侍女のアリィは死にたくない (シャングリラ)
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アリィ逃走編
第1話 ああ、こんなふうには死にたくない


アリィ・エルアーデ・サンディスは貴族である。

父であるゴーザンと母マリアンヌ、そして自分の3人家族。

 

両親からは愛情をもって育てられ、アリィはとても充実した日々を送っていた。

外に出るときは護衛が必ずついたりなど一部自由でないところはあるが、些細なことだ。

むしろ両親が自分のことを心配して護衛をつけてくれている、その愛情の証明にもなっていたからだ。

 

「そうだ……アリィや」

 

ある日の夕食。

恰幅のいい腹を揺らして、ゴーザンは娘であるアリィに話しかけた。

 

「なんでしょうか、お父様?」

「うむ、アリィも大きくなった。そろそろ一つくらい、楽しみを覚えるべきだと思ってな」

「楽しみ……ですか?」

 

純白に輝く皿に盛りつけられた肉を食べようとした手を止め、アリィはゴーザンの言葉に耳を傾ける。

ゴーザンにグラスを持ち上げ、使用人にワインをつがせると話を続けた。

 

「我々貴族は特別な存在だ。平民とは違う、上に立つべき存在なのだ。無論、我々の上にはさらに皇帝陛下がおられるわけだが」

 

ここでワインをごくりと飲み、喉を潤す。

大きく息を吐くと、愛する娘に夕食の後、多少は汚れても構わない服装で地下室に来るように言った。

 

「アリィにも見せてあげるのね。いいんじゃないかしら」

「お母様、一体何があるのですか?」

「うふふ、すぐにわかるわ。楽しみにしていなさいな」

 

アリィはそれまで、地下室には両親が使う道具が置いてあるから勝手に入ったりしないように、と言われていた。

今まで自分には秘密だった何かが、ついに解禁されるのだ。

子供にとっては嬉しいことである。アリィにとってもまた、例外ではなかった。

 

「わかりました、お父様、お母様!」

「あぁ、楽しみにしていなさい」

 

ゴーザンは嗤う。

地下室に閉じ込めてあるモノたちのことを思い出し、それらがあげる音色を頭の中で再生する。あぁ、なんと甘美であろうかと。

貴族である我々だからこそ許される特権。

 

この楽しみをぜひ、娘にも教えてあげようと。

 

 

 

 

 

ここは帝国。

始皇帝の時代から時は流れ、その中枢では腐敗が進んでいた。

人も国も、時間がたてば腐っていくものなのだ。

この帝国も例外ではない。幼い皇帝を帝位につけた大臣、オネストにより帝国は腐敗が進んでいた。

民は飢え、一部の特権階級の者などだけが財に笑う。

その中心都市である帝都が腐敗真っ只中なのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

「さぁ、おいでアリィ」

「はい、お父様」

 

夕食を終え、地下室に潜る家族。

楽しみを教えると言われたアリィにとっては、最高にワクワクしていた。

一体何を両親は見せてくれるのだろう、と。

 

だがその笑顔は――足を止めたそこで凍りついた。

両親の顔を仰ぎ見るが、彼らの笑顔は消えてはいなかった。

いやもっと醜悪に……歪み、嗤う。

 

「これは……」

「私たちはね、特別な存在なのだよアリィ。だから、こんなことも許される」

 

蒼白になるアリィの視線の先には……阿鼻叫喚にふさわしい光景が並んでいた。

 

あたりに飛び散った血の跡。

充満する肉の腐った臭い。

 

ゴーザンが歩いて行ったその先には、アリィと同じくらいの年の少女が血だらけで台に固定されていた。

手にしたムチを軽くしならせると、ゴーザンは勢いよく

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!?」

 

動けない少女の背中めがけ、振り下ろした。

少女があげる悲鳴を聞き、ゴーザンはブルリと身を震わせる。

 

「あぁ……いい音だ、そうは思わないかアリィ。このモノは下賤な平民。我々のように高貴な血を引いていればお前の友人にもなっていたかもしれん。だが下賤な血はこのように飛び散っても仕方ない。汚らわしいがな」

 

そう吐き捨てるとゴーザンは持っていたムチをアリィに手渡した。

その視線の先には痛みに震える少女。

彼が何を言いたいのか、アリィは察した。察して、しまった。

 

「だからアリィ。おまえが彼女で遊んでやりなさい。なに、気にすることはない。我々貴族に遊んでもらえるのだ。さぞかし、光栄なことだろう」

 

手に渡されたムチの感触が、汗と一緒に感じられる。

肩には父の手が乗せられている。振り返らずとも、アリィにはゴーザンとマリアンヌが笑顔でこちらを見ていることがわかっていた。

 

「あ……あ……」

 

対して、自分を見上げる少女の顔は絶望に染まっていた。

もう自分が何を見ているのかすらわからないかもしれない。その虚ろな目が自分へと向けられているが、果たして彼女には自分がどのように見えているのだろうか。

きっと、両親と同じ悪鬼にしか見えないだろう。

 

「さあ! さあ! サア!!」

 

両親の手に力が入るのを肩で感じながら。

アリィは無表情に、ムチを振り下ろした。

 

 

 

 

 

初めて両親の本性を知ってから、年月は流れた。

アリィは今も、両親の趣味につきあっているが彼女が加虐趣味に目覚めることはなかった。

 

むしろ、彼女は恐れたといっていい。

主に若い平民が両親の手によって連れてこられた。時には自分と同じかその下の子供も。捕らえられた彼らが痛めつけられ死んでいく姿は、彼女に確かな恐怖を与え続けた。

 

「自分は、こうはなりたくない……」という恐怖を。

 

アリィが恐怖を覚えつつも両親の誘いを断らなかったのはこの恐怖を逃れるためでもある。相手を痛めつけることで、「自分は痛めつけられる側ではない」と認識するための、儀式にも近い意識で彼女は腕を振るった。

 

(死にたくない)

(傷つけられたくない)

(目の前で叫ぶ彼らと同じにはなりたくない)

(私は――そちら側にはいきたくない)

 

悲鳴をあげる青年を見下ろしながら、今日もアリィは恐れ続ける。

その横ではゴーザンとマリアンヌが、それぞれのやり方で楽しみを続けていた。最近、ゴーザンは倉庫にあったという首輪を使うのがお気に入りだ。黒い革と白い骨で作られたそれは明らかにおぞましい雰囲気を放っている。内側には小さいが骨でできた棘があり、首輪をつければ当然首に突き刺さる。

 

「ひ……イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「おぉ……やはりいいなこの首輪は」

 

なんでも、何かの失敗作なのだとアリィは聞いていた。かの始皇帝から先祖がその管理・調査を命じられたそうだが詳しく書かれた文献をアリィはまだ読んでいない。読もうと思えば父の書斎にあるので、この後にでも読むかとアリィは拷問中に考えていた。

 

首輪をつけられたとたん、それまで強気に叫んでいた女性は怯え、顔が恐怖で染まっていた。ブツブツと何かつぶやきだし、どんどん正気が失われていく。

アリィが拷問していた青年は、自分の妻が壊れていく姿を見せつけられ、生きる気力がどんどんと消えていた。彼らの息子はすでに、マリアンヌによって壊されている。

 

「家族三人……くしくも私たちと同じ。でも私じゃなくてよかった。私がそっち側じゃなくてよかった」

 

私は、死にたくない。

 

恐怖に狂う少女は、自分がそちら側ではないことに安堵しながら、青年を死へと追い詰めていった。

アリィにとって、他人が死ぬことはもうどうでもいい。

だって、自分が死ぬわけではないのだから。むしろ自分が死ぬかもしれないときには、何の躊躇もなく人を殺せるだろう。大事なのは己のみ。

彼女は順調に……歪んでいた。

 

だから、彼女はこう言うのだ。

 

「ああ、こんなふうには死にたくない」

 

翌日の夜。

書斎で顔をつぶされて死んでいるゴーザンの死体を前にアリィは……

悲しむこともなく、怒ることもなく。ただ、自分は死にたくないと恐怖していた。

 



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第2話 両親と一緒に死にたくない

「今日の標的はサンディス家だ。当主とその妻、それに一人娘。全員が標的だ」

 

アリィが父の死体を見つける頃より半日前。

時刻は昼、ナイトレイドのアジトにて。

革命軍の裏の執行部隊である彼らは、夜に行う襲撃について最終的な打ち合わせをしていた。

全員が集まる中、ボスであるナジェンダは用意させた似顔絵を机の上に置いて確認を進める。

 

「レオーネ、調査は済ませているな?」

「ああ。市民をさらって拷問を繰り返す外道の家族だ。この目この耳で確認した。有罪だ」

 

金髪の女性、レオーネがその端正な顔を歪ませ、吐き捨てるように調査結果を報告する。彼女の言葉に、その場にいる全員から僅かににじみ出る殺気。

平和な国を願う彼らにとって、サンディス家の行いは許しがたい所業だ。

 

「聞いての通りだ。新しい国に、民を虐げる外道はいらん。民の平和のためにも、これ以上犠牲を出せるわけにはいかない。悪逆非道のクズ共を、狩れ!!」

「「「「了解!!」」」」

 

それぞれが思いを胸に、ボスの指示へ返事を返す。

民が幸せに生きる国を作るために、人々を苦しめる一家を殺す。

やっていることをどう言いつくろおうとまぎれもなく殺し。そこに仁義はあれど正義はない。

しかし、彼らが後悔するかといえばそれは否である。そんなやわな覚悟だけしか持たない者など、ここにはいないのだから。

 

 

 

 

 

一方、アリィはそのころ、かねてより気になっていたことを父に尋ねていた。

 

「お父様、お聞きしたいことがあるのですが」

「ん? どうしたアリィ」

 

この日ゴーザンは自宅の書斎にて書類仕事をしていた。わざわざ平民同様外に出なくても己の仕事ができるというのが、ゴーザンのひそかな自慢であったりもする。書類を外に運んだり逆に持ってくるのはすべて部下にさせていた。

書類から目をあげたゴーザンに対し、机を隔てアリィは質問を始めた。

 

「かねてよりのお楽しみで、最近お父様は特殊な首輪をよく使っておられるようですが……あれはいったい何なのでしょうか?」

「おお、おお、アリィや。気になるかね。ならば教えてあげようとも」

 

思いがけぬ娘の質問に、ゴーザンは頬を緩めて完全に書類から手を離した。

正直なところ、自分と妻の楽しみに対し、アリィはそこまで楽しそうでもなかったので興味がないのだろうかと不安になっていたところだったのだ。そこへアリィが、自分の最近のお気に入りに興味を示した。

 

これを父として喜ばずにはいられない。

あわよくばもっと楽しみを見出してくれれば、とすら思っていた。その心中に、拷問にあう平民への哀れみはかけらもない。

 

「あれはかつて、始皇帝陛下より我が先祖が預けられたものだというのは知っているな」

「はい、お父様」

「あの首輪はこの世に一つしかない……唯一のものだ。とある危険種から作られている」

 

思った以上に貴重なものらしい。

アリィは首輪の価値にたいそう驚いていた。しかし一方で、あの首輪から感じる何かへの疑問がより深まっていた。

あの首輪は、褒美に出されるようなものではない。負の感情のような何かが、あの首輪にはつまっている。

アリィはそれが気になって気になって仕方ないのだ。

 

「しかし、いくら危険種の素材でできたものとはいえ、どうして首輪をはめるとあのように」

「うむ。そもそもなぜこの首輪が作られたのかという話にもなるのだが……」

 

立ち上がったゴーザンは本棚に近寄ると、古びた本を一冊抜き出した。

あれは確か首輪の調査について記されていると聞いた本だ。読もうと思ってはいたがゴーザンから説明を受けたほうが早いと思っていたのだ。

ゴーザンは再び椅子に座ると机の上の書類を脇にどけ、本を開いて置いた。

そのページには首輪だけでなく、いくつかの道具の絵が描かれている。

 

「これは……」

「アリィよ」

 

ゴーザンはニヤリと笑うと、大前提ともなる話を始めた。

 

「帝具、というものを知っているか?」

 

 

 

 

 

「時間だ」

 

夜。帝都が静まり返った闇の中でナイトレイドの面々が集まっていた。

彼らの視線の先には大きな屋敷――サンディス邸がある。

この大きな屋敷の中で、何人の罪なき民が殺されていったのだろう。その悲劇を終わらせるためにも、彼らは意識を研ぎ澄ませていた。

 

「アカメちゃん、結界の準備はオーケー。いつでもいいぜ」

 

糸の帝具、クローステイルを操るラバックが報告を行う。彼は糸を使った結界をはることで外からの侵入者などに対処する役割を担っている。騒ぎを聞きつけて警備隊が来る可能性もあるからだ。

 

「わかった。よし、行こう」

「よーーっし! 疼いてたまらないんだよね」

 

アカメの指示に、帝具ライオネルで獣化したレオーネは指を鳴らしながらサンディス邸に侵入する。彼女を追うように複数の影が屋敷の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

「嫌な感じがします」

 

ベッドの上でアリィは目を開ける。

さっきまでぐっすり眠っていたのに、急に目が覚めた。頭の中で警報がなっているかのような悪寒と共に。

これも力の一つ(・・・・)なのだろうかと、首元をさする。

 

「…………」

 

無言で寝床を出たアリィは、護身用に普段持っている短剣をいつも通り腰に携える。

そしてゆっくりと部屋を出た。

部屋を出た後は、周りの様子をうかがうと、すぐに駆け足になる。アリィは意識していなかったが、このとき、窓からは離れて走っていた。外から攻撃される危険を無意識のうちに考慮に入れていたのである。

 

そして、彼女の逃走は結果的に大正解であった。

彼女が部屋から離れて数分後。寝室に招かれざる客人がやってきた。

 

「……ここは寝室、であってるはずなんですけど。いませんねー」

 

メガネをかけた女性、シェーレは首をかしげた。

襲撃に気付いた? そのわりにはベッドに慌てた逃げた痕跡はない。

ただ、ふと起き上がって部屋を出ただけ。そう考えたほうが自然だ。

たまたま部屋を出たのなら戻ってくると考えられる。もっとも、他にも侵入した仲間がいるので彼女たちと遭遇したらそこで終わりだと思うが……。

 

「私はここで待ってましょうか」

 

時計があることを確認し、予定帰投時間までは潜伏することを選ぶ。

ふかふかのベッドに飛び込みたい気持ちはあったが、今は任務中。

名残惜しい気持ちを押し殺して彼女は部屋の陰に潜んだ。

もっとも、部屋の主がこの夜にもどってくることはついぞなかったのだが。

 

 

 

 

 

「ぐ、おお……離せぇ……」

 

家の主、ゴーザンは死の淵にいた。

突如部屋に飛び込んできた賊に襲われ、逃げようとするもすぐに首をつかまれたのである。

 

「どうせ下賤な平民だろう! そんな手で私に触れるな、今すぐ離せ!」

「はぁ。平民を傷つけるクズだとは思ってたけど、アンタ選民思想だったわけだ」

 

ナイトレイドの一人、レオーネはため息をつく。

彼女はスラムの出身。ゴーザンの言う通り平民ではある。しかし、下賤だと言われる筋合いはない。

ましてや、生まれが平民であるからといって、傷つけられていいわけがない。

 

「アンタが市民をさらって拷問まがいのことをしたのはもう調べがついてるんだ。このまま地獄に落としてやるよ」

「我々高貴なものが、平民をどうしようと我々のじゆげぼがはっ」

 

叫び続けるゴーザンに、ついにレオーネはキレた。

こんな身勝手なやつは新しい国にはいらない。民の平和のため生かしてはおけない。

 

殴り飛ばして地面を転がるゴーザンはここでようやく自分の立場に気が付いた。

下賤などと見下している場合ではない。相手は自分を殺しに来ている。

そのことに、ようやく思い至ったのだ。

 

「待て、へいみ」

「待たないよ。地獄で後悔しな」

 

グシャッ!

 

顔面が陥没するまでに、レオーネはゴーザンを殴りつけた。

彼女の帝具は百獣王化ライオネル。獣の力を得ることができる帝具。

その腕力で身分に驕って抵抗できない者をいたぶるだけだった男を殴り殺すことなど、造作もなかった。

 

「あーばっちぃばっちぃ。さて、私のノルマは達成と」

 

他の面々は仕事を終えただろうか?

そう考えたところで、彼女の強化された聴力が近づいてくる足音をとらえた。

仲間ではない。しかもそろりそろりと警戒したような歩き方。

 

(護衛が来たか? 逃げてもいいけど護衛も標的に入っている。一度隠れて奇襲するか)

 

部屋の陰に潜むレオーネ。

入ってきた顔を確認すると、そこには一人の少女がいた。

事前に調べてある。名前はアリィ。今さっき自分が殺した男の娘だ。

 

(確かシェーレの担当だったはずだけど……逃げられたのか?)

 

逃げてきたのかはわからないが、入ってきた少女は父親の死体に気づき、呆然とした様子だった。

 

「あぁ、こんなふうには死にたくない」

 

少女のつぶやきが聞こえた。小さい声だったが彼女の聴力ならとらえることは造作もなかったのである。

 

(死にたくない、ねぇ。あんたが殺した他の人々だってそう思ったろうよ)

 

だから殺す。

彼女の死角から勢いよくレオーネは飛び出した。

 

「だから」

 

獣化した彼女は速度もあがっている。だからこそ、ただの貴族の娘が対応できるわけがないとレオーネは思っていた。現に、アリィについて特別な戦闘力があるという報告はなかった。

そのまま首をつかもうと伸ばしたレオーネの左手は

 

 

 

 

 

あなたが死んでください(・・・・・・・・・・・)

 

自身の右手(・・・・・)によってねじ切られていた。

 

「……は?」

 

戦闘力はないはずなのに。

本来対応できないはずの速度で奇襲をしかけたレオーネを、彼女の濁った目が見つめていた。

 



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第3話 襲撃されて死にたくない

「がああああ!?」

 

痛みに叫ぶレオーネ。彼女は今、激しく取り乱していた。

傷ついただけならここまではならない。

しかし、今回は違う。気づかれないはずの相手に、奇襲が気づかれた。

気が付いたら、自分で自分の手をねじ切っていた。

 

要するに――わけがわからない。

 

それでもレオーネはプロだった。混乱しながらも血を流す腕の筋肉を引き締め、簡易ながらも止血をする。

彼女の奥の手、「獅子は死なず」と仲間の帝具を組み合わせれば腕はくっつく。

 

「お父様を殺したのはあなたですね。私も殺すのですか?」

 

そうだ、と叫びたくなる。

しかし第六感が……ライオネルの力で半ば超能力の域にまで引き上げられた第六感が全力で警報を鳴らしていた。

 

殺意を見せれば、自分が死ぬ、と。

 

「……さぁてね」

 

選んだのは、無回答。

殺意を見せない、いや考えない。しかしじりじりと移動はする。

いつでも、状況に応じて行動できるように。

 

「そうですか。私は怖いです。逃げたいですけど逃げたほうが危険な気がします」

 

目の前の少女は、濁った目を変わらず向けている。

正直、レオーネが警戒しているのは彼女の目も理由のひとつではある。

 

彼女の目は見たことがある。何度も何度も、今まで殺してきたやつが最後に向けてきた目。

それは、死への恐怖。アリィの目は何を経験したらそこまで濁るのかと思うほどの恐怖で淀んでいる。

 

だがそれ以上に、レオーネを警戒させるものがあった。

それは彼女から溢れているような……黒い瘴気。

うっすらと、しかし確実に彼女の周りに瘴気が発生していた。いや、本当はもっと前からあったのかもしれない。ただ薄くて、目に見えなかっただけで。

 

それが目に見えるほど濃くなっている。これはヤバイ。

 

レオーネ同様、彼女もゆっくりと移動していた。無理もないとレオーネは思う。

彼女だって逃げたいのだろう。嘘はついていないのだ。

 

(!)

 

頭の上の耳がピョコンとはねた。

注意しないとわからないような足音。ライオネルで強化された聴力と嗅覚で警戒してようやくわかるほどの気配の殺し方。

しかも聞き覚えがある、まず間違いなく仲間の一人――アカメ。

 

彼女が、すぐそばに近づいてきている。

彼女の帝具は一斬必殺を二つ名とする妖刀、村雨。いくら得体のしれないアリィであろうと斬られれば死ぬだろう。

扉を隔ててアリィの背後に潜んでいる。レオーネはそれをサポートすればいい。

 

(なのになんだ、この感じ!)

 

頭の中の警報が止まらない。むしろ強まった。

それと同時にアカメが刀を構えたのがわかった。もう、レオーネは待っていられない。

 

「やめろアカメ! ここから離れろおおおおお!!」

「なっ!?」

 

驚いたのはアカメだ。

お互いに暗殺者としての腕は認めている。だからこそわかるはずだ、ここで標的の背後に仲間がいるとわかるような声を上げるのは愚策でしかないと。

 

だがレオーネはわかっていながらもやった。

レオーネとしてはやらざるを得なかったのだ。自分がアリィに奇襲を仕掛けた時、自分がどうなったのか。覚えていない彼女ではない。

 

(もしアカメが村雨で私と同じなにかをされたら……! 自分で自分を村雨で斬ることもありえる!)

 

村雨の必殺性は、条件を満たさぬ限り使用者も例外ではない。アカメが自分の手を切らないよう、整備の際はたいそう気を使っているのはレオーネも知っている。

だからアカメが、スイッチを入れる前に止めた。

 

そして、同時にチャンスも生まれた。

 

「なぜかはわからないけど、あいつはヤバイ! 撤退するぞアカメ!」

 

アリィが扉から離れた隙に、自分が扉へとダッシュする。

もちろん、その際にはねじ切れた自分の左手を拾うことも忘れない。

ラリアットのように腕でアカメの体をつかむと一目散に廊下を走る。このまま戦うことは絶対に危険だ、撤退すべきだとレオーネは判断していた。

 

「離せレオーネ」

「今回はやめておけって! 私の勘が相当ヤバイってさっきから警報鳴らしまくってるんだよ!」

 

言い争いながらも、レオーネは足を止めることなく窓から飛び降りると全力で離れた。

アカメもレオーネの左腕がちぎれていることに気付く。レオーネになにかあったのだと理解してそれ以上抵抗することはなかった。

彼女たちが逃げていく様子をうかがっていたアリィは、危険が去ったことを確認すると走り出す。

 

「今のうちに、逃げないと……」

 

今夜いったい何があったのか、完全に把握しているわけではない。

しかし、襲撃があったのは確かなのだ。とどまるのは危険であり、愚策。

まずは近くの警備隊詰所にむかおう。いくら夜とはいえ夜勤のものがいるはずだ。

 

これからの方針を決めたアリィは慣れた廊下を走り抜け、階段を駆け下りて玄関から外に出た。さすがに先ほどの襲撃者のように窓から飛び出す度胸も身体能力もなかったから。

 

 

 

 

 

「来た! 屋敷の玄関から外に出たぜ!」

 

サンディス邸よりやや離れた木陰に二人はいた。

彼らもまたナイトレイドの一員――ラバックとマイン。

今より少し前、ラバックは帝具によりはっていた糸の結界で仲間たちが離脱したこと、そして彼らから標的の一人であったサンディス家の娘、アリィに得体のしれない力がありレオーネの片腕がねじ切られることになったことを聞かされた。

 

「おそらく帝具だよね、それ」

「だろーね……奪えればそれが一番なんだけど、私の勘がやばいって叫んでてさ。撤退を選んだよ」

「能力のわからない帝具相手に撤退は一つの手だ。それに、接近戦で危険でも狙撃なら可能性がある」

 

手早く連絡をすませ、二人を除くメンバーは撤退、マインとラバックは狙撃によってアリィの殺害を狙うことになった。

 

アリィはレオーネたちが逃げた後様子をしばらくうかがったという時間的ロス、加えてレオーネの俊敏さに比べ戦闘力もない一般人のアリィは走って逃げたといっても速さはたかがしれている。おまけにご丁寧に窓から飛び降りたりはせずに玄関へ移動。

 

レオーネたちからマインへ連絡が伝わり、狙撃準備をする時間は十分だった。

そしてついに、ラバックの糸の結界に反応がかかったのである。

 

「オーケー、この距離なら余裕よ」

 

マインは銃の帝具、浪漫砲台パンプキンの引き金に指をかけた。

ピンチになればなるほど威力を増すこの帝具。威力を求めるには危険度が少ないため心もとないが、狙撃するだけなら問題はない。

 

スコープごしに逃げるアリィに標準をあわせ、軽く深呼吸。

護衛にラバックもついているし周りの心配は彼に任せる。あとは全神経を傾けて狙い撃つだけ。

そして確実なタイミングを見計らい、引き金を

 

「えっ」

 

ひく。

だが、マインは思わず声をあげてしまった。確かに見たのだ。

引き金を引いた瞬間、そう、銃声もノズルフラッシュもわかるわけがない、引き金を引いたその瞬間にアリィが自分の方を向いたのを!

 

「なっ」

「嘘でしょ!?」

 

そして彼女の狙撃は失敗した。

アリィは顔を横にかたむけ……必要最小限といってもいい動きで自分の頭部めがけて放たれたパンプキンの攻撃を回避してみせた。

 

しばらく狙撃があったほうから視線は外さなかったが、アリィはそのまま逃げていく。

 

「もう一発!」

 

しかしまたもや回避される。今度はもっと余裕をもって回避された。

マインは舌打ちをすると起き上がる。

 

「こっちに来るならまだピンチの度合いが増して威力が上がるんだけど……アイツ逃げることしか考えてない。なんで避けられたかわからないけどこれ以上の狙撃は無理ね」

「まじかよ……遠距離からでもダメってことか」

 

厄介な存在が現れた。

正直なところためいきをつきたくなるような事態だった。

ましてナイトレイドの標的になるような相手だ、革命軍の側になることはないだろうし、まず敵になるだろう。

 

「とにかく撤退よ」

「了解。あー、ナジェンダさんに褒めてもらいたかったのになぁ!」

「狙撃成功していても手柄はア・タ・シのよ」

 

軽口をたたきつつも、アリィに狙撃までもが通用しなかったことに危機感を抱いて二人は撤退した。

この情報は、革命軍に絶対に伝えなければならないから。

 

 

 

 

 

「もうすぐ、ですね」

 

走るアリィは首に手をやる。

そこにあるのは黒い首輪。そう、ゴーザンが見つけ出し、使っていたあの首輪である。ゴーザンは絶対に付けるなと言っていたがアリィはその言いつけを破っていたのだ。

 

なぜなら、この首輪は自分がつけることを望んでいるようにも思えたから。

 

怒られるかもしれないと正直怖かったが、怒られる前に父は死んでしまった。

母も生きてはいないだろう。逃げる途中、護衛が殺されている現場を目撃した。

 

でも、私は死ななくてよかった。

 

やはり、この首輪をつけたのは正しかった。

 

「いえ、ただの首輪ではありませんね。確か……」

 

失敗作と呼ばれ、記録にも残されなかった帝具。

どうにか使えないかアリィの先祖が調査を命じられつつも、成果を出せず蔵に眠ることになったその帝具の名は。

 

 

 

 

――死相伝染 イルサネリア

 



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第4話 宮殿に来たけど死にたくない

ナイトレイドのサンディス邸襲撃より数日後。

帝都警備隊からの事情聴取や死んだ両親の遺産整理などで忙しかったアリィは宮殿に来ていた。

というのも、今日より侍女として働く事になったのだ。

くわえて、自らの帝具……死相伝染イルサネリアについて皇帝に報告することを命じられていた。

 

今までずっと失敗作だとされ記録になかった帝具が現れたとなれば当然の話ではあるが。

しかし、手放すのはいやだ。アリィはそう考えていた。

なぜなら、この帝具は自分を生かしてくれるから。ナイトレイドの襲撃ではっきりわかった。

 

襲撃者がナイトレイドだとわかったのは取調べのときである。

襲撃者の一人が「アカメ」と呼ばれていたことを話したときに手配書を見せられ、それがアカメと呼ばれた人物と相違ないと確認した。

そこではじめて知ったのだ。自分を狙ったのが「ナイトレイド」と呼ばれる、今もっとも危険視されている殺し屋集団なのだと。

 

「いやですねぇ。死にたくないですねぇ」

 

思わず独り言がもれる。

間違いなく、イルサネリアがなければ死んでいた。

しかしナイトレイドを退けたということは、彼らにとってアリィは油断できない敵と認識されてしまったということ。

加えて、そのことも皇帝陛下の前で話すよう命令がきたとなれば憂鬱でしかない。

 

(帝具使いだから前線に出すとか言われたら困るんですよね)

 

なぜなら、死にたくないから。

もともと侍女として働く用意が進められていたため、これ幸いとばかりにその話をごり押ししたのである。用意を手伝ってくれていた貴族には感謝である。

もっとも、その貴族もアリィが忙しい間に殺されてしまったのだが。

なぜアリィの家がその貴族と親しかったのかというと……遠い血縁関係があったということもあるが、“趣味”があったからという理由もある。娘のアリアなどは喜色満面で人の虐げ方を紹介していたものだ。

 

そして、それがナイトレイドの目にとまり殺害されたということだ。

アリィのような幸運は、彼らには訪れなかった。

 

「あぁ、本当に。死ななくてよかったです」

 

その後。ついにアリィは、皇帝への謁見に臨むことになる。

 

 

 

 

 

「アリィ・エルアーデ・サンディス。本日よりお世話になります」

「うむ。顔をあげてよいぞ!」

 

皇帝陛下は、幼い少年だった。

聞いていた通りだが……予想以上に子供だった。見た目も、雰囲気も。

その横でクッチャクッチャと肉を噛む腹の出た巨漢が前に出る。

 

「いやぁ、聞きましたぞ? ナイトレイドを退けたとか。実に頼もしいですなあ」

 

ふっふっふと笑う男に内心アリィは舌打ちをする。

目の前の男はオネスト大臣。皇帝から信頼を得てその座に就いた切れ者。さらに皇帝を傀儡とし、悪政をつくす帝都腐敗の根源ともいえる存在である。

 

しかし、アリィにとってこの大臣が腐敗政治を行う存在であることはさほど重要ではない。その腐敗政治の悪影響が自分に来なければそれでいい。

アリィが問題に思ったのは別のことである。すなわち、先ほどの大臣の言葉。

「ナイトレイドを退けた」……これはそこらの一兵卒では到底なしえないことである。ましてや一人で。ましてや複数人を相手に。

だがアリィとしては困るのだ。大きな兵力と扱われても困る。

なぜならば――

 

「僭越ながら。私はあくまで、死におびえる、侍女がやっとの女でございます。勇猛果敢な兵士の方々と肩を並べることはできませんでしょう」

 

アリィは、死にたくない。

戦いを仕事とする兵士にされては困るのだ。だから婉曲的に、「自分は兵士になる気はない」と断って見せた。

 

(ほう……頭は回るようですねぇ)

 

オネストは新しく来た人間が手駒にできるか。それを見極めようとしていた。

新たな帝具……それも記録に残らなかったもの。まず革命軍がこの帝具について情報を持っていることはないだろう。もし自分たちの側に引き込めればそれは素晴らしいアドバンテージになる。ナイトレイドを退けたという実績は十分なもの。

 

しかし自分の敵になるようならさっさと処分したほうがいい。

だからこそ、彼女を見極める必要があったのだ。

 

(加えて見た目もいい。若い。使えそうなら陛下の側に置くのもアリですな)

 

皇帝の側とはつまり、自分の側でもあるのだが。

しかし、強力な力を持っているようだがどうやら戦いは嫌だという。

ならばもう少しつついてみるかと、オネストは口を開いた。

 

「しかしですなぁ。貴重な帝具使い。遊ばせておくわけにもいかないのですよ。最近は革命軍やナイトレイドといった邪魔者が多いのはあなただってご存知でしょう、ねぇ?」

 

目の前の女はつい最近ナイトレイドに襲われたばかり。オネストの言葉には自然と重みが出る。そして決して無理なことは言っていない。あくまで正論で攻めたのである。

 

「仰ることはごもっともです、ですが、私は争いの場に出ることは嫌なのです。死にたくありませんから。そしてこのような私だからこそ、イルサネリアは適合したのです」

「ほう。そういえば、あなたの帝具についても話を聞きたかったところです。聞かせてもらえますかな?」

 

ナイトレイドを撃退する帝具の力。オネストとしてはぜひ聞いておきたい。

アリィとしても、侍女として皇帝に仕える以上情報まで隠し通せるとは思っていなかった。それに、イルサネリアの力はけっして対策がたてられるようなものではない。

だから情報を開示することに抵抗はなかったのである。

 

「はい。まず帝具の力から申し上げます。イルサネリアの能力は、一言で申し上げますと――」

 

 

 

 

 

アリィが退出した後、謁見の間は異様な沈黙に包まれていた。

オネストとしても、どうしたものかと頭を抱えていた。

 

「どうしたのだ、大臣? アリィに何か問題でもあったか?」

「いえまあ、多少は」

「しかし、アリィに対して悪意がなければそれでいいのだろう?」

 

アリィからは実に有用な話が聞けたが、オネストにとって困ることはいくつかあった。

まず一つ……死相伝染イルサネリアは“オンオフが効かない”ということ。

つまりそれを聞かされて初めて、この部屋にいた全員が「既にイルサネリアが発する瘴気に感染(・・)している」ことを知らされたのである。

だがアリィの話によれば、アリィに悪意がなければ問題はないという。

――そう、アリィに、悪意さえ持たなければ。

 

(つまり彼女に対し害するようなことを考えたら死ぬかもしれない、とは……)

 

実に厄介な能力だとオネストは思う。

なにせ暗殺を企もうにも、企んだ時点で効果は発動する。しかも殺意を抱き続けようものなら、そこに待っているのは自分の死だ。いまいましいことに、ナイトレイドは腕こそちぎれたそうだが死ぬまでには至らなかったという。

 

(どうせなら逃げずに死ぬまで戦えばよかったものを……でしたら我々の負担が減ったというのに)

 

ストレスがたまってしまう、とオネストはハムをまるごと噛みちぎる。

正直その能力は実に魅力的だった。ナイトレイドを撃退できたのも納得である。

自分が手に入れられれば、と思うほどですらあった。しかし、オネストはアリィからイルサネリアを奪おうという気はさらさらなかった。

 

理由の一つは、もちろんアリィに悪意を抱けないこと。

彼女はすでに、イルサネリアを己の命綱と認識している。それを奪おうとすることはすなわちアリィの命を脅かそうとするも同然の行為だった。

悪意とはいうが、正確にはイルサネリアが所持者の意思をもとに、所持者にとって悪意にあたるのかを判定するというのがアリィの話した見解であった。

 

そしてもう一つ……

オンオフが効かない程度では済まない、イルサネリアが失敗作とされたことにも関わる理由。

 

(さすがに私では……おそらく適合しないでしょうねぇ)

 

イルサネリアには、作成された時より適合者が見つからなかった。

そして適合しなかった者の多くが、発狂することになったのだ。発狂しなかったとしても、適合することはできなかったのである。

ただ一人、アリィという例外を除いては。

 

なぜアリィにしか適合しないのか、考えられるその理由も聞かせてもらった。

その話もまた、オネストの頭を悩ませるものではあったのだが。

 

(困りましたねぇ。せっかくの強力な帝具なのですが)

 

イルサネリアが抱える問題。帝国を守る武具としては失敗作とされた理由。

それは……

 

 

 

 

 

命をかけて戦う軍人や兵士には、絶対に使うことができないためである。

 



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第5話 侍女として働くから死にたくない

「うむ、来たか!」

「おはようございます、皇帝陛下。オネスト大臣」

 

オネストからアリィに伝えられた役職は、皇帝付き侍女という新入りの侍女に対しては異例すぎるものであった。

しかし、帝具使いである侍女というのがそもそも異例である。

事情を知った古参の侍女からも、護衛としての役割があるのだろうと納得され不満は起きていない。

むしろ、オネスト大臣がたいてい皇帝と一緒なのでいろいろな意味で皇帝付き侍女、というのは危険視されているのが実状である。

 

「本日の朝食になります。どうぞ」

「ぬふふ、楽しみですねぇ。やはり一日の始まりはしっかり食べませんとな」

 

彼女の仕事は、朝食の給仕から始まる。

大臣の言葉に対し、いつも食べているじゃないか、という発言はもちろんしない。

危機意識の高いアリィは発言にも常に気を使っている。頭が切れる大臣の前では特にだ。

下手に発言して失言などと扱われたくはない。

 

途中、杯が空になれば飲み物を注ぐ。

皇帝には果物のジュース。大臣にはワイン。

朝から酒を飲むのはいかがなものとは思うが、大臣は平気そうに飲んでいる。

業務に差し支えないなら自分から言うこともないか、とアリィは発言をおしとどめた。

 

「時にアリィ殿は、家のほうの仕事も継がれたとか?」

 

大臣がふと食事の手を止めて、待機するアリィに話をふった。

 

「殿など、私には不要かと思いますが」

「いえいえ、あなたも貴族なのですからねぇ。侍女もしながら仕事のほうも継ぐとなると、私としては無下にもできないのですよ。忙しいと思いますがねえ」

「おっしゃる通り、私は一部の業務こそ引き継ぎましたが……私が手放すのを惜しんだだけです。侍女としての仕事はまっとうさせていただきますし、父が手掛けたものの一部にしかすぎませんので大きな負担ではございません」

 

そうですか、と呟いて大臣はまた食事に戻る。

本来、アリィとしては親の仕事など継ぐつもりはなかった。侍女として過ごすのなら宮殿住まいになるだろうから屋敷を手放すことも考えたほどだ。

 

しかし、書類を整理した結果、一つだけアリィの興味を大いに引いたものがあった。

父親のゴーザンは、せいぜい手駒として使える程度に関与しておこう、という程度しか手を出していなかったがアリィはそれをもったいないと考えた。

これは自分が生きる上でも、一つの力になりうる、と。

 

「なので私はさっそく今夜、屋敷の方に戻ります。行ったり来たりとせわしないですがどうぞご容赦を」

「うむ。余は侍女としてしっかり働いてくれるならいいと思うぞ! そちらも父親が手掛けた重要な業務なのであろう?」

 

皇帝からの承認もあり、アリィは一礼する。

食事が終わったら食器をさげ、掃除に移らなくてはならない。

二人とも食事を終えたようなので、皇帝のほうから食器を台車に移していく。当然ながら、大臣よりもその食器の数は少ない。

 

「あぁそうそう。ブドー大将軍に伝言をお願いします。午前中に私の執務室のほうまで来るように、と。無理であるならいつ来れるか時間を聞いておいてください」

「かしこまりました」

 

皇帝付き侍女、である以上こうした雑用を頼まれる時もある。

アリィは心の中に伝言含めメモすると、台車を引いて食堂から退出した。

もちろん、部屋を出る前の一礼は忘れない。

 

 

 

 

 

台車を厨房まで持っていき、皿洗いに任せるとアリィは訓練場へと移動した。

むろん、先ほど頼まれた伝言をブドーに伝えるためである。

新顔であるアリィが宮殿を歩いてもそれを止める者はいない。

侍女の服装をしているというのもあるのだろうが、入って間もない新参者がこうも警戒されないというのもどうだろうか、アリィはそう考えた。

 

(警備大丈夫でしょうか……万が一ナイトレイドとかが変装して侵入してきたら死ぬんですが。私は死にたくないんですが)

 

しかし実のところ、アリィの心配は的外れである。

アリィについては、城の警備全員に通達済みであった。だからこそ、警備の兵士たちはこれが通達にあった侍女か、と決して警戒されることがないように放置していたのである。

「決して敵対させてはいけない帝具使い」。

万が一にも、彼女が警備、さらには宮殿の人間たちが悪意を向けた存在と認識されてはたまらない。そのような事故がないよう、オネスト大臣はアリィの容貌や姿について徹底して通達していた。

 

アリィの帝具、イルサネリアはアリィへの悪意に容赦なく牙をむくのだから。

 

 

 

 

 

やがて、朝だというのに武器と武器がぶつかり合う音が聞こえてきた。

そこは訓練場……宮殿に併設された兵士用の訓練場である。

訓練、模擬戦が大勢で行えるよう広く設計されている。アリィは目的の人物を探すも、見当たらない。キョロキョロと眺めた視野の中にはいないようなので、仕方ないと休憩していた兵士に声をかけようとしていたときだった。

 

「兵士でもない者が、ここで何をしている」

 

低くはない、しかし聞くだけで重圧を感じさせる声。

アリィが振り返ると、そこには腕を組んだ巨体がアリィを見下ろしていた。

彼こそ帝国の軍部の頂点。皇帝の懐刀にして帝具使いの一人。

ブドー大将軍、その人であった。

 

鋭い視線を飛ばす彼に、アリィは一礼する。

 

「おはようございますブドー大将軍。オネスト大臣より伝言を預かっております」

「フン、貴様のことならすでに聞いているが……それとは別件か」

 

アリィについては、城の警備全員に通達がされている。

それはつまり、宮殿警備のトップである彼に通達がいっているということでもある。

さらに、ブドーは立場上より多くの情報を得ていた。

 

アリィが帝具イルサネリアの所有者であること。その帝具の能力。

皇帝との謁見において、すでにその帝具が効果を発動していると告げたこと。

――そして、今もなお、宮殿内において帝具の力を行使しているということ。

 

「私は皇帝陛下より、この宮殿の警備を任されている。私が言いたいことがわかるか」

 

ゆっくりと、しかし厳格な言葉でブドーは問う。

今もなお帝具を使っているアリィを、決して見過ごすことはできない。そのことをお前は理解しているか、と。

しかしアリィとしても、譲れないものはある。

 

「私の帝具は、常時発動型。まして臆病な私としては、発動せぬよう手元から離すなどということはとてもできることではありません。ご心配なさらずとも、私の帝具が皇帝陛下を害することはありません。彼が、私に悪意を抱かぬ限り」

 

顔をあげ、なおも静かに威圧するブドーから目をそらさず答えた。

イルサネリアはブドーに対し何もしない。ブドーの胸中には、今のところアリィに対する悪意は一切ないからだ。だから剣も抜かない。帝具も構えない。

 

あるのはひとえに、皇帝への忠義。

 

アリィによって皇帝に害が及ぶことがないか。彼はただそれだけを考えている。

 

アリィは皇帝への忠誠心が特別強いわけではない。

ただ、自分が死にたくないから。そのためには革命軍よりも皇帝に仕えるほうがいいと判断したまでのこと。

だが、一歩間違えばブドーの行為はイルサネリアの対象となる。彼はもちろん、それを理解したうえでアリィの前に立っているのだ。

 

革命軍といい、ブドーといい。なぜ彼らは他人のために命を懸けることができるのか。アリィにとっては理解できないし、理解したいとも思えない。

 

長いにらみ合いの後、先に警戒を解いたのはブドーだった。

大きく息を吐くと、先ほどよりいくらかやわらかい雰囲気で話す。

 

「お前の価値観は私も聞いた。ゆえに、平穏ならば皇帝陛下や私と敵対する気もない。そうだな?」

「はい。私は死にたくない。それだけなのです。危険がなければ、私から害をなす気は毛頭ありません。そのほうが危険ですので。心配なさるのはごもっともですが、あの純粋な皇帝陛下が私に悪意を持つようなことはまずないと思いませんか?」

 

違いない、と頷くとブドーはアリィに話を促した。

先ほど言った伝言とは何か、と。アリィが本来訓練場に来たのは伝言のためであったはずだ。

 

「そうでしたね。大臣が午前中執務室に来るように、と。その時間帯が空いていないようであれば代わりの時間を聞くことも承っています」

「いや、大丈夫だ。確かに伝言は受け取った」

 

もう用は済んだだろう、とブドーは視線を扉に向けた。長居はするなということだ。なにせアリィは生きる爆弾にも近い存在。訓練場に必要以上に長居させて部下たちの不安をこれ以上募らせる気もなかった。

 

それでは失礼します、とアリィは一礼して背を向ける。

訓練場の扉に手をかけた彼女の背中に、ブドーはふと思い出したことがあって声をかけた。

 

「そういえば最近、帝都に辻斬りが出没していると報告があった。お前が夜に宮殿を出入りすることがあるというのは警備上こちらも把握している。せいぜい気をつけておけ。皇帝陛下に余計な心労をかけるなよ、皇帝付き侍女」

 

警告とも心配ともとれる言葉に、アリィは再度頭を下げると今度こそ訓練場をあとにした。

 

 

 

 

 

「辻斬り……ですか。会いたくないですね。死にたくないですね」

 

宮殿の廊下に、アリィの独り言が静かに流れた。

 

 

 

 

 

「帝都はいーいところだなぁ……愉快、愉快。今夜も楽しみでたまらないなぁ!!」

 

同じ頃。帝都の路地裏で額に目を模した道具をつけた男が歪んだ笑みを浮かべたことを。

 

“首斬りザンク”と呼ばれた男が、宮廷からサンディス邸への帰り道付近に潜んでいることを。

 

アリィはまだ、知らない。




しばらくPCが自由に使えなくなるので、次の更新は早くても1か月後になる可能性が高いです。

ご了承ください 


追記
別の手段で投稿できました
今までほどパソコンを自由に使えない状態は変わりませんが


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第6話 首を落とされて死にたくない

一ヶ月もかかると前回書きました。


図書館のパソコンで書けちゃいました。
投稿しまーす。


夜。

宮殿の門をくぐりぬけ、街へと踏み出したアリィ。

彼女は侍女としての仕事を終え、サンディス家という貴族の仕事をするために屋敷へと向かっていた。

 

「辻斬りには会わないですむといいのですが」

 

辻斬りという物騒なものなど、何よりも死を恐れるアリィにとっては避けるべきでしかない。

欲を言えば護衛があったほうがありがたいほどである。しかし、いくつかの理由からそれはかなわなかった。

 

まず、宮殿警備を個人の護衛に回すには、人員的に余裕があるわけではないこと。

そして、アリィが帝具使いであることだ。

ナイトレイドすら撃退して見せた帝具をもつアリィに護衛は不要と判断されたのである。

 

サンディス家の護衛はナイトレイド襲撃によってほぼ死に絶えた。

残ったものは屋敷の護衛にあて、アリィ個人を迎えには来れない。

 

つまり結果として、アリィは一人で夜の帝都を歩くこととなったのである。

 

 

 

 

 

アリィは道を歩く中、やけに人が少ないなと思っていた。

確かに時間は夜、仕事も終え多くのものが家の中でもおかしくはない時間帯ではある。

しかし、それでも昔はまだもう少し人が歩いていてもおかしくはなかった。

やはり原因は辻斬りだろうな、とアリィは納得する。

 

宮殿を出る前に、僅かながら最近出没するという辻斬りの噂は集めてきた。

どうやら元首切り役人だったようで、被害者は皆首を切られているという。

被害者の中には警備隊もいた。武装していた警備隊の人間すら殺されているのはもちろん理由があった。

 

それが、帝具。

 

「さすがにどんな帝具かはわかりませんでしたけどね……」

 

情報を集めるにも限度がある。

屋敷に戻れば、情報収集に大きく手をつける手段はある。しかし宮殿ではさすがにどうしようもなかった。

業務をできる場所をいっそ宮殿に用意してもらうか? アリィとしてはそれが一番だがさすがに侍女の身分でそのようなことを頼むことはできないだろう。

 

余計な問題を起こしたくないアリィはため息とともに自重する。

家々からこぼれ出る明かりが僅かに照らすだけの道を、アリィは歩きながらこれからのことを考える。

しかし、ふと顔をあげる。

 

「……?」

 

何か、いやな感じがした。

まるでナイトレイドが屋敷を襲撃した、あの時のような。

そのとき以上に、誰かに見られているような。

 

「これはちょっと……まずいかもしれないです」

 

少し駆け足になって、アリィは屋敷への道を急ぎ始めた。

 

 

 

 

 

「おおっと、急に走り出したねえ……愉快愉快」

 

彼女を「遠視」していた男は、ニタリと口元に笑みを浮かべる。

早速見つけた獲物を、逃がすつもりはさらさらなかった。相手は少女。自分が追いつけないほどではない。

彼女の筋肉の動きすら見える男は、少女の身体能力を十分把握していた。

 

「危ないなぁ。夜に一人で出歩くなんて怖ぁい人とあっても知らないよぉ? 愉快、愉快!」

 

獲物めがけ、男もまた走り出す。

 

 

 

 

 

結果として、アリィは広場にて一人の男と対面することになった。

ぼろぼろになったコートに、首元にはネクタイ。しかし、額に光る「目」を模した道具にアリィの視線はそそがれていた。あれが自分にとって危険なものだと、アリィにはわかっていた。

 

あれは自分の首にあるものと同じ、帝具である、と。

 

「お嬢ちゃん、夜帝都を歩くのは危険だよ? 危ない事件に巻き込まれたり、人に襲われるぞ?」

「たとえばあなたですかね、噂の辻斬りさん」

 

したがって、目の前の男が話に聞いていた辻斬りだということも推測できる。

辻斬りがかつて勤めていた監獄の署長を殺して帝具を奪ったという話は聞いていたからだ。

そして何より、男の目。

 

アリィはその目を知っている。

あれは、地下室で何度も見た、父や母と同じ目だ。

他人の命を奪うことを、快感として味わっている狂人の目だ。

 

「俺のことを知ってくれているのかい? 愉快愉快。だが俺のことを辻斬りだなんて味気ない呼び方をしないでくれよ。どうせならこう呼んでほしいねえ……そう」

 

首切りザンク、と。

ニヤリと笑うザンクの袖から、鋭い刃物が伸びる。

何度も何度も首を落としてきたザンクの武器が、アリィを次なる獲物としてその切っ先を光らせていた。

 

「逃げても無駄だぞ? 俺の額についてるのは帝具スペクテッド。お前の動きはぜーんぶ見える。心の中まで見えるんだぜ? 便利だろう?」

「そうですか。なら」

「もちろん、お前が逃げようとゆっくり動こうとしてるのもぜーんぶ見えてる」

 

アリィとしては気づかれないようゆっくり下がっているつもりだったが、ザンクの帝具の前にはまったく意味がなかった。

彼の帝具、スペクテッドは”五視万能”と呼ばれる。五視の機能のひとつ、「未来視」。

筋肉の僅かな機微からどう動こうとしているのか、その未来の軌道を見ることができる。

彼女の身体能力を見ぬいたのもこの機能の応用によるものだ。

 

「怖いか? 怖いよなあ? だがな、いままで首を落としてきたやつらの連中はこれが意外と違う表情をしてるんだ。えっ? ていう疑問を浮かべた、唖然とした表情が結構多いんだよ。お嬢さんはそんなに怖そうな顔していたら変わらないかもしれないけどな」

 

確かに、アリィはおびえている。

自分の首が落とされ、死ぬことに恐怖を抱いている。首を落とすのがますます楽しみになるくらいに。

 

「愉快愉快。お嬢さんは首が落とされたらどんな気持ちなんだろうな? ちょっと俺に教えてくれない?」

 

そこでザンクは、つい興味がわいて「洞視」を使ってみた。相手の表情からその心を読む能力である。

 

(さーて、このお嬢さんはおびえてどんなことを考えているのかな?)

 

それは確かに、

 

『死にたくない』

 

(ん?)

 

ザンクにとっては、ほんの興味本位だけでしかなかったから。

 

 

『死にたくない死にたくナイ死ニタくない死にたクナい死にたくナイ』

 

 

まさか、ただ怯えているだけに見える少女が心の中に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にタくない死にたくナイ死にたクナい死にたくない死ニタクナイ死ニタくない死にたくない死にたくない死にタクない死にたくない死にタくない死にたくない死にたくない死ニタくない死にタクナい死にたくない死にタクない死ニたくない死ニたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニたくない死にたクナい死にたクない死ニタくない死にタクナい死にたくナい死にたくない死にたくない死にたくない死にタクナい死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニタクナイ死にたくない死ニタクない死にタクない死ニたくない死にタクナイ死にたくない死にタクない死にたくない死にタクない死にたくない死にたくない死にたくナイ死にたくない死にたくない死にタクナい死にたくない死にたくない死にたくない死にたクナイ死にたくない死にたクナイ死にたくない死ニタクナイ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニタクナイ死にタクない死にたくない死にタくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニタくない死にたくない死にタクない死にたクない死ニたくない死にたくない死にたくない死にたくナい死にたくない死にたくない死にたくない死にタくない死にたくない死ニタくない死ニたくない死にたクナい死にタくない死にたクナい死にタクナい死にたくナい死ニタクナイ』

 

 

 

 

 

こんなドス黒い恐怖を抱えているなんて、思ってもみなかったのだ。

 

「う、おおおおおおお!!?」

 

ザンクは普段、耳から死者の怨嗟が離れない。延々と聞こえるその声をごまかすために人と話すときは必要以上におしゃべりをすることで声をごまかしているほどだ。

 

そんなザンクですら、今のアリィの心中ほどの黒く染まった声を聞いたことがなかった。

 

「な、何なんだお前はぁ! お前、あ、あんなもの(恐怖)を抱えて生きているのか!? そんなに死ぬのが怖いのか!? お前はどうして、あんな恐怖の中で、たったそれだけのおびえた顔をしていられるんだあ!!」

 

ザンクは叫ぶ。目の前の少女が、こんなドス黒い存在だなんて思っても見なかったから。

対してアリィは。

 

「だって。私は死にたくないんです。斬殺絞殺撲殺焼殺圧殺刺殺、あの地下室でいろんな死を見てきました。そんなのは嫌です。あんなのは嫌です。私は死にたくない」

 

もはや、その目すら真っ黒な恐怖で染まりきっており。

さらにザンクの目には、彼女の周りに黒い瘴気が漂っているのが見えた。

あれが何かはわからない。ついに耳だけじゃなく目にまで死者の怨嗟を感じるようになったのかもしれない。

 

とにかくもう、ザンクにはなりふり構っている余裕はなかった

 

「げ、”幻視”!」

 

スペクテッドの中でも特異な能力を発動する。

自分の姿が、相手の最も愛する姿に見える幻をかける能力。

どんな相手でも、最も愛する者が前にいれば平常ではいられまい。ザンクがそう考えていたからこその発動だった。

 

そして確かに効果はあった。アリィの表情もまた、変わったのだから。

彼女はなぜ、という表情を浮かべている。

 

(今しかない!)

 

おおおおおおおお! というザンクの叫びすら、幻を視ているアリィには聞こえていない。

ザンクは恐怖を振り払うように、彼女の首をめがけて腕を振り払った。

 

 

 

 

 

 

「なるほど。あなたの言うとおりですね」

 

アリィにはわからなかった。

どうして、その人物が目の前にいるのか。

 

なぜ、「自分が自分に向かって」走ってくるのか。

 

だが終わってみればなんのことはない。おそらく帝具の能力だったのだろうと予想できる。

 

恐怖が去った喜びに笑みを浮かべながら、アリィはゆっくりと前に歩を進めた。

 

「切られた首というのは、確かに何が起こったかわからない、えっ?という顔が多いようです」

 

足を止めると、ゆっくり、それを拾い上げる。

 

何が起こったのかわからない。

恐怖ではなく、そんな疑問を、首だけになったザンクは浮かべていた。

 

「どうですか? 首を落とされた感想は。あなたが首を落としてきた多くの人と同じように、自分も首を落とされるってどんな気持ちです?」

 

 

 

ちょっぴり、切ない?




8月8日
日刊ランキング33位に入っていました。

高評価もいただき、急にお気に入り登録や閲覧数が増えて変な声が出たのは内緒です

これからもよろしくお願いします


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第7話 将軍が呼び戻されても死にたくない

日刊ランキング33位に入りました。
高評価・お気に入り登録、そして閲覧。

改めて、ありがとうございます。
感謝をこめてさっそく次話投稿です。


「よし、全員集まったな。いくつか話しておかなければならんことがある。いいニュースも悪いニュースもあってな」

 

ナイトレイドアジトにて、ボスであるナジェンダが全員に話を始める。

一人椅子に腰掛けたまま葉巻に火をつけると、大きく吸い込み煙を吐き出す。

気持ちを落ち着けると、言いがたい話を始めた。

 

「お前たちも噂では知っているな? 帝都に出没するようになった辻斬りの話を。大勢の市民が首を落とされ殺された。被害者には警備隊も含まれている」

「辻斬り?」

 

情報には疎いタツミが不思議そうな声を出す。

マインがそんな彼を鼻で笑い、ナジェンダの発言に答える。

 

「首斬りザンクね。アンタそんなことも知らないの? これだから田舎ものは……」

「な、なにをぅ!」

「あの、すみません。私も知りません……」

「あんたは忘れてるだけでしょ、シェーレ」

 

騒がしくなった彼らを、ナジェンダの咳払いが黙らせる。

ナジェンダの話からして、おそらくこいつが次の標的。全員がそう思っていた。

しかし、次のナジェンダの言葉に彼らは大きく驚くことになる。

 

「……お前たちにはこいつを狩ってもらうはずだったんだが、その必要がなくなった。辻斬りがいなくなった以上、民を脅かすものが一人消えた。いいニュースといえばそうなんだろうがな」

 

そう、ザンクはすでに死んだ。

だが、それを聞いて待ったをかける者もいた。なぜなら、ザンクについてある情報があったから。

 

「ちょっと待ってくれ。ザンクは確か帝具持ちじゃなかったか? 警備隊じゃどうにもならないはずだ。誰かほかの帝具使いか将軍でも出くわしたのか?」

「そうよ、帝具使いを殺すなんて並みのやつじゃできないわ」

 

ここでタツミが帝具ってなに? という発言をするので再びマインが彼を馬鹿にする。

しかし、ナイトレイドにとって帝具は重大な意味を持つ。これからの戦いに大きくかかわる上に帝具の回収もナイトレイドのサブミッションだ。いい機会だからとナジェンダは説明を始める。

 

帝具。

それは始皇帝によって作られた48の武器。皇帝の財力と権力を費やして作られ、それぞれが特殊な効果、能力を持つ。また、帝具の武器の中には「奥の手」をもつものも存在する。超級危険種や希少な鉱石などを材料として作られており、現代では再現はおろか新たに作り出すこともできないとされている。

 

そしてもうひとつ、帝具にはある言い伝えがある。

その強力さゆえに、帝具使い同士が戦うと……必ず死人が出る、と。

 

「ちなみに、一番強力な帝具って何なんだ?」

「氷の帝具……だと私は思っていた。しかしどうやら、そうも言い切れないかもしれん」

 

氷の帝具によって奪われた右目の眼帯をおさえつつ、ナジェンダは言葉を切る。

他の面々もナジェンダの過去は知っている。だからこそ、それ以上に何を警戒しているのかとナジェンダの話により耳を傾けた。

 

「まず、ブラートの質問への答えがまだだったな。なぜザンクが死んだのか、と。結論から言うぞ」

 

葉巻を大きく吸うと、ナジェンダは答えた。

 

「将軍なんかじゃない。ましてや兵士ですらない、たった一人の少女に殺された。警備隊の協力者から伝えられた、確かな情報だ」

「「「なっ!?」」」

 

全員に激震が走る。

帝具使いはそれだけで強大な戦力だ。ザンクが今まで捕まらず辻斬りを繰り返していたのも帝具使いであったからという側面がある。

そんな帝具使いを、兵士ですらない少女が殺害した?

 

「そんな馬鹿な……」

「その少女は、夜に突然警備隊の詰め所に現れたそうだ。手にザンクの首を持ってな」

 

それは想像しがたい光景だった。

ただの少女が、辻斬りの首を持って警備隊の詰め所を訪れる。どう考えても凄惨でしかなかった。

 

また、この話はナイトレイドにとって痛手でもある。

ザンクが持っていたという帝具は帝国が回収したと考えられる。一つでも多く帝具を集めたいナイトレイドとしては、逆にその一つが帝国側に渡ったのは紛れもない痛手だ。

 

「ただの少女、ではない。少女の名前にはお前たちも聞き覚えがあるはずだ」

 

 

 

アリィ・エルアーデ・サンディス。

 

 

 

ナジェンダから告げられた名前に真っ先に反応したのはレオーネだ。

 

「あいつか……っ」

「やはり、帝具持ちと考えるのが妥当だろう。前回取り逃がしたときはレオーネの左腕がねじ切られる事態にもなった」

「と、取り逃がした!?」

 

アリィが襲撃された際、まだタツミはナイトレイドの一員ではなかった。

だから知らなかったのだ。今まで任務をやり遂げ、帝具も持つ強力な彼らをして、取り逃がした存在がいたのかと。

まして自分が慕うレオーネの左腕がねじ切られていたとあってはなおさらその驚きは大きかった。

 

「そうだ。これが悪いニュースだ。なお、帝具の詳細についてはいまだ判明していない。レオーネの話を聞いて文献を調べてみたりもしたが、該当するものは見当たらない」

 

事実、アリィの持つイルサネリアは失敗作とされ公式には48にすらカウントされていない、未知の帝具である。ナイトレイドがサンディス家を襲撃したときにはイルサネリアの情報などなく、文献を奪ったりもしていなかった。

 

「レオーネに自ら腕をちぎらせ、首斬りザンクを殺した帝具だ。極めて凶悪な力を持つであろうことはお前たちなら言わずともわかるだろう。ザンクの首が切られていたことからその能力を推察することはできる。しかし予想で動くわけにもいかん。アリィの帝具は警戒に値する」

 

ごくり、と誰かがのどを鳴らした。

未知の帝具。それだけでも厄介なのに、その力が強大であるという事実。

一度襲撃されている以上、彼女がナイトレイドの側につく可能性は極めて低いだろう。さらにいえば、標的になるほど民を虐げた存在。革命軍としても受け入れることはできない。

 

つまり、アリィが敵となるのは確実である。

 

「ナイトレイドは改めて、アリィ・エルアーデ・サンディスを標的とする。もとより民に拷問を行った外道、そして辻斬りとはいえ人を殺してもそのまま首を詰め所に持っていくようなやつだ、遠慮はいらん。可能ならば帝具も奪ってほしい。だが帝具の力がわからない以上無理はしなくていい、いいな!」

 

全員がそろった声で返事をする。

ナイトレイドの面々は、さらなる強敵の出現に全員が身を震わせた。

 

「そしてもう一つ悪いニュースがある。先ほど氷の帝具の話をしたな? その使い手、エスデス将軍だが……帝都に戻ってくる。我々の想定を超え、北方の異民族征伐を終えてな」

 

ナイトレイドの強敵は、さらに増える。

 

 

 

 

 

「おはようございます。本日の朝食です」

 

一方。アリィはというと、ザンクを殺して数日たった今日も宮殿で給仕を行っていた。

警備隊に事情を説明したりザンクの帝具、スペクテッドを宮殿に届けたりと忙しくはあったが自分の屋敷で休んだこともありもう疲れはなかった。

 

そして今日も、侍女として給仕を務めるのである。

 

「大丈夫か? アリィ。先日辻斬りに襲われたと聞いたぞ?」

「ご心配ありがとうございます皇帝陛下。しかし大丈夫です。陛下が心配することはございません。もう辻斬りが出ることがないよう、大臣が治安維持により努めてくれるそうです」

 

えっ、と大臣の声が聞こえた気がしたがアリィは華麗に無視する。

 

正直なところ、「なんで辻斬りとか出てくるんですか警備とかどうなってるんですかね確かに帝具使いの辻斬りは警備隊じゃどうにもならないでしょうがだからこそ帝具使いを動かすとか他にどうにかすることはできなかったんですか私は死にたくないんです死ぬような状況に出くわしたくないんです治安維持しっかりしてください」などなど言いたいことはたくさんある。

 

しかしそんな愚痴はぐっと押さえ込んで治安維持に努めてもらうよう発言するにとどめた。

それくらいはしてほしいと思ったからである。

 

「しかしもったいないですなぁ……帝具使いを殺せるほどですか。やはり貴方をただの侍女にしておくのは惜しいですねえ」

「ご冗談を。私はあくまで侍女にございます。辻斬りなどイルサネリアがなければまず死んでいたでしょう。私が彼を殺すことができたのも、あの辻斬りが殺人に快楽を見出す狂人であったからです。単なる相性の問題でしょう」

 

アリィは頑として譲らない。

彼女は兵士になる気なんてない。望むなら地位を与えてもいいとオネストは本気で思っていたが、彼女が権力も財産も求めていない以上、彼女が一番欲する平穏に遠ざかる軍属はやはり無理だろうと思えた。

 

「わかりました。貴方の意思を尊重しますよ」

「ご理解いただけたようで何よりでございます」

 

というか、無理に兵士にしてはイルサネリアが自分を殺しかねない。

それくらいはオネストもわかっていた。だからこそ、自分の大きな不利益になるわけでもないし、オネストはアリィの意思を優先させる。

 

「では皿をお下げいたします」

 

しばらくして、二人の食事が終了するとアリィは仕事にとりかかる。

料理がなくなった皿を台車に移すと、アリィは一礼して台車を押しながら部屋を後にした。

 

残されたのはオネストと皇帝の二人。

うーむと唸るオネストに皇帝は不思議そうにたずねた。

 

「なあ大臣。無理にアリィを戦いに引き出さなくてもよいのではないか? 侍女として働いてくれているし、余のそばにいてくれれば余としても安心だ。万が一賊が襲ってきても彼女なら返り討ちにできるのだろう?」

「まぁ、そうですねぇ。もちろん彼女が陛下の護衛として身を呈してくれるかというと疑問が残りますがまあ、確かに陛下のおっしゃるとおり、火の粉が降ってきたらしっかり払ってくれるでしょうな」

 

では何を心配しているのか?

皇帝の次なる問いに、オネストは苦虫を噛み潰したような声で答えた。

 

「いえ、先日エスデス将軍を呼び戻しましたが、アリィ殿とうまくやれるかふと不安になりまして……」




アリィという主人公を書くにいたったコンセプトの一つ。

エスデスが「コイツ嫌い」と思う主人公。


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第8話 ドSに目をつけられたけど死にたくない

日間ランキング、最大で2位まで浮上してました。
お気に入り登録数とか閲覧UA数が急に桁が変わってうれしい悲鳴です……ありがとうございます。




アリィの今日の仕事は、珍しく宮殿外へ出るものであった。

いわゆるおつかいの類ではあるが、ただのおつかいではない。

なにせ今日は二人宮廷勤めの兵士が横にいるのだ。彼らは彼らで別途仕事があるのだがアリィとしては前回のように敵が現れても自分が戦わなくて済むと大変ご機嫌だった。

 

彼らの目的地、警備隊本拠地に到着すると、入り口で名前を言うだけで別室に通される。

すでに連絡が伝わっていたらしい。

 

通された部屋には、一人の女性がベッドに横になっていた。

アリィたちの姿を見ると、腹筋を使ってあわてて起き上がろうとする。

しかし、あわてていたせいかうまく起き上がれずバタンとベッドに倒れこむ。真っ赤になった彼女は頭を下げた。

 

「も、申し訳ありません!」

「いえいえ。両腕がないと起き上がるのもつらいでしょう。どうぞ、そのままで。私は皇帝付き侍女、アリィ・エルアーデ・サンディスと申します」

「自分は帝都警備隊所属、セリュー・ユビキタスであります! 敬礼もできず、このような姿でもうしわけありません!」

 

女性……セリュー・ユビキタスはせめてもと頭をさげる。

そんなあたふたした彼女にかわいらしさを感じたアリィはにこりと微笑むと用件を伝えた。

 

「ナイトレイド討伐、おつかれさまです。皇帝陛下も大変喜んでおられましたことを伝えます」

「ハッ! 光栄であります! 自分は務めに従い、正義を執行しただけであります!」

 

さすがに皇帝がここまで来てセリューをねぎらうことはできない。

なので皇帝の代わりにメッセンジャーとしてセリューの元に訪れるのが今日のアリィの仕事であった。この後はセリューが回収したという帝具を宮殿に運搬するのも彼女の仕事だ。

 

とはいえ、彼女は肉体的には非力。

直接手に持ち運搬を担当するのが二人の兵士の役割であった。

 

「あ、貴方は! 首切りザンクという悪を倒した方ですよね!」

「は、はい……あぁ。そういえばあの時あなたもいましたね。すぐに気づけず申し訳ありません」

 

そう、アリィがザンクの首を警備隊詰め所に持っていったとき、警備隊の一人であるセリューもまたその日夜の担当で詰め所にいたのである。

本当は手をとって正義を語りたかったが、アリィが精神的に疲れきっていることが表情からわかっていたので自重した。話をきいて彼女が兵士ではない、侍女であるとわかった以上その恐怖も大きかっただろうと彼女を気遣ったのである。

 

「いずれまた宮殿でお会いするかもしれませんね。きっとあなたは出世しますよ」

「いえ……まずは両腕をどうにかしないと。知り合いの科学者の方が義手を作ってくださるとは言ってくださったのでまずはそれを待ちます」

 

万が一皇帝と鉢合わせでもしたときに今のような姿を見せるのは恥ずかしかったのだろう。

セリューの答えにアリィは微笑むと、おだいじにと言い残して部屋を出た。

ナイトレイドから回収した鋏型帝具、エクスタスはやはりアリィが持つには重かった。なので兵士にお願いしたため、アリィは運搬役をつけてくれたオネストに感謝していた。

 

(しかし、今日はやけに私へニコニコ笑顔を向けていましたが……どうしたのでしょう?)

 

大臣がアリィの機嫌を取ろうとしていた、その原因と出会うまで、あと少し。

 

 

 

 

 

宮殿に戻ると次は昼食の用意だ。

もちろんアリィ自身が食事を作るわけではない。専門のコックが作り、盛り付けた皿を台車で運び、食堂で給仕するのがアリィの仕事である。

しかし、いつも皇帝一人、または大臣との二人の食事であるはずが今日は三人分の皿が用意されていた。

 

「今日は一人多いのですね」

「あぁ。なんでも北からついにエスデス将軍が帰ってきたらしいぞ。それで、皇帝陛下や大臣と一緒に昼食をとるんだと」

「なるほど」

 

エスデス将軍の話ならアリィも耳にしていた。

若くして帝国の最大戦力の一人と数えられる女傑。強力な帝具を所持しており、自身の戦闘能力も相当高いのだとか。さらに性格は残酷、冷血なドSだという。

 

(因縁をつけられたりしたら嫌ですね……。襲われて死ぬのは嫌ですね)

 

恐怖を感じながら用意ができた台車を押し、食堂へ入る……前に、ノック。

 

「失礼します。本日の昼食をお持ちいたしました」

「入ってよいぞ!」

 

皇帝の声にアリィは扉をあけ、一礼する。

中にはキラキラした目でこちらを見る皇帝と、なぜか冷や汗を流しているように見えるオネスト。

そしてもう一人、目つきの厳しい女性がいた。彼女がエスデス将軍だろうとアリィは最大限警戒して給仕を始めた。

食事をしながら、オネストがエスデスにアリィのことを紹介する。

 

「あぁエスデス将軍。彼女が例の、新しい帝具使いでしてな。くれぐれも彼女を怯えさせたり、彼女に悪意をもつようなことはつつしんでください。あなたの部下にも、しっかり伝えておいてくださいね」

「ほう、こいつか?」

 

射抜くような視線。

瞬間、アリィは扉のほうへ後ずさり、プルプルと震えだす。

だが、エスデスは彼女の怯える様子を見てフン、と鼻を鳴らした。

 

「なんだ、相当な擬態かと思ったが完全に腰抜けではないか。あの程度殺気とも呼べんぞ。こんなやつが本当に帝具持ちを殺したりナイトレイドを撃退したというのか?」

「えぇ。それは間違いありません。もっとも、あくまで帝具の力であり本人は兵士になるのも嫌だと言っておりますがな。まあ戦闘能力もないし仕方ないと思うんですけどねぇ」

 

オネストがアリィの肩をもつが、その答えにエスデスは不満そうに続けた。

 

「だが軟弱にもほどがあるな……おい、お前。アリィとかいったな。私自ら鍛えてやる、私の軍に入れ」

「お断りいたします」

 

間髪をいれずアリィは拒否した。

冷酷だと噂の将軍の部下になるなど、アリィからすれば考えるだけで恐ろしい。冗談としても笑えない。とても自分が訓練についていけるとは思えず、むしろ訓練で死んでしまうのではとすら思った。

これについてはアリィの想像は決して間違いではない。エスデスの訓練はドSであると軍では評判である。

 

しかし、当然エスデスとしては面白くない。

さらに顔に不快さを表し、甘えるなとアリィに言った。

 

「ナイトレイドを撃退でき、帝具使いを一人殺している。実績はあるのだろう? つまり能力はあるということだ。だから後は、お前のその性根をたたきなおしてやろうと言っているんだ」

「その際死にそうなので心よりお断り申し上げます。そもそも、私は軍属になるのも希望しておりませんので」

 

互いに一歩も譲らない。

アリィは兵士となり命を懸けるなどまったくもって望んではいない。彼女は死にたくないのだ。だからこそ死の危険が高い兵士になりたいはずがないのだ。

 

しかしエスデスには理解できない。

力とは振るうべきものだ。力があるのに戦いを恐れるならそれは弱者の考えだ。

弱肉強食を是とするエスデスとしてはアリィをなんとしても戦えるようにしたかった。

彼女には、対ナイトレイドにあることを考えていたのだから。

 

「おい大臣。あの話は覚えているよな。先ほど廊下で私が頼んだことだ」

「え、えぇ。覚えてますが……いやまさか、アリィ殿を参加させる気ですか!?」

「エスデス将軍。アリィは余の侍女だぞ? あまり危ないことはさせたくないのだが」

 

オネストどころか皇帝まで難色を示す。

しかしエスデスは一切気にした様子もなく立ち上がるとアリィに指を突きつけた。

 

「この後訓練場に来い、仕事はほかの侍女にさせろ、私の名前を出せば嫌とは言わんだろう。お前の力がどれほどなのか私が手合わせしてやる。逃げるなよ」

「エスデス将軍!」

 

オネストが呼び止めるが、さっさと部屋を出て行ってしまう。

エスデスはそのまま訓練場へ向かうのだろう。

 

静まり返った食堂で、アリィはおそるおそる口を開いた。

 

「エスデス将軍と手合わせなんて、私死にかねないのですが」

 

皇帝もオネストも黙る。

二人ともアリィが戦えないことは知っている。アリィが先の出来事で生き延びたのは全て、帝具の力であってアリィの力ではないのだと。

故にアリィがエスデスと戦えるはずもなかった。

 

「なので私は訓練場に行く気はありませんが……構わないですよね」

「……あとでエスデス将軍には言っておきます」

 

搾り出すような大臣の声にアリィはにっこり微笑むと、一礼して台車を運んでいった。

エスデスとうっかり鉢合わせることがないよう、少し遠回りで。

 

 

 

 

 

「ねえねえ、そこのお姉さん!」

 

厨房に戻る途中、アリィは金髪の少年に声をかけられた。

 

少年は皇帝への謁見が終わったあと、主からはしばらく自由にしていいと言われていたので宮殿を散策していた。そこで、少年はアリィをみつけてしまったのである。

 

(うわ、あのお姉さん、とても僕の好みだ!)

 

言葉だけなら、微笑ましい状況かもしれない。

だが、違う。彼の本心は決して愛とか恋とかそんな微笑ましいものなんかではないのだ。

少年の名前はニャウ。エスデスに仕える三獣士の一人。

 

つい最近帝都に戻り、宮殿へ来たばかりの彼は、傷つけてはいけない侍女がいるなんて知らない。そんな話は聞いていない。伝えるべき主は現在訓練場で獲物を今か今かと待っている。

故にニャウは侍女なんていくらでも代わりが効く、そういうものとしか認識していなかった。

 

だから自分の趣味に走る。

気に入った女性の顔の生皮を生きたまま剥ぎ取ってコレクションするという、あまりに嗜虐的な趣味に。

 

「お姉さん、僕にその顔の皮剥がせて?」

「お断りいたします」

 

彼の純粋な悪意をアリィはすぐに見抜いていた。

だからすぐに、脱兎のごとく逃げ出した。

ニャウは相手がすぐさま逃げ出したことに多少面食らうものの、その顔はニヤリとゆがむ。

 

「その程度じゃ逃げられないよねー」

 

獲物を追って、少年の獣も走り出した。




エスデス「……遅い」





シェーレ死亡シーンはオールカットです。
特に接点もありませんし、ここでアリィを介入させる必要もなかったので。
次回でついに、多くの皆さんが予想を立てているイルサネリアの能力について触れることになりそうです(予定)


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第9話 顔を剥がされて死にたくない

「侍女のアリィは死にたくない」を書く際、私はイメージソングとしてダンガンロンパ未来編、絶望編のOPとRe:ゼロからはじめる異世界生活の第2期OPを聞きながら書いています。

というか、この3曲のOPのアリィ版パロディ映像がすでに頭の中で流れています。
さすがに動画にするスキルがない・・・!


ある危険種の話をしよう。

 

彼らは、きわめて臆病だった。

森の奥地にひっそりと生息していたが、敵も多い。

だからこそ彼らには身を守るすべが必要だった。

 

共生関係というものをご存知だろうか。

別々の種の生物が、互いの利益になる相互関係を持ちながらともに生活する現象が共生である。

 

彼らもまた共生関係を持つに至った。

自分の力で自らを守れないのなら、他の生物の力を借りる。すべては生き残るために。

 

そして彼らが共生関係をもったのは、ある細菌であった。

その細菌は繁殖能力が弱かったのだが、彼らの体内に寄生することで爆発的な繁殖能力を得ることができた。

一方彼らは、細菌が敵の体内に入り込み、脳内で意識操作を行うことによって自らの身を守ることができるようになった。

 

代を重ねることで、彼らと細菌は完全にひとつの存在となった。

生まれたときから彼らの身には細菌が生息しており、危険が迫れば相手に感染させる能力を得た。

 

この危険種の存在を人間が知ったのは、すでに一通りの進化が終わった後である。

彼らの存在を知らなかった人間は、彼らに襲い掛かった。

身を守るためなのか、狩りとして肉や毛皮、爪を得るためだったのか。そこまではわからない。

あくまで、記録に残っているのはその顛末だけである。

 

 

 

 

 

集落がひとつ、一匹の危険種によって消滅した。

 

 

 

 

 

多数の犠牲を経て、ようやく人間は彼らに危害を加えようとすること自体が危険だと気づいた。

それと同時に、彼らは危害を加えようとしなければ何もしない臆病な生物であることも判明した。

うかつに手を出せば大きな被害をもたらす爆弾のような存在。

後に彼らは生物学の発展に伴い、獰猛でないにせよ大きな被害が起きる前例から特級危険種に分類された。

 

これが、「最も臆病な特級危険種」、パンデミックについての話である。

 

 

 

 

 

 

 

現代・宮殿の一角。

 

「あははは! 待てー!」

 

アリィは三獣士ニャウに追いかけられ、廊下を逃げていた。

まずはいたぶることにしたらしい。ニャウはあえて、アリィより少し速いくらいのスピードで追いかけていた。

 

捕まったら顔の皮を剥がされる。ショック死してもおかしくない。出血多量で死ぬかもしれない。

それがアリィには何より恐ろしい。

他の兵士を頼ろうにも、いない。これは後で知るのだが、帝具使い二人の戦いに参加などできない彼らは対処のできる者に伝達するため、そして他に巻き込まれるものが出ないよう動いていたのである。

 

しかしそれを知らないアリィは、一人で対処しなければならないことに焦りが募っていた。

宮殿にいるニャウがなぜ自分を追いかけれられるのか。不思議ではあったがおそらくエスデスと共に帝都に戻ってきた一人なのだろうと推察した。

 

ならば仕方ない。

アリィが普段宮殿で歩き回って撒き散らした瘴気は、通常はアリィの近くに一定時間いないと十分に感染しない程度の濃度なのだから。

 

 

 

 

 

だから、死から逃れるためにアリィは帝具の力を引き出す。

 

 

 

 

 

「イルサネリアァァァ!!」

 

彼女が叫ぶと同時に、彼女の首に巻かれている黒い首輪――死相伝染イルサネリアから高濃度の瘴気が噴き出した。

イルサネリアの能力は、大きく3段階にわかれる。

まず1段階目が「瘴気伝染」。首輪から瘴気を噴き出し、相手に感染させる。この能力は常時発動のため普段から微小なりとも瘴気を発しているが、今のように危険が迫れば高濃度の瘴気を発生させることもできる。範囲は時間をかけて広がっても部屋ひとつ程度と広くないが、もしかしたらより危険に陥ると範囲も広がるのではないかとアリィは考えている。もちろんそんな危険にあいたくはないので試したことはない。

 

「うわっ!?」

 

急に瘴気が現れたのでニャウはあわてて飛びのく。

毒ガスか? いや、違う。

アリィがその中を平気で走っていくのを見て、ニャウはこれが煙幕の類だと判断した。

 

「ちっ、面倒だなあもう!」

 

侍女風情が、エスデスに仕える三獣士たる自分を僅かでもひるませたのがニャウには癪に障った。

だからもう遊びは終わり。

今までの比ではないスピードを出すと、すぐにアリィとの距離をつめていく。

 

「つぅかまえたぁ!」

「あぐっ!」

 

そのままアリィをつかむと、床に引き倒す。

震えるアリィは逃げようともがいたが、ニャウの拘束を振りほどくことができなかった。

そのままニャウはアリィの口をつかみ、声が出ないようにして頭を床に押さえつける。あいたもうひとつの手にナイフを持ち、にやりと笑った。

 

「お姉さんさ、ずいぶんと面倒かけてくれたよね。さっきの煙幕とかあせったんだけど。だから少し遊んでもばちは当たらないよね?」

 

アリィは答えない。

すでにイルサネリアの能力の2段階目、「観察潜伏」において、ニャウの脳に至ったイルサネリアの瘴気が、自分への悪意を確認したはずだと考える。しかし、怖いものは怖い。死ぬかもしれない。だから声が出なかった。

 

そして、ニャウは勢いよくナイフを彼女の手めがけて振り下ろし

 

 

 

 

 

ナイフは、アリィを押さえつけるニャウの手を貫いた。

 

 

 

 

 

「ぐがああ!?」

 

痛みと驚愕でニャウから悲鳴があがる。

その隙を見逃すアリィではない。拘束が緩んだその一瞬、ニャウの体を両手で突き飛ばすと馬乗りになっていた彼の体から逃れた。

 

そのまま逃げ出すアリィの背中に、ニャウは怨嗟の声を上げる。

 

「お前……お前、僕に何をしたぁ!!」

 

油断した。

三獣士ともあろうものが油断した。

まさか相手が帝具使いだなんて思ってなかった。

 

完全に慢心が消え去ったニャウの頭に、苛立ちと後悔がぐるぐると回る。

あれは煙幕じゃなかった。自分に何か悪影響をもたらす何かだ。つまり、ただの煙じゃない。きっと帝具によるもの。

 

帝具には、帝具。

慢心は消えたが、理性も一部飛んでいたニャウは怒りのままに自らの帝具を取り出した。

それは笛型の帝具、軍楽夢想スクリーム。演奏することで、その音色により相手の感情を操作する帝具である。味方の意思を向上させることもできるし、敵の戦意を下げることもできる。

 

そして今、追いかけながら演奏したスクリームの音色により、アリィはだんだんと足に力が入らなくなっているのを感じていた。

そのまま足が動かなくなり、再び倒れこむ。

 

「ほんっとさ、ここまで手を焼かせてくれるなんてさ……いやになるよ。でももう動けないでしょ?」

 

はあ、はあ、と息を荒くするアリィは確かに力が入らない。

しかし、イルサネリアの能力が3段階目まで達したことはもうわかっている。だから彼が自分を殺そうとするなら止めることなく死んでもらおう。そう考えていた。

 

アリィは死にたくない。

だから死ぬぐらいなら彼を殺す。

そのまま彼女はニャウをにらみつけ、振り下ろされるナイフを目に怯えつつも叫ぶ。

 

「死んじゃえええ!」

「”震えろ、私の――」

 

 

 

 

 

 

「貴様。何を、したのか、わかっているか?」

 

 

 

 

 

二人が固まる。新たに現れた第三者の、震えるような怒りの声に。

 

圧倒的な覇気をまとって仁王立ちしているのは、宮殿を守護する最強戦力。

大将軍、ブドー。

 

腕を組んで二人を睨んでいた彼は、ゆっくりと近づいてくる。

その目に、体に、怒りをたぎらせて。

 

「アリィ。貴様が瘴気を撒き散らしたことにも言いたいことはある……が、致死性が増すわけでも、今以上に危険性があがるわけでもない。皇帝陛下に悪意がない以上あの方の危険になるようなことはないだろう。お前も身を守るためであったのだろうし小言ですませてやる」

 

だが、と彼の目はニャウに向く。

自分がしたことにようやく思い至った彼はガタガタと震えだす。その顔に先ほどまでの相手をいたぶる嗜虐の笑みはかけらも残っていなかった。

 

「貴様、帝具を使ったな? それもこの宮殿全体に広がる音の帝具を。皇帝陛下に万が一があるようなことは、断じて、許されてはならん。そしてお前が手を出そうとしたのは皇帝陛下付きの侍女だ。オネスト大臣も彼女のもつ帝具の危険性から彼女に手出しすることをお前の主に禁じたばかりだ」

 

それを聞いてニャウの顔はさらに青くなる。

自分は主の顔に泥を塗ったのだ。彼女からの罰も覚悟しなくてはならない。

いや、罰だけで済むのか……?

