなしあい”をしていた冒険者二人が突然倒れたことに怪訝そうな顔をする。

 

「シャルティアよ、そこまでだ」

 アインズは不可視化を解除し、その死の支配者(オーバーロード)の姿を現す。

「げげげ~っ! コ、コホン! ア、アインズ様っ!! ど、どうしてこんなところにっ! い、いらっしゃるのですか?」

 想定外の事態に驚き、一瞬でシャルティアは正気に戻る。ただし、狼狽しているせいで、創造主ペロロンチーノに設定された偽廓言葉を使うのを忘れる。

 

「父兄参観だよ。シャルティア」

「フケイサンカン? なんでありんしょう? 新しい魔法でありんすか?」

 ここでようやく、少し落ち着いたのか、ちゃんと偽廓言葉を使う。

「……お前達の働きを見に来たのだ」

「わらわが信用できないということでしょうか?」

「いや違うな。信頼しているからこそ、直接その働きを見たかったのだよ」

 これは当然嘘であるが、わざわざ本当のことを言う必要もないだろう。

「そうでありんしたか。 あっ! その者は!」

 シャルティアはようやくアインズの肩でぐったりとしているモノがさっき逃がしたものだと気づく。

 

「目の前のことに集中しすぎるのはよくないぞ、シャルティア。視野は広く持たないと」

「申し訳ありんせん。……あのアインズ様、その大変申し上げにくいんでありんすが……」

 シャルティアは自分のミスを思い出し、スカートをぎゅっと抓みながらモジモジする。

「わかっている。ブレイン・アングラウスのことだな?」

「はい。たしかそのような名前でありんした」

 シャルティアはうろ覚えだったが、ひとまず同意しておく。

「奴は我が支配下にはいった」

「まことでありんすか!」

 シャルティアは目を真ん丸くしてアインズを凝視する。

 

「ああ。強さをみせつけるのはよいが、油断しすぎるのはよくないぞ。逃げ道があるかもしれんのだからな」

「申し訳ありんせん。ところで、アインズ様。この者達はどうするのでありんすか?」

 シャルティアは目線だけ動かし足もとに転がっている冒険者を一瞥する。

「ああ。それだが……多少彼らとは接点があるのでな。記憶を弄ろうかと思っている」

「そうでありんしたか。魅了して情報を聞き出した方がよいでありんすかね?」

「魅了しても記憶は残るからな。ひとまず記憶を探ってみるか」

 アインズはニニャの額に手を当てる。

 

「ふむ……どうやら吸血鬼(ヴァンパイア)がいるという情報は持ち帰った奴がいるな。さすがにそれを追うのは難しいだろう」

「そ、そうでありんすか。私の失態でありんす」

「いや、持って帰られたのは吸血鬼(ヴァンパイア)が出たという情報だけだ。まあ、この三人が戻ればお前の容姿も知られてしまうがな」

 

「では、やはり殺してしまった方がよいのではありんせんか?」

「いや、これを上手く利用して、我々の役に立てることにしよう。”吸血鬼(ヴァンパイア)討伐”なんて、名声を上げるには持ってこいだと思わないか?」

 アインズはニヤリと笑う。もっとも骸骨の顔なので細かい表情は変化しないのだが。

 

「は、はあ?」

(わかっていないようだな。まあいいか。ひとまず容姿は吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)に変更しておこう。別に惜しくもないしな。ちょっと勿体ないが。

ふー。3人分か……めちゃくちゃ疲れそうだけど、明日はエ・ランテルに戻るだけだし、アローの時は魔法使わないからなー。ま、大丈夫だろう)

 

 

「〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉」

 アインズは膨大な魔法力を消費し、彼らの記憶を弄る。

 

 漆黒の剣の3人は、“恐ろしい魔力と攻撃力を持った白いドレスの吸血鬼(ヴァンパイア)”との遭遇戦になったが、話し合いをしている最中に意識を奪われ、気がついたら吸血鬼(ヴァンパイア)は消えていたという話に記憶を書き換えられた。

 

 

 



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シーズン2第8話『黒いカナリア』

 

 

 

 漆黒の(つるぎ)を捕縛したアインズとシャルティアは、未だ元野盗の塒前にいる。

 

「アインズ様。無駄になる可能性が高いのでありんすが、眷属を使って探索をすることをお許し願えないでありんしょうか?」

 アインズが漆黒の(つるぎ)の3人の記憶の改変を終えようかというタイミングで、シャルティアは膝をつき神妙な面持ちで願い出る。

 

「うん? シャルティアよ。……先ほども言ったと思うが、逃げたレンジャーは二人いる。一人は城塞都市エ・ランテルへ向かい、救援を要請。もう一人は別行動しているもう一つの冒険者チームへ戻り、合流する予定ということだ。 彼らが動き出してから、どれくらい時間が過ぎているかは正確には分からないが……それなりに時間は過ぎている。それに前者はこの”漆黒の(つるぎ)”という冒険者チームの仲間であるし、彼がエ・ランテルへ一報をもたらすのは、計画の一つだ。彼が報告すれば必ず冒険者組合は動くからな。そして、後者はすでに仲間と合流して後退を始めているはずだ」

 

「はい、アインズ様。狙いは後者の方でありんす」

 シャルティアの瞳に力が入る。もともと赤い瞳ではあるが、心なしか赤みが増したように感じる。

「それを行いたいという理由を聞こう。それとメリットもだ」

 アインズは表情を変えずに尋ねる。もっとも顔は骨だけなので、表情を変えるのは難しいのだが。

「……はい。眷属の能力を試すよい機会かと考えたでありんす。もっとも追跡できそうな者は少ないのでありんすが。……それと、これは勝手なお願いではありんすが、私にリベンジの機会をお与えいただきたいのでありんす」

 シャルティアは膝行(しっこう)し、アインズに詰め寄る。

(私は……今回失敗したのでありんす。このままではだめなのでありんす)

 シャルティアは今回自分に与えられた使命を果たせたとは思っていない。

 

(本音は後者っぽいな。失敗したのなら取り戻すチャンスを与えるのも上位者の務めか)

 アインズはリアルの自分(鈴木悟)を思い出す。実際自分もミスはあったし、それを挽回するチャンスも貰ってきていた。

「そうか……リベンジか。今回はお前の活躍もあって、ブレイン・アングラウスという武技を使う者は手に入ったし、私……いや、アローとモモン、そしてナーベという冒険者の名声を上げる準備はできた。……十分な功績だと思うのだがな」

 アインズは顎に手を当て、考えながら話す。

そもそも“血の狂乱”を持つシャルティアをこのような血を浴びる機会の多い任務に出したこと自体が過ちであり、自分の失敗だと考えている。ユグドラシルにおける設定が、現実化した時のことを深く考えていなかったのだから。そのためシャルティアの失態ではないと思っていた。

 

「しかし、それはアインズ様のフォローがあっての結果でありんす! 私だけでは失敗に終わってありんした」

 シャルティアはスカートをギュッと握りしめ、唇を噛みしめる。

(……まあ、シャルティア自身がそういうのであれば、気が済むようにさせるか)

 

「よかろう、許可しようではないか」

「ありがとうございます。アインズ様!」

 シャルティアはいきおいよく、立ち上がって両手でスカートの裾をつまむと、軽く持ち上げて、優雅かつ可憐にお辞儀をして謝意を示す。

「眷属よ!」

そしてキリッと表情を引き締めて、眷属を召喚する。

 

(ほう。こういう時は上位者の顔になるんだな)

 アインズが知っている上位者としてのシャルティアといえば、愛妾である吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を玩具にしているという印象しかなかった。

 シャルティアは、バッ! という音とともに右腕を振りかざした。その動きに応え、闇から漆黒の毛並みの狼が10体ほど姿を現した。その瞳はシャルティアと同様に真っ赤に燃えている。

 

「グルルルルルゥ!」

 これはもちろんただの狼ではなく、吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)という7レベルのモンスターだ。

 

「いけっ! まだ森にいる可能性がある。人間を見つけ出せっ! ……でありんす」

「がう」

 シャルティアの命令に吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)は一糸乱れぬ動きで、ペコリと頭を下げると一斉に振り返って森へと飛び込んでいく。

「ふむ。一応援軍をつけるか。下位アンデット作成・死霊(レイス)、同じく下位アンデット作成・骨のはげわし(ボーン・ヴァルチャー)

 アインズはスキルを使い、飛行できるアンデッドを複数体召喚する。

「行け。シャティアの眷族とともに人間を探せ」

「アインズ様! ここは私にお任せください……でありんす」

 シャルティアは、自分ひとりでやると抗議の目を向ける。

「シャルティア、一緒にやろうじゃないか。共同作業だよ」

「あ、アインズ様と、き、共同作業……ゴクリ。わかりましたでありんす。は、初めての共同作業でありんすね!!」

「あ? ああそうだな」

 アインズは突然テンションが上がったシャルティアに戸惑うが、「まあ、いつものことか……」と納得する。

 

 

(これで、あの大口ゴリラより一歩リードでありんすね。ざまあみろ! でありんすえ♪)

 シャルティアはこの場にいない守護者統括の顔を思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<<あんのヤツメウナギ(シャルティア)めーーーー!!!! きい~~~っ! わ、私のアインズ様と……私だけのいと愛しきアインズ様と……き、共同作業ですってえええええええええええええ!!! ぶ、ぶっころすうううううう!!>>

 

 

 この光景を見ていた守護者統括アルベドは、シャルティアの口の動きで言葉を理解し、ぶち切れていた。その隣で、姉ニグレドは怯えを隠せない。

 アルベドの隠れたスキルとでもいうべき……“愛の狂乱”が発動し、ナザリック全関係者を震え上がらせていたことを、アインズ達は知らない。

 

 

 

     

「……今、なにか聞こえなかったか、シャルティア?」

「いえ、何も言っておりんせんし、何も聞こえんせんでした」

「そうか? ふむ……何か女の叫び声のようなものが聞こえた気がしたのだがな。気のせいか……」

 アインズは首を傾げる。もう一度耳を澄ませてみたが、葉が風に揺れる音しかしない。

(確かに何か聞こえたような気がしたんだがなあ……)

 アインズは「先程死んだ冒険者の恨み声か?」と考えてみたが、それも違う気がする。

(結局気のせいか)

 アインズは気持ちを切り替えた。

 

「アインズ様……眷属がやられたようです」

 シャルティアは離れた場所で眷属が次々に葬られていくのを感じ、憎々しげに森を睨みつける。ここから見えないところに、何かがいるのは間違いない。

 

「なにっ? ……吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)は7レベルだったか。(シルバー)でもなんとかなるレベルだが……うっ」

「ど、どうしたのでありんすか? アインズ様! まさかどこかお体が? 腹痛でありんしょうか?」

 突然アインズが呻いたのに驚き、シャルティアはありえないことを口にする。

「痛む部分はないんだが……。どうやら私の呼び出したアンデッドもやられたようだ」

 召喚者と被召喚者の間には精神的なつながりがある。アインズ・シャルティアの両名ともそれが突如消滅したことを感じ取っていた。

 

「アインズ様!」

「ああ。そこに転がっている冒険者と同レベルならやられることはないはずだ。少し警戒が必要かもしれないな」

「私、行ってまいります……のでありんす」

「待て! そのまま行かれては困るな。そうだ、ひとまずこれを使え」

 アインズは黒いアイマスクと、金髪のウイッグを手渡し、さらに黒いボンテージ風のバトルスーツを貸与する。

 

「これはなんでありんすか?」

 シャルティアは見たこともない衣装に戸惑う。だがアインズから渡されたものを拒む理由などはない。ただ、知りたかっただけである。

黒いカナリア(ブラックキャナリー)の衣装だ。私が冒険者として使っている緑のフードの男“アロー”の仲間の一人だな。これならシャルティアの正体はわからないだろう」

この黒いカナリア(ブラックキャナリー)はDCコミック系ヒーローの一人だ。劇中の設定ではアローとは恋仲だったこともある。これは例のコラボイベント中に手に入れたものだが、使う機会は当然なかった。女性用なのだから当たり前だが。

 

(この骸骨頭で金髪のウイッグ。骨の顔にアイマスク。骨の体にボンテージ……無理だろ)

 自分が着る所を想像したアインズはあまりのおぞましさに卒倒しそうになる。

 

 

「じゅ、準備できました! でありんす」

 マジックアイテムなので、装備者の体格に合わせてくれるのだが……。

「う、うむ。に、似合っておるぞ、シャルティア」

(なんというか……なに、このコスプレ感は? うーん、お遊戯会のような? なにかが違う)

 シャルティアは14歳程度の外見だ。なにかが色々と足りない。子供が大人の真似をして化粧をした結果に似ているといえば伝わるだろうか。

(ま、いいか。似合うとか似合わないではなく、正体がバレないことが優先だからな)

 アインズはそういう意味では問題はないと判断した。

「では私も“ダーク・アーチャー”の方になっておこうか」

 アインズはアローの色違いバージョンである黒いフード姿に変身する。

「おお! 普段のアインズ様も美の結晶でいらっしゃるのでありんすが、こちらのお姿も凛々しく素敵でありんす。……ところで緑ではないのでありんすな?」

 先ほどシャルティアの前に現れた時は、緑のフード姿だった。

「ああ。緑は別のところ(カルネ村)にいることになっているからな。今回はこっち(2Pカラー)でいく」

「なるほどでありんすな。さすがは我が君。美と智謀の王でありんす」

「行くぞ、黒いカナリア(ブラックキャナリー)

「了解でありんす。あ」

「“ダーク・アーチャー”だ」

「かしこまりんした。ダーク・アーチャー様」

「様はいらん。ダーク・アーチャーだ」

「かしこまりんした。ダーク・アーチャーさ―――ん」

 アインズはありえないことだが頭痛を感じる。痛むはずがないのに。

 

 

(シャルティアよ、お前もかーーっ!!!)

 

 まさかの既視感(デジャブ)にアインズは心の中で大きく叫んだ。

 

 

 

 



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シーズン2第9話『漆黒の悪夢』

 

 しばらく森を走り続けたアインズとシャルティアは目的地が近いことを察知し、スピードを緩める。木が次第に少なくなってきており森の終わりは近い。

「ここからは慎重に進むぞ」

「かしこまりんした」

 二人は足音を消し、気配を殺しながらゆっくりと近づいていく。二人ともほぼ同じ地点で眷属および召喚したアンデッドとの繋がりをロストしている。

「この先でありんすな」

「ああ。むっ……身を潜めるんだ」

「はい」

 アインズは人の気配を感じ、シャルティアに注意を促すと大きな木の幹の裏へと体を忍ばせる。

アイテムの力により緑のフードの男アロー ――ただし、今はその色違いの黒いフード姿だが――に変身中のアインズは気配を察知する能力が通常よりも上がっている。

 それに従うシャルティアはいつもの銀髪ではなく、金色の髪になっている。またアインズと同じように黒いアイマスクで目元を隠し、顔かたちは判別し辛くなっている。さらに黒いボンテージ風のバトルスーツに身を包んでおり、普段のシャルティアとはまったく異なる姿になっていた。  

 

 

 

「予想より多いな……」

 アインズ達は森の向こうに12人の男女を発見する。彼らがシャルティアの眷属・アインズが作成したアンデッドと戦ってから、時間はそれほど経過していない。

そのせいだろうが、彼らのうち約半数が周囲を警戒しているのがわかる。それ以外のものも他の者も武器を抜いたままだ。

 

「警戒しているか。ま、それが普通だろうな……それにしても……」

 アインズは注意深く観察する。統率の取れた動きから熟練度の高さが窺える。これまで見てきた冒険者とは感じ取れる力も段違いだった。

吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)どころの強さではないでありんすね」

 シャルティアは純粋な戦士ではないので、大雑把な強さしか感じ取れない。

「そうだな。戦闘メイド(プレアデス)並みか。明らかにこの地の人間にしては強すぎる。王国最強と名高いガセフ・ストロノーフより上だろうな……とすると王国の人間ではないのだろう」

 そして目に映る彼らの装備品はバラバラでそういう意味では統一性がない。

 だが、一つだけいえるのは、あきらかにこれまで見てきたこの世界の人間とは装備品の質が違うということである。1ランク上というようなレベルではなく、そもそも質がまったく違っていた。

 金属鎧の戦士を例にとると、身につけている鎧も盾も、小手……あるいは剣に至るまで、全てが魔法的な効果を示している。

 高ランクの冒険者が多大な時間をかけて努力に努力を重ね、やっとの思いで一つ手に入れることができるような装備をいくつも持っている。

 もちろんアインズのコレクションからすれば格が落ちるのではあるが……。

 

 

「……これは、警戒が必要な相手かもしれん」

「どうなさるでありんすか?」

 アインズが緊張感を高めたのを感じ、シャルティアの顔も強張る。

「相手の情報が不明な以上、本来は退くべきなんだが……もう少し観察したい」

 

(数は12人か。かなり手強そうだな。装備も伝説(レジェンド)級といったところか。男女がここまで混合しているところを見ると冒険者ではないな。実際プレートも見当たらないし。ワーカーとかいう奴か?)

 冒険者ではないというのは一つ重要な情報だ。ワーカーは冒険者崩れの存在と聞いているが実際に見たことがない。

 

 

 

『アインズ様!』

 ここでパンドラズ・アクターから〈伝言(メッセージ)〉で連絡が入った。

『どうした、パンドラズ・アクター。緊急事態か?』

 パンドラズ・アクターは現在モモンとしてカルネ村にいる。森を守護していた『森の賢王(ハムスケ)』を支配下に置いてあり問題があるとは考えにくい。

 

『いえ。“G計画(ネットワーク)”より重要な情報が入りました。スレイン法国の特殊部隊がエ・ランテルへ入ったとのことです。アインズ様』

『特殊部隊? この間、潰したと思ったが?』

 アインズはその時捕縛した陽光聖典隊長ニグンの顔を思い浮かべる。彼はまだナザリックで捕縛中だったはずだ。

 

『それは陽光聖典ですな』

『その調査にきたのか? それとも、その時に情報魔法を魔法障壁で“軽く”反撃しておいたからな。そっちか?』

 アインズは軽く反撃したつもりだったが、スレイン法国では大損害を被っている。

『それらがすべて“竜王の復活”ではないかと考えておるようですが。今回はどうやら切り札を投入したようです』

『なにっ! 切り札だと?』 

 アインズの顔つきがより真剣なものに変わる。

『12人からなる漆黒聖典という部隊のようです』

『12人だと!?』

 アインズは、今そこにいる存在がそれだと直感した。

『はい。何か心当たりがおありと見受けますが』

 パンドラズ・アクターは主人であり、創造主であるアインズの機微を読むことに長けている。

『……ああ。今まさに目の前にいるのがそうだろう。ちょうど人数が12人だ』

『なんと! どうなさるおつもりでしょうか?』

 パンドラズ・アクターの声から陽気さが完全に消える。

『見たところ、これまでに見た奴よりもはるかに強い。できれば戦力は削いでおきたいが』

『危険ではございませんか? 御身お一人では……』

 創造主を心配する声だった。

『ああ。シャルティアがいるから一人ではないんだがな』 

『なるほど。それでも心配ですな……撤退すべきではないでしょうか? 情報が少なすぎます』

(ふっ……私と同じことを考えるか。こういうところは似るのか?)

 アインズは苦笑する。

『私も同じことは考えたが、ここはあえて一当たりしてみようと思う』

 アインズは断を下す。

『……私も参りましょうか? すぐに駆けつけます』

『いや、待機だ』

『かしこまりました。ご武運を』

 アインズは敬礼しているパンドラズ・アクターを幻視する。

 

 

「アインズ様、誰からの連絡でありんすか? まさかアルベ」

「パンドラだ。情報が入った。あれはかなり手強い相手だぞ」

「……遅れはとりんせん」

 この機会逃すものかと瞳が燃える。

「いいか。軽く当たって情報を探るのが目的だ。殲滅が目的ではない。有用な者、もしくは物があれば攫って撤退するぞ」

「はい」

 話し終えるとアインズはいきなり弓を構え、手加減無用(フルパワー)で超高速連射する。

 

 周囲を警戒していた漆黒聖典は闇にまぎれて飛んでくる漆黒の矢に気付くのが遅れた。

 

「矢だと? ぐはっ……」

「られん! ふぎゃっ!」

「レンジ外!どわっ……」

「やばっ! むえっ」

「くっ…… ざけるなっ! ぎゃああっ……」」

「だがっ! くうっ!」

 高速で飛来する矢を避けきれず、一度は躱した者も続く2射目、3射目が命中し、漆黒聖典のメンバーはバタバタと大地に倒れ込む。

 

「なんだとっ!」

 一行のリーダーらしき男……ニニャ以上に中性的な顔なのでどちらとはいえないが……は突然の攻撃に驚きを隠せないが、冷静に矢を避け続ける。 

 

「そこかっ!」

 射手(アインズ)を発見した戦士風の男が突っ込んでくる。

「消えろ!」

 だがその男は間に入った金髪の黒いボンテージ風の服―-身長のわりには胸が妙に膨らんでいる――を装着した女に捕まり一瞬で首をへし折られた。

 

「なあっ!」

「くそっ! 使え!」

「どっちに?」

「女の方でいい。あの力を見ただろ!」

 リーダーと思われる男は、ゴボウのような手足の老婆に指示を出す。

(なんだ? 何をするつもりだ??)

 アインズは老婆を見る。チャイナ服のようなものを身に着けている。老婆からではなく、その服から強力な力を感じる

 

(チャイナ服だと? この世界にもあるのか……いや、プレイヤーが持ち込んだ可能性がある! それにあれだけ妙に質がいい……まさかっ!!)    

 

「い、いかん!」

 アインズはシャルティアの前に飛び込むと、彼女を後方へ突き飛ばす。

 

 アインズは知らないが、老婆の装備しているチャイナ服は『傾城傾国(ケイ・セケ・コウク)』というアイテムである。スレイン法国の秘宝中の秘宝である。

 

(まさか、わ、ワールドアイテムかっ!!)

 アインズの意識を乗っ取ろうとする何かを感じた。精神操作無効のアイテムを装備しているにも関わらず、それを無視して。恐るべき威力だ。

 だがしかし……アインズには切り札がある。今は見えないが、いつもアインズの腹部に収まっている赤い宝珠もワールドアイテムだ。

 

(ワールドアイテムの効果は、ワールドアイテムなら打ち消せる!)

 アインズは支配しようとするものを弾き、仕掛け人に憎悪を募らせる。

 

(これをシャルティアに使おうとするとはっ! 許せん、許せんぞおおおお!! この屑がああああああああっ!)

 

 アインズはスキル〈爆発する矢(エクスプロージョン・アロー)〉を発動。老婆の盾になろうとした者を肉片も残らずに爆散させ、続いてチャイナ服の老婆の額を通常の矢で的確に打ち抜き、オマケとばかりに両目をも貫いた。

 さらに生き残り全員に矢を叩き込み、指示を出した隊長に向かって矢の雨を降らす。

 

 

「なっ! ぐあっ……」

 さすがの隊長も避けきれず、右腕に一本の矢が突き刺さる。

「……貰い受けるぞ」

 瞬殺した老婆の遺体を、汚い物でも掴むように、指先でいやいや摘みあげると、シャルティアへと軽く投げ飛ばす。

 

「いくぞ!」

「……」

 シャルティアは無言で首肯し、二人は走り出す。

「ま、まてっ!」

「逃がすなっ! 追え!」

「お、おうっ!!」

(あの至宝を失うわけには……)

 素早く走り去る二人を追おうとした瞬間、地面に突き刺さっていた矢、さらに漆黒聖典隊員たちに突き刺さった矢がすべて爆発する。

 

 

 轟音が闇を切り裂き、煙が立ち上った。

 

 遺骸はすべて爆散しすでに灰すら残らず。証拠となる矢も全て爆発して消えた。

 

 

 

 

 

「なんだ……これは……」

 右腕を吹き飛ばされてはいたが、隊長は、なんとか生きていた。持っていたポーションを使って止血はすでに行ってある。

「これでは……復活も無理か……」

 眼前に広がる光景に失望を隠せない。仲間の姿も、仲間だったものの姿も全て消えてしまっている。スレイン法国では、死体さえ残っていれば、大儀式によって復活させることが可能だったが、死体はおろか肉片を探すのも困難だろう。

 

「隊長ご無事でしたか」

 一人生きていたようだ。金髪の青年が一人だけ姿を見せる。彼は驚くべきことにほぼ無傷だった。

 

「無事ではないな。そっちは無事みたいだが」

 吹き飛ばされた右腕を見せ苦笑する。

「ええ。使役していた魔物が巻き込まれましたが、私は無事です。それにしてもいったい何者でしょうか」

「わからん。あの力……神人ではないか?」

 神人……神の血を引く人間のうち、先祖返りして高い能力を持っている者を指す。

 

「あの強さならありえますね。しかし、これは酷い有様ですね」

「ああ。12人のうち10人が死亡。しかも死体も残らないし、アイテムも消えた」

「さらに、我が国の至宝である『傾城傾国(ケイ・セケ・コウク)』をカイレ様ごと失うとは」

「あの男には『傾城傾国(ケイ・セケ・コウク)』は効果がなかった。そんな奴が存在するのか? これではどちらにせよ報告に戻るしかあるまいよ、クワイエッセ」

「そうですね」

「ズーラーノーンというのはあるか?」

「わかりません。あの金髪の女はすごい腕力でした。アンデッドであっても不思議はないと思います。それとあの殺しの技は――イジャニーヤの可能性もあるかと」

 イジャニーヤは暗殺集団であり、その頭領は女性という話が伝わっている。

 

「それもありえるか。それにしても悪夢(ナイトメア)のような出来事だったな」

「はい。『漆黒の悪夢(ナイトメア)』とでもいうべき事件でした」

「ふっ……“法国の悪夢(ナイトメア)”になるかもしれん」

「それ笑えませんね……」

 たった二人生き残った漆黒聖典は、ボロボロの体と、重い心を引き摺りながら祖国へと引き上げていく。

 

 

 だが彼らはまだ気づいていない。本当の悪夢(ナイトメア)はこれからだということを……。

 

 

 

 



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シーズン2第10話『帰還』

 

 墓地での事件を解決し、冒険者組合への報告を終えたアインズは、宿屋の一室から転移門(ゲート)を開き、漸くナザリックへ帰還する。

 漆黒聖典から奪った『傾城傾国(ケイ・セケ・コウク)』を預けるために寄って以来となるから、おおよそ一日半ぶりの帰還というところだろうか。

 

(なんだか濃い二日間だったな。色々なことありすぎ)

 アインズは二夜連続で起きた色々な事件を思い出す。

 

(まず、トブの大森林での森の賢王(ハムスケ)との出会い。正直ハズレかと思ったが、名声を得るという面では十分な利益を生み出しているからよしとするか)

 アインズのことを殿と呼ぶ魔獣にアインズは愛着を感じ始めている。リアルではペットなど飼ったことはなかったので、動物との触れ合いを楽しんでた。

(エンリ・エモットのおもてなしもよかったな。家庭の味というのはよいな! 憧れる部分がある)

 アインズはまた味わってみたいと素直に思っていた。

(そして、その後の父兄参観。正直シャルティアの血の狂乱はゲームを超えてた。これは俺の失態だ。だが、そのおかげで武技の使い手であるブレイン・アングラウスが手に入ったことは喜ばしいことだ。……魔王ロールなら「それは重畳」とでもいえばいいのか? さらに漆黒聖典……まさかワールドアイテムがあるとは。早めに奪えたのはまさに重畳だな。法国は許さんぞ。私の大事なシャルティア(仲間たちの子供)にあんなものを使おうとした報復は必ず行ってやる)

 すでに十分な被害を与えているのを彼は気づいていない。

(あとはあのズーラーノーンの連中か。赤毛(ブリタ)坊や(ンフィーレア)には悪いことをしたが、これも十分役立ってくれたな。あとはあの女か。素直になってくれるといいんだがな)

 

 この二日で状況は動きつつある。さらにこの後も大きく動き続けるだろう。

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ、アインズ様」

 そのアインズを守護者統括アルベド自ら地表部で出迎えた。

「アルベド、どうしてこんなところに?」

 アインズは予想外の出迎えに驚くが、もちろん顔には出さない。いや、出ないといった方が正しいか。

「はいっ♪ アインズ様に一刻も早くお会いしたくて、お待ち申し上げておりました。だって最後にお会いしてから……」

 人によっては「ああっ、女神様」とまで思うであろう絶世の美女。その美女が心からの笑顔で自分を出迎える。そんな最高のシチュエーションのはずだが、アインズの心は重い。そのせいもあって途中からアルベドの言葉を聞いていなかった。

 

「……そ、そうか。嬉しいぞ、アルベド」

 ユグドラシルの最終日……アインズはちょっとした遊び心で、アルベドの設定を弄った。

 文字制限一杯まで書かれた設定文。その最後の一文『ちなみにビッチである』を不憫に思い、アインズ――当時はモモンガだが――は『モモンガを愛している』と書き換えた。

「タブラさん、これはひどいよ。まあ、どうせゲームは今日で最後なんだし、いいか!」と軽い気持ちで。

 その設定が効果を発揮したのか、あるいは元々の性格なのかは不明だが、ことあるごとにアルベドは激しすぎるくらいにアインズへの愛をアピールし続けていた。正直恋愛経験の乏しいアインズには重すぎる。

 

「まあ、照れますわ。嬉しいだなんて、うふふ。私の方が嬉しくなってしまいますわ♪ ……アインズ様、それでいかがなさいますか?」

 アルベドの腰に生えた黒い翼がバサバサと動く。この翼と、頭に生えた角こそが彼女が人間ではないことを証明している。

 

「……どういう意味だ?」

 アインズは意味を測り兼ねたため、素直に聞き返すことにした。

「はい。ではきちんと形どおりに。お帰りなさいませ、アインズ(あなた)様。……先に私になさいますか? それとも私でしょうか? いえいえ、私ですよね?!」

 両手を胸の前で組み、天使の笑みで、ズズズズーンと迫るアルベドにアインズは思わず一歩後ずさる。

「そ、それでは選択肢がないではないか。普通は食事か風呂か……」

「それとも私か? ですよね! そうですよね? ね、アインズさま~ん♪」

 アルベドは豊満な胸を強調し、それを前に突き出しながら、両手を広げて飛ぶ! いわゆる“ダイビングボディアタック”を仕掛けたのだ。

 

「ぬ! おっとぉ!」

 だがしかし、アインズはそれをヒラリとかわした。

「あっ!」

 当然受け止めてもらえるものと思っていたアルベドは驚きの顔を見せたがもう遅い。そのまま、ベッタ~~ンという音とともに、大地に激突。地面に人型の大穴が開いた。

 

(ふー。ビックリした。不思議だ……アローとしての格闘経験があるせいか、スムーズに体が動いたな)

 アインズは頬の冷や汗を拭う。もちろん気のせいであり、アンデッドであるアインズは汗をかかない。

 なお本人はまったく覚えていないようだが、アインズは前にこの技を受けたことがある。もっとも相手はアルベドではなく、森の賢王(ハムスケ)であったが。なお、その時は受け止めてからの連続攻撃で切り返している。(※シーズン1第10話『アローVS森の賢王』参照)

 

 その経験もあって技を見ただけで判断できたのだが、アインズ自身もアルベドもそんなことには気づいていない。

 

「あ、アインズ様、どうしてよけるのですかっ! ふ~っ! ふーっ!」

 肩で息をしながらアルベドが立ち上がる。綺麗な白いドレスが土まみれになり、顔にも砂がついているが、それでもアルベドの美しさは損なわれない。

 

「お、落ち着くのだ、アルベド!」

 アインズは“リック・フレアー”ばりに両方の掌を顔の前に出して、首を左右に振りながら、ジリジリと後ずさりしてアルベドとの距離をとっていく。

 

「あ、アインズ様――!!」

「おおっと!」

 アルベドが距離を利用した助走をつけて地を這うような低い位置から、アインズの胴体目がけて頭からタックル! ……(スピアー)を突き出すかのような猛突進を、アインズは闘牛士のように漆黒のガウンを靡かせて避けてみせる。

「さ、さすがのスピードだな。アルベドよ」

 アインズはまたもや冷や汗をかいている感覚になる。

 

「むうう……アインズ様~~っ!」

 またもや土埃にまみれたアルベドが鬼気迫る表情で振り向く。

「だ、だから落ち着くのだ! アルベド!!」

 再びリック・フレアーポーズをとって後ずさりするアインズ。ナザリックの絶対的支配者は女性には弱かった。

「アインズ様っ♪」

 今度は後ろ向きに飛んで、魅惑的なヒップを強調して突っ込む。

(そういえばこのドレスの中って何を穿いて……いかん!)

 アインズは一瞬魅了(チャーム)されかかったものの、ぎりぎりのところで抵抗し、スッとスマートによける。

「くうううっ! やりますわね、アインズ様!」

 アルベドは素早く距離を詰めると、アインズの眼前で、両手をパチーンと合わせ、大きな音を立てた

「うっ……」

 一瞬怯んだアインズの顔を100レベルの戦士職とは思えないほどの柔らかな太腿が挟み込み、さらに白い布のようなもので覆われる。

 闇視(ダーク・ヴィジョン)を持つアインズの目の前には、魅惑の光景が広がっている。詳細はアインズの心のみに留めておく。

 

(こ、これはああああああっ!)

 自分がおかれている状況を理解し、アインズの精神が沈静化する。

「てええええいっ!」

 アルベドはそのまま勢いをつけて後方へと回転する!

 

「おわっ!」

 アインズの体がいとも簡単に持ち上がってしまう。

 

(これは(アロー)がよく使う技かっ?!)

 アインズがアローの時に良く使う〈フランケンシュタイナー〉と思わせつつ、アルベドは、アインズの股の間に潜り込んで丸め込もうとする。

 このまま回転すれば、アインズはアルベドに押さえ込まれてしまう。ウラカン・ラナ! いや技の美しさ・華麗さはすでにオリジナルといって良い。ここは彼女の名をとって“アルベド・ラナ”というべきか。 

 

(このまま丸め込まれると、私の顔面にアルベドの、ひ、“秘密の花園”が押し付けられてしまう。は、外さねば!)

 

「くっ!」

 アインズは咄嗟に〈負の接触(ネガティブ・タッチ)〉を全力で発動すると、アルベドの太腿から流し込んで支配を緩め、技から脱出してみせた。

「おしいっ!」

「こ、こら! アルベドよ。こんなところでスパーリングをしている暇はないのだ」

「だってアインズ様っ! アインズ様はあの女と楽しそうにじゃれ合っていたじゃありませんかっ!」

(あの女? ああクレマンティーヌのことか) 

 アインズは戦闘を思い出す。

「……見ていたのか?」

「当然です。アインズ様のお姿を、見は……見守っておりました」

 

(お前今見張っていたといいかけただろう)

 アインズは心の中で溜息を吐き出す。

「そ、そうか。さすがだな、アルベド」

 じりじりとにじり寄ってくる守護者統括。アインズは自分が獲物として狙われる動物になったような錯覚を覚える。

「クレマンティーヌのことを言っているなら、あれは相手の戦力の調査にすぎん。他意はない」

「では私もすみずみまで調査なさってくださいませ」

「馬鹿者!! お前にはやってもらうことが多くある。それに留守中のことを報告してもらわねばならんからな」

「……かしこまりました。ちゃんと”妻として”アインズ様の御留守の間、しっかりとお守りしておりました」

 留守というキーワードを出したとたん大人しくなり、さりげなく妻アピールをしてくる。

(はあ……デミウルゴスが説得できたのはそういうことか)

 アインズは自分が人間の街へ行くと言ったときに猛反対したアルベドを、デミウルゴスがたった一言で説得した理由を理解する。

「そうか。き、期待通りだぞ、アルベド」

 アインズはアルベドの頭を撫でてやる。

「あ、アインズさま~」

 アルベドは恍惚とした表情を浮かべ、骨の手にすりすりとしてくる。

「行くぞ!」

 アインズはくるりと背を向けると霊廟の中へと入っていく。

「あ、アインズ様ー!」

 

 アルベドはそれを慌てて追うはめになった。

 

 

 

 



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シーズン2第11話『参謀』

 ナザリック地下大墳墓第九階層にあるアインズの執務室。

 

 アインズは主にここで部下とのやりとりをすることが多い。玉座の間は多くのシモベに一斉に指示を伝えるのには向いているが、少人数での会議には広すぎて不向きだ。

 

(それに俺は一般人だからな。広すぎる場所は落ち着かないんだよ)

 それでも今アインズの目の前にある黒檀の執務机は、リアルでのアインズ(鈴木悟)が務めていた会社の社長室にあった机よりも遥かに立派なものであった。

 

 

 

「ブレイン・アングラウスはどうだ?」

 アインズは執務室に呼びよせたパンドラズ・アクターへと尋ねた。

「はい。アインズ様! ブレイン殿には忠誠を誓わせた上で、宝物庫にございました”ミラクル”を一回分投与致しました」

「“ミラクル”か。ハムスケを初めて見た時はハムスターに“ミラクル”を使ったのかと思ったな」

「はい。もちろん使う対象の種族や質量、また投与する量によっては、そのような副作用を起こす可能性も当然否定できません。強い効果を得られるものには、マイナスの要素も同じくらいあるものですから! ……ただ、今回は成功といってよいかと思われます。アインズ様」

「そうか。それは重畳。……パンドラズ・アクターよ。では投与前と比べるとどうだ? 何か変化はあったのか?」

「はい。アインズ様。投与前に比べてみますと、筋力・瞬発力・耐久力などのステータスが大幅にアップしております。あとはHPも大きく影響を受けています。ただ、残念なことにこと知力に関しては低下が見られます。つまり、ブレイン殿のような戦士職には合うアイテムでございますが、魔法詠唱者(マジックキャスター)には不向きなアイテムといえます」

 以前のパンドラズ・アクターであれば、ここでビシッ! と敬礼をしてもおかしくはない場面だが、彼はちゃんと言いつけを守っており、敬礼とドイツ語はあれ以来使っていない。ナーベラルに自分が指導した経緯もあり、きちんと守らねばと心に誓っているのだ。

 先程から会話に出てきている”ミラクル”とは、ユグドラシル時代に”DCコラボイベント”でアインズが手に入れたアイテムの一つで、投与された者の戦闘能力を大きく上げることが可能だ。もちろん多少のマイナス点はあるのだが……。

 魔法職であったアインズは、使うメリットがなかったため、宝物殿に投げ込んだままになっていたが、今回アインズは実験材料として手に入れたブレインに投与し、効果を確かめるようにパンドラに指示していた。

 

 

「まあ、奴の強くなりたいという望みは叶うのだ。それくらいのマイナスはよしとしてもらうとするか」

「はい。問題はないかと思われます。低下したといっても多少のことでございますし、もともとブレイン殿は頭もよいですから。 それにしてもアインズ様、よい素材を手に入れられましたな。ブレイン殿は、この地の人間にしては高い能力を持っています。およそレベルにして30程度。ハムスケ殿と同じくらいのレベルですな」

「そうか。なかなかやるとは思っていたが。たしか、ガゼフ・ストロノーフはハムスケより若干上だったかな。そのガゼフと過去に互角の勝負をしたということだから、ブレインのレベルもその程度なのだろうよ。そう考えるとハムスケが伝説の魔獣と呼ばれていたのも納得だな」

「はい。ハムスケ殿の強さは、生半可な冒険者では歯が立ちません。そうなるのも必然かと。なお”ミラクル”を投与しますと、おおよそ7レベル程度増加するようです」

 パンドラズ・アクターは楽しげに報告する。顔はつるっとしたピンクの卵なのでわからないが、声は明らかに弾んでいた。

(マジックアイテムを使わせたせいなのか? 機嫌がよさそうだ)

 パンドラズ・アクターにはマジックアイテムが大好きというような設定をした記憶があった。

「そうか。まあ、あまり多用してよいものでもないからな。それでブレインの反応はどうだ?」

「そうですな。自分の持つ力が急激にアップしたことに驚きながらも感謝をしておりました。第一段階でも十分彼の望みは果たせるとは思います」

 ブレインの望み。それはガゼフ・ストロノーフに勝つことだ。8レベルの増強を施し、装備を強化する。これだけでも十分渡り合えるだろう。ただ、漆黒聖典のような相手が出てきた場合は力不足となってしまう。

 

「……まあ、それでもよいのだがな」

「はい。すでに第二段階として転生実験を行っております。彼も強さを求めておりますし、話はスムーズの進みました」

 第二段階……それは”人とは違う何か、人ではない何か”に進化させることにある。もっとも人間の世界で使う予定の実験材料だ。あまり人とは違う外見にはできない。

「そうか。で、首尾はどうか?」

「はい。上々でございます。ブレイン殿はすでに転生に成功しております。レベルはそうですな……元の2倍弱でしょうか。なお、元々使っていた武技もそのまま使えるようです」

「なるほどな。元々武技を使えるのであれば異形種になったとしても使うことができるのか」

「その可能性は高いですが、まだ我々が使えるようになる可能性がなくなったわけではございません。引き続き実験が必要かと」

 パンドラズ・アクターは大げさに胸に手をやりポーズを決める。

「うむ。引き続きブレインで実験させよ。それと例の武装を渡しておくように。せっかく手間をかけたのだ。役に立って貰わねばな」

「かしこまりました。アインズ様」

 

 

「うむ。……ところでもう一人の方はどうだ?」

「ああ、ブロンド(スピーディ)でございますな。私は、直接関わっておりませんが、わりと早く根を上げたとの報告を受けています」

 自らナザリック入りを望んだブレイン・アングラウスと、強制的に連れてこられたクレマンティーヌ。当然扱いは変わり、クレマンティーヌは敵対行動を取らぬように“強制”いや、“矯正”されている。もしシャルティアに与えれば“嬌声”を上げることになっただろうが、アインズにはそういう趣味はなかった。

 

「役には立ちそうか?」

「はい。嬉し涙を流しながら、アインズ様に忠誠を誓うと申しているとか。すでにその証拠として色々と情報を話しているそうです。元漆黒聖典第9席次“疾風走破”だけあって、持っている情報はかなり多いようです。もっとも座学は苦手なようで、歴史などはかなりあいまいです」

「なるほどな。まあ、賢そうではなかったからな」

「はい。戦闘力は高いのですが……頭はともかく、戦闘力はブレイン殿よりも実力は上ですな。ミラクルを投与したブレイン殿でも勝てない可能性が高いです」

「私に直撃を喰らわせる奴だからな。一点特化というのはなかなか厄介なものだ」

「アインズ様がお気に召されたのはそういう点なのでしょうか?」

「そうだな。見どころはあるだろうし、カルマ値はこちらよりだろうよ」

 英雄の領域に入ってるそうだが、人間性にはかなり問題がある。

「確かにそうですな」

「本当に役に立つかは確かめるが、奴にも装備一式は渡しておけ。出番はわりと近いはずだ。早ければ今日だろう」

「だいぶ早いですな。ああ……吸血鬼(ヴァンパイア)の件ですな」

「ああ。冒険者組合が対策に動くだろうよ」

 

 

『アインズ様』

 アインズの頭にナーベラルの声が響く。

『どうした、ナーベラル?』

『お忙しいところ申し訳ございません。冒険者組合から召集がかかっております』

 ナーベラルの声は真剣なものだ。

『召集だと?』

『はい。詳しいことはわかりませんが、どうやらミスリル級プレートの冒険者チームリーダーを招集しているようです』

『と、いうことはモモンを呼んでいるのだな』

 アインズはすぐに察する。

『はい。いかがいたしましょうか?』

『すぐに行くと伝えよ。今回は私がモモンとして赴こう。まあ、だいたいの用件はわかっているのでな』

『かしこまりました』

 〈伝言(メッセージ)〉が終わるとアインズはパンドラズ・アクターを見る。

 

「ナーベラル殿からですな」

「うむ。モモンを招集しているようだ。今回は私がモモンとして赴こう。すぐに出ることになるだろうから、お前も後から宿屋へ来るのだ」

「かしこまりました。シャルティア殿に〈転移門(ゲート)〉を開いていただきます」

「そうするがよい。では、またあとで会おう」

「かしこまりました。アインズ様!」

 

 アインズはエ・ランテルへと向かう。

 



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シーズン2第12話『会議』

 

 

 この日、エ・ランテル冒険者組合の会議室で急遽行われることになった『エ・ランテル最高会議』。

 

 その参加メンバーは、冒険者組合長プルトン・アインザック、その盟友ともいえる存在の魔術師組合長テオ・ラケシル、そして都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア……といった都市の幹部3人の他、緊急招集されたこの都市で最高ランクの冒険者『ミスリル』プレートの各チームリーダーである。

“クラルグラ”のイグヴァルジ、“天狼”のベロテ、“虹”のモックナック、そして昨日ミスリルに昇格したばかりの“漆黒”のモモンの4名である。

 なお、今回モモンは、パンドラズ・アクターではなく、アインズ本人が扮している。

 

 本来の議題に入る前に“飛び級の新入り(モモン)”のことが気に入らないイグヴァルジが徹底的に絡むという大人げない対応をしたため自らの株を大幅に下げ、対象的にモモンが大人の対応をしたことにより、モモンの株を大幅に上げる……という皮肉な結果を残すということがあったが、詳細は割愛する。

 

 今回の緊急招集の理由は、冒険者組合長アインザックより伝えられた。

 

 それを要約すると、“二日ほど前に恐るべき力を持つ吸血鬼(ヴァンパイア)が出現したので、その対策を考えたい”ということだった。

 その惨劇から生き延びた(シルバー)級冒険者チーム“漆黒の(つるぎ)”のリーダー、ペテル・モークが呼びこまれ、一同にその惨劇の詳細を語る。

 

 

(シルバー)級冒険者チーム“漆黒の(つるぎ)”のリーダー、ペテル・モークです。一昨日に起きた出来事を皆様にご報告します。我々は8人のチームで偵察に赴きましたが、そこで遭遇した白いドレスをまとった吸血鬼(ヴァンパイア)と遭遇し、8人中5人が死亡……その全員が一撃で殺されました」

 ペテルの顔は青白く、さすがに覇気がなかった。

「なにっ! 全員一撃だと?」

「ばかなっ!」

「ケッ、自分だけが生き残ったからって大げさなんじゃないのかっ?」

 モモンを除く各リーダーが、ペテルの話に大きな反応を示す。

「……はい。信じられない光景でしたし、お話ししても信じていただける自信もありません。常識をはるかに超える事態でしたから。まず最初の被害者は戦士でしたが、素手の一撃で大型の盾を砕かれ、鱗鎧(スケイル・アーマー)は紙のように貫かれ、そのまま心臓を抉られて死亡しました」

 ペテルは肩を震わせ、押し寄せる恐怖に耐える。思い出すのも辛い光景だ。

「なんてこった」

「盾と鎧を素手でか……。確かに強い相手のようだな」

「だから大げさなんじゃねえの?」

 三者三様といった反応だった。

「しかも、それだけではないのです。その吸血鬼(ヴァンパイア)は魔法〈不死者創造(アニメイト・デッド)〉を使い、死体を動死体(ゾンビ)に変えました。そして……さらにそれを、下位吸血鬼(レッサー・ヴァンパイア)に事も無げに変えてみせたのです」

 ペテルの顔色は青白いを通り越して、色を失っている。聞くだけでも悍ましいものを、彼は実体験しているのだ。

(苦しいだろうが、役だってもらう)

 アインズはその精神状態を理解できるが、それでも同情するまでには至らない。

「第3位階魔法を使うというのかっ!」

「出鱈目な奴だな。戦闘力だけでも今まで見たこともないような化け物の可能性が高いっていうのに、最低でも第三位階魔法まで使えるのか」

「なるほどな。吸血鬼(ヴァンパイア)ごときで、俺たちが呼ばれるわけだぜ」

 モモンを除く全員の顔が歪み、顔色が明らかに曇る。

 

「はい。正直なところ化け物中の化け物だと思います。首を一撃で切り落とされた者が2名。リーダーの魔法詠唱者(マジックキャスター)に至っては手刀一撃で脳天から胴体へと真っ二つに切り裂かれ、その体を掴んで残る一人に想像を超える速度で叩きつけ、ぶつけられた戦士の方は原型をほぼ留めていないくらいに潰されていました」

「地獄絵図だな」

 誰かの呟きに全員が頷く。

「よく生きて帰ってこられたな? お前(シルバー)だろ」 

 イグヴァルジは刺々しい物言いをする。その裏にあるのは、(シルバー)ごときがそんな惨劇から生きて帰ってこられるはずがないという非難。そして格下を見下す態度だった。

「イグヴァルジ、よすんだ」

「お前らだってそう思っているだろうが! どう考えても話が大げさか、コイツらが絡んでいるかどちらかじゃねえのか? 生き残れるなんてありえないだろうよ」

「……裏付けは取れている。彼の言った通りの惨劇があったことは別の調査チームが調べている。私も運ばれてきた遺体を見ている。まさにその通りだった」

 アインザックはイグヴァルジを冷たい目でみる。

「けっ。じゃあ、お前らはどうやって生き延びたんだ」

「それが、残念ながら断言できないんです。……交渉というか、仲間が逃げる時間を稼ごうと思って話しかけていたところまでは覚えているんですが……。最後がわからない。なぜか気を失ってしまったようで、気がついたときには姿が見えなくなっていました」

 ペテルは何度も思い出そうとしたのだが、最後の記憶は“白いドレスの吸血鬼(ヴァンパイア)と話をしている”ことだった。

 

「ペテル達3人は、倒れているところを調査チームに発見されている。その吸血鬼(ヴァンパイア)がなぜ彼らを放置したのかはまったく理由がわからない」

「ケッ、役に立たねえな」

「イグヴァルジ! いい加減にしろ。どんな形であれ彼らが生き残ってくれたからこそ、こうやって情報を聞けるんじゃないか」

「そうだぞ。我々でも多分生きては帰ってこられないような相手に思える。無事を祝いこそすれ、責めるなどありえんぞ。それに仲間のために身を盾にしてまで頑張ったんだ。そうそうできることじゃない。勇者だよ、ペテルは」

 虹のモックナックの発言に、ペテルの表情がわずかに緩む。

「チッ。わーったよ。それで、どうすんの。この規格外の奴に対してさ」

 全員が思案顔になる。

 

 

 

「正直、こちらから手を出すのは危険すぎる相手だと思います」

 実際に対峙しているからこその警告だ。

「だが、援軍に出たチームは無事帰ってきたのだろう? だったら、討伐隊を送り込むべきじゃないのか?」

「俺達ミスリル全部でかかればなんとかなるんじゃないか?」

「いや話を聞く限りはどうにもならない気がする。蒼や赤に救援を依頼すべきでは?」

 蒼とはアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”、そして赤とは同じく“朱の雫”を指す。

「ふざけるな! ここは俺達の街だ。オレ達が守らないでどうする!」

 イグヴァルジが叫ぶ。彼に都市愛があったのかと、周りの人間が驚きの表情を浮かべる。実際のところはただ単に手柄をよそ者に取られたくないだけだったのだが。

「それにしても一昨日は吸血鬼(ヴァンパイア)で、昨日は大量のアンデッドか。なんだか関連性がありそうだな」

 皆が首肯する。これだけ連続してアンデッドに関する事件があれば当然だろう。

「まだ非公式な話だから君たちの胸に収めておいて欲しいのだが、昨日の一件はズーラーノーンの仕業である可能性が高い」

 アインザックの言葉に場がざわつく。

「ズーラーノーン。あのアンデッドを使う秘密結社か!」

「ありえるな」

 しばらく場が盛り上がったところで、これまで発言を控えていたモモン(アインズ)が口を開く。

 

「まず、一つ間違っている。その吸血鬼(ヴァンパイア)はズーラーノーンとは関係がない」

「何故だね、モモン君。何か知っているのかね?」

「その吸血鬼(ヴァンパイア)の名前はよく知っている。何故なら私がここまで追ってきた吸血鬼(ヴァンパイア)だからだ」

「なんだと?」

 場がざわつく中、アインズは自分がその強い吸血鬼(ヴァンパイア)を追ってきたこと、情報を集める為に冒険者になったことを告げ、そして吸血鬼(ヴァンパイア)の名を告げた。

「その吸血鬼(ヴァンパイア)の名前は、ホニョペニョコだ。私とアロー……ああ私の相棒の名だが。その相棒と二人でずっと追っている奴だ」

 アインズは適当な名前をつけると、自分が持つ切り札をみせる。陽光聖典のニグンが使っていた魔封じの水晶に第8位階魔法を込めたもので、最高でも第6位階までしか使う者がいないこの世界においては秘宝中の秘宝であり、切り札として十分すぎるアイテムだった。

 アインズはそれを使うことを宣言し、魔術師組合長ラケシルがあまりの貴重性に反対意見を唱えるなど、ちょっとした混乱があったが、モモンの意見が通り、“漆黒”の単独チームで向かうことに決定する。

 

「ちょっと待てよ。お前なんか信用できるか。俺達もいくぜ!」

 イグヴァルジが異議を唱える。

「着いてくるのは構わないが、これだけは言っておく。着いて来たら確実に死ぬぞ? それでもいいなら着いてこい。責任はとらん」

 アインズの冷酷な宣言に驚くが、それでもイグヴァルジは同行すると言い切った。

 

 

◇◆◇ ◇◆◇

 

 

 

 そして……。

 

 

「なんだ、こいつらはお前の仲間か」

 目的の森の中で、イグヴァルジたちクラルグラは周囲を取り囲まれていることに気付く。

 

「は~い。おにーさん達、こんにちはーー」

「……愚かな。出てこなければやられなかったのにな」

 赤いフードを被り、同じ色のアイマスクで目元を隠した金髪の女戦士と、青いフードと同じ色のアイマスクで同じように目元を隠した青い髪の刀使いがふらりと姿を見せた。

 

「私は警告したぞ。ああ、言葉を間違えていたな」

「そうだな。“着いてきたら死ぬぞ”ではなく、“着いてきたら殺すぞ”の間違いだった」

 緑のフードの男アローと、漆黒の戦士モモンが不敵に笑う。

 

「くそっ……はめられた!」

 イグヴァルジ達は抜刀する。

「違うな。勝手にハマったんだ。まあいい。他の連中は巻き込まれて運がなかったな。悪いのはこの男だから、せいぜい恨んでおけよ」

 アインズ達が攻撃を仕掛ける。

「せいっ!」

「ぎゃっ!」 

 切りかかってきた男に対し、青いフードの男の刀が目に見えないスピードで一閃。一瞬の後に、その首が血しぶきとともに宙を舞った。

「遅いよ♪」

 逃げようとした男は赤いフードの女に額をスティレットで突き刺され即死。

「ふんっ!」

 一人はアインズの放った〈捕縛する矢(キャプチュード・アロー)〉により捕虜となる。

 

「くそおおおおおっ!」

 一人真っ先に逃げたイグヴァルジは、隠れていたマーレによって杖で頭半分をグシャグシャに潰されて命を奪われた。

 

「では処理を開始しようか」

 アインズは元の姿に戻ると、超位魔法〈失墜する天空(フォールンダウン)〉を放ち、辺り一帯を吹き飛ばす。これで激しい戦闘が行われたという場所を作成できた。

「やれやれ。これでは森を汚したのは私ではないか」 

 アインズはアローとしていつも自分が言っている台詞を思い出し苦笑する。

「それでも、できるだけ生態系に影響が出ない開けた場所を選んでいらっしゃいます。さすがはアインズ様ですな」

 姿はモモンのままだが、声はパンドラズ・アクターのものに戻っている。

(こ、これがアインズ様のお力か……確かにオレも以前より強くなったが……やはり桁が違う)

(なにこれ……あれだけの戦闘力を持っている上になんなのこの魔法の力……やっぱり従っておくしかないね)

 フードの二人は唖然とした表情でその光景を見つめていた。

 

「これで戻れば最低でもオリハルコンか」

「そうですな。話に聞く限りはアダマンタイトになれると思われます」

 魔術師組合長はミスリルの紹介した際も、「もっと上でもいいだろう」と不満を表明していた。

「そうだな。では戻るとしよう。“アーセナル”そして“スピーディ“もだな。なかなかよくやったぞ」

 アインズは青いフードの男と、赤いフードの女に声をかける。

「ありがとうございます。アインズ様」

「ね、お役に立てたでしょー。だからもうあれはやめてくださいねー」

 前者は丁寧なお辞儀ともに、後者は甘ったるく媚を売るような声で答える。

「お前がちゃんと役に立っていること、そして裏切ることがなければやらないさ」

「えー。もうあれやだー」

 “スピーティ”が露骨に嫌そうな顔をする。その肩は小刻みに震えていた。

(いったいどのような拷問だったのだろうな……そういう意味では俺は幸運だったのかもしれないな) 

 “アーセナル”は自らの幸運を感謝した。

(神に感謝と言いたいところだが、アインズ様こそが神ではないだろうか)

 アーセナルはそう信じている。

 

 

 こうしてこの日、ミスリル級冒険者チーム”クラルグラ“が全滅したが、そのことはすぐに忘れられる。

王国三番目のアダマンタイト級冒険者チーム”漆黒“が新たに誕生したというニュースが一気に広まったからだ。

 

 そして、その陰で、漆黒を支えるサブチーム“チームARROW(アロー)”が結成された日でもあった。 

 



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シーズン2第13話『英雄』

 

 

 リ・エスティーゼ王国、城塞都市エ・ランテル。

 この都市は交易が盛んであり、当然珍しいマジックアイテムも多く入ってくる。それが冒険者が多く集まることにもつながっており、王国内では王都に次いで冒険者が多い都市である。

 だが、人数こそ多いものの、これまでアダマンタイト・オリハルコンの上位2階級の冒険者は所属していなかった。

 そんなエ・ランテルに、初のそして王国では“朱の雫”・“蒼の薔薇”に次ぐ三番目のアダマンタイト級冒険者チームが先日誕生した。

 

 

 そのチームは正式名称こそ持たないが、人々からは“漆黒”と呼ばれており、すでにその名で定着している。

 彼らはつい先日まで無名の存在だったが、通常ではありえない偉業を二つも短期間で成し遂げ、瞬く間に最上級の冒険者と認定されている。

 

 一つ目の偉業は、共同墓地から突如現れた数千のアンデッドの大軍を蹴散らし、墓地の最奥で闇の儀式を行っていた秘密結社ズーラーノーンの幹部とその高弟を全て成敗し、大きな被害が出る前に街の危機を救ったこと。

 その功により、最下級の(カッパー)から、異例の措置で一気に4階級を飛ばしてミスリルプレートへと昇級を果たした。

 

 二つ目の偉業は、強大な力を誇る吸血鬼(ヴァンパイア)ホニョペニョコの討伐である。

 この吸血鬼(ヴァンパイア)は、冒険者1チームを、全てたったの一撃で惨殺するだけの戦闘力を有しているうえに、最低でも第3位階の魔法まで使うことのできるという、圧倒的な力を持っていた。

 

 ミスリルへ昇格した“漆黒”に同行したのは、同格の先輩ミスリルチーム“クラルグラ”。実績十分で、オリハルコンへの昇格も近いと言われていた”クラルグラ”が、死体ごと消滅させられて、全滅するほどの強敵だったホニョペニョコを倒し、“漆黒”は誰一人欠けることなく生還してみせた。

 

 彼らが戦ったと跡地という森の一角は、草一つ生えない荒れ地と化し、広範囲に渡って焼け野原となっていた。

  

 この吸血鬼(ヴァンパイア)ホニョペニョコ討伐という偉業達成により、彼らは満場一致でアダマンタイト級へと昇格を果たしたのである。

 

 なお、この“漆黒”というチームは通常のチームに比べて少ない3人のメンバーによって構成されている。

 チームリーダーは、漆黒の全身鎧(フルプレート)で全身を覆い、頭部は面頬付き重兜(クローズド・ヘルム)。その背には真紅のマントを靡かせ、二本の大剣を背負っている。

 この二本の大剣はグレートソード。通常、両手で扱うグレートソードをなんと二刀流で扱うという超人的な膂力を誇っている。たったの一撃で人食い大鬼(オーガ)を屠るという目撃証言がある。

 その性格は誠実かつ高潔。誰もが憧れる漆黒の戦士モモン。そんな彼についた二つ名は“漆黒の英雄”。今やエ・ランテル一の人気を誇る大英雄であった。

 街を歩けば、老若男女問わずに誰もが振り返り、熱い視線を送る存在。その人気を示すエピソードとしてすでに次のような英雄伝説が生まれている。

 

 子供は昔から強い者に憧れるものだ。当然、今の子供たちの遊びの中心は“漆黒の英雄ごっこ”である。

 もっとも漆黒の鎧や剣などが手に入るわけもなく、棒切れを黒く塗って代用するのが関の山だった。中には服を黒く染めたりして親に怒られるものも続出していると言われている。

 

 そんな“英雄ごっこ”に必須のアイテムが、“赤いマント”。子供は真似をするために親にねだり、もしくは小遣いを握りしめて赤い布を買ってマントの代わりにしている。

 そのために、エ・ランテルの布問屋や洋服を扱う店から、赤系統の布や服がすべて売り切れてしまうという事件が起きている。

 

 それを聞いたモモンは苦笑するしかなかったが、彼をさらに困らせたことが別にあった。それは他の色を売りたい問屋連中が宿を訪れ、漆黒の英雄に違う色のマントを着用するように願い出てきたことだった。……いや、ワイロを大量に積んで色変えを迫ってきたといった方が正しいだろう。

 心優しき英雄は断るのに苦労したそうだが、結局チームメイトの女性に「モモンは赤以外着用いたしませんのでお引き取りを」と繰り返され追い返されたという。

 

 そんなモモンの仲間の一人は、年齢問わず男性に高い人気を誇る“美姫”ナーベだ。

 美しい漆黒の髪をポニーテールにまとめており、常に凛とした雰囲気を漂わせている。最近街でポニーテールの女性が増えたという話もあり、男性だけでなく女性にも人気があるようだ。

 

 なお、チーム名の“漆黒”は彼女の髪の色からとったという説も街には流れており、学者の中では“絶世の美女という言葉は彼女の為にあった”という者も出ているという。

 彼女はただ美しいだけではなく、第3位階以上の魔法が使えると噂される凄腕の魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。常にリーダーであるモモンを立て、自分は控えめに脇へ控える姿勢も美しいと評価されている。

 

 そしてもう一人のメンバーは、“緑衣の弓矢神”アロー。彼は弓矢の達人であり、墓地の一件で見せた正確な射撃は多くの者が証言している。

 弓矢を扱う者の欠点は接近戦と昔から言われているが、彼は格闘能力にも長けており、実際にアンデッドの大軍を拳と蹴りのみで圧倒した姿は語り草になっている。

 

 アローは常に緑色のフードを被り、アイマスクを装着しているため素顔は見えないが、モモンとナーベが南方の出と知られているため、彼もそちらの出身ではないかと噂されている。

 また女性たちの間ではそのミステリアスさが評判になっているとか。モモンに比べて人気は低いが、最近弓を習いたいという者が多く弓の道場に押しかけているというエピソードがある。

 

 彼らは強さだけでなく、優しさや誠実さを備えており、彼らに憧れて冒険者になる若者も増えており、そんな新人たちに人気なのが、“漆黒の英雄モデル”の片手剣や盾・帯鎧・皮の鎧・小手などといった装備品である。どう見ても普通の装備品を漆黒に塗り潰したものにしか見えないのだが、英雄にあやかりたいという者が多く、一部店舗では入荷待ちになっているそうだ。

 

 

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「……なんだ、これは……」

 エ・ランテル最高級の宿“黄金の輝き亭”。アインズ達は宿泊場所をアダマンタイトに相応しい場所へと移していた。当然出費は数倍に膨らむのだが、最高ランク冒険者が木賃宿のような場所に宿泊するわけにはいかない。

 

「いわゆる便乗商法……でございますね」

 パンドラズ・アクターも苦笑せざるを得ない。

「……値段は元々の2倍以上はするとの情報が入っています」

 ナーベラルが的確な報告をする。

 

「……ボッタクリだな」

 アインズは「どこの世界にもあるのだな」と考えてしまう。

「まさにボッタクリですね。……どうでしょうか、我々(ナザリック)で、そういった商品を開発して売りさばくという方法もありますが」

「うーむ。それともライセンス制にでもするか? 許可なく作成できないようにしてライセンス料をとる。正規ライセンスの持ち主しか販売できず、売上の数%を入れるようにさせるとか」

 アインズは昔の知識を引っ張り出す。

「そうですね。悪くはないかと思いますが。……これも有名税ではないでしょうか?」

「そうか? なんだか、詐欺会社の広告塔にでもなった気分だ」

 アインズはリアルの世界を思い出す。

 

「なるほど。では我々(ナザリック)直営の”漆黒”公認ショップを出すというのはいかがでしょうか?」

「直営の公認ショップか? ……悪くはないな」

 アインズはひとしきり考える。冒険者として稼ぐ以外の外貨獲得手段も欲しいところだ。

「仮に出店するとした場合ですが、店番はどうなさいますか?」

「あ……それが一番の問題だな……」

 アインズはナザリックの面々では難しいと瞬時に判断する。戦闘メイド(プレアデス)のユリ・アルファぐらいだろうか。

「支配下においた“アーセナル”と“スピーディー”を使うという方法もありますが……」

「いや、無理だろ。一人は戦闘技術を磨くことにしか興味がないし、もう一人は問題だらけだ。気に入らない客の額にスティレットを突き刺すことだってありえるぞ。まあ、用心棒くらいならできるだろうが接客などは無理だろう」

「確かにそうですな。……他に伝手でもあればよいのですが……」

「伝手か。現地の知り合いといえば、ブリタと漆黒の剣くらいか。他にもミスリルの連中とは話す機会も多いが彼らは無理だろうしな」

「接触してみるのもよいかと。何しろ彼らは九死に一生を経験しております。今後の身の振り方を考えているやもしれませんからな」

 パンドラズ・アクターの言葉に感じるものがあったアインズは、ちょうど依頼の合間ということもあり、彼らに接触することにした。

 

「ナーベラル、G計画(ネットワーク)に伝令、ブリタと漆黒の剣を探させよ」

「かしこまりました。すぐに手配いたします」

 ナーベラルは繋ぎをとるため一旦部屋の外へ出た。

 

「物件があるとよいが」

「手ごろな物件はすでにリストアップしてございます」

 ドヤ顔をしているはずだが、埴輪の顔のためよくわからない。

「……やるなパンドラズ・アクター」

「光栄です。ところで、アインズ様。このようなものもあったのですが、ご存じでしょうか?」

 パンドラズ・アクターは数枚の葉書サイズの羊皮紙を差し出す。

 

「な、なんだ、これは……」

 そこにあったのは、様々なポーズを決めた、ナーベの(イラスト)だった。

 

「“美姫”ナーベコレクションという名称で販売されています」

 それぞれの(イラスト)には……

 

 “颯爽と雷撃(ライトニング)を放つ美姫ナーベ”。

 

 “刀を抜こうとする美姫ナーベ”。

 

 “刀を最上段に構える凛々しいい美姫ナーベ”

 

 などというタイトルが付けられている。

 

 

「むう。この世界風の“ブロマイド”というものだろうか。人気アイドルみたいだな……」

「……握手券でもつけますか?」

 パンドラズ・アクターはさらっと言い放つ。

(……なんでお前、そんな100年以上前に流行った古い商法を知っている?)

