骨舞う旅路 (ウキヨライフ)
しおりを挟む

プロローグ 第1話:再会

 西暦2138年。12年続いたとあるゲームがサービスを終えようとしていた。
 DMMORPG「ユグドラシル」。
 感覚の一部を投影できる疑似体感型大規模多人数同時参加型オンラインゲームとして一世を風靡した人気タイトルも、流行り廃りの荒波には抗えずその長い歴史に幕を閉じようとしていた。
 全盛期を知るものが見れば憐れむほどの閑散たる接続人数である。

 社会人ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」。
 アバターが異形種のみで構成され、悪のロールプレイで賑わった彼らのギルド拠点「ナザリック地下大墳墓」にはサービス最終日を憂うメンバーの姿があった。

 拠点深部に設けられた円卓には、異形の姿をした2人の人物が座っている。死の支配者(オーバーロード)古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)が、その恐ろしい姿とは裏腹に妙に人間臭い仕草で最後の挨拶を交わす。

「では、モモンガさん。最後までご一緒したかったのですが、限界のようです」黒い粘体がふらふらと頭を下げる。

「いえいえ。明日も早いんですから、ゆっくり休んで下さい。今日は本当に来てくれてありがとうございました」
「――モモンガさんがギルドマスターで本当に良かったです。……思い出深いナザリックを最後に見れて嬉しかったですよ。……では、名残惜しいですがアウトします。お疲れさまです」
「またどこかでお会いましょう」

 エモーションを浮かべた黒いスライムの姿が消える。リアルに帰ったのだ。最後に言いかけたセリフを飲み込み、モモンガは深く息を吐く。

 サービス最終日に集まろうと声を掛けたのは41人。来てくれたのは3人。
 この結果に寂しく思うが納得はしている。12年経ったのだ。元より社会人であれから成功した人も何人もいる。生活があるのだ。現実と仮想の優先順位を間違ってはいけないのだ。

 感傷に浸っていた為かそのログイン通知を見逃したモモンガの耳に懐かしい声が響く。

「! 間に合ったっー!!」
「ぅおっほぅ!?」

「モモンガさん、おひさー」

 そこには円卓に突っ伏しつつも手を振る半魔巨人(ネフィリム)()()()()が居た。
 やまいこは巨人故の大柄な身体をむくりと起こすと円卓を見渡す。種族がら醜悪な外見だが中の人が女性だと知っていると何気ない仕草の中にも女らしさを感じるから不思議だ。

「もしかしてボクが最後かな?」
「お久しぶりです、やまいこさん。さっきまでヘロヘロさんがいらしてたんですけど、明日早いので休まれました」
「くー、ニアミスかぁー。リアルじゃなかなか会えないから挨拶だけでもしたかったのに。あー、事情聴取さえ無ければなぁー」

 残念!と悔しがるやまいこに苦笑しつつ、教師である彼女が事情聴取?と疑問に思う。

「何かあったんですか? たっちさんにでも捕まりました?」
「あははー。それならまだ話も盛り上がるんだけどねー……」とお疲れのご様子。視界の端に映る時計を確認すると、間もなくサービス終了の時間だ。
 モモンガはもっと話したい気持ちを堪え、ユグドラシル最後の予定を伝える。

「やまいこさん、話の腰を折って申し訳ないんですけど、玉座の間に移動しませんか? 最後は悪役らしく玉座で迎えようと思っているんですが、どうでしょう」
「おっけー♪ じゃぁ、最後だしモモンガさんはギルド武器持って完全武装!」

 そう宣言すると、やまいこはモモンガにギルド武器<スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン>を装備させる。
 スタッフから立ち昇る赤黒いオーラに「こんなエフェクトだったっけ?」と感想を漏らしつつ、モモンガと、ついでに廊下に待機していたNPC、執事のセバスと戦闘メイド(プレアデス)たち6人を連れて玉座の間へと向かうのだった。

 最後だからなのだろうか。やまいこはいつも以上に明るく、元気に振る舞っているようだった。


* * *



 玉座の間。
 まさに豪華絢爛。どこまでも高い天井と優しい光を灯す美しいシャンデリア。大理石の床は光を淡く反射し空間に深みを与えている。広間の中央には赤い絨毯が玉座へと伸び、両側にそびえ立つ技巧の凝った柱にはギルドメンバー41人の旗が掲げられている。

 モモンガが玉座に座ると、主人を迎えるべく1人の美しい女性NPCがAIに基づき静かに近づき跪く。黒く長い髪を湛えた白いドレスの淑女で、胸元を蜘蛛の巣を思わせる金細工で飾っている。

「お、この子、アルベドだっけ?」
「はい。たしか階層守護者統括という設定だったかなと。タブラさん作ですね」

 アルベドを眺める2人の視線が頭の角を、腰の翼を確認し、ふとその手元に視線が移ると同時に叫ぶ。

『!? ギンヌンガガプ(真なる無)ッ!!?』

 あろうことかアルベドはその手に世界級(ワールド)アイテムを所持していた。
 ユグドラシル内で頂点に位置する至高のアイテム。オリジナルのアイテムを無限に作り出せるユグドラシルにおいて僅か200種類しか存在しない、それぞれが一点物であるレア中のレア。
 世界級(ワールド)を冠する通り、その秘められた力は世界(ゲーム)を崩壊させかねないほどの効果を持つ。
 故に、世界級(ワールド)アイテムはギルドの共有財産。その持ち出しには複数のギルドメンバーの承認が必要であり、ましてやNPCが所持するなんて在り得ない筈だったのだが――。

 ギンヌンガガプ(真なる無)
 それは対物理攻撃に特化した世界級(ワールド)アイテムである。

「マジかー、タブラさんいつの間に!?」モモンガはコンソールを開きアルベドの装備を確認する。サービス終了間際でとんだサプライズである。

「ま、まぁまぁ、モモンガさん。最後なんだし、大目に……ね?」くー、とまだ納得のいかないモモンガを横目にやまいこはふと思い出す。

「そういえば第五階層の()()()もタブラさんが作ったんだよね? ……この子の設定ってどんな?」

 コンソールで装備欄を覗いていたモモンガはそういえばと設定欄を開き、やまいこにも見えるようにウィンドウを向けて読み始める。

『――なっが』

 それは事細かに書かれたアルベドのキャラクター設定だった。早々に全文を読むのは諦め、軽く読み飛ばしながら画面をスクロールさせていき最後の一文に目が留まる。


「ちなみにビッチである」


『……え?』まさかの罵倒の言葉に目を疑う。

 モモンガは冷や汗を浮かべながら「あー。タブラさんってギャップ萌えだったっけ……?」とフォローを入れ、やまいこ(女性プレイヤー)を窺う。「女の子にこれは……」と本職が教師である彼女はやや呆れているようだ。

 そして2人は目を合わす。
 暫し悩んだモモンガは御免なさいと呟くと、ギルド長権限でその一文を消す。ギルドメンバーがこだわって作ったNPCの設定を断りなく変更する事に抵抗はあったが――。

「許してくれますかね」
「きっと大丈夫。ボクも一緒に謝るから。それにアルベドって種族にサキュバスが入ってるよね? 削っても変わらないような気がするんだけど……」
「そう言われると、そうなのか? 代わりに何か入れます? 改めてギャップ萌えっぽいの」
「んー……」

 モモンガとやまいこは思案する。やはりここはタブラさんのギャップ萌えに準じた方がよいのだろうか……と。

「じゃぁこうしようよ、モモンガさん。アルベドの設定をざっと見るに階層守護者統括・智謀の持ち主で良妻賢母・冷酷で残忍で狡猾で非道。つまり、高い社会的地位とそれに見合う高い知性、女性然とした趣味嗜好に恐ろしい性格を持つ。こ・こ・に――」

 そう言ってやまいこはモモンガの手を取りコンソールを操作する。


『ちなみに甘えん坊である』


「可愛さを追加ってギャップにならないかな?」
「ふ、いいんじゃないですかね。ではこれで決定……と」

 モモンガは変更内容を保存するとコンソールを閉じた。
 気付くとサービス終了まで3分を切っている。

「わわ! もうこんな時間! ほらモモンガさん、動かないで!」
「な!? ちょちょっ! や、やまいこさん!?」

 やまいこは玉座に座るモモンガの膝の上にピョンと飛び乗ると、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)からカメラを模したアイテムを取り出して宙に放る。
 空中で制止したカメラのレンズが二人を捉えると流石のモモンガにも察しがつく。

「こ、これは……流石に」
「最後なんだから気にしない気にしない。ほらほら、カメラ見てー」

 死の支配者(オーバーロード)の膝の上で半魔巨人(ネフィリム)が可愛らしいポーズを取りパシャパシャとシャッターを切る様はなかなかにシュールだ。

「――良し。皆に送ろう」
「え、皆に送るんですか!? 待っ」
「送信完了っと♪ 今度オフ会開いて感想を聞こう」

 グシャリ、とモモンガが崩れる。

「さ、最後の最後でこんな羞恥プレイを受けるとは……」

 ごめんねーと悪びれた様子の無いやまいこの声に、しかしモモンガは感謝していた。最後の最後で楽しい時間を過ごせたと。

 サーバー停止まで――残り30秒。

「ありがとうございます。やまいこさん」
「こちらこそ」

 静かに時間が流れる。――残り20秒。

「楽しい思い出をありがとう。ギルドマスター」
「……はい」

 やまいこはモモンガの様子を窺う。
(この様子なら大丈夫かな……)と。

 静かに時間が流れる。

「では、最後に。せーの!」

 ――残り10秒。

『アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!!』

 ――残り0秒。サーバー停止による強制ログアウト。





「……ん?」
「……あれ? って!? 痛たたた……っ!?」
 予定の時刻が過ぎてもログアウトされない事に困惑したのも束の間、やまいこが何やら痛がるようにモモンガの膝から飛び降りる。

「え、なに? なんかピリピリしたんだけど……」
「……どういう事だ? 負の接触(ネガティブ・タッチ)が通ったのか? フレンドリーファイアが解除された?」
 ユグドラシルの幕引きに水を差され、モモンガは若干苛立ちながらコンソールを開こうとするが、開かない。その様子を察したのかやまいこも試すが同じく開かない。

「コンソール開きませんね……」
「ギルドのマスターソースは開くようだけど、GMコールが利かない。やまいこさんも試してもらえますか」
「……駄目だね」
 事態が飲み込めない中、綺麗な女性の声が響く。

「どうかなさいましたか? モモンガ様。やまいこ様」

 初めて聞く声にドキリとした2人が側に控えるアルベドを見る。そこには心配そうにこちらを伺うアルベドの姿があった。

「何か問題がございましたか? モモンガ様? やまいこ様?」
 返事を返さぬプレイヤーを前にNPCであるはずのアルベドが()()()に動く。
「失礼いたします」

 モモンガとやまいこに近づいたアルベドは2人をのぞき込むと心配そうな眼差しを向けてくる。綺麗な黒髪が流れ、目は潤み、喋る度に口が動く。そして鼻腔くすぐる微かな甘い香り――。

「っ! ……GMコールが利かないようだ」
「……お許しを。無知な私ではGMコールというものに関してお答えできません。この失態を払拭する機会を頂けるのであれば、これに勝る喜びはありません。何とぞ、なんなりとご命令を」
「そうか。ひとまず下がれ」
「はい」

 所定の位置に下がったアルベドを見ながらモモンガはやまいこに囁く。

「気付きましたか。やまいこさん」
「うん。表情がある。会話が成立している。そして、匂いがある」
「ユグドラシル、いや、仮想現実内で嗅覚の再現は法で禁じられている。匂いは決して感じてはいけないものだ」

 重度の依存を避けるためにゲーム内で嗅覚と味覚の再現は禁止されているはずだった。そのひとつである嗅覚が再現されている事にモモンガとやまいこは戦慄する。
 何らかの犯罪に巻き込まれた可能性を思ってか、無意識のうちに肩を寄せ合い互いに不安を紛らわせようとしたのは自然なことだろう。
 そこへ再びアルベドから控え目に声をかけられる。

「あの……」
「何だ? アルベド」
 2人は内心ビクリとしつつも顔を向けると、セバスとプレアデスたちが見守る中、アルベドが恐る恐るといった感じで尋ねる。
「はい。あの……お二方は、()()()()なのでしょうか?」

『…………』
『はぁ!?』

 その質問の意図に気付き2人はさっと離れる。すっかり失念していたが、サービス終了間際、自分たちがどのような格好をしていたのか思い出し、赤面する。死の支配者(オーバーロード)半魔巨人(ネフィリム)が恋人座りよろしくひとつの玉座に座っていたのだ。
 傍から見たらそれはもう仲睦まじく、そして今も寄り添うように佇んでいた。

「あーいや、これはちょっと……。なぁ?」
「そ、そうだね! ちょっとね」
 なんとも歯切れの悪い返事である。
 異常事態だったとはいえ第三者に指摘されると妙に気恥ずかしい。

「と、それどころでは無い」動揺していたモモンガだが急激に冷静さを取り戻す。

「やまいこさん。仮想現実が現実になったという可能性……。どうでしょう」
「……確信は持てないけれど、今見て感じた事はゲームでは再現が難しいと思う」
 2人はふとアルベドのもつ真なる無(ギンヌンガガプ)に目が行く。
「だ、大丈夫だよな……」と心配するモモンガの頭の中で声が響く。

《モモンガさん。聞こえますか》
《お? やまいこさん。聞こえます》
《良かった。〈伝言〉(メッセージ)は機能するみたいだね》

 〈伝言〉(メッセージ)が利くという事は完全にユグドラシルと変わった訳ではないのか……。モモンガは思考を巡らすが多くの事が予測の範疇から抜け出せない事に気付く。

「やはり情報が足りないか……」

 暫し考えモモンガは決断する。控えている執事のセバスとプレアデスの1人、ソリュシャンに命令を下す。

「セバス、ソリュシャン、玉座の前へ」
『はっ!』

 セバスたちは玉座の下まで歩み寄ると再び跪き頭を下げる。

「お前たち2人はナザリック周辺の地理を確認せよ。プレイヤーを見かけた場合は友好的に接し交渉して連れてこい。相手が条件を提示してきても全て聞き入れて良い。行動範囲は周辺5キロに限定。戦闘は極力避けろ。万が一戦闘になった場合はセバスが時間を稼ぎ、ソリュシャンは即撤退。情報を持ち帰れ。重要なのは情報だ。分かったか?」
「了解致しました」
「では2人には<伝言(メッセージ)>のスクロールを渡しておく。判断に迷う事があったら使え」
「畏まりました、モモンガ様。では直ちに行動を開始いたします」

 迷わず出発する2人にモモンガは確信する。傭兵NPCだけではなくギルドNPCも外に出られるようになっている。

「ルプスレギナとシズは墳墓入口で待機。外に出る必要はない。先の2人が負傷して戻ってくるような事があれば回復と援護をしろ」
『畏まりました、モモンガ様』

 ルプスレギナとシズへの指示を終え、ふとGMコールのやりとり以降大人しく控えているアルベドを見る。アルベドの眼差しは真剣で、先ほどの失態を払拭する機会をと強く訴えているのが窺える。

「――アルベド。前へ」
「っ! はい! モモンガ様。何なりとご命令を」喜々として跪くアルベドへ指示をだす。

「うむ。アルベドは第五階層へ赴き氷結牢獄の主、お前の姉に協力を仰げ。探知魔法でセバスたちの動向を監視しつつ、彼らの目が及ばない部分を補うよう伝えろ。次に、念のため第四階層のガルガンチュアを起動できるか確認しておいてくれ」
「畏まりました、モモンガ様。復唱いたします。第五階層の姉にセバスたちの監視とナザリック周辺の調査を命じ、私はガルガンチュアを起動できるか確認いたします」

 アルベドは任務を復唱し一礼すると、階層守護者統括に相応しい優雅な姿で玉座の間を後にする。これで外の情報は何とかなるだろう。
 この混乱した状況下で敵対的なプレイヤーとの戦闘は極力避けたい。今の戦力では昔のような攻勢に対してとてもではないが対抗できない。

 さて、これからどうしようと思案するモモンガは、自分をじっと見つめるやまいこの視線に気付く。

「どうしました? 他に何か気付いた事とかありました?」
「あー……いや。咄嗟に魔王ロールが出来るモモンガさんに感心していただけ。それと、……試しに<伝言(メッセージ)>で片っ端からギルメンに呼びかけてみたけど駄目みたい」

 ボクたちだけなのかなー、と不安そうにどこか遠い目をする。モモンガとやまいこの間で<伝言(メッセージ)>が繋がり、他のメンバーには繋がらない……。嫌な予感は募るが覚悟はしなければならない。

「ユリ、ナーベラル、エントマ、玉座の前へ」
『はっ! モモンガ様。何なりとご命令を』

 ここにきて残っているプレアデスたちも異常事態を察したのか表情が堅い。

「ナーベラル、第九階層へ行きメイド長のペストーニャと共に全ての部屋を調べろ。他のギルドメンバーが居ないか確認するのだ。彼らの私室も含め隅々まで、徹底的に。調査が終わったら<伝言(メッセージ)>で報告しろ」
「はっ。直ちに行動を開始致します」

 終了間際のあの僅かな時間では望みは薄い。いや、ログイン通知が無かった以上、ギルドメンバーは居ないだろう。だが確かめない訳にはいかない。

「エントマは第四、第八階層を除く各階層守護者へ伝達。『非常事態につき担当階層に異常が無いか調査せよ。その後、警備レベルを引き上げ待機』。お前自身は第一から第三階層を担当するシャルティアを手伝え。調査後は墳墓入口へ行きルプスレギナとシズと合流し待機せよ」
「畏まりましたぁ、ももんが様ぁ」

 トテトテと玉座の間を後にするエントマを見送り、最後に残されたユリを見る。自らの創造主であるやまいこを前にしているせいか心中落ち着かないようだ。

《やまいこさん。思い付く限りの指示は出しましたが、何かユリに命じますか?》
《うん。ちょっと試したい事がある》

 最後にユリを残してくれたのはモモンガなりに気を使ってくれたのかな、と思いながらやまいこはユリに声を掛ける。

「ユリ。私の近くへ」
「恐れながら、メイドである私がこれ以上玉座に近づくのは……」
「緊急事態なんだからいいの。早くなさい」

 教師然とした態度でやまいこが命ずる。凛とした声は流石というべきか。普段は落ち着いた感じの声なので新鮮に聞こえる。生徒相手にはいつもこんな感じなのだろうか。
 促されるまま近づき、再び跪こうとするユリをやまいこは止める。

「そのままでいいわ。貴方の顔を見せて」

 そう優しく声を掛けると、やまいこはそっと左手をユリの頬に添える。

「本当……久しぶりね、ユリ」
「!……はい。やまいこ様。ずっと……、お待ちしておりました」

 ユリの目にうっすらと涙が滲む。その涙にやまいこの心がチクリと痛んだ。
 思えば徐々にログイン頻度が減り、ログインしたとしても狩りばかりに興じてしまっていた。もっと着せ替えとかしてあげれば良かったかな、と。

 そんな2人を傍らで眺めるモモンガは、事態が落ち着いたら自分も自らが生み出した黒歴史(NPC)と向き合わなければならないな、と密かに覚悟する。
 右手の指でそっとユリの涙を拭うやまいこを暖かい気持ちで見守っていた。新たに芽生えた命、感情を持ったユリと、生みの親であるやまいこの姿が眩しく思えたのだ。ナザリックを守ってきて良かった……――と、思ったのも束の間、やまいこがポンッとユリの首を外し、モモンガへ投げて寄こす。
 
「モモンガさん。パス!」

「な、なにぃいいい!?」
「や、やまいこ様ぁあああ!!?」

 そういえばこの子、デュラハンでしたー!と思いつつ、落としてはいけないと慌ててユリの頭を優しくキャッチする。モモンガの手に収まったユリを見ると、造物主に投げられたショックとモモンガにキャッチされた畏れ多さから、気の毒なほど動転していてあわあわと目を回している。
 いくら己が生み出したNPCとはいえ女の子の頭を投げるのは如何なものかと苦言を呈そうとモモンガがやまいこに目を向けると、プレアデスの中でも一二を争う豊満な胸を揉みしだく半魔巨人の姿があった。しまいにはスカートを捲りフムフムと観察しだす始末。まさに変態の所業である。
 それを目の当たりにしたユリは何とも形容しがたい百面相を演じている。

 やれやれとやまいこにチョップをお見舞いしようと近寄ったところで当の本人から鋭い声がかかり、モモンガは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

「モモンガさんっ!!」
「わはぁいっ!?」
「――BANされません」
「え? あ、はい……」

「……何? まさか、ボクがペロロンさんみたいに変態じみた事をしているとでも思った?」

 酷い言われようである。

「ま、まさかまさか! そんな事はないですよ? そんな事はないですよぉ?」

 ハハハと誤魔化すように笑い、やまいこの言うBANについて考える。健全を謳い18禁行為などに対して厳しい姿勢で挑んできたユグドラシルの運営が、今のやまいこの痴態を見逃すとは思えない。
 やはり今のこの状況は運営の手から離れている……。やまいこと目が合うと彼女も同じ結論に達したのか頷く。


「モモンガさん。この状況、運営と隔絶されているのは確かみたいだね」
「はい。となると次は、自分たちに出来る事と出来ない事をもっと調べる必要があると思います。アイテムが使えるのかとか、特にスキルや魔法の行使がユグドラシルと同じように可能なのかどうか」
「<伝言(メッセージ)>が使える以上、他も同じように使えると思いたいけど……。実際にやってみないと安心できないね」

 モモンガからユリの頭を受け取ったやまいこは、ユリの頭を再セットしながら指示をする。

「ユリ、ボクたちはこれから第六階層の円形闘技場(アンフィテアトルム)に向かう。各階層守護者に一時間後に集まるよう伝えなさい。第四階層に赴いたアルベドにも忘れずに伝えるように。第六階層守護者のアウラとマーレにはボクたちから伝える」
「畏まりました。やまいこ様」

 ユリを見送るとモモンガはやまいこに指輪を差し出す。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。このナザリック内で転移するのに欠かせないアイテムだ。

「やまいこさん。今までのNPCたちの反応を見る限りすぐに謀反を起こして襲ってくるような事は無いと思うのですが、好感度がどう変動するのか分からないので一応彼らの上位者として振る舞うって事でいいですかね」
「それが無難かな。ま、モモンガさんの魔王ロールがあれば大丈夫でしょ♪」
「いやいや、フォローしてくださいよ? 結構一杯一杯なんですから」
「分かってる分かってる。ささ、第六階層に行きましょう」

 本当にわかってます?と不安の声を上げるモモンガの肩を軽く叩きながらやまいこは笑うのであった。



左手は添えるだけ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話:階層守護者

 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを発動させると、モモンガとやまいこの視界が刹那に切り替わる。そこは今までいた玉座の間ではなく、第六階層のアンフィテアトルム、円形闘技場だった。

「無事に転移できましたね」
「うん。この様子なら他のアイテムも大丈夫そうかな」

 問題が一つ解決したことに安堵していると、どこからともなく「モモンガ様ー!」と元気な声が闘技場にこだまする。貴賓室を見ると白と赤を基調とした服装の闇妖精(ダークエルフ)の少女、第六階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラが手を振っている。
 貴賓室から「とう!」と掛け声と共に飛び降りると、驚くべき身体能力で着地しポーズを決めると、モモンガとやまいこの下へ全速力で駆けてくる。

「いらっしゃいませ、モモンガ様。第六階層へようこ――っ! やまいこ様!? お久しぶりです! いつお戻りに?」

≪やまいこさん。<敵感知(センス・エネミー)>に反応はありません。大丈夫です≫
≪分かった≫

「久しぶりね、アウラ。元気にしてた?」
「はい! やまいこ様!」

≪か、かわいいー≫

 やまいこがにこにこ顔のアウラを撫でる。アウラもうふふーとまんざらでもないご様子。
 女性のギルドメンバーたちは第六階層に集い、よくお茶会を開いていたと聞く。アウラにはその記憶があって懐いているのだろうか。

≪モモンガ様、ナーベラルです。九階層の調査が終わりました≫
≪そうか。……居たか?≫
≪いえ。御方々のお姿はありませんでした≫
≪分かった。ではナーベラルはそのまま九階層で警戒を続けろ≫
≪畏まりました≫

「やまいこさん。ナーベラルから連絡がありました。やはり我々だけのようです」
「……そう」

 モモンガとやまいこのやり取りを不思議そうな表情でアウラが見ている。ふと、モモンガは先ほどアウラがやまいこの存在に驚いていたことを思い出す。

「アウラ。エントマからの伝言は届いているか?」
「はい。モモンガ様。『非常事態に付き担当階層を調査、後に警戒レベルを引き上げて待機』ですよね? 今はペットたちに森を巡回するよう命じて、あたし達は待機中です」

 えっへん!と胸を張りアウラは報告する。

「そうかそうか。確かにやまいこさんの事を伝えろとは言ってなかったな。驚かせてすまない。では第六階層は特に問題は無かったのだな?」
「はい。問題はありませんでした。あ、マーレは巨大樹。あたしはこの闘技場で別々に待機していました。……ところで非常事態との事ですが、何かあったんですか? やまいこ様がいらっしゃることと何か関係が?」
「非常事態に関しては後で説明する。その為に全階層守護者をここに呼んでいる。一時間後には集まるだろう。このことをマーレにも伝えくれ」

 はい!と返事をすると、アウラは首から下げたドングリの首飾りを握りしめ目を瞑る。

(確かぶくぶく茶釜さんが持たせた通信用のアイテムだったか)

「伝えました。マーレは直ぐ来るそうです」
「そうか」
「皆が集まるまでまだ時間がありますが、お二人はどうなさいますか? 一旦お戻りに?」
「いや、やまいこさんと一緒に色々と実験をしようと思ってな。そうだ。折角だからアウラたちにも手伝ってもらおう。いいですよね、やまいこさん」

 やまいこに確認すると「グッド!」と親指を立てている。


* * *



 諸々の実験が終わり、召喚した根源の火精霊(プライマル・ファイアーエレメンタル)を双子の闇妖精(ダークエルフ)が倒すころ、ちょうど一時間経ったのか各階層守護者たちが円形闘技場(アンフィテアトルム)に姿を現す。

 第一、第二、第三階層守護者の吸血鬼の真祖(トゥルーヴァンパイア)、シャルティア・ブラッドフォールン。
 第五階層守護者の蟲王(ヴァーミンロード)、コキュートス。
 第六階層守護者の双子の闇妖精(ダークエルフ)、アウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレ。
 第七階層守護者の最上位悪魔(アーチデヴィル)、デミウルゴス。
 階層守護者統括の夢魔(サキュバス)、アルベド。

 いずれの階層守護者もレベル100という、ナザリック内でも屈指のNPCたちである。故にモモンガもやまいこも警戒していたが、守護者たちの()()()()()()()()()()()()()()()を聞かされ別の意味で戦慄し身悶えていた。

 曰く「美の結晶」「絶対なる支配者」「慈悲深いお方」「配慮に優れたお方」「端倪すべからざるお方」「最高の主人」などなど。
 そのあまりの高評価にモモンガとやまいこは気圧される。

≪こ、これは……、すごいですね≫
≪うん。こんなにベタ褒めされたの初めて≫
≪ですね。まずは現状の説明と各階層の報告を聞きましょう≫

「――お前たちの忠誠を受け取ろう。では、面を上げよ」

 ザッと守護者たちが一斉に顔を上げる。その真剣な眼差しを受け、モモンガは続ける。

「現在、ナザリック地下大墳墓は原因不明の不測の事態に巻き込まれていると思われる。先ほど実験したところ、一部の魔法やスキルが変質していることが窺えた。そして今、セバスとソリュシャンが地上を捜査中だ」

 守護者たちの顔に隠し切れない緊張が一瞬見て取れた。
 ナザリック内で搦め手なしの真っ向勝負において無類の強さを誇るセバスを、偵察という簡単な任務に出したことに、モモンガの警戒心と危機感の強さを理解したのだろう。

「では守護者たちよ。担当している階層で何か異変を発見した者はいるか?」

「第一、第二、第三階層に異常はありんせんでありんした」
「第五階層モ同様デス」
「第六階層も異常ありませんでした」
「同じく第七階層に異常はございません」
「ガルガンチュアの起動実験の際、第四階層を調査致しましたが異常はありませんでした。
なおガルガンチュアの起動は無事に行えました」

「ふむ。報告ご苦労」

 これでナザリック内には緊急に対処しなければならない問題は無いと考えていいだろう。
 次はナザリックの外がどうなっているかだ。サービス最終日とは言え、結構な数のプレイヤーが接続していたはずだ。非常事態だからプレイヤー同士協力したいところだが――。

「PKギルドとしての知名度がここまで重荷に感じるとは……」

 何を隠そう、アインズ・ウール・ゴウンはユグドラシル内では名が知れたPKギルドなのだ。初めは異形種狩り(PK)に対する意趣返し(PKK)だった筈だが、ギルドメンバーたちのノリの良い「悪のロールプレイ」も相まりその名は良い意味でも悪い意味でも轟いていた。
 問題は、異形種は少数派であり、圧倒的に人間種の方が多いことだった。当然、恨みや嫉妬を覚えるプレイヤーもそれに比例して多いのだ。

「話の通じるプレイヤーに会えればなぁ……」モモンガがユグドラシルでの立場を憂いていると、ナザリック周辺を調査していたセバスから<伝言(メッセージ)>が届く。

≪モモンガ様、セバスです≫

「やまいこさん。外のセバスから<伝言(メッセージ)>が来ました」

≪セバスか。周辺の様子はどうだ≫
≪はい。ナザリック周辺は()()になっております。さらに()()()()()()()が森林を囲むように広がっております。ご指示頂いたプレイヤーとはまだ接触できていません≫

(!? 待て待て待て! 森? ナザリックは毒の沼に囲まれていた筈だぞ!? いや、それよりも都市だと? 不味い不味い不味い。異形種のPKギルドの拠点が人間種の都市に転移とかありえないだろ!)

「ど、どうしたの? 大丈夫?」<伝言(メッセージ)>を受けたモモンガが激しく動揺しているように感じたやまいこが心配そうに声をかける。

「どうしよう……やまいこさん」


* * *



 スレイン法国は六大神を信仰する宗教国家である。人類こそが神に選ばれた民であるという選民主義めいた宗教的概念により、国民は一致団結し繁栄を維持していた。
 人類は弱い。一つにまとまらなければ簡単に滅ぼされるほどに弱かったのである。個体単位で見ても人より強い亜人や獣人などが(ひし)めく大陸で、人類が生存圏を維持するのは容易な事ではなかった。

 そんな夕暮れ間もないスレイン法国の森林区を、特殊部隊「漆黒聖典」の隊員たち3名が駆けていた。彼らは「破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)復活」の予言を受けて出発準備を整えていたところ、さらに「恐ろしい何かが神都の西側に現れた。遺跡が見える。森の中」という追加の予言に急遽、すぐに動ける3人で神都西側のそれらしい場所を先行して調査していた。

「隊長、森林区に遺跡があるなんて聞いた事が無いですよ。やっぱりここよりもっと西のダークエルフ国の辺りじゃないですかねぇ」

 隊長と呼ばれた若者は首を振る。

「私も遺跡があるなんて聞いたことが無い。だからと言って神都内の森林区を調査しない訳にもいくまい。予知にあった“恐ろしい何か”はモンスターだと思うが、神都内で万が一があってはいけないだろう。――どう思う、“一人師団(ひとりしだん)”」
「“破滅の竜王”と“恐ろしい何か”が同一の存在かどうかは……、“占星千里(せんせいせんり)”の予知は曖昧ですからね。しかし彼女が予知した以上、西側に何かあるのは確かです。解釈次第でどうとでも取れますが、方角を間違えたことはまだ一度も無い」

 男は「確かに」と呟き、再び周囲を警戒しようとして気が付いた。

「止まってくれ! 隊長、……ヤバいのが来る」
「どっちだ」
「1時の方向。……隊長より強い。占星千里が予知した破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)かもしれない」
「いや、破滅の竜王はもっと北、トブの大森林辺りのはずだ」
「で、でも。っ……速い! もうす――」

 ソレは異様な速さで木々の隙間を縫い、目の前に現れる。神都とはいえ広大な森林区の内部までは街の明かりは届かない。木々の隙間から差し込む月光が、森の中には似つかわしくない非現実的な光景を照らし出す。
 執事を思わせる初老の男とメイド服を着た金髪縦ロールの美しい女がそこに立っていた。

「た、隊長。その人、難度300前後だ。濃厚過ぎて正確に判断できない。あと信じられないが、後ろのメイドも難度170ある……」

 その言葉に一人師団と呼ばれた隊員も息を飲む。当然だろう。一般的な冒険者で難度30程、腕の立つ奴で難度45、難度50に届けば一流だ。人類を守護する漆黒聖典の隊員でようやく難度90代だろう。そして、神の血を覚醒した現漆黒聖典隊長が難度250だが、これは例外に等しい。

 隊長は思案する。眼前の執事に敵意は感じられない。しかしただならぬ雰囲気を纏っている。武装をしているようには見えないが、隙が無い。メイドの方は執事を挟み、視線は通るものの攻撃し難い絶妙な位置に待機している。美しい顔立ちだがその瞳に一切の感情が読み取れないのが不気味だ。
 神の血を覚醒させた自分より強いもの。その正体は限られている。(ぷれいやー)と従属神、そして竜王(ドラゴンロード)である。だが、神も竜も()()いる。

(どっちだ? 人類の味方か、敵か……)

 対応を迷っていると、執事が静かな声で話しかけてきた。

「今晩は、皆さん。私はセバスと申します。少々お時間を頂いても宜しいでしょうか」
「……大丈夫だ」
「感謝いたします。早速ですが、対話をご希望する我が主にプレイヤー様をご招待するよう申し付けられております。 失礼ですが、貴方様はプレイヤーでしょうか?」

 それを聞くや否や、漆黒聖典の3人は弾かれるように膝を突き頭を下げた。もはや条件反射ともいえよう。人類の護り手たる日頃の責務と信仰心の高さがそうさせたのだ。困惑気味に見る執事に隊長は切り出す。

「大変失礼致しました。我々はスレイン法国の特殊部隊、漆黒聖典と申します。まず、我々はぷれいやーではございません。そしてお尋ねします。セバス様はぷれいやーなのでしょうか?」
「いいえ、プレイヤーではありません」
「では、対話をご希望されているセバス様の主様がぷれいやーでしょうか」
「……その通りです」
「! であれば、日を改めてお伺いしても宜しいでしょうか。国を治める神官長たちを伴いお伺いできれば、対話も有意義なものになるかと」
「……その神官長たちがプレイヤーなのでしょうか?」
「いいえ。現在、スレイン法国にはぷれいやーは居りません」
「……わかりました。では明後日、もう一度ここへいらして下さい。ナザリックまでご案内いたします」
「畏まりました。では、報告と準備の為に戻ります。失礼いたします」

 別れの挨拶を軽く交わし、隊長は視線で隊員を促し本部に帰還するために踵を返す。これからの事を考えると気が重い。恐らく上層部は蜂の巣を突くどころの混乱では済まないだろう……。
 しかし、時間が無い。人間は意思をまとめるのに時間がかかるのだ。それが一国を左右するほどの、いや、人類の存続を左右するほどの案件ならなおさらだ。神官長たちを信頼はしているが暴走しないように助言はするべきだろう。
 隊長は溜息をつく。

(「今直ぐにでも」と言われなくて本当に良かった……)


* * *



 セバスの報告をモモンガから聞いたやまいこもまた、同じように狼狽えた。過去の記憶、ナザリック地下大墳墓が1500人のプレイヤーに攻め込まれた記憶が蘇ったのだ。
 あの時は第七階層を抜かれ、何とか第八階層で食い止めることができた。だが、今のナザリックの戦力では無理なのではなかろうか。今、ここにはモモンガとやまいこしかいない。100レベルの守護者といえど、複数の高レベルプレイヤーには時間稼ぎが関の山だろう。

 そして考えたくなくても無視できない一つの可能性。ナザリックが転移した場所が本当に異世界だとしたら、この世界で死んだとしたら、どうなるのだろうか。恐ろしい。目の前に控える守護者(NPC)たちが()()()()()事実が恐ろしい。
 生きているという事は、死ぬ可能性があるということだ。

「やまいこさん。セバスが何者かと接触したそうです。俺はこのまま<伝言(メッセージ)>越しにセバスに指示をだします」
「うん。わかった」

 守護者たちを見ると皆険しい顔をしている。いつ指示を受けても良いよう静かに佇んでいるように見えるが、今にも爆発しそうな雰囲気を発している。彼らの忠誠心の高さを顧みると、たとえどんなに劣勢でも、ナザリック地下大墳墓を守るためならば命を懸けて戦うだろう。
 だけど、たぶんそれはモモンガが許さない。この子たちが死ぬような事は絶対に許さないだろう。

 張り詰めた空気が守護者たちを覆っている。このままただ待機させるのは毒だ。こういう時は何か一つ、集中できる作業を与えるべきだ。()()()()()()さんや()()()()()()さんが居てくれれば……。彼らにはリーダーの素質があったのに。
 やまいこは指示を出すべく意を決する。

「守護者諸君。聞いての通りだ。先ほどモモンガさんが言った不測の事態だけど、状況は想像以上に不味いかもしれない。ナザリックが見知らぬ土地に転移した。そして森を挟み四方を人間種の都市が囲んでいる。ここが都市である以上、必ずプレイヤーが居るはずだ。――そこで聞きたい、お前達は敵対プレイヤー1500人による大侵攻を覚えているか?」

 その質問に守護者たちは心痛な表情で頷く。殺された事を覚えているようだ。

「ならば話は早い。今の我々では再びあの規模の侵攻を受けたら確実に負ける。なので最悪の場合、このナザリック地下大墳墓を放棄する」

「っ! お、お待ちください! やまいこ様! ナザリックを放棄するだなどと、おっしゃらないで下さい!」
「そうです! 不甲斐ない私達ではありますが、今度こそ敵を撃ち滅ぼしてみせます! 汚名を返上する機会を下さい!」

 アルベドとデミウルゴスに続き、守護者たちから上がった決死の声は悲鳴に近かったが、やまいこは遮る。

「己惚れるな。そしてお前たちは思い違いをしている」

 シンと静まり返った守護者を代表して、アルベドが恐る恐る疑問を投げかける。

「……思い違いとは。どういう意味でしょうか……」
「簡単な事だ。アインズ・ウール・ゴウンにとって、ナザリック地下大墳墓は器に過ぎないと言うことだ。至高の41人が帰る場所だから、モモンガさんはナザリックを守り続けた。確かにそれは正しい。だがそれは理由の一つに過ぎない」
「では……。もう一つの理由とは……」

「お前たちに決まっているだろう?」

 その言葉に守護者たちは雷に打たれたかのように身を震わせる。

「お前たち守護者は元より、このナザリックに所属する全てのNPCは我が子も同然。ユグドラシルではNPCたちは(ナザリック)の外に出る事が叶わなかった。ならば家を守らねばなるまい。親が子を守るのは当然なのだから。
 だけど世界の理が変わった今は違う。お前たちはナザリックから出られるのだ。ならば()()()の時は逃げれば良い。生きていれば再興できる。お前たちが居れば、アインズ・ウール・ゴウンは不滅だ。
 だから、お前たちに命ずる。死ぬな」

 それを聞いた守護者たちの目には感動の涙が浮かんでいる。
 ナザリックを離れ、我が子(ユリ)をモモンガさんに託したボクにこんな事を言う資格があるとは思えないけど……。これで先走って暴走しなければ上々。
 ふと横を見るとモモンガがじっとこちらを見つめていた。骸骨の顔からは感情を読み取り難いが、穏やかなように見えるが真意は読めない。

「モモンガさん。……セバスの方はもういいんですか?」
「はい。明後日、この国のお偉いさんをナザリックへ招きました」
「時間が無いわね」
「取りあえず可能な限り情報収集をしましょう。それと、相談があるので後でいいですか?」
「うん。ボクの方からも相談があるから。取りあえずここはモモンガさんに引き継ぐよ。指示を出そうとしたけどタイミングを逃しちゃった」
「分かりました」

 モモンガは守護者たちに向き直る。

「明後日、スレイン法国と名乗る者たちとの間に話し合いの場を設けた。まぁ、話し合いと言ったがセバスの報告では相手側がかなり下手にでてきたので出来ればこのまま友好的に接したい。だがしかし交渉材料となる情報が足りない。コキュートス」
「ハッ! 何ナリトゴ命令ヲ」
「隠密能力に長けた配下を使って人を2~3人攫ってこい。攫う際はシャルティアの<転移門(ゲート)>を使って直接ナザリック内へ送れ。決して目撃されるな。秘密裏に動け。コキュートス自身は一時的に第一階層へ赴き警備しろ」
「畏マリマシタ、モモンガ様」

「シャルティアはニグレドの下で待機。コキュートスの配下から連絡が入ったらニグレドに場所を教えてもらって<転移門(ゲート)>を頼む」
「畏まりんした、モモンガ様」

「あ、モモンガさん。一つ良いかな」
「どうしました。やまいこさん」
「攫う相手だけど、ゴロツキ、一般市民、役人でお願い。それぞれ2人ずつくらい」
「理由を聞いても?」
「身分によって教育内容が違うかもしれない。知識に偏りがある可能性がある」

 そう指摘するやまいこの声は堅かった。

「……ふむ。そういう事だ、コキュートス」
「畏マリマシタ」

「アルベドとデミウルゴスは『今後、ユグドラシル由来のアイテムを補給出来なかった場合』を想定して、経営面と防衛面からナザリックに起こりうる問題点と解決案を模索してくれ」
『畏まりました。モモンガ様』

「アウラとマーレはペットを何体か連れて森林を巡回してくれ。怪しい奴が居たら殺さずに連れてこい。戦闘は極力避けろ」
『畏まりました、モモンガ様』

「では各守護者たちよ。行動を開始せよ」
『はっ!』

 こうしてこの日、スレイン法国の神都から数名と市民が消え、不幸な狩人が1名捕まった。

目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話:アインズ・ウール・ゴウン

 数刻後、モモンガとやまいこは応接室に居た。攫った人間から得た情報が記述された報告書を読み終え、一息ついたところであった。
 報告書を読み終え、今いる世界がユグドラシルでは無い事を確信すると、諦めの境地とでもいうのか、自分たちでも信じられぬほど素直に受け入れていた。

「モモンガさん。整理しましょう。まず確定しているであろう情報から。
 ナザリックが転移した場所はユグドラシルの別ワールドなどではなく、現実(リアル)の別世界。とある大陸にあるスレイン法国の首都にナザリックが出現した。周辺にある人間の国は、リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、聖王国、湖を挟んで竜王国。この中でスレイン法国は最大の国力を持ち、人類存続のために亜人討伐に尽くしている。
 次に人間以外の国、アーグランド評議国、エルフ王国、ミノタウロス王国、ビーストマン国、ダークエルフ国、ダークドワーフ国、オークの集落、トロール国。
 ……人間の生存圏が極めて狭い」
「そして不確定だが無視できない情報として、伝説の類。六大神、八欲王、十三英雄など。いずれの伝説もユグドラシルのプレイヤーを匂わせる。特に八欲王が六大神の1人をPKした事は見逃せない」

 今回の情報源からは流石に国家機密に関する情報は得られなかったが、スレイン法国の状況は概ね把握できた。
 600年程前、滅びの一途を辿る人類を六大神が救済し繁栄するも、時代と共に徐々に神々を失い、最後は従属神たちが堕落し災いを呼ぶ魔神となり危機を迎える。200年程前に十三英雄によって多くの魔神が封印され、以後、残された人類はそれまでに得た国力で何とか生き永らえてきたようだ。
 神を失ったスレイン法国は、結果、より強固な宗教国家となり、人類団結を提唱し、周辺の亜人や獣人の勢力が大きくなる前に、積極的に討伐しているようだった。肉体的にも亜人や獣人に劣る人類は常に狩られる側であり、数で負けた時点で勝算がなくなるのだ。だから、増える前に叩く。そうやって生き永らえてきたのだ。

「ボク的には放逐された死の神スルシャーナが攻め所かなと」
「俺は神様になんてなりたくないですよ?
 それに成り済ましはどこかでボロが出る。リスクが高いです」
「んー、そうなんだけど。このスレイン法国はプレイヤーが作った国なんだろうけど、人類以外に対して排他的過ぎる。置かれている状況を考えると仕方がないんだけど。普通に接すると異形種だらけのナザリックとは相性が悪すぎる」
「だよなー……」

 そうなのだ。ユグドラシルと事情は違うが、どうやらこの世界でも異形種が人に交じって生活するのは難しいようだ。さらに言えば、ユグドラシルでは人間種に分類されていたエルフがこの世界では人類の敵とされ、場所によっては奴隷として扱われている点か……。

(いっそ人類を滅ぼした方が気楽に過ごせる気がするんだが……)

「モモンガさん。異形種と思われるスルシャーナという前例がある以上、ナザリックも人間の国と上手く付き合っていける可能性はあると思う。ただ接し方は気をつけないと。ナザリックの力を利用されるのは嫌。対等か、それ以上でないと」

 それを聞くとモモンガは深くソファーに背を預け思案する。確かにこのナザリックを利用されるのはまっぴら御免だ。

 伝説を聞く限り、転移してきたユグドラシルプレイヤーはどれも神や英雄級の扱いだ。自分もやまいこさんもレベルはカンストしている。神にもなれるだろう。ただ気になるのはユグドラシルの歴史は12年で終わったにもかかわらず、確認できているだけで転移に600年の差が開いているのはなぜか……。

「その辺を決める前に……やまいこさん。さっき相談があるって言いましたよね」
「え? あ、うん。今後のナザリックの方針とか、ボクたちの立場とか」
「立場、ですか?」
「うん。今後、意思決定が混乱しないように、モモンガさんが最上位であることを守護者たち全員の前で宣言して欲しい」
「俺としては2人で相談できた方が気が楽なんですが……。もともとアインズ・ウール・ゴウンは多数決を重んじてきましたし」
「気持ちは嬉しいんだけどね。守護者たちはナザリックを守り続けたモモンガさんを慕っている。なんの前触れも無く戻ってきたボクがモモンガさんと同等の発言力を持ってしまっては、快く思わない守護者もいるでしょう。建前だけでもいい。彼らの前で宣言してくれればボクも気が楽になる。裏ではちゃんとフォローするから」
「……わかりました。あとは、ナザリックの方針でしたっけ」
「うん。この世界で言う六大神か八欲王か、みたいな話」

「正直に言うとナザリックさえ守れるのなら周りの国がどうなろうと興味がありません。引き籠れるならナザリックに引き籠っていたいです。ただ、先ほどアルベドから報告がありましたが、何か問題に巻き込まれた場合、消費アイテムが早い段階で尽きてしまうそうなんです。なのでそういった補給を行う為にも周辺の国とは関わって行かなければならないかなと思っています。その相手は人間でも亜人でも獣人でも構いません。――やまいこさんは?」

「ボクは……、異種族が集まるアインズ・ウール・ゴウンが好き。ただそこに人間種も加えたい。人間を救った六大神でもなく、周りを飲み込んだ八欲王でもなく、全種族の共存共栄」
「共存共栄……。確かに(明美)さんには悪いことをしました。遊びに来てくれていたけど、仲間外れにしている感じがして。現実(リアル)では叶えられなかった」

 やまいこの妹はアバターにエルフを選択していた。人間種に分類されていたため、残念ながらアインズ・ウール・ゴウンに所属する事はできなかったのだが、やまいこの妹でありギルドの女性メンバーとも仲が良かったために度々ナザリックに遊びに来ていたのだ。

「あははは。いいよいいよ。本人は気にしてないから。……ただ、アインズ・ウール・ゴウンをボクの枷にしたいと思っている」
「枷?」その言葉のニュアンスを掴みかねたモモンガは内心眉を顰める。

「モモンガさんもさっきの尋問の時に気付いたでしょ? ボクたちの精神が種族に引っ張られていること」

 先の情報は捕まえた人間に<支配(ドミネート)>を使って引き出したものだった。ただ<支配(ドミネート)>の効果は永続では無い。ナザリックの内部を見知ってしまった以上、情報を引き出した後、用済みだからといってそのまま解放するわけにはいかなかったのだ。かといって<支配(ドミネート)>をかけ続けるのは非現実的だったため、手っ取り早く<記憶操作(コントロール・アムネジア)>で記憶を書き替えようとしたのだが、1人の記憶のほんの一部を書き換えるだけで膨大な魔力を消費してしまった。

 現状、転移した世界で何が起こるか分からない状況下で、無駄な魔力の消費は避けたかった。そこで代わりにとられた手段が()()()()する事だ。つまり、実験材料にしたのである。

「……はい。彼らを生きて返さず、魔法の実験材料にする事になっても抵抗がありませんでした。ナザリックに対する損得で割り切れました」
「うん。ボクもそう。半分魔族だからなのか、その辺の感覚が麻痺したようだった。
 だから、アインズ・ウール・ゴウンを枷にしたい。人間性が残っている内に、理想の理念を掲げておきたい。この先、心も化け物になったとしても大きく道を踏み外さない為に」

 やまいこの気持ちは理解できる。変質した自分に違和感を覚えない事に、ふと気づく瞬間が怖いのだ。気付くまで素直に受け入れていたのに、気付いた瞬間、心を抉られるような不安感が襲うのだ。()()()()()()()()()()()()、と。

「分かりました。共存共栄に関しては私も同意します。ユグドラシルでは異形種狩りが流行った結果、前身となる『九人の自殺点(ナインズ・オウン・ゴール)』が生まれたけど、だからと言って人間種を排除するのもおかしい。元々困っている人を助けるために始めたクランですからね。困っている人に種族は関係ありませんから。ここは初心にかえるつもりでいきましょう」
「うん。ありがとう」
「ただし!」モモンガが若干語気を強く迫ると、やまいこは半魔巨人(ネフェリム)の身体をビクンと震わす。

「枷という表現は縛っている感じがして嫌です。レール……も進路が強いられている感じがするな。……やっぱ道で良いんじゃないですかね。
 やまいこさんは踏み外したくないって言いましたけど、たまには寄り道しないと気が滅入りますよ。問題は守護者たちの人間蔑視をどう矯正するか、だけど。……やっぱ魔王ロールかなぁ」
「まぁ、魔王でなくても支配者とか。その辺はモモンガさんに任せるよ。ふふふ、それにしても……ふふ」

「な、なんですか。急に笑って……」
「モモンガさんってたまに、一人称が“私”じゃなくて“俺”になるよね」
「っ! あー、テンパるとつい素がでて……。すみません」
「いいよいいよ。社会人ギルドと言っても今は2人しか居ないんだから。もっと砕けた感じで話そうよ。ボクもそうするから。それに“俺”の方が格好良かったよ?」
「か、からかわないで下さいよ。まぁ、砕けることに関しては吝かではありませんが」

 骸骨の顔を恥ずかし気にポリポリと指で掻くと、気分が落ち着いたのか改めてやまいこに向き直る。

「これからも宜しくお願いします。やまいこさん」
「うん。こちらこそ宜しく。モモンガさん」


* * *



 その後、アルベドとデミウルゴスを交え今後のナザリックに付いて話し合った結果、ナザリックの全NPCに向けて演説する事になった。

(どうしてこうなった……。
 いや、必要な事であるのは理解しているのだが……)

≪モモンガさん。ふぁいと≫ やまいこの励ましの声が聞こえるが乾いた笑いしか返せない。

 玉座に座したモモンガが階下を見ると、ナザリックの主だったNPCが全て揃っていた。階層守護者やセバスと戦闘メイド(プレアデス)たち、高レベルのシモベから低レベルの一般メイドまで勢ぞろいだ。なかにはNPCではないが、レアガチャで当てた高位のドラゴンまでもが一堂に会している。まさに圧巻である。
 モモンガの右隣には新たに設置された椅子にやまいこが座り、左側にはアルベドが佇んでいる。

≪これも両手に花って奴なんですかね≫
≪もっと喜んで良いんだよ?≫

 やまいこのそんな言葉に苦笑しつつ、覚悟を決めて口を開く。

「まずはお前達も気になっているだろうから紹介しよう! アインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人が一人、やまいこさんがナザリック地下大墳墓に帰還されたっ!!」

 オオォォォォーッ!と歓喜の声が玉座の間を包む。帰還を祝う言葉が送られる中、やまいこは静かに立ち上がり、落ちついた、しかしはっきりした声で宣言する。

「我が名はやまいこ。ナザリック地下大墳墓へ帰還したことをここに宣言する」再びシモベたちが喜びを大合唱する。その物理的な圧力を感じる程の賛辞を一身に受けながら、やまいこは「ただいま」と手を振っている。

 モモンガが杖で床を小突き、場を鎮める。「お前達のやまいこさんへの想いはよく分かった。嬉しく思う。我が友の帰還というめでたい日だが、残念な事に非常事態である事も同時に告げておこう」その言葉にシモベたちは静かになる。

「現在、ナザリック地下大墳墓は原因不明の事象により未知なる世界へと転移した。この世界がどのような場所なのかは不明。戦闘要員はしばらくの間忙しくなるが尽力してくれ。非戦闘員は普段通り仕事に従事してくれて構わない。詳しいことは各階層守護者に伝えてあるから各人指示を仰ぐように」

 NPCたちの間で微かな動揺が見て取れたが、その目には「異変を乗り切るぞ」と強い意志が感じられた。ここからが本番。モモンガもこの場を乗り切らねばならない。

「さて。――これよりお前達の指標となる方針を厳命する。私とやまいこさんの2人で決めたことだ。ひいてはナザリックの新たな理念ともなるだろう」言葉を区切り、部下達を見渡す。先ほどとは違い引き締まった顔をしている。

「まず初めに、やまいこさんが帰還したことで、ナザリックはこのモモンガとやまいこの2人が支配者となる。今後、もし我々の指示が重なってしまった場合は、ギルドマスターであるこのモモンガの指示を優先する事」

「次に、アインズ・ウール・ゴウンは人間種の参加を長らく認めてこなかったが、この規則を撤廃する」事前に通知していた守護者たちは静かだが、予想した通り、シモベ達から大きなどよめきが生まれる。衝撃が大きかったようだ。
 アルベドの統括らしい威厳のある声が一喝する。

「静まりなさい! まだモモンガ様のお言葉の途中よ」
「よい。アルベド。彼らの疑問はもっともだ」
 静まりかえった広場を見渡す。シモベ達は困惑を隠し切れないでいる。

「守護者たちも改めて聞け。アインズ・ウール・ゴウンの至高の四十一人は確かに人間種と戦い続けてきた。1500人ものプレイヤーに侵攻された事を覚えている者は恨みもあろう。
 ――だが、この世界はユグドラシルでは無い」
『っ!!!!!!』


 ――ユグドラシルでは無い――
 シモベ達は今まで実感が無かったのか、改めて言及された事で異変の重大性に気付いたようだ。


「繰り返し言うがこの世界はユグドラシルでは無い。侵攻してきた者達が人間種の全てではないのだ。価値観を捨てろとは言わん。そうあれと作られた者達も無理に変わる必要はない。ただ、今後出会う人間種は、ユグドラシルの人間種と区別しろと言っているだけだ。
 この世界で出会う人間種の中には、もしかしたらこのナザリックに迎え入れるに足りる者が居るかもしれない。別に馴れ合えと言っているのではない。未知なるものを侮れば必ず足元をすくわれると心せよ」
『はっ!!!』

 そして安心させるよう言い聞かせる。

「創造されてから一度も外へ出た事が無いお前達には分からぬだろうが、至高の四十一人には多くの人間種の友がいたのだ。そもそも、やまいこさんの妹君はエルフだし、階層守護者にはダークエルフ、戦闘メイド(プレアデス)の末妹は人間だ。案外身近に居るものだろう?」

 その言葉に納得したのかシモベ達は幾分か落ち着きを取り戻す。戦闘メイド(プレアデス)たちは若干悩まし気な表情をしているが問題は無いだろう。

「最後に。今後、アインズ・ウール・ゴウンはこの世界に対し、完全なる支配を以て共存共栄の道を模索する。今はまだ準備段階だが、来たる未来、多種多様な種族がこのナザリックのように共存する世界となるだろう。そのために、アインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説とせよ! このナザリックの秩序こそが世界の規範であると知らしめよ! このアインズ・ウール・ゴウンこそが最も偉大なものであることを世に知らしめるのだ!」

 モモンガの覇気に満ちた声を受け、玉座の間の全ての配下が頭を下げる。
 そしてアルベドが配下を代表して宣言する。

「御下命を賜りました。アインズ・ウール・ゴウン、万歳! いと尊きお方、モモンガ様、やまいこ様、ナザリックの威を以てして全ての者が御身の偉大さを知るでしょう!」

 続いて守護者たちも声を上げる。

「アインズ・ウール・ゴウン、万歳! 至高の御方々、モモンガ様とやまいこ様に私どもの全てを奉ります!」
「アインズ・ウール・ゴウン、万歳! ナザリック地下大墳墓全ての者よりの絶対の忠誠を!」

 モモンガとやまいこが賛辞を全身に浴びながらその場を後にしても、しばらく玉座の間は配下たちの繰り返す万歳の連呼で熱気に包まれていた。


* * *



 アルベドが玉座の間に残るシモベ達へ声を掛ける。「皆、今後も御方々の勅命には謹んで従うように。それでは職務に戻りなさい。守護者達は話があるので残るように」。シモベ達がそれぞれの持ち場へと戻っていく中、守護者達はアルベドの前に集まる。その目は新たに始動したアインズ・ウール・ゴウンの為に役に立とうと燃えている。

「話トハ何ダ、アルベド。特別ナ任務デモ受ケタノカ」
「それに関してはデミウルゴスから聞くといいわ。デミウルゴス、お願いね」

「分かりました。では、私からお話し致しましょう。
 明日行われるスレイン法国との会談ですが、モモンガ様とやまいこ様には上位者として振る舞って頂くために“謁見”という形で迎える事になりました。これは今までに得た情報が確かならば、相手も恐らくそれを望んでいるであろう事も加味した判断です。ついては当日、階層守護者各位には80レベル以上の配下を伴って頂きたい。ここまでは宜しいですか?」

「了解でありんす。つまり格の違いを思い知らせる為でありんしょう?」
「理解が早くて助かるよ、シャルティア。交渉の前に何よりも大切なことはガツンと一発殴りつけて、差というものを理解させることです。幸い今回の相手は至高の方々がどれほど偉大な存在かを理解している様子。ならば彼らとナザリックの差を徹底的に知らしめる為に、謁見の場を最大限演出するべきでしょう」
「なるほど。そういうこと」

「それと謁見中はくれぐれも慎むように。たとえ人間共に粗相があろうと先走って誅殺などしないように。これは配下のシモベ達にもきちんと伝えておいて下さい」
「承知シタ」

「あとマーレ。君に手伝ってもらいたい事があるんだ」
「は、はい。ボクでお役に立てるなら、何でもします!」
「ありがとう、マーレ。実はセバスに外の様子を聞いたんだが、ナザリック周辺の森林は手入れが行き届いていないらしい。栄光あるナザリックが客人を迎えるには不相応と言える。そこで上位森司祭(ハイ・ドルイド)である君の力で整備して貰おうと思ってね。具体的な指示はその場で私が出すのであまり気張らなくていいですよ」
「わかりました! ぜ、全力で頑張ります」

「出迎エハドウスルノダ。セバスヤプレアデス達ニ任セルノカ」
「無論、セバスと戦闘メイド(プレアデス)に任せるつもりだ。相手はセバスとソリュシャンの顔しか分からないだろうからね。あとセバス達に付ける護衛はモモンガ様にご協力頂こうかと思っている。高レベルのシモベを召喚して頂こうかと」

 そう言うとデミウルゴスはニコリと微笑むのだった。


* * *



 スレイン法国の最奥に続く廊下を、頬に傷を持つ男が歩いていた。身を包む白い法衣は一般的な神官たちが着るそれではなく、もっと実戦的な趣が見て取れる。彼こそがスレイン法国が抱える非合法活動を主とする特殊工作部隊群、六色聖典の一つ、陽光聖典の隊長ニグン・グリッド・ルーインである。
 陽光聖典。六色聖典の中で一番戦闘行為が多い彼らの主だった任務は、亜人の村落を殲滅することであった。1500万の人口を誇るスレイン法国にも拘らず、部隊は予備役含めわずか100人と少数である。少数ではあるが、隊員たちは普通の魔法詠唱者が到達できる最高レベルの魔法、第三位階の信仰系魔法を習得してた。つまり、エリート中のエリートである。

 ニグンは苛立っていた。通常とは違う()()()()()をもう少しで完遂かというところで、急遽本国へ呼び戻されたのだ。逃した獲物は大きい。苛立ちと共に歩調も荒くなる。死んでいった者たちを思うと心が痛む。任務を完遂してこそ、その死は人類の礎となる事が出来たはずなのに、これでは無駄死にだ。
 こんな事が続くと部下達の士気にも関わる。己を信仰心で完全に塗りつぶせる者なんてそうはいないのだ。

 廊下を渡り終え待合室に入ると先客が居る事に驚き、その相手が誰であるかを確認すると眉を顰める。六色聖典の一つ、漆黒聖典の隊長、若くして神の血を覚醒させた神人“漆黒聖典”その人である。部隊の性質上同じ部屋で顔を合わせるのは稀な事であった。

「これはルーイン殿。お疲れ様です。お待ちしておりました」

 最奥から漏れ聞こえる神官長達の侃侃諤諤たる会議が、この国に何かが起こったことを示唆していた。さらに漆黒聖典と陽光聖典、戦闘に特化した二つの特殊部隊の隊長が揃って呼ばれているのだ。ニグンは心を落ち着かせると漆黒聖典に問いかける。

「私が呼び戻された理由をお伺いしても? 漆黒聖典まで居るという事は荒事だとは思いますが」
「神都に……、神が降臨なされました」
「なんっ!? ですと……」

 予想外の言葉。だが漆黒聖典の若き隊長が冗談を言う性格ではない事はニグンも知っている。だから素直に信じた。思わず大声を出してしまい慌てて声を落とすが、その目には歓喜が見て取れる。神の降臨。スレイン法国に住むものなら誰もが一度は願ったものだ。
 一瞬、祝福の声を掛けようとして思いとどまる。会議の様相。漆黒聖典の堅い表情。そして呼ばれた自分の存在……。

「……まだ六大神に連なる神かは分からない、と?」
「はい。昨日、従属神と思しき者と会いました。明日、謁見予定です。場所は神都西側の森林区」
「……貴殿は()()()だと?」
「従属神は理性的で落ち着いた方でした。初めから対話を求めてこられたので交渉は出来ると思いますが、正直分かりません」

 そういうと漆黒聖典は未だ収まる気配のない会議を窺う。「神官長たち次第」そう言いたいのだろう。

「あの様子では指示もままならないだろう。何をすればいい」
「謁見中、漆黒聖典は神官長たちに付いていくことになります。その間、陽光聖典には一般兵を指揮下に置いて森林区を封鎖してもらいたい。謁見中は如何なる者も近づけないで欲しい」

 当然の対応だ。人類の未来を左右する場に不埒な者が乱入するなんて事があってはならない。神官長達に付いていき、神を拝見したい欲求はあるがニグンは己を弁えている。個として最強が集う漆黒聖典がいる場所に自分がいても役に立たない事を理解している。ならば自分に出来る事で人類に貢献しなければならない。

「了解した。では今から取り掛かろう」



ニグン、土の巫女姫、生存。(死なないとは言っていない)
カルネ村、平和。(エンリが将軍になる日は遠い)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話:謁見

 謁見の日、当日。天気はとても穏やかで過ごしやすい一日になりそうだった。森の中では馬車が使えず、一行は馬に乗って約束の場所へと向かっていた。木漏れ日が心地よく森林浴には申し分ない日和であったが、これから謁見する相手の事を思うと自ずと口数も少なかった。

 出発する直前まで最高執行機関の会議は紛糾したが、取りあえず降臨した神を見極めるまでは国政に関わる人員を一時的に分ける事で一致した。
 謁見に赴くのは火・水・風の神官長たちと、漆黒聖典からは第一席次の漆黒聖典、第五席次の一人師団、第八席次の巨盾万壁、第九席次の疾風走破が選ばれ、今こうして森の中を進んでいた。
 人員を割いたのは万が一が起こった時に残された者たちが民を導く為なのだが、漆黒聖典はその万が一があった場合、国どころか人類の衰退は避けられないと確信していた。難度300の執事と難度170のメイドの主が、彼らより弱いとは到底思えなかったからだ。過去の神話を紐解いても神は絶大な力を振るっていた。戦力を分散したところで神相手では誤差でしかないであろう。

 神官長達を見る。選ばれた神官長は老人2人と女性1人。僅かでも心証を和らいだものにしようとする苦肉の策であり、老い先短い者を死地に送り若手を残す、国としての保身の表れであった。 しかし、彼らは信頼できる人物たちである事も確かだ。
 火の神官長、ベレニス・ナグア・サンティニ。最高執行機関に所属する唯一の女性だ。彼女の深い洞察力は何度も国を救ってきた。
 水の神官長、ジネディーヌ・デラン・グェルフィ。枯れ木の様な老人だが、知識と知恵は並ぶ者がない。
 風の神官長、ドミニク・イーレ・パルトゥーシュ。元陽光聖典に所属し、数多の異種族を滅ぼした聖戦士だ。
 決して捨て駒ではない。彼らは人類の未来を託しても問題ないと判断された者たちなのだ。


 約束の場所に着くと漆黒聖典は困惑した。先日セバスと出会った場所の筈だが、景色が一変していたのだ。鬱蒼とした森林だった場所は小さな広場になっている。奥を見ると目的地に続いているのか5メートル幅ほどの道が伸びており、青々とした芝生が青空に照らされていた。
 視線を広場に戻すと屋根のない豪華な4頭立ての馬車が2台止まっているのが分かる。そして繋がれている馬がおかしい。外見は全身金属鎧を纏った馬なのだが生命を感じない。恐らくゴーレムだろう。
 そして何よりも目を釘付けにしたのは、馬車を取り囲むように宙に浮く6体の天使の姿。獅子の頭と2対の翼を持ち、光り輝く鎧を着用し、その手には目の文様が記された盾と穂先に炎を宿した槍があった。誰かが息を飲むのが聞こえる。
 陽光聖典の隊員が召喚する第三位階魔法<炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)>とは明らかに違う。
 陽光聖典隊長のニグンが召喚する第四位階魔法<監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)>とも違う。
 伝え聞く魔封じの水晶に封じられた第七位階魔法<威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)>とも違う。

 隣を見るとベレニスとジネディーヌが涙を流しながら拝んでいる。だがドミニクの顔色は悪い。同じく漆黒聖典の隊員たちも緊張の色が見える。
 元陽光聖典のドミニクも漆黒聖典の隊員たちも気付いてしまったのだ。この6体の天使が神人と同格かそれ以上の存在であることを。そしてこれから会う神は、この天使たちを戦闘などで窮地に陥った状況ではなく、送迎の馬車を護衛する為だけに召喚できる事に、気付いてしまったのだ。

(((((敵対してはダメだ)))))

「お待ちしておりました、皆さま。どうぞこちらの馬車へ。
短い距離ではありますがご案内させて頂きます」

 天使たちに見とれてしまい不覚にも気付くのに遅れてしまったが、セバスと4人のメイドが一礼して立っていた。メイドの1人は見覚えがあるが残りの3人は初見だ。神に仕える者故か皆恐ろしいほどに美しかった。
 促されるまま馬を降りると「お預かりします」と赤毛のメイドが手際よく馬を集めていく。短いやり取りではあるが、美しいだけではなく振る舞いも完璧なメイドである事が窺えた。一台の馬車に神官長たちと漆黒聖典、もう一台には漆黒聖典の隊員3名が乗り込む。

 出発して間もなく、馬車に並行して飛ぶ天使たちをドミニクがチラチラと落ち着きなく窺っている。元陽光聖典である彼は天使たちが気になって仕方がないのだろう。そんな彼の代わりにセバスへ問いかけることにした。

「セバス様、此方の天使たちは如何なる者たちなのでしょうか」
「これはこれは、先に紹介するべきでしたね。気が付かず申し訳ありません。彼らは我が主人の召喚に従い現れた門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)と呼ばれる者たちです。ただそれ以上の事は存じませんので主人に直接聞いて頂けたら幸いです」
「何位階の召喚魔法かご存知ですか?」
「申し訳ありません。それも存じません」
「そ、そうですか。いえ、お教え頂きありがとうございます」

 いえいえ。と微笑むセバスと漆黒聖典の極々平凡な会話のやり取りを聞いて、神官長たちは若干緊張がほぐれたようだ。この素晴らしい天使たちを召喚した神ならば人類を守護してくださるかもしれない。そんな気がしてきたのだ。

 林道を抜けて目的地に着いた一行はまたしても目を奪われる。鬱蒼とした森から林道を抜けて現れたのは、一面に咲く色彩豊かな花々だった。風が吹けば七色の色彩を以て花びらが舞い、暖かい日差しを受けてキラキラと輝いていた。
 幻想的な花畑の中心に目をやると、終点と思われる遺跡があった。朽ちた神殿を思わせる外観だが、細々とした所を観察すると、その実手入れが行き届いた墳墓であることが分かる。
 馬車が止まり天使たちが墳墓との間を繋ぐように整列すると、もはやその光景は天国のように思えてくる。ここが住み慣れた神都の中だと俄かには信じられない程、神々しい景色だった。

「では皆さま、ご案内させて頂きます」

 あまりの情景に呆けているとセバスから声がかかる。セバスに付いて霊廟の中を案内されると、地下に降りる訳でもなく奥の壁に案内される。その様子に戸惑っているとセバスから説明が入る。

「本来であれば中央の霊廟から複雑な墳墓を経由しなければならないのですが、なにぶん広大で時間もかかるので別の手段を取らせて頂きます。ユリ、転移の準備を」

 ユリと呼ばれた眼鏡をかけた夜会巻きのメイドが、突然何もない空間から人が余裕で通れるほどの大きさの額縁を取り出す。額には不思議な模様が彫刻されており、これがただの額縁ではないことを物語っている。事実、壁に掛けた瞬間、それまでただの石壁だった筈の場所が切り取られたかのように別の景色に変わったのだ。

「っ!!……」
「では、どうぞ。お入り下さい。戦闘メイド(プレアデス)たちはここを守るように」
「畏まりました」

 そう言うとセバスが先導するようにその中へと入る。続いて恐る恐る中へ入るとそこは高い天井と大理石の床に赤い絨毯が敷かれた荘厳な廊下であった。そして突き当りには先ほど壁に掛けられたアイテムと似た、しかし大きさは倍以上ある枠がかかっている。前回のとは違い、今回は向こう側の景色は見えず、代わりに七色に光る薄い膜が広がっていた。

「玉座の間へは直接転移出来ないようになっておりまして、こちらを中継することになります。先ほどと同じように、どうぞお進みください」

 圧倒されるばかりでセバスの落ち着いた声だけが救いだった。
 一行は意を決すると中へと足を踏み入れる。

「いらっしゃいませ」

 一糸乱れぬ歓迎の言葉に迎えられる。先ほどよりも豪華な廊下が伸び、左右には美貌を誇るメイドたちが並んでいる。
 セバスに案内されるまま付いていき、半球状の大きなドーム型の部屋にたどり着いた一行の前には巨大な両開きの門が鎮座している。右側には女神が、左側には悪魔が異常なほど精巧に彫刻されている。

「この奥が玉座の間でございます」セバスが深い一礼を一行に向けると、重厚な扉がゆっくりと開いていく。この先に神がいると考えると進むのに躊躇するが扉は開き続ける。ここまで来てしまってはもう後戻りは出来ない。

 視界に飛び込んできたのは幻想的な景色だった。まるでお伽噺に出てくるような、玉座の間に相応しい荘厳な空間だ。そして一歩進み、左右から迫る形容しがたい気配に目を向けると、一行は後悔した。なぜ、ここに来てしまったのかと。

 心のどこかで慈悲深い神を思い描いていた。礼儀正しい執事のセバスや美貌のメイドたち、そして力強い天使たちの姿、天国と見紛う楽園の様な墳墓の様子。神聖な印象を勝手に思い描いて、期待していたのだ。

 期待していたのだが……。

 悪魔、不死者、竜、精霊、鎧騎士、昆虫。姿形が異なる者たちが通路の左右から一行を見降ろしていた。そのどれもが桁違いの力を持つ者である事は容易に判断できた。無言の視線が物理的な圧力となって押し寄せてくるのだ。
 殺気を放ってきている訳ではない。ただただ居並ぶ上位存在を前に、人間として潜在的な恐怖を感じているのだ。

 そして――


* * *



 漆黒聖典の第九席次――疾風走破――ことクレマンティーヌは、人生の岐路に立たされていた。生まれ変わったというか、憑き物が落ちたというべきか。とにかく、クレマンティーヌは自分が変わってしまった事に気がついた。

 今までの自分はドス黒い何かに凝り固まっていた。何が原因か、今ではハッキリとは思い出せない。それは小さな嫉妬から始まったような気がする。ただ兄が恨めしくて憎らしくて殺してやりたいと常々思っていたのだ。束縛する法国も嫌で嫌で仕方がなかった。漆黒聖典を抜けて自由に生きたいと思っていたし、実際その準備もしていた。

 だけど今日一日で全てが吹っ飛んだ。

 今、自分は神前に居る。ここに来るまでに様々な奇跡を目の当たりにした。天使たちは一体一体が隊長に匹敵していたし、仲間から聞いていた通り執事もメイドも明らかに人の領域を超えていた。初めはコロコロと表情が変わる神官長や兄たちを見て面白がってはいた。だけどその余裕も玉座の間に着くと霧散してしまった。

(……こりゃー、成るようにしかならないわ……)

 玉座の間で自分たちを囲む数多の人外の存在。そのどれもが超越した力を持つ上位存在。多少なりとも強さに自信があったがそれもこの中では塵あくたに過ぎない。神々の視線の前にいかに自分の存在が矮小であるかを思い知らされた。

 横を見ると兄が壊れていた。元々兄は漆黒聖典の中でも信仰心が高い方だった。そんな彼が神を目の当たりにして壊れてしまった。目が狂信者のそれだ。これは自分の知る兄ではない。私が殺したかった兄ではない。違う別の何かになってしまった。
 殺したくて殺したくて堪らなかった兄がいとも容易く目の前から掻き消えた。

 そして兄への執着心が無くなってる事にふと気がついた。あれほど自分の中で渦巻いていたドス黒い何かが消えている。妙に清々しい気分だ。いや、若干昂揚している気がする。上位存在に囲まれて、その視線に晒されることで生存本能が刺激されているのかもしれない。身体が妙に火照っている。敵を滅茶苦茶に蹂躙している時と感覚が似ている。一種の多幸感すら覚える。

 今は国を捨てる前にここへ来られた幸運に感謝している。間違いなくこの墳墓の連中は近い未来、周辺国で何かを起こす。人間の生存圏が限られている以上、その何かから逃れられないだろう。
 ならば強い側に付いた方が良いに決まっている。文字通り神の尖兵として武器を振るうのも面白いかもしれない。この異形種たちが綺麗事だけで済むわけがないのだから。
 この謁見がどう転ぶのか。それが神官長たち任せなのが気に入らないが、頑張って良い方向へ導いてほしい。退屈だったスレイン法国は面白い事になるだろう。きっとそこには()()()()()()があるはずだ。これから起こる事が少し楽しみだ。

 今、目の前に神がいる。

 子供の頃に何度も聞かされた神がいる。

 漆黒聖典が信仰する神がいる。


* * *



 漆黒聖典は見入っていた。彼だけではない。スレイン法国一行の視線全てが玉座に吸い込まれていた。

「スルシャーナ様……」

 誰かが呟いた。いや、自分が呟いたのだろうか。スレイン法国の者なら誰もが知っている神。最後まで人類を守護して下さった神。六大神が一柱、死の神スルシャーナの姿が玉座にあった。神話の中でしか語られることのない存在が目の前に居られるのだ。

 漆黒聖典は手足が震えている事に気付く。呼吸も苦しい。神人ですらこの圧力を感じるのだ。先日連れていた“相手の強さを直視”できる隊員を連れてこなくて良かったと思う。もし連れてきていたら発狂してもおかしくない。
 神官長たちを窺う。後ろからでは表情は窺えないが気絶しないだけ大したものだ。仲間の隊員も顔色は悪いが動けそうだ。「行きましょう」と声を掛けると、足取りは重いがそれでも少しずつ進んでいく。
 一行が玉座の前までなんとか進むと頭を下げ平伏した。

「モモンガ様、やまいこ様。スレイン法国の神官長がお目通りをしたいとの事です」

 玉座の隣に侍る角と翼を持つ美しい女性が神に声をかける。

「良くぞ来られた、スレイン法国の者よ。私がこのナザリック地下大墳墓の主人、モモンガだ」
「同じく、ナザリック地下大墳墓の主人、やまいこ」

 死の神と、隣は悪魔だろうか。このお二人が(ぷれいやー)で間違いないだろう。意外と人間に近い声で神官長たちと話し始める。

「本日はお招き頂き心より感謝いたします。モモンガ様、やまいこ様」
「こちらも色々と情報を欲していてな。そこまで畏まらなくてよい」
「私共にお答え出来るものであれば何なりと」

「うむ。早速だが、お前達はユグドラシルに付いてどこまで知っている?」
「神々が住む世界と聞き及んでおります」

「ではプレイヤーに関してはどう認識している? この国には居ないと聞いたが、プレイヤーが居る国もあるのか?」
「ぷれいやーとは100年周期で降臨される神と認識しております。現在、周辺国でぷれいやーの存在は確認できておりません。ただお隠れになっている可能性はあります」

「隠れている……か。我々プレイヤーに匹敵する存在はこの世界に居るのか?」
竜王(ドラゴンロード)がおりますが、500年前に八欲王との戦いで数を減らしたと聞き及んでおります」
「残った竜王(ドラゴンロード)は何処かの国に属しているのか? 流石にその辺を闊歩している訳はあるまい」
「スレイン法国の北、リ・エスティーゼ王国を挟んだ先にアーグランド評議国がございます。
そこの永久評議員に竜王(ドラゴンロード)が数匹所属しております」
「どのような国だ?」
「申し訳ありません。国交が無く複数の亜人種で構成された国としか分かりません」
「なるほど」

 会話が途切れる。頭を下げたまま周りを改めて窺う。場に慣れたのか、先ほどとは違い幾らか余裕をもって観察できる。モモンガ様は何か思案しているようだった。恐らく会話の流れから竜王(ドラゴンロード)への警戒心が芽生えたようだ。
 玉座の周りを窺う。悪魔、昆虫、双子の闇妖精、少女? 集うどの存在も強大な力を持っているのが分かる。これまでの歴史でこれ程の規模で従属神を従えていた神は居ただろうか。それもどれもが異形種――。

(異形種……のみ)

 ぞわりと不快な感覚が襲う。慌てて広場を窺うと何か嫌な予感を覚えた。セバスは従属神たる力を持っていた。人間では無いと言われても理解できる。ではあのメイドたちは人間なのだろうか……。この墳墓に人間は一人でも居るのだろうか……。神官長たちはアーグランド評議国(亜人種の国)の事を本当に伝えて良かったのだろうか……。我々は何か判断を誤っているのでは……。杞憂で在って欲しいが何とも言えない悪寒が走る。

「話を変えよう。もっと身近な話題。そうだな、このナザリック地下大墳墓が出現した森だが。どのような扱いになっている?」
「はい。国有地となっております。外縁部には小規模の公園が点在し、森林内の狩猟は免許が必要です。また国内で安全に林産物を得られる場所であるため、木の伐採は許可されておりません」
「ふむ。国有地か」
「もしお望みでしたら直ぐにでも森林区をモモンガ様の所有地と致します」
「いや、それには及ばない。民には憩いの場が必要であろう。幸い墳墓は壁に囲まれている。不躾に入ってこなければ問題は無い。その辺はお前達が周知してくれ」
「仰せのままに」

「それと我々はこの世界の通貨を持っていない。そこでナザリックと法国の間で何かしらの物流と、それに関わる金銭取引を行いたいからその辺の打ち合わせをしたい」
「畏まりました。後日、担当官を派遣致します」
「宜しく頼む。――ふむ。此方から今思い付くのはそれぐらいか。法国からは何かあるか?」

 神官長たちが身じろぎした。いよいよだ。

「私共の願いは一つ。このスレイン法国を、ひいては人類を、モモンガ様とやまいこ様のお力で守護して頂きたい。人類は亜人や獣人に食い荒らされ衰退の一途を辿っております。今は法国が辛うじて押し返しておりますがこれも時間の問題でしょう。どうか! 人類の守護を! 切にお願い申し上げます!」

「――断る」

 その一言で広間の温度が下がった気がした。いや、寒気を感じているのはここに居る人間、つまり我々だけであろう。神官長たちが絶句してるのが分かる。

「まあ待て。そんな悲観するな。()()()()()()と付け加えておこう。まず初めに言っておく。伝え聞く容姿が似ているから(すが)りたくなる気持ちは理解できるが、私はスルシャーナでは無い。同郷ではあるし種族も同じだろうが全くの別人だ。種に対する価値観が違うのだ。600年前、六大神は人類の惨状に義憤……いや、義侠心から人類を守護したのだろう。
 だが私は違う。私は死の支配者(オーバーロード)だ。あらゆる生ある者に死が訪れるように私の前では全ての種族が平等だ。弱肉強食による自然淘汰も是としている。
 もし、そんな(死の支配者)が自然の理に逆らって種を守護するとしたなら、それは完全なる支配の下に全ての種が平等に守護される事を意味する。全ての種が自然淘汰から解放され、寿命による死のみが許される。特定の種を贔屓する事は無いのだ。

 スレイン法国の者よ。今一度この広場を見渡すがよい。ここには様々な種が混在するが私の前では皆平等だ。彼らは互いに争う事は無く、このナザリックの為だけにその力を振るう。私がこの世界の人類を守護したなら、人類は彼らと共に歩まねばならない。

 そこで聞く。今のスレイン法国の民に私の支配を受け入れる事は可能か? 人類至上主義を明日から止められるものか? まかり間違って私の配下に手を上げるような事があればそれは私への裏切りとなる。その結果どうなるか、想像できぬ程愚かではあるまい」
「そ、それは……」

 すぐには無理だ。スレイン法国は200年前に従属神を失い、決定的に変わったと聞く。人類至上主義なくして存続はできなかった。それが正義だったのだ。今日明日で変えられるわけがない。急な方向転換は国を分裂しかねない。神官長たちもそれを理解しているからこそ反論できない。

「だから()()()()()()と言ったのだ。時間をやる。お前達が国民の意識改革を導くのだ。手始めに奴隷を解放してみてはどうかな? 神殿の教えも多少は修正が必要だろう。積極的な討伐も徐々に減らすのだ。お前達の代では難しいかもしれないが100年後を見据えて改革を進めるといい。それまでは一方的な守護ではなく対価と共に私の力を貸そうではないか。私は別に人類を見捨てる気も滅ぼす気も無いからな」
「100年後の……未来……」

 漆黒聖典を含め、この場の人間には魅力的な言葉だった。末端の民ではなく国の中枢に携わり、人類の置かれた現状を把握しているからこそ、その言葉に救いを見いだせた。
 国という括りでは無く人類という尺度で見れば、法国は他種族に敵を作り過ぎていたし、人間同士で殺し合う王国や帝国も他種族に侵略されたら長く持たないのは分かりきっている。(ぷれいやー)を失った時から人類は詰んでいるのだ。
 でもモモンガの言葉でまだ修正が利く事が分かった。モモンガは人類を待つと言ってくれている。対価を払えば力も貸してくれるとも。自分たちの代では確かに難しいが、いずれ神の支配下に並ぶ事が出来れば人類は滅亡を免れる事が出来る。
 暫しの沈黙の後、神官長たちは覚悟を決めたようだ。

「モモンガ様。スレイン法国の代表として宣言させて頂きます。今後我々はモモンガ様の守護を賜る為に、法国を改革していく事をお約束します。差し当たりご提案頂いた奴隷の解放と教育から手を付け、法国民の意識改革を行いたいと思います」
「分かった。今後のお前達に期待しよう。お前達の言葉が真実であるなら100年後に次のプレイヤーが転移してくるはずだ。それまでに私の支配下に入り、国力を高めて欲しいものだ。
 次のプレイヤーが異形種狩り……、お前たちが言うところの八欲王寄りである事を前提に備えなければならないからな」

 その言葉が何を意味するのかすぐに理解できた。歴史を繰り返さないように備えなければならない。500年前、八欲王にスルシャーナ様が(しい)され人類は衰退した。それを繰り返してはいけないのだ。

「では今日はこの辺で終わりにするか。有意義な話し合いであった。帰りは我が配下に送らせよう。森林を抜けるのは手間であろう」
「そんな勿体無いお言葉! お気持ちだけで十分です」
「良い。未来の同胞となるかも知れんのだ。遠慮はいらん。
シャルティア。<転移門(ゲート)>で彼らを送ってやれ」
「畏まりんした、モモンガ様」

 返事をした銀髪の美少女が降りてくる。一行の目の前まで来て手をかざすと空間に黒い靄のような塊が生まれる。

「どうぞ。お入りおくんなまし」シャルティアと呼ばれた少女が優雅にお辞儀する。

「あ、ありがとうございます」初めて見る魔法に驚愕しながらも神官長たちは<転移門(ゲート)>の中へと足を進める。

「おっとそうだった。漆黒聖典といったな。お前は残れ。個人的に話がある」
「はっ!」

 なぜ自分だけという疑問が湧くがこの雰囲気なら大丈夫だろう。他の隊員が心配そうな視線を送ってくるが先に帰るよう目配せすると改めて玉座の前に膝を突く。

「面を上げよ。なに、堅い話ではない。折り入って相談があるのだ」
「は! 私にお答え出来る事であれば何なりと」

 暫しの沈黙の後、神が言った。


「実はな、――冒険がしたい」

「はい。……はい?」



マーレが一晩でやってくれました。
クインティア兄妹はナザリックの威光を浴びた。
巨盾万壁、神領縛鎖、カイレ、生存。
カルネ村は今日も平和。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話:夜空

「冒険がしたいのだ」
「冒険……ですか」

 漆黒聖典は困惑しているようだ。謁見の間に一人呼び止められ、言われた事が冒険したいである。神と崇める存在が市井を出歩こうと言うのだ。これは当然の反応だろう。
 モモンガは慌てて取り繕う。

「も、もちろん、情報収集のためだ。私はスレイン法国から得た情報だけを鵜呑みにするほど愚かではない。物事は多角的に捉えてこそ得られる情報に利用価値が生まれるのだ。そこでだ、周辺諸国を旅するうえで現場の人間の意見を聞こうと思ってな。神官長ではなくお前が適任と判断した」
「なるほど。理解致しました。どのような情報をお求めでしょうか」

 漆黒聖典が納得してくれたようでモモンガはほっとする。

「うむ。人間として旅をし、人間の視点でこの世界を観察したい。それを実行する上で何か具体的な案と、ついでにこの世界の常識を簡潔に教えてもらいたい」
「畏まりました。それでは――」

 その後、国家・物価・魔法・武技・生まれながらの異能(タレント)・冒険者・モンスターなどの話を、モモンガとやまいこは驚きと感動を胸に聞いていた。漆黒聖典が語る現実味に溢れる世界に、ゲームでは味わえなかった未知なる浪漫を感じ、好奇心が早くも2人を冒険へと駆り立てる。

≪凄いですね。早くこの世界を見てみたいです≫
≪うん。楽しみ≫
≪でも、冒険者は予想以上に夢の無い職業ですね≫
≪生活がかかっているとなると流石にね。ワールド・サーチャーズの人が聞いたら卒倒しそう≫
≪彼らなら逆に燃えますよ≫
≪確かに。彼らなら迷わず世界に飛び出すか≫

 話を聞く限り冒険者とはモンスター退治専門の傭兵という扱いであった。モモンガが期待していた未知を求める冒険めいた依頼も少なからずあるようだが、殆どは日銭を稼ぐためのモンスター退治や護衛といったものだった。
 もちろん冒険者の実情を知ったところで傭兵稼業で生計を立てる必要の無いモモンガとやまいこの“冒険をしてみたい”という意思は揺るがない。

 この世界で必要そうな知識を大雑把に教わり、旅に向けた具体的な話に移る。

「――という事ですので、まずは冒険者登録をしては如何でしょうか。どの国でも最低限の身分が保障されますし、政治的な圧力にも多少融通が利きます。基本的に冒険者登録をした都市が活動拠点となりますので、諸国を回る事を考えますと王国領のエ・ランテルが各国から丁度中心辺りにあるのでお勧めです」
「王国領? 先の話だと拠点にするには余り魅力的な国とは思えないが……。法国の都市ではだめなのか?」

 モモンガが王国領に難色を示したのは王国の内情が酷い有様だったからだ。国王派閥と貴族派閥で主権を争い、戦争、重税、麻薬と目も当てられない。いくら法国から見た側面であるとはいえ、冒険の活動拠点にするにはいささか躊躇われた。

「いえ。そもそも法国には冒険者組合がありませんので。エ・ランテルは確かに王国領ですが王都から一番遠いので()()()()()()です。街の規模も大きく立地的に各国の情報も集まります。滞在するには申し分ないでしょう。帝国との小競り合いが毎年ありますが、冒険者は徴兵されませんのでこれも問題は無いかと思います」
「なるほど。国の事情を除けば利点は多いか……。ならばエ・ランテルで冒険者登録しよう。それと一つ疑問が生まれたんだが、法国に冒険者組合が無いという事は冒険者として法国の都市に入るのは難しいのか? 身分の保証は?」

「ご安心を。本来は関所で取り調べが必要ですが法国の通行証をご用意致します。それがあれば法国内の都市には自由に出入りできるでしょう。それと諸国を回る上で一つお願いがございます」
「なんだ」
「はい。六色聖典は非合法活動を主とするため秘匿されております。私共に関しては他国の者にご内密にお願いします。特に私共漆黒聖典の事をアーグランド評議国には伝わらないようご配慮願います。竜王(ドラゴンロード)たちは(ぷれいやー)を恨んでおり、私共が保有する(ぷれいやー)から受け継いだ多くの遺産(アイテム)を危険視しております。またその血を受け継ぐ我々の事も快く思っていません。下手に情報が洩れると要らぬ争いが生まれる可能性があります」
「なるほどな。ん? 血を受け継ぐ? そういえばお前は他の者と毛色が違うな。配下の者がお前だけ力が突出していると言っていたが。……もしかしてプレイヤーの血を引いているのか?」
「はい。私は(ぷれいやー)の血を継いでおります。法国では神の血を覚醒した者を神人と呼び優遇しております。国で保護し訓練を施した後、漆黒聖典へ入隊させております」
「ほほう。それは興味深い」

