バイオハザード インクリボンがゴミと化した世界で (エネボル)
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チャプター1 01 かゆうまとか笑い事じゃない

 幼少の頃、俺の一家はラクーンシティーに引っ越した。

 その際に俺はなんとも言えない妙な忌避を感じたらしく、特に引越しの当日にはことらさひどく泣き叫んだらしい。

 その事をこの年齢になって改めて考察すると、俺はあの時、一種の“虫の知らせ”のようなものを感じた。

 あるいは“予兆”という奴を敏感に感じとったのだろうと思う。

 

 

 ☆

 

 

 ジョー・ナガトの手記 その1

 

 

 9月23日

 

 

 最近、紙面で“暴動事件”という単語を目にする。その度に思うのだが、やけにその数が多いんじゃないだろうか?

 それらの事件について今日のタイム誌のコラムには『近年、米国で多発する多数の猟奇的な事件について』というタイトルで、どこぞの大学のインテリ様が偉そうなコメントを載せていた。

 曰く、『荒んだ心が事件を引き起こすのだ――』との事。

 俺にはとてもそれだけ(・・・・)の事の様には思えないのだが、どうやら一部のインテリ様の感覚によるとそうらしい。

 

 またそれとは別に最近は『人が人を食う』という奇怪な食人鬼の噂を街で耳にする。俺の記憶に間違いがなければ、確かこちらの噂が始まったのは今年の夏頃だった筈。

 暴動事件は兎も角、食人鬼の噂に関してだが、これは実際に起こった事件を元にした一種の創作――所謂(いわゆる)ロズウェルの円盤(UFO)的なモノだろうという見方が強い。事実、俺自身も当初は新聞社の作る大衆向けの娯楽のだという風に考えていた。

 しかし最近ではそれがどうやら単なる作り話とは思えない感じがする。

 このラクーンシティの至るところで、全体的に妙に不穏な空気を感じているからだ。

 

 街の様子が少しおかしい(・・・・)と感じるのは、多分俺だけじゃない筈。実際、外を歩く際には妙な緊張を強いられる事があるし、街を巡回するパトカーの台数も多く、警察職員らの放つ空気は平時よりもやけに陰鬱というか不穏だ。

 はっきり言ってしまうと皆、何かを怖がっている。

 そんな印象を受ける機会がやたらと多いのだ。

 

 そして俺も日記だからこそ此処に本音を書くが、実は現状に不安を感じている内の一人である。

 特にここ数日は体調の悪さも手伝いひどく気分が滅入っている為、ことさらそれを強く感じるようになった。

 有事に対する備えと戸締りを確認し、今日はもうさっさと寝る事にする。

 どうにも熱っぽく、頭が痛い。

 早く治ると良いが……。

 

 

 9月24日

 

 

 父子家庭且つ親父が警察官。

 そんなありふれているとは言い難い家庭環境の所為か、もう随分と前から独りで夜を明かす事に慣れざるを得なかった。

 しかしながら恥ずかしい事に、俺は最近の街の様子に対し物凄く強い不安を感じている。

 ――だからまぁ、こうして子供の時代のようになんとなく親父に帰りを起きて待つ事にした。

 しかしこうして待っていて思うが、たぶん今日も帰ってはこないだろう。そんな気がする……。

 

 さて、それはそうと今日は今朝の段階で家の方に幾つかの連絡があった。

 ひとつは親父からだ。

 警察の方はどうにもかなり忙しい状態が続いているらしく、またそれを裏付けるかのように“非常事態宣言”という物々しい知らせが昼ごろに役所から発布された。

 それとは別に体調不良で休んでいた学校の方から、昨日の夕方の時点で付近の学校が全て緊急閉鎖されたという知らせを受け取った。

 

 用のない外出は控えて戸締りは厳重に――。

 

 そんな知らせを口酸っぱくいろんな連中から言われた一日だった。

 しかしおかげで独りで家に篭る気分にはとてもなれなかった。

 だから、だろう。色々と言われる事も承知の上で、俺は昼から気晴らしもかねて久しぶりにバイト先の『ケンドの銃砲店』に行く事にした。

 

 街に漂う不穏な空気が原因だろう。俺は久しぶりに訪れたそこでひどく珍しいモノを見た。

 銃を求める顧客の活気――その余りに奇怪な光景を前に、俺はひどく眼を丸くした。

 それは今でもよく覚えている。

 普段は店長の友人か、その手の趣味を持つ人間。もしくは仕事柄銃を使う人間といった常連が屯する小さな店。

 そこに訪れたありえない数の新規の客――。

 それを奇妙と呼ばずになんと呼ぶのか、知っているならぜひ教えて欲しい。

 

 とはいえ、利益が増えるのは結構な事。また少し店長をおだてれば来月の支給に多少の色をつけてくれる予感がしたのもある。そんな下心もあってか、今日は久しぶりに気分よく全力で働けた。唯一、それだけは救いだった。

 しかし大量の顧客を前に店主のロバート・ケンドは「まったく忙しいな、おい!」と、ひどく嬉しそうな悲鳴を上げていたは、それも最初の内だけ。

 遂にはロバートも胸中の不安を幾度か吐露した。

 

 ――街全体で武器を必要とするなんで絶対におかしい。

 

 そんな胸中の不安を忘れようと昼は店の忙しさに没頭したが、こうして夜になり暇になると改めて脳裏を過ぎりやがる……。

 このまま何事も無ければと思う。

 寝る。

 

 

 ======

 

 

 さっき、親父から連絡がとどいた。

 『出かける時は必ず銃を携帯しろ』、『必要に応じて私物のいくつかを拝借しても良い』

 そうした言伝に加え、『新たに発生した暴動を取り押さえようとした際、暴徒に腕の一部を噛み千切られた(・・・・・・・)』という知らせを受けた。

 たちの悪い冗談だと思いたいが、流石に嘘には思えない。加えてふと噂の『食人鬼』の事を思い出した。

 噛み付かれたならまだしも、噛み千切られただなんて言い回しは流石に大げさすぎるだろうと思いたい。

 マジで大丈夫だろうか?

 本気で心配だ。

 

 

 9月25日

 

 

 《日本語で書かれている》

 

 

 聊か精神的なショックが大き過ぎる事が立て続けに起こりやがった。

 とにかく今は冷静になりたい。

 とりあえず、今日(・・)の俺の身に起こった出来事について書き殴る事にする。

 

 まずは連日の暴動事件で度々人々を襲っていたという噂の『食人鬼』についてだ。

 今日からはそれを食人鬼(ゾンビ)と呼称する。

 冗談のような話にきこえるもだが、残念ながら事実だクソッたれ。理由はそれ以外に呼称のしようがないからだ。

 蘇った死体が人を食うなんて話はロメロの作った『ゾンビ』以外で聞いた事がない。しかし相手はまさにそう言った怪物だった。――実際、俺もこの眼で見てそれを強く思った。

 今も窓の外から微かに聞えてくる無数の呻き声は、全てそいつら(・・・・)の鳴く声だ。そしてところどころで無数に上がる悲鳴もまた当然、やつ等が原因だ。

 この期に及んで明日には街全体に平穏が戻るなんていう妄想はしない。

 これより先にあるものは“地獄”に他ならないだろう。――()はそれをよく知っていた。

 だからこそ、こうして(・・・・)強く混乱している。

 しかしある意味ではそれで腑に落ちるという気もした。

 事実、“予兆”は以前から既にあったのだ。

 ラクーンシティーとアンブレラコーポレーションの名前に対し、俺は昔から強い忌避を感じていた。それは間違いないと断言できる。――だからこそ今更になって思うのが、どうしてそれ(・・)にもっと早くに気づかなかったのかという後悔だ。

 悠長に過ごしていた過去の自分を殴りつけたくなる。それ程に事態は深刻だ。

 ()は、この瞬間に起きている“出来事”について大まかにだが知っていたんだ。

 理由はわからない。

 しかし、それだけは明確に判る。

 どうしてだか、俺の中には今の俺がまだ今の俺ではなかった頃の記憶があるのだ。

 仏教で言うところの、所謂『前世』とか、そういう(・・・・)荒唐無稽な――そういう説明しか出来ない“謎の記憶”が、俺の中にはあったのだ。

 こんな事を真面目に言い始めたら周囲は俺を狂った精神患者のように思うだろう。

 実際、この事実に直面している俺自身がそう思うのだから、それは当然の反応だと俺が保障してやれる。

 しかし生憎と事実であり、理解されずとも俺には俺の狂気を否定出来なかった。

 

 体感としては数十年くらい前のモノだろうか。それ程の時間が経過しているような記憶だ。

 それでも色あせずに記憶に残るにからこそ、かのゲームは『名作』と呼ばれたのだろう。

 今となっては忌避したい名前だ。

 

 ――『バイオハザード』――

 

 アメリカだと『レジデントイーヴィル』という名前で販売されたビデオゲーム。しかし重要なのはそこではない。

 これから俺はかのゲーム内で描かれたゾンビ映画さながらの地獄に身を投じるという事。そして生き残る為に壮絶な体験を乗り越えねばならないという事を理解させられた。

 クソッたれ。あぁ、本当にクソッたれな状況だ!

 気が狂いそうになる!

 

 

《ページが毟り取られている》

 

 

 件の記憶の事とは前後してだが、今日、俺の身に起こった出来事がもう一つある。

 初めて人に銃を向けた事だ。

 まぁ、実際は向けるどころか引き金を引いて4発もぶっ放したのだが、それはいい。重要な事じゃない。

 事の発端は保存食とミネラルウォーターを買いに出かけた帰り。

 そこで俺は初めてゾンビに相対した。 ※その時は流石に相手を本気でゾンビだという風には思えなかったのだが、今になって思えばその時の俺の判断は決して間違いではないだろう。

 そして俺は親父の言いつけを護り、当時は肩に38口径の護身武器をぶら下げていた。

 ゾンビとの遭遇の際にはそれも手伝ってか咄嗟の対処に事欠きはしなかったが、それでも現実離れした光景に強いショックを受けたと思う。

 未だにショックが抜けきらないくらいだ。

 しかしこうして冷静になり、精神的な部分では多いに吹っ切る事が出来たのかもしれない。

 足に1発、心臓に2発、頭部に1発撃ちこんでもまだ動こうとする存在が人間であってたまるか。

 あれは人間じゃあない。文字通りの怪物だ。だから、ぶっ殺せる。

 これから先の現実を前に、しっかりと相手を倒すべきだと認識できるようになったのは幸いである。次に会った時はパニックを起さずに確実に頭を撃ち抜けるだろう。

 今度は余計な警告もしない。

 ――絶対に死んでたまるか。

 

 さて長々と書いたが、要するに俺には前世でこの状況を描いた『バイオハザード』というゲームで遊んだ記憶があり、そして生きる為にその記憶が使えるかもしれないという事。そしてその事実に気づいた事が、なによりも重要だという風に改めて認める事。コレに尽きる。

 前世の記憶については不明な点が付きまとうが、それについては今は考えない事にした。

 深く考えても答えなど出ないからだ。故に、この記憶はこれから(・・・・)先の地獄を生き残る重要な情報の塊だという風に認識する事にした。

 

 ある意味ではジーザス()に感謝するべきかもしれない。決して教えに敬虔だったとはいえないキリスト教信者だが、今だけは主に感謝します。アーメン。

 ――とはいえ、思い出すならもっと早い段階でそれに気づきたかったというのが本音である。

 

 とにかくだ。現在の状況と時系列的に、『バイオ2』、『バイオ3』、『外伝アウトブレイク』をプレイした記憶がことさら使えそうであるのは間違いない。確かバイオハザード2はラクーン警察署が舞台であり、バイオハザード3と外伝のアウトブレイクは同時系列中のラクーンシティ全体がその舞台であった筈。しかしゲーム本編で描かれた印象深いシナリオや特徴的なギミックを除き、流石に俺の記憶も詳細な部分に関してはひどくうろ覚えな点が多くある。

 特にアウトブレイク関連の記憶がほとんど無い事が痛い。漠然とした説明でも酒場に勤めるウェイトレスのような民間人を主人公にした作品だった気がする。そのくらいの事しか判らない。 

 この記憶の虫食い部分に今後、生存に必要な重要な情報等が眠っていない事を祈りたいが、どうだろう。一度くらい真面目に教会のミサに参加しておくべきだったと今更思った。

 とりあえずゾンビをなるべくヘッドショットで殺し弾を節約する事。

 リッカーは足音を立てずに殺す事。

 植物系や昆虫系のクリーチャーにはなるべく炎を使って対処する事。

 そうした場当たり的な対処に役立つ知識だけでもあるだけ救いだろう。

 ――俺以外の連中はきっとそれすらも知らないでいる。

 

 インクリボンとタイプライターを使って“セーブ”が出来無いと言う点は俺も同じ。此処はフィクションでなく堅実で残酷な現実の世界。故に、例え未来をほんの少しカンニングできたとしても、そこにたどり着けるかは別問題。また生きるか死ぬかについてはそれこそ運が絡んでくる事もある。

 死にたくないなら、本気で腹を括るしかない。

 改めて思うが本気でふざけてやがる。ゾンビに食われて死ぬなんて例え死んでもゴメンな最期だ。クソッたれ!

 生きたい。生き延びたい。別に将来に大きな夢や希望があったわけじゃないが、それでも死ぬよりは生きていたいと思うのは当たり前の事。

 ――そして、そんな当たり前の事を命を駆けてつかみ取らなければならない現実がこれから訪れる。否、既に始まっている。

 こんな事は改めて書く事でもないが、この世界が『バイオハザード』ならばきっと俺の願いはこの世で一番贅沢なのだろう。しかしそれでも俺は強く願う事を諦めない。

 

 生きたい……ちくしょう! クソッたれ……!

 

 

 ====== 

 

 

 回線が込み合っているのか、親父のいる警察署のオフィスに電話が一向に繋がらない。

 あまり思い出したくはないが、親父は暴徒に噛まれたと言った。

 この場合の暴徒とは十中八九ゾンビの事だろう。

 不安だが、不安だろうともうどうしようもないのだろう……。

 俺に出来るのは精々“最悪”を想定して覚悟を決めつつ、全力で行動する事だ。それ以外には、もはやどうしようもないのだ。

 このまま家に引き篭もりたいとさえ思う。しかしその選択が死に直結すると知っている。

 ――辛い。辛いが、どうしようもない。

 武器は家に保管してある幾つかとケンドの銃砲店で手に入るだろう。後は食料や救急キットを初めとするサバイバルに必要な道具――。

 しかし集めるにしても夜に動くのは得策ではない。

 行動を起すのならば朝一番が良い。

 今夜出来る準備をやり遂げた後、あと俺に出来るのは物音を立てないように夜を明かす事だろう。

 

 今、俺は不安に苛まれながらこの手記を書いている。

 今夜ばかりは愛用のベレッタが頼もしい。 

 いつにも増して独りで過ごす夜が不安だぜ、ちくしょう。

 ガキじゃあるまいし……あぁ、ちくしょう。怖い――。呻くなよ、クソ野郎……。

 

 

 9月26日

 

 

 日付が変わって程なく経った頃に親父から電話が掛かってきた。

 二日酔いで苦しんでいる時の方が快調に思える。そんな酷い声だ。

 親父は「街から逃げろ。自力での脱出が難しいのなら、警察署まで来い」と言った。

 簡単に言ってくれるよ、まったく……。

 それはそうと「噛み千切られた傷は大丈夫か?」と尋ねてみた。すると親父は大丈夫だと軽口で返した。

 明らかに大丈夫じゃないだろうが。その際の受け答えに、『やけに身体が痒くて熱い』やら『やけに腹が減る』という台詞があったのがその証拠だ。

 正直、聞きたくなかったし、知りたくもなかった。

 どう聞いても有名な“かゆうま”の症状だ。

 ――俺の勘が正しいのなら親父は死に掛けで、同時に『ゾンビ』になりかけている。

 ふざけやがって。

 忌々しい事に親父の運命に気づいたとて、俺には何も出来ない事が理解できた。

 脳裏を過ぎるバイオの記憶であっても明確に“かゆうま”から人を救う方法は無い。いや、もしかすればあるのかも知れないが、俺には判らない。

 癪にも唯一判るのは親父が“T”に対する抗体を持たなかった事。そして感染した人間として、ほぼ間違いなく誰かに殺されてやる事が一番だという事実。

 

 ――あぁ、まったく。親父は死ぬんだろうな。チクショウが!

 この電話は遺言になった。

 俺には生きろと言いやがった! 簡単に言ってくれるが、だったら教えてくれ。どうやったら生きれるんだよ、ジーザス! 

 

 クソッたれ!

 

 

 《字が滲んでいて読めない》

 

 《ページが破れている》

 

 

 ☆

 

 

 ――戸締りして、安易な外出は控えて救助をお待ちください。

 ラクーン市警察から発布されたその指示に対し、むしろ素直に従う市民の方が体感的には少なかった様に思う。

 事実、全市民に向けての警告は寧ろ、脅威にいち早く気づいた者に独自の脱出を促す方向へと進んだ。

 まばらな人の動きはほどなく大きなうねりとなり、些細な切っ掛けで事態は暴動と化す――。

 そして遂には無数の警察職員が動員されても収拾が付けられなくなった。

 夜が明けて程なく発せられたラジオからは、しきりに『街から直ぐに脱出しろ』との声が上がる。

 苦悩共に眠れぬ夜を明かしたジョー・ナガトの元に“闘いの開幕”を告げる知らせが届いたのは、まさにその頃であった。

 

『――ジョー・ナガト! 無事か!?』

 

 けたたましく鳴り響いた電話。それを受け取ったジョーの耳に早速飛び込んできたのは、ジョーもよく知る父親の友人の声だった。

 

「あぁ、聞こえている……。マービンか?」

『――っ!?』

 

 ジョー・ナガトの父親であるジョージ・ナガトの同僚で且つ、同じラクーン市警察に属す警察官のマービン・ブラナー。そうした男の何時になく緊張を含んだ問いに対し、ジョーは一度呼吸をおいてからひどく短く応答した。

 

『あぁ、よかった! 無事だったか!』

 

 ジョーの応答にマービンは電話越しに大きく安堵した様子で吐息を吐いた。

 しかしそれとは裏腹に、ジョーの表情は程なく険しく強張った。

 受話器の向こうで無数の警察職員の怒号や悲鳴が聞こえたからだ。

 

「――とりあえず、あんまり悠長に話し込んでる暇はなさそうだな?」

『そういうことだ。それで君は、まだ自宅にいるんだな!?』

 

「あぁ」と、ジョーは短く問いに肯定すると同時、逆にマービンに対して多くの意図を含んだ問いを投げかける。

 

「――で、そっちの状況(・・)は?」

『近くの窓から周囲の様子が見えるなら見て欲しい。文字通り死ぬほど忙しい、だ。それこそ猫の手も借りたいぐらいにな――』

 

 マービンの言葉には強い疲労が篭っていた。

 

『俺達は総力を挙げてゾンビ共に対抗している。君も、隙を見て早く街から脱出してほしい。ちなみにこれは俺だけでなく、ジョージ・ナガト(お前の父親)からの言伝でもある』

「と言う事は、つまり親父は――」

『――その件に関してだが、俺はお前に謝らなくてはならない』

 

 声のトーンを落として言いよどむマービンの様子から、ジョーは父親の容態とその結末を悟った。

 それは半ば予想している答えだった。

 しかしそれを明言されるまではと、ジョーは待つようにマービンに沈黙で催促する。

 しかし程なく、

 

『――ジョージ・ナガトは死んだ』

 

 マービンは絞り出すような声で事実を告げた。

 

「そう、か――」

 

 ジョーは思わず天井を仰いだ。そして沈黙末に無理やり絞り出した声は意外に平坦だと思った。

 告げられた事実を受け止める覚悟はあった。しかし平然と受け止めるには、やはり聊かに酷であった。

 固く握られた拳が内心の動揺に呼応してギリリと軋んだ。

 

『――いいか、ジョー。よく聞いてくれ。この街の状況は非常に深刻だ』

 

 ジョーの心情を察してか、マービンはそれ以上は話題の堀下げをせず、勤めて事務的に状況の再確認を始める。

 

『ゾンビの数は既に計測不能な領域に達している。奴らは殺した者もゾンビに変えるからだ。そこで我々はバリケードを設置して奴らを食い止め、その間に生存者の避難を急がせている。――しかしその防御もいつ破られてもおかしくない。厳しい事を言うようで悪いが、現在君一人の為にこちらからの救援を回す余裕はない。銃の撃ち方はジョージやバリーから習ったな? 脱出の車両は警察で用意する。だから直ぐにそこを脱し行動するんだ!』

「……了解」

 

 ジョーは感情を押し殺した声で短く返答した。肩に吊るした護身用の拳銃と昨晩の内に準備した脱出用の荷物――それらをチラリと確認した上で、再度マービンの言葉に注意を傾ける。

 

『無理を承知で言うがこの状況だ。余裕があれば、要救助者になるべく手を貸してやってほしい!』

「判った。何とかひとまず警察署を目指して動いてみる。そこで会おう」

『幸運を!』

「御互いに――」

 

 己の無力をかみ殺すように言うマービンとは対照的に、ジョーは最後まで己の感情を殺しきった。

 受話器を降ろした後、ジョーは黙祷を捧げるように深く息を吐く。

 

「――――死んでたまるか」

 

 双眸を鋭く見開き、ジョーは吐き捨てるような吐息に強く誓いの言葉を混ぜて言った。

 

 

 

 

 ある意味でその少年は、数多くの幸運に恵まれていた。

 危機に対し、人はその人格の根本に宿った個性豊かな人間性をそれぞれ露出させる。しかしこの時、ジョー・ナガトが露出させた彼の人間性は、この未曾有の危機に対しても決して心を折らぬ事であったからだ。

 決死の覚悟をもって困難に立ち向かう――。

 危機を前にそうした決断を行える人格を形成するに至ったのは、他ならぬジョーのその父親ジョージ・ナガトの教育にあった。

 幼少期、突如訪れた母との死別に泣いたジョー・ナガトに、父ジョージ・ナガトは『人生の困難に立ち向かう術』と称して幾つかの闘う術を授けた。それは一種の英才教育であり、また教育者として父の周囲には稀有な才能を持つ多くの友人がいた。

 それら尽力もあり、ジョーはその幼き四肢が伸びきる頃には既に、並の大人と遜色無いほどに研磨されていた。

 それこそが、ある意味で彼を幸運だと称する理由でもある。

 日常ではほとんど発揮する事無く、また使う機会の無かった教育の成果――。

 母の死から十数年が経った今、この瞬間に至って初めて過不足無く対抗する手段が存在する事実を幸運と言わずになんと呼ぶのか?

 ジョーはこの瞬間の事を父が見越していたとは夢にも思わなかったが、しかし確かに今、その父の教えが役に立つと確信し、小さく笑みを浮かべた。

 

「――悪い親父、死ぬまでちょっと借りる」

 

 ジョーは父の部屋に置かれたトランクケースを持ち出し、その厳重に封印されたロックを解除した。

 中を開くとそこには一丁のリボルバー拳銃が横たわっていた。

 44口径 コルト・アナコンダ

 護身用としては聊か過ぎる火力を持ち、普段使いで携行するには少々過剰な代物。しかしこの時、この地獄と化したラクーンシティで生き残る為には、ひどく心強い性能を誇ってくれる怪物――。

 ジョーはその怪物の封印を解くように、トランクに予め用意されていた専用の.44マグナム弾を一発ずつシリンダーに装填した。

 そして、それが終ると衣服と同時に、自らの姿を改める。

 ポケットの多い黒のワークパンツ。生地の厚い長袖の上着。水と食料と予備の銃弾。常備薬類を詰め込んだナップザック――。

 右手には愛用のオートマチック拳銃のベレッタ92Fを握り、予備のホルスターには父の遺品となったマグナムと一振りのナイフ――。

 それらをその身に帯びて準備を整える頃、

 

「――きゃぁああああ」

「っ!?」

 

 アパートの階下で管理人の女性が悲鳴を上げた。

 その声に反応し、ジョーは部屋のドアを蹴り破って豪快に外へと踊り出た。

 そして階下で起こる騒乱を見た。

 

「――っ!?」

 

 アパート一階の玄関口が破られ、一階のホールには大量のゾンビが溢れかえっていた。

 その光景を前にジョーの心に反射的に恐怖が込み上げる。

 しかし、

 

「――全員、逃げろ!」

 

 ジョーは住人達に襲い掛かろうとするゾンビの頭を次々と愛用の拳銃ベレッタで狙い撃つ事で恐怖を封殺した。

 まずはヘッドショットで手早く3体――。

 ゾンビの異形に心が慄く前に、ジョーは自らの放つけたたましい銃声で鼓膜を叩き、死臭を硝煙で誤魔化す事で強引に冷静さを維持した。

 的確な射撃で次々と迫る脅威を沈めるが、しかしそれも多勢に無勢だと程なく気づく。

 射殺する以上の数がアパートの一階部分を埋め尽くさんと迫る中、

 

「あ゛ぁああああ!」

「――くっ」

 

 銃声に反応したゾンビの群れが屍を乗り越えてジョーの方へと迫った。

 その数は両手両足の数を超える程。その数を見てジョーは直ぐ様応戦を諦めその位置から大きく後退し距離をとる。

 その際、階下に居た複数の住人がジョーを見上げて叫んだ。

 

「助けっ! 助けて――」

 

 その声に反射的に視線を向けるが、既に彼らは亡者の群れに飲み込まれていた。

 顔見知りが救いを求めて血まみれの手をジョーに伸ばす。

 しかし直ぐにその手も力無く地面に落ち、程なく蠢き始める(・・・・・)

 

「――クソッたれが!」

 

 無数のゾンビが人を食らうが為に群がってゆく様は、まさに地獄と証するほかない。

 目の前で死んだ者達に対して、ゆっくりと哀悼を捧げる暇も無く、ひたすらに逃げるしか生き残る術が無い。

 ジョーはゾンビの群れが埋め尽くす玄関からの脱出を断念すると同時、踵を返して近くにあった部屋のドアを強引に蹴り破る。

 

「うぉい! なっ、なんだよアンタ!」

 

 ジョーが蹴り破った扉の奥にはその部屋の住人である一人の男が居た。

 男は突然扉が蹴り破られた事実と、銃を構えたジョーに対する恐怖で鋭く悲鳴を上げる。

 

「なんで扉を壊すんだ! 奴らが入ってくるじゃないか!」

「どのみち此処に居たら死ぬ。死にたくないなら、アンタもこっから逃げろ! 此処に居ても助からない」

「そんなっ嘘だろ!」

 

 部屋にいた男は恐怖に慄き蒼白な顔でジョーを見上げ、そして逆上した。

 しかジョーはその言葉の全てを淡々と切り捨てた。

 震えながら命乞いをしても助からない。既に死に絶え、虚ろな目をして無心に生きた人間を貪るゾンビに命乞いなど通じない。

 ジョーはそれを示すように顎で直ぐ外の惨劇を男に指す。

 

「――死にたくないなら自分から動くしかない。行くぞ!」

「っ!? お、おい! アンタ――――」

 

 ジョーは部屋に居た男に手本を見せるような形で、一足先に唯一外へと繋がるベランダの戸を開け、そこからさっさと裏路地に飛び降りてみせた。

 

「警察に行けば脱出用の車両があるはずだ! アンタも早く来い!」

 

 ジョーは飛び降りたベランダにしがみ付く男に向けて、鋭く促した。

 しかしそんなジョーに男は青い顔で言う。

 

「――そんな、無理だ! 俺は飛べない!」

「あ?」

「だから飛べないんだって!」

「――っ、なんで!?」

 

 ジョーは苛立ちを込めて男を急かすが、しかし男はそれでも――と頑なにベランダの手すりにしがみついてそこから飛び降りようとはしなかった。

 男は高所から飛び降りるという恐怖に足を竦ませていたのだ。

 

 ――オオオォォォォ……

 

「――っ!?」

 

 しかし無常にもそんな男の背後に多くの呻き声が迫る。

 

「お、おいっ! 奴らが来たっ! おい、アンタっ、銃を持ってるんだろ! 助けてくれよぉ!」

「此処からじゃ狙えない! いいから早く飛び降りろ! この程度の高さで死ぬか!」

「だから出来ないんだって! くっそ! 俺は高所恐怖症なんだ!」

「知るか、クソッたれ! 早く飛び降りろ! 死にたいのか!」

「~~~っ!?」

 

 ジョーが根気強く強く促した事で男は遂に腹を決めてベランダに足をかけた。

 

 ――――しかしその決断は、余りにも遅過ぎた。

 

「――うああぁああっ助けてくれぁああああっっ!!」

 

 背後から伸びた無数の手により、男は脱出の為にと背を向けた筈の部屋に深く引きずり込まれた。

 無数の呻き声が響く中、一際大きな悲鳴が一帯に響いた。

 死に対する怒りと恐怖に対して許しを乞う言葉を幾つも口走り、男は遂に生きながらに亡者に喰われて逝った。

 

「……くそっ!」

 

 その余りにも壮絶で無残に過ぎる“死”を目撃したジョーは強く顔を顰めた。

 ジョーは吐き捨てるように舌打ちし、そして反射的に日本語での小さな謝罪の言葉を口にしたのち、素早くその場から去った。

 

 今更ながら、前世のジョーは日本人だった。また状況が状況なら日本語に堪能になったと素直に喜べただろう。

 しかしそんな楽観的な考えを抱けるような日常は、既にこの街の何処にも存在しない。

 路地に屯する数体のゾンビを撃ち、その動きが怯んだ隙に肩口からの体当たりによって亡者の群れを蹴散らし、ジョーは遂に大通りにたどり着いた。

 そこには路地裏で見た以上に凄惨な光景が広がっていた。

 穏やかな日常の面影など欠片も見受けられず、路上には車での脱出を試みた者が起した交通事故の跡が幾つもあった。

 目に付く多くが乗り捨てられた無数の車両で、それ以外には破壊された道路脇の給水ポンプから水流が溢れる様子。――無論、石造りの路面に広がるのは他ならぬ多数の死者と流血と臓物だ。

 そして唯一動くモノがあるとすれば、それこそ無数のゾンビ。またはその死肉を無数のカラスといったくらい。それらがあちこちで市民の肉を汚らしく食い散らかしている地獄を目の当たりにしたジョーは反射的に叫んだ。

 

「――っ! 生きてる奴は警察署を目指せ! そこに行けば街から脱出できるぞ!」

 

 見知った街の変わり果てた様子。

 それらを前に、ジョーは思わず己に出来る最低限を実行に移した。

 生きてゾンビに応戦する街の住民が居た。

 しかし彼らは、ゾンビの圧倒的な数の暴力を前に、あまりにも微力な抵抗しか出来ていない。

 そこに向けてジョーは愛銃のベレッタを構える。

 

「逃げろ!」

 

 住人達に襲い掛かるゾンビを蹴散らしながら、ジョーは残った生存者力強い声で脱出を促した。

 それは正義感に端を発した慈善と言うより、一種の現実逃避に近い行いだった。

 ジョーは目の前の現実をまともに受け入れる事を拒んだ。拒んだが故に、マービンからの頼みを心の支えとする事で、ようやく動けていた。

 

 ――しかし結果としてその行動で救えた者は確かに存在した。

 

「助けて!」

「っ!」

 

 突如、背中に向けて掛けられた悲鳴に対し、ジョーは思わず振り返った。

 振り返った先には白いドレスを着た金髪少女を筆頭にした数人の生存者が、集団で走っている様子が見えた。

 生存者達はその眼に強い恐怖を貼り付け、縋るように拳銃を持ったジョーに助けを求めた。

 ジョーは生存者達の怪我の有無を確認するより先に、その背後に迫る無数のゾンビと赤い眼を爛々と光らせる大量のカラスの姿に注意を向けた。

 

「お願い! 私達もつれて行って!」

「うるせぇ、下がってろ!」

「――っ!?」

 

 先頭に居た少女――否、美女が叫んだ。その美女の事はジョーもよく知っていた。度々紙面に登場するラクーンシティの市長マイケル・ウォーレンの娘だ。

 しかしその有名な美人とて逼迫した状況の前では余りに無価値。

 事実、対するジョーの返事はいつにもまして辛辣なモノである。しかし、対してその救助行動はよどみなく行われた。

 ジョーは助けを求める言葉を端的に遮り、殆ど反射的に生存者全員を背後に隠し、その上で彼らの背後を追って迫ったゾンビとカラスの群れにベレッタの銃弾を撃ちこんだ。

 しかし、銃声が響くと同時にジョーは直ぐにその行いが多勢に無勢である事を強く理解する。

 

(――どうする!?)

 

 状況を打開する為に必要な解。それを求める思考に脳が埋め尽くされる。しかし答えを紐解くまでに費やした時間は、意外に現実では一瞬に等しい刹那となった。

 

「あれか――っ!」

 

 ジョーの眼に破損して乗り捨てられた一台の事故車両が写った。

 車両と状態を見てから使える(・・・)と判断しての行動は、まさに目にも留まらぬ速さである。

 ジョーは左手にコルト・アナコンダを握り、次の瞬間にはガソリンを零す事故車の給油口に向けて引き金を引いていた。程なく燃料タンクが鋭く撃ち貫かれ、飛び散った火花が零れたガソリンに引火した。――そして閃光が走った直後、事故車がゾンビとカラスを巻き込んで盛大な爆発を起した。

 

(マグナムの威力は申し分無し! だが銃弾の希少さが問題なのと……あぁ。チクショウ。手首がクソ痛ぇな!)

 

 一先ずの危機を乗り越え、ジョーは思わずといった様子で痛む左手首を軽く振り、そして匿った生存者達に向き直る。

 生存者の一同の顔には例外なく、目の前で起こった大爆発に対する強い驚きの色がありありと浮かんでいた。

 

「――――とりあえず此処から一端離れるけど、まだ走れるか?」

「え、あ……はい!」

 

 ジョーは手近に居た少女に対し、足早にその場からの離脱を提案した。

 

 

 ☆

 

 

 街に発生するゾンビの数が計測不能な領域に達し、状況は警察に対処出来る範囲を大きく超えている。

 事態の鎮圧が不可能ならばせめて住人を外に避難させよう。

 この状況に至ってラクーン警察職員らの尽力は余りにも微力であった。

 ゾンビの圧倒的な数の前には、何もかもが焼け石に水。

 事実、多くの死傷者を出した警察の防衛能力には既に強い陰りがある。

 防衛力の低下の最たる原因は他ならぬゾンビによるものだが、しかしそれと同じくらいに警察職員の手を焼かせていたのは、実はこの事件の混乱に乗じて暴徒と化したラクーンシティの住人そのものであった。

 生存者を喰らおうとするゾンビよりも、単純な恐怖と混乱で正気を失った住人の行動の方が予測困難で、時に警察職員は住人の混乱を増長させる無法者を見せしめに射殺する事を余儀なくされた。

 そしてそれら正しいはずの行いが、一連の事態に対する最悪を加速させる引き金となった。

 自らの手で処刑を実行した者は結果として己の命を賭けてもと、死地に立つようになる。死地に立つ者の心にはほぼ例外なく『殺した以上の数を救わねば――』という強い脅迫概念が生まれ、そしてその思考の蔓延が結果的に状況に対応可能な人材不足に更なる拍車を掛ける。

 ――そんな悪循環が至る所で発生したのだ。

 

 しかし、そうして数を削られながらも未だ警察職員らの心は折れてはいなかった。

 例えば、マービン・ブラナーを初めとする現場の職員達。

 

「――避難の移送車両は何台残ってる?」

「4台と言いたいけど、さっき出発したから3台に減ったわ。先発した車両が戻ってこれるならその限りでは無いけど――」

「くっ」

 

 マービンをはじめとする現場のラクーン警察職員達は懸命に住人の脱出作戦に動いていた。

 皆、連日の昼夜問わずの激務の所為で、既に顔に強い疲労を浮かべている。

 しかし、誰一人として休もうとはしない。。

 理由は他ならぬ彼らが背負うと決めた市民の命が掛かっているから。

 

「リタ、悪いが引き続き通信を頼む。それと現場付近に車を持っている住人が居たら、なるべく手を貸してもらってくれ。車両はこの際、警察の専用車両でなくても良い。スクールバスでも民間車でも、使えるものならそれこそ何でもだ。署に居る避難者の脱出の為にも回してくれ」

「えぇ。わかったわ」

 

 傍らで副官のように動くリタに指示を出したマービンは、チラリと署内にに逃げ込んできた市民達の顔を盗み見た。

 市民達は例外なく強い恐怖をその顔に貼り付けていた。

 中でも特に敬虔な者達の手には十字架が握られていた。

 必死に祈って己の許しを乞ういる者達――それら護るべき市民の姿を見て、マービンは改めて強く決意を固める。

 またその胸中の決意は署内の市民課、交通課、強行犯係、窃盗犯係、丸暴担当、鑑識といった各方面の警察職員にも共通した。

 それがあるが故に、彼らは仕事場が違っても同じバッジの下に力を合わせる事が出来たのだ。

 市民の命が己に掛かっている。そう自覚するからこそ、彼らは決して弱音を口にはしない。己が折れた時、真っ先に死ぬのは己では無いと考えるからだ。

 しかし現状は余り酷であった。

 

「――くっ、避難者の数に対して車両の数が少なすぎるか」

 

 マービンは思わずと言った様子で歯がゆさを吐露した。

 元々は美術館であったと言うラクーン警察署。 その建物は並みの施設よりも広大であると同時に堅牢だ。しかしそこに逃げ込んだとて結局は時間稼ぎに他ならない。加えて“最初の事件”の発生から今日に至るまでのゾンビの増加率を見れば、篭城が何日も通用するとはとても思えない。

 嫌でもそうした予想が出来るからこそ、マービンは胸に苛立ちが込み上げるのを感じた。

 

「とはいえ、時間が稼げるだけマシ、か。その点だけは評価してやるか……」

 

 マービンにしては珍しく、この奇妙なラクーン警察署の建物とそれを頑なに使い続けた署長の悪趣味を褒めた。

 しかしその賞賛は冷たい嘲笑を込めてあり、痛烈な皮肉にしか聞えなかった。寧ろ、思い返せば滾々と強い怒りが込み上げる。

 

(もはや、あのブタの安否等正直どうでもいい。居なければ居ないでそれに越した事はない。寧ろ真っ先に食い殺されればいい!)

 

 マービンは思わず己の拳を握りこんだ。

 現状、再び姿を消したブライアンに対し思うのは『二度と姿を見せてくれるな!』という強い嫌悪である。

 今回の事件の発生時、ブライアン署長はその姿を何処かに隠していた。しかしふらりと戻って来るなり、唐突に彼は署内の武器の一極集中管理に対する強いダメ出しを行い、勝手気ままな命令で弾薬と銃本体の位置を滅茶苦茶に変えてくれた。それは非常時における迅速な対応の“邪魔”と言う意味では、舌を巻くほど優秀で、もとより欠片も敬意を抱かなかったがマービンらが完全に見限った程。

 

 

「おい、受け入れた避難民の中にジョージの息子はいるか?」

「いえ、現状ではまだ確認できていません」

「っ、そうか……」

 

 怒りを押し殺すマービンの元に、新たに避難者を受け入れたという部下からの報告が入る。

 それを受けてマービンは真っ先にジョー・ナガトの安否を尋ねた。

 しかしそれに対する返答はマービンの望みとは異なる結果であった。

 既に同僚のジョージ・ナガトの息子ジョー・ナガトに電話で脱出を促してから2時間が経つ。ジョーが自宅から遠回りして警察署に来るにしても、聊か時間が掛かりすぎていた。

 

(――ジョー、頼む! 無事で居てくれ!)

 

 幼少の頃からその成長を見守ってきたが故に、マービンは一個人としてもジョーが無事に生きて街から脱出する事を望んでいた。

 そして焦り陰鬱な思考はマービンの中に強い後悔を呼び覚ます――。

 

 マービンの脳裏を過ぎったのは数ヶ月前に起こったある事件についての記録だ。

 それは今年七月、アークレイ山地で発生した猟奇殺人とその調査に赴いた警察の特殊部隊S.T.A.R.Sの身に降りかかった一件について。

 アークレイ山地に投入された同部隊は、その山中にあった洋館で驚愕の事実を目撃した。そして洋館の地下で彼らは製薬企業アンブレラ・コーポレーションが極秘に行っていた生物兵器の研究を突き止めた。

 今年7月に発生した『食人鬼』による複数の連続殺人が、その開発プラントから流出したウィルス兵器による二次災害である事を知り、そして白日の下に晒される前にその全てを闇に葬ろうと画策したアンブレラの悪意を振り千切って、S.T.A.R.S.は洋館を生きて脱出した。

 既に山中にあったという洋館は消滅しており、現在に至っては再調査の目処も立っていない。しかし洋館地下で行われたウィルス研究の証拠は多数回収されていた。

 辛くも脱出に成功した部隊の生き残りは皆、警察。故にS.T.A.R.S.はアンブレラ社の告発に動いた。

 

 ――しかし結果的にアンブレラ社は糾弾されることは無かった。

 

事件の証拠と報告のもみ消しの工作に走ったのは署長のブライアンだという噂もあるが、実際にはラクーンシティそのものがそれを望まなかったのだ。

 ラクーンシティはアンブレラ社の利益で成り立つ街。そしてその巨大組織への反抗と起こりうる苛烈な報復を強く恐れたが故――。

 無論、当時のマービンもその内の一人であった。 生き残ったS.T.A.R.Sのメンバーの内、最後までアンブレラの糾弾を強く望んだクリスとジルを引き止めた事さえある。しかし、今更になって思えば、それこそが全ての誤りであったのかもしれないと、マービンは時折そうした強い後悔を独り掻き抱いていた。 

 

「主よ――」

 

 マービンは独り密かに懺悔する様に天を仰ぎながら主に祈った。

 懸命に人を救う為に動いた者が悉くゾンビとなった。それだけでは余りに救いがないではないか。せめて友人が――ジョージ・ナガトがその末期の瞬間まで身を案じていた彼の一人息子(ジョー・ナガト)の命だけでも救ってやって欲しい。

 しかしそうして独り密かな祈りを捧げても、状況が好転する兆しは一向に訪れなかった。

 そして無為に時間が過ぎていく中、マービンは焦りばかりを産み出す頭を振り、ひとまず平静さを取り戻すべく、気分転換にと紛失物の管理帳簿を開く。

 その際、ふとデスクの脇に新人歓迎会用のクラッカーと幾つか買い揃えたパーティ用のアイテムが転がっているのを見た。



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02 汝、悔い改め懺悔せよ

 道中で数人の生存者を発見した後、ジョーは一同を引き連れてゾンビの手を逃れる為、近所にある教会の建物に立て篭った。

 

「――ねぇ、警察に行けば街から脱出できるって本当なの?」

「ぁん?」

 

 ゾンビの追跡を逃れた一同は、そこで初めて互いの顔を見合わせる。そして礼拝堂にて、生存者の内の一人がそうジョーに尋ねた。

 ラクーンシティの市長令嬢“オルガ・ウォーレン”だ。

 紙面で度々見かけたその顔に向けて、ジョーは予備の弾薬を装填しながら言葉少なく「あぁ、多分な」と応えてみせる。

 するとその返事が気に入らなかったのか、オルガの隣に立っていたラクーンTVのカメラマン“マックス”が声を荒げた。

 

「おい、何だよ多分って。はっきり言えよ」

「よしなさいよ、マックス」

「だけど、テリ!」

「大人気無いって言ってるの」

「――っ!」

 

 マックスを諌めるようにそう声を上げたのは、同テレビ局でニュースキャスターとして働く“テリ”という女性だ。そしてテリは、その場に唯一の小さな生存者である少女を顎で示した。

 俯いた様子で不安そうに立っている少女は間違いなくこの場の生存者の中で最も歳若い。恐らく、今年で16のジョー・ナガトより、更に4つは歳下だ。

 件の少女は道中でオルガ達と同じ方向から逃げていた。

 その為か自然とその相手をオルガが買って出る。

 

「――――ねぇ、貴方は大丈夫?」

「――うん」

「そう。それで、お名前は? 私はオルガ。オルガ・ウォーレン」

「シェリー・バーキン」

「そう。それでシェリーは独りで逃げてきたの? おかあさんは――」

「ううん。ママが警察に保護してもらいなさいって」

「――っ、そう」

 

 シェリーと名乗る少女は地獄のような世界を見ても尚、泣きも喚きもせずにはっきりとした声で、質問にそう淡々と答えていった。 

 その様子をオルガは痛ましそうな目で見るが、対する様にテリは、

「――ほら見なさい。あの子のほうがしっかりしてるじゃない?」

 と、そんなシェリーの様子と、先ほど声を荒げたばかりの同僚マックスを見比べて意地悪い顔で嘲笑を浮かべた。

 

「ちっ、悪かったよ――」

 

 そしてマックスは小さく舌打ちした。そして改めて、大人としての振舞いを心がけるように、もう一度ジョーに対して口を開いた。

 

「あー、さっきは怒鳴って悪かった少年。助けてくれた事には礼を言うよ」

「いや、別に気にしてねェよ。こっちも色々とあって気が立ってたし、悪かった。――俺はジョー・ナガト。おたくは?」

「俺はマックス・コービィ。しがないラクーンテレビの平カメラマンさ」

 

 ジョーは仲直りの印にと差し出されたマックスの握手を受け取った。

 

「ついでに私も一応自己紹介をしておくわ。テリ・モラレス、一度ぐらいは皆もテレビで見た事があるんじゃない?」

 

 と、テリも握手の手を伸ばす。

 

「あぁ、よく知ってる。こういう(・・・・)状況じゃなかったら、サインの一つでも強請ってる所だ」

「ふふん。ありがと」

 

 そしてジョーは苦笑いを浮かべながらテリからの握手も受け取った。

 

 テレビカメラマンのマックス、ニュースキャスターのテリ。

 そして、ゲーム本編では警察署長に剥製にされてしまう市長の令嬢オルガと、ゲーム本編の主要キャラクターの一人シェリー・バーキン。

 意図せず目の前にそろった面子の大半が意外な有名人ばかりであった事、それに気づいてジョーは思わず内心で、『別にこんな形の幸運は欲しくなかったな』と、密かな溜息を吐いた。

 

「とりあえず、今後について話し合おうか。まずはこの後どうするか、だけど――」

 

 メンバーの中で唯一火器を所持しているのがジョーであり、加えて最も生き残る為に必要な知恵を有しているのもジョー・ナガトであった。

 そうした雰囲気が自然と一同に伝わったのか、必然的に集団の音頭を取る役はジョーに回された。

 ジョーはまず、マービンから受けた脱出の指示と、警察側で把握している現在の街の状況を端的に伝えた。そして、今後は警察所に向かう事を前提に、他の生存者との合流を考えながら速やかにラクーンシティを脱出すると言うプランを提案した。

 

「――警察署に行くルートの途中に俺の知り合いの店があるから、そこに一度寄るつもりだ。どうだ?」

「最終的な目標が脱出ってなら俺はそれで良いと思うぜ? 他に無いし――」

「ならそれで決まりか?」

「いいえ、ちょっと待って」

「ん? なんだ、テリ?」」

 

 まずはケンドの銃砲店に行き、そこから警察署に向うと脱出プラン。それにマックスは賛成したが、同時にテリがそこに待ったを掛けた。

 

「出鼻を挫くようで悪いけど、そのプランは本当に必要なのかしら?」

「――と、言うと?」

 

 ジョーが短く問うと、テリは腕を組んで言った。

 

「昨日の夜の段階で新しく情報が入ったのよ。市が既に事態の解決を州軍に依頼しているって風によ。それに加えてアンブレラ社も私設部隊を展開して暴動の鎮圧に動いてるみたい」

「その情報は本当なのか?」

「多分。だけど信憑性はあると思うわ。だから、わざわざ危険を冒して外を歩くより、此処で大人しく救助を待つべきじゃない? 幸いにしてこの教会の近所には便利な店もあるし、保存の利く食料なんかをそこから補充して、窓や扉に釘を打ってバリケードを敷けば、それなりの期間は篭城出来ると思うわよ?」

「まぁ、そう言われると確かに――」

 

 マックスはテリのそうしたプレゼンに対し、一理あるという様子で低く唸る。

 そのやり取りの間、オルガとシェリーは一切口を挟まなかった。

 二人は進退を決める決断に自身の意思を込める事を恐れている様子だった。

 またそれを見越して、テリがそう積極的に言ったのだろうとジョーは気づいた。

 

 平静を保ちながら言ったつもりでもその心の内側には強い恐怖の色がある。折角見つけた安寧を手放す意見に対しひどく懐疑的な意見をぶつけたのはそれが理由なのだ。

 ジョーはそんな風にテリの意図を察し、故に言う。

 

「外に出たくないっていう気持ちは判らなくも無いが、それは確実に助けのアテがある場合に限るだろ?」

「それは、そうだけど――」

「ハリケーンや地震と違ってこの瞬間にも人は死んでる。そしてゾンビとなって増え続けてる。篭城が、本当に得策に思えるか?」

「――っ。ねぇ、そっちの2人はどう思うの? 黙ってないで、何か無いの?」

「え――っ!?」

 

 旗色が悪くなったと感じてテリは礼拝堂の椅子に並んで座るオルガとシェリーの二人に水を向けた。金髪が並んで座り手を繋ぐ様は、一見すると姉妹のように見える。

 

「い、意見ですか?」

「そうよ。他に誰が居るのよ。あんた達だって言いたい事の一つや二つはあるんでしょう? この場で言っておかないとどんどんかってに決まるわよ?」

「ママが警察に行きなさいって言ってたの。だから多分、ママも警察署に来ると思う」

「シェリー……」

 

 するとシェリーが小さくもはっきりとした声でそう答えた。

 

「じゃあ、コレで警察署に行くが2票、ここで助けを待つが2票ね――」

 

 そしてテリはそう言ってオルガの方を見た。

 テリの言葉にマックスが小声で「俺は別に警察署に行ってもいいんだけど――」とぼやいたが、その意見はテリの向けるジロリとしたきつい視線によって封殺された。

 

「えっと、私が決めるんですか?」

 

 オルガは恐る恐る尋ねた。

 対しテリは、「別に決めろとは言ってないわよ。ただ意見を頂戴って言ってるの。市長令嬢さん」と言葉を返した。

 

「――――――っ」

 

 テリの気の強い言葉にオルガは顔を伏せて沈黙した。

 

「――おい、テリ。少し落ち着けよ」

「何よ、マックス? 私は――――」

「そう、喧嘩腰になるなっての。お前の悪い癖だぜ、それ?」

「――っ」

 

 先程の意趣返しを含めて、場の空気の悪さに気づいたマックスがそうテリを諌める。するとテリは小さく舌打ちした。図星だと思ったからだ。

 

 ――そしてジョーは、そんな一同の様子を黙って見ていた。知り合ってから間も無い関係だが、それでもテリとオルガという二人の女性の性格を把握するには、目の前のやり取りは十分過ぎた。テリは第一線で働く女として生き、対照的にオルガは模範的な箱入りのお嬢様。マックスの介入で対立こそ生まれなかったが、ひどく対照的な女性二人の存在は、容易く空気を剣呑なものに変える。

 故にどちら一方に肩入れするのは良くないと思ったのだ。

 マックスが知り合いのテリを気に駆ける様子を見て、ジョーは反射的にオルガの方に視線を送った。

 

「えっと、何?」

「いや――――」

 

 自然とオルガと目が合った。

 しかしジョーは、直ぐに視線を逸らした。

 

 ――ガタリッという不審な物音が周囲に響いたからだ。

 

「――っ!? 今のは何!?」

 

 反射的に一同の視線は物音の響いた礼拝堂の奥に向いた。

 そこには教会内部に繋がる扉があった。

 

「――何かあったみたいだな。ちょっと見てくる」

「冗談でしょう!?」

 

 意を決してジョーはベレッタを抜き、立ち上がる。

 その様子を見てテリは反射的に馬鹿を見るような視線をジョーに向けた。

 ジョーは物音の方に足音を立てずに近づき、音の先にある扉を数cmほど開いた。

 扉を開いた先には廊下があった。そうなると当然、不審な物音は更に奥の部屋から響いた事になる。

 

「ちょっとぉ! 幾ら銃を持ってるからって危険よ!」

 

 テリが小声で叫ぶように言った。

 その隣でオルガは青ざめた顔でシェリーを抱きしめて身を固くし、マックスが不安げな顔で腰を浮かして、周囲を警戒する様子を見せる。 

 それらを見てジョーは短く言った。

 

「どのみち此処に立てこもるなら安全の確認は必要だろうが?」

「そうだけど! そうだけどもさ――」

「だったらやるしかないだろうが。俺ならゴメンだぜ。あの音を確かめないで此処で寝るって事になったらよ」

「っ!?」

 

 ジョーの意見にテリは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「おい、ジョー。2丁持ってるならどっちか1丁寄貸してくれ。そっちのリボルバーでいいからよ!」

 

 マックスは及び腰ながらも女性陣を背中に庇い、そう提案した。

 その提案を聞いてジョーは思わずマグナムのグリップに手を掛ける。だが、同時に脳裏に一つの懸念が過ぎるのを感じて思わず、「――おたく、銃を撃った経験は?」とマックスに尋ねた。

 するとマックスは、「いや、その、少しだけ――――」と恥ずかしそうに答えた。

 その言葉にジョーはジトリとした視線を向けて、強く警告を送った。

 

「撃てるなら貸してやる。ゾンビとはいえ人間の形をしているが、本当にパニック起さずにちゃんと撃てるんだな?」

「――――っ」

 

 するとマックスは今度こそ絶句した。

 そして小さく「すまん……」と返した。

 

 ジョーが念を押して尋ねた事に、マックスを嘲笑する気持ち等は一切含まれていない。先日の段階で初めてゾンビを撃った際、ジョーは自身が体感したその時の強い混乱と恐怖と衝撃を懸念したのだ。

 故に、それは重要な問いであった。

 そして沈黙によって返された事でジョーは察した。

 

「――つまり初心者なんだな?」

「悪いかよ! だけど教えてくれりゃ俺だって――――」

「いや、別に笑うつもりはねェよ。寧ろその気持ちはありがたく受け取っておくよ」

「――っ」

 

 初心者に拳銃を、ましてや弾薬が希少で扱いもやや難しいマグナム銃を貸す提案に対し、ジョーは最終的にそう断りを入れた。

 とはいえ、脳裏にベレッタを貸すべきかという意見も一瞬は浮かんだ。だが、結局は銃弾の希少性が違うだけだと感じてその考えも心の内に封印した。

 

「悪いがこいつで我慢してくれ」

「あ、あぁ――」

 ジョーは苦肉の策として、自宅から持ち出した大降りのコンバットナイフをマックスに貸す事にした。

 受け取った大降りのナイフをマックスは恐る恐るという様子で両手で握った。

 

「銃の方は予備を手に入れたら直ぐにそっちに回す。撃ち方もその時に教えるから、それまで待っててくれ」

「あぁ、わかったよ。それまではコイツ(ナイフ)で我慢しとくよ。だけど、約束だからな?」

「あぁ。皆を頼む」

「おう」

 

 マックスは部屋の隅に女性陣を追いやり背中に庇うと、正面にナイフを構えて扉を警戒する位置に立った。

 そしてジョーは単身、物音がした礼拝堂の奥へと足を進めた。

 そんな男二人のやり取りを見て、「――これじゃどっちが年上何だか」と、テリが小さく自嘲を含めたような声でぼやいた。

 

 

 

 

 英雄宛ら、たった一人で危険に立ち向かう――。

 そんな自身の現状に対して、ジョーは小さく自嘲を浮かべた。

 ガラじゃない。これじゃまるでバイオの主人公だ――。

 ジョーはホラー映画を干渉する際、単独で行動するキャラクターに対して常々、視聴者として苦言を呈した覚えがある。

 また、そんな覚えがある所為で、まさに今、独りで行動している自分をひどく滑稽に思い嗤ってしまう。

 

「――しかし、いざ自分がその場所に立ってみる解らないもんだな?」

 

 不意に口からそんな独り言が漏れた。 

 

 状況を俯瞰で考えてみると、非戦闘要員をぞろぞろ引き連れて狭い通路を歩く方が危険な気がする。また、大勢引き連れて歩く途中で敵に襲撃され、その結果大勢を見捨てて最終的に独りの状況になると考えると、今度は『最初から独りで居る方が、複雑な事態に対して機敏に動ける分マシに思える』という結論が生まれる。

 その思考の流れを客観的に見ると、どうしても現場に対して必死に自分に言い聞かせて納得させているようにも見えた。

 即ち、“らしくない――”とジョーは思った。

 

 礼拝堂を出て直ぐの廊下には、二階に続く階段と二つの部屋の扉があった。 廊下の途中にある扉のひとつは階段裏に位置しており、それは開けずとも直ぐに物置であると判った。

 そうなると必然的に、物音の正体はもう一つの扉の先だと推察出来る。

 

「――行くか」

 

 出発した以上は進む以外に無いと、ジョーは意を決して廊下の一番奥にある部屋の扉を開いた。

 その際に思わず緊張で笑みが浮かび斜に構えた態度の愚痴が漏れた。

 それはある種、心の防衛本能だ。

 事実、「――怖い」と口にするジョーの顔には異様な笑みが浮かんでいた。

 

 強い恐怖と不安に汚染された現実味を感じない景色の中、ジョーは自分を構成する要素の内、特に重要な部品の幾つかを既に落としてしまった気分になる。

 なんとも言い難い奇妙な緊張を持って扉を開くと、ジョーはそこが食堂であると知った。

 銀の燭台、食器、椅子の数を見て、それなり数の聖職者が生活していた事を察すると同時、二階部分を聖職者の住むタコ部屋だという風に結論付ける。

 

「――っ!?」

 

 だが、それらの思考に辿り着くより早く、ジョーの鼻が異臭を捕らえていた。

 異臭の原因が死体にある事は直ぐに判った。臭いの先には教会のシスターだった3体のゾンビが居た。

 ゾンビはグチャグチャと汚らしい咀嚼音を撒き散らし、教会の司祭と思われる老人の死肉を一心に貪っていた。

 

「やっぱり、居やがったか――っ!」

 

 ジョーは込み上げる吐き気をかみ殺して、機敏に構えたベレッタでゾンビの頭に向けた。そして後退しながらその引き金を引いた。

 発射された銃弾は呻き声を上げて迫るゾンビの眉間に小さく穴を穿ち、その直後に後頭部を柘榴のように弾き飛ばした。

 弾け飛んだゾンビの脳漿が部屋の壁に一面に飛び散った。

 それら三度、続いた。

 3体のゾンビを無力化するまでに掛かった時間は一分にも満たない。だが、その際に全身に感じた疲労は、対照的にひどく大きく、ジョーは思わず安堵を込めた小声で「クリア」と呟き、ゆっくりと息を吐いた。

 

 悪人も聖職者も区別無くゾンビになる。その原因をラクーンシティ住民の中で、ジョーだけが唯一知っていた。

 原因は“T-ウィルス”。

 死者の細胞を活性化させるそのウィルスが、アークレイ山中の秘密研究所から流出し、それが時間を経て麓にある街全体に広がったのだ。感染源は下水道に潜む鼠であるとゲーム中では推察がされており、その感染が下水道に住むホームレスへと伝播して地上に出てパンデミックを起した。

 