 

聞いてない聞いてない。そんなやつがいるなんて聞いてない。

ただの侍女が帝具を持っているなんて聞いてなかったし、そんなにも守られたやつがいるなんて聞いてない。

ガタガタといまやアリィ以上に震えるニャウに、ブドーはゆっくりと右腕を振り上げた。

 

「エスデスにも後で通達する。宮殿で多くのものに危害を加えようとしたその罪、今ここで報いを受けろ」

 

拳骨では済まさんぞ。

そう唸るブドーの右腕が光り始める。

彼の帝具は籠手型の帝具、雷神憤怒アドラメレク。雷を操る帝具である。

その雷撃エネルギーが今、彼の右手に集まっていた。

 

雷の拳が、ニャウに向かって振り下ろされる。

 

「ギィヤァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?」

 

真っ黒になり、体中から煙を出すニャウを放置し、ブドーはアリィのもとにしゃがむ。

 

「怖かっただろう。あやつとエスデスにはきつく言っておく。だから皇帝陛下に心配をかけぬよう、いつも通りにお仕えしろ、いいな?」

 

無骨だが、紛れもなくアリィをいたわる言葉。

死の恐怖から開放されたアリィは、安堵のあまりぼろぼろと泣き出した。

イルサネリアの力があったとはいえ、動けなくなったり拘束されたりとザンク以上に死ぬかもしれない、死にたくないと恐怖していたのである。

 

「あ、ありがとうございました、ありがとうございました……」

 

泣きじゃくるアリィに、ブドーは仏頂面のままとりあえず頭をなででおいた。




イルサネリアの能力について、少しだけ触れました。
まだ見せていなかった片鱗も見せましたし、完全な詳細は楽しみに待っていてもらえればと思います。


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第10話 処分されて死にたくない

今回は今までで一番長いです。
本当はこんなはずじゃなかったけれども長くなった。かといって途中で切ると中途半端になってしまうので……


アリィがニャウに襲われてから数日がたった。

 

エスデスはアリィへの訓練場に来いという指示をすっぽかされた挙句ニャウの不始末によりブドーやオネストから小言をくらい相当機嫌が悪くなった。

ニャウに課された罰が目を覆うほどのものであったことは言うまでもない。

 

事実、百戦錬磨である彼の仲間、リヴァやダイダラですら目を背けるほどエスデスの怒りと罰はすさまじかったという。

 

一方アリィはというと、今回の件で通達をすぐ終えていなかった大臣にも問題があるが、エスデスの情報を持っていてもその部下について警戒していなかった自分を大いに恥じた。

 

こんなことでは死んでしまう。

それはだめだ。

死にたくない。安全だと思っていた宮殿で襲われるようなことが二度とあってはならない。

いや、宮殿だけではない。帝都においても辻斬りに襲われたではないか。

このままではだめだ。警戒が足りない。情報が足りない。

 

周りのものが引くほどブツブツと独り言を続けたアリィは考えた末に決断した。

 

アリィが身を守るのに役立つのではと唯一引き継いだ父の業務。

今まではいつでも手を出せるようにと書類や金銭をやりとりしていただけだった。しかし、そんなままだから駄目なのだとアリィは自分を戒める。

 

今こそ直接手を加えるべき。これまでしていなかったから駄目なのだ。

 

「となると、用意も早く終わらせなくては」

 

伝達だけでは足りない、根回しも必要だ。

まずは手の届くところから始めなくては、とアリィは頭の中で侍女としての仕事を整理しつつ、用があった大臣の執務室へと足を向ける。

 

大臣に根回しすることも、必要だから。

 

 

 

 

 

「えー。死を待つだけの皆さん。こんにちは」

 

それからさらに数日後。アリィはある集団の前で一人たっていた。

規律正しく整列した彼らはおのおのが得意とする武器を手に、アリィの話を聞く。

しかし、か弱い侍女にしか見えない彼女から突然棘のある言葉を吐かれ、多くが苦々しい顔になった。

 

自分たちの苦痛をつきつけられ怒りだす顔。

反論することができずうつむく悲しみの顔。

わかりきったことだと受け流す無表情な顔。

 

多様な、しかし負の感情しか見えない彼らを見渡しつつアリィは話を続ける。

 

「何を言うのか、と言いたい方が多いようですね。まあ当然でしょう。死ぬのは嫌ですよね。私だって嫌です。私は死にたくありません。死なないためならどんなに手を汚すことだって私はためらいません。さて。皆さんはどうでしたっけ」

 

当然、答えは返ってこない。

まあ仕方ない、とアリィは心の中で思う。

立場上、アリィは彼らの上司に当たる。上司に口答えすることは許されない、と彼らは今までの日々で頭に刻み付けられている。

厳密にはスポンサーであり研究者に近い存在だったが、貴族として、侍女としての人脈を使い地位は得た。名前ばかりの役職だが、それでも組織の中で役職による権力というものは馬鹿にできるものではない。

それが、組織だ。

 

「あなた方は確かに、帝国のため頑張っています」

 

その言葉に、彼らの一部が顔を上げる。

だが、アリィすぐに彼らの心を叩き落す。

 

「しかしあなた方は訓練を受けはしましたがその実力は不十分と判断されました。だからこそ強化薬があなた方に支給・投与されるわけです」

 

身体能力を向上する薬品が、彼らには度々投与されている。

それは彼らも重々わかっている。そして、その副作用も。

 

「まだまだ強化薬は完成に至ってはいません。あなた方は使用者であると同時に、人体実験の被験者でもあるわけですね。その副作用により体を壊し戦えなくなり、結果――”処分”されたものもいます。そうですね?」

 

 

 

 

 

暗殺部隊の皆さん?

 

 

 

 

 

アリィの発言に、学生服を着た少年少女……暗殺部隊の面々は思い思いの目を向ける。

処分という言葉は、それだけ彼らにとって重いものなのだ。

当初、薬品投与が行われていたのは選抜組とは別の強化組だけであったが、現在は強化組から選抜組に昇格した者が存在している。

つまり、選抜組、強化組共通の問題であった。

 

「何が、言いたいんだ……?」

 

強化組のまとめ役である少年、カイリが震えながら声を漏らす。

そんな彼の言葉にも、アリィは肩をすくめて答えを返す。

 

「先ほどから言っているとおりです。あなた方の体は強化薬によって今も崩れつつある。そしてあなたたちに待っているのは、任務失敗により相手に返り討ちにされるか、処分。または体が限界を迎えることによる死亡か、やはり処分。ほら。あなた方は死を待つだけの存在でしかない」

 

言い返したい。

自分たちは違うと言い返したい。でも、言い返せない。

なぜならアリィの言うことは事実だから。そうやって死んでいった仲間たちを多く見てきたから。

 

「なにか反論がありますか?」

 

もちろん、答えは返ってこない。

それすらも承知で、アリィはさらに話を続ける。

ここからが彼女にとって勝負である。

 

「貴方たちが思うところがないのであれば、ずっとこのままでしょう。ええ、このままです。そこでお尋ねしますが、あなたたちは何か言いたいことはありませんか? 今だけなら立場を気にしなくていいですよ。言って何が変わるという保障はしません。ただし言うことがないなら何も変わらないと保障しましょう」

 

ここで言葉を切ると、アリィは改めて全員を見回した。

 

「何か言いたいことはありますか? 今、死を待つだけの皆さん?」

 

沈黙。

長い、長い沈黙が流れた。

 

やがて、ぽつりと声が出る。

 

「……です」

「聞こえませんね」

 

かすかな声にアリィは返す。

実際よく聞こえなかった。近くにいたものが聞き取れたかどうかだろう。

 

「……処分されるのは、嫌です」

 

口を開いたのは、元強化組であり帝具使いでもある少女……クロメ。

彼女は人一倍仲間思いであり、そしてだからこそ処分された仲間を悼んできた。

 

やがて彼女に触発されたのか、あちこちから声が上がり始める。

 

「処分は……嫌だよね」

「任務で死ぬなら仕方ないさ……でも、処分で死ぬのは……」

「うっ、ううう……」

「俺たちは……せめて帝国のために死にたいんだ……」

 

この中には、先日の検査の結果が思わしくなく、まさに処分の瀬戸際とも言える者もいる。

そんな彼らは涙し、そして彼らを見つめる他の暗殺部隊のメンバーも沈痛な表情をしていた。

 

絶望。

それが、今の部屋の雰囲気、そして暗殺部隊の心情を言い表すのに一番適している言葉だ。

 

アリィが叩きつけた現実に、全員が暗い表情を浮かべて俯き、

 

 

 

 

 

「では、これからの皆さんの話をしましょう」

 

 

 

 

 

 

続いたアリィの言葉に、やはり全員が顔を上げた。

暗闇の中急に一筋の光を見せられた彼らに微笑みながら、アリィは自分のビジョンの説明を始めた。

 

「といっても、強化薬を使って暗殺部隊として活動してもらう、この大筋は変わりません。問題はその後ですね。強化薬の症状により暗殺業務が不可能になったと思われる者。身体能力が低下し任務が遂行できない者。そのように判定された人たちは異動という処置をとります」

 

その異動先こそ、アリィの本命。

 

「新しく、隠密部隊を立ち上げます。主な任務は帝国における内偵調査。暗殺部隊の襲撃先を調査したり、革命軍など反乱分子の調査や情報収集等に動いてもらいます。戦うことはできなくても、命を落とす可能性は格段に減るでしょう。現在あなた方にはキルランクという序列がついているようですが、暗殺に適正がなくとも隠密活動に適正がある人もきっといるはずです」

 

処分ではなく、新しい道。

戦うことができなくなったとしても、まだ自分たちにできることがある。

アリィの言葉は、確かに希望としてゆっくりと彼らの心に浸透し始めていた。

 

しかしすぐに信じられない者も当然いる。

自分たちの状況を現実的に考えた一人が問題点を見つけ、アリィに質問した。

 

「だけど、俺たちは強化薬を定期的に投与しないとひどい禁断症状が出る。隠密部隊に移っても結局は強化薬で死ぬだけじゃないか……」

「そうですね、そこも説明しておきましょう」

 

えっ、と声を上げた少年に対し、アリィはポケットから液体の入ったガラス瓶をとりだし、振って見せた。

 

「実はですね、あなた方の強化薬の効果を抑える薬、とっくに開発されているんです。開発・使用目的はあなた方の治療とは一切関係ないんですがね。無抵抗薬といいます」

 

アリィが父・ゴーザンが残した書類を整理している中で見つけたこの薬品。

 

きっかけはある一人の少女だった。

暗殺部隊を、帝国を裏切り、ナイトレイドに加入したある人物。

この人物の裏切りを受け、ゴーザンを含む重鎮たちは強化組も裏切る可能性を考慮したらしい。裏切りは悪だと暗示をかける処置もこの時導入されたものだが、暗殺部隊が反乱を起こした場合の処置も考えられた。

 

それが、「無抵抗薬」。

投与することで強化組に投与された薬品を中和・無効化し反乱を起こした暗殺部隊を無力化して捕らえ、”再教育”できるようにと開発された薬品である。

 

もともと強化薬は最終的に禁断症状などのデメリットをなくし、帝国の正規兵にも投与できるようにして兵力の増強を狙ったことから製作が始まった。

そのため、現在の強力な副作用がある強化薬の効果を薄れさせる実験も並行して行われていた。無抵抗薬はさほど時間をかけずして作られたのである。

 

「あ、あんたに、そこまでの権力があるのか……?」

 

次に投げかけられた質問には、にっこりと微笑むとアリィは部屋の隅へ移動した。

そこには幕がかけられている上に明かりも届いていない。

闇の中からアリィは何かを引きずって戻り始めた。

 

「確かに、あなた方暗殺部隊はビル氏によって育成計画が主導されていました。私は父がこの計画に参加しており、その立場を引き継いだわけですが……まぁ、主導的立場とも言えず。彼と協議を行いました」

 

んしょ、んしょ、と非力な彼女はそれを引きずるのに苦労しながらも話す。

何人か手伝おうかと前に出たがアリィは大丈夫ですよと断った。

 

「どうも彼はあなた方は捨て駒で十分だと思っていたようでして。隠密部隊の作成に反対されたんですよね。そんなことに人員はさけないと。しまいには私の暗殺部隊をのっとる気か! だなんて言われてしまいまして」

 

やがて、彼らにも見える明かりの下にそれは引きずり出された。

目にしたものに暗殺部隊の全員がどよめく。

なれない力作業をしたアリィはふーっと息を吐くと引きずったそれを手で示した。

 

「しまいには銃を抜いて私を殺そうとしてきたので、死んでいただきました」

 

ビルの死体のこめかみに穴があき、血が流れた跡があることから銃で撃たれたのだろうと誰が見てもわかった。

しかし、誰もビルが銃を握ったまま死んでいたこととその致命傷を結びつけることはできなかったようだが。

 

 

「大臣にはすでに許可をもらっています。暗殺部隊ならびに隠密部隊は私の下、運用されていくことになります」

 

 

 

 

 

 

その後の暗殺部隊の喜びようといったらすごいものだ。

処分を免れたものたちは涙を流し、よかったなと肩をたたく仲間たちも涙をこぼす。

最初に処分されたくない、と声をあげたクロメはアリィにありがとう、と何度も言って抱きついてきた。

どうやらそうとう慕われたらしい。ついアリィも先日のことを思い出しクロメの頭をなでてあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後。

暗殺部隊と別れたアリィは、大臣と廊下を歩く。

 

「いやはや、お見事でしたな」

 

「何が、でしょうか」

 

「すっかり彼らの心をつかんだようではないですか」

 

「嘘は、ついていませんよ」

 

「わかっていますとも。いやはや、あなたの手腕、しかと見せてもらいました」

 

「…………」

 

「彼らに現実を教え、絶望の中にたたき落とす。その後一筋の光を見せて彼らに希望を与えた」

 

「…………」

 

「あなたがすることは変わらずとも、その伝え方であなたは一番深くまで彼らの心をつかんだ。これを見事と言わずして何と言いますか」

 

「恐れ入ります」

 

「彼らはあなたを裏切らない。いや、裏切れない。あなたがいなくなったら、次は自分たちを使い捨てにする者が上につくかもしれない。仲間意識の強い連中ですから、仲間のためにあなたを守りすらするでしょう」

 

「私が彼らの未来を守り、彼らが私の命を守る」

 

「実に素晴らしい依存関係です。あなたが主導権を握っているあたりが特に。彼らは何の疑問も持たずに、あなたを守るためにその命を使うでしょうねえ」

 

「オネスト大臣」

 

「はい、何ですか?」

 

「それが、何か問題ありますか?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「いえいえ。ちぃっとも」




前回の話までで死から逃げる可愛らしい少女、アリィを堪能した皆さん。







第1章「アリィ逃走編」はもう終わり。







これより「アリィ暗躍編」開始。
死の危険に追いつめられたアリィはついに自ら動き始めました。
あなた方はまだ、彼女の闇の一端を見たに過ぎません。


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アリィ暗躍編
第11話 特殊警察に入って死にたくない


アリィにとって、何よりも大事なことは自分の命を守ることである。

 

両親の拷問趣味を知り、被害者が目の前で拷問に悲鳴をあげ、苦しみながら死んでいくのを何度も何度も彼女は見ていくことになった。

そして彼女は妄執ともいえる意思を確立させていったのである。

 

 

「私は死にたくない」と。

 

 

 

自らも親の目がある以上拷問に参加し、そして多くの人間を殺してきた。

しかし彼女の心の中にあったのは歓喜よりも安堵であった。「自分はそちら側ではない」「自分は死ぬ側ではない、殺される側ではない」。

そんな彼女は、すでに他人が死ぬことについてはどうでもいいと感じている。

だって自分が死ぬわけではないのだから。

 

自分を死の危険から守ってくれる人間が死ぬことは恐怖する。

しかしそれは人の死を恐れることではなく、あくまで「自分の死」への恐怖。

徹底した自己愛こそ、彼女の人生の中で作り上げられた至上命題。

 

 

しかしそんな彼女の日々にも亀裂が入る。

ナイトレイド、首斬りザンク、三獣士ニャウ。

どうにかこれらの危機は帝具、死相伝染イルサネリアの力で撃退することができ、彼女は今も生きている。

だがその心は、癒えない。死ぬかもしれない場面に何度も遭遇してしまったのだ。

むしろ、死への恐怖はより増大していく。

 

逃げているだけでは駄目だった。死は向こうから勝手に襲ってきた。

ゆえに彼女は、危険排除のために自ら動くことを決めた。

 

 

 

 

 

 

「帝具使いを集めた部隊、ですか」

「えぇ……相変わらず彼女は要求もドSです」

 

オネストから伝えられた連絡事項。

それは、エスデスが新たに帝具使いだけで構成された特殊警察を組織するという話であった。

その時点でいやな予感がしたアリィはすぐさまオネストに直談判する。

 

「私は招集されませんよね? 参加したくありません。ましてやエスデス将軍の下につくのは死にそうなのでいやです。わかってくださいますかオネスト大臣」

 

ただでさえ彼女の家来に殺されかけたばかりである。

もっとも、ニャウは先日竜船で他の三獣士と共に殺害されたという。相手はまずナイトレイドだろうと考えられている。

アリィとしてはニャウが死んだのは歓迎すべきことであったが、部下を失ったことにより「あいつらが弱かっただけだ」と口では割り切ったことを言うエスデスは実際のところ機嫌がかなり悪かった。

彼女に見つからないよう、アリィがフルに危機感知能力――これはイルサネリアの素材となった危険種に由来する――を使ったことは記憶に新しい。

 

「えぇ、えぇ、わかっています。彼女はあなたも戦力にしたがっていましたがそれであなたが我々に不信感を持っては私の心臓が止まってしまいます。別に帝具使いを集めましたとも」

 

オネストは少し冗談めかして言ったが、決して冗談で済む話ではない。

ここでオネストが無理に部隊に入れようものなら、エスデスともども脅威とみなして排除していた可能性もあった。

実のところ、アリィの精神はすでに、侍女という立場が脅かされるとしても大臣や将軍といった帝国の重鎮を殺すことをためらわないまでに追い詰められている。

可能ならば逃げるというのではなく、排除に動く。目に見えずとも、アリィの歪みはさらに大きくなっていた。

 

「では、私へわざわざ説明していただいたのは……?」

「理由は二つあります。ひとつは、暗殺部隊の帝具使いをこの部隊に編入させます。さすがに動かせる帝具使いは限られていますからねぇ。そして暗殺部隊は現在あなたの管轄ですので、報告しておくというわけです」

 

なるほど、とアリィは頷く。

クロメという少女。暗殺部隊の中でも実力は指折りであり、そして帝具使い。

手放したくはないが、彼女の代わりに自分がエスデスの部隊に入れと言われてもそれは困る。

 

ならばアリィが殺したビルの代わりに暗殺部隊を運用する立場となった以上、その異動が報告されることはまったく不自然なことではない。

もうひとつの理由ですが、と口を開いたオネストはなにやら言いづらそうに言葉を選んだ。

 

「あー。そのですね」

「なんでしょう」

 

危険を感じアリィは目を濁らせて身構える。

そんなアリィの様子に冷や汗を流しつつも、ゆっくりと口を開いた。

 

「部隊に入れとは言いません。ですが、今の皇帝付き侍女としての仕事とあわせて特殊警察における侍女として働いてほしいのです。主に情報伝達や部屋の掃除、時には食事の用意などですね」

 

それを聞いてアリィの目じりがわずかに直る。

聞いた限り特殊警察として前線に出るのではなく、あくまで宮殿内でのバックアップ。

さらに話によると他の侍女としての仕事は一部減らすという。もちろんその分の時間的余裕は特殊警察での仕事に回されるわけだが、それでも侍女としての仕事の範囲内である。

 

「エスデス将軍にもこの条件で納得してもらいました。いかがですか?」

「そういうことであれば問題ありません。了解いたしました」

 

頭を下げるアリィに、オネストはほっと息を吐き出しもうひとつ連絡事項を伝えた。

同時に、数名の人物について書かれた書類も見せられる。

 

「では今からこの部屋に向かってください。今日、特殊警察のメンバーが集合、顔合わせすることになっています。まだ集合時間まで時間はありますが」

「……もう少し早く連絡していただけなかったのでしょうか」

「……あなたにはギリギリで伝えろとエスデス将軍が言っていたので」

 

アリィの中でエスデスの印象がさらに悪くなった。

 

 

 

 

 

帝国海軍に所属していた男、ウェイブ。

慣れた故郷を離れ、帝都でいろいろなことに驚かされつつも彼は宮殿に来ていた。

新しい部隊。新しい同僚。

彼の心臓は緊張でドキドキと聞こえるほど鼓動している。

 

(びしっと決めてなめられないようにしねえとな……!)

 

大きく深呼吸すると、部屋が間違っていないか確認。

大丈夫と確認を終えて大きく息を吸い込むと扉を開く。

 

「失礼します! 帝国海軍より来ました、ウェイブです!」

 

 

 

 

 

 

 

部屋の中では

 

 

 

 

 

 

 

半裸にマスクの大柄な男が、嗚咽を漏らしながら侍女服の少女に頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しました!」

 

彼が入ってきた音でこちらを見た二人……特にマスクに恐怖を感じすぐ扉を閉めた。

 

しばらくウェイブの頭の中で困惑が続く。

 

(え、何今の!? まずあの男の人、どう見ても拷問官じゃねぇか! マジかよあの人が俺の同僚!? つーかその人が泣いて頭を下げてる女の子って何者だよ!? 侍女に見えたけど絶対違うだろ!? あれか、あの女の子、男のほうが襲ってきたから泣くほどシメて立場をわからせたとかそんな感じか!? やっべぇ人は見た目によらねぇなってか帝都怖えぇ!!)

 

もちろん大いにウェイブの誤解である。

 

「あの」

「うぉぉぉぉぉおぉっ!!?」

 

混乱が止まらない彼は、急に扉が開いたのでビビり全開で大声をあげる。

そんなウェイブの様子にクスリと笑うと、扉を開けた少女は部屋へと彼を案内する。

 

「帝国海軍のウェイブさんですね。中へどうぞ」

「ア、ハイ」

 

ガチガチになりながらウェイブは椅子に座る。

マスクの男性の、対角線上に。

 

「…………」

「…………」

 

(やべーよがん見してるんだけど!? 怖いよ母ちゃん!)

 

黙ったままこちらを見てくるマスクにウェイブはもう半泣きである。

そんな二人を見るに見かねて、アリィが助け舟を出す。

 

「ウェイブさん。こちら焼却部隊から来たボルスさんです。人見知りな方ですが、とても紳士的で優しい方ですよ」

「ウソォ!?」

 

思わず声に出してしまい、さすがに失礼だと頭を下げる。

 

「す、すいません」

「ごめんね、私恥ずかしがりで。同じ仲間同士、一緒にがんばりましょう。アリィさんに紹介してもらったけれども、焼却部隊から来た、ボルスです」

 

見た目と全然違う……

ギャップの差に驚きつつも、どうにか挨拶をかわせてほっとするウェイブ。

 

(でもあの光景はなんだったんだろう……)

 

ウェイブの顔に出ていたのだろう。

 

「さっきは驚かせてすみません。二人しかいなかったので話をしていたのですが、ボルスさんが感極まって泣いてしまって。私も驚きました」

「ううん、目が覚めるような思いだったよ。気づかせてくれてありがとう、アリィさん」

「いえいえ。さて、私からも自己紹介させてもらいますね。私はお二人と違いメンバーではありませんが、皆さんのお世話をさせていただきます。皇帝付き侍女、アリィ・エルアーデ・サンディスと申します」

 

(本当に侍女なのかよ!?)

 

ウェイブが驚きつつも、先ほどの光景に納得できてほっとしているところに次のメンバーが入ってくる。

腰に刀を差し、学生服を着た黒髪の少女だった。

 

アリィを見てぱぁぁと顔をほころばせた彼女は椅子に座るとお菓子を出し、ニコニコとアリィのほうを見ながらお菓子を食べる。

 

(またへんな子が来た)

 

ウェイブがじーっと視線を送っていることに気づくと、少女――クロメはさっとお菓子いれを腕の中に隠す。

 

「このお菓子はあげない! でもアリィさんには別のお菓子をわけてあげるね」

 

(やっぱり変な子だった!? てかアリィさんとの差がヒデェ!?)

 

 

そして、彼女の後もぞろぞろとメンバーが集まってくる。

 

 

「帝都警備隊、セリュー・ユビキタス&コロです!」

「キュ!」

「あぁっ、アリィさん! 同じ部隊に所属できるなんて光栄です! 共に正義を貫きましょう!!」

「いえいえ、私はあくまで皆さんのお世話やバックアップだけですので」

 

(アリィさん慕われすぎだろ!)

 

続いてセリューが撒いたバラの花びらの上を歩いて入ってくる男。

 

「初対面には気を使う……これがスタイリッシュな男の嗜み。あらアリィちゃん、久しぶりね。前々からお願いしているとおり、貴方の帝具を研究させてほしいのだけどやっぱり駄目なのかしら?」

「お断りいたします」

「やぁだ。相変わらずつれないのね……残念だわ、本当に」

 

(また濃いのがきた……てかアリィさん侍女じゃねぇの!? 帝具持ってんのかよ!?)

 

「ランです。よろしくお願いします」

 

(やっと普通の人が……)

 

「はじめまして、ランさん。例のピエロ、見つかりましたか?」

「……!!」

「安心してください、だからどうだというわけでもございません。情報が入ったら貴方に伝えます、とそう伝えたいだけでして。だからそんな殺気を出さないでください、死にたいですか?」

「も、申し訳ありません。……情報の件、何とぞよろしくお願いします」

「はい、わかりました」

 

(怖ぇよどっちも!)

 

ウェイブはメンバーが集まった時点で、すでに心労がたまっていた。

 

 

 

 

 

なお、仮面をつけた女性……彼らの上司たる女性、エスデスが入ってきたときだが。

 

「あれ、アリィさんいねぇ!?」

「アリィさんならエスデス将軍が私たちと戦っている間に出て行ったよ」

「チッ、いないと思ったら逃げたか……! やはりアイツから攻撃すればよかった」

 

アリィはエスデスが部屋に近づいてきた時点で身を潜め、その後戦闘に紛れ早々に脱出していた。




イェーガーズ結成。
今回は主に伏線回です。これは! というものがあれば感想で聞いていただいても結構ですが、大部分はぼかすのでご了承を。

追記
朽木_様にイラストを頂きました、本当にありがとうございます!

イメージが崩れるから見たくない!ということがなければどうぞ
個人的には10話の最後のセリフがまさにこんな感じじゃないかと思っています

https://img.syosetu.org/img/user/38465/21308.jpg


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第12話 恋心なんて持って死にたくない

特殊警察・イェーガーズ。

エスデス将軍の発案によって構成された、メンバー全員が帝具持ちの部隊。

対ナイトレイドを想定した、個人個人が一騎当千の戦力を持つ実力者集団。

その彼らは、今――

 

「や、やっと終わった……」

「おつかれさまです。次はこちらの警備企画書をお願いします」

「ノオオオオォォォ!」

 

事務処理に追われていた。

 

事の始まりはエスデスが「都民武芸大会」を企画したことである。

目的は新たな帝具使いとなりうる人材の発掘。さらにエスデス個人としてはあわよくば恋人候補を見つけよう、との思惑もあったようだが、そちらはアリィをはじめエスデスの好みの男性の条件事項を知ったイェーガーズ全員が「まぁ、無理だろうな」と思っていた。

 

さて。ここで知っていただきたいのだが、イベントの開催というのは「やろう!」「はいどうぞ」ですむものではない。

ましてや皇帝も見物することになった今回の武芸大会。

 

施設の確保から始まりルール設定、賞金の準備、警備計画、進行の打ち合わせ、都民への宣伝などなど。

輝かしいイベントには、裏に事務仕事の山が高く積もっているのが現実なのである。

今回もその例にもれず、イェーガーズの面々を待っていたのは書類の山だった。

 

ちなみにエスデスは「危険種を狩ってくる」と称して全て部下に丸投げした。

 

「自分で用意もできないならやらないでほしいんですけどね、本当に」

「アリィさん、エスデス将軍に当たり強いよな」

「まぁ、私はあの方嫌いですので」

 

部下に襲われかけ、殺気を飛ばされた挙句無理やり模擬戦を命じられ。特殊警察にも強引に関与させられた。

アリィにとって彼女の評価が上がる要因がまったくないのである。

 

「でも本当、アリィさんがいてくれて私たちは助かったよ」

「私も少し書類仕事に覚えはありましたが、アリィさんは本当に手際がよくてうらやましい限りです」

 

ボルス、ランからの賛辞にアリィはそんなことはないですよ、と謙遜する。

しかし確かに、この中で一番書類を処理し、さらに手が追いつかないウェイブやクロメの手助けをしたのはまぎれもなくアリィの手腕によるものだった。

 

「私は侍女の仕事は別に父から継いだ仕事も受け持っていますので書類仕事をすることが多いんです。慣れているだけですよ」

「まじかよ……ホント手伝ってくれてありがとうございます、忙しいのに」

 

彼らの苦労の末、都民武芸大会は無事開催された。

その情報は、帝都中に流れ……帝都に潜伏するナイトレイドの面々も知ることとなる。

 

 

 

 

 

試合が開催される前、アリィが担当したのは受付である。

侍女という仕事上人付き合いに長け、かつ見た目もいい美少女であるアリィは受付として実に適任であった。他のメンバーはというと、クロメをはじめコミュニケーション力が足りないものや受付として人前に出すには問題があるメンバーがちらほらいる。たとえばボルスとかスタイリッシュとか。ウェイブは司会のため忙しかったしランは試合開始前から観戦に集まった重鎮への接待。セリューは警備を担当することになったのでアリィが引き受けるしかなかったという側面もある。

 

もっとも、警備の担当なんかよりは受付がよっぽどましだとアリィが考えていたこともあるのだが。

 

「次の方、どうぞ」

「はい、よろしくお願いします」

 

前に出てきたのは茶髪の少年。

職業と名前を確認するアリィに対し、少年から告げられた名前にアリィはわずかに反応した。

 

「鍛冶屋、タツミ……?」

「な、なにか問題が……?」

 

名前を反芻すると、彼女はタツミの顔をじっと見つめる。

 

実のところタツミはかなり動揺していた。

目の前の少女は侍女姿であること、そして要注意人物として容姿を知らされていたからすぐにわかった。

肩ほどまでの少し長い黒髪に蒼い目、黒い首輪。

人畜無害にしか見えないこのか弱い少女が……アリィ・エルアーデ・サンディス。

帝具使いであるナイトレイドや首斬りザンクが殺せなかった少女。レオーネを返り討ちにし、ザンクにいたっては殺害までしてその首を警備隊のもとへ持っていったという少女。

 

そんな彼女が自分に反応したのだ。

ナイトレイドの一員という胸にやましいことがあるからこそ、タツミは内心ばれたかと焦ったのである。

 

「失礼ですが、辺境からいらした方ですか?」

「え? あ、はい、そうです」

 

嘘ではない。事実、タツミは辺境の出身だ。

さらにタツミは普段ナイトレイドのアジトで生活している。下手に嘘をついて住所を確認されても困る。

ならばとタツミは素直に答えたのだ。

 

「そう……あなたが……」

「?」

「いえ、失礼いたしました。対戦の組み合わせは後ほど発表となります。それまでは奥の待合室でお待ちください」

 

しかし革命軍かと疑われたのかと思ったが、聞かれたのは辺境出身かどうか。

なんだったんだろう? とタツミは首を傾げつつも奥へと進んでいった。

 

その背中をアリィがじっと見つめていたことを、彼は知らない。

 

 

 

試合が始まると、受付業務も必要がなくなるためアリィは貴賓席に来ていた。

無論、皇帝付き侍女として皇帝の世話をするためである。

 

「つまらん試合ばかりだな」

「そのつまらん試合をあなたが思いつきで開催するために我々が忙殺されたこと、お忘れではありませんよね?」

 

アリィの言葉に、同じく貴賓室で観戦していたエスデスはまともな人材が見つからない苛立ちもあり、チッと大きく舌打ちをしてみせた。

そう、大会が始まり試合は何度かすでに終わった後だが、エスデスの期待にこたえられたような帝具使いとなりうる人材はいない。

 

今回は失敗か…とエスデスが思い始めていたときだった。

 

「続いて肉屋カルビ、対するは鍛冶屋タツミ! 試合開始!」

 

カルビはなめてかかるも、タツミは冷静に相手を見つめる。

皇拳寺で鍛えたというカルビの攻撃はことごとくあたらず、わずかな身のこなしで隙を見つけたタツミの拳がカルビの腹にめり込んだ。

追い詰められたカルビが両手を振り上げるも、足を崩された隙に側頭部に強力な蹴りをいれられ、ダウンした。

 

「あの少年、逸材ですね」

「あぁ、なかなかだ」

 

タツミに貴賓席にいた者たちの視線がそそがれる。

 

ランは若いタツミの実力に驚いて。

アリィは名前だけは聞いたことがあった彼が話に聞いた以上だと感心して。

そしてエスデスは、今までの参加者とは違うと確信して。

 

「そこまで! 勝者タツミ!」

「やったぜ!」

 

戦いのさなかにおける真剣な表情から一転、タツミは喜びで笑顔を見せる。

その笑顔を見て、思わず立ち上がったものがいた。

 

「……どうしました?」

 

立ち上がったエスデスにランが聞く。

しかし彼女は答えず、ただただ少年を見つめていた。一方でその理由がわかっていたアリィは、こんなこともあるのか……と内心驚く一方、受付で聞いた情報を教える。

 

「そういえば彼、辺境出身でしたね」

「なんだと!? 本当か?」

「受付のときに本人から聞きました。確かかと」

 

アリィの言葉に、ますますエスデスは……顔を紅く染めた。

 

「見つけたぞ」

「帝具使いの候補ですね」

「それもあるが……別のほうだ」

 

やはりそっちか。とアリィはつくづく運命はわからないものだなと思う。

ランがいまだによくわからないといった表情をしていたが、アリィはそれについては何もいわずにエスデスがリングへと降りていくのを見ていた。

 

初めて恋というものを知った彼女がいったいなにをするつもりなのかと興味を抑え切れなかったという面もある。

なにせ、アリィは自分が恋をすることにまったく意欲がなかったから。

なぜ人を愛し信じられるのか。なぜ心の内を見せるようなことをしなければならないのか。それで死んだらどうするのだ。恋愛のもつれが死を招くこともあると知っているから、なおさら。

 

……まさか、首輪をつけて気絶させて引っ張ってくるとは思っても見なかったが。

 

「……いや、やめるか」

 

リングから戻ろうと階段に足をかけたとき、エスデスは視線の先にいたアリィを見て顔をしかめ、気絶したタツミから首輪を外したのには少し拍子抜けしたが。

どうやら、せっかく見つけた恋の相手がアリィとおそろいで首輪をつけているのは我慢できなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

アリィはタツミを受け入れる用意を命じられ、これも仕事かと彼の荷物などを宮殿に運ぶ。

さらにイェーガーズは大会が終わったその後すぐに、エスデスの恋人(候補)兼イェーガーズの補欠、新たな帝具使い候補として紹介された。

もちろん、本人は気絶したままの状態で。

 

この後、イェーガーズの初任務として山賊退治に向かうことも知らされた。

エスデス曰くタツミも連れて行く、が、今回は見学だという。

 

実際に前線に出るわけではなくエスデスがいる安全な場所での見学。

さすがに嫌われたくないであろうタツミの前で襲ってくることはないと判断しアリィもその任務に同行することになった。

 

 

 

 

 

そしてこの襲撃はすぐに実行された。

悠々と山賊たちが巣くう砦にむかうイェーガーズの面々。

その中に大事な仲間・シェーレを殺したセリューの姿を見つけてタツミは必死で己の中の衝動を殺す。

 

(アニキが言ってた……冷静にならなきゃだめだって!)

 

歯を食いしばり、隣にいるエスデスに気づかれないよう殺気を心の中に押し殺す。

燃え盛る砦を見つめながら。

 

 

 

 

 

 

 

タツミもエスデスも気づかない。

 

彼をじっと見つめるアリィの心の中を。

 

どこまで話すか。どこまで聞かせるか。

 

ゆっくりと少女は道筋を組み立てる。

 

(私は死にたくない。あなたがここに来てくれたのも、きっと私を救う手段の一つになってくれるからなのでしょう?)

 

もちろん彼女は忘れない。

 

 

 

 

 

 

彼がナイトレイド(・・・・・・)であることを。

 

彼女が彼の友人たちを、見殺しにしたことを。

 

 

 

 

 

 

それすら全て考慮に入れて、彼女は計画を組み立てる。

 

全ては、己の脅威の排除のために。




アリィに恋愛フラグはたちません。タイトルを見て期待した皆さん、あきらめてください。

そしてここから、謀略その1の始まり。
まだまだ今は計画段階。
彼女の暗躍が花開き毒となるのはもう少しだけ先のこと。


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第13話 秘密を暴露して死にたくない

今日もアリィはイェーガーズの会議室へ足を運ぶ。

途中、思わぬ人物とであったので一緒にいくことになった。

Dr.スタイリッシュ。イェーガーズの中では唯一直接戦闘するタイプではないが、その技術力、開発力は帝国随一である。

彼の帝具も非常に器用になるという技術者向けの帝具、神ノ御手パーフェクター。

 

「何か考え事ですか? ドクター」

「そうねぇ。せっかくだし聞こうかしら」

 

スタイリッシュは右手をほほに当て、指でトントンと頬をたたきながら歩いていた。

おまけに視線は上の空。たいていの人間なら何かしら考え事があるのだろうと予想がつく。

ましてや、人一倍他人の心の機微に鋭いアリィならなおのこと。

 

「アリィちゃん、タツミのことどう思うかしら?」

「と、いいますと?」

「あの子、少しおかしくないかしら?」

 

鍛冶屋とは思えない身のこなし、戦闘能力。そして(彼が気絶から目覚めてから)顔合わせをして話をした際、やたら帝具について興味を持っていた。

おまけに本人は自分たちイェーガーズに対していい感情を持っていないようでもある。

 

このことから、スタイリッシュはタツミの素性に対して不審感を持っていたのだ。

 

「なるほど。確かに不自然な点があるなとは思っていました」

「でしょぉ? どうしようかしら、隊長に伝える?」

「いえ、彼に恋慕しているエスデス将軍に彼への疑念をいったところでしっかりと聞いてもらえないでしょう。それより、確かドクターは強化私兵軍団をもっていましたよね」

 

あら、と彼の口から呟きが漏れる。

その存在はあまり公にはしていない。しかし彼が改造する人間は捕らえた罪人を融通してもらったものがほとんどである。

そのやり取りについての情報を目の前の少女はつかんでいたのだろう。やはり見かけによらずすごい子ね、とスタイリッシュはアリィの評価を上げた。

 

「そのとおりよ? でもそれがどうしたのかしら」

「いつでも動かせるように準備しておくといいかと。タツミは現在エスデス将軍の監視下にあるといってもいい。その状態で逃げ出すことができればいよいよ只者ではないということです。そしてさらに、そんな人物がどこに逃げるのか? ……あなたの私兵に追いかけさせることはできるのでは?」

 

いわれてみれば確かに、スタイリッシュの強化兵の中には目・耳・鼻を特に強化させたものたちがいる。

 

「そうね、そうしてみるわ。ところでアリィちゃん。改めてお願いするけどあなたの帝具の研究させてくれないかしら? 効果も強力だし、いろんなことに応用できると思うのよねぇ」

「その件についてはお断りします。何度言われても同じですよ」

「ほんっと残念。どうやったら研究させてくれるのかしらね?」

 

スタイリッシュは笑う。

アリィも笑う。

 

 

 

 

 

会議室に入ると、真っ先に目に入ったのは椅子に縛られたタツミの姿。

誰の仕業かは言うまでもない。部屋にいたほかのみんなも目を背けているし。

 

「助けて、ください……」

「申し訳ありません、あきらめて下さい」

 

タツミの懇願もアリィはお辞儀とともに一蹴する。

無理に助けようとしても余計にエスデスがにらんでくるだけだ。心臓に悪いのでごめんこうむりたい。

 

全員が集まったところで任務が説明される。

今回はタツミはお留守番だそうだ。そしてアリィはというとタツミのお目付け役を命じられた。

縛ったままにはしておくそうで、縄を解くなよとエスデスからは強く念押しされた。

マジかよ……とタツミは辛そうだったがアリィは助けない。

 

「それでは行くぞ。アリィ、くれぐれもタツミに手を出すなよ。お前たちが一線を越えるようなことがあればただではすまさん……!」

「ご安心を。あなたの怒りを買いたくありませんし彼は私の好みでもないので」

 

そもそも恋愛自体を忌避している。

そこまでは口にしなかったが、エスデスもまぁいいだろう、と髪をひるがえして部屋から出て行った。

 

後に残されたタツミとアリィ。

二人だけの部屋に沈黙がおりる。

 

「あの、アリィさん。ホントお願いだから縄を……」

「ようやく二人になれましたね」

 

え? と言葉が途切れたタツミ。

困惑した彼ににっこりと笑顔を向けると、アリィは彼の後ろのほうへ歩いていく。

コツ、コツ、と聞こえる足音をタツミはただ聞くだけ。後ろを向こうにも縛られている以上首を回すくらいしかできない。そして人の首というものは180度回るようにはできていないもので。

 

「タツミさん」

「うはっひゃい!?」

 

ゆっくりと後ろから首に回されるアリィの両腕。

後ろから抱きつかれたような状態に、エスデスに続いてこの状況!? とタツミは顔を真っ赤にする。

思わずじたばたと動くが、やはり彼が縄から抜け出すことはできなかった。

 

「ねぇタツミさん。聞きたいことがあるんです」

「はっ、はい! なんでしょうか!!」

 

思わず敬語になるタツミ。

レオーネといいエスデスといい何度も年上に絡まれるタツミだが初心でありいつまでたっても女性に慣れない。

まして今のアリィは口元にささやくように話しかけてきた。

彼女の息が耳にかかる。思わず敬語になるのも仕方のないことで――

 

 

 

 

 

 

 

「セリューさんが、そんなに憎いですか? 仲間を殺されたから?」

 

 

 

 

 

 

 

一気に顔の熱が冷めた。

 

なんだ、この人は。何を言い出しているんだ……?

頭の処理が追いつかない。固まったタツミの耳元でアリィはささやき続ける。

 

「あなたが補欠として以前、山賊の討伐に同行したじゃないですか。初めてここに来たころです。セリューさんのほうを見てまぁずいぶんと気持ちを殺しておられたようで。心の切り替えは立派なものだと思いましたが、私は人の気持ちには敏感でして。それが悪意ならなおさら。だって」

 

私にむけた悪意なら、怖いじゃないですか。

 

心なしか、首に回された腕に力が入っているような気がしてならない。

彼女もそれに気がついたのか。一度腕を解くとゆっくりと手をタツミの両肩においた。

 

「私は怖いんです。私は、死ぬのが何よりも恐ろしい。だから私は死なないため、殺されないためにいろんな情報を集めました。帝具はもうご存知ですね? ではその中に、悪鬼纏身インクルシオという帝具があるのはご存知ですか?」

「!!?」

 

タツミの心臓が大きく跳ねる。

それは紛れもなく、尊敬する兄貴分から受け継ぎ、自分が所持する帝具の名前。

そしていまその鍵となる剣は、この部屋に置かれている。

普段タツミが背中に帯剣しているものの、邪魔だからと机に置かれたその剣。

 

「私は調べました。どんなものがきっかけで私が死ぬことになるかわかりません。まして帝具によって何度も死に掛けましたからね。そして調べた中に……サンディス家の書庫にあった古い書物の中に、インクルシオの情報がありました。鍵となる剣の図も」

 

この時点でタツミはすでに彼の剣がインクルシオの鍵だと気づかれている、そう察した。

だがとぼけたふりをする。

 

「い、いったい何を」

「しかも、これはナイトレイドのブラートがもっているということに情報では書かれていますが……なぜあなたが持っているのでしょうね? 先日ナイトレイドの一人を殺したセリューさんに仇のような憎しみをむけたのなら答えはひとつ。あなたが、ナイトレイドだからだ」

 

バレた。

この状況の打開策を必死になってタツミは考える。

このままでは拷問などもありえる。仲間に心配をかけた挙句情報をもらすなんてことはできない。

だが現在、情けないことに自分は一切身動きが取れない。

いっそ自害を、とまで思いつめたときだった。

 

「お、俺は違う……」

「安心していいですよ。今あなたをナイトレイドだと伝えるつもりはありませんから」

「え?」

 

首を回すがすでに後ろにアリィはいない。

逆から前に回っただけなのだが、タツミにはそれがひどく不気味に思えた。

 

「ですが貴方はいろんなことを知ってしまいました。イェーガーズのことも、私のことも」

 

その頬をゆっくりと両手で包み込み、顔を近づける。

 

「タツミさん、私を死なせるようなことはしませんよね? 約束してくれますよね?」

「…………」

 

沈黙で答えるタツミ。だがそれはアリィの求めた返事ではない。

仕方ないですね、と彼女はつぶやいた。

だったらもう、彼の悪意を強めるしかないか、と。

 

「約束してくださいよタツミさん」

 

彼女の目が濁る。青い目なのに、それがまるでどす黒く汚れた沼のように。

 

 

 

 

 

 

 

「私がサヨさんのようにならないように、協力してくれますよね?」

 

 

 

 

 

 

 

今度こそ、タツミの思考は完全に停止した。

 

「いま、なん、て」

「私には友人がいましてね? もう死んでしまったのですが。あの日、私は一緒に友人と馬車に乗っていたんです。そしたら、お金がなくて困っているような男女二人組を見つけまして」

 

待って、待ってくれ。

それは、いったい、何の話なんだ。

 

知りたくない、聞きたくない。

どんどん蒼白になるタツミにはかまわず、アリィは話を続けていく。

 

「私の両親もまあ、彼女の両親と同じく拷問趣味がありましてね? 付き合いがあったんですよ。友人――アリアも田舎者を拷問することが楽しくて仕方ないといっておりまして。私は両親の目が怖くて付き合っていたくらいなのですが彼女は完全に虜になっていましてね。で、そんな彼女の本性を知っていた私は、見かけた二人組を指差して提案してみたんです」

 

あの二人、ご招待してみてはどうですか、と。

 

「あ、あ、あ……」

「もう気づいたときの彼女といったら本当に嬉しそうで。馬車から飛び出して二人に声をかけていましたよ。夕食には私もご一緒させてもらいましてね? その二人……イエヤスさんとサヨさんといろんな話をしましたとも。はぐれてしまった友人。タツミさんのこともお聞きしました。だから驚いたんですよ? 見かけたら助けてあげてくれと教えてもらったとおりの容貌をしたあなたが先日大会の受付に来たんですから」

 

辺境出身でしたかと聞いたらそのとおりでしたし。

目の前でにっこりと微笑むアリィ。

美少女の笑顔を間近で見ても、タツミの震えはとまらない。

いやよりいっそう、激しく……

 

「あ、そうそう」

 

何のまじりっけもない、純粋な疑問に。

 

 

 

 

 

 

 

「彼女の死体、ご覧になりました?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!」

 

――タツミは、吼えた。

 

 




出すならここしかないと思いました。

アリィの一手は、あくまで一手。
種はまいた、次は芽が出るのを待ちましょう。


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第14話 だって、私は死にたくない

イエヤスとサヨの、死。

 

貧しい村を一緒に救おうと共に帝都へとむかった大事な仲間。

しかし途中ではぐれてしまい、帝都での再会は二人がすでにアリアたちの拷問によって致命傷を与えられた後だった。

帝都の闇を間近で見ることになってしまった、あの日のことをタツミは決して忘れない。

 

だから、二人の死の痛みも、ずっと、忘れない――

 

 

 

 

 

 

「あんた……は……」

「誤解していただきたくないことが一点。私は二人の拷問に対して一切手を出しておりません。私はあくまで、二人をアリアに引き合わせ、彼女の本性を伝えなかっただけ。何もしていないのですよ。二重の意味でね」

 

加害者ではない。しかし決して善意の第三者なんかではない。

 

「お前のせいで……お前のせいで、二人は」

「だから私は何もしていないです。私がアリアに教えなかったとしても、何も知らない彼らは帝都の闇に別の形で引きずり込まれていたでしょう。あなたは本当に、運がよかった」

 

タツミの目は、怒りに燃えている。

確かに自分はあやうくアリアたちの餌食になるところだった。そこを、今は仲間となったナイトレイドに救われたことは本当に運がよかったとしかいえない。

しかし、二人が死ぬきっかけを作ったのは紛れもなく彼女だ。

たとえ直接手を下したのがアリアたちとしても。別の形として彼らが死ぬことになったとしても。

 

「そんなこと聞いて、俺が黙ってられるかよ……!」

「いいえ、あなたは黙ります。確実にね」

 

今もアリィは両手で彼の頬を押さえ、顔を近づけている状態だ。

その体勢のまま、彼女は自らの帝具を発動させた。

 

「イルサネリア」

「!?」

 

溢れ出す瘴気。

タツミはもがくが、縛られた彼が逃げ出せるわけもなく。

また突然のことだったので思わず彼は瘴気を吸い込んでしまった。これがアカメであったらすぐに息を止めることができたのであろうが、まだ暗殺者としては未熟な面があるタツミはとっさに息を止めるということができなかったのである。

 

そしてアリィは笑顔を見せる。

すでに感染していたが、あえて瘴気という目に見える形を見せることで彼がアリィの帝具の効果を受けたのだと理解させる。

 

「今のはっ」

「さあ、あなたには私の帝具の能力がかけられました。あなたは二つに一つを選択することになりますね。イェーガーズや私について、沈黙を守るか。それとも、自分が死ぬことになったとしても情報を仲間に伝えるか」

「俺がその程度の脅しで屈すると思ったのかよ。なめんなよ……!」

 

タツミがすごんで見せる様子にアリィは肩をすくめてそれに答える。

 

「人間、死ぬのは惜しいものです。私は死にたくない。ずっとこの気持ちを抱えて今を生きています。だからきっと、あなたもそうなると思いますよ?」

 

完全になめられている。

タツミはそう思うと悔しくてまた怒鳴り返したくなったが、ブラートの言葉が頭をよぎる。

熱くなるな。冷静に物事を見極めろ。

そうだ、こいつは自分が情報を話すことはないと頭から思い込んでいる。だったらそのまま思わせておいてやろう。

自分は必ずここを脱出して仲間に伝える。イェーガーズのことも、そして迂闊にも今目の前で使って見せた帝具のことも、持ち主であるアリィのことも。

 

「さて、タツミさん。私からの話は以上です。あなたから私に聞きたいことはありますか? もちろん何でも答えてあげるとはいいませんが」

 

手を離してアリィは背筋を伸ばし、タツミから離れる。

俯いて黙ったままのタツミを見て、さすがにもう話すことはないか、と彼女は判断する。

さて掃除でもしておくか、と歩き出した彼女の背中に、声がかけられた。

 

「じゃあ、聞くけどさ」

「……はい。なんでしょうか」

 

振り返ると、今までとは違いまっすぐな目を向けたタツミ。

その真剣なまなざしに、アリィも今まで笑みを浮かべていた口元を引き締め、まじめな表情になって彼の言葉に耳を傾けた。

 

「あんた言ってたよな。拷問とかは、アリアとは違って、親の目があるからやってただけだって」

「そうですね。楽しいと思ったことはありません」

「だったら!」

 

タツミの声が大きくなる。

外道のやつらを見て見ぬふりをするやつだ。多くの人を虐げて殺してきたやつだ。

けど、それでも。

タツミは希望を持って呼びかけた。

 

「今の帝都がおかしいってあんたにはわかるだろ!? 帝都だけじゃない、帝国すべてもだ! 死ぬのが怖いっていうのはわかる。けどそれが誰よりもわかっているなら、他の民だって同じ思いをしているってわかるだろう!?」

「……はい。私は誰よりも死にたくないと思っています。当然、他の人が同じ思いを持ってもおかしくないと思っています」

「なら! なら、あんただって理解してくれるはずだ! 今虐げられている多くの民を救わなきゃいけないって!!」

 

タツミは確かに手ごたえを感じていた。

アリィはさっきから何度も口にしている。「死ぬのが怖い」と。

そして、他の人間だって同じ思いであることも理解していると。

なら説得できると思ったのだ。

この帝国は変わるべきである、だからお前も俺たち革命軍の味方になってくれ、と。

 

エスデスには拒まれた。それは彼女は虐げられる側の気持ちがまったくわかっていなかったからだ。

弱いやつらが悪いのだ、と。

しかし彼女は違う、彼女はむしろ虐げられる恐怖を、今も胸の中に抱いている。

 

そんな、タツミの希望は。

 

 

 

 

 

 

「……なぜ、他の方々を救う必要があるのです?」

 

 

 

 

 

 

届くことは、なかった。

 

「なんで、って」

「私は死にたくない。何度も申し上げているとおりです。確かにあなた方革命軍は民の平和のため、人々を救うために命がけで戦っているのでしょう。それが間違いだとは言いません」

 

しかし、と彼女は続けた。

 

「なぜ、私の命をかけてまで他の人々を救う必要があるのでしょうか」

「あんたは……それでいいのか? 自分さえ生きていれば、他の民が死のうと苦しもうとそれでいいって!」

「はい」

 

唖然とした。そして同時に、彼女の本質をまったく理解できていなかったことをタツミは悟る。

 

彼女はサンディス邸で人々を拷問し殺し続けた。なぜか?

最初は違ったかもしれない。しかしやめることがなかったのは両親に虐げられないため、捨てられないため。

つまり自分が死なないため。

 

死なないために……彼女は人を殺し続けた。

彼女はもう、他の人間がどうなろうと構わないと思っている。

 

さらにタツミが聞くことはなかったが、アリィにはまだ革命軍に参加することを拒否する理由がある。

彼女はそもそも……革命をよしとすら、思っていない。

タツミに「間違いだとは言わない」と言ったのはあくまで人を救おうとすることを指すのであって、革命そのものを間違いだとしていないわけではないのである。

 

だから彼女はタツミの誘いを拒絶する。

イルサネリアに適合した彼女が……

「命がけで戦う戦士や兵士では適合できない帝具」に適合した彼女が、他人のために命をかけるようなことを、するはずがなかった。

 

「私は、死にたくない」

 

ただそれだけを言い残したアリィを前に、タツミは今度こそ閉口する。

革命軍の側につくよう説得できると思った自分は間違っていた。

エスデスのほうがまだ可能性があったのだと今なら思う。

 

自分の命のためならどれだけの命が失われてもいいと、アリィは本気で思っているのだ。

 

 

アリィは、説得できるできないかという以前に――人として壊れている。

 

 

「お聞きしたいことはそれだけですか?」

 

タツミからの返事はない。

アリィはタツミに一礼すると、その部屋から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

翌日の午後。

アリィの元に、タツミが逃げたという一報が入った。

 

フェイクマウンテンに狩りに出かけた際、一緒にいたウェイブの隙を突いて逃げ出したのだという。

さらにウェイブはインクルシオをつけたナイトレイドと遭遇、これをとり逃したそうだ。

 

ウェイブに対するエスデスの怒りはアリィが即逃げ出すほどにひどかった。

ウェイブに拷問を与えた末、今度失態があれば自ら罰を与えると言い渡すほどに。恋人に逃げられただけではなくナイトレイドを取り逃すとは情けない、と彼女は言う。

 

もちろん、報告を聞いてアリィにはインクルシオの使用者がタツミだとすぐにわかった。

おそらくインクルシオを使って逃亡している最中に運悪くタツミを探していたウェイブと鉢合わせたのだろうと。

しかし彼女はそれをイェーガーズに伝えない。

 

やがて会議室から全員が出て行く。

 

ぼろぼろになったウェイブも。

それを見て笑うクロメも。

ウェイブを心配するボルスも。

微笑みつつ何か考え込む様子のランも。

黙ったまま腕を組み片手を頬に当てていたスタイリッシュも。

正義をしっかり伝えられなかったと落ち込むセリューも。

 

そして、いまだに苛立ちが収まらない様子のエスデスも。

 

アリィを残し、全員が出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ」

 

会議室で一人、アリィは笑う。

 

種はすべてまき終わった。

 

後は結果を御覧あれ。

 

全てが、アリィの計画通りに動いていた。




次回、アリィの計画の中身が明かされる。

なぜ、アリィはタツミを見逃したのか。
なぜ、アリィは彼を見逃した上で彼の悪意をかきたてるような真似をしたのか。

そして。
彼女が排除しようとしていた「脅威」とは、いったい誰のことなのか?


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第15話 研究されて死にたくない

夜の森を歩く人影がある。

それも一つ二つではない、大勢の影。

先頭を歩いているのは4人。

 

「……ビンゴ。ナイトレイドのアジトみーっけ」

 

その中心人物こそDr.スタイリッシュ。

彼とともに歩いていた3人はそれぞれ目・耳・鼻と呼ばれており、呼び名のとおりスタイリッシュの手術によってそれぞれの器官が強化されている。

 

彼らは逃げ出したタツミを追ってここまで来たのだ。

わずかに残された匂いなどの手がかりをたどって。

 

手駒の一人であるトローマが先行してナイトレイドのアジトに急襲をかけにいった。

その成功を耳から聞いたスタイリッシュは大きく頷くと号令をかける。

彼が連れてきたのは3人だけではない。ナイトレイドを捕らえて実験材料にするため、多数の強化兵たちを連れてきていたのだ。

 

「チーム・スタイリッシュ! 熱く激しく攻撃開始よッ!!」

 

そして――

 

 

 

 

 

 

「スタイリッシュと連絡がつかない」

 

会議室に集められたイェーガーズ。その中にスタイリッシュの姿はなかった。

エスデスの発言を受け、ランが報告を始める。

 

「私やアリィさんで彼の研究室を調べました。強化兵が全員姿を消していましたが、研究資料や研究道具などはすべて残されており、何かを持ち去った形跡はありませんでした」

「彼の部屋に残された資料などを現在調べている途中ですがめぼしい情報は出てきていません。しかし、研究第一であった彼が資料を放置して逃亡したということは考えにくいです。強化兵がいなくなっていることを踏まえると、おそらく彼はどこかへ襲撃に向かい……」

「返り討ちにあった、と見るべきだろうな」

 

アリィの言葉をエスデスが引き継ぐ。

スタイリッシュの研究意識の高さは全員が知るところである。そんな彼が独自戦力を持っているということもあり、今回単独行動をとってしまったのだろう。

そしてわざわざイェーガーズに黙って襲撃に向かった先、彼や彼の強化兵を返り討ちにできる戦力となると自然と絞られてくる。

 

「おそらくナイトレイドにやられた……といったところか」

「ナイトレイド……またしてもっ……!!」

 

セリューが鬼のような形相になり、歯を食いしばって手を握る。

彼女は父を賊によって殺され、尊敬していた上司・オーガをナイトレイドに殺されていた。

そして今回、義手や武器を提供してくれた恩人をナイトレイドに奪われたのである。

正義を志す彼女にとって、大事な人が悪に奪われるというのは何よりもつらかった。

 

「今後、スタイリッシュは死亡したものとして動く。奴の帝具もおそらく革命軍に渡ってしまっただろう……。全員、気を引き締めろ。では解散」

 

イェーガーズの会議室から出たアリィ。今日は侍女の仕事はなく屋敷での仕事が主である。

そのため会議の後はそのまま宮殿からサンディス邸へと戻る。

今回は久々に馬車を使った。調査のためスタイリッシュの部屋から持ち出した資料の一部を持ち帰る必要があったからだ。さすがに手で持って帰るのは非力なアリィにはつらい。

 

屋敷に戻ると、アリィは一人書斎に入る。

いまや完全にアリィ専用の仕事部屋となったその部屋に、ランプの明かりがゆらゆらと揺れる。

書類を置いてもらうと、使用人たちを下がらせ一人部屋に残る。

 

高級な革が使用された椅子に腰掛けると、まずは大きく息を吐く。

そのまま机にひじを突き、両手を顔の前でゆっくりと組む。

 

 

 

 

 

 

「おおむね、想定どおりです」

 

今回の結末は、彼女の計画の範囲内。

 

 

 

 

 

 

そう。

スタイリッシュの死(・・・・・・・・・)は、予定通りの結果なのだ。

 

「できればナイトレイドの方にも多数被害が出ていてほしいですが……楽観はしないでおきましょう」

 

アリィの計画。

それは、スタイリッシュとナイトレイドの衝突であった。

 

 

 

 

 

 

 

彼女が一番脅威と考えていたのは誰か?

 

ナイトレイド? いいや違う。

確かに脅威ではあったがイルサネリアで撃退することができた。相手もこちらを多少なりとも警戒している。あの金髪の女性が生き延びたかはわからないが、彼女の腕がねじ切られたという事実は大きい。

確かに大きな脅威ではある、が、一番ではない。

 

ではエスデス? それも違う。

彼女は確かにアリィを嫌っているが、直接的な行動には出てきていない。

迷惑はかけられ、互いに嫌いあっているが今はその程度だ。アリィを襲った三獣士はすでに死んだ。

 

では誰が。

 

彼女が最も脅威と判断していた人間――それは、Dr.スタイリッシュ。

 

今の彼女にとって、一番の命綱は何か?

言うまでもなくそれは彼女の帝具……死相伝染イルサネリア。

現にナイトレイドをはじめ多くの敵から彼女を救っている。

 

そしてスタイリッシュは……この帝具を研究したがっていた。

これがどういう意味をもつのか?

まず首輪をはずさなければならなくなったら? これはほんの序の口。

 

もしも、もしも――――

イルサネリアの対抗策(・・・・・・・・・・)を、開発されてしまったら?

 

イルサネリアは細菌を感染させることで能力を発揮させるものだ。

万が一研究においてこの細菌へのワクチンを開発されてしまったら?

大臣すらアリィに手を出さないのは、イルサネリアの効果を恐れてのことだ。誰も対処できないからこそ、アリィは帝具を奪われる心配もしなくていい。

 

しかし、もしこれの対抗策が開発でもされようものなら、アリィは一転してこのアドバンテージを失うことになる。

そんなもの作れるはずはないとどうして言い切れる?

相手は帝国トップクラスの技術者。すでにその能力については誰もが認めるところである。

 

おまけに、スタイリッシュは研究材料を手に入れるためなら時には強硬手段をとることもアリィは知っていた。

現に今回のナイトレイド襲撃だってその一端ではないか。

彼はことあるごとにイルサネリアの研究をさせてくれと口にしていた。あきらめさせることは困難だったしいつ強硬手段に出るかわからなかった。

 

だからアリィは彼を排除しなくてはならなかった。どんな手段を使ってでも。

 

アリィが直接イルサネリアで殺すわけにはいかない。

イルサネリアによる死は死因こそまちまちだが事故死に見せかけることも他人に罪をなすりつけることも困難だ。

 

彼女が直接殺せないなら、誰かに殺させるのが一番。

生半可な戦力では無理。

そう考えていたところに現れたのが……タツミだった。

 

彼がナイトレイドだというのはインクルシオの鍵から気づくことができた。

さらに驚くべきことに、エスデスが彼を無理やり宮殿に連れ込むという暴挙に出た。

 

情報を得たタツミはなんとしてでも逃げ出してナイトレイドのアジトに向かうはず。

そこにスタイリッシュを襲撃させることを思いついた。

 

彼にどうやってタツミへの疑念を植えつけるか。ここは計画の中でも難所の一つとアリィは考えていたが……

偶然話してみればすでにタツミを疑っているではないか。

だからあとは、彼の疑念に同意し、さらにタツミが逃げ出したら彼の後を追うように促すだけでよかった。

 

彼女がタツミを見逃した理由もここにある。

まず大前提として、彼が逃げ出すことが必要だった。彼の正体をばらしては彼が逃げることはまず不可能になっていた可能性が高い。

さらにもうひとつ正体を隠した理由がある。それは、イェーガーズ全体に情報が広がることを防ぐこと。彼を囮に逃がしたとしても、ナイトレイドのアジトへ向かうのがスタイリッシュだけではすまなくなるからだ。あのエスデスのことだ、必ず自分も戦場に出る。

だがそれでは困る。

 

あくまで、アリィが狙ったのはスタイリッシュ個人とナイトレイドの激突。

この戦いならば、まずどちらかがどちらかを倒すという結果に終わる。

ナイトレイドが勝てばまずスタイリッシュは死ぬ。スタイリッシュが生きて逃げられる可能性は低い。

スタイリッシュが勝ったとしても、ナイトレイドの戦力が大きく減る、場合によってはナイトレイド壊滅。これはこれで大きな脅威が減る。

 

スタイリッシュを死に追い詰める、かつスタイリッシュが勝ったとしてもナイトレイドの脅威を削ることができる。アリィにとってどっちに転んでも大きな効果が見込める計画。

これこそがアリィの立てた計画の全貌である。

 

「もっとも、タツミさんには別途処置をしましたが……」

 

イェーガーズの情報を黙る可能性、さらにはアリィの情報まで流れる可能性。

これを否定できなかった彼女だが、かといってタツミをナイトレイドの元へ逃がすことが計画だった。

なので彼女は、サヨたちの話を持ち出したのである。

 

秘密を漏らすという悪意では少々足りない。アリィに対する直接的な行為でもない。

だからアリィは、自らへの悪意を増幅させた。イルサネリアによる第3段階の効果が、より大きくなるように……。

 

 

 

 

 

「ではタツミ。イェーガーズの情報を聞かせてもらえるか」

「情報をもってるタツミを逃がしちゃうなんて甘いよねー向こうも。ま、タツミが革命軍とはまだ知られてなかったってのもあるだろうけどさ」

 

スタイリッシュの襲撃により、新たなアジトにおいてナイトレイドの面々は食事をしながら今後の対策を練っていた。

タツミがイェーガーズの元にいたと聞き、彼の情報は大きいと考えるナジェンダ。

新たに仲間としてナイトレイドに加わったチェルシーも明るい声で言う。

 

しかし……タツミの顔は暗い。

 

『あなたは二つに一つを選択することになりますね。イェーガーズや私について、沈黙を守るか。それとも、自分が死ぬことになったとしても情報を仲間に伝えるか』

 

情報を話したら自分がどうなるのか……考えるだけでも手が震えそうになる。

だが。

だが、シェーレも、ブラートも……仲間のため、民のために命をかけたのだ。

自分がそれを恐れてどうするというんだ。

 

同時に、思い出すのはアリィへの憎しみ。

どうしても、彼女がイエヤスとサヨを死に導いたという事実が頭から消えない。たとえ彼女が直接手を下したわけではないのだとしても。

彼女を革命軍に誘ったのは、この憎しみを仲間だから恨むなとごまかしたかったのかもしれない。だがそんな可能性も消えた。彼女とは決して分かり合えない。そう、悟ったから。

 

意を決して、タツミは口を開く。

 

「あいつらの、帝具は――」

「「タツミ!!?」」

 

突然大声を上げ、両隣にいたアカメとレオーネがタツミの手をつかむ。

二人はともに、驚愕と恐れを顔に浮かべていた。

 

「な、なんだよ……?」

「アンタ、まさか……気づいてないの……?」

 

マインですら声が震えている。

見渡してみると、彼女だけでなくラバックやスサノオ、ナジェンダ、チェルシー……その場にいた全員が顔を真っ青にしていた。

彼らはみな自分の……正確には顔の下、ちょうど手のほうを見ている。

 

タツミは視線をおろして、そして見た。

 

「……え」

 

食事のため手にしていたナイフを強く握り締め、まっすぐ喉元にむけている、自分の手を。

その手はアカメとレオーネが抑えたからこそ、震えてとどまっているだけ。

もし、彼女たちが抑えていなかったら?

 

(喋ることすら、許さないっていうのかよ……!)

 

きっとこのナイフは、秘密を漏らす前に自分の喉を貫いていただろう。

 

『そんなこと聞いて、俺が黙ってられるかよ……!』

『いいえ、あなたは黙ります。確実にね』

 

どこかでアリィが笑みを浮かべた、そんな気がした。

 




出したい情報をすべて出せなかった……
なので続きはこの次に。少々長くなったので。

ですがアリィの計画はだいたいわかってもらえたかと。
彼女が今回企んでいたのはスタイリッシュ>ナイトレイドの排除です。

今なら13話のアリィとスタイリッシュの会話をはじめ、暗躍編を読み直すと、また違って見えるかもしれませんね

原作通りなら何をしなくてもこうなったじゃないかって?
いやいやまさか。
アリィは原作なんて知らないのですから。

彼女の介入は小さなひずみを確かに作りました。
また、彼女が介入しなければならなかった理由が次の話で、もう少しわかってもらえるかと。
ヒントはそう、今回の話の中に。


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第16話 死にたくなって死にたくない

アリィがタツミに秘密をどう守らせようとしたか。

そこにはイルサネリアの能力を利用した仕掛けがある。

 

イルサネリアの能力は大きくわけて3段階。

1段階目は瘴気を放って細菌を感染させる「瘴気伝染」。

2段階目は感染した細菌が感染者の悪意を判定する「観察潜伏」。

 

そしてこの2段階目においてアリィへの悪意が認められた場合……3段階目の「死相発症」が発動する。

 

悪意といってもいろいろある。

殺意や害意はもちろんのこと、アリィ本人に危害を加えるつもりがなくとも、結果としてそうなる行動をとろうとした場合、それもアリィにとっては「悪意」と判定される。

 

これらはすべて、思想に伴ういわば「感情」であるわけだが……

 

 

 

 

 

 

 

この感情・悪意を、全て「自傷衝動」……さらに程度が大きくなれば「自殺衝動」に変化させる。

これが「死相発症」であり、数々のアリィの危機を退けてきたイルサネリアの能力の正体である。

 

 

 

 

 

 

 

死相発症によって変化した自傷衝動は、悪意の大きさによってその強さも変わる。

また、イルサネリアによる自傷衝動が導く行動には大きく二つの特徴がある。

まず、アリィに危害を加える行動を停止させようとする点、そしてそれまでにとろうとしていた行動に大きく影響を受けるという点である。

 

たとえばザンクは殺さなければこっちが危ない、という追い詰められたが故の強い殺意を持ってアリィの首を切ろうとした。

その結果、自分の首を落とすという衝動に体を乗っ取られアリィではなく自らの首を切り落とした。

 

一方レオーネはというと、殺意こそあったものの彼女が伸ばした腕はつかんですぐに首を絞めて殺すため、とか折るためではなく、ただ単に首をつかむためだけだった。

アリィの父、ゴーザンのように。

だからその手が自分の首に伸びるということはなかったが、殺意を伴っていたため、また彼女の左腕を止めるために右腕が左腕をねじ切る、という結果が出たのである。もしレオーネがすぐ彼女の首を折ろうと考えていたらあの場で彼女は死んでいた。「獅子は死なず」という超再生能力の奥の手を持っていたことを含め、彼女がアリィに殺意を持ったにもかかわらず生き延びたのはただただ運がよかったからなのである。

 

この衝動はいわば本能的、反射的なものに近い。

意思が操られるわけではないため、体が勝手に動くような感覚を味わうことになる。

意識的なものではないがゆえに自分の意思で止めようとすることもまず不可能。

まして普段から欲に従って生きる者や本能が強化された者はなおのこと。

 

さて、ここでタツミについての話に戻るが……。

実のところ、「秘密を漏らす」という悪意だけでは今回のようにナイフで自害する、というほど強い衝動にはなりえない。

 

 

 

この説明をするには、「内心の悪意」について、能力がどう効果をもたらすかという点について話さなくてはならない。

直接的な行動をとった場合にはアリィが実際に体験したようにたいてい自傷衝動によりすぐ相手の行動に出る。

だが、例えば、心の中で「彼女を殺そう」と思い続けたらどうなるか。

これについては、イルサネリアについての記録を元にアリィも罪人を使った「実験」を行い、最近になって詳細が把握できてきたことである。

 

殺害しようとする行動は自ら死ぬという行動に変わる。

傷つけようとする行動は自らを傷つけるという行動に変わる。

では殺そうとする意思はというと……死のうという意思に変わる。

 

「自殺したい」「死んでしまいたい」と思うことはそう難しくはないし、実際に思った人は多いだろう。

だが、それを行動に移すまでには大きな壁が存在する。

 

がけの下を覗き込んで「飛び降りたらどうなるだろう?」と思ったことはあるだろうか。

しかしまず実際に飛び降りてみたという人はいない。

 

だが、この「死んでしまいたい」という気持ちが、どんどん蓄積されていったらどうなるか? やがて限界をむかえた意思は、行動へと変わってしまうのだ。

彼女について害するようなことを考えるだけで死ぬかもしれない……というのはこのためである。

殺意を持ち続けるということは自傷衝動を蓄積させていくということなのだから。

 

 

 

アリィがサヨたちの話を持ち出し、タツミの悪意を煽ったのはここに起因する。

つまり、アリィは秘密を漏らすという悪意だけでは情報が漏れることを止められないと考えた。せいぜいが軽く舌をかむ程度で終わるかもしれない。だから、タツミの悪意を増幅させることで内心の自傷衝動を増幅させたのである。

 

そして、実際にタツミが話そうとした時点で、悪意から変換した自傷衝動は限界を迎えより進んだ行動に転じた。それが、あのナイフを用いた自殺衝動。

 

 

 

 

 

「厄介だな……」

「情報が得られないのも痛いが、レオーネのときと同じだ。想像以上に危険な帝具らしい」

「ほんとアンタ使えないわねー。ただ捕まっただけなんて」

「うるせぇ!」

 

タツミの手からナイフをもぎ取り、恐る恐るアカメ達が手を離したときにはもうタツミの手は止まっていた。

タツミ自身が話そうとすることをやめたというのが大きいだろう。

だが、結果としてナイトレイドは情報を得ることができなかった。

それでもわずかな手がかりからナジェンダは考察を重ねていく。

 

「アリィの帝具は他人の体を操り、自滅させるといった類のものだろう。その詳細についてはわからんが……タツミやレオーネがまだ生きている、ならびに意識を乗っ取られたりはしていないことから限定的な能力だろう」

「何かしら条件があるのかもしれないね」

「スーさん、何か知らない?」

 

話を振られた人間帝具であるスサノオは申し訳なさそうに首を振る。

 

「すまない、俺はその帝具について知らない。だから妙だ、記憶にある限りそのような帝具は存在していなかった。文献に載っていなくてもおかしくないだろう……何かしら事情があって世に出なかった帝具かもしれない」

 

彼の推測は正しい。

イルサネリアは失敗作として判断され、アリィの先祖が解明を試みるもやがて死蔵されてしまった帝具なのだから。

 

「標的にはあげたが、不用意にアリィに攻撃しないほうがいいのかもしれんな。条件がわかるまでは私たちが直接彼女に攻撃するのは避けるとしよう。情報収集に徹する」

 

 

 

 

 

 

「――と、いうあたりでしょうか。ナイトレイドの出方は」

 

まず自分の帝具について詳細はわからないはずだ。

アリィは、一人部屋で考える。

 

さすがにタツミ・レオーネと例が二つもあればイルサネリアの能力をある程度までなら推察することはできるだろう。ナイトレイドを率いるナジェンダ元将軍は帝国にいた際、優れた知将として名をはせたという。

だが、あくまで推察にとどまるし、何より彼らの悪意が引き金になること、そしてその悪意の判定基準は自分にあること……ここまではわからないはずだ。

 

しかし反撃を受けるカウンターに近いものとは考えるかもしれない。

それはそれでいいのだ。自分への攻撃を相手が控えるというのならそれに越したことはない。

自分の危険が減るというのは当然アリィにとって歓迎すべきことだ。それだけでもタツミをナイトレイドの元に返した甲斐があるというもの。

 

「そのための被害も、今後の危険がなくなるとなれば些末なことです」

 

アリィはスタイリッシュの研究室から持ち出した資料のうち、一冊のファイルを取り出す。

ランに気づかれないよう、隠して持ち出したファイル。

それは主に侍女たちの血液検査の資料などがまとめられていた。

他にも空気の検査や、細菌についての考察……などなど。

 

「まさか、私が侍女だからと、私が関わることの多い方から調査をしていたとは」

 

スタイリッシュは本人から許諾を得られないからと、宮殿にいるほかのものから少しでもアリィの帝具について情報を集めていたようである。

彼女の能力の概要はスタイリッシュも知っていた。なので、何を調べればいいのかわかっていたのはさすが研究者というべきであろう。

 

「だからあなたが悪いんですよ? 私はイルサネリアの力が無効化されるのを恐れただけ。私の身を守るためには仕方がないことなんです」

 

そっとファイルをランプの元に近づけ、火をつける。

ゆっくりと燃えていくファイル。

今は使っていない暖炉に燃えるファイルを放り投げると、彼女はゆっくりとその炎を見つめていた。

 

「さようなら、Dr.スタイリッシュ」

 

火が消えるまで、ずっと見つめる。

自分の首に巻かれた帝具……イルサネリアをなでながら。

 

 

 

 

 

 

ナイトレイドに襲われるよりも前、まだ両親が生きていたころ。

この帝具……死相伝染イルサネリアを首につけた時。

彼女の中に、強大な思念が流れてきた。

 

『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にタくない死にたくナイ死にたクナい死にたくない死ニタクナイ死ニタくない死にたくない死にたくない死にタクない死にたくない死にタくない死にたくない死にたくない死ニタくない死にタクナい死にたくない死にタクない死ニたくない死ニたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニたくない死にたクナい死にたクない死ニタくない死にタクナい死にたくナい死にたくない死にたくない死にたくない死にタクナい死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニタクナイ死にたくない死ニタクない死にタクない死ニたくない死にタクナイ死にたくない死にタクない死にたくない死にタクない死にたくない死にたくない死にたくナイ死にたくない死にたくない死にタクナい死にたくない死にたくない死にたくない死にたクナイ死にたくない死にたクナイ死にたくない死ニタクナイ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニタクナイ死にタクない死にたくない死にタくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニタくない死にたくない死にタクない死にたクない死ニたくない死にたくない死にたくない死にたくナい死にたくない死にたくない死にたくない死にタくない死にたくない死ニタくない死ニたくない死にたクナい死にタくない死にたクナい死にタクナい死にたくナい死ニタクナイ』

 

折りしもザンクが聞いた、あの声。

あれはアリィの声だけではない。同時にイルサネリアの思念でもあったのだ。

そう、イルサネリアの帝具の素材となった危険種……パンデミックの本体こそ死亡はしたが。その肉体、素材はまだ生きていた。パンデミックの怨念が宿るかのように。

 

この首輪をつけた人間の気が狂ったのはこの暴虐ともいえる恐怖のためだ。

流れ込む膨大な死への恐怖。ほとんどの人間がこの恐怖に飲み込まれ、すべてを恐れ、そして狂った。

それはかつてイルサネリアをつけようと挑んだ者も、ゴーザンが拷問で使ったときも同じ。

 

こんなものが、死を恐れては何もできない兵士たちに適合するわけがない。

命を懸けて戦うものたちに適合するはずがない。彼らは恐怖にすくめばそこで終わりなのだから。

精神力の強い一握りの屈強な戦士たちはまだ意識を保つことができた。

しかし、それはそれでイルサネリアに認められることはない。

 

彼らは恐怖に抗った。それはつまり、イルサネリアの意思に抗ったということ。

当然適合するわけもなかった。

 

これが、イルサネリアが失敗作とされた理由。

帝具はもともと、「帝国を守るため」に開発された武具。

しかし、それを使うべき帝国の兵士は誰も使うことができないのだ。なぜなら、命がけで戦う彼らとイルサネリアは相容れることがなかったのだから。

帝国を守るための武具としては、完全に失敗作としか言いようがなかったのである。

 

だがアリィには適合した。

それは彼女が恐怖に耐えたわけでも、乗り越えたからでもない。

 

 

 

 

 

 

「あぁ……そうですね。死ぬのは、嫌ですね」

 

 

 

 

 

まるで母が子を抱くときのように。

人が人を愛するように。

 

彼女は、イルサネリアの恐怖を受け入れた。あの膨大な恐怖に狂うこともなく、当然のものとして彼女は恐怖と共存した。

だって、それはずっと彼女の心の中にあったものだから。

ザンクが聞いたのはイルサネリアの声だけではない。あの恐怖は、イルサネリアをつける前からずっとアリィの心の中で膨れ上がっていた恐怖でもあるのだから。

 

そして今もアリィはイルサネリアをつける。

きっとこれからもつけ続ける。

 

彼女がいつか死ぬ、その時まで。




ようやく出せた、イルサネリアについての詳細。そしてイルサネリアが失敗作となった理由。
説明回が長くなったのは申し訳ないです。

イルサネリアをつけたときのシーンは、エスデスがデモンズエキスを得たときを想像してもらえればイメージがつかめるかと。
もっとも、適合の仕方はだいぶ違うわけですが。

といっても、今回見せたものがイルサネリアの全てではありません。
第3段階には「裏技」というべきものが別途存在しており、また「奥の手」も明かしていません。

これはおそらく、最初のイェーガーズVSナイトレイドの激突で見せることになるでしょう。
新型危険種の騒動の後、ついに物語は原作と大きく違った道をたどることとなります。


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第17話 新型危険種に襲われて死にたくない

皇帝の間。

皇帝が座るその前に、将軍・エスデスが跪いていた。

賊を狩ることに対し皇帝は彼女を称え、エスデスはさらにナイトレイドも発見次第狩ってみせると言う。

その後、話はエスデスの恋に移った。

 

「条件に合うような男は見つからんのだ、すまない。しかしこれからも探して――」

「陛下。その件については、ご報告した通り自分で見つけ出しました。問題ありません」

「しかし、その男は消えてしまったのだろう?」

 

彼女たちが話すのを、壁のほうで侍女として控える唯一の皇帝付き侍女……すなわち、アリィは静かに聞いていた。

エスデスの恋の相手、タツミが逃げ出すよう仕組んだのは他ならぬアリィだ。

彼女がタツミを煽ったのは彼の悪意を増幅させるためではあるが、「なんとしても情報をナイトレイドに伝えなくては」と彼の決心を強めるためでもある。

 

「いつか手に入れようと燃える……これもまた恋かと」

 

エスデスの将軍の言葉に、皇帝はちらりと視線を変えた。

しかし視線の先にいる相手に気付かれる前にエスデスのもとに向き直ると、

 

「……深いな!」

「いえ別に深くはないかと」

 

感嘆したように叫ぶ。大臣は何を言っているのかとあきれ顔をしていたが。

アリィはというと……表情を変えることはなかった。

 

 

 

 

 

「陛下も将軍に影響されてか、恋に興味がでてきたようですな。もう少し育てば酒と女と美食漬けで堕落コースですな……ヌフフ」

 

部屋を変え、大臣とエスデスがお茶をする。そばにはアリィが控え、二人に給仕を行っている。

彼女が入れた紅茶にオネストはたっぷりとシロップを入れ、ゆっくりとかき混ぜる。

 

「陛下には甘い、甘ァァい思いをさせてあげますよ」

 

皇帝を意のままに操ろうと堂々と発言する大臣に対し、アリィが何かを思うことはない。

だって、彼女には関係ないから。それで自分が死ぬわけではないのだから。

それがわかっているからこそ、オネストも安心して本音を漏らしながら彼女に給仕を任せることができる。彼にとってアリィは実に得難い人材といえた。

 

そして話は別のことに移る。

アリィの暗躍により、彼女の脅威は確かに減った。

しかしすべてが消えたわけでもなく、また新たに湧き出るもの。

今回もまた、新たな悪意により帝都に問題が起こっていた。

 

「新型危険種だと?」

「えぇ。最近急に発生したそうです。できれば数体は生きたまま捕まえてきてくれませんか? 後は殺してかまいませんので」

 

オネストがエスデスに新型危険種の捕獲・討伐を依頼しているのを、アリィは部屋の隅で聞いていた。

新型危険種のことならアリィにも情報が届いている。

最初に確認されたのはとある鉱山付近で、働いていた鉱夫が食われ、殺されたという。

最近では人里にも下りてきており、村の人間を食うという被害も確認されている。

 

「よかろう。アリィ、お前も手伝……うはずがないか」

「ご理解いただいたようで何よりです」

 

丁寧にお辞儀するアリィに、やはりつまらんやつだとエスデスは舌打ちする。

しかしアリィの気持ちを動かすのは無理だというのはさすがにもうわかっている。なので別の仕事を与えた。

 

「ならイェーガーズのメンバーを召集しろ。臆病なお前のかわりに働いてもらう。だからおまえもそれくらいはしろ」

「かしこまりました」

 

一部皮肉を混ぜたのだが、アリィはまったく気にした様子も見せずに一礼すると部屋を出て行った。

彼女が出て行った扉を見て、エスデスはため息をつく。

 

「大臣。アリィをどうやったら戦場に引っ張り出せると思う?」

「まず無理でしょうなぁ。彼女の帝具の適合条件はご存知でしょう?」

「予測だといっていたが、あいつを見ていると間違っているとは思えんな。兵士には使えない帝具とは。そのくせ、効果だけは強力ときた」

 

まったくもってつまらんものだとエスデスは思う。

ナイトレイドすら撃退できる帝具だ。本当に戦場に持ち込めないのが惜しい。

 

「いや、待てよ?」

 

しかしエスデスはあることを思いつく。

確かに戦場に無理やり連れ出すのは無理だ。

だが、あるいは、これなら。

 

(とはいえこちらからすぐ実行できるものでもないな。機会をうかがうしかないか……)

 

「エスデス将軍。アリィ殿の機嫌を損ねるようなことをしないでくださいよ? 彼女はあなたを殺しうる極めて希少な存在です。あなたにはこれからも帝国と私をささえてもらわなくてはいかんのですからな」

「案ずるな。ただ考えているだけではすぐやつの能力が私を殺すわけではないのだろう? そもそも私はあいつを殺そうと思っているわけでもないさ」

 

だが、ただ黙っておくほどエスデスという人間はおとなしくない。

自分は常に屈服させる側だ。いつまでも黙っていると思うなよ。

彼女のことを思い浮かべながら、エスデスは楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

一方アリィはというと、イェーガーズのメンバーに召集連絡をした後、食堂の掃除や机の上の用意をしていた。まもなく皇帝の食事の時間なのだ。

テーブルクロスを整え、机の上の花などを並べる。

食器はこのあと運ばれてくるものを現在一緒に用意している他の侍女に並べてもらい、自分は厨房に行って料理を運ぶ。

これからの仕事を頭で考えながら彼女は準備を進めていた。

 

「あの、アリィさん」

「どうかしましたか?」

「最近、新型危険種が出没していると聞きましたが……帝都は大丈夫でしょうか?」

 

新型危険種の噂はすでにほかの侍女にも伝わっているようだ。

もっとも、被害が拡張している現在なら仕方のないことかな、と彼女は思った。

 

「えぇ、きっと大丈夫ですよ。エスデス将軍も含め、イェーガーズも動いていますから」

 

今回は特に秘密任務というわけでもないので、イェーガーズが動いていることを明かす。

情報を出す、出さない。このことにもアリィはわりと慎重である。

それを聞き、ほっとした様子を見せる侍女たちを見ながらアリィは考える。

 

(しかし、新型危険種ですか。実物を見る必要があるかもしれませんね)

 

幸い、これから皇帝の食事。そのとききっとオネストも来るだろう。

ならばそのとき、あるいは食事の後にでも頼めばいい。オネストも新型危険種についての情報を回してくれるだろう。

 

 

 

 

 

食事が始まる。

ほかの侍女はいない。皇帝に給仕ができるのは皇帝付き侍女となっているアリィにのみ許されているのが現在の状態だ。もちろん、彼女が宮殿にいないときはまた別だが。

さらに大臣に近づきたくないという侍女は多いため、自然と人数は減る。

 

「アリィ、そなたは元気でやっておるか?」

「はい、おかげさまで。ご心配していただきありがとうございます」

 

うむ、と皇帝は満足そうに頷く。

その様子をオネストはニヤニヤと見ている。手と口こそ食事のために動かしているが、視線だけは二人のほうへと固定されている。

 

「……最近、新型危険種が出ているそうだが。アリィは調査には出ていないのだよな?」

「はい。エスデス将軍や他のイェーガーズが出動しました」

「大臣のおっしゃるとおりです。私はあくまで前に出るのではなく、彼らのサポートが仕事ですので」

 

オネストとアリィの返答に、皇帝は満足そうに頷いた。

 

「ならばよいのだ。好んで人を食う、極めて危険なものだと余も報告を受けている。アリィはそんな危ないところに出てほしくない」

「おや陛下。随分とアリィ殿のことを気にしておられますなぁ」

 

ニヤニヤと笑うオネストの言葉に、皇帝は真っ赤になって答える。

 

「あ、アリィはいつも危険な目にあっているから心配になるのだ! いくら帝具があるとはいっても、万が一のことがあるかもしれんだろう!」

 

皇帝は幼い。

敬愛する父は急に倒れ、帰らぬ人になってしまった。その妻であり皇帝の母である女性も夫の後を追うかのように毒を飲んで死んでいたのが発見されている。

オネストが今まで彼を支えてきたが、やはり皇帝は孤独感を紛らわせることはできなかったのだ。

 

そこに現れたのが、アリィという一人の少女。

皇帝付き侍女となったこともあり自然と皇帝と接する機会は増える。また、オネストをはじめ皇帝の周りにいたのは大人ばかりだった。そこへまだ皇帝よりも年上とはいえ、だいぶ年の近い……いわば「お姉さん」的な存在ができたのだ。

皇帝である前に一人の少年である彼が、アリィのことを気にかけるようになるのは当然といえば当然であった。

 

「アリィ……これからも、身の回りには気を付けるのだぞ」

「はい、心得ております」

 

今日も彼女は笑う。どす黒い死への恐怖を心に秘めたまま、相手に気取らせることはなく。




今回は軽め。
最近の話が長すぎたのです……

最新刊の14巻を読みました。
えぇ。正直プロットの修正を余儀なくされましたとも。主にエンディングの。
といってもエンディングはA,B,C,D案の4つを用意しましたが確定はしていないのですよね。

この調子だとおそらくD案ですが。


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第18話 衝突の日が迫って死にたくない

イェーガーズ会議室。

現在はウェイブとクロメの二人が椅子に座っている。

 

「ウェイブくん、クロメちゃん。お茶が入ったよ」

「一緒に食べられるようお菓子も用意してあります。よければどうぞ」

 

そこへおぼんにお茶をのせたボルス、そしてお菓子の入った皿を持ったアリィがくる。

侍女であるアリィはもちろんのこと、家庭的な面があるボルスはこうしてアリィを手伝い飲食物を用意することがしばしばあった。

 

「あっ、ありがとうございます! いつもすみません」

「わーい、お菓子だ!」

「いいのいいの、私は好きでやってるんだから」

 

ボルスも椅子に座り、三人でお茶を楽しむ。

アリィも一緒にどうかと誘われたのだが、アリィはあくまで自分は侍女だと言い、誘いを断ってなくなったお茶を注ぎなおしたりと給仕に務めている。

 

「しかし、あの人たち、せっかく助けてもらったのに見た目だけでボルスさんのこと判断して……」

「ウェイブがそれ言えるの?」

「最初にやってきたときは冷や汗だらけの顔をしていましたね。私が間に入らないと自己紹介どころか会話もできなかったのでは?」

「うぐっ! そうだったっ……。でもボルスさん、こんなに優しいのに」

 

その言葉に、ボルスの動きが止まる。

わずかに息を吐くと、暗い雰囲気をただよわせたまま口を開く。

 

「ウェイブくん。前にも言ったけど、私は優しくなんかないよ……」

 

ボルスはイェーガーズに入る前は、焼却部隊に所属していた。

その頃は命令さえあればなんだって燃やした。人を襲う危険種も、疫病に犯された村も、罪人として磔にされた人々も。

しかし彼はその手を汚し続けた。それがお仕事だからと。

誰かがやらなくてはならないことだから、と。

 

「だからきっと、私はきっと多くの人から恨みを買っていると思う……」

「ボルスさん! よ、よければつらいことがあるなら俺が話を……」

「ボルスさん」

「わかっているよアリィちゃん。いつ報いを受けてもおかしくない、殺されても仕方ないって思ってた。でも」

 

ばたん!