 やまいこや守護者たちも関心があるのか興味津々といった表情で漆黒聖典を見ている。人間蔑視を心配してたけどプレイヤーとの混血も居るならナザリックのシモベ達も馴染めるかもしれない。カルマがマイナスに振り切っているデミウルゴスも微笑んでいるし、これはなかなか幸先が良いんじゃないか?
 漆黒聖典を見ると好奇の目にさらされ居心地が悪そうなので助け舟をだす。

「まあ、その話はまた今度にしよう。うむ、なかなか参考になる話であった。我々も色々と準備があるし今度こそ終わりにしよう。――シャルティア」
「はいでありんす」

 再び<転移門(ゲート)>が開かれると「では、失礼致します」と言って漆黒聖典は戻っていった。


* * *



 ナザリック地下大墳墓第九階層。ロイヤルスイートとして用意されたこの階層には、ギルドメンバーの私室やNPCの部屋、大浴場、食堂、バー、美容院、衣類屋、雑貨店、エステ、ネイルサロン、ラウンジなどなど様々な設備が充実していた。
 ユグドラシルのゲーム上では特に意味の無かった施設だが、現実世界の労働環境が悪かった反動のためかギルドメンバーたちの強い憧れと拘りが具現化したような階層となっている。
 転移後、これらの施設はゲーム時代と異なり実際に稼働し、心血(課金ぱわー)を注いだギルドメンバーが見たら涙を流して喜んだであろう。

 そんな九階層にギルドメンバーの私室が並ぶ区画があった。私室は応接室、寝室、浴室、衣裳部屋、書斎といった具合に基本プリセットが組まれており、ギルドメンバーは各々自分好みに外装を改造していた。
 やまいこは部屋の外装にモダンなプリセットを元に、多めの観葉植物と壁には所々アクアリウムを埋め込むといった改造を施していた。なかなかに落ち着いた感じの雰囲気だ。
 しかし今、部屋の雰囲気とは裏腹に、ユリとシズを伴いこれから寝室に()()()()するやまいこの表情は硬い。

「ユリ、シズ。覚悟はいい?」
『はい』

 返事を聞き一呼吸。扉を開けるとそれはもう在り得ないほど散らかった部屋だった。アイテムが足の踏み場も無いほど床に散らばり、まさに汚部屋と呼ぶに相応しい状態だ。一般メイドが部屋の掃除に来るものの、寝室に転がる至高の御方の私物を勝手に動かす訳にもいかず放置されていたのだ。
 ユリが眩暈を覚えたのか一瞬ふらつき、シズがそっと支える。造物主の見たくは無かった一面を目の当たりにして動揺したのかもしれない。

「一応名誉の為に言っておくけど、ボクはもうちょい綺麗好きだから。これは明美から引き取ったアイテムを急遽突っ込んだだけだから。本当」
「もちろん承知しております」
「じゃあ、始めようか」

 その言葉を合図にやまいこ、ユリ、シズの三人は片付け作業を開始する。あれはそっちこれはあっちと分類しながらテキパキと片付ける。
 作業も進み、床も普通に歩けるようになったころ、やまいこが何かを見つけたのか声を上げる。

「あったあった。良かったー、見つかって」
「何かお探しだったのですか?」
「うん。これね」

 やまいこが差し出した箱には指輪が二個収められていた。

「魔法の指輪ですか」
「そうそう。効果は見てもらった方が早いか。片付けはもういいから2人とも衣装部屋に行こう」

≪モモンガさん。今いいですか?≫
≪はい。ちょうど会議が終わったところです。どうしました?≫
≪ボクの部屋に来てください。渡したいものがあるので≫
≪分かりました。すぐに伺います≫


 しばらくして扉がノックされた。ユリがモモンガを出迎えるとそのまま衣裳部屋へと案内する。

「モモンガ様をお連れしました」
「ありがとう。モモンガさん、どう?」

 大きな姿見の前で黒髪黒目の人間の中年女性がポーズをとる。前髪を左右に分け、日本人らしい癖の無い黒髪を肩辺りで揃えている。丸味は無いがボブカットと呼ばれる髪型だっただろうか。

「え、やまいこさん?」
「驚いた? マジックアイテムで人間に変身中ー」
「凄いですね。幻術じゃなくて変身なんですか?」
「うん。シェイプチェンジが込められた指輪の効果。という訳で、はいこれ。モモンガさんの分」

 モモンガに指輪を手渡すと、さあさあと姿見の前に引っ張る。

「良いんですか?」
「いいよ。人間の街に行くのに死の支配者(オーバーロード)半魔巨人(ネフィリム)のままじゃ不味いでしょ。元々ボクと妹が知り合いのギルドに遊びに行くとき使っていた物だから」

 そのギルドは人間種の女性アバターだけで構成され、争い事には疎く主に外装データの情報交換や装備のクリエイト依頼などをこなす生産系のギルドである。アイテムの売買以外にも女性プレイヤーたちの溜まり場にもなっており、女死会ギルドなんて揶揄もされていた。
 しかし客の多くが人間種だったためギルド拠点も街に近く、異形種には近寄りがたい場所であった。それを解決したのが妹の用意してくれたこの指輪という訳だ。人間種の妹の分まで用意されていたのは逆の状況にも対応するためであった。

「では、ありがたくお借りします」

 モモンガが指輪を嵌めると、骸骨の身体が徐々に人間の姿へと変わっていく。変身が終わると姿見の前にはやまいこと同じ黒髪黒目、やや痩せ気味の中年男性になったモモンガがいた。現実の姿に近い気がする。

「へぇ。特撮の変身シーンみたいで面白いですね」モモンガは物珍し気に手をワキワキさせたり頬を撫でている。この世界にきて初めての感触を味わう。()も確認したいが流石に女性の前では出来ない。

「一応顔の調整が出来るみたいだから。今から2人で整えるよ」
「え、このままで良いんじゃないですか?」
「甘い。甘いよモモンガさん。これから冒険者ロールを始める上で顔は重要だよ」
「そ、そうですか?」
「ゲーム時代はアバターだし、クエストの発注はNPCだったから気にしなくてもよかったけど、ここは現実世界。つまり交渉相手は生きた人間。第一印象は大切。営業は顔だよ、モモンガさん」

 冒険者にも営業が必要なのは理解できなくもないが、教師が営業職を前にして説く内容がこれで良いのだろうか……。
 珍しく押しの強いやまいこを見る。実年齢は聞いた事が無いがモモンガと大して変わらないように見える。社会人ともなると年齢なんて余程離れていないと気にするものでもない。そこそこ整っている顔は改めて弄る必要は無いように思える。ふと何かに気付いたのかモモンガはユリに視線を移す。

「やまいこさん。……もしかして自分をモデルにユリを作りました?」
「っ!? ちょ、ちょっと! 見るな! 偶然だから!」

 やまいこはユリと見比べてくるモモンガを押しやり、いやいやをするように腕で顔を隠す。ユリも顔を赤らめているがどことなく嬉しそうだ。

「あー……、はい。偶然ですね」
「っ! 信じてないな!?」
「痛い! ちょ、御免なさい! 蹴らないで下さい!」

 騒がしい問答の末、両者は姿見に向き直ると()()()()修正する事にした。
 モモンガは顔の彫りが若干深くなり、冴えないおっさんから中の上、()()()()()()()にランクアップ……した筈だ。やまいこはユリと姉妹と言い張れる程、若返っていた。本人曰く「目尻と鼻の小皺を取っただけ」である。

「うん。こんなもんで良いでしょ」
「幻術じゃ普段の生活に限界があるし心配だったんですよ。正直助かりました」
「よし。じゃぁ、人間になれたことだし、さっそく行くよ! モモンガさん!」
「え? 冒険ですか!? まだ他にも準備が――」

「――っ違うっ! 食堂っ! ご飯!!」
「おわぁ!!?」

 食堂へモモンガを引っ立てて行くやまいこに、ユリとシズは慌てて付いていくのであった。


* * *



 一般メイドたちの食事時間とずれていた為か食堂は空いていた。だが逆に厨房は慌ただしい。見慣れないNPCが来たと思ったら実は至高の御方々だと気付いた料理長たちの慌てぶりは気の毒なほどで、ユリとシズは申し訳なさで一杯であった。事前に伝える事が出来れば御身に仕える者として完璧な仕事が出来たはずだが、こうして急に押しかけてしまってはその対応にも綻びがでるかもしれない。せめてこれ以上厨房が混乱しないようフォローすべきであろう。
 本来はビュッフェスタイルなのだがモモンガとやまいこを説得し席に着かせると、ユリとシズは2人の為に給仕をする。

 程なく運ばれてきた料理を前にモモンガとやまいこは思わず固まる。ステーキ味の液状食料が当たり前のようにある現実世界では、余程裕福でなければお目に掛かれない豪華な料理が並べられていく。このナザリックで出される料理に興味があったものの、いざ目の前にすると最初の一口を食べるのに尻込みしてしまう。料理の香りだけで圧倒されているのだ。

 意を決してやまいこが目の前の料理に手を付ける。ユリに聞くと「鶏のトマト煮込み、マッシュポテト添え」だそうだ。軽く焼き目のついた鶏のもも肉をトマトソースと白ワインで柔らかくなるまで煮込み、少量のバジルが塗してある。付け合わせにマッシュポテトが添えられており、食欲をそそる酸味のあるトマトの香りがする一品である。
 柔らかく煮込まれた鶏のもも肉にナイフを入れると染みこんだソースが肉汁と共に溢れ、その様子に「本物のお肉だー」とやまいこは感動している。
 そして一口サイズに切り分けたもも肉を恐る恐る口に運ぶ。

「っ!! 美味しい!」ぐっと天を仰ぐやまいこに釣られるようにモモンガも食べ始める。

「これは……。食事にはあまり執着が無かったんですが……、価値観が変わりそうです」
「あー、美味しいよう。明美様々だよー」
「こんなに美味しい食事が出来るだなんて。アンデッドだから諦めていたんですよ。いくら感謝しても足りないくらいです」

 モモンガとやまいこは明美に感謝しながらナザリックの贅を尽くした料理を堪能した。
 そしてデザートの洋菓子を食べながら冒険の話に戻る。

「モモンガさん。聞いた感じだとうちらの装備、神器級(ゴッズ)だと強すぎて悪目立ちしちゃうよね?」
「うーん。伝説級(レジェンド)聖遺物(レリック)で固めましょうか」

 装備のレアリティは悩ましい問題であった。旅をする際、変に悪目立ちはしたくない。しかし指輪の力で種族が人間になっている為、アンデッドの種族特性が失われて一部弱体化している能力がある。防具や装飾品、指輪などで諸々弱点を補わなければならないだろう。そうなると遺産級(レガシー)以下のアイテムでは心許無い。

「あ、そうだ。冒険者ロールをする上で外装を統一したいんだけど、リクエストしていいかな」
「ユニフォームみたいなものですか? 良いですよ。指輪のお陰で一番の心配事が解消されたので私からは特にありません。お任せします」
「りょーかい。ところで、モモンガさんは魔法詠唱者(マジックキャスター)で行くの?」
「そのつもりです。前衛職に興味があったんですが、グレートソードを装備出来ませんでした。
ゲームの縛りがこの世界にも生きているようです」

「じゃぁ、今まで通りモモンガさんが後衛やるなら前衛に回ろうか。ボク一応モンクだからね」
「ヒーラーに前衛を任せるのは心苦しいですけどお願いします。現地の戦力を考えると大丈夫だと思いますが」
「大成した魔法使いで第三位階だもんね。英雄で第五位階でしょ? 余裕だと思うよ。それに装備換装のショートカットも使えるみたいだから本気装備も登録しておけば問題は無いでしょ」

 話題が一段落したところで周りを見渡すと、一般メイドたちが物珍し気にこちらを窺っている。流石に至高の存在が食堂でいつまでもお喋りする訳にはいかないようだ。

「ユリ。ボクたちは戻る。通常業務に戻りなさい。シズも今日はありがとう」
「畏まりました」
「勿体無いお言葉。片付け、いつでも手伝う」

 ユリたちと別れるとモモンガとやまいこはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力で第一階層に転移する。この指輪で行ける一番地表に近い所、中央霊廟だ。本格的に旅へ出る前に外の世界を見て置きたかったのだ。
 外へ出る直前に出会ったデミウルゴスがモモンガとやまいこの容姿に驚く一幕があったが、今は護衛を申し出て後ろに付き従っている。

 外へ出ると夜だった。昼間の謁見から随分時間が経っていたようで外はすっかり暗くなっている。思えばメイドたちが食堂に現れたのは夕食の時間だったのかもしれない。

「これは凄いな……」

 一歩外へ出るとモモンガは思わず感嘆の声を上げる。墳墓は森に囲まれており街の明かりが届かない場所だが、墳墓を取り囲む目の前の花畑は月光によって幻想的に照らされていた。

「これが月光……。月明かりだけでこんなに見通せるなんて……」
「やまいこさん。飛んでみましょう」

 モモンガが<全体飛行(マス・フライ)>を唱えると3人が身体が宙に浮く。
 そしてただひたすらに真っすぐ、一直線に高く高く上昇する。上は満天の星。眼下にはスレイン法国の街明かりが遠くまで見える。

「空気が凄く澄んでいる。これが夜空なんだ」
「ブルー・プラネットさんに見せてあげたいですね」
「きっと蘊蓄(うんちく)が止まらなくなるよ?」

 自然を愛して止まないギルドメンバーを想い、2人は静かに現実世界ではとうの昔に失われてしまった美しい自然を眺める。現実世界では大気汚染・水質汚染・土壌汚染が致命的なまでに地球の環境破壊を招き、人間は人工心肺無しでは外で活動出来ない程であった。

「はぁ。空気がこんなに美味しいだなんて」
「守りたいですね。この自然を」

「でしたら、ナザリックの政策に自然保護を取り入れては如何でしょうか」
「デミウルゴス。魅力的な提案だがそれでは不十分だ。環境破壊は人口増加と産業の発展による副次的なものだ。文明そのものを管理せねば自然環境は守れないのだよ」
「モモンガさん。この世界には魔法がある。マーレのような森司祭(ドルイド)の育成に力を入れるのはどうかな? 森司祭(ドルイド)を優遇する制度を作って素質のある者が集まれば、自然の管理もし易くなるかもしれない」
「そうですね。魔法省でも作って色々研究させるもの面白いかもしれない」
「ご許可頂ければ早急に草案をまとめさせていただきます」
「草案に関してはデミウルゴスとアルベドに任せよう。だが急務なのは先程の会議で挙がっていた消耗品の代替品発見だ。デミウルゴスにはスクロールの材料を最優先で探してもらいたい。森司祭(ドルイド)や魔法省の件は余裕が出来るまで後回しだ」
「畏まりました。このデミウルゴス、必ずやスクロールの素材を見つけてまいります」
「うむ。期待しているぞ。では、この星空を後にするのは名残惜しいがナザリックに戻るとしよう。冒険者用の装備を用意しなければならないからな」

 モモンガ、やまいこ、デミウルゴスの三人は煌びやかな夜空を後にした。



デミウルゴスは微笑んでいる。

独自設定
・自室の外装カスタム要素
・シェイプチェンジ=種族変更
・女死会ギルド


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冒険 第6話:冒険者

 リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国の3ヵ国にとって要所となる境界に、王国領の城塞都市エ・ランテルがある。城塞都市を冠する通り3重の城壁に囲まれた堅牢な都市で、中心から行政区、市街区、駐屯区と分けられている。
 物々しい都市ではあるが3ヵ国を繋ぐ地理的な利便性から多くの人や物資が流入する都市であり、その市街区には大いに活気があった。

 市街区の大通りに面した一番大きな中央広場には様々な露店が並び、生野菜から出来合いの料理、生活用品から武具などを求める人々で賑わっている。
 広場を囲むように背の高い建物が立ち並んでおり、中でも木造5階建ての建築物は見事な外観で多くの人が出入りしている。この建物こそが「冒険者組合」。市民から請け負う小さな依頼から国から請け負うモンスターの討伐依頼など、様々な依頼を提供する斡旋所だ。

 冒険者組合の両開きの扉から出てきた3人組に周囲の注目が集まる。その首には真新しい(カッパー)のプレートを下げており、駆け出しの冒険者である事が窺える。それだけならありふれた新人冒険者だが彼らの容姿が注目を集めたのだ。
 黒髪黒目の男女が一組、金髪の女が一人。この地域では珍しい黒髪はもちろんだがその服装にも周りの視線を集める原因があった。

 広場には多くの冒険者がおり、この3人を見かけた誰もが困惑している。彼らは興味本位で見ている訳ではなく、実利を伴って新人がどういう奴なのか観察しているのである。今後味方になり命を預ける相手かもしれないし、場合によっては商売敵になるかもしれない相手だ。背格好で差別されるような世界では無い。過去にも奇抜な格好で注目を集めようとする若手がいたのは確かだ。ただこの3人は少々()()()()()()()()が否めない。

 スーツと猫耳である。

 異邦人2人は南方の国でよく見かけるスーツを着ていて冒険者には見えない。金髪の女はスーツでは無いが黒い猫耳と尻尾を生やしており、マントの下は露出度の高い下着のような格好だ。そして3人とも服装の色が黒いのである。
 さらに金髪の女がエストックとスティレットを数本装備しているが、スーツの2人には装備らしい装備が見当たらない。ここまでチームの実態が見えてこないのは珍しく、どう接するべきか皆掴みかねていた。

「マイ。本当にこれで行くのか?」
「モモン。大丈夫だって! クレマンティーヌもそう思うでしょ?」
「似合ってる似合ってる♪ てかモモンちゃん気にしすぎだって」
「そうか? 周りの目が気になるんだが……」

 件の3人はモモンガとやまいこ。そして道案内で付いてきた漆黒聖典の隊員、疾風走破ことクレマンティーヌである。お忍びの調査にユグドラシルのキャラクター名をそのまま名乗るのは不味いという事で、冒険者として活動する際は、モモンガはモモン、やまいこはマイと名乗る事にしたのだった。
 ちなみにやまいこの顔はいつの間にかユリと並んでも遜色の無いほど美人になっているが、モモンガはあえて突っ込んでいない。元々()()似ていただけに最早姉妹と言い切れるレベルだった。

「憧れてたんだよー。防塵素材でゴワゴワしてない本物のスーツ!」
「もちろんこんな上等なスーツは着たこと無いんだけど、仕事(リアル)を思い出して……複雑」

 2人が揃って着ているのは現実世界ではもはや富裕層の間でしか現存していないスリーピースのスーツであった。黒い生地には薄いストライプ、八つボタンの黒いベストからは濃い灰色のワイシャツとワインレッドのネクタイが覗いている。黒革の手袋に黒革の靴を履いており、ネクタイを除けば第一印象は「黒い」である。教師や営業職より殺し屋に見える。

「クレマンティーヌはどう? その装備、気に入った?」

 クレマンティーヌも黒い装いだがこちらはスーツとは違い露出が高い格好をしている。マントの下は下着めいた格好で、その引き締まった身体を必要最低限の装甲で守っている。目を引くのはやはり金髪からぴょこんと覗いている黒い猫耳と、腰のあたりから生えている黒い猫の尻尾だろう。本人のネコ科の動物を思わせる愛くるしい顔によく似合っていた。

「最っ高! 大・満・足!!」
「道中でクレマンティーヌの戦い方は分かったからね。それに頑張ったご褒美だから」

 そう。クレマンティーヌは頑張ったのだ。エ・ランテルまでの道中、モモンガとやまいこへ施した戦闘指南や、別途クレマンティーヌを対象にした実験の数々に付き合ったご褒美なのだ。

 クレマンティーヌは実験を思い出すとぶるっと震える。戦闘指南は刺激的で楽しかったし、<負の接触(ネガティブ・タッチ)>も不快感はあったが我慢できた。
 しかし、回復魔法の効果を確認する為に片腕を()()()吹っ飛ばされるとは思っていなかった。極め付けは、やまいこに身体を拘束された状態で行われた<絶望のオーラ>の実験は、肉体よりも精神への苦痛だった事もあり正直辛かった。<絶望のオーラ>が具体的にどんなものなのかはクレマンティーヌに判断出来なかったが、一段階目と言われたそれは恐怖を感じたものの耐える事が出来た。
 でも二段階目で不覚にも失禁してしまい、泣きながら逃げようと足掻いたがやまいこの拘束を解くことは叶わなかった。
 三段階目から先は自分がどうなったのかさえ覚えていない。犬がわんわん鳴く幻覚をみた気がするが、やまいこ曰く発狂したらしいのできっと酷い有様だったに違いない。実際下半身から色々と垂れ流していたから酷かったのだが……。

 気が付くとテントで横になっており、精神が無事なのを確認されると<火属性付与Ⅲ(エンチャント・ファイアー)>と<刺突攻撃Ⅲ>が付与されたエストック、<火属性無効化(エネルギーイミュニティ・ファイヤー)>と<生命力持続回復(リジェネート)>が付与された女王のビキニアーマー、<回避上昇><攻撃速度微増><致命成功率微増><致命攻撃力微増>のセット効果のある猫耳と尻尾、<疲労無効>の指輪が下賜されたのだ。

「エストックとビキニアーマーはあげる。猫耳セットと指輪は貸出だから失くさないようにね」
「はーい」

 クレマンティーヌは純粋に嬉しかった。この二人はしっかりと自分を理解してくれている。用意された装備は自分の戦闘スタイルにぴったり合っていた。
 猫耳セットは若干恥ずかしいがいずれ慣れるだろう。ともすれば()()カイレと同じような目で見られるかもしれないが、自分の戦闘スタイルを考えると老いてまで酔狂な格好をする気は無い。今だから出来る格好だ。年齢的にはあと5~6年で肉体的な絶頂期を迎えるだろう。それまで最高の性能を引き出せるならどんな格好でもするつもりだった。

「でも、いきおいで私もチームに入っちゃったけど良かったのかな? チームバランス的には私より従属神の方々が適任だと思うけど」

 当初、モモンガとやまいこだけでチームを組む予定だったが、冒険者組合の受付嬢から(カッパー)で2人組だと受けられる仕事がかなり限られてしまうとアドバイスを貰ったのだ。そこで白羽の矢が立ったのがここまで道案内してきたクレマンティーヌであった。

「構わない。彼らは確かに強いが冒険者としては過剰だし、この世界の事を何も知らないからな。こっちの世界を知っていて強さも兼ね揃えた者が望ましい。その点では漆黒聖典の隊員は適任だ。事後承諾だが先ほど<伝言(メッセージ)>で隊長にも許可は取ったから安心しろ」
「はーい。じゃーこれから宜しくー」
「……意外と普通に話すんだな。こっちも気楽でいいけど」
「いやー、そうして欲しいって言われたし、外見が人間だと接しやすい、みたいな?」

 なるほどと頷きながらモモンガは納得する。正直彼女(クレマンティーヌ)の明け透けな態度はありがたかった。冒険者チームなのに妙な上下関係があると要らぬ噂が立ちかねないからだ。

「んじゃー宿屋にいきますかー」
「一応受付嬢に勧められた宿にしようか。場所分かる?」
「まっかせて~」

 広場を離れる3人を、広場の冒険者たちは不思議な物を見るような表情で見送るのだった。


* * *



 ナザリック地下大墳墓第十階層、玉座の間に階層守護者とセバス、戦闘メイド(プレアデス)が集まっていた。一同を見渡すとアルベドが静かに口を開く。

「では皆、会議を始めるわ。次に皆が揃って会えるのは当分先になると思うから心して聞いてちょうだい。モモンガ様のご指示に従い今後は定期的に報告会を開く事になったのは事前に通達した通りよ。外での仕事がある者は<伝言(メッセージ)>での連絡を忘れないように。現時点ではナザリックの存在を伏せて活動する事。
 それとやまいこ様の発案でシモベ達の身体測定をする事になったから、各自ペストーニャの所へ行って測定してもらうように」

「身体測定でありんすか?」
「そうよ。やまいこ様はこの世界での生理的な影響を危惧されておられるわ。魔法のルールが若干変わっている事を考えると無いとも言えない問題だから、2ヵ月毎に1年間は計測するとの事。その後問題が無いようなら廃止するそうよ」

「私はアンデッドでありんすし成長しないと思いんすが……」
「自分モ成虫ダカラ成長ハシナイト思ウノダガ……」
「それでもよ。外で仕事がある者は出かける前に忘れずにね」

 デミウルゴス、セバス、ソリュシャンが了解の意を示す。デミウルゴスはスクロール素材の探索、セバスとソリュシャンは法国の商人に成り済まして帝国と王国の情報収集をする予定だ。

「身体測定に関しては以上よ。次に、ユリ、ルプスレギナ、ナーベラルには急な来客に備えて貰うわ。モモンガ様からグリーンシークレットハウスをお借りしているから墳墓入口で待機してちょうだい。休憩は交代で、無人にならないよう気を付けて」
『畏まりました』

「他の者は警戒レベルを通常に戻してナザリックの警護に当たるように」
「了解でありんす。……はぁ、それにしても……」
「どうしたの? シャルティア。成長しない胸を測定するのが嫌?」
「ち! ちゃうわ! モモンガ様とやまいこ様に護衛を付けられなかったのが心配でありんすよ!!」

 階層守護者たちは冒険に出る至高の御方に、当然護衛を付けるつもりであった。階層守護者でなくてもせめて戦闘メイド(プレアデス)の誰かをお供にと進言したが聞き入れられなかったのだ。
 不安顔の仲間たちにデミウルゴスは声をかける。

「それに関しては致し方が無い事だと思いますよ、シャルティア。私が至高の御方と同じ立場であれば、やはり同じ判断を下したでしょう」
「っ! ……理由を教えておくんなまし」
「簡単な事です。我々階層守護者は子も同然。未知なる危険に晒したくはない――と慈悲深い御方々は仰られるだろうけど、実際は我々が不甲斐無いからに過ぎません。皆さんもお忘れではないと思いますが、ナザリックがこの世界に転移した際、ここに居る誰一人としてその異変に気付くことが出来なかった。守護者として信頼を失って当然です」

 空気が重くなる。デミウルゴスの言う通り、あの時この場の誰も異変に気付くことが出来なかった。セバスの報告を聞くまで確信が持てなかったのだ。

「だからこそ我々は与えられた任務を確実に遂行し、失った信用を取り戻さねばなりません」
「デミウルゴスの言う通りよ。御身の心配ももっともだけれど、私達の在り様にも気を配るべきだと思うわ。まずは信用を取り戻す事。皆も肝に銘じなさい」

 アルベドのその言葉に一同は神妙に頷いた。
 そして暗い空気を追い払うかのようにデミウルゴスは話題を変える。

「しかし、驚くべきは至高の方々が人間に変身出来るという事実。正直、初めてお見かけした時は目を見張りました」
「指輪ノ(ちから)ト伺ッタゾ」
「は、はい。僕も伺いました。ユグドラシルの時と効果が微妙に変わっていると仰っていました」
「ほう、それは興味深い。マーレ、どのように効果が変わったかは聞いているかい?」
「えっと。あの、確かユグドラシルでは自由に種族を選択できたとか……。でもこの世界ではそれが出来ず『深く理解している種族』に限定されてしまっていると……」
「ふむ。深く理解している種族……ですか。これは考えようによってはアルベドにもチャンスがあるかもしれませんねえ」
「わ、私!?」

 受肉したモモンガを想像し悶々していたアルベドは急に話を振られて焦る。

「はい。モモンガ様にサキュバス、又はその近親種について深くご理解して頂ければアルベドとの間に子をも――」
「ちょ、ちょっと待つでありんす!! こ、ここでわたしたちが勝手に進めていい話ではありんせん!」

 シャルティアが慌ててデミウルゴスの言葉を遮ると、アルベドも追随する。

「そ、そうよ! この話はここまでにしましょう!」
「これは意外ですね。アルベドなら喜んで話に乗ると思いましたが」
「とんでもない! モモンガ様にはやまいこ様がいらっしゃるじゃない!」
「確かに至高の方々同士であればこれに勝るものはありませんが。御方を抜きにしても……、個人的には神人の件もありますしナザリックの戦力増強の為に私たち(NPC)だけでも繁殖実験はしてみたいのですが」

「勝手な繁殖実験はダメよ。ナザリック地下大墳墓の維持運営費用は至高の御方々が厳密な計算の上でシモベたちを召喚しているんだから。
 と、とにかく! この話は事を急いてするものではないわ。私としても御寵愛を受けたいのはやまやまだけれど、御二人の関係が固まってからでも遅くないと思っているの。ね、セバスもそう思うでしょ?」

 今度はセバスがアルベドに話を振られたが、彼は空気を読んで同意する。

「はい。ナザリックが転移する直前のご様子を思えば、御二方をそっと見守るのも有りかと」
「セバス。御二人のご様子とは?」

 食いついたデミウルゴスに若干の面倒臭さを感じたがそれをおくびにも出さずセバスは答える。

「この世界へ転移する直前、玉座に座られたモモンガ様は膝の上にやまいこ様を乗せられると、それはもう仲睦まじく過ごされておりました。具体的には――」

 何故そんな細かい所まで覚えているんだと疑問に思うほど詳細に説明するセバスの話に、あの時の光景を思い出したのかアルベドと戦闘メイド(プレアデス)たちが顔をほのかに赤らめる。その様子にデミウルゴスも何かを納得したのか「なるほど」と頷く。

「この世界に来て初めての朗報と言ったところでしょうか。分かりました。御方のご子息に関しては暫くは見守るとしましょう。繁殖実験に関しては申請書を提出し御方の判断を仰ぐとしましょうか」

 デミウルゴスの言葉にほっとしたアルベドはこれ以上話が拗れないうちに守護者統括として場をまとめる。

「ではこれにて会議を終了するわ。各員仕事に執りかかってちょうだい」

 一同は礼をするとそれぞれの想いを胸に解散したのだった。


* * *



 城塞都市エ・ランテル、居住区外縁側の通りをモモンガ一行は進む。冒険者組合があった先ほどの大通りと比べると建物の背は低く、小さな商店や住宅が立ち並んでいる。一行はクレマンティーヌの案内の下、受付嬢が教えてくれた新米冒険者用の安宿へと到着した。
 両開きのウエスタンドアを開けて入ると一階は酒場にもなっているのか意外なほど広く奥行きもある。雑多に並べられた丸テーブルには幾人かの冒険者たちが席に着き、食事や雑談をしているのが見える。
 モモンガは受付らしきカウンターで店の主人と思しき屈強そうな男に声をかける。主人は元冒険者なのか体には細かな傷が目立つなかなかの偉丈夫だ。

「部屋を借りたい」
「何泊だ?」普段から冒険者たちを相手にしているだけにその濁声(だみごえ)は堂々としていた。

「一泊でお願いしたい」
「相部屋で一日五銅貨、飯はオートミールと野菜。肉が欲しけりゃ追加で一銅貨だ」
「出来れば3人部屋を希望したいんだが」

 主人がちらりとやまいことクレマンティーヌへ視線を向ける。

「3人チームか。すまないがこの宿には相部屋の他は二人部屋と四人部屋しかない。二人部屋は一日七銅貨、四人部屋は一日一銀貨だ」
「四人部屋で頼む」
「前払いだ。部屋へは奥の階段から3階突き当り。これが鍵だ」

 料金を払い鍵を受け取るとモモンガたちは歩き始める。が、それを邪魔するかのように酒場の丸テーブルから足が出された。
 立ち止まって足の持ち主を観察すると(アイアン)のプレートをしており、嫌らしい薄笑いを浮かべている。宿屋の中という事もあり物々しい装備はしておらずラフな格好だ。同じテーブルを囲む者たちもその風体は似通っており恐らく冒険者チームなのだろう。

(やれやれ……)

 モモンガはこの挑発に乗ることにし、その足を軽く蹴りはらう。

「おいおい、痛いじゃねぇか」男は待っていましたと言わんばかりに立ち上がり、ドスの利いた声で威圧しながらゆっくりとモモンガににじり寄る。

(主人も他の客も見ているだけで止めようとしない。つまりあれだ。新人いびりの一環、手荒い歓迎って奴だな。ユグドラシルにも居たっけ。こんな風に絡んでくるNPCが)

 ここでの対応次第で冒険者としての前評判が変わりそうだなと思ったモモンガは、そんな思考をする自分に苦笑する。

「ふっ。まるでゲームだな」
「……野郎」

 モモンガにおちょくられたと思った男の目に怒りの感情が宿る。しかし視線が後ろに控えるやまいことクレマンティーヌを捉えると、その怒りが粘ついた物へと変わる。

「てめぇはむかつく野郎だが……俺は寛大でな。そっちの女を一晩貸してくれたら許してやるぞ?」

 後ろに居て見えないがクレマンティーヌの方から微かな殺意を感じる。分かり易いくらいに下卑た挑発だが、チームメイトをその辺の娼婦と同じように扱われては頃合いだろう。

(大事になる前にさっさと終わらそう)

 モモンガが男の胸倉を掴もうとした瞬間、二人の間に素早く割って入る影が一つ。

「え!?」

 やまいこが流れるような動きでモモンガの前に滑り込むと僅かに身を沈め、上半身を捻るようにして差し出した左腕の正拳を男の腹へ叩き込む。
 強烈な一撃を腹に受けた男が堪らず前屈みになるのに合わせ、やまいこは一歩踏み出した右足で男のつま先を固定すると突き出された男の顎に真下から腰だめた右手の拳を垂直に放つ。
 ゴキャッ!と嫌な音を立てて、意識を刈り取られた男がその場に崩れ落ちる。

 回避はおろか抵抗すら出来ずに男が倒された事に、それまで周りで様子を見ていた客たちからどよめきが起こる。やまいこの身のこなしが(カッパー)のそれでは無かったからだ。

「モモン、こいつ弱いよ」
「あ、あぁ……。マイ、もう少し手加減した方が良いと思うぞ」

 やまいこがいきなり直接的な手段に出るとは思わなかったモモンガは内心ドキドキが止まらない。当のやまいこは相手の予想外の弱さに驚いた表情をしている。

「クレマンティーヌを基準にしちゃったからな……」
「自分で言うのもなんだけど、私これでも英雄の領域に片足突っ込んでるからねぇ」

 クレマンティーヌは倒れている男を見ながらケラケラと笑っている。倒れた男を見下ろすと顎が粉砕されていた。道中、ゴブリンなどで加減を学んでいなかったら頭が吹き飛んでいたかもしれない。

(自分も気を付けないと簡単に人間を殺してしまいそうだ)

 モモンガは気を取り直して男と同席していた冒険者たちに声をかける。

「で? 次はどうする? お前たちのお仲間は()()()()ようだが。続けるか?」

 モモンガの言葉にテーブルの男たちは青ざめる。ここに来てようやく絡んだ相手が(カッパー)の雰囲気ではない事に気付いたようだ。

「な、仲間がすまないことをした! 謝らせてくれ!」
「そうか。まあ彼女も無事なようだし許すとも。宿の主人には迷惑料を払っておいてくれ」
「勿論だ。こちらで払っておく」

 モモンガ一行は酒場を見渡し一段落した事を確認すると、階段を登って与えられた部屋へと向かった。




 扉を開けると机が一つと木製の寝台が四つ、それ以外に調度品が見当たらない質素な部屋が出迎える。鎧戸が開け放たれた窓からは外の明かりが差し込んでおり、3階の部屋なだけに見晴らしはそこそこ良かった。
 三人は疲労無効のアイテムを装備しているとはいえ、ベッドに腰を下ろすと自然と一息ついてしまう。

「さて、これからの事だが、クレマンティーヌ。今後、同じチームとしてやっていくにあたり我々の当面の目的と改めて簡単な取り決めだけ伝えておく」
「はい。モモンガ様」

 モモンガの真面目な口調に対しクレマンティーヌも姿勢を正し真面目に応える。

「あー……、うん。先に取り決めを伝える。私とやまいこさんがこの冒険者の格好をしている間は人目が無くても畏まらなくていい。敬称も不要だ。あくまでパートナーとして振る舞ってくれ。チームリーダーはモモン。依頼で得た報酬は均等割。あと冒険の途中で何者かを生け捕らねばならない事態になった時はお前に任せる。先程のような脆弱な相手だと、下手をすると我々の力では殺してしまいかねないからな。いいな?」
「はーい。そーいうの得意だからまっかせてー」

「切り替えが早いな……。良し。続いて目的だが一つは人間観察だ。謁見の場に居たなら聞いていただろうがナザリックの基本方針は共存共栄だ。しかし共存するにしても相手は選ぶつもりだ。この意味は分かるな?
 そして二つ目の目的は冒険者として社会的地位を得る事だ。これは周辺の様々な情報を得る為ではあるが、同時にナザリックとして立場的に対応がし難い事態が起こった時に、ナザリックとはまったく関係の無い一介の冒険者として介入するためだ。分かったか?」
「りょうかーい」

「マイからクレマンティーヌに何かある?」
「ん? そうだな。強いて言えば冒険者のランクを手っ取り早く上げる方法とか? 何か前例とか知ってる?」

 冒険者登録したての三人は当然最低ランクの(カッパー)だ。この上に(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトと続く。ランクが高くなるほど仕事の質も報酬額も良くなり社会的地位も高くなるのだが、如何せん(カッパー)からアダマンタイトまでは先が長い。

「んー……ランクを飛び級したいって事だよねぇ? 手っ取り早いのは第五位階魔法辺りをぶっ放すとか? 実力は簡単に証明できるだろーけど周りの心証はどーかなぁ……。
 社会的地位って要は周りの信用を得たいって事でしょ? なら強いモンスターを討伐するのが堅実かもね。エ・ランテルで一番強い冒険者がミスリル級らしいから、難度50程度のモンスターでも倒せば組合も試験とか抜きに認めてくれるんじゃないかな?」
「なるほど。彼らが倒せない敵を討伐して恩に着せれば名声も得られるし、一気にミスリルかオリハルコンにはなれそうだね」

 確かに現地の戦力で敵わないモンスターを目の前で討伐するのは効果的に思えた。単に実力のある冒険者よりは救国の英雄とかの方が活動する上でも良いはずだ。ただ難度50、つまりレベル15前後という微妙なモンスターをどうやって確保するかが問題だが。

「ふむ。モンスターを討伐する方向性で行こう。ただし実行する前にしばらくは新人らしく依頼を受けて顔を売っておこう。それで良いかな?」
「異議なし」
「わたしもそれでおっけー」

 こうして三人の冒険は静かに幕を開けるのだった。



ブリタは青いポーションを前にご満悦。

独自設定
・クレマンティーヌの装備一式
・猫耳セットは某ゲームから


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話:初仕事

 城塞都市エ・ランテル、二日目。モモンガ一行の姿は冒険者組合一階にあった。そこは受付カウンターと依頼状が貼り出された壁があるちょっとしたラウンジになっていて、宿で朝食を済ませて寄り道せずに来たにも拘らず、既に何組かの冒険者チームが依頼状を前に相談している。
 やまいこは壁に貼り出された真新しい依頼状を眺める。前日に受付嬢からアドバイスを貰った通り二人組だと受けられない物が多く、また受けられたとしても荷物持ちなど報酬の少ないものばかりだ。

「さて、どれにしようか」

 今、やまいこは縁無し眼鏡をかけている。勿論これはお洒落の為ではない。<文字読解>の魔法が付与された品である。この世界に来てまだ間もない為、モモンガとやまいこはこの地域の読み書きが出来ないのだ。
 当然、冒険者登録の際はクレマンティーヌに代筆してもらったのだが、驚く事にクレマンティーヌは難しい漢字こそ読めないが、簡単な漢字と平仮名や片仮名であれば五十音を声に出して読む事が出来るのである。

「あははー、特殊部隊を舐めてもらっちゃこまるよー。聖刻文字(日本語)は必須科目だよ? 神の遺物を見つけた時、読めなかったら困っちゃうじゃん♪」

 と言われた二人は驚愕したものだった。もっとも読めても意味まで理解できるものは少なく、そういった日本語の解読は神官の仕事らしい。

(日本語が聖刻文字(ヒエログリフ)かぁ)

「どうですか? 何かめぼしい依頼ありました?」

 やまいこが物思いに耽っているとモモンガから声が掛かる。モモンガの言う“めぼしい依頼”とは討伐や護衛といった都市の外へ行くものだったが、残念ながら今貼り出されている中に(カッパー)で受けられるそれらしい依頼は無かった。

「ダメだね。都市内での荷物運びとかしか無い」
「ふむ。出来れば討伐系の依頼があれば良かったんだけどな……」

「それでしたら私達の仕事を手伝いません?」
「ん?」

 声をかけられた方に視線を向けると4人組の冒険者がおり、その首には(シルバー)のプレートをかけていた。

「……仕事というのは、どのようなものでしょうか」
「はい。懇意にして頂いている薬師さんの依頼で、近くの村までの警護と薬草採取のお手伝いです。それに加え道中のモンスター退治を兼ねられたら良いなと思っています。もし承諾して頂けるなら依頼主を交えてお話ししたいのですが。どうでしょう?」

「どうする?」とモモンガはやまいことクレマンティーヌを見ると二人とも了承とばかりに頷いている。

「分かりました。お引き受けします。詳しいお話を聞かせていただけますか?」

 その返事を聞いた冒険者は受付嬢に会議室を借りるとモモンガたちを招く。会議室には背の低い長いテーブルが一つとそれを挟むようにソファーがある。モモンガ一行と冒険者4人組でテーブルを挟むように座るとお互い自己紹介をする。

「依頼主とはここで待ち合わせているので直ぐに来ると思います。それまでに自己紹介をしておきましょう」

 最初に話しかけてきた冒険者、このチームのリーダーであろう剣士風の男が話し始める。

「初めまして。私が『漆黒(しっこく)(つるぎ)』のリーダーのペテル・モークです。順に野伏(レンジャー)のルクルット・ボルブ、魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャ・術士(スペルキャスター)、そして最後が森司祭(ドルイド)のダイン・ウッドワンダーです」

 ペテルは王国民の一般的な容姿である金髪碧眼で、鎖帷子(くさりかたびら)の上に帯鎧(バンデッド・アーマー)を着た戦士風の男。その立ち居振る舞いに隙は無く、長く冒険者をしている事が分かる。
 ルクルットは全体的に細身で皮鎧を纏っている。長い手足はただ痩せている訳では無く、鍛え抜かれ引き締められた肉体であることが窺える。
 ニニャは恐らく最年少であろう中性的な顔立ちの少年であった。チームの中では一人茶色い髪の彼は魔法詠唱者(マジックキャスター)らしく鎧などは纏っておらず、皮の服にベルトで様々な小瓶と木工細工のアイテムをぶら下げている。
 ダインは口周りに髭を蓄えた大柄な男で、図体とは裏腹にその眼差しは優しい。腰に下げた袋からは何やら草の匂いが微かに漂っている。

 それぞれ紹介された順に会釈をすると、ニニャが恥ずかしそうにペテルへ声をかける。

「……しかし、ペテル。その恥ずかしい二つ名やめませんか?」
「え? 良いじゃないですか。冒険者同士で通りも良くなりますし」

「二つ名というのは先程の術士(スペルキャスター)ですか?」

 モモンガの質問にルクルットが注釈を入れてくれる。

「こいつ、魔法適性とかいう生まれながらの異能(タレント)持ちなんだよ。習得に8年かかる魔法も4年で済むってんで、冒険者たちの間じゃそこそこ有名な魔法詠唱者(マジックキャスター)なんだ」
「ほう。それは素晴らしい」

 ユグドラシルのゲームでは基本的にレベルを上げて取得するといったもので、当然何かを実際に学ぶわけではない。モモンガはこの世界の魔法に興味があったので、目の前の少年に自ずと好奇心が向けられる。

「別にすごい事じゃないですよ。生まれながらの異能(タレント)と素質がたまたま噛み合ったのは幸運だったとは思いますが。それに、わたしよりもンフィーレアさんの方がすごいですよ」
「確かに。バレアレ氏は別格なのである」

 ニニャの言葉にダインも頷くが新たに出た人物が何者なのかわからない。

「その方はどのような生まれながらの異能(タレント)をお持ちなんですか?」

 それを聞いて四人が驚くような表情を浮かべた。どうやら知っていて当然の情報なのだろう。

「なるほど。ンフィーレア・バレアレ氏の事を知らないとなると、やはりこの辺りの人ではないのですね。顔立ちや服装からすると南方から来られたのでしょうか?」
「まさにその通りです。実は昨日着いたばかりでして。かなり遠方から来たんです」
「――モモン。紹介」

 今まで静かに話を聞いていたやまいこが催促する。

「おっと。そうでした。我々も自己紹介をさせて頂きましょう。私がモモン。魔法詠唱者(マジックキャスター)です。こちらがモンクのマイ。そして戦士のクレマンティーヌです」

 マイとクレマンティーヌが会釈する。モモンガの紹介を聞いてペテルが合点がいったとばかりに口を開く。

「なるほど! 魔法詠唱者(マジックキャスター)とモンクでしたか! 道理で武器らしい物が見当たらないわけだ。いやー、服装(スーツ)からは職種が分からなかったので疑問に思っていたんですよ」

 モモンガとやまいこはお互いを見る。確かにスーツだけでは戦闘スタイルを見抜くことは出来ないだろう。だがしかし、ここで疑問が湧く。

「ええ、実はそうなんですけど……。逆に伺いますが、チーム構成が分からなかった我々に何故声をかけたのでしょう?」

 その問いにペテルたち四人は目配せし、申し訳なさそうに苦笑を浮かべる。

「えーと、実は皆さんに声をかけたのは噂を聞いたからです」
「噂ですか? 昨日来たばかりで噂になるような事は――」

 まだ無い、と言おうとして一つ思い当たる。そしてやまいこを見る。

「え!? もしかしてボク?」どう考えても宿屋での一件だろう。やまいこは危うく殺しかけた男の事を思い出したのか冷や汗をかいている。

「はい。元々珍しい格好の新米冒険者の噂は耳にしていたんですが、追加でどうもその一人が一撃で格上の冒険者を倒したという噂を聞いたら興味が湧きまして。もし実力のある冒険者なら無名の内に仲良くなっておいて、緊急時にはお互い助け合えればと思いまして。こういった商売ですから味方は多い方がいいですからね」
「そういう事でしたか」

 ペテルが語る理由には納得ができた。チームを預かる者として、保険をかける意味でも人脈を広げようとするペテルにモモンガは共感していた。仲間を護る為、能動的に動ける人間である彼を評価したのだった。

コンコンコン

 そこへドアが小さくノックされると1人の青年が入室する。金髪の長い前髪に隠れて目元を確認出来ないが薬剤師のような格好と漂ってくる濃厚な薬草の匂いから、彼が依頼人の薬師なのだろう。
 ペテル達を確認し、モモンガ達を見ると首を傾げる。なぜモモンガ達がここに居るのか測り切れないようだ。

「お待ちしておりました。ンフィーレア・バレアレさん」

(ンフィーレア・バレアレ? 先ほど名前が挙がっていた本人か。まさか依頼主だったとは)

 ペテルがンフィーレアにモモンガ達が居る事情を説明し、お互いに自己紹介を終えると彼は困ったように口を開く。

「事情は分かりましたが、僕の方は4人分の報酬しか用意していませんよ?」
「そこはご心配なく。先程お話しした森をなぞるルートを通って頂ければモンスター退治で稼げますし、モモンさん達に関しては我々漆黒の剣から工面するつもりですから」

 それならばとンフィーレアもモモン達の同行を了承する。

「では依頼主として改めて説明させて頂きます。まずエ・ランテルから滞在拠点となるカルネ村まで赴き、そこから採取の為にトブの大森林へ入ります。皆さんにはこの間、僕の警護をお願いします。カルネ村までのルートはペテルさんたちの要望通り森に沿う様に進むため途中で一泊、カルネ村には森での採取量にも依りますが最長で3日滞在する予定です。帰りも森に沿うルートを取ると、全体でだいたい五日間の行程となります。ペテルさんから何か補足はありますか?」

「モモンさん達に伝える内容となるとカルネ村の規模でしょうか。小さな村なので食料の補給は望めません。補給は水だけだと思って下さい。それとンフィーレアさんは荷馬車での移動になりますが我々は徒歩になります。全員分の馬となると餌の量も馬鹿になりません。カルネ村にそこまでの余裕はありません。ですので警護の我々は徒歩になります。各自の食料と野営の準備だけは忘れないようお願いします」
「了解しました」

 初めての依頼としては申し分のない内容だ。これを足掛かりに顔を売っていけば例のモンスターイベントも問題無く行えるだろう。

「モモンさん達から何かありますか?」
「これから協力して狩りをするなら、お互い戦闘面での疑問を解決しておきたいのですが。宜しいですか?」

「はいっ! 質問!」

 モモンガの問いかけに真っ先に反応したはルクルットであった。

「皆さんはどのような関係なのでしょうか!」

 部屋が静寂に包まれる。
 質問の意図を計りかねたモモンガが「仲間です」と言う前に、やまいこが素早く答える。

「モモンとは兄妹です」

《やまいこさん!?》
《ね? モモンガお兄ちゃん♪》
 やまいこがかつての女性メンバー、()()()()()()の声真似をする。
《ぐふぅっ!!?》
《……()()()()、まだ持ってるんでしょ?》
《な、なぜそれを……》

「そしてクレマンティーヌとは旅の途中、法国で出会った仲間です」

 その言葉にルクルットは頷くと、やまいこに向き直り声を発する。

「惚れました! 一目惚れです! 付き合ってください!」

 その発言にこの場の全員がルクルットを見る。彼はやまいこに跪き手を差し出して返事を待っている。これがこの世界の一般的なプロポーズの姿勢なのか分からないが、了承の場合は差し出された手を取るのだろうか。
 当のやまいこは突然の展開に目を白黒させている。

「は? え? ボ、ボクと!?」
「はい! 宜しくお願いします!!」
「……お、お兄ちゃんが良いって言ったら……ね」

 それを聞くや否やルクルットはモモンガに向き直る。
 真摯な目だ。

「お兄さん。是非妹さんとの交際を認めてください」

《なにこっちに振ってるんですかっ!!》
《ご、ごめん。つい……。でもモモンガさん、分かってるよね?》
《認めればいいんですか?》
《こ・と・わ・れ!》

「ふぅ……。ダメだ。初対面なのに認められるわけがないだろう」
「では、お友達か――ごふ!」

 ペテルの拳骨が落ちる。

「……仲間がご迷惑を」
「いえいえ。まずは良き友人になれるよう依頼を頑張りましょう」
「そ、そうですね。では準備を整えて出発しましょうか!!」

 ペテルの必死の繕いによってこの場は解散となる。


* * *



 程なく準備が終わり、昼過ぎにはエ・ランテルを出発する事ができた。まずはトブの大森林へ向かう為に北上し、その後は森沿いに東へ進路を取りカルネ村へ向かう予定だ。
 一行はンフィーレアの荷馬車を中心に、野伏(レンジャー)のルクルットが前方を警戒しつつ先行し、荷馬車の左側をペテル、右側をダインとニニャ、後ろをモモンガ達三人が続いた。
 森までは見通しもよく天気も穏やかな事もあり、道中はエ・ランテル周辺の地理や冒険者生活についての話を漆黒の剣たちから聞くことが出来た。

「ニニャさん。するとそのアゼルリシア山脈が王国と帝国を隔てている訳ですね?」
「はい。正確には麓に広がるトブの大森林がですけどね。山脈どころか人の身では森を抜ける事さえ難しいですから。それに山脈まで辿り付けたとしても霜の竜(フロスト・ドラゴン)が生息しているとの噂もありますし。近づかない方が無難ですよ」
「ドラゴンですか。……ちなみにその霜の竜(フロスト・ドラゴン)の難度はどの程度かご存知ですか?」
「いいえ。でも伝説に謳われるような存在ですから。強いと思いますよ?」
「そうですか」

≪クレマンティーヌ、お前は知っているか?≫
≪んにゃ~? 戦った事は無いけど、弱い奴でも難度100は超えるんじゃーないかな? 正直、飛んで火を吹かれたら人間なんて手も足もでないよ≫
≪確かに、普通の人間には討伐は難しいか……≫
≪うちの隊員に難度を見れる奴が居るから聞いてみたら? 知ってるかもよ?≫
≪あぁ、その手があったか。今度聞いてみるとしよう≫

 ユグドラシルにも強力なドラゴンは何種類もいた。中にはワールドエネミーと呼ばれるボスクラスのドラゴンもいたが、もしあれらもナザリックのNPCと同じように転移していた場合脅威となるだろう。
 しかしユグドラシルではドラゴンの強弱はさておき、倒した場合のメリットもまた当然のようにあった。レア度の高いデータクリスタルや素材などをドロップするのである。この世界のモンスターがデータクリスタルをドロップしないのは確認済みだが、ドラゴンであればその死体だけでも十分利用価値がありそうだった。角、牙、爪、鱗、皮、肉、内臓、どれもが貴重なもののように思える。

(スクロール素材の件もあるし、デミウルゴスに教えとくか)

「そういえば、自己紹介の時聞きそびれましたけど、ンフィーレアさんの生まれながらの異能(タレント)ってどのようなものなのでしょう?」

 モモンガのその質問にンフィーレア本人が反応する。

「僕の生まれながらの異能(タレント)ですか? それは『あらゆるマジックアイテムの使用が可能』というものです。なのでたまに鑑定の依頼が来ますが、そもそも特殊なマジックアイテムなんて世に出回っている物でもないですし微妙ですね。正直もっと生活に役立つ生まれながらの異能(タレント)だったらと常々思ってます」
「な、なるほど。上手く行かないものですね……」

(使用条件を無視してマジックアイテムを装備できるとしたら……こいつはとんでも無い能力なんじゃないか?)

 やまいこに視線を送ると同じように危機感を覚えたのか僅かに頷いて関心を示す。この短期間の出会いの中で、漆黒聖典のメンバーを含めると油断のならない生まれながらの異能(タレント)持ちが多すぎるような気がする。
 確認の為にもクレマンティーヌに<伝言(メッセージ)>を送る。

≪クレマンティーヌ。ニニャといいンフィーレアといい、生まれながらの異能(タレント)持ちは珍しいと聞いていたんだが、その辺にこのレベルの異能持ちがゴロゴロ居るものなのか?≫
≪いやー、流石にこの二人が特殊なだけだよ? 200人に1人くらいって言っても、ニニャちゃんも言っていたように生まれながらの異能(タレント)と本人の才能が合致する方が珍しいんだから≫

 そういうものか、とモモンガは納得する。正直なところギルド武器のような特殊なアイテムを制限無しで使用が可能というのは、味方であれば頼もしいが敵となると相当恐ろしいものだ。
 モモンガがンフィーレアの対処を考えているとペテルが少し堅めの声を発する。

「モモンさん。この辺りから危険地帯になります。対処不可能なモンスターは出ないと思いますが、少しだけ注意してください」
「了解しました」

 エ・ランテルまでの道のりでゴブリンを相手に戦ったが、トブの大森林はどうだろうか。話に聞く限り様々なモンスターが生息しているらしいが。

「噂をすれば。出てきたぜ」

 先頭を警戒していたルクルットから真剣な声が届く。視線の先を見ると100メートル先の森に結構な数の影が見て取れる。モンスターたちもこちらを発見しているらしく、木々の影に隠れるようして機会を狙っているようだ。

「多いですね。相手は数で勝っていると襲ってきます。モモンさん、計画通りにお願いします」

 事前に計画していた通りンフィーレアは荷馬車に伏せると、ペテル、ルクルット、ダインが森と荷馬車の間に陣取り、ニニャは『漆黒の剣』の仲間達に支援魔法をかけていく。
 モンスターたちは戦闘準備をしているその様子に気付いたのか森の中からその姿を現す。人間の子供ほどの背丈の小鬼(ゴブリン)が30体。2~3メートルほどの背丈の人食い大鬼(オーガ)が6体。それらに飼われているであろう狼5匹が駆けだしてくる。小鬼(ゴブリン)は粗末な武器、人食い大鬼(オーガ)は木をそのまま引っこ抜いたような棍棒(クラブ)を装備している。
 それを確認するとモモンガも、やまいことクレマンティーヌに支援魔法をかける。

「<集団全能力強化(マス・フルポテンシャル)><集団硬化(マス・ハードニング)><集団加速(マス・ヘイスト)>。良し、バフ終わり」
「んじゃ、いっちょ行きますか!」
「んふふー、モモンちゃんの支援癖になりそー」

 ルクルットが荷馬車に登って合成長弓(コンポジット・ロングボウ)で先制攻撃をするなか、やまいことクレマンティーヌが先行してモンスターの群れに駆けていく。この戦闘の目的は『漆黒の剣』のメンバーにモモンガ達の実力を知らしめる事で、二人の狙いはゴブリンに囲まれた人食い大鬼(オーガ)6体だ。
 やまいこの黒革の手袋には黄金のナックルが装備されている。本気装備の巨大なガントレット(女教師怒りの鉄拳)と比べるとその小ささに頼りなさを感じる。しかし素材にはアダマンタイトよりランクの高いヒヒイロカネを使用しており、<吹き飛ばし(ノックバック)>と霊体対策の為に<神聖属性付与Ⅲ(エンチャント・ホーリー)>が付与されている。特筆すべき目立った効果は無いが、この世界の一般的なモンスター相手なら問題無く対処できるだろう。

 二人はすれ違いざまにゴブリン数匹を倒すと、各自受け持った人食い大鬼(オーガ)一体に躊躇なく飛び込んでいく。
 迫りくるマイとクレマンティーヌを迎え撃つために人食い大鬼(オーガ)達は棍棒(クラブ)を振り上げ、タイミングを見計らって容赦なく振り下ろすが、モモンガの支援で加速された彼女達は難なく避けると人食い大鬼(オーガ)達の懐に滑り込む。

 やまいこは全力で人食い大鬼(オーガ)の胸に拳を叩き込むと、レベル差が開きすぎていた為か<吹き飛ばし>(ノックバック)効果が発動する間もなく拳は身体を貫き、心臓を破壊して即死させる。
 クレマンティーヌも抜き放ったエストック(鎧通し)を正確無比に相手の心臓に叩き込み、付与された火が燃え上がり体内を焼く。

 仲間の2体を瞬殺された人食い大鬼(オーガ)達は信じられない物を見るかのように目を見開くと、恐怖を振り払うかのように吠えて威嚇する。

「す、すごいですね。まさか本当に人食い大鬼(オーガ)を一撃で倒してしまうとは……」

 ペテルは出発前に豪語していた2人の話を冗談混じりに聞いていたが、今その活躍を目の前に感嘆している。その間にも休みなくルクルットの遠距離攻撃が小鬼(ゴブリン)を順調に減らしていく。ルクルットは自己紹介の時の雰囲気は無く、プロの野伏(レンジャー)らしく冷静に合成長弓(コンポジット・ロングボウ)から矢を放つ。

 二人の女性がなんの躊躇もなくいきなり内臓の重要器官を狙った事に若干引くモモンガだが、ルクルットが撃ち漏らした狼5匹が迫るのを確認するとすかさず魔法を唱える。

「<集団標的(マス・ターゲティング)><魔法の矢(マジック・アロー)>」

 モモンガの頭上に10個の無属性の光球が現れるとそれぞれが狼を追尾して撃ち抜く。
 ギャンッ!と断末魔の悲鳴を上げる狼達に混ざり、ニニャとンフィーレアも呻くような声を上げる。不審に思ったモモンガが視線を向けるとニニャが声をかける。

「モモンさん……。あ、あの、今の魔法は……」
「第一位階魔法の<魔法の矢(マジック・アロー)>ですけど。そんなに驚かれる魔法では無いと思いますが。どうしました?」
「い、いえ! <魔法の矢(マジック・アロー)>であんな数の光球は初めて見たので……」とニニャはしどろもどろに答える。ンフィーレアもニニャに同意とばかりにこくこくと頷いていた。

「あー……。今日は調子が良かったんじゃないですかね……。ほ、ほら、まだ戦闘は終わっていませんよ。集中しましょう」

(これは不味い。単純に低い位階魔法なら能力を誤魔化せると思ったけど、もう少し見た目で判別し難い魔法を選ばないとダメだな……)

 術者の能力で同じ魔法でも威力に差が出てしまうのは勘弁願いたかった。ナザリックで実験した際、普通の<火球(ファイヤーボール)>が業火になってしまった時は正直驚いたものだ。

(次からは第三位階魔法の<電撃(ライトニング)>にするか。電撃の本数は増えないし、貫通力だけの差異なら誤魔化し易いかもしれない……)

 やまいこ達を見ると今のやり取りの間に更に各自1体の人食い大鬼(オーガ)を倒し、逃げ出そうとしている残りの2体に向かっていた。
 荷馬車に迫っていた小鬼(ゴブリン)達は既に勢いが無くなっている。それも当然だ。圧倒的な数の有利に慢心していたところに目の前で5匹の狼が瞬殺され、主力である6体の人食い大鬼(オーガ)もすでに全滅間近。小鬼(ゴブリン)も森から駆けてくる間に弓でずいぶん数を減らしてしまっているのだから。

 その後、戦意を喪失した小鬼(ゴブリン)を掃討するのは容易かった。人食い大鬼(オーガ)を倒し終えたやまいことクレマンティーヌが合流するころには、大きな脅威も無くなったニニャも支援魔法から攻撃魔法に切り替え、モモンガも<電撃(ライトニング)>で参戦すると直ぐに片が付いた。



 日が傾き出した頃、一行は野営の準備を始める。
 モモンガとやまいこは、天幕を張り、食事の用意をするこの一連の作業が好きだった。自然環境が破壊尽くされた現実世界ではまず楽しめない行為だからだ。

 クレマンティーヌは、他愛のない事に感動を示す神に親近感を覚えていた。もちろん人間の姿であることが大前提ではある。信じてきた神の姿とはかけ離れてはいたが、悪くはないと思っていた。
 自然と戯れる。ただそれだけの事なのに、二人は子供の様にはしゃぐのだ。鍋を前に味見をするやまいこ様を不敬かもしれないが微笑ましく思える。馬を恐る恐る撫でるモモンガ様も可愛く思える。
 誰かが想像した神より、自分で感じた神だ。口伝の神より、この目で見た神だ。

(うん。神殿で説く神より断然良い)




 食事の準備が終わり、皆で焚き火を囲むとペテルが先の戦闘を振り返る。

「それにしてもマイさんもクレマンティーヌさんも本当、お強いのですね。人食い大鬼(オーガ)を一撃だなんて、オリハルコンやアダマンタイトの実力ですよ」
「それはまぁ冒険者登録はしたてだけど、旅自体は長く続けてきたから。漆黒の剣の皆さんも素晴らしい連携だったと思いますよ? お互いを理解し、信頼しあっているのが分かります」
「マイさんにそう言って頂けると嬉しいですね」

 ペテルに続きニニャもモモンガに声をかける。

「モモンさんもかなり高位の魔法詠唱者(マジックキャスター)とお見受けしました。<魔法の矢(マジックアロー)>であんな数の光球は初めてみました。わたしの師匠より凄いのは確かです。それに、おかげ様で今回の狩りで結構な儲けになりましたし、これで暫くは食い繋げそうですよ」

 ニニャが皮袋を覗き込み、冒険者組合に提出するモンスターの部位を数えている。組合はモンスターの指定された部位を買い取ってくれる制度があり、冒険者たちの貴重な収入源だった。

「いやー、正直助かるぜ」
「これで消耗品を補充できるのである」

 ルクルットとダインも臨時収入に喜んでいるようだ。

 食後は『漆黒の剣』の冒険譚を聞いたり、トブの大森林を縄張りにする『森の賢王』の話やンフィーレアの恋話に花が咲いた。



 夜の帳が下りて辺りが完全に静まると、一行は交代で見張りを立て翌朝に備える。モモンガ一行は全員疲労無効のアイテムを装備しているが、その事は秘密にして見張りを漆黒の剣と分担する。モモンガ一行の実力を考えるとある意味他の者にとってこの野営は最高に安全とも言えた。

 モモンガとやまいこは飽きもせず満天の星を見上げる。
 クレマンティーヌは天幕で休んでいて良かったのだが、そんな二人の後ろに控え、同じように星空を見上げながらぼ~っとしている。三人同時に見張りをする必要は無いのだが、神が起きているのに独り天幕で休むのも何か違う気がしたのだ。

 この穏やかな星空観賞会は、見張りを漆黒の剣のメンバーに引き継ぐまで続いたのだった。


* * *



 昼を過ぎて春の日差しが注ぐなか、カルネ村の村娘エンリ・エモットは妹のネムの手を取り必死に走っていた。斬り付けられた背中が痛むが立ち止まる訳にはいかない。視界が霞むが追手が直ぐそこまで迫っているのだ。せめて妹だけは助けてやりたい。

 今走っている場所は村とエ・ランテルを繋ぐ舗装のされていない道。村が野盗の一団に襲撃された時、咄嗟に街に助けを求めようと走り出してしまったが、森の中に逃げ込まなかった事を後悔した。

(身を隠す場所が無い……)

 小娘だと油断した追っ手を運良く突き飛ばす事が出来たが、野盗は逆上し怒声を上げながら追って来る。幼いネムも既に息が上がっている。このままでは追い付かれるのも時間の問題だろう。

(今からでも森に……)

「あっ!」

 進路を変えようとした所で運が尽きたのか、雑草に足を取られて姉妹共々転んでしまう。思っていたよりも足に疲労が溜まっているようだ。膝が笑ってしまい上手く立つことも出来ない。
 そして聞きたくはなかった声が投げかけられる。

「手間掛けさせやがって!」追い付いた野盗が姉妹を見下ろし、そしてゆっくりと剣を振り上げる。エンリは血が付着した剣を見て、斬りつけられた背中の傷を思い出す。心臓の鼓動に合せてジクジクと血が滲むのが分かる。

(剣を奪えれば……)

 奪えなくともせめて命の続く限り掴みかかればネムが逃げる時間くらいは稼げるかもしれない。エンリは覚悟を決め男を鋭く睨むと、これから振り下ろされる剣に掴みかかる為に身構える。
 そして――

「死ねぇ!!」

 村娘にしては上々、覚悟を決めただけに恐怖で目を逸らすことなく振り下ろされる剣を見続ける事ができた。
 そして自らその剣に飛びかかろうとした時、黒い風が吹いた――気がした。



森の賢王は巣穴で寝ている。( ˘ω˘ )スヤァ

魔法の使い方が自信ありません。
間違っていたらごめんなさい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話:カルネ村

 薄暗く肌寒い部屋だった。

(どうして……こんな事に……)

 今、クレマンティーヌは全裸な上に口枷をされ、人間一人が横になれる大きな台に寝かされている。赤錆びた枷が強固に手足を大の字に固定しており、血が滲むほど力を込めてもがいても枷が肉に食い込むだけでビクともしない。
 つい先ほど自分の前任者がどうなったのかを思い出してクレマンティーヌは絶望する。彼は拷問官が望んだであろう情報を吐いたにも拘らず、()()()()頭を開けられ、掻き回され、絶命した。

(次は……私の番だ)

 休憩すると言って拷問官は出ていった。静寂に包まれた部屋の中で、クレマンティーヌは底知れぬ恐怖に襲われていた。静かだからこそ絶望に満ちた己の運命を考えてしまう。

(死にたくない)

 必死に首を回して周りを見るが、灯りが少なく全貌が掴めない。天井には滑車があり赤黒く変色した鎖が垂れ下がっている。先端には血に濡れたフックが付いていて容易に用途を思いつく。壁に掛けられた様々な形状の刃物からこの部屋の主が心底最悪な趣味の持ち主であることが分かる。

(!?)

 カラカラカラと何かを転がす音が聞こえる。……奴が来た。休憩に出ていった時には聞こえなかった音が不安を煽る。荷台を転がしているのだろうか。微かにカチャカチャと金属の擦れ合う音も聞こえる。

 カラカラカラ……

 直ぐ隣で止まったそれを窺うと、音の正体が高級宿などで料理を運ぶダイニングカートであることに気づく。そして、載せられたモノを見て悟ってしまった。医療器具だ。

(腑分けされる……)

 青白い腕が伸び、クレマンティーヌの腹を優しく撫でる。必死に身体を捻り逃れようともがく。無駄だと分かっていても諦めきれない。目は涙に濡れて視界がボヤけ、息が荒くなる。

(嫌だ嫌だ嫌だっ! 誰か! 誰か助けて!! 死にたくない! こんな死にかたは嫌だ! 神様!!)

 生きたまま腑分けされるその恐怖に、クレマンティーヌはただただ神に祈る事しか出来ない。

(どうして……どこで間違えたんだろう……)


* * *



「この丘を越えるとカルネ村が見える筈です」

 ンフィーレアが初めてカルネ村を訪問するモモンガ達に説明する。声が明るいのは恋話で聞き出した意中の娘に会えるからだろう。昨夜の野営地からここまでモンスターに出会うことは無く、漆黒の剣の面々は討伐報酬が増えないとぼやいている。緊張感の無い雰囲気だがカルネ村の近くまで来ているのならそれも仕方がないだろう。
 しかし、一行の先頭を行くルクルットが丘の頂上に差し掛かると慌てたように荷馬車に駆け寄ると硬い声を発する。

「カルネ村に火の手が上がっている!」
「っ!? 皆さん! 荷馬車に乗って下さい! 村に急ぎます!」

 ルクルットの言葉に一早く反応したンフィーレアが皆を急かす。今まで温厚そうな彼が気色ばむ様は本当に同一人物かと見紛うばかりだが、事が異常事態なだけに皆素直に従う。御者台にルクルット、残りのメンバーが荷台に飛び乗ると、荷台を軋ませながら急発進する。
 所々岩石が転がる草原で下手に荷馬車を走らすと、ともすれば車輪が壊れかねず全力疾走する訳にはいかない。しかし人間がただ走るよりは断然速いし、体力を温存出来るのは大きい。このまま村まで強行するつもりだ。

 荷馬車が丘を越えると、南北に伸びる街道と村が見えてくる。村まではまだ遠いがうっすらと黒煙が上がっているのが確かに分かる。激しく揺れる荷馬車の上から目を凝らすと、米粒ほどの大きさだが街道を駆けてくる何者かを確認できる。

「<遠隔視(リモート・ビューイング)>……少女二人が剣を持った男に追われていますね。どうやら普通の火災では無さそうです」
「エンリだっ!」

 ンフィーレアは直感する。距離はまだあるが見知った相手の特徴があったのだろう。噂に聞いたンフィーレアの想い人の名だ。しかし姉妹との距離は絶望的なまでに遠く、どう見ても間に合わない。ンフィーレアは唇を噛む。
 モモンガは<遠隔視(リモート・ビューイング)>で追っ手を確認すると姉妹たちに時間が無い事を悟る。

「マイ、クレマンティーヌ、戦闘準備だ。<集団全能力強化(マス・フルポテンシャル)><集団硬化(マス・ハードニング)><集団加速(マス・ヘイスト)><集団自由(マス・フリーダム)><集団感知増幅(マス・センサーブースト)><集団魔法盾(マス・マジックシールド)>」

 昨日とは違い今回は漆黒の剣のメンバーにもバフをかけていく。彼らはその意味を理解した。敵の規模が分からないが、このまま見過ごす訳にもいかない。少なくとも姉妹のもとまで行き、情報を得なければならない。

上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)

 モモンガは黒い片刃の双剣を魔法で作り出すと、御者台に身を乗り出し姉妹達を目視する。

「彼女達が危険ですので先に行きます。<次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)>」



キィンッ!

 鋭い金属音と共に黒い風が吹いた――気がした。エンリは瞬きをしなかった筈だ。覚悟を決めて剣を受けるつもりだったのだから。しかし今、目の前に漆黒の服で身を固めた男が野盗から自分を庇うように立っている。何が起こったのか分からないがこの漆黒の剣士は双剣で野盗の剣を弾いたようだった。

 野盗も狼狽している。突然現れた漆黒の男に剣を弾かれたと分かると、咄嗟に後ろに飛び退き距離を取る。

「な、何だテメェ!! 一体どっから――」
「<人間種支配(ドミネイト・パースン)>武器を捨て、地面にうつ伏せになれ」

 漆黒の男がそう命じると野盗が素直に従った。

「嘘……」

 エンリは大人しくなった野盗に驚き、また急に命の危機が去った事に呆然とする。そんな姉の腕の中でネムも漆黒の男と地に伏した野盗を交互に窺っている。

「エンリ! 大丈夫!? ダインさん、回復魔法をお願いします!」荷馬車が近づき聞き慣れた声が届く。ダインが回復魔法をかけるべくエンリに近寄る。その声にエンリは驚きと共にその名を呼ぶ。

「ンフィーレア!? そ、そうだ、村が! 村が襲われているの!! っ痛……!」
「安静に。<軽傷治癒(ライト・ヒーリング)>」
「……あ、ありがとう、ございます」

 回復魔法で傷は塞がったが激しく失血した為、エンリの顔色は悪い。妹のネムには外傷こそ無いが疲労が濃く動けそうにない。ニニャたちが二人の身体を支え荷台へ乗せる。
 それを見届けるとモモンガはルクルットにうつ伏せになった野盗を縛るよう伝える。

「ルクルットさん。<支配(ドミネイト)>は長く持ちません。ロープで拘束をお願いできますか」
「おう。任せろ」

 ルクルットが手際よく野盗を縛る横で、モモンガは簡単な質問を野盗に投げかける。

「お前達は何者だ? 全員で何人居る? 目的はなんだ?」
「俺たちは『笑う甲冑団』。仲間は40人。カルネ村の殲滅が目的だ」

 その言葉を聞いてンフィーレアと漆黒の剣の面々は戦慄する。度々訪れている村の住民が皆殺しの憂き目に会っているのだ。縛った野盗を荷台に放ると荷馬車が再出発する。

(これは急いだ方が良さそうだな)

「ペテルさん。我々は先行します。<全体飛行(マス・フライ)>」

 返事を聞かぬまま、モモンガ、やまいこ、クレマンティーヌの身体が魔法によって浮かび上がると、驚くべき速度で荷馬車を後にする。元々普通に走るより移動速度が速い飛行魔法が、今はモモンガによって加速されている為に馬より遥かに速度が出ている。
 モモンガは飛びすがらやまいことクレマンティーヌに指示を出す。

「野盗の背後関係を知りたい。クレマンティーヌは何人か生け捕ってくれ。マイは負傷している村人を見かけたら回復して欲しい。出来ればここでンフィーレアに恩を売っておきたい」
『了解』

「モモン。捕虜はナザリックに送って情報を引き出そう」
「そうだな。アルベドに<伝言(メッセージ)>を頼む」

 村外れに差し掛かかり、村人の悲鳴や野盗の怒声が聞こえてたところでモモンガ達は速度を落とす。前方に数名の村人と野盗3人の後ろ姿を発見するとまずは様子を見る。野盗達は剣を振り上げ村人を煽ってはいるが直接殺そうとはしていない。どうやら村の広場へ村人達を追い込んでいるようだ。
 飛行で足音がしない為に野盗がモモンガ達に気付いた様子は無く、その攻撃は奇襲という形で成功する。

集団標的溺死(マス・ターゲティング・ドラウンド)

 村人を追い込んでいた野盗達は急に苦しみ出し地面に転がる。悲鳴を上げる事もできず口や鼻から水を垂れ流す異様な光景に、それまで追い立てられていた村人達が呆気に取られる。
 野盗が道端で溺死するという光景を目の当たりにした村人たちは恐れ戦くが、新たな闖入者に気付くと一瞬身を竦めて警戒する。しかし首から下がる(カッパー)のプレートを認めると駆け寄ってきて懇願した。

「ぼ、冒険者さん! 頼む、助けてくれ!! 村が滅ぼされちまう!」
「落ち着いて。私達はその為に来たんです。後ほどンフィーレアさんと漆黒の剣の皆さんも合流しますから。まずは現状の説明を」

 顔見知りの名前を聞いて安心したのか村人は幾らか落ち着きを取り戻す。彼らは知る限りの情報をモモンガ達に伝え、村を頼みますと頭を下げる。

「マイ、クレマンティーヌ。この様子だと三人で行動する必要は無さそうだ。広場で虐殺が始まる前に各自敵を撃破しよう。クレマンティーヌは十人くらい死なない程度に痛めつけてくれ」
「は~い」

 そして始まったのは村人の虐殺ではなく冒険者三名による一方的な狩りであった。
 野盗たちは村人をまとめて処分する為、広場への誘導に夢中でモモンガ達の襲撃に途中まで気付かなかった。そして気付いた時には遅かった。
 たった三人の冒険者に拳で粉砕され、魔法で貫かれ、剣で刺殺されていく。自分たちの剣は届かず、防御できず、逃げる事も叶わない。いつの間にか狩る側から狩られる側に変わった野盗たちは、モモンガ達の圧倒的な力の前に恐慌状態になり、闇雲に剣を振り回すだけになったのだ。



 こうして40人程居た野盗はモモンガ達に成すすべもなく討伐された。生け捕られたのはクレマンティーヌが相手をした20人中12人のみ。他の野盗は尽くモモンガとやまいこによって屠られた。
 決着が付くと脅えた表情の村人がモモンガ達を遠巻きに窺っているのに気付き、モモンガは優しい口調で村人たちに語り掛ける。

「もう安全です。どうか安心してください」
「あ、あなた様は……」

 村長らしき男が応対する為に近づいてくる。疑っている様子は無いが不安そうな表情だ。なのでモモンガは安心させる為に、周りにも聞こえるように話す。

「ンフィーレア・バレアレ氏の警護で近くまで来たところ、村から火の手が上がっているのが見えまして。我々だけ先行して飛んできた次第です。直ぐに彼らも来ると思いますよ」
「おお……。私はこの村の村長です。村を助けて頂いてありがとうございます」

 村長はモモンガの手を取ると深く頭を下げる。その様子に他の村人たちも安堵の声を漏らす。安全を実感出来たのだろう。それを確認するとモモンガは改めて村長に小声で声をかける。

「生け捕った野盗から情報を聞き出したいのですが、使っても良い納屋などがありましたらお借りしたいのですが。あと……その、ちょっと村から離れていると有難いのですが」

 モモンガの歯切れの悪い言葉が何を意味するのか察した村長が村の北西を指し示す。

「では、あちらに普段農具などを保管する納屋がありますのでお使い下さい」
「ありがとうございます」

「モモンさん! 無事ですか!?」

 そこにガラガラガラと音を立ててンフィーレアの荷馬車が到着する。荷台の野盗が”仲間が40人居る”と語った為、戦闘を覚悟していた漆黒の剣の面々は既に戦闘が終わっている事に拍子抜けするが、広場に並べられた村人達の亡骸に気付くと表情を曇らせる。荷馬車から降りたエモット姉妹が向かった先がその亡骸の列である事もまた彼らの胸を締め付ける一因となる。

「ンフィーレアさん、私たちは大丈夫ですよ。それよりも村人の治療をお願いできますか? 漆黒の剣の皆さんもお願いします。ペテルさんだけ申し訳ないのですが私と村長さんのお話に同席して頂けると助かります。襲撃の経緯を聞こうと思うのですが、お知り合いが居た方が良いかと思いまして」

 モモンガの要請にペテルは頷く。他のメンバー達も了解するとそれぞれ行動を開始する。

「クレマンティーヌ。捕虜の中から情報を持っていそうな奴を6人くらい納屋に連れていけ。そして俺とマイが行くまで見張っといてくれ」
「りょうか~い」

 縛られた6人をエストックで突きながら納屋へと連行するクレマンティーヌは、普段の猫科の動物を思わせる愛嬌のある顔を酷く歪ませながら微笑んでいる。エストックで突く度に炎が小さく上がり、野盗がその度に小さく呻くのが面白いらしい。

(薄々気付いていたけど、あいつ、戦闘になるとちょっと過激だな……)



 やまいことダインは広場に集められた負傷者に治療魔法をかけていく。逃げ出そうとしたり激しく抵抗した村人は殺されてしまったらしいが、幸いなことに多くの村人は軽傷で済んでいた。もっとも一歩遅ければ皆殺しにされていた為に精神的な疲弊が酷く、無気力に座り込む村人が多かった。
 魔法による治療が一段落し、残りは薬草で事足りる村人達がンフィーレアとニニャの手当てを待つだけになる。
 やまいこがそんな広場を見渡していると何処からともなく声が掛かった。

「やまいこ様、アルベド様により派遣されました、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)でございます」
「ん? あぁ、不可視化しているのか。何人で来たの?」
「はっ! 私を含め15名です。他の者は村の西側にて待機しております」
「そっか。それじゃ、指示を出します。まず北西の村外れにある納屋に捕虜がいる。納屋に居る全員をナザリック第五階層の『真実の部屋』に送っておいて。彼らの背後関係を知りたいから丁重にね。それが終わったら村の周囲に展開して不審者が居ないか調べて。不審者が居た場合は手を出さず報告だけして。分かった?」
「畏まりました。捕虜をナザリックに送った後、村の周囲を警戒いたします」
「うん。よろしく」

 付近から八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)の気配が消えると、やまいこはモモンガと合流する為に村長の家に向かう。村長の家に着くと村が襲われた経緯をモモンガ達が聞き終えたところだった。

「モモン。村人の治療は大体終わったよ」
「お疲れ様。こっちは村が襲われた経緯が分かりましたよ」

 要約すると、先日、八本指を名乗る者が村を訪れたそうだ。その者は村長に、トブの大森林の中で秘密裏に麻薬の栽培をしないかと持ち掛けてきたらしい。麻薬畑の初期投資や収穫物の買取、警護の者を付けるといった至れり尽くせりな内容であったが、村長はそれを断ったのだった。

「なるほど。で、断ったから口封じに村ごと消そうとした訳か。無茶苦茶だね」

 やまいこはその八本指とやらの短絡的な振る舞いに呆れる。

「トブの大森林に畑を作るだなんて不可能なんです! あそこは森の賢王の縄張り。下手に手を出そうものなら村が危険に晒されてしまいます! そう説明してお引き取り願ったんですが……」

 村長はそこまで言うと頭を抱える。自分の選択一つで村が壊滅しかけたのだ。死んでしまった村人に対して、自分が殺したも同然と思い悩んでいるのだろう。

「数日前まで王国戦士長様が滞在されていたのに……。あの御仁が居て下されば……」
「王国戦士長がいらしてたんですか?」
「……はい。最近この付近の村々が襲われる事件があったらしく、このカルネ村の様子を見に来たとの事でした」

 村長の話を聞く限り本当にタイミングが悪かったようだ。付近を警戒していた戦士長の一団が居れば被害は確かに抑えられたはずだ。しかし戦士長が居なくなるまで様子を見ていた可能性もある。かと言って麻薬畑を引き受けたところで森の賢王の怒りを買う可能性もある。そうなると運命は変わらない。村長独りの選択でどうこう出来る問題ではない。彼に責任は無いだろう。

 そういえば“王国戦士長”という言葉にペテルが興味を引かれたようだった。モモンガは件の戦士長に付いて聞いてみる。

「ペテルさん。その王国戦士長とはどのような人物で?」
「有名な方ですよ。本名はガゼフ・ストロノーフ。以前、王国の御前試合で優勝された方です。その強さはアダマンタイト級の冒険者に匹敵すると言われており、国王直轄の精鋭部隊を率いています。誠実な人柄もありますが平民出身という事もあり国民からも慕われている方ですね」
「ほう。それは会ってみたいですね」

 目をキラキラさせながらガゼフを語るペテルの顔には憧れが窺える。内政が酷いと噂される王国内において、平民出身の人間が活躍する様は大衆受けが如何にも良さそうだ。
 話が一段落したところでドアがノックされる。村長が出ると村人が葬儀の準備が出来たことを伝えてくる。

「皆さん。申し訳ありませんが葬儀の為に席を外しても宜しいでしょうか?」
「あぁ、お気になさらずに。私達も一度依頼主のンフィーレアさんと合流しましょう」


* * *



 外に出るとまだ日は高く明るかった。村人たちは葬儀のために村外れの共同墓地に集まっている。襲撃直後のこのタイミングで葬儀とはやや急ぎ過ぎなような気もするが、この地域の宗教的な理由でもあるのだろうかとモモンガは首を捻る。

 ンフィーレアの姿を探すと、村人の治療を終えたらしく荷馬車の側に他の漆黒の剣らと共に休んでいた。荷馬車の側には捕虜となった野盗7人が転がっている。武器防具を取り上げられ、騒がないように猿轡をかまされ後ろ手に縛られている。

「ンフィーレアさん。今後の予定はどうしますか? 依頼を続けますか?」
「村がこんな状態ですが、この襲撃で村中の薬草を消費してしまったので出来れば薬草の採取に行きたいです。けど……」

 彼はそう言うと転がっている野盗を見下ろして思案する素振りを見せる。どうやら野盗の護送と採取の警護を両立出来ないか考えているようだ。
 ンフィーレアは考える。

(荷馬車は薬草をエ・ランテルまで運ぶのに必要……。捕虜は歩かせれば良いけど、採取が終わる三日後まで世話をするのは馬鹿らしい。というか、食料の確保が儘ならないから無理に近い……。残るは捕虜だけ先にエ・ランテルまで護送するか、そもそも捕虜をこの場で処分してしまうか……)

「モモンさん。一応確認なんですけど、この捕虜達をどうするつもりですか?」
「出来ればエ・ランテルに引き渡そうかと思っています。最近付近の村々が襲われていると村長さんが仰っていたので、もしかしたら王国から報奨金が出るかもしれませんから」
「なるほど。やっぱ王国に突き出す方向性で――。となると……」

 その様子を見ていたペテルが提案する。

「ンフィーレアさん。荷馬車を貸して頂ければ今から私一人で捕虜をエ・ランテルまで運びますよ。私を抜いた残りのメンバーとモモンさん達とで薬草採取の依頼を継続してください。早ければ明日の昼には戻れると思いますし。どうですか?」
「ペテルさん独りで大丈夫ですか?」
「武器も取り上げて拘束してありますし、大丈夫ですよ。それに森での採取には野伏(レンジャー)森司祭(ドルイド)は外せません。いつも以上に薬草を補充するなら人数は多い方が良い筈です」
「……分かりました。お言葉に甘えさせて頂きます」

「なら早速行ってきます。モモンさん、暫くメンバーと村をお願いします」
「了解しました。お任せください」

 捕虜を荷台に載せ終わると車輪を軋ませながら出発する。それを見送るとモモンガと残った漆黒の剣のメンバーはンフィーレアに明日の日程を確認する。

「では私たちは明日に備えましょうか。出発はいつ頃になりますか?」
「早朝から森に入る予定です。目的地はさほど遠くは無いのですが森の中は歩きづらいですからね。水分補給用に水は多めに携帯して下さい」
「分かりました」

「それと、もし採取中に森の賢王が出現した場合は殺さずに追い払ってもらえますか?」
「……それは、一体どうしてです?」
「見ての通りこの村は森に近いのに柵で囲むなどしてモンスターへ備えていません。それはこの一帯が森の賢王の縄張りだったために強いモンスターが近づけなかったからです。もし森の賢王を倒してしまわれますと……」
「なるほど。天然の防波堤が無くなると」
「はい。そうなります」

「分かりました。ただ念の為、その森の賢王が出現した場合は漆黒の剣の皆さんはンフィーレアさんを連れてすぐに逃げて下さい。本気を出さねばならない程強かった場合、巻き添えになります」
「了解しました」

 これまでの戦闘でモモンガ達の実力は確かなものだったので殿を任せる事に反対の声は上がらない。それでも伝説の魔獣と謳われた森の賢王には出てきて欲しくないというのが漆黒の剣の本音だった。

「皆さん――」振り返ると村長が立っていた。

「おや、村長さん。葬儀の方はよいのですか?」
「はい。祈りの言葉も済みましたから。何より焼けた家なども何とかしなければなりませんし。――ところで、いつもならこのまま村外れで野宿されると思うのですが、丁度と言っては何ですが何軒か空き家になりまして……。村の恩人を野宿させるのも申し訳ないので、もし宜しければお使い下さい」

 モモンガ達は雇われの身。判断をンフィーレアに任せると彼は一瞬迷い、その申し出を受けた。後で理由を聞くと、村として冒険者に謝礼金を支払いたいがお金のやり取りが少ない村にはそもそもまとまったお金がある筈もなく、空き家の提供は彼らなりの誠意の表れであろうと言う事だった。彼らの気持ちを汲んで遠慮せず申し出を受ける事にしたらしい。

「では今日はもうお開きとしましょうか」
「そうですね。では明日も宜しくお願いします」

 軽く挨拶を済ませると、モモンガとやまいこは宛がわれた空き家に荷物を運びこむ。未だ生活感が残っているのが心苦しい。それもその筈だ。ここの住人は今朝まで居たのだから……。
 しかし、初めて見るこの世界の生活空間にモモンガとやまいこは好奇心を隠し切れない。椅子やテーブルなどの家具や、コップといった食器まで物珍しそうに手に取って観察する。ひとつひとつの出来栄えは当然ナザリックの物と比ぶべくもない。ただゲームの中の完璧な造形とは違い、手作りならではの温か味を感じる事が出来た。
 ひとしきり堪能すると、モモンガがふと思い出したかのようにやまいこに語り掛ける。

「そういえば、クレマンティーヌにもこの家の事を教えないとな。まだ納屋に居るのかな」
「捕虜はナザリックに送ったから広場に戻って来てても良いのにね」
「家の場所説明し難いし、迎えに行くか」

 散歩がてら二人でクレマンティーヌを迎えに行くが、納屋に彼女の姿は無い。

「ん? クレマンティーヌ?」
「どこ行っちゃったんだろ……」

 やまいこが辺りをキョロキョロと見まわしているが発見できない。

「仕方がない。<伝言(メッセージ)>を使うか」こんな事なら初めから伝言(メッセージ)で呼べば良かった、とモモンガは思わず毒づく。

≪クレマンティーヌ。今どこにい――≫
≪助けて!! 神さまぁ!! 腑分けされちゃう! 死にたくない!!≫
≪!? ど、どういうことだ!!?≫
「あぁっ!! <転移門(ゲート)>!!!」