「――そして住民達はこの地獄と化した街から生きて脱出するのが本編の目的ですってか? 願わくば映画世界のバイオじゃない事を祈るぜ、チクショウ」

 

 所謂、ジョーの知る『バイオハザード』には二種類ある。映画の世界か、ゲームの世界かの二つ。

 本音はそのどちらもゴメン被りたいが、できればジョーは此処がゲームの世界の方であって欲しいと思った。

 うろ覚えだが映画の方では最終的に世界が滅び、未来はディストピアに変わる。

 そうなると此処(・・)で頑張る事自体が、無意味に思えたからだ。

 ――此処で自決するのが一番の幸せかもしれないな。不意にジョーはそう右手に持ったベレッタに視線を落とした。

 また、例え知識があったとて、それがどのくらい役に立つのか? そう考えるジョーの目の前には、タイプライターとインクリボンの束があった。

 飛び散った血糊が付着するインクリボンの束を見て、ジョーは此処が“セーブ”の出来る架空の世界ではないと、改めて見せ付けられた気になり、酷く憂鬱になった。

 

 その後、聖職者のゾンビを射殺したジョーは手早く食堂付近を散策した。

 ゲームさながらに周囲を散策する途中、不意に、既に事切れた司祭の手の中に銀色の鍵束があるのを発見した。

 

「――嘘だろ?」

 

 ジョーは気が引ける思いだった。しかし、それを取る意外に探索が進む気がせず、仕方なく食い荒らされて冷えきった老司祭の死体に手を伸ばした。

 

「う、わぁ……」

 

 冷え切った死体に触れた瞬間、ジョーの全身に反射的に鳥肌が立つ。その行いはそれ程に強い忌避感を感じさせた。

 それでも何とか気合で鍵を入手した後、ジョーは食堂の裏手にある厨房から武器になりそうな数本の果物ナイフを拝借、そしてそそくさとその場を辞去した。

 

 手に入れた鍵束には幾つか種類があり、ジョーは直ぐに内一つの使い道を察して、食堂を出たその足で階段下の物置を調べた。

 すると案の定、鍵のひとつが物置の鍵穴にぴたりと嵌る。

 そして物置の中に、農具や掃除道具に紛れて古いショットガンと弾があるのを発見した。

 

「この分だと、ボウガンやグレネードランチャーも拾えるかもしれないな」

 

 迷う事無くそれらを拝借したジョーは思わず笑みを浮かべた。

 ゲーム的に考えると初期装備でマグナムを入手しているのが現状、しかしこれからのルートに凄まじい困難が待ち受ける可能性は十分にある。つまり、武器は幾つあっても困る事は無いのだ。

 ――そして、願わくばとジョーはそこで小さく眼を伏せた。

 この先がベリーイージーであります様に――

 そんな風に神の家らしく祈りを捧げてジョーは皆の待つ礼拝堂に戻った。

 

 

 

 

「――大丈夫か!? 銃声が聞こえたからもしかしてと思ったんだが」 

「あぁ。案の定、司祭とシスターがゾンビになってたぜ?」

「――っ!?」

 

 ジョーが礼拝堂に戻ると、ナイフを構えて周囲を警戒していたマックスが安堵した様子で声を上げる。

 

「立てこもるつもりなら、一応他の部屋も調べた方がいいだろう。後は、階段下の倉庫でコイツを見つけた」

 

 ジョーは先程入手したショットガンを、約束通りマックスに手渡した。

 

「――これって、ショットガンじゃないか?」

「あぁ。レミントンのM1100だ」

 

 レミントンM1100はセミオートショットガンの一種で、見た目は散弾銃といえばまさにコレという感じの狩猟銃だ。

 ジョーは約束通り新たに手に入れたショットガンをマックスに持たせ、その扱いを早速レクチャーする。

 

「どうしてそんなに銃に詳しいの? まだ学生でしょう?」

 

 ふと興味深そうにオルガが尋ねた。

 その問いにジョーは、『この先の通りにあるケンドの銃砲店という場所で働いている、そして父親が警官だった』と大雑把に理由を説明した。

 

「――警察官の息子さんなのね」

「意外か? まぁ、それよりだ。折角の機会だしアンタも使い方を覚えてみるか? マックスに何かあった時に備えて?」

「いいの?」

「――おい、ジョー・縁起でも無い事言うな」

「あぁ、悪い悪い」

「ふふ――」

 

 ジョーのふとした提案とその動機を聞いたマックスが呻くように責める。

 それに対してまるで反省した様子を見せずに謝るジョー。

 その二人のやり取りが滑稽に見えたオルガは思わず笑った。

 

「折角だからお願いするわ」

「そうか。なら、構えてみてくれ」

「え? えぇ――」

 

 ジョーはマックスに教えた手順と同じ言葉を繰り返しながら、今度はオルガの手にショットガンを持たせた。

 撃ち方と弾の込め方をレクチャーし、その説明を一通り終えた所でオルガは改めてジョーに向き直り、「ねぇ、さっきの物音は何だったの?」と不安げに尋ねた。

 その言葉にジョーは端的に、「ゾンビに決まってるだろ?」と短く返す。

 そして、「――奴ら(ゾンビ)何処から進入してくるかは分からない。もし礼拝堂に立てこもるつもりなら、入り口も窓も全部塞いだ方が良いだろうな」と付け加えるように持論を展開した。

 

 不安がらせるつもりは毛頭無い。しかし命に関わる問題故、情報は精確に伝えておくべきだと思った。

 ジョーは一同に向けて、立てこもる際の注意点を思いつく限りで話した。

 するとオルガは尋ねた。

 

「もしも私達が此処に残ることを選んだら貴方はどうするの?」

「ぁん?」

「このメンバーの中で唯一、銃の扱いに長けているのは貴方よ。幾ら武器を手に入れても貴方の有無が私達の今後を大きく左右するとは思わない?」

「――――つまり?」

「私は貴方の判断に任せたいわ――――」

 

 オルガは不安そうに眼を伏せながら言った。

 ジョーは思わず考え込むように首筋を掻いた。年齢だけならばオルガはジョーよりも3つほど年上の大学生だ。しかし、そうした実年齢よりもこの瞬間は遥かに幼く見えたからだ。 

 

「――改めて言うけど、俺は警察署に行きたい。理由は脱出ルートのアテがあるからだ」

 

 と、ジョーはオルガを含めて全員に聞えるような声で言った。

 

「この先で店開いてる友人兼上司にも脱出するよう言わなきゃだし、なにより俺は、此処で立て篭もろうが状況は絶対に好転しないと思ってる。寧ろ、隠れてるだけじゃ最終的に全員死ぬって位には思っている。だから俺は、悪いけど――――」

「だったら警察署に行きましょう」

 

 ジョーの台詞に被せるようにしてオルガはそう決意を固めた。

 

「シェリーのお母さんも警察署を目指しているみたいだし、それにラクーンシティーにはS.T.A.R.Sっていう優秀な特殊部隊があるってパパから聞いたわ。危険かもだけど、辿り着いてしまえば、きっと此処より安全のはずよ」

「――その警察が幾つもの路地を封鎖しているのよ? 言うほど簡単に脱出できるとは到底思えないけど?」

 

 と、そこでテリが水を差すような態度で口を挟んだ。それは先程の脱出の案に苦言を呈した側としての意見だった。

 しかし今度は先程までとは違い、オルガは挑発する様な強い言葉でテリに言い返す。

 

「じゃあ、テリは此処に残るの? 独りで?」

「――っ!」

 

 テリは思わず、チラリとマックスを見た。

 マックスはジョーが手に入れたショットガンの存在も手伝い、既に脱出側のほうに気持ちが傾いているのが手に取るように見えた。

 

「――そうは言ってないじゃない」

「じゃあ行くのよね?」

「――っ」

 

 年下の小娘に言いように言いくるめられた事にカチンときたのか、テリはそう小さく舌打ちをする。そんな相棒(テリ)の様子を見て、マックスは宥めすかすようにテリに向って「大丈夫だ」と言う言葉を送った。

 

「――何が大丈夫なのよ?」

 

 テリは唇を尖らせた。

 

「そうカリカリするなよ。大体、ジョーの言う通りで、立て篭もってどうなる? 救助が何日後に来るかも判らないんだぜ?」

「それは、そうかもしれないけど――。でもっ!」

「別に当てもなく彷徨う訳じゃあないんだ。こうして武器が手に入ったんだし、目的もハッキリしてる。何かあった時は俺が護るから大丈夫だ」

「――素人の癖に何が俺が護る、よ。撃つ前からコンバットハイなの? まったく勘弁してよ」

「ははは」

 

 マックスの台詞にテリはそう徐に溜息を吐いた。その様子にマックスは笑った。そして結局、その意見を脱出側に曲げた。

 そうして風に何とか大人達の意見が統一される中、ジョーはその傍らで、唯一の小学生であるシェリーに尋ねた。

 

「シェリーはどうする?」

「ん?」

「また怖い思いをすると思うが、それでも警察署に行くか?」

「――――っ」

 

 この場に居る唯一の子供であり、当然ジョーもシェリーには気を使った。

 シェリー・バーキンは現状の惨劇を描いたバイオシリーズの重要なキャラの内の一人、故に『大丈夫だ』という楽観も浮かぶが、同時に『もしも簡単に死なれたら――』という懸念も浮かんだ。

 故に、その対応はとても雑にはなれなかった。

 ジョーがこの世界がなるべく己が知っているバイオでありたいと思った。それと同時に、まるでシェリーをゲームの駒と同等に考える自分に大して嫌気が差す。

 

 しかしシェリーはそうしたジョーの内心を知らぬまま、質問に対して少し戸惑った様子を見せ、しかししっかりと決意した表情で「うん」と脱出を肯定する意思を見せた。

 

「――決まり、だな」

「あぁ」

 

 シェリーの決意を聞いた瞬間、マックスが音頭を取った。そしてジョーは、それに続いた。

 武器を持って気分が大きくなったのかマックスの声には覇気があり、そんなマックスの様子にテリは呆れた表情を浮かべ、オルガとシェリーは顔を見合わせて小さく笑みを見せる。

 

「なぁ、ジョー。残りの部屋も一応調べてみないか? 他にも武器か何か使えるモノがあるかも知れないし?」

「――そう言えばさっき鍵束を入手したな」

 

 マックスの提案を受け、ジョーは先程手に入れた鍵束の存在を思い出す。

 ゲーム的に考えると施錠されている部屋ともなれば、それなりに役立つアイテムが置いてあるのが常。そんな考えがふと脳裏を過ぎった。

 

「んじゃ、出発前に軽く探索するか」

「調べに行くなら今度は俺にも手伝わせてくれよ?」

「もちろんだ。ただ、勇むのは良いけど弾が貴重だって事は忘れるなよ?」

 

 ジョーはそうマックスに釘を刺す。

 その上で、「とりあえず二階だな。一階はザッと見渡してきた限り、これ以上は何も無さそうだ」と提案した。

 するとそこで、

 

「ちょっと、そこの二人! 戦力2人が動くのなら私達はどうなるのよ! 勝手に決めないで!」

 

 と、テリがオルガとシェリーを引きつれて、マックスとジョーに怒鳴った。

 

 

 

 

「一階には死体が4つ転がってた。二階を調査するのは良いけど、現状はどうなってるか一切不明だ。もしかすれば、もっと酷いのを見るかもしれない。なるべくそういうのが見たくないなら、此処に残って俺達が戻ってくるのを待つっていう手もあるが、どうする?」

「――っ」

 

 二階の探索に出発する直前に言い放ったジョーの台詞に、テリとオルガとシェリーはそろって露骨に嫌そうな顔をした。

 それはある意味、当然の反応だ。一階の食堂に散乱する死体は既に動かないだろうと。ジョーは考えているが、しかし皆この街で一度死んだ人間がもう一度動くという奇妙な光景を目の当たりにしている。また、未だそれが周囲に広がっている事を知っている。

 故に、万が一を考えると流石に丸腰で待つという選択肢はとてもじゃないが選べなかったのだ。 

 一階で待つという恐怖に耐えかねた女性陣は、揃って二階部分の調査に同行した。

 隊列はフロント部分をジョーが、その間にオルガ、シェリー、テリの順で並び、殿をマックスが務める形を取る。

 

 そして一同は、ゆっくりと階段を上がって二階の廊下に立った。二階部分はジョーの予想した通り、教会に勤める者達の生活空間だった。

 階段を登って直ぐの通路には左右にそれぞれ3つの扉、最奥に扉が一つの計7部屋が存在した。ジョーは手に入れた鍵束を使って部屋の一つ一つを調べていき、その途中で観賞用の三色ハーブと応急用の道具を発見した。

 

「――このハーブは役に立つかも。確か前に学校で習ったわ」

「そうなの?」

 

 ラクーン大学の医学部に通う友人との会話を覚えていたオルガは、直ぐに鉢植えに生える三種類のハーブの使い道を思いついた。

 オルガはハーブの葉をそれぞれ少しずつ採取して言った。

 

「緑の葉を煎じて飲めば、疲労回復やリラックスしたい時に使えるみたい。あと、市販の傷薬なんかもこのハーブの成分を抽出して作られてるらしいわ。原始的な方法だけど、いくつか採取してペースト状にして簡易的な塗り薬にしておくといいかも。止血効果も高いし――――」

「へぇ。だったら出発前に作っておいたほうが良さそうね。三種類とも採取する?」

「えぇ。万一に備えて。シェリーもお願いできる?」

「うん!」

「それじゃ、私はこっちの赤いのを集めるわ。シェリーは緑のをお願いね」

 

 テリはオルガの知識に感心した声を漏らし、早速レッドハーブの鉢植えから葉の回収を始めた。その傍らでシェリーもグリーンハーブを集め、オルガがブルーハーブの葉の回収を始める。

 ジョーはその際、「流石に食っての回復は現実的じゃないか――」と、ゲーム本編でのハーブの扱いを思い出していた。

 三色のハーブはゲーム内で重要な回復アイテムとして使われるのだが、しかしその使い方に関しては不明な部分が多いのだ。その結果、ユーザーの一部は探索中にキャラクターがハーブを毟って食べていると考えた程。

 そんな記憶がふとした拍子に蘇り、ジョーは思わず噴出しそうになる。

 

「――ん? どうした。ジョー?」

「いや、なんでもない。ちょっと、下らない事を思い出しただけだ。それより、どうしたマックス?」

「あぁ。ついでだから背負える鞄か何かを探してみようと思ってさ。持ち運ぶって言うなら必要だろ? あと思ったんだけど、止血帯代わりにシーツやカーテンって使えるんじゃないか?」

「あー、使えるとは思うけど、加工しないと流石に無理じゃないか? ハンカチとかタオルを探した方がいいと思うぞ?」

「確かに――」

 

 別の部屋の探索を行っていたマックスだが、ジョーとのやり取りでふと、にやりとした笑みを浮かべた。

 その様子にジョーは思わず首をかしげる。

 するとマックスは、「タオルとかハンカチを探すなら、当然衣装ダンスをあけるしかないよな?」と言った。

 

「まぁ、そうだろうけど、それがどうしたよ?」

「いや、別に――――」

「――――ぁん?」

 

 心なしかマックスは楽しそうであった。

 その理由についてジョーはふと考え込み、そして程なく気づいた。

 部屋の主は敬虔なシスターだ。そしてシスターといえば貞淑な処女だ。そして衣装棚を勝手に開けるという事は中々に罪深いが、こちらには生き残る為にと免罪符と大儀がある。

 ――例え探索の途中で貞淑なシスターの下着を見つけたとしても、それはまったくもって仕方なき事。つまり恥ずべき事では無い。

 そんなマックスの笑みを察して、ジョーは徐に溜息を吐いた。

 

「――――あいつ、馬鹿だろ」

 

 直後m嬉しそうな表情をマックスはジョーに向けて一枚の布切れを投げ渡した。

 

「ほら、おすそ分けだ」

「――っ」

 

 投げて寄越されたのはシスターの私物の女性物のショーツで、何故か紫色だった。

 それを投げて寄越したマックスに向けて、ジョーは露骨な舌打ちを打った。と、同時にそれをポケットに仕舞う。

 

「おい、真面目にやれよ、馬鹿」

「――あんたも真面目にやんなさいよ、馬鹿!」

 

 目ざとく見ていたテリが露骨な舌打ちをジョーとマックスに向けた。

 

 

 

 

 高い薬効を持つ三色のハーブは素人が適当に磨り潰すだけでも、それなりの治療効果を期待できる代物だった。

 緑は止血と治癒、青は解毒と殺菌、赤は他二色のハーブの薬効を高めるという効果を持つ。それらを飲料水を使って調合したオルガは、完成したハーブペーストを小さな小瓶に詰めて一同に分配した。

 

「――意外なところに衛生兵(メディック)が居たな?」

「だったら私は通信兵(ラジオマン)? 生憎機材はないけど?」

「いつも持ち歩いてる小型のカメラは?」

「それがこんな所でなんの役に立つのよ」

「――今更だけどゾンビ共は音に寄って来るからな? なるべくだけど静かにしてくれ」

 

 精神的な余裕を持って一同の探索はスムーズに進んだ。

 また、出会った当初に比べて、互いに軽口を向け合う程度には生存者同士も打ち解け合う事が出来た気がした。

 残るは廊下の最奥の一部屋。その部屋を残して一同は二階全ての部屋の探索を完了した。

 コレまでに発見した物はリュックサック、マッチ、各種ハーブ、止血帯代わりの布、救急スプレーという今後の行動を手助けしてくれるモノばかりで、結果としてはそれなり以上といえる多大な成果。

 しかし、この状況でモノを言うのはやはり武器と弾薬類であり、それに関しては一階で見つけたショットガン以外に見つからなかった。

 流石に教会でそれらを満足に入手するのは難しく、本来ならショットガンとショットシェルのいくつかを入手できた事が一種の奇跡。

 やはり銃弾に関しては『ケンドの銃砲店』で入手するしかないだろうと、ジョーは密かに溜息を吐く。

 

「――こっちの部屋も確認するか?」

 

 ふと、ジョーは後方のメンバーに注意を促しつつ、廊下の最奥にある部屋のノブに手を伸ばした。この手の状況でゲーム脳も甚だしいが、ジョーは何かしらのイベントが起きる予感をヒシヒシと感じていた。

 それはある種の直感だった。または野生の勘と言い換えても良い。そして、それがあったが故に、ジョーはその部屋の探索を一番最後に見送っていた。

 

「どうせ鍵を使えば開くんだから、さっさと調べましょうよ?」

「そうだな。開けちまえよ」

 

 テリとマックスの後押しを受け、ジョーは意を決して施錠された扉をゆっくりと開いた。

 ――すると、部屋には一人の生存者が居た。

 部屋に居たのは修道服を纏った老女だ。

 老女との目が合った瞬間、ジョーは己に向けられる22口径の小さな銃口に気づいた。

 

「――撃つなっ!」

「っ!?」

 

 拳銃を突きつけて震える様子にジョーは強く焦りを感じた。だが咄嗟に呼びかけた静止の言葉とその後のアイコンタクトで、お互いに相手が生存者だと判り合い、老婆は安堵した様子でゆっくりとそのリボルバーを降ろした。

 

「――よかった。よかった! もう此処には私しか生き残りが居ないと思って」

 

 老シスターはそう安堵から泣き崩れた。

 

「この教会で生き残ってるシスターはアンタだけか?」

「えぇ、他の者達は皆、天に。――いえ、未だ死ぬことも許されずにあのように彷徨う姿を見ては、彼の者達が天に召されたとは到底思えませんが――」

「悪いが宗教問答は後にしてくれ。とりあえず場所を移そう。動けるか?」

「えぇ――――」

 

 足が弱い老シスターに対してオルガとテリがその肩を貸す。

 ――その直後。

 老婆の背後にあった窓が音を立てて盛大に割れた。

 

「かはぁ――っ!」

「――っ!?」

 

 窓を突き破り、部屋の外から一本の触手が槍のように伸びた。

 それが立ち上がろうとした老シスターの胸を貫通した。

 テリとオルガは手を貸した老婆が突然血を吐いた事に唖然とした。

 しかし直後に、老婆の胸から伸びる槍のような触手と、老婆の大量の出血を見て、声にならない悲鳴を上げる。

 

「うぁああああ!」

 

 自体をようやく把握したマックスが思わず叫んだ。

 老シスターの胸を貫いた触手は、イカの触腕によく似ていた。そして、それは尋常でない膂力を秘めていた。

 事実、串刺しにされた老婆は触手によって軽々と持ち上げられ、空中で二度三度振り回された後、丸ごと窓の外へと連れ去られた。

 老婆の持っていた22口径の小さなリボルバー拳銃が、ゴトリと床に落ちた。程なく、窓の外から断末魔の絶叫が聞えた。

 

「な、なんだありゃ。なんなんだ、アレは! おい!?」

 

 直後に訪れた静寂の中で、マックスが震えながらジョーに問う。

 対するジョーはそれに沈黙で返した。

 沈黙を維持する事が“正解”だと知っていたからだ。

 

「――っ!?」

 

 その時、シュルシュルと音を立てて老シスターを貫いた触手が窓の外で揺れた。

 同時、特徴的なヒタヒタという足音が屋根越しに一同の鼓膜を打つ。

 

 一秒、二秒、三秒――

 

 耳が痛い程の沈黙が続き、そして遂にそれは姿を顕にした。

 

 カエルのような這う姿勢を保った"赤い怪物”だった。

 それがゆっくりと窓から顔を覗かせてニタリと哂った。 

 

「ひ――――っ」

 

 女性陣が息を詰まらせに近い悲鳴を上げた。

 赤い怪物はそれ程に醜悪な姿をしていたからだ。

 

 “赤い”理由は全身の皮を剥ぎ取られていたからだ。

 その面貌が醜悪な理由は奴に目は無く、代わりにむき出しの牙が並ぶ鮫のような巨大な顎を持ち、その顎の奥から長大な“舌”とも思えぬ長い触手を垂らしていたからだ。

 そして、その舌こそが老シスターを貫いた長い長い奴の得物だ。

 

「――――リッカー(舐める者)

 

 ジョーは吐息に混ぜるようにしてその醜悪な怪物の名を呟いた。

 その正体をゲームという形でのみ、良く知っていたからだ。

 そして、知っていたからこそ外で蠢くゾンビ以上にそれを警戒した。

 ――それ程に醜悪で厄介な怪物だ

 

「うあぁああああっっ!!」

 

 静寂を打ち壊したのはマックスは恐慌だ。

 マックスは驚愕と恐怖を顔に貼り付け、撃ち方を習ったばかりのショットガンの引き金をリッカーに引きまくった。

 ジョーも反射的にベレッタを抜いてそれを鋭く発砲した。

 しかしそれよりも一瞬早くに、リッカーはするりと窓の外に姿を消した。

 直後、トトト――――と、教会の外壁と屋根を走る音が響いた。その振動で天井に積もった埃の一部が、パラパラと床に零れ落ちた。

 

「に、逃げたの?」

「違うっ!」

 

 テリが恐る恐るジョーに尋ねた。

 対するジョーは強い心臓の鼓動を感じながら、小声で怒鳴るように言葉を返した。

 事実、ジョーの直感は正しく、直後に部屋の扉を開いた先でその厄介な出来事は発生した。

 そして、それを今更嘆いても既に遅かった。

 

「全員窓から離れろっ! それと、絶対に物音を立てるなっ! 奴は音に反応する――!」

「――っ!?

 

 階段の近くにあった窓が音を立てて割れた。

 ジョーは咄嗟にマグナムを抜いて廊下の方を振り返った。

 全員の居る廊下の最奥の部屋。それがある二階の唯一の出口である階段を塞ぐように、リッカーは舌を垂らしてジョー達の前に立ちはだかった。

 

「絶対に音を立てるなよ――!」

 

 変質者さながらの不気味な呼吸音と嫌悪感を煽るゆったりとした歩み。その一歩ずつ迫る怪異を前に、マックスはどうするんだという視線をジョーに向ける。

 またテリも、オルガも、シェリーも同じように青ざめた顔で、ジョーを頼りにする様な視線を向けた。

 

(――恨むぜ、神様!)

 

 仲間の視線を自覚し且つ、この瞬間に唯一対抗できる火力を保持するジョーは思わずそう“神”を呪った。

 

「――――クソッたれ」

 

 ジョーは前に一歩を踏み出してマグナムを構えた。



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03 現実の恐ろしさを前に 前篇

 ロバート・ケンドの手記

 

 9月25日

 

 『ケンドの銃砲店』はじまって以来の大繁盛。飛ぶように武器が売れやがる。

 しかし武器を求める顧客の多くに共通するのが、コレまでの人生でまともに銃を扱った事の無い手をしている事だ。

 この景気には絶対に何か裏があると思う。

 素人が安易に武器を求めてくる時は、大体が良くない事が起こっている。

 そんな風に身構えていたら案の定だクソッたれ!

 かなりやばい事が起きていやがった。

 

 奇跡的に早い段階で気づけたのは、我が友バリー・バートンの鳴らした警鐘のお蔭だろう。

 きっかけはバリーと近所の狩猟仲間達と共に、近所のJ's BARで飲んでいた時。バリーの奴は『アークレイ山地で起きた猟奇殺人の犯人はゾンビだ』と言った。その時は余りにも馬鹿馬鹿しくて思わず仲間と一緒に酒を噴出したんだが、さっきのフットボールの試合中に起こった暴動を見て笑っていられるほど俺も馬鹿じゃあない。

 

 警備員が暴徒に対して何発も9ミリ弾を撃ち込んでいた。俺も銃を扱う稼業だからこそ判るが、普通なら致命傷となる位置にアレほどの数の鉛玉を喰らってまともに動けるわけが無い。しかし奴等はそれでも動きやがった。

 あれはバリーの言った通り、“ゾンビ”って奴だ。

 

 ――そして今、まさにそんなゾンビが街全体に溢れかえっているらしい。

 どうにも先月頃から街の様子がおかしいとは思っていたが、こうなるとは予想外だ。

 しかしそう驚いてばかりもいられない。

 少しでも対策を練らないと不味いと思い、俺も警察と協力してツテの限りを尽くして爆薬や武器をかき集める事にした。

 まったく長い夜になりそうだ。

 そしてふと思い出した事だが、ジョーの奴は無事に家に戻れたんだろうか?

 昼頃に一度店を訪れて接客の手伝いをしてくれたが、まだ病みあがりなのか少し調子が悪そうだった。

 カスタムしてやったベレッタを携行していたから大丈夫だとは思うが、正直心配だ。

 一応、明日連絡してみるか……。

 

 

 9月26日

 

 一夜明けて多少マシになったかと思えば、事態は昨日よりも深刻だ。

 昨晩のスタジアムでの暴動を皮切りに、街のあちこちにゾンビが現れるようになった。

 ゾンビ映画宛ら――仲間を増やす為にゾンビは生きた人間を狙って食いやがる。

 もう商売なんて言ってる場合じゃない。

 近所に住んでる知り合いの内、銃でドンパチやるのが得意な連中を根こそぎかき集める事にした。

 退役軍人、元警察官、警備職員、消防官――中にはベトナム帰りで今は失業保険で暮しているという輩も居る。

 こういう場合にモノを言うのはやはり金よりも人脈だとつくづく思った。どいつも若いとは言い難いものの、行動力に溢れる正義感を持った奴ばかりで、俺の提案に快く応じてくれたからだ。

 集めた連中を含む武器を求める客達に在庫の火器を無料で配った。そして現在、俺も警察と協力して市民の避難誘導を行っている。

 まったくこの騒ぎで店は大赤字だ。需要はあっても金を受け取る意味が無いなんてとんだ地獄だぜ、クソッたれ!

 それに加えて、俺も早くラクーンシティを引き払う準備を進めたほうがいいだろうな。

 一応だが避難の優先順位に女子供病人とある。その意味で言うなら俺にも一応だがその資格があるが、まぁ資格があるとはいえ、それを使う気はない。

 俺よりも先に逃がしておきたい奴がいるからな。

 まったくアイツは何処にいるのか……。

 まさかもう喰われて死んでいるなんて事はないよな?

 それを確かめる意味でもまだ逃げるわけには行かない。

 さっきもマービンからジョーの安否を確かめる連絡があった。

 話によれば今朝の段階で脱出を始めたらしく現在は警察署に向っているらしい。

 と、なると必然的に俺の店にも顔を見せる事になる。

 

 一応こっちからもジョーの家に電話を掛けてみたが連絡はつかなかった。

 死ぬなよ、ジョー。

 

 

《ページが破れている》

 

 

 

 

「――――手を貸してくれ! こっちだ!」

 

 R.P.D.のバッジを身につけた制服警官は付近にいる民間協力者の男達に呼びかけた。

 ゾンビの数は増加の一途を辿っており、この地域周辺の路上封鎖も間もなく終了する頃。

 

「奴らを近づけるな!」

 

 バリケード構築に動く警察官らを援護するようにして、ロバートも周囲と連携してゾンビにショットガンを構えた。

 各自武器を持ちより民兵として立ち上がった者達。その面子は白人、黒人、ヒスパニック、チャイニーズと様々。一見すると人種も年齢も共通する事の無い烏合の衆だが、彼らの心には共通してラクーンシティに対する強い愛郷心があった。故に彼らは非常事態においても積極的な姿勢を保ち、警察と協力して避難活動の援助に尽力した。

 

「押すぞ!」

「良し!」

 

 路地の奥に迫るゾンビの牽制を市民兵達に任せ、大柄な体躯を持つ警官が二人掛りで警察車両を押した。

 ゆっくりと車両が動き、路地のひとつが封鎖されると、彼らは一先ずの安堵を漏らす。

 

「これで一先ずは良し、だな」

「あぁ」

 

 ゾンビにはバリケードを乗り越えてくるほどの知能が無く、封鎖された路地の奥で生存者達に向けて吐瀉物を吐きかけて呻くばかり。

 だが「まだ安心はできない――」と、安堵もつかの間。警察官らの表情は直ぐに緊張に包まれた。

 

「――ジリ貧だな」

 

 ショットガンのバレルに弾を込めながら、ロバートは小さくぼやいた。するとその呟きを聞き留めた一人の男が「まったくだ」と吐息交じりに返した。

 返事を返したのはロバートの顧客の一人である警察官のケビン・ライマン。顔立ちの整った31歳の男で、普段はだらしなく軽薄な雰囲気を持つ不良警官として有名な男だ。

 しかし今日に限ってケビンの顔には普段の軽薄さはなく、寧ろ勤労による明確な疲れの色が見てとれた。

 ロバートは内心で無理も無いと思った。街の状況は“あの”不良警官をして真面目にならざるを得ない程なのだから。

 

「少し休んだらどうだ?」

「――ん?」

「いつもと違って真面目に過ぎる。慣れない事はするもんじゃ無いだろう?」

 

 と、ロバートは冗談めかして言った。

 するとケビンは「偶には悪くないさ」と不適に笑みを返し、

 

「俺は空気を読んでサボる男なんでね。サボるタイミングは、()じゃあない」

 

 と吐息交じりに返した。

 

 ケビンの笑みは『勤務態度に難有り』という理由でS.T.A.R.S.の選抜試験に二度も落ちた男とは思えぬ勤勉さを含んでいた。

 それは問い投げたロバートが思わず苦笑を漏らす程だ。

 

「――普段からその勤務態度だったら、今頃S.T.A.R.S.の看板を背負ってただろうな」

「それとまったく同じ台詞を今朝リタにも言われたぜ……」

 

 ロバートの皮肉にケビンは鬱陶しげな様子で言葉を返すと、鋭い視線でカスタムされた拳銃を両手で構えた。

 次の瞬間、ケビンが独特な構えから放った拳銃狙撃が50ヤードも離れた先に居たゾンビの頭を撃ち抜いた。

 

「どんなもんよ?」

 

 ケビンは毎年開かれる署内の射撃大会で、一位、二位を争う程の腕前だ。唯一勝てなかったのはS.T.A.R.S.のクリス・レッドフィールドで、拳銃狙撃だけなら同部隊の隊長のアルバート・ウェスカーも凌ぐ程。

 その神掛った狙撃を傍で見ていた者は思わず「ピュゥ♪」と口笛を吹き、ロバートも思わず流石だと苦笑を浮かべた。 

 ケビンは周囲からの賛辞を受けて、己の腕前を誇示するように軽く腕を振り上げた。

 

 しかしそうした高いテンションで誤魔化しても、ケビンを初めとする多くの警察官が現時点で強い疲労を抱えている様子は隠せなかった。

 またそれに気づく者は確かに居ても、それを指摘する事は出来なかった。

 警察官の多くは昨夜起こったラクーンスタジアムの暴動から引き続いて現在の状況に対応している。彼らが頑なに疲れを周囲に見せようとしないのは、民間人に不安を感じさせまいとする一種のプロ意識。それを察した以上、余計な気遣いはむしろ無粋だという風に考えたのだ。

 現在警察はゾンビの動きを牽制しつつ街に取り残された住民の避難活動を支援すると同時に、地下下水道にC4を設置して直上に位置する区画を一掃する計画を立てていた。

 ラクーンシティーという巨大な街で発生したゾンビパニックに対し、その一撃がどれほどの効果を齎すかは未知数だ。

 もしかすれば雀の涙ほどの成果しか上げられないかもしれない。

 しかし今は、その作戦の成功だけが多くにとっての希望となっていた。

 作戦の決行は午後6時。

 逆算すると4時間後となる。 

 

「――まだ、見つからないか」

 

 ロバートは率先して住人の避難活動に尽力する傍ら、己の店で従業員として働く青年ジョー・ナガトの姿を探し続けた。

 時に無線を手にする警察職員の好意を借りて警察署の方面にも情報の問い合わせを行ったが、未だに避難所に逃げ延びた者の中にジョー・ナガトの姿は無いと知らされた。

 

「警察による爆破作戦が一つの目安だな……」

 

 作戦の成否に問わず大人数を投入しての救助作戦はそこで一つ区切りがつくだろう。逆に言えばそれ以降の個人の安否確認はより困難になると。ロバートは思った。

 

「――――うあぁあああ!」

「っ!?」

 

 思考の海に沈みかけたロバートの耳に甲高い悲鳴が飛びこんだ。

 悲鳴の方に視線を向けると無数のゾンビの姿が見えた。

 別の区画から進入してきた群れだった。

 しかもその群れから逃れるように大群の先頭には数人の生存者の姿もある。

 

「まったく忙しいな、おい!」

 

 悲鳴に呼応してか、先程作ったバリケードの奥に群がる無数のゾンビも慌しくなった。

 糖分補給にと口にしたフルーツドロップのフレーバーによって、ロバートは一時的に街に漂う死臭を忘却した。

 そして走り出す警察官達を援護するようにショットガンを持って立ち上がった。

 

「いくぞ!」

 

 荒々しく音頭を取る現場警察官の動きに続いて、ロバート以外の血気盛んな市民の多くも自ら危険の中に身を投じていった。強い興奮が一時的に胸中にある不安をかき消すと、彼らは無意識にも知っていたからだ。

 

 

 

 

 時を同じくして、ジョー・ナガトも意図せず大きな危険と対峙する事になった。

 彼らの前に立ちはだかったのは赤い怪物である。

 赤い怪物を前にジョーは反射的にそれをリッカーと口走った。

 その理由はゲームで戦った記憶があっての事。

 だが、その姿はまさしく“舐める者(リッカー)”に呼ぶに相応しくおぞましく、誰もそれを疑問には思わなかった。

 肥大化した脳みそによって鼻や目と言ったパーツの殆どを押しつぶされた面貌には、唯一むき出しの牙が並ぶ巨大な顎が存在し、その顎の中には老シスターの身体を易々と貫いた凶器の舌がだらりと伸びる。――しかもその舌の全長が本体を軽く越すほどに長い。

 

「――――――」

 

 ジョーの構えたマグナムの銃口からは、むせ返るように強い硝煙の臭いが漂っていた。

 先程(・・)までの騒乱具合とは打って変わり、周囲には不気味な静寂が広がっている。

 

「――――死んだの、それ?」

 

 恐々と尋ねるテリの問いに、ジョーは不安を滲ませた声色で短く「多分……」と答えた。

 まだ四肢の末端がピクリと動いている所為か、今にも動き出しそうな雰囲気を持っていたからだ。

 しかし、流石に絶命したと信じたいと、ジョーは不安げな表情のままで深く溜息を吐いた。

 マックスの撃ったショットガンが運良くリッカーの身体を跳ね上げて吹き飛ばした。その際に偶然床の上に仰向けに倒れたリッカーのむき出しの心臓を、ジョーがマグナムを使って二度、撃ち抜いた。

 口頭で説明するだけならたった二行で済む短い時間の出来事だが、その勝利が偶然によって支えられた薄氷の上にあった事は明白。ジョーは欠片もリッカーと戦いそれから勝ちを拾ったという結果を誇る気にはなれなかった。

 

「――行くぞ」

「え?」

「もうこんな場所に長居したくないだろう?」

 

 ジョーは不安な表情を浮かべる一同を背に庇いながら、顎と視線のみで退路を示した。

 冷静になれば恐怖がぶり返す上、現状は可能な限り安全な場所に移るべきだという仕草を受け、一同は機敏な動きでリッカーの死体の脇を通り過ぎ、階段を下りた。

 隊列はショットガンを持つマックスが先頭に、その間をオルガ、シェリー、テリの順で続く――

 その殿に立ったジョーは安全確認の意味を込めて、去り際、マグナムの代わりにベレッタを抜いて、銃弾をもう一発リッカーの頭部へと撃ちこんだ。

 放たれた銃撃でリッカーの頭部は跳ね上がったが、それ以外(・・・・)の反応はなかった。

 

「――――――」

 

 死亡確認の為だけに銃弾を一発使う事を、高いと見るか安いと見るか――

 少なくとも、ジョーはそれを安いと見た。

 銃弾一発でリッカーが再び起き上がる可能性を低いと見て、ジョーも階段を下りる事にした。

 しかしジョーの表情は未だ険しかった。

 

 ――――左腕に受けた傷がズキリと痛んだ所為だ。

 

 

 

 

「――ねぇ。皆、怪我は無い?」

 

 ゾンビとも違う異形の怪物と初めて遭遇した一同の心は、短時間とはいえひどく疲弊した。礼拝堂に戻ってもしばらくは御互いに口を開かず。しかし場の沈黙が五分も続くと、その重圧な空気に耐えかねたテリが全員に尋ねた。

 テリの表情には未だにリッカーに対する強い恐怖の色があり、またその声も震えていた。だが気丈に振舞おうとする強い意思も僅かにだが垣間見えた。

 

「えぇ。大丈夫。シェリーは?」

「私も無事」

 

 テリの問いにオルガは正気を持ち直すように頭を振りながら答えた。それにシェリーも続いた。

 

「俺も大丈夫だ。びびったけど――」

 

 マックスも己の健全を伝えた。

 

「そう。で、ジョーは怪我してない? かなり危ない場面もあったみたいだけど?」

「俺は――――」

 

 その中で唯一、ジョーは答えあぐねた。

 最前線でリッカーと相対していたのは他ならぬジョーである。それを知る一同はジョーの答えあぐねる様子にふと、怪訝な表情を浮かべた。

 

「――残念ながらちょっと掠ったな」

 

 と、ジョーは観念した様子で一つ溜息を吐いてから言った。

 詳細な返事の代わりにと袖をめくって見せた左腕には、小さな出血がある。

 

「なによ。だったら早く言いなさいよ、まったく。ほら、オルガ。出番よ」

「えぇ」

 

 言いよどむジョーが見せたのは小さな擦り傷で、何事かと身構えたテリは肩透かしを食らったように呆れの溜息を吐く。

 しかしそのやり取りが一種の緊張状態にあった一同の精神を程よく解し、一時的に場に笑みが生まれた。

 

「ちょっと痛むかもしれないけど、我慢してね?」

「――あぁ」

 

 オルガは先程作ったハーブペーストの瓶を持ち寄り、ジョーの受けた傷の手当を始めた。

 その際にオルガはやけに静かで言葉少ないジョーの様子に小さな不信感を抱き、

 

「――ねぇ、どうかしたの?」

「ん?」

「なにか、あったの?」

 

 と、心配そうな表情を浮かべてジョーの顔を覗き込んだ。

 ジョーはオルガの視線から眼を逸らして首を振って「大丈夫だ」と平静だと返した。

 

「――不安があるなら直ぐに言ってね? 力に成れるかは判らないけど。言い方はアレだけど貴方が倒れたら私達も危険だし」

 

 オルガは強い追求はせずに年上として優しく言った。

 

「不安、か」

「やっぱり、何かあるの?」

「いや――」

 

 ジョーの心に湧いたある種の不安をオルガは明確では無いにせよ的確には見抜いていた。

 小さく心情を吐露するように息を吐くと、オルガは直ぐにその様子に反応した。

 ジョーはそれ(・・)を言うべきかどうかを迷った。

 

 

 

 

 察しの良さとは往々にして人生の分岐を左右する。

 そして時に、思いもよらぬ地点へと人を導いてしまう。

 人が『思いもよらぬ』と口にする時、大抵が希望とは呼べない散々な結果を迎えており、そしてそのジンクスはジョー・ナガトの身にも十分に当て嵌ることであった。

 

 一同はジョーが持ち寄った携帯食で栄養補給を行い、短い休憩の後でようやく教会を出発した。

 目指す先はケンドの銃砲店とその先にある警察署である。

 しかし普段ならまだしも、現状は道中に散乱する無数の事故車やバリケードの影響で、目的地には辿り着くにはいくつか道を迂回する必要があった。

 

 とはいえ、一同にとって幸いだったのはゾンビの数は予想よりも少なかった事だ。

 ジョーはそれを「恐らくは先程遭遇したリッカーがその大半を捕食したのだろう――」と、ゲームをプレイした時の知識から推測した。

 リッカーとは潤沢な食料を食べ続けたゾンビの成れの果て――つまり元々はゾンビなのだ。

 そして元がゾンビならば当然、その攻撃には新たな感染者を産み出す“T-ウィルス”が含まれている――と、周囲の様子とゾンビの少なさに思考を割いた時にふと気づいてしまった。

 

「――危ない!」

「――――っ!」

 

 いち早く気づいたテリが叫んだ。路地の暗がりに蹲って潜んでいたゾンビが、ジョーに組み付こうと襲い掛かった直後の事だ。

 飛び掛ったゾンビは少女の姿をしており元の姿はジョーと同じぐらいの年頃だった。生前はそれなりにモテたであろう肉感的な肢体を持っていた筈だが、今の姿にはその面影が影すらもない。

 

「――くっ!」

 

 ジョーは咄嗟の判断で身を捩り、掴みかかろうとしたゾンビの足を素早く払って路上に転ばせ、そして間髪入れずにその頭をブーツの靴底で叩きつけるように踏みつけた。

 ゴキャリ――と、骨が砕ける音が響き、ゾンビの頭部はアスファルトの上で石榴のようにはじけた。

 

「だ、大丈夫か?」

「あぁ。すまん。悪い――」

 

 不安げなマックスに返事を返すと同時。

 ジョーは注意力散漫な自分自身に強く舌打ちをした。

 己が下手をこけば、後ろに続く他4人の生存者も危険に晒す事になり、だからこそ――と、ジョーはオルガが手当てした“左手の傷”の事を忘れようと努めた。

 しかし脳裏には焼きついた不安は広がり続けた。

 

 リッカーとの戦闘の最中に受けた傷は一見すると小さな物である。振り回された長大な舌が僅かに掠めた程度のもので、気にしなければ忘れてしまう程小さく、普段であればまともな治療すらもしないレベルの代物。

 しかし現状に限っては別で、特に真相の一端を知っている形のジョーにとっては生死を左右する凶悪な呪いにも思えた。傷を受けた事で“感染”し、己も他の多くの市民と同じゾンビに成り果てるという未来が訪れる可能性に気づいてしまったからだ。

 バイオハザードと言うゲームに登場した人物は、皆、“ゲーム”だからこそ生存し、最後は生き残って未来を生きるというエンディングを迎えている。しかしこの世はゲームではなく“現実”だ。感染=ゾンビ化という方程式が存在している中、ただの一般市民でしかないジョーも他の多くと住民と同じような結末を辿る可能性は十分に考えられた。

 

 ベレッタを構えて再び歩みを開始するジョーの脳裏には、思わず吐きたくなるような様々な悪い考えが渦巻いた。

 心のどこかで自分だけはゾンビにならないと言う楽観がなかったか?

 楽観どころか考えもしなかったか?

 リッカーから傷を受けて初めて現実的に自分が死ぬ事に気づいたか?

 生きる為にはどうすればいいのか?

 どうすればいいのか?

 どうしたら助かるのか?

 どうしたら? どうしたら? どうしたら――――

 

「おい、ジョー? お前本当に大丈夫か? なんかさっきから顔色悪いぞ?」

「――っ?」

 

 渦を巻くように様々な思考が脳裏を走った。

 マックスの声に思考の海からガバリと顔を上げたジョーは「大丈夫だ」と、返した。

 

「だけど――」

「大丈夫だっつってんだろ」

「――っ?!」 

 

 引き止め気遣うマックスの放った言葉に対しての返答は、ジョーが想定していた以上に剣呑な雰囲気を秘めていた。その並々ならぬ怒気を秘めた声にシェリーはビクリと身を竦ませる程。

 

「――っ、悪い……」

「謝るよりも先に事情説明をしてくれない? はっきり言うけど、アンタの不調は私達全員のピンチに直結するんだから」

 

 謝罪の言葉を紡いだジョーにテリは尋問する様な視線を向けて言った。

 オルガもそんなテリに同調する様に、「さっきの怪物との戦闘で一体何があったの?」と明確に不調の理由を尋ねた。

 

「――――――」

 

 ジョーは一瞬、沈黙した。

 だがその様子が逆に“何かがあった――”という答えとなって全員に伝わり、遂に、「――判った」と、シェリーを含む一同の探るような目に耐え切れず口を開いた。

 

「アークレイ山地で起きた猟奇事件の事は知ってるか?」

「ん? えぇ、知っているけど――」

「なら話は早い。実はあの事件で既にゾンビが発生していたらしい。――と、言うよりあの事件が今起こっている騒ぎの全ての発端だ」

「――発端?」

「あぁ。調査に赴いたのは俺の働いてる銃砲店の顧客。個人の名前は伏せるが、警察の特殊部隊S.T.A.R.T.のメンバーだ。まぁ、俺もそのメンバーの一人から話半分で聞いただけで、実際の所を詳しく知ってるわけじゃあない。で、そいつからアンブレラ社がこの災害――ゾンビを産み出すウィルスを作ったって言う話を聞かされた」

「――はぁっ!?」

 

 ジョーの齎した情報に一同は絶句した。

 

「ちょっとちょっと冗談はやめてよ。その話だと、よりにもよってアンブレラが街をこんな風にしたって言うの? 陰謀論も甚だしいわ。普通に考えてみなさいよ。この街はアンブレラで潤ってる箱庭みたいな土地よ? それを自分から滅茶苦茶にするなんて――――」

「――そう思うなら、それでもいいさ」

「――え?」

 

 真っ先に反応したテリの常識的な解釈を、ジョーは否定も肯定もしなかった。

 代わりに、「重要なのはゾンビが“ウィルス”で作られたって言う部分さ」と、この一連の騒動の重要な論点を指し示した。

 

「人間がゾンビになるなんてありえないだろ? だが、現実にはそれが起こってる。そして俺は、ウィルス感染によって人間がゾンビになるっていう話を聞かされた――」

「感染って……まさか、お前!?」

「――――――」

 

 するとマックスが青ざめた。

 肯定するようにジョーは沈黙した。

 その瞬間、テリが、シェリーが、そしてジョーの傷を手当したオルガも気づいた。

 

「そんな――――」

 

 オルガは息を呑んだ。

 一同の視線がジョーの包帯の巻かれた左腕に向けられた。

 その視線に対して溜息で返すようにジョーは言う。

 

「実際に俺がゾンビになるウィルスに感染したかどうかは判らない。だけど可能性を考えたら――不安になった。とりあえず、なるべく怪我はするなよ?」

 

 ジョーの明かした胸中の不安は、一同を絶句させた。



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04 現実の恐ろしさを前に 後篇

 オルガ・ウォーレンの手記 その1

 

 時間の流れが不思議に思える不気味な数時間だ。

 そして気づけばもう夕方。空に夜の帳が訪れている。

 私達がジョーと合流してから教会に逃げこみ、長い舌のバケモノと遭遇したのがつい三時間程前。

 体感ではつい先ほどの出来事のように思えるけど……。

 

 私達は教会から脱出し、現在はジョーが働くという“ケンドの銃砲店”に向う途中。

 周囲にはゾンビやお化けの鴉といった怪物が群れを成して、私達生きた人間を虎視眈々と狙っている。

 シェリーが居るからこそ、私はまだ自分の足で立っていられる。

 だけどもし皆とまだ会ってなかったら今頃どうなっていただろう? そんな怖い想像がふとした拍子に頭を掠めて涙がこぼれそうになる。

 強がっているけどテリもマックスもきっと同じ。そんな私達を此処まで引っ張ってくれたのがジョー・ナガトと言う日系人の男の子だ。

 たぶん年頃は17歳ぐらいで、明らかに私よりも年下かな?

 それを言うとシェリーは私より5つも年下だけど――

 そんな彼のおかげで私達は此処まで生きてこられた。

 彼が最前線で武器を構え、戦ってくれたからこそ、私達はまだ何とか希望を捨てずにいられた。

 だけどそのジョーが少し前から変だ。

 正確には教会であの化物と戦った時から。

 確かにあの戦闘でジョーは傷を受けた。だけど骨が折れたわけでもないし、傷自体はそんなに大きなモノじゃない。でもあの傷の事をジョーはひどく気にしていた。

 だから理由を尋ねてみた。

 そうしたらはっきりと分かった。そして同時に、聞いた私は強く後悔する事になった。

 パパが市長という家柄の所為か、私もアンブレラの重役とはパーティーの席で幾度か話した事がある。だからアンブレラ社についてはそれなりに知っていたつもりだった。だけどジョーの言ったそれは私の予想を遥かに超える話だった。

 アンブレラの人達が実は裏で人間をゾンビに変える恐ろしいウィルスを製造していたなんて――実際にアンブレラ社の重役らと面識があった私にはその話が到底信じられなかった。

 だけどジョーの言ったそれには何処と無く頷けてしまう妙な信憑性があり、加えてジョーは自分もそんな恐ろしいウィルスに感染したかもしれないと言った。

 正直、なにかの悪い冗談だと思いたいけど、アレは恐らくだけど本音のように思えた。

 ジョーはニヒルに笑って「怪我をするなよ」と皆に忠告したけど、その声にどこか強がりがあるような印象を受けたから。

 

 今、私達は街からの脱出を目指して行動している。

 その中でジョーは相変わらず――と、いうより寧ろより最前線に立って私達の為に戦ってくれています。

 主よ、私の言葉が届きますでしょうか?