そこへ急に扉が開く。

扉の前にいたのは長い髪をなびかせた美しい女性と、にこにこと笑うかわいらしい女の子。

 

「パパー!」

「あーなたっ!」

「ややっ!? どうしてここに!?」

 

そう、その二人はボルスの妻・エリシアと娘のローグ。

突然の家族の来訪に驚いた声をあげて近寄るボルス。その姿を見ながら、後ろではウェイブとクロメがやはり驚きで固まっていた。

確かにエスデスが参考にと恋愛経験者がいないか確認した際妻帯者であると言っていたが……まさかこんなに美人だったとは!!

 

「あなたったらお弁当忘れていたでしょ?」

「パパのうっかり者ー」

「はっはっは! これはしまった!」

 

娘を抱き上げたボルスは、自分たちを見つめる面々のほうに向き直ると笑って(といっても覆面で表情まではわからないのだが)言った。

 

「ありがとうウェイブくん。でも、妻も娘も、私がどんな仕事をしているか知っていて、その上で応援してくれているの。だから私は辛いことがあっても、家族がいれば全然平気!」

「うおお……眩しい……!」

 

そこにあったのは、紛れもなく理想的な家族の形のひとつ。

その眩しさに思わずウェイブは目を押さえる。アリィも彼の言葉、そして幸せそうな三人を見てわずかながらに顔を綻ばせた。

 

(私が言った言葉で、彼が前を向けていると言うのなら私にとっても嬉しいことです)

 

そして思い出す。かつて両親が生きていた時の頃を。

地下室に案内されたあの日、自分は両親の裏の顔……いや、真の顔を知った。

最初は恐怖した。自分の知らない、こんな恐ろしい面があったのかと。その後も両親の趣味に反対したら、興味がないことを知られてしまったら自分は見捨てられるのではないか。そう思うとついぞ自分の心を正直に伝えることはできなかった。

 

しかし……確かに、彼女は愛されていたのだ。

両親は確かに、アリィを愛していたのだ。

 

ボルス一家を見ていて、アリィもやはり眩しそうに目を細めていた。

 

 

 

 

 

「平和です。すばらしいです。最高です」

「私としては緊急事態だと思うのですが……」

 

ランがあきれた声を出す。

ボルスの妻と娘が訪れた数日後。新型危険種の殲滅もだいぶ進行してきたときにエスデスが行方をくらますという事態が起こった。

代行してランが指示を出しており、その関係上大臣との連絡役もかねるアリィと会話することが多くなる。

 

そのアリィはというと、ことあるごとに自分をトラブルに巻き込んだエスデスがいなくなって実にのびのびとした生活を送っていた。

彼女がいないだけでこうも精神的に楽になるとは彼女自身驚きであった。

 

「ですが、部隊はしっかり回っているのでしょう?」

「それはそうなのですが……」

 

あくまでまじめな態度を崩さないランに、アリィは少しため息をついた。

自分も堅物の類ということは分かっているが、やはりエスデスがいないことで相当気が緩んでいたらしい。

 

「では、まじめな話をしましょうか」

「!」

 

アリィが表情を変えたことで、ランもまた背筋を伸ばす。

現在のイェーガーズにおいて、アリィはあくまで侍女でありメンバーですらない。

なのに。今ランは、エスデス同様上司を前にしているような緊張感を味わっていた。

 

「まずエスデス将軍のことについてですが、本当にしばらく放置していていいと思います。彼女はスタイリッシュと違い個人の戦力、サバイバル技術、共に高い。おそらく障害があって帰れないという程度で条件さえそろえばすぐ帰ってこれるでしょう」

 

アリィの推察は正しい。

さらに言えば、彼女は帰れないというより帰ろうとしていない、というほうがより正確である。

何せ現在、孤島で最愛の少年と二人生活をしているのだから。

 

「そう、でしょうか」

「えぇ。私があなたと話しておきたいのは別件です。新型危険種ですが、大まか片付いたのですよね?」

「はい、あと隊長と話したのですが」

 

新型危険種……その正体はどうやら、人間である可能性が高いということ。

人間を危険種にできるのは帝具の力の可能性が極めて高く、さらにその技術とあわせ一番怪しいのが先日行方不明となったDr.スタイリッシュであること。

さらに研究室が予想以上に淡白だったことからほかに研究所があり、そこから出てきたのではないかということ。

そして――

 

「そこから鍵を解き放った誰かがいるかもしれない、というのが隊長の見解です」

「なる、ほど。そうですか」

 

新型危険種を解き放つ真似をする危険な人物。

ナイトレイド含む革命軍? その可能性は低い。

民に危害を加えるのは彼らの思想から考えてもおかしい。今回の下手人は明らかに被害が出ることを全く気にしていない節がある。

 

結局その時には考察を進めることができなかった。何しろ情報が足りない。アリィも元暗殺部隊のメンバーで構成した隠密部隊をすでに運用しているが誰によるものかまではわかっていなかったのだ。

しかし、この人物について、エスデスの帰還と共に情報がもたらされることになる。

 

「傷跡……顔に、ですか?」

「あぁ。十字傷、というよりバツ印のような傷だったな。そいつが空間を操る帝具によって私を孤島に飛ばした。さらに新型危険種についても知ってそうだったのだがな」

 

今回の騒動の原因……エスデスの推察した危険種を解き放った人間、それはまず彼女が遭遇した人物で間違いないだろう。

さらに言えば……その人物についてはすでに情報が上がっている。あまり喜ばしくない情報が。

 

(……これはまず情報を整理したほうがよさそうです。そのあと彼にも伝えておきましょうかね。約束ですし)

 

 

 

 

 

さらに数日後。廊下でアリィは報告に向かう途中だったらしいランを見つけた。横に並ぶと、小さな声で話をする。

 

「例のピエロですが」

「!!?」

 

その言葉だけでわずかな殺気が漏れる。

殺気を収めるよう強くにらんでから、アリィは話を進めた。

 

「途中から情報が遮断されている節があります」

「まさか、どこかで権力によって」

「その可能性を強く見ています」

 

やはりこの帝国は腐っている。

ランとてそれは分かっている。しかし彼は革命軍に入って血を流すやり方よりも、中から帝国を変える道を選んだ。

エスデスをはじめ権力者に取り入り、また手柄を立てようとするのもより上に行くためだ。

 

「確証は持てませんが……これを」

 

アリィが手渡したのは、先日エスデスが話した内容を正式に証言としてまとめた書類。

ランは不思議そうな顔をして中身を読む。どこにも彼が追っている男の影はない。

 

「これは」

「今すぐ効果があるとは私も思っていません。しかし……私のもとに寄せられた報告では、その男と接していた可能性が示唆されています。そしてその傷の男が私の予想通りであれば」

 

帝都に来ます。いつか、必ず。

 

彼女の言葉に、ランは眼を鋭くする。

そしてようやく彼女の真意をつかみ、大事に書類をしまう。

 

「わかりました。その時に使えるようにしておけ、と」

「さすがランさんは頭が回りますね」

 

このあたりでようやくランの目的地に着いた。

そこはエスデスの部屋。

アリィ自身に用はなかったものの、ランがいつもより険しい顔をしてエスデスの部屋に向かっていたため、その情報を一緒に聞くことにしたのだ。

 

部屋に入ると、エスデスは一人ノートに書かれた何かを読んでいた。

何もしゃべらぬエスデスに、ランは静かに話しかける。

 

「隊長。ナイトレイドのアカメやマインと思われる人物が、東のロマリー街道沿いで目撃されたそうです」

 

その報告に、エスデスはぱたりとノートを閉じる。

帽子をかぶりなおすと立ち上がり、ゆっくりと二人のほうへ歩いてきた。

 

「アリィ。イェーガーズ全員を招集しろ」

「かしこまりました。エスデス将軍」

 

 

 

 

 

 

 

人が次第に朽ちいくように、国もいずれは滅びゆく――

 

新国家の誕生を目指す者たちと、国を守る者たち――。

そして、己の安寧と平穏を祈る少女。

 

思想、理念、目的、全てを違えた彼等は

避けられぬ運命によって、衝突の日を迎える。

 

必殺の武具をその身に纏い、己の決意を胸に秘め、

決戦に挑む。

最凶の首輪をその首に巻き、己の死を恐れ続けて、

少女もまた、戦いの中に巻き込まれていく。

 

ナイトレイド、現在8名。

イェーガーズ、現在6名。

侍女、1名。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この戦いの果てに、命を落とすのは――3名。




次話より新章とするか、迷いました。
しかし……考えた結果ロマリー街道決戦編まではまだこのまま、第2章とさせていただきます。

第1章の最後である10話に、第2章「アリィ暗躍編」の影が見えたように。
第3章「アリィ●●編」の幕開けに一番ふさわしいのはやはりこの戦いの結末なのです。

そして、もうすでに皆さんお察しの通り。
この戦いの結末は、原作と大きく違う道をたどることとなります。
読者の皆さんがいい意味で「え?」「は?」という顔をしてくださることを祈っています。


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第19話 敵の罠に飛び込んで死にたくない

ナイトレイドが次なる標的としたのは、ボリックという男だ。

安寧道という宗教団体が近々一斉蜂起を行うことになっており、革命軍もそれに乗じて帝都への襲撃をかける予定であった。

 

しかし……ここで出てくるのがボリック。安寧道のNO.2であった彼はオネスト大臣のスパイであったのだ。彼は教主を殺して自分がトップに成り代わることをたくらんでおり、また信者たちを少しずつ薬漬けにして操る外道でもあった。

このため、ナイトレイドが彼を殺すことに決めたのだ。

 

そして、同時に。

 

「この機会に……イェーガーズを狩る」

 

ボスであるナジェンダは重い言葉で告げる。

彼らは彼らで自分たちの正義に従っているのだろう。

帝国を守る。その正義は、ナジェンダも認めるところである。

だが、だめなのだ。ナイトレイドとイェーガーズの正義は決して同じ方向を向いてはいない。

 

今の帝国を変えなくてはならない。その理念をかかげたのが革命軍であり、ナイトレイドなのだから。

 

「具体的にどうするの?」

「アカメとマインは帝国に顔が割れている。私も含めてな。故にあえて私たちを目撃させ、情報を流す」

「おびき出す、ってことか?」

 

あぁ、とうなずく。

危険な賭けだ。自ら戦いを呼び込むことになるのだから。

しかし……イェーガーズが脅威であるのは紛れもない事実。ボリック暗殺の際も彼らとぶつかる可能性が高い。

ならば、先手を打って罠にかける。それがナジェンダの考えた、一番勝機のある作戦だった。

 

「二手にわかれ、それぞれを目撃させる。場所はロマリー街道。その後東と南にそれぞれ向かう姿を目撃させるんだ」

「相手を分散させるってこと?」

「そうだ。全員と全員でぶつかり合うのは危険だからな」

 

東には安寧道の本部があるキョロク。南は革命軍の本部をはじめ革命軍に協力する町が数多く存在する場所だ。

ナイトレイドの人間がどちらに向かってもおかしくはない。

そして、と彼女は続ける。

これこそが作戦の肝。

 

「私たちは……ここで待ち伏せをかける」

 

地図の一点をナジェンダは指差す。

森や岩山だらけの地域で、かつ一本道を崖が囲んでいる地帯だ。ここで襲撃をかけることができれば確かに相手が逃げるのは困難であるだろう。

 

「で、メンバーは? 二手にどうわけるの?」

「わけない」

 

マインの問いに、ナジェンダはすぐさま返した。

相手を分けた上で……かつ、全員で襲撃をかける。確実に勝利するため、そしてこちら側の被害をなくすために。

これがナジェンダの決断だ。

 

「チェルシーには遊撃、そしてラバックには空の警戒を頼む」

 

うなずく二人。

他のメンバーにも、緊張が顔から読み取れる。

相手は、全員が帝具使い。簡単に倒せる相手では断じてない。

それでも、戦わなくてはならないのだ。革命を成功させるために。

 

「敵を分断し、その一方を……全員で叩く!!」

 

 

 

 

 

 

 

(――と、相手は動くつもりでしょうが……彼女、それはわかってるんですかね?)

 

アリィは本気で、エスデスの指示通りイェーガーズについてきたことを後悔していた。

 

 

 

 

 

 

 

話はイェーガーズが出動する前までさかのぼる。

 

今回の出動にも、アリィは当然ながら宮殿に残るつもりでいた。

誰が好んで戦場となりうる場所へ出向くというのか。

だが、ここでエスデスが待ったをかけてきたのである。

 

「アリィ。今回はお前にも出てもらうぞ」

「は?」

 

イェーガーズの会議室において、開口一番に言われたのはよりにもよって出撃命令。

当然アリィは異議を唱える。

 

「私はあくまで侍女であって、イェーガーズのメンバーではないのですが」

「だが、お前はイェーガーズのサポートを命じられているだろう? それがイェーガーズに入らない条件でもあったはずだ。ならばお前には戦場についてきてでもサポートに出る義務があるはずだ。たいていは見逃してきたが、今回はナイトレイドが出てくる決戦だ。イルサネリアという強力な戦力を見逃すつもりは私にはないぞ」

 

ぐ、とアリィが言葉に詰まる。

確かに大臣は言っていた。「部隊に入れとは言わないが、特殊警察における侍女として働いてほしい」「エスデス将軍にもこの条件で納得させた」と。

だが彼女としては何としても回避したいところ。

 

「私はあくまで、”侍女”として働くはず。つまり宮殿内の仕事でしかないのでは?」

「違うな。侍女が働くのは宮殿だけではないだろう? 私たちは何も常に野外活動ばかりというわけでもないんだ。キョロクに着いても侍女の仕事がないといえるか?」

「そもそも戦力として数えるのが間違っていると思うのですが」

「ああそうだ。だからあくまで戦場に出ろとだけ言っているんだ。お前から前線に立てと言いたいところだがさすがにそれは何を言っても無理だろう。しかしそれなら後方で補助をしろと言っている。お前のほうに敵が来た時だけ蹴散らせ。不利なら退却したっていい。特攻しろと言っているわけではないしお前を殺そうと思っているわけでもない」

 

結局エスデスを説得することはできず、さらに侍女としての最低限の務めを果たさないならメンバーとして正式に活動しろとまで言われた。

さすがにそれだけは避けたい。

結果、アリィは折れるしかなかったのである。

 

出動する前、アリィは皇帝の昼食を給仕する際、自分がエスデスたちとともにロマリー街道、そしてキョロクへ向かうことを伝えていた。

アリィが危険な場所についてくことを承諾したと聞いて、皇帝もオネストもたいそう驚いた。

しかし、もちろんアリィがただ現状をよしとするはずもなく。

 

「もちろん可能ならば行きたくないのですがね。しかし今すぐに私がどうこうできる問題では残念ながらなさそうです。ですが、帰ってきた後は」

「えぇ、わかっております。先ほどの件、考慮しておきます」

「うむ。エスデス将軍なら失敗はないとは思うが、万一もある。余はアリィの味方だからな、任せておくがいい」

 

ただ、と皇帝はアリィを手招きする。

なんだろう、と内心では首をかしげつつもアリィは彼のもとに近づく。

皇帝の横にアリィが立つと、彼はおそるおそるアリィの両手に自分の両手を伸ばし、ゆっくりとその手を包み込んだ。

 

「アリィ。余は、帝都で待っておるからな」

「はい」

「必ず、無事に帰ってくるのだぞ。余との約束だぞ」

「……はい」

 

不安げに揺れる少年の目に、侍女は穏やかに微笑んで見せた。

 

 

 

 

 

そしてロマリー街道。

 

報告によるとナジェンダはそのまま東へ向かい、アカメが南に向かったのが報告されている。

そこで、エスデスを中心とした作戦会議が開かれたわけだが……アリィは正直呆れていた。

ここで先ほどのアリィの心の呟きに戻るのである。エスデスは本当に分かっているのか、と。

エスデスも馬鹿ではない。だからこの目撃情報がナイトレイドの誘いであり、罠であるということはわかっていた。

 

だがそこからがアリィとしてはいただけない。

よりにもよって、エスデスは罠とわかっていてなおかつ「部隊を二つに分ける」ということを言い出したのだ。

敵を分断させるなど襲撃を成功させるために決まっている。にもかかわらず、エスデスはそれをした。

理由も聞くにたえない。「罠ごと叩き潰せばいい」?

まったく持ってリスクを考えていない。戦力を減らしておいて、罠を仕掛けてきても破れるなどどうしてそう安易な自信をもつことができるのか。そもそも退却していいとは言うが相手がそれを許すような罠を仕掛けるものだろうか?

エスデスの狩人思想にはまったくもってついていけなかった。

 

(いつもなら黙っておくのですが……)

 

今回ばかりは自分も当事者。

ゆえに黙っておくことはできなかった。

 

「私とセリューとランはナジェンダを追う。クロメとウェイブとボルス、それにアリィはアカメを追え。帝都に仇なす最後の鼠だ。着実に追い詰め、仕留めてみせろ!」

「「「了解!!」」」

 

 

 

 

「ならば、あなたの采配は間違いでしょうに」

 

 

 

 

 

アリィの言葉に、エスデス含めイェーガーズ全員が一斉に言葉を失って彼女のほうを見る。

微笑む彼女。しかし、その目に光は一切ない。

 

「罠とわかっているのならなぜその先まで考えないのですか。相手が二手に分かれるというのはこちらの戦力を分けるためでしょうに」

 

それは明らかに、エスデスの指示を批判する言葉。

 

「しかもその分け方が本当に言葉もありませんね。ナジェンダというリーダーが動けばあなたは必ずそちらを追う。だってあなたは一番大きな獲物をほしがりますものね? さらに言えばそもそも戦力分断させる意味はなんです? そこを叩くためでしょうに。フェイクという言葉を知らないのですか? 分断させたうちの片方を全戦力で叩いて確実に」

 

まさしく、先ほどのエスデスの言葉の通りだ。

着実に追い詰め、そして仕留める。

 

「まぁ相手はほぼこちらが戦力を分断させると踏んでいるのでしょうね。さすがは知将と謳われたナジェンダ元将軍。彼女とは言葉を交わしてみたかったものです」

 

僅かに冷気が漏れ出したことに、イェーガーズのメンバーは気づく。

もちろん顔も真っ青になっていく。

ただ一人、エスデスだけは顔をうつむかせその表情を見せない。

いっそ死にたくなるほどの怒りを覚え、同時に自分がイルサネリアの能力に侵食されていることに気づきさらにいらだちが募る。

やはりアリィを無理やり連れだした代償はあったようだ。

 

もちろん、それで怒りが消えるわけでもないのだが。

 

「あなたなら罠とわかってもそのまま飛び込んでくるとわかっているのでしょうね? 獲物が二手に分かれるならそのまま二手に追いかければいい。そんなエスデス将軍の考えは獣の発想そのままだろうと彼女はよくわかっていらっしゃるようで」

 

イェーガーズのメンバーはすぐさまその場から走り出す。

もちろんアリィも走り出す。

 

 

 

 

ロマリー街道に轟音が響き、続いて怒りのままに叩き折られた街路樹が大きな音とともに倒れこんだ。

不思議なことに、その街路樹は凍りついたのちさらにばらばらに砕けていたという。




今回、アリィは不本意ながらもロマリー入りすることになりました。
もちろんエスデスもただではすんでいません。
イルサネリアによって思想が侵食され、「死にたい」という気持ちが僅かに浮かぶようになっています。
もっとも精神力は本能的とはいえそこそこ強いのでこれだけでは死にませんが。

アリィの口出しによって、イェーガーズの戦力わけにわずかながら変化が起きます。
ただエスデス将軍はアリィの言うがままになるのも嫌なので戦力を二つに分けるのはそのままです。素直になっておけばよかったのに。
具体的にどう変わるかは次回で。


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第20話 罠にはめられても死にたくない

岩だらけの道を、馬に乗って駆ける姿が3つ。

 

「隊長のほうは大丈夫かな……」

「けど、アリィさんが言うにはあっちはフェイクなんだろ? まぁ絶対なんてわかるわけないけどさ」

「とりあえず行きましょう! あとの二人もそのうち合流するはずです!」

 

 

 

 

 

エスデスが怒り任せに街路樹を殴り倒したその後。

どうしても戦力を二つに分けるのは決定だと言い張ってエスデスはアリィの言葉を認めようとはしなかった。

しかし、ここでアリィへと援護が入る。

 

「隊長……私、南のほうへ向かいたいです!」

 

手を上げたのはセリューだった。

本来はエスデスと共に東へナジェンダを追うメンバーの一人だったが、アリィの話を聞いて姑息な悪は待ち伏せや罠を仕掛けてもおかしくない! と考えたらしい。

結果、アリィの考えたナイトレイドの罠は考慮する価値があるというのが彼女の意見だった。

 

「私は正義を執行するために、より悪が出没する可能性の高い南へ向かいたいんです! 許可してください、隊長!」

 

エスデスとしてはこれを認めるとアリィの意見を間接的に認めることにもなるため受け入れたくない。

しかし、このままでは話が進まないと考えたのだろう。

アリィは二人の間に入ると折衷案を提案した。

 

「わかりました、エスデス将軍がどうしても、というのなら戦力を二つに分ける方向でかまいません。ただし、セリューさんを南へ向かうメンバーにいれてください。そちらは二人となりますがあなたがいますし少数が相手なら十分戦えるでしょう。万が一そちらに戦力が集中していても、ランさんは飛んで退却することができます。ましてあなたなら一人でも戦うか退却するかできるのでは?」

 

この意見にはエスデスも頷くことになった。

確かにエスデス個人の戦力は相当なものであるし、帝具使いといえど複数を相手取ることができるという自負もある。

また、退却することになった場合のことも考えてあるこの案は確かに現実的といえた。

 

「……よかろう。他に異論がなければそれでいく」

 

異議がでることはなく、結果アリィの折衷案が採用された。

ただその後、さらにアリィはこれからの行動について話を続けた。

 

「では南に向かうメンバーですが、ウェイブさん、ボルスさん、セリューさんはそのまま馬で向かってください。クロメさんは私と共についてきていただきたいのです。あとエスデス将軍、私が着いてくるにあたって頼んでおいたもの、しっかり連れてきてくれていますか?」

「臆病ものめ。まあお前を戦場に連れてこられるなら安いものだと思ったしな、ちゃんと用意してある。このあとそいつのところへ案内しておく。ただ、お前のように弱いやつの言うことは聞かんから動かすのはクロメに頼むんだな」

 

かくして用意は整い、二手……いや、三手に分かれて行動を再開したのである。

 

(……ウェイブからセリューの様子がおかしいと聞いていたから、できれば近くにおいておきたかったんだがな。まぁ、杞憂ならばいいんだが)

 

エスデスの心に、僅かばかりの不安を残して。

 

 

 

 

 

「でも、なんでアリィさんとクロメは俺たちと一緒に来ないんだ?」

「アリィさんは私たちより賢いからね……きっと何か考えがあると思うよウェイブくん」

 

しばらくの時間を馬で走ってすごした。

しかし、罠どころか襲撃もない。わずかに緊張した心がほどけた三人は、会話をしながら馬を走らせていた。

 

「アリィさん、戦えないけどその分頭がまわるってすごいですよね。俺そんなに頭がよくないからうらやましいですよ……」

「そう落ち込まないで。私たちは私たちにできることをやればいいんだよ」

「そのとおりです! 私たちは戦闘専門の帝具使いであり、悪を狩る正義の戦士! ウェイブさんも自信を持って悪と戦えばいいんです!! ね、コロ?」

「キュ!」

「お、おう……」

 

目をきらきらとさせるセリューにウェイブはなんとも言えない複雑な心境で苦笑をもらす。

目の前のセリューは、確かに年相応の正義に燃える少女だ。

だが、ウェイブは知っている。その正義はまっすぐでいるように見えて、確かに歪んだものなのだと。

あるいはまっすぐすぎるが故に鋭すぎるのか。捕まえた盗賊をその場で”断罪”してしまったセリューのことを、ウェイブは危ういと考えていた。

 

(帝都はここまでやばいんだ、ってあの時思ったけど……)

 

ウェイブは知らない。

セリューと同様、あるいはそれ以上に歪んでいながら、その片鱗を見せなかった少女が彼のすぐ身近で侍女をしていたということを。

 

さらに進んだ先で、急に三人は停止することになる。

 

「ウェイブくん、セリューちゃん」

「ああ、見えてます」

「罠でしょうか……?」

 

目の前には、「池面」と胸に書かれ、まるで筋肉を誇示するかのような腕を上に曲げた体勢をしている大きな案山子。

どう考えても、この場に自然にできるものではない。誰かの手によるものであることは明白だった。

 

「ちょっと調べてみましょう」

「気をつけてねウェイブくん」

 

スン、スン、とコロが鼻を鳴らす。

セリューの帝具は魔獣変化ヘカトンケイル。普段はコロと呼ばれている生物型帝具であり、犬の姿をしている。本領はあくまで戦闘であり探知に長けているわけではないのだが……それでも人間より嗅覚は優れている。

 

「……グルルル」

「コロ?」

 

セリューがコロの様子に気づき、唸り声を上げたコロへ怪訝そうな声を漏らす。

それがウェイブの耳に入ったものだから、思わずウェイブはそちらの方へ振り返ってしまった。

怪しく見ていた案山子の、すぐそばまで迫っていたというのに。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」

「ぬおお!?」

 

瞬間、案山子の中から青い髪に角がはえた男が飛び出してくる。

武器らしき棍棒をウェイブにたたきつけるが、咄嗟であったにもかかわらずウェイブはグランシャリオの剣で止めてみせた。

戦闘能力はすでに完成された強さだ、とエスデスから評された彼の実力は決して並ではない。

 

だが、今回は不幸が重なってしまった。

振り返って隙を作ってしまったこと。咄嗟でしか受け止めることができず踏ん張りが聞かなかったこと。そして、目の前の男がただの人間ではなくコロ同様「生物型帝具」の帝具人間、電光石火スサノオであったこと。

 

それらの積み重ねによって、ウェイブは勢いよく吹き飛ばされる。

 

「ウェイブくん!?」

「ウェイブさん!?」

 

空に投げ出されたウェイブの体はそのまま飛んでいき、いずこかへ消えた。

これにより、事実上ウェイブは戦線から外れてしまったことになる。

 

「標的外の人間を排除できたのは幸運だったな」

 

砂煙の中、声が響く。

そこから現れた影はナイトレイドのボス、ナジェンダ。

さらにその後ろからはインクルシオを着たタツミ、アカメ、レオーネ……

スサノオを含め、ナイトレイドの近接戦闘者全員がそこにそろっていた。

 

「ボルス、そしてセリュー。お前たちは革命軍の中でも標的だ。覚悟してもらおう」

「コロ、きょだ……っ!!」

 

コロに戦闘態勢をとらせようとしたが、僅かなところで銃撃に気づき回避するセリュー。

そう、この場にいたナイトレイドのメンバーはこれだけではないのだ。

 

「シェーレの仇……必ず撃ち抜いてやるわ、セリュー・ユビキタス!!」

 

目の前でシェーレを殺され、復讐に燃えるマイン。

 

今ここに、ナイトレイドの戦力がすべて集結していたのだ。

だが――

 

「くく……クックックック。やはり悪は卑劣で、そして単純だな?」

 

顔をあげたセリューの顔にあるのは、狂気のごとき暗い笑み。

そこに追い詰められた様子はまったくなく、むしろ余裕すら感じさせる雰囲気にナジェンダの胸の中に違和感が湧き出てきた。

彼らは……まったく驚いていない?

 

「どういう、ことだ?」

「お前たち悪が卑劣な策を企んでいることも、私たちの戦力を分けてそこを叩こうとしたことも……アリィさんはすべてお見通しだったぞ?」

 

ゆっくりと指を突きつける正義の狂信者。

セリューの余裕とは裏腹に、あせりに満ちた声が響く。

 

「ナジェンダさん! 空から何か来てる!! しかも、見えないように糸で作った障害を全部よけてやがる!!」

 

結界を貼り、他の戦力が来ないか警戒していたラバックの声。

それは、新たな乱入者の到着を告げる声。

 

「上か!」

 

セリューやボルスとはナイトレイドをはさんで反対側に、一人の人影が降り立つ。

 

「会いたかったよ……お姉ちゃん」

「……クロメっ」

 

イェーガーズのメンバーにして、アカメの妹であるクロメ。

彼女はゆっくりと刀を抜くと、上に掲げる。

 

「私ね、前と違って死体なら人間以外でも人形にできるようになったんだ……!」

 

彼女の帝具、死者行軍八房。切り殺した相手の死体を人形として操ることができる刀型の帝具。そして何人かの人間、あるいは危険種の死体人形と一緒に、ひときわ巨大なものが現れる。

骨でできた恐竜のような巨大な危険種。

 

「それがたとえ……超級危険種のデスタグールでもね!」

 

前には帝具使い二人。後ろには死体人形を従えたクロメ。

罠にかけたはずが……完全にナイトレイドが挟み撃ちにされた状態だった。

人数差も、死体人形とコロを含めれば覆された状況になる。

そしてさらに、空の上にはもう一人。

 

「ではナイトレイドの皆さん。よく聞いてください」

 

エスデス将軍が用意したエアマンタに乗り、声を張り上げたのはアリィ・エルアーデ・サンディス。

さらに彼女は、一緒に乗せていた人影を見えるように引っ張ると、腰からナイフを抜いた。

 

「き、さま……!」

「確か、チェルシーとか言ってましたっけ? 革命軍に入ったという情報があった暗殺者ですね。彼女もナイトレイドなのでしょう?」

 

動かないチェルシーの首元に、ナイフがつきつけられている。

彼女を人質にしたのか、とナジェンダは歯噛みする。

罠にかけたと思ったはずが……逆に罠にはめられた。

 

「降伏するなら、彼女は解放してあげますが?」

「何を言うんですかアリィさん! 悪は一人残らず」

「セリューさん」

 

思わず声を張り上げたセリューだったが、急に底冷えのするような声で名前を呼ばれ身がすくむ。

先ほどまでの凶悪な顔が素に戻ってしまうまでに。

 

「邪魔、しないでくださいね?」

「……はい」

 

コロも僅かに震えている。

さて、とアリィはナイトレイドに向き直ると話を戻す。

 

「先ほどの提案ですが、どうなさいます? 大事な仲間でしょう?」

 

迷うようなメンバーの視線が、ボスであるナジェンダに向けられる。

ナジェンダだって苦しい。助けられるものなら助けたい。だが、ここで全員捕まってしまえば革命の可能性は一気に潰えてしまう。

それだけは……それだけは、認められない。

 

「……断る。我々全員が命を賭けて、死を覚悟してこの場にいる! 民のために革命を成功させるのは、チェルシー含め全員の意思だ! お前のように死におびえるやつらではない!!」

 

タツミからもたらされた唯一の情報。

それは、アリィが何よりも死を恐れているということ。むしろアリィとしても知ってほしいが故にあえて伝えることができるようにした情報だ。

 

「そうですか」

 

一触即発の空気。

全員が、これからの戦いにむけて緊張感を感じ、そして、

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、よかった。だったら彼女がもう死んでいても(・・・・・・・・)問題ありませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

ナイトレイド全員が、硬直した。

 

「なに、を」

「おめでとうナイトレイド。あなたたちは晴れて、理念のためなら仲間を見捨てる存在となった。これが、あなたたちの望んだ、結末です」

 

首に巻いていた腕をほどくと、そのままアリィはどん、と彼女の体をエアマンタから突き落とした。

 

落ちていく。

 

落ちていく。

 

目を見開いたままのチェルシーの体が落ちていく姿が、タツミにはまるでスローモーションのようにうつっていた。

 

「悪にふさわしい末路だな……」

 

セリューが腕を組みながら、暗い目で見つめる。

 

「私は……死ぬわけにはいかない」

 

ボルスが、決意をこめた声と共に自らの帝具を握る。

 

「言ってなかったねお姉ちゃん」

 

クロメはデスタグールの腕の中で笑う。

 

 

 

 

 

「殺し合いはもう……始まってるんだよね……♪」

 

 

 

 

ナジェンダは怒りで歯を食いしばる

 

(チェルシー……お前の死に、今見せられた光景に怒りを覚えるのは、アリィを殺さなくてはならないと思うのは)

 

『みんな甘いんじゃない? 死んだ人のことをひきずるなんて』

『アリィを標的? いやいや、やめておいた方がいいって。どう考えても放置しておいた方が安全だって』

 

(間違って……ないよな……?)

 

 

 

 

 

チェルシーの体が、地面に叩きつけられる。

その瞳は、もう、何も映してはいない。

 

 

 

 

 

 

チェルシー、死亡。

ナイトレイド 残り7人。




開始と同時に死者一人目

今回の最後はお気づきの人がいるかもしれませんがダンガンロンパ未来編のシーンからです
あれを見てからずっとこのシーンを書きたかった……

チェルシーの死の詳細は後ほど書くことになると思います


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第21話 死体に襲われて死にたくない

先手を仕掛けたのはセリュー。

 

「コロ、1番!」

 

巨大化したコロがセリューの右腕に噛み付き、その口から鉄球をセリューに装備させる。

コロは体内にセリューの武器を収納しており、彼女の要求に応じて装備させることができた。

 

「正義、秦広球!」

 

右腕に取り付けた鉄球を振り回し、鬼のような形相になったセリューがナイトレイドめがけ鉄球を投げつける。

しかしナイトレイドは全員が戦闘のプロ。先手を打たれたものの、全員が攻撃を回避する。

 

「全員散開しろ!」

「いい判断だね……固まってるならデスタグールの餌食だよ!」

 

ナジェンダめがけてクロメが操るデスタグールの拳が振り下ろされる。

しかし彼女の前に出てそれを受け止めるものがいた。

 

「無事か、ナジェンダ!」

「さすがだなスサノオ! 私には止めないといけない人がいる……そちらはお前に任せるぞ!」

 

彼女が走り出す先には一人の死体人形。

彼のことをナジェンダはよく知っていた。将軍時代に同僚であり、ともに酒を飲んだ仲間。

そして、志を同じくし革命軍に離反するはずが、帝国側にばれてしまい殺されてしまった。

彼の名はロクゴウ。元将軍でもある実力者だ。

 

「あなたは私が止める……それが、私にできる最後の恩返しだ!」

 

一方タツミは二体の死体人形にはさまれていた。

ゴリラのような危険種、そして赤い顔をした素早い死体人形だ。

ゴリラのほうはエイプマンという特級危険種、赤い顔をしているのはバン族の戦士であったヘンター。

 

「くっ……」

 

インクルシオをつけたタツミならば、片方相手は対処できる。

しかし、二人同時だと苦戦していた。力の強いエイプマンと素早さで翻弄してくるヘンター。早い話がまったく違うタイプの相手であり、その二体が連携するものだからはるかに強いのだ。

 

しかしこの二体を相手にしているタツミもまた、強いと言える。

並みの戦士ならすでに沈んでいるところだ。しかし、エイプマンの攻撃は流し、周囲に気を配ることでヘンターの奇襲にもどうにか対処する。

しかし、後一手攻めきれず、膠着状態に陥っていた。

 

レオーネはコロ、セリューと戦闘をしている。

コロの強力な攻撃、セリューの多種多様な火力に対しレオーネは獣化したことによるスピードとパワーでどうにかしのぐ。

しかしやはり、タツミ同様一手攻めきることができていなかった。

 

「悪は、ここで滅ぼす!」

「こっちだって、意地があるんだよ!」

 

傷を負っているのはレオーネのほうだ。しかし彼女は再生能力も強化されている。

奥の手を使わずとも、どうにか戦うことができていた。

 

(とはいえまずいぞ、ここから攻めきれない……!)

 

アカメに対してはボルス、そして死体人形のウォールが相手をしていた。

ウォールは生前凄腕のガードマンであり、現在も装備している武器は盾。

しかしそれは帝具・一斬必殺村雨を持つアカメにとっては相性が悪かった。

彼女からしてみれば一度斬れば相手を殺せるがそれはボルスに対してであり、死体であるウォールには効果がない。そのウォールがボルスの盾として防御に専念しているのでボルスを攻めることができないのだ。

 

「ひとつだけ、聞いていいかなアカメちゃん」

「なんだ?」

「どうして反乱軍に入ったのかな?」

「私の心が、そちらが正しいと決めたからだ。己の信じる道を歩んだまで!」

「そう……ありがとうアカメちゃん。でもね、私は」

 

しかし、今、ここに立つボルスは。

 

「…………」

「死ぬわけには、いかない」

 

この戦場において、アリィに次いで生きることへの情念を強く持っている。

理念を背負っているのはみな同じ。

そこにもう一つ。”生きる理由”を背負っている彼は――

「報いを受けても仕方ない」と受け入れていた、かつての彼よりはるかに強い。

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 

ただ一人、空という安全圏から戦場を見下ろす者……アリィ。

彼女は戦場にこそエスデスのせいでいかざるを得なかったが、戦闘に参加する気はまったくもってない。

そのためにエスデスにエアマンタを用意させたほどなのだ。

自分で操ることはできないが、クロメなら可能であるし、この場でクロメを殺すのは一番難しい。アリィはそう考えていたがゆえに安心していた。

 

アリィから見て、ナイトレイドは人数差から圧倒的不利の状況。

やはりクロメの死体人形にくわえセリューをこちらに移したこと、そしてセリューが生物型帝具の使い手であり本体と帝具、別々に行動できるというのは大きいといえる。

 

「おっと。場が動きますかね」

 

一手を放ったナジェンダに対しアリィは心の中で賞賛を送る。

やはり彼女はエスデスとは違って冷静である上に合理的に考えることができている。

今のままでは負ける。なんとかなるという感情的な行動では動いていない。

 

 

 

 

 

 

三度使った所有者は死亡する。それが、電光石火スサノオの奥の手におけるデメリットである。

しかし、所有者でありマスターたるナジェンダはその切り札を切る決断をする。

今のままでは勝てない。このままじりじりと追い詰められた挙句全滅してしまうと彼女は悟っていた。

 

「スサノオ! 奥の手を使え!」

「わかった」

 

スサノオの奥の手……禍魂顕現。

発動と同時にナジェンダから生命力が抜き取られ、スサノオの胸の勾玉に流れ込んでいく。

彼女は力が抜けるのを感じその場にしゃがみこむが、すでに彼女の戦闘は終わっている。

ちらりと横に向けると、そこには首を失い、倒れたロクゴウ将軍の死体。

 

首がなくなっても動いたときには本気で彼女は怒りを抱いた。

「どこまで人を愚弄する帝具だ!」と。その怒りを滾らせ、右腕の義手とナジェンダ自身の力をこめた本気の一撃により、ロクゴウの死体は動かなくなった。

 

そして今、彼女の視線の先でスサノオの姿がわずかに変化していく。

髪は青から白に変わり、背中には巨大な円形のものが出現する。

 

「やれ、スサノオ!!」

「オオオオオオッッ!!」

「デスタグール!!」

 

危険を感じたクロメがデスタグールに指示を出す。骨である口に巨大なエネルギーが充填され、光線となってスサノオめがけて放たれる。

しかし、彼は冷静に右手を前に向けた。

 

「八咫の鏡!!」

 

瞬間、彼の背にあったものが消え、より巨大化してスサノオの前に現れた。

光線を受け止めたかと思うと、跳ね返されそのままデスタグールへと飛んでいく。

 

「なっ」

「グオオオオオオオオ!!」

 

自らの光線を受けデスタグールが吼える。

そしてその隙をスサノオは見逃さない。飛び上がると右腕を掲げる。

その右腕にはさらに強いエネルギーが集まり、放たれる。

 

「天叢雲剣ォォ!!」

 

巨大なエネルギーは剣となり、デスタグールの体を両断する。

まさか超級危険種が敗れるとは思わなかったのだろう、クロメも驚愕を顔に浮かべて地面へと落下していく。

彼女の体は死体人形の一人、ナタラが抱きかかえて地面へと降りていく。

クロメ自身を倒すことはできていないが、それでもナジェンダが奥の手を使った意味はあった。

これにより、ナジェンダとスサノオ、二人の戦力が自由に動けるようになったのだから。

もっとも、ナジェンダは奥の手を使ったこともあり戦力が落ちていることは否めないが。

 

 

 

 

 

「なんと……あれほどの力が」

 

あれを自分に向けられていたら危なかったかもしれない。

デスタグールに彼の奥の手が放たれたことに、アリィは焦りよりも安堵を覚えていた。

自分は空中にいるとはいえ、デスタグールを両断するほどの力だ、確実にアリィに届いていただろう。

 

しかし、ナジェンダとしてもそうそう使えるものではない。

アリィもスサノオの詳細については知らなかったが、見ていたところナジェンダの操る生物帝具であろうということ、そして奥の手はナジェンダにも影響があるらしい。つまり乱発できるものではないということだ。

 

「同じ強化型の奥の手とはいえ、コロとはまた別の方向のデメリットがある、ということですか。……む」

 

デスタグールが倒れていく光景を多くのものが見つめる中、駆ける人影が一つ。

空から見ていたアリィの表情は、彼女にしかわからない。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

マインは走る。

銃を持った女の死体人形は足をパンプキンで撃ちぬくことにより文字通り足止めした。

すでに追い込まれたこの状況で、ピンチになればなるほど強くなるパンプキンの攻撃は絶大だ。

 

マインが目指したのは仲間のところではない。

いや、厳密には仲間なのでこう言った方が正しい。

彼女が目指したのは、「戦っている仲間」のところではない。

 

「……チェルシー」

 

彼女の死体は戦場となっている場所から少しだけ離れていたところに落ちていたため、今までの戦闘やデスタグールが倒れる際に巻き込まれてはいなかった。

 

シェーレの時は、自分が逃げるしかない状態だった上に死体はコロに食べられたため、彼女を供養することはできなかった。

それが負い目になっていたのかもしれない。

チェルシーの死体を前に、マインは一度もっと離れたところにおいて、場合によっては警戒・待機しているラバックに引き渡そうとおもってここに来たのだ。

 

マインはしゃがみ、チェルシーの死体を持ち上げようとしたところで

 

 

 

 

 

 

 

「…………え」

 

 

 

 

 

 

 

腹に、熱くなるような痛みを感じた。

そこには、ナイフが刺さっていた。

アリィが、チェルシーにつきつけてみせたあのナイフが。

そして、それを彼女に刺したのは他の誰でもない。

 

「ふざ……けるなあああああああああああああああああああああああっ!!」

 

八人目の死体人形が、マインに襲いかかる。




原作とは戦いの細部が違います。また、もっとこういうシーンあったろう……という戦闘シーンをあまりかけていなくてごめんなさい。

なぜチェルシーが死んだシーンを飛ばして、死んだ後の彼女を登場させたのか。
その理由が、この最後につなげるためです。

したがって、次の話ではチェルシー死亡シーンを出せると思います。
すぐバレるんじゃないかとびくびくしながら皆さんの感想を読んでいましたがこのことに触れている人はいなくてほっとしました。


いつも感想楽しく読ませてもらっています。
気づけば感想や評価者の数も3桁です、本当にありがとうございます。
これからもアリィをよろしくお願いします。


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第22話 詰んだ状態で死にたくない

少し話は巻き戻る。

ロマリーでエスデスとラン、ウェイブとセリューとボルス、そしてアリィとクロメの3組に分かれたときのことだ。

 

エアマンタに乗ってすぐ移動……と思いきや、アリィはエアマンタは個別に空から移動させ、自分たちは森に入ると言い出したのだ。

正直、アリィが自ら行動するとは思っておらずクロメは驚いた。まして森なんて危険ではないのか? と。

 

「どういうことなの?」

「いいですかクロメさん。今回のナイトレイドの行動は罠だというのは、先ほども言ったとおりです」

「でも、分かれたように見せかけて分かれてない、っていうのがアリィさんの考えだけどその根拠って何?」

 

罠を想定するのはわかる。

しかしアリィの指示はナイトレイドがこのような罠を仕掛けている、という前提のものであり、罠の内容について確信めいたような様子から出されたものだ。

アリィに限ってナイトレイドとつながっているとはとても思いたくないが、隠密部隊でもそのような情報が得られたとは考えにくい。

したがって、何か理由があってその考えに至ったということになるのだ。

 

「では移動しながら説明しましょう」

 

森の中のためエアマンタは使えない。

しかしアリィにクロメのような運動能力はなく、とても彼女の速度にはついていけない。そのため、クロメは死体人形の一人でありかつての暗殺部隊の仲間、ナタラを出すとアリィをおんぶさせた。

 

「もちろん、エスデス将軍も言ったようにロマリーで二手に分かれたという情報は罠だ、という前提で考えていきます。二手に分かれた場合、エスデス将軍の考え方からして、戦力を分けてどちらも追いかけようとする。つまり戦力を分断させようというのが彼らの狙いでしょう」

 

それはクロメにもわかる。

しかし、この片方がフェイクだとなぜ言い切れるのだろうか? ナイトレイドも戦力を分け、少人数戦を仕掛けてくる可能性があるのではないか?

そう告げると、アリィは首を振った。

 

「それは、相手がこちら側の情報をしっかりつかんでいた場合の話です。仕掛けるのはあちら側なんですから、より相性のいい組み合わせでぶつけたいはず。しかし彼らにはこちら側の情報がないんですよ」

「え?」

「もちろん、イェーガーズのメンバーが誰か、くらいなら情報をつかめたかもしれません。しかし帝具の情報までつかむことはできていないでしょう。私も情報が漏洩しないよう少し細工をしましたし」

 

もちろんこれはタツミに対する口封じの一件だ。

しかしクロメにも、タツミがナイトレイドだと知っていたという情報は漏らさない。下手に疑われるのを避けるためだ。

 

「さらに言えば。こちら側がどうメンバーを分けるかということまでは相手にわからないのですよ。したがって、分断して少人数戦を仕掛ける可能性は低い。では情報が少なく、実力は高いと警戒する相手の戦力を分断しました。さぁクロメさん問題です。より生存率の高い襲撃をするにはどうすればいいでしょうか?」

 

あ、とクロメが声を漏らす。

彼女は暗殺部隊の出身だ。さらに強化組ではあったが後に選抜組に昇格したゆえに、似たような襲撃も経験したことがある。

 

「分断した戦力を、より多くの戦力で襲撃する……」

 

よくできました、とアリィは笑った。

 

「納得してもらえましたか?」

「うん」

 

やっぱりアリィさんはすごい。クロメの中でさらにアリィに対する尊敬度が増す。

続いて、アリィは森に入った理由の説明を始めた。

 

「全戦力を投入してくるのはまず間違いないでしょう。しかし、だからといって全員が正面から襲ってくるでしょうか?」

「……奇襲を仕掛けられる可能性があるんだね?」

「そのとおり。まず遊撃役や警戒役がいてもおかしくありません。しかもそのような人はたいてい斥候役が得意な人が多い。ナイトレイドの襲撃は今回で終わりというわけではないのです。情報収集ができそうな人材をこちらが先に狩ることは非常に大きな意味があるのです」

 

そう、アリィが森に入った理由は、遊撃役を狩ること。

もちろんアリィ一人なら考えもしなかった。しかし、今はクロメという戦力がいる。彼女個人の技量もあるし帝具によってさらに戦力を追加することもできる。アリィの考えにはぴったりの人材だったのだ。

 

遊撃役を狩ることで奇襲を防ぎ、自分が襲われることを避ける。

さらに情報収集にもダメージを与え、より革命成功の可能性を下げ自分の未来を磐石なものにする。

 

「でも、どうやって見つけるの?」

「そこはこれです。反応するか不安なところはありましたが……どうやら成功しそうです」

 

彼女が指差したのは自分の首輪。すなわち、イルサネリアだった。

 

イルサネリアの素材となった危険種、パンデミック。

この素材に使われたパンデミックの死体は、偶然にも自然死しているところを当時帝具を作るため素材を集めていた狩猟チームが発見したものである。

 

しかし、自然死したとはいえ、その肉体は死んだことを認めてはいなかった。

心臓が止まっても筋肉が、細胞が死ぬことを認めていなかった。まるでパンデミックの怨念が乗り移ったかのように。

それは今も変わらない。そう、イルサネリアの素材は生きている。

 

素材が生きていることにより、アリィはイルサネリアの能力とは別に、パンデミックの「危機察知能力」を得ている。聴覚や嗅覚が発達するというよりは第六感が超強化されているといったほうが正しいが、この危機察知能力はそれゆえに五感では気づけない危機にも対処できる。

アリィがはじめてナイトレイドに襲撃を受けたとき、長距離からのマインの狙撃を撃たれる時点から気づき、回避できたのはまさにこの危機察知能力によるものである。

 

そして今、彼女はわずかに感じ取っていたのだ。

森に潜む狩人の存在を。

 

「このままダッシュ。近づいたら指示を出します」

「了解!」

 

 

 

 

 

 

 

ナイトレイドの遊撃役……チェルシーはタツミのことを思い返していた。

直情的で、危なっかしくて……でも、自分の甘さをくすぐるような、そんな彼のことを。

 

(人のこと言えないな……この責任は後でとってもらわないとね)

 

彼女の帝具は変身自在ガイアファンデーション。

自由に変身できるというものであり、これを使って敵を撹乱する気でいた。

だが、彼女は一足先に戦闘に突入することになる。

 

「右前方、そこです」

「!」

 

突然森の中から現れたのは刀を振り上げたクロメ。

慌てて避けたが僅かに腕に傷を受ける。

 

「くっ」

 

すぐにチェルシーは逃げ出す。

彼女は前に出て戦うタイプではなく、完全に暗殺者としてのスタイルなのだ。武器も針とクロメの刀に対抗できる武器ではない。

茂みに紛れ、鳥に変身するとすぐに空に飛び立とうとして

 

「上です」

「ナタラ!」

 

伸びてきた薙刀型の武具に切り裂かれる。

体が小さくなっていたとはいえ、危うく真っ二つにされるところであった。しかし傷は深い。

 

「う……」

 

落ちていく中、チェルシーは男におんぶされたクロメとは別の少女が、自分を指差しているのを目にする。

先ほどから指示を出しているのはすべて彼女だ。

 

(まさか……変身してもバレてる!?)

 

だとしたら完全に勝ち目がない。

マインに銃撃されたとき自然と察知できたときとは違い、アリィは自分に直接危機が及んでいるわけではないため相当意識しないと彼女に気づくことはできない。しかし、それでも彼女がナイトレイドとして敵である以上、「何かいやな感じ」として大まかな位置をつかむことはできるのだ。

 

これが街中だったらさすがに見つけることはできなかっただろう。

しかし、今は森の中。人もおらず、アリィの感知能力はチェルシーだけしか捕らえることがなかったのだ。

 

(だめだ、逃げなきゃ……!?)

 

落ちてすぐ立ち上がろうにも、すでにそこにはクロメが先回りしていた。

すぐに薙刀を持った男……ナタラも追いつく。逃げようにもアリィから隠れることはできない。

完全に、詰んでいた。

 

(あぁ……)

 

ナタラに殴られ、地面に倒れこむ。

瞬時にクロメがチェルシーの体に馬乗りになり、逆手に持った刀を振り上げる。

その目には喜びも哀れみもない。ただ、敵を狩る殺し屋の目。

 

(戦いで活躍して、タツミに、褒めてもらうつもりだったのになぁ……)

 

そして、刀はチェルシーへの胸へと振り下ろされた。

 

(タツミ、私、すごいでしょって……)

 

 

 

 

 

 

 

そして現在。

死体人形となったチェルシーは近づいてきたマインの腹をナイフで刺した。

このナイフはアリィが彼女を突き飛ばす際に、腰に忍ばせたものだ。

 

「ちくしょう……ちくしょう!!」

 

マインは怒りで、悲しさで吼える。

確かに自分たちは殺し屋であり、報いを受けても仕方がない存在だ。

確かにチェルシーのことは苦手だった。自分のことをからかって、馬鹿にして。

 

けど、それでも……仲間を人形にされて、怒りを覚えないわけがない。

 

パンプキンで狙って引き金を引く。

しかし、それを避けたチェルシーはただ無表情で針をこちらへと投げてくる。

腹の痛みもあってうまく狙いを定めることができない。

投げられた針の一本が足に刺さり、バランスを崩したマインは地面に倒れこむ。

 

「けど、紛れもないピンチ……!」

 

足元を撃って牽制し、チェルシーを下がらせる。

だがうまく立ち上がることができず、それを見越してか再びチェルシーが近づいてくる。

その目に光はない。

 

だが――わずかに口は動いていたのだ。

 

「……え?」

 

    撃って、マイン

 

確かに、確かにそう聞こえた。かすかな声なのに、はっきりと聞こえた。

マインの目から、次々に涙が溢れてくる。

仲間に銃口を向けることは、辛いに決まっているのだ。

だけど、今自分がやらなければ、彼女は止まらないのだ。

死んでもなお、操られる彼女を……誰かが、止めないといけないのだ。

 

「う……う……」

 

視界がぼやける。

狙撃手としては、あってはいけない状況だ。

だが目をぬぐうことなく、パンプキンを無理やり持ち上げるとしっかり彼女のほうへ向ける。

これ以上……彼女を苦しめることはできないから。

 

「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

涙にまみれた顔で、マインは引き金を引く。

放たれたエネルギーの先で、チェルシーは穏やかな顔を見せ……光に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、奇跡だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腹を刺され足も刺されたこの状況は紛れもなくピンチであったことが。

 

チェルシーへの思いが、怒りや悲しみすべてが込められた一撃は、「精神エネルギーを放つ」パンプキンが感情によって威力を増す故にピンチの状況と合わさって巨大な衝撃波となって撃ちだされたことが。

 

マインが、足を傷つけられて膝をついた体勢であったために、チェルシーを狙った銃口は斜め上に向けられていたことが。

 

マインが、イルサネリアの瘴気に感染していない状態であったことが。

 

チェルシーを挟んだその先に、空に浮かぶアリィの姿があったことが。

 

危機察知で気づいたアリィには、エアマンタを操ることができなかったことが。

 

指示を聞かないエアマンタが気づいたときには、すでに避けられなかったことが。

 

 

 

 

 

 

アリィが落ちていく。

 

「きゃあああああああああああああ――」

 

逃れようのない死を前に、アリィは悲鳴をあげながら落ちていく。

まるで、彼女が突き飛ばしたチェルシーのように。

 

気づいたクロメが絶叫しながら死体人形を差し向けようとするも、他のナイトレイドの面々が必死になって足止めする。

ボルス、セリューもナイトレイドの必死の抵抗でそちらにいくことができない。

ましてや、マインを止めることはできない。

 

そして、がしがしと涙を拭いたマインは、絶対にはずさないという強い意志のもと、鋭い目で落ちていくアリィに狙いを定める。

エアマンタはすでに落ちた。

そして――飛べない人間に、空中で狙撃を避ける術はない。

いくら狙撃を感知できようと……避けられなければ、意味がない。

 

「撃ちぬけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェ!!」

 

寸分の狂いもなく、マインの銃撃はアリィへと放たれた。

 

マインは感染しておらず、したがってイルサネリアの能力は一切発動せず。

 

危機感知能力があっても、避けることができず。

 

自分めがけ必殺の銃撃が撃ち放たれ。

 

逃れないようのない死がアリィへと迫り――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――アアアアアAAAAAA■■■■■!!!」

 

「奥の手」の、発動条件は整った。




垣間見えた希望。

僅かな光。



しかし、そこまで追い詰められたときに発揮されるからこそ……それは、「奥の手」と呼ばれるのである。


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第23話 殺してでも死にたくない

死相伝染イルサネリア。この帝具には奥の手が存在する。

発動条件は単純だが、その条件は少なくとも使用者が自ら整えることはない。

 

条件は……「イルサネリアの能力では対処できない死が迫ること」。

 

もちろん、ここで言う能力というのは死相発症だけにとどまらず、危機察知能力も該当する。通常イルサネリアによって得られる力を全て費やしても避けられない死が迫ることで奥の手の発動条件は満たされる。

対象となる死は何も感染していない相手からの攻撃だけではない。落盤といった事故や無生物による攻撃も同様だ。

 

そのような死が迫ってもなお、「生き残る」ための奥の手。

それは――

 

 

 

 

 

「■■■■■!!」

「なっ」

 

それは突然のことだった。

パンプキンの銃撃が迫ったアリィが突然瘴気に包まれ、そして空中を移動した。

これにより、決死の一撃はあっさりと回避されてしまう。

難敵と考えていたアリィを倒せると思ったが、その希望があっさり潰えただけにナイトレイドは愕然とした表情になる。

特にマインのショックは大きい。

 

「なによ……あれ……」

 

瘴気をあたりに撒き散らして見せた姿は、それまでのアリィとは一部が大きく異なっていた。

顔の左半分は黒い瘴気に覆われ、目があるであろう位置には赤い光が輝いている。

背中には翼が生えており、これが彼女の空中移動を可能にしていた。

そして両手は……肘まである黒い骨のような手甲に覆われ、鋭い爪が伸びている。

 

ありていに言えば、彼女の体の一部が危険種と混じりあったような……そのような姿をしていた。

 

「■■■!」

 

そして吼えたアリィは固まったマインにむかって飛ぶと――

 

「マイン!!」

「八尺瓊の勾玉!!」

 

彼女の体に黒く巨大な爪を振り下ろした。

幸いにも奥の手を発動していたスサノオが高速移動の技を使ったことにより、彼女の体が分断されるという最悪の事態は回避する。

しかし完全によけることはできず、右腕には深い傷が刻まれた。

腕の傷が治るまではパンプキンを今までのように扱うことはできないだろう。

 

さらに彼女が撒き散らす瘴気にも飲み込まれ、感染は避けられない。

奥の手を発動した状態のアリィは、瘴気を通常以上に振りまいており、すでに辺りを覆い始めていた。

 

「ぐっ……」

「スサノオ! マインを安全なところに離脱させろ!」

「わかった!」

 

ナジェンダの咄嗟の指示により、奥の手が解除されたスサノオはマインとパンプキンを抱え戦線を離脱する。

しかしせっかく手が空いた戦力がいなくなったことにより、膠着状態を脱出することが困難になってしまった。

ナイトレイドが不利なのは、以前変わらない。

 

(アリィは……!?)

 

マインを逃がすことはできたが豹変したアリィが襲ってくるかもしれない。

戦えるのは自分しかいないと構えたナジェンダだが、現実は違った。

 

「なに……?」

 

マインを攻撃した後、地面に降りたアリィからはそれまでの変化が解除されていた。

顔も、翼も、両手の爪も全てが瘴気となって消えていく。

ぜー、はー、と息を切らせたアリィは体を震わせながらもなんとか立っていた。

 

「奥の手が……解除されましたか」

 

意識も戻る。

奥の手により意識が飛ぶのは暴走によるもの、というわけではない。

奥の手発動中、危機察知能力はより強化される。パンデミックの体にわずかとはいえ近づくのだから当然といえば当然であるが。

そしてこの察知能力により、”効率的に”死の危険を排除しようとする。そのため余計な意識は全てシャットダウンされるのだ。

無秩序に暴れるのではなく、危機察知能力による感知を忠実に守るための意識消失なのである。

 

そして今は、マインという脅威が排除されたため奥の手が解除されたというわけだ。

 

「ぐ、う……」

 

体の痛みにアリィが震える。

仕方のないことではある。アリィはナイトレイドやイェーガーズのメンバーとは立場がまったく違う。そもそも戦闘員ではないのだ。

ゆえに、体が鍛えられているわけではない。イルサネリアに限らず、強化型の帝具・奥の手というものは肉体に大きな負担をかける。

 

これが生き残るために肉体の一部をパンデミックと同化・変化させ意識すら失ういわば「生存本能の爆発」ともいえる彼女の奥の手……

 

「”生存獣(ライフ)”が発動する事態になってしまったのは……由々しきことです。エアマンタも……駄目ですね、もう死んでます」

 

ふらふらとアリィは歩く。

ナジェンダは彼女に攻撃してよいものか迷ったが、イルサネリア本来の能力はまだわかっていない。

そのため、今攻撃したらカウンター効果が発生するかもしれないと考えた。マインの攻撃はカウンターで返せなかったがゆえに奥の手を発動させたのだと考えて。

 

全てが正解というわけではないが、このナジェンダの考えは正しかった。

実のところ、ナジェンダもすでに瘴気に感染している。そのため今アリィを殺そうと仕掛けた場合、彼女の命はなかっただろう。

 

歩くアリィの中では、死にたくないという思いがただただ渦巻いていた。

今まさに死にそうになったのだからその思いはひときわ強い。

 

このまま戦いを続けて本当に自分は安全なのか?

エアマンタを失った以上安全な場所まで逃げるのは至難だ。まして、現在は奥の手の反動により歩くのがやっとだ。とても走れる状態ではない。休めば回復はするだろうが今の状況を見れば休めるわけもなく。

 

故に、彼女がこのような判断にいたるのは当然のことだった。

 

 

 

 

 

「退却しますよ皆さん」

 

 

 

 

 

その声は、戦場においてもひときわ響いて聞こえた。

退却。これがアリィの出した答えだった。

 

彼女のイルサネリアは、自分を巻き込もうとする攻撃すら「巻き込まないようにしなかった」とその攻撃の意思をアリィに対しての悪意とみなす。もっとも、これは故意でないのなら直接の攻撃における悪意よりも小さいものとして判断されるのだが。

しかし、いくら奥の手に伴い瘴気が振りまかれたといっても全員が感染したかまでは把握することができない。二次感染するものでもないのでナイトレイド全員が感染している保証はどこにもないのだ。

 

だから、彼女は巻き込まれることを恐れた。

 

奥の手とて何度も使えるようなものではない。もちろん発動はできるがそういう問題ではなく、使うほどにアリィの肉体に負担がかかるのだ。一度使っただけでも大きい負担を今まさに実感している以上、アリィはこれ以上奥の手を使いたくはなかった。

 

「……了解」

 

暗殺部隊に所属していたクロメはこのあたりの切り替えは早い。

上の命令に従うことが頭に刻まれているのだ。ましてその指示は彼女が敬愛するアリィから出されたもの。アカメを殺せなかったことが残念ではあるが、それは自分の技量不足だとあきらめることにした。

 

ボルスにも異論はない。

彼は「生き残ること」を重要視している。もちろん任務の重要性はわかってはいるが、特攻しようとしてまで遂行するほどの考えは彼にはなかった。

 

だが、一人だけ、アリィの言葉には従えない者がいたのだ。

 

「なぜですか!? 我々が優勢なのは変わっていません! 殲滅できる悪を見逃すという選択肢なんて存在しません! ありえないんですよアリィさん!」

 

正義を妄信した少女、セリュー・ユビキタスだ。

彼女の言うことも間違いではない。優勢なのは間違いなくセリュー達イェーガーズである。アリィが退却指示を出したのはエアマンタという安全な場所がなくなり、奥の手を使うほど死にかける事態になった、そのためでしかない。あくまで彼女個人が危機に陥ったからでしかない。

 

「シェーレの仇が目の前にいるんだ、私らだって見逃す義理はないんだよ!」

 

そして彼女と戦っていたレオーネも戦意は衰えていない。

そこに死への恐怖はなく、イルサネリアによる影響が少しはあるのかもしれない。しかし、そこまでの細かいことはアリィには関係ない。

 

この二人は、アリィの言葉に耳を貸さず、なおも戦いを続けたのだ。

 

攻撃と攻撃がぶつかり合う。

全員に声が聞こえるようにと戦いの中心に近づいていたアリィは、その余波である風をもろに受けた。

故意のものでもなく直接害するものでもない。彼女たちはあくまで殴りあいで攻撃をぶつけただけなのだから。

ただ、その威力が帝具により途方もなかっただけで。

 

吹き飛ばされたアリィは、地面に体を打ちつける。

この程度、戦場ではよくあることだ。この程度しか影響がなかったからこそイルサネリアの判定にかからなかったともいえる。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、彼女たちは気づくべきだったのだ。

 

もっとも死を恐れる少女が死に瀕したことで、その精神はとっくにひびが入った状態だったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

痛い。

たった、それだけ。

だが自分の言葉に耳を貸さず、自分の事を無視した彼女たちによって受けた痛み。

 

それは。

 

「――さい」

 

彼女のひびが入った心に、更なるショックを与えるには十分すぎて。

 

「――――やめて、くださいよ」

 

がりがりと頭をかきむしり始めたアリィを見た他の面々が、セリューとレオーネを止めるには遅すぎて。

 

 

 

 

 

 

 

「そんなに私が死んでもいいって言うんですか!! どいつモ、こいつモォォォ!!」

 

 

彼女の心が、最後の最後まで守られ続けた一線を越えるまでに砕けるには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

「むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツク!!!」

 

ここまで叫んで、ようやくセリューとレオーネが異変に気づく。

しかしアリィにはもう何も聞こえない。

自分の命が今も脅かされている。

 

だったらもう、シカタナイ。

 

 

 

 

 

 

 

そんなに私が死んでもいいのなら。

 

私の命を守るために何をしてもいいはずだ。

 

――だったら、もう。

 

貴方たちが、死んでください。

 

 

 

 

 

「”震えろ、私の恐怖”――!!」

 

 

 

 

 

 

その光景に、ナイトレイドだけでなくボルスやクロメ、イェーガーズの二人までもが言葉を失う。

 

先ほどまで戦い続けていた二人が、急に倒れこむ。

そのまま動かない。帝具であったコロも動かない。

 

だってもう、使用者は死んだから。

 

 

 

 

 

 

セリュー、死亡。

イェーガーズ 残り5人。

 

レオーネ、死亡。

ナイトレイド 残り6人。




死にたくない少女は、自分が死ぬくらいならどんな犠牲をもいとわない。

敵が死のうが、仲間が死のうが関係ない。



死に瀕した少女が心に受けた傷はあまりに深く。
一方帝都には、さらなる悪意が迫りつつあった。

正義もなければ理念もない暴虐の前に、アリィの悪意が牙をむく――



次話より、第3章「アリィ暴走編」開始。


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アリィ暴走編
第24話 キョロクに行くけど死にたくない


臆病で自分からは人を襲わない危険種・パンデミックが特級に分類されるに至った逸話がある。

たった一匹のパンデミックが集落を一つ壊滅させたという逸話だ。

この出来事に対し……人間は完全には事態を理解できていない。

パンデミックによるものだろうとは分かった。瘴気が蔓延していたからだ。

だがいったい何があったのか、その詳細についてはわかっていなかった。

 

この出来事の真実を知っていれば、もしかしたらパンデミックは超級に認定されていたかもしれない。

そもそもパンデミックは凶暴でありさえすれば超級とされてもおかしくないのだ。それほどの力がある。

 

ここからは誰にも観測されなかった話。あの時、いったい何があったのか。

 

当時、まだパンデミックの能力について詳細がわかっていなかった。

そのため、狩人たちは仲間が死んだのを見て「この危険種によって殺された、この危険種はやはり殺さなくては」と考えた。

実際は、狩人の方から手出ししたがゆえに反撃にあっただけだというのに。

 

当然パンデミックを殺すことはできず、いったん撤退してから人、武器をそろえ襲撃するということが繰り返された。

パンデミックは何度も襲撃されたがゆえに、相手を危険と判断し、自分の命が危険だと恐慌状態に陥った。

そして自分を襲う者が集まる集落に瘴気を振りまいた。

 

パンデミックの瘴気……さらに言えば細菌は、感染することで相手の意識を自傷衝動に誘導する。

しかし、この細菌が活性化する原因が実は悪意の感知以外にもう一つある。

それは、本体が恐慌状態に陥ること。そして本体が死の危険を強く感じること。

本体の危機を感じ取った細菌は、本体の危機に共鳴して一種の暴走状態に陥る。

その能力は通常より強力となり、心臓や肺、脳といった体の器官が生存をやめてしまう……という恐ろしい状態を引き起こす。

 

この結果、パンデミックが危険と判断した集落は全滅したのである。

 

そしてイルサネリアにも、この能力は引き継がれた。

通常の段階を越え、アリィの合図により強制的に発動する死相発症。

通常の手順を踏まないためにいわば裏技ともいえるこの技こそ、「感染爆発」というイルサネリア最大最凶の真骨頂。

ただでさえ凶悪のイルサネリアの能力を、能動的に発動する技。

 

もちろん安易に発動できるものではない。

前述したように本体……すなわちアリィが死の危険を強く感じること。

精神的な安定がなくなる……恐慌状態になること。

「排除しなければ自分が死ぬ」とアリィが相手に殺意を強く持つこと。

さらに言えば当然相手が瘴気に感染している必要があり、また自分が目視できる範囲の相手しか対象とならない。

 

このように複数の条件が存在するが……

精神的に追い詰められたアリィは、本能的にこの能力をイルサネリアから引き出し、発動させた。

 

 

 

 

 

突然死んだレオーネとセリュー。

何が起こったのかはわからなかったが、誰がこの状況を作ったのかは悩むまでもなかった。

 

アリィ・エルアーデ・サンディス。

マインが追い詰めるも、帝具の奥の手によって回避した……しかし自分の撤退指示が受け入れられなかったために、恐慌状態に陥った少女。

 

全員が戦いをやめていた。

これ以上戦うとアリィをさらに刺激することになりかねないと誰もがわかっていたから。

イェーガーズすら今の状況の原因を完全には理解できていなかったために、誰も下手な動きを見せようとはしない。

 

「なんでだよ」

 

タツミが、インクルシオを着たまま叫ぶ。

 

「なんで、仲間まで殺したんだ! お前とセリューは仲間じゃなかったのかよ!?」

「よせ、タツミ!」

 

これ以上アリィを刺激したら危険だ。

将として優れたナジェンダにはアリィの危険性がすでに十分理解できていた。だからこそタツミを止める。彼の一言がアリィを刺激することになりかねないから。

 

「……何が悪いって言うんですか!」

 

何かを振り払うように腕を振るってアリィが絶叫する。

自分は正しいのだと。間違ってなんかいないのだと。

 

「貴方たちもセリューさんも私が死んでいいと思ったのでしょう!? 辻斬りと同じ!