 クレマンティーヌの絶叫を聞きながら戸惑うモモンガの視界の端に黒い霧状の転移門(ゲート)が現れる。
 やまいこが何かに思い至ったのか血相を変えて<転移門(ゲート)>を開くと、慌てたように飛び込んでいく。やまいこは()()()()()。自分が八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に何て指示したのか。「納屋に居る()()()ナザリック第五階層の『真実の部屋』に送っておいて」だ……。そしてやまいこは()()()()()。クレマンティーヌを道案内だけでなく、途中から仲間として連れている事をナザリック側に伝えていなかった。モモンガと二人で旅に出る際、外で活動する者は定期的に連絡を入れる決まり事を作ったのに、これではNPCたちに示しがつかない。

 モモンガがやまいこに続いて<転移門(ゲート)>に入ると、薄暗く肌寒い部屋に出た。


* * *



「ひっぐ……。ぐす……」

 ナザリック第五階層:真実の部屋。クレマンティーヌは間一髪のところでモモンガとやまいこによって助けられた。駆け付けた時、ほんの少~しお腹を開かれていたが今は回復魔法で塞がっている。

「なかなか犯罪チックな絵面ね」カシャッ!と、やまいこが記念写真を撮る。

 拷問部屋の中、黒スーツを着た男の足元に全裸の二十代の女が泣きながらしがみ付いているのだ。端から見ると犯罪臭が凄まじい。横で溺死体のような姿の拷問官ニューロニスト・ペインキルが申し訳なさそうに身体をクネクネさせていなければそこそこ絵に成りそうな感じだ。

「写真撮ってないでやまいこさんもフォローしてくださいよ……」
「あぁ。……うん。ごめん」
「取りあえず向こう(カルネ村)の家を無人にする訳にはいかないので俺は戻ります。やまいこさん、クレマンティーヌのケア宜しくお願いします。今夜はこのままナザリックで休ませましょう。明日森に出発するまでには戻ってきてください」

 やまいこが了承するとモモンガは一足先にカルネ村へ戻る。クレマンティーヌはモモンガの姿が見えなくなると、今度は慌ててやまいこにしがみ付く。

(これは相当トラウマになってるな……)

 装備品をニューロニストから回収してクレマンティーヌに着せると、やまいこはクレマンティーヌをヒョイとお姫様抱っこする。
 半魔巨人(ネフィリム)に戻っても良かったのだがクレマンティーヌに配慮して人間の姿のままだ。人間状態の外見は細身の女性だが、レベルがカンストしているやまいこの筋力は並みの人間より力強いのだ。

「ニューロニスト。騒がせたね」
「いいえぇ~。いいのよん。またいつでもいらしてねん♪」

 ニューロニストの濁声を後に真実の部屋を出ると、次はナザリック第九階層を目指す。

(まずはペストーニャに精神を安定させて……。次にアルベドに事情を説明してシモベ達にクレマンティーヌの事を周知するよう指示して……、食堂で食事……、大浴場でリフレッシュしてから就寝……。客室にはユリを付けておけば大丈夫かな……)



 その後、やまいこの予定通り事は進み今は一緒に食堂に居る。アルベドに事情を話したらもの凄い嫉妬の目でクレマンティーヌを睨み、火に油を注ぐ結果に成りかけたが、やまいこが窘めると事無きを得た。

(一緒に寝泊まりしていると言っただけであんなに反応するとは……)

「……どう? 美味しい?」
「めっちゃ美味い!! このお肉何!?」
「ユグドラシル産のフロスト・エンシャント・ドラゴンのモモ肉だって」

 当のクレマンティーヌはドラゴンステーキに喰い付いている。食事で元気が出るとは何とも現金なものだが機嫌を直してくれて良かった。

「あ~、生きててよかったぁ~」
「生を堪能しているところ悪いけど、明日早朝にカルネ村へ戻るからね」
「りょうか~い」
「今夜はこのままナザリックに泊まるから、後で客室に案内する」

 それを聞くとビクッと身体震わせて再びクレマンティーヌは青くなる。そして目の端に涙を浮かべながら懇願する。

「ひ、独りにしないで欲しいなぁー……と……」
「……いい歳して添い寝なんて嫌だからね」
「そこを何とか! 神さまぁ!!」

(まだ引きずるか……)

 クレマンティーヌはやまいこに向って祈るように手を合わせている。

「却下。第九階層は自作NPCしか居ないから安全だって言ったでしょ。部屋の前にはユリを付けるからそれで我慢しなさい」

 やまいこの言う通り現在のナザリック第九階層にはギルドメンバー達が自作したNPCしか配置しておらず、賓客を害する愚か者は居ない……筈だ。
 転移後、警備の為に召喚したシモベを配置する案が守護者たちから出たが、やまいこの強い要望に推される形で却下された。理由は単にプライベートを確保したかったからで、その意図を伝えるとモモンガも賛成してくれた。
 現在、第九階層の警備は戦闘メイド(プレアデス)のシズとエントマの二名が担っている。

「ユリはボクが作った娘でナザリックでも珍しく善よりの存在だから、何か困ったことがあったら彼女に相談しなさい」
「うぅ……」
「そんな顔しないで。食べ終わったら大浴場行くよ。ちょっとリラクゼーションルームに付き合ってもらうから」
「り、りらくぜーしょん?」
「身体を揉みほぐすコーナーがあるんだけどね。ローパー系のMOB(モブ)なんだけど独りで試すのが怖いから一緒にどうかなと」
「”ろーぱーけいのもぶ”ってのが何なのか分かんないけど、マッサージなら……まぁ……」

 食事が終わり大浴場に移動する頃にはクレマンティーヌも落ち着きを取り戻していた。一般メイドがクレマンティーヌの身体を洗おうとするのを丁重に断わる一幕もあったが、様々な風呂を堪能し疲れを取ることが出来た。
 最後に二人で入ったリラクゼーションルームで()()嬌声を上げる事になるのだが、今までと違い命に関わる事ではなかったのでクレマンティーヌは良しとした。

 こうしてクレマンティーヌの刺激に満ちた一日が終わったのだった。



ナザリック第九階層に行ってみたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話:エンリ・エモット

 リ・エスティーゼ王国領、城塞都市エ・ランテルの北に広がるトブの大森林。その南端に位置するカルネ村は野盗の襲撃に遭い悲惨な状態に陥っていた。人口120人のうち生き残ったのは筈か半数。25世帯の内13世帯が断絶してしまった。多くの働き手を失ったこの村の未来はとても暗い。
 他の王国領とは違い比較的()()()と評されるエ・ランテルだが、税収は確実にこの村を廃村へと追い詰めるだろう。毎年行われる帝国との戦争もまたそれに拍車をかけるに違いなかった。

 襲撃の翌日。村人達は心の傷が癒されぬまま復興に努める。村の行く末が暗くとも今は全て忘れて行動するしかないのだ。
 早朝から復興作業をする村人達の横で、トブの大森林に入る為に準備を進めるンフィーレアのもとにエンリが訪ねてくる。

「ンフィー……。ちょっと良いかな……」
「エ、エンリ!? どうしたの?」
「うん。昨日助けて貰ったお礼をきちんとしたくて。その、モモンさんに紹介してくれるかな」
「あぁ、分かったよ。じゃあ、付いてきて」

 ンフィーレアは皆と準備をしていたモモンガ達の前にエンリを連れていく。準備と言っても少量の食料と多めの水、薬草を入れるバッグを用意するだけなので、モモンガ達は既に準備万端といったところだ。クレマンティーヌだけは肌の露出が多いために、虫除けの香料が入っている小袋で身体をポフポフと軽く叩いている。

「モモンさん。少し宜しいですか。エンリが昨日のお礼をしたいと」
「あぁ、はい。大丈夫ですよ」

「あの! エンリ・エモットです。昨日は妹共々助けて頂いて、本当にありがとうございます!」

 エンリはそう言うと勢い良く頭を下げる。感謝を表すのに頭を下げるという日本人めいた所作に親近感を抱いたモモンガは、その純粋な気持ちを確かに受け取った。両親を失ったばかりで辛いだろうに、こうしてわざわざ感謝を伝えに来た彼女に感心したのだった。

「気にしないで下さい。私達は漆黒の剣の皆さんに雇われて居合わせたに過ぎませんから」

 それを聞いていたルクルットがやや呆れたように口を挟む。

「いやいや流石に謙遜し過ぎだぜ、モモンさん。居合わせただけって言っても俺たちだけじゃエンリちゃんたちを助けられなかったし、40人の野盗を相手にするなんて絶対に出来なかった。間違いなくモモンさん達が居たからこの村は助かったんだぜ?」
「その通りなのである。プレートこそ(カッパー)であるが、その活躍はアダマンタイトと遜色ないのである」

 ルクルットの言葉に合わせてダインもモモンガ達を称賛する。力量の差を素直に認めており、その目に力への嫉妬も無い。心からそう思っているのだろう。ンフィーレアとニニャも続きそうだったのでモモンガは手で制止して「褒められると恥ずかしい」と言うと、やはり皆呆れたような、それでいて謙虚な姿勢に好感を得た表情でモモンガを見るのだった。



「ンフィー。折り入ってお願いがあるんだけど……」

 エンリはモモンガ達からンフィーレアに向き直ると、何処か思い詰めた表情で姿勢を改める。

「……どうしたの?」
「その……薬草の採取に私も雇ってもらえないかな。お父さんが遺してくれた蓄えだけだとこの先不安で……」

 両親を失い、幼い妹と二人きりになってしまったエンリはこれからの生活が不安で一杯であった。これがエモット家だけの不幸ならば、気心の知れた住民たちが手助けしてくれたであろう。しかし事は村全体の問題だ。人口が半分になりどの家も家族の誰かを失ったような状態では、他所の家を手助けする余裕なんてある筈がなかった。エモット家は畑を持ってはいたが、エンリ一人で妹の面倒と畑仕事を両立するのは難しいだろう。
 そんな中、薬草の採取に行くンフィーレアたちは、エンリにとって一つの希望であった。冒険者が多く集まるエ・ランテルではポーションの需要が高く、それに比例して材料となる薬草の買取価格も当然高額だ。一番価値のある薬草をバッグ一杯に採取出来れば金貨2枚、農夫の2ヶ月分の稼ぎになる。しかし、森は危険だ。エンリ一人では森の深い所へは当然行けない。ンフィーレア達が居る今が絶好の機会なのだ。
 しかし――

「ごめん、エンリ。君を連れていく事は出来ない」
「そ、そんな! お願いよ、ンフィー……」
「モモンさん達の強さに甘える形になるけど、今回の採取はいつもより深い所まで行こうと思っているんだ。当然、危険度が高い。下手をすると森の賢王に遭遇するかもしれない。そうなった時、エンリの身の安全を保障できない。もし万が一が起こったら、ネムはどうするんだい?」
「……」

 エンリに何かあればネムは天涯孤独になる。それは分かり切ったことだ。悲痛な表情になるエンリに、ンフィーレアは意を決して口を開く。

「状況を考えれば、エンリが焦る気持ちもわかるけど。今回は村で待っていて欲しい。……ただ、代りと言っちゃなんだけど……、その、僕からもお願いが一つあるんだけど……」
「え?」
「その……、大切な話があるから……今夜、時間を空けておいて欲しいんだ」
「……う、うん」

≪モモン。これってあれだよね。彼、死亡フラグ立ってるよね≫
≪そんなフラグはへし折ってやりますよ≫

 ンフィーレアの様子に何かを察したのか、エンリは頬を染めて俯く。
 その様子を微笑ましく見守るダインとニニャ。モモンガとやまいこはどこか眩しそうにしている。そしてルクルットとクレマンティーヌはニヤニヤしていた。
 そこに村長と狩人のような格好をした村人が近づいてくる。

「ンフィーレアさん。……こんな事をお願いするのは甘えすぎかもしれないが、冒険者を一人村に置いてはくれないだろうか。野盗が報復に来るかもしれないと皆不安がっているんだ。今、村でまともに武器を扱えるのがラッチモンだけなんだ……」
「ここに村中から集めたお金がある。昨日助けて貰った分の報酬も併せて、これでなんとかならないだろうか」

 ンフィーレアはラッチモンから受け取った皮袋を確認すると、銀貨50枚と銅貨2000枚ほどが入っている。村中から集めたというのは本当なのだろう。正直なところ命の対価として冒険者へ支払う報酬にしては少なすぎる額ではあるが、これがカルネ村に出せる限界であるのは明らかだ。
 ンフィーレアは困ってしまう。村人達の懸念も理解できるが、ここで戦力を割いてしまっては本来の目的である薬草採取に支障が出るかもしれない。モモンガ達の力は信用しているが、森の南側を200年前から支配している森の賢王の強さが未知数なのだ。

 モモンガは話の雲行きが怪しくなってきた事に眉を顰める。出来ればこのまま森へ入り大自然を満喫し、可能なら森の賢王を見てみたかった。村に多少は同情しているが、このままずるずると付き合っていつまで経っても出発できないのは御免被りたかった。

(ふむ。静観するつもりだったけど、仕方がない……か)

「ちょっと宜しいですか? 昨日の野盗は総勢40名、後詰めが居ない事は魔法で聞き出したので間違いありません。しかし、皆さんの不安も理解できますので、ここは特別に私のマジックアイテムで戦力となる者を召喚しようと思います」
「マジックアイテムで召喚……ですか。それはモンスターを使役するみたいなものなのでしょうか?」

 やや不安そうな村長だがその質問も当然だろう。モモンガ達の事は昨日の救出劇で信用はしている。その実力も恐らく英雄級ではと薄々感じてはいるのだ。その彼が召喚するモンスターとは如何ほどのものか……。たとえ本人が大丈夫だと言っても恐ろしかった。
 その不安を感じ取ったモモンガは村長達に告げる。

「そこまで心配されなくても大丈夫ですよ。……そうですね、お手数ですが広場に村人を集めて貰えますか? 皆の前で実演した方が混乱も少ないだろうし、野生のモンスターでないことが分かれば安心もするでしょう」
「わ、わかりました。すぐに集めます」

 復興作業をしていた村人たちは、村の恩人であるモモンガがさらに村の守りを呼び出してくれるということですぐさま広場に集まってきた。人数にして60人強。その表情には昨日の今日で疲れが見て取れるが、命の恩人たるモモンガに向ける眼差しには崇拝や敬愛が入り交じっていた。
 モモンガは通る声で広場に集まった村人に話始める。

「お集まり頂きありがとうございます。皆さんの不安を拭う為にこれからモンスターを召喚しますが驚かないように。エンリ、ここへ」
「えぇ!?」

 急に呼ばれたエンリは尻込みしてしまうが、恩人の言葉を無下にする訳にもいかない。おずおずとモモンガに近づくと、小さな角笛を手渡される。

「これはゴブリン将軍の角笛と呼ばれるマジックアイテムだ。吹けば小鬼(ゴブリン)が召喚され、お前に従うだろう。さぁ、吹いてみろ」
「は、はい!」

 エンリは勇気を出して角笛を吹く。若干緊張していた為か、鳴り響いたのは「プー♪」という玩具のような可愛らしい音だった。エンリは思わず失敗してしまったかと心配したが、広場の村人たちが自分の後ろを見ながら騒めいたのに気が付いた。
 (かく)して小鬼(ゴブリン)達は召喚された。レベル8小鬼(ゴブリン)を12体、レベル10小鬼の弓兵(ゴブリン・アーチャー)を2体、レベル10小鬼の魔法使い(ゴブリン・メイジ)を1体、レベル10小鬼の司祭(ゴブリン・クレリック)を1体、レベル10小鬼の騎兵(ゴブリン・ライダー)(ウルフ)を2体、レベル12小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)を1体という、軍勢と呼ぶにはいささか小規模な全19名の小隊だった。

「無事に召喚できたようだな。彼らは(シルバー)級冒険者くらいの実力……のはずだ。その辺の兵士並みには役に立つはずだから村の防御に使うといい」

 モモンガは呼び出された小鬼(ゴブリン)達を観察する。呼び出したエンリが少々怖気づいているせいか、居心地悪そうに辺りをキョロキョロと見まわしている。戦闘の為に呼び出された訳では無いと感じ取り、状況把握に努めているようだ。そして微妙にモモンガを警戒する素振りを見せる。

小鬼(ゴブリン)たちよ。一応確認だが、お前たちの主人は誰だ?」

 その問いに一番体格の良い小鬼(ゴブリン)が答える。

「……もちろん、そこに居られる召喚主様です」

 エンリが小さく息を飲むのが分かった。

「その通りだ。この娘の名前はエンリ・エモット。お前たちの主人だ。そしてその主人にお前達小鬼(ゴブリン)を召喚するアイテムを与えたのが私、モモンだ」

 この短いやり取りで小鬼(ゴブリン)達はこの場の力関係を察したようだった。ここでモモンガはエンリと小鬼(ゴブリン)達だけに聞こえるように声を落とす。

「取りあえずお前達が召喚されるに至った経緯を掻い摘んで説明しよう。昨日この村は野盗に襲われた。エンリの両親を含め村人の半数が殺された。残った村人達だけでは村の防衛に不安がある。故にお前達をエンリに召喚させた。追加情報だが、この地域では亜人種の小鬼(ゴブリン)は基本的に人を襲うモンスター扱いだ。だが先ほど言った通り村は防衛力を欲している。上手く立ち回れば村人たちに受け入れられるだろう」

 モモンガは小鬼(ゴブリン)達に命令はしない。主人ではないからだ。その代りに情報を与える事で彼らが円滑に事を運べるよう促す。小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)が心得たとばかりに小さく頷く。
 それを確認するとモモンガは声の調子を戻しエンリに言う。

「良し。ではエンリ。念のためにもう一つ角笛を渡しておく。万が一、こいつ等だけでは対処出来ない状況になったら吹くといい。分かっていると思うが使い切りアイテムだからな。使う際は時期を見誤るなよ?」
「わ、分かりました! モモン様!!」
「どれ。試しに小鬼(ゴブリン)達に何か指示してみろ。そうすれば村の皆も安心するだろう」
「え、えっと……。小鬼(ゴブリン)さん、私の前に整列して下さい!」

 その号令に従い小鬼(ゴブリン)達はエンリの前に整列する。小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)を先頭に並ぶ彼らの姿はなかなか頼もしい。広場に集まって見守っていた村人たちも「おぉ」と感嘆の声を上げる。

「大丈夫そうだな。じゃぁ、上手く使って村を守れ」

 そういうとモモンガは遠巻きに見ていたンフィーレアや漆黒の剣の面々を連れて行ってしまう。後ろからエンリの「ま、まだ心の準備が!」とか聞こえてきたが、早く冒険をしたいモモンガはその声を無視した。トブの大森林へ入る際には「エンリ様に忠誠の儀を!」と何処かで聞いた事があるような台詞が聞こえてドキリとしたモモンガであったが、心の中でエールを送ると振り返る事無く森へ踏み込むのだった。


* * *



 小鬼(ゴブリン)を従えたエンリを残し、一行はトブの大森林へと足を踏み入れた。目指すはンフィーレアが知る採取場所。そしてそこから少し奥を探索する予定だ。
 森へ入り、100メートルも進むと気温が徐々に低くなる。奥へ行くほど樹木が高くなり、陽の光が届かなくなるのだ。
 頭上を覆う青々とした木々は風が吹く度に騒めき、所々覗く枝では翼を休めている小鳥がさえずっている。足元に鬱蒼と生い茂っている藪からは昆虫のものだろうか様々な鳴き声が響く。全方位から聞こえてくる生命の息吹が、モモンガとやまいこの全身を包む。

「これが森の空気……。凄く重い」
「湿っていて、空気に味がある」

 二人は深呼吸をすると、草原とは違う森林独特の空気を吸い込んだ。
 モモンガがふとクレマンティーヌを見ると、真実の部屋で会った時より肌が健康的でツヤツヤとしていたが、ちょっと気怠そうにしている。森は合わないのだろうか。

「どうした、クレマンティーヌ。昨日はナザリックで十分休めただろ?」
「え? あぁ、うん。料理も美味しかったし大浴場も最高だったけど、最後のマッサージが強烈でさ。全身の筋肉が弛緩している感じ?」
「そうか。……大浴場か。そういえば自室の風呂には入ったけど大浴場はまだ入っていないな。……今度入ってみるかな」
「リラクゼーションルームは超良かったよ! モモンちゃんも試さないと勿体無いよ!」

 何処か悪戯っ子のような表情でクレマンティーヌはモモンガに提案し、やまいこは何を想像したのか顔を赤らめている。クレマンティーヌはそんなやまいこを見ると、やや非難するように話しかける。

「誘ったのマイちゃんなのに、な~んで一緒にマッサージ受けなかったのー? 超ー気持ち良かったのに」
「いや……。ボクの想像していたマッサージと違ったというか……。ま、まぁ、マッサージは次の機会に……」

 やまいこはゴニョゴニョと口籠る。

「そ、それよりもモモン。ボクの考察を聞いて欲しいんだけど」
「考察?」
「うん。スレイン法国は100年前のプレイヤーを確認できなかったって言ってたでしょ?」
「あぁ。100年周期で現れる筈なのにな。確か200年前が13英雄だったか」
「そうそう。で、今朝ね、村長から聞いたんだけど。カルネ村の名前、100年前に村を開拓したトーマス・カルネっていう人物が由来らしいんだけどさ、()()()()って如何にも地球産っぽい名前の響きじゃない?」
「まさか……いや、確かに……。ンフィーレア、ニニャ、ルクルット……ペテルとダインは地球にもありそうな響きだけど、この世界の名前は聞き慣れないものが多いのは確かだな。冒険者組合の受付もたしかイシュペンだったか……。そう考えるとトーマスは確かに怪しい気がするな」
「ただ、カルネ村の発展度合いを見ると見当違いかもしれないけどね」

 確かにカルネ村の様子を見る限り、リアル世界の文明を感じさせない牧歌的なものだ。ただ、もしかしたら意図して目立たないように隠遁した可能性もあるが……。

「プレイヤーの子孫が居たら面白そうだな。もしかするとスレイン法国のようにカルネ村に神人が現れるかもしれないぞ?」

 そんな取り留めの無い話をしながら森を進むと、特にモンスターに出会うこともなくンフィーレアの言っていた小さな広場に出る。

「皆さん、着きました。小休止しましょう。この広場を中心に少し薬草を採取した後に今回はもう少し奥へ行こうと思います」



 小休止後、ンフィーレアから薬草の説明を受けると、転移後初めて大きな問題が発生した。モンスターなどが襲撃してきた――訳ではなく、転移後のモモンガとやまいこにとって()()()()()()()という普通の行為がとても難易度の高いものになっていたのだ。
 薬草を見つける事はできる。流石に見比べれば素人でも判別はできた。しかし、いざ薬草を摘もうとすると上手く行かないのだ。次の季節の為に根を残して摘まねばならないのにその根を傷つけてしまったり、茎の根本から詰んだと思ったら薬効のある茎を潰してしまうなど、採取の手際としては酷い有様だった。

「……すまないな。クレマンティーヌ」
「いいよいいよー。場所だけ教えてくれれば私が摘むから」

 薬草をまともに摘む事が出来ないという現実に意気消沈した神々にどう声をかけたものかと困っていたクレマンティーヌだったが、当人たちの立ち直りが早かったのと、自分が代りに採取することで役立てる事が分かると、早々に喜びを感じていた。
 テキパキと採取するクレマンティーヌを眺めながら、モモンガとやまいこは原因を推察する。

「やっぱあれかな。ボク達はユグドラシルのルールにある程度は縛られているみたいだね。これってボク達はモンクと魔法詠唱者(マジックキャスター)で採取スキルを持っていないから上手くできない、って考えていいよね?」
「……多分そうですね。ユグドラシルに()()()()()()()()()()()()()()()()は、きちんとそれらを取得していないとこの世界ではまともに行う事が出来ない可能性がある……と。錬金術師(アルケミスト)のタブラさんとか森司祭(ドルイド)のぷにっと萌えさんやブルー・プラネットさんなら上手にできるかもしれないけど……。NPCにも採取させてみたいですね。特にマーレやパンドラズ・アクターなら採取できるかもしれない。まぁ、プレイヤーとNPCではまた条件が異なる可能性もあるけど……。はぁ……、俺達これ以上成長出来ないのかなぁ……」

 モモンガは自分のレベルがカンストしてしまっている事に一抹の不安を感じてしまう。ゲームであれば問題は無かったが現実世界で自分だけ成長出来ないというのは恐ろしい事のように思えたのだ。今はまだ自分より強い存在に出会っていないが、当然この広い世界には自分を遥かに超える強者がいる可能性があるのだ。
 しかしモモンガのそんな心配をやまいこは否定――、いや、一つの可能性を提示する。

「モモン。それは早計だよ。確かにボク達はカンストしていてユグドラシルのキャラクターとしては完成されていたと思う。でもここはゲームの中ではなく現実世界。ユグドラシルの魔法が少し変質していた事に鑑みれば、ボク達もユグドラシルのキャラクターではなくなっている可能性が高い。何かを習得するのにゲーム時代以上に修練が必要なだけかもしれないよ」

 やまいこの言わんとしている事は何となく分かるモモンガだったが、魔法以外で、ユグドラシルのキャラクターとして何か変わったかと言われると確信が持てなかった。()()()()()()()()()自分が死の支配者(オーバーロード)であることを受け入れてしまっているのだ。

「例えばだけど。半魔巨人(ネフィリム)であるボクのクラスはモンクだけど、この世界では現実(リアル)の『教師』という職業(クラス)を活かす事が出来ると思う。別に転移してきたからと言って知識を向こうに置いてきた訳じゃないからね。モモンもネクロマンサーとかエクリプスのクラスを持っているけど、それらとは別にこの世界では営業職のクラスを持っている事になるでしょ? これってボク達も変質している証拠だと思うんだ」
「そう言われると確かに……。現実世界(リアル)仮想世界(ユグドラシル)、あの二つの世界で得た経験をこの転移世界で活かす事が出来るというのは新しい。ゲームと現実の融合……か。もっと色々と検証しないといけなくなったな」

 今後、調べなければならない事が分かっただけでも収穫だった。やまいこのお陰でいくらか成長に展望が見えたモモンガは気が少し楽になると、一人黙々と採取を続けるクレマンティーヌを手伝う為に薬草探しに戻るのだった。


* * *



 ンフィーレアの号令の下、薬草採取を一時中断して遅めの昼食を楽しんでいた一行だが、突如として森が騒めくと緊張した空気が流れる。野伏(レンジャー)のルクルットが警告を発する。

「何か来る」
「……森の賢王でしょうか」

 不安そうなンフィーレアの言葉に全員が武器を取る。森の騒めきに全神経を集中していたルクルットは焦ったように続ける。

「こいつは不味いぞ。デカいのが一直線に突進してきている」

 彼のその言葉にモモンガは即座に決断する。

「ンフィーレアさん。何が来るにしても縄張りを侵しているのは我々です。ここは引きましょう。予定通り我々が殿(しんがり)を務めますので直ぐに撤退をお願いします」

 モモンガの提案にンフィーレアは頷くと、漆黒の剣と共に急いで荷物をまとめると撤退を始める。予め決めてあった行動故にそれは素早いものであった。

(やはり良いチームだな。緊急時においても乱れが無い)

 感心しているモモンガにルクルットが去り際に声をかける。

「じゃあ、俺達は先に行くぜ。モモンさん達も頃合いを見計らって逃げてくれ」 
「任せてください。あとは私たちが対処しますので」



 ンフィーレアと漆黒の剣を見送ると、モモンガの前にやまいことクレマンティーヌが陣取る。レベルが未知数である森の賢王を想定した場合、前衛職の二人が前に出て直接戦闘が苦手なモモンガを下がらせるのは当然の判断であろう。

「<集団標的(マス・ターゲティング)><全能力強化(フルポテンシャル)><硬化(ハードニング)><加速(ヘイスト)>」

 モモンガがバフを掛け終わりしばらくすると、森の奥から轟くような音が真っすぐ向かって来るのが分かった。音がする方向を注視していると、突如として20メートル先の藪の中からしなる音と共に鞭の様な物体が前衛の二人を襲った。
 唸りを上げて迫る鞭を、やまいこは装備していたナックルでいなす。そのいなされた鞭が藪の中へと戻るのに合わせて、クレマンティーヌは武技を発動して藪の中へと追撃する。

「逃がさないよ!」藪に向かって突進するクレマンティーヌだったが、相手も隠れ続けるつもりが無かったのか勢いよく飛び出してその姿を露わにすると、そのまま体当たりを狙って突進してくる。
 完全にクレマンティーヌとの衝突コースだったが武技<不落要塞>の発動でダメージを相殺すると、クレマンティーヌは体当たりしてきた相手を足場にし、反作用を利用して再びやまいこ達の方へと大きく飛び退く。強襲が失敗に終わった彼女は小さく舌打ちをしている。

「柔らかそうな見た目の癖に金属みたいに堅いとか……むかつく」
「それがしの初撃を防ぐばかりか体当たりも効かぬとは……。その強さ、先ほどの追っ手の仲間であるな……。あくまでもそれがしを逃がさぬつもりでござるな……」

『それがし……ござる……』

 姿を現した()()を見て、モモンガとやまいこは何とも言えない気持ちに襲われ、次第にやる気を無くしていく。

≪やまいこさん……。あれ、どう見てもハムスターですよね……≫
≪う、うん。大きなジャンガリアン・ハムスター……だね≫

 姿を現したそれは、銀色の毛に覆われた巨大なハムスターで、先制攻撃に使われたであろう鞭の正体は堅そうな鱗に覆われた尻尾であった。

「ふふふ。それがしの威容を目の当たりにして畏怖しておるな?」
「……お前の名は?」
「ふむ。それがしは森の賢王でござる! 命乞いをするならその強さに免じて今回は見逃しても良いでござるが?」

 モモンガとやまいこの態度を“恐れ”と勘違いした森の賢王は尊大な態度をとる。

「モモンちゃん。どうする? やっちゃう? やっちゃっていい?」

 二人のやる気が急降下した事に気付いたクレマンティーヌが確認とばかりに聞いてくるが、正直どう扱って良いものか迷っていた。200年近く辺りを支配する凶悪な魔獣を想像していたのに出てきたのは可愛らしいハムスターなのだ。
 モモンガはふと森の賢王が出合い頭に言った言葉を思い出す。

「そういえば、さっき“追っ手の仲間”とか言っていたな。誰かに追われていたのか?」
「……その反応からすると勘違いでござったか。左様、それがしの縄張りを侵した強者に追われていた最中でござる。……むむむ。噂をすれば、追い付いたようでござるな……」

 その言葉に森の賢王が現れた方向を見ると、黒い法衣を着た金髪の男が一人飛び出してきた。

「やっと観念しましたか。森の賢ぉうっ!? って、クレマンティーヌか!?」
「あ、兄貴っ!?」
「そ、その格好は? 一体なぐわあぁっー!!?」

 その格好(猫耳)は一体どうした、と言おうとした彼――クレマンティーヌの兄、漆黒聖典第五席次、一人師団ことクアイエッセ・ハゼイア・クインティアは、妹が咄嗟に蹴り上げた土を顔面に食らい苦悶する。

(おいおい。実の兄にいきなり目つぶしとは鬼畜だな……)

「ぐぅっ……。あれから殊勝になったと安心していたのに! はっ!? 貴方がたはもしや!!?」

 クアイエッセは妹の隣に佇む二人に気付くと跪く。隊長から報告を受けていた彼は、謁見した時と姿こそ違うものの、この二人が神々である事を即座に見抜いたのだった。



クレマンティーヌ(……現実世界!? 仮想世界!!? 転移世界!!!?)

独自解釈
・カルネプレイヤー説
・クラスやスキル周りのお話


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話:薬師の決意

「漆黒聖典第五席次、クアイエッセです。妹がお世話になっております」

 トブの大森林で薬草採取をしていると、森の賢王を追ってクレマンティーヌの兄、クアイエッセが現れた。妹に目つぶしを食らい涙目ではあるが、事前に隊長から報告を受けていた彼は、人間状態のモモンガとやまいこの姿をみとめると跪き頭を下げる。

「畏まらなくていいぞ。クレマンティーヌにも言ってあるが、この姿の時は普通の冒険者として接してくれ。私の事はモモン。やまいこの事はマイと呼んでくれて構わない。ついでに毎回説明するのも面倒だから他の連中にもこの事は伝えておいてくれると助かる。さぁ、分かったらなら立ってくれ」
「畏まりました」

 そう言うとクアイエッセは立ち上がる。兄妹なだけにその顔はクレマンティーヌに似ている。立ち居振る舞いは落ち着いていて特殊部隊の隊員とは思えないほど端正な顔立ちをしているが、血筋が良いのだろうか。やや緊張している様子だがクレマンティーヌの兄だ、直ぐに打ち解けるだろう。

 当のクレマンティーヌを見やると、猫耳を両手で押さえつけながらやまいこの影に隠れている。エ・ランテルからここまでの道のりで他人に見られることに慣れてきた猫耳セットであったが、流石に身内に見られるのはまだまだ恥ずかしいらしい。なるべく兄の視線に入らないようにしている。
 やまいこがクレマンティーヌに見合う装備という事で貸し与えてはいるが、よくよく考えるとゲーム内ではいざ知らず、いつ身内と出会うか分からない現実世界で猫耳と尻尾を常時装備するのはなかなかハードルが高いのではなかろうか。

(しかし……、猫耳は隠してもマントから覗く女王様風のボンデージは隠す様子が無い……。そっちは恥ずかしくないのか? 基準が分からん……)

「あー……、クアイエッセ。クレマンティーヌの装備は我々が貸し与えたマジックアイテムだ。()()()()()見た目だが性能は保証する。うん。まぁ、気にしないでやってくれ。それよりもこの森で何をしている?」
「はい。実は破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を――」

「それがしを無視して話を進めないで欲しいでござざっ!?」

 神との会話を遮った不届き者にクインティア兄妹から容赦のないダブル殺気が飛び、会話の腰を折られて単純にイラっとしたモモンガに絶望のオーラⅠを展開された森の賢王は凄い勢いでひっくり返ると、無防備な腹を見せて即座に降参を宣言する。

「こ、降参でござる! それがしの負けにござるよ!」

(やれやれ……。なんなんだこいつは……)

「クレマンティーヌ。こいつが逃げ出さないように見張っててくれ」
「はーい」

 クレマンティーヌはひっくり返った森の賢王のお腹の上に座ると、薬草の匂いが酷く残る手を森の賢王の鼻にかざし強制的に嗅がすという微妙な嫌がらせをしている。攻撃の()をずらされた事を根にもっているのだろうか。
 そんなクレマンティーヌを余所にモモンガとやまいこは会話を続けるため、妹の微妙な行いをこれまた微妙な表情で見つめているクアイエッセに向き直る。

「……さて、続きを聞こうか。破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)がどうかしたのか?」





 クアイエッセが語った経緯は次の通りだった。
 復活を予言されていた破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)であったが、漆黒聖典がナザリックと接触したために捜索は中断。謁見後も国策を改め、内政の調整をする一方でいままで敵対していた周辺の亜人達と停戦協定、又は和平交渉をする為に漆黒聖典と高位の神官を方々に派遣した事で捜索に回す人員を確保出来なくなったらしい。

 しかし、予言を無かった事にする訳にもいかなかったので、一人師団ことクアイエッセが単身捜索する事になったという。
 複数のギガントバジリスクを操ることができる優れたビーストテイマーである彼の力は亜人達との交渉の席では戦力が過剰であったこと。反面、物理的な索敵能力が高く、探索任務に適していたこと。また彼ならば破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の捜索中に何か問題が起こっても単独で対応出来ると、複合的に判断された人選だった。

 そしてその捜索の過程で森に詳しそうな森の賢王に何か異変が起こっていないか聞き出そうとして、今に至るらしい。

「なるほどな……。森の賢王よ、聞いた通りだ。何か心当たりはあるか?」

 お腹の上にクレマンティーヌを乗せたままの森の賢王へモモンガは問うと、クレマンティーヌが返事を急かすようにスティレットで突く。

「っ! そ、それがしは縄張りから滅多に出ない故に分からないでござる! 少なくともこの周辺には変わった様子は無いでござるよ!」
「だそうだ……。探すならもっと北だろうな」
「そのようですね。せめてアゼルリシア山脈の東西どちら側か分かればよかったのですが……」

「ふむ。ところで、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)とはどのような存在なんだ? 発見したとして、お前達人類に討伐可能なのか?」
「仲間の予言は抽象的な物ですので実際に目にするまでは確かな情報は分かりません。しかし人類の脅威になり得る魔物に関して学んでいる仲間が“竜王(ドラゴンロード)”と称したからには、難度240から難度260程度の存在かと思われます。そして討伐可能かについてですが、多大な犠牲を伴いますが可能でしょう。ただ、スレイン法国には六大神が遺された至宝がありますので、犠牲を最小限に対処できるかもしれません」
「ほう。六大神が遺した至宝(アイテム)か。興味深いな。どのような物なのだ?」

 プレイヤーが残したアイテムと聞いてモモンガもやまいこも興味が湧いた。何らかの装備か、強力な召喚アイテムか。物によっては手持ちのアイテムとトレードしてもいいかもしれない。

「ケイ・セケ・コゥクと呼ばれる至宝です。相手を強制的に支配下に置く事が可能なものです」

(ケイ・セケ・コゥク? ケイセケコク……相手を支配? 世界級(ワールド)アイテムの傾城傾国(けいせいけいこく)か!?)

 その動揺を人間状態のモモンガとやまいこが表情に出さなかったのは奇跡といえた。当人達には予想外の答えであり、その衝撃で思考に空白が生まれ、感情を表に出す余裕がなかったのだ。つまり出さなかったというより()()()()()()が正しい。
 しかし、その思考の空白は転移世界の住人が格下の戦力しか持ち得ないと思い込んだ傲慢さが生んだ油断の表れでもあり、モモンガとやまいこを戦慄させるに十分な物であった。
 やまいこは確認とばかりにクアイエッセに問う。

「クアイエッセ。それはチャイナ服――……。えーと、こう、身体にぴったりした白い衣装で、太もも部分からスリットが入っている感じの?」
「おぉ! ご存知でしたか。流石ぷれいやーたる存在。その通りでございます」
「まぁ、ユグドラシルでも有名なアイテムだからね」

≪やまいこさん。そこまでにしましょう。下手に情報は与えないでください≫
≪了解≫

 この世界の住人が世界級(ワールド)アイテムをどこまで重要視しているか分からないが、ここは些細な情報も与えない方が良いだろう。世界級(ワールド)アイテム保有者には世界級(ワールド)アイテムが効かないといった情報も秘匿しておけば後々何かの役に立つかもしれない。

(しかし、傾城傾国(けいせいけいこく)か……。放置は危険な気もするけど……、現状、強引に奪うのは悪手か? これからはこの世界にも世界級(ワールド)アイテムが存在する前提で動かないとな……。まずはやまいこさんと、外に出ているNPCたちに対策を施さないと不味いな……。糞、一気に課題が増えたぞ……)

 悶々とするモモンガであったが取り敢えず目の前の問題に集中する。

「それで実際のところ、発見したらどうするんだ? 支配下に置くのか?」
「いいえ。当初は人類の戦力増強の側面からその予定でしたが、我々スレイン法国がぷれいやーの皆様と接触できた今、わざわざ危険な賭けに出る必要も無くなりましたのでその案は見送られました。現状、発見したら場所を確認するだけに留め、刺激しないように撤退する予定です。発見した状況によっては王国と帝国へ警告することも一応検討されております」

「なるほど。では発見した場合は我々にも情報を回してくれ。場合によってはナザリックの戦力で処理する。それと……、そのケイ・セイ・コゥクを一度見てみたいのだが、手配して貰えるか?」
「畏まりました。ただ、ケイ・セケ・コゥクを装備する事が許されているカイレ様がエルフ王国の重鎮に顔が利くという事で、現在エルフ王国にて和平交渉に赴いております。ですので少々時間を頂きたく思います」
「急かすつもりは無い。この目で見る事が出来るならばいつでもいい」

「了解致しました。では、私は破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の捜索に戻ろうかと思います」

 あらかた情報交換が終わったと判断したクアイエッセが捜索に戻ろうとすると、最後にモモンガが声をかける。

「戻る前に一つ。もし森の中で麻薬畑を見かけたら手を出さず場所だけ教えてくれ」
「畏まりました。しかし森の中は人外の領域、畑などあるでしょうか?」
「昨日この先にあるカルネ村が八本指に襲撃された。麻薬畑に加担するのを断っての事だ。もしかすると断り切れなかった村も中にはあるかもしれない」
「そのような事が……。畏まりました。発見次第必ずご連絡致します」

 元々王国に良い感情を持っていなかったであろうクアイエッセは厳しい表情をしている。

「頼む。……ところでコレ(森の賢王)はどうする? 問題が無ければ引き取りたいのだが」
「お任せ致します。元々人間には害が少ないという理由で長年見過ごしてきた魔獣ですので」
「そうか。ならば森の賢王よ。私の名はモモンガという。私に仕えるのであれば命は助け――」
「忠誠を誓うでござる!」
「きゃわぁっ!?」

 森の賢王はお腹の上に座っていたクレマンティーヌに構わず勢いよく飛び起きると、躊躇わずモモンガに忠誠を誓う。その後ろでは振り落とされたクレマンティーヌが後頭部を強打したのか頭を押さえて呻いているのが見える。
 クアイエッセは森の賢王の誓いを見届けると、モモンガに軽く一礼して再び破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の探索に戻る為、深い森の奥へと出発するのだった。


* * *



 クアイエッセも去り、森にこれ以上留まる理由も無いモモンガ達は森の賢王を連れてカルネ村に向かって森を歩いていた。
 道中、森の賢王は配下になった印に新しい名前を欲しがった為、モモンガ案の「ハムスケ」に決定した。ネーミングセンスに自信が無かったモモンガではあったが、やまいこから特に代案も出なかったので、たぶん大丈夫だろうと納得することにする。

「殿! このハムスケ、命を助けてくれた恩は必ず忠勤で返すでござる!」
「お、おぅ。期待しているぞ、ハムスケ……」

「モモン。ハムスケを連れ帰ってどうするの?」やまいこがハムスケを撫でながら今後の処遇をモモンガに確認する。

「一応名の通った魔獣のようだから、支配下に置いた事を冒険者組合に伝えるついでに魔獣登録しようと思ってます。こんな見た目(ハムスター)だけど多少は名声の足しになるだろうし。その後は……、アウラへの土産にナザリック第六階層に連れ帰ろうかとも思ったけど、ンフィーレアには村の為に逃がすように言われてるから、縄張りに戻ってもらうか、直接カルネ村を守らせるか……かな」

「ボクはンフィーレアの意見を尊重したい。一応今回の依頼者からのお願いだし」
「じゃあ、魔獣登録後はカルネ村を守る前提で今まで通り森で過ごして貰うか」
「賛成。たった19名の小鬼(ゴブリン)じゃ不安。ンフィーレアを懐柔する事を抜きにしても、ここまで関わっておいて放置した結果、村が滅びました~じゃ寝覚めが悪い。でも……ハムスケが森の賢王だって信じてくれるかな?」
「……」

 正直なところ信じて貰えるか自信が無い。モモンガにも、そしてやまいこにもハムスケはちょっと大きな可愛らしいジャンガリアン・ハムスターにしか見えないのだ。
 クアイエッセが森の賢王として追っていたという状況から取りあえずハムスケが森の賢王である事を納得しているが、大した戦闘も無く従えてしまった為にハムスケがトブの大森林の一角を200年近く支配していた強大な魔獣である事に確信が持てなかった。

「まぁ……、信じて貰えなくても押し通すしか無いだろうな……」





 今後のハムスケの境遇を話しながら村まで辿りつくと、先に撤退していたンフィーレアと漆黒の剣の面々が安堵の表情で出迎えてくれた。が、後ろに控えていたハムスケを見るとその表情が驚愕に染まる。
 ルクルットはハムスケを警戒しているのか、武器こそ抜いていないが何時でも戦闘に移れるように僅かに重心を下げている。

「モ、モモンさんよぉ……、魅了(チャーム)とかされてないだろうなぁ……」

 そこまで警戒しなくても良いのではと思うモモンガであったが、周りの余りにも真剣な眼差しに驚く。外見が可愛らしいハムスターではあるが、確かにここまで巨大だと威圧感も凄まじい。
 モモンガが皆の警戒心に思い至ると、改めて安全である事を宣言する。

「大丈夫ですよ。森の賢王は私の支配下に入っています。私の許可なしに暴れたりしません」

 やまいこも周りを安心させるために「触れても大丈夫ですよ~」と言わんばかりにハムスケを撫でてみせる。

「まさに殿の仰る通りでござる! この森の賢王改めハムスケは、殿に仕え、共に道を歩む所存! 殿に誓って、皆々様にはご迷惑をおかけしたりはせぬでござるよ!」

 ハムスケの宣言に一瞬静まり返る。

「……これが森の賢王! 凄い! なんて立派な魔獣なんだ!」

(ニニャ!?)

「いやはや……、こうしているだけで強大な力を感じるのである!」

(ダイン!?)

「まじかー。こんな偉業をなしとげるたぁ、ぐうの音も出ねぇな。さっさと昇級試験でも受けて貰わないと他の(カッパー)が哀れだぜ」

(ルクルットまで!? お前達こそ魅了(チャーム)されてるんじゃないだろうな……)

 その予想外の高評価にモモンガは狼狽える。やまいこも相手が冗談を言っている訳ではないと分かると、ハムスケのどこに強大な力を感じるのか探し始める始末だ。

「クレマンティーヌ。お前はハムスケをどう思う?」
「んー……、彼らの反応が意外だから話を振ったんだろうけど、あの反応はもっともだと思うよ? 私と同じくらいの力はあるみたいだし、正直こんな魔獣がいる村とかだれも手がだせないと思うよ? 帝国お抱えの魔法詠唱者達が集団で襲わない限り安泰じゃないかな?」

「……クレマンティーヌ」
「ん?」
「お前って凄い奴だったんだな」
「ち、ちょっ!? だから言ってんじゃん! 力の差を認識しなってさぁ!!」

 ムキー!と憤慨するクレマンティーヌはガシガシと頭を掻きむしり地団駄を踏む。神々が周りとの強さに開きがあり過ぎてその辺の機微を分かっていないであろう事は彼女は理解していた。そのせいで自分の能力が過小評価されている事にも気付いていた。
 一昔前の彼女ならそれで酷くプライドが傷付くところだが今は違う。なにせ指先一つで片腕くらい物理的に吹っ飛ばすような桁違いの相手。気にしたところで不毛なだけなのだが、改めて見当違いなところで指摘されると腹が立つのだ。

「どうどう。落ち着いて。ボクに免じて許してやってよ」

(あれ? 俺だけ悪いの?)

「モモンちゃんたちはもっと実戦を経験して自分たちがどの領域に居るか学ぶべきだよ……。英雄の領域に片足突っ込んでる私ですらモモンちゃんたちのシモベ相手には手も足も出せないんだからさぁ……」

 クレマンティーヌの実力は自己申告だが難度90程度で、ユグドラシル換算だとレベル30程だ。対する彼女をナザリックに攫った八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)はレベル49。ゲーム時代でさえレベル差が10も開けばまず勝つのは困難で、20近く離れるともはや困難を通り越して不可能と言えた。武技を使って瞬間的にブーストしようがその差を埋める事は出来ないのだ……。
 腑分けされそうになった事を思い出したのか無意識に手がお腹を摩ると、徐々にクレマンティーヌの目から光が無くなっていく。

「それ以上はいけない! クレマンティーヌ、戻っておいで!」





 やまいこが危うく危険な思考に囚われそうになるクレマンティーヌを必死に呼び止めているところに、ンフィーレアが真剣な面もちで近づいてくる。十中八九、出発前に話していた森の賢王不在によるカルネ村への脅威に関してだろう。こうしてハムスケを連れだして来たことで、モンスターの脅威が現実味を帯びてきたのだ。

 実のところ、モモンガは小鬼(ゴブリン)の角笛を消費して守ったカルネ村を、見捨てるつもりは最初から無かった。ンフィーレアの生まれながらの異能(タレント)の件もあるが、例えハズレアイテムだとしても自分の資産を消費してまで関わってしまった村が、例えどんな形であれ失われるのは癪に障るのだ。
 ただナザリックの利潤を考えると、相手から庇護を求めてくる事が重要であった。モモンガがお願いを聞き、相手に恩を売る事が理想的な展開なのだ。その点、ここまでの流れは順調で、ンフィーレアは間違いなくモモンガに助けを求めるだろう。

 しかし、ンフィーレアの言葉はモモンガの想像を超えたものだった。

「モモンさん! 僕を貴方のチームに入れてください!」
「はぁ!?」
「僕はエンリを……カルネ村を守りたい。でも、今の僕にはその力が無いです。だから強くなりたいんです! モモンさんは優秀な魔法詠唱者(マジックキャスター)とお見受けしました。モモンさんのその強さを、欠片でも教えて欲しいんです! 僕には皆さんのような優秀な冒険者を長く雇えるだけの財力はありません。だから、僕をモモンさんのチームに入れてください! 薬学に関しては少し自信がありますし、魔法はまだまだですが頑張って勉強します! 荷物運びでもなんでもします! だからお願いします!」

 頼りない少年だと思っていたンフィーレアが、今は男の目になっていた。その真剣な眼差しをモモンガは凝視する。

「……はっ、はははは!」

 突如、モモンガが明るく笑いだす。その笑いは穏やかで爽やかなものであった。そして笑うのを止め、スーツの埃を払い姿勢を正すと深々と真摯に頭を下げた。驚くンフィーレアにモモンガは告げる。

「……笑ったりして申し訳ない。君の決意を笑ったわけではない事を知って欲しい。まず私のチームに入るには幾つか条件があるのだが、君は十分にそれを満たしていると言える。だが現状は保留にさせて欲しい。話したと思うが我々は遠くから旅をしてきた身で、まだこの辺りに落ち着くかどうかも未定なんだ」

 転移後、アインズ・ウール・ゴウンへの加入条件から「異形種である事」は廃止された。残る条件は社会人であること、そして隠し条件であるギルド構成員の過半数の賛成が必要なのだが、やまいこの今までの反応を見ると恐らく賛成はするだろう。
 しかし、ンフィーレアはナザリックの事もアインズ・ウール・ゴウンの事も何も知らないのである。これは少々アンフェアだし、知った時の反応も不確定だ。強大な力の恩恵を得られると喜ぶかもしれないし、異形種だらけのナザリックに怖気づくかもしれない。

≪モモンガさん。保留にするの? 彼の力を得るならチャンスだと思うけど≫
≪確かにチャンスですけど、冒険者チームにしろギルドにしろ、此方の情報を何も知らない人間をいきなり加入させるのはリスクが高いと判断しました≫

 この世界の住人とは、互いの立場を考慮して段階的に関わるべきなのでは、と付け加える。冒険者チームとして付き合うのか、ギルドの存在を伝えるのか、プレイヤーである事を明かすのか。

≪共存共栄と言っても相手によって距離感は変わると思うんです。この辺は改めてアルベドやデミウルゴスを交えて相談しましょう≫
≪まぁ、クッションは必要かもね。明日から異形種がお友達だよって言われても困るだろうし≫
≪はい。ただ、今回に限っては全面的に助けるつもりです。やまいこさんも気に入ってるでしょ?≫
≪……まぁね≫

 モモンガの言う通り、やまいこはンフィーレアの言葉に心打たれていた。無表情なアバターではなく、生きた目であそこまで純粋に真摯に訴えられると、どうにも弱かったのだ。

「ンフィーレア。君の気持ちは十分に分かった。今まで我々の仲間に成りたいと言ってきた奴は何人もいたが、打算的な奴らが多かった。中には秘匿性の高い情報や貴重なアイテムを奪う為に近寄ってくる連中だっていたんだ。
 だから君の、純粋に村を守りたいという願いが心地よかった。我々の力を当てにせず、あくまでも自分が強くなって村を守るという心意気が気に入った」

 モモンガは言葉を一旦切り、真正面からンフィーレアを見据える。

「君をチームに入れる事は出来ないが、村を守ることに関して力を貸そう。もちろんそれ相応の対価は支払ってもらう。場合によっては君にも協力してもらう」
「はい! やらせて頂きます!!」

 モモンガがンフィーレアの決意に頷いていると、漆黒の剣の面々が微笑ましいものを見守るような視線を向けていた。モモンガはそんな彼らを気恥ずかし気に見返していると、唐突に思い出したかのように問う。

「そういえば、ペテルさんは帰ってきてはいないのですか? 昨日の話では確か昼頃には戻るとの事でしたが」

 その疑問に漆黒の剣の表情が僅かに曇る。やはりその事には気付いていたようで不安があるようだ。護送していたのが野盗の生き残りなだけに嫌な予感を拭えないのだう。
 ルクルットがそんな彼らを代表して口を開く。

「心配しても始まらねぇ。単に事情聴取が長引いているだけかもしれねぇしよ。こっちは馬車がいつ戻ってきてもいいように薬草を壷に入れる作業を終わらせておこうぜ」

 ペテルの事が心配にもかかわらず依頼を優先する彼の表情には険しいものがある。冒険者としては正しい姿なのだろうが、普段明るい彼の姿を知っているだけに痛ましく見える。
 ルクルットは続ける。

「それとモモンさん。折り入って頼みたい事があるんだけど、いいかな」
「なんでしょう? 私に出来る事なら良いのですが」
「明日になってもペテルが戻らなかった場合はこっちからエ・ランテルに向かおうと思ってるんだけど、そのぉ……、ハムスケ――さんに薬草を運んでもらう事って出来ますか?」

 ハムスケの(くだり)がやや緊張気味だったが言わんとしている事は理解できた。

「馬やロバに使うサドルバッグがあれば代用出来ると思います。ハムスケには私から指示するので問題は無いでしょう」
「じゃあ、もしもの時は頼みます」

 そう言うとルクルットはハムスケにもペコペコと頭を下げている。やはり自分より強く、意思疎通のできる魔獣は恐ろしく見えるらしい。知能が高く、会話の言葉尻から機嫌を損ねる可能性があることを考えると、普通の人間には確かに気を揉む相手かもしれない。

(自分が<伝言(メッセージ)>や<飛行(フライ)>の魔法で安否だけ確認しに行くのもありかと思ったけど、ここは彼の言う通りにしておくか)

 皆が一抹の不安を胸に抱きながら薬草を壷に移し替える作業を終えると、日はすっかり傾き夕食時になる。襲撃から二日目、未だ各家庭で個別に夕食を取る事に不安がる村人たちは、広場に集まり炊き出しの準備をしてた。

 そこに不安の種だったペテルが馬車に乗って戻ってきた。それも、意外な人物を連れて。



八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)のレベル49はWeb版準拠。

独自設定
・情報の価値が高いユグドラシルですが、傾城傾国はwiki的な何かに登録済み。
・クレマンティーヌの難度90。原作では言及されていない……はず。
・破滅の竜王=ザイトルクワエ。数百年前に戦った七人組に亜人が含まれていた為、スレイン法国では伝承が風化している。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話:王国戦士長

 最初に気が付いたのは見張りに就いていた小鬼(ゴブリン)だった。
 復興作業を通して小鬼(ゴブリン)やハムスケに村人が慣れてきたころ、丘向こうから荷馬車が現れた。何事も無ければペテルが乗った荷馬車であろうと推察されるところであったが、荷馬車の他に6騎ほど兵士らしき姿が確認されたのだった。

 炊き出し作業は中断され、村人たちは念のために村で一番大きな建物の中へと避難する。兵士の正体が不明のため小鬼(ゴブリン)達も手近な家に身を隠すと、広場には村長とンフィーレア、そして漆黒の剣とモモンガ達を含めた冒険者のみとなる。ちなみにハムスケは巨体で家に入れないので、広場から死角になる民家の影に潜んでいる。

「御者台に居るのは間違いなくペテルさんですね。兵士に囲まれてますが表情は柔らかく友好的に見えます」

 モモンガは<遠隔視(リモート・ビューイング)>で得た情報を皆に伝えると、ンフィーレアが答える。

「たぶん王国の兵士でしょうけど、念のために村人の皆さんには隠れていてもらいましょう」

 緊迫した空気の中、兵士を伴い広場に入ってきた荷馬車が皆の前で止まると、御者台からペテルが下りてくる。それに合わせて兵士たちも馬から降り、薄暗いながらも村の惨状を目にすると一瞬表情が険しくなる。

「ンフィーレアさん。お待たせしました」
「お帰りなさい、ペテルさん。随分時間が掛かりましたね。……後ろの方々は?」

 ンフィーレアの質問にペテルが答えようとするのを、兵士のリーダーらしい男が「それには及ばない」と歩み出る。

「自己紹介させて頂く。私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。近隣の村々を襲っていた野盗を討伐してくれたと聞き、一言礼をしたく参った」

 ガゼフは広場を見渡しモモンガを認めると、目の前まで近づき深々と頭を下げる。

「モモン殿とお見受けする。この村を救って頂き、感謝の言葉も無い。チームの皆さんも、よくぞ無辜の民を暴虐の魔手から守ってくれた!」

 王国戦士長ほどの身分の者が、見ず知らずの冒険者、それも新米の(カッパー)相手に迷うことなく頭を下げる姿は、この男の人柄を雄弁に語っていた。

(なるほど。ペテルの言う通りの人柄だな……)

 モモンガがペテルにチラリと視線を送ると、親指をグッと立て「やったぜ!」と合図を送っている。恐らく事情聴取を受ける傍ら、モモンガ達の働きを精一杯宣伝してくれたのだろう。

「礼には及びません。我々は依頼の途中で居合わせただけですから。それに村からは報酬も頂きましたし」
「その報酬の件で一つ相談したい事があるのだが」
「なんでしょう?」
「村からの報酬を彼らに返す代わりに、我々の方で報酬を立て替えさせて頂きたい」
「……訳を聞いても?」
「う、うむ。実は――」

 ガゼフが語るには元々彼ら王国戦士団は国王の命を受け、近隣を襲う帝国騎士団を討伐する為に王都からエ・ランテルまで遠征してきたとの事だった。しかし行く先々で後手に回り、訪れた村々は壊滅していたという。更に悪い事に2週間弱前から突如として帝国兵の足取りを掴めなくなったらしい。
 困り果てたガゼフ達が帝国に一番近い王国領のエ・ランテルで情報収集をしていると、ペテルがカルネ村を襲った野盗を護送してきたという知らせを受け、事情聴取に同席したところ、一連の襲撃事件は帝国兵を装った八本指の息が掛かった野盗の犯行なのではと思い至ったらしい。

「我々も違和感は覚えていたのだ。帝国兵が襲ってきたという情報は得ていたが、襲われた村々の位置がエ・ランテルより西側、王国領の深い地域でな。しかし、八本指の息が掛かった野盗が犯人なら合点がいく。尋問で得た麻薬畑の話と合わせれば、壊滅した村々はカルネ村と同じように断わったのだろう」

 そして犯罪に染まらなかった王国民を守ることが出来なかった償いに、せめて解決の立役者になった冒険者への報酬を村人に代わり支払いたいという事であった。

「本来は遠征の為に国王陛下からお預かりした支度金だが、我々には活かす事が出来なかった金だ。それと個人的な気持ちも乗せてある。金貨600枚、どうか受け取って欲しい」

 金貨600枚という金額に広場が小さく騒めく。物価を把握しきれていないモモンガが迷う素振りを見せると、何かを勘違いしたガゼフが声を落として畳掛ける。

「国の恥を口にするのは憚られるが、王国の領主が襲われた村々の為に物資的な援助をする事は無いだろう。精々村々の生き残りをカルネ村に集めて村としての体裁を整えるくらいだ。それも元をただせば税を徴収するためで村人の為ではないのだ……。
 今後、カルネ村は必ず先立つものが必要になる。私の立場上、王族や貴族の目があって陛下からお借りしている金を直接国民に渡すことが出来ぬ。そこでモモン殿なのだ。もしこの報酬を受け取れないと言うのであれば、モモン殿を通して村人に渡してもらいたい。冒険者への報酬という形であるならば私の裁量でなんとかなる。この通りだ」

 ガゼフが再び深く頭を下げようとするのをモモンガは止める。モモンガは正直なところ、感心を通り越して呆れていた。この男は第三者から聞いた見知らぬ人間の評価を鵜呑みにして、なんの保証もないモモンガに大金を預けようとしているのだ。

(この男が愚かなのか、こうまでしないと王国では国民を救えないのか……)

 王国の腐敗を聞く限り恐らく後者なのだろう。一人の戦士が、忠を捧げる国王に迷惑が掛からぬよう、そして自分の責任で対処できるギリギリのところを突いているのだろう。民を助けたいという純粋な気持ちを邪魔しているのが王族なのか貴族なのかは分からないが、目の前の真剣な眼差しは信じても良い気がした。

(ンフィーレアといい、このガゼフといい……。敵わんな)

「……分かりました。ただ受け取るのは私ではなく雇用主のンフィーレア・バレアレさんが適任でしょう。彼なら適正金額を分配してくれるでしょうし、村に思い入れのある彼ならば残ったお金も村の為に役立ててくれるはずです」
「承知した。ではバレアレ殿、受け取ってくれ」
「は、はい!」

 突然話を振られたンフィーレアは100枚ずつに小分けされた、しかし一つ一つがずっしりと重い皮袋を受け取る。

「白金貨で用意するべきなんだろうが急いで用立てた故、かさ張ってしまうが許して欲しい」
「め、滅相もありません! 有難く頂戴します!」

 その後、炊き出し作業が再開されると、小鬼(ゴブリン)森の賢王(ハムスケ)を見たガゼフ達が驚く一幕があったが、いつもより明るく、賑やかな夕食になったのだった。


* * *



 翌日早朝、一行はカルネ村からエ・ランテルへ戻るべく出発する。
 冒険者組はガゼフ達の馬に一人ずつ相乗りさせてもらい、ハムスケにはクレマンティーヌが乗り、荷馬車の御者台にンフィーレアとエンリ、そしてハムスケに薬草の瓶をいくつか運ばせる事で無理やり荷台に作った空間に小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)が窮屈そうに乗っていた。
 行きと違い帰りは全員が騎乗している為、半日もあればエ・ランテルに着く計算だ。

「ンフィー……。本当に冒険者にならなきゃダメ?」
「うん、諦めて。代わってあげたいのはやまやまだけど、ストロノーフさんに言われた通り、エンリたちが国に徴用されないようにする為なんだから」

 出発してから同じ質問を何度もするエンリにンフィーレアは答える。エンリと小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)が同行している理由。それは昨晩の夕食の席で、もし徴税官に小鬼(ゴブリン)たちが見つかった場合、面倒なことになるとガゼフに忠告されたからだ。
 平時ならば問題は無いが、戦争の時期になれば一度表ざたになったビーストテイマーを国は必ず徴用しようとするだろうと。それを回避するにはエンリが冒険者となり、小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)を魔獣登録してしまう事で「冒険者は国家間の争いに加担しない」という決まり事を盾にする作戦だった。
 緊張を隠せないエンリをガゼフが励ますように、努めて明るく声をかける。

「エモット殿、そう心配なされるな。冒険者になっても劇的に何かが変わるわけではない。今まで通り生活できるさ」
「登録する時は僕も一緒に居るし、薬草採取の専属契約書も同時に提出するから」
「う、うん……」

 それにしても……、とガゼフは後ろを付いて来るハムスケに視線を送る。

「まさかあれ程の魔獣を従えているとは恐れ入った。叶うならば森の賢王を打ち負かしたマイ殿と一度手合わせしてみたいものだ」

 流石に戦闘も無く「モモンガが<絶望のオーラ>で支配下に置きました」とは言えなかったので、やまいこが力尽くでハムスケを服従させた事になっていた。

「ご遠慮します。流石に王国戦士長さんに勝てる気がしませんから」

 ガゼフの言葉にやまいこはつれない態度で返事をする。
 ガゼフは果たしてそうだろうか? と自問する。
 森の賢王(ハムスケ)からは強大な力を感じる。王国の五宝物を装備している時なら勝算はあるだろうが、今の装備で勝てるか正直分からなかった。それはつまり、やまいこの強さが五宝物を装備したガゼフに匹敵する可能性を示唆していた。またクレマンティーヌに関しても、目のやり場に困る衣装を差し引いても自分と同等の強さを感じる。
 ペテルの話が真実ならば彼女らは一撃で人食い大鬼(オーガ)を倒したとの事で、それだけで驚嘆せざるを得ないのにさらにもう一人、未知数なのがモモンと名乗る魔法詠唱者(マジックキャスター)であった。

(<飛行(フライ)>を使った事から彼は少なくとも第三位階クラスの魔法詠唱者(マジックキャスター)なのは間違いが無い。しかし……、小鬼(ゴブリン)を複数召喚するアイテムをポンと村娘に渡すような事が、第三位階クラスの魔法詠唱者(マジックキャスター)に出来るであろうか……。昨晩話してみた感じだと人柄は温厚で礼儀正しい。民を救ってくれた御仁をコソコソと調べるのは気が引けるが……イビルアイ殿に相談すべきか……)

 ガゼフは王都を拠点にしているアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”の一人を思い浮かべる。普段から仮面を被り取っ付き難い印象がある小柄な女性だが、話してみるとガゼフも知らない知識を多く蓄えた博識な人物だ。

(同じ魔法詠唱者(マジックキャスター)なら何か参考になる意見を貰えるかもしれない……)

 ガゼフは蒼の薔薇を通して冒険者の有用性を理解している。その強さ、知識、経験の有用性を理解しているからこそ、多少無理をしてでも強者と思われるモモンガ達と繋がりを作ろうと思っていた。その無理が昨晩の金貨600枚に繋がるのだが、見る者が見れば何とも不器用なやり方である。

「ストロノーフさん」
「!? ぉおう。何かな? バレアレ殿」
「いえ、エ・ランテルの北門が見えてきたので」
「これは申し訳ない。考え事をしていて気づかなかった。では予定通り私が先導しますので、皆さんは離れないように付いてきて下さい」


* * *



 ガゼフの計らいもあり、魔獣を連れた一行は難なくエ・ランテルに入ることができた。城門をくぐると誰からともなく息が漏れる。都合三泊四日ほどの旅路ではあったが、漆黒の剣やンフィーレア達にとっては濃厚な日々であった。慣れ親しんだ街に帰ってきて安堵したのだろう。ガゼフの部下たちも「ここでお別れです」と言って兵舎へと帰っていった。
 エ・ランテルの市街区まで来ると、一行は薬草をンフィーレアの祖母の店に運ぶ漆黒の剣組と、ハムスケを魔獣登録するモモンガ組の二手に分かれる。

「では皆さん。また後程。薬草を運び終わったら我々もすぐに冒険者組合に行きますので。依頼の報酬はその時に」
「はい。一足先に魔獣登録を済ませて待っていますよ」

 軽い挨拶を交わし、モモンガ一行とガゼフは冒険者組合に足を運ぶ。
 街中に至ってもクレマンティーヌはハムスケの背中から降りようとはしなかった。どうやら周囲の畏怖と羨望が入り混じった視線が気に入ったらしい。ハムスケも自分を恐れる視線が心地良いのかドヤ顔で歩いている。

≪やまいこさん。これはこれで宣伝効果が高くて良いですね≫
≪うん。彼女が率先して乗ってくれる分には好い感じだね≫
≪確かに、乗れと言われると……、ちょっと恥ずかしいですよね……≫

 観衆を引き連れながら進むさまはまるで凱旋のようでもあった。見物人の多さからエ・ランテルの行政が麻痺して迷惑をかけないか心配だったが、ガゼフが同行してくれたおかげで大きな混乱も無く冒険者組合にたどり着くことが出来た。

 ハムスケを見せられた受付嬢が目を白黒させながら規定書を読み上げると、魔獣登録は意外なほど簡単に終わる。姿を登録する必要もあったが、この世界には魔法で姿を写し取る事が出来るらしく追加費用を支払う事でこれも問題無く終わった。
 手続きを終えたモモンガをガゼフが迎える。

「おめでとう。これで名実ともに伝説の森の賢王はモモン殿たちの使役する魔獣となったわけだ」

 森の賢王という言葉に周りでモモンガたちの様子を窺っていた冒険者たちが驚いたような表情を見せる。ペテルが野盗を護送した時から「40名もの野盗を3人で討伐した」と噂が広まっており、そこへ「伝説の森の賢王まで従えた」という新情報が冒険者たちの間に衝撃を与える。

(ペテルは思いのほか良い仕事をしてくれたようだな)

 モモンガは漏れ聞こえてくる冒険者たちの囁きが心地よかった。無名から少し名が売れた程度ではあったが、名声を得るという目的が早くも叶ったのだ。

「ありがとうございます。ただ今のところ連れて歩く予定は無いんですけどね」
「確か、カルネ村の守りに使うとか」
「はい。あの図体ですから街の宿に置くわけにもいきませんし、餌の用意もままなりませんから。ならばいっそ森に近い所で面倒を見て貰おうと」
「なるほど。村にとっては心強い用心棒ですな」

「あの、お話の途中すみません」

 モモンガとガゼフが談笑していると受付嬢が話しかけてくる。

「モモンさん、組合長がお会いしたいと。ご足労願えますか?」
「組合長が? 何の用か聞いてますか?」
「申し訳ありません、4階会議室まで通すようにとしか……」

「私に心当たりがある。モモン殿、組合長に会おうではないか。なに、悪い話ではないさ」

 意外にもガゼフが受付嬢の話を引き継ぐとモモンガを誘う。
 やまいことクレマンティーヌにはハムスケと一緒に留守番してもらい、促されるまま受付嬢の案内に従い4階会議室に通されると、そこそこ広さのある部屋に歴戦の戦士を思わせる男が一人佇んできた。

「よく来てくれた。さぁ、モモン君、適当な席に座ってくれ。ストロノーフ殿もどうぞ」

 モモンガとガゼフが席に着くのを確認すると男は名乗る。

「まずは自己紹介をさせてもらう。私がこのエ・ランテルの冒険者組合の組合長を務めているプルトン・アインザックだ。宜しく頼む」

 モモンガは「モモンです」と軽く会釈をする。

「緊張しなくていい。今回来てもらったのはモモン君達の昇格について話をしようと思ってね」

 その言葉を受けガゼフが「な? 悪い話じゃないだろ?」と視線をモモンガに送る。

「まぁ、ある意味ストロノーフ殿も当事者なのだが……」とアインザックは渋い顔をする。その表情にガゼフは肩を竦めるだけで何も言わない。
 アインザックは続ける。

「今回、漆黒の剣のペテルと王国戦士長のストロノーフ殿から、モモン君達の功績を認め、君達がエ・ランテルに戻り次第、昇格させるようにと打診を受けたのだ」

 アインザックは一旦言葉を切り溜を作る。

「40名もの野盗をたった3名で討伐。……俄かには信じられない話だが、(シルバー)級冒険者が目撃した人食い大鬼(オーガ)を一撃で倒す実力と村を助けたという証言、野盗の生き残りから得たモモン君達との戦闘内容から真実と判断する。
 また野盗が三つの村を壊滅させ、カルネ村の住民も約半数を虐殺した残虐性を顧みると、討伐されていなかった場合さらに多くの村々が犠牲になった可能性があったことと、黒粉の蔓延を未然に防いだ功績は、リ・エスティーゼ王国の平和に大きく貢献したと判断できる。よって冒険者組合は、モモン君達を特例として(カッパー)から(ゴールド)へ昇格する事を認めるものとする」

(カッパー)から2個飛ばしで(ゴールド)。雑魚相手ではこんなものか……)

 とモモンガが思っているとガゼフが食い下がる。

「いやいや組合長殿。いくらなんでも(ゴールド)は無いだろう。いきなりアダマンタイトをやれとは言わんが、せめてミスリルにならんかね」
「ストロノーフ殿、分かってくれ。こういった昇格試験無しの飛び級は組合としても扱いが難しいのだ。ただでさえ国家に属しているストロノーフ殿の口添えで組合としてもギリギリなのは理解してもらいたい」

「戦士長。私は(ゴールド)でも構いませんよ。組合長さんの仰られる事も理解できます」
「しかしだな……。そうだ。森の賢王! 先程の話には森の賢王の事が触れられていなかった。先刻モモン殿は伝説に謳われた森の賢王を魔獣登録したのだ。あの魔獣はどんなに低く見積もっても難度90。元オリハルコン冒険者の組合長殿なら理解して頂けるはずだ。(ゴールド)に難度90の魔獣を従える事が出来ると思うか? 多くの冒険者たちがそれを目にするのだぞ?」

「むぅ……」痛い所を突かれたとアインザックは唸る。暫し思案し小さく息を吐くと、諦めたとばかりに手を上げ口を開く。

白金(プラチナ)だ。これ以上は無理だ。次の昇格試験を出来るだけ早めるからそれで勘弁してくれ」
「良し。乗った!」

 モモンガは競にかけられている魚になった気分だった。自分のあずかり知らぬところで自分の価値が決まっていくのを不思議な気持ちで眺めていた。
 とにもかくにもガゼフの御かげで白金(プラチナ)に成れたのはやはり感謝せねばなるまい。

「戦士長、ありがとうございます。組合長も御厚意感謝いたします。今回の件は働きで以って応えてみせましょう。決して後悔はさせません」
「あぁ、期待しているとも。プレートはこれから用意するから明日受付で受け取ってくれ」
「はい」





 モモンガとガゼフが一階のラウンジに戻ると、周囲の冒険者たちの視線が自然と集まる。噂の(カッパー)級冒険者が王国戦士長を伴い冒険者組合の最高責任者と会っていたのだから当然とも言えた。

「モモン殿。陛下に報告せねばならぬので私はここで失礼させてもらう。もし王都に来る事があれば私の館に寄ってくれ。歓迎させてもらう」
「はい。その時は宜しくお願いします」

 ガゼフが冒険者組合を後にすると、入れ替わる様に近づいてきたやまいこに声を掛けられる。

「で、組合長の話は何だったの?」
「明日から白金(プラチナ)だとさ」
「ふーん。……ん? それってどれくらいだっけ?」
「全8階級の上から4番目。真ん中ってところです」

 やまいこはふむふむと頷いてみせる。そして不意に思い出したかのように「そういえば来てるよ」と受付カウンターを指さす。言葉少なげだが何を指したのかは察しが付く。
 受付に目をやると小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)を連れたエンリにンフィーレアが付き添っていた。よく見るとンフィーレアが代筆しているようだ。それにやまいこも気付いたのか周りに聞こえないようにモモンガへそっと囁く。

「ボクたちも文字勉強しないとね……」
「そ、そうですね……」

 クレマンティーヌなら喜んで代筆してくれそうだが、今後彼女が居ない状況も想定して読み書きの勉強が必要なのは明白だ。

「そういえばクレマンティーヌは?」
「ハムスケが予想外に人を集めちゃったから組合に併設されている訓練所の方に移ってもらった。漆黒の剣も一緒」
「ハムスケは期待以上だな」
「だね。ただ、連れて歩けば名声は高まるだろうけど、逆に目立ち過ぎて自由に活動し難くなると思う」
「まぁ、予定通りカルネ村に置いて必要な時だけ呼べば良いんじゃないかな」

「モモンさん。お待たせしました!」

 その声に振り向くと魔獣登録を終えたンフィーレアたちが近寄ってくる。エンリは周りの冒険者たちの視線が気になるのか居心地悪そうにずっと下を向いていた。

「いえいえ。私も今空いたところですから。エンリも冒険者登録おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「ははははっ。そんな顔をしないで明るく! これで()()()()ンフィーレアとパートナーになれたんだ」

 その言葉にエンリの顔が赤くなる。ンフィーレアに至っては頭から湯気が出る勢いだ。ンフィーレアが慌てて話題を変える。

「で、では、今回の報酬をお渡ししたいと思いますので、訓練所にいる皆と合流しましょう!」

 訓練所に移ると早速報酬の受け渡しが始まる。
 報酬の内訳は、まず初日に討伐したモンスターで得た金貨6枚を漆黒の剣とモモンガ一行で等分、そしてガゼフから受け取った金貨600枚を、モモンガ一行が金貨300枚、漆黒の剣は金貨40枚、残った260枚はンフィーレアが村の復興資金にする。これがンフィーレアが考え、ペテルの修正が入った分配結果であった。
 漆黒の剣への報酬が少なすぎではと心配したが「大金を受け取るほど活躍していない」とキッパリ断ってきた。本人たちは金貨40枚でも多いと感じているようだ。

「私達としては村人の治療に使った回復ポーション代を回収できれば十分です。何よりもモモンさん達と出会えた事が最高の報酬ですよ」

 ペテルのその言葉にモモンガたちは破顔する。

(やはり良いチームだ)

「こちらこそ。初めて声を掛けてくれたのが漆黒の剣の皆さんで本当に良かった。また機会がありましたら宜しくお願いします」

「わ、私からも改めてお礼を! 本当に、村を助けて頂いてありがとうございます! 村の近くに来たら是非寄って下さい。いつでも歓迎します! きっと村のみんなも喜びますので!!」

 泣き出しそうなエンリをなだめるとンフィーレアが最後を締めくくる。

「では皆さん。今回の依頼はこれにて終了となります。お疲れさまでした」
「「「 お疲れさまでした! 」」」

 こうして転移世界の初依頼は無事に終了したのだった。

目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話:ギルド会議

 初仕事を終え冒険者組合の外に出ると、街は既に夕時であった。街灯に明かりが灯るにはまだ早いものの大通りに面した飲食店などは看板を照らすランプの準備をしている。路地裏からは夕食の仕込みと思われるいい香りが漂い始めていた。
 ンフィーレアとペテルが別れ際にモモンガへ声を掛ける。

「では、私たちは宿に戻ります」
「僕たちも家に帰ります。お疲れさまでした」

「はい。皆さん、お疲れさまでした」

 中央通りの大広場にモモンガ達を残し、漆黒の剣は宿に、エンリと小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)はンフィーレアの家に泊まる為にそれぞれ帰路につく。
 そんな彼らを見送るとモモンガ達もエ・ランテルの外に向かうべく歩き始める。人目の付かない所まで移動した後、彼らもまた<転移門(ゲート)>でナザリックに戻るためだ。

「ナザリックに戻ったらまずは会議だな。緊急で話し合わないといけない案件もできたし……。と、その前に。マイ、クレマンティーヌ、報酬の分配だ」

 モモンガは小分けしてあった皮袋をやまいことクレマンティーヌに手渡す。

「今回の報酬は金貨303枚。各自の取り分は金貨101枚だ」
「ありー」
「まじでこんなに貰っちゃっていいの?」

 クレマンティーヌは重量を感じる皮袋を受け取ると素直に驚いている。単純計算だが金貨一枚が10万円だとすると、三泊四日の初仕事で1010万円を受け取った事になるのだ。

「ふと思ったんだが、漆黒聖典って給与制なのか? もしかしなくてもお前って公務員?」
「こうむいんってのが公務に従事する者の事ならそうだよ? 人類にとってヤバいところに送られるから不自由しない程度には貰ってるけど、一度にこんな金額を貰ったのは初めて」

 クレマンティーヌは腰のベルトに皮袋を結わえると満足そうにポンポンと叩いてみせた。
 その様子を見ていたやまいこが呟く。

「……ボクたちもNPCに給金渡さないとダメかな」
「!?」
「……」
「……保留」
「……了解」

「殿、この辺りには人気(ひとけ)を感じないでござるよ」

 新たにNPCへの給金問題が発生したところでハムスケの声が掛かる。野生動物の勘がなせる業か、ハムスケはそこそこの索敵能力を備えていて、こうして人気の無い場所を探すのに役立つことが分かった。この分だとカルネ村の防衛も問題無くこなせるだろう。

「お、そうか。ならナザリックに帰るとするか」

 モモンガが<転移門(ゲート)>を開くと一同はナザリックへと帰還する。


* * *



 ナザリック地下大墳墓第九階層のラウンジで、アルベドは身だしなみを入念に確認していた。これからモモンガの応接室で行われる会議に参加するためだ。
 ()()()()()()()()。それはモモンガの私室に入れるという事を意味している。

 転移してから今日まで、この第九階層はユグドラシル時代と変わらず、ナザリック内でも特に神聖な場所として存在していた。この階層に入れるのは至高の御方々と、その御手で生みだされたNPCと御方々が招待した客人のみ。
 そして至高の御方の私室への入室は、特別な用向きが無い限り、基本的にはルームサービスなどを行う一般メイドしか入室が許されていなかった。

 これからそんな特別な場所に入れるのだ。仕事の一環とは言え嬉しさの余り口元が緩み笑みがこぼれる。本人は無自覚だが腰の翼も落ち着きなくふわふわしていた。

「お待たせしました。アルベド」

 アルベドが顔を上げると、同じく応接室に呼ばれていた三つ揃えのスーツに身を包んだ悪魔が長い尻尾を揺らしながらラウンジに現れる。出先から急遽戻ってきた彼だが、優雅な佇まいは慌ただしさを感じさせない。

「それほど待ってはいないわ、デミウルゴス」
「それは良かった。……ところで、会議に呼ばれているのは私たち二人だけかね?」

 デミウルゴスはラウンジを見渡し、他の守護者が居ない事を不思議に思う。転移後、モモンガに招集される事が何度かあったが、だいたいが守護者全員で玉座の間が指定されていたからだ。
 しかし、今ここには2人しかいない。

「ええ、そうよ。――いいえ、正確には守護者からの参加は私たちだけね。やまいこ様が既に向かわれてるわ」
「なるほど。では御方をお待たせする訳にはいきません。早速向かいましょう」

 移動中、二人の守護者は口を噤み、磨き抜かれた豪勢な廊下を粛々と進む。
 途中、幾人かの一般メイドとすれ違う。彼女たちはNPCの中でも上位と定められた守護者たちに道を譲るべく廊下の端へと控えるのだが、そんな彼女らとすれ違う度に、言葉こそ交わさないもののアルベドとデミウルゴスは本当に軽く、顎を僅かに引く程度の会釈で応える。
 与えられた役職で立場の上下はあれど、お互いが御方の御手によって生み出された尊い存在であり大切な仲間なのだ。特にこの階層はメイドたちの手によって日々維持されているのだから敬意を示すのは当然であった。

 アルベド達は転移直後を振り返る。
 転移直後、守護者達は警備の為にこの階層にもシモベを配置するようにと進言したが聞き入れてはもらえなかった。却下された時は警護の面で不安を感じていたが、今はそれで良かったと思っている。やはりこの階層は特別なのだ。自動湧きするシモベや傭兵が軽々しく踏み込んでよい領域ではないと感じている。

 ほどなくモモンガの私室の前に着くと、アルベドとデミウルゴスは互いの衣擦れを正し、身だしなみの最終確認を行う。両者共に初めて訪れるモモンガの私室を前に緊張の色を隠せない。
 準備が出来たと判断したアルベドが静かにノックをすると、中継ぎとして一般メイドが現れる。アルベドが用向きを伝えるとメイドは部屋の主と短く言葉を交わすと応接室へと通される。


* * *



 アルベドは素早く部屋を確認する。上座には変身を解いた死の支配者(オーバーロード)のモモンガと半魔巨人(ネフィリム)のやまいこが座しており、一般メイドは入口横に控えていた。机の上には書類などが散乱しており、二人が呼ばれる前から御方々のみで何かしらの会議が行われていたことが窺える。
 扉から数歩進むと守護者二人は一礼し、アルベドが代表として口を開く。

「守護者統括アルベド、並びに第七階層守護者デミウルゴス。お召しにより参上致しました」
「二人ともよく来た。一週間振りか。まずは座ってくれ」
『失礼いたします』

 二人が着席したのを待ち、モモンガは話し始める。

「すぐに始めたいところだが、二人に紹介したい人物がいる」

 そう言うとモモンガは器用に骨の指を鳴らす。
 すると突如、今まで誰も居なかった筈の空間に何者かが姿を現し、アルベドとデミウルゴスは戦慄する。モモンガが<伝言(メッセージ)>などの魔法的手段を行使した気配は無く、()()()()()()()()でその何者かは姿を現した。
 つまり、合図を送られた相手は転移などで現れた訳では無く、()()()()()()()()()()()モモンガの合図を直接確認し何らかの隠蔽能力を解除した事を意味する。
 レベル100にもなる守護者が二人とも気配すら感知出来なかった事に僅かばかり恐怖し、そして心底安堵する。モモンガが呼んだという事は少なくとも暗殺者の類では無いからだ。
 さらに、対峙する事で相手から自分たちと同じ何かを感じ取ることができた。その()()は例えるなら同じ組織に属する者同士の共感や共鳴とでも言えようか、とにかく自分たちと近しい存在である事を魂で理解した。
 全身を軍服で身を固めた“彼”が優雅にお辞儀をする。

「お初にお目にかかります。宝物殿領域守護者のパンドラズ・アクターでございます。守護者統括のアルベド殿に第七階層守護者のデミウルゴス殿、以後お見知りおきを」
「立場上お名前だけは存じております。守護者統括のアルベドです。宜しくお願い致しますわ」
「第七階層守護者のデミウルゴスです。どうぞ宜しく」

 守護者達の挨拶が滞りなく交わされ、パンドラズ・アクターも席に着くのを確認すると、モモンガはパンドラズ・アクターの能力に関して補足する。

「言わずとも分かっているとは思うが、パンドラズ・アクターは私が生みだしたNPCだ。種族は二重の影(ドッペルゲンガー)。デミウルゴスに並ぶ頭脳の持ち主だ。そしてギルドメンバー41人に変身する事ができ、その能力も若干劣るが再現できる。今後、互いに協力する事があるだろうから覚えておけ」
『畏まりました』

 続けてモモンガは、アルベドとデミウルゴスに呼び出した経緯を説明する。

「パンドラズ・アクターには既に伝えてあるが、お前達守護者三名を呼び出したのは今までギルドメンバーが担ってきたギルド会議に参加してもらう為だ。
 理由は転移したこの状況では今後、私とやまいこさんの二人だけでは手が回らない部分が出てくると考えたからだ」

 詰まるところ、モモンガとやまいこは、教師と営業職だけで異世界に降り立ったナザリックを運営するのは難しいと考えた。そこでNPCに与えた設定が現実に反映されている点に着目し、“智謀の持ち主”と設定されたアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの三名に知恵を借り、一部作業を分担させる事を思いついたのだ。

「このギルド会議はナザリックの運営に関わる重要なものであるが、頭脳明晰なお前達ならば参加する資格が十分にあると判断した。是非、このナザリックの為に知恵を貸してほしい」

 アルベドとデミウルゴスはギルド会議に参加できる栄誉に思わず歓喜の表情が漏れそうになるがぐっと堪え、深々と頭を下げる。

「身に余る光栄にございます。謹んでお請け致します」
「私も御方々に恥じぬ働きをお約束いたします」

「さて、まずは()()を渡しておこうか」

 モモンガは無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)からワインレッドの光沢を放つベルベットの小包を取り出す。小包を開いて見せると、アルベドとデミウルゴスは驚きの表情をモモンガとやまいこに向ける。

「こ、これは! リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン……」
「本当に宜しいのでしょうか? これは至高の御方々のみが身に着ける事を許された指輪のはず……」

 二人は例えようのない喜びに震えると同時に背中に冷たい汗が流れる。至高の41人にのみ所持が許された特別な指輪に畏敬の念を抱いてしまい、許可されたとはいえシモベであるNPCが果たして触れて良いものなのか、と躊躇われたのだ。

「構わないとも。我々からの信頼の証だと思ってくれ。それにお前達に任せる仕事を考えれば所持していた方が良い。ただし、ナザリック外への持ち出しは厳禁だ。外出する際は他の守護者か戦闘メイド(プレアデス)に預けるように」
『畏まりました』

 了解の意を示し指輪を受け取ると二人は恭しく指に嵌める。アルベドは迷わず左手の薬指に、デミウルゴスはモモンガに習い右手の薬指に。



「まず、お前達三人の今後の仕事内容を伝える。アルベドは守護者統括として他の守護者達からの報告をまとめてもらう他、ナザリックの内政と防衛を任せる。防衛に関してはコキュートスを就けるから分担して連携しろ。それに併せて緊急事態に対応できるよう、シモベの運用に関してある程度の裁量権を与える」
「畏まりました、モモンガ様」

「デミウルゴスにはスクロール素材の探索に併せて外での活動内容を増やす。目下のところ、スクロールの件と並行して他国の情報収集に努めてもらう。
 最終的にはギルド理念の下、ナザリックを一つの国家と見立てた国家戦略の立案と運用を任せるつもりだ。軍事・外交・経済と包括的で曖昧なものが多岐に渡ると思うがナザリックの繁栄の為に尽力してくれ」
「仰せのままに。ナザリックの栄光の為にこの身を捧げましょう」

「パンドラズ・アクターは今まで通り経理面でその力を振るってもらう予定だが、先の両名からサポートの要請があった場合は優先して協力するように」
「畏まりました、モモンガ様」



 三人の守護者に基本的な仕事内容を告げると、いよいよ本題のギルド会議が始まる。
 まずは転移から二週間、内一週間は冒険者として活動をしていた訳だが、その間のナザリック側とモモンガ側の情報の擦り合わせを行う。

「こちらがここ2週間の報告書になります」
「確認しよう。ではこちらの報告書も渡しておく。冒険者になって知り得た内容だ」

 互いに報告書を交換すると目を通す。
 アルベドが用意した報告書は綺麗な文字で綴られていた。他の守護者達の報告や提案など様々な内容であったが、各項目が見やすく整理されており、特にモモンガ達が冒険者としてナザリックを離れていた期間の出来事は別口でまとめられていた。

【身体測定の結果】
 報告者、ペストーニャ・S・ワンコ
【信者たちによるお布施問題】
 報告者、ユリ・アルファ
【現地最高の薬師の噂】
 報告者、セバス・チャン
【低位階スクロール作成成功】
 報告者、ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥス
【回復魔法の効果実験】
 報告者、デミウルゴス
【牧場経営及び繁殖実験の必要性】
 報告者、デミウルゴス
【野盗の拷問結果】
 報告者、ニューロニスト
【現地の金貨の価値】
 報告者、パンドラズ・アクター

 そしてモモンガ側の報告は以下の通り。

・現地戦力は概ねレベル30以下
・ンフィーレア・バレアレとカルネ村の保護
森の賢王(ハムスケ)を従属化
破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の存在
世界級(ワールド)アイテムの存在
・対外的な条約の作成
白金(プラチナ)に昇格予定

 全員が一通り目を通したのを確認すると、やまいこが口を開く。

「今回はボクが進行役を務めるよ。取りあえず重要度の低いものから処理しようか……。
 アルベド、身体測定に関しては今後も2ヶ月毎に実施するようペスに伝えて」
「畏まりました」