 アインズは不思議に思ったが、きっとデータクリスタルにまぎれていたのだろうと結論づけた。

 

 

「いや……それは、どちらかといえばファンが減る気がするんだが……」

 アインズは冷たい目でファンを見下し、暴言を吐くナーベの姿をリアルすぎるくらいリアルに思い浮かべ、ないはずの眉をしかめ眉間に皺を寄せた。 

 

 もちろん、骨なので実行は不可能であったが……。

 

 

 

 

 

 

 

 



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シーズン2第14話『それぞれの生き方』

 

 

 

 エ・ランテル冒険者組合の一角にあるフリースペース。簡単な椅子とテーブルが置かれている空間に数人の男女が集まり、真剣な顔で何事か話し込んでいた。

 依頼を探している冒険者達の話し合う声や、身ぶり手ぶりを交えながら冒険譚を語っている冒険者の大きな声などは、彼らの耳に入っていない。

 

 

「そうですか、ブリタさんは冒険者を引退されるのですね……」

 まだ年若い魔法詠唱者(マジックキャスター)ニニャが悲しげな顔をする。仲間である冒険者が去るのは辛いものだ。

「うん。……この間、思いっきり死にかけたからね。いくら冒険中でなかったといっても、やっぱり考えちゃうよ。これまではさー、“冒険者たるもの、冒険中に死ぬのは当たり前!”とか、思っていたんだけどねえ……」

 ブリタは先日、腹部を刺されて一時意識不明の重体となっていた。たまたま持っていたポーションが割れて、治癒効果を発揮したために、発見された時はかろうじて息があった。……少しでも発見や治療が遅れていたら死んでいただろう。

 

「でも、ブリタさんは幸運でしたね。発見された場所が“バレアレ薬品店”でしたし、モモンさん達が手持ちのアイテムを使って助けてくれたって聞きましたよ」

「ああ。そう意味じゃ恵まれていたと思うよ。正直普通は死んでいただろうからね……助けてくれたモモンさんとアローさんには感謝しかないよ」

 ブリタは共に旅をした冒険者を思い浮かべる。彼らと旅をしたのはつい先日のことであり、その時は自分の方が格上の冒険者だった。

 今や彼らはアダマンタイト級まで昇格しており、もう二度と一緒に冒険をすることはないだろう。

「“漆黒の英雄”と“緑衣の弓矢神”ですね。たしか、ブリタさんと冒険をした時は(カッパー)でしたよね」

 金髪碧眼の好青年ペテルは数日前の出来事を思い出す。

「ええ。戦いぶりは、とても(カッパー)とは思えなかったですけどね」

 ブリタは圧倒的だった3人を思い出し苦笑する。

「そんなに凄かったんですか? 実は一緒に冒険したことのある人はブリタさんしかいないので、話を聞きたいなって思っていたんですよね」

 ニニャは目をキラキラとさせていた。

「はは……凄いなんて言葉じゃ足らないくらい凄かったですよ。モモンさんはグレートソードを両手に一本ずつ持って、まるで棒切れでも振り回すかのように軽々と振り回し、人食い大鬼(オーガ)を一刀両断」

「噂には聞いていましたが、本当にグレートソードを二本使うんですね。なんて膂力なんだ」

「しかも、人食い大鬼(オーガ)を一刀両断とは、「凄まじい!」の一言であるな。モモン氏は化け物か」

 髭面の森祭司(ドルイド)ダインは、右手で髭を撫でながら感心する。

「化け物っていうか、英雄ですね。チームメイトのアローさんは、小鬼(ゴブリン)を200メートル近く離れた位置から射ぬいてみせ、全部で15体いた小鬼(ゴブリン)を全て接近される前に一発で仕留めるという離れ業を」

「ヒューッ♪ マジかよ。すげーな、そりゃ。オレより凄い」

 レンジャーのルクルットは両手を広げておどけて見せる。

「あんな腕のいい人見たことなかったですよ。それ以外にも人食い大鬼(オーガ)の頭を両足で挟んで投げ飛ばすなんて芸当も見せたしねー。弓だけじゃないんだよ、アローさんは」

「まさにアダマンタイトって感じですよね」

「ナーベさんも凄いって聞きましたよ」

「ああ。あの美人さんね。あのナーベさんの魔法の威力も凄かったなー。あんな強力な雷撃(ライトニング)は見たことないよ」

雷撃(ライトニング)か。あの歳で第3位階を使えるなんて天才なのかな……やっぱり凄いんですね……」

 英雄譚を聞いた漆黒の剣のメンバーの間に微妙な空気が流れ始める。

「と、ところでブリタさんは今後どうするのであるか?」

「うーん、まだ決めてないけど、どこかの開拓村へでも行こうかなって考えているんだ。エ・ランテル(ココ)は好きなんだけどねー。ところで漆黒の剣の皆さんはどうするの? まだ冒険者を続けるつもり? ある意味私よりもひどい体験をしたと思うけど」

 ブリタはいきなり踏み込んだ質問をする。

「……私は引退するつもりでいるのである」

 突如宣言したダインの顔には決意の色が見える。

「な、マジかよ、ダイン!」

「ルクルット、すまないのである」

「オイオイ、約束はどうしたんだよ! 一緒に漆黒の剣を手に入れようって約束したじゃねーかよ!」

 “漆黒の剣”は、かつての13英雄の一人が持っていた漆黒の剣を探そうという共通の目的を持っていた。  

「よせ、ルクルット……ダインの決断だ。それに俺もそれは考えていたんだ。現場にいなかったお前にはわからないだろうけど、俺達は本当の恐怖を味わった。こうして生きてここにいられることは奇跡といっていいんだ」

「……ペテル……お前もかよ……」

「ルクルットさん。たぶん同じ経験をしていたら私も引退して、開拓村へでも行っていたと思うよ。ちょうどカルネ村で募集していたしね。……私は何があったかわからないうちに刺されて死にかけただけだったけど、それでも怖いもの。ペテルさん達は、目の前で一緒にいた人たちが惨殺される現場を見ているんだ。恐怖を突きつけられる――そんな体験をしていたら、そうなっても仕方ないじゃない」

「くそっ……」

 ルクルットは右拳で机を殴りつける。

 

 

「そうですか、皆さんは引退を考えられているのですね」 

 突然自分たちでない声が響き、驚いた彼らはその主を見てさらに驚くことになった。

 

「モモンさん!」

「“漆黒の英雄”かっ!? なんでこんなところに! あれナーベちゃんは?」

 そこにいたのは“漆黒の英雄”モモンと、“緑衣の弓矢神”アローだった。“美姫”ナーベの姿はない

「ナーベは別件で出ている」

 ルクルットが残念そうな顔になる。

「……ここは冒険者組合だ。いて不思議はないと思うがね」 

「まあ、そりゃ、そうですよね」

「モモンさん、アローさん。その節はお世話になりました。危ない所を救っていただいて感謝しています」

 ブリタがあわてて立ち上がり直角に体を折り曲げて頭を下げる。

「……いや当然のことをしただけだ」

「ブリタさんには世話になったからな。元気になったようでなりよりだ」

 モモンとアローは偉ぶるところがない。

「ありがとう。――ブリタで良いっていったのになー。とにかく、せっかく救ってもらった命を大切にしようと思ってね。冒険者を引退することにしたよ。私にとっての最後の冒険が、今や英雄となったアンタ達の最初の冒険だったって自慢しようと思っていてね」

「そうか。それがブリタさんの決断か。そう決めたのであれば、そうするといい。ところで、今後はどうするつもりだ?」

「ありがとう、アローさん。うーん。まだ決めていないんだけど、どこかの開拓村にでもいこうかなーって思っているんだ」

「……カルネ村が募集を出していたな」

「……私はその村へ行こうと思っているのである」

(たしか、この男は森祭司(ドルイド)の……えーと“ビルバイン”だったか?)

 アインズはこの男に関してはうろ覚えだった。

「……森祭司(ドルイド)のダインさんだったかな?」

「そうなのである。“漆黒の英雄”に覚えていただけていたとは光栄の極みなのである」

 モモン――中身はパンドラズ・アクターだが――が、しっかりとフォローする。

「ペテルさん達も引退を?」

 アロー(アインズ)が尋ねる。

「私は……そうしようと思っています」

「……そうか。君たちならいい冒険者になりそうだと思っていたから残念だ」

「モモンさん……」

 漆黒の英雄の言葉には重みがある。だが、恐怖は消えない。

「私たちはあの吸血鬼(ヴァンパイア)の強さを以前から知っているし、恐ろしい目にもあってきた。だからこそ、君たちの恐れもわかるつもりだよ」

「アローさん……。今は怖くて……仕方がないんです」

「それはそうだろう。それだけの体験をしたのだから。時間は必要だ。……そこでだ、君たちに一つ提案があるんだが」

「提案?」

「ああ。私たちの知り合いがこの街に店を出したいそうなのだが、人手が足りないそうでね」

「そこで、しばらくの間店を手伝ってもらえないだろうか」

「お店ですか? どのような店なんでしょう」

「アイテムショップと、ナイトクラブと聞いている」

「ナイトクラブ……騎士が集まる店でしょうか?」

 ニニャが思案顔で尋ねる。

「いや……ニニャ、それは違うぜー。夜のお店ってことだろ」

「さすがルクルット。そういうことは詳しいですね」

「るせー。そういうことはってなんだよ。俺は色々と詳しいってーの!」

 このやりとりに、漆黒の剣とブリタの顔に明るさが戻る。

「アイテムショップは何を扱うのでしょうか?」

「やっぱナイトクラブに併設するくらいだから、大人の……イテッ!」

「お前はすぐにそっちへ話を持っていくのであるな!」

 ルクルットの頭に拳骨を落としたのはダインだった。

「……で、どうだろうか?」

「では、私はお願いしようと思います」

 ペテルが真っ先に手をあげた。

「ぼ、僕は姉を探すって目的があるので……どうしよう」

 ニニャは悩み手を挙げるのを躊躇う。

「我々がその手伝いをしよう。アロー構わないだろう?」

「ああ。問題ない」

「え、でも……そんなことをお願いするわけには……」

 ニニャは戸惑いの表情を浮かべ、モモンとアローの顔を交互に見る。

「……我々はアダマンタイトだ。情報も集まりやすい。君のお姉さんを探すなら、その方が近道ではないか?」

「……たしかにそうですね。僕ら(シルバー)よりも情報は集まりやすいですよね。じゃあ、すみませんが、お願いできますか?」

「もちろんだとも」

「ああ。もしまた自分で見つけにいきたいという時は言ってくれれば構わない。先程も言ったが、君たちは心に深い傷を負っている。それを癒すには時間がかかるだろうし、その間の食い扶持は必要だろう?」

「はい。そうですね」

「こちらも人手を求めているのでお互いに利益が合致しているというわけだ」

「よろしくお願いします」

 ペテルとニニャが手伝いをすることがこれで決まった。

 

「ダインさん達はどうしますか?」

「私は、カルネ村で生活しようと思うのである」

 ダインはそういってすっきりとしたいい笑顔を見せた。

「ダイン……本当に引退するつもりなんですね」

 ニニャは彼の覚悟を感じ取った。

「ほんじゃ……俺もダインと一緒に行くわ」

「ええっ?!」

 びっくりして裏声に近い声を上げたのはニニャだった。

 

(ほう意外だな。コイツならナイトクラブの方に興味を示すと思ったが)

 アインズはなんだか裏切られた気分になっていた。

ダイン(コイツ)一人じゃ心配だからよ。しばらくは俺もいくぜ」

「あ……すまない……実は一人ではないのであるよ……」

 ダインは頭をかきながら苦笑いする。

「あん? チッ、なんだよーコレかよ!」

 ルクルットが右手の小指を立てると、ダインはコクンと恥ずかしげに頷いた。

「えー!」

「なんだよ! いつのまに!」

「すまないのである。今回生きて帰ってきた時に、そ、その…ま、前から……気になっていた娘に告白すると決めたのである。そうしたら……まあ、その……であるからして……」

「カーッ! なんでえ、そういうことかよ。ほんじゃあ前言撤回。だったらオレもナイトクラブで働かせてもらおうかな!」

「あ。私もお願いします」

「ええ、大丈夫ですよ」

「あとでオーナーに紹介しますね」

 

 こうしてダイン・ウッドワンダーを除く、漆黒の剣のメンバー3人と、ブリタは、アインズ達が考え付いた“漆黒”の直営店舗でしばらくの間働くことに決まった。

 

 

 

 

 



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シーズン2最終話『二つの店』

 シーズンフィナーレになります。

 


 

 城塞都市エ・ランテル。そのもっとも賑わう中心地からは、やや離れた場所……ちょうど商業区画とスラム街との境目といえる場所に、その建物はあった。

 元々はどこかの商会が使っていたという3階建ての建物は、その周囲では目立つ大型の建物だった。もっとも、しばらく人が使っていなかったこともあって、床板は剥がれ、壁には大穴が開き、扉は行方不明といった具合に数日前までだいぶ荒れ果てていた。

 だが、今その建物は綺麗なパールホワイトで塗装しなおされており、まるで別の建物のように美しく仕上げられている。

 また店の右隣の一角は、黒……それも漆黒に塗られており、その一角は別に看板と扉が付けられていた。この漆黒に塗られているスペースは、チーム“漆黒”の公認ショップであり、彼らが自分達で認可したグッズや、武具などきちんと整頓され並べられている。

 

 

 

「問題は店の名前なのだが……」

 アインズ達が一番悩んだのはこの店の名前であった。いくつかの候補が出たが決定にはいたらず、開店日が近づいていた。

「そのまま“漆黒”では駄目なのでしょうか?」

「うーん。漆黒公認ショップ“漆黒”か。あまりにも安直すぎるな」

 アインズは自身のネーミングセンスを思いっきり棚にあげてナーベラルの意見を却下する。

「ではどのようなネーミングをお考えなんでしょうか?」

「黒と緑で、ブラック&グリーンとか……」

 モモンの黒、アローの緑とそのまんまのネーミングであった。やはりアインズである。

「……緑はナイトクラブで使いますので、“漆黒”公認ショップには必要ないのではないでしょうか?」

 パンドラズ・アクターはそういってから、「ふむー」と考え込みだした。

「それもそうだな。では、jet-black(ジェット ブラック)とか……」

 ここでアインズの頭の上で、電球がピカっと光った。これなら響きがいいだろうと思った店名を告げる。

「「Schwarz(シュヴァルツ)!!」」

 アインズとパンドラズ・アクターの自信満々の声が揃う。

「「あっ……」」

 二人はお互いの顔を見合わせ、赤面する。もっとも一人は骸骨であり、もう一人はピンクの卵型の埴輪なので、見た目にはまったくわからないのだが……。

「おおっ! アインズ様とパンドラズ・アクター様、叡智溢れるお二方の意見が揃うとは! もうこれで決まりですね!」

 二人の事情も知らず、一人盛り上がるナーベラル。心なしか、いつもよりもポニーテールがピーンと張っている。

(うーわー。もろにかぶったあーーー。しかもナーベラルにベタ褒めされるとは……)

 アインズは精神が鎮静化されるのを感じていた。

 

「……失礼いたしました。アインズ様。禁止されておりましたのに申し訳ございません」

 Schwarz(シュヴァルツ)とはドイツ語で黒のことだ。

 パンドラズ・アクターは頭を下げるが、アインズはそれを叱る気にはならなかったし、できなかった。

「よいのだ、パンドラズ・アクターよ。この店の名前はSCHWARZ(シュヴァルツ)とする。もちろん看板の文字はこちらの世界の文字で書くことになるがな」

「おお。ありがとうございます」

「それとSCHWARZ(シュヴァルツ)だけは使用を許可する。店の名前を口にできないと困るだろう?」

「ありがとうございます。我が創造主アインズ様」

 こうして漆黒公認ショップの名前は『SCHWARZ(シュヴァルツ)』と決定、急ピッチで準備が進んでいくことになる。

 

 

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 

 

 冒険者を一時休業する“漆黒の剣”のペテル・モークは、“漆黒”公認ショップSCHWARZ(シュヴァルツ)の店長を務めることになった。

「ペテルさんの人あたりのよさと、統率力は素晴らしいですから。ぜひ店長をお願いいたします」 

 最初は固辞しようとしたペテルだったが、漆黒の英雄に頭を下げられては断ることはできなかった。

 また、赤毛のブリタもこちら側で接客業務につく予定だ。冒険者の間では、彼女の赤毛をお守りに欲しがる者もいるということなので、近々“ブリタの赤毛入りお守り袋”が販売される予定になっている。

 

 

「私に接客なんてできるかなー」

「大丈夫ですよ、ブリタさんなら! さ、一緒に頑張りましょう」

 さっそくリーダーシップを発揮するペテルを見てモモンは満足そうに頷いた。

 

 

 そしてメインとなる建物にオープンするのはナイトクラブ『VERDANT(ヴァーダント)』だ。シルバーをベースに、明るい緑で縁取りをしたアルファベットの”V”のようなロゴマークが看板になっている。なお“弓をイメージしている”とはパンドラズ・アクターの談だ。

 

 1階フロアはカウンターバーと、ダンスフロア。2階は個室で静かに飲めるようにしてある。また3階は特別フロアで、“漆黒”の宿泊所と指定されている。

 “漆黒”はこの店が完成するまでの間は”黄金の輝き亭“というエ・ランテル最高級の宿屋を利用していたが、そもそもアローとモモンの正体である二人……アインズとパンドラズ・アクターは宿からナザリックへと転移してそれぞれの業務を行っているのだから、宿泊料は無駄な出費でしかない。

 あくまでもアダマンタイト級としての体面を考えてのものであれば、豪華な内装を整えた上で自分達だけの拠点を持てばよいだけの話。それに“漆黒”が常駐する建物に併設して作られた公認ショップの価値もより高まるというものだろう。 

 外見上は地上3階の建物だが、それ以外に地下室もある。実は地下2階まであるのだが、公には購入前から元々あった地下1階の備蓄倉庫だけあることにしている。

 なお地下2階は新たにマーレの協力によって作成された広いフロアになっており、それぞれ”アーセナル“、”スピーディ“のコードネームを与えられたブレイン・アングラウス、クレマンティーヌが常駐する秘密基地となる。

 

 また、二人はそれぞれ用心棒という設定で、”レイ“、”クレア“という名前を名乗って働くことになっている。

「俺がレイで」

「私がクレア?」

 そうと決められれば否とは言えない。ブレインにとっては主と仰ぐ絶対者の命令であり、クレマンティーヌには「もう二度とあんな目にあうのはごめんだ」という恐れがある。

「まあ、用心棒というのは悪くないな。もともとそういう仕事だったわけだし」

「悪くないよねー。殺しちゃ駄目ってのと、スティレットは禁止ってのが残念だけどー」

「俺だって刀はナシと言われている。それくらいは我慢しろ。この“警棒”とかいう黒い棒だけが装備品だからな。ちょっと落ち着かない」

 ブレイン達が手渡された黒い棒……実はオリハルコンの本体を、アダマンタイトでコーティングした、この世界基準ではかなりの逸品だったりする。

 それにこの二人は元々この世界基準では強者である。そんな二人が用心棒をしている酒場で暴れる者がいたら、とんでもない目にあうだろう。

 もっとも“漆黒”がすぐ上の階にいるのに暴れる人間がそういるとも思えないのだが……。

 

 

 

 

「それで、オレはバーテンかよ」

 白いシャツにグリーンを基調にしたベストと、蝶ネクタイを身に着けたルクルットは、渋い顔でシェイカーを振る。

「ははっ。似合っていますよー、ルクルット」

「本当。様になるよなー」

 ニニャとペテルは大笑いする。

「本当ですね。よく似合いますよ」

「漆黒の英雄までそんなこというのかよー。まいったなーー!」

 ルクルットは満更でもなさそうであった。それにバーテンはモテるという話だ。ルクルットにとっては悪くない職場だろう。

 

「そうそう、皆さんにここの店長を紹介しますよ」

「……そういや、まだ会った事なかったな?」

「僕はオーナーが店長を兼ねるのかと思っていましたよ」

 オープン間近だというのに、まだ店長が姿を見せていなかった。

 

「ルーイ!」

 モモンに呼ばれて入ってきたのは、凡庸な顔つきの男で、髪を綺麗にそり上げている。人工物のような黒い瞳が目立つ程度だ。

「お呼びでしょうか、モモン様」

「来たか、ルーイ。君をみんなに紹介しておこうと思ってね」

 モモンはスタッフを集める。

「彼がこの『VERDANT(ヴァーダント)』の店長を務める、ルーイだ。外見はちょっと怖そうだが、オーナーが信頼している真面目な男だぞ。ではルーイ」

 モモンは挨拶をするように促す。

 

 

「各員傾聴!」

 ルーイは両手を後ろに組み、声を張り上げる。

「私がこのVERDANT(ヴァーダント)の店長を務めることなったルーイだ。我々の目的は、この店を盛り上げること。その一点だけだ。心を一つに合わせともに頑張ろう! よろしくお願いします」

「バーテンダーのルクルット・ボルブです」

「フロア担当のニニャです」

SCHWARZ(シュヴァルツ)店長のペテル・モークです」

「同じく接客担当のブリタです」

 次々にスタッフたちが挨拶を交わす。

「……用心棒のレイだ」

 右手を差し出し握手を求める。

「よろしくお願いします。レイ」

 ルーイは手を握り返す。

「はあいー。初めまして、ニ……ルーイ♪。クレアでーす」

 ニタニタとした笑顔を浮かべて手を振るクレアことクレマンティーヌ。それを見たルーイは顔色こそ変えなかったが、内心かなり驚いていた。

(……クレマンティーヌだと? なんで、お前がこんなところにいる!)

 そう思ったルーイであったが、ここは努めて冷静に振る舞う。

「はじめまして、クレアだったかな? ふむ、実にお美しいお嬢さんだ。用心棒よりもフロアの方が似合うんじゃないかな。ははっ……」

「あら。店長さん、おせじがおじょーずー。でもー、用心棒の方がいいかなー」

 顔はニコニコいやニタニタしているが、内心は違った。

(まさか、こんなところで、こんな形で会うとは思わなかったな。それにしてもこんな風に褒められてもサブイボなんだけどー。そういえば頬の傷がないなー)

 お互いに知っているだけになんだか気持ち悪い思いでいた。

 

(うーん、クレアさんの声ってどこかで聞いたような気がするんだけどなー)

 ブリタはそう思ったが、どこで聞いたのかは思い出せなかった。もっとも思い出せない方が幸せであるのだが……。

 

(どうやら、二人とも大丈夫なようですね。ルーイ……いえ、ニグン・グリッド・ルーイン。わざとお互いの存在は知らせないでテストしてみたのですが……)

 モモンのヘルムの下でパンドラズ・アクターは、ほっと一息をついた。彼を復活させるようにアインズに願ったのはパンドラズ・アクター自身なのだから。

 

 

 

「おっ、みんな揃っているなー!」

「あっ! オリバーさん!」

 陽気に現れたのは、この2店舗のオーナーという設定であるオリバー・クイーン。金髪碧眼の好青年だった。

 この姿はアローの正体であり――アイテムの設定としては“非戦闘形態”だが――彼がアローであると知っているのは、実際に戦ったことのあるクレマンティーヌしかいない。

 当然その本当の正体は、アイテム緑の矢(グリーン・アロ-)で変身しているアインズ・ウール・ゴウンその人である。

 

「さあ、ついに明後日が開店だ。どっちの店もすでに問い合わせが多いからな! きっと開店と同時に忙しくなるぞ! 頑張ってこの街を盛り上げよう!」

 アインズとは思えないほどの明るい語り口で盛り上げてみせる。

「はいっ!」

 

 このSCHWARZ(シュヴァルツ)VERDANT(ヴァーダント)という、黒と緑の2つの店舗が、エ・ランテルでの活動の拠点となっていくことになる。

 アインズとパンドラズ・アクターがそれぞれ演じるアローとモモン。二人の主役からなる英雄譚。黒と緑の物語は、アダマンタイトという最高ランク冒険者となったことと、拠点を手に入れたことで、新たなるステージへと進んでいくことになる。

 

 

 

 

 

 

 




シーズン2終了となります。

ここまでお読みいただきありがとうございました。



☆まとめ☆

ブレイン・アングラウス=コードネーム”アーセナル”。店での名前は”レイ”

クレマンティーヌ=コードネーム”スピーディ”。店での名前は”クレア”

ニグン・グリッド・ルーイン=店での名前は”ルーイ”



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シーズン3 新拠点編
シーズン3第1話『SCHWARZ(シュヴァルツ)』


 

 

 

 ナザリックに所属するシモベ達は、アインズがふと口にした「世界征服なんて面白いかもしれないな」という言葉を真に受け、至高の御方のために邁進している。

 実際のアインズの意志とは違っていたのだが、すでに動き始めた後だ。もはや退くこともできず、アインズはその計画に乗って動いている。

そんなナザリックの勢力拡大の手始めとして、今回初めて大規模に軍を起こすことになる。

その栄えある初侵攻の指揮官に任命されたのは、第五階層守護者コキュートスであった。彼はここまでナザリックの警備を担当しており、特に目立った実績はあげていない。

 いくらアインズに「お前が守っていてくれているから、我々が外で活動できるのだ。コキュートスの功績は大である」と伝えられても、同僚が活躍し,手柄をあげているのに対し、「自分ハ何モシテイナイ」という気持ちは拭えなかった。

 そこで与えられた任務が、蜥蜴人(リザードマン)制圧の任であった。蜥蜴人(リザードマン)達は、トブの大森林の奥、湖の周辺にいくつかの村に分かれて住んでいる。

 アインズは、シモベを使って、彼らを順番に殲滅すると宣言させ、思惑通り連合させることに成功する。個別に葬るのは簡単だが、支配することを考えればまとまっていた方がやりやすい。

 さらに敵に数倍するアンデッドの軍団を用意し、アインズはコキュートスに攻撃を命じた。ただし、コキュートスは直接手を下すことを禁じられ、指揮官として采配をふるうように言い含められている。そして……結果はまさかの完敗。

 これは、相手を侮り、ろくな調査も行わなかったコキュートスの慢心によるものである。だが、ただ、アインズにとっては想定の範囲内の出来事であり、コキュートスに学ばせるという目的は達成され、その後の再侵攻によりコキュートスは汚名返上に成功する。

 

 こうして蜥蜴人(リザードマン)を支配下に置くことに成功したアインズは、コキュートスに統治を委任。この一件でコキュートスは武人としてだけではなく、指揮官として、また統治者として成長し始めている。

 

 

 なお、この間にアインズは、冒険者として”貴重薬草の採取”といった高難易度の依頼をこなし、さらなる名声を得ている。また、これは知られていない話になるが、実はその裏で強力なモンスターを撃破している。もっともそれはまた別の話であり、ここでは詳細は語らないでおこう。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

 

 

「やっと手に入って嬉しいです!」

 漆黒に塗られた片手剣を受け取った年若い茶髪の冒険者が破顔する。首には真新しい(カッパー)のプレートが光る。

「お待たせして申し訳ありませんでしたね」

 ペテル・モークは、人懐っこい笑顔を浮かべ、軽く頭を下げた。

「いえいえ。凄い人気がある商品ですし、仕方ないですよ。1か月の待ち期間で手に入ったのは正直ラッキーですね」

「今からの注文だともっとかかりますからね」

「えー! そうなのですか? よかったー」

「切れ味は保証しますよ。でも、メンテナンスは怠らないでくださいね」

「わかりました! “漆黒”公認ですものね! あと、これも効果期待しちゃいますね」

 茶髪の冒険者は、首にかけていた赤い布袋を取り出す。

「ああ……お守り袋ですね。……一つだけアドバイスさせていただきますけど、自分を守るのは危機察知能力ですよ。危険だと思ったら退く勇気を持ってくださいね」

「わかりました。他ならぬ“勇者”ペテルさんのアドバイスですから、心がけるようにします。“危険だと思ったら退く”。わかりました!」

(本当にわかっているのかなあ……)

 たまに彼のことを“勇者”ペテルと呼ぶ者がいるのだが、その度に彼は、あの光景を思い出し、生きていることを神に感謝してしまう。   

「また寄らせて頂きます」

「はい。お待ちしています。どうも、ありがとうございましたー!」

 

 ペテルは最後のお客を見送ると、扉の外の看板をひっくり返し“

 SCHWARZ(シュヴァルツ)本日閉店”に変えて中に戻った。

 

 

「ふうー」

 両手を上げて大きく伸びをする。今日も忙しい一日だった。

「“勇者”なてんちょー、お疲れ様でしたー」

 赤毛のブリタが紅茶の入ったカップ&ソーサーを手渡す。

「サンキュー、ブリタさん。お願いだから……“勇者”は勘弁してくださいよー」

 最近ペテルは、閉店後に紅茶を楽しむのが日課になっていた。

「やっぱり落ち着くよなあ……」

 疲れた体に、温かい紅茶が染み渡る。ペテルはこれだけで、疲れが少しとれたような気がしていた。

「なんだかジジくさくなっていますねー」

「ちょっと、人がいい気分の時にやめて下さいよ。それに俺はまだまだ若いですよ!」

 ペテルは真顔で抗議する。実際ブリタよりは少しだけ年上だが、彼はまだ若かった。

「ごめーん。ちょっとからかっただけ」

 ブリタは屈託なく笑う。

「まったく」

 冒険者をしている時は、食事は食欲を満たすためのものと割り切っていたし、体を休めるために休憩をすることはあっても、このように楽しめるものではなかった。

 紅茶の茶葉がかわると、香りも味も、そして色合いまでも違うなんてことを覚えたのは、この店で働き始めてからだった。

「これは……うーん、帝国産かな?」

「ぶっぶー。残念。聖王国産ですねー」

「あっちゃー。まだまだだなー」

 ペテルは頭をかきながら苦笑いする。

「まあ、私も自分で淹れてなければわかりませんけどね。紅茶の種類によってあうお菓子もかわるんですよー」

 ブリタは自分が淹れているからどこの産地かわかるが、出される側だったらわかる自信はなかった。

 

「へーそうなんだ。それは知らなかったな」

「今度気にしてみてください」

「気にしてみるよ。……こういう時間も楽しいな。それにしても今日も忙しかった」

「ですねー。“漆黒”人気は凄まじいですよね。公認モデルの片手剣なんて、3ヶ月先まで予約で一杯ですよ」

「……たまにキャンセルが出ることもあるけどな」

「そうですね……」

 二人の顔が暗くなる。それはキャンセルになる理由にある。

 一番人気の片手剣は“漆黒の英雄”モモン自身の考えにより、手に入れ易い価格になっている。つまり初心者が多く買い求める傾向にあるのだ。それがキャンセルになる時……それはそれを予約した新人冒険者が命を落とすか、重傷を負って冒険者を辞めることが大半を占めている。

「本当はキャンセルが出ないのが一番なんですけどね」

「こればっかりは私たちの仕事ではないですからね」

「ですね。……それはそうと、“ブリタの赤毛入りお守り袋”の売上もの凄いですよ。もう今日の入荷分は売り切れです。最後のお客さんも持っていましたよー」

「あれかー。あんまり売れても困るんだよねー」

 ブリタは右手で自分の髪の毛を触る。開店前に比べると彼女の赤毛はかなり短くなっていた。

「この調子だと、そのうち坊主頭になりますね」

 ペテルはニヤリと笑う。

「ほんと勘弁して。だいたいこれって“漆黒”関係ないじゃない。どうしてここで売ってるの?」

「いやーそうでもないんですよね。“漆黒”の英雄譚の中に、『死にかけていた赤毛のブリタを救った』というのがあるのですが、それが人々の間を伝わっていく間に形が変わって、ブリタさんの赤毛は死の淵から救ってくれるっていう話になって流布しているんですよねー」

「なにそれ。そんな話になっているんだ。それだったら、てんちょーだって、“ペテルの金髪お守り”売れるはずですよね」

「うーん。そもそも女性の髪の方が、やっぱり客受けがいいんですよねー。冒険者はやっぱり男性の方が多いですし。それに私はいわゆる“黒と緑の物語”には出てきませんしね」

 ペテルはすっかり店長が板についているようで、冷静に分析してみせる。

「そういえば、聞きましたー? また漆黒の“非公認販売店”が、潰れたそうですよ」

「ああ、聞きましたよ。続々となくなっていくなー。まあ、元々ただ色を黒く塗っただけの紛い物を正規の値段の2倍以上の金額で売っていたわけだしね。それを嫌ったモモンさんたちが知り合いのオーナーと話してこの店を作ったって話でしたし」

 実際この公認ショップができるまでは、雨後のタケノコのようにあちこちに詐欺まがいの店が続々とでき、初心者や若手そして観光客を騙していた。

「……あくどい商売でしたよねー。そこへいくとうちは“英雄公認の店”で、なおかつ品質もよい品ですものね」

「そうですね。武器の強さは2割増になっているのに、料金はほぼ据え置きですからね。オーナーが、知り合いの鍛冶屋から直接仕入れているから価格を抑えられるって話でしたけどね。……自分が店長やっていてこんなことをいうのもあれですけど、良心的ですよ。新たに冒険者を始める層とか、まだ階級が上がらない人がメインの販売層ですしね」

「そうだよねー。こういうところを大事にするのが、モモンさん達らしい。でも、一つだけ気が掛かりな点があるんだよねー」

 さっきまで笑顔だったブリタの顔が曇る。

「なんです?」

「“八本指”ですよ。てんちょーも聞いたことあるでしょう?」

「ああ。“八本指”か……」

 “八本指”とは王国の裏社会を牛耳る闇の組織であり、密輸・人身売買・麻薬・詐欺・殺人といったあらゆる犯罪に手を貸していると言われている。

 

「これを詐欺と仮定するなら、当然八本指が絡んでいる……かも」

「なくはないだろうね。だとすれば、奴らの資金源の一つを潰したってことか」

「報復……」

「それは難しいと思うよ。八本指には何人かの凄腕がいるって聞いたことあるけど、それでもモモンさんやアローさんに勝てるとは思えない。公認であるこの店を襲うとは思えないよ」

 ペテルはそういって笑顔をみせる。人を安心させるような力のある笑みだった。

「それもそうだね。用心棒の“レイ”さんと“クレア”さんも凄腕だし」

 ブリタは残りのお茶を飲み干した。

「おっ、そろそろVERDANT(ヴァーダント)開店の時間だ。一杯飲んで帰ろう」

「おっ、いいねー」

 

 ペテルとブリタは、VERDANT(ヴァーダント)へ続く従業員専用の扉へと向かった。

 

 

 



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シーズン3第2話『VERDANT(ヴァーダント)』

 

 ペテルとブリタが、VERDANT(ヴァーダント)へと続く扉を開けると、そこはフロア中央の天井部分が吹き抜けとなっている広いスペースで、吹き抜けになっていない部分の天井には色とりどりの永続光(コンティニュアル・ライト)の魔法がかかっており、中は昼間のように明るかった。

 二人の正面……フロアの右奥には2F客室へと繋がる広い螺旋階段が見える。

 

(……酒をしこたま飲んだ後の螺旋階段は、目が回りそうだな)

 ペテルは何度見てもそんなことを考えてしまう。

 

 フロア中央奥には、洒落たバーカウンターが見える。20人が座れるようになっているが、今は金髪のバーテンダーの姿しか見えない。

 

「おっ! “勇者”てんちょーと、()()()じゃねえか。いらっしゃーい」

 バーテンダーのルクルット・ボルブは、二人を見つけニヤニヤとした笑顔を浮かべていた。明るい緑を基調にしたベストと蝶ネクタイが妙にマッチしている。

 

「だから“勇者”はよせよ、ルクルット!」

「なによ、その“お守り”って!」

 二人は抗議の声を上げるが、ルクルットにはまったく響いていない。

 

「はいはい。わかったよ“勇者”様。で……()()()がわからないって? おいおい、赤毛入りのお守りが、すっげえ人気だって聞いたぜー。……だからお前は“()()()”だ」

 ルクルットはそんなことを言いながら、手際よくカウンターにお酒の入ったグラスを二つ置いた。

「私はブリタよ。お守りじゃないわ!」

「こまけえことは気にすんなって。嫁の貰い手がなくなるぜー。ま、とにかく飲めよ」

「サンキュー、ルクルット」

「細かいことじゃないわよ! 失礼ね!」

 このルクルットとブリタのやりとりは、顔を合わせる度に形を変えて行われており、いわゆるお約束になりつつある。

 

(やれやれ、こんなに仲良いんだから付き合っちゃえばいいのに……)

 などとペテルは思ったが、それを口にしても二人から一斉に攻撃されるだけなので、心の中に秘めておいた。

 もっとも、そのペテル自身も、常連客からは”ブリタと良い仲”だと思われているらしいのだが、本人にその自覚はまったくなかった。

 

 

「……相変わらず賑やかだな」

 ここで静かな声をかけてきたのは、坊主頭のVERDANT(ヴァーダント)店長ルーイ。彼の本当の名はニグン・グリッド・ルーインというのだが、この場にいる人間は誰もそのことを知らない。

 彼は凡庸な顔つきであり目立たない存在だ。たぶん人ごみにいたら埋もれてしまって探すのは難しいだろう。ブリタは“平凡な人”と思っているようだが、こう見えても”元スレイン法国特殊部隊陽光聖典のリーダー”を務めていた超エリートである。

 

 

「ルーイさん、こんばんはー」

「お疲れ様です」

 ペテルとブリタが挨拶し、軽く頭を下げる。

「今日も順調だったのかね?」

 ルーイは、答えのわかりきった質問を投げかける。

「ええ。おかげさまで。もっとも開店以来順調じゃない日なんてないですけどね」

「……それはなによりだ」

「そちらはどうですか?」

 ペテルにとってもわかりきっていることだが、一応社交辞令として聞いてみる。

「……順調だな。さっきのペテル君の台詞ではないが、開店以来順調ではない日などないな」

 

 (シュヴァルツ)(ヴァーダント)は、どちらも“漆黒”が公式に関わっている店だ。

 その”漆黒”の人気に後押しされて、集客は順調である。今日はまだ開店直後であり、まだ客の数は少ないが、もう少しすれば客が集まり熱気に包まれるだろう。

 

「そうですか。やっぱり“漆黒”の人気が凄いんですね」

「そうだな。お互いこのまま順調にいきたいな」

 ルーイはそれだけいうと、フロアの様子を見にいってしまった。

 

「……気にするなよ、ペテル。ルーイさん……いや、店長はいつもあんな感じだぜ。“静”の人だからな」

「気にしちゃいないさ。いつも冷静だなって思ってさ。そういう意味ではお前とは逆だな」

「俺が冷静じゃないのは、女の子、それも美人が絡んだ時だけだよ。……ま、あの人が冷静なのは認めるぜー。あの人はああ見えて切れ者だよ。視野がすげえ広いんだよ。俺達が気づかないようなこともしっかり見てくれているよ。俺からすれば“指揮官”って感じだな。前のことは聞かないけど、何をしていた人なんだろうな」

 

 実際に彼がエリート部隊の指揮官であったことなど彼らに知る由もなかった。

 

 

 

 

 

「ねー、レイ。今日も平和だねー」

「そうだな。平和だな、クレア」

 ブレインとクレマンティーヌは2階の中央の一角、吹き抜けに張り出した歓談スペースで、二人隣り合って1階フロアを見下ろしていた。ちなみに彼らはここから、見張りをしているのであって、別にのんびりと歓談をしているわけではない。 

 

「ふあ~あ」

 クレマンティーヌは欠伸を噛み殺す。彼らはそれぞれ“レイ”と“クレア”と名乗ってこのVERDANT(ヴァーダント)の用心棒を務めている。

 

「開店してからずっと用心棒やっているけどさー、ほっとんど何にもないよねー」

「ああ、ないな」

 同じ建物内に、あの“漆黒”がいるのだ。そうと知っていて暴れる奴などほとんどいなかった。せいぜい数回酔って暴れた奴がいたので、軽く打ん殴って放り出したくらいだろうか。

 

「たまには誰か暴れてくれないかなー」

「まったくだ」

「ま、“別のお仕事”でストレス発散してるいからいいけどー。どうせここじゃ殺せないし」

「まあここは偽装身分(アンダーカバー)だからな。我々の本来の役目は、アロー様達をフォローすることにあるわけだし」

「そうだねー。もっともあの方達は強いからさー。下手するとフォローされるのはこっちだよねー」

 ブレインは頷いて同意を示す。

 

「……そういえばお前さんも戦ったんだって?」

「うん。知らなかったとはいえ、無駄なことしたよねー。オタクもでしょ?」

「ああ。俺の必殺剣がまるで通じなかった。圧倒的だったな……」

「だろうねー。私もあの戦闘は思い出したくないなー。腕二本骨折られて、さらに足一本の靭帯ねじ切られたしー」

 言葉とは裏腹にクレマンティーヌはニヤニヤしている。 

 

「それは……確かに思い出したくないな……」

 ブレインは、自分が幸運だったのだと知った。

 

(ところで此奴はなんでニヤニヤしているんだ? あまりにひどい目にあっておかしくなったのだろうか?)

 当然の疑問であった。

 

 

 

「……来客だな」

「だね」

 扉が開く音に反応し、二人はそちらに目をやった。入口からは10人を超える男たちがわらわらと入ってくる。 

 

「レイ……目つきの悪い奴らが入って来たね」

「ああ。あれは間違いなく悪党だろうな」

 彼らは知らないが、入ってきた連中は、公認ショップに潰された詐欺まがい商法の店を任されていた者たちだった。

 

「だれに許可を得て営業してやがるんだ!」

「ふざけんじゃねえぞー!」

 人数は15人。装備はバラバラで、剣や棍棒・斧に短剣とまったく統一性がない。一点揃っているとすればそんなに質のよいものではないということぐらいか。

 

 

「都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア様に営業のご許可をいただいておりますが」

 静かな語り口で店長のルーイが応じる。

 

「そんなこと聞いてんじゃねーンだよ。都市長だあ? そんな奴の許可なんて、あってもなくても一緒だぜっ!」

「そうだ、そうだ!」

「ふざけんじゃねえーぞ」

 口々に叫び、罵る。闖入者たち。

 

 

「……ペテル、こいつら……」

「ああ。詐欺まがい商店の奴らだな。……漆黒の店に乗り込んでくるとは思わなかったな」

 カウンターでグラスを傾けていたペテルとブリタは、男たちの数人に見覚えがあった。

 

「あ、美しいお嬢さんたちは2階に上がっていてねー。すーぐ解決するからねー」

 ルクルットは先程来てカウンターで飲んでいた女性たちに2階へと上がるように促す。

 

「こちらへ」

 フロアを担当しているニニャが女性客を先導して2階へと上がってゆく。

 

「ふむ。この都市で一番の権限をお持ちの都市長のご許可以上のものがあると?」

 ルーイは感情の見えない黒い瞳で、闖入者たちを見る。

 

「ふはははは! しらねーのか。都市長なぞ関係ねえ。八本指の後ろ盾がなければなあっ!」

 男は手に持った剣でルーイに切りかかる。

 

「言質はとったな……開始!」

 後方へ飛び退いて避けつつ、ルーイは簡潔な指示を出す。

 

 

「とおっ!」

「よっ!」

 ルーイの合図とともに、2階からブレインとクレマンティーヌが、アダマンタイトでコーティングされた警棒を片手に飛び降りてきた。

 

「セイッ!」

 ブレインの警棒が唸りを上げ、手近にいた男の左の肩口を横なぎに打ち払う――もっとも男たちには動きが速すぎてまったく見えていなかったが。

 

「ぐぎゃっ」

 一撃で骨を粉々に砕かれた男は、あまりの痛みに意識を失ってしまう。

 

「やっほー! ひっさびさー!」

 クレマンティーヌが嬉しそうに警棒を男の腹部へと突き立てる。

「うぐっ……うえ」

 やられた男は、両手で腹部を押さえながらがっくりと両膝をついた。みるみるうちに男の顔色が青白くなり、胃の中のものが勢いよく逆流! 汚物を戻しそうになったが、その前に開いたままの扉から外へとクレマンティーヌが蹴り飛ばした。

 

「てめえの汚いもんで、この店を(けが)すんじゃねえよー」

「その通りっと!」

 ペテルとブリタも素手で男たちと立ち合い、数人を店外へと投げ飛ばしてみせる。

 

「へー、やるじゃん、アンタら!」

 クレマンティーヌが素直に讃辞を送る。

(私に一撃でやられたのにねー。この赤毛意外とできるじゃん)  

「どうも。クレアさんほどじゃないですけどね」

 ペテルはクレマティーヌの方へ顔を向ける。

「てめええらあああ!」

 そのペテルの死角から男の一人が剣で斬りかかる。

「ペテル!」

「しまっ」

「ペテル、頭さげろや!」  

 ペテルはルクルットの声に反応して慌てて頭を下げた。その頭の上をシュルシュルと音を立てながらシルバートレイがフリスビーの要領で飛んでいく。

 

「ぐべっ……」

 男の鼻に直撃! 男は涙目になりながら、鼻を両手で押さえる。どうやら折れたらしい。壊れた蛇口のように鼻血が噴き出し始めた。

 

「だから、この店を(けが)すなっつーの!!」

 この男もクレマンティーヌに蹴り出される運命だったようだ。

 

「てめええええっ!」

 二人がかりでクレマンティーヌに襲い掛かる。

 

「魔法の矢《マジックアロー》!」

 二階の張り出しから声がして、魔法の矢が男二人を弾き飛ばす。これは女性客を誘導し終えたニニャの援護だった。

 

「サンキュー、ニニャちゃん。いちおーお礼いっておくよー。別にいらなかったけどねー」

「あとはお願いします」

 ニニャはぺこりと頭を下げた。

「あいよー」

「蹂躙を開始する」

 リーダー格以外の残りは、ブレインとクレマンティーヌという強者に蹂躙され、あちこちの骨を折られて店の外へ叩き出されることになる。

 

 

 

「どうやら、残るはお前だけのようだな」

 ルーイは表情をまったく変えず、静かな声で告げた。

 

「くっ……なんなんだここは」 

「知らないのか? ここはVERDANT(ヴァーダント)だよ」

「それは知っているが、なんでこんな強い奴らがいるんだ」

 

「ははははっ……簡単さ。君が弱いからだ。なにしろ“弱者を作りだすのは強者だからな”……だったか」

「くそっ……てんめえ、ぶっ殺す!」

 男はおちょくられたと判断して激昂する。

 

「ルーイさん、あとはレイさんに任せて!」

「いや、“私に挑んでくる相手を無下にはできんだろう”。相手をしてやる」

「しねえええええっ!」

 鉄の棒で殴りかかったが、ルーイは表情を一切変えずに避けつつ殴り飛ばしてみせた。

 

「えっ?」

「うそっ……」

「やるう♪」

 

 もう一度言おう。彼は……こう見えても”元スレイン法国特殊部隊陽光聖典のリーダー”を務めていた超エリートである。陽光聖典に入るには、()()()()第3位階以上の信仰系魔法を使える必要があり、さらに肉体能力と精神能力の高さを要求される。そんな戦闘のエリート集団のリーダーを任されていたのだから、これくらい夜食前だ。何しろ先日彼が負けたのは、()()()()()()()()()にすぎないのだから。

 

「なっ、なんなんだ、この店。……みんな強えええ……」

 たまたま店で飲んでいた新人冒険者達は茫然としていた。

 

 

 それはそうだろう。この店にいる従業員の戦闘力は、一般のレベルにはない。

 最強はブレインで、50レベル強。次いでクレマンティーヌが40レベル前後。ルーイことニグンは、実は20レベルを超える。そしてルクルット達漆黒の剣も10レベル前後はある。

 この中で一番弱いのが元(アイアン)のブリタだが……それでも並みの人間よりは強い。

 それに彼女は、先日死の淵から蘇ったことで戦闘力が大幅にアップした……などという夢物語があるわけもなく、今回はただ単に相手が弱すぎただけのことであった。

 

 

 

 

 

「予想通りに食いつきましたな」

「ああ。わかってはいても不快だがな」

 パンドラズ・アクターの言葉に、アインズは不満げに答える。

 

 ここはナザリックではないが、自分にとっては拠点の一つだ。そこを薄汚い連中に踏み込まれるというのは、やはりいい気分ではない。いくら自分たちが書いたシナリオ通りであったとしてもだ。

 

「これで”八本指”は我々(ナザリック)に喧嘩を売ったことになります。まあ彼らは気が付いていませんが……」

 

 王国を牛耳る影の組織”八本指”とアインズ達の戦いが、今幕を開ける。

 

 

 

 



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幕間『よみがえり(前編)』


ルーイ登場の内幕を書いてみました。


 

 ナザリック地下大墳墓第九階層にはアインズの執務室がある。ここは広さも手ごろであり、少人数での打ち合わせや、ちょっとした会議などに向いている。そのため、ここでは大事な話し合いが行なわれることが多かった。

 

 今日アインズが招集をかけたのは、ナザリックの三大知恵者といえる守護者統括アルベド、第七階層守護者デミウルゴス、そして宝物殿の領域守護者パンドラズ・アクターである。この3人はナザリックにおいて頭脳的な意味での最強トリオといえた。

 しょせんは一般人であるアインズにとって、この3人の頭脳の存在はありがたい。アルベドは設定の変更の影響があって扱いにくい部分があり、パンドラズ・アクターは、確かに頼れるが基本的にモモンとして外部に出ていること、ほぼ同行していることを考えると身近な問題はともかく、戦略的な部分で考えた場合、アインズが一番頼りにしているのは、デミえもんこと、デミウルゴスである。

 今日も彼の意見を聞きつつ他のメンバーからの提案を聞いていたところ、思いもよらない展開になってしまった。

 

 

「なに? パンドラズ・アクターよ、あの男を蘇生させろというのか?」

「はい。アインズ様。……あの男は、必ずやアインズ様のお役に立てると思います! 氷漬けの死体として捕縛し続けるのはもったいのうございます」

 ピンク色のツルっとした卵頭に3つの穴が開いた埴輪顔が自信満々に発言する。

(うむむ……なんだ、この自信あふれる表情は。何か確信があるのか?)

 ここのところモモンとして同行しているせいなのか、最近のアインズはパンドラズ・アクターの表情を読み取れるようになってきていた。何故かは本人もわからないのだが、たぶん自分が創り出したからだろうとアインズは思っている。

 

「なりません、アインズ様! あの男はア、アインズ様に対し無礼を働いた者にございます。あのようなゴミ、生き返らせる価値などはございません! パンドラズ・アクター! 貴方はなんていう失礼な提案をするのですか!」

 守護者統括アルベドが天使のような美貌を誇る顔を歪ませて、反対意見を述べる。腰の黒い翼も大きく開いて、パンドラズ・アクターを威嚇していた。この翼は、彼女の感情にリンクして動くことが多い。

(アルベドの感情をストレートに表現する機能でもついているのかな?)

 アインズは思わずそんなことを考えてしまう。

「……確かにそうだったな。私を思っての発言嬉しく思うぞ、アルベドよ」

「そ、そんな嬉しいだなんて……」

 アルベドの白い肌が上気し、頬がほんのりと桃色に染まる。黒い翼はワッサワサと羽ばたいていた。

「たしか……その時捕縛して、後に魔法をかけてから簡単な質問を三つしたところでアイツは死んでしまったのだったな」

「その通りでございます、アインズ様。最初に地位の一番高かったあの男から調べたのは失態でございました」

 担当したデミウルゴスは痛恨の極みという表情を見せる。

 

「よい……人間は弱い生き物だ。だからこそ、自分たちを守るために情報の大切さを知っているのだろうよ」

「はっ。さすがはアインズ様。人間の考えることなど、お見通しでございましたか」

「世辞はよい」

「はっ! なお、その後の調査の結果、どうやら“誓約”や“誓い”といった特定の条件で発動する魔法の効果のようですが」

「……デミウルゴスよ、今回のようにその“誓約”によって死んだ場合はどうなるのだ?」

「はい、アインズ様。死亡によりその類の魔法は効果を失くします。この場合、生き返らせたとしても、魔法が再度発動するということは考えられないでしょう」

「なるほど。で、パンドラズ・アクターよ。今更復活させるというのはどういう狙いがあるのだ?」

 アインズは顎に手を当てパンドラズ・アクターのツルっとした顔を見つめる。あんまり見たくはないのだが……。

 

「はい。恐れながら申し上げます。……まず、このタイミングでのご提案になった理由からお話させていただきます。アイ~ンズ様」

「うむ」

 アインズは目で――といっても眼窟の奥に赤い炎がともっているだけだが――で続きを促す。

「はい。まず、あの男が死んだ時は、まだこの世界に転移してから日数が浅く、我々ナザリックは、まだ色々と手探り状態でございました。アインズ様が蘇生を行わなかったのは、“どこで復活するかわからない”という懸念点があったためと推測いたします」

「……その通りだ。正確な分析だな、パンドラズ・アクターよ」

「ありがとうございます。アインズ様。……先日、蜥蜴人(リザードマン)の数人を蘇生させた際、その場で生き返ることを確認いたしております。つまりー、あの男を生き返らせる為の障壁はございませぬ! ゆえにこのパンドラズ・アクターは、このタイミングで、蘇生を提案させていただいたのであります!!」

 一瞬、癖で敬礼をしそうになったパンドラズ・アクターだったが、何とか踏みとどまり、創造主との約束を守った。

「ああ。確かにその通りだな」

 アインズは精神が沈静化するのを感じている。

(それにしても、今、話の後半は、なんだかオペラのような言い回しだったな。こんなにオーバーにするように設定したっけ?)

