転移と思い出と超神モモンガ様 (毒々鰻)
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PKKに因んだ客

 

 

 仕事であれ趣味であれ他の何かであれ、これが最後だと考えると、人間の本質が行動に顕れるもののようで御座います。

 有終の美を飾ろうと、退職間際に大きな成果を上げてみせる人物。

 立つ鳥跡を濁さずとばかりに、使っていた部屋とパソコンの中身を整理整頓する人物。

 太陽系の外へ旅立つ訳ではないのに、気取って「アバヨ!」と言いたい為だけに、タイミングをはかり続ける人物。

 何かがキマリ過ぎたのか、白目をむいて「終わりだ終わりだ終わりなんだ、ヒャッハー!!」と走り回る人物。

 皆様、個性豊かに輝くもので御座いましょう。

 

 体感型大規模オンラインRPG『ユグドラシル』のサービス終了日。午後11時50分。

 ナザリック地下大墳墓の表層にて、なかなか変わった光景が見られました。

「最後の最後に押し掛けてしまって、申し訳ありませんでした。モモンガさん、どうか御元気で」

 深々と御辞儀をしていた1体の異形種が、踵を返して大墳墓の外へ向かいます。ずっと気にしていた事を解決できて、それは軽い足取りで。周囲の毒沼も気にせずに、それはそれは軽い足取りで。

「……さようなら、名前を覚えてさえいなかったキミ。そして、ありがとう」

 気だるげに手を振り去り行く影を見送るのは、傍らに贈られた品を山積みし、豪華なローブと装飾品を身に付けて正に魔王然とした1体のオーバーロード。アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターたる、モモンガ様に他なりません。

 

 

 プレイヤーが社会人であることと、キャラクターが異形種であることとを参加条件としたアインズ・ウール・ゴウンは、数千に及んだユグドラシル内ギルド群の中で、ランキング第9位のギルドとして、名を馳せていました。それ以上に、容赦無い悪のギルドとして、名を轟かせていました。

 

 しかし、今では栄光も過去の話。所属したプレイヤーの大多数が引退し、活動し続けているのはモモンガ様のみという惨状。

 1ヶ月前にユグドラシルの運営がサービス終了の発表をしても、かつてのメンバー達が帰って来る気配はありませんでした。

 1週間前に、モモンガ様ーー正確にはプレイヤーである鈴木悟ーーが、迷惑をかけてしまわないように不快な気分にさせないように、それでも最後の集結を期待して、脳細胞をフル活用して綴り送ったメールにも、殆どのメンバー達は反応しませんでした。

 特に親しかったメンバーが、仕事で都合の付かない事を旨とする謝罪のメールを送って来たのみでありました。なかでも、たっち・みー氏は深い謝罪と、今後も友人として連絡を取り合いたいと記していました。ペロロンチーノ氏や弐式炎雷氏などは、お疲れさまのオフ会をしようと具体的な内容を含んだ提案をしています。

 それらはモモンガ様への友情を示すものでありましょう。されどそれらは、彼等がユグドラシルを既に終わったものと考えている証左でありましょう。

 

「ふざけるなっ! ここは、皆で作り上げたナザリック地下大墳墓だろう。どうしてそんな簡単に、俺たち皆のアインズ・ウール・ゴウンを捨てられるんだよ!」

 ユグドラシルの最終日には強引に休暇を取り、朝からメンバーの帰還を待ち続けたモモンガ様でしたが……。引退したメンバーは、やはり帰って来ませんでした。

 ヘロヘロ氏のように、まだ引退“は”していなかったメンバーも、インしたかと思えば、モモンガ様へ慌ただしく感謝の言葉を口にすると、直ぐに立ち去ってしまいました。

「……ちがうよね。皆、簡単に去っていった訳じゃない。どうしようもない理由があって、断腸の思いで辞めていったんだ。皆にもリアルがあるんだから……」

 1人きりになってしまった円卓で、やり場の無い怒りに激昂した後。モモンガ様は、じっと座り込んでしまっておられました。

 

『あのすいません、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター、モモンガさん。聞こえますでしょうか?』

 聞きなれない声でメッセージが飛び込んで来たのは、モモンガ様が、地下10層の玉座の間へ移動しようかと考え始められた時でした。

『はい? モモンガですが、どちらさまでしょう?』

 疑問と警戒心をブレンドしつつモモンガ様が対応すれば、相手はこんな時刻になってナザリック表層の正門(?)前にやって来た異形種と答えました。さては終了日記念の、特攻覚悟な侵入者かと思いきや

『突然ですいません。自分は過日、貴方様にPKから救って頂いたマミーだった者です。あの節はろくに御礼も申し上げられず、大変失礼致しました。……今日を逃してしまえば、二度と御礼も叶いませぬゆえ、ぶしつけながら参上致した次第です』

と微妙なメッセージが続きました。

 

 軽い頭痛を覚えつつモモンガ様は、表層中央に建つ霊廟の入口で待つように告げ、指輪を使って転移なさいました。勿論、御自身に各種バフをかけた後で。訪問者のふりをした襲撃者など、珍しくないのですから。

 結果、

「これはまた、かなりの荷物ですね」

「あっ、モモンガさん」

 待ち合わせ場所の霊廟入口に贈り物というか貢ぎ物というかを、次々と積み上げるマミー系の最上位種。そんなシュールな光景を目撃し、モモンガ様は頭痛が酷くなりました。

 

「こっ、この2つはワールド・アイテム! こっちにはシューティング・スターが1ダースも!」

「ええ。3日前からアイテムの値崩れは加速してますからね。リアルなマネーをちょっと積めば、あっさり買えました」

「…………そぅ……」

 些か不快な会話も有ったものの、暫しの会話でモモンガ様は、相手が誰なのかを思い出しました。

 二年ほど前、過疎化の進んだナザリックで久方ぶりに行われていた蛮行。即ち、異形種狩り。ナザリック維持の為に黙々と活動し続けるモモンガ様は、目撃したものの介入するつもりなどありませんでした。

 気が変わったのは、会話を耳にして狩られそうなマミーが初心者と知れたから。ユグドラシルを止める否か、迷っていた昔日の自分を思い出してしまわれたから。まぁ、狩る側の人間種が、以前PVPで倒した相手であり、充分な勝算があったからでもありますが。

 

「あの時、あいつらを蹴散らしたモモンガさんに憧れました。誰かが困っていたら助けるのは当たり前って言われて、感動しました」

「あの台詞は、元々……」

 気恥ずかしさと小さな胸の痛みに悩みつつ、モモンガ様は話されました。今はいない、素晴らしい仲間達との思い出を。

 

 

 去り行く客人を見送りつつ、モモンガ様は呟かれます。

「たっちさん。俺、あの時ユグドラシルをやめてしまわなくて良かったって思います。皆に会えて、本当に楽しかったから。本当に楽しかったから」

 呟き終えたモモンガ様は、霊廟に佇み続けます。じっと、佇み続けます……。



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御慈悲を……

 登場キャラの相対的強さは直感に従っています。


 流れ行く時の緩急は、主観によって甚だしく変わるもの。西暦1970年頃の言い回しなら、光の巨人がボクらのために闘ってくれる3分は手に汗握るほど短く、お湯を注いだカップ麺が出来上がるまでの3分は苛立つほど長いので御座います。

 

「うわっ、もう、こんな時間! 急いで玉座の間に……って、駄目だな……。慌てふためいて腰掛けたんじゃ、悪として然るべき姿になりませんよね、ウルベルトさん。荒れ狂う雷大王の品格も必要でしたよね、ベルリバーさん」

 物思いから我に返ったモモンガ様が時刻を確認すれば、ユグドラシル終了まで残り90秒ほどでした。

 コレクターとしての業深さなのか、素早いコンソール操作で贈られた品々をアイテムボックスへ収納なさいましたが、アインズ・ウール・ゴウンを誇るギルドマスターは、表層中央霊廟から移動しようとはされませんでした。

 ところで、荒れ狂う雷大王とはアレクサンダー大王の誤りなのでしょうか?

 

 ナザリック地下大墳墓の終着点、玉座の間。

 地下10層のそこは、ギルドメンバー全員が堂々と侵入者を迎え撃つ最終決戦の地として定めた場所であり、モモンガ様がユグドラシルの最期を迎えようと一度は考えた場所です。

 しかし、

「敵対プレイヤーは多すぎて数知れず。でも、ここを陥落せしめるプレイヤーは遂に現れなかった。それどころか忘れないと言ってくれたプレイヤーも存在している。だったら俺達は終わりませんよね」

 この場には誰もいませんが、心の中にいる仲間へ語り掛ければ、メンバー中で最も悪という言葉に拘った男が、モモンガ様へ力強い頷きを返したように思われました。ついでに、メンバー中で最も風呂と征服の両方に拘った男が、サムズアップしているような気もしました。

 だから敢えて表層で、至高のオーバーロードはゆっくりと腕を広げました。だから敢えて表層で、深情のオーバーロードは絶望のオーラを最大レベルで放ちました。

 

 ーー忘レナイカラ……忘レサセナイカラ……。

「確と見よ! 確と聞け! 我らアインズ・ウール・ゴウンに敗北は無い!」

 それは咆哮です。

 ユグドラシルの全ての世界を揺さぶらんと欲する、ユグドラシルに関わった全ての存在に忘却を許さない、モモンガ様の咆哮です。

「故に我らアインズ・ウール・ゴウンは、永遠に不滅なり!!」

 やがて、激情の余韻も消え行き……。

 灰をかぶる乙女に掛けられた魔法は解けて、時計がゲームの終了を告げたので御座います。

 

 

 

 ……ソシテ、異ナル何カガ始マルノデ御座イマショウ…………。

 

 

 

 過去とも未来ともつかぬ何時か。此処にあらざる何処かの世界。

 尋常の手段では辿り着き得ぬ異界の大陸にある、リ・エスティーゼ王国の都市としては最も南東にある城塞都市エ・ランテル。その外周部を、実に四分の一ほども占めている共同墓地。ご丁寧にも時折ゾンビやらスケルトンやらが発生するため、対応する人員を除けば、ほとんど人が立ち入らない墓地の奥にある霊廟。更にその地下に、隠された神殿が存在しておりました。

 

「ここは何処だっ! どういうことだっ!」

 

 唐突な重圧に曝されて、地下の神殿内で蠢動していた男達は、次々と薙ぎ倒されます。驚愕する暇も、断末魔を上げる余裕もありません。

 彼等の肉体その物は無事なのです。それでも、神経が焼け爛れるような感覚で呼吸は不可能となり、のし掛かって来る目に見えぬ物の重さで魂が圧潰していくのです。

 転倒しつつも、生命の土俵際で辛うじて踏みとどまったのは、左手で杖を掴み、右手に珠を握り締め、どこか不吉な色合いのローブを纏い、頭髪も眉毛も睫毛もない特異な風貌を晒した、酷く顔色の悪い男のみでした。

 

 エ・ランテルに暮らす人々が存在を知らないであろう神殿。知っていたら尚更近づかないであろう、不吉な地下の施設。そんな場所で集い、限られた光源しかない場所で密談する男達が、真っ当な人間のはずもありません。

 ズーラーノーン。

 それはカツラを否定して毛根の死滅した自らの頭を晒すのみならず、積極的に激しくハゲを広めようとする、傍迷惑な同好会……ではありません。

 禁忌たる邪法を用いて数々の悲劇を巻き起こしてきた、恐るべき秘密結社なのであります。

 周囲にいた弟子達が次々と息絶える中で、未だに生へしがみついている無毛の男こそ、結社の幹部“十二高弟”たるカジット・デイル・バダンテールなのでありました。

 ーーかっ、かみぃいいいいいっ?!

 舌が縺れる彼は、心の中で絶叫します。念のためですが、頭がフサフサになるように願った訳ではありません。

 

 エ・ランテルに密かに住み着き、この地下神殿を拠点として暗躍すること5年近く。カジットは、自らをエルダーリッチと化すべく忍耐強く暗躍し続けてきたのです。今宵も祭壇前で、己の弟子達から報告を受け、新たな指示を下すつもりでした。

 しかし、何の前触れも無く目前に御降臨なされたのです。絶望のオーラを最大レベルで立ち上らせるモモンガ様が!

 

 漆黒のローブを身に纏う御方は、顔も胴も手も骨だけです。こんな表現では、只のエルダーリッチと勘違いさせてしまいそうです。

 凡百のアンデッドが、真珠よりも艶やかな骨に、帝王の覇気を宿すでしょうか。人ならば鳩尾の辺りに納める宝珠が、ひとめ見ただけでカジットの母国の秘宝すら凌駕しそうだと思わせるでしょうか。そしてなにより、空虚なはずの眼窟に宿り揺らめく赤い光が、森羅万象を掌握し三千世界を支配するのも当然と教え知らしめるでしょうか!

 カジットが至高のオーバーロードを神と認識してしまったのも、無理はありません。

 

「かっ……神よ……御許しください……」

「ぇ?」

 カジットはうつ伏せに倒れたまま、杖を放した左手をモモンガ様へ伸ばします。

 彼も必死なのです。母国も信仰も捨ててズーラーノーンへ入ったのは、人であることを捨ててエルダーリッチになろうとしているのは、幼き日に死に別れた最愛の母を取り戻すため。母を取り戻せるなら、何を犠牲にしても厭わない気でいました。

「どうか……どうか……御慈悲を……」

 しかし、直感が本能が告げるのです。目の前の御方ならば、突然現れたこの御方ならば、容易く母を取り戻して下さると。30余年の艱難辛苦は、今この時のための布石だったのだと。

「どうか……どうか……」

 何ともどかしいのでしょう。腕をピンと伸ばせれば、触れられる距離なのです。そもそも立ち上がれたならばカジットは、全力で敬意を示すべく、モモンガ様の足の甲へ接吻をかましていたでしょうに。

「ぇぇ?」

 せめて言葉を届けようと力を振り絞ったカジットが無理矢理に面を上げると、宙に浮かぶ見えない板に触ろうとしていたモモンガ様の動きが止まりました。その尊い視線は、カジットの顎の動きに向けられているようです。

 

 ーー嗚呼、神は我が言葉に耳を傾けて下さる!

 嘗ては母親思いの少年だった男は、歓喜と希望を力に替えて、左手をモモンガ様の足下へと伸ばします。そして、感涙を滝の如く溢れさせたカジットは、遂に尊き御方のローブの裾に触れました。

 

 《負の接触》発動!

 

 宿願を叶える期待を抱いたままカジット・デイル・バダンテールの心臓は、その鼓動を停止しました。

 

「えっ? なに? ここはどこ、マジでなんなの、この状況?!」




 カジッちゃん、取り敢えず死亡確認(とある王大人の口調で)!


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砕けて

 キャラクターを書き手よりも賢く描写するなど、不可能と痛感……。
 この話では、かつてのアインズ・ウール・ゴウンで、ベルリバーさんも軍師だったようです。


 ーーありのままに今起こった事を話そう。明日は4時起きだから早く寝ようとサーバーが落ちるのを待っていた俺はアバターのまま、気付いた時には見たこともない怪しげな場所に立っていた。ヤバイよ骨だよオーバーロードのモモンガだよ。ログアウトも出来ないし、GMコールも通じない。そもそもコンソールまで表示されやしない。おまけに、いかにも邪神教徒っぽい格好をした連中が、目の前で次々に死んでいったんだ。最後の奴なんて顎が動いて話すし、涙まで流すし……。なっ、何を言っているのか解らないと思うが、俺も何が起きたのか解らない。頭がどうにかなりそうだ。サービス終了の延期だとかシステムエラーだとか、そんなチャチなものじゃ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気がするぞ!

 ナザリック地下大墳墓の表層中央霊廟から、エ・ランテルの墓地にある地下神殿へ。あまりに唐突かつ想定外な周辺状況の変化が、モモンガ様を混乱させます。

 眦が裂けるほどに見開かれた眼や、泡を噴き歪み広げられた口など。周辺に転がる死体の浮かべる死への恐怖と苦悶と絶望の形相が、ゲームたるユグドラシル内では見られなかった要素が、モモンガ様を困惑させます。腐敗や損壊といったグロとは些か方向性が異なりますけれど、この手の死ぬことそのものを強調しすぎた描写の類いも、ややこしい議論の対象となり得ますれば。

 

 ーーんっ?

 モモンガ様の視界が、フィルターでもかかったかのように、一瞬だけ青緑色に染まりました。混乱も困惑も消え去り、思考能力が役割を果たそうと、活動を再開します。

 ーー急に頭がスッとした。これは都合が良いことなのか? 思いもしなかった出来事に遭遇した時こそ、冷静にならなければならない。情報の収集・整理・分析を怠ってはならない。そうでしたね、ぷにっと萌えさん。でも……。

 かつてのアインズ・ウール・ゴウンで、今孔明と称えられたメンバーの言葉を思い出しつつも、モモンガ様は御自身の心理に違和感を覚えました。焦燥で熱くなってしまった頭が冷えるのは、大いに結構です。しかし、頭と同時に心まで、冷えてしまった気もします。

 ーー冷静なのと冷淡なのは全く違う。どれほど勝利の条件を満たしても、勝利を掴む意欲無き者に、勝利の女神は絶対に微笑まない。バトルで勝利者たるためには、クールな頭脳と熱いハートを併せ持て。そうでしたね、ベルリバーさん。

 ぷにッと萌え氏に対抗して今士元と自称していたミスター風呂好きを思い、モモンガ様は苦笑なさいました。やはり風呂には一家言あった腐れゴーレムクラフターに、自称の事をからかわれては怒っていたなと。

 

 判断の前には情報収集が不可欠だからとモモンガ様は、手始めに地下神殿の床に倒れ動かなくなった男達を調べます。

 ーーこのキャラクターは特に、俺を神とか言ってたけど……って、キモイな。

 モモンガ様は、足下でうつ伏せのままピクリとも動かなくなった男の体を、おみ足の先で左側からコロリとひっくり返しになられました。媚びるようでいて希望に満ちる泣き笑いのまま、白目を剥いたカジットの死に顔が露になります。その無毛ぶりとの相乗効果で、実に不気味です。

 もしも、至高のオーバーロードに表情があったなら、盛大に顔をしかめておいでだったでしょう。

 ーー最後の最後に運営がやらかした演出にしては……。

 ワールドアイテムのゲームブレイクな仕様は、今更語るに及ばず。プレイヤー達から「頭がおかしい」と評され続けたユグドラシル運営を、モモンガ様は試しに疑って考えます。

 しかし、その疑念は強いものではありませんでした。現在の異状すぎる事態をユグドラシル運営による失態ないし悪意ある所業と考えるには、技術的にも経済的にも無理があると思われます。英明なる御方は、御気付きになられ始めておいでなのでしょう。

 まあ、鈴木悟に対する拉致・監禁等の刑事的な問題であれ、不当行為によって発生した損害に対する賠償といった民事的な問題であれ、法的な問題は、極端な富裕層が絡んでいた場合、圧倒的な社会的な力で消し去られてしまう可能性もありますので、思考から除外致しましょう。

 

「何だコレ?」

 改めてカジットを見下ろしたモモンガ様は、その右手が死してなお離さずにいる物を御覧になって、呟きました。

 やや歪な球体が、淡く明滅しています。有り難みを感じる訳ではありませんが、只の石と捨て置くのは無思慮でありましょう。

 ーー鑑定前に、攻勢防壁の強化と何か掛けられていないか調べるんだけど、コンソールが……おっ!

 死体として置かれたオブジェクトの懐からアイテムを拾おうとして、爆発するケースやバッドステータスの呪詛的なものが掛かってしまうケースは、ユグドラシルにおいては珍しくありません。

 初歩的な用心を試みたモモンガ様は、御自身の中で何かが繋がるのを、感じ取りました。言うなれば、意思と力の連結でありましょうか。ゲーム内ではコンソールの操作でしたが、今は意思を込めた言葉を紡げば、魔法を使えるのだと解ります。

 ーーロケート・オブジェクトだけか? それにしても、魔法の使用がこんな風になっているなんて。ここはユグドラシルでは……っ、まだだ! 判断するには、何も知らなすぎる。

 探知魔法対策をなされたあとで、死後硬直で硬くなったカジットの右掌から球体をもぎ取り、モモンガ様は《道具上位鑑定》の魔法を御使用なさいました。

 

 ーー死の宝珠? インテリジェンス・アイテムだと? 聞いたことの無かった類のアイテムだが……。

『お初にお目にかかります。偉大なる死の王よ』

 メッセージでも使っているのか、球体が脳裏へ話しかけてきます。モモンガ様を王と呼び、そのシモベになりたいと懇願してきます。

「死の宝珠よ」

『ははぁ』

 放っておくと何時までも続きそうな追従を断ち切り声をかけたモモンガ様に、球体は可能なら平伏しそうな応えを返しました。

「お前は私を王と呼ぶが、その理由は何か?」

『それは無論、あなた様の絶対なる死の気配に、無尽の敬意と崇拝を捧げ申し上げからに御座います』

 ーー会話が成立するのか?!