そんな危険人物をどうしようと私の勝手じゃないですか!!」

 

髪を振り乱し、目を見開いて絶叫する。

タツミはこの光景に覚えがあった。

右手を前に突き出して叫ぶその姿も、みなあの時と同じ。

 

「だいたい貴方がそれを言うのですか!? 民のためという題目で人を殺してきた貴方たちが!? 私だって殺されそうになったから身を守るためにこうするしかなかったというのに!」

 

初めて帝都に来たあの夜と。

初めてナイトレイドと出会ったあの時と。

初めて帝都の闇を見た時と……アリアの本性を知った時と、まるっきり同じだった。

 

「だから殺したんですヨォォ!! むしろこの場の全員を皆殺しにしなかったことに感謝すべきです!!」

 

全員が注目するアリィはというと、肩で息をしているが先ほどよりは落ち着いたようだ。

はぁ、はぁ、と荒い息を吐いた後大きく深呼吸して告げる。

 

「……あらためて言います。撤退です。ナイトレイドの皆さんも、ここは引いてくれますね?」

 

ゆらりと動いたその顔。

彼女の目に光はなく、ただただ濁りきった感情のない目がそこにあった。

 

「戦いを続けるなら殺します。ナイトレイドだろうがイェーガーズだろうが、誰だろうと殺します。お分かりいただけますよね?」

 

ナジェンダとしてもこれ以上の交戦は危険だと感じていた。

今現在、アリィの精神状態はまともではない。

セリューとレオーネを殺したのは間違いなくアリィだ。しかしその手段がまるで分からない。帝具の力であることはわかるが、その条件、能力がまるで分からない。

したがって、対処もできないためここは引くのが賢明だと考えた。

 

「……全員、引くぞ」

 

レオーネ、チェルシーという大事な仲間を失った。

思うところは大いにあるが、セリュー・ユビキタスも死亡したためイェーガーズの力も削れたことになる。

そしてアリィが危険な状態にある今、これ以上手は出せない。

 

全員がそれを理解できた以上、それぞれの思いを胸に撤退していった。

 

 

 

 

 

「……そうか。セリューが死んだか」

 

ロマリーの街。

エスデス、ランと合流したクロメたちはナイトレイドと戦闘になったこと、そしてセリューが死んだことを報告していた。

 

「戦いの中で死んだのならまだしもよりによって……アリィか」

「アリィが、そんな……」

 

スサノオに吹き飛ばされたウェイブも合流していた。

自分が戦闘に参加できていれば、アリィが暴走するほど追い詰められることはなかったかもしれない。

そう思うと、自分がいかにふがいなかったかと歯噛みするウェイブ。

 

「それで、当の本人はどうした」

「それが……」

 

街に戻った後……アリィは部屋に引きこもってしまった。

奥の手を発動させるほど死に瀕したことが、彼女の精神に深い衝撃を与えていたのだ。

 

ナイトレイドはある意味幸運だった。

あのまま戦っていればイェーガーズが勝利していたであろうが、アリィが追い詰められたことにより暴走したため、痛み分けとなったのだ。

そうでなければナイトレイドにはもっと大きな被害があっただろう。

 

「フン、やはり根は腑抜けということか……まったくもって腹立たしい限りだ。全員聞け。大臣から護衛任務が入った。これよりキョロクに向かう」

 

どうやらこの護衛対象がナイトレイド遠征の理由かもしれないとのこと。

 

「アリィさんはどうしますか?」

「私たちがキョロクに行くことは伝えておけ、おそらくついてくるだろう。なにせ一人になったら自分を守るものがいなくなるんだからな。残るというのならそれでもかまわん。30分後に出発だ」

「了解しました……」

 

この後、クロメがアリィにキョロクへ行くことを伝え、アリィは震えながらもキョロクに同行すると伝えた。

しかし彼女の様子はクロメから見てもやつれており、正直このまま休んでおいてほしいと思うほどだった。

 

「くそっ!」

エスデスは部屋で一人になると、勢いよく壁に拳をたたきつける。

自分とランが向かった先にはナイトレイドではなく山賊の集団がいた。アリィの言った通りとなり、まんまとナジェンダの策にはめられた。

その苛立ちから一人で賊を殲滅し、生かしておいた賊を拷問したところ自分たちがここに来ると情報が流されていたらしい。

敵を足止めしつつ、賊を殲滅させるという実に合理的な一手。

 

「今回の戦いではナジェンダにしてやられた……アリィの言う通りになったのも気に食わん」

 

おまけに、自分が無理やり連れてきたアリィによってセリューが死ぬという事態になった。

さらに腹立たしいのは、アリィによってナイトレイドが二人死んだため、彼女をただ責めるわけにもいかないということ。

彼女の言う通りにしておけばナイトレイドを殲滅できたかもしれない上に、自分の采配によって思い通りにならない結果となった。

 

「だが同じ手は二度と食わんぞ……キョロクで蹂躙してくれる」

 

彼女の苛立ちはすさまじく、いつもの余裕からくる冷静さはそこになかった。

 

 

 

 

 

部屋で一人、少女が震えている。

 

「……キョロク……安寧道。反乱、起点?」

 

ぶつぶつと呟く彼女。

部屋には他に誰もいない。キョロクにいくと伝えてくれたクロメは後ろ髪を引かれるような表情をしながらも、部屋を出て行った後だ。

死にたくない。だから本当はナイトレイドが来るであろうキョロクに行きたくない。

だがロマリーに一人とどまるわけにもいかない。もしここで襲撃されたら誰が自分を守ってくれるというのか。

 

「……隠密部隊に通達しておきますか」

 

手紙を足に括り付けた鳥を窓から空へ放つ。

ちょうど隠密部隊の人間がキョロクに行くという連絡があったことを彼女は思い出していた。一度合流して直接報告を聞いてもいいと考えたのだ。

自分は護衛対象とはあまり近づかずに、自分のやれることだけをやっておく。

 

「…………」

 

アリィの瞳に、光はない。

 




少し遅くなりました、申し訳ありません。
原作やアニメを見直していたらいつの間にかこんなにも時間が。

キョロク編はたぶん、そこまで長くなりません。

ワイルドハント編はアニメにはないから原作を買って予習しようとしたら書店に10巻がないという悲劇。
キョロク編が終わるまでに何とかしなくては……


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第25話 潜入した中死にたくない

ナイトレイドの被害は大きかった。

今回の遠征の目的はあくまでボリックという男の暗殺。

しかし、その道中にしてレオーネ、チェルシーの二人が死亡してしまった。

さらに、マインも大きなダメージを受けた。腕を深く切り裂かれ、完治までには数日ではとても足りないだろう。

彼女の真価は狙撃だ。しかし、この腕では精密な狙撃を行うことはできない。かつての持ち主であったナジェンダがパンプキンを手放した理由のひとつは腕を失ったこと。それほど狙撃というのは難しいのだ。

 

「…………」

 

メンバーの間には沈黙が流れる。

当然だ。策は破られ、あのまま戦っていたらもっと大きな被害を受けていただろう。

これでもましな結果。それでも、ふたりの大事な仲間を失った。

今の彼らは敗残兵なのだ。

 

(いかんな、このままでは)

 

ナジェンダは全体の士気が下がっていることに危機感を覚える。

このままではボリック暗殺にも影響が出かねない。

そしてまず間違いなく、エスデスが出てくる。今回は策によって戦力を分断したことによりエスデスとの戦闘を回避できたが、次もうまくいくとは限らない。

そしてそうなった場合、半端な意識では間違いなく命を落とす。

 

だからこそこの雰囲気をなんとかしなくてはならない。

そう考えていたところに、ぽつりと声が漏れた。

 

「……俺はさ」

 

声の主はタツミ。

チェルシーやレオーネ、彼によく絡んでいた二人が死んだのだ、彼も辛いはずだ。

その彼が、何かを言おうとしている。

タツミに注目したのはナジェンダだけではない。全員が立ち止まり、タツミの言葉に耳を傾けていた。

 

「イェーガーズのところにいたとき、アリィと二人で話したことがあったんだ。革命軍に入らないかと説得もした」

 

無理だったけどな、と力なく笑うタツミ。

あの時タツミはアリィの口から出る言葉に流され、感情的になってしまい考えるという行動ができない状態にあった。

 

「でもな、拷問とかは親の目があったから、仕方なくやってたって言ってたんだ。帝国が腐ってなきゃ、拷問好きの両親が娘に拷問をやらせる、だなんてきっとなかったと思うんだ。だったら」

 

それは、今となっては可能性の話。

もしも、帝国が腐っておらず、民に拷問を行うような外道がいなかったら。

もしも、彼女がまともな親の元に生まれていたら。

 

彼女は狂わなかったかもしれない。

あの時見た、濁った目にはならなかったのかもしれない。

だったら、とタツミは思う。

 

「変えなきゃいけないだろ、こんな国……」

 

決して大きくはない、静かな声。

だがその声は、ナイトレイドの同士たちが革命への意思をより固めるには十分だった。

ナジェンダも先に助けてもらってしまったな、と心の中で苦笑する。

 

太陽に照らされる中、一行は間近に迫ったキョロクへと歩いていく。

 

 

 

 

 

 

キョロク。

帝都から東に位置するその街は安寧道という宗教団体の本部がある街である。

そしてこの街の中でも特に大きな屋敷がある。

屋敷の主の名はボリック。

教団のNo.2にして、大臣の子飼いの人間である。

この人物こそ、ナイトレイドの標的にしてイェーガーズの護衛対象。

 

イェーガーズの面々は、ボリックの屋敷に来るとまずアリィを部屋の一つに休ませ、ボリックと面会していた。

 

「ようこそ、私の屋敷へ。あなたという強大な戦力を派遣していただけるとは……歓迎いたしますぞエスデス将軍」

 

ボリックは薬漬けにした女たちを侍らせ、腐った笑みを浮かべてイェーガーズの前に座っていた。

ウェイブなどは嫌そうな顔をしてはいたが、エスデスは気にもとめない。

 

「我らイェーガーズ、大臣の命により、お前の護衛任務を行う。賊を殲滅するまでいくつか部屋を借りるが構わんな? まあ、既に一つ借りているが」

「ええどうぞどうぞ。私の屋敷は退屈しないと思いますぞ?」

 

ボリックがそばに侍らせている人間だけではなく、ほかにも際どい服装をした者たちがこの部屋にはまだ数人いた。

無論、この者たちも皆薬によりボリックの操り人形となってしまっている。

エスデスはそんな彼らには目も向けず、天井へと視線を移した。

 

「あいにくとそっちはどうでもいい。それよりも、天井からこちらを伺っている奴らの方がよほど興味があるな。そいつらとはぜひ顔を合わせてみたいものだ」

「ほう。さすがですな、お気づきでしたか」

 

笑みを浮かべたボリックがパチン、と指を鳴らすと天井から4人の人影が飛び降りてきた。

彼らの存在に気づいていなかったイェーガーズのメンバーは驚きの表情を浮かべる。

 

「な、なんだこいつら!?」

「ご紹介しましょう。彼らこそ教団を掌握するため私が帝国より預かった暴力の化身。皇拳寺羅刹四鬼です」

 

皇拳寺とは、帝国最高峰の拳法寺である。

その皇拳寺で修行するものの中でもトップクラスの戦闘力を誇る大臣直属の護衛集団。それが羅刹四鬼である。

彼らについて特筆すべきは、素手でありながらすでに5つの帝具を回収しているという実績があることだ。

羅刹四鬼の一人、イバラがそれを愉快そうに誇るが直後に後ろに回ったエスデスから氷の剣を突きつけられる。

戦闘力ではイェーガーズも決して負けてはいない。

 

だが、エスデスは別のことに懸念を持つ。

 

(大臣の持ち駒であるこいつらがここにいながらも私を派遣するとは……。大臣め、よほどこの宗教団体を重く見ているようだな)

 

一方、クロメはどこか沈んだ様子でその場に立っていた。

明らかに落ち込んでいる様子に気づいたウェイブ。普段はにぶい男であるが、それでも気が付くほど普段のクロメとは明らかに様子が違っていた。

 

「どうしたクロメ?」

「アリィさん、大丈夫かなって……」

 

表情と同じく沈んだ声のクロメに、ウェイブはどう答えたものか迷う。

確かに、雨の中合流した時のアリィは今思い出しても憔悴しきっていた。

精神状態もセリューを殺すほどだ、よほどの恐慌状態に陥っていたのだろう。

今もなお部屋にいる彼女のことは、ウェイブとて気になってはいたのだ。

 

「大丈夫だよ二人とも」

 

声をかけたのはボルス。

心優しい彼とてアリィのことは心配であった。

だが、彼女ならきっと立ち直ってくれると彼は信じていた。

 

「アリィちゃんはきっとまたいつものように戻ってくれるよ。確かに私だって、彼女が死にかけた時に胸が止まりそうだった。でも、彼女は生き残った。だからきっと大丈夫」

 

思い出すのは、彼女と初めて会ったときのこと。

二人しかいないからと話をしたとき、ついぽろりとこぼしたかつての本音。

それに対する、アリィの言葉。

 

ボルスは信じる。

彼女は生きて帰ってきた。だから、きっと立ち上がることができるはずだ。

 

 

 

 

 

キョロクに入ったナイトレイドのメンバーたちは、別れて調査を開始する。

 

「手配書をイェーガーズがまいてるかもしれなから気をつけて……って言ってるそばから何やってるのよアンタはーっ!!」

「そりゃわかってるけどさ、あんま張り詰めていても危ないんじゃないか? もっと自然体でいよう。ほら」

 

2つ買ったアイスのうち、片方を差し出されてマインは黙る。

 

「それも一理あるけど……うわ、何コレおいしーいっ!」

「だろ? 帝都にはなかった味だよな!」

 

タツミとマインは時にアイスを食べたりと仲を深めながら。

 

(幸い俺は名前も顔もバレてないし……情報を集めてナジェンダさんのポイントアップだぜ!)

 

ラバックはナジェンダに褒められようと一人意欲に燃えながら。

しかし、ラバックを見つめる二つの影があった。

 

「ねぇシュテン。あいつ、さっきから周囲を探る動きしてない? アタシの勘がビンビン敵だって言ってるんだけど」

「何より足運びだ。気をつけているようだがワシにはわかる」

 

褐色の少女はメズ。髭を生やした筋肉質の大男はシュテン。

どちらも羅刹四鬼の人間である。

数々の戦闘をくぐり抜けてきた彼らは、ラバックがただものではないことを見抜いていた。

 

「じゃあ黒だね。殺しちゃおうぜ……?」

「違うぞ、メズ。魂の解放と言え」

 

人の多い昼間である以上、その時すぐには手を出さない。

しかし、夜になってから――二人の鬼は動き出す。

 

 

 

 

 

 

「ちっくしょう、どこでバレたんだ!」

 

夜。完全に人気のない裏通りでラバックはシュテンに追いかけられる。

その巨体に似合わず、素早い動きで距離を詰めたシュテンは飛び上がるとラバックを地面に叩きつけた。

だが、その後に首をかしげる。腕利きと思ったラバックがもう動かなくなってしまったから。

 

「なんだ、もう死んだのか。歯ごたえのない」

 

立ち去るかと思いきや、シュテンはしばらくその場に残っていた。

ぬぅ……と言いながらずっとその場に待機する彼に

 

(ぬぅ、じゃなくて早くどこか行けよ! いつまで死んだふりしていればいいんだ俺は!)

「シュテーン! もう一人そっちいくよー! 革命軍の密偵!」

 

死んだふりをしているラバックは内心顔をしかめる。シュテンが立ち去らないと思っていたらさらにもうひとり現れたのだ。

シュテンの攻撃は服の下に仕込んだ糸の鎧で防ぎ、脈も血管を糸で縛ってごまかしていた。

そしてもう一人、少女がメズに追いかけられ恐怖のまま走ってくるのが分かる。

 

(あっちゃぁ、俺と合流するはずだった密偵の子か。悪いが助けられないぜ。密偵をするならこうなるのも覚悟のうちだった……はず……)

「ワシがお前の魂を解放してやろう……喜ぶがいい!」

「た、助け……」

 

シュテンが少女の首を絞め始め……たところでナイフが飛んできたのに気づき、指で挟む。

彼らが見つめるその先には、死んだふりをやめ立ち上がったラバックの姿があった。

本人は不本意そうな表情を浮かべつつも、戦意を滾らせている。

 

「あーダメだ、やっぱ味方の女の子見殺しにはできねぇや。おまけに、嫌なこと思い出しちゃったし」

 

彼が思い出したのは、アリィだ。

自分の命のためなら、敵だけではなく味方までも平気で殺した、あの少女。

その彼女を思い出したとき、自分が死んだふりをしてこの場をやり逃すために密偵の少女を見殺しにするのは、狂った彼女と同じではないかと思ってしまったのだ。

 

ましてや、自分には戦う力がある。女の子を見殺しになんてできはしない。

 

「ふん、生きていたか」

「いざ戦うとなりゃ……ガチでやるぜ! 二人まとめてかかってきなぁ!!」

 

糸の帝具、千変万化クローステイル。

時に攻撃に、時に網状にして防御に。

自由自在につかいこなしてみせる彼はさらに糸を束ねることで武器を作り出し、シュテンへと振り下ろす。

だが、シュテンも実力者。彼の攻撃を受け止めてみせた。

 

「この程度が奥の手か? ぬるいわ」

「そうでもねぇよ。俺の目的は達成されたからな!」

 

気が付くと、少女の姿は遥か遠くに。

クローステイルを派手に使って見せることで目を引き、彼女を逃がすことこそがラバックの本当の狙いだったのだ。

そして、目的を達したとばかりに背を向ける。

 

「ってことで俺もさよならする!」

 

ぬぅ、と唸ったあとメズに一言告げ、逃げ出すラバックの姿をシュテンは猛スピードで追い――

彼が路地に仕込んでいた、特別強靭な糸、”界断糸”に自ら首を食い込ませることとなった。

それでも肉体を鍛えていたシュテンを殺すには足りなかったが……

ラバックが作った槍が彼の胸を貫き、その糸は体内でシュテンの心臓を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

ラバックのおかげで無事逃げられた少女は――

逃げた先である部屋へと入る。

そして待たせることとなってしまった、自分の上司にもあたる先客に頭を下げる。

 

「も、申し訳ありません……遅くなりました、アリィさん」




原作に出てきた密偵部隊、バイスちゃんはお休みです。

本当は後もう1シーン入れたかったけど、長くなるので投稿します


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第26話 鬼が出てきて死にたくない

隠密部隊。

暗殺部隊と並立する形でアリィに組織された部隊である。

メンバーは主に暗殺部隊としての活動ができなくなったもの、困難になったものを中心としている。

無論、ほかにも軍隊などから引き抜かれた者もいるが。

 

任務は主に密偵活動。

暗殺部隊と協力して標的の周辺情報を集めたり、帝国のための諜報活動を行っている。

今、ラバックに助けられアリィのもとに来た少女、メイリーもその一人。

元・暗殺部隊であったが暗殺の適性が低く、また薬の効果が切れやすい体質であったため発作も多いからと隠密部隊に異動した人員だ。

 

ボリックの屋敷から移動し、この部屋にいたアリィは隠密部隊の少女を出迎えると声をかけた。

その脇にはクロメ。彼女が護衛としているからこそ、アリィは引きこもっていた部屋から出て今いる部屋まで移動することができたのである。

 

「どうやら、うまく使えているようですね。時間がそう経ってもいないのに素晴らしいことです」

「ありがとうございます! アリィさんが先日敵から奪ったこの帝具、授けていただいた以上それに見合う働きをお見せしたくて!」

「それは何より。ですが、少し問題もあったようですね」

「えっ」

 

同時に、壁が崩壊して人影が部屋へと飛び込んできた。

 

彼女はメズ。羅刹四鬼の一人であり、先ほどまでラバックと戦闘していた人物だ。

メイリーが逃げ出したあと、シュテンに囁かれたのは「二手に分かれて始末する」というもの。

つまり、シュテンがラバックを、そしてメズが密偵の少女……つまりはメイリーを追いかけていたのだ。

 

メイリーを追いかけていた彼女は、メイリーが建物の中へ入っていったのを見てこれはアジトを見つけたのでは? と一旦様子を伺うことにした。

中では先ほどの少女が報告を行っている。

 

(おっと、あれイェーガーズの子じゃない? まさかそんなところにも裏切り者がいたなんてね)

 

そう、彼女は根本的に思い違いをしていた。

密偵の少女が逃げ込んだここは、革命軍の人間、あるいは帝国に対する反乱分子が集まっていると思っていたのだ。

おまけにどうやら帝具を入手した上で自分たちで使っているようだ。

帝国においては、基本帝具は大臣、またはイェーガーズの隊長であるエスデスが管理をしている。その彼らの話が出てこなかった以上余計に怪しいと見えた。

 

(しっかし、これはアタリを引いちゃったね……上官らしき女の子、ずっとこっちを気にしている)

 

アリィ、と呼ばれた少女が時折こちらに視線を向けているのがわかる。おそらく相当な実力者かも知れない、とメズは考えた。なにせ修行を積んだ自分が気配を消してなおこちらに気づいていたのだから。

向こうにはイェーガーズであるクロメもいる以上、下手に様子見を続けて攻撃されては危険だと考えた。

そしてとどめに、先ほどのアリィの「問題」という言葉。やはりバレていたのだ。

だとすると、メズが出した結論は単純明快。

 

(――先手必勝!)

 

壁を壊すと、一番自分を警戒している人物……アリィへと狙いを定めた。

理由は自分に気がついていたこと、そしてこの場で一番上の立場であると考えたからだ。

クロメがこちらに気づいて彼女を守ろうとしては殺すのは困難になる。

 

だから、先に仕留めようと彼女は爪をアリィへと向けて伸ばそうとしたのだ。

彼女たち羅刹四鬼は皇拳寺の裏山に生息する危険種・レイククラーケンの煮汁を食べて育ち、また壮絶な修行によって肉体操作を自由に行うことができる。

爪を鋭くして伸ばすのもまた、肉体操作の一部であり――

 

 

その爪は、メズの首(・・・・)を貫いた。

 

 

「……え?」

 

何が起こったかわからずそのまま部屋に倒れこむメズ。

クロメが驚いた顔をする中、アリィはゆっくりと彼女に近づいた。

 

「先程からずっと危険を感じていたので警戒していましたが。襲いかかってこなければ良かったものを」

 

アリィが彼女に気づいていたのはイルサネリアの危機察知によるもの。

そしてアリィはずっとこの部屋にいたのだ、当然部屋だけでなく周囲や外にもイルサネリアの瘴気が蔓延している。しばらく様子を伺っていたメズが感染するのも当然だった。

 

そして今。アリィに襲いかかろうとした彼女は、イルサネリアの能力により自らその首を貫いたのだ。

 

「アリィさん、この人、羅刹四鬼の……」

「なるほど。大臣直属の護衛部隊でしたか? 帝都にいると思っていましたがここにいたのですね。メイリーを追いかけてきたのですから、私たちが革命軍だと勘違いしたのですかね?」

 

壮絶な修行をくぐり抜け、肉体操作が可能なメズは今かろうじて生きていた。

首を貫かれても死なないのは鍛えた肉体と肉体操作の技術両方が揃ってこそである。

どうやら自分はなにか勘違いをしていたらしいとようやく気づいた彼女は――

 

アリィが振り下ろしたナイフによって、完全に絶命した。

 

「あ、アリィさん!? どうして」

 

これを見て驚いたのはクロメだ。

メズは勘違いしていたようだが、クロメたちは正真正銘帝国側だ。

にも関わらず、彼女は同じく帝国側のメズを殺したのだ。

 

「どうして、も何も」

 

顔を上げたアリィの目を見て、クロメは心の中でしまった、と悔やむ。

その目は彼女が、セリューを殺した時と同じ。

自分は一切間違ってないと信じている狂人の目。

 

「私に襲いかかってきたのですから。死んで当然でしょう?」

 

さらに言えば、悪化している。

アリィは襲われたが、死が目前まで迫ったわけではない。だからこそ奥の手も裏技も発動はしていない。

にも関わらず、彼女は平気で味方とわかっていながら殺したのだ。自分の手で。

理由は一つ、自分の命が危険にさらされるかもしれなかったから。

 

「さて、報告の続きを聞きましょう」

 

返り血を浴びたまま、笑顔で告げるアリィを見て……

彼女は自分が守らなければならない。クロメはそう、強く感じた。

 

「ではメイリー。そろそろ元の姿に戻ってください」

「……あ、はい! かしこまりました!」

 

メイリーが腕をはらうと、その姿はそばかすのある短髪の少女から、勝ち気そうな表情の茶髪の少女に変わる。

 

これを為したのはアリィがチェルシーを殺した際に奪った帝具・ガイアファンデーション。

変身を自由自在に行うこの帝具を使えると考えたアリィが回収、その後キョロクに移動した際にクロメに頼んで先に潜伏していたメイリーに引き渡したのだ。

適合しなければそのまま隠密部隊の本部に運んでもらう予定であったが、適合したためそのままメイリーが使うこととなった。

 

「ちなみに、今化けていた女性はやはり?」

「はい、例の密偵です。確か名前はバイスでしたね。潜入中の他の隠密部隊から情報は得ていたので、入れ替わりはさほど難しくはありませんでした」

 

それを聞いてアリィは満足そうに頷く。

隠密部隊から数人、革命軍へスパイを入れていたがやはり新顔では扱える情報にも限界があり、また革命軍も決起を前に新たな人員を入れるにあたっては相当気を使っていた。

裏切りと見せかけてスパイを入れるのにも限界を感じていたアリィは、ガイアファンデーションが有効であればキョロクに入っていた革命軍の密偵部隊と入れ替わるよう指示を出していたのだ。

 

どこに潜伏している、とかどのような人間か、といった情報はほかのメンバーからすでに得ている。

そして元・暗殺部隊であるメイリーにとって、内から手引きされたというのもあり他の人物になりすましておびきだし、バイスを暗殺、入れ替わるのは一日もかからない容易いものだった。

既に本物のバイスは死体となってキョロクの郊外に埋められている。

 

「そして革命軍ですが、別チームが抜け道について調査していました。どうやらボリックの屋敷や大神殿には抜け道があるそうで」

「なるほど。脱出用でしょうが……」

 

他にもメイリーが目撃したナイトレイドの糸の帝具。

及び、その使用者の顔。

クロメはすぐにエスデスに報告しようと提案したが、ここでアリィは待ったをかけた。

 

「え……どうしてですか?」

「正直、今回はクロメさんにとっては不本意だとは思いますが……メイリー。ガイアファンデーションを使っていくつかしてほしいことがあります。単独行動は可能ですか?」

「はい。バイスの恋人だったトリネも、入れ替わりが気づかれないよう暗殺済みですので」

 

ならば、とアリィが指示したのは潜入。

しかし、その行動、その結果を理解した二人は……驚きを隠せなかった。

 

「アリィさん!? どうして!」

「先ほどエスデス将軍への報告を止めたことも同じ理由ですが……今回の護衛任務、イェーガーズの皆さんには失敗(・・)していただきます。革命軍の決起の先駆けとはなるでしょうが、タイミングが測りやすいぶん焦って消す意味はありません。どのみち革命が起こるのなら不意を打たれないほうがマシです」

 

それに、とアリィは呟く。

もちろん、アリィの真の狙いは別にある。

今回の任務は失敗で終わらなくてはならない。欲を言うなら、イェーガーズからセリューとは別に死亡者が出ればさらにベスト。

もちろんクロメの手前、口には出さない。

 

その理由は――

 

 

 

 

 

 

 

(エスデス。あなたには、失態を持って帰ってもらいます……!)

 

全ては自分のため。

どうせ起こる革命ならば、起こしていいから目先の問題を解決する。

そのために、エスデスには汚点が必要なのだ。

 

教団の設立祭まで残りわずか。

ナイトレイドがボリック暗殺に動く日が、近づいていた。




今回はかなり、かなり難産でした。
何度も消しては書き、また消して書き……
1評価が急に増えたのもあるのですが。せめて理由は書いて欲しいものです。

さて、次回より教団の攻防。
アリィが望むは、護衛任務の失敗。
帝国側にとっての痛手ですら、今のアリィは良しとする。

だって、エスデスが任務に成功しては困るのですから。

エスデスがアリィを連れてこなければ、きっとアリィが彼女の邪魔をしようと思うことはなかったというのに。


P.S
革命軍の密偵バイスちゃんは恋人のトリネ共々お休みです。永遠に。


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第27話 設立祭の日に死にたくない

「羅刹四鬼が三人やられた……? 帝具使いを倒したことがあるからとナイトレイドを侮ったか」

「ナイトレイドのアカメが潜入していることは確認済みです。まず他のメンバーもいるでしょう」

 

ランからの報告にエスデスはいよいよ来るか、と戦意をたぎらせていた。

一度はうまくやられたが次は逃すまい、と。

 

 

 

「明日……でしょうね。私は前に出ません。今回は、イェーガーズの行動に何も手を出さない、協力しない」

 

だからこそ……失敗の責は、エスデス一人が背負うことになる。

そもそも、アリィがここにいること自体間違っているのだ。

自分は軍人でも兵士でもない。ただ……

 

「いえ、どのみち戦場に出ないのは変わりません。なら、それでいいんです」

 

 

 

「おい、本気か?」

「なめんじゃ、ないわよ……うっ」

「ボスからもなんとか言ってくれ! 俺が言っても聞いちゃくれない!」

 

一方、ナイトレイドの隠れ家では騒動が起きていた。

ボリック暗殺を目前に、マインはアリィによって負った傷をかばいつつも戦場に立とうとしていたのである。その結果、それを止めようとするタツミと言い争いになっていた。

 

シェーレ、チェルシーと自分の目の前で彼女たちの遺体が消えるのを間近にした上に、自分がアリィを刺激したことでレオーネまでも死んでしまった。

彼女は必要以上なまでに、自分を責めていたのである。

そしてだからこそ、エスデスという大敵を相手にするかもしれないというのに自分一人が休むというのはどうしても納得できることではなかった。

だからこそ、無理をしてでも戦おうとする。死んでいった皆に、顔向けできないから。

 

「私だって……戦える……っ」

「マインっっ!! いい加減に」

「よかろう」

 

ナジェンダの言葉に、タツミはどうしてと食い下がる。

片腕とはいえ狙撃を得意とするマインが戦場に立つのは危険すぎる、と。

もちろんそれもナジェンダは理解している。だからこそ、本来の配置・作戦を少々変更し、タツミに説明した。

 

「……これならマインも最低限度の参加で済む。マイン、私としてもタツミの言い分には納得するものがある。ゆえにこれが最大限の譲歩だ。これ以上を求めるならさすがに私としてもお前を止めざるを得ん」

「……わかったわよ」

「では、明日に備えて二人とも休んでおけ。私は先ほどの変更を他のメンバーに伝えてくる」

 

ナジェンダが去り、部屋にはタツミとマインが残された。

二人だけの沈黙の中、先に沈黙を破ったのはタツミだった。

 

「無理、するなよ」

「……誰に言ってるのよ」

 

会話が続かない。

短い言葉のやり取りが終わり、またしても沈黙が続く。

 

「ねぇ。どうして、そんなに私が戦うことに反対したの?」

「そんなの、お前に死んでほしくないからに決まってるだろ!? ずっと一緒にいたいんだよ!」

「ふぇ!?」

 

ずっと一緒にいたい、の言葉に思わずマインの顔が赤くなる。

 

「あ、あああアンタ、まさか赤い糸とかの話信じてるんじゃないでしょうね!?」

「ち、ちげぇよ!? むしろお前こそ本気にしてるんじゃ!?」

 

少し前、キョロクの郊外にいるときに、二人で言い争いをしていると安寧道の教主が二人を仲裁に入ったの際……「お二人の間には赤い糸が見えます。だから喧嘩ではなく告白をしましょう」と特大の爆弾を落としていった。

当然、その時も二人は顔を真っ赤にして否定したのだが……

 

「……はは」

 

一通り言い合ったあと、憑き物がおちたようにタツミが笑い声を漏らした。

 

「なんか、こうやって言い合ってるとほっとする。……悪かったよ。お前の気持ち、考えきれてなかった」

「タツミ……」

「だから、必ず生きて帰れよ。いざとなったら助けに行くからさ」

「ギリギリで助けられても遅いんだからね。……ま、そうならないよう全力を尽くすわ」

 

近づくは、安寧道の設立祭。

ボリック暗殺をめぐる攻防が、いよいよ始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

潜伏中に作られていた地下通路を通って、ナジェンダとスサノオ、ラバックとインクルシオを着たタツミが大神殿の側へと侵攻する。

そして正面から攻撃をしかける。

 

「思いっきり暴れて構わん! そのまま突破するぞ!」

「了解!」

 

攻撃に伴い建物は揺れ、爆音が響くと悲鳴もあがる。

当然、その騒乱は建物内部にも伝わっていた。

暗殺の標的であるボリックはそれまでの余裕はなく、狼狽した様子でエスデスの足に縋り付いてきた。

 

「い、イェーガーズは何をしている……! 私を守れ、それが大臣の命令だぁあ!?」

「黙れ。ナイトレイドを甘く見たからだ。命令だからな、守ってやるさ……だからこの部屋から一歩も動くな」

 

エスデスは縋ってくるボリックを足蹴にしていまいましそうに答える。

さんざん大物ぶっても本質は大臣のおこぼれにあずかる小物。それがわかるからこそエスデスはボリックに対してぞんざいな扱いをしているのだが、命令なのでこんな彼でも守らなくてはならない。

 

(だが、やつらは必ずここに来る。来るしかないのだからな、ボリックの暗殺には)

「ボリック様ー!」

 

教団の人間らしき男が駆け寄ると何やらボリックに耳打ちする。

神妙な顔をしながらうなずいたボリックに一礼すると、男は出ていく。

 

「どうかしたか?」

「賊が近づいていることや、対策についての連絡だ……万が一に対してな」

「フン、私がいるんだ。万が一など気にする必要はない」

 

エスデスはボリックから視線を外すと、腕を組んで扉を見据える。

もちろん、正面から来るのが確実というわけでもないが……どのみち標的はここにいる。

外や内部にはウェイブたちイェーガーズを配置している。

彼女はただ、待てばいいのだ。

 

「さぁ来いナジェンダ。お前たちを蹂躙してやる……」

 

 

 

「来たな、ナイトレイド」

 

タツミたちの前に立ちふさがったのはウェイブ。

帝具の鍵となる剣を肩に担いだまま、彼は近づいてくる敵を見据えていた。

 

「前回同様吹き飛ばして構わん、スサノオ!」

「同じ手をくらうかよ! 来いよ、殺し屋ども」

 

地面に剣を突き立て、叫ぶ。

 

「グランシャリオォォォォォォ!!」

 

ウェイブの帝具はインクルシオをプロトタイプとして作られた鎧の帝具、修羅化身グランシャリオ。

タイラントが素材に使われているわけではないためインクルシオのような対応力、爆発力はないがその分安定性を誇るのがグランシャリオの特徴だ。

 

「おおおお!」

「ナジェンダさんに手出しはさせねぇ! 他の皆は先に行け!」

 

前に出たラバックがクローステイルにより彼を縛ろうとする。

さらに彼をラバックが足止めしたことにより、他の三人を突入させることをラバックは狙った。

だが、グランシャリオが増加させるのは何も防御力だけではない。

縛られたウェイブは体に力を入れる。

 

「な、めるなぁぁ!」

 

力づくで糸を引きちぎったウェイブは中に入ろうとするナイトレイドを止めようとする。

だが、その攻撃はインクルシオを着たタツミによって止められた。

タツミはその正体を悟られないよう口を開くことはなかったが、かつてフェイクマウンテンで一緒に戦ったウェイブに対し複雑な心境だった。

 

「くっ、こいつ!」

 

対してウェイブから見れば、かつて取り逃がした敵でしかない。

あの時は追い詰めたと思ったもののいつのまにか姿が消え、取り逃がしてしまった。

そして今も、自分の攻撃を止められた。さらにラバックも後ろから攻撃しようとしている。

歯噛みするも、瞬時に思考を切り替える。こともあろうに、その勢いのままタツミを足場にして一気に逆方向へと跳躍する。

 

「なに!?」

 

その先にはラバック。

タツミたちを追いかけようにも邪魔されるくらいなら、先にこちらを仕留めようと考えたのだ。

しかも、グランシャリオを用いての戦闘において、ウェイブの蹴り技は極めて強力である。

糸を体に巻いていても、大きくダメージが通るほどに。

 

「がふっ……」

 

血を吐いて倒れるラバック。

なんとか起き上がるも、先ほどまでとは明らかに動きが落ちている。

だが、その目からは決して敗色が見えていなかった。

 

(な!?)

 

不審さを感じてはいたが、ラバックとの攻防の中急に動けなくなったことによりラバックの真意を悟る。

彼はまたしても、糸で自分の体を縛っていたのだ。

だが、先ほどは力づくで引きちぎることはできたのだ。無駄なことを……と考えたのだが。

 

「切れない!?」

「界断糸……今ままでの糸とは、段違いの強さの糸だ。お前でも切れないだろ?」

 

界断糸は近くの木に厳重に巻き付けてあり、ちょっとやそっとでは切ることどころか脱出は不可能であろう。

ウェイブが拘束されて動けなくなったのを見届けて、ラバックは目を閉じる。

ラバックのダメージは大きかったようで、勝ち誇った顔をした後力尽きて倒れた。

 

「くそっ……」

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおおっ!!」

「ナタラ! ドーヤ!」

 

突入したスサノオが声をあげるとともに、クロメの死体人形が吹き飛ばされる。

ならば自分が、と刀を構えるが……

 

『今回の護衛任務、イェーガーズには失敗してもらいます』

(アリィさんは、この任務の成功を、望んでいない……)

 

その事実が、彼女の剣筋を鈍らせる。

意思のこもっていない刀では、ナイトレイドを退けることはできない。

二、三度打ち合っただけで、自覚できるほどにうまく戦うことができていなかった。

だが……それでも。

 

この強行部隊に混ざっていておかしくないはずの人間が。

今までずっと殺したいと思っていた最愛の人間がいないことには、とうに気付いていた。

それが違和感となって、クロメの頭の中を回り続ける。

 

「お姉ちゃんは……どこ?」

 

 

 

 

 

マインは一人、傷の痛みに顔をしかめながらも隠れて建物に近づいていた。

もちろん、自分がいつも通りに戦えないというのは痛いほど自覚している。

だからこそ、一人隠れて行動していたのだ。

 

(でも、ボスの計画なら……いつもほどの正確な狙撃は必要ない)

 

パンプキンの本領を発揮することはできないが……それでも、有効なのは変わらない。

自分の仕事を果たし、頃合いを見計らってすぐに逃げる。

何度も自分のすべきことを心の中で反復し……瞬間、僅かな異臭を感じとっさに後退する。

 

目の前に放たれたのは、炎。

 

「私の帝具は、建物の中じゃとても使えないから外にいたのだけれど……ナイトレイド。やっぱり正面からだけじゃなかったんだね」

 

火炎放射器の帝具、煉獄招致ルビカンテを背負い、ゆっくりとマインの方へ歩く大柄な男。

彼は、マインがロマリー付近でアリィに傷を負わされていることも知っている。

傷がまだ、治りきっていないであろうこともわかっている。

だが、それでも。男はためらわないと決めたのだ。

 

「怪我をした女の子と戦いたくはないけど……これも、お仕事だから」

「元・焼却部隊のボルス……。アンタは、革命軍の中でも標的なのよ」

 

かつて、焼却部隊によって革命軍に協力していた村が村ごと焼かれるという事件があった。

そのため、当時隊長であったボルスは標的の一人として数えられているのだ。

マインのパンプキンと、ボルスのルビカンテ。

互いの発射口を向けあって対峙する。

 

「悪いけど、アタシは生きて戻るって約束したの。ここでやられるつもりなんて毛頭ないんだから」

「……そう。でも、私もだよ。私は生きて帰らなくてはならない。生きて、守らなければならない」

 

もう、報いを受けても仕方ないだなんて思わない。自分がしてきたことは確かに恨まれるようなことであっても、それによって守られたものがあると信じている。

そして何より、愛する家族が、自分のことを待っている。

そのためなら。あの温かい場所に帰るためなら。

 

「私は、全てを燃やし尽くす。私は、死ぬわけにはいかない……!」

 




皆さまの温かい言葉、ありがとうございました。
今後もアリィを、よろしくお願いします。

早ければ次回でキョロク編は完結。


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第28話 希望を託され死にたくない

彼が初めてイェーガーズの一員として招集された日。

一人会議室で椅子に座ったまま、予定よりもはるかに早く来てしまったことへの後悔と、これから来るであろう新たな同僚とうまくやっていけるだろうかと不安で早くも落ち込んでいたときに、彼女はやってきた。

 

「失礼します」

 

侍女服を着た少女が、そこにいた――

 

 

 

 

 

パンプキンから放たれるエネルギー弾とルビカンテの炎が激突する。

1対1であるが、負傷しているぶんピンチの度合いは上昇している。

それはすなわち、パンプキンの火力の増強にもつながる。

 

「ぬぅっ……」

 

激突の結果、爆発が起きボルスは唸り声をあげて後退する。

しかし、正直不利なのは彼の方である。

マインの帝具、パンプキンは銃の帝具。本領発揮するのは遠距離戦なのだ。

対してボルスのルビカンテは火炎放射器の帝具。どうしても射程は銃には劣る。

 

つまり……

 

(距離が開いたら……攻めきれない!)

 

互いが後退したことにより、距離が生まれる。

そのチャンスを逃がすマインではない。リスクの減少に従って先ほどよりも火力は減るが、これでもかとパンプキンの銃撃をまき散らす。

だが腕を負傷していることもあり、連射するも正確にボルスを狙うことができず後ろの方へと飛んでいく。

 

「うまく狙えてないのは、たぶん傷のせい……でも、だからといって私は手を抜く気はないよ」

「これでいい……アタシはできることをやるだけ!」

 

パンプキンの銃撃をよけながら、ボルスはルビカンテを構える。

届かないなら、届くようにすればいい……それだけの話なのだから。

背中に背負ったタンクのファンが回り、ルビカンテが炎を吹き出す用意が整う。

 

「すぐに使いたくはなかったけど……仕方ない。岩漿錬成(マグマドライブ)!」

「まさか……遠距離攻撃!?」

 

ボルスはこのままでは不利な遠距離戦を強いられるだけと考え、早々に勝負を仕掛ける。

ルビカンテの奥の手である岩漿錬成。これは球状に固めた炎を長距離まで飛ばす技である。

これまでの届かない攻撃とは違う遠距離攻撃にマインは慌てて回避しようとする。

なにせルビカンテの炎は水をかけても消すことはできないと文献で読んでいる。つまり、アカメほどではないが一撃必殺の炎なのだ。消すことができない炎が体を燃やそうものなら、待っているのは焼死だけなのだから。

 

「こ、のぉっ!!」

 

通常よりも精神エネルギーを込め、パンプキンの砲撃で岩漿錬成を迎撃する。

先ほど以上の爆発が起こり、煙と爆炎から顔を覆うが……

彼女は見誤っていた。先ほどの攻撃が、止められることを前提に放たれたものだということに気付いていなかった。

 

「オオオオオオオオ!!」

「嘘でしょ!? 爆炎の中を突っ切ってきたの!?」

 

炎の中から、ボルスがマインにとびかかってくる。

彼は焼却部隊にいた際、火耐性を上げる儀式を受けていた。そのため、爆炎の中を突っ切るという荒業を成し遂げることができたのである。

ルビカンテを背負っているにもかかわらずマインに接近できるのは、彼の筋力が高いからである。鍛えられたその体は伊達ではないのだ。

 

隙を与えず、マインに殴打を浴びせる。

拳法を習っているわけではないので筋力頼りの力押しだが、それでも効果は大きい。

血を吐いたマインはとっさに引き金を引く。狙いを定めたわけではなかったが、接近していたということもありその銃撃はボルスの脇腹を貫いた。

 

「グフッ!?」

「や……がはっ!?」

 

やった、と思うもつかの間、あごの下にアッパーを入れられマインは一瞬意識が飛んだ。

撃たれてもなお、闘志を燃やすボルスがマインを殴り飛ばしたのだ。

荒い息を吐きながらもなおも攻撃を繰り返すボルスに、マインは反撃することができない。

 

「ど、こに、そんな力が……」

 

ボルス自身だって驚いている。撃たれた傷は、とても痛む。このままだと命にかかわるかもしれない。

だが倒れはしない。こんなことで倒れるわけにはいかないと、本能が叫んでいる。

それはきっと、彼女と出会ったからなのだろう。

血を流しながらも、ボルスはマインにとどめを刺そうとルビカンテを構えなおした。

彼女と……アリィと初めて出会った時を思い出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

アリィはボルスを見てもさほど驚いた表情をせず、そのまま一礼して部屋に入ってきた。

ボルスにとっては衝撃的だったのを覚えている。なにせマスク半裸姿。自分でも拷問官に間違えられても仕方ない服装だなとは思っていたし、事実何度も間違えられていた。

しかし、アリィはそのような様子を一切見せなかったのだ。

 

「ボルスさんですね? 初めまして。私は特殊部隊の皆さんのお世話をすることになりました、皇帝付き侍女のアリィ・エルアーデ・サンディスと申します。よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします……」

 

その後、たわいのない話をした。あまり内容については覚えていないからそこまで大した話はしていなかったのだろう。印象に残ったのだって、むしろこの後だったのだから。

きっかけは忘れたが、彼女はこう口にした。

 

「そうですか……ボルスさんは、優しいのですね」

「……私は、優しくなんかないよ」

 

年下の少女に話してもよかったのかと今なら思うが、あの時はついぽろぽろと喋ってしまった。

かつて焼却部隊に所属していたこと。仕事とはいえ、誰かがやらなければならないこととはいえ、処刑や処分で数多くの人を生きたまま燃やしてきたこと。だからこそ、自分は知らないところでも数多くの恨みを買っているだろうということ。そして、それ故に報いを受けても仕方ないということ。

 

ボルスが話すことを、アリィは黙って聞いていた。

そして話が終盤になり、報いを受けても仕方ないと口にしたところで初めてアリィから口を開いたのである。

 

「ボルスさん。だから、死んでもいい、だなんて思っているのですか?」

「え?」

 

暗い話だったし、相手がどんな表情をしているか怖くてついうつむきがちになっていた頭がそこで初めて上げられた。顔を上げた前には、アリィが静かな、しかし納得のいかないような表情でこちらを見据えていた。

 

「いいですかボルスさん。話を聞いた限り、いくらあなたが人を手にかけようと、報いを受けても仕方ない? そんな馬鹿な話がありますか」

「だけど、私は……」

「少し、私の話をしましょうか」

 

アリィは立ち上がると、窓の近くへと歩いていき、そこから眺める風景をじっと眺めていた。

彼女の視線の先には、サンディス邸がある。あらゆる死を見つめることになった、アリィの始まりの場所。

 

「私は、死にたくない。だから、死なないためならおそらく誰であろうと手にかけるでしょう。そしてそれを悔やむことはないでしょう」

「そんな……」

「なぜなら。私は、私を守ることができるからです。ボルスさん、私のようにあれとは言いませんが……あなたは帝国を、民を、家族を守るためにその手を汚してきたのではないのですか?」

「……家族……。妻と、娘が、私には……」

 

自分にはもったいないほど美しい妻と、幼くかわいい娘。

そうだ、自分は――

 

「疫病が蔓延すれば民が死にます。敵を生かしては兵が死にます。そしてあなたが報いを受けて、死んだらどうなりますか? 誰が、あなたの家族を守るのですか?」

 

振り向いたアリィは、窓から差し込む日の光を背にして彼へと手を差し伸べた。

それはまるで、天使のようにも見えて。

ボルスは自分でも意識しないままに近づき、アリィへと手を伸ばしていた。

 

気が付けば、涙が止まらず。

伸ばされた彼女の手を握りながら、頭を下げていた。

 

自分がしてきたことは、確かに恨みを買うようなことだったかもしれない。

だけど、それは、一方で間違いなく人を守ることにつながっており……自分が家族を守る存在であると改めて気づくことができた。

今までやってきたことに意味はあったのだと、大事なことを思い出した気がした。

自分は、生きて守らなければならない人達がいるのだ、と。

 

 

 

 

 

 

「マイーーーーーーン!!」

「!?」

 

建物の壁を壊して……いや、それ以前から崩れ出していた建物からインクルシオを着たタツミが叫びながら飛び出してきたことによりボルスは意識を戻す。

とっさにルビカンテをタツミの方へむけて炎を放つ。しかし、炎を受けてなおその中からタツミはこちらへと向かってきた。

ブラートが装着していたころから戦火を潜り抜けてきたインクルシオは、すでに火への耐性を備えていたのである。

 

「マインは……やらせねええ!!」

 

タツミの渾身の一撃が、ボルスをとらえる。

すでにマインの一撃を受けて血を流しており、体力が残っていなかったボルスは耐えきることもできずに吹き飛ばされた。

そのまま壁にたたきつけられ、勢いのまま壊れた壁の欠片に埋もれ倒れ伏す。

体中から血を流して倒れたボルスを見ると、タツミはマインを抱きかかえて走り出す。

 

「タツミ……ちゃんと、役目は果たしたんでしょうね……?」

「ああ! 内部を破壊して建物を崩し、ついでに羅刹四鬼の一人も生き埋めにしてきたぜ! それでお前のピンチにも駆けつけてきてやったぞ? 完璧だろ?」

「そう、ね……」

 

タツミが走り去ってからしばらくした後……ガラリと、ガレキが崩れる音がした。

 

「……フーッ……フーッ……」

 

 

 

 

 

 

「くそ、ナイトレイドめ……建物ごと崩すとは」

 

エスデスは舌打ちをしていた。正面から突破するのかと思いきやまさか建物ごと破壊してくるとは。

マインがボルスへと銃を乱射していた際、彼自身は避けた、または外れたと思った攻撃は建物を着実に破壊していたのである。そしてそれこそが、マインの役目であった。

しかも、対処のためエスデスが一度部屋の外に出て指示を出していたのだが……戻ってみれば、ボリックの姿がない。

 

「ボリック! どこへ行ったボリック!」

「ボリックなら逃げだしたぞ、お前の忠告を聞かずにな」

 

呼ぶ声に返ってきたのは、護衛対象の声ではなく警戒すべき敵の声。

姿は見えないが、その声は間違えようがない。

かつて将として認めていた相手。にもかかわらず、帝国を去りナイトレイドを率いる相手。

 

「ナジェンダか……!」

「今頃私の仲間たちが、ボリックを殺している」

 

事実、建物が崩れ出したことに恐れをなしたボリックは抜け道から脱出しようとしていたのだ。

しかし、その抜け道にはすでに抜け道の存在を知っていたアカメが待ち構えていた。

大臣にも隠していた帝具使いの護衛、ホリマカは村雨によってすぐに殺され、逃げようとしたボリックもアカメが振るった一閃により首から血を吹き出し、死亡していた。

 

「相変わらず姑息な真似を……!」

「お前の強さは嫌というほどわかっている。だから正面からぶつかるような真似はしない。ただでさえ、道中でアリィに部下を二人も殺されたしな」

「ナジェンダァァァァァ!!」

 

怒りのままに氷を放つが、相手の姿は見当たらない。

気配も消えたところを見ると、このまま逃走してしまったようだ。

ボリックはおそらく殺され、対して自分はナイトレイドの首をとるどころか戦うことすらできなかった。

 

彼女はアリィによりセリューが殺された時から、すでに余裕や冷静さが一部失われていたのだ。

もし万全の状態であったら、建物が崩れかけようと決してボリックから離れようとはしなかっただろう。ナイトレイドの首をなんとしてもとってやろうと焦りがあったのだ。

 

「任務失敗か……護衛任務なぞ、二度とやらんぞ」

 

帽子を目深にかぶり、吐き捨てるようにエスデスは呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……フーッ……フーッ……フーッ……」

 

ボルスは、息を荒げながら歩いていた。

ルビカンテは捨ててきた。タツミの一撃を受けた時思わず盾にしようとしたことで破損していたし、なにより今の自分にそれを背負う体力は残されていない。

だが、ルビカンテで防いだことにより即死を避けることはできたのだ。

 

(かえ……らなくちゃ……)

 

体中の血が止まらない。さらに、ガレキの一部が体に刺さり、マインから受けた傷とあわさって全身から力が抜けそうなのを必死で動かしていた。

意識も薄れつつある。自分がどこに行こうとしているのか、半分わかっていなかった。

途中で倒れつつも、崩れた壁に身をよりかからせて無理やり起き上がる。

 

(せめて……せめて……)

「……ボルスさん」

 

なおも歩き続けた末に探していた人物から声がかけられ、吐いた血で真っ赤な覆面の下で微笑む。

そこにかけつけたのはアリィ。

彼女はもちろん、ナイトレイドが攻めてくるであろう大神殿には行くまいとしていたが……ここへ連れてきたのはメイリーだった。

アリィの命によって内部に潜入、そして教団の人間に変装してボリックに「いざとなったらエスデスに前線に出てもらい、自分は抜け道で安全なところに避難したほうがいい」とそそのかした彼女は撤退途中でボルスがタツミにやられたのを見たのだ。

 

かといって道具も持たない自分では助けることはできない。迷った末ナイトレイドが撤退したのを見てそばで待機しているアリィに知らせ、彼を助ける手伝いをしてもらうことにしたのである。

しかし、すでにボルスは虫の息だった。

安心して地面に倒れたボルスの止血や治療をしようと側によったアリィの手を、震える手で握りしめる。

驚いたアリィを見据え、ボルスは必死で言葉を紡ぐ。

 

「つま、を……むす、めを……おね、がい、します……」

「……わかりました」

 

アリィには、覆面の下の表情は見えない。

けれど、涙を流すその覆面の下で……安堵を浮かべた、そんな気がした。

ウェイブがボルスの名を呼びながら走ってくるのが聞こえる。

ボルスの手を握り返しながら、アリィは彼が息を引き取っていくのを感じていた。

最後に希望を託された、その手を握りしめながら。

 

 

 

「奥さんや子供もいるってのに……なんて伝えればいいんだ……っ!」

 

駆けつけたウェイブが涙を流しながら悔やみ続ける横で、アリィはじっと自分の手を見つめていた。

彼女はどうしてもわからなかった。

 

なぜ、彼は自分に妻や娘のことを託したのだろう、と。

 

アリィが自分の命を助けることを何よりも優先するということは、ボルスもよくわかっていたはずだ。

もしかしたら、彼の妻と娘だってアリィは見捨てるかもしれない。いや、状況次第では間違いなく見捨てておかしくない。

にもかかわらず。ボルスは、アリィに託したのである。

 

「……どうして、なのでしょうか」

 

わからない。

わからない。

ボルスが握りしめたその手を……アリィは帝都に帰るまで、何度も見つめていた。

 

 

 

 

 

ボルス、死亡。

イェーガーズ 残り4人。




今までで最長となりましたが、どうしても分けたくありませんでした。
分けたら分けたで長さが半端になるだろうというのもありますが。

これにてキョロク編は終了、帝都に戻ります。
そして、暴走編の後半がスタートします。


彼が最期に託した希望は、間違いなく運命を変えることになったのです。


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第29話 上の命令で死にたくない

『アリィ。余は、帝都で待っておるからな』

『はい』

『必ず、無事に帰ってくるのだぞ。余との約束だぞ』

『……はい』

 

あの日交わされた約束。

確かに、アリィは帰ってきた。

体に大きな傷も怪我もない。死ぬこともなく帰ってきた。

だが、はたして「無事に」帰ってこれたのであろうか。

死にたくないと願う少女が、無理やり戦場に行くことになった結果死にかけ、ボロボロの精神状態になっているのならとても「無事」とは表現できないのではないだろうか?

 

 

その結果、幼き皇帝の望まない結果となったのであれば……なおさら。

 

 

 

 

 

「なん……だと。アリィ。もう一度、もう一度申してみよ」

 

エスデスやアリィ、イェーガーズが帝都に帰還した後。

久しぶりにアリィに会えるとなって皇帝はご機嫌であった。

普段は顔をしかめるオネストやブドーですらわずかに口元が緩むほどに。

だが、彼の笑顔は彼女と再会したしばらくした後、凍ることとなる。

 

「大変申し訳ございません。侍女を、辞めさせていただきたく思っております」

 

アリィから出たのは、辞職を願う言葉。

驚いたのは皇帝だけではない。オネストも同様に目を丸くしている。

彼女が侍女として活動して不利益なことを与えたか? いや、一切悪影響が出ないようにしてきたはずだとオネストは頭の中で整理する。万が一アリィや皇帝の不興を買うようなことをしていれば一大事だからだ。

 

まさか、先日戻ってきた己の息子(・・・・)と遭遇した?

いや、そんな話は聞いていないし何よりそんな時間はなかった、はずだ。だが彼女が帰ってきた以上釘をしっかり刺しておかなければならない。

この後息子――シュラのところにいくかとオネストは決める。

 

だが、そんなことを考える余裕のある大臣とは違い、皇帝は頭が真っ白になっていた。

なぜ、自分から離れようとするのか。

離したくない、いなくなってほしくない。

ならば何があったのだ。自分がいったい何かしたのだろうか。

すがるように皇帝は叫んでいた。

 

「なぜだ……なぜだ、アリィ! 余が、余が何かしたのか? 余のもとでは、だめなのか……?」

 

お前も、余のもとを去ってしまうのか……?

 

近頃、名だたる将軍をはじめとする武官や内政官が離反する事態が相次いでいる。

それでもうろたえるなと、部下を叱咤してきた。だが、だが……

アリィまで去ってしまうのかと思うと、彼の胸ははりさけそうだった。

 

「いいえ、陛下。陛下に問題があるわけでは、ないのです」

 

アリィは話す。エスデスに強引に連れて行かれることとなった、今回の戦場で死にかけたことを。

このような危険がある以上、もうイェーガーズの侍女をするだけではなく、エスデスのいる宮殿にいることで彼女にまた無理強いをされることになりかねないと。

それならば……侍女をやめ、暗殺部隊や隠密部隊の管理を屋敷にこもってしているほうが安全であると考えた、と。

 

「私を殺すことになりかねないエスデス将軍なんて、死んでもらったほうが私の安全のためには一番なのですが……彼女は帝国を守る上であまりに大きな兵力。平時ならともかく、革命軍が迫りつつある今殺すわけにもいきません」

 

そしてこの言葉に今度は大臣が戦慄する。

皇帝や自分の前であるにもかかわらず、平気でエスデスの死を願うようなことを口にするとは。

さらに、彼女の目が帝都を出る前以上に濁っていることにも彼は気がついていた。

オネストにはわかる。裏であらゆる悪事にかかわる中で当然……彼女のような、狂った人間は何度も見てきたのだから。

 

(エスデス将軍、なぜここまでアリィ殿を追い詰めてしまったのですか……っ!)

 

まずい。

彼女は爆弾だ。刺激せず安全に放置しておくことが一番だというのに。

エスデスを説得できずに彼女を連れて行かせたことは大失態であったと、頭を抱えたくなる衝動をごまかすように手に持った肉を噛み千切る。

だが、起死回生の一手はあった。

 

「大臣」

「は……はっ!? いかがしましたかな、陛下?」

「以前、アリィが話したことを覚えておるか……?」

 

そしてオネストも思い出す。

エスデスから屁理屈とも言える理由で無理に戦場に連れて行かれると、アリィが願った対策。

その時はすぐに実行できるものではなかった。ましてイェーガーズがこれから任務を担って出立する直前であったのなら。

 

だが。

だが、今の状況を全て考えれば……

彼女があの時願ったことをさらに

 

「もちろんでございます。なのでアリィ殿には――」

「うむ、そうだな! アリィよ、これならもう二度とエスデス将軍に振り回されずにすむ! だからどうか、考え直してはもらえないか……?」

 

オネストが出した案に皇帝は迷うことなく賛成した。これなら、アリィを守ることができると。

二人の言葉に、アリィはゆっくりと頭を下げる。

 

「……そういうことであれば。私のためにここまで配慮していただき、断ることなどできません」

 

それでも、彼女の顔には安堵も喜びも、何もなかった。

 

 

 

 

 

その後、エスデスだけではなくイェーガーズ全員が謁見の間に呼ばれた。

玉座に座るのはいつもより厳しい顔をした皇帝。横にはオネスト。

そして、反対側にはアリィがいた。

 

エスデス以下、生き残った3名が跪いたのを見て皇帝は口を開いた。

 

「キョロクまでの遠征、ご苦労であった! だが、護衛任務は失敗と終わり、余は大変残念に思っている」

 

その言葉に、イェーガーズの全員が顔をゆがませる。

特にひどいのはエスデスだ。今回の結果は、彼女にとって苛立ちでしかなかった。

さらに、皇帝の言葉は続く。今回の結果に対する言及が。

 

「なぁ、エスデス将軍。余の侍女を強引に連れて行った挙句、彼女は死に掛け、任務は失敗する。さらに、貴重な帝具使いが二人も死んだ。これはどういうことだ?」

 

エスデスは歯噛みする。

護衛任務という自分の嫌いなものではあったが、それでも任務は任務。

そして、エスデスは任務に失敗した。これが現実である。

さらにナイトレイドにボルスが殺された。エスデス自身としてはこれはボルスが弱かった、だから弱いボルスが悪いと考えているのだが当然そう答えるわけにもいかない。

 

しかし、エスデスとしても言いたいことがあった。

 

「恐れながら、陛下。セリューを殺したのは、そこにいるアリィです」

 

だから自分は悪くないだろう、そう言いたかった。

おまけに自分はそこにいなかった。自分が責任を負うことなど何もないではないか、と。

これが彼女の言い分であった。

 

しかし、それは通らない。

 

「そのアリィを、詭弁で無理やり連れて行ったのは貴様であろう! エスデス将軍! アリィが敵に襲われているとき、貴様は何をしていたのだ!」

 

まんまと策にはめられ、分断されていた。これが事実。

彼女は今、自分の興味本位だけでアリィを戦場に連れて行った、大きなツケを支払わされているのだ。

だが、この程度では終わらない。終わるわけがない。

命の危険にさらされたアリィが、この程度で満足するはずがない。

 

「そなたが責めるアリィだが、同時にナイトレイドを二人討伐したと聞いているぞ。エスデス将軍、そなたは何人討伐したのだ? 余が報告を受けていないというのなら申し訳ないが聞かせてはくれないか?」

 

そう、今回の任務……アリィは無理やり連れて行かれた結果でもナイトレイドを二人殺している。

一方、戦力として大いに期待されるはずのエスデスは戦果なし。

彼女にあるのは、任務失敗と部下を死なせた責だけだ。

 

「アリィは敵の策を読み、見事敵を討ち取った。しかしエスデス将軍は相手に踊らされ護衛任務を失敗、さらにイェーガーズの一人を死なせておる。そもそも、アリィが殺したというもう一人だが、アリィの言うとおりにしていればそなたも一緒にいたのであろう? イェーガーズだけで敵を討伐し、帝具使いが死ぬことはなかったのではないか?」

「それは……っ」

 

反論が、できない。

アリィは確かに、戦力を分けることは敵の思う壺だと強く反対していた。それにもかかわらず無理やり分断させたのはほかならぬエスデス自身だ。

さらに、護衛任務においてアリィは一切関与しておらずすべてエスデスの指示によるもの。当然、その失敗の責を問うなら他ならぬ彼女しかいない。

 

黙りこくってしまったエスデス将軍を前に、皇帝はゆっくりと告げる。

 

「今までエスデス将軍は大いに活躍してくれている。ゆえに、今回任務を失敗したといえどそなたを処分するつもりはない。だが」

 

アリィが、ゆっくりと前に出る。

エスデスはいぶかしげな視線を送るが、アリィは彼女のほうを見ることなく皇帝の前でひざまずく。

 

「今回の事態は、そもそも余の侍女たるアリィがイェーガーズの侍女としてもそなたたちをサポート(・・・・)していたため、エスデス将軍が彼女に命令できると勘違い(・・・)したことが原因であると考えた」

 

だから、と皇帝は念を押した。

アリィは皇帝つき侍女であってイェーガーズつきの侍女ではない。つまりエスデスの部下ではないのだ、と。

そして続けられた言葉は、エスデスの目は大きく見開かせるに十分なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の功績を踏まえ、アリィには隊長であるエスデス将軍のさらに上として、イェーガーズの司令官となることを命ずる。戦場に出る必要はない。現場の対応はエスデス将軍に任せ、任務の方針や計画を決定してもらいたい」

「おおせのままに、皇帝陛下」

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち上がったアリィはイェーガーズへと近づき、足を止める。

今、彼女がいるのは玉座から床へと降りる階段の途中。つまり床よりは高い位置にある。

そしてエスデスはひざまずいている状態。完全に位置としても上下の関係にあった。

 

「これからよろしくお願いしますね、皆さん」

「「「はっ!!」」」

 

エスデスが振り返れば、アリィに頭を下げるウェイブ、クロメ、ランの姿がその目に飛び込んできた。

 

ボルスが彼女に妻子を託したのを見たウェイブは信頼を。

暗殺部隊の仲間を救ってもらい、今も保護してもらっているクロメは忠誠を。

復讐に協力的で情報提供も受けているランは追従を。

 

それぞれが、アリィに対して従うに足る理由を胸に秘めていた。

 

「アリィ、貴様ッッ!!」

「皇帝陛下の前ですよ? エスデス隊長」

 

思わず激昂して立ち上がるエスデスを、あくまでアリィは冷静に、冷徹に見下ろしていた。

もう、かつてのようなことは起きない。

もう、エスデスによってアリィが振り回されるようなことはない。

 

 

 

 

 

この日。

アリィは、イェーガーズの全権力を掌握した。

 




上司の命令で死ぬかもしれないなら、権力を握り返せばいいじゃない。
というわけでアリィが権力を握りました。
皇帝から言いましたが、彼から言うことがなければ「あの時申し上げましたが・・」とアリィから頼むつもりでした。

次回エスデスが大臣に詰め寄りますが、大臣の反応やいかに。
そして、イェーガーズを掌握した彼女の前に現れる者たちとは。


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第30話 取り調べの末死にたくない

「どういうことだ、大臣ッ!!」

 

皇帝との謁見が終わった後、納得がいかなかったエスデスはオネストのもとへ怒鳴り込んでいた。

こうなることを予想していたオネストはやっぱり来たかとため息をつきながらハムを噛みちぎる。

 

「どうもこうもありません。今回あなたが任務を失敗したのは事実ですし、一方でアリィ殿が成果を上げたのも事実。何より言ったはずです、アリィ殿を刺激しないでほしいと」

「だが……!」

「アリィ殿は爆弾です。あなたが彼女を刺激すればあなたが死ぬだけでなく帝国が滅びかねません。あなたは帝国の将軍なのですからねえ。そして私もあなたを止めなかったと巻き添えを食らいかねません。正直今回のことがこれで済むならよっぽどましなのですよ」

 

オネストの言葉は完全にアリィを擁護するもの。

オネストとしてはアリィを排除するのはまず不可能である以上、基本的に放置するのが一番であると考えている。しかし、今回エスデスが彼女を無理に連れ出してしまった。

その結果は彼女がより危険な精神状態になるという最悪のもの。

 

今回アリィをエスデスより上につけたのはエスデスから命令権を完全に剥奪し今回のような事態が再び起こることを防ぐためであるが、それと同時にアリィ本人を納得・安心させるためという理由がある。

彼女を上につけることでアリィの精神安定を図ろうとしたのである。

 

「心配せずとも、あなたの地位が下がったわけではありません。基本方針や命令こそアリィ殿からですが現場での対応はあなたがすることになるでしょう。基本的には変わりません」

「……フン、そういうことで納得しておいてやる」

 

エスデスが鼻を鳴らすも、仕方なく納得する。そもそもこれは皇帝から下された命であり、大臣につめよったところで皇帝の意見が変わらなければ意味がない。ましてや大臣自身も意見を変える気がないのだ。ここでごねても何も進歩しない。

 

「さてエスデス将軍。もともとあなたが戻ったらお願いするつもりだったのですが、西で暴れている外敵の排除を頼めますか。あなたにはやはり戦いが合っているでしょう」

「ああ、そうだな。戦場こそ私の生きる場所だ。せいぜい蹂躙して憂さ晴らしでもしてくるとするか」

 

ようやく顔に笑みを浮かべ、エスデスは部屋を出て行った。

うまい具合にエスデスに頼み事までできたオネストはふーぅっと息を吐くと椅子に深く座り新たな肉に手を伸ばす。

 

彼の客は、これからもう一人来るのだ。

 

「よう親父ぃ! 急に呼びつけるなんてどうしたんだよ」

「ああ、来ましたねシュラ」

 

シュラ。オネストの息子でありかつて新型危険種を解き放った張本人である。

しばらくは帝都から離れ各国を旅していたのだが先日帝都に戻ってきたのだ。彼が見定めた仲間と共に。

オネストはシュラが自分の前の席に腰を下ろしたのを見て話を始めた。

 

「”ワイルドハント”でしたか。うまく機能してますか?」

「おうよ! まぁ今はまだ市民を”取り調べ”してる段階だが……続けりゃナイトレイドを炙りだせる。その時は俺たちがあいつら全員狩りだしてやるよ。任務失敗するようなどこぞの特殊警察と違ってな」

 

イェーガーズをだしにして笑うシュラ。それほど彼は自信に満ち溢れている。

権力と暴力。この二つの力を取り揃えているからこそだろう。

一方オネストはというと眉間にしわを寄せてやれやれと呟いた。

 

「別に市民をいくら殺しても構いませんし期待もしています。ですが、あまりイェーガーズとはぶつからないでくださいね。今のイェーガーズは少々事情が違います」

「あん? なんだよ、強い奴でも入ったっていうのか?」

「……少々違います。エスデス将軍の上に、新たに司令官として役職を得た者がいるのですがね。彼女を刺激してほしくはないのですよ」

 

彼女。つまりは女。

エスデスに続いてさらに強い女が現れたのか? とシュラは眉を寄せるがどうも話は違うらしい。

そう。彼女は決して、強くなどないのだから。

 

「彼女の名は、アリィ・エルアーデ・サンディス。普段は皇帝付き侍女をしておられます。実際彼女自身は全く強くはありません」

「はぁ!? 弱っちぃ侍女風情がトップだっていうのかよ!」

「少々込み入った事情がありましてねぇ……とにかくシュラ。彼女に危害を加えたりして刺激するのは絶対に禁止です。宮殿で侍女に手を出したりもしないように」

 

もしそんなことしようものなら、とオネストは釘を刺す。

こうでもしないとこの息子は聞かないだろうと思いながら。

 

「万が一アリィ殿に目をつけられた場合私は一切かばいませんからね。どうなろうと自己責任です」

「おいおい、たかが侍女だろ? そんなにやばいのか?」

 

この時点でシュラはすっかりアリィという存在を軽視していた。

たかが侍女風情、しかも聞いてみれば年齢も若くどう考えても危険だとは思えない。

強さもないし権力も大臣ほどではないだろう。ならば相手が自分に目をつけようと「自分は大臣の息子だ」と言えば黙るだろう。今までの人間(ザコ)どもと同じように。

 

そんなことを考えていたから――アリィという少女がどのような人間か、シュラは完全に聞き逃していた。

 

 

 

 

 

 

 

「ここの劇場、二度と公演できなくなったんですか……残念です」

 

数日後。

帝都にある……いや、”あった”劇場の一つ、ウマトラ劇場の建物を見上げながら残念そうにアリィは肩を落とす。

両親が生きていたころに、連れて来てもらったことがある。何も知らないあの頃は劇場で公演される劇に泣き、笑っていたものだ。

 

「…………」

 

思い出していると、どうにもむなしくなる。

あの頃はよかった。死に怯えて生きることもなく、目の前の日々を笑って生きていればそれでよかった。

いつからだろう。心がこんなにも冷え切ってしまったのは。

世界がこんなにも、自分にとって恐ろしいものであると色あせて見えるようになったのは――

 

「いけませんね。約束に遅れてしまいます」

 

今の彼女の服装は真っ黒な喪服。

そう、これからボルスの妻であるマリア達と合流してボルスの墓参りに行くのだ。

ボルスの葬儀が執り行われてから、マリア達は毎日墓に通っていた。マリアと娘のローグもまた、喪服に身を包んでいる。

そして、彼女たちにアリィもできる限り同行していたのである。

アリィの精神状態が弱っていることはマリアもウェイブやクロメから聞いて知っており、マリアとしてもアリィを気にかけるようにしていた。

 

「遅くなりました、申し訳ありません」

「いえいえ。それじゃあ行きましょうか」

 

マリアと娘のローグ。そして今日はウェイブとランもともに来ていた。

クロメは用があると言って来ていない。

墓場につくとマリアとローグは膝をついて祈りを捧げ始める。

ウェイブやラン、アリィもボルスの冥福を祈る。

 

「あの……何か生活に不自由していませんか」

「イェーガーズのお給料として……エスデス将軍やアリィさんから十分なお金をいただきました。蓄えもありますし、しっかりとこの子を育てていこうと思います」

 

マリアはローグを優し気な目で見る。

これから母一人娘一人の生活となる。お金があるといっても無限ではない。いつか生活がたちいかなくなるかもしれない。それでも、娘はしっかり育てて見せるという母の決意がそこにあった。

 

「それに、最近はアリィさんがなにかと気にかけてくださって……墓参りにも、何度もご一緒してもらって」

「……私は、ボルスさんからお二人のことを頼みます、と託されました。私には……その、責任があります」

 

何度も何度も自分の中で問いかけた疑問。なぜ、ボルスは自分にこの二人のことを託したのか。

その答えは、いまだ出ない。

だからというのもあるが、アリィは侍女などの仕事がないときはできるだけ二人と一緒に行動することにしたのだ。幸い、皇帝もアリィが心を休めることができるならと涙を呑んで彼女の勤務時間を減らしている。

 

彼がアリィに託した二人と一緒にいれば……答えがわかるかもしれない。

そう、思っていたから。

アリィたちはこの場にまだ残るが、ウェイブとランは仕事があるからと一足先に戻ることになった。

最後に、ウェイブがマリア達に忠告する。

しばらく帝都の中心部に来てはいけない。シャレにならないやつらが暴れているから、と――

 

 

 

 

 

 

「今の帝都はあいつらのせいで最悪だよ……」

「あいつら、ですか」

 

革命軍の密偵……に、変装しているアリィ直下隠密部隊の一人、メイリーは革命軍の協力者から新しくできた治安維持部隊の情報を受けていた。

もちろん実際は隠密部隊なのである程度情報は持っている。しかし革命軍側はどこまでつかんでいるのか、どういう認識をしているのかを知ることができる。メイリーにとって得られるものは多い。

 

聞き取りを続けていると急にあたりが騒がしくなる。

 

「あんた、間違っても外に出るなよ」

(……なるほど。ここまで危険視されていますか)

 

シュラが集めてきた者たちによる部隊、秘密警察ワイルドハント。

彼らはすでに取り調べと称して多くの民を犠牲にしており、アリィが気にしたウマトラ劇場の劇団員もワイルドハントによって皆殺しにされていた。彼らの快楽の犠牲となって。

 

そして今、騒ぎを聞きつけウェイブとランが駆け付けた時には師とその家族が襲われ、敵討ちを誓うも無残に殺された末に縛られ逆さ吊りにされていた皇拳寺の門下生たちの姿があった。

 

「こ、こんなの、やりすぎだろ……っ」

 

ウェイブはその残虐さから納得がいかない。

しかし、声を荒げるも「大臣の息子に逆らうのか」と言われては引き下がるしかない。大臣一派と事を構えることになってしまうからだ。

ウェイブ、ランは悔しそうにするも、頭を下げる。

 

「おう、わかってるじゃねぇか」

(耐えるしか……ないのか……?)

 

 

 

 

 

 

 

マリアとローグが祈りを捧げるのを、アリィはじっと見ていた。

ボルスはなぜ自分に二人のことを託したのか。なぜ、自分なのか……?

ふとしたひょうしにいつもこのことが頭を駆け回る。

あの時、ボルスは何を思っていたのだろうか……?

 

「へぇ……こりゃ驚いた」

 

そこへ急に声がかけられる。

振り返ってみると、そこには数人を従えたシュラがいた。

彼のことはアリィも知っていた。情報を集めていたということもあり、彼が何をしてきたかも知っている。

 

「墓参りを欠かさない美人の未亡人、噂通りだ。おまけに上玉の女にガキもいるとかついてるな。たまにはこんな辛気臭い郊外にも来てみるもんだな」

「な、何かご用でしょうか……?」

 

ただならぬ雰囲気を感じたマリアが、おそるおそる口を開く。

その問いに答えるのは、ニヤニヤと笑みを浮かべる男たち。

 

「ああ、お前たちを新しいオモチャに任命してやる」

「光栄に思えよ。大臣の息子から目をかけられたんだぜ」

「ああああああ!! あの子超可愛いんですけどおおお!」

 

二人の後ろからはローグに目をつけたらしい巨漢が息を荒げながら駆け寄ってくる。

この状況に、アリィは……二人をかばうように前に出た。

 

「……去りなさい」

「ちっ、天使とのラブラブの結婚式をあげるってのに……邪魔してんじゃあねえ!!」

 

ピエロの姿をした巨漢……チャンプは子供を数多く殺してきたシリアルキラーである。

幼い子供を天使と呼んで愛するが、汚い大人にしないため、と惨殺することに性的快感を覚える狂人であり、大人は容赦なく殺してきた。若いとはいえ、アリィも彼からしてみれば好みの範囲外であったらしい。

彼が振り上げた拳は……アリィに当たることなく彼自身の顔を殴りつけ、吹き飛ばす。

 

「がっ!?」

「な、何をしやがった? おいてめぇ! 俺は大臣の息子なんだ、俺たちに逆らうってことは大臣に逆らうってことだぞ! それが」

「それが、ナニカ?」

 

アリィの答えに、シュラは絶句する。

チャンプが突然自分を殴り飛ばすというわけのわからない光景も驚いたが、今の彼女が口にしたこともわからない。

イェーガーズですら引き下がったというのに? 自分の状況が分かっていないのか?

しかしシュラの額を冷汗が流れる。今、目の前にいる彼女はこれまで遊んできたオモチャとは何かが違う。

 

(違う……こいつはわかったうえでそう答えている!)

 

「あぁ、もう……」

 

一方、アリィはというと。

自分が二人の前に出たことに誰よりも自分自身が驚いていた。こんな危険な状況の中、前に出るなど。

だが、二人だけではなく自分だってオモチャ任命された挙句殺されかけた。さらにボルスに託された二人まで襲われそうになった。

ああ、そうだ。知っていた、こいつらがどれだけ危険な人間かということくらい。

だったら……自分がこうするのも、当然なのかもしれない。

マリアとローグとの触れ合いの中、僅かに癒されていた心が再びひび割れていく。

 

「……どいつも、こいつも、そんなに私を殺したいんですか……?」

 

歴史の中で、多くの書物や物語に出てきた言葉がある。

それは子供だって知っていること。

だが、やりたい放題やってきたワイルドハントの者たちが、これまで意識できていなかったこと。

すなわち――

 

 

 

 

 

 

 

 

――やったら、やり返される。




目には目を。歯には歯を。

悪意には、悪意を。

暴虐には、暴虐を。


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第31話 権力と暴力を使われ死にたくない

ワイルドハントの面々は今まで、誰にも止められることなく己の欲望を満たしてきた。

それができたのはもちろん彼ら自身の能力が高かったこともあるが……シュラが「大臣の息子」であったことが大きいのは紛れもない事実である。

 

今現在、この帝国を牛耳っているのが大臣・オネストであることは帝都にいる者であれば誰だって理解している。例外を挙げるなら皇帝本人や政治を知らない子供たちくらいであろう。

すなわち、シュラたちに逆らうということはこの国に逆らうと同義であったし、そしてそれをシュラ自身もまた公言していたのだからより脅しとしては十分だった。

 

権力と暴力。それがワイルドハントの矛であると同時に盾。

しかし……力というものは、より強い力に屈服させられるのが道理。

 

もし、「大臣の息子」という権力をどうでもいいと一蹴できる者だったら?

もし、相手がどんなに強い暴力を振るおうとそれを否定できる者だったら?

 

 

 

 

 

ザクッ、ザクッ。

アリィが歩くたび、土がこすれる音がする。

目を濁らせた少女を前に、シュラはいいようのない感情を胸に抱いていた。

いや、本当はこの感情が何かわかっている。ただ、認めたくないのだ。

よりにもよって、自分が、このひ弱そうな少女に対して……

 

(恐怖、しているだと……この俺が、このシュラ様が、こんな弱そうな女に!?)

 

シュラは理解できない、したくない。自分が恐怖を抱いているということを。

シュラが葛藤で立ち尽くす中、後ろにいたワイルドハントのメンバーが動き出す。

 

「むー、なんかよくわかんないけど、殺しちゃっていいんですよね?」

 

彼女はコスミナ。西の国の魔女裁判にかけられ、有罪とされた歌姫である。

しかし、その理由は「歌声が人を惑わす」という人々のうわさ、迷信によるもの。その果てに家を燃やされ、家族を失い、精神を病んだ女性。ある意味人々の迫害の犠牲者でもある。

 

彼女の帝具は大地鳴動ヘヴィプレッシャー。マイク型の帝具であり、これを介して発された声は超音波となり、敵を粉砕する。

今もアリィめがけて超音波を放つため、コスミナが大きく息を吸った。

しかし彼女は知らない。アリィの帝具はすでに発動しているということを。かつて彼女のすべてを奪った声が、今再び、己を滅ぼすことになることを。

 

『――』

 

音というものは基本的に全方位に発されるものである。

もちろん帝具であるヘヴィプレッシャーは超音波にある程度方向性を与えることはできる。

しかし、もともと全方位に発されるものを前に飛ばせるということは、それは別の方向にも発することができるということで――

 

『あ』

 

ヘヴィプレッシャーが放った超音波が、コスミナの全身を砕いていく。

燃やされた家の中でも唯一生き残るほど生命力の高いコスミナも、至近距離から全身を粉砕されては生きていられるはずもない。

全身を砕かれ、コスミナが血を吐いて倒れるのを見て錬金術師であるドロテアは舌打ちをした。

 

「さっきのチャンプといい、どうやら攻撃しようとすれば自分に返ってくるカウンターみたいな能力のようじゃのう……ここは引いた方がいいぞ」

 

ドロテアの判断は正しい。イルサネリアの能力については完全に正しいというわけではないが、この状況を一番よく理解できている。優れた錬金術師であるというその頭脳は決して伊達ではない。

だが、良くも悪くも……そのような理屈で動かないのがシュラの集めたメンバーなのである。

 

「あやつの能力と拙者の剣……はてさて、どちらが上回るものか」

「何を言っとるんじゃイゾウ! おぬしが奴の力に抗える筋合いなぞ」

 

ワイルドハントのほとんどが手を出そうにも出せない今の状況にまごつく中、一人足を踏み出したのはイゾウ。

彼はワイルドハントの中で唯一帝具使いではない。自身の刀「江雪」を何よりも愛し、刀に血を吸わせんと何人もの人を斬ってきた剣客。

そんな彼の顔に浮かんでいたのは……歓喜だった。

 

「止めてくれるな。今、江雪が震えて仕方ないのだ……! きっとあの怪異な女を斬れば江雪の飢えを満たす血が吸えるということに違いない……! おぉ江雪よ、今お前の飢えを満たしてやるからな」

 

アリィが何かをするより先に、勢いよく土を蹴って抜刀する。

目指す先のアリィは何をするでもなく、じっとこちらを見ていた。

鞘から外に出された刃は血を吸わせろと言わんばかりに切れ味のよさを見せつけるような輝きを見せ、その美しい刃を、血に染めた。

 

「かっ……」

「きっとその血を吸わせたことは、ないでしょう?」

 

喉元から血を吹き出したのは――イゾウの方であった。

イルサネリアはたとえ相手が純粋な刀のための気持ちであろうが何だろうが……主たるアリィに危害を加えるような行為には容赦なく牙をむく。

イルサネリアの力により、イゾウもまた己の衝動に飲み込まれ、自分で自分の喉を江雪で切り裂いたのである。

 

「ローグ、見ちゃダメッッ!!」

 

マリアが娘に凄惨な光景を見せまいとローグの顔を自分の胸に抱きしめて隠す。

対してアリィは、イゾウから噴き出した血をよけることもなくその顔を返り血で濡らす。顔だけでなく、弔いのためであるはずの喪服さえ黒の中に血の紅が混ざる。

血で濡れることなど、どうでもいいと言わんばかりに。

 

(あぁ……そうか、江雪……お前はずっと、拙者の血を吸いたかったのだな……)

 

倒れ伏すイゾウ。

しかしその手には、なおも血に染まった江雪が握られていた。

江雪の刃はイゾウから流れる血でさらに紅に染まっていく。

 

「いいぞ……ぞん、ぶん、に……せっしゃの……ちを……」

 

カハッ、と血を吐くとイゾウは動かなくなる。

その姿を、アリィはじっと見下ろしていた。死んでなお自分の血を刀に吸わせることを喜ぶイゾウのことが、理解できないとでも言いたげに。

だが、視線をそらすと今度はシュラたちの方へと向けた。

 

「さて……」

 

気がつけば、自分が集めてきた人材がもう二人殺されている。

アリィの口から言葉が出ると同時に、シュラは思わず今までの動揺を言葉でぶつけた。

 

「ふ、ふざけんじゃねえ! 俺たちに手を出して、ただで済むと思ってんのかあ!!? 親父には絶対にこのことを伝えるからな、はは、そうだ。強がっちゃあいるがお前はもう終わりなんだよ!」

「……人の話を、聞かない人ですね」

 

シュラはアリィが何かしら帝具を持っているであろうことは理解した。

だが、それがどうした。帝具があろうとこの国を支配しているのは自分の父親であり、そんな自分にたてついた以上、この帝国で生きていくことはもうできない。

口で何と言おうとも、国を相手にして勝てるものか。

そう、思ったのだが――

 

「私に危害を加えるなら殺す。それが誰かだなんて関係ないんですよ……将軍だろうが殺す。大臣だろうが、殺す。もちろん、大臣の息子だろうが、殺します」

 

本当に……本当に、目の前の少女は権力を盾にしたところで動じない。

自分に危害を加えられるくらいならば、権力があろうがなかろうが構わず殺す、と。

 

かつてのアリィなら危険を避けるために逃げていただろう。

だが、今のアリィは違う。死の危険は彼女が逃げようとするだけではどうにもならずに何度も何度も襲い掛かってきた。

だから、全てを薙ぎ払う。

「死にたくないから逃げる」のではなく、「死にたくないから殺す」というように彼女の考えは変化していた。もちろん、こんなものが、まともな成長と呼べるわけがない。

戦乱やまぬ帝国の中、命の危険にさらされ続けた末に、彼女はさらに歪み、狂い、壊れていったのだ。

 

「て……てめぇはいったい、何者だ……?」

「皇帝付き侍女、アリィ・エルアーデ・サンディス」

 

その名前を聞いて、ようやく気が付いた。

アリィ。その名はオネストに聞かされていた名前。

絶対に危害を加えるな、刺激するなとオネストが釘を刺すほど警戒していた女。

シュラは歯噛みする。侍女というから宮殿にいると思った、他のオモチャよろしく侍女服を着ておとなしくしてるだけの、地位だけの人間だと思っていた。

 

そんなものじゃない。そんなはずがなかった。

 

アイツは、恐怖と狂気が混ざり合った末の、怪物だ……っ!