「次、現地の人間は弱い。一般人はほぼレベル一桁で、冒険者でも20前後が関の山だ。漆黒聖典のような逸材は早々いない事が分かった。ちなみにボク達が連れ歩いているクレマンティーヌはレベル30程と見積もっている。同じ前衛同士なら現地で敵は居ないと思う。
 あと、デミウルゴス。トブの大森林で従属した森の賢王(ハムスケ)はスクロール素材にしないようにね。一応あれのお陰で冒険者ランクに色が付いたみたいだから。今はアウラに預けているから後で第六階層で外見の確認をするように」
「畏まりました。配下の者にも周知させて置きます」

「うん、宜しく。
 次はパンドラズ・アクターが報告した金貨の価値か……。モモンガさん、これどうしようか」

 やまいこの問いにモモンガは唸る。パンドラズ・アクターの報告には、現地の金貨はユグドラシル金貨の半分の価値しかないと記されていた。
 ナザリックの各施設を維持するにはユグドラシル金貨が必要で、当初はユグドラシル時代と同じように冒険者活動を通して稼ぐ予定であったのだ。しかし、ゲームのように高額報酬のクエストが現実世界に常時ある訳がなく、さらに折角得た金貨もユグドラシル金貨の半分の価値しかないとなると、新たな金策を模索しなければならなかった。

「ここまで質に差があるとはな……。これは鉱山で一攫千金を狙うか、広大な農地を開拓するか……。やまいこさん、この件は例の計画と合わせて重要度を高めに設定しよう」

「了解。では次。ユリが報告したお布施問題だけど……。
 先の案件から少しでも資金の足しになるならこのまま受け取り続けても良いとは思うけど……、ボク達は宗教とか始めるつもりとか無かったんだけどな……」

 ユリが報告したお布施問題とは、アルベドに命じられてナザリックの地上部分にグリーンシークレットハウスを建てて来客に備えていたユリ達の下に、神の降臨を聞きつけた法国の民が参拝を始めたという事だった。
 さらに顔を出す戦闘メイド(プレアデス)たちの美貌も相まって噂が噂を呼び、日々参拝と共にお布施を持って現れる人間が増えてしまったらしい。

「やまいこ様、愚見をお許しください」
「アルベド、意見があるなら遠慮せずに言ってみて」
「はい。かつて第八階層の桜花聖域について、タブラ・スマラグディナ様が他の御方々と話していたおりに、神社では初穂料と称し様々な価格帯に設定された鳥居を信者に買わせていたと聞き及んでおります。さらに購入者の名前や組織名を鳥居に刻むことで射幸心を満たしていたそうです。
 もし、今後も参拝を許すのであれば、このシステムの導入をご検討してみては如何でしょうか。ナザリックに傾倒する信者の把握が容易になりますし、そういった信者の存在は今後の活動に役立つと思います」

 ポン、とモモンガが手を打つ。

「良い案だ、アルベド。やまいこさん、資金回収は必要な事ですし、協力者になりそうな人間を把握できるようになるのは良い事だと思います。いっその事ナザリックの近くに神社を建てて、法国民から募った巫女に管理させましょう。しばらく監督が必要かもしれませんが巫女達に任せられる様になれば戦闘メイド(プレアデス)を門番兼受付から解放できます」

「うーん……。まぁ、このまま参拝客が増えてナザリックの周りが騒がしくなるのは嫌だし、スケープゴートとして神社を建てて間に置くのも有りか……。でもやるからには信仰対象とか御利益とか? 諸々考えないと……。
 じゃぁ、この案件は一旦アルベドに預ける。神社の建設はアウラとマーレに手伝ってもらって。桜花聖域を作る時に参考にした資料が大図書館にあるはずだから探してみて」
「畏まりました」

 やまいこは再び報告書に目を通すと重要度が中ぐらいの案件を見繕う。

「次、ここから重要度が中位の案件。ニューロニストが野盗から得た情報だけど、これは外の事だしデミウルゴスに任せて良いかな。
 デミウルゴス、ボク達と八本指は敵対関係にあると断定していい。冒険者のボク達の事は既に相手に伝わっていると思うから後手にならないように情報が欲しい。まだ手を出す必要は無いけど、組織の規模を調べておいて」
「畏まりました、やまいこ様」

「次、……セバスが報告している最高の薬師リィジー・バレアレってンフィーレアの関係者だよね? モモンガさん、カルネ村の件もあるし、工房ごと誘致できないかな。ナザリックの為に消耗品のポーションを研究させるなら目の届く場所に居て貰った方がいいと思うんだけど」
「その方が良いでしょうね。法国外にも拠点が欲しかったところですし……。よし、この案件は冒険者として私達が引き受けよう」

 やまいこは重要度の高い案件を確認すると、半魔巨人(ネフィリム)の醜い顔でデミウルゴスに微笑みかける。

「ここから重要度が高い案件だけど、まずはデミウルゴス。良くやった。低位とはいえスクロール製作が成功した功績は大きい」
「勿体ないお言葉、身に余る光栄に存じます」

「そしてこの牧場経営の提案も素晴らしい。スクロールの為とはいえ、乱獲して滅ぼしてしまっては元も子もないからね。回復魔法を使って一つの個体から複数回採取出来る事も調べ上げているのは流石としか言いようがない。モモンガさん、例の計画をデミウルゴスに任せても良いんじゃないかな」

 モモンガはデミウルゴスが用意した計画書を読み返す。内容はやまいこが語った通り牧場経営に関する物だ。スクロールの製作には羊皮紙が必要だが、製作に適した動物はまだ一種類しか発見できていないようだった。それを安定供給するために飼育し、自分たちの手で数を増やす計画だ。
 さらに今後、中位階魔法や高位階魔法に耐えうる羊皮紙を探す手段に“品種改良”も導入しようというのである。そして羊皮紙を得る過程で死亡した個体に関しては、部位毎にポーションなどの素材になり得るか実験に回すというものだ。

「……確かに、この計画書は理に適っていて無駄がない」
「モモンガ様。恐れながら()()()()の内容を伺っても宜しいでしょうか」

 流石に含みを持たせた言い回しにデミウルゴスは気になったようだ。

「ふむ。それを説明する前に伝えておくことがある。
 やまいこさんとナザリックの庇護下に入った周辺各国とどのように関わっていくかを相談したのだが、現段階の方針として、表向きは食料援助・通商取引・軍事力の提供の三点を掲げ、裏では愚民政策・生存圏の抑制・突出した技術の独占を行い、支配的な共存共栄体制を敷こうと思っている」

 そしてモモンガは一冊の本をデミウルゴスの前に差し出す。

「デミウルゴスよ。箱庭に興味はないかね?」
「箱庭……ですか?」

 差し出された本を受け取ったデミウルゴスは、その本の題名を読み上げる。

完全環境都市(アーコロジー)の基本概念と歴史的失敗……」
「そうだ。完全環境都市(アーコロジー)とは我々がリアルと呼ぶ上位世界で、人類が築き上げた都市構造体のことだ。
 本来の理念から言えば環境学や生態学に重きが置かれ、自然と人類が共存していく理想的な都市設計なのだが、リアルの彼らは……遅すぎた。自然破壊が進み大自然の自浄作用が失われた後で慌てて造ったが時既に遅し、もはや自らを閉じ込め滅びを待つ檻でしかなかった」

 デミウルゴスはパラパラとページをめくり、本の内容に軽く目を通す。
 完全環境都市(アーコロジー)とはただ一ヵ所に都市機能を集めれば良いといった代物ではなく、都市をコンパクトにする事で社会的資源を効率的に運用し、その環境が維持されなければならない。
 平面的に拡がりがちな従来の都市を立体的な都市構造にする事で、本来であれば市街地に沈む空間を別の目的に利用する事ができるメリットもある。

「なるほど。それで箱庭ですか……。つまり、この世界では環境破壊が進む前に導入して自然保護に努め、庇護下に入った者の生存圏を完全環境都市(アーコロジー)毎に管理し、相互に敵対関係にある種族が接触する機会を減らすことで衝突を避ける効果もある……と。
 しかしそれでは……。いえ、なるほど、そういう事ですか。その為の愚民政策と技術の独占。流石はモモンガ様……そこまでお考えとは」
「ん? う、うむ。最終的に完全環境都市(アーコロジー)の建設などは現地の者にやらせ、我々からは必要以上の干渉はしない事が理想だ。我々が全てを行わない理由は単にそれぞれの文化を尊重したいと考えているからだな」

 モモンガとやまいこは、この完全環境都市(アーコロジー)計画を立てるうえで、各種族の文化を尊重することでそれぞれのスタイルを見てみたかったのだ。人間やミノタウロスやエルフが、皆同じ規格の完全環境都市(アーコロジー)に住むなんてつまらないと感じたのだ。
 それはただの好奇心ではあったが、多くの物が規格化されたリアルで暮らしていた反動であり、どうしても譲れないところであった。もちろん様々な種が混在した完全環境都市(アーコロジー)も面白いとは思うが、種族間の軋轢を考慮するとそれを期待するのはまだ早いと感じていた。

「読んでもらえば分かると思うが、その内容には魔法が一切考慮に入れられていない。デミウルゴスにやって貰いたい事はその本で得た知識に魔法技術を掛け合わせる事だ。
 そのうえで愚民政策の一環として、様々な種族が交流できる娯楽と物流に特化した完全環境都市(アーコロジー)と、そこに卸す為の食料生産に特化した完全環境都市(アーコロジー)の設計に取り組んで欲しい。特に後者は牧場計画に成り代わるため、皮紙生産の為にも早急に着手してもらいたい」
「畏まりました、モモンガ様。全力を以って当たらせて頂きます」

 デミウルゴスがやる気に満ちているのを確認すると、やまいこは再び進行を始める。

「では次の案件。ナザリックの対外的な条約の作成。これは各守護者全員で草案を提出して欲しい。従属、保護、同盟の三つの観点から各々が思う条約を考えてみて。この案件は属性が中立のパンドラズ・アクターに預けるからアルベドとデミウルゴスは彼に提出するように」
『畏まりました』

「次。クレマンティーヌの兄、クアイエッセから得た情報だけど、レベル80前後と目される破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)というモンスターがトブの大森林に居るらしい。発見され次第こちらにも情報が来る予定だけど、取りあえずは動き出すまでは記憶の片隅にでも置いておいて欲しい」

「最後に、これもクアイエッセから得た情報だけど、この世界にも世界級(ワールド)アイテムが存在する」

 アルベドとデミウルゴスの顔が僅かに引き締まる。それを見てモモンガが話を引き継ぐ。

「パンドラズ・アクター。例の物をデミウルゴスに」
「はい。――デミウルゴス殿、こちらを」

 パンドラズ・アクターは無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)から一つの杯を取り出し、デミウルゴスに手渡す。
 杯は黄金で出来ており、翡翠から彫り出したとみられる見事な蛇が巻ついていた。その見た目の豪華さもさることながら内包する強大な力を感じ取り、デミウルゴスは察する。

世界級(ワールド)アイテム」
「そう、世界級(ワールド)アイテム、ヒュギエイアの杯だ。世界級(ワールド)アイテムは恐ろしく強力で危険な物だが、世界級(ワールド)アイテムを所持する者同士は互いに世界級(ワールド)アイテムの影響を受けない。この世界にも存在する事が分かった以上、ナザリック外の勢力と多く接触するであろうデミウルゴスにはそれを所持してもらう」
「お預かりします。セバスとソリュシャンも外に出ておりますが、如何いたしましょう。呼び戻しますか?」
「その必要は無い。彼らの主だった活動は街中で商人相手の情報収集。危険は少ないと判断し、このまま世界級(ワールド)アイテム無しで続けてもらう。とは言え、隠密能力に長けたシモベを護衛に付けるつもりだ」

 了解の意を示したデミウルゴスがヒュギエイアの杯をしまうと、最後にやまいこが口を開く。

「以上で全ての案件が出揃ったけど、他に何か気になる点が無ければこのまま会議は終了になる。なにかある人いる?」

 やまいこは場に居る全員をぐるっと見渡すと、デミウルゴスが手を上げ発言の許可を求める。

「デミウルゴス。何か提案が?」
「二つほど確認をしたい事が」
「何かな?」

「はい。一つは食料生産に特化した完全環境都市(アーコロジー)……、便宜上、真牧場計画と呼ばせて頂きますが……、知性のある生物も対象としたいのですが、宜しいでしょうか?」

 やまいことモモンガは目配せする。これは()()()()()()()案件だ。
 やまいこ達はアルベドとデミウルゴスが来る前に、予めパンドラズ・アクターに「属性が極悪に設定されていた場合の思考実験」を行っていた。理想はアルベドやデミウルゴスに変身してもらって会議の予行演習をする事であったが都合よく登録している筈もなく、苦肉の策として取られた手段だが二重の影(ドッペルゲンガー)の彼は見事に極悪を演じてみせてくれた。
 結果、想像するだに恐ろしい話を聞かされる訳だが、やまいことモモンガはそれを一蹴する事はしなかった。極悪に扮したパンドラズ・アクターが提案する様々な案件は残虐な物が多かったが、根底にあるのは共存共栄などという夢見がちで現実味の無い理想を叶えるべく、邪悪ではあるもののナザリックに貢献したいと願う守護者視点の提案であったからだ。
 当然、「庇護下に入った二つの種が互いに捕食関係にあった場合」も想定されて然るべきなのだ。このナザリックの住人でさえ食人を好む者や繁殖のために人間を巣として必要とする者がいる以上、目を逸らす訳にはいかない問題であった。代替食品など、代わりが利けばいいがそれが叶わぬ場合も出てくる筈だ。
 やまいこはデミウルゴスの目を真っすぐ見据えて答える。

「勿論構わない。ただし条件が三つある。一つ目の条件は対象をナザリックに迎え入れるに相応しくない犯罪者や敵対した者に限定すること。二つ目の条件は、仮にそれらの者を出荷する必要が生じた場合は食肉処理を終えてから出荷すること。最後の条件はこれらの情報を完全に秘匿すること」
「畏まりました、やまいこ様」

「確認したいもう一つは?」
「はい。転移直後、敵対的なプレイヤーによるナザリック襲撃を警戒されておりましたが、御二人は世界級(ワールド)アイテムや他のプレイヤーをどの程度の脅威として捉えておいででしょうか? 今後、アインズ・ウール・ゴウンという名が広まるほど敵対的なプレイヤーと遭遇する可能性が懸念されますが」

世界級(ワールド)アイテムは脅威だけど実のところ、プレイヤー自体はそこまで危険視していない。それが姿()()()()()()()()()()()()ならなおさらね。勿論警戒しないという意味では無いよ?
 転移直後、ボク達が他のプレイヤーを警戒した理由は、あの時点では()()()()()()()()()()()だと思ったからだ。でもそうでは無かった。こう言うと不思議に聞こえるかもしれないけれど、ユグドラシルとこの世界では命の重さが違う。この世界での命はユグドラシルよりも遥かに重い。六大神や八欲王の情報を得たプレイヤーならその事に否応なく気付くはずだ。
 そしてそれを知った上でこのアインズ・ウール・ゴウンに楯突こうなどというプレイヤーは稀だと判断している。六大神の一人が八欲王に殺された理由は不明だけど、十三英雄の活躍以降プレイヤーの影が歴史上から消えている事に鑑みると、仮に我々以外のプレイヤーがこの世界にいたとしてもその者は思慮深く理性的だと言える。少なくとも不用意に身を危険に晒すような者ではないだろうし、接触があったとしても交渉が出来る相手だと思っている。
 嘗てギルドランク第九位を誇っていたアインズ・ウール・ゴウンだけど、他の多くのトップギルドとは敵対はしていなかったしね。彼ら(トップギルド)は往々にして理性的で話が出来る相手だ。例の1500人の中にも彼らは居なかった。ボク達と戦う事の不毛さを理解していたんだ。
 まぁ、一つ予測不能なのがギルドランク第三位の暴れたいだけの有象無象の輩だけど、奴らにしたって命の重いこの世界(ゲームではない世界)で、本気で命を懸けて暴れられる奴が果たして居るかどうか怪しいところだ。自暴自棄に陥った者が襲ってくるかもしれないが、冷静さを欠いた者にこのナザリックを落とせるとは思えない。
 つまり話をまとめると、今現在隠れているプレイヤーはこちらが隙を見せなければ十分対応出来ると判断している。逆に八欲王のように派手な行動をしているプレイヤーは要注意だ。強大な国や組織があった場合は、接触する前にその歴史や経歴を調べる必要がある。そして常に世界級(ワールド)アイテムの存在を意識する、かな。こんな答えで良いかな?」
「はい。意識を共有でき不安が軽くなりました。勿論、今後も十分に警戒は続けるつもりですが」

「今は隠れているプレイヤーの反感を買わないように非人道的な行為は極力表沙汰にしないよう注意して欲しい。相手が人間種だった場合、大義名分が無いと交渉の余地すら失う可能性があるからね。
 後はプレイヤーを滅ぼした竜王(ドラゴンロード)の警戒くらいかな。こればかりは未知の存在だからとにかく情報収集が鍵になる」
「畏まりました。慎重に行動いたします」

「アルベドからは何かある?」
「強いて言えば前防衛責任者であるデミウルゴスにそのノウハウを聞ければと」
「デミウルゴス。その辺の引き継ぎを任せる」
「畏まりました」

「パンドラズ・アクターは?」
「いえ。私からは特にありません」

 やまいこは続く者が居ないのを確認するとモモンガに目配せする。それを受けてモモンガが会議を締めくくる。

「これにてギルド会議を終了とする。次のギルド会議は何か事が大きく動いた時になるだろう。それまでアルベドには苦労を掛けるが皆から上がってくる報告を逐次まとめてくれ。では、解散。締め切りは設けないが、各自宛がわれた案件に着手してくれ」

 守護者達が一礼をすると各々持ち場へと戻っていく。ほぼ守護者に丸投げするだけの場を果たして会議と呼んでいいのか甚だ疑問ではあるが、こうして記念すべき第一回ギルド会議は幕を閉じたのだった。


* * *



 モモンガが去り際のパンドラズ・アクターに声を掛けているのを横目にやまいこは一息つく。

(ふぅ……。やっぱりアルベドとデミウルゴスの前だと緊張するな……)

 自身が創ったユリやモモンガが創ったパンドラズ・アクターはその関係性から信用出来ると確信していたが、アルベドとデミウルゴスに関しては少しばかり不安があったのだ。
 やまいこがソファーに深く身を沈めているとモモンガが戻ってくる。どうやら一般メイドも下がらせたようだ。

「モモンガさん。パンドラズ・アクターに何か指示を出したの?」
「指示という程のものではありませんよ。宝物殿に戻ったらリフォーム用のデータクリスタルを探す様に言いました」
「部屋の外装変えるの?」
「はい。今回は応接室で会議をしたけど今後の事を考えると会議室も兼ねられる執務室にリフォームしておこうかと思いまして。ユグドラシル時代は現実(リアル)を想起させる物は意識して外してたんですけど、そうも言ってられませんからね。まさかナザリックの中で仕事をする事になるとは思ってもいませんでしたよ」

 円卓が使えれば話は早かったのだが、以前会議の為に守護者達を円卓に呼んだ際、守護者の誰もがギルドメンバーの席に座りたがらなかったのだ。生みの親であればその子供が席に座ったところで怒りはしないさと諭しても、忠誠心を試されているのではと勘ぐった守護者達は脂汗を流しながら挙動不審になっただけであった。
 更に空席となった39席を目の当たりにした守護者達がとてつもない悲壮感を漂わせた為、これ以上の強制はパワハラに成りかねないと諦め、それ以降は玉座の間に呼び出す様にしていたのだ。

(守護者達には悪いことをしたな……)

 しかし、それでも椅子も机も無い玉座の間での会議に限界を感じ、今回はモモンガのプライベートルームの応接室を使ったのだった。

(それにしても……)とやまいこは思う。リフォームを軽く笑い飛ばすモモンガには頭が下がる思いであった。

 ユグドラシル時代、現実(リアル)をゲームに持ち込むのを嫌うギルドメンバーが居たことは確かだし、モモンガも口には出さなかったがそれに共感していた節が窺えた。信念とまではいかなくともそれを曲げるには覚悟が必要だったはずだ。

(ボクもしっかりサポートしなきゃな……)やまいこがそんな事を考えているとモモンガが神妙な態度で問いかける。

「本当に良かったんですか? やまいこさん」
「え? なにが?」
「その……、愚民政策や牧場の件です」

(モモンガさんらしい気遣いだ)

 でも、だからこそ伝えねばとやまいこは思う。やまいこに対して後ろめたさを感じないように。モモンガと一緒にナザリックで生きていく上で己の気持ちを明確にする必要を感じた。

「教師として反対すると思った?」
「えぇ、まぁ……」
「確かに10年前のボクならユリを連れてナザリックを出ていっていたかもしれない。でも安心して。こう見えてナザリックへの帰属意識は強いんだ」

 モモンガは平静を装っているが「出ていく」という言葉に一瞬身を固くしたようだった。

「モモンガさん、ボクが教師になった理由はこれと言って特別なものじゃないんだ。小学校時代の担任に影響を受けたから。よくある話だよ。
 面倒見の良い先生で子供たちは皆懐いていた。先生のお陰で貧しいながらも学校生活は充実していて、先生のように成りたいと思うようになるのにそれほど時間はかからなかったんだ」

 突然語り始めてしまったがモモンガは静かに聞いてくれている。

「そして教師になって気付いてしまった。先生と同じ立場になった時、ボク達が受けていたのはある種の思想教育で、与える情報を操作して都合のいい人間になるように洗脳していた事を知ってしまった。
 面倒見が良かったのも、利用できる将来有望な若者を探すために管理者として監視していたに過ぎなかったんだ。……ボクはウルベルトさんの言うところの『あっち側』の人間だったんだよ」

「体制側に(くみ)する事で生活水準が向上したし両親や妹を養う事が出来た。でも同時に先生に裏切られたと感じていたボクは理想と現実のギャップに苦しんだ。
 悩んだ挙句、何の事は無い。ボクは一度手に入れた地位(生活水準)を失うのを恐れて、面と向かって体制に逆らわないように振る舞ったんだ。
 それでも理想を捨てきれなかったボクは、査問委員会に目を付けられない程度に教え子たちへの思想教育を緩め、教え子たちとの他愛のない会話の中で自立心を養うよう導いた。理想と現実を半々で折り合いをつけたつもりだった。
 そのお陰か教え子たちとの距離は縮まったと感じたし、他の教師たちと比べても教え子たちの多くが卒業後もよく会いに来てくれた」

 やまいこは話を区切り、暗くなりかけた声の調子を戻す。

「モモンガさん。ユグドラシル最終日のこと覚えている? ボクのログインが遅れた理由」
「……たしか、事情聴取を受けたと」
「そう。あの時は警察の事情聴取って言ったけど、本当は公安の取り調べを受けたんだ。翌日には教育委員会の査問会にも出頭命令が出ていたんだ」

 穏やかではない話の流れにモモンガの気が重くなったのを感じる。

「あの日、教え子たち数人から急に会いたいと連絡があって2時間くらい喫茶店で話していたんだ。会話の内容は流行のドラマがどうとか液体食料の新フレーバーは微妙だったとか取り留めも無いもので、普通に楽しく過ごした。そして教え子達と別れて半日くらい経った時、ボクは公安に拘束された」


「自爆テロを起こしたんだ」

 モモンガが小さく息を飲んだのが分かる。

「貧民層への空気と水の分配率を上げるよう訴えて企業を襲ったらしい。幸いボクの身元ははっきりしていたし、知り合いの弁護士が保証人になってくれたから拘束は一時的なものだったけどね。
 ただ、こう思ってしまったんだ。()()()()()()()()()()()()、たとえ過酷な環境だとしてもそれに疑問を感じないように教育しておけば死なずに済んだのでは、とね。ボクの中途半端な教育が教え子を死なせてしまった。この半魔巨人(ネフィリム)の身体になる前にそう思ってしまったんだ」


「ボク自身、既に洗脳済みだった事を実感した……」

 自爆した教え子たちの命は世の中になんら影響を及ぼさないだろう。

 400年前なら反体制派は革命を起こせば世の中を変える事が出来た。100年前なら体制にただ反対するだけで利益になった。だけどアーコロジーでしか人が生きられなくなると、反体制派のような秩序を乱す存在は文字通り()()()()()()()
 テロは何も叶えない。ある国ではテロリストが潜伏したアーコロジーの階層ごと処分したと聞く。秩序を守る為に平然と血が流された。それがまかり通る世の中なのだ。テロリストが死んだ分、彼らが消費する筈だった資源で誰かが生き延びる。そういう世の中だったのだ。

「あんな形で教え子を失って……、かつての担任の影がちらついて……。あの日、気持ちの整理が付かなくて、一杯一杯で、……モモンガさんに甘えたかったんだ」
「……」
「ふふふ。それに何だかんだでユグドラシルの終了を迎えるモモンガさんの事も心配だったしね」

 モモンガの様子を窺うもその骸骨の顔からは表情は読み取れない。
 あの日、いつも通りに振る舞うモモンガに痛々しさを感じたのは自分だけだろうか。いや、会いに来たメンバーは皆感じたはずだ。維持され続けたナザリックと、維持し続けたモモンガの姿に、病的な何かを感じたはずだ。

「……話を戻そう。心配してくれているみたいだけど大丈夫。この世界に来て色々と吹っ切れたからね。脳内ナノマシーンの補給アラートが無い時点で覚悟は出来ていたさ。最初に共存共栄を掲げたのはボクだから、ナザリックの事でボクに気遣う必要は無いよ。
 ただ覚えておいて。支配するという事は綺麗ごとだけじゃやっていけないって事を」
「……はい」
「じゃあ、この話はこれでお終い。気分を切り替えよう。明日は冒険者組合に行ってプレートを受け取らないといけないんだから」
「ふぅ……。そうですね」

「じゃあ、ボクは部屋に戻るよ」 ソファーにもたれ天井を仰いでいるモモンガにそう告げ廊下に出ると、受付の仕事が終わったのだろうかユリ・アルファ(理想の自分)が待っていた。ユリは一礼すると側に控える。

「ユリ、ボクは少し疲れた。自室に戻るから何か温かい飲み物を用意してちょうだい」
「畏まりました、やまいこ様。直ぐにお部屋の方へご用意いたします」
「うん、よろしく」

 そう返事をして食堂に向かうユリを見送り、やまいこは自室に戻るのだった。


* * *



「どう? それ、面白い?」

 第九階層のラウンジに意見交換も兼ねてアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの三名が集っていた。気を利かせたメイドが飲み物と軽食を用意してくれたのでちょっとしたお茶会になっている。
 ギルド会議などで挙がった案件に対して意見交換を終えたところで、モモンガから預かった本を熱心に読み耽るデミウルゴスにアルベドが声を掛けたのだった。

「はい。大変参考になります。特に都市を立体的に捉える概念は素晴らしいものです。私が考えた牧場に取り入れて改良すればもっと効率化できると思います。問題があるとすれば建築技術ですが……、それも経験を積む事で追々解決出来るでしょう」
「そう。まぁ慣れるまでは慎重にね」
「勿論です。まずは地下に掘り進むタイプのアーコロジーを作ってみようかと思います。このタイプでしたら目立ちませんし、やまいこ様に提示された条件を比較的楽に叶えることが出来ると思いますので」
「たしか『秘匿する』だったわね」
「はい。地上部分に普通の牧場をダミーとして作り、地下に牧場アーコロジーを作る予定です」

「なるほどね。……じゃあ私はこれで失礼するわ。大図書館(アッシュールバニパル)で桜花聖域の元になった資料を探さないといけないから」
「司書長には近いうちにまた素材を届けると伝えておいてください」
「分かったわ。パンドラズ・アクターも他の守護者に紹介したいから後日改めて時間を頂戴」
「畏まりました。統括殿」

 それだけ言うとアルベドは第十階層の大図書館(アッシュールバニパル)へと姿を消す。
 アルベドを見送ったデミウルゴスはパンドラズ・アクターに声を掛ける。

「パンドラズ・アクター、早速で申し訳ないが協力して貰いたい事がある」
「何ですかな? デミウルゴス殿。私に手伝える事であれば何なりと」
「るし★ふぁー様の姿になり土木用のゴーレムを数体用意してもらいたい」
「お任せ下さい。候補地が決まり次第現地でお造りしましょう」
「実は既に場所は決まっていて皮紙牧場の雛形も作ってあるんだ。案内しよう。……と、その前に第六階層に行って森の賢王(ハムスケ)とやらを確認しなければいけませんね」
「ではご一緒しましょう」

 こうして守護者三名のお茶会は幕を閉じ、ラウンジにはいつもの静寂が戻った。



独自設定
・桜花聖域関係
・やまいこの過去話


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話:リイジー・バレアレ

「では、ハムスケ。頼んだぞ」
「承知したでござる!」

 エンリと小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)を背に乗せたハムスケの元気な声が中央大広場に響く。ハムスケは二人を背に乗せてカルネ村に行き、そのまま村の復興と防衛を手伝う為にエンリの指揮下に入るように指示されていた。
 別れ際、エンリが改めてモモンガ達に礼を述べる。

「あ、あの! モモンさん。本当に、何から何までありがとうございます」
「そのうち何かで返してくれればいいさ」
「はい。……ンフィーもまたね」
「うん。こっちの準備が出来たらすぐにカルネ村に行くから」

 名残惜しそうにする二人であったがハムスケの無慈悲な声がかかる。

「御二方、暗くなる前に村へ着きたい故、そろそろ出発するでござるよ」

 ハムスケが二人を乗せて歩き始めると、広場の視線が追うように動く。
 ハムスケの存在はやはり目立つようだ。
 ンフィーレアはエンリ達の姿が見えなくなるまで見送るとモモンガに向き直る。

「それで……、たしか今日は僕のお祖母ちゃんに会いたいという話でしたっけ?」
「はい。街一番の薬師との噂を聞いてね。水薬(ポーション)の鑑定をお願いしたい」
「分かりました。では店までご案内します。あ、それと皆さん昇格おめでとうございます」

 店に向かう道すがらンフィーレアは祝いの言葉を贈る。モモンガ一行の首には真新しい白金(プラチナ)のプレートが輝いていた。
 早朝、冒険者組合の営業が始まると同時に受け取ったものだ。広場に集う一部の目敏い冒険者たちもそれに気づいたのか驚いたような表情を浮かべている。風変わりな黒い三人組が数日と経たないうちに(カッパー)から白金(プラチナ)になっていたら冒険者であれば誰もが驚いて当然と言えた。

「ありがとう。諸々タイミングが良かっただけさ。……エンリにはとてもじゃないが聞かせられないけどね」

 モモンガの返事にエンリの境遇を思い出したのか、ンフィーレアは複雑な表情を浮かべる。

「それで一つ相談なんだが、カルネ村に家を建てたいので君からも村長へ口添えをお願いしたい。冒険の合間に休めるところが欲しくてね。常に住み込むわけではないから家というよりは別荘になるが」
「僕が口添えしなくてもモモンさん達なら村の皆も喜んで迎え入れてくれると思いますけど……。でもいいんですか? 冒険者を続けられるのなら組合のあるこの街の方が便利だと思いますけど。昨日の報酬があればここエ・ランテルでもそこそこの家が買えますよ?」
「いや。街中はどうも落ち着かなくてね。森に近いカルネ村が好いんだ。こればかりは性分だから仕方がない」
「そうですか……。僕としてもカルネ村に居て頂けた方が支援の要請もし易くてありがたいですけど……。あ、着きました。この店です」

 ンフィーレアに言われ辺りを見渡すと様々な工房が立ち並ぶ区画に立ち入っていた。さながら職人通りとでも言えるような風景で、行きかう人々の装いも一般人のそれとは少々異なっていた。大通り程混雑した印象は無いが荷馬車による搬入や買い付けの商人の姿などがそこかしこで散見され、大通りとはまた違う活気があった。
 ンフィーレアが指し示したのはその中でも店舗と工房を兼ねたような建物で、なかなか年季の入ったその店構えが印象的でモモンガとやまいこは興味津々といった感じて見入っていた。

「そんなに珍しいですか?」
「えぇ。……水薬(ポーション)は店売りでしか見たことがありませんでしたから」
「あはは、そうですか。じゃあ店に入ったらもっとビックリしますよ。煮詰めた薬草の匂いが強烈ですからね」

 カランコロンとドアベルを鳴らして店の戸を開けたンフィーレアに付いていくと、なるほど確かに薬草採取の時よりも強烈な匂いが立ち込めていた。

「いらっしゃい……ってなんじゃ、ンフィーレアかい。……そちらさんはお客さんかい?」

 薬草のむせ返るような香りに包まれた店のカウンターから出迎えてくれたのは、件の最高の薬師と名高いリイジー・バレアレその人であった。


* * *



 スレイン法国の北西、アベリオン丘陵を挟んだ先に人間の国、リ・エスティーゼ王国の王都があった。その景観は古き都という言葉が相応しく、歴史を感じさせる建築物が建ち並んでいる。
 そんな王都の最奥に位置するロ・レンテ城の広大な敷地には三つの建物から成るヴァランシア宮殿があり、その一室では一見華やかなお茶会が開かれていた。

 上品な装飾が施された小さな丸テーブルを二人の麗しい淑女が囲んでいる。
 一人はこの部屋の主であるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。このリ・エスティーゼ王国の第三王女である。もう一人はラナー王女と親交を深めているラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。王国貴族でありながら若くしてアダマンタイト級冒険者チームを率いるリーダーであった。

 白いドレスを身に纏った金髪碧眼のラナーはその美しい容姿と民を慈しむ思慮深さから「黄金」の二つ名と共に王国民から絶大な信頼を得ており、対するラキュースも弱冠19歳という若さで英雄級の冒険者と謳われており王都では知らぬものが居ない程の人気を博していた。
 そんな華やかな二人の淑女が催すお茶会ではあったが、交わされる会話は物騒なものであった。

「ラナー。他に方法が無いとは言えこのままだとイタチごっこよ?」
「それは分かっています。でも今は焼き討ちしながら情報を探すしか方法がありません」
「最善は尽くすけど……、このままだと警戒されて深いところに潜られるだけかもよ?」
「王国内での活動は難しいと判断してくれるのであれば、それはそれで構いません」
「うーん……。それならもう少し続けてみるけど……」

 二人の会話は王国に蔓延している麻薬の撲滅作戦である。
 本来であれば国が動くべき案件だが、麻薬を流通させている犯罪組織「八本指」の影響力は凄まじく、王族や貴族、傭兵や冒険者に至るまで巨大過ぎるコネを持ち、すでに誰も手出しができない状況であった。またその秘匿性も高く、組織の内部規模から活動拠点までの多くが不明といった具合だった。

 それでもラナーは()()()()()()()()()()()()()()親交のあったラキュースを頼ったのだ。第三王女という政策から遠い身であるがゆえに軽視されている己の立場を利用し、麻薬畑の焼き討ちという冒険者組合を通さない非合法の依頼をこっそりとラキュースにお願いしているのであった。
 ラキュースの方はと言うと、冒険者組合を通さない依頼は様々な危険を伴うものの、国を良くしたいと願うラナーに一貴族として共感しており、また少ない個人資産から依頼料を捻出している涙ぐましい姿に心を打たれ、チームメンバーに半ば頭を下げる形で協力してもらっていた。
 もっとも、危険を伴う非合法活動にチームメンバーを巻き込んで申し訳ない気持ちで一杯のラキュースではあったが、当のメンバー達にはそれほど気にした様子は無かったのだが。

「それでね、ラキュース。一つ気になる情報が入ってきているの」
「八本指に動きが?」
「いいえ。実は先日、スレイン法国の使者が王都にいらしたの」
「スレイン法国?」

 スレイン法国と聞いてラキュースの表情が僅かに険しくなる。過去に法国の特殊部隊と交戦したことがあり、少なからず因縁があるからだ。

「そんな怖い顔をしないでちょうだいラキュース。法国の人は予言を伝えに来ただけですから」
「は? 予言!? 予言って、未来とか当てるあれの事?」
「そう、その予言です。なんでも推定難度240から260の破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)が復活するとかなんとか……」

 ラキュースは予言という胡散臭い話に眉を顰めるものの、続いて聞かされた難度240以上という評価に言葉を失う。神への信仰心を具現化したようなスレイン法国が、神託や予言の類を冗談で他国に伝えるとは思えなかったからだ。

「……ラナーはそれ信じたの?」
「はい。信じました」

 ラナーが屈託のない笑顔で答える。

「殆どの王族と貴族は信じてはいない様子だったけれど、一応復活の候補地であるトブの大森林に隣接するエ・レェブルとエ・ランテルには知らせを向かわせたようです。なにせ今まで大して国交の無かった法国からの情報ですからね。それに彼らが嘘を吐く理由が思い付きませんし、調査をするだけならと動いたようです。万が一本当に復活した場合、王国が滅びかねませんから」
「なるほどね……。それで? 私たち蒼の薔薇にトブの大森林を調査してきて欲しいの?」

「いいえ。トブの大森林はレエブン候がミスリル級冒険者を2チーム雇って調査するそうですので任せるつもりです」
「あのレエブン候が? ちょっと意外だわ……」
「ふふふ。彼はああ見えてこの王国を愛しているんですよ? それよりもラキュースにはイビルアイさんにこの破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)について何か知らないか伺ってきて欲しいのです」
「ん。分かった」

「それ以外は今まで通り、手の空いた時に麻薬畑を焼いてくれればいいです」
「軽く言ってくれちゃって……。命が掛かってるんだからそんな片手間で出来ないわよ。でもまぁ了解したわ」
「ふふふ。頼りにしています、ラキュース」
「じゃあ、今日はこれでお暇するわ。早速イビルアイに伝えてくる」
「宜しくお願いしますね」

 ラキュースは悪戯っ子のように微笑むラナーに苦笑交じりに答えると、仲間のもとへ向かう為にラナーの部屋を後にした。


* * *


 ラキュースが向かった先はリ・エスティーゼ王国の王都中央通り面した最高級の宿屋であった。歴史的建造物に指定されても不思議ではない程の落ち着いた佇まいを見せるその宿屋は、窓に嵌った曇りないガラス一つとっても美しい内装を容易に想像できた。
 一階部分が丸々と酒場兼食堂となっている点は他の宿屋と同じではあったが、その十分すぎる広さとは裏腹に集う宿泊客の数は少ない。それは羽振りの良い商人や一流と呼ばれるような冒険者しか居ない事を示していた。

 ラキュースは酒場の一番奥、半ば「蒼の薔薇専用の席」になってしまっているテーブルを目指す。別に本人たちが指定席を作るよう働きかけた訳ではないのだが、王都で名の知れたアダマンタイト級冒険者が好んで使っている席という事で常に空いているのだ。
 そんな指定席で2人の仲間が出迎えてくれる。

「よぉ、お疲れさん。イビルアイ、リーダーが戻ってきたぜ」
「ん。どうだった、姫さんの所は」

 最初に声を掛けてきたのは蒼の薔薇が誇る戦士ガガーラン。一見して女性とは思えないほど大柄な身体は筋肉で覆われており、鎧から覗く首周りは女性の両太ももを合わせた程に太い。金髪は短く刈り揃えられており機能性のみを追求した出で立ちである。
 そしてもう一人、イビルアイと呼ばれた小柄な相手は漆黒のローブにすっぽりと覆われた格好をしており、額の所に赤い宝石を埋め込んだ仮面で顔を隠している。一見して魔法詠唱者(マジックキャスター)であると分かる外見だが、その容姿を窺い知るすべはなく、またラキュースにかけた声も仮面越しのせいか女性である事は分かるもののそれが少女なのか老婆なのか判断はつかない。
 両者とも個性的ではあるがラキュースにとっては信頼できるかけがえのない仲間である。本来であればもう二人、忍者のティアとティナが居るのだが情報収集の為に出払っていた。

 ラキュースが席に着くと、その周辺の音が遠ざかったのが分かる。イビルアイが盗み聞き防止用のマジックアイテムを発動させたようだ。ラナーからの依頼は非合法なものが多い為、依頼を持ち帰ったラキュースを出迎える時は半ば手癖のように使われている。

「イビルアイに聞きたい事があったみたい。それを伝えに来たわ。一緒に来てくれれば二度手間にならなかったのに」
「なんだ姫さんもか。……すまんな。ああいった畏まった場所は苦手なんだ」
「ん? ()()()()って、何かあったの?」
「早朝、これが届いた」

 イビルアイが封書をラキュースに手渡す。差出人は魔術師組合と連名で王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ、あて先は蒼の薔薇イビルアイと書かれている。ガガーランを見るとニヤニヤと笑っている。どうやら内容を知っていてこちらの反応を楽しみにしているようだ。

「なにこれ」
「ガゼフ・ストロノーフが魔術師組合の<伝言(メッセージ)>サービスを利用して私に面会の予約を入れてきた。中身読んでいいぞ」

 本人の了解を得て封書の中身に目を通す。
 そこにはエ・ランテルに現れた三人の旅人に関しての情報と、その三人の人物評価をイビルアイに聞きたい旨が書かれていた。

「なになに……。南からの旅人3人が冒険者登録と……。剣士とモンクと魔法詠唱者(マジックキャスター)。ふむふむ……、野盗40人を討伐。なるほど……。人食い大鬼(オーガ)を一撃? やるわね。そして……、推定難度90の森の賢王を従える!? 間違いなくオリハルコン……アダマンタイトに届くかしら? 続いて……、何これ? 小鬼(ゴブリン)を永続召喚するアイテム? 目撃された魔法が……、<飛行>(フライ)<魔法の矢>(マジック・アロー)<電撃>(ライトニング)<短距離の転移><治療魔法>(ヒーリング)……。これは……、なかなかの強者ね……」

「ガゼフは剣士とモンクは己と同等かそれ以上ではないかと思っているらしいな。
 魔法詠唱者(マジックキャスター)に関しては未知数だ。魔法に詳しくないあの男の報告だから何とも言えんが、<飛行>(フライ)を使ったという目撃証言があることから少なくとも第三位階魔法の使い手だ。それだけでかなりの才能の持ち主だと分かる。ただ気になるのは<短距離の転移>だな。
 これが<次元の移動>(ディメンジョナル・ムーブ)なのか<転移>(テレポーテーション)なのかで全く話が変わってくる」
「どれくらい?」
「前者は第三位階魔法だ。<飛行>(フライ)の目撃情報から使えても不自然では無い。だが後者は第六位階魔法。帝国のフールーダ・パラダインに匹敵する能力を持っている事になる」
「嘘……」

 思わず絶句する。帝国のフールーダ・パラダインといえば英雄の壁を越えた「逸脱者」と呼ばれる存在。人間が個人で扱える限界といわれる第六位階魔法を行使できる伝説的な大魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。
 そんな規格外の存在と同等の者がエ・ランテルに現れたかもしれないのだ。

「で、でも、転移ならイビルアイも使えたわよね?」
「私のは予め記憶した場所に転移するもので第五位階魔法だ。ガゼフの報告が正しければ件の魔法詠唱者(マジックキャスター)は突発的な遭遇戦で使っている。よって事前に記憶しているなんて事は無かろう。だから第三位階か第六位階に絞れるという訳だ」
「……」

「くっくっくっ。良いねぇ、その表情。すげぇだろ? そいつら。会ってみてぇよな!」

 ガガーランが堪らず笑いながら言うが、ラキュースは素直に笑う事が出来なかった。

「笑い事じゃないわよ、ガガーラン。一応冒険者登録したみたいだけど……。正直心配だわ……」
「ガゼフのおっさんが認めてんだ、大丈夫だろ。それより俺は剣士とモンクに手合わせ願いてぇ」
「認めるとか認めないとかの話じゃないわ。うちの王族とか貴族の話よ……。下手に接触されると帝国に流れる可能性があるわ」
「あー……、だな。南から旅して来たんだろ? 先に俺らが接触してフォローしとくか?」

 ガゼフが報告してきたような強者はとにかく目立つ。定期的に戦争をしている王国の領主達にとって彼らのような強者は垂涎の的だ。例え相手が国政不干渉の冒険者であろうが必ず接触を試みるだろう。
 それが良識のある王族や貴族であれば何の心配もないが、貴族であるラキュースから見てもこの王国の支配階級は腐っているのだ。強引な徴用などを仕掛けて関係が悪くなった場合、冒険者は帝国側へ流れてしまうかもしれない。
 そうなったら最悪だ。帝国を治める鮮血帝はその血生臭い二つ名とは裏腹に、能力のある者は身分に関わらず正当な報酬で召し抱えることで有名だ。帝国では冒険者の立場が弱い反面、能力のある者を積極的に国が召し抱えているという。それはつまり直接軍事力に反映されることを意味していた。
 王国戦士長のガゼフ・ストロノーフも平民出身ではあるが、彼は王が直接召し抱えた言わば例外。王国ではどんなに能力が高かろうが身分が低ければ冷遇されてしまうのだ。扱い一つとっても王国と帝国では雲泥の差があるのだ。

「そうね。早めに友好関係を結ぶ必要があるかもしれないわね……。彼らが王族や貴族と拗れた場合、最悪私たち蒼の薔薇で対応する事になるかも……」

 深刻そうに相談を始める二人にやや呆れた調子でイビルアイが口を挟む。

「二人とも落ち着け。第六位階云々は可能性の話だ。起こった事だけを見れば全て第三位階に収まる。心配し過ぎても仕方なかろう。ガゼフが戻ってくるのは二日後、色々悩むのは奴の話を聞いてからでいいだろう」

(これは小鬼(ゴブリン)の永続召喚には深く突っ込まない方が良さそうだな……)とイビルアイは仮面のなかで小さく溜息をつく。

「で? ラキュース。姫さんの方はどんな質問なんだ?」
「え? あぁ、そうだったわね。えっとスレイン法国から使者が来て、トブの大森林付近で破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)が復活するかもって伝えてきたらしいのよ。で、その破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)に心当たりがないか? だって。推定難度240から難度260程度の化け物よ。何か知ってる?」

 難度を聞いて「ブフゥーッ!!」っとガガーランが盛大に飲みかけの酒を噴き出した。

「おいおい。難度240以上とか……正気かよ……」
「ガガーラン、まずは口を拭え。しかし……、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)か……。すまんが知らんな。もしかしたらあの婆が知っているかもしれないが……。連絡してみるか?」
「うん。一応連絡してみて」

 イビルアイは顎に手を当て悩む素振りを見せる。

「万が一それが事実だとしたら魔神戦争の再来かもしれないな……」
「俺達で……というか人類でそんな化け物に対抗できんのか? スレイン法国の特殊部隊が十三英雄並みに強いってんなら何とかなるかもしれねぇけどよ……。いっそアーグランド評議国に助けを求めた方が良いんじゃねぇか?」

 ガガーランの言葉にイビルアイはふとガゼフからの封書に目を落とす。

(魔神……十三英雄……。まさかな……)


* * *



 モモンガとやまいこは困惑していた。
 ンフィーレアの祖母リイジー・バレアレの店を訪れ、水薬(ポーション)の研究を打診し、あわよくばカルネ村へ誘致して工房を引っ越してもらう。交渉の段階で多少の取り引きが発生するにせよ滞りなく終える筈であった。

 まずは現物を見てもらった方が早いと思ったモモンガは、ユグドラシル産の下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を差し出したのだが……。

(どうしてこうなった……)

 今、モモンガとやまいこの足元には、二人のズボンの裾を握りしめながら縋りつく老婆(リイジー)が居た。絶対に離さない決意が窺えるほど強く握りしめられた手は震えており、充血した目は懇願するように二人を見上げている。
 ンフィーレアに助けを求めようにも彼の眼差しも恩人を見るそれではなくもはや崇拝の念を感じるものになっていた。思えば<魔法の矢(マジック・アロー)>を見られた辺りから薄々こちらが普通の旅人ではない事に感づいていたようだったし、小鬼(ゴブリン)の角笛にも関心を示していた。
 そしてここに来て下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)の登場は止めになったのであろう。

「後生じゃ! わしに神の血を! その完成された水薬(ポーション)を譲ってくれぃ!! わしに出来る事なら何でもする!!! この通りじゃ!」

(まさかこんな事になるとは……)

 当初下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を見せられたリイジーは半信半疑であったが、<道具鑑定>(アプレイザル・マジックアイテム)を使ったと思ったら驚愕の表情と共に呻き声を上げ、続いて<付与魔法探知>(ディテクト・エンチャント)を使ったと思ったら発狂してしまった。
 水薬(ポーション)に関する蘊蓄を捲し立てられ、蘊蓄の合間に罵られたような気もするが、老婆が目を血走らせ涎を垂れ流しながら鬼気迫る姿に気圧され咎める気にもならなかった。

 リイジーに言わせるとこの世界の技術では製造過程において必ず水薬(ポーション)は青くなり、また劣化を防ぐことが出来ない。その為に<保存>(プリザベイション)の魔法が欠かせないらしい。
 しかし、モモンガが渡したユグドラシルで最も効能が低い下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)は、それ単体で劣化することがない完成された水薬(ポーション)らしく、この世界の薬師や錬金術師、水薬(ポーション)生成に関わる全ての者が長い歴史の中追い求めてなお届かない代物との事だった。

 伝説や神話の中でしか語られることのない赤い水薬(赤いポーション)、すなわち神の血である。

(ここまで執着するなら多少強引でもこちらの要求は通りそうだな……)

「クレマンティーヌ。店の外で見張りを頼む。誰か来たら重要な商談中とでも言って追い返せ」
「りょーかーい」

 クレマンティーヌが店の扉の前で見張りを始めたのを確認すると、モモンガはリイジーへと向き直る。

「さて、リイジー・バレアレよ。()()()()()と言ったが、本心か?」
「勿論じゃ! 二言は無い!!」

「……ふむ。ではこちらの条件を言おう。私に忠誠を誓う事、一生を懸けて水薬(ポーション)研究をする事、研究内容を口外しない事、研究で得た全ての知識と成果物の所有権が私にある事、研究をカルネ村で行う事。
 これらの条件を守れるなら、安全保障、赤い水薬(赤いポーション)のサンプル提供、製造器具の貸し出し、秘蔵の材料を提供しよう。
 どうだ? できればこの条件はンフィーレアにも呑んで貰いたいのだが……」

 モモンガの最後の言葉にリイジーはンフィーレアを仰ぎ見る。
 その目は鋭いが脅迫めいたものでは無かった。流石に孫の一生に関わるかもしれない取り引きだと感じたのか声を掛けずただ本人の返事を待つ姿勢だ。
 ンフィーレアは覚悟を決めたように頷く。

「その条件、僕も呑みます。研究させて下さい」
「本当にいいのか? ハッキリと言っておくが、仮に研究が実を結んだとしても私はそれを公表するつもりは無い。つまり、薬師として新たな発見をしたとしても表舞台に立つことは無くなるという事だ。それで本当に構わないのだな?」
「構いません。ただ一つお願いがあります」

 モモンガは顎で先を促す。

「今後、村の復興や水薬(ポーション)研究などでモモン様に協力を仰ぐ場合があると思います。その際に支払う対価を稼ぐためにも既存の水薬(ポーション)の販売は続けさせてください」
「既存の水薬(ポーション)でなら問題はない。ふむ……、完全に囲われる事を良しとせず自立する気概があるのは良い事だ」

 身の安全を保障する以上生活費も都合するつもりであったが食い扶持を自分で稼いでくれるならそれに越したことはない。ナザリックの出費を抑えられる意味でもありがたい申し出だ。

「では契約成立だな。近日中に荷物をまとめ、カルネ村へ引っ越して欲しい。その際の護衛は……、どうするかな」

 自ら護衛をする手段もあるが、今は名声を広める依頼を一つでも多くこなしたかった。契約という一番重要なイベントが終了した為、後はシモベに任せても問題は無い筈だ。

(誰が適任かな……)とモモンガが考えているとやまいこから声がかかる。

「モモン、護衛はシズかエントマに任せられないかな」
「なぜその二人なんです?」
「実は昨日ユリに相談されちゃって。戦闘メイド(プレアデス)の中でまだあの二人には新しい仕事を与えてないでしょ? 第九階層を守る任務に不満を上げている訳では無いみたいなんだけど、他の姉妹たちが新しい任務に従事しているのを羨ましく感じているみたいなんだよね」

 なるほどと思うモモンガではあったが、シズは自動人形(オートマトン)で主兵装が銃器であり、またナザリックの全ギミックとその解除方法を熟知しているという設定から外に出すのはセキュリティー上躊躇われた。そしてエントマは蜘蛛人(アラクノイド)で、遠目には普通の少女だがよく観察すると昆虫の集合体で、こちらも人前に出すには躊躇いがある。
 一人っ子だったモモンガにはピンと来なかったが、しかし、姉妹に活躍の場を平等に与えたいというユリの気持ちは何となく理解できた。やまいこもきっと自らが創り出したユリの我が儘に応えてやりたいのだろう。

(子沢山の家庭もこんな悩みをするのかな……)とモモンガは思いを馳せる。かつてのギルドメンバーも家族サービスや子供のご機嫌取りなどに苦心していたのかもしれない。

「分かりました。では護衛はシズとルプスレギナに任せましょう。この付近の脅威度もある程度把握した事ですし、戦闘メイド(プレアデス)の運用を少しずつ増やしましょう。その際は二人一組で行動させるというのはどうでしょうか?」
「賛成。じゃあ、エントマはどうする? もうしばらくお預け?」
「エントマにはデミウルゴスの助手になってもらいます。ギルド会議の後で思ったんですけど、デミウルゴスにタスクを振り過ぎている気がしたので」
「あぁ……、確かに。じゃあそれで行こう」

 話がまとまると改めてンフィーレア達と今後の予定を詰めていく。
 3日程で今の店をたたみ、エ・ランテルの外でシズとルプスレギナの二人と合流。彼女らと共にカルネ村へと赴き、水薬(ポーション)の研究に勤しんでもらう事になった。





 そして――、やる気を出し過ぎたシズによってカルネ村が要塞化されるのだが……、その事にモモンガ一行が驚くのは一月後の話であった。



独自解釈
・転移魔法関係


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話:復興作業

 バレアレ家との契約締結から2週間、冒険者に扮したモモンガ達は組合が発行する大小の依頼を達成し、順調に知名度を上げていた。現実世界ではごく一般的な営業職だった鈴木悟ことモモンガのスキルにより、チームリーダーとして取り引きしてきた依頼主達からは「礼儀正しく物腰の柔らかい魔法詠唱者(マジックキャスター)」として好評であった。
 チーム名は登録こそしてはいなかったが、エ・ランテルの冒険者や依頼主からはメンバーが3人とも黒い装いのため「漆黒」と呼ばれるようになっており、冒険者登録したての頃の「例の三人組」や「南からの三人組」よりは通りが良く、モモンガは満足していた。

 冒険者組合のラウンジに受付嬢の声が響く。

「モモンさーん。お待たせしました。討伐部位の集計が終わりました」
「はい」
「依頼の成功報酬とゴブリン3102匹分の換金額、合計550金貨と2銀貨の報酬になります。額が額ですので白金貨への両替か為替手形の発行も出来ますが如何いたしますか?」
「そのまま金銀の硬貨で受け取りたい」
「畏まりました。ではこちらが報酬でございます。それと、おめでとうございます。今回の任務達成によりミスリル級へ昇格になります。同行していた天狼のベロテさんからは既に承認のサインを頂いているので既存のプレートと引き換えで新しいプレートをお渡しできますが、準備は出来ていますか?」
「あぁ、持ってきています。ここに3人分」

 事前に用意していた白金(プラチナ)のプレートを受付嬢に差し出す。

「ではこちらが、モモンさん、マイさん、クレマンティーヌさんのミスリルプレートになります。お受け取り下さい。ゴブリン部族連合の討伐、お疲れさまでした」
「ありがとうございます。早速で申し訳ありませんが、ミスリルで受けられる依頼で一番難易度の高いものを見繕っていただけませんか」
「はい。少々お待ちください」

 受付嬢は予想していたのか用意していた書類を手際よく棚から取り出すと、一枚の依頼書をモモンガに差し出す。一連のスムーズなやり取りに受付嬢の表情は満足気だ。

「こちらになりますね。エルダーリッチの捜索兼討伐依頼です。カッツェ平原でエルダーリッチの目撃情報があり、その真偽の確認と発見の際は討伐して欲しいとの事です。
 報酬はエルダーリッチの存在自体が未確定の為、前金で20金貨、所在確認で20金貨、討伐で40金貨となっています。
 カッツェ平原へ行った事がありますか? 無ければ注意事項をご説明させて頂きますが」
「噂に聞いたくらいですね。説明お願いします」

 受付嬢はモモンガの言葉に心得たとばかりに意気込むと喜々として説明を始める。

「では、説明させて頂きます。
 まず、カッツェ平原は常に濃霧が発生しており方角を見失いやすいので、組合ではカッツェ平原に赴く依頼に関しては野伏(レンジャー)を雇うか方位磁石の携帯を推奨しております。
 また北部は帝国兵が巡回している為、濃霧で相手が判別出来ない場合は慎重に行動してください。過去に不幸な遭遇戦で冒険者と帝国兵双方に死者がでています。
 そしてカッツェ平原はアンデッドが自然発生することで有名ですが、アンデッドが多く集まる場所にはより強い個体が発生するとの情報がありますので、連戦が続くようでしたら周囲に強い個体が潜んでいる可能性を疑ってください。……説明はこんなところですね」

「なるほど……。ありがとうございました。参考にさせて頂きます。ではこちらの依頼を受けたいと思いますので手続きをお願いします」
「畏まりました」





 数十分後、諸々の手続きを終えたモモンガは、やまいことクレマンティーヌが待つ高級宿「黄金の輝き亭」のラウンジに現れる。
 そう、ここは以前宿泊していた安宿ではなく高級宿であった。モモンガとしては安宿でも構わなかったのだが依頼主たちの目も手伝って、白金(プラチナ)に昇格した時点で安宿からグレードを上げていたのだった。
 人は悲しいかな第一印象もさることながら、噂の類で評価を左右してしまう生き物なのだ。(カッパー)には(カッパー)の、白金(プラチナ)には白金(プラチナ)に見合った宿が求められるのだ。
 そしてミスリルに昇格した今、高級宿を利用する事である種の社会的な信用を言外に主張する事ができるのである。

(それに女性二人をいつまでも劣悪な環境に寝泊まりさせるのも悪いしな……)

「待たせたな。これが新しいミスリルのプレートと今回の報酬だ。一人183金貨と4銀貨な」
「ありー」
「うー……。ありがとー……」

 さくっと受け取るやまいことは対照的にクレマンティーヌは心なしか暗い。

「どうした? 浮かない顔して」
「え? いや、報酬はうれしーけど……、その……重くて……」

 クレマンティーヌの腰を見るとここ2週間で得た報酬がぶら下がっている。今回の報酬と合わせると金貨400枚程だが、重さにすると12kgになるだろうか。流石にそんな重りを常時腰に付けたままでは戦闘に悪影響がでるのは間違いない。

「いやお前、確かに金貨で分配はしているけどさ、白金貨に換金すればいいだろ……」
「えー、だって白金貨って使い勝手が悪いんだもん。いざという時困るじゃーん」
「お前の“いざという時”は戦闘だろうに……。仕方がない、これをやろう」

 そう言うとモモンガは手を何処か異次元へと滑り込ませるとユグドラシルのアイテムボックスを弄る。そして一つの背負い鞄を取り出すとクレマンティーヌに渡す。

「それは初心者の背負い鞄(ビギナーズ・メッセンジャーバッグ)というマジックアイテムだ。中に荷物を入れても膨らまず重量も据え置き、背負い鞄の重さ以上にはならない。容量は160kgで入れたものをショートカット登録できる便利なアイテムだ」
「おぉ、ほんとだー! 金貨入れても軽い!! いやー助かるよーモモンちゃん!
 ……ところで“しょっとかっととうろく”ってなに?」
「え?」
「ん?」

「そ、そうか……ショートカットが分からないか。……どう説明したらいいんだ? というかこの世界の住人にユグドラシルのショートカット機能って使えるのかな?」

 モモンガは思わずやまいこに助けを求めるように視線を向ける。
 それを受けてやまいこはやや考えてからクレマンティーヌに使用方法の説明を試みる。

「クレマンティーヌ。試しにスティレットを入れてみて。入れる時、そのスティレットに、こう……意識を残すというか、心の何処かに置いておくというか……。分かるかな……」
「んー……。あぁー……、分かるような……?」
「そしたら、今入れたスティレットの存在を右手に繋げるような感じで意識を集中してみて」
「んん? こう……、武技の切り替えみたいな感じ……かな? おぉ? ぉ!? 出来た!!」

 何も持っていなかったクレマンティーヌの右手にスティレットが装備された。

「良くできました。これで鞄を開かなくても中身を取り出せるはずだよ」
「うわっ! マジヤッバこれ!! このマジックアイテム凄すぎ!!」

 クレマンティーヌはショートカットが気に入ったのかアイテムを出し入れしてはしゃいでいる。
 そんなクレマンティーヌを眺めつつモモンガは(そういえば意味も無くショートカットを連打して装備の高速切り替えしているプレイヤーとかいたなぁ……)とユグドラシル時代を懐かしむ。

「クレマンティーヌ。無課金でも最大24個まで登録できたはずだから身軽になりたければいくつか登録しておくといい。……それにしても武技を使えるから飲み込みが早いのか、一般人も普通に使えるのか検証する必要があるな。どう思う? マイ」
「試すなら例のゴブリンのさ、えーとほら、エンリちゃんだっけ? 村娘だし、あの子で良いんじゃない?」
「(その言い方だとまるで彼女がゴブリンみたいだけど……)あぁ、確かに彼女は一般人代表みたいなところがありますよね。次にカルネ村へ行ったときに試してもらうか」

 クレマンティーヌを見ると余程気に入ったのか最終的に金貨の他に主兵装であるエストックと、副兵装である2本のスティレットも初心者の背負い鞄(ビギナーズ・メッセンジャーバッグ)に入れてしまったようだ。
 手ぶらになって見た目から剣士っぽさが無くなった結果、傍から見るといよいよ猫耳と尻尾を付けた痴女にしか見えなくなってしまったが本人はまったくその事に気づいた様子はない。

「……さて、クレマンティーヌの準備も出来た事だし次の依頼に出かけるか。目的地はカッツェ平原。標的はエルダーリッチだ」

 モモンガが宣言するとミスリルのプレートを首に掛け、チーム漆黒は出発するのだった。


* * *



 モモンガと契約が交わされたその日から、リイジー・バレアレはめまぐるしく動き回った。
 持ち運べない家具を売り払い、転居届けを出し、最低限の家財道具を荷馬車に載せるまでを3日で済ませると、予定通りカルネ村へと出発した。

 エ・ランテルから店を引き払う際、戦争を控えていた都市長からは何度も引き留めの説得があった。戦時下に於いて城塞都市エ・ランテルは王国軍の拠点となるだけに、兵の命を救う高名な薬師の流出は大きな損失であるからだ。
 しかし、天然物の素材で高い効果を()()としていたリイジーが「より新鮮な薬草で水薬(ポーション)の研究をする為に薬草の産地に引っ越す」と頑なに主張し、また完全に商売を辞める訳では無いと返されては都市長も渋々折れるしかなかった。

 リイジーが街で一二を争う名士であることも都市長が強権を発動し難い要因のひとつではあったが、かつて漆黒聖典が言った通り、エ・ランテルは王国内でも“比較的まとも”であったことに救われたかたちだ。

 エ・ランテルの城門を抜けしばらく進むと、リイジーとンフィーレアに元気な声がかかる。

「ちわ~っす。バレアレさんっすか?」
「ルプー。言葉遣い」

 元気よく声を掛けてきた一人は、長い赤毛を左右にお下げにした神官服の淑女であった。人懐っこそうな笑顔が特徴的だが、その背中には不釣り合いなほど大きな十字架のようなものを背負っている。格好からその十字架には信仰対象の意匠が凝らされていると思われるが、リイジーの知るどの神をも連想する事は出来なかった。
 そして静かに佇むもう一人は、腰まで届きそうな薄桃色の髪が特徴的な淑女である。左目を眼帯で覆っており、表情豊かな相方と比べるとこちらは人形のように無表情であった。肩から形容しがたい道具を下げているが、楽器のようであるし打撃武器のようでもあるそれはどの様な用途で使用されるのか皆目見当が付かない。
 しかし、どちらの女性も個性的ではあるが共通して驚くほどの美貌の持ち主であり、何気なく身に着けている衣装は総じて高価なものであり、そこらの王族や貴族でも手が出せない代物である事が見て取れる。神の血を持つモモンに仕えるに相応しい者たちであると素直に納得できた。

「これはこれは、えらくべっぴんさんじゃのう……。確かにリイジー・バレアレじゃ。お前さん達がモモン様の使いかい?」
「そうっす。モモン様の配下、戦闘メイド(プレアデス)が一人、ルプスレギナ・ベータって言います。勅命によりバレアレさん達を無事にカルネ村まで護衛するっすよ」
「同じく戦闘メイド(プレアデス)が一人、シズ・デルタ。宜しく」

 軽く挨拶をすませ、荷台の空いている隙間に戦闘メイド(プレアデス)の二人が飛び乗るのを確認すると、リイジーは早々に荷馬車を出発させる。
 エ・ランテルからカルネ村まで荷馬車で約3時間。比較的近場にある村とはいえ荷物の積み下ろし作業の事を考えると時間を無駄にはできない。それでなくとも早く下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を手にして実験をしたいと願うリイジーが、先を急ぐように荷馬車を転がすのはやむを得ないだろう。





 結局のところ戦闘メイド(プレアデス)の二人が護衛の任に就いたものの、懸念されていたモンスターの襲撃は無かった。彼女らより一足先に森林方面の防衛に就いた森の賢王(ハムスケ)が目を光らせている為か、トブの大森林の外縁は大変穏やかであった。

 滞りなく村外れまで辿りつくと、まず最初に目についたのは、10人程の村人が男女問わず小鬼(ゴブリン)に弓の扱いを習っている風景だった。指導を受ける村人達は慣れない手つきながらも弓を射る表情は真剣そのものである。
 野盗の襲撃により仲間の半数を失った彼らが、ただ失意に沈むのではなく、武器を手に取り訓練する様は、事情を知る者からすればその意思の強さに感嘆たる思いを抱いたであろう。

 リイジーの荷馬車が広場へと着くと、村人達が歓迎する。
 しかし引っ越してきたことを伝えると「大」歓迎に変わった。余りの歓迎っぷりに笑いながらも「少し大袈裟過ぎではないか?」と思っていたルプスレギナに、その疑問を察したンフィーレアが耳打ちする。

「この村には神官や薬師といった人が居ないんです。普通の風邪でしたら森で採れる薬草でもなんとかなるんですけど、酷い怪我ともなると街の神官や薬師を招くしかありません。当然それにかかる費用は村にとって大きな負担になりますが、野盗に襲われたばかりのこの村にはそれを捻出する余裕はありません」

 ルプスレギナは納得する。訓練によってある程度は身を守る事が出来るであろう。しかし、戦闘には負傷がつきもので回復手段は必須だ。つまり、越してきたこの二人は村にとって生命線なのだろう。薬師が村の一員になれば高価な薬も街で買うよりは安く手に入るかもしれないし、場合によっては食べ物や身の回りの物で物々交換するといった融通が利くかもしれないのだ。
 だからこそ農業の経験も知識も無い薬師がここまで歓迎されるのだ。
 村という共同体の中で、薬師の価値がとても高い事が窺えた。余程の事をしでかさない限り村八分にはならないだろう。

 ルプスレギナが広場から視線を外すと、一人の少女とそれに付き従う一匹の小鬼(ゴブリン)が近づいてくるのが分かった。

「おぉ!? もしかしてあれがンフィーちゃんの想い人っすか?」
「え!? ぁ、はぃ……」

 畑仕事をしていたのか、はたまた見回りをしていたのか、広場の奥から小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)を連れた少女が現れる。聞いていた話とは違い、小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)を連れた姿はなかなかさまになっている。

「ンフィー! どうしたの、この荷物。あ、リイジーさんまで……?」
「お祖母ちゃんと一緒にカルネ村に引っ越してきたんだ」
「えぇっ!? お店はどうするの?」

 エンリは村長から、エ・ランテルに住民募集をした事は聞かされていたし、ンフィーレアが復興の手伝いに来ることも知っていたが、まさか当のンフィーレアが村に引っ越してくるとは思っていなかったために驚きの声を上げる。

「うぉっほん! その前にお二人ともちょーっといいっすか?」
「はい! す、すみません、ルプスレギナさん」
「あ! 初めまして! エンリ・エモットです。あの……、こちらの方は……?」

「自己紹介は後っす。大切な話があるからまずは村長さんの所に案内して欲しいっす」

 ルプスレギナはわざとらしい咳ばらいで会話に割り込むと次の任務に取り掛かる。
 モモンガに与えられた二つ目の任務。それはこの村の復興支援、及び冒険者モモンの別荘とバレアレ家の工房の建築監督である。そしてそれを実行するには村長に村の復興状況などを確認する必要があるのだ。





 戦闘メイド(プレアデス)の二人が村長を交え別荘や工房の話をしていると、始めは遠巻きに窺っていた村人も村の復興に関わる話に興味を引かれ、最終的には村人総出の集会になってしまった。
 村長にここ数日の復興状況を聞くと、どうやら小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)の発案で村の守りを固める方向性で復興作業を進めている事が分かった。今まで広く分布していた村人たちの家をなるべく寄せ集めるようにし、村全体を柵で囲み、見張り台を建てる予定だ。
 住み慣れた家を取り壊さねばならない村人も数家族いたが、戦闘の矢面に立つ小鬼(ゴブリン)達の意見は現実を見据えたものである事は誰の目にも明らかで、また野盗に襲われたトラウマから村人たちは全会一致で決定したという事だった。

「これじゃ、全然ダメ」

 しかし、そんな一念発起した村人たちの防衛計画が書き込まれた見取り図を前に、無慈悲にダメだしする戦闘メイド(プレアデス)のシズが居た。

「……修正するなら早い方が良いんで、どの辺が駄目なのか教えて貰えないですかね」

 発案者の小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)はシズのダメ出しに鼻白むが、建設的な意見は取り込もうとする姿勢は窺えた。シズはそんな小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)を静かに見据えると小さく頷く。

「防衛対象を一ヵ所に集めるのはいい。だけど、この柵では時間稼ぎも出来ない。もっと高さと厚みが必要。重要なのは相手の視線を断つこと。理想はさらに堀で囲めればベター。あと、この柵の引き方だとこの見張り台からの射線が通らない。それに――」

 シズ・デルタが村の見取り図に書き加えた指摘は概ね次の通りだった。
 木柵案を廃し、焼成煉瓦の高さ3メートル・幅2メートルの壁にして周囲を堀で囲む事。
 見張り櫓は森に面した西側に一つ、草原に面した東側は帝国領なので北東と南東に建てる事。
 エ・ランテルに面した南側に正門、北側に小さな裏門。
 村の西側、トブの大森林に近い位置に村人全員が入れる大き目の集会場を建て、トブの大森林まで続く地下道を作る事――。
 といった具合だった。

 しかし村人達からは悲鳴が上がる。
 それを受けて小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)が代弁する。

「いやいや、ちょっと待って下さいよ。シズさん。この村の男衆は襲撃で減っちまっている。あっしら小鬼(ゴブリン)も手伝うとはいえ、この修正案だといつ完成するか分かったもんじゃありませんぜ」
「問題ない。私達はモモン様から石の動像(ストーンゴーレム)の持ち出しを許可されている。休むことなく働き続ける優秀な作業員。勿論対価は必要。日給1銀貨でとてもリーズナブル。その対価はそこのンフィーレア・バレアレが払う」

 その言葉に村人たちの視線がンフィーレアに集まる。

「はい。費用は僕が工面します。ただお金は有限なので当然ですが使い道は僕の方で吟味します」

 ンフィーレアがガゼフから受け取った金貨の内、復興に使える額は金貨260枚。しかし彼は具体的な予算を村人には伝えない。税収の厳しい王国では農夫が20年かけても貯める事が出来ない額だ。村人達を信用していない訳では無いが、万が一があっては王国戦士長やモモンガに申し訳が立たないと思ったからだ。

「……それでンフィーの兄さん。この修正案に石の動像(ストーンゴーレム)を借りたとして、その……、お金の方は大丈夫ですかい?」
「何体借りるかにもよるけど、日給銀貨1枚なら大丈夫。この村を囲むだけなら数日で終わると思うし、一早く安全を手に入れたいなら3体くらい借りるべきだと思う」

 ()()()()()()()()という言葉に村人達が騒めく。
 それほどまでに彼らは渇望していたのだ。そしてそれを叶えてくれるのが、ほかならぬンフィーレア・バレアレであり、モモンの石の動像(ストーンゴーレム)なのだ。
 これでバレアレ家とモモンは名実ともにカルネ村の名士となるだろう。

 そこからの展開は早かった。ンフィーレアが石の動像(ストーンゴーレム)の費用を出すと分かった村人たちは当然の如くより堅固なシズの防衛策を採択した。そしてモモンの別荘やバレアレ家の工房などの建築場所も滞りなく決まり、村人たちは復興に向けて動き始める。

「ンフィーちゃん。石の動像(ストーンゴーレム)は3体だけで足りるんすか? 遠慮せずもっといっぱい借りても良いんすよ?」
「申し出はありがたいですけど今は3体で大丈夫です。お金は有限ですし、進捗を見てから調整したいと思います。それに全部モモン様の石の動像(ストーンゴーレム)に任せてしまうと村人達が自立できなくなりますので」
「ンフィーちゃんは賭け事にぶっこまないタイプっすか」
「ルプー、言い方。彼は堅実。それよりも石の動像(ストーンゴーレム)の手配」
「お、シズちゃんもやる気満々っすね。んじゃー早速男胸さんに輸送して貰うっすか!」

 しばらくして、3体の石の動像(ストーンゴーレム)がカルネ村に派遣されると、シズの監督の下、復興作業は驚くべき速度で進められるのであった。


* * *



 城塞都市エ・ランテルを東に50kmほど進むとカッツェ平原に差し掛かる。
 噂通り常に濃霧が立ち込めており、昼間でも薄暗かった平原は夕方ともなると視界は数歩先しか見通せない程であった。さらに湿った空気が纏わりつくため、きちんと対策をしなければ容赦なく体温を奪っていくだろう。

「今日はこの辺りにするか」

 モモンガはアイテムボックスからグリーンシークレットハウスを取り出すと、開けた場所に設置する。ユリ達に貸したログハウス風のコテージとは異なり、現れたのは小さなコテージガーデン。通称「妖精の庭園(フェアリー・ガーデン)」と呼ばれる外装で、カマボコ型のコテージは屋根全体が草木で覆われているために、設置場所が森や草原だと隠蔽率が高くなる効果があった。
 室内空間は魔法で拡張されており、浴室・台所・トイレなど生活に必要な設備が一式揃っている他、冷暖房を完備した個室を16個も備えた優れものだ。

「これもマジックアイテム? 秘密基地みたいでいいねぇー♪」
「あぁ、キャンプも良いんだが、ナザリックに戻ってアルベドの報告を受けないといけないからな。時間の節約だ。マイとクレマンティーヌは先に休んでてくれ」
「りょうかーい。疲労無効の指輪を付けているとはいえ、やっぱ横にはなりたいよねー」

 モモンガ達はここまで徒歩で旅をしてきた。
 転移したての頃は馬での旅に憧れていたモモンガとやまいこであったが、徒歩が一番という結論に至っていた。別に乗馬が出来ないといったスキル的な要因ではなく、単に生き物の世話は大変だという事を思い知ったのだ。
 現実世界で生き物を飼ったことのなかった二人は、馬に一日10kg以上の草と50リットル近い水が必要な事に驚き、結論として「リング・オブ・サステナンスを付けて自分で歩く」を選択したのだった。一度飲食が不要になるアイテムを馬に装備させて移動したのだが、餌を運ぶ随伴馬も連れず、宿屋の厩でも飲食しない馬は相当不審がられ、悪い意味で目立ってしまった苦い記憶は未だ新しい。

 コテージに入り中の広さに驚いているクレマンティーヌへ好きな部屋を使うように言うと、モモンガは<転移門(ゲート)>を抜けてナザリックへと戻っていった。





 モモンガが<転移門(ゲート)>を抜けてナザリックへ戻るのを見届けると、やまいこはクレマンティーヌに浴室・台所・トイレの使い方を教える。始めはおっかなびっくりと試すクレマンティーヌであったが直ぐに慣れ、今は台所で夕食を作っていた。

(料理好きなのかな……)

 クレマンティーヌは初心者の背負い鞄(ビギナーズ・メッセンジャーバッグ)に結構な量の食材を詰め込んでいるらしく、初日からキャンプとは思えない贅沢な料理を作ってくれた。
 贅沢とは言ってもレストランで出されるような上品な料理ではなく、所謂カレーやシチューなど鍋で煮込むような料理ではあったが、一般的な旅人に重量制限がある事を考えると野営中の料理にしては間違いなく贅沢と言えるだろう。初依頼の時、漆黒の剣が作った夕食が乾物を水で戻したスープだった事を思えば雲泥の差だ。

「お待たせー。今日は焼いた鶏のもも肉にミルクシチュー。それとサラダね」

 手際良くテーブルに料理を並べるクレマンティーヌに武器を持っている時のようなサディスティックな危うさが無い。

(これはあれかな。ハンドル(武器)を握ると性格が変わるっていう……)

「どうしたの?」

 やまいこが自分を観察している事に気付いたのかクレマンティーヌが問いかける。

「料理を作ってくれるのはありがたいけど、もっと質素でもいいよ? 野菜とかミルクとか、<保存魔法>(プリザベイション)がかかってるでしょ? 結構お金かかったんじゃない?」
「いやー、他にお金の使い道無いしさ。気にしなくていいよ。うん」
「そう? 装備とか、オフの時に着る洋服とか。自分にご褒美をあげても良いんじゃない?」

「んー……。そう言われてもねぇ……。貰った装備以上の物なんて店に売ってる訳ないし、長らく特殊部隊にいたせいか戦いに備えるのが身に沁みちゃって今更私服には凝れないかなー。ま、美味しい物を食べるってのがある意味ご褒美になってるからいいんじゃないかな?」
「そう。まぁ、満足しているならいいか……。でも食費は出す事にするよ。ボクたちは料理が出来ないからね。それを補ってくれている訳だから受け取ってもらうよ?」

「そこまで言うなら受け取るけどさ……。二人の金銭感覚がまだ微妙にずれているから一応言っておくけど、この一食で4銅貨くらいだからね?」
「へぇ……」
「……マイちゃん。これ幾らだと思った?」
「……い、1銀貨……くらい?」
「1銀貨もあれば高級料理屋で食事できちゃうよ! ……まぁいいや。冷めちゃうから食べよう」
「いただきます(……これ以上藪を突くと立つ瀬が無くなりそうだ)」

 やまいこは大人しく夕食をいただく。転移から3週間強。宿屋暮らしが殆どで未だに市井の物価が身に付いていないのだ。庶民感覚を得るにはもうしばらく掛かりそうだった。

(街の市場でも覗いてみるかな……)

 やまいこがそんな事を考えていると、書類を手にしたモモンガが<転移門(ゲート)>で戻ってくる。

「戻りました。お、今日は鶏肉か? 美味しそうだな」
「おかえりー。冷める前で良かったよー」

 モモンガが席に着くとクレマンティーヌがすかさず夕食を並べる。鶏のもも肉に舌鼓を打つモモンガにやまいこが声を掛ける。

「早かったね。何か変わったことあった?」
「えーと、条約の草案が上がってきました。これです」

 モモンガは持ち帰った書類をやまいこに見せる。
 アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの三名に、ナザリックと周辺国の間で従属・保護・同盟の三つの条件で条約の草案を課題として出していたのだ。三者から出された草案は、属性が中立のパンドラズ・アクターにより精査され、それぞれの案が統合されていた。

「共存協定の共通条項から簡単に説明すると、アインズ・ウール・ゴウンの戦力を国防用に加盟国へ貸し出す代わりに国家予算から年会費を支払ってもらいます。また加盟国間の戦争も禁止します。
 そしてそれらの共通条項を踏まえたうえで、我々とより対等な関係、例えば防衛は自国の兵だけで行いたいといった相手には年会費を減額して経済的な参加に留めてもらい、内政不干渉を約束します。逆に保護を求める国へは、年会費を多少増額して軍事的な活動をアインズ・ウール・ゴウンが全面的に肩代わりし、さらに独占貿易協定を締結してもらいます。
 こんなところですかね」
「了解。……従属に関しては?」

「従属に関する項目は無くなりました。従属はアインズ・ウール・ゴウンとして吸収する事を意味するので、条約を作る必要は無いと守護者たちは判断したようです」
「なるほど。言われてみれば確かに主権を放棄させるなら条約は必要無いか」

「はい。あと小さな変更点として我々が提案していた食料援助ですが、倫理的食料援助に改められました。食料を無償でバラまくのではなく、普段は通商取引を通して食料を提供し、干ばつなどで不作に陥った国に限り援助を行うといったものです」
「やっぱばら撒きは良くなかったか……。そうだ、アーコロジーはどうするの?」

「これはデミウルゴスの案がそのまま通ったものですが、アーコロジー化は従属した国や部族に対して先行して導入し、その有用性を他の同盟国などに見せつけるところから始める手筈のようです。我々が裏である程度誘導はしますが、あくまでもアーコロジーを見た各勢力の首脳陣が自主的に導入したと錯覚させる為ですね。各勢力が主導する事でナザリックの出費を抑える事ができます」
「ふむふむ、いい感じ。……うん、守護者達に任せて良かったかな。クレマンティーヌはどう思う?」

「うぇっ? 私に聞く!?」モモンガとやまいこの話をシチューを啜りながら聞くともなしに聞いていたクレマンティーヌは急に話を振られて変な声を出してしまう。

「うん。この世界の人間の意見を聞いてみたい。今の話を聞いてどう思った?」
「そう言われてもねぇ。政治とかよく分かんないし……」
「気負わなくていいから、気付いた事とか何かない?」

「んー……。同盟関係になるって事は、将来的にアインズ・ウール・ゴウンと肩を並べて戦うかもしれないって事だよね? 私が借りている装備みたいなのを同盟国にも貸し出すとかどう? 一国に一個、この国宝級のマジックアイテムを貸し出せば年会費をもうちょい取れるんじゃないかな」
「いいね。守護者達からは絶対出ない案だよ。どう? モモン。アイテムの貸し出し案」

 モモンガは考える。やまいこの言う通り、確かに守護者からは出ない案だ。いや、正確には()()()()()()()()()()()()だろう。
 彼らはモモンガたちがクレマンティーヌに装備を与えた事で心中穏やかでは無かったようだった。たとえユグドラシルにおいても価値の低いアイテムだと諭しても、「至高の存在が下賜する」という行為は彼らにとって特別だったのだ。

(忠誠心が高すぎるのも問題だな……)

「良い案だと思います。でも同盟国がどれくらい増えるか分からない現状では賛成できませんね。ユグドラシルのアイテムは数え切れないほどありますけど、アレらが手に渡るのは出来ればナザリックと深い関係にある者に絞りたいです。製造に必要なデータクリスタルもこの世界では補給できませんし……。ただ逆に、この世界の素材で作れる物であれば問題無いと思います」
「それじゃ、パンドラズ・アクターに()()()()()()()さんの姿を取らせてナザリックの鍛冶師とマジックアイテムの研究をしてもらうのはどうかな。パンドラズ・アクターってアルベドとデミウルゴスの手伝い以外は宝物殿で待機でしょ? 彼の能力を考えるとちょっと勿体ないと思ってたんだよね」

 あまのまひとつは、アインズ・ウール・ゴウンの前身「ナインズ・オウン・ゴール」からのメンバーで、ギルドメンバーやNPCの装備の少なくない数を手掛けている鍛冶師だ。
 この古参の力があれば、この世界の素材でも最上級、欲を言えば遺産(レガシー)級のアイテムが作れるかもしれない。

「確かにあまのまひとつさんの姿を取れば8割の能力とは言えこの世界では破格のアイテムが作れそうですね……。分かりました。パンドラズ・アクターには指示を出しておきます。それとセバスにも鉱石や武具などの情報も集めさせましょう」
「うん。よろしく」

 持ち帰った書類の説明が終わるとモモンガは食事を再開する。
 やまいこもそのまま食事を済ませると、クレマンティーヌと一緒に翌日の準備を始めるのだった。


* * *



 シズ・デルタは与えられた仕事に燃えていた。
 シズは、至高の御方にとって自分がどのような存在であるかを理解していた。ナザリック地下大墳墓の安全を考慮すれば、ギミックとその解除法を熟知しているシズを外に出さないのが最適解であり、たとえ「ナザリックの為に一生外へは出るな」と命令されても殉ずる覚悟は出来ていた。
 ユグドラシル時代となんら変わらぬ日々を過ごせば良いのだ。外に出られる姉妹を羨ましく思うが我慢は出来る。

 しかし今、自分は外に居る。

 この仕事は降って湧いた幸運では無い。その裏にユリ・アルファの働きがあった事をシズは薄々感づいていた。この場にこの身があるのは至高の御方と姉の信頼の証である。
 だから、報いなければならない。

 シズが今現在受けている指示は二つ。“村の復興支援”と“敵性強者と相対した際は即時撤退”する事。
 復興支援とは、襲撃により失われた村の機能を復活させ自立させる事。この自立が指す意味とは、農村としての機能回復だけではなく、再び襲撃に遭っても小鬼(ゴブリン)19体と村人達だけで防衛出来るようにする事と解釈していた。
 そして即時撤退……。シズはこの指示に従うような事態が起きない事を切に願っていた。
 想定外の強者に襲われた際、ルプスレギナを盾にして撤退する事を厳命されているのだ。自分が攫われるとナザリックが危険に晒される。それは理解していたが、やはり姉妹を盾にして撤退する事は出来ればしたくは無かった。

 だからシズは願う。平穏を、何事も無く繰り返される日常をただただ願うのだった。





 シズ・デルタはカルネ村を見渡すと、着々と進む工事に満足した。
 資材を一部節約する羽目になり、想定していた規模よりだいぶ小さくなってしまったが、出資者であるンフィーレアの判断なので致し方が無い。
 一つ困った事と言えば、別荘と工房の建築監督を担当しているルプスレギナが<完全不可視化>の魔法で時折サボる事だ。レベルの近い八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)ならいざ知らず、レベルが10以上離れているルプスレギナともなると、装備やスキルを駆使しなければ探知が困難なので迷惑極まりない。
 幸いと言っていいのか、天真爛漫な姉は最低限の監督はしている様で工期が遅れる事態には陥っていない事が救いであった。

「見つけたら、説教……」
「? 何か間違えましたかね……」
「こっちの話。気にしなくていい」

 今、シズの目の前には老人や女子供が集まり、焼成煉瓦用の土を練っていた。彼らは年齢や持病などによって建築作業を手伝えるほどの膂力がない為、煉瓦を生産する作業に従事する者たちだ。石の動像(ストーンゴーレム)が運んでくる土を練って型に流し込む簡単な仕事だが、必要とされる煉瓦は膨大だ。

「頑張って。焼成煉瓦は頑丈。攻城兵器を持ち出されない限り、万全」
「はい!」

 自分たちの生産量がそのまま村の守りに反映される為、彼らは必死に土を練る。
 練り上げる土に故人を想っているのか、または仇への恨みを込めているのかは分からないが、その表情は逃げまどっていたあの時の顔では無い、強い意志を感じる。

 シズは村の南側と東側に視線を向ける。
 焼き上がった煉瓦を順次投入した甲斐があって正門は既に完成しており、草原に面した東側の壁もあと少しで終わるだろう。工期を縮める為、やや強引に冷める前の煉瓦を使用している事が懸念材料ではあったが、歪が生じたとしても数年先であり、その際は問題個所を修繕すれば良いだけである。家屋の取り壊しを含め、既に壁の三分の一が建築済みなのは上々と言えた。

 現在、村では5()()石の動像(ストーンゴーレム)が稼働していた。一週間ほど作業を続けたところで木材が圧倒的に足りない事に気付いたのだ。初めは解体した家屋から木材を得ていたが、流石に新築する村人の家や集会場を建てるには無理があったのだ。
 そこでンフィーレアは追加で2体の石の動像(ストーンゴーレム)を借りると伐採作業に充てたのだ。

 今も森の中から木材を担いだ石の動像(ストーンゴーレム)が現れ、集積所に木材を積み上げている。森の中にもう一体石の動像(ストーンゴーレム)がいる筈だが、薬草の生える森から無作為に伐採する訳には行かない為、森司祭(ドルイド)ほど森に精通している訳では無かったがンフィーレアが監督を行っている。
 森林から木材を搬入する為に西側の壁を建てるのは最後になるが、手慣れてきた村人達の技量からあと2週間もあれば大がかりな工事は終わりそうだ。

「順調順調」

 シズは手元の書類に進捗を書き込みつつ書き足されていく完了を示す印を前に満足げであった。




独自設定
初心者の背負い鞄(ビギナーズ・メッセンジャーバッグ)、最大容量160㎏。
妖精の庭園(フェアリー・ガーデン)、コテージガーデン風シークレットハウス。草原や森などの自然環境で使用すると隠蔽率が高い。


 口頭で金額の言い回しに迷っています。「金貨4枚だよ」と「4金貨だよ」みたいな。前者だと「千円札4枚だよ」と言っているような気がして……。「円」に代わる通貨の名称があれば「4千円だよ」と書けるんですけど。今のところ気分で表記が揺れてしまっています。読み難かったら申し訳ない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

竜王国 第15話:真にして偽りの竜王

 カッツェ平原を彷徨う事、五日。
 視界の悪い濃霧の中、それでも取得していた<不死の祝福>によってアンデッドの位置を把握できると踏んでいたモモンガであったが、いざ濃霧を見渡すとアンデッドの位置を示す光点が霧で乱反射してしまい、そこに居るのは分かるが何体いるのか正確に把握するには相当近寄らなければならなかった。

 対するアンデッドは生者を探知することに長けており、迷わずモモンガ達に突っ込んできたのだ。
 襲ってくる殆どのアンデッドは低レベルだったため倒すのは容易かったが、ある時を境に突然数が増したかと思うと件のエルダーリッチと遭遇、さらには冒険者組合の情報には無かったアンデッド軍団を従えていた為にそのまま乱戦に突入してしまい、奇しくも受付嬢の忠告が正しかったことが証明されたのだった。