 驚愕のあまり、モモンガ様の視界が再び一瞬だけ青緑色に染まりました。

『この場に屯せし者共を御身に纏いになられる気配のみで滅し、しぶとく足掻く者へも触れたのみで死を御与えになられました。王に相応しき御振る舞いを拝見し、わたくしめ感動に打ち震えております』

 ーーええと。つまり倒れてるキャラクター……じゃなくて人達は、俺の《絶望のオーラ》や《負の接触》で死んじゃったのか? どっちも嫌がらせ程度の代物なのに……。

 モモンガ様は、立ち上るままになっていたオーラを止め、少し迷ってから《負の接触》を一端オフになさいました。

「……宝珠よ。我がシモベになるを望むなら、先ずは我が質問に答えよ」

『王よ、何なりと』

 思い込みではなく本当に会話が可能なのか確認するため、ついでに情報収集のため、モモンガ様は質問を重ねていきました。

 

「死の宝珠よ。存外……知らぬ事が多いのだな」

『もっ、申し訳ございません王よ。己が無知すら弁えずにいたわたくしめを、どうか御許し下さいませ』

 モモンガ様は、落胆を隠せませんでした。ここまでのやり取りから、掌中で弱々しく明滅している球体が、話し相手となり得ることは認めています。ついでに、会話の最中に御自身の顎を擦すって、骨だけのそれが動いていることも確認しています。

 問題は、得られた情報が質量ともに満足のいくものではなかった、という点です。

 ーーここはリ・エスティーゼ王国の城塞都市エ・ランテルにある広い墓地の地下神殿らしい。王国の東にはバハルス帝国があるらしく、南にはスレイン法国があるらしい。……ユグドラシルには、存在しなかった名前だ。やっぱりここは、ゲームでは……ユグドラシルでは……。

 深い溜め息が流れました。

 ーー問題なのはこの玉っころが、それらの国々の概要だけで、細かい事とかましてや機密事項とかは殆ど知らないって事なんだよな。所詮はアイテムだからか。

 

 いちど頭を軽く振って、モモンガ様は質問を変えました。

「お前の先程までの持ち主、カジットだったか? どのような男だったのだ?」

 いくらアイテムでも元の持ち主へは多少の関心があったろうと、期待されたからです。

『畏れながら持ち主ではなく、運び手でございました。人としては魔術の才にそこそこ恵まれ、故国ではひととき特殊な部隊に属しておりましたが、遠の昔に死んだ母親との思い出に拘泥し、取り戻せる筈もない過去を取り戻すのに必死な、実にくだらぬ男でございました』

「くだらない……か?」

 死の宝珠は気付くべきでした。モモンガ様の声が低くなられました事に。

『はい。そのくだらなさ故、思慮を操るに容易く済んだ面は、確かに御座います。されど人が口にする“思い出”など、己にとって都合の良い記憶の継ぎ接ぎで御座いましょう。人が大事にしているらしい“思い出”など、不正確な記録の極みで御座いましょう。そのようなものに……おっ、王?!』

 ペラペラと人の思い出と言うものを嘲笑していた死の宝珠は、己を握る骨の指に恐ろしい力が入り始めたのを感じ、言葉を止めました。

 しかし、遅すぎたのです。モモンガ様の眼窟に宿る赤い光は、既に煮えたぎっています。時折、青緑色がさすような気もしますが、全く問題にならぬほど、地獄より熱く煮えたぎっています。

 

「お前は、我が前で、思い出をくだらないと言うか! 思い出を嘲笑うか!」

『王よ、御待ち下さい! 御許し下さい、王よ!』

「糞が!」

 死の宝珠は、モモンガ様の前では“思い出”と言う言葉を嘲笑ってはならなかったと、知りました。悲鳴とともに弁明します。

『くっ、くだらぬは、カジットでありまして、わたくしは偉大なる死の王たるあなた様を謗る意思など、意思などけして、けっして……ォオオオオッ!』

「糞がぁ!」

 モモンガ様の指は宝珠の表面を罅割り、さらに内部へ食い込んで行きます。

「糞がぁああああああああっ!!」

 哀れ飛び散る破片はキラキラと、断末魔をあげる暇なく、死の宝珠は砕けてしまいました。

 

 無知にして無礼な球体を握っていた手を握り締め、骨の拳を振り上げて。

 モモンガ様は繰り返し吹き上がる憤怒のまま叫び、地下神殿全体を震わせ続けました。




 おお、死の宝珠よ。砕け散ってしまうとは情けない!
 ……次回、あの男の悲願が……。


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ゲンコツ

万が一にもヘロヘロさんが一緒に転移して来ていたら、この二次文中ではヤバかったかもしれない(汗)


「ああ、解ってるさ。ふざけた玉っころは、俺を馬鹿にしてた訳じゃない」

 幾度も拳を振り上げた後で、幾度も床を蹴りつけた後で。そして、幾度も眼窟に青緑色の光をちらつかせた後で。モモンガ様は、少しだけ落ち着いた声を発しました。

 途中で、誰かが何処からか探知魔法を使ったのか、強化済みの攻勢防壁が発動したようですが、脇に置いておくべき話でしょう。

「だけどな、奴は思い出を抱く事そのものを嘲笑いやがった」

 せっかく冷え始めた表面を破り、ドロドロのマグマめいた感情が、再び顔を除かせます。

「思い出に価値が無いのなら、俺がやってきた事は全て無価値だったとでもぬかすのか!」

 またも視界が青緑色を帯びるものの、頭が冷え心が沈む現象は、改めてモモンガ様を憤激させます。

「ヘロヘロさんは、まだナザリックが残っているとは思いませんでしたって、悪意なく口にしていたけど。……俺は頑張ったんだよ! 言いたくないけど頑張ったんだ! 皆がインしなくなった後もひとりっきりで、ギルドの維持に駆けずり回ったんだよ! ナザリック地下大墳墓は、皆との……皆の思い出が詰まった場所なんだからさ!」

 

 ーーたっちさんとウルベルトさんの喧嘩は洒落にならなかったけど、超一流の攻防から学ぶ事は多かった。弐式炎雷さんと武人建御雷さん……“炎ちゃん建やん”コンビの掛け合いがマニアックすぎて、やまいこさんに説明して貰うまで解らなかった。るし★ふぁーの口車に乗せられたペロロンチーノさんが、茶釜さんと餡ころもっちもちさんの2人に、PVPで折檻されてた。あれは怖い。本当に怖い。やまいこさんからリアルの映画鑑賞に誘われたのを断った俺も、何故かあの2人に折檻されたから解る。立会人を務めてくれた死獣天朱雀さん……、若さゆえの誤りなんて笑ってないで、もっと早く止めて下さいよぉ!

 ナザリックでの出来事に思いを馳せれば、恐怖体験や恨み言もちょっぴり含有しつつ、モモンガ様の胸中は懐かしさで満たされます。ギルドメンバー全員が力を合わせ万難を排して、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをやっと完成させた日。その感動は、今でもモモンガ様の骨の芯を熱く震わせます。

 

 しかし、それらの思い出さえも……。

「いい加減にしろっ! 何度も何度も、さっきからいったい何なんだっ!」

 怒りであれ、懐かしさであれ。心が大きく動いた途端、視界が一瞬だけ青緑色に染まり、精神も感情も強制的に空虚なものとされてしまうのです。オーバーロードは骨の身体ゆえ、空っぽな胸中こそが相応しいとばかりに。

「ふざけるな! 俺は、アンデッドになりたかったんじゃない! 俺は、ゲームのキャラクターになりたかったんじゃない! 俺はアインズ・ウール・ゴウンを、あの仲間達との掛け替えない時間を抱き続けたいんだ!」

 視界が忌々しい色で汚されるたび、心が奪われそうになるたび、モモンガ様は憤り、激発せずにいられませんでした。

「あの輝かしい思い出を奪えると思うなっ! この俺の存在理由を奪えると思うなっ! アインズ・ウール・ゴウンを奪えると思うなっ!」

 モモンガ様は、只のオーバーロードではありません。データで示せば事足りてしまう、薄っぺらなキャラクターではありません。

 個性的すぎたギルドメンバー達とともに笑い、ともに苦しみ、ともに怒り、ともに楽しんだモモンガ様なのです。未だ魂ではギルドの旗を高々と掲げ続ける、モモンガ様は至高のギルド長なのです。

 そのようなモモンガ様から誰が、思い出を奪えましょうか。思い出を掛け替えなしとする心を、誰が奪えましょうか。

 

 イイエ、オリマセン……。イテハナリマセン……。

 

「アイテムボックスは……随分と仕様が変化したものだが、使えるな」

 長い時間をかけて気持ちを落ち着かせたあと、モモンガ様は状況整理に努めます。

 念のために機能するか試したリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを外し、傍目には空中に出来た裂け目へ手を突っ込むようにして、アイテムボックス内へ確りと収納なさいました。

「ユグドラシルや他の体感型大規模オンラインRPGの中に閉じ込められた。この可能性で現状を捉えるには、幾つかの無理がある」

 周囲に誰もいませんが、敢えて言葉を紡ぎ、思考の堂々巡りを予防します。

「極端な手間とコストを消費した上で、俺をバーチャル世界に監禁し、行動を眺めている奴ないし奴等がいる? 俺なんかを眺めて楽しむ人間なんて、存在する訳ないだろ」

 監禁対象が有名人なら、例えばリアルでは人気声優の茶釜さんなら或いは等と考えた途端、シャドウボクシングを始めるやまいこさんが脳裏に浮かびました。背筋と言うか、背骨に冷たいものを覚えたモモンガ様は、あくまで例え話にすぎないと思考を正します。

「これは、ユグドラシルの終了で大きなショックを受けた鈴木悟が、妄想している夢である。身も蓋もないけど、いちばん可能性の高い気もする。しかし、いずれは醒める夢ならば、考察の必要すら無いよな」

 そこまで口にした後、モモンガ様は意味もなく周囲を改めて見回しました。御自分の思い付きを恥じるように、モソモソと照れ臭そうに御呟きになられます。

「可能性を考えるのも馬鹿馬鹿しいし、100年以上前のラノベみたいな話だけれど……。ここは、リ・エスティーゼ王国だのスレイン法国だのが存在する異世界であり、俺は何故かユグドラシルで使用していたアバターの姿と能力をもって、異世界転移してしまった……。まあ正直、そういう事態であってほしいと願う妄想なんだけどさ」

 

 解答しようのない問題に頭痛を覚えつつ、骨だけの利き手を、モモンガ様は凝視なさいました。

 ーー早まったかな。酷くムカつく玉っころだったけど、この場では唯一の情報源には違いなかった。情報から切り離された知将は情報を使いこなす凡百の徒に劣る……でしたよね、ぷにっと萌えさん。

 虚しく握った右拳から視線を外したモモンガ様は、神殿の床に転がったままになっていた男達の遺体を見詰めます。

 ーー必要ならば投資を惜しんではならない……解ってはいるんです、音改さん。確かに《蘇生の短杖》なら余分に保有してますけど。

 再び空中の黒い裂け目に手を突っ込んだ至高のオーバーロードは、悩ましげに唸ります。アイテムの消費を避けたい気持ちもありますが、それ以上に懸念なさっている事項があります。

 ーーカジット・デイル・バダンテールの願いは、遠い昔に死に別れた母親を生き返らせること。こいつを蘇生したら、ほぼ間違いなく母親も生き返らせてくれって懇願してくるよなぁ。何年前に死んだんだよ!

「蘇生し情報を聞き出し終えてから、改めて殺せば済むことだ。私は、とても我が儘なんだよ」

 いかにも魔王然とした言葉を、モモンガ様は腕を組み口にしたものの、直ぐに頭を振って否定なさいました。

 ーー駄目だな。こいつにとって母親との再会を熱望する心は、掛け替えのない“思い出”だろう。この俺が、思い出を否定してどうする!

 それでも蘇生は専門外なんだよなと、嘆息するモモンガ様の視界の端で何かが動きました。

「ん?」

 それは酷く薄まっていてフワフワと頼りない、弱い光が生み出した錯覚と思えてしまえそうなもの。死の超越者たるモモンガ様の知覚をもってしても、なかなか捕捉できないほど微弱な存在でした。

 ガジットの亡骸に纒わり付いているらしきそれを、モモンガ様は暫く眺め、フフッと苦笑を漏らされました。

「なんだ。ずっと側に居たのではないか。これならば……」

 ーー要求は、要求者の欲求に必ずしも等しくない。真に欲する内容を正確に把握すれば、値切るは容易い。そうでしたね、音改さん。

 

 暗闇へ沈み拡散しつつあった意識が不意に引き上げられ、ガジットは地下神殿内で人の肩ほどの高さに浮いている自分に気が付きました。視覚も戻ってきて最初に見えたのは、白目を剥いたまま床上に転がっている自分の死体でした。

 呻き声が溢れました。

 嗚呼、せっかく神が降臨なされたというのに、自分は死んでしまったのだろうか。不用意に神に触れて、罰が当たったのだろうか。こんなことになってしまっても、神は願いを聞き届けて下さろうか。

 混乱し取り乱し、嘆き始めたカジットでした、しかし。

 ゴツン!

 突然、脳天のやや左側に覚えた衝撃に我に返らされました。殴られたではなく、ゲンコツを落とされたとしか表現しようのない、何処か懐かしい衝撃。

 驚き左を見上げたカジットが視覚したのは。

「おっかあ?!」

 息などしていないのに鼻息荒く右拳を振り上げる、幼かったカジットが悪戯をした後では決まって見せていた形相の、あの遠き日に死に別れた優しい母のゴーストでした。まあ、今はどう見ても激怒中でありますが。

「お、おっかあ……」

「こんのっ、ばかたりゃああああっ!!」

 涙は流せずとも泣き出しそうな表情を浮かべる、ゴーストとなったカジット。その脳天を、怒れるおっかあゴーストのゲンコツが、今度はジャストミートいたしました。

「こんのっ、馬鹿息子が! ガキんちょだったおみゃあが心配で、死んでも死にきれんかった母ちゃんが見とりゃあなんじゃい! ねじり鉢巻で勉強して、水の神さんとこの神殿に入ってくれたときゃ、嬉しかったど。ああ良かった、デキのワルい鼻垂れ小僧だった息子も、一人前になってくれた。やれやれこれでもう思い残すことはなか……と思った途端、あげな怪しいガラクタにたぶらかされてからに! おみゃあ、どんだけ悪さ重ねてきただぎゃあ! 悪さ重ねて、悪さ重ねて、ほんに情けない! 母ちゃん情けなくって、涙でてくりゃあ!! ちょっと、おみゃあここに座れ! すっかり曲がりきっちまったおみゃあの根性、母ちゃんが叩き直しちゃるから、ここに座れ!!」

「ごっ、ごめん! ごめんよ、おっかあ……」

「いまさらごめんですむかい、ばかたりゃああああっ!!」

 

 涙声でゲンコツを振り回す母親のゴーストと、痛そうに……でも何処か嬉しげに叩かれ続けるカジットのゴースト。

 ーーう、うわぁ。訛りが混ざりすぎだろ。

 モモンガ様は、ゴースト達のドタバタを見守っておいでです。いまにも顎が外れてしまいそうなほど、大きく口を開けて、見守っておいでです。




ご都合主義、爆発……。


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額を押さえ

カジットの知識量を捏造(汗)
コミック版でも叡者の額冠や六大神の神器を知っていたりしましたから、転移後の世界ではかなり物識りの部類なのかもしれませんが……。
カジットの経歴を捏造。
アンデッドの創造と作成についても捏造。


 ーー種族に由来するアンデッド創造と職業に由来するアンデッド作成。どちらもユグドラシルでのアクティブスキルだけど、まさかここまで自由度が高くなっているとはね。

 目前の仰角15度ほどで繰り広げられるバダンテール親子ゴーストの喧騒から後退り、モモンガ様は自身のスキルについて考察なさいます。御方は、叶わぬはずだった再会に水を差してしまう無粋な輩では、断じて御座いません。

 ーー死霊系アンデッドのゴースト。その《脆弱化の接触》と透過能力に期待して、ナザリックではヒット&アウェイ戦法主体の防衛戦力だった。でも、この2体には敢えて戦闘能力を欠片も持たせていない。……何なのだろうね、短期間限定のNPCでも創作したような、この感覚は。

 

 見守られていると意識する余裕はないままですが、ゴースト母子の会話は落ち着きを見せ始めました。

 カジットは、運命のあの日に道草をして帰宅が遅れたことを泣き、ひたすら詫びています。自分が道草などしなければ、おっかあは死なずに済んだのだと。

 母親は息子を諭します。早い遅いの違いはあれど、親が子よりも先に逝くのは摂理であると。穏やかな表情へと変わり始めた母親のゲンコツは、既に解けていました。

「せっかく立派な神官様になりょうはずやったによ。惑わされよってからに、ばかたりゃ……」

 カジットの重ねてきた悪行を考えたなら、子を庇う親の甘過ぎる発言でありましょう。カジットに命を奪われた犠牲者にしてみれば、許しがたい欺瞞でありましょう。

 しかし、バダンテール母子への批判など、屁の突っ張りにもなりません。モモンガ様の役には立ちません。

 

 ゴーストの親子が周りへの注意力を取り戻すまで、モモンガ様は考え事を御続けになります。

 ーーユグドラシルではコンソールに触れて選択するだけだった、アンデッドの創造と作成。対して現状では、明確な意思さえあれば選択を越えて、異常なほど自由に創造・作成を為し得る……。

 ようやくモモンガ様に見上げさせている無礼に気付き、2体のゴースト達は慌てて御方の足下へ平伏しました。揃って小さく震えているのは畏怖からでしょうか。はたまた敬意からでしょうか。

 ーー俺が留意した点は2つ。死にたてのカジットと、取り憑き続けていた母親の成れの果てを、素材として使用すること。情報源たらしめるために、作り出すゴースト達には生前の知識・知能を保持させること。特に後者は可能なのか疑わしかったし、この2体の存在中は上位・中位・下位すべてのアンデッド創造・作成が不可能になるとも思わなかった。リソースを限界まで使っている感覚かね?

「両名とも面を上げよ」

 モモンガ様は威厳を込めて命じました。恐る恐る顔を見せたカジット達を見据え、至高のオーバーロード様は思考を切り替えます。

 ーー継続時間を犠牲にしたから、存在していられるのは丸2日程度か。さて、貴重な情報源であってくれよ。

 魔法的な覗き見と盗み聞きへの対策や、発動済みのセンス・ライを、モモンガ様は密やかに再確認したのでした。

 

「嗚呼、大いなる神よ! いと慈悲深き神よ! 心ゆくまで母に詫び、叱られる願いを叶えてくだされし神よ! 寛仁大度を具現なさいます神よ! 讃えるべき御身の尊名を、知る術なき私の無能を御許し下さいませ!」

 ーーうわぁ、こいつ初っぱなから飛ばすなぁ。まあ、おっかさんが亡くなった直後だったら当人も子供だったろうし、あくまで生き返らせてくれって懇願されたろうけどね。

 発言を許した途端、迸ったのは感嘆符だらけの台詞でした。ゴースト化しても感情の高ぶっているカジットを、モモンガ様は面白そうに眺めます。

 ーー激しい感情は話し手から韜晦の余裕を奪う。それでも、母親との“再会”が俺によるものかを確認し、名前を知ろうとする言動は、不快じゃない。寧ろ好ましい。

 その程度の機転さえ利かない相手では話す価値もないと胸中で続けつつ、モモンガ様は考えます。

 名を教えるか否か。リアル世界における“鈴木悟”の名前を教える気は毛頭ないにせよ、魂の名であるモモンガを告げるか否か。告げるメリットは思い付けず、デメリットばかりが頭に浮かびます。

 しかし……。

「我が名を知るが良い。我が名は、モモンガ。アインズ・ウール・ゴウンのモモンガである」

 

 ーー下問を恥じず、教えを請うならば先ずは誠実であれ……そうでしたね、やまいこさん。誠実さを踏み躙られたなら、改めて全力で殴り飛ばせばいい。

 重々しく頷く半魔巨人を幻視しつつ、モモンガ様はカジットに断りを入れます。それで自分を侮るのなら軽く締める御積もりですから、断りではなく探りと言うべきかもしれませんが。

「お前たち親子が再び話し合えるかたちにしたのは、確かにこの私だ。しかし、私は自分を神などと考えてはおらん。私はな、ユグドラシルのプレイヤーなのだよ」

 リアル世界において営業職の平社員にすぎなかった鈴木悟氏の感覚では、「神よ!」と連呼されるのは、些か辛いものがあります。それに敢えてネタばらし的な行動に走ることで、此処がユグドラシルではないバーチャル世界であった場合の誰かによるリアクションを期待したのです。

 しかしながら、目論見は外れて足下にジャストミートと申しましょうか。モモンガ様の御言葉は、カジットをますます感激させてしまいました。

「おおおおっ! 御尊名、確と承りました! モモンガ様! やはり! やはり! やはり! モモンガ様は、真の神であられます! おおっ、慈悲深く偉大なる神、モモンガ様!!」

 ーーさらに感嘆符が酷くなったあ?!

 モモンガ様の視界が、また一瞬だけ青緑色に染まりました。

 

 ーーおっかあ=サン、貴女の息子=サンを嗜めてくれませんかね。

 会話は成り立つはずなのにまるで話が進まず、危機感すら覚え始めたモモンガ様は、貴女の息子を叱ってあげてよと、カジット母のゴーストを見ました。

「神様じゃ……モモンガ様じゃ……ありがたや……ありがたや……」

 ーーうん、あてにならないね。自分で仕切るしかないな。魔王ロールは流石に場違いだとして、支配者とか絶対的強者ロールしてれば、何とかなる?

 涙は流せなくても感涙に咽ぶカジットと、平伏し直して崇め拝み続けているその母親。まるでゴーストらしくないバダンテール母子へ向かって、モモンガ様は咳払いを一つ。

「これでは話が進まぬゆえ落ち着け。そのほう、カジットであったな。そなたが口にした“やはり真の神”とは如何なる意味か。否定の後になお、私を神と呼ぶ理由を述べよ」

「ははぁ、畏れながら申し上げます」

 御下問に答えるべく、カジットは居住まいを正し、表情も引き締めました。

「第一に、モモンガ様の御姿は、六大神の最強神たる“闇の神”の御姿、故国において伝え聞きましたる御姿に瓜二つで御座います。第二に、これは故国たるスレイン法国におきまして、私が水明聖典に席を置いておりました頃、一度だけ耳に致しました事柄で御座いますが、降臨されし六大神は神々の住まう地において“ぷれいやー”であらせられたと……」

「何だと!?」

 思わず大声の上がってしまう内容でありました。

「か、神よ……」

「……ぁ、うむ。驚かせてしまったな。許せ」

 あの忌々しい青緑色が視界を覆い、驚愕から覚めたモモンガ様は、咳払いをもう一度。

 身動き無く固まってしまったバダンテール親子へ、なるべく優しく語りかけなさいます。

「詳しく聞こう」

 

 六大神について。八欲王について。十三英雄について。カジットが知る全ての伝説について。

 スレイン法国について。バハルス帝国について。リ・エスティーゼ王国について。竜王国について。獣人について。エルフ王国について。アークランド評議国について。ドワーフの国について。アゼルリシア山脈について。トブの大森林について。カジットが知る全ての国々や土地について。

 ズーラーノーンについて。八本指について。六色聖典について。冒険者組合について。ワーカーについて。王国の御前試合について。フールーダ・パラダインについて。非合法・合法を問わず、カジットの知る全ての組織と制度と著名人について。

 魔法について。アンデッドについて。死の螺旋について。言語について。文字について。貨幣について。ユグドラシルには存在しなかった《異能》と《武技》について。カジットとその母親が知る全ての知識や常識について。

 時に憤慨し。

 ーー何故だ。独りになってしまったスルシャーナが、何故そんな仕打ちを受けなければならなかった!