 もしも届くのでしたらお願いします。

 ジョーを、私達を、このラクーンシティの皆の命を御救い下さい。

 

 アーメン

 

 

 

 

 ガレキとバリケードと死体に埋もれた道を幾つも経て、一同はようやく見知った場所へとたどり着いた。

 

「――今後は鎖対策にプライヤーも持ち歩いたほうが良さそうだな」

「賛成。ついでにバールとチェーンソーもリストに加えてくれ」

 

 ジョーがぼやくと、マックスもそれに便乗するように溜息を吐いた。

 狭い路地の多くはゾンビの侵入を恐れた市民達によって、鎖や縄で扉ごと封鎖されている事が多かった。

 鍵を掛けただけの扉なら破壊すれば良い。しかし鎖等で開け閉めを物理的に封印された出入り口は流石に迂回するしかなく、その所為で目的地への移動には想像以上の時間が掛かった。

 

「ジョー!」

「っ!? ――――銃声?」

 

 この数時間ですっかり散弾銃の扱いになれたマックスがショットガンでゾンビを蹴散らした。

 それに重なるようにジョー達が放ったモノとは別の銃声が周囲に響いた。

 直後、向こう(・・・)もこちらの銃声を聞きつけ、ジョー達の歩く路地に面した建物の二階から顔を覗かせた。

 

「おい! ジョー・ナガトか!?」

 

 相手はジョーを知っている様子だった。

 二階の窓からチラリと見えた顔にデジャヴュを感じたが、ジョーは咄嗟に相手の名を思い出せなかった。

 

「誰だ!?」

 

 ジョーは反射的に声の主に尋ねた。

 すると件の建物から再び銃声が響き、ジョーの立つ路地に面した二階の窓から見知った顔がもう一度大きく顕になった。

 

「俺だ! ケビン・ライマン!」

「ケビンか!?」

 

 相手はケンドの銃砲店の顧客で、ラクーン警察に勤める不良警官のケビンだった。

 知り合いとの遭遇にジョーは思わず声を弾ませるが、連続して響くケビンの銃声を聞いて彼が戦闘の真っ只中にある事を察した。

 

「無事か!」

「まさか! 暇なら手を貸してくれ!」

「っ!? 判った!」

「――ねぇ、知り合いなの?」

「あぁ、R.P.D.きっての優秀な不良警官さ。行くぞ!」

 

 救援を求めるケビンの声を受けてジョーはテリの問いに短く返しながら、ケビン達の居る建物の入り口へと向った。

 しかし突入しようにも入り口の扉には内側から当て木の補強がされており、蹴り破ろうとするもジョーの体格では破壊できなかった。

 

「クソ!」

 

 扉を前でジョーは思わず歯噛みする。

 しかし直後、「どいてろ!」と、マックスがショットガンを構えてジョーを押しのけた。

 

「マックス?」

「任せろ……」

 

 日系人のジョーに比べてマックスの体躯はアメリカ人らしく大柄だ。そのマックスがジョーの変わりに扉の前に立った。

 マックスは扉にショットガンを二発打ち込み外から補強用の当て木に皹を入れると、手にした銃をテリに預けて、己は助走をつける為に扉の前から更に三歩程下がった。

 そして「ウォラァ――ッ!」と、扉に向って豪快な体当たりをかました。

 

「――すげェな」

 

 粉砕された扉を見てジョーは思わずといった感嘆の吐息を漏らした。

 するとマックスは得意げに言った。

 

「これでも大学時代はフットボール部だ。まぁ、ポジションはタイトエンドで――まぁ、レギュラーは取れなかったけど――――」

「いや、それでも凄いわよ!」

「えぇ」

 

 やり遂げた笑みを浮かべるマックスに向けて、女性陣も感心したような言葉を送った。

 だが一人。

 シェリーだけは“タイトエンド”の言葉自体に疑問を浮かべていたが――

 

「――とにかく、だ。これで先に進めるぞ。助けるんだろ、ジョー?」

 

 マックスは促すようにジョーに視線を送った。それを受けてジョーも短く頷いた。

 

「それじゃ迎えに行って来る。皆を頼む!」

「おう任せな!」

 

 ジョーはその場をマックスに任せて単身、建物内部に進入した。

 二階での銃撃の音は激しくなっていた。そうした騒音に呼応してか、室内で横たわっている無数の死体がゾンビとしてゆっくりと起き上がり始めた。

 

「寝てろ!」

 

 ジョーは階段を塞ぐ様に立ち上がったゾンビの膝を撃ち、再び床に転倒させた。そして頭を階段の段差に叩きつけるようにブーツで蹴り潰した。

 厚いブーツの靴底と段差の角に頭を挟まれ、ゾンビの首は梃子の原理でボキリと折られた。

 ジョーはその勢いのまま階段を駆け上がり、遂に二階に居るケビンの下にたどり着いた。

 するとそこにケビンの他、三名の生存者が居る事に気づいた。

 

「ケビン!」

「見ての通りだ! 援護してくれ!」

 

 ジョーは了承の変わりにベレッタを構え、ケビンらに迫るゾンビの群れの一体に向けて引き金を引いた。

 膝の皿を撃ち抜かれた先頭のゾンビが転倒し、後続群れもドミノの様に倒れる。

 ――その隙を狙ってゾンビの先頭集団に居る三体をケビンが的確にヘッドショットで射殺した。

 

「無事か!?」

「えぇ!」

 

 隙を突いてケビンが救助した3人の民間人がジョーの下に駆けた。

 その内一人は胸を押さえて顔に強い苦悶を浮かべ、別の一人に肩を支えられていた。

 

「怪我人がいるのか?」

 

 ジョーが問うと、3人の生存者の内、唯一の女性が困惑した様子で頷いた。彼女はJ's Barのウェイトレスの衣装に身を包み、胸に“シンディー”と言う名札をつけていた。

 

「えぇ。だけど怪我とは違うみたいだけど――」

 と、シンディーは怪訝な様子で言った。

 すると不調を抱える男の隣で、その肩を支えていた黒人の男性が鋭く言った。

 

「細かい事はいい。発作が起きたんだ。とにかく、出口まで援護してくれ!」

「マーク……」

「喋るな、ボブ!」

「判った。こっちだ!」

 

 恐らく同じ民間警備会社に勤めている同僚なのだろう。胸を押さえて苦しそうな白髪の初老ボブを支える恰幅の良い初老の黒人マーク。その2人を援護するように立つと同時、ジョーは二人に退路を顎で促した。

 

「すまん、シンディ。ボブを頼む」

「えぇ、判ったわ。無理しないで」

 

 マークはシンディーにボブを預け、自身は拳銃を取り出してケビンとジョーを援護する様に立ち上がった。

 ケビン、マーク、ジョーの3人でゾンビを牽制し、その間にシンディーがボブを支えながら階段を下りた。

 一階の廊下を抜けて一同が出入り口付近に辿りつくと、外に繋がる扉の前でマックスが懸命にショットガンを駆使して退路の確保に勤しんでいる様子が見えた。

 

「ジョー! 早くしろ!」

「判ってる、今行く!」

 

 ボブに迫ったゾンビを見た瞬間、ジョーは咄嗟にベレッタを連射した。

 肩、首、側頭部を撃ち抜かれたゾンビはそのまま倒れた。

 ――同時にジョーの持つベレッタの残弾が尽きた。

 

「ケビン、行くぞ!」

「OK!」

 

 ベレッタを仕舞と同時に代わりに虎の子のマグナムを構えながらジョーは叫んだ。

 ジョーは狭い室内から建物の外へと脱出したボブとシンディーに続き、足を引き摺るように歩くマークの肩を無理やり引っ張った。

 そして外に出た後、ケビンの脱出を援護する為に両手で構えたマグナムの引き金を引いた。

 追いすがるゾンビの群れから確実な距離をとったケビンは、その去り際に一発、廊下に備え付けられていた消火器を撃ち抜いた。

 建物の一階部分が消化剤の白い爆発に包まれたところで、全員が無事に脱出できた事に安堵出来た。

 

「怪我は?」

「なんて事ねぇよ」

 

 ケビンはふぅとこれ見よがしな態度で銃口から立ち上る硝煙を吹き消した。

 

「――ねぇ、とりあえず此処から離れましょうよ。なんかヤバイ感じよ」

「ぁん?」

 

 残弾の尽きたベレッタのマガジンを最後のモノに交換した矢先、 テリが指差しで一同の視線を路地の奥へと向けさせた。

 この戦闘での騒ぎを聞きつけた無数のゾンビが、路地の奥から次々と手を伸ばしながら迫っていた。

 

「自己紹介は進みながらでも良いな?」

「あぁ!」

 

 マックスが促しケビンもそれに応じ、そして場に会す一同もその提案に賛成するように機敏に動いた。

 テリとシンディーが発作を起して胸を押さえるボブに肩を貸し、オルガとシェリーがマークの歩みを支える。そしてケビンとジョーとマックスは集団の外周を囲むような隊列でそれぞれ銃を構えた。

 

 

 

 

 生存と言う目的が一致する以上、合流した面々は互いに初対面であっても互いを信頼し連携した。

 しかし結果として一同に現実を叩きつける事になった。

 

「――ボブ! しっかりしろ! もう少しだ!」

「っ……うぅ――――」

 

 それは路地の向こうに他の生存者の声が聞えた時。後少しで警察の展開する地点に到着するといった頃に起こった。

 ジョー達と合流した生存者の一人、苦しげに胸を押さえていたボブが遂に膝をついたのだ。

 

「ボブ!」

 

 ボブと同じ民間警備会社の制服を纏ったマークは直ぐに叱咤する様にボブの肩を掴んだ。

 ジョー達はボブとマークとは知り合って数分の仲だ。だがそれでも、ボブが並々ならぬ深刻な状態である事は察しが付いた。

 

「お、おい! 大丈夫なのか!? ―――っ!? テリ?」

「………………」

 

 マックスはボブの様子を見るなり、思わずといった様子で言葉を掛ける。がしかしそのマックスの肩をテリが悲痛な表情で引き止めるように叩いた。

 周囲の空気は、まるで余命幾ばくも無い癌患者を看取るような雰囲気に変わった。

 

「ボブ……」

 

 シンディーが顔を伏せた。

 

「ほら、見せもんじゃねぇよ」

 

 と、ケビンがオルガとシェリーをさり気なくボブから遠ざけようと肩を引いた。

 しかしその行動が逆にオルガとシェリーにボブの最期を悟らせた事が皮肉であった。

 

「………………っ」

 

 ジョーは左手に受けた傷の痛みをかき消すように強く拳を握りこんだ。

 全員の視線がボブとマークに注がれる中、マークの必死な声とボブの力無い小さな声だけが響いた。

 

「ボブ!」

「ダメなんだ、マーク。もうこれ以上、足手纏いにはなりたくない……」

「何を言ってるんだ、立て! 立て、行くぞ!」

「違うんだ。奴らと同じなんだ……俺は、お前の肉を食いちぎりたいと思ってしまっている……」

「――ボブ」

 

 その時、ボブはマークの懐から拳銃を掠め取った。

 

「っ!? 何を――」

「すまん、マーク。もう俺の事は放っておいてくれ……」

「ダメだ、ボブ!」

 

 ボブは銃を取り上げようとするマークに向けて、一度だけ銃口を向けた。その顔からは涙がポロポロと溢れていた。

 

「ダメだ――――」

 

 マークは引き止める様に声を荒げた。

 が、それをかき消すように銃声が一発響いた。

 カラリと薬莢が地面に転がり落ち、そして程なく己を撃ち殺したボブの身体が屍として地面に崩れ落ちた。

 

「ボブ!」

 

 自決を選んだ友人の屍に縋りついたマークの慟哭がこだました。

 続くように小さくマークの嗚咽が響いた。

 しかし、

 

「――――行こう」

 

 ボブの死に悲痛な涙を流すマークの肩を、マックスとケビンが無理やり引っ張り上げた。

 それが余りに無粋極まりない行いだという自覚はそれぞれにあったが、背後に迫るゾンビの群から逃れ、生き残る為には必要な行いだった。故にマークも、マックスとケビンに感情をぶつけなかった。

 

「――――――」

 

 一同の歩みが再開した時。

 ジョーはふと振り返り、ボブの遺骸に視線を向けて足を止めた。

 

「ジョー?」

「っ?」

「どうしたの?」

「いや――――」

 

 立ち止まったジョーに気づいたシェリーが、疑問を浮かべた様子でジョーの袖を引いた。

 

「――なんでもない。行こう」

 

 シェリーの肩を叩き、ジョーは殿として歩みを再開した。

 一同が路地を抜けて警察がバリケードを展開する大通りに着いたのは、それから間も無くの事であった。

 

 

 

 

 赤と青のパトランプを点けた大型の車両と、制服姿の警察官達。普段ならありがたみを感じる機会こそ少ないが、この時ばかりは彼ら警察の存在に強い安堵を感じる者は多かった。それは口にこそ出さなかったが、ジョーも同じである。

 

「――――生存者だ! こっちだ!」

 

 ケビンの案内を頼りにジョー達が路地を抜けると、その先には多数の警察官の姿があった。

 ジョー達の存在に気づいた警察職員は、路地を抜けてきた一同を援護するように、その背後に後に迫るゾンビの群に無数の銃口を向けた。またその中には警察以外の武器を持った民間人の姿も多くあった。

 その中で特にジョーが驚いたのは、最初の目的地として目指していた銃砲店の店主――ロバート・ケンドの姿もそこにあった事である。

 

「ジョー!?」

「店長!? なんで此処に――」

「お前を探してたんだ、馬鹿! 無事だったか!」

「あぁ!」

 

 警察に協力する市民の一人として参加していたロバートは、ジョーの姿を見つけるなり安堵した様子で怒りながら笑った。




チャプター1 終了


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チャプター2 05 死中に活を……

チャプター2


 掃討作戦指令書

 

 内容:中央通り及び下水道へのC4爆弾の設置、バリケードの敷設

 時間:本日午後6時

 作戦人員:20名

 補足1:基本的には人命救助を優先するが、対象が呼びかけに呼応しない場合は殺傷を目的とした発砲を許可する。

 補足2:爆薬敷設後は作戦区画から直ちに撤退し、本部からの指令を待て。

 

 

 

 

「――爆破20秒前!」

 

 血肉を求める無数の唸り声が、合唱、輪唱となって周囲一帯に響く中、警察の作戦によって大通りを抜けた先の広場には、数千体のゾンビがおびき寄せられた。

 その光景は正気であれば思わず発狂し理性を失う程におぞましきモノだったが、件の“作戦”に尽力する多くは、それらを前にしても決して使命を忘れなかった。

 

「カウント開始! 10、9、8、7――――」

 

 レシーバーを構えた警察職員が作戦開始の合図を取り、カウントダウンが始まると同時に最後の調整を終えた作業員達がパトカーで作ったバリケードの奥へと撤退した。

 

「っぅあ!?」

 

 その時、亡者を隔てていた檻の一角が崩れた。

 その光景を前に思わず、起爆スイッチを手にする職員の男が上擦った悲鳴を上げた。

 亡者の群れが白濁した目で朽ちた手を伸ばし、腐った吐息を吐きながら迫る中、強い嫌悪と恐怖に苛まれながらも、起爆装置を握る男は、決して手にした希望を落とさなかった。

 そして――

 

「――起爆!」

 

 男は震えながらも勇気を振り絞り、合図と共に己の役目を果した。

 

 ――そして地獄の釜が開かれた。

 

 巨大な焔が地面から吹き上がる同時、起爆地点から距離をとった多くの者がその身を焼かれるような強い熱量を感じた。

 広場に集められた亡者の群れは等しく焼き払われ、夜の帳が訪れたラクーンシティの空を明るく照し、無数のゾンビは天に還り、後には巨大なクレーターと紅蓮の炎と立ち上る巨大な黒煙が狼煙のように残った。

 それを眼にした警察官らは大きな勝鬨を上げた。

 

 それは後に悪夢として語られるラクーンシティーの惨劇の中で、唯一ラクーンシティー警察(R.P.D.)が悪夢に勝利した奇跡の瞬間であった。

 

 

 

 

 ジョー・ナガトの手記 その2

 

 そしてつい三十分ほど前だが、警察による大規模な反攻作戦が決行された。

 大通りを挟んで少し先の広場では鈍重な鉄のフェンスがいくつも設置され、その人為的に作られた檻の中に警察と民兵の協力によって誘導された無数のゾンビの群れが詰め込まれた。

 それなりの距離からも呻き声の大合唱が聞こえてくる程の数だ。

 ちらりと確認したが、正直数えるのも馬鹿らしくなるほどの大群がそこには居た。

 はっきり言うがゾッとした。

 もしもフェンスが決壊すればそれこそ津波のような勢いで、奴らは生き残った生存者を嬉々として飲み込むだろう。

 こんな作戦を考える奴もそうだが、実行する奴も大概頭がおかしいと思った。

 ――が、ありがたい事に作戦は成功してくれた。

 署長はクソ中のクソだが、やはり現場の人間は尊敬出来る。ケビンの様な一部の素行不良も、この時ばかりは人命優先で最前線に立つ気概を持っている。親父も警察官だから多少贔屓は入っているが、恐らくこの事件がなかったら俺も警察官を目指したかもしれないな。――まぁ、それは良い。

 問題はこの後だ。

 この後、俺自身がこの街からどうやって生き残るか、だ。

 

 思えば、自宅から見知った大通りへと脱出するまでに壮絶な体験をした。

 たった一日で街を歩く難易度は急激に上がった。昨日に比べると雲泥の差だ。どんなクソゲーだ。

 こんな事なら昨日の内にさっさと街を出るべきだったと、今更ながらそれを強く後悔している。

 幸いと言えるのは、他の生存者と合流できた事くらいか。少しは俺も役に立っただろうか? マービンには悪いが、俺にはコレが精一杯。これ以上の事を期待されても正直困る……。

 まぁ、それは兎も角、つい先程俺達は何とか警察官らと合流する事に成功した。

 警察が封鎖するという警察署近辺の中央ブロックから見て、南側に位置するダウンタウン。そこに程近いフラワー通りの近辺では、ロバートを初めとする多くの顔見知りが独自に防衛網を展開していた。

 ありがたい事にロバート以外の知り合いも、皆、俺の事を探していてくれたらしい。その気持ちははっきり言って嬉しいし、こうして互いに無事が確認できて本当に良かったと思う。

 だけど正直、さっさと逃げろよ――とも思った。どいつもこいつも格好つけやがって。死んでも知らねぇぞ。

 

 また、その際に聞けた話によれば、どうやら皆、状況的に昨日スタジアムで行われたフットボールの試合が大まかな原因だと睨んでいる様子だ。曰く、スタジアムの観客席に暴徒が現れ、そしてその暴徒こそが感染者。その感染者から爆発的なゾンビ感染が広がった、との事。そして一夜明けてこの騒ぎとなった以上、明日にはもっと状況はひどくなるだろう、と――多くは思っているらしい。

 まったく俺もその通りだと思う。俺の持っている記憶――否、この場合は知識と呼んだ方が正しいソレの中にも、街に感染が広がった理由はおぼろげにしかない。しかし状況が今以上にひどくなり、最終的にラクーンシティーが核ミサイルで街ごと吹っ飛ぶ事だけは判る。滅菌処理と称して街ごと消すくらいなのだから、どう考えても状況が好転するとは思えない。

 こうして一先ずの安心に身を委ねてはいるが、いち早く脱出する目処を立てないとやばいのは確実だ。

 俺の知識の中でこの地獄から生還した人物に出会う事、もしくは彼らの使った脱出ルートにたどり着けるか、否か――。

 今後の問題はそれともう一つ。俺にTの抗体が在るか否かを確かめないといけない

 

 ――リッカーから受けた傷が微妙に痒い気がする。

 

 コレを何とかしない事には、脱出できない。

 否、するべきじゃないんだろうな。

 クソが……。

 

 

 

 

 “爆破作戦”の成功と共に現場からの撤収作業が始まった。それに伴いオルガ達生存者の多くは、警察のトラックに乗って一時的に警察署に避難する事になった。

 警察と消防は一度生存者を堅牢なラクーン警察署の中に集め、その後、陸路と空路の両面で市民を街の外にピストン輸送するというプランを立てた。

 

「――――脱出ルートは大きく分けて2つある。一つは市外に唯一繋がるハイウェイを車で行くルート。もう一つはヘリで脱出するかのルートだ。ヘリでの脱出を選ぶ場合は一端、陸路で市内を移動し、東西南北に走る路面電車の車両集積ターミナルに向かってもらう。そして4時間ごとに離着陸するヘリを待ってからの移動になるが――――」

 

 多くの生存者と一緒に警察職員からの説明を受けたジョーは、内心で「どちらも一長一短で容易にとは行かないな」と小さく溜息を吐いた。

 警察の提示したモノ以外のルートとなると、アークレイ山地を徒歩横断するか、もしくは市内を流れる二本の川を生身で下るかの二つしかなく、またジョーの知識の中にはアンブレラ社が秘密裏に作った地下研究所の脱出路線を行くというルートもあるが、それを選ぶのも中々に過酷な道。

 

(――ゾンビを避けながら長い陸路を地道に行くか、もしくは墜落しそうな(カプコン)ヘリに乗るかの二択。もしくは“山地横断ウルトラクイズ”か“川下り”の四択。それも嫌なら隠しルートの秘密基地潜入、か。――――命が幾つあっても足りる気がしねぇ。究極の選択過ぎる)

 

 警察という市民の味方との合流を果した生存者の多くは、説明された脱出の当てに強い希望を見出していた。それは当然、ジョーと決死の道中を共に生き延びてきたオルガ達も同じであった。

 オルガ達の安堵の顔を見て、ジョーはとてもではないが、彼ら彼女らの心をへし折るような台詞を吐く気にはなれなかった。

 ジョーに言わせれば目の前に提示されたモノは希望ではなく、差し詰め次の地獄への招待状。

 

(――どうする?)

 

 と、ジョーはひどく浮かない表情のまま、小さく自問した。

 脱出の当てもそうだが、それとは別に差し迫った別の不安があったからだ。

 つい先程、ジョーはボブという一人の生存者の壮絶な最期を真近で見てしまった。

 あれこそが感染者の末路なのだとジョーは思い知らされていた。

 人間としての尊厳を保つならば自決、一択。いよいよともなれば、彼の様に覚悟を決めるしかない。

 現状はゲームの様に感染深度がどの程度かを把握する事もできず、またボブの言った様な『人を食いたい』という自覚症状もない。しかし現実問題としてジョーの腕にはリッカーから受けた傷が存在する。こればかりは無視できなかった。

 

 ジョーは撤収作業を尻目に、自宅から持ち出したミネラルウォーターを一口含んだ。

 視界の先にはオルガ達の乗った警察のトラックの後姿があり、ふいにガラス越しに、ジョーを見つめるシェリーとオルガとの視線が交錯した。

 最後となるだろうと言葉を交わしたのが先程の事。

 ジョーは皆から一方的に取り付けられた“約束”の台詞を思い出す。

 

『――早く来い、先に行って待ってるからな?』

 

 警察のトラックに乗ったオルガが、テリが、シェリーが、マックスが、それぞれの言葉でそうジョーに言った。

 危険の中をジョーと共に歩いた面々は、最後まで全員の先頭を歩いたジョーの身を案じていた。それだけの信頼と恩を皆、感じていたからだ。

 しかしジョーの口からゾンビ感染の可能性とそれによる危険を説かれ、その上での残留の意思を受けて、安易にそれを引き止める事も出来なかった。

 ――――だからこそ皆、言葉少なく端的に言ったのだろう。

 

 『待つ』と告げられたジョーは思わず、「待たずに早く逃げろよ」と、苦笑を込めて返した。

 しかしテリは、「いよいよとなったら嫌でもそうするわよ」とふてぶてしく言い、マックスもこれ見よがしに使い方を覚えたショットガンを持ち上げて見せた。

 移動用のトラックにテリと一緒に乗り込む際に、マックスは真剣な眼で「信じてるぞ」とジョーの肩を叩いた。

 そして、

 

「――ジョー、コレ持って行って」

 

 シェリーは出発の間際に教会で調合したハーブペーストの小瓶をジョーに渡した。

 その際の伏せた顔が強く印象に焼きついた。

 またシェリーと同じトラックに乗ったオルガも去り際に一言「ありがとう」と告げ、そしてシェリーと同じく、ジョーの手を取り「待ってるから――」と教会で作ったハーブペーストの小瓶を渡した。

 

「オルガ」

 

 ジョーはふとこの後、オルガが本性を顕にした警察署長に狙われる事を思い出した。脳裏に蘇った磨耗しきったバイオ記憶という根も葉もない情報だが、それを知りつつ何もせずにいるというのは後味が悪いと思った。

 故にジョーは最後のマガジンを装填した愛用のベレッタを、去り行くオルガに手渡した。

 

「持ってけ、護身用だ」

「え?」

「ハーブペーストの礼だ。丸腰でいるには、ずっとマシだろ?」

 

 

 周囲に多数の警察官と生存者が居る中では、流石に直接の手出しはできない筈。そうは思いつつも万が一に備えて、ジョーはオルガが死なぬようにとその生存率を上げる為の布石を打った。

 困惑するオルガの手を取りジョーは簡単にベレッタの使い方を説明した。

 

「これがハンマー。で、こっちの横の摘みが安全装置だ。撃つ時は安全装置の摘みをはずしてから、音がするまで目一杯スライドを引く。そしてハンマーが倒れたら、狙いをつけて引き金を引く。簡単だろう? オートマチックだから一発撃ったらそのまま連射できるが、残り7発しかないからな。本当にピンチの時にだけ使ってくれ」

「――――あ、ありがとう」

「まぁ、警察署に行けばベレッタのマガジンの予備くらい探せばあるだろう。もしも警察署でマービンって言う黒人の制服警官に出会ったら、迷わず頼れ。きっと力になってくれるだろうよ。じゃ、元気で。――生きろよ」

「ジョー!」

 

 トラックの荷台の扉を閉め、ジョーは軽く手を上げた。

 

 

 

 

「――――どうした? お前は警察署には行かないのか?」 

「あぁ」

「なんでまた?」

 

 去っていくトラックから、オルガの「――待ってるから!」という慟哭が聞こえた様な気がした。

 それから程なく、撤収作業が終わり未だに現場に残っているジョーに気づいたロバートが尋ねた。

 ジョーは無言で手当てした左腕の傷をロバートに見せて言った。

 

「――バリーの言った事、覚えてるだろ? 話が本当なら、俺も――まぁ、そう言うことさ」

「っ!?」

 

 ジョーの言わんとする事を察し、ロバートは悔しそうに顔をしかめた。

 

「本当にどうしようもないのか?」

「さぁ、こればっかりは――ー―」

「バカヤロウ! もっと真剣に考えろ! 何か手があるはずだ!」

 

 ロバートは思わずジョーの胸倉を掴んで叫んだ。

 普段声を荒げるのも珍しい男がだ。そんなロバートにジョーはされるままに胸ぐらを掴まれたが、その際に逆に何とか出来るなら教えて欲しいと無性に腹が立ち、遂に舌打ち交じりで逆に問うた。

 

「じゃあ、俺にどうしろって言うんだよ? 大体、店長はなんで残ってるんだ? 早く逃げないとやばいのは一緒だろうが!」

「――っ 俺は良いんだよ……」

「――――はぁ?」

 

 ふいにロバートは腕に篭る力が緩んだ。

 その様子に思わずジョーも困惑した。

 ロバートはその場に残る同じ民間の生存者達の姿をチラリと一瞥し、

 

「――持病があるんだよ。脱出した所でその先があるとは思えない。此処に残ってる連中の大半がそうさ。俺達は脱出よりも救援を待つ事にしてる」

「おい、聞いてないぞ。そんな話――」

「まぁ、秘密にしてたからさ。おい、とりあえず場所を移すぞ」

 

 ロバートは言い難そうに肩を落とすと、カラリと糖分補給用の飴を口に含んで言った。

 

 ラクーンシティーの中心にある警察署。その南側は通称ダウンタウンと呼ばれている。その区画に位置するフラワー通りの少し先に、ケンドの銃砲店は存在した。

 ゾンビパニックの発生によって街のあちこちで人々がゾンビに食われ、同時に多くがゾンビと化した。だがフラワー通り近辺は警察署の防衛能力とロバート・ケンドを初めとする多くの市民の抵抗によって、街の中でも随一の安全が確保されていた。ケンドの銃砲店の近辺にある商業設備には、少なくない明かりが灯っており、この地獄の中でもまだ営みがある。

 しかしその明かりの下にいる者達の精神は殺伐としており、皆、銃を手に、息を潜め、祈りながら救済される日を待っていた。

 

「――少し見ない間に随分とこざっぱりしたな?」

 

 ケンドの銃砲店のすっかり変わり果てた様を見て、ジョーは思わず吐息を漏らした。

 普段は所狭しと銃が飾られている店内には現在、殆ど武器と呼べる代物が無く、もはや何を売りにしていた店なのか皆目見当もつかないくらいだ。

 

「必要としてる連中に配ってたら、あっという間にこうなったんだよ」

 

 と、ロバートは溜息混じりに言った。

 

「稼げただろ?」

「まさか。この状況で金に意味があると思うか?」

「違いない――」

 

 ゾンビパニックが発生して直ぐにロバートは無償で市民に武器を配っていた。もとよりそうした要所要所での心根が好かれて、ロバートは多くの信頼できる友人を持つ男である。

 ジョーとロバートはゾンビ対策にと店のシャッターを閉め、窓や出入り口の全てに厳重に鍵を掛けて篭城すると、生活空間として使っている二階リビングの椅子に腰を下して同時に盛大な安堵の吐息を吐いた。

 

「――腹減ったな。何か食うか?」

「あぁ」

 

 一服の後、二人は簡易キッチンで買い置きのパスタを大量に茹でた。そして缶詰の豆とミートソースで味をつけて、大皿に盛って二人で均等にそれを分けて食べた。

 外はすっかりと地獄に変わり果てたが、この瞬間の営みはジョーにとって当たり前の日常を想起させた。

 その久しぶりに感じた安堵に、ジョーはふと泣きたい気持ちが抑えられなくなった。

 しかし気丈にも涙は堪えた。

 

 その様子を見ないようにと気を利かせてか、ロバートは天井を見上げながら唐突に尋ねた。

 

「――なぁ、ジョー。お前、本当にバリーの言ってやがったゾンビ菌に感染したのか?」

「さぁ、わからねぇ。俺もまだ半信半疑なんだ。だけど噛まれたり、引っかかれたりした奴がそうなるんだろ? 舌に抉られて負った傷でそうじゃないって言えるか?」

「舌に抉られた? おいおいそんなゾンビもいるのかよ……」

「ゾンビじゃねぇよ。やたらと舌の長い気持ち悪いバケモノさ」

「そんな奴が――?」

「――あぁ」

 

 食事の後、ジョーは自宅を出てから遭遇した苦難を吐露するように、事の顛末をロバートに説明した。

 生存者に会い、教会に逃げ、リッカーと戦い、ゾンビと戦い、生存者を見つけ、そして一人の人間の自決を見た。

 

「――よく頑張ったな!」

 

 顔を伏せて話すジョーの説明を聞くと、ロバートは身を乗り出してジョーの肩を叩いた。

 その言葉に堪えていた涙が溢れそうになったが、ジョーは腕で強引に拭い、「慰めはいらねぇ。失敗してるから残ってるんだぜ、俺は?」と、皮肉った。

 だがロバートは「それとコレとは別だ。お前は良くやったんだ! それは俺が認めてやる!」と、強引に今度は背中を叩いた。

 

「よしてくれ――」

 

 ジョーは照れくささと不意にこぼれそうになった涙を見せまいと顔を背けた。

 

「――ところで、店長はどうなんだ? さっき持病がどうだとか言っていたけど、脱出が出来ないって程じゃあないんだろう?」

 

 ジョーは無理やり話題を変え、同時にオルガの作ったハーブペーストを瓶から爪の先程取り出しペロリとそれを舐めた。

 強烈な苦味と辛味が舌の上で爆発し、そして強い風味が鼻を貫いた。ウィルス感染に少しでも対抗したいと思っての行動だったが、やった後に少し後悔した。

 想像以上のハーブの不味さにジョーの表情は思わず苦悶に歪んだ。

 

「実は――」

 

 ロバートは腰に巻いたポーチからペンの様な針のついた器具と薬を取りだした。ジョーがそれをインスリンの注射器であると気づくまでに、それ程多くの時間は必要としなかった。

 

「インスリンって事は――」

「まぁ、な。新しいの取りに行こうにもこの騒ぎだ。主治医もどこかに逃げてるはずさ。それに何処の病院も飽和状態で機能を停止してるらしい。――仮に俺が上手く脱出をしても、この先インスリンが尽きれば死ぬだろうな」

「そんな――」

 

 ロバートの諦観の混じった言葉にジョーは絶句した。

 しかしそれを尻目にロバートは飄々と「ハリケーンの被災地に水を送るのだって容易な事じゃない。ましてや薬だぜ? 脱出してからその先も上手くいくとは思えねェ。だったら此処で一人でも多くを逃がしてやろうと思ってな。だから、そういう意味でも俺は武器を配ったんだよ」と、言った。

 

「――死ぬ気なのか? 此処で?」 

「まさか。でもまぁ、俺よりも若くて生き残る可能性が在りそうな奴に優先権を譲ってやりたいと思ったのは本当さ」

「店長――」

 

 ロバートの言葉が、ジョーにはとてつもない強がりのように聞えた。

 

「まぁ、とりあえず、お前も疲れているだろう? この部屋は貸してやるから今日はゆっくり休め」

 

 その後、どちらとも無く会話が途絶え、ロバートは食器を片付けてから店舗のある一階へと降りて行った。

 部屋に一人残されたジョーの耳に、彼方から聞える犬の遠吠えと、無数の亡者の呻き声が聞えた。

 

 

 

 

 息を押し殺して夜を過ごす多くの生存者と同じように、その日、ジョーも膝を抱えて壁を背に身体を休めた。

 しかし心には筆舌にし難いもどかしさと、強い無力感、そして憤りにも似た感情が芽生えて、中々寝付けなかった。

 

「――――本当にどうしようもねェのかな」

 

 薄明かりの中でジョーは自問した。死を覚悟して受け入れると言えば聞こえが良いが、自決したボブや持病のあるロバートとは違い、ジョーには避けられない死が目の前にあるとは言い難い。まだ“可能性”の段階なのだ。

 

(意識はハッキリしている。飯を食って空腹は満たされた。“かゆうま”にはまだ程遠い、俺はまだゾンビじゃない。まだゾンビじゃないだろうが!)

 

 本当に感染を治す方法が無いのかと、ロバートを初めオルガ達にも幾度と無く質問をされた。それと同じ問いを再びジョーは己に問うた。

 そしてウィルス感染を治す方法について考えた時、やはり唯一可能性がありそうなモノに、己の中に蘇った“バイオ”の記憶であると気づいた。

 記憶の中でかのビデオゲームを遊んだのはもう数十年前になる。加えてそんな遠く彼方にある磨耗しきった記憶には多数の虫食いがあった。その上で適切な記憶を搾り出すのは容易でなく、しかしそれ以外に希望は無く――。

 ジョーはふと身を起し、学校で習ったブレインストーミングの要領で、持っていた手記に関連しそうなワードを乱雑に羅列し始めた。

 

「――バイオ1で登場した“かゆうま日記”。その著者は、数日掛けて狂っていった。正式には“かゆい、うま”。それ程に意識が混濁したのなら、もう諦めるさ。だが、俺はまだ正気だ。何かあるはずだ、何か――――」

 

 現在の状況は時系列的にバイオ2だと推測できる。しかし舞台となる正式な日時は判らない。だが恐らくケンドの銃砲店にレオンとクレアの主人公達は訪れる。その事は覚えていたが、問題はそこではない――と、様々な方向に思考が飛び跳ねる中、ジョーは懸命に記憶を手繰った。

 そしてふと、シリーズ上の次作『バイオハザード3』も現在と同じ時間軸を描いていると思い出した。

 バイオ2が警察署内部の出来事ならば、バイオ3はラクーンシティーそのものが舞台。そして同時に、バイオ3のシナリオの中で、主人公のジル・バレンタインが、追跡者ネメシスとの戦闘で傷を負い昏睡した描写を思い出した。

 

「っ!? そうか――。で、その後に病院に行ったのか。それでワクチンを作って治療したんだとしたら、その後は――――」

 

 治療薬が病院にあるかもしれない。しかしこのバイオと似た世界にも、ゲームと同じく治療薬が存在しているかは不明である。

 ――――が、それでもジョーは一つの希望を見出す事が出来た。

 

「――問題は何処の病院にあるか、だな」

 

 バイオ3のジルの足跡を辿るように、ジョーは記憶にあるバイオ3のシナリオをOPから順に覚えている範囲で脳裏に描いた。

 まずジルはアパートから脱出した。次にジルはゾンビを太ももで挟んで撃退した。その後警察署でブラッドが死ぬと同時にネメシスと戦闘になった。警察署の中で――その後、銅像の裏でなぜかバッテリーが見つかる記憶が、ジョーの脳裏を過ぎった。

 

「――っ!」

 

 やはり記憶には大きく虫食いがあり、途切れ途切れでしか覚えていない事柄が余りにも多かった。

 バイオ3のギミックで特に特徴的な銅像の裏にあったバッテリーの存在に、ジョーはほか多くの記憶が塗りつぶされていくのを感じた。

 

「――あれはどこだ。どの銅像だ?」

 

 銅像。そのワードから、不意に“市庁舎”とその扉に付いた菱形のカラフルな石の存在を思い出した。

 カラフルな石のついた扉ついては、この世界のラクーンシティで生きるジョーにも見覚えがあった。

 それは間違いなく市庁舎の扉であった。

 そして同時に、ジョーは銅像も市庁舎に飾られたモノだと確信した上で、その近辺にあるモノでと枝葉を広げていくと、

 

「その後で路面電車か!」

 

 と、バイオ3の劇中でジルが路面電車を動かした事を思い出した。

 路面電車に乗ってジルは何処かへと向かった。しかしジョーに把握できたのはそこまでだった。ラクーンシティーには市民の足として地下鉄と路線バスの他、街の東西南北を路面電車が走っており、その所為もあってバイオ3の劇中でジルが動かした路面電車が、どの路線を走っていた車両かまでは流石に把握できなかったからだ。

 

「――――クソッ!」

 

 バイオ3のジルが何処でネメシスと戦闘したのか――

 そして何処の病院の設備からワクチンを手に入れたのか――

 一番重要な部分が如何しても思い出せない事に苛立ちを覚えてジョーは思わず拳を握りテーブルを叩いた。

 

「――――分からないなら、探すしかない、か」

 

 幾ばくかの沈黙の末、ジョーはふとそう吐露した。

 ボブは最期まで人であろうとした。ロバートは死を悟りながら救いに奔走した。道中を駆けた多くの仲間がジョーの無事を祈った。

 ならば己も、最期まで抵抗してやろうと腹を決めるしかない。

 ――――死にたくないと願うならば尚更だ。

 

 手がかりは市庁舎の扉。まずはそこへ行き、そして最寄の路面電車の線路を探す。その周辺でバイオ3のジルの足跡を追う事が現時点で可能な最善の抵抗だと思ったジョーは遂に立ち上がった。

 

「――――ん? どうした。寝ないのか?」

「あぁ」

 

 店の地下には武器保管庫の小さな作業場がある。その部屋の明かりはまだ点いており、ロバートが作業場で犠牲者から拾い集めた様々な規格の銃弾を分解し、残った武器の口径に合うように銃弾を作り変えていた。

 そこへ現れたジョーは、意を決した様子で端的に言った。

 

「悪い、ちょっと出かけてくる」

「――なに?」

 

 ジョーは地下保管庫に残った数少ない武器に眼をやり早速使えそうな火器の選定を始めた。

 しかしそんなジョーの様子と唐突な提案を見て、当然ロバートも真剣な形相で睨み事情を尋ねた。

 

「おい、何をする気だ?」

「時間が足りない。いくつか武器を持ち出したいんだが、いいか?」

「――おい、答えろ! 何を、する気だ!?」

「………………」

 

 ロバートの真剣な形相を受け、ジョーは幾ばくかの沈黙を置いてから再び端的に言った。

 

「治療の当てを思いついた。もしかすれば、これで上手く行くかもしれない」

「なに?」

 

 ロバートは怪訝な表情で首をかしげた。

 

「治療の当てって、そんなモノが――――」

「もしかしたら、さ。悪いが本当に時間が無い。すまん! 生きる為に必要だと思ってやる事なんだ! 何も言わずに力を貸してくれ!」

「………………」

 

 伊達や酔狂とは違うジョーの真剣な世数に、ロバートは思わず苦悩するように眉間を押さえた。

 

 

 

 

 報告書 9月26日

 

 本日午前10時頃、署内に逃げ込んだ42歳男性(飲食店経営)が、同月24日盗難にあった市庁舎の宝石のひとつを所持しているのが死体検査で判明した。

 尚、男性は逃げ込んできた数十分後にゾンビ化した為、射殺。

 本件は箝口令が敷かれている為調査を保留とするが、証拠品である宝石はしばらく署内で保管する事とした。

 

 報告者 マービン・ブラナー



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06 壷毒の巣窟へ 前篇

 あちこちで亡者の呻き声と無数の足音がした。

 その中には骨を砕き肉を噛み締め血を啜る音もある。

 音が鳴り止む気配を見せず、また悪夢は今も尚更なる広がりを続けている。

 その中を一人の青年がひたすらに前進し続けた。

 青年――ジョー・ナガトは、「今なら光に集まる蛾の気持ちが良く判る」と、暗い夜道を転々と照らす街灯の一つにたどり着き、そう自嘲気味な吐息を小さく吐き出した。

 希望を探して銃砲店を出発したジョーにとって幸いだったのは、街の送電設備がまだ(・・)生きている事だった。夜の闇を払いきるには余りに小さな灯りだが、光の零れる場所に辿り着く度に、内から安堵の吐息が漏れるのを感じた。特にコレまでの間に、幾つも憂鬱な光景を目の当たりにした為、明かりが齎す安心感にはひどく救われた思いがした。

 

「―――――っ?」

 

 ふと、ジョーの視線の先でゾンビ同士が共食いを始めた。

 損壊が激しく自力で動けない同胞を間引くような、リンチにも似た捕食の様子を見せつけられる形になったジョーは思わず顔をしかめた。

 雑食で共食いを厭わない光景を見て、不意に“ザリガニ”という生き物の生態を思い出す。

 

「――ザリガニの方が遥かにマシだな」

 

 恐らく奴らはそうまで(・・・・)しないと己の身体を維持できないのだろう。

 ジョーはゾンビの生態について内心でそう結論を出した。

 共食いのおかげでやり過ごせる隙が出来たがとてもそれを喜ぶ気にはなれず、またアレ(・・)が元は人間だったと決して思いたくなかった。ましてや、自分もその中に参加するなど真っ平だと、ジョーは強い忌避をかみ殺す様に街灯の下で力強く葉を広げたハーブの鉢植えから葉の数枚を乱雑に千切り取り、それを噛みタバコのように歯で噛み潰した。

 

(不ッ味――)

 

 強烈なハッカのフレーバーと辛さ苦さという不愉快さが舌の上で爆発した。

 日本人であった頃の記憶が、『良薬、口に苦し』という言葉を思い起こさせた。

 だが同時に、その不味さが、体内に入り込んだTウィルスを抑制するという三色ハーブの意外な設定(・・)を強く肯定してくれたように思えた。

 

「――まぁ、“気付け”には丁度良いか」

 

 ジョーは再び気合を入れなおして歩みを再開した。

 

 

 

 

 得物の先に取り付けたフラッシュライトで闇を照らしながらの単独行軍。

 その目的地として目指した市庁舎の扉の前に辿り着いたジョーは、その特徴的な扉の飾り石が、ゲームと同じ様に二つ程欠けている事を知り、まだ“希望”はあるという風に強く確信した。

 

「――問題は、此処からだ」

 

 次第に熱っぽさが増してくる身体を叱咤しながら、ジョーは恐怖を押し殺すように無理やりに笑みを浮かべた。

 

「っ!?」

 

 ゲーム『バイオハザード3』における主人公ジル・バレンタインの足跡を探る為に市庁舎の周囲を注意深く探ったジョーは、その途中の路地で大柄な体躯のゾンビが小柄なゾンビを捕食している場面に遭遇した。

 呻き声を上げながらゆらりと振り向く巨躯のゾンビに対し、ジョーは無言で散弾銃モスバーグM500を向けた。それは銃身の先にロバートの改造によって銃剣とフラッシュライトの両方が取り付けられている代物。希望を探しに行く――というジョーの意思を汲み取り、それに答えたロバートが見事に用意してのけた得物である。

 そんな特製のショットガンを構えたジョーは、まず緩慢な動きで手を伸ばし迫る巨躯のゾンビの太腿を銃剣で刺して前進を止め、その上で流れる様に薬室にショットシェルを送り込み、引き金を引いた。

 銃声と共に巨躯のゾンビの膝から下が千切れ飛んだ瞬間。

 ジョーの脳裏にふと、出発の際に交わしたロバートとの会話が過ぎった。

 

『フルオートのショットガンって奴が80年代頃に米軍で少し話題に上がったんだ。だがそれっきりで、結局使い物にならないって軍は判断したそうだ。実は俺もその内の一人でな。だがこんな事態になるって予想できたのなら、仕入れとけばよかったぜ』

あの(・・)クソ重くて、射程も無くて、装弾数も少ないっていう噂のアレか? まぁ、アレは兎も角、この事件が終息する頃には何処の国も真面目にフルオートショットガンってのを考えるだろうぜ? 仕入れるならその時のほうが良いと思うが――』

『ま、その時まで御互いに生きてりゃあ、な』

『――――生きてるさ。必ず生きてやる。店長もだ。インスリンも見つけてやるから、絶対に死ぬなんて言うなよ?』

『わかってるさ。それとついでだ。俺からも一つ、生きる為の知恵って奴を授けてやる』

『知恵?』

『俺たち小柄な日系人が身体のデカいアメリカ人と喧嘩して勝つ方法さ――』

 

 アメリカの銃は貫通力よりも大口径と低弾速による高い停止能力が求められる事が多い。その理由は様々あるが、思うに肥満が社会問題になるほどの国であるが故。巨躯のアメリカンは時に放たれた銃弾すらもその筋肉と脂肪で阻む事があると、ジョーは不意にそんなロバートと交わした雑談の一つを思い出した。

 

「――喧嘩にしろ何にしろ。デカイ奴はまず膝を狙え、だったな」

 

 ジョーはロバートの教えを活かして、まずは巨躯のゾンビの右膝から下をショットガンで吹き飛ばす事で行動力を簒奪した。すると自重を支えきれずに巨躯のゾンビは崩れるように地面に倒れた。

 また同時に捕食されていた方の小柄なゾンビの頭部も、放たれ拡散したショットシェルに巻き込まれる形で欠ける様に吹き飛ばされた。

 ジョーは倒れた巨躯のゾンビの襟足にナイフを突き下し、更に差し込んだナイフの柄をブーツの靴底で踏みつける事で入念に止めを刺す。

 そしてホッと一息吐いた。

 しかし安堵するよりも先に済ませることがあると、直ぐに休息を打ち切りその場から移動を開始した。

 銃声によって周囲にゾンビが集まるよりも早くに路地を抜けると、その先に路面電車の停留所が見えた。

 

「――此処か」

 

 ジョーの思い出したキーワードの中に“路面電車”の存在があり、そしてそのキーワードの更に先にあるモノこそが、ジョーが探し求めるウィルス感染を抑制するワクチンの手掛かりだ。

 しかし辿り着いた停留所には路面電車の姿は無く、代わりに存在するのは食い荒らされて損壊した無数の死体のみ。電車自体はどこかの路面で緊急停止しているのかもしれないが、バイオ3の劇中での描写にも、路上に緊急停止した車両を無理やり動かしていたという記憶しかない。

 重要なのはそこから先の記憶である。そこから先の記憶こそが、ジョーの求める希望である。

 ケンドの銃砲店を出発して無数のゾンビを時に排除、時にやり過ごしてようやく一つの手掛かりに辿り着いたジョーは、ふとフラッシュライト灯りを頼りに停留所の路面図を見た。

 図に描かれた路線図によるとやはりジョーの予想通りで、列車は市の東西南北を縦横に走っていた。

 

「――どれだ?」

 

 ゲームの中のジルは路面電車を動かしてそれに乗ったのは確実だが、それがどの路線のどの車両かまでは流石に判らない、

 路線図に書かれた各停留所の名称は、この『市庁舎前』の他、『ラクーン大学前』や『動物園前』とある。元のネタのゲームという視点で考察すると、どれも怪しく見える名前ばかりだ。

 

「っ!?」

 

 と、その時ジョーの耳が上空を飛ぶヘリのローター音を捕らえた。

 顔を上げて思わず上空を睨むと、かなり高度を上げて飛んでいる一機のヘリの姿が見えた。

 ジョーは視線は自然とそのヘリの行く先へと誘導された。

 

 ――その先に、紅蓮に燃える街の夜景と、巨大な時計台(・・・)を見た。

 

(セント)ミカエル時計台?」

 

 ヘリと時計塔。その二つの要素が合わさりジョーの中に秘められたゲーム時代の記憶が呼び起こされた。

 

 バイオ3の中でジルはかの時計台で救助のヘリを呼んだ。だがそこで物語りの幕は下りず、その直後に追跡者ネメシスとの戦闘になった。そして高濃度のTウィルスに感染した。その時にジルと同行していた一人の傭兵が、その治療の為にワクチンを探して、単身で“病院”に赴く。そして目覚めたジルと共に街からの脱出を再開するのだ。

 

「っ!?」

 

 ジョーは遂に思い出した。そしてゲームの展開から推察してワクチンのある病院(希望)の正体についに辿り着いた。

 街全体を見ても時計台から最も近い位置にある病院と言えば一つしかない。

 即ち、“ラクーン総合病院”である。

 ジョーは捜し求めた答えにたどり着き、思わず笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 ラクーン総合病院 医院長の手記

 

 今日もまた発病者が運ばれてきた。まだ症状は軽いようだが、恐らくは――

 幾日も睡眠をとっていないが、辛いとは口が裂けても言う気にはなれない。患者が恐ろしい怪物になるのをこれ以上見過ごす訳にはいかないからだ。

 私は傍観者ではない。人を治す医者なのだ。

 ――だが、そうは言い聞かせていても、そろそろ自分の限界が近い事が判ってしまうのは皮肉だ。

 

 私が倒れても、私の残したカルテがきっと役に立つ筈。そう信じたい。

 この病気の核心が必ず見つかると。

  私には、力も時間も足りなかった。

  

 職員や医師 の大半を発病した患者との戦いで失い、この病院を 維持することは すでに不可能だ。

 

 私にはちから 足りなか た。

  ウィルスに 原因あるとわかってから 対処が後手 なって し ま た。

 

 そ ろそれ辛い わたしの意しき も もたな い

 

 

  か るて み る

 

 たの 

 

    む  

 

 

 《血で汚れていて読めない》

 

 

 

 

 病院という単語から連想される候補には、実はもう一つある。ジョーが子供の頃に通ったアークレイ山地近郊に立てられた病院である。

 だが件の病院はもう五年も前に閉鎖されている上、病人(ジル)を単独で放置して、わざわざ時計台から遠い場所にある病院で薬を探すという非効率なマネをするとも思えない。

 そうした現実的な思考を下に、ジョーは名前をド忘れしたバイオ3に登場する傭兵の判断を信じて、紅蓮の先に見える聖ミカエル時計台とその先にあるラクーン総合病院を目指した。

 しかし希望が見えたと同時に、ジョーの脳裏にはこの状況では決して思い出したくもない屈強なB.O.W.(生物兵器)の存在が過ぎった。

 そしてまたそれを証明するかのようにラクーン総合病院の近辺には不気味な静寂が広がっていた。

 

「なんだ、こりゃ――」

 

 ラクーン総合病院の建物を目の当たりにして最初に気づいた異常はゾンビの少なさであった。市庁舎前の停留所からコレまでの道中には大量のゾンビがいた。だがその存在を表す呻き声が、不思議と病院の方からは聞えては来なかった。それが最初に感じた第一の不穏。 

 そして次に感じたのは周囲に散乱する大きく損壊した死骸であった。まるで尋常な剛力を駆使して無理やりねじり切って破壊された様な、奇怪なゾンビの成れの果てが幾つも道中に転がっていた。

 そうした二つの不穏な様子から、ジョーの脳裏には“とある怪物”の存在が過ぎった。

 一説によると“皮を剥いだゴリラ”、もしくは“屈強なカエル”と称された狩人(ハンター)と呼ばれる存在だ。

 

「――――っ」

 

 ジョーは自然とショットガンを構え直した。同時にケンドの銃砲店から持ち出した3種のサイドアームの位置を再確認した。

 オルガに託した愛用のベレッタと同じモデルの92Fを右足に、父からの遺品となった44マグナムは左足に、そしてロバート・ケンドのとっておきである単発式ピストル型グレネードランチャー。通称モスカート・ブルーバーを腰に――。

 そうした三種それぞれの位置と装弾数を確認した後、ジョーは防弾チョッキと手を覆うグローブの具合を確かめ、遂に病院の内部へと足を踏み入れた。

 予備電源が生きているのか、院内は妙に明るかった。しかしその反面、不気味な程の静寂が満ちている。

 響くのは砕かれたガラス片を砕くようにサナトリウムの床を歩く、ジョーのコツコツとした足音のみ。

 

「一体、何があったんだ。此処は――」

 

 ジョーは囁くように院内の異常に対してそう感想を吐露した。

 院内に転がる死体も外と同様に異様だ。首をねじ切られた死体が幾つも転がり、しかしその反面、床や壁に飛び散った血痕が異常なほど少ない。良く見れば死体の多くがミイラの様に干からびて(・・・・・)いる。

 院内の案内を確認して、一階の待合を抜けてナースステーションへ、更にその奥にある院長室へと、ジョーは足を進めた。

 院長室の机には壮年の白衣を纏った医師の死体が転がっていた。良く見ればその死体のこめかみには小さな銃創があった。

 恐らく自決したのだろう――と、ジョーは結論を出すが、しかしその死体もよく見れば奇妙である。

 ――――その死体にも血が無いのだ。

 

「――――――」

 

 ふとジョーは院長室の奥にあるエレベーターに視線を向けた。

 確認すると電源は生きている様子だが、起動するには音声入力式のロックを解除する必要があった。

 表記を見るに、エレベータは四階、そして地下三階へと通じている。

 その事実にジョーはふと首をかしげた。

 

「構造的に四階は屋上か。なら、地下三階は――」

 

 入り口付近にあった案内板には、病院の地下施設に関する表記は無かった。

 そしてこの局面で役に立つであろうバイオの記憶にしても、流石に病院内の細かな間取りとワクチンの位置までは思い出せない。

 

「まぁ、メタ的に考えれば、重要なアイテムは大抵が地下深くって所か――」

 

 この世界の事をジョーだけがバイオハザードであると知っている。それ故の御約束とも呼べる暴論から導き出した推測だ。

 しかし他に頼る情報もない為、ジョーは目的地を自然と地下に決めた。

 

 ――――その時にジョーはふと背後に気配を感じた。

 

 静寂に包まれた院内に蛇の威嚇のような独特な呼吸音(・・・)が響いたのだ。

 

「――っ!?」

 

 鼓膜を叩いた音の正体を確かめるよりも早く、ジョーは振り返りショットガンを構えた。

 そこには全身の皮を剥がされた醜悪な赤い獣がいた。

 それはゲームの中で、ハンターと呼ばれていた怪物であった。

 砕かれた廊下の窓から侵入してナースステーションを飛び越えて疾駆するハンターは、不測の事態に備えてあえて開け放っていた院長室の扉を外から潜って部屋の内部に侵入。尋常でない脚力を持って一目散にジョーへと迫る。

 

「――――っ!?」

 

 目が合ったのは一瞬。だがその刹那の時間が命運を分けた。

 ジョーは声にならない悲鳴を上げ、殆ど反射的にショットガンの引き金を引いた。

 それが偶然、奇襲に対してのカウンターとなり、扇状に飛び散ったショットシェルが飛び掛ろうとしたハンターを飛び掛った空中で迎撃。その巨躯を後ろに大きく吹き飛ばす事に成功した。

 至近距離での銃撃はハンターの胸の肉を大きく剥がしていた。

 その肉片の一部が天井、壁、床と言った部屋の四方に飛び散り、濃密な血の臭いが室内に満ちた。

 しかし鼻を貫く不快な臭いなど関係ないとばかりに、ジョーは咄嗟に退路を確保する為にと、ハンターとその脇にある唯一の出入り口に素早く視線を走らせた。

 ハンターはゆらりと身を起した。そして再度、ジョーに対して強襲をかける様子で前傾に姿勢を低くした。

 ゴリラのような体躯に詰まった高密度の筋肉が大きくたわみ、サルともカエルとも似つかぬ巨大な顎が威嚇するように開かれた。

 ジョーはハンターの持つ剛力を宿した強靭な腕に、無数の血と肉片と髪の毛が纏わりついているのを見た。

 ――恐らく狩人の名に相応しく、()はゾンビも生存者も関係ないとばかりに狩りと称して遊び殺したのだろう。ハンターという怪物を直接目の当たりにしたジョーは直感的にそれを悟った。

 

「――くっ!」

 

 二度目の銃撃は直撃とはならず。直撃の寸前で回避される結果に終る。しかし扇状に広がるショットシェルは一部、ハンターの身を貫き傷を負わせた。――が、決して致命傷にはならなかった。

 間髪入れずにハンターによる三度目の強襲がジョーに迫った。

 ジョーは飛び込むように地を転がって強襲を回避し、銃身に再度シェルを装填する。

 自然とジョーとハンターの立ち位置が入れ替わるが、しかし次の瞬間。リロードの甲斐なく、銃口を向ける隙さえ与えられず、ジョーは壁を蹴って放たれた四度目の飛び掛り攻撃を受ける事になった。

 鋭い爪の撃は咄嗟に振り上げたショットガンの銃身で受けとめられ、結果的に致命傷を避けたが、それでもジョーの身体に加わった強襲の圧力は尋常なモノではない。

 剛腕を受け止めたショットガンの砲身は大きく“く”の字に曲がり、サナトリウムの床に転がった。。そしてジョー自身は院長室から大きく吹き飛ばされ、その先にあるナースステーションの机に背中から叩きつけられる事になった。。

 

「かは――――っ」

 

 衝撃によってジョーは呼吸を強制的に止められた。

 図らずも院長室という小さな部屋から外にはじき出された形になったが、ジョーはその状況を前にとても好転したとは呼べる気分ですらない。

 ――止まったら死ぬ。と、呼吸も整わぬ状態でジョーは唯一、それを思った。

 

「っぐぅぁ――!!」

 

 声にならない叫びを上げてジョーは失ったショットガンの代わりにマグナムを抜き、それを両手で構えて引き金を引いた。

 しかしその一撃もまた跳躍を伴う回避行動によって直撃を外された。

 対するジョーは続けざまに二発目を放つ。

 が、それも腕の厚い表皮を弾くに終った。

 

 しかし大きく穴の開いたハンターの腕からは、四方に血が飛び散った。

 ――――それが図らずも第三勢力を呼び出すきっかけとなった。

  

「っ!?」

 

 不意にぞわり――と、いう音が聞えた。

 その音を聞きつけたのはジョーと、他ならぬ対峙したハンター自身である。

 続いてべたり――と何かが落ちる音がした。

 ダクトからコブシほどの巨大なぬめり(・・・)のあるナニカが湧き出たのだ。

 湧き出たそれは床の上で顫動した後、まるで蚤のような動きでハンターの流した血痕に飛び掛った。

 さらにその直後。

 天井に張り巡らされたダクトから濁流のようにそれ(・・)は現れた。

 

「な―――っ!?」

 

 ジョーは思わず声にならない悲鳴を上げた。

 ダクトの中から濁流のように現れたのはコブシほどもある巨大なヒルの、数百、数千という大群だったからだ。

 そしてヒルは院長室に飛び散った大量の血と肉片を求めていた。

 図らずもヒル達の餌を提供する形となった手負いのハンターに、彼らは群れを成して一斉に飛び掛った。




ピストルグレネードのモスカートはバイオ的なゲーム銃扱いでお願いします。


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07 壷毒の巣窟へ 中篇

 病院に満ちた異様な静けさの理由を、ジョーは無理やりな形で理解させられた。

 ゾンビの殆どが首をねじ切られるように破壊されていた理由は、目の前の実戦投入されたB.O.W.のハンター。そしてハンターの作った残骸から徹底して“血”だけを抜き取っていた犯人こそがまさに、目の前のアレ(・・)だ。

 排気ダクトの入り口から大量に躍り出てきた無数のヒル(リーチ)である。

 ヒルの大群は血を流して佇むハンターを餌と見定め、そしてその血肉を貪る様に四方八方からハンターに向って飛び掛った。ハンターにしてもヒルの大群との遭遇は想定外だったらしく、ハンターはヒルに組み付かれるなり、大きく咆哮して床を転げまわった。

 もはやハンターの眼中にジョーの存在は無かった。

 苦痛と生理的な嫌悪を同時に払いのけようと、ハンターは滅茶苦茶に狭い院長室の中で暴れまわった。

 そしてジョー自身は、そのおぞましい光景を目の当たりにして声にならない悲鳴をあげた。

 

「―――――っ!」

 

 ジョーは恥も外聞もかなぐり捨てて床を這うように後退した。

 ハンターが腕を振って暴れる度、壁や床に拳ほどの大きさのヒルが四方に飛び散るからだ。同時に、ヒルが纏う糸を引く粘液の一部がジョーの身体に降りかかった。

 ウゾウゾ――ウゾウゾウゾ―――

 降り注ぐ無数のヒルが身体を上ってくる感覚を鋭敏に察知して、ジョーは慌てて身体からヒルを払い落とす。ヒルが手に触れた一瞬。ジョーは豆腐のような冷たさと、不快なぬめりを感じ取った。

 反射的に背筋を駆け上がる強烈な忌避感に意識が途切れそうになったジョーは、無心で腰に装備したモスカート(グレネードランチャー)を抜いた。

 

「死ねやあぁッ!」

 

 ジョーはヒルの大群とハンターを同時に焼き払う為にグレネード弾を院長室に撃ち込んだ。

 パシュン――という独特の発砲音の直後。耳を劈く爆音と衝撃がジョーの全身を襲った。

 グレネードの爆風を喰らいジョーは滑るように床を転がる。

 直後。

 ジリリリリ――と、院内の火災警報器が鳴り響いた。

 

 半狂乱状態でも淀みなく行われる排莢と再装填。無意識でもそれを可能にするだけの訓練を友人らから受けていた事。それがジョーにとっての幸運だった。

 しかしその幸運を、ジョー本人が冷静に自覚する瞬間は皮肉にも訪れなかった。

 続けざまに白煙の中にもう一発。ジョーは院長室に向けて再度、グレネードを撃ち込んだ。

 それは戦時中に新兵が絶命した敵兵に向けて銃を乱射する様に良く似ていた。

 もうもうと立ち込める塵埃を一瞥して、ジョーは一目散に院長室とナースステーションから距離をとるように走った。

 ジョーが走り去った後、ゾワリ――っと白煙の中で巨躯(・・)の影が蠢いた。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 逃げ延びたジョーは何処とも知れぬ診察室の一室に篭り、肩で息をしながら無理やり休息を取った。しかし多少の休息で直ぐに平静に――とは流石に言い難い状態にある事を強く自覚していた。

 一歩間違えればハンターに殺されていた。

 そうでなくとも無数のヒルに食い殺されていた。

 もしも一歩間違えれば――

 と、冷静になった脳みそがそうしたもしも(・・・)の可能性を刻むように示唆し続ける。

 心を塗りつぶすように広がる大きな恐怖に、ジョーは手が震えているのを感じた。

 

「――――っおぇ!」

 

 震えの止まらない拳を無理やり握りこみ、込み上げる強烈な吐き気のままに床に吐瀉物を撒き散らす。

 数時間前にケンドの銃砲店でロバートと一緒に食べたパスタと豆の缶詰。気付けにと道中で口に入れた各色のハーブの欠片が恐怖と共に盛大に吐き出されて床を汚した。

 

「はぁ――」

 

 盛大に吐くと幾ばくか気分が楽になった。

 ジョーはスキットルの中に入れたミネラルウォーターで口を洗い、口元を拭う為にポケットの中の布切れを無意識に使った。しかしふと、気づいた。

 それはハンカチではなく女性モノのショーツであった。

 数時間前に教会で同行したマックスが探索の際に冗談で投げて寄越した物だ。

 

「ったく――」

 

 紫のショーツを床に叩きつけてジョーは盛大に溜息を吐いた。

 図らずもパンツで口を拭ったという馬鹿らしさが、恐怖で硬直しかけた心と身体の緊張を解すきっかけとなった。

 ジョーは窓際にあるベッドの一つに腰を下した。

 

「一体、なんなんだよ。あのヒルの大群は――」

 

 窓から降り注ぐ月明かりを眺めながら、先程遭遇した無数のヒルについて、暴風のような恐怖を感じた後の凪にも似た疲れきった脳みそで考えた。

 ジョーの知る限りだがヒルに相当するクリーチャーはバイオハザード2、バイオハザード3のタイトルの中に登場した覚えがなかった。

 変わりにヒルを連想させるナンバリングタイトルにはバイオハザードの“0”がある。

 

「――たしかバイオ0のラスボスだったか」

 

 0の時系列的に考えると現実時間の今からして、約数ヶ月前も前に相当するシナリオであった。

 しかし逆に考えるとゲームとして0のシナリオが存在するのならば、この世界は実写映画に連なるモノでは無いとも思えた。

 即ち、世界が滅ぶ類のエンディングでは無さそうだという解釈にも繋がった。

 思わず、喜んでいいんだろうか? と、ジョーは苦笑いを浮かべた。

 確信を持つにはやや薄い根拠であった。だがジョーからすれば、それはもしかしたら――と思えた。

 脱出のルートについてもそうだ。ゲームに登場するキャラクターと遭遇して、その行動を共にする様な形にすれば、何とかなるかもしれない。

 そんな希望を感じた。

 ――故にこの先で祈るべきは、入れ違い(・・・・)にならない事であるとも感じた。

 

「頼むから今夜(・・)じゃないでくれよ?」

 

 バイオハザード2の序盤では、その主人公のどちらかが『ケンドの銃砲店』に立ち寄る描写がある。それをジョーは克明に覚えていた。

 問題はその展開が事件発生の何日目の夜であるのか、という点だ。

 ゲームとしてバイオをプレイした記憶があるとて、細かい数字のようなものまでは流石に覚えてはいない。何よりゲームが基準の世界だとして、その全てがゲームの通りであるわけが無い。実際にこの世界に生きている人間にとっては此処が現実であり、それはジョーにとっても同じ――

 故にジョーは、「結局出来る事は、何も変わらねぇ、か……」と溜息を吐いた。

 僅かな希望を胸に秘め、祈りながら恐怖と戦い生き延びる事。

 それだけが唯一確実な悪夢への対処方法である、

 ジョーはそう、改めて理解した。

 

「ダメだな――」

 

 休息を挟むと憂鬱な考えと不安に心が押しつぶされそうになる事を自覚し、ジョーは頭を振った。

 皮肉にも悪夢から心を護る方法は、無心でがむしゃらに生きる為に戦い、行動する事である。

 ジョーは腰を下したベッドから徐に立ち上がった。

 

「――とりあえずワクチンとロバートのインスリンだな。探せばあるだろう。インスリンぐらいは流石に……」

 

 ジョーは道中で毟り採った赤と緑のハーブの葉を一枚ずつ口に含むと、失ったショットガンの代わりにベレッタを抜いて構えた。

 ヒルと遭遇した際にこそ、ショットガンの性能が役に立つ。だがハンターに壊されたモノを今更嘆いても仕方が無い。だがせめて、ショットガンの代わりにヒルを防ぐ武器でもあれば――と、ジョーは視線を周囲に向けた。

 散乱した備品の中に掃除用の箒を見つけた。

 振り回すには柄が少々長いものの、加工して長さを調整すればテニスラケットのように飛び掛ったヒルを払いのける事ができる筈。

 ジョーは思い立ったが吉日だと、ナイフを抜いて箒の柄の加工を始めた。

 

 

 

 

 ゾンビパニックの発生初期からこの異常な事態に対応していた医師らは、早々にこの事件をウィルスのような“病”であると判断した。

 そう解釈に至った理由は、症状が狂犬病に似ているからだ。

 そしてウィルス感染が原因であるならば、そのワクチンも作れる筈――

 と、医師らはそうした院長の音頭によって、病院地下の実験施設でワクチンの研究に取り組み始めた。

 しかし増え続ける感染者と、突如現れた奇妙な怪物の強襲によって遂に断念。

 病院側の者の多くはウィルスの研究資料を脱出可能であった健常な生存者達に託し、この悪夢が晴れる日を願いながら死の床に伏した。

 

 ジョーは緊急待避所として使った診察室を探索し、Tウィルスワクチンの手掛かりとロバートが使っているモノと同じインスリンの注射薬を探した。その途中、医師や看護師のメモや走り書きのような手記を発見し、ジョーはその内容を統合して、院内で起きた惨劇の一端とそれに立ち向かう医師らの戦いの一部を垣間見た。

 

「地下、か――」

 

 予想通り、重要な研究施設などは入り口から離れた秘した場所にあった。

 自分以外の生存者が病院の中で錯綜した痕跡を発見したジョーは、改めて地下に行く事を決めた。

 しかし地下に行く為のエレベーターの一基は、つい先ほどハンターと無数のヒルに埋もれた院長室の先である。

 他のルートを探して廊下に出たジョーは右手にベレッタを、左手に柄を短く加工した掃除用の箒を手に、足音を立てぬように地下に向うルートの探索を始めた。

 それからしばらく――

 同じ階の近くの部屋で窓ガラスの割れる音が響いた。

 

「――っ!?」

 

 ジョーは咄嗟にベレッタを構え、音の方角にある廊下の角に向けて警戒した。

 ハンターか?