 アインズは疑問に思うが、たぶん設定されているのは間違いないだろう。

「そして……あのニグン・グリッド・ルーインなる御仁は、スレイン法国特殊部隊六色聖典の戦闘エリート部隊“陽光聖典”の隊長を務めていました。未だスレイン法国の情報は十分集まっているとは言えません。幹部クラスの人間から得ることのできる情報は多いかと思われます。人間種以外を排除する国是です。我々と敵対する可能性が高い国家です」

 パンドラズ・アクターはそのまま話を続ける。

「ふむ。確かにな。だが……奴が口を割るとは限らぬ」

「そこで……大変恐縮でございますが、至高の御方のお一人、タブラ・スマラグディナ様のお姿を取らせていただき、彼の記憶を吸いださせていただければと」

「タブラさんに?」

 アインズはチラリとアルベドの様子を窺う。彼女は、タブラ・スマラグディナが作成したNPCの一人だ。当然思うところがあるだろう。

「はい。アインズ様とアルベド殿のご許可をいただきたいのですが」

「私は構わぬが……」

(それにしても、こちらは魔法で魅了(チャーム)する方法しか思いつかなかったのに、パンドラズ・アクターの奴よくそういうこと思いついたよな。やっぱりギルメンの能力を把握しているのが大きいのだろう。私も忘れているものがあるかもしれないし、これは一度仲間達(ギルメン)の能力をきちんと整理した方がいいだろうな)

 アインズは心の中のメモ帳に、“みんなの能力の整理”と書き込んだ。

 

「アインズ様のお役に立てるなら問題はございません」

 アルベドは頭を下げ同意を示す。

「アルベドが同意するのであれば問題なかろう。その方法をとるがよい」

「ありがとうございます。アインズ様、アルベド殿」 

「いいこと、パンドラズ・アクター。必ずアインズ様のお役に立てるのよ」

「畏まりました、姫君。いやお妃殿でしたかな」

「くふうー。お妃……いい響きだわ……。さすがパンドラズ・アクター、見る目があるわね。そう私がアインズ様の正妃アルベドよ」

 先ほどよりも大きく翼が動いており、その目は獲物を狙うような目つきに変わっていた。これは危険な兆候である。

「おい、パンドラズ・アクター(お前)――!!」

 アインズは身の危険を感じて抗議の声を上げ、パンドラズ・アクターを睨みつける。

「いや、これは失敬。一度目の復活は私が担当させていただきますが、二度目の復活はアインズ様ご自身で仮面などを付けずにお願いいたします」

「それは、なぜだ?」

「はい。あのニグンという男はあの陽光聖典の中でも“信仰心が飛びぬけて高い”と、他の隊員から聞き出しております。かの国で信仰の対象となる神は六大神でございます。そのうちの一神。スルシャーナは、聞くところによればアインズ様に瓜二つの姿をしているそうでございますな」

 アインズはパンドラズ・アクターの考えを読んだ。

「つまり私に神をやれということか?」

 アインズ(鈴木悟)はこれまでにも、ナザリック地下大墳墓の絶対支配者アインズ・ウール・ゴウン、“漆黒の英雄”モモン、“緑衣の弓矢神”アロー、そしてアローの正体であるオリバー・クイーン、アローの色違い(2Pカラー)として使うダーク・アーチャーと色々な者を演じてきている。それに今回はさらに“神様”という役割まで加わることになる。

 もっとも、モモンは基本的にパンドラズ・アクターが演じているし、オリバーとダーク・アーチャーの出番は多くはないので、アインズとアロー、魔王とヒーローという相反する二人としての出番がほとんどだ。

(それにしても俺は、いったい何役をやればいいのだ? だいたいなんでこんなことを……)

 アインズは心の中で自嘲気味に笑う。「演じ分けるのも大変だ」と。だが、アインズは大事なことを忘れている。

【ある時は漆黒の戦士モモン、またある時は弓矢使いのヒーロー、グリーン・アロー。そしてその正体は……ナザリック地下大墳墓の主、死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウン!!】

 これは、彼の言葉であり、自分自身の決断によって今の状況があるのだ。

 

「いえ、正確には“神になっていただく”のでございます。アインズ様」

「元々アインズ様は我々の神も同然。当然のことですわね」

 アインズは、なんだか怪しい新興宗教の教祖になったような気分がしていた。

 

「なるほど。それは面白いですね、パンドラズ・アクター。確かにそういうことであれば手駒として使える可能性がおおいに出てきますね。信仰心の厚いものが、六大神の中で、唯一現在公には信仰されていない、唯一異形の神であるスルシャーナの手によって蘇る。そして信仰の対象を変えるように誘導する。もっとも誘導する必要もなくこちらの手に落ちるでしょうが……上手く行く可能性は高いかと思われます。アインズ様」

「よかろう。ではパンドラズ・アクターの提案を是とする」

「ありがとうございます。アインズ様」

 パンドラズ・アクターはフィギュアスケーターの、演技終了後の挨拶のようなオーバーな仕草でお辞儀を決めた。

 

 

 こうして、一度死んだニグン・グリッド・ルーインは、タブラ・スマラグディナの姿をとったパンドラズ・アクターの手によって蘇生され、即座に生きたまま脳を吸い取られるという経験をさせられる。

 

 彼の二度目のそして短い人生における最後の言葉は……。

 

「……あり、ありえない……あ、あ、ありえるかぁあああ!」

 という絶叫であった。

 




 
次回へと続きます。


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幕間『よみがえり(後編)』

 前回の続きとなります。

 


 そして……彼には3度目の人生が待っている。

 

 

「ここは……」

 仰向けに寝ていた男は目を開き、眩しそうに天井を見つめた。そこには豪華な七色の宝石で作られたシャンデリアが複数吊り下げられており、まるでこの世のものとは思えぬ雰囲気を作り出していた。

「天国……なのか?」

 ニグンは目だけを動かして状況を素早く確認する。どうやら、ここはかなり広く、そして天井が高い部屋だということがわかる。壁は白がベースになっており、金を基調として細工が施されている。どこかの王城のようにも見えるが、ニグンが今までに見たどのような建物よりも豪華なものであった。

「……それとも神話の世界なのか?」

 ニグンはゆっくりと起き上る。

「目覚めたか……ニグン・グリッド・ルーインよ」

 聞き覚えのある声が背後から聞こえた瞬間、彼の体がビクンと跳ねた。

「そ、そのお声は……」

 そして体を震わせながら、ニグンは恐る恐るその声の方を見る。

 

 背もたれが天を衝くように高い玉座が据えられており、そこには見覚えのある豪奢な漆黒のアカデミックガウンをまとい、あの奇怪な仮面をつけた魔法詠唱者(マジックキャスター)が、腰掛けて自分を見下ろしていた。

 

 ニグンはこのままではいけないと即座に判断し、素早く正座すると深々と頭を下げる

「……あ、アインズ・ウール・ゴウン……さま」

 その声は震えている。自分を……いや自分の部隊を恐怖に陥れた存在。魔神をも超える力を持っていると思われる、強大な魔法詠唱者(マジックキャスター)。それを間近に見て、“震えるな”という方が無理な要求であろう

「面をあげよ」

 ニグンは逆らわずに頭を上げる。

 

「どうやら私のことは覚えていたようだな。目覚めた気分はどうだ?」

 アインズは感情を消した平坦な声で尋ねた。

「は、はい。か。体が重いような感じが、い、いたしますが……気分は悪くございません」

 ニグンはガタガタと震えながら懸命に答える。

「そうか……あまり気分がよさそうには見えないがな?」

 先ほどまで死んでいた身であることを差し引いても、ニグンの顔色はかなり青白い。

「そ、そんなことはございません! 私は、とてもよい気分です」

 ニグンは、必死に否定してみせる。

「そうか? お前は、国に使い捨てにされたのだぞ?」

「わ、私が使い捨て……」

「そうか気が付いていなかったのか。あるいは知らなかった方が幸せだったのかもしれんな」

「ど、どういう理由があってそのようなことを、……貴方様はおっしゃるのでしょうか?」

 

「……では、教えてやろう。根拠は二つある――まず一つ目だが、お前には使い捨てのアイテムが与えられており、情報系魔法で“常”に監視されていた。もしお前が預かった秘宝を誤った使い方をしたり、持ち去ったりした場合は、お前を抹殺するつもりだったのだろう」

「そんなっ……でも確かに……あの時……」

「そうだ。覚えているだろう。お前と私が対峙している時、魔法で監視をしようとした何者かが私の攻性防壁に引っかかったことを」

 

「はい……覚えております」

「そうか。まず知るが良い。ニグン・グリッド・ルーインお前は法国にとっては単なる捨て駒に過ぎなかったのだと」

「私が……捨駒……」

「その証拠にその後お前を探しに来たものはおらぬ。多大な功績を残し、他の者よりも厚い信仰心を持っていたお前に対する仕打ちがそれだよ」

「……おお……」

 ニグンの中で何かが壊れる音が聞こえる。

 

「ところで一つ聞こう。ニグン・グリッド・ルーインよ、お前は自分が死んだという認識はあるのかな?」

「……ございます。アインズ・ウール・ゴウン様」

「お前の記憶はどうなっているのかな?」

「はい。質問に答えたところで、急に意識がなくなったという記憶がございます」

 ニグンの素直な答えにアインズは手の内に入れ始めたという満足感を覚える。

 

「そうか。ではなぜお前が急に意識を失ったのかということを教えてやろうではないか。お前たち陽光聖典には、とある“呪い”がかけられていたのだよ」

 アインズはあえて言葉を言い換える。

「の、呪いですと?」

 ニグンの声がひっくり返り、完全に裏声になっている。

「そうだ。これが二つ目の根拠だよ。お前たちには法国の高位者によって“呪い”がかけられていたのだ。質問に3つ以上答えると死ぬという恐ろしい“呪い”がな」

「な、なんとおお!?」

「すでにわかっているだろう? 貴様の部下どもは、すべてその呪いによって死んだのだ」

「おおおっ……な、なんということだ……」

「さて、疑問に思わないかニグン・グリッド・ルーイン。ではなぜお前は今ここに生きているのだ?」

 アインズの言葉にニグンはハッとなる。

 

「た……たしかに……まさか、アインズ・ウール・ゴウン様が生き返らせてくださったということでしょうか?」

「ふははははは。まあ、半分は正解だな、ニグン・グリッド・ルーイン」

「は、半分?」

「そうだ。正確にはこうだよ。私はお前の“呪い”を打ち消した上で、お前を生き返らせたのだ」

「呪いすら打ち消せると?」

「容易いことだ。その証拠にお前はすでに3つ以上の質問に答えているだろう?」

「た、確かに。アインズ・ウール・ゴウン様……呪いの打消しと、蘇生ということでございましたが、それは、……だ、大儀式を行ってでしょうか?」

 ニグンの言葉にアインズは既視感(デジャブ)を覚える。

 

蜥蜴人(リザードマン)にも聞かれたなあ……)

 アインズは同じような質問を蜥蜴人(リザードマン)のザリュース・シャシャから受けている。

 

「大儀式? なんだ、それは。私一人で行えることだぞ?」

「な、なんと!」

 ニグンは水晶のような目を()()させる。

「そしてもう一つ……先程までは生き返ったことで体が馴染んでいなかったからわからなかっただろうが、死ぬ前と比べてみて、体の具合はどうだ?」

「は、はい。変わりません……いえ、それどころか今までに感じたことのない力すら感じます。これはいったい……」

 ニグンは自分の体を不思議そうに眺めている。

 

「ふはははははっ! 簡単なことだ。高位の蘇生魔法で蘇らせたのだ。そして少しだけ私の力を分け与えておいたのだ」

「な、なんと高位の蘇生魔法とは! そ、それは神の領域! まさか貴方様は神……」

「ふむ。なかなか察しがいいな……」

 アインズは右手で仮面をずらし、その死の超越者(オーバーロード)たる素顔を晒してみせた。

 

「そ、そんな……まさか……ス、スルシャーナ様! 生きておられたのですね!!」

 スルシャーナ。スレイン法国が信仰する六大神の一神にして、追放された神である。

「私は、スルシャーナの生まれ変わりである。……私は嘆かわしい。今の法国が、そして私は怒りを覚えている。この私を抹消した恩知らずな法国に!」

 

「す、スルシャーナ様……いえ、アインズ様! どうかお怒りをお鎮めください。そして再度我々の導いてはくださいませんか」

「ニグン・グリッド・ルーインよ。お前はまだ法国への恩義を感じているのかな?」

「いえ、そんなことはございません。私を捨て駒にし、そのような呪いをかけたうえ、素晴らしい神である貴方様のことを抹消した法国などに未練はございません!」

 ニグンの言葉に嘘はなかった。

 

「そうか。私は嬉しく思うぞ。ニグン・グリッド・ルーインよ」

「もったいなきお言葉。スルシャーナ様……いえ、アンズ・ウール・ゴウン様にいただいたこの命……貴方様に捧げることを誓います。このニグン・グリッド・ルーイン、貴方様の忠実なる信者にして僕でございます」

 ニグンはいきおいよく床に額を叩き付ける。

 

(うわー、痛そう)

 アインズの中の本来の自分(鈴木悟)が姿を見せるが、アインズは気合を入れなおして、演技を続ける。

 

「よかろう。ニグン・グリッド・ルーインよ。お前の全てを我に捧げよ」

 大袈裟に両手を大きく広げてみせる。

「ははーっ。仰せの通りにいたします」

「うむ。過去のお前とは決別することになるがよいかな」

「すでに一度死んだ身でございます」

 ニグンはきっぱりと言い切ってみせる。

 

(いや正確には2度死んだのだがな。そこの記憶はないようだな) 

 アインズは心の中でつぶやくと、死の神としてのロールに集中する。

「では、その証としてその頬の傷を消そう。よいな?」

 ニグンにとってこの傷は、アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”につけられたもの。彼はその時の敗北を忘れないために、あえてそのままにしていたものである。こだわりは当然強い。

 

「かしこまりました。アインズ・ウール・ゴウン様。この傷は消させていただきます」

「よかろう。では時が来るまでしばし待機せよ。お前には私の元で働くための教育をせねばならぬからな」

「かしこまりました。アインズ・ウール・ゴウン様。この身尽きるまでお役に立ってみせます」

「うむ。ではまた会おう。ニグン・グリッド・ルーイン。我は期待しているぞ」

「ははーっ!」

 

 こうしてニグン・グリッド・ルーインは、アインズの忠実な僕として忠誠を誓うことになる。なおニグンが、力が溢れていると感じていたのは、少量の“ミラクル”を投与したことにより、一時的にパワーアップしたためである。

 

(……我ながら狡猾だよな。まあ、デミウルゴスとパンドラズ・アクターが考えたシナリオだしな。あとで実際に使ってもいいわけだし)

 

 この後ニグンは、ナザリックの直属としての教育を受け、エ・ランテルに出店することになったナザリックの直営店――現地ではチーム“漆黒”本拠地として認定されている――VERDANT(ヴァーダント)の店長ルーイとして赴任することとなる。 

 

 

「さて、もうすぐ開店の時間だな。すべては(アインズ)様のために!」

 彼は“生の神”を信仰する者ではなく、“死の神”に仕える者として3度目の人生を生きている。

 

 





 本作は基本的に書籍ベースなので、アインズ本来の顔をニグンさんは今回初めて見ます。
 またスルシャーナ神の顔を知っている設定になっています。
 アニメではアインズの素顔を見ている描写があったかと思いますが、そちらではない方向で。

普段の作風とは違う形にしてみました。
次回はいつもの感じに戻ります。
 


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シーズン3第3話『雨の夜』

 本編に戻ります。

 


 

 

「ありがとうございましたー」

 店長のペテル・モークは、本日最後の客を見送ると、SCHWARZ(シュヴァルツ)の看板を、閉店に変えて中へと戻った。基本的に最後の客は彼が見送ることにしている。

 

 

「お疲れ様でした、てんちょー」

 赤毛の店員ブリタが、いつものように紅茶を淹れて持ってくる。

 今日のカップ&ソーサーは、漆黒に塗られており、カップには“漆黒の英雄”モモンのトレードマークである“真紅のマント”をモチーフにした絵が色鮮やかに描かれている。

 このカップは浅く口が広くなっており、どうやら香りを楽しむ紅茶……フレーバーティ向けの仕上げになっているようだ。

 ちなみにフレーバーティとは、一言でいえば“茶葉に香りづけをした紅茶”だろうか。 

 

 

「サンキュー、ブリタさん。いやー、今日はいつも以上に忙しかったな」

「新商品も入りましたからね」

 ブリタは手渡した漆黒のカップ&ソーサーを指差した。

 

「これのおかげでいつもよりも女性客が多かったですね。……もはや“漆黒”は武具だけでなく、一大ブランドになりつつあるのかも……おっ、いい香りだ」

 ペテルは飲む前に、紅茶の香りを楽しむ。何かはわからないがフルーティな香りがする。香りを楽しんだペテルは紅茶を口に含んだ。

「……うん、美味い。……これは帝国産の茶葉に、柑橘系のフルーツフレーバーか」

「おっ! だいたい正解です。てんちょー、テイスティングのランク上がったんじゃない?」

 ブリタは嬉しそうに笑う。

 

「そりゃ、これでも毎日飲んでいるからね。(アイアン)くらいにはなったかな~」

 ペテルにとって、閉店後の紅茶は日課でもあり、一仕事終えた後の楽しみでもあった。

(アイアン)ですか。まだまだアダマンタイトまで遠いですねー」

「だね。“漆黒”みたいに一気にアダマンタイトまでは上がれないよ。そういえば、この間締め切った“漆黒の触れ合いイベント”もうすぐだったよね」

 

「ああ。あれですかー。すごい売上になっていますよ」

 漆黒のメンバー3人+ハムスケの限定カードを、この“漆黒”公認ショップSCHWARZ(シュヴァルツ)で購入すると、イベントへの参加権が手に入る。

 

 これはSCHWARZ(シュヴァルツ)オーナーであるオリバー・クイーン――アインズが変身中のアローの非戦闘形態――の発案によるものとされているが、実際はパンドラズ・アクターの提案によるもので、鈴木悟(アインズ)のいたリアルの世界で100年以上前に流行った販売拡大の手法である。

 

 “漆黒の英雄”モモンは、決して偉ぶることがなく、普段から老若男女問わずフレンドリーに接してくれることで人気がある。“緑衣の弓矢神”アローも、言葉数こそ少ないものの、モモン同様に分け隔てなく接してくれることで知られている。。

 今回、普段はほとんど人と接することがない、あの絶世の美女“美姫”ナーベが参加することが発表されていることもあって、彼女と会いたい人間が多数押し寄せ、売り上げがトンデモないことになっていた。

 

 

「収益のうち何割かは、孤児院などに寄付するって話だったけど、すごい話だよね」

「ですねー。それよりてんちょー、私達にもボーナスでますかね? かなり忙しかったんですけど」 

 ペテルはブリタの瞳が金貨になっているような気がしていた。

 

「オーナーからは、そういう話を聞いているよ」

「本当ですか? やった! おきゃっ!」

「気を付けてくださいよ」

 喜びのあまりに紅茶をこぼすブリタを見て、苦笑するペテルであった。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

 深夜の城塞都市エ・ランテル。人影も少ない午前0時過ぎ。VERDANT(ヴァーダント)の外は雨がしとしとと降り続いている。そんなあいにくの空模様は、人に見られたくない人間にとっては、格好の隠れ蓑である。

 

 VERDANT(ヴァーダント)からそんなに離れていないスラム街の路地裏には、3人ずつの2グループ、計6人の黒いローブをまとった男達の姿があった。双方とも黒い袋を手にしている。

 

「おう。例のモノは用意できただろうな?」

 路地の手前にいた中央の男が低い声で尋ねる。

「ああ。ここにあるぜ」

 路地奥の中央の男が応え、左右に控えていた男たちが“黒い粉”のようなものを見せる。

「よし。こちらもここに金は用意してある」

 こちらもまた左右に控えた男たちが、持っていた袋を開き中に入っている金貨を示す。

「では、取引と行こうか」

「ああ」

 男たちは距離を詰めて路地の中央で向かい合う。

「では」

「ああ。今回“も”取引は成立だな」

 左右の男たちが金とブツを交換し、中央にたつリーダーらしき男たちは熱い握手を交わした。

「また頼みますよ」

 金を受け取った側のリーダーがニッと笑う。

 

 

「「ではな」」

 お互いに踵を返し、路地をそれぞれ進もうとするが……。

 

 

 

「そこまでだ!」

 闇から声が響く。

「何者だ!」

「姿をみせろ!」

 男たちは武器を抜き、キョロキョロとあたりを見回す。だが、人の姿は見えない。

「こっちだ」

 声は建物の屋根の上から聞こえる。

「貴様……何者だ」

「どうせ消えゆく悪党に、名乗る名などは持たない」

 屋根から3つの影が飛び降りてきた。3人ともフードで顔を隠しており、目元はアイマスクで覆われている。色は(アーセナル)(スピーディ)……そして“(ダーク・アーチャー)”。

 

「行くぞ」

 黒のフード男――これはアインズが変身している(アロー)色違い(2Pカラー)――が号令をかける。

「了解」

「まっかせてー」

 フードの3人が、ローブの6人に一斉に襲い掛かる。

「てめええっ!」

 部下達が剣で迎撃するが、あっさりと赤いフードの女に避けられ、次の瞬間には額を右手に持ったスティレットで貫かれてしまった。

「んふふー、か・い・か・ん♪」

 ドサッと前のめりに倒れた男を赤いフードの女――クレマンティーヌは踏みつける。

「次は誰にしようかなー」 

 次の獲物を探しながら、彼女は血のついたスティレットをペロッと舐めた。大型の肉食動物を思わせるような雰囲気に、命の危険を感じたもう一人の部下は、恐れを抱き、くるりと背を見せて逃げ出した。

「おそーい」

 だが、回り込まれてしまった。

 

「くそっ! うああああああっ!」

 男は目茶苦茶にナイフを振り回して威嚇するが、しょせんは無駄な抵抗であった。

「残念でしたー」

 クレマンティーヌは再びスティレットで額を的確に突き刺し、瞬殺してみせる。

 

「くそがああああっ!」

「うおおおおおっ!」

 部下2人は青いフードの闖入者――ブレイン・アングラウスに斬りかかった。

 

「殺!」

 ブレインの領域に入った瞬間、二人の男の首がスパッ! という音とともに宙を舞った。

「秘剣――虎落笛(もがりぶえ)改……ツバメ返し」

 これは目にも止まらぬ早業で、領域に入った男を一撃で首を斬り、そのまま返す刀でもう一人の首を斬り落としている。

 あまりの早業にブレインの刀には一滴の血もついていない。それでもブレインは血ぶりしてから、鞘に刀をおさめる。

 

 

「さて残るはお前たちだけだな」

 二人の男に弓で狙いをつけながら、アインズは近づいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい。これで全部だよー」

 金貨の入った袋をどさっと置きながらクレマンティーヌが声をかける。

「ご苦労だったな、“スピーティ”。“アーセナル”も見事だったぞ」

 アインズは金貨の袋から数枚取り出して二人へと渡す。

「どうもー」

「ありがとうございます」

「せっかくの臨時収入だからな。まあ大事に使え」

 アインズは残りの金貨をアイテムボックスへと放り込む。もうクレマンティーヌもブレインも慣れたもので、別に驚きもしない。

「そっちは、どーすんの?」

 黒い粉――当然黒砂糖などではなく、王国で流通している“黒粉(ライラの粉末)”という麻薬である。これは犯罪組織“八本指”の麻薬部門が取り扱っているもので、当然のように今回の取引にもかかわっている。

 

「これか? そのうち取引材料にでも使うだろう。我々の目的のために」

 別のアインズは麻薬取引を始めるつもりはないが、押収した麻薬にも使い道はあるだろう。念のために回収するだけのことだ。

 そもそも、こんな末端の取引を潰したところで、たいしたメリットがあるわけでもない。八本指という巨大な組織にとってダメージは限りなく小さい。

 だが、これを繰り返されれば、“八本指と取引をすると消される”という図式が生まれ、取引は成立しにくくなる。

 街を汚す人間を潰しながら、徐々に組織にダメージを与える。彼らの活動は、街の自警団(ヴィジランテ)といったところで、まだ大きな活動ではなかった。

 

「もっと強い奴はいないのかなー、暇つぶしにもならないよ。弱すぎて」

「ぜいたくをいうな。そもそもお前は人間の中ではかなり強いのだ。そう簡単に望むような相手に会えるものでもないだろう」

「ちぇー」

 

「なんなら、この私と1対1(サシ)でやるか?」

 VERDANT(ヴァーダント)の地下には戦闘訓練ができる場所もある。

 

「やめとくー。また腕折られるのは勘弁してー」

「残念だ。足を折ろうと思ったのに」

「それ笑えないよー」

 

 言葉とは裏腹にクレマンティーヌは、なぜか笑顔であった。

 



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シーズン3第4話『イベント』

 


 城塞都市エ・ランテル。商人の往来も多いこの都市は常に賑わっているのだが、今日はいつも以上の賑わいを見せていた。

 エ・ランテルが誇るアダマンタイト級冒険者“漆黒”が、その拠点にしているナイトクラブVERDANT(ヴァーダント)において、“漆黒の触れ合いイベント”という名称のファンとの交流会が行わることになっている。

 

 この交流会に参加するには、“漆黒”の公認ショップであるSCHWARZ(シュヴァルツ)で販売されていた“漆黒”特製カードを購入する必要があった。

 カードには特典として、イベント参加券がついており、行われるイベントによって必要枚数が変わる仕組みになっている。

(うーん、いくら寄付をするという名目があるとはいえ、ちょっとやりすぎな気がするな……)

 アインズはそういう心配していたが、不満の声は特に上がっていない。

 

 本日行われるイベントの内容は以下の通り。

 

 “漆黒の英雄”モモン 編

 1・“漆黒の英雄”の強さを体感しよう。 

 あの“漆黒の英雄”モモンと一対一で立ち合いをすることができます。頂点を知る大チャンスです。 

 参加券20枚(※限定40名様)

 

 

 “緑衣の弓矢神”アロー 編

 1・“緑衣の弓矢神”の弓矢教室  

 弓の腕を磨いてみよう。初めての方から上級者までアローが的確なアドバイスを行います。

 参加券10枚(一回20名 午前1回・午後2回計3回予定)

 

 

 “美姫”ナーベ編

 1・“美姫”ナーベと握手しよう。 参加券5枚(※お一人様一回限り)

 2・“美姫”ナーベより、ありがたい一言をいただこう 参加券30枚(※限定100名様)

 

 “ハムスケ”ハムスケ編

 1・ハムスケの背中に乗ってみよう 参加券1枚(子供限定 15名)

 

 モモンのイベントは、モモンと実際に立ち合いができるというもので、強さを体験したいという冒険者が、下か(カッパー)から、上はオリハルコンに至るまで、権利を手にしている。

 モモンから一撃を受けるまでは継続できるルールになっているが、実際はどれだけモモン相手に長く試合できるかを競うような形になるだろう。

 

 アローのイベントは、参加者相手に弓矢教室を実際に行い、参加者には個別にアドバイスを送ることになっている。なお店舗裏の通りに特設の会場を用意。アローの実射もあり。

 

 ハムスケはオマケみたいなものなので割愛し、一番人気のナーベのイベントだが、これはいわゆる“握手会”であり、参加券を多く集めたものは、一言リクエストに応じて言葉をかけてもらえるということになっている。

 ナーベは漆黒の紅一点であり、男女ともに人気が高いが、基本的にあまり人とは交流しないことで知られている。一歩引いているところがまたいいとか、ちょっと冷たくされるのがいいなどという声もあるとかないとか……。

 今までナーベと握手をかわしたなどというものはおらず、この機会を逃せないとばかりに、ほとんどの客の目当ては彼女であった。

 なおVERDANT(ヴァーダント)でバーテンをしているルクルットは、真っ先に券を購入している。

「ナーベちゃんのファン1号としては、これは譲れない!」

 確かに声を一番先にかけているのだから、1号といってもよいのだろう。たぶん。

 

 

 

 

 ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

 

 

 数日前……

 

 VERDANT(ヴァーダント)の3階にある“漆黒”の拠点。

 1フロアすべてを拠点としているため、かなり広い作りになっており、部屋数も5部屋。さらに広いリビングルームと来客用の応接室まで完備している。

 部屋を彩る調度品は、ナザリックほどではないが、この世界の水準からすれば超特級の物ばかりが配置されている。魔法防御も完璧に張られており、ここに侵入することは不可能となっている。

 今は漆黒の3人が揃って中におり、アローとモモンはそれぞれ、アインズ、パンドラズ・アクターの姿に戻っていた。 

 

 

「今度の“漆黒の触れ合いイベント”だが、ナーベラル・ガンマは、“美姫”ナーベとして訪れた来客と握手会をすることになっているからな。ちゃんと相手をするように」

「私が……下等生物(ナメクジ)ごときと握手……をするのですか? これは、しなければならないことなのでしょうか?」

 ナーベラルはアインズの指示を聞き、戸惑いを隠せない。

「ああ、そうだ。ナーベラルよ。これは必要なことなのだ」

「は、はあ……下等生物(ダニ)ごときを相手に……握手とは……汚らわしい……」

 ナーベラルはじっと自分の右手を見つめる。

「ナーベラルよ、これは大事なことなのだ。そうそう言い忘れていたが、ただ握手をするだけではいかん。笑顔を忘れるな」

「笑顔ですか?」

 ナーベラルは思い浮かべるだけで、吐き気がしてくるのを感じている。

「そうだ。常に笑顔を絶やさないことが大事だ」

「え、笑顔を絶やしてはいけないと!?」

 不敬とは思っていても、思わず聞き返してしまう。

「……ナーベよ。我々“漆黒”は英雄という扱いを受けている、人類最高峰のアダマンタイト級冒険者なのだ。それにふさわしい言動というものがあるのだよ」

「は、はあ……」

 ナーベラルには理解できない部分である。

(これは無理かなあ……)

 ナーベラルの反応を見て、アインズは内心諦めかけている。

 

『アインズ様、私にお任せください』

 アインズの頭に、パンドラズ・アクターの声が響く。

『ふむ……よかろう、やってみよ!』

『はっ。必ずや導いてみせます』

 短い伝言(メッセージ)の魔法でのやりとりで、アインズはパンドラズ・アクターにひとまず任せることに決めた。

 このパンドラズ・アクターとナーベラルは、二人とも同じドッペルゲンガーだ。もっともパンドラズ・アクターの方が上位種である。それが影響しているのかわからないが、ナーベラルのコントロールに関しては、アインズよりもパンドラズ・アクターの方が巧みであった。

 

「よいですか、ナーベラル殿。今回の“漆黒の触れ合いイベント”は、我々にとって大きな意味を持っているのです」

「大きな意味ですか?」

「はい。目的はいくつかありますが、ナーベラル殿は、どういう目的があるかお分かりになりますかな?」

 パンドラズ・アクターは子供を諭すような優しい声音で尋ねる。

 

「そうですね…………。外貨を獲得すること……でしょうか」

 ナーベラルは必死に考えて答える。

(もともと公認の店を出したのも、そういう目的があったはず……)

 店を出す時にアインズとパンドラズ・アクターがそのようなことを言っていたことをナーベラルは思い出していた。

「素晴らしいですよ、ナーベラル殿! それも正解の一つです、さすがはナーベラル殿。的確な答えですな」

 パンドラズ・アクターは大げさに褒めちぎる。

 

「あ、ありがとうございます」

 ナーベラルの頬がほんのりとピンク色に染まったのが、アインズにはわかった。

(ほう。まずは褒め殺しか?)

 アインズはこの機会にナーベラルのコントロールを学ぶことに決めていた。

 

「さて、他にもまだまだ理由はあるのですが、ナーベラル殿は他に何か思い当たることはありませんか? 聡明なナーベラル殿であればきっとお分かりいただけると思うのですが……」

 ここまで言われては、もう「わかりません」とは答えられない。ナーベラルは必死に頭を回転させる。

 

「……漆黒(われわれ)の名声を高める! ということでしょうか?」

 ナーベラルはおそるおそる口に出してみる。

「ナーベラル殿、素晴らしいですね! その通りです。……すでに我々の名声は高まってはいますが、あくまでも、いくつかの偉業を成し遂げたことによるという力によるものです。今回の触れ合いイベントは、直に民と触れ合うことで、我々が力だけではなく、人間的にも優れている器の大きな人間達であるということを理解してもらうという目的があるのですよ」

「力だけでなく……器の大きさを理解させる……なるほど」

(まあ、我々は人間ではないのだがな……)

 アインズはそんなことを思ったが、当然口には出さない。   

 

「他にも理由はありますが、今はここまでにしておきましょうか。ナーベラル殿、まだ時間はありますので、当日までにご自身でも、もう少し考えてみてくださいね」

「かしこまりました。パンドラズ・アクター様」

 ナーベラルは丁寧に頭を下げる。

(ふむ。宿題を与えることで本人に考えさせ、気づかせようというのか。頭ごなしに命じるだけではないということか。……これは応用できそうだな。まあ、俺のなんかよりも頭いいのが部下に揃っているしな。任せるところは任せ、課題を与えていくか)

 アインズはパンドラズ・アクターの対応に感じるものがあった。

 

「よいですか、ナーベラル殿。今回の握手会は、人間嫌いの貴女にとっては、かなりの試練と言えるでしょう。もちろん私もアインズ様も、貴女が人間嫌いなのは存じております。ですが、これは貴女にとっても成長する大きなチャンスなのです!」

「私が、成長するチャンス……ですか?」

「そうですぞ、ナーベラル殿。貴女は“いつまでも同じようにしていればよい”とお思いですかな?」

 ナーベラルはこの言葉にドキリとした。

(そう思っておりました……。変わらず忠義を尽くすことが大事なのだと……)

 ポニーテールが彼女の動揺を示し、左右に振れる。

 

「どうやら、そう思っていたようですね、ナーベラル殿」

「うっ……」

 “どうしてわかったのか?”と目が訴えている。

「それはわかりますとも。ナーベラル殿、我々がナザリックに閉じこもって、その中で平和に暮らすのであれば、それでもいいでしょうね。ですが、我々はナザリックの外にいます。そしてこれからナザリックは拡大していくのです。それなのに我々がそのままでいいのでありましょうか!」

「いえ、それではいけないと思います!」

「その通りです、ナーベラル殿。我々の勢力が増大していくのであれば、我々も成長していかなければいけないのです。今後も拡大し続けていくためには、我々の一人一人の成長が、ナザリックの力に、そしてアインズ様のお力になってゆくのです!! 立てよ、ナザリックのシモベたち! 皆が学び、成長していくことこそが肝要なのです! そして、栄光と勝利を! ナザリックのために、アインズ様のために!」

「アインズ様のために!!」

(うーわー。独裁者の演説みたいになっているよ……)

 アインズは精神が沈静化するのを感じていた。 

 

「……ということです。よいですね、ナーベラル殿。貴女が漆黒の“美姫”ナーベとして得る名声は、我々ナザリックの名声となるのです。もし貴女がその名声を貶めることがあれば、それは至高の御方の頂点にして、ナザリックの絶対的支配者アインズ様の顔に泥を塗る行為ということなのですよ」

「……ナーベとしての対応は、ナザリックの、アインズ様の名声につながるということですね」

「そうです。貴女は我々ナザリックの代表として、そこにいるということをお忘れなきように」

「かしこまりました。全力で握手会を務めさせていただきます」

「わかっていただけたようでなによりです。……アインズ様何かございますか?」

 パンドラズ・アクターは支配者たるアインズに話を振ってくる。

 

「うむ。わかってくれたようで嬉しいぞ、ナーベラルよ。そうそう、握手会では、特別な条件を満たしたものは、“ナーベに一言リクエスト”ができることにもなっているので、しっかりと対応するようにな」

「は?」

「こういうことですよ、ナーベ殿。“ナーベさん、厳しい一言をお願いします”……この下等生物(ゴミムシ)が、身の程を知れ!」

 パンドラズ・アクター、さすがは役者(アクター)である。器用に観客とナーベラルの声を使い分け、見事な物真似をしてみせる。 

(うわー、似ているなー)

 アインズはおもわず感心してしまった。

「な、なるほど。要望(リクエスト)にこたえるということでしたか……」

 

 ナーベラルはこの試練を乗り越えることができるのだろうか……。

 

 

 

 




 久しぶりに、この3人の話になりました。
 
 メインキャストのはずなのに、意外と出番が少ないナーベラル。
 
 今回と次回は、彼女にスポットをあてていきます。




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シーズン3第5話『イベント(ナーベ編)』

 

 エ・ランテルの市街地と、スラム街の境目にある、アダマンタイト級冒険者“漆黒”の拠点があるナイトクラブVERDANT(ヴァーダント)。併設されている公認ショップSCHWARZ(シュヴァルツ)とともに、今エ・ランテルで一番熱い場所といえる。

 店を先頭に人々は長い行列を作って、きちんと並んでいた。それを一目見たアインズ――今はアイテムの力により、アローの姿であるが――は、日本人の行列魂と似たものを感じる。下は乳飲み子から、上はアンデッドのようになっている老人まで、老若男女問わずに自分の順番が来るのを、首を長くして待ち望んでいた。

 お目当ては、“漆黒”の紅一点“美姫”ナーベである。実際にはハムスケも雌なので、紅は2点なのだが、それは数には入っていない。

 

「なぜでござるかー」とハムスケがわめいていたようだが、しょせんは使役している魔獣という立場であるし、ハムスケの性別などは誰も気にしたことがないのだから仕方ないことだろう。

 

 

「列からはみ出さずに、順番にならんでくださいねー」

「具合が悪くなった方や、飲み物を買うために列から外れる際は、係員までお声掛けください」

 今日はVERDANT(ヴァーダント)は臨時休業。店長のペテル・モークと、店員のブリタは、SCHWARZ(シュヴァルツ)の手伝いをしている。この2店舗は、オーナーが同じオリバー・クイーン(アインズ)であり、実質一つの店舗だから、お互いに協力しあうのは自然なことだ。

 実際ブリタが体調不良で欠勤した際は、ニニャがVERDANT(ヴァーダント)を手伝ったこともある。

 

「こちらがナーベさんの列になります。まもなくアローさんの弓矢教室が始まりますので、参加される方は、お早めにこちらまで移動をお願いしまーす」

 額に浮かんだ汗を袖で拭いながら、ニニャが声を張り上げていた。

 

 

 

 ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

 

 今回のイベントにおけるナーベの一人目の相手は、あのルクルット・ボルブであった。

 

 

「……ありがとう」

「くうー、生きていてよかったーーー♪ ナーベちゃん愛しているよー」

 ナーベは、ややぎこちないながらも笑顔を浮かべ、ルクルットと握手を交わすことに成功する。

 遠目から見ていたアロー(アインズ)モモン(パンドラズ・アクター)は、ほっとしていた。いくら普段から知っているルクルットとはいえ、きちんとできたのであれば上出来だ。

(やればできるじゃないか。いつもやってくれればいいのにな)

(さすがですぞ、ナーベラル殿。それでよいのです)

 二人は初めての学芸会を見に来た親戚の叔父さんのような気持ちでいたようだ。

 

「ナーベちゃん、リクエストです。俺の事褒めてください」

 これはいきなりの難題といえた。アインズの心は滝のような汗を流している。

「あなたは……下等生物(カトンボ)にしてはよくやっていますね。スバラシイデスヨ」

 若干棒読み気味であったが、概ねよい対応といえた。

(結局下等生物扱いは変わらないのかよ!)

 アインズは褒めていいやら、ツッコミをすればいいのかわからなくなってきていた。

 

「くうー。ありがとうございます。今後も励みます!」

 ルクルットは感激の涙を流し、名残惜しげにその場を去って行った。ここから彼は急いでスタッフに戻ることになる。列に並んでいる人に飲み物を売る担当業務が待っているのだ。

(これで俺は生きていけるぜっ!)

 ジトっとした目で遠くから見ているブリタには気が付かないルクルット。彼は今幸せであった。

 身内が最初の一人というのは、厳しい意見を頂くかもしれないのだが、これは予行演習も兼ねており、言ってみれば始球式のようなものだ。……握手会だから、始握手式とでもいうのだろうか。知っているだけに上手く反応できないことも考えられたが、先日のパンドラズ・アクターの説得が功を奏したようで、とてもナーベラルとは思えないよい対応であった。

 

 

 

「次の方、どうぞ」 

 静かに誘導をするのはVERDANT(ヴァーダント)店長のルーイ――本名はニグン・グリッド・ルーインである。

 彼は次の人からチケットを受け取り、素早く枚数を把握する。今度の客も、リクエスト券を持っていた。

 

 

「ナーベさんいつも応援しています」

「……ありがとうございます」

 冒険者風の男が顔を真っ赤にしながらナーベと握手を交わす。ナーベは信じられないことにニコニコと笑顔を浮かべている。

(ニグン風にいえば、ありえない……光景だな)

 アインズはそんなことを思いながらも、ナーベの対応に満足感を覚えていた。

 

 握手を終えた冒険者は、しばし躊躇った後、決意を秘めた表情でナーベの顔を見つめた。

「ナーベさん、冷たい目で俺を見ながら、どうか俺を罵倒してください!!」

 その顔は真剣そのものであり、彼の心からの願いであることは間違いない。

(おいおい、それでいいのかよ。そういえば……常連さんが、ルクルット(バーテン)に「“新たなファンが増える”から大丈夫ですよ」って話していたと聞いたが……それってこういうことなの?)

 アインズは一瞬ずっこけそうになっていたが、アローとして動いている以上はここでは顔にも出さず体勢を崩さずにいた。 

 

 ナーベは笑顔をひっこめ、表情を引き締める。気合を入れているのが見てとれる。

「……この下等生物(シロアリ)がっ! 己の立場を知れっ!」

 握手はニコヤカに行い、そしてリクエストにはしっかりと応えて、本当に虫を見下すような冷たい目で冒険者ケモニンを見て、嫌悪感たっぷりに全力で罵倒してみせる。ナーベはとにかく一生懸命であった。

 

(……お金を払ってこれでいいのか?)

 アインズにはわからない世界であったが、当の本人は、歓喜に震えながら、名残惜しそうに何度もナーベを振りながら退場していった。

(これでよかった……んだろうな。そうに違いない。うん、きっとそうだよ)

 アインズは無理やり納得することにした。 

 

 

 

 

「いつもお疲れ様です、ナーベさん」

「……ありがとうございます」

 ここもしっかりと笑顔で握手を交わすナーベ。これを同僚である戦闘メイド(プレアデス)あたりが見ていたら、信じられない思いで瞼をこすり、お互いの頬をつねりあっていたであろう。

 

「ナーベさん、いや、ナーベ様! オシオキしてください!」

 彼の表情もまた真剣そのものであり、心からの願いであることはよくわかった。

「は、はあ……」

 ナーベはさすがに困った顔を見せたが、急に顔つきが変わる。

(おや、何か思いついたようですな)

 パンドラズ・アクターはナーベラルの変化にすぐに気が付いた。

 

「……歯をくいしばりなさい」

「は、はい」

 低い声で言い放ち、相手がぐっと力を入れたのを見て、ナーベは慎重に力を抑えながら右手でビンタを叩き込んだ。

「ふぎゃっ……私にとってはご、ご褒美です……」

 笑顔のまま喜びの余り意識を失ったが、床に倒れる前に店長のルーイにガッチリと抱きとめられる。

 

「やれやれだな。……レイ、頼む」

「……あいよ。仕方ねえなあ」

 青い髪の用心棒レイことブレイン・アングラウスが、小麦の袋を担ぐように軽々と肩に乗せて救護ゾーンへと運び出してゆく。

 

「まったく変わった性癖の人多いねー」

「……お前に言われたくないと思うぞ、クレア」

「そういうことに興味なさそーなレイにも言われたくないけどねー」

 救護ゾーンという似つかわしくない場所で待機していたクレア――クレマンティーヌとブレインがそんなやり取りをしているのが聞こえた。

 

 この後も様々なやりとりがあったが、ここでは割愛する。どちらかと言えば、美人に罵倒されたいとか、貶めてもらいたいというようなM気質のお客が多かったといえるだろう。

 

 

 もちろん、そうではない一般の人もたくさんいた。

 

「おねーちゃんみたいな美人に私なりたいー」

「正しいことをすれば、そうなれます。心が美しいものは、顔つきも美しくなれるものですから」

 女の子に真面目な顔つきでアドバイスする。

 

「ナーベねえちゃんみたいなおよめさんがほしー」

「ならば強くなりなさい。そして、高潔な心を持つのです」

 そして男の子には希望を与える。

 

 きちんとした対応を繰り返すナーベの評価が上がっていく。

「やっぱり“漆黒”の人はそこいらの冒険者とは違うわねえ。ナーベちゃんもあんなに若くて美人さんなのに、しっかりしているべや」

「ほんと、ほんと。その通りだよ。今までは冷たい人なのかなーと思っていたけど、すっごくやさしかったべな」

「うちの息子の嫁に欲しいくらいだべよ」

「バカこくでねー。あんたのところにあんなベッピンさんが来てくれるわけねーべ」

「あいやー。それもそうだべなー」

 街のオバちゃんたちがこう思ってくれたのは大きい。きっと彼女らのネットワーク(クチコミ)を通じてナーベの高評価が街中に広まっていくはずだ。

 

 

 

「ナーベさんこれ、私の作った手作りのクッキーなんですー。あとで食べてくださいねー」

「……ありがとう。後でいただきますね」

 イベントが終わったあとにナーベが中身を見てみると、ナーベをイメージして作ったと思われる人の顔をした出来の良いとはいえないクッキーであった。

(もう少し上手に作りなさい、まったく。これだから下等生物(テントウムシ)は……)

 心の中で文句を言いつつ、嬉しそうにハニカミながらクッキーをかじるナーベの姿があったそうな。

 

 

「ナーベ先輩に憧れています。私もナーベ先輩のような立派な魔法詠唱者(マジックキャスター)になります!」

「……頑張ってください。あきらめないで継続することが力になります」

「ありがとうございます! ナーベ先輩、大好きです!」

「……あ、ありがとう」

 鈴木悟(アインズ)のいた世界でいう、女子高か……はたまた宝塚かといったようなノリの同性からの愛情表現を受けることもあったという。

 

 

 

 





 今回の話は、いつもお読みいただいている皆様からいただいた感想を参考にさせていただきながら作成させていただいています。
いつもありがとうございます。

 皆様に支えられて、この作品は続けることができています。

 いただいたコメントなどは、話の中で今後も反映させていただくこともありますので、今後ともよろしくお願いいたします。

 
 なお、このイベントの話は、次回へと続きます。




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シーズン3第6話『涙のリクエスト』 

 

 たくさんの人間と握手を交わし、リクエストに応え、言葉を交わすというナーベにとっては苦行の一日が終わろうとしている。

「ありがとう」

 最後の一人を送り出し、ナーベはふう~っと息を吐き出した。ようやく終わりである。疲労しないアイテムを身に着けているはずなのにナーベは疲れてきっている。さきほどまでは、ピンと張っていたポニーテールがぺシャンと垂れ下がっており、彼女の精神的な疲労を表していた。

 

 

「あ、あの……」

「!?」

 突然後ろから聞こえた声に、ナーベはビクンと反応し、たちまちポニーテールがピンとなる。ナーベは声のした方を振り返ったが、そこには誰もいない。

「!?」

 おかしいなと思いながら、ナーベは気のせいだったかと考える。

「あ、あのーー」

 やっぱり気のせいではなかった。ナーベは誰かが不可視化しているのかと周りをキョロキョロする。実際彼女の姉妹の中には、そうやって人を脅かしたり、びっくりさせたりするのが趣味のものがいる。

「あのー、したです」

 ナーベが声に従い目線を下げると、身長1メートルくらいの小さな女の子……漆黒の髪をポニーテールにまとめ、きりっとした顔をしている。身にまとっているのは深い茶色のローブで、腰には一振りの剣――短剣というべきか――を下げている。その格好はナーベのコスプレのようだった。実際そういう格好で握手に来たものは10人以上おり、それだけであれば別段珍しくはない。

 

「!? ……私に似ている……?」

 そう、その子の顔立ちはナーベにソックリだった。ナーベをそのまんま幼くしたような感じである。

 ナーベは大人として創造されたが、もし子供時代があれば、きっとこんな感じであっただろう。

「ナーベの娘です」とか、「ナーベの妹なのですよ」と言われたら、きっと誰もが信じてしまうくらいにそっくりだった。

 そんなナーベにそっくりの小さな女の子は、その小さな瞳に大粒の涙をいっぱい浮かべている。

 

「どうしたの?」

 ナーベは、片膝をついて目線をその女の子に合わせ、可能な限り優しい声を出してみる。

(たしか、こうされていたはず……)

 いつもモモンとアローが小さな子供に対応するときは、このようにしていることを彼女は間近に見ていた。今までは気にしていなかったが、ここはそうすべきと判断し、二人の姿を思い出しながら真似をしたのだ。

「ふえ……あ、あのね……チケットどこかにおとしちゃったみたいなの……クスン」

 女の子の右手には、チケットが1枚だけ握られていた。ナーベとの握手イベントには5枚のチケットが必要である。

 

『これは興味深い展開ですね、アインズ様』

『うむ。予測がつかんな。ルーイに邪魔をさせないようにしろ』

 アインズとパンドラズ・アクターはいつものように伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

「ルーイ、ちょっといいかな?」

「はい。モモンさん」

 モモンはルーイを呼び寄せ、なにごとか一言二言話しかけ、ルーイはそれにしたがってこの場を離れていった。これで、ナーベと少女の邪魔をするものはいない。

 

「……困ったわね。チケット5枚が必要だけど……貴女は1人でここに来たの?」

 ナーベはとにかく優しい声で言うように努めるが、5枚必要という言葉を聞いて少女はまた涙を流し始めた。

「たりない……ぐすん……うん、ひとり……」

 少女は何とか答えることができた。

(こんな小さな子が一人でこんなところへ? いくら我々がここにいるとはいえ、この辺りはまだまだ治安が悪いとアインズ様から聞いている。この子の親は何をしているの? だから下等生物(ゲジゲジ)なのよ)

 ナーベは心の中で毒づいたが、顔には出さない。奇跡的な対応である。

 

「そう。貴女、お名前は?」

「……ベラルです」

「そう。ベラル、もう泣かなくていいのよ。はい……」

 ナーベは、優しく右手を差し出した。

「……いいの?」

「もちろん。ありがとうね、来てくれて。一番最後が可愛いお客様でよかったわ」

 

(な、なんとっ! あ、あのナーベラルが!? このような対応をできるとは! 明日何か悪いことが起こるのではないだろうな?)

(おおっ! す、素晴らしい対応ですな。これぞ“神対応”という奴では!!)

 アインズとパンドラズ・アクターは同じように驚く。

 

「あ、ありがとうございます。ナーベさん」

 ベラルの小さな手が、ナーベの手に包まれる。

(守ってあげたくなるな……なんでだろう。下等生物(ケムシ)相手なのに……)

 ナーベの心に今までにない感情が湧きあがる。ナーベは気づかぬうちにベラルをぎゅっと抱きしめていた。

 

「な、ナーベさん……」

「!? あっ……」

 ナーベは自分の行為に驚きを隠せない。あわてて離れる。

「ありがとうナーベさん。あの、おねがいがあるのですが……」

 リクエスト券までは持っていなそうだったが、ナーベはすでにそこに関心はなかった。

「いいわよ。何かしら?」

 ナーベは自然と笑みを浮かべている。無理やりに作ったものではない本当の笑顔。彼女は確実に成長している。

「はい、ひとつだけ、みてもらいたいものが、あって……」

 ベラルは感激で、またウルウルしながらナーベをみつめる。もはや否とはいえないし、そんなことを言うつもりもなかった。ナーベは首肯し、続きを促す。

「まほうを……みてください」

「魔法?」

 ナーベは顔色を変えていないが、内心かなり驚いていた。こんな小さな子が魔法を使うのかと。

「はい。“こうげきまほう”です」

 小さな女の子には似つかわしくない言葉だ。

「……いいわ。見てあげる。そうね…………あの青いオジサンに向けて撃ってみて」

 ナーベはあたりを見回し、腕組みをしながら壁にもたれていたレイことブレインを発見すると、それを指差しながらベラルに指示を出す。

「おいおい、ナーベさんよ。俺は、まだまだカッコいいイケメンの“おにいさん”……なんだがな?」

 ブレインは憮然とした顔でナーベを見る。

「くぷぷー」

 その左隣で同じように壁にもたれかかっていた、クレアことクレマンティーヌが両手で口を押えてケラケラ笑っている。露出している腹筋がプルプルと震えていた。

 それを見たブレインの額に青筋がピキピキと浮かび上がり、殺気を放ち始めたのが周囲の人間には感じ取れた。

(うわー、レイさんマジで怒り始めているよー。クレアさんもよくあんなこと言えるよなー)

 ブリタはハラハラしながら様子を眺めている。

 

「……まあ、あっちの“オバサン”でもいいけどね。二人とも歳だけどそれなりに頑丈だし」

 ナーベはその隣を指差しながら毒を吐く。

「ああん? 私は、まだまだピッチピチの“おねーさん”だよー。ちょっと、いくらナーベちゃんでも、それは許されないよ。笑えないってー」

 クレマンティーヌは獰猛な笑みを浮かべながら、腰の警棒を即座に右手で抜き放ち、左手の掌をポンポンと叩いて威嚇してみせる。

 もっとも相手が相手なだけにこれはポーズである。

 

「ケッ……ビッチビチのビッチの間違いだろう……いてっ」

 ブレインの脇腹をクレマンティーヌが素早く小突いたようだ。武技“領域”を発動していなければこんなものなのだろう。

「ああん? なにか言ったか、レイ?」

 怒気をはらんだ顔でブレインを睨みつける。

 

「はあ……面倒だから、まとめてやってみて」

 ナーベはどうでもいい気分になっていた。

「う、うん。いいのかな……〈まほうのや(まじっくあろー)〉!」

 ベラルが放った二つの光の矢が、ブレインとクレマンティーヌを襲う。

「ゲッ!」

「マジっ?」

 冗談だと思っていたら本当に攻撃魔法が飛んできたので、二人はかなりびっくりしていた。

「くっ……“領域”」

 ブレインは武技を発動し、光の矢を警棒で叩き落とす。

 常人では難しい芸当だが、達人であるブレインであればこの程度の魔法なら何とかなる。これはかつてどこかの国で、が開発された“魔法を斬る”という技をブレインなりにアレンジしたものだ。

「――不落要塞」

 クレマンティーヌは警棒でガードし、あたる瞬間に武技を発動することでダメージをゼロにする。

 

「一部天才にしか使えないとされる、“不落要塞”を使いこなすなんて……」

 なりゆきを見守っていたペテルは自分では使えなかった武技を見て、同僚の凄さを改めて知ることになる。だが、同時に「クレアさんならあり得るか……」とも思っていた。ちなみにペテルは下位の技である“要塞”を使うことは可能だ。

「それよりもあの子ですよ……あの歳であれだけの威力の魔法の矢(マジックアロー)を打てるなんて……天才かも?」

 ニニャはびっくりしてもともと大きい目をさらに見開いていた。自分も魔法詠唱者(マジックキャスター)として恵まれた生まれながらの異能(タレント)を持っているが、目の前にいるこの小さな女の子は、それ以上の生まれながらの異能(タレント)持ちだと思われた。

 

「ど、どうかな?」

 ベラルはナーベの顔をじっと見る。

「素晴らしいわよ。ベラル」

 この瞬間、店内がざわついた。ナーベが名前を呼ぶのはかなり珍しいことだ。実際顔を合わせる機会の多いSCHWARZ(シュヴァルツ)VERDANT(ヴァーダント)のメンバーですら、名前で呼ばれた記憶はないのだから。

 

「あ、ありがとう」

「もっと努力を重ねていけば、凄い魔法詠唱者(マジックキャスター)になれると思うよ」

 ナーベはスッと右手を伸ばし、ベラルの漆黒の髪を優しく撫でた。

「ほんと? うれしいな……わたし、がんばる!」

 ベラルはにっこりと笑ってみせた。もはや先程までの涙はどこにもない。

「そうすることね」

 ナーベも最高の笑顔であった。そっくりな二人は、同じような笑みを浮かべ遠くへ沈んでゆく夕日を見つめていた。

 

 こうして、“漆黒の触れ合いイベント”は大盛況のうちに幕を閉じた。

 

 

 なお、モモンの方でも変わったことはあったらしいが、それはまた別の話である。 

 

 

 



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シーズン3第7話『手料理』

 


 城塞都市エ・ランテルの一角、スラム街と市街地との境目に綺麗なパールホワイトで塗装された、3階建ての建物がある。

 王国3番目のアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”は、この建物の3階に拠点を構えており、依頼のない日はここにいることが多い。

 建物の1・2階は、VERDANT(ヴァーダント)というナイトクラブになっており、美味しいお酒と、肩ひじ張らずに気楽にダンスが楽しめることもあって、連日大勢の来客で賑わっていた。“漆黒”の拠点があることから、ここで悪さを働くものもおらず“安全”というのも客足が伸びる要因だろう。

 また併設されているSCHWARZ(シュヴァルツ)では、“漆黒”の公認の武器・防具、そして様々なファングッズが販売されており、こちらも“漆黒”のファンや、彼らに憧れる冒険者達が次々と訪れる人気の店になっている。

 

 この二つの店は、実はアインズ・ウール・ゴウンが絶対的な支配者として君臨する“ナザリック”の直営店であるが、そのことは住民の誰もが知らない。

 表向きは“漆黒”の信頼する友人である“オリバー・クイーン”なる青年がオーナーということになっているのだ。

 このオリバーは、“漆黒”のメンバーの一人である“緑衣の弓矢神”アローの非戦闘形態であり、同一人物なのだが、それを知る者は、店の関係者の中には3人しかおらず、他の者は別人だと思っている。なお本当の正体は、アイテムで変身中のアインズ本人だ。

 

 

 

 そのVERDANT(ヴァーダント)の店内。いつもなら開店間際の時間であるが、今日は開店をいつもより2時間遅らせているため、まだ客の姿はない。

 店の1階奥にはカウンターがあり、店の関係者がずらりと並んで座っている。

 右から順にニニャ、ルクルット、ペテル、ブリタの元冒険者組。そして店長のルーイ、用心棒のクレア、レイの7人である。もちろんアルバイトスタッフは他にもいるが、基本的にこの7人が両店舗の中心メンバーであった。

 

 今日は、新作メニューの試食会があるということを事前にオリバーより告げられており、今は、全員お腹を空かせている。

 

「今回はどんな料理だろうね?」

 楽しみで堪らない! という顔をしているのは、赤毛の元女冒険者ブリタだ。現在はSCHWARZ(シュヴァルツ)で販売員として働いている。

「想像つかないよ。オーナーの考える料理って、俺たちが考えるものとはまったく違うからなあ」

「ペテルのいう通りだぜ。前回だって、“カレイとライス”とかいう、不思議な茶色のスパイシーなソースを、白くて、噛むと甘い不思議な穀物にかけて食うメニューだったし」

「違いますよ、ルクルット。“カレイとライス”ではなく、“カレーライス”っていうメニューですよ」

 あやふやな記憶を持つルクルットをしっかりとしたニニャがフォローする。冒険者の時と変わらないコンビネーションを発揮する。

「お前はいつもそうなのである! ちゃんと覚えておかないと困ることになるのである!」

 ペテルは、かつての仲間であったダインの口調を真似する。元漆黒の剣の面々は、(この場にダインがいたら、きっとこのタイミングでこのようなことを言っただろうな)と懐かしく思っていた。

 ダインは、恋人とともにカルネ村へと移住し、今は村の復興を手助けしていると聞く。森祭司(ドルイド)であったダインがいれば、トブの大森林を切り開いていくのも少しは楽になるだろう。 

 

「ダイン……元気ですかね?」

「だいじょぶだろーよ。あいつは死にそうな目にあっても死にやしねーし」

「……それは我々もですけどね……」

 ペテルとニニャ、そしてブリタは苦笑する。3人とも死の恐怖もしくは、死の誘いから生還した側の人間だから。

 

「お待たせー! 新メニューを考えたぞー。あれ、どうしたみんな? もしかして待たせすぎてしまったかな?」

 オーナーのオリバーは、場の雰囲気がしんみりしているのを察知して、おどけてみせる。

「そんなことないですよ。どんなメニューだろうって想像していただけですよ」

 こういう時一番気が回るのは、元リーダーのペテル。ルクルットのフォロー慣れしているだけのことはあった。

「さ、これが新メニューだ」

 オーナー自らが考案し、試作した新作メニューが、ワゴンに乗せられて運ばれてきた。

 オリバー(アインズ)は、手際よく順番に皿を並べていく。ナザリック内でこんなことをしたら、一般メイド達から「我々の仕事を奪うのか」と抗議の嵐が巻き起こりそうだ。

 

「うわー、毎回のことながら、オーナーの作った料理、目茶苦茶うまそー!」

 バーテンのルクルットが、歓喜の声をあげている。

「もう、みっともないですよ、ルクルット。よだれ拭いてくださいよ」

 右隣に座っていた元チームメイトのニニャが、慌ててナプキンを差し出す。

「そんなこと言ったってよー。見ろよ、このアッツアツで、肉汁たっぷりの肉の塊。かかっているソースが、いい匂いだぜ。食欲そそりすぎて、もう早くかぶりつきたいぜ」

 渡されたナプキンで口元を拭いながらも、ルクルットは目の前の料理にくぎ付けだ。

「なんとなく下品な表現するのやめてもらえません?」

 ニニャは呆れて、溜息をついた。

 

 目の前の白い皿に置かれているのは、黒に近い褐色のソースがかけられた、いわゆるチーズインハンバーグと呼ばれる食べ物だが、この世界では皆初めてみる料理だ。それに温野菜の付け合せが添えられている。

「デミグラスソースと二種類のチーズの“ダブルインパクト”ハンバーグだ。さあ、食べてくれ!」

 オリバー(アインズ)の合図とともに、テーブルに集まっていた面々が一斉に食べ始める。ルクルットとペテル、そしてブリタはがっつくように、ニニャはおしとやかに。そしてVERDANT(ヴァーダント)店長のルーイ――本当の名はニグン――は、神への祈りを捧げてから食べ始めた。もちろん彼の信じる神とはアインズのことである。

 

「せっ!」

 用心棒のレイことブレイン・アングラウスは目にも止まらぬスピードで、一瞬のうちにハンバーグを細かく切り裂く……いや切り分けた。もちろん得物は刀ではなく、普通の食事用ナイフである。

 切り目から肉汁がジュワ~ッと溢れ出し、そして2種類のチーズがトロリと蕩けだし、いい香りが鼻腔をくすぐる。

 

「くうーっ! このデミグラスソースという、未知のソースと、2種類のチーズが織りなすハーモニー、さらに肉汁まで混ざって、まるで味の四重奏(カルテット)だ!」

 真っ先に食べたルクルットが、感想を述べる。

「うーん、美味しいっ! モグモグ。 ……さすがオリバーさん! これは、絶対人気出ますよ。冒険者とか好きそうですね」

 ニニャは、感想を早口で述べると、すぐに次のハンバーグを切って口へと運び、小さく「うまいっ!」と呟いていた。

 

「さすが、オーナー。これ、すっごくうまいっすね!」

「本当、ほろっと口の中で蕩けるこのハンバーグってのが、めちゃくちゃ美味いっ!」

 ペテルとブリタが、ほぼ同時に感想を述べた。

「おー、ありがとう。牛と羊のチーズを使ってみたのだが、どうかな?」

「素晴らしい組み合わせです。オーナー」

 ルーイは品よくゆっくりと味わっている。こういうところもやはりエリートというべきか。

 

「さっすがだね、オリー。見たこともない料理だけど、まず見た目のバランスがいいよね。付け合せも緑と赤い野菜を使っていて、見た目も色鮮やかだし。運ばれてきた時の湯気も迫力があったし、この香りも本当に、食欲そそるよね。……もちろん味もサイコーだよ」

 クレアこと、クレマンティーヌは、綺麗な所作で食べている。ピンと張った背中、姿勢の美しさそして、洗練された動きでお淑やかにそして上品に口へとハンバーグを運んでゆく。

 

(ほう。クレマンティーヌの奴、きちんとした教育を受けていると見えるな)

 一番意外に思っていたのは、かつてスレイン法国で一緒だったニグンである。

 クレマンティーヌの普段の言動からすれば、肉にサーベルを突き刺し、舌でサーベルをなめあげながら、肉にガブリとかじりつく……というのが、彼の“クレマンティーヌの食事”のイメージだった。

 

 わかりやすく表現するのであれば、リアルで昔いた悪役プロレスラー“狂える虎”タイガー・ジェット・シンがイメージに近い。きっと肉を食べ終えた後はサーベルを口に咥えているであろう。

(あのね、私、こう見えても一応超々エリートなのよね、ニグンちゃん)

 目線で意味をルーイの持っているイメージをくみ取り、心の中で文句を言う。

 気配や目線で相手の意図を読むとは、さすがは“狂える虎”もとい、エリート戦士だ。

 彼女は“美しく食べることができる女性は、モテる”と聞いていたが、今のところ恋の話はない。それがクレマンティーヌには不満だった。

 

 もし、これを聞いているものがいたら、きっと“そこじゃないから!”というツッコミを入れていたことだろう。

 

「よし、このメニューは採用決定のようだな。……ルーイ、あとでレシピを渡すから、ちゃんと作れるようにしておいてくれよ」

「かしこまりました、オーナー。……各員聞いたとおりだ、週明けから新メニューに加えるぞ!」

「おう! こりゃ、間違いなく人気メニューだな」

「だねー。どうしよう、また太っちゃう」

 冒険者を辞めてから、体重の増加がブリタの悩みの一つである。

「食ってばっかいないで、ちゃんと運動しなきゃだめだぜー、“お守り”」

「だから、私は“お守り”じゃないってばさー!」

 二人のやり取りにVERDANT(ヴァーダント)は笑い声に包まれる。

 

 

 なお、“アインズが作った料理を提供する”のは、ナザリックにおいては最高ランクのご褒美とみなされている。

 そのため、毎回VERDANT(ヴァーダント)で試作品を出す前には、ナザリック内で一騒動が巻き起こり、アインズにとっては頭痛の種であった。実際には頭痛などは起きない体であるが……。

 

 このアインズの作るメニューに関しては、ナザリック内に置いて二つの呼び方があり、それぞれが対立しているという。

 

「これは至高の御方が作られた“至高のメニュー”なのよ!」

「いえ、至高の御方が作られた“究極のメニュー”で、ありんす!」

 正妃争いをしている美女二人が中心になって争っているとのことだが、アインズは現場を知らない。

 

「もう、アインズ様のメニューでいいじゃないのよ」

 闇妖精(ダークエルフ)はため息をついた。これはまともな意見といえた。

 

「コマッタ奴ラダナ、デミウルゴス」

「まったくです。“アインズ様の至高かつ究極のメニュー”でよいと思うのですがね」

「でも、たぶんこうなりますよ。……“究極かつ至高のメニューでありんす!”って」

「不毛ダナ」

「まったくデス」

 デミウルゴスの語尾が、コキュートスのようになっていることに、マーレは気づいたが、特に何もいうことはなかった。

 

「アインズ様の至高かつ究極のメニューなのよ!」

「そうではないでありんす。究極かつ至高のメニューでありんす!」

 

 どうやら不毛な戦いは終わらないようである。

 

 

 



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シーズン3第8話『姉妹』

 城塞都市エ・ランテル。夜の闇に包まれた都市の大半はすでに眠りについていた。

 

 この時間帯にまだ活気があるのは、一部の飲み屋と、ナイトクラブVERDANT(ヴァーダント)くらいであろうか。

 そのVERDANT(ヴァーダント)から、それほど離れてはいない暗く薄汚い路地を裸足の少女――顔立ちはまだ幼く、10代半ばといった印象を受ける――の二人が必死の形相で走っている。二人とも金色の髪が美しく、どちらも整った顔立ちだが、服はほこりまみれであり、顔もところどころ煤けていて、全体的には薄汚れた印象を受ける。

 

「お姉ちゃん!」

 妹が、恐怖に震える声で叫ぶ。背は姉よりも5cmほど低く、肩幅は逆に広い。その肩のあたりまで髪が伸びている

「駄目、止まらないで、苦しくても逃げて!!」

 姉は、肩甲骨のところまで伸びた長い髪を邪魔そうに右手でかきあげながら、後ろを振り返る。

(距離が縮まっている……)

 その瞳には、追手の男二人の姿がハッキリと見えた。

 

「待てえ、こらあっ!」

 男の一人がしゃがれた声で叫ぶ。

「待てと言われても、待つわけないでしょ!」

 姉は叫び返し、重くなりつつある足を一生懸命に動かす。

(走れ、走れ、走れっ! なんとか、あそこまで行かなくちゃ!)