 時に警戒し。

 ーー人類至上主義でユグドラシル由来らしいアイテムを秘匿し、プレイヤーの子孫までいるかもしれない法国か……。

 時に肩透かしを食らい。

 ーー人類の天敵なのにソウルイーターごときに殺されまくるビーストマンって……。

 時に落胆し。

 ーー冒険者は、名称とは裏腹に夢の無い仕事だなぁ。それでも、手っ取り早く擬装身分を手に入れるには好都合か。

 時に呆気にとられ。

 ーー第三位階魔法を使えたら一人前で、個人では第六位階が限界かよ。

 時に興味を示し。

 ーー生活魔法ね。胡椒を作り出せるなら、新大陸発見は考え付きもしないわな。

 時に冷や汗をかく思いをし。

 ーーやべぇ。俺、この世界の文字を読めないかも。

 一つのことを知れば、尋ねるべきことを三つは思い付き。質問し、答を聞き。答を聞いては、また質問し。

 勿論、質問によってはカジットの知識が及ばず、あやふやな返答しか得られない事案もありました。しかし、知識欲の充足は実に心地好く、時の経つのも忘れてモモンガ様は、バダンテール親子との質疑応答を御楽しみになられました。

 ーー遠くの異郷について伝聞内容になるのは仕方ないよな。ズーラーノーンについては、あの玉っころが話した内容と照らし合わせた。他の事柄は、この地下神殿を出てから、折々裏付けしていくとしよう。

 人の身であれば、喉の渇きや空腹に苛まれたでありましょう。睡魔に囚われたでありましょう。しかし、モモンガ様はオーバーロード。バダンテール母子はゴースト。渇かず飢えず夢に返りもせずに、ひたすら会話が続いたのであります。

「馬鹿息子が。にゃが~く住んどるエ・ランテルに出入りするんもよう覚えとらんちゃ、どぎゃあ了見じゃったい」

「おっかあ、それは仕方ないだろ。俺、正規の手続きを踏んで出入りしたことは、一度も無いんだから」

「いいはるこっちゃねえ! おみゃあがそったら言い訳ばっかで、モモンガ様にお答えできんことの増えて……」

 時々、話が脱線したのは余興で御座いましょう。多分……。

 

 尋ねるべきを尋ね尽くし、いいかげん質問も尽きたと思え始めた頃……。

 ーー馬鹿な、もうそんなに時間が過ぎたというのか!

 バダンテール母子のゴーストとしての身が、薄くなり濃くなりを始めました。存在し得る時間の限界が近づいた証拠です。

「お前たちっ」

 モモンガ様は、たかがゴースト2体のために、慌てている御自身に驚かれました。

 ーー話をすれば、愛着が湧くのも当然か。ペットのハムスターが死んじゃって鬱ぎ込んだギルメンも、こんな気分だったのかな?

「お前たちは世界に返ろうとしている」

 消滅の二文字を使い辛く思い、モモンガ様は咄嗟にそう仰いました。これは嘘ではありません。方便です。

「だが、お前たちが望むなら、多少摂理を歪めても、我が手元に留め置き得るぞ」

 いざとなれば贈られたシューティングスターの内から一個未満を使うだけだと、腹をくくるモモンガ様。されどバダンテール母子は顔を見合わせた後、至高の御方へ向かって躊躇いがちに、されどはっきりと首を横に振ったのでした。

「余りにも、余りにも勿体ない御言葉なれど」

「うらたち親子どもの」

「役割は果たし尽くせたと思えまして御座います」

 親子が言葉に込めるのは、モモンガ様へ真摯に向けた尊敬と崇拝の念であります。

「うらたちが風さ変わるなりゃ」

「吹き抜ける度に囁きましょう。モモンガ様こそが慈愛の神であると」

「うらたちが波さ変わるなりゃ」

「打ち寄せる度に告げましょう。モモンガ様こそが真の神であると。六大神をも越える神であると。即ち“超神”であると!」

 ーーごめんよ。言うべき言葉は違うのかもしれないけど、ごめんよ!

 モモンガ様に、拒絶の大罪を犯した母子を咎める御心など、欠片もありはしません。寧ろ清々しい気持ちにさせてくれた2体を、誉めてやりたい気分です。

 ですから……。

「そうか……、ならばお前たちに礼と祝福を。お前たちを、この我自身の消滅まで記憶し続けると、ここに誓おう」

 その身は透けるばかりとなり、満面の笑顔を浮かべたまま、カジット達は消えていきます。呆気なく消滅していきます。

 

 存在しないはずの涙腺が弛緩するのを覚え、モモンガ様は骨の額を、やはり骨だけの利き手で押さえました。

「ありがとう。そして、さよなら」

 オーバーロードの洩らした呟きを聞く者は、もはや存在しませんでした……。

 何も存在しませんでした……。




 カジットとおっかあ、完全成仏……。


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どちらも

説明回っぽいです。

今話では殆ど名前だけですが、世界級アイテム捏造。
このような内容へ怒りを覚える読者様へは、誠に申し訳も御座いません。


 別れはいつも辛いもの。

 消えていったバダンテール親子に触発され、思い出してしまう過去もあります。我が子のために御弁当を作っている最中に倒れ、そのまま息をひきとってしまった、鈴木悟氏の御母上様とか……。

 されど視界を染める青緑色が、またしても邪魔をしてくれやがりました。

 ユグドラシル以前の過去についても、ユグドラシルでの思い出についても、それらの掛け替えなさを否定します。それらに直結した喜怒哀楽を、滅してしまおうとしています。

 ーー糞がぁ!

 モモンガ様は強く握り締めた拳を振り上げ、敢えてそこで堪えました。

 ーー怒りに身を任せても益は無い。考えろ。分析しろ。このクソッタレな事態を乗り越えろよ、俺!

 気管も肺もあらねども深呼吸を繰り返した後で、両手を顔の前にやり、結んで開いてを繰り返します。

 左右の掌をまじまじと見詰めた後に、グーパーグーパーしているオーバーロードは、ちょっぴり可愛いらしいです。モモンガ様は至って真剣であられますが。

 ーーやはり、ユグドラシルでの意図的な触覚への制限は、感じられない。それどころか、電脳法では禁じられている臭覚さえある。

「どれ……」

 腕回し、背伸び、屈伸、上体反らし。

 スポーツ前の準備体操のようですが、モモンガ様は思い付くままに身体を動かします。頭蓋骨の天辺から爪先まで、骨だけになってしまった身体の隅々まで、意識を向けて動かします。

 

「……やはりな」

 確認を終えたモモンガ様は佇み、尖った顎先を右手の親指と人差し指で摘まんで考えます。

 ーー何ら違和感を覚えない。寧ろ、リアルの鈴木悟の身体よりも、死の超越者たる身体こそが、本当の身体だとさえ思える。ムスコは……実戦前に消滅しちゃったけれど。今の俺は名乗った通り、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガなんだな。

 御手ずからゴーストに作り替えたバダンテール母子。彼等を御身に付き従わせ続けようと欲したのも、至高のオーバーロードならば当然のこと。

 ーーユグドラシルの終了時刻から、かなりの時間が経過したはずだ。なのに飢えも渇きも疲労も無く、それを当たり前だと感じている自分がいる。精神が肉体に引きずられているのか?

 徐に腕を組んだモモンガ様は、低く短く唸ります。

 ーーPCのモモンガは、アンデッドの異形種……つまり精神作用無効の能力持ちだった。おそらく一瞬だけ視界が青緑色に染まるのは、強制的な精神鎮静化のサインなのだろう。しかし、カジット達には鎮静化など見られなかった。持続時間を短縮してでも“生前のありよう”に拘ったからか、それともプレイヤーと現地人の違いか。

 情報を入手したのに困惑の度合いは減らないことを嘆きつつ、モモンガ様は準備を始めました。この地下神殿から出る準備を。

 

『モモンガお兄ちゃん! 今の時刻は……』

 ーーぶくぶく茶釜さんが悪ノリして吹き込んだ萌えボイス……これカットできないんだよなぁ。

 時計機能がある鋼鉄製のバンド。アイテムボックスに入れたままにしてあったそれを左手首に巻き、モモンガ様は1時間毎の時報をセットなさいました。

 ーーオーバーロードの身体だと時間の経過に鈍感すぎる。時刻表示に異常が生じていないなら、ここに来てから80時間も経ってしまった。時は金なれば、一瞬の光陰も軽んずべからず。そうでしたよね、音改さん。

 この地下神殿は、エ・ランテルの住民ならば存在すら知りません。しかし、邪悪な秘密結社ズーラーノーンの拠点は、他にも多数存在します。

 カジットを改心させ帰依させたとはいえ、長々と逗留していたら誰か来てしまうかも知れません。例えば「カジっちゃん、いるー?」とか言いながら。

 時の利益を溝に捨てるは、下策で御座います。

 

「ボーン・ヴァルチャー達よ。レイス達よ。あの通路を監視せよ。侵入者があれば、殺せ!」

 地下神殿の構造なら、カジットへの下問で把握済みです。

 バダンテール親子の消滅で使えるようになったアンデッド作成を用いて、地下神殿入口までを警戒します。

 ーーペロロンチーノさんの話だと、大昔のゲームでは家捜しは必須だったそうだけど……。これは浄財だな、浄財。

 モモンガ様は、話の最中にカジットから勧められた通り、神殿の物置内にあった隠し部屋から金貨の袋を受け取りました。この地の金貨も、この先では必要になりましょうから。決して、マネーロンダリングでは御座いません。

 ーースケリトル・ドラゴン2体も、ここに居ると聞いたのだが?

 さらに、下の階に詰め込まれていたゾンビの群を魔法の使用実験を兼ねて焼き払ったモモンガ様は、聞いた話との食い違いに首をかしげました。カジットにとっては貴重な戦力の《骨の竜》2体も、そこに居るはずだったのですが。

 ーーフレンドリーファイアの確認は済ませたし、探すのは後回しだ。それよりも……。

 

 祭壇前に戻ったモモンガ様は、アイテムボックス内の確認を始めました。所有アイテムの正確な把握は、勝敗に影響しかねません。

 ーーこうなると解っていたら、もっと色々と用意しておいたんだけどな。

 装備について言えば、今のモモンガ様は、いわゆる“フル装備”状態です。最期の晴れ姿とばかりに、ユグドラシルの終了時刻を愛用の神器級アイテム類で身を固めて迎えたのが、幸いしました。ジョークを優先した装備だったなら、目も当てられなかったことでしょう。

 しかし、アイテムボックス内については、控え目に表現しても玉石混淆であります。貴重な品も有りますが、500円ガチャの外れアイテムの類も結構な数が突っ込まれています。

 ーー整理整頓は常日頃から小まめに為すべし。源次郎さん……ワカッテハイルンデスケドネ……。

 淡々と確認作業を進め、ある程度は整頓を終えたモモンガ様が手を休めたのは、15回目の時報が鳴ったときでした。

 オーバーロードに筋肉はありませんので、肩が凝ることもありません。それでもモモンガ様は、大きな伸びをなさいました。

 ーー気分の問題でしかないが、伸びをすれば少しは違うものだな。単調かつ長時間に及ぶ作業が原因である倦怠では、精神は鎮静化しないらしい。アンデッドには疲労のバッドステータスが存在しない以上、これは逆に厄介な問題かもしれないぞ。何とかしなければ……。

 不意にスルシャーナの話を思いだし、至高の御方は急ぎ頭を振りました。

「いかんいかん。さて、あと一息だ!」

 モモンガ様は、後回しにしていたアイテム群に手を付けます。ナザリック表層の中央霊廟入口で受け取った品々に。

 

「拝見するよ」

 必要に応じて《道具上位鑑定》の魔法を使うにせよ、モモンガ様が先ず取り出したのは、贈り主から渡された目録でありました。なかなかの太さがある巻物です。

「後輩プレイヤーなりの我流解説書ではあるが、手引きがあるのは嬉しいものだ」

 アインズ・ウール・ゴウンに関われたのが余程嬉しかったらしく、盛んに笑顔のアイコンを浮かべていたマミー系最上位異形種司祭戦士職の様子を思い浮かべながら、モモンガ様は目を通して行きます。

 贈られた品は、全部で41種類。それらの質には些かならず差がありました。

 《シューティングスター》1ダース詰め合わせのように掛け値なしでありがたい品もあれば、殆どデスペナ無しでの蘇生を可能にする指輪のような地味に嬉しい品もあります。複数の機能を併せ持った神器級アイテムのミリタリーサングラスなどは、実際に使用してみるまで評価を保留するべき品です。

 一方で、品数合わせとしか思えない物もありました。飲食の再現が電脳法で禁じられていたユグドラシルなのに、ワインボトルのアイテム《無限のシャンピニオン・スペチアーレ》などは、その最たる物でしょう。目録内の解説にも『コラボ系アイテムなのですが、所有者が参加可能なイベントは随分前に終了していました。贈り物らしくなくて申し訳ありません』とあります。

 ーーいやいや。お祝い気分を味わうためのジョークアイテムと思えばいい。ありがとう。

 仕分けを進めて残ったのは、目録の40番目と41番目に書かれた品です。

 

 ーー実に興味深く、直ぐにでも使いたいくらいだよ。……たが、だからこそ落ち着けよ、俺。慎重にな。

 莫大なユグドラシル金貨や大量の一般的なアイテムのみならず、素材さえ揃えればレア度の高いアイテムまで生み出し得る《マハーカーラの双鎚》。

 異形種PCへ、それまでと全く異なる職業を持つ人間キャラクターに変身する能力を与え得る《エンブレム・オブ・ヘンシン》。

 どちらも世界級アイテムであり、モモンガ様の今後を大きく変え得るアイテムで御座いますゆえ……。




鈴木悟氏の御母上様云々は、特典小説から。

モモンガ様へ次こそは、世を忍ぶ仮の姿と食事を摂る楽しみを贈りたい……。


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星空へ

捏造した世界級アイテムの説明と、モモンガ様によるツッコミ。
今話ラストで漸く外へ……。


 ユグドラシルは、試行錯誤を大前提にしたゲームでありました。レア度の高いアイテムによっては、真の効果を知るために、徹底的に調べ尽くす必要がありました。魔法の《道具上位鑑定》で入手できる情報は名前と概要のみと考え、そこにミスリードが有るかもと疑うべし。それが、常識でありました。

 ーーだからこそ、使用体験談には価値がある。

 モモンガ様は贈られた目録の、2つの世界級アイテムについて綴られた内容を、御読みになります。

 

 目録の40番目。

 全体に濡れ羽色をした金属製ハンマーが2丁。大きさは釘を打つ鎚として考えても、小型の部類に入ります。外見から言って、武器としての使用は考えられていないようです。

『2丁でワンセットなのに打出の小槌が元ネタらしい《マハーカーラの双鎚》ですが、グリップに小判の模様がある方が右で、米俵の模様がある方が左です。左右を違えると効果を発揮しませんので、御注意ください』

 ーー右が小判で、左が米俵……って、解りにくいな。

『左の鎚は腰にでも下げ、右の鎚だけを持ち、左掌で打撃面を押さえながら“我が欲するは財貨”と言って見てください。コンソールが開くはずです』

 コンソールは展開されませんでしたが、モモンガ様が書かれた通りにすると、頭に情報が流れ込んできました。

 ーーなるほど。欲しい金貨の枚数や、欲しいアイテムの種類と個数を指定して……今の俺だと意思決定して、軽く振れば、金貨やアイテムが出てくる訳か。そのまんま“打出の小槌”だなこれ。出せるアイテム類は、人間種の街で買えた程度の物ばかりで、出せば相当する枚数……いや、少々割高な枚数の金貨で購入した扱いになるのか。全て金貨で出したとして、限界枚数は……ひゃ、100億枚?!

 青緑色の光までが呆れたように、一瞬だけ視界を覆いました。

『この文を書いている現在、振り出すのが金貨のみなら6000万枚ほど出せるはずです。振り出してしまった金貨は鎚の中へは戻せないので、枚数指定の際には御注意を』

 精神が鎮静化されたために、微妙な慌て方になりつつ読み進めた内容には、明らかな現状との齟齬が御座います。

 ーーいやいやいやいや、枚数が違い過ぎるよ!

『振り出せる金貨の枚数は、日々増加します。正確には所有PCのレベルと行動内容に従って増加します。検証しきれていませんが、多分

 (PCレベルの3乗)✖(行動内容で決まる変数)✖5枚=1日分の増加枚数

ではないかと……。因みにPCを100レベルにした私が丸1日の移動を選択した場合で、500万枚増加しました。それと、偶然発見した隠し迷宮を単独攻略したら、いきなり10億枚も増加してて吃驚しました(笑) 尚、振り出せる金貨の限界枚数は、残念ながら確認できておりません』

 ーーそれにしたって、100億枚は変だろう。ナザリックから此処への移動が異常事態すぎて、バグったのか?

 贈り主の記述に何か引っ掛かるものを覚えつつ、モモンガ様は内心でツッコミを入れましたが、疑問は解決しませんでした。

 さて今度は、米俵の模様がある鎚についてです。

『右の鎚は腰にでも下げ、左の鎚だけを持ち、右掌で打撃面を押さえながら“我が求めるはレアな宝”と言って見てください。コンソールが開くはずです』

 先程と同様に、モモンガ様の頭へ情報が流れ込んできました。

 ーーふむ。手に入れたいレアなアイテムを強く思い浮かべると、……こっ、これはぁああ?!

『コンソールにアイテム名を入力すると、手に入れるのに必要な金貨の枚数や、データクリスタルをはじめとしたアイテムの個数が表示されます。揃え積み上げた金貨と素材にするアイテムへ向かって左の鎚を振れば、目的のアイテムが“確率”で出現します。コンソールに入力できるのは、過去に自分(自分のギルド?)が入手したことのあるアイテムの名前だけであり、素材にするアイテムも入手経験が無い物は、“???”と表示されてしまいます。失敗し、揃えた金貨やアイテムを無駄にしてしまうことも、少なくないです。あまりオススメできない能力ですが、これが無ければ8番目の品《サングラス・オブ・ファラオ》を完成できませんでした』

 記述内容が、モモンガ様の視覚を滑って行きます。

 骨の右手で米俵模様の付いた鎚の打撃面を押さえ、モモンガ様が強く思い浮かべたアイテムは《支えし神》でした。アインズ・ウール・ゴウンの前身たるナインズ・オウン・ゴールが入手し、そして奪われた世界級アイテム。

「今更だ。今更だがな。狂ったか、運営!!」

 流れ込んできた情報に寄れば、この鎚を使って《支えし神》を入手するのに必要な金貨は50億枚。素材にするアイテムは“???”が2種類なうえ、入手成功率は“超絶に低い”だそうです。

「それでも理論上は、全ての世界級アイテムを複製可能ではないか!」

 青緑色の光が、繰り返し仕事をしました。

『武器としては無意味ですが、携行していればロンギヌス対策になります。それで一度、自分は助かりました』

 贈り主の蛇足な補足が侘しいです。

 

 目録の41番目。

 大きさは拳大ほどの、黒い厚手で円形の布にユグドラシルのロゴが入った、ワッペンのようなもの。

『先ずは注意を。この《エンブレム・オブ・ヘンシン》は、使いきり型の世界級アイテムです。悪名高い“祝10周年記念アップデート”で実装されたアイテムですので、いわゆる“20”とは認められていませんが』

 ーーああ、ピントのズレた実装やイベントばかりって批判の多かった10周年アプデかぁ。あの時の運営は、何を考えていたんだろう?

 起死回生を意図した梃子入れが、更なる事態の悪化を招いてしまう。

 よく聞く話ですが、過疎化の著しかったユグドラシルに梃子入れを敢行したのは、酷く不可解な話ではあります。回収不可能な投資を、わざわざ実施したのですから。

『このアイテムは100レベルの異形種PCのみが使用可能であり、その効果はサブキャラクターの作成です』

「はっ?」

 モモンガ様の口から、変な声が漏れました。

 ーーマテッマテッマテッマテッ、ユグドラシルはサブキャラ禁止だぞ!

 記述内容は、御方からの否定を無視して、続きます。

『サブキャラクターは人間のみを作成可能で、エルフやドワーフは選択できません。また、アライメントは“中立”のみですし、その性別はメイン(?)の異形種キャラクターのそれと自動で同じになります』

 ーー性別の無い異形種の場合はどうすんだよ。

 呆れ声のモモンガ様も、ムスコを喪失した状態なのであります。

『サブキャラクターの作成時間は3時間のみです。規定時間以内に完成しないと、《エンブレム・オブ・ヘンシン》は効果を発動することなく永遠に失われます。尚、作成できるサブキャラクターは100レベルです』

 ーー3時間なんて短時間で仕上げろなんて、無茶な話だな。

『アイテム名に“ヘンシン”とありますが、自分や自分と交流のあったプレイヤーの感想では、メインとサブの切り換えと云ったところです』

 ーー確かに変身と言うよりも、人間種に混じって行動するためのPCを作り、適時に意識を繋ぎ換えると表現するべきか。

『自分の知る範囲でですが、メインとサブの切り換えに回数制限は無いようです。ただし、掛け声とポージングが必要ですので、サブキャラクター作成時に決めて下さい』

 ーーはあ?

 モモンガ様の口が、顎の外れそうな勢いで開きました。ついでに精神も鎮静化しました。

 ーー誰かに見られたら、無茶苦茶恥ずかしいじゃないか! 俺に黒歴史が無いとは言えないけどさ。俺は、ウルベルトさんやタブラさんみたいな、重篤な厨二病患者じゃないんだぞ!

 とばっちりでディスられた山羊頭の悪魔と、蛸頭でボンテージルックの水死体が、アイコンとジェスチャーで猛烈に抗議しています。あくまで幻想なので、気にしなくて良いですが。

『サブキャラクターとしての行動時に負ったHPの減少やMPの消費や各種の状態異常等は、メインの異形種キャラクターに戻った時点でクリアされます。よほど特殊なイベントによるものは、未検証ですが』

 ーーでも、ポージングはなあ。たっちさんだったら、ノリノリだろうけど。

 白銀の騎士殿が肩を竦めて、苦笑のアイコンを出している。そんな気がします。

『サブキャラクター時に死ぬと、メインキャラクターがデスペナを食らい、その後の“ヘンシン”は不可能になってしまいます』

 ーーああそうか。掛け声とポージングと切り換えと。運営は、3つの要素を合わせて、変身と定義しているのかもしれない。100レベルのサブキャラは魅力だけど、微妙な仕様だよなぁ。デメリットだらけな魔法での人化より、遥かにマシだけどさ。

『使用するには、ロゴが見えるように身体の何処かに《エンブレム・オブ・ヘンシン》を押し当てて“作成”と唱えてください。サブキャラクター作成がスタートします。尚、押し当てた所には、使用者の証とも云うべき紋章が、小さいですけれど残ります。この紋章はデフォルトも用意されていますが、自分の手でのデザインも可能です』

 ーー思い通りにできるのなら、もう刻むべき紋章は決まっているさ。

 皆で決めたギルドの証。それはモモンガ様の心に焼き付いているのです。

『繰り返しになりますが、くれぐれも制限時間には御注意ください』

「そうだな気を付けるとしよう。アインズ・ウール・ゴウンを不滅にすると誓った私だ。この世界級アイテムに少なからぬ問題は有るにせよ、我等がギルドを永久に語り継がせるためには、不朽の伝説とするには、使うが得策」

 至高のオーバーロードは、両の眼窟に暗くも強く赤い光を宿しています。

 

 ーー六大神は滅んでなお、人々に語り継がれている。対してスルシャーナを放逐したらしい八欲王が、人々の口に上ることは殆ど無い。八欲王とて世に多くを為したにも関わらずだ。

 地下神殿の祭壇前、モモンガ様は思考します。考えをまとめる為に。迷いをはらう為に。

 ーー6人のプレイヤーは神となり、8人のプレイヤーは神になれなかった。十三英雄にも、プレイヤーがいたのかもしれないが……。

 神とは、いったい何でしょう? 本当に、神とは何でしょう?