 アンデッド軍団の規模から長期戦を覚悟するクレマンティーヌであったが――。

 転移世界のエルダーリッチがユグドラシル産と同じとは限らないと慎重な姿勢を見せるモモンガを余所に、やまいこが()()()()()()()()()()()()()()()()()と接近戦を挑み、黒革の手袋に装備した<神聖属性付与3>(エンチャント・ホーリー)のヒヒイロカネ製ナックルでエルダーリッチの頭蓋骨を粉砕し、あっけなく任務が終わってしまった。
 残された大量のアンデッド軍団も、やまいこの<集団標的(マス・ターゲティング)>化した<中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)>でほぼ一掃してしまい、モモンガとクレマンティーヌの活躍は無いに等しかった。





 そんな一方的な戦いが繰り広げられているカッツェ平原の遥か南東の地で、同じく一方的な戦いにより死闘を繰り広げる一団がいた。

 スレイン法国の特殊部隊、陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインは窮地に立たされていた。
 彼の部隊は本国から遠く離れた地でビーストマンを相手に戦っていた。いや、それは戦いと呼べるものでは無かった。如何に被害を抑え撤退するかであった。

 陽光聖典は国の体制が変わり表立って活動できるようにはなったが、依然として信仰系の第三位階魔法習得が加入条件である為、その数は予備役含め僅か100人程であることには変わりはない。
 今回、現役の40人を連れてきたが、その貴重な隊員がまた一人、ニグンの目の前でビーストマンの牙に倒れた。これで8人目。大きな損失だ。

 倒れ伏した部下に喰らい付こうとしていたビーストマンに炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)が殺到し屠ると、ニグンは即座に瀕死の部下に駆け寄ると水薬(ポーション)を飲ませ肩を貸す。
 もはや回復に魔力を割く余裕が無いのだ。

「立て!」

 ビーストマンは非常に俊敏で厄介な相手だった。炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)で倒せない相手では無いが、ひとたび距離を縮められると人間の術者には為す術がないのだ。
 ただし、優れた身体能力を持つビーストマン達は生まれ持った五感に頼った戦い方を好む傾向にあり、それゆえに秀でたその器官を封じる搦め手が有効であった。
 ニグンは疲労の色が濃い部下達を激励する。

「倒すことを考えるな! 一班は炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)で足止めに集中! 二班は<束縛>(ホールド)<混乱>(コンフュージョン)<盲目化>(ブラインドネス)、使える状態異常魔法を叩き込めっ!!」

 これは撤退戦だ。さらに言うなら「如何に()()()()()()撤退するか」である。
 彼ら陽光聖典の後ろには、数千人規模の避難民が今なお逃走中であるからだ。

 竜王国は二つの都市を失った。そう、()()()()()だ。その避難民がたったの数千人なのだ。
 ビーストマンは人を食べる。人間を狩る為に竜王国の都市を度々襲ってきたビーストマン達が、今回に限って用意周到に都市を包囲し滅ぼす勢いで総攻撃を仕掛けてきたのだ。

 陽光聖典が逃がそうとしている避難民達は、そんなビーストマン達の網をすり抜けた幸運な集団であった。そしてそれを追ってきたビーストマンも、少数の分隊であり本隊ではなかったことも幸いした。分隊であったからこそ陽光聖典は耐える事が出来たのだ。
 恐らく包囲の網から逃れられなかった人々は捕虜になり遠くない未来、潰されて食料にされるだろう。今までは食料たる人間が滅ばぬよう狩り尽くすような行動はしてこなかっただけに、急な方向転換が不気味であった。

「ニグン隊長! 右手の丘に新手20!!」
「このまま撤退する!! 近づけさせるな!!!」

 その数に軽く眩暈を覚えるニグンであったが、彼はここで死ぬ気は無い。
 連れている部下も状況判断に優れた百戦錬磨の強者だ。防御に徹すれば損害は免れぬとしても砦までは撤退できるはずだ。

「隊長! 奴ら戻っていきます!!」
「……なに?」

 部下の報告に丘を見上げると確かにビーストマン達がさがっていくのが見える。

 嫌な予感がする。

「あれが斥候だとしたら……。 ッ!!? クソッ!!」


オオォォォォォォォォォォォーン


 予感は的中する。
 ビーストマンの遠吠えと共に丘の上に500近いビーストマンの一団が現れた。

(いや……、丘の向こうに本隊が迫っているかもしれない……)

「防御陣形ッ!! 総員、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を召喚!!!」

 圧倒的な戦力差を前にもはや逃れられないと悟った部下達は、次々と天使を召喚し陣形の盾になるように天使たちを配置していく。今回の遠征に魔封じの水晶の所持が許されなかったことが悔やまれる。
 ニグンも監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を召喚すると、死を覚悟するのであった。

(せめて一目、この目で神を見たかった……)


* * *



 竜王国という国がある。スレイン法国の東に位置し国境代わりの大きな湖で隔てられてはいたが、隣国という間柄である。竜の名を冠したこの国を治めているのは竜と人間の混血児である黒鱗の竜王(ブラックスケイル・ドラゴンロード)こと、ドラウディロン・オーリウクルス女王である。
 竜王(ドラゴンロード)ではあるものの、その身には竜の血が八分の一しか流れてはおらず、竜王(ドラゴンロード)であれば行使できるはずの「始原の魔法(ワイルド・マジック)」も多大な犠牲を払わねば使えない上に、素の攻撃力も一般人並みという残念な竜王(ドラゴンロード)である。ほぼ人間でありながら始原の魔法(ワイルド・マジック)を一応は行使できることから、スレイン法国からは「真にして偽りの竜王(ドラゴンロード)」と呼ばれていた。
 彼女を目にした多くの者は、竜の血が魅せるのか辛うじて高潔さを感じとることができるものの、その外見が威厳とはほど遠い幼い少女のそれである為に、主に庇護欲を駆り立てられることは間違いないだろう。

 そんなドラウディロンが統べる竜王国は、東に広がるビーストマン国からの大侵攻により滅亡の危機に瀕していた。ビーストマンにとって竜王国とは食料が勝手に増える良質な餌場なのだ。
 戦いは常に一方的で、食欲を満たすためだけに毎年数度の襲撃を受けていたのだが、ここにきて襲撃の回数と質が変わったのだ。長らく餌場として戦争とすら呼べぬ殺戮を繰り返してきたビーストマン達が、いよいよもって竜王国を滅ぼすために本腰を入れたかのようだった。

 両者には歴然とした戦力差があり、戦況を覆すのは早くも絶望的であった。ビーストマンは生まれながらにして恵まれた身体能力を持ち、人間の成人男性を1とした場合、ビーストマンの成人はその10倍の能力を誇っていたのだ。
 竜王国の民が例外なく竜の血を引いていれば状況は変わっていたかもしれないが、残念ながら竜の血を引くのは王族のみであり、国民は無力な人間だ。
 唯一の救いはビーストマンは種として基礎能力が高い分、突出した強さを持った強者が少ないことだろう。また、生まれながらの膂力に頼った戦いを好み、高度な戦術的な戦いをしてこないことも幸いしていた。





 竜王国の王城。玉座に座る王女へ宰相が戦況報告をしていた。

「陛下、都市が一つ落とされました。そして二つ目の都市も陥落間近とのことです。現在、首都に隣接する砦に避難民が押し寄せております。兵と冒険者が共同で防衛にあたっていますが、ビーストマンが攻めてきたら長くは耐えられますまい。
 また、伝令によるとスレイン法国の陽光聖典が民を逃がすために囮として前線に残ったそうです。現在彼らの所在は不明です」

 陽光聖典の所在が不明なのは悩ましい問題であった。スレイン法国の方針が変わったとかで、今まで多額の寄進をすることで見返りとして派遣して貰っていた陽光聖典が今回は無償で派遣されてきたのだ。
 そのことに喜んだ矢先、まさかのビーストマン国の大攻勢が始まり、都市一つを失うと同時に当の陽光聖典も行方不明になるという事態にドラウディロンは暗澹たる気持ちになる。
 一瞬覚えたささやかな喜びが絶望を一層鮮明なものにしていた。

「彼らには何度も助けてもらった。捜索隊を出せそうなら向かわせてくれ。うぅ……陽光聖典の助けがあっても今回は抑えられぬか……。帝国からの返事はまだなのか?」
「望みは薄いですな。帝国もトロールの国と隣接していますし、何よりもそろそろあの時期ですので兵をこちらに回す余裕は無いでしょう」
「あぁ……王国とのいつものアレか……。まったく、下らない小競り合いばかりしおって……。うちらが滅んだら次はあいつ等だというのに!」

 ドラウディロンは玉座から足を投げ出し、少女とは思えないやさぐれた表情を見せる。

「陛下、その形態の時は愛らしく振る舞って下さい。士気にかかわります」
「……形態言うな」
「しかし、情報筋によると帝国は本気のようですよ? 今回は確実にエ・ランテルを落としにかかると上層部では囁かれているようです」
「知らん! 王国の都市なんぞ興味無いわ! 今は目の前のビーストマンだ……」

 お先真っ暗な現状にドラウディロンは頭を抱える。

「なぜ……今回に限ってこんな……」
「他国に国防の一端を任せていた罰かもしれませんな」
「好き好んで任せていた訳ではないわ! 恒久的な練兵が国力に繋がることは知っておる。しかしこの国が欲しているのはビーストマンに対応できる即戦力。軍事費に金を回しても直ぐに兵が強くなるわけではなかろう」
「まぁ確かにそうなんですが。陛下が始原の魔法(ワイルド・マジック)をぽんと撃てれば万事解決なんですがね」

 その言葉にドラウディロンは自虐的に笑う。

始原の魔法(ワイルド・マジック)か……。もう少し竜の血が濃ければ撃てたかもしれんがな。
 八分の一の私では100万の民の命を磨り潰す事になる。そんな事をすればビーストマンではなく私が国を滅ぼしかねん。これは最終手段だ」
「……そんな未来は迎えたくないですな。では、そうならない為にも、前線の指揮官たちに激励の手紙を30枚くらい書いてください。もちろん幼い筆跡で、子供が信頼を寄せるような感じでお願いします」
「ぐぇー。あれは素面(しらふ)では書けん。酒を持ってこ――」

「失礼します! スレイン法国の使者が参られ、謁見を申し出ております」

 酒をねだるドラウディロンの声を遮り、玉座の間に使者の来訪を告げる衛士の声が響く。

「なに! 陽光聖典の者が戻ったのか?」
「いいえ、漆黒聖典と名乗っております」
「……漆黒聖典?」

 噂によれば陽光聖典と同じくスレイン法国の秘匿された特殊部隊の筈だ。
 今までスレイン法国の使者は神官職の者が窓口となって謁見に訪れていたが、陽光聖典にしろ漆黒聖典にしろ、六色聖典に所属する者が直接会いに来たことは一度も無かった。
 ドラウディロンは宰相と目配せする。国の存亡を左右する予感がしたからだ。

「直ぐに通してくれ」
「はっ!」





 玉座の間に現れたのは射干玉の髪を床に届きそうなほど伸ばした幼さを残した青年であった。
 しかしドラウディロンに流れる竜の血が、この青年がただの人間でないことを知らせていた。同時にその顔も偽りのものである事に気付くが、この場でそれを指摘することに実利が無いと判断する。

「良くぞ参られた! スレイン法国の者よ! まさか噂に聞く漆黒聖典が来てくれるとは思わなかったぞ!」

 玉座の間に天真爛漫な少女の声が響く。
 そこには先ほどまでやさぐれていた少女の面影はなかった。

「お初にお目にかかります。スレイン法国の六色聖典が一つ、漆黒聖典にございます。以後お見知りおきを」
「うむ。私が竜王国女王ドラウディロンである。来てもらって早々申し訳ないが、貴国に派遣して貰った陽光聖典と連絡が取れなくなっていることを先に伝えさせて頂く。捜索隊を出す予定だが戦況が芳しくない。最悪の結果を覚悟しておいて欲しい」

 ドラウディロンは前もって懸念事項を隠さず告白する。

「ご心配なく。今のところ陽光聖典は前線にて健在でございます」
「そ、そうなのか? それなら一安心なんだが……。して、今回はどのようなご用向きか」
「今回謁見を賜りましたのは我々が掴んだ悪い情報と、それを解決する為のご提案をさせて頂くためです」

 漆黒聖典の「悪い情報」に不安を覚えるドラウディロンであったが、同時に解決策を示してくれるのならば聞かない訳にはいかない。

「……続けてくれ」
「はい。まず悪い情報ですが、私共の仲間が遠見にてビーストマン達のただならぬ動きを察知いたしました。陥落した貴国の都市に6万弱のビーストマンが駐屯しており、そして現在攻められている都市には6000程のビーストマンが包囲網を敷いております」
「……そうか」

 ドラウディロンは静かに目を閉じる。二つ目の都市が陥落するのを確信したからではない。7万近いビーストマンを押し返す力がこの国には無いからだ。それだけの数で攻めてこられたらこの首都まで一瞬であろう。
 幸いにして首都は衛星都市以上に堅固で、守りを固めれば攻城戦に不慣れなビーストマン相手なら即陥落する事は無いだろう。しかし、それでも他国の援軍が来なければ滅亡は免れない。

「……解決策というのはどのようなものか聞かせて欲しい。漆黒聖典の助力を頂けるのだろうか?」
「私共漆黒聖典は少数精鋭で個として最強を自負しておりますが、貴国民を救う事は出来ません。100を守る横で1000の民を失うでしょう。私共の力は多を救うには向いておりません」

 漆黒聖典は少数精鋭の部隊。神人以下その隊員は一騎当千の猛者揃いだ。ビーストマンが数万居ようとも撃破は可能だし、要人警護も数名が対象なら可能だ。
 しかし、彼らの武力は手の届く範囲しか守れない。数十万の民を物理的に守るには人として限界があるのだ。

「で、では、解決策というのは……」
「個で数万を相手取ることが出来るお方をご紹介致します。――いえ、勿体ぶった言い方は止めましょう。スレイン法国に神が降臨されました。私共の提案とは神へ拝謁を乞い、竜王国の窮状を伝えることです。その為に是非、女王陛下にはスレイン法国へお越しいただきたく思います」

「お、お待ち頂きたい!」 宰相が堪らず割って入る。

「貴方の申される神とは……、つまり、法国で信仰されている六大神と解釈して宜しいのか」
「いいえ。六大神ではありませんが、同等以上の力をお持ちのお方です」
「……貴国の方針が変わったのも神の降臨に依るものと思って良いのですね?」
「はい。自然淘汰を是としながら、種を越えて共存を望む者であれば等しく守護して下さる慈悲深いお方です。残念ながらスレイン法国は未だ神の庇護下に入ることは叶っていませんが、将来的に守護して頂けるよう国を再編中でございます」

 宰相は素早くドラウディロンに目配せすると、彼女は小さく頷く。
 彼女の竜眼が、漆黒聖典は嘘を言っていないと判断したのだ。

 これはとんでもない話だ。
 人類はかつて六大神によって滅亡を免れた過去がある。その後に現れた八欲王も伝え聞く神話は破滅的な物が多いが、その実周辺の亜人種を(ことごと)く駆逐したことで人類の生存圏を確保した功績は計り知れないと歴史学者は分析している。
 もし、そんな神々が再び降臨したのであれば、そしてそれが理性的な神であるならば、漆黒聖典の言う通り拝謁を求め庇護を願い出ることが竜王国の窮地を脱する一番の近道だろう。

 しかし……、と宰相は思案する。

「陛下、ここは私がスレイン法国へ出向き神の謁見を賜って参ります」
「何故だ? 救国を願うのならば国を統べる私が行かねば礼に欠けるのでは……」
「いえ、存亡の危機に瀕しているからこそ、国を統べる者が導かねばならないのです。今、陛下の姿がこの国から無くなったら臣下の者に混乱が生じます。使者殿もどうかご理解願いたい」

「畏まりました。女王陛下には親書をご用意頂ければと。それと事は一刻を争います。私共の方で<飛行>(フライ)<浮遊板>(フローティング・ボード)を使える魔法詠唱者(マジックキャスター)を用意いたしております。こちらを利用して湖を越え、一気に神都へ向かいたいと思います。準備が出来次第、お声をおかけ下さい」

 まだ見ぬ神に一抹の不安を胸に秘め、宰相はさっそく準備に取り掛かるのだった。


* * *



 ナザリック地下大墳墓、第九階層。モモンガの執務室の最奥中央にモモンガの事務机がある。
 やまいこはモモンガの左隣に設置された椅子に座っている。そしてその後ろにはクレマンティーヌが身を隠すように控えていた。一般メイドを除き、超越した人外しかいない空間に緊張気味の表情を浮かべるクレマンティーヌだが、その主な原因が初顔合わせの時に殺気立ったアルベドが目の前にいるからだとやまいこは察していた。

 モモンガとやまいこは変身を解いており、死の支配者(オーバーロード)半魔巨人(ネフィリム)の姿でアルベドの報告を受けるところであった。

「モモンガ様、やまいこ様。突然のお呼び出し、申し訳ありません」
「構わん。カッツェ平原の任務も行き詰っていたしな。それで、<伝言>(メッセージ)では竜王国の使者が来たとか言っていたが、待たせているのか?」
「はい。只今第十階層の待合室で待機させております。スレイン法国の神官を通し、緊急の謁見を願い出ております。私が対応することも考えましたが、内容によってはアインズ・ウール・ゴウンとして動く事を想定しますと御方々に直接ご対応して頂いた方が良いと判断いたしましたのでご連絡さし上げました」

「了解した。……クレマンティーヌ。竜王国に付いて簡単に説明してくれ」
「はい。竜王国は法国の東に位置する国で竜王の血を継ぐドラウディロン女王が統治する国です。竜の血を継いでいるのは王族のみ。民は人間です。隣国のビーストマン国から餌場として扱われているため、毎年少なからず民に被害が出ています。襲撃頻度が高いため小さな村は存在せず、人々は集団行動を余儀なくされ、街を防壁で囲んで暮らしています。女王が純粋な人間ではないものの民は人間であるため、スレイン法国は表立っては加勢してきませんでしたが、毎年六色聖典のいずれかを派遣しビーストマンの間引きを手伝ってまいりました。以上です」

「なるほど。……となると法国経由で接触してきて且つ緊急ということは情勢に大きな変化があったと見るべきか。それも竜王国にとって悪い方向に……。ふむ。やまいこさん、問題が無ければこれから謁見に臨みたいのですが、宜しいですか?」
「うん。ただ、もしかすると竜王国と同盟を組むかもしれないから念のためデミウルゴスとパンドラズ・アクターも呼んでおこう。法国はプレイヤーが作った国だからボクたちを容易に受け入れられたけど、他国が同じとは限らないからね。想定外の問答があった時に意見を聞ける者は多い方がいいと思う」
「あー、確かにそうですね。……アルベド。守護者で謁見に臨むのはお前と、デミウルゴスとパンドラズ・アクターだ。ナザリックに残っている戦闘メイド(プレアデス)とクレマンティーヌも参加させる。……クレマンティーヌの立ち位置は戦闘メイド(プレアデス)の一段下だ。他の守護者は通常勤務で構わない。では、デミウルゴスが戻り次第、竜王国の使者と謁見する。準備を始めてくれ」

「畏まりました。モモンガ様」

 アルベドが退出すると、やまいこの後ろでクレマンティーヌが大きく息を吐く。

「大丈夫?」
「いや、急に話を振られたから……。もう少し真面目に座学を受けておけばとちょっち後悔……」
「クレマンティーヌは十分役に立ってるよ。ね? モモンガさん」

「そうだな。お前からは多くの事を学んだ。とはいえその座学とやらにも興味がある。教科書のような物があるのなら一度見てみたい」
「お、確かに教師として教科書は是非見てみたい。クレマンティーヌ、今度時間がある時にでも何冊か貸してよ」
「それなら国立図書館を案内するよ」
「国立図書館! いい響き!!」

 やまいこのテンションが上がる。

「やまいこさん、今回の任務が終わったら行ってみましょう。……さて、脱線してしまいましたが、やまいこさんにクレマンティーヌ、デミウルゴスが戻るまでに腹ごしらえするなら済ませちゃってくださいね」
『はーい』

 やまいことクレマンティーヌが食堂に向かい一般メイドも下がらせると、モモンガは久しぶりに過ごす一人の時間を堪能するのであった。


* * *



 神との謁見が叶った竜王国の宰相は心底後悔していた。
 今、目と鼻の先に死の支配者(オーバーロード)半魔巨人(ネフィリム)が居るのだ。
 だが、後悔の原因は恐ろしい姿のモモンガややまいこが手の届く距離に居るからではない。モモンガが魔法の鏡で竜王国の王城内を映し出し、ドラウディロンの姿を探しているのだ。

(なぜ……確認を怠ってしまったのか……)





 謁見が始まり玉座の前で平伏していた宰相の耳に、女性の清涼とした声が響く。

「モモンガ様、やまいこ様。竜王国の宰相がお目通りをしたいとの事です」

「良くぞ参られた、竜王国の者よ。私がこのナザリック地下大墳墓の主人、モモンガだ」
「同じく、ナザリック地下大墳墓の主人、やまいこ」

「本日は急な訪問の上、時間を割いて頂き誠にありがとうございます」
「うむ。さっそくだが用件を聞こう」
「はっ! 今回参じましたのはモモンガ様にご助力を願い出るためでございます。現在、竜王国はビーストマンによる侵攻を受けており、滅びの一途を辿っております。こちらにドラウディロン女王からの親書と漆黒聖典殿の紹介状を預かっております。お納めください」

 アルベドの指示に従いユリ・アルファが受け取ると、玉座のモモンガの下まで届ける。
 自動翻訳アイテムを装備したモモンガとやまいこは、親書に目を通すと困惑する。

「あー……、宰相殿。失礼な事を聞くかもしれんが……、ドラウディロン女王は、成人されておらぬのか?」
「は……ぇ?」

 宰相はその言葉の意味を察し青ざめる。

(も、もしや……。もしや! いつもの調子(子供の筆跡)で親書を書いたのか!!?)

 モモンガが読み、今はやまいこの手にあるドラウディロンの親書には、竜王国の窮状が幼い文字で綴られていた。滅亡の危機から国を救ってほしいと神様に嘆願する内容は、子供が必死に書いたと思えば胸にくるものがあるだろう。
 だがそれは兵の士気を上げるための方便であって、外に向けた公式の親書には相応しくない。

素面(しらふ)では書けないとか言っていたくせにっ!!)

「どうなのだ? まだ子供なのか?」
「は! いえ、その……。女王は竜の血を引いておりますれば、その成長は人間と異なる為……、子供と言っていいのか正直分かりかねます……」
「ふむ……。確かにアウラやマーレの外見は幼いが人間基準では老成していてもおかしくない歳だしな……。なるほど、種族が違えば推し量るのも難しいか……」

(な、納得してくれた!? このまま押し通すし――)

「良し。見てみるか」
「なぅっ!!?」

 まるで心臓を物理的に掴まれたようだった。
 そんな魔法が実際にあったら間違いなく死んでいただろう。

 モモンガは空間から遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を取り出すと「確か東だったな……」と適当に当たりを付けて操作を始める。
 宰相の心臓がはち切れんばかりに鼓動する。

「お、お待ちください! モモンガ様!!」
「安心しろ。別に国家機密を覗こうとしている訳では無い。貴国が置かれている状況は理解した。我々が援軍を送るにしても場所を確認せねば<転移門>(ゲート)も開けんからな。……お、ここが王城か。宰相殿、見られて都合の悪い部屋もあろう。ここにきて城内を案内しろ」

 モモンガはもう一つ魔法を発動させると不可視の感覚器官を城内へと導く。
 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)と併用することで室内も映し出せるようになる魔法だ。

「モモンガ様がお待ちです。どうぞこちらへ」
「あ、あぁ……。申し訳ない……」

 ユリが優しく宰相を導くが、玉座へと続く段を一段登る度に死が迫ってくるようで生きた心地がしない。

(いや……、それよりも、だ。モモンガ様は陛下のことを確実に幼気な少女だと誤解している……。万が一、ここでやさぐれた表情の陛下がだらしなく椅子に座っている姿が映し出されたら……。い、飲酒している可能性すらあるのでは……!?)

「それで? 正門から真っすぐ入って良いのか?」
「はい……。暫く直進すると……、あ、そこの階段を上がってください……」

(ま、まさか……、そもそも私が居ないことをこれ幸いと大人形態になっていたら……。神を謀ったとして私は罰せられるのだろうか……? 私だけが罰せられるのならば良いが……、国が滅ぼされたりしないだろうか……)

「ふむふむ。……しかしあれだな。覗いている身で言うのもなんだが、情報系魔法の対策をしていないのは如何なものかと思うぞ? こうして覗かれる危険性があるからな。これを機に対策をするといい。なんなら探知阻害系のマジックアイテムを貸し出すぞ?」
「はっ! 大変貴重な経験をありがとうございます! マジックアイテムの件、是非とも宜しくお願いしたく思います!」

「うむ。パンドラズ・アクター、聞いての通りだ。宝物殿に幾つか余っていた探知阻害系のアイテムを見繕ってくれ。そうだな、第六位階までを阻害できれば十分だろう」
「畏まりました。後ほどご用意いさせて頂きます」
「頼んだぞ」

「モモンガ様、この廊下の……突き当りです……」

 このまま玉座の間に着かなければと願うが、意に反して終点は確実に近づいてくる。通い慣れた筈の廊下が妙に短く感じる。まるで絞首台に向かう死刑囚のような心境だ。

 そうこうする内に廊下の奥に豪華な扉が見えてくる。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)が扉の前で一旦止まると、宰相は目を閉じて祈った。
 玉座に幼女姿のドラウディロンが居ることを強く願った。この扉の奥が映し出された瞬間、竜王国の運命が決まるのだ。額にじんわりと汗が滲む。

(陛下……どうか……どうか!)

「こ、これはっ!!」

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)は音を拾わない。その為、目を瞑っている宰相には何が映し出しているのか分からない。モモンガの声にビクリと身を震わした宰相だが、続く言葉が無いことに不安を覚える。
 背中に冷や汗を流しながら宰相は意を決して目を開けた。

「!!? へ、陛下ぁー!!!」

 かくして遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)に映し出されたドラウディロンを見た宰相は感極まって叫ぶ。
 そこには幼い子供が身振り手振りを交え一生懸命に兵を激励する姿が映っていた。

(完璧です! 完璧ですぞぉっ!!)

「さ、宰相殿。気持ちは分かるが落ち着くのだ」
「し、失礼いたしましたっ! 大変お見苦しいところを……」

 モモンガは目に涙をためた宰相を落ち着かせるようになだめる。

「よい。……よいのだ。ドラウディロン女王は立派に責務を果たしておいでだ。対面する兵士の顔を見れば為政者として愛されているのが分かる。またこうして目の前で臣下の心も垣間見ることができたしな……。やまいこさん、我々もかくありたいものですね」
「うん。ボクたちもシモベに愛されるように頑張らないと」

 モモンガが遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を改めて覗くと、ドラウディロンの訝し気な目がこちらに向いていることに気付く。

「ほう。不可視の目を捉えるか。完全に発見している訳ではなさそうだが、これも竜の血が為せる業か」

 モモンガはこれ以上気取られる前に遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)をしまうと、やまいこに向き直る。

「やまいこさん、私はこの竜王国を助けたいと思いますが、如何ですか?」
「賛成。彼らの主従関係には惹かれるものがあった。……どうだろう、モモンガさん。ボクたちがこのまま介入するのは簡単だけど、ここは彼らに倣ってボクたちも守護者の誰かに使者を任せてみない?」

「なるほど。なら人選をどうするか……。そうだ、アウラとマーレなら歳が近そうだしいいかもしれませんね」
「うん。適任だと思う。あとは持たせる親書と共存協定書をどうするか……。大人用と子供用を用意した方がいいのかな?」

 やまいこのその疑問にモモンガも宰相へ問う。

「ふむ……。時に宰相殿。(まつりごと)はドラウディロン女王が取り仕切っているのか?」
「は、はい! ドラウディロン女王が実権を握っており、国としての意思決定を行っております」
「であるならば子供用を用意するべきだろうな。協定を結ぶに当たって齟齬があってはいけない」

 モモンガは姿勢を正すと守護者達に指示を飛ばす。

「では、守護者たちよ。アインズ・ウール・ゴウンは竜王国に手を差し伸べるためにアウラとマーレを使者として送る。デミウルゴス、各条項は現行の草案を採用するものとして子供にも分かり易いように編集してくれ」
「畏まりました。モモンガ様」

「パンドラズ・アクターは早急に先ほどのマジックアイテムを用意しろ」
「お任せください。直ぐにご用意いたします」

「アルベドは対ビーストマン戦の立案を。ただしアルベド自身は前線に出る事を禁止。デミウルゴスも編集が終わったら牧場建築を優先すること。あと、アウラとマーレをここに呼んでくれ」
「仰せのままに。モモンガ様」

「あ、そうだ。モモンガさん。ボクから一ついいかな」
「どうしました?」
「いや、デミウルゴスに確認なんだけど」

 やまいこの突然の問いにデミウルゴスは眼鏡を光らせると一礼する。

「はい、何でしょう? やまいこ様」
()()()にビーストマンは居るかい?」

 その問いにデミウルゴスは僅かに微笑む。

「いいえ。残念ながらまだおりません」
「そうか。じゃあ、アルベド。立案に当たってビーストマンの生け捕りも考慮するように。具体的な数に関してはデミウルゴスと相談して」
「畏まりました。やまいこ様」

「ふむ。では、状況を開始せよ」

 守護者が一様に礼をすると、行動を開始する。
 モモンガは宰相に向き直ると、改めて立場を表明する。

「宰相殿。聞いての通り、我々アインズ・ウール・ゴウンは竜王国と友好的な関係を築きたいと思っている。そこで今回、ドラウディロン女王からの親書に応え、貴国に侵入したビーストマンを追い払う事を約束しよう。その働きを以って我々が用意した共存協定に関して協議して欲しい。決して悪い話ではないはずだ」
「はい! お力添え感謝いたします!! 協定の件、謹んでご検討させていただきます!!」
「では、こちらの準備が出来るまでゆっくり休んでいてくれ」

 モモンガはユリに宰相を客室へと案内させると、自らは再びカッツェ平原へと旅立つのだった。

目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話:使徒

 竜王国の王城。薄暗くなり始めた城内を永続光(コンティニュアル・ライト)が照らしていく。
 夕方、玉座の間に本日何度目かのドラウディロンの声が響いた。

「よし! 頼んだぞ!」
「は! 陛下、お任せください!」

 平伏していた騎士風の男が立ち上がり颯爽と広間を出ていく。彼は疲労の残る体でこれから前線の砦までとんぼ返りしなければならない。しかしそれも女王を想えば苦では無いといわんばかりにその足取りは軽やかだ。

 そんな兵士を見送るとドラウディロンは一息つく。一日の執務を終えたのだ。
 宰相が漆黒聖典の用意した魔法詠唱者(マジックキャスター)に連れられスレイン法国へと旅立って半日。滞りなく謁見が済んでいれば明日にも戻ってくる筈だがドラウディロンの不安は大きい。
 この半日の間に伝令がもたらした情報はどれもが悪い知らせだった。二つ目の都市を守る複数の砦が敵の手に落ちたのだ。恐らく今夜か、明日にでも都市は陥落するであろう。

(はぁ……。もはや神頼み……か……)

 漆黒聖典の話が真実ならば、宰相が相見えるのは六大神を超えるかもしれない神。不興を招けば竜王国はさらなる窮地に立たされる可能性がある。しかし、不安は拭えないがそれでもドラウディロンは宰相を信頼していた。彼なら上手くやってくれると信じている。
 もっとも、交渉が上手くいったとしても何かしらの対価を要求されるはずだ。

(どんな神様かまだ分からんが、国教化も視野に入れて……。神に供物は付きもの、お布施だけで済んだとしても額が心配だ……)

「へ、陛下!」

 宰相が持ち帰ってくるであろう案件にドラウディロンが思い悩んでいると、玉座の間に衛士の緊張した声が響く。見ると広間の中央に得体のしれない黒い霧が楕円形に広がっていた。霧が拡散することなく形を保っていることから魔術的な現象であると察しがつく。

「お下がりください! 陛下!!」

 衛士がドラウディロンを庇うように立ちふさがる中、広間に現れた黒い霧が一際大きく揺らぐと、文字通り「べっ」と霧の中から宰相が吐き出され広間に転がる。

「宰相!?」
「た、只今戻りました!」
「おぉぅ……。お、お帰り……? これは一体……」
「はい! モモンガ様に、えー、神に送っていただきました。それとご使者の方が――」

 宰相が言い終わる前に再び黒い霧が揺らぐと今度は幼い容姿をした闇妖精(ダークエルフ)の少年と少女が姿を現す。その瞬間、ドラウディロンの身に流れる竜の血がにわかに騒めく。容姿から明らかに双子であろう幼い闇妖精(ダークエルフ)たちから、その外見からは想像もできないほどの強大な力を感じたのだ。

(この二人が使者? この力、神ではないのか……。それにあの目……。伝え聞く森妖精(エルフ)の王族も左右の色が異なると聞くが……。トブの大森林を支配していた闇妖精(ダークエルフ)の縁者だろうか?)

「よ、ようこそ、竜王国へおいでくださった。歓迎しよう。私がこの国を統べるドラウディロン・オーリウクルスだ」

 ドラウディロンが押しつぶされそうな圧のなか、なんとか自己紹介をすると闇妖精(ダークエルフ)の双子もペコリとお辞儀をする。

「アインズ・ウール・ゴウンの使者として参りましたアウラ・ベラ・フィオーラです」
「お、同じくアインズ・ウール・ゴウンの使者として参りましたマーレ・ベロ・フィオーレです」
「先触もなく突然の訪問をお許しください。貴国を憂えた主の気持ちの表れと思って頂ければ幸いです」

「こちらこそ宰相を送っていただき感謝する。こんなにも早く交流の機会を設けてくれたことを嬉しく思う」

 とても丁寧な口上を闇妖精(ダークエルフ)の少年、アウラが中性的な声で述べる。人懐っこそうな目にはドラウディロンを物珍し気に観察する気配が窺えるが敵意は無い。それに対してマーレと名乗った少女はおどおどとした雰囲気を発している。単に人見知りなのか使者としての務めに緊張をしているのかは分からないが、こちらも敵意といった感情は無いようだ。

(敵意が無いとはいえ、これほどの力の持ち主を従えている神とは如何ほどのものか……)

「財政が逼迫している故、たいしたもて成しはできんが、まずは席を用意しよう。宰相!」

 宰相がメイドたちに会談の場を用意するよう指示をだす。テーブルクロスで飾り付けされた長机が慌ただしく繋げられ、さらに永続光(コンティニュアル・ライト)が追加されると薄暗くなりかけていた広間に明るさが戻る。





 城の者たちは何度も現れる伝令たちの雰囲気から、竜王国の置かれている厳しい状況を理解していた。そして宰相と共に現れた双子の闇妖精(ダークエルフ)が国の運命を左右するであろうことも、これまでに交わされた短い会話と、ドラウディロンと宰相の態度が雄弁に語っていた。
 故にこの広間に集う全ての者が国を想い全霊を尽くして準備にあたった。

 会談の準備が終わると両者席に着く。

「改めて歓迎しよう。フィオーラ殿、フィオーレ殿、竜王国へようこそ」
「歓迎を感謝します。陛下のご親書に対し、我らが主、モモンガ様のお返事をお持ちしました。それとアインズ・ウール・ゴウンが提案する共存協定書もご用意したのでご検討ください。マーレ」
「は、はい! こちらがお返事の手紙と、共存協定書の女王陛下用と大人用になりますっ!」

 マーレが懐から大切そうに手紙を取り出してメイドに託すと、隣にいるアウラの表情がわずかに緩む。初めてのお使いを無事にこなした妹に安堵したのだろう。

(兄妹仲は良好なよ――……、ん? ……私用と()()()?)

 モモンガの手紙に素早く目を通すとドラウディロンはひとまず胸をなでおろす。竜王国内を蹂躙しているビーストマンを撃退してくれる旨が書かれていたためだ。神の力が如何ほどのものかは計り知れないが、漆黒聖典が保証する存在だ。これでひとまず国は救われるだろう。

(いや、まだ首の皮一枚繋がっただけか……)

 今回の支援を継続して受けられるようにしなければならない。そのためには共存協定書を確認して、場合によっては有利になるように交渉しなければならない……のだが。

(……くっ! こういうことか!)

 ドラウディロンの手元にはデミウルゴスが編集し司書長(ティトゥス)が書き起こした子供用の協定書があった。小難しい文章が削られ、文章の所々には子供が集中力を切らさぬよう可愛らしい挿絵を挿入するなど小粋な配慮がなされている。

 隣に控える宰相を盗み見ると「大人用」と注意書きが付いた協定書を読んでいる。

(宰相! ちょろっとそれを見せろ!)
(それは構いませんが……、幼女形態だけは解かないでくださいよ? モモンガ様は陛下のその姿をマジックアイテムで確認しておりますので)
(み、見られたのか……。ふむ……、あの時……か? もしかして私はずっとこの姿を保たないといけないのか?)
(真実を伝えない限りそうなりますな。そもそも普通の親書を書いていればこんな事態にはなっておりません。自業自得ですので諦めてください。私はあの親書のせいで死ぬ思いをしたのです。陛下も苦しむべきです)
(ぐぅ……。忠臣とは思えぬ言葉……)

 ドラウディロンと宰相がヒソヒソと話していると、何かを察したアウラが話し始める。

「ご安心ください、陛下。分かり易く説明させていただきます。今回、竜王国の“ビーストマン撃退”の要請に対し、アインズ・ウール・ゴウンは全面的に協力する事になりました。ただ誤解のないように予め申しますと、協力とは“ビーストマンに侵略された領土を取り返す”ことであり、追撃して殲滅はしません。
 そして撃退後も至高の御方々は竜王国との友好的な関係を築きたいとのお考えです。ですので竜王国にはアインズ・ウール・ゴウンとの共存を検討していただきたくお手元の資料を用意いたしました」

 その()()()()()()をドラウディロンは黙読する。

(うぅ……。文章がゆるふわ過ぎて逆に分かり難い……)

「フィオーラ殿、いくつか質問をよろしいか」
「どうぞ」

「この共通の決まり事の項にある友達どうし(加盟国間)ケンカ(戦争)はダメとあるが、もし無理やり巻き込まれた場合はどうなるのか」
「経緯をしらべて、非がある方をアインズ・ウール・ゴウンがお仕置きします」

「な、なるほど……。では安全保障の説明にある友達(加盟国)襲われ(侵略され)たら助けましょう、というのは今回アインズ・ウール・ゴウンがしてくれるように、我々も派兵して助けなければならないと?」
「その通りです。友達を助けるのは当然です」
「ふむ。しかし、例えば今、スレイン法国が襲われていて竜王国がそれを助けたくとも、ご覧のように我々も襲われていて助ける余裕が無い。この場合は免除とかしてもらえるのか?」

「ふっふっふ。ご安心ください! 至高の御方々はそんな事もあろうかと各加盟国に対して個別に対応できる追加の決まりごとをご用意しております。冊子の8ページをご覧ください」

 ドラウディロンがページを開いたのを確認するとアウラは続けて説明を始める。

「まずは、僕らは親友!ズッ友プラン(同盟条項)

(ズッ友プラン!?)

「これは加盟金を減額する代わりお互いに対等な立場を維持しましょうねっていうプランです。続いて、安心安全揺り籠プラン(保護条項)!」

(揺り籠プラン!!?)

「こちらは加盟金を少し増やす代わりに危険事をアインズ・ウール・ゴウンが肩代わりします。先ほど陛下が仰った派兵の免除はこちらのプランで対応できます。もちろん国力を回復したらプランの移行も自由です」
「な、なるほど。分かり易い説明を感謝する」

 ドラウディロンは思案する。

(できればズッ友プランにしたい……。けどうちには軍事的な協力をする余裕が無い。となると揺り籠プランだが……)

「フィオーラ殿。この件に関して家臣たちと相談したいので時間をいただきたい」
「もちろんです。お返事はいつでもかまいません。私達もこれからビーストマンの迎撃準備に入るので一旦戻ります。 あ! そうそう、これを渡すのを忘れていました」

 アウラが懐からアイテムを取り出すと机の上にそっと置く。

「えーと、本来はズッ友プランを選択しないとダメなんだけど、今回は初のお取引先というのと、陛下のお姿に心打たれた御方々の特別なお計らいで貸し出されるマジックアイテムです。
 その昔、御方々が定点狩りの際に使っていた設置型アイテムだそうです。半径50メートル圏内を第六位階までの探知から守ることができるとのことです。持ち運びできるので陛下の自室や会議室とか、必要に応じて使ってください」
「こ、これはこれは……、有難くお借りする」

「では、私達は一度戻ります」
「承知した。見送りは――。……魔法で戻られるのか?」
「はい。見送りはお気持ちだけで十分です」

 アウラがスクロールを使うと広間に再び黒い霧状の半球が浮かび上がり、マーレと共に姿を消した。





 神の使者が姿を消すと広間には静寂が訪れる。それと同時に張り詰めていた空気も弛緩しどこからともなく安堵の溜息が聞こえてくる。
 ドラウディロン自身短い時間ではあったがかなりの緊張を覚えたのだ。衛兵ならともかくメイドたちには辛かったかもしれない。

 ドラウディロンは貸し出されたマジックアイテムを観察する。背の低い三角錐の台座の上に不思議な模様が刻まれた球体が宙に浮いていた。

(これがあれば覗かれずに済むのか……? いやしかし、早いうちに真実を告白した方がいいかもしれん……)

「陛下、宜しいですか?」
「何だ?」

 宰相の眼差しはいつになく真剣だ。

「私が謁見を通じて得た感想ですが、モモンガ様とやまいこ様は心から共存を望んでおられるように感じました。国家の主体性を重んじ、主権を保った各同盟国が互いに協力しあうことを期待しておられました。私はこの協定を締結しても問題は無いと思っております。
 ……陛下はここまでのやり取りでどのようにお感じになりましたか?」

「ふむ。漆黒聖典の話だけでは判断がつかなかったがお前や使者の様子、そして親書を読む限りそのモモンガ様とやまいこ様とは関係を築いてもいいと思っている。ただ実際に会うまでは信用できるかどうかまでは答えられん。私も直接会談する必要があるかもな」
「左様ですか。では、今一つお伝えしなければならない事があります」
「ん?」

「モモンガ様は()()()()()です」
「!!?」
「それも死者の大魔法使い(エルダーリッチ)よりも上位種、死の支配者(オーバーロード)であるとお伺いしました」
「アンデッド……。それは本当――……、いや、本当なのだろう。……先に伝えなかったのは先入観を持たせないためか」
「はい。申し訳ありません」
「……かまわん」

 ドラウディロンは貸し出されたアイテムを手の中で転がしながら思案する。
 宰相の配慮はありがたい。あの闇妖精(ダークエルフ)の強大な力に当てられた状態で教えられていたら恐怖に囚われ判断を誤っていたかもしれない。親書や使者の言葉を全て疑っていたはずだ。警戒心は大切だが疑いすぎて視野が狭くなっては元も子もない。
 相手を「生者を憎むアンデッドだ」と拒絶するのは容易いが、この国は滅亡の危機に瀕していて助けが必要なのは事実。冷静に考えられる今だからこそ六大神の一柱(アンデッドの神)という例外と結びつけることができるのだ。まだ希望はある。

「……そっちの大人用を見せてくれ」
「率直に申し上げますと、同盟と保護で年会費に大きな差があります。しかしたとえ保護を選んだとしても法国への寄進や国防費を合計した額と比べても雀の涙で済みます。余った予算を国力回復に費やすことができれば民の生活は確実に向上するでしょう。念願の練兵や装備を補うこともできます」
「ふむ。となると残る問題はこの独占貿易か。一方的に搾取されないことを祈るばかりだが……。よし! 各大臣を緊急招集! 精査して明日にも返事を出すぞ!!」

 ドラウディロンの号令に従い城内が慌ただしくなる。
 慎重さは大切だが迷ってはいられない。今現在、物理的に食べられている国民がいるのだ。これ以上の犠牲をださないためにも早い決断が必要なのだ。


* * *



 丘の向こう側からビーストマンが雪崩のように押し寄せた時、陽光聖典のもとに砦の兵士たちが駆け付けた。
 絶望的な状況には変わりはないが、大楯を装備した兵士と陽光聖典の相性は良かった。兵士たちが防御に徹することで、それまで接近されれば耐えようのなかったビーストマンの爪牙から魔法詠唱者(マジックキャスター)である陽光聖典を守ることができた。そして防御を兵士に任せる事で陽光聖典も攻撃に集中することができたのである。
 夜通し撤退してきたために陽光聖典の疲労は大きいがこれで多少は余裕が生まれる。

(……状況は厳しいが連携は取れている)

 陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーインは周囲を見渡す。
 駆け付けた砦の兵は60人。女王の命で自分たちを捜索していたという。ビーストマンに支配権を奪われた地域に60人足らずを送り込むなど無謀もいいところだがそのおかげで命拾いした。今のところ新たな犠牲は出ていない。
 兵士の中には数名見知った顔がある。ここ数年の間で非公式ながらも交流を深めた者たちだ。互いに多少は手の内を把握しているからこそ、この即席の連合は機能しているともいえる。

 大楯による防御はビーストマンに対して鉄壁では無いが隙間から槍を付き出す事で接近を防いでいる。それに自身が召喚した監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)で防御力を引き上げ、他の陽光聖典はそれらに守られながら炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)で接近してきたビーストマンに攻撃を集中させている。
 攻め込むことはできないが一方的に攻められることもない。簡易的な槍衾ではあるがビーストマンたちは攻めあぐねている。膠着状態といえた。

(違う。遊ばれているだけだ……)

 92対500。種族的な強さを考慮すれば負けは確定している。
 では何故一気に攻め込まないのか。

 腕試しをしているのだ。

 ビーストマンたちは強敵と出会うこともなく二つの都市を落とした。その事実が彼らに余裕を持たせ、戦いに遊びを見出したのだ。誰が一番最初に炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)をやり過ごし槍衾を越えて人間の首を取ることができるか。そんな雰囲気だ。

(……飽きられたら終わりか)

 その危惧はすぐに現実のものになる。
 個別に襲ってきていたビーストマンが複数の組をつくり左右から揺さぶりをかけてきたのだ。
 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)で捌けなくなった時、または大楯の壁に綻びができた瞬間、一斉に襲い掛かってくるに違いない。

 揺さぶりをかけるビーストマンが徐々に増えてくると目に見えて防御に歪が生まれる。そして、同時に襲ってくるビーストマンが10組を超えたとき、防御が決壊した。

「ここまでかっ!!」

 兵士たちは槍から剣へ持ち替えて応戦するも圧倒的な膂力で倒されていく。
 魔術に特化した陽光聖典の隊員にはもはや成すすべもない。
 気付けば包囲されつつある。

 が、その包囲の一部が血しぶきを上げ吹き飛ぶとニグンの見知った顔が現れる。

「無事か! ルーイン殿!!」
「漆黒聖典!?」
「耐えろ! 間もなく従属神の方々が加勢にくる!! 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)も攻撃にまわせ!」
「了解した!」

 ニグンは大きく息を吸うと兵士を鼓舞する為に声を張り上げる。

「兵士諸君!! 援軍がくるぞ!! 攻撃は我等に任せて防御円陣だ! ここを凌げば帰れるぞ!!!」
『おおぉおーー!!』

 防御から攻撃に転じたニグンの監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)が戦闘に参加すると、その炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)よりも大きな体に威圧されてビーストマンたちも迂闊には飛び込めなくなる。振るわれる巨大なメイスにさしものビーストマンたちも侮れない威力を持っているからだ。
 陣形が整えられていく傍ら、その防御の輪から飛び出した漆黒聖典もまた兵士に取り付くビーストマンたちを薙ぎ払っていく。噂に違わずその武力は圧倒的であった。

 新たな敵に危険を察知したビーストマンたちが間合いを取り始めた時、ニグンは見た。

 それは例えるならば紅い流星。

 天より一直線に落ちてきた()()はビーストマンが一番多く集まる場所に着弾すると、轟音と共に大地を抉り大量の土砂を舞い上げる。
 一瞬の静寂の後、パラパラと落ちてくる砂石に混ざりビーストマンだったものと思われる肉片もボタボタと降ってくる。
 
 そこには真紅の鎧を纏った少女が佇んでいた。
 背中に白い翼を生やし、奇妙な形ではあるがランスを携えている姿は間違いなく神話に聞く戦乙女である。

(美しい……)とニグンは素直に思った。

「さて――、どうしんしょうか」

 鈴を転がすような声。
 真紅の戦乙女が混乱止まぬビーストマンたちをぐるりと見渡すと魔法を唱える。

魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)集団全種族捕縛(マス・ホールド・スピーシーズ)

 信じられない光景。
 大勢いたビーストマンがたった一つの魔法で制圧されたのだ。ニグン達を直接包囲していたビーストマンたちは範囲外だったが、後詰めが制圧された事に動揺を禁じえず既に及び腰である。

 そして太陽を遮る巨大な影が二つ、上空を旋回している事に気付く。

()()()()()落ちてきたのだろうか……)

「ド……ドラゴン?」

 流石に味方の兵からも動揺の声が漏れるが、目の良い兵士が何かに気付き声を上げる。

「お、おい、あれを見ろ。俺らの紋章だ……」
「もう一つは……どこの紋章だ?」





 上空を舞う二匹のドラゴンはそれぞれ異なる紋章を首から下げていた。一つは竜王国。
 そしてもう一つは見知らぬ紋章であった。
 この場でその紋章を知る人間はただ一人。

「シャルティア様、ご加勢に感謝いたします」

 漆黒聖典はシャルティアに歩みよると跪く。初めて見る完全武装のシャルティアを前に、玉座の間では感じることのできなかった強烈な覇気を受けて流石の漆黒聖典もその身を固くする。
 それを見たニグン含め陽光聖典の面々も慌てて跪き、砦の兵たちもそれに続く。「格が違う」などという生易しいものではないと魂が直感したのだ。
 拘束を免れたビーストマンたちも、ここにきてようやく戦場に現れた上位存在がどちらの味方であるかを察し、逃走を始める。

 しかし、シャルティアは追わない。上空のドラゴン二匹がゆっくりと追跡を始めたからだ。
 この場の人間たちにはあずかり知らぬ事ではあるが、上空のドラゴンにはアウラとマーレが騎乗している。他にもナザリックの戦力が周囲に展開しているのだ。

「ぬしは確か――漆黒聖典。 ふふふ……加勢は()()()()でありんすぇ。まぁ、それはさて置き、<転移門>(ゲート)を開きんすからさっさと入りなんし。ここから先はぬしらに耐えられる戦場ではありんせん」

 言うや否や<転移門>(ゲート)が開かれる。
 漆黒聖典に促されて兵士たちが恐る恐るゲートに入っていく。負傷者を優先し、手の届く範囲の味方の死体も回収する。

 シャルティアは静かにそれを見守る。ここから先には人間は不要、邪魔なのだ。
 今回の任務は、アインズ・ウール・ゴウンが初めて表舞台で大々的に活動するもの。万が一にも失敗は許されないと、アルベドとデミウルゴスの二人からは何度も念を押された。
 守護者たちの心には、御方々が冒険者として旅だった日にデミウルゴスが語った話が棘として刺さっているのだ。曰く、異変に気付けなかった守護者は信頼を失っているのだと。

(信頼を取り戻す……)

 が、簡単には取り戻せないだろう。
 至高の御方々は文字通り超越した存在である。何でも完璧にこなす存在を前に己の価値を証明する事は難題だ。モモンガ様ややまいこ様にできることを「出来ました」と誇ってもすぐに信頼には繋がらないのは明らかだ。
 しかし、デミウルゴスはそれでも大丈夫だと不安を募らせる守護者たちを慰めた。比較優位がどうのと難しい事を言っていたが、要は御方々にとって取るに足らない雑務を守護者が引き受ける事で「時間」をご提供すればいいらしい。
 勿論、理想は同時に利益も提供することらしいが、今回に限って言えばやまいこ様の「ビーストマンの捕獲案」とデミウルゴスの「陥落した二つの都市から物資を秘密裏に奪う案」が利益に繋がるという。
 こうした任務の成功と利益を丁寧に積み重ねることが信頼への一番の近道だといわれた。
 デミウルゴスが既にスクロールの件で貢献しているが、今回はアインズ・ウール・ゴウンの名を冠した初めての任務。

(失敗は許されない)

 人間たちが全て転移した事を確認すると、シャルティアは新たな<転移門>(ゲート)を繋ぐ。
 繋いだ先から己のシモベである吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)20名と戦闘メイド(プレアデス)のユリ・アルファとソリュシャン・イプシロンが姿を現す。

 シャルティアたちの任務はビーストマンの拉致と、囚われている竜王国民の救出である。
 ビーストマンの拉致に関しては先の通り、魔法で捕縛して第五階層に繋げた<転移門>(ゲート)に放り込む作戦である。捕縛してしまえば戦力として不安な吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)でも運ぶことはできるし万が一の時は首を刎ねることもできる。これらはビーストマンに交渉の余地はなく一定の数が集まるまで続けられる。ナザリックの住人でも問題なく行える作業だ。

 しかし異形種を恐れる人間の救出は難しい。下手に近寄っては狂気に陥るかもしれない。なので任務にあたる人選は限りなく人間に姿形が似ているシモベが選ばれた。
 人間の捜索はアサシンスキルを持つソリュシャンが担当し、説得役には善性に偏っているユリ・アルファがあたる。念の為に竜王国の紋章を全員に持たせているため、先ほどの兵たちの反応を見るかぎり余程のことがなければ滞りなく達成できるはずだ。
 万が一、頑なに拒む人間がいた場合はシャルティアが<魅了>(チャーム)で促す予定だがこれは最終手段とされている。<魅了>(チャーム)では記憶の改竄ができないため、後々混乱を招く恐れがあるのだ。

(これでセバスがいれば完璧なんでありんすが……)

「シャルティア様、こちらは全てナザリックへ送ってしまっても宜しいのでしょうか」

 物思いにふけているシャルティアにユリが声をかける。
 現実に引き戻されたシャルティアは地面に転がっているビーストマンたちを一瞥する。
 何やら吠えているようだが興味を引く内容でもなければ一々腹を立てるほどのものでもなかった。既に運命が決まっている相手が何を叫ぼうが無駄というものだ。

「それで問題ありんせん。選別は拷問の悪魔(トーチャー)たちが行いんすから、皆どんどん放り込んでおくんなまし」

 シャルティアがパンパンと手を鳴らすと吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)たちがさっそく作業に取り掛かる。まだまだ任務は始まったばかりである。


* * *



 アウラは上空から下界を望む。大地は所々焼け焦げ燻っていた。
 一日中ドラゴンに乗り、たまに高度を下げてはビーストマンの野営地にブレスをお見舞いする簡単なお仕事だ。少々退屈だがシャルティアの任務が終了するまで同じ行動を繰り返さなければならない。 

 アウラとマーレの初動はまず目立つこと。
 地上のシャルティアたちが行動しやすいようにビーストマンたちの注意を引くことであった。

「お、お姉ちゃん! シャルティアさんから<伝言>(メッセージ)。ビーストマンを集め終わったって。あと、一つ目の都市の捕虜を救出したけど計画に変更があったみたい」
「ん? なにか問題発生?」

 アウラとマーレの次の行動。それは竜王国内に残るビーストマンたちの殲滅である。
 にもかかわらずマーレの伝える言葉に「計画の変更」という芳しくない一文があることにアウラは眉を顰める。現場の判断で臨機応変に対処するよう言われているが、予定通り計画が進むに越したことはない。
 シャルティアが<転移門>(ゲート)で捕虜を救出後、都市内に立てこもるビーストマンたちは八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が、そして都市外で野営しているビーストマンたちはアウラの魔獣とマーレのドラゴンが駆逐する手筈である。

「人間の捕虜が多過ぎて、全員を首都に送れそうにないから、ふ……複数の倉庫に閉じ込めたって。一応、都市を解放するまで外に出ないように説得はできたみたいだよ」
「ふーん……。まぁ、外に出てこなければ大丈夫か。じゃあ、あたしたちも次の行動に移ろっか」
「う、うん」

 シャルティアの<伝言>(メッセージ)は計画に若干の変更があったことを伝えるものであったが、同時に人間の目を一ヵ所に集める事で不用意な遭遇や目撃を回避できることを意味していた。それはナザリックの戦力を投入できる事を指している。
 であるならば問題は無い。
 
 注意深く異形の存在を一般人に秘匿するのは円滑な救助のためでもあるが、真の狙いは今後、他の国と接触するに先立って竜王国の民にアインズ・ウール・ゴウンの素晴らしさを喧伝してもらうためであった。
 異形に慣れぬ人間にはまず結果だけを周囲に喧伝してもらう。そうすることで次の取引相手とも友好的に接触することが出来るとアルベドとデミウルゴスは踏んでいるのである。

 ではドラゴンは良いのかという事になるが、竜王国の王族が竜の血を引いている事は周知の事実であり、そのため国民はドラゴンに対する忌避感が比較的低いと推測されたのだ。
 事実、捕虜の中にもアウラたちのドラゴンを目撃した者がいるが、「ドラウディロン女王が助けに来た」「王家の親戚では」と良い意味で噂が働き、シャルティアたちは大きな混乱もなく説得することができたのである。
 あとはビーストマンたちに文字通り「お前達はドラゴンの尾を踏んだ」と警告する示威行為の側面を持つ。
 この警告は功を奏し、一部のビーストマンたちは竜王国外へ逃れるために既に移動を始めていた。

「マーレ、確認だけど、竜王国から出たビーストマンは追わなくていいからね?」
「わ、わかってるよ、お姉ちゃん……」

 オドオドと返事をするマーレであるが、その視線の先には未だ状況を飲み込めていないビーストマンの一群がいる。何者か(シャルティア)に制圧された食糧庫を取り戻すために目の前の都市に攻め込むか、それとも国境に近いもう一つの都市に撤退するかを迷っているようだ。

「じゃあ、ぼ、僕も行ってくるよ。この子(ドラゴン)のことよろしくね」
「はいはい。いってらっしゃい。あたしらは反対側から都市の周りを時計回りでぐるっと攻めるから。マーレは逆回りでね」
「う、うん。それじゃ」

 マーレは軽く別れの挨拶を交わすと、結構な高さを飛行するドラゴンから飛び降りる。
 普段は高い所から飛び降りるのを怖がるくせにと思いながらアウラが下を見ると、さっそく大地がうねるのが見える。マーレが<大地の大波>(アース・サージ)を唱えたのだろう。瞬く間にビーストマンたちが土石流に飲み込まれていく。

「よしよし」

 アウラも周囲に意識を飛ばすと、潜んでいたシモベの魔獣たちが次々と姿を現す。
 可愛いペットたちはナザリック外での初めての狩りに皆興奮しているようだ。
 大量の玩具が駆けまわっているのである。興奮するなという方が酷だろう。

「んじゃーあたしらも行こっか!!」


 この日、突如現れた圧倒的なまでの暴力にビーストマンの軍勢は飲み込まれた。
 7万の軍勢のうち逃れられたのは僅か2万であった。

目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話:祝賀会

 夕焼けと血肉に染まった大地にマーレが一人佇んでいた。両腕には世界級(ワールド)アイテムである「強欲と無欲」。それに貯められた経験値を満足そうに眺めていた。
 先の作戦とは別に、マーレには実験課題が出されていた。それは現地生物が経験値を落とすのかを確認する実験で、結果は上々だ。一部のスキルや魔法の行使には経験値やレベルを消費するものがあるため、今回得られた結果には御方々も喜ばれるに違いない。

「……?」

 マーレが上空に気配を感じ視線を向けると、二匹のドラゴンと共に姉のアウラが降下してくるのところであった。

「マーレ。どう? 吸収できた?」
「うん。き、きちんとできたよ。ただ……ユグドラシルと違って個体差があるみたい」
「個体差? 同じビーストマンで? 職業が違ったとかじゃないの?」

 二人は事前にモモンガからユグドラシルの経験値に関して軽く説明を受けていたので、その差異に疑問を覚える。

「ううん。弓兵と戦士で確かに差はあったんだけど……、職業ごとに一匹一匹殺して調べても個体差があったから……」

 マーレの周囲にはビーストマンたちのおびただしい数の死体が転がっていた。
 一見すると無造作に法則性も無く転がっているようだが、アウラにはそこで何が起こったのか容易に想像できた。

 ビーストマンたちの死体で目立つのは頭部の損傷。これは間違いなくマーレによる打撃痕だ。
 そしてよく観察すればビーストマンの身体や防具に細かい線状の擦り傷が確認できる。恐らくマーレの<植物の絡みつき>(トワイン・プラント)に拘束され、逃れようと抗ったのだろう。
 さらに死体の側に転がる武器を見ると同種のもので揃えられていることが分かる。

 つまり、()()したのだ。

 所持していた武器で職業が確定する訳では無いがマーレはそれを基準にしたようだ。
 剣を持つビーストマン。斧を持つビーストマン。弓を持つビーストマン。

 マーレは丁寧に選別したうえで、一匹一匹検証したのだろう。

 ユグドラシルでは、各種族にはそれぞれ基本経験値に職業や役職によって増減された経験値が固定値として設定されていた。ビーストマンの戦士であれば全員同じ経験値を持っているのが普通であり、それは他の全てのモンスターにも適用されるルールであった。
 NPCである守護者たちには想像の埒外であるが、ユグドラシルはあくまでもゲームでありモンスターは全てデータなのだ。

「モモンガ様たちが仰っていた『この世界はユグドラシルとは違う』って、こういう違いの事だったのかもね」
「う、うん。僕もそう思う。経験値もだけど、強さにも個体差があったと思う。だ、だから油断しないようにしなきゃって」


「ここに居たんでありんすか」


 振り向くとシャルティアたちが揃って姿を現した。

「アルベドから伝言でありんす。『現時刻を以って作戦を終了。アウラ、マーレ、ユリ、ソリュシャン、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)はナザリックへ戻るように』。……やり残した事がなければ<転移門>(ゲート)を開きんすよ?」
「シャルティアは?」
「私は吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を連れて国境にある砦にモモンガ様がお創りになられた死の騎士(デス・ナイト)を配置する仕事が残っているでありんす」

 揺り籠プランの締結に伴い用意された死の騎士(デス・ナイト)は、モモンガが中位アンデッド作成のスキルで作ったレベル35のアンデッドモンスターだ。
 大きさは3メートル弱。右手には波打つ刀身を持つ刃渡り1メートル強のフランベルジュ、そして左手にはその巨体を覆い隠すほど大きなタワーシールドを装備している。
 攻撃力はレベル25相当、防御力はレベル40相当という防御に特化したモンスターであり、どんな攻撃を受けても体力を1残して耐える能力と、殺した相手を動死体(スクワイア・ゾンビ)にするという二つの特殊能力を持つ。
 この世界の住人にとってはまさに伝説級の存在である。

 本来であれば骸骨の顔を晒しボロボロのマントと赤錆びた鎧を着た邪悪な騎士の見た目だが、竜王国に配備される個体には真新しい板金鎧(プレートアーマー)が装備され、外見からはアンデッド要素が隠されていた。
 一見すると騎士風の大きなゴーレムのようで、タワーシールドに装飾された竜王国とアインズ・ウール・ゴウンの紋章が唯一その所属を表していた。
 それを国境沿いにある三つの砦に三体ずつ、シャルティアの<転移門>(ゲート)で配置する予定であった。

「じゃあ、あたしらは先に帰ろっか。マーレの調べ物も終わっているんだよね?」
「う、うん。ビーストマンも居なくなっちゃったし。もう大丈夫」

「では――<転移門>(ゲート)

 全員がナザリックに戻ったのを確認すると、シャルティアは吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を連れて走り出す。
 死の騎士(デス・ナイト)の配置が終われば晴れてこの任務は終了となる。

(信頼回復への第一歩……)

 シャルティアは再び気を引き締めると竜王国の砦を目指すのであった。


* * *



 その日、竜王国を統べるドラウディロン女王は二人の神を前に、大いに笑い、大いにはしゃぎ、大いに泣いた。そして何度も何度も感謝を口にした。

 人間より10倍強いとされたビーストマンの軍勢、7万。
 帝国の職業軍人たる常備軍全8軍を投入しても敵わぬかもしれない相手から、2日もかからずに領土を取り戻したのだ。
 さらに囚われていた国民も助け出されたと知ったドラウディロンの喜びようはまさに天真爛漫な少女のそれであった。

 神は今回の侵攻を退けただけではない。
 長年悩まされ続けたビーストマンたちから竜王国を解放したのだ。

 ドラウディロンは明るい未来に歓喜した。
 今まで叶えることの出来なかった国造りを、夢を、子供のように明るく神に語って聞かせた。

(まさか本当に幼児退行してしまわれたのでは……)と宰相が人知れず心配する傍らで、ささやかな祝賀会を満喫するドラウディロンと、それを温かく見守る神がいた。

「多くの国民を救い出してくれて本当に感謝する! それにしても倉庫街の物資を根こそぎ持って行くとはビーストマン共め! 許せん!!」
「物資も取り返せれば良かったのですが、人命救助と殲滅を優先したので……。申し訳ない」
「!! いやいやいや、すまない。つい愚痴っぽくなってしまった。国民が生きて戻ってくれただけで十分だ」

 初めは神を前に緊張していたドラウディロンであったが、気付けば随分と慣れ親しんでいた。
 その馴れ馴れしい態度に宰相は終始気が気でなかったが、モモンガとやまいこは不機嫌になる事もなく優しく接している。

「ドラウディロン陛下、必要な物資があったらお知らせください。可能な限り用意いたします。もちろん対価は払ってもらいますが、金銭でも物々交換でも構いません。相談頂ければその都度融通いたしましょう」
「う、うむ。甘えてばかりで申し訳ないが宜しく頼む。それと先ほどの輸送の件も聞き入れてくれて感謝する」

 輸送の件とは文字通りナザリックと竜王国間での物資の運搬に関してである。
 モモンガとしては<転移門>(ゲート)で素早く運んでしまおうと画策していたのだが、ドラウディロンの要望で人間を雇用して輸送する事になったのだ。

 国を立て直す際、労働を通して国民にお金を回したいというドラウディロンの願いであった。長年ビーストマンに搾取され続け半ば無気力になりつつあった国民に、働く喜びと消費の喜びを取り戻してほしかったのだ。

「構いませんとも。自国民を想う陛下のお気持ちには感銘を受けます。陛下の采配には学ぶものがある。我々はどうも効率を求め過ぎてしまっていけない。結果的に下々の仕事を奪ってしまう事に思い至らなかった」

 モモンガとやまいこは、なんでも魔法で済ませようとすると何処かで割を食う者が出てくるのは薄々気付いていた。今回こうして具体例を目の当たりにしたことで、新たに支配下に入る勢力にはうまい具合に仕事を割り振れるように配慮しなければならないだろうと思った。
 勿論、優先すべきはナザリックの利益であり、その為であれば躊躇うことなく魔法を行使するつもりではあったが。

「では、名残惜しいが我々はそろそろ帰るとしよう」
「なんと! もうお帰りか……」

 まだ話し足りないのかドラウディロンはがっかりした表情になる。

「なに、互いに友好関係を結んだのだ。これからはいつでも会えるだろう。相談事があればいつでも頼ってくれて構わないとも」
「そうか……。もう少し語り合いたかったが次の機会に取っておこう」

 互いに軽く挨拶を交わすと、アインズ・ウール・ゴウンの面々は<転移門>(ゲート)の奥へと姿を消したのだった。


* * *



 竜王国で開かれた協定締結と都市奪還作戦の成功を祝う祝賀会からナザリック地下大墳墓へと戻ったモモンガとやまいこは、留守番していたクレマンティーヌと合流すると人間の姿に変身した。

(もしかしてこっちに来て初めて普通の服を着たんじゃないか?)

 いつもなら冒険者用の服装、三つ揃えの黒スーツを着るところだが、今の二人は比較的ラフな服装をしていた。もっともそのラフな服装も元がユグドラシルの装備なので、現地の人間から見たら相当上質な洋服である。

 今、三人が向かっている場所は第九階層で営業されている小さなバー。
 祝賀会で酒がふるまわれたが、骸骨であるモモンガは飲めるはずもなく、やまいこも毒無効化の装備をしていたので口にしたものの酔うことはなかったのだ。
 この世界に来て未だ酒を飲んでいなかった二人は<伝言>(メッセージ)を通じて悔しがり、そしてこのバーの事を思い出したのだ。

「いらっしゃいませ。モモンガ様、やまいこ様、クレマンティーヌ様」

 バーに到着し店内に入るとマスターが出迎える。彼は食堂の副料理長を務めるマイコニドで、キノコを思わせる頭部には赤紫色の液体が斑点状に染み出したような外見をしている。
 性格は温厚で人当たりのいい人物だが、その顔には人間でいう目鼻口耳といったパーツが無いので一見どっちを向いているのは分からないのが欠点であった。

 そして狭い店内で見逃しようのない存在がもう一人、テーブル席にいた蟲王(ヴァーミンロード)のコキュートスがモモンガたちの姿を認めると、挨拶をしようと立ち上がる。

「そのままでいいぞコキュートス。ここはそう畏まる場所でもなかろう。無礼講だ。いつも通り楽しんでいてくれて構わない」
「畏マリマシタ」

 コキュートスは軽く会釈をすると再び席につきグラスを傾ける。

<モモンガさん。コキュートス、意外と様になってるね>
<ですね。彼がここに居るのには驚きました>

 三人でカウンターにつくとクレマンティーヌがマスターに話しかける。

「私に様はつけなくてもいいのに、副料理長」
「そうはいきません。クレマンティーヌ様は御方々がナザリックに招いたお客様であり、同時にこの店のお客様でもあります。それに食堂もよくご利用いただいていますしね?」

 声の調子から軽くウィンクをしていそうだが残念ながら表情は読み取れない。

(それにしても……)

 意外にもクレマンティーヌと副料理長の仲は良好のようだ。
 ナザリックを訪れるたびに食堂を利用し、美味しい美味しいと言いながら食事をするクレマンティーヌに料理人として好感を覚えたのであろうか。

 モモンガはふと他の守護者もここを利用しているのか気になった。

「マスター、守護者たちは普段からここを利用しているのか?」
「はい、モモンガ様。とはいっても常連と呼べるのはデミウルゴス様とコキュートス様のお二人だけでございますね。守護者以外の方ですとエクレア殿もよくご利用くださっております」

「エクレアが!?」

 モモンガの代わりに思わず反応したのはやまいこであった。
 アインズ・ウール・ゴウンの三人いた女性メンバーの一人、()()()()()()()()が創り出したイワトビペンギンの存在を思い出す。

「彼、飲めるの? その……手がアレじゃない?」
「はい。流石にカクテル・グラスは無理ですが、トール・グラスでお出ししていますので」
「な、なるほど……」

 やまいこはペンギンがカクテルを飲む風景を悶々と想像しているようだ。

「ところで皆様、本日はどういたしましょうか。リクエストがございましたらお申し付けください。もしお任せ頂けるのであればお勧めのカクテルをお出しいたしますが」
「そうだな……、私とやまいこさんは普段酒を飲まないから、初めは何か軽いもので頼む。クレマンティーヌは好きなものを頼むといい」

 現実世界でのアルコールは嗜好品として高価な部類に入る。アーコロジー内であれば安酒も手に入れることは出来たがそれでも値段は馬鹿にならない。
 そしてアーコロジー外ではそれこそ健康に害のある紛い品が多く出回っていた。
 いずれにせよ給料のほぼ全てをユグドラシルに奉げてきた鈴木悟にとって、お酒は付き合いで飲む以外にはまったく必要のないものであった。

 しかし、ここに至っては現実となったナザリックの酒に興味が湧く。

 マスターが慣れた手つきでグラスに黄金色に輝くシャンパンを注ぐ。次いで鮮やかな橙色の果汁をグラスに満たすと爽やかな柑橘系の果物の香りが漂う。やおら軽くかき混ぜた後、グラスの縁に輪切りのオレンジが添えられ、モモンガとやまいこの前に出される。

「初めは軽いものということで、こちらはミモザになります。アルコール度数は低く飲みやすいカクテルです」

 モモンガとやまいこはグラスを手にさっそく味見をする。

「へぇ。飲みやすい。ボクこれ好きかも。いい香り」
「確かに飲みやすい。それにしてもカクテルはもっとこう派手に作る印象があったが……」

「シェイカーですね? ご興味がおありでしたらピーチフィズをお出しする時にご覧にいれましょう。桃の風味を楽しめるカクテルです」
「楽しみだ」
「うんうん」





 その後、2~3種類ほどカクテルを振る舞われると女性陣がガールズトークに花を咲かせ始めた為、モモンガはカウンターを離れてコキュートスと合流する。

「一緒にいいかな?」
「喜ンデ」
「マスターに聞いたがデミウルゴスとよく飲んでいるらしいな。これは興味本位で聞くんだが、普段どういった話をしているんだ?」

 プライベートの時間に上司が割り込むことに躊躇いを覚えるが、モモンガは意を決して質問をぶつけてみる。こういう機会でもなければなかなか聞けないのも確かなのだ。

「仕事ノ話カラ私事マデ幅広ク……。デミウルゴスハ前防衛責任者デスノデ、最近ハ防衛面ノ相談ニ乗ッテ貰ッテイマス」
「なるほど。守護者達が互いに相談しあって物事に当たるのは良い事だ。それで、防衛を任されるようになって調子はどうだ?」
「守護スル対象ガ、ナザリック全体ニ及ンダコトデヤリ甲斐ヲ感ジテオリマス。タダ……」

 コキュートスは言い淀む。
 やり甲斐はあると言っていたが何か不満があるのだろうか。

「構わん。何か思うところがあれば言ってくれ」
「……デハ。ナザリックヲ守護スル仕事ニ不満ハアリマセン。タダ……、コノ身ヲ一振リノ剣トシテ創造サレタ身ナレバ、戦場ヲ欲スル心ハ打チ払エズ……」
「なるほど。確かに武人として生み出されたコキュートスには少々刺激が足りないか。とはいえ、お前を一振りの剣で終わらせる気は無いぞ?」

 モモンガのその言葉に昆虫の顎を小さく鳴らすとコキュートスは冷気を放出する。

「……恐レナガラ、ソレハドウイウ意味デショウカ」
「何事にも変化が必要だということだ、コキュートスよ。デミウルゴスたちが外で何をしているか聞いているだろ? 牧場を作り、神社を建て、情報を集めている。先日は敵を打ち倒し人間を助け出した。彼らの働きはかつての階層守護者の仕事とは一線を画すものだ」
「変化……。新タナ才覚ヲ、オ求メナノデショウカ」
「簡単に言えばな。そうあれと創られたお前たちだが新しい物事に触れることで成長する事を私は期待している。そういう意味ではコキュートスにも何か新しい経験をさせてやりたいが……。教官とか、為政者とか……」

 コキュートスはブシューとひときわ大きく冷気を吐き出す。

「教官ハマダシモ、(まつりごと)ハ……、自信ガアリマセン」
「分からんぞ? もしかした――

ガシャン!

「な、なんだ!?」

 突然の音にモモンガとコキュートスはカウンターを窺うと、やまいこがクレマンティーヌの左腕と胴体、腰の辺りをしっかりとホールドするように抱きついていた。

「クレッちー! 辛い経験をしてきたんだねぇ!!」
「ちょっ!? ま、まって! マイちゃん!! い、痛い! やまいこ様!! 痛いからぁ!!」

 バキャっと聞こえてはいけない音がクレマンティーヌの身体から聞こえてくる。
 左腕かアバラが折れたのだろう。
 やまいこは流石と言うべきか、人間の姿でも100レベルのステータスはそのままだ。

「待って! ほんと死んじゃうから!! い、息がぁ……!!」

 クレマンティーヌは唯一自由な右手でやまいこの肩をタップしている。
 そしてゴキッと鈍い音が響いた瞬間クレマンティーヌは崩れ落ちた。
 恐らく背骨を折られ下半身への神経を切断されたのだろう。それまで踏ん張っていた両足がクレマンティーヌの制御から解放されたのだ。

「まずい! コキュートス! やまいこさんをクレマンティーヌから引きはがせ!!」
「御意!!」

 コキュートスが四本の腕で器用にやまいこを引きはがすと、すかさずモモンガが瀕死のクレマンティーヌに水薬(ポーション)を飲ます。
 絞められた場所が心臓より下だった為にギリギリ死なずに済んだようだ。

「大丈夫か? クレマンティーヌ」
マジやばかったんだからね? ねっ!?
「お、おぅ。よしよし」

 マスターがおしぼりとお冷をクレマンティーヌに差し出す。

「あ、ありがとう……」
「いえいえ、災難でしたね。ご無事でなによりです」

 コキュートスを見るとやまいこを抱きかかえている。
 やまいこは寝てしまったようだ。

「コキュートス。休憩時間中にすまないが、やまいこさんを連れてユリ・アルファを探してくれ。そして寝かしつけるよう伝えるんだ」
「畏マリマシタ。デハ、失礼イタシマス」

 やまいこを抱えたコキュートスがバーを出ると静寂が戻る。

「マスター。騒がせて済まなかったな」
「お気になさらずに。御方の意外な一面が見れたと思えばこれも役得かと」
「ふむ。そう言ってくれると助かる。しかし困ったな。今後、やまいこさんには守護者同伴……。いや、やめておこう。あまり制限をつけたくはない。今のは聞かなかったことにしてくれ」

 マスターは静かに頷くと割れたグラスを片付け始める。
 モモンガも顔色が戻り始めたクレマンティーヌを立たせる。

「私は最後に一杯いただくが、クレマンティーヌはどうする?」
「あー……、じゃー付き合う。でもちょっと待ってて、着替えてくるから」

 見ると股間が濡れているがカクテルがこぼれただけでは無さそうだ。

「分かった、待つとしよう。マスター、クレマンティーヌが戻ったらお勧めのカクテルを頼む」
「畏まりました」

 しばらくした後、モモンガとクレマンティーヌは乾杯する。
 そして、何事も無く無事にお開きになると、長かったナザリックの一日もまた終わりを告げた。
 こうしてモモンガとやまいこの初めてのお酒体験は、居合わせた者たちにとって忘れられない思い出となるのであった。


* * *



「うぅー……。頭痛い……」
「おはようございます、やまいこ様。お水をどうぞ」

 二日酔いのせいかやまいこは酷い頭痛に襲われる。
 ユリ・アルファが用意したよく冷えた水を一気飲みすると、頭痛を和らげるために毒無効化の装備を付け半魔巨人(ネフィリム)の姿に戻るが、残念ながら期待したほどの効果は得られなかった。

「まだ微妙にズキズキする……。くっそー、現実(リアル)で飲んでいたお酒はとことん薄められてたんだな……」

 意図せず気付いてしまった真実にやまいこはガッカリしてしまう。

(それにしても、お酒は毒扱いだとして、お酒の影響で頭痛になった場合は解毒? それとも病気扱いなのかな……?)

「やまいこ様、昨夜はそのままお休みになられたのでシャワーを浴びてはいかがでしょうか。二日酔いも醒めるかと思います」
「あー、そだね。モモンガさんたちを待たせちゃまずいし、朝シャンといきますかー」

 今日はエ・ランテルに戻り、冒険者組合で新しい依頼を探す予定だったのを思いだしもぞもぞとベッドから這い出ると、ユリが申し訳なさそうに声をかける。

「いえ、やまいこ様……。申し上げにくいのですが、モモンガ様とクレマンティーヌ様は既に出発しておられます」
「ふぇえ!?」

 あまりの驚きに変な声が漏れる。

「先ほどモモンガ様から<伝言>(メッセージ)を頂きまして、『簡単な依頼しかないのでクレマンティーヌと二人で受けてしまいます。やまいこさんはそのまま休養ということで』とのことです」
「……今何時?」
「既にお昼を回り14時となっております」

 やまいこは再びボフッとベッドに倒れこむと天井を仰ぎ見る。

「あちゃー……」
「……やまいこ様。昨晩の事は覚えておられますか?」
「ん? クレマンティーヌの身の上話を聞いて……、なんか絡んだ記憶が薄っすらと……。そういえば部屋に戻った記憶が……ない……かも……?」

 ユリの顔がやや呆れたような表情を見せる。

「な、なにかしちゃったかな……」
「はい。酔った勢いでクレマンティーヌ様に抱きつきそのまま背骨を折ったと伺いました。治療はモモンガ様が。部屋へはコキュートス様が運んでくださいました」

 しばしの沈黙。
 自分のしでかした事に自己嫌悪する。

「あー……、最悪。 ……シャワー浴びる」
「畏まりました」


* * *



 シャワーを浴びて気分を切り替えると、食堂で遅すぎる朝食兼昼食を食べる。
 食堂を利用するには微妙過ぎる時間帯にも拘らず、料理長はサンドイッチとコーヒーを用意してくれた。

(やっぱ手軽に済ませたい時はこれに限る。ほんと、サンドウィッチ伯爵に感謝)

「やまいこ様。本日のご予定は如何いたしますか?」

 サンドイッチに舌鼓を打っているとユリがスケジュールの確認を取ってくるが、急遽空いた時間の為にこれといって特別な予定が無い。
 しかし、かといってだらだら過ごすのはシモベたちの「御方」としては宜しくない。

「うーん……。折角だしデミウルゴスのところに行ってこようかな。まだ進捗が届いていないし」
「では、アルベド様に供回りの手配を――」

「いや、その必要はない。このまま転移先を知っているシャルティアの所に寄るから。彼女に直接<転移門>(ゲート)で送ってもらうつもり」
「畏まりました」


* * *



 食事を終えて向かった先はナザリック地下大墳墓第二階層、死蝋玄室。
 第一階層から第三階層の階層守護者たるシャルティア・ブラッドフォールンの私室である。

 ユリが玄室の扉をノックし、応対に出た吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)に用件を伝えると中へ通される。
 視界を遮るように垂れ下がる薄いレースの飾り幕をくぐって奥に進むと、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を周囲にはべらせた玄室の主、真祖(トゥルーヴァンパイア)のシャルティアが優雅なお辞儀で出迎えてくれる。

 肌も露わな吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)に囲まれた(シャルティア)の姿を見たらペロロンさんは間違いなくこの中にダイブしたであろう。

「ようこそ、やまいこ様」

 アンデッドが集う玄室は薄暗いものの清潔に保たれており、シャルティアの趣味なのか香が炊いてあるようで室内は甘い香りで満たされていた。ピンクとも薄紫色ともとれる靄が掛かっており、やまいこはユグドラシル時代にも同じようなフィールドエフェクトがあった事を思い出す。

(確か、生者がこれに触れると何らかのバッドステータスが付いたような……)

 やまいこは状態異常に対して抵抗できていることに気付き安堵する。
 玄室を見渡すと、ユリを含めシャルティアやシモベの吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)たちもアンデッドなので霧の影響は無さそうだ。

「シャルティア。デミウルゴスの牧場を視察しに行くから<転移門>(ゲート)をお願い」
「畏まりんした。お供は必要でありんすか?」
「いや、必要ない。直接牧場に送ってくれれば問題ない」

 シャルティアが了解を伝えると<転移門>(ゲート)を開く。

「やまいこ様、<転移門>(ゲート)の先はエントマと夢魔(サキュバス)が詰めている事務所となっているでありんす。ご用向きは彼女たちにお伝えくださいまし」
「うん。分かった。――ユリ」

 ユリを手招きすると自分の指からリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを外して差し出す。

「指輪を預かってて。この後は第九階層の警備に戻りなさい」
「畏まりました」
「それじゃ、行ってきます」



クレマンティーヌ:_(:3」 ∠)_ シ シヌ……
やまいこ    :( ˘ω˘ )スヤァ

独自設定
・経験値周り
・御方々の酒の強さ
・フィールドエフェクト


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 第18話:牧場

 やまいこが<転移門>(ゲート)をくぐると、シャルティアの説明通りそこは数名の夢魔(サキュバス)たちが書類仕事をする事務所然とした部屋であった。
 部屋の天井と床は板張りされており壁は煉瓦で組まれている。窓が無い為にそこが地上なのか地下なのか判断がつかなかったが、事前に隠蔽をするよう指示していたためナザリック直通のこの場所は恐らく地下であると推察できた。
 唯一の光源は天井と壁に設置された青白い光を放つ永続光(コンティニュアル・ライト)だけだ。

「こ、これはやまいこ様!」

 夢魔(サキュバス)たちが書類仕事の手を止めて跪こうとするのを制し用件を伝える。

「そのまま仕事を続けてもらって構わない。一人、デミウルゴスを呼んできてほしい」
「はい! ただいま」

 デミウルゴスを探しに一人の夢魔(サキュバス)が部屋を出ていくと、別の夢魔(サキュバス)に応接室へと通される。

「やまいこ様。どうぞ、紅茶です」
「ありがとう」

 シャルティアのところにいた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)もそうであったが、ここの夢魔(サキュバス)たちも種族の特色か、同性から見てもなかなか煽情的な格好をしている。

(こんな職場でデミウルゴスは性欲を持て余さないのかな……)

 ともすれば危ういオフィスラブ、職場のドロドロとした三角関係なんかに発展してしまうのではと勝手な想像をしていると、部屋の入口にデミウルゴスが現れ片手を胸に一礼をする。
 相も変わらずこのオールバックに眼鏡の悪魔は余裕のある態度で羨ましい。

「お待たせいたしました、やまいこ様。お越しいただきありがとうございます」
「急にすまないね。君の牧場を視察しにきた。施設を軽く案内してほしい」
「畏まりました。ご案内させていただきます」

 デミウルゴスの案内で永続光(コンティニュアル・ライト)の青白い光が点々と続く廊下を歩く。外界の情報が届かない廊下はどこまでも不気味だ。

「では、主要な施設に向かう途中ですが、この牧場に関して軽く説明させていただきます」
「あ、現在地から教えて。転移で来たからここがどこだか分からないんだよね」

「畏まりました。まず現在地ですが、ナザリックから北西に150キロほど行った先にあるアベリオン丘陵の中腹でございます。整地した地上部にダミー牧場を建て、地下に直径200メートル、地下六階層の円柱型施設を建造いたしました。
 地上のダミー牧場は野生のイノシシを集めて繁殖と食肉加工を行っております。地下一階はダミー牧場専用の倉庫として現在利用しています。
 そして地下2階以降が、モモンガ様からお借りした本を参考にした円柱構造の施設となっております。中央に吹き抜けの螺旋階段が通っており、物資の運搬はその吹き抜けを利用しております。全体像としてバウムクーヘンを想像していただければ問題はないかと」
「あぁ、なるほど!」

 突然、洋菓子を例にだされて思わず強く同意してしまう。

(というか、デミウルゴスはなんでバウムクーヘンを知っているんだろ……?)