 

「オモチャに任命してやる……でしたか? ならば死んでください。私の、平穏のために」

 

アリィがワイルドハントに向けて手を伸ばす。

シュラにはそれが、死神の手のようにしか見えなかった。

このままだと、死ぬ。

もう目の前の少女はひ弱な少女になんか見えない。帝国らしい、狂ったバケモノだ。

 

「震えろ、私の――」

「し、”シャンバラ”ァァァァ!!」

 

なりふり構わずシュラは自身の帝具を発動させた。

次元方陣シャンバラは空間を操る帝具であり、対象をあらかじめマーキングした場所へ任意に飛ばす能力を持っている。

その力を使って、シュラは、逃げた。

ワイルドハントの全員が光に包まれ、その場から消える。

 

シュラの選択は今日唯一にして最大の正解であった。

シャンバラでの逃走はそれこそアリィという脅威を排除するためではなく脅威から逃れるためのものであり、イルサネリアが発動することはない。

さらに、イルサネリアの瘴気から強制発症させる”感染爆発”はアリィの視野範囲内でなければ使えない。

 

あとに残されたのは転がる二つの死体とアリィ、そしてなおも震えるマリアとローグ。

危機が去ったことにより、マリアはなおもローグを抱きしめたまま震える足で立ち上がるとアリィのもとへと歩み寄る。

 

「あ、アリィさん……」

「……殺さなきゃ」

「ヒッ!?」

 

思わず悲鳴を上げマリアが後ずさる。

アリィはシュラたちが消えた場所から視線を外すことなく呟き続けていた。

頭を抱え、虚ろな目のまま小さな声で。

 

 

 

 

 

 

 

「殺さなきゃ殺さなきゃだめだだめだ逃げられたまた来る襲われる排除できなかった最悪です失態です殺さなきゃ排除しなきゃ守らなきゃダメなのに失態です排除できなかった私が狙われる殺されるだったら殺さないと見つけなきゃ捕らえなきゃ消さなければ殺すしかないあいつらが悪いそうだこうするしかないんです死にたくない死にたくないだから殺さなくては排除しなくては消さなくては――」

 

 

 

 

 

 

 

シュラ達は逃げることには成功した。

ただ……逃げたところで、すでに、手遅れである。

ロマリーでの戦いで心に大きな傷を負った彼女に対し、恫喝の末さらに脅威として認識させてしまったのだ。

 

彼らが好き勝手に振りまいた悪意は……恐怖を排除しようとするさらなる悪意を呼び起こしただけだったのである。

 

 

 

 

 

「アリィさん!?」

「来ましたか、ウェイブさん。二人のことをお願いします」

 

アリィやマリア達がワイルドハントに襲われたという知らせを聞いて、最悪の事態を予想して駆けつけたウェイブ。

幸いにも彼の予想は外れ、三人とも生きていた。

しかし、マリアとローグは家の中で震え、アリィの顔や服も血に染まっており……何かがあったのは明白であった。

 

「あ、アリィさんは……」

 

怯えるマリアたちから話を聞くことも正直はばかられ、ついすがるようにアリィの背中へと声をかけたウェイブだったが、アリィは立ち止まることなく振り返って答えた。

血に濡れた顔はそのままに、笑顔を見せて。

 

「やることができましたので……大臣に会ってきます」

 

答えた後、前を向いたアリィの顔は、ウェイブから見ることはできない。

彼女は……すでに、笑ってなどいなかった。




ワイルドハントって「残り何人」の表記はなくて最後に「全滅」だけなんですね
おそらく一話でまとまって死ぬことが多かったりしたせいかもしれませんが。
本作も同じようにしていきます。これから少しずつ死んでいきますし。


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第32話 八つ当たりで死にたくない

大臣・オネスト。

 

先代皇帝が生存していた頃から頭角を現し始めてはいたが、彼が真に権力を握ったときはと言われればやはり幼い現皇帝を皇帝の座につけたときであろう。

彼は見た目こそ太った俗物ではあるが、長年政治に携わった経験だけではなく頭が切れる非常に有能な人間である。

これが無能な人間であればとっくに彼は権力を失っている。

 

そう、自分のやりたいように皇帝の陰で暗躍することで当然敵も多くなる。

しかし皇帝が自分を信じ切っていることにより、権力の掌握、さらに敵の排除を進めてきた。

時には正面から不正の事実を暴いて見せ。時には偽りの証拠で冤罪を押し付け。

彼は己の地位を盤石なものにして見せた。

 

今では、大臣に反感はあっても正面から反対することなどできない。

オネストは危機管理能力にも優れている。

自分の身が危ういと思えばその排除にすぐ動く。

 

そしてたいてい、自分に逆らうとこうなる、という見せしめになるように排除するのだ。

 

さらに平時でも皇帝からの信頼が厚い、と見せることで問題が起きないようにも努めている。

この積み重ねによって、彼は権力を思うように行使できる場を作り上げたのだ。

 

ただ偶然や生まれから力を手にしたわけではない。

権力を手に入れながらあらゆる危機を乗り越えてきた男。それがオネストなのだ。

 

そんな彼は、今――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、何か申し開きはありますか」

「ひ、ひとまず落ち着いてくださいアリィ殿」

 

人生最大の危機(ピンチ)を迎えていた。

 

 

 

 

 

発端はオネストが食後のデザート第一弾を楽しんでいたときである。

ノックの音に加え「お時間よろしいですか」とアリィの声が扉の奥から聞こえていた。

そういえばデザート第二弾を頼んでいたなと思いどうぞと許可を出した。

 

そして入ってきたアリィは……左手に皿を、右手に紙の束を持っており。

その表情はどこまでも無表情で、しかし紛れもなくオネストの背筋を凍らせるには十分で。

ゆっくりと入ってきた彼女は硬直するオネストの前でつぶやいたのだ。

 

「デザートと言い訳、どちらから口にいたしますか?」

 

うまい言い回しですねぇ、だなんて笑う余裕もなかった。

 

「と、とりあえずまずは事情の説明をお願いします。そうでなくては言い訳と言われましてもどうにも……」

「それもそうですね。では説明いたしましょう」

 

話を聞いていくうちに、オネストはいつの間にか頭を抱えていた。

心なしか頭がズキズキしてくるような痛みを感じるのだが幻覚でもないだろう。

 

要約すると、次のような話になる。

オネストの息子・シュラが自分に襲い掛かってきたがどういうことなのか。

さらにかねてからアリィが情報を集めていた危険人物が数名一緒にいた、あまつさえシュラが大臣の息子だと言う権力を振りかざして。

大臣の権力を使っている以上、その責任もまた大臣にあるはずである、さぁどう始末をつける気だ?

 

これがアリィの主張である。

当然、オネストとしては頭を抱えているが内心では輪をかけて叫びたい状況であった。

よりにもよって、ただでさえ精神が追い詰められて危険な状態であるアリィにシュラが自分の名前と権力(俺は大臣の息子だ)を振りかざして狼藉を働こうとしたのである。

 

シュラが自分の名前を使って暴れること自体は別にかまわない。

ワイルドハントという権力を与えたのもシュラの行動に対して寛容だったからである。

だがその一方でオネストにも守ってもらいたい一線というものがある。それを乗り越えないようにと、オネストは確かに釘を刺していた。アリィには手を出すな、と。

 

しかしシュラはアリィがどのような人物かについてはあまり真剣に聞いていなかったため、容貌を把握していなかった。ただ弱い侍女であるという認識しかなかったのだ。

 

「では、何か申し開きはありますか」

「ひ、ひとまず落ち着いてくださいアリィ殿」

 

そしてここで冒頭に戻る。

現在、アリィの中でシュラたちワイルドハントの排除はもはや確定事項である。

 

「ちなみに、ワイルドハントの連中はどうしました?」

「そうそう、その報告もしませんと。眼鏡をかけた女性と刀を持った男は私に襲い掛かってきたので死んでいただきました。眼鏡をかけた女性が持っていた帝具は現在こちらで預かっています。他の人間は……あれも帝具でしょうね、逃げてしまいましたよっ……!」

 

彼女の報告にオネストは安堵する。

シュラが連れてきた人材の中に一人、ある頼みをしたい人物がいたのである。

幸いにも、その人物はアリィによって殺されるという事態は回避できたらしい。

だがそれをおいても、すでに二人死亡しているとは……とオネストは嘆息した。

 

悔しそうに歯噛みするアリィに向けてオネストはまず自分の潔白を説明する。

いや、シュラの暴走を止められなかった時点で潔白とはいえないかもしれないが、それでも馬鹿息子に巻き込まれて自分までアリィに殺されるのはまっぴらごめんなのである。

 

「まず言わせていただきたいのですが、私はシュラに釘を刺しておいたはずなんですがねぇ……。アリィ殿に危害を向けるようなまねをするな、と」

「全然刺さっていませんでしたが?」

「うっ……。い、いえしかし、私個人としてはあなたを、そう、守らねばならないということは重々理解しておりました。シュラも私の言うことは聞きますから、アリィ殿に危害を加えることはしないようにと言いつけていたのですが……」

 

しばらくじっと大臣を見つめるアリィ。

オネストとしてはいつ彼女が自分を殺そうとしないか気が気ではなかった。正直自らの帝具を発動させた方がいいのではないかと思ったほどである。

だが、その帝具はオネストの奥の手に近い。一度使うと再使用には時間がかかるものでありうかつに使えるものではない。

そもそも、発動に失敗したらその時点で完全な敵対として殺されかねない。

 

「……やれやれ。嘘をついているわけでもないようなので……オネスト大臣が私に対して配慮していただいたことはわかりました。あなたが私を害する原因にはなっていないということでしょう。……もっとちゃんと釘を刺しておいてほしかったものですが」

「えぇ、えぇ。その点は本当に申し訳ありませんでした。二度とこのようなことがないように私も気をつけますし、シュラにも言い聞かせておきますので……」

 

アリィの表情が変わったのを見て、オネストは喉元まで来ていた死神の手が離れていくのを感じた。

どうにか危機を乗り越えたと思ったオネストは……

まだ、アリィのすべてを理解できてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

「いえ、結構ですよ。彼らは全員殺しますので」

 

 

 

 

 

 

「……なんですと?」

「私にとって彼らは危険です。危険だから殺します。言って聞くなら今回のことは起こっていません。だから殺した方が安全なのです。私のために」

 

まるで暴君の八つ当たりにもとれるような発言。

しかし彼女は本気だ。本気でワイルドハントを認めたからこそ、本気で排除することしか考えていなかった。

オネストは理解する。一歩間違えれば、自分もまた確実に排除されていた、と。

自分にとって害になるなら排除する。それはオネスト自身も行ってきたことなのだから。

 

それでですね、とアリィは話を続ける。

 

「ではこちらを。大臣にお願いできなければ、ブドー大将軍や皇帝陛下にお話ししようと思っていますが」

 

呆然としたオネストを置き去りにしたまま、話を進めていく。

持っていたデザートの皿を横に置くと、もう片方の手に持っていた書類を大臣の前に置いた。

いったい何を……と読み始めたオネストの顔は凍り付く。

書類の内容はとある要望。さらに、その後ろに続くのは内容の根拠を補強する資料であった。その後も読み進めていったオネストは、やがて諦めたように顔をあげた。

 

「さすがに……私からは何も言えませんねぇ……」

「では、認めていただきますね?」

 

アリィの微笑みに、オネストはどうしようもないといった顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

「くそっ! くそっ!!」

 

一度隠れ家に逃げたシュラは宮殿に戻ってきたものの、ずっと悪態が止まらなかった。

楽しみを邪魔されたこと、脅しが通用しなかったこと、自分が恐怖を抱かされたこと、せっかく集めた人材が二人も殺されたこと……苛立つ原因をあげればきりがなかった。

その全てが、たった一人の少女によるものである。

アリィ・エルアーデ・サンディス。

 

(絶対に消してやる……!)

 

他のワイルドハントのメンバーは別行動をとっている。

別れ際、彼らが自分を見る表情がいつもと違って見えたのがまたいらだってしょうがない。

八つ当たりの先を求めて歩いているとき、シュラの目に映ったのは街で会った腰抜けのイェーガーズと、少女。

一瞬アリィだったらと及び腰になったが、明らかに別人だった。

 

「また会ったな、腰抜けのイェーガーズ君。横にいるのは……へぇ、こんな上玉もいたのか。気づかなかったぜ」

 

無理やりに少女……クロメの腕をつかむと、シュラは舌なめずりをしながらにらみつけた。

 

「お前、次のオモチャに任命する! クスリで強化したタイプか? お前みたいな薬漬けの女とやったことはないからな、面白そうだ」

 

どうせイェーガーズといえど、あの腰抜けなら何を言うこともできないだろう。

そうすればあのアリィという女に話が届くこともないはずだ。そこの腰抜けが何か言ってきたとしても街と同じように脅しつければいい……

そう考えていたシュラは、八つ当たり先のオモチャとしてクロメを連れて行こうとする。

 

「待てよ」

 

案の定、残っていたイェーガーズ……ウェイブがシュラを止める。

わかりきったことを言い出したこと、腰抜けの癖に自分にまた食い下がってきたこと、何より八つ当たりを邪魔されること。すべてがわずらわしい。

気が立っていたシュラは振り返すと怒鳴って脅しつける。

 

「あぁ!? なんか意見あるのかコラ!? 俺は大臣の息子……」

 

 

 

 

 

 

 

シュラの顔に、ウェイブ渾身の拳がたたきつけられた。

 

 

 

 

 

 

殴り飛ばされたシュラは派手に背中から倒れこむ。

ウェイブはクロメを背中にかばうと、怒りに燃えた目でシュラを見下ろしていた。

彼は見た。目の前の男によって、危うく殺されるところであったマリアとローグが震える姿を。

彼は聞いた。アリィがいなくては本当に死んでいたこと。アリィの様子がおかしくなったこと。

 

「汚い手で、俺の仲間に触るんじゃねぇよ」

 

知人を傷つけられ、そして大事な相手が傷つけられそうになることを……黙ってみていられるような男ではない。

 

「治安を乱す輩は俺たちイェーガーズが狩る!! たとえ大臣の息子だろうがな!!」

「……ハ」

 

一方のシュラは……完全にキレていた。

何も、何も思い通りにならない。

たかが侍女と侮っていたアリィに邪魔され……そして、腰抜けと見下していたウェイブに殴り飛ばされた。

 

「どいつもこいつも……調子に乗りやがってぇぇぇぇ!! 俺に逆らうやつらは、全員俺が裁いて! 死刑にしてやるよぉぉ!!」

 

シュラから溢れ出す殺意。

ウェイブも身構え、一触即発になったその場に……

 

 

 

 

 

「待てぇい! 貴様ら……私が守護する宮殿で暴れようというのか!?」

 

 

 

 

 

声が響くと同時に、重圧のある存在感をまとった男が現れる。

鋭い眼光で三人を睨み、腕を組むその男の名前は。

 

「そんなことは絶対に許されんぞ。以前ここで帝具を使った馬鹿がいたが……今貴様らが帝具を使って暴れるのならば直に裁いてやる。 この私のアドラメレクでな」

 

大将軍、ブドー。




次話、ついに……


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第33話 首を絞めて死にたくない

ブドーの登場により、シュラとしても手が出しづらくなった。

そこで提案されたのは、素手による遺恨なしの勝負。

実際に軍でもルールを定めたうえで問題解決の手段の一つとして用いられているため、ブドーとしては異論のない提案だった。

もとより、ブドーが口をはさんだのは彼が警護する宮殿内で争いが起きるのは許せないからだ。

ならば場所を移し、周囲に影響しない形での争いであるならば問題はないのだから。

 

そしてブドー立会いの下、戦闘が開始。

 

ウェイブをなぶり殺しにできると意気込むシュラだったが、その戦いをブドーと共に見ていたクロメは言った。

 

「ウェイブだって、完成された強さだと、隊長から太鼓判を押されています」

 

その言葉通り、世界各地を旅し、各国の武術の長所を取り入れたシュラの動きに対応し、殴り返していく。

最後に、立っていたのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はっ!?」

 

シュラが身を起こした時、彼はベッドに横になっていた。

そんな場所で気が付いたという事実が示すのは、ただ一つ。

 

ウェイブとシュラの戦いは……シュラの敗北で終わった、というこの一点。

 

「俺はあのカスに……負けたのか?」

 

認めない。

認められない。

散々見下した腹立たしい存在に、自分が、負けた……?

 

権力を振りかざそうにもそれはアリィには通じなかった。

そして今、暴力を振るおうにも逆にウェイブによって負かされたのである。

もはや、彼のプライドはズタズタだった。

 

「クソがぁぁ!! ふざけんなよ! 今すぐ……」

 

殺してやる!

 

彼の怒りはもはや収まりようのないほどであった。

同時に殺意もみなぎらせ、今すぐにでもウェイブを殺そう、それしか考えていなかった。

先ほどの正々堂々の戦いではない。帝具を使おうが、彼がかばったクロメを人質にしようがどんな手を使っても生き地獄を味あわせたうえで殺す。

プライドを砕かれた以上、ウェイブを見下していたにもかかわらず徹底的なまでの強い殺意。

 

しかし、その彼の足は止められることになる。

 

 

 

 

 

 

「情けないですねぇ」

 

 

 

 

 

粗ぶっていた感情が急に冷えた。

その声は、他でもない。

自分がこうあろうと、いやそれすら乗り越えようとしたただ一人の存在。

 

「お、親父……」

「任務を忘れて遊びすぎですよ、シュラ」

 

椅子に座って通常の倍以上の大きさのプリンをぱくぱくと食べるのは、大臣・オネスト。

そしてシュラの実の父親。

彼はなおもプリンを食べながらシュラを見る。否、見下す。

 

「挙句に田舎者に自分から喧嘩を売った挙句返り討ちですか。ため息が出ますよ、まったく」

「ぐ……う……」

 

オネストに呆れられた。失望の目で見られた。

オネストを目指すシュラにとって耐え難い苦痛である。

しかしだからといって、彼も黙っていられない。シュラとしても、父親に言いたいことがあったからだ。

 

「な、なぁ親父! 聞いてくれよ! イェーガーズのトップだって言ってたあのアリィって女、よりにもよって『大臣だろうが殺す』とかほざいてやがった! これって明らかな反逆だろ? だからイェーガーズをワイルドハントの傘下に入れてくれよ、監視って名目でよぉ!」

 

シュラは忘れていなかった、自分に向けられた殺意にまじって、アリィが放った「大臣だろうが殺す」という言葉を。

そしてその言葉を武器に、逆にアリィを引き摺り下ろすことをもくろんだ。アリィ、そしてウェイブを自分のしたにおくことでいつでも殺すことができるように。

 

だが。

 

「……はぁ……」

 

オネストの口から出たのは、ため息だった。

そしてそれは、言葉以上に雄弁に、オネストの本心を語っていた。

シュラの目がゆれる。まさかこのような反応が返ってくるとは思いもしていなかったからだ。

話が急すぎたのか? それとも証拠固めが弱かったのか? しかしまぎれもない事実であることは確か。

そんなことを考えていたシュラにオネストはようやく告げる。

 

「イェーガーズを傘下にとは言いますが……立場が悪いのはシュラ、あなたのほうです。これがなんだかわかりますか?」

「あぁ!? どういうことだよ!?」

 

驚きとともに叫ぶシュラに、オネストは黙って数枚の書類を差し出す。

怪訝な顔をするシュラだったが、続くオネストの言葉で硬直した。

 

「新型危険種を解き放ち、大きな被害を出した下手人はDr.スタイリッシュの友人でもあったシュラという男であったと、イェーガーズのランという青年がつきとめていました。その完璧な証拠です」

「なっ!?」

「その中には重要参考人として十字傷に空間を操る帝具所有者が疑わしいというエスデス将軍の証言……他どれも無視できないものばかりです。握りつぶすことすらできませんねぇ」

 

シュラはランのことを思い出し、媚を売ってくるやつだとは思っていたがまさか裏でこんなものを用意していたとは、と憤りに襲われる。

一方で、オネストは顔を手で覆いやれやれと息を吐いていた。これは下手をすれば自分にも飛び火しかねないようなものだからだ。なにせシュラがオネストの息子ということは誰もが知っている。その要因の一端としてはもちろん、シュラ自身がそのことを公言しながら権力を振るっていたというのもあるのが余計に始末におえない。

何より、彼としてはそれをまとめ、オネストに提出した人物。彼女の存在が大きかった。

 

「これを持ってきたのはアリィ殿です。皇帝陛下や、さらにはブドー大将軍のところへこれを持ち込まれては厄介なことになっていましたよ……私の言いたいことがわかりますね?」

「ぐぅっ!!?」

 

またしても。

またしてもシュラの邪魔をしたのが他ならぬアリィ・エルアーデ・サンディス。

そして決定的な言葉が、オネストからシュラへ告げられた。

 

「彼女の要望どおり、ワイルドハントは解散とします」

 

アリィが出した要望書。それこそが、ワイルドハントの解散を求めるものだった。

彼女が資料として付随したものこそ、以前アリィがランに託した書類、さらにこれを元にランが調査したことによって固められていたシュラの悪事の証拠。

ランとアリィによって纏められたその証拠は、オネストをしてぐうの音も出ないほどにシュラの罪を立証し、ワイルドハントの存続を否定するものであった。

 

権力を振るう格好の隠れ蓑となり、さらにナイトレイドを捕らえて手柄にするための部隊。

その解散が、他ならぬオネストによって命じられる。

シュラはガラガラと、自分の足元が崩れ落ちていくような錯覚を感じていた。

 

「ば、かな……」

「これにより、貴方は一切権力によって守られることはありません」

 

ねぇ、シュラ、とオネストが彼に向き直る。

手を組み、じっとシュラを見据える視線は一切の容赦なく彼を貫いていた。

足が震える彼のことはかまわず、オネストは淡々と話した。

 

「いたずらをすることは別にどうでもいいんです。その証拠を残すようなへまをしたことや、それを簡単につかまれることが情けない。ましてや、私の忠告を無視してアリィ殿に睨まれるような真似をしたのがみっともなくてたまらない」

 

事実。もしシュラがオネストの忠告を重く受け止め、アリィの容貌までもきちんと聞き取っていれば。

アリィに手出しをするようなことがなければ。

少なくとも、ここまで徹底的に追い詰めるような手段をアリィはとらなかっただろう。

 

「いいですか、シュラ」

 

アリィさえ、追い詰めなければ。

 

「私は、無能な者が嫌いです。無能で父の忠告を聞かない息子など、必要ありません」

 

ついに、シュラはその場に崩れ落ちる。

対するオネストは立ち上がり、最後の一口を味わうとプリンがなくなった皿を横に置き、そのまま部屋を出て行った。

シュラのことなど、一切振り返ることもなく。

 

「あ……ぐ……」

 

残されたシュラは、一人呆然としたまま、叫ぶ。

父親に見限られた、すべてを失った。

その言いようのない感情に任せ、ただ叫ぶことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

気がついたら、フラフラとシュラは宮殿の廊下を歩いていた。

もう彼には、何も残っていない。

権力は取り上げられ、オネストはもう自分のことを息子として認めてはいないだろう。

そうとしか思えず、それゆえに今の彼は空っぽであった。

 

「……あ?」

 

うつろな目をしたまま、もうどこなのかもわからないまま歩くさなか。

自分の前の、先の方に。

一人の侍女が歩いている姿が見えた。

 

「……」

 

見間違いではない、

見間違いであるはずがない。

後ろ姿だろうがわかる。

 

彼女は紛れもなく、自らを破滅させたアリィであった。

 

ぼんやりとした思考の中に、火がつけられるような感覚。

自分がすべてを失った、その元凶が今、無防備な背中をさらして歩いている。

 

そうだ、そういえば彼女は父親ですら無視できない存在ではなかったか?

そんな彼女を排除すれば……

 

 

 

また、自分を認めてもらえるのではないか?

 

 

 

シュラの胸の中についた火は、燃え上がるようにして彼の心を満たしていく。

瞬間、彼は駆け出していた。

目の前の女に気づかれないよう気配は消し、しかし彼の全速力で迫り、その首をへし折ってやろうと手を伸ばした。

 

もしこの時のシュラの顔を正面から見ていた者がいれば、まさしく修羅か悪鬼のごとき形相だったと思ったことだろう。

まさしく今、彼は理性を失って完全な獣となりはてていた。

 

アリィと最初に相対したとき、自分の部下に何が起こっていたのか、その一切を思い出すこともできないほどに。

 

「……ガァァ!?」

 

息が、できない。

いや、正確にはどんどん苦しくなっていく。

 

 

 

 

 

 

――自分の手が、自分の首を絞めていくのだから。

 

 

 

 

 

「……哀れなものです」

 

倒れふしたまま、顔をあげる。

そこにはいつのまにか振り返ったアリィが、じっとこちらを見つめて立っていた。

 

「なにを、したぁ……!」

「貴方に、その手をほどくことはできない」

 

こいつさえ、こいつさえ殺せば!

そう思っているのに、手が自由に動かない。

ただその細い首をつかんでへし折るだけでいいというのに。こんなにも、近くにあるというのに。

 

「てめえええ! はやぐがいほうじろおお!」

「貴方は、今までずっと力を振るって生きてきたのでしょう? 力を振るうことだけで、すべてを解決させてきたのでしょう?」

 

アリィはしゃがみ、シュラと視線をあわせる。

どんどん首が絞まり、もがき苦しむシュラを、じっと見つめている。

 

「はやぐ……じろおぉ! ぶっごろずぞぉぉ!!」

「だから貴方は助からない。力を振るうだけの貴方には、助かる方法がわからない」

 

殺意を隠そうともせず叫ぶシュラ。

しかしだからこそ彼は助からない。彼は、イルサネリアの詳細を知らない。

アリィの帝具、イルサネリアは相手の悪意をもって発動する帝具だ。

ましてや「殺意」という悪意を、見逃すわけがない。

 

「おれ……わぁっ……ごんな……どごろで……」

 

シュラの声が、だんだんと小さくなっていく。

それでもシュラはアリィを殺そうともがく。

だからこそ彼は死から逃れることはできない。気に入らない相手は傷つけて生きてきた彼は、悪意があればそれで問題を解決できるという日々をすごしてきた。

 

だから、わからない。悪意によって今の状態が悪化するということが、わからない。

 

彼は二重の意味で首を絞めていく。

文字通り首を自らの手で絞める。その悪意こそが衝動となって自分の首を絞めているとも知らずに。

 

白目をむく彼はもう、言葉すら口にできずに息絶えた。

 

ゆっくりと立ち上がったアリィは、死んだシュラの尻ポケットから帝具・シャンバラを取り出す。

自分からシュラが逃げおおせた帝具を手でもてあそびながら、シュラの死体を見下ろしてぽつぽつと呟いた。

 

「そう、これでいい。危険な人物を消していけば、私は死なない。私はあちら側じゃない。無残に殺されていきたくない、私は死にたくない」

 

うつむいていたときの表情は見えない。

だが、彼女顔を上げたとき……その顔は、実に晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。

両手を掲げ、笑う彼女は……心の底から、”そう”信じていた。

 

 

 

 

 

「そう! 私がこちら側である以上、私は私に危害を加える人をすべて殺していけばいい! すべて消していけばいい! 私を殺そうとする人は死んでいけばいい! だって実際に死んでいくのだから! だから! だからきっと私が殺さなくてもいい世界になれば、それはきっと……!!」

 

 

 

 

 

きっと、平和な世界になっている――!!

 

彼女は笑う。

手始めに、まずはオモチャ(ワイルドハント)残り(残党)片付け(始末し)よう、と。




ついに……暴走開始。

長らくお待たせしました。

本来、オネストに「情けない」といわれるのは原作10巻、ワイルドハント解散が命じられるのは11巻ですが……アリィによって大幅にワイルドハント解散が早まりました。
これにより、ナイトレイドより早く、アリィ傘下のイェーガーズがワイルドハント排除に表立って動くようになります。

そしてその先方として、リーダー・シュラが退場。
本作の中で、もっとも惨めな死に方だ、と思っています。


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第34話 奇襲を前に死にたくない

「シュラが……死んだ……?」

 

オネストが皿を落とし、その皿が割れた甲高い音が部屋に響いた。

今部屋にいるのはオネストともう一人、ワイルドハントの一人であった錬金術師、ドロテア。

彼女はオネストにとある依頼をされてからというもの、実はオネストと顔を合わせることが多かったのである。

 

「あ、ああああ……シュラァァァァァァ! 私を置いて逝ってしまうとは、このバカ息子があああああああ」

 

目を潤ませ、シュラが死んだことへの悲嘆を叫んだオネストは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、いいか」

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間何もなかったかのようにいつも通りの顔で会話を続けた。

 

「こうなるとは思ってましたよ。どのみちアリィ殿をあそこまで刺激しておいて生きていられるはずもありませんねぇ。私が何をするまでもなかったです」

 

息子などまた一から作ればいい、次は無能を産まないように母体は厳選しなくては、などとシュラのことがすでに過去のものとなっているオネストの様子にドロテアは正直ドン引きしていた。

オネストの変わり身の早さ、そして息子をまた作ればいい、などと平気な顔をして言う彼のあまりのゲスさに。

 

(ここまで末期とは……素敵な国じゃなあ)

 

欲を言えばもっと自由にこの帝国の生活を楽しみたかったのう、とドロテアは嘆息する。

すでにワイルドハントは権力を取り上げられ解散となっている。

全ては、シュラたちがアリィを追い詰めたがために。

 

「あの無能も、あなたという最高の錬金術師を連れてきたことだけは評価しましょう。ですが……これ以上援助ができないのが申し訳ないです。いろいろと頼みたいことがもっとあったんですがねぇ」

「仕方あるまい、あの小娘が妾にまで目をつけるじゃろうからな。正直今すぐにでも逃げ出したいところじゃ」

 

しかし、このままただ逃げるわけにはいかない。

アリィがイェーガーズだけでなく隠密部隊などを従えていることはすでに聞いている。

そのアリィのことだ、このまま逃げようとしてもあらゆる手段を用いてドロテアを捕らえてしまう可能性が高い。

死を迎えるのは嫌だ。ドロテアもそう考えていた。

 

だからオネストはある条件を提示した。

彼女のことを聞いた時点で頼まれていた依頼を完遂させれば、アリィをとりなして殺すようなことはさせない、と。

本来ならかばうのは危険な行為だ。

だが、オネストとしてはなんとかなるだろうという考えがあった。

 

というのも、ドロテアは唯一、アリィに対して害意を抱いてない。

先のワイルドハント襲撃においても、むしろ唯一アリィを危険と見なし撤退を唱えた人間である。

そしてシュラが死んだ今、彼女がアリィに対して害意を持つ理由は欠片もなくなった。

彼女の研究・願いから考えても、自ら危険に飛び込む理由はないのである。

そして彼女の研究はもしかするとアリィの琴線を刺激するものであるかもしれない。つまり、交渉の余地は十分にあるというのがオネストの考えだ。

 

イルサネリアについても考えたうえでの行動だ。

オネストはアリィに危害を加えることになるつもりもなければそのようになるとも思っていない。ドロテアは先に述べたようにアリィへの害意などもっていないのだから。

 

 

 

 

 

 

一方、時間は少し巻き戻り、シュラとの決闘が終わった後のウェイブ達はというと。

 

「いてっ!? しみるってクロメ! もっと優しく」

「はぁ……我慢我慢。まだまだ怪我をしてるところはあるんだよ」

 

別室にてクロメによるウェイブの治療が行われていた。

といっても、骨が折れたというほどの怪我もなく、消毒をして包帯を巻くといった処置で充分であった。

ウェイブは自分でやると言ったのだが、クロメは頑としてその役目を譲らなかった。

 

その頬を、少し赤らめながら。

 

「ここぞって時弱いとか言ってごめんね。撤回する。すごく強いよウェイブは!」

「お!? おう……わかればいいんだ」

「そして、危ないところをありがとう……」

「クロメ……」

 

二人の間に流れる静かな沈黙。

お互いが顔を赤らめ、次に口にする言葉を探していたその沈黙は

 

「大丈夫ですか!? ウェイブ!」

 

第三者(ラン)の登場によって、急に霧散することになる。

 

ウェイブとクロメの二人も固まり、扉を開けた姿のままランも硬直する。

三人の間には、先ほどとは全く違った意味で沈黙が流れ……

 

「おう、なんとかな」

 

一人だけ意味も分からず朗らかに返事をしたウェイブによってさらに気まずい空気が流れた。

 

「……なんか、すみません。空気も読まずに」

「え? いや、別にそんな大した話は……なぁクロメ?」

「…………」

 

クロメが黙ったまま責めるような目をしてウェイブを睨んでいたが、鈍感のウェイブにはクロメの言いたいことが全くと言っていいほど伝わっていなかった。

 

 

 

 

 

 

「そんなことがあったのですか」

 

ランにウェイブがシュラと決闘をするに至った事情を話し……ランが神妙な顔になる。

 

「とりあえずぶん殴ってやったけど、あいつらが危険な集団だってことに変わりはないんだ」

「アリィさんが二人殺したけど、まだあのシュラを含めて4人も残ってる。私たちが手を出せる相手じゃない」

 

そう、シュラたちもまた「秘密警察ワイルドハント」として権力が与えられた部隊。

さらにそれを率いるのは大臣の息子として大臣の権力を背後に持つシュラ。ウェイブ達だけでは太刀打ちできない相手である。

 

「あんな警察が許されてる国なんて、おかしいだろ……」

「……そうですね。この国は、おかしい。間違ってるからこそ正さなくてはなりません」

 

場所によっては反逆罪として捕らえかねられない本音をつい漏らしてしまったウェイブだが、意外なことにランもまたそれに賛同する言葉を口にした。

だが、その目に深い怒りと悲しみが宿っていることを、ウェイブは見逃さなかった。

 

「ラン、お前最近マジで様子が変だぞ」

 

先日も、帝都で休日を過ごしている際に街の中で芸をしている道化師に対し、ものすごい形相をして睨みつけていたところをウェイブは目撃していた。

普段は鈍感なウェイブだが、一方で仲間の感情に鋭い時もあるのが彼の長所の一つなのだ。

 

一体何を考えているのか、と詰め寄るクロメにランは大層なことは考えていないと答えるが、じゃあ話しても問題ないはずだ、とクロメに言い返される。

ウェイブも一緒になってクロメ共々ランに詰め寄る。

二人に顔を近づけられたランは降参とばかりに手をあげた。これ以上隠し通すことも難しいとわかっていたからである。

 

「……分かりました。話しますよ」

 

そして、彼の過去が二人に語られる。

 

彼はかつて、帝国中央部にあるジョヨウの近くにある農村で、子供たちに勉強を教えていたこと。

ジョヨウは豊かで治安もよく、勉学を学ぶゆとりのあった子供たちは将来有望であったこと。彼らを教えている日々が幸せなものであったこと。

 

しかし。

ランが留守にしていた時、ある凶賊(・・・・)によって子供たちが皆殺しにされたこと。

 

ジョヨウの役人は「地方最高の治安都市」という名目を守りたいがために、この事件を闇に葬ったこと……

 

「そんなことが!?」

「許されてしまうんです。今の帝国では」

 

これが、ランにとって「国を変える」という大志を抱くきっかけとなった。

国を変える方法は二つ。

外から壊して変えるか、中から治して変えるか……この二つであった。

その結果ランが選んだのが……中から変える道であったからこそ、いま彼はここにいる。

もし外から変える道を選んでいたならば、彼は革命軍としてウェイブ達と戦う運命にあっただろう。

 

中から変える道を選んだのは、ジョヨウの太守が女性であったということ。

ランは気に入られたと言葉を濁したが、正確にはたらしこんだ。これによって帝具を得、権力を得てイェーガーズに招聘されることになったのである。

 

「ですから、私は……死んだ子供たちのためにも。帝都でものし上がって、権力を手にしなくてはなりません」

「よし、それなら俺も協力するぜ! 人でも国でも、悪いものは治さないとな!」

「……ウェイブ」

 

「ではまずはワイルドハントに表立って喧嘩を売らないように」、といかにも教師らしい注意がランからされる。

一方で頭ではわかっても受け入れにくい、といかにも子供の様に、でも、あいつら放っておけないしと言い訳を口にするウェイブ。

そんな二人の様子を見て、クロメはケラケラと笑っていたが……

 

 

 

 

 

「その必要はありませんよ、皆さん」

 

 

 

 

 

突然の声に全員が身を固くして声のあったほうを見る。

部屋に入ってきたアリィは、つい途中から聞き耳を立ててしまったと三人に謝罪する。

そしてその上で、持っていた書類……大臣の印も入った書類を見せる。

 

「ワイルドハントには正式に解散の命令が出されました。さらに言えば、彼らを率いていたシュラにはすでに死んでいただきましたよ。残るメンバーは三人です」

「なっ……」

 

告げられた情報に思わず声が出るウェイブ。

だが一方で、ランはそういうことかと一人納得していた。というのも、ウェイブのもとへ来る前にアリィがかつて彼に渡していた書類……シュラが新型危険種を解き放った重要参考人であるというエスデスの証言書などの書類、そして彼が独自に集めまとめた証拠を受け取りに来ていたのだ。

これを使ってワイルドハントを追い詰めるつもりなのだろうとは思っていたが、まさかこうも早く結果が出るとは。

アリィの手腕にランはただただ感服していた。

 

「これにより、彼らは以後法による庇護は与えられません。すでに彼らは無法者と化したわけです」

「じゃぁ! 俺たちはこれから……」

 

ウェイブの言葉にアリィは頷き返した。

 

「はい。イェーガーズ司令官として命令を下します。ワイルドハントの残党を、狩りなさい」

「「「はっ!!」」」

(そう。あんな危険人物を生かしておくわけにはいかない。だから殺す。私のために。私が平和で生きていける未来のために!!)

 

さらにアリィが隠密部隊から今しがた届けられた情報をもとに、奇襲作戦を指示していく。

隠密部隊によって、ワイルドハントの残り三人のうち、二人の居所が割れている。どうやら二人ともワイルドハントの詰め所で待機しているらしい。すでに帰ることのないシュラを待って。

故に、そこをイェーガーズで奇襲をかけ、殲滅するという作戦だ。

 

標的は海賊として南方で暴れていた男、エンシン。

そして……

 

(ついに……ついに、この時が来た……!)

 

子供ばかりを殺すシリアルキラーにして、ランの教え子たちの仇(・・・・・・・・・・)……チャンプ。




本当は襲撃まで行く予定でしたが……更新が遅くなりましたし早めに切ることにしました。
といっても文量は最近とあまり変わってない不思議。
話はあまり進んでいないというのに、なぜだ。


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第35話 満月の夜に死にたくない

アリィから下された、ワイルドハント残党の殲滅指令。

その標的の一人はチャンプ。かつてランの教え子たちを殺した仇である。

故にランは、ウェイブとクロメ、そしてアリィに頭を下げて彼の始末は自分に一任してほしいとお願いした。

 

「ああ。話を聞かせてもらったばかりだしな。お前に託す」

「頑張って」

 

ウェイブとクロメはランに反対することなく、自分たちはエンシンをやるからそちらは任せたとランの頼みを受け入れてくれた。

さらにアリィも、こちらは少々困った顔ではあったが否定はしなかった。

 

「あなたが私に従ってくれたのも、あなたの復讐に協力的だったからでしょう? ここで止めてあなたに僅かでも悪意を抱かれてはたまりませんので。あなたがチャンプに復讐したいというのはわかっていたことです。別の作戦を立案したところであなたが計画を崩しても困りますし。一応私は私で手を打っておきますので構いませんよ」

 

アリィとしても思うところがあるが、最終的にはあくまで打算的に考えたうえで、ランの復讐を認めた。

彼女の言葉に思い当たるところがあるランは苦笑しながらもお礼を述べたが、ふと気になったことがあってアリィに尋ねた。

 

「そういえば、アリィさんは私があの男を追っていると、イェーガーズに入ったときから知っていましたね。あの時はさすがに驚きましたが、どうしてわかったのです?」

「あなたについての資料を見た時正直不思議でした、元教師がどうして帝具を手に入れて特殊部隊に来るほど戦いの場に出るようになったのかと。その時あなたが教師を辞めた時期とチャンプがジョヨウ付近で目撃された時期が同じだと気が付いたのです。ザンクの一件があって、危険人物の情報は集めるようにしていました。なので危険人物の一人であるチャンプの情報も得ていましたから」

 

それはおそらく、戦いの場に出ることを求めないアリィだからこそ気づいた違和感だろう。

地方の教師が帝具を得て特殊部隊に招聘されるほどの戦力になった。

そこには何か理由がある……そう考えたからこそ、アリィは教師を辞めた時期に何かあったのだと推察できたのだ。

 

「ですが確証があったわけでもないので。最初にあったときの発言はブラフだったのですが……反応を見て確信に至りました」

「ブ、ブラフだったのですか……」

 

今明かされた事実に思わず呆然とするラン。

だが、初対面の相手にすらブラフをしかけ情報を得ようとする心理戦すら心得ているアリィ。それが今の上司であると思うと心強くも思えてくる。

 

時刻は夜。これからは狩りの時間とばかりに帝都には暗がりが満ちている。

準備を終え、それぞれの思いを胸に、狩人たちは出撃していった。

 

 

 

 

 

だが――狩人は彼らだけではない。

 

ワイルドハントが残虐な行為を繰り返した理由は、実のところ自分たちの欲求を満たすためだけではない。

残虐な行為を楽しみつつも、暴れることで自分たちがナイトレイドの標的になればしめたもの……そう考えていたのだ。

なぜならばもともとワイルドハントもまたナイトレイドを討伐するための部隊。相手が向こうから来るのならば探す手間も省けるのだから。

 

そして今。

アリィによってワイルドハントは解散となったが……この時点で彼らの悪行の話は帝都中に広まっており、ナイトレイドには過去最大件数の暗殺依頼が届いていた。その量からして、彼らの残虐性がうかがえる。

さらに革命軍からの指令もあり、彼らが動かぬ理由はどこにもなかった。

 

「標的は、民を虐げる外道、ワイルドハント……葬るぞ!」

 

ナイトレイドもまた――動く。

 

 

 

 

 

「おっせぇなシュラのやつ」

「ドロテアも帰ってこねえなぁ」

 

詰所にいるエンシンやチャンプは知らない。すでにシュラは死に、ワイルドハントが解散となったことを。

彼らとて権力があってこそ自分たちが好きにやれているという自覚はある。なので、自分たちだけでは動かずリーダーたるシュラを待っていたのだ。

だが、もとより罪を罪と思わず忍耐強くもない彼らは、いい加減しびれを切らしていた。

 

「いくらなんでもおかしいだろ。まぁ、確かにあんときはびっくりしたけどよ」

「くっそぉ……天使との結婚式を邪魔しやがってあの女ぁ……」

 

チャンプはローグを襲う間もなく、アリィによって一蹴された。

あの時何が起こったかは今でもよくわからない。だが確実に何かをされた。

邪魔されただけでなく一撃喰らったことが忌々しいのだ。

 

「失礼します」

 

そこへ一人の青年がやってきた。

二人とも彼のことは知っていた。イェーガーズの人間であり、最近妙に顔を見せる男だ。

特にエンシンは彼のことが気に食わない。笑顔の裏で何を考えているかわからないからだ。

 

「他の方々は?」

「シュラに媚びを売るつもりだったのか? 一度分かれてからこっちに戻ってきてねーよ」

「そうですか……あとチャンプさん。お話が」

「あ?」

 

ランから耳打ちされた言葉に……チャンプは表情を変える。

満面の笑みを浮かべ、ランに促されるままに彼の後へとついて出て行った。

残ったのはエンシンただ一人。

 

(……なんか、うさんくせぇな)

 

シュラが戻ってこないことも気にかかるが、ただでさえ気に食わないランがチャンプを一人呼び出した。

チャンプの嗜好はエンシンも知っている。しかしこんな夜に、彼を喜ばせる子供が集まっているのか?

考えれば考えるほど、ランへの疑いが高まっていく。

気づけば、腰にある彼の帝具……シャムシールを確認していた。

 

「いくか」

 

彼もまた腰を上げる。チャンプとランの後をつけるために。

そうして、ワイルドハントの詰め所には誰もいなくなった……

 

 

 

 

 

 

「おい!? どういうことだ!?」

 

チャンプが狼狽するのも無理はない。

ランが案内した先は――廃墟。

子供が集まっている場所があると言うから胸を躍らせてきたというのに、話が違う。

憤るチャンプに対し、ランはゆっくりと話しかけた。

 

「以前……酒に酔ったとき、こう自慢していたのを覚えていますか?

「あ?」

「ジョヨウの街で、子供たちを襲って皆殺しにした、と」

「あ、あぁ……あの時は人数も多くて……思い出すとウットリしちまうなぁ」

 

チャンプの嗜好……子供を凌辱し、殺すこと。

それは、子供を”天使”として愛で、「天使を汚い大人にしないため」という彼独自の倫理観に基づくもの。

彼は裕福な家庭に生まれたが、両親から虐待を受けていた。

虐待を受ける日々の中、彼の心を癒したのが……無垢な子供たちとの触れ合いだった。

 

彼が今も、ピエロの仮装をしているのはその時の名残である。

ピエロに扮して子供たちと遊び、彼らこそが自分の癒しであると理解していた。

だが……やがて彼は虐待を続ける両親を見続けた末、汚い大人たちに絶望する。

そして、彼の癒しである天使……子供たちを、自分の両親のような汚い大人にしないよう殺していくようになっていった。彼もまた、アリィ同様環境によって歪んでいった人間なのである。

 

「って! それは今関係ねーだろ!」

「いや……そんなことはありませんよ」

 

だが……そんな背景などランには関係ない。

 

「私は子供たちの……教師でした!!」

 

翼の帝具・マスティマを発動させて飛び上がるラン。

ランが戦闘態勢に入ったことにより、チャンプもまた彼の帝具である六つの玉を取り出す。

飛ばされた羽は玉をジャグリングのように回しながら弾いていく。

だが……それだけでは、帝具の真価を発揮することができない。攻撃する間もなく、次々に羽が飛んでくるのだから。

 

(やべぇ……帝具(たま)なげる暇がねぇ……!)

 

そして一方で、ランが飛ばした羽は彼を攻撃するだけではない。

自分まで飛んでくる羽をはじき続け、チャンプが気が付いた時にはすでに、ランが飛ばした羽が彼を取り囲んでいた。

その状態を前に、チャンプがくだした決断は……

 

「う、おぉぉぉぉ!!」

「なっ!?」

 

どうせ避けることができないのならば、と。

手にした玉の一つを、ランにむけて全力で投球した。

 

 

 

 

 

「ちっ! やっぱりか!」

 

向かう先で巨大な竜巻が発生したのを見たエンシンは、チャンプが帝具を使ったのだと悟る。

すなわち、それは彼が戦闘状態に陥ったことを意味する。

ならば……ランが攻撃を仕掛けたということなのだろう。

腰のシャムシールを抜き、チャンプの加勢に加わろうとしたが……彼らのもとへとたどり着く前に、人影がエンシンの前をふさいだ。

さらにその人影の後ろから、新たに死体人形が現れる。

 

「イェーガーズ総出で喧嘩売りにでも来たっていうのか、おい」

 

対するクロメは何も言わず、手を振りおろして死体人形を突撃させた。

危険種だけでなく力のある戦士の死体人形も混ざっている。

だが……夜空を見上げたエンシンは、笑みを浮かべていた。

 

「よりにもよって……満月の時を選んでくれるとはなぁ!!」

 

彼の帝具・月光麗舞シャムシールは振ることで真空の刃を生み出す帝具であるが、奥の手として、月齢で性能が変化する。

すなわち、彼に言わせれば「一番帝具のノリがいい」時であったのだ。

 

「そら、そら、そらぁ!」

 

刃を次々に放つことで危険種の死体人形を両断していく。さらに、銃を扱う死体人形・ドーヤの腕までも切り裂いて見せた。ワイルドハントとしてシュラに選ばれたその手腕は決して伊達ではないのだ。

さらに死体人形のナタラが己の武器を構えて突進してくる。クロメの死体人形の中でも技術をもった優れた死体。

しかしそれすらも、奥の手によって性能が上がったシャムシールははじき返す。

まるで球体状の結界を作るかの如く、周りを斬撃で覆っていくことでナタラを撃退してみせた。

 

「”満月輪”――満月の時だったってのが不運だったなぁ!」

 

そのままクロメへと斬撃を放とうとするも、クロメ自身の実力もまた一級。勢いのままで放たれた真空の刃は避けられた。

しかしクロメも死体人形を傷つけられ、大きく戦力を失っている。

このまま戦えばクロメが不利。そのことを理解していたからこそ、エンシンは笑みを浮かべて新たな刃を生み出そうとしたが

 

「グランフォール!」

「なぁ!?」

 

思わぬ方向の空中から飛んできた蹴りによって、血を吐くほどのダメージを受ける。

ウェイブは機をうかがい、二段重ねで襲撃することによってエンシンが逃げられないように、そして確実に倒せるようにしていたのだ。

 

「クロメ、お前はランの方に向かってくれ! こっちはもう俺だけでどうとでもなる! ランならきっと一人でも大丈夫だと思うけど、あっちのやつはどんな帝具を持っているかわからねえ!」

「わかった!」

 

駆けだすクロメ。

クロメが無事ランの方へ助力に行けたであろうことを確認して、ウェイブはエンシンの方にすべての意識を集中させる。

 

「な、めんなよ……不意打ちくらわせたぐらいでぇ!」

 

エンシンが怒りのままに真空の刃を放つが……ウェイブは避けようともせずにエンシンへと駆ける。

グランシャリオを装着したウェイブは刃をものともせずに……エンシンとの距離を縮めていった。

対するエンシンは刃が相手の鎧を切り崩せないとわかると慌てて逃げようとするが……グランシャリオで強化されたのは防御力だけではない。

彼の足では、逃げ切るのは不可能だった。

 

「クソ、クソ、クソォォォォ!!」

「言ったろ……俺一人で十分だってな!!」

 

エンシンの体をウェイブの拳が貫き……彼の息の根を止めた。




本当はチャンプ戦決着まで行きたかったのですが、まだ長くなりそうですし投稿も遅くなっていたのでここで投稿。
次の話で第3章終わるかと思いましたがあと1話あるかもしれません。


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第36話 復讐の末に死にたくない

夜の闇を駆けるナイトレイド。

ワイルドハントの詰め所の場所は調べていたが、どうやら誰もいないようで空振りだった。

ならば探すか日を改めるか、と考えていた時に突如、少し離れたところから強い風が吹いてきた。

 

「なに!?」

「あれは……」

 

 

 

 

 

(竜巻!?)

 

チャンプが破れかぶれに投げた球は「嵐の球」。

六つの球の帝具・快投乱麻ダイリーガーの中でも最速の球であり、竜巻を発生させる効果のある球だ。

急な竜巻により視界を奪われ、飛ばされるランだったが一方で確かに手ごたえを感じていた。

 

竜巻を起こすために彼は嵐の球を投げたが……あの時点でチャンプは防御を完全に捨てていた。

つまり、ランが放った羽を防ぐすべはなかったということだ。

竜巻が起きた場所もチャンプとは離れた彼の方だ。羽を竜巻で吹き飛ばせたということもないだろう。

 

そう安堵したからこそ……竜巻をつっきり、目の前に飛んできた球を見てランは硬直した。

 

「これは……っ!?」

 

”爆の球”。

 

ランが状況を正確に把握するよりも早く、爆の球は光を放って爆発した。

ランの帝具は機動力に優れ攻撃も可能と攻めについては使い勝手のいい帝具だが、防御能力が低い。

したがって……ランにはその爆発を防げない。

 

「やっと……反撃できるぜ……」

 

体中に羽が刺さり、血を流しながらも投球したポーズでチャンプは立っていた。

爆発に巻き込まれ、ランの体は空から地へと落ちる。

その様子を、チャンプはほくそ笑みながら見つめていた。

 

「このチャンプ様の耐久力を侮ったようだな……えぇ?」

「ぐ……」

 

ゆっくり、ゆっくりと近づいていくチャンプ。

すでに先ほど投げた爆の球は手元に戻っている。投げたら戻ってくるのがダイリーガーの特性だ。

六つの球をジャグリングのように回しながら、チャンプはランを見下ろしていた。

先ほどとは違い、その顔に嫌悪感を浮かべながら。

 

「てめぇのせいでちょっと嫌なこと思い出したんだよね。あの時……天使たちはずっとてめぇのこと呼んでたんだよ」

 

その言葉に、ランの目が見開かれる。

自分がその場にいなかったことを、ずっと悔いてきたあの事件。

事件当時子供たちは……ランの、生徒たちは……!

 

「せんせぇー、せんせぇー、ってよぉ。俺と天使たちとの貴重な時間を汚しやがって……」

 

チャンプはぶつくさと文句をたれるが、気づかない。

愛する生徒たちの、最期の言葉を聞かされた彼が……闘志を燃やしていることを。

爆発で傷ついた体を震わせながらも、立ち上がろうとしていることを。

自分の言葉がランを奮い立たせることになったと気づかないまま、チャンプは六つの球の中からどれをとどめに使おうかと考えている。

 

(絶対に……絶対に!)

「ようし! 決めたぁ! 炎の球!」

 

それは、六つのうち最も攻撃力の高い球。

あたったものを燃やす、炎をまとう球だ。

勢いよく片足をあげ、右腕を振りかぶると、チャンプはランめがけとどめの球を投げつける。

だが……対するランも、すでに立ち上がっていた。

 

(マスティマ、”奥の手”……)

「これで……くたばりやがれぇ!」

「神の羽!!」

 

マスティマの本体が分離し、それまでの羽が生えた翼とは違う、神々しい光で構築された翼を作り出した。

光の翼はランの腕の動きに合わせ、交差するようにしてチャンプが投げた炎の球を受け止める。

 

「な……んだっ、そりゃぁ……」

 

マスティマの奥の手、神の羽は……物理攻撃にも対処しうる翼。

驚愕するチャンプに向けて、炎の球が跳ね返された。その速度を保ったまま。

避けるまもなく、炎の球はチャンプへと着弾し……帝具の効力によって、チャンプの全身が炎に包まれた。

 

「あああああああああああっぢいいいいいいいいいいい!!!」

「…………」

 

ただ、静かに……ランはチャンプが骨となるまで燃え尽きるのを見届けた。

これで、ついに……

 

(ようやく……仇をとることが、できました)

 

万感の思いだった。

あの事件からずっと追い続け、復讐に胸を燃やす日々を送ってきた。

教師を辞め、領主に取り入り、時に上司に媚びへつらい。

全てを捧げてきた復讐を……ついに、やりとげたことで胸がいっぱいになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、気づくことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、はっ」

 

胸を貫いた、一筋の光線。

突如彼を襲う激しい痛み。

胸を押さえてみれば、彼の手にはべっとりと自身の血がついていた。

 

(……復讐を終えて、興奮のあまり無意識だった私の落ち度、でしょうね……)

 

倒れ伏すラン。

その後方では、ランが倒れるまでずっとパンプキンを構えていたマインの姿があった。

 

彼らナイトレイドは、チャンプが起こした竜巻を目撃して、この場所まで来た。

そしてランとチャンプの戦いを、乱入することなくずっと見つめていたのである。

万が一チャンプが勝っても即座に奇襲ができるように。

そして……ランが勝っても、即座に奇襲ができるように。

 

彼らは暗殺者。

いずれ敵になるとわかっている二人を……確実に倒すことを選んでいたのだ。

彼らはすでにシェーレとブラート、そしてキョロクにおいてレオーネとチェルシーという大切な仲間を失っている。それは同時に、貴重な戦力を失ったことを意味する。

今回全員で戦いに出向いたのも犠牲者を出さないため。そして、確実に帝国の戦力を削るため。

 

特にマインの中には、焦りがあったのかもしれない。

自分を助けるためにシェーレが死んだという負い目。

自分の手でチェルシーを消し飛ばしたという負い目。

 

なにより、目の前で突然仲間(レオーネ)が死んだあの記憶によって……彼女だけでなく、ナイトレイド全員が心の中でより慎重に、確実に戦うことを選んだのだろう。

 

帝国にいる怪物は、オネスト大臣やエスデス将軍だけでは……ない。

 

「ラン!?」

 

そこへ走ってきたのはクロメ。すでに八房を抜いているし何が起こったかも見えていたらしい。

死体人形を出して、周りを警戒しながら走ってきていた。

 

「アカメ、どうする?」

「……仕掛けるぞ。クロメは特に、革命軍から討伐指令が出ている」

 

いろいろと思うことはあるだろうが、アカメはあくまで個人の感情ではなくナイトレイドとして、判断を下す。

このまま襲撃に入ろうとした、そのときだった。

 

「!?」

 

突如クロメたちがいる付近の上空に陣のようなものが浮かび上がり、中から一人の少年が飛び出してくる。

当然クロメもまた警戒するが、その顔を見て、さらに声を聞いて手が止まる。

 

「クロメっち、撤退だ!」

「か、カイリ!?」

 

暗殺部隊の現リーダー・カイリは地面に着地するとそのまま手に持った帝具を地面へと叩きつける。

その光景を見て、驚いたのはタツミだ。

 

「あれは、あの時の!」

 

次元方陣シャンバラ。かつてはシュラが所有し、今はアリィを通じてカイリへと渡された、空間を操る帝具。

かつてタツミをエスデスと共に離島へと転送させた帝具でもある。

故に、タツミは見覚えがあったのだ。

しかし、この状況でそれが特別な効果をもたらすことはなく……

 

ナイトレイド達が駆け寄ったその場に、クロメたちの姿はなかった。

 

 

 

 

 

「いいのか、クロメっち」

「仕方ないよ……ランは胸を撃たれて血も大量に出てた。致命傷だったんだよ……」

 

できることなら助けたかった。

そう言うクロメは、ランの胸に八房を突き立てていた。

その光景を、カイリは無表情で見つめていた。クロメの行いを肯定することも、否定することもなく。

 

「私たちはチーム。仲間なんだから……一緒にいたいよ。そうだよね? ラン」

「…………」

 

ゆっくりと立ち上がるラン。

しかしその目はすでにうつろで、マスティマの翼も白から黒へと変わっている。

彼はすでに……八房により死体人形となっていた。

 

「ところで、どうしてあそこにカイリが?」

「アリィさんの指示だ。あらかじめ打ち合わせであの場所に誘導することは決まっていたろ? 彼とチャンプが戦ったとき、万が一チャンプを取り逃すことがないように、って俺に命令したんだ。撤退になった場合のことも考えた保険ってわけだ」

 

結果的にアリィさんの采配は正解だったな、とカイリは苦笑する。

だけど、と彼は声を暗くして続けた。

 

「正直、彼が撃たれたのが腕とか腹とか、致命傷さえ避けてれば俺も助けに入ったさ。だけど致命傷を受けたうえに、周りがナイトレイドに囲まれてたんじゃ正直リスクが高すぎた。ただ、クロメっちが来たからな。俺も助けに入らないわけにはいかなかったんだよ」

「そうだったんだ……」

 

さて、とカイリは立ち上がって背を向けた。

 

「それじゃあ俺はここで戻る。アリィさんに報告をしないといけないからな」

「か、カイリ」

「ん?」

 

沈んだ声を聞いて、カイリは振り向き……そして、目を見開いた。

目の前のクロメは震えていた。

手で頭を抱え、目を泳がせながら、震えてカイリに問うた。

 

「私、私は……アリィさんに言われた任務に失敗しちゃったよ。ランが死んじゃった。どうしよう。私のせいでアリィさんが私たちを見捨てちゃったら、私は、私は私は私は私は私はぁぁ」

「落ち着け、クロメっち!」

 

クロメの肩を強くつかんで、カイリはクロメの目を見つめた。

 

「落ち着けクロメっち。アリィさんの任務はワイルドハントの殲滅。あの二人は倒したんだろ? ランが死んだのはアリィさんすら念のためと配備した俺まで動く事態になったからだ。アリィさんだって不測の事態だったって認めてくれる。だから安心しろ」

「……うん」

 

ようやく震えが収まったのを見て、今度こそカイリは去っていく。

クロメは、ウェイブが彼女のもとに駆け付けるまで、ずっとそこに座り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

翌日。

ウェイブはケーキをクロメと食べながらも、彼女のことを心配していた。

途中ランを呼ぼうと八房を手に取るも、今力を使う必要はないとウェイブが止める。

その後、お茶を入れてくるねと言って席を立ったが、その笑顔にはどこか陰が見えるようにウェイブは感じていた。

 

(強く、言いすぎちまったかな……?)

 

彼女のもとに駆け付けた時、ランが死んだことを知った。

そして、彼女がランを死体人形にしてしまったということも。

 

 

 

『ラン……ちくしょう……』

『でも大丈夫だよ、八房の能力で一緒にいられるから』

『何訳のわからない言ってんだ……眠らせてやれよ! ランを人形にして使うっていうのか!?』

『訳わからないこと言ってるのはウェイブだよ! 一緒にいたくないの!?』

『俺は……仲間が、友達が人形にされてる姿なんて、見たくねぇよ!』

『私は……がはっ!? ごほっ!』

『クロメ!?』

 

 

 

あの後、なんと意思がないはずのランが二人の間に入って争いを止めた。

まるで死んでまでも、二人の世話を見ているかのように。

 

しかし……ウェイブが気にかけているのは昨日の口論だけではない。

あの時クロメが咳き込んでしゃがんだ時。口を押えたその手には、血がついていた。

最近よくあることだ、気にしないでくれとクロメは言うが……当然、ウェイブはそれを無視できるような人間ではなかった。

 

「ウェイブ、お茶は何にする?」

「えっ!? あぁ、じゃあ、昆布茶を……」

「まーた海産物」

 

考えにふけっていたウェイブはクロメの言葉に軽く怒る。

二人でじゃれあっていたが、そこへ第三者の声がかけられた。

 

「ケーキ、あるか? 私の分も」

「た……」

「隊長!?」

 

そこには、アリィが司令官として着任した後、異民族の部隊に対抗するため遠征に行っていた将軍・エスデスの姿があった。

いつもと変わりない不敵な笑みを浮かべ、エスデスは二人に一言、返す。

 

「ただいま」

 

 

 

 

 

一方、その頃。

エスデスが帰ってきたという報告を含め、宮殿の様々な資料や表を読みふけっていたアリィは大きく伸びをすると資料を机の上に投げ出した。

これから侍女としての仕事がある。ついでに厨房の人間や同僚に二、三聞きたいこともある。

 

だが、あくまで後付けの確認だ。すでにある程度は情報から絞れているのだから。

 

 

 

 

 

 

「みーぃつけ、た」

 

 

 

 

 

ラン、死亡(死体人形化)。

イェーガーズ 残り3人。




遅くなって申し訳ありません。


これからのことを少し書いておきます。

次話をもって第三章「アリィ暴走編」は終了です。
いよいよ次は最終章……と、皆さまにはお伝えしていましたが。

今回のアリィ暴走編は、一話にまとめるはずが予想外に長くなったり、ということが何度もありました。
そのため、これから闘技場やらアカメとクロメの決闘やらあるというのに、さらに最終決戦までいれたらそれはそれは長い最終章になってしまうのではないか。

そう考えてしまい、最終章を二つに分けることを現在検討しています。
分けた場合次章が闘技場の戦いやアカメとクロメの決闘といった最終決戦までの話。
そして最終章が最終決戦、となりますね。

この場合一章の話数がアリィ逃亡編と同等、あるいはそれ以下になるかもしれないというデメリットはありますが、長すぎるよりはいいか、とも考え迷っています。
あくまで章分けの話ですので、全体の話数が減るわけではありません。これから書きたいシーンはまだまだありますし、そこはご安心ください。

そして完結までいけば、「アリィ番外編」としてIFルートの結末、あとイルサネリア誕生の話などを書こうかと思っています。
これはまだ先の話ですが。

章分けについては、次章開始までには確定するかと思います。
アンケートとることも考えたのですが、諸事情により投稿者のページ見れないようにしてますので活動報告とか使ってすることができないんですよね。


では、今後もアリィをよろしくお願いいたします。


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第37話 始まりの場所で死にたくない

後書きは次章予告に使うので前書きでいろいろと。

まず、やはり最終章はわけることにしたため、次章は全5章のうちの第4章となります。

また、今回の話が今まででトップクラスに長くなりました。さすがに今回の話でまとめたかったのですがここまで長くなるとは。
これも最終章分ける後押しとなりました。

そして。
今回は最後に、直接的な描写は入れませんが残酷な場面がありますので、注意。



アリィの侍女としての仕事で、一番多いのはやはり皇帝の食事における給仕である。

もちろん、他にも皇帝の処理した書類を運んだり、というものもあるが、食事は毎日一定数行われるものだ。

アリィを皇帝が気に入っていること、そしてオネストも彼女の給仕に満足していることも彼女が給仕を担当する理由の一つであろう。

 

だがやはり一番大きいのは、他の侍女が一番したがらない仕事であるということ。

皇帝だけでなく、オネスト、さらに時にはエスデスをはじめとする将軍などが同席することもあり、他の侍女にとっては彼らの面前で何か失敗でもすればどんなことになるか分かったものではない、という恐怖が大きくなる要因が多数あるのが皇帝の給仕。

したがって、進んで代わりをする者がまずいないのだ。

他の仕事、例えば清掃などならまだ代わることもあろう。しかし皇帝たちに近づくことは、この帝国宮殿においては避けられている。

裏の部隊の管理もしているアリィが侍女の仕事をできないときは、他の侍女たちの間で壮絶な押し付け合いが起こっていることは紛れもなく事実だ。

 

だからこそ、食卓に誰がいようと気にしない皇帝付き侍女、アリィが給仕を担当することになるのは半ば必然なのである。

 

「お待たせいたしました。本日の昼食でございます」

「うむ。今日も任せたぞ!」

 

アリィの給仕を受け、皇帝はご機嫌で彼女を見つめる。

最近になってアリィとしても彼が自分を気に入っていることを認識してはいるが、それ以上の思いはない。

それよりも、アリィにとって大事なことは他にあった。

 

「時に皇帝陛下。お食事の時で大変申し訳ないのですが、ご報告及びお願いしたいことが」

「どうしたのだ? 遠慮なく言ってくれ」

 

アリィはあくまで侍女。

実のところ、皇帝自身が構わないと思っているとはいえ、皇帝に一介の侍女が謁見を申し出ることはまずできない。だからこそ、こうして食事の時に話しかけたのだ。

 

もちろん、それも他の侍女がやろうものなら不敬と見なされかねない行為である。

しかし、この場というのは公の場でもない、皇帝にとっても気を張る必要ない食事の場である。

だからこそ、アリィは話しかけることができるのだ。

 

「僭越ながら……」

 

もちろん。

アリィは、彼が自分に気を許していることを分かっているからこそ、やっている。

 

 

 

 

 

皇帝の食事が終わったら皿を洗い場までさげる。

今回は大臣が一緒ではなかったため、皿の数ははるかに少ない。もうアリィにとっては見慣れた光景だ。

さらに、今回はいくつかの確認も行っている。

 

「はい、おっしゃる通り頼まれたみたいなんですけど、どうかしましたか?」

「いえ。少々確認したいことがあったものですから。ありがとうございました」

 

予想通りの答えを得たアリィは、満足げに頷くと次の目的地へと向かう。

後に、彼女と話した使用人はこう語っていたという。

 

「アリィさんのあんな暗い笑み初めて見た……二度と見たくない」と。

 

 

 

 

 

「あー、やっとここまで進んだわい」

 

大きく伸びをする一人の女性。

見た目は十代の少女だが、実際の年齢とは大きく違っている。

 

彼女は錬金術師であり、ワイルドハント最後の一人……ドロテア。

彼女は現在、宮殿の中で潜伏しながら生活していた。

オネストの手引きによるものだが、もちろんあの大臣がただで彼女を助けるわけがない。

彼女とオネストが交わした取引。それは、彼女がオネストの依頼によって、ある物を改修すればオネストがアリィにドロテアは殺さないよう諭す、というもの。

 

そう、アリィの殺意から逃れることこそが彼女の目的。

だからこそ、宮殿にこそいるが、こそこそと生活する日々を送っている。

 

「しかし、こんな日々ももう終わるのう。ようやく研究に取り組めそうじゃわ」

 

彼女は大がかりな設備も使えず、また帝都において人の血を吸うということもできなかった。

帝都にはアリィの目が行き届いている可能性が高い。彼女に見つかってしまえば終わりだ。

故に彼女はオネストの依頼を遂行するぐらいしかやることがなかったのだ。

 

もっとも。

本来なら皇帝しかできない帝具に手を入れることができるだけでもモチベーションになるが、今回は特に自分の命がかかっている。

ただ依頼されて作業するよりも、遥かに早く進み、かつ熱が入るのは自然なことであった。

 

(あとは内部のあれに手を入れるだけ……ふふ、それが終われば妾は自由じゃ)

 

どうにもほほが緩むドロテアは、気分も軽く宮殿の廊下を歩いていた、というのに。

 

 

 

 

 

 

「あぁ、ようやく見つけました。えぇ、ようやくです」

 

 

 

 

 

声をかけられるということに、これほど恐怖を感じたのは初めてだった。

静かな少女の声。しかし紛れもなく聞き覚えのある、一番聞きたくなかった声。

振り向けばそこにいたのは……侍女服を着た少女。

 

「な、なぜ……どうして……」

 

首をかしげるその少女こそ、アリィ・エルアーデ・サンディス。

直接的に、あるいは間接的に……ドロテアの元同僚であったワイルドハントのメンバーを、ドロテア以外全て殺した少女。

 

「宮殿は私の仕事場です。そこを歩いて何かおかしいでしょうか」

 

あぁおかしい、おかしいのだ。

アリィが仕事によって通る道というのは実のところある程度決まっている。

なにせ宮殿というのはあまりに大きな建物だ。そのため、当然侍女のアリィが仕事をする場所というのも限られているわけで、当然その間に通行する道、廊下というものも限定されたものになる。

 

もちろん、偶然何かの用事で別の道を通ることはあるだろう。

だが……アリィに出くわすことがないよう、「まずアリィが通らない道」ばかりを選んで歩いていたドロテアが、アリィに命を狙われているであろう彼女が、”たまたま”アリィに出くわすということは。

 

本当に”たまたま”なのだろうか?

 

(オネスト大臣が噓を教えた……いや、それならもっと早くこやつが現れてもおかしくはない。そもそもまだ完了を伝えたわけではないのじゃ、オネスト大臣が妾を用済みとして始末する気ならもっと後になるじゃろう。つまり、これは……っ)

 

偶然ではないのだとしたら。

オネスト以外に自分が宮殿に潜伏していることは知っている者はいないはず。

ならば、ならば。

アリィが、自ら自分を見つけ出したとしか考えられない……。

 

「どうして」

「調べてみたところ、料理が本来よりも一食分多く作られていることに気が付きました。兵士、近衛、内政官、使用人……宮殿内で食事をとった、その全ての人数と比べた結果、です」

 

な、とドロテアの口が開く。

宮殿には膨大な数の人間がいる。

その人数をこの少女は全て把握したというのか? ましてや、宮殿内で食事をとったものをすべて確認したというのか?

全員が食事をとるわけでもないだろうし、兵士が使う食堂と貴族が使う食堂も違うというのに。

 

「私は侍女、宮殿で働く者。誰が、いつ、どこで、どのくらい、働いて食事をとるか。諜報部隊の方々にも手伝ってもらって全て確認しました。帝都内で見つからないなら、宮殿を徹底的に確認する必要があると思ったので」

 

確かに食事はオネストから提供してもらった。

しかしたった、たった一人が増えただけだというのに。

その僅かな糸すら手繰り寄せた彼女の手腕には……一種の執念のようなものが感じられてならなかった。

 

「何より、食事とは厨房で作られてから基本運ばれるものです。厨房で食事をとる人間なんて限られますし、そこにあなたが混じるとは考えにくい。必ず、誰かあなたのもとに運んだ人間がいると思っていました。あなただと知らずとも、私以外の誰かが命じられて運んでいると」

 

その人間さえ見つけ出せば容易でした、と彼女は笑う。

たまりかねたドロテアは思わず前に出てアリィを止めようとする。

 

「ま、待て! 妾はもうお主に危害を加えるつもりなんてないぞ!? そもそも宮殿で暴れればブドー大将軍が黙ってはおるまい」

「いえ、問題はないです」

 

書類を取り出して見せるアリィ。

そこにあるのは皇帝、そしてブドー大将軍のサイン。オネストのサインはないが、それでもアリィが行動に出るには十分なもの。

 

「宮殿に潜む鼠を見つけて処分する許可をあらかじめとっています。ブドー大将軍には少々渋られましたが……やはり皇帝陛下に先に話を通して正解でした」

 

ここに至ってドロテアは完全に理解した。もう逃げるしかない、と。

気が付けば廊下の両側から数人の人間が現れる。全員がアリィの従える暗殺部隊の人間だ。

 

(全体攻撃は……ダメじゃ、あの女(アリィ)を巻き込んだ時点でイゾウ達と同じ目に合いかねん。ならばここは)

 

個人を狙って一点突破を狙おうとアリィに背を向ける。

アリィの方を突破するよりも、そのほうが可能性が高いと思っていたから。

しかし……ドロテアは知らない。

アリィは帝具や権力があろうとも、本来は”逃げる側”の人間であるということを。

だからこそ……「逃げるときにどう考えるか」という思考は、彼女にとって簡単に推察できる。

 

「やりなさい」

「これはっ!? まさかシュラの!」

 

襲い掛かろうとするも、もう遅い。

アリィの言葉によって発動したのは、帝具シャンバラ。

カイリも当然今回集まった人間の中に入っており、彼の帝具によってドロテアを捕らえるというのも予定通りのことであった。

しかし、至近距離であったため、アリィを含め全員が効果の範囲内となる。

 

「宮殿で極力暴れるなと釘を刺されましたので……あなたを逃がさないためにも、場所を移します」

 

アリィの言葉と共に、ドロテアの視界は光で埋め尽くされた。

 

 

 

「ここ、は」

 

そして全員が転移した場所……そこはどこかの、暗い部屋の中だった。

僅かに灯火が揺らめくだけの、明かりの少ない部屋。

広さは全員が入れるほどではあるが、それでもやや手狭に感じる。

集団が襲い掛かるにしては、あまりにも不自然な場所だ。

 

そう考えた時点で、ドロテアの足元が揺らぐ。

 

(な、何が起こった――?)