 ーーるし★ふぁーさん。

 至高の御方は、あまり好きではない相手へ、心の中で語りかけます。

 ーー貴方は言った。自然に由来するものと、人の偉業に由来するもの。神には2種類あるのだと。特に後者の神について……。それぞれの分野で、理解し得る知識を有する人々に、絶賛しからしめるのは偉業止まり。分野の垣根を超え、知識を持たない人々にまで、絶賛しからしめてこそ神であると。後世の人々にまで“神キター!”と叫ばせてこそ神であると。

 呼吸を伴わない溜め息を、モモンガ様は溢しました。

 ーー貴方が吐いたにしては意外とまともな台詞で、あの時の状況も相まって、うっかり感動しかかったのを覚えていますよ。

 恵比寿顔と閻魔顔のアイコンを交互に出し、誉めるか貶すかどっちかにしてよと訴える腐れゴーレムクラフターが目に浮かびました。賢明なるモモンガ様は、全力で放置なさいます。

 ーーカジットは、俺ごときを“超神”とまで評した。その称号が相応しいのは俺なんかじゃなくて、ギルドメンバーの仲間達なのに。……ぶくぶく茶釜さん、そこでチャチャ入れないでっ!

 身体の一部を触手のように伸ばしてウネウネさせている、粘体すぎるピンクの肉棒。年齢カテゴリー的に危険すぎる幻想を、モモンガ様は慌てて掻き消しました。

 ーー語り継がせる。それに最も適しているであろう対象たる種族は、今にも絶滅しそうな人間だよな。残念ながら頭の痛くなるスタート条件だよ、まったく!

 骨の指先で神殿の床を削って数字を書き、ギルドマスターたるオーバーロード様は、キャラメイクの下書をなさっておいでです。制限時間の3時間は、あまりに短い時間ですから。

 ーーカジットの話が真実なら、脅威になるのは……存在するかもしれない他のプレイヤー、ユグドラシル由来のアイテム特に世界級アイテム、それらの存在し得るスレイン法国、詳細不明な竜王、ビーストマンの背後にも強大な何かがいるかもしれない……。たっちさんみたいな前衛職をサブキャラでやってみたかったけど、ユグドラシルならいざ知らず此処ではね、自由度が高すぎて怖いよ。心得無き者が扱えば、武器は己を斬る凶器へ転ずる。そうでしたね、武人建御雷さん。

 ガリガリと床を削り、何度も計算をやり直し。途中、カジットの弟子だった者達がゾンビ化して起き上がって来たので、《火球》の魔法で消し飛ばし。

 ーー俺が吟遊詩人になる必要は無い。俺は皆の事を歌いたいんじゃない、人々に歌わせたいんだ。自分で歌うのは英雄になってから、“流し”を使った時だけで充分だ。……名のある者の言葉は金言として残り、名のない者の言葉は泡沫に等しい。そうでしたね、チグリス・ユーフラテスさん。

 王国にも法国にも帝国にもカラオケは無いでしょうから、酒場などで酔客の注文に応え、客の歌に伴奏を付ける生業はあるでしょう。英雄様が歌ったならば、その内容を自分の持ち歌にして、勝手に広める吟遊詩人もいるはずです。

 それにしても、リアルで“流し”は相当な昔に絶滅したと申しますのに、モモンガ様は良く御存知で。

 ーーアインズ・ウール・ゴウンこそ大英雄の集いだと、生きとし生ける全ての者に知らしめるため。弐式炎雷さん。NPC作成時に聞かせて頂いた貴方の戦略を……御借りします。

 

 ユグドラシルの終了から144時間後。エ・ランテル共同墓地の奥に建つ霊廟の入口にて。

「これが……星空……」

 日付の移ろう時刻ゆえ、大地は夜の帳で覆われています。しかし、初めて見る満天の星々に魅了され、立ち尽くす“青年”は、暗いなどと思いませんでした。

 ーー汚染さえ無ければ、晴れた夜空は月と星の明かりだけで充分に明るい。ブルー・プラネットさん、すいませんでした。貴方があれほど熱く語ってくれた時、俺は理解しようともせず、適当な相槌を打っていただけでした。貴方の言わんとした星空の、自然の美しさ。今なら理解できそうな気がします。

 贈られたマジックアイテムのサングラスで表情を隠し、アイテムボックスから引っ張り出したサーコートを纏う、ウォー・ウィザードでアーマード・メイジ姿の青年は《飛行》の魔法を行使しました。

 世界級アイテムによって人間としての姿をとるモモンガ様が、星空へと舞い上がって行きます。




バトルメイジやアーマードメイジの参考に、D&Dのウォーメイジ等を調べてしましたが、かえって混乱してしまったかも……。嘗て所有したのは青箱まででしたし(汗)

次の話では、とある原作名付きキャラクター登場?

バトルメイジをウォー・ウィザードへ。
アーマードメイジをアーマード・メイジへ。
職業の表記を訂正しました。m(_ _)m


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夜間飛行

 オーバーロードの職業や魔法の参考にと、○○ジョンズ&○○ゴンズ(3.5)のルールを漁ってました。
 読めば読むほど、頭がこんがらがりて御座候う(涙)
 718もの魔法を使えるモモンガ様すげぇ……。


 時計の針を戻しましょう。

 青年姿のモモンガ様が星空へ飛び立つ4時間前へ戻しましょう。

 

 ーーやっぱりだよ。魔法で生み出した装備なら、マジックキャスターの俺でも使用は可能だけどさ。

 御方は、死の超越者たる漆黒のローブから、漆黒に黄金のラインが入った全身鎧へ御召替えになっておいででした。御方は、並の戦士では持ち上げるのさえ大変な巨剣を、小枝のように軽々と扱っておいでです。

「ウォリャッ!!」

 モモンガ様は地下神殿の祭壇前で、素振りをなさっておられました。巨剣が振り下ろされるたびに、規模は小さくとも激しい突風が吹き荒れます。

「……駄目だな。全く話にならん」

 やがて動きを止めた漆黒の戦士様が兜から溢したのは、落胆の声に他なりませんでした。

 ーーたとえ《完璧なる戦士》を使っても、今のままでは能力値に任せて武器を振り回す醜態を晒すだけだ。早急に、経験を積まなければ危険だ。前衛後衛を問わず、プレイヤースキルの無いPCは張り子の虎にすぎないからな。

 魔法詠唱者たるいつもの姿へ戻られたモモンガ様は、迷いを振り払うべく頭を振りました。

 ーーサブキャラを単なる身元隠蔽の道具にする気はない。サブキャラをアインズ・ウール・ゴウン神話の語り部とし、メインキャラはプレイヤーを含めた全ての存在への切り札としよう。プレイヤースキルを磨き、切り換えを使いこなせば良いだけのことだ。

 何度も計算を刻み直した床を、モモンガ様は再び見つめました。

 ーー目標達成に逸りすぎて、ガチビルドとは言い難くなってしまったか? ええい、ロールを重視した結果のビルドでないのは確かなんだ。迷うなよ、俺!

 世界級アイテムの《エンブレム・オブ・ヘンシン》。それをアイテムボックスから取り出したモモンガ様は、右の掌へ押し当てました。

「我等がアインズ・ウール・ゴウンのために……“作成”!」

 

 誠実さ故に肩へ力を入れすぎれば、視野狭窄を起こすもので御座います。理解していても、この陥穽に抗うのは大変に難しいのであります。死の超越者たるモモンガ様であっても、例外ではありません。

 相変わらず表示されないコンソールの替わりに、情報が意識へ流れ込んで参ります。

 ーーぁ……しまった。サブキャラの外見を考えてなかった。

 リアルの世界で営業職として魂を磨り減らし続けた鈴木悟氏は、しみじみと呟くでありましょう。外見が悪ければ門前払いされ、内面が伴わなければ交渉失敗に終わると。つまり外見も内面も両方とも、疎かにしてはならないのです。

 ーーデフォルトの顔はプレイヤーの顔そのものって、個人情報の保護はどうなってんの? こんなに俺は……老けてたか……。

 はっきりと思い浮かんだリアルにおける自分の立ち姿に、モモンガ様は胸中で呻いてしまいました。股間はモザイク処理されていても、フルヌードですから余計に。

 ユグドラシルの古参プレイヤーだった鈴木悟氏は、若者とは言い難いものの、老け込むような年齢でもなかったはずです。にもかかわらず、疲労で歪み色褪せ始めた身体は、実年齢より一回り以上も老けて見えました。

 ーー目の下が弛みすぎでしょうよ。顎も左にズレてるし、首には皺が寄り、背中は窶れてる。うわぁああ……フゥ。

 声なき声で嘆き続けるモモンガ様の視界を、青緑色の光が覆いました。

 ーー今回は精神作用無効がグッジョブだったかな。まさかリアルでの外見を再確認して、精神が鎮静化するとは思わなかったよ。

 多くの下層労働者は、自分自身の顔や身体を意外と見ていないものです。解雇されないように最低限の身だしなみを整える時にも、己の不健康さからは器用に視線を逸らせるものです。

 ーー昔は、こんなじゃなかったよな。

 モモンガ様は、サブキャラの外見を調整なさいます。

 ーー語り部の容姿が……俺なんかが、美男子である必要はない。でも、見くびられる容姿じゃ話にならない。

 サブキャラを一度若返らせて、健康的かつ鍛え上げた20代前半の外見を、設定なさいます。肌には皺もシミも弛みも許さず、若々しい生気を漲らせました。猫背気味だった姿勢を真っ直ぐに。太っても痩せてもいないだけの体型から、ストイックに引き締めた“細マッチョ”へ。

 ーー髪型は良く解らないから、これで良いか。

 いったん丸坊主にしてから、太く硬くやや癖のあると設定した髪を6センチまで荒々しく伸ばし。

 ーー弛みは取れた。顎の……顔の歪みを正して、鼻筋をすっきりと……。出っ張りすぎた頬骨を穏やかにして、小さすぎる目をちょっとだけ……ほんの一回りだけ大きく。

 繰り返しますが、モモンガ様は語り部となるべきサブキャラの容姿には、然程拘ってなどおられません。

 傍らから餡ころもっちもちさんの幻影にエールを送られている気もしますが、無視なさっておいでです。幻影はジェスチャーだけなのに、「いっそ10歳に設定して、たっちさんとウルベルトさんの庇護欲を同時に掻き立てよう」と訴えていますから、断じて気にしてはならないのです。

 

 ーーうぉ、外見だけで20分も経過しちゃったよ。ヤバいヤバい。

 サブキャラの眼力なさが不満な御様子なれど、モモンガ様は作成作業を外見から中身へ移行なさいました。

 ーー属性が“中立”で固定されてなけりゃなあ。単独行動なら司祭戦士系を選びたかったけど、属性の問題と宗教問題の可能性を考えるとね。ドルイドは……性格的に俺じゃ無理。

 ユグドラシルの運営は、意図的にバランス感覚を欠いていたのではないでしょうか。なまじルール上の調整を図ると、いらぬ問題を発生させる自覚が有ったゆえに。

 ーー高レベルのアーマード・メイジは、中装鎧を着用しても呪文失敗確率が発生しない。レザーアーマーとサーコートを重ね着すると中装鎧扱いになる。良し、この辺りはユグドラシルと同じだ。

 嬉し気に頷いたモモンガ様は胸中で、“至高の41人”の御一方へ語り掛けました。

 ーーあまのまひとつさん……戴いてからアイテムボックスに納めたままにしてたサーコート、使わせて頂きます。

 都合の良い妄想と笑わないで下さいませ。思い出の中に生きる旧友は、モモンガ様へ確りと頷いたのですから。

 ーー魔法にも戦士職の特技にも、少なからぬ変化が多数認識できる。カジットの言っていた“武技”や“生まれながらの異能”なるものは取れないのが……残念だ。

 地下神殿の床を削ってまで繰り返した試行錯誤は正しかったようです。さもなくば制限時間内でサブキャラは完成できなかったでしょう。

 ーーNPCの知識が頭に残っていて良かった。

 各階層や各領域を守護する者達に、41人もの一般メイド達。正確な統計データは有りませんが、かつてのアインズ・ウール・ゴウンは、自作NPCに最も心血を注いだギルドと言えましょう。

 流石のモモンガ様も、全NPCのデータを正確に記憶なさっているわけではありません。しかし、御自身の手で作り上げたNPCや、特に仲の良かったペロロンチーノ氏や弐式炎雷氏が作成したNPCについては、忘れられようはずがないのです。

 ーー第六階層の双子はともかく、ナザリックのNPCは殆どが、種族レベルを主軸に据えたビルドになっていた。だからこそドッペルゲンガーとしては1レベルにすぎないナーベラル・ガンマのデータは有り難い。

 戦闘魔導師の職を本業に据えて。生存力を向上させるため、武装魔導師・四大系統魔導師・中装戦士を副業に。

 ーー特技の“大喝”を取ると、3レベル歌唱者(一般)所持と見なすか。何だよ(一般)って……。

 初めての知識に戸惑うのも、一度や二度ではありません。

 ーー位階は高くないが《炎の鞭蛇》なる魔法は面白い……って、いかんいかん。

 魔法詠唱者としての好奇心を、脱線せぬように制御なさい続けました。

 

「ギリギリだが間に合った。まずは完成に満足すべきかな」

 少量の不満を台詞にまぶし、モモンガ様は精神的な疲労感を追い払いになります。

 職業・能力から始まり、身に付ける防具・装備アイテムは勿論、変身のポーズやフレーズまでも……。総ての事項を決定しサブキャラの作成を“完了”した時、残り時間は僅か4秒でありました。

 作成途中で迷いが生じたり、サブキャラに装備させるアイテムや指輪の装備数増加用課金アイテムを《マハーカーラの双鎚》で作り直したり。やはりこの手の作業は、時間がかかるもので御座います。

 ーー結局、目元を調整する暇は無くなっちゃった。貰ったサングラスを掛けるとは言えさ。

 如何にガチビルドを実行したところで、完全に不安を消し去れるはずもありません。未来を予測し尽くし、スペックデータだけで完璧な対策を講じる。そのような所業は、たとえモモンガ様でも不可能です。

 ーー見かけはワンレンズ・サングラスでしかなくても、優れた頭部用防具であり、視覚系特殊効果を詰め込んだ神器級アイテム《サングラス・オブ・ファラオ》。使わなきゃ損だよな。……ユグドラシルではゴミ扱いだった文章翻訳効果まで付いているのは意外だったけど。

「はい、何でしょうタブラさん。サングラス掛けて外してギャップ萌え? いりませんよっ、そんな萌え要素!」

 サブキャラが優しすぎる目付きをしていると嘆き戯けて、この場にはいない仲間ならなんと言うかを想像して、モモンガ様は気持ちを切り替えました。

 ーーそれにしても、二つの身体が存在するんじゃないのか。悩みつつ、少し期待してたのが無駄になったよ。

 オーバーロードとしての身体と、人間態としての身体が同時に存在したら。非使用中の身体が勝手に動くか否かも含めて、モモンガ様は対策を考えておいででした。しかし、杞憂だったようです。

 御方は、両手を背後へ回しました。

 ーーなるほど、くっついてはいない。そもそも同空間には存在していないらしいが、“完成”してから背中合わせ的に存在するものがある。身体はどんでん返しの如く入れ替わり、同時に精神も切り替わるのだろう。

『アイテムボックスは、メインとサブの共有状態になります。ただし、使用中の装備アイテムについては、装備しているそれぞれの身体でのみ使用可能となります。この装備アイテムには、世界級アイテムも含みます』

 目録に書かれていた文が、不意に思い出されました。

 ーー贈り主へ文句は言いたくないけれど、解りにくい書き方じゃないかい?

 世界級アイテム《エンブレム・オブ・ヘンシン》を使用した痕跡は、今や右掌に印された金貨ほどの大きさをした“アインズ・ウール・ゴウンの紋章”のみ。

 ーー考えてばかりでも進展はないな。ここは実践するとしよう。地に深く潜って様子を伺っているスケリトル・ドラゴン共が、飛び出して来るかもしれないがね。

 床に刻んだ演算を魔法で消し去り、神殿の出入口を見張らせていた下位のアンデッド達が時間により消滅したのを確認し。モモンガ様は徐に作った右拳を胸へと、人間ならば心臓の上へと当てます。

「ナインズ・オウン・ゴール」

 懐かしさの籠ったフレーズが唱えられるや、薄紅色の柔らかな光が、地下神殿内を一瞬だけ染め上げました。

 斯くしてモモンガ様は、人間としての身体を手に入れたのです。

 

 時計の針を、現在へと揃えましょう。

 月と星の光を浴びながら夜間飛行を楽しむ、人間態となったモモンガ様へと揃えましょう。

 

 ーーちょっと肌寒いけど、こんなにも透き通った夜空を見られるなら、何程のこともない。そうですよね、ブルー・プラネットさん。

 離れて浮かぶ綿雲と同じくらいの高さの空で、貴き御仁は舞い遊んでおいでです。

 下方のエ・ランテルには、夜景を楽しめるほどの灯りが有りません。なれど光に乏しい城塞都市こそが、月や星々を引き立てているとも思えました。

 ーーええと……。ツキノフネホシノハヤシニコギイリテ……だったかな? もうちょっと長かったですよね、やまいこさん?

 過日ナザリック地下大墳墓第6階層で教わった内容を、思い出そうとするのですが上手くいきません。教えてくれた半魔巨人の先生が「ぴしぴし」と言っていそうです。

 ーー凄いとしか言えないよりはマシと思って下さいよ。

 唇の端を僅かに動かして、人間態のモモンガ様は苦笑を浮かべました。

 ーー本物の夜空を愛でるなんて贅沢は、リアルの超富裕層だって実現不可能でしょ?

 ドス黒いスモッグが常に天を覆い、有害物質だらけの濃霧が街中を頻繁に蹂躙するデストピア。環境汚染が凄まじく進行してしまい、防毒マスクを着用せずに外出するなど自殺行為に他ならないリアルの世界。

 ですからこの夜間飛行は、心踊らせる初体験なのです。鈴木悟氏にも、ユグドラシル内のモモンガ様にも、想像もできなかった体験なのです。

 ーー嗚呼、本当に柔らかな明るさだ……。

 モモンガ様はサングラスを、かけっぱなしだった神器級アイテムを、いったん外しました。

 天の高みから月と星が、青年姿のモモンガ様を照らします。胴・腕・腰・脚に暗青色のハードレザー系防具を装着し、更に濃藍色のサーコートを纏った青年を。そのサーコートの左胸に白色で描かれた“アインズ・ウール・ゴウンの紋章”が良く似合う、黒髪黒眼の青年を。左手には炎を模したらしい白色の短杖を持ち、何故か後ろ腰には小振りな2本の鎚を括り付けた青年を。乱暴に切り揃えられた髪型と癖のない目鼻立ちとが、良い意味でアンバランスな青年を。

「綺麗って言葉が陳腐に思えるほど、素晴らしい光景です。そしてとても悔しいことに、リアルでは取り戻しようのない光景です。そうですよね、ブルー・プラネットさん。そうですよね、皆さん」

 外したサングラスを掛けなおして、モモンガ様は語ります。この場には居ないと解りきっている、アインズ・ウール・ゴウンのメンバー達へ。

「百年以上も前の空想小説のように、異世界へ転移させられたのか。それとも、やはり悪辣な実験で仮想現実の中に閉じ込められただけなのか。ここがいったい何なのか。どうして俺なのか。さっぱり解りません」

 他には誰も居ないから、モモンガ様は月へ語りかけます。

「ああ、ここは俺の妄想が生み出した世界って可能性は無視します。俺に此処までの想像力が有ったとは思えませんからね」

 肩を竦める動作を挟み、御方の言葉は続くのです。

「カジット……こっちに来て最初に知り合った人物ですが……。彼の話によると、600年も前にユグドラシルからやって来たプレイヤーは神様になったそうですよ。……神話になって語り継がれるのは皆さんの方が相応しいのに」

 神々しい鳥人間の幻影が、居心地悪そうに震えた気がしました。白銀の騎士が、幻影らしからぬ危惧を示した気がしました。

「誤解しないでくださいね。俺は何も、この世界を征服しようってんじゃありません。ただこの世界に、皆さんの考えを広めたいだけなんです。たっちさんの正義を、ウルベルトさんの気高さを、ぷにっと萌えの知略を、……皆さんの素晴らしさを教え広めたいだけなんです。流石にペロロンチーノさんのイエス・ロリータ・ノータッチの布教は、難しそうですが」

 飛ばされた冗談に応える笑顔はまるで無く、ギルドメンバー達の幻影が動揺していると悟らされました。山羊頭の悪魔と体中に口のある肉の塊が、顔を見合わせつつ困惑しています。

 ギルドメンバーの幻影達は、全てモモンガ様の心が作り出した虚像にすぎません。賛同するも称賛するも、御方の思うがままのはずなのですが……。

「真の英雄は、アインズ・ウール・ゴウンにこそありと諭します。語るべき神話を、アインズ・ウール・ゴウンの偉業を以て塗り替えます」

 芝居がかった動作で、モモンガ様の人間態は月へ右手を伸ばします。

「聞く耳を持つ人間達へは、この姿で諭そう。人間以外でも、聞く耳を持つ者達へは諭そう。必要ならオーバーロードの姿で諭そう。俺は皆さんを、この世界の神にしたい。俺が呼ばれたように、皆さんをこの世界の“超神”にしたい!」

 青年の声は水分と塩分を増しつつ夜空へ響きます。

「自分でも大それた願いかもしれないと思います。直ぐに達成できるような内容じゃない。それでも必ず叶えて見せますから、皆さんが現実世界で成すべき事を成してからで良いですから……」

 涙声での叫びを聞くのは、照らせど語らぬ月と星のみ。

 オーバーロードの姿であったなら切実な訴えは、視界を染める青緑色の光によって、不粋に遮られていたでしょう。

「こっちの世界に……皆さんもこっちの世界に、来てくれませんか!!」

 風が吹きました。諾ではなく、否でもなく。唯々風が吹きました。

 

 肩で息をする青年姿のモモンガ様が呼吸を整え、掲げたままにしていた右手を下ろすまで、それなりの時間が必要でした。

 右手を下ろすや肩を竦め、首を振り苦笑を浮かべ、態とらしくクシャミをなさいます。

 ーー何を言ってんだよ、俺……。ともかく降りるとしよう。人間の身体だから、すっかり冷えちゃったよ。まあ、アインズ・ウール・ゴウン神話を確立するのは本気だし、もしも来てくれる仲間がいたら大歓迎なんだけどさ。

 そろそろ《飛行》の魔法も効果が切れる頃でしょう。まだ慌てるほどではありませんが、御方は綿雲の高さから地上へと向かいになられます。

 ーーどうしたものかな。先ずは人間として、このエ・ランテルで相応の知名度を手に入れても良し。オーバーロードとして、ビーストマンの様子を見に行くも良し。プレイヤー探しは、行動の土台を作ってからじゃないと……。

 へぷしょん!!