 脳裏にハンターの姿を思い出し、ジョーはいつでも動けるように両足に力を込めながら、腰のモスカートをいつでも引き抜けるようにと、その位置をベルト越しの感触で確認した。

 しかし次の瞬間訪れたのはジョーの意図しない音であった。

 連続したフルオートの銃声だった。

 銃撃が止み、耳に残る不快な泣き声が響いた。

 そして間もなく――

 コツコツとした足音がジョーの立つ方へと近づき、遂に曲がり角から姿を見せた。

 

「――っ!」

「撃つな!」

「…………人間か?」

 

 同じ階でナニカに向けて銃撃を放った()に、ジョーは人間である事を示した。

 相手の男は冷徹な視線でジョーを見据えた。

 銀髪が特徴的なロシア人だった。

 

ロシア人(イワン)……?」

「そっちはチャイニーズか?」

「――日系と言ってくれ」

 

 ジョーは相手が生きた人間であった事に思わず強い吐息を漏らした。

 しかし不思議と、目の前の男からは温かみの様なモノは一切感じなかった。

 銀髪の男は冷たい視線でジョーを見据え、アサルトライフルの銃口を向けたままの姿勢で問うた。

 

「貴様は誰だ? ここで何をしている?」

「――とりあえず、そいつを下してくれないか?」

「それはキミしだいだ。先に下ろせ……」

「――っ!」

 

 対するジョーの方もベレッタを向けたままの姿勢であった。

 それを男は指摘し、先に拳銃を下ろすようにと強い口調で言った。

 ジョーは場合によっては直ぐに脇の部屋に逃げ込める事を視線で確認して、ゆっくりとベレッタを下ろした。

 

「――俺はジョー・ナガト。薬を探していた」

「薬?」

「――それよりこっちは下ろしたぜ? おたくも下げろよ」

「………………何の、薬だ?」

 

 男はジョーの提案を無視して、質問を続行した。

 

「インスリンを探している。何処にあるか知ってるか?」

 

 先に銃を下ろした事を内心で強く歯噛みしながら、ジョーは仕方なく答えた。

 インスリンを探している事は一応事実。だがこの怪しげな銀髪のロシア人に“ワクチン”を探していたとは一切言う気になれなかった。

 銀髪の男は促すように銃を構え直した。

 

「――質問しているのはこちら(・・・)だ、ボーイ。なぜ、わざわざ“この”病院に薬を取りに来たのかね? それに探しているのは本当に“インスリン”か?」

「そうだっつってんだろうが。ダチが糖尿病なんだよ。脱出するにしても薬の量が絶対的に足りない。それとも何か? アンタは俺にダチを見殺せとでも言う気か?」

「………………」

「………………」

 

 銀髪の男は思案するように沈黙した。

 対するジョーも銀髪の男の衣装から、その正体を看破しようと注視した。

 

 ジョーが見る限りでの男の装備は、鉛色の都市迷彩を描いた戦闘服。肩から下げるマガジンポーチの形状と、それを使うアサルトライフルの形状から、得物がAK系列だとは直ぐに判った。

 サイドアームの存在は不明。しかし間違いなく一級品の戦闘装備で全身を固めているであろう事は明白。

 正規兵の様な品格の良さがあるようには思えず。言葉の訛りと面構えからロシア人である事は間違いない。故に、そこから導き出される答えは一つしかなかった。

 

「貴様は民間人か?」

「そうだ。――そっちは傭兵だな?」

「――そんなところだ」

 

 断言する様な問い方によってだが、初めて銀髪の男はジョーの質問に肯定の返事を返した。

 銀髪の男はジョーの右手にあるベレッタと、左足のマグナムを見てせせら笑う。

 

「民間人にしては、過ぎた武装だな?」

「銃砲店勤務だ。ケンドの銃砲店。知らないって事はアンタ。やっぱり見た目どおりのよそ者(・・・)だな。いい加減、名前くらいは聞かせてくれてもいいんじゃないか?」

「――ニコライ。階級は軍曹。所属はU.B.C.S.」

「U.B.C.S.?」

「普通の民間人なら知る事も無いゴロツキの傭兵団さ――」

 

 ニコライと名乗った銀髪の男はついに所属を明かした。

 U.B.C.S.という単語にジョーは、聞いた事のある様な無い様なという奇妙な感覚を覚えた。

 ニコライはようやくアサルトライフルを下ろした。

 

「最後の質問だが、この近辺でこの女を見かけた事は?」

 

 ジョーに歩み寄り、ニコライはポケットから一枚の写真を取り出した。

 

「――っ!」

「その反応を見る限り、知っているようだな?」

 

 ニコライの取り出した写真を見て、ジョーは思わず眼を見開いた。

 件の写真はジル・バレンタインの履歴書の証明写真のコピーだった。

 

「――銃砲店勤務だからな。お得意さんだ」

「………………」

 

 ジョーの危機管理能力が最大の警鐘を鳴らしていた。

 

「――最後に見かけた場所はどこだ?」

「さて、な。この数日のゾンビ騒ぎもあるし、ジル以外のS.T.A.R.S.のメンバーも数ヶ月前からさっぱりだ。何処にいるのか、寧ろこっちが知りたいくらいだぜ」

「………………」

 

 バイオの主人公的な意味で――という内心は口にせず。

 ジョーはニコライを剣呑な視線で睨んだ。

 “ニコライ”という名の傭兵について、ようやく一つの核心に至ったからだ。

 

「で、質問ばかりのアンタは一体なんなんだ? ジルのファンには見えないが?」

「仕事の都合で、少々――と、いったところだ」

「ふ~ん」

 

 ジョーはそれ以上の追求をやめた。そしてニコライはジロリとジョーの出で立ちを一瞥し、笑った。

 

「戦闘服足りえぬ市販の洋服に雑多な火器。まるで民族解放中のゲリラだな?」

「このクソみたいな状況で生きる為に必要だと思った事を突き詰めた結果だ。笑われる筋合いはない」

「ほぅ。それはすまなかった」

 

 ニコライはジョーが左手に持つ柄の短い箒を一瞥してからふっと笑い、脇を通り過ぎて去って行った。

 

「――インスリンならばこのフロアの薬品保管室で見かけた覚えがある。精々、気をつける事だ」

 

 

 

 

 その後。ニコライの零した情報が、癪ではあったが実際に正しいものであるとジョーは知る事になった。

 一階を探索して見つけた薬品保管室の冷凍棚から、ジョーはロバートが使っている注射薬と同じインスリンを見つけ出したのだ。

 その事に対してジョーはニコライに内心で感謝を述べたが、それもつかの間――

 ジョーはそれの場所を教えて去って行った“ニコライ・ジノビエフ”という名の傭兵の今後の動向に対して、強い警戒心を抱いた。

 

「――確か、病院を爆破するのがアイツだったな」

 

 細かなキャラクターの背景についての記憶は無い。だが“敵”として、プレイヤーの前に立ちはだかった存在である事は覚えていた。

 U.B.C.S. ニコライ・ジノビエフ軍曹。

 アンブレラ社によって集められた傭兵部隊の人間が、このラクーンシティの中で何を目的としているのか――

 ジョーはニコライの登場によって、自身が探して求めているTウィルスのワクチンが、高確率でこの病院内で作られる可能性に辿り着いた。

 



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08 壷毒の巣窟へ 後編

 薬品保管室を出て直ぐの位置には無数のバリケードが存在した。しかしゲーム中では迂回する必要がある部分も、現実だからこそ無理やり突破する事が出来た。

 障害を踏み越えたジョーは程なくして地下へ向かうエレベーターを発見した。

 パネルを確認すると電源はまだ生きている様子で、ジョーは早速ボタンを押し、拳銃を構えて扉が開く瞬間を待った。

 演出的に考えるとエレベーターの中から飛び出すゾンビというのは余りにもベタ(・・)。しかし警戒するに越した事は無いとジョーは待ち構えた。すると数分後。案の定と言わんばかりに、予想通りの展開が訪れた。

 扉が開くと同時にナース服を着たゾンビが胃酸を吐き散らしながら飛び出した。

 ジョーは軽く一歩下がりつつ、両手で構えたベレッタで的確に眉間を撃ちぬき沈黙させた。

 無数のヒルの大群や、縦横を跳ね回る屈強なハンターに比べると、ゾンビは拍子抜けするほどに脆く倒しやすい。少なくとも一対一で相対する場合はもはや、取り乱す事なく落ち着いて対処する事が出来るようになった。

 人間は状況に応じて慣れてゆく生き物である。そんな風に昔、店の顧客の一人である元軍人がジョーに言った。

 もはや人型を撃つ事に何の感慨も抱かないジョーは、その通りだと素直に思った。

 

「はぁ……」

 

 ジョーはナースの遺骸をフロアの床に蹴り転がしてエレベーターに乗り込んだ。

 

「ぁん?」

 

 しかしパネルを見て困惑した。

 地下施設は三層構造になっている筈だがパネルの表記を見ると、移動できる部分が地下一階と地下二階のみに限定されていた。

 面倒くさい――

 ジョーは思わず舌打ちした。

 目的の地下三階へ行く為には、此処とは別のエレベーターを使う必要がある。

 ふと、ジョーの脳裏には無数のヒルとハンターの姿が過ぎった。目的の“ワクチン”に最も近いであろう地下三階への移動は、院長室の近くにある鍵付きのエレベーターを使う必要があると考えてしまった。

 

「――っ、仕方ねぇ」

 

 ジョーは思わず憂鬱さを溜息に混ぜて吐いた。そして地下二階のボタンを押した。

 地下二階から階段を探すか、他のエレベータを探そう。そう考えた。

 扉が閉じて密室となった個室の中は、先程までそこに居座っていたゾンビの腐敗臭に満ちていた。

 ジョーは思わず顔をしかめて、ポケットからハーブの葉を取り出し噛み潰した。

 

 ハーブを口に含んでという用法は殆どジョーの我流であった。それは食べるというより噛みタバコを嗜むに近い感覚だ。噛みタバコと同様に葉を細かく噛み潰した後、頬の内側の粘膜にペーストを舌で押し当てる。唯一、噛みタバコと違う点は、滲み出た汁を唾と一緒に外に吐き捨てる必要が無い事。

 始めたきっかけは、ふとした思い付きだった。

 Tウィルスの感染に対して各色のハーブの成分が有効であるなら、成分を粘膜から浸透させる事は間違いでない筈。そして傷を受けた患部の他、脳に近い口の中での粘膜からハーブの成分を摂取し続けていれば、多少は脳みそがTウィルスに侵される時間を遅らせられるだろう――そんな思いつきである。

 実際。ゲームとしてこの状況を遊んでいた際。プレイヤーキャラクターは回復アイテムのハーブを「食べて使っている」と冗談めかして言った記憶がある。

 だがこの状況に陥り、冷静に考えてみると、「ハーブを口に含んで使うのは意外に有効かもしれない――」と、ジョーは改めて思い始めていた。

 閑話休題。

 程なくしてエレベーターが地下二階へと辿り着いた。

 扉が開いた直後に周囲を確認するが、エレベーターの付近にゾンビやそれ以外の怪物の影は見えなかった。

 一階部分と同じく周囲には不気味な静寂が満ちていた。しかし光源が多い一階の地表部分とは打って変わって、地下は打ちっぱなしのコンクリート壁が目立つ息苦しく陰鬱な空間だった。

 通路自体も狭く、視界確保の点でも地上の一階部分の方が格段に優れている。

 

「うわぁ……」

 

 ふと視線を上げると、天井を走る無数のパイプとダクトがあった。

 ダクトを見ると反射的に先程遭遇した無数のヒルの事を思い出してしまい、ジョーは思わず顔をしかめた。

 狭く長い廊下には点々と非常灯の赤い光が差しており、それがまた空間の不気味さに拍車を掛けていた。余り長居したいとは思えぬ雰囲気に、ジョーは改めて警戒心を強めてベレッタを握り、歩みを開始した。

 曲がり角に差し掛かる度。ジョーは拙いながらも、ケンドの銃砲店に顧客として訪れた知り合いの警察官達から聞きかじった警戒行動を意識した。

 そうして数分――。

 周囲への警戒を強めて長い道のりを歩いて行くと、遂に耳に不審な物音を捉えた。

 

「っ!?」

 

 ガサリとナニカが動く音だった。

 そしてその音の方角には無骨で頑丈な扉があった。

 扉の表記は『実験室』となっており、その近くにはジョーが乗ったものとは別のエレベーターが存在した。

 ゾンビなら、まだマシだな――

 ジョーは自分でも感覚が狂っていると思える判断をした。

 扉を開けた先に大群がいるならばコレで――と、ベレッタでは対処しきれぬ数を相手にする為に、腰のモスカート(グレネードランチャー)の位置も確認した。

 ジョーは箒を持った左手で、実験室のノブに手を掛けた。

 

「――っ!?」

「止めろっ!?」

 

 実験室の扉は開いていた。扉をけたたましく押し開けて素早く内部に向けてベレッタを向けると、そこには人影があった。

 人間だった。

 

「――人間?」

「あぁ、そうだ。人間だ! ゾンビじゃない!」

「…………よかった」

 

 薄汚れたスーツを纏った若い男だった。

 男はジョーが人間であると知ると、安堵するように大きく息を吐き、構えていた鉄パイプを下ろした。

 

「なにやってんだ、こんな所で?」

「それはこっちの台詞だよ。キミこそなぜ此処に? と、こんな状況でそれを聞くのは野暮か……」

「――この病院に残ってるのは死体だけかと思ってたぜ」

「もちろん。好きで残ってる訳じゃない。こっちも色々と事情があってね」

 

 汚れたスーツの男は、町医者の“ジョージ・ハミルトン”と名乗った。

 

 

 

 

 ハミルトンが立て篭もっていた地下二階の実験室には、異様な光景が広がっていた。

 既に絶命したハンターの死骸や、活動を停止したゾンビ。もはや生前の面影が微塵も無い“焼死体”などが、雑多な寝台等に寝かされていた。

 そしてジョーはハミルトンから、実験室の奥にある“常温実験室”という奇怪な部屋で、一階で遭遇したヒルの一部が、焼け焦げた状態で床にこびり付いている様を見せつけられた。

 そこにある人型の影を見て、ジョーは実験室に安置されていた焼死体は此処にあったものだと解釈した。

 

「コイツは――」

「便宜上ではリーチマン(ヒル人間)と名付けた怪物だ。私を含めた生き残りと力を合わせて、この部屋に誘い込んで倒したんだ。ヒルならば熱に弱いと思ってね。現にそれを示す手掛かりも見つけた」

「っ?」

 

 ハミルトンは病院の職員が生前に書き残した手記の一部をジョーに投げ渡した。そこに書かれていたのは、下水道で発見し、捕獲した新種の“ヒル”についての記述であった。また記述の中身には、ヒルについての他に“マーカス”という人物を示唆する単語や、手記の持ち主が裏でアンブレラと繋がっている事を記した文の羅列も存在した。

 

「Tウィルス……」

 

 ジョーは手記の中に堂々と書かれた元凶の名を見て思わず、怒りの篭った吐息を漏らした。

 ハミルトンは汚れたジャケットを脱ぎ、カッターシャツの腕をまくり、実験室に残った器具を駆使してジョーが来る以前から続けている作業を再開した。

 

「この騒ぎについて私の友人が手掛かりを残してくれてね。メールを受け取った時は意味が判らなかったが、今なら理解できる」

「手掛かり?」

「“Tウィルス”とやらのワクチンさ――」

「――っ!?」

 

 ジョーはハミルトンの零した言葉に思わず眼を見開いた。

 

「作れるのか!?」

「まだ、なんとも言えない。友人やこの病院のスタッフが命がけで情報を集めてくれたが、それでも机上の空論。臨床実験も何も出来ないんだから――」

「それなら俺がやってやるよ」

「……なに?」

 

 ハミルトンは訝しげな様子でジョーを振り返った。

 

「俺はそのワクチンを探す為に此処に来たんだ」

 

 ジョーは傷を受けた腕を見せた。

 

「――キミは一体何者なんだ?」

「少し長くなるが、良いか?」

「あぁ」

 

 ジョーはハミルトンにコレまでの経緯を話した。

 ケンドの銃砲店に勤務している事。顧客であるS.T.A.R.S.の隊員から、数ヶ月前の猟奇殺人事件の真実を聞いた事。その時点でゾンビが存在した事。それがアンブレラの作ったTウィルスによって作られた事。それから街でゾンビパニックが発生し、脱出の途中で傷を受けた事。そして感染を治療する目的で病院に訪れた事――

 

「――なるほど」

 

 ハミルトンは作業の傍ら、ジョーの話を吟味して小さく頷いた。

 ジョーは手慰みに装備の再確認と実験室に残された手記の探索を始めた。

 

「――人と話せるのがこれ程、気分が良いとは思わなかった」

「私もだよ。殺伐とした話題なのはこの際仕方が無いとは言え、こうして何気ない会話を続ける事はやはり人間には必要だ。時に煩わしいが、こういう状況ではそのありがたみがひどく実感できる」

「医者っぽい意見だ」

「現に、私は医者だよ」

 

 実験室に残された他の多くの手記の解読を始めると、ジョーは記述の中に一つに奇妙な情報を発見した。

 

「――地下下水道?」

「あぁ。その記述か」

 

 ジョーの漏らした言葉にハミルトンは溜息を吐いた。

 

「残念ながらそのルートは使えないよ」

「……なぜ?」

 

 ジョーは思わず首をかしげた。

 アンブレラに連なる病院の関係者が残した手記には、地下下水道を経由しての秘密研究施設の存在が仄めかされていた。現に、手記を書いた本人はそのルートでの脱出を目論んでいたらしく、部下に地下を行く為のボートを用意させていたという。

 するとハミルトンは作業の手を止め、感情を押し殺すような声で言った。

 

「――地下には巨大なヒルの化け物が潜んでいる。此処から脱出しようとした仲間は、全員そいつにやられた」

「っ!?」

「命からがら病院に逃げ込んで、そこで希望を信じて地下に逃げた。結果は全滅。私が生き残ったのは偶然だった」

「――――――」

 

 ジョーはふと、ハミルトンの衣装に視線を向けた。

 それなりに値が張りそうなスーツは、薄灯りの中でもひどく汚れていた。

  

「地下下水道からの脱出は確かに出来るのだろう。実際にボートもあった。だが結局は脱出は出来なかった。そしてこの場所に逃げ戻り、現実逃避をするように治療薬の研究をしている存在。それが私だ」

 

 ハミルトンは世を儚み、全てを諦観するような調子でそうぼやいた。

 その言葉にジョーは一瞬、掛けるべき言葉に迷った。

 だが葛藤は一瞬だ。

 

「――諦めないでくれ」

「ん?」

「ワクチンを作るって言うアンタの存在は、俺にとって最後の希望なんだ。露払いなら俺がまとめて全部引き受けてやる。だから、頼むから心を折らないでくれ」

「――――――」

 

 ジョーは心の底から願うように言った。

 するとハミルトンは呆気にとられた後、ふっと小さく苦笑いを浮かべた。

 

「そうだな。キミが此処に来たという事が、恐らく私にとっては最後のチャンスなんだろう。希望というなら御互いがそうなんだろうな――」

「あぁ」

 

 ジョーは短く頷いた。

 

 

 

 

 ジョー・ナガトの手記 その3

 

 

 ジョージ・ハミルトンという男は恐らく、俺が知る限り一番の天才だ。

 親父と同じ“ジョージ”と言う名前だが、頭の良さは雲泥の差だ。

 そう書くと流石に親父に悪いか……。

 

 Tウィルスという未知の存在に対して、病院のスタッフが残したカルテと、メールで友人が寄越したというワクチンの簡略な概要。それを読み解いただけでハミルトンは、ほぼ独力でのワクチンの完成へと漕ぎ付けた。

 その間の俺の仕事は彼の身辺警護と、血を提供した事くらいだろう。

 唯一、ワクチンの製作に必要だったTウィルスに感染した新鮮な血液。

 それを俺は提供する事が出来た。

 だが提供しておいてこう言うのもなんだが、実際に俺の血がワクチンの材料に適しているかは不明だ。しかし死後何時間経過したかも判らぬ不衛生なゾンビや、元の形状が不明な異形の生物――例えばハンターや例のヒルから採取した血液を使うよりは遥かにマシだと思いたい。

 これ以上は祈るしかない。

 それと血を提供した際にふと思った事だが、俺は本当にTウィルスに感染しているのだろうか?

 腕の傷は確かに痒い。痒いがしかし、これが傷が治癒しているからこその痒さなのか“かゆうま”的な痒さなのかは不明だし、例のヒルに遭遇した後で盛大に吐いた所為か腹も微妙に減っているが別に人間を食いたいとは思わない。

 加えて感染者に多く見られると言う意識の混濁が俺には無い。ハーブを喰いまくった所為なのか、妙にスッキリしているくらいだ。しかし身体の方は他の感染者の初期症状と同じく、熱っぽく微妙にだるいという矛盾がある。

 コレをハミルトンに相談すると「異常な状態で精神的に高ぶっているからだ」と返された。

 身体は疲れているのに脳が興奮している所為で眠れないという不眠に良くある症状。もしくは耐性があるのかもしれないと、ハミルトンは言った。

 

 確かに精神的に少しおかしくなっているという自覚はあった。

 ゾンビとはいえ人間の形をしたモノを殺戮する事に対しての忌避感がもはや無い上に、身体の疲れに反して眠りたいという衝動をまるで感じない。

 寧ろ、暴れたい。

 ――と、言うかベレッタを握っている時が一番落ち着くと言う具合だ。

 

 この先、俺はどうなるんだろう……。

 

 もしも運よく生き延びても、その後に平穏の中に暮らしていると言うイメージがまるで浮かばない。

 それ以前に、俺は生きていられるのだろうか?

 俺にTウィルスに対する抗体が有るのかは不明だ。そしてハミルトンの手腕を信じたいが、そのワクチンがちゃんと機能するかについても、ゲームのように簡単に判別できるわけでも無い。

 もしも、かも知れない、たぶん――書いてて嫌になるほど、ひどく曖昧な事ばかりだ。

 

 アンブレラ滅べ。

 消えてなくなれクソ企業。

 政治やら証拠やらと細かい都合なんざ、どうでもいい。

 反対する奴らは全部撃ち殺してやる。

 出来るなら俺がこの手で本社を空爆してやりたい。

 

 

 《ページが破れている》

 

 

 

「――どうだ?」

「反応は良好。ほぼ“完成”と言ってもいいだろう。だが問題は混合液を作るための設備だな。この実験室の設備ではこれ以上無理だ」

「と、なると地下三階、か――」

 

 時間にして一時間ほど。

 ハミルトンは遂にワクチンの完成一歩手前へとこぎつけた。

 コレより先の作業ではそれなりの機材が必要であり、それがあると予想されるのは地下三階の大型実験室であった。

 

「準備は良いか?」

「あぁ」

 

 ジョーのナップザックの中にワクチンの研究資料と混合前の薬品を詰め込み、ハミルトンは薄汚れたスーツを捨てて、比較的まだ清潔だった死者の白衣を剥ぎ取り、それを身につけた。そしてその手には、ジョーの作った柄の短い箒と、鉄パイプがそれぞれ握られた。

 

「いくぞ」

「了解」

 

 ジョーが前衛に立ち、ハミルトンが背後を警戒する様に進む。

 近辺を歩いた際に地下へ向かう非常階段を見つけていたジョーは、迷う事無くそこへ進んだ。

 しかし途中。ダクトの中でナニカが動く音がした。

 

「っ!?」

「……急ぐぞ」

 

 人一人が這い回るには聊か狭く、ハミルトンが遭遇したという“リーチマン(ヒル男)”と呼ぶ怪物が現れる前触れの騒音に比べると、聊か音の質が軽い気がした。

 二人は足早に目的の非常階段へと移動した。

 ――が、その時の物音が引き金となった。

 バコンッ! と、ダクトの金網が吹き飛んだ。

 ぬらりと髪を振り乱す赤い異形が姿を現した。

 

「うわぁあ!」

 

 ハミルトンはそのおぞましさに溜まらず声を荒げた。

 その声に反応して、天井のダクトからぶら下がったそれは醜悪な顔をジョー達の方へと晒した。

 ジョーは反射的にベレッタの引き金を引いた。

 それはリッカーに似た舌の長い女性型の怪物で、僅かに身に纏う布切れから生前がナースである事が判った。

 長い舌を鞭のように振る攻撃に対し、ジョーは咄嗟に身をかがめる。

 

「――下がれ!」

「っ!」

 

 姿勢を低くした態勢でジョーはベレッタを乱射した。

 脳部に5発もの銃弾を受けた女性型リッカーは、ボトリと床に落下した。

 その隙を突いてハミルトンが前に躍り出た。

 

「うあぁああ!」

 

 ハミルトンは声を荒げながら、その頭蓋を叩き割るように両手で握った鉄パイプを幾度も振り下ろした。

 

「――はぁ、はぁ、はぁ」

「おつかれ」

「いや、そっちこそ」

 

 カエルのように床に伏した女性型リッカーに視線を落し、ハミルトンは肩で息を吐く。

 

「こんな怪物もいるのか……」

コレ(・・)だけじゃないさ」

 

 ハミルトンの言葉に、ジョーもまた盛大に溜息を吐いた。

 それから程なくして地下三階へとたどり着いた二人は、際奥の実験室の扉を開いた。

 そこには数体の“ハンター”の亡骸が、標本のように安置されていた。

 

「どこでこんなに捕まえたんだよ――」

「決死の覚悟で挑んだそうだ。手記にはそう(・・)ある」

「…………………」

 

 病院スタッフの結晶。

 その執念とも言い換えられる決死の覚悟の結果を見せ付けられて、ジョーは思わず唸る。

 その間にハミルトンは目的の機材を見つけていた。機材には忌々しくも、アンブレラ製を示す赤と白の傘のロゴが付いていた。

 

「――これだ」

「使い方はわかるのか?」

「ラクーン大学にも同じモノがあるからね」

「――だったら早くやろう」

 

 ジョーはナップザックからハミルトンの作った数種類の薬品を取り出し、託した。

 

 最下層の実験室には数種のハーブがあった。恐らくワクチンの研究に有効だとして持ち込まれたもので、ジョーはそこから葉の数枚を拝借した。

 その傍ら、安置されたハンターの死骸を注視した。

 

「――動くんじゃねぇだろうな」

 

 脳裏に嫌な予感が過ぎった。

 実際、バイオ3の中ではこの場所で数体のハンターが動き出すという覚えがあったからだ。

 

「…………………」

 

 ジョーはベレッタの変わりにモスカートを抜き、そして視界の端にちらりと見えた破砕用の斧を手にした。そして実験室の最寄りのエレベーターを呼び、いつでも逃げ駆け込めるようにと扉の隙間に斧を挟んで固定した。

 

「コレでいける筈だ――」

 

 ハミルトンが数種の薬品を混合させる為に機材を動かした。

 大規模な電力が必要になる所為か、それ以外の設備――無数のハンターの浮かぶ水槽の電源が落ちた。ライトアップされていたハンターの影が暗闇に消え、その中でゴボゴボと水槽の水が抜かれていく音が不気味に響いた。

 決死の思いでジョーはハミルトンを待った。

 その間の視線は鋭くハンターの浮かんでいた水槽に向っていた。

 ハミルトンが起動させた大型機材の奏でる駆動音が収まるまでに数分――

 

「出来た!」

 

 ハミルトンは遂にワクチンを完成させた。

 

「早くこっちへ!」

「あぁ!」

 

 完成したアンプルを数本持ち寄り、ハミルトンは即座にエレベーターに向って走った。

 ジョーはモスカートを構え、いつでもハンターが動き出しても対応できるように身を固くした。

 

 ――――が、その懸念は無意味に終った。

 

 無事にハミルトンがエレベーターの中に入った事を確認し、ジョーは斧を外して扉を閉め、内部のボタンで開閉を手動に切り替えた。

 

「ふぅ……」

 

 狭いエレベーターという安全地帯となった密室中で、ジョーとハミルトンはどちらとも無く盛大に溜息を吐いた。この瞬間に至るまでに感じた緊張はそれ程のものだった。

 

 

 

 

 調合を終えて完成した試作のワクチンは計三本。その内の一本を、ジョーは地下二階の研究室から持ち出したアンプルシューターで早速投与する事にした。

 

「繰り返し言うがどんな副作用があるかは判らないぞ?」

「いいさ、別に。やってくれ」

「……エタノールも持ち出しておくんだったな」

 

 針の先端をライターの火で炙っただけという余りに御粗末な雑菌対策を施し、ハミルトンは慣れた手付きでジョーの静脈にワクチンを注射した。

 

「――気分は?」

「気分的にはだいぶ良くなった気がする」

「そうか……」

 

 エレベーターの壁に背を預け、ジョーは息を吐いた。

 ハミルトンは医者としてやはり不安なのか、眉間に皺を寄せていた。

 

「噛むか?」

「ん?」

「ハーブ」

 

 ジョーはポケットから先程採取したハーブをハミルトンに渡した。

 ひどい味なのは折り紙つきだが、気付けと薬効成分については保証できる。

 ハミルトンは一つ溜息を吐き、ジョーを真似て噛みタバコの様にハーブを噛み締めた。

 

「ひどい味だな……」

「ジェリービーンズよりはマシだろ?」

「違いない――」

 

 死線を潜り抜けて大仕事を達成した事が不思議と奇妙な友情を感じさせた。

 エレベーターの中で幾ばくかの休息をとった後、二人は病院の脱出に向けて行動を開始する。

 

「この後はどうするつもりだい?」

「このエレベーターが何処に繋がってるかは判らないけど、もしも院長室の最寄の奴だったら避けた方がいいかもしれない」

「理由は?」

「大量のヒルと、さっきの部屋の水槽に浮いてた化け物と遭遇した」

「………………」

 

 パネルを見ると地上一階と地上四階へと繋がっていた。

 一度屋上に出てから安全確認をしつつゆっくりと外に出るか、危険を冒して最短距離を走るか――

 どちらも一長一短であるのは間違いない。

 それを察したハミルトンも顎に手を当てて悩んだ。

 

「――病院を脱出した後の当ては?」

「俺が働いてるケンドの銃砲店へ、かな? インスリンを届けなきゃならないし、気休めかもだが警察署も近い」

「………………」

 

 今もまだ警察署が機能しているか否か――

 それはあまり考えたくは無かったが、少なくともこの化け物がうろつく病院で立て篭もるよりは遥かにマシに思えた。

 それはハミルトンにしても同じだったらしく、ふぅと盛大に溜息を吐くと、ハミルトンはポケットから硬貨を取り出した。

 

 

「銃弾は希少だ。此処から路地を抜けて銃砲店に向うまでにも、それなりに必要になるだろう。だが君の言う通り、一階に直接下りるのも危険が伴うだろうから、どちらか選べない――」

「で、ソレで決めると?」

 

 ジョーはハミルトンの取り出したコインを顎で指した。

 するとハミルトンは小さく苦笑した。

 

「決められないなら委ねてみるのも悪くない。表が出れば一階。裏が出れば四階。どうだろう?」

「――――判った」

 

 ハミルトンはコインを弾いた。

 

 

 

 

 エレベーターはゆっくりと階層を登り始めた。

 そして地上に差し掛かると微かに銃声が聞えた。

 

「――――誰か、戦ってるのか?」

「みたいだな……」

 

 ジョーは警戒心を強めた。

 一階部分での戦闘行動という点に、心当たりがありすぎたからだ。

 ジョーはハンドサインで、ハミルトンに扉の影に身を隠すように指示を出した。そしてベレッタとは逆の手でモスカートを抜いた。

 弾倉を見て、ジョーは装填されている弾薬が激しい燃焼を伴う“火炎弾”である事を再度確認する。

 持ち込んだ特殊弾はこの火炎弾の他、液体窒素を封入した冷凍弾がある。とはいえ数はそれぞれ一発ずつしかない。その虎の子の一つをジョーは使う事を決めた。

 ヒルは熱に弱い。それはTウィルスで変異したとて変わらない性質だ。現にアークレイ山地にもヒルは自生しており、山歩きで噛まれた際は叩き落とさずに、ライターの火を近づける等して処理をするべきだとバリーから教わった。その知識を披露する瞬間を、ジョーは息を殺して待った。

 

「………………」 

 

 エレベーターが停止する一瞬の浮遊感が身体を襲った。と、同時に銃撃が止んだ。

 恐らく戦闘が終わったのだろう。願わくば人間側の勝利であって欲しいとジョーは思った。

 ポンッと目的の階層に付いた事を示す音の合図と共に、扉はゆっくりと開かれた。

 ジョーはゆっくりと扉の外を見た。

 そこには予想通り、ジョーが戦闘した院長室とナースステーションの近くであった。

 グレネードの爆発の余波が残り、ふと床を見ると吹き飛ばされたヒルの遺骸が転がっていた。

 

「――大丈夫そうだな」

「あぁ」

 

 ジョーは大小二つの銃口を構えて周囲への警戒を顕にしながら、ゆっくりとエレベーターを降りた。

 その時、黒い影が視界の端をよぎった。

 

「撃つな――――」

 

 叫ぶ声がした。銃声が響いた。

 物陰から姿を現した“集団”が人間のそれだと気づき、それに対して人間だと叫ぶよりも早くに、ハミルトンの“白衣”が鮮血に染まった。

 同時にジョーも胸に複数の強い衝撃を受けた。

 

「な……ぜ…………」

 

 ハミルトンは肺を撃ち抜かれていた。言葉を発しようにも血が喉から吹き出し、空気の抜けるような呼吸音が響いた。

 間もなく複数の銃撃が一階に響いた。

 ジョーは朦朧とする意識の中で“黒の衣装で身を固めたガスマスクをつけた集団”と“ニコライと同じような衣装を着た複数の兵士ら”との撃ち合いを見た。




死因 ジムじゃなかった事。研究者っぽく白衣を着てしまった事。『巣窟』だった事。


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09 メメント・モリ

 ウィルスの拡散は未だに続いており、未だ予断を許さない状況にある。

 アンブレラ社は事態の収拾と社員の救出の為に契約した傭兵による武装集団U.B.C.S.を街に投入した。

 しかし街に展開したU.B.C.S.は過酷な状況の中で人員の約半数を瞬く間に失い、投入から僅か数時間と言う短い時間の間に事実上の“壊滅”へと追い込まれていた。

 そうした現場の報告により事態の収拾が容易でないと判断したアンブレラの上層部は発想を転換。ラクーンシティに試作型B.O.W.の実践投入を決定する。

 目的は戦闘データの収集と証拠の隠滅。及び情報拡散の阻止を目的とした“生存者”の抹殺である。

 ――作戦名『ラクーンシティ』

 アンブレラ社が今後も社会で権力を保持するには、街での出来事を必要以上に語られるわけにはいかない。

 作戦はそうした考えの末に下された非情な決断であった。

 そしてこの作戦を冷徹に遂行するように求められたメンバーこそ、九月某日の秘密作戦に失敗し、パンデミックの決定的な引き金を引いたとされる同社の特殊部隊――U.S.S.の生き残りであった。

 

 九月某日。

 ラクーンシティに秘密裏に派遣されたU.S.S.は、同社の主任研究員ウィリアム・バーキンの抹殺と、バーキンの開発した新型ウィルス“G”の回収作戦を社の上層部より命じられた。しかしバーキンの抹殺が成功したと思われた直後、バーキンは自身に注入したGによって暴走変異。その結果彼らはUSSを率いた隊長ハンクを行方不明(MIA)と言う形で失い、そして秘密作戦自体も事実上の失敗に終った。

 アンブレラ上層部は施設から辛くも脱出に成功した残存するU.S.S.隊員に失態の責任を追求する形で『ラクーンシティ作戦』のサポートを厳命する。

 

『――生存者の中にはアンブレラにとって不利益な情報を持つ者が存在するかもしれない。よってこれ以上の生存者を街から出すわけにはいかない。しかし全員を抹殺している時間は無い。通信を断つ為に発電所を破壊しろ』

 

 本部から送られた命令を遂行する為、U.S.S.の残存勢力デルタチームは発電所の停止に必要な電磁パルス(EMP)発生装置の回収の為にラクーン総合病院へと進撃する。

 感染者、そして互いに任務を妨害しあう形となったアンブレラの傭兵部隊U.B.C.S.との戦いの中。非道な作戦を冷酷に遂行するU.S.S.デルタの進路の前に、運悪く立ちはだかってしまった二人の民間人が居た。

 

 そして必然的に彼らはU.S.S.の放った凶弾に倒れた。

 

「――っ」

 

 胸を突いた激しい衝撃。

 混濁する意識の中でジョーは傍らに同じ様にハミルトンが倒れている事を知った。

 耳に反響する無数の銃声と複数の断末魔。それらを無視してジョーはハミルトンを見た。素人目に見てもハミルトンは重症だった。薄汚れた背広の代わりに身につけた白い白衣が鮮血に染まり、ジクジクと穿たれた穴から血があふれ出していた。

 ――どうしてだ?

 息も絶え絶えなハミルトンの口から漏れる言葉は唯一、それであった。

 ジョーは視線の先に己とハミルトンを撃ったガスマスクの集団を見た。

 彼らは高価なコンバットスーツに身を包む機械の様に統制された戦闘集団で、瞬く間に敵対する勢力を打ち倒していた。

 彼らに対しジョーは酷く冷たい氷のような印象を受けた。

 その時、嘲笑のような笑い声が一階に響いた。

 “ニコライ”の声であった。

 

「――ハハハ、おやおや可哀想に」

「もう弾除けは無いぞ、ニコライ!」

「弾除けか。そう言えば先程君達に撃たれた二人の内、そっちの彼(ジョー)は私の友人(・・)でね。動けない別の友人の為に態々単身でインスリンを探しに来たそうだ。まったく可哀想に――」

「そう。――で、その程度の事でまさか心を痛めるとでも?」

「いや、まさか。君達U.S.S.の事は良く知っている。だからふと思った事がある」

「……なにかしら?」

 

 一階のホールでU.S.S.とニコライとの“銃撃戦”が再び始まった。

 ニコライに応じて言葉を返したのは女性の声だ。

 蚊帳の外からニコライの嘲笑とU.S.S.のやり取りを聞いたジョーは、床に倒れて天井を見上げたままの姿勢で状況を理解して行く――

 

「――もう一人の方も恐らくは、この病院での唯一の生き残りだろう。そんな彼ら一般市民を命令とあらば無情に殺してのける貴様達“U.S.S.”と、金を目的に動く俺との間に一体どれほどの差があるのかと思ってね。――寧ろ、お前達の方がより邪悪(・・)なんじゃあないか? アンブレラの猟犬」

「……貴様よりマシだ」

「クハハハハハ!!」

 

 ニコライの所属するU.B.C.S。ハミルトンとジョーを撃ったU.S.S.。

 そのどちらもがアンブレラの傘下にある。

 ウィルスを作ったのもアンブレラ。

 それを流出させて大量の死者を作ったのもアンブレラ。

 ニコライの嘲笑を聞いて、ジョーは思わず拳を握りこみ、砕けるほど強く奥歯を噛み締めた。

 

「――私と貴様達との一体何が違う? 善人を気取るつもりか?」

「意図して仲間を餌にする程、外道になった覚えはないわね」

「ほぅ、それは――」

「――っ!?」

 

 ニコライの投げ込んだグレネードが床に落ちる音がした。

 爆風から身を守る為にジョーは咄嗟に身をよじった。

 姿勢を低くしたまま院内の備品に身を隠し、そこでジョーはようやく己の状態に気づいた。

 胸の位置に打ち込まれた三発の銃弾はケンドの銃砲店を出発する際に着込んでいた防弾チョッキと、胸のポケットに入れたステンレス製のスキットルが防いでいた。

 しかし胸骨に走る鈍い痛みから、皹が入っているであろう事が判った。

 ――朦朧とした意識が急速に覚醒(・・)を始め、ジョーは己の生存を自覚した。

 

「――おい、ジョージ!」

 

 床を這うようにジョーはハミルトンに寄り添った。

 ハミルトンに既に視力は無くジョーの声の方に顔を向けて、血を吐きながら囁く声で言った。

 

「――ワクチ、ン……の、資料……持って脱出しろ……」

「っ!?」

 

 末期の瞬間。ハミルトンは最後の力を振り絞ってジョーの腕を掴み、懐の手記の位置を教えるように示した。ジョーが懐の手記を手にしたと同時にハミルトンは息絶えた。

 

「………………」

 

 周囲に“ぞわり”という無数の気配が集まり始めた。

 新鮮な血液が床にばら撒かれた事に奴ら(・・)が気づいたのだ。

 そして奴らを身に纏う怪物も――

 酷く冷静な頭で状況を察すると同時。ジョーの脳裏には激しい怒りがその発露の先を求めて渦巻いた。

 ジョーは無言のまま、視界の端にチラリと見えたU.B.C.S.の死骸からAK(アサルトライフル)とマガジンを毟り取った。

 

 

 

 

 一階のホールから階段の方へと移動しつつあるニコライとU.S.S.デルタの銃撃戦が、強い混乱の感情が伴う生存を賭けた戦いに変質するのは間もなくであった。

 彼らは銃声をかき消すような“咆哮”を横殴りに受けた。

 無数のヒル(リーチ)に全身を侵食され、既に生物兵器の使命すらも忘れたハンターの成れの果て。

 それが壁を破砕しながら戦渦の渦中に飛び込んだ。

 

「おいおい、これは――」

「ちょっと……なによ、コレ!?」

「醜悪な……」

 

 ハミルトンを含む病院の生存者が便宜上リーチマンと名付けた怪物。その亜種とも言える“ハンター”を捕食して侵食した異形の名は、差し詰めハンターリーチ(狩人蛭)と言ったところか。

 U.S.S.デルタのメンバーは、ニコライとの銃撃戦の最中に飛び込んできたゾンビとも違う怪物に強く動揺した。

 彼らの脳裏を過ぎったのは先日の秘密作戦でウィリアム・バーキンが変異した異形のそれであった。

 しかしバーキンの変異体とも明らかに姿が違う。

 共通するのはどちらも醜悪だという点のみだ。

 

「くっ!」

 

 ハンターリーチの突進の想像以上の速さに隊員の一人が思わずショットガンの引き金を引いた。しかし弾け飛ぶのはハンターリーチの表皮を覆う無数のヒルのみであった。

 飛び掛り、同時に振りかぶられた両腕の端から覗く鋭い爪が、男のタクティカルアーマーとショットガンを切り裂いた。

 吹き飛ばされて背中から床に倒された巨躯の男――ベルトウェイに覆いかぶさろうとするハンターリーチ。

 それを咄嗟に横から蹴りつけるU.S.S.の衛生兵バーサ。

 ――しかし体重が足りず、バーサがハンターリーチをベルトウェイの身体から蹴り剥がす事は出来なかった。

 ベルトウェイの上半身に無数のヒルがボトボトと降りかかると同時。ニコライのレーザーサイトがベルトウェイの足を狙った。

 

「――っぁ!」

 

 銃声が響きベルトウェイのふくらはぎから鮮血が飛び散った。

 ハンターリーチが引き連れるおびただしい数の吸血ヒルが、噴出したベルトウェイの血液に歓喜するように一斉に身を震わせた。そして瞬く間にベルトウェイの右足に群がった。

 

「――まずは一人、だな」

「くっ!」

 

 ニコライが悠々と後退する中。隊長のルポがU.S.S.デルタで一番の巨躯を誇るベルトウェイの後退を指示するか否かを迷った一瞬。

 ――U.S.S.デルタの背後からフルオートの銃声が響いた。

 

「――ぐぁ!?」

 

 咄嗟に遮蔽物に身を隠したデルタのメンバーの内、背面から肩を撃たれたベクターが出血した。出血によりハンターリーチの矛先がベクターに向いた。

 

「――――――」

 

 位置的にニコライが最も早くに銃撃を放った“第四勢力”の正体を看破できた。

 それはニコライにとっては数時間前に出会った間柄。先程までの膠着した状況(・・)に、態々隙を作ってくれた間抜けな友人のジョー・ナガトであった。

 遠巻きからでもニコライにはジョーの内に渦巻く感情が手に取るように理解出来た。

 強い怒りと激しい憎悪だ。それはニコライが傭兵稼業を続ける中で、同業者から自然と向けられる類の感情を秘めた瞳であった。

 

「………………ふっ」

 

 ニコライは口元に笑みを浮かべて撤退の足を止め、そしてAKを構えた。

 それは図らずもジョーを援護する形となった。

 U.S.S.の存在はニコライの目的にとって酷く邪魔な存在である。故にそれを排除しようと目論むジョーの復讐者さながらの眼を見て、ニコライはそんなジョーを目的のために利用してやる事を決めたのだ。

 ――もっともジョーの側も、そんなニコライの立てた皮算用を成立させてやるつもりなど毛頭無かった。

 ジョーにとってU.S.S.もニコライも同じ穴の狢である。目的も意思も判らないが、信用できる類の人間ではない。何よりハミルトンを殺した“傘の印”を身につける存在に対して抱く感情は、“怒り”の一言に尽きる。

 

「まとめて死にやがれ、クソ野郎共!」

 

 ジョーのニコライに対する認識は確かに正解ではあった。

 ニコライの目的とは己以外の生存者を排し、ラクーンシティに存在するデータを含むあらゆる情報をアンブレラに高額で売る事である。

 その意味ではジョーもまたU.S.S.と同じくニコライにとっては排するべき存在であったからだ。

 しかし「所詮は民間人。いずれ死ぬ――」と、ニコライはこの瞬間でもジョーを侮っていた。

 加えて彼我の物理的な距離が、互いの攻撃を阻んでいた。

 ジョーの銃撃はニコライにも確かに向けられていたが、直ぐに攻撃が難しいと判断し、ニコライへと向わせるべき憤りの分も纏めてハンターリーチとU.S.S.に向けた。

 傭兵の死体から拝借したAKを構えて年若い顔に強い憤怒と憎悪を貼り付けたジョーが願うのは、ニコライとU.S.S.の両方の死。またニコライが願うのはU.S.S.とジョーを含む全ての生存者の死。そしてハンターリーチに意思があると仮定しても、恐らくそれが望むのは恐らくこの場の全員の死である。

 ――ならばU.S.S.はどうか?

 彼らU.S.S.デルタの全員の脳裏にあるのは、互いの死を願い合う戦渦の渦中でも微塵も薄れる事の無い徹底した任務遂行への意思であった。そもそもラクーン総合病院はU.S.S.に下された任務の中の通過点に過ぎない。彼らの本来の目的は屋上にて装備を受け取り、通信設備を破壊する為に発電所を襲撃する事なのだ。

 しかしそれを阻むジョー、ニコライ、ハンターリーチの三つの勢力――

 

「くっ――」

 

 縦横に飛び回るハンターリーチの攻撃と、それを援護するかのようなジョーとニコライの攻勢によって生まれた膠着状態に、U.S.S.の一同は遮蔽物に身を隠しながら強く歯噛みした。引くも押すも出来ない戦渦の中で、無為に消耗するという悪夢。特に負傷したベルトウェイとベクターの内に秘めた不安と苛立ちは酷く大きなモノとなる。

 

「クハハハハハ!」

「死にさらせ、アンブレラ!」

 

 狂ったように笑うニコライと、憎悪を込めたジョーの慟哭。

 ジョーは収拾がつかないごちゃ混ぜの感情を発露するように引き金を引いた。――――が、均衡が崩れたのはそこからだった。

 

「っ! 弾が――――」

「今だ!」

 

 マガジンの装弾数を見誤った初歩的なミス。

 リロードの一瞬の隙を見てベクターがジョーを牽制するように銃撃を放った。

 ジョーは咄嗟に身を隠した。

 同時にニコライは膠着状態が途切れた瞬間を見計らい、嘲笑を残して早々にジョーを見限り冷静に撤退を開始した。

 砲火の中で最も銃撃に身を晒されていたハンターリーチが膝をついた。更にそれを押し込むようにU.S.S.はチーム三人で牽制し、残る二人――ベルトウェイとベクターが負傷を省みずにジョーに発砲。そして隊長ルポが撤退するニコライの背後を狙う。

 が、ニコライは窓を突き破っての脱出に成功した。

 それと同時にジョーも遮蔽物に身を隠しながらモスカートを抜き、そしてU.S.S.とハンターリーチを纏めて葬るがごとく、装填された火炎弾を撃った。

 

「――くっ!」

 

 ジョーの撃った火炎弾から爆炎が発生した。

 飛び散った可燃液によって大きく吹き上がった猛火がU.S.S.とジョーとの間の通路を塞ぎ、天井を舐め上げるように空間に広がった。

 

「――――――ッ!!」

 

 急速に広がった炎に対し最も大きなリアクションを見せたのはハンターリーチだった。

 ハンターリーチは炎を見た瞬間。足早にその場を離脱した。

 その様子を見てベルトウェイとベクターが傷口に群がるヒルの対処法を思いついたが、直後に炎の壁に遮られた奥からグレネードが投げ込まれた。

 

「カバー!」

 

 一拍置いた後に耳を劈く轟音が響き、その衝撃で天井が崩落した。

 

「――逃げられたか」

「……あのガキも傭兵か?」

「――――っ!?」

 

 もうもうと塵埃が舞う中。

 先程までの喧騒が嘘の様な静寂の中で、U.S.S.の一同は規則的な電子音を耳にした。

 ――それが時限タイマーであると気づくと同時。“ニコライ”の仕掛けた罠が、病院の一階部分を大きく吹き飛ばした。

 

 

 

 

「――――――」

 

 脱出の最中に身体を掠めた銃弾と突き破った窓のガラス片によって受けた顔の傷。

 強く湧き上がる怒りがそれらの痛みをジョーに感じさせなかった。

 病院を脱したジョーはやり場の無い怒りに身任せて滅茶苦茶に走った。

 出発した頃にあったゾンビや暗闇に対する恐怖など、もはや微塵も無く、無心に怒りを叩きつけるサンドバックを欲するように、視界に映ったゾンビをAKで片端から撃ち殺した。

 

「クソが――」

 

 銃や拳足。時にはその場で拾った角材等でゾンビの群れを一掃した。

 そして後に残ったのは、やはりやり場の無い感情であった。

 

「――――すまん」

 

 ハミルトンに贈るべき言葉が上手く思いつかず。

 ジョーは何を謝るべきかも理解できぬまま、ただ心に浮かんだ言葉をポツリと口にした。

 病院を出た時よりも重い足を引き摺りながらフラワー通りを目指すジョーの背中には、ハミルトンの託した抗ウィルス剤と、彼の残した治療薬完成までの記録を書き記した手記が入っていた。

 ハミルトンが作った抗ウィルス剤は試作品で、それが本当に効くのかという疑問は、本人も口にしていた。

 今後の感染を防げるのか?

 ふたたび傷を受けた際はどうなのか?

 疑問は尽きなかったが、もはやジョーにはそれらを含めて、どうでも良いとすら思えた。

 出来るだけの事はやったのだ。コレでダメなら、もはやどうでもいい。

 目的を果した達成感など微塵も無く。また感染を治癒した安堵も無い。

 身体に残ったのは傷と抗い難い強い疲労と眠気。そして強い怒り――――

 

「――チクショウ!」

 

 ジョーはまぶたに焼きついたハミルトンの最期を思い出し、幾度も怒りを吐露した。

 ハミルトンが生き残れる可能性は確かに存在した。

 しかしゾンビに襲われたのならまだしも、同じ人間の手によって殺害されたのだ。

 これ程の非道を前にして、それに対し怒りを覚えずに居られるほど、ジョーは温厚な人間ではなかった。

 

「アンブレラ……」

 

 何もかもが彼の企業の仕業であると知るが故に、向けるべき矛先は直ぐに見つかった。

 しかし、あらゆる意味で手が届かない。

 そんな苛立ちを紛らわすように赤、青、緑の三種類の葉を纏めて乱暴に口に含むと、ひどく苦い味と強烈な歯磨き粉のような辛さが舌の上で爆発した。

 その不快さを以てしてもアンブレラに対する怒りは微塵も薄れなかった。

 

「っ――」

 

 不意に複数の足音を耳にした。

 暗闇の中に複数の荒い息遣いが聞えてから程なく。ジョーの前にゾンビと化した三体の“犬の群れ”が現れた。

 感染して死す事で野生が目覚めたのだろう。

 獲物を狙う獣としての本能を取り戻したゾンビの犬達が獲物として見据えたジョーを取り囲み、グルグルと唸り声を上げた。

 

「………………クソ犬が」

 

 唸り声が徐々に大きくなる。

 その口から垂れる酸の混じった涎の強い臭気がジョーの鼻にも届く。

 ジョーは惜しげもなくマグナムに手を掛けた。

 が、直後。ジョーが放つよりも早くに連続した銃声が響いた。

 

「っ!?」

 

 病院での嫌な記憶が脳裏を過ぎり、ジョーは咄嗟に乱入者に向けてマグナムの銃口を向けた。

 

「下がりなさい!」

「っ!?」

 

 ――聞えた声には聞き覚えがあった。

 そして直後に、懐かしい声だと素直に思った。

 三体のゾンビ犬を蹴散らしたのは青いチューブトップを身に纏う軽装の女傑であった。

 

「……ジル?」

 

 ケンドの銃砲店で調整した自動拳銃――サムライエッジを構えた女傑の名を、ジョーは思わず呟いた。




 チャプター2 終了

 ジョージ・ハミルトンが生存するルートは、病院地下の下水道から巨大ヒルをしっかり倒しての脱出しかないかも。
 USSが屋上でEMPを受け取る予定なので、エレベーターで一階か四階かを選んでも確実に戦闘に巻き込まれます。

 そして1対1対6対1+α(数百匹のヒル)の大混戦を一応全員生存したUSSの皆さんですが、恐らくコレで出番は終了かと思います。


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チャプター3 10 祈り、生存を求める者 前篇

 ジル・バレンタインのメモ

 

 9月27日。

 最後の9月が終ろうとしている。

 アンブレラに対し、人々が立ち向かう勇気を持つ事が出来ていたとしたら、未来は変わっていただろうか?