 現実(リアル)ですらその特殊過ぎる製法から発祥とされたドイツでは絶滅した洋菓子だ。辛うじて日本で生産が続けられていたが、アーコロジーでは高騰しすぎて庶民の手には届かなくなっている。
 元々ドイツですら一般的では無かったバウムクーヘンが遠く東洋の地で生き残っている様は何とも哀愁を誘うが、問題はそんな現実(リアル)で絶滅に瀕しているバウムクーヘンを何故デミウルゴスが知っているのかだ。
 シモベたち、とりわけ賢いと設定されたNPCの知識がどこから来ているのか、非常に気になる。

「施設にとって重要な設備は螺旋階段を中心に集められており、その周囲を各階層ごとに飼育場、繁殖場、皮紙工場などが囲むように配置されています。
 この構造は刑務所や収容所で活躍したらしく、管理する側にとって理にかなったものとなっております。各階層の出入りは必ず警備の厳重な中央の螺旋階段を経由せねばならず、そのため裸の羊たちが脱走する事は不可能と断言してよいでしょう」

 これはアーコロジーの一部の学校でも採用されている構造だ。同心円状の校舎の中に校庭があり、その中心に職員棟が配置されているのだ。教員はこの棟から360度を見渡すことが可能で、子供たちを()()()ことができる。
 現実(リアル)と違う点を挙げるとするならば、ここには消防法は無く、デミウルゴスの牧場は地下に作られており出入り口が限られている点だろう。

「地下二階の中央部に事務所兼従業員の宿泊施設、その周りは今のところ空き状態です。私たちが今いる場所も地下二階でございます。
 地下三階と地下四階はまったく同じ構造で、各階とも繁殖場と飼育場で占めており、一割ほどの敷地が異種交配の実験場として使用されております。
 そして地下五階が皮紙工場です。以前報告書に挙げた、皮を剥ぎ、加工し、回復させるための階層ですね。地下三階や地下四階で力尽きた羊も工場に送られます」

 デミウルゴスが説明を一旦区切り螺旋階段を指し示す。

「こちらがこの施設中央の螺旋階段。ここを下り、さきほどご説明した地下三階へ向かいます」

 やまいこは螺旋階段と全階層を貫く吹き抜けが想像以上に広かったことに驚く。確かにこれだけの広さがあれば物資の搬入は余裕だろう。
 下を覗くと光源が限られているため、どこまでも続く奈落のようだ。





 地下三階に到着し、案内されるままデミウルゴスに付いていくと、廊下の看板に「飼育場」と書かれた区画にたどりつく。
 そこは古い養鶏場を思わせる作りで、三段組の木枠の各段に羊が一匹ずつ四つん這いの姿勢で固定されていた。木枠がなければさながら組体操をしているようで不謹慎にも滑稽に見える。その木枠が区画一杯に隙間なく整然と並べられており、まさに飼育場に相応しい場所だ。
 泣き腫らした羊たちを見ると、耳に管理用のタグが付けられているのが分かる。巡回している悪魔たちが羊の状態を調べてはタグを追加したり手元の書類に何やら記入していた。

 羊たちは四つん這いのまま食事と排泄ができるようになっており、現に今も数名の悪魔たちが羊に餌を与えている反対側では、呻き声、すすり泣き、嗚咽に混じり、下品な排泄音が響いていた。
 上段の羊の排泄物が下段の羊にかからないように配慮はされていたが、そんな小さな心遣いは当の羊たちにとっては何の救いにもなっていないのは明らかであった。

(分かってはいたけれど……。すごいな……)

 半魔巨人(ネフィリム)の姿でいるせいか動揺は少ない。人間の姿で来ていたら表情を隠し通すのは難しかったであろう。

「デミウルゴス。この羊たちはずっとこの姿勢なの?」
「はい。後々皮紙工場へ送ることを踏まえ、背中が傷つかないように配慮しております」
「なるほど。でも、この姿勢のまま眠れるの? 両腕で体を支え続けるのは辛そうだけど……」
「ご心配には及びません。上半身を支える柱が差し込んでありますので体重を預けることが出来るようになっております」

 羊たちの下を覗き込むと、確かに脇の下から胴体を支えるように太めの木の棒が差し込まれていた。長時間寝るには向いていないが無いよりは大分マシだろう。

「……デミウルゴス。もし突然死や窒息死する個体が現れたら羊たちに与える水分を増やしてみて。あと支えに使っている木の棒を改良するんだ。面積を広くするとか流線形を取り入れるとかして身体の血流を止めないような形にしてみて。それでも死ぬ個体が現れたら定期的に運動させる必要があるかもしれない」
「畏まりました。……因みにどのような理由で水分や運動が突然死を防ぐのか、参考までにご教示いただけますでしょうか」

「うーん……。ボクも専門家じゃないから詳しくは説明できないけど……。体質や与える餌によってはずっと同じ姿勢を続けることで血液の流れが滞ることがある。血管が何かで詰まると思って。で、続けてた姿勢が急に変わったりして血流に変化があったとき、今まで血管を詰まらせていた何かが肺や脳といった重要器官に到達して疾患を及ぼすことがあるんだ。
 これを予防する手段として水分補給と運動がある。水分補給は単純に血を潤滑させるためだね。運動は血管に大きな詰まりができる前に身体を動かすことで血を循環させて流してしまおうって感じ。あと、あくまでも予防であって防ぐわけじゃないからね」
「ご教示ありがとうございます。大変参考になりました」

 デミウルゴスを窺うと何やらメモをしたためている。
 専門外の知識をうろ覚えで披露した挙句、メモに取られると意外に恥ずかしい。

(出来る男はメモを取る、とか昔見た気がするけど……。人の手で黒歴史を綴られているようでこそばゆい……)

「デミウルゴス、動物は元来自由に動き回るものだ。身体の構造上、こうして姿勢を固定されることは想定されていない。だからそこに身体を壊す原因がある。折角捕まえた羊だ。直ぐに死なせてしまったら勿体ない」
「やまいこ様の仰る通りかと。今後は羊たちの健康を注意深く観察いたします」
「うん。じゃあ、次、行ってみようか」





 次に案内された場所は看板に「繁殖場」と書かれた区画。飼育場とは違いここでは広大な敷地に羊たちの嬌声が響いていた。
 真っ先に目に付くのは種付け用に広く間切りされた空間で、飼育場で三段だった立体構造もここでは二段だ。さらに飼育場とは異なりここでは雌だけが固定されており、大きく股を開く雌に覆いかぶさるようにひたすら雄が腰を振っていた。

「これは……。なかなか壮観な眺めだね」
「はい。ここは命を育む場所。施設内で一番活気づいている場所です」

 命を育む。物は言いようだと思いながら羊たちがまぐわうのを見ていると、種付けを終えた雄が悪魔に別室へと連れられていくことに気付く。

「あの雄たちは何処に?」
「ご覧にいれましょう」

 雄が連れていかれた別室を覗くと、飼育場よりも待遇の良さそうな空間になっていた。一匹に与えられる敷地が広く、鎖に繋がれてはいるものの身体が固定されている訳ではないのである程度自由に動き回れるようになっていた。

「他とはずいぶん扱いが違うようだね」
「はい。ここは種付け用に選別した雄を飼育する場所です。肉体的に優れ、かつ従順な雄から選んでおり、ご覧のように待遇を良くしております。餌も一般的な飼育場のものとは異なり精の付くものを与えております」

 確かに飼育場にいた雄よりも体格が良く健康的に見える。

「なるほど。すると妊娠した雌も待遇が変わるのかな?」
「はい。母子共に事故が起こらぬよう手厚く飼育しております」
「そう」

「あ、やまいこ様ぁ。どーしてここにぃ?」

 自分を呼ぶ舌足らずな甘い声に振り返ると戦闘メイド(プレアデス)のエントマ・ヴァシリッサ・ゼータが餌を乗せたカートを押しながら現れた。

「久しぶりだね、エントマ。元気にしていた?」
「はぃ。元気にぃ、やらせていただいておりますぅ」

 種族が蜘蛛人(アラクノイド)である彼女は喋る時も口が動かない。というよりも、そもそも可愛らしい表情が一寸も変わらない。様々な蟲の集合体である彼女はその愛くるしい顔でさえ擬態した昆虫なのだ。

「今日は施設の視察に来た。エントマはここの仕事はどう?」

 やまいこはエントマの頭を撫でながら、彼女の新しい仕事に関してリサーチする。
 撫でられるとは思っていなかったのかエントマの動揺が身体を構成する昆虫たちに伝播し、わちゃわちゃと身悶えている。

(こ、これ、喜んでくれている……んだよね?)

「ナザリックの為にぃ、頑張って飼育をお手伝いしていますぅ。たまに新鮮なお肉も頂けるのでぇ、天職ですわぁ」
「そう。それは良かった。じゃあ仕事の邪魔をしてはいけないから我々は行くよ。エントマもお仕事頑張ってね」
「はぃ。では餌やりがあるので失礼いたしますぅ」

 ペコリと頭を下げてエントマは来た時と同様、カートを押して去ってゆく。

「待たせたね、デミウルゴス。エントマの働きぶりはどう?」
「はい。羊に対して物怖じせず接しておりますし、仕事も真面目に勤めてもらっているので重宝しております」
「ふむふむ。やっぱ仕事を与えて正解だったかな。……じゃぁ次に行こうか」





 次の区画は「異種交配」と書かれていた。
 種付けされる(つが)いが互いに異なる種族同士である事を除けば、先ほどの繁殖場と基本的には同じ作りの広場であった。強いて違う点を挙げるとすれば、行きかう夢魔(サキュバス)の姿が多いことだろうか。

夢魔(サキュバス)が多いみたいだけど、なんで?」
「幻術や催眠などの魔法で雄を()()()にさせるためでございます。種が違えば美意識も異なるため、組み合わせによっては雄が全く役に立たないのです」

 デミウルゴスはそう言いながら両手でヤレヤレといった仕草をする。

「例を挙げますと、ビーストマンのように体が毛に覆われた種は、毛のない雌は無毛症などの奇病を患っているように感じて欲情できないみたいですね」
「美意識の違い……。まぁ……確かに……」

(目隠しだけじゃダメなのかな……)

 周囲を見渡すと先ほどの繁殖場と違う点をもう一つ見つける。

「ん? 固定されている雌の姿勢に違いがあるようだね」

 固定された雌を観察すると、グループ毎に様々な姿勢を強いられていた。
 四つん這い、お尻を掲げたうつ伏せ、仰向け、中には天井から吊るされていたり、壁に固定されているグループもいる。

「はい。なにぶん異種交配は成功例が極端に少ないので、少しでも妊娠の可能性が上がる姿勢を検証しているところです」
「あぁ。昔興味本位で見た不妊治療のサイトにそんなのがあったなぁ……」

(初めは職場の健康診断に触発されて乳癌のサイトを見てたはずなのに、リンクを辿っていくうちにいつの間にか別のサイトを見てたんだよね……)

「不妊治療……。それは興味深い。どのようなポーズがあったか伺っても宜しいですか?」
「あ、ごめん。うろ覚え過ぎてダメだ。うん。適当な事を言って検証を妨げては申し訳ないから、この話は悪いけど無しで」

 やまいこは内心冷や汗をかきながらデミウルゴスの質問をはぐらかす。
 いや、断固として拒否する。

「左様ですか。残念でありますが、了解いたしました」

(流石にウルベルトさんが創った子とそんな話はしたくない!)

「悪いね。そういう訳だから自分の力だけで頑張って」
「畏まりました。必ずや良い結果をご覧に入れましょう」
「う、うん。楽しみにしているよ」

(正直結果を聞かされても困るけど……。あー、ナザリックも身体測定だけじゃなくて健康診断もしなきゃかな……。NPCたちは皆働きすぎなんだよね。ヘロヘロさんみたいに身体を壊さなければいいけど……)

 指摘しないと与えられた仕事を休みなく延々と続けるNPCたちに、いかにして「休憩時間」をとらせるか、モモンガと共にNPCの説得に苦労したものだ。
 因みに給金に関しては未だ説得に至らずNPCたちは無給である。

(NPCが望んでいる事とはいえ、このままじゃブラック企業だよ……)

「では、やまいこ様。最後に地下五階の皮紙工場へご案内いたしましょう」
「あ、うん。ナザリックを支える重要な施設だ。楽しみだよ」





 螺旋階段で地下五階へ下りる。
 皮紙工場へと向かう途中、中央区の控室で休憩する拷問の悪魔(トーチャー)たちを見かける。

「ちゃんと休憩時間を取り入れているようだね」
「はい。初めはご奉仕の時間を取り上げられ不安を覚えていたようですが、休憩時間があるからこそ、限りある貴重な時間に全身全霊を打ち込める事に気付いたようです」
「そ、そうか。まぁ、今は休憩することでメリハリが生まれる事を実感してくれるだけで十分だ」

 話しながら進む廊下に悲鳴が届き始め何度か角を曲がると、「搬入口」と書かれた両開きの扉の前までたどりつく。重厚な扉にもかかわらず外に漏れるほどの絶叫。中でどれほど凄惨な事が行われているのだろうか。
 違う。知っている。ここで何が行われているのか、知っているのだ。

(来てしまった……)

 覚悟はしていてもやはり目の前まで来ると躊躇いが生じる。
 しかし、デミウルゴスは待ってはくれない。

「やまいこ様、こちらが皮紙工場です」

 そう言いながらデミウルゴスが両開きの扉を開け放つと、室内からむせ返るほどの湿気と濃厚な血の臭いが襲う。

 やまいこはぶるりと身を震わす。

(血の臭い……。いや、()()……か)

 小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)、カルネ村を襲った野盗たちを殺した時にも感じたそれは、やまいこの心を僅かにくすぐる。
 血の香りに嫌悪感を抱かない。

(改めて自覚すると……キツイな……)

「如何なさいましたか?」
「ん。血の香りにちょっと酔っただけ。案内してちょうだい」
「……畏まりました。ではこちらへ」

 デミウルゴスに導かれながら周囲を観察する。
 入口付近には、繁殖場で使われていた木枠ごと四つん這いの羊たちが運ばれていた。どうやらあの木枠は移動式だったようだ。
 羊たちは聞こえてくる絶叫に己の運命を悟ったのか、必死に身体を揺らし拘束を逃れようとしているが木枠は僅かに軋む程度で壊れそうにはない。

 区画の中ほどに差し掛かり、見えてきたのは皮紙工場の肝とも言うべき皮剥ぎ場。羊は舌を嚙まぬよう口枷を付けられ、また剥ぎ取り中の脱糞を防ぐために肛門にも栓がされていた。

 拷問の悪魔(トーチャー)が慣れた手つきで羊たちにメスを入れていく。うなじから肩、肩甲骨と脇腹をなぞり臀部まで切れ込みを入れる。それを左右同じように切れ込みを入れ、羊の背中を大きく一周したところで目を背けたくなる皮剥ぎが始まる。
 うなじを捲って皮を掴むと、皮と肉の間に手のひら大のナイフを滑らせ背中から削ぎ落していく。羊は叫びながら大きく跳ねるが、口枷と木枠によって抑えられているために拷問の悪魔(トーチャー)は意に介さない。
 その手際は良く、背中の皮が綺麗に剝がされるのにそれほど時間はかからなかった。切れ込みを入れてから剥がし終わるまで30秒とかかっていないだろう。

「ご覧のように皮を剥いだ後、あちらの水槽で消石灰を混ぜた魔法溶液に1時間程漬けます。この工程を経ることで体毛と余分な組織を取り除くことができます。〈道具鑑定〉(アプレーザル・マジックアイテム)で確認できるのですが、取り出した皮を()()()()から()()()()()()()()に変化させることができます。
 以前ご報告した“回復魔法の法則”、傷を負った直後に回復魔法をかけると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をこの工程で回避する事ができるのです。
 ですのでこの1時間の間は回復魔法をかけずに薬草だけで耐えてもらいます」

 皮を剥ぎ終わった羊たちはただただ痛みに耐え続けるしかないようだ。

「こちらが一時間たった皮です」

 見ると白くブヨブヨに変質している。確かにここまで変化していると、皮というよりは材料と言えなくもない。側で作業をする拷問の悪魔(トーチャー)を見ると、素材となった皮を台座に乗せて残った肉や脂肪を削ぎ落しては水洗いをする作業を繰り返していた。

「意外と手間のかかる作業なんだね」
「はい。鞄や本の装丁に使用するのであれば多少は簡略できるのですが、スクロールの素材として使用するためにはここでしっかりと脂を取らないといけません」

(ん? そんな皮で装丁された設定の転職アイテムがユグドラシルにあったような……)

「そういえば先日捕まえたビーストマンはどうだった?」
「彼らは羊よりも剛毛で毛穴が大きいという欠点がありましたが第四位階魔法のスクロール制作に成功しております」
「それでも第四位階か……。できれば第六位階くらいまでを込められればいいんだけど……」
「申し訳ありません。今後の探索と品種改良にお時間を頂ければ必ずや」

「あぁ、いや、催促している訳じゃないから。この調子で研究を続けてもらって構わない。デミウルゴスの働きにはボクもモモンガさんも満足しているよ」
「ありがとうございます。そのお言葉だけでこの牧場にいるすべてのシモベたちが報われることでしょう」

 会話が一段落し改めて周囲を見渡す。皮剥ぎから一時間経過した羊たちが回復魔法で癒されている。背中の状態を確認された後、体力を取り戻すために()()()()()()()()へと運ばれていく。彼らは二度と上の階層には戻れないのだ。

 やまいこはふと以前報告を受けた治療魔法の問題点を思い出す。

「治療を魂で拒否すると治りが悪くなるって報告があったけど、その対策も考えないとね」
「それに関して一つ試してみたい事が。ただ、結果が出るには長い時間が必要なのですが……」
「どんな内容?」
「この牧場で生まれた羊たちに特殊な教育を施そうかと思っております。皮を提供することに喜びを感じるように育てれば、将来的に羊の損耗が減るのではと」

 なんともおぞましい話だ。しかし、皮を剥ぐ羊をこの牧場の中だけで生産し維持することができれば外界から羊を攫ってくる必要が無くなる。長期的に見ればとても良い事のように思える。

「提案書にまとめてちょうだい。前向きに検討するようモモンガさんに伝えてみるから」
「畏まりました」

「それじゃぁ、施設はだいたい見終わった感じかな? そういえば地下六階の説明を受けてなかったけど、何かないの?」
「最下層はゴミや下水の処理施設になっております。ただあまりにも不浄ゆえ、御方にお見せするには憚られます。一応ご説明いたしますと、皮紙生産で生じた廃水や羊たちが垂れ流した汚物を飲み水にするためにスライムにろ過させ、集まった水を蒸留しております」

「うへぇ……。蒸留しているからには普通の水なんだろうけど、飲みたくないね。でも資源を無駄にしない仕組みはいいね。うん」
「あとは食料自給率をもう少し上げる事ができればこの牧場も安定するのですが……」
「それは追々考えよう。じゃぁ、他に見る所も無さそうだし、ボクは戻るよ」
「畏まりました、やまいこ様。またのお越しを楽しみにしております」

 <転移門>(ゲート)を開くと、やまいこは羊たちの悲鳴を後にナザリックへと戻る。


* * *



 ナザリック地下大墳墓へと戻ったやまいこは、モモンガとクレマンティーヌが玉座の間で実験をおこなっていると聞きつけ、ユリ・アルファと共に足を運ぶ。

「ただいまー。……何しているの?」

 モモンガは玉座に座り、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン片手にギルドのマスターソースを開いていた。そして玉座の下ではクレマンティーヌが跪き、そのクレマンティーヌの両脇にアルベドとナーベラル・ガンマが控えている。

「あ、おかえりなさい、やまいこさん。ちょっとこれ見てもらえます?」
「ん?」

 ギルドのマスターソース。
 それは、ギルドメンバー、NPC、資金、各階層設定、コストシミュレーション、各種オプションなど、ギルドに関わる項目を閲覧、編集する事ができるコンソールだ。モモンガとやまいこはほぼ同等の権限を持つが、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持たぬやまいこは当然のことながらNPCやギルドの基盤となる設定を変更することはできない。普段からマスターソースを利用している階層守護者統括のアルベドも、各階層の簡単な設定しか触れないように制限されており、閲覧に関してもギルドメンバーや他のNPCたちのリストの閲覧はできるが、キャラクター設定などより深い情報、個人情報には触れることができない。
 本来、ギルド内であればどこからでもコンソールを呼び出すことができたのだが、この世界ではユグドラシル時代とは異なり玉座周辺でしか呼び出せず、やや不便なものになっていた。

 その玉座に座ったモモンガが指示したコンソール画面には「同盟リスト」の文字と、その一覧にクレマンティーヌの名前が載っていた。

「試しにクレマンティーヌを登録できるかどうか実験してみたらできちゃいました」
「できちゃいましたって……。どうやったの?」
「互いに宣誓しただけです。ほら、ユグドラシルでは承認のダイアログがポップアップしたじゃないですか。代わりに昔見た映画っぽく誓いを立てた感じです。たぶんこれ、ギルド加入もできますよ。ギルドメンバー枠なのかNPC枠なのかは検証が必要ですけど」

「ふむふむ。同盟ってギルド単位だと思ったけど、個人相手でもできるんだね……。でもそうすると、この間条約を交わした竜王国が載っていないのは変じゃない? あれも一応正式な契約でしょ? 書面じゃダメってことかな?」
「そこなんですよね……。たぶんですけど、この玉座の間で交わすか、ギルド長が直接交わさないとダメなのかもしれません。竜王国との条約締結はアウラたちに任せて先方の城で交わしたので条件が発動しなかった可能性があります」

「なるほど。……で? 同盟の次はギルド加入の実験?」
「いえ、フレンドリーファイアが解除されているので加入したところでお互いメリットがありません。まぁ、強いて言えば死んだときNPCと同じようにユグドラシルの金貨だけで復活できるかも、という可能性くらいです。それに万が一NPC欄に追加されてしまうとギルドのコスト計算が狂うことの方が問題なので、今は同盟のままでいいかなと。資金回収が安定するまで保留ですね」

 やまいこは「コスト計算が狂うことの方が問題」という説明に納得する。ユグドラシルプレイヤーではないこの世界の住人を加入したら何が起こるか分からない。実験の結果、ナザリックが破綻してしまっては元も子もない。

「それで……、あれは何しているの?」

 アルベドとナーベラルが神妙な表情でクレマンティーヌを観察している事に気付く。

「あぁ、そうだった。同盟者だったらNPCたちの人間蔑視が軽減されるかなと思って」

 そういうとモモンガは玉座から立ち上がり階下のアルベドとナーベラルに声をかける。

「アルベド、ナーベラル。これでクレマンティーヌは同盟者となったわけだが……。今どんな感情か述べよ。何か変わったと自覚できるか?」

 アルベドとナーベラルは互いに目配せするとアルベドから答える。

「……御方やNPCとは比ぶべくもありませんが、自動湧きするモンスターよりは親しみを感じます。今の状態で同盟者であると紹介されれば受けいれることができます」
「私も同じく、ミカンコミバエからゲジゲジ程度には親しみを感じます」

(ナーベラルが何を言っているのかわからない……)

 やまいこは振り返り自分の後ろに控えているユリに視線を向ける。

「ユリはどう? クレマンティーヌに今までと違う何かを感じたりする?」
「はい。他の姉妹たち(プレアデス)程ではありませんが、親しみを感じます」
「そう。モモンガさんの推察通り良い感じじゃない?」

 アルベドたちの答えにモモンガも頷き満足しているようだ。

「ですね。これならクレマンティーヌとNPCだけで行動させても大丈夫ですね」

 クレマンティーヌを見るとなんとも味わい深い表情をしている。その顔には「勘弁してくれ!」と素直に言えないもどかしさを感じる。

「とまぁ、こんな実験をしていた訳です」
「りょーかい。じゃあボクは大浴場でひとっ風呂浴びてくるよ。……クレマンティーヌもどう?」

「え? あー……。ど、どうしようかな……」

 流石に昨日の今日で警戒しているようだ。

「お酒飲んでないから大丈夫。昨日のお詫びに背中を流してあげるから」

 その言葉でアルベド、ナーベラル、ユリから嫉妬とも取れるオーラが一瞬発せられると、階上のやまいこに悟られぬよう「御方の誘いを断わるなんて愚かなことはしないよな?」と凄まじい眼力で伝えている。

「は、はい! 喜んでご一緒します!」
「よし。じゃぁ、そういう訳だから、モモンガさん。クレマンティーヌを借りていくよ」

「やまいこさん、折角ですし親睦を深める意味でも女性守護者や戦闘メイド(プレアデス)も誘ってみては?」
「あぁ、確かにそれ良いかも。アルベド、残っている女性守護者と戦闘メイド(プレアデス)に連絡してちょうだい。時間は一時間後。第九階層の大浴場に集合。急な話だから他に予定のある人は無理に来なくていいと伝えてね」

「畏まりました。ではさっそく行ってまいります」

 アルベドはそう言うと一礼して玉座の間を出ていく。
 それを合図にこの場はお開きとなるのだった。





 一時間後、大浴場でとある事件が起こるのだが、大浴場に居合わせた女性陣はそこで何があったのか、多くを語ろうとはしなかった。



やまいこ「羊だね?」
デミウルゴス「羊ですね」
エントマ「羊ですぅ」

羊「……」

独自設定
・デミエモン牧場の位置
・羊皮紙の製造方法
・ビーストマンの皮に込められる位階
・マスターソースの仕様


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話:神社

 デミウルゴスの報告書を読み終えたアルベドは小さく唇を噛む。やまいこ様の視察状況と羊の教育に関する提案書である。――が、書類の端々に御方から褒められたことを匂わせる文章がそれとなく入っていた。

(まったく……。大人気ない……)

 守護者たちはすべからくギルド、アインズ・ウール・ゴウンの為に働き、ひいては至高の御方々に己の全てを捧げ尽くさなければならない。その奉仕に優劣は無く、また競い合うものでもない。
 が、正直なところこの報告書には嫉妬を覚える。先の対ビーストマン戦では、作戦の立案から条約締結までの功績を褒めていただいた。しかしデミウルゴスのように個人の働きではない。
 暗い感情がもたげるが直ぐに平静を取り戻す。

(ダメね……。逆に考えましょう)

 守護者統括という立場上、個人で功績を上げるのは難しい。それは仕方がない。であるならば他の守護者の働きに積極的に関わり、己の存在感を示すほかない。

(まずは……、神社が完成したら視察して頂こうかしら)


* * *



 季節の変わり目か、城塞都市エ・ランテルに肌寒い風が吹く。大通りを行きかう人々の装いも初めて訪れた時よりもやや厚手の物だ。
 時刻は午前10時。中央広場はこれから依頼に赴く冒険者が集い、冒険者組合のラウンジもまた、新たな依頼が張り出されてはいないかと掲示板を確認する冒険者や依頼の受注手続きをする冒険者たちで賑わっていた。
 そんなラウンジのなかで(シルバー)プレートをさげた冒険者数名が情報交換を終え、しばし噂話に興じていた。

「聞いたか? 漆黒の連中がミスリルになったらしいな」
「色物新人かと思ったらあっという間だったな……。あれはもっと上に行くぜ」

「あ~、マイさん良いよなぁ。特にあの胸! ちょっとキツめの顔と相まって最高だよな! 抱きてぇ~」
「やめとけよ。冒険者をやっている女に手を出してもろくなことにならんぞ」
「別にいいじゃねぇか」
「どのみち望みは薄いだろ。お前とじゃ釣り合わねぇ」

「俺はクレマンちゃんがいいなぁ。猫耳と尻尾とかマジ最高だよな!!」
「どいつもこいつも色ボケしやがって。大丈夫かこのチーム……」

「……クレマンティーヌはヤバいって」
「ん? なんでだよ。酒場で乾杯に付き合ってくれるノリのいい姉ちゃんじゃん」
「いや~……、マイさん口説こうとするとさ、笑いながら割って入ってくるんだけどよぉ。目が笑ってねーんだよっ! これっぽっちもっ! 笑ってねーのっ! 分かる? ありゃマジでヤバい奴の目だって!」

「鼻の下伸ばした野郎が仲間に近づいてきたらそりゃ警戒するだろ。頼むから格上の冒険者と問題を起こさないでくれよ?」

 リーダーらしき冒険者がそこまで言うと、続けて発言しようとする仲間を制して入口に視線を送る。両開きの扉が軋みながら閉じたそこには件の漆黒の三人が立っていた。
 ラウンジが一瞬静かになるがすぐに元の喧騒が戻る。他の冒険者にも生活がある。エ・ランテルで成長著しい注目の3人とはいえ、憧れや嫉妬でいつまでも注視するものでもないからだ。





 モモンガはこの一瞬の間がどうにも苦手であった。初めこそ注目されている事に優越感を感じていたのだが、今は他の冒険者との距離感を覚えてしまい居心地の悪さを感じていた。

(少しペースが速かったか……)

 モモンガは首から下げているミスリルプレートの効果に小さくため息をつくと、気分を切り替え受付へと足を向ける。

「いらっしゃいませ、モモンさん。依頼をお探しですか?」
「あぁ、何かあるかな」
「少々お待ちください」

 ミスリルにまでなると指名依頼が少なからず来るようになる。その為、最近は依頼書が貼り出された掲示板ではなく受付に直接確認しにくるのが恒例になりつつある。

「ご指名はありませんね。ただ一週間後に(ゴールド)以上、オリハルコン未満の方に商人の護衛依頼があります。エ・ランテルとカルネ村を往復する間の護衛とのことですが、如何いたしますか?」
「ん? 失礼なことを聞くかもしれませんが……、カルネ村ということは恐らく水薬(ポーション)の買い付けだと思いますが、なぜ(ゴールド)以上なのでしょうか。以前、(シルバー)の方のお誘いでカルネ村に行ったことがありますし、最近あの辺りに危険なモンスターは現れません。組合としては(アイアン)辺りの冒険者に回した方が喜ばれるのでは?」

 その質問に受付嬢は一瞬呆け、すぐに何かを察したのか内緒話をするように小声でモモンに囁く。

「そういえばモモンさんたちはここに来てまだ2ヶ月も経っていないんでしたね。えっとですね、まだ数か月後の話ですけど、帝国相手に戦争を控えているのはご存知ですか?」
「はい。たしか定期的に小競り合いをするとは聞いた事がありますが……」

 受付嬢につられモモンガも小声になる。その返事に受付嬢は頷くと話を続ける。

「表向きは商人の買い付けですが、裏では王国が動いているんです。組合は戦争に関与しない取り決めですので、本来であれば戦争準備にあたる行為に協力するようなことは出来ないんですけど、人命救助に使われる水薬(ポーション)であることと商人を通して依頼を受けることで組合は目をつぶっているんです。
 所属している冒険者の多くが王国出身ですし、どうしても王国を贔屓する冒険者がいるんです。組合としては勝手に動かれるよりは多少歩み寄って、直接関与はできずとも買い出しの護衛を許可することで我慢してもらっているんです。
 王国に常備軍が少ないことは皆知っていますからね。愛国心というよりも、犠牲になる農民に肩入れしたいんです。水薬(ポーション)一つで助かる命がある。そこに救いを求めているんです。今頃王国中で冒険者たちが、間接的にですけど王国に手を貸しているはずですよ」

 モモンガは内心唸る。規則は大切だがガチガチに固めてしまうと何処かで不満が溜まるものだ。組織としては待遇や報酬で抑えたいところだが、心情面で制御が難しいのが個人の持つ感情ってやつだ。いかにしてガス抜きをするのかが経営者の腕の見せ所であろう。
 ナザリックのシモベたちは忠実だが、ことギルドメンバーが絡むと自制してくれるか甚だ疑問だ。今のところそのような暴走の兆候は見られないが懸念は拭えない。コントロールできずとも組合のガス抜きに変わる何かがナザリックの運営にも必要かもしれない。

(アインザック組合長も組織をまとめるのに色々と苦労しているようだ……)

「あと(ゴールド)以上である理由ですが、水薬(ポーション)が高価なことはご存知だと思いますけど、発注本数が多いので万が一を考えると損害が恐ろしい額になるんです。以前、輸送中の水薬(ポーション)が野盗に奪われて大損害を被ったことがあるんです」
「なるほど。事情は理解しました」

「それで、どうします? 受けますか? バレアレ家の水薬(ポーション)は殊更高価なのでなるべく高ランクの冒険者に護衛していただきたいのですが」
「お引き受けします。……久しぶりに様子を見たいですし」
「あぁ……、そうですよね……」

 受付嬢の表情が曇る。カルネ村を襲った不幸にモモンガたちが居合わせたことを思い出したのだろう。

「コホン、……畏まりました。では、改めてご確認願います。依頼者は商人バルド・ロフーレ様、一週間後にエ・ランテルからカルネ村を往復する商隊護衛です。報酬は一人頭前金で金貨1、成功で金貨3です」
「了解した」
「ではこちらにサインを」

 モモンガはここ最近、やまいこと共に勉強した王国文字で名前を書き込む。アンデッドの特性を生かして不眠で練習した結果、短い文章なら単語を拾うことでなんとなく読めるようになったのだ。しかし、単語は覚えど文法を完全には習得していないため、手紙のような長文はまだまだ書けそうにない。
 その点やまいこはというと、何かコツがあるのか意志疎通できる程度には書けるようになっていた。それでもクレマンティーヌ先生の評価は「まだ固い」である。

 一通り書類の準備が終わるとモモンガは仲間と共に組合を後にする。広場に出るとまだ日は高く、昼を回っていないようだ。

「聞こえていたかもしれないけど一週間後にカルネ村を往復する商隊護衛だ」
「はいよ」
「りょうかい」

 やまいことクレマンティーヌはいつものように返事をする。依頼の受注はほぼモモンガに丸投げ状態で、基本的に文句なく付いて来てくれる。が、もう少し自己主張してくれてもいいのにとモモンガは寂しく思う。多数決で冒険先を決めていたユグドラシル時代が懐かしい。

「しかし……、戦争か……」

 モモンガは王国と帝国の戦争中をどう過ごそうか迷っていた。受付嬢の話では戦争が始まると城塞都市エ・ランテルは王国軍の拠点となるために日常生活に影響がでるとの事だった。各門での検査は厳しくなり、往来は兵士たちで溢れるという。極めつけはそんな状態故に都市全体が戦争ムードになり依頼が激減するということだった。

「クレっちはその戦争がどれくらい続くか知ってるの?」
「……ほんとにその呼び方続けるの?」
「いいじゃない。この間のお風呂で親睦も深まった事だし」
「まぁ……別にいいけどさぁ。で、戦争の期間だっけ? あー……、う~ん。その辺は風花聖典が詳しいんだけど……。良し、ちょっと聞いてくるからまってて!」
「は!? ちょっとっ! って、いっちゃったよ……」

 やまいこが止める間もなく広場の人込みの中にクレマンティーヌは姿を消す。仕方なしに広場で待つついでに、モモンガは先日から気になっていた事をやまいこに質問する。

「ところで、大浴場で何があったんです?」
「ボクに、るし★ふぁーさんを殴る理由ができた。ただそれだけ」
「そ、そうですか……」

 やまいこから僅かな怒りの感情を覚えたモモンガは、釈然としないものを感じつつもそれ以上深く追及しない。そんなモモンガの様子に少々大人気無かったかと反省したやまいこが言葉を続ける。

「……ふぅ。彼、大浴場のライオンをゴーレムに改造してたんだよ」
「え、マジですか!?」
「クレマンティーヌはすぐ下がらせたから無事だったけど、結構強かったよ」
「戦ったんですかっ!?」
「襲ってきたんだから当然でしょ? アイテムボックスに武器がなかったら危なかったんだから」

 話しているうちに怒りが再燃したのか、やまいこの拳が空を切る。

「それは……お疲れ様です……」
「一度ナザリックにある()()()()()()調べた方がいいかもね」

 ゴーレムクラフターでもあったるし★ふぁーは悪戯好きで、度々ギルドを騒がしていたメンバーだ。ユグドラシル時代では悪戯で済んだものが、フレンドリーファイアが解かれたこの世界では命に関わる事もある。まだどこかにドッキリを仕込んでいる可能性があるのだ。

「たっだいま~」

 ナザリックに戻ったら必ず調べようと心のメモ帳に書き込んでいると、食べかけの串焼きを手にクレマンティーヌが戻ってくる。

(風花聖典は串焼き屋にでも変装しているのだろうか……)

「早かったな。それでどうだった?」
「風花の連中がいうには今年はヤバいかもってさー」
「小競り合いじゃ済まないって意味か? それともエ・ランテルが攻められるって意味か?」

「両方っぽい。なんか皇帝が激おこらしいんだよね。ほら、八本指。あいつらがエ・ランテル経由で結構な量の麻薬を帝国領に流してるみたいなんだよねぇ」
「また八本指か……。しかし、小競り合い程度の争いなら別の場所へ行こうかと思ったけど、帝国が本気を出すというのなら見学をしてみたいものだな」

 モモンガの言葉にやまいこが続く。

「なら鑑賞会でもする? 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を広げてさ」
「いいですね。守護者たちにも人間の戦争がどういったものか勉強させるいい機会かもしれない」

 戦争は人間の良い面とは決して言えはしないが、シモベたちに観賞させれば何か得るものがあるかもしれない。人間蔑視はこの際置いておいて、折角システムから解放されてナザリック地下大墳墓から出られるようになったのだから「ナザリックの外」をもっと学んで欲しい、見聞を広めてほしいと思うのだ。

「そうと決まればアルベドに連絡を入れて予定を組ませるか……。とはいえ戦争は2ヶ月先だし、今回の依頼も1週間後……。さてどうするか」
「モモン。次の依頼までナザリックでゆっくりしようよ。エルダーリッチの討伐から忙しかったし、ざっと掲示板を見たけどめぼしい依頼も無かったしさ。で、竜王国の首都はこの間見たから一週間後の依頼を終えたら次は帝国か王国の首都を見にいこうよ」

 やまいこから珍しく提案が入る。ここ最近の出来事としてはリイジー・バレアレの説得、エルダーリッチ討伐、竜王国の解放と確かに色々と忙しかった。一度、内政というか、ナザリックで出来ること、またはスレイン法国で出来ることを見直すいい機会かもしれない。

「では1週間ナザリックで過ごして、護衛任務の後は王国でいいですか? セバスの報告にあったこの世界固有の魔法に興味があるので、王国の魔術師組合本部を覗いてみたいんですよね。帝国魔法学院にはまだコネらしいコネもありませんし」
「よしよし、それでいこう。じゃあ、一旦ナザリックで小休止しましょうか」

 今後の大まかな予定が決まると、モモンガたちは久しぶりに冒険者生活とは関係のないナザリック生活を1週間過ごすのであった。


* * *



 ナザリック地下大墳墓が出現した法国森林区はここ一ヶ月の間に随分と様変わりしていた。アルベド提案の神社建築に先立ち、平地状に広がっていた森林はマーレの<大地の大波>(アース・サージ)によって2キロ四方の小高い丘が盛られていた。以前、法国の神官長たちを招いた際に使われたナザリックに直行する林道は木々により塞がれ、新たに展開された幻術により外部からは容易に近づけないよう隠蔽処理が施されていた。

 そして完成した神社が丘の頂上に鎮座していた。真新しい神社自体は一般的な作りで、社務所や拝殿、本殿などが建てられていたが、本殿は本来の用途とは異なりナザリック側が<転移門>(ゲート)を開く場所として機能しており、本来あるべきご神体の類いは安置されてはいない。
 また本殿に併設するように巫女たちの居住施設が回廊で繋がっており、境内を見渡せばそこそこ立派な規模の神社である。

「見事な神社だ。素晴らしいぞ、アルベド」
「ほんとほんと。細部までよく作り込まれているし、新築なんだけど歴史というか、趣を感じる」
「勿体ないお言葉。アウラとマーレの力があってこそです」

 御方々に喜んでもらえた嬉しさにアルベドの翼が震えていたが、モモンガとやまいこは見て見ぬふりをする。目は口程に物を言うとはよくいったものだが、アルベドの場合は翼に感情が現れるようだ。普段統括として毅然と振る舞っているアルベドに改めて指摘するほど野暮ではない。

「そう謙遜するな。アルベドがしっかりと計画を立てたからこそ滞りなく完成したのだ」

 モモンガたちの賛美は本心だ。現実世界(リアル)の2128年では重要文化財に登録された多くの神社が失われていた。辛うじて残った神社は貴重な観光資源として日本を牛耳る企業たちが懸命に保全したが、結果、巨大なドームで枯れた土地ごと神社を覆ったり、展示物のように博物館に移設するのが関の山であった。それらに在りし日の風情など感じられる訳がない。
 だからこそアルベドの指揮のもとで建てられたこの自然に囲まれた神社にモモンガたちは心を奪われたのだ。





 場所を移し本殿内。モモンガとやまいこは神社で働く者たちと面通しを行う。アルベドの後ろに控えている巫女たちが、普段見ることのない上機嫌なアルベドの様子に驚いていた。

「モモンガ様、やまいこ様。この者たちがここで働く巫女とその世話をする侍女たちです」

 本殿に集められたのは巫女50人と侍女30人。巫女の選考はアルベドが提示した条件に従い法国が国中から集めた者たちである。
 その条件とは、未婚の女性であること、第二位階以上の魔力を持つ者、の2つ。年齢は特に制限を設けなかったが、法国が寄こした巫女は皆若かった。
 そんな生娘たちが一様に平伏するハーレムのような場を目の当たりにしたやまいこがモモンガに声を掛ける。

「これはなかなか……。まるでハーレムだけど、どう? モモンガさん」
「どうって、また無茶振りですね……」

 やまいこの茶々に意外にもモモンガの動揺は小さいようだった。
 それもそのはず、モモンガは第九階層のメイドたちで女性に囲まれる事に慣れ始めていたのだ。
 もっともその平常心は死の支配者(オーバーロード)の姿である時に限り、これが「鈴木悟」であったなら落ち着きなくそわそわしていたに違いない。

 やまいことモモンガは巫女を観察する。
 二人とも死の支配者(オーバーロード)半魔巨人(ネフィリム)の姿を晒しているが、信仰心で抑えているのか巫女たちからは恐怖心を感じ取ることはできず、代わりに強い崇拝の念を感じていた。

「アルベド。世話役まで全員女性だが、男はいないのか?」
「はい、モモンガ様。法国の神殿でも巫女の世話は侍女が行うのが慣例のようですので郷に従ってみました。それに妙齢の女性の世話を男性に任せると些か不都合がでてくるかと」

 アルベドの言葉に巫女たちが僅かに顔を赤くする。

「う、うむ。確かにそうだな……」

 アルベドは続ける。

「ですのでこの本殿と巫女の居住施設は男子禁制でございます。()()()()、モモンガ様は例外でございます。ここはナザリックに属する場所。御方々はいつお越し頂いても問題ありません」
「そ、そうか……。しかし女性だけだと警備が心配だな。その辺はどうなっている?」

「10キロ四方の森林区全域に対してアースワームを4体放っております。玉垣で囲んだ境内には影の悪魔(シャドウデーモン)を5体巡回させております。そしてお稲荷さん型ゴーレムを拝殿の前に一組、参道の随所に六組配置しております」
「お稲荷さん型ゴーレム?」
「はい、お稲荷さんです」

 そう言うとアルベドは片手で狐の形を作りコンコンと示す。

「ガーゴイルを試しに配置してみたのですが、周囲の景観と合いませんでしたのでパンドラズ・アクターにストーンゴーレムを元に作ってもらいました」
「なるほど。警備としては申し分ないか」

 二人の会話が一区切りついたところでやまいこが手を上げる。
「モモンガさん、アルベド。ボクから彼女たちに話があるんだけど、いいかな」

 モモンガが頷くとアルベドは巫女たちに向き直り彼女たちに声を掛ける。
「皆の者、やまいこ様からお話があります。心して聞くように」
 巫女と侍女が改めて平伏すとやまいこは口を開く。

「面をあげなさい。――まず、アルベドから説明があったと思うけど君たちの仕事は我々アインズ・ウール・ゴウンと外部を繋ぐ窓口となること。規則と守秘義務を厳守すれば過度な束縛はしません。
 ここは神殿の態をなしてはいるけれど、ここで働くにあたって今まで六大神へ向けていた信仰心を捨てる必要はありません。今まで通り各々が信仰する神に祈りを奉げることを許します。もちろん我々に信仰を向けてもらっても構わないけれど、祈りがすぐに何か形になって返ってくるとは思わないで頂戴」

 そこで一呼吸間を置くとやまいこは懐から一冊の本を取り出す。

「仕事とは別に日々の鍛錬で覚えてほしい魔術がいくつかあります。この本には各系統ごとに我々が今後必要となりそうな魔法をまとめてあります。各自その身に合ったものを探してみて。一つこちらから要望があるとすれば<魔力譲渡>を優先的に覚えてくれると有事の際に助かる」

 やまいこの言葉に巫女たちの表情が引き締まる。
 恐らくこの場にいる全員が<魔力譲渡>を最優先に据えたのだろう。

 やまいこがこの神社に求めた役割は「魔力タンク」。
 お布施などによる資金獲得も大切だが、ナザリックにはモモンガ以外にも魔法職が多い。その魔法職の魔力回復が一つの課題であるとやまいこは考えていた。

 ユグドラシルでは魔力を回復する手段はたったの三つ。
 一つ目は<魔力譲渡>による他者から魔力を受け取る方法。二つ目は特殊なスキルなどで他者から魔力を奪う方法。そして最後が各自のステータスを基準にした時間経過による自然回復だ。
 ユグドラシルには消費アイテムで魔力を回復する手段がなかったのだ。

 そして今現在、この転移した世界でも魔力回復できる消費アイテムは発見できていない。
 今後、大規模な魔法の行使が必要になった時、魔力を譲渡できる存在は重宝されるはずだ。

「まぁ、そういう事で宜しく。写本で申し訳ないけど、はい」
「あ、有り難く頂戴いたします!」

 直接手渡されるとは思っていなかった巫女が緊張した面持ちで写本を受け取る。

「一応それ持ち出し禁止ね。そうだな……、取りあえずこの本殿から外に出さないように。アルベド、申し訳ないけど影の悪魔(シャドウデーモン)を1体この本の警備にあてて」
「畏まりました。そのように調整いたします」

 写本には先述の通り各系統ごとにナザリックが今後必要となりそうな魔法がまとめられていたが、モモンガと相談して第六位階までに留めてある。
 内容は魔法の一覧だが、ユグドラシル時代にはフレーバーテキスト程度だった説明文がこの世界では魔法を解き明かして習得するうえで重要なものになっているのだ。

(ゲーム時代は条件を満たして選択するだけで覚えられたのに……)

「さて、ボクからは以上だ。アルベド、この後の予定は?」
「はい。未だこの世界で蘇生魔法に関する実験を行っていないと伺いましたので、この後は復活の儀を予定しております。既に亡骸と復活に必要な金貨などを拝殿に用意しております」
「その金貨はどこから?」
「法国が用意したこの世界の金貨です。それと、当初はペストーニャの予定でしたが折角ですので、やまいこ様にお願いしたく思います」

「ボクが?」
「転移してから一ヶ月以上が経ち、色々と落ち着いてきましたので、ここで一つスレイン法国の者に御方々の御力を示すのも良い機会かと」
「なるほど、そういう話なら。モモンガさんはどう思う?」

「私も蘇生魔法はいつかは試したいと思っていたので、お願いします。ここはヒーラーであるやまいこさんが適任でしょう」

 やまいこがモモンガの言葉に了解の意を示すと全員で拝殿へと移動するのであった。


* * *



 ニグン・グリッド・ルーインは陽光聖典の隊員と共に戸惑いを覚えながら待機していた。
 アルベドと名乗る従属神に通された場所はスレイン法国では見慣れぬ建築様式で建てられた拝殿と呼ばれる間で、建築されて間もない為か真新しい木の香りがあたりを包み込んでいる。

 目の前には安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)に包まれた隊員の亡骸が6体。
 竜王国での戦いで失った部下の復活の儀が執り行われようとしているのだ。
 亡骸を回収できた6人のみであるが、復活が叶えば貴重な戦力となるのは間違いはない。
 願っていた神との謁見も同時に叶うと思えばこれに勝る喜びはない。

 しかし、ニグンはこれで良いのかと自問する。

 死者の復活は大儀式を行えばスレイン法国にもできる。
 しかし大儀式には入念な準備が必要であり、法国に多大な負担がかかるのだ。故に()()()というものがあった。
 スレイン法国や人類の存亡に関わるような重要な事案が優先されるのだ。

 共に戦った隊員を復活する機会があれば喜んで受けたい。
 しかし、ニグンは優先度を考えてしまう。
 神の奇跡を賜る機会を隊員の復活に費やしてしまって良いのだろうか、と。
 薄情かもしれないが、スレイン法国にとって、人類にとってもっと有益な願いをするべきなのでは、と。

「モモンガ様、やまいこ様。こちらにございます」

 ニグンが答えを出せぬまま思い悩んでいるとついに神が現れる。

 一目見て思考が真っ白になる。

 噂に聞いた通り、モモンガは伝承にあるスルシャーナと瓜二つ。
 ついに相まみえることが叶った感動で胸が一杯になる。

 そしてモモンガの後ろから歩み出たもう一柱、やまいこを見て恐怖に支配される。
 種族を見極める事が出来ないが装備から垣間見える醜悪な素顔が恐ろしい。

「待たせてしまったかな? ボクが今回復活の儀を執り行うやまいこだ」
「お初にお目にかかります! 陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーインと申します!」
「そう硬くなる必要はないよ。後学のため巫女たちにも同席してもらうけど構わないね?」
「は! 我々は奇跡を賜る身。巫女様のお役に立てるのであれば復活を待つ隊員も喜びましょう」

 その返事を聞くと、やまいこは巫女たちを拝殿へ招き入れる。
 巫女と陽光聖典を含めるとかなりの大所帯だ。
 場が落ち着くとやまいこは静かに亡骸に近づく。

「ん? アルベド、金貨と……、これはこの世界の触媒かな?」
「はい。彼らはこれらで<死者復活>(レイズデッド)<蘇生>(リザレクション)を行っているようです。今回は安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)で綺麗に保たれた亡骸がありますので<死者復活>(レイズデッド)で宜しいかと」
「そう」

 やまいこは身を正すとニグンに告げる。

「では、これから復活の儀を執り行う。……陽光聖典に告げる。今回の復活は多くの民を救った君たちの献身的な働きを称え、スレイン法国と竜王国の連名によってもたらされた願いに我々が応えたものだ。今後もその力が正しく振るわれることを期待する」
「は! このニグン、陽光聖典を代表してお約束します。我等の力、必ずや無辜の民の為に振るいましょう」

 ニグンの宣誓に他の陽光聖典の隊員たちも深々と頭を下げる。

「宜しい」

 ニグンは何度か大儀式によって隊員の復活を経験していたので、今回の儀式も半日費やすことを覚悟していた。しかし、10分もかからずに六つの安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)が小さく上下し始めたのを見て言葉を失う。
 やまいこは亡骸の額に触れて呪文を発動させると、安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)に書かれた名前に小さく呼びかける。それを6人分、一人一分足らずで儀式を終えたのだ。神殿に奉仕経験のある巫女や侍女たちからも驚きの声が漏れる。

 拝殿の皆が見守る中、復活した陽光聖典がゆっくりと身を起こす。

「ふぅ……。流石は陽光聖典と言ったところかな? 灰にならずに良かったね」

 大儀式もなく、6人の復活をただ一人で行った人外の御業。
 その光景を前に、ニグンたち陽光聖典はただただ平伏する事しかできなかった。



独自設定
・串焼き屋「風花」
・魔力回復手段のお話
・魔法のフレーバーテキストの役割
・蘇生魔法のルールがよく分らなかったので色々とぼかしています


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八本指 第20話:勧誘

 月明かりの下、複数の人影が丘の上からカルネ村を見下ろし、その集団のリーダー格と見られる男女が短い会話を交わす。

「……あれのどこが“村”なのよ」
「だな……。でも確かにあれがカルネ村だ」

 男は八本指に所属する“千殺”マルムヴィスト。腰にレイピアを指し、小洒落たチョッキを着た優男だ。女も同じく八本指に所属する“踊る三日月刀(シミター)”エドストレーム。二つ名が示す三日月刀(シミター)を六本も腰に下げた踊り子風の女だ。

 リ・エスティーゼ王国を影から蝕む地下犯罪組織「八本指」。
 彼らを語るとき、ひとくくりに八本指と呼称されることが多いが、内情は複数の裏組織が各部門をそれぞれが担い、独自に動く複合組織である。

 今、カルネ村を遠くから覗き見る集団は、そんな八本指の警備部門に所属する者たちだ。先の二人は警備部門最強の六人と謳われる「六腕」であり、二人は共にアダマンタイト級冒険者に匹敵する実力者たちであった。

「で、どうするよエド。あの様子だと忍び込むのも骨だぜ?」
「何言ってるのよ。別に戦闘をしにきた訳じゃないんだから、堂々と正門から入ればいいのよ」
「それもそうか。それで勧誘? 軽く了承してくれたら楽なんだがなぁ」
「決裂しても手を出さないでよ?」

 今回、六腕の二人がカルネ村を訪れたのは、八本指の定例会議で「野盗『笑う甲冑団』を全滅させた冒険者への報復案」が挙がった際、それを聞いた警備部門の長が是非勧誘したいと主張し、急遽交渉役として送り出されたからだ。

「分かっている。決裂の場合は一旦持ち帰って再協議、だろ?」
「そうよ」

 エドストレームは振り返り、控えていた部下に声をかける。

「お前たち、連中は間違いなく居るんでしょうね」
「はい。今日は二回訪れています。昼頃、商隊と共にエ・ランテルを往復。そして日の入り直後に再びカルネ村に入り、それ以降出てきていません。冒険者組合に探りを入れたところ、連中は緊急連絡先にカルネ村を追加登録したとの報告も受けています。どうやら家を新築したらしく、拠点にするのではと思われます」

「ふ~ん、ミスリルになって間もない冒険者がねぇ……。随分と羽振りがいいじゃないか」
「南から流れてきたって話だが、財力はあるようだな」

 不透明な部分もあるが武力と財力を持つ相手なら交渉する価値はある。

「じゃあ、行くのは私たちと、あと二人付いてきて。残りはここで待機。万が一、1時間経っても私たちが帰ってこなかったら撤退して本部に報告すること。分かった?」
『は!』

 部下の威勢のいい返事を後に、エドストレームたち4人はカルネ村を目指し丘を下るのだった。



* * *



 モモン、マイ、クレマンティーヌが、商人バルド・ロフーレの商隊護衛で三台の幌馬車にそれぞれ乗り込み、一ヶ月振りに訪れたカルネ村は劇的に様変わりしていた。

「ロフーレ様、見えてきました……けど、あれは本当にカルネ村でしょうか……」

 遠く丘の上から望むカルネ村は以前のような無防備な農村ではなく、高い壁と堀で囲まれた堅固なものになっていた。眼下に広がる壁の内部こそ「普通の村」ではあるが、何も知らない旅人が視界の通らない正門から見たとしたら砦と勘違いしてもおかしくはないだろう。
 特に目を引くのは正門右側、煉瓦造りの壁に半ば埋まるようにそびえる円筒形の側防塔。縦に細長い独特な形の覗き窓は暗く、内部に見張りが居るか判断が付かない。
 
 先の発言は、伝え聞いたカルネ村の惨状から大きくかけ離れたその様相に、商隊の御者が上げた戸惑いの声であった。

「村の半数が犠牲になったと聞き及んでおりましたが……。あれほどの改修を村人だけで……?」

 バルドの驚嘆が続くが、ある意味当事者であるモモンガたちもこのカルネ村の変わりように驚きを隠せない。

《モモンガさん、報告は受けていたけど……》
《想像以上ですね……。やっぱり報告書には写真の添付が欲しいなぁ……》

 これがユグドラシルであれば手軽にスクリーンショットを撮って添付するだけで済むが、この世界ではその機能は失われている。別途、プレイヤーが所有するカメラもあるにはあるのだが、アルバム機能付きなので下手にシモベたちへ貸し出そうものなら()()()()を前に任務どころではなくなるだろう。
 一応、この世界に対象の姿を写し取る魔法が存在することは冒険者組合にハムスケを登録した際に確認している。しかし、それはこの世界独自の魔法であるためにナザリック内に扱える者がいないのが歯がゆい。

(いや、一度スクロールにすればソリュシャンみたいな盗賊スキル持ちなら使えるか……?)

「王都に行ったら転写系のスクロールを探してみるか……」

「おや、スクロールをお求めですかな?」

 思わず口に出してしまった独り言だが流石は大商人、商機に繋がる話題には敏感だ。

「ええ、風景を写し取るような魔法があれば是非。ロフーレ殿はスクロールも扱っているのですか? 今回の仕入れが水薬(ポーション)だったのでそちらが専門かと勝手に思っていましたが」
「専門という意味では水薬(ポーション)などを含む食料関係です。でもまぁ手広くやっておりますのでスクロールも扱っておりますよ。とは言ったものの、スクロールは魔術師組合が仕切っておりますので正直なところ量も質も敵いません。
 腕の立つ魔術師や特異な魔法を扱える魔術師を独自に抱え込めればよいのですが、魔術師組合を差し置いて商人と契約する魔術師はそれこそ稀有な存在なのです。おっと、申し訳ない。愚痴になってしまいましたな」
「いえいえ、お気になさらずに」

 大商人らしからぬ弱音とも取れる本音を、かつて営業として働いていたモモンガは意外に思う。商人同士であればあるいは許される内容かもしれないが、商売相手には嘘でも景気の良い話題を振った方が後の取り引きが容易になるからだ。

「そういえばモモンさんは魔術師組合に登録されていないと聞きましたが、本当ですか?」
「ええ、まだこの地域に来て間もないですからね。色々と見て回りたいのです。日銭と身分証明のために冒険者組合に登録はしましたが、組織といったものになるべく束縛されたくないのですよ」

 モモンガはエ・ランテルの魔術師組合から度々勧誘を受けていたが頑なに断っていた。現地の魔術師たちの視点でみれば互いに研鑽を深めることができる場であるが、魔法を学術的に理解していないモモンガにとっては無学を曝け出す可能性のある場でしかなく、またそれを隠し通せるだけの演技力が無いことも自覚していたからだ。
 さらに組合内で知識を共有する点も、情報の秘匿性が重要視されていたユグドラシル出身のモモンガにはどうも馴染めそうになかった。

(それに帝国魔法学院以上の魅力を王国の組合には感じないしなぁ。百歩譲ってセバスの報告にあった王都の組合か……)

「なるほどなるほど。私も自由の身であれば旅をしてみたいものだ。もし旅先で珍しいものを見かけたら教えてください。情報だけでも買い取らせていただきますよ」
「ロフーレ殿の御眼鏡にかなう物が見つかるかは分かりませんが……、分かりました。これはと思うものはお知らせいたしましょう」





 他愛のない話をしているあいだに商隊はカルネ村の正門まで辿りつく。
 ゴブリンたちに加えてルプスレギナとシズが居るはずだが、隠れているのか姿を見つけることができない。代わりに1人の少女が一行を出迎える。

「ようこそ、カルネ村へ。バルド・ロフーレ様ですね? バレアレ家までご案内させていただくエンリ・エモットと申します。よろしくお願いします」
「ああ、ご親切にどうも。お嬢さん、宜しく頼むよ」

 正門で出迎えてくれたのはエンリ・エモットであった。
 荷台にモモンガの姿を認めるとエンリは目を輝かす。

「あ! モモン様!! お久しぶりです!!」
「ずいぶんと村の様子が変わったようだな」
「はい! 大変でしたけどなんとか収穫期に間に合いました。これもモモン様のおかげです」
「そうか。積もる話は後にしよう。今日は仕事で寄ったんだ。案内を頼む」
「そ、そうでした。すみません。ではまず広場まで行きましょう」

 村の様子も気になるがまずは依頼を優先しなければならない。依頼主そっちのけで話し込んでしまっては職務怠慢を理由に報酬を減らされても文句をいえない。

「これは……、帝国もかくやと思われる広場ですな。ここまで整備された広場は王国内でも珍しい。エンリさん、これはカルネ村の皆さんたちだけで?」

 エンリの案内で馬車を進めると煉瓦が敷かれた広場に着く。
 バルドの驚きは当然で、ここ王国で煉瓦が敷設された道は少ない。流石に帝国を引き合いに出したのはバルドなりのお世辞だとは思うが、王都リ・エスティーゼや有力な貴族が治める都市でさえ全ての道が舗装されているわけではないのは事実であった。この国ではひとたび雨が降ると靴を泥で汚すことになるのだ。

「はい。外壁用の煉瓦を作り過ぎてしまいまして。折角なので広場だけでもと」
「いやはや、見事なものだ」
「モモン様にお借りしたゴーレムのおかげです」
「ゴーレム! モモンさんはゴーレムをお持ちで?」

 エンリたちへ特に口止めをしていなかったために思わぬところでバルドの追及を受ける。

「襲撃に居合わせた手前何かお手伝いできないかと考えていたところに復興計画の話を聞きましてね。微力ながらゴーレムを貸し出すという形で援助させていただきました」
「合点がいきました。なるほど、ゴーレムがあればこれほどの改修も可能でしょうな」

 バルドが一人納得しているとエンリから声がかかる。

「皆さん、広場の先を真っすぐ進むとバレアレ家です」
「ほう。他の家々とは離れているんですね」
「薬草を煮詰める際に強烈な臭いが発生するので村の住人に配慮したいと、バレアレ家の要望でして」

 エンリがもっともらしい理由をバルドへ伝えるが、実際はエンリにも伝えられていない訳がある。
 それは週に何度かギルドメンバーの大錬金術師タブラ・スマラグディナに扮したパンドラズ・アクターが、バレアレ家に貸し出した錬金機材の使い方を教えに来ているからだ。村人に目撃されないよう地下の研究室へ直接<転移門>(ゲート)で移動はしているが、念には念を入れて他の家屋から離れた位置に工房を建築したのだった。





 バレアレ家の工房に着くとさっそく水薬(ポーション)の積み込み作業を始める。
 馬車三台分なので結構な量の木箱を運ぶことになるが、モモンガもやまいこもカンスト組。魔法詠唱者(マジックキャスター)タンク(壁役)兼ヒーラーではあるがステータス的にこの世界の一般人を遥かに凌駕した筋力を持っている。たとえ液体で満たされた水薬(ポーション)が大量に詰まった木箱でも難なく持ち上げることが可能だ。

「これは驚いた……。あれだけの量をこんな短時間で積み込んでしまわれるとは……」

 ンフィーレアと会計を済ませたバルドが今日何度目かの驚きを見せる。

「――モモンさん、先ほどのスクロールの件、是非協力させてください。皆さんは今後、間違いなくアダマンタイトになられる方々だ。これからも懇意でありたい」
「これはまた直球ですね。でもスクロールの件は了解しました。もし見つかりましたらご連絡ください。……ところで、今日はこのままエ・ランテルに戻る流れでよろしいですか?」
「それでお願いします。この調子なら夕方には戻れそうですね。いやはや、モモンさんたちに引き受けていただいてよかった」

 積み込んだ荷の点検が終わり幌馬車に乗り込むと、ンフィーレアがモモンガに駆け寄る。

「モモン様、今度お時間頂けますか? ご相談したいことがありまして」
「ん? なら今夜にでも会おうか。ついでに新築した家も見てみたい」
「畏まりました。お待ちしております」





 カルネ村を出ると、特に襲撃も無く商隊は無事にエ・ランテルへと戻る。

「こんなに気が楽な道中は初めてのことですよ。こちらが成功報酬になります。モモンさん、次の機会があれば是非ご指名させていただきたい」
「ありがとうございます。こちらもスクロールの件、宜しくお願いします」

 モモンガとバルドが堅く握手を交わすと護衛依頼が終了する。


* * *



「良い家だ。カルネ村の改修も見事だったぞ、二人とも」

 夜になり再びカルネ村に戻ったモモンガ一行は新築した家を訪れ、その出来の良さに感心していた。図面はナザリックで用意したものの建築自体は村人に任せたため些か不安があったのだが、来てみればそれは見事な作りであった。もちろんナザリック地下大墳墓と比べれば何もかもが雲泥の差ではあるのだが、廃材を再利用しつつも味わい深く趣のある家具を(こしら)えてくれた村人たちに感動を覚えたのだ。

 カルネ村の要塞化も外から見るほどではなく、中に入ってしまえば整理されているとはいえ普通の村であった。外壁によって若干見通しが悪くなってしまったが、植木を植えることで閉塞感を緩和しようという試みが窺える。もっとも野盗に襲われた記憶が新しい村人たちにとっては解放感よりも閉塞感が勝ろうとも安全を選ぶだろう。

「お役に立てて光栄です!」
「過分な評価、恐れ入ります」

 ルプスレギナとシズがやや表情を硬めに返事をする。玉座の間とは異なり、アルベドを通さずに直接やり取りすることに緊張しているようだ。

「うん。まぁ、そう硬くなるな。我々がこの冒険者の姿をとっているときはもっと砕けた感じでいいぞ。そうだな……、クレマンティーヌを見習うといい」

 そう言いながら居間を見渡すと、やまいことクレマンティーヌは暖炉の前でだらけていた。

(確かに最近冷え込んできたけどさ……)

「……まぁ、砕け方は各自の裁量に任せる」
「そ、そうっすか? ではお言葉に甘えて……。次は何をすればいいっすかね?」

「引き続きこの家に住み込んで管理を任せる。それと今後は村への過度な干渉はしないように。普段はこの家の管理に努め、村の防衛はなるべく村人たちにやらせるように。彼らには自立してもらわなければならないからな。村人では対処出来ない緊急の問題が起こった場合に限り介入しろ。それ以外の出来事は定期的にアルベドに報告するように」
「了解っす」
「了解」

 一通り戦闘メイド(プレアデス)の二人に指示を終えると、同席していたンフィーレアに向き直る。

「待たせたなンフィーレア。それで相談とは?」
「あ、はい。今回の水薬(ポーション)取り引きでまとまったお金が入ったので、エンリと相談して村人とゴブリンたちの装備を買い揃えることになったんです。そこでモモン様にお力添えを頂けたらと」

 詳しく話を聞くと、戦いに不慣れな村人には弓と槍、よく森に入るゴブリンにはマチェットと鋼鉄製の防具が欲しいとのことだった。

「わざわざ私に頼まなくてもエ・ランテルで買えばいいんじゃないか? それとも魔法が付与されている物が欲しいのか?」
「いえいえ違います。確かにマジックアイテムも魅力的ですけど。えーと……、村人たちの分はエ・ランテルで用意できると思うんですけど、その……ゴブリンの装備となると……」

「ああ、なるほど。亜人の装備が人間の街で手に入るわけがないな」
「はい。人間用はゴブリンには合いません。村に鍛冶師がいないので丈を調整することもできません。魔獣登録をしたとはいえ街にゴブリンたちを連れて行くのにはまだ不安ありまして……」
「ふむ。了解した。配下の鍛冶師を手配しよう。細かいことはルプスレギナと調整してくれ。ルプスレギナ、そういうことなのでナザリックとの連絡は任せたぞ」

「任されたっす!」

コンコンコン

 ルプスレギナの元気な声の後に玄関をノックする音が響く。

「あ、私が出るよ」

 今まで暖炉の前でだらけていたクレマンティーヌがひょいと立ち上がると訪問者に応対するために玄関に向かう。

「はいは~い。どちら様~? ってエンリちゃん。彼氏のお出迎え? ん? 私らに客?」

 玄関からクレマンティーヌとエンリの声が聞こえる。

「どうやら客人のようだな。ンフィーレア、申し訳ないが今日のところはここまでにしよう」
「は、はい。では、おいとまします。お邪魔しました」


* * *



 村娘に案内され、難なく目的の家に着いたエドストレームはやや拍子抜けする。
 応対した軽戦士風の女、恐らくクレマンティーヌと呼ばれる女も、特に警戒する素振りも見せずに来訪者を家に招き入れたのには驚きを通り越して呆れてしまう。

(40人を屠った冒険者にしては緊張感がない。過信しているのか、ただ油断しているだけなのか……)

 そして居間に通されると予想外の存在にエドストレームは困惑する。
 テーブルを挟み黒スーツの男が一人座っている。報告にあった魔法詠唱者(マジックキャスター)のモモンだろう。が、その後ろに控える二人のメイドに関しては報告を受けていない。

(……メイド? 南方の貴族出身なのだろうか……。これは取り込む価値があるかもしれない。それにしても……)

 エドストレームは同性でありながら二人のメイドに見惚れてしまう。1人は眼帯をしているものの、二人とも恐ろしいほどに整った顔をしている。

(コッコドールが欲しがりそうね……)

 確かもう一人……と、素早く居間を見渡すと、暖炉の前で寛いでいる女を見つける。トレードマークのスーツを着ていないが、風貌から恐らくモンクのマイだろう。
 エドストレームはマルムヴィストに目配せするとモモンに向かって挨拶をする。

「夜分に悪いわね。私はエドストレーム。お兄さんが漆黒のリーダー、モモンで良いのかな?」
「ああ、そうだ。立ち話もなんだ、座ってくれ」
「申し出はありがたいけど、用件を伝えたらすぐ帰るからこのままで構わないわ」
「ふむ……。それで用件とは?」

「単刀直入に言う。我々は八本指――、正確には警備部門の六腕だけど、漆黒の三人を仲間として迎え入れたい」
「八本指……。てっきり報復を仕掛けてくるかと思っていたんだが……」
「へぇ。八本指と聞いても動揺しないところを見ると肝は据わっているようね。
 でも誤解しないでちょうだい。そうしたいと思っている連中が上にいることは確か。でもね、六腕としては殺された野盗に思い入れはないの。むしろたった3人で40人の野盗を撃退できる実力者なら仲間に迎えたいと思っているのよ」
「なるほど。八本指も一枚岩では無いと」

「その辺のところは好きに受け取ってもらって構わないわ。ただ一つ言えることは六腕は実力主義。実力さえあれば組織内での待遇は保障するし、冒険者よりも刺激的でワーカーよりも稼ぎがいい仕事を用意できる。まぁ、無理にとは言わないけど、どうする?」

 しばし沈黙の後、モモンが口を開く。

「そうだな……。代わりにお前が私の配下になる案もあるが、どうだ? なかなか面白い戦い方をするそうじゃないか、“踊る三日月刀(シミター)”のエドストレーム。その腰にある六本の三日月刀(シミター)は伊達ではないんだろう?」
「っ!?」

 エドストレームの警戒心が跳ね上がる。
 視界の隅で隣にいるマルムヴィストも身構えたのが分かる。

(こちらが連中を調べたように連中もこちらを調べている……)

 しかし警戒すべきは調べられていた事実よりも、調べた上で()()()()()()を勧誘したことだ。

(ただの冒険者じゃなさそうね……)

「……本気で言っているのかい?」
「もちろん。三食寝床付き、週休二日で給与は要相談。働きによっては装備も支給しよう」
「あっはは。魅力的な話だけれど、生憎と実力が定かでない相手に従う気は無いわ」
「そうか? なんなら力尽くで従わせても構わんぞ?」

「エド。こいつら痛い目を見ないと気が済まないらしい……」

 モモンの挑発にマルムヴィストが気色ばむ。
 交渉のみで引き上げる予定だったが流石にここまで言われてしまっては沽券に関わる。部下の前で舐められたまま引き下がれるほど裏社会は甘くは無い。特に六腕のように力で組織を統率していると、些細な風評から綻びが生まれるものなのだ。

(仕方がない、か……)

 エドストレームは素早く居間を再確認する。
 椅子に座ったままのモモンと控えているメイドが二人。暖炉前で相変わらず寛いでいるマイと、エドストレームたちを案内してきたクレマンティーヌが左側の壁に背中を預けて寄りかかっている。

 技の特性上、できれば狭い室内ではなく屋外で戦いたいが、戦闘要員だけで数えれば4対3で勝っている。立ち回りを失敗しなければ押し切れる。

(この距離なら魔法を唱えさせる前に座っているモモンには確実に三日月刀(シミター)が届く。マイは位置的にマルムヴィストに任せるとして、問題はすぐ左にいるクレマンティーヌ……。後ろに控える部下では少々手に余りそうだけど……、三日月刀(シミター)を二本援護に回すか……)

 エドストレームが思考を巡らせているとモモンが語り掛ける。

「考えはまとまったか? 新築を傷つけたくないからできれば大人しく従ってほしいんだが」
「はん。喧嘩を売ったのはそっちだろ? 今更穏便とはいかないね」
「そうか? しかし、二人だけで勝てるのか? こう見えてうちのメイドは強いぞ?」
「!?」

(戦えるメイド……だと!? いや、それよりもこいつは今、何て言った? ()()()()()()()()()()?――確かにそう聞こえた。こっちの部下二人を完全に戦力外と見ているのか)

「お、おい。エド……」

 エドストレームがモモンの言葉に苛立ちを覚えていると、動揺したマルムヴィストに声をかけられた。

(ちっ、六腕のくせに怯えを声音に出すんじゃないよ!)

「慌てる必要は無いよマルムヴィスト。メイドが本当に戦えたとしても数に大差はないじゃない。いつも通――」
「違うっ! 後ろの二人が居ない!!」
「な……」

 隙にならぬよう後方へ一瞬だけ視線を送り、すぐにモモンを睨みつける。
 肌がじんわりと汗ばむ。

(どこに消えた!? 家には一緒に入ったはず。玄関から居間までの短い間に伏兵がいた?)

「部下を何処へやった!」
「はて? ()()()()()()()()()じゃないか」
「正直に言――」
「本当だとも。()()()()()()()()()()()、お前は()()()()()()()()()()。……さて、どうする? お前がここに居ることは誰も知らない。我々に寝返るいい機会だと思わないか?」

 エドストレームは悟る。

(嵌められた。初めから狙われていたのはこちらだったか……)

 ただの冒険者三人組だと思っていた相手は、八本指でさえ捉えることのできない「大きな組織」である可能性が高い。そしてその組織は八本指を探り得る能力と、実力行使をも辞さない行動力を持っている。

(……)

「どうやら詰んでいるようね……」
「エ、エド――」


シャシャンッ――!!


 それは突然の出来事であった。
 半ば諦めたようなエドストレームにマルムヴィストが声をかけようとした瞬間、エドストレームの腰に装備されていた五本の三日月刀(シミター)が宙に舞う。

 エドストレームは腕一本、指先一つ動かさず、しかし、三日月刀(シミター)はまるで熟練の剣士が抜き放ったかのごとく独りでに舞い、そして間髪容れず三本の三日月刀(シミター)がモモンガに、そして二本がクレマンティーヌへと完全な奇襲となって殺到する。

 最初に反応したのは武技を重ね掛けしたクレマンティーヌであった。
 床を蹴り、エストックを抜き放ちつつ自らに迫る二本の三日月刀(シミター)を紙一重ですり抜けると、そのままモモンガへと飛来する三本の三日月刀(シミター)に飛び込む。
 柄の頭で一本目の三日月刀(シミター)の刀身を叩き割り、次いで身体を捻って差し出した左腕を犠牲に二本目を受け止めるが、三本目には僅かに届かない。思考を切り替え三本目を諦めると、クレマンティーヌは即座に攻撃へと転じる。
 捻った動作に身を任せて回転すると、そのままエドストレームの懐に潜り込みその無防備な腹に回し蹴りを叩き込む。

「ぎゃふっ!!」

 クレマンティーヌは派手に吹っ飛んだエドストレームを無視して取り逃した三本目の行方を確認すると、モモンガの前に割って入ったルプスレギナが造作もなく三日月刀(シミター)を受け止めていて安堵する。

「っ! 痛てててて……」
「大丈夫か? クレマンティーヌ」
「いや~、急だったからちょっち武技がまにあわなかったよ~」

 腕を見ると三日月刀(シミター)が二の腕に深々と刺さっている。先ほどの立ち回りで抜け落ちなかったのをみると骨に達しているのだろう。しかし、装備している“女王のビキニアーマー”には<生命力持続回復>(リジェネート)が付与されているため、幸いなことに出血自体は少ない。

 エドストレームはといえば、防御に回していた三日月刀(シミター)が床に転がっているところをみると、吹っ飛んだ先で頭でも打ったのか気絶してしまったようだ。

「お、お前らっ!! いったい何なんだ!!?」

 エドストレームの奇襲に合わせることすらできなかったマルムヴィストが、今更ながらレイピアを抜き、手負いのクレマンティーヌへ向ける。

「お? なになに? このクレマンティーヌ様と刺突合戦やろうって?」
「な、舐めんなよ!!」

 威勢は良いが孤立してしまったマルムヴィストは下手に動けない。

 クレマンティーヌの筋肉が軋み臨戦態勢に入ったことが分かる。恐らく武技を発動したのであろう。片腕を負傷しているが、一対一で対峙した戦闘で後れを取ることはあるまい。
 両者の間に緊迫した空気が漂い、いつ放たれてもおかしくないクレマンティーヌへモモンガは声をかける。

「クレマンティーヌ。そっちは要らないから武器だけ回収だ」
「はいは~い……、くっくっく。残念だったねぇ。モモンちゃんは女にしか興味ないってさ♪」

「ぷふっ」っと噴き出す声が暖炉の方から聞こえてくるが、マルムヴィストにそれを気にする余裕は無い。今の会話から自分は既に用済みなのだと理解したからだ。
 いや、用済みとかそんな次元ですらない。
 モモンは初めから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
 二人の部下がどうなったかは知らないが、武器を渡せば解放してくれるとは到底思えない。

 耐え難い恐怖に飲まれたマルムヴィストが、それでも最後に剣を振るえたことは奇跡といえた。


* * *



「うぅ……ん?」
「お目覚めかな? 念のために回復魔法をかけたから身体に異常は無いはずだが……」
「ここは……?」

 意識を取り戻したエドストレームはゆっくりと首を回して辺りを見渡すと、先ほどと同じ風景であることに気付く。
 モモンが対面に座っており、その後ろにメイド二人が控えている。暖炉の前ではマイが寛いでいてクレマンティーヌは壁に寄りかかっている。

 ただ先ほどと微妙に違う点が二つある。一つは自分が椅子に座らされていて目の前に三日月刀(シミター)が無造作に置かれていること。二つ目はモモンが見慣れたレイピアを物珍し気に観察している点だ。

「……マルムヴィストは?」
「誰のことだ? 君は初めから()()だったじゃないか」
「……」

「じゃぁそのレイピアは何だ!」とは叫べなかった。声を張れるほどの気力が残ってはいなかったのだ。

 気を失う直前、三本目を難なく掴み取った赤毛のメイドが発した殺気を思い出す。あの強烈な殺意に意識を取られクレマンティーヌの回し蹴りをまともに食らってしまったのだ。
 しかし、今はあれで良かったと、何となくだが蹴られて良かったと思っていた。

 もしあの時、三本目の三日月刀(シミター)がモモンに届いていたら、確実に自分は殺されていただろう。そう感じさせるほど、あのメイドから放たれた殺意は物理的な圧として襲ってきたのだ。そしてそれは今もエドストレームの心に深い傷跡を残していた。
 現に今もメイドの顔を見ることができない。視界の隅にメイドの足元を映すのがやっとだ。

 目の前に置かれた三日月刀(シミター)を見る。取り上げずに本人の目の前に放置している事実が全てを物語っている。何度振るおうとも届くことはないと。

「なぜ、私なんだ? 私はどうなる?」
「“なぜ”に対する答えは、単にお前の能力に興味を持ったからだ。似たような魔法は知っているが五本同時に、それもあれだけ正確に操る奴は初めてだったんでな。収集したいと思っただけだ。そして“どうなる”に対する答えは、未定と言っておこう」
「未定……」

「収集が目的で用途は考えていなかった。とは言え、いずれは働いてもらうがな。強さは示したんだ。従ってもらうぞ?」
「……分かった」

 レイピアに興味を無くしたのかモモンは虚空にレイピアを消すと、エドストレームに目を向ける。

「仕事を与える前にまずは教育だな」
「教育?」
「裏社会の人間を部下に持つことに不安があってな。裏切る気が起きないように教育を受けてもらう。まぁ、その辺は部下に任せるつもりなんだが……。そろそろ迎えが来るはずだ」

 その言葉を待っていたかのようにモモンの背後に黒い霧状の楕円が広がる。





「噂をすれば来たか。ん? マーレか」
「は、はい! 第六階層守護者マーレ・ベロ・フィオーレ、アルベドさんの要請に従い参上いたしました! お久しぶりです。モモンガ様、やまいこ様!」

「久しぶり~。マーレ、元気だった? お姉ちゃんと仲良くしてる?」

 それまで暖炉の前で寛いでいたやまいこがマーレに歩み寄ると頭を撫でる。

「わ! はわわ!? は、はい。仲良くしています!」
「よしよし」

 そんな二人を眺めながらモモンガはふと疑問に思う。

(アルベドに人選を任せはしたが……なんでマーレを寄こしたんだ? てっきり<転移門>(ゲート)を開いたシャルティアが直接来ると思ったんだけど……)

 頭を撫でられ顔を赤くしているマーレにモモンガは確認のために質問をする。

「マーレ。アルベドから詳細は聞いているか?」
「はい! 現地で手に入れた人間を下僕にすべく調教せよ、と」
「ちょ!? あー、間違いではないんだが……」

(調教……か。確かにシャルティアに任せると色々とアレなことになりそうだよな……)

 シャルティアの背後にドヤ顔のバードマンを幻視したモモンガは頭を振って妄想を振り払う。

(いかんいかん……。なるほど、それを危惧してアルベドはマーレを選んだのか)

「な、なにか指示に齟齬があったのでしょうか……?」

 歯切れの悪いモモンガの言葉に不安顔になるマーレ。

「いや、問題は無い。ふむ、何事も経験だな。
 マーレ、そこに座っている女がそうだ。面白い魔法を使うので配下にした。ただ裏社会出身でその思想に不安がある。説得したとはいえ現に古巣を裏切ってここに居る訳だからな。状況が変われば今度は我々を裏切るかもしれない。そうならないためにもナザリックの素晴らしさ、アインズ・ウール・ゴウンの精神を教え込んでほしい。マーレ、できるか?」
「お、お任せください! 裏切る気が起きないよう徹底的に教育します!」

「その意気だ、マーレ。調教ではなく教育だ。ついでに八本指に関する情報も聞き出しておいてくれ。デミウルゴスの手に入れた情報と照らし合わせて精度を上げたい」
「畏まりました!」

 モモンガはやる気に満ちたマーレの返事に満足する。

「やまいこさんから何かマーレに伝えることあります?」
「ん? 教育かー……、そうだなぁ。一度に詰め込み過ぎないことかな。焦ってもいい結果にはならないから、噛み砕いて少しずつ、適度に休憩を入れて気長にね。あと古典的な方法として“飴と鞭”かな。厳しくしつけた後、上手くできたらきちんと褒めてあげること」

 やまいこの言葉にコクコクと熱心に頷くマーレ。初めはアルベドの人選に不安があったが、この分なら問題なく教育してくれるだろう。加虐的な調教ではなく教育であるなら真面目なマーレであれば大丈夫なはずだ。
 一通りアドバイスを聞き終わったマーレがエドストレームを半ば引きずるように<転移門>(ゲート)の先に消えると、家の中に静寂が戻る。

「よし。今日はもう休もうか。ルプスレギナとシズも下がっていいぞ」
『畏まりました』

 屋敷と呼べるほど大きくはないが部屋数は十分にある。
 モモンガは各々が与えられた部屋に戻ったのを確認すると、生まれ変わったカルネ村で初めての夜を過ごすのであった。



モモンガ「説得して仲間になってもらったんだ。(^^」
エドストレーム「……」

独自設定
・プレイヤーのカメラ機能
・バルドの扱う商品内容


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話:王都リ・エスティーゼ

 エドストレームを勧誘した翌日、モモンガ一行はゴブリン邸を訪れていた。
 建物全体が中庭を囲む回廊のような造りのゴブリン邸は、その壁の一辺をカルネ村の外壁と一体化させており直接村の外へ出られるように裏門が設置されていた。毎日森へ狩りに出かけるゴブリンたちの利便性に応えたものだ。

 今、そんなゴブリン邸の中庭は水蒸気を含む熱気で満たされており、金属をリズミカルに叩く鋭い音が響いていた。アルベドが手配した鍛冶師のサラマンダーをルプスレギナがさっそく連れてきたのだ。

「なかなか面白い絵面だな」

 モモンガはルプスレギナとエンリの監督の下、採寸のため中庭に整列するゴブリンたちを眺めながら率直な感想を述べる。強面のゴブリンたちが大人しく両手を広げ採寸待ちする姿など滅多に見られる風景ではない。

「ほら、クレっち。あなたもこっちに来てマントを外しなさい」
「このままでもいいのに~」

 ゴブリンたちから少し離れた所で、やまいこに促されながらクレマンティーヌも採寸していた。
 昨晩のエドストレーム戦で負傷したクレマンティーヌは、その装備を見直されたのだ。当然と言えば当然なのだが、この世界では肌を晒せば負傷する可能性があった。装備の持つ基礎能力値はその装備の性能でしかなく、特殊な魔法効果が付与されていない限り晒されている身体を守ってはくれないのだ。

(能力値だけで判断できたユグドラシルは楽だったな……)

 モモンガとやまいこが「クレマンティーヌに似合う」と渡した“女王のビキニアーマー”であったが、今回はそのほぼ下着と変わらない防御面積が仇となって負傷した。
 当のクレマンティーヌはルプスレギナの回復魔法で全快したため大して気にはしていないようだが、装備を当てがったモモンガとやまいこはそれを良しとはしなかった。
 敵に突っ込んでいく戦闘スタイルのクレマンティーヌが一番負傷しやすいことは分かっていたはずなのに、それを未然に防ぐことが出来なかったのは二人の落ち度だと捉えたのだ。

「諦めろクレマンティーヌ。俺を守ってくれたことには感謝しているがそのたびに負傷する可能性があるのなら対策を取らねばならない」
「そうだよ。毎回すぐに回復できるとは限らないんだから。切り傷なら<生命力持続回復>(リジェネート)でなんとかなるかもしれないけど、流石に欠損したら最悪死ぬよ? ほら、なるべく好みに合わせるからさ」

 やまいこがそう言いながら採寸しているクレマンティーヌの横で取り出したのはユグドラシルの装備カタログである。基本的な装備しか載っていないが、掲載されている装備は全てナザリックで制作可能だ。
 ユグドラシル時代は鍛冶スキルを持つギルドメンバーがここから基本となる装備を選び、そして希少なアイテムでカスタマイズしていくのである。

「モモン様、そろそろバレアレ家に行く時間」

 やまいことクレマンティーヌがわいわいとカタログを見始める中、控えていたシズがモモンガに声をかける。

「そうか。――二人とも、俺とシズはバレアレ家に行ってくる。素材が足りなかったらナザリックから取り寄せてくれ」
「了解」
「いってらっしゃーい」

 モモンガはゴブリンたちがいる中庭に目を向ける。そして仲良く話し込んでいるルプスレギナとエンリにも声をかける。

「ルプスレギナとエンリもそっちを頼んだぞ」
「了解っす」
「はい、いってらっしゃいませ」

(ルプスレギナとエンリは仲良くやっているようだな。今後も人間と関わる仕事にはルプスレギナを使うのもありかもしれない)

 モモンガは踵を返すと<転移門>(ゲート)を開いてシズと共にバレアレ家の地下研究室に転移する。


* * *



「いらっしゃいませ! モモン様!!」

 薬草の濃い臭いが充満する地下研究室に転移すると目の前にはやたらとテンションの高いタブラ・スマラグディナと、それに驚くンフィーレアとリイジーがいた。

「……タブラさんの姿の時はもう少し大人しくしろ。キャラが崩れてるぞ」
「は! 申し訳ありません」
「それで? 完成した新しい水薬(ポーション)とやらを見せてくれ」
「こちらにございます」

 手渡されたのは青紫色の水薬(ポーション)。この世界の標準的な青色の水薬(ポーション)ではないことは一目瞭然だ。

「ふむ。これをンフィーレアとリイジーだけで作ったんだな?」
「はい。私は錬金機材の扱い方とユグドラシル由来の素材の特性を説明しただけ。水薬(ポーション)を作ったのは間違いなくこの二人の力です」

「なるほど。それで効能は?」
「昨夜捕らえた八本指で治験したところ、切り傷程度であれば瞬時に塞ぐことができましたが複雑骨折の場合は骨が歪に癒着してしまうことがあるようです。単純に回復量だけで判断するならば、具体的にはレベル40前後であれば十分使用に耐えられるかと思います」

 そこまで聞きモモンガはンフィーレアとリイジーに目を向ける。
 二人とも評価を気にしているのか緊張した面持ちで控えているが、よく見ると顔には疲労の色が濃い。大方研究三昧でろくに休息も取っていないのだろう。
 健康管理も仕事の内だと説教してやりたいがまずは功績を称えるべきであろう。

「リイジー。それにンフィーレア。素晴らしい成果だ」

 目に見えて安堵する二人にモモンガは言葉を続ける。

「今の研究と並行して今後はこの青紫の水薬(ポーション)をこの世界の材料だけで作れるか試してほしい。もし可能であれば将来的に大量生産し、場合によっては販売も視野にいれたい」
『畏まりました』

 声を揃えて返事をするンフィーレアとリイジーの目には探究に燃える者の力強さがある。

「さて、リイジー・バレアレ。今回の成果はこの世界の人類にとって大きな一歩であると私は考えている。しかし、お前の言うところの“神の血”に至るにはまだまだ長い時間を要するだろう。そこで今回の見返りとしてお前を若返りさせようと思う」
「わ、若返り……じゃと……」

 枯れても女性。“若返り”の言葉に目が期待に光る。

「言葉通りだ。ただ初めて試すからどうなるか正直分からないこともある。例えば肉体の若返りに対して精神がどうなるのか、とかな」
「精神……。記憶なども退行する恐れがあると?」
「そういうことだ。あとは肉体を若返らせることで寿命も延びる保障もない。本来なら適当な人間で試すべきなのだろうが、成功した場合は口封じが面倒だし逆に失敗した場合は経験値が勿体無い。であればぶっつけ本番で試すのも有りかなと思ってな。無理強いはしないが、どうする?」

 急な話にリイジーは一瞬逡巡するがすぐに決意を固める。

「受けよう。今回の成果で思い知った。“神の血”までは果てどなく遠い……。もし時間を稼げるならそれにかけたい。……――という訳じゃ、ンフィーレア。万が一のときはお主が研究を主導するんじゃ」
「っ! はい。お婆ちゃん」

「リイジー・バレアレ。お前のその探究心に敬意を表そう。……ではさっそく取り掛かるとしよう。その辺の椅子に座ってくれ。あと骨格が変わるかもしれないから衣類は緩めておくといい。シズ、手伝ってやれ」
「畏まりました」

 今から使うのは超位魔法<星に願いを>(ウィッシュ・アポン・ア・スター)
 経験値を消費することで、運営が用意した選択肢の中から願い事を選んで発動する魔法だ。発動の際、消費した経験値量に応じた数の選択肢に、200以上あるとされる願い事の中から状況に応じた願い事がランダムに浮かび上がる仕組みだ。

 シズがリイジーの面倒を見ている傍ら、モモンガは世界級(ワールド)アイテム「強欲と無欲」を取り出して装備する。続けてマーレが調査してアルベドがまとめた報告書を取り出すと、この世界に来てからストックした経験値量を確認する。

(今回は魔法がどのように変質しているか確かめるだけでいい。消費経験値は選択肢一個分、つまり10%。その経験値を“強欲と無欲”で支払う)

 実のところ経験値消費を無にするアイテムがあるにはあるのだが、超希少な課金アイテムなので実験では使いたくないのだ。アインズ・ウール・ゴウン内でもモモンガとやまいこがそれぞれ1個持っているだけと言えばどれだけ希少なのか伝わるだろうか。

(でも、ボーナスを全額つぎ込んだ俺とガチャ1回で引いたやまいこさんとじゃ価値が違うよなぁ……)

「モモン様。準備、できた」
「よし。では始めるぞ」

 モモンガが強欲と無欲を掲げるとリイジーは目を瞑る。

<星に願いを>(Wish upon a star)俺は願う(I wish)!」

 特別唱える必要のない口上と共に呪文を唱えると、超位魔法<星に願いを>(ウィッシュ・アポン・ア・スター)が発動する。地下研究室いっぱいに青白い光を放つ魔法陣が広がると、モモンガは自分の頭に膨大な情報が上書きされるような、または新たに書き込まれていくような感覚に襲われる。

「これは……、すごいな……」

 “何か”が自分を書き換えていく不快感と、巨大な“何か”と結びつくような幸福感。
 形容しがたいそれらの波が去ったとき、モモンガは<星に願いを>(ウィッシュ・アポン・ア・スター)がこの転移世界でどのように変質しているかを理解した。

 この世界において<星に願いを>(ウィッシュ・アポン・ア・スター)は文字通り願いを叶えてくれる魔法へと変貌を遂げていたのだ。
 さらにユグドラシル時代では最大消費経験値が100%、つまり選択肢を10個出すのにレベル1ダウンしていたが、この世界では選択肢が存在しない代わりに500%、レベル5ダウンすることでより強大な願い事を叶えられる魔法に変質したのだ。
 運営が用意した選択肢ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()
 しかし――。

(残る問題は実際に消費する経験値量……。どのような願いがどれくらいの経験値を必要とするのかが分からない……けど、こればかりは自分で対応表を作るしかないか。まずはリイジーを何年分若返りさせようか……。10年や20年では実感し難いか?)