 昔のリアル世界に存在した展望台ほどの高さまで降下してきたところ、モモンガ様は掛け値なしのクシャミをなさいました。

 ダメージや状態異常を与えるような凍気は、無効化されます。人間態であっても、そういうビルドにしてあります。しかし、寒いものは寒いということでしょうか。

 ーー思ったよりも冷えた? 地に足が着いたら、取り敢えずワインボトルのアイテムを試してみよう。ひょっとしたら本当に飲めるかもしれないし。

 現実逃避気味な思考は、心の平穏さが足りない証拠でありましょう。

 ふらりふらりと戻り、共同墓地の霊廟近くに着地すると同時に、小さな地響きまでが聞こえました。

 ーー俺じゃないぞ……って、違う違う。今の地響きだったんだよな?

 明確な脅威は感じなかったものの、モモンガ様は御自身に《完全不可知化》の魔法をかけると、厄介事の起こったらしき方へ向かいます。魔法ではなく、アイテムボックスから持ち出した《飛行》のペンダントを用いて御急ぎになられます。

 夜の墓地特有の暗さはマジックアイテムによって問題にならず、ほどなく原因が見えてまいりました。

 ーー単体のスケリトル・ドラゴンだと……?

 カジットから聞いた話では、死の螺旋を起こすため既に用意したスケリトル・ドラゴンは2体とのことです。それゆえ1体だけが彷徨いている理由を解しかねました。

 先入観とは思い込みとは、まことに恐ろしいものにて御座候う。モモンガ様らしからぬ理解の遅れは、更にらしからぬ見落としへと繋がり、御方のエ・ランテル出立を遅らせる原因の1つとなってしまうのです。

 ーーこの身体で修得した魔法の、試し撃ちには調度良い的か。

 スケリトル・ドラゴンの足下には、赤髪の女冒険者が、半死半生で転がっておりました……。




 どうすれば、ガチビルドが出きるのか……。


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注意その1
 拙作ではアパトサウルスを参考に、スケリトル・ドラゴンの大きさを「前足の付け根までの高さが3メートル」と、考えております。

注意その2
 拙作ではブリタの名前を、ブリタ・バニアラと致します。 ブリタを溶かすか焼くか散々迷って、結局は生存させてしまう御都合主義。彼女は“ラノベ主人公なみの幸運”って《異能》を持ってると思う。

注意その3
 魔法《翡翠輝石の大駒》は、《黒曜石の剣》ないし《モルデンカイ○○ズソード》を元に捏造した魔法です。


 リアルの世界ならば6階ほどの高さから、人間態のモモンガ様は共同墓地の様子を見下ろしていらっしゃいます。

 御方は《完全不可知化》の魔法を使用中ですので、地上のスケリトル・ドラゴンが至高の存在に気付くなど、あり得ません。何やら地面をしきりに気しているらしい骨製で有翼のデカブツを、モモンガ様は不機嫌そうに眺めます。

 ーースケリトル・ドラゴンは大きいだけの的だから、白兵戦の練習相手に丁度良さそうだけどさ。

 標的を打ち砕くまでの過程に研鑽を織り込むのは、強者ならではの特権でありましょう。そして、モモンガ様は言うまでもなく強者であります。不馴れな人間態になっていても、転移後の世界では無双の戦闘力を御持ちです。スペックデータから言って間違いありません。

 ーーこの身体では初戦闘なのだから、先ずはウォー・ウィザードとしての経験を積むべきだ。……さてと、バフだバフ。

 あらかじめバフを自身へ掛けるのは、プレイヤーにとって第二の本能で御座いましょう。然れど単独行動中におきましては、連闘用であれ逃亡用であれ、余力を残しておく必要も御座います。

 ーーこんな所に他のプレイヤーが潜んでいるとは考えづらいが……。装備アイテム“英傑の褌”で《上位物理無効化III》と《上位魔法無効化III》が発動中とは言え、何もバフしないのは無用心すぎるからな。

 モモンガ様は、使用頻度の高い《敵感知》などの魔法に続けて、人間態での戦闘用に修得した魔法の中から《負属性防御》などを選択して使用なさいました。

 ーー今は《虚偽情報・生命》に意味がない。《飛行》は引き続きアイテムを使用。……こんなところか? バフを掛けすぎちゃ、訓練にならないもんな。

 しかしながら、MPを浪費せぬためとは言え《生命感知》の魔法を抜かしてしまったのは、モモンガ様らしからぬ失策であったと言わざるを得ません。

 

 ーーあの程度の相手なら《連鎖する龍雷》で充分だけど、ここは今後への投資を兼ねて……。

「たのむから、金貨の無駄遣いにはならないでくれよな。トリプレットマキシマイズブーステッドマジック・ジェダイトラージピース!」

 三重化し、最強化し、そのうえ位階上昇化までした魔法で作り出されたのは、翡翠輝石の色艶を持つ3個のオブジェクトでした。形状は、チェスのクイーンそのものです。全高は人間態となったモモンガ様の背丈ほどもあるので、大きさは全く異なりますが。

 右前方と右後方そして左前方の2メートル程離れた宙で、それぞれ浮かぶ巨大な駒達に、モモンガ様は軽く首を傾げました。

 ーー形状はポーンになると聞いていたのだが? ひょっとして《魔法位階上昇化》のせいでプロモーションしたとか?

 《翡翠輝石の大駒》の魔法は、術者の命じるままに宙を舞って敵を殴打する巨大な駒を作り出す魔法です。駒を一個作るたびにユグドラシル金貨40000枚を消費するので、コストパフォーマンスの面に難があると言えるかも知れません。

「それでも《剣》と比較すれば……」

 モモンガ様の仰います《剣》とは、おそらく《黒曜石の剣》でありましょう。似通った効果を発揮する魔法ですが、あちらの“剣”は魔法の持続時間終了とともに消滅してしまいます。対してこちらの“大駒”は、術者自身が魔法を取り消すか、他者の《魔法解体》の魔法で解呪されるか、何らかの手段で破壊されるまで、存在し続けるのです。勿論、これらの駒は攻撃にしか使えませんが。

 ーー大駒の本質を見抜ける奴はプレイヤーだろうし、現地民に対してなら少しはブラフになるだろう。視覚的効果を考えると、左手の短杖は要らなかった……寧ろ、邪魔か。

 短杖はアイテムボックス送りと相成りました。

 

 勿体無いオバケに憑かれて《完全不可知化》を解いた人間態のモモンガ様を、スケリトル・ドラゴンが見上げました。エルダーリッチなどと異なり知性のないアンデッドゆえ、突然に感じ取り得た人間の気配へと、頭を右に向けたのでしょうが。

「良し、チェックメイト!」

 両手を空けて軽妙に、大きく然れど隙がなく、モモンガ様は腕を振ります。獲物を屠れ、成敗せよと。

 応えた大駒達は、唸りを上げて降下。轟音を立て、滅するべきスケリトル・ドラゴンに激突しました。ひとつはモモンガ様へ向けられていた頭部に正面から、もうひとつは右前脚の付け根に、残るひとつは右後脚の付け根に。それぞれ打ち当たり、粉砕し、突き抜けたのです。

 もしも意思や痛覚があるなら、泣き叫びたかったであろうのがスケリトル・ドラゴンでした。宙に浮かぶ人間を視覚するや否や、恐るべき衝撃に長大な身体が右から突き上げられ、頭部を叩き潰され、胴体を破られ裂かれ、この世に存在する為の力を根こそぎ奪われたのですから。

 憐れなるかな。スケリトル・ドラゴンは、消滅して逝きます。

 ーーやれやれ……。こっちを認識してからなら、多少は鍛練になると思ったんだけどなぁ。無駄に時間を掛けてしまったよ。

 月光に煌めく骨の粉が舞う中で、三つの大駒は、深くも爽やかな緑色に照らし出されています。

 ーーこの世界のスケリトル・ドラゴンも、ユグドラシルと変わらない強さだと知れたから良しとしよう。……げっ?!

 何の気なしに地面を眺め、モモンガ様は気付いてしまいました。

 やや左の前方斜め下45度、ちょうどスケリトル・ドラゴンが右後足を着いていた位置に、大きめの窪みがあったことに。中には赤髪の……おそらくは冒険者が1名、仰向けに横たわっていることに。怪我でもしているのか起き上がれず、必死に藻掻いていることに。

 ーー人がいたなんて、俺としたことが何て凡ミスを! 門を堂々と通る前の段階で、今ここで、都市の住人と知り合うのはマズイ。……このミスを知るのは、あの者だけ。口を封じるか?

 人間の青年姿をしたモモンガ様は、サングラスで隠した眼に、剣呑な光を灯しました。

 

 鉄級冒険者である赤髪の女、ブリタ・バニアラが窪みの中で倒れていたのは、実に単純な不幸の結果と言えましょう。共同墓地内での巡回中にスケリトル・ドラゴンと遭遇してしまっただけなのですから。

 ブリタの属する冒険者チームは、街道に関わる依頼を選ぶことが多いです。しかし、その手の依頼ばかりではなく、共同墓地における夜間巡回の依頼も、時おり受けておりました。

 日没から夜明までは墓地を囲む城壁上や詰所で警戒にあたる衛兵に代わって、ゾンビやスケルトンを探して歩き回り、2体か3体を討伐する仕事です。簡単なだけに依頼料も安く、チーム全員が参加すると実入りが悪すぎるので、チームの中から希望する半数でこなす程度の仕事でした。

 ーーイヤっ、イヤっ、イヤっ、死にたくない! どうしてっ、どうしてこんなことに!

 スケリトル・ドラゴンの足の裏を、恐怖で見開いた目に焼き付ける事態に陥ったブリタ。彼女が胸中で叫んだ内容に対しては、不幸の予兆を見逃したからとしか言えません。

 街道から戻ってきた時刻との関係で、今夜の巡回を受注する直前に……。

 3日ほど前に共同墓地でスケルトンが大量発生し、今日の昼間に大規模な掃討が行われたと聞き、ブリタ達のリーダーである魔法詠唱者は、この依頼を避けようと考えました。命あっての物種ですから。

 しかし、昼間の掃討で大活躍したと自称するミスリル級冒険者チーム“クラルグラ”のリーダーが、彼等の杞憂を笑い飛ばしたのです。

「心配するこたぁねえんだよ! 何しろ俺様……俺様達が、元凶のエルダーリッチを打っ潰してやったんだからな!」

 とある地下神殿から流出した負のエネルギーこそが原因であり、エルダーリッチは偶然に発生していただけです。それに当該アンデッドの討伐は、他のミスリル級冒険者チームである“虹”や“天狼”と連携しての成果です。

「卑怯なアンデッド野郎は魔法を連発してきやがったが、俺様……俺様達は」

 スケルトン群の掃討など役不足だと愚痴っておきながら、エルダーリッチ討伐後は己一人で果たしたかのように自慢しまくる“クラルグラ”のリーダー。そんな自慢話野郎へ、ブリタなどは不信の目を向けてしまったものです。

 しかし、強力なアンデッドが消滅した途端、まるで何かに吸いとられたかのように大量のスケルトンは消え去り、当面の危機は去ったと思われました。

「今夜は慎重に慎重をかさねて、共同墓地の安全回復を確認して貰いたい。万が一の事態に遭遇した場合には、全力で撤退し報告してくれ」

 エ・ランテル冒険者組合の組合長プルトン・アインザック氏から直接声を掛けられ、ブリタ達は引けない気分になってしまいました。

 

 繰り返しになりますが、結果はブリタ達にとって不幸そのものです。

 他のアンデッドには遭遇しなかったものの、今夜はこれで最後の巡回中に、スケリトル・ドラゴンと遭遇してしまったのですから。

 チーム内では最も装甲の厚かった戦士は、空から急降下してきた骨のバケモノに一撃で踏み潰されました。自慢のチェインメイルアーマーは今夜、何の役にも立ちませんでした。

 条件反射でターン・アンデッドを試みてしまった僧侶は、あっさり上半身を噛み千切られました。少しだけの咀嚼で骨の大顎から血や肉汁が滴り落ち、人骨どころか脳も肺も心臓もブレンドされた粗挽き“物”が吐き出されました。

 巨大な鉤爪で腹を割かれた軽装戦士の男は、地面に広げられた己の腸を絨毯にして息絶えました。

 スケリトル・ドラゴンの長い尻尾で薙ぎ払われたブリタは宙を舞い、仰向けで地面に叩き付けられました。全身がバラバラになりそうな衝撃を受け、右の太股から激痛が脳天へ突き抜けました。

 それでも、ブリタは未だ生きています。偶然にも魔法詠唱者の身体が、尻尾と彼女との間に挟まったからです。リーダーであった彼は即死でしたが。

 チームの中で唯一人、野伏の男が離脱に成功したのは、スケリトル・ドラゴンがブリタに気を取られたからなのです。

 痛みで朦朧とし、右脚も折れてしまったブリタは、逃げるどころか身を起こすことさえ出来ませんでした。もしも地面が陥没しなければ彼女は、降り下ろされた骨の足に踏み潰されていたでしょう。偶々その中身が何処かへ行ってしまった元墓穴に落ちたから助かったブリタですが、もはや彼女に逃げ場は有りません。

 ーーヤダ……ヤダヤダ……! こんな所で死にたくない! まだ死にたくない!

 大量の涙と少量の鼻水で顔がグチョグチョになったブリタの眼前では、骨の足が苛立ったように動いています。あと少し力が加わったら、鉄級冒険者の身体など窪みごと潰されてしまうでしょう。

 ーーゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! 死にたくないの! 死にたくないの! 悔い改めるから助けて下さい神様! 助けて! 助けて! 助けて! 誰か! 誰か! 誰かっ、助けて!!

「チェックメイト」

 その時でした。

 轟音と共に、恐るべきスケリトル・ドラゴンの巨体が吹き飛んだのは。

 

 最初はブリタをアンデッドと誤解したらしく、宙に浮かんだ不思議な青年は彼女に殺気を向けました。しかし、必死の訴えに生存者と認識し直してくれたようです。

「あっ、ありがとうございます。ええとその……飲ませていただいたあのポーションは、物凄く貴重な物だったんじゃ……」

 動けないブリタの傍らに降り立った青年、人間態のモモンガ様は、“赤いポーション”を彼女に与えたのでした。

 ひと瓶飲んだだけで重傷を癒してくれたポーションに、ブリタは驚きを隠せません。立ち上がり、モモンガ様へ感謝の言葉を口にしようとすると、今度は不安が迫り上がって来ました。

「ポーションの御礼だけでも直ぐに返したい……いえ、御返ししたいのですけど。わたし……ごめんなさい、わたしあまりお金なくって……」

 しどろもどろになっているブリタに戸惑ったのか、それとも呆れたのか。

 人間態のモモンガ様は、指先でサングラスのズレを直すふりをなさいました。神器級アイテムにズレなど生じませんが、雰囲気に則した仕草は様式美でありましょう。

 ーー使える使えないは別として、手駒は多い方が良いからね。

「礼を欲して飲ませた訳ではないのだがね。それでもキミが礼を返したいと言うならば、身体で返して貰おうか?」




 ブリタ達、鉄級冒険者チームの御仕事について、少し捏造しました。
 ブリタを助けたモモンガ様の心理は次回で(汗)

 《翡翠輝石の大駒》で、1個の駒を作成するのに必要なユグドラシル金貨の枚数を訂正しました。……何で0をひとつ書き忘れたんだろう(汗)


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邪にして悪だが卑ではない

 嘗ての仲間達が、モモンガ様の中でイマジナリーフレンド化しつつあるかもです(滝汗)


 モモンガ様の自己評価は、著しく低いと言わざるを得ません。

「自分は、しがない営業の平社員でしかないから」

 これはモモンガ様≒鈴木悟氏の常套句でしたが、本当に“しがない”存在でいらしたのでしょうか? 貧困層は消耗品扱いの糞ったれなリアル世界で、少額と言えども“夏のボーナス”を受け取り得た人物は、ありふれた存在だったのでしょうか?

 愚民政策の進みきったリアル世界において、多少なりとも判断を任され得る労働者は、奴隷に等しい貧困層では勝ち組扱いです。鈴木悟氏の持つ優れた思考力・判断力・実行力を、富裕層は警戒しつつ利用していたはずなのです。過日のウルベルト氏が、「奴等はモモンガさんを奴隷頭にしてやがる。富裕層の腐裕層たる証左だな!」と毒吐いたように。

 鈴木悟氏≒モモンガ様を、しがない等と評するのは余りに不適当であります!

 ……ソレデモ、嗚呼ソレデモ……。刷リ込マレテシマッタ自己評価ハ、拭エヌノデ御座イマショウヤ!

 

 赤髪の冒険者を発見すると同時にモモンガ様は、それが未だ生きていると気付いていました。バンデッドアーマー越しでも解る胸の膨らみから、それが女だとも気付きました。

 御気付きの上で、傍らに戻って来ていた3個の大駒へ攻撃を命ずるべく、右手を振り上げたのでした。

 ーー本物の奇跡なんて、俺には起こせない。俺に出来るのは、時間の掛かる緻密な計算に基づいた演出だけだ。だから計算を破綻させ得る芽は、どんな小さな物でも早急に排除しなければならない。

 有った事を、無かった事に。誰も知らないなら、存在しないも同然。そう考えたくなる事態は、往々にして発生するものです。

「違うの……アンデッドじゃないの……わたし生きてるの……殺さないで……生きてるから殺さないで……」

 聴力を強化したモモンガ様は、動けぬ鉄級冒険者の命乞いに気付いておいでです。

 必死に生存を訴えるブリタの声が掠れていたのは、彼女が負傷していたからです。身体にまるで力が入らぬ彼女は、窪みの中で藻掻くばかりでした。

 ーー低レベルなのが悪い。だが、せめて苦痛なく楽にしてやろう。……なっ?!

 最強化し位階上昇化した《翡翠輝石の大駒》なら、鉄級冒険者を潰すなど一瞬です。3個全てを使わずとも、1個だけで充分だったでしょう。それはとても容易な事です。

 ーー何故ですか?

 しかし、右前方に浮かんで待機する大きな女王の駒へ、抹殺の命令を下すはずだった御方の右手は、振り下ろされませんでした。

「たっちさんの幻影が止めるなら、解りますよ。ええ、解りますとも。俺が知るたっちさんは、そういう方ですから。それなのに何故、よりによって貴方の幻影が止めようとするんです? どうして俺は、このシチュエーションで、貴方の幻影を見てしまうんですか?」

 幸いにして、驚愕と動揺の余りに溢れた呟きは非常に小さく、地上で怯えるブリタには欠片も届きませんでした。

「何故ですか、ウルベルトさん……」

 

 パフォメットのような山羊頭の悪魔であり、最強の魔法職たる“ワールド・ディザスター”でもあったウルベルト・アレイン・オードル氏が、アインズ・ウール・ゴウンで最も“悪”という言葉に拘ったギルドメンバーだった事は、先にも軽く触れました。しかし、彼の御仁を語るならば、それだけでは酷い片手落ちと言うものでありましょう。

 ナザリック地下大墳墓の最奥に存在した“玉座の間”には、敢えて一つの防衛策も施されていなかったと言う事実。それは、ウルベルト氏の主張が支持された結果であります。

『数多の防衛策を潜り抜けた勇者達を、我々は堂々と迎え撃つべきだ!』

 ウルベルト氏の主張は、甚だしく非効率だったかも知れません。ですが、そもそもアインズ・ウール・ゴウンは、効率性を追い求めたギルドであったでしょうか。自らの行動について、誹謗中傷を避けるための言い訳を重ねるような、情けない集団であったでしょうか。

 全盛期のユグドラシルにおいて、武力と権謀と容赦の無さとで突き進むアインズ・ウール・ゴウンは、DQNギルドの謗りを散々に受けました。直接に罵詈雑言を受けたなら、ウルベルト氏は傲然と胸を張って返したはずです。

『アインズ・ウール・ゴウンが、覇道を進むのではない。アインズ・ウール・ゴウンが進んだ跡こそを、覇道と呼ぶべきなのだ。故に我等は、退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!』

 そのような御仁だからこそ、ブリタを庇うとは思えません。

 

 ーーウルベルトさん。貴方が無益な殺生をやめろとか、可哀想だからとか言い出すとは考えられない。……いっそのことオーバーロードの身体に戻れば、冷静に判断できるのかな。

 動揺を苦労して押さえ込んだ人間態のモモンガ様は、フリーズしていた思考回路を強引に再起動なさいました。ついでに地上の女冒険者を観察し直します。

 ーー生かすべき理由は、やっぱり特に見当たらない。胸は……大きい方かもしれないが、幾らウルベルトさんがフェミニストでも、そんな理由で俺を止めたりはしないだろう。ロリっ娘を前にしたペロロンチーノさんじゃあるまいし。

 御方の背後では、弓使いとして特化したビルドのバードマンが、アイコンと動作で猛抗議していますが、放っておきましょう。

 ーーあの女冒険者にではなく、この俺に、ウルベルトさんの幻影を見てしまう理由はある……と言うことか。

 青年姿のモモンガ様は、腕を組んで考えます。

 ーー冒険者が死と隣り合わせの生き方なのは、疑う余地も無い。どんなに用心深くあっても、ほんの少し幸運が足りないだけで、あっさりと命を落としてしまう。低レベルなら尚更だ。仮に、スケリトル・ドラゴンと不幸な遭遇をした冒険者が奮闘虚しく全滅しても、俺の知ったことじゃない。もし俺が、このまま立ち去るならば……。

 人間態の御方が条件を仮定してウルベルト氏を見詰めると、悪に拘る御仁は肯定気味に肩を竦めたようです。

 ーーその時は止めない訳ですか。あの女冒険者は十中八九、助からないだろうけど。

 視線をズラして地上を見渡せば、軽装戦士風の男が、フラフラと立ち上がり始めていました。ぶちまけてしまった臓物をズルズル引き摺っており、どう好意的に見てもゾンビ化しています。

 ーーこの墓地は妙に負のエネルギーが濃いせいか、異常にアンデッドが発生し易くなっている。カジットの話では、死の宝珠に負のエネルギーを片っ端から吸収させた結果、アンデッドは発生しにくく……。

 宙に浮かぶ貴い青年は、自分の顔をピシャリと叩きました。

 ーー俺……あの珠を砕いたじゃん。うわああ……アンデッドが発生し易くしたの誰だよ? 私だよ!!