 あの日、私達は洋館という名の地獄の中で真実を知った。故にその時の真実をこの街の人々も知る権利と義務がある。

 そして全てを知った上で立ち上がるべきだった。

 許しを請うには全てが遅すぎて、運命が流れ始めた時には既に、人々にそれを押しとどめることは出来ない。

 日に日に感染者は増加し、今もその数を増やし続けている。

 数少ない生存者達は建物の深くに身を潜め、更に奥の暗渠の中で息を殺して明日を待っている。

 生きるか死ぬかの状況で、未だに平静を保っていられる私はきっと変わってしまったのかもしれない。

 だけど生き延びる為にはきっと必要な事だ。

 明日を待つだけでは何も変わらない。

 それをあの日に私は思い知った。

 だからこのメモを見ている貴方(・・)に書き残せる言葉は一つだけしかない。

 

 自分を救えるのは自分だけ。

 

 

 

 

 薄明かりの点いたとある食品倉庫の管理室。

 普段は店舗の管理作業員が業務で使用するタイプライターを駆使して、ラクーンシティーの警察官ジル・バレンタインは何気なしにそんな走り書きを残した。

 メモに書き残したのはジルの胸中にある偽らざる本音であった。

 Tウィルスの拡散から数日が経ち、爆発的に数を増やした感染者。それによって多くのラクーンシティー住民が亡者と化し、現時点で悪夢から逃げ延びた生存者達は自然と一所に集まった。それがこの場所である。

 息を殺してひたすらに救済を待つ行動を否とは言えず――しかし同時に無意味だとも感じてしまうジル。曲がりなりにも警察官として生きた彼女の経験と生来の人間性は、この状況における圧倒的弱者である彼ら市民を冷徹に捨て置く事を良しとせず、結果、なし崩しな形で避難者の盾としてこの場に足止めを喰らうハメになった。それを「馬鹿らしい」と口が裂けても言うつもりこそないが、それでも疲労の混ざった吐息が思わず漏れる。

 

「――はぁ」

 

 ふと、ジルは管理室の外にある光景を見やるように、視線をドアに向けた。

 管理室の奥に広がる大型の食品管理倉庫には、人種も年齢も職業も様々な多くの生存者が息を殺していた。彼らの顔には共通して強い疲労と不安と恐怖が貼り付けられており、皆、眠る事もままならず、縋るように燃料ランタンの明かりを中心に囲んでいた。

 小さく身を寄せ合って息を潜める陰鬱な空気に耐えかね、この立てこもった食品管理倉庫周辺の安全確認に出たのがつい先程の事である。

 そこで偶然、ジルは()と遭遇した。

 

「――確か、ジョー・ナガト、だったかしら?」

 

 ジルはチラリと管理室の応接用のソファに視線を移した。

 安っぽい合成革のソファに深く身を落として眠りに就く少年の名は、ジョー・ナガトと言った。

 彼はジルが装備のメンテナンスで幾度か利用した“ケンドの銃砲店”の若い従業員だ。

 ジルとは顔見知りではあるが、良く話す仲かと問われると、意外にそうでも無い。

 間柄はよく言えば知人どまりで、ジルの同僚のバリーを挟んで友人の友人ぐらいの位置が妥当の仲。つまり一対一で話した事は愚か、互いに相手の名前と顔ぐらいを知っている程度の縁しかなかった。

 しかしこの時ばかりはそうもいかない。

 ジルはジョーから直接問いただしたい事柄が幾つも存在したからだ。

 その最たるものが、ジョーが眠りに就く直前にジルに手渡した資料である。

 

「一体、何処でこんなモノを――――」

 

 血に濡れた“ジョージ・ハミルトン”と言う男の書き残した手記。そして件の男が作り上げたというTウィルスワクチンのサンプルと、その製造法を書き記したとされる研究資料――

 ジョー・ナガトはそれらジルにとって値千金な多くを固く身に帯びていたからだ。

 ジルにとってそれらの情報は、例え己の命が失せようとも確実に街の外へと持ち出さなくてはならない重要な代物である。真実を知った上で、それでも戦うと決めたジルとその仲間にとって尚更――。故に、ジルはまるで監視する様に、深く寝入るジョーの傍らに待機していた。

 

「――これは、銃創?」

 

 ジルはふと、ジョーの纏う衣服に視線を向けた。

 ジャケットの胸の位置には不自然に丸く穿たれた穴があり、同時に全体的に焼かれたような煤の痕跡が随所に見られた。

 地獄と化したラクーンシティーの中で、彼が何を見たのかを問う機会はまだ得られていない。がしかし、ある程度は察することが出来る。

 ジョーの身体に纏わりついた汚れは、それら苦難をひたすらに退けた証拠に思えた。

 恐らく自身が洋館の中で体験した地獄に比肩するモノを体験したのだろう――

 ジルはそんなジョーの身体に毛布を掛け直し、ジョーの脇に置かれた彼のナップサックに、ワクチンの資料とそのサンプルを詰め直し、ジョーが眠る直前に食い散らかした保存食の空き缶を片付けてから管理室を後にした。

 

 管理室のドアを開けると、この場を一時的な避難場所に選んだ幾人かの生存者が反射的に顔を上げた。

 生存者の多くは不安そうな視線を、ジルと管理室の奥で眠るジョーに向けた。

 ――奴は大丈夫だろうな? と、ジルは暗に問われていた。

 

「――――まったく」

 

 ジルは訝しげな視線を全て無視した。

 この時点で生き残っている者は皆、感染者(ゾンビ)に噛まれた者は例外なく感染者(ゾンビ)になると、言葉以上の形で理解しており、投げかけられる視線の中にある不安をある程度は仕方が無いとは理解しつつも、同時にひどく鬱陶しいと思ったからだ。

 しかし直後に怒号が飛んだ。

 

「おい、奴を一人残して何処に行く気だ! アンタが居ない間にゾンビになったらどうする!」

 

 ジルは歩みを止めて振り返った。

 ジョーを助けてジルが食品倉庫に戻った際、先んじて倉庫に集まっていた生存者の一部がジョーの感染を疑い、その身柄を受け入れる事を拒否する一件があった。

 彼はその内の一人であった。

 赤ら顔が特徴的なその男の名はダリオ・ロッソと言い、彼はこの場所に逃げ延びた直後からくりかえし現状を強く嘆いていた。

 その際にジルをはじめとする避難者の多くが、彼の身に起きた不幸を幾度と無く聞かされた。家族でフットボールの試合を見に来た旅行者であり、出身は別の州である事。そして今回の事件で娘を失った事。

 それらには確かに同情の余地はある。がしかし、彼は嘆くばかりで、必要な作業にはまるで手を貸さない人間だった。

 そんなダリオの過ぎた被害者然とした態度にはジルも内心で辟易としており、半ばウンザリと言った吐息を吐く。

 そして極めて事務的に職務を果そうとする警察官らしい(・・・)落ち着いた様子で、ジルはダリオに向き直った。

 

「大丈夫よ。変異の兆候は見られないから」

 

 不安がる住人の暴走からジョーを“護る”為。またジョーが変異した際の“処理”を迅速に行う為に、ジルは管理室で眠るジョーの傍に控えるようにと頼まれていた。頼んだのは言うまでも無く、ダリオを初めとする生存者達である。

 そのダリオが言った。

 

「そんな事、判るもんか! 実際、アンタの判断がどうして正しいって言えるんだ!? 俺はゾンビに娘を食い殺されたんだ! 此処に居る連中だって同じだ。危機感が足りないんじゃないか!」

「それは――――」

 

 カチンとくる物言いだったが、それを飲み込みジルは沈黙した。

 ダリオの問いに対する答えを“勘”だと答える他なかったからだ。

 その勘は洋館事件での経験と、その際の探索で見つけた資料に基づく知識からのモノ。しかしそれを言った所でダリオは納得しないだろうと感じたが故に。

 しかしダリオを初めとする集団は、そうしたジルの沈黙を一種の降参宣言だと感じ取ったのか、再びジョーを避難所に受け入れたジルの判断に文句を言い始めた。

 

「いい加減に――」

 

 不安から来るストレスの捌け口にと、口撃の槍玉に挙げられたジルもまた声を荒げそうになった。

 ――しかしそれより先に横から凛とした声が上がった。

 

「貴方達、いい加減にしなさいよ。声を荒げると“バケモノ”を呼び寄せる事になるってわからないの?」

「――っ!?」

 

 ビビットのきいたマゼンタカラーのライダースを纏った女子大生であった。勝気で行動力の溢れる若い魅力がある少女で、彼女はこの悪夢の中、率先して要救助者に手を貸していた人物だ。

 その積み重ねの結果なのか、少女の周囲には彼女に同調する多くの女性と老人達の姿が見えた。

 

「吠えるよりもやるべき事があるでしょう? 毛布と燃料が足りないの。喚く元気があるなら運んできてくれないかしら? このフロアに長居するのが不安なら、尚更丁度いいでしょう?」

「――――っ」

 

 ダリオと同調してジルを糾弾していた者達は、今度は逆に口を閉ざす番になった。ジルを囲むダリオの集団よりも、声を上げた少女に同調する者の方が多かったからだ。

 それから程なく。場の空気に耐えかねてダリオ達は逃げるようにフロアの隅へと引き下がっていった。

 

「――ありがとう。助かったわ」

 

 ジルは声を上げた女子大生に礼を言った。

 

「いいわよ、別に。それに警察に協力するのは市民の義務でしょう?」

「あら、警察だって名乗ったかしら? 私がそうだってよく気づいたわね?」

「身内に一人居るから雰囲気で大体、ね。クレア・レッドフィールドよ」

「レッドフィールド?」

「えぇ」

 

 クレアと名乗る少女からの握手を受け取りつつ、ジルは“レッドフィールド”という名に一人の同僚の事を思い出した。

 

「私はジル・バレンタイン。もしかして貴女――クリスの妹さん?」

「えぇ。その様子だと貴女は兄を……?」

「えぇ。知っているわ」

「そう。――なら、丁度よかったわ」

「――――丁度良い?」

 

 強く安堵するようなクレアの反応を受け、ジルは思わず首をかしげた。

 

「実は私は兄を探しにこの街に来たの」

「――そうだったの」

 

 数ヶ月前に失踪した兄クリス・レッドフィールドを探す為にラクーンシティを訪れたと言うクレアの話を聞いて、ジルは話すべきかと少し悩んだ。

 

「――残念だけど、クリスは既にこの街にはいないわ」

「え?」

「何処から説明するべきかしらね……」

 

 ジルは少し悩んだが、結局は同僚の妹にその兄の無事と現在の所在地を簡潔に説明する事にした。

 洋館事件以降。ジル、クリスをはじめとする元S.T.A.R.S.のメンバーは、アンブレラを告発する為に独自の行動をとっていた。

 しかしアンブレラという組織は一介の警察官が立ち向かうには余りに強大で、結果として彼ら洋館事件から生き残ったメンバーは皆、警察官としての資格を剥奪されて、秘密裏に抹殺される程の身の危険に晒されていた。

 アンブレラから家族を護る為、同僚のバリーは家族と共にカナダへと亡命した。そしてクリスもそれに近い判断で、クレアに何も打ち明ける事無く身を隠す事を選んだ。

 そしてそんなクリスの行動が、結果的にクレアをラクーンシティで起きた悪夢に巻き込んでしまった。

 皮肉な現状にジルは思わず苦笑を浮かべ、同時にクレアもまた護らねばならぬ存在だと強く認識した。

 

「――無鉄砲で行動力に溢れる所はクリスにそっくりね」

「それは……少し心外かも」

 

 ジルはクレアという少女にクリスの面影を見て、小さく笑った。

 

「現状で伝えられる事はそれだけよ。クリスに代わって謝罪するわ。不安にさせてごめんなさい」

「いえ、安否の確認が取れただけでも幸いだったわ。ありがとう」

 

 眼に余る地獄さながらの状況を作り出した外道を知り、それを許さぬと憤る正義感。身内としてのクリスを知るクレアは、ジルから聞かされたクリス失踪の理由を知った後、その行動を責めなかった。

 ただ一言、「――兄さんらしいわ」とクレアは零した。

 

「――そういうところは昔と何も変わってない」

 

 クレアは遠い眼をして諦観混じりに小さく微笑んだ。

 

 

 

 

 多くの生存者が露骨に嫌な顔を見せる。

 彼らは一様に「感染していないだろうな?」と、暗に問う視線を俺に投げかけた。

 ――俺はゾンビじゃない。

 鍵付きの管理室へと案内され、その部屋の中で俺は毛布を被り、蝋燭と倉庫奥の薄明かりの中で現実を嘆く生存者達から隠れていた。

 辛気臭い雰囲気と露骨に不審な視線をぶつけられる状況から一歩離れ、眼を閉じ、疲労感に身を任せてソファに身体を預けると、直後に耳障りな音が管理室の扉の奥から響いた。

 

 ――カリカリ――カリカリ――――

 

 何かを引っかくような音だ。

 眼を開け、自然と姿勢を低く保ち、傍らの拳銃を握った。

 

 ――カリカリ――カリカリ――カリカリ――――

 

 扉の外から響く音がどんどんと強くなり、俺は直感的にそれを()だと思った。

 そして扉越しに敵のシルエットを思い描き、その眉間に照門を定めて引き金を引いた。

 しかし引き金が中ほどで止まった。敵を目前にした致命的な動作不良(ジャム)が起きたのだと理解した瞬間。俺の全身から、焦りと恐怖を混ぜこぜにした冷たい汗が大量に噴出した。

 ――――そして扉が開いた。

 

 

 

 

「――――っ!?」

 

 ジョーの全身がソファから跳ね上がった。

 直後にパシンという、強く肉を叩いた音が管理室に響いた。

 ジョーは全身から汗が噴出しているのを感じた。銃が握られている筈の右手には、実は何も握られていなかったのだと気づいた。反射的に握り込んで繰り出されたその拳は、丁度扉を開いて現れたジルの両手で受け止められていた。

 

「――夢、か?」

 

 ジョーはそこで初めて“夢”を見ていたのだと自覚した。

 

「悪い」

 

 寝ぼけていたとはいえ、咄嗟に殴り掛かった事をジョーは謝罪した。しかしジルは気にしないとばかりに、ジョーの拳に打たれた掌の痛みを払うようにひらひらと振り、「大丈夫?」と、声を掛けた。

 

「死ぬかと思った……」

 

 ジョーは全身の筋肉を弛緩させるように、だらりと四肢を投げ出してソファに深く身を沈めた。

 

「気持ちはわかるわ。私も洋館事件の後はしばらくそう(・・)だったもの」

「……そうか」

 

 眠りにつこうと横になるが直ぐに目が覚める。身体が深い眠りにつく事を拒んでいるような感覚。それらの症状にはジルも覚えがある。だからこそジルは「気休めかもしれないけど、その内、慣れるわ」と強く言い切った。

 

「……慣れろってかよ」

 

 余りに強かな物言いに、ジョーは思わず苦笑を浮かべた。そして同時に、ジルと言う存在(・・)に対して流石だと思った。

 

「――それより、起きたのなら丁度良いわ。いくつか聞きたい事があるのだけどいいかしら?」

「ぁん?」

 

 ジルはジョーのナップサックから“ハミルトンの資料”を取り出し、ジョーの座るソファの対面に腰を下した。

 

「私と合流する前に、何を見たのか詳しく話を聞かせて。特にこのサンプル(・・・・)に関する事は出来るだけ細かく」

「………………寝て起きて早々にやらせる事が取調べか」

「茶化さないで。それだけ重要な事なのよ」

「……そうかい」

 

 ジルの焦りはなんとなくだが理解出来た。それだけ重要な情報を持ち込んだと言う自覚があるジョーは、眼を閉じて、病院で起こった悪夢の光景を思い出した。

 

「――話してやっても良いけど、せめてカツ丼とか無いか? すげぇ腹減ったんだけど」

 

 ジョーは情報の代わりに、寝起き早々の強い空腹感を埋めるために冗談めかして食べ物を要求した。



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11 祈り、生存を求める者 後篇

 ラクーンシティにおける日用品の需要を一手に引き受けるスーパーの管理倉庫に逃げ延びた住人の数は、およそ60人と言ったところ。

 往々にして人が集まると、自然とそこで気の合う者や知り合い同士で更に小さく纏まりだし、そして一種の派閥を形成する様になる。

 例に漏れず、この食品管理倉庫に集まった生存者達も、やがて己の考えに近い者同士で自然と纏まりだした。

 

「――とにかく冷静になろう。パニックを起こすことが一番危険なんだ」

「そうだな……」

「あぁ」

 

 生存者の一人。ラクーン大学で教鞭をとる黒人男性のダニエルを中心に生まれた派閥は、ダニエルと同じく論理的合理的な考えを持っていた。ある意味で彼らは、この場所に集まった生存者の中でも有数の、真摯に事態からの脱却を考える集団だと言えるだろう。そんな彼らは時折、己を啓発する様に別の集団――主に敬虔なキリスト教信者を中心とし、無為に祈りの言葉を呟くだけ(・・)の集団を見ていた。

 まるで反面教師にするかのように自分以外の集団を見ては、彼らは「自分達だけでもしっかりせねば――」と強く自己を戒めていた。

 そんな空気の中でダニエルが音頭をとった。

 

「――まずはなにより外の情報が必要だ。皆、なにか事態の打開に良い意見はないだろうか?」

「ラジオもテレビもほとんど機能していないからな。情報と言ってもそう簡単に手に入らないよ」

「しかしこの災害(・・)の対処に州軍はもう動いているじゃろう。ひたすら待つより、こちらからもビーコンかもしくは狼煙を上げた方が良い。捜索の手間を省く意味でもな」

「おいおい爺さん。州軍が動いてるってなぜそんな事が言えるんだ?」

「――なぜってそんなの此処がアンブレラを抱える街だからさ」

 

 と、ダニエルの傍らに立つ年若い男。倉庫を管理するスーパーの従業員であるマリオが議論に口を挟んだ。

 曰く、ラクーンシティーは天下のアンブレラの御膝元。国際企業を抱える街の未曾有の危機に対し、政府が何もしない事の方が考え難い。故に州軍や合衆国政府は既に事態鎮圧の為に動いている。と、そんな推論を堂々、断言するような物言いで語った。

 

「――だとしたら、当面の問題は、我々避難民がパニックを起さずに貴重な食料や水を無駄に消費しない事になるな」

 

 マリオの言葉に一理あると、集団は皆、無言で頷き、そしてダニエルが纏めるような結論を出す。

 

「救助が何れ来るとはいえ、それがいつになるかは流石に想像がつかないしな」

「ざっと計算してみたが食料は兎も角、水が絶対的に足りないよ。もって精々二週間ってところだね」

「二週間、か……」

 

 マリオが言い切る二週間と言う期限が、この場合にどれほど精確であるかは重要ではない。自称“論理行動派”の彼らにとって重要なのは、それが自分達派閥の出した答えである事。そしてその答えこそが唯一正しいと周囲から肯定される事だからだ。

 彼ら一同は、状況に対して最も前向きにプランを考えているという強い自覚が在った。故に別の派閥が出した意見には拒絶反応が出る。

 慎重にして冷静な行動を良しとする姿勢を彼らは尊ぶが、その実、寛容さは薄い。

 理由は他ならぬ彼ら自身が、己こそが見識者でありそれなりに頭が良いという風に考える所為だ。

 

「女、子供や老人、病人を除いて、動ける者はなるべく自力での脱出を考えた方が良いだろう。確か警察から街の外にヘリで脱出するルートを指示されたと思うが、覚えているか?」

「あぁ。確か動物園の向こうにある車両集積ターミナルと時計台とその周辺がそうだった筈じゃ。まぁ、警察のアナウンスが正しければの話だが、な」

「――なら、決まりだな」

 

 ダニエル一同が脱出のあてにするヘリコプターは、この瞬間にも編隊を組んでラクーンシティーの上空を飛んでいた。しかしそのヘリ自体が、民間人の救出用に用意された代物ではないと、彼らは気づかなかった。

 彼らの不幸はそこにあった。

 街で起きた未曾有の危機の原因が信頼に足る企業アンブレラである事を想像出来ない。理由は“ありえない”からだ。数ヶ月前の洋館事件でその生存者が声高に真実を叫んだ際、それを一蹴した理由もまた、“ありえない”からだ。

 彼らはどうしようもなく冷静に模範的で在ろうとするが故に、己の常識から離れた位置にある真実に気づかない。――否、知ろうとはしない。

 だからこそ、彼らの中に『アンブレラが生存者の全滅を望んでおり、上空に待機するヘリのほとんどが軍事作戦の為に用意された戦力である』という考えを持つ者は、一人として存在し得なかった。

 

「――そう言えば、少し前に私服警官が連れて来た少年なんだが武器を持っていたぞ? ありゃたぶんロシアのAKだったと思う」

「本当か?」

「あぁ。脱出にしても武器が必要だ。話を聞いてみた方が良いだろう」

 

 彼らの視線は自然と管理室の方に向いた。

 事態に対して率先して行動力を発揮する人々の心にあるのは、いつだって強い不安である。

 不安をかき消す為に彼らは行動する事を良しとする。

 それが救いに繋がるかどうかは別として、彼らは彼らなりに必死に生き残る為の行動を開始するのだ。

 

 

 

 寝起き早々に説明を要求するジルに、ジョーは覚えている範囲の出来事を事細かに説明した。

 ロバートが必要とするインスリンを回収する為に病院に向かった事。病院の地下で知り合ったジョージ・ハミルトンという町医者の事。その二つをジョーは重点的に話した。

 質疑応答の中でジルは、ジョージ・ハミルトンという男がどのような伝からTウィルスワクチンの研究情報を得たのかを知りたがった。曰く、一介の町医者が企業の最高機密に近い情報を得た事がそもそも怪しいとの事。

 ジルは聞かされた状況から、ハミルトンがアンブレラの秘密職員ではないかという疑念を抱いた。

 

「――それだけは絶対にねぇよ」

「なぜそう言い切れるの?」

「―――――」

 

 疑いを持つジルの意見は冷静になった今の段階で改めて考えてみると、確かに怪しく見えた。その点についてはジョーも同意である。――だがしかし、ジョーは頑なにハミルトンの潔白を信じた。

 

「ハミルトンが何らかの想いを受けて研究を行っていた事は事実だろうよ。本人は現実逃避だって自嘲してたし、今思えばそれ自体は確かに怪しいかもしれない。だけど地獄と化した病院の地下でたった一人になってもそれをやり遂げた勇気は賞賛されるべきだろう? ――死んだ奴を今更、疑って意味が有るのか? ハミルトンは立派だった。ソレでいいじゃねェか」

「――そうね。ごめんなさい」

 

 露骨に不機嫌な表情を見せたジョーに、ジルは素直に謝罪した。

 怪しくは在るがハミルトンと言う男が見せた勇気は事実である。そして本当の意味で憤怒を覚えるべき相手は、ハミルトンを撃ったUの頭文字を持つ戦闘集団とその飼い主である。他ならぬジル・バレンタインが、その論点を見誤る事は無い。

 互いに稀有な情報を知る者同士。その不和を避ける意味でも、ジルはそれ以降、ハミルトンについての追求をやめた。

 ジョーは改めて、その後病院内部で起きた銃撃戦の事を話した。

 

「――U.S.S.?」

「あぁ。戦闘中の会話だから連中が何を目的にしてるかまでは分からない。ただ、ハミルトンを撃ったのはそいつらだって言える。それとその場所には同じ様なU.B.C.S.っていう戦闘集団も居た。似たような名前でもあんまり双方の仲はよさそうには見えなかったな」

「どちらもアンブレラの兵隊よ。片方は傭兵。もう片方は子飼いの戦闘集団。共通しているのはどちらも碌な存在じゃないって事だけね」

「――――――」

 

 ジルは静かにその拳を握りこんだ。

 幾ばくかの沈黙の末にジルは結論と共に口を開く――

 

「――白衣を見た瞬間に射殺したという話が本当なら、アンブレラはもう見切りをつけたのだと思う。恐らく街ごと切り捨てるつもりだわ」

「かもな……」

 

 ジョーは短くそれを肯定した。

 そんな冷静な納得の態度を受け、ジルは意外そうな顔を浮かべた。

 

「――なに?」

「いえ、こういう話をすると考え過ぎだとか、大げさだとか、って言う人ばかりだから少しね――」

「人間だ! 撃つな! っていうアピールを無視してハミルトンを撃ちやがったのを脇で見たからな。この期に及んでアンブレラを信用出来るほど寝ぼけてねーよ」

 

 と、ジョーは吐き捨てるように言った。

 

「――そう言えばそのU.B.C.S.のニコライって言うロシア人が、アンタの事を探してたぜ? ファンって言う感じでもなかったから適当に誤魔化したけど、気をつけた方がいい」

 

 ジョーは思い出したようにニコライの情報を付け加えた。ニコライがゲームと同じような存在であるならば、ジルにとっては確実に敵と言えるからだ。

 

「忠告として受け取るわ。ありがとう」

「―――っ」

 

 一見して怜悧で冷たい印象を受けるジルだが、この時にジョーに向けられた感謝の笑みはとても温かいものであった。不安と恐怖に満ちた不穏な空気の中で、一際輝いて見える人情的な笑みを受け、ジョーは思わず眼を伏せる。

 するとそんなジョーの反応を見て、ジルは少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「あら、照れてるの?」

「うるせぇ。今はそういうのはいいから。とりあえずハミルトンの資料をどうするのか(・・・・・・)さっさと決めてくれ。そいつは俺が持ってるより、おたくらの方が上手く使えるんだろう?」

 

 ジョーは話を逸らすようにハミルトンの残した手記とワクチンの研究資料を顎で差した。

 洋館事件と現在のラクーンシティーの惨劇。その二つの渦中にあるジルにとって、ジョーの持ち込んだ情報は値千金の価値がある。なんとしても外に持ち出す必要があり、決して消失させてはならない代物。

 その扱いをどうするのかという提案を受け、ジルは茶化すような表情を一変させて、直ぐに真剣な面持ちで顎に手を添える。

 

「そうね。これらの資料は最悪、脱出の優先度を下げてでも外に出すべきだわ。方法として確実なのは、警察署のオフィスにあったFAXだけど――――」

「なら話は早い。俺も店長にインスリンを届けなきゃならないし、その後は警察署にも行くつもりなんだ。直に夜も明けるし、夜明けと同時に――――」

 

 ジルも警察署に行くつもりなら、ジョーにとってもそれはひどく都合が良い。しかし夜明けと同時に一緒に出発する(・・・・・・・)という提案を、半ば程まで口にしたジョーの脳裏に、ふと、かの有名な追跡者(ネメシス)の存在が過ぎった。

 ジルを含めた残存するS.T.A.R.S.を抹殺する為に送り込まれた恐るべきアンブレラのターミネーターだ。

 彼の存在を思い出したジョーは思わず途中で言葉を切り、同時に中途半端な形で硬直した。 

 ――――が、そんなジョーに対して当然訝しげな表情を浮かべて当たり前な筈のジルは、まるで別の事を考えているような表情を浮かべていた。

 

「どうした?」

 

 ジルの様子にジョーは思わず尋ねた。

 

「いえ。私が此処を動くと言ったら反対する人がどれだけ出るのかと思ってね。警察官というだけで、あれこれと面倒を言う人が多いのよ」

 

 ジルは疲れたような吐息を漏らした。

 その時、扉から控えめなノックが響いた。

 

「――すまない。少し良いだろうか?」

「どうしたの? 何か問題が?」

「いや、問題と言うより提案なんだが――」

 

 ジョーは扉が開かれるより早くに、ナップザックの中にハミルトンの資料を仕舞った。対するジルの方はソファを立ち、管理室やって来た男――ダニエルに応対する。しかし訪れたダニエルの視線は、応対するジルを通り過ぎ、ジョーの方へと向けられた。

 

 

 

 

 銃大国アメリカと言えど、民間人がどんな銃でも入手できるかと言えば、実はそうではない。

 戦闘に用いられる火器は大抵が購入と所持に関して専用のライセンスを必要とするし、州によっては民間への販売自体を許さない場合もある。

 ゾンビパニックを描いたゲームや映画に登場する民間人が、共通して使う武器にハンドガンやショットガンが多いのは、恐らくはそれが理由だと考えられる。

 ジョーが病院内部で回収し、現在の避難場所に持ち込んだAK-47――否、アサルトライフルと言う代物は、戦闘用の火器であり、それを所持出来るのは基本的に軍人のみだとされている。一応、警察の特殊部隊にも支給されている場合はあれ、普通の警察もやはりメインで使う武器は基本ハンドガンであり、大捕物と言った場合において時々ショットガンが利用されるくらい。――――つまり明らかに民間人であるジョー・ナガトが持ち込んだアサルトライフル(AK-47)という代物は、非常に異様な存在なのだ。

 それこそ、この悪夢からなんとしても生還しようと足掻く集団の目を引く程に――

 

 アサルトライフルを何処で手に入れたのか? 他の人にも渡る数が手に入るのか? 管理室のジョーを訪ねたダニエルと言う男の目的は、端的に言えばそれである。

 ダニエルを中心に集まった一部の集団は、無為に避難所に立てこもるだけを良しとせず、自力でラクーンシティーからの脱出を考えており、それに先立ち、ダニエルは脱出に必要な武器の情報と、可能であればジョーに自身らの護衛を求めた。

 

「――危険は承知の上だ。しかし君の話だと病院は既に爆破されたのだろう? 君の言うヒルの化け物もそれに巻き込まれて死んでいる可能性の方が高い。そうは考えられないだろうか?」

「何、言ってるんだか――」

 

 ジョーはダニエルの余りに楽観的な言葉に、思わず溜息を吐いた。

 ジョーが持ち込んだアサルトライフルの入手先はラクーン総合病院。そしてダニエルが目指す脱出のルートは、その病院の裏手にあるセントミカエル時計台。

 病院での光景を未だ色濃く覚えているジョーは、病院での出来事を話す事で、やんわりとダニエル達の無謀を引き止めに掛かった。

 

「――あの(・・)ヒルがそう簡単にくたばるわけないだろう? 第一、アンブレラの特殊部隊同士が殺し合ってる場所だ。のこのこ出て行っても死ぬだけ。悪い事はいわない。あそこに行くのだけは絶対にやめておけ」

「常識的に考えてみれば分かると思うが、ヒルは熱に弱い。それに、別に私達は病院内部を探索するわけじゃあない。落ちている武器を拾うだけだ。それにヘリでの脱出ポートはその裏の時計台にある。もとより病院に長居するつもりは無いさ」

「ヒルだけに気をつけていれば良いってわけじゃあない。もしアンブレラの連中に見つかってみろ。あんた等全員死ぬぞ? コレはたちの悪い冗談の類じゃあない」

「――それに関してなんだが私にはどうにもそれが信じがたい」

「――――ぁ゛?」

 

 ジョーは突如、背後から殴られたに等しい理解し難い衝撃を受けた。思わず漏れた声は、そのままジョーの抱いた強い戸惑いを示していた。

 

(――――やっぱり。これが多くの人が持つ認識なのね)

 

 ジョーとダニエルのやり取りを一歩引いた位置で見守るジルは思った。

 これがラクーンシティに住む多くの住人の意見なのだと。彼らは決して、アンブレラが黒幕だと思うことは無い。刷り込みのように長い時間を掛けて生まれた、アンブレラと言う企業に対するクリーンなイメージは、そう簡単には覆せ無いのだと。

 ジルはこの瞬間にジョーが抱いた歯がゆさを、手に取るように理解した。ジルも今のジョーと同じ道を通り、同じ歯がゆさを感じた事があるからだ。

 そんなジルと困惑したジョーを尻目に、ダニエルは淡々と常識的な事を言った。

 

「撃たれたと君は言うが、それは一種の誤りなのではないのか? 君の知人の身に起きた事は確かに不幸な事だとは思う。が、しかし単純に視界が悪くてゾンビだと誤認されたのだとは考えられないだろうか? この状況で民間人を態々狙って撃つ意味など何処にある? きちんとこちらから存在をアピールしていけば、誤射される事は――――」

「――ふざけんな、この野郎ッ!!」

 

 ラクーン大学に勤めるダニエルの、無知な若者に諭すような上からの物言いに、ジョーは思わず怒鳴った。そして反射的にダニエルの胸倉を掴んで立ち上がった。

 

「落ち着け!」

「落ち着いて、ジョー!」

 

 ジョーの激昂にジルが慌てて止めに入った。そうしなければこの瞬間にもジョーは、ダニエルを殴りそうだったからだ。

 

「おい、感情的になるな! 私は極めて客観的且つ常識的な話をしているだけだ! 不快に思ったのならば謝る!」

「くっ――――」

 

 突然の暴力に怯んだダニエルは謝罪を口にした。ジョーは利き腕をジルに捕られた事もあり、そのまま乱暴な形でダニエルを掴んだ腕を振り払った。

 ジョーは大きく息を吐き、吐き捨てるように言った。

 

「――周りを見てみろよ。今のこの街のどこにアンタの言う“常識”って奴が転がってるんだ? もう病院だろうと時計台だろうと勝手に行けよ。欲しがってるAKはそこにゴロゴロ転がってるだろうぜ」

「――――あぁ、情報に感謝する。私も言葉が過ぎたようだ。別に君と喧嘩をしたいわけじゃない。それだけは分かってくれ」

「―――――」

 

 ダニエルは皺のついた胸元を正し、乱れた吐息を整えるように一拍程置いてから席を立った。

 その去り際。ジョーを睨むダニエルの目には極めて不愉快だと言う感情が滲み出ていた。

 



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12 迷える子羊に悪魔の産声を

 ジョー・ナガトの手記 その5

 

 何が正解で、何が不正解なのか判らないからこそ、自分の判断が絶対に正しいなんて口が裂けても言わない。だが、他の連中よりは持っている手札が多いと自覚はある。それだけは確かだ。

 アパートを脱出してからオルガ達と合流し、教会を抜けてから店長と再会した。それから単独で病院を目指すと判断をし、結果的に目的を遂げることが出来たのは、少なからずそうした“手札”のおかげだ。とは言え、『いろいろ知ってるから俺に従え』なんて傲慢な事を言うつもりは無い。

 俺の持っている情報で避けられる死があると感じるが、そんな俺の判断に従ったところで“本当に生き残れるか”は実際の所、運次第。だから結局、どうするかなんて自分で考えるしか無いのだ。

 まぁ、要するに俺は万人を救えるような英雄なんかにはなれないって事だ。

 ――実際にそんなもんになる機会があっても、そんなのはこっちから願い下げだが。

 

 こんな事を書いているのは先程話したダニエルという男に原因がある。まったく腹の立つ男だ。ハミルトンが死んだ理由をアクシデントだと言い切りやがった。それについては今後も徹底して正していくつもりだ。――だが、それを一先ず脇に置いても、一考の価値がある話し合いだったと今更ながらに思えた。

 思うに、ダニエルの様にアンブレラの裏の顔を知らない人間なら、あの考え方の方が腑に落ちるのだろう。今でこそ俺は妙な因果で真実を知っている身の上だ。だが、もし此処(・・)がバイオの世界だと知らないままなら、きっと俺もダニエルと同じ様な判断を下した可能性がある。――それだけは認めるべきだと思ったのだ。

 だから、あの場は俺の方が短慮だった。

 そう反省する事にした。

 まぁ、ハミルトンの件は別だが。これに関して穿り返してもまた荒れるだけだから、これ以上は書かない。

 

 あと、この件に関係して俺はバリーが洋館事件の事を周囲に話していた時の様子を思い出した。

 あの時、店長を初め途中で余計な茶々が入ってバリーが不機嫌な顔をしていた。あの時は与太話に何を本気になっているのかと思ったが、今ならその理由が凄く分かるきがした。きっと今の俺も、当時のバリーと似たような立場なんだろう。不意にそう思った。

 話した所で誰もが信じない事を、真実だと知っている。そんな立場に実際になってみると、コレが物凄く歯がゆい。絶対に正しいと断言できる話を誰にも信じてもらえないという無力感と憤り、そして周囲の余りの無理解には思わず手が出そうになる。

 ――そこで短慮に当り散らした結果が、先程のダニエルとの一件だ。それ思うと、俺もまだまだガキだなと感じた。同時に、俺と同じ立場なのに冷静に振舞っているジルやバリーを素直に尊敬した。

 

 尊敬ついでにふとジル達と同じS.T.A.R.S.の隊員で、ケンドの銃砲店の常連だったクリスの事を思い出したが、彼の場合はどうだろうかと少し考えてみた。

 俺の知る限りでだが、クリス・レッドフィールドと言う男の性格ならぶち切れて警察を辞職してる気がした。それなりの学歴を持つインテリだのだが、ぶっちゃけ微妙にゴリラっぽい所があったし――。まぁ、実際のところはどうかは判らないが、もし会ったら本人に聞いてみようと思う。

 それとゴリラ《クリス》繋がりで一つ発見がある。この避難所でゴリラの――じゃなくてクリスの妹のクレア・レッドフィールドを発見した。

 クリスが初代バイオ、ジルがバイオ3の主人公ならば、クレアはバイオ2の主人公的存在だ。――まぁコレも、俺の記憶が正しければ、だが。

 そして同時に思ったのだが、ゲーム本編でのクレアの冒頭は、彼女が街の外からバイクでやって来る演出で始まった様な気がした事だ。

 漠然とした記憶を此処に書き出してみるが、確か冒頭でゾンビの襲撃に遭い、もう一人の主人公であるレオンと出会い、それからシェリーと一緒に警察署を抜けて地下に潜り、研究所の地下の脱出列車を使って逃げるといったシナリオだった筈。

 俺はクレアと言う存在が当たり前のように“その流れの中”に存在すると思っていたので、正直このタイミングでクレアに会った事が不自然且つ不気味だと思えた。

 ――こんな事本人にはとても言えないが。

 

 考えてもみれば、クレアは偶然街に寄った人間というより、兄のクリスを探す目的でラクーンシティを目指していた。つまり考えようによっては、より自然な形で街に到着しているのだとも考えられる。実際、現在の街の外の様子がどうなっているのか判らないが、既に脱出した者達も少なからず居る筈なので、新たに街に訪れる人間には確実にその者達から忠告を受ける筈だ。そう考える方が腑に落ちる。だからゲーム的なシナリオに追従すれば何とかなるという楽観は、もはや殺したほうが良いかもしれない。一応注意はしていたが、此処へ来て改めてそれを強く理解させられた様な気がした。

 

 此処はインクリボンを使えば簡単にセーブできる世界じゃない。一度死んだら終わりの真っ当な現実の世界だ。今までの行動を見直す意味でも、俺はもっと強い危機感を持って動くべきだろう。

 

 

 

 

 年齢も人種もそれぞれ違う生存者達の集まりだが、時間の経過と共にそれは烏合の衆からある程度の派閥を形成するようになった。

 例えば、ダニエルを初めとする自ら救助地点を目指す集団。通称――ダニエル派。

 例えば、ダリオ・ロッソを初めとする頑なに避難所に立てこもる集団。通称――ダリオ派。

 今現在、管理倉庫に逃げ込んだ生存者は大まかに分けてその二つに分けられていた。

 しかし中には当然、ダニエル派、ダリオ派のどちらにも相容れない者も存在する。そして、そうした者達の受け皿となっているのがジルとクレアであった。

 ダニエル派と同じく自力での脱出を是とするが、ダニエル派の性質や彼らが取るであろう進路に追従する事は否と考える者達は。夜明けと共に警察署に向うと決めた警察官のジル・バレンタインを中心に集まった。また、ダリオ・ロッソ派のように救助を待つ事を是とする考えの中には率先して中長期的な避難生活を見越し、ある程度の危険を冒しても周囲の安全確保に勤しむべきだと考える者も居る。そうした意見は老境に差し掛かった者に程多く、故に彼らは常に自分達への配慮と手助けに尽力するクレア・レッドフィールドという少女を中心に集まり始めた。

 何もかもが見通せぬ不安の中、自らで選ぶ事をあえて放棄して強くリーダーシップを取る人間に己の進退を委ねると言う者達。実際にそうした者は多く、事実、ダニエル、ダリオ、クレア、ジルの4つの派閥のいずれかに身を寄せる者達の大半がそれだ。

 しかし、中にはあえてどの派閥には属さず独自の行動を是とする者も少なくは居た。

 例えばジョー・ナガト。

 彼は図らずも、そうした数少ない独自路線を貫く一派の“筆頭”と言う風に周囲から認識されていた。

 

 その件のジョー・ナガトだが、

 

「――こんな状況で政治ごっこか。アホらし」

 

 と、倉庫の中央に集まった各派閥の中心が今後の話し合いを始めたのを尻目に、勝手気ままに倉庫の散策を始めた。

 

 と言うのも、数十分前。

 ジルの取調べが終わり、ダニエルと剣呑なやり取りを終らせたジョーは、その直後に“クレア・レッドフィールド”と言う少女と出会った。

 その際にジョーはクレアから、現状における多の生存者が抱くジョー・ナガトという外来の人物の評価を聞かされていたからだ。

 

「――ねぇ、さっきの事だけど」

「ぁ?」

 

 クレアに話しかけられた際、ジョーは内心でその見覚えがあり過ぎる面立ちに対し強く驚嘆した。

 

「ダニエルに何を言われたのかは知らないけど、きっと彼に悪気は無い筈よ。だから、あんまり誤解しないであげて」

「――あ、あぁ」

「で、調子はどう? 一部の人は貴方がゾンビになるって恐れてるけど、そう言った兆候はあるの?」

「いや――」

 

 クレアはジョーの内心の驚きに気づく事無く、終始心配げな様子で世間話に近い話題をいくつか振った。そうしたクレアとの会話はそう長いものではなく、最終的に互いに短く名乗り合って終る。――しかしその時の会話の中でクレアが伝えようとした真意は流石に理解出来た。

 

「――要するに監視されてるってか」

 

 クレアと分かれた後、ジョーは倉庫から繋がるスーパー店舗部分に向った。食品管理倉庫なら、失った物資の補給ぐらいはある程度出来るだろうと思ったからだ。そして道中、ジョーはクレアから遠まわしに聞かされた他の生存者の抱く己の印象と、その上で確信した今現在の立ち位置についてふと思考を傾けた。

 直接的な言及をクレアは最後まで避けていたが、それでも言いたい事はよく伝わった。端的に言えば“要注意人物”。それが現在のジョーの立場であった。

 

「――まったく嫌な感じだな」

 

 先のクレアとの話で聞かされた現状に対し、ジョーはそう小さく感想を零した。

 曰く、ジョーは感染の疑いのある人間である事。現状、既にゾンビが感染で増えると言う事に生存者達は気づいており、故に外から来たジョーがゾンビになる可能性を彼らは恐れているのだとの事。事実、目覚めた際にジョーを速やかに処理する為、隔離する様にジルと共にそこへ移されている。――とはいえ、ジル本人はジョーの感染を否定しており、クレア自身もまたそうしたジルの判断を信じているとの事。しかし、それ以外の多くはそうではないらしく、また先の一件で感情的にダニエルに怒鳴った事も手伝い、現在のジョーに対する周囲の印象は頗る悪い――。

 

「ま、だからなんだと言えばそこまでの話なんだがな」

 

 他の生存者がどうでアレ、ジョーはいつまでもこの場に留まる気は欠片もなかった。

 己にはやるべき事がある。だから夜明けと共に出発する。

 故に日和見主義を相手にする時間は無いと、ジョーは陳列棚から適当なパン、レトルト食品、プロテイン等を掻き集め、それを片端から口に入れて消耗したカロリーの補給を行った。

 眠る前に軽い食事を行ったにも関わらず、寝覚めの悪さと悪夢の所為かジョーの身体は強い空腹を感じていた。それが感染の所為なのか、それともハミルトンの薬の副作用かは判らないが、そのどちらもがありえそうだと言う感想と共に、ジョーはXLサイズのポテトチップスやコーラという炭酸類を種類を選ばず、とにかくカロリーの高かそうなモノから順に口にしていった。

 

 

 

 

 その気になればBBQ用のブロック肉とて生のまま食べられそうな気がした。それ程までに身体はカロリーを欲していた事が、はっきりと言えば恐怖でもある。

 食事を続けていると不意に身体が熱くなり、また身体の奥から汗が次々と噴出してくる感覚に陥った。

 汗腺から噴出す老廃物が垢となり、妙な痒みが全身に起こり、ジョーは恐る恐るリッカーに刻み付けられた傷跡を確認した。

 

(――流石に出血はないか。痒みはあれど頭はスッキリしてるし、日記もちゃんと文章になってる。仮に感染してるなら、12時間以上も発症しないままって事は、流石に無いと思いたいが――)

 

 ゲームであればステータスの画面で感染か否かを瞬時に判別できる。しかしそんな都合のいいものはこの世に存在しない。故に、身体にTの抗体があったのか、それともハミルトンの作ったワクチンが正しく機能したのか――己の健康については未だに多くの謎が残っていたが、結局は自己の判断で大丈夫だと信じるしかなかった。

 やるべき事は既にやったのだ、最悪の場合は自決するしかないと、ジョーは顔をしかめながらそれの覚悟を迫られた。

 その際にふと、脳裏にある一人の男の死に様が過ぎった。教会を抜けて警察職員らに合流する途中、友人の引き留めを振り千切り、自らの意思で自決をした老人の姿だ。確か名前は――――

 

「――っ」

 

 込み上げる陰鬱な気分を振り払うように、ジョーは頭を振ってさっさと食べ掛けの燻製肉の塊を丸ごと口に含み、強引に租借した。

 また陰鬱な過去を振り払い、これから生存する未来の為にと、ジョーは今後のやるべき事についての思考に頭を切り替える。

 

(――優先するべきは、兎に角インスリンを届ける事と脱出ルートの確保だ)

 

 ジョーはコレまで、マービンの言伝を信頼して無心に警察署に向う事だけを考えていた。『ロバート・ケンドの銃砲店』を経由するルートの先には丁度警察署が存在する上、マービンの言う警察の脱出車両が使えなくとも、警察署の下水道を経由した先にはアンブレラの地下研究所が存在する。そこの脱出列車を駆使すれば、バイオ2のエンディングがそうであった様に、生きて街からの脱出が出来る可能を考えていたからだ。

 しかし、ゲームと同じ(・・)脱出ルートが確実に存在するとはもはや言い切れない。それはクレアとの予期せぬ出会いによって生まれた疑念だった。クレアと出会った事で、ジョーはゲームとしての情報を鵜呑みにし過ぎる事を危険視したのだ。

 街の端まで必死に行軍するという方法で本当に助かるのか?

 出たとこ勝負でアンブレラの地下研究所を探し、そこに在ると思われる(・・・・)脱出列車を探して大丈夫だろうか?

 もはやそれらは一種の“賭け”である。

 ――――そしてふと、“賭け”という思考に至った時、ジョーの脳裏には病院のエレベーターでハミルトンと共に降りる階層をコイントスで選んだ時の事を思い出した。

 

(――あの時、4階を選んでいたら、もしかしたらハミルトンは死ななかったかもな)

 

 それはセーブが出来ていれば絶対にやり直していた失敗だった。そしてなにより、その失敗が無ければ今この瞬間にもハミルトンはジョーに何かしらの知恵を貸してくれた気がした。

 それを考えるジョーの中にふと、強い後悔と強い罪悪感の両方が芽生えた。

 図らずもハミルトンから資料と試作薬を入手した事。また同時に、ハミルトンと言う男が残したそれを意図せず受け継いだ形になった以上、ジョーは殊更死ねないと思った。

 ジョーは後悔を含めた様々な感情を憤りを込めて、強く拳を握りこんだ。

 その強い感情の発露が、ジョーの身体に宿る熱を一層強くした。

 

 しかしそのマグマのように湧き上がる感情とは裏腹に、その後、生存の為にと必死に傾ける思考が満足いく答えを出す事は無かった。

 結局の所、ゲームとしての情報を鵜呑みにする意外に、何をやるにしても賭けの要素が付いて回る事に気づいてしまったからだ。

 夜明けと共にジルに追従しようが、クレアに追従しようが、どちらにせよ一長一短且つ、ゲームとしての潜った死線を現実で潜ると言う苦境を避けられない。

 つまりは何にしても賭けに乗り、勝つしか生きる道がない事に思考は着地した。

 結局答えは出ず、出来たのは一先ず目的であった空腹を満たす作業が終了した事ぐらいであった。

 

「――クソが」

 

 ジョーは苛立ちを込めて現実への憎悪を小さく吐き捨てた。

 そして全身から噴出した汗と垢と汚れを苛立ちごと洗い流すべく、ナップザックからスポーツタオルを取り出して従業員用のトイレへと向った。

 洗面所の水でタオルを濡らして上着とシャツを脱ぎ、そして鏡に映った自身の身体を見た時、ジョーはそれまで感じていた憤りが急速に冷却していくのを感じた。

 

「おい、ちょっと待て――」

 

 数日前には確実に存在しなかった不自然な変化がそこにはあった。ジョーは如実にそれを目の当たりにした。――故に、思わず零した声が強く震えていた。

 

「なんで―――」

 

 一際目に付いたのは発達した筋肉だった。人並み程度に鍛えてあるとはいえ多少の脂肪はあった筈。しかし今、それらの殆どが身体からそぎ落とされていた。

 変わりにそこにあったのは、アスリートのように発達した密度の高い筋肉の束だ。しかもその変化は腕や胸や腹のみに留まらず、顔や背中といった部分にも満遍なく。

 震える手で垢と汚れをすり落とすようにタオルで拭うと、そこに在る発達した筋繊維の束が決して見せかけだけの代物でない事を知った。

 

「――――っ!」

 

 あまりに不自然に過ぎる肉体の変化を強く実感したジョーの脳裏に“Tウィルス”という悪魔が過ぎった。

 此処数日以内で特に影響がありそうな事など、それしかない。

 

「――落ち着け」

 

 気づけは、ジョーは崩れ落ちる身体を支えて洗面台に両手を付いていた。駆け上がる不安と恐怖に思わず目が見開かれた。そして此処がトイレだという事を忘れて過呼吸を繰り返した。

 

「落ち着け!」

 

 己に言い聞かせるようにジョーは再三、己に繰り返し言う。俺は“正常だ”と、俺は“人間だ”と、“まだ生きている”と――

 

「――ッ!」

 

 まだ死んでいないという想いを込めて振りぬいた右の拳が、洗面台の鏡を砕き、更にその奥の壁を陥没させた。

 拳に幾つかの傷が生まれたたが、ジョーはその痛みを正しく認識出来た事に深く安堵を感じた。痛みを感じるから、己はまだしっかりと生きているのだ――と。

 そう強く信じてジョーは顔を伏せて呟いた。

 

「――――信じるぞ、ハミルトン!」

 

 零されたその小さな慟哭を聞き届ける者は居ない。

 代わりにあるのは遠く彼方に聞こえた他の生存者の奏でる喧騒だった。

 ジョーは唐突に深い孤独を感じた。

 そしてジョーは呼吸を整えるようにと、しばらくその場に無言で佇んだ。

 

 ――しかし、無粋な悪意はその時間すらも奪い去った。

 ジョーの周囲を含め、街全域の明かりが一斉に消えたのは、それから間もなくの事であった。

 

 

 

 

 残存するU.S.S.デルタの敢行した発電所襲撃作戦は成功を収めた。程なく、発電所からラクーンシティの全域に送られる電力は唐突にして途絶えた。

 そして、夜明けを目前にする街から明かりが消えた同時にデルタの任務完了の合図を受けて、街の上空に待機する三機のヘリが巨大なシリンダーを内包する大型コンテナを街に投下した。

 

『――“オペレーションラクーンシティ”始動。各自、状況を開始せよ』

 

 各地に投下された三種のコンテナが展開し、内部のシリンダーが開くと同時にそこに搭載された巨大な人型(・・)がゆっくりと起動した。

 

「―――スタァァズ」

 

 3体の追跡者は特徴的な産声をあげ、夜明けの迫るラクーンシティーの闇の中で目覚めた。



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13 常識は崩壊し、狂乱を皮切りに

 突然の停電は隠れ潜む市民の様子を一変させた。

 その混乱の様子を見たとある冷徹なアンブレラに所属する男は、「まるでライオンに遭遇したインパラの群れだ」と端的な感想を漏らし、小さく冷笑を浮かべる。

 混乱に喘ぐ人々の()を聞きつけた無数のゾンビがゆったりとした動きで騒乱の渦中に矛先を向る。また、ゾンビの動きから状況を観察、精査するようにと命令を受けた無数のB.O.W.も行動を開始する。

 そうした連鎖(・・)がラクーンシティーに点在する多くの避難所で見受けられた。

 オペレーション・ラクーンシティの第一段階である“送電機能の停止”は、まさにアンブレラの上層部が望む通りの結果を見せたと言えるだろう。

 隠れ潜む街の生存者はまるで害虫を暗渠から燻り出して駆除する様に、苛烈に屠殺されていった。

 作戦の開始から凡そ30分の間に、500名に近い生存者がその命を落とした。

 そして、その頃になってからようやく街に朝日が昇った。

 しかし闇が未だに晴れぬ事を人々は知っていた。

 知っていたからこそ、彼らは強い絶望を感じて嘆き続けた。

 現に――

 

「皆、落ち着いて!」

「落ち着け! 落ち着くんだ!」

 

 状況の変化を敏感に察知した者が悲鳴を上げ、その悲鳴を発端とした恐怖と周囲に伝播。その動揺が避難所の全体に広がるまでにそう多くの時間は必要とせず、行き着いた先はまさに阿鼻叫喚とした混沌そのもの。そうして各所で上がる悲鳴に対し、比較的に冷静さを維持する者はこぞって冷静を促す様に言葉を張り上げた。

 だがその声も一変した状況の前には余りにも微力であった。

 

「もう嫌よ! こんな所に居られないわ!」

 

 もはや言葉だけは、恐怖に折れた者の心を繋ぎ止める事すら出来ない。

 

「――誰か!」

 

 そして狂乱した一人の老女が行動を起こした。老女は外からの薄明かりが漏れる避難所の分厚いシャッターに飛びつき、拳を握って狂ったようにガンガンとそれを叩き始めた。

 外をうろつくゾンビの進入を防ぐ為に封鎖されたシャッターを動かすには、今まさに供給を奪われた“電力”が必要であった。一応、人力で動かす方法もあるが、外来の一般市民でしかない彼女がそれを知るはずもなく、老女はひたすらに鋼鉄のシャッターを叩き続けた。

 

「誰か! 誰か、助けて!」

「っ!? 婆さん正気か!?」

 

 老女は己を閉じ込めていると錯覚する分厚い鉄の壁を懸命に打ち鳴らし、ひたすらにヒステリックな声を張り上げる。

 そして、その老女の行動がどれほどの危険を孕んでいるのかに気づいた者の一部が、周囲から伝播する恐怖を撥ね付けて本来の冷静さを取り戻した。

 しかしその顔は壮絶に青ざめたものだ。その内の一人であったダニエルは、口汚く「ファック!」と吐き捨て、シャッターに縋りつく老女を後ろから羽交い絞めにした。

 

「落ち着け!」

「邪魔をしないでよ!」

「冷静になれ!」

「冷静よ! 助けを呼ぶのよ! 放して!」

「っ!?」

 

 狂乱する老女が振り回した固い肘がダニエルの鼻先に当たる。

 その衝撃でダニエルは大きく呻いた。

 ダニエルは咄嗟に鼻血が噴出した顔を抑えながら、堪らず老女から距離を置いた。

 

「――くっそ! 誰か手を貸してくれ、彼女を止めるんだ!」

 

 ダニエルは素早く周囲に視線を走らせると、周りの者達に向けて老女を止めるようにと声を張り上げた。そして周囲の注目が一層、シャッターの周囲に集まり始めた。 

 この時、ダニエルと老女がそれぞれ言う“手を貸せ”という台詞は、音は同じでも意味はまるで対照的だった。

 しかしそれを冷静に判別し、判断出来る程に落ち着いた者は多くなかった。

 結果、更に混沌が加速する。

 

 

 ――そして、そこに少し遅れてやってきたジョーは、周囲の状況を目の当たりにして思わず「滅茶苦茶だ……」と軽く眉をしかめた。

 しかし、その顔には、先程までの恐怖や不安といった感情の色はなかった。

 理由は単純に、恐怖で足を止めるには聊か状況が酷に過ぎたからだ。

 停電から端を発した現在のジョーの心は、『危険の中に身を埋めている時は無駄な思考を挟む必要がない』というある種の防衛本能によって、一時的に麻酔が掛かった状態だった。

 つまり、軽くなっていた。

 それが良いかどうかの思考は一先ず脇に捨てて、ジョーは目の前の状況に対してどう対処するかと極めてシンプルにモノを考えた。

 

「――で、これは一体どういう状況なんだ?」

 

 ジョーはベレッタとペンライトを構えての警戒を維持したまま、直ぐ近くで佇んでいた作業服の男に視線を向けて状況を問うた。

 すると、腕を組んで独り佇んでいた作業服の男はチラリと無言でジョーを一瞥した。

 

 男の印象は端的に言えば粗野だった。無精ひげの目立つ30代半ば頃の精悍な顔立ちに、血糊の付着した無数の工具が釣り下がるベルト、また血と泥汚れでくすんだ現場作業服を纏う無骨な出で立ち――

 そのどれをとっても一般市民というカテゴリーからはひどく逸脱した印象を受けた。

 

「……見ての通り、電力が途絶えたらしい」

 

 男はまるで機材の性能調査をするかに近い冷淡な視線を向け、そして端的に状況を告げた。

 そして同時に、ジョーの手にするベレッタ、マグナム、モスカートの位置を順に確認するように視線を走らせた。

 言葉事態はその確認のついで(・・・)に付け加えたという感じである。

 

「――ご丁寧にどうも」

 

 不穏な視線にジョーは短く礼を言って直ぐに踵を返した。内心で密かに「話しかける相手を間違えたか?」と、小さな溜息を吐いた。

 しかし、去ろうとしたジョーに向けて男はもう一つ短い言葉を付け加えた。

 

「……余り銃を過信するな」

「ぁん?」

 

 ジョーは思わず足を止めた。

 

「……銃弾は希少だ。考えて使え……」

「――――――」

 

 男の台詞は今度こそ打ち切られた。そして言葉少なくジョーのコレまでを啓蒙した男は、得物(・・)であろう鉄パイプとコンクリ片から自作した無骨な“戦槌”を担ぎ上げて、煌々と足元照らす頑丈な懐中電灯を拾い、去っていった。

 

(――なんだアイツ、傭兵か?)