 

体の自由がきかない。

力が抜け、ドロテアが倒れるのを他の人間はアリィを含め静かに見つめている。

他の人間はアリィを含め全く自分のように倒れる様子がない。

その答えは、近づいてくるアリィが教えてくれた。

 

「以前Dr.スタイリッシュの研究室から押収した、彼謹製の超強力な麻痺毒です。無臭の気体として散布できるのであらかじめこの部屋に充満させておきました。もちろん私含めあなた以外の全員が解毒剤投与済みです」

 

この麻痺毒はDr.スタイリッシュが奥の手の一つとして作成したものだ。アリィは知らないが、彼がナイトレイドの元へ襲撃をかけた時にも使われている。

アリィが今回麻痺毒を用意したのは、ドロテアを捕らえるためであり、そして彼女の肉体強化を警戒してのことであった。

たとえドロテアが体の中にある程度毒への抵抗力を用意したとしても、スタイリッシュが調合した特別な麻痺毒ならば彼女にも効力があると考えられたため、アリィは使用を決めた。

 

ドロテアが肉体強化を施しているというのはすでに知っていたことである。

ワイルドハントが発足して間もないころシュラとてオネストに話したことだ。隠していたわけでもなくアリィがその情報をつかむのはさほど難しいことでもなかった。

 

そして、とアリィは注射器を取り出す。

 

「こちらは麻酔薬でして、麻痺毒と反応し効果時間を長くする性能もあります。液体ですし直接注入しなくてはならないものですが……」

「ま、」

 

やめろ。

やめろ。

来るな。

 

待て、という間もなく、ドロテアは首に痛みを感じながら意識を落としていった。

 

 

 

「お目覚めですか?」

 

アリィの言葉で、ドロテアの意識はゆっくりと回復していく。

先ほどと違い、今いる部屋はどうも悪臭が漂っている。しかしドロテアはこの臭いを知っている。

この血なまぐさい臭いは、覚えがある。

 

「ここは、どこじゃ」

 

服装も、普段着ていた少女らしいものではなく、粗末な服だ。

おそらく服の中に仕込んでいるものを警戒されたのだろう。事実錬金術を発動させる触媒などをいくつか仕込んでいただけに心のダメージは大きい。

抗う手段が奪われてしまったのだから。

 

そしてドロテアは現在、台の上で拘束されていた。

台の上で手足が動かないよう固定され、せいぜい首を動かすのがやっとだ。力づくで破壊しようにも、薬の効果がまだ続いているのだろう、体に力が入らない。

 

「ここはどこ、ですか。いいでしょう、お答えします」

 

すでに暗殺部隊の姿はなく、ここにいるのはアリィとドロテアの二人のみ。

最初に飛ばされた部屋よりははるかに広く、はるかに血生臭いこの場所で、服装もやや汚れたものに変わっているアリィは手を広げて見せた。

 

「ここは、私の始まりの場所」

 

少しずつ暗さに目が慣れていく。

周りにあるのは檻や鎖。そして数々の台や道具。

そう、まるで……拷問にでも使うようなものばかりが多く揃っている。そのほとんどが赤黒い汚れを残して。

 

「私の恐怖が生まれ、育まれ、今に至る場所」

 

それが……サンディス邸・地下室。

 

そして、そんな場所で拘束されているということが何を意味しているのか。それがわからないドロテアではない。

だからこそ必死でもがこうとし、動かせる口をもってして逃れようとした。

 

「待て、待つのじゃ! お主に損のない話がある!」

「…………」

「妾はある研究をしておる! 人間不老不死は無理でも、他人から生命エネルギーを奪っていけば、かなり長い年月を生きていける! お主もそうなりたいじゃろう!?」

 

アリィは死を恐れている。オネストから聞いた話だ。

故にドロテアは自分の研究を明かし、解放してくれればその研究成果をアリィにも提供すると持ち掛けた。

自分と彼女は同じはずだと、そう考えていたから。

 

「はぁ」

 

だが。彼女はわかっていない。

 

「違います、違いますよドロテアさん」

 

確かにアリィは死ぬことを恐れている。ドロテアよりも、他の誰よりも死の恐怖を感じながら生きている。

だが、それはドロテアの思想とは決定的に異なっているのだ。

 

「私は長く生きたいのではないんです。死にたくないんです」

「何が違う!? 人間の寿命は短いとは思わぬか!? だからこそ長く生きたいと、そう思うのでは」

「違います。私はこの地下室で、多くの死を見てきました。命を奪い、そして奪われる彼らの姿を見てきました」

 

死とはいずれ訪れるものだ。それはアリィだってわかっている。

だが、それを奪われることが何よりも恐ろしくてたまらない。

自分は痛めつけられる側ではない、奪われる側ではないと、何度も何度も恐怖しながらこの地下室で人を苦しめて死なせてきたのだ。

 

「私は死にたくない。人生半ばで命を奪われることが恐ろしくてたまらない。なのにあなたは他人のエネルギーを奪って生きろと言うのですか。他人にすがって、恐怖にずっと怯えながら生きろと言うのですか。他人の生命エネルギーを奪い続けることで、それ以上に復讐される恐怖を味わいながら生きていけと言うのですか。今だって怖くて怖くてたまらないのに、その恐怖をもっと抱えて生きていけと、そう言うのですか」

 

ドロテアの目に映るアリィの表情に、歓喜もなければ悲愴もない。

ただただ、怯え続けて恐怖してきた末に、濁り淀んだ目をした顔があった。

 

「さて、話が長くなりましたね」

「待て、待つのじゃ」

 

ガチャリ、と物が置かれる音が部屋に響く。

その数々の器具が何に使われてきたかは語るまでもない。

 

「あなたにはいくつかお聞きしたいこともあります」

「待ってくれ……死にたくない……」

 

両手に数々の器具を手慣れた様子で持つアリィを前に、ドロテアは涙を流しながら震え続ける。

 

「安心してください、殺したりはしませんよ」

「助けてくれ、頼む、妾はまだ」

 

ニッコリとほほ笑むその顔は……ドロテアが今まで見てきたアリィの表情の中でも、一番美しかった。

 

「ずっとやってきましたからね。エスデス将軍ほどではありませんが……死なせずにただただ痛めつける程度には、腕に覚えがあります」

「嫌じゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たのむ、たのぎっぃいい!!」

「無駄口をたたかないでくださいね、質問にだけ答えてください」

 

「なるほど、それについて詳しくお願いします」

「…………ぎゃぁあ!?」

「質問されたら答える、黙らない」

 

「…………」

「声が小さいですよ」

「がっ、ああああああああああああああああ!!」

 

「……殺してくれ……殺してくれ……」

「死にたくないと言ったのはあなたでしょう。私も殺さないと言ったではないですか」

「ひい……いぃぃぃ……」

 

「あ……あ……」

「だんだん返答がおぼつかなくなってきましたが……あぁ、これがエナジーを吸い取っていた、ということですか。顔のしわがはっきり出始めていますね。」

 

「…………」

「肉体強化が仇になったのでしょうね、心が死んでも体が生きている。いえ、死ねないのでしょう」

 

「…………」

「さすがに、哀れですね。殺さないとは言いましたが、守るのもどうでしょう」

 

 

 

 

 

 

最後の最後でアリィが胸にナイフを振り下ろしたことで、ようやくドロテアは求めていた死を迎えることができた。

 

 

 

 

 

ワイルドハント 全 滅




革命軍との衝突が刻一刻と迫る帝国には、怪物がいる。

ある者は本能に従い戦闘を求め。
ある者は使命に従い秩序を求め。
ある者は恐怖に従い安寧を求めた。

だが、彼女は他の二人とは明らかに違う。

少女はその日まで、普通の貴族の娘だった。
少女は両親の本性を知り、そして恐怖にとらわれた。
少女は暗殺者に襲われ、辻斬りに襲われ、そして狂人に襲われた。

彼女は、環境によっては、怪物にはならなかったかもしれないというのに。
それでも今、彼女は紛れもなく怪物だ。



次話より第4章……「アリィ慟哭編」開始。



もしも、革命軍が彼女を否定すると言うのなら。
その革命は、きっとあまりにも遅すぎた。


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アリィ慟哭編
第38話 革命が迫る中死にたくない


※少々忙しく感想への返信送れています、申し訳ありません。
必ず返すのでまた感想いただけると嬉しいです


革命軍は進攻を開始した。

 

腐った国を打倒するため、鍛錬を続けて来た革命軍の兵たち。

なまりきった帝国の地方軍が勝負できる相手ではなかった。

そのため、革命軍の本隊は帝都にむけ順調に進軍していた。

 

帝国の圧政に長年苦しめ続けられてきた民衆たちは、暗黒時代を打破せんと立ち上がった革命軍の到来を歓迎。

物資をすすんで献上した。

 

そもそも、地方において領主とされている人間の多くは、大臣によって帝都から飛ばされた人間も多い。

そのような、いわば良識派の人間とはあらかじめ革命軍が接触、すでに協力体制が築かれていた。

また、革命軍と内応していなかった領主たちも無血開城を次々と行っていく。

これは、革命軍を拒否、交戦するとなれば領内においても内乱が発生するからである。

外の革命軍だけでなく中の領民まで相手をすることなどできはしない。

 

しかし帝国も甘くはない。

シスイカンにて大将軍・ブドーが指揮をとって革命軍を迎撃、これを押しとどめる。

ブドーの近衛兵が守るシスイカンは鉄壁の要塞と化し、革命軍の進攻は完全に防がれていた。

 

膠着する状況の中、革命軍に属するナイトレイドのボス・ナジェンダは新たな一手を打っていた。

 

 

 

 

 

「あの。ナイトレイドの方、ですよね」

「君が……レジスタンスの人?」

 

タツミとラバック……帝国側にナイトレイドとして顔が割れていない二人は、城に仕えるという侍女と接触していた。

今回の任務は宮殿におけるレジスタンスとの接触。帝都内にいる革命軍の密偵を通じて革命軍およびナイトレイドとレジスタンスは連絡を取り合っており、今回はナイトレイドの二人が実際に宮殿に潜入・レジスタンスと接触することになった。

そして、ラバックたちに話しかけた彼女は宮殿内で反大臣派たるレジスタンスの一員として活動しており、潜入するラバック達を宮殿へ招き入れるのが彼女の任務だった。

 

彼女の父は皇帝の教育係をしていたが、余計なことを吹き込まれないよう妻共々オネストによって幽閉されてしまった。それが彼女がレジスタンスに参加するきっかけとなっている。

 

「ここから先は、お静かに願います」

「オーケイ……」

 

侍女の先導に従い、慎重に歩を進めていく。

見回りや見張りの兵士たちがいないルートを通り、外周部ではあるが庭にあるひとつの建物のところまで無事にたどり着いた。

そこに、レジスタンスのメンバーが顔合わせのために集まっているという。

 

「ここです」

 

そう言って扉にノックをするが……だんだんその顔がいぶかしげになっていく。

 

「どうした?」

「変です……暗号代わりにノックが返ってくるはずなのに。反応がないんです」

「っ!?」

 

すでに人は集まっているはず。それなのに反応がないということは……

瞬時に、タツミやラバックの顔が険しいものに変わる。

 

「下がってろ」

 

まずはラバックが慎重に、扉を開けていく。

そして……

 

「きゃああああああああああああああああああああ!!」

 

中の光景を目の当たりにした侍女が悲鳴を上げる。

 

中は惨状という言葉が正しい状況になっていた。

建物に集まっていたはずのレジスタンスの人間が、全員殺害されている。

壁には血が飛び散り、床には物言わぬ骸がいくつも血まみれになって転がっている。

 

これが示すことはつまり……すべてバレていた、ということ。

 

「まずい、ここからにげ」

「おせぇよ」

 

即座にタツミやラバック、侍女の足元が光り輝く陣に変わる。

この光景はすでにナイトレイドの二人は見たことがある。タツミにいたってはこれをくらったこともあるのだから。

 

「これは、帝具のっ……!!」

 

暗闇の中に潜んでいた暗殺部隊のリーダー・カイリは笑う。

暗殺部隊によってレジスタンスの暗殺が終わった後も、彼は一人暗闇の中に身を潜めていた。

連れてこられるであろうナイトレイドを、兵たちが待ち構える檻の中へと送り込むために。

 

様々な思惑が絡み合った結果……全員が光に飲み込まれて、転移していった。

アリィの書いた、脚本どおりに。

 

 

 

 

 

時はしばらく前のこと。アリィがドロテアを処分した日の翌日。

 

「ブドーが時々、シスイカンに出向いているようだな」

「えぇ。のこのこやってきた敵を釘付けにするためです。陛下はご安心を」

 

宮殿では皇帝とオネスト大臣が食事をとっている。

その傍らでは、皇帝付き侍女であるアリィ・エルアーデ・サンディスが給仕を行う。

彼女の表情に一切の揺らぎはない。

革命軍が近づいているというのにもかかわらず、だ。

 

彼女は理解している。

すでに革命は始まっていると。

 

しかしだからこそ、彼女が静かであることがオネストにとっては不気味でならない。

彼女は革命を憎悪する。

彼女の安寧を、未来を否定する革命を彼女は決して許さない。

 

「そう……か。時にアリィ。以前お主が申し出た、宮殿に潜む賊は処分できたのか?」

「賊、ですかな?」

 

寝耳に水な話に、オネストは不思議そうな顔でアリィの方を見る。

だが、その顔を見ただけでおおよその予測をたてたのは、やはり彼が切れ者であるからだろう。

皇帝にはわからない冷たい目のまま、アリィは静かに頭を下げる。

 

「はい。皇帝陛下がお許しいただきましたことで、宮殿に潜んでいた賊の残党はこちらで処分いたしました。彼女(・・)がこの帝都で暗躍することは、もうないでしょう」

 

その言葉だけでオネストはすべてを察する。

ましてや彼女の鋭い視線が、こちらを射殺さんばかりに向けられているのだ。

これで察することができないほどオネストは愚かではない。

 

「そうですか。皇帝陛下を危機からあらかじめ守るその忠義、お見事ですなぁアリィ殿」

「恐れ入ります。オネスト大臣」

 

互いに直接的な言葉を口にすることはない。

だが、言わずともドロテアの話をしているということは二人ともわかっているのだ。

だからこそ、アリィの言葉なき批判も受け止めたうえで微笑み返す。

 

(ドロテア殿が討たれたのは痛いですが……依頼は大方完了していたようです。ならばこれでよしとしましょうかねぇ)

 

実のところ、オネストがドロテアに対して成功報酬として挙げていた「アリィの説得」は、オネストにとっても命がけなのだ。そのような危険な橋を渡るくらいならば、全てが終わってからドロテアを処分したほうがよっぽどリスクが少ないというもの。

そしてそれはすでにアリィによって実行されているのだ。

 

彼にとってはいい落としどころであったと言える。

オネストはアリィに黙ってドロテアを保護していたこと。アリィはオネストに黙ってドロテアの排除に動いていたこと。

お互いに相手の問題は非難せず、ドロテアの存在自体をただの賊として処分する。それだけでいいのだ。

 

「さしあたり、お二方に申し上げたいことがございます」

「む?」

「ほう?」

 

主に皇帝からの許可によって動いていたアリィが、「オネストを含めた」二人に話しておきたいということ。

これはつまり、オネストにとっても見逃せる話ではないということだ。

 

「ブドー大将軍が申しておりました。”ネズミの群れが現れる前には、必ず先に数匹の子ネズミがうろちょろしているものだ”、と。先日の賊は今回のネズミと繋がってはいなかったでしょうが……」

 

そう言ってアリィは目を細める。

彼女にとっては、これもまた自分のため。だからこそ、そのためにどれだけ血が流れようと知ったことではない。

 

「どうも、子ネズミが城にいるようです。侍女としてネズミの処分をしたいのですが、お許しいただけますでしょうか」

「大臣。余はアリィに任せてよいと思うのだが、どうだ?」

「えぇ、えぇ。アリィ殿にお任せいたしましょう。よろしくお願いしますよ」

 

満足そうにオネストは頷く。

過剰防衛がすぎる傾向はあるが、帝国のために敵を排除するその姿勢は、オネストにとっても好ましい。

ましてその人物が有能であるならなおさらだ。

 

二人の承諾を得たアリィは深々と一礼すると皿の片付けを始める。

話している間に、二人の皿はすでに空になっていた。

 

「……じきにブドー大将軍が戻ってくると聞いております。彼に話を通してから、実行に移らせていただきます」

「彼の協力が必要なら、私からも話を通しておきましょう」

 

アリィは台車に食器を乗せると、一礼して部屋を出て行った。

 

洗い場に移動する途中、反対側からエスデスが歩いてきた。

エスデスもアリィの存在に気がつくと、口をゆがめて話しかけてくる。

 

「聞いたぞアリィ。ランが死亡したそうだな。今回ばかりはお前の采配であるにもかかわらずの殉職だ」

「えぇ。ですが任務は達成されました。皇帝陛下にも満足していただいております」

 

暗に「お前は任務すら失敗しただろう」と牽制するアリィ。

それを突かれると面白くないのか、一転して苦々しい表情になったエスデスは興がそがれたといわんばかりに歩き去っていく。

その間際に、アリィに釘を刺すことも忘れない。

 

「フン、口の回るやつだ。だがもう私が戻ったんだ。私抜きでお前の思うようにイェーガーズを動かせると思うなよ」

「えぇ。ですが、イェーガーズへの指令を私が出せることもお忘れなきよう。それに、あなたにも仕事を頼むと思います」

「……チッ」

 

 

この会話より二日後。

ブドーが帰還し、作戦を伝達。さらに数日後、作戦は実行される。

実行の日付やその段取りは……全てアリィに漏れていた。

なぜなら、レジスタンスと革命軍の橋渡しをしていた密偵が……アリィの手先であり、元暗殺部隊・現諜報部隊に所属するメイリーだったのだから。

 

 

 

 

 

「……タツ、ミ?」

「…………」

 

転移先は、闘技場。もちろんその内部や出入り口、至る所に装備に身を包んだ兵たちが配備されている。

そしてその中心、転移先としてマーキングされたところにはブドー大将軍に暗殺部隊、エスデスをはじめとしたイェーガーズが勢ぞろいしていた。

エスデスはナイトレイドがおびき出されるとは聞いていたが、まさかそこに想い人たるタツミがいるとは思わず呆然としている。

 

周りには兵士。加えて帝具使い数名。さらに帝国最強格。

一方で追いつめられたタツミとラバック。

いかに鍛えられ、帝具を使う二人といえど、ここから逃亡することは……あまりに絶望的だった。

 

その戦力の揃い具合には、もはや執念すら感じさせる。

絶対に逃がさないという、執念が。

 

「残念ですよ、リカさん」

 

侍女に声がかけられ、彼女は震えながら振り返る。

兵士たちの先……戦いには巻き込まれないよう、離れた位置にいたアリィは本当に残念そうに話していた。

もっとも。ドロテアについての情報を集めるさなか、なぜか自分と話をすることを避けていたような彼女たちに、アリィはずっと目をつけていたのだが。

 

「同僚たる貴方ですが、かばいようもありません」

 

抵抗も逃亡も、させる気はありませんがね。

 

 

 

 

 

革命軍やナジェンダの一手を覆し。

帝国側・アリィの第一手が打ち込まれた。




全ては、名前もないアニメオリジナルの「侍女」から始まった。

えぇ、彼女がアリィのきっかけです。その内面にはセリューなどがモチーフとなりましたが、見た目や肩書きは彼女からです。

今回の策も元はアニメにおけるシュラの策ですが、アリィは情報を全てつかんだ上でもっと徹底的に出ています。
最低でも、殺せるように。


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第39話 理解できずに死にたくない

大変、お待たせしました……
感想はこれから随時返していきます。


「インクルシオォォォォ!!」

 

タツミが剣を抜いて吼え、竜の鎧を纏う。

周りには敵、しかもエスデスやブドーをはじめとする帝国トップクラスの戦力がここに揃っている。

まるで、絶対に逃がさないという何者かの意思が形になっているかのように。

 

逃走は絶望的だ。

だが、それであきらめる理由にはならない。

 

「この状態でなおも逃げる気概を見せるか。だが帝国に仇なす敵ならば、このブドーが裁くまで!」

「いいぞタツミ……お前がナイトレイドだったのは残念だが、これもまた運命だ。お前を捕らえて、私好みに染めてくれる!」

 

ブドーが組んでいた腕をほどいてその腕に装着された彼の帝具・アドラメレクを構える。

一方でエスデスも愉悦を顔に浮かべ、腰に下げていた剣を抜く。想い人であるタツミを我が物にしようと、いつも以上に彼女の体からは戦意が湧き上がっていた。

 

「……死ぬなよ、ラバ」

「誰に言ってるんだか」

 

ラバックとタツミは背中合わせになって、周りを囲む兵士たちを睨む。

兵士たちだけでなく、帝国の大きな戦力である帝具使いたちの姿も。

 

哀れみの視線を向けるウェイブがいる。

何の感情も見せないクロメがいる。

 

厳格な視線を向けるブドーがいる。

愉悦と期待を目に輝かせるエスデスがいる。

 

そして――――

絶対に逃がさないという、強烈な意思を目に宿したアリィがいる。

 

 

 

 

 

 

 

彼らの戦いが記されることはない。

その結果は、あまりにもわかりきったこと。あまりにも当たり前の結末。

当然の流れの末の、当然の結果。

 

 

奇跡など、起きなかった。

 

 

 

 

 

 

「おぉ、ナイトレイドを捕まえましたか。それも二人とは」

「さすがだな、アリィ!」

 

皇帝とオネストの前で、アリィは跪きながら成果を報告した。

ブドーをはじめ過剰ともいえるほどの戦力を今回の作戦に投入してもらったのだから、当然といえば当然の結果。

しかし、その当然の結果を無事出せたことによりアリィとしてもひとまずの安心感を覚えていた。

 

「革命軍が進攻している今、ナイトレイドの人間にはしっかりと見せしめになってもらわないといけませんからねぇ。どんな恐ろしい目にあってもらいましょうか」

「そのことですが……」

 

ただ、報告しなければならないことはほかにもある。

 

「捕獲したナイトレイドの一人が、エスデス将軍の想い人だったようです」

「なんだとぉ!?」

「え、エスデス将軍のですか!?」

 

皇帝だけでなく、オネストまでもが驚いた声を上げる。

特にオネストとしては大いに焦る内容だ。さすがにエスデスに限って情に流されるようなことはないだろうが、それでも好いた男がナイトレイドとなればむしろ逃がして戦いの場に放つかもしれない。

通常の戦争でも、あえて敵を数名生かし、自分への復讐心をたぎらせ後の火種を作ろうとする女性である。

オネストが心配になるのも無理はなかった。

 

しかし、その心配はアリィから否定される。

 

「もっとも、エスデス将軍はリヴァ元将軍の時のように彼を自分の部下へと離反させることを考えているようです。ですが相手も革命軍随一の実力者であるナイトレイド。おそらく彼は最後までエスデスの言葉には乗ることはないでしょうね」

「ふぅむ、そうですか……」

 

アリィの言葉を受け、オネストは考えを巡らせる。

まずはナイトレイドの少年がエスデスの誘いにどう出るか。そしてもし断られた場合エスデスはどう動くか。

アリィの言葉にも確かに一理あるのだ。

 

「わかりました。まずはエスデス将軍に任せるとしましょう。エスデス将軍なら帝国に悪いようにはしないでしょう」

「かしこまりました。そして、もう一人のナイトレイドですが……」

「現在はどのように?」

「拷問して革命軍の情報を出させようとしていますが、今のところ何も漏らしてはいないようです」

 

ま、そうでしょうねぇとオネストは息を吐く。

これで楽に情報を吐いてくれるようなら苦労はしないのだ。

もっとも、拷問官の力量が足りないせい、という可能性もないではない。

エスデスに言わせればまだまだお遊び程度でしかないのだろうから。

 

「拷問を続けなさい。ですが、できれば殺さないようにお願いしますね。もしエスデス将軍が気に入ってるものを引き抜いた場合、そちらの彼に見せしめになってもらわないといけませんからねぇ」

 

見せしめ。

ナイトレイドを捕らえたことによる、本命の目的がそれだ。

情報はあくまで得られればいいという程度。しかし、革命軍が迫る今、革命軍の大きな戦力であるナイトレイドを大々的に処刑し、見せしめとすることは革命軍の士気をそぐという点でもこちらの士気をあげるという点でも、大いに効果が見込める。

 

アリィが一礼し、去っていくのを見つめながらオネストはどんなにひどい目に合ってもらおうか、と想像を膨らませるのだった。

 

 

 

 

 

そのころ、牢獄では二人の人物が邂逅していた。

 

「……タツミ」

「………‥‥」

 

捕らえられたタツミ、そして牢に入ってきたエスデス。

言葉も少ない中、二人はそれぞれの考えを胸に互いを見つめ続けていた。

 

「タツミ、私の部下になれ」

 

真っ先に口を開いたのはエスデスの方だ。

彼女としては、ナイトレイドだったとしてもタツミを自分の手の中に収めたい。

彼が自分に従うというのならオネストにかけあって彼を罪に問わせないようにするつもりだったし、できるという自負もあった。エスデスはオネストにとってなくてはならない人材であり、かなりの貢献もしているのだから。

 

「……嫌だ」

 

だが、タツミの口から出たのはあくまでも否定であった。

 

「…‥‥言いたいことはいろいろある。だが」

 

タツミが睨みつける中、断られたことを一切気にした様子もなく、エスデスはゆっくりとタツミを抱きしめた。

驚くタツミをよそに、エスデスは顔を赤らめながら言葉を重ねた。

 

「私はお前が欲しい。お前の顔を近くで見たら言いたいことも吹っ飛んでしまった……」

「俺は、あんたの仲間になる気はない!」

「敵味方であるといういざこざはいったん忘れろ。今はただ、お前が…‥」

 

少年の口元に、ゆっくりと唇を近づけようとするエスデス。

だが。

タツミは、それを認めない。認められるわけがない。

 

「やめろ!」

「……っ! 何を拒むことが」

「俺は受け入れることなんてできない」

 

エスデスを突き飛ばして、息を荒げながらもタツミは告げる。

己の気持ちを。

キョロクの戦いで間一髪のところを救い、そして……

 

 

 

キョロクからの帰りに告白され、それを受け入れたあの時のことを思い出しながら。

最初は嫌っていたのに、いつの間にか愛おしい存在になっていた少女のことを思い出しながら。

 

 

 

「好きな子がいて、付き合っているからだ!!」

 

それを聞いたエスデスは、愕然とした表情で立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

「ぐっ、は……」

 

拷問室の中で、ラバックは息を詰まらせる。

雷に全身を貫かれる痛み。切られ殴られた結果できた体中の傷。

泣きたくもなるが、彼は訓練を重ねてきたナイトレイドの人間だ。

この程度なんだと、必死に自分を鼓舞していた。

 

血反吐を吐いていると、誰かが近寄ってくる音が聞こえた。

また拷問の始まりか、と顔をあげると見慣れた筋骨隆々の拷問官ではなく……ここには似つかわしくない、侍女服を着た少女が牢の前に立っていた。

 

「あんた、は……」

「皇帝付き侍女、アリィ・エルアーデ・サンディスです。以前ナイトレイドに殺されかけたことがありますし、私のことはあなたもご存知でしょう」

 

サンディス邸の襲撃、そしてロマリーでの戦い。

確かに、アリィはナイトレイドによって殺されそうになったことがあった。

しかし、そのどちらでもナイトレイドはアリィを殺すことに失敗している。そしてそれは、アリィという少女の恐ろしさを底上げしているのだ。

 

「……で? そんなあんたが、こんな、ところに来る理由は」

「言わずともしれるでしょう」

 

じゃらりと器具を取り出し、それを彼に見せつける。

言葉で語る必要はなかった。

ラバックは思い出す。サンディス邸を襲撃した理由が「民をさらって、拷問していた」ということを。

そして今は亡きレオーネが確認しているのだ。

サンディス家の娘である彼女もまた、「有罪」であると。

 

つまり、それが意味することは…‥‥

 

「私にもこの手の覚えはある、ということです」

 

彼女は拷問に手慣れている、という血塗られた事実。

 

 

 

「あ……が……」

「さすがに、タフですね。他の方々とは違います。ドロテアさんもここまでは粘りませんでしたよ」

 

なおも口を割らないラバックにアリィは驚嘆の表情を浮かべる。

だが、ラバックとて無事ではない。

体のいたるところから血を流し、彼は歯を鳴らしながら震えていた。

 

「少し休みましょうか」

 

そういってアリィは手を止める。

もちろん、これにも意味があることだ。

ただ痛め続けてもやがて意識を手放したりと長く続きはしない。

ようはメリハリが大事なのだ。充分痛めつけたなら手を止めて相手も休ませる。

当然、これで終わりではないということを分からせたうえで。

 

拷問する側は休めても、拷問される側が心から休めるわけがない。

むしろこれからどうなるのかという不安が湧き出て心を蝕んでいく。

 

拷問中は痛みで考えずに済んでいたことが、手を止められたことで否応なしに頭に浮かんでしまうのだから。

 

「ずいぶんと…‥‥手慣れた、もん、だな……」

「私の両親はこういうことが大好きでしたからね。幼い時に両親の趣味を知らされたときから、ずっと共にしてきた、だから私も自然と経験が積み重なって手慣れた。それだけの話です」

「…………」

 

アリィはラバックに、心の内を語る。

無論彼女としてはただの時間つぶしだ。あくまでもただ黙って休むのも退屈だからにすぎない。

 

だが。

 

「彼らが苦しみ、怨嗟の中で死んでいったのを私はずっと見てきました。だから私は死ぬのが怖い。彼らのように痛みと苦しみの中死んでいくのが怖い。怖いんですよ」

「…‥‥は」

「さて、話も終わりです。続きを……」

 

そこで、アリィの言葉が止まる。

今まで、ラバックからは視線を外して話していた。

アリィは、彼をさんざん痛めつける帝国側の自分を、ラバックはきっと怨嗟を込めた目で睨んでいるだろうと思っていた。

あるいは、気力をなくして何も見ていないだろうと思っていた。

もしかしたら、恐れを持った目で見ているかもしれないとも思っていた。

 

だが。

 

「どうして…‥‥」

 

その目は、思っていたものとは違った。

 

「どうして、そんな目で見るのですか。あなたを苦しめる私が憎いでしょう!? 革命軍のあなたからしてみれば、憎むべき存在のはずです! なのに、なのに……」

 

そんな目で、自分を見ていることが、理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

「なぜ、憐れむ(・・・)のですか!!」

 

ラバックが口元を緩め、憐れむ目でこちらを見ていることが、まるで理解できなかった。




まずは謝罪を。
遅くなってすみません。これからの展開とか考えたりリアルが忙しいのもあって全然進みませんでした。

「アンチ・ヘイト」タグがいるのではないかというご指摘がありましたが……今のところ、つける予定はありません。
というのも、アンチ・ヘイトタグは「原作や原作の登場人物を過度に貶める」場合につけるもの、とされています。
確かにこの小説ではナイトレイドがアリィによって劣勢に陥ることが多いです。

ですが、決して、彼らを否定する物語ではないということを理解してほしいのです。

あくまで、アリィという少女を軸にしているために、彼女にとっては敵であるナイトレイドを追い詰めているというだけにすぎません。

また、アリィとて万能ではありません。
今回の話の終わりのように、慟哭編はアリィの脆さを描く章でもあります。

このように考えているため、現状ではタグはこのままでいきます。
もし「こうとらえるべき」「その考えはわかるけどもタグはいる」という意見がありましたら教えてください。必要だと最終的に判断したならばつけることも考えます。


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第40話 本音を吐露して死にたくない

なぜ。

どうして。

 

アリィは今、混乱の中にあった。

 

自分を殺そうとした相手のことなど、普段は気にしない。

自分に危害を加えるなら、排除する。それが今のアリィなのだから。

だが、今回は少し事情が違う。

今、目の前にいるのは自分を追い詰めている革命軍にしてかつて自分を追い詰めた存在……ナイトレイド。

その一員である男が自分に憐れみの目を向けたことが、アリィには見逃せることではなかったし、理解できることでもなかった。

 

「どうして……ですか……」

 

他の人間が憐れみを向けても、アリィがここまで狼狽することなどなかっただろう。

だが、ナイトレイドの人間だった……それが問題だったのだ。

さらに言えば、状況も悪かった。

アリィに悪意が向けられた状態であったなら、恐慌状態に陥るアリィはラバックの視線など気にも留める余裕はなかっただろう。

だが、今はアリィが一方的に危害を加える側であり……落ち着いた状態であったからこそ、直接感情を揺さぶられた。

 

「なんで! なんであなたがそんな目をするんですか!」

 

彼女は数度にわたりナイトレイドに命を狙われている。

民をさらって拷問をしていたために一家が標的として狙われた時。

ロマリーにおいてチェルシーを殺したがために、マインに追い詰められた時。

 

しかも、ナイトレイドはアリィの立場を追い詰めかねない革命軍の部隊。

一方でアリィはナイトレイドのチェルシーやレオーネを殺害している、ナイトレイドからしても怨敵といえる存在だ。

アリィは当然ナイトレイドを憎んでいるし、一方で自分は憎まれているだろうとも理解していた。

 

「どうして、今! そんな目で私を見ることができるんですか!?」

 

さらに、今まさにラバックには拷問を施しているさなかだ。

ラバックにとっては憎んでも憎みきれない存在のはずだ。

だからこそ。アリィは、ラバックの憐れみの目が理解できなかったのである。

 

「は……。やっぱ、あんた、は……」

 

狼狽する彼女を、ラバックは静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

ラバック。

ナイトレイドの一員となる前は、ナジェンダと共に帝国の軍の一員として勤めていた人物だ。

彼が革命軍になったことに、特別深い理由はない。

帝国の現状についてよく思っていなかったこと。そして、敬愛する上司であるナジェンダについて行きたかったこと。ただ、それだけだ。

 

アカメのように子供時代を辛い修行だらけの日々で過ごしたわけでもない。

マインのように迫害と差別を受けて過ごしてきたわけでもない。

ましてや、レオーネのように貧しい日々を過ごしたわけでもない。

 

彼は裕福な商家の四男坊として……特に何の苦労もない日々を送ってきたのだ。

軍に入ったのだって、四男には家を継ぐことが難しいという理由もあるが……一番大きな理由はナジェンダに惚れたという実に個人的な理由だった。

 

今までの人生を、「不幸だ」と思ったことは一度もないのだ。

ナイトレイドとして戦う現在のことだって、不幸だなんて思っていない。

それぐらい、彼の人生は恵まれていたと自覚している。幸せだったと思うことができる。

 

だから……だから、わかってしまう。

 

 

 

 

 

アリィという少女だって、自分と同じような幸せな人生を送れたはずなのだ……と。

 

 

 

 

 

アリィのことを初めて知ったときはただの標的にしか思っていなかった。

レオーネをはじめとする仲間たちが殺し損ねたときは不気味に思った。

仲間を殺された時は憎しみだって感じた。

 

だけど……実際にここまで相対して。

そして、彼女の身の上を直接聞いたからこそ、わかってしまった。

 

どちらも裕福な家に、同じ時代、同じ時期に生まれた者同士。

では何が違うのか。

それはあまりに……どうしようもないこと。

 

”どんな親だったのか”――大きな違いが、そしてたったそれだけの違いが、あった。

 

アリィという少女がここまで歪んだのは、元をたどれば親の拷問に付き合い、どんどん精神を摩耗させ、死に強い、あまりにも強い恐怖を感じるようになっていったからだ。

エスデスのように生まれつきの残酷さがあったわけではない。

 

一方でラバックの親は帝国の闇に染まっていない、まともな人物であった。

少なくとも、人を虐げてそれを喜んだり、息子に同じことを強いる人物ではなかった。

 

そしてそれは、同時にある一つの事実を指している。

すなわち……

 

アリィとラバックは、どちらがどちらの立場になってもおかしくなかった、という事だ。

 

 

 

 

 

「俺は、さ……商家の生まれで。けっこう、楽に、生きてきたんだ……」

 

ラバックは語る。

自分の生まれ。そして、親のこと。

アリィはいつのまにか彼の話に聞き入っていた。

彼が歩んできた人生は、軍に女性を追いかけて入ったという彼の意志による行動を除けば、同じ立場の話ばかりだったから。

 

「あんたの話を聞いて、思ったよ。もし、親がまともだったらさ……? あんただって、人を拷問にかけるようなこと、しなかったんじゃ、ないかってさ……」

「…………」

 

アリィ自身、かつてドロテアに告げていたことを思い出した。

サンディス邸に隠されたあの地下室で、自分の恐怖は育まれたのだと確かに言った。

親の本性を知る前の日々を、懐かしく思ったこともあった……。

 

「それとも、お前が望んでやったのか……? お前がやってきたことは、お前が望んで」

「そんなわけ、ないでしょう」

 

自分の言葉に割り込んで口を開いたアリィを見て、ラバックは話すのをやめる。

震えるアリィは自分を抱きしめながら、言葉を漏らす。

黙っていることなど、できないとでもいうように。

 

「だって……しょうがないじゃ、ないですか」

 

アリィの声もどこか震えていた。

ラバックに反論するその声には、いつものような冷静さも、自信もなかった。

 

「幼い頃の私が……あの狂った親を前にして、逆らえるわけが、ないじゃないですか! 私だって嫌だった! 怖かった! でも、拒むことなんてできなかった!! 私の肩を後ろから押さえていたあの感覚が、今もずっと残っているんですよ!?」

 

泣き叫ぶように、アリィは本音を吐き出した。

誰にも話すこともなく、自分で意識すらしていなかった心の奥の叫びを、誰に聞かせるわけでもなく吐露し続ける。

その様子を、ラバックは何一ついう事もなく黙って聞いていた。

 

「やらないと自分が同じような目に合う気がしたから! 目の前の女の子と同じ目にあわされるんじゃないかって怖くなったから! だから、だからずっと親の言うままに続けてきた! そして、もう恐怖がどうにもならなくなった時に、あなた達が来た!!」

 

アリィがラバックを睨みつけるその目からは、涙がぼろぼろと流れ出していた。

ラバックは思う。

親のいない日々を自分の仲間たちは過ごしてきた。彼女たちは、自分の意思で抗うことはできたのかもしれない。

けど、自分はアリィと同じ状況になったら、きっと拒むことはできなかったのだろうと。

だからこそ、自分は、彼女の言葉を否定することは決してできないと、そう思って聞いていた。

 

誰もが強いわけじゃない。誰もが幼い時から自分の意思を親に抗ってまで貫けるわけなんて、ないのだ。

 

「どうして、どうして後になってから来たんですか! どうして、あの最初の日に来てくれなかったのですか! どうして……手遅れになるまで、止めてくれなかったんですか!!」

 

アリィだって叫びながら自覚はしていた。たらればの話をしたって意味はないと。

自分の叫びは言いがかりであるということくらい、わかっている。

けど、それでも叫ばずにはいられなかった。

 

命を狙われ続け、死に怯え続けた彼女の心は……もう、疲れきっていたのだ。

ボロボロの心は、彼女の本音を止めることなどできなかった。

 

「アリィさん!? いったい何が……」

 

アリィの慟哭が聞こえたのだろう、ラバックも見慣れた拷問官の姿をした人物が慌てた声でアリィたちの方へと走ってきた。

自分たちへと走ってくる姿を見てようやく我に返ったアリィは、大きく息を吸い込むと涙を腕で拭った。

 

「……すみません、お見苦しいところを見せました。後は任せていいですか」

「は、はい」

 

アリィはラバックに一度視線を向けると……何も言わずにその場を立ち去って行った。

後に残されたのは鎖で吊るされたラバックと、拷問官だけ。

 

「やっぱ……アリィだって、ただの、女の子だったんだ……」

 

はー、と息を吐いた後、体の痛みなど気にしていないかのように笑いながら、拷問官へと顔を向ける。

対する拷問官は、顔をお面のようなもので覆っているためにその表情を見ることはできない。

 

「さあ、拷問を続けてみろよ、俺は何も喋るつもりは」

「もう、いい」

 

 

 

 

 

ガチャリ、と牢の扉が開く音を聞いてタツミは顔を上げる。

入ってきたのはエスデスだった。

手には湯気が出る皿を持っており、どうやらタツミへと食事を持ってきたようだ。

 

「……何の用だ。俺の答えは変わらねえよ」

 

だが、タツミは変わらず拒絶の姿勢をとる。

得意料理を作ってきたのだがな……と残念そうにするエスデスだったが、今回ばかりはそれだけで帰るわけにもいかなかった。

なにせ、事情が変わった(・・・・・・・)のだから。

 

「私の部下になれ、タツミ」

「嫌だ。帝国の下につく気はない」

「帝国ではなく、私の下につくと考えろ!」

「それでもだ! 戦いを求めるアンタの下につく気なんてない!」

 

叫び返すタツミの前に、サーベルの切っ先が向けられる。

抜刀したエスデスはそれまでとは違う冷徹な目でタツミを見つめていた。

これが最後のチャンスだ、と言外に含ませて。

 

「それなら……お前は処刑だ。私自ら、お前を葬ってやる。お前のためだけの処刑台はすでに用意が始まっているらしいぞ? それから逃れるには、私の部下になるしかない」

「だったら答えは決まってる、俺もラバも……」

 

処刑を選んでやる、そう言いかけたところでふと気が付いた。

今、彼女は何と言った?

 

お前のためだけの(・・・・・・・・)

 

エスデスの口が、開く。

冷徹な視線を一切変えることなく、タツミから決してそらさないままに。

 

 

 

 

 

 

カァ、カァ、カァ、とカラスの声が帝都に響く。

夕焼けの中、民衆は広場にあつまってそれを見ていた。

 

一番前には張り紙がなされた看板。

張り紙には「捕らえたナイトレイドの公開処刑を行う」という内容が書かれている。その後ろには看板よりも長い棒が一本、堂々とそびえたっている。

 

 

 

 

 

 

顔だけははっきりとわかるようにしたまま、全身いたるところに拷問の跡を残したラバックの遺体を、磔にして。

 

 

 

 

 

 

 

ナイトレイドが処刑されるだけでなく、その一人を見せしめとして晒してあるこの情景を群衆がどよめきながら見つめる中、一人離れたところで見つめる少女がいた。

 

彼女は、笑う。

 

 

 

 

 

 

「アリィさんの害になるような奴なんて、死んで当然だよ」

 

 

 

 

 

 

彼が死に際に見せた驚愕の表情は、彼女としては笑えるものだった。

なにせ突然拷問官が自分がかつて救った少女に変わったと思ったら、自分に毒針を突き刺したのだ。

事態を理解するまもなく毒に侵され、毒によってもたらされた激痛の中で死んでいったことだろう。

 

(アリィさんがあんなに錯乱するようなことがまたあってはいけない……アリィさんが害されるようなことはあってはいけない)

 

報告のために訪れていた彼女はアリィの錯乱した声に気づくと、姿を変えてアリィの前に現れ、そしてアリィのためだけにラバックを殺した。

姿を変えたのもアリィの部下である自分がラバックを殺したことが問題視され、アリィに責が及ぶことを避けるためだ。元に戻った姿をラバックにこそ見せてはいるが、他の人間は通路以外にはいなかった。

アリィだって、ラバックを殺したのが彼女だとは気が付いていないだろう。

 

(アリィさんは私たちの希望なんだ……!)

 

胸にあるのは一人の少女への狂信ともいうべき忠誠心。

なにせ、アリィのおかげで彼女は今も生きているのだ。

もしアリィがいなければ、きっと自分は薬によって使い物にならなくなり、処分されていただろうとわかっているから。

 

タツミの公開処刑のことを伝えなくてはと、革命軍の密偵であったパイスに姿を変えたまま、メイリーは鼻歌交じりに帝都の闇に消えた。

 

 

 

ラバック、死亡。

ナイトレイド 残り5人。



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第41話 笑顔になれずに死にたくない

前話やその前の話から湧き出る熱いアリラバルート推し。
本編終了後のアリィ番外編にその話を書いてみるのもいいかと割と思いつつあります。

だが今回は皇帝のターン。


ナイトレイド・タツミの公開処刑……

帝都に潜伏する革命軍の密偵から知らされたこの情報に当然ナイトレイドのメンバーも大きく衝撃を受けた。

ラバックが死亡したということもショックが大きい。

特にナジェンダはラバックと一番付き合いが長い。おまけに彼が胸に秘めた想いを知っていたからこそ、彼の死はナジェンダにとって衝撃的なものだった。

 

そして一方で、タツミの処刑が迫っていると聞いて居ても立っても居られない人物がいた。

それはマイン。

タツミの仲間であり、そして恋人でもある少女だ。

 

「……止めないで。アタシは行くわよ。」

 

助け出さなければ。

そう思って帝具パンプキンを担いで拠点から飛び出し、タツミの元へと向かおうとしていた少女は足を止める。

彼女が走る先に人影がいることに気が付いたからだ。

 

「これは罠だ」

「言われなくてもわかってるわよ。それでも……タツミを見殺しになんてできるわけないでしょ!」

 

マインが吠える声に人影……アカメは穏やかな笑みを浮かべる。

まさかそんなことを言うなんて、と。

 

「変わったな、マイン。以前はむしろお前が私を止めたのに」

 

うっ、とマインが顔をしかめる。

 

それはタツミが帝都で行われた武芸大会で、エスデスに見初められ即拉致されたときのことだ。

あの時はリーダーであるナジェンダが不在であったため、リーダー代理としてアカメがタツミを助けるか否か判断を迫られたのだが……その時、議論の中でマインはアカメに反対意見を述べたのだ。

「助けに行くなんて馬鹿なこと言わないでよね」、と。

 

ところが今の状況はどうだ。

助けに行こうと今にも飛び出しそうなマインをアカメが押しとどめている。

前回とは立場が逆転しているどころか、マインがより感情的に動こうとしている。

 

それだけタツミへの気持ちに……そしてマイン自身に、変化があったということなのだろう。

だからアカメは頬を緩めて彼女の前に立つ。その変化がわかるからこそ。

 

「私も行く」

「なっ」

 

今度はマインが表情を変える番だった。

自分を止めに来たのかと思ったらついてくると言い出したのだ。

今の時期に罠と分かっている処刑場に飛び込もうとするのはあまりに無謀。それはマインだってよくわかっている。

しかし、だからと言って諦めるなんてできない。だからこそマインはナイトレイドを脱退する覚悟で向かおうとしていたのだ。ナイトレイド、そして革命軍に迷惑をかけないために。

だがこともあろうにアカメまでもがついてくるという。

 

「な、何言ってるのよアンタ! アンタまで付き合う必要はないのよ、バカなの!?」

「バカはお前だ!」

「っ!?」

 

先ほどのほほえましい表情から一転、厳しい顔をしてアカメが放った言葉に今度こそマインは黙り込んだ。

罠が張り巡らされているとわかっている場所に一人で向かおうとするのは、確かにバカとしか言いようがない。

もっとも、アカメが言いたいのはそれだけではなかった。

 

「一人で行くよりも二人、二人よりも三人……仲間がいれば、生存の可能性も作戦成功の可能性も大きく上がる。違うか?」

「それは……」

「というわけだ、ボス、スーさん」

「うえっっ!?」

 

アカメが背後に声をかけると、さらに二人の人物が現れる。

自分の考えが仲間全員にバレバレだったことから、羞恥で顔が赤く染まるマイン。

マインが残した置手紙をぶら下げながら、スサノオとナジェンダは笑う。

 

「やはりここを通ったか。俺の推測が当たっていたな」

「”ナイトレイドを脱退します、ごめんなさい”……か。まったく、今お前に抜けられても困るんだがな」

 

どこか寂しそうな目でそう言うナジェンダ。

どんどん仲間が死ぬことで減っていき、新たにラバックも死んでいなくなった。

そしてさらにマインがいなくなり、死地へ向かうとなると見逃せなかったのだろう。

だがそんなことを彼女は口にしない。

 

「それに、この公開処刑が革命軍の士気を落とすための見せしめであれば、我々はこれを止めなくてはならない。さらに言えば、タツミのインクルシオは最終決戦において必要となる。したがって、公開処刑を止める理由は十分ある」

「……みんなして甘いんだから」」

「「「今のマインに言われたくない」」」

「ぐむっ」

 

真っ赤になって怒るマイン、そして笑う皆。

ひとしきり笑った後で、ナジェンダが凛として全員に告げる。

 

「ナイトレイド緊急ミッションだ。タツミを救出するぞ!」

 

彼女の言葉に三人の同志たちは、力強く答えた。

 

 

 

 

 

帝都・宮殿内……

そこでは、決定したタツミの処刑に対し苛立ちを募らせるウェイブの姿があった。

いや、厳密にいえばエスデスが自ら処刑を行う、ということについてだ。

 

「隊長はタツミのことが好きなんだろ!? どうして自分で殺そうだなんて……」

「私にもわかりませんが……自分の手で決着をつけたい、ということでしょうね」

 

お茶をいれながらアリィが答えるが、ウェイブには理解できない。愛する者を、自らの手で殺そうとするその気持ちが。

一方でクロメは、同じくアリィに淹れてもらったお茶を口にしながら、エスデスの意見を肯定する。彼女には、エスデスの気持ちがわかるから。

 

「私にはわかるよ……誰かに殺されるなら、自分の手で殺したいもん。私も自分の手でお姉ちゃんを殺したい…‥」

「だからって……」

 

俺には理解できない、と繰り返しながら乱暴に椅子へ座った。

ウェイブは話題を変えるように、指揮官であるアリィに公開処刑時の警備について聞く。

だが、アリィから返ってきた答えは「イェーガーズはエスデス以外宮殿警備」という驚きの答えだった。

 

「ど、どうしてですか!? タツミの公開処刑ならナイトレイドがきてもおかしくないんじゃ」

「えぇ、確かにそうです。私としても本音を言えばもっと戦力を処刑場に集めたいんですが…‥」

 

苦々しく告げるアリィ。

アリィとてナイトレイドがタツミ奪還のためおそらく戦力を集中させて襲撃してくると踏んでいる。そのためイェーガーズの二人も配置したかったのだがエスデスと同じく処刑を担当することになっているブドーからストップがかかっていた。

 

彼としては宮殿がこの隙に襲撃される可能性もあるとして、戦力を処刑場に集中させることに否を唱えていた。

前回、タツミとラバックを捕らえた時に彼が戦力を闘技場に集結させることを良しとしたのは、革命軍に潜入していたメイリーより事前にナイトレイドによる宮殿への潜入、その目的、潜入する人間、日時などの情報が得られていたからである。

今回はタツミの公開処刑に際しナイトレイドが襲撃してくる”かもしれない”という曖昧な状態のため、いかに可能性が高くとも処刑場にナイトレイドの戦力が集まるとは限らず、宮殿の警備が薄くなることを良しとしなかったのである。

 

「そうですか……」

「なのでウェイブさん、クロメさん。宮殿はお任せしますね。私は陛下につかなくてはならないので、おそらくまずは一度処刑場に行ってからこちらに戻る流れになると思います」

 

皇帝は一度処刑の前に演説を行うことになっている。

しかしオネストによって演説の後すぐ宮廷に戻ること、とされたため、長くはとどまらず宮殿に戻る予定である。

アリィもこれに随伴するため、一度処刑場に行かなくてはならない。だからこそナイトレイドが来るであろう処刑場の警備を充実させたかったのである。

 

とはいえ、襲撃の確固たる情報があるわけでもなくブドーの言葉にも一理ある。

よってこれ以上強くは言えなかった。

どのみちブドーとエスデスという二大戦力は処刑場にいるのだ、それでよしとするべきであろう。

 

「それでは一度私は失礼します……あ、ウェイブさん」

「ん、どうした?」

「今からこの書類をブドー大将軍に渡してきてもらえませんか? 私は皇帝陛下の元に行かなくてはならないので」

 

わかった、とウェイブは書類を受け取ると部屋から出ていく。

ウェイブがいなくなり、二人きりになるとアリィは念のため他に聞こえないよう、声を落として質問した。

 

「……先日確認したことですが。クロメさん、あなたは”継続”でいいのですね…‥?」

「……うん。でも、ウェイブにはあまり言わないでね、このこと……」

「えぇ。あなたがそう希望するなら、このままにしておきます……」

 

残念そうな顔をするアリィに、クロメは不安げな声を出す。

 

「アリィさん。アリィさんには邪魔かな…‥?」

「そんなことはありません。ただ……思うところがあるのも確かですが、あなたの意見を尊重します」

 

アリィは恐る恐るクロメの頭をなでる。

撫でられたことに笑顔を浮かべたクロメを見ながら、彼女は部屋を出て行った。

 

「…………」

 

部屋から出るとその手をしばらく眺め、アリィは皇帝が待つ部屋へと歩いて行った。

彼女が見たものから、目をそらすように急ぎながら。

 

 

 

 

 

皇帝のもとに着いたアリィは、皇帝の執務を手伝ったり彼に飲み物を用意したりと侍女として働いていた。

その様子を眺めながら、羽ペンを走らせていた皇帝は少し考え込んだ様子を見せるとペンを置く。

 

「なぁ、アリィよ」

「はい、どうかなさいましたか?」

 

皇帝の前で姿勢を正すアリィに、皇帝はわずかに悩んだそぶりを見せる。

だが、意を決したようにアリィへと問いかけた。

 

「何か、あったのか?」

「え?」

 

アリィは驚いた声をあげる。

心当たりはある。ラバックとの会話だ。あれによってアリィの感情は大きく揺さぶられた。

だが、そのことは押し隠していつも通りに仕事をしていたはずであり、ミスもしていない。

なのになぜわかったというのか。

 

「いつもよりも、アリィが沈んだ顔をしていると思ったのだ。だから何かあったのではないかと思ってな……」

「あ……」

 

意識したつもりはなかったが、自分の顔に出てしまっていたとは。

もしかしたら先ほどウェイブ達と一緒にいたときにもそうだったのかもしれない。

うかつだったと頭を抱えたくなるアリィに、なおも皇帝は心配そうな目を向けてくる。

 

「陛下は」

「ん?」

 

だから、つい、ぼかしてでも話をしてしまった。

 

「陛下は、もし自分が違う親の元に生まれていたら、と考えたことはありますか?」

 

ラバックに指摘されたこと。

もしかしたらあったかもしれない、普通の少女として暮らす穏やかな日々。

いや、今の時代ではそれも難しかったかもしれないが……それでも、今の恐怖に狂った自分とは違った自分でいられたかもしれない。それがどうしても心の棘となってしまっていた。

そして、皇帝の答えは……

 

「ある。だが、それは気にしても仕方ないことだと、余は思うのだ」

「そう、なのですか?」

 

皇帝は始皇帝の血を引くものとして、前皇帝の息子として生まれた。

生まれながらにして皇帝となるであろう宿命が彼にはあり、今まさに動乱の時代を皇帝として奮闘している。

幼いなりにそれが重荷になっているのではとも思ったが、彼は彼で自分なりに考えていたという。

 

「確かに余は皇帝としての日々に重荷を感じたことはある。だが、父上と母上の息子として生まれたことを余は誇りに思っているし、そうでなければよかったと残念に思ったことは一度としてない」

 

その目には、幼いながらも確かに、両親への誇りと尊敬が宿っていた。

幼くても、傀儡であっても。紛れもなく彼は皇帝である。その時、アリィはそう思わずにはいられなかった。

 

「何より、生まれというものは今さらどうこうできるものでもない。過去は変えられない。ならば、今あるものを背負ってでも、未来へ歩いてくことが大事だと余は思っている」

「……その、通りですね」

 

気は晴れたか? と言う皇帝に、アリィは笑ってはいと答える。

良かったと笑顔で執務に戻る皇帝に、アリィは今までにない、穏やかな視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これはタツミの公開処刑前日の、安らかな一幕。

 

 

革命を前に、アリィが笑顔を浮かべることができたのは、この日が最後であった。

 

 

 




ついに、原作は完結しましたね。
最終巻を今日買うことができました。

読んだ結果、最終章のアリィ〇〇編のプロットを書き換えています。
オネストの結末とかもう入れるしかないじゃないですか。
タツミ、マイン、アカメ、ウェイブ、クロメ。
それぞれの結末を読めていろいろと思うこともあります。

欲を言えばもう少し役小角の詳細が知りたかった……。
ですが、最終巻を読めて大まかにアリィの物語の終着点は見えた気がします。


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第42話 公開処刑で死にたくない

処刑、当日――。

 

 

処刑場となる闘技場には、帝都に住む多くの人間が詰めかけていた。

そのため、客席はすべて埋まっていると言っても過言ではない。

特に、富裕層の人間は見逃してはたまらないとばかりにこの公開処刑を見に来ていた。

 

闘技場の中央には十字の柱に固定されたタツミ、そしてそばには同じく固定された彼の帝具・インクルシオの鍵がある。

今回の公開処刑では、革命軍の帝具の一つとして知られていたインクルシオの破壊も行われる予定だ。

もっとも、これは帝具を壊されてはならないと、ナイトレイドが助けに来るよう仕向けるための餌である。

 

群集がいまかいまかと処刑のときを待っているが、そのざわめきはひときわ大きく響く声によって中断される。

帝国の頂点に――表向きは――立っている皇帝が、ついに処刑を始めるに当たって演説を始めたのだ。

 

「帝国の国民よ! 我が臣下の尽力によって、巷を騒がせてきた賊、ナイトレイドの人間が捕縛された! 彼らの正体は、近頃帝都の平穏を脅かし、混乱を巻き起こさんとする革命軍の尖兵であった!」

 

皇帝がいる特別席には他に後三人の人間がいる。

皇帝が演説をする姿を、後ろから笑顔を浮かべて見つめているのが大臣・オネスト。

そして皇帝を護衛するために一度観戦席のほうへ上がっている大将軍・ブドー。

最後にもう一人、皇帝の世話をするために付き添っている皇帝つき侍女・アリィ。

 

「では、後は頼みましたよ、ブドー大将軍」

「大臣、どちらへ?」

「昼食の時間ですので」

 

皇帝の演説が終わりに近づくにつれ、オネストはこの場を立ち去る準備を始める。

彼だけではない、このあと皇帝もまた退席する。

ゆえに侍女たるアリィもまた、立ち去る姿勢を見せる。

 

「我が帝国を、この豊かな都を、侵すことは何人にもできない! 帝国は、帝都は不滅である!」

 

(大臣にアリィ……逃げるか。二人の考え方からすれば当然ではあるな)

「ではブドー大将軍。失礼いたします」

 

何も言わずに首肯したブドーは、皇帝が演説を終え、そしてオネストに連れられアリィ共々去っていくまでを見つめていた。

すでにエスデスは舞台にいる。十字の柱に縛られたタツミを、厳しい目で見つめている。

処刑の告知でこそその担当はエスデスとブドー両名とされていたが、実際はエスデスが自らタツミを処刑することを大臣に直談判しているため、ブドーが手を出すことはない。

 

しかしながら、勝手にことを進めてもらっても困る。

もとより、公開処刑は表面だけの意味を持っているわけではない。わざわざインクルシオまで持ち出して餌としたのだ。

ナイトレイドをおびよせる。それこそが本当の狙い。

ブドーは階段をおりてエスデスの元へと近づいていく。

 

「餌に帝具までつけたわけだが、ナイトレイドは来ると思うか?」

「ナジェンダの甘さからすれば十分ありうる。何より、あいつ(・・・)がここにいない。つまりそういうことだ」

 

なるほど、とブドーは頷いた。

何より死を恐れる彼女が、自分の脅威足りうるナイトレイドの処刑を見届けずここから去った。

それはつまりここにいては危険だということ。

ここにいては危険だということは……ここで戦いが起こりうる。つまりは彼らが来るということなのだろう。

 

この隙に宮殿が襲撃される恐れでもあるのではと小言を言うつもりであったがやめた。

アリィに宮殿警備をさせるよう厳命した以上イェーガーズをはじめ多くの兵士が待機しているはずだし、何よりアリィが闘技場にいるよりそちらに戻ることを選んだ。襲撃の可能性は完全に否定されないにせよ、ここにいるよりは安全だということだ。

 

タツミは新たに現れたブドーを見つめると、厳しい視線を向ける。

以前ここでアリィによる罠にはめた際、最終的に彼を取りさえたのがほかならぬブドーだ。

だからこそ厳しい目を向けられているとブドーは思っていたのだが、タツミにとってはそれだけではなかったらしい。

 

「あんた、大臣の非道を知ってるんだろ……? 言うこと聞いていていいのかよ…‥‥!」

 

自分の死が迫っているにもかかわらず、泣き叫びもせず義を訴える。

タツミのそのあり方にブドーは笑みを浮かべた後、一転して厳しい表情を見せ、答える。

 

「私の家は代々帝国を守り続けてきた。陛下と帝国を守ることこそが我が使命だ」

 

だからこそ、たとえオネストの非道を知っているとしても、今は動かない。

 

「優先すべきは帝国を滅ぼそうとする反乱軍の制圧だ。しかる後、こうなる原因を招いた大臣と決着をつける」

 

毅然とした態度で答えるブドーに、それ以上何も言えなくなるタツミ。

一方、エスデスは面白そうな笑みを浮かべながらブドーとタツミのやり取りを聞いていた。

笑みを浮かべたのは、革命軍と戦った後の、さらなる戦乱への期待のためである。

 

(まぁ、その時は私が相手だがな……楽しみだ。いや、しかし……あいつは、どう動く?)

 

脳裏に浮かんだのは、彼女にとって気に食わない少女。

戦いを愛するエスデスにとって、平穏を愛する彼女は相いれないと言ってもいい。

さらに言うならばどんな攻撃を向けようと、それを許さない特異な能力を持つ帝具の使い手でもある。

彼女は革命軍を倒す気である、それは間違いない。だから少なくとも今は敵ではない。

しかし、その後は……? 

 

今は考えてもきりがない、とエスデスは頭からひとまず彼女のことを振り払った。

剣を抜くと、まっすぐにタツミへと向ける。

 

「そろそろ時間だな」

「タツミを殺すのは私だ、手を出すな。死体ももらうぞ」

「構わん。そういう取り決めだ」

 

ああ、と答えたエスデスはゆっくりとタツミに近づいていく。

一歩、また一歩。

 

「人体についてはおおよそ知り尽くしている。どこを壊せば死ぬか。どこを切れば痛めつけられるか。よくわかっている。…‥‥お前の生命力の高さに期待するぞ、タツミ」

「……そうかよ」

 

近づいてくるエスデスという絶望を前に、タツミは不思議と心が静かなのを感じていた。

恐怖がないわけではない。ただ、強くは感じないと言うだけだ。もとより覚悟はしていたのだから。

目の前ではなく周りへと意識をやってみると、観戦席にいる数多くの人間が自分を見つめていることを感じる。

 

笑い。笑い。笑い。

 

誰もかれもが、今まさに執行されようとしている処刑を楽しみにして嗤っている。

そのなんと醜悪なことか。

 

(客席の連中……嗤ってやがる。俺が死ぬのがそんなに面白いのか)

 

だからこそ彼の決意は強固になる。

どんな拷問をされようとも決して屈するものか。決して泣いたり悲鳴をあげたりするものか。

自然と口角が上がってしまう。

ならば笑おう。凶悪犯と見られようが笑ってこの処刑を受け入れて見せよう。

 

笑って死んで……ナイトレイドの誇りを見せつけてやる!!

 

エスデスの刀はもう眼前。

処刑が執行されようとしたその瞬間……大きな音と共に、壁の一部が吹き飛んだ。

 

「ナジェンダか!?」

「本当に来たか……」

 

吹き飛んだ壁から入ってくるのは一人の少女。

ツインテールの髪を風にたなびかせ、たった一人でブドーとエスデス、二人の強大な相手に対峙した。

彼女は――

 

「マイン! 何やってんだ逃げろ!」

 

タツミの悲痛な声にもかかわらず、マインは笑って言い返す。

 

「助けに来てあげたのに、何よその言い草!」

「ば、バカ野郎……」

 

普段見せないタツミの顔。

苦渋と喜びが混ざり合ったようなその複雑な表情に、僅かにエスデスが眉をひそめる。

 

「手配書の顔と一致するな……貴様一人か? どうせアカメなども潜んではいるのだろうが」

「そうよ一人よ! アタシはナイトレイドのマイン! おバカな恋人が捕まって聞いたから、仕方なく助けに来てあげたわ!」

 

恋人。

確かにタツミはいった、好きな相手がいるのだと――

自らの恋をも阻む女が彼女だとわかったとたん、一気にエスデスの目が冷徹なものへと変わる。

 

「ナイトレイド……ここで貴様を処刑する」

 

ブドーがアドラメレクを起動させ、電撃の弾丸を放つが、マインはすかさずパンプキンを放つ。

 

「なにっ!?」

 

弾丸ごと自分を吹き飛ばすその火力にブドーは瞠目する。

パンプキンはピンチになるほど火力が上がる帝具である。相手はブドーとエスデス、帝国最強格を二人相手にマインは一人。

さらに

 

「タツミは……渡さん」

 

エスデスを前に、「自分が恋人だ」とあえて宣言することでエスデスを挑発。

何十本もの氷の柱を一瞬で作り上げ飛ばしてくるほどにエスデスの本気を引き出したこの状況は……

 

「あああああああああああああっ!!」

 

パンプキンの火力を、大幅に引き上げていた。

 

(あんなにあった氷の柱を全部、薙ぎ払った……。こんな死地に、たった一人で乗り込んでくるなんて……。俺には、もったいないほどの女だ)

 

マインの奮戦に涙するタツミ。

一方マインの方も、火力が上昇することを見越してメンテナンスを重ねたパンプキンがオーバーヒートしていないことにひとまず安堵して笑みを見せる。

 

だが、笑ってもいられなかったのが観衆たちだ。

突如乱入してきたナイトレイドが見せた帝具の火力。そして、実際にブドー大将軍が吹き飛ばされたというこの事実。

笑ってみていられる余裕など、小心者の彼らにはなかった。

 

「なんだあの火力は」

「だ、大将軍が……」

「ここにいては我らも危ないのでは……」

「に、逃げろおぉぉぉ」

 

観覧席はあっという間に大騒ぎになり、観衆たちは先を争うようにして逃げ出した。

それはナイトレイドとブドーやエスデス、両方が予期していたことであり……

 

 

 

 

 

アリィもまた、予期していたことだった。

 

 

 

 

 

 

 

「騒がしくなってきましたねぇ……」

「現れたということでしょうね、ナイトレイドが」

 

宮殿へと移動する馬車の中、オネストとアリィが騒ぎに気付いて口を開く。

皇帝は不安そうな顔をみせるものの、オネストが笑顔を浮かべてなだめる。

処刑の場にはブドーとエスデスという二大戦力がいる。当然帝具持ちであり、ナイトレイドの複数人相手でも十分に渡り合える猛者である。

 

「さて」

 

ナイトレイドが現れた……これが彼女にとっての、第一段階。

 

「ヌフフフ……アリィ殿、何かご予定が?」

「えぇ、まぁ。私のような小心者があの場に行くつもりなどさらさらありませんが、その分できることをしておこうか、と」

 

皇帝は頭に疑問符を浮かべているが、アリィは口を閉ざしたまま宮殿への到着を待つ。

エスデスとブドー、二人の帝具はそのどちらもが複数を相手どれるものであるが、言い換えれば範囲攻撃(・・・・)であるということだ。

雷と氷がふりそそぐ場に、アリィが危険をおかしてまで向かうつもりなど全くもってない。

 

だが。

ナイトレイドが襲撃をかけてきた……という今この状況において。

 

いくつかの手札を用意したアリィが、脅威の排除に動かないわけがない。



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第43話 平穏のためにも死にたくない

タツミ・ラバックが捕獲される前のこと――

 

アリィは、各地で情報収集をしている隠密部隊からの定期報告を受けていた。

報告しているのは強化部隊のリーダーであり現在アリィより帝具・シャンバラを与えられているカイリである。

 

「そうですか……やはり、各地で反乱の兆しがありましたか」

「はい。おそらく革命軍は本隊がシスイカンを突破後、別ルートにて進攻を進めている別軍隊と合流、さらに各地で寝返るように説得した有力者の軍にて帝都を包囲するのではないかと」

 

ブドー率いる近衛兵が守るシスイカンを破ろうとしているのは確かに革命軍の本隊ではあるが、それが革命軍の全てではない。

革命軍が一か所に固まっているわけもなく、本部からの本隊、そして各地に作っていた支部もまた帝都へ進軍し、最終的に合流して帝都を攻めるつもりなのだと考えられる。

 

カイリの言葉にアリィは同意すると、手元のリストに視線を落とした。

これは現在戦力を集めている有力者のリストであり、戦力の規模だけでなくさらに反旗を翻す可能性があるかどうかやそれぞれが進攻してくるであろうルートについてまとめられていた。

 

「そう……ですか。そういえば、メイリーから例の件については?」

「はっ。今のところ予定に変更はないようで、お伝えした通りの日程・規模でナイトレイドが宮殿内に潜入、レジスタンスと接触を行うようです」

 

ナイトレイドが宮殿に侵入する……その機会に、アリィは彼らを捕らえることを考えた。

得た情報を元にブドー大将軍と交渉し、彼らをシャンバラで闘技場に送ったうえで戦力を配置し、確保する計画はすでに立案済みである。

 

しかし、足りない。

 

もちろんナイトレイドを捕らえた後は、情報を引き出すため拷問を行ったうえで処刑されるだろう。

特にオネストのことだ、革命軍の士気をそぐためにも大々的に公開処刑を行うだろう。

しかし…‥‥それだけでは不十分だと、アリィは考えていた。

 

公開処刑を行おうものなら、必ずとは言えないがナイトレイドが仲間の奪還を行おうとする可能性は極めて高い。

もとより、そこで一網打尽にできればいいが、一方で革命軍の兵は残っている。それも、何万という数が。

まして万が一公開処刑が失敗に終わり、幸運にも得た情報から周到に用意を重ねて捕縛作戦を実行するというのにその仲間を奪還でもされようものなら……士気が下がるどころの話ではない。

革命軍の士気を削ぐにはもっと、決定的な、何かが必要ではないのか……?

 

「…‥アリィさん?」

「……あぁ、失礼しました」

 

ナイトレイドを殺すだけでも……足りないのか。

確かにナイトレイドは帝具使いの実力者集団であり、革命軍の大きな戦力であることは間違いない。

だが、迫りくる革命軍の中にも帝具使いはまだまだいるはずだ。それを考えるとどうしてもナイトレイド討伐だけでは足りない、そう思わざるを得ない。

そのため、アリィの手には本人も意識せぬうちに力が入っており、視線も鋭くなっていた。

 

(これだけでは、革命軍は……止まらない。私はただ…‥ただ、平穏に生きていきたいだけなのに、どうしてっ…‥!)

 

ギリッ、とアリィは歯ぎしりをする。

アリィは革命を認めていない。革命軍が掲げる「打倒帝国」の信念は……間違いなく、アリィから全てを奪う。

アリィにとってそれは認めるわけにはいかない。認められるわけがない。

今の生活だけでなく、命まで(・・・)奪われる可能性があるのだから。

たとえ可能性であろうと、アリィにとって革命を憎む理由としては十分すぎる。

 

考えた挙句に、アリィは顔をあげ、考え込むうちに目元に当てていた手を離す。

手の陰から現れたその冷酷な目つきに、暗殺部隊として活動し、裏の世界を見てきたカイリでさえ、背筋が凍るような思いがせずにはいられなかった。

 

「カイリ。次回から、報告担当は別の者に変わりなさい。あなたには別の任務をしてもらいます」

「了解しました!」

「ここからは……時間との勝負になります」

 

捕らぬ狸の皮算用ではある。そもそも、まだナイトレイドを捕らえていない。

だが、メイリーがつかんだ確かな情報を元にしているし、何より今回の捕縛作戦に投入できる戦力はトップクラスのエスデスとブドーをはじめとして大きなものだ。

 

アリィは……ナイトレイドを捕らえる前から、その後のことまで考えて、布石を打っていた。

――全ては、彼女の平和な未来のために。

 

 

 

 

 

「エスデス……アンタを、撃ち抜くっ!」

 

公開処刑が開かれていた闘技場は、ガレキが飛び散る戦場と化していた。

二大戦力がいる場に一人飛び込んだマインは、自らを追い込んだがために彼女の帝具・パンプキンの火力を大幅に引き上げることに成功していた。

 

「すさまじい火力だ……お前を追い込めば、もっと上がるのか?」

 

その火力はエスデスですら、氷で受け止めようなどと考えず回避を選択させるほどのもの。

さらにエスデスが指を鳴らし生み出した巨大な氷塊でさえ、一撃で打ち砕いてみせた。

マインに対するエスデスの評価は、視線の先を確認したことでさらに上がる。

 

「……しかも。私を外しても、タツミの拘束を解いたか……なかなかやるな」

「アタシは射撃の天才なのよ」

 

自由になったタツミはプスプスと煙をあげる服を見て、僅かにかすっている……だが、体には当たっていないことを確認する。

助かったぜマイン、と笑みを浮かべながら伝えた彼は自分同様固定されていたインクルシオの鍵である剣へと手を伸ばす。

だが……柄をつかんだとたん、手に入る痛みに反射的に手をひっこめた。

 

「くっ…‥」

 

よく見ると、柄にイバラのようなものが巻き付いている。

この棘が自分の手に刺さったらしいと判断し、イバラを外して剣を握る。

剣を構えたタツミだったが……エスデスは手を止め、しっかりとタツミを見つめた。

 

「変身しろ、タツミ。もう今更隠すものでもないだろう……私は全力のお前と戦いたい」

 

本来なら相手がわざわざ鎧を、それも帝具を纏うのを待つ理由などありはしない。

だが、エスデスに限っては違う。彼女はタツミの全力を受け止め、そのうえで応えようという意思があった。

強い者と戦いたいというエスデスの戦闘狂の結果でもあるし、タツミを愛するからこそでもある。

 

「その上でもし、お前が生きていたら……それはもう運命だ!」

 

もともとは仮死状態にしてタツミを連れ去る予定だったが、こちらの方が何倍も面白いとエスデスは笑う。

だからこそ、早く鎧をつけかかってこいと高揚していた。

 

そして、タツミもまた、それに応える。

剣を地面に突き刺すと、大きな声で叫ぶ。

その声に、万感の思いを込めながら。

 

「インクルシオォォォォォォオオオオオオオ!!」

 

出現する鎧。

しかし、鎧はすぐにタツミの体を包み込むことはない。

 

(インクルシオ……お前の体はまだ生きてるんだろ? どれだけ苦しくてもいい。痛くても構わない。限界まで力を引き上げてくれ……)

 

タツミがインクルシオに込める思いが。

この戦いに勝たねばならないという熱い意思が。

 

(俺はラバックが死んだとき、何もできなかった……! この上、マインまで失うわけにはいかねぇ!)

 

大切な人を失うわけにはいかないという心が。

進化する鎧・インクルシオを新たなステージへと引き上げ始める。

素材であるタイラントの……竜の筋肉が脈動し、新たな形態をもってしてタツミの体へと合わさっていく。

その力の脈動に、エスデスとマインは思わず戦いの手を止めて見入ってしまっていた。

 

(帝国に……不条理に打ち勝つ力を! 俺に!! 寄越せ!!!)

 

「が、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

その余りの力に、たまらずタツミは大声をあげる。さながら、竜の咆哮のように。

やがて煙が晴れると、そこには進化したインクルシオを装着したタツミの姿があった。

より雄々しく、刺々しく……そして竜に近づいた形態。

 

「進化か…‥むっ!」

 

新たに上空に現れる危険種。そこにはアカメ、スサノオ、そしてナジェンダの姿がある。

そちらに意識を向け、氷を放とうとしたがそれは突然の襲撃に破られる。

 

突進してきたタツミの槍による攻撃。

先日捕縛作戦の際に戦った時とは段違いのスピードと力で猛攻を仕掛けるタツミに、エスデスはついに声をあげて笑いながら剣で防いでいく。

もはや目にもとまらぬ剣戟を繰り返していく中、マインの周りにアカメたちが空から降りる。

 

「ははっ、はははははは! いいぞタツミ! お前と今、初めて心から語り合えている!!」

「そう、かよっ!」

 

タツミに加勢しようとするアカメだったが、飛び出そうとしたとたん彼女の目の前を電撃が駆け抜ける。

振り返ると、壁の穴からゆっくりと姿を現してくる男の影がそこにあった。

エスデスの攻撃が激しかっただけに忘れそうにもなったが……ここにいるのは、一人だけではないのだ。

 

「うそ……あれをくらってまだ平気なの?」

「貴様ら……よくもここまで荒らしてくれたな」

 

エスデスと並ぶ、帝国二大戦力の一人。

大将軍・ブドーが戦線へと復帰した。

エスデスとの剣戟を無理やり終わらせ、タツミも一度後ろに下がる。

 

「ブドー!」

「アカメ。そして、ナジェンダ、貴様も来たか」

「…‥‥」

 

ナイトレイドの全戦力もまた、ここに集結した。

帝国を崩さんと立ち上がった彼らを前に、国を守らんとするブドーもまた、戦意をまき散らしながら彼らへとゆっくり進んでいく。

 

「ナイトレイド……何が何でも、お前たちをここで処刑する」

 

ブドーとエスデス。二人の怪物を前に、ナイトレイドの面々は顔をこわばらせながらそれぞれの武器を構える。

ここからが、本当の勝負。

 

 

 

 

 

 

 

だが。忘れてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

「部隊の出撃準備は」

「も、もう間もなく」

「急がせなさい! なんのための少数編成ですか!」

 

怪物は、彼ら二人だけではない。

 

「彼は戻ってきていますね?」

「は! ”マーキング”も完了済みとのことです!」

 

たとえ戦場にいなくとも。

 

「大変お待たせしました! 全員、出撃用意完了しました!」

「では、始めましょうか」

 

 

 

――彼女の存在を、忘れてはならない。




帝都動乱編が終わった後、アカメとクロメの激突。
ここまでがアリィ慟哭編となる予定です。

それが終わってから、最後の決戦となる最終章、アリィ〇〇編へと続きます。

少し気が早いですが、最終章のテーマソングは「戦線のリアリズム」ですね。
幼女戦記のED・挿入歌ですが雰囲気と言いすごくイメージに合うんですよね。

もしアリィがアニメなら
OPが「DEAD OR LIE」(ダンガンロンパ3未来編OP)
EDが「戦線のリアリズム」ですかね

よければ一度、聴いてみてください。


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第44話 誰かのために死にたくない

原作見た方でも、アニメ見た方でも、できれば読み飛ばさずに読んでほしいです。
両者を崩すことないよう混ぜて書いた上に一部内容を入れたりしてます。

そして一言。
どうしてここまで長くなった……予定のぶんまでいくには後1話はいるじゃないか!


「空が……」

 

誰かがこぼした言葉の通り、それまで晴れていたはずの空に黒い雲が集まっていく。

ゴロゴロと雷が鳴る音を聞いて、これが誰によるものかを悟る。

 

(雷……ブドーの帝具か!)

 

ナイトレイドが勢ぞろいして帝国の二大戦力であるエスデス、そしてブドーと対峙する。

緊迫した空気の中、ブドーが問いかける。

 

「ここで貴様らを私は全員処刑するつもりでいる。貴様らも命懸けでその少年を助けに来るとは……それほどの価値が彼にあると言うことか?」

 

インクルシオは確かに強力な帝具。それを考えると革命軍にとっても大きな戦力であり失いたくないのだろうなと

ブドーは口にする。

だが、その言葉はマインによって否定された。

 

「革命軍なんて関係ないわ! アタシはアタシの意思で、命懸けだとしてもタツミを助けたいと思った! それが全てよ!」

「……なに?」

 

マインとしては心からの自分の思いを口にしたつもりだった。

にもかかわらず、それを聞いたブドーはマインの言葉に眉をひそめたのだ。その態度がマインを苛立たせる。自分の思いを馬鹿にしているのかと。

 

だが、ブドーは決してマインの気持ちを馬鹿にしたつもりはなかった。ただ……その言葉を素直に受け入れられなかったのは事実である。

 

(そう、か。その言葉が心からの言葉かそうでないのか、私にはわからないが…‥‥彼らは気づいてはいないのだろう。情報が回っているわけでもないし当然と言えば当然だが)

 

ブドーは悟る。

彼らは知らない。

 

アリィの帝具、死相伝染イルサネリア……その”本当の恐ろしさ”を。

 

敵を自滅させ、時には殺し使用者を守る、という目に見える力だけが全てでは無い。ただでさえ凶悪な能力の中に潜むイルサネリアの本質にブドーは恐らく帝国で唯一、気がついていた。

 

「もういいだろうブドー。お喋りはここまでだ」

 

戦意を止められないエスデスが、ブドーが口を開こうとするのを遮り飛び出した。

剣を抜き、飛び掛かる先にいたのは……マイン。

タツミへの恋を邪魔する存在として彼女だけは自分の手で仕留める。エスデスがそう思ったのはこれまでの彼女からしてみれば当然のことであり、

 

「そうだろう、なっ!」

 

かつて帝国の将軍として彼女の横に並んでいたナジェンダには、その思考が読めていた。

彼女の帝具であり、”帝具人間”であるスサノオが手にした武器でナジェンダの指示のもと、エスデスの攻撃を止める。

その隙にマインを含むほかのメンバーはブドーへと攻撃を開始する。

 

「ほう? 読んでいたか、ナジェンダ」

「お前は獲物と定めた相手は自分の手で仕留めようとする悪癖があるからな」

 

彼女の戦闘狂としての側面をよく知っているナジェンダは皮肉気に答えた。

戦闘を愛し、獲物をしとめる。もともとエスデスは北方の狩猟民族の出身であり、幼少の頃から「狩る」という行動が彼女の身にはしみついている。

 

「そうか……だが、お前とこいつ、二人だけで私を止められるのか?」

「おおおおおおおおっ!」

 

スサノオが武器を振るうが時に躱され、時に氷によって受け止められる。

スサノオとて護衛を目的とした帝具人間であるために、高い戦闘能力は有している。

だが……戦士として頂点の位置にあるエスデスが相手では、どうしても戦闘能力が及ばないのだ。

 

「ハハハハハ! この程度か!?」

 

足を蹴るように振れば氷の刃が地面から生える。

それに気を取られたときには、エスデス自身がスサノオの懐へと入り剣を振るう。

じわじわと、しかし確実にスサノオは防戦一方となり、追い詰められていた。

 

(エスデス相手に、温存している場合ではなかった……!)

 

ついにスサノオがエスデスの手によって氷漬けにされてしまう。

ナジェンダは決断した。己が命を削り、三度使えば死に至るとされるスサノオの奥の手。

その、二度目の発動を。

 

 

 

 

 

「くらえいっ!」

 

一方、ブドーと対峙した三人もまた、人数の差にもかかわらず優勢とは言い難い状態であった。

まず飛ばされた雷の球はタツミがインクルシオの槍・ノインテーターで弾き飛ばす。

そこへスピードを活かしてタツミ、アカメがブドーへと斬りかかるが対するブドーはマインの狙撃を避けつつ、冷静に対処していた。

 

(この速度についてくる……見た目に反して速い!)

 

鎧を着て強化されたタツミの速度、暗殺者として鍛えられたアカメの速度は常人では対処できるレベルではない。にもかかわらず、巨体かつ重装備であるブドーは速度も兼ね備えていた。

このままではらちが明かないと二人は同時に斬りかかっても籠手型の帝具・アドラメレクによって受け止められる。

攻撃を受け止められて歯噛みする二人だが、アドラメレクの真価は防御ではない。

 

「この……つけあがるなぁ!!」

 

ブドーが怒鳴った瞬間、天より雷が落ちる。

雷を操る能力こそアドラメレクがもつ帝具としての力。

雷に打たれ、痺れた体をかばうようにして下がる二人にブドーは告げる。

 

「前回は捕獲するため加減したが、今度は処刑する」

「……っ!!」

 

ブドーの言葉に。インクルシオをつけたタツミの目が鋭くなった。

 

「む!?」

 

とっさに防御態勢をとるブドー。

雷撃を受け、うまく体を動かせないはずなのにもかかわらず、タツミは驚異的なスピードで攻撃を仕掛けてきたのだ。

悪寒がして意識するよりも反射的に防御態勢をとったことで防ぐことができたが、そうでなければ攻撃を受けていただろう。

 

(動ける、だと……!? そうかインクルシオ。雷撃にも耐性ができつつあるということか!)

 

捕獲作戦の時にも、タツミはインクルシオをつけた状態でブドーの雷を受けている。

ブドーが驚愕をあらわにした一方タツミは、ブドーという大きな壁を前に闘志をたぎらせていた。

かつて自分も憧れた、大将軍という武官の頂点。

それとやり合っている以上……全身全霊で打ち込むしかない。

 

叫びながら放つ攻撃の乱舞に、今度はブドーが押される立場となる。

前回、捕獲作戦にて戦った時とは全く別人だと彼は考える。タツミという少年が、この戦いの中で成長しているのだと。

だが……それを加味しても、その成長率が高すぎる。

 

(この少年、極めて高い素質があることはわかっていたが……それにしてもあまりに急激な変化! いったいなにが)

 

そして気づいた。目の前の少年の目が、まるで鎧の元となった危険種のように変化していると。

あまりにも考えにくいことであったが、答えは一つであった。

 

(混じっている……!? とてつもない無理をしているということかっ!)

 

ブドーはたまらず叫び出したくなる衝動に駆られる。

彼を助けに来た、ナイトレイドの面々だけではなかった。

少年、貴様もか(・・・・)……! と。

 

だが、それでもブドーは彼を止めなくてはならない。

あくまで務めをはたすだけだ。これで終わらせようとひときわ大きな雷を落とす。

それはあたりに強い光と大きな音をまき散らし

 

「雷が落ちてくるのは、さっき学んだ」

 

タツミが逃れたことに、ブドーが気づくまで一瞬の間が空いた。

とっさにふりかえろうとするも、それよりも早くブドーの背後に潜り込んだタツミが武器を振るう。

かつて三獣士との戦いで、インクルシオの前使用者であり頼れる兄貴分であった男が実践し、教えてくれた言葉を口にしながら。

 

「ならあとは……”周囲に気を配れ”だ!」

 

一閃。

タツミの攻撃はブドーの背中を一文字に切り裂き、ブドーの口から血がこぼれた。

 

 

 

 

「禍魂顕現!」

 

ナジェンダの体から生命エネルギーがスサノオへと流れ込んでいく。

それにより氷の中のスサノオの姿が変わり、その目に光が戻った。

 

「さあいけスサノオ……エスデスを倒せ!」

「奥の手か……面白い!」

 

スサノオの姿が変わり、それまでとは違ったスピードで攻撃を仕掛けていく。

エスデスが放った複数の氷柱も、スサノオの技「八咫鏡」によって反射される。

しかし、それでもまだエスデスには届かない。

攻撃をいなされ、かわされる。

 

そこに、突然数多くの雷が落ちてきた。

 

「なんだ!?」

「これは……」

 

エスデスの周りだけではない、闘技場のいたるところに何度も雷が落ちている。

雷を落とすことができるものなど、この場に一人しかいない。

そしてその人物は基本冷静に物事を進める人間であるがゆえに、敵を狙うだけでなく乱雑にただただ雷を落とすなど”怒りに任せたような”攻撃などしない。だが、実際にそれが起こっているということは。

先ほどの視線の先に映った光景から推測するのはたやすい。

 

(ブドーを怒らせたか……そこまでブドーを追い詰めるとはな……タツミ!)