 遠くにパールホワイトの建物が見える、そこに逃げることができれば、助かると彼女は考えていたが、後ろから追いすがる二つの影は着実に近くなってきていた。

 

「この先は二股に分かれるが、先で合流する。……回り込め!」

 しゃがれ声の長髪の男が指示を出す。

「OK!」

 指示を受けた坊主頭の、目つきの鋭い男は左側の道へ走る。

「逃がさん!」

 長髪の男は、前を走る少女二人を追いかけ、右手の道へ。

「あと、少しだから! 頑張って!」

「うん、お姉ちゃん!」

 姉妹は心臓が飛び出そうなくらいに苦しくなっていたが、一縷の望みを託し、目的地へと走る。走る。走る。

 

「きゃっ……」

 だが、あと少しというところで、姉が足元に転がっていた木を思いっきり踏んでしまい、足を滑らせて転倒してしまった。

「お、お姉ちゃん!」

 妹は足を止め、振り返る。

「サラ、逃げてっ! 走って!!」

 姉は、妹にとにかく走れと命じ、自分も急いで立ち上がって、後を追って走り始める。

「うっ……」

 だが、足が止まってしまった。彼女の右足の土踏まずからは、鮮血が流れだしている。どうやら、先程木を踏んだ時に足の裏を切ってしまったらしい。

 

「くっ……あと少しなのに……サラ、こうなったら貴女だけでも逃げて……」

 歯を食いしばって痛みをこらえるが、とてもではないが走ることはできなかった。

 

「ヘヘヘッ……どうやらここまでのようだな」

 ついに追いつかれてしまった。男はニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。

「くっ……」

 姉は、ギュッと右拳を握り込んだ。

(……こうなったら、戦うしか……ない)

 少女は、決意を込めて瞳で、顔全体に“王”という漢字のような傷跡の残っている、凶悪そうな男を睨みつけた。

「へっへっへ……お嬢ちゃん、もう逃がさないぜ」

 笑みを浮かべながら、少しずつ距離を詰めた男は、スピードを上げて掴みかかった!

「この―!!

 カウンターの要領で、少女は右拳を捻り込むようにパンチを放った。肩口まで捩じり込む想いのこもった一撃は、いわゆるコークスクリューブローと呼ばれるもので、放つタイミングは最高であった。

 だが、残念なことにここ数日ろくな食事をとっていない彼女には、もうパンチを打ち抜くだけの体力が残っていなかった。

 

 ペシッ……。

 

 情けない音とともに少女の想いを込めた拳は、男に軽々と受け止められてしまった。

 

「へっへっへ、くそ生意気なガキんちょだぜ。……売り払う前に少しオシオキが必要なようだな。なかなか立派なものを持っているようだしな」

「くっ……はなせっ!」

 左手でもう一度パンチを放とうとするも、その前に男は、片手で少女の胸元を掴み、ボロくなっていた服を引き裂いた。

「きゃあっ……」

 白い肌が露出し、年齢のわりには発達した乳房と、まだ男を知らない桃色の突起が、男の眼前に晒されてしまった。

「……ほーう。ガキにしちゃ、いいもの持っているじゃねえか。ヘヘッ、俺が味見をしてやるよ」

 舌なめずりをしながら、男は左手を右の乳房へと伸ばし、荒々しく揉み、ピンク色の突起物を摘んで、弄り始めた。

 

「や、やああっ……やめてっ」

 もはや妹のことを考える余裕もなく、姉は恐怖で涙を流し、叫ぶことしかできなかった。

 

 

「そこまでだっ!!」

 声と同時にシュン! という空気を切り裂く音が聞こえた。

「うぎゃあああっ!!」

 次の瞬間、男は左手首を抑え鳴を上げていた。よく見るとその腕は、黒い矢に貫かれ、手首から先は、宙を舞っていた。

“姉”が矢の飛んできた方へ眼をやると、そこには“フードの男”が立っていた。

 

 

「あ、アロー様?」

 男の姿は、噂に聞くアダマンタイト級冒険者“緑衣の弓矢神”そのものであった。色は黒で緑とは違うのだが、彼女にはそこまでの知識はない。

 

 

「……成敗」

 フードの男が低い声で命じると、彼の影から赤い影が勢いよく飛び出し、手にした刺突武器で眉間を的確に貫いて、串刺しにした。

 

「串カッツ、一丁あがりー♪」

 赤いフードの女(スピーディ)ことクレマンティーヌはニイ~ッと口が裂けるように大きく歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

「コッチも片付いたぜ」

 青のフード男(アーセナル)ことブレイン・アングラウスが、サラと呼ばれていた少女を伴ってやってきた。

 

 今までこのことは伝えていなかったが、アインズ達のこの活動で出た死体は、不可視化して周囲に伏せてある隠密能力の高いシモベ影の悪魔(シャドウデーモン)らによってナザリックに回収され、有効に活用されている。

 

「サラッ!!」

「お姉ちゃん!!」

 金髪の美少女姉妹がお互いの無事を確か、抱きあって、涙を流す。

(これ以上美しい光景にはなかなか巡り会えないだろうな)

 ブレインは、ガラにもなくそんなことを思っていた。

 

 

「あ、ありがとうございました、アロー様」

「ありがとうございます」

 姉妹は、深々と頭を下げた。

「少女よ、私はアローではないのだよ」

 アローと呼ばれた黒いフードの男は頭をふる。

「私はローレルといいます、アロー様」

「いいかい、ローレル。……私はアローに憧れて、彼の真似をしているニセ者だ。彼らの手伝いができれば、できればいいなと勝手に活動しているのさ。いわば自警団(ヴィジランテ)だよ。……まあ、名前は特にないがね。いくぞ!」

 アインズはそういうと、クレマンティーヌとブレインを引きつれ、屋根へと飛び上がった。

「すごっ……」

 自分たちにはとうてい出来ない動きに、二人の少女は目を見開いてその姿を見ていた。

 

「気を付けるのだぞ、ローレル、サラ」

 

 アインズの言葉だけが響き、彼女たちの救世主は、闇夜に消えた。

 

 

 

 

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 

 

 

 

「また、やられたわ」

「お前のところもか、うちもだ」

 謎の女と男が困り切った顔をしている。

「また、エ・ランテルか」

「ええ。最近、あそこでの取引はほとんど全て潰されてしまっているよ」

 麻薬取引をすれば取引現場を襲撃され、人身売買のために人を攫おうとすれば、逆にこちらの人員が行方知れずになるという状況が続いている。

「それと、うちの生産場の方は、“蒼”が狙っているようね」

 蒼とはアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”のことだ。

「王都では“蒼”が邪魔をするのは以前からあったことだが、エ・ランテルの方はどうなっている?」

「そうね。怪しいのは同じくアダマンタイト級の“黒”かしら」

「ああ。“漆黒”のことか」

 しばらく前に突如現れた“漆黒”。情報が少なすぎるため、組織としては手を出していない存在だ。もちろん取り込めるのであれば取り込みたいのだが、伝え聞く人柄からすれば、無駄足に終わる可能性が高い。

 

「何人かの貴族が接触を図ったようだけど、全て失敗していると聞くわね」

「“漆黒”が絡んでいたという証拠はないのだろう?」

「そうね。怪しいと思った理由は、我々の商売にとって邪魔になりそうなのよ。自分たちで店を立ち上げていて、その影響で我々の支配化にある店舗のほとんどが潰されたわ」

「ああ。それでそいつら、勝手にその拠点に乗り込んでやられたって話だったよな」

 勝手なことをした挙句、組織の名前を出したと聞いている。

 

「そうなのよね。それでわかったのだけど、そこにはかなり腕の立つ奴が集まっているわね」

「そうなのか?」

「ええ。店員たちは元冒険者で構成されているようね。といっても(シルバー)が最高だけど」

 その言葉に男は邪悪な笑みを浮かべていた。

 

「なんだ、それは。(シルバー)程度なら、あいつらなら楽勝じゃないか」

「話は最後まで聞いた方がいいわね。店員はそれなりだけど、店長は底が知れない強さだという話よ。聞いたことのない名前だったけど、力はミスリル以上。それと二人の用心棒はそれを遥かに上回るって話よ」

「ミスリル以上の強者が3人か……」

「それだけじゃないわ。その店は3階建だけど、その3階は漆黒が拠点として使っている」

「その店を襲うのは無理じゃないのか?」

「だから、その店から出たところで潰そうと思っているのよ」

 こうして悪の組織が動き出してゆく。

 

 アインズ達の自警団(ヴィジランテ)活動は、目論見通り徐々に八本指にダメージを与えつつある。

 

 

 

 

 

 




 

 今回登場するゲストキャラクター金髪の美人姉妹……今話のヒロインですね。このローレルとサラの姉妹は、ARROWに登場するダイナ・ローレル・ランスとサラ・ランスの姉妹から名前をいただいています。
 たぶん、知っている人はすぐに気付いたと思いますが、数は少ないはず……。

 ローレルは、シーズン2終盤にシャルティアがコスチュームを着用して、一時的に名乗らされていた“ブラックキャナリー”の正体ですね。
 妹のサラは、ARROWでは先に“ブラックキャナリー”になっていましたが、今は“ホワイト・キャナリー”として別作品(レジェンド・オブ・トゥモロー)に登場しているようです。二人ともオリバーと恋仲だった時期があり、ちょっと複雑な関係ですね。 

 本作では、今後アローの恋人になったりはしません。あくまでも、ゲストヒロイン扱いなので。




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シーズン3第9話『展示』

 

 夕闇迫る城塞都市エ・ランテル。帰宅を急ぐ人々の足は自然と早くなり、全体的に街には忙しさが漂っている。

 

「あら、やだ。こんな時間だわねえ」

「いっけない。今日はダンナが早く帰ってくるんだったわ」

「じゃあ、またね」

 井戸端会議をしていた主婦たちも、本来の仕事を思い出し家へと戻っていく。

 

 エ・ランテルは今日も平和である。

 

 

「聞いたか? “漆黒”の最新英雄譚!」

「ああ、聞いた、聞いた! なんでもあの“ギガントバジリスク”を倒したって話だぜ」

「たしか、難度90近い超難敵だろ。……さすが、アダマンタイト級だよなー」

「だなー。俺達なら、出会ったら逃げるしかないよなー」

「バカだなー、あいつは相手を石化させる能力を持っているんだぞ。俺らじゃ石になってそこで人生終わりだよ」   

 数人の冒険者が大きな声で会話をしながら、エ・ランテル市街地をスラム街の方へと向かって歩いている。 

 

「あのー、ギガントバジリスクっていったら、“体液に触れたらすぐに死ぬ”といわれている、強い猛毒の持ち主ですよね? 普通は、回復と解毒を担当する神官の支援がないと倒せないのではないでしょうか?」

 それまで黙っていた冒険者の一人が首を傾げ、不思議そうな顔をしている。その首には(アイアン)のプレートがぶら下がっていた。

 

「お前……“漆黒”に神官がいないからって「嘘だ」とか、思っているんじゃないだろうな! もしそうなら、許さんぞ!」

 (アイアン)プレートの男を睨みつける。ガッチリとした鎧のような筋肉に守られている男の首元には、(ゴールド)のプレートがキラリと光り、その体格と相まって強者の雰囲気を漂わせている。

「そうだ、そうだ!」

 背の低い(シルバー)冒険者が(ゴールド)の男に同調する。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! ただ、先輩からそういう風に教わったので、“そういえば、神官いないな”と疑問に思っただけで」

 彼は、漆黒の片手剣を腰に佩いており、身に着けている小手も“漆黒”公認のものだった。

 

「2人ともやめないか。……コイツが“漆黒”の大ファンだってことは知っているだろう? ……俺だって最初は同じように思った。だけど、相手はあのアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”だ。俺らとは格が違うんだよ」

 顔や腕に無数の傷がある白金(プラチナ)プレートの男……この場にいる冒険者たちの中で、最年長と思われる男が、それに相応しい態度で、熱くなる(ゴールド)(シルバー)の二人をたしなめる。

 

「失礼しました」

「申し訳ありませんでした。コタッツさん」

 金と銀の冒険者は素直に頭を下げた。

 

 

「よし、いくぞ!」

 コタッツを先頭に“漆黒”に塗られている建物に入っていく。“漆黒の”公認ショップSCHWARZ(シュヴァルツ)である。

 

「いらっしゃいませ。SCHWARZ(シュヴァルツ)へ、ようこそ。……あ、コタッツさんじゃないですか、いつもお世話になっています」

 金髪碧眼の青年店長ペテルは、にこやかに来客を出迎える。

「久しぶりだな、ペテル」

「先週お会いした気がしますが……」 

 コタッツは握手を求め、ペテルもそれに応じる。ちなみに二人は冒険者時代からの知り合いである。

「……ところで今日は?」

「ああ。コイツラに“あれ”を見せてやろうと思っていてな……」

「わかりました。……では、こちらをお持ちいただいて、隣へどうぞ」

「ありがとう。また武具のメンテ頼むよ」

「はい。お待ちしています!」

 コタッツ達は、一旦外へ出てから、隣のパールホワイトの建物VERDANT《ヴァーダント》へと向かう。

 

「いらっしゃいませー。あ、コタッツさん。……展示をご覧になるのですね。こちらへどうぞ」

 スタッフのニニャが、5人を先導し、螺旋階段を上って二階へと案内。その一番奥にある一番大きな個室へと通した。

 個室内は10人ほどの人間が入れる広いスペースになっており、その一番奥には、白い布を張ったテーブルが置かれ、その上に巨大なトカゲのような首が飾られていた。

 部屋の隅には用心棒のレイが佇んでおり、客の様子をじっと見ていた。もし無断で触れるようなものがいたら、即座に掴みかかるつもりでいる。

 

「うおー、これがそうか!」

「すげええ……首だけだってのに……食い殺されそうだぜ」

「す、すごい……こんな凄いモンスターを倒すなんて……さすがは漆黒だ」

 自分が憧れる存在が、いかに凄いかということを実感する。今の自分とは差がありすぎた。

 

「……これがギガントバジリスク……か。なんという威圧感……」

 コタッツのいう通り、首だけになってもその威圧感はまったく失われていない。今にも飛びかかってきそうな迫力をにじませていた。

 なお、この首には、安全確保のために石化防止の魔法がかけられている。

 

“首だけになったギガントバジリスクに石化させる能力がある”という話は聞いたことがないが、神話によっては、首だけになっても相手を石化させる効果を持つモンスターが登場するというものもあるので、念のため予防措置がとられている。

 また、それ以外にも簡単に触れることができないように、守りの魔法もかけられている。倒したあとに毒の無効化はしてあるのだが、低ランクの冒険者が間違って触れてしまって命を落とすことがないように工夫されている。

 

 そもそもギガントバジリスクは、オリハルコン以上の冒険者チームでないと対応できない難敵であり、遭遇することは稀な存在だ。

 だが、話に聞くのと実物を見て知るのでは大きな違いがある。そこで、異例ではあるが、冒険者のために特別に展示をしている。

 アダマンタイト級冒険者として、自分たちだけではなくそれ以外の冒険者の為の情報の共有だ。

 冒険者たちの話にも出てきたが、石化の視線、即死に近い猛毒、凶悪な牙というように普通は戦士にとっては相性の悪い敵であり、この世界においてはかなりの強いモンスターである。だが、それはあくまでこの世界基準の話であって、アインズ達ナザリック勢にとっては、雑魚モンスターにすぎない。

 毒や石化を無効化できるアイテムを持っているアインズ達にとってはまったく問題にならない相手であった。

 

 

「凄いモンスターだったな……」

「ああ。首しかないっていうのに、まだ寒気がするぜ」

「僕たちもいつかは……」

「ああ。倒せるようになりたい。いや、ならないとな!」

「そうだ。その意気だぞ!」

 冒険者たちは、決意新たに部屋を出ていく。

 

(今の俺なら、倒せるのだろうな……) 

 用心棒のレイことブレイン・アングラウスはギガントバジリスクの首を眺める。

 

 今の彼は難度でいえば150を超えており、毒は種族として無効化することが可能だ。一騎打ちでも十分に余裕をもって倒すことはできるだろう。

 

「たまには、手ごたえのある奴とやってみたいものだぜ。ま、今はクレアとの手合せで我慢しておくか」

 ブレインはそう呟くと、部屋を出て地下2階へと向かった。

 

 

 

 

 

 




 


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シーズン3第10話『訪問者』

 

「ここが、VERDANT(ヴァーダント)……“漆黒”の拠点ね」

 白銀の鎧を身にまとった金髪の女性が、VERDANT(ヴァーダント)の入り口前で足をとめ、綺麗なパールホワイトの建物を値踏みするように緑色の瞳で観察する。

 

「……けっこうしっかりした造りをしているのね。悪くないわ。それにしても、わざわざ自分たちの拠点を持つなんて、珍しい話よね。冒険者だっていうのに……」

 ピンク色の美しい唇を動かし、一人呟く。実際冒険者は決まった宿はとるが、拠点を持つものは少ない。もっとも拠点を持つほどの資金があるのは上級の冒険者に限られるし、彼らもそんな資金があれば、どちらかといえば装備品の方にお金をかけてより強くなろうとするものだ。

「普通は、そうするはずなんだけどな……私達もそうだし」

 彼女の名は、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。その首元にプレートがあることからもわかるように冒険者である。

 それもただの冒険者ではなく、アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”のリーダーを務めている。王国の誇る最上級冒険者の一人であった。

 

 

「いらっしゃいませ。VERDANT(ヴァーダント)へようこそ、お1人様ですか?」

 茶色の髪の小柄な店員が、ラキュースを笑顔で迎える。

「ええ」

「それでしたら、カウンター席がお勧めです。こちらへどうぞ」

「ありがとう」

 ラキュースは案内されてカウンター席へと進む。20人ほどが座れるカウンターは半数が埋まっており、金髪のバーテンダーが女性客を相手に話しこんでいた。

「ルクルット、新規のお客様ご案内しましたよ」

「サンキュー、ニニャ。おーっ、ものすっげえ美人さんじゃねえの。どうぞ、どうぞこちらの席へ」

 ルクルットは、ラキュースを自分の目の前、カウンターの真ん中の席へと案内する。先程までルクルットと親しげに話していた女性たちは、抗議の視線をルクルットへ送ったが、彼はまったく気づいていない

 

「ようこそ、お美しい御嬢様。まずは一杯どうぞ」

 ラキュースが席に座ると、すぐに一杯のカクテルが目の前に置かれる。グラスの下から順に白、桃色、緑という3層になっていた。

 

「あ、あのこれは?」

「貴女の美しさをイメージしたカクテルですよ。白銀の鎧、ピンクの唇、緑色の瞳。

 そしてこれで完成です」

 最後に青い液体(シロップ)で、薔薇の花を描く

「“ラキュース・オブ・ブルーローズ”です。どうぞ」

 ルクルットは手を大きく広げて大仰にポーズを決める。その顔は見事なまでのドヤ顔である。ニニャは苦笑し、「またやってるよ」と声に出さずに口を動かす。

 ラキュースは笑顔で頷いて、カクテルグラスを口へ運ぶが、一つだけ気になったことがあった。

「……どうして私が、ラキュースだとわかったのですか?」

 カクテルを一口飲んでから、バーテンダーへと尋ねる。

 

「美しい白銀の鎧に、首元に光るアダマンタイトプレート。そして、なによりも眩しすぎる美貌……初めてお会いしますが、噂に聞く美人アダマンタイト級冒険者ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ嬢に間違いないと直感いたしましたー」

 ここぞとばかりにルクルットは渾身の笑顔をみせるが、ラキュースはそこに関心がなかった。

「そうですか。エ・ランテルでも知られているのですね」

「ええ。貴女が“漆黒の剣”の一つ、魔剣キリネライムを持っていることも存じ上げていますよ」

 ルクルットの目がギラリと光り、目つきが鋭くなる。

 

「まさか……この剣を狙っているのではないでしょうね?」

 今飲んだカクテルに何か入っているのでは? とラキュースは警戒感を覚えつつ、右手をそっと剣の柄に添える。

「その通りです……いや、“その通りでした”が、正しいですかね」

 ルクルットは邪気のない笑みを浮かべている。

「なぜ過去形なのでしょうか?」

 ラキュースは目の前のバーテンに敵意はないとみて、警戒を緩めた。

「こう見えても、私はこの前まで(シルバー)の冒険者でした。まあ今も正式に引退したわけではないのですがね。私たちは“漆黒の(つるぎ)”というチームを組んでおりまして、目的は13英雄の一人“黒騎士”が所持していた4本の“漆黒の剣”を手に入れることだったんです。まあ、夢物語のような話でしたけど、実際に手に入れた方がいらっしゃるそうなので、残りの3本もあるだろうと思ってはりきっていましたよ」

 ラキュースが持つ魔剣キリネライムは、そのうちの一本である。

 

「……そうでしたか。今はなぜここで働いているのですか?」

「我々は4人組だったのですが、3人が心に大きな傷を負ってしまいましてね。今は休業中ってわけなんですよ。……“漆黒”モモンさん達の口利きで、ここで働いているってわけです。仕事しないと生きていけませんしね。……あ、もう一杯いかがですか?」

 ルクルットは、ラキュースのグラスが空いたことにすぐに気がつく。バーテンダーとしてのランクは順調に上がっているようだ。

 

「そうね……さっぱりした物をお願いするわ」

「……かしこまりました。ラキュース嬢にお似合いのカクテルをご用意いたします」

 ルクルットは慣れた手つきでお代りを作り始める。

 

「ルクルット、テーブル席3番へ“漆黒スペシャル”を2つたの……」

 オーダーをルクルットへ告げにきた店長ルーイの目が、その前に座る女性客にくぎ付けになった。

(蒼の薔薇のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ! 何しにここへ?!)

 VERDANT(ヴァーダント)店長ルーイは、旧名であるニグン・グリッド・ルーインの名を捨てた際に消したはずの左頬の傷が、疼くような錯覚を感じていた。

 

「なっ! お前は!」

 ガタンと立ち上がりラキュースは、右手を剣の柄にかけ、目の前の男を睨みつけた。

(間違いない。コイツは……スレイン法国特殊部隊、陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインだわ。なぜ漆黒の拠点なんかにいるの? なにか探っているのかしら……)

 ラキュースは、過去にニグンと因縁がある。陽光聖典が襲おうとした亜人の村を“蒼の薔薇”が守り、その際に隊長のニグンは頬を切られている。

 

「なになに、ラキュース嬢、うちの店長のこと知っているのかい?」

「えっ! て……店長? この人が??」

 ラキュースは耳を疑う。

「私は初めてお目にかかりますが……いらっしゃいませ。お美しい御嬢さん。VERDANT(ヴァーダント)店長のルーイと言います。以後お見知りおきを。ルクルット、3番テーブルに“漆黒スペシャル”を二つ、大至急頼む」

「りょーかい。店長」

 ルクルットは手早くシェイカーを振って、美しい黒いカクテルを用意する。

「お待たせ。よろしく」

「あいよ」

 ルーイはカクテルを受け取ると、3番テーブルで待つ二人組の冒険者の方へと向かう。

(うーん、間違いなくアイツだと思うのだけど……雰囲気がずいぶんと違う。もしかして兄弟とか? それとも、もともと二つの人格を持っていて“別の人格”になったとか……)

 ルーイはここの店長だという。たしかに客への対応などを見てもそうなのだろうとはわかる。かつて対峙した陽光聖典の隊長と同一人物とは思えない馴染みぶりだ。

(うーん、他人の空似ってやつなのかしら……わからないわ)

 

「さっきからずっと店長のこと見ているけど、もしかしてラキュース嬢ってファザコン? 年上の渋いオッサンが好み?」

「えっ?」

「俺の方がいい男だと思うけどなあ……。どう、よかったらこの後僕と飲みませんか? 惚れました、付き合ってください!」

「えっ? ええっ?」

 バーテンダーの熱烈告白に戸惑うラキュース。

「……下等生物(コメツキバッタ)が」

 漆黒の美しい髪をポニーテールにまとめた美しい女性が、通りすがりに冷たく言い残して店の右奥にある螺旋階段へと歩みを進める。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、ナーベちゃん!」

 ルクルットが“しまった”という顔をしながら、あわてて声をかけたが、ナーベは完全に無視している。なおも何事かルクルットが喚くが、もはや耳にも入っていないようだ。

 

(ナーベ? 彼女が“漆黒”の“美姫”ナーベ? “美姫”なんて呼ばれて、恥ずかしくないのかなって思っていたけど、二つ名通りの凄い美人だわ……ラナーとはタイプが違うから比較し難いけど、同等以上ね……)

 ラキュースは、螺旋階段を上っていくナーベを見送る。ピンと背筋の張った美しい歩き姿で、彼女がしっかりと教育を受けているのがわかる。

(あれは冒険者の歩き方ではないわね。貴族……いえ、違うわね。うーん、どこかで見たことがあるような歩き方なんだけどな……)

 ラキュースは今までの人生で出会った色々な歩き方を思い出す。

(あっ! メイドだわ)

 ラキュースは冒険者などをやっているが、れっきとした貴族の令嬢である。当然のことながら、実家ではメイドを雇っていたし、友人であるリ・エスティーゼ王国第3王女ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフの所に遊びに行く際も、いつもメイドに案内をしてもらっている。

(謎は解けたけど、謎が残るわね。“美姫”ナーベはメイドとしての教育を受けていると見るけど、今はアダマンタイト級の魔法詠唱者(マジックキャスター)。そんなことってあるのかしら……)

 自分のことを棚に上げ、ラキュースはナーベのことを考える。

 

「なになに、ラキュース嬢は、オジサン趣味の上に女の子にも興味あるわけ?」

「ティアじゃあるまし、そんなわけないでしょ! 私も彼女も同じアダマンタイト。そういう意味での興味よ」

 ラキュースは自分の思考を邪魔したバーテンダーを睨みつける。

 

「なんなら、呼んできましょうか?」

 スタッフのニニャが空いたグラスを洗い場へと運ぶ途中で声をかける。

「え?」

「これを置いたら声かけてきますね」

 ニニャはラキュースの返事を待たずに行ってしまった。

「ちょ、ちょっと!」

「はい。お待ち。“プリンセス・オブ・ブルーローズ”でございます。姫」

 ルクルットは気障なポーズを決めて、新しいカクテルグラスをラキュースの前にそっと置いた。華やかで鮮やかな青がグラデーションになってラキュースの顔を映し出す。

(ま、いいか。どんな人たちか探りにきた部分もあるわけだしね)

 王国3番目のアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”。わずか3人というチーム構成だという。「王都への対抗心でアダマンタイトに上げたんじゃないのか?」という疑念。また、わずか数日という短期間での昇格でもあり、王都の冒険者たちも色々と疑問に思っている部分がある。

 

 

 ラキュースと漆黒の出会いはもう間もなく訪れる。

 

 

 



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シーズン3第11話『アダマンタイト』

 城塞都市エ・ランテルにある“漆黒”の拠点VERDANT(ヴァーダント)。ここでアダマンタイト級冒険者同士が初めて対面することになる。

 

 先程、ニニャは「呼んでくる」と言って、“漆黒”を呼びにいったのだが、モモンに「それほどのお客様なら、そんな場所では失礼にあたるだろう」と言われ、応接室へ案内するように告げられ、場所を変更することになった。

 

 

「なっ……」

 3Fの応接室へと案内されたラキュースは、その部屋の豪華さに息を飲んだ。

 天井からは色とりどりの永続光(コンティニュアル・ライト)を使ったシャンデリアが下がり、壁際に設置された暖炉は丁寧に彫られた細工が美しい。

 また床に敷き詰められた絨毯は王宮で使うものよりも上質で、ラキュースの足を優しく包みこむ。この豪華さには、貴族出身でリ・エスティーゼ王国第3王女を友人に持つ彼女ですら驚きを隠せない。

 

(漆黒の英雄モモンはどこかの王家の者という噂もあったけど、それは真実だったのかしら……)

「こちらで、お待ちください」

「あ、ありがとう」

 ニニャは総革張りのソファを進めると、静かに扉を締め階下へと下がっていった。 

「このソファも、テーブルも一級品……こんなところにお金をかけることができるなんて……」

 すべてナザリックの宝物庫に転がっていた“低ランクの物”を持ってきたのだが、当然ラキュースはそんなことを知らない。

 

 そして、しばらくするとドアをノックする音がする。

 ラキュースがそれに応じるとゆっくりと扉が開き、ラキュースの前に、噂通りの漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包み、頭部は面頬付き重兜(グレートヘルム)という重装備に身を固めた“漆黒の英雄”モモンと、緑のフードの男“緑衣の弓矢神”アローが、“美姫”ナーベを引き連れて入ってきた。もちろんモモンはパンドラズ・アクターが、アローはアインズがそれぞれ変身している。

 

(彼らは強い……わね)

 ラキュースは純粋な戦士ではなく神官戦士であるが、多少は相手の戦闘力を読み取ることができる。

(それに噂通りの逸品のようね、彼の全身鎧(フルプレート)は……) 

 ラキュースでも思わず目を見張るほどの逸品であった。

 

「お待たせして申し訳ない……どうも初めまして、モモンです」

「アローだ、よろしく頼む」

「……ナーベです」 

「いえ、こちらこそ突然押しかけてしまい申し訳ありません。アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラです」

 4人のアダマンタイト級冒険者は次々に握手を交わす。ナーベもちゃんと握手をこなしている。表情には嫌そうな雰囲気は一切出ていない。この間の握手会の経験が彼女を一歩成長させたのだろう。

 

「こんなに早くお会いできるとは思ってもみませんでしたよ。ラキュースさん」

「こちらこそ。モモンさん達は、依頼で出ていることが多いと伺っていたものですから」

 ラキュースは別にモモン達に会いにきたわけではなかった。依頼の帰り道に、ふと思い立ってアダマンタイト級冒険者の拠点を見学しに来ただけなのだ。もちろん、「噂に聞く第3のアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”に会えたらラッキーだわ」という気持ちはあったのだが。

 

「ちょうど、依頼を片づけて戻ってきたところでしてね」

「今回はどのような依頼だったのでしょうか?」

 ラキュースは、漆黒が先日ギガントバジリスクを撃破したこと、そしてその首をここで展示しているという話は聞いていた。

 

「カッツェ平野から流れ込んできた、アンデッド師団の殲滅ですね」

「へえ。アンデッドの師団を殲滅ですか……えっ、“師団”ですか?」 

 アロー(アインズ)があまりにも涼しげに答えるので、ラキュースは思わず頷いてしまったのだが、そこで違和感があることに気づく。

「そうです。師団ですね」

 アロー(アインズ)は当然のように応えるが、ラキュースはそれをすぐ納得するわけにはいかない。

(師団っていったら1万~2万はいるってことよね? そんな大軍がいたら大事件じゃないの!? なんで私が知らなかったのかしら?)

 きちんと意味を租借してから、もう一度詳しく聞くことにした。

 

「……師団ですよね。アンデッドが1万はいたってことでしょうか?」

 ラキュースの疑問にアロー(アインズ)とモモンは顔を見合わせる。

「……実際には2万を超えていましたけどね」

「先日、このエ・ランテルで、アンデッドが大量発生した事件がありましたが、あれでも数だけなら旅団クラスでしたし、別にたいしたことじゃありませんよ」

 モモンとアロー(アインズ)の言葉は穏やかで、本気でそう思っているのが伝わってくる。

「ちょ、ちょっと待ってください。たった3人で2万のアンデッドを?」

 ラキュースは自分達”蒼の薔薇”5人で2万のアンデッドを破ることが出来るか考えてみる。

 答えは、“可”である。時間はかかるかもしれないが、相手が動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)であれば十分可能だろう。

 

「そうですね。まあ、1日かかりましたが」

 アロー(アインズ)が、なんでもないことのようにさらりと言い放つ。

「はあっ? 1日ですか?」

 ラキュースは目を見開いた。その声は若干裏返っている。

(たった1日? うそでしょ? ありえない。でも、事実だとすると、私がそんな大事件を知らないのも納得できるわね)

 “蒼の薔薇”の戦闘力でも、2万という大軍勢を相手にするのはかなり骨が折れる。

 

「そうですよ。ナーベ、正確にはどれくらいだったか?」

「はい……戦闘開始から、4時間15分29秒……〈閃光漆黒弾(シャイニング・ブラック)〉での完全ノックアウトにより、モモンの勝利です。最後の相手はアンデッド師団長でした」

 ナーベがキリッとした顔を崩さずに応える。

 なお〈閃光漆黒弾(シャイニング・ブラック)〉とは、片膝をついた相手の腿を踏みつけ、顔面を足裏で蹴り飛ばすという荒々しい技である。モモンの筋力で足をガードしている硬い装甲靴のまま、蹴り飛ばすのだから威力は推して知るべしだ。 

 

「たったの4時間?」

「……4時間15分29秒です。ラキュース」

 すかさずフォローを入れるナーベ。いや、指摘をしたというべきだろうか。だが、特筆すべきことはそこではない。 

 

『聞いたかパンドラズ・アクター! あのナーベラルが初対面の人間の名前を覚えたぞ! 快挙だ!』

『先日ベラルという自分に似た少女はすぐに覚えていましたが、そうでない人間も覚えられるのですな! それに、いつもなら下等生物(コガネムシ)などと、いうところなのですが!』

『まったくだ。うんうん、成長できるものだなあ……』

『素晴らしい成長だと思います』

 アインズとパンドラは思わず伝言(メッセージ)を使って会話を初めていた。

 

「そ、そうですか。4時間15分29秒ですか……なるほど。ところで、軍勢はどのようなアンデッドで構成されていたのでしょうか?」

 ここは大事なところだ。この軍勢の攻勢によって、同じ数の軍勢でも質がまったく変わってくる。

 

「そうですね。2万の軍勢は、骸骨(スケルトン)を中心に、骸骨騎兵(スケルトン・ライダー)骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)骸骨魔法師(スケルトン・メイジ)骸骨戦士(スケルトン・ウォーリアー)、ソードイドらで構成されていました。指揮官はエルダーリッチ数体ですね」

「……他にも動死体(ゾンビ)崩壊した死体(コラプト・デッド)食屍鬼(グール)腐肉漁り(ガスト)腐った死体(くさったしたい)毒々動死体(どくどくゾンビ)生きている死体(リビング・デッド)内臓の卵(オーガン・エッグ)黄光の屍(ワイト)などといったところか」

「――補足いたしますと、骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)死霊(レイス)などもおりました」

 アロー(アインズ)の説明をモモン(パンドラズ・アクター)が引き継ぎ、最後にナーベがフォロー。“漆黒”の素晴らしいコンビネーションが発動する。トリオでの活動の成果がしっかりと出ていた。 

 

「なっ……そんなに種類がいたのですか?」

 ラキュースは、頭の中で一種類ずつモンスターの姿を思い浮かべる。多少知らないモンスターも混ざっている気がするが、きっと亜種なのだろうと納得する。

「他にも、死の騎士(デスナイト)や、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)などもいましたが、問題なく片付けましたよ」

「なっ? 死の騎士(デスナイト)骨の竜(スケリトル・ドラゴン)までですか?」

 死の騎士(デスナイト)は、ラキュース達冒険者が便宜的な目安で使う”難度”で表すと難度105を超える難敵だ。ラキュース自身のレベルを難度で表せば、90前後といったところで、単独で戦えば死の騎士(デスナイト)はなかなか厳しい相手といえるだろう。

 また骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は魔法を無力化する能力を誇る。難度はそこまで高くはないものの、パーティ構成によってはかなりやっかいな相手である。ラキュースは剣も使えるし、チームメイトの戦士なら十分相手はできるだろう。

 

死の騎士(デスナイト)は強いですが、問題はなかったですね。……一番の強敵はアンデッド師団長ですね。剣の達人であり、また第3位階魔法まで使いこなすというかなりの強敵でした」

「一緒にいた副師団長2体とのコンビネーションがやっかいでしたね。支援魔法まで使うのでそれなりに苦戦しましたが」

「アローとモモンの敵ではなかったですが……」

「アンデッド師団長と副師団長ですか……」

 そんな難敵も含む2万体のアンデッド師団。かなりの強敵だろうと思えた。まさにアダマンタイトに相応しい偉業といえるが、“漆黒”の話しぶりからは終始余裕が感じられる。   

 それも、「ちょっとその辺までピクニックに行ってきたら雨が降ってきて参ったよ」という話をしているような気楽さであった。

 

(この人達は、たぶん私達よりも強い……底がしれない強さって奴なのかしら。間違いなく実力でアダマンタイトに上がった正真正銘の英雄ね)

 王都で囁かれていたエ・ランテル冒険者組合の、王都への対抗心から無理やりランクを上げたという説は完全に否定された。

 

「ラキュースさん、今回はお一人なのですね」

「……ええ。私だけで一つ依頼をこなして王都へ戻る途中でしたから。途中であったエ・ランテルの冒険者にこの店のことを聞いてきたんですよ」

 ラキュースは本心を隠し、笑顔を作る。この笑みだけでも人を魅了できると思われる美しい微笑みであった。

 

「そうでしたか。どうですか、この店は?」

「そうですね。活気もあるし、バーテンさんも面白い方なので楽しかったですよ」

「ああ。ルクルットですか。彼は実はバーテン向きなのかもしれませんね。先日までは素人だったのですが……」

「そのようですね。彼から元冒険者だと聞きましたよ。……彼が作ってくれたカクテルはなかなかの物でした」

 ラキュースは心からの賞賛を送る。本当に美しく美味しいお酒であった。

「そうでしたか。喜びますよ」

 

 4人のアダマンタイト級冒険者は、このあともお互いの情報交換に努める。  

 

「そういえば、そろそろ夕飯どきですが、ラキュースさんお食事は済みましたか?」

 モモンが突然話題を変えた。

「いえ、まだですけど……」

「……それならここで食べていくといいですよ。ここの料理はオーナーが凝っているので食べる価値ありです」

「そうなんですか? 初耳でした」

「……エ・ランテルでは常識になりつつあります」

 モモンは真面目な口調でいい、アローとナーベは苦笑する。

「我々もそんな話は聞いたことがないけどな」

「……まったくです」

 どうやら彼なりの冗談だったようだ。

「我々も一緒にといいたいところですが、これから組合に行くので」   

「そうでしたか。では、せっかくおすすめいただいたので、何か食べていくことにします」

「そうしてください。オーナーに話しておきますね」

「ありがとうございます。ではまた。今度は王都でお会いするかもしれませんね」

「そうですね。ではまた」

 

 

 こうして“漆黒”と“蒼の薔薇”のラキュースの短い出会いは終わった。

 

 

 



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シーズン3第12話『光と闇』

 

 深夜……先程まで明るかったVERDANT(ヴァーダント)の灯りが消え、閉店の時間を迎えた。

 ナイトクラブとは言っても、基本的に就寝時間の早いこの世界では、せいぜい午前0時というのが営業の限界時間といえた。 

 

「じゃあ、お疲れさまです」

「お疲れ様でしたー」

 ルクルットとニニャは、仕事を終えて店を出るところだった。

「気をつけろよ」

 店長のルーイが、笑顔で二人を見送る。

「はい」

「店長も気を付けてくださいね」

 ルクルットとニニャは、大きく手を振った。ルーイもそれに対し軽く手を振って応える。

 

(どうも嫌な気配がするな……“雨”でも降るかもしれないな)

 ルーイは、何か不穏な気配を感じていた。

 

 

 

「今の見ました? 初めてですよね」

「ああ。あの店長が手を振るなんてなー」

 店がオープンしてからの付き合いで、いつもこのような形で見送ってもらっているが、今までルーイが手を振ったことはなかった。

「もしかして、明日は大雨かもしれませんね。ははっ」

「あははっ! かもしれないな」

 気心しれた二人は笑いあう。これもまたいつもの平和な光景と言える。

 

「それにしても今日はすごかったですね、あの“蒼の薔薇”のラキュースさんが来るなんて」

 ニニャは今日一番インパクトのあった来客を話題に出した。

「一人だけで来たけどな。すっげえ美人さんだったぜー。くーっ、ああいう人を嫁にしたい!」

「ルクルット……いいんですかー、ナーベさんに怒られますよ」

 ニニャは苦笑しながらたしなめる。

「そういうなよ。ナーベちゃんのことは愛しているけどさー。他にも美人の双子姉妹もいるって話だったよな、“蒼の薔薇”には」

「そう聞いていますけどねー。実際には見たことないですから、何とも言えませんよ。それにしても、そんなにあっちこっちに浮気して。……それよりブリタさんとはどうなんですか?」

「ぶーっ! どうしてここで、あんな“へちゃむくれ”の名前が出てくるんだよ。俺のストライクゾーンから外れて…」

 楽しそうに笑い合っていた二人は不穏な気配を感じて足を止め、ルクルットはニニャの前に出て剣を抜いた。

「〈鎧強化(リーインフォース・アーマー)〉」」

 ニニャも念のために持っていた杖を構え防御魔法を発動させた。二人の経験が、危機を教えてくれている。

 そして角から、二人の行く手を阻むように10人の男たちが姿を見せた。全員黒い服装で身を固め、黒い頭巾で顔を隠している。手にはすでに剣を握っていた。

 

VERDANT(ヴァーダント)の者だな」

 一行の先頭に立った者が、低く聞き取りにくい声で尋ねてくる。

「そうだけど、もう閉店だぜー? 明日の夕方からオープンだ。出直してくれよ」

 ルクルットはいつもの調子で答えながら、相手の武装を確かめる。

(切れ味鋭そうな剣と、鎖帷子か。そろいの衣装といい……まともな職業の奴じゃなさそうだな) 

 ルクルットの背中を冷たい汗が流れる。この相手は危険だと本能が察知しているのだろう。

「そうか。それは残念だ」

 まったく残念と思っていない声が返ってくる。

「ちっ……やっぱり、今から店を開けてくれってわけじゃなさそうだな」

「ですね。〈魔法の矢(マジックアロー)〉!!」

 ニニャは先手で魔法を放つ!3つの光の矢が男たちを襲うが、一人を除いて全員に避けられてしまう。

「こいつら……やっぱり、やり手だ。油断するな、ニニャ!」

 ルクルットの顔が緊張に満ち、声にも力が入る。

「わかっています。……不利な状況ですね……〈魔法の矢(マジックアロー)〉!」

 ニニャは、もう一度魔法を発動させる。

「そんなもの無駄だ」

 リーダーと思われる男が、頭巾の下で嘲笑しているのがニニャ達には伝わってくる。

「それはどうでしょうね!」

 再び男たちを狙って2本の光の矢が飛ぶが、全て回避されてしまう。

「ふっ……だから無駄だと……なにっ?」

 男はまるで違う方向に光の矢がひとつ飛んでいくことに気が付いた。

 その、光の矢は、黒頭巾の男たちとは逆方向、VERDANT(ヴァーダント)へと向かって飛んでいく。そして、店の外……2階部分に吊り下げられていた鐘を直撃! ガランガランという大きな音が、深夜の街に響き渡った。

 

(早く、だれか来てください!)

 ニニャは援護が来ることを願った。

「しまった! くそっ……早く殺せ!」

 男の指示で4人がニニャに、さらに4人がルクルットに襲いかかる。

 

「ニニャっ!」

 4人の男に包囲されたルクルットは、援護にいけない。

「くっ……」

 ニニャは、一人目の剣先で服を斬られながらも、ギリギリ無傷で回避してみせた。

「なっ!」

 ひ弱な魔法詠唱者(マジックキャスター)に避けられ、仕掛けた男はわずかに動揺する。

「〈魔法の矢(マジックアロー)〉!」

 その隙をニニャは見逃さない、

「がはっ……」

 近距離からの4つの光の矢が、男の体を直撃! そのまま男を数メートル勢いよく吹き飛ばした。後頭部から地面へと突っ込んだ男はもはやピクリとも動かない。

 

「バカがっ! なにをやっているんだ!」

 二人目の男が舌打ちをしながら斬りかかる。

「くっ……〈要塞〉」

 ニニャは、二人目の剣を、武技を発動して杖で受け止めてみせた。

「なっ……なんだと?」

 これには仕掛けた方が驚き、目を見開いた。もっともルクルットも同じようにビックリしていたが……。

 まあ魔法詠唱者(マジックキャスター)が武技を使うなどということは、そうそうあることではないのだから当然といえた。

 これは、ニニャの努力の結晶だ。魔法の修練をしながらも、最低限身を守れるように武器戦闘の修練も行っていたのだ。

 “漆黒”からの戦闘訓練と、ペテルの指導、そしてクレアとレイとの実践稽古の成果が出たといえる。

 

「死ねっ!」

 しかし両手がふさがった状態での、3人目の剣は躱せそうにない。タイミングを合わせることができれば〈要塞〉は鎧などでも発動できるが、タイミングはシビアである。

 専門職ではないニニャは、そこまでの修練を積む時間はなかった。

 

「くっ……姉さん……」

 ニニャはこれを避けられないと判断する。どうやら連れ去られた姉との再会は果たせそうになかった。

「くそっ! ニニャ!!」

 ルクルットが悲痛な声を上げる。だが彼は攻撃をかわすのが精いっぱいで救いにはいけない。

 

 

「やらせないよー」

 ニニャを貫こうとした剣は、聞き覚えのある声の持ち主によって弾かれる。

「クレアさん!」

 ニニャの待っていた援軍がやってきた。

「はーい、ニニャちゃん。ねー、だいじょーぶ?」

 クレアことクレマンティーヌは、警棒を片手に疾風のような動きで剣を叩き落とし、2発目で頭巾男の顔面をぶんなぐり意識を奪う。さらに舞のように華麗な動きで残りの頭巾男の剣をかわしながら、あっという間に残り2人を片付けてみせた。

 

「すごっ……。ありがとうございます、クレアさん」

「この程度当然。待たせてごめんねー」

 クレマンティーヌは涼しい顔であった。

 

 また、その間にルクルットは、レイことブレイン・アングラウスに助けられていた。

 すでにルクルットを囲んでいた4人は、全員意識を失って地面に倒れ込んでいる。全員いずれかの腕や足をへし折られていた。ブレインがレイとして活動する際に持っている警棒は、オリハルコンをアダマンタイトでコーティングしたもので、軽く扱ってもこの威力である。

 

「ありがとうございます。レイさん」

「気にするな。これが俺たちの仕事なんだからな」

 ブレインは楽しげに笑う。相手の弱さは不満だったが、何もないよりもこういうハプニングがあった方がいい。

 

「くそっ……援軍か……ひけっ!」

 リーダーらしき男と、副官らしい男二人があわてて逃げ出す。

「そうはいかないわ。発動、浮遊する剣群(フローインズ・ソーズ)

 ラキュースの言葉に反応して、白銀の鎧の後ろに六本の黄金の剣が浮かび上がる。

「……いけっ!!」

 ラキュースが、右手をバッ! と横に振りかざして大見得を切ると、六本の黄金の剣が射ち出され、意思を持ったようにリーダーと副官に襲いかかった。

 

「あばっ……」

「おらっ…ぐえっ……」

 あっという間にリーダーと副官は戦闘力を奪われてしまった。

「ふん……偉そうにしていた癖に、あっけないわね」

 役目を終えた六本の黄金の剣は、ラキュースの背中へと戻っていく。

 

「ラ、ラキュースさん!」

「ラキュースちゃん、愛しているぜー!」

 ルクルットは、投げキッスを3つほど飛ばす。

「……それはいらないですけどね」

 笑いながらラキュースは手を振って、ルクルットの投げキッスを全部弾いた。

「しょぼーん」

 哀れルクルット……。

 

「貴女が……“蒼の薔薇”のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラか。助太刀感謝する。私は用心棒のレイ。そして、こちらも同じく用心棒のクレアだ」

 ブレインとクレマンティーヌの二人が頭を下げる。

「いえいえ。そこまで感謝される必要はないですよ。……もっとも私の力なんて必要なかったかもしれませんけど。……ね、アローさん!」

 ラキュースは右手の建物の屋根の上を見る。そこには緑のフードの男、“緑衣の弓矢神”アローが弓を片手に立っていた。

「……さすがは“蒼の薔薇”のラキュースさんだな。気づいていたか」

 アロー(アインズ)はそう答えると、屋根から飛び降りる。

「ええ。剣を射出する直前に気付きました。……それに正義の味方は高いところから登場するそうですしね。もっとも私が余計なことをしなければ、その前に矢で射ていたのでしょう?」

「別に余計なこととは思っていないが……」

 実際攻撃のタイミングを外したのは確かだった。

「それにしても、ラキュースさんは何でこんなところに?」

 ニニャが、代表して全員が思っていた疑問について問いかける。

「見回りに出ていたら、不穏な連中がいたので後をつけてみたのです。そうしたら、ニニャさんとバーテンさんを襲い出したので……」

「ルクルットですー」

 しょんぼりしながらも抗議の声をあげる。ただ、声に元気はない。

 

「あ、ごめんなさい。つけてきたら、いきなりルクルットさん達を襲い出したので、助けようと思ったところで、レイさんとクレアさんが駆け付けてくださったので。変なタイミングでの登場になってしまいました」

 ラキュースは頭をかく。

「まあ、真打は最後に登場するっていいますしね。とにかく助けていただいたことに感謝します」

 

 アロー(アインズ)は握手を求め、それにラキュースも応じた。

 

 

 






ラキュースさん意外と早い再登場。


残り3話で、シーズンフィナーレです。





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シーズン3第13話『王都への旅』

 

 

VERDANT(ヴァーダント)のオーナーが、王都へ呼ばれたらしいぞ」

 エ・ランテルの街に、こんな噂話が流れていた。

「へえ、あのオーナーがねえ」

「あの方は、なにか、悪いことでもしでかしたのかね?」

「いやいや、珍しい料理を作るものだから、王都のお偉いさんから招集があったそうな」

「ほえー。そうなのか。確かに美味しい料理を出すけども、お偉いさんに呼ばれるとはねー」

「昔からお偉いさんはそういうのに目がないからねー」

 この噂は、虚実入り混じっている。

 実際オーナーであるオリバーが王都へ行くことは間違っていないが、別に誰にも呼ばれていないし、料理を披露する予定もない。オリバーはアインズの変身した姿であり、彼は自分自身を囮にして、自分に敵対する者をあぶり出そうとしているのだ。

 この噂も彼が、配下のシモベを使って意図的に流したものであり、すでに噂はエ・ランテル中に広まっていた。

 

「私は王都へ行ってくる。しばらく留守にするけど、ペテル、ルーイ。後は任せたよ」

「わかりました。オーナー。我々を狙っている敵がオーナーを襲う恐れがありますので、気を付けてくださいね」

「かしこまりました。こちらは我々にお任せください」

 ペテルとルーイの両店長に後を託す。ちょうど依頼のないタイミングでもあり、モモンとナーベは従業員を守る為に拠点に残る。

 アインズが普段変身しているアローは、単独で調査に出かけていることになっている。もし緊急事態が起きた場合は、アインズが転移門(ゲート)で戻るか、ブレインが緑のフードを着てアローの代役を務める手はずになっているので、そのあたりの問題はないだろう。問題があるとすればブレインの弓の腕前だろうか。いちおう使えるように仕込んではいるが、さすがにアローに比べると腕が数段落ちてしまう。

 

「そんなに心配はないはずだが、レイ。みんなを守ってやってくれ」

「お任せください。オーナー。クレアの分もカバーしてみせますよ」

 用心棒のレイことブレイン・アングラウスは、力強く応える。

「任せたぞ」

 オリバー(アインズ)はそう答えて、ブレインの肩をポンと叩いた。

(ま、ブレインに任せておけば戦力的には十分だろう。それにパンドラとナーベがいるし、周辺には不可視化したシモベを複数配してあるからな。まず不覚をとることはないはずだ)

 この拠点付近に伏せてあるだけでも、エ・ランテルはどころか、王国を殲滅できるほどの戦力があったのだがアインズはそこには気づいていない。

 

 今回自ら囮役を務めるアインズは、護衛としてクレアこと、クレマンティーヌ一人を伴うことにしていた。もちろん表向きにはであるが。

 アインズが冒険者アローとして人間の街に出るという話をした際も、ナザリックの守護者たちからは猛反対にあったものだ。ナーベラルおよびパンドラズ・アクターを連れていくという話をして、ようやく納得をしてもらえた経緯がある。

 よってアインズはある程度の安全策を講じた上で、今回の手をとった。守護者統括アルベドもあっさりと同意している。あまりもあっさり同意されたので逆にアインズが不安になったくらいだ。

 これはすでに人間達の脅威度を把握しているという、前回との情報量の違いが根底にある。

 

 “オリバーの護衛”はクレマンティーヌのみだが、“アインズの護衛”として、馬車の御者を2体配している。それぞれレベル80を超えるヒューマノイドタイプの傭兵モンスター“ハンゾウ”、そして“フウマ”の二体だ。なんとなく組み合わせ的に仲が悪そうに思えるが、どちらもアインズに絶対の忠誠を誓うモンスターであり、当然お互いに問題はない。

 また、どちらも忍者系統のモンスターだが、“ハンゾウ”は隠密発見能力に長け、“フウマ”は素手戦闘や特殊技術に長けている。

 他にも“トビカトウ”、“カシンコジ”、“サルトビ”、“サンダユウ”といった同種のモンスターがいる。どれも昔日本にいたといわれている忍者等から名前をとっており、その当時ギルドメンバーの弐式炎雷と武人建御雷が、そのことについてひとしきり盛り上がっていたことをアインズは懐かしさとともに思い出していた。

 

 ちなみに、これはVERDANT(ヴァーダント)SCHWARZ(シュヴァルツ)両店舗で得た利益を使って呼び出したものである。

 アインズは依頼で稼ぎ出した資金を、主にナザリック外での活動費として投入し、先行して王都で活動している執事(バトラー)のセバス、そして戦闘メイド(プレアデス)のソリュシャン・イプシロンらへ援助に回している。他にもデミウルゴスの暗躍を支えるなど、意外と資金は必要なものだ。

 よってアインズ個人で使える資金は、依頼で稼いだ分ではほとんどないが、直営の2店舗の経営が順調であり、そこからの利益で十分に蓄えができている状況だ。多少はこういう使い方もできる。

 

 他にも馬車の周辺には不可視化したシモベを複数体配置しており、よっぽどのことがなければ安全といえた。今回の旅で襲撃してくる可能性がある者のレベルであればまず問題はないはずだ。

 それにナザリックからニグレドが周辺を監視しているし、本当に危険があった場合は待機しているシャルティアが〈転移門(ゲート)〉を開き、アルベドとともに援軍にやってくる手はずになっているのだが、まずその可能性はないだろう。

 また、馬車には防御魔法がかけられているので、中を覗き見ることはできないようになっている。

 

 

 

「ねえねえ、オリー。……私だけを連れ出したってことはー。泊まる時も一緒ってことだよね?」

 馬車の中でクレマンティーヌがオリバーの姿をしているアインズの腕にピトッとまとわりつき、意外と豊満な胸をぎゅっと押し付けている。

 アインズなら動揺し、精神安定化が発動するところだが、オリバーは常時発動型特殊技能(パッシブ・スキル)で〈プレイボーイ〉を持っている。当然この程度では動揺したりしない。

 ちなみに馬車が覗けないようになっていなければ、アルベドが憤怒の表情を浮かべて飛んでくるところであったのは間違いない。

「それはどうかな? 同じ建物であるのは間違いないが」

 さらりとクレマンティーヌのアピールをかわす。

 

「えー、つまんないじゃん。私と一緒の部屋にしようよー。気持ちいいこといっぱいしてあげるからさー。私、すっごいテクもっているんだよー」

 クレマンティーヌはオリバー(アインズ)のガッチリとした胸に指を這わせる。

「……お前、まだ乙女だろう。……経験ないんじゃなかったのか?」

 アインズは、自分のことを思いっきり高く棚に上げる。キャラクター設定としてのオリバーは経験豊富ということになっているが、変身している本人はまだ未使用のままであった。

「ゔぐっ……ど、どうしてそれを知って……」

 クレマンティーヌは動揺しまくっている。顔はまっかに紅潮し、体を恥ずかしさでもじもじさせていた。普段の獰猛な女戦士の姿はなく、少女といってもいいような態度だ。

 現在はルーイと名乗っているニグンが、この状態を見たらあまりのギャップに固まるのは間違いないところだろう。

 

「忘れたのか? お前は黒棺(ブラックカプセル)送りになった時に……」

「ゲッ! いやー、その話はマジでやめてー。お願い、お願いだから……」

 クレマンティーヌは冷や汗を垂らしながら、自らの秘部を無意識のうちにガードする。その時のことを思い出しているのだろう。顔は半べそになっていた。

「ま、それは嫌だろうな。初めての相手が“アレ”になるところだったのだからな……」

 言葉で傷口をさらに抉る。

「ひいっ……だから、マジでやめてって……本当にやめてください。お願いします。お願いします」

 涙を流しながら両手を合わせ懇願するクレマンティーヌを見て、アインズはちょっとだけ罪悪感を覚える。

 

(ちょっとやりすぎたかなー。ま、俺が同じ立場でも絶対いやだもんなー)

「ま、そういうことで知っているということさ」

「ぶー。オリー、ちょっとひどくない? いくら私が以前敵対したからって、今の私はもう忠誠を誓っているしー。身も心も捧げているんだよー。ほんとだからね!」

 ふくれっ面をして、クレマンティーヌは抗議の声をあげる。

「わかった、わかった」

「ちょっとー大事なところなんだから、流さないでくれるかなー。それに私のこと可愛いって言ってくれたじゃん。私の大切なものも、オリーに捧げるって決めているんだからー。ちゃんと私のこと見てねー」 

 アインズは、心の中で溜息をつく。

(アルベドにシャルティア……そしてクレマンティーヌか……面倒な問題が多いなあ……俺、本来は骸骨なんだけど……)

 オリバーとしての姿であれば、全員を相手にすることもできるのだが……あえてアインズはそれに気づかないことにした。

 

「お前は妹のようだなものだから。な、“スピーディー”」

「ぶー。ひどーいよー。人をさんざん弄んで辱めておいて……」

「人聞きの悪いことをいうな!」

 だが、これは事実であった。じっさい両腕をへし折ったり、足の靭帯をねじ切ったりと、散々弄び、敗北という屈辱を与えているのだから……。

 

「オリバー様。接近してくる者たちがいます」

 ハンゾウから報告が入る。

 

「了解した。クレア、聞いたとおりだ。さっそくお客さんのようだぞ」

「はーい。今回は手応えがあるといいけどねー」

 ニヤリと笑うクレマンティーヌ。

 

(やはり、こちらの方が慣れていて好きだけどな) 

 アインズは戦士としてのクレマンティーヌを評価している。 

  

 

 

 



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シーズン3第14話『クレマンティーヌの輝き』

 

 

 馬車が止まり、オリバー(アインズ)と用心棒のクレアこと、クレマンティーヌは素早く馬車から降りる。すでに夜に辺りは暗くなっていたが、月明りで視野は十分確保できる状況だ。

 

「ハンゾウ、フウマ。手出しは無用だ」

「「かしこまりました。お館様」」

 ハンゾウとフウマは、跪いて意を受けると御者席へと戻る。

 

 そんなアインズ達に、20人ほどの集団が迫ってくる。その中で目立つのは2人。1人は薄絹を纏った身軽そうな格好の女。そしてもう1人は全身鎧(フルプレート)に身を包んだ男だった。それ以外の者は口元を布で覆い顔を隠しており、いかにも襲撃者という風体だ。 

 

(……二人だけか。甘くみたな)

 アインズは、そんなことを思いながらも、心が高揚するのを感じていた。

(どうやら、私は戦闘が好きらしいな。まあ、ユグドラシルの時は毎日戦っていたわけだしな)

 

「やー、何か私達に用事かな?」

 オリバー(アインズ)は気楽な調子で話しかける。今は緑一色のカジュアルなシャツに黒いロングズボンという軽装であり、武器の類は一切身に着けていない。

VERDANT(ヴァーダント)オ-ナーのオリバーだな?」

 全身鎧(フルプレート)の男が尋ねた。その腰には1メートルほどの鞘が見える。

 

「違うね」

 オリバー(アインズ)は首を左右に振って否定する。

「なにっ?」

 確信のあった男たちは、予想外の答えにわずかに動揺を見せた。

My Name Is Oliver Queen(俺の名前はオリバー・クイーン)SCHWARZ(シュヴァルツ)VERDANT(ヴァーダント)両店舗のオーナー経営者さ。人にものを尋ねる時は、きちんと正確に尋ねて欲しいものだな」

 オリバー(アインズ)は両手を“やれやれ”という風に大きく広げてみせる。

「貴様……おちょくっているのか?」

「いや、ただ間違いを指摘しただけさ。八本指警護部門“六腕”の“空間斬”ペシュリアンさん」

「なっ……なんだとっ……貴様……どうして」

 ズバリと素性を言い当てられたペシュリアンは動揺を隠せない。全身鎧(フルプレート)が揺れ、面頬付き重兜(クローズド・ヘルム)のスリットから、僅かに見える目が泳いでいる。 

 

「私はこれでもそれなりの“情報網(ネットワーク)”は持っていますのでね。まあ、アダマンタイト級冒険者“漆黒”と付き合いがあるので、ある意味当然でしょう?」

 恐怖公の眷族を使った情報収集通称……“G計画(ネットワーク)”からの情報で、既に六腕の情報は集まっている。

「……それと、そちらの女性のことも存じ上げていますよ。“踊る三日月刀(シミター)”エドストレームさん」

「へえ……やるじゃないの」

 言葉とは裏腹に、両手両足首につけた金の輪がわずかに動揺を示し、小さく金属音を鳴らす。彼女の腰には六本の三日月刀(シミター)が吊り下げられている。

 彼女の装備品は、全体的に“アラビアンナイトの世界”から抜け出してきたような感じがする。薄絹からは肌が透けて見えており。妖艶な雰囲気を漂わせていた。

(魔法のランプとか持っていそうだよね……もし持っていたら欲しいけどな)

 アインズは、そんなことを考えてしまう。

 

「だけどね……この状況だよ、オーナーさん。……どこからどう見たって”多勢に無勢”じゃないか。そこのお嬢さん1人だけの護衛で、我々“六腕”に勝てると思っているのかしらね?」

 エドストレームは余裕を取り戻していた。

「……十分勝てると思っているさ。数の暴力という言葉もあるが、本当の力というものは、数を上回るものだ。……それに、お前たちは“六腕”だよな? まあ今は“二腕”だけど。言っておくが……戦力を小出しにするのは愚策だぞ? こちらとしてはありがたいかぎりだがね」

 オリバー(アインズ)は余裕の表情を崩さない。

(こいつ……どこまで本気だ?) 