 

 ジョーは去ってゆく男の背を見て、なんとも形容し難い印象を受けた。知る限りでだが、男の可能性として傭兵稼業、またはその手の職種(・・・・・・)の人間に近い何かを持っているという風に感じた。

 ――言い換えるならば、陰鬱な鉄火場で染み付いた火薬の臭いだ。

 

「――っ」

 

 その考えに至った時、ジョーは思わず拳を握りこんだ。

 作業服の男が纏う気配が、数時間前に病院で相対したU.B.C.S.のニコライと似ている様に思えたのだ。

 その時、ジョーの肩を叩く者が現れた。

 反射的に振り返ると、そこにはジルが立っていた。

 

「っ!? なんだ、ジルか……」

「なんだは、ないでしょう? 突然見えなくなったから何処に行ったのか探してたのよ?」

「あぁ、悪い。ちょっと、な――」

「――っ? どうかしたの?」

「いや――」

 

 はぐらかすジョーの顔を、ジルは避難者が使っていたランタンの一つを手にして照らした。

 

「顔色はさっきより良さそうね?」

「まぁ、あれこれと余計な事を考える暇が無くなった所為かもな」

「無理は禁物よ――と言いたいけど、それで冷静さを保てるならありがたいわ。皆、そうは行かないから」

「――そうだな」

 

 ジルは周囲の混沌とする周囲の様子を見渡し眉間に眉を寄せる。そしてジョーは、ジルが言わんとする事を察して短く同意した。

 ラクーンシティー全域の明かりが消失した事は決して小さな問題ではない。時刻は朝と呼べる時間帯だが、朝が来ればもう一度夜が来るのがこの世の摂理なのだ。そして、先程までは一定の冷静さを保っていられた者程そうした今後の状況の不味さに気づき始め、周囲の焦りと同調して冷静さを手放していく――

 そうした焦燥した空気が周囲にどんどんと広がり、それが何かの拍子に一気に爆発するような不穏を、ジルはヒシヒシと感じていたのだ。

 

「――潮時かもな」

「え?」

「周りに付き合い過ぎると死ぬぞ?」

「――っ」

 

 ジョーはジルに向けてそう端的に言葉を送った。

 ジルは一瞬、ジョーに言い返しそうになったが、眉間に眉を寄せて小さく、「――そうね。その通りだわ」と、溜息を吐きながら同意した。ジョーの言い方は平時であれば鼻につく傲慢な意見だったが、この瞬間における考え方としては的を射ていると思ったのだ。

 目的、考え方、認識、信頼を共通とする人間と協力しても死ぬ時は死ぬ。その厳しさを骨身に染みて理解する者の間に、それ以上の問答は必要なかった。また、奇しくも見ようによっては周囲の感情が脱出の側の意見で纏まっていた。故に、何らかの音頭を取るなら今しかないとジルは意を決した。

 ――しかし直後、ジルの直ぐ後ろを一人の男が駆けていった。暗がりの所為でかジルの背中に男は接触し、その衝撃でジルは姿勢を崩して床に強くたたらを踏んだ。

 

「ちくしょう! もうこんなところになんか、居られるか! ちくしょう……クソッ! 呪ってやる! っ!? おい、どこみてやがるクソッたれッ!!」

 

 ジルにぶつかった男ダリオ・ロッソは泣きじゃくるような悲鳴に近い声を張り上げた。

 

「おい、ぶつかっといてそれはねぇだろ? 大丈夫か?」

「――っ、えぇ」

 

 ジョーは転んだジルに手を貸しつつ、ダリオの物言いに小さな舌打ちを混ぜて言い返す。

 するとダリオの視線がジョーの方に向いた。そして、その表情が見る見るうちに恐怖と強い怒りに染まっていった。

 

「うるさいゾンビ野郎ッ! 全部テメェの所為だ、クソったれッ!」

「――ぁ?」

 

 ダリオは鋭い視線をジョーに向けると、指を刺してそう声を荒げた。対し、ジョーはその余りの言いがかりに一瞬、意味が判らず呆けた。

 しかし、そんなジョーの様子に関係なくダリオは続けて吼える。

 

「いいか、俺が死んだらお前らの所為だからな! チクショウ! クソッたれ! 絶対に呪ってやるからな、この野郎!」

 

 狂乱するダリオとまともな会話が成立せず、ジョーは無言でダリオは急かされるような足取りで倉庫片隅のコンテナの中に閉じこもる様子を見送る事になった。

 コンテナの扉が内側から閉ざされる寸前、ダリオはジョーを睨みつけて「開けたら殺してやる!」と吐き捨てた。

 

「――確かに潮時ね」

 

 そんなダリオの奇怪な行動を傍らで見ていたジルはそう小さくぼやいた。

 

「ゾンビ野郎、か――」

「狂人の戯言よ。気にする必要ないわ」

「――そうだな」

 

 ジルのフォローに対するジョーの返答は自嘲であった。身体に起こった異常に気づいた事で、ジョーはダリオの言う『ゾンビ野郎』という罵声が、意外に的を射ていると思ってしまったからだ

 ――クソが。

 ジョーはジルにも聞えぬほどの小声で込み上げた憤りのような感情を吐き捨て、手にしたベレッタのグリップを握り込んだ。ベレッタのグリップからミシリッという鈍い音が上がるも、その音を聞き取った者はいなかった。

 その音と周囲の混乱を纏めて一蹴する様な一発の銃声(・・)が響いたからだ。

 

「――何っ!?」

「伏せろ、銃声だ!」

 

 ジョーとジルは突然の銃声に対し反射的に姿勢を低くとった。

 銃声はジョーが持つベレッタの様な、オートマチック特有の音ではなかった。オートマチックの拳銃ならば、特殊な処理でもしていない限り、薬莢の跳音が微かに銃声の残響に混ざるからだ。故に、それがリボルバーの発砲音だと気づいたのはジョーのような商いとして銃を扱う人間と、実際にそれを使用する人間くらいだった。

 そうした一部の人間の思考は、反射的に相手の残弾を5発もしくは4発という方面に移り、彼らは一様に第二射に対しての強い警戒心を顕にした。

 

 ふと、ジョーの視界の端に先程の作業服の男が映った。作業服の男も突然の銃声に警戒の姿勢をとっていた。その警戒の様子があまりにも堂に入っていた為、ジョーはもはや作業服の男を平凡な一般市民だという風には考えなかった。

 

(――もしアンブレラの雇われならぶっ殺す)

 

 病院でのハミルトンの事も重なり、ジョーの思考はそうしたアンブレラに対する殺伐とした感情で埋まり掛けた。――が、直後に聞えた「――人殺し!」という甲高い悲鳴によって、その殺意は掻き消された。

 

 

 

 

 銃声の先には一人の歳若い男がいた。彼はトムの愛称で周囲から慕われている、笑顔の似合う気の優しい青年だった。

 しかし、この時のトムの様子は普段と一変して異常であった。

 普段の愛想などまるで存在せず、その顔は蝋に似て蒼白く、またひどく肩を震わせていたからだ。

 

「お、俺が悪いんじゃない。俺の所為じゃないんだ! こ、こいつが――――」

 

 床には硝煙を燻らせるバレルの短い一丁の護身用拳銃が転がっていた。そして、その傍らには腹を撃たれて血を流す一人の老女が倒れていた。

 銃声は件の老女を撃った音であった。

 しかし原因を紐解くと全ては老女の(・・・)恐慌にある。

 老女は身を拘束する者から逃れようと狂乱し、そして身に帯びていた護身用の小さなリボルバーを抜いたのだ。それで周囲を恫喝してシャッターの外に逃れようとしたが、止めようとした複数人とのもみ合いの中で偶然、トムが伸ばした手が誤ってそれを暴発させたのだ。

 それが一連の出来事である。しかし、事の顛末を見ていた者の内、その状況を冷静に分析してそれが事故だと的確に説明出来る人間はそこに存在しなかった。

 

「お、俺の所為じゃない!」

「――落ち着け!」

「俺の所為じゃないんだ。そんな眼で見るな!」

 

 トムは床のリボルバーを拾い上げて声を荒げた。それは周囲への恐怖と、偶然でも殺人を侵した自責の念によって押しつぶされそうになった精神が発露した感情の爆発だった。

 己を囲う周囲の人々の己を恐々と見る視線が、まるでトムには責め立てている様に見えたのだろう。トムは周囲に銃口を向けて逃げるようにシャッターの壁を背にして、震える手でリボルバーを構えた。

 

「銃を降ろすんだ。誰も君を責めたりしない!」

「そうだ、事故なんだよ。だから――――」

「そんなわけあるか! 俺を外に放り出す気だろ! そうだろ!」

「――っ」

 

 ダニエルを筆頭にこれが事故だと擁護する意見が挙がる。

 だが、この時のトムの脳裏に浮かんだのは、殺人を責められた末に集団の外に単独で放り出されるという恐怖だった。

 殺人を犯した己は、外をうろつくゾンビによって処刑されるべきだ。

 そんな妄想が加速し、その惨い“死刑”を避ける為だけにトムの思考は埋め尽くされた。

 全ては被害妄想だ。

 だが、実際にはトムが瞬時に妄想した件の刑罰を執行するべきと言う内心を抱えるものも少なからず居た。事実、トムを擁護する意見を口にした者以外はそっと軽蔑するように視線を逸らした。

 

「……か……かふっ……」

 

 その時、床に倒れた老女が血を吹きながら跳ねる様に大きくもがいた。その様子を見て、まだ老女の意識があると気づいた数名の医療経験者が手を伸ばした。

 老女の痛ましい様子に多くが沈痛な顔を見せた。

 同時に、狂乱するトムを見た。

 

「――な、なんだよ」

 

 しかし、この瞬間に最も手を差し伸べるべきは、実は老女の方ではなくトムの方であった。

 理由は何でも良いが、とにかく彼を擁護する者は直ぐにでも手を差し伸べるべきであった。

 その有無がその後の境目となった。

 

『――止せ(ダメ)!』

 

 ジルが、クレアが、ダニエルが、ジョーが――

 目ざとくその意図に気づいた者達が反射的に声を張り上げた。

 しかし、一足遅かった。

 再びこだました一発の銃声が、自責の念に耐え切れなかったトムの頭を吹き飛ばした。

 甲高い悲鳴が響いた。

 余りにも凄惨な独りの人間の自殺を見る事になった者達の悲鳴だ。

 その様子に多くの者が膝をついた。

 

「もう嫌ぁッ!」

 

 そんな嘆きを皮切りに周囲に嗚咽が広がる。

 そして自害したトムの傍に居たにも関わらず、その自殺を止められなかった事を特に強く悔やむ男ダニエルは、トムの亡骸に身を寄せて涙を零した。

 老女を撃った暴発の原因がトムの働いた無茶にあるとすれば、その無茶の原因を作ったのは自身にあるのかもしれない。最初期の段階でダニエル自身が単独で老女の狂乱を止めていれば、こんな事にはならなかった――そんな風にダニエルもまた自責の念を抱いた。

 ダニエルは横たわるトムの遺骸の瞼をそっと閉じ、無言で十字を切ってからトムの右手にある二人の人間を殺した凶器(リボルバー)を外した。

 

「――彼女の様子は?」

「ダメ、血が止まらない!」

 

 老女の傍へと真っ先に駆け寄った医療経験者の女は、ダニエルの問い掛けにそう苦悶を顔に浮かべながら短く言った。

 鼻先を肘で殴りつけられたとはいえ、ダニエルは撃たれた老女の苦しむ様子に流石に同情した。故にだろう、ダニエルは横たわる老女の痛みを和らげるようにとその肩に触れた。

 

 ――様子を見ていた“ジョー・ナガト”の脳裏に嫌な予感が走ったのは、まさにその瞬間だった。

 

「――そこから離れろッ!」

 

 悪寒を感じたジョーはそう強く声を張り上げると同時に、思わずダニエルに向って素早く駆けた。

 また、ジョーの傍らに居たジルも直ぐにそれ言葉の意図する所を察して、ジョーの後に続いた。

 周囲の視線を完全に無視したジョーの突発的な行動にダニエルが困惑した声を挙げ、そして老女の白濁とした眼がギョロりとダニエルの首筋を見据えたのは、まさに同じ瞬である。

 

「ガァアアアアア゛ア゛ア゛ア゛――――」

 

 出血に喘ぐ老女の様子が突如として豹変した。そして手近な肉――即ちダニエルの首下に手を伸ばした。

 そんな老女のただならぬ様子にダニエルが振り返った時、既に老女はゾンビと化していた。

 その顎がダニエルの喉下に喰らいついたのは間もなくの事――

 

「くっそ!」

「皆、逃げて!」

 

 ジョーが思わず舌打ち、ジルが叫んだ。

 その意味を問う者は居ない。まさに今、老女がゾンビと化してダニエルを喰い始めたからだ。

 

「やめろぉああ――――!!」

 

 ダニエルの断末魔がこだました。それを皮切りに、鬱屈した避難所に蔓延した恐怖と不安がパニックとなって大爆発を起す。

 その規模は停電の時の比ではなく、もはや誰もが生き延びる事に必死になって狂乱のまま我先にと出口を探して蜘蛛の子のように散った程だ。

 

「この――っ」

 

 迫る人の波を押しのけてダニエルの下に駆け寄った瞬間、ジョーは渾身の力を込めてダニエルの血肉を啜る老女の下顎を蹴り上げた。――ゴキャリッという破砕音が響き、件の老女ゾンビの首はサッカーボールの様に真上にへと跳ね上がった。

 そこでようやく老女は絶命し動きを止めたが、既にダニエルの方は人間を辞めていた。

 

「っ! ダメか――――」

「ダニエルは?」

「――死んだ」

「っ!?」

 

 ジルの問いにジョーは怒気の混ざった声でそう返した。

 そして、ジョーの言葉は真実だった。

 事実、逃げ惑う人の波に阻まれて一歩出遅れたジルが見たのは、喉を食い破られて死んだダニエルが白痴の様な声を上げてゆらりと立ち上がる瞬間である。

 

「アァアアアア―――」

 

 もはやそこに冷静さと常識を説いた生前の知的な面影はない。手を伸ばしてジョーを喰らわんと手を伸ばすダニエルに向けて、ジルは素早くベレッタ92F(サムライエッジ)を抜いた。

 鋭い発砲音が響いた。ジルの撃った一発がダニエルの肩を穿ち、ダニエルは後方に吹き飛んだ。

 だが、ダニエルはまるで痛みを感じていない様に、再び立ち上がろうとジョー達に手を伸ばした。

 

「――――だから言ったんだ」

 

 ジョーは床に落ちている護身用のリボルバーを見つけ、それを徐に拾い上げて言った。それはダニエルがトムの手から回収し、襲われた際に落とした代物だ。

 ジョーは己のベレッタの代わりにそれを片手で構え、「ジル。もういい」と、ジルの撃った一発ではまだ死に切れないともがくダニエルの前に立った。

 

「――この街に常識なんてもう無いんだよ」

 

 困惑するジルを尻目に、ジョーは短くダニエルにそう言葉を送った。

 性格的に好きになれそうに無い相手だが、そこには憐憫の感情が確かにある。そんな嫌悪と哀れみの混ざった形容し難い泥のような感情を込めて、ジョーは引き金を引いた。

 シリンダーがグルリと周る。

 至近距離で放たれた3発の銃弾が顔に3つの風穴を穿ち、そこでようやくダニエルは事切れた。

 

「――――――」

「ジョー……」

 

 撃ち抜かれ横たわるダニエルの遺骸を前にジョーは小さく溜息を吐く。

 そんなジョーにジルはなんと声を掛けたら良いか判らない様子で肩を叩いた。

 ――しかし、互いにそこで気を抜く様な事は出来なかった。

 

「きゃぁあああああ!」

「――っ!?」

 

 裏口の方面から無数の悲鳴が聞えた。それは余りの恐怖に我先にと外へ逃げだした者達の叫び声に他ならない。

 また、その悲鳴の中に混ざって、ダニエルの様に既に人でなくなった者達の咆哮も存在した。

 

「――行くか」

「えぇ」

 

 楽園が崩壊する様子を目の当たりにしてジョーはそう小さく心情を吐露した。

 ジルはその言葉に同意した。

 そして、周囲に残る生存者達に同じ様に問うた。

 パニックを起さずにその場に留まった生存者の何れもが、遂に己の意思で生きるか死ぬかの決断を迫られた。



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14 ラクーンの黙示録

 人々は安寧を求めて、誰よりも早くと、ひたすらに脱出を目指した。

 しかし“楽園”を突破して外に出る事に成功した生存者達を待ち受けていたのは、押し寄せるゾンビの大群であった。

 

「――うあぁあああ!」

「おい、待ってくれ! 助けてくれ!」

「うるさい放せぇ! 俺に近づくんじゃねェ!」

 

 脱出を目論む先頭集団の内、運悪く一人の男がゾンビに組み伏せられた。

 男は救いを求めて同じ境遇の生存者を見たが、彼が仲間だと信じ救いを求めた者達から返ってきた返事は辛辣であった。

 そして遂に男は絶望を抱えたまま喰い殺された。

 

 ――そうした犠牲を払いながら、人々は具現化した死の中を懸命に走り抜けた。

 夜明けを迎えた惨劇の街を、脱落していく周囲の同胞を置き去りにしても、彼らはせめて己の命だけでもと願い、走った。

 しかし犠牲を糧に前に進んだとて、それは別の角度から獲物を狙う別の狩人の標的になったに過ぎず。彼らは依然として群れから孤立した獲物でしかない。

 

「出口を行くのは危険だわ。壁を伝って天窓から屋根に――」

「いや、それは止めた方が良い……」

「え――?」

 

 脱出に先立ち、脱出ルートの提案したジルの言葉を“作業服の男”はそう遮った。

 提案を却下されたジルが訝しげな様子で作業服の男に理由を問うと、男は「――アレを見ろ」と、その視線を倉庫の天窓の方に向けた。

 すると自然に全員の視線が天窓の方に誘われた。

 そして天窓に張り付いた赤いソレ(・・)の存在に初めて気づき、目の当たりにした者が小さく悲鳴を上げた。

 

「――なるほど」

 

 ()の特徴をよく知るジョーは作業服の男が言わんとする所を察した。

 

「――アレは、何?」

 

 クレアが思わずといった様子で周囲に問う。

 

リッカー(舐める者)とでも呼んでやれ」

「っ!? 知ってるの、ジョー?」

「あぁ。昨日戦ってエライ目にあったからな」

 

 天窓にチラリと映る醜悪な影を睨み、ジョーは教会での戦いを思い出す。

 

「――――OK、プランBにしましょう」

「プランB?」

「えぇ、何か良い方法はある?」

 

 ジルが作業服の男と周囲の生存者全員に問う。

 しかし皆、一斉に沈黙した。

 

「――ねェよ、そんなもん」

 

 唯一、ジョーが短くも端的に答えた。

 ジョーはモスカート(グレネード)を抜き、他多くが我先にと逃げ出した騒乱の渦中にある唯一の出口を見据えた。

 

 

 

 

 乗り捨てられた真新しい車両を発見した数人が、我先にとそれに飛びついた。

 

「――どけ! 邪魔だ! ぶっ殺すぞ!」

「おい、俺が先だ! どけ!」

「お前等、邪魔するんじゃねぇ!」

 

 ほんの数分前までは確かに彼らは助け合っていた。しかし今や、互いに脱出を競い合う敵同士である。

 そうした互いに足を引っ張り醜く罵り合う光景が、ラクーンシティの随所で見られた。

 彼らがもしも平時のように冷静であれば、そのような愚かな選択は回避出来た筈。

 事実、彼らが取り合う車両のバッテリーは既に上がりきり、それ自体は残った唯の鉄屑の箱でしかないのだから――

 

「おい! 逃げろ!」

「っ!?」

 

 醜く争う生存者の背後に多数の亡者が迫った。

 周囲で危険を示唆する声がいくつか挙がるも、しかし遂には、その気遣いも無意味と化した。

 

 ――また此処に複数の命が絶えた。

 

 そうした混沌とする街の様子を、ビルの上に立つ一人の美女が冷淡な視線で眺めていた。

 切れ長の眼を持つ東洋系の美女は一つ溜息を吐き、『“狂った老人”が失笑を禁じえぬオカルトに振りまわされた結果がコレだ――』と、あからさまな侮蔑を吐息に混ぜた。

 

「――下らない」

 

 その美女――エイダ・ウォンは上空を旋回するアンブレラ社のヘリにチラリと視線を向けた。

 Tウィルスの原材料である“始祖花”。

 その逸話を信じた老人が永遠にその手に権力を握る為、此処に数万という単位の生贄(犠牲)が捧げられた。

 その光景は筆舌にし難いモノだが、しかし老人はそれら犠牲の山を踏み超えても尚、永遠と力を欲しいと願っている。

 その煌きは確かに闇の中に煌々と照る小さな星の様で、死に掛けた老人が末期の希望として求めるには過ぎたるほどに鮮烈だ。また、現在の仕事上のパートナーである“アルバート・ウェスカー”が、古巣でその可能性を宿した子飼いのサンプル集団に、『S.T.A.R.S.』と名付けたのも頷ける程。

 しかし彼の老人がそれを手に入れる未来は無いという風にエイダには思えた。

 理由を強いて挙げるなら、彼女なりの“女の勘”と言った所。

 しかしエイダにはそれで十分に過ぎる。

 

「さて――」

 

 そんな下らない干渉に浸る時間は少ないと、エイダは思考を切り替えて踵を返した。

 観光として滞在するには聊か不潔に過ぎるラクーンシティの街並み。エイダが佇むその場所は丁度街の北側に位置し、建物の上からはラクーン大学が左手の側に、時計台の建物が右手の側に見える。

 エイダは朝焼けの光を受けながら課せられた任務を脳裏で反芻した。

 任務は“G”の回収と、“デイライト”(ワクチン)の回収だ。

 

「――――面倒ね」

 

 端的に漏れた感想はそれに他ならない。

 事実、傭兵を投入し、事態の鎮圧と火消しを目論むアンブレラ北米支部。表向きは北米支部に尽力しつつ、試作型B.O.W.を複数投入して独自の益を目論むアンブレラ本社直属の欧州支部。また、エイダの属す『H.C.F.』のようなアンブレラ以外の企業に所属する産業スパイや、個人の思惑で動くアンブレラの離反者といった存在が複数暗躍しており、そしてエイダはそれらを出し抜いての任務完遂を要求されていたからだ。

 

「――まったく」

 

 条件の厳しさに対し、エイダは思わず上役として任務の指示を出した現在の同僚アルバート・ウェスカーに対して、小さな冷笑が込み上げるのを感じた。

 現在のアルバート・ウェスカーの評判は、嘗ては兎も角今は特にひどいものである。洋館事件に端を発した亡命に失敗してH.C.F.の上層部に満足な手土産を贈れなかった事に加え、汚名払拭の為に画策した“G”のサンプル回収はU.S.S.の介入によって失敗しているという体たらく。

 H.C.F.の上層部から“無能”と罵られても仕方ない程だ。

 しかし本人は、その“無能”という謗りを屈辱に感じて、情けない(・・・・)ながらも諦めずに起死回生の悪あがきに打って出た。

 

 ――――そしてエイダは、そうしたウェスカーの悪あがきに律儀に付き合ってしまった側の人間だった。

 

「本当、嫌になるわ」

 

 ダメな男ほど放っては置けない。情けなくとも、意志を貫こうとする姿を情熱的だと感じてしまう。ある意味では男運が無いと言えるだろう。

 エイダはそんな己の性分(・・)趣味(・・)の悪さに対して、今度は自嘲を浮かべた。

 

 そしてエイダは猫のような素早くしなやかな身のこなしで亡者の群れを抜け、ラクーンシティを駆けた。

 “G”の資料やサンプルの回収は一先ず後回しにして、エイダはまず、先任が失敗したというデイライトの回収を目的として動いた。

 “デイライト”はアンブレラ開発センターの主任研究員であったグレッグ・ミューラーがその存在の鍵を握っており、件の男はラクーン大学内の研究設備でそれを開発していたという情報があった。

 しかしグレッグの周囲を監視していた諜報員によれば、グレッグは共同研究者にしてデイライトのサンプル試作にこぎつけた研究員ピーター・ジェンキンスを、既に殺害したとの事。またその情報を寄越した諜報員からの定時連絡が途切れている事から、大学の方に潜入した人員は既にグレッグに何らかの方法で始末された可能性が高いとされていた。

 先任の諜報員の足取りを追ってエイダはラクーン大学の方面に向う事にした。

 ――――そうしたエイダの姿を、上空から一つの視線がジッと見ていた。

 

 

「H.C.F.のエイダ・ウォン。目的は“G”の確保か、或いは“N”か――」

「いかがなさいますか?」

「………………」

 

 上空で旋回するヘリに搭乗し、今回のラクーンシティー作戦においてB.O.W.に関する一切を取り仕切るアンブレラ欧州支部の男は、作戦の途中で偶然にも発見したエイダ・ウォンの姿に、それが目的とする所を看破しようと思考を巡らせる。

 相手はアルバート・ウェスカー、並びに故ウィリアム・バーキンの亡命を手引きした他企業の産業スパイ。そして大方、その目的は“火事場泥棒”だと言う風に男は結論を出す。

 ――結果、その程度ならば(・・・・・・・)現在の仕事に差支えがあるとは思えず、

 

「まぁ、仮にあの女の目的がなんであれ、我々のやる事は変わらんさ」

 

 と、男は進行中の作戦に意識を戻した。

 

「――“SIN”と“END”は引き続き状況に対処。“WAR”はそうだな。そろそろアップルインホテル周辺からフラワー通り周辺の制圧に動いてもらうか……」

「それでは進路上に残存するU.B.C.S.との無用な交戦の恐れがありますが?」

「何も問題はないだろう? 我が社は既に傭兵連中に対して莫大な報酬を支払っている。この街における戦闘行動の一切に対してだ。精々、慣らしに利用させてもらえ」

「了解」

 

 およそ人間とは思えぬ無機質な言葉を受けた副官だが、しかし彼女も決して躊躇うようなそぶりを見せる事は無かった。

 粛々と状況を進める上司に倣う様に、副官は無機質な様子で淡々と命令を遂行した。

 

 本社直属という高い意識を持つ欧州支部の面々にとって今回のラクーンシティー作戦への参加は、そもそもからして気に入らない命令であった。ライバルである北米支部が作戦の主体を担う事。発端が“その”北米支部の起した失態である事。そして作戦の本質が他人の尻拭いに他ならない事を彼らはよく知っていたからだ。

 ――故に彼らはその仕事の中で自らの益を探した。

 

「ネメシスT-WARに命令を追加する。へーパイストス(ミニガン)の使用を許可。また上空に旋回中の各チームは所定のポイントに予備の砲身と弾倉のパッケージを投下しろ。――訓練通り、まずは自己の判断で行動させてみるとしよう」

「了解」

 

 彼らにとってラクーンシティは愛着を欠片も持たぬ異国の土地。

 故に冷淡な思考を徹底するに十分な環境である。その作戦に遠慮や遊び――ましてや人道や倫理から来る手心を加える余地はなく、準備は粛々と進み、男は指揮官としての号令を下した。

 

「――では、行こうか」

「了解。各員、兵装の投下を開始せよ」

 

 

 

 

 爆音が響いた。ジョーの抜いたモスカートによるグレネードの一撃だ。

 そして爆発によって砕かれた倉庫の囲いを抜けて、クレア・レッドフィールドは歯噛みしながらAK-47のフルオート射撃の反動を抑えつつ、強く舌打ちをした。

 ハンドガン程度の代物ならば兄のクリスから受けた訓練で扱った事がある。しかし本物のアサルトライフルを使った経験はない。

 しかし脱出の折にジョーはクレアにAKの使い方と同時にそれをクレアに託した。曰く、クリス(ゴリラ)の妹なら大丈夫というわけのわからない理由で。

 

「この――っ」

 

 扱いが難しいとは確かに聞いた。だがそれは、クレアが予想する以上の反動を掌に叩き付けた。引き金を引いた際に思わず、「よくこんなモノを女の子に託す気になったわね――」と、ジョーに小言を言いたくなる程だ。

 それでもしっかりと使いこなせている辺り、まっことジョーが見込んだ通りなのだが、それはそれ――。

 クレアは睨むように先を行くジョーの背を睨んだ。

 

「――うわぁあああ!!」

「っ!?」

 

 途中、クレアは先に倉庫を脱出した生存者がゾンビに捕食される場面に遭遇した。

 それは既にラクーンシティーのあらゆる場所でよく(・・)見受けられる光景であり、クレアも頭では彼が助からない事を既に理解していた。

 ――だが、クレアは悲鳴を聞いて思わず(・・・)、ゾンビに襲われている生存者の救出に動いた。

 

「しっかりして!」

「うぅ……あ…ぁ―――」

 

 咄嗟に放った弾丸がバスバスとゾンビの身を貫いた。そしてゾンビは沈黙した。

 しかし襲われていた方の男性は既に事切れていた。

 ――間に合わなかった。

 クレアの顔が思わず苦渋に歪むが、そうした後悔に苛まれる時間は直後に奪われる。

 

「――っ!?」

「クレア!」

 

 クレアは背後に迫ったゾンビの唸り声に振り返った。

 

「くっ!?」

 

 間一髪の所で、クレアは背後に迫るゾンビの接近に気づいた。手にしたAKの砲身を盾にクレアはゾンビを殴りつけるように押しのける。

 しかし、詰まりすぎた彼我との距離がそれ以上の反撃を封じた。加えて押し飛ばされた事も手伝い、クレアは意図せず尻餅をつくように姿勢を崩してしまう。

 

「クレアッ!」

 

 しかし、奇跡的にジルが気づいた。

 ジルはクレアの危機に気づくや否や、直ぐ様サムライエッジ(ベレッタ92F)で狙いを付けて、クレアに迫るゾンビの眉間を撃ち抜いた。

 結果、ゾンビの脳漿がクレアの顔面に激しく降りかかる事になった。

 

「~~っ!? あ、ありがとう!」 

「油断しないで。ゾンビの動きは鈍いけど、掴まれたら危険よ」

「えぇ、骨身に染みたわよ!」

 

 クレアは飛び散った汚れを意識的に無視し、ジルの手を借りて立ち上がる。

 その際の感謝を述べる声に少々棘が含まれていたのは、ある種の若さだ。

 

「――皆、走って! ゾンビに掴まれないで!」

 

 クレアはジルと共に駆け、そして共に脱出した周囲の生存者全員に向けて大きく警鐘を鳴らした。

 

 T-ウィルスは感染した者の身体能力と代謝能力を爆発的に上昇させる。また、適合できずにゾンビと化した感染者の成れの果てにも、明らかにTの恩恵を受けている様子がある。その恩恵とは、ゾンビが有する尋常でない瞬発力だ。

 ゾンビとなった幼児や老人も例外なく人肉を噛み千切る口筋力を有し、また成人男性と組み合える程の力を持っている。――事実、先程“ダニエル”が自分よりも遥かに身体能力で劣る筈の老婆ゾンビの拘束を振りほどけなかった事が、良い例だろう。故に、その動きが鈍いからと、決して侮ってはならない。

 最も注意するべきは、ゾンビに間合いを詰められて掴まれる事だ。

 

 ――――そう、ジル・バレンタインは周囲に向けて声高に叫んだ。

 クレアと共に生存者達に向けてゾンビへの警戒を促す事で、迂闊な犠牲を防ごうとしたのだ。

 しかし、そうした(・・・・)ジルの懸念を余所に、更に道の先を駆けるジョーは、力強い打突蹴足を駆使してゾンビの群れを相手にナイフ一本での立ち回りを行っていた。

 

「――あの子、何者?」

「普通の子よ――」

「そうは見えないけど?」

 

 ジョーの無謀な様子を見たクレアは思わずと言った様子で呆れの吐息を漏らした。

 しかしジルはまったく別の感想を抱いた。

 先頭を駆けるジョーと、ジョーが切り開く道の後ろにぴたりと張り付き遅れをとらずに追従してのける作業服の男。他の多くの市民に比べて彼ら二人の動きは明らかに事態への慣れ(・・)が感じられた。

 しかし、それが頼もしく思える反面、その様子にジルはふと己の中にある苦い記憶を思い出す。

 

「――どうしたの?」

「いえ、なんでもないわ――」

 

 思考を打ち切り、ジルはクレアと共に道を駆ける先頭集団の影を追った。

 

 

 

 

「あれは――――」

 

 裏通りを抜けて程なく、ジョーは見上げた空の淀んだ雲の切れ間に、朝日と同時に数台のヘリの機影を見た。

 ヘリ機影を見た瞬間、ジョーは反射的に「まだ希望はある――」という風に思った。

 脳裏で大まかなヘリの進行方角を計算し脱出に使えるであろうルートのいくつかに目星をつける一方で、駆けながら利き腕でナイフを抜き、立ちはだかったゾンビの喉に刃を突き立てる。――そして空いたもう片方の腕でゾンビの衣服の襟首を掴むと、その身体を力任せに、足元のコンクリートに叩き付ける。

 それは非常に力任せの荒っぽい体術だったが、しかしその無茶が可能になるほど、ジョーの身体は既に素の状態から大きくかけ離れていた。

 異様な筋肉の発達。800m近い距離を戦いながらダッシュしても殆ど乱れていない呼吸。冷静に考えると、それらは余りにも恐ろしい変化だ。

 ――――だからこそ、それを考える余地のない程の忙しさが、救いだった。

 

 ナイフで介錯(とどめ)をさしたゾンビの数はすでに覚えていない。しかし、そうしたある種の流れ作業の中で、ジョーは不意に、『接近戦ではナイフのほうが早い――』という台詞を思い出した。

 その台詞を吐いた人物や、周囲の状況、元になったネタなどは思い出せなかったが、その台詞自体は的外れではないとひどく肯定的な感想を抱いた。

 ジョーはゾンビの膝をストンピングに似た動きで踏み砕き、反射的に腰を落としたその顎を、胴回し蹴りで砕いた。――その少し後方ではジョーに銃弾の希少性を説いた“作業服の男”が、ジョーと似たような格闘戦での立ち回りを行っていた。

 ジョーが内心で最も警戒する“作業服の男”は、未だ周囲の誰にも名を明かさぬまま――しかし荒事にはひどく慣れた様子であり、淡々と自作したコンクリート片のハンマーを駆使して、複数のゾンビを相手に殴り合っていた。

 それは雑多極まりない手製の武器だが、同時に単純な質量を攻撃力にしている分、拳銃やナイフよりも怪物には効果的、

 

「――おい、止まるな!」

 

 しかし遂に、ハンマーの先端部分が砕けた。

 だが作業服の男は構う事無く柄の鉄パイプを片手で振るってゾンビを撲殺し、更に空いたもう一方の手で懐のバタフライナイフを展開するなり、それをジョーの背後に迫るゾンビの喉に投擲し且つ、ジョーを鋭く叱責するという離れ業をやってのけた。

 

「油断するな……」

「――っ! 悪い」

 

 肩を並べて、改めてジョーは男の異様さを理解した。しかしそれは相手にとっても同じで、ジョーはその点には気づかなかった。

 周囲には他にも大人は居た筈。しかし作業服の男は、何故だかジョーに深く信を置いている様子であった。

 故にジョーは尋ねた。 

 

「アンタ、一体俺の何を買いかぶってるんだ? 悪いけど俺にそっちの気はねぇぞ? 目的が尻だって言うなら、是非他を当たってくれ」

 

 昨日に比べてやけに軽く感じるベレッタを警告する様に抜き、ジョーは迫る2体のゾンビの眉間に向けて、素早く二度、引き金を引く。

 対する男は作業用のベルトに吊るしたネイルハンマーを抜き、その釘抜きの部分をゾンビの頭に叩き付けながら短く言った。

 

「お前に付いて行けば、それだけ生き延びる時間が増えそうな予感がした。それだけだ」

「なんだそりゃ――!」

「気にするな。ただの勘だ」

「はぁ?」

 

 逆手に握るナイフでゾンビの顔を切り裂きながら、ジョーは内心の動揺を吐き捨てるように舌打ちした。

 作業服の男は“直感的”にジョーが持つ幾つかのアドバンテージ(優位性)を察しており、それ(・・)を利用する腹積もりだと明かしたのだ。

 “前世の記憶”も“感染後の肉体の変異”も、何れも脱出に至る材料としては最上級だろう。しかしそれらはジョーが黙して語る事のなかった要素。その秘された部分をただの“勘”の一言で見抜いて見せた男に、ジョーは驚嘆と同時に恐ろしさを感じた。

 

(――コイツ、どさくさに紛れて殺したほうがいいのか?)

 

 疑心暗鬼に陥る思考のまま、ジョーはベレッタの銃口を路地の途中に見つけたプロパンガスのボンベへ向けた。引き金を引くと群れを成して現れるゾンビの集団が爆殺され、衝撃と爆炎で空を舞うカラスが複数堕ちた。

 

「――頭、おかしいんじゃねぇか?」

 

 もうもうとした黒煙が狼煙のように空に上がった。それを背にジョーは吐き捨てるように言う。

 しかし作業服の男はまるで意に介した様子も無く再び沈黙する。

 

 その時、二人は上空を旋回中のヘリの一機が、こちら(・・・)の様子を視認したようにゆっくりと近づいて来るのを見た。

 

 

 

 

「――おい、ヘリだ! ヘリが来たぞ!」

 

 ジョーが意図せず作り出した狼煙のような黒煙を見て生存者の所在に気づいたのか、ヘリはゆっくりとこちらに近づいてきた。

 その上空から聞えるローター音に、生存者達は思わず大きな声を張り上げた。

 ジョーと同じタイミングでの脱出を選んだ者達の手には、独自に用意した雑多な武器が握られていた。バール、災害用の斧、スコップといった日用品。そのおおよそ武器とは呼べぬそれらを駆使して、彼らは決して護られるだけではなかったと証明した。そこには当然、恐怖があった。しかし、生きる為に彼らは恐怖を飲み込み、彼らは自らの意思で泣きながらも地獄を前進する事を選んだ。

 

 ――――そして、その思いが遂に報われる時が来た。

 

 誰もがそれを疑わなかった。  

 しかし、結果は意図したものとは違う形であった。

 

「――なんだ?」

 

 接近したヘリがジョー達の視界の先で何かを投下した。

 

「支援物資――かしら?」

 

 疲れた様子で後続集団から追いついたクレアが思わずといった様子で問う。

 クレアが追ってその傍らに立つジルや近くに佇む作業服の男は、それぞれが眉間に険を刻んだままだ。

 

「――アンブレラだわ」

 

 幾ばくかの沈黙の後にジルが言った。

 

「ヘリにアンブレラのロゴがあるのが見えた」

「――やっぱり、見えたか?」

「そういうって事は、ジョーにも?」

「あぁ、僅かにだが見えた・・・。とはいえ、連中が何を企んでいるかまでは流石に判らないが――」

 

 ジョーは逆光の中に一瞬見えた赤と白の傘のロゴからヘリの所属をアンブレラだと判断した。しかしそれが投下していった物資が意味するところまでは流石に判らなかった。

 コンテナというには小さく、形状やサイズから旅行者用のスーツケースの様にも見える。

 

「――投下地点はアップルインホテルの周辺だな」

 

 作業服の男がそう短く言った。

 それが余りに強い確信を持っている様子だったので、ジルが「どうして判るの?」と思わず尋ねた。

 

「――昨日、丁度あの辺りにいた」

「あぁ、そう言えば貴方も確か昨日あのホテルから脱出してきたのよね?」

 

 と、クレアが作業服の男の方を見ながら確認する様に言った。

 兄を探すという目的でラクーンシティを訪れたクレアも他多くの外部旅行者と同じくアップルインホテルに滞在していた。そして、その際に今回の事件に巻き込まれた。ホテルからの脱出に協力し合った作業服の男の名前を未だに知らない事に気づき、クレアは思い出すように言った。

 

「――そう言えば、まだ名乗ってなかったわよね? 私はクレア・レッドフィールド。貴方は?」

「デビット・キング……」

 

 すると作業服の男は初めて名乗った。

 

「――――なぁ、あの方角ってアップルインホテルか?」

「だな。なぁ、行って見るか?」

「行ってみるって、お前馬鹿だろ。吹っ飛びかけた場所だぞ? それにもう一回あそこに潜れなんて正気かよ?」

「だけど――!」

 

 作業服の男改め、デビット・キング。彼と同じように周囲の生存者の中にも、ヘリが投下した物資の落下地点を予想する者が居た。そして集団の一部の間で、その方に行ってみるという意見がちらほらと現れ始める。

 

「――どう思う?」

 

 何気なしにといった様子でジルがクレアとデビット、そしてジョーに意見を求めた。

 ヘリがゆっくりとホテル周辺の上空を旋回している様子を見た一部は、『生存者救出の為に縄梯子を降ろすならば、確かに障害物の少ない高い建物に上るのは理に適っている』という意見を挙げ、また別の者はヘリがビーコンの光のような――モールスのような点滅信号を送っている様を見て、それが一種の“集まれ”と指示なのではないか? という声を挙げる。

 ジョーの直感的では、明らかにコレは避けたほうがいい()のように思えた。

 しかし、そう口を開く寸前、直ぐ近くの壁面に貼られていた市の張り紙に気づいた。

 

   《市民の皆様へ》

  “避難勧告”

  動物園の正面から、トラムターミナルへ向ってください。

  4時間ごとに救助ヘリコプターを派遣します。

 

「――――ねぇ、ジョー。聞いてる?」

「――あぁ、聞いてるよ。それよりトラムターミナルって確か、街の東にある奴だよな?」

「えぇ、そうだと思うけど。それが?」

「ヘリに乗るならこっちの奴にした方が良いんじゃないか? アレは流石に胡散臭すぎる」

 

 怪訝な様子で顔を覗き込むジルに、ジョーはそう張り紙を指した。

 そして、そうこうしている間に、「なぁ、脱出の目処が立ったんだから、行こうぜ?」と、周囲で声が上がった。

 その結果、ジョーも結局は周囲の意見に便乗し、歩みを合わせる事になった。

 

(――何も起きなきゃいいが)

 

 ジョーは少しだけ後悔した。

 しかしアップルインホテルは街の中心部。警察署を目指すジル、またその裏手に位置するケンドの銃砲店を目的とするジョーにとっても結局進行ルートは同じ。つまりはその方面に進むしかない。

 ジョーは単身で、妙な迂回のルートを探して進むよりはマシだと思う事にした。

 しかしその途中、ジョーは嫌な予感をひしひしと感じていた。それはラクーン総合病院でハンターに遭遇した時のような、冷や汗を伴うジトリとした不快な感覚に似ていた。

 

 

 

 

 生存者はより果敢に大通りを抜けた。目と鼻の先に脱出への光明が見えたのだから当然だ。

 そして自然と、集団は列を組んだ。

 しかし、ヘリの発見までは一同の先頭を行ったジョーが、今度は集団の後方――殿の位置に付いていた。理由は途中で彼が単身、フラワー通りの方に抜ける事を見越しているからだ。

 そんな後方に位置するジョーの周囲には、デビットやクレアと言う道中で比較的によく話したといえる者と一緒にいた。

 行進の途中、ジルはとりわけ目に付くジョー・ナガトという青年について少し考えた。

 

 高い生存能力という才能。ジル・バレンタインのそれが花開いたのは、あの洋館と言う名の地獄であった。しかし花開いた才能や、それが己に備わっていた事実に対してはひどく複雑な思いがある。

 ――そして現在、ジョー・ナガトを取り巻く環境は、嘗てジルが浸った地獄に似ていた。環境への慣れ具合も含めて、ジルにはジョーの姿が洋館事件の前の自分に重なる気がして、終始他人のようには思えなかった。

 しかし唯一、ジルとは違う部分がある。ジルは洋館事件の際、既に警察という荒事を生業とする覚悟を持っていた事に対し、ジョー・ナガトは数日前まで本当にただの一般市民であった事――その違いである。

 またそれが理由なのか、ジルはこの地獄を生き延びた先でジョー・ナガトが平穏を享受している日常のヴィジョンが描けなかった。

 単身で病院を駆け抜け、偶然とはいえTウィルスの治療薬に関する情報を回収した手腕は褒められて然るべき。しかしそれ自体も決して独りでやり遂げるべき事ではなかった筈だ。

 

 その事実にふとした痛ましさを感じた時、ジルの脳裏にはふと、洋館を生き延びた一人の同僚の顔が浮かんだ。ブラッド・ビッカーズの顔だ。

 ジルは幾度も見たブラッドの嘆き怯える様子こそが、然るべき純粋な市民のあり方なのではと感じた。

 恐怖を内に秘めるか、外に出すかの違い。その点で見ると、ジョー・ナガトはよく内に秘めていると思えた。

 ――だからこそ、余計にその姿に不安を感じた。

 

「――っ!?」

 

 ジルの思考が不意に打ち切られた。

 否、直後に響いた怪音と複数の悲鳴によってかき消されたと言ったほうが正しい。

 

「――何の音だ?」

「銃声だ!」

 

 最初に聞こえたのは複数の銃声と足音だった。

 それらが段々と近づいてくる異様に気づいた者が、次々と恐々周囲に視線を向けた。

 焦りを伴った規則性のないバースト射撃。口径の違う複数の火器が入り混じった銃声。そして意味を伴う恐慌状態の人間の悲鳴――

 ジルはそれらをはっきりと聞きてしまった。

 

「――――メーデー! メーデー! 誰か応答してくれ!」

「なんなんだ! なんなんだよ、コイツは――!」

「――スタァアアアアズッ!」

 

 悲鳴に混ざって聞える邪悪な唸り声が、生存者一同の歩みを一様に止めた。

 

(――――スタァズ? S.T.A.R.S.!?)

 

 邪悪な唸り声の意味する所を察して思わず背筋に悪寒が駆け上がるを感じた。

 脳裏には倉庫でジョーに忠告された言葉が過ぎった。

 ――――アンブレラがジルを探してる。

 

「逃げ――――」

「――――ゴアァアアア゛ア゛ア゛ッ!!」

 

 逃げろと声を張り上げるジルの目の前で通りの一角が崩れた――否、爆散した。

 コンクリート壁を粉砕し現れたのは、無数の触手を振り回し、複数の砲身(バレル)を連結させた巨大なガトリングガンを振り回す巨大な黒い怪異だ。

 

「サーチ゛……デストロォイ゛……ゼム……オ゛ォォル゛ッ!」

 

 悲鳴を上げた無数の人間が直後に物言ぬ“血袋”と化し、周辺の道路や壁を赤々と染める塗料となった。 

 

 

 

 

「――見つけました。ジル・バレンタインです」

「運が良いのか悪いのか――。まぁ、いい。このまま御手並み拝見といこう」

 

 アップルインホテルの上空で旋回するヘリに乗った指揮官の男は、眼下で暴れまわる試作型B.O.W.が捕捉した最優先目標S.T.A.R.S.隊員を睨んだ。

 

 アンブレラ欧州支部の第六研究所で開発されたB.O.W.ネメシスTは、その素体となったB.O.W.タイラントをベースに後天的な処置を施し、頭脳を担当する寄生体ネメシスαを投与して生まれた試作型の生物兵器である。

 兵器としては異質な思考能力と学習能力を有する為、他数多く開発されたB.O.W.の中でも、とりわけ個性が発芽しやすいという特徴がある。

 しかしそれを活かし、今回ラクーンシティーに投下された3体のネメシスにはそれぞれ、別々の角度から独自に才能を伸ばして調整されていた。

 

 格闘戦能力を高めたタイプ“SIN”、

 火器の運用に秀でたタイプ“END”、

 先述の二体より早くに覚醒し指揮官型として調整されたタイプ“WAR”

 

 アップルイン前道路からフラワー通り周辺の制圧の命を既に受けていたネメシスT-WARは、この瞬間に現れた本来の最優先目標ジル・バレンタインに対し、どのように処理をするのか?

 彼のB.O.W.を作り出した欧州支部の面々の興味はそこにひきつけられた。

 上書きされた新たな命令と本来の最優先目標。

 実戦の中で起こりうる複雑な情報の取捨選択。

 これらが適切な形で処理できるのであれば、そのままネメシス計画は完遂し携わった多くの学者の苦悩が報われる。

 そうした思惑を秘めた一同が、上空から眼下の光景を見守った。

 

「スタァズ……キルゼムゥゥウオオオ゛ルゥウ゛ァア゛ア゛ア゛!」

 

 命令単語の一部を吐息のように吐き、ネメシスは邪悪な唸り声をあげた。




 まず、この時点のウェスカーは、某“年下の娼婦に私を導いてくれと涙する赤い彗星”ぐらい情けないという想像の基に書いております。
 と、いうのも洋館事件で手土産なく他企業に亡命し、その企業の上層から無能と言われて、且つラクーンシティの災害中にエイダにGの肉片を回収させた結果で汚名払拭する途中なので。
 つまり禊の途中なのです。

 またそれに伴ってエイダの方ですが、あれこれと考えた結果、もしかしたら彼女、凄いダメ男が趣味なんじゃないかと思ったり……。
 そうするほうが色々と納得出来たので、そのように書きました。
 余所から亡命した無能のレッテルを貼られているウェスカーの下の立場にエイダが居るという状況がちょっとどうなのかと思い、また4年後ぐらいにウェスカーと袂を別つらしいと聞いて、これはもうエイダさんはこの時点のダメなウェスカーに胸がきゅんきゅんして、女として物凄い尽くしたんじゃない? と。
 そう考えたら4年後のウェスカーの切り捨てっぷりも、熱が冷めたんだろうな~みたいな想像が生まれましたし、またハンサムなプーさんを情熱的だと言ったり会って間もない2レオンの頑張りっぷりにデレちゃうくらいなので、もしかしたら想像以上のチョロインなのかも知れない。
 と、言うよりバイオで一番女の子してるかもしれない。
 そんなイメージが生まれたのでそのように書いております。
 ご了承ください。


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15 恐怖と執念

「――逃げろッッ!」

 

 この時、目の前に現れたそれ(・・)の脅威を正しく見知った者はジョー・ナガトを除いて他にはいない。しかしそれが有する危険度だけは、流石に素人であっても如実に理解する事は出来た。

 アンブレラ欧州の開発チームが“ヘーパイストス”と名付けた彼の武装は、その性能を最大限に発揮すれば容易に秒間100発は対象に撃ち込めるM134機関銃(無痛ガン)と同等である。また弾薬を除いた本体重量だけでも、およそ18キロはある尋常でない怪物機関銃だった。――それ(・・)を片腕でもって振り回してのける禿頭の巨躯が目の前に現れたのだ。

 “ネメシス”と呼ばれる人型のB.O.W.

 現れたそれは火柱のようなマズルフラッシュを吹きまくる巨大な機関砲を、咆哮と共に生存者達に向けて放った。

 

「冗談だろ――ッ!」

 

 ジョーの記憶が正しければ、その武器は本来のネメシスが使うであろう武器――“ロケットランチャー”とは性能も形状も何もかもが違う代物だった。しかし記憶と現実の齟齬に強い驚嘆を感じたと同時に背筋を駆け上がった死への恐怖は紛れも無く本物である。

 ジョーは咄嗟に背を向けてその場にある濃密な死の気配から逃れるが為だけに必死に地を駆けた。

 けたたましく響く銃声と共に、至る場所から無数の悲鳴がこだました。

 その叫喚と血煙の渦中をひたすら無心で掻い潜り、ジョーは間一髪で最寄のオフィスビルの窓ガラスに頭から飛び込む事に成功する。

 

「――ゴォォアアアアッ!」

 

 銃弾の雨を潜り抜けて遮蔽物に身を隠したと同時、ネメシスが再び吼えた。その声を聞いた瞬間、ジョーは身体が無意識にも震えている事を自覚する。

 ある意味、それは当然の反射だ。

 ネメシスを目の当たりにした際の一瞬の状況判断が、明確にその後の生と死を分けたのだ。

 情け容赦の無い脅威に身を竦ませて動けなかった者が、悉くが銃撃の餌食となって死んだ。それを理解したジョーは思わず、「何人、生き残った?」と、身を隠す遮蔽物の影から意を決して外を覗き込んだ。

 窓枠に寄ってネメシスの死角を取りながら外の様子を伺うと、丁度その位置からデビットやクレア他数人の生存者の姿が僅かに見えた。デビット達は乗り捨てられた消防車の車体の下に身を隠していた。しかし何れもジョーと同様に迂闊な動きが取れない様子であった。

 

(――クソッ!)

 

 ネメシスは戦車のように悠然と砲身を構え、何かを探すようにぐるりと周囲を見渡していた。しかし程なく、再び甲高いモーター音と銃撃による恐怖の二重奏を開始する。その鼓膜を叩く爆音と衝撃から必死に身を隠しながら、ジョーは思わず舌打ちする。

 ネメシスの行いは“散策”と呼べるような生易しいモノではなく、寧ろ対象を人間においた一種の害虫駆除に近いモノであった。水と薬剤の代わりに無数の銃弾を使った洗浄作業だ。

 事実、瞬く間に周囲の遮蔽物が破壊されている。

 ジョーは焦りを抱えながら父の形見となったコルト・アナコンダ(マグナム)を握り締めた。

 轟音と舞い散る白煙の中で懸命にマグナムのシリンダーに残った.44マグナム弾を数えると、残り3発という現実がそこにはあった。また知りたくも無かったがメインで使っていたベレッタに使用する9㎜パラベラム弾も残り16発。同様にモスカートに使用するグレネードの榴弾も残り2発という現実をジョーは思いしる。

 

「ゲームじゃあるまいし――ッ!」

 

 手の中に残った火力の拙さに思わず舌打ちが漏れた。

 ゲームならばもしかすればこの状況でもネメシスを倒しきれるだろう。そんな輩は少なからずいる筈だ。しかし現実でそれと同様の事を出来ると言い切れる輩はそうはいない。もしも居たとするなら、そいつは相当の酔っ払いか薬中だ。聞くに値しない戯言だ。大体、相手が無手ならば兎も角、片腕で重機関砲(ミニガン)を振り回すのだ。そんな相手の正面に立つ事が出来ると言う時点で、そいつは自殺志願者と同じである。

 

「く――ッ、どうするッ!」

 

 旋回する無駄な考察とひたすらに加速する焦燥感に溺れ、ジョーの思考は延々と同じ場所でグルグルとループする。

 逃げるにしても迂闊に動けば見つかるかもしれない。それ以上に顔見知りとなったゲーム本編の主人公――例えばジルやクレアという存在を見捨てて死なせるという行いそのものに対しても、ジョーはこの時ひどく恐怖を抱いていた。

 この世に運命の様なモノがあると仮定するならば、ジルもクレアも確実に生き残る筈。――だからこそこの世の前提が崩れた時の恐ろしさは考えたくもない。

 

「――どうすればいい!」

 

 コレまで幾度と無く自問を繰り返して来たジョーであったが、特に今回はまさしく最上級の苦悩であった。

 戦う事も、動く事も、逃げる事も出来ず――。

 ひたすら祈るしか出来ない現状を何とか打破する為に思案するジョーに対して、ネメシスは無情に銃撃を放つ。

 それはまるで「無意味である、死ね」と言わんばかりの恫喝にも聞えた。

 

(――今はやり過ごすしかないッ!)

 

 ジョーは歯噛みしつつ、物陰で息を殺す事に集中した。

 

 ――しかし上空からの観察(・・)に徹する者達は、そうした穴熊(・・)を徹底して嫌い、許さない。

 事態が更に加速するきっかけとなったのは、上空から見守る独りの男が零した小さな不満であった。

 

「――――これでは埒が開かんな」

 

 乗り捨てられた無数の事故車や電話ボックス。そうした遮蔽物に向けて銃撃を放てば、物陰に身を隠した生存者は溜まらず悲鳴を上げて外に燻り出された。また意を決してネメシスに背を向けて逃げ去ろうと走る者も少なからずは存在したが、その行いは開けた場所で且つ重機関銃(ミニガン)で武装した相手を前にすると時点で既に愚かとしか言い様がない。

 ネメシスは淡々とヘーパイストス(ミニガン)の引き金を引き、易々と生存者の処理を完遂した。アップルインホテルに続く開かれた大通りという地形は、身を隠しながら逃げるには聊か不向きであり、そんな地の理を明確に理解出来ている(・・・・・・・)という事はそのままネメシスの知能が他のB.O.W.に比べて格段に優れている事に他ならないと、様子見に徹している研究者達は薄っすらと嗤う。

 タイラント系B.O.W.の実践運用を見越してアンブレラ社の欧州支部がネメシス計画と平行して独自に開発したB.O.W.用の携行重機関砲――通称『ヘーパイストス』

 その原型となったM134機関銃の持つ無痛ガン(・・・・)の異名通り、それは死の痛みを感じさせる事無く無数の生存者を次々に殺害していった。

 実験動物に対する慈悲としては最上級である。そんな風に上空のヘリから様子を伺う者達は小さく冷笑するが、唯一状況を見守っていた指揮官の男は膠着を始める眼下の様子を見てふと不満を零す。

 動作不全を減らす為に出力を毎分2,000発程度にまで落としたにせよ、それでも7.62×51㎜NATO弾の嵐は圧巻だった。しかしその制圧力はある意味では予定通りとも言えるが、やはり予想された通りここ一番の殲滅力には聊か欠けていた。――事実、ネメシスは未だ遮蔽物の陰に身を隠した生存者を殺しきるには至っていない。

 現状、逃げる相手かもしくは向ってくる相手ならば兎も角、“穴熊”を決め込む相手を燻り出すには、聊か武装の性質的に破壊力が足りない。そんな風に武装の品質と性能確認をする男の視線は何処までも冷淡に冷え切り、傍らの副官に対して不満を吐露する。

 

「――不満、ですか?」

「あぁ」

 

 男の思考はこの時、ネメシスに装備させた“ヘーパイストス”が、もしも試作の際に挙げられた口径20mm超の代物であったらという方向へと傾いていた。

 破壊力の不足は十分に解消でき、且つ生存者の隠れ潜む雑多な遮蔽物など紙屑同然に破壊する事が出来た筈。――とはいえその場合はネメシスがそれを立射出来るか問題がまた別に挙がってくるかもしれない。しかし現時点でも軽々と件の装備を片腕で使いこなせている所を見るに、そう大した問題に歯ならないだろう。男はそんな風に、改めてヘーパイストスの改良型の試作する決意を固め、膠着した状況に飽きたのか、追加のオーダーをネメシスに付け加えた。

 

「聊か早い気もするが、事のついでだ。“ランチャー”の併用も許可する。さっさと終らせてしまえ」

「よろしいのですか?」

「何か問題でも?」

「いえ――」

 

 ネメシスに最優先排除対象として設定したジル・バレンタインの殺害。それが未だ完遂していない状況で、死体が激しく損壊する恐れのある榴弾の使用に副官は微か難色な色を顔に浮かべた。しかし上官の命令を拒否する事など出来るわけが無く、副官は命令だと割り切って疑念を殺し、淡々とネメシスに新たな指示信号(オーダー)を送る。

 

「――グォオオオ」

 

 程なく追加指令を受けたネメシスは砲身の冷却をかねて一端銃撃を中止し、身を捻って背中の弾倉コンテナに装備したもう一つの火器をヘーパイストスとは逆の手に装備した。

 巨躯を誇るが故に、ネメシスの左手に新たに収まったその武装は奇妙な事に“拳銃”の様に見える。

 しかしその性能は拳銃ほど優しい代物ではない。

 

「――ッ!?」

 

 鉄の嵐が唐突に止み、凪のような奇妙な静寂が唐突に始まる――。

 物陰から恐る恐るネメシスを見た生存者達は、突如銃撃を辞めたネメシスが唐突に左手を背中に回して新たな火器を取り出す様を見た。

 

(アレは――何のつもりだ?)

(おい、マジか……嘘だろ!?)

 

 ネメシスの左手に収まった得体の知れぬ新たな火器を見た瞬間――

 その脅威を正しく認識した者の背筋に反射的な怖気が走る。

 その悪寒を感じた人間の内には、当然ジョーも含まれていた。

 

「おいおいおい嘘だろッ?」

「――ッ!? おい、馬鹿野郎!」

 

 偶然にもジョーと同様のタイミングでそれ正体に気づいた男が居た。

 偶然にも件の男はジョーが潜む遮蔽物の近くに腰をかがめて潜んで居た。

 男が声を上げた事で偶然にもネメシスの矛先がジョー達の方へとを向いた。

 

「―――――――逃げろッ!」

 

 ジョーはネメシスの矛先が己の方へと向くのを察し、同時に近くに居る事で自身も大きく被害に巻き込まれる事を直ぐ様予期した。

 ジョーは脇目も振らずに建物の奥へと走る。その際に思わず漏れた罵声は、ドジを踏んだ男とネメシスの両方に対してのものだ。

 反射的に逃げろと声を荒げるが、しかしネメシスはそうしたジョーの心情を尻目に命令に従って容赦なくその引き金を引いた。

 

「―――――――――――ッッ!!!!!!?」

 

 ジョーの使うモスカートと同様に、それは気の抜けたキュポンッという発射音と共に放たれた。

 “それ”が目標に着弾すると同時――巨大な爆音と爆風と火炎が、ジョーの背後の空間で吹き荒れた。

 咄嗟にその場から離れるも、それでも衝撃と熱風を背中に受けて身体が宙を舞う――。

 一時的に耳がまったくと言っていい程、使い物にならなくなり、強い衝撃と同時に視界が暗転した。

 

「――っぁ」

 

 強い耳鳴りと激しい頭痛――。

 全身を打ちつけた事による激しい痛みに呻きながら、ジョーは己の身体が白煙とガレキの中に半分程埋まっている事を知る。――しかし同時に、その痛みによって己の生存と幸運を強く認識した。

 ジョーは朦朧とする意識の中でも確かな形でネメシスが取り出した新たな武装を看破した。

 それはアームスコーMGLという連発式のグレネードランチャーに似ていた。

 そして状況次第では、所謂“ロケットランチャー”よりも性質が悪い代物だった。

 

 

 

 

「ジョー!?」

 

 ジョーが隠れ潜む一帯が突如爆炎に包まれた。

 その位置にジョーが隠れ潜んでいると既に気づいていたクレアはその光景に小さく悲鳴を上げた。

 そうした押し殺すような悲鳴を上げたのはクレアだけではなかった。

 その傍らに居て、ジョーと似たような判断を下して息を殺していたデビットもまた同様だった。

 しかし驚嘆に眼を見開いても明確な悲鳴を上げる様な事はせず。

 デビットは逆に瞬時に己がやるべき事を強く自覚する。

 

「貸せ!」

「えっ? ちょ、ちょっと!」

「――――ッ!」

 

 彼我の戦力差をより強く感じたデビットは同じ消防車の下に潜むクレアが持っていたAK-47を引ったくるなり、匍匐前進で車体の下から素早く移動を開始した。

 クレアは思わず文句の声を上げそうになる。

 しかしそれより早くにデビットが車体の下を潜り抜けて、丁度ネメシスの死角となる位置にあったマンホールの蓋に齧りつくのを見た。

 

「貴方、一体何を――――」

 

 クレアがデビットの様子に小声で疑念を口にする。

 しかしデビットはそれすらも無視して腰の工具ベルトに吊るしたネイルハンマーを手にし、その釘抜きの部分をマンホール蓋の隙間に差込んでゆっくりとマンホール蓋を開いた。

 それは地下下水道へと繋がるこの場からの脱出路だった。

 

「行くぞ。急げ!」

「――ッ!?」

 

 デビットは退路の近くに身を伏せたままネメシスの方にAKを構えた。そしてクレアを含めた生き残りに聞えるような声を張り、強い口調でこの場からの脱出を促した。

 程なく、デビットの意図を察した面々は無言で頷き、我先にと匍匐前進で開かれた退路に潜り始めた。

 

「ねぇ、他の皆はどうするの!?」

「伏せろッ!」

「――ッ!?」

 

 去り際、クレアが殿として周囲を警戒するデビットに小声で尋ねた。

 しかし直後に2発、3発目の爆発が周囲で起こる。

 爆発が終息するや否や、デビットはクレアの質問に答える代わりに、「急げ!」という強い言葉を送った。

 

「早くしろ!」

 

 身を隠した消防車の近くにある車両に再度グレネードが射ち込まれた。

 爆発によって車両が縦に吹き飛ぶ様を見て、クレアはそれ以上の問答を反射的に飲み込み、遂に下水道への梯子を降り始めた。

 その背を見送り、そしてクレアを含む周囲に散見できる生存者の全員が地下に潜った事を確認したデビットは、単身消防車の影に身を潜めながらAK-47の銃口をネメシスの右半身に向けた。

 

「くたばれ、化け物――ッ!」

 

 デビットは小声で呪詛を吐き、強く引き金を引いた。

 フルオートの銃声が響きネメシスの右半身に無数の銃弾が叩きつけられた。

 しかし分厚い筋肉と頑強な防弾コートは銃撃を悉く弾き返す――。

 

「ゴォオオアアアアァァ――ッッ!」

「――ッ!」

 

 そして銃撃を受けた事でネメシスの矛先はデビットの方へと向く。

 ネメシスは砲身冷却を終えた右腕の機関砲をデビットの方に傾け、機関砲の本体から甲高いモーター音が唸らせた。

 デビットは殆ど反射的に射線から身を引き、同時に右腕側に垂れ下がる“弾帯”を狙ってギリギリまで銃撃を続けた。

 

(――アレさえ破壊できればッ!)