 

好きな男がこうも強くなって自分と同じ戦場にいる。

胸を焦がすような想いと戦意に頬を染めたエスデスは、しかし確かに意識がスサノオから完全にそれた。

 

「天叢雲剣ぉぉぉ!」

 

その隙を逃さず、スサノオは巨大な剣を召喚し、エスデスへと振るう。

すぐに気づいたエスデスは氷の壁を二重三重に作り出したものの、その氷すら切り裂いて刃がエスデスに届こうとする。

後数枚でエスデスへと届く、その刹那――

 

 

 

 

 

 

「私の前ではすべてが凍る」

 

 

 

 

 

彼女の胸にある帝具の印が、添えられた手の中で青い光を放っていく。

エスデスの帝具・デモンズエキスの奥の手が、放たれた。

 

摩訶鉢特摩(まかはどま)

 

すべてを凍らせる。

その言葉通り……奥の手を発動させたエスデスの周囲、その全てがまるで凍ったかのように停止していた。

今まさにエスデスへと向かっていた刃も。

あたりに轟音をとどろかせながら落ちていた雷も。

戦っていたすべての人間も。

 

「この消耗量……一日に一回が限度、といったあたりか」

 

何もかも静止した世界でただ一人……エスデスだけが歩を進める。

歩きながら剣を抜き、ゆっくりとスサノオの胸へと突き刺した。

 

「だが、それでも……充分だとは思わないか……?」

 

そして世界が動き出す。

スサノオやナジェンダは驚愕していた。無理もない、超スピードとかそんな次元ではなく、気がついたらスサノオの攻撃が避けられているどころか目の前に現れたエスデスによって胸を貫かれているのだから。

さらに、剣で貫かれた箇所からエスデスの力によってスサノオが凍り付いていく。

 

「何が……起こった……?」

「時間を凍結させた。これこそタツミを逃さないために、そして敵を確実に葬るために、私が編み出した奥の手だ」

 

完全に凍ったスサノオへエスデスは鋭い蹴りを放つ。

氷と化した彼は完全に砕け、破片の中から赤い何かが空へと浮いた。

それは生物型帝具の心臓ともいえるもの――

 

(スサノオの、コアが)

 

それは、コア。

赤い勾玉を模したスサノオのコアは地面に転がり、そこへ容赦なくエスデスの足が踏み落とされた。

ハイヒールすら武器とするエスデスによって、コアは完全に砕かれる。

 

「さぁ、このまま全員を拷問室へと招待しよう!」

 

エスデスが笑みを浮かべたその瞬間。

 

「おおおおおおおおおおおお!!!」

 

タツミの叫びとともに、ブドーが吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

「貴様ら。それほど気骨のある者が革命軍にいるのは実に惜しいが……」

 

タツミに背中を切り裂かれた後、それまで以上の気迫を放ちながら立ち上がったブドー。

空の雷鳴から何か来ると直感したマインは

 

「何しようとしてるのよ!」

 

砲撃を放つも、防がれる。

ブドーが練り上げた雷のエネルギーもまた、今までよりもはるかに強いものだったのだ。

 

「私も帝具も先ほどとは違い! 怒っているのだ!」

 

――”雷帝招来”。

 

ブドーが両の拳を突合せ、帝具の芯を激突させることで放たれた技は闘技場一体を雷の攻撃で埋め尽くした。

体がボロボロになっていくのを自覚したブドーは、血を吐きながらも、どれだけ傷つこうともここでナイトレイドをしとめる、その一念で大技を放ったのだ。

 

だが、そんな中でもタツミはあきらめず、どこにそんな力がと驚愕を隠せないままのブドーを全力で殴り飛ばした。

竜の力に耐え切れず、吹き飛ばされる中でブドーは、彼らが死力を振り絞るその姿から、自分の予想は正しかったと確信した。

 

「すさまじいな……成長したものだ」

 

吹き飛ばされたブドーを見て、次はタツミだ、とエスデスが標的を定める。

だが、彼女が攻撃に向かうことはかなわなかった。

 

「なに?」

 

彼女の目の前で、砕いたはずのスサノオのコアが浮かび、そして元の形へと合わさっていく。

振り返ってみれば、そこには手をかざすナジェンダと、彼女からコアへと流れていくオーラが見えた。

 

(三度目の……禍魂顕現! 重ねがけなんて使い方、本来は不可能であろうが……)

 

スサノオが砕かれたのは奥の手を発動している中でのことだった。

故にこれは重ねがけとなる。三度目を使い、血を吐くナジェンダだったが駆け寄ったアカメによって肩を支えられ立ち上がる。

その前には、完全に元の姿を取り戻したスサノオがいた。

 

「行け。脱出するなら今しかない」

「させん……逃さんぞ!」

「やらせるか!」

 

スサノオの短い言葉を受け、歯噛みするもうなずいたナジェンダは脱出用に呼び出した危険種へと向かう。

撤退をはかりはじめたナジェンダたちに対し氷を放つエスデスだったが、その攻撃はスサノオの反射の鏡によって防がれる。

スーさんも来い! というタツミの言葉を振り切り、

 

「帝具として生まれ千年。これほど楽しい時を過ごしたことはなかった……。さらばだ」

 

タツミ達に笑みを浮かべ、完全に足止めとして残ることを決断したスサノオ。

タツミたちが去った後、命に代えても通さないと立ちふさがる彼に対しエスデスはあきれたような声を出した。

 

「ナジェンダの部下は甘いやつばかりだな」

「俺は帝具人間だ。奥の手も使い切った。切る駒としてはちょうどいい」

 

そうか、と笑ったエスデスは剣を向け、お前の名はスサノオといったな、と呟いた。

 

 

 

「帝具としてではなく。戦士としてその名を覚えておいてやろう……最期の瞬間まで、全力で私を楽しませて見せろッッ!!」

「おおおおおおおおオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリィさん。聞いてよろしいですか」

 

「なんですか?」

 

「彼らは……なぜ、最後まで向かってきたのでしょうか。逃げた者だっていたというのに」

 

「……今なら、少しわかる気がします」

 

「と、言いますと?」

 

「託されたものが、あるからでしょう。背負ったものが、あるからでしょう。たとえ死が目の前にあっても、わずかな可能性を信じてでも貫きたかったものが、あるのでしょうね」

 

「アリィさんも……同じ境遇なら、そうしたと?」

 

「……どうなのでしょうね。今の私には、もうわかりません」

 

「…………」

 

「さぁ。次へ行きますよ。用意を」

 

「了解しました」

 

そして、その場からアリィたちは消える。

 

 

 

 

 

後には、死体だけが残っていた。

 

 

 

スサノオ、死亡。

ナイトレイド 残り4人。




なお、原作で1話分、アニメではそれ以下しか進んでないのに最長の話になった模様。


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第45話 生きていたいから死にたくない

願っていた。

信じていた。

 

いつか、この暗黒時代が終わるのだと。

いつか、平和な時代が訪れるのだと。

 

そして決意したのだ……「自らの手で、新しい時代を」と。

 

当然ながら楽な道のりではない。立ちふさがる壁は大きく、敵には数多くの強者がいる。

それでも、自分ができることがあるのだと信じていたから、戦っていけたのだ。

辛いことだってたくさんあった。それでも、未来を信じることができたのは。

 

「あ……あ…‥」

 

自分一人だけではない。

仲間がいるからこそ、きっと未来が開ける。そう信じていた。

志を同じくする者が集まって、新たな時代を作ろうとしていた。

 

「なんだよ……なん、でだよ……」

 

だが、だが……。

信じて”いた”、というのに。

 

 

 

 

 

 

「はじめまして。そして……さようなら」

「やっと、新しい時代が来ると思ったのに……なんでだよぉぉぉォォォ!!」

 

 

 

 

 

革命軍に所属していた青年は、無念と悔しさからただ、叫ぶことしかできなかった。

新しい時代を語り合った同志たちは骸となって周りに倒れ伏し。

辺りを黒い瘴気が覆いつくした異様な光景の中、青年はこの惨状を作り出した張本人を前に、泣き叫びながら死んでいった。

 

死んでいった青年を前に、彼女は何も表情を歪めることはない。

ただ、やるべきことをやっただけ。その程度の認識しかなかった。

 

「アリィさん。生存者はもういないようです」

「ご苦労様です。さて、戻りましょうか」

「しかし……シスイカンの革命軍本隊はよろしかったのですか?」

 

暗殺部隊の一人から出た質問に対し、アリィは静かに答える。

 

「えぇ。あそこはいまも戦闘状態です。我々がそこに入ろうとするには今以上のリスクを冒す必要があります。また、私の情報が本隊には多少なりとも出回っているでしょうから、万が一にも私のイルサネリアに対抗しうる帝具の使い手がいる可能性もありますし……何より、どうしてもあそこを叩けば、革命は始まることがないでしょう。だから意味がない」

「……え?」

 

革命軍は倒す。革命なんて、認めない。

アリィがそう思っていると暗殺部隊の全員がそう思っていたし、事実アリィはそう思っている。

ゆえにアリィが「革命が始まることはないから」という理由で本隊攻撃をしなかったことを疑問に思わずにはいられなかった。

だが、違うのだ。

彼女にとって、革命を阻止するということは”大前提”である。

 

そう。

問題は、革命を阻止できるか(・・・・・・・・・)、なのだ。

 

 

 

 

 

スサノオを一人残し、ナイトレイド4人は危険種の背に乗って空へと浮かんでいた。

このまま飛行によって撤退していく。スサノオの覚悟に報いるためにも、何としても逃げ切らなければならないとスサノオの主であったナジェンダは思っていた。

 

(結局……私は生き延びてしまったようだし、な)

 

スサノオの奥の手、禍魂顕現は三度使えば死に至る奥の手であり、ナジェンダはすでにその三度を使っていた。つまり、本来はもう死んでいるはずなのだ。

そのはずが生き延びたのは、三度目が”重ねがけ”という常用外の発動であったからに他ならない。

元々奥の手が発動していたために必要となった生命力が少なかったことにより、ナジェンダの生命力が全て使い切られることはなかった。

 

周りを見てみれば、アカメやマインも傷つきこそしているものの、命に別状はないようでくたくたの顔をしている。それでも何とか、生き延びたのだ。

 

「タツミ!?」

「ぐ……う……」

 

だが、もう一人……タツミの様子がおかしかった。

青ざめた顔で目を閉じ、苦しそうにうなり声を上げている。

この理由は二つある。ひとつは、インクルシオの急激な強化によって、体に大きな負担をかけていたということ。

そしてもうひとつは……大臣の仕掛けた罠だ。

 

彼が処刑台から解放されたとき、インクルシオの柄に巻かれていたイバラには毒が仕込まれていたのだ。

イバラを知らずに柄をつかんだ時から体には毒が入り込んでしまっている。

幸いにもその後の戦闘でインクルシオと半ば混じり合ったことにより、体の抵抗力が強化され戦闘中に毒の影響が出ることはなかった。

だが……それも限界。戦える状況ではなくなっていた。

 

「インクルシオの過度の使用によるものかもしれん。革命軍には帝具に詳しい者もいる……彼に見てもらえばきっと」

「……タツミ」

 

やっと助け出せたのに、とマインは涙をこぼす。

自分の体とてボロボロだが、タツミはそれ以上だ。

これ以上誰も失いたくない。まして、タツミを――

 

そう思っていたところを、雷が襲った。

突如の雷により危険種が、そしてナイトレイドの全員がダメージを負う。

ナジェンダ達はまだ耐え切ることができたが、危険種には耐えられなかったようで、そのまま地面へと落下していく。

 

「ぐ……」

「雷……まさか」

 

腕を貸したりと協力し合って何とか立ち上がったナイトレイドの視線の先。

そこには、一人の男が浮いていた。

傷つき、全身や口から血を流しつつも、もはや血走った目で彼らを見つめている男こそ帝国最強とまでもてはやされた武官の頂点。

 

「ブドー……浮いているのは、帝具の力か……?」

「貴様らは逃がさんと言ったはずだ……」

 

ブドーは右手を前に出し、左手を添える。

彼とて限界に近い。しかし、今を逃せばナイトレイドには逃げられてしまう。

だからこそ、体に鞭打ってでも最後の攻撃を放つために気力を振り絞っていた。

 

しかし、ナイトレイドの側とてむざむざとやられるわけにはいかない。

 

「ふざけんな……何がなんでも、皆は殺させないわよ……!」

 

マインは体の痛みを押し殺すように前に出る。

ちらりと後ろを振り返ると、ナイトレイドの仲間、そして今もなお意識が戻らないタツミがいる。

彼を守る。そう考えると、なぜか痛みもやわらぐような気がした。

前へ向き直ると、今まさに攻撃を放とうとするブドーへとパンプキンを向け、照準を合わせる。

 

「……裁きだ! ソリッドシューター!!」

「パンプキン!!」

 

放たれた攻撃は、アドラメレクの奥の手”ソリッドシューター”。

光線のごとき強力な雷撃を放つ技である。

対して、マインもパンプキンによって全力の砲撃を放つ。

二つのエネルギーはぶつかり合い、激しい光と音をまき散らしながら互いに押し合っていた。

 

「無駄だ! この雷撃の前では誰もがひれ伏す!」

「そう? それは大ピンチね」

 

ピンチになればなるほど威力を増すパンプキン。

その状況により威力を増し、アドラメレクの奥の手だと言うのにもかかわらずソリッドシューターには決して劣らぬ威力を見せていた。

ならば、更なる雷撃で消し飛ばすまで。そう考えたブドーは費やす雷撃をさらに増加させる。

これによりパンプキンの砲撃を押し返せる……はずだった。

 

(なぜだ……なぜ押し返せない!?)

 

現状に驚愕しか浮かばなかったが、マインを見たことでブドーは気づいた。

決して近い距離ではなかったが、それでも気づいてしまったのだ。

あの目は、あの顔は、全てを覚悟した者が見せるものだ。

どんな犠牲を払ってでも、思いを遂げようとする者が見せるものだ。

 

(アタシの精神エネルギーを……全て、注ぎ込む! たとえ死ぬことになっても、全てを出しきってでも、勝つ!)

 

全気力を振り絞っての攻撃。ただでさえ体は限界に近い。

しかし、マインは全てをパンプキンの砲撃にかけた。

全てを注ぎ込まれたマインの砲撃は、やがてどんどんソリッドシューターを押し返していく。

 

「まさか、この威力は……まさか!」

 

思い起こせば、今回の戦いは何度だって兆候が出ていたではないか。

 

命がけでタツミの救出に来たナイトレイド。

いや、ブドーが思っていた以上に、個人個人だってより顕著な兆候を見せていた。

 

無理をして鎧と混じってまで、インクルシオの力を強化し戦ったタツミ。

使えば死に至るとされた奥の手を発動させたナジェンダ。

そして今、全てを注ぎ込んでまで自らを打倒せんとするマイン。

 

(そうか…‥だが。貴様らは必ず死ぬ(・・・・)。革命のため戦っていくのならば、もう長くはないだろう)

 

迫りくる砲撃を見ながらブドーは思っていた。

 

 

 

 

 

彼らはもう、「生きたい」とは思っていないのだろう、と。

 

 

 

 

 

ブドーは知っている。

イルサネリアは、相手の悪意に反応し、悪意を自傷衝動や自殺衝動へ変えるものだ。

 

だが、イルサネリアは瘴気が相手に感染するというのが問題となってくる。

アリィの前におらずとも、革命を目指すというアリィにとっての悪意は革命軍なら誰もが持っている。

その気持ちだけで即自殺衝動にまでなるほど大きな悪意とは限らない。

 

だが、じわりじわりと毒のように、自ら死に向かう衝動は対象の気持ちから変換され、育まれていく。

死にたいと本人が自覚せずとも、「生きたい」とは思わなくなっていく。本来生物が持っている生への執着がなくなっていくのだ。

なぜなら、生への本能よりも死への衝動が大きくなっていくから。

 

つまり、アリィの敵は感染した時点で彼女の敵であり続ける限り、生きる意思を少しずつ、しかし確実に失っていくのだ。

 

アリィへの悪意という彼女の死相が、相手へと伝染し相手の死相を作り出していく。

死にたくない少女のために、少女への悪意を持つ者達は生きる意思を失い死んでいく。

 

それが、死相伝染イルサネリアの本質だ。

 

人から生きる意思を奪う帝具。自ら死へと向かわせる帝具。

これを恐ろしいと言わずして、何を恐ろしいと言うのだ。

 

(貴様らは最後までわからないだろうな……自分が、何を犠牲にしているのかを)

 

パンプキンの砲撃にのみこまれたブドーは、思ったことを教えることもなくその命を散らしていった。

ブドーを破った光景を確かにその目に映しながら、マインもまた崩れ落ちる。

すでに無理をさせてまで砲撃を放ったパンプキンの砲台は砕け散っている。

 

(やったわよ……タツミ……)

 

崩れ落ちたマインの元へナジェンダ達が駆け寄る。

帝国の要の一人、ブドーを倒した功績は大きい。現在本隊が足止めされているシスイカンとてブドーによる指揮があったことが大きい。その彼を撃破したと言うことは、革命の進歩においても大きな影響となる。

 

だが……

 

「良くやったなマイン。これで革命軍は……マイン?」

 

彼女は、もう返事をすることはなかった。

 

ソリッドシューターを打ち破るため、精神エネルギーを全て出し切り放った砲撃。

「たとえ死んでも」と放ったその砲撃は確かにブドーを破ったが……彼女の生きる気力もまた、なくなっていた。故に彼女の体は、生命活動を放棄するに至ってしまっていたのだ。

 

「マイン、しっかりしろ……マイン!!」

「タツミはどうなる!? タツミを置いていったら、ダメだろうっ……!」

 

二度と目覚めぬ彼女の顔は……まるで何かをやり遂げたかのように、満ち足りた笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

マイン、死亡。

ナイトレイド 残り三人。

 




イルサネリアの本当の恐ろしさ。
わかってはいた方も多いでしょうが、闘技場におけるナイトレイドの戦い方を振り返ってみるとその異質さが極まっていたことが感じられればと。
また、実のところ暗躍編においてタツミ、ナジェンダ、マインがイルサネリアに感染したという描写が今回につながっています。

さて、これでプロットで一番原作に沿う必要があった帝都動乱編が終わりました……

もちろん原作をベースに書いていくのは変えませんが……
これからはガンガンオリジナル描写を増やしていくぞ! ガンガンな!


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第46話 戦力低下で死にたくない

「ブドー大将軍が、亡くなった……? ナイトレイドに敗れたと、いうのですか?」

 

ナイトレイドの襲撃に乗じた計画を終え、帝都へと戻ってきたアリィ。

彼女に待っていたのは、ブドー大将軍の死、という訃報であった。さすがのアリィも、帝都へと帰還した際にその訃報を伝えられ、顔が真っ青になる。

まさか、まさかとは思ったが……革命軍にブドーが敗れてしまった。

それはアリィにとって大きなショックであったのだ。

 

宮殿中が大将軍の死という混乱で騒がしい中、一通の手紙がアリィへと届けられた。

いや、手紙という言い方は正確ではない。それは……”遺書”であった。

遺書をアリィに届けた兵の話によると、ブドーが万が一の時に備え、残していたものだと言う。

 

正直なところ、アリィとしては驚きが大きかった。

確かにブドーとは何度も話したことがある。しかし、特別親しかったというわけでもないし、仕事の分野が同じというわけではない。特別接点が多いというわけでもないのだ。

なのになぜ、自分の元へと遺書を残したのか。

疑問は尽きなかったが、今は整理できることを早めに済ませておきたかったため、迷いも早々に封を開けた。

 

中に入って手紙の内容は、実に簡素であったといえる。

要約すれば「どうか皇帝陛下を支えてあげてほしい。頼む」という内容である。

 

確かにアリィは皇帝付き侍女であり、皇帝を支えるのが役目といえば役目である。

だが、ブドーが伝えたかったのは決して業務とか役割から来た頼みではないのだと、そう思えてならなかった。

侍女としてではなく、「アリィ」という一人の人間として、皇帝を支えてほしい。それこそブドーが伝えたかったことではないのかと。

 

「……ボルスさんといい、ブドー大将軍といい。私がそんな人格者に見えるのですかね……?」

 

自分は何かを託されるような人間ではないはずなのだがと、自虐的にアリィは呟く。

自分がまともな精神をした人間ではないと、とうの昔に理解している。だが、それを変えるつもりはもうとうない。

いや。変えることがそもそもできやしない。

 

だがたとえ死の恐怖によって狂っていようと、それがアリィにとっての普通なのだ。

他人から見れば狂っているのだとしても、彼女はもうまともな精神とやらには戻れないと思っていた。

死に怯え、殺されるかもしれない恐怖に苛まれてきた彼女は、死から逃れるためならどんなに手を汚すことだってもうためらいはない。

事実、殺してきたばかり(・・・・・・・・)であるのだし。

 

アリィは考える。

ブドーはなぜこのような遺言を残したのだろうか。大将軍として確かに帝国に忠誠を誓っていた彼らしい遺言といえばそうとも言える。しかし、ただ大将軍として帝国を案じているだけならもっと宮殿警備など業務についての伝達があってもいいはずだ。なのに、そのような言葉はまったく見当たらない。

つまり、大将軍としてではなく、「ブドー」としての遺書なのだろうか……?

ならば最初の疑問に立ち返ってしまう。個人的つながりが薄かったブドーが、どうして個人的な遺書を残すというのだ。

 

そうだ、彼はそもそも「皇帝を支えてほしい」という遺言を残していた。

ならば彼が気にしていたのは皇帝であり、アリィのことなど何も、気にして、いなかっ……た……?

 

「あ……」

 

思い出したのは、侍女として宮殿に勤めだしたばかりの頃のこと。

エスデスの部下であったニャウに襲われて、ブドーに助けられたときのことだ。

 

『怖かっただろう。あやつとエスデスにはきつく言っておく。だから皇帝陛下に心配をかけぬよう、いつも通りにお仕えしろ、いいな?』

『あ、ありがとうございました、ありがとうございました……』

 

彼は不器用ながらも、確かにアリィを気遣うような言葉を投げかけていた。さらに泣きじゃくるアリィを前に、どうすればいいのかわからなかったとはいえ、アリィの頭をなでてくれた。

それは、両親の本性を知って以来、両親に触れられることすら恐怖していたアリィにとって、久しく与えられていなかった、温かい何かであり……

 

「うぅ……あぁ……」

 

ポロポロと、アリィの目から涙がこぼれていく。

今さら気づいたかのように、ブドーの死という現実がアリィの心に染み入り、アリィはただ嗚咽を漏らすことしかできなかった。

 

アリィを守ってくれたあの温かい手は、もう存在しない。

アリィを守ってくれた彼は、もうこの世にいないのだ。

ブドーがどこまで、アリィのことを気にしていたかはわからない。ただ、それでもアリィのことだって気にかけていたのは間違いがないのだ。

思い起こしてみれば、決して他人というわけではなかった。すれ違ったときは軽い話だってしたこともあるし、何度となく気遣ってもらったことがあるではないか。

 

自分に害をなす人間が死のうと何も思うことはない。

知らない人間が死んだところで何も思うことはない。

関わりの薄い人間が死んでも、何も思うことはない。

だが……自分を守ってくれた人間が死んでも、思うことはないわけがない。

 

「うああああぁぁぁぁ……っ!」

 

宮殿の部屋で一人。アリィは泣き叫ぶ声をこらえることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

ブドー大将軍、死す!!

 

この情報は瞬く間に帝国全域へと伝わり、大きな衝撃を与えた。

 

指揮していた大将軍を失い、士気がガタ落ちした帝国軍は、シスイカンを攻めていた革命軍本隊を抑えることができず、シスイカンを突破されてしまう。

以後、シスイカンは革命軍の軍事拠点として利用されることになる。

 

シスイカンを抜ければ、いよいよ帝都。

革命軍の帝都進攻は、ついに目前となったのだ。

さらに、革命軍はあらかじめ各方面の地方において協力を呼びかけ、反帝国を掲げ軍勢を集結させる手はずを整えていた。

地方の革命軍各支部からも軍勢が帝都へと迫れば、帝都が敵を防ぐ防壁はもはや存在しないに等しい。

 

帝国の勢いが傾いたと見るや、各地の有力者がいっせいに蜂起。

大兵力が、丸裸の帝都に迫る――

 

 

 

 

 

 

 

――はずだった(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ! やられた……っ!」

 

革命軍・ナイトレイドアジト。

メンバーが三人にまで減り、今までのにぎやかさはどこへいったのかやけに広く感じられるようになったアジトにおいて、ナジェンダの怒声が響き渡った。

 

何があったのかとタツミとアカメが駆け寄ると、そこには革命軍から届いたらしき連絡が書かれた紙が地面に落ち、それを投げ捨てた体勢のナジェンダが息を切らせて立っていた。

今まで見たことのなかったナジェンダの余裕のない姿に、何もいえない二人。

 

二人の視線に気づいたのか、ナジェンダは申し訳ない顔をして紙を拾い上げ、深く椅子に座り込んでため息をついた。

話さなければならないことだからと、ナジェンダは二人に手招きすると話を始める。

 

「つい先ほど、革命軍から連絡がきた。本隊がシスイカンを突破したことにより、帝都を包囲しつつ増援を待って合流しだい一気に帝都を攻める。それが計画だった」

 

だが、とナジェンダは続ける。

頭を抑えながら、彼女は革命軍から伝えられた現状を二人に聞かせた。

 

「蜂起の協力を頼んでいた有力者たちの一部が……進軍を拒否してきた」

「な!」

「どうして!?」

 

革命軍は確かに多い。しかしながら、それだけでは帝都を完全に包囲し、圧殺するには不十分であった。ブドーがいなくなったとしても、エスデスをはじめ帝国軍という戦力がまだ残っている。

だからこそ、数は革命軍の勝利においては必要とされるものであった。だからこそ、地方の有力者に協力を呼びかけ根回しをしていたが……今この場面で蜂起を断られるのは大きな痛手であった。

 

しかも、その理由がまた問題なのである。

 

「特に協力的だった地方領主の軍が……壊滅させられた。さらに報告によると、合流予定だった革命軍の支部の軍勢が一部、やはり壊滅している」

 

革命軍にとっては今こそ革命を起こす時であった。しかし、有力者たちはあくまで、趨勢を見て革命軍に協力するかしないかを決定する盤面であったのだ。

そこへ、革命軍に協力的だった領主軍の壊滅。しかも革命軍自体においても被害が出ている。見せしめのごとく行われたその殺戮に有力者たちの一部が躊躇を始めたのだ。本当に勝てるのか、革命は成功できるのか、と。

 

何を臆病なと思う者がまず革命軍の中にはいたことだろう。

だが、有力者たちとしては革命に協力するというのは一世一代の博打に等しい。彼らは今の帝国でも苦しいとはいえそれなりの状態を保つことができていた。是が非でも帝国を打倒せんとする革命軍とは立場やスタンスが違ったのである。

全員といわずとも、躊躇してしまう有力者が現れることは自然なことだったのだ。

 

さらに、軍勢が殺されたことによって、こちらの数が減らされたというのも事実。

それはつまり、帝都包囲への布陣に大きく影響することを意味していた。

 

「何があったんだ……?」

 

呆然としつつ呟くタツミ。

帝国軍が動いたとは考えられない。今まさに帝都が攻められようとしているのだから、その防衛に力をまわすはずだし、地方とはいえ軍を壊滅させる規模の帝国軍が動いたのならば必ず事前にわかるはずだ。それならば壊滅的被害を受けるようなこともなかっただろうし、有力者への根回しについてもフォローが事前にできたはずだ。屈強なエスデス軍も現在は西の異民族と戦っているため、身動きが取れないはずだ。

 

「……報告によると、襲撃を仕掛けてきたのは少数部隊だったらしい。生存者によると”黒い瘴気”が辺りを覆い、襲撃部隊を率いていたらしい女を攻撃しようとした同志たちが次々に死んでいったそうだ。現場に駆けつけた者の話では、何百人もの兵士が自ら刃物を喉に刺したり首を絞めたりと、凄惨な状態だったようだ」

 

それは、とアカメが口にする。

同じような状況を引き起こす人物の存在を、彼女たちは知っている。

 

「アリィ……奴の仕業か」

「まず間違いないだろう。報告にあがった女の特徴も、彼女と一致している」

 

 

これは推測になるが、とナジェンダが語る。

なぜこの襲撃が起こったのか。どうして今なのか。

 

「報告では突然現れたらしいからな、タツミが以前話していた空間を移動する帝具によって襲撃をしかけてきたと考えると計画的であったと考えられる。同時期に大きく距離が開いたところへ同じ人物が襲撃を仕掛けているんだ」

 

カイリが使用するシャンバラ。これがアリィの襲撃の要であった。

アリィの指示によって、カイリは地方有力者のリストからアリィが選んだ者の陣地付近をマーキングし、襲撃の用意を整えていたのである。

 

「狙いはおそらく、我々革命軍の士気低下、そして戦力の低下だろうな。事実革命に参加するはずだった者たちが足踏みする状態になっているんだ。そしてなぜこのタイミングか。おそらく……その理由は我々だ」

 

タツミ奪還のための、ナイトレイドの襲撃。

確かにこの襲撃はブドーとエスデスに対抗するためナイトレイド全戦力をもって行われ、犠牲はあったもののブドーの撃破、そしてタツミ奪還をなしとげた。

だが、だからこそ、アリィもまた襲撃を決行する事ができたのだ。

 

「革命軍本隊はシスイカン攻略のために戦力を固めていたからな……帝具使いもその戦いに投入されていた。そして、同じく帝具使いである我々が帝都に襲撃をかけた」

 

つまり。帝具使いの所在がほぼ確定されたのである。

それはすなわち、アリィが襲撃を仕掛けた際に大きな障害となったであろう帝具使いがアリィの襲撃先にはいないと予想された。だからあの臆病なアリィが襲撃をかけることができたのだ。

帝具使いでない普通の兵士は、アリィに敵意を向ければ彼女の帝具で一掃できるのだから。

 

「……マジかよ」

 

重い、重い空気がアジトに満ちる。

 

エスデスやブドーという怪物に気を取られていた革命軍は、忘れてはいけなかった。

アリィという怪物の存在を、忘れてはいけなかったのである。




予告どおりオリジナル描写でお送りしました。

この話を書きながら、第9話書いていた頃のことを思い出しました。
あの頃は夏でしたね、早いものでもう春ですよ、皆様の応援のおかげでアリィはここまで続いています。
第9話を更新した後、「ブドーさんマジお父さん」という旨の感想が結構多かったなあ、と。事実、アリィにとっても結構大きな存在だったのです。


いよいよ原作でいうと13巻に突入します。
アリィ慟哭編、最後の山場ですね。
アカメとクロメはどのような決着を迎えるのか。


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第47話 望まれなくても死にたくない

「いやぁ、お見事ですなぁアリィ殿! 襲撃ご苦労様でした」

「いえ。……私は、革命軍の戦力を削れはしたものの、ブドー大将軍の死を防ぐことはできませんでした」

 

機嫌のいいオネストはむしゃむしゃと目の前の食事をむさぼる。

一方で同席している皇帝は静かなものだ。時折アリィの方を窺うそぶりは見せるものの、何かを言うことはなく黙々と手を動かしている。

給仕をしているのはもちろん皇帝付き侍女たるアリィだ。彼女が紅茶を注ぐ音が静かな部屋に響く。

湯気が立つティーカップがアリィによって皇帝の前に置かれるが、皇帝はそれを見つめるまま手に取ろうとはしない。

 

「……どうか、なさいましたか?」

 

さすがに皇帝の様子がおかしいと感じたアリィは尋ねる。

自分が何か粗相をしたのか。それとも食欲がないのか。

彼女にとっては皇帝は自らの地位を、生活を保障してくれる大切な存在だ。その彼が何か問題を抱えているというのならば、アリィはそれを解決したい。

そう思っていたのだが。

 

「……アリィ。そなた、無理をしているであろう?」

 

彼の口から出てきた言葉に、思考が停止した。

まさか自分の心配をしているとは夢にも思わなかったのだ。

震える声で、アリィはなぜと問いかける。

 

「皇帝陛下……どういう、ことでしょう」

「そなたが、戦場に出るなど……おかしいではないか。あれほど臆病であったそなたが戦場に出たのだぞ? 無理をしているとしか、思えないではないか」

 

それに、と皇帝はアリィの顔を見る。

今までアリィは給仕をしたり書類仕事の傍らで補助をしてくれたりと、皇帝を支え続けていた。

だからわかる。つい彼女に視線を向けてしまい、ささいな表情の変化すらも見ていた皇帝にはわかるのだ。

 

「そなたは……もう、ずっと笑っていない」

 

宮殿に来たばかりの頃は、給仕の合間にすら、穏やかな微笑を向けることがあったというのに。

だんだんと彼女の目は濁っていき、笑顔を見せることはなくなっていったと皇帝は思っていた。

 

実際彼女は、宮殿で侍女として働き始めた後、だんだんと精神的に追い込まれている。

宮殿で働き始めてしばらくした頃にニャウに襲われ。

奥の手を使わなければならないほど、ナイトレイドに追い詰められ。

ワイルドハントによって暴力を向けられ。

そして今、彼女が望まない革命が迫っている。

 

最後に微笑みを見せたのは、いつだったか……確か、彼女が「もし自分が違う親の元で生まれていたら、と考えたことはあるか」と聞いてきたときだった。

あの時の皇帝の答えを聞いて、アリィは確かにはいと笑った。

 

 

 

アリィは知らない。その笑顔が、どれだけ皇帝にとって嬉しいものであったのかを。

 

 

 

自分の言葉で、アリィを笑顔にすることができた。そのことに、皇帝が心の中でどれだけ喜んだか。

そしてそれ以降、全く笑うことがなくなったアリィのことを、皇帝がどれだけ心配していたか。

 

「それ、は」

 

アリィとしても、反論ができない。

確かにナイトレイドを始め、帝具使いが出てこないタイミングを狙ったとはいえ、万が一がありうる戦場にだなんて行きたくなかった。

だが、命がけで挑んだつもりはない。身を守るためにシャンバラが送ることができるギリギリ最大の人数を護衛として用意したし、瘴気を放ちはするものの決して前には出ようとしなかった。

 

確かに怖かった。狂おしいくらい怖かった。

 

「陛下のおっしゃるとおり、です。ですが、私は……それでも、ああするしかなかったんです」

 

しかし、それでもアリィは無理をした。そう、無理をしたとアリィだってわかっている。

なぜならアリィはもう、革命が()()()()()()()()()()()()と、諦めていたから。

大軍勢の革命軍を全滅させることはさすがにアリィだけではできない。仮に革命が起こる前に敵を、たとえば本隊を倒すことができても、革命への願いはきっと止まらない。必ず誰かが革命を引き継いでしまう。

アリィは知った。

託されることの重みを。託された者がそれを簡単に投げ捨てることなどできるわけがないことを。

 

だから、アリィにはこうするしか思いつかなかった。

革命を起こさせた上で、()()()()()()()()()と決定打を与え、心を折ることしか思いつかなかった。

 

アリィが襲撃によって戦力を削ったのも、革命を起こさせる上で帝国側が勝てるようにするためだ。

今さら革命軍が撤退する可能性はよほどの事がなければまずありえない。

大幅に減ったとはいえ戦力があるのなら、きっと振り上げた拳を下ろすことなんて彼らにはできないだろう。今さら勝算が0ではないのにやっぱり撤退などということになれば、期待した民衆は失望する。革命軍内部でだって確実に反発が起こり、そして確実に瓦解する。

そこから再起をはかろうとしても、さらに失われた戦力で帝国に勝つことはできないであろう。

 

「アリィ……」

「……失礼いたします。これから、イェーガーズでの打ち合わせがございますので」

 

立ち去るアリィの後ろ姿を、皇帝は痛ましげな目で見つめていた。

一方でオネストは、悲壮な顔をする皇帝を見ながら、心の中で笑っていた。

きっと彼はこう思っているのだろうと。ならば、きっと……”至高の帝具”を起動する最後の一押しをするのは、容易であろうと。

 

(余が……余が、できることをしなければ……)

 

オネストの企みに気づくこともなく、皇帝は決意を固めていた。

 

 

 

 

 

 

イェーガーズの隊員はエスデス含め現在3人。

半分以下に減ってしまったものの、それでも彼らは自らの任務を全うせんと部屋に集まっていた。

そこには、皇帝のところから半ば逃げるようにして来たアリィの姿もある。

 

「現在革命軍は帝都を包囲しようと陣形を作っていますが……地方からの援軍が大幅に減っています。完全に包囲しようとするならば、どうしても包囲が薄くなるでしょうね」

「つまらん小細工をしおって……まあそれでも、大軍勢が相手なのは変わらんな。相手もこっちも帝具使いがまだまだいる。帝具同士の大合戦というわけだ」

 

エスデスは相手が弱体化したことに不満を抱きながらも、迫りくる大戦に心を躍らせている。

特に彼女は、タツミとの再戦を心待ちにしていた。

処刑の運命から逃れ、さらに成長を見せた彼と本気でぶつかり合いたいと。

 

「しかし……大軍勢相手に今の帝国軍で勝ち目があるのでしょうか」

「勝ち目はあるぞ?」

 

ウェイブが弱音をこぼすが、それに対しあっけらかんとエスデスは答えた。

さすがのアリィもエスデスの即答には驚いたのか彼女のほうを見る。

全員の視線を浴びながら、エスデスは自慢げに窓のほうを指差す。たとえばあれだ、と。

エスデスが指差すままに、視線を窓の向こうへ向けた彼らは……驚愕した。

 

「あれは……帝具の奥の手!?」

「確かに……これなら革命軍の軍勢を相手にできる……!」

 

彼らの目の前に広がっていたのは、氷の軍勢。

半人半馬の姿をしたそれらは、エスデスの能力によって作られた氷の人形であるが、エスデスによって自在に動かすことができる。

 

「少しずつ作っている。さすがに革命のときには一度に数を作るのは大変だし、戦闘時においては補充も必要だからな」

「なる、ほど」

 

普段エスデスのことが嫌いなアリィも、今回ばかりはエスデスが用意した氷の軍勢……氷騎兵に素直に関心していた。

いや、厳密には、氷騎兵を用意するというその考え方に。

 

(あらかじめ能力を使用して備えておく、ですか。なるほど、そういう考え方がありましたか)

 

 

 

 

 

数日後。

革命軍の一部が、期待していたはずの戦力が集まらない焦りのあまり独断先行で帝国に攻撃を仕掛ける。

「目標の名を叫びながら射ると目標が射程内にいる限り永久的に撃ち抜く」という能力を持った弓の帝具・アッキヌフォートを持ったヌゲという男が発端となったが、彼を含めエスデス一人によって全滅させられた。

 

ヌゲには知らされていなかったが、この帝具アッキヌフォートはアリィにとっては追尾性能がある上に遠距離攻撃であると実に相性の悪い帝具であるのではないか、と仮説が立てられていたのだ。彼女は今までの戦いで、遠距離攻撃についてはカウンターらしき効果を見せず、自ら回避していたためだ。にもかかわらず、ヌゲの独断専行の結果にナジェンダ含め革命軍の知将たちは大きく憤りを見せることとなった。

アッキヌフォートが失われたという事実を受け、「アリィ討伐は無理なのではないか」という空気が彼らの中に漂い始めることとなる。

 

さらに、革命軍の進攻に乗じて北の異民族の生き残りが宮殿へと襲撃をかける。

しかし、彼らを待つのは全滅という未来であった。

 

「ふー。こんなところまでくるなんて……アリィさん、大丈夫かな」

 

ある者たちは死体人形やクロメによって討伐され。

 

「ば、バケモノがぁ!」

「絶対逃がさねえぞ! おとなしく捕まりやがれ!」

 

ある者はグランシャリオをつけたウェイブによって拘束され。

 

「が……あぁ……」

「こ、この恨み……きっと……ガハッ」

「筋違いの恨みを向けられても困るんですがね……」

 

ある者は、瘴気にのまれて自らののどを刃で貫いて死んだ。

宮殿にまで忍び込まれたことで、自らの安寧が崩れてきたと恐怖する少女の目の前で。

 

そして、帝都における動乱はこれだけではなかった。

 

「まったく……人がいい気持ちで女を抱いていたというのに」

「エスデス将軍が一人で敵を片付けるとは……無駄足でしたなノウケン将軍」

「まったくだ」

 

ノウケン将軍。

戦場にまで愛人を連れていくという、女好きで知られる将軍である。

しかし、そこに愛というものはない。女性のことは番号で呼ぶ上に、”壊れて”しまった彼女たちのことをノウケンは全く覚えていない。

彼も、そして彼のおこぼれにあずかる部下もまた、帝国の腐敗の一部であった。

 

だからこそ――

 

「あ、アカメだぁぁぁぁ!!」

「くそっ、ノウケン将軍がやられた!!」

 

ナジェンダより、混乱に乗じてオネストに加担する将軍や兵長をできる限り殺し、戦力を削ってくれと依頼されていたアカメによって標的とされ、討たれた。

彼女が殺したのはノウケンたちだけではない。この時点ですでに、ノウケンたちを含め12人が彼女によって暗殺されていた。

 

逃げ出したアカメは、すぐに帝都を出て森へと入っていく。

 

「!」

 

しかし、突然の頭上からの攻撃にアカメは立ち止まる。

現れた黒い影は、その鎧をつけたまま構える。対するアカメも、帝具使いである彼を前に自らの武器・村雨を抜いた。

 

「ずいぶん強引なやり方するじゃねぇか。だが逃がしはしない!」

「お前は……」

「見つけた偶然に感謝するぜ。アカメ、お前を狩る」

 

だが、アカメは彼……ウェイブと積極的に戦いたくはなかった。

それよりも話したいことがあった。アカメの妹……クロメについて。

正確には、彼女に伝言を託したかったのだ。

 

彼女はクロメにこう伝えてほしかった……「帝都の外にて待つ」、と。

 

(アカメ)(クロメ)

二人の激突の時が、それを望まぬ者の気持ちなど関係なく、静かに近づいていた。

 




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パラパラと13巻をめくる作者

大きく頷く作者

「うん、アリィの絶望が足りない」

イルサネリアが アップを はじめました


まじめな話、15巻の部分で(これどうしよう……)と思っていたところもあったので、その解決ついでに13巻の内容を使ってもう一度皆様に思い出していただきます。

心を取り戻しつつあったとはいえ、アリィの本質は恐怖と狂気だと。


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第48話 怒りに飲まれて死にたくない

「おぉぉぉぉ……儂のかわいいワルモ! 帝国の未来を背負うお前が……こんな姿に!」

 

帝都の自宅で、内政官・マユモは涙を流してベッドの上で変わり果てた姿となった息子の死を悲しんでいた。

部下が後ろから、町の騒ぎから見てワルモは窓から入り込んだアカメによって殺されたのではないかと告げる。

 

「おのれ反乱軍め……このままでおくものか」

 

ギロリと目をむくマユモの目は血走っており、息子を殺された怒りに燃えていた。

……自分の息子が犯してきた悪行に対しては、まったく抱いてこなかった怒りを。

 

 

 

 

 

アカメに逃げられたウェイブは、憮然とした顔で宮殿へと戻ってきた。

その表情は暗い。しかしそれは、アカメを取り逃がしたという後悔からくるものではない。

アカメから聞かされた話……それが、ウェイブの頭を悩ませ続けていた。

 

 

 

 

 

アカメと対峙して戦闘になった後、冷静に、しかし確実に同じ個所に攻撃を受けた末、グランシャリオの一部を破壊されたウェイブはひとまず話を聞いてほしい、というアカメの言葉に応じることにした。

だが、そこから彼にとっては理解できないことをアカメが述べだしたのだ。

 

『私はクロメに直接会いたいんだ。だから伝えてほしい。帝都の外で私が待つと』

 

今更連れて逃げるのか、とも思った。

だが違う。よりによってアカメの目的は「邪魔が入らない場所で二人きりで果し合いをするため」だという。

クロメもそれを望んでいるはずだ、と。

 

これを聞いて、ウェイブは一瞬言葉を失った。

アカメがわざわざ自分と戦うのをやめてまで話をしようとするから何かと思えば、クロメを殺すために呼び出せ、と。

次の瞬間、ウェイブは激昂して叫んでいた。

 

『いくら敵味方でも姉妹だろうが! なんで最後まで殺しあわない努力をしない! 俺にはそれがわからねえよ!』

 

そこから語られたのは、アカメとクロメの過去。

帝国に暗殺者として育てられた二人。アカメは数名の仲間とともに山で鍛えられた。

だがクロメは、帝国の地下において、薬漬けで育てられたという。

 

クロメに投与された薬物は、確かに肉体を強化するが寿命を大幅に縮め、さらに脳にも負担をかけることから精神すら異常になっていくものであったという。

さらに投与をやめれば発作を起こすという、依存性も高いものだ。

精神が異常になるといわれ、最初こそ覚えがなかったものの、クロメが何のためらいもなく仲間であったランを死体人形にしたことをウェイブは思い出し、思わず口をおさえた。そこまでヤバイ薬だったのか、と。

 

アカメが帝国を抜ける際、クロメを連れて行こうとしたのだが彼女は断った。

薬を断ち、生きる可能性を探ってくれというアカメの言葉に対し、クロメは死んでいった仲間たちへの裏切りになるから帝国を離れず、帝国のために戦うと答えたのだ。仲間と敵になるのも耐えられない、と。

 

『クロメの考え方では戦い続けるしかない。薬で壊れながら、残り少ない寿命で。ならば私が戦い、あいつを苦しみから救ってやるんだ。それが……姉として、(クロメ)にしてやれることだ』

『もういい! クロメを生かす話ならともかく、殺す話なんて聞く耳もたん!!』

 

 

 

 

 

「くっそぉ……」

 

思い出しただけでも腹立たしい。

去り際に「どんな事情でも妹を斬ることが救済だというお前はどうかしている」とアカメに言い捨てた。

しかし……それでも、クロメが薬で身を壊しながら戦っているという事実を改めて知り、思うことがないわけがなかった。

 

「ウェイブ!」

「お疲れ様です、ウェイブさん」

 

宮殿にたどり着いたところで、クロメがウェイブへと駆け寄ってくる。

その後ろにはアリィがいた。

クロメは宮殿に入り込んできたのは北の異民族の残党だったようだと話す。

むろん、彼らはすでに全滅しているのだが。

 

(北の異民族……? どうしてこの時期に)

「ってうお!? 何やってんだ!」

「毒を武器に塗ってるやつもいたから、かすり傷でも受けてたら危ないと思って……」

 

考え込むウェイブだったが、いつの間にか上半身を脱がされてクロメにぺたぺたと体を触られていることに気づき、叫び声をあげる。

じーっとウェイブの裸の上半身を見つめるクロメの視線にたまらずウェイブは腕で隠す。

ついでに言えば、アリィの何とも言えないようなジト目の視線が精神的につらかった。

ひとしきり笑った後、ウェイブの顔から笑みが引いていき、ポツリと尋ねた。

アカメとの対話の後から、どうしても心の中に引っかかっていたことがあったから。

 

「なぁクロメ……もう決戦だけど、やっぱ今でもアカメと戦いたいか?」

 

その答えを絶対聞き逃すまいとウェイブの視線が鋭くなる。

アリィもまた、思うところがあってクロメへと視線を向ける。

二人の視線を受けたクロメの返答は

 

「勿論! お姉ちゃんが誰かに殺される前に私が斬りたいし、もし私が負けてもお姉ちゃんに斬られるんだったらいいよ!」

 

一切の邪気のない、笑顔と肯定。そして――

 

「どちらにせよそれでずっと一緒にいられるんだよ。だから早く戦いたい!」

 

歪んだ想いと願いであった。

クロメの返答を聞いて、ウェイブは表情が抜け落ちたような顔で、茫然としたままうつむいた。

対してアリィは彼とクロメ、どちらの様子に対しても何も言わず、ただ目を閉じて考え込んでいた。

 

(おかしなことを言ってるのに姉妹揃ってブレがねぇ……なんとか、しないと)

 

よろよろと立ち上がったウェイブは、やはりおぼつかない足取りで二人から離れていく。

そして小さな声で、エスデス将軍の元に行ってくると伝えて去っていった。

ほしかった返答が得られなかったのだろう、落ち込んだ、というよりは失望した様子のウェイブが去っていく姿を二人は見つめ続ける。

ウェイブの姿が見えなくなってから、視線を変えることなくアリィはクロメへと問いかけた。

 

「彼はもう……あなたに戦ってほしくはないのではないでしょうか」

「そんな……私は、まだ戦えます。お姉ちゃんとの決着だってつけてない」

「……そう、ですか。先日も伝えましたが、あなたの体はもう薬の接種を続けるのが危険だと判断されています。それでも……”継続”するのですね」

 

アリィが暗殺部隊に対して影響力を持った日から、定期的に検診を行い、これ以上の薬物投与が危険だと認められた者に対しては投与を中止し、暗殺部隊から隠密部隊へと異動させている。

そしてもう、限界はクロメにも及んでいたのだが……彼女は、最後まで薬物を投与を続け、暗殺部隊に籍をおくという「継続」の道を選択した。

 

その理由は一つではない。

愛する姉を自分の手で斬る機会を失いたくないというのもあるし、自分にはこの戦い方でしか帝国に、アリィに尽くせないと思っているというのも理由の一つだ。

また、帝具使いである自分が暗殺部隊の一員として戦うことで、暗殺部隊の仲間を含め、暗殺部隊の価値をアリィ以外にも認めさせたいとも思っている。

 

「うん」

「わかりました……あなたという大きな戦力が戦い続けてくれるというのなら……私としても、言うことはありません」

 

アリィとしては、革命軍と激突するにあたり帝具使いであるクロメを戦闘から引退させるのは痛い。

しかしだからこそ、アカメとの決闘を望むクロメに対し思うところもあるのだ。

勝てればアカメという革命軍の中でも大きな戦力を消すことができる。しかし負ければクロメを失う、ハイリスクハイリターンの勝負。

 

「それじゃアリィさん。私は……その、用事があるから」

「わかりました。では私もエスデス将軍の元へ向かうとしましょう……」

 

 

 

 

 

 

エスデスの部屋では、ウェイブがエスデスに対し、北の異民族やアカメと交戦したことを報告していた。

むろん、アカメと会話したことやその内容については伏せている。一歩間違えば拷問コースだし伝えたところで何かが変わるとも思えなかった。

 

さらにウェイブは自分を鍛えてほしいとエスデスに懇願したがあっさり却下された。

アカメと戦い実力不足を痛感していたウェイブであったが、エスデスに言わせれば彼は「完成された強さ」であるがゆえに、言い換えればもう上限だというのだ。

彼の帝具・グランシャリオも安定した力がある分爆発力はない。

 

「この短期間で強くなりたいなら、もう狂った方法をとるしかないな」

「薬物……とかですか?」

「そんなものでは駄目だ。もっと反則技だ」

 

エスデスの口から出たのは、まさに帝具使いにおいて反則の中の反則(タブー)

 

「通常帝具は一人一つだけだ。これは私ですら守っている鉄則。だが、一人が二つの帝具を同時に使ってみたら、どうなると思う?」

「!!」

 

答えは崩壊。まず体力と精神力が持たない。

だが、それでもウェイブなら一度や二度は使うことができるだろうというのがエスデスの見立てだった。もちろん、どの帝具でもというわけではなく相性問題もクリアする必要はあるが。

 

「失礼します」

 

そこへ、クロメとの会話を終えたアリィが部屋に入ってきた。

手には紅茶の入ったティーポットとカップを乗せたお盆を持っている。

 

「おつかれさまです。クロメさんは来れないようですがお二人にお茶をお持ちしました」

「ちょうどいいな。ウェイブ、お前の体だ、お前で判断しろ。それと、アリィが茶を持ってくるならせっかくだ」

 

立ち上がるとエスデスは壁際の幕をあげる。

その奥は小さな倉庫となっており、普段は武器などがあるのだが今回は大きな机がその空間を占拠していた。

机の上には数々の豪華な料理。

 

「皇帝から慰労で馳走を届けられたがこんなにいらん、食べてけ」

「おぉ!」

「なんにせよ飯は食わんと力は出ないぞ。アリィ、私には紅茶をよこせ」

「かしこまりました」

 

ウェイブは笑顔で皿に料理を盛ると食べていく。アリィも食えとエスデスからは勧められたがまずは要望されたお茶をウェイブのぶんとあわせてカップに注いでいく。

食事の中、エスデスは思い出したとばかりにウェイブに告げた。

 

「ああそうだ、甘いものはクロメに持ってってやれ。任務から帰れば腹も」

 

 

 

 

 

 

ガッシャーン!

 

 

 

 

 

 

陶器が割れる音が、部屋に響く。

音がしたほうを見れば、そこには震えるアリィの姿があった。

 

「にん、む……?」

「……あぁ、そうだ。闇の部隊の一員として招集がかかった。反乱軍の陣へ要人暗殺に行くのだろう」

 

ティーポットを落とすというアリィにしてはあるまじきミスに驚きつつも、エスデスは自分が知っていることを話す。

暗殺部隊としてまた身を壊すような戦いをしにいくのか、とウェイブは暗い気持ちになりかけたが、アリィはその比ではなかった。

 

(任務……? 闇の部隊の一員として? つまりは暗殺部隊が?)

 

ティーポットの中に入った紅茶が地面に広がり、さらにはアリィの靴までも濡らしていく。

しかしアリィが気にする様子は一切ない。ガタガタと震えながら頭を抱えるだけだ。

 

(ありえない。ありえないありえないっ、そんな任務、私は出していない(・・・・・・・・)っ!!)

「ちなみに、命じたのはマユモ内政官のようだ」

「し、失礼します!」

 

震えるアリィは目を泳がせながら、エスデスたちに頭をさげ、急いで部屋から出て行った。

自分が壊したものくらい片づけていけ……とエスデスは苛立ちながらウェイブを手招きする。

もちろん、エスデスが割れたティーポットの処理を自分でやるわけもなく、ウェイブにやらせた。

 

 

 

 

 

宮殿を駆け回り、ようやくマユモを見つけ出したアリィは彼に暗殺部隊を出撃させたことについての理由を尋ねていた。

 

「……何だね?」

「マユモ様、暗殺部隊を出撃させたと聞きましたが……」

 

父親から受け継いだ暗殺部隊に関しての書類の中に、確かにマユモの名前はあった。

今でこそ暗殺部隊を統括・管理しているのはアリィであるが、これはアリィが管理しているだけにすぎない。アリィが設立した隠密部隊については完全にアリィが実権を握っているが、暗殺部隊に関しては全ての権力をアリィ一人が握っているのではない。あくまでアリィが管理するというのが暗黙の了解であっただけで、出撃命令権だけは過去に権益をつなげていた上層部の人間数名も持っているのだ。

 

ゆえに、その一人であるマユモが暗殺部隊に出撃を命じることは組織上問題はない。

 

「儂のかわいい息子であるワルモが殺されたのだ……反乱軍にはしかるべき報いを与えねばならん! 当然であろうが!」

「そ、それでどのような編成で出撃させたのですか?」

「編成じゃと? むろん全員で出撃させたわ! とにかく反乱軍の陣を一つでも多く襲撃して奴らの首を落とさねば、ワルモが浮かばれん!」

「……は?」

 

目を血走らせて興奮するマユモとは対照的に、アリィの心は一気に冷めていた。

彼の言葉によれば、無策で、暗殺部隊全員を、ただ突撃させただけなのだから。

 

(なにを……なにを、しているんです? 革命軍の戦力をせっかく減らして、革命が起きたうえで勝てるように動いていたのに……暗殺部隊には帝具使いのクロメさんやカイリさんもいるのに、全員を、出撃させた? 無策で?)

「わかったら儂の時間をとらせるな! まったく、侍女風情が暗殺部隊を統率するのがそもそもおかしいのだ……」

 

邪魔だといわんばかりにアリィを突き飛ばし、取り巻きと一緒に立ち去ろうとするマユモ。

 

アリィが暗殺部隊を統率できたのは、主導立場にあったビルがアリィによって殺されたこと。そしてそれをなしたアリィに対し他の者たちが自分にまで飛び火することを恐れたからこそだ。しかし長い月日が経つと人間というものは恐怖がすっかり風化してしまう。過去のことであるからと忘れ去ってしまう。

 

だから、思い出すべきだった。彼女のことを。

 

(せっかく勝てるように動いていたのに、こちらが戦力を失ったら意味がない……もし帝具が流れたことで革命が成功してしまったら……シャンバラも失われて逃げることさえできなくなったら、私は、私は……)

 

突き飛ばされた痛みを感じながら、アリィの頭の中ではなおも思考が回る。

暗殺部隊の信頼を得ていたのは、彼らをアリィが保護していたから。

その暗殺部隊が死んだことで生き残りが、そして隠密部隊がアリィに対して不信感を持ってしまったら?

次々と湧き上がる不安と恐怖にアリィは飲み込まれていく。

 

恐怖の果てに彼女から湧き上がるのは……狂気しかない。

 

「……が」

「ん? 儂に文句でもあるのか!? 侍女風情が調子に」

 

アリィの言葉に興奮したままのマユモが振り返って叫ぶが……もう、遅い。

アリィがビルだけを排除したのは、暗殺部隊について力を持つ他の権力者がアリィの邪魔をしなかったから。生き残ろうとする邪魔をしなかったからだというのに。

アリィにとっての障害へと変化した彼らを……どうしてアリィが、放置するというのか。

 

 

 

 

 

 

 

「この、老害があああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

宮殿の廊下で、爆発するかのように瘴気が吹き荒れた。

 




アリィ慟哭編が、予想以上に長くなっている。
やっぱり4章予定だったけれども最後の章分割して正解だったようです

……おかしいな、13巻の3分の1くらいしか終わってない気がするぞ?


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第49話 元仲間の手で死にたくない

感想返しで私は言ったな、「イルサネリアの隠された能力”は”もうない」と

嘘は言ってない


「震えろ、私の恐怖」

 

どさり、と人が倒れる音が廊下に響く。

マユモだけでなく、その取り巻きまでもアリィによって殺された。その表情はみな同じように絶望に染まっている。最後の最後で、ようやく自分が何をしでかしたのかに気づいたのだろう。

あるいは、己の愚かさに気づけず単に自分が殺されることに恐怖しただけか。

 

しかし、そんな恐怖、アリィが胸に抱いたものと比べればはるかに矮小なものでしかない。

アリィの恐怖は、もはや狂気にも等しいのだから。

 

「…………」

 

自分に断りもなく暗殺部隊を動かしたマユモに対し、激昂した様子はすでになくなっている。

確かに組織上マユモが暗殺部隊に出撃指令を出すことは問題なかった。しかし、あくまでそれは制度上の話。

アリィが管理するというのが暗黙の了解であった以上、実際のところまとめ役になっていたアリィに話を通したうえで出撃命令を出すことも含まれていたのだ。

 

しかし、マユモはその暗黙の了解を破った。よりにもよって、アリィが一番気を使っていた革命直前というこのタイミングで、革命軍に無策で突っ込ませるような出撃命令を出して。

 

「ああ……本当に。本当に、詰めが甘い……」

 

マユモ達を殺した後もしばらく立ち尽くしていたが、やがてゆらり、とアリィが動き出した。

イルサネリアによる瘴気は、今もなお消えることなくアリィの周囲を漂っている。

その量はさらに増えていく。帝具たるイルサネリアだけではない、アリィの体からも(・・・・・・・・)溢れながら。

 

「こんなことになるなら……最初から、消しておけばよかった」

 

確かに、もう彼女に激昂した様子はない。

だが、それは狂気が表面化しなくなっただけに過ぎない。炎のような狂気が、冷えて極寒の冷気に変わっただけに過ぎない。

狂った少女は、濁った目をして歩き出す。

 

 

 

 

 

クロメはアリィと別れた後、とある裏路地に足を運んでいた。そこに集まっていたのは、暗殺部隊の仲間たち。

アリィに「用事がある」と告げて立ち去っていたが……その用とはもちろん、暗殺部隊への出動命令である。

そして彼女がいる裏路地が、合流地点であったというだけの話だ。

 

「みんな!」

「おっ、クロメじゃねーか!」

「ようやく来たか、クロメっち」

 

笑顔で声をかけてくる仲間たちをクロメは見回し、そしてあることに気付く。

 

「あれ……人数、減った?」

 

彼女の問いに、少々気まずい沈黙が流れる。

暗殺部隊の一人が、つぶやくようにして彼女の問いに答えた。

 

「セナ、リコは……衰弱が激しくなるからって、暗殺部隊を抜けたよ」

「ジョーも検査を受けているけど……たぶん”通知”が来る」

 

通知とは言うまでもなく、薬剤使用の危険域に達したとして暗殺部隊の脱退および隠密部隊等への異動を推奨する通知のことである。もっとも、クロメや他数名はこの通知が来たにもかかわらず、暗殺部隊にとどまり戦い続けるという”継続”の道を選んでいる。

だが、リーダーであるカイリは任務前に暗い空気ではだめだと感じたのだろう、笑いながらクロメの肩をたたいた。

 

「だけど、処分されたわけでも、帝国を裏切ったわけでもねーんだぞクロメっち! あいつらは別の形で、できることをして帝国のために尽くしているだけだ。アリィさんが作ってくれた、長く生きる道をあいつらは選んだ、それだけの話なんだよ」

「……うん、そうだね! 働く場所が変わっても、私たちが仲間なのは変わらないもんね!」

「おう、もちろんだ!」

 

ひとしきり笑った後で、カイリが厳しい顔になる。

暗殺部隊のリーダーとしての顔を見せたカイリに、全員が顔を引き締める。

その様子を見て、カイリは任務に向けての最終確認を始めた。

 

「さてっ! 今回の任務は反乱軍陣地にいる要人たちの暗殺だ! 難度はS! この中にはアリィさんと一緒に以前革命軍や裏切り者への襲撃に参加したやつもいるが……あの時とはわけが違う! 何度か隠密部隊が探ったが警戒レベルの高さは半端じゃない!」

 

さらに、今回の命令はアリィから出されたのではなくマユモ内政官からだと告げる。

今までのアリィ以外の命令では、アリィにすでに話が伝わっていた。だから彼らは、今回もそうなのだ(・・・・・・・・)と思ったまま話を続ける。

 

「それでも強引にいけとの命令だ。アリィさんが承認するにしてはらしくない命令だが……クロメ、アリィさんは何か言ってたか?」

「ううん、ここに来る直前まで一緒にいたけど、何も言わなかったよ」

 

もしも彼女が「用事がある」ではなく「任務がある」とはっきり告げていたら、アリィは驚いて止めていたかもしれない。いや、間違いなく止めただろう。

だがクロメは、彼女が”継続”を選んだことにどこか思うようなアリィを見て……これから戦闘に向かうという後ろ暗さから、つい「用事がある」などとはぐらかした言い方をしてしまった。

彼女は怖かったのだ。戦いに出ることを止められることが。アリィにもう必要ないと言われることが。

 

「だったら、何が何でも帝国の人間が殺されたことへの報復はしろってことだ! 上等だろ! めっちゃ殺してアリィさんたちを驚かしてやろうじゃねえか!」

 

最後に、アリィからの基本命令――どのような任務でも守れとされた命令――を確認して、カイリの指示のもと全員が投薬を開始、暗殺に向けて出陣した。

 

 

 

 

 

 

月夜の下、カイリたちは駆ける。

カイリたちは暗殺部隊の人数がすでに二つに分けるには革命軍の突破には心もとないことから、あえてわけずに襲撃を行うことにした。

だが、その途中に一つの人影が彼らの前に現れたことで足を止める。

 

「……クロメ」

「お姉ちゃん……」

「襲撃を読んでいたのか……一人で待ち伏せていたのか? アカメっち」

「今日の私の暗殺に対し、あれ程殺せば帝国側も黙ってはいないだろうと思った。それに、大勢で待ち伏せていたらお前たちは気づいてしまうからな。……もっとも、私の後ろには数を用意した布陣が展開されている。私一人を足止めしても意味はないぞ、クロメ」

 

ここで、アカメは老化が進み、彼女の記憶とは違って髪も白くなったカイリのことに気が付いた。

「誰かさんが抜けたおかげでな」とカイリは答えるが、その揺さぶりは通じないとアカメは強く村雨を握る。

一方でカイリたちも内心焦っていた。今回の襲撃はナイトレイドではなくあくまで革命軍の要人を対象としたものだ。帝具使いの警備も予想してはいたが、アカメが出てきたのは痛い。

暗殺にたけたものは、逆に暗殺を防ぐことにもたけているからだ。

 

「ここから先に行くというのなら……”葬る”」

 

アカメが事あるごとに口にするこの「葬る」という言葉は、アカメにとってのスイッチである。

かつて彼女を指導した男の言葉に従い、アカメは殺しの際、自分を切り替えて非情になるための言葉としてこの言葉を選んだ。

一瞬の葛藤を経てアカメはスイッチを入れる。

 

「本気で来るか……足止めするだけじゃ意味がねえ、突破するぞ」

「うん」

 

クロメは八房を抜くと、帝具の能力を発動させる。

ロマリーでの戦いにおいて彼女の死体人形の多くは撃破され失われた。だが、その分は新たに死体人形を補充している。

 

「裏切り者め!」

「死ねぇ!!」

「葬る!」

 

二人の暗殺部隊がアカメに向かって武器を振り下ろすも、その懐に入られ、次の瞬間両断される。

昔の仲間の血を浴びながらも、彼女は止まらない。

 

「葬る!」

 

死体人形の一人を切り裂き、さらに暗殺部隊の一人を斬り

 

「葬る!」

「させないっ!!」

 

仲間が斬られるのを止めようとしたクロメの八房と村雨をぶつける。

鍔迫り合いの後後退するが、即座に振り向くと同時に刀を振るう。

ガキィン! という金属音が、先ほどよりも大きく響いた。

 

「やるねぇ、アカメっち」

「報告にあった、空間転移の帝具か……!」

 

後ろにいたのはカイリ。先ほどまでは確かに別の場所にいたはずのカイリが一瞬でアカメの背後に移動していたのだ。

これはもちろんシャンバラの帝具によるもの。アカメが他の者と戦っている間にマーキングを行って、そのうちの一つに転移したのだ。

 

「……その帝具は文献にあった。マーキングした場所に瞬時に転移できるということだったが……マーキングできる数が限られているうえに連発はできないはずだ」

「ま、そうだな。本来の使い方じゃあ使用者のエネルギーがもたないからそうなっちまう」

 

けどよ、とカイリは二つの薬物を取り出した。

一つは錠剤。クロメや他の暗殺部隊が戦闘にあたり服用したものと同じ形状だが、より効果が強い超強化薬。

そしてもう一つは液状の薬品。こちらは注射機能をもったケースに入れられている。よく見れば、同じケースが一つ、空になって地面に転がっていた。

 

「帝都じゃ薬物でそのエネルギーも補えるんだよ……超強化薬と併用すりゃ戦闘力も上げられる! もともと薬漬けの体だ、よく馴染んだよ」

「よせ! お前の体、その髪といい皺といい、危険な領域だろう! さらに負担をかけることになるぞ!」

「あいにく、もとよりその覚悟なんでなぁ!」

 

カイリもまた……”通知”が来たにもかかわらず、”継続”を選んだ一人。

超強化薬を口に含み、さらに首元に薬物を注射する。

 

「ぐ、が、あぁぁががぁぁあぁ!!」

 

ビキビキと嫌な音がカイリから発せられ、暗殺部隊の面々はカイリの様子に思わず釘付けになる。やがて震えが止まったころにはカイリの目が血走り……

 

「!」

「死ね」

 

一瞬で姿を消し、アカメの左側に転移した。

咄嗟にアカメは防御したものの、カイリは手にした短刀で次々に攻撃を仕掛けていく。

さらにクロメの死体人形がアカメに接近して切りつけたり、羽を飛ばして攻撃する。

しかし、そのさなか何やら音が聞こえてきた。

 

「まさか……増援!?」

 

カイリとアカメの剣戟は続けられる中、迫ってきたのは革命軍の増援だった。

カイリたちが別ルートで来る可能性、部隊を分ける可能性もあったため、違う箇所を警戒していた革命軍の一部が、アカメに加勢するために迫って来ていたのだ。

 

「くっ……」

 

アカメ一人すら突破することができない以上、さらに数を固めた増援を突破することは困難に近い。

さらに言えば彼らは暗殺部隊であって、軍の兵士ではない。襲撃をかけることには優れていても正面から数と戦うには向いていないのだ。

 

「撤退しようカイリ! アリィさんの基本命令だよ!」

 

アリィは「命を捨てて特攻するのは、確実にそれで相手をしとめることができる場合のみ。やぶれかぶれの賭けに出るくらいなら撤退せよ」という基本命令を出していた。アリィにとっては自分に忠誠心の高い、しかし限られた数の暗殺部隊を無闇に消費することは避けたかったのだ。

 

「おおおおお!」

「葬る!」

 

しかし、クロメが叫んだ時には、すでにアカメとカイリ、二人の戦いには決着がついていた。

 

交差し、刃を振るった二人。

その二人のうち、血を流したのは…‥‥カイリの方だった。

だが彼もこのまま死ぬわけにはいかなかった。彼は帝具・シャンバラをアリィから預けられているのだ。

即座に集まった生き残りの暗殺部隊のほうへ転移すると、最後の力を振り絞って暗殺部隊全員を転移させるべくシャンバラを地面にたたきつけた。

 

「クロメ! 明日の夜、一対一で会おう! 帝都の外、あの場所で待っている…‥!」

「うん。わかった……!」

 

クロメもともに転移していくのを見て、アカメはウェイブに託せなかった言葉を叫ぶ。

全ては、決着をつけるために。

 

暗殺部隊の死体が転がる中、革命軍の増援が着いた時には、すでにカイリたちの姿は消えていた。

 

 

 

 

 

「カイリ! カイリ!」

「あー、くそ……やっぱ選抜組、気に入らないけど……強いわ」

 

カイリは転移後、仲間たちの声もむなしく崩れ落ちた。

傷自体が致命傷だったうえに、アカメの村雨で斬られた以上、死をまぬがれることはできなかった。

クロメが慌てて八房を突き立てようとするも時すでに遅し。その時にはすでにカイリは死んでいた。

 

「…‥‥戻ったか、お前たち」

 

宮殿に戻ろうとした彼らに、突然声がかけられる。

振り返った先にいたのは、冷気を操る女将軍。

 

「エスデス、隊長……」

「クロメも無事、か。今すぐ宮殿に戻れお前たち」

 

エスデスが顔をしかめる。

自分たちに処分が下るのではと暗い顔になるクロメたちだったが、次のエスデスの言葉に思わず顔を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前たちが戻れば、あるいは止まるかもしれん……宮殿で、アリィが暴れ狂っている。すでに十人以上が死んだ」




作者が課してる裏ルール
「帝具使い同士が戦う時は必ず死者を出す」
ジンクスとはいえ公式設定だもの


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第50話 止められなくても死にたくない

祝:50話。これも皆さまの応援のおかげです。
本当にありがとうございます。ラストに向かってもう少し。これからもアリィをよろしくお願いします。


「ひいっ、ひいいっ!」

 

彼女の目の前にいるのは、ヨウカンという男だ。

能力はないが、数々の残虐な遊びを考え、大臣たちを楽しませることによって取り入ったコバンザメ。

直接な命令権はないが、サイキュウなど命令権を持つ者と通じている。余計なことを言って今後無理に暗殺部隊を動かそうとするかもしれない。

 

――よし、殺そう。

 

それが彼女の選択だった。

 

「せ、せめて」

「震えろ、私の恐怖」

「あ、がああぁぁぁ!?」

 

イルサネリアの強制発症により、ばたりと倒れたヨウカンには目もくれず、アリィは次の標的を探して宮殿をさまよう。

彼女が歩いた場所はすでに瘴気が濃く漂っており、その量は今までの比ではない。

そして、瘴気はさらにアリィの首から、そして顔や手など全身から放出され続けている。

 

「……まだ、まだです」

 

マユモが自分を通さず暗殺部隊を動かしたこと、しかもそれが無策の特攻であったこと。

それがアリィの暴走を引き起こした。ただでさえ革命が近いデリケートな時期であった上に、彼女は革命が起こったうえで勝利する、そのために戦力の調整を行っていた。

 

そこへマユモによる独断だ。大事な戦力を失ったうえに暗殺部隊や隠密部隊から不信感をもたれかねないというこの事態はアリィにとって決して無視できるようなことではなかった。

せっかく組み上げた計画を根底から崩されかねないと、革命で命を落としてしまうかもしれないと恐怖した。

その恐怖は、アリィを再び狂気へと染め上げる。

 

ばぁん! と音を立てて扉を開く。

部屋には兵が数名と、壁に張り付くようにしてアリィに怯える男の姿があった。

彼の名はサイキュウ。オネストの補佐をしていた有能な男だ。

 

「ああ、サイキュウさん……こちらにいらっしゃいましたか」

「ひィ……く、来るな、来るなぁ!」

 

サイキュウだけでなく、彼の周りにいる兵も震えている。

彼女の脅威は宮殿に勤務する者なら必ず一度は耳にしている。そして今、まさに全身から瘴気をまき散らしながら霊鬼のごとく冷たい目をした彼女が目の前に立っているのだ。

その恐ろしい姿に恐怖するのも仕方がない。

 

「う、うわああああああああああああくひっ」

 

恐怖に耐え切れず一人の兵士がアリィへと武器を抜いて切りかかる。

だが、彼女に武器が届くことはない。自分で自分を切りつけ、その場に倒れ伏す。

 

兵士の首から血が流れてアリィの靴を汚すも、彼女は一向に気にした様子は見せずサイキュウへと近寄っていく。

他の兵士は、自分ではもうどうにでもできないと悟り悲鳴を上げて彼女からむしろ離れている。逃げていると言ったほうが正確であろう。

彼らのことはアリィも追いかけようとはしない。アリィが今目に映しているのは逃げようにもアリィが視線を外さず逃げられなかったサイキュウただ一人だ。

彼女がサイキュウから目を離さない理由は一つ。サイキュウはかつて、オネストに暗殺部隊の有用性を説き、暗殺部隊を設立させた張本人であり、それ故に

 

「あなたも暗殺部隊への出撃命令権、持っていましたね……サイキュウさん」

「そ、そうだ……です……」

 

すでにアリィは壁を背に座り込んだサイキュウのすぐ側まで来ている。

近づいたアリィはしゃがみ込むと、サイキュウへと顔を近づける。

 

「あなたは……まだ、分別のある方です。前回も真っ先に私に暗殺部隊を委ねると決定してくださったのはあなたでしたしね?」

 

ビルが死んだあと、その利権に群がる者もいたが、サイキュウは真っ先にアリィが暗殺部隊を管理することを了承した。ビルが殺されたことに対しアリィの危険性を認めたからこその判断だった。彼女の邪魔をしたビルが殺された、というだけでなく、サイキュウの了承という背景もあって、やがてアリィが暗殺部隊を管理することが暗黙の了解として認められるようになったのである。

 

「ですが」

 

アリィは何人も殺してきたにもかかわらず、血で濡れてはいない両手でサイキュウの頬に手を当て、彼が目をそらせないように押さえこんだ。

ガタガタと震えるサイキュウに対し、アリィはもう少しで触れるかのような距離まで顔を近づける。

 

「私は死にたくないんです。私の足を引っ張るような真似を、革命が始まろうとしている今になってされるわけにはいかないんですよ……」

「ひぃ……ひぃぃ……」

 

極限まで近づけられた、アリィの濁った目から顔をそらすこととができない。

それだけでも恐ろしいのに、アリィの顔の一部からも溢れ出る瘴気が近づけられたサイキュウの顔を撫で、より恐怖感が増大される。

サイキュウは有能であるがゆえに確信していた。ここで彼女の意に沿わない返答をすれば、確実に殺されると。

 

「あなたは、私の邪魔をしませんよね?」

「し、しません! 断じてしませんっっ!!」

 

血反吐を吐くかのようにサイキュウは答える。ここでNOというだけではない、黙り込んだだけでもきっとアリィは自分を排除するだろう。意に沿わないなら殺す、ただそれだけの理由で。

自分の邪魔になる人間は殺す、そんなことを考える人間は今の宮殿には大勢いる。しかし、ここまで狂気を纏った恐ろしい存在はいなかった。

欲から来る打算じみた排除ではない。「そうするのが当たり前」と言わんばかりの……否、実際にそう思っているからこその、作業のような排除。

 

「そうですか……ならいいんです」

 

アリィの顔が離れていく。

死神が遠ざかったに等しい解放感にサイキュウは言葉を失い、緊張が解けたことでバタリと気を失って倒れてしまった。

 

倒れたサイキュウをアリィは起こすことも介抱することもしない。

彼にしっかり釘を刺した以上、彼は絶対にやらかすことはないだろう。少なくとも、今まで自分が殺してきた人間よりは信用できる。

 

金だけの無能(ドウセン)を殺した。

口先だけの無能(コウケイ)を殺した。

こびへつらうだけの無能(ヨウカン)を殺した。

 

まだまだ他にも殺したが、アリィはもう細かい人数など覚えていない。

思い出した、あるいは出会った端から殺していったのだから。

他に殺すべきだろう相手はいないかと、人が集まっている部屋へ足を運び、勢いよく開く。

扉の前には兵士がいたが、アリィの様子を見て誰も止めることはできなかった。

 

「ひぃぃ! 衛兵は何をしておったのだ!」

「アリィ! これは……」

「へ、陛下! 今のアリィ殿は危険です!」

 

中にいたのは数人の近衛兵と政務官、大臣オネスト、そして皇帝だった。

彼らは会議中、アリィがマユモをはじめ高官を何人も殺しているという一報を聞き、最初は全員が逃げ出そうとした。しかしその報告を信じられなかった皇帝は、「アリィに何があったのか聞く」と譲らず隠し通路から逃げることを拒んだ。

皇帝が残るとなると、他の者が逃げ出すわけにもいかない。

あくまで彼らの頂点にたつのは皇帝である。その皇帝を放置してて逃げた場合、万が一何事もなかったとしても戻ってきた後で自分の立場を失いかねないのだから。

 

「……これは皇帝陛下、大臣。そして皆々様。どうかなさいましたか」

「……そ、その姿はいったいどうしたのですかなアリィ殿……」

 

オネストは顔や腕など自らの肉体から瘴気を発生させているアリィの姿について尋ねる。

彼女の帝具、イルサネリアについてオネストはある程度詳細を知らされている。瘴気を発生させるのはあくまで首輪だと聞いていたため、彼女の肉体からも瘴気が出ていることには説明がつかない。

何より……その姿が、人を外れた何かのようにも見えてしまったのだ。故に聞いた。

そして、それはあながち間違いでもなかったということがアリィ本人の口から告げられる。

 

「あぁ……どうやら、私の体の一部が変質してしまったようで。ありていに言えば帝具と混ざった(・・・・)というべきでしょうか。心配せずとも、帝具の使用を抑えれば時間経過で普段通りに戻るでしょう」

 

遠く離れた革命軍基地でタツミにも起こった現象が、今アリィにも起きていた。

瘴気を噴き出す箇所は瘴気と同じ黒に染まっている。

その箇所というのが顔の半分や、腕。これらはかつてイルサネリアの奥の手”生存獣(ライフ)”を発動させた際に変化した箇所だ。

 

もともとイルサネリアはその性質上、アリィの思考をもとに悪意を判定する瘴気を生み出すため首輪の内側につけられた棘からアリィとは常につながった状態にある。

そこへ奥の手が発動したことによって、アリィの体はすでに半分帝具と混ざった状態にあったのだ。レオーネの帝具であった百獣王化ライオネルの変身能力は、それを前提とした帝具であったがゆえに安全対策も施されている。しかし、アリィの帝具にそんなものはなかった。さらに言えば意識すらイルサネリアの危機察知能力にゆだねるなど、融合の深さはライオネルよりも深い。

 

ではなぜ、奥の手を使ってから時間がたった今になってアリィが帝具と混ざる事態となったのか。

それはアリィの精神状態の悪化と連続した瘴気放出にある。

 

普段日常でもイルサネリアは瘴気を放出させているが、目に見えるほどではなくわずかな量。しかし、アリィの意思によって濃度の高い瘴気を発生させることが可能である。この時は黒い霧のごとく瘴気は目に見えるものとなって現れる。

ワイルドハントと激突した時でも、アリィが瘴気を広範囲に発生させた回数はさほどではない。しかし、アリィは公開処刑の裏で革命軍などに襲撃を行った時、何度も広範囲への瘴気を発生させている。イルサネリアの使用頻度が多かったこの時期に、ただでさえ革命が迫り精神的負担が大きかったアリィにマユモが彼女を激昂させるような事態を引き起こした。

 

結果、「より大量の瘴気が必要である」「大量の瘴気が必要であるほど使用者が危険である」とイルサネリアはアリィの体へ侵食し、奥の手によって侵食が大きかった部位を変質させた。

イルサネリア……もっと言えばその材料となった危険種・パンデミックの細胞に。イルサネリアの瘴気たる細菌が爆発的に繁殖できる環境に。

 

「帝具と混ざる……あ、アリィ! そなたの体は無事なのか!?」

「健康上は問題ありません。お心遣い感謝いたします、陛下」

 

皇帝にとってはアリィの体に悪影響が出るのではないかと心配になったが、オネストは逆に大きな危機感を持っていた。

今実際に目にしてはっきり理解した。彼女が作り出す瘴気の量が、明らかに増えている。

そしてそれ以上に、それを何とも思わずに殺戮に利用したアリィの精神状態が普通ではない。

 

「なぜこのような殺戮をあなたが……アリィ殿……まさか、私たちまで殺すつもりなのですか……?」

 

自らの切り札である、オネスト自身の帝具。帝具を破壊するアンチ帝具、絶対制限イレイストーン。

アリィが正気を失ったのなら、彼女を止めるため頭に装着しているその帝具を使用すべきかと思ったが……そんな気持ちは抱いた瞬間に消え去った。

無理もない、頭によぎった次の瞬間には彼女の目がこちらを射抜いていたのだから。

 

(発動が間に合うわけがない……使おうとしたその瞬間、私は殺されるっ……!!)