 エドストレームは、相手の本気度を掴めないでいた。明らかに現状はこちらに有利としか思えない。

「ところで……エドストレーム。せっかく綺麗ないい体をしているんだし、“普通に踊り子をしていた方がよかった”とか後悔する前に退いた方がいいんじゃないか?」

「ちょっとオリー。まさか、ああいうのがタイプなの?」

 クレマンティーヌが、“信じられない”という顔をして、やや軽蔑したような目つきでオリバー(アインズ)の顔を見る。

「……いや。タイプではないかな……」

「ならいいけどー」

 クレマンティーヌはニンマリとした顔に変わる。

 

 気楽を通り越して能天気な二人のやりとりに、エドストレームは苛立ちを覚える。

「ふざけるなっ! ぶっころすよ!」

 思わず声を荒げてしまう。

「おやおや。……最初から、そのつもりできたのではないのかな? 中途半端な覚悟だとそちらが死ぬことになるぞ?」

 オリバー(アインズ)の言葉に含まれている自信にエドストレームが気づく。

(なんなんだ……コイツらの余裕は……本気で我々に勝てると思っているのか? まさかおびき出された? ならば伏兵がいる?)

 エドストレームは、二人の余裕の理由に思い当たった。

「伏兵がいるね!? 二人だけじゃないんだろう? “漆黒”がいるのかい?」

 辺りを見回すが、そのような気配は感じ取れなかった。もちろん相手は新進気鋭のアダマンタイト級冒険者だ。気づかれずに潜伏している可能性も十分にある。

 

「そうかもしれないし、そうではないかもしれないぞ? もし、そうではないとしたら、どういうことかわかるかな?」

 オリバー(アインズ)は自信満々な表情で笑みを浮かべながら、エドストレームの顔を見る。

「……まさか、腕に自信があるってわけかい?」

「ま、そういうことだな。先にハッキリ言っておくぞ。……俺は強い。そしてコイツもそれなりに強い」

「えー。……私コイツラより強いよー。それなりってのは、ないんじゃないかなー」

 クレマンティーヌは両腕を頭の後ろで組んだままという無防備な状態でいる。

 

「エドストレーム、まともに相手にするな。ハッタリだ」

「はんっ! そうだよね、ペシュリアン。お前たち、殺るよ!」

 エドストレームも、これを相手のつまらないハッタリと見て嘲笑う。

「おう!」

 エドストレームの号令で、18人の暗殺者たちが一斉に襲い掛かる。12人はクレマンティーヌへ、6人はオリバー(アインズ)を狙う。

 

「ねえ、オリー。コイツら殺ってもいいの?」

「構わんぞ。ただし、首領格(あの二人)だけは生かしておけ」

「はーい♪」

 クレマンティーヌは許可が出たことで両手にスティレットをスチャッ! という音を鳴らして構え、意気揚々と迎撃に出る。

 

 

「イーッ!」

 奇声を発しながら、頭巾の男が右上段斬りで剣を振り下ろす。

「チッ、うるさいやつだねー」

 1人目の剣を、右肩を下げることで半身になって、スッと躱し、体を戻しながら素早く右のスティレットでズドン! と額を貫いた。

「ギャッ……」

「まず、一人っと!」

 さらにスティレットを引き抜きながら、同時に左手のスティレットで、別の男の首を刺す。

「ウッ……」

「はーい。二人目っと! キャハハッ、楽しいねー」

 クレマンティーヌは、笑い方とはまるで違う獰猛な笑みを浮かべながら、さらに男二人を先ほどをまったく同じ動き――まるで録画を見ているかのような――で屠ってゆく。

「3人目、4人目っと!」

「くそっ! 一人ずつ行くなっ! 複数で一斉にかかれっ!」

 男たちは同時に斬りかかろうとするが、クレマンティーヌは素早い動きで、逆に男たちの距離を詰め、左右のスティレットで二人の男の目を同時に抉り、脳をかき乱す。

「ドギャッ……」

「ムギャアアッ!」 

 男たちは断末魔の叫びを上げた。

「これで一気に6人だねー」

「今だ、やれっ!」

 両方のスティレットが突き刺さったままなのを見てとり、男たちがチャンスと見て、クレマンティーヌの背後から斬りかかる。

「……甘いんだよねっ!」

 クレマンティーヌはスティレットをサッと手離し、刺した男達の体を蹴って空中へと飛び上がる! そして後方に伸脚縦回転をしながら、腰から予備のスティレットを二本抜き放った。

「うっ!」

「そんなっ!」

 “確実に殺った”と思っていた男たちに動揺が走る。

「残念でしたー」

 そして、男たちの背後へ着地すると同時に、男達の首の後ろへとスティレットをズブリと刺し込む。……まさに“必殺”の一撃。

「はーい、7人目と8人目ねー! いい仕事しているなー、私って」

 クレマンティーヌはご機嫌である。

「このおおおおっ!」

「てあああああ!」

 指示通りに男二人が同時に斬りかかる。

「逆にそれだと避けやすいんだよねー!」

 クレマンティーヌは、またもスティレットを手離すと、今度は膝を抱えながら前方回転で飛び、先ほど倒した男二人の目から、さっきまで使っていたスティレットを素早く抜きとると、男達へ左右の手で同時に投げつけた。

「うぎゃああつ……」

「ぎゃっ!」

 的確に二人の男の額を突き刺し、絶命させる。左右同じように使える者だけができる芸当だ。

「はーい。これで二桁の10人だよー!!」

 クレマンティーヌのテンションはどんどん上がっている。

 

「くそっ……化け物かっ!」

「今は何も持ってない、怯むなっ!!」

「おう!」

 残り二人の襲撃者は、チャンスと見て今度は時間差で、ほぼ同時に斬りかかった。

「さっきよりはマシだねー。でも、遅すぎ!」

 クレマンティーヌは腰の後ろに差し込んでいた警棒をスッと取り出すと、全力(フルパワー)で、先に斬りかかってきた男の首筋に打ちこんだ。

「ぎゃあああああっ」

 バキイイイッ! という嫌な音を残し、男の首がありえない方向に曲がっていた。

 

「うああああああ!」

 残る一人も剣をあっさり躱されたとたん、武器を放棄して背を見せて逃げ出した。 

「逃げるんだ? でもねー」

 クレマンティーヌは先程投げつけたスティレットの一本を抜き取ると右手に構えて、例のクラウチングスタートに似たポーズをとった。

「いっくよー!!」

 ドンッという音を残し、クレマンティーヌは一気に加速。逃げる男との距離を一気に縮めていく。ただし、以前アロー(アインズ)と戦った時ほどのスピードは出していない。これは武技を発動していないためだ。

 

「新しい刺突剣技見せちゃおうかなー。〈スクリュードライバー〉!」

 クレマンティーヌは力強く地面を蹴ると、右手のスティレットを突き出したまま錐揉み回転し、そのまま背後から逃げる男のこめかみを突き刺した。

「うぎゃあああああっつ!」

 こめかみから脳みそへとスティレットを刺し込まれ、さらに回転が加わっている為に脳みそを引っ掻き回された男はそのまま意識を失い、死を迎えた。 

「……はい。これで12人だね、おしまーい」

 クレマンティーヌは、余裕綽々で残る3本のスティレットを回収し終える。

 

 

「武技を使う必要もなかったねー。余裕すぎて欠伸でちゃうよー。ふあ~あ」

 強烈な輝きを放ったクレマンティーヌは、わざとらしい欠伸をし、その余裕ぶりを見せつける。

 

「なっ……12人の戦闘員が、30秒も持たずに全滅だとおお??」

 面頬付き重兜(クローズド・ヘルム)のペシュリアンが、裏返った声を上げた。彼らとて決して弱くはない。むしろ六腕の配下では腕利きの者を連れてきたのだ。

 

「落ち着きなよ。ペシュリアン。上から、用心棒に強い奴がいるのは聞いていただろう?」

「……ああ。そういえば、そうだったな」

 エドストレームの言葉に、ペシュリアンは落ち着きを取り戻す。

「それに、あちらはどうやら殺れそうだし」

「そのようだな。強いといっていたのはハッタリか?」

 二人は、オリバー(アインズ)の方へと目を向けた。

 

  

 



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シーズン3最終話『本気の戦い』



 シーズン3フィナーレとなります。


 今回は、主人公のバトルシーン満載でお届けします。

 ただし、いつもよりも表現がエグいかもしれません。



 ご注意を。





 

 

 

 クレマンティーヌが強さを見せつける一方で、オリバー(アインズ)は、未だ一人も倒しておらず、ずっと攻撃をかわし続けていた。

 

「おっと!」

 オリバー(アインズ)は体をほとんど動かさずに剣を躱して見せる。

「くそっ、ちょこまかと」

 横なぎの剣! 上体だけ動かして回避。

「なんて素早い奴だ」

 斜め斬り! これは、体を開いて躱す。

「たかだが、店のオーナーの癖に。……生意気なっ!」

 6人の男たちの剣をオリバー(アインズ)は、ヒラリヒラリと躱し続ける。

 

(まあ、別に当っても効かないんだけど……ね)

 オリバーの状態でも、アインズの時と同じく〈上位物理無効化Ⅲ〉と〈上位魔法無効化Ⅲ〉の恩恵があり、レベル60以下の存在による攻撃は通じない。

 なお、以前クレマンティーヌとの戦いにおいて、アインズのアイマスクが弾き飛ばされたのは、特殊技能(スキル)を切っていた為である。

 

(この状態(オリバー)として戦闘することは今後も十分ありえるからな。弓矢を使わない戦闘にも、もっと慣れておかないとな)

 アインズは今後の活動のことを考えて、オリバーとしての近接戦闘をこなすつもりだった。もっともオリバーとアローの差は、戦闘力という面では差はなかった。使えるスキルも同じで、弓矢も格闘能力もそのまま使うことができる。

 防御力という面ではアローの方が、装備品が強い。そのため総合力ではアローが若干上といえた。もっともこの世界のほとんどの者はレベル60に満たないので、ほとんど関係がないのだが。

 

 先程まで繰り広げられていたクレマンティーヌ主演の殺戮劇が凄すぎて、この攻撃がまったく当たっていないということが、異常なことだということに誰も気づいていない。

 武器すら持たない男が、6人もの相手に囲まれて剣で斬られているのに、一度もかすりもしていないのだ。普通はありえない光景である。

 

「オリー、こっちは終わったよー。タスケヨウカー?」

 まるっきり助ける気のない声が飛ぶ。その根底にあるのは“信頼”だ。自分よりも圧倒的に強いことを知っているのだから、これは当然のことである。

 

「大丈夫だ、クレア。そろそろ“本気を出す”から」

 オリバー(アインズ)は笑顔で答える。これは、囲んでいる者たちにとっては、死刑宣告に等しいものだった。

 

「はっ、何をほざいてい、グベッ!」

 オリバー(アインズ)は、大きく弓を引くように振りかぶって右手でナックルを叩き込み、男の鼻を粉々に粉砕した。アインズの考えとしては、「鼻を砕く」程度の意識だったのだが、本気のパワーで打ったため加減が利かず、男の顔面を貫通してしまった。男の目鼻があった部分は、オリバー(アインズ)の“拳の形にくり抜かれて”いた。

(加減が難しいな……顔面にブラックホールのように穴が開いてしまった……)

 アインズからすれば、その程度の興味でしかない。ちなみにこの〈ナックルアロー〉での一撃は動きが速すぎて、ほとんどの者は何が起こったかわかっていなかった。

 

「すっご! マジ?」

 かろうじてこの動きを視認したクレマンティーヌは驚嘆の声を上げ、馬車から見守っているハンゾウとフウマの二人は、「さすが、お館様」と心の中で拍手をしていた。

 

「うっ……あ」

 他の者は驚愕し、完全に動きが止まってしまう。

「では、こちらから行くぞ。……蹂躙だ!!」 

 先程までとは、別次元のスピードでオリバー(アインズ)が動く。まずオリバー(アインズ)は右側にいた男の顔面へ向かって、右の〈飛び膝蹴り(ジャンピング・ニー)〉を放ち、顎の骨を本当の意味で打ち砕いた。

「オゴオッ……」

「せやあああああっ!」

 さらに着地すると同時に左足を軸に時計回りに円を描き、右足の〈ローリングソバット〉で、別の男の胸部を打ち抜く。そのパワーあふれる蹴り足は、ろっ骨を数本粉砕し、そのまま心臓を蹴り飛ばして背中から貫通させてしまう。

「うあっ……」

 飛ばされた心臓は20メートルほど先にベチャッという音とともに地面へと落ち、同時に男の体が仰向けに地面へと倒れ込んだ。

 

「ふんっ……」

 さらにオリバー(アインズ)は、左腕で別の男の首を掴み、右腕を勢いよく首に絡めて捻る〈ネック・スクリュー〉で、相手の首をへし折ってしまう。――いや、へし折るつもりだったが、いきおい余ってねじ切ってしまった――という方が正しいだろうか……。戦闘員の男の首と胴体が離れ、ドクドクと首を失った胴体から血が流れだしていた。

 レンジャー、アサシンの心得を持つレベル100の戦闘職が“本気”になれば、この程度のレベルの者などは、一撃でこのような悲惨な最期を迎えることになる。もっとも、生き伸びてひどい拷問を受けるよりは幸せだったかもしれないが……。

(加減が難しいな……少々やりすぎたか)

 アインズは、まだこの姿での本気になれていない。

 

(うわー。オリー、マジで凄すぎる……もしかして私の時は手加減してくれていたのかなあ?)

 クレマンティーヌはオリバー(アインズ)の動きに今までにない凄みを感じていた。そして、自分との闘いではずいぶんと加減をしていたのだと知る。このような惨劇を前にしてもそう思えるクレマンティーヌはかなり精神を鍛えられているといえるだろう。もしくは感覚がマヒしているというべきか。

 

「うあああああっ……」

 男の一人が恐怖に震えながらも、剣を思いっきり振り下ろす。その行為と勇気は賞賛に値するものだが、これは無駄な努力であった。手首を片手で掴まれ、凄い握力で骨を粉々に砕かれる。

「ぎゃああああああああっ!」

 さらに右のハイキックで顔面を打ち抜き、男を絶命させる。これは多少は加減していたようだ。

 

「ひ、ひいっ……か、勝てるわけがねえええ」

 残る最後の男が逃げ出そうとしたが、いつの間にか回り込んでいたクレマンティーヌが、スティレットで男の心臓を刺し貫いていた。

「だから、遅いって。……オリー、油断したら駄目ー。逃げられちゃうよ?」

「……逃がすつもりはなかったんだがね」

 オリバー(アインズ)は両手を広げておどけてみせる。二人とも息すら切れていない。

 

「なあっ……」

「なんだって……」

 予想外の展開に、ペシュリアンとエドストレームの二人は、あんぐりと大口をあけるしかなかった。

 

「ハ……」

「ハッタリじゃなかったのかい……」

「だから、最初に言っただろう? “……俺は強い。そしてコイツもそれなりに強い”とね」

 オリバー(アインズ)の言葉にクレマンティーヌが、またもや不満そうな顔をする。

「だから、私コイツラより強いよー。それなりってのは、ないんじゃないかなー」

 二人は先程のやりとりを繰り返す。エドストレームは、先ほどは嘲笑していたが、今度は背中を冷たいものが流れていた。

 

 

「くそっ、舐めやがって! 俺の“空間斬”を喰らえっ!」

 ペシュリアンが緊張に耐えきれず距離を詰めて剣を抜き放つ。

「やめなっ、ペシュリアン! かなう相手じゃ……」

 エドストレームが慌てて止めるが、すでに遅かった。

 

 ペシュリアンは1メートルほどの鞘から抜き放った剣で、3メートルほど離れた相手を斬ることができる。そこからつけられた二つ名が“空間斬”である。

 といっても本当に空間を斬るわけではなく、特殊な剣を使うことでそう見せているだけだ。金属でできた細い鞭を高速で振るうことで相手を斬り捨てることができるというもので、どちらかといえばトリックに近い。

 

「ハハハッ! なんだそれは」

 だがそれを、オリバー(アインズ)は右足の裏であっさりと受け止めた。以前、当時の“森の賢王”現在のハムスケの尻尾攻撃を受け止めた時のように、体を横向きにして片足を伸ばす“トラースキック”で受け止めたのだ。オリバー(アインズ)の靴は一見単なる普通のブーツに見えるが、アローが着用している緑のフードと同じ金属糸の素材で出来ており、見た目よりも遥かに強度が強い。     

 

「なっ……初見で……止められた? それも足で??」

 ありえない状況にペシュリアンは困惑する。

「……チンケな技だな。それがお前の必殺技なのかな?」

「…………」

 ペシュリアンはわずかに首肯し、それを認める。認めたくはない状況であったが。

「そうか。では本当の必殺技を見せてやろう」

 オリバー(アインズ)は、瞬時に距離を詰めると、右足の裏でペシュリアンの面頬付き重兜(クローズド・ヘルム)を蹴りあげる。いわゆる〈ケンカキック〉と呼ばれる打撃技だ。

 ヘルムの中で脳を思いっきり揺らされたペシュリアン。彼が倒れそうになったところで、オリバー(アインズ)は、ペシュリアンの頭部を自分の左脇に抱え込み、右手で腰部を守るフォールドを掴んで垂直に持ち上げた。

 

「ペシュリアン! お前は、王国を(けが)した!」

 

 オリバー(アインズ)は思わずアローでの姿ではないのに、アローの決めゼリフを言い放ってしまう。もっともこれが決めゼリフであることはクレマンティーヌくらいしか知らないので問題はない。

(あっ……思わず! ロールミスったわー。……それにしても久しぶりに言ったなあ、コレ)

 それはそうだろう。本人は気づいていないが、実は今シーズンこれが最初で最後である。

 

「らあああああっ!」

 そのままジャンプしながら、オリバー(アインズ)は、ペシュリアンの体を180°回転させて自分の前方へ回すと、右手を相手の股間へと差し入れて、左手は首を抱え込みながら前方へと開脚し、尻餅をつくように落下する。そしてペシュリアンを頭頂部から固い地面へと、引き絞った矢を放つようにグサリと突き刺した。

「ぐべっ……」

 面頬付き重兜(クローズド・ヘルム)の中で、ペシュリアンは意識を失った。

 

「ふむ。ハヤブサのようなスピードで突き刺さる矢。〈ファルコンアロー〉といったところかな」

 立ち上がりながらオリバー(アインズ)は満足そうに呟く。咄嗟に出した技であったが、手ごたえ十分の一撃だった。ちなみにこの落とし方は〈垂直落下式ファルコンアロー〉が正解だが、その事実は誰も知らない。

 

 

「これが〈ファルコンアロー〉……凄すぎ……る」

「まあまあだったかな」

 初公開の大技だが、こういった大技を繰り出すのは、クレマンティーヌとの一戦以来で〈閃光式踵落とし(スコーピオ・ライジング)〉を繰り出して以来のこととなる。ある程度の強さがないと、技を出す機会はなかなかない。

 

「ぺ、ペシュリアン……」

 アダマンタイトにも匹敵すると言われている六腕。その仲間が、あっさりとやられる衝撃に、エドストレームは、戦意を失いガックリと両膝をついてしまった。

「残るは、お前だけのようだな」

 わかりきっていることをオリバー(アインズ)は告げる。

「どうするオリー。私がやっちゃおうか?」

 クレマンティーヌは、スティレットを構えながらニヤニヤしていた。

 

「ま、まってくれ……いえ、待ってください。降伏いたします」

 エドストレームは両手を上げて降参の意を示した。

「ほう。六腕ともあろうものが……」

「えー、つまんないじゃん」

 クレマンティーヌは頬を膨らませ、降伏を申し出たエストレームを睨みつける。

「楽しみにしていてくれたのなら、悪かったね。……私は別に、八本指に忠誠心はないよ。六腕として働いていたのは金がいいからにすぎない。それに、より強い者に従うってもんさ」

 エドストレームは六本の三日月刀(シミター)を腰から外して自分の前に置き、敵意がないことを明らかにする。

「だってさ、どうするの、オリー?」

 オリバー(アインズ)はしばし考える。

 

「ふん。降伏するというのなら、命はとらんさ。……お前と同じ所へ送る」

「ゲッ……マジ? あそこに送るんだ……かわいそー」

 クレマンティーヌは、両腕で自らの肩を抱き、ぶるっと体を震わせる。

「では、縛らせてもらうとするか」

 オリバー(アインズ)は、いつのまにか装備していた弓矢で狙いをつけ、あっと言う間に矢を放った。

「うっ……」

 射られると思ったエドストレームは、思わず目をつぶったが、あたる直前に〈捕縛する矢(キャプチュード・アロー)〉が発動し、エドストレームの全身をワイヤーが縛り上げる。

 

「ああ、そうそう。エドストレームよ。……私は知っているんだが、お前の三日月刀(シミター)は、意識で操れるそうだな? 無駄なことはやめておけよ」

 G計画(ネットワーク)からの情報で彼らの技は調べがついている。その言葉にエドストレームは自分の計画が失敗に終わったことを悟るが、顔には出さない。

 

「そ、そんなつもりはありません。オリバー・クイーン様。私は尽くす女ですから」

 そう強がるのが精いっぱいであった。実際オリバーの常時発動型特殊技能(パッシブ・スキル)の〈プレイボーイ〉によって魅了されつつあった。

 

 その後周辺に散らばった死体と、辛うじて生きているペシュリアン。そして降伏したエドストレームは、ナザリックへと回収される。

 

「女に甘いね、オリーは」

「そうかな? かえって死んでいた方が、楽かもしれんが」

「……確かにそうかも……私は早く全面降伏したけどね。あんなのずっとされたらおかしくなっちゃうよ」

「あとはアイツ次第だな。あいつが生きたい、役に立ちたいというのであれば、ダンサーにでもさせるさ」

 こうして八本指の警護部門に君臨する六腕のうち二本はすでに落ちた。

 

 この後、王都までの旅の間に、オリバー(アインズ)達はもう一度だけ襲撃を受けたものの、全て返り討ちにして無力化。襲撃者の半数は実験材料、残る半数はアンデッドの素材としてナザリック送りになった。

 なお襲ってきたのは“八本指”ではなく、“風花聖典”というスレイン法国の特殊部隊。以前、クレマンティーヌが盗みだした“叡者の額冠”の奪還と、彼女の身柄を確保することが目的であった。もっとも彼らが捜している“叡者の額冠”は、ンフィーレア・バレアレが救出された際にアインズが破壊しており、もう存在していない。

 すでに失われたものを奪還しに来たあげく、全滅する。これは完全なる無駄死だ。

 ここのところ悲劇が続くスレイン法国。その災難はまだまだ続いているようである。

 

 そしてオリバー(アインズ)とクレマンティーヌは、数日後……王都へと入る。

 

 

 

 

 





 


 今シーズン、最後までのご愛読ありがとうございました。


 
 新シーズンは、王都編になる予定です。


 


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短編
『修行』




 新シーズン突入前の読み切り短編です。

 




 

「打ってこい、ニニャ!」

「はいっ! お願いします。レイさん!」

 レイことブレイン・アングラウスの声に、ニニャは元気よく答え、手にした木の杖を構える。対するブレインは木刀を手に持ち、いつもの居合抜きとは違って正眼に構え、鋭い目つきでニニャの仕掛けを待っている。

 

 ここは、開店前のVERDANT(ヴァーダント)のダンスフロアだが、時折このように店員達の修練場となっていた。

 メンバー4人中3人が、大きな心の傷を負ったため(シルバー)冒険者チーム“漆黒の剣”は冒険者を休業し、アダマンタイト級冒険者“漆黒”の口利きで働いている。

 リーダのペテル・モークは、“漆黒”の公認ショップ“SCHWARZ(シュヴァルツ)”の店長を任され、ニニャはVERDANT(ヴァーダント)のフロアスタッフに、ルクルット・ボルブはバーテンダーとして活躍中だ。

 ただ一人、ダイン・ウッドワンダーだけは、新しくできた恋人とともにカルネ村に移住し、完全に冒険者からは引退してしまったが、残った3人は冒険者へ復帰することを考えており、空き時間を使って修練を重ねていた。

 中でもニニャがもっとも熱心で週に2・3回はこうやって実践稽古を行っていた。

 もちろん、今の暮らしも悪くはない。安定した給料も貰えるし、たまに危険なこともあるが基本的には平和な生活であり充実感もあった。だが、ニニャには大事な目的がある。

 それは貴族に強引に連れ去られ、その後行方の分からなくなってしまった姉を探すことだ。

 ニニャが冒険者になったのは、対抗できるだけの力をつけること、そして情報を手に入れるためだ。今は懇意にしている“漆黒”が情報の収集をしてくれているが、やはり自分でも何か動きたいという思いは常に持っていた。

 魔法適性という生まれながらの異能(タレント)を持つニニャ。最近は高い魔法力を持つ“漆黒”のナーベという魔法詠唱者(マジックキャスター)と話す機会も多くなっているため、彼女から刺激を受け、少し早起きをしては魔法の修練を積んでいる。

 また空き時間にはレイとクレアという二人の用心棒から護身術を兼ねた戦闘訓練を受ける貪欲さを取り戻していた。

 

「てやあああっつ!」

 ニニャの気合の入った上段からの打ち込みを、ブレインは軽く木刀で弾いてみせる。

「踏み込みが、甘いっ!」

 返す刀でニニャの腹部を突く。

「うっ……」

 バランスを崩しながらもかろうじてそれを回避してみせる。

「やあっ!」

 先ほどよりも力強く踏み込み、もう一度上段から杖を叩きつける。

「ふんっ!」

 ブレインはそれを刀で受けるために木刀を構えた。

「ににゃっ」

 ニニャは笑みを浮かべ、途中で杖の軌道を変更。左手を放して右手一本でブレインの喉を狙って鋭く突きを繰り出す。魔法詠唱者(マジックキャスター)の域を超えたスピードだ。

「むっ!」

 だが、それもブレインは見切って、首を左に傾けるだけで避けてみせた。一流の戦士ならではの無駄のない回避だ。

「いやああっ!」

 しかし、これを予想していたニニャは動きを止めずに、さらに右足の足裏でブレインの左膝を狙ってキック!

「むうっ!」

 それすらもブレインは回避し、攻撃に比重を置いたニニャの胴を打ち払った。

「〈要塞〉!」

 服に触れる直前に覚えたての武技を発動し、防御を試みる。

「ぐがっ……」

 タイミングが合わず、思い切り打ち抜かれてしまった。

「がはっ……」

 腹部を押えながらニニャは両膝をつき、蹲る。

「なかなかの連携だったが、攻撃に意識を置きす」

 アドバイスをし始めたブレインの言葉が途中でとまる。

「〈魔法の矢(マジックアロー)〉!」

 ニニャの声とともに超至近距離で光の矢が4つ放たれ、ブレインを襲う。

「チッ! 〈領域〉〈流水加速〉」

 だが、ブレインもさすがだった。武技を緊急発動し、自分の周囲に感知フィールドを作成。さらに動きを加速させて、この超至近距離からの光の矢を全て叩き落としてみせる。

参りました(ギブアップ)。さすがですね」

 それを見たニニャは、ギブアップを宣言する。

「ふう……俺に武技を使わせるとはな。成長したじゃないか」

 ブレインは満足そうに笑みを浮かべる。すでに人ではなくなっているが、純粋に若い力が伸びてくるのは嬉しいものがあった。

「いえ。全部避けられてしまいましたし、あの距離で全部叩き落とされたのですから、完敗ですよ」

「それは俺が相手だからだろう。――あのコンビネーションはよかったぞ。並みの相手なら上段振りおろしから突きのコンビネーションが決まっていただろうし、防いだとしても蹴りはよけられないだろうな。……人間の目は左右の動きより、上下の動きの方が苦手だからな。一応アドバイスしておくと、相手を潰す時は膝関節を、相手の態勢を崩すなら関節の上を狙え。まあ、この技を出すときはたいてい前者だろうけどな」

「ありがとうございます。もっと磨いておきますよ。それにしても防具で〈要塞〉を出すのは難しいですね」

 ニニャは腹部を擦りながら起き上る。

「……それは高等技術だからな、簡単に習得できるものではないさ。まあ、クレアのような天才的な戦士なら別だけどな。あいつは一発で出来たとかこの間自慢していたが。――だいたいニニャは基本的に魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。武技〈要塞〉が使えるだけでも凄いことだぞ。焦る必要はないさ」

 ポンとニニャの華奢な肩を叩く。

「そうですよね。ご指導ありがとうございましたレイさん」

 ニニャは丁寧に頭を下げ、礼を言う。

「ああ。いつでも相手をしてやるよ。今度は魔法を使わせないぜ」

 レイはニヒルな笑みを浮かべ、手を振りながら控室へと戻っていった。

 

 

 

 



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『ハムスケの修行』

 新シーズン突入前の読み切り短編です。



 

「行くでござるよ。殿たちも見ていてくだされ! これが(それがし)の新技〈閃光式賢王弾(シャイニング・ハムザード)〉でござる!」

 右膝をついて待っていてくれる死の騎士(デスナイト)へと向かってトトトトトと走り、左腿を踏み台にして、ハムスケは右膝をその顔面へと叩き付けようとした。

「あいやっ!」

 ツルリンと滑って自分の後頭部から落下してしまう。

「ふぎゅっっ!」

 ドッゴーン!! と一人で〈垂直落下バックドロップ〉を決めたハムスケは、自分の全体重が後頭部というか、“ほぼ脳天”にかかり、大ダメージを受けて、のたうちまわっている。

 

(あっちゃー)

 それを見ていたアインズは思わず右手で額を抑えてしまう。ちなみに今は、本来の死の支配者(オーバーロード)の姿である。

 

「まだまだですな、ハムスケ殿」

 これも軍服に三穴のピンクの卵頭姿のパンドラズ・アクターがダメ出しをする。

「も、申し訳ないでござるよ。あいたたたたっ」

 痛む後頭部に、右手――いや右前足か?――を伸ばすが、体の大きさのわりに短くまったく届いていない。

「……真似をするのはよいが、体型が違うからな」

 骸骨姿のアインズはダメ出しをしながら、ハムスケの姿に癒しを感じていた。

「なるほどでござる。さすがは殿達でござるな。このハムスケ、日々勉強の日々でござるよ」

 ハムスケは一人納得してコクコクと頷いているが、やはりハムスターがハムハムしているような絵に見える。  

 

 ここはナザリック第六階層にある闘技場。「日頃の成果を見せるでござる!」と張り切るハムスケのために場所を借り受けている。

 ハムスケは“漆黒”として出番がない時は、基本的にナザリック内で、リザードマンの戦士ザリュース・シャシャとゼンベル・ググーの二人の指導を受けながら“武技”の習得を目指して頑張っている。

 そして、それと並行して〈賢王の爪(ハムスケ・クロー)〉、〈賢王の尾(ハムスケ・テール)〉に続く新たな技を取得するため、アインズが、“アロー”として使っている技を覚えようと頑張っていたのだ。なお(クロー)(テール)も本人(獣?)が、技と言い張っているだけなのだが……。

 ただ、人間の姿であるアロー(アインズ)モモン(パンドラズ・アクター)と違って、ハムスケはとても大きなジャンガリアンハムスターである。人の使う技を真似するのは難しいだろう。

 

「やはり、体をぶつける系統の技か、爪を使った方がよいのではないか?」

 アインズが笑いをこらえながらアドバイスを送る。

「そ、そうするでござるよ。では、これならどうでござるか! 防げるものなら防いでみよ! 〈賢王式桃尻爆弾(ハムスケ式ヒップアタック)〉!」

 ハムスケは助走をつけて、死の騎士(デスナイト)へと飛び、空中で体を捻ると体毛に覆われた尻から突っ込んで行く。

(お前……全然桃尻ではないぞ。どっちかと言えば白桃――いや、大福だよ)

 アインズは心の中で突っ込みを入れる。

 

「グオオオオオ!」

 それを死の騎士(デスナイト)はがっちりと抱きしめるようにキャッチして、そのままハムスケをうつ伏せの状態で肩に担ぎあげる。

「グオオオオオオオッ!!」

 死の騎士(デスナイト)はジャンプして横に倒れ込みながら、ハムスケの頭部から地面へと叩き付ける。

「うぎゃあああああっ……」

 ハムスケは、またもや後頭部をしたたかに打ち付け、悶絶する。

 

「おおっ! この文献によると、今の技は〈死の谷落とし(デスバレーボム)〉。偶然出したとはいえ、凄い威力だな」

「まことに。死の騎士(デスナイト)が〈死の谷落とし(デスバレーボム)〉というのも洒落ておりますな」

 のんきな二人の目の前では、ハムスケがピクピクと痙攣していた。

 

 二人が覗き込んでいた文献とは“虎の穴(タイガー・ピッド)”という組織が出した格闘技図鑑である。これはアインズがナザリック図書館から引っ張り出してきたもので、連続写真と解説文によって技のかけ方が記載されている秘伝の書となっている。

 なお人間の体力では再現不可能な技も混ざっているが、アインズやアローの肉体能力があれば大抵は再現できる。

 

「おっと、いかんいかん。ハムスケを回復してやらないとな」

 アインズはペットの介抱を始めるのであった。

(そうだ! 技に負の接触(ネガティブ・タッチ)を乗せるのはどうだろうか? あ、アローの姿ではこのスキルは使えないから無理か。この姿で格闘戦を行う機会はほぼ皆無だと思うが、念のため練習はしてみるとするか)

 アインズは心のメモに書き加えた。

 

 ハムスケが、武技を身に着けるには、まだ時間がかかりそうだ。

 

 

 



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シーズン4 王都編
シーズン4第1話『王都にて』


 シーズン4開始となります。


 


 リ・エスティーゼ王国、王都リ・エスティーゼ。王国最大の都市にして国王が住んでいるヴァランシア宮殿のある都市である。もちろん王都の名に相応しいだけの規模を有しており、それに比例して物資・人員どちらにも恵まれている。三番目のアダマンタイト級冒険者チームがエ・ランテルに出現するまで、アダマンタイト級が王都にしか存在しなかったのも、当然といえるだろう。

 その第三のアダマンタイト級冒険者の一人、“緑衣の弓矢神”アローは、トレードマークとなっている緑のフードを被らないオリバー・クイーンの姿で、王都へ足を踏み入れた。

 アローおよび、その正体であるオリバー・クイーンは、ナザリックの絶対的な支配者アインズ・ウール・ゴウンの人間世界における偽装身分(アンダーカバー)の一つであり、

 アインズがかつて手に入れたアイテム“緑の矢(グリーン・アロー)”のよって人の姿へと変身した姿である。

 

 オリバー・クイーンとして王都へとやってきたアインズは、お供にオリバーの用心棒クレアという偽装身分(アンダーカバー)を与えられたクレマンティーヌを伴っていた。

 今回の王都訪問の表向きの理由は、王都に“漆黒”の直営店を出すための下見となっている。もっとも、この都市に出店する予定はない。

 アインズとしては、“王都の見学”と“部下の様子をみること”が主な目的であった。

 

 王都内を二人は徒歩で見て回っている。一見すると美男美女のカップルといったところだ。もっとも、そんなふうな表現を使ったりしたら、ナザリックの雰囲気が悪化するので書いたりはしないが。

 

「ふん……この街は、一見華やかだが、腐った匂いがプンプンするな」

 オリバー(アインズ)の目つきは厳しい。

「そーお? 魚でも腐っているのかなー」

 クンクンと匂いを嗅いでみるが、クレマンティーヌには肉を焼いているいい香りしか感じ取れなかった。

「どこかで肉を焼いている匂いがするよ、オリー」

「お前なあ……そういう意味で言ったわけじゃないんだが……」

 アインズは、クレマンティーヌを伴っての行動は気楽でよいと思っている。自分が上位者であることはわきまえた上で、フレンドリーに接してくる。ナザリックのシモベ達ではこうはいかないだろう。 

「ところで王都で何するの?」

「そうだな、古くからの“友人”に会うつもりだ。今は王都に来ているそうだからな」

「友人?」

「ああ。俺の親父に昔仕えていた“執事(バトラー)”だよ。今は別のところで働いているそうだけどね」

「という設定……だよね? 当然」   

 クレマンティーヌも、だんだんわかってきているようだ。

「ほう。お前も成長したな」

「でしょー。オリーのために頑張っているんだからね♪」

 クレマンティーヌの表情は、まさに恋する乙女。女性を魅了する力を持つオリバーの傍にずっといればそうなってしまうのだろう。また、自分より強いというのも魅力の一つであった。かつて敵対した時にボロボロにされたことや、その後ひどい目にあわされたことは、“自分が悪かった”と勝手に考えていた。

「わかった、わかった。あとで食事にでもいこう」

「ほんとー? やったー。でも、本当はオリーの手料理の方がいいんだけどな……」

「調子に乗るな!」

 オリバー(アインズ)はコツンと拳骨でクレマンティーヌと頭を小突く。

「てへっ!」

 緊張感のない会話をしているうちに、二人は当初の予定のルートを外れ、薄汚れた治安の悪そうな地域を歩んでいた。

 道にはゴミが投げ捨てられ、道端に座り込んだ乞食たちが動きもせず、じっと通行人を見つめ続けている。

 

「王都にもスラム街はあるのだな」

 “漆黒”の拠点“VERDANT(ヴァーダント)”もスラム街との境目にあるが、オープン当初とくらべれば治安も良くなってきているし、道もきれいになりつつあった。

「だいたいの都市にあるよー。法国にはほとんどないけどねー。帝国の帝都でも多少はあるし。でも、ここはちょっとひどいかなー」

「ふむ。お前のそういう知識は頼もしいな」

「くふー。そーお? そういわれると照れちゃうなー」

 そんな話をしている二人の目の前、15メートルほど先にあった重そうな鉄扉が開き、男が顔だけ出して辺りを見回している。

 

「オリー」

「ああ。あいつは何をしているんだ?」

 クレマンティーヌは腰のスティレットに手を伸ばし、アインズは軽く拳を握り込む。

(たしかこの辺りには八本指の息のかかった建物があったはずだ。一応襲撃には備えておかないとな)  

 アインズは、ハンドサインを送り物陰に隠れるように指示を出す。クレマンティーヌは無言で頷き、二人は男からは死角になる場所へと移動する。

 

『アインズ様っ!』

 タイミング悪く、パンドラズ・アクターの声が頭に響く。〈伝言(メッセージ)〉を使ってきたのだ。

『どうした、パンドラズ・アクター』 

『はい、アインズ様。緊急の依頼が入りましたので、ご報告にございます』

『依頼だと?』

『はい。小鬼(ゴブリン)の部族が連合し、エ・ランテルへ進軍しておるとのこと。我々“漆黒”に至急の対応要請が入っております』

(なんだ、その程度か。この世界の基準ではやっかいかもしれないが、我々にとってはたいしたことのない事件だ) 

 アインズ達ナザリックの基準からすれば、もはや事件にすらならに。

『そうか。その程度であれば問題はないな?』

『はい。問題ございません。私とナーベラル殿の二人で十分対処可能です』

『では、まかせよう。ブレインを連れて行くのか?』

『いえ。ブレイン殿には、拠点の警護を任せようと思っております。今回はアインズ様が拠点に配備された、ゼンジュボウに予備のフードを被せて同行させる予定でおります』

 ゼンジュボウは、アインズが御者に使うハンゾウ、フウマと同ランクのヒューマノイドタイプの傭兵モンスターである。

『“漆黒”として出たという事実があれば十分だろう。だが、油断はするなよ、パンドラズ・アクター』 

『ハッ! かしこまりました、ではこれより“漆黒”のモモンとして行ってまります』

(敬礼していないだろうな?)

 アインズには、ビシッ! と敬礼を決めているパンドラズ・アクターが見えたきがしていた。

 

 そしてこの間に、こちら側でも動きがあった。

 先程の男が、あたりをうかがってから、大きな布袋をドサリと道へと投げ捨てたのだ。中の柔らかいものがぐにゃりとなる。

「オリー、あれって……」

「ああ、たぶんそうだろうな」

 二人は、その袋の中身を“人”もしくは“人だったもの”と判断していた。音と重量がそう推測させた理由だ。

 

「どうみても、厄介ごとだな」

「だねー。私ならスルーするけど、オリーは違うんでしょ?」

「ああ。“誰かが困っていたら助けるのは当たり前”だからな」

 面倒事だと知っている。だが、それを粉砕する力は持っている。ならば躊躇う必要はない。

(そうですよね、たっちさん)

 アインズはかつて自分をPKから救ってくれた白銀の騎士“たっち・みー”の言葉を思い出す。

 そして、アインズは躊躇わずに袋に近づくと、中身をチラリと確認し、自分の想像が正しかったことを知る。

(やはりな)

 袋の中身は、辛うじて生きているボロボロの金髪だと思われる女であった。

 

「いくぞ」

「あいよー」

 アインズはクレマンティーヌを伴い素早くその場を立ち去る。鉄扉が再び開く音が遠くからしたときには、すでに角を曲がったところだった。

 

「なっ……どこへ消えやがったーー!!」

 男の声が遠くから聞こえてくる。

 

「セバス、いるんだろう?」

 アインズが声をかけると、建物の影から、筋骨隆々な肉体を執事服に包んだ、白髪……それも、口元に蓄えられた髭まで白で統一されている人物が現れた。

「こちらに控えております。オリバー様」

 セバスは一礼して主を出迎える。

「久しぶりだな、セバス」

「はい。オリバー様もお変わりなく」

「だれ―? オリーの知り合い?」

 クレマンティーヌは、セバスが王都へ出立した後にナザリックへ加入したため面識がなかった。

「クレマンティーヌ、セバス・チャンだ。私の部下だよ。ナザリックの執事(バトラー)だ」

「ああ、貴女がクレマンティーヌでしたか。人間の中では“強い”と伺っておりますよ。執事(バトラー)にして家令(ハウス・スチュワート)のセバス・チャンです。以後お見知りおきを」

 セバスは右手を胸に当てて一礼する。

「クレマンティーヌです。セバスさん……かなり強いみたいね。物腰の柔らかさに隠れているけど、すごいオーラを感じるわ。私じゃどうあっても勝てないって強さだね」

 クレマンティーヌは戦士職だけに相手のおおよその強さは感じとることができる。  

「セバス、成り行きは見ていたようだな?」

「はい。ちょうど私が通りかかりましたのが、オリバー様があの袋を回収する直前でございます。躊躇せずに弱者を救済なさるとは、なんと慈悲深い……」

「昔たっちさんにしてもらったことを、返しただけだ。それに、私がこの者を助けるのは運命だったようだからな」

「運命ってなにー? そんないい女でも入っていたの?」

 クレマンティーヌはあきらかに不満そうである。  

「……セバス、この者を至急治療したい」

 アインズは無視して話をすすめる。

「畏まりました。では、こちらへ。それはお預かりいたしましょう」

 セバスはアインズから布袋を受け取ると、2人を先導して屋敷へと向かった。

 

 

 



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シーズン4第2話『道標』

 

 王都の高級住宅街の一角に目的の家はあった。この地域も治安がよく、先ほどまでオリバー(アインズ)達がいたスラム街とは別世界に近かった。

 この家は、一族と使用人家族二世帯程度が同居することを前提に建てられており、周辺の館と比べてみればこじんまりとしているが、それでも大きな家である。

 ここは帝国からやってきた“商人の娘”ソリュシャンお嬢様ことソリュシャン・イプシロンとその執事(バトラー)であるセバスが二人で暮らしている……という設定になっているが、実際はナザリックの王都における拠点となっていた。

 

「戻りましたよ、ソリュシャン」

 布袋から出したボロボロの女を両手で抱えながら、セバスが先に入る。

「お帰りなさいま――」

 白いドレスをきた金髪のロールヘアの女性が出迎えたが、セバスの持っているものに目をとめ、あいさつを打ち切った。

「セバス様、そのようなものを持ち込まれては困ります」

 ソリュシャンは、その美しい顔を曇らせる。ナーベラルとはタイプが異なるが、彼女もまた絶世の美女と呼ばれるレベルの美貌を誇っている。

 

「まあ、そういうなよ、ソリュシャン。これは俺がお願いしたことだからさ」

 オリバー(アインズ)がセバスの後ろからひょこっと顔を出して、手を振った。

「まあ、オリバー様! これは失礼いたしました。いらっしゃいませ、オリバー様」

「久しぶりだなソリュシャン。息災だったか?」

「はい。元気にしております。ところで、これをどうさせるおつもりでしょうか?」

「ソリュシャンにはスクロールを預けてあっただろう? それで回復させてほしい」

「オリバー様、まずは体の状態をみさせてからの方がよろしいかと思います」

 セバスが提案する。

「そうだな。ではソリュシャン頼む」

「かしこまりました。ところで、そちらは?」

「ああ。お前とも初めてだったか? コレはクレマンティーヌというものだ。新参だがよろしく頼むよ」

「クレマンティーヌです。よろしく、ソリュシャンさん」

「……こちらこそ。では一旦お預かりいたします」

 ソリュシャンは別室のベッドへとセバスが抱えてきたものを持って行く。

 

「……なんだか、オリーの周辺って美人ばっかりだね、私も入っているけど」

「気のせいじゃないのか」

 まともに取り合う気のないアインズであった。

 

 

 しばらくした後にソリュシャンが戻ってくる。

「どうだった?」

「はい、オリバー様。梅毒に、その他二つの性病。ろっ骨の数本と指にヒビ。右手と左足の腱は切られ、前歯の上下は抜かれています。内臓も痛めているようですね。それに裂肛。また薬物による中毒もあるようですね。他にも無数の傷がありますが」

「ひどいものだな。これを同じ人間がやったというのか」

「私、前に聞いたことあるけど、王都にはあらゆる快楽に対して提供する娼館があるんだって。あそこはそういうところだったんじゃないかなー」

 なにげにクレマンティーヌは情報通である。

「屑だな。どうせそこにも八本指が関わっているのだろうが、その八本指と王国の貴族、商人らも手を組んでいるという情報がある」

「噂ですが、第一王子もそれに関わりがあるとか」

「やはりこの国は腐っているのだな。ところで、ソリュシャン。治せるな?」

 オリバーとしての眉根を寄せながら、王国への評価を大幅に下げる。

「はい、容易く。ところで、どこまで治しますか? 無傷の状態……あのような行為が行われる前までの、肉体の状態に戻せばよいでしょうか?」

「ああ。それで構わない。頼むぞ、ソリュシャン」

「かしこまりました。病気と傷は治せますが、精神的な傷は私では治せません」

「わかっている。そちらは私の方で対処しよう」

 ソリュシャンは頭を下げると、部屋を出ていく。

 

(では、誰にも気づかれていないようですし、いただいてしまいましょうか。あなたもその方がよいでしょう? どちらにしても、至高の御方たるアインズ様のご命令。しっかりと役目をはたしてみせますわ)

 ソリュシャンは邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷の応接室。オリバーが一番奥の席に座り、その前にはセバスとソリュシャンが左右に別れて立っている。

 

「オリー、連れてきたよ」 

 相変わらずの調子で、金髪の女性を連れたクレマンティーヌが入室してくる。

「失礼いたします」

 後から入ってきた女性は、昨日のボロボロだった姿ではなく肌にはつやが戻り、腫れ上がっていた顔もちゃんと戻っている。決して美女というわけではないが、愛嬌のある顔立ちであり、人に好意を持たれるタイプだと思われた。

 

「気楽にしてくれ。オリバー・クイーンだ。オリバーと読んでくれて構わない」

「はい。……この度はお助けいただき、ありがとうございました。オリバー様」

 女性は深々と頭を下げる。

「名を聞こう。本名を」

「はい。ツアレ……ツアレニーニャ・ベイロンと申します」

「そうか!……やはり、そうだったか」

 オリバー(アインズ)は、一人納得する。

「なにかございましたか、オリバー様?」

 セバスが主の変身している姿を凝視する。

「ああ、すまんな。ツアレ、君には妹がいるね?」

「ど、どうしてそれを??」

 ツアレは目を見開き、オリバーの顔を見つめる。

 

「私は、エ・ランテルという都市で“SCHWARZ(シュヴァルツ)”と“VERDANT(ヴァーダント)”という二つの店を経営しているんだが、そこで君の妹が働いているのだよ」

「い、妹が?」

 ツアレの驚愕が大きくなる。

 

「ああ。妹さんは、今は“ニニャ”と名乗っているよ。女性であることを隠し、男装して冒険者になっていたんだ、今は休業中だがね」

「妹が……冒険者……そんな子では……なか……ったのに」

「聞くところによると、ニニャは姉を探すために冒険者になったそうだ。彼女は魔法適性という生まれながらの異能(タレント)持ちだった。まだ若いのに第二位階の魔法まで――いや、今なら第三位階も使えるだろうな」

「……私のため……に」

 ツアレはギュッと唇を噛む。自分のせいで妹の人生を変えてしまったのだと知り、自分を責める気持ちで一杯だった。

「ツアレよ。自分を責めるな。……これはお前の妹の決断だ。彼女はツアレを助けるために、自ら決断し今の道を進んでいるのだ。――たしかにきっかけはツアレだったかもしれない。だが、それは彼女の人生の分岐点における道標でしかない。だから、ツアレ。お前が自分を責める必要なんてないんだよ」

 オリバー(アインズ)はずばりと言い切る。

 

(まあ、今俺がロールしているオリバーは、すぐに何でも自分のせいにして、自分を責めていたのだけどなあ。もしここに、あの“ドラマ”を知っている者がいれば、お前が言うなと総ツッコミを入れているだろうよ)     

 アインズは内心自分のロールにツッコミを入れる。別にアインズはオリバーになったわけではなく、オリバーの姿に変身して、それを演じているのだから、多少違ったところで問題はない。

 

「……わかりました。オリバー様」

「さて、ツアレよ。今後お前はどうしたい? 妹と会いたいか?」

 オリバー(アインズ)の言葉に、ツアレはしばし考える。

「会いたいです……でも、私は汚いですし……」

「ツアレ、お前は綺麗なままだよ」

 この発言にそれまで静かだった場がざわりとする。

「その瞳を見ていればわかるさ。心根が綺麗なのだな」

「……あ、ありがとう……ご、ございます。オリバー様」

 ツアレは頬を染め俯く。

 

(また、オリーってばナチュラルに口説いているし、それに気づいてないし。まったく、やめてよねー。ライバルばっかり増えちゃうじゃない)

 入口付近で控え、様子を窺っていたクレマンティーヌは、なんとか不満を顔に出さずに抑え込む。

(ま、それも魅力なんだけどねー)

 

「よいか、ツアレ。汚いのは、相手の方だからな。あの屑どもには、いずれ天誅が下るだろうさ。それでどうする?」

「はい。妹に会いたいと思います。その上で、私もオリバー様の店で働きたい……です」

「よかろう。セバス、問題はないな?」

「ハッ。それがよろしいかと思います」

「うむ。まずは体調を整えよ。お前の回復を待ってエ・ランテルへと案内しよう」

「ありがとうございます。オリバー様」

 ツアレは丁寧に頭を下げる。そしてその瞳には涙が浮かんでいる。人の優しさに触れたのは彼女にとって久しぶりの出来事だった。

 

 もっとも、ここにいる者はクレマンティーヌを除いて人ではないのだが。

 

 ツアレがクレマンティーヌに付き添われて退出した後、アインズは、変身を解いて本来の死の支配者(オーバーロード)の姿に戻る。

 

「セバス、ソリュシャン」

「「ハッ!」」

 二人はぴたりと同じタイミングで跪く。

「ここまでの王都での情報収集の役目ご苦労だった」

「「ありがとうございます、アインズ様」」

 ここも二人そろって応える。

「うむ。すでに情報は十分に集まっている。……ツアレを連れていくタイミングで、ここを引き払うから準備をしておけ。そろそろデミウルゴスも動くだろう。セバスには別の役目があるそうだ」

「かしこまりました」

「さて、ここからはちょっとした質問だが、セバス、お前は人間を殺せるか?」

 アインズはセバスのカルマ値がナザリックでは珍しく善に傾いているのを知っている。

「はっ。正当な理由があれば。またはアインズ様のご命令でございましたら」

「そうか。では問題ないだろう。少々お前には酷な仕事になるかもしれんが、デミウルゴスと協力してことにあたって欲しい」

「…………はっ!」

 アインズはセバスの顔にほんの一瞬だけ浮かんだ困惑も見て取る。

「ふふ。少し返事が遅れたな。――やはりデミウルゴスとは反りが合わないか?」

「申し訳ございません、アインズ様。同じナザリックの仲間ではあるのですが……考え方が合わない部分がございます」

 セバスは非常に言いにくそうに答える、

「そうか。――お前の創造主である“たっち・みー”さんと、デミウルゴスの創造主である“ウルベルト”さんもそりが合わず、よく喧嘩していたものだ。お前たちは創造主の影響を受けているのだろうよ。意見をぶつけあうのも大事なことだ。そうすることでよりよいアイディアが生まれることもあるのだから。まあ、もう一度言うが協力しあってよい結果をナザリックにもたらして欲しい」

「かしこまりました。このセバス、必ずアインズ様のお役に立ってみせます」

「うむ。今後も、期待しておるぞ。セバス、ソリュシャン」

「ハッ!」

 セバスとソリュシャンは偉大なる支配者に深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 



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シーズン4第3話『蒼の薔薇』

 

 

 王都にオリバーとして滞在中のアインズは、パンドラズ・アクターから無事にゴブリン連合の討伐が終わったという連絡を受けた後に行動を開始した。

 オリバーとしては、“王都で支店を出すかもしれない”という一応は視察を名目に来ているので、出店候補地を見て回っている風を装っている。

 

 

「この辺りは賑やかだな、クレア」

「そうだね、オリー」

 ここのところデート気分で視察について歩いているのは、用心棒のクレアこと、クレマンティーヌである。彼女はオリバーの護衛役となっているが、実際にはオリバー(アインズ)の方が強い。この二人、実際の関係はともかく、見た目は美男美女のカップルといってもよいので、それなりに目立つ存在だったりする。

 

 

「本当に出店するつもりなのー?」

「いや、する気はないよ。王都ではまだまだ“漆黒”の名前は売れていないからな。ま、出店はしないけど、建前というのは大事なのさ」

 実際アインズが見て回っている場所の近くには、八本指と呼ばれる裏組織の拠点がある。どちらかといえばそちらの位置を確認しておくのが本命だった。

「そうなんだー。面倒なんだねー」

「それと現地で手に入れる情報も大事だからな」

 部下から上がってくる情報を分析することも大事だが、自分で見ておくのも大事だと思っている。

「……オリー気づいている?」

「ああ。つけてくるものがいるな」

 アインズ達の後方に先程から一定距離を保ってついてくる気配がある。

「何者だ?」

「んー、足運びは戦士かな? そんなに強さは感じないし、敵意も感じないかな」

「そうか。……もう少しで目的地だ。もしかすると同じ場所を目指しているだけかもしれん」

「この辺りでは目立つところにいくしねー」

 アインズ達は、一軒の冒険者宿の前で足を止める。宿の大きさ、作り込みなどどれをとっても一級品と見える。それもそのはず。この店は王都で最高級の冒険者宿である。ここを使うものは高ランクの冒険者に限られており、あの有名なアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”もここを拠点にしている。

 

「では、行くか」 

「はーい!」

 アインズ達は中へと入る。

「例の追跡者もこっちへ来るね」

「なるほど。では追跡者ではなかったのか」

 アインズ達は小声でそんな話をしながら、目的の人物を探す。

 

 

「おう、オリバーじゃねえか」

 ガッチリとした筋肉の塊。男と見間違うばかりの発達した大胸筋が自慢の女戦士がオリバーの姿のアインズを見つけて声をかけてくる。

「どうも、ガガーランさん」

 オリバーはニッコリと笑いながら近づいていく。

「久しぶりだなオリバー。なんだ、女連れで観光か? せっかく夜のお相手を頼もうと思ったのにしらけるなー」

「あれ、ガガーランさんはチェリー好きじゃありませんでしたか?」

「ああ。お前はチェリーじゃないのは知っているが、いい男だからよ。特別に抱いてやろうと思ってな」

 ガガーランはガッハッハと笑う。

(いやー、オリバーはそういう設定だけど、ロールしている俺はリアルでも魔法使いだったからな……。だが、初めてはもっと女らしい相手がいいよな。柔らかくていい匂いで、アルベドのような……って何を考えているのだ、私は!!)