 思考を邪魔されないように、出来立てのゾンビを《翡翠輝石の大駒》で叩き潰しつつ、モモンガ様は意味の無い咳払いをなさいました。

 

 ーーとっ、兎に角だ。放っておけば、あの女は自然湧きするアンデッドの餌食になる可能性が高い。しかし、確実ではない。だからこそ、止めを刺しておこうと考えたのだけど……。

 再び視線を向ければ、ウルベルト氏の幻影が首を横に振りました。

 ーーあの冒険者を消すべき理由。それは、生存させた場合のメリットが根拠なき楽観による希望でしかないのに対し、デメリットが明白だからだ。最低でも二つのデメリット。俺はスケリトル・ドラゴンを魔法によって倒せる存在だと知られてしまったことで、一つ。俺が今夜の時点でエ・ランテルに存在した事実を知られてしまったことで、もう一つ。

 モモンガ様が顔を顰める様子は、神器級アイテムのサングラスを以てしても、隠しきれませんでした。

 ーーデメリットは、新たなデメリットを生み出す。それこそ鼠算式にだ。俺の失敗によって目撃者となった冒険者さえ消してしまえば……ん? 失敗による目撃者……。

 思考中のモモンガ様は御覧になっていませんが、ウルベルト氏の幻影は大きく頷きました。モモンガ様は気付いてくれたと。

 ーーこちらの失敗を突いて来る敵が現れたら、その時に叩き潰せば良い。アインズ・ウール・ゴウンの神話を語り継がせるべき相手は、この城塞都市の住人だけじゃない。エ・ランテルが俺達の敵になるなら、そうなってから堂々と消滅させれば良い。まあ、失敗を重ねる気は有りませんけど。

 そうです、仰る通りです。カジットから得た知識を過信するわけにはいきませんが、非常に弱小で無知な者も数多く暮らすのが人の世です。枝葉末節な反応まで気になさっていては、歩みを進められますまい。

 100万人の敵が現れるなら、その100万人を皆殺しにしてこそ、覇道を進む英雄と呼べます。塵芥な誹謗中傷を気にして、自分の失敗を必死に掻き消して回るなど、小悪党に他なりません。

 ーーウルベルトさん、有り難う御座います。危うく俺は、失敗を部下に押し付けて秀才面しているド腐れ上司と同じになるところでした。

「アインズ・ウール・ゴウンは……、邪にして悪だが卑ではない」

 青年姿のモモンガ様が小声で気合いを入れ直すのを見届けて、悪という言葉に拘ったギルドメンバーの幻影は、消えて行きました。

 

 腹を決めたなら、その後の行動は早くなるもの。

「本当に、生きているんだな?」

 地面に降り立つなり答の知れた問いを投げ掛け、痛みに震えながら頷くブリタに赤い色のポーションを与えたモモンガ様です。

 ーーサブキャラクターの装備を整えるのに費やしたのが、ユグドラシル金貨20億枚。《翡翠輝石の大駒》で金貨12万枚を追加消費。今こうして使っているのは最下位の回復アイテムとは言え、初期投資が嵩むなぁ。

 身動きさえままならないブリタの上体を注意深く起こし、ポーションを飲ませてやりながらモモンガ様が考えたのは、御自身の懐事情でした。一歩間違えるとケチ臭くなりそうですが、経済的な問題には慎重にならざるを得ないものです。

 とは言え、たった1本の下位アイテムで全快したブリタが御方に費やさせた財の心配まで始めたのには、軽く反省させられました。

 ーーサングラスでも隠せないほど、金に困ってそうな顔してたかな、俺……。

 なるべく鷹揚に見えるように、絶対に卑屈にならないように気をつけながら、モモンガ様はブリタに言葉を返します。

「礼を欲して飲ませた訳ではないのだがね」

 御心の内ではアインズ・ウール・ゴウンのために彼女の生涯を使い潰すおつもりですが、態々話して聞かせる必要などありますまい。

「それでもキミが礼を返したいと言うならば、身体で返して貰おうか?」

 それはあくまでも、御方の考えに従い身を粉にして働けという意味でした。しかし、ブリタは正確に理解できなかったようです。

「……ぇ……ぁ……」

 目の前の女冒険者は、その髪と同じほどに、頬や耳を赤く染めていきます。彼女がどう解釈したかに気付いたモモンガ様は、威厳を込めて誤解の解消を図りました。

「何やら勘違いをしているようだが、“身体で”とは“労働で”という意味にゃぞ」

 人間態のモモンガ様にはムスコも帰還済みでありまして、ある種の精神状態異常に陥り易い御様子にて御座候う。

 語尾で、しっかりと噛んでしまわれました。

 ーー違う! 俺は「だぞ」って言おうとしたんだよ! 肝心な所で、いったい何だよ「にゃぞ」って! どうして噛んじゃうかなぁああ!!




 次回は、共同墓地に漂う“負のエネルギー”対策開始……予定。


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モモンガ・モモン

 ここまで拙作中で冒険者ギルドとしていた箇所を、書籍版にならい冒険者組合へ修正しました。
 とあるブリタの同僚な鉄級冒険者(野伏の男)を、実質的に捏造。
 モモンガ様の人間態としての名前を……。


 夜明け前と表現するには早すぎるものの、ひと眠りすると日の出を見逃してしまいそうな時刻。共同墓地を囲む城壁に一ヶ所だけ設けられた門の前で。

「おい、ブリタは死んだんじゃなかったのか?」

「死んだ……はずだった。俺には……骨のドラゴンに踏み潰された……ように見えた」

「それじゃ、何で生きてんだよ? どうして死んだはずの女が、飛んで帰って来んだよ?」

「だいたいよ、ブリタと手を繋いでる男は誰なんだ? あんな奴、お前らのチームにいなかったろ?」

「そんなことより、野郎の後ろに浮いてるアレ。フワフワと3つも浮いちまってる大きいのは何なんだよ?」

「なんとなく盤上遊戯の駒っぽい気がしなくもない。付け加えるに、あの二人も浮いてるよな?」

「馬鹿! あんなでっかい駒があってたまるか! なあ、マジで何なんだ?」

「何がどうなってんだか、俺が説明を聞きたいんだ。解るわけが無いだろ!」

 共同墓地の門前に立つ男達は、ひとりが野伏の鉄級冒険者であり、他の皆が共同墓地を見張る役目を負った衛兵でした。そして今は冒険者と衛兵の区別なく、全員が混乱しております。

 スケリトル・ドラゴン出現の事実に門前の男達は、ついさっきまで悲壮感すら漂わせていました。特にブリタとチームを同じくする野伏の男は、凶報と引き替えになった仲間5人の命を無駄にしないため、冒険者組合へ急ぎ戻ろうと頑なになっていたほどです。

 しかし先刻、ハプニングが舞い降りて来たために、男達は混乱してしまったのです。ついでに、毒気も少々抜かれました。

「ブリタだけでも生きててくれたのは、嬉しいけどよぉ……」

 釈然としない気分であっても、野伏は夜目が効きます。呟き以上でボヤキ未満な彼の視線は、赤髪で鉄級の女冒険者ブリタ・バニアラが淡く染めている頬へ向いていました。

 ーー踏み潰されて死んだはずのブリタが、夜空を飛んで戻って来た。しかも、男連れで……。

 まるで状況説明に役立たない、野伏な男の混乱した内心であります。あたかもスケリトル・ドラゴンに殺された女冒険者が、可翔式のアンデッドと化した挙げ句、逆ナンして来たかのように聞こえる心の声であります。

 ーーあ~ぁ、ブリタは身も心も足が地に着いてないねえ。蕩けた顔とは縁遠い女だと思ってたが、アイツにも春が来やがったようで、若いもんはえぇのう。こん畜生め。……リーダーは助からなかったんだろうし、こっちは金が無くて独り身の禿げ散らかした冒険者だからな。引退して野垂れ死ぬ可能性が絶賛増大中なんだぞ。やってられるか、ペペぺのぺ!!

 野伏の視線が正体不明の青年へ、つまり人間態のモモンガ様へ向けられます。

 因みに、浮遊する大駒を3個も引き連れるモモンガ様の御足は、今も大地に触れていません。手を繋いだままのブリタ共々、目に見えない踏み台を使っているかの如き状態です。

 ーー骨の……スケリトル・ドラゴンだとかリーダーが叫んでたっけ? 勝てない時の手筈通りに俺があの場所から離脱した時、あんな奴は何処にも居なかった。本気で何者なんだ?

 知らない事とは言え、モモンガ様を“あんな奴”呼ばわりするなど、野伏の男はいい度胸をしています。

 ーーハードレザーにサーコートを着込んでんだから、魔法詠唱者って線はあり得ない。うちのリーダーはローブしか着てなかったから、あり得ない。ローブだけだったんだからな。

 ブリタ達のリーダーは、レベルが一桁の冒険者にすぎませんでしたから、只の魔法詠唱者でした。尚、ローブの下は、冒険に適した然るべき格好をしていたのは言うまでもありません。混乱しているにしても、野伏の男は“ローブだけ”を強調しすぎです。

 

 時計の針を、少しだけ戻しましょう。

 ーーこのままじゃ埒が明かない。

「飛ぶぞ」

 言葉の綾で生じたブリタの“もじもじしてほっぺが真っ赤症候群”や、御方自身の“語尾がにゃぞになる症候群”を誤魔化す……もとい荒療治するため、青年姿のモモンガ様は、会話の場所を移すことになさいました。スケリトル・ドラゴンを粉砕した地上から夜空へ。

「わっ?! わわっ! わわわっ?!」

 ブリタが素っ頓狂な声を上げてしまったのも、無理の無い事です。目の前のミステリアスな青年が、一言のあとに魔法を唱えたと思ったら、彼のみならず自分まで宙に浮いたのですから。鉄級冒険者のブリタは、魔法やアイテムで飛翔したことなどありません。屋根ほどの高さに浮いただけで、ブリタは無意味に両腕を振っています。

「何だ? 飛行経験が無いのか?」

「いえ、あの、大抵の人間は、飛んだことなんて、無いんじゃ」

「魔法詠唱者は珍しくないと聞いたのだが?」

「飛べるほどの、実力者なんて、多くないです」

 腕をパタパタと動かしているせいで、ブリタの台詞は読点が多くなってしまいました。会話しづらいこと甚だしいであります。

 ーー誰から聞いたかの疑問を、思い付く余裕すらないとはなぁ……。まあ、カジットの話を裏付ける一環にはなるが……。

 表情を作れるのは、人間態の利点と言えるでしょう。苦笑を浮かべるのも、無理なく行えます。

「もっと高く上がる必要がある。掴まるかね」

「は、はい♪」

 もともと至近で浮いていたのですが、モモンガ様が左手を差し出すと、ブリタは何の疑いもなく掴まって来ました。両手で。

 ーーこっちは、念のため利き手を封じておこうかなぐらいのつもりで言ったんだけどね。うん、まあ、そういう訳なのだから、音符まで飛ばさなくていいよ。……て言うか、顔近いっ!

 それは無意識の動作なのでしょう。ブリタは掴むのみならず、モモンガ様に寄り添う態勢になっていました。

 

 ーーこれはもしや、ペロロンチーノさんが言ってたアレか?

 モモンガ様の視線が、ブリタの身体をなぞっていきます。

 鳥の巣じみたカットの赤い髪に、化粧とは縁遠い顔。そして、中古品を再利用したようなバンデッドアーマー。ここまでなら、女冒険者らしいと言えなくもないでしょう。自前の胸部は、なかなか立派ですけれど。

 ーーたしか……そう、割り箸効果だったかな?

 エロの偉大さを謳って止まなかったペロロンチーノ氏は、戦闘やサバイバル系のシナリオへ組み込みやすいイベントとして、吊り橋効果を熱く語ったものです。

 ーー嫉妬マスク全12種類コンプリートな俺に、48のフラグ立て技は使えっこないだろ? 撫でポ神拳免許皆伝な、たっちさんじゃあるまいし……。

 ブリタの頬は再びはんなりと染まり、口元は嬉しそうに緩んでいます。もしも彼女が犬の尻尾を生やしていたなら、豪快にブン回しているでしょう。

 ーー人間態は木石ではないとしても、冷悧に考えるんだ。もしも好意を持たれたのなら、それは利用し甲斐があるだけのこと。

 オーバーロードの身体であれば、骨率100%ですのに。

 ーーアインズ・ウール・ゴウンのために奉仕させるのが、この女自身の幸せになったと考えよう。それなら実に好都合で……うっ?!

 モモンガ様は、見えない尻尾を振り続けるブリタの後方に、鉄拳をアピールする異形の幻影を見て息を飲みました。視覚的な妄想にすぎない幻影は、喋りません。しかし、教育的な怒気を仕草に込める半魔巨人卿が何を言わんとするのか、モモンガ様は簡単に推察できてしまいました。

 ーーやまいこさん。女心を弄ぶ気ならボクの拳が黙ってない、なんて……。違いますよ! ほんと違いますよ! ただ彼女には、アインズ・ウール・ゴウンの素晴らしさを世に知らしめるために、御手伝いをして貰うだけですから!

 青年姿の御方が、必死に声無き弁明を行うと、やまいこ氏は姿を消して行きました。もう一度、巨大な拳を見せつけてから。

 ーーぶくぶく茶釜さん……。

 入れ替わりに現れたのは、アインズ・ウール・ゴウンきってのアイドル、ピンクの肉棒こと、ぶくぶく茶釜氏です。どうやって持っているのか不明ですが、現れるなり大きな紙を広げて掲げます。

 紙には達筆で書かれていました。『モモンガ・イズ・スケコマ神』と。

 ーーちょおおおお?!

 粘体の姐御は、いったん紙を丸めてから、それを広げ直しました。何故か書かれている文字が変化しています。やはり達筆な文字曰く、『その実態はヘタレ童貞なモモンガくん』と。そして、姐御は再び紙を丸め始めます。

 ーーちょっ、あの。

 男がエロに貢ぐのは摂理なれど、情けの欠片もないエロで女を泣かすなら即天誅。そんなスタンスを存分に示し尽くしてから、ぶくぶく茶釜姐御の幻影は消えてくれました。

 ーーすいません。ごめんなさい。本当に勘弁してください……。ぶくぶく茶釜さん……俺……泣きそうです……。

 

 グダグダな内心に喝を入れてから、モモンガ様は行動を再開なさいます。共同墓地の出入口がある方向をブリタに確かめた後、リアルにおいてならば12階ほどの高さまで、一気に上昇しました。

「スゴイ高さですね」

 掴まる力を強めて、おっかなびっくりに口を開く飛行初心者。モモンガ様は肩を竦めます。

「安全を図るなら、これよりも遥かに高度を取るべきなのだがね。私には、土地勘が無いからなぁ」

「土地勘が無い?」

「ああ、そうだった。この都市は“エ・ランテル”で間違いないのかね」

「え? えと、はい。ここはエ・ランテルです」

 上昇から滞空ときて飛行へ移ったモモンガ様は、まだ冷静とは言い難い調子のブリタへ、説明して聞かせました。

 今の自分は、異常な現象によって遥かなる場所から転移して来た“ウォー・ウィザード”であり、異郷でどのように行動すべきかを模索中であること。幸いにも知識ある親子と会話する機会に恵まれ、城塞都市エ・ランテルや冒険者組合の存在を知ったこと。生まれ育った土地では不可能だった夜間飛行を楽しんでいたら、先ほどのスケリトル・ドラゴンを見かけたことなどを。

 ーー良し、嘘は言ってないぞ。アインズ・ウール・ゴウンの神話を虚言で始めるなんて、真っ平御免だよ。

 内心で小さくガッツポーズをするモモンガ様が、真実の全てを語っていないのは方便でございましょう。

「それじゃあ冒険者登録が目的で、このエ・ランテルにいらしたんですね。……わたしは鉄級冒険者のブリタ・バニアラっていいます。あ、あのっ、御名前を伺っても良いですか」

 ーー人間態としての名前。冒険者登録の時までに決めれば良いと思っていたのだが、いま決めてしまうのも一興か。モモンガから掛け離れた名前にはしない方が良いだろう。

 頬の赤みを心持ち強くしたブリタから名を尋ねられ、モモンガ様は考えます。この世界では平民であっても名と姓を持つのが普通だと、カジットから聞いていました。姓より屋号に近そうな気もしましたが。

「そうだな……名乗り、顔も見せておくとしよう。私の名前も素顔も知らないのでは、キミも墓地で何が有ったのかを説明し辛かろう」

 ーーモモンガはギルドマスターとしての覚悟を象徴し、決めるべき名前は神話の語り部たる覚悟を象徴する。変身するからには二つの名前を背負うべきですよね、たっち・みーさん。

 白銀の聖騎士も、頷いてくれた気がします。

「覚えておくと良い、ブリタ。キミはエ・ランテルで、この私の名前を聞いた最初の人間なのだと」

 ブリタに向き直った人間態のモモンガ様は、サングラスを外し、決めた名前を口にしました。

「我が名は、モモンガ・モモン。栄えあるアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターにして、41人の纏め役。モモンガ・モモンだ」

 

 飛行という移動手段を用いた人間態のモモンガ様……もとい、モモン氏とブリタへの妨害は現れませんでした。

 名乗りの後、魂を抜かれたように反応しなくなったブリタが正気に戻るまで、それなりの時間が必要でした。又、アイテムボックス送りにした白い短杖を、敢えてモモン氏はブリタに譲渡したのですが、これでも余計な時間が掛かってしまいました。

 ーーはったりを効かせるには地味で、中途半端な性能の短杖だけど、第7位階魔法《上位道具作成》で作った物だ。多少の反応は有って欲しいものだ。

 ビューンと風を切るような速さではなくても、モモン氏達は共同墓地の門前で鉄級冒険者の野伏に追い付き、降下したのです。

 不審がる衛兵や野伏を尻目にモモン氏は、共同墓地内の“掃除”をどう演出したものか、考えていました。

「モモンさんなら、最低でもオリハルコン級からスタートでなくちゃ……」

「そう言われて悪い気はしないが、何事にも手順は必要だ」

 無垢で大仰な敬意を向け続けるブリタを、嗜めつつ。

 ーー墓地で揺蕩う負のエネルギーは、脅威になるほど大量ではないし、濃密でもない。それだけに手順を用意できるのは、一度きりだ。この俺こそがアインズ・ウール・ゴウン神話の語り部たると、周知させるための“手順”を……な。




 悪巧みまで辿り着けませんでした(汗)


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5分以上も費やして

 とんでもなく間を空けてしまい、申し訳ありません。無理に鬱っぽい展開を入れようとして、全く文章を綴れなくなる阿呆をやらかしてました。
 結局、挑戦した部分を削除。とある原作キャラ達の出番も削除……。
 
 今回の主な捏造成分は、ギルドメンバーの食事に対する考え方(?)と、グリーンシークレットハウスを外装と内装の変更可能に。


 

 万事を計画通りに進められたなら、焦燥とは無縁でいられましょう。大木を薙ぎ倒す風にも揺るがず、身の丈を越す積雪にも阻まれず、計画を推し進められたなら、天の摂理を呪う必要はありますまい。

 然れど諸行は無常であり、変化する状況に全計画の破棄を余儀なくされる事態も、しばしば有るものでございます。不要になった計画書を丸め、心の汗と共にゴミ箱へ投げ込むのが人の常。嘆いてばかりもいられないのであります。

 もっとも、計画遂行者の自制心不足こそが、当該計画の破棄原因である場合には、先ずは大いに反省するべきでございましょう。例えば、押入の整理に取り掛かったものの奥から出てきた漫画を読み耽ってしまい、せっかくの休日を潰してしまった等という場合には。

 計画は現実的に、そして、臨機応変に。

 

 ーー拙速こそを尊ぶべきなのに、60秒以上かけて飲食を楽しむなんて、俺らしくもない。この過ちはブリタ・バニアラのせいだ……と言ったら、酷い責任転嫁になるのかな。

 労働意欲に欠ける太陽が漸く全身を覗かせた頃、城塞都市エ・ランテルから冒険者の足なら小半刻ほどで辿り着ける丘の上に突如出現したピラミッド内に於いて。

 因みに当該ピラミッド(高さ57メートル)は、防御能力を向上させた上で外装を弄ったグリーンシークレットハウスであり、ユグドラシル終了直前に贈られたアイテムの一つでございます。

 ノーマルなグリーンシークレットハウスならば、モモンガ様も所有なさっておいででした。しかし、ユグドラシルの終了によって、それは失われています。

 ーー食料とは名ばかりだった疲労回復系アイテムを、飲食の禁じられたユグドラシルゆえにビジュアルだけだったグルメバーガーを、まさか口にする日が来ようとは! しかも、アツアツの出来立て状態で!

 人間態のモモンガ様……もとい、モモンガ・モモン氏は、多層構造な食品に齧り付いておいでです。肌色粘体な女史の幻影が、背後から羨ましそうに眺めていますけれど、気にしない方が精神衛生上よろしいかと。

 ーー名前にグルメを冠しようともハンバーガーはジャンクフードと、たっちさんは断言したけれど……。すいません。今なら俺は子細無用に、ぶくぶく茶釜さんへ加勢します!