 失礼な話だがモモンガにはリイジーが10年や20年若返って顔から多少皺が減ったところでそれに気付けない自信がある。

(一目見て成功したと分かるくらいとなると、思い切って40年くらいいってみるか? いや、50年……。そうだな、50年にしよう。うん)

「リイジー・バレアレを50年若返らせたまえ!」

 モモンガの願いに応え魔法陣が一際強く輝くと、まるでガラス細工のように砕け散る。この世界にきて初めて唱える超位魔法だが、その派手な発動演出は健在であった。

「おおぉぉ! か、身体がっ!? ンフィーレアや、わしはどうなっておる!?」
「凄い! どんどん若返っているよ、お婆ちゃん!!」

 まるで動画を逆再生しているかのように皺だらけだったリイジーの肌がみるみるうちに張りと瑞々しさを取り戻していく。30代くらいだろうか、どことなくンフィーレアに似た面影から改めて血縁者であることが分かる。

「流石はモモン様。成功、おめでとうございます」
「ありがとう、パンドラズ・アクター。これで寿命も延びていればいいんだが」
「そればかりは時間の経過を待つほかありませんね。消費経験値は如何でしたか?」

 パンドラズ・アクターに促されるように“強欲と無欲”の貯蓄された経験値量を確認する。

「これは素晴らしい。想定よりも消費が遥かに少ない」

 失われた経験値と報告書を見比べ、今回消費された経験値がおよそビーストマンの戦士3人分。人間一人を50年若返らせるのにビーストマンの戦士3人で済むのなら安いものだ。

(若返り用にビーストマンを飼育する「若返り保険」なんて作ったら儲かるだろうな。餌代と管理費を積み立てて……。いやダメだ。一日の使用回数が限られている超位魔法が必須な時点で破綻するのは明らかだ。リイジーのように限られた関係者に限定すべきか……)

「身体の調子はどうだ、リイジー」
「うむ。特に不調は感じないのう。久々の感覚じゃがすぐに慣れるはずじゃ」
「そうか。記憶がそのままであれば一安心だな。言うまでもないが今起こったことは全て他言無用だ。若返りの理由はこちらで用意するから、それまではあまり出歩かないように」
「仰せのままに」

 最後に、興奮気味のリイジーとンフィーレアにしっかりと休憩も取るよう指示をすると、モモンガはシズを連れてゴブリン邸へと戻る。今日はクレマンティーヌの装備が準備でき次第、王都リ・エスティーゼへ向かう予定なのだ。
 気を新たに<転移門>(ゲート)をくぐると、モモンガは旅支度をするのであった。


* * *



「ズルい。クレマンティーヌはズルい」
「モモンちゃんまた? もー勘弁してよ。仕方がないじゃん」
「そうだよモモン。ボクも正直羨ましいとは思うけどね。女々しいぞ」

 今、モモンガ一行は数日をかけて王都リ・エスティーゼに辿りつき、その歴史を感じさせる大通りを歩いていた。モモンガはここまでの道中、度々クレマンティーヌを見ては先の通り「ズルい」と駄々をこねる始末だ。
 原因はクレマンティーヌの装備にあり、それはユグドラシルプレイヤーであるモモンガたちの力をもってしても真似ることのできないことであった。

「言い過ぎなのは分かってはいるんです。でもなぁ……。重ね着できるなんて……」

 そう。モモンガが再三羨ましがっているのは、この世界の住人が()()()()()()()()()ことに対してだ。
 今、クレマンティーヌは以前から装備している“女王のビキニアーマー”の上から、黒く染めたレッサードラゴンの革で作られた帯鎧(バンデッド・アーマー)の上着とレッグガードを装備していた。これは“女王のビキニアーマー”が「全身鎧」に区分されていたユグドラシルでは有り得ない組み合わせなのだが、この世界では多少の調整が必要とはいえ下着同然のビキニアーマーを鎧の下に着こむことができたのである。

 鎧に鎧を重ねることができる。未だ装備面でユグドラシルのルールに縛られているモモンガとやまいこは大いに羨んだ。<星に願いを>(ウィッシュ・アポン・ア・スター)で叶える案も挙がったが、しかし現状強敵らしい強敵もおらず、ある意味完成されている二人は経験値を惜しんで現状維持を選んだのであった。

「ユグドラシルでも永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)で叶えられたのかな……」
「あの運営ですからね、聞いてもらえたと思いますよ」

 やまいこの言葉にモモンガは即答する。
 やまいこの言う永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)とは世界級(ワールド)アイテムの中でもさらに強力な「使い切りタイプの世界級(ワールド)アイテム」のことだ。効果は<星に願いを>(ウィッシュ・アポン・ア・スター)の上位互換。用意された願い事ではなく、運営に直接願い事を伝え、叶えてもらえるとんでもないアイテムだ。
 アインズ・ウール・ゴウンにとっては苦い思い出のある世界級(ワールド)アイテムだが、それも今となってはいい思い出だ。

 モモンガはあらためてクレマンティーヌを見る。
 上半身の露出が無くなりレッグガードも装備したとはいえ、相変わらず下半身、とりわけ腰から太ももにかけては元のまま下着同然だ。どうも脚の線は見せたいらしい。
 アクセサリー枠である頭の猫耳と腰の尻尾も健在だ。
 しかし、見た目はこの際どうでもよく、ゲーマーとしては装備を重ねる事で得られる恩恵が羨ましくてたまらない。

(課金アイテムで拡張しなくても好きなだけ指輪を装備できるんだもんなぁ……)

「そういえば庇ってもらった礼をしていなかったな。受け取れ、クレマンティーヌ」

 モモンガは道すがらアイテムボックスから指輪を取り出すとクレマンティーヌに手渡す。

「え!? い、いいよそんな。この鎧だけで十分だよ」
「そう言うな。本来であればあの場はアインズ・ウール・ゴウン仕切りの作戦で、別段お前が負傷する必要はなかったんだからな。部下ならいざ知らず、お前は冒険者仲間だ。もちろん毎回何かをやるわけにはいかないが、今回はとりあえず特別手当だと思って受け取るといい」
「うー、なんか高価なものを貰いすぎなような……」
「他にも理由が必要ならそうだな、言語学習の講師料なんてどうだ?」

 クレマンティーヌは降参とばかりに両手を挙げる。

「そこまで言うなら受け取るけどさ~。それでどんな効果なの? この指輪」
「毒耐性と疾病耐性の上昇。お前は肌を露出しているからな。対策しておいた方がいい。完全耐性ではないがこの世界でなら問題はなかろう。まぁ、酒に対しても効果を発揮するから、酔いたいときは強めの物を飲むか指輪を外すといい」
「一つの指輪に複数の効果って……、予感はしていたけどすごいアイテム……」
「そうか? 付呪スキルを極めるともっと凄いアイテムも作れるぞ」
「うへぇ……」

「はいはい、二人とも。話してばかりいないで一緒に探してよ。この辺のはずなんだから」

 やまいこの言葉で本来の目的、ある家を探していたことを思い出す。
 大通りを見渡すと、そこは王都でも裕福層が住む地区だ。

 地図を片手に標識を確認しながら進むやまいこは、細長い三階建ての建物を見上げる。

「あったあった。この家かな?」

 ドアノッカーを鳴らし、しばし待つと中から初老の執事が現れる。 

「これはこれは、皆様ようこそいらっしゃいました」
「久しぶり、セバスさん。元気そうだね。お嬢様は中?」
「はい。皆様長旅でお疲れでしょう。どうぞ中でお寛ぎください」

 ここはリ・エスティーゼ王国で情報収集を任せられているセバスとソリュシャンの借家。ソリュシャンはスレイン法国に拠点を構える大商人の娘に扮し、セバスはソリュシャンに仕える執事ということになっていた。玄関先で交わされた「お嬢様」とはソリュシャンのことである。
 これらの挨拶は偽装した身分に則り、人目のある場所ではそう振る舞うよう厳命されているのだ。またそれらを裏付ける書類は全てスレイン法国が用意した公式なものであり、余程深く探らなければ偽りが露呈することはないだろう。

 居間に通されると待機していたソリュシャンが一礼する。ナザリックで着ていたメイド服ではなく大商人の娘らしくお洒落な服で着飾っている。セバスが横に控えれば誰が見ても大商人の娘だ。

「まずは二人とも情報収集ご苦労。とても役に立っているぞ。それと王都での情報収集はそろそろ切り上げ、次はバハルス帝国に行ってもらう予定だ。もし懇意にしている人間がいるなら今のうちに伝えておくといい」
「畏まりました、モモンガ様」

 セバスが代表で応える。室内に入り外部の人目が無い今、セバスとソリュシャンが示す態度はナザリックのそれである。

「二人にはしばらく商人の娘とその執事を演じてもらうつもりだ。ナザリックから遠く離れ、色々と不便をかけるかもしれないが宜しく頼む」

 モモンガが軽く頭を下げるとセバスが慌てて声を上げる。

「そんな頼むなどと勿体ない! ただ一言命じてくだされば宜しいのです。私もソリュシャンも御方のお役に立てるのであればこれに勝る喜びはありません。どうか私たちのためにお気を煩わせぬよう願います」

 セバスの言葉に隣に控えるソリュシャンもこくこくと頷いている。

「その言葉、ありがたく受け取ろう。とはいえ人間相手に商売をするのがどれほど煩わしいかを私は知っている。何か必要な物や困ったことがあったら優先的に処理するようアルベドに伝えておくので遠慮なく言うように」
「はい、お気遣い頂きありがとうございます」

(不慣れな土地に長期出張とか辛いもんなぁ……)

「セバス、今日はこのまま休ませてもらう。明日は報告にあった魔術師組合本部へ案内してくれ。スクロールの品揃えをこの目で見てみたい」
「畏まりました、モモンガ様」


* * *



 翌日、モモンガ一行にセバスとソリュシャンを加えた全員で魔術師組合本部へと足を運ぶ。
 上客となっていたセバスのおかげでラウンジに席を用意してもらったモモンガ一行であったが、組合員からの視線がやたらと痛い。
 モモンガがそれとなくセバスに理由を問うと、初めて魔術師組合本部を訪れた際、傍若無人で我が儘設定のソリュシャンは色んな意味で注目を集めたとのことだった。

(確かにそんなデビューを果たしておいて()()じゃ注目もされるか……)

 そのソリュシャンが今、モモンガと腕を組みニコニコ微笑みながら大人しく横に座っている。そのあまりのギャップに驚いているのではとセバスは分析する。

 ソリュシャンのこの振る舞いはモモンガたちが指示したものではなく、ソリュシャン自身が即興で作った「過去に暴漢から助けてもらって懐いている」設定である。
 突然始まったソリュシャンのロールプレイにモモンガとやまいこは思わず流されてしまったが、こんな様を他の女性NPCたちが見たらさぞ嫉妬するに違いない。

 そんなソリュシャンをやまいこは「したたか」と評する。ナザリックのシモベでここまで上手く公私混同しているのは後はデミウルゴスくらいだろう。

 セバスとクレマンティーヌを見ると、同席しているものの完全に手持無沙汰だ。執事然としたセバスは落ち着いた雰囲気を漂わせているが、魔法に興味が無いクレマンティーヌは見るからに暇そうだ。

「モモン、この生活魔法ってボクたちにも使えるのかな?」

 やまいこの声に商品カタログに目を落とす。
 魔力系・信仰系・精神系といった具合にユグドラシルにも存在する系統の魔法ならナザリックのシモベたちも使える可能性がある。しかし生活魔法と呼ばれる系統はユグドラシルには無い。

「うーん。位階だけで判断するなら使えそうだけど、ユグドラシルに無い系統だとダメかもしれないな。試しに買ってみてダメなら巫女たちに使わせるとか……。個人的にコレクションしたいものもあるからリストアップするけど、マイはどうする?」
「あ、じゃあ一緒にお願い。ボクはコレとコレね」

 数刻後、二人は購入リストを受け付けの組合員へ渡す。リストの内訳はやはりというか主に生活魔法に偏っていて、各種香辛料を生みだす魔法や衣類を漂白する魔法、なかには指先に小さな火を灯すなど手品紛いの魔法などが含まれていた。
 正直なところどれもナザリックでは使い道が無いものばかりだが、ユグドラシルには存在しない魔法ということも手伝い、二人ともコレクター魂がくすぐられてしまったのだ。

「お待たせいたしました。――計金貨50枚と銀貨20枚になります」

 支払いを終え袋詰めされた大量のスクロールを受け取ると組合員総出で送り出してくれる。一度に多額の購入をしたことでセバス同様モモンガたちも上客として認識されたようだ。媚びた様子は見られず誠意が感じられる。
 リ・エスティーゼ王国では王族や貴族のあいだで魔術師は胡散臭い存在として冷遇されており、この魔術師組合本部も王国の支援は受けていない。そのために組合の気質は民間企業に近く、冒険者や一般市民と親密に関わっているようだ。
 こうした背景も手伝いその接客術は見事なものである。

(この世界では魔法を開発できると聞いているのに、勿体ないなぁ)

 魔法の利便性を知る魔法詠唱者(マジックキャスター)たるモモンガとしては、国が組合を支援せずに放置しているのはなんとも勿体なく感じるのだ。

 モモンガはそんな魔術師組合を憂いながら仲間たちと再び街へくりだすのだった。


* * *



 魔術師組合本部を出て大通り、やまいこは久しぶりの買い物でご満悦だ。

(たまには散財も悪くない)

「モモン、まだ日は高いけど、どうする? 市場とか覗いてみる?」
「そうだなぁ……、たしか王国戦士長に王都を訪れたら是非館にって誘われてましたよね」
「ガゼフ・ストロノーフ戦士長……だっけ?」
「そうです。荷物を一旦置きに戻ったら、土産でも持って訪ねてみませんか? ミスリルへ昇進したことを伝えるついでに王都の見所を聞いてみるってのはどうです?」
「いいね、それ。じゃあ、荷物置いたら市場でお酒でも買っていきますかー」





 そうと決まればと借家まで近道するため路地裏に入る。何度も角を曲がり表通りから完全に死角になるところまで進むと、薄汚れた路地に悪臭が漂い始める。

(王都も一歩道を逸れればこの有様か……)

「……ん? セバス、どうした?」

 やまいこはセバスが後方で足を止め、足元の麻袋へ視線を落としていることに気付く。

「マイ様、それが……」

 目を凝らすと麻袋からはやせ細った腕が伸び、その小枝のような手がスラックスの裾を掴んでいる。

「――セバス」

 やまいこはセバスに麻袋を広げるよう目配せする。
 袋の口をセバスが広げると、予想していたものが出てくる。
 やまいこはしゃがみ込みその手を取る。

(人間……、女か)

 栄養失調のためか病的なまでに痩せ細り、肩ほどに伸びた髪もボロボロの女だ。青い目は濁り見るからに生気が無く、その全身には数え切れない裂傷が刻まれていた。顔は殴打されたのか腫れあがり、身体の至る所に噛み痕と内出血がみられる。全裸でなければ性別すら判断ができぬほどに状態が悪い。
 事実、死に体の彼女がセバスのスラックスを掴めたのは奇跡だろう。

(王国の暗部……か)

 やまいこはこの女がどういう扱いを受けたのか容易に想像できた。しかし同性ゆえに多少の憐憫の情はあれど大きく心が動かされることはない。
 王国が()()()()()であることは調べがついている。奴隷制度が廃止されてなお囚われていた憐れなこの女は運が無かったのだ。

(厄介ごとに巻き込まれる前に立ち去るべきかな)

「マイ、セバス。何かあったのか?」

 二人が立ち止まったことに気付いたモモンガたちが引き返し、袋の中身に気付くと皆で取り囲む形になる。

「ん~? うへぇ……娼婦ってより奴隷? 廃止されたって聞いたけど、残ってるもんだねぇ」

 袋の中身を一瞥すると痛々しい姿から目を逸らしたかったのか、又は興味を無くしたのか、クレマンティーヌはそっぽを向く。ソリュシャンも特別反応を示さない。

「――おい。なんだお前ら、どこから湧いて出やがった」

 突然発せられたどすの利いた低い声に目を向けると、近くの鉄の扉から大柄な男が姿を現す。顔や腕に古傷を持つ男はいかにも裏社会の人間だ。

「おいおいおい。そいつから離れろや。見せもんじゃねぇぞ」

 こちらが多勢にもかかわらず男は敵意を剝き出しに近寄ってくる。

「お? なんだ、女連れか……。おい、そこの冴えない野郎に爺さん。悪いことは言わねぇから消えな。ここは女連れで来るような場所じゃねぇぞ」

「モモン、行――……」

 やまいこは立ち上がりながらモモンガを促そうとした刹那、セバスの表情が目に入り思わず息を飲む。

(あぁ、参ったなぁ……)

 老紳士の顔に秘められた僅かばかりの感情に、やまいこは懐かしさを感じた。

(……牧場に行ったせいで麻痺してたかな)

 やまいこは振り向きざまに男の胸倉を掴むと強引に持ち上げる。

「な、なにしやがっ……ぁ!?」

 やまいこより男の身長が高く、完全に浮かせることはできなかったが、それでも男が必死にばたつかせる足は辛うじてつま先が地面を掻くだけでまるで抵抗になっていない。

「やまいこさん!」
「ゴメンね、モモ――」
「1分待ってください。認識阻害の魔法を展開します」

 モモンガは数本のスクロールをアイテムボックスから取り出すとソリュシャンにそれらを発動させる。手慣れた様子でスクロールを消費していくソリュシャンを尻目にモモンガが告げる。

「人払いと音を遮断する魔法、それとこの入り口付近に幻術かけます。これでこのエリアを隔離できるでしょう。制圧に30分、痕跡を消すのに30分、いいですね?」
「……止めないの?」
「止めませんよ。ナインズ・オウン・ゴールからの付き合いじゃないですか」

(そうだ。モモンガさんはいつだってメンバーの意を酌んでくれていた……)

「サポートは任せてください」
「了」

「なんだてめぇらっ! や、厄介なことになるぞ……。八本指、聞いたことくらあぶっ!!?」

 男の喚きにやまいこは強烈なビンタを喰らわすと、そのまま男を絞め落す。

()()()()()()。買い物の余韻すら邪魔してくるとは、いい加減煩わしいぞ……」

「モモン様、マイ様、準備ができました」

 ソリュシャンの言葉に頷くと、やまいこは意識を失った男を引きずり男が出てきた鉄の扉を躊躇いもせず蹴り破る。外開きにもかかわらず凄まじい衝撃で室内に吹っ飛んだ鉄の扉は、入口の側に立っていたであろう見張りを巻き込み突き当りの壁に突き刺さる。
 騒ぎ始めた室内の敵に対し間髪容れず手元の男を全力で投擲すると、投げられた男共々壁の染みとなった。

(せっかくモモンガさんがくれた時間だ。手早く済まそう)


* * *



 モモンガは建物の中に入っていくやまいこを見送ると各人に指示を飛ばす。

「セバスとクレマンティーヌはやまいこさんに付いていけ」
「畏まりました」
「りょうかーい」

 指示を終えるとモモンガはあらためて付近を警戒する。

「ソリュシャン、付近の状況は?」
「目撃者はおりません。扉を蹴破った音に表通りの人間が反応した様子もありません」
「上々。で、その女はどんな様子かわかるか?」
「少々お待ちください」

 ソリュシャンは袋から女を引きずり出すと手をその身体に這わせて診察を始める。

「……上から順に、前歯の上下を抜かれています。肋骨、及び指にヒビ。右腕および左足の腱は切断。裂肛もあります。打ち身や裂傷などは全身にわたって無数にあるため詳細は省略させていただきます。皮膚や体液から複数の性病を患っているようです。また何らかの薬物中毒になっており内臓の働きも悪いと思われます」

「そうか……。従業員を使い捨てとは……酷い話だ。いや、使い捨てとも限らん……か?」

 診断を終え、次の指示を受けようとモモンガを窺ったソリュシャンの表情に恐怖が宿る。

 モモンガもやまいこと同様にセバスの表情には気付いていた。そしてその表情にやまいこが何を思ったのかも理解できた。ただそれとは別にモモンガは、この女に一瞬だが過労死した己の母親を重ねてしまったのだ。
 しかし、微かに芽生える苛立ちが何に対するものなのかモモンガには判断ができなかった。自分、母親、会社。それともその全てに対してなのか。目の前に転がる死に体の女がモモンガの心をざわつかせ表情を険しくさせる。

「い、いかがいたしましょう。お預かりしている大治癒(ヒール)がありますが」

 ソリュシャンの微かに怯えを含んだ声にモモンガは我に返る。

「――そのままで構わない。それよりも仕事だソリュシャン。確か職業(クラス)にポイズンメーカーを取得していたな?」
「はい。現在レベル4です」
「では隣接する建物へ侵入し、住民が一般人であれば眠らせ、ここと同業なら知らせろ。姿は晒さないように隠密でいけ。私はここの1階にいるから終わったらすぐに合流しろ」
「畏まりました」

 ソリュシャンが暗殺者(アサシン)特殊技術(スキル)で影に身を潜めたのを確認すると、モモンガは女を抱きかかえてやまいこが開けた扉へ向かう。
 道すがらアルベドへ<伝言>(メッセージ)を飛ばすと、ほどなくして王都から一つの娼館が姿を消すのであった。



独自設定
・超位魔法<星に願いを>の仕様を正しく理解しているか不明。もし間違っていたら独自設定ということでご容赦。
 事象に対するコストの妥当性は深く考えていません。既に存在する物の変質は比較的コストが安く、無から何かを得たり、有を無に帰すようなことには高いコストがかかる認識です。
 今回リイジーを50年若返らせたコストで治せる病気があったとしても、同じ病気を治せるポーションを同じコストで無から創り出すことはできない感じです。
・現地人の装備仕様
・描写していませんが特定の盗賊スキルを取得していればユグドラシル出身でも生活魔法系のスクロールを使用できる予定。ソリュシャンなど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話:娼館

 やまいこを追ってセバスとクレマンティーヌが娼館の一階フロアに突入する。フロアは既に制圧されており、やまいこは表玄関を封鎖しているところであった。

「マイ様、ご指示を」
「聞き出した情報によると地下に本命の娼館エリアがあるらしい。ボクは上の階にいるという責任者を捕らえにいくから、セバスとクレマンティーヌは地下に囚われている女性たちの救出を宜しく。時間が無いからさっさと済ますよ」
「畏まりました」

「マイちゃん、地下への入口も聞き出してる感じ?」

 クレマンティーヌの()()()付けに未だ慣れぬセバスは渋い顔をする。しかし御方々がそうあれと望まれている以上は努めて受けいれようと表情を引き締める。
 実のところ彼女に対するセバスの評価は悪くはない。カルネ村での行いを耳にしており、同盟者であるにもかかわらず戦闘メイド(プレアデス)を差し置き脆弱な人の身で御方を庇った行いは称賛に値すると考えていた。

 対する当のクレマンティーヌはセバスと組むことに緊張気味だが、アルベドやナーベラルを相手にするよりは余裕が見える。
 そんなクレマンティーヌからの質問にやまいこは壁際の床を指さす。

「そこ。隠し階段があるってさ。じゃあ、ボクは行くよ」
「いってらっしゃ~い」

 セバスとクレマンティーヌはやまいこが二階へ上がるのを見届けると視線をかわす。

「んじゃ~行きますか、セバスさん」
「はい。時間が限られていますから私が先行して敵を処理します。クレマンティーヌ様は囚われている女性の介抱をお願いします。女性である貴女の言葉なら信用されやすいと思いますので」
「はいは~い、任せて」





 床に偽装された落とし戸を通り、セバスとクレマンティーヌは地下の娼館エリアを目指す。
 煉瓦で舗装された通路は所々にランタンが設置されているが薄暗く、土臭さとカビ臭さの中に僅かに甘い香りを漂わせていた。上手く換気できず淀んでしまった空気を香を焚くことで誤魔化しているのだろう。また舗装された煉瓦も素人が施工したのか酷く歪んでいた。

「まるで手作りの秘密基地ですね」

 セバスの漏らした感想にクレマンティーヌが軽口で応えようとしたちょうどその時、クレマンティーヌはビクリと肩を震わす。

「驚いた~。<伝言>(メッセージ)か」

 セバスはその言葉を聞き足を止める。この状況下で<伝言>(メッセージ)ということは御方からの指示である可能性があるからだ。
 そしてその予想は当たる。ほどなく<伝言>(メッセージ)を終えたクレマンティーヌが伝言を共有する。

「セバスさん、モモンちゃんから伝言。客はなるべく殺さず無力化するようにって。私は救出した女たちを一階に集めろって言われているから、廊下の安全を先に確保してもらっていいかな?」
「畏まりました。そういうことでしたら廊下は血で汚さない方がよろしいですね」

 そこからはセバスの独擅場。出会う従業員たちを血が出ないよう処理し、ものの数分で廊下の制圧を完了する。その間、各部屋には客らが特殊な情事に耽っていたはずだが防音が施されているのが災いし誰一人気付く者はいなかった。


* * *



 そこはさほど大きくはない部屋であった。簡素な造りの部屋に家具は衣装棚とベッドが一つずつ。そして申し訳程度に絨毯が敷かれている。
 この部屋がやや手狭なのには訳がある。それはここが地下にある非合法の娼館の一室で、国に露呈しないよう全て八本指の構成員が手掛けたからだ。セバスの“手作りの秘密基地”との評価は、正規の職人が施工していない点で的を射ていたといえる。

 そんな娼館の一室に備えらえたベッドの上で、だらしない贅肉を纏った中年をやや過ぎた男が裸の女を組み敷いていた。
 男の名はスタッファン・ヘーウィッシュ。王都リ・エスティーゼの巡回使で、貴族派に属し裏社会に便宜を図ることで私腹を肥やしてきた男だ。

 スタッファンは拳を振り上げると組み敷いた女の顔面へ振り落とす。
 いつからそれを繰り返していたのか、肉を叩く音は湿り気を帯びゆっくりと持ち上げた拳にはねっとりとした血が付着していた。

 女の顔は内出血で大きくはれ上がり元の顔が分からないほど痛めつけられていた。瞼は腫れ、鼻はひしゃげ、唇も裂けている。髪は血で固まり、先ほどまで必死に顔を庇っていたであろう痣だらけの腕は糸が切れたかのようにベッドに投げ出されていた。

「おい、どうした。もう終わりなのか?」

 再び拳を振り上げ、そして振り落とす。
 殴られ続けた女はもはや彼が期待するような反応は返さない。
 微かに痙攣するだけになった女を見下ろしたスタッファンは、背中を駆けのぼるぞわぞわとした心地よい感覚にぶるりと身を震わす。

「おお……、堪らん……」

 彼は女を殺さないようになどと加減はしない。ボロボロになった女を抱く時が一番興奮するという性的嗜好をもっているからだ。元が美しければ美しいほど良く、ボロボロにしていくその過程が重要であって生きていようが死んでいようが関係ない。最後に射精さえできればそれで満足できるのだ。

 助けて。
 許して。
 ごめんなさい。
 もうやめて。

 いままで抱いてきた女たちの叫び声を思いだしスタッファンは悦に入る。

(あいつら、いい声だったな……)

 そして彼は女たちが動かなくなる直前に漏らす()()()()()()()()()()()を聞くのが堪らなく好きなのだ。それを聞くためなら結果的に死んでしまったとしても構わないとさえ思っている。たとえ殺してしまったとしても金さえ積めばここでは面倒ごとを全て片付けてくれるからだ。
 とはいえ無反応になった女はやはりつまらない。こうなる前に行為に至っておけばと僅かに後悔する。

 スタッファンは気を取り直すと、もはや意識があるのかも分からない女の足に手をかけて開かせる。無抵抗に開かれた股は尿に濡れているが、彼は気にせず体を寄せると欲望に堅くなった自身を掴み挿入を試み――。

 カチャリと音をたて扉が開かれた。

「なっ!?」

 突然開けられた扉に目を向けると執事然とした老人の姿があった。

「なんだ爺! 部屋間違えてんぞ!!」

 スタッファンの怒声を意に介せず老人=セバスは平然とした足取りでベッドに近寄る。

「おい! 聞こえ――」

パン

 セバスの平手打ちがスタッファンの言葉を中断させる。

「な……な……!?」

 ワナワナと震えるスタッファンは初め何をされたのか理解できない様子であった。しかし次第に打たれた頬が熱を持ち、ジンジンと痛みが広がるとようやく理解が追い付いたのか顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。

「ぎざまぁ! こんなごどして――」

 パンッ!と前回よりも強烈な平手打ちがスタッファンの頬を打つ。その衝撃に耐えられず彼はベッドから転げ落ちてしまう。
 セバスはさらに平手打ちを数回お見舞いし、止めとばかりに両膝を踏み砕く。

「ぎっ!? ぎゃああぁぁあぁぁぁ!!! あ゛、あ゛じがあぁ!!!」

 のたうちまわるスタッファンをよそにセバスは廊下で待つクレマンティーヌに声をかける。

「クレマンティーヌ様、彼女で最後です。宜しくお願いします」
「は~いっと。うわぁ……、これ、生きてる?」

 ベッドに横たわる女に近づいたクレマンティーヌは己の下腹部が熱くなるのを感じる。彼女もまた嗜虐趣味の持ち主で、ボロボロになった女を前に密かに劣情を催していた。
 アインズ・ウール・ゴウンとの出会いで生き方こそ矯正されたが、二十数年培ってきた本質がすぐさま変わるものでもない。冷静を装いここまできたが一人助けるたびにどうしようもなく疼いてしまうのだ。

 クレマンティーヌは欲望を鎮めると青い水薬(ポーション)を取り出し女の口に含ませる。

「ダメか……(救出した中で一番状態が悪い)」

 クレマンティーヌは飲ますことを諦め青い水薬(ポーション)の残りを女の顔と身体に振りかける。僅かにだがゆっくりと傷がいえていくのを確認するとそのまま女を背負いモモンガの待つ一階へと運ぶ。

 これで地下の制圧は完了だ。従業員10人に客7人。女は蛸部屋に詰められていた人数を含めて12人。正味10分強の出来事であった。


* * *



 モモンガが一階フロアでソリュシャンからの報告を受けていると、隠し階段から女を抱えたクレマンティーヌが現れる。

「これで最後だよ」
「分かった。ソリュシャン、意識は無いようだが念のためこの女も眠らせてくれ」

「畏まりました」

 クレマンティーヌが抱えていた女を床に寝かせるとソリュシャンは素早く睡眠薬で眠らせる。今から開く<転移門>(ゲート)を目撃されないためだ。
 床に寝かされた女たちは袋詰めされていた一人を加え13人。全員ソリュシャンによって眠らされていたが、最低限の治療しか施されておらず横たわる姿は痛々しい。

「――もう大丈夫です」
「よし」

 モモンガが<転移門>(ゲート)を開くと吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が数人出てきて床に寝かされている女性たちを<転移門>(ゲート)の向こう側へと運んでいく。

「てっきり王国の神殿か詰所にでも押し付けるのかと思ったけど、ナザリックに送るの?」
「惜しいな。正解は神社だ」
「法国に造った神殿のこと? でもなんで? 王国の人間を誘拐したら面倒事にならないかな」
「理由は二つある。一つは王都に着いたばかりで目立ちたくない。非合法の娼館らしいから痕跡さえ残さなければ疑われることは無いだろう。もう一つは巫女たちの訓練だ」

 クレマンティーヌは訓練という言葉に首をかしげる。

「訓練……、扱える位階を上げたいってこと?」
「そういうことだ。仮にこの世界の人類に成長限界があると仮定しても弱すぎる。というか、強い奴と弱い奴で二極化しすぎている。俺とマイはその原因を実戦経験の乏しさと、種としての脆弱さのせいだと推測している」

「ふ~ん。それでまずは経験を積ませたいと」
「その通り。兵士の実戦経験が乏しいのはまぁ理解できる。命は惜しむものだし平和が一番だ。では魔法詠唱者はどうだ? 特に信仰魔法を扱う連中だ。この世界の神殿連中は目の前に治療を必要としている人がいるにもかかわらず対価がなければ治癒魔法を唱えようとしない。だから成長しないんじゃないか?」

 モモンガとやまいこは、一般人やただ訓練を繰り返す兵士より冒険者が強いのは実戦経験の差が原因だと考えていた。つまり命を奪った回数だ。信仰系魔法なら治療した回数だろう。
 しかしこの世界の人類は脆弱で、芽が出る前に魔物に刈り取られてしまうのだ。
 モモンガは説明を続ける。

「例として竜王国の兵士たち。彼らは戦う機会に恵まれてはいたが成長する前に殺されてしまっていた。でも漆黒聖典やアダマンタイト級冒険者のように()()()()()まで育ってしまえば、その後の実戦を怠らなければ成長は容易であると推測している」
「そう言われると確かにそんな気がするかも? 神人はべつとしても、私ら漆黒聖典は亜人狩りばかりしてたし、冒険者も難度の高いモンスターは高ランクの冒険者に依頼が偏るもんね。それがモモンちゃんのいう“二極化”につながる感じか……」

 この世界の人間が極端な強者と弱者で二極化するのは、この世界には無限湧きする経験値稼ぎ用の低レベルモンスターがいないのが要因だろう。人類の生存圏を一歩出ればそこには初級を通り越していきなり中級モンスターが犇めいている。これはレベル上げ以前の問題だ。

現実(リアル)ならゲームバランスが悪いって運営が叩かれるだろうな……)

「それとなクレマンティーヌ。これはあくまでも保護であって誘拐ではないからな。回復したら望む場所に送り届けてやるさ」
「ふーん。でも、帰る場所あるのかねぇ」
「……無かったらそのときまた考えるさ」

「モモン様、女共の移送が終わりました」

 クレマンティーヌとの会話が一段落したところに吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)から声がかかる。

「ご苦労。では<転移門>(ゲート)を第二階層に繋げるから待機しているエントマを呼んできてくれ」
「畏まりました」





 吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)と入れ代わりでエントマが姿を現すとペコリとお辞儀をする。

「モモン様ぁ、お召しにより参上しましたぁ」
「よく来てくれた。指示はアルベドから聞いているだろうから省く。地下が制圧済みだからさっそく頼む。入口はそこだ。下でセバスが客らを拘束しているはずだ。ソリュシャンも協力してやれ」
「承りましたぁ。いっさいがっさいお持ち帰りしますぅ」
「畏まりました、モモン様」

 エントマが懐から札を取り出しスキルを発動するとクレマンティーヌが小さな悲鳴をのみこむ。なぜならエントマの可愛らしい足元から大小様々な昆虫が数えきれないほど湧き出したからだ。
 小さいもので10センチ、大きいもので1メートルほどの昆虫がカサカサと音を立てて床を埋めていく様は免疫の無い人にはまさに悪夢だろう。

 昆虫たちを引き連れたエントマとソリュシャンが地下に向かってしばらくすると、昆虫たちが様々なものを<転移門>(ゲート)に放り込むために往復を開始する。観察すると小型の蟲は集団で協力し、中型の蟲は転がし、大型の蟲は背に載せ運んでいて見ていて飽きない。
 書類や小道具、ドレスやメイド服などの衣装、はては椅子やベッドなどの家具までもが運ばれていく。

「クレマンティーヌは昆虫苦手か?」

 隣で引きつった笑顔を張り付けていたクレマンティーヌに声をかける。

「いやぁ、特に苦手意識は無かったんだけど、さすがに量がね……」
「同感だ。――さて、マイを追って俺たちも上に行くか」
「りょ~か――」

ズンッ……

「っ!? なんだ!!?」

 モモンガとクレマンティーヌが階段に向かって歩き出そうとした瞬間、建物全体を揺るがすほどの強い振動を感じた。

「う、上の階からだよねぇ……」

 そして――

ミシ……、ミシミシッ……

 天井を見るとヒビが入っており、パラパラと埃を落としながら徐々にたわみつつある。

ギシギシッ…… バキンッ!!

「待て待て待てっ!! <骸骨壁>(ウォール・オブ・スケルトン)!!」

ドガガァァンッ! ガラガラガラッ ドドォーーン……

 咄嗟に唱えた魔法で傘のように壁を展開して崩落する天井をやり過ごす。

「無事か、クレマンティーヌ」
「うぇっぷ……、だ、だいじょうぶ。埃が口に入っただけ」

 大きな崩落が収まり骨の壁を解除すると惨状を目の当たりにする。どうやら天井、二階の床が崩落したようだった。
 粉塵がおさまった頃合いで視線を落ちてきた瓦礫に移すと、仁王立ちするやまいこが一人。
 そこにモモンガの呆れた声が響く。

「……何してくれちゃってるんですか、やまいこさん」


* * *



 時を遡り、やまいこが突入した直後の2階。
 やまいこはすぐにそこが偽装されたフロアだと気付く。見張りを兼ねた一階フロアとは違い、普段はあまり使われいないのか家具に薄っすらと埃が積もっていたのだ。

(本命は3階かな?)

 一階にいた男の証言が正しければ“上”に責任者がいるはずだが、しかしそれが2階と3階のどちらかなのかわからない。
 逡巡した後、やまいこは念のために2階の各部屋を回ることにする。

(ちゃんと場所も聞いておくんだった……)

 時間をかけて各部屋を回り、最後の部屋を調べ終わって廊下に出ようと踵を返したところで背後から、無人であるはずの室内からバタンと大きな音が響く。
 慌てて振り返ると、先ほどまでただの壁だったところが口を開け、二人の男が室内を窺っていた。

「ああ、隠し通路か。気付かなかったよ」
<警報>(アラーム)が発動したからわざわざ隠し通路を通ってきたのに……。運が無いな」

 先頭の男が室内に滑り込むとやまいこを値踏みする。色白だが猛禽類を思わせるその眼差しは鋭い。顔を眺め、胸で視線が一瞬止まり、両手を調べ終わると再び胸元、正確にはタイピン代わりにしている冒険者プレートに戻る。

「ミスリル級冒険者でその風貌、……噂の漆黒か」
「そういう貴方は八本指の何某さん?」
「六腕のサキュロントだ。……たしかマルムヴィストとエドストレームが勧誘に向かったはずだが……、行き違いになったか?」

 疑問を口にするサキュロントの後ろから、もう一人の男が甲高い声で喋り出す。

「あら? 綺麗な顔ね。体つきもいいわ。サキュロント、この娘も連れていきたいんだけど、どうかしら? 下の娼館がどうなってるか分からないけれど働かせれば多少は元が取れるでしょ」
「駄目ですよ。この女はこのあいだの会議で話題に上がった冒険者。先に六腕で勧誘する約束です」
「あぁ、あの漆黒とかいう……」

 サキュロントに諭された男は素直に引き下がる。

「で、どうだ? 俺たちの仲間にならないか? 八本指は力のある者にとっては居心地のいい組織だ。望むもが全て手に入るぞ?」

 やまいこは自信あり気に振る舞うサキュロントへ拒絶の意を込めて拳を構える。

「断わる。既に最高の組織に属し、かけがえのない家族がいる」

「あらあら、振られてんじゃない。ならいいでしょ? 多少壊れても構わないから、ね?」
「別料金でお願いしますよ、コッコドールさん。――そんな訳で悪いけど手足の一本ぐらい覚悟しろよ? 大丈夫、ここの客は特殊な奴が多いから、顔だけでも結構稼げるらしいぞ?」

 サキュロントは下卑た表情で剣を抜くとやまいこと対峙する。

「まったく……、ここに茶釜さんがいなくて君たちは幸せ者だよ」

 かつての女性ギルドメンバー、ぶくぶく茶釜は実力派声優だ。ロリボイスでアダルトゲームにも出演していたが「親しき中にも礼儀あり」を地でいくような人物で、礼節に厳しい人であった。特に下関係の話題に対しては気を使っていたものだ。
 同じくギルドメンバーであったぶくぶく茶釜の弟ペロロンチーノがよく猥談を聞き咎められて怒られていたが、そのときの説教ボイスは恐ろしく迫力があり、普段の可愛らしい声との落差はさすがは声優といった感じであった。

 そんな彼女が親しくもない相手から露骨に下関係の話題を振られたらどうなるのだろうか。

(ガチギレしたら静かになるタイプかなぁ……)

「あ、そうそう、マルムヴィストとエドストレームね。うちのクレっちが一人で倒しちゃったよ」
「!?」
「だからさ。貴方も大人しくして――ねっ!!」

 やまいこはモンクのスキルで気を煉ると拳に乗せ()()()で正拳突きを放つ。

「なに!?」

 両者の間は一足飛びに届く距離ではなかったがサキュロントは本能的に回避行動をとる。

「ぐぎゃっ!!?」

 そして代わりにコッコドールが吹っ飛び壁に叩きつけられる。
 床に伏せぴくりとも動かないコッコドールを見てサキュロントが叫ぶ。

「そっちが狙いか!」
「会話からするとその男がここの責任者でしょ? 警護任務失敗だね」

 サキュロントの顔から余裕が無くなる。

「……マルムヴィストとエドストレームを倒したってのは本当か?」
「本当。因みにエドストレームは勧誘させてもらったよ」
「あの女……、裏切ったのか」
「それで? 報告書によるとたしか()()()()()()()()()だっけ? 無抵抗で捕まってくれると助かるんだけど、どうする?」
「ほざけ」

 サキュロントが小さく魔法を唱えるとその姿が五つに分裂する。そして5人のサキュロントがやまいこを取り囲むようにゆっくりと動く。

「手足を削いで嬲り殺してやる」

 それを見たやまいこは心底面倒臭そうな顔になる。

「予感はしてたけど幻魔ってそういう……」
「後悔しても遅いぞ」
「一撃……」
「何!?」
「一撃で決める」

 やまいこが挑発するようにサキュロントに向かって手招きする。

「やってみせろ!!」

 5人のサキュロントが剣を振り上げ距離を詰めると、やまいこは<剛体>を唱え物理防御と物理攻撃力にボーナスを得る。そして先ほどと同じように気を煉ると<極震>を発動する。これはヒーラーであるやまいこが複数の雑魚敵に取り付かれたときに使うスキルで、自分を中心にスタン効果のある衝撃波を全方位に放つものだ。
 すなわち、全力で地面、ここでは床に向かって拳を振り下ろす。

ズンッ!

 刹那、衝撃波が室内を駆け巡り5人のサキュロントを襲い、その5人とは()()()()()()()()()()、透明化していた本物のサキュロントの悲鳴が上がり、同時に剣を取り落とす音が聞こえる。
 やまいこが音のした方へ振り返ると気絶したサキュロントが転がっていた。

「ね? 一撃ってい――」

ドガガァァンッ!

「わわわわっ!!?」

 やまいこの言葉を待たずに衝撃で緩んだ床が崩落する。

ガラガラガラッ ドドォーーン……


* * *



「というわけなんだよ、モモン」
「ああ、分かりました分かりました。それでその責任者はどこです?」
「え? ……えぇ~っと、そ、その辺……かな?」

 やまいこを中心に床が崩れたために二階の部屋にあった家具などが中心に向かって折り重なるように瓦礫と化していた。

「ご無事ですか!?」

 緊迫した声に振り替えると地下室からセバスと戦闘メイド(プレアデス)の二人が出てくるところだった。崩落の衝撃は地下まで届いたようで緊急事態と判断したようだ。

「我々なら大丈夫だ。下の様子はどうだ?」
「衝撃はありましたが被害はありません」
「なら作業再開だ。地下が終わったら次はこの瓦礫も頼む。人間が二人埋まっているはずだ。
 ……――というか、便利な魔法があるじゃないか。<生命感知>(ディテクト・ライフ)

 モモンガは呪文を唱えて瓦礫をざっと見渡す。

「あー……、一人死んでるな。そこに生命反応がある」

 モモンガの指す場所をセバスが掘り起こすと、瓦礫に揉まれたせいか関節が増えたボロボロのサキュロントが姿をあらわす。気を失っているようだが受け身の取れない状態で命が助かったのは儲けものだ。

「こいつは?」
「六腕のサキュロント。ということは責任者っぽい方が死んじゃったか。ごめん、蘇生する?」
「まぁ、まだ7本残ってますから別にいいですよ。で、サキュロントはどうでした?」
「ん~正直微妙」
「じゃあ、他の従業員と同じでいいか。セバス」
「は!」

 モモンガの意を酌んだセバスは掘り出したサキュロントを<転移門>(ゲート)に放り込む。

「……それで3階は見たんですか?」
「まだ。隠し通路で鉢合わせしちゃったからさ」

 やまいこの発言にソリュシャンが何か思い出したのかモモンガに声をかける。

「モモン様、ご報告したいことが」
「どうしたソリュシャン」
「それが、地下にも隠し通路がありました。如何いたしましょう」
「ん? 両隣の建物は無関係だったんだよな?」

「はい。恐らく一軒先か、もっと離れた場所に続いているかと。普段から使われている様子はなく避難用かと思われます」
「であれば放置で構わん。活動範囲はこの建物だけに絞れ」
「畏まりました」

「よし。撤収作業を続けるぞ。選別は考えなくていいからどんどん放り込め」

 モモンガの掛け声で撤収作業が再開される。
 床が一部崩落するという想定外の事故があったものの、こうしてモモンガたちによる襲撃は成功し、王都から非合法の娼館が一つ消えたのだった。


* * *



 スタッファン・ヘーウィッシュは恐怖していた。必死に裸の身体を揺すり脱出を試みるが、四肢にまとわりつく強固な粘液からは逃れられそうもない。

「う゛ぐう゛ぅっ!!」

 口も塞がれているために叫ぶこともできないが、セバスによって砕かれた両膝は回復魔法によって完治していた。
 回復されたときは一縷の望みにすがったが期待は直ぐに裏切られた。

 目の前に見覚えのある顔があるのだ。
 六腕のサキュロント。王都で度々つるんでは商人や町民を脅して金を巻き上げた仲だが、彼も同じように全裸で拘束され身動き取れない状態であった。ただスタッファンと違う点が一つ。彼は元の体型よりも大幅に()()()()()()()()()。かつての軽戦士然とした体形は見る影もなく、肥え太った色白の肌がモコモコと蠢いていた。
 猛禽類を思わせた鋭い目は虚ろに濁り、口はだらしなく涎を垂らすだけで意思を感じられない。

「確か、餓食狐蟲王が巣を欲しがっていたわね」

 娼館から連れ去られ、最初に面通しをした角と羽を生やした美しい女悪魔はそう呟いた。あの時は何を言っているのか分からなかったが、今なら理解できる。
 自分がこの後どうなるか、目の前にいるサキュロントが答えなのだ。

 スタッファンは自分の背後に意識を向ける。先ほどから自分の背後に何かが居る気配を感じるのだ。首を回そうにも固定されてて見ることができない()()は間違いなく自分にとって悪い存在だ。考えたくないが目の前のサキュロントをこんな風にした犯人である可能性が高い。

 ふと視線を落とすと、自分の股下を通り何かが鎌首をもたげていた。触手めいた形状の先端に昆虫の産卵管のような鋭い針がついている。

「う゛う゛っ! う゛ぐおぉぉぉ!!」

 無駄と分かりつつも必死に抵抗を試みるがやはり逃れられない。

――トスッ!

「うぐっ!?」

 腹部に感じた鋭い痛みに目をやると先ほどの針がヘソ付近に刺さっていた。見なければ良かったと後悔するが後の祭りである。何かが針を通して腹に染みわたる感覚におぞましさを感じ恐怖を覚える。

 そして、触手がゆっくりと蠕動を始める。その動きに合わせて卵管を通りゼリー状の粘液に包まれた何かがブリュブリュと皮下脂肪の下に注入されるのが分かる。

「ふっ! ふっ! ふっ!」

 いっそ痛みに気を失うことができればどんなに楽かと思うが、最初の一刺しで麻酔でも注入されたのか不思議と痛くはない。それが思考を冷静にさせ客観的に自分を分析してしまう。元々だらしなく贅肉を付けていた自分の腹が徐々に膨らんでいくさまもどこか他人事だ。

 目の前のサキュロントを見る。
 彼に至っては手足まで余すところなくみっちりと詰まっている。
 そう、彼が答えなのだ。



独自設定
・エントマの昆虫召喚
・やまいこの技全般
・餓食狐蟲王の家族の増やし方

独自解釈
・モモンガの現地人に関する考察


 執筆にあたり餓食狐蟲王のモデルとされる芽殖孤虫を検索したら全身が痒くなりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話:黄金

 モモンガたちが成り行きで地下娼館を襲撃した翌日、多くの王国民にとって王都リ・エスティーゼはいつもと変わらぬ平凡な一日であった。
 しかし、鋭い観察眼の持ち主であれば路地裏を行き来する人影が多いことに気付いただろう。
 何気ない日常の裏側では、八本指の命を受けた末端の構成員や下部組織が襲撃犯を探し出そうと躍起になっていた。脛に傷持つ者たちが慌ただしく走り回っていたのだ。

 襲撃を受けた八本指の動揺は大きかった。王国の影の支配者を自負する彼らの力をもってしても、犯人へと繋がる情報がなにひとつ得られないのだ。娼館襲撃の噂だけがひとり歩きをし、現場を走り回る者たちの混乱に拍車をかけていた。

 八本指を特に悩ませたのは、今回襲撃された娼館がコッコドールの経営する娼館の中でも一番表沙汰にしてはならない場所だったことだ。
 王国で違法とされる奴隷を商品としていただけでなく、顧客に上流階級が多く含まれていたのだ。速やかに事を収め、金を積んで揉み消さねば貴族相手に戦争が始まる恐れがあった。

 そんな状況の中、事態を重くみた八本指の長たちが緊急会議を開いたのは自然なことであった。
 しかし、元々独立した八つの組織が王国内で影響力を得るために寄り集まってできたのが八本指という組織。雲を掴むような状況に話し合いは遅々として進まなかった。
 一括りに八本指と恐れられてはいたが、互いの利害によっては平気で足の引っ張り合いを行うような組織なのだ。
 それ故に円卓を囲んでいるにもかかわらず、平時から渋々顔を突き合わせてきたこの連中が非常事態とはいえ急にまとまれるわけが無かった。

 会議が堂々巡りし、話し合いが罵り合いへと変わり裏切り行為への疑念が噴出した辺りで警備部門の長、巨漢のゼロが場に活をいれる。
 顔の半分に獣の入れ墨を彫り込んだ彼の凄味にさしもの裏社会の頂点たる他の長たちも押し黙る。

「いい加減にしやがれっ! お前ら仮にも組織を束ねる長だろう。この期に及んで内輪揉めなんてみっともない真似をするんじゃねぇ。
 ……整理するぞ。コッコドールが経営していた娼館が襲われた。正確には現場に残された状況から襲われたと断定した。まず扉が破られた形跡と血溜まりがあった。建物も一部損壊していたから何かあったのは確かだ。そして不可解なことに建物の中には()()()()()()。言葉通り建物が空っぽってことだ。コッコドールと警護していたサキュロント、従業員と女、それと人数は分からんが客も行方不明だ」

 この場で唯一、直接現場を見てきたゼロの説明に誰も疑いを向けない。筋骨隆々な外見から粗暴な印象を受けるが彼もまた一部門の長であり、必要のない嘘は吐かない性格だと皆知っているからだ。
 そんなゼロの説明を他の長たちが引き継いでいく。

「付近の住人は一人として襲撃に気付かなかった。一部異常な眠気が襲ったと訴えている住民もいるが証言が曖昧で何とも言えん」
「朱と蒼、どちらかの線は?」
「無い。裏を取ったがどちらも王都を離れている。ついでにガゼフ・ストロノーフも娼館が襲われたと思われる時間帯は王城にいた。国王派閥は除外していいだろう」
「しかし、生死は不明だが人間以外にも家具なども持ち出してるんだろ? 少数の冒険者には到底できない芸当だ。間違いなく大規模な組織が関わっている。そこで疑問なんだが、我々に敵対するような組織がこの王国にいるか?」

 ここで話し合いは行き詰まり、振り出しに戻る。
 結局のところ“何も分からない”のだ。
 何度状況を整理したところで解決の糸口が見つかるはずもない。

「ヒルマはどう考える? お前の所も襲われたんだろ?」
「そうだね、襲われたね。でもやった奴は違うと思うよ」

 答えたのは病的なまでに透き通った肌に白い衣装を着た女だった。紫煙を上げる煙管を持つ手から肩口までを昇る蛇の入れ墨をしていて、薄い衣服で着飾る姿は退廃的な高級娼婦を思わせるが、彼女は麻薬部門の長である。

「うちの畑を襲った奴は娼館を襲った連中と同じように痕跡は残していないけれど、ただ()()()()()()()()。ライラ畑や加工済みの黒粉はその場で燃やされていたし、住民に偽装した部下の死体もそのまま。手口は手堅いが常識の範囲内だ。恐らくだけど、こっちの件は朱か蒼のどちらかだと思うよ」

 ヒルマの報告に他の長たちは唸る。娼館を襲った相手が既知の存在ならばいかようにも対処ができたはずだがヒルマの証言はそれを否定している。

「となると……。さすがに評議国の亜人共が干渉してくるとも思えんから、帝国、法国、聖王国のいずれかが背後にいると考えるべきか?」
「しばらく王都を離れて活動したほうがいいかもしれないな」

 ゼロがその言葉を拾い釘をさす。

「どこで活動しようと勝手だが相手の正体を掴むまでは慎重に行動しろよ。エ・ランテルに送ったマルムヴィストとエドストレームが戻るまでは警備部門の戦力は事実上半分だからな。……ヒルマ、お前のところに警備を割くか?」
「いらないよ。代わりに失った人員の補充にコッコドールの部下を何人か私のところで引き取るさ。これから新しい候補地を探さなきゃならないんだ。余計な出費はしたくない。それよりも、うちの件は自前で面倒見るけど、娼館の件は警備部門に任せていいのかい?」

 ヒルマは他の長たちに確認の意味を込めて順繰りと視線を送る。

「六腕のサキュロントも行方不明なんだ。警備部門は当事者といえる。任せても問題無いだろう」
「そうだな。元々荒事は警備部門の担当だ。ただ今回ばかりは要請があれば協力しあう、ということでどうだ?」
「異議なし。それで構わんだろう」

 各部門の長が娼館襲撃の調査を警備部門に一任することへ賛成する。

「そういう訳だ、ゼロ」
「初めからそのつもりだ。このままじゃ警備部門の沽券にかかわる。……話すことが他に無いなら俺はもう行くぞ」

 ゼロの言葉に他の長たちも頷きあう。
 こうして姿の見えぬ敵に一抹の不安を残した緊急会議は解散となった。


* * *



 時を同じくしてロ・レンテ城内、ヴァランシア宮殿のとある一室でも秘密の会合が開かれていた。

 部屋に備えられた小さなテーブルを身なりの良い三人が囲んでいる。
 一人は金髪碧眼の美貌と国民を思いやる精神を併せて“黄金”と謳われるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。リ・エスティーゼ王国の第三王女である。
 二人目は冴えない風貌だが上等な衣装を纏った小太りの男。ラナーの腹違いの兄、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。リ・エスティーゼ王国の第二王子その人である。
 そして三人目は長身痩躯で金髪をオールバックで固めた男。細身の身体と切れ長の碧眼から蛇を想わせる彼はエリアス・ブラント・デイル・レエブン。トブの大森林の西に領地を持つ六大貴族の一人だ。
 三者共に一癖も二癖もある人物だが、利害が一致した同志である。

 ラナーは幼少期より、洞察力、発想力、理解力といった思考に関わる全ての能力が異常発達したいわば天才。その英知は比類なきものであったが、不幸なことにその卓越した思考力で紡ぎ出される言葉を周りの大人たちは理解することができなかった。
 そして周りの大人たちが彼女を理解できないのと同じように、彼女自身もまた、なぜ自分に理解できることが周りの人間は理解することができないのか、それが分からなかった。

 最低限の愛をもって育てられたものの、幼少期を誰にも理解されずに育った彼女の苦悩は精神を歪ませるには十分であった。同格の存在が身近にいなかったことが、ゆっくりとだが確実に歪みを大きくしてしまったのだ。
 ともすれば悪魔的な英知を持った化け物になっていたかもしれないラナーであったが、一人の子犬のような眼差しを向けてくる少年を拾うことで、辛うじてその人間性を繋ぎとめていた。

 子犬から少年、少年から青年になっても変わらず純粋な瞳を向けてくる存在が居たからこそ、その瞳を通して己を省みることができたのだ。純粋な瞳が曇らないよう、可憐なお姫様に扮することを学んだのだ。
 人を数字としてしか見ることができなくなっていた彼女が、普通の人間として他人と接することができるようになったのは、ある意味彼女の本性に触れることなく平穏に接することができるようになった周囲の人間にとっては幸運なことであっただろう。

 そして、今では純粋な瞳のまま逞しい番犬となった青年がいるだけでラナーの世界は完結していた。周囲に過度な悪意をばら撒くことも無く、第三王女という立場を維持したまま青年を鎖に繋いで何処にもいかないように飼う。自分を見る純粋な瞳を守る。ただそれだけを行動理念とし、一人の青年のためだけに慈悲深いお姫様であり続けているのだ。

「まさかお前とこうして会うようになるとはな。未だに慣れん」
「お兄様が王位に就かれるまでの辛抱です」

 ザナックは小太りで冴えない風貌通り肉体的な傑物ではないが、思慮には富んでいた。第一王子を追い落とし次期国王となることを目論んでいた彼は、城内に味方を増やそうと活動するなかでふとしたきっかけで妹の本性に気付いたのだ。

 度々革新的な政策を提案するラナーだったが採用されるのは稀であった。
 根回しが下手なだけだと初めは思っていたが、これが政策に深くかかわらないことで政治的な敵を作らないよう意図的に廃案になるよう導いているのではないかと勘ぐったのだ。
 そう考えれば普段メイド相手にみせる「年相応の無害な少女」も情報を集めるための演技と思えたのだ。
 それが確信に変わったのは、一月ほど前にスレイン法国からもたらされた破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の情報に関して、ラナーと秘密裏に協議したとレエブン候から聞かされたときだ。

 犬を飼い始めてから鳴りをひそめていたラナーの異常性(思考力)がいまだ健在と知ったザナックは、その英知を借りる対価として国王になった暁には「子飼いの番犬と誰にも邪魔されずに暮らせるように手配する」と取り引きを持ちかけたのだった。

 ラナーはこの提案に即了承した。
 というのも、六大貴族のボウロロープ候の娘を嫁に持つ第一王子が貴族派であり、ラナーを政略結婚の道具として利用しようと画策していたからだ。
 立場上抗う術を持たない彼女にとって、ザナックの提案は渡りに船であったのだ。

 そして陰ながらザナックの後ろ盾になっていたレエブン候もまた、ラナーの頭脳に舌を巻いた一人である。
 王派閥と貴族派閥の双方へ巧みに接してきた彼は蝙蝠と揶揄されていたが、その実、王派閥の影の領袖であり、王国が崩壊しないよう両陣営の均衡を保つために腐心してきた忠臣だ。

 幼少期のラナーを知るレエブン候は数年を要してラナーの能力に気づくことができたが、それほど重要視はしていなかった。
 しかし、自由に動かせる配下は番犬一匹、当の本人は政策にさして興味も無さそうな籠の鳥と、半ば眼中になかった16歳の小娘が、まさかメイドたちと交した他愛もない日常会話から“レエブン候こそが王派閥の領袖であると気づいた”と聞かされたときは、開いた口が塞がらなかった。
 各派閥に対してある程度の影響力を保つために本心を隠し、極力派閥色を出さないよう振る舞ってきたが、それをいとも容易く見破られてしまったのだ。

 面と見破られたときは動揺したが、しかし、「後継ぎとなる5歳の息子のために国を良くしたい」という至って子煩悩な理由で気持ちを切り替えると、第二王子故に未だ私兵を持たぬザナックと、第三王女故に政治的な発言権が低いラナーに代わり、王国のために両派閥間に干渉し、必要に応じて秘密裏に私兵を動かす決意を固めたのだ。

 奴隷の廃止や冒険者組合の改革など、ラナーが提案してきた政策は善政だ。
 それを今後も上手く引き出すことができれば間違いなく王国は豊かになるとレエブン候は考えた。

 この三者同盟が結ばれてまだ一月ほどだが、ここ最近の会議で決められたいくつかの案件は早くも功を奏しており幸先は良かった。
 今の王国は玉座の間ではなく、この小さな部屋を中心に回り始めていた。

「ラナー様、今回呼ばれた理由は何となく察しておりますが、直接伺っても?」
「はい。八本指に何が起こっているのか私に教えてください」

 その言葉にレエブン候は「やはり」と頷く。

「娼館を生業としていた部門の長が、一つの娼館ごと消えました。部下と商品であった娼婦も、そして客と娼館にあったであろう備品も全てです」
「全て、ですか? 目撃者は?」

「おりません。住民が多くいる区画にもかかわらず、不思議と誰一人としてその異変に気づいた者はおりません」
「そんなことが可能なのですか?」
「通常の手段ではありえません。つまり……」
「――魔法的な手段を使われた可能性があると」
「はい」

 そこまで聞くとラナーはしばし思案する。

「王城が騒がしいのは消えた客の中に王族か貴族が?」
「貴族に何名か……。王派閥1名、貴族派閥2名が行方不明のようです。家の恥と隠しているようですが……、行方不明になったのが次男や三男などですぐに問題になることはなさそうです」

「ふん。流石に娼館へ入り浸っていた息子どもを探してくれとは言いだせんか」

 ザナックがなかば呆れたような声をあげる。
 それでもこうして噂がたってしまうのは行方不明者が貴族階級ゆえだろう。
 互いに蹴落としたくてしかたがないのだ。

「なるほど、分かりました。……しかし、魔法が使われた可能性があるのなら蒼の薔薇が不在なのは痛いですね」

 今、ラナーの()()()を聞いてくれるアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇の5人は別件で出払っており不在であった。今回の事件に魔法が使われている可能性を考えるとイビルアイの意見は貴重なものとなるはずなのだが……。

「それに関しては申し訳ない。まさかトブの大森林へ送ったミスリル級冒険者が2チームとも音信不通になるとは思わなかったので……」

 蒼の薔薇は現在、この三者同盟が生まれる原因となった破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の調査に赴いた冒険者たちの捜索を行っていた。
 レエブン候が送り出したミスリル級冒険者の2チームには、決して無理をせず情報を持ち帰るよう指示していたのにもかかわらず一人も帰ってこなかったのだ。

 これが一般的な討伐依頼の最中に行方不明になったのであればランクが一つの上のオリハルコン級冒険者に捜索依頼がいくところだが、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)に関わる案件であったために、万全を期してアダマンタイト級冒険者である蒼の薔薇という最高のカードを切ったのだ。
 王国唯一の蘇生魔法の使い手であるラキュースを死地に送るのは躊躇われたが、そもそも推定難度240以上の竜王が近隣に現れた時点で王国は滅ぶ。
 であるならばと、少しでも情報を持ち帰る可能性がある蒼の薔薇を向かわせたのだ。

 結果として今、イビルアイの知識に頼ることができなくなってしまったが、現時点で他に頼る当てが無い以上、蒼の薔薇を捜索に向かわせたことは間違いではないとラナーは判断していた。

「仕方がありません。王国の存亡がかかっているのです。破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の脅威は無視するわけにはいきません。スレイン法国の杞憂であることが確定するまでは油断しない方がいいでしょう」
「存亡で思い出しました。――竜王国に関する確定した情報が先日ようやく届きました。両殿下、こちらが資料です」

 レエブン候は懐から資料を取り出すとラナーとザナックの前に差し出す。
 資料には、竜王国が置かれていた当時の状況、解決に至った経緯、現在の状況の他に、()()()()()()()()()()()()()()と竜王国が交わした()()()()()が書かれていた。

 資料に目を通したラナーの表情が険しくなる。
 その様子を見たザナックが恐る恐る伺う。

「ど、どうした。不味い状況か?」
「不味いどころではありません。完全に出遅れています」

 比類なき英知をもつラナーには一つの弱点があった。
 正確には、この世界の人間全てに当てはまる弱点だ。

 それは情報の伝達速度が恐ろしく遅いこと。
 知り得なければ対策を採ることができないのだ。

 ラナーが竜王国の噂を聞いたのは、竜王国がナザリックに救われてからゆうに七日後のことだ。そこから真偽を確かめるためにレエブン候が手の者を竜王国へ送り、数日の調査を経て情報を持ち帰るのにやはり七日以上かかってしまうのだ。

 当然<伝言>(メッセージ)という魔法があることは知っているが、この世界の人間には<伝言>(メッセージ)を信じることができない歴史があった。
 300年前、<伝言>(メッセージ)により高度な連絡網を敷いていたガテンバーグ国が、たった三つの虚偽情報に惑わされ滅んでしまったのだ。

 組織を統べる者であれば、あるいは英才教育を受けた者であれば誰もが知る歴史的事実だ。
 故にこの世界の人間は<伝言>(メッセージ)を信用しない。
 信用できないのだ。

 ラナーはこの遅すぎる新情報を基に、ここ最近起こった出来事を振り返る。
 バラバラに起こっていた出来事が一つの線で繋がろうとしていた。

「出遅れているというがな、妹よ。捉えようによっては好機ではないか? 六大神に匹敵する神が現れたのであれば万が一、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)が復活したとしても対処してくれるかもしれないではないか。読めば話が通じる相手のようだしな」
「確かにザナック王子の言う通り、今からでも使者を送り関係を築けば破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の憂いは無くなるのではないでしょうか。竜王国が結んだとされる共存協定は全ての国に開かれているようですし……」

 ラナーは小さく息を吐くと自分の考えを告げる。

「いいえ。この協定は全ての国を対象にはしていません」
「……なぜ、そのようにお考えで?」
「もし本当に、全種族へ向けた共存協定であれば、()()()()()()()使()()()()()()()()()()で王国にも話が来て然るべきです。でも、それが無かった……。お二人とも考えてみてください。価値観の違う者同士を結びつける簡単な方法とは何か」

 ザナックが資料を片手に答える。

「恐怖ではないのか? 協定に違反した国は神が罰すると書かれている。周辺の亜人共を駆逐した八欲王の伝説を知る者であれば恐ろしくて反抗できないだろう。あの伝説はお伽噺になるほど古いが今も民草には根付いている」
「お兄様、確かに恐怖は抑止力となるでしょう。でも、7万近いビーストマンを一日で追い返す武力を持っているにもかかわらず、この神は支配下に置こうとはせず自治を推奨し自立を促しています。神は表立って支配する気はないのです。……そこで思い出してください。スレイン法国が今までどうやって国をまとめてきたのかを。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、何故一つに纏まることができ、あそこまで強大な国になることができたのかを……」

 レエブン候がハッとラナーを見る。

「ま、まさか……。それは亜人という()()()()()()がいたから……」
「はい。彼らを一つにまとめていたのは実害を伴う目の前の敵です」
「だとすると……、いやしかし……()()()()()()()……」

 見る間に青くなるレエブン候に、ラナーは淡々と告げる。

「この共存協定に定員数があるかは分かりませんが、席に座る最初の機会を得たのは恐らく竜王国。逆に、過剰なまでに亜人と敵対していたスレイン法国はまだ席に着いていないと思います。彼らは父との謁見の場で、国策を改め内政を調整中であると言及しました。その一環で予言を伝えにきたとも…。恐らく彼らは今、神に試されているのでしょう。亜人を受け入れることができる国造りをしているはずです」

 ラナーは一旦言葉を区切り、深呼吸をする。

「最後まで席に着けなかった者は、生かさず殺さず、共栄圏を維持するため()()()()()()()()()()()()はずです」

 それを聞いてザナックとレエブン候は震え上がる。

「王国は……、共栄相手として価値が無いと判断されたのか?」
「それを判断する者がいるはずです。この国の暗部を見ら――」
「は、八本指っ!」

 ザナックの悲鳴にさえぎられ、そしてラナーは察する。

「レエブン候……、その襲われた娼館は、なにか()()()()()でしたか?」
「……はい。娼館と呼んではおりますが、実情は奴隷同然の女を手荒く扱う店だったようでして……。そこに入れられた女は二度と出られないと」

 “二度と出られない”が何を意味するのか容易に想像できたラナーは目を瞑る。

「……娼館を襲ったのが神の使者であるなら人知を超えた所業にも納得がいきますね」
「我々のように国を憂う者が活動していることを知ってもらわなければ……。使者と接触できれば一番なんですが……」
「この王都に使者がいるのは間違いないでしょう。問題はそれが誰かということですが、私に心当たりがあります」
「それは?」

 ラナーは父である国王と、友人であるラキュースから聞かされた話を伝える。

「ここ最近、エ・ランテルに“漆黒”の愛称で呼ばれる冒険者たちが名を上げているそうです。たった3人で40名近い八本指の手下と渡り合い、一撃で人食い大鬼(オーガ)を屠るとか……。ストロノーフ様と蒼の薔薇を唸らせるほどの実力と伺っております。噂では()()()()()()()()者と」
「その者たちでしたら私も耳にしたことがあります。南……、竜王国ともスレイン法国ともとれますが、時期的に可能性はありますね」
「……見つけられますか?」
「宿屋を利用していれば可能かとは思いますが、エ・ランテルの冒険者が王都にいますかね……」

「彼らが現れて一月(ひとつき)もしないうちにスレイン法国と竜王国に劇的な変革がもたらされました。そしてこの王国も何かが起ころうとしています。もし、今、この王都に彼らがいたら、それこそ偶然ではないでしょう。彼らを使者と仮定すると、麻薬に娼館と、王国の闇を見られ過ぎています。猶予はないでしょう」
「分かりました。ただ事は急を要します。ストロノーフ殿にも協力していただいた方が宜しいかと。私から話ができれば良いのですが、ただ生憎と私に対する心証が悪いようでして……」

 ラナーは思わず苦笑する。
 国王直轄の王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフは政略的な場に身を置きたがらない。そのために、見たままの印象に流されやすいのだ。そういう意味で蝙蝠と揶揄されているレエブン候は、実直なストロノーフにとって苦手な相手と言えた。

「分かりました。彼には私の方から接触してみます。あと、並行してスレイン法国に大使を送る準備もお願いします。予言の返礼がまだだったはずですので、その辺を理由に派遣するように、できればお兄様か私が行くことになるよう父に掛け合ってみてください」
「畏まりました。出来るかぎりやってみましょう」

 そう言うとレエブン候は時間が勿体無いとさっそく席を立つ。
 そしてザナックも席を立ちラナーに声をかける。

「俺の方からも大使の件は父上に進言してみよう」
「お願いします、お兄様」



 ザナックとレエブン候が連れ立って部屋を出ていくと、入れ替わりに純白の鎧を身に着けた一人の青年が入室する。
 ラナーが愛する男だ。

「お疲れ様です。ラナー様」
「あら。お話ししていただけですよ? まだまだ元気です。それよりも、さぁ座ってクライム。お茶にしましょう。先日ストロノーフ様に稽古を付けていただいたって言っていたでしょ? そのときのお話を聞かせて?」


* * *



「――と、王女は考え、御方々と接触を試みるはずです」

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間では死の支配者(オーバーロード)の姿に戻ったモモンガと半魔巨人(ネフィリム)の姿に戻ったやまいこを前に、今後王国がどのように動くのかをデミウルゴスが予測しているところであった。
 現在、娼館から奪った資料を司書長たちが分析している最中で、それが終わるまで牧場経営の経過報告に戻っていたデミウルゴスに対し、王国に関する所感を求めたのだ。

 曰く、リ・エスティーゼ王国の第三王女、ラナーをナザリックに迎え入れたい、と。

 アルベドもパンドラズ・アクターも側にいるが、口を挟まないところをみるとデミウルゴスと同意見なのだろう。
 モモンガが悩む素振りを見せると、代わりにやまいこがデミウルゴスに問う。

「デミウルゴス。確認だけど、“王国と同盟を組みたい”ではなく、あくまでも王女個人を迎えたいと? そのラナーという王女は、それほどまでなの?」
「はい。セバスの報告書で気になったため、影の悪魔(シャドウデーモン)を遣わし調べさせたところ、この王国で間違いなく一番価値のある人間です」

 最上位悪魔(アーチデヴィル)が高評価を下す。

「アルベドたちもそう思う?」
「はい。置かれた環境によって得られる情報が限られているにもかかわらず、真実に到達できる知性は私共に匹敵すると考えています。彼女は言わば精神の異形種。人間にしておくのが勿体無いほどです」

 アルベドに続きパンドラズ・アクターもそれに同意する。

「然り。奴隷廃止や冒険者への褒賞などのほか、実現されなかった街道整備や畑の連作を考案するなど、その立案能力には光るものを感じます。今後、アインズ・ウール・ゴウンの勢力が増していくなかで、新たな制度を生みだせる彼女の能力は有用かと思います」

《どう思う? モモンガさん》
《優秀過ぎてちょっと不安ですねぇ……》
《やっぱり?》

 モモンガとやまいこがラナーの受け入れに慎重な理由。
 それは至って単純。

《素直に言うこと聞いてくれるかな……》

 デミウルゴスたちに匹敵する頭脳を持った彼女の制御に不安があるのだ。
 ギルドメンバーたちが手ずから生みだしたNPCと比べてしまうと身もふたもないかもしれないが、普段から身近にいる人間が現状だと未だにクレマンティーヌ一人のため、組織外の人間には慎重になってしまうのだ。
 それが階層守護者、とりわけ頭脳担当の三名に匹敵する相手となるとなおさらである。

 とはいえ、アインズ・ウール・ゴウンを企業とみなせばやりようはある。
 従業員たちには働きに見合った報酬を与えれば背信のリスクは軽減できるはずで、さらにそれらを管理職に任せてしまえばいい。

《でもまぁ、守護者達に預ければなんとかしてくれるんじゃないですかね、やまいこさん》
《わぉ、思ってたより投げやりな答え。でも、それが確実かな。……それにしても、この子たちから人間をナザリックに迎えたいって言いだすとは思わなかったな》
《ですね。相手に求めるハードルが少し高い気もしますけど》
《まあそれは忠誠心の現れってことで。――じゃあそういうことで宜しく、モモンガさん》
《はい》

 悩む素振りのまま動かなかったモモンガが顔を上げると、提案者であるデミウルゴスへ告げる。

「よかろう。王女に関してはお前たちに預ける。ただし、忠誠を示してもらう意味でも何かひとつ、課題を与えてからだ。課題はなんでも構わん。達成できたら階層守護者直轄の幕僚に任命する。それでよいな?」
「畏まりました。課題を用意するにあたってお願いしたいことがあります」
「聞こう」
「はい。王国の扱いについてもお任せいただけないでしょうか」

「与える課題に関連するのであればかまわない。ただ、大丈夫だとは思うが安易に滅ぼしたりはしてくれるなよ? 王国戦士長みたいな実直な男は嫌いじゃないからな。他にもいい人材が眠っているかもしれない。掘り出す前に無くなってしまっては元も子もないからな」
「その辺はご安心を。必ずやアインズ・ウール・ゴウンの利益となるよう事を進めさせていただきます」

「分かった。――では、課題が達成されるまで私とやまいこさんは正体を晒して王女と会うのは控えよう。状況によっては冒険者として会うことになるかもしれんが、そのときは臨機応変にいこう。……よし、今日はここまでだ。皆、業務に戻ってくれ。アルベド、我々は部屋に戻る。司書長が資料を持ってきたら連絡をくれ」
「畏まりました。モモンガ様」

 アルベドの返事を最後にこの場は解散となる。

 後日、王都を観光中のモモンガたちに、八本指掌握の知らせが届く。

目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話:八本指

 八本指娼館部門の長、コッコドールが消えてから数日後。
 警備部門の長、ゼロの呼びかけにより再び緊急会議が開かれる。
 待ち焦がれていた襲撃犯の正体が判明したということで円卓の間は賑わっていたが、集会を呼び掛けた当のゼロの姿がなかった。

 初めのうちは到着が遅れているだけと思われたが、一向に現れないゼロに対して他の長たちが痺れを切らし不満をこぼし始める。
 そんな円卓の間に「ガチャリ」と音を立てて扉が開けられれば、散々待たされた者たちの視線が集まるのは当然のことだろう。

「誰だ……、お前」

 そこに佇んでいたのは皆が期待した巨漢ではなく、薄く笑みをたたえた見慣れぬ一人の男であった。
 南方の顔立ちに丸眼鏡をかけたその男は、同じく南方で好まれているスーツと呼ばれる服装で身を固めていたが、六腕にこのような男が所属しているとはこの場の誰も聞いたことがなかった。
 スーツから伸びる()()()()()()()()()()が、この男が人間ではないことを示していたが、その非現実的な姿にこの場の誰もが一瞬呆けてしまったのは致し方のないことであろう。





 麻薬部門の長、ヒルマは、解体されていく部下を恐怖に染まった表情で見守る。
 目と耳を閉じ、眼前で繰り広げられる惨劇を拒絶したいが、それは許されていなかった。
 如何なる力が働いているのか、男に見続けるよう命じられ、それに逆らえないのだ。
 何かをされた覚えは無い。
 ただただ、男の口から発せられるその声に、その言葉に逆らえないのだ。

 円卓の間に現れたこの男は、入室するなり一言発したただけでその場にいた各部門の長6人と警備12人を支配してしまったのだ。

 今、円卓の中央では男――悪魔が連れてきた覆面を被った男性使用人が、切り分けた食材を調理しているところだ。各長が連れていた護衛たちは自ら全裸になり、屠殺されるために整列している。既に半数以上が食材だ。
 パタパタと小柄なメイドが各長たちの前にテーブルクロスやナプキンなどを配置してゆくなか、ヒルマはこの先待ち受ける未来を想像し吐き気を催す。

 悪魔は円卓の周りをゆっくりと歩きながら静かに語る。

「さて、君達は我が主のシモベとなって生きることを許された。主を不快にさせた罪は償わなければならないが……、まずは親睦を深めるために素敵なご馳走を手配させてもらった。再教育を受ける前に英気を養ってくれたまえ」

 悪魔がメイドに目配せすると、各長たちの目の前に料理が並べられていく。
 ヒルマは部下が食材として使われていることに強烈な忌避感を覚えるが、それ以上に麻薬部門の長として嗅ぎ慣れた香りが料理から漂ってくることに身の危険を感じる。

 料理を並べ終わると、小柄なメイドが説明を始める。

「ライラの葉を使用したサラダ、下拵えしたヒレ肉とライラの実を煮込んだスープ。一口サイズに切り揃えたリブロースステーキをメインとし、付け合わせに挽肉と血の腸詰ブラックプディング。デザートはライラジャムを絡めたヨーグルトとなっております」

 ヒルマはその内容に身震いする。
 自身が専門に扱ってきた麻薬、ライラの粉末。通称黒粉は依存性の高い麻薬だ。
 服用の仕方は至って簡単。水で溶いて飲用するだけである。それだけで多幸感と陶酔感を得られるため、王国では非常に広まっていた。
 強い依存度に反して禁断症状は極めて弱く、中毒者が暴れ回ることもないため王国の上層部はその危険性を認識しておらず、また八本指の圧力もあり黒粉はほぼ黙認されている状況であった。

 意志の強い者であれば数回服用した程度なら社会復帰は可能だろう。
 しかし、目の前の料理は違う。
 漂う濃厚な香りが、一発で廃人に至らしめるモノであるとヒルマは直感する。

過剰摂取(オーバードース)……。急性中毒で死ぬ……)

「気に入ってくれたかね?」
「ひぅ!?」

 いつの間にか自分の後ろに悪魔が佇んでいた。
 背後から耳元に顔を寄せ、優しい口調で続ける。

「君は確かヒルマ、だったね。畑で栽培するくらいだ。さぞや好物に違いない」
「ぁ……ぅ……あ゛ぁ……」

 ヒルマは必死に否定しようとするが、発言は許されていない。
 言葉にならない呻き声だけが虚しく口から洩れる。

「それは良かった。――では、『八本指の諸君、料理を食べたまえ』」





 カチャカチャと食器が擦れる音と、小さな嗚咽が円卓の間に響く。
 食事が始まりしばらくすると、ヒルマの視界の隅で他の長たちが鼻血を噴きながら次々と皿に顔を突っ込んで倒れていく。
 呼吸が荒く、瞳孔も開いている。危険な兆候だ。

 ヒルマは黒粉に触れる機会が多かったためか他の長より耐性が高く、辛うじて意識を保っていたが、判断力は著しく低下していた。
 彼女は自分の鼻血がポタポタと料理に落ちる様をどこか別世界の出来事のように眺めていたのだ。
 視界を染めていくその“赤”が自分の血なのか、部下の血なのか、それとも初めから赤い料理であったのか、すでに判断できずにいる。

 さらに一口二口と震える手で料理を口に運ぶと、ついに糸が切れたように机に突っ伏する。
 意識を手放す寸前、傾いた視界の中で入り口から闇妖精(ダークエルフ)の少女が現れるのを見る。場違いなほどオロオロとしているその少女をただぼーっと眺め、そしてぷつりと気絶する。





「デミウルゴスさん、他の部屋は片付きました」
「ありがとう、マーレ。君のお陰で滞りなく制圧が完了した」

 マーレはこの優しい悪魔の言葉が世辞などではなく本心であると知っている。しかし、同時にデミウルゴス一人でも、なんら問題無く制圧できるであろうことも知っていた。
 デミウルゴスのもつ常時発動型(パッシブ)スキル<支配の呪言>はレベル40以下の存在を“言葉”によって支配する、ある意味この転移世界ではほぼ無敵の能力だからだ。

 しかし、気絶した八本指の長たちが食事の手を止めた通り、対象が意識を失ってしまえばそれまでだ。さらに言語を理解できなければそもそも効果が発揮しないという欠点もある。
 それでもレベル100のデミウルゴスが現地の人間に後れを取ることは万が一にも有り得ないことだが、その万が一に備えて階層守護者序列2位であるマーレがここに居る。

「あ、あの。すぐに撤収しますか?」
「ああ、そうだね。予定よりも早いが戻るとしよう」

 デミウルゴスが何か念じる素振りをみせると、若干の時間差をもって<転移門>(ゲート)が開かれ、中からシャルティアと吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)、デミウルゴスの配下たちがぞろぞろと現れる。

「お待たせでありんす。……ん?」

 シャルティアは挨拶するなり血の香りに気づいたのか鼻をスンスンと鳴らし円卓を見渡す。
 その視線が円卓の中央で余った食材を摘み食いしているエントマと、その傍らに控える調理を免れた全裸の男3人を捉える。
 シャルティアと吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の目が爛々と輝く。

「デミ――」
()()駄目です。後にしてください」
「そ、そう……。何をすればいいのでありんすか?」
「今回は書類関係のみを回収したい。このアジト自体は再利用する予定だからなるべく壊さないように頼むよ」
「了解でありんす。で、これは?」

 シャルティアは倒れ伏す長たちを見る。

「彼らには再教育を施し、新たなシモベになってもらいます」
「ふーん……。じゃあ、第五階層に?」
「はい。()()()第五階層にお願いします。なにか新たな情報を持っているかもしれませんからね」

 シャルティアが了解すると、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)とデミウルゴスの配下たちが行動を開始する。

 後日、八本指の長たちは再び王都に戻ることになるが、その忠誠はアインズ・ウール・ゴウンへと向けられることとなる。また歪だった組織体制も見直され、より強固な組織に生まれ変わったのだった。


* * *



 ゼロは本日何度目かの絶叫を上げ、地面に転がる。
 見れば彼の左肘は逆に曲がり、右腕も逞しい筋肉を破り骨が飛びでていた。

「ルプスレギナ、回復を」
「ほいほいっと。<大治癒>(ヒール)

 赤毛のメイドが魔法を唱えるとたちどころにゼロの身体が修復される。

「さあ、お立ちなさい。御方々へ強さを示さねば本当に終わってしまいますよ?」

 己を何度も粉砕する眼鏡をかけた夜会巻きのメイドと、人知を超えた奇跡を大儀式も必要とせず放つメイド。
 この二人と戦い始めて――、いや、一方的に蹂躙され始めてからどれくらい時が経ったのだろうか。





 気付いたらココにいた。
 ゼロは六腕のメンバー、デイバーノックとペシュリアンらと共に遺跡のような闘技場に立っていた。
 王国に闘技場は無い。かといって帝国の闘技場にも見えない。

 デイバーノックが「強制的に転移させられたようだ」と状況を分析した。
 彼は六腕に所属する死者の大魔法使い(エルダーリッチ)、アンデッドだ。
 魔法に明るい彼の説明によれば相当高度な魔法が使われたようだったが、そのことに動揺するまもなく彼と同じような風貌のアンデッドが5体現れた。

 一目見て規格外だと察した。
 彼らはデイバーノックを指名すると、恐怖に慄く彼に容赦なく魔法を放った。
 そう。アンデッドの彼が恐怖したのだ。

 必死の抵抗も虚しくデイバーノックの魔法は相手の直前で打ち消され、逆に相手の魔法は彼を焼き、瞬く間に手足を吹き飛ばされてしまった。

 そして、頭と胴体だけになってしまったデイバーノックの前に闇を纏った冥界の王が現れた。
 距離が離れていたため聞き取ることはできなかったが、二三言葉を交わした素振りを見せた後、「忠誠を誓う」と叫ぶ声に仲間を一人失ったことを知る。





 次に現れたのは連絡が取れなくなっていたエドストレームだった。
 近づいてきた彼女の姿を見てゼロは驚く。
 肩口から先、()()()()()()()のだ。

 敵に捕まり拷問を受けたのかと思ったがそうではなかった。

「あっはっはっは! 勘違いしないでおくれよ? 私は満ち足りているんだ」

 言うや否やエドストレームは腰の三日月刀(シミター)を抜き放つ。
 たとえ腕が無くても彼女なら<舞踊>(ダンス)で武器を扱うことができるのは知っている。
 しかし、抜き放たれた本数は以前のそれよりも多かった。

 九本もの三日月刀(シミター)が宙に浮いていた。
 よく見ると魔法が付与されているのかゆらゆらと輝いている。炎を纏う刀身が三本、冷気を纏う刀身が三本、そして稲妻を纏う刀身が三本だ。

 エドストレームは少し困ったような、それでいて悪びれたそぶりも見せずに声をかける。

「ペシュリアン。アンタに恨みはないけど、アンタを倒さないと再生してもらえなくてね」

 そこまで言われれば馬鹿でも分かる。
 つまりは敵だ。

 ゼロは九本の三日月刀(シミター)を恨めしく見る。
 五本のときでさえ対策を練って挑まねば危うい相手が、さらに四本も追加されてしまっては安易に飛び込むこともできない。
 これは誇張でもなんでもなく、単純に九人の剣士を相手にするのと同義なのだ。

 ゼロはちらりとデイバーノックがいた方向を窺う。
 合流されてはと警戒したがそこには誰もいなかった。
 奴らがどこに行ったのか、ここが何処なのか、分からないことが多すぎた。

 この場で唯一情報を持つのは目の前にいるエドストレームだけ。
 つまり戦わないという選択肢は無い。
 死なぬ程度に痛めつけ情報を引き出さなければならない。
 ゼロはペシュリアンに指示を出す。

「ペシュリアンッ! 二人で行くぞ!!」
「おぅ!」

 ペシュリアンは己の武器、ウルミに手を掛け間合いを計る。
 特殊な金属で打たれたこの長剣は柔軟性に富み、よく曲がり波打つ特徴を持つ。
 故に扱いは非常に難しいのだが、ペシュリアンの技量でもって抜き放てば刀身に反射する光の帯があたかも空間を切り裂いたかのように閃き、敵を切り伏せることができるのだ。

 しかし、超速の斬撃に備えたエドストレームの取った対策は至極単純。
 六本の三日月刀(シミター)を編むように配置してペシュリアンとの間に壁を作ったのだ。
 ウルミが鞭のようにしなるとはいえ本物の鞭のように物体を回り込むことはできず、斬撃に特化したその形状は隙間を縫って刺突するには向いていない。

 ペシュリアンが踏み込めないのを見てとると、ゼロはエドストレームの背後に回り込もうと動く。たとえ九本の三日月刀(シミター)を操れようと、対象を視認できなければ対処は難しいだろうと考えたのだ。
 実際に回り込むことができなくてもエドストレームの意識を分散することができれば勝機が生まれるはずだ。

 しかし――。

 ゼロが彼女の注意を引こうとやや大袈裟な所作で移動していると、不意に視界外から脇腹を強打され吹っ飛ぶことになる。

「ぐっ!? 新手か!!」

 大きく飛ばされたゼロであったが体勢を崩すことなく着地し素早く身構える。
 突然の奇襲に対し冷静に対処したかったゼロだが、自分を吹き飛ばしたのが眼鏡のメイドだと知るとその表情が驚きに変わる。


* * *



 モモンガとやまいこは幾人かの階層守護者を伴い第六階層にある円形闘技場(アンフィテアトルム)にいた。
 円形劇場とも訳されるこの場。演目は殺戮、舞台俳優は六腕。その戦いぶりを貴賓席から眺めていた。

(ユグドラシル時代にも多くの敵対プレイヤーがこの場で倒されてたな……)

 感慨に耽るモモンガは闘技場を見下ろす。
 デミウルゴスの報告で六腕の能力は把握していたが、もしかしたらエドストレームのように何か特化した能力を持っていないかと観察することにしたのだ。

 最初にモモンガの眼鏡に適ったのはデイバーノックだ。
 この世界で自然発生(自動POP)した死者の大魔法使い(エルダーリッチ)であること。新たな魔術を覚えたいというモモンガに通ずる願い。そして何よりも生者を憎まず対話が可能なところが気に入ったのだ。

 少なくとも、やまいこがカッツェ平原で殴り飛ばした死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は対話ができなかった。

(いや、対話させなかった、が正しいのかもしれないな……)

 実際のところは出会って早々、やまいこが頭蓋骨を粉砕してしまったので、もしかしたら実力差を示した後であれば対話に応じた可能性も捨てきれないのだが……。

 気を取り直して闘技場を見る。
 ゼロ対ユリ・アルファ、ペシュリアン対エドストレームの戦闘が始まっていた。





「エドストレームが操れる本数を増やせたのは驚きですね、やまいこさん」
「うん。まさか()()で本当に上達するとはボクも思わなかったよ」

 やまいこが言う()()とは当然のことながら切り落とされた両腕のことだ。
 エドストレームがコキュートスと手合わせをした際、<舞踊>(ダンス)にはある種の集中力が必要だと聞いたコキュートスが、それならばと防御にしか使っていなかった両腕を切り落としたのだった。

 曰く「コレデ操ルコトニ集中デキルハズ」だ。

 切り飛ばす現場とその理由を目の当たりにしたときはドン引きしたモモンガとやまいこだったが、物は試しにとユグドラシルで銃士(ガンナー)狙撃手(スナイパー)たちが使っていた集中力を高める装備を与えたところ、徐々にだが扱える本数を増やしていったのだ。
 現状9本が限界のようだが、無事にペシュリアンを倒せれば両腕を再生させ、本格的に何かしらの任務に充てる予定であった。

 そして対するペシュリアンだが、残念ながらこちらは不要と判断されていた。
 当初は「空間斬」なる二つ名にユグドラシルでも屈指のとある特殊技術(スキル)を連想したものだが、蓋を開けてみればまったくの別物であったことから興味を失ったのだ。
 エドストレームとの戦いにおいて何か示せねばそのまま処分だ。生き残れば牧場か、誰かの玩具。死んだらアンデッドの材料か誰かのオヤツになる運命だ。
 存外ナザリック地下大墳墓は人間の需要が高いのだ。

 ゼロがユリに掛かりきりになったことで、エドストレームは攻撃に五本、防御に四本でペシュリアンに挑むようだ。
 ペシュリアンは迫りくる三日月刀(シミター)を超速の斬撃で捌きいなしていくが、防戦一方で攻撃に転じることができない。
 じりじりと後退を余儀なくされ、壁際に追いやられるのも時間の問題だろう。