 アインズの思考がおかしな方向にいったので、自分でツッコミを入れて修正する。

 

「ガガーラン、誰だコイツは?」

 漆黒のローブで身を包んだ小柄な女……仮面をかぶっているせいか声が聞き取りにくいので性別がわかりにくい。

「ああ、イビルアイは初めてだったな。こいつはオリバー・クイーンっていって、あの第3のアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”の公認ショップSCHWARZ(シュヴァルツ)と、その拠点があるナイトクラブVERDANT(ヴァーダント)2店舗のオーナーだよ。今度王都に来いって言っておいたら、来てくれってわけだ」

「ああ。思い出した。先日お前が“漆黒の英雄”モモンと手合せをした際に会ったといっていた男か」

 イビルアイはポンと手を叩く。

「あの時は参りましたよ。まさかアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”のガガーランさんが、参加券を持ってやってくるなんて」

 先日エ・ランテルで行われた“漆黒の触れ合いイベント”にまさかの同格の冒険者である戦士ガガーランが参戦。おかげで会場は騒然となったものだ。

 

「ガガーランは強い者には興味があるからな」

「ああ。いい男だったし、戦闘力も噂以上だったな。特別ルールの中だから引き分けになったが、まともにやっていたら負けていただろうな。どうも手心を加えられたようだったしな」

 モモンとガガーランの戦いは模擬戦として、全てのイベントが終わった後に無観客で秘密裏におこなわれ、アダマンタイト級に相応しい熱戦を繰り広げた上で両者の武器が同時に折れ、引き分けとなっている。その後、モモンの紹介でオーナーであるオリバーを紹介され、手料理をご馳走になっていた。

 

 

「なるほどな。そういう知り合いだったのか……」

「ま、そういうこった。で、何しに王都へ来たんだ? やっぱり俺に抱かれにきたのか?」

(ふふ……冗談でも“そうだ”といったら確実に連れ込まれるな)

 アインズは心の中で苦笑する。

「ご冗談を。今後のショップ展開を考えていましてね」

「この王都に出店するのかよ?」

「いや、その可能性を探りに来たんですよ。“漆黒”は、エ・ランテルでは知らない者はいないという状態なのですが、やはり王都では“蒼の薔薇”の皆さんには敵いませんね」

 実際こちらにも評判は広まっているようだが、“漆黒”は表舞台に登場してからの日数が短い。

「そりゃ簡単には負けられねえさ。うちは全員美人ぞろいって評判の女だらけのアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”だぜ」

 右手をサムズアップしてニカッと笑う。

「そ、そうですね。はははっ!」

 オリバーは笑ってごまかす。この辺りはリアルの社会人生活で鍛えられたコミュニケーション能力の賜物であろう。

 

「そうだろう。ガハハハハハッ!」

「ふー。ところでオリバー殿。“漆黒”の実績はやはり伝わっている通りなのか?」

「イビルアイさんにどのように伝わっているかはわかりませんけど、墓地の大量アンデットの発生、ゴブリン部族連合の討伐、ギガントバジリスクの撃破、超貴重薬草の採取、アンデッド師団の殲滅、超強力な吸血鬼(ヴァンパイア)の撃破は全て真実ですよ」

 オリバーは自慢するでもなく、さも当然というように淡々と答える。

「この間は、ギガントバジリスクの展示をしていたと聞いているな」

「ええ。VERDANT(ヴァーダント)で展示していましたので、多くの方が見に来られましたよ。先日ラキュースさんもご覧になって帰られましたね」

 ラキュースは“漆黒”とあった後、オリバーの案内でギガントバジリスクの見学をしている。

「やはりそうか。ラキュースからも聞いていたから真実だとは思っていたが。やはりかなりの力を持っているのだな“漆黒”は」

「ギガントバジリスクを回復薬なしで倒せるのは、なかなかできることじゃねえぞ。まああれだけの力を持っているならできるかもしれないけどな」

 ガガーランは先日対戦したモモンの戦闘力を思い出す。剣技という面では、自分より劣る部分があったが、身体能力の高さはガガーランをして“異常”というレベルである。

 

「“漆黒”のモモンから伝言を預かっていますよ。「そのうち共闘することもあると思うのでよろしく」と」

「まあ、本当はないのが一番だけどな。まあその言葉はラキュースにも伝えておくぜ」

「オリバー殿。貴方の護衛はだいぶ強いようだな。私は専門職ではないが、感じ取れる気配は難度100以上というところだろう」

「そりゃ俺も思っていたぜ。難度100超えるなら十分アダマンタイトでやっていけるはず」

「あー、私はオリーの用心棒だから。あんまりモンスター退治とかって好きじゃないんだよーだから冒険者にはならなかったんだ。そうだなー“人を守るのが好きなんだー”……っていうか、オリーだから守りたいんだけどねー」

 “人を守るのが好きなんだー”このクレマンティーヌの台詞を、彼女の本性を知っているものが聞いたら、間違いなく全員が「嘘つくな!」とツッコミを入れたことは間違いない。

 

(嘘つくな! まったく逆じゃないか!)

 アインズは心の中で、ハリセンで叩きながらのツッコミを決めていた。もちろん実行はしないが。

 

「ほーう。ずいぶんと熱っぽいこというじゃねえか。オリバー、コイツお前の女なのか?」

「そ」

「違います。ただの用心棒ですよ」

 クレマンティーヌの言葉に速攻で被せ、アインズは全力で否定する。

「ま、どっちでもいいけどな。もし仕事変えたくなったら声かけてくれや」

「はーい」

 素直に元気のよい返事をしたが、そこには気持ちがないクレマンティーヌであった。

 

「ところで、ガガーランさん」

 オリバーの声に緊張感が漂う。護衛のクレマンティーヌもスッと護衛対象者の背後に回り、警棒を握りしめ、いつでも抜ける体勢を整えている。

「なんだ? 急に固い声をだして」

「先程から後方で盗み聞きをしている方はお知り合いですかね? もしそうなら、ご紹介いただきたいのですが?」

 ガガーランはオリバーの言葉に反応して目線を動かす。そこには、まだ幼さを残す青年いや少年というべきか悩む男が立っていた。それを確認したガガーランの表情が緩む。

(やはり、知り合いのようだな)

 アインズはそう判断し、警戒を解除する。それを敏感に感じ取ったクレマンティーヌも武器へ伸ばした手をだらりと下げた。

 

  

 





 シーズン3第8話のラスト 

 ”なお、モモンの方でも変わったことはあったらしいが、それはまた別の話である。”

 
  ”変わったこと”とは、「ガガーランがイベントに乱入したこと」でした。

 これを書くと最低2話は伸びてしまうので、長すぎるかと判断しカットしています。

 本当は書きたかったんですけどね。


 ちなみに「ダインの恋の話」など書いてない話は他にもあったりします。




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シーズン4第4話『助言』

 

 

 

「よおっ、童貞!」

 ガガーランの声が飛ぶ。

(おわっ! なんでバレた!!)

 オリバーに変身中のアインズが動揺する。演じているオリバー・クイーンは大富豪の息子にして、生粋のプレイボーイ。数多くの女性と浮名を流している――という設定になっているが、演じる本人(鈴木悟)はリアルでは魔法使いだった。

 

「ガガーラン様……その呼び方はやめてくださいとお願いしているのですが」

 少年と青年の間……といった金髪の男は、その外見に似合わない嗄れ声を出す。

「はっはっは。悪かったな、童貞!」

 まったく反省の色はなく、“悪かった”などとは露程も思っていないことがわかる。

「なんなら、今から抱いてやろうか。そうしたらもう呼ばねえぜ」

「遠慮いたします。ガガーラン様」

「そうか、気が変わったらいつでもいってくれや、クライム。いい夢見させてやんぜ!」

 ガガーランは豪快に笑い飛ばす。

「は、はあ」

 苦笑いするクライムと呼ばれた少年を見て、アインズは親近感を覚える。

(そうか、お前もそうなのか……うんうん。苦労しているのだなあ)

 同じチェリーであり、女運がなさそうなところに共感を覚える。

 

「クライム君と呼んでいいのかな? 私の名前はオリバー・クイーン。エ・ランテルで“漆黒”公認ショップSCHWARZ(シュヴァルツ)と、“漆黒”が拠点にしているナイトクラブVERDANT(ヴァーダント)のオーナーをやっているものだ。オリバーと呼んでくれ」

 オリバーはきさくに右手で握手を求める。顔には自然な笑みが浮かんでいた。

「はじめまして、オリバー・クイーン様。私はクライムといいます。この王国の兵士の一人です」

 クライムは畏まって両手で握手に応じる。身分差はないはずだが、オリバーの方が年長者であり、また独特のオーラがクライムにそういう態度を取らせていた。

「オリバー、こいつは姫さんの兵士なんだ」

「姫さん?」

「ああ。ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ。この国の第三王女様さ」

(ほう。噂の“黄金”か。……それにしても“漆黒”・“蒼の薔薇”・“朱の雫”に“黄金”それとたしかどこかに“銀糸鳥”というのも聞いたか? 妙に“色”に関する名前が多いのはなぜだろうな。次に出てくるのは緑……ってこれは“緑衣の弓矢神(アロー)”がいたか)

 アインズにとっても“黄金の姫”ラナーは興味深い相手だった。ナザリックの情報網であるG計画(ネットワーク)からも、かなりの要注意人物として名前が上がってきている。

 

「ガガーラン様!」

 クライムはむやみに身分を明かされたことに抗議の声をあげた。

「大丈夫だ。このオリバーは信用できる奴だからな。なんたって、王国第3のアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”から店を任されるくらいの男だからな」

「なんと! 第3のアダマンタイトチームができたのですか!」

 クライムは目を見開き、嗄れた声で驚いてみせる。

「……って、さっき聞いていたよねー?」

 用心棒のクレアことクレマンティーヌが、速攻でツッコミを入れる。

「あ……はい。申し訳ありませんでした」

 クライムは謝罪し深々と頭を下げる。

「すまねえな、オリバー。……この童貞は、英雄譚に目がねえんだよ。悪気はなかったと思うぜ」 

「まあ、問題はないですよ。別に大した話をしていたわけではないですし」

「……小僧、盗み聞き一つで事件に巻き込まれることもある。気を付けるんだな」

 仮面をつけた少女イビルアイが低い声で注意する。

「申し訳ありませんでした、イビルアイ様。以後気を付けます」

「そうしておけ。今気づいたようにしてくれていたが、オリバー殿達は、お前が店に入ってくる前から気づいていたようだぞ」

 

(なにっ? こいつ……気づいていたのか? なかなか面倒な相手のようだな。たしか、G計画(ネットワーク)からの報告では、“蒼の薔薇”の中で、こいつだけが他の連中よりも強く、そして“人間ではない”ということだったが。――場合によっては消すか? いくら強いとはいえ、私たちの半分程度のレベルでしかないからな)

 アインズは仮面の子供(イビルアイ)を観察しながら、物騒なことを考える。イビルアイ程度の能力なら、アインズなら無傷で秒殺できるし、オリバーおよびアローの状態でも余裕で瞬殺は可能だ。

 

「そ、そうでしたか。見事な所作で歩いていらっしゃる方を見つけて、思わずつけてしまいました。何か参考になるかと思いまして……結果的には目的地も一緒でしたし……」

 クライムは耳まで真っ赤になって俯いた。

「気にすることはないですよ。たまたま同じ目的地だったということでいいじゃないですか」

 オリバーは人を魅了する穏やかな笑みを浮かべてクライムの顔を見る。実際オリバーは常時発動型特殊技能(パッシブ・スキル)で〈プレイボーイ〉というスキルを放っている。  

 言い換えれば〈女性魅了(レディ・チャーム)〉といったところだが、さすがに男性であるクライムには効かない。それでもクライムは「魅力的な人だな。自分とは違ってスタイリッシュだ」と思っていた。

 

「ありがとうございます。オリバー様」

「クライム君は兵士でしたね」

「はい」

「クレア、お前から見てどうだいクライム君は?」

「そうだねー。それなりには強いんじゃないかなー。この王都に来てから何人も兵士みたけど、その中では抜けていると思う。でも、才能はないねー。今、壁にぶつかっているんじゃないかなー。乗り越えるのはなかなか難しいと思うよー」

 クレマンティーヌの言葉は、スッと入ってドスンとクライムの心に突き刺さる。

(じ、事実だし自覚はあったけど、初対面の人に言われるとグサッと来るものだなあ)

 クライムは実際壁に当たっている自覚はあった。なかなか上達しなくなってきているのだ。 

 

(さすがだなー。初対面の相手に対し、遠慮なく評価を口にしているよ。きっついわー。……いや、これでも遠慮はしているほうか)

 話を振ったアインズの方が動揺している。

「そ、そうか。クライム君、こう見えてもクレアはかなりの使い手なんだ。もし悩んでいることがあれば、聞いてみるといい。クレアも相談に乗ってやってくれよ。ガガーランさんとは違うアドバイスができるかもしれないからな」

 アインズはこのクライムという兵士に対し、力になってやりたい何かを感じていた。

 

「ありがとうございます、オリバー様」

「オリーの頼みだから聞いてあげるよ。このクレ……アさんが力になってあげるよ」

(お前、今クレマンティーヌ様って言いかけただろう?)

 ジロリと目線で注意を促す。クレマンティーヌは可愛く“てへペロ”をして誤魔化そうとする。

(騙されるか! あとで説教だな。初期のナーベのようなミスをしそうになるとは……)

 アインズの心のメモ帳に“クレマンティーヌに説教”としっかり書き込まれた。

 

「どうせだから、一回見てあげるよー。サービスだからねー」

「ありがとうございます。クレ……ア様」

「俺も興味あんな。――人目につかないところへ行こうや」

(ガガーランが言うと、女性を襲おうとしている不逞の輩にしか聞こえないな。女性なのに……)

 アインズはそんなことを考えながら先導するガガーランの後を追う。

「……やれやれ戦闘職という奴はこれだからな。仕方ない私も行こう」

 イビルアイは文句を言いながらもトコトコとついていく。

(こう見ると子供なんだがなあ……)

 アインズはイビルアイの見た目と能力とのギャップをまだ受け入れていなかった。

 

 

 ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

「では、お願いしますっ!」

 クライムは練習用の剣と盾を持ち、クレマンティーヌはいつものスティレットではなく、警棒を右手に装備して、距離4メートルで向かい合う。クレマンティーヌの機動力は使えない距離だが、あくまでもクライムへのアドバイスが目的だから問題はない。

 

「いつでもいいよー。でも、……本気でかかってきなっ!」

 クレマンティーヌはニイッと大きな口で笑う。

「はい。お願いします!」

 クライムは気合を入れて踏み込むと、横なぎの剣で斬りかかる。剣にはスピードが乗っており威力は十分だ。

「んー遅いかなー」

 だがクレマンティーヌはその剣をいとも簡単に叩き落とす。

「はやいっ……」

 クライムはその動きの速さに瞠目する。クライムの知っている中でこれだけのスピードを出せるのは、ガガーランや王国戦士長ガゼフ・ストロノーフくらいだろうか。

 

「やるっ!」

「……ああ。早いな」

 ガガーランとイビルアイが唸る。

「そんなんじゃ通用しないよー。もし私が刺客だったら、姫様は簡単に殺せちゃうねー」

 かなり不敬なことを口にするが、あくまでもたとえ話である。

(でも本当にやれそうだからなー)

 アインズはクレマンティーヌが人間の中では抜けた強さを持つことを知っている。

「やはり、これしかないっ!〈斬撃!〉」

 クライムの必殺の一撃が大上段から放たれる! 先ほどの剣よりも数段スピードも威力も上だった。

「一応……〈要塞〉!」

 クレマンティーヌはわざと武技を発動して警棒で受け止める。警棒とは言っても、オリハルコンをアダマンタイトでコーティングしたものだ。硬度でいえばクライムの剣よりも遥かに硬い。

「くっ……このおっ!」

 渾身の一撃を止められたクライムは、目で距離を測るとガゼフから学んでいた蹴り技、右の前蹴りでクレンティーヌの腹部を狙った。

「あまいなー」

 ガチッとその蹴りを左脇で抱え込む。

(ドラゴンスクリュー狙いか?)

 ここで右手を使って回転させれば、アインズが得意とする蹴り技への切り返し方法になる。クレマンティーヌは実際に技を受けているから、使うこともできるだろう。

「おわりー」

「うっ!」

 クレマンティーヌの警棒がクライムの、喉元に突き付けられた。

「そこまでですね」

 ここでオリバーが止めに入る。

 

「やるな。かなりの腕前だ」

「だな。用心棒にしておくのは惜しい逸材だ」

「どうでしたでしょうか?」

 クライムはクレマンティーヌの顔を純粋な瞳でじっと見つめる。

「うーん。君の切り札って、大上段からの〈斬撃〉だよね。あれはすごく磨いているのわかるよー。私だから簡単に止めたけど、普通ならあれで終わるだろうねー。あれを磨いていくのはいいと思うよ。ただ、止められた後が問題だよねー。蹴り技に行く前に目線動かしたでしょ? あれだとバレバレだよー」

「なるほど、勉強になります」

 クライムには目線を動かしたつもりはなかったのだが、無意識のうちに動いていたということなのだろう。

「……あと、必殺の一撃が止められたことでちょっと動揺していたよねー。同格とか格下ならあれで決められると思うけど、それでも攻撃を止められる前提で連撃技を磨いておいた方がいいかな。レベル高い相手と戦うと、そうした小さな気持ちの揺らぎは、隙でしかないしー。――そうだなー、君なら3連撃がいいところかな。レベル差があれば今回みたいな結果になるかもしれないけど、そうでなければ自信の連携技ってのは大事だねー」

 クレマンティーヌの指摘に、クライムは内心驚く。

(ガセフ様に言われたことに近い)

 戦い方は違えども、戦士として優れている者であれば同じような感想を抱くものなのかもしれない。実際ガガーランも云々と頷いている。

「ありがとうございました。クレア様」

「いいってー。強くなったらまた遊んであげるねー」

 片目をつぶってウインクまでサービスする。

 

(おいおい、そういうキャラじゃねーだろ!)

 アインズはやはり心の中で激しくツッコミを入れるのであった。

 

 

 



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シーズン4第5話『奇襲』

 

 

 

 “蒼の薔薇”のガガーランとイビルアイ。そして、“黄金”ラナーの兵士クライムと別れたアインズ――今はオリバー・クイーンの姿に変身中――は、用心棒のクレアことクレマンティーヌを伴って、その足で先日ツアレニーニャを助けた場所へと寄り道する。

 

「我々がツアレを拾ったことは知られていないようだが……」

「その前に潰すってことね、ワクワクするね、オリー」

 G計画(ネットワーク)からの情報によれば、ツアレが行方知れずになったことで、そとへ放り出した従業員の男は殺され、大規模な捜索が行われているとのことだった。だが、オリバー達の情報は掴めていない。

 

「――戦闘前には多少なりとも高揚感はあるが、今回は感じないな。どちらかといえば作業に近い。汚れを一つ落とすだけさ」

「はーい、お掃除だねー。“この街を(けが)した”奴らを一掃するんでしょ?」

 クレマンティーヌはアローの口調を真似る。

「ま、そういうことだが、それは私の台詞だからな」

「はーい。ハンセイシテマース、キヲツケマース」

 クレマンティーヌは完全に棒読みの台詞で返す。どうみても反省はしていない。

 

 二人は、裏組織“八本指”が経営する娼館へ文字通りの奇襲をかけた。

 入口からオリバーが門を蹴破って乱入。裏口からは、クレマンティーヌが得意のスティレットを片手に同時に殴り込む。

「なんだ、おまぐえっ!」

 物音を聞いておっとり刀でかけつけた用心棒を、オリバーは右旋回してのスピンキックで吹き飛ばす!

 

「いっくよー!」

 クレマンティーヌのスティレットが、いかつい男の額を貫く。

 

 そして、乱入からわずか10分というごく短時間であっさりと娼館を制圧。王国を影で牛耳る影の組織“八本指”……その中でも奴隷部門に大きなダメージを与えた。

 警護を担当していた六腕の一人“幻魔”サキュロントは、アインズの〈トラースキック〉一発で頭を粉砕され即死。奴隷部門長コッコドールはクレマンティーヌにより捕えられ、ナザリックへと送り込まれた。

 

 

「これで、ツアレの気も少しは晴れるといいのだが……」

「うーん、どっちかっていうと、オリーの気が晴れた感じだけどねー」

「ちょ、何でそう思った?」

 ズバリ! と言いあてられたアインズは瞠目し、クレマンティーヌの顔をみつめる。

「そんなのすぐわかるよー。……オリーは優しいもん。だって、ツアレの状況を知った時すっごく怒っていたじゃない。――今回の襲撃の名目は“ツアレのため”だけど、裏には“オリーの憂さ晴らし”もあるんだよね……で、そんなに見つめられると照れるんだけどー」

 クレマンティーヌは頬を染め、恥ずかしそうに呟く。

「……そうか。そう見えていたか」

 最後の言葉は聞かなかったことにして、その前の部分へ言葉を返す。

(単なる殺戮好きの狂人かと思っていたが、意外と色々と気が付くし、多少偏りはあるが知識も持っている。いまさらだが、なかなか使えるじゃないか)

 アインズはクレマンティーヌの評価を改める。当初に比べれば大幅に上がっているのは間違いないところだ。

「そうにしか見えなかったよー。ところで、六腕も半減して3腕になったけど、残りはどうするの?」

 八本指警備部門最強メンバーである“六腕”は、一人一人がアダマンタイト級と言われ、恐れられているが、すでに“空間斬”ペシュリアンは捕縛され、“幻魔”サキュロントは死亡。“踊る三日月刀(シミター)”エドストレームはナザリックへと下っている。

 

「もちろん殲滅するさ。我々に刃向ったことの愚かさを教えてやろう」

「やっぱりそうなるんだねー。ちなみに六腕の残り3人は、リーダーの“闘鬼”ゼロ、“千殺”マルムヴィスト、“不死王”ディバーノックだね」

 このあたりの知識は、彼女が“漆黒聖典”であった頃に仕入れたものだ。なお、クレマンティーヌが“不死王”を口にしたところで、オリバーの眉根に皺がより目つきが鋭くなった。

「あれ、オリー“不死王”って二つ名、気に入らないのかな?」

「……ああ。気に入らないな。――というよりも不快だな。理由はわからないが、不快だ」

「わかった。私も口にしないようにするねー」

 クレマンティーヌは、こう見えても意外と気遣いのできる娘である。

 

 

『アインズ様!』

 ここでパンドラズ・アクターから〈伝言(メッセージ)〉が入った。

『どうした、パンドラズ・アクター』  

『はい。王都の大貴族レエブン侯より使者が参りました。“漆黒”に依頼が入っております』

『レエブン侯だと?』

 エリアス・ブラント・デイル・レエブン――通称は“レエブン侯”。リ・エスティーゼ王国の“六大貴族”の中で最大の勢力を誇っている貴族だ。

 

『はい。レエブン侯からの依頼内容でございますが、“王都で何か異変が起きそうなので自宅を警護して欲しい”ということでございます』

『……なるほどな。それは“表向きの依頼”ではないか? ……実際は、“八本指”の拠点を攻撃する手伝いをして欲しい……といったところであろうよ』

 アインズはG計画(ネットワーク)から得ているレエブン侯の動きから推測を立てている。元々“黄金”のラナー王女と、“蒼の薔薇”は、“八本指”に対して動いており、麻薬を栽培している村を奇襲し、畑を焼き払うなど対処に動いていた。

 

『おおっ! さすがはアインズ様!! おっしゃる通りの内容でございます。特に“六腕”を倒して欲しいという要望がございますな』

『六腕か。それなら、もう半分は終わったようなものだな。一人は捕え、一人は殺し、一人は配下になっている』

『おおおっ! さすがはアインズ様。見事なお手並みでございますな』

 パンドラズ・アクターが大げさにポーズを決めている姿が、アインズにはくっきりと見える気がした。

『ふっ……たまたまだ。そうだな……“アローは所用で、ちょうど王都へ向かっている”と告げておけ』

『――すでに手配済でございます、アインズ様……このパンドラズ・アクター、こういうこともあろうかと、ゴブリン討伐を終えてエ・ランテルへと帰還した際に、“アローは王都へ向かった”という情報を流しておりました。日数的にはもう着いているころですな』

 会っていなくても、パンドラズ・アクターがこれでもかというくらいにドヤ顔をしているのが、アインズには手に取るようにわかった。

 

(さすがにコイツにも慣れたなー。最初の頃は動揺しまくったものだが。――そういえば“美人は3日で飽き、不美人は3日で慣れる”という言葉があったな。パンドラズ・アクターに初めて会いにいく時にもそんなことを思ったが。……だが、あれは間違っているな。美人は3日では飽きないぞ! ……不美人には3日で慣れたかもしれんが。ガガーランとか……うん? まだ3日も会ってないか?? というかあいつは“男前”だから不美人ではないのか?)

 さらりと失礼なことを考える。

 

『……さ、さすがだな。パンドラズ・アクター』

『ありがとうございます。アインズ様……アインズ様がそちらに居られる以上、アローの出番は王都にこそございます。当然の務めでございますよ』

『となると到着は明日の夜というところだろうな?』

『はい。あちらが用意した魔法詠唱者(マジュックキャスター)が、我々を乗せた〈浮遊する板(フローティング・ボード)〉を飛行(フライ)の魔法で引っ張るという方法を使うそうです』

『〈浮遊する板(フローティング・ボード)〉か。最近セバスからの報告にあった新しい魔法だな』

『はい』

『やはりな。では、明日合流しようパンドラズ・アクターよ』

『かしこまりました、アインズ様』

(どうやら久しぶりに(モモン)(アロー)の競演になりそうだな)

 アインズはわくわくする気持ちを抑えられない。

(今夜は寝られないかなー)

 遠足を前にした子供のような状態である。もっともアインズは本来の姿はアンデッドであり、睡眠は必要ないのだが。 

 

「何かあったのー?」

「明日大きく動くことになりそうだ」

「そっか。じゃあ、私も赤いフードの出番かなー。ところでツアレはどうするの?」

 セバスとソリュシャンは今日にも撤退させるが、ツアレに関しては悩むところだ。

 

「うーん。本来ならVERDANT(ヴァーダント)へ連れて行ってニニャと再会させてやりたいのだがな」

「全部終わってから、オリーとして連れていけばいいんじゃないかな」

「そうするか。だがツアレ一人を残すわけにもいかないな。……といってもこの後の作戦でかなりの人員を割くと聞いているからな。あまり自由になる者もいないしな。ひとまず、ハンゾウとフウマに護衛させるか」

「んーオリー。それはちょっとだめかも」

「どういうことだ?」

「オリー。あの子は男性に対してまだ恐怖心が残っているの。ハンゾウとフウマは確かに強いけど、しょせんは男性型でしょう? 周辺の警備って面では心強いと思うけど、彼女の傍に置くのは無理じゃないかなー」

 クレマンティーヌのいうことはもっともだった。

「そうか。失念していたな。とすると、クレマンティーヌお前が面倒を見ることになるが……」

「まあ、それでもいいけどねー。大抵の奴なら倒せるしね。でも、私だけだと癒しとしては弱いかなー。他に女性で動かせるのはいないの?」

「そうだな……あとは……アレくらいしかいないかな」

「もしかして、あの娘? あの娘なら魔法も使えるし護衛も兼ねられるねー。んーグッドアイディアだと思う。さすが、オリー。いいんじゃないかなー。きっと癒しになると思うよ可愛い女の子だから、恐怖感もないだろうしねー」

「ふむ……そうするか」

 アインズは方針を決定。すぐにシモベを通じて関係各所にそれが伝えられ、準備はすぐに整った。

 

 







 不幸なサキュロント……わずか2行で死亡により退場。
 なんと台詞なしです。原作で一番出番多いのに。


 


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シーズン4第6話『アローVS六腕』

 王都の某所にある“八本指”の拠点。その拠点の一室――広さは50畳ほどの大会議室――で、3人の男が苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んでいる。もっとも一人は皮も肉もないので表情は読み取りにくいのだが。

 この重い空気の原因は、先ほどもたらされた“幻魔”サキュロントの死亡。そして、奴隷部門長コッコドール行方不明という一報が原因であった。

 

 

「今、戻ったよ」

 その沈黙を破ったのは外からの声だった。憔悴しきったエドストレームが、足元をふらつかせながら扉から中に入ってきたのだ。その体はボロボロになっている。

「え、エドストレーム!」

 禿げ上がった男“戦鬼”ゼロ――その筋肉の盛り上がった体には動物を象ったタトゥーが彫られている――が、驚きの表情を浮かべた。ここ数日音信不通になっていたため、何かあった可能性が高いと判断していたのだ。

 

「大丈夫か! 何があった!」

 倒れ込みそうになるところを素早く駆け寄ったゼロが抱きとめる。

「ありがとう、ゼロ。すまない……ペシュリアンが殺された。――私はなんとか逃げることができたけど、このザマさ」

 エドストレームは力なく笑う。彼女が身に纏っていた薄い衣はあちこちが破れ、肌が露出しているその肌には刃物で切られたような傷や、矢が刺さった跡が残っている。”無理やり引き抜いたのだ”とゼロにはすぐにわかった。

 また、だらりと下がった左腕は不自然に曲がっており、どうやら骨が折れているようだった。美しく整っていた顔は、右目には大きなアザが、左頬は腫れあがっており、彼女がいつも腰から下げている三日月刀(シミター)はわずかに2本しか残っていない。腕や足につけた金の装飾品も幾つかがなくなっていた。

 

「「……ペシュリアンもか!」」

 煌びやかな金糸刺繍を施した上着を着用した男――“千殺”マルムヴィストとゼロが同時に驚きの声を上げる。

「むう、六腕のうち二人もやられるとは……」

 頭部まで黒いローブを纏っている人物……“不死王”ディバーノックが、低い声で唸った。

「ペシュリアン“も”? ということは、ま、まさかサキュロントが?」

 エドストレームは目を見開いて3人の男の顔を見る。3人は無言で首肯する。

 

「だ、誰にやられたのさ?」

「わからん。奴がいた娼館の従業員は全員殺されているから目撃者はいない。サキュロントの奴は頭部を粉々にされて殺されていた。奴が警護していた奴隷部門長コッコドールは行方不明だ。……これは推測だが、どうやら敵の手に落ちたと思われるな」

 ゼロは冷静に現在の状況を伝え、目でお前の状況も報告しろと促した。

 

「そっちの状況はわかったよ。マズイ状況だね……こちらは予定通りに襲撃をかけたのだけど、思わぬ伏兵がいてね。そちらにやられたよ」

「伏兵? 事前に情報が洩れていたのか?」

 だとすれば問題だ。ペシュリアンとエドストレームの襲撃の情報はごく一部の者しか知らないのだ。それが漏れたのなら、上位者が裏切っていることになる。

「もしくは、最初から囮だったのかもしれないね。何しろ、あの“漆黒”が伏せていたのさ。ペシュリアンは、あっさりとやられたよ。あいつの技を初見で止めやがったんだ。……あいつらは本当に強かった。敵に回さない方がいい」

 エドストレームは、体をぶるりと震わせる。

 

(それほどの恐怖だったのか?)

 ゼロはここまで怯えたエドストレームを見たことがなかった。いつもの勝気な六腕の紅一点として凛としている彼女とはまったく違う、なんの力も持たないか弱い女性のようだった。

「それは無理な相談だな。すでにこちらは関係者を襲撃してしまった後だしな……。まさか二人も失うことになるとは……」

「……“漆黒”か。今話題の王国第3のアダマンタイト級冒険者チーム。たった3人で幾多の偉業を成し遂げた存在か。くそっ“蒼”だけでも手を焼いているのに」

 マルムヴィストは、右拳を左の掌に打ち付け、悔しそうな顔をする。

「ふむ……やはり個別に狙うしかないのではないか? いくらアダマンタイトとはいえ、我々も一人一人がアダマンタイト級の強さを持っている。1対4なら十分勝てるはずだ」

 デイバーノックは冷静な声を出す。“不死王”の二つ名で呼ばれているが、これは誇張でも単なるカッコつけでもなく、本当に不死の存在である。なぜならば、彼は人ではなくアンデッド。自然に発生した死者の大魔法使い(エルダーリッチ)である。

 アンデッドは通常生きている者を憎む存在であり人の命を奪う存在だが、知的なアンデッドの中には、憎悪を抑え人間に接触を図る者もいる。デイバーノックはそういった存在であった。

 

「それは無理な相談だな」

 どこからともなく知らない男の声がする。

「何者だ!」

「姿をみせろ!」

「出てこい卑怯者!」

 ゼロ達が口々にわめく。

「ふっ……1VS4で仕掛けようとしている卑怯者に言われたくはないな」

 この声とともに姿を現した緑のフードの男“アロー”――もちろんアインズが変身している――が弓を構えると同時に緑色の矢が3人に襲いかかった。

 

「なめるなよっ!」

 ゼロは拳で矢を跳ね除けてみせる。

「ちっ!」

 マルムヴィストはレイピアで矢を弾き返す。

「〈火球(ファイアーボール)〉!」

 デイバーノックは魔法を放って矢を消滅させる。……室内で放ったので、当然テーブルが燃え始める。

(室内で〈火球(ファイアーボール)〉ぶっ放すとは。アホか)

 アインズはデイバーノックという死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の評価を思いっきり下げる。もっとも元々殺す対象でしかなかったのだが。

 

「バカ野郎がっ!場所を考えろっ!」

 ゼロが追撃の矢を体捌きで躱しながら怒鳴りつける。

「まったくだぜ!」

 薔薇の装飾の入ったレイピアを振るいマルムヴィストは身を守っている。このレイピアは薔薇の香りが付与されているため、彼の周りは薔薇の香りに包まれている。

(香りのする武器とは珍しいな。だが、野戦や夜の戦いなどでは自分の場所がわかってしまうな。一応コレクションしておこう)

 アインズのコレクター魂が疼いたようだ。

 

「その緑のフードからすると“漆黒”の一人“緑の弓矢神”アローだな」

 デイバーノックは相手の正体に気付き、仲間の抗議は無視する。火など消せばよいし、まず優先すべきは敵の排除だ。

「おやおや、八本指の最大戦力と言われる“六腕”の皆さんにまで名を知られているとは。私も有名になったものだ」

 アロー(アインズ)はおどけてみせる。

「貴様がアローか」

 ゼロが本気の殺気を放って目でアローの動きを牽制する。

「いかにも私は“漆黒”のアローだ。……六腕! 貴様らは王国を、そして人間社会を(けが)した! その罪償ってもらおう!」

「ふん、貴様のへなちょこ矢など通用せんわっ!」

「それはどうかな?」

 アロー(アインズ)は本気の一撃で矢を放った。先程までとは、まったく違うスピード――目にも止まらぬ早さ――で矢が飛んでいく。もっともそれを視認できたのはアローだけだったのだが。

 

「ぐわっ!!」

 マルムヴィストの眉間を緑の矢が貫き、物言わぬ人の形をしたモノと成り果て、そのまま仰向けで床にドオッと倒れ込んだ。

「な、なんだとおっ!」

「は、はやいっ!」  

 二人の驚愕の言葉が終わらないうちにアロー(アインズ)は距離を一気に詰め、右拳を大きく弓のように引いてから拳をデイバーノックの顔面へと叩き付けた。〈ナックルアロー〉もしくは〈鉄拳制裁〉と呼ばれる技である。

「爆散!」

 別にこの言葉は必要ではない。ちょっと“何かしたように見せかけてみただけ”の遊び心にすぎない。アロー(アインズ)の言葉をきっかけにデイバーノックの頭そして、全身が砕け散る――いや、それでも表現としては甘いだろう。単なる白い粉と化して飛び散った。

「何が“不死王”だ。一撃じゃないか……」

 アロー(アインズ)は不満そうに手についた粉を吹き飛ばし、()()()()となったゼロを見る。

「な、なにをした」

 さすがに“闘鬼”ゼロも目の前で立て続けに起こった出来事が信じられない。だが、サキュロントを倒したのはアローだということは直感していた。

「ちょっとしたおまじないというところだろうな」

「貴様……かなりやるな……」

 ゼロの背中を冷たい汗が流れ落ちる。

(……かなりやるどころではない。こいつは化け物中の化け物だ。この世の者とは思えない強さだな……どうやって逃げるべき……)

 ゼロは初めて本気で撤退ではなく逃走することを考えていた。

(正面突破で出口まで駆けるのは無理だ。くそっ……誰か一人でも残っていればそいつを盾にするのに……)

 ここでゼロは自分が一人ではないことを思い出す。

「エドストレーム! 舞踊(ダンス)だ」

 重傷とはいえ、彼女は意志で舞踊(ダンス)の魔法を付与した三日月刀(シミター)を操ることができる。

 ゼロはアローから目を切らさずに声だけで指示をする。だが返事はない。

「エドストレーム! 聞いているのか……ぐっ……な、なぜ……ぐはっ……ぐえっ」

 振り向いたゼロは信じられないモノを見た。ゼロが振り向いた場所には無傷のエドストレームが立っており、ゼロの腹部には()()三日月刀(シミター)が次々と突き刺さっていった。

 

「ごめんなさいね、ゼロ。そういうことだから」

 妖艶な笑みを浮かべ、“片膝をついた”ゼロを見下ろす。

「う、裏切ったな……貴様……恥を知れ……」

「ふふ。”裏切りは女のアクセサリーなのよ”。元々貴方が強かったから、下についていただけ。でも、もっと強い男が現れたのよ。そういうことだから。楽しい思い出は一杯あったけど。これでお別れね」

「くそっ……俺様をなめるなよっ!」

 最後の力を振り絞って立ち上がろうとするが、その前に緑色の風が吹いた。

「……勝機、見逃すわけにはいかない!〈閃光式不死鳥弾(シャイニング・フェニックス)〉!!」

 ゼロの腿を踏み台にして、不死鳥をイメージして大きく両手を横に広げながら右膝でゼロの左頬を打ち抜く。技自体は閃光魔術師弾(シャイニング・ウイザード)と同型だが、技の華麗さとダイナミックさでは上である。

「俺を踏み台に!? べぎゃあああっ……」

 ゼロは原型を顔が半分に潰れてドチャッと床に倒れ込んだ。

 

 

「これで六腕は全滅だな?」

「はい。これで全員です」

 エドストレームは武器を収め、跪く。

「かなり意外だったようだな。お前に裏切られるとは思っていなかったようだ」

「はっ……それでも私の剣技を破る研究はしていましたので、戦う可能性は考えていたようです。それと付き合いも長かったですし、負傷したフリをしていたのも大きかったのでしょう」

「ご苦労であった。しばらくはナザリックで待機しておくがよい。おいおいそんなに警戒しないでくれ。もうお前は我々のシモベだ。きちんと保護されるから安心するんだな」

 エドストレームの顔には明らかな警戒感が浮かんでいたが、アインズの言葉を聞いてほっとした顔つきへと変わった。

 

 なおゼロとマルムヴィストの死体は実験材料として回収されることになる。 

 

 

 もちろんマルムヴィストの剣は、アインズがきっちりと回収、コレクションに加えている。

 




 

 なお、今回のフィニッシュホールド”シャイニング・フェニックス”は、私の創作によるオリジナル技になります。
 


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シーズン4第7話『薔薇は美しく散る』

 

 

 

「じゃあぁ、みんな荷物を大急ぎで運んでねぇ」

 和服調のメイド服をきた美少女――エントマ・ヴァシリッサ・ゼータの号令で、人間よりも大きな蟲達が背中に沢山の荷物を積んで夜空へと飛び立って行く。これはエントマが虫使いの能力で呼び出した蟲達である。

「ふー。ちょっと時間オーバーしたけど、これで任務完了っと」

 別に汗などは書いていないが、シニヨンの前髪をかきあげ額の汗を拭うフリをする。彼女が、指揮官であるデミウルゴスから与えられた任務はすでに完了しており、一緒にこの館を襲撃したマーレは、麻薬部門長ヒルマの拉致に成功しこの場を去っていた。

「あ、いっけなあぃ。食べるの忘れてたぁ」

 甘ったるい声を出しながら、エントマはわざとらしくコツンと自分の頭を軽く叩くと、片手に持っていた人間の腕を顎の下へ運び、()()()()でガブリと齧る。エントマのこの顔は蟲で作った偽の顔であり、本来の顔は、この下に隠されている。

「うーん、おいちぃ~。い~っつもグリーンビスケットで我慢しているけどぉ。やっぱり人間のお肉は美味しぃ」

 骨を避けてある程度食べると、エントマは残りの部分を無造作に放り投げる。

「ご馳走様でした」

 ペコリと館に一礼し、エントマは集合地点へと向かう……が、わずか3歩で呼び止められる。

 

「よお、月が綺麗だな」

 ずんぐりと筋肉質な男――にしては、その声は女性のようだ。男か女かわからない不思議な生物がエントマに声をかけてきた。その手には刺突戦鎚(ウォービック)が握られている。

「月なんて出てないと思うけどぉ」

 空は雲がかかっていて月は見えない。

「まあ、そんなことはどっちでもいいんだがよお。お前……今、何を食っていた?」

 鋭い目でエントマを睨みつける。

(さっきの女の脂の乗った柔らかいお肉が晩御飯だからぁ……今の筋肉質な男のお肉はぁ、夜のオヤツだよねえ)

 エントマはちょっとだけ考えてから、「……夜のオヤツかなぁ」と甘ったるい声で答えた。

「っ……人間の肉を食っておいてオヤツだとぉ?」

 刺突戦鎚(ウォービック)を握る手に力が入る。 

 その様子を見たエントマは、(……満腹なのに面倒ぉ)と内心溜息をついたが、それよりも先程から悩んでいたことを聞くことにした。

「……ところでぇ。あなたはぁ……男なの? それとも女? どっちぃ?」

 エントマには判別が出来なかった。これが蟲であれば、雄か雌かはすぐにわかるのだが……。

「この人食いの化けもんがっ! 俺様はガガーラン! 男なんかじゃなーい。女だっつーの!!」

 ブッチ~ン! という音が聞こえたような気がする。

 

「ええ~っ!? うっそおぉ?! 本当に男じゃないんだぁ……男みたいな女ってどんな味なのか興味はあるけどぉ……今はお腹一杯だからぁ……またにしてぇ。んー、その“大胸筋”が特に美味しそうなんだけどねぇ」

 エントマは十中八九“男”だと思っていた。声が女ぽい男だと思っていたのである。だが、逆であるという。エントマの声は驚きを素直に表現していた。ただし、表情は変わっていない。

「俺の胸は大胸筋じゃねええええええええええええっ!! バストだあああああああああっ!!」

 エントマは、無意識のうちに的確にガガーランの怒りを引き出す秘孔を突いていた。

「もう許さねえ! アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”のガガーラン様が、人食いの化け物を退治してやるぜっ!!」

 ガガーランは刺突戦鎚(ウォービック)を振りかぶり突進する。

 

「出てこなければぁ、やられなかったのにぃ……」

 エントマは、蟲を放って応戦する。

 

「でやああああああっ!」

「いいやあああああぁぁ!!」

 

 “蒼の薔薇”の女戦士ガガーランと、戦闘メイド(プレアデス)のエントマの戦いが始まった。

 

 

 

 

 ◆◇◆  ◆◇◆

 

 

 

「な、なんとかなったか……」

 片膝をついて肩で息をするガガーラン。その体は激闘を繰り広げたことを証明し、ボロボロである。

「鬼強だった……」

 こちらもボロボロになった忍者服の女――ティナが両腕を地面につき、項垂れている。その顔からは汗と血が混ざったものがしたたり落ちていた、

「彼我の戦闘力差を考えろ。バカが」

 仮面の子供(イビルアイ)が二人を叱責する。実際イビルアイが駆けつけなければガガーランは討ち死に。援軍にかけつけたティナも枕を並べて討ち死にしていただろう。

 目の前で倒れている“蟲のメイド”とはそれほどの能力差があった。今回勝てたのは、イビルアイが蟲に効果的な魔法を取得していたこと、そして“蟲のメイド”に強者ゆえの驕りがあったことによる。

「いったいコイツは何者なんだ」

「わからんが、難度でいえば150は超えるぞ」

「こんなのが王都に入り込んでいるなんて……びっくり」

 蒼の薔薇の面々は疑問を口にする。

「どちらにせよ、止めはささないとな」

 イビルアイは魔法の詠唱に入ろうとしたが、その口の動きは、一瞬のうちにとまった。

 

「な、なんだ! このプレッシャーは」

「くっ……まるで暴風だ」

「感覚でわかる……ヤバイ……」

 “殺意”が、“蒼の薔薇”の3人を狙っている。

 

「そこまでにしていただきましょうか」

「……これ以上はやらせません」

 そのプレッシャーの正体が、蒼の薔薇の3人と、“蟲のメイド”の間に、突然姿を見せる。

 現れたのは異様な姿をした二人の男だった。

 一人は、顔を奇怪な仮面で隠し、南方で“スーツ”と呼ばれているこの辺りでは珍しい服に身を包んだ、細身で尻尾の生えた男。その声からは品が感じられ、このような場所でなければ心地良さすら感じていただろう。

 もう一人の男は、頭部を漆黒のヘルムで覆いやや薄いグレーの仮面をつけているため表情は見えない――その肉体はガッチリとした筋肉が盛り上がっており、ノースリーブの革ジャンから見える二の腕には、黒い天使の羽を模したタトゥーが刻まれている。下半身は黒いズボンと黒いブーツと、見事に黒一色に統一されていた。

 

「い、いつのまにっ……」

「くっ……なんて威圧感だ……」

「な、なんてこと……」

 “蒼の薔薇”の3人は、二人の乱入者からの圧力に押され、2歩、3歩と後ずさる。

 

「大丈夫ですか? ――ここから先は私が変わるので撤退してください」

「後は我らに任せてください」

「き……キイッ! オボエテオケッ」

 エントマはふらつきながらも飛び上がり撤退していく。“蒼の薔薇”としても追いたいのはヤマヤマだったが、目の前の男達の圧力の前に何もすることができない。

 

「逃げろ……逃げるんだ……勝てない……」

 イビルアイはガガーランとティナに逃げろと指示を出す。

「バカ言うな、みんなでかかれば……」

「阿呆。彼我の戦力差を考えろといったばかりだろうが。お前たちを逃がす時間を稼いだら、私は転移して逃げる。この戦いは100%負ける。逃げるしかないんだ」

 飛び去っていく“蟲のメイド”を見送ったスーツの男と、黒い天使のタトゥーの男が“蒼の薔薇”へと顔を向けた。

 

「お待たせしました。では、早速、はじめましょうか?」

「待たせてしまいました」

「早く逃げろっ!!」

 イビルアイの悲鳴のような声がガガーランとティナの背中を押し、二人は全力で走りだした。

「出会って早々別れるのもつらいですし、転移は阻止させていただきます。〈次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)〉。別れは挨拶と共にするのが礼儀的にも感情的にも嬉しいですよね」

 スーツの男が事も無げに転移を封じてくる。

(くっ……これでは逃げられんな)

「さて、私はヤルダバオトと申します」

 スーツの男が名乗りを上げる。

(ヤルダバオト……聞いたことのない名前だ)

 長い時を生きているイビルアイでも聞いたことがない名だった。

「……私は黒き戦闘者――“ブラック・バトラー”とでもお呼びください」

 礼儀正しく名乗りを上げる。なお彼は黒き戦闘者(ブラック・バトラー)であって、黒執事(ブラック・バトラー)ではない。

(ふっ……不思議なものだな。こんな圧倒的な相手に気品を感じるとは……)

 イビルアイは笑うしかなかった。

「アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”のイビルアイだ。ここで会ったのが運のつきとしれっ!」

(もっとも、それは自分の方だがな……二人とも逃げ延びてくれよ)

 逃げる二人の無事を祈る。

「死ぬならば順番だ。若い奴が生きて、長く生きた奴が死ぬ。もう250年以上生きたんだ。十分だろう」

 イビルアイは仲間に別れをつげ、まったく勝ち目のない戦いに挑む。

「ふむ。玉砕覚悟ですか。では、お先にどうぞ。もっとも貴女が何もしないというのであれば、こちらから仕掛けますが」

 ヤルダバオトが優しげな声をだす。

「ならば、お言葉に甘えるとしよう。後悔するがいい。〈魔法最強化(マキシマイズ・マジック)結晶散弾(シャドー・バックショット)〉!」

 イビルアイのお気に入りの魔法、拳よりもやや小ぶりな水晶の散弾が打ち出される。

「フフ……無駄な攻撃でしたね」

 ヤルダバオトの前で魔法がかき消される。

「なっ! 無効化されただと?! それほどの戦力差か!」

「では、こちらから行かせていただきます。〈獄炎の壁(ヘルファイヤーウォール)〉」

 まるでイビルアイなど目の前にいないかのように優雅に腕を横に振る。

 

 ゴオッ!! という音とともに、イビルアイの()()()()熱波がやってくる。

「なああっ!」

 振り返ったイビルアイが見たものは……天にまで届くような炎の壁。その壁にガガーランと、ティナの二人が包まれ、数秒の後、パタリと倒れた。

 

「うああああああああああああっ!! ガガーラン! ティナ!」

 イビルアイの絶叫にも二人は反応しなかった。

「よくも、よくもおおおおおおっ!」

 イビルアイは小さな拳を握りしめ、唇をぎゅっと噛みしめる。その小さな双肩はプルプルと震えていた。

「思ったよりも弱かったようですね。これは予想外でしたねブラック・バトラー」

「なぜ戦力差があるのに組んでいたのでしょう」

 二人は不思議だという空気を醸し出す。

「このおおおおおっ!」

 我を忘れたイビルアイがヤルダバオトに突っ込んでいくが、その顔面を思いっきり殴り飛ばされ、地面へと叩き付けられた。

「ぐあっ……」

 咄嗟に左腕を上げてガードしていたのだが、その小さく細い腕は砕けてしまっていた。

(な、なんて威力だ……)

「ほう。あれを防ぎますか。……さて、彼女を痛めつけてくれたお礼はしないといけませんね。オシオキです」

 

 ブラック・バトラーはイビルアイの小さな体を睨みつけた。

 

 

 

  

 






 butler=バトラー ”執事”

 battler=バトラー ”戦う人”

 
 発音はともかくカタカナだと同じということでの命名です。

 



  

 


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シーズン4第8話『絆』 

 “蒼の薔薇”。王国を代表する冒険者チームである。今夜、彼女達は分散して八本指の拠点を襲撃するという任務を受け、十分な成果を上げていた。

 その拠点の一つを襲撃に出た戦士ガガーランが、人を食す“蟲のメイド”と遭遇。ティナとイビルアイという仲間の助勢を受け撃退に成功。だが、これから止めというところで、ヤルダバオトとブラック・バトラーという2人の強者に阻まれてしまう。

 ヤルダバオトとの戦闘でガガーラン、ティナの2名はたった一撃で死亡。ただ1人残ったイビルアイは、ブラック・バトラーのパンチ一発で左腕を砕かれ、苦境に陥っていた。

 

「……では、ブラック・バトラー、そちらのお転婆なお嬢さんの相手は任せましたよ」

 相変わらず優しげな声で、ヤルダバオトが指示を出す。

「お任せを」

 ブラック・バトラーは首肯し、ファイティングポーズをとる。鋼のような肉体から闘気はほとばしり、ビリビリと空気を震わせ、拳を覆う黒い手甲が不気味な光を放っていた。

 

「……では、はじめましょうか」

 言うが早いか、ブラック・バトラーは、ドオンッ! という爆発音とともに地面を蹴って、イビルアイへと右拳を振り上げ殴りかかる。

「〈水晶防壁(クリスタル・ウォール)〉!」

 目の前の立てた水晶の壁が一瞬で砕かれる。多少は勢いが弱まったものの“ゴオオッ!”という轟音とともにイビルアイの仮面をかすめる。

 

「うああああっ……」

 その拳圧だけでイビルアイの小柄な体は、3回転ほどしながら吹き飛ばされてしまう。

(……今の一撃で仕留めるつもりだったのですがね。この仮面に慣れていないせいでしょうか……)

 ブラック・バトラーは仮面の内側で苦笑する。

(ですが、言い訳にはできませんね。アジャストしてみせますとも)

 仮面の奥の瞳がギラリと光る。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズ・マジック)結晶散弾(シャドー・バックショット)〉!」

 拳大の水晶の弾が、散弾となってブラック・バトラーを襲う。

「それは、先程見せていただきましたよ」

 ブラック・バトラーは、その高速で飛来する散弾を全て拳で跳ね除ける。

「なあっ! バカなっ……」 

 イビルアイとしても、先程のヤルダバオト同様に“通用しないだろう”とは思っていたのだが、まさか拳で全て跳ね除けられるとは想像もしていなかった。そもそも魔法を拳で打ち返すという発想すらなかったのだ。

 

「ハアッ!!」

「ぐええええええっ……」

 イビルアイが魔法を唱える間もなく、彼女の腹部にブラック・バトラーの左ボディブローがめり込んでいた。

(だ、だめだ。言葉がでない……あばらも砕かれたな……)

 イビルアイは腹部に右手を当てながら、ガクンと崩れ落ちる。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)の口を封じるのは、ブラック・バトラーにとっては容易いことだった。

(さて、エントマが迂闊だったとはいえ、彼女が大きなダメージを受けたことは事実ですからね。王国でも高名なアダマンタイト級冒険者を消すのは本意ではありませんが、やはり許せませんね。私はナザリックの執事(バトラー)です。ナザリックの不利益になるのであれば、消すまでです)

 ブラック・バトラーはイビルアイの腹部を蹴り飛ばす。

「うがっ……」

 ゴムまりのように蹴り飛ばされたイビルアイは、10メートルほどの高さまで吹き飛ばされ、20メートル先の地面へと勢いよく叩き付けられた。

 

「ぐううううっ……」

 地面にうつ伏せに倒れ込んだイビルアイに、死を告げるブラック・バトラーの足音がゆっくりと近づいてくる。

(くそっ……右腕まで折られたか)

 腹部へのダメージが残っているため魔法の詠唱が出来ない上、両腕を砕かれたイビルアイに取れる手段はない。

「では、残念ですがお別れのようです」

 ブラック・バトラーは拳を振り上げた。

(……ここまでか……)

 イビルアイは覚悟を決め、目を瞑る。

 

「ちょっと、諦めるのは早いわよ、イビルアイ! 発動! 浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)。いけっ! ファンネルたち!!」

 ラキュースの背中から6本の黄金の剣が射出され、ブラック・バトラーへと向かって突進。様々な方向から意志を持ったように襲いかかる。

「邪魔が入りましたか……」

 6本の剣の攻撃をブラック・バトラーは体捌きだけで回避する。

「なっ? 当たらないっ!」

 ラキュースが、このオールレンジ攻撃をこんなにあっさり回避されたのは初めてだった。

「鬼リーダー……助太刀する」

 忍者装束の女ティアが懐から取り出したクナイをブラック・バトラー目がけ10本ほど投げつけた。

「……つまらない攻撃ですね」

 ブラック・バトラーは、そのすべてを殴り返し、ティアが元々いた地面に10本全てが突き刺さる。もちろんこの間もラキュースの黄金の剣によるオールレンジ攻撃は全て回避している。

「あきらめるのは早い」

 だが、この間にティアはイビルアイを救出することに成功する。

 

「一騎打ちの邪魔はよくないですよね」

 耳元で優しい声がしたと同時に、ティアはヤルダバオトに首を右手一本で掴まれ、持ち上げられていた。

「うぐうう……」

 息ができないティアはじたばたと足を動かし、ヤルダバオトのボディを蹴るが、まったく動じていない。

「悪魔の諸相:豪魔の巨腕」

 ヤルダバオトの左腕が数倍以上に膨れ上がる。

「〈西部の豪魔(ウエスタン・ラリアット)〉」

  軽く持ち上げた後に右手を離し、ティアの喉元へと左の腕の内側を叩き付ける。

「きゃうんっ……」

 ドギャーンという音と共にぶっ飛ばされたティアは、建物の壁をぶち破って中へと飛び込んでいった。

「あううう……」

 外壁だけではなく、建物内の壁を2枚ぶち破ったところでようやく勢いが弱まり、床へと倒れ込む。

「ティア!!」

 ラキュースの声がするが、反応はなかった。

 

 

 

「な、なんてこと……」

 ラキュースは戦慄する。自分のかけがえのない仲間が、あっけなく次々と倒れていく。ラキュースはイビルアイの救出に入る前に、ガガーランとティナの遺体を確認している。そのため強敵とは知ってはいたのだが、ここまでの強さとは予想を遥かに超えていた……。

 

「バカが……なんで来た。お前が生きていてこそ……なんだぞ。お前が死んだら誰が蘇生してくれるというのだ」

 この間に、イビルアイ専用に用意されている回復ポーションを飲むことができたため、イビルアイは多少だが回復している。

「うん。それはわかっているけど、仲間だもの……このラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ……仲間を見捨てるなんてできません!」

 だが、状況は圧倒的に不利だ。チーム5人のうち2人がすでに死亡し、1人は戦闘不能もしくは死んでしまっている可能性も考えられる。残る2人のうち、1人は大きなダメージを受け、魔力は底を尽きつつある。

 そして目の前には、見たこともない難度を誇る強者が2人。

「ブラック・バトラー。新しく来た“乙女”の相手を任せよう。そちらの仮面のお嬢さんは、私が止めを刺しておこう」

「了解いたしました。では、私はこちらのお嬢様を相手にすることにいたしましょうか」

 ブラック・バトラーは頷き、体をラキュースへと向ける。

 

「では、楽しみましょうか」

 ヤルダバオトの声とともに、2人の強者は同時に動く。

「悪魔の諸相:鋭利な断爪」

 ヤルダバオトの爪が80cmほどに伸びる。

「〈魔法抵抗突破最強化(ペネトレートマキシマイズマジック)水晶の短剣(クリスタル・ダガー)!」 

 イビルアイは出せる最大の大きさの水晶の短剣を作り出し、ヤルダバオトへ打ち込む。

「無駄ですね」

 しかし、またも無効化され、短剣は体に届く前に消滅してしまった 

「防御突破を込めた魔法でも効かない……魔神すら超えるのか……魔人の王? 魔王ヤルダバオト……」

 一瞬の隙をついてイビルアイの右胸から斜め下へとヤルダバオトの爪が切り裂いた。

「ぐはっ……」

「魔王ヤルダバオト……いい響きですね。どうやら、お別れの時間が来たようです。さようならです」 

 動きが止まったイビルアイの首を撥ねるべく、ヤルダバオトは右手を振り上げた。

「くそっ!」

 その2人の間に、上空から漆黒の全身鎧(フル・プレート)に身を包み、赤いマントを靡かせた戦士が両手にグレートソードを下げて落下してきた。その頭部は面頬付き重兜(グレートヘルム)に覆われている。

 

「それで、私の相手はどちらでしょうかな?」

 漆黒の戦士は、ヤルダバオトとイビルアイを交互に見る。仮面をつけた者同士が対峙しているのだ。正直どちらも怪しく見えるのだろう。

(漆黒の戦士……だと? まさかっ!)