 

ガタガタと震える体。

しかしまだ、彼女には言葉が通じる。だからこそ最後の悪あがきとして対話しようとした。

それに対し、アリィはやれやれといった様子で質問に答える。

十人以上を殺したことなど、仕方のないことだと言いたげに。

 

「……なぜと言われても。マユモ様によって勝手に私を通さず部隊を動かされたのですから。革命を前にした今、帝具使いを含めた貴重な戦力を勝手に使われてはたまらないんですよ……わかりますか? わかりますよねオネスト大臣? あなたは他の無能とは違いますよね? 自分の計画を邪魔される苛立ちがあなたにはわかりますよね? だったらわかってくださいオネスト大臣。私のことを無視してそんなことをする者などいらないではないですか。私のことを顧みない人間なんて私を死に追いやるだけではないですか。策もなく? 計画もなく? 危険にさらされて私が納得できるとでも? 納得できるわけないでしょう! 私がこういう人間だということを理解しておられますよね? だからこそ私がイルサネリアを使用できるのだということはご存知の通りです。ねぇ、オネスト大臣。別に私だって帝国の人間を皆殺しにしようだなんて思っておりません。私は革命を止めたいんです。でもその邪魔をする人間なんて必要ないとは思いませんか? 思いますよね、そう思いますよねぇ!! だったら殺しても問題ないとは思いませんか? ただでさえ彼らは他者にすがるだけの無能にすぎません。帝国の未来も考えれば、能力のある人間すら殺そうとは思いませんよ。でもそうじゃないんです。能力はないのに権力はある、そんな人間邪魔でしかないとは思いませんか? 使いやすいというのは確かにあるでしょう。でも邪魔です、邪魔なんですよ。何も考えず勝手に権力だけ使ってこちらの邪魔をする、そんな者を殺して何が悪いんです? 悪いんですか? 私が悪いんですか!? 私はただ死にたくないだけなんですよ! それすら邪魔する彼らがっ! いてどうなるというんですか! えぇ、私はただ暗殺部隊に命令を出せる者の中でも、勝手に動きそうなものや裏切りそうな者を消しただけなんです。あるいは邪魔をしようとした者を消しただけなんです。仕方ないではないですか。すでにマユモ様という前例がいたのですから。失敗です、迂闊でした。こんなことになるならさっさと消しておけばよかったっ!! でも、せめてもう一度同じようなことにならないようにすることはできます。邪魔をするような者は先に整理しておくことができます。オネスト大臣もそう思うでしょう? 私は自分ができることを、すべきことをしただけにすぎません。宮殿内を混乱させたことについては大変申し訳ございませんでした。ですがどうかわかってください、私は、私は」

 

はぁ、はぁ、と呼吸を荒げるアリィ。

止める間もなく濁った目で話し続け、突然叫び、突然静かになる彼女に対してオネストは完全に言葉を失っていた。

 

「私は、死にたくない」

 




最後の場面を書く作者。

作者「…………」

字数を見る作者。

画面を見る作者。


アリィの狂気が字数どころか作者のプロットまでも突破しました。
こんなはずじゃなかったんです、次回はクロメの決闘に突入!って言えるはずだったんです。


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第51話 約束したって死にたくない

誰もが黙り込んでいた。

瘴気をまき散らしながら不安定な様子で己の感情を吐露したアリィを前に誰も動けない。

誰も口を開けない……かに、思われた。

 

「アリィ」

「!」

 

濁った目が、震えながらも毅然とした目で彼女を見つめる声の主へとむけられた。

彼は……皇帝は、知らなかったアリィの姿を前に、震えながらも語りかけた。

 

「余の臣下が……そなたを苦しめてしまったのだな? 追いつめてしまったのだな」

「はい。おっしゃるとおりです」

 

陛下ぁ!? と叫びたいオネストだったが、先ほど向けられた狂気を前に彼は口を開けなかった。

しかし、アリィが皇帝に対し何も手出しをする様子はなく、また自分にも危害を加えられる様子はなかったため静観する。

今のアリィを止められるのなら、内心子供と嘲笑っていた皇帝にすらすがりたい状況なのだから。

 

一歩一歩、皇帝は瘴気の中アリィへと近づいていく。

もし彼がアリィに対して悪意があれば、今この瞬間に死んでいただろう。

しかし彼は倒れない。だからこそ、アリィは黙って彼を見つめている。

自分に危害が加えられないなら、アリィが皇帝に手を出す理由はないのだから。

 

「すまない」

「…………」

「すまない……すまないアリィ……余がもっと臣下を統制できていれば……」

 

皇帝はただ、自分がふがいないせいだと言って涙を流す。

その様子にアリィは、正直なところ何と言えばいいのか言葉に迷った。

アリィに言わせれば、確かにアリィを追い詰めた一因となったのは皇帝の臣下たる内政官……だが、その責が皇帝にあるとまでは思っていなかった。

彼らのような俗物は、皇帝が何と言おうと自分の都合で動いていただろう。事実、アリィが殺した人間のうち、何人が皇帝を本心から敬っていたというのだろうか。

 

もっとも、皇帝からしても自分のせいだと己を責める理由はあった。

革命が迫って心に余裕がなかったのは、なにもアリィだけではない。

革命という皇帝への反抗。それは皇帝自身にも、「自分の統治が間違っていたのだろうか」と疑問を抱かせずにはいられないものだった。

 

「陛下。あなたの責任ではありません。あなたが負い目を感じる必要など」

「だがっ! 余は……アリィに……そんな顔をさせたくはない……」

 

自分の足を引っ張るであろう人物を殺し続け、それに何も思うことなくただ狂気に身を任せていたアリィ。

一部から瘴気が溢れるその顔には、感情というものが抜け落ちた冷酷なまでの無表情しかなかった。

濁った目を向けられて皇帝は確かに恐怖した。しかし同時に、そんな目をアリィがしているという事実がただ辛かった。

 

「もう、やめてくれ……これ以上、そなたが変わり果てる姿を見たくない……」

「……私、は」

「アリィさん!」

 

言いよどんだアリィの元へ、今度はエスデスに状況を聞かされ、慌てて戻ってきたクロメの声が届いた。

彼女に続いて暗殺部隊の面々も顔を見せる。しかし……その数は、アリィが記憶しているよりも明らかに減っている。ましてや、リーダー格であったカイリの姿が見えないのは明らかにおかしい。

 

そのことに気付いたとき、やはり自分は間違っていなかったと確信する。

大きな戦力を失ったのだ、自分の足を引っ張るような輩は

 

「アリィ」

 

手を握られる。

またも感情が暴走するところだったが、皇帝が手を握りしめたことによりアリィの思考が戻ってきた。

 

「もうよい。そなたがこれ以上苦しむ必要はない」

「ですが、私の邪魔をするような者を残しておくわけには」

「ならば余に言ってくれ。余は皇帝だ! 臣下が帝国の邪魔をするというのであれば皇帝たる余がそれを止める義務がある。アリィが手を汚す必要は……ないのだ」

 

約束する。だから、と涙ぐむ皇帝を前に、アリィもいくらか落ち着いた思考で考える。

そもそも、この時点ですでにあらかた排除すべきと目をつけていた人間は殺している。これ以上感情に任せて自分が暴れては帝国内部にも敵を増やしてしまう。それはアリィの望むところではない。

 

当初の目標を達成していること、そして皇帝の必死な説得。

自分で手を下さずとも、まだ気になるようであれば皇帝に陳情すれば済むというのなら……これ以上暴れる理由はない。

 

「わかり、ました」

 

体から瘴気が放たれなくなり、自然とすでに周りに存在していた瘴気も霧散して薄くなっていく。

黒く染まりかけた姿から元に戻っていたアリィは、それでも変わらぬ濁った目のまま頭を下げる。

 

「もとより、真っ先に排除すべきと考えた人間はあらかた処理しました……これ以上は、皇帝陛下やオネスト大臣に委ねます」

「そ、そうですか! ええわかりましたとも、私からもアリィ殿が不利益を被ることがないよう動きましょう」

(もっとも、まだ邪魔をするような輩が生き残っていればの話ですが……)

 

アリィが落ち着いたと見るや、ここぞとばかりに声をあげ自らがアリィにとって有益な存在であることを印象付けようとするオネスト。打算はもちろんあるが、それ以上にアリィが再び今回のような暴走に陥ることは大いに避けたい。本当に死ぬかと思ったのだ。

 

こうして、ようやく宮殿での騒動は幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

暗殺部隊の襲撃があった翌日。

ナジェンダは、食事中の会話を思い出しながら静かに煙草の煙を吐き出していた。

今夜、アカメがクロメと会う。アカメが革命軍に入るとき、条件として出されたのが「妹のことについてのみ、可能な範囲でわがままを通させてもらう」というものだった。

ナジェンダとしては今がその条件を満たす時だと思っていた。彼女と戦うか、和解するか。まず説得は不可能だろうとは思っているが、どちらになろうとナジェンダにアカメを止める気はなかった。

 

革命軍は、アカメがクロメの面倒を見るならクロメの罪を問わないと決定もしている。

一時は標的として定められていたクロメであったが、彼女一人が戦局を大きく左右するとは思えないし、革命終了後生き残っていても、その罪を不問にすることが認められるほどアカメの働きは認められている。

 

(しかし……問題はタツミだ)

 

ナイトレイドに入ったばかりのタツミなら、きっと反対していただろう。

「姉妹同士が殺しあうなんておかしいじゃないか」と騒いだだろう。事実ウェイブはそのようなことを口にしている。

しかし、今回ナジェンダの話を聞いてのタツミの返答は違った。

彼は「アカメが決めたなら、どんな結末になろうと力を貸す」と答えたのだ。たとえ殺し合いになるとしても、そうなるならば受け入れる、と。

 

(これは大人になった……ということではないだろう)

 

また、大きく煙を吐き出す。

顔を上げれば、空には曇りない青空が広がっていた。その明るさにわずかに目を細めながら、ナジェンダは思う。

 

こんな時代は、早く終わらせなければ……と。

 

 

 

 

 

タツミとアカメは、外で二人、地面に腰をおろしていた。

アカメがクロメに会いに行くにあたり、タツミもついていく、と持ち掛けたのだ。

もちろんアカメは反対したが、タツミとしてはアカメの邪魔をする気は一切ない。むしろ、邪魔をさせないために同行するのだと言う。

 

「相手が一人で来るとは限らないだろ? クロメはその気でも、誰かがついてくるかもしれない。そうなったら俺が排除してやるよ」

「タツミ……」

 

アカメは、戦うなと言われたのではないかと聞く。

タツミは公開処刑の戦いの後、革命軍の医者に診察してもらったところ、インクルシオが彼の体を侵食していると告げられた。帝具の使用は、最大でも3回が限度であり、それ以上は体を乗っ取られてしまうだろうと。

だが、それでもタツミは必要ならばインクルシオを使うつもりでいた。

 

「もし今回その一回を使うとしても、何の悔いもねえ。帝具持ちの医者が4回は持つって判断したんだ。まだ戦える力があるのに、それで仲間にまた何かがあったら、俺は……」

 

目が覚めたとき、知らされたスサノオとマインの死。

自分を助けるために、そして自分が意識を失っている間に二人が死に、自分は何もできなかった……。

特にマインは、タツミと互いに想いを伝えた相手だ。彼女がいなくなったことは、タツミに大きな喪失感を与えていた。

 

だからタツミはアカメに協力する。

もう一人何もできないでいるのはごめんだと。たとえ己の命を削るような行為でも、何もできないでいるよりは仲間のために戦ったほうがよっぽどマシだと。

 

彼の決意を聞かされ、アカメは儚げな笑みを浮かべる。

立ち上がると、腰に下げていた村雨を抜き、タツミに見せる。

 

「この村雨には奥の手がある。今の私には使えないが」

 

さらにアカメは続ける。

この妖刀の奥の手を使うには人間を捨てなければならないと教わった。

 

「斬って斬って斬り抜いて……心が鬼になったときに使えるのではないかと私は解釈している。その時は、近いのかもしれない」

「えっ……」

 

ウェイブに言われた言葉がアカメの頭によぎる。

「どんな事情にせよ、妹を斬ることが救済になると言ってるお前はどうかしている」。彼の言葉はアカメの胸に深く刺さった。

もちろん、今夜会うときに最後の説得をする心づもりではある。しかし、説得できなければ、彼女を救う手段として「斬ること」を選ぶ自分は……ウェイブの言う通り、心が鬼に近づいているからこその考えではないのかと。

妖刀を振るう自分もまた、恐ろしい存在になっているのではないかと思ってしまう。

 

「だから、タツミ。もし私の心が鬼になったら、妖刀に取り憑かれてしまったら……その時はもうナイトレイドの標的だ。お前が私を斬ってくれ。ナイトレイドに討たれるなら、本望だ」

 

一切の迷いない目で、万が一の時は自分を討てと頼むアカメ。

彼女の言葉に驚いた様子を見せるも、僅かに笑みを見せる。

自分にばかり約束させるなと、彼からもアカメに頼む。

 

「じゃあ俺からも頼みがある。もし俺がタイラントに乗っ取られちまったら、俺が竜になったら、アカメが斬るんだ。……仲間に討たれるなら本望だよ」

 

本当にどうしようもなくなったら、その時は……と二人は約束する。

もちろん、何事もなければそれでいい。そうならないように全力で頑張ろうと語るタツミに、アカメは微笑んで頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らは、気づいているのだろうか。

互いに自分を殺せと躊躇なく言えることは、決して平常ではないのだと。




たくさんの評価、感想、ありがとうございます。
今回はいわばつなぎの話となりますが、削るわけにもいかない話。次回はいよいよアカメとクロメの決闘となります。

そして、決闘の話をもって第4章も終わり。
その後はついに最終章へと入ります。最終章に入る前にはいつものごとく後書きにて章予告しますので、どうぞお楽しみに。


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第52話 わがままだけれど死にたくない

案の定長くなりそうだったので、予定より早めの投稿。
そのぶん、次話も早めに出せるはず


ウェイブの部屋にて、ウェイブとクロメは二人静かに向き合っていた。

荒れ狂うアリィが沈静化した後、クロメはウェイブの部屋を訪れたのだが……その顔には、深い悲哀が浮かんでいた。

 

「……そっか。残念だったな」

 

革命軍への急襲任務に失敗したうえ、カイリをはじめとして多くの仲間の命が失われたことをクロメが話し終えると、ウェイブは一言ねぎらいの声をかけた。

それでも、クロメの顔は晴れない。

 

「でもふがいないよ。無茶な命令でも成功させたかった。そうすれば、私たちはもっと認めてもらえたのに……」

 

アリィは自分たちが無謀な作戦に投入されたことについて怒ってくれた。それは嬉しい。

しかし、裏を返せば……「その任務をお前たちが成功することはできない」と信用されていなかった、そうとることもできる。

敬愛する彼女に認められていなかったという事実。それがつらかった。

 

しかし、その暗い顔がウェイブにとっては別なものを思わせた。

暗く濁ったあの目。

それはまるで、どんどん追い込まれ、ついには暴走したアリィのようで。

ウェイブはクロメを抱き上げると、ベッドに寝かせとりあえず休めと告げた。

 

毛布もかけ、あんなことがあったのに寝られるわけがないと駄々をこねるクロメをなだめる。

マイナスなことを考えていても、事態は好転しない。だからまずはゆっくり休んで気持ちを落ち着けてほしかった。

 

「なんなら漁村に伝わる子守歌を聞かせてやろうか?」

「え、ウェイブの? 下手すぎて私が気絶してしまう意味での……子守歌?」

「なんだよそれ! これでものど自慢大会で鐘二つだったんだぞ!」

 

鐘二つって微妙だねと笑うクロメ。

ウェイブもまた、馬鹿にするなよーと笑ってクロメの頭をなでる。

そのとき、ふと手に違和感を持って視線を動かす。

 

 

 

 

 

 

尋常ではない数のクロメの髪の毛がからみついた、自分の手に。

 

 

 

 

 

「~~~~~!!」

 

目にしたものに言葉を失い、愕然とした表情になる。

ウェイブの変化に気づいたクロメは、ついに気づかれたかと憂いた笑顔で彼から顔をそむける。

あまり彼のつらい顔を見たくなかったから。

 

「私も……もう……時間、なくなってきちゃったなあ」

「そ、そんなこと言うなよ!」

 

たまらずウェイブは立ち上がる。

クロメの体は薬によって深刻な状況にある。それはアカメとの話を聞いて知っていたことではあった。

けれども、まさかすでにここまで進行しているとは……思わなかったのだ。

そして、そのことをすでに知っていたうえで受け入れているようなクロメの態度に納得できなかった。

 

「決戦が終われば薬を抜いて部隊を抜けていいだろ、いっぱい頑張ったんだから! 治療に専念すればいい、いろんな医者に診せるから!」

 

しかし、その言葉は彼女には届かない。

彼女は、薬を抜かないととっくの昔に決めているのだから。”通知”が来たその時から、最後まで戦う道を選んだのだから。

 

「もう、薬の使用は継続するって決めたんだ……私は、最後まで戦う。アリィさんに認めてもらうにはそれしかないから……」

「お前は薬を抜いても十分強いって! アリィさんが戦力外だって言っても俺が雇ってやる!」

 

雇いもしよう。

世話だってしよう。

医者にだって診せよう。

だから、頼むから……

 

「頼むから……生きる方向に目を向けてくれよ……っ」

 

悲痛な声で漏らすウェイブの言葉に、クロメはただ沈黙で答える。

しかし、起き上がるとウェイブが止めようとするのも聞かずにベッドから出る。

そろそろ、時間が迫っていた。大事な約束の時間が。

 

「実はこれからお姉ちゃんに呼び出されているんだ。一対一で」

「!!」

「お姉ちゃんを八房で斬って連れてくるね」

 

そのままウェイブの横を通り過ぎ扉へと向かうクロメ。

彼女の言葉に、ウェイブはアカメとの会話を思い出し、クロメの言葉が何の偽りもない本心だと確信する。

そして……たとえクロメの望みであっても。

その望みに応えるわけにはないと、扉を背に彼女の前に立ちふさがった。

 

「ダメだ。行くな」

「どうして……? 仲間でしょ?」

「仲間だから止めてるんだ。行くならせめてアリィさんや隊長に知らせて、皆で行くぞ!」

 

お前は俺が守る、とウェイブは譲らない。

血を吐くような彼の叫びに、クロメは嬉しいような悲しいような、複雑な笑みを浮かべた。

 

 

そして唐突にウェイブ、と呟くと……彼に、自分から口づけをかわす。

 

 

お互いが一瞬の時を長く感じる。しかし、あっけにとられたウェイブに対しクロメは冷徹に彼の腹へと拳を入れる。

 

「がっ……」

「ごめんね。仲間なら、お姉ちゃんのことだけは私の好きにさせて。一対一で決着をつけたいんだ」

「クロ……メ……」

 

立ち上げることができずうめくウェイブの目には、クロメが背を向け、部屋を出ていく姿が映っていた。

 

クロメはそのまま部屋を出ると、薬と八房を持ち、上着を羽織る。

最後に、アリィへ向けたメッセージを机に残す。

彼女にはずいぶんと世話になった。もちろん姉を斬り戻ってくるつもりではあるが、場合によってはそれもかなわないだろう。だからせめて、メッセージを残しておきたかった。

自分の勝手な行為のせいで、暗殺部隊の仲間を罰しないでくれと。

 

すべての用意を終えたクロメは、薬を口にすると宮殿を出て闇へと消えた。

 

 

 

 

 

 

帝都近郊・ギヨウの森。

帝都近くにありながら薄暗いこの森の奥は、危険種の生息地と知られ民は近づかなかった。

そしてそれ故に……闇の部隊を育成する拠点としては、好都合であった。

 

「お姉ちゃん!」

「クロメ」

 

今では廃墟と化したがれきの一つに、クロメは座って姉が来るのを待っていた。

アカメが到着したことで、クロメは純粋な笑顔を見せる。

これから殺しあうとはとても思えないほどおだやかな空気の中、二人は横に座ってクロメの持ってきたおかしを口にする。

 

クロメはもう一人気配があることに気付いたが、アカメはそれが仲間だと断ったうえで、彼が決闘には一切手出しせず、むしろ自分たちの邪魔をする相手を排除してくれると説明した。

クロメとしても邪魔が入らないのならそれでいい。見届け人のようなものかと納得した。

 

二人は思いだす。

共に高めあった日々を。大変な毎日だったけれども、それでも二人一緒で楽しかった日々を。

 

だが、それはもう過去の話だ。

 

「これからも一緒にいてよ、お姉ちゃん」

「いいぞ。お前が私と来てくれれば、ずっと一緒にいられる」

 

こんな話、それで解決すればどれだけいいか。

 

「駄目だよ。証明しなきゃ。私たちがいかに強いか、使えるかを! 私たちは帝国で戦わなきゃ!」

 

どろりとした目で返答するクロメ。

むしろアカメが戻ってくるべきだとクロメは説くが、戻れないのはアカメも同じだ。

だからこそ、二人の激突は決定的なものとなる。

 

「クロメ」

「お姉ちゃんは、妹や仲間よりも志をとったんだ」

 

しかし、クロメにとってはそんな姉が愛おしい。

民のためにと行動する真面目な彼女こそ、クロメが愛した姉なのだ。

許せない。でも大好き。

大好き。でも許せない。

 

「許せないのに大好き……頭の中ぐるぐるだよ」

 

だからこそお姉ちゃんは他の人には斬らせたくないとついにクロメは刀を抜いた。

対するアカメも、覚悟を決める。彼女の言う通り、志をとった時点でこうなるとわかっていたはずだから。

超強化薬を飲んだことで強くなっているクロメに、揺らいだ心では決して太刀打ちできない。

 

「戦うなら容赦はしない……クロメ。お前を”葬る”」

「スイッチ入れてくれたね。嬉しいよ……」

 

互いが刀を構え、緊迫した空気が辺りを満たす。

すでに刀を抜いて構えたこの時点で戦いは始まっている。

いつ踏み込むか。どう刀を振るか。そのすべてが駆け引きとなる。

 

「お姉ちゃんを斬ればずっと一緒にいられるだけじゃない……私たち(非選抜組)の存在を強く認めさせることができる」

 

いくよ、お姉ちゃん。

来い、クロメ。

 

互いが同時に踏み出し、相手に向かって刀を振るう。

姉妹の激突が、始まった。

 

 

 

 

 

 

「くそっ……どこだクロメ!」

 

ウェイブは一人、宮殿を飛び出していた。

目的は、もちろんクロメを止めること。

 

(隊長は軍議、アリィさんは今クロメが飛び出したなんて伝えて刺激するのは危険……! 俺が何とかするしかねぇ!)

 

彼女はこれからアカメに会う、といっていた。

遠くに行ったとは考えられず、どこか近場で戦っているとしか思えない。

 

走りながらも四方八方に目を配り、些細な音にも耳を澄ませる。

轟音でも爆発でも、なにか手がかりがないかと必死で感覚を研ぎ澄ませながらウェイブは駆ける。

 

(どこだ……クロメ……!)

 

 

 

 

 

 

一方。

ようやく落ち着いてきたからと部屋を出たある侍女が、暗殺部隊の具体的な被害について確認しようとクロメの部屋を訪れる。

ドアをノックするが返事がない。

イェーガーズが集合するような話はなかったはずだと思いながらも、何か嫌な感じが止まらない。

 

彼女の帝具には、危険を察知するために第六感を強化するという副次能力がある。

あくまで帝具の能力ではなく、素材となった危険種の能力が使用できているに過ぎない。

しかしこの能力があるが故に、彼女は己の第六感については信用している。

 

危険というよりはただ、嫌な予感。

しかし無視することもできないと彼女は部屋の扉を開く。

 

暗く、誰もいない部屋には薬のケースも帝具たる八房もない。

しかし、机の上にまるで誰かにあてた手紙としか思えない紙が置かれている。

 

「……何です、それ?」

 

いつの間にか背後に降り立った新たな戦力(・・・・・)の言葉には答えない。

この人物はつい先ほど、荒れ狂った折に自分を止めようとするも返り討ちになった人物だ。彼女を殺す気はなくあくまで止めようとしただけだったため、命を落とさずには済んだ。

その人物を、彼女は利用することにした。カイリが死んでシャンバラが残されたことはすでに聞かされており、シャンバラも返還されていた。

だからこそ、シャンバラの新たな使用者が必要だったのだ。

 

「あっ、放置ですねっ!」

「黙っていなさい」

 

彼女の冷徹な視線を受け、もう一人の人物は命令通り黙り込む。

邪魔者が黙り込んだことで、彼女は残された手紙を手に取ると、目を通す。

 

「…………」

「…………」

 

手紙はそう長いものでもない。この部屋の主が、万が一戻れなかったときに備えての伝言しかないのだから。

そして、その伝言は届けたい者へと確かに届けられた。

手紙を読んだ、彼女は……

 

グシャッ!

 

何も言わずに、手紙を握りつぶした。




次話で、アリィ慟哭編は終わります。


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第53話 許されないから死にたくない

この結末は、当初期から……それこそ、第1章を書いているときから決まっていました。
なので一番、思い入れのある話です。


「どうして帝国を裏切ったのお姉ちゃん!」

「私が信じた正義は帝国にはない……民のためだなんて、全部噓だった!」

 

アカメとクロメの刀が激突する。

つばぜり合いになってすぐ互いが距離をとるが、正直アカメは驚いていた。

なぜならば、一つには受け止めた時に感じた彼女の力が今までの比ではなかったこと。

そしてもう一つは八房の能力を起動させなかったことだ。

 

しかし驚いている暇はない。

すぐにクロメが距離を詰め、再びアカメへと八房を振るう。

若干苦しそうな顔で受け止めたアカメとは対照的に、クロメの顔には笑みが浮かんでいた。

だが、その目は薬で血走っていることがアカメにはわかった。

 

「それでお姉ちゃんは、顔も知らない人達のために仲間や私を裏切ったの!? 私たちよりも大事だったの!?」

「くっ……」

 

そのまま繰り返される数々の太刀筋。

お互いが相手へと刀を振るい時にフェイントを仕掛け、相手の攻撃をいなす。

どちらも譲らぬ攻防であったが、押しているのはクロメだ。

彼女自身、驚きはあったがそれは歓喜へと変わる。

 

斬り合いの末、ついにクロメの一閃がアカメを捕らえた。

斬られた彼女の腹部から血が流れる。アカメにとっては幸運なことに深い傷ではない。

だが、もしこれがアカメの持つ村雨によるものであったら……彼女は、ここで死んでいた。

 

「すごい力……今の私なら、お姉ちゃんを倒せる!!」

 

超強化薬。普段使用しているものよりもさらに効果の高い薬をクロメは服用している。

……もっとも。この力はあくまで今だけのもの。

強い力には、当然相応の代償があるのだから。この薬物とて後に大きな副作用をクロメにもたらすだろう。

 

「私は勝つんだ、絶対に……私は!」

 

再び両者が地面を踏みしめ、刀を打ち合うもやはりアカメが一閃を受け、後ろに下がる。

クロメの力が予想以上に強化されていることを受け、アカメは妹に向け戦闘方法を変えると宣言した。

アカメの帝具は一斬必殺・村雨。その名のごとく、一度斬れば相手に呪毒が流し込まれ、命を奪う。

ようするに一回斬ればそれで相手を殺すことができる帝具だ。

 

普段彼女は、この強力な帝具をあくまで普通の刀として扱い、敵を殺すときは首などといった急所を狙う。

これは帝具の力に頼らず、己の技術を鈍らせないようにするためだ。

村雨の効果に頼って地力が落ちればいつかは死ぬ。今の時代はそう甘い時代ではない。

 

「だが……今は土壇場だ。一斬必殺。存分に帝具の力を頼る」

 

刀を構え、一段と目つきをするアカメ。

自分の脅威を認めてくれたことはうれしいが、クロメとしても少々やりづらくなる。

今までのように急所を狙った攻撃ではなく、どこでもいいからかすらせて村雨の能力により決着をつけようとするのならば、なりふり構っていない分クロメには分が悪い。

 

「だったらこっちも使うね……八房!」

 

そこで、クロメもまた己の帝具を発動させる。

前回の襲撃でアカメに死体人形を数体破壊されたが、危険種など即席の死体人形で数を埋めている。

また、ロマリーでの戦いにも使ったナタラとドーヤは健在、さらに帝具使いの死体人形であるランもいる。

 

まずは即席の死体人形たちがアカメに向かって突撃するも、腕や足を切断され動かなくなる。

死体には村雨の効力はないが、腕や足を切断することによって行動はできなくなる。

更に今度はナタラ、ドーヤがアカメを狙う。

 

「……葬る!」

 

アカメにとって、ナタラはかつての仲間だ。

しかしもう、ドーヤ共々度重なる戦いの結果すでにボロボロの状態であるということがアカメにはわかっていた。

だから……もう眠らせてやるとアカメは刀を振り下ろした。

一閃。そしてもう一閃。

二回の斬撃によりドーヤの足、そしてナタラの右腕が切断され、他の死体人形と同じように倒れ伏す。

 

続いて残った死体人形と、空に飛びあがったランによる羽の攻撃がアカメへと向かう。

アカメは以前、キョロクにおいて偵察に出ていたランの攻撃を受けている。そのため、羽の攻撃はすでに硬度・速度共に経験済みであった。

故に。

 

「すでに知っている攻撃だ……対処できるように鍛錬してきた!」

「な!」

 

飛んできた複数の羽を次々に打ち落とすどころか、さらには跳ね返して見せる。

跳ね返した羽は死体人形の脇を抜け、まっすぐにクロメへと向かう。

慌てて八房で切り裂いたクロメであったが、その隙をついてアカメがクロメの元へと踏み込んでいた。

勢いの付いたアカメの攻撃にクロメは防ぐことが精いっぱいで、後ろへと体勢が崩れる。

その隙を狙い、アカメは必殺の一撃を振り下ろして……

 

「なっ」

「ラン……」

 

クロメを守らんとしたランの背中によって防がれる。これは自分を守れとクロメが指示したものではない。

命令する暇はなかったのに……死体となった彼は、かつての仲間であったクロメを守って見せた。

さらに、ナタラも片腕を失って立ち上がれないのにもかかわらず、腹ばいになってクロメへと向かう。

その二人の姿に、クロメは何を思ったのだろう。

 

「二人ともありがとう……もう動くのきついでしょ。あとは私がやる」

 

泣きそうな顔をしたが、顔を上げると帝具の能力を解除する。

八房は死体人形を最大8体操るという、戦闘において数の有利をもたらす帝具であるが、その反面操る死体人形が多いほど本体であるクロメの戦闘能力は低下する。

なので、帝具を解除して自分に力を戻したのだ。帝具を使わせたのが、姉の策略だと気が付いて。

 

「村雨の威嚇は、私に八房を使わせるためのものだったんだね」

「今の死体人形の面子なら、たとえ8体いてもお前の動きが鈍っていたほうが戦いやすい」

 

唯一、帝具使いであるランは厄介と言えば厄介であったが……彼の戦闘能力はすでに経験済みである以上、対策を積んだアカメとは違い、ランはそれより上の攻撃をしないとアカメは踏んでいた。

それは正しい。死体は成長しない……八房の弱点の一つである。

 

「だったらやっぱり。私が直接お姉ちゃんを倒す!」

 

再び始まる刀と刀のぶつかり合い。

しかし、先ほどとは戦況が全く違う。目に見えないほどの打ち合いの中、段々と対応が遅れていったのはクロメの方であった。

 

(動きが鈍い……っ!?)

「八房の発動で、体力を急激に消耗しすぎたな」

 

刀の打ち合いの中で、突如アカメに蹴りを入れられる。

不意打ちに対応できなかったクロメはそのまま体勢を崩し、その隙にアカメが攻撃を仕掛ける。

一度は防いだ、しかし二度目は……

 

「クロメぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

月を背に、突如一つの影が二人の決闘に乱入する。

グランシャリオを装着したウェイブだ。彼は決闘に乱入しさらにはアカメへと攻撃を仕掛けようとしたが、突如横からの攻撃を受け吹き飛ばされる。

 

「決闘を止めに来たんだろ、ウェイブ。二人の邪魔はさせねーよ」

 

ウェイブに攻撃を仕掛けたのはインクルシオを装着したタツミであった。

回数制限があるとしても、彼はアカメの思いを遂げさせるためなら帝具の使用をためらわない。何より、ウェイブという男は帝具もなしに止められるほど弱い男でもない。

 

「どけっ! 俺は二人を止めるんだ……」

「行かせねえ!」

「どかないなら、どかすまでだっ……!」

 

二人の拳が激突し、あたりに強い衝撃と風がふく。

身体能力を強化する鎧の帝具、その二つが激突したのだ。その衝撃はアカメたちが同じく帝具である刀を激突させた時よりもはるかに大きい。

 

「クロメは……俺が守る!」

「そのクロメ自身が! 戦いを望んでるんだよ!」

 

止めたいウェイブ。止めたくないタツミ。

二人の意見は真っ向から対立し、ぶつかり合いという名の殴り合いになる。

しかし……グランシャリオと違い、タツミのインクルシオは公開処刑時の戦いで遥かに強化されている。それこそ、タツミを侵食しかねないほどに。

ウェイブの拳を受け止めたタツミは、腹に一撃を入れた後、さらに攻撃を回避してから顎に鋭い一撃を放つ。

 

「があああああああああああっ!!」

 

吹き飛ばされるウェイブ。

そのまま落下し、地面にたたきつけられるがタツミはあえて追撃はせず彼を見つめていた。

仲間のことを思うなら思いを遂げさせるのが筋だと言い、立ち上がるなら標的じゃなくても討つとウェイブを牽制する。

 

一方、ウェイブはタツミの強さはここまでかと血反吐を吐くも、諦めることなどできなかった。

その彼の視線の先に映ったのは……かつての仲間、ラン。

すでに八房の能力は解かれ、もう動かないランの元へウェイブは震える体を引きずりながら近付いていく。

飛び上がった姿を見つけたからこそ、この場所を見つけられた、彼の元へ。

 

(甘えてばかりで悪いけどよ……もう一つだけ頼みがあるんだ、ラン)

 

ウェイブが立ち上がった姿を見て、ならば容赦はしないと駆けるタツミ。

だが、彼はすでに……必要なものを手にしていた。

 

(マスティマの力を……俺に貸してくれ!!)

 

帝具・同時使用。

最大の禁忌とされたそれを、タツミすら驚く中グランシャリオの背にマスティマの翼を生やし、上空へと飛び上がる。

これならクロメに届く。

そのまま、武器を用意し構えたタツミへと、ウェイブは最大の攻撃を放った。

 

「グランフォール……フリューゲルゥゥゥゥゥ!!!」

「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

二人は激突し、辺りには先ほど以上の衝撃で爆風が起きた。

 

 

 

 

 

 

息が荒くなったクロメ。体を動かそうとすると、その体には激痛が走る。

戦う力もなく覚束ない様子のクロメに、アカメは静かに声をかけた。

 

「戦いの前に使った薬が強すぎたんだろう。ピーク時は私を凌駕したが、もうその反動が出て力が下がってしまっている」

 

もう剣を置け。決着は着いた。

 

彼女の言葉に、クロメは首を振る。

そんなことは認められない。自分はまだ戦えるのだと。薬物が入ったケースを取り出し、さらに口に運ぼうとする。

これ以上はクロメの命に関わる。焦った顔のアカメがもうよせ! と叫んだその時

 

「もうお前は、これ以上戦わなくていいぞ」

 

ウェイブがその手から薬物を奪い、握りしめて砕く。

仲間なら邪魔しないでくれと言うクロメ。そんなの嬉しくないと首を振る彼女だったが、ウェイブはその言葉を認めない。

確かに仲間としてお前を止めるとそう言った。しかし、今の彼の気持ちは違う。

 

「俺はお前のことが好きだ……だから止める」

「……え?」

 

クロメを抱きしめ、ウェイブは自分の想いを告白した。

クロメが別れ際にしたキスで彼は自分の本当の気持ちを自覚したのだ、と。

だから彼は、戦いを抜けクロメの治療に専念したいと言う。

その言葉を、アカメは攻撃することなく、受け入れるように聞いていた。

 

「だめだよウェイブ……そんなの、許されないよ……」

「いい。お前は頑張った。俺は許す!」

「なっ……」

 

何を一方的に、というクロメだったが、ウェイブは譲らない。

戦いを抜けるとは言ったが、革命軍に入る気はウェイブにはない。彼が選んだ選択は、戦いを降りる。どちらにも与せず、逃げるという選択。

彼の言葉を、クロメは何かを探すように手をさまよわせて聞いている。

 

「アカメ、この戦いから手を引いてくれないか。そしてクロメを俺にくれ! 必ず幸せにする!」

「クロメは誰よりも、何よりもかわいいからな。クロメ。こんなに言ってくれる人がいるんだ。すべてはお前次第

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ガリッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アアアアアアアアアアッッ!!」

「くっ!」

 

アカメの言葉を遮るように、クロメの刀がアカメを襲う。

咄嗟に村雨で受け止めるが、突然の防御だったうえに、さらに超強化薬を摂取したクロメの力に対抗するのはかなりきつかった。

 

「クロメ、お前っ!」

「あはっ、アハハハハはハハはは!!」

 

ウェイブが止めようとするが、突如クロメが笑い声をあげたことでその手が止まる。

完全に目が血走り、まるでアリィのように目を濁らせたクロメは攻撃を繰り返す。

何かを振り払うように……本当の気持ちを抑え込んで、振り払うかのように。

 

「さすが、()仲間(みんな)を裏切ったお姉ちゃんだね! 私に裏切れって言うの!? 帝国を抜けろって言うの!?」

 

駄目なんだよ、と彼女は繰り返す。

それだけは絶対に認められない。

ウェイブが止めようとしてくるが、その手すらも八房を振って拒絶する。

もちろん切り落とすようなことはなかったが……その一閃は、ウェイブに大きな衝撃を与えた。

 

「なん、でだよ……どうしてっ……」

 

悲痛な声をあげるウェイブ。

アカメとクロメの戦いが再び始まり、互いに刀を振るってぶつけ合う。

八房を大きく振りかぶりながら……血走った目で、クロメは、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウェイブが許しても……アリィさんが許さない(・・・・・・・・・・)!!」

 

 

 

 

 

 

 

刀を振るいながら、クロメは叫び続ける。

薬で無理に力を得て、無理に動かすその体で。

 

「私がアリィさんのために戦えば、アリィさんはみんな(非選抜組)を守ってくれる! 私が帝国を抜けるような真似をすれば、きっとアリィさんは許さない! ウェイブは知ってるでしょ! アリィさんが私たちを勝手に動かされただけで、どれほど怒り狂ったのかを!」

 

彼女の言葉通り、きっとアリィは許さない。

一人が裏切るような真似をすれば、全員を殺すかもしれない。殺すようなことはなくとも、今後は今までのように庇護することはないかもしれない。すでにマユモの前例があったからこそ、ウェイブとクロメはその可能性を否定することができなかった。

 

剣戟の中、無理をしたせいかクロメが僅かに隙を見せる。

その瞬間……二人は刀を構え、互いにつきつけるように交差して……決着した。

 

「……お、ねぇ………‥ん……」

 

八房が空を切った一方、村雨は深々とクロメの体を貫いており。

クロメはアカメに抱かれるようにして、静かに目を閉じていった。

 

「……あ……」

 

クロメの死を目の当たりにし、膝から崩れ落ちるウェイブ。

悔しかった。悲しかった。

彼女を止めることも、救うこともできなかった己の無力感にひたすら打ちのめされていた。

 

「俺は……俺はクロメに……何も、してやれなかったっ……!」

「お前はここに来てくれた。クロメへの気持ちを伝えてくれた。…‥十分だ」

 

クロメの亡骸を抱き上げ、立ち去って行ったウェイブの背中を見届けると、アカメもまた、しゃがみこんだ。

愛する妹を、止めることはついにできなかった。

自分の手で彼女を殺したという事実に震える彼女に、タツミは肩に手を置いて気持ちを押し殺さなくていい、と静かに言う。

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

後には、妹を殺した姉の慟哭が響いていた。

 

 

 

 

 

 

「そうですか。クロメさんも、そしてウェイブさんも戻ってないと」

「どうやらそのようですねー。で、アリィさん……ひっ!」

「報告は聞きました……用がないなら下がってください」

「はいっ!」

 

ぞんざいな扱いだが、冷徹な視線を浴びせられた上にぞんざいに扱われて喜ぶ彼女を追いだした後、アリィは一人部屋に立ち尽くす。

クロメの手紙を見た時は正直やり場のない思いが胸に渦巻いていた。

彼女の気持ちは理解しよう。決着をつけたかったのだろうしアカメを殺すチャンスでもあっただろう。

 

ガン! と壁を叩く音が部屋にだけ響く。

 

だが……だが、戦力を失った以上、納得できるわけがないっ……!

 

「もう、革命が始まる……」

 

革命は止めようがない。

戦力だって大いに減った。しかし、エスデス将軍や彼女の用意した奥の手、そして大臣が温存している至高の帝具とやらがまだある。

決して、勝てない戦いではないのだ。

ならば、革命を止めるまでのこと。それしか、アリィに道はない。

 

「私は死にたくない……ただ平和な日常が欲しかったのに、ただそれだけだったのに、どうしてっ……!」

 

今の帝国でも、アリィはきっとそれなりに平凡な人生を送ることはできただろう。

そしてそれこそ、アリィが求め欲してきたもの。

たとえ両親から逃れられなかったとしても……すでに手遅れとなった自分には、もう関係のないことだ。

 

「全て革命軍のせいだ……革命なんて、私には必要ないっ……私を否定する未来なんて必要ないっ!」

 

革命を起こして、帝国を変える必要性など今のアリィには存在しない。

何より、革命軍が、ナイトレイドが自分を否定したのだ。

ならば革命が成功した後に、自分の未来があるとは思えない。

 

「私は死にたくない……何があろうと、死ぬわけにはいかない……生きて絶対に……絶対に……」

 

 

 

 

終わらせるっ……!

 

 

 

 

 

 

クロメ、死亡。

イェーガーズ 残り二人。




革命が、始まる。
帝国と革命軍、持つもの全てを用いての激突。

この時代を終わらせるために。
この時代を終わらせぬために。
どちらが勝ち、どちらが負けても、時代が動く。

誰もが生きたいと願っている。
誰もが生きたいと願っていた。

死を恐れた少女にとって、生きることもまた死の恐怖が続くだけの地獄でしかない。
それでも、彼女は死にたくない。

生きて革命を終えることが、彼女にとっての救いとなるのか。
死んで恐怖が消えることが、彼女にとっての救いとなるのか。

彼女は誰かを救うのか。誰かが彼女を救うのか。



次話より、最終章……「アリィ救済編」開始。



生きることが救いなのか。死ぬことが救いなのか。

――戦いの果てに、救いは、あるか。


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アリィ救済編
第54話 革命が起きるとしても死にたくない


「……ん」

 

朝日が昇る中、ウェイブは目を開けた。

アカメとクロメの決闘が終わった後、ウェイブは見晴らしのいい丘の上にクロメの亡骸を埋葬した。

彼女を埋め、墓石がわりの石を用意し、彼女が持っていたお菓子の入った袋を石の前に置く。

 

その時点ですでに深夜となっており、ついウェイブは肉体的にも精神的にも疲れ果てていたことからそのまま眠りこけてしまったらしい。

起き上がると、全身に痛みが走る。木に寄りかかって寝るという無理な体勢で寝たせいもあるだろうが、一番の理由は帝具の同時使用だろう。

 

グランシャリオとマスティマ。二つの帝具を持ったままここにいるが、ウェイブはどうしてもすぐ帰る気にはなれなかった。

頭の中に、別れ際のアカメとの対話を思い出す。

 

『俺は……これからなんのために戦えばいいんだ……?』

『覚悟がないなら、武器をとるな。戦っていいのは、覚悟のある者だけだ』

 

自分にとっての、戦う理由。

愛する人を守れなかった自分に、いったい何が守れるというのだろうという迷い。

そして……クロメが最後に言った言葉もまた、ウェイブが帰ることをためらう理由の一つであった。

 

『ウェイブが許しても……アリィさんが許さない!!』

 

クロメは、自分の言葉が届かないまでに、アリィのことを大事に思っていた。

いや、むしろアリィに依存していたというほうが正しいのだろう。彼女は言っていた、仲間を守ってくれるのはアリィであり、だからこそ自分はアリィのために戦うのだ、と。

まるで狂信者のごときクロメの姿。それがウェイブに恐ろしい疑念を抱かせる。

 

「……くそっ」

 

信じたくはない。

信じたくはないが……クロメやその仲間たちは、アリィに縛られていたのではないだろうか。

オネストがやっているような、恐怖と権力で縛り付ける支配ではない。

相手を助け、自らを狂信的なまでに信用させるまるで甘い毒のような支配。

思い出してみれば、初めてイェーガーズが集合したあの時もクロメはアリィに対して好意的だった。

つまり……あの時からずっと、アリィはクロメを精神的に支配していたのでは……

 

アリィは、いったい何を考えていたのだろう。

彼女は、クロメのことをどう思っていたのだろう。

それを知るのが恐ろしくて……今まで信じてきたものがさらに崩れ落ちそうで……ウェイブは帰れなかった。

 

情けないな、と自嘲しながら後ろを向くと、そこにはクロメの墓がある。

自分のこんな様子を見て幻滅しただろうな、とウェイブは寂しそうに笑う。

クロメの墓に近づくと、すでにもうここにはいない彼女に語り掛けるように、ウェイブは己の胸の内を吐露した。

 

「俺は軍人だ。軍人は民を守るために戦う……そう信じて俺は戦ってきた。なのに、俺は一番大事な存在(お前)を守ることができなかった。散々俺が守るだなんて言っておきながら、何もできなかった……」

 

その挙句がこのざまだ。

 

「俺は今……何を守ってるんだろうな……」

 

ウェイブの声が、静かに朝の森に溶けていく。

彼の心からの問いに、答えてくれる者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

宮殿内の練兵場では、いよいよ革命軍の総攻撃がくるということで、エスデスがこれまでに準備していた戦力が皇帝やオネストに披露されていた。

皇帝の横にはアリィもいるが、彼女はすでにこの存在を知っていた。

 

「おぉ……これは」

「兵力が足りないなら無から用意するとは……いやはや、さすがはエスデス将軍ですなあ」

 

彼らの前に並ぶのは、氷で作られた兵士たち……「氷騎兵」。

エスデスが毎日少しずつ作っていただけあり、その数はアリィがかつてイェーガーズの集まりで見せられた時とは比べ物にならない。

 

一方、この光景におののいていた者もいる。

それは、総攻撃を前に最後の情報収集のため宮殿に潜り込んでいた革命軍の密偵たちである。

もともと以前から「氷騎兵」の情報はこの場にいる仲間の一人からあがっていた。しかしその段階ではあくまで氷による兵隊が用意されているらしい、という概要に過ぎなかった。

 

つまり……今彼らが目にしているほどの数がいるとは、知らなかったのだ。

 

「まさか、帝国にまだこんな力が……」

「この数はまずい。ただでさえ我々の戦力は予定より少ないというのに」

「そ。やっぱり氷騎兵についてある程度は知ってるよねぇ」

「「「!!?」」」

 

全員が驚いた顔で振り返る。

潜んでいた彼らの後ろに立っていたのは一人の女性。

密偵のうち、男性二人が相手へと襲い掛かるが、女性は軽やかな身のこなしで、一瞬で二人を地面にたたき伏せる。

最後に残った密偵の女性のほうを見るが、彼女は震えて動かない。

 

密偵たちをたたき伏せた女性の名はスズカ。かつてロマリーにてボリックの護衛として集められた羅刹四鬼の、最後の生き残りである。

スズカにやられた男たちは、戦闘でかなう相手ではないと判断し、即座に逃亡を選択する。

彼らの任務は戦闘ではなくあくまで情報偵察。ここで戦うという選択は愚かな行為だ。

 

「逃げるぞ! お前もはやく……えっ」

 

震えて動かない女性を引っ張ろうと手を伸ばしたとたん……これまで動かなかった女性が俊敏な動きで隠し持っていたナイフを密偵の首に走らせる。

何が起こった、と思考が停止したもう一人も、後ろから身体操作により爪を伸ばしたスズカによって胸を貫かれ、そのまま絶命した。

 

「すごいですね、これが羅刹四鬼の身体操作……初めて見ました」

「君も今の動きは鮮やかだったけどねー。何、暗殺部隊でも十分やっていけたんじゃないの?」

「いえいえ。私は体がもちませんでしたから……技術だけは体が覚えていた、それだけです」

 

スズカと、そして革命軍側であったはずの女性の密偵がケラケラと笑う。

腕を振るうと、革命軍の密偵の姿からクロメたち暗殺部隊に似た学生服を着た少女へと姿を変える。

隠密部隊に所属し、アリィより与えられた帝具・ガイアファンデーションの使い手たるメイリーだ。

 

「こいつら見逃さなくてよかったの?」

「氷騎兵の情報はすでに流してますから。必要以上に情報を流す必要はありませんよ」

「ふーん。ま、アリィさんも承知ならそこまで考えなくてもいいか」

 

あの人マジでやばいもん、とスズカはつぶやく。

実は彼女、アリィが宮殿にて暴走した際に鎮圧するために命じられて彼女に襲撃をかけるはずだったのだが、攻撃を仕掛ける前の時点で「あ、これは無理だ」と悟った。悟らざるを得なかった。

なにせ気配を消して近づいたはずなのに、しかもまだ距離が明らかにあるはずなのに、彼女の視線はスズカを射抜いていた。おまけにその傍らで貴族や兵が何もできずに死んでいった。

 

仮にも羅刹四鬼だ。戦うことができればたいがいの相手には勝てると思っている。

だがアリィは違う。アリィはそもそも、戦いになることすら認めない。向かってくるものはただ彼女の帝具によって殺される。

故に彼女は降伏した。

彼女曰く、決してその時の視線だけで殺されるかと思ったあの感覚にときめいたわけではない。

 

裏で革命軍の密偵達が殺されたことを知ることなく、皇帝はエスデスが見せる氷騎兵に見入っていた。

しかし同時に悔しくもあった。彼女が見せるような力など、自分にはない。

革命軍が迫る中、帝国を、そしてアリィを守る力が自分にはないと。

 

「素晴らしいなエスデス将軍。余にも、何か力になれることがあればいいのだが……」

「おぉぉぉぉ! さすがは皇帝陛下、そのような慈愛あふれる高潔さ、このオネストただただ感服するばかりでございます……」

 

皇帝の言葉に涙して頭を下げる……演技をするオネスト。

もちろん、頭を下げるその内心ではもくろみ通りだと笑っている。

表情を厳しいものに変えると、オネストは革命軍を葬るための”具申”をする。

 

「では陛下には……”あれ”を使っていただきたく」

「……っ! やはり、使うのか……」

「至高の帝具。皇帝陛下のみが許されるそのお力を……今こそ振るう時なのです!」

 

皇帝はアリィの方に視線を向け……そのあと、静かにうなずいた。

自分が、守らなくてはならないと。

 

その後、廊下を一人歩くオネストは満足そうな笑顔を浮かべていた。

皇帝が至高の帝具を使うことを決断した以上、こちらの勝利に限りなく近づいた。

さらに氷騎兵、そしてそれを操るエスデスがいる。

 

(かかってきなさい反乱軍……歴史に残る、大量殺戮をなしとげてあげます……!)

「オネスト大臣」

「!」

 

背後から、突然声をかけられる。声の主は、先ほど何も言うことなく皇帝の横にいた人物。

ゆっくりと振り返ると、アリィがじっとオネストを見つめていた。

 

「何か、用ですかな?」

「至高の帝具……どのようなものかはだいたい知っています。大臣は、あれを皇帝陛下に使わせるのですね?」

「えぇ、そうですとも。アリィ殿は反対なのですかな……?」

 

やはり知っていたか、とオネストは内心舌を巻く。

考えてみれば、彼女は直接聞いたわけではないがドロテアを殺した可能性が高い。ならばその時に至高の帝具について何か情報を聞いていてもおかしくはない。

さらに言えばあれはかなり強力な力を持っている。巻き込まれることを恐れるなら使用に待ったをかける可能性も……

 

「構いませんよ。革命軍を葬るのであれば、必要なことです。徹底的に、何万人と殺すことになろうが知ったことではありません。存分に消し飛ばしてしまえばいい」

「おやおや……反対なさるのかと思って一瞬冷や汗をかきましたよ」

「ただし」

 

予想外の肯定に、オネストの頬が緩む。

反乱軍を滅ぼすためならばどれだけ殺そうとかまわないと言い切る彼女はやはり自分と同じ側の人間だ、とオネストは思ったが、アリィは一言だけ、彼に釘を刺す。

 

「余計なことだけは、しないでくださいね」

「えぇ、えぇ。わかっております」

 

 

 

 

 

革命軍拠点には緊迫した空気が流れていた。

ついに、革命軍は悲願であった革命を起こす。すべてを成功させ、国を変えるのだと息巻いている。

そんな中、生存者は残り三名となったナイトレイドもまた、緊張の中にあった。

 

「ではこれより、最終標的を確認する!」

 

革命にあたり、絶対に殺さなくてはならない人間。平和な時代を作っていくためには邪魔でしかない、これまでの帝国で数多く人々を苦しめてきた外道たち。

 

大臣オネスト……帝国を腐らせてきた、諸悪の根源。

エスデス将軍……戦乱を好む魔人であり、彼女がいる限り平和な時代は帝国には訪れない。

サイキュウ……暗殺部隊設立をオネストに進言したオネストの補佐。

 

「この三人だけは、絶対に葬らなくては虐げられた者たちの怒りが収まらん……!」

「ボス、ドウセンなどはどうした?」

 

アカメが疑問を口にする。本来なら、もっと多くなるかと思っていたのだ。

だが、本来この中に入っただろう人間……ヨウカン、コウケイ、ドウセンはすでにこの世にはいない。

 

「彼らは先日……アリィによって殺された。何があったかはわからんが、密偵の報告によると宮殿で内政官がアリィを怒らせた結果、アリィが足を引っ張りかねないと判断したものをことごとく粛清していったようだ。彼女も追い詰められている、ということなんだろう」

「……アリィ、か」

 

タツミにとっては複雑な存在だ。

タツミはイェーガーズ、というかエスデスに拉致されていたころ、アリィと対面して直接言葉を交わしたことがある。

最初はただの侍女だと思っていた。しかし自分の正体を見抜かれたりロマリーでの凶行を見たりした後では……彼女の恐ろしさを思い出すだけだ。

 

「ボス。アリィは最終標的には入らない、ということでいいのか?」

 

アカメの言葉に、ナジェンダはやはり聞かれるかと息を吐く。

正直、ナジェンダとしても彼女についてどう判断するかは迷った。アリィによってレオーネやチェルシーは殺されたし、ラバックやマイン、スサノオが死んだのも元はと言えばアリィがラバックとタツミを捕らえたことが発端である。あの捕獲作戦は裏でアリィが動いていたのだと知ったときは、すべてが手遅れだった。

 

故にナイトレイドにとって、アリィは天敵ともいえる。

だが……それでも、ナジェンダはアリィを絶対に殺さなくてはならない標的とはカウントしないことにした。

 

「ああ。もちろん殺せるようであれば殺して構わん。しかし、彼女を優先するよりもこの三人は何としてでも消さなくてはならない。新しい時代を作っていくためにも邪魔な存在だからだ。その点からするとアリィは放置してかまわん。私たちは革命を、帝国の打倒を優先するんだ」

「「了解」」

 

とはいえ。アカメの心の中にはうっすらと不安が渦巻いていた。

オネスト、エスデス、サイキュウの人相書きに加え……横に分けるように置かれた、アリィの人相書きをじっと見つめる。

 

(本当に……本当に、アリィを止めなくとも革命は成功するのだろうか……?)

 

 

 

 

 

様々な人の心が渦巻く中、すべての舞台は整った。

もはや流れを止めることは不可能。

革命が、始まる。



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第55話 弱者であっても死にたくない

「同志たちよ! 今日、我々は歴史を変える! 腐敗しきった帝国を打倒し、民のための、新しい国を作るのだ!」

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

指揮官であるナジェンダの声に、革命軍の兵士たちからは大きな声が上がる。

革命軍の数は当初予定していた人数ほどではなかった。アリィの策により協力を断った有力者の助力はその大半が再び取り付けることはできなかったが、それでも革命軍は今、帝都を包囲している。

 

その軍勢を、帝都を囲む壁の上から見る三人の人影があった。

 

「フ……圧巻だな」

「いやー、アリィさんが戦力が減るように細工したはずなのに、それでもワラワラいるもんですね」

 

一人はエスデス。これから始まる戦いに高揚が止まらない生粋の戦闘狂。

もう一人は、エスデスの連絡役として任命されたスズカである。

見渡す限りの敵という光景にエスデスは喜びを覚えていたが。一方で本来ならもっと多かったのだろうと思うと落胆する気持ちもある。

 

「まったく……どこぞの誰かが余計なことをしたせいで人数が減ったのは興ざめだな」

「余計な事、ですか?」

 

ジロリと睨みつける三人目……アリィの視線など気にも留めないエスデスは、その通りだとうなずく。

彼女は自分が絶対的な強者であると理解している。故に兵力が多かろうと自分なら蹴散らして見せる。それが彼女の考えだ。

確かに、相手の戦力を削ることは立派な戦術の一つだ。

しかし……一人で大勢を打破できる彼女にとっては、アリィのしたことは「弱者の思考」にすぎなかった。

 

「お前がしたことはしょせん革命を止めるでもなく、戦力の一部、それもあったところで特別戦局が変わるわけでもない、数だけの戦力を削っただけだ。その程度の小細工にすがるのはしょせん弱者の思考だ」

「えぇ。弱者の思考です。それが何か?」

 

だが、アリィにとっては「弱者の思考」という言葉は嘲りにもならない。

彼女は自分が「弱者」であると十二分に理解している。本来なら蹂躙するのではなく蹂躙される側であることを理解している。

だから彼女は策を練る。

 

「小細工、弱者のやり方、大いにその通りですとも。勝つために策を弄し、勝つために仕込む。当たり前の話ではないですか」

「ふん。そんなもの、私には」

「必要ないとでも? ろくに勝てないあなたが、そんなものなぞ必要ないと言うとはおかしな話です」

「……なんだと?」

 

「ろくに勝てない」などと言われて黙っていられるエスデスではない。

しかし。アリィは、ただの一度も、「エスデスが勝利した姿」を見たことがない。

それもまた事実なのだ。

 

「ロマリーではあなたはナイトレイドの策にはまり、分断された挙句何もできませんでした。キョロクでは結局護衛任務に失敗していましたね? 闘技場の戦いでも、結局ブドー大将軍が死んだ挙句ナイトレイドを取り逃がしているではないですか」

 

確かに彼女はただの一度も敗北していない。スサノオを破ったのもエスデスだ。

だが、彼女は最終的にはナイトレイドに勝利することができていない。敗北はなくとも、完全な勝利はただの一度も果たしていない。

 

「もう戦いは始まりました。今更あなたが勝つために何かを準備する時間もないでしょうが。今までと同じ考えで挑むというのならどうぞ一人で自滅してください。私を巻き込まないところでご自由にどうぞ」

「私がいなくて帝国が勝てるとでもいうのか?」

 

アリィの言うことが気に食わず、エスデスは自分が負けるときは帝国は終わりだ、と暗にアリィを追い詰める。

確かにエスデスは帝国にとっては大きな戦力である。それは紛れもない事実であるし、アリィだって彼女の力の大きさを理解している。

ただ。

 

「”はい”。確かにあなたは強いですし、貴重な戦力です。ですが……あなたが負けても帝国は勝てる。私は勝てる」

 

あなたの力に依存なんてできるわけないでしょう? と胸に手をあてたアリィは答え、エスデスの力に頼らなくても自分は勝つと言い切って見せる。

今までの準備はそのための仕込みでもある。どうせ仕込むなら徹底的に仕込む。たとえエスデスという戦力が失われようとも自分が負けることだけは、死ぬことだけはないように。

 

「ほう……随分と言うものだ」

「死なないために必死なんですよ、私は」

 

外からは何やら声が聞こえる。

次の瞬間、彼女たちに向かって大砲が撃ちこまれるが……それらはすべてエスデスの氷によって相殺された。

大砲が撃ちこまれたことにより、アリィの表情が僅かに歪む。さらに、彼女の顔や腕が黒く染まり、そこから瘴気があふれ出す。

 

「私が死なないためならば、戦場にだって立ちましょう。必要ならば、人間であること(・・・・・・・)すら捨てましょう」

「そういえば、臆病な貴様がよくもまあこんなところに顔を出したものだ。今更ながら何が目的だった?」

「布陣を確認しておきたかったんですよ……もう充分です。スズカさん、例の場所に飛ばしてください」

「はいよっ!」

 

スズカが袖口から出したシャンバラをアリィに向け、アリィはその場から消失した。

動き出した革命軍に対し氷騎兵を差し向けながら、エスデスはアリィに対しては珍しく歓喜を顔に出していた。

 

「ハハッ、人であることすら捨てるとまでいうのか……。革命軍の次は、人を捨てたあいつと戦うのかも一興かもしれんな……!」

(あぁ、嬉しそうで何より……)

 

エスデスの嬉しそうな、氷のように冷たく笑う顔に被虐趣味のスズカは恍惚を覚える。

さらにもう一つ、彼女の心には「納得」があった。

当初、アリィに対しては不思議に思っていた。別にアリィに対して、帝国を裏切るなどといったそのような心配はまったくしていない。ただ、アリィと関わって日が浅い彼女はアリィの行動を疑問に思ったのだ。

 

かつて彼女に襲い掛かろうとしたときに味わった、殺気とは別の悪寒。「これ以上踏み込めば死ぬ」という、生物としての根源的な恐怖。本来なら感じるはずの殺気が感じられないだけに、今までにない恐怖を感じさせ、スズカの被虐心を躍らせたものだ。

そんな彼女の行動原理は、「恐怖」だったはずだ。死にたくない、という言葉はこれまでに何回も聞いた。

しかしだからこそ疑問に思っていたのだ。

 

(そんなに怖いなら、他のお偉いさんみたいに宮殿とか安全なところに隠れればいいのにねー)

 

彼女がシャンバラでアリィを転送した先は、宮殿でもなければ隠れ場所でもなんでもない。

死を恐れるはずの彼女がなぜそこに行くのだろうか、とはマーキングを命じられた当初からずっと疑問に思っていた。

だが……アリィの去り際の言葉を思い返せば。今では納得がいくのだ。

 

彼女は死を恐れている。そしてアリィは、革命は自分の命を脅かすものだと認識している。

かつて彼女を殺そうとした革命軍が国を支配することになれば、きっと自分は殺されると。自分の持つすべてを奪われたうえで命すらも奪われるのだと。

 

だから……彼女は本気で、それこそどんなことをしてでも、この革命に抗おうとしている。

彼女は言った。「死なないためならば、戦場にだって立つ」と。

矛盾した言葉のようにも思われる。しかし違う、違うのだ。

アリィにとっては……まったくもって、矛盾した言葉ではないのである。

 

 

 

 

 

戦闘は激しくなっていた。

エスデスが一人で革命軍の砲撃を退けたことを受け、革命軍は危険種を操る帝具による、危険種戦力を投入。

一方で帝国も、同様の帝具で空中を警護させていた危険種たちを呼び寄せ、革命軍の危険種と戦わせる。

人間だけでなく、危険種までもが乱戦を繰り広げていた。

 

「ははは! これぞ最終決戦にふさわしいセレモニーだ! 盛り上がってきたところで本格的に始めようか、氷騎兵、突撃!」

 

危険種のぶつかり合いにより激しさを増す戦場に、エスデスは喜んで笑う。さらに、自らがこの決戦のために少しずつ用意してきた戦力……氷騎兵をここで投入した。

数こそ革命軍に劣るが、その力は一騎で何人もの兵士を薙ぎ払えるほどのものだ。

ゆえに、数で劣れども革命軍にとっては十分な脅威となる。

しかし、氷騎兵が革命軍に迫る中、一人の人影が氷騎兵の前に飛び出す。

 

「インクルシオォォォォォォォ!!」

 

竜の鎧をまとったタツミが、瞬く間に氷騎兵を二体、手にした武器で切り刻んだ。

タツミの活躍に革命軍は喝采を上げるが、一方でタツミは内心冷や汗をかいていた。

瞬く間とはいっても、実際に戦ったからこそ分かることもある。

 

(こいつら、一体一体がかなり強い……気合い入れていかねえとやばいな)

 

革命軍と帝国軍、最初のぶつかり合いはこうして危険種と氷騎兵の登場により、まず帝国側が人間以外の戦力によって革命軍を攻撃していくことなる。

もちろん、この攻防の裏で、ナジェンダはひそかに指示を出し、少しずつ次の行動に向け布陣を動かしながらも的確に氷騎兵に対処している。

だが。ナジェンダはまだ気づいていなかった。

この場に帝国の兵士が来ない、本当の理由に。

 

 

 

 

 

宮殿・最上階。

オネストと、杖を手にした皇帝は至高の帝具を目覚めさせるためその場にいた。

 

「伝令によると、エスデス将軍たちは敵をよく防いでくれているそうです」

「おお、さすが将軍だな!」

 

これからやろうとしていることに少々気後れしている様子だったが、オネストの言葉を聞いて顔を輝かせる。

しかし、それだけでは弱いと感じたオネストはさらに言葉をつづけた。

 

「アリィ殿も、敵を押しとどめるのに尽力しておられるようですが、万が一のことがあってはたまりません。彼女たちがふんばっている今こそ、皇帝陛下にはできることを、その準備をしていただきたいのです」

「今の余にできること……至高の、帝具」

「はい。偉大なる皇帝の血族でなければ至高の帝具は使えません。他の者ではだめなのです」

 

自分の手に、その手に持つ杖に視線をやる皇帝。

その杖こそ至高の帝具を起動させる鍵であり、ひいては皇帝自らが力をふるうことになる鍵でもある。

だが。だが、今はエスデスや兵士、そしてアリィが自分の代わりに敵の攻撃を防いでいるのだ。そう考えると、杖を持つ手に力が入る。

いつだったか、アリィが質問してきたことを思い出した。

「もし自分が違う親の元に生まれて来たら」。そんな質問をされて、自分が皇帝じゃなかったらと考えたことはあると吐露した。

それでも、自分はこう答えたはずだ。

 

『確かに余は皇帝としての日々に重荷を感じたことはある。だが、父上と母上の息子として生まれたことを余は誇りに思っているし、そうでなければよかったと残念に思ったことは一度としてない』

 

今手に持つ杖は、まさに皇帝としての重荷を象徴するかのように実際以上の重さを感じさせる。

だが。

それでも。

自分は――皇帝。帝国を背負う人間なのだ。

 

「よし!」

 

皇帝は一歩、前に踏み出した。

 

「見ていてくれ……余の初陣を!」

 

決意を固めた皇帝を、オネストはこれでもかとほめはやす。

これから彼がやることに対し、決して疑問を持たないように。

 

「おお……さすが陛下。その勇敢さ、その心! まさに名君の器にございます! 心なしか、後ろ姿も先帝……父君に似てきましたなぁ……」

「……そうか。それは嬉しいことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、その父親を殺したのは、ほかならぬオネストその人なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

(私は何も悪くありません。少しずつ毒を飲ませたというのに気づかない、お人よしの先帝に問題があります)

 

杖を差し込む台座への階段を、皇帝は一つ、また一つと登っていく。

 

「父上は偉大な皇帝だった。母上が後を追って殉死したほどの。余は。二人の子として、恥ずかしくない皇帝でありたい」

 

母親が殉死?

 

(あれは私が無理やり、毒を飲ませて後追いに自殺に見せかけただけですよォ……)

 

台座についた皇帝は杖を差し込む。

次の瞬間、彼の頭の中にあふれるかのように情報が流れ込んだ。

頭に直接流れ込むそれは、至高の帝具の操縦方法、そしてその帝具の力について。

 

「大臣! これは人そのものを滅ぼす兵器になりかねないぞ! 危険すぎる!!」

「ですからっ! 陛下に叡智をもって乗りこなしてほしいのです! 千年続いた帝国を終わらせるわけにはいきません! 帝国を、そして陛下が守りたいものを! 守るためなのです!」

(陛下は私のいうことを聞いていれば大事にしてあげますから……今もこれからも頑張りなさい、グフフフ)

 

オネストの内心に気づくことなく、皇帝はその言葉を受け入れる。

 

(父上……母上……)

 

皇帝の脳裏に浮かぶのは、尊敬する両親の姿。

そして――

 

(どうか余に帝国を、そして……)

 

質問の答えを聞かせたあの時に見せてくれた、少女の笑顔――

 

(愛する者を、守る力を……)

 

少年の純粋な気持ちに応えるかのように。

帝国の切り札である、最悪の兵器が目覚めようとしていた。




「死にたくない」キャラクターの話を、最近いろんなところで見るようになりました。
このサイトでも読みましたし、FGOでもですし。

アリィもまた、死にたくない。
だからこそ彼女が何をしようとしているのか。彼女の心をどう書こうかと悩んでいたらいつの間にか時間がたっていました。

「死にたくないから戦場にだって立つ」
彼女の考え方がこの物語の当初から変化したからこその発言です。


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第56話 勝利を目にして死にたくない

「おかしい……」

 

ナジェンダは襲い来る氷騎兵に対し指示を出しながらも、疑問を持っていた。

革命軍は帝具使いの活躍もあり、少しずつ氷騎兵の数を減らしている。

しかし、倒したそばから氷騎兵はエスデスによって復活し、再び攻撃を仕掛けている。

 

……いや、問題はそんなことではない。

 

「なぜ、帝国軍の兵士の動きが鈍い……?」

 

氷騎兵とともに帝国軍が攻撃を仕掛けてくれば、革命軍としても今以上に苦戦を強いられることになる。

だが、帝国軍は攻勢に出るというよりは……徹底して壁や城門の前に陣取り、誰も通すまいという守備の陣形となっている。

かつては共に帝国の将軍として共に肩を並べたからこそ、今の状況がとりわけ異端なものにみえる。

 

「エスデスのやり方にしてはおかしい。あいつは守備に回るよりは攻勢に出てくるはずだ」

 

しかし、相手がそのように動くのであれば、革命軍側としても動きようはある。

自分たちがいる南側にはエスデスがいる以上、突破は厳しいだろう。

だが、こことは逆の北側なら。そう考えたナジェンダは伝令を飛ばし、この場の部隊の一部を北側の城門を攻める部隊へと合流させる。

もとよりアリィによって予定よりも人数が減っている。ならばその人数をうまく使うしかない。

ここで、ナジェンダはアリィについて思い至る。

 

(……アリィ、か)

 

むしろ、エスデスではなくアリィが指示を出していると考えれば納得できる。

アリィが帝国中枢においてそれなりの権力を持っていることは聞き及んでいるし、彼女にとっては革命軍を倒すことよりも帝国が負けないようにすることを優先するだろう、というのは容易に想像できる。

 

アリィについて、結局ナジェンダは彼女を最終標的とはしなかった。

もちろん、彼女が危険な存在だということはわかっている。事実、彼女によってチェルシー、レオーネは殺され、ラバックもおそらくは彼女が主導したのであろう計画によって捕縛され、死んだ。

ナジェンダとて悔しいものは悔しいのだ。

 

だが、ナジェンダは彼女を排除するリスクと彼女を排除するリターンを天秤にかけた結果……最終標的にはしないと判断した。

まず彼女を排除するリスク。これは言うまでもなく、ついぞ明らかにならなかった彼女の帝具だ。カウンターのような攻撃、そしてロマリーの戦いにおいて、彼女が激高した末にレオーネを殺した方法はいまだはっきりしない。おまけに、おそらくは奥の手であろう、彼女自身が危険種のような姿になる能力も確認された。

能力について、おそらくは精神に作用するものだろうとナジェンダはあたりをつけているが、彼女の能力をかいくぐる方法がわからない以上、彼女を殺すことは不可能だ。

 

一方で排除するリターン。正直、こちらもあまり断言できるようなことはないが……

まず、彼女は帝国の腐敗にかかわっているような人間ではない。そもそも、宮殿で力を伸ばし始めたのもごく最近のことだ。

さらに、エスデスのように闘争を求めているわけではない。むしろ逆、彼女は平穏な世界こそを求めている。ただ、彼女にとっての平穏はあくまで現状であり、現状を打破せんとする革命軍には賛同しないのだろう。ナジェンダはそう考えていた。

だから……革命がなしとげられ、平和な世がくれば、きっとアリィもその平和を受け入れるだろう。

 

(いや、今アリィのことを気にしても仕方がない、それより今はエスデスだ。駒を操作しているだけではきっとあいつは満足しない、いつエスデス本人が出てもおかしくない……)

 

ふと顔を上げると、壁の向こうからわずかに煙が上がっているのが見えた。

帝国の外にいるのが革命軍の全員ではない。

城門を開ける手段は、何も外からだけではないのだから。

 

 

 

 

 

「将軍! 帝都の中から火の手があがりました!」

「あらかじめ反乱軍の密偵たちが入り込んでいたのだろう。民を扇動して中から城門を開ける気だな。まあ、問題はない」

 

え、とスズカの口が開く。

そんな彼女に、エスデスは呆れるように一つの事実を突きつけた。

 

「貴様、あいつの下についてまだ浅いにしてもアリィのことをわかってないな。あいつが、自分のすぐそばまで火の手が上がるような状況を見逃すと思うか?」

「あー……それもそうですね。第一、密偵が入り込んでたっていうならもう動きは多少はつかんでる、か」

「工作はつぶせばいい。 そのための特殊部隊だろう」

 

エスデスが告げたとおり、帝都内部で騒ぎを起こそうとした革命軍の密偵は、暗殺部隊によって殺されていた。

 

「マジで数人騒いでいただけだったな」

「ほら、次いくよ。アリィさんが的確な指示を出してくれてるから、この調子で守ればいい」

 

中心となっているのはメイリーだ。彼女は正確には隠密部隊だが、カイリやクロメといった中心メンバーが相次いでいなくなってしまったために暫定的に指示役として動いていた。

彼女はもともと早期に薬物投与をやめて対処を行ったために体への悪影響が他の者よりは少ないし、訓練を受けていた以上決して暗殺部隊の一人として行動できないというわけでもないのだ。戦闘能力の低い革命軍の密偵を殺すことなど造作もない。

 

彼らを陰で見つめる革命軍の密偵は歯噛みする。

思った以上に陽動がうまくいっていない。まるで、密偵の一部の動きが最初から漏れていたかのような。

事実、革命軍の密偵になりすましていたメイリーが指示役として動いているからこその成果であり、彼女はわかっている範囲での内部工作はすべて潰していった。

 

 

 

 

 

「ふむ。崩すべきところは見えた。氷騎兵の大部分は自動操作にして、私も出陣する」

 

ナジェンダの危惧通り、ついにエスデスも自ら動き始める。

氷の馬を作り出し、軽々とまたがると手には氷の剣を持つ。

 

「ご武運を」

 

スズカに見送られ、エスデスは一気に飛び出すと壁を落下するように駆け下りる。

その勢いで壁がえぐれるが、エスデスは一向に気にした様子はない。

さらに、氷騎兵を新たに作り出して自分に随伴させる。

 

「ハッ、ハハハハハハハハハ!!」

 

エスデスが出てきたことに気づいた革命軍は、声をあげながら彼女へと突撃していく。

しかし、雑兵など彼女の敵ではない。

見る間もなく次々に兵士は斬られ、凍らされ、砕かれる。

そのまま革命軍の包囲を突っ切るように突撃していくエスデスと氷騎兵たちを、目で追うだけで誰も止められない。

道をふさごうと、あるいは横から攻撃を仕掛けた者も片っ端からエスデスは斬り捨てた。

 

「このまま突き崩す!」

 

彼女の猛攻は目立つ。

離れたところにいたナジェンダたちにもエスデスの進撃に気づき、すぐさま指示を出す。

 

「エスデス相手にはまともにぶつかるな! 守備に徹して疲弊するのを待て!!」

 

ナジェンダとて、やられっぱなしではない。

智将とうたわれた彼女は今日この日、エスデスに勝つためにいろいろと考えてきた。

ナジェンダの指示に従って、兵士たちは陣形を築き、用意した強固な盾を前にしてエスデスの道をふさがんとする。

 

「いい動きだ! だがその程度で私を止められると思うな!」

(エスデス……お前自ら暴れると言うことは、氷騎兵の動きは鈍るんじゃないのか? つまり……!)

 

だが、ナジェンダの策はエスデスを止めるだけではない。エスデスが動いたことにより氷騎兵が自動操作となって弱くなっていることをすぐに見抜いていた。

だから彼女は伝令を飛ばしていたのだ。エスデスが南側の革命軍に直接攻め入ってきたら、その隙をついて北門を攻撃し、突破するために!

 

彼女の読みは当たっていた。

北門の守備は薄れ、エスデスの采配がなくなった氷騎兵たちは訓練を積んだ革命軍に倒されるまではいかずとも抑え込まれ、その隙に革命軍が北門を突破することを許してしまう。

北門の前にいた帝国軍の兵士たちも、彼らを食い止めるには力が足りなかった。

 

 

 

 

 

「エスデス将軍! 北の城門が反乱軍に突破されました!」

「ちっ……奴らめ、私の出現で陣形や動きががらりと変わった。あらかじめ想定して訓練を重ねていたな」

 

ならば、とエスデスは視線を軍勢のその先……革命軍総本部へと向ける。

総大将を倒すことで勝利を引き寄せようと言う、彼女らしい強行突破策。何万の兵士が前にいようと、彼女だから選択できる選択肢。

そのまま氷の馬を走らせ、総本部へと突貫しようとしたエスデスは

 

「させるかよぉ!!」

「待っていたぞ、タツミ!!」

 

インクルシオを纏ったタツミによって足止めされる。

氷の馬を砕かれて地面に立つも、喜びに顔を歪めて攻撃を放つ。

闘技場の時とは違う、タツミを認めたがゆえに一切手加減のない全力の攻撃を繰り返すが、タツミもしのいでいた。

インクルシオの能力を限界まで引き上げ、タイラントに侵食されている感覚を感じながらも戦い続ける。

 

(まだだ……まだ……)

 

しかしそのことを知らないエスデスは、刃を交える度に強くなっていくタツミの力に歓喜する。

彼を認めた自分は間違っていなかった、と。

巨大な氷を作り出しても斬られる。

氷の雨を降らせても避けられる。

自分の全力をいなすだけでなく自分にしかける攻撃の一つ一つが重い。そのことに、エスデスは喜びを隠せなかった。

 

「まだいけるだろう! 立て! もっと私を楽しませろ!!」

 

 

 

 

 

 

ゴォォォォォン!!

 

 

 

 

 

しかし、ここで突然鳴り響く銅鑼の音。

エスデスは戦いを邪魔されたことだけでなく、その意味を知っているがゆえにいぶかしげな表情を見せる。

 

「一時撤退の、合図、だと…‥?」

(どういうことだ? 帝都にはせいぜい数か所で煙があがっている程度(・・・・・・・・・・)だぞ? なぜこの局面で撤退する必要が)

 

アリィの指示か? いや、違う。あの銅鑼を鳴らしたのはアリィの指示によるものではない。なぜなら、彼女はあくまで布陣などの立案に口を挟める程度であって、現場での指揮権は持っていない。(・・・・・・・・・・・・・・)

ならば誰の指示か。アリィではない、もっと上の指示だ。

なるほど、と笑みを浮かべ、前に顔をやると、すでに総大将は移動した様子。

これ以上ここにとどまる理由はないな、とエスデスは氷の馬を再び作り出し、その上に乗る。

 

「見事な足止めだったな、タツミ! また後で会おう!」

 

ウォォォォォォォォォォォ!!

 

エスデスが撤退していくのを見て、革命軍が勝鬨をあげる。

エスデスが撤退したぞ、この戦いは勝利だ、とあちこちから声がする。

 

「タツミ、無事か! よくエスデスを抑え込んでくれた」

「なんとか……ね。やっぱ強ぇわ」

「安心しろ、もうこの戦は勝った。今頃退却して守りに回っても遅……い……」

 

自分の言葉にはっとした顔になって口元を抑えるナジェンダ。

そう、おかしいのだ。

 

(そんなことはエスデスが一番よくわかっているはずだ。なのになぜわざわざ撤退した……?)

「お、おい、なんだあれ……」

 

 

 

 

 

 

兵士の一人が指さす先には、絶望のごとき人影が立っていた。

巨大なその人影から一瞬光が見えたかと思うと、次の瞬間革命軍の一部が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ぶわっはははは!! これは凄い! 一撃で敵数千人は溶けましたよ!?」

 

宮殿のテラスで、その様子を見ていたオネストは笑い声をあげる。

人が何千人も死んだというのに、ゲラゲラと腹を抱えて笑いこける。

これこそ、彼が用意していた、帝国側の切り札。

 

「地獄を見なさい反乱軍ども……これこそが帝国の奥の手、はじまりにして頂点である、至高の帝具!!」

 

その名を。

護国機神 シコウテイザー!!

 

 

 

 

 

 

 

帝都北門。

折り重なる骸と絶望する革命軍の前で、一人の少女は現れたシコウテイザーを眺めていた。

 

「ようやく、ですか」

 

確かに城門は突破された。それは間違いない。

門は破壊され、我先にと革命軍の兵士が帝都へとなだれ込んだ。

 

 

 

 

 

 

そして、そこで死んでいった。

 

 

 

 

 

「ここは通れない。あなたたちには。革命軍として武器を手に私の平穏を脅かそうとするあなた達には、通ることなんてできない」

 

門を突破した彼らの前に広がっていたのは、辺り一面を覆う闇のような瘴気であった。

その瘴気は離れたところにいる一人の少女から放たれ、踏み込んだ者たちはその先に少女と並ぶ帝国軍の兵士へと武器を振り上げようとして……自らを斬りつけ死んでいった。

 

もはや、「革命の意思」が、彼女にとっての「悪意」でしかない。

まして彼女の安息地たる帝都に踏み入り武器を振るおうとする。そんな悪意が、程度の軽い衝動で済むわけがない。

 

「北からは入れない。南は至高の帝具が殲滅していく。革命軍にもはや勝機はない」

 

アリィは自らに武器を向けられたことで、ぞっとするほど血走った目を南へ…‥革命軍の本隊がいる南へと向ける。

これでもう革命軍は帝都へと攻め入ることはできない。アリィはそう考えていた。

革命を起こしたというのに、その革命は失敗に終わる。

だから折れてしまえ、屈してしまえ。二度と革命など夢見ぬように。

 

 

 

 

「これで王手(チェック)です、革命軍ッッ!!」



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第57話 余裕を奪われ死にたくない

お待たせしました、最新話をどうぞ。


革命軍へと攻撃が放たれる様子を、アリィを穏やかな表情で見つめていた。

 

「これで……終わる……」

 

革命軍さえいなくなれば、きっと今のような争いばかりの時代は終わる。

当然オネストやエスデスがいれば、平穏が来るとは言えないのかもしれないが……少なくとも、自分が危機を覚えるような事態は大半がなくなるだろう。

思い返せば、彼女が恐怖を覚えたのはザンクやワイルドハントという例外もあるが、大半が革命軍関係のできごとだ。

 

もはや詰みだと、アリィは考えている。

さらに今、彼女が敵を押しとどめていた北門には新たな戦力が到着しており、実質彼女は何も気にすることなく、戦いの終わりを夢見ていた。

 

一方、宮殿では。

 

「将軍が兵士を率いて国の命運をかけぶつかり合う……そのような戦争は、もう古いのですよ」

 

宮殿のテラスにて、悠々と椅子に座って肉をむさぼる男……オネスト。

彼は、安全なところから撃つ指示を出すだけ。シコウテイザーの火力により次々と吹き飛ばされていくその光景を、震えながら双眼鏡で見つめていた。

 

「反乱軍吹っ飛びすぎぃぃ! わ、笑わせに来るなんてずるいですよぉ!」

 

安全地帯でゲラゲラと嗤う。

その顔はまさに醜悪という言葉がふさわしいほどに歪んでいた。人が次々に吹き飛ばされ、死んでいく光景を笑ってみているうえに食事までしているのだから。

しかし、そんな彼は気づけなかった。

 

大きな痛手を受けた革命軍の中で……燃えるような怒りと闘志を秘めた少年が、シコウテイザーを見つめていることに。

 

 

 

 

 

シコウテイザーの登場により、革命軍の間には大きなどよめき、そして絶望がただよっていた。

あまりにも巨大なその姿。

同胞たちを一瞬で吹き飛ばしてしまったその火力。

 

「あんなのと……どう戦えって言うんだよ……」

 

故の、絶望。

これまで彼らは、自分たちの手で戦い、新たな国を作ろうとしていた。

しかし……戦うことのできない相手を前に、彼らの心は折れかかっていた。

そんな彼らに追い打ちをかけるかのように、シコウテイザーの肩からいくつもの光弾が放たれ、天より革命軍へと降り注いでいく。

 

だが、誰もが諦めてしまったわけではない。

 

「万物両断!」

 

女性幹部の一人が手にしたハサミ型の帝具で光弾を切り裂き、味方を守る。彼女が手にする帝具、万物両断エクスタスはかつてナイトレイドに所属していたシェーレが使っていた帝具。すべてを両断できるというその帝具は、光弾すらも切り裂いて見せた。

さらに、別の革命軍の男があらかじめ用意していた大量の水を操り、巨大な壁を作り出すことで光