 

 そう内心で歯噛みするデビット。

 直後、そんなデビットの思惑を看破した第三者が突如援護の銃撃を放った。

 

「こっちよ、化け物ッ!」

「――ッ!?」

 

 サムライエッジの銃声と共に凛としたジルの声が周囲に響いた。遮蔽物に息を潜めていたジルが挑発と共に身を晒したのだ。

 

「スタァァアアズ――ッ!」

 

 ネメシスは刻まれた最優先目標(ジル・バレンタイン)の声に強く反応した。そして援護を受けた形になったデビットもまた、ジルの身を挺した危険な行いに思わずその眼を見開いた。

 デビットに向けて放たれる直前であった銃弾と砲身を素早く旋回させたネメシスは、その矛先をジルの方へと向ける。しかしジルもそれを予期していたように銃撃を転がるようにして避け、直ぐ近くの遮蔽物の影に逃げ込む事でやり過ごした。

 ――その隙がデビットの放つ改心の一撃を成立させた。

 

「ゴアァアア!?」

 

 歪な破砕音からから程なく。それまで浴びせられた無数の銃弾の雨が唐突に止んだ。デビットが機関砲に繋がる弾帯を破壊したのだ。

 途切れた弾帯の端が歪な形で給弾口に噛み込まれた事による動作不良(ジャム)――。それを確認するや否やジルは声を張り上げた。

 

「行って!」

「ッ!?」

 

 それはデビットを含む、僅かにこの場を生き残った全ての同胞に向けての言葉だった。

 果敢にもネメシスに攻勢を仕掛けた者達の様子を密かに見ていた残り少ない生存者達は、それが最後のチャンスだと遂に意を決し、一斉にデビットが開いた地下への退路に向って走った。

 

「ゴアァアアア!」

 

 ネメシスは使い物にならなくなった機関砲の装備を捨てて天に吼えた。それは一部、歓喜する様な声にも聞えた。

 事実、その白濁した眼は有象無象の市民にではなく、明確にジルの方だけに向けられていた。

 己が生まれた理由――まるでそれを見つけた喜びを全身で顕にする様に、ネメシスは装備を捨てて一目散にジルの方へと疾駆した。

 

「――ッ!?」

 

 その動きは悠然と歩き回っていたそれまでとはまるで対照的で、一流のフットボーラーに比肩するほどに機敏。対するジルは他の生存者からネメシスを引き離すが如く後退し、且つサムライエッジを両手で構えてネメシスを迎え撃つ。

 

「ジル!」

 

 ジルの危機にデビットが声を張り上げた。

 ジルはその声に銃声で応えるが如く、ネメシスへの発砲を繰り返す。

 間合いが詰まる――。

 ネメシスは肩口から伸びる触手を鞭のように手に取り振り回し、ジルはそれを間一髪で潜るように回避した。

 

「――っ!」

 

 ネメシスの叩き付けた一撃は容易に車両のフレームを捻じ曲げた。

 その威力を目の当たりにしたジルは回避に成功しても尚、その表情を強く強張らせる。

 

「っ!?」

 

 ――直後、甲高い指笛が鳴った。

 それはデビットの鳴らした音だった。そしてその音にネメシスは僅かに反応した。

 腰元に構えたAK-47の銃撃をネメシスに浴びせるデビット。しかしネメシスはそれに対し先程の返礼だと言わんばかりに再度左手に構えたランチャーをデビットに向ける。

 向けられたグレネードの砲門を見た瞬間、デビットは直ぐ様銃を捨てて自らの開いたマンホール(退路)へと飛び込んだ。

 程なく引き金が引かれた。

 グレネードによる爆発が地面を抉った。

 しかしその爆音は複数(・・)、重なった。

 一発はネメシスの放った路面を吹き飛ばす一撃――

 もう一つはネメシスの握るランチャーの弾倉を破壊し、装填されたグレネード弾を誘爆させた一撃である。

 

「ゴァアアツ!?」

「っ!?」

 

 ネメシスは意識外から叩きつけられた衝撃によって大きく吹き飛ばされ、そのまま地面に倒れこんだ。

 ネメシスの武器が突然の“暴発”した事にジルも驚きで眼を見開くが、瞬時にその幸運を最大限に利用して遮蔽物の多い裏路地へと駆けた。

 ジルが去ってから程なくネメシスはダメージから立ち上がった。

 しかし、既に其処にジルの姿は無かった。

 

「――――スタァアアアズッッ!」

 

 目標を見失ったネメシスは怒りを込めた咆哮を天に捧げた。

 それはグレネードの暴発で吹き飛んだ左手の痛みを慟哭する様であり、また同時に装備を失った事、そして複数の命令を重ねてくる気ままな造物主に対する怒りの篭った声にも聞えた。

 失った左手の先から無数の触手を生み出したネメシスはその後、癇癪を起こした子供のように目に付く物を端から順に壊し始めた。

 

 

 

「………………」

 

 ――荒れ狂うネメシスの様子を崩れたオフィスビルの二階窓から確認したジョーは、小さく吐息を吐いた。

 無事に逃げ去る事に成功したジルとデビットを見送りつつ、ジョーはゆっくりを全身の力を抜き、硝煙の立ち上るマグナムの銃口を下げた。

 先程、ネメシスのグレネードランチャーを暴発させたのは他ならぬジョーの手腕によるものであった。

 恐らく今後二度とは再現出来ぬ――。撃った本人としてジョーはそれを強い疲労感の中で自覚した。

 

「――クソッたれがッ!」

 

 流血と痛みと埃に塗れながら空を見上げると、アップルインホテルの上空に待機していたヘリがゆっくりとその場から旋回して去っていく様子が見えた。

 赤白の傘のロゴを刻んだ上空のヘリに対し、ジョーは強く呪詛を吐き捨てる。

 彼方より聞こえるネメシスの咆哮も、この時ばかりは己と似た訴えを秘めているようにも思えた。




チャプター3 終了。

 キャラをたくさん出すと進みが遅くなって仕方が無いです、申し訳ない!
 
 今回、ネメシスの亜種装備として出した“ヘーパイストス”ですが、イメージはMGSでバルカンレイブンが使った“アヴェンジャー”です。
 ただしあちらは元が航空機搭載型のガトリングガンですので、歩兵が使うM134をベースにしたこちらの武器は威力的にだいぶ下回ります。
 また、バルカン砲(ガトリングガン)の語源となったバルカン神と、ヘーパイストス神は同じ鍛冶の神様だそうで、ネメシスがギリシャ名なので武器もそれに合わせた感じにしました。
です。


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チャプター4 16 それは彼方に響く慟哭 前編

 ジョーナガトの手記 その6

 

 何処に行くにもネメシスの影がチラつき、もう何時間もこの周辺に貼り付けにされている。

 最悪だ。最悪だが迂闊な行動も出来ない。

 

 ミニガンにグレネードランチャー……その何れも極悪な性能だったが、幸運が重なってくれたおかげで俺達はその何れもを破壊する事が出来た。

 だが、俺の知る限りでだが、奴が次に持ち出してくるであろう武器は恐らくロケットランチャーだ。

 クソッたれ。街中であんな物をぶっ放してくるなんて、正気の沙汰じゃあない。

 

 “追跡者(ネメシス)”と呼ばれるアレは、俺の知る限りバイオ3のラスボスを務めきった怪物だ。武器を壊した所で安心が出来るほど相手は優しい存在じゃない。

 倒す度に変異を繰り返し、最終的に同作の主人公であるジル・バレンタインが、廃棄施設に朽ち捨てられたレールキャノンを使ってようやく仕留めるに至った存在だ。

 その名の通り、奴は標的を何処までも追いかけてくるのだろう。

 それを例え一度だけでも退ける事が出来たのは、まったくの奇跡だ。

 しかし完全に奴を抹殺するには、その奇跡を更に幾重にも重ねてようやくという具合だ。

 まったくどうしろと?

 ジルには悪いが、俺はもう出来れば二度と追跡者には関わりたくない。最終的に如何にかするしかないんだろうが、悪いが俺にはその役目は無理だと思った。

 遭遇した時点で詰みという現実があと少しの帰路を阻んでいる現状、加えてあの鳴き声を何度も聞かされ、流石に気が滅入っている。

 こうして奴が遠くに去る事を待つしか出来ない現状を歯がゆく思うが、かと言ってジルやデビットの行った戦闘を見る限り、ネメシスの防弾コートは恐らく9㎜パラベラム弾程度じゃ貫けないだろう。また頭蓋にチタンでも埋め込んでやがるのか、ヘッドショットになった幾つかの銃弾も悉く弾いていた。

 

 アンブレラ(元凶)曰く、アレは生物兵器だ。故に、前線に立たせる兵士の代わりを想定するなら、本来顔という剥き出しの弱点を埋めずに放置しておく方がナンセンス。

 だからある意味、奴の顔が鉄仮面じゃなかった事に今は感謝しておくべきか。

 とは言え、仮に戦うとしても奴をどうやって倒す?

 とりあえず可能性としては奴のむき出しの眼球が狙い目だと思った。奴の眼を穿つ事でその奥にある“脳”を破壊するくらいでしか、現状持ち合わせる武器で対処する事は出来ないだろう。

 ――もっとも、それすらも通用すれば(・・・・・)という前提が必要になるが。

 

 今の俺に足りないのは気力も時間もそうだが何よりも火力だ。性能の高い武器だ。

 幸か不幸か身体が変に狂ったおかげで、親父の形見となったコルト・アナコンダの反動も殆ど感じなくなった。だから出来れば、バリーが使っていた様な口径のでかい銃が欲しい。

 この際、贅沢は言わないから不正規品の密造銃でも何でもいい。

 兎にも角にも火力だ。

 店に戻ればこの不足を補う手段があると信じたいが、店の在庫はどうだろう? 加えて、店長の方はまだ無事だろうか? 俺が戻らない事で何か迂闊な事はしていないだろうか?

 自己の判断でとっくに街から逃げ去ったというなら、それは良い。寧ろ推奨する。

 ――ただし、生きていてほしい。

 早く店に戻りたいが、奴の声がまだ聞えやがる。

 

 ――あぁ、チクショウ。日が暮れてきやがった。

 

 

 

 

 生存者の執念に呼応して幾重にも重なった奇跡の結果、ネメシスはその左腕を消失した。

 しかし、その奇跡の代償としてか、ネメシスは狂ったように周囲のオブジェクトの破壊を始めた。

 その結果ジョーは未だ息を殺して身を隠す事を余儀なくされた。

 吼え猛るネメシスからゆっくりと距離をとり、ジョーはオフィスビルの内部を経由してアップルインホテルにその身を隠した。先日起こった火災の跡がひどく残り、またホテルの内部には当然宿泊客のゾンビが無数に散見される。だが、幸いにもそのゾンビの何れもが、ホテルの外で暴れ狂うネメシスの起す騒乱に惹かれており、ジョーが手ずからゾンビを相手にする機会は想定した以上に少なくて済んだ。

 ジョーは外から聞えてくるゾンビの呻き声と荒れ狂うネメシスの咆哮を聞きながら、既に宿泊客の居ないホテルの一室を間借りした。バスルームで衣服の汚れを落として、ナップザックに携帯した救急キットで簡単に身体に受けた傷の治療を行った。

 鏡に映る明らかに異様な発達を遂げた自身の身体。それを日の下で改めて直視するのはひどい拷問だとジョーは思った。

 ――気持ち悪い。

 今の自身の身体に対して、ジョーが抱いた感想は強い嫌悪である。

 そんな数時間をジョーは過ごした。

 ネメシスの咆哮が遠くに過ぎ去るのを待ち続け、そして気づけば時刻は昼を過ぎた。

 未だ、ネメシスの咆哮が近くに聞えた。

 そしてそれからまた数時間が過ぎ、夕方に差し掛かかろうとする現在。

 ジョーは息を殺して待つ最中、疲労で何度も意識が眠りに落ちる感覚に耐えていた。

 幸いにしてその間に身の危険を感じる事は無かったが、その最中に無為に時間だけが過ぎてゆく事に対しての強い焦りをヒシヒシと感じた。

 そしてようやく、ネメシスの咆哮が周辺から遠ざかった。

 その頃にようやく、ジョーは帰路に復帰した。

 

 

 アップルインホテルの周辺は先日の火災の跡もそうだが、何よりもまず、無数の横たわる人間の死体に強く眼を惹かれた。

 一言で言えば、それは屠殺場の如き有様だった。

 そして、そこにある死体の何れもが、ネメシスが作り出したモノだとジョーは知っていた。

 また、ゾンビとして再度起き上がったであろう存在の肉片もそこかしこに散乱しており、

 

「――ゲーム的な言い回しを借りると『QTE』の失敗って感じか」

 

 と、ジョーは死に絶えた多くの遺骸の損壊具合を見て、そう端的且つ不謹慎に例えた。

 周囲に散乱する無数の死体の中には当然、ジョーと共に脱出を目指した生存者の遺体もあった。彼らの死因は皆一様にして、一瞬の判断を誤った事だ。

 それら死体に対して思わず斜に構えた態度でジョーは笑って見せたが、ジョーはそうする以外に己の平静を保つ方法を知らなかった。

 

 通りを抜ける際にジョーはネメシスが殺害したであろうU.B.C.S.隊員の死体を見つけた。ふと見れば、死体の周辺に一振りの肉厚のタクティカルナイフ(マチェット)が落ちているのを発見した。

 ――持ち主はこの傭兵か?

 ジョーは持ち主の死体に軽く頭を下げ、死者の遺品(マチェット)を拾い上げた。その瞬間、ジョーの接近に反応した傭兵の死体が、呻き声を上げながら起き上がった。

 

「アァアアアアァォォ――」

 

 ジョーは無言で一歩下がり、間合いを調整した。

 そして虚ろな眼で腕を伸ばす傭兵のゾンビに対し、それなりの重量を誇るマチェットを軽々と右腕一本で掲げてみせた。

 そして、その肉厚の刃で容赦なく傭兵の頭蓋を叩き割るように振り下ろした後、ジョーは、

 

「――悪い、ちょっと借りてくぜ」

 

 と、借用代替わりに引導を渡した。

 その際に返り血が刃を握った右腕と顔に飛び散った。

 その不快感をかみ殺しながら左手で血を拭った時、

 

 ――ゴォオオオオォォォォ

 

 ジョーの鼓膜が彼方から響くネメシスの咆哮を捕らえた。

 咆哮に対して反応したジョーは咄嗟に手をベレッタに伸ばした。だが瞬時に脳裏を別の懸念が過ぎる。

 ――ネメシスの存在が近くにあるなら迂闊な銃声を出すわけにはいかない。

 ジョーは小さく舌打ちし、足早にその場を脱した。

 視界の開けたポイントを避け、適度に入り組んで且つ遠距離からの視認が難しい裏路地へと向った。

 その結果、ネメシスと遭遇する事は避けられた。

 しかし代わりに、より一層、フラワー通りに戻る時間が遅くなった。

 

「くっそ――」

 

 路地に入り込んだジョーは早速、野生を取り戻したゾンビの犬や浮浪者のゾンビ達に遭遇した。

 

「――っ! しつこいッ!」

 

 遠く彼方にネメシスの声が聞こえた。

 しかし存在そのものはジョーから離れていた。

 だが、迂闊に街中で銃を使う事が出来ないという状況は変わらず、結果的にジョーのその後の戦闘は先程拾ったマチェット(肉斬り包丁)の性能を存分に活かす形に終始した。

 

 肉厚の刃で飛び掛るゾンビ犬の鼻先を寸断し、起き上がるゾンビの顎を靴底で蹴り潰し、背後に迫るゾンビの頭を叩き付けたレンガの壁面ごと砕く――。

 そうした闘いの動きは、死線を重ねるごとでより美しく精錬されていった。

 本来ならばジョーはマチェットを含め、ナイフ類の扱いや格闘戦に関して素人同然。事実、食品倉庫から脱出した際は、自前のサバイバルナイフを駆使した力任せの格闘もどきで、それっぽく闘う事しか出来なかった。

 

 ――しかし今現在のジョーを客観的に見て、一体誰が彼を闘いの素人だと思うか?

 

 その自然ではあり得ない急速な戦闘行動への慣れには当然、理由があった。

 異様な発達を始めた全身の筋肉と、得物として重いマチェットを駆使する事で易々とゾンビの斬り壊しが可能になった事。また津波のように次々と襲い掛かるゾンビを相手に、黙々と斬首を執行する処刑人が如き有様を強要される状況。――図らずもTウィルスを飲み込んで変異を始めた身体に“経験”を与え、ウィルスがより精度の高い暴力を振るうに適した肉体への変異を促し始めた事。

 その全てが原因である。

 状況に慣れる速度を学習能力の高さを呼称するなら、それ自体はジョー・ナガトが本来生まれ持った個人の才能の一つでしかなかった。

 しかしそこに体感学習を急激に後押しするプラスαの要素――即ち“Tウィルス”が加わった。

 ジョーが身体を駆使して無数のゾンビを相手に闘う事、それ自体が図らずも、そのまま肉体に宿ったウィルスのより強い同調と変異を促す糧となっていた。

 それはある種、始祖の可能性を求めた研究者が提唱する“究極”の一つに近い性質だ。

 

「――邪魔だ、どけ!」

 

 無数のゾンビが砕け散った四肢を引き摺りながらジョーに腕を伸ばす。

 その声の何れもが、まるで「引導をくれー―」という言葉に聞えた。

 ジョーは足に組み付こうとするゾンビの頭を次々と靴底で踏み砕いた。同時に、背後で起き上がるゾンビの首に向けて、身体ごと反転させて振るったマチェットの刃を叩き付ける。

 重量に遠心力を纏わせ且つ強引な筋力で的確に急所に向かうよう制御された肉厚の刃は、易々と元同胞(人間)の肉体を破壊した。

 

「――死人ならッ! 大人しく寝てろッ!」

 

 遅々として進まぬ単独行軍と、遠く彼方に聞こえるネメシス(トラウマ)の声。それらは焦りとなり、徐々に心に降り積もる。

 そうした苛立ちを込めてジョーは突き出したマチェットの刃を、立ちはだかるゾンビの腹膜に深々と突き刺した。腹に突き刺した刃を渾身の膂力で縦に振り上げると、割断された胸骨が飛び出すと同時に中の臓物が周囲の壁一面に飛び散った。

 汚れた血で一帯が赤く染った。

 ジョーは顔に降りかかった返り血を強引に袖で拭った。

 動き出す死体の群れが再び沈黙した事を確認し、ジョーは再び路地を駆ける。

 不規則に封鎖された道を幾度も進んでは戻るを繰り返して、ジョーはようやく開けた地点にたどり着いた。

 そして、ジョーは偶然にもそれ(・・)を発見した。

 

「なんだ――?」

 

 それは上空から街に投下されたコンテナの一つであった。

 警戒しながら近づくと、その箱の側面にアンブレラのエンブレムが刻印されているのを発見した。

 

「――まるで棺桶だな」

 

 形状は横長に大きく同時にひどく頑丈だった。また、箱の開封口には鍵穴とダイヤル式のロックが二重に施されており、正しい番号と鍵を用意して開く造りになっている事が判った。

 ジョーはその鍵の在り処も番号も当然知らない立場だが、中身が追跡者(ネメシス)に用意された装備(ナニカ)であると推測した。

 ――理由は箱の形状にある。

 

「たぶん、ロケットランチャーだろうな。そうでも無くても放置したらやばい代物なのは間違いないだろう。――とはいえ、どうする」

 

 箱の中身を回収するか、もしくは廃棄する。

 現状ではそれが一番に思えた。

 しかし生憎とロックを解除する方法を知らない。達人ならばキーピック一本で対処してのけるかもしれないが、その手の知識はジョーには無かった。

 また箱は壊すにしても、見た目からしてかなり頑丈である。加えて隠そうにも、常人が持ち運ぶに適さない大きさと重量だ。

 ジョーは正直、コレを放置して箱の中身がネメシスの手に渡る事だけは避けたかった。

 巡り巡って近い将来、それが自らに向けられる危険を考えれば当然の懸念だ。

 

「まぁ、突貫だが、コレで――」

 

 少し悩み、ジョーは路上に散乱する小さな金属の破片を手にした。

 その破片を強引に箱の鍵穴に差込み、金属片ごとマチェットの柄で鍵穴を叩き潰した。

 ――他に展開方法が無い事を祈るしかない。

 そんな内心のぼやきにふと自嘲が零れた。

 祈ってばっかりだと思ったのだ。

 

 祈って祈って祈り続けて、果たしてどれだけの嘆願を神とやらに捧げたのか? そんな内心を吐息に混ぜたジョーは、踵を返してその場を去った。

 

 フラワー通りにたどり着いたのはそれから程なく――。

 

 ジョーはそこで、図らずもこの世の神の慈悲(・・)深さを目の当たりにした。

 

 

 

 

 バリー・バートンへの手紙

 

 親友 バリー・バートンへ

 

 よう、バリー。お前さんが今、どこで何をしてるのかは知らないが元気か? こっちは最高に最低な状況だ。

 今になって思うが、お前も例の洋館事件とやらで、今のラクーンシティと同じモノを体験したんだよな? だからあの時オレ達に忠告した、違うか? 俺達は今頃になってそいつを理解したよ。

 まったくお前が正しかった。それを笑って悪かったな、親友。

 許してくれ。

 

 話は変わるが、実は俺もお前さんと同じ“45口径教”とやらに改宗した。と言うのもゾンビ共を相手に9㎜パラベラムの貫通力なんて、そう必要ないと感じたからだ。

 薬中が相手とはいえ平然と人間に向けて“マテバ”をぶっ放すお前さんを正直どうかとは思っていたんだが、たぶんゾンビも薬中も似たようなもんなんだろ? だから俺は、お前さんに倣う事にした。

 でだ、俺はこっちでベレッタM96Fをベースにしたお前さんの“サムライエッジ”の余剰パーツから、新たに一丁拳銃を組み上げて見た。

 組んで見て改めて思うんだが、幾ら警察の特殊部隊だとはいえ、良くこんな怪物の使用許可が降りたもんだな? 40口径の強装弾をデフォルトで使う警察官なんて、たぶんアメリカ中を探したってお前さんくらいなんじゃあないか?

 まぁ、それはそうと、折角作ったコイツに新しく名前をつけてやろうと思っている。

 幸か不幸か常識が吹き飛んてやがる最中に手慰みで徹底フルカスタムしたんだし、コイツもただのサムライエッジと呼ばれるままじゃ寂しいだろう?

 だから、ライジングサン(旭日)――そう名付ける事にした。

 言いたい事は判る。この名前を聞いて、例の採用コンペでの事を思い出したんだろう? 

 まぁ、実は名前を考える途中で俺もそれを思い出したんだが。

 

 兄貴と二人して朝から晩まで何度も調整を繰り返して、ようやく俺達の造ったベレッタの改造モデルが正式採用するに至った。後は名前を決めるだけって段階で兄弟で揉めた。知っての通り、兄貴は“サムライエッジ”と名付けようとして、俺は“ライジングサン”って名付けようとした。

 その件で朝から晩まで兄貴と二人で、どっちの名前が相応しいかってを問答を繰り返して、最終的に警察に任せたら『特殊部隊の名前がS.T.A.R.S.()だからライジングサン(太陽)はダメだ』って言わたんだよな。それで結局、サムライエッジと言う名前がお前達の得物に採用された。

 あぁ、思い出したら血圧が上がりそうだぜ。

 兄貴の言う“ケンド”って名前を捩って日本の“剣道”、そして日本の剣だから“サムライエッジ(日本刀)”っていう理由は確かに洒落てると思う。

 だけど、やっぱり俺には“ライジングサン”って名前が捨て難い。そもそも太陽だって星と同じ恒星だろうが、違うか?

 だからまぁ、コイツの名前は“ライジングサン”って事にした。

 気に入らないなら“サムライエッジRモデル”とでも好きに呼んでくれ。

 

 とりあえず、この銃はジョーの奴が帰って来たら奴に渡すつもりだ。

 アイツの細腕で使えるかって疑問に思うか? たぶん大丈夫だよ。

 今、アイツは俺の為にインスリンを探しに独りで病院に行ってる。一端の警官みたいな顔して、親父さんのマグナムと店のベレッタとモスカートとショットガンまで持ち出して、必ず戻るって言い切りやがったんだ。びっくりするだろう?

 いつの間にあんな風になったんだろうな。

 最初に会った時は、俺達の腰にも背が届かない小さなガキンチョだったが、早いもんだ。

 

 俺とお前とは色々あったが、改めてその親友のお前に頼みがある。

 既に予想はしているだろうがジョーの親父さんはもうこの世には居ない。だから生き残ったアイツの面倒を見て欲しい。

 俺も最後まで気張るつもりだが、日ごろの不養生が祟ってな。たぶん、最後まで面倒を見る事は出来ないだろう。だからお前を頼る。

 

 この手紙は戻ってきたジョーに必ず生きて届けさせるつもりだ。

 万一、ジョーがそっちに合流出来なかったら、その時は兄貴に伝言を――――

 

 

==========

 

 

 ――悪い、席を外した。何処まで書いたか 忘れちまった。

 奴ら何処から湧きやがる。奴ら裏口の戸をバリケードを破ろうとしやがった。

 徘徊老人みたいなモンだとおもって 油断したぜ。

 エサならそれこそ、そこらへんの腐肉でも食ってりゃいいのに態々こっちにきやがって。

 クソッたれ。

 後、さっきから外がすごいうるさい。

 動物園じゃあるまいしそこ彼処でガオー、ガオーと何かが吼えてやがる。

 なんなんだアレは?

 くそったれ

 数人がかりで特にきれいな紅い眼の動きの早い奴をぶっ殺してやった。

 アレはやばい。ショットガンでようやく動きが止められた。

 お前も見たことあるか? あの赤いゾンビ。

 あれはヤバイ真っ赤な鬼みたいな奴だ。

 

 とりあえず、俺は兎も角ジョーを頼む。

 最悪兄貴にも連絡して 面倒を見てやってくれ。

 頼む。

 

 ロバート・ケンド

 

 追伸

 

 またいつか酒でも酌み交わしたいもんだ。いい加減、50ドル返せよ。

 

 

==========

 

 

 すまん手紙を書いてるとちゅうだっだな。

 こっちも色々やばいんだ。お前が言ったゾンビの災害だ。

 

 いよいよこっちもやばい。

 お前を笑って悪かっ悪かった。知れないな。

 

  意識が朦朧してる。インスリンは注射したけど、この街は糖尿病の患者には厳しすぎるぜ

 

 あと、この手紙はジョーに とどけさせる。

 代わりにジョーには俺のとっておきをやる。

 バリーに届けろ、代わりにそれ、使え、やる

 それとバりー しんゆう としてた のむ ジョーを たたの む

 

 敬ぐ

 

 ロバート ケンど

 

 

==========

 

 手紙途中だった。わるい

 

 死にそう

 だから ジョーこれ バりーに とど け る

 

 ジょー いきる バりー しん ゆ だから 

   たのむ

 しんる ばリー たののむ

 

 じョー 死ぬ な

 

 ばり しんゆ

  じょー

  たす け たすけろ

 

  けけ

 

 け 

 

 ローばと

 

 

 

 

「――――――」

 

 出発した際の様相とは打って変わって凄惨な様子のフラワー通りを抜け、ジョーはようやく『ケンドの銃砲店』に戻った。

 そこで見たのはペンを握り締めて店のカウンターに縋るようにして力尽きる、血まみれのロバート・ケンドの姿。

 床にはロバートが流したであろう血痕と、彼が使っていたモスバーグ(ショットガン)が転がっていた。

 ロバートは手紙を書いていたようだ。

 既に血まみれとなった手紙に思わず手を伸ばすと、ロバートはそれに気づいてゆっくりと起き上がった。

 ジョーは思わず一歩下がった。

 

 ――アァァ……

 

「――なんだ、起きてたのか。何時にもましてひどい面だな? 客商売やってる人間の顔じゃねェぜ、それ?」

 

 ――アァアアアア……

 

「図星だからって怒るなよ。ほら、インスリン持って来たぜ?」

 

 ――アァアアアアアッ!

 

「――――あぁ、そうかい。なるほど、ね」

 

 そして、ジョーは小さな溜息を吐いた。

 腕を伸ばして白雉の様な声をあげるロバートを見てベレッタを抜いた。

 

「もう、必要無いのか……」

 

 引き金が引かれた。

 カラリという音を立てて床の上に薬莢が転がり、それに重なるようにロバートの身体も横たわる。

 

「――――――笑い事じゃねェだろ?」

 

 床に倒れたロバートの顔が安堵しているように見えた。

 それの様子がひどく癪に障り、ジョーは思わず、内から込み上げる強い感情の発露に逆らえず、肩が震えるのを感じた。



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17 それは彼方に響く慟哭 後編

 9月27日の夜に一人の男がラクーンシティを訪れた。男が街を訪れた理由は仕事の都合によるものだが、しかしその都合からは少しだけ時間を外れていた。

 『9月27日 ラクーン警察署 壊滅――』

 その報を知らず、またその現場にも居合わせなかったが故に男はその命を無為に失わずに済んだ。――しかし現在、男は偶然にも手にしていた筈の幸運を手放して、自らの足で地獄と化した街の中心に立ち尽くしていた。

 

「この街は一体……?」

 

 男は目の前の光景に強い動揺を感じた。

 持ち前の強い精神力と正義感に従い、男は街で発生した謎を解き明かすべく自ら地獄に足を踏み入れた筈だった。しかし早々に事態が己の理解の範疇を大きく超えていると思い知らされ、

 

「――何が、どうなっているんだ?」

 

 男はやむを得ず射殺してしまった市民の遺骸を前に思わずそう小さく呻き、またその際の驚愕が、先日の失恋に事の端を発した直前までの自棄酒による酔い(・・)を急速に醒ましていったと感じた。

 件の男――青の生地に『R.P.D.』の白字が描かれた真新しい制服を纏った新人警察官のレオン・スコット・ケネディは、当初、ラクーンシティで目の当たりにした光景を現実のモノだと強く認識できなかった。

 その理由には先程の酔いも当然含まれてはいるが、やはり目の前の光景がひどく現実離れをしていたからだ。

 実際に鼻を突いてくる強烈な腐臭と相棒たるH&KVP70の生意気な反動が無ければ、今もレオンは目の前の光景を現実のモノだと認識すら出来なかった。そんな風にレオンは感じた。

 

「誰か、居ないのか!?」

 

 レオンは強い困惑を隠せぬ顔で周囲に視線をやり、そして力強く呼びかける。しかし返事は無く、代わりに幾重にも重なって響く亡者の声を耳にした。

 ――周囲にまともな(・・・・)人間はもはや一人として居ない。そう感じると同時にレオンは、先程まで滞在した街の郊外にあるモーテルでの違和感を思い出す。

 自棄酒の泥酔から目覚めた時に何故か宿を営む主人の姿や先客達の姿がなく、また街に向う途中ですれ違った複数の警察車両が違反スピードで逃げるように走り去る様子を目の当たりにした事だ。

 今になって思えば、それら異常の原因がまさにコレ(・・)なのだろう。

 レオンは今更になって思い知り、そして思わず唇を噛み締める。

 

「――なにか事件が起こったとは予想していたが、まさかこれ程の事態だとはな」

 

 流石に夢に思わない。寧ろ、これ程の事態が待ち受けていると一体誰が想像出来るのか?

 そうした思い出立ち尽くすレオンの背後で、再び無数のゾンビが起き上がり始めていた――。

 

「――っ!?」

 

 それは先程放った銃声が呼んだ者達だった。

 銃声が物陰に潜んでいた亡者達の注意を惹いてしまったと気づいたレオンは、囲まれる危機に対して反射的に踵を返した。――が、その退路を阻むように路上にあった廃車のボンネットに一体のゾンビと化した犬が飛び上がる様子を目の当たりにする。

 

「く――っ!」

 

 ゾンビ犬はレオンに飛びかかろうとその姿勢を低くした。その様子には、もはや愛玩用として人に飼われた面影など欠片もなかった。それは遺伝子に封入された極めて原始的な恐怖と獰猛な野生を振りまくだけの存在だ。――そんな怪物がレオンを獲物と見据えて唸り声を上げていた。

 

「くっそ!」

 

 レオンの背筋に反射的に恐怖が駆け上がる。その強い恐怖に対し、レオンは咄嗟に愛銃のH&KVP70の銃口を向けた。――直後、ゾンビの犬はボンネットから大きく跳躍した。

 反射的に引き金を振り絞った事で、レオンは愛銃の持つ鋭い反動を手の中に感じた。独特の機構が故に銃身が跳ね上がる(・・・・・)のを感じ、そのブレ(・・)を腕力で無理やり押さえ込む。

 ――しかし狙いが右に少しズレた。

 だが弾丸は偶然にもゾンビ犬の突進の威力を殺し、その眼と首を含む背骨を周辺の肉を吹き飛ばした。

 結果的にゾンビ犬は空中から地面に叩き落とされ、レオンは辛くも生還に成功した。しかしその結末に安堵する余裕など欠片も抱けなかった。――次の瞬間には脇から腕を伸ばすゾンビへの対処を求められたからだ。

 レオンはその位置から身を引くと同時に警察学校で習った体術を駆使して転がるようにその位置から距離を取ると、ゾンビの包囲が完成する前に渾身の体当たりでの突破を仕掛けた。

 包囲から抜けて脱兎の如く駆けたレオンは途中で見つけたレストランの扉を渾身の力で蹴破り、内部にへと押し入った。

 しかし入り口を蹴破り突入した直後、レストランも既に無数のゾンビで溢れている事を知って強く舌打ちをする。

 

「――ちぃっ、此処もか!」

 

 扉を蹴破った音がそのまま中にいたゾンビの群れの注意を惹いた。しかし構う事無く一目散に薄暗い店内を駆け、レオンは入店と同様に店の厨房の奥にあった勝手口を蹴り破り、再び外へと躍り出た。

 裏口の先は薄暗い路地に繋がっていた。当然そこにも複数のゾンビが散見出来た。

 ――そしてレオンは遂に、装弾数の多い愛銃とて大した意味が無い事をようやく察してしまった。

 

「くそ、キリが無い――!」

 

 無力さと現状に対する強い恐怖の両方を意識させられたレオンは思わず顔が引きつるのを感じた。数万という規模の街に住まう市民の全てがゾンビと化したと考えた場合、ハンドガン一丁でその全てを相手にする事は絶対的に不可能だ。そう反射的に理解したレオンは、殆ど反射的に迫るゾンビに対して銃弾の節約を選んでいた。

 銃とは別に持ち合わせた護身武器のダガーナイフを抜いて、直後に肉厚の刃で素早くゾンビを切りつけ、その動きが怯んだと同時に蹴りを放つ――。

 レオンはそうした体術を駆使して、安全圏を目指して見知らぬ土地を駆けた。

 ――直ぐ近くの路地で()のような咆哮が響いたのは程なくの事である。

 

「――――スタァアアアアズッ!」

「――っ!?」

 

 謎の咆哮に続き、迫撃砲の一撃にも似た巨大な爆音が周囲一帯に響いた。その直ぐ近くで吹き荒れた爆炎と眩い光が、偶然にもレオンの進路の先を照らした。――そしてレオンはその光と影が生み出した強いコントラストの中に、巨大な怪物の影を目の当たりにした。

 

「なぁ――っ!?」

 

 目の前に聳える壁面に浮かんだ巨大な怪物のシルエットは人型だった。しかしそのシルエットだけでもレオンは背筋に強烈な危機感を覚えた。それは、それ程に恐ろしい得体の知れぬ怪物の影だった。

 

「くっそ! 一体何が起こってるんだ!?」 

 

 危険な存在が近くに居ると感じたレオンの行動は早く、その足は殆ど反射的にその場からの離脱を行っていた。

 着任したばかりで街の地理にも疎く、レオンは通常よりも早くに己の体力が尽きるであろう恐怖を感じ始めた。

 しかし幸運の女神はその頃になってようやく仕事をしたらしく、レオンは程なくして彼方に生存者の痕跡を発見した。

 

「っ!? ……銃声?」

 

 レオンは微かに聞えた音に思わず足を止めた。耳を済ませると酷く落ち着いた様子で間隔を保って放たれる銃声が聞えて、不意にその音に未だにこの街で闘う同僚(警察官)の姿を強く想起した。

 レオンは遮二無二その方向に走った。

 入り組んだ路地の果てを見据えて走り、遂に辿り着いた先にあったのは“フラワー通り”と呼ばれるダウンタウンの市街地だった。

 そしてレオンは偶然にもその通りの先で一軒の銃砲店を発見する。

 これまでの逃避行から武装の拙さを強く感じていた為、レオンは徐にその店の扉に手を掛ける。

 すると直後に、レオンはカチリ――と背後で激鉄を起こす金属音を聞いた。

 

「動くな――」

 

 レオンは背後の気配と激鉄を起こす音に反射的に両手を挙げた。

 しかし同時に相手が同じ人間である事を強く予感し、レオンは空かさず口を開いて己の無害を示した。

 

「待て! 俺は人間だっ!」

「っ!? アンタは――――」

 

 レオンの台詞を受けた背後の存在は、僅かに動揺した声を漏らした。

 レオンは振り返った。すると背後には独りの青年が立っていた。その眼には強い困惑と驚愕を混ぜ合わせた複雑な色が浮かんでいた。

 

「――なるほど、確かに人間(・・)だ」

 

 そして青年は構えていた拳銃をゆっくりと下げ、どこか納得する様な声でそう小さく呟いた後、レオンに短く謝罪をした。

 

「悪い。この辺は特に物騒でな。遂にドアノブを捻ってくる様な頭の良い奴ら(ゾンビ)が湧いたのかと思ったぜ」

「――誤解させてすまない。君はこの街の生き残りか?」

「まぁ、そうなるかな」

「そうか、よかった……」

「――――――」

 

 話の通じる相手にようやく出会えたと察したレオンはそこで強く安堵の吐息を漏らした。しかし、対する青年はレオンとは対照的に強く警戒した表情で周囲を見やっていた。

 

「どうした?」

「いや、安心するのはもう少し待ったほうがいいぜ?」

「――なに?」

 

 レオンの怪訝な様子に対し、青年は右手に持った拳銃とは別に、その背中に背負った一振りの大振りなマチェットナイフを構え、言う。

 

「直にアンタを追いかける熱心なストーカー(ゾンビ)の連中が来る。一息吐くなら、まずはそいつらをぶっ殺してからにしよう」

「おい、なにが――――」

「――ほら、来やがった」

「っ!?」

 

 青年はレオンに対し、その顎先で短くレオンの脱してきた路地の先を指した。その方を見れば、丁度その路地の影から無数のゾンビがその姿を現にしていた。

 

「クソ! 撒いたと思ったんだが――」

 

 その数にレオンは思わず身を固くし、思わず愛銃に手を伸ばす。

 対し、青年は淡々と言った。

 

「連中は音のする方に寄ってくるからあんまり派手な音は鳴らさない方がいい。後、知ってるかもしれないが、チャカで殺すなら一発で頭をぶち抜いてくれ。それ以外の方法だと無駄に弾を使うだけになる」

「――随分と詳しいな? 君はこの街に住んで長いのか?」

「まぁ、ガキの頃から住んでるからそれなりには」

「そうか。それで一体――」

 

 どうする? とレオンは問おうとした。しかし直後に青年の顔に浮かんだ強い感情の発露を見て、続く言葉を言えなくなった。

 青年はその暗く澱んだ眼にありったけの憎悪を込めてゾンビの集団を睨みつけていた。また、青年が握りしめるマチェットナイフの柄からは、ギチリという尋常でない膂力によって金属が軋む音が聞えた。

 

「あの数を相手に闘うつもりなのか? 流石に無茶が過ぎると思うが――」

 

 レオンは尋常ならざる青年のそうした様子に対し、思わず困惑を隠しきれずに愛銃を構えたままで問うた。

 しかし、対しする青年は端的に、「――――どうでもいいぜ」と答えた。

 

「――それより、本当は店長が伝える事なんだろうけどな。今は寝てるから俺が代わりに言うけど、警察署に行くなら店の裏口を使うといい」

 

 そして青年はチラリとレオンを見た後で、顎でしゃくる様にしてケンドの銃砲店の扉を指した。

 言伝を残してから程なく、青年は大降りのマチェットナイフをブンと一振りして、ゾンビの集団に駆けていった。

 青年の振るう肉厚の刃によってゾンビの頭が次々と氷塊の様にかち割られて行き、周囲の路面には大量の脳漿と血痕とが大量にぶちまけられる様をレオンは目撃する事になる。

 

「お、おい――」

 

 その余りに壮絶な光景を前にレオンは思わず絶句するが、同時にそうした凶行を成す名も知らぬ青年の眼に冷たい憎悪の色を見て、このまま捨て置けないとも強く感じた。

 

「おい、無茶をするな!」

 

 眼に宿る感情の意図を汲み取ってやるには青年に関する情報は余りにも少ない。しかし警察官として、レオンは逃げるよりも先に名も知らぬ青年の護るべく愛銃の引き金を引く。

 

 

 

 

 走り書きのメモ

 

 サムライエッジは市販の銃弾の他、特殊部隊用の強装弾の使用を目的にカスタムした代物だ。銃撃の負担に負けぬように硬度の高いスチール素材を採用、スライドロック部分の厚みを足して耐久性を大幅に向上させてある。38口径(9ミリ)弾を使用するベレッタ92F系はもちろんの事、40口径のベレッタM96Fをベースにしたバリー用のサムライエッジにも同様のカスタムが施してあり、つまりはお前に渡す予定の“ライジングサン”も、バリーエッジ同様40口径の強装弾が使えるって事だ。

 だがバリーエッジとは違ってその使用感はS.T.A.R.S.の隊長さんが使っているモデルに近いかもしれない。外装にレーザーサイトやサプレッサーを取り付けられる遊び(・・)が設けてあるし、バリー用のサムライエッジとは違ってバースト射撃には対応出来ない堅実な造りにしてあるからだ。

 まぁ、細かい事を言い出すときりが無いから、とりあえずそれだけを把握しておけばいいだろう。とはいえ無理に使ってやる必要は無いぞ。ライジングサンと同様、俺が試しに作ってみた“強装弾”に関してもそれは同じだ。

 俺が造った強装弾はラクーン警察に採用された代物と恐らく同等だ。使用感はコルトの45オートかそれ以上、ついでに言うと.40S&W弾+Pがベースだから.44マグナム弾と比べても遜色の無い威力が出せる筈だ。

 法律無視もいい所だがな。まぁ、今更そんな事を気にする奴はいない。だから威力に関しては派手にやらせてもらった。つまり、安全性は期待してくれるなって事だ。

 もしもまともな強装弾が欲しければ警察署の倉庫を漁るといいだろう。もしくは、バリーの机の周辺を探せば、もしかしたら奴の使っている弾の幾つかが見つかるかもしれないな。まぁ、そこらへんの事は頭の片隅にでも入れておいてくれ。

 重ねて言うが、これらの武装を使うかどうかの判断はお前に一任する。忠告しておくが強装弾の使い勝手は普通と大きく違うし、ライジングサンの口径は.40だ。通常のマガジンに込められる装弾数は10発だから、それだけは必ず覚えておけ。シルエット的な変化がほとんど無いと見た目に騙されて侮ると死ぬハメになるぞ?

 本当に気をつけて使ってくれよ。

 

 ロバートより

 

 

 

 

 そのメモは店のカウンターの上に置かれていた。しかしジョーがそのメモを含めてロバートの手記と“ライジングサン(サムライエッジ)”の存在に気づいたのは、ジョーが他ならぬ自身の手で、亡者と化したロバートに引導を渡してから、しばらくの時間がたってからだ。

 ライジングサンの存在に気づいた後、ジョーは決死の思いで辿り着いたケンドの銃砲店から、まるで遠ざかるように外へと繰り出し、そしてロバートの遺品となったそれの性能を測るようにして、次々とゾンビと化した街の住人を相手に八つ当たり染みた殺戮行動を繰り返した。

 その様子は少し前に病院で知り合ったジョージ・ハミルトンの死に際した時と同様のモノに見える。――が、しかしその時とは違ってジョーの心は凪の海に浮かぶヨットのように平静であった。

 ジョーはロバートを射殺してからほどんど何もする気が起こらず、それまでは確かにあった筈の、生き残る為に頑張るという強い気持ちが急速に失せていくに近い気分を感じていた。否、それどころか寧ろ、『適当に暴れた後で自ら頭を撃ち抜いて死んでやろうか?』という自暴自棄な考えさえも浮かび始めていた。

 そうした精神状態に移った理由にはもちろん原因があったが、ジョーはそれすらもどこかで他人事のように感じていた。

 

 ――どうして“前世の記憶”などという胡散臭い代物が芽生えたのだろう?

 ジョーはそこに何かしらの深い意味があると考えて、殺戮の中でずっと自問自答を繰り返していた。

 世界をメタフィクション的に観測する存在――所謂“神”の存在があるのか? 所謂“神”とやらが、ジョーを含めたラクーンの市民が苦しみ足掻く様を見て嗤っているのか? ふいにそうした考えに至った時、ジョーは己の中に芽生えた不思議な記憶や知識がある事に対して、ある程度の説明が出来るような気がした。

 この世は無常である。その無常によって苦しむ様を愉悦と称し娯楽にする楽しみ方がある。そう思うと、ジョーは自身の立場がそうした(・・・・)神の如き視点の持ち主にとっての都合の良い玩具のように思えてならなかった。――またその考えから端を発して、ジョーは唐突に神とやらに対し、まるで当て付ける様に最高に冷めるであろう詰まらない自決エンディングを見せ付けてやるのも悪くないという考えすらも抱き始めていた。

 

 ――それ程にジョーにとってロバートの死とは衝撃的なモノだったのだ。

 

「……………」

 

 ジョーは考えていた。何の為に生まれたのか? 何の為に生きるのか? 何の為に頑張るのか? ――そして、そのどれもが結局は死んだら終わりなのにという形に帰結し、思考が埋め尽くされてゆくのを感じた。

 頭現実逃避にも似た哲学的の海に没して行き、身体の方はいつにも増して無意識にも最適な殺傷行動を行う。そして口元には思わず笑みが浮かび、何故か眼には()が浮かび――――

 

「動くな――」

 

 そしてその頃に偶然、ジョーは“レオン・S・ケネディ”という男と出会った。

 ジョーはその顔をよく知っていた。知っていたからからこそ陰鬱とした思考が思わず掻き消える程に強く動揺した。

 その男はクレアと対を成す『バイオ2』の主人公であり、ジョーはその出会いに対して思わず、反射的な形で脳裏に『バイオ2』の冒頭の光景を描いた。それは主人公が『ケンドの銃砲店』を訪れる光景だった。その光景の中でプレイヤーが裏口の奥を探索すると同時、モブとして登場したロバート・ケンドが、店のショーウィンドウを突き破ったゾンビの大群に殺される様子であった。

 

「――っ」

 

 不意にジョーの耳が無数の足音と呻き声を捉えた。レオンの背後を追った無数のゾンビが群れを成して路地の暗がりから現れ、ジョーの目の前に立ったのだ。

 ゾンビの群れを前にジョーは無意識にマチェットの柄を握りしめていた。拳と柄の間からギチリッという唸り声が響くと同時、心の奥底からまるでマグマのように憎悪の熱が吹き上がった。

 また、雑多な思考を燃料にして、ジョーは己の視界を赤く焼かれてゆくのを感じた。

 

「あの数を相手に闘うつもりなのか? 流石に無茶が過ぎると思うが――」

「――――どうでもいいぜ」

 

 ――そして全てがどうでもいいように思えた。

 胸の奥からは強い衝動が喉を駆け上がる。同時に筆舌にし難い強い感情が憤りと混ざり、奔流として眼から溢れそうになる。そしてレオンとの会話すらも酷く煩わしいと思えて、気づけばジョーは、ゾンビの集団に対し真っ直ぐに駆けていた。

 その心に浮かんだのはぶっ殺してやるという強い感情だった。それを糧に視界が完全に赤く染まり、そしてジョーは時間の感覚を忘れた殺戮衝動に没頭した。

 

「――――もういい! よせ!」

「っ!?」

 

 しかし、唐突な終わりが訪れた感覚だけは直ぐに知覚できた。

 何者かに右腕を掴まれ、同時に素早い足払いが放たれ、体勢を崩した一瞬の内に視界がグルリと旋回するのを見て、ジョーはそこで己の身体が路面に投げ飛ばされたのだと知った。そしてはっきりと己を取り戻した。

 うつ伏せの姿勢で拘束され、背中に強く膝が乗せられていたと感じ、掴まれた右腕は真っ直ぐに伸ばされて安易に動けば折れるという風に反射的に理解した。

 そのまま路面に拘束された姿勢で周囲を見やれば、先程までは散見出来たゾンビの姿が既に無い事を知り、――そしてその時になってようやくジョーは、繰り返し放たれたレオンの声を遂に理解した。

 

「――落ち着け、もう敵は居ない。居ないんだ! もう君の敵はもう居ない。……落ち着け!」

「……………」

 

 それは悲痛の混ざった声だった。

 それを聞いて遂にジョーの身体から力みが消えた。

 

「――俺はレオン・S・ケネディ。君の名前は?」

「ジョー・ナガト」

「よし。ようやく落ち着いたようだな? 怪我は無いか?」

「――――――しいて言うなら、アンタ(レオン)の投げが一番痛かった」

「すまん、ああでもしないと止められなかった」

「――そうか。こっちこそ、すまん。正気じゃなかった」

「――そう、だろうな」

「――――――」

 

 ジョーは自暴自棄から己が死に掛けていたのだとどこか他人のように感じた。また同様の心境で寸前までの我を忘れた行動を振り返った。

 ジョーはレオンに短く礼を言った。

 その内心では密かに、「もう少し早くに来て欲しかった」と、ロバートの事を思い出して不意に泣きたくなった。




この小説ではレオンは27日夜着任です。
ですので遅刻はしていません。

独自設定です。


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18 生者として反抗の意思を

 その黒衣を纏った怪物は、まさにその威を示すように、今も慟哭と破壊活動を続けていた。そして、その黒衣の怪物を含め、街に発生する全ての怪異に対し、ラクーン市警察の職員らは、遂に最後の攻勢に打って出る。

 生き残りを賭けて武器を手にした者達は、迎撃の拠点となった市街地の一角でフルオートの銃声を奏で、連続したマズルの光を焚き、そしてその命の儚さを証明するが如く次々と死していった――。

 

 未だこの街に残って生き残りを賭けて戦いを選んだ者達の一人。追跡者(ネメシス)との邂逅を避ける様、単独で身を隠す事を選んだジル・バレンタインは、奇しくもその逃避行の中で見知った人影を発見する。

 カーキ色のジャケットに迷彩色のカーゴパンツ。そして肩口にチラリと見えた“星”のエンブレム――。

 その(しるし)を他でも無いジル・バレンタインが見紛う筈が無く。

 ジルは殆ど反射的に、その影が逃げ込んだ先へと進む事を選ぶ。

 その先にあった一軒のショットバーの扉を潜って早々、ジルは連続した銃声と複数の呻き声と良く知る同僚(・・)の悲鳴を耳にした。

 

「ブラッド!」

「ジ、ジル! 助けてくれ!」

「っ!?」

 

 ショットバーには元々複数のゾンビが潜んでいたのだろう。そこに逃げ込んだ男は、息も絶え絶えな様子で複数のゾンビを相手取り、身に帯びた拳銃を手に、発狂したような乱射を繰り返していた。 

 洋館事件を生き残ったS.T.A.R.S.の隊員――ブラッド・ビッカーズ。彼はこの時、ほどんど冷静さを欠いている状態にある。

 しかしジルの存在には目ざとく気づいた。故にブラッドは鋭く悲鳴を上げて、直ぐにジルに助けを求めた。

 

「お、おい! ジル、ジルッ!」

「――っ!」

 

 ブラッドに迫る複数のゾンビに対し、ジルは殆ど反射的にサムライエッジを抜く。

 しかしブラッドとの位置取りの悪さに思わず発砲を躊躇した。

 

「ぐっ……ああぁぁ!」

 

 フレンドリーファイアを避けようと躊躇った一瞬が致命的な隙となった。

 その結果、最も突出していたゾンビの一体がブラッドの肩に噛み付く事を許してしまう。

 

「――ああぁあああ。やめろぁあああ!」

 

 ブラッドの悲鳴がこだました。

 ジルが発砲を決意したのは其れからだ。

 

 結果的にブラッドに噛み付くゾンビを含め、ショットバーの全ての脅威は介入したジルの存在によって駆逐された。

 しかし無傷のジルとは違い、ブラッドの負った手傷は傍から見ても、それなりに重たいモノが残った。

 

「――ッ、最悪だッ!」

 

 ブラッドは嘆きと悲観のこもった声で小さく吐き捨てた。

 ジャケット越しとはいえ、ブラッドの肩口には歯形状に色濃く血が滲んでいた。

 ゾンビに噛み付かれた事が何を意味するのか? それはS.T.A.R.S.に所属し、洋館事件を生き残ったブラッドも強く理解している。

 実際、この時のブラッドの顔には既に未来に対する強い絶望の色しかなかった。

 

「ブラッド……ごめんなさいッ」

 

 ジルはマグチェンジを行いながら直ぐにブラッドの下に駆け寄るものの、その傷を見て沈痛な面持ちで己の手際の悪さを謝る事しか出来なかった。

 痛みと恐怖で疲弊したブラッドはその場にへたり込み、嘆くような荒い呼吸を繰り返す――

 

「――クソッ」

「っ! 治療をしないと――」

「治療なんか出来るわけ無いだろ……もう俺の事は放って置いてくれッ!」

「いいえ、そんなことは無いわ。これなら――」

 

 不意にそれ(・・)を思い出し、ジルはブラッドの傍らに膝を突いて思わず己の荷物を探る。そして食品倉庫で出会ったジョー・ナガトより託された、試作のワクチンを取り出した。

 試作ワクチンを開発した男(ジョージ・ハミルトン)の手記の写しの他、ジルは倉庫から脱出の際にジョーから2本あった内のサンプル(・・・・)の一つを受け取っていたのだ。『万が一の時には、そいつを使え――』そう言ってジョーが託したその薬を使えば、もしかしたらブラッドも助かるかもしれない――。

 そう思いジルは治療の為にと手を伸ばすが、

 

「――っ!?」

 

 しかしその手をブラッドは容赦なく弾き、そして強く拒絶した。

 

「…………ブラッド?」

「もういい。俺の事はもう放って置いてくれよ。俺はもうお前達と関わりたくないんだっ!」

 

 ブラッドは恨みを込めた視線で強くジルを睨んでいた。そして傷を負った身を捩る様にして起こし再び二本の足で再び立ち上がると、ジルに対し完全に背を向けた。

 

「なぁ、ジル。これだけは言わせてくれ」

「――何かしら?」

「バリーもクリスもレベッカも……そしてお前(ジル)も! 正気じゃねぇ! アンブレラが俺達S.T.A.R.S.を殺す為に送り込んだ化け物をお前、見たか?」

「……ッ!」

 

 ブラッドの質問にジルは思わず顔を伏せた。

 その指摘が、未だ耳の奥で残響する追跡者の咆哮を強く想起させたからだ。

 しかし、

 

「えぇ。見たわ」

 

 ジルは強い口調で返した。

 

「遅かれ早かれ“洋館”から生き残った私達は狙われた。ウェスカーが実験と称して私達をあの洋館に送り込み、それから生き延びて真実を見た以上、私達は既にアンブレラと戦う他無い! だから――――」

「――っ! そういう所が理解できないんだよっ!」

「――っ!!」

 

 ブラッドは吐き捨てるように言い捨てた。

 そして拒絶に絶句するジルからも逃げるように傷を抱えた足取りでショットバーの扉を開くと、ブラッドは最後にこう言い捨てた。

 

「――チクショウ。やっぱり、S.T.A.R.S.なんかに入るんじゃなかったぜ!」

「………………」

 

 その場に独り残される事になったジルは、去っていったブラッドの背に向けて小さな溜息を浴びせる事しか出来なかった。

 

 

 ブラッド・ビッカーズは洋館事件の折、調査の為に地上に降りたメンバーとは別に、単身で通信障害に悩まされながら6時間近くアークレイ山地上空をヘリで旋回していた立場の人間である。

 その行動は結果的にジルを含めた生き残りのメンバーが洋館を脱出する最後の切り札となり、また客観的に見れば、S.T.A.R.S.がアンブレラの生物兵器研究と、その闇の全容を明るみにする決定的な一打を打った立場とも言える。

 しかし現実として、ブラッド・ビッカーズを『生き残ったメンバー』という名で一括りにするには、彼は直接的な形でアンブレラの非道を知らなさ過ぎた。

 ブラッドを除くメンバーは皆、『洋館』という名の地獄を体験しており、逆にブラッドにはそれが無い――。

 そうした認識の違いが他のメンバーとの明確な温度差となって発露し、ブラッドは今日に到って尚、ジル達の様に強くアンブレラを糾弾し、それと対立する意義を見出せなかったのだ。

 ジルは確かに、メンバーとブラッドとの間に僅かな温度差を感じていた。しかし心の内では、ブラッドが確かにアンブレラと戦う道を選んでいると信じていた。

 しかし実際には、先程吐き捨てられた台詞が全てを物語っている。ジルの期待とは裏腹に、ブラッドは最後まで戦う道を選ぼうとはしなかったのだ。

 

「――洋館事件の時と同じなのよ」

 

 逃げ去ったブラッドの背に対し、ジルは筆舌にし難いジレンマを感じて、思わず唇を噛んだ。

 真実から眼を背けたがる気持ちには強く理解も示してやれる。しかし、だからこそ立ち向かい勝利する以外に、『真実を知った側の人間』が安寧を享受する未来は決して無い。アンブレラはそういう(・・・・)存在なのだ。ジルはそう強い確信を持っていた。

 『――アンブレラがS.T.A.R.S.を殺す為に送り込んだ化け物』

 他ならぬブラッドが言ったその怪物をアンブレラは次々と生み出してゆく――。

 その根本を叩かずして平穏などありえない。

 

「……ッ!」

 

 ブラッドの無理解に対して湧き上がる強い苛立ちを自覚して、ジルは思わず深呼吸で気持ちを冷却させる。不意に、相棒のクリス・レッドフィールドの事を思い出したからだ。

 洋館事件を契機にクリスは、アンブレラの非道に対する市民達の無理解に酷く苛立ち、署内で良く揉め事を起こすようになった。そしてジルは、そんなクリスを宥める立場だった。

 

「――これじゃあ、クリスに偉そうな事、言えないわ」

 

 不意にジルは小さく自嘲を浮かべた。

 残存のS.T.A.R.S.は微力である。しかし、それでも細々とした賢明な調査の中、ジル達は『G』という名の新型の生物兵器研究が行われているという情報を掴んだ。極秘調査の為、秘密裏にアンブレラ本社のある欧州に活動の拠点を移す事を選んだ一同の内、ジルだけが現在、このラクーンシティに残っている。

 ――必ず生きて、欧州で待つ仲間達と合流する。

 ブラッドに対する失望ややるせなさを一先ず脇に追いやり、ジルは再び歩みを再開した。

 

 9月27日 再び街の日が完全に落ちた。

 生存者の喧騒がまだ感じられた昼頃に比べて、周囲の声や蠢く影には、もはやゾンビのものしかない。

 虚ろな眼で迫るゾンビの群れから足早に距離を取る道中――

 ジルは再び、思わず身を固くする彼の存在を発見する。

 

「――スタアァァズッ!」

「っ!?」

 

 鈍重に力強く闊歩する足音と確かな意味を持つ恐ろしき呻き声――。

 ジルはそれらを耳にするなり、咄嗟に物陰に身を隠して追跡者(ネメシス)との邂逅をやり過ごした。

 

「………………」

 

 寸前の所で追跡者の捕捉は免れた。

 しかし迂闊な事は出来ない。

 ジルは息を殺して密かにその動向を観察する。

 

「っ!?」

 

 ――そしてその際にジルは、目の前の追跡者(ネメシス)が日の高い内に遭遇した個体とは違うと感じた。両腕が二本共に健在である事。そして携行する武装も記憶するモノとはかけ離れている事に気づいたのだ。

 

(―――まさか、複数いるの?)