 イビルアイは突如目の前に現れた漆黒の戦士に思い当たることがあった。

「アダマンタイト級冒険者“漆黒の英雄”モモン殿とお見受けする。私は“蒼の薔薇”イビルアイ。同じアダマンタイト級冒険者としてお願いする。加勢してくれ!」

 先日ガガーランと話した王国第3のアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”。そのチームリーダーだと直感したのだ。

 

「……了解した。ガガーランさんの仲間か。そこの悪魔! この私が相手をする」

「ようこそおいでくださいました。私はヤルダバオト。“漆黒”のモモンさんにお会いできて光栄の極み」

 ヤルダバオトは洗練された動きで、丁寧なお辞儀をする。

「ほほう。……悪魔にまで名前が知られているとは光栄だな。私も有名になったものだ」

 モモンは右手のグレートソードの剣先をビシッ! と突きつける。

「では、いきますぞ。ヤルダバオト!」

「かかってきたまえ」

 漆黒の戦士モモンの大剣と、ヤルダバオトの爪がぶつかり合い、火花が散った。

 

 






イビルアイ専用ポーションは、他の冒険者と行動をともにする場合のことを想定しています。
種族特性で回復するにしても、回復行為をまったく行わないのは怪しいですからね。もっとも一般的な冒険者とのレベル差を考えれば、彼女が負傷することは稀だとは思いますが。


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シーズン4第9話『ラキュースVSブラック・バトラー』

 

 

 イビルアイとヤルダバオトの戦いと同時刻。

 

 “蒼の薔薇”の神官戦士ラキュースは、白銀の鎧“無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)”に身を包み、暗黒の剣“魔剣キリネライム”を構えて、全身を黒で統一した謎の仮面の男ブラック・バトラーと対峙していた。

 2人の間に吹いた風にラキュースの金色の髪が靡き、夜の闇に美しく浮かび上がる。

 

「貴女に恨みはありませんが、我々の邪魔立てするのであれば容赦いたしません。全力で排除させていただきます……ただし、退くのであれば、手出しはいたしません。私としては退くことをお勧めいたしますが……」

 先程までイビルアイを蹂躙していた人物とは思えない柔和な声で、ラキュースに語りかける。そこに敵意はない。

「……仲間を解放してください」

 ピンク色の唇を動かし、堅い声を出す。

「残念ですが、それは難しいですね。彼女が我々の仲間を痛めつけてくださったので、そのお礼をしないといけませんので」

「仲間を持つ者として、そのお気持ちはわかります。ですが、彼女は私の大事な仲間です。仲間を見捨てて逃げるわけにはいきません。それにこちらも、同じく仲間を痛めつけていただいていますし、どうやら戦うしかないようですね」

「ふう。無駄なことだと思いますよ。私は“とても強い”ですからね」

 人類最高峰のアダマンタイト級冒険者を前に“とても強い”とまで言い切れる存在。普通の状況であれば大言壮語ととるところだが、仲間の中で最強のイビルアイが何もさせてもらえない相手だ。それは言葉通りなのだろう。

 鍛え上げられた肉体から迸る闘気から、今までに感じたことのないプレッシャーをラキュースは感じていた。

「それでもです。私は”蒼の薔薇”のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。人に仇なす存在を見逃すわけにはいかない。天にかわって成敗いたします」

 緑の瞳で、ブラック・バトラーの冷たい光を放つ仮面を睨みつける。

「わかりました。どうしてもというのであれば、仕方ありませんね……お相手を務めさせていただきます」

 ブラック・バトラーはやれやれという風に肩を竦めてから、腰を落としファイティングポーズをとった。

 

(生半可な攻撃が通じる相手とは思えないわね。最初から全開でいくしかない!)

 ラキュースは意を決し、ふぅーっと息を吐き出した。

「発動! 浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)! 全力でいっけえええっ!」

 ラキュースの背中から6本の黄金の剣が宙に飛びあがり、ブラック・バトラーを襲う。

「……その攻撃は、一度見せていただきましたよ……ぬんっ!」

 ブラック・バトラーを中心に気が盛り上がり、空気が震える。そして、ラキュースの6本の剣が、残らず弾き飛ばされた。

 

「そ、そんなっ……」

 ラキュースは弾き飛ばされた剣を自分の頭上へと集結させる。

(避けもせずに、気合だけで弾き飛ばすなんて……初めてだわ)

 滅多に出さない全力での攻撃だっただけに、ショックは隠せない。 

「その程度の玩具(オモチャ)など通用しませんよ。さあ、本気でどうぞ」

 ブラック・バトラーは右の掌を上にして突き出すと、指を4本クイッ、クイッと動かし、「かかってこい」と促す。

(い、一応、全力だったのだけど……やはり、これでいくしかないのかな)

 ラキュースは、本当の全力攻撃を出すことを決めた。

「魔剣キリネライムよ、我が呼びかけに応え、その本来の力を解放せよ……」

 ラキュースは両手持った漆黒の剣をギュッと握りしめる。

「超技! <暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレイドメガインパクト)>ォオ!!」

 ラキュースが剣を横に薙ぐと、無属性の強烈な衝撃波が、ブラック・バトラーの周囲を吹き飛ばす!!

 

 ドガアアアアアッ!!

 

 地面が抉れ、砂埃が周囲を包む。

「や、やったかしら?」

 ラキュースは油断することなく剣を構えたまま、ブラック・バトラーがいた場所を注視する。砂埃のせいで、ブラック・バトラーの姿は見えない。

 風が少しずつ砂埃を運んでいく。そして砂埃が消えていくとそこには、まったくの無傷のブラック・バトラーが悠然と構えていた。

 

「……実にくだらない技ですね……ただ、砂埃を巻き上げるだけとは、がっかりしましたよ……これはいわゆる名前負けというやつでしょうかね。どうやら貴女は技の名前には、かなり凝っていらっしゃったようですが、こだわるのは威力の方にした方がよかったのではないでしょうか?」

 ブラック・バトラーは胸元についた埃を軽く払いながら、肩をすくめた。

「な……っ……くっ……」

 自分の最大の技が破られた衝撃……いや破られたのではない。まったく通用しなかったのだ。この衝撃は大きい。そして、ブラック・バトラーの言葉のひとつひとつが、的確にラキュースの心を抉っていた。

「では、そろそろこちらから仕掛けさせていただきます」

「発動……浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)!」

 ブラック・バトラーが攻撃態勢をとるのを見て、ラキュースは6本の黄金の剣を防御に回す。

「無駄ですよ」

 ブラック・バトラーは、左のパンチを放つ。

「防御! うそでしょっ!」

 防御に入った6本の剣を吹き飛ばし、ラキュースの顔面を轟音とともに凶悪な拳が襲う。

「くうっ……」

 かろうじて顔を傾け、直撃は避けたものの、右肩に直撃弾を受けてしまった。ピキッと嫌な音がしてラキュースの白銀の肩当てにヒビが入る。

「な、ストレート一発で私の鎧が?」

「……今のはストレートではありませんよ。挨拶代わりのごくごく軽いジャブです」

「そ、そんなっ……」

 ラキュースの顔は血の気を失い、その両脚はガクガクと震えていた。今、彼女が感じているのは、”恐怖”そして”絶望”。仲間を救いにきたのに、むしろ結果は悪化してしまっている。

「ハッ!」

 ブラック・バトラーの左拳がラキュースの腹部を打ち抜く。

「ぐえっ……」

 ラキュースの体がくの字に折れ、衝撃が体を突き抜けていく。

(な、なにこの威力はっ……)

 内臓が全て持ち上げられ、場所を動かされたような感覚が体の自由を奪う。

(鎧越しだっていうのに、なんて威力なの……)

 ラキュースは立っていることができず、ガクンと両膝をついてしまった。

 

「勝てない……」

 もはやイビルアイを助けるどころの話ではなかった。

「貴女に恨みはありませんので、苦痛を与えることなく仕留めて差し上げましょう。せめてもの慈悲です」

 ブラック・バトラーが右拳を軽く握りこむ。

「チェストオオオッ!!」

 死を告げる一撃がラキュースを襲う。

(みんなっ、ゴメン)

 ラキュースは思わず目を閉じた。

 ゴオッ! という拳圧、そしてシュ、シュン! といういくつかの空気を切り裂く音がした後、ガキイッッ!という金属同士が激突する音がする。

 

「えっ?」

 ラキュースが目を開くと、ブラック・バトラーの右拳が数本の緑色の矢で射られ、技が中断されていた。

「ラキュースさん……諦めたら、そこで試合終了だぞ。この場合は戦闘終了だけどな」

 緑のフードを被った男が、近づいてくる。

「ア、アローさん!!」

 ラキュースの危機を救ったのは、エ・ランテルにいるはずのアダマンタイト級冒険者、“緑衣の弓矢神”アローであった。もちろん、アインズが変身しているのだが、ラキュースはそのことを知らない。

「ラキュースさん、無理をしすぎだ。貴女は王国で唯一の蘇生魔法の使い手なのだろう? 貴女がいなければ、仲間は助からない。勇気と無謀は違うのだから、気をつけないとな」

 アローの優しい声が、ラキュースの心に染みる。

「あ、アローさん……」

 ラキュースの緑色の瞳が濡れ、涙がこぼれ落ちる。

「あとは私が代わろう。下がっていてくれ」

「は、はひ」

 ラキュースは素直に退く。

「冒険者アローだ」

 アローは仮面をつけた執事と対峙する。

 

(まったく、お互い大変だな。だが、なかなか堂に入った悪役(ヒール)ぶりだったぞ、セバスよ……お前もなかなかの役者だな。本当はアローの仲間をやらせた方が合っているのだろうが)

 アインズは、本当はここで登場するつもりはなかったのだが、“蒼の薔薇”を全滅させるわけにはいかなかったし、ちょうどパンドラズ・アクター扮するモモンも登場したので、合わせて出てきたのだ。

 

「ブラック・バトラーと申します。アロー様」

「なぜ、様をつけるのだ?」

 アインズは疑問に思ったことを問いかける。

「敵ながら尊敬できる相手とお見受けしました。正々堂々と戦いましょう」

「正々堂々か。よかろう。いくぞ、せ……成敗だっ!!」

 アローとブラック・バトラー。二人の右拳がぶつかり合う。

「うおっ!」

「なんとっ!」

 お互いに同じ距離を弾き飛ばされたが、すかさず距離を詰める。最初の一撃は、互角の威力といえた。

 

 

 



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シーズン4第10話『超越者』

「なんて奴等だ……」

 ボロボロになった体を回復させながら、イビルアイは眼前で行われているモモンとヤルダバオトの激しい戦いに目を奪われる。

 

 ヤルダバオトの鋭い爪が煌く。その速く重い一撃を、モモンは一歩も下がることなく大剣で完璧に受け止めてみせる。

「ほう。これを止めるとは。なかなかやりますね」

「いい攻撃だ。速くて重い。こちらからも行くぞっ!」

 モモンは、噂通り人並み外れた膂力の持ち主であり、通常両手で扱うグレートソードを両手に持つという常識はずれの戦闘方法を見せている。

 モンスターを一撃で撃破できる力の乗った剣を連続してヤルダバオトへと打ち込んでみせる。だが、それを全てしのぎ切るヤルダバオト。

 このモモンの戦いは、ガガーランやガゼフ・ストロノーフといった超一流の戦士たちを見てきたイビルアイからみても、規格外。

 攻める方も、守る方もイビルアイのいる世界よりも遥かな高みに位置している。超越者の戦いだった。

 

「がんばれ、モモン様……」

 自分を颯爽と助けてくれた漆黒の全身鎧(フル・プレート)を纏いし勇者モモン。

(彼が勇者なのであれば、私は姫といったところだろうか……)

 イビルアイは、うっとりとした表情で、その安心感を与えてくれる背中を見つめていた。

(だって、カッコよかったんだもん。仕方ないじゃないか。私だって、その……一応女であるわけだし……な)

 イビルアイは200数十年ぶりに心がときめく。

 

「やりますね。ヤルダバオト殿」

「さすがは“漆黒の英雄”モモン。貴殿もなかなかの腕前だ」

 お互いに汗ひとつかいていない。もっともモモンは全身鎧(フル・プレート)面頬付き重兜(クローズドヘルム)という姿であり、汗をかいていたとしても見えないのだが……。

 お互い一歩も引かない好勝負。傍から見ているイビルアイは、多少……いやかなり贔屓目が入って、若干モモンが優勢だと思っている。

 

「行くぞっ! ヤルダバオトッ! テヤアアアアアアツ!」

 モモンの気合の入った三連撃!! もちろんモモンに扮しているパンドラズ・アクターが、気合を入れているフリをしているだけなのだが……。  

「させませんよ!」

 ヤルダバオトは、伸ばした爪で迎撃し、これも完全に防いで見せる。

「なろおおおおおっ!!」

 モモンは、ここでヤルダバオトの顔面を蹴る。勢いよくヤルダバオトは吹きとばされて、建物の中へと飛び込んだ。

「逃がさん!」

 モモンは後を追い、建物へと飛び込んだ。

 

 

 

「デミウルゴス殿、ここはどういう決着にしましょうか」

 モモン――を演じているパンドラズ・アクター――が剣を構えつつ尋ねる。

「そうですね。ひとまず、もう少し打ち合ったのち、時間切れでしょうか。もう十分モモンの強さはみせつけていますからね」 

 ヤルダバオトを名乗っているデミウルゴスは、敵意のまったくない声で答えた。

「では、もう数分やりあいましょうか」

「ふふ。パンドラズ・アクター、全力できてくださっても結構ですよ?」

「ご冗談を。目撃者(イビルアイ)に見せつける程度で十分でしょう」

 2人は打ち合いを続けながら、今後の方針を打ち合わせ終えた。

 

 イビルアイから見れば大熱戦なのだが、しょせんは仲間内(ナザリック)の遊びでしかない。もちろん今後を見据えた大切な作戦であり、名を売るチャンスでもあるのだが。

 

 

 

 ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

 

「ツアッ!」

 ブラック・バトラーの右ストレートをアロー――に変身中のアインズ――は、首を右に傾けて回避しながらカウンターの〈ナックルアロー〉を繰り出す。

「セイッ!」

 しかし、それをブラック・バトラーは左手で叩き落とし、強烈な右フック!!

「ナロッ!」

 ダッキングで、それを躱したアローは、ブラック・バトラーの腹部へと右のパンチを放った。

「おっと!」

 それを体捌きだけで回避したブラック・バトラー。

(げえっ……あれも避けるのかよ!)

 アインズは、内心セバスの戦闘能力に舌を巻く。だが、自分も引くわけにはいかない。

「いきますよっ!」

 ブラック・バトラーは、そのまま右旋回して〈後ろ回し蹴り〉でアローの腹部を狙い返す。

「っとお!」

 その蹴り足をガッチリと抱え込むようにキャッチ。

「しまっ」

「いくぞっ!」

 アローは、右腕を振り上げて例によって〈ドラゴンスクリュー〉で足へのダメージを狙う。

「ハアッ!!」

 だが、ブラック・バトラーは自らジャンプすると左足でアローの顔面を蹴り飛ばして、技を外して見せた。

「ヌアッ!」

 それを咄嗟に腕を上げてガードしつつ、アローは空中のブラック・バトラーを右足で蹴り飛ばした。

「グっ……」

 さすがにこれは避けきれなず、ブラック・バトラーの腹部へと命中。だが、ブラック・バトラーは、空中で1回転してダメージを逃がして華麗に着地。そして着地と同時に地面を蹴って、右の腕の内側を殴りつけるように叩き付ける。

「させるかっ!」

 これをアローは、体を半身にして左足を高くあげ、〈トラースキック〉で迎撃。ブラック・バトラーの<ぶんなぐりラリアット>を蹴り飛ばして防御する。

 

「いくぞっ!」

 チャンスと見てアローは跳躍。そのまま前方回転し、踵落としを繰り出す。

「甘いですなっ! <ブラック・バトラーボム>!!」

 その蹴り足を肩口でキャッチし、ブラック・バトラーは、そのまま後頭部から地面へと叩き付ける!

「やろっ!!」

 アローは太腿でブラック・バトラーの首を挟むと、後方回転!〈フランケン・シュタイナー〉で、逆にブラック・バトラーを脳天から地面へと突き刺す。

 

「そうはいきません!」

 ブラック・バトラーは、腕力(かいなぢから)で踏ん張り、投げさせない。

「ぬああああっ!!」 

 もう一度アローの体を肩まで持ち上げ、走りながら地面へと叩き付けようとする。

「くっ、<ランニングスリー>だと?! そんな大技決まるわけない!」

 アローはブラック・バトラーの右腕を腕十字に決め、腕を折にかかる。これは悪人を無力化するのには有効な技のひとつである。

 

「うぐっ……」

 技が完璧に極まり、ブラック・バトラーの仮面の内側から、呻き声が漏れる。

「〈悪魔の爪(デビルズクロー)〉!」

 決められている腕の先……右手の手甲から4本の黒い金属製の爪が飛びだした。

 

「うおっ!」

 異変に気付いたアローはそれをすんでのところで回避し、後方に2回転して飛び退き、素早く弓を連射する。

「その程度っ!」

 だが、ブラック・バトラーは全て拳で弾き飛ばしてみせた。

 

 

「ふふ……楽しいことをしてくれるじゃないか。ちょっと卑怯ではないかな?」

 アローは左肩を抑える。金属を縫い込んだ緑色服の袖がやぶれ、血が滲んでいた。

「……そちらこそ、飛び道具は卑怯ではありませんかな」

 ブラック・バトラーは右腕を振って感覚を確かめている。先程の技が多少は効いたようだ。だが、その声は実に楽しそうだった。 

 この二人の攻防は、ここまでの所要時間は、1分ちょうどだった。

 

「なっ……なんて人達なの」

 超越者同士の戦いに、ラキュースは唖然とすることしかできなかった。

 

 

(ここまで力を発揮したのは初めてだな。互角の力を持つ相手だと戦いがここまで楽しくなるとは。これが近接戦闘職の魅力というものだろうな。これが“血わき肉ダンゴ”というやつか)

 アインズはこの戦いが楽しかった。ブラック・バトラー—―を演じているセバス・チャン――の職業はモンクだ。肉体を使っての戦闘では、セバスの方が優位だろう。だが、アインズには、アローとしての実戦経験がある。この世界に来てからの実戦経験のないセバスとはそこに差があった。

 もっともこれでも、お互いに6割程度の力で遊んでいるのだが……。

(これが、アローの姿になられたアインズ様のお力ですか。アインズ様は最高峰の魔法職であり、近接戦闘の経験はまったくといっていいほどないというお話を伺っておりましたが、なかなかどうして……実に手慣れておられますな)

 これまでの実戦での経験が、糧となってアインズの戦闘技術を磨いている。

 

「ですが、そろそろですな」

 ブラック・バトラーは右拳を地面へと叩きつけ地面を抉る。激しく土が吹き飛び、視界を覆う。

「なにを!」

 ブラック・バトラーは、この間に距離をとり、同じく距離をとって移動してきたヤルダバオトと合流した。

「さて、そろそろ時間も押してきましたので、お別れを告げさせていただきます」

「逃げるつもりか?」

「いえ、取引ですよ。そもそも私たちの目的はあなた方を倒すことではありません。さきほどモモンさんにはお話ししましたが、我々を呼び寄せるアイテムがこの都市に流れ込みました。それを回収できずに立ち去るのは大変不本意ですが。これからこの王都を炎に包ませていただきます」

「逃がすと思うのか!」

 イビルアイが声を荒げる。

「ふう、お分かりになりませんか。残念です。アローさんとモモンさんは、我々の撤退の邪魔をしない方が賢明だとは思いませんか? そちらのお二人がいる以上、あなた方に勝ち目はないと思いますが」

「なっ……」

「そういうことか。悪魔め……狡猾な」

 イビルアイは仮面の下でギュッと唇をかみしめる。隣に合流していたラキュースも同様に悔しさを隠せない。このまま戦いを続けるのであれば、蒼の薔薇の二人を撒きこんだ攻撃をするという脅しだ。

 

「……仕方ないな」

「その方がよいか」

 モモンとアローは戦闘中止を即断した。

「わかっていただけたようで光栄です。では、今回はここで失礼させていただきます。ごきげんよう」

「では、また。……まだお礼はすんでいませんよ」

 ブラック・バトラーは、イビルアイを睨みつけてからヤルダバオトとともに闇へと消えた。

 

「今のは、どういうことでしょうか?」

「確かに気になるな」

 アローとモモンが同時にイビルアイを見る。

 

「え、あー…え~と」

 イビルアイはここまでの経緯を説明する。

 蟲のメイドを倒したという話をしたところで、モモンとアローの2人から殺意のようなものが放たれ、険しい視線が送られる。

「それで殺した?」

「殺したのか?」

「え、あの、とどめはさせなかったのですが…」

 イビルアイのこの言葉を聞いて、二人から殺気のようなものが掻き消えた。

 

「ふう。なるほど……不幸な遭遇戦とはいえ、結果的にはその蟲のメイドを追い詰めたことが原因でしょう」

「……彼我の戦力差を考えておくのは基本です。初手からつまずいたとしか言えないですね。一度お会いしていますから、ガガーランさんの性格はわかりますが」

「人が襲われているならともかく、すでに助けようがない状況だったのであれば、見逃すという方法もあったはず。迂闊でした」

「少なくても、その段階で相手に敵意はなかったのでしょうから」

「ブラック・バトラーと名乗っていた者から放たれていた敵意はそういうことでしたか。もしかすると次は命がないかもしれませんね」

「仲間を失い自らは傷つき……そして、得たものは相手からの憎悪のみですか」

 モモンとアローから厳しい指摘に、イビルアイとラキュースは返す言葉が見つからない。

 

「申し訳ない。その通りだ、言葉もない」

「私も退くべきでした」

 イビルアイとラキュースは頭を下げる。

 

「聞くところによると、ラキュースさんは復活の魔法を使用できるとか。それならば、イビルアイさんを復活させるという手段もとれましたね。ただ、我々も冒険者です。正義を貫く気持ちはわかるつもりです」

「悪事を働く存在なのは間違いないですし、いつかは倒さねばならない存在でしょうね」

「倒せるでしょうか……」

「ラキュースさん。先程も言いましたが、諦めたらそこで戦闘終了だ。倒すためにどうするかを考えるべ……」

ここで上空からふわりとナーベが降りてきた。

「アロー、アレを」

「な、なんだアレは!」

 アローは、やや大げさに驚いてみせる。

 

(本来なら、これはパンドラズ・アクターの役目だと思うのだがな)  

 アローの目線の先には、高さ30メートルを超える真っ赤な炎の壁が出現していた。その長さは数百メートルでは済まないだろう。

 

「これはヤルダバオトの仕業だな」

 街を包み込む炎の壁。そして強大な悪であるヤルダバオトとブラック・バトラーの登場。今、王都が、未曽有の危機に見舞われているのは明らかであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 



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シーズン4第11話『希望の光』

 

 

 真夜中……通常は皆が寝静まっている時間帯であり、静寂が支配しているのだが今日はまったく様子が違っていた。

 王城の一角にあるそれほど広くない部屋には、様々な武装に身を包んだ男女――緊急招集に応じた冒険者――が多数集まっている。

 彼らが首から下げているプレートは、オリハルコン、ミスリルといった上位クラスの冒険者だけではなく、白金(プラチナ)(ゴールド)(シルバー)といった中堅クラス。そして(アイアン)(カッパー)といったほんの駆け出しの冒険者にいたるまであらゆるクラスの者がいた。これは今、王都にいる冒険者が、文字通り根こそぎ集められている状態であった。

 

 彼らは、なぜ集められたのかは薄々感じている。それは「今、王都の一角を包んでいる謎の“炎の壁”。これに関連する内容ではないか」というものだ。そうでなければ、これだけの人数が、ランクを問わずに集められることなど考えにくい。

 また、上位の冒険者は、部屋の隅で直立不動の姿勢で待機する白い全身鎧(フル・プレート)をきた兵士の存在を見て、依頼人が誰であるかも推理できている。

 

 そんな中、冒険者たちの喧騒とはやや離れた部屋の最奥の壁際に立つ3人の冒険者に、彼らの注目が集まっていた。

 彼らが下げるプレートは、最上級冒険者を示すアダマンタイト。同格の冒険者は“朱の雫”・“蒼の薔薇”の2チームしかおらず、王都では顔が知られている。

 王都の冒険者に顔が知られていないアダマンタイト級冒険者チーム。ほんの一握りの上位クラスの冒険者は、彼らを……いや、彼らのチームのことを知っていた。

 エ・ランテルで誕生した王国第3のアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”であると。

 

「……注目されているようだな、アロー」

「ああ、我々は良くも悪くも目立つからな」

 モモンに扮しているパンドラズ・アクターの言葉に、アローに変身中のアインズが頷く。

 

 “漆黒”の3人は、アダマンタイトのプレートがなくても目を引く存在だ。

 3人の右側、腕組みをして立っている漆黒の戦士。彼が身に纏う漆黒の全身鎧(フル・プレート)は、見事な装飾が施されており、一級品であることは一見しただけでわかる。  

 真ん中にいるのは、緑のフードで顔を隠した男。背中に背負う矢筒、そしてこれも逸品と見える弓。ここにいる冒険者は知らないことだが、いつもと彼の服装は異なっており、長袖の服を着ている。左の前腕部には15センチほどの短い投擲用の矢が数本見えていた。 

 先のブラック・バトラーとの戦闘で服が破られたため、違うバージョンに変えている。

 この二人だけでも十分目立っているのに、さらに左側に漆黒の髪をポニーテールにまとめた絶世の美女ナーベまで控えているのだ。目立たないわけがなかった。

 

 そして、扉が開かれ冒険者たちの前に、一人を除いて女性の集団が入ってきた。彼女らは王都の冒険者であれば、皆が知っている大物たちであった

 アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”のリーダー、ラキュースを先頭に、”黄金の姫”と呼ばれるリ・エスティーゼ王国の第3王女ラナー。そして王都冒険者組合の組合長が続く。  

 その後ろには、”蒼の薔薇”のイビルアイ。最後に王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

 

 ラナーの美しさは冒険者の間でも評判となっており、冒険者たちは評判通りいや、評判以上のラナーの美貌に目を奪われていた。 壁際に立つ”漆黒”の”美姫”ナーベとはまたタイプの違う美しさである。

 

「皆さん、まずは非常事態に集まってくれたことに感謝いたします」

 40歳くらいの女性――冒険者組合の組合長――が口火を切り、続いて“黄金の姫”ラナーが挨拶と感謝を述べ、ラキュースが相手の戦力を説明する。

 

 こうして、ラキュースとラナーから示された今回の依頼内容をまとめると、冒険者は、敵の首魁であるヤルダバオトと、その腹心と思われるブラック・バトラーを、モモンとアローが(アロー)として、突っ込み撃破するまで敵側の戦力――悪魔たち――を引き付ける弓の役目をして欲しいということだった。

 

 その話の中で明かされた驚愕の事実。それは、相手が強大な力を持ち、アダマンタイト級冒険者チーム”蒼の薔薇”のメンバーが3人も殺された、しかもイビルアイの言葉によれば、3人とも“一撃で殺された”。かろうじて生き残った二人もまるで相手にならなかった……人類の希望の光といえるアダマンタイト級冒険者がまったく歯が立たない相手だという。

 

「そんな規格外の相手が2人いや2体もいるんだろう? 勝てるわけがない。王都から逃げ出すべきじゃないのか?」

 それを聞かされた冒険者たちは絶望することしかできなかった。アダマンタイト級冒険者が勝てない相手に自分たちでどうするのかと。

 

「いや、希望の光はあるんだ!」

「ええ。それもとびっきりのがね」

 イビルアイとラキュースが、壁際で立っている二人の人物を指し示した。

 そしてアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”“。チームリーダーの”漆黒の英雄“モモンは、敵の首魁ヤルダバオトと、”緑衣の弓矢神アローは、ブラック・バトラーと。それぞれ互角に渡り合うことができるのだと告げられる。絶望の思いにとらわれていた冒険者達の心に、彼らの存在が希望を与える光となった。

 

 

 先程までとは違い、モモン達”漆黒”の周りには上位の冒険者達が順番に並び、次々と挨拶を交わしていた。彼らは口々に装備を褒め、成し遂げた偉業について尋ね、そして今度ゆっくりと英雄譚を聞かせてほしいとせがんでいく。

 アインズは握手をかわしながら、上位の冒険者の名前を頭に叩き込んでいく。頭脳明晰なパンドラズ・アクターも隣にいるので安心ではあるが、やはり今後も絡む可能性が高いミスリル以上の冒険者の顔と名前は覚える必要がある。

 となると、当然白金(プラチナ)以下の冒険者は覚える必要がないのだが、そんな中でも、数人アインズが記憶した冒険者がいた。

 

「初めまして! 白金(プラチナ)冒険者、カタッターレと申します」

「アローだ」

 握手を交わしたアインズは、彼の装備について気になることがあった。

(服装は魔法詠唱者(マジックキャスター)なのに、杖も持っていないし、腕がやけに太いな。握手も力強かったし……それに靴が一番のマジックアイテムみたいだな)

「やはり、気になりますか?」

魔法詠唱者(マジックキャスター)にしては鍛えられていると思いまして」

「“蹴って唱える”が私の二つ名です。支援魔法が得意とする魔法詠唱者(マジックキャスター)であり、そして肉体によって敵を倒すモンクでもあります」

 カッターレの言葉には中途半端ではないのですという自負が見えた。

(なるほどな。私の正体は魔法詠唱者(マジックキャスター)であり、今は弓と格闘メインのアローに変身しているが、それを同時にやるようなものか。なかなか大変だろう)

「両方を極めるのは大変でしょう。でも、私も思いますよ。魔法が使えたらなと」

「わかります。アローさん、王都を守るためにもお願いしますね」

「ああ。任せてくれ。ブラック・バトラーは私が仕留めて見せよう」

 もう一度握手をかわして、短い邂逅は終わりを告げた。

 

「はじめまして。白金(プラチナ)冒険者チーム”ストライカー”のリーダー”鉄拳“のナグロスと申します」

 ナグロスは武骨なガントレットを外し、握手を交わす。

「“鉄拳”ですか。ああ、その使いこまれたガントレットを見れば戦闘スタイルはわかりますよ」

「“(おとこ)なら拳で語るもの”でさぁ。敵を殴り倒すのが、今の自分のスタイルです」

 グッと拳を握り込んでみせる。だが、彼の眼には迷いがあるようにも見えた。

「なるほど。気持ちはわかりますから」

「ぜひ一度手合せ願いたいものです」

 ナグロスは気楽にそんなことを言い、去って行った。

 

「ご、(ゴールド)級冒険者チーム『黒鬼』のリーダー、”両刀使い”のリュウマです! お会いできて、こ光栄であります! も、モモン様、アロー様」 

 モモンとアローを前にしてリュウマは固くなる。

「り、両刀使い?」

 モモンとアローは一歩下がる。

「ちょ、ちょっと待ってください。ち、違いますって! これですよ、これ!」

 リュウマは背負っている直剣と刀を指差す。

「ああ。二刀流ということですか」

「はい。そ、そのモモン様の活躍を耳にしまして」

 リュウマの持つ直剣は“漆黒”の公認ショップ“SCHWARZ(シュヴァルツ)”で販売されている“漆黒”モデルの中級者向け製品だった。初心者向けの片手剣よりも丈夫に作られており、鋭さや速さにボーナスが付与されている。

「それは漆黒モデルですね。わざわざエ・ランテルまで?」

「ええ。依頼のついでにですけど。それにしてもモモン様達はあっとういう間にアダマンタイトまで昇格されたそうですね。自分たちもそこを目指しているので、抜かれたと聞くとちょっと悔しいですけど、憧れます。早く追いつきたいです」

 リュウマはちょっと悔しげな表情を見せた。

 

 

「さあ、いきましょう皆さん! 王都を救うのです!!」

 ラナーの号令に、皆が応じ部屋を出ていく。

 

 王都における悪魔に大軍と、冒険者および衛兵による大規模戦闘がこれから始まろうとしていた。

 

 冒険者たちは生き延びることができるだろうか。

 

 

 




 
今回登場した冒険者達は、先日実施させていただい登場人物募集に、ご応募いただいたキャラクターになります。

カタッターレは毒々鰻様、ナグロスは炬燵猫鍋氏様、リュウマは、丸藤ケモニング様の案になります。

ご協力ありがとうございます。



 
 


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幕間『冒険者達の戦い』※モブメイン 読み飛ばし可

オリジナルモブキャラメインのお話になります。そういう話は好きではないという方は飛ばしてください。

飛ばしても話はつながるようにしていますので。




 

 王都を包む炎の壁へと、冒険者たちは緊張の面持ちで進んでいくそして、炎の壁へと近づくにつれ顔色がどんどん悪くなっていく。それも当然だろう。近づけば近づくほど死地へと向かうことになるのだから。

 

「なんだって、こんな時に王都に来ちまったかな」

 (シルバー)プレートを身に着けた背の低い冒険者が、己の運命を嘆く。

「そんなこと言っている場合じゃねえだろう!」

 立派な体格の(ゴールド)級冒険者が厳しい声を出す。

「……もしこの王都が堕ちたら、次は俺たちの街エ・ランテルが狙われるかもしれないんだぞ」

「そうだよ。それに僕たちだって王国の冒険者だ。今は王国の危機なんだよ。アローさんやモモンさんだけに任せておけない。僕だって……アローさんに褒めてもらった弓の腕前で役に立ってみせるんだ」

 先日エ・ランテルで行われた“漆黒との触れ合いイベント”。その中で、アローの弓矢教室に参加した(アイアン)の彼は、アローに「とても筋がいい」と褒められ、すっかりその気になって主武器を弓に変更していた。もちろん

 SCHWARZ(シュヴァルツ)で購入した“緑衣の弓矢神”仕様の弓である。ちょっとだけ奮発して中級者向けを購入したのは、内緒だ。

 

 

「おしゃべりはそこまでだ。来るぞ! 覚悟決めろよ!」

「はい。コタッツさん!」

 たまたま一緒に王都へと遊びに来ていた白金(プラチナ)級冒険者コタッツの指示が飛ぶ。

 臨時パーティの前に獰猛な獣が現れる。大型の犬のような姿をしており、口からは赤い炎のようなものが見えている。その数は見える限りで10体。当然ただの獣ではない。

 

地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)だ。口から吐いてくる炎に気をつけろ!」

「おう!」

 (アイアン)級冒険者が放った矢が、先頭の開始を告げる一撃となった。そしてその初撃は見事に、地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)の眉間を貫き、ドサッという音と共に地獄へと送り返してみせた。(アイアン)の攻撃でも通用するという事実に、周囲の冒険者たちの士気が上がる。

 

地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)なんて怖くない、怖くないんだっ!」

 次々と放つ矢が的確に地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)の眉間を貫いていく。

「すげえ……」

「弓の才能があるっていうのは、本当だったらしいな! 続くぞ!」

「「はい。コタッツさん」」

 

 彼らは被害を出すことなく地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)をあっという間に撃破してみせる。だが、まだ戦いは始まったばかりだった。

 

「油断するな! 気を引き締めていくぞ!」 

「おうっ!!」

 今度は先程の倍を超える20体以上の地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)が姿を見せた。

 

 

 

 

 ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

 

「でりゃああああああっ……」

 白金(プラチナ)プレートを下げた魔法詠唱者(マジックキャスター)らしい衣服……ローブを身に纏った男が、一回り大きな地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)……上位地獄の猟犬(グレーターヘル・ハウンド)を蹴りとばして止めを刺した。

 “蹴って唱える”魔法詠唱者(マジャックキャスター)・モンク、カタッターレである。彼の装備している最高の逸品は、マジックブーツで、蹴り技の威力・速度・命中率を高める効果がある。

 

「私の蹴りを受けて起き上った人間(やつ)はいないんだぜ」

 笑みを浮かべて上位地獄の猟犬(グレーターヘル・ハウンド)の死体を見下ろす。

 

「相変わらずその靴は強烈ですね。しかも自分で支援魔法かけて強化しているのだから、タチが悪い」

 両手にはめたガントレットを鮮血に染めた筋骨隆々な男が声をかけてきた。彼もカタッターレと同じく白金(プラチナ)プレートの冒険者だ。

「タチが悪いとは失礼だな。誰かと思えば“ナグロスじゃねえか」

「お久しぶりです」

「おう。しばらく前に合同チームで一緒に冒険して以来じゃねえのか? あれ以来なかなか合同チーム組んでくれなかったしなー」

「ははっ……あなたが酔うと歌うあの“褒め殺しソング”を聞きたくなかったんでねえ」

 ナグロスは日焼けした顔をクシャクシャにして笑う。

 

「ちっ、酒場のおねーちゃんたちには、評判がいいんだけどな」

「ははっ……、カタッターレ、右へ飛んでください!」

「おうっ!」

 カタッターレが飛んだところへ、ナグロスが突っ込み右のガントレットで、噛みつこうとしていた上位地獄の猟犬(グレーターヘル・ハウンド)を打ん殴る!  

「ぎゃうっ……」

 今度こそ絶命した上位地獄の猟犬(グレーターヘル・ハウンド)

「あなたの蹴りを受けて起き上った人間(やつ)はいないんじゃなかったですか?」

「ふん。そいつは人間じゃねえからなっ!」

 二人は笑いあう。戦場での束の間の笑いだった。

 

「ところで、お仲間はどうしたよ?」

「治療の為に下がっています。今この戦線はかなりキツイ戦いですからね」

 ここで唸り声が聞こえてきた。どうやら、今倒したのと同じ上位地獄の猟犬(グレーターヘル・ハウンド)が3体ほどやってきたようだ。

「チッ、またいらっしゃったようだぜ」

「“(おとこ)なら拳で語る”しかありませんね」

 ナグロスが両手のガントレットを打ち鳴らす。

「いくか!」

「ええっ! 王都のために!」

二人のストライカーが、突撃を敢行する。

 

 

「そうは行かない、突撃は俺の専売特許だぜ!」

 右に漆黒モデルの直剣、左に刀を持った二刀流の(ゴールド)プレート戦士が二人のストライカーよりも早く上位地獄の猟犬(グレーターヘル・ハウンド)へと突っ込んでいった。

「うおおおおおおおおっ!!」

 右の直剣で上位地獄の猟犬(グレーターヘル・ハウンド)の背中を切り裂き、左の刀を大きく開いた口から差し込む。

「しゃあああっ!!」

 さらに戻した剣で上位地獄の猟犬(グレーターヘル・ハウンド)の首を掻き切ってみせた。

「リュウマか。さすがにやるな」

「ああ。二刀流の戦士だったよな。もうすぐ白金(プラチナ)プレートになるって噂は、間違っていなかったってところか」

 こんな会話をしながらも、カタッターレは蹴りで上位地獄の猟犬(グレーターヘル・ハウンド)の右前足をへし折り、ナグロスはガントレットで殴り続けている。

(それにしても両刀使いか……ちっ、俺もやりたかったなぁ……)

 ナグロスは元々剣を使っていたのだが、まだ冒険者に成りたての頃に武器を失い、仕方なくガントレットで殴ってゴブリンを殺す羽目になった。その時つけられた二つ名が“鉄拳”である。

 

(俺はカッコイイ魔剣使いになりたかったんだけどなぁ……こっちの方が馴染んでしまったんだよなっ!)

 突っ込んできた上位地獄の猟犬(グレーターヘル・ハウンド)の顎をガントレットで砕き、倒れたところへ馬乗りになって殴る! 殴る! 殴る!

 

「まだまだやれるぞっ! 着いてこい!」

「おーっ!!」

 

 この戦線は3人の冒険者たちに引っ張られて押しているが、相手は次々に湧いてくる。

 

 

 冒険者たちは一人、また一人と傷つき倒れ、後方で衛兵たちが維持している防衛ラインへと退いていった。

 




 前話に引き続き今回登場のゲストキャラの紹介です。

 ”蹴って唱える”カタッターレ(毒々鰻様 提案)
 ”鉄拳”のナグロス(炬燵猫鍋氏様 提案)
 ”両刀使い”のリュウマ(丸藤ケモニング様 提案)

  
 上記3キャラクターは、以前募集させていただいた新シーズンの登場人物案にて応募いただいたものになります。

 またコタッツはシーズン3第11話『展示』にも登場しています。


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幕間『もう1つの戦線』※モブメイン 読み飛ばし可


オリジナルモブキャラメインのお話になります。そういう話は好きではないという方は飛ばしてください。

飛ばしても話はつながるようにしていますので。




 

「さあ、急いで中へ入ってください」

 木材や、木箱、周囲の店舗から拾ってきた看板やレンガなどで築き上げた即席のバリケードを少しずらして、傷ついた冒険者たちを中へ迎え入れる。

 時を経ることに運ばれてくる冒険者たちは増えており、最初は(カッパー)(アイアン)といった低級の冒険者たちがほとんどだったが、徐々にランクが上がってきている。

 そして運ばれてくる冒険者たちはみな重傷であり、回復のためにさらに後ろへ控えている信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)の元へと送られていくことになる。

 

白金(プラチナ)まで、やられはじめたのか……」

 今後退してきたのは白金(プラチナ)プレートの冒険者だった。それに気付いた 衛兵隊長……アザン・ロンブルハートの無精ひげの生えた顔が、険しくなった。

 

「すまん。相手は地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)が主力だ。そんなに強くはないが数が多い。口から吐く炎に気を付けてくれ。他にも大型のタイプもいるそいつらは強敵だ」

「コタッツさん、王都の所属ではないのに……」

「私は“王国の冒険者”だよ。それに悪魔退治なら、俺達冒険者の専門さ。それよりも、私の前に運ばれてきた若手たちはどうした? (ゴールド)(シルバー)(アイアン)の3人組なのだが……」

 コタッツの右腕は大きなダメージを受けており、動かないように見える。

「ああ。それでしたら先程後方へさがりましたよ。かなりの重傷でしたが、すぐに命に係わるものでは、ありませんでした。それよりも、あなたの方がよっぽど重傷ですよ」

 ロンブルハートはコタッツの腕を見て顔を顰める。

 

「そうか、あいつらは無事か。それならよかった。あいつらは無事に連れて帰りたかったからな。ロンブルハート隊長、回復して戻ってくるまで、なんとかこの戦線を支えてくれ」

「わかりました。我々がなんとか支えてみせましょう」

「頼んだよ」

 ロンブルハートは、腰に下げた魔法の剣の柄をぎゅっと強く握りこむ。

(そろそろ、ここも戦場になるか。可愛い部下たち(あいつら)を危険な目には合わせたくはなかったのだが)

 この魔法の剣は祖母から貰った愛用品だ。いつもは心強く感じているものだが、今日はどことなく心もとなく感じる。王都を包む空気は重く、時たま吹く風が運んでくるのは血の匂いだけだった。

(武技〈能力向上〉と〈死線の一閃〉があれば部下たちを守れると思っていたのだがなあ……)

 何しろ白金(プラチナ)がやられるような相手だ。かなりの強敵であるのは間違いがない。

 

「敵影! 隊長。敵が来ます」

 斥候役の兵から報告が入った。

「来たかっ! 我々の任務はここの死守だ。地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)は炎を吐いてくるぞっ! 気を引き締めろ!」

「おう! 隊長の指示に従って防衛するぞっ!」

「いいか、我らが~~~ここを守らねば戦線は崩壊する。それはつまりモモンさんやアローさんの邪魔になるということだ。我らがここを守ることに意味があるゥ! 死守するぞ! 弓隊構え! まだだ、まだ打つなよ! 射程距離に入るまで待機……カウントダウン5・4・3・2・1 放て~~!!」

 20人の弓兵が一斉に矢を打ち込む。2体ほどの行動を止めることができた。

「第2射用意! ノーカウント! 放てっ!!」  

 撃ち漏らした地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)が、バリケード目がけて突っ込んでくる。

「来るぞ!〈能力向上〉」

 ロンブルハート隊長は自慢の武技を使用し、戦闘力を引き上げると先頭で向かってくる地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)の一頭へ狙いを定め槍を、突き出し刺し殺す。

「ここが我らの戦場だ! 槍衾用意! 突き出せっ!!」

 40人の衛兵たちが一斉に槍を繰り出す。次々に地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)が地に伏せる。

 

 だが、左側の槍衾があっさりと破られてしまった。ロンブルハートはいそぎ左側の戦線へと駆けつけて槍を振るう。

 

「隊長、6人チームの兵士がやられました」

「そうか。パイン兄弟達か」

「はい」

「残念だ。……ジェイムズ、こっちの戦線をフォローしてやってくれ」

 ロンブルハートは、一人の青年兵に指示を出す。

「…………」

 ジェイムズと呼ばれた青年兵は、首肯しそれを受託する。

「相変わらず静かだな」

「それでも彼の槍術は、我々の中では抜きんでておる。6人の穴を埋められるのは彼にしかできないだろうな」

「隊長、右側から火がっ!」

「チッ、ジェイムズ後は頼む!!」

 ロンブルハートは、今度は崩れ始めた右側の戦線へと走り出した。

 

 

 

「ぬんっ!!」

 ジェイムズは槍を繰り出し、地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)を突き倒す。

(もしかしたら、あの技を使う時は今日なのかもしれないな)

 槍を繰り出しながら、ジェイムズはそんな思いにとらわれる。彼は子供のころ近所に住んでいた奇妙な老人から槍術を教わっており、その時にけっして使ってはいけないといわれて〈生命燃焼〉という武技を伝授されている。

(使ってはいけないのに、なぜ教えてくれたのだろう)

 子供の時から何度も考えてきたことだ。当然今もその答えは出ていない。

 〈生命燃焼〉それは、使用すれば、ほんの一時だけ人間を超えた戦闘力を得ることができおるが、その代償として使用後に必ず死に至るという捨て身の武技である。

(……使いたくはないが、使わずに人生が終わってしまうのも、どうかと思っていたのだが。今日は使うことになるかもしれない)

 ジェイムズは一心不乱に槍をふるう。彼が槍を振るうたびに地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)が倒れていくが、その横で仲間が次々と倒れていく。

 

 

「バリケードが破られたぞ!」

「冒険者はまだかっ!! このままではっ!!」

「まだだ、あきらめるなっつ!」

 ロンブルハートが、槍を棄て魔法の剣を抜いた。

「ここを守るのだっ!!」

 だが、その意気込みを打ち消すように悪魔の軍団が現れる。

「くっ! 部下は守らればならん!〈死線の一閃〉」

 ロンブルハートの魔法の剣が煌めき、蛙と人が融合したような悪魔の体に傷をつけた。

 だが、それだけだった。

 

「くっ……やはり我々の力ではここまでなのかっ!」

「……さがってください! ここは任せてください!」

 槍を構えたジェイムズがロンブルハートを突き飛ばす。

「……今まで、ありがとうございました」

 ジェイムズはそう言い残し、蛙と人が融合したような悪魔へと近づいていく。

「よせ、よすんだジェイムズ! 逃げてくれっ!!」

 ロンブルハートの声にジェイムズは反応しなかった。

 

(ここで使うしかないか……それも悪くない)

 ジェイムズは体内の気を高めていくが、その途中で蛙と人が融合したような悪魔が襲いかかってきた。

「く……〈生命燃〉」

 最後まで言い切る前に、緑色の矢がジェイムズの顔の真横を通過し、悪魔へと突き刺さる。2発、3発と続けざまに急所へと突き刺さり悪魔が呪のような声を上げながら仰向けに崩れ落ちた。

 

「冒険者アローだ。ここは任せておけ」

 緑のフードの男アローが、颯爽と登場し言葉を発しながら矢を連射。次々に悪魔たちが地獄へと戻ることになった。

 

「ふん。地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)上位地獄の猟犬(グレーターヘル・ハウンド)。それに地獄の番犬(ガルム)か。話にならんな」

 周囲を囲む獣たちへアローが突っ込んでいく。

「せいっ!!」

 拳一撃で地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)の頭が潰れ、蹴り一撃でより大型の上位地獄の猟犬(グレーターヘル・ハウンド)の体が、真っ二つにへし折れる。

「ガルルルルルッ!」

 一番大型の地獄の番犬(ガルム)が、その巨体を活かした超強烈な体当たり(ガルムズ・ディナー)でアローにぶち当たる。

「ふふ……そんな攻撃は効かん」

 軽々と受け止め、その鋭い牙が生える顎を膝蹴りで打ち砕く。

「すげええっ……全部一撃だ」

 ロンブルハートとジェイムズは唖然、茫然としていた。

 

 

 なお、別の場所では同じようにモモンが悪魔たちを蹴散らし、何人もの兵士と冒険者を死の危機から救っていた。

 

 

「いくぞっ!!!」

「おおっ!!」

 アローは、弓を天空へと突き上げながら、叫ぶ。

 

「アローさんに続けっ!!」

 先頭に立って突撃するアローを冒険者達が追うが次第に距離が開いていく。

 

 

「アダマンタイトは遠いなぁ」

 1人の冒険者のつぶやきに、皆が頷いた。

 

 敵の首魁ヤルダバオト、そしてその腹心であるブラック・バトラーが、いると予想される地点まで、あと少しのところまで迫っていた。

 

 

 






今回のゲストキャラクター紹介

 衛兵隊長 アザン・ロンブルハート (丸藤ケモニング様 提案)
 衛兵ジェイムズ (炬燵猫鍋氏様 提案)
 やられ役 パイン兄弟(トックメイ様 提案)

 上記以外ですと、コタッツさんも前回に引き続きの登場となります。

 


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シーズン4第12話『グリーン・アロー前編』

「ようこそ、お待ちしておりました」

「やはり来ましたか。どうしても我々の相手になるということですね」

 奇怪な仮面をつけたスーツの悪魔ヤルダバオト……イビルアイが“魔王”と呼んだ存在だ。正体はナザリック第七階層守護者デミウルゴスである。

 その隣には漆黒のヘルムに薄いグレーの仮面。袖のない革ジャンから見える太い二の腕には黒い天使の羽のタトゥーが入っている黒き戦闘者ブラック・バトラーが控えている。彼はナザリックの執事(バトラー)であるセバス・チャンが、“世を忍ぶ仮の姿”として用意した仮初(かりそめ)の姿である。

 

「……ああ。王都を貴様らの好きにはさせん」

 漆黒の英雄モモン――もちろん中身はパンドラズ・アクターである――が低い声で答えた。

「ヤルダバオト、そしてブラック・バトラー。貴様らは王都を(けが)した! その罪償ってもらおう」

 アローに変身しているアインズは、弓を構えながら決め台詞を放った。

 

「アローさん……素敵です……私も決め台詞を考えなくちゃ!」

「モモンさんも凛々しいな」

 なぜか一緒についてきたラキュースとイビルアイがやや遠目から二人を見つめていた。

「ふう。何故私がこのような者たちのお守りを……」

 その二人の隣に立っているナーベ ――その正体はナザリックの戦闘メイド(プレアデス)の一人ナーベラル・ガンマが溜息をついた。

 

 

 

「ヤルダバオト! 貴殿は私が相手しよう。1対1(サシ)で勝負といこう」

 右のグレートソードを突きつけて、モモンが宣言する。

「ふふ……いいでしょう。挑戦をお受けいたします。モモンさん」

 ヤルダバオトの表情は仮面に隠れているためわからないが、声は楽しげであった。

 

『アインズ様、ここは距離をとるべきです。目を分散させておく必要がございますので。こちらは上手く演じてみせますのでお任せを』

『うむ。任せたぞ、パンドラズ・アクター』

 アインズとパンドラズ・アクターはお馴染みとなった〈伝言(メッセージ)〉で連絡を取り合う。

(もはや直通回線(ホットライン)に改名すべきか?)

 それくらいパンドラズ・アクターと連絡を取り合っている気がしていた。

 

 

「今度は、本気で行かせていただきますよ、アロー様」

「それは楽しみだな。こちらも本気を見せてやろう、せ……せいぜい頑張るんだな、ブラック・バトラーよ」

 一瞬セバスと言いかけて無理やりセリフを変更する。

(やれやれ。これではナーベラルの事を言えないな。気をつけねばいかん)

 アインズは自分のミスに苦笑し、気を引き締めなおす。

 

「それは嬉しゅうございますな。私もなかなか100%の力を発揮する機会がないものですから」

「それは私も同じだ。あちら側で始めようか」

 アインズは広場の左手側を顎で指し示し、場所の移動を促した。

「よいでしょう、そこが貴方様の墓場となるということですね」

 二人はゆっくりと歩いて20メートルほど移動する。この間にヤルダバオトとモモンの戦闘が始まっており、金属がぶつかりあう音が聞こえてくる。

 所定の場所へと移動し、二人は向かい合う。その距離は約10メートルといったところか。

 

「では、参りますよ、アロー様」

 ブラック・バトラーは、左手を顔の前に構えて軽く握り、腰のところで右拳をため、気合いを漲らせた。放たれる殺気は常人ならそれだけで倒すことができる程の威圧感を伴っているが、さすがにアインズには通じない。

「……さすがだな、隙のない構えだ」

 アインズはブラック・バトラーの背後に、かつての仲間“たっち・みー”の姿を見る。たっち・みーは、PK行為にあっていたアインズを救った恩人であり、そして友人であり倒すべき目標となる人物だった。アインズは、実際に何度も、たっち・みーとPVP(タイマン)で戦っている。

(たっちさんとは、職業は違うけど隙のなさって部分では同等クラスだよな。魔法を使う戦いなら、私がセバスに負けることはないが、アローとして戦って勝てる相手かどうかはわからないな。だが、それも含めて楽しみだ)

 フルパワーを出しても簡単に壊れない相手だ。どんなことが出来るのか、アインズは楽しみにしていた。

「行くぞ、ブラック・バトラー! 私の矢を受け止めることができるかな?」

 アインズは、素早く弓を構え、10連射。一般の人間が見れば、いつ矢を(つが)えているのかわからないほどのスピードでの連射だった。

「フッ!」

 だが、ブラック・バトラーは、それを全て左手一本でキャッチし、束となった矢をアインズにみせつける。

「噂に聞く“緑衣の弓矢神”も存外たいしたことがないですね。この程度の児戯では私は倒せませんよ」

「それはどうかな?」

 ブラック・バトラーが掴んでいた矢の束が突然爆発する。特殊技能(スキル)爆発する矢(エクスプロージョン・アロー)〉である。

 閃光とともに大地がビリビリと震え、空気が引き裂かれるかのような轟音が闇夜に響き渡った。

 しかし風が煙を押し流すと、無傷のブラック・バトラーの姿が現れる。

 

特殊技能(スキル)ですか。ちょっとだけ驚きはしましたが、どうやら煙を巻き上げるだけのくだらない技だったようですね……」

 ブラック・バトラーの声は冷静そのもので、ダメージを受けている様子はない。“ちょっとだけ”のところで左手の親指と人差し指の間を1センチほど広げ、この程度だと挑発する。

「“ちょっとした”挨拶代わりさ。ま、油断はよくないということを伝えたかっただけだ」

 アインズとしては、セバスがこの程度でダメージを受けることはないと理解していた。それをわかった上での派手な一撃(パフォーマンス)だった。今の轟音は王都全域に届いただろうし、目撃者もいる。これくらいの派手さはないと、盛り上がりにかけるというものだ。

「少々服が焦げてしまいましたな。もったいないですが……」

 ブラック・バトラーは、ボロボロになった皮ジャンを脱ぎ捨て、その鍛えられた鋼の肉体を晒した。ピンと一本筋を通った綺麗な立ち姿と相まって、磨き上げられた刀剣のような印象を受ける。

 

「いきますぞっ!!」

 ブラック・バトラーは、右脚で地面を蹴って一気に距離を詰め、右拳で殴りかかる。

「ふんっ!」

 アローも同じく右脚で地面を蹴って突っ込み、まったく同じように右の拳で迎撃する。お互いの拳同士がぶつかり合い、火花が散った。

「うおっ!」

「おおっ!」

 二人とも同じ距離……5メートルほど弾き飛ばされ、ズザザッ! という土を削る音をともに踏みとどまる。彼我の距離は1()0()()()()()だ。

「振り出しに戻るか」

「やり直しということですな」

 二人は、もう一度拳を握りこんでから突撃を敢行する。

「せやあああっ!!  ぬあっ!!」

「とりゃあああっ!! くうっ!!」

 気合いをともに拳を振るうが、再び拳同士が激突し、先程と同じように二人とも弾き飛ばされ、またもやスタート位置へと戻ってしまう。

 

「チッ、またか!」

「パワーは五分というところですかな?」

 しかし、ブラック・バトラーの声には余裕がある。

(チッ……セバスの奴、まだフルパワーじゃないな? 奴の職業はモンクだ。一撃の重さでは上だろうよ。こっち手数でカバーするタイプだからな……それにあの(クロー)がある。あれを出されると厄介だな……)

 拳と拳がぶつかった瞬間に(クロー)を出されたら、さすがにダメージを受けるだろうと考える。

(もっとも、セバスの性格からすればそんなやり方はしないだろうが、今はブラック・バトラーだ。セバスが、ブラック・バトラーに対してどんな性格付けをしているかまでは把握していない。一応用心は必要だろう。しかし、楽しいなこういう戦いも。もう少し楽しむとするか)

 結局、真っ向勝負を選択(チョイス)し、今度は静かに距離を詰める。

 

「打ち合いだ!」

「望むところです」

 アインズの左ジャブ連打に対して、ブラック・バトラーは首を左右に動かすだけで見事に避けてみせる。

「隙あり」

 そしての7発目のジャブに被せるようにブラック・バトラーは切れ味鋭い右フックを繰り出す。

「どこがっ!」

 その右フックがヒットする直前に首を右へグルンと回すことで回避する。いわゆるスリッピング・アウェーである。直撃弾を避ける高等技術だ。

「らあああっ!」

 そして避けつつ左の裏拳をカウンター気味に叩きこむ。

「シッ!」

 ブラック・バトラーは、それを左の手刀(チョップ)で叩き落としてしっかりと防いでみせた。

 

「〈空間斬(スペース・ブレイク)〉!」

 今度は右の手刀(チョップ)を袈裟がけに振りおろす。実際の刀よりも鋭い切れ味がありそうな一撃で、実際に手刀(チョップ)の軌道上にある空間を全てスパッ! と断ち切るほどのものだ。

 セバスの創造主であるたっち・みーが使う〈次元断絶(ワールド・ブレイク)〉をイメージした技名がついているが、武技が使用できないので、実際は単なる高速・高威力での袈裟斬り手刀(チョップ)であるが、切れ味は本物だ。並みの相手なら一刀両断できるだろう。

 

「チイッ!」

 アインズはその前腕部に左のヒジをカチあげるように打ち込んで弾き飛ばし、きっちり防御する。

(“空間斬”か。また、その名を聞くことになるとはな)

 アインズは苦笑する。以前六腕の1人ペシュリアンが使ってきたのはインチキ紛《まが》いの技だった。ブラック・バトラーのそれは、はるかに精度の高い技だった。

 

「セイッ!」

 腕を弾きとばされ、ガラ空きとなった顔面へと右のナックルを叩きこむ!

「おっと!」

 それを左手で押し退けるようにして威力を流しつつ、ブラック・バトラーは引き戻した右拳をアインズの腹部へと突き立てる。

「ふんっ!」

 だが、アインズは左のヒジを落として、それを届かせない。

 

「やりますね」

「そちらもな」

 三度(みたび)、拳同士がぶつかり合うが、今度はお互いに一歩も動かずにその場に止まる。

「「せやっ!!」」

 掛け声まで同調(シンクロ)。ここで両者が繰り出したのは右旋回してのスピンキック! 両者の足が同じ高さで激突する。

「ぬおっ!」

「ぐぬっ!」

 ここも両者が踏ん張り、微動だにしない。

「ハアアアッ!」

「イヤアアアッ!」

 逆回転しての左の裏拳もまた交錯し、有効打にはならない。

 

「どうして、ここまで同調(シンクロ)するかな?」

「それはこちらのセリフでございます!」

 体勢を戻した二人が放ったのは右のハイキック。それをそれぞれ左腕でガードし顔面への直撃弾を避ける。

「ならばっ!」

「こうです!!」

 戻した右脚を軸にして、体を横に倒しながら左足で蹴りを放つ。

「なにっ!?」

「またっ!?」

 両者の伸ばした左の足裏が激突! 二人の〈トラースキック〉の威力が相殺される。

「これなら!」

「どうですかっ!」

 引き戻した足を軸にしてから放つ右前蹴りから、左足の前蹴りへとつなぐ二段蹴り! 