 両者の決着にもうしばらく時間がかかるとみたモモンガとやまいこは、次にゼロとユリの戦いに目を向ける。

 レベル差を考慮して、ユリには相手の実力を全て引き出すまでは手加減するよう指示してあった。
 事故を防ぐため回復役のルプスレギナも付けたが、レベル51のユリとアダマンタイト級と噂されるゼロの実力差は相当開きがあったのか、早くもゼロの肉体が弾け飛び、回復されていた。

「どうですか、やまいこさん。何か分かりますか?」
「んー……、彼の職業(クラス)はシャーマニック・アデプトみたいだね。動物の入れ墨が光るたびに肉体が強化されている。まあ、それでもユリには届かないみたいだけど」

 ゼロはあの手この手でユリに挑む。時にはフェイントで回復役のルプスレギナを狙ったりもしたが、ユリよりもレベルが高いルプスレギナに敵うはずもない。
 全身に刻んだ動物の入れ墨が光るたびに格段に動きが良くなるのだが、そのたびに迎撃され地面に転がる。
 10回近く回復される頃には闘技場の一画はゼロの血肉で赤く染まってしまっていた。

 そうこうするうちに特殊技術(スキル)に使用回数があったのかゼロの動きが悪くなり、最終的にはルプスレギナの回復を受けても動かなくなってしまった。
 ユリが判断を仰ぐように貴賓席を見上げる。

「動かなくなっちゃいましたね……」
「あれだけ一方的じゃあね。無気力になるのも仕方がない」

 やまいこの声は同情的だ。

「配下にします?」
「いいんじゃない? ナザリックで彼の職業(クラス)を取っているシモベはいないし。それに彼は警備部門の長だよね? 他の長たちみたいに組織を任せるなら管理職経験者は採用していいんじゃないかな」
「あー、確かに管理職経験者と言われればそうですね。分かりました」

 モモンガは頷くと予め決めておいた合図をユリに送る。





 モモンガの合図を確認したユリは足元でへばっているゼロに向き直り一礼する。

「おめでとうございます、御方々からご採用とのことです。今後は配下として御方々へ忠誠を捧げ、身を粉にして尽くしてください。なお、この通知は一方的なものではなく拒否することもできますが、如何いたしますか?」

 ゼロはペシュリアンを窺う。
 ペシュリアンとエドストレームの戦いは、ペシュリアンの頭が胴と離れることで決着が付いたようだった。

「……配下になったら、アイツみたいに強くなれるのか?」
「それは貴方次第かと存じます」
「フッ、確かにな……」

 ゼロは思考する。
 この場にエドストレームがいてマルムヴィストがいない理由とは何か。
 答えは簡単だ。先ほどから話に出てくる御方々とやらに認められたか否かだ。
 ペシュリアンは死んだ。恐らくマルムヴィストとサキュロントも無事ではないだろう。
 拒否したら間違いなく消される。
 最強を自負していた自分にまさかこんな日が来るとは思いもよらなかった。
 今欲しているのは安らかな死などではない。純粋に力が欲しい。
 慢心していた自分が忘れていた力への渇望。
 それを思い出したのだ。

「分かった。忠誠を誓う」


* * *



 ヴァランシア宮殿の一室。
 ラナー主催の秘密会議が開かれる。
 そこにレエブン侯の興奮した声が響く。

「ラナー様、使徒と接触できたというのは本当ですか!?」

 彼は前回の会議以降、配下を使い必死に王都内を捜索したが、結局使徒と思しき漆黒の三人を見つけることができなかったのだ。
 残る手段はスレイン法国へ大使を送り謁見を乞うことだが、ザナック王子とラナー王女のどちらかをどうやって送り込むかと思い悩んでいたのだ。

「昨夜、私の部屋にお越しくださいました。ふふ、悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげたいです」
「寝所に現れたのか!?」

 ラナーの返事に今度はザナックが驚きの声を上げる。
 それも当然だ。王族の、しかも王女の寝所となれば警備は厳重だ。
 それを誰にも見つかることなく侵入するなどありえない。

「はい、全く気付かぬまに。まさに突然の来訪でした」
「そ、それで使徒はなんと?」

「結論から言うと、彼らは八本指を掌握したそうです。そしてその八本指の情報網と六腕の武力を貸してくださるそうです。それらをもって王国の膿を出せと。――こちらを」

 ラナーは二人に見えるようテーブルに一通の手紙と指輪を5個並べる。
 ザナックは一見なんの変哲もない指輪を手に取り興味深げに観察する。
 レエブン侯は手紙を手に取ると、苦渋に染まった表情になる。

「これは……、八本指を使えるのはありがたいですが、厳しいですね。猶予は?」
「特に指定はありませんでした。でも、王国が好条件で席を得る最後の機会でしょう。早急に事を進めるほかないと思います」

 それを聞いたザナックが指輪をそっと戻しながら問う。

「ラナーよ、父上や兄上はどうする?」

 ザナックの言う父上とは当然国王のことである。そして兄上とは、第一王子、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフのことだ。
 バルブロは貴族派の盟主とされるボウロロープ侯爵の娘を妻に持つことから貴族派の影響を強く受けている。ザナックとラナーにとってはいわば目の上のたん瘤。王国が一つに纏まらない理由の一因子である。

「お父様の求心力は弱まってはいますが存在感はまだまだご健在。ストロノーフ様共々引き入れるためにも時期をみて伝えた方がいいでしょう。具体的には帝国との戦いの直前。兵をどのように采配するかを決める前が理想です」
「なるほど……。つまり兄上が身を置くボウロロープ侯爵の軍を帝国にぶつけると」

 ザナックは言いながらラナーの表情を窺うが、腹違いの兄とはいえ身内(バルブロ)を切り捨てることにひとかけらの憐憫すら感じている様子はなかった。

「はい。彼らは彼らで地盤を固めるために戦果を欲しがるはずです。誘導は容易いでしょう。問題はそれまでに私たちも敵と味方を選別して根回しをしておくことです。戦争の勝敗に関わらず弱った貴族派を打倒し、素早く王国を手中に収める必要があります」
「王派閥を説得するとして、どうやって信用させる? 根回しするにしても何か担保が必要だ。神託を受けたからと伝えても、それがそのまま通じる相手ではないぞ」

「そこでこの指輪です。毒耐性・疾病耐性・斬撃耐性の上昇と、生命力持続回復、それに疲労無効の効果が付与されているそうです」
「な、なんだと!? この指輪一つで王国の五宝物に匹敵――いや、それ以上のものなのか!!?」

 ザナックは指輪に指を通すと、護身用の短刀に恐る恐る指を押し付ける。
 傍から見るとなんとも危な気だがザナックの指は刃に押されるだけで切れるようすがない。結構な力を込めてようやく薄皮が切れ血が滲むが、それも直ぐに治癒する。

「こいつは凄い……。本物だ……」
「使徒曰く、この指輪は追跡が可能とのこと。万が一奪われたら隠さず報告するようにと。そして誰かに譲渡する場合も事後報告で構わないから連絡するようにと仰られました。まずはここにいる私たちで一つずつ。残り二つですが、渡す相手を慎重に選ぶ必要があります」

 ラナーの言葉にレエブン侯は頷くが、候補は既に決まっている。
 というより、元々味方になりえる人物は少ないのだ。

「渡す相手は限られていますよ?」
「そうですね。リ・ボウロロール領を包囲する意味でも有力なのはウロヴァーナ辺境伯。そして領地がスレイン法国に一番近いペスペア侯でしょう。レエブン侯からお渡しできますか?」
「問題無い。これだけの神器であれば使徒の話にも真実味が生まれる。彼らも王国を憂う者たち。切っ掛けさえあれば必ずや仲間になってくれましょう」


* * *



 八本指を掌握し、王都の観光も終えたモモンガ一行は、デミウルゴスの計画の邪魔にならぬよう気を利かせてカルネ村へと引き返した。
 次の観光先は帝国を予定していたが、冒険者組合長から長期間エ・ランテルを離れないでくれと頼まれていたため、あいだに冒険者業を挟むことにしたのだ。
 例によってセバスとソリュシャンは商人として先に帝国へ潜入している。

「ただいま~」
「お帰りなさい」
「おか~」
「お帰りっす」
「お帰り、モモン様」

 カルネ村の別荘に戻ったモモンガを三者三様の声が出迎える。

「どうだった? いい依頼あった?」
「いや、戦争が控えているせいか輸送系の依頼しかなかった。まあ代わりに霊薬の噂を聞けたけど」
「霊薬?」
「トブの大森林の奥にあらゆる病を治せる薬草が自生しているらしい。ただ、興味本位で探しに行かないように釘を刺されましたけどね。なんでも30年前にアダマンタイト級1チームにミスリル級2チームを加えてようやく採取したとか。かなりの危険を伴うと」

 ランクに見合った討伐系の依頼が見つからず、さりとて特別金銭に困ってる訳でもないモモンガが組合で暇そうにしていたところ、組合長が世間話ついでに教えてくれたものだ。

「参考までにこれがその薬草らしいです」

 モモンガは冒険者組合から借りた薬草の写しを見せる。

「へぇ。ユグドラシルにはなかったよね? リィジーさんに聞いてみる?」
「ですね。この世界の材料で万能薬やエリクサーに類する物が作れるなら確保したいです」

 低位階用のスクロール素材は目途がたったが、その他の消耗品に関してはまだ代替品が見つかっていないのが実情だ。
 特にポーション用の素材やバフ料理用の食材などは全くといっていいほど見つからないため、ナザリック内での品種改良も視野に入れているほどだ。

 消耗品に関して憂いていると、玄関の戸が叩かれる。
 シズが応対し連れてきたのは――。

「げぇ! 兄貴!?」

 以前、トブの大森林で出会ったクレマンティーヌの兄、クアイエッセだった。
 クレマンティーヌは相変わらず兄の視界から逃れようとやまいこの影に隠れる。

「お久しぶりです。モモン様」
「久しぶりだな、一月半振りか? 丁度いいところに来てくれた。この薬草に見覚えは無いか? トブの大森林に自生しているらしいんだが」

 薬草の写しを見せるがクアイエッセは首を振る。

「いいえ、生憎と覚えはありません」
「そうか。――それで、見つかったのか?」
「はい。あの後、帝国側から調べ、なんとか」

 クアイエッセの探し物。
 それはトブの大森林の何処かに眠っている破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)だ。
 一月半程前にトブの大森林で出会って以降、彼はアゼルリシア山脈の東、トブの大森林の東端まで一旦移動し、そこから王国側へ向けて調査していたのだ。
 トブの大森林の中央南端、カルネ村付近から捜索するより端から探した方が往復する二度手間が省けると考えたのだが、結果として見つけた場所が王国寄りだったことから時間が掛かってしまったとのことだ。

「復活を遂げた場所は恐らくここで、そこから大きく北西に移動し、見つけたのはこの辺りです。アゼルリシア山脈沿いに北上しているようですね」

 クアイエッセは地図を広げながら説明を続ける。

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)は移動する際、どうやら定期的に自らが薙ぎ倒した木々を森司祭(ドルイド)魔法で修復して足跡を隠しているようです。さらに休息する際は幻術を使っているのか、視覚的に森と同化して姿を隠すようです」
「ちょっと待ってくれ。森司祭(ドルイド)魔法に足跡だと? ドラゴンではなかったのか?」
「これは失礼いたしました。説明が不十分でした。召喚した魔獣を通して姿を確認いたしましたが、正体は全高100メートル、複数の太い根を足のように使って移動する巨大な樹木のモンスターでした」

「巨大なトレント……、イビルツリーかな?」やまいこが興味を持ったのか話に加わる。

「マイ様、このモンスターにお心当たりが?」
「え? あぁ、どうだろう。ユグドラシルに似たような奴がいたから。それよりさ、たしか伝承によると破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)のせいで闇妖精(ダークエルフ)たちがスレイン法国南の森に引っ越したんだよね?」

 やまいこの問いに、しかしクアイエッセは首を振って否定する。

「いいえ、エイヴァーシャー大森林はエルフ王国です。闇妖精(ダークエルフ)の移住先はアベリオン丘陵南東の森ですね。法国からみて西側です。法国の都市に比較的近い位置にありますが、彼らは森から出てくることが無いので今まで大きな衝突は無く国交もありません」
「あれ、そうなのか。エルフ繋がりで混同していたか……」

 やまいこはしばし熟考すると、顔を上げてモモンガへ向き直る。

「モモン、ボクに良い考えがあるんだけど」

 そう言うと、やまいこは悪戯っ子のように笑うのだった。





 序盤、デミウルゴスが念じる素振りを見せた後、<転移門>(ゲート)が開くシーンがありますが、これは<伝言>(メッセージ)ではなく念話です。対象はシャルティアのもとに待機させていた自分のシモベで、そのシモベ経由でシャルティアに<転移門>(ゲート)を開いてもらっています。
 書籍(6-365)にて思念で命令を飛ばす描写があったため採用しましたが、これがイメージ的な伝達なのか、それとも言語による伝達なのかは不明。
 なんかいい感じに伝達できたことにしてください。



独自設定
・やまいこが解説するゼロの職業(クラス)、シャーマニック・アデプトがユグドラシルに存在するかの記述は原作にありませんが、このお話では存在したことになっています。
破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の習性。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

破滅の竜王 第25話:蒼の薔薇

 王都リ・エスティーゼの東には、トブの大森林になかば抱え込まれるような形でエ・レエブル領がある。だからというわけではないが、かつてトブの大森林に暮らしていた闇妖精(ダークエルフ)を襲った悲劇の伝承も記録は曖昧だが残っていた。
 そのため領主であるレエブン候が「破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)復活の予言」を聞けば危惧するのは当然といえる。

 領地の隣で世界を滅ぼす魔物が現れる。

 彼はその真偽を確かめるべくミスリル級冒険者2チームを大森林へと送り込んだ。
 情報を持ち帰ることを最優先とし、決して無理はしないようにと指示をだして送り出したのだが、困ったことに一月以上が経ったある日を境に定期連絡が途絶えてしまったのだ。

 そこで予言を受けて以降同盟を組んでいたラナー王女に相談し、蒼の薔薇を調査に派遣することにしたのだった。

 それがだいたい14日ほど前の出来事。

 今、蒼の薔薇は全滅の憂き目に遭っていた。





 トブの大森林は静まり返っていた。
 巨大な何かが這ったのか辺り一面木々が薙ぎ倒されており、陽の当たることのなかった黒い腐葉土がさんさんと照らされている。
 その抉れたような森の真っ只中で、蒼の薔薇の一員、イビルアイは動かない自分の身体を絶望と失意をもって見つめていた。

 下半身を失い、片腕もどこかにいってしまった。トレードマークの仮面も失くし素顔を晒している状態だ。
 こんな重傷を負いながらも死ねないのは彼女がアンデッド、250年を生きる吸血鬼(ヴァンパイア)だからなのだが、その人よりも長い人生を終えようとしていた。

(守ってやれなかった……)

 油断は無かった。
 かつては十三英雄らと共に魔神と戦った身だ。魔神や竜王がいかに恐ろしい存在であるかを知っている。
 しかし、気付くことができなかった。幻術なのか、それとも擬態だったのか。能力に差がありすぎて見破ることができなかった。

 とにかく、足元からなんの前触れもなく起き上がった()()は、先行していたティナとガガーランを吹き飛ばした。イビルアイも咄嗟に飛び退き距離を取ろうとしたが、樹齢数百年を超える太い樹木がまるで小枝のように薙ぎ倒され、それに巻き込まれて叩き落されたのだ。

 そこからはあっという間の出来事であった。
 圧倒的でそれでいて一方的な暴力が吹き荒れた。
 蒼の薔薇のメンバーは津波のように押し寄せる木々に掻き回され、一瞬で戦闘不能に陥ってしまったのだ。

 イビルアイはその何かが去っていく後ろ姿を見て、ようやくその正体が見慣れた王城を遥かに凌ぐ恐ろしく巨大な樹木のモンスターであることを知る。
 そしてその強大な存在が件の破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)であると悟った。

 戦闘は一切行われていない。
 相手は起き上がり、方向転換し、立ち去った。
 推定難度250のモンスターに、蒼の薔薇はただ轢かれたのだ。

「イ、イビルアイ……。大丈夫?」

 蒼の薔薇のリーダー、ラキュースの弱々しい声が聞こえる。
 返事をしてやりたいが肺か喉をやられているのか声を出せない。
 ラキュースの声がする方へ眼を向ける。
 絶望ともいえる凄惨な状態だ。

 ラキュースは今、彼女を庇おうとしたティアと共に腕ほどの太さの木に貫かれていた。ラキュースは腹の辺りを、ティアに至っては胸を貫かれ、ラキュースに覆いかぶさるように死んでいる。
 ラキュースの周りには使い切った水薬(ポーション)の瓶が転がっており、辛うじて生きながらえているようだが先は長くは無いだろう。

 自分の身体を再び見る。
 長く人間社会で生きてきたため血を吸ってこなかった。その代償に、吸血鬼(ヴァンパイア)が元来持っている治癒力が低下していた。
 傷口が太陽に晒されているせいもあるかもしれないが再生速度が遅い。肉体の再生よりも腐肉をあさる森の獣や昆虫に食い荒らされる方が早いかもしれない。

(万策尽きる……か)

 トブの大森林の最奥。普通の人間が辿り着ける場所ではない。
 ここで誰かに見つけてもらうなんて希望は――

――むにゅ。

(なっ!?)

 差し込む日差しを遮った何者かがイビルアイの頬っぺたを小枝で突いている。
 逆光でよく見えないが獣の耳が生えているようだ。

(ここへきて獣人か……。運がない)

 殆どの獣人にとって人間は食料だ。
 自分はアンデッドだから見逃される可能性がある。しかし人間である他のメンバーは彼らにとって新鮮な肉だ。仲間の死体を失えばいよいよもって復活の希望すら断たれることになる。

「モモンちゃん、こっちに死体あるよ。こんなにちびっこいのに可哀そー」
「おおかた魔樹に轢かれたんだろう。効率ばかり求めて身の丈に合わない狩場に行くとこうなる……ん? 気をつけろクレマンティーヌ。そいつは既にアンデッド化しているぞ」
「え、マジ? なら楽にしてあげるかぁー」

「ま、待ってください! 私はリ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇のラキュース。その子は吸血鬼(ヴァンパイア)。わ、私の大切な仲間です!!」

 ラキュースの必死の叫び声が木霊する。

――むにゅ。

(むぐぅ!?)

 動けないのをいいことに今度は無遠慮に口の中へ枝が突っ込まれる。

「あ、ほんとだ。ほら、牙がある」
「ほう。吸血鬼(ヴァンパイア)がアダマンタイト級冒険者……。面白い」

 モモンと呼ばれた男の後ろ、ラキュースの方から今度は女の声が届く。
 視線を向けると黒スーツの女がラキュースを覗き込んでいる。

(黒スーツ……、例の冒険者か……?)
「モモン、魅了はされていないみたい。冒険者プレートも本物っぽい。本当に仲間みたいだけど、どうする? この娘、回復しないとそろそろ危ないよ」

 女の問いにモモンは肩をすくめて答える。

「異形種の友達なら助けないわけにはいきませんよね」
(そうだ、こいつらの名前……。間違いない。ガゼフが言っていた冒険者!)

「イビルアイは人を襲うような、ゴホッ ……悪い吸血鬼(ヴァンパイア)ではありません。だ、だから……」
「喋らなくてもいいよ、討伐なんてしないから。クレっち、木を引っこ抜くから手伝って」
「は~い、っと……、これさ、一旦貫いている木を切断した方が早くない?」
「じゃあまず手前の子を引きはがすか……。木がお腹から抜けないように押さえてて。これ以上出血すると危ないからね」

 視界の隅でラキュースの救助が始まりイビルアイはほっとする。
 これでひと先ず全滅は免れた。

 ティアの亡骸をゆっくりと引きはがし、ラキュースに刺さった木を抜く番となる。

「と、その前に水薬(ポーション)を用意しとかないとね」

 そういいながらマイが()()()()()()()()()のは青紫の水薬(ポーション)

(なっ!? あの取り出し方!! それにあの色は……、なんだ?)
「あー……、これ背骨いっちゃってるよ、マイちゃん」
「あ、本当? じゃあ、念のためにこっち使うか……」
(ぶっふぉ!? あ、あれは!!)

 マイが改めて取り出した水薬(ポーション)はかつて十三英雄たちが使っていた赤いものだ。

「ラキュースさん、舌を噛まないようにコレ咥えて。今から抜くから気をしっかりね」

 ラキュースにハンカチを噛ませると「せーのっ!」の掛け声で腹に突き刺さっていた木が引き抜かれる。流石はアダマンタイト級冒険者といったところか、気絶せずに耐えきったラキュースの口に水薬(ポーション)が流し込まれる。

(あれが私の知る水薬(ポーション)と同じなら……)
「嘘!? 治ってる!!?」

 ラキュースの元気な声が響く。

(やはり……。彼らはぷれいやーか、えぬぴーしーだな……。何とかして意思疎通を試みたいが……)

 イビルアイは「さてどうするか」と考えるが文字通り死に体。
 動かせるのは目と僅かに首を振るぐらいだ。

(いや、まだ様子を見るべきか?)

 ぷれいやーには良い奴と悪い奴がいることを思い出す。
 状況的に善人であることを願いたいが、正直なところはわからない。

「あ、あの! 本当に、ありがとうございます!!」
「治ってよかった。改めまして、ボクたちは漆黒の名で登録している冒険者。ボクはマイ。こっちはクレマンティーヌ。そしてそっちがリーダーのモモン。宜しくね」
「漆黒! 噂は伺っております。まさかこんな辺境の地で助けていただけるなんて……。本当に、感謝しきれません。あの……、もしやとても貴重な水薬(ポーション)をお使いになられたのでは……」

 見たことのない水薬(ポーション)、しかもその効果は絶大。
 さしもの助けてもらったラキュースもその価値に気づいたようだ。

「ああ、気にしなくてもいいよ。ね、モモン?」
「ん? そうだな……、一つ確認したい。君にこの子(イビルアイ)を癒す(すべ)はあるのか? あと、噂では蒼の薔薇は五人組と聞いていたんだが……」

 ラキュースは周囲を見渡すと初めてその惨状を目の当たりにする。
 森の一画が切り開かれており、極太の倒木が幾重にも折り重なっていた。夜になったら森の獣も動きだす。ガガーランとティナを獣に奪われる前に確保しなければならないのだが、この中から二人を探し出すのは困難だろう。
 ラキュースが扱える蘇生魔法は第五位階の<死者復活>(レイズデッド)。蘇生魔法のなかでは一番低位のもので、復活時に対象の生命力を大量に消失するので(アイアン)以下の冒険者は間違いなく灰になる欠点がある。
 スレイン法国が大儀式で行使する<蘇生>(リザレクション)とは違い、蘇生の際、近場に五体が揃った死体が必要で、さらに部位が欠損しているほど蘇生の成功率が下がってしまうのだ。

 だから、なんとしてでも見つけ出さなければならない。

「えっと、はい。お察しの通り……、一人は大柄な女性で、もう一人はこのティアと同じ外見の子が。……恐らくこの付近に亡骸があるはずなんですけど。あと、私にはイビルアイを治す手段は……ありません……」
「そうか……」

 気丈に振る舞ってはいるがラキュースの表情は暗い。
 そんなラキュースを前に、モモンがしばし熟考する。

「君は秘密を守れる人間かね?」
「え?」
(わわ!?)

 モモンがイビルアイを持ち上げる。
 千切れた下半身、お腹の辺りからボタボタと内臓がこぼれ落ちるが、アンデッド故に元々痛覚が鈍いため痛みはない。

「あ、あの……、もう少し丁寧に……」
「ああ、すまん。まあ、それでだ。もし秘密を守れるのであれば、亡骸の捜索とこの子(イビルアイ)を回復してあげよう。そして水薬(ポーション)のお返しをしたいというのなら、この子(イビルアイ)を少しのあいだ借りたい」

(ななな、なにぃ!?)
「え!? そ、それは……。あの、どういう……」

 ラキュースは明らかに動揺している。長らく秘密にしていたことが明るみになっただけでなく、その秘密そのもの(イビルアイ)を持っていこうとしているのだ。
 命の恩人からの申し出でなければ全力で阻止するところだが、いかんせん相手の意図が読めずラキュースは困惑する。

「なに、少し話を聞くだけだ。見た目通りの年齢ではないのだろ? 私はその記憶に興味があるんだ。帰すときは完全な状態で送り届けるが、どうする? いくらアンデッドといえど、ここまで壊滅的な損傷を受けては滅ぶ――」
「そんな!!」
「――かもしれない

 ラキュースの表情は絶望に染まり、泣きそうな目でイビルアイを見る。

(おい! 信じるな!! 今、“かもしれない”って言ったろ!!)

 実際、“負のエネルギー”に満ちた墓地などに放置すれば、時間はかかるが回復できるのだ。
 ただその際はできれば虫が寄ってこないように香を焚いておいてほしい。

(いや、今はそんなことを考えている場合ではない! せめて信用できるまでは……)
「信じます! 秘密も守ります!! イビルアイを助けてください!!」
(ラキュゥーースッ!!?)
「もちろんだとも。では、今からこの場を仕切らせてもらう。――アウラ! マーレ!」

 モモンが何者かを呼ぶと、それまで全く気配を感じなかった強大な存在が急接近する。

「アウラ・ベラ・フィオーラ、御身の前に」
「マーレ・ベロ・フィオーレ、御身の前に」
闇妖精(ダークエルフ)!!?)

 急に現れた二人の強者にラキュースとイビルアイは身を固くする。
 さらに闇妖精(ダークエルフ)で構成された50人程の集団と、黒い法衣に身を包んだ者たちが数名現れ、皆一様にモモンとマイに跪く。

「アウラ、マーレ、魔樹を討伐する前に一仕事だ」


* * *



 数日前のカルネ村。
 クアイエッセが訪ねてきたその日、やまいこは魔樹にからみ思い付いた案をモモンガに伝えた。

「国造りですか?」
「そうそう。魔樹を倒したらアウラとマーレに森を丸々支配してもらおうと思って。で、人間の立ち入りを制限する。そしたら森司祭(ドルイド)魔法で生産した木材を輸出するの。どう?」
「一方的に森を立ち入り禁止にしたら周辺国と揉めそうですけど……」
「“禁止”じゃなくて“制限”ね。どうせ王国も帝国も魔物がうじゃうじゃいる森には手をだせないんだから、大丈夫だよ」

 やまいこの言うとおり、この世界の人類は森で生き抜くことはできない。一部の狩人が森のごく浅いところで猟を行うのが関の山で、森の中に人里を作ろうものならたちまち亜人や魔物に襲われてしまうだろう。
 王国も帝国もトブの大森林に隣接こそはしているが、領土にするほどの管理能力は持ち合わせていないのだ。

「林業を営んでいる様子もないから、トブの大森林を支配できれば彼らは木材の確保をボクたちに依存せざるを得ない。もちろん他の国から輸入する手段もあるだろうけど、ボクたちが価格設定をミスらなければ売れるはずだよ」

 やまいこの考えにモモンガは納得する。周辺国が置かれた地理的条件を考えればやまいこの案は理にかなっているように思える。
 ただ、トブの大森林は広大だ。多種多様な亜人や魔物が棲んでいる。
 問題はそれらをどう支配するかだ。

「やまいこさん。輸出の件は分かりましたけど、トブの大森林は広い。アウラのシモベは狩りには向いているかもしれないけど支配には向いていないと思いますよ?」
「そこで闇妖精(ダークエルフ)だよ。昔トブの大森林に住んでいた闇妖精(ダークエルフ)たちを呼び戻す。望郷の念に訴えれば言うこと聞いてくれるんじゃないかな」


* * *



 500年ほど前、突如天を切り裂いて現れた魔樹はトブの大森林で暴れ回った。
 当時トブの大森林を支配していた闇妖精(ダークエルフ)たちには対抗手段がなく、彼らは暴れ回る魔樹を天災として諦め、新天地を目指して南下したのだ。
 しかし、魔樹によって打撃を受けていた闇妖精(ダークエルフ)たちは旅先で他国と戦うだけの体力が残っておらず、ダークドワーフ国とエルフ王国、そしてスレイン法国に挟まれた森から動けなくなってしまったのだ。
 周辺三国を強行突破しても、ダークドワーフ国の奥は様々な亜人たちが巣食う戦国地帯(アベリオン丘陵)、エルフ王国を抜けた先は砂漠が立ちはだかり、スレイン法国の建国由来を考えれば当然のことながら傷付いた民を連れて法国を横断するなんて危険を冒せるはずもなかった。
 そこへ新たに八欲王も現れてしまい、いよいよもって森に隠れ棲むことを余儀なくされたのだ。

 500年。人類の感覚でいえば17世代分の長い年月を経ているが、人間より遥かに時間の感覚が緩やかな彼らは500年経っても人口をそれほど回復するには至らず、古い世代は望郷の念を募らせ、若い世代は外の世界を渇望していたのだった。

 そこへ現れたアウラとマーレは、闇妖精(ダークエルフ)たちにとってまさに救世主といえた。
 彼らは悲願たる帰郷に加え王族が滅んでいたこともあり、種族を導く新たな指導者に対し恭順の道を選んだのだ。
 かくしてアインズ・ウール・ゴウンは大きな武力衝突もなく闇妖精(ダークエルフ)たちを手中に収めたのだった。





 アウラとマーレに付き従う闇妖精(ダークエルフ)たちがガガーランとティナの亡骸をカルネ村の別荘へ運び入れていた。
 その様子をテーブルの上に寝かされたイビルアイがじっと窺う。

(祖たるエルフの王族の特徴……、闇妖精(ダークエルフ)も同じなのだろうか……?)

 イビルアイはアウラとマーレの姿から推察するが、元々闇妖精(ダークエルフ)に関する伝承には詳しくないため確信はない。
 代わりに強大な力を持つ闇妖精(ダークエルフ)の兄妹やクレマンティーヌと呼ばれた女、それにこの家で紹介されたメイドたちの反応で、何となくだがモモンとマイが“ぷれいやー”であると察していた。

「なるほど、普段はこの指輪と仮面で正体を隠しているのか。……苦労しているようだな」
 モモンが発見されたイビルアイの片腕に装備された指輪と、赤い宝石の嵌った仮面をモモンは興味深く観察している。

 当のイビルアイは千切れた己の下半身と片腕をあてがわれた状態で寝かされていた。
 この状態で“負のエネルギー”を得られれば一から下半身を再生させるよりは早く済むはずだ。
 とはいえ普通の民家に“負のエネルギー”が満ちているわけもなく、その修復には恐ろしい時間が掛かると予想できる。

「さて、まずはイビルアイを治療するか。いつまでもそのなりじゃ不便だしな」
 モモンの言葉に期待はするが、いったいどうやって治療するのかと疑問に思う。
 しかし、傷口にモモンが手をかざすとすぐにその効果が表れイビルアイは驚きの声を上げる。

「こ、これは!? モモン様は死霊術士(ネクロマンサー)なのか?」
「そうだ。本当はもっといい魔法もあるんだが、今は魔力を温存しておきたい。時間はかかるがこれで我慢してくれ」
「いや、自力ではいつ動けるようになるか分からなかったからな。ありがたい……(あの婆以外にも回復の伝手になってくれると助かるんだが……)」

 イビルアイはいくらか楽になった首を回し、ソファーに寝かされているラキュースに目を向ける。発見されたガガーランとティナの損傷が激しく、それを目の当たりにして取り乱したので強制的に眠らされているのだ。
 ラキュースの魔法で復活できるのは彼女を庇ったティアだけだろう。こういうとき、なんて声をかけてやればいいのか分からない。
 普通の人間よりも多く死別を体験してきても慣れないものは慣れない。
 イビルアイは己の身体を修復してくれているモモンを見やる。

(“ぷれいやー”ならば……)
 イビルアイは意を決してモモンに声をかける。

「モモン様。……モモン様は“ぷれいやー”か?」
「……」
「力を貸してほしい。ガガーランとティナの蘇生を願いたい。あそこまで損傷しているとラキュースの魔法では難しい。もっと高位の蘇生魔法が必要なんだ」
「さっきラキュースさんが取り乱した理由はそれですか?」
「そうだ」
「なるほど……。その口ぶりだとプレイヤーを知っているんだな?」
「ああ、十三英雄と旅をした」
「ふむ……。――さぁ、もう動けるだろ?」

 モモンに仮面をカポッと被せられると、イビルアイはテーブルから降りて柔軟運動をする。
 千切れた下半身も片腕も問題なく馴染んでいる。

「どうだ?」
「いい感じだ。感謝する」

 イビルアイはモモンを見上げる。
 仮面で表情は見えないが静かにモモンの答えを待つ姿には若干の緊張と期待が見え隠れする。

「……蘇生の件だが、昔話を聞いた後だ。ただその話も直ぐに聞いてやることはできない。この出会いは想定外でね。優先すべきことが他にある」
「もし破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を討伐しにいくのなら同行させてほしい。私たちは壊滅してしまったが、本来の目的は奴の調査。可能なら事の顛末を国に持ちかえりたい」
「……依頼主は誰だ?」

 冒険者組合を通さない依頼だったためにイビルアイは一瞬言い淀む。
 破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の調査は本当だが、十三英雄を超えるかもしれない存在を前に、その力の一端を確かめられる機会は逃がせないとイビルアイは考えた。
 だからこそ今後の関係も踏まえ素直に伝える。

「ラナー王女だ」
「ふむ……。大人しく観戦するなら同行を許す。ただ持ちかえる情報に関しては制限させてもらうぞ」
「了解した」

 それを聞くとモモンは頷き、メイドへ指示をだす。

「ルプスレギナ、我々は森に戻る。しばらくその女(ラキュース)を客人対応で預かってくれ。起きたらエンリを呼んで軽い食事でも作ってもらえ」
「畏まりました、モモン様」

「では、行こうか。イビルアイ。<転移門>(ゲート)

 闇の中へ姿を消すモモンを追ってイビルアイも気持ちを新たに飛び込むのだった。



独自設定
・イビルアイの吸血事情、及び吸血鬼(ヴァンパイア)の回復事情。
<死者復活>(レイズデッド)の欠損による成功率変動。(※D&Dを参考に解釈)
闇妖精(ダークエルフ)の歩んだ歴史。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話:破滅の竜王

 カルネ村からトブの大森林へ転移すると皆が出迎える。

「お待たせしました」
「ん、その子も来るんだ」
「見学したいそうです。それと改めて蘇生実験が必要かもです」
「陽光聖典だけじゃ不十分だった?」

 以前復活させた陽光聖典の亡骸は五体満足であった。その復活から分かったことは“やまいこ(ユグドラシル)の魔法でも復活が可能である”ということだけで、欠損による成功率はまったく考慮されていない。
 ユグドラシルではアバターが欠損するなどのゴア表現がなかったためにその可能性に思い至らなかったのだ。
 <死者復活>(レイズデッド)<蘇生>(リザレクション)、またはその他の蘇生魔法で経験値ペナルティ以外の違いが他にないか調べなおさなければいけないだろう。

「不十分というか、欠損具合で成功率が変わるみたいなんですよね」
「ああ、それで……」

 やまいこもラキュースが落ち込んでいた理由に気づいたようだ。
 そこへアウラの声が響く。

「モモン様! マイ様! 4キロほど北に魔樹を発見しました!!」
「4キロ? 大して動いていないんだな」
「確か高さ100メートルくらいだっけ? この距離で見えないのは例の擬態ってやつ?」

 今いる場所は蒼の薔薇を発見した場所。魔樹が切り開いた広場で見晴らしは良い。しかし、アウラが示した方角を見渡しても、深い森が広がるだけで高さ100メートルの魔樹がいるようには見えない。

「はい、マイ様。覚醒はしているみたいですけど、何かしている感じはありません」
「よしよし。なにか仕掛けるなら今かな。どう? モモン」

 やまいこの言葉に頷くと、モモンは皆へ向きなおる。

「いよいよ討伐だが、まずはこのまま魔樹の手前1キロまで接近する。見学組はそこで待機。魔樹のもとへは俺とマイ、アウラとマーレの4人で向かう。魔物が現れたら各自自衛しろ。森だから火の使用は禁止。いいな?」
『はい! 畏まりました!』

 双子の声に続き見学組も了解を示す。
 因みに見学組はクレマンティーヌ、イビルアイ、漆黒聖典数名と闇妖精(ダークエルフ)たちだ。
 皆緊張した面持ちだが、そのなかでも闇妖精(ダークエルフ)たちの表情は硬い。なにしろ彼らの中には魔樹に追われた記憶を持つ者がいる。
 ここに集った闇妖精(ダークエルフ)たちは長老を初め、彼らの中でも秀でてた戦士たちだが、過去の記憶が魔樹を強烈に畏怖させるのだ。

 各々覚悟が決まると、一行はいよいよ前進する。


* * *



「この辺りでいいだろう。アウラ、奴を起こせるか?」
「アクティブモンスターであればターゲティングすれば向かってくると思います」
「そうか。なら今から我々は即席のチームだ。構成としてはややバランスが悪いが……、推定どおりの難度なら楽に勝てるだろう。一応未知の魔法やスキルには警戒をするように」

 以前、ナザリックで模擬戦をしてアウラとマーレの連携が完璧なのは確認している。モモンガ含め両者とも後衛向きだが、ユグドラシルの後衛が前衛で暴れられるのがこの世界。さらにタンク役のやまいことが居るので問題はないだろう。

「ふふ。茶釜さんの子供たちとチームを組む日が来るなんてね。宜しくね、アウラ、マーレ」
「はい! よろしくお願いします! やまいこ様!!」
「僕も、が、頑張ります!」





 まずはアウラの狙撃用ターゲティングスキルの発動によって戦いの火蓋は切られた。
 一瞬の静寂の後、森が騒めく。地響きと共に木々が揺れ、野鳥たちが空へと追い出される。
 ユグドラシルの“ヘイトを集める”という効果がどう働いているのか分からないが、アウラのスキルに反応して魔樹が立ち上がり、その恐ろしく巨大な姿を現わす。
 高さ100メートルといえば30階建てのビルに相当するが、大気汚染によって常時防塵マスクを強いられる現実(リアル)では粉塵に遮られ到底目にすることのできない規模の物体だ。

「これは凄い。空気が澄んでいるとあんな高さまで見通せるんだな」
「ああ! モモンガさん!! 今の見た?」

 魔樹の巨大さに感嘆するモモンガの横でやまいこが驚きの声をあげる。

「ど、どうしました?」
「あいつの頭のてっぺんに例の薬草があったよ!!」
「マジっすか!? アウラ、奴の強さを測定してくれ」
「はい!」

 アウラは親指と人差し指で輪を作ると魔樹に向けて覗き込む。

「三つ色違いなのでレベル80~85。体力は高すぎて測定できません」
「レベルは問題ないな。やまいこさん、こいつに見覚えあります?」
「無い。ユグドラシルにはいなかったと思う。ねえ、倒す前にマーレに薬草を採ってきてもらおうよ。倒した瞬間に枯れたりしたら嫌じゃん?」

 やまいこの懸念は理解できた。ユグドラシルでは植物系モンスターは倒されると枯れる演出が入ったり、ボスクラスだと光の粒になって消えたりする演出があるからだ。
 そして薬草採取の人選も最適だといえる。
 以前、ンフィーレアと行った薬草採取ではプレイヤーであるモモンガとやまいこは薬草採取が上手くできなかった。しかし上位森司祭(ハイ・ドルイド)のマーレなら植物との親和性が高い。もしかしたら綺麗に採取できるかもしれない。

「確かにこの世界、ドロップってないですもんね……。新鮮なうちに採取しますか」
「うん。というわけでマーレ。ボクたちで敵を引き付けるから薬草を数個採ってきて」
「はい! お任せくださ――」

 マーレの返事を遮るように魔樹の触手が振るわれる。長さ300メートルほどの触手が横薙ぎに襲うが、直前でマーレの集団転移により事なきを得る。

「よくやったマーレ。薬草は頼んだぞ」
「はい! <ウッドランド・ストライド>!!」

 マーレはスキルによって魔樹の枝に転移する。
 身体に纏わりつく闇妖精(ダークエルフ)に気づいたのか魔樹が煩わしそうに身を震わすが、マーレは構わず枝から枝へ転移し頂上を目指す。

「アウラ、注意を引き付けるぞ!」
「はい!」

 アウラは吐息、モモンガはバフをかける。
 とかく味方を強化するバフは敵のヘイトを稼ぎやすく、マーレに向かっていた魔樹の注意が外れ、モモンガたちへと興味が移る。
 そこへ遅れてやまいこが自己強化するスキルを発動すれば、魔樹のヘイトは完全にやまいこへと注がれる。
 振り上げられた触手がやまいこへ叩きつけられるが、強化された拳で打ち払われる。

「叩きつけは物理攻撃!」
<転移>(テレポーテーション)<飛行>(フライ)

 やまいこの報告を聞き、特殊な支援は必要ないと判断したモモンガは、自らも攻撃するために魔樹を見下ろせる上空へ転移し滞空する。
 マーレを見ると流石は階層守護者序列二位。すでに魔樹の頭頂部に辿りつき薬草の採取に取り掛かっていた。
 そして魔樹の足元では再び触手がやまいこに叩きつけられようとしていた。

「今のうちに何本か減らすか。――<現断>(リアリティ・スラッシュ)

 触手の一本に狙いを定め、敵を空間ごと切り裂く第十位階魔法を放つが一発で切断するには至らず、やまいこがその千切れかけた触手を力任せに引っこ抜く。

「木と言えば斧。斬撃に弱いと思ったんだがな……。<魔法三重化>(トリプレットマジック)<現断>(リアリティ・スラッシュ)

 今度は三重化した魔法で確実に触手を切り飛ばすと、魔樹が新たな動きを見せる。自らが薙ぎ倒した木々を触手で束ね、口と思しき樹洞(じゅどう)に放り込んでゆく。
 その口を上空のモモンガに向けバリスタの如く飲み込んだ木々を発射するが、事前に魔樹の行動を察知したやまいこがその横っ腹を強打することで射線がずれる。
 発射された巨木がモモンガの横を乱れ飛ぶ中、再度呪文を唱え3本目の切断に成功する。

 魔樹が残った触手を振り回すが、やまいこやアウラたちに面した触手を失っているためたまに飛ばされてくる樹木に気をつけていれば危険はなさそうだ。

「採取終わりました!」
「よし! たたみかけるぞ!」

 モモンガの掛け声にすかさずアウラが矢を放ち魔樹の影を縫い止め、新たにスキルを発動する。

<天河の一射>(レインアロー)

 巨大な弓を手にしたアウラがスキルを使用する。常時<オートエイム>が発動している弓だが、<天河の一射>(レインアロー)はその名の通り天空から数多の光の矢を降り注ぐ範囲攻撃。<影縫いの矢>で動きが止まっていることに加え、巨大な魔樹を相手に外しようもない。

――グオォォォー!!

 降り注ぐ光の矢を受けて魔樹の体が削られていくなか、やまいこは魔樹の足元で連撃を加えていく。二度三度と連撃を重ねていくと魔樹の幹が大きく抉れる。

 マーレを空中で抱き留めたモモンガが地上のやまいこたちと合流すると、アウラの声が響く。

「ああ!? あいつ、周りの木々から生命力を奪っています!!」

 アウラの声に周囲の森を窺うと、青々と茂っていた木々が急激に枯れていく。ユグドラシルで敵が何かをチャージしたら警戒すべきは二つ。体力回復か、特殊なスキルの発動だ。

「アウラ! 魔樹の体力は!?」
「残り4割ですが、徐々に回復しています!」

 やまいこが魔樹の幹に急接近し魔法の発動と共に拳を叩き込む。

<魔法最強化>(マキシマイズマジック)<大致死>(グレーターリーサル)

 膨大な負のエネルギーを流し込まれ魔樹が大きく揺らぐ。

「大きく削れました! あと少しです!!」
「モモンガ様! 上!!」

 やまいこが最後の一撃を加える直前、今度はマーレの警告が入る。
 モモンガが魔樹の頂上へ目を向けると、そこにはさっきまでは無かった複数の花が咲き、急激に萎んでいく最中であった。
 そして代わりに現れたのは巨大な果実だが、瑞々しさは一瞬で失われ直ぐに黒々とした乾果になる。

 ――その形状に嫌な予感がする。

 魔樹が大きく幹を反らすと勢いをつけて実が投擲される。

<骸骨壁>(ウォール・オブ・スケルトン)! 入れ! 爆弾だ!!」

 やまいこも攻撃を中断して傘に飛び込む。植物系のモンスターは状態異常を起こす攻撃を持つ者が多いからだ。未知の攻撃、特にチャージ後の特殊な攻撃は警戒しないわけにはいかない。
 全員が骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)に収まると同時に頭上で爆発音が響く。

ズドドドドドドッ!

「わ! わわわわ!!?」
「炸裂系か!」

 サッカーボール大の種子が降り注ぎ、骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)で守られていない周囲の大地を耕していく。
 轟音が鳴りやむとすかさずアウラが魔樹を測定する。

「体力あとわずかです! 自爆効果があったかと」

 魔樹を見上げるとアウラの言葉通り、至近弾だったためか炸裂した種子は魔樹の幹にも深い傷跡を残していた。

「よし! <魔法三重最強化>(トリプレットマキシマイズマジック)<万雷の撃滅>(コール・グレーター・サンダー)!」

 モモンガは止めとばかりに何本もの雷を束ねたような豪雷を放つ。
 魔樹の幹を下から穿ち、受けきれなかった雷が天に吸い込まれるように消える。

グオォォオオオオォォー!!

 断末魔の咆哮とともに魔樹がゆっくりとその巨体を倒していく。
 それを見ながらやまいこが一言。

「しばらくは木材に事欠かないね、ってあああぁ!? も、燃えてる!! マーレ! 水! 雨降らせて!!」
「は、はい!!」

 モモンガの放った強力な雷撃が魔樹を焦がし一部火の手が上がったが、マーレの魔法で局地的に雨が降りすぐに鎮火されていく。

「もう! モモンガさん! 自分で火は駄目って言ってたでしょ!?」
「ご、ごめんなさい……。まさか雷属性で炎のスリップダメージが入るとは思わなかったので……」





 魔樹を倒し終え、薬草を吟味していると見学組が合流を果たす。
 漆黒聖典が歩み寄りモモンガたちの勝利を称える。

「モモン様、お見事です。神官長たちもさぞ喜ぶことでございましょう」
お前たち(漆黒聖典)でも楽に勝てたんじゃないか?」
「それはどうでしょう。私個人であれば負けはしないと思いますが、短時間で倒しきる自信がありません。移動を許せば多くの被害が予想されます」

 世辞を大真面目に返されてモモンガは苦笑する。確かに現地の戦力では100レベル4人組の戦闘と同じようにはいかないだろう。今回はたまたま山脈へ向かっていたが、もし人里に向かっていたら魔樹もその名に恥じぬ破滅を周囲にばら撒いたはずだ。

「ふむ、なんとも真面目な回答だな……。まあいい、これでトブの大森林の脅威は取り除かれた。予定通り闇妖精(ダークエルフ)の国を復興させる。神官長たちにはそう伝えておくといい」
「は!」

 モモンガは次に跪いている闇妖精(ダークエルフ)たちへ話しかける。

「さて、闇妖精(ダークエルフ)たちよ。約束通り魔樹は葬った。次はお前たちの番だ」
「しかと承りました。国を築き盟約に従います」
「都市設計に関しては完全環境都市(アーコロジー)の概念を学んでもらう。こちらから人員を送るので従ってほしい。そして学んだうえでお前たち(ダークエルフ)らしさを盛り込んで励んでくれ」
「畏まりました」

 長老風の闇妖精(ダークエルフ)が代表で応える。五氏族の合議制だった彼らも、今日からはアウラとマーレが治める君主制に変わる。長くスレイン法国や八欲王をやり過ごした彼らなら良き臣下になるだろう。

「モモン様たちは闇妖精(ダークエルフ)の国を再興して何をする――んですか?」
「イビルアイ、無理に敬語を使う必要はないぞ。何をすると聞かれてもな……、貿易かな」

 モモンガの答えに、しかしイビルアイは首をかしげる。

「森を支配すると受け取っていいのか?」
「ああ、そういう意味でならそうだな。闇妖精(ダークエルフ)たちに大森林全域を支配してもらうつもりだ」
「……リ・エスティーゼ王国と国交を結んではもらえないだろうか」
「その申し出は嬉しく思うが、それこそ王国の出方次第だろう」
「……」

 イビルアイは黙り込んでしまうが、それも仕方がない。
 王国内で偏見なく闇妖精(ダークエルフ)と交渉できる人間はラナー王女しか思い当たらない。
 そしてそのラナー王女が国政に参与できないことも知っているからだ。

「モモン様は六大神や八欲王を知っているのか?」
「伝承だけならな。その辺の話は今度ゆっくりしようじゃないか。それよりもこの薬草に見覚えはあるか?」

 イビルアイに難病に効くといわれる薬草を見せるが首を振られる。

「そうか……。この薬草を栽培できないと超絶レアアイテムってことになるんだが……」

 モモンガは籠に入れられた薬草を手に取り、ンフィーレアたちと薬草採取をしたときに得た知識を思い出す。つまり、薬草を採取する際は根を残し次の季節に繋げなければならないのだ。しかし、モモンガたちは大本(魔樹)を滅ぼしてしまった。
 万が一、魔樹の上でしか育てることができないとしたら、とてつもなく勿体ないことをしてしまった可能性がある。
 モモンガが薬草の栽培方法に思い悩んでいると、マーレがおずおずと近づく。

「モ、モモン様、薬草のことで宜しいでしょうか」
「遠慮はいらない。上位森司祭(ハイ・ドルイド)のマーレからみて何か案はあるか?」
「こちらを」

 マーレが差し出したのは魔樹が最後に放った種子だ。

「ん、魔樹の種だな」
「はい。も、もし畑や鉢植えで栽培できなかったときは、この種から魔樹を育てて薬草の苗床にするというのはいかがでしょうか」
「なるほど! 良い案だ、マーレ。これでひとつ――」
「ちょっと待って!」

 やまいこがモモンガの言葉をさえぎる。

「ねぇ、マーレ。その種、()()()()()?」
「あ……」

 振り返ると全員の表情が引きつっていた。





 魔樹を討伐した現場で腐葉土を掘り返し、ひたすら種を探す。
 その気の遠くなる作業にモモンガは()を上げる。

「無理だな。諦めよう」
「だね……。マーレ、いま何個くらい?」
「えっと、400個くらいです」

 森の一画にサッカーボール大の種が山積みにされていた。

「それだけ拾えれば十分でしょ。後々のために魔樹の葉っぱを押し花にして記録しておこう。そうすれば怪しい木が育っていたらすぐに分かるからさ」
「畏まりました」

 闇妖精(ダークエルフ)たちにとって再興初日が魔樹の種拾いというなんとも言えないものになってしまったが彼らの表情は明るい。故郷の再建にかける彼らの情熱が未来を照らしているのだ。
 後日、闇妖精(ダークエルフ)の民が合流すれば活気のある森になるだろう。

 モモンガが闇妖精(ダークエルフ)の今後に期待を膨らませていると聞き慣れない声が響く。


「まさか封印の魔樹(ザイトルクワエ)を倒せる存在が現れるなんて……。揺り返しが起こったとみていいのかな?」


* * *



 そこには白銀の鎧を纏った騎士が佇んでいた。

《やまいこさん。こいつ生命感知(ディテクト・ライフ)に反応無し。アンデッドでもありません》
《姿を現わしているのに隠す意味ないよね? ゴーレムかな》
「ツアー!!」
「知り合いか? イビルアイ」

 モモンガの問いにイビルアイは慌てて口を押さえるが、手が仮面に直撃して小さく呻く。
 イビルアイは恐るおそる騎士を窺う。
 その様子に騎士は呆れたように手で先を促す。

「……彼はツアー。十三英雄の一人“白銀”と呼ばれている者だ」
「十三英雄……」

 モモンガが軽く身構えたのを見てツアーが自己紹介をする。

「初めまして。私の名はツァインドルクス=ヴァイシオン。アーグランド評議国で永久評議員を務めている。初めに断わっておくけど、私はぷれいやーではないよ」
「ふむ……。私の名はモモンガ。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターだ。そして隣にいるのがギルドメンバーのやまいこ。察しているようだが、私たちはプレイヤーだ」
「ギルド……。君たち以外にもプレイヤーはいるのかい?」
「それには答えられない」
「……」

 両者の間に緊張が生まれたのを感じ取ったイビルアイが声をあげる。

「ツアー。私は危うく滅びそうになっていたところをモモンさ――モモンガ様に助けてもらった。心配する気持ちはわかるけど一旦収めてくれないか」
「イビルアイ……。君はどうしてここにいるんだい? 滅びそうになったって……。封印の魔樹(ザイトルクワエ)の危険性を彼女から聞いていなかったのかい?」
「あ、あぁ……。会う機会が無かった」
「はぁ……、分かったよイビルアイ。私も封印の魔樹(ザイトルクワエ)を倒しにきただけだからね」

 敵意は無いと判断したやまいこがツアーに質問する。

「ツァインドルクス=ヴァイ――」
「ツアーで構わないよ」

「じゃあ、ツアー。貴方はたしか白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)と呼ばれるドラゴンだと聞いているんだけど、その姿は人間に化けたものなの?」
「ああ、これかい?」

 やまいこの質問に対しツアーは兜のバイザーを上げて中身をみせる。

「これは傀儡。初原の魔法(ワイルド・マジック)で作られた鎧だよ」
「なるほど、道理で……。でも、素直に教えてくれるとは思わなかったな。ありがとう」
「一応秘密なんだけど、昔、隠していたら仲間に怒られてね……。打ち明ける相手は選んでいるから、ここだけの話にしてほしい。こっちも君たちがぷれいやーであることを吹聴する気はないから」
「そう。それは助かる」

 ツアーは改めてモモンガたちを見渡す。

「プレイヤー・闇妖精(ダークエルフ)吸血鬼(ヴァンパイア)・人間……。この混沌とした集団、昔を思い出すね。人間が漆黒聖典でなければ言うことはないんだけど」
「ツアー!」

 挑発じみたセリフを咎めるイビルアイを無視してツアーは漆黒聖典に語り掛ける。

「スレイン法国は再び神を得たと思っていいのかな?」

 その問いに漆黒聖典は一瞬モモンガを窺うが直ぐに答える。

「いいえ。私どもはまだ正式に庇護下には入っておりません。アーグランド評議国には伝わっていないようですが、スレイン法国は人間至上主義を改め、全種族共存共栄の道を模索しております」

 それを聞いたツアーが驚いたようにモモンガを見据える。

「アインズ・ウール・ゴウンは……。いや、モモンガ殿はこの世界に何を望む?」
「世界に? 具体性に欠ける質問だな。……あくまでも個人(モモンガ)として答えるならば、“冒険”だろうな。この世界にきてまだ日が浅い。色々なものに対して興味が尽きない」

 唸るツアーにモモンガは続ける。

「ツアー、我々は様々な異形種が集まるギルドだ。六大神のように特定の種族に肩入れするつもりはない。崇高な理念を掲げてはいるが、これはプレイヤーたる我々の至極個人的な理由からきている。八欲王のように世界を奪うほどの野心は持ち合わせてはいない。もちろん、敵対すれば全力で叩き潰すがね」

「……すぐには信じられないよ。世界を歪めるほどの力を持っているのにもかかわらず、君たちぷれいやーは百年もたてば堕落して牙をむく……。でも、同時に君たちが()()()()()であることも知っている……」

 ツアーはそう言うと背を向ける。

「今日のところは帰るよ。ただ……、もし評議国を訪れることがあったら訪ねてきてほしい。訳あってあまり国から離れられないんだ」
「……分かった」

 ツアーが立ち去り、緊迫した空気が薄れるとイビルアイは大きく息を吐く。

「喧嘩別れにならなくてよかった……」
「まったくだ。というか、突発的な遭遇イベントは勘弁してほしい。正直疲れる……」

 モモンガは皆に向かって言葉を続ける。

「よし、撤収だ。アウラ、マーレ、今日のところは闇妖精(ダークエルフ)たちを第六階層で休ませてやれ。後日、首都の建設場所が決まり次第、シャルティアに協力してもらって民を移動させろ」
『はい! 畏まりました!』
「では戻るか。<転移門>(ゲート)を開くから皆入ってくれ」

 皆が<転移門>(ゲート)をくぐりナザリックへ戻ると、魔樹の討伐クエストが終了する。


* * *



 ナザリック地下大墳墓、第十階層玉座の間。
 魔樹討伐に同行した面々は解散し、今玉座の間にはイビルアイ一人が跪いていた。

 死の支配者(オーバーロード)半魔巨人(ネフィリム)の正体を晒したときは驚いていたイビルアイだったが、もともと十三英雄と面識があったせいか割と直ぐに慣れたようで、約束――ラキュースが勝手に約束してしまった昔話を身振り手振りを交え伝え終わったところだ。

「なるほど。なかなか面白い話だった」

 モモンガは面白いと評したが、役に立ったかといわれるとそうでもなかった。250年という長い年月のなかで、語られた出来事の順序が曖昧だったのだ。
 とはいえ伝承を当事者から聞けるという体験は貴重なものだし、得られた情報は価値があるといえた。特にスレイン法国では風化してしまった亜人たちの活躍を補完できたのは大きい。
 傍らではスケルトンメイジの書記官がイビルアイの言葉を書き留めているが、スレイン法国の伝承と照らし合わせれば辻褄の合わない歴史がでてくるだろう。

「イビルアイ。このナザリックにお前を迎え入れたいと言ったら、どうする?」
「ありがたい申し出だが……、私は蒼の薔薇の行く末を見守ると決めている。今回全滅しかけて、彼女たちの存在が私の中でいかに大きいかを自覚したからな」
「そうか……。なら、何十年、何百年後になるか分からんが、もし孤独に耐えられなくなったらここに来るといい。いつでも歓迎する。――ユリ、例の物を」

 ユリ・アルファが真っ赤なビロードが敷かれた銀のトレイをイビルアイに差し出す。
 そこには神聖な雰囲気を漂わせる純白の短杖(ワンド)があった。

蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)。使用回数制限はあるがアンデッドであるお前にも使える蘇生アイテムだ。昔話の礼だ。受け取るといい。仲間の蘇生は別途行うから安心しろ」
「そんな! 仲間の蘇生に加えこれほどのアイテム……、過分では……」

 イビルアイの目から見ても神話級のアイテムである短杖に彼女は尻込みする。

「仲間の蘇生は今回限りのサービスだ。次からはきちんと対価を要求する。その杖は昔話を聞かせてくれたお前個人への報酬だ。……受け取っておいた方がいいぞ。今回、仲間を失う恐怖を再認識したはずだ。なんども奇跡が起こるなんて思ってはいないだろ?」

 それはイビルアイにも分かっていたことだ。あんな辺境の地で偶然プレイヤーが通りかかるなんて奇跡は二度と起こらないだろう。
 イビルアイは意を決して蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)を手に取ると頭を下げる。

「感謝する」
「それはお前の物だからどう使おうが自由だが……、王国には隠しておけ。厄介ごとを招くだろうからな」
「命の優劣を計れるほど私はできた人格を持ってはいない。けど、極力使わないようにしようと思う。仲間にも秘密にするつもりだ」
「それがいいだろう……。さて、報酬も渡したし、この後どうするか。やまいこさん、どうします?」

 モモンガは黙って会話を聞いていたやまいこに話を振る。

「んー。カルネ村へ戻って蒼の薔薇を蘇生するのもいいけど……。せっかくだからシャルティアに紹介しておくのはどう? 同じ吸血鬼(ヴァンパイア)だし、お友達になれるんじゃないかな」
「ああ、いいですね。……年齢を考えるとシャルティアが妹分になるのかな?」

 直後、イビルアイに周辺国を軽く滅ぼせる妹分ができたり貞操の危機を迎えたりするが、それはまた別のお話。





 後日、イビルアイは蘇生された蒼の薔薇共々王国へ帰り、伝えられる範囲内で一連の出来事をラナー王女へ報告するのであった。




独自設定
・アウラの測定スキルの親指と人差し指で輪を作って覗き込むポーズ。
・マーレが使用した<ウッドランド・ストライド>はスキル名から木々を瞬歩のように移動できる、又は転移できるスキルと仮定。
・アウラの<オートエイム>付きの弓は完全設定資料のラフ画より。
・魔樹の種子爆弾の描写。イメージ的には椿の種。
・イビルアイの持つ知識は書籍でもでていないので色々とぼかしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦争 第27話:軍事会議

 多くの国で収穫が終わり吐く息が白くなり始めたころ、バハルス帝国領からリ・エスティーゼ王国領へ向かう幌馬車が一台、その本来の用途からはかけ離れた速度で疾走していた。御者台に男が二人、荷台には女二人と子供二人の四人が乗り込んでいるが、全員疲労の色が濃い。
 御者台の男が荷台の女に呼びかける。

「イミーナ! 追っ手は来ているか?」
「大丈夫! 影も見えないわ!」
「ははは、そうでなくちゃ困るわな」
 イミーナの返事に御者の男、ヘッケランは軽口で返すが速度を落とす様子はない。
 緊迫した空気に耐えきれなくなったのか少女が申し訳なさそうに謝罪する。

「本当にごめんなさい」
「もう! また? いい加減謝るの止めないと放り出すよ?」
「そうですよアルシェ。貴女に付き合うと決めたのは私たちです。気にする必要はありません」
 黙っていたもう一人の男、ロバーデイクが落ち着いた声でイミーナの発言をフォローする。

「……ありがとう」
「そうそう。それでいいの」
 イミーナはアルシェのさらさらとした金髪をくしゃくしゃと撫でる。
 アルシェは幼い双子の妹たちを強く抱きしめる。クーデリカとウレイリカ。5歳の妹たちは強行軍に疲れはてて寝てしまっている。
 馬車の面子はバハルス帝国のワーカー“フォーサイト”。いや、元ワーカーだろうか。今、彼らは古巣の帝国を飛び出し新天地へと駆けていた。

 ワーカー。それは冒険者組合に登録していない冒険者だ。組織に縛られない代わりに全てが自己責任。人助けもすれば犯罪ギリギリの仕事、あるいは犯罪そのものを生業とする者がいたりと、その質は様々だ。
 フォーサイトのリーダー、ヘッケランは二十代に差し掛かった二刀流軽戦士。金銭好きだが仕事はきちんと選び、危険な橋は渡らない性格だ。回復役のロバーデイクは三十代の元上級神官。神殿に所属していては救えない人々がいることに気づきワーカーになった善人。イミーナは年齢不詳の半森妖精(ハーフエルフ)野伏(レンジャー)。チームの目であり耳である彼女は弓の扱いに長けており、喧嘩っ早いのが玉に瑕だがいざ戦闘になれば一歩引いた位置から的確に味方をサポートする。そして魔術師(ウィザード)のアルシェは十代半ばにして第三位階魔法を行使できる秀才。バハルス帝国が誇る逸脱者、第六位階の魔術を操るフールーダ・パラダインと同じ生まれながらの異能(タレント)、“看破の魔眼”を持ち、その能力でなんどもチームを救ってきた。
 各人の能力が上手く噛み合い、四人チームとしては安定した依頼達成率を誇る彼らフォーサイトは、正規の冒険者でいえばミスリル級の冒険者であり、また堅実に依頼をこなしてきたために帝国内での信用度も高かった。

 しかし、彼らはその全てを投げうって逃避行をしている。全てはチームの妹分、アルシェのためだ。
 アルシェを追う借金取り――正確にはアルシェの両親が多額の借金をし、あろうことか抵当物として差し出されてしまった双子の妹を追う借金取りから逃げていた。

 全ての原因はアルシェの両親にあった。鮮血帝に貴族位を剥奪された没落貴族にもかかわらず、かつての栄華な暮らしを忘れられずに借金を重ね、身分不相応の浪費をする体たらく。自ら働こうとはせず、その返済を娘のアルシェに丸投げしていた救いようのない両親だ。
 膨らむ借金に業を煮やしたアルシェは妹たちを連れて家を出ることを決意し、仲間に相談したところ、皆アルシェのために一肌脱いでくれた。いや、アルシェの件はきっかけに過ぎず、遅かれ早かれフォーサイトは解散間際だったのだ。ヘッケランとイミーナは結婚して身を落ち着かせるつもりだったし、ロバーデイクも孤児院を開業する予定であった。どうせワーカーを辞めるならと、引退前に一花咲かせようと協力を申し出たのだ。
 しかし着々と準備が進む中、アルシェの両親はついに5歳の妹たちを抵当物として差し出してしまった。
 そして借りた相手が悪かった。高利貸しの裏に犯罪組織がからんでいたのである。鮮血帝の目があるので王国の八本指ほどではないが、帝都でそれなりに影響力のある犯罪組織から力尽くで妹たちを取り戻し、準備に準備を重ねた逃走計画を実行したのだ。

「諦めると思う? 行先は割れていないはずだけど……」
「国境は越えましたし、しばらくは大丈夫でしょう。こちらの用意は万全。大丈夫ですよ」
「あったりめぇだ! 準備に金貨100枚もつぎ込んだんだぞ!?」
 ロバーデイクの言葉にヘッケランは強い口調で合わせるが嫌味さはなく、本気で悪態をついている感じもない。そこにあるのは絶対の自信。絶対に逃げ通すという強い意思だ。

 周辺国の情報。逃走先の絞り込み。有力者の推薦状。逃走経路に替え馬の用意等々、多額の資金を投入した。多少予定が早まったが入念に下準備をしたうえでの逃走、ミスリル級冒険者の本気の逃げだ。

 帝都から休まず幾つかの街や村を経由し手配していた替え馬に何度も乗り継ぎ、既に4日目の夜。目的地は目と鼻の先だ。

「見えた! ロバー、推薦状を用意してくれ」
「了解」
 馬車が徐々に速度を落とし、そしてついに大きな門の前で止まる。
「……こんな夜更けに大丈夫かな」
 固く閉ざされた門を前に不安を漏らすイミーナにヘッケランは「見てろ」と大きく息を吸うと大声で開門を乞う。

「開門を願う! 誰か居ないか!?」
 ヘッケランの声に反応して門の上の篝火が動く。
 姿は見えないが門番と思しき声が返ってくる。
「何者だ?」
「移住希望の者だ。ここに推薦状がある。確認してくれ」
「分かった。(あね)さんを呼んでくるんで少しのあいだ待っててくれ」

 追っ手の心配はしていなかったがずっと移動しっぱなしだったために、いざ立ち止まると待ち時間が妙に長く感じてしまう。ほどなく門が小さく開くと小鬼(ゴブリン)数体と一人の少女が現れる。
 何も知らなければその組み合わせに驚くところだが、事前調査で目の前の少女が亜人を使役する“血濡れのエンリ”であると推察できた。

「エンリさんですね、こちらが推薦状です」
「……確かに。ロフーレ様の割印ですね」
 推薦状を手持ちの割札で確認したエンリが合図を送ると重厚な門がゆっくりと開かれる。門を押し広げ姿を現したのは鋼鉄製の鎧を装備した人食い大鬼(オーガ)と、新たに灯された篝火に照らし出された射手と思われる小鬼(ゴブリン)だった。
 それらを目にしたフォーサイトのメンバーは、初めて自分たちが狙われていたと悟り背中に冷たい汗が落ちる。
 そんな彼らの表情を見たエンリが皆を安心させるように、そしてはっきりとした声で新たな入居者を歓迎する。

()()()()()()()へようこそ。今日からここが皆さんの家です。よろしくお願いしますね」


* * *



 リ・エスティーゼ王国、王都。ロ・レンテ城の謁見の間に名だたる王族や貴族たちが集まっていた。国王に続き二人の王子とラナー王女、六大貴族にその他大勢の有力な貴族たちだ。
 例年通り送られてきた帝国の宣言文に対して、王国がどう対処するのかを決める会議が開かれていた。

 バハルス帝国曰く、年々増加するバハルス帝国民及びリ・エスティーゼ王国民への麻薬汚染は、城塞都市エ・ランテルとその近郊が温床となっていることに起因する。
 当該地域において、現支配者である王国にはこの蔓延する麻薬被害に対して解決能力は無く、このまま王国の支配が続けば両国の民はいたずらに健康を害し搾取され続けるだろう。
 よってこれ以上被害が広がる前に王国は支配権をバハルス帝国へ譲渡し、事態の改善に努めなければならない。
 これに従わないのであれば、帝国は無辜の民のために立ち上がり、王国に侵攻を開始する。
 これは正義の行いであり、無能な支配から人民を解放するものである。

 聞く者が聞けばなんとも耳の痛くなる内容だが、王国の多くの支配層が麻薬被害に対してさしたる危機感も無いために宣言文は“いつもの戯言”として受け止められる。
 しかし、今回の会議は先の帝国の宣言文とは別に、まったく未知の相手から布告文が届いたことで紛糾していた。

 送り手は“フィオーラ王国”。
 かつてトブの大森林を支配していた闇妖精(ダークエルフ)たちが戻ってきたという。

 曰く、我ら闇妖精(ダークエルフ)は500年前に現れた魔樹(ザイトルクワエ)を討ち滅ぼし、トブの大森林にて復権をはたした。よってここに新たな闇妖精(ダークエルフ)の国家、フィオーラ王国の樹立を宣言する。
 同時に、フィオーラ王国はスレイン法国、竜王国、カルネ村自治領と同盟関係にあることを通達する。同盟者に対し不当な侵略行為が認められた場合、フィオーラ王国は同盟者を守るためにあらゆる手段を講じるだろう。
 また我らは既に多くの亜人部族をその傘下に収めた。よって彼らの生活を守るため、人間の森への侵入を制限する。
 一、森の外縁部10キロまでを狩猟可能域とし、それ以上の侵入を堅く禁止する。
 一、伐採を禁じ、これを犯した場合、当事者又はその主が償わなければならない。

 なお、フィオーラ王国に属さぬ亜人部族または野生動物が問題を起こしてもフィオーラ王国は一切の責任を負わないものとし、問題解決にあたって冒険者などが対象を討伐しても報復を行わないことを約束する。
 現状、人間にとって森は大変危険なため、緊急の用向きの際はカルネ村自治領に設置した外交窓口を訪ねることをお勧めする。

「なんなんだこの布告文は!? 500年前の闇妖精(ダークエルフ)だと?」
「一方的に伐採を禁止するとは暴論もいいとこだ!」
「なにが魔樹だ! そんな化け物が現れたなんて聞いたことがないぞ!」
「そもそもカルネ村自治領とはなんだ!? 元は王国領だろう? 反逆者ではないか!」
「然り! 王国に反逆し勝手に同盟を結ぶなど許せん!」

 怒号が飛び交うなか、一人諫める者が現れる。

「皆さんお静かに。陛下、宜しいですかな?」
「うむ、構わん。レエブン侯はこのフィオーラ王国とやらをどうみる?」
「実は先日、我が領地へフィオーラ王国の使者が参りました」
「誠か! して、どのような用件だった?」

 国王同様、他の貴族たちもレエブン侯の話に耳を傾ける。

「その前に、トブの大森林に領地を接する者としてご報告させていただきます。まず、彼らが討ち滅ぼしたという魔樹(ザイトルクワエ)は、以前法国が伝えてきた破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)のことです。蒼の薔薇を調査に向かわせ確認させたので間違いありません。そして蒼の薔薇が魔樹(ザイトルクワエ)と遭遇し壊滅したところを闇妖精(ダークエルフ)の王族が率いる一団と法国の特殊部隊に助けられたとのことです。その後、彼らに同行したイビルアイ殿が、闇妖精(ダークエルフ)の王族が推定難度250の魔樹(ザイトルクワエ)を討伐する様子を目撃いたしました。なお一緒にいた法国の人間曰く、闇妖精(ダークエルフ)の王族を六大神と並ぶ“神”に認定した、と」

 謁見の間が静寂に包まれる。皆、レエブン侯の言葉を理解するのに時間を要したのだ。
 国王が静かに口を開く。

「レエブン侯、話をまとめるとつまり、王国が誇るアダマンタイト級冒険者すら敵わぬ相手をその闇妖精(ダークエルフ)は討ち滅ぼしたと。そして法国が彼らを神と認めた……」
「はい。フィオーラ王国はこの周辺国を滅ぼせる力を持っています」

 場がざわつく。レエブン侯の言葉に血気盛んな貴族から野次が飛ぶ。

「馬鹿馬鹿しい! 魔樹が如何ほどのものか。王国全軍を以ってすれば――」
「勝てると仰るのですか? 魔樹はこの王城を遥かに超える大きさ。さらに魔法も操るのだとか。それに対し徴兵した農民で本気で勝てるとお思いか?」
「な……!?」
 レエブン侯の言葉に野次を飛ばした貴族は目を白黒させる。城よりも大きいモンスターを想像できなかったのだろう。八欲王が討伐した竜王であればあるいは匹敵するかもしれないが、現存するドラゴンでそれほど巨大な存在は知られていない。

「神代の存在が現れたのです。人間の尺度で物事を判断しないことです」
 貴族は口をぱくぱくするだけで言葉を失う。
 その様子に呆れた国王は片手を上げてその貴族を制す。

「話の腰を折るでない。それで、レエブン侯。使者はなんと?」
「はい。木材の売買契約を()()()()と結びたいと」
「伐採を禁じておいて売買か……。価格は適正なのか?」
「むしろ安いくらいです。彼らは魔法で木を育てるため、天然物にくらべ価格を低く設定できると。職人によれば質は天然物と変わらないと言っていたので、我々からすれば単純に木材を安く手に入れられるということですね」
「ふむぅ……」

 森に隣接する貴族たちが従属を強いられるのではと覚悟していた国王は、意外にも良心的な売買契約の話を聞き考えに耽る。そこへ落ち着いた声の老貴族がレエブン侯に話しかける。

「その木材、仲介してもらえないだろうか」
 六大貴族の一人、ウロヴァーナ辺境伯である。腕や身体は枯れ木のように細いが、威厳を感じる調子でレエブン侯に打診する。
「差金を抑えてもらえるならそちらの仕入れから買い取らせてもらっても構わない」
「それはもちろん構いませんが……。急ぎですか?」
「マーマンどもに漁船を数隻壊されてな。海が凍る前に漁獲を稼ぎたい」
「なるほど……。ではこの後にでも話を詰めましょう」
「宜しく頼む」

「どこの馬の骨ともわからない亜人共と取引をするなどと……」
 会議とは関係のない商談が気に入らなかった第一王子バルブロの揶揄が割って入るが、レエブン侯は余裕をもって応える。

「なにか問題でも?」
「なに?」
「森は危険。これはトブの大森林に領地を隣接する者なら常識です。いつ現れるともしれない魔物に備え、木を一本伐採するのにも安全を確保しなければならない。どんなに対策を講じても毎年少なからず被害がでる。その補填に掛かる費用は馬鹿にならないのです。そんな危険な森を勝手に管理してくれるだけでなく、適正価格よりも安く木材を卸してくれる。これのいったいどこに問題があるというのですか?」

 周囲の貴族たちから同意の声が複数上がると、レエブン侯は畳掛ける。

「殿下、安全な王都にいて実感できないのかもしれませんが、森に限らず領地を亜人や魔物の生息地域と隣接している皆さんは苦労されているんですよ?」
 流石に話題が自分にとって不利だと悟ったのかバルブロは苦虫を噛み潰したような顔をみせ沈黙する。
 そこへ彼の義父、ボウロロープ伯が庇うかのように話題を変える。

「フィオーラ王国が商売したいのは理解した。元々トブの大森林は人外の地。噂によれば闇妖精(ダークエルフ)は滅多に人前に出てこないというではないか。過度な接触を避ければ今まで通りなのだろう。しかしだ。カルネ村はどうする? 王国から離反した挙句、自治領を名乗り闇妖精(ダークエルフ)どもと同盟を結んでいる。これを見逃したら他の農村も追従しかねないのでは?」

 ボウロロープ伯の指摘に再び謁見の間はざわつき始めるがそれも致し方がない。農民から搾取している貴族としては、農民に離反されると税収が減るだけでなく徴兵もできなくなる。独立を止めようにもその後ろ盾に竜王を滅ぼせる存在がいては手が出せないからだ。

「森に隣接する村々が追従したら事だぞ」
「徴兵逃れのためにやりかねんな……」
「我らの土地を勝手に明け渡して亜人に擦り寄るとは浅ましい奴らだ」
「しかし手荒なことはできまい……。手を出せばフィオーラ王国と敵対しかねないのでは?」
「時期が悪い。帝国との戦争を控えている今、下手をすると二正面作戦だぞ」
「いや、法国や竜王国とも同盟を組んでいる。彼らが動く可能性を考えたら最悪、4ヵ国同時だ」

 貴族たちが口々に不安を語るが具体案を挙げる者はいない。人間同士の戦いなら強気になれたかもしれないが、亜人の、それも法国が神と認定した相手を敵に回すだけの気概がないのだ。

 そんな貴族らをザナック王子、ラナー王女、レエブン侯、ペスペア侯、ウロヴァーナ辺境伯の五名が冷ややかな眼差しで見る。彼らは指輪で結ばれた同志だ。
 互いに協力し着々と貴族派閥の包囲を進めた結果、パワーバランスは国王派に傾きつつある。残るは帝国との戦争で貴族派が疲弊したところに追い打ちをかける手筈だが、しかし、今回のフィオーラ王国の布告文は彼らにとって寝耳に水であった。

 ラナーは思考する。
 これが名も知れぬ闇妖精(ダークエルフ)であれば無視して帝国との戦争に集中できたが、“()()()()()”は不味い。レエブン侯の調べで竜王国に現れた使者の名が“アウラ・ベラ・フィオーラ”であることは判明している。そして“()()()()()()()()()()が取り込まれた。これが偶然であるはずがない。
 貴族たちがあれこれ騒ぎ立てているが、既にそんな次元の話ではなくなっているのだ。人間同士の争いに明け暮れているあいだに神が一手打ってきた。
 帝国がどこまで知っているか、あるいはどこまで関わっているか不明だが、今回のフィオーラ王国の出現は、リ・エスティーゼ王国がアーグランド評議国、トブの大森林、アベリオン丘陵によって包囲されることを意味している。唯一その包囲から突出した物流の要所、城塞都市エ・ランテルを失うようなことになれば、リ・エスティーゼ王国は他の人類圏から隔絶されてしまうのだ。
 幸いにして国王は理性的で、フィオーラ王国に対して慎重さがある。他の貴族が強硬論を持ち出す前に助言をするべきだろう。

「お父様、宜しいでしょうか」
「どうした、ラナー」
「はい。王国は戦争を控える身。カルネ村に手を出してフィオーラ王国と敵対した場合、最寄りのエ・ランテルが2ヵ国から同時に攻められることになります。かといってカルネ村を放置するのも王国として問題。ですので、カルネ村へ貸与していた土地の所有権を主張して様子をみてはいかがでしょうか」
「ふむ……。そうだな、まずは領有権の正当性を主張するか」

「父上、ラナーの話を鵜呑みになされるのか!?」
 バルブロが横槍をいれるがすかさずザナックが牽制する。
「兄上、ここは会議の場。ラナーの案は妥当であると思いますが、それに代わる案をお持ちで?」
 睨み合う二人の王子は一触即発の空気を纏うが国王によって止められる。

「よさぬかお前たち。余はラナーの案を採択する。例年通り帝国との戦争が避けられない状況で下手に藪をつつくこともあるまい。売買契約の件で話ができる相手なのは確か。故にまずは対話から始める。良いな?」
『は!』

 ラナーはひとまず安堵する。予断は許されぬが、カルネ村に行けば使者と接触できると判明しただけでも今後の計画を立てやすくなったからだ。

 場が落ち着いた頃合いを見計らってボウロロープ伯が国王へ訪ねる。
「陛下、帝国へは如何いたしましょう。例年通り宣戦布告を?」
「うむ。宣言文の内容は大変遺憾だが認めるわけにもいかぬ。各人エ・ランテルに兵を集めてくれ」


* * *



 収穫も終え本格的な冬に備え始めたカルネ村。
 新たな村の指導者エンリ・エモット村長は、新しい地位とその仕事内容にようやく慣れてきたところだ。
 お昼になる少し前、エンリは昨夜迎え入れた新たな住人であるフォーサイトのメンバーを自宅に招いて面談をしていた。

「皆さん新しい家はどうですか?」
「いや、どうもなにも、いきなり新築を宛てがわれるとは思ってなかったからよ……。正直戸惑ってるぜ」
 ヘッケランは越してきて早々に真新しい家を与えられて困惑していた。新たな人生を歩むにはそれ相応の苦労が伴うと覚悟していたし、家を得るためにはまずは稼ぐ必要があると思っていたからだ。
 しかし条件付きとはいえ与えられたのは三階建ての物件。居住空間は二階と三階で、一階は改造可能なフロアだ。ヘッケランとイミーナ、アルシェと双子の妹、そしてロバーデイクの()()()()()家が与えられたのだ。住む人数によって建物の規模に差異はあったが、基本的な設備はどれも同じで、アルシェたちの住む家がこのなかでは一番大きく4人家族用、結婚予定のヘッケランたちは二人暮らし用、ロバーデイクは独り暮らし用の家が宛がわれた。

「昨日説明した通り再開発中なので、なにか気付いたことがあったら言ってくださいね」
「任せてくれ。今の家は試作品。家の仕様が固まったら取り壊して作り直す、だろ?」
「はい。そのときは少し不便をかけるかもしれませんけど、代りにご意見を頂いた人には優先的に本番の物件を融通するつもりですので、宜しくお願いしますね」
 家の貸し出し条件とはつまり、住み心地を報告するというものだった。
「住んで感想を伝えるだけで役にたてるならお安いもんだ」

 現在のカルネ村は、村の名士であるモモンとバレアレ家からの後押しで自治領として王国から独立を果たしていた。モモンガにしてみれば説得に時間がかかると思っていたが、村人たちは意外とあっけなく独立に踏みきった。
 カルネ村は、()()()()()()()()()()()()村々の生き残りを受け入れており、全体を通して助けに現れなかった王国への不信感が根付いていたのだ。
 独立にあたって不当な徴税が無くなり、徴兵によって王国と帝国の戦いに駆り出されることは無くなったが、これからは自分たちの身は自分たちで守らなければならないと理解していた村人たちは、直後から始まったフィオーラ王国や他の亜人部族との交流を経て急激に変わろうとしていた。
 現在、その一環として村の再開発に取り組んでいるのだった。

「それで、今日は皆さんにこのペンダントをお渡しするのと、お仕事のお話があります」
「ペンダント?」
「どんな?」
 女の性か、差し出されたペンダントをアルシェとイミーナが興味深げに手に取る。それは不思議な紋章が刻まれたメダル状の銀製ペンダントトップで、派手さがない代わりにどのような服装にも似合いそうなデザインだった。
 ペンダントをさっそく首にかけたロバーデイクが気付く。
「これは……小鬼(ゴブリン)たちも着けていたものですね?」

「はい。ペンダントはこのカルネ村の住人である証であると同時に、同盟国相手にも目印になる大切なものですので普段から身に着けるようにしてください。特に森に入るときは見える位置にお願いします。村によく来る闇妖精(ダークエルフ)蜥蜴人(リザードマン)たちも着けているので、間違っても攻撃しないでくださいね」
「なるほど。冒険者プレートみたいなものね」
 フォーサイトのメンバーは元ワーカーなだけに察しはいい。種族が違えば互いに顔の見分けは難しい。この手の分かりやすい共通の目印を身に着けるのが一番楽で手っ取り早いのだ。

「それでエンリさん、仕事の話だけど……」
「そうでした。皆さん今までチームで活動されていましたけど、申し訳ないですけど個々に見合ったお仕事を手伝ってもらうことになります」
「あぁ、気にしないでくれ。元々解散予定だったしな。けど俺ら農作の知識や経験はないぜ?」

「ご心配なく。まずヘッケランさんとイミーナさんには自警団に入団してもらいます。主なお仕事は村の警備ですけど、たまに森の奥へ交易品の護衛で蜥蜴人(リザードマン)の集落まで行くことになります」
 ヘッケランは“森の奥”という言葉に不安を覚える。
「森に入るのか……。その集落とやらは遠いのか?」
「片道一日半くらいです。道中も治安は良い方なので道を逸れなければ大丈夫ですよ」

 フィオーラ王国樹立後、トブの大森林に存在する多くの部族がその支配下に入っていた。なかでも蜥蜴人(リザードマン)の集落はアゼルリシア山脈を囲うように伸びるトブの大森林の丁度中間にあるために、物流の要所として機能していた。
 そのため集落一帯の警備は厳重で、またハムスケの縄張りでもあるので大森林のなかでは比較的安全な地域であった。

「次にアルシェさん。妹さんの世話もあることですし、しばらくは私の手伝いをお願いします。主に書類仕事ですけど、今回のようにペンダントの受け渡しとかをお願いするかもしれません」
「分かりました」

 アルシェはほっとした表情を見せ、エンリが妹たちのことを留意してくれたことに感謝する。今、幼い妹たちの面倒を見れるのは自分しかいないからだ。かつて妹の世話をしてくれていた使用人たちは逃避行に巻き込むわけにはいかなかった。かといってあの両親たちの下に使用人たちを残してくるのも忍びなかったので、最後の依頼で得たお金を退職金として渡し暇を与えたのだ。
 アルシェは文字通り無一文だったが、フォーサイトのメンバーが逃走に用立てた費用は必ず返すと心に決めていた。本人たちは気にするなというが、アルシェはケジメとして返済用の貯金をするつもりだ。

「最後にロバーデイクさんですけど、たしか孤児院を開きたいということでしたよね?」
「はい。ただ元手が心許無い。もしカルネ村の再開発に組み込んでいただけるなら全力で尽くすつもりですので検討していただきたい」
「分かりました。実はまだ少し先の話ですけど、学校を建てる計画があるんです。その学校と併せられるか他の皆さんと相談してみますね。それまでは村の治療師としてバレアレ家の工房で水薬(ポーション)作りのお手伝いをお願いします」

 ロバーデイクは了承しつつも気になる点を質問する。
「その学校について伺っても宜しいですか?」
「はい。今後新しい住人が増えることを踏まえて、生活に必要な最低限の知識や職業訓練を施す施設です。何を教えるかはまだ未定なんですけど……」
「それは素晴らしい試みですね……。エンリさんの発案ですか?」
「いえいえ違います! えっと、マイ様の発案です」

 エンリから語られた名前にヘッケランが反応する。
「確か“漆黒”の一員、だったよな?」
「ご存知でしたか! はい、その漆黒のマイ様です。カルネ村の恩人です。この村を守る壁も、独立も、他種族との交流のきっかけも、全部漆黒の皆様のお陰です」
「凄いわね……。一度挨拶してお――」

「――こんちは~!」
 ばんと勢いよく扉が開けられ、ルプスレギナが現れた。呆気に取られる面々を余所に無遠慮にエンリの家の中へ入ってくるとフォーサイトのメンバーを見渡す。
「おんやぁ~? 新人っすか?」
「あ――」
――ドサッ

 エンリが答えようとした瞬間、アルシェが床に尻餅をつく。
 その場の全員が思わずアルシェを見やる。彼女の呼吸は荒く、見開かれた目には驚愕と恐怖が宿っている。見つめる先はたった今現れたルプスレギナだ。
「ん?」
 ルプスレギナは敏感にアルシェの恐怖を感じ取り、帽子を被り直したりメイド服に乱れがないかを確認する。自分の顔をペタペタ触るが不審な点はなく、いったい何が初見の少女を怖がらせているのか分からない。

「ちょっとアルシェ、大丈夫? まだ疲れが取れてないんじゃない?」
 心配したイミーナが寄り添い、具合を確かめるかのようにアルシェのおでこに手を当てている。
「う、うん。大丈夫。た、ただビックリしただけ、だから……」
 気丈に答えるアルシェだが怯えの色は相変わらず濃い。
 そこへルプスレギナがツカツカと近寄るとアルシェに視線を合わせるかのようにしゃがみ込み、いまだ涙を浮かべたアルシェの目を覗き込む。

「んん~? “アルシェさん”っすか? ()()()()何が見えているんすかね?」
「ご、ごめんなさい! その、生まれながらの異能(タレント)で……、貴女が師と同じに見えて……」
 アルシェの言葉にヘッケランが驚き、思わずルプスレギナを注視してしまう。
「マジかよ。アルシェの師匠って……、パラダイン老だろ?」
 他のメンバーもアルシェの言葉が何を意味するのか理解でき、息を飲む。

「ほうほう、生まれながらの異能(タレント)っすかー。あー、不味いっすねぇ……」
「――きゃ?!」
 ルプスレギナは逡巡した後、素早くアルシェを抱き寄せ担ぎ上げると、未だに事態を呑み込めずキョロキョロしているエンリに声をかける。
「エンちゃん! この子、借りてくっす」
 一方的に言い放つと来たときと同様に扉をばんっと音を立てて出ていく。余りの勢いの良さにその場にいたフォーサイトのメンバーは一瞬出遅れ、慌ててイミーナが追いかけていくのだった。




独自設定
・<看破の魔眼>はご指摘により「魔力系」しか見えないらしいので、このお話ではD&Dの<アーケイン・サイト>()のように「魔法の系統を見分けられる」ということにしておいてくだちい。
・アルシェが見たルプスレギナの位階レベル。ルプスレギナが扱える最高位階魔法(大治癒が最高?)が分からなかったので、取りあえずフールーダと同じくらいに設定してあります。書籍で明言されたら修正予定。場合によってはこの場でアルシェがゲロインの座に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話:バハルス帝国

 リ・エスティーゼ王国がフィオーラ王国の布告文に紛糾している頃、アゼルリシア山脈の東に位置するバハルス帝国にも同じ布告文が届いていた。

 帝都アーウィンタールの中央に位置する皇城。その最奥にある魔法で厳重に諜報対策が施された会議室では、フィオーラ王国から届いた布告文の分析と考察が試みられていた。王国のそれとは違い、帝国の会議は聡明な皇帝と優秀な側近たちにより粛々とした雰囲気だ。

 皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、フィオーラ王国を見定めるにあたりここ最近起こった周辺国の出来事を情報部から取り寄せた。取るに足らない情報を削ぎ落し、辿りついたのが竜王国の奇跡、スレイン法国の改革。
 特筆すべきは両報告書に“神”と“使徒”という単語が頻繁にでてくることだろう。これが()()()()()()()()()()()()()()()ならば笑い飛ばすところだが、生憎とこの世界は()()()()()()()()()()()()()