 純銀の聖騎士殿は、幻影なのに悪寒を覚えているようです。肌色粘体な女史閣下様との舌戦で大惨敗した記憶は、ワールドチャンピオンをも苛むのでしょう。

 ーー茶釜さん曰く「カロリー的に悔しいっ! でも、食べちゃう!」だったよな……。

 噛み締めるたび口内に溢れる肉の旨味は、二段重ねの肉厚バーガーパテが牛肉100%だからこそ。

 格調高い甘味と酸味は、新鮮な輪切りトマトゆえ。

 みじん切りになった玉葱は食感を歌い上げ、特製ソースとスライスチーズは相克しながら高みを目指しています。

 そして、こだわりのバンズが、個性豊かな面々を包み込み調和させ、悟りの境地へと誘うのであります。

 ーーよもやこれほどとは。ギルドメンバーの……《料理人》だったあの人は、本当に美味しいグルメバーガーは味のオーケストラなんだと語っていたが……。

 

 最盛期のアインズ・ウール・ゴウンでは、ギルドメンバー達が個性豊か過ぎましたから、怒鳴り合いも日常茶飯事でした。

 それでも険悪な雰囲気が度を越す前に収まっていたのは、モモンガ様という優れた調停役が存在したからに他なりません。御方自身が斯くあろうと努めていたこともあり、モモンガ様が諍いの当事者になったのは稀でした。

 稀とは即ち、皆無ではありません。

 苛立ちのアイコンを連打するギルドメンバー達から、刺のある口調の集中砲火を浴びた思い出が、モモンガ様にもあります。一度だけですが。

 あの時、口火を切ったのは誰だったでしょうか。

「モモンガさん。俺達が、リアルで普通の社会人が、容易く旨い飯にありつけるとは言わないよ。俺だって、リアルじゃ泥みたいな栄養剤を啜るのが殆どだし」

 電脳法によって味覚の再現が禁じられたユグドラシルでしたが、己のキャラクターを《料理人》としてビルドするプレイヤーも居ました。彼等の作る料理は各種のバフや回復を目的にしたアイテムであり、食べるのではなく“使用”するのみだったのですが。

 リアルの劣悪な食料事情にあって尚、美味への憧憬を抱くプレイヤーが多かったのは、生物としての本能だったかも知れません。

「それでもさ。少しでも美味しい物を食べたいって考えを否定しちゃうのは、人間として歪じゃない?」

 結構ストレートな言葉を吐いたのは、ギルドメンバーの誰だったでしょう。

 ーー言い合いしたのは、ギルドのみんなで空腹状態からの回復アイテムを……このグルメバーガーとかカルビ丼とかラーメンとか高級羊羮とかを、大量入手した直後だったっけ。その手のアイテム所持が必須なダンジョン攻略前に、他ギルドの攻略を妨害するために……。

 絵に描いた餅は食えません。旨そうなのは見掛けだけ。食品サンプルのようなアイテム類を、意地になって取り返そうとした人間種PC達。

 モモンガ様におかれましては、嘲笑せずにはいられない出来事だったのです。しかし……。

「冒涜的に不味くても、栄養補給に問題なければ、コストを掛けないほど素晴らしいなんて。食費に回せる金銭を、全てゲームに注ぎ込むべきだなんて。モモンガさん……大丈夫ですか? 美味しい食事は、心を癒してくれるんですよ。味わい楽しむ時間は、人間らしい感性を取り戻させてくれるんですよ!」

 いつもなら如才なく受け流すモモンガ様でしたが、その時ばかりは、後からログインしてきた死獣天朱雀氏に仲裁される事態に陥りました。

 ーー今にして思えば、あの人達は俺を心配してくれてたんだよな。いくらロールプレイの為でも、心までアンデッドにならないで、か……。

「……ワイングラスがあれば、良かったのにな」

 グルメバーガーを食べ終えたモモン氏は、コップを手にしました。マジックアイテム《無限の水差し》に付属する品ですが、今は水ではなく、先ほど底から5センチだけ注いだ液体が中で揺れています。

「…………フゥ……」

 贈られたワイン《シャンピニオン・スペチアーレ》を飲めば、果実香と程好い酸味が舌と喉を爽やかに清め、思い出に纏わり付いていた苦味までも洗い流して行きます。

「再会できたら酌み交わしませんか? このワイン、信じられないくらい旨いですよ。今の俺なら“美味しい食事”について、あなた方と熱く語り合えそうです」

 掲げたコップの向こうに、旧友達の苦笑を見た気がしました。

 

 ーーやれやれ。1秒だって無駄に出来ないのに、舌と腹を楽しませる為に5分以上も費やしてしまった。勿体無いくらいに旨いワインだが、折を見て一杯、ブリタには罰杯を飲ませてくれようぞ。

 綺麗にしたコップやワインボトルをアイテムボックスに収納しながら、モモン氏はブリタ・バニアラに与える罰を決定したのです。本当に罰たり得るか、甚だ怪しゅうございますが。

 ーーまあこれで、約束を破った事にはならないからな。

 モモン氏らしくもない早朝の食事は、ブリタの言葉が一因でありました。

 先刻。

 共同墓地の門前から飛び去ろうとするモモン氏を、ブリタは引き止めようとしたのでした。エ・ランテル到着までに長時間移動をしたならば疲労しているに違いないと、空腹も覚えていて当然と、彼女なりに危惧したようです。

 ーーそう言えば、疲労無効や睡眠不要のスキルはアイテムで発動しているが、この身体には空腹になる人間臭さを残したんだった。

 指摘されれば、気になるのが人情。意識してしまうと、腹の虫が発声練習を始めそうです。しかし、この後ちょっとした“仕込み”を行う予定のモモン氏は、都市から一度出る事を優先なさいました。

 ウォー・ウィザードの自分には、屋外で休息を取るための充分な準備があり、もちろん食料も用意してある。そうブリタに説明した上で、モモン氏は、空中移動中に言い含めた内容を再び口にしました。

「それに私は、まだ一度たりともエ・ランテルの地面には降り立っていない。そうだね?」

「ぁ、はい……!?」

 モモン氏はブリタの肩を抱き寄せ、彼女の耳朶に御自身の唇を触れんばかりにして囁きました。衛兵達や野伏に話の内容を聞き取られないための行為だったのですが、睦言を囁いているように見えてしまったのは御愛嬌と言うことで。

「ブリタ・バニアラ。キミに嘘の片棒を担がせるのは心苦しいのだがね。私は、とても我儘なのだよ。手順を無視して都市内へ侵入した不逞の輩とは、思われたくないんだ。ついうっかり城壁の上空を通過してしまっただけ。そして、地に足を着いていないから、都市への侵入もしていない。……我ながら幼子じみた言い訳だと思うが、我儘な私なりの筋を通したいのだよ。解ってくれるね?」

 痙攣するように頷くブリタに、モモン氏は苦笑混じりの言葉を重ねました。

「先ほどキミに献上した短杖。不出来な自作のあれが、私がどれだけ粗忽者かを説明する役に立てば良いのだが……。あまり期待すべきではないかな」

 冒険者組合の上位者が、ブリタの報告をどう捉えるか。短杖が魔法の《上位道具創造》で作成された物だと気付く者がいるか否か。過剰な期待は禁物であります。

「食事は取るし疲労も抜いておくと、約束しよう。昼頃には冒険者組合を訪ねるつもりだ。余所者が都市で暫く過ごすには、冒険者になるのが手っ取り早いだろうからね。宜しく御願いするよ、バニアラ先輩」

 名残惜し気なブリタを地に降ろしたモモン氏は、その場から飛び去り、エ・ランテルを視認できる丘の上にグリーンシークレットハウスを設置なされたので御座います。

 

 ーーエ・ランテルでは、切り換えを目撃されないように……。自前のが無いから貰い物を設置したけどさ、緑豊かな丘の上に砂漠タイプのピラミッドって変だよな……。そりゃまあ、贈り主の彼はファラオになってたけど。でも内装はヴィクトリアン様式なんだよね。ダイニングの椅子が上品過ぎるから、テーブルしか使えなかった……。

 食堂でアイテムの使用検証とばかりに取り出したのが、ユグドラシルでは食べられなかったグルメバーガーや、《シャンピニオン・スペチアーレ》でありました。

 必要な行為とは言い難くとも、約束を守って食事を済ませたモモン氏。実のところ、もう少し飲み食いしたいなと思っておいでです。疲労無効のアイテムを外し、寝室に置かれたキングサイズのベッドで休眠する欲求を覚えておいでです。

 然れど、時間が足りません。

 ーー人間態に付きまとう三大欲求の充足は、暇な時にゆっくりとだ。さてっ!

 モモン氏はダイニングからダンスホールヘ移動しました。そこが、この建物内で最も開けた空間ですので。一時的措置として《翡翠輝石の大駒》三個も、そこに置いていらっしゃいます。

 ーー他人には……見られたくないよ……本当に……。

 ホール中央に立ったモモン氏は、左拳を腰だめに構え、右拳を胸の前に構えました。

「アインズ!」

 勢い良く右腕を、左斜め上へ真っ直ぐ伸ばします。

「ウール!」

 伸ばした右腕を右斜め下へ、空を切って振り下ろし完成です。

「ゴウン!」

 深紅の閃光が奔流となってダンスホールを染めた後、悠然と佇むのは神々しくも恐ろしいオーバーロードの姿に戻ったモモンガ様でした。

 ーーメインとサブの切り換えに、ポーズと掛け声を必要とする理由なんて無いはずだ!

 一瞬ながら視界を青緑色に染めた至高なる御方の傍らで、聖騎士様の幻影が不本意そうにしておいでです。様式美なのにと。

「ハァ……、仕方がないのか。幸い《翡翠輝石の大駒》に問題は無いようだし」

 三個の巨大駒は消えていません。操作を試みになられましたが、残念ながら至高のオーバーロードに戻ったモモンガ様では、動かせないと判明しました。人間態のモモンガ・モモン氏のみが操作可能なのでした。

「行くとしよう」

 ともあれ先ずは仕込みを済ませるべきと、モモンガ様は、ユグドラシルで最も一般的な移動手段だった《異界門》を御使用なさいました。行き先は、勝手知ったる地下神殿で御座います。

「カジットの遺産、有り難く使わせて貰おうぞ」




 できたてのグルメバーガー&舌に合う銘柄のワイン。
 本文中のような特殊な保存手段があるか、バーガーを自作しないと、実現が恐ろしく困難な気がします。


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仮初めの絶望を

間を空けすぎて申し訳ありません。
恥ずかしながら戻って参りました。


 またもや舞台となった共同墓地地下の神殿にて。

 ーー確かに体長が10倍なら、体積は1000倍になるけどさ。特殊な能力なんて付与しないんだけどなぁ。ともかく図体をでかくして、少しばかり防御力を高めたスケリトル・ドラゴンを作りたいだけなんだけどなぁ。どうしてアンデッド創造や作成のリソースが足りないことになるんだよ!

 余りにも計算違いな事態に、死の超越者たるモモンガ様は、頭を抱えてしまっておいでです。眼窟に宿る赤い光まで、些か元気を欠いていらっしゃいます。

 

 ーー体長10倍なだけのスケリトル・ドラゴンより、普通のソウルイーター12体の方が強力なのにな……。

 魂喰らい。骨の獣とでも形容するべきソウルイーターには、たった三体で十万を超すビーストマン達を殺戮した伝説があるのです。そのようなアンデッドを服従させるモモンガ様は、やはり至高なる御方であらせられましょう。

 それにも拘わらず、ユグドラシルでは低レベルなアンデッドでしかなかったスケリトル・ドラゴンの大型化は、儘ならないようなのです。バダンテール親子の際に見られた自由度の高さも、こうなると困惑の原因でしかありません。

 ーーでも、ソウルイーターは使いませんから。大丈夫ですよ、たっちさん。

 聖騎士殿の幻影が危惧する前で、アンデッドの身体に慈悲の心を宿す至高の君は、首を軽く横へ振ったのです。

 伝説が有ることと、誰もがみんな知っていることは、必ずしも等号では結べません。せっかくソウルイーターを目撃させても、エ・ランテルの住民達が、それを恐ろしく強力なアンデッドであると認識し、畏怖しなければ意味がないのであります。

 もちろん識者ならば、例えばエ・ランテル魔術師組合のテオ・ラケシル組合長ならば、ソウルイーターを知っている可能性があります。或いは無知な大衆も、都市住民の三割ほどが犠牲になれば、ソウルイーターの伝説を体感できるかも知れません。無意味すぎる仮定ですが。

 ーーアインズ・ウール・ゴウン神話の語り部を、この手で減らしてどうする。それに……。

 頭を抱えた悩めるポーズを解き、モモンガ様は、御自身の右手を御見つめなさいます。無駄を省いた故に、神々しき白さを誇る骨の御手を。

 ーーオーバーロードとして握手したなら、再認識できなかっただろう。人間態の手で触れたブリタ・バニアラには呼吸があり鼓動がある。キャラクターとして存在するのではなく、確かに生存している。この都市の住民すべてが、確かに生存している。

 背筋を伸ばしたモモンガ様は、両肘を脇腹につけ、左右の掌を上へ向けました。何故か、御方の右後方に出現したウルベルト・アレイン・オードル氏も、同じ直立のポーズを決めるのでした。

「だからこそオーバーロードのモモンガとして、仮初めの絶望を贈るに値すると言えるのだ! だからこそモモンガ・モモンとして、未来を手繰り寄せ得る希望を贈るに値すると言えるのだ!」

 エ・ランテルを、微々たる災厄と素晴らしき祝福が訪れようとしています。超神と讃えられもしたモモンガ様の御心に従うのが道理。それは運命なのです。

 災厄の具体的な訪問方法が、今のところ頓挫していますが……。

 

 ーー語り部候補達を、深刻な絶望へ突き落としてはならない。

 絶望とは何でしょうか? 辞書によれば、「ありとあらゆる希望を喪失すること」だそうで御座います。

 努力が踏みにじられるばかりなら、期待が裏切られるばかりなら、人間の心は、どこまで耐えられるのでしょうか。目標達成の見込みも無しに徒労感に苛まれるばかりなら、人の心は、いつまで折れずにいられるのでしょうか。

 ーー本当に絶望してしまった人間は、努力を放棄する。やまいこさんや死獣天朱雀さんの嘆きが、証明していたではないか。

 どれほど盛大な式で祝われようと、どれほど多くの親類縁者から寿がれようと、入学は始まりでしかありません。学問の舎に席を確保するのは目的ではなく、スタートラインに立った証でしかないのです。

 それにもかかわらず鈴木悟氏が暮らしたリアルでは、燃え尽きた雰囲気を纏う新入生ばかりだったそうです。期待と意欲と活力を欠乏した新入生ばかりだったそうです。

 ーー自覚していたか否かまでは解らぬにせよ、話題に昇った少年達はリアルでの未来に絶望していたのだろう。

 包容力に富んだギルドマスターへ、リアルでの愚痴をついつい溢しまくった過去のある、脳筋先生な半魔巨人卿と最年長者だったギルドメンバー殿。悲し気な溜め息を吐くモモンガ様の傍らで、異形の幻影同士が、ばつが悪そうに顔を見合わせています。

 ーーあくまでも絶望は仮初めに。エ・ランテルの住民達が、「絶望した! レベル上げしてなかった自分に絶望した!」と、叫ぶ元気を保てる程度に。

 絶望とは……本当に何でしょうか?

 

 ーー策略はシンプルに。そうでしたよね、ぷにっと萌えさん。

 ねじり合わさる蔦が人の姿を形作ったかのような異形、アインズ・ウール・ゴウンの今孔明、ぷにっと萌え氏。

 心中の問い掛けに、誰でも楽々PK術における師匠の幻影が頷きを返しても、モモンガ様は腕を組んで考え込んだままです。人間態であったなら、眉間に皺を寄せておいででしょう。

 ーーこの都市の住民が、一目見て腰を抜かすであろう大きさ。そんなスケリトル・ドラゴンにエ・ランテルの上空を飛び回させることで不安を煽り、頃合いを見て俺が、モモンガ・モモンとして討伐する。ペロロンチーノさんほど華麗には飛べなくても、ウォー・ウィザードとしての俺が空中で派手に勝利すれば、話題性には事欠かないし、無駄に大きな被害が出て恨まれるリスクも下げられる。単純だけど良い案だと思ったのにな。

 マッチポンプなどと評さないで下さいませ。モモンガ様……もとい、人間態のモモンガ・モモン氏が名声を手に入れたなら、エ・ランテルの住民達を手始めに、この世界の人類の生存能力は向上するはずなのですから。

 ーーこの世界の一般大衆は、知識が足りていない。

 例えば、異形種たるモモンガ様の種族であるオーバーロードを知る者は、この世界にまず存在しないでしょう。畏れ多いことながら、御方が全ての神器級アイテムを外し、純白の全身骨格を御晒しになったなら、多くの者がスケルトンとしか認識できないでしょう。

 残念なことに、モモンガ様のフルヌードの価値を正確に理解して、歓喜の余り血と汗と涙とその他諸々の体液を流す者は、この世界には皆無なのであります。

 ーーインターネットはおろか、充分な教養に触れる機会さえないから当然かもしれないけど、自分達が無知だという事実にさえ気付けていない。

 至高なるオーバーロードは組んでいた腕をほどき、頭上へ右拳を掲げました。

「なればこそ、私は人々の無知を糾弾しよう。彼等が無知ゆえに視野の外へ置き続ける危険を、敢えて突き付けよう。その上で、彼等に示そうではないか。私が偉大なる仲間達から学んだ知恵を! 未来を切り開く術を!」

 高らかな宣言の後、ゆっくりと右手を下ろしたモモンガ様は、振り返りになられました。無論そこには誰も居ない空間が広がるだけのはずです。しかし、至高なる御方は、知覚なさっておいでなのです。ユグドラシルで苦楽を共にした、掛け替えのないギルドメンバー皆の幻影を。

 

 ーー先ずはこのエ・ランテルから始めるに当たって、皆さんの御知恵を借りたいのです。出来れば、この世界での最初の知人であるカジットの遺産を活用する方向で。

 幻影達が顔を見合わせます。

 ややあってワールド・ディザスター殿の幻影が、粘体盾閣下や半魔巨人卿の幻影と、1対2での戦闘を演じて見せました。

 ーーすいません、ウルベルトさん。カジットの遺した2体を同時に相手するのは俺も考えたんですが……。こちらの世界にも、それが可能な冒険者はいるみたいなんです。それに空中戦で2体の相手をするとなると、観戦に足る動きは難しくて……。

 申し訳なさそうに返すモモンガ様に同調して、幻影とは言え空中戦について一家言ある爆撃の翼王が頷いて見せます。姉君に睨まれて、直ぐに青ざめてしまいましたが。

 三人が引き下がると、聖騎士殿の幻影と二足歩行の巨大蟹めいた異形種の幻影が、ほぼ同時に手を上げました。

 ーーあ、ええと、あまのまひとつさん御願いします。

 僅かに挙手が早かったギルド古参の鍛冶師殿は、前に進み出ると、複数の物を混ぜ合わせる仕草を始めました。

 ーーええ、スケリトル・ドラゴンの2体と墓地から回収した負のエネルギーを合成するのは、俺も考えました。でも、そんなに大きくはできなさそうで、……えっ?

 あまのまひとつ氏の幻影は、モモンガ様の眼前で四つん這いになり、それから徐に立ち上がると万歳して見せました。もっとも、氏の腕は二本ではないのですが。

 ーー?? それは、スケリトル・ドラゴンに後ろ足立ちさせるという意味ですか? 確かに地上戦なら迫力は出ると思いますが、……え? そうじゃない?

 鍛冶師殿は左右の蟹鋏を何かに見立てて、盛んに開閉しています。「赤蛇、来い。緑蛇、来い」とでも言いたげに。

 ーーなるほどっ! 空中戦なら四足に拘る必要はないし、前脚を廃する替わりに双頭、否、三ッ首にしても良いわけですね。無理なサイズ変更をしないなら、ある程度の《上位物理無効化》も載せられそうだし。そもそも都市住民を驚嘆させるのが目的だから、とにかく凄く強そうなモンスターにするのが大事ですものね。あまのまひとつさん、そのアイディア頂きます!

 嘗てのナザリック地下大墳墓では当たり前だった、気の置けない仲間達との会話。あの頃の楽しさが甦り、思わず親指を立てるモモンガ様。

 しかし、鍛冶師殿の幻影が親指を立てて返す光景は、視界を染める青緑色の光に遮られてしまいました。精神の鎮静を強制されて、仲間達の幻影が次々に掻き消されて、残ったアインズ・ウール・ゴウンは、モモンガ様ただ御一人。

「糞が!」

 両拳に音が鳴るほど力を込めてしまった後、オーバーロードのモモンガ様は努めて冷静に呟かれました。

「……理解している……理解だけは出来ている……。時間を掛けすぎたな。さっさと組み上げるとしよう。AI……じゃなくて行動の条件設定は、ヘロヘロさん達を見習えば……。骨の色は……目立つように金色にして……」

 

 ーーヤレヤレ。どうやら冒険者組合への到着は、夕方になってしまいそうだ。

 昼飯時。

 エ・ランテルの城門前。都市へ入ろうとする人々が作る列の最後尾にて。

 酷く騒々しくなった順番待ちの列を眺めつつ、モモンガ・モモン氏はうんざりしています。

 完成させたワンオフ物のアンデッドに行動開始の条件付けをすると、至高なるオーバーロードの君は《異界門》を使い贈られたピラミッド内へ帰還なさいました。

 想定外に費やしてしまった時間を取り戻そうと、人間態へ変身し、一時置きしてあった《翡翠輝石の大駒》三個の操作を再確認し、ピラミッドであるグリーンシークレットハウスをアイテムボックスに収納し、此処まで超特急で《飛行》して来ました。

 まさか外門前で、渋滞に捕まるとは思わなかったので。ちなみに、入門を待つ人々が騒々しいのは、突然モモン氏が空から降り立ったからであります。

 ーー時間にルーズな奴と思われたくないんだがね。

 リアルで社蓄たらねばならなかった鈴木悟の残滓なのか、30秒単位の時間厳守理論が鎌首をもたげようとします。

 ーーん?