「これもかっ!」

「なんと!」

 とにかく技が決まらない。まだお互いに一発も当たっていないし、先程から技が丸被りしている。

(やはり、こういう動きだとついてくるな。少々真っ正直に行き過ぎたか)

 ブラック・バトラー役のセバス・チャンは、素手格闘を得意とするモンクである。蹴り技や拳打を中心とした打撃戦では有効打は奪いにくい。

 

(少々戦略を変える必要がありそうだな)

 

「気配がかわりましたね。何か企んでいらっしゃるようで?」

「これだから近接職という奴は……それにしても人聞きの悪い言い方だな……私は正義の味方だぞ? “策を練っている”といってくれ……あっ」

 アインズは余計なことを言ったと気付く。

「やはりそうでしたか。警戒が必要なようですね」

「ふっ……攻めるにしても、守るにしてもどちらでも、策はあるぞ」

 アインズは適当なことを言ってごまかす。

「よいでしょう。こちらから行かせていただきますよ、アロー様」

 ブラック・バトラーは最初と同様に、左手を顔の前に構えて軽く握り、腰のところで右拳をためる。 

「〈ブラック・ナックル〉!」

 破壊力がケタ違いの右の正拳突きがアインズの顔面を襲う。

「ぬんっ!」

 アインズは右手首を左手で押え、右手で上腕部を挟み込み、相手の勢いを利用して竜巻のような回転を加えた背負い投げ〈竜巻一本背負い〉でブラック・バトラーを地面に叩きつける。

「うぐっ……」

 いきなりの投げ技に対応こそ遅れたものの、受け身をしっかりと取るあたりはさすがだった。ブラック・バトラーのダメージは軽微といえる。

 

「まだっ!」

 超人的な力――レベル100の筋力――で引き起こし、再び落下角度を変えて〈竜巻一本背負い〉! 今度は受け身の取りにくい後頭部から突き刺す。

「ぬっ!」

 首の角度を調整し、ブラック・バトラーはダメージを調整する。

「まだだっ!」

 この後も速度と回転数、そして角度を変えることで受け身のタイミングをずらしながら、〈連続(ロコモーション)式竜巻一本背負い〉を合計10回決めたが、ブラック・バトラーは何事もなかったように立ち上がる。

「効きませんなあ……」

「さすがだな。 この程度で倒せるわけはないと思っていたが……な」

 遠くの建物の中から、破壊音が聞こえてくる。

(デミウルゴスとパンドラズ・アクターは上手くやっているようだな。時間はあと少しというところだろう)

 アインズは残りの時間を計算する。

「さあ、本気でこい。私も持てる全ての力で、ブラック・バトラー! 貴様を退治してやる」

 

 アローVSブラック・バトラーの戦いは、ややアロー優勢で前半戦を終えた。

 

 

  

 



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シーズン4最終話『グリーン・アロー後編』

 シーズンフィナーレとなります。




 


 

 アインズが変身している“緑衣の弓矢神”アローと、セバスが演じる黒き戦闘者ブラック・バトラーの戦いは、序盤の打撃戦はまったくの互角。中盤からは他の技を使い始めたアインズが押し始めていた。

 

「ぐうっ……」

 右のミドルキックを放ったブラック・バトラーだったが、それをガッチリと抱え込むようにキャッチされ、気が付けば一回転させられてダウンしていた。

(多少のダメージはあるようですが、問題はないようですね)

 ヘッドスプリングで素早く起き上り、ダメージを確認する。アインズの〈ドラゴンスクリュー〉で足へのダメージは受けたものの、さすがに一発で壊されるような柔な体はしていない。

「さすがにタフだな」

 今までの低レベルな相手であれば靭帯をねじ切ることもできたのだが、同じレベルの相手だとそうはいかない。 

「いえいえ。今の技は素晴らしかったですよ」

 殴りかかれば投げ飛ばされ、蹴りを繰り出してもガードされたり、今のように足を殺しにくる。ブラック・バトラーがどんなに技を繰り出してもダメージを与えることができない状態が続いていた。

(ふむ、護身術の類なのでしょうか……防御(デイフェンス)が非常に巧みですね……私も少々工夫をしないとだめでしょうか)

 ブラック・バトラーの構えから力みが消える。

 

(むっ……気配が変わったな。なにか仕掛けてくるつもりか? やれやれ……セバスのことは言えないな。前衛をやっていると気配がわかるものなのか)

 先程、ブラック・バトラーが、“気配が変わった”と、今のアインズと同じようなことをいったのを思い出す。

「何か企んでいるようだな」

 

「ふふ……それはどうでしょうか?」

 ブラック・バトラーは、再び鋭い右のミドルキックでアインズの左脇腹を狙う。

「つうじな……うっ……」

 もう一度キャッチしようとしたアインズを嘲笑うように、途中で軌道を変化させ、左腿を蹴り飛ばす。

「やるじゃないか、フェイントとはね」

 アインズは楽しげな声を上げた。

(……これが100レベルの蹴撃か、重いな。……ちょっと足痺れているし)

 芯に響くような重い一撃に足には軽い痺れがあった。

「まだまだ序の口でございますよ」

 ここからブラック・バトラーの蹴り技が冴えわたる。ローと見せかけてミドル。ローからミドルに見せかけて、やっぱりローと自在に蹴り分ける。

(……まずい。まったく防げないぞ)

 右・左・右と次々に繰り出される蹴りがアインズに確実にダメージを与えていく。

 クレマンティーヌくらいのフェイントであれば見切れるが、さすがに同格相手では簡単にはいかない。

 そして、ついに右ミドルからの軌道変更で顔面を蹴り飛ばされてしまった。

「ぐおっ!」

 左頬を思いっきり蹴り飛ばされたアインズは、30メートルほどブッ飛ばされ、途中にあった建物を2つ破壊し、3つ目の建物に叩きつけられた。。

「うー、頭がクラクラするな……いまのは結構効いたぞ……」

 さすがにダメージが残り、足元がまだふらついている。

 

(本当に全力でかかってきたな。まったく、真っ正直な奴だ。だが、それでも私はナザリック地下大墳墓の絶対的支配者アインズ・ウール・ゴウンだ。負けるわけにはいかん)

 姿はアローのままであるが、アインズの戦いのスイッチが完全に入った、

 

「さすがにタフですね。完璧に入ったと思ったのですが」

「舐めるなよ!」

 アインズは〈ナックルアロー〉を繰り出す。

「〈アイアン・スキン〉!」

 4回目となる拳同士の激突! 

「ぐあっ!!」

 だが、今回はアインズが打ち負ける。ブラック・バトラーはセバス本来の特殊技能(スキル)であるアイアン・スキンを使うことで拳の強度を上げていた。

 

「やるじゃないか」

「いつまでも同じとは思わないことですね。油断は大敵でございます」

「意趣返しというわけか。なかなか楽しませてくれるな」

「私の務めにございます」

 再び向かい合う二人。

 

(さて、どうするか)

 別に全力で倒す必要性はないのだが、やはり勝ちたいという気持ちがある。

(私は非常に我がままなんだよ、セバス。負けたくないんだよ。力では負けるかもしれんが、今までの戦闘経験が私にはある!)

 アインズは勝負をつけることを決断する。

「こい、ブラック・バトラー」

「では、決着つけさせていただきます」

 ブラック・バトラーの拳が唸りをあげてアインズに迫る。

「でええいっ!!」

 アインズは、それを避けながら拳を振り上げる……フリをして、ブラック・バトラーの意識を上に集めると、がら空きとなった腹部へとヒザを突きたてた。  

「ぐおおっ……」

 強烈な一撃にブラック・バトラーの体がくの字に折れる。

「逃がさん!」

 首を抑えると、ヒザの連打! 連打! 連打! その一発一発が的確に急所を抉っていく。

「おごっ! おぐおおおっ……がっ……」

 容赦のない膝の連打は20回を超える。さすがのブラック・バトラーも反撃する余裕すらない。

(これは魅せるための攻撃ではないからな……)

 アインズがアローとして格闘戦に臨む際は“観客を意識した魅せる戦闘”を主に行っている。ただし、レベル差がある相手に殺すつもりで仕掛けた場合は除いてだが。

 先程までは魅せる戦い方をしていたが、ここは目撃者もいない場所。それに相手は同格のモンクだ。本気で倒すつもりでないとダメージは通らない。

 

「ぐはっ……」

 ブラック・バトラーが仮面の中で血を吐き、ついに崩れ落ち片膝をついた。

「ブラック・バトラー! これで終わりだっ!!」

 フィニッシュ宣言し、必殺技を放つ体勢に入る。

「〈閃光式不死鳥弾(シャイニング・フェニックス)〉!!」

 太腿を踏み台にして、飛翔し、大きく手を広げながら膝をブラック・バトラーの顔面へと叩き込む。

 

『アインズ様、お時間でございます』

 しかし、パンドラズ・アクターからの、〈伝言《メッセージ》〉が入ったため寸前で技をとめ、ブラック・バトラーの肩を軽く蹴って後方に回転し華麗に着地を決めた。

 そして近隣の家屋の中へと飛びこむ。ブラック・バトラーもそれに続く。

 

「さすがはアインズ様。素晴らしい攻撃でした」

 室内へ入ったところで、ブラック・バトラーいや、セバスはグレーの仮面を外して素顔を見せながら跪く。

「世辞はよい。セバスもさすがの戦いぶりであったぞ。非常に楽しめた」

「ありがとうございます。私も楽しませていただきました」

「もう少し楽しみたいところだが、どうやらここまでのようだな」

 アインズもアローの変身を解き、本来の死の支配者(オーバーロード)の姿へと戻る。

「さて、セバス。ブラック・バトラーとしての役目ご苦労だった。脅威の存在がいること、そしてそれに伍する我々漆黒の名声を高めることは十分にできただろう。ただ、ブラック・バトラーという存在をここで消すのはいかがなものかと思っていてな」

「デミウルゴスからは、アインズ様にお任せすると言われております。こうやって戦う機会を与えられるのは非常に嬉しいことですが」

「わかった。セバス、お前を〈転移門(ゲート)〉でナザリックへ転送させよう。後は任せておけ」

 アインズはそう告げると、素早く〈転移門(ゲート)〉を開いた。

 

 

 

 ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

「逃がしてよかったのですか、モモン様」 

「……さすがに今から王都中に悪魔を放たれてはとても対処しきれないだろう。私を含め皆疲れ切っている状態だからな」

 イビルアイの質問に対し、モモンはヤルダバオトの去った空を見上げたまま応えた。

「とっくに限界を超えていますからね。ここからさらに戦闘となったら、数刻も持たないでしょうね」

 そう言ったラキュース自身も、ここへ来るまでの激戦で大きなダメージを受け、魔力も尽きている状態だった。

「奴を倒せなかったのは残念だが、ここは王都を守ったことで満足すべきだとは思いませんか、イビルアイ」

 漆黒の戦士モモンの鎧は大きな傷が入っている他、無数の傷が残っている。どんなに激しい戦いだったかはそれを見れば一目瞭然だった。

「たしかに。脅威をひとまず取り去ったという成果で満足す……」

 ここでやや離れた場所から爆発音が響き、いくつかの建物が粉々に砕け散った。

「な、なんだ!?」

「あちらはアローさんが戦っていた方角では?」

 ラキュースが心配そうな顔で爆発のあった方向をみる。アローの戦いで爆発音がするのは2回目だ。前回よりも今回の方が大規模な爆発だった。

 

「……様子をみにいきましょう」

 モモンは返事を待たずに歩き出す。イビルアイとラキュース、そしてナーベがそれに続いた。

「……アローさんは大丈夫でしょうか……」

 ラキュースは、か細い声で呟く。

「アローなら大丈夫でしょう。あの方はとても強いですから」

 ナーベがキリッとした顔を崩さずに応える。

(ほう、彼女は信頼しているのだな。アロー様の事も)

 イビルアイは、勝手に恋のライバルと思っている相手の評価を一段上げた。

 

 

 

「これは……いったい……」

 イビルアイが息をのみ、ラキュースは無言で目を見開き、固まった。

「何があったのでしょうか」

 ナーベは刀の柄に手をかけ周囲を警戒する。

 

 そこは、街であったとは思えないような場所になっていた。家が立ち並んでいたはずの場所には建物はなく、ただそれを構築していた不燃物が残っているだけになっている。木で作られていたものはすでに燃えてしまったかのように存在していない。

 

「あれは!」

「ラキュース?」

 ラキュースが地面に落ちている緑色の弓を見つけ、慌てて駆け寄る。

「やっぱり、アローさんの弓だわ……」

 拾い上げたのは間違いなくアローの使っている弓であった。販売されている“緑衣の弓矢神”モデルの量産品とは質が違った。

「アローさん……」

 ラキュースは弓を大事そうに抱えながら、辺りを見回した。だが、そこにアローの姿はなかった。

「ブラック・バトラーもいないが、アロー様の姿もないな」

「むう……簡単に死ぬような男ではないはずだが……」

「アローさんは、死にません! もし死んでいたとしたら、私が生き返らせてみせます!!」

 ラキュースはそう力強く宣言した。

(……死体がなければ生き返らせるのは難しいのではないしょうか)

 モモンのヘルムの中で、パンドラズ・アクターはそんなことを考えるが、口には出さなかった。

 

 

 

 ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 簡素なものではあったが勝利を祝う宴が終わりを告げた。もっとも完全勝利ではなかったし、かなりの数の犠牲を出しているので“慰労会”の方が表現とすれば正しいかもしれない。

 

「アロー様、結局戻ってこなかったな」

「そうですね……あの方が死ぬとは考えたくないのですが……」

 ラキュースは冒険者の復活のために魔力を使い切り、疲れ切った顔をしている。

 

「あいつは死なん。私はそう信じている」

「……はい。私もそう思います」

「モモンさんとナーベさんを私も信じることにします。だって、私達よりもずっと彼のことを知っているはずですから」

 ラキュースは王都を照らす太陽を見つめる。自分たちが守った王都は、いつもよりも美しく見えた。

 

 

「……遅くなったな、宴には間に合わなかったか?」

 角を曲がって姿を現したのは、緑色フードの男アローだった。右袖が千切れている上に、服のあちこちが破れたり、焦げたり煤けたりしているが、いたって元気そうだった。

「おかえりなさい、アローさん。無事だったんですね」

「ああ、無事だ。少々爆発のせいで、遠くに飛ばされてしまってね。しばらく気を失っていたようだ」

「ブラック・バトラーは倒したのか?」

 イビルアイが尋ねるが、アローは首を左右に振った。

「わからん。止めをさそうとしたところで、爆発が起きてしまってね」

「そうか。まだ生きているのかしれないな」

「かもしれん。だが、生きているのであれば、また戦うだけさ」

「ヤルダバオトとブラック・バトラーか。私達も漆黒の皆さんの役に立てるようにもっと精進しないといけませんね」

 ラキュースの言葉に、イビルアイが頷く。

「それはそうと、ラキュースさん」

「は、はい!」

 突然名前を呼ばれラキュースはドキマギした反応を返す。   

「……私は強敵と戦ってパワーアップして帰ってきたんだ。今後はグリーン・アローと名乗ることにした。ああ、呼び方はアローで構わないぞ」

 真顔でそんなことを言い放つグリーン・アロー。

「それじゃあ、変わらないじゃないですかっ!!」

 ラキュースは笑顔で指摘する。

「まあ、そういうことだな」

「もうっ!」

 皆が笑顔をみせる。

 

「まだ、食べ物は残っているぞ。帰ってくると思って残しておいたんだ」

 イビルアイがない胸を張るが、やはり子供にしか見えなかった。

「それはありがたい。実は……空腹で倒れそうだった」

 これがオリバーであれば“実はハラペコだったんだ”というところだが、今はアローの姿なので真面目に答える。

「さあ、二次会の始まりですね!」

 ラキュースがアローの腕を引っ張っていく。

「おいおい、私は一次会だぞ?」

 

 この後、“蒼の薔薇”と“漆黒”の2つのアダマンタイト級冒険者の宴が始まり、楽しい時間をすごしながらお互いに情報の交換を行ったと伝えられている。

 

 

 

 王都の長い、長い一日が、ようやく終わりを告げた。 

 




 
 
 今回でシーズン4のフィナーレになります。

 ここで連続更新をいったん区切りとさせていただきました。


65話までお読みいただきありがとうございました。

 
  






 
 

  


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The day of battle
The day of battle 『アローVSプレアデスvol.1』


 

「……私はあまり、乗り気ではないのだがな」

 アインズは、いつもよりも低い声を発する。心情が声にも出てしまっていたが、正直なところデミウルゴスの提案は乗り気でない。それどころか、かなり不快であった。

「アインズ様のお気持ちお察しいたします。……私も、この栄光あるナザリック地下大墳墓に下等で下劣な、たかが人間ごときが立ち入るというのは、正直好むところではございません」

 デミウルゴスは一旦ここで言葉を切る。アインズは黙って続きを促した。

 

「……もちろん私ごときと、至高の御方であらせられるアインズ様とを比べるなど不敬ではございますが、アインズ様だけではなく、全ナザリックのシモベが同じ気持ちであることはお伝えいたしとうございます。それでも、これはナザリックの……いえ、アインズ様の世界征服のために必要不可欠なことにございます」

 デミウルゴスは、右手の人差し指と中指で眼鏡をクイッと上げた。

「デミウルゴスよ……」

「はい、アインズ様」

「……全ナザリックのシモベが私と同じ気持ちであっても、あえてこの計画を行うのだな?」

「はい。アインズ様。それでもあえて行います」

 デミルウルゴスの眼鏡の奥にある、宝石で出来た瞳からは力強い不動の意志が見えた。

 

「……ふむ。よかろう。デミウルゴスほどの者がそういうのであれば、私もこれ以上何も言うまい。では、作戦を進めよ。そうだな……私も歓迎の準備をしておこう」

「ありがとうございます。アインズ様」

 デミウルゴスは丁寧に頭を下げ、執務室から出ていく。

「……帝国のワーカーをこのナザリック地下大墳墓へと踏み込ませる……その先にあるのは、帝国への恫喝といったところだろうが……やはり、かなり不快だな」

 アインズはデミウルゴスが去った扉を見つめる。

「だが、私はすでに同意したのだ。では、気持ちを切り替えて、()()()()のために少し戦闘訓練でもしておくとするか。……もっとも、そんな強い者が来るとは思えないから、心配などする必要はないのだろうがな」

 アインズは冒険者アローとして活動している間に、この世界の人間のレベルというものを把握できている。人間の切り札と呼ばれるアダマンタイト級冒険者でもレベル30そこそこといったところであり、ハムスケと同格程度でしかない。

 ナザリックの配下に収まっているブレイン・アングラウス、エドストレームも人間の中では王国においてはトップクラスの戦力の持ち主であった。もっともブレインはすでに人ではなく、吸血鬼になっているのだが……。 

 もう1人の人間の配下であるクレマンティーヌは、その二人や、アダマンタイトをも上回る戦闘力の持ち主だ。その彼女から入手した情報によると、スレイン法国には彼女よりも、もっとレベルの高い人間がいるという。もっともそのうちの大半は、先日シャルティアとともに偶然遭遇し片付けてしまったのだが。ただし、G計画(ネットワーク)からの情報によると“漆黒聖典隊長”と“第5席次”は生き延びたという。

 

 だが、今回の相手は法国ではなく、バハルス帝国である。帝国の方が王国よりも冒険者や、ワーカーのレベルが上という話は聞かないので、危険があるとは考えにくいだろう。

 

(ふふ……“獅子は、ウサギを狩るのも全力(フルパワー)”というからな)

 アインズの瞳にあたる真紅の炎が力強く輝いていた。

 

 

 

 

 ◇◆◇ ◇◆◇

 

 

 

 

 

 ナザリック第六階層にある円形闘技場(コロッセウム)。アインズは久しぶりにこの場所を訪れていた。

 

「以前来たのはいつだったかな? 転移した直後だったか……いや、ハムスケの訓練を見に来たときだったかな……」

 観客席には物言わぬゴーレムたちが鎮座して、静かに侵入者を見つめているはずだったのだが……。

 アインズが円形闘技場(コロッセウム)内へ入ると、そこには熱気があふれていた。

「なんだっ?」

 アインズは予期せぬ光景に足をとめ、観客席を見た。そこにはゴーレムはおらず、ナザリックのシモベ達が大挙して詰めかけている。

「至高の御方であらせられるアインズ様のご入場です。全員起立の上、拍手でお迎えください」

 パンドラズ・アクターが左手に持った“マイク”を使ってしゃべると、それが何倍にも増幅せれて闘技場中に響き渡る。さらにパンドラズ・アクターが右手を振ると、オーケストラの演奏が始まった。演奏されているのは、ユグドラシルのボスとの戦闘中に流れる曲であった。

(懐かしいなぁ……みんなと一緒に色々な戦いをしたものだ)

 アインズは一瞬鈴木悟に戻ってしまったが、意識を今に戻す。

(それにしても、なんで、こういうことになるのかなぁ?) 

 アインズとしては気楽な感じで戦闘訓練を行うつもりでいたのだが……いざ闘技場に来てみたら、なぜかナザリックあげての一大イベントと化していた。

 

 これは、至高の御方であり、ナザリックの頂点に立つアインズが、戦闘訓練を行うということが守護者統括より全ナザリックに向けて発表されたことが原因だった。

 アルベドとしては、愛する御方の勇姿をせっかくだから全シモベに見せたかったのだ。いや、「私の旦那様……そして皆の主は、こんなに素敵なんですよ」ということを見せつけたかったというべきか。

 最後列には立ち見をしているシモベもおり、現実世界でいうところの“超満員札止め”という状態になっていた。

 なお、入りきれなかったシモベのために、〈水晶の鏡(クルスタル・モニター)〉による全ナザリックへの中継も行われ、動きの取れないシモベ達も含め観戦できるようになっていた。

 

「大変長らくお待たせいたしました! ただ今より、本日のメインイベントを行います!」

 パンドラズ・アクターは、いつものように大げさに節をつけたアナウンスをしているが、今回ばかりはハマっている。

「まずは、挑戦者チームの紹介をいたしましょう。戦闘メイド(プレアデス)サブリーダー、ユリ・アルファ、同じく戦闘メイド(プレアデス)ルプスレギナ・ベータ、ナーベラル・ガンマ。以上の3人が、今回アインズ様に挑戦いたします」

 パンドラズ・アクターの紹介にもあったように、今回のアインズの対戦相手は、戦闘メイド(プレアデス)の3人である。

 

「う、腕が鳴るっすね!」

 背中に聖印をかたどったような大きな杖を背負った赤毛の三つ編みメイド、ルプスレギナ・ベータが、元気よくポンと両手を打ち鳴らすが、その声はちょっと震えていた。いつもの天真爛漫さが消え失せている。

「あ、アインズ様に挑戦するなど……な、なんと恐れ多いことか……」

 その左側に立つ漆黒のポニーテールのメイド……ナーベラル・ガンマも、戸惑いを隠せない。普段は冒険者アローとして活動するアインズに、冒険者ナーベとして同行している。

「ボ、いえ私たちの連携を確かめたいというアインズ様のご意向です。決して手加減をしてはならないと厳命を受けています」

 髪を夜会巻きにした眼鏡美人メイド、ユリ・アルファが妹達を鼓舞する。その両手には、棘つきのガントレットが装着されている。なお、この眼鏡にはレンズは入っていない。

 

 今回この3人が対戦相手に選ばれたのは、ナザリックへと侵入させるワーカーチームを想定したためだ。

 ユリは、モンクであり近接打撃戦闘が専門だ。ルプスレギナは回復役であり攻撃役を兼務した存在。そしてナーベラルは、優れた魔法詠唱者(マジックキャスター)である。

 

「そして、挑戦を受けるのは我らが支配者にして、最強の存在であらせられるアインズ様!」

 再びシモベ達の大きな拍手が巻き起こる。おざなりに拍手しているものなど誰もいない、心からの尊敬の意を込めた盛大な拍手であった。

 パンドラズ・アクターの合図とともに、ピタリと拍手がやみ、今度は円形闘技場(コロッセウム)を静寂と緊張感が支配し始めた。

 

 



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The day of battle 『アローVSプレアデスvol.2』

 

「では、そろそろ始めるとしようか」

 アインズの声が静寂を破り、戦闘メイド(プレアデス)の顔がさらに強張る。

「ただし、私がこのままの姿で戦っても意味があまりない……それにせっかくの機会だ。私は姿を変えることにしよう」

 アインズの言葉にシモベ達はどよめく。姿を変えるという意味がわからないものも多いのだ。

「……私のこの姿を、今初めて見る者も多いだろう……見るがいい、我が秘宝の力を!」

 アインズは大げさに演じながら、小声でアイテム“緑の矢(グリーン・アロー)”を起動し、その姿を緑色のフードの男“グリーン・アロー”へと変化させた。

「うおおおおおおおっ!!」

 観客席が大きくどよめく。先程まで豪奢なアカデミックガウンを着ていた骸骨姿の死の支配者(オーバーロード)であるアインズの姿が消え、そこには緑色のフードをかぶり、全身緑色のコスチュームに身を包んだ人間の姿があった。

「これが“グリーン・アロー”の姿だ。まあ、人間の世界では“緑衣の弓矢神(りょくいのゆみやがみ)”アローと呼ばれているがな」

 神という言葉を聞き、シモベ達がそれは当然だというような反応を示した。彼らにとって、ナザリックの絶対的な支配者アインズ・ウール・ゴウンとは神に等しい存在いや、神そのものであった。

 

「やっべ、アインズ様かっけ! くふー」

「いつものお姿もとってもお美しいのでありんすが、やはり……このお姿も大変魅力的でありんすな。……これは下着がまずいことになりそうでありんす」

(せっかく人が決めているのに……あいつら……ま、いいか)

 アインズは、この2人の声を聞こえなかったことにした。シャルティアは以前この姿を見たことがある……というより一緒に行動している――ただし、色違い(2Pカラー)である黒の方だが。

 そして、アルベドは何度もモニター越に見ているが、直に見るのは初めてだった。なお、アインズはすっかり忘れていたのだが……彼はアルベドの前では、この姿にはならないと決めていたはずだった。実際、今までグリーン・アローやオリバーの姿でアルベドの前に出たことはない。今は大丈夫だが、この後暴走する可能性を秘めていることにアインズは気が付いていなかった。

 

「さて、戦闘メイド(プレアデス)たちよ。私を倒すつもりで全力でかかってこい!」

「かしこまりました。このユリ・アルファ、全力でアインズ様に挑ませて頂きます。ルプスレギナ、ナーベラルもよいですね」

 ユリの問いに二人は首肯し、了解の意を示す。

「ユリ、今の私はアインズではない。グリーン・アローだ。このナザリックへの侵入者、アダマンタイト級冒険者グリーン・アローと考えよ」

「……侵入者は排除いたします!」

 ユリは腰を落とし、戦闘態勢に入った。他の二人もそれぞれ構えに入る。

 

「開始!」

 パンドラズ・アクターの合図とともに銅鑼が鳴らされ、大歓声が上がった。

 

「行くぞっ!!」

 アインズは緑色の弓を構えて、矢を高速で連射する。

「は、速い!」

 まず標的にされたのは近接攻撃型のユリだった。殴りかかるにしても蹴るにしても接近しないとユリは攻撃できない。

「なんのおおっ!!」

 しかし、ユリは次々に飛んでくる矢を、全て左右のガントレットで殴り飛ばして防いでみせた。

「ユリ姉! なんで全部こっちに弾くっすか? こっちに弾かないで欲しいっす!」

 ユリが弾き飛ばした矢は、なぜか全てルプスレギナの方へと飛んでおり、ルプスレギナは前後左右にステップしてそれを躱す羽目になっていた。

「あら、私としたことが……オホホホホ」

 ユリは笑って誤魔化す。

「絶対、わざとっすね!」

「オイオイ、ずいぶんと余裕があるようだな?」

 アインズは徐々に連射速度を上げていく。

五月雨(さみだれ)打ちだ!」

 先程まではユリのみを狙っていたが、今度は戦闘メイド(プレアデス)3人を同時に狙っての高速連射だ。文字通り“矢の雨”が3人に襲いかかる。

 

「くっ! はやいっ!!」

 ユリは先程と同じように左右のガントレットで弾いて防ぎにかかる。

「うわ、危ないっす!」

 ルプスレギナは体捌きでかわし、避けきれない矢を手に持った聖杖で叩き落とす。

「これくらいなら……」

 ナーベラルは、なんとそれを全て避けて見せた。

(……ほう。ナーベラルに避けられるとは……)

 ユリとルプスレギナの行動は想定の範囲内だったのだが、ナーベラルがこれほどの反応をみせるというのは完全に想定外だった。

 

「意外とやるわね、ナーベラル」

「ナーベラルは、普段からアインズ様……いえ、グリーン・アローの御傍に仕えております。そのせいではないでしょうか」

 アルベドの呟く声に、セバスが解説を加える。

 

「この程度は対応してくるか。では、これならばどうかな?」

 アインズはさらに速度を上げる。

「ちょ、ちょっと待つっすー!」

 まずルプスレギナが避けきれずに被弾。体に数本の矢が突き刺さる。

「なっ?」

 ユリもかなりの数を防いだものの、やがて防ぎきれずに矢を受けることになる。

「〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)!〉」

 ナーベラルは魔法を発動し、矢を迎撃し全て防ぎきる。

「〈爆発する矢(エクスプロージョン・アロー)〉!」

「しまっ!」

 ナーベラルが先程避け、地面に突き刺さっていた矢が爆発する。

「きゃんっ!」

 爆風で吹き飛ばされたナーベラルは、可愛い悲鳴をあげながら地面に倒れ込んだ。

「甘いぞ、ナーベラル。油断しすぎだ」

 アインズの、“アローとしての戦い方”をナーベラルは実際に見てきている。だからこそ、、ナーベラルはそれを防ぐ手段を用意できていた。だが、アローの矢は特殊技能(スキル)によって変化させることができるのを失念してしまっていた。

 

「しばらく大人しくしていてもらおう」

 アインズは狙いをつけ数本の矢を放つ。〈捕縛する矢(キャプチュード・アロー)〉によってナーベラルの体は、ワイヤーによってぐるぐる巻きにされてしまった。

「では残りは……ぐわっ!」

 アインズの左頬にユリの右拳がめり込み、アインズの体が吹き飛ばされる。

「油断しすぎではないでしょうか、グリーン・アロー」

 ユリの眼鏡の奥の瞳がキランと輝く。

「そういうことっす!」

 吹き飛ばされた位置で待ち構えていたルプスレギナが、聖杖をバッティングのようにフルスイングしてアインズの頭部をジャストミート!!

「うぐあっ!!」

 アインズの体が持ちあがり、10メートルほど後方へと弾き飛ばされた。  

「〈魔法二重最強化(ツイン・マキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉!!」

 拘束されていても魔法は打てる。ナーベラルが最強化した二本の雷が、拘束ワイヤーを弾き飛ばしアインズを直撃!! 

「ぐあああああああっっ!」

 さらにユリが殴りかかり、左右の強烈なフックの連打から、隙を見て右アッパー!! アインズの体が宙に打ち上げられた。ユリの右手を高く打ち抜いたフォームが芸術品のように美しく輝いて見えた。

 

「ルプスレギナっ!」

「地獄へ送ってやるっす! とりゃああああっす!」

 浮き上がったところにルプスレギナがジャンプし、アインズの顎に折り曲げた(ニー)を落とし、そのまま後頭部から地面へと叩き付けた。

「ぐがはっ!!」

 並みの人間であれば首が落ちるような強力な一撃にアインズが悶絶する。

「〈魔法二重最強化(ツイン・マキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉!!」

 地面に倒れたアインズ目がけて、再び二本の雷が奔る。

「なめるなよっ!!」

 アインズはヘッドスプリングで跳ね起きると、そのまま3回バック転して大きく距離をとる。

「残念、よけられたっすか!」

「さすがはグリーン・アロー。二度目は通じませんか……」

 ちゃんと“グリーン・アロー”と呼ぶあたりにナーベラルの成長が見える。

 

(いいですね、ナーベラル殿。きちんと呼び分けることができるようになりましたか)

 パンドラズ・アクターは、ナーベラルの成長が自分のことのように嬉しかった。

 

  

 



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The day of battle 『アローVSプレアデスvol.3』

 

「ふふふ……やってくれるじゃないか。なかなかよい連携だったぞ」

 アインズは首を左右に倒し、コキンと首を鳴らす。

「うーん、あんまり効いてないみたいっすね」

「その通りだ。あの程度の攻撃では私は倒せんぞ!」

 今度は、アインズがドン! と地面を蹴ってユリに迫る。

「ラアアアッ!」

 そして、右拳をフルスイングして叩きつけた。ストレートでもフックでもない大振りの一撃。だが、100レベルのフルスイングだ。速くそして重い。

「させませんっ!」

 ユリもガントレットをはめた手で全力で迎撃! アローとブラック・バトラーとの戦いでも見られた拳同士のぶつかり合いが起きる。

「むうっ!」

 観客席のセバスは”その時”を思いだす。

 

 だが、今回は2人の間には、大きなレベル差があった。

 

「きゃああっ!!」

 レベルの低いユリが打ち負け、思いっきり弾き飛ばされてしまう。やはり基本となる攻撃力が違いすぎた。

 

「……ユリ姉っ!」

 ルプスレギナが、受け止めようとカバーリングするが、そのがら空きとなった腹部に加速して踏み込んだアインズの膝がめり込んでいた。

 

「うげええっ……」

 不意をつかれたルプスレギナは、両手で腹部を抑え両膝をガクリとついてしまう。

「膝はこうやって使う方法もあるんだぞ?」

 アインズは、動きのとまったルプスレギナの顔面を容赦なく〈トラースキック〉で蹴り飛ばす。

 

「させないっす!」

 だが、ルプスレギナは首を傾けてアインズの蹴りをすかすと、そのままその蹴り足を掴んで、アインズを頭上へと持ち上げる。

「ユリ姉っ!!」

「決めるわよっ!」

 持ち上げられたアインズの顔面へ、ユリがジャンプして全体重を乗せた右拳を振り下ろす!!

「おごっ!」

「うおおおおおっす!!」

 ルプスレギナは、そのままアインズを後頭部から地面へと思いっきり叩き付けた。

 言ってみれば、ジャンピングナックルパートと変形パワーボムによる“変形のダブルインパクト”とでもいうべきだろうか。

「ぐはっ!!」

 アインズは明らかにダメージを受けている。

「〈魔法二重最強化(ツイン・マキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉!!」

 味方ごと吹きとばすつもりで、ナーベラルはまたもや両手から最強化した魔法をぶっ放した。

 

「ちょっと早っ! くああああっ!」

「まじっすかっ! うぎゃああああっす!」

「ぬおおおおおおっ!!」

 結果的に、ユリとルプスレギナはアインズ以上にダメージを受けてしまった。

 

「あいたたた……なーちゃん、それはひどいっす。〈大治癒(ヒール)〉!」

 ルプスレギナは自らのダメージを回復させる。

「私はまだ回復できるからいいっすけど、ユリ姉は回復させられないんすよ?」

 そう、ユリはアンデッドだ。そのため回復魔法では回復させることができない。職業バランスを重視してパーティを組んだ結果、種族ペナルティのせいでアンバランスになってしまっていた。  

 

(まあ、このあたりは課題だな。どちらにせよ、回復役はまず潰す)

 アインズは、まずパーティの回復役であるルプスレギナをターゲットに決めた

 

 

「いくぞ、ルプスレギナ! まずはお前からだ!」

 殺気を漲らせてアインズは左の拳を振るう。

「ひょえっ!」

 両腕上げてガードしたところへ、右の重い拳が飛んでくる。

「くうっ……重いっすね」

 これもガードすることはできたが、ルプスレギナの両腕がビリビリと痺れる。さらに左・右・左と顔面狙いの拳を連続してガードする。

「らああっ!」

 上への意識付けをしてガードを上げさせておいてから、アインズは左の膝を腹部へと叩きつける。

「ちょ、ちょっとや、やばいっす! アインズ様マジぱねぇっす!」

 かろうじて反応し、両腕をクロスして直撃をさける。

「グリーン・アローだ!」

今度は死角から打ち下ろしの右(チョッピングライト)! 

「ひえっ!」

 これは動物的な反応をみせて回避しようとするが、頬を掠める。

「うっ……」

 ルプスレギナの足がガクガクと震える。

「掠めただけっすよ! アイいや、グリーン・アロー……マジぱねぇっす!」

 だが、それでも足に来る。こうなっては反撃することすらままならず、ルプスレギナは亀のように両腕を上げてガードを固め直撃を避けようと必死だった。

 

「らあああっ!!」

「た、たすけってっす!」

 ガード越しでもアインズの打撃は効いている。衝撃を吸収しきれず、ルプスレギナの体力を確実に奪っていた。アインズは回復魔法を唱える暇を与えることなく、一気呵成に攻め立てる。 

 

「まずい!」

 ユリが状況を打開すべく拳を握りこんで繰り出すが、助けること……そして攻撃することに意識がいきすぎて防御が疎かになり、カウンターで強烈な横蹴りを腹部に受け壁際まで吹き飛ばされてダウンしてしまう。

「うっ、ううっ……」 

「ユリねえっ!」

 しかし、ルプスレギナは何もできない。手も足も出ない状況だった。

「〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉〈魔法最強化(マキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉!!」

 突如アインズの後方に現れたナーベラルが、至近距離から雷撃をぶっ放す。

「うおおおおおっ!!」

「ちょ、なーちゃん!! またっすか! うぎゃああああああっっすー!」

 アインズの体を突き抜けた雷が、ルプスレギナをも貫く。

 

(くそっ! 本来の姿ならこのような攻撃は受けなかったのだが)

 アローの姿では魔法はほぼ使えない。死の支配者(オーバーロード)である本来の姿であれば、転移を阻害したり遅らせたりすることが可能なため、今のような攻撃を受けることはありえなかった。

 

「シッ!!」

 ダメージを受けながらもアインズは体を回転させてナーベラルの腹部をソバットで蹴り飛ばす。

「〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉」

 しかし、ナーベラルは魔法を発動させることで回避し、またもやアインズの後方に出現。

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉!」

「なにっ!? くそっ!」

 アインズは、至近距離からのナーベラルの魔法の直撃を再び許してしまう。

「ヒ、〈大治癒(ヒール)〉!」

 その間にようやく危機を脱したルプスレギナは回復魔法を発動し、自分の傷を癒すことができた。

 

「やれやれっす! 危なかったす。さっすがアインズ様っすね」

 額の汗を拭うふりをしたところで、アインズの右の弓引きナックルパート〈ナックルアロー〉が、ルプスレギナの顔面にハードヒット!!

「うぎゃああああああっっすー!」

 いきなりHPが半減するような一撃を受け、ルプスレギナはガクンと右膝をついてしまった。

「……勝機見逃すわけにはいかない!」

 アインズはナーベラルに数発矢を牽制で放ちながら、素早くルプスレギナのスリットから見える肉付きのよい太ももを踏み台にして、両手を大きく広げながら膝を叩きこむ。

「あれは、〈閃光式不死鳥弾(シャイニングフェニックス)〉!」

 技を知っているパンドラズ・アクターと、セバスが同時に声に出す。

 タイミングとしては完璧だった。ユリはまだダウンしているし、ナーベラルは〈爆発する矢(エクスプロージョン・アロー)〉に巻き込まれており援護できない。

 

 

「なにっ!」

 アインズは“それ”に気づいて慌てて技をキャンセル。無理やり後方に体を戻しながら不格好で不完全な形ながらも踵をルプスレギナの肩口に叩きこみ、抜群の身体能力でルプスレギナの体を蹴って後方宙返りして距離をとり、観客席の一点を睨みつける。

「……残念。外した……掠めただけ……」

 そこには、ライフルのような魔銃を構えた戦闘メイド(プレアデス)のシズ・デルタがスコープを覗き込んでいる。

(避けきれていなかったか。すべて避けたつもりだったのだが……いや、これは慢心だな)

 アインズが変身しているアローの左頬から一筋の血が流れ落ちていた。

 

「シズ、貴女は何をやっているの!」

 愛する人への不意打ちに、守護者統括アルベドが美しい顔を歪めながら声を荒げた。髪は逆立ち、いまにも飛びかからんばかりであったため、シャルティアとセバス、そしてデミウルゴスといった面々が彼女を押えこんでいる。

 

「……チームメイトが合流した」

 シズはそれだけを呟くようにいうと、魔銃を持って客席から飛び降り、闘技場のフィールド内へと入った。

「なるほど……そういう趣向か。悪くないぞ、シズ・デルタ。実際チーム全員が同時にくるとは限らないからな」

 アインズはシズの乱入を容認する発言をする。さすがにこの世界において、銃で撃たれるということは考えにくいが、もしアインズと同じようにユグドラシルのプレイヤーが存在するのなら、シズのような自動人形(オートマトン)がいることはありえる。

 また、そうでなくても伏兵や別働隊が不意に攻撃してくるということは、現実的に考えられた。もっともナザリックで迎撃する場合はそんなことはありえないだろうが。

 

「しかし、アインズ様!」

「よいのだ、アルベド。何を怒ることがある? ……私は逆に嬉しいくらいだぞ? こういう自己主張は大歓迎だ。皆が成長している証だからな。よし、ここから先は1対4だな。かかってこい!」

 アインズは、戦闘メイド(プレアデス)達を睨みつける。その体からは、殺気にも似たオーラが発せられていた。

 

 

 



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The day of battle 『アローVSプレアデスvol.4』

「ボ、いえ私が必ずグリーン・アローを倒します。援護お願いしますね」

 ガントレットを打ち鳴らし、ユリが気合いを入れた。

「大船にのったつもりで任せるっすよー」

 左胸をバンと叩いてルプスレギナがとびっきりの笑顔をみせる。

「不安だわ……」

「不安……」

 ナーベラルとシズが同時に呟く。

「どうしてっすかー。安心するっす!」

「ルプーと安心という言葉が結びつかないのよね」

「……そう……そう」

 ナーベラルとシズは息ぴったりで頷き合う。

「むっきー、私だってやるときゃ、やるっす! 見ているっすよ―」

「……信用できないけど……期待はしている……つもり」

「一応、頼りにしておくわ」

 場が和やかになったが、今は戦闘中である。

「ふぎゃっす!」

 アインズの右のジャンピングハイキックが、ルプスレギナの顔面を見事に捉えた。ルプスレギナはサッカーボールのように縦回転しながら闘技場の壁に突っ込んでいく。

 

「おおっ! これはナイスシュートというやつですかな」

 パンドラズ・アクターが拍手を送った。確かに華麗なジャンピングボレーシュートといった感じにも見えなくもない。

「きゅう……」

 ポテっという音とともにルプスレギナが地面に倒れ伏す。

「……油断しすぎだ」

 アインズは冷たく言い放ち、素早く弓を構えると矢を連射しそれを特殊技能(スキル)で爆発させ、ルプスレギナを爆風で吹き飛ばす。

「ルプスレギナ殿のHP(ヒットポイント)が限界点を突破したようですな。死亡扱いとし、以後の戦闘参加は認めません。邪魔にならないように外へ出してください」

 パンドラズ・アクターの指示により、アウラ配下のドラゴン・キン2体が現れ、ルプスレギナを担架のようなものにのせて闘技場のフィールド外へと運び出す。 

「まずは一人だな」

 アインズは、残る3人の顔を見た。そのアイマスクから覗く瞳はギラリと強く輝く。

 

「さすがはアインズ様。相手の油断を見逃さない完璧な攻撃でしたね」

 アルベドは満面の笑みを浮かべ満足そうに何度も頷いている。

「んー、ルプスレギナがマヌケなだけじゃないのー?」

「お姉ちゃん、それ……マズいよ」

 アウラの呟きにマーレが困惑の表情を見せながら、姉の袖を引っ張っている。

「ソレハ不敬ダゾ。今ノハ、ルプスレギナノ油断ヲ見抜イタ、アインズ様ガ素晴ラシイ!」

 コキュートスが興奮して冷気を吐き出してしまい、周りは迷惑そうな顔をしているものの、満足そうなコキュートスの顔を見て何も言えなくなっていた。

 

 

 回復役を失った戦闘メイド(プレアデス)チーム。

「まったく、あの子はっ!」

 ユリは顔を顰めるがもはや後の祭りである。

「……期待して損した。私の期待……返せ」

 回復役を失った以上、ここからは攻勢に出ざるを得ない。

「ボ……私がいきます。援護お願い!」

「了解!」

 シズは素早く銃を構えて狙撃する。

「させるか!」

 アインズは超高速で飛んでくる弾丸を、矢で射落とすという離れ業を見せた。

 

「うむむ……さすがは“緑衣の弓矢神”というわけですな」

「さすがアインズ様! 素晴らしすぎますわ。くふー」

 セバスが唸り、アルベドが舞い上がる。

「ですが、十分役目は果たしていますよ」

 デミウルゴスの眼鏡がキラリと光る。

「〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉〈二重魔法最強化(ツイン・マキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉!!」

 アインズの背後へと転移したナーベラル。出現すると同時にその両手から最強化した雷撃を奔らせる。

「そうくると思ったぞ」

 だが、これを予期していたアインズは、ナーベラルが出現する直前にジャンプしており、ナーベラルが雷撃を放った直後に腿で首を挟み込まれていた。

「これはっ、アローのっ!」

 ナーベラルの放った雷撃はアインズが先程までいた地点をむなしく打ち抜き、そして彼女の視界は反転する。ナーベラルがナーベとして何度も見ている技〈フランケンシュタイナー〉。華麗かつ的確に急所にダメージを与える破壊力も十分な技である。

「うぎゅっ……」

 その証拠に地面に後頭部から叩きつけられたナーベラルは呻き声をあげて気を失ってしまった。

「同じ手を何度も食わんよ。それに出現位置が正直すぎるな。毎度毎度同じ位置に出現するとは芸がなさすぎるぞ」

 アインズはナーベラルの攻撃の単調さを指摘する。もっとも肝心な本人には聞こえていないのだが。

 パシッ!

「なっ!?」

 ユリは完全に不意をついたつもりでいたのだが、そのユリの右拳をアインズは、シズの方を見たまま楽々と片手で受け止めてみせた。

「あまいな。お前が接近しているのはわかっていたぞ」

 すかさず逆の手でユリの腹部を打ち抜く。

「うぐっ……」

 苦悶の表情を浮かべるユリの腹部に今度は膝を打ち込んだ。

「ぐげっ……」

 ユリと同じ表情を客席に座るセバスも浮かべていた。

「手を……放せ!」

 シズはそう呟くようにいうとトリガーを引き、銃弾を撃ち込む。

 

 パシッ! 

 

 アインズは事もなげに銃弾をつかみ取ってみせた。

「……この距離で?」

 シズは表情こそ変わらないが驚きを隠せない。

「……出来るものなのだな」

「助ける……」

 シズは銃を撃ちまくるが、アインズは大ダメージを受けているユリを投げ捨てて両手ですべての弾をキャッチする。

「ふふ……」

 アインズが両手を開くと弾丸がパラパラと地面に落ちる。

「……信じられない」

「今度はこちらの番だな?」

 アインズは〈捕縛する矢(キャプチュード・アロー)〉を放ち、戦意を失っていたシズを雁字搦めに縛り上げた。

「これは……参った……降参(ギブアップ)します」

「ナーベラル殿KO(ノックアウト)、シズ殿降参(ギブアップ)により失格とします」

 これで残るはユリだけである。

 

「くっ……さすがに……」

 ユリはよろよろと立ち上がる。先程のボディーブローと、ニーリフトでかなりの体力が削られており、危険水域へと入る一歩手前だった。

「さあ、あとはお前だけだ。かかってこいユリ・アルファ!」

「いかせていただきます!」

 ユリは最後の攻撃と決め小細工なしの渾身の一撃(フルスイング)。全体重を乗せた右ストレートを打ち込む。

「ぬんっ!」

 アインズは歯を食いしばってそれを耐えると、ギュッと右拳を握りこんで鉄拳をユリへと叩きこむ。

「あきらめてはなりません!」

 セバスの声にユリが反応し、アインズの拳はなぜか空を切った。

「なにがっ?」

 完璧に捉えたと思ったところでの空振りにアインズは若干の動揺をみせる。

「そんなのあり?」

 良く見ると、ユリの首から上……つまり頭部が消えていたのだ。頭部はどこへ消えたのかといえば、宙を舞っている。そして、ちょうどアインズの首元に落ちてきた。

 ユリは首無し騎士(デュラハン)であるため、元々首が繋がっておらずチョーカーで固定しているだけである。

「ぐああああああっ!」

 アインズは予期せぬ攻撃に叫び声を上げた。そう、ユリは、首筋に吸血鬼のように噛みついたのだ。

「まあ、アインズ様のお首にき、キスをするなんて、許せないわ!」

「落ち着きなよ、アルベド。あれは噛みついているだけだってー」

「わらわも噛みつきたいでありんす」

 アルベドをなだめようとしたアウラは、さらにシャルティアまで暴走しかかったために、あきらめモードになる。

 

「てりゃあああああっ!!」

 首のないユリの体はアインズのボディに蹴りとナックルをコンボで叩きこむ。

「ぐぬぬ、舐めるなよ」

 アインズは攻撃を耐えきると噛まれたままユリのボディへ膝を連打で叩きこみ、体がくの字に折れ曲がったところで、片腕でユリの胴体を抱えて引き寄せると、勢いを利用して縦に回転させる。そして引っこ抜いたユリの頭部と一緒に回転させて地面へと叩きつけた。これは変形ではあるが、いわゆる〈スーパーフリーク〉と呼ばれるフィニッシュホールドである。

 

「ぐううっ……」

「そこまでです。ユリ・アルファ殿、戦闘不能と判断いたします。この戦いはグリーン・アローに変身されていたアインズ様の勝利となります」

 場内のシモベ達は至高の御方の素晴らしい闘いぶりに感動の涙を流しながら拍手を送り、そして「アインズ・ウール・ゴウン万歳」と心から叫んだ。

 

戦闘メイド(プレアデス)よ。よい闘いであった。お前たちの連携の素晴らしさに私は感動したぞ」

 アインズは、元の死の支配者(オーバーロード)の姿に戻っていた。

「ありがとうございます。アインズ様」

「だが、それぞれに課題が残る部分がある。そこを今後修正していこうではないか。そうすることでこのナザリックはより強くなれる!」

「「「「はい、アインズ様!」」」」

 戦闘メイド(プレアデス)の4人が声をそろえて答える。

 

「アインズ様、次は私と手合わせをお願いいたします」

「セバス、オ主ハ、スデニ手合ワセヲシテイルデハナイカ。今度ハ、私ノ番ダ」

 セバスの立候補をコキュートスが止める。

「いえ、先日戦ったのはブラック・バトラーであって、私ではございませんよコキュートス様」

「同ジデハナイカ!」

「いいえ、違います。あれは私ではありません。私は演じていただけでございます」

「ナンダト!」

「よさぬか! ま、また今度考えるとしよう」

 アインズは面倒になり、指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を起動する。

 

「ア、アインズ様~~!!」

 

 アルベドが気付いた時……アインズは転移していて姿を消していた。

 

 

 アインズは気づかぬうちに危機を脱していたことを知らない。

 

 

 

 




”The day of battle” は今回で終了となります。

 本作では冒険者アローとして活動するアインズ様の話がメインです。
結果的にプレアデスやナザリックのメンバーが出番少ないので焦点をあててみました。

  

 


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エピローグ
最終話『黒と緑の物語』


 
 本作のフィナーレとなるエピソードとなります。


 


 

 

 リ・エスティーゼ王国城塞都市エ・ランテル……このように記すのも今回が最後になるだろう。

 

 この都市は、先日行われたバハルス帝国との戦争――王国の人間は一方的な虐殺だったと記憶している――の結果、新たに建国される“アインズ・ウール・ゴウン魔導国”へと割譲されることが決まっているのだ。

 その都市の一角にあるナイトクラブVERDANT(ヴァーダント)。アダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”の拠点があることで有名な店であり、いつも来客が絶えない店だ。 

 今日は、VERDANT(ヴァーダント)も、隣接する“漆黒”公認ショップSCHWARZ(シュヴァルツ)も休業日となっているが、従業員は全員VERDANT(ヴァーダント)に集まっていた。

 

「みんな集まっているな」

 VERDANT(ヴァーダント)そして、“漆黒”公認ショップSCHWARZ(シュヴァルツ)両店舗のオーナー、オリバー・クイーン――もちろん例によってアインズが変身した姿である――が、従業員全員の顔を順番に見る。全員が真剣な顔つきであり、それぞれに想いがあることが伝わってくる。

「今日は大切な話をしなければならない」

 アインズは言葉を切って一度大きく息を吸い込んだ。

「みんなも知っての通り、このエ・ランテルは、リ・エスティーゼ王国の所属ではなくなる」

 全員無言で首肯する。この話題を知らない者はこの中にはいない。いや、この都市にはいないというべきだろうか。

「この都市は、新たに建国されるアインズ・ウール・ゴウン魔導国に組み込まれるそうだ。……新たなる支配者はアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下という凄腕……いやその程度では失礼だな。神のごとき智謀を誇る大魔法使いであり、そしてアンデッドの頂点に立つ御方であると私は聞いている。そこで、皆がこれからどうするのかを確認しておきたい」

 自分でいうのも痛いが、実際一般人から見ればそのようなレベルだ。仕方がない。

 

「オーナーは、このままお店を続けるおつもりなのでしょうか?」

 VERDANT(ヴァーダント)店長ルーイの質問に、オリバーは無言で頷いた。せっかく立ち上げた店だし、閉店して得られるメリットは特にない。

「……それでしたら、私はこのまま留まらせていただきます。アンデッドの支配する国などは想像もつきませんが、私はこの店が好きですし、その魔導王陛下にもおおいに興味があります。……それに人間が支配していても腐っていて救いようのない王国のような国もありますし、知性溢れるアンデッドの方がまともな政治をすることも考えられますからね……」

 ルーイは言いにくいことをはっきりと言い切る。もっともこれは出来レースのようなものだ。彼はアインズによって蘇生され、現在3度目の人生を歩んでいる。そんなルーイにとっては、アインズ・ウール・ゴウン魔導王こそが仕え信仰する神なのだから。

 

「ありがとう、ルーイ。これからもよろしく頼むよ」

「はい」

 ルーイ――旧名ニグン・グリッド・ルーイン――は頭を下げた。

「ほんじゃ、俺も残りますわ―。店長だけだとカクテル作れないし」

 バーテンダーのルクルット・ボルブがいつものように軽い調子で答え、シェイカーを振るう真似をする。彼はオープン当初に比べると腕もはるかに上がり、今では客の心をつかむバーテンダーとして高く評価されている。もっとも、客の心はつかめても、恋人となる相手の心を掴むことはできていないようだが。

 

「……では、私も残ります。別に行くあてもないですし、この仕事もずいぶん馴染みましたからね。それにエ・ランテルがどうなるのか行く末を見たいと思います」

 SCHWARZ(シュヴァルツ)店長のペテル・モークも残ることを宣言する。彼は店長として、立派に店を盛り立てており、すでにアインズにとっても欠かせない存在であった。

「てんちょーが残るなら、私も残るよ。この店には開店前から関わっているんだ。この先も見ていくさ」

 同じくSCHWARZ(シュヴァルツ)で働く元女冒険者赤毛のブリタも手を挙げる。

 ペテルの補佐役として彼女もまた店に欠かせない存在である。

「……ありがとう。用心棒のレイとクレアはすでにここに残ると聞いているし、あとは……そちらの姉妹だけだな」

 オリバーはニニャと、その姉ツアレニーニャ・ベイロンの方を見る。姉と再会した後、ニニャは女性であることを表明(カミングアウト)しているため、女性の服装に変わっており、少し髪も伸びて肩にかかるくらいまでになっている。

 金髪の姉のツアレと、茶髪の妹ニニャ。美人姉妹として、男性客の集客に一役買っている。なお、今二人はVERDANT(ヴァーダント)のフロアを担当しており、近くに小さな家を借りて姉妹仲良く失った時間を取り戻すように暮らしていた。

 

「私は……その、オ、オリバー様に恩がありますので」

「……ツアレ、様付けはやめてくれないか。俺は別に偉くないんだ。“オリバーでよい”と何度も言っているだろう?」

「ご、ごめんなさい……オ、オリバーさ――ん」

 ツアレは、オリバーさまと言いかけて無理やり言いなおす。

(なんだか懐かしいな。ナーベとそんなやりとりをしたのがずいぶん前に思えるぞ)

 オリバーいや、アインズは既視感(デジャブ)を覚える。

「まあいい。努力してくれればいいさ。……さて、ニニャはどうする? 冒険者に戻るのか?」

 ニニャという名前は本名ではなく、姉を慕ってつけていた名前だったのだが、彼女は姉が見つかった後もニニャと名乗っている。

「……私もここに残ろうと思います。正直、一度は冒険者への復帰も考えましたけど、目的はすでに達していますしね」

 元々彼女には、貴族に攫われた姉を探すという目的があったのだが、それはすでに達成されている。なお、その貴族は、カッツエ平野の戦い――世間一般では“大虐殺”と呼ばれているが、親魔導国の人間はそれを“大粛清”と呼んでいる――において一族郎党みな戦死しており、お家断絶となっていた。それを聞いた時のニニャの喜び方は、表現が難しいものであった。

 

「ありがとう。全員残ってくれるということだな」

「はい。今は僕たちの拠点はここです。たとえ魔導王アインズ・ウール・ゴウン陛下が、噂通りの人物であったとしても、僕はここで頑張ります」

「……そうか。魔導王はたぶん良い政治をすると私は思うけどね」

 オリバーは笑顔を浮かべる。

(我ながら白々しいがな)

 アインズは心の中で苦笑しつつ、オリバーとしてアインズを高く評価するふりをする。

「……たしかに。カルネ村に移住したダインの話を聞くと、カルネ村の住民はアインズ・ウール・ゴウン様に対しては、かなりの好意と敬意を持っていることがわかりますね」

 ペテル達“漆黒の剣”の元メンバー、ダイン・ウッドワンダーは、カルネ村へ移住し恋人ともに甘い平和な生活を送っている……はずだったのだが、トロールに襲撃されたり、カッツエ平野での戦いにおいて、第一王子バルブロ率いる王国軍に襲撃されたりと、ペテル達よりも波乱万丈な生活を送っている。

 

「……この世の中は、どこでも危険と紙一重なのである」

 先日久々にエ・ランテルにやってきた彼は悟ったような顔をしていたのだった。

 

「村の復興や防衛にかなりの助力をしていただいたとか。……王国よりも、陛下に恩があるって感じだったな」

「それはそうですよ。王国の第一王子に襲撃されるとかありえない」

「だよなー。だから、喜んで魔導国に入るって言っていたぜ」

「カルネ村には小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)も住んでいると聞いたな」

 これにルーイの眉が、一瞬ピクリと動いたが、それは昔の(さが)によるものだろう。

 

「どちらにせよ、これからも頼むよ。ただ、私も忙しくなるのであまり顔は出せなくなるかもしれないが」

「はい!」

 全員の声が揃う。 VERDANT(ヴァーダント)SCHWARZ(シュヴァルツ)の両店舗は、魔導国になってもメンバーが欠けることはなさそうだった。

 

 

「レイ、私達も当然ここに残るんだよねー」

「まあ、平和になるらしいから、俺達用心棒の出番なんてなくなると思うがな。クレア、お前もフロアで働いたらどうだ? 俺はSCHWARZ(シュヴァルツ)の武器指南でも担当するさ」

 レイこと、ブレイン・アングラウスの言葉に、クレアことクレマンティーヌは難しい顔をする。

「あのさー、私がまともにフロアなんかで働けると思う? エドよりもよっぽど向いてないと思うけどな」

 話に出てきたエドとは、元八本指の警備部門六腕エドストレームのことである。彼女はダンサーとして働くという話もあったが、不適合だったため今は現八本指の警備部門長を務めている。 

「あいつはまあ、特殊な女だったからな。……そうだな、昔のお前さんなら絶対に無理だっただろうが、今ならできるんじゃないのか? オリバーさんに恋してずいぶん変わったみたいだしなー」

「なななななな、なにをいってるのー。そ、そんな、ことな、ないってー」 

 絵に描いたような動揺しすぎの図がそこにあった。

「お前……わかりやすすぎだな。早く抱いてもらえよ!」

「そ、そんな……だ、抱いてもらうなんてーえ、か、考えて、な・ないちー」

 頬を真っ赤にそめ、くねくねと体をよじるクレマンティーヌ。もはや照れすぎていて呂律が回っていなかった。

「……お前、いい年をして、本当に恋愛関係はだめだなぁ……」  

 ブレインはため息をついた。

 

 だが、その本人も、“人の事は言えない”とだけは言っておこう。

 

 

 

 

 ◆◇◆  ◆◇◆

 

 

 

 

「聞いたか!? モモンさんとナーベさんが魔導王の配下になったって!!」

「聞いた、聞いた。なんでも俺達のためにモモンさんは旅を諦めたって話じゃないか!」

 街は魔導王の入城と、その際に起きた出来事の話で持ちきりであった。

 

 その話題の主モモンは、盟友であるアローとともにVERDANT(ヴァーダント)にいた。

 

「もし魔導王を倒せるなら、モモンさんしかいないって思っていたのですが」

「……私一人で倒せるとすれば、取り巻きの一人が精いっぱいだろうな。それに、魔導王陛下はヤルダバオト以上の存在と感じた」

「……ヤルダバオトってモモンさんが王都で戦った、大悪魔ですよね……それ以上とは……信じがたい話ですね」

 モモンの言葉に、ペテルの顔が血の気を失い真っ青になる。

「それでも、モモンさんとアローさんなら勝てるのではないでしょうか?」

「……無理だな。それに魔導王陛下と色々と話してみたのだが、陛下はきちんとした政治を行うつもりのようだぞ?」

 モモンは魔導王との会談の内容をかいつまんで話した。 

「……なるほど。モモンさんが、そういうのであればそうなのでしょうね。カルネ村のことを知っているとはいえ、私はまだそこまで信じることはできません。でも、モモンさんとアローさんの言葉なら信じられます」

 ペテルは力強い目で二人を見る。

(これが大方の市民の評価といったところだろうな)

 アローの姿であるアインズはそう判断する。

「ところで、ナーベさんは魔導王の配下になったということですが、アローさんは?」

「……私か? 私はわりとフリーだな。モモンが執政官のような役目をするが、私は特に役目は与えられていない。まあ、治安維持などで協力することになるだろう。今後は、魔導王陛下の配下であるアンデッド、死の騎士(デス・ナイト)が街の警護を行うらしい。 

 我々冒険者からすれば、討伐する対象であったアンデッドに守られる街など想像もつかないがな」

 さらりと言ったが、死の騎士(デス・ナイト)は伝説クラスのアンデッドである。アローやモモンならともかく、一般の冒険者では歯が立たない相手だ。

死の騎士(デス・ナイト)……伝説級のアンデッドじゃないですか! ……そりゃ、逆らう者はいないでしょうね。アダマンタイト級冒険者ならともかく、普通の人間じゃ勝ち目なんてないですよ」

 それだけを聞いても魔導王陛下の凄さがわかるというものだ。

 

「まあ、私はアダマンタイト級冒険者“グリーン・アロー”だ。それは変わらない。この街を(けが)す者がいれば戦うだけだよ。……それが魔導王陛下でないことを希望するがね。それに私は、平和な世界を望んでいる。それは街の皆もそうじゃないか? 毎年のように戦争に駆り出されていたわけだしな」

 アローの言葉にペテルは頷いて同意を示した。

 

「まずは、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下のお手並み拝見といこうじゃないか。いい国になる予感が私はしているからな」

 

 “漆黒の英雄”モモン、“緑衣の弓矢神”グリーン・アロー。彼らの戦いはまだ終わっていない。

 魔導王アインズ・ウール・ゴウンとともに、平和な世界を築くという新たなステージが始まったばかりである。  

 

 ―(モモン)(アロー)の物語―は、これからも続いていく。

 

 

 

 






 今回にて最終話とさせていただきます。

 
 ここまでお読みいただいた方、どうもありがとうございました。


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 全て私が創作活動をする活力になっていました。
 
 本当にありがとうございました。

 
  
 
   


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