「モモンさーん!」

 濃縮還元100%な強迫観念がモモン氏の表情筋を侵食する前に、女冒険者の呼び声が響きました。それはそれは嬉しそうな高い声が。

 ーーブリタ・バニアラは、それなりに話を通してくれたということか。

 見えない尻尾をブン回し利き腕を大きく振りながら走ってくる女冒険者へ、モモン氏は軽く手を振り返します。その口許は微笑んでいました。

 ブリタの後方に、歩いて近付いてくる人物を見つけたので。

 ーー中年痩身の男。ローブ姿で手には黒檀の杖。ほぼ間違いなく魔術師。身に付けている装備は大したことないが、この世界ならばそれなりか。冒険者組合からの使いと考えても良かろう。刺客ないし鉄砲玉の可能性もあるが、こっちはもう腹を決めているのでね。

 期待と警戒をサングラスで隠し、ブリタの熱烈な歓迎を受けるモモン氏なのでございました。

 今は人間態をとっているユグドラシルの非公式ラスボス陛下の後方で、ペロロンチーノ氏の幻影が不機嫌そうに腕を組んでいます。爆撃の翼王は嘴の上に皺を寄せています。しかし、気にする必要はないでしょう。その理由とは、有って然るべき御約束が発生しなかったからに過ぎないのですから。走るブリタのアレが大きく揺れる様子に少年の如く動揺してしまうモモン氏、という御約束がなかったからに過ぎないのですから。

「神話を始められるか否か。今夜は正念場だ」

 モモン氏の呟きは小さすぎて、誰の耳にも届きませんでした。

 やまいこ氏の幻影に殴り続けられる、ペロロンチーノ氏の幻影を含めて。




あと2話で完結させられるやら……。


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煉獄の奔流

 前回の投稿から、一年近く経ってしまい申し訳ないです。散々時間を掛けたのに、文章力が低下してる気が。サブタイも微妙にネタバレですし(汗)
 戦闘シーンの筈が……筈が……。

 注意、炎属性の魔法を少々捏造しました。


 それは、モモンガ・モモン氏が正規の手続きを踏んで城塞都市へ御入りになられましたのが昨日になってから、一刻あるいは一辰刻を経ずに始まり終わった騒動で御座います。

 

 松明やら蝋燭やら行灯やらに夜の灯りを頼る社会では、多くの人が、日没後は早々に就寝する生活を送るもので御座います。健康のためにではなく、夜更かし用の灯り代を捻出し得ないために。

 レアなケースと思われますが……。尻を光らせるタイプの虫は、貧乏なれど勉強熱心な学徒に、近付くべきではないでしょう。袋詰めにされ、死ぬまで行灯の代わりにされかねませんから。

 これは、鈴木悟氏の生まれ育ったリアルでは、まったく無価値な知識かもしれません。しかし、城塞都市エ・ランテルにおいては、一般市民にとっての常識なので御座います。

 リアルには無い魔法による灯りが存在し、王国屈指の賑わいを見せるエ・ランテル。それゆえ、夜の都市全体から完全に灯りが絶えるということは、まず有り得ないでしょう。

 政治・軍事に関わる建物や、冒険者組合、この都市一番の宿屋などはもちろんのこと。内周部の路地も所々に立つ街灯によって、ある程度の明るさが維持されております。

 それでも、パンと室内照明とが二者択一になり得るから、且つ《光》の魔法も使えないから。大多数の市民が早寝早起きなのは、経済的な合理性の実践であると云えるのです。

 

 住民の中には、ポーション研究のためならば照明代など気にも止めない、薬師の老婆もおります。ですが、エ・ランテル最高の薬師であるその者を、一般市民にカテゴライズするのは、些か不適切で御座いましょう。

 ちなみに薬師の老婆が営む工房は、5日ほど前から灯りが消えたままです。とある村娘にのぼせ上がって家出した孫を説得して連れ戻すために、彼女は都市近くの村まで出掛けていますゆえ。

 バレアレ、もとい、ともあれ……。

 リアル風に表現すれば、午前0時30分頃。

 いかに城塞都市エ・ランテルの内周部であろうとも、深夜、彼方此方の街路に少なからぬ人々が存在するのは、異常事態なので御座います。それらの人々が、或いは路上で蹲ったままガタガタと震えていたり、或いは悲鳴を上げながら宛もなく走り回っていたりするのですから、尚更そうだと云えましょう。

 

 エ・ランテルの空を、低くゆっくりと歪に旋回しているのは、スケリトル・ドラゴンを基にした巨体。然れども基にした“だけ”であり、ただのスケリトル・ドラゴンでは御座いません。

 その巨体の大きさは、スケリトル・ドラゴンのそれよりも、一回りほど大きゅう御座います。

 その巨体に前肢は御座いません。ですので、ドラゴンよりもワイバーンと呼ぶべきでしょうか。

 その巨体は、スケリトル・ドラゴンの地味な色合いと異なり、全身が金色に淡く光っております。

 そして何より、その巨体は三ツ首で御座います。

 金色の三ツ首骨飛竜。

 悠々と羽ばたき飛ぶ巨体こそ、至高のオーバーロードたるモモンガ様が御手ずから創造なさいました、一品物に他なりません。……ナント羨マシイ……。

 第六位階以下の魔法を無効化するなどのスケリトル・ドラゴンが持つ有利な特性はそのままに、殴打武器に対する脆弱性は取り除かれています。攻撃力と防御力とHPの倍化がなされた上、やはり至高の御方が創造なされた揺らめく黒い靄のような死霊系アンデッドと融合したことで、精神を掻き乱す咆哮を放てるようになっております。完成後にモモンガ様は「低レベルプレイヤーいじめ特化モンスター」と、苦笑なさっておいででした。

 ブレスを吐く能力はあらねど、魂に牙を突き立てる大音声を撒き散らし、金色の巨体は羽ばたいております。飛んで来る矢が鬱陶しかったのか、塔一基だけを踏み潰し。そのあと三ツ首の巨体は飛ぶのみです。ちなみに今は、真北へ向かっています。

 実際の被害は小さいにも拘らず、エ・ランテル市民大多数の目には、余りにも恐ろしいモンスターとして映るようで御座います。

 

 咆哮に叩き起こされ、そのまま失神してしまった市民もいます。自宅の中で身を寄せあって震え続ける家族もいます。そして、低空を飛び続ける三ツ首の巨体に、家ごと潰される恐怖を覚え、路上に出てしまった市民も、結構な数に登るのです。

「また来るぞっ!」

 息切れしたまま尚も逃げようとして、足を縺れさせる者。

「もういやぁああああっ!!」

 腰を抜かしたまま、縋り付くべき相手を探す者。

 路上の者達は、掻き分けて進まねばならぬほど、多いわけでは御座いません。しかしながら、逃げ惑う者と蹲る者とが混在する状況は、目的地へ急ぐ者を阻害するのに充分なのです。

 ですので、至高の方々の纏め役たるモモンガ様……もとい、その人間態であるモモンガ・モモン氏は金色の三ツ首骨飛竜を見据えつつ、《飛行》の魔法によって真西へ進んでおられます。

 御心の内で、大いに叫びながら……。

 

 ーー失敗した! 失敗した! 失敗した! 寝過ごしたぁあああ!  うっかり眠ってしまったのは全部、テオ・ラケシルって奴の仕業なんだ!

 モモン氏におかれましては、どれほど動揺なさっても、視界を青緑色の光に汚されなどしません。人間の身体ゆえに、精神の鎮静化はなされません。

 それでもアインズ・ウール・ゴウンで教わったネタを心の声に混ぜて、人間態の御方は、冷静になろうとなさいます。

 ーーもしも、あまのまひとつさんがいたら「なんだってそれは本当かい?」と返してくれたかな。

 幻影ゆえに返しもツッコミも出来ず、巨蟹の怪人は案じるばかり。そんな様子を気にも止めず、モモン氏は思考なさいます。

 ーー昼間に、気疲れし過ぎたよ。

 出迎えたブリタに案内させ昨日の昼飯時に、モモン氏はエ・ランテル冒険者組合へ到着。何故か受付へ並ぶ前に、遊覧飛行やら、スケリトル・ドラゴンを粉砕した場所での魔法行使やら、絡んできたミスリル級冒険者への躾やらを済ませる必要に駆られました。無論、すべてを可及的速やかに処理なさいましたが。

 結果、冒険者組合長のアインザックから直接、長めの前置きとともにプレートを渡された次第です。先ず銅のプレートを渡され、続けてそれをミスリルのプレートと交換されるという、かなり変則的なスタートと相成りました。

 ーー紹介された中堅よりもやや上な宿屋。まさかベッドに腰掛けただけで、寝落ちするなんてさぁ! 午前0時迄に、モモンガ本来の姿を曝しても誤解されないように、布石を打つはずがさぁ!

 至高のオーバーロードたるモモンガ様は、三ツ首の一品物を創造なさる段階において、その行動に幾つもの制限をインプットなさいました。

 例えば、完成から数時間は(御方の時計で午前0時になるまで)行動してはならない、ですとか。生物・非生物を問わず己から攻撃してはならない、ですとか。攻撃を受けた場合には攻撃してきた者に反撃し殲滅せよ、ですとか。行動開始後はエ・ランテルの上空を飛び回れ、ですとか。飛行高度は、地上から65メートル程度にせよ、ですとか。光りながら空に浮かぶ人間がいれば接触せよ、ですとか。これらの他にも幾つもの制限を、それはもう慎重にインプットなさいました。

 ーー今のところアレの行動に、あからさまな不可解さは無いはず。……無いですよね、ヘロヘロさん。

 人間態ゆえの不安そうな口許が、とてもとてもキュートなモモン氏。丼三杯いける可愛らしい表情を御向けになった先では、幻影なれども古き漆黒の粘体が、やや迷いながら頷きを見せました。

 ーーそれにしても、アレの咆哮に俺が飛び起きたのが午前0時5分……。うっかり脱いでたレザーアーマーを着直そうとしたりで、宿屋を飛び出すまで時間をかける大失態……。いつでもキャラを切り換えられるとは限らないのに、油断し過ぎてたな……。おっ、そろそろか。

 アーマード・メイジたるモモン氏は、都市の内周部と外周部を隔てる境界線の真西上空にて停止し、遠方の巨影に対して身構えました。浮かぶ高さは、地表から60メートルほど。

 対して金色の三ツ首骨飛竜は、エ・ランテルの外周部を囲う分厚い城壁の最北部、その上空で方向転換しております。飛行高度は、地表から65メートルほど。

 ーー俺は都市の住民達へ今夜、想定していたよりも大きな絶望を、押し付けてしまったのかも知れない。これじゃあ、るし★ふぁーさんには遠く及ばない。

 街路に目をやれば、狂乱する人々が簡単に見てとれます。ついでに、ギルドメンバーで一番の問題児が名誉毀損だと抗議する幻影を見た気がします。

 ーーだからこそ、ここからは希望を示そう。俺達流に、アインズ・ウール・ゴウン流にな!

 

「あれは何だ?」

 彼方此方の街路で半ば錯乱する者達の内、まだ目敏さの残っていた者が空を見上げ、疑問の声を溢しました。

「炎? 人?」

 人間態の至高なる御方が、先ず御使用なさいましたのは、エレメンタリスト(ファイアー)として新たに修得した、炎属性の防御魔法で御座います。

「誰?」

 路上の市民達に、疑問が広がり始めます。

 魔法の効果により、今やモモン氏は炎を纏っておいでです。炎属性攻撃への耐性が上昇しており、不用意に近付く者に対しては逆に炎属性のダメージを与えることでしょう。通常の防御力も、若干ですが上昇しています。

「駄目だ! 魔術師かもしれないけど、駄目だ! 飛んでるデカイのが骨の竜の親戚なら駄目だ! 骨の竜に魔術師は敵わない。俺は詳しいんだ!」

 怯える者は、怯え続ける理由を口にするもの。

 元冒険者なのか、それともたんなる知識自慢なのか。駄目を連呼する者の周囲で、更なる怯えが生み出されようとしました。

 実際、使われた防御魔法の効果には、殆ど意味など有りません。それでも、効果の無い魔法を無目的に使用するなど、モモン氏に限って有り得ません。

 この場合の目的はふたつ。

 ひとつは、深夜の夜空に浮かぶモモン氏を、エ・ランテルの市民達が見つけ易くすること。

 そしてもうひとつは、三ツ首の骨飛竜をして、モモン氏へと進路を定めさせること。

 ーー制約によってアイツは先制攻撃が出来ない。ウォー・ウィザードの俺と、オーバーロードの俺が、同一の存在だと見抜く知能も無い。

 再びエ・ランテルの中心へ向かおうとしていた三ツ首の骨飛竜は、己とほぼ同高度に浮かび、地上よりも遥かに力強い光炎を纏うモモン氏に気が付きました。ぶれること無く、御方を目指して飛び始めます。

 ーー良し、これでアイツは真っ直ぐに飛んで来る。ペロロンチーノさんの半分で良いから、俺にも飛行技術が有れば、ハラハラしないで済んだのに。

 吐いた溜め息の先で、ふんぞり返った脳天に、ピンクの肉棒姉御からチョップを喰らうバードマンの幻影が、涙目となり散りました。

 

 骨飛竜が迫ります。

 ーーでは、こっそりと。

 モモン氏は、広範囲に声を伝えるだけな《拡声》の魔法と、無詠唱で幻術系の魔法を、立て続けに行使なさいました。

「炎よ、浄罪の門となれ!」

 モモン氏の声が響きます。御声は魔法に乗り、三ツ首の骨飛竜を恐れる者達の心に届きます。

 狼狽え走り回っていた者は、足を止めました。怯え騒ぎ立てていた者は、口を閉ざしました。蹲り震えていた者は、頭を抱える腕を解きました。

 未だ青ざめながらでも、恐る恐る視線を空へと上げた者達は、見たのです。

 真っ赤に燃える炎が夜空で、曲線を描き、直線となって結び、不可思議な文字と絵を浮かび上がらせ、門を形作ったのを。エ・ランテルの城門を上回る大きさのそれが、燃え光り闇を祓うのを。炎を纏い夜空に佇む貴人の、金色の三ツ首骨飛竜を討伐せんとする意志を!

 ーーすべての希望を対価にして潜る門みたいな炎製の門……。デザインを、タブラさんに叱られそうだな。

 蛸頭をした溺死体の幻影が、この場合は深く追及しないと、肩を竦めました。

 モモン氏は大仰な身振りで、右掌を天に翳しました。

 ーーウルベルトさん……。ここぞという時、オリジナルの詠唱を欠かさなかった貴方の創造力を貸してくれ!

 喜んでと頷いた山羊頭の悪魔は、幻影らしからぬ力強さで、やはり右掌を天に翳します。

 遠カラン者ハ音ニモ聞ケ、近クバ寄ッテ目ニモ見ヨ!

「生死は、巡る命の輪廻。知恵持ち生きるべし。道理持ち死すべし。怨みを枷に滞る大罪など、地獄の業火にて滅却するのみ」

 エレメンタリストのモモン青年は、剣印を結んだ左手を振るいます。ウルベルト氏の幻影も同様に。いつの間にか現れた、全身口だらけの肉塊な魔法剣士殿の幻影も、右手の剣を天に翳しながら、左手を振っています。

 路上の者共は声もなく、見上げるのみで御座います。無知蒙昧の輩どもゆえ、騒ぎ立てそうなもの。駄目を連呼した者など、殊更に大声を上げそうなもの。しかし、嘲る者など皆無で御座います。

 塵芥に等しい者共なれど、至高なる御方の声が心に届けば、理解し得ぬ事態の予兆程度は感じられるものでありましょう。

 モモン氏と迫る骨飛竜との距離は、残り100メートル。

「いまこそ朕が、地獄なり!」

 我ではなく朕と書いて、われと読む。虫けらにも劣る者共であっても、至高なる御方の偉業を目撃すべく、本能的に襟を正すものでありましょう。

 残り41メートル。

「マキシマイズマジック!」

 夜風を切って降り下ろされたのは、御方の人間態と二つの幻影の右手。

 残り……。

「インフェルノブラスタァアアア!!!」

 炎の門が輝き、轟いたのは裂帛の怒号!

 炎の門に触れた飛竜へ、放たれたのは貫き焼き尽くす熱光線!

 天と地を紅色に染め上げた光炎は、たちどころに金色の三ツ首骨飛竜を飲み込み、抵抗する間もなく焼き、滅し、蒸発させ、北東の空へ飛び去ったので御座います。

 第九位階魔法《煉獄の奔流》。

 それは大口径の熱光線によって、炎属性のダメージを与える攻撃魔法。個人に与えるダメージ量は同じ炎属性攻撃魔法の《朱の新星》にかなり劣るものの、熱光線は貫通属性を持つため、射線上の全ての対象にダメージを与え、相手が巨体の場合には多段ヒットするのだそうで御座います。なお熱光線の直径は、エレメンタリスト(ファイアー)のレベルに比例するとのこと。この魔法について、嘗て弐式炎雷氏が「前方一直線型のマップ兵器みたいなもんだよねぇ。俺はスキル使って避けたけどさ」などと評していたのを、ギルド長たるモモンガ様は御記憶しておいでです。一般論なれど炎属性はオーバーロードの弱点属性で御座いますゆえ。

 

 烈光が収まり、炎の門も消え、城塞都市エ・ランテルに夜が戻った時、市民達は気が付きました。

 忌まわしく魂を蝕む咆哮は、既に聞こえませぬ。路上から見える範囲の空を、一生懸命に探しても、恐るべき金色の巨体は見当たりませぬ。

「怪物が……消えた? 助かったのか?」

 都市のそこかしこで溢れた呟きは、人間達の矮小な認識です。

 金色の三ツ首骨飛竜は、エ・ランテルの住民達を、片端から喰らっていたわけではありません。都市そのものを、手当たり次第に破壊していたわけでもありません。

 それでも、頭上の脅威が消滅したのだと理解して、人々は歓声を上げました。

「私達、助かったのよ! 嗚呼、助かったのよ!」

 安堵の涙を流す者あり。名も知らぬ相手と肩を叩き合う者達あり。そして、まだ元気を残した者のなかには、空に佇んでいたモモン氏が動き出すのに合わせ、歩き出す者もありました。

 

 ウォー・ウィザードのモモン氏は、飛んで冒険者組合へ向かいます。

 ーー大成功ではないにせよ、大失敗でもないはずだ……多分。

 ひと仕事終えた直後には、反省点ばかりが思い浮かぶもの。向上心が強い御方ならば、自ずと取り零しに目を向け、次への教訓となすのが当然で御座います。

 ーーアインズ・ウール・ゴウンは異形種のギルドなのに、この都市で俺がオーバーロードの姿を見せたら……。間違いなく、今夜の騒動が台無しになる。寝落ちしなければ……いや、違うか。

 夜風を切り捨て、溜め息をひとつ。

 ーーモモンガ・モモンの切り札は、スルシャーナと異なる“死の神”を降臨させる……うう……。自分で考えてて恥ずかしくなってきた。しかし、そもそもだ。六大神の最期はどうだった。

 頭を振った悩める青年のモモン氏は、反省が後悔へ退行するのを止めました。

 ーー浮き足立ってる自覚も無しに、準備不足のまま始めたイベントが、成功する筈もない。この世界の人間にとってアンデッドは、やはりモンスターなんだよな。ついつい最初の交流を基準にしてしまうけれど、カジットは例外中の例外。

 オーバーロードたるモモンガ様。至高の御方をモンスター扱いする輩に、舌など必要御座いません。薄汚い口内のそれは、ひと摘まみずつ、爪で千切り取られるべきです。

 ーー逆に考えるんだ。このエ・ランテルではオーバーロードの俺を、直ぐに披露しなくても良いんだって。

 そろそろ冒険者組合の建物が見えてきました。

 ーー相手がアンデッドであったとしても、差し伸べられた手を掴みそうな国。……竜王国か……。場合によっては、夜が明けたら宿屋から“翡翠輝石の大駒”を回収して、さっさと……って、人が多い?!

 冒険者組合の建物前は、広場になっています。普段なら誰もいない時刻なのですが、今夜は冒険者達が屯していました。全員ではないにしても、エ・ランテルを拠点にしている冒険者の多くが、この広場にいると思われます。

 ーー中にも入らず、何故?

 人間態でも100レベルらしい聴力を誇る耳が、「確かに炎を纏っている」の声を地上から拾いました。モモン青年は炎属性の防御魔法を解除し、広場の真西端へゆっくりと降下なさいました。そこが一番空いていましたので。

 ーーあっ、これは、ヤバい状況だ。

 モモン氏を見上げる冒険者達、中でも魔法詠唱者達の目が、キラキラしています。無理もありません。彼等彼女等にしてみれば、モモン氏は凄まじい実力を持つ魔導師なのですから。

 ーーこれは、気の利いたスピーチを求められるパターンだ。

 降り立った場所の近くに偶々いた、四人組で銀級の冒険者達。その内で手に杖を持つ、中性的な顔立ちの若者が尋ねてきました。

「あっ、貴方はいったい……」

 ーーこれは困ったぞ。想像していたよりも、与えた印象は悪くなさそうだ。それだけに、人間関係は最初が肝心。ギルドメンバーの素晴らしさを話して聞かせるテストケース。それを始めるために、この瞬間がとても大事!

 質問をしてきた若者は、チームのリーダーらしい青年から、「初対面の相手に名乗りもせずに」的な説教をされています。ですので、少しは時間が有ります。しかし、余りにも短い時間です。

 名前を告げれば済む問題ではありません。鈴木悟氏が飛び込み営業で使っていた口上は、今後を考えれば避けるべきでしょう。

 ーー衆目を集めるのは、早くても明日の朝になるだろうと思ってた。ギルドメンバーを神をも超える神として、英雄っぽく語るため……。ええいくそっ、焦るなよ俺!

 オーバーロードの御姿ならば、感情が昂りすぎる事態は有り得ませんものを。

「その人が、モモンさんよ」

 あがり気味な至高のモモン青年を救い申し上げたのは、組合入口の近くに立っていた、赤髪の女冒険者でした。

「エ・ランテルに舞い降りた炎の英雄モモンガ・モモン、その人よ!」

 軽い深呼吸をする余裕ができ、今は人間態の御方は、胸中で呟きます。

 ーー真に英雄を語り得るのは、英雄として振舞い得る者のみ。ましてや神を超える神を語るには……。これは相当に、この都市で練習しないと……。ブリタには、後で礼を言わないといけないな。炎の英雄なんてのは、盛りすぎな気がするけどさ……。

「モモン!」

「モモン!」

「モモン!」

「モモン!」

 冒険者達に囲まれるのみならず、広場まで歩いてきた市民達にも囲まれて、その名を讃えられ……。青年の姿であるモモン氏は、少しだけ頬を赤くなさっておいでです。

 一ヶ月くらいエ・ランテルに滞在するのも悪くないと、御考えになりながら。




 今更ながら、人間態の名をモモンカ・イザースカルにすれば良かったかなと妄言中w


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