 

 ジルは偶然得られた情報から導き出した答えに対し思わず顔が引きつり、冷や汗が頬から顎へと滑り落ちる感覚を自覚した。

 直後、ネメシスの視線がジルの隠れ潜む一帯を向く。

 ジルは咄嗟に気配と動揺を隠すべく、心を静謐に貫こうとした。しかし逆に、心臓の鼓動はジルの胸骨を内から激しく叩く――。

 

「――くっ!?」

 

 焦りで思考が加速する中、ジルは細心の注意を払いながら退路を探すべく視線を周囲に走らせる。

 直ぐ近くに地下鉄のターミナルへと続く階段が見えた。 

 

 『危険を冒して当初の予定通りに警察署へ向かう?』

 『目の前の脅威(ネメシス)から一旦、遠ざかる?』

 

 心に浮かんだ二択の内、一つをジルは殆ど反射的に選んだ。

 足早にその場から遠ざかり、発見した地下鉄への入り口に素早く潜り込む。程なく、追跡者(ネメシス)がけたたましい咆哮を上げる――。

 

「………………」

 

 そしてジルは、『決断がもう一瞬程遅ければ、確実に捕捉されていた――』と深く安堵の吐息を漏らした。

 

 結果的に、新手の追跡者(ネメシス)に捕捉される前に離脱する事が出来た。しかし逃げ込んだ『異界(地下)』が、地上や追跡者よりも安全かどうかは、また別の問題である。少なくとも、洋館を生き延びた『経験』が告げていた。――平穏とは程遠い地獄に等しい環境なのは明白だ。

 

「――視界が悪いわね」

 

 ペンライトで周辺を照らしながら地下鉄のプラットフォームに続く階段を降りる。途中で耳障りな蟲達の羽音が無数に耳にした。

 

「っ!?」

 

 ジルは反射的に視界の端に映った影と、不意に聞こえた不審な物音の方へサムライエッジの銃口を向けた。

 暗がりの中、アイアンサイト越しに狙ったそれ(・・)は、地下鉄構内に横たわる死体に齧りついて何かを啜るような音を奏でていた。

 直後、“人間の形をした蟲”がジルの方を向いた。

 

「なっ!」

 

 化け物の醜悪な顔と同時、それに捕食されて酷く損壊した人間の亡骸も照らされた。――それを見てジルは、直前に耳にした奇怪な音の正体に気づいた。

 人間の脳髄を啜る音だ。

 

「――っ!」

 

 ジルは思わず引き金に掛けた指に力を込めた。

 ――――しかしジルが発砲する寸前、第三者(・・・)の放った銃声が響いた。

 

「Hey,You! ホームでは白線の内側に下がりましょう! 危ないですよ、クソッたれ!」

 

 そして若い男の軽快な声がした。

 

 銃声が44口径のクラスの大口径の発砲音だと気付いたのは、同僚(バリー)の道楽に多少なりとも付き合った事があるからだろうか? 事実、ジルがそう内心で予想した大口径を裏打ちするが如く、蟲の異形はたった一撃にてその頭部を砕かれ絶命した。

 ジルはほとんど反射的にその銃声と新たな声の方を振り返る。

 そこにはリボルバーを構えた黒人の青年が、駅員のような出で立ちで佇んでいた。

 

「やぁ、お客さん。お急ぎなら悪いんだけど、次に到着する列車は多分無いと思うぜ?」

「――貴方は?」

 

 青年はジム・チャップマンと名乗った。

 

 

 

 

 街の中心部の一角で微かにマンホールの蓋が動く――。

 突如ぽっかりと明いた地下空間への出入り口より、恐る恐る地上に顔を覗かせたのはクレア・レッドフィールドだった。

 クレアは周囲に素早く視線を走らせ、付近に危険な存在が無い事を確信すると、素早く地上に這い出して安堵の吐息を吐く――

 

「――よし、クリア」

 

 クレアは吐息と共に、緊張で固くなった身体をグッと伸び解した。

 

「地下はもうコリゴリだわ……」

 

 追跡者の襲撃をデビットの機転で脱したクレアを含む一部の生存者――。しかし彼らが逃げた地下空間もまた、地上とは別の意味での“地獄”であった。そこは無数のゾンビの姿こそ無い代わりに、湿り気を帯びた暗渠に住まう異形の住処だったのだ。

 巨大に発達した住人達――ゴキブリ、鼠、ヒルといった生理的嫌悪感を掻き立てる無数の怪物達。そうした蟲の群れから辛くも生還したクレアだったが、しかしその顔にはとても脱出を成し遂げた誇らしさなど欠片も無い。

 クレアにとって、この場所に独りで佇む事それ自体が、そのまま己以外の生存者の脱落(・・)を意味していたからだ。

 

「――っ」

 

 クレアは地下での出来事を思い出し、ブルリと身を震わせる。

 しかし改めて冷静になった頭で、これまでの道中を再認識した。

 先ず最初に地下に逃げ込んだ生存者達を歓迎したのは巨大な蜘蛛。それを逃れた先で襲ってきたのはヒルの大群――。そして多くの脱落者を出して数少なくなった生存者を最後に待ち受けていたのは、電車クラスに酷く巨大化した得体の知れぬナニカだ。

 その脅威から逃げ去る途中、クレアは己以外の多くの同胞の悲鳴を幾つも聞かされた。

 背後で響く無数の悲鳴と咀嚼音――。

 そのどれ一つをもまともに直視できず、クレアは振り返る事なく全力で退路へと駆けた。

 ほとんどがゾンビに捕食されるよりもおぞましい死に方をしたのは想像に容易く、クレアは唐突に強い孤独感を感じて思わず顔を伏せる。

 ジョーやデビット、そしてジル――。彼等の様に銃を手にして多くの者の先陣を切った心強い存在は、既にクレアの傍になかった。

 不意に気づかされた事実と心細さに、クレアは思わず、クリス()から貰った一振りのコンバットナイフを祈るように握り締める――。

 

「――兄さん……。――っ!?」

 

 反射的なその祈りと同時。その祈りが天に届いた様に、クレアは直ぐ近くで響いた発砲音に顔を上げる。

 暗がりの中、近く壁面に銃声に呼応するマズルフラッシュの明かりが反射していた。

 クレアは思わず立ち上がり、その方へと走った。

 するとそこでクレアは、ワインレッドの衣装を纏った一人の美女と相対する。

 

「あら? 未だに生き残っている人間も居たのね。存外に幸運よ、貴女」

「――貴女は?」

 

 出会ったのは東洋系の顔立ちをした美女。それも思わず艶と怜悧を併せ持つ雰囲気に息を呑み、交友の中で比肩出来そうな人物をちょっと連想できない程の美貌の持ち主だった。

 雰囲気に呑まれかけたが、クレアは意を決して名を尋ねた。しかし件の女性は取り合わず、そのまま去ろうと踵を返した。

 

「――って! ねぇ、待って! 独りじゃ危険よ!」

 

 クレアは慌ててその背中を追った。

 すると女は少し鬱陶しげな様子で振り返り、やれやれといった様子で口を開く。

 

「忠告は受け取っておくけど、生憎こちらも貴女の面倒を見ている暇は無いのだけど?」

「っ! 別に面倒を見てくれなんて誰も言ってないでしょ。それに貴方だって、この街で独りで行動するのは危険な事くらい既に理解してると思うのだけど?」

「――この場合だと、丸腰の人間と一緒にあえて(・・・)居る方が、却って危険かもね」

「――っ!」

 

 クレアの衣装を一瞥するなり、女は明らかに武器を帯びていない様子を小さく鼻で笑い、それが故に、クレアにしては珍しく初対面にして相手に対する強い怒りを内心に抱かせた。

 

(――同じ大人の美人と言っても、ジルさんとは雲泥の差だわ)

 

 クレアの中で目の前の美女は、見た目は兎も角中身は最悪という風に分類された。しかしそうした相手に対して、普段は適当に愛想良く皮肉の一つでも言って関わりを持たないクレアでも、状況だけは最悪と理解していた。加えて先ほどまで見た目の最悪な化け物に追い立てられながら、地下を這い回った強いストレスもある。

 

「ほら、コレで丸腰じゃないわ!」

 

 クレアは視線を脇にやり、女が先ほど射殺したゾンビの遺品の中から、徐に拳銃を毟り盗った。そして直ぐ近くで起き上がったゾンビの眉間に向け、拾ったばかりのFNブローニング・ハイパワーの銃口を合わせて、見せ付けるように一撃でそれを仕留めて見せた。

 

「へぇ、やるじゃない……」

 

 女は小さく感嘆の吐息を漏らした。

 事実、クレアが狙ったゾンビは一撃でその急所を的確に穿たれたからだ。

 兄から休日に習っただけの付け焼刃だが、その射撃は十分に様になっている。クレアはそうした己の腕前を見せ付けるように、女に対し無理矢理な笑みを作る。

 

「――弾の節約になったわ。よろしくお嬢さん。エイダ・ウォン、よ」

 

 そんなクレアに少し呆れた様子を見せ、女はエイダと名乗った。

 

「御丁寧にどうもありがとう。クレア・レッドフィールドよ」

「――――――レッドフィールド?」

「そうだけど、私の名前がどうかしたの? それとも見た目の次は名前を嗤うつもりかしら? イイ趣味ね」

「違うわ。どこかで聞き覚えのある名前だと思ったのよ。貴方、身内に警察関係者が居たりとかは?」

「――っ、どうしてそれを? 貴女、兄を知ってるの?」

「兄? あぁ、そういう――」

 

 エイダの指摘にクレアは思わず怪訝な表情を浮かべる。対するエイダはクレアの零した小さな情報から、どこか納得するような笑みを浮かべた。

 

「――まぁ、いいわ。私には関係のない事だわ」

「――っ!」

 

 紆余曲折を経て、二人は警察署を目指す事になる。

 しかしその間にもクレアは、幾度もエイダの持つ得体の知れなさに警戒心を抱く事になる。

 またそれとは別に、終始クレアは、エイダとはどこか性格的なやり難さを感じ続ける事になった。

 

「――ねぇ、どうして私の身内に警察官が居ると思ったの? 貴女、何者?」

「しがない“ルポライター”、といった所かしら? それとS.T.A.R.S.のクリス・レッドフィールドといえば、その界隈では結構な有名人でしょう? それとも、まさか知らなかった?」

「――――兄と違って不出来でごめんなさいね!」

「気に障ったのなら謝るわ。それより人を探しているのだけど、ジョージ・ハミルトンとベン・ベルトリッチという名前に聞き覚えはある?」

「さぁ、知らないわ! その二人は貴女の恋人の名前?」

「――そうね。まぁ、そんな所かしら」

「――っ」

 

 途中、コレまでの態度の意趣返しにと、唐突にその所在を問われた謎の二人の人物を恋人かと揶揄ったが、遂にエイダはクレアに対し、一度として動じたそぶりすら見せる事は無かった。

 平然とした顔を浮かべたまま何処へ行くとも言わずに勝手に街を闊歩するエイダ。

 その横顔を見て、クレアは内心で思う――

 

(――この人、何者?) 

 

 性格的に合わない事もさる事ながら、ゾンビや怪物とは別の得体の知れなさをエイダに感じたクレアは、その後暫く地下下水道に居た時とは別のストレスを抱え続ける事になった。

 

 

 

 

 市内の明かりは、そのほとんどが既に無く。

 その為、屋内の明かりには電池で動く災害用のランプと、窓の外から差し込む月明かりが使われていた。

 しかし薄く明かりの中でも床にぶちまけられた大量の血痕と、その中に倒れこむ一人の男の亡骸は、一際眼を引く異様な存在感を放っていた。

 

「――この店は()が?」

「あぁ、お察しの通り。この人が店主のロバート・ケンドだ。まぁ、今はこんな様だから俺が店長代理をやってるがな」

「――っ」

 

 『ケンドの銃砲店』の敷居を跨いだ瞬間、レオンは目の前に飛び込んできた異様な光景に思わず絶句した。そんなレオンに対し、ゾンビの返り血で全身を紅く染めたジョーは、何気無しにと言った様子で淡々と答えた。

 ジョーの様子は先程の激昂振りとは打って変わって、不気味な程に落ち着き平静である。しかしその異様な躁鬱の落差は、レオンにはひどく痛ましいモノを感じさせた。

 店内に残された凄惨な光景と、ジョーの語る淡々とした事の顛末――。

 その二つから、レオンは『ケンドの銃砲店』で起こった悲劇を大まかに察した。

 しかしジョーの身に起きた悲痛な出来事を察すれば察する程、レオンはその余りにも酷過ぎる話に上手く掛ける言葉が見つからず、

 

「――それは、辛いな」

 

 と、ひどく不器用で飾り気のない相槌を打ち、悲痛な顔で月並みな感想を零すしか出来なかった。

 

「同情してくれてありがとよ。ま、そんなわけで店長が逝っちまったわけだから、今はバイトの俺が店の代理をやってる。悪いけど杜撰な対応でも我慢してくれよ、ストレンジャー(新人さん)

「“ストレンジャー”は止めてくれ。俺の事は“レオン”で良い。こうして運よく知り合えたんだ。これからは御互いに信頼しあっていこう」

「いいね。そういう腹積もりならこっちも協力を惜しむ気はねぇ」

「助かるよ」

 

 レオンは探り探りでジョーとの距離感を図る傍ら、何気なしに店内を見やる。

 また同時に、この時レオンの脳裏では、警察学校で学んだ非行少年に対するマニュアルのページが次々と捲られていた。

 自分が経験豊富な警察官だったら――という贅沢こそ言わない。しかしせめて多少の経験はあって欲しかった。多少の経験さえあれば、少なからずこの目の前に居る『心に傷を負った少年(ジョー・ナガト)』に対し、適切な言葉も見つけられたかもしれない。

 そんな新人故の至らなさを、まさかこんな形で痛感する事になるとは夢に思わず、レオンは目の前の痛ましさ(・・・・)に思わず胸を痛める――

 

「――とりあえず今なら全品100%OFFでの価格で提供出来るが、どうする?」

「それはありがたい。あと、出来れば武器以外に情報も扱っているとこっちは嬉しいんだが……」

「あるよ。そっち(情報)の方も無料で提供出来る。で、何から聞きたい?」

 

 レオンの内心を知ってか知らずか――

 ジョーは本来の顔の上からペイントを施した様な、ピエロ染みた笑みを見せて尋ねた。

 

「――この街で一体、何が起こった?」

「正確には、なぜ住民が“ゾンビ”になったか、だろ?」

「――っ!」

 

 レオンは意を決して尋ねた。

 しかしジョーはレオンの要求を精確に看破してのけ、その眼を正面から見据えながら訂正を促した。

 

「知っているのか?」

「まぁ、ある程度は。俺が知ってる事はそんなに多く無いけど――」

 

 するとそこでジョーは自嘲にも見える笑みを浮かべた。その意は決してレオンには理解出来ぬ領域にあり、見様によってはある種の狂気を感じる笑みだった。

 光の一切を封じ込めたジョーの持つ黒い眼を前に、レオンはこれから己が暗い深遠を覗くのだと自覚する――

 

「あぁ。そうだ。――教えてくれ」

 

 しかしレオンは、表に出そうになった内の動揺を噛み殺し、知り行く事を選んだ。

 ――知らずにはいられない。

 生来持ち合わせる正義感が、レオンを『主人公』に変えた。

 

「じゃあ、手始めに……『洋館事件』って言葉を聞いた覚えは?」

「いや、初耳だ」

「なら、話はそこからだな。少し長い話になる、まぁ、何処でも適当に座って楽にしてくれ」

 

 ジョーは熱の薄い淡々とした語り口調で、ラクーンシティで起きた惨劇の顛末を語り始めた。

 事象のみを並び立てる語りの中に感情の起伏はなかったが、その内容はレオンの内に強い義憤の火を点した。

 

 

 

 

 『洋館事件』の顛末と、近日のラクーンシティの状況――。

 その凄惨に過ぎる内容を望み通りに受け取ったレオンは、内心でジョーが密かに予想した通り、その顔に強い驚愕と義憤を浮かべて沈黙した。

 

「――俺が知ってるのは大体こんな感じだ。『洋館事件』の生き残りから直接語り聞いた話だから信憑性は高い」

「――っ、そうか」

「荒唐無稽に聞こえる話だが、こうして(・・・・)ゾンビ共に周囲を囲まれると、流石に吹かしには聞こえねぇ」

「――っ、そうだな……っ!」

「………………」

 

 真実を語った事で、ジョーはレオンに対し、アンブレラ社に対する強い怒りを植え付けた。若干そこの順番が前後した様な気もするが、それでもジョーは、この瞬間この場所に己が在る事の意味を見つけたような気がした。

 ゲーム本編ならばこの場所でレオンに出会い直接話をするのは役目はロバート・ケンドに与えられている。しかし、それが果たされぬ“世界”だったからこそ、此処に立つ役目がジョーに与えられた。

 たったそれだけの行いを成す為に“奇妙な記憶”が芽生えたとしたら――

 此処に到る為だけに己の人生があったとしたら――

 

(――あぁ、くだらねぇ。本当にしょうもねぇ)

 

 俯瞰して他人事の様に嘲笑ってやらねば、耐え切れない程のやるせなさだ。

 そんな感想を抱きつつ、ふと義憤に眉を寄せるレオンの表情を無言で見やる。

 ジョーはこの時、『もしもこの先の未来をレオンに語ったら、一体どんな顔をするのだろう?』という悪戯心が芽生えるのを感じた。

 

(――さて、どうする?)

 

 ジョーは何気なしに宙空を眺めた。

 ジョーがレオンに対し語った内容は、事情通の市民が知っていても不自然には思われない程度のモノ。所謂『氷山の一角』でしかない。少し前に食品倉庫でジルに語ったモノと同等だ。

 しかしジョーという存在は、その気になれば(・・・・・・・)未来予知に等しい精度で、事件後のレオンについても語ってやる事が出来た。

 狂人の戯言だと思われぬ程度に聞き手(レオン)に配慮し、意図して出し渋りを選択した真実の一端。しかし何れ来るであろう己の最期を見越し、ジョーは己の知る限りの全てをレオンに語る事も密かに思案する。

 

「ぁ?」

 

 不意に視線がレオンの得物へと移る。

 何気なく視線を泳がせた先にあったのは、ジョーも知らないモデルの拳銃だった。

 

「――その拳銃って何かの限定モデルか?」

「ん?」

「こんな店で働いてるから、そこそこ銃には詳しいつもりなんだが――生憎と、それは初めて見る銃だ」

 

 なんとなく興味が湧いた。理由としてはたったそれだけの事だが、しかしジョーが何かに興味を示した事。それ自体を祝福するように、レオンは己の得物について嬉々として語り始めた。

 

「こいつはH&KのVP70と言って、現在は生産終了したモデルさ」

 

 H&K社の開発した38口径の自動拳銃。

 それはレオンの言うように、現段階では既に生産が終了したモデルの銃だ。

 開発当時は革新的とも言える設計によって破格の装弾性を持たせてあり、後付の改造パーツと専用のストックを併用すれば、“短機関銃”としての活躍も見込める側面を持つ。

 欠点としてストレートブローバック且つスライドの部分が大きくて重い事から、体感反動が非常に大きく、また引き金の位置が遠い上に重い為、銃撃での手振れが発生しやすく連続して狙いを点ける事が難しい――

 

「――要するに、“マニアック”なのな?」

「もう少し表現を変えてくれないか? レアだとか、珍しいとか――他にも言い方はあるだろう?」

 

 意図せず始まったレオンのレトロ拳銃への薀蓄に対し、ジョーはレオンの趣味を端的に変わっている(マニアック)と称した。

 どうやらレオン・S・ケネディという男は相当なガンマニアであると同時に、その趣味は最新型より生産終了したモデルの方に傾くタイプであるらしく、その趣味は正直、性能本体を見るタイプのジョーには少し理解し難いモノがあった。

 故に、ジョーが下した評価を聞いて趣味への理解を得られなかったと察したレオンは、そこで少々不満げな顔を見せた。

 

「マニアックって評価は元カノを思い出すから、出来ればやめてくれないか?」

「実際“マニア”なんだから、そこを否定する必要あるか? まぁ、そんなに珍しい銃なら、手に入れるだけでも結構な手間が掛かってるのは理解できるし、実際に実用してる辺りに凄みを感じるけど――」

「判ってくれるか? こいつのお陰で当時の彼女に『そんな趣味にお金を掛ける前にもっと他に構う相手がいるでしょう』って文句を言われてな……」

「なんだ? デートの費用でも使い込んで買ったのか?」

「――――いや、恐らく俺に買って欲しいブランド物でも見つかったんだろう。女って奴らは、何かにつけてコストの支払いを要求してくるからな」

「車みたいにか?」

「――っ!」

 

 不意にレオンは思い出したような怒気を内から発した。

 その様子を見たジョーは、思わずこれらの話題や車に関する事から、レオンが最近破局した原因がその辺り(・・・・)にあるのではと密かに推察した。

 レオンは溜息混じりに言った。

 

「まさしく車と同じさ。――ただし、あれこれと口を挟んで来ないだけ、車の方がマシかも知れないがな」

「随分と実感が篭ってるな?」

「泣ける話さ……」

「………………ふーん」

 

 楽しげに愛銃を語った様子とは一変して、今度は昔の女の事を強く疲れた様子で語るレオン。

 その様子にジョーは、意外な程溢れているレオンという人物の年相応の若さと強い人間性を感じた。

 それはレオンがゲームに登場した人物というジョーが無意識に取り付けていた気持ちのフィルターを外し、彼らもまた()と同じで、この世界で確かに息づく一つの生命だと認識させるモノ。そして彼らを『主人公』だから大丈夫という盲目的な信頼を預けてはならない、常に死にかねない限りある命を持った存在だと、強く実感させるモノだった。

 

「――と、まぁ、本当に泣ける話さ……」

「いや、話を聞いてる限りだと、俺には元からそういう(・・・・)手の掛かるモンを好んで趣味にしてるとしか聞こえないんだけど?」

「ん?」

 

 ジョーは思わず、対等の人間としてレオンの吐き出す元彼女への愚痴に言葉を挟んだ。その明確な意見――それまで希薄で適当な相槌を打っていたジョーからの明確な“否定”というリアクションに対し、レオンは驚きの混ざる怪訝な表情を浮かべた。

 

「どう聞いても相手の都合に振り回されるのを楽しんでるだろ? 愚痴ってる内容も半分惚気だし――。物凄い未練タラタラじゃん?」

「――はっ。そんなわけあるか!」

「意外に散々大泣きして別れたのはレオンの方なんじゃねぇの? 」

「っ! 知った風に言う……」

 

 レオンは鼻で笑う様に言い返すが、続けられたジョーの台詞に図星を指摘されたのか、レオンはそれ以上の反論を飲み込んで視線を逸らした。

 

「あ~。話を戻すが、そろそろ武器の用立てをしてもらえるか? 気に入ってる銃だが、これ一丁だと流石にきつい」

 

 レオンはVP70を手に、店内に残った武器を探るように視線を彷徨わせた。

 

「――――グロックなら倉庫で何丁か余ってたけど使うか? (露骨に話を逸らしたな……)」

「それは助かる。見せてくれ」

「あいよ、ストレンジャー」

 

 ロバートの死により半ば自棄になりかけていたジョーの精神は、知り合ったレオンとの何気ない会話を切っ掛けに段々と本来の調子(・・)を取り戻しはじめた。

 それまでは気にしなかった全身の血の汚れをひどく不快だと感じる様になったのは、その際たる例であろう。また何気なしに床に横たわるロバートの遺骸に眼をやり、片手間でも一応荼毘に付してやろうとも思い始めた。

 

「――とりあえず鍵を渡すから、適当に地下の倉庫か作業場でも探してみてくれ。もしかしたら掘り出し物があるかもしれない」

「あぁ。恩に着る」

「なに、構う事ねぇさ。ただし、VP70なんて言うマニアックな種類のガンパーツを期待するなよ?」

 

 ジョーはポケットから取り出した店の鍵束をレオンに投げ渡し、それから改めて己が射殺したロバートの遺体に向き直り、身形を簡素に整えて短く合掌した。

 レオンはそうしたジョーの行動を悲痛な眼で追った。しかし無粋に言葉を掛ける様な事はせず、ジョーに倣い、しかし自身は胸の前で小さく十字を切って黙祷した。

 

「さて。まぁ、こんなモンで十分だろう」

「あぁ、今のこの街だと、それだけでも十分な弔いになるさ……」

「んじゃ、俺はレオンが家捜ししてる間にちょっと血の汚れを落としてくる」

「あぁ、期待させてもらう」

「ついでにグロック以外に倉庫の中で使いたい装備(モノ)が見つかったら、好きに持っていくといい……。どうせ俺達以外に使う奴なんて居ないからな。遠慮はいらねぇって店長も許すだろうさ」

「あぁ、改めて礼を言うよ。それと――」

「ぁん?」

 

 踵を返して店の二階にある住居スペースに引っ込もうとするジョーの背を引きとめ、レオンは真剣な表情で言った。

 

「俺達は必ず生きてこの街から脱出をする。いいか? 俺達二人、必ず生きて(・・・)だ。――それを忘れるな?」

「………………あぁ」

 

 ジョーはこの時、何故だか不思議と殆ど重さを感じていなかった二つの遺品――

 “コルト・アナコンダ”と“ライジングサン”の二丁の重さを強く意識した。

 



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19 駆け抜けて到った先に

 エイダとクレアは奇縁によって結ばれ、何故か道中を共にする事になる。両者にはそれぞれ不思議と『赤』を連想させる何かがあったが、しかし似て非なるからこそ生まれる『嫌悪』とも言うべきか、何故だか両者の相性は決して良いとは言えなかった。

 知り合ってから既にそこそこの時間が経っているが、それにも関わらず両者の間には、多少なりとも生まれて在って然るべき友好な雰囲気の類が欠片も見当たらなかった。

 道中の会話は無いに等しく――。しかし実際、何か話題が在ったとて、エイダの方は適当な相槌で答えをはぐらかすし、クレアはそうした応対に腹を立てて自ら口を閉じる。実際、二人はそうしたやり取りを此処に来るまでに幾度か繰り返していた。

 エイダは秘密主義なのか己に関する事を深く探られるのを嫌った。

 クレアはそんなエイダの語る自らの来歴全てに対し直感的な不審を抱いていた。

 結局『互いに互いを信頼せず、しかし互いの度胸と武器の腕前だけは信用している――』そんな終始冷め切った関係こそが彼女らには最も都合が良いのだろう。

 

 終始無言の道中、立ち位置の関係から自然とエイダが右を、クレアが左側を警戒した。

 その関係と信頼の置き方には幾度目かの十字路を過ぎ、数えるのも億劫な程のゾンビの群れをやり過ごした所で慣れた。

 半ば惰性の様に続く関係に楔が打ち込まれたのは、まさにそんな頃である。

 

「――た、助けてくれっ!」

 

 進行方向にある脇道から突然、血を流した男が現れ、クレア達に助けを求めて来た。

 その突然の登場に対してクレアは思わず銃を構える。しかし直ぐに男の衣装がS.T.A.R.S.戦闘服である事、その所属を示す腕章を確かに帯びている事に気づいた。

 

「――っ!? 貴方、まさかS.T.A.R.S.の隊員(ヒト)……?」

 

 クレアは男の正体が兄と同じS.T.A.R.S.に所属する隊員だと知り、直ぐに銃口を下げる。しかしクレアとは対照的にエイダは、自らの進行方向(・・・・)の先で傷を負い、そして助けを求めて逃げ延びてきた男に対し、終始厳しい視線を向けたまま決して銃口を下ろそうとはしなかった。

 加えて、

 

(――――ブラッド・ビッカーズ。まさか、まだ生き残っていたなんて……)

 

 エイダはクレア以上の洞察力で男の正体を看破すると同時、ブラッドを含むS.T.A.R.S.の残存隊員全てに対してアンブレラが、それなり(・・・・)の賞金を懸けた事を思い出した。

 ジル・バレンタイン、クリス・レッドフィールド。アンブレラが特に抹殺を望む先の二名に比べて、ブラッド・ビッカーズに懸けられた賞金額は、それよりは幾らかは格落ちしたレベルだ。しかしエイダの所感としては、それでも迂闊に外を出歩くのは避けたくなる程度にはある。また、それ程の懸賞額を首に懸けられた男が現在の自らの弱体を隠そうとせず、しかも自分達の進行方向から走って逃げてくる事実――。

 エイダの持つ直感はこの時、脳裏に“酷く嫌な予感”を描かせた。

 

「――ねぇ。一先ず、銃口を下げたらどうなの? どう見ても彼は敵じゃないわ」

 

 クレアが叱責するように言った。

 しかしエイダは依然強い警戒心を周囲に向けたまま、

 

「そうね。敵ではないけど味方にするのは避けた方がいいわ。それと、直ぐに此処(・・)から離れた方が良い――――」

 

 そう返してより強く警戒の視線を走らせた。

 

「一体、何を言って――――」

 

 クレアがそうエイダに対して困惑の視線を向けたまさにその時、

 

「――っ、うぁぁああああああっ!」

 

 ブラッドが街中に響くような一際大きな悲鳴を上げた。

 

「なによ、一体!?」

 

 クレアはブラッドの様子にただならぬモノを感じて、一度は下げた筈の銃を再び握り構える。その直後、

 

「グオオオオオァアアッッ!」

 

 エイダが密かに懸念した“脅威”が、夜空より飛来した。

 慟哭と共に襲来した追跡者(ネメシス)を見た瞬間、クレアは絶句し、エイダは顔から余裕を消し、ブラッドは素早く踵を返して脱兎の如くその場から遁走する。

 

「――スタアァアアアアズッッ!」

 

 獲物は三つ――。しかしその咆哮が意味するように、追跡者とはS.T.A.R.S.に対し放たれた猟犬にして追跡する者(ストーカー)である。

 

「うあぁああ―――ッ!」

 

 故に追跡者(ネメシス)の注目は、当然ブラッド・ビッカーズへと向けられた。

 必死の形相で真っ先に駆け出したブラッドに対し、追跡者は死を宣告するが如き深い唸り声を発すると同時、その右腕から伸びる触手を凄まじい速度で発射した。そのネイルガン(釘打ち機)が如き初速で撃ち伸ばされた追跡者の触手は、単純な速度にてブラッドの全力疾走を容易く凌駕。脱兎の如く疾走するブラッドの背にあっさりと触れた。

 

「がはっ!?」

 

 ブラッドは背後より叩き付けられた衝撃によって、大きく体勢を崩した事を自覚する。反射的に頭を護ろうと防御を固め、同時に浮遊の最中、顔面から前方のアスファルトの路面にダイブする事を予期した。

 

「――っ!? ……ぇ……ぁ…………は?」

 

 しかし衝撃への備えは無意味と化した。予想した痛みは何故だか訪れなかったが、その変わりに『力強いナニカによって身体が支えられている――』という自覚をした。

 ブラッドは正しく己の状態を認識をするより早くに、助かったと無意識な安堵を浮かべる。実際、転倒による大怪我からは、確かに救われていたからだ。

 ――――しかし事実を正しく認識した際、その楽観は霞のように消えた。

 

「ぁ……嘘、だろ……」

 

 背中から胸に向かって、胴体を醜悪な触手が貫いていた。己が路面に吹き飛ばされずにすんだのは、その胴の中心を穿つ追跡者の触手が、“偶然”ブラッドの身を支えたからだ。そのあまりに残酷な現状を認識した時、ブラッドは遂に恐怖と込み上げる凄まじい痛みを自覚する。

 ――思わず悲鳴が込み上げる。

 

「――――あぁああああああああああああッッ!!」

 

 絶叫と同時、ブラッドの身体を貫通する追跡者の触手が大蛇のようにうねる。

 それは伸び切ったゴムが反動で元の位置に帰る様に――、伸ばした舌で虫を捕食するカメレオンの食事の様に――、一切の抵抗の余地無く、獲物として追跡者(ネメシス)の眼前に吊り出される為の予兆だ。

 

「嫌だッ! やめろ、止せぇえ死にたく無い、助けぇぁあああああっ!」

 

 痛みが意識を明白に保ち、意識が最悪な想像を加速させ、想像は痛みを掻き消す程の恐怖を生み、恐怖は更なる悲鳴を誘発した。

 軽々と持ち上げられ、足元からは地面の感覚が消えた。

 ブラッドの身体は軽々と宙空を舞い、そしてブラッドが想像した通りに追跡者の眼前に吊り出された。

 

「ああああああああああああああああぁっ!!」

 

 これより始まる処刑を想像してブラッドは泣き叫ぶが、追跡者(ネメシス)は片手で宙につるした猫の反応を観察する様にその凶相を近づけ、ブラッドが正しく抹殺対象(S.T.A.R.S.)であるかを確認するようにその吐息を吐きかける。

 

「……スタァアズ?」

 

 程なく、確認が終わった。

 蛇のようにうねり狂う複数の触腕を展開。その鋭利な先端が吊るされたブラッドの腹膜に次々と突き立てられ、大よそ人体から漏れるとは思えない異様な破砕音が周囲一体に響いた。

 反射的に四肢を痙攣させて瀕死を示すブラッド。しかし追跡者の拷問のような処刑は、執拗にその生命力の残滓が完全に消滅するまでは続けられる――

 

「…………っぁ」

 

 そしてクレアは図らずも突然目の前で繰り広げられた余りに残酷な処刑から、反射的に眼を背けた。引きつった悲鳴が喉の奥から漏れ、恐怖によってまともに身動きも出来ずに立ち竦む――

 

「何をぼさっとしてるの!」

 

 しかし強引に腕を引かれた事で、我を取り戻した。

 同時にエイダの鋭い叱咤が飛ぶ。

 

「とにかく逃げるわよ! 走りなさいっ!」

「――っ!」

 

 来た道を逆走し、二人はブラッドが絶命するまでの短い時間を全力でその場から遁走する事に費やした。

 

 

 

 

 ジョー・ナガトの手記 その7

 

 親父と店長がそれぞれ残した二丁の『切り札』。

 口径も規格も異なるそれらを両足の新しいホルスターに収め、僅かながらに弾薬の補給が出来たモスカート(グレネード)と今までの相棒38口径のベレッタを肩に。

 ついでに背中に背負う形になったが、此処に来る道中で拾った大振りのマチェットナイフが一振り。

 ――こいつが中々使い勝手がいい。

 とりあえず店の倉庫からありったけの銃弾をかき集めた。

 身綺麗にしたし、腹ごしらえもすんだ。これで出発準備は全て整ったと言える。

 やり残しはないと思う。

 寧ろ、ここまでの準備をやっても死ぬなら、もはや素直に諦めた方が良いだろう。

 そんな感じで、少しだけ開き直ってみる。

 少し前の俺なら、何が何でも生き延びてやると言えたかも知れないが、ロバートが死んだ事で“死”に対して達観した考えを持てる様になった。

 そもそもの“前提”として、この世界がクソだったという事実に俺は気づくべきだった。

 ゾンビに食われて惨たらしく死にかねない『世界』という前提があるとどうだろう? 使命も何も背負ってない癖に長生きする為に頑張る事が、あえて苦しみを助長するに等しい行いに思えてくるだろ? 速やかに痛み無く死ねる事が、意外に幸せに思えるだろう? 少なくとも俺は、そう思った。

 やるだけやって、ダメならさっぱり諦める。もう、それでいいじゃねぇか。頑張ればそれなりに生きるし、頑張らなかったらあっさり死ぬ。所詮、俺はその程度の存在だ。

 どこぞの神様は自殺が罪深いとか言ったが、俺に言わせればそんなモン知った事じゃない。

 悔い改めて欲しいなら、まずは人を救ってみせやがれってんだ。

 だから俺は少し肩の力を抜いて自由に生きてみる事にした。

 害してくる奴らを絶対に許さないし、その報復は絶対にする。そして命は必ず『自決』で終わらせる。

 そう心に決めて死ぬ時は自分の意思でと断固たる決意を固めたら、意外に心が楽になった気がした。

 

 誰かに無理やり口を塞がれる形で死ぬのは気に入らない。

 殺されてやるのだけは甚だゴメンだ。

 だから重要なのは、いつでも己で自決出来る様、弾丸を握っている事。

 

 この世界を救う役目は『主人公』の領分であり、多分レオンとかジルとかクリスとかの仕事。

 俺に出来るのはそういう連中を邪魔しないようにして、そして死なない程度になるべく手助けしてやる事くらいか?

 

 さて、俺がラクーンで手記を書くのは、これで最後になるだろう。

 もしもこの手記に俺が何かを書き込む日が来るとすれば、それはこれから先のレオンの頑張り次第だ。

 レオンはどうしても俺を生かしたいらしい。

 生きる事自体が地獄だと気づいた後ではなんとも傍迷惑で余計な御世話にも聞こえるが、個人的にそういう人間は嫌いになれない。

 まったく、かっこいい主人公だ。

 

 だから俺は、一先ず俺の命をレオンに託してみる事にした。

 賭けに負けても自決する時が来ただけで、そう大した問題じゃあない。

 

 もしもレオンが生きて朝日を拝ませたなら、俺の勝ち。

 ついでに、そのまま覚えている限りの“記憶”を駆使して、歴代バイオの主人公達を全力で支援してやろうとするか。

 この腐った世界の未来を台無しにして、延々とシリーズが続く前にぶっ壊してやろう。

 

 さぁ、その好きな方を選べ、クソ野郎(ジーザス)

 

 俺の腹は決まったぞ?

 

 我等をお救いくださいマザーファッカー。

 

 アーメン(くたばれ)

 

 

 

 

 ケンドの銃砲店の裏口から道なりに進んだ先に、鉄のフェンスで覆われた空き地がある。普段は近隣の若者が屯して、雑談やバスケットボール等に興じていたりする場所だ。しかし現在、その空間は例の如く無数のゾンビによって占拠されていた。

 裏口の扉を開いた所で二人は無数のゾンビの呻き声を耳にするが、しかし居並ぶ両者の顔には恐怖よりも強い決意がある。

 

「――行けるか、ジョー?」

 

 と、レオンが問う。

 傍らに立つジョーはその問いに短く、「問題ねぇよ。――そっちは?」と逆に尋ね返した。

 

「――無論、問題ない」

 

 連中の殺し方は既に知っている。気合も銃弾も豊富。必要なのは運だが、逆に言えばそれを除く準備は全て終えている。そうした反抗の意思を諸共装填するが如く、レオンはロバートが使っていたモスバーグを手に、薬室に素早く12ゲージのショットシェルを送り込んだ。

 

「だったら案内は任せな。最短ルートで突破させてやる――」

 

 レオンの返事を聞き、ジョーは左手の38口径のベレッタと右手の大型マチェットを握りなおし構える。

 呼吸を整え、

 

(じゃ、行って来るぜ……店長)

 

 と、チラリと一瞬。背後の店を振り返り、心中でロバート(恩人)に対する最後の別れを告げる。

 

「行くぞ!」

 

 ジョーの合図で、二人は足に力を込めた。

 命を懸けた最後の脱出(ラスト・エスケープ)――その始まりである。

 

 走り出して早々、薄暗い路地に亡者が立ちはだかる。

 

「――ったく、何処にでも湧きやがるな!」

 

 呆れの混ざる暴力的な笑みを浮かべ、ジョーが近接戦闘に都合した大振りのマチェットナイフを一閃する。その一撃で途中で立ちはだかった若人ゾンビの顔面はスイカのように弾け飛ぶが、代償に大きな破砕音は避けられず――、結果的に周辺で屯するゾンビの活性化を促す事になった。

 

「あぁ、本当にふざけてるよ!」

 

 蹲る様子から一変し、次々と起き上がるゾンビ達を前に、レオンはジョーの台詞を心底肯定した。生存者の接近に気づいて次々と活性化するゾンビの厄介さと醜悪さは、ラクーンシティに来てからまだ日の浅いレオンも十分に思い知った事だった。

 チラリと脳裏を過ぎる街に来て早々の思い出に一度舌打ちして、レオンは再度、ジョーが先導する路地の先を見据える。

 途中、金属フェンスにて隔てられた小さな空き地が在った。

 

「多すぎるだろ、おい――っ!?」

 

 その空き地の中には無数のゾンビの姿があり、流石に目を覆いたくなるとレオンは声を荒げて呻く。

 その言葉にジョーは鋭く警告を発した。

 

吐瀉物(ゲロ)を踏むなよ、ストレンジャー!」

 

 ゾンビの吐き出す吐瀉物は、街の酔っ払いの吐き出すモノとは威力(わけ)が違う。下手に掛けられようものなら火傷では済まない上、まして足に食らおうものならソレこそ最悪。脱出の足が文字通り潰される事になるからだ。

 その忠告に頷きレオンはゾンビを吐きかける吐瀉物を避けながら、ジョーの駆けた道を全速力で追った。

 空き地の脇を通過――、

 しかしそれから程なく走った辺りでレオンは気づいた。

 

「――っ!? おい、この先は行き止まりだっ!」

 

 行き先にあったのは路地の出口ではなく、出口を封鎖する一台の大型車両だった。

 それに気づいたレオンは思わず叫び、

 

「ジョー、どうする?」

 

 これまで進んだ来た路地を振り返って周囲を牽制する様にショットガンを構えた。

 周囲には空き地のフェンスを叩く騒音に混じり、ゾンビ達が止め処なく胃酸を吐き散らす音が響いていた。

 強酸の吐瀉物により脆くなった金属フェンスが、押し寄せるゾンビの力で圧壊する光景を幻視するレオンは苦悶を浮かべた。

 しかし対照的にジョーは淡々と言う。

 

「別にこんなモン、乗り越えりゃすむ話だろうが――!」

 

 その返答に怪訝な表情を浮かべて振り返るレオンの目の前で、ジョーは実に鮮やかな人間離れした動きを見せた。

 数歩程後退して助走距離を稼ぐや否や、疾走と全身のバネを駆使した跳躍でもって軽々とバリケードの屋根に飛び乗って見せたのだ。

 

「――――跳馬の種目でメダルを取った事は?」

 

 その余りに鮮やかな動きに対し、レオンは思わず警戒を忘れてぼやいた。対しジョーは、自らの行いにも関わらずその成功に酷く驚いた様子で、「――ねぇよ」と苦笑いを返す。

 ――その直後、二人の後方でフェンスが圧壊する音が響いた。

 

「――っ!?」

 

 振り返ったレオンの目に、次々と路地に這い出てくるゾンビの群れが映った。

 

「――連中を蹴散らして空き地を抜けて行くルートも無いわけじゃないが、こっちから行く方が圧倒的に早ぇ」

 

 そしてジョーがポツリと言った。同時にバリケードの上からベレッタの引き金を三度引く。

 放たれた弾丸は行進のように迫るゾンビの群れに対し、その先頭集団の膝を的確に破壊するという結果を見せた。

 また先頭集団の転倒によって後続も次々と転倒――、その隙を突いてジョーはレオンに手を伸ばした。

 

「態々、遠回りする必要はねぇだろ?」

「――――違いない!」

 

 レオンはモスバーグを一旦ジョーに投げ渡して両手を開けた後、全身の筋肉をフルに使って跳躍。そして差し伸ばされたジョーの手を掴んでバリケードの上に立つ。

 

「――っと!」

 

 ふと気づけば、バリケードの反対側にも喧騒を聞きつけたゾンビが群がり始めていた。ジョーは一旦渡されたモスバーグの銃口を詰め寄った群れに向けた。

 至近距離からの12ゲージシェルの威力は圧巻で、纏めて4体のゾンビが吹き飛んだ。

 

「とりあえず道を開けるか……」

「じゃあ、コイツは返すぜ」

 

 ジョーはレオンにモスバーグを返却すると同時、改めて長らく愛用する38口径モデルのベレッタを取り出した。

 高台から眉間を狙い、一方的に進行を妨げるゾンビを次々に間引くジョーの顔には笑みが浮かんでいた。

 

(――最初のセーブポイントに着く前に散々死んだからな)

 

 それは過去の己に捧ぐこの世界へのささやかな報復を果たした笑みであった。

 

 

 

 

 路地を抜けた後はそれなりに開かれた道が続いた。

 道中で立ちはだかるゾンビの集団に対し、レオンは複数を巻き込むような立ち回りでモスバーグの引き金を引いた。

 対照的にジョーは、左腕で構えた38口径のベレッタにてゾンビの膝を破壊、そして動きが止まった所を見計らって彼我の距離を詰めると、右腕のマチェットナイフを豪快に振るってその頚椎を割断するという方法で、ゾンビを狩っていた。

 殆ど弾を使う事無く、マチェットナイフの威力を駆使してゾンビを軽々と破壊して見せるジョーの動きは、先ほどのバリケードでの印象も相まって酷く曲芸染みていた。

 その動きはある意味で理に適っている。それは銃弾の節約に重きを置くという意味では確かに“対ゾンビ”に特化した立ち回りである。――しかし傍から見ていると正直危なっかしい場面も多いとレオンは思った。

 

「近づくにしてももう少し安全のマージンを取れ!」

 

 幾度目かのゾンビの猛攻に対して、それをほぼナイフと体術だけで乗り切ろうとしたジョーに、レオンは思わず強い苦言を呈す。そして目の前で集団に向けて駆け出そうとするジョーの手綱を引くように、レオンは身を滑らせるように前に躍り出ると、構えたモスバーグにて集団を諸共吹き飛ばした。

 しかしその銃声を聞く否や、

 

「――撃たなくて殺せる奴をいちいち吹き飛ばすなよ。(弾が)もったいねぇだろ?」

 

 と、今度はジョーがレオンに対しての苦言を呈した。

 

「不用意に体力を使って肝心な時に走れなくなったらどうする? 体術に頼るのは、いよいよ後が無くなってからでもいい筈だ」

「肝心な時に銃弾が無ぇって事の方が、俺には怖いと思うけどな?」

 

 そうして互いの意見をぶつけ合うが、どちらが正しいかを問うのは愚問である。実際、それは両者共に正しいからだ。

 

「――じゃあ、互いの意見の間を取って、なるべく相手をやり過ごすってのはどうだ?」

 

 そしてレオンが提案する。ジョーはそれに対して思わず、バイオの基本中の基本だという感想を抱いた。

 

「――悪くないな」

 

 ジョーは思わず言った。

 

「気に入ってもらえて良かったよ」

「流石にそれは基礎中の基礎だからな」

「だったら、走るか?」

「あぁ」

 

 それから暫くの間、二人は引き金を引く回数を心なしか大きく減らす事を考え、闇雲な戦闘は避けて突破のみに重きを置いた。その様子はどこか、フットボールの試合のようであった。

 

「そう言えば――」

「ん?」

 

 ゾンビを押しのけてひたすらに前に進むと言う“作業”に飽きたのか、ジョーはふと悪戯を思い付いたとでもいう様子で、やけに唐突にある言葉を繰り出した。

 

「――実は俺の戦い方の参考は未来のレオンだったりする」

「は?」

 

 それは余りに唐突で斬新に過ぎる話題の切り出し方だった。

 当然、レオンはジョーに対しての強い困惑を顔に浮かべた。

 

「何を言ってるんだ?」

「いや、死ぬ前に予言しておこうと思ってさ。レオンは将来、レーザートラップを無傷で抜けるようになる。正直俺は、その事に財産全部を賭けてやってもいい」

「――――まるで意味が判らん。第一、ソレを俺に聞かせてお前はどうしたい?」

 

 余りに脈絡無く始まったジョーの予言とやらに、レオンは呆れた様子で深々と溜息を吐いてみせる。

 

「別に意味なんて無いさ。ただ、何年後かに思い出して、もしも当たってたら同情したくなると思っただけだ」

「――同情?」

「もしもスペインで友達に会えたら迂闊に再会に喜んでないで周囲を警戒したほうがいい……俺から言えるのはそれだけかな? ――あぁ、それより見えたぞ。アレだ」

「――っ!?」

 

 それは今は狂人の戯言の様な話だった。事実、この時のレオンにはそれが、過酷な状況の中で生き残ってきたジョーが精神を平静に保つ為の処世術の類だという風に解釈した。またそれ以上に注目するべき点をジョーがマチェットナイフの刃先で指した事で、レオンの意識はその方に向いた。

 そこには貴族の邸宅にも似た白亜の巨大な建物があり、その屋根にはライトアップされたR.P.D.の文字が見える。

 

「あそこか……」

 

 ラクーンシティ警察署。

 それに向けて再度気合を入れて足を踏み出そうとした時だった。

 

「――っ、うぁぁああああああっ!」

 

 突如、夜空に甲高い悲鳴が轟く――。

 

「っ! なんだ、一体!?」

「この声は、確か――――」

 

 悲鳴に対し、レオンは反射的に視線を周囲に走らせた。

 ジョーは悲鳴の主の声にどこか聞き覚えがあるという予感を感じた。

 警察署の近くで死ぬキャラクターについて微妙に思い出せそうな事があると、ジョーはふとその事に対して記憶の底を堀り探る。――しかし唐突にその腕をレオンによって引かれ、

 

「――っ」

「何をぼさっとしている! 止まるな、走れっ!」

 

 レオンの叱責を受けると同時、ジョーは背後から疾駆するゾンビ犬集団の足音を耳にした。

 思わず振り返り、状況を理解し、ジョーは思わず目を見開き――

 

「マジかっ!」

 

 驚愕を吐息に混ぜる。

 背後から接近するゾンビ犬集団には、大型のシェパードやドーベルマンという死した“警察犬”の姿が無数にある。加えてその全てが不潔でテラテラとした血の光沢を全身に纏っており、例外なく口から涎と胃酸を吐き散らしていた。

 それらが吼え猛って突進する様子に、

 

「ジョー、急げっ!」

「判ってる――!」

 

 原始的且つ、甚く本能的な恐怖を感じた。

 二人はその場から脱兎の如く遁走を始めた。

 

 路上に捨てられた車両から路上に漏れた可燃性の燃料が悪臭漂う炎を作り、それが赤々と闇夜の大通りを照らす。

 途中は二人は度々背後に対して牽制の弾を放ち、間一髪の所でラクーン警察署の敷地内に滑り込む事に成功した。

 余談だがその走りは数日前、ラクーンスタジアムにてシャークスのエースランナーが見せた渾身のタッチダウンを髣髴とさせた。

 

「クソ犬がっ!」

 

 警察署の巨大な門を潜ったと同時――。レオンとジョーは直後に踵を返して、開け放たれていた格子状の鉄門を強引に蹴り閉じる。結果、無数のゾンビ犬はその突進の勢いを途中で殺せぬまま、強く勢いの乗った格子状の鉄門に向かい、次々と派手な音を立てて激突した。

 激突の勢いで数匹が絶命したが、それでも生き残った数匹が、寸前で逃げられた獲物に向かい懸命に吼えた。

 しかし既に、鉄の格子に阻まれ唸るだけの存在にもはや脅威は感じない――

 レオンはグロック17を抜き、ジョーはベレッタを構え、それぞれ三度引き金を引いた。

 喧騒が止み、後方から迫る憂いを完全に断ち切った事を確信し、レオンは安堵の吐息を漏らした。

 

「――危なかったな?」

「あぁ」

 

 ジョーも短く同意した。

 

「――相変わらず金の掛かってる場所だ」

 

 そして改めて、長く目的の地と見据えたラクーンシティ警察署の建物を見上げた。

 遂に辿り着いたその白亜の建物に、どこか美術品のような荘厳さがあり、事実そこは古くは美術館である。

 公僕の仕事場に似つかわしいかはさておき、事実を踏まえて考えると、その建物に受けた印象自体は意外に的外れでは無いのかも知れない。

 ジョーがそう考える傍らでレオンは、入り口の荒れ果てた様子に小さく溜息を漏らす。

 

「――ひどいな、これは。見てみろ」

「ぁん?」

 

 玄関前の中庭には無数の死体と血痕、そして異常な数の空薬莢が転がっていた。

 砕かれたバリケードの破片を蹴って退かし、ペンライトの明かりを使って路面を照らすと、門を潜って直ぐの場所に色の濃い複数のタイヤ痕が散見できる。

 この場所で行われた死闘が容易に想像できると、レオンは僅かに眉間に皺を寄せた。

 

「行こう」

 

 気を取り直してジョーは短く、先に進む事を促した。

 点々と続く血痕を辿りながら署の玄関扉を潜ると、二人は早速、吹き抜けの巨大な玄関ホールを目の当たりにした。

 

「此処を使うと決めた奴は、中々イイ趣味をしてるらしいな?」

 

 来賓を迎えるように設置された『水瓶を担ぐ巨大な女神像』と、水の抜かれた大きな噴水。レオンはその二つを見て、皮肉るような苦笑を漏らす。

 

「――此処の署長は納税者を馬鹿にしてるって有名だからな」

「なるほど。金の掛かり具合が違うのはそういう(・・・・)事か」

 

 この場所(元美術館)を使うと決めた署長の趣味によって、署内にはその造りに相応しい美術品や独特の仕掛けが幾つも存在する。

 ジョーからそんな風な注釈を受けた事で、レオンは大まかにだが署長の人物像を察し、納得した。

 

 足元を見ると大理石の床にはまだ転々とした血の跡が続いていた。

 自然と足はその方へと運ばれ、そして二人は噴水の奥にある受付カウンターのデスクに蹲った血まみれの人影を発見する――

 

「――マービン、か?」

「っ!?」

 

 ジョーはその人物の事をよく知っていた。他ならぬジョーに対し、直接電話を寄越して街からの脱出を促した人間に他ならず、またレオンにとっては本来ならば数日後に“上司”になる予定の人物だった。

 

「マービン!」

「おい、しっかりしろ!」

 

 ジョーとレオンは鋭く呼びかける。するとマービンは白濁とした眼を開き、息も絶え絶えな様子で身を起して二人を見た。

 

「っ……うぅ……誰だ?」

 

 マービンは反射的にピクリと右手に握り締めたガバメントを構えようとするが、寸前で相手を味方だと気づき、直後にその手をだらりと降ろした。

 

「遅いじゃない、か……。あぁ、それとそっちは、噂の新人、か。まったく、不運な奴だ……」

 

 マービンは諦観の篭った笑みを浮かべた。

 

「此処で何があった? 此処に逃げ込んだ他の連中はどうしてる!?」

「落ち着け、ジョー!」

「あぁ、リタに託してほとんどの連中は逃げた筈…だ……。此処は、もう安全とは言えない……。直ぐに――――」

 

 直後、微かな銃声が建物内で響いた。

 ジョーとレオンは反射的に周囲に視線を走らせた。

 

「銃声? 何処から――」

「おい、ケネディ…よく聞け! 署長に気をつけろ。アイツが……あのクソ野郎は……ッ!」

 

 銃声を耳にすると同時。

 マービンは突然、瀕死とは思えぬ力強さでレオンの手首を掴んだ。

 そして直ぐ脇にあるタイプライターを駆使して作ったであろう複数枚の書類を手に取り、それを託す様にレオンの手に握らせた。

 

「アンブレラの連中を告発する裁判で……証言として使えるはずだ! 俺に証言出来る限りの事は、全て書いてある……! 上司として、最初で最後の命令だ。コイツを持って……ジョーを連れて街から脱出しろ……! ……警察官としての、本分を、果せ……ッ!」

「――っ! マービン!」

「頼むぞ、ケネディ。……それと、ジョー。ジョージの事……すまな、い……」

「っ!」

 

 それぞれに言葉を残した後、マービンは力尽きた。

 レオンは反射的にその姿勢を正し、ジョーは唇を噛み締めて無言でマービンに黙祷を捧げた。

 

「マービン。アンタを尊敬するよ。部下として、ちゃんと働いてみたかったぜ……」

「気持ちは判る。この街で非行に走ろうもんなら必ず一度は説教と拳骨を食らう。そういう人だった。まったく、知り合いが死ぬのに立ち会うのは何回やっても慣れないな」

「あぁ、そうだな……」

 

 それは死を覚悟しても、死ぬ前に出来る事を立派にやり遂げた男の姿だった。

 

 男は最後の力を振り絞って書き残した報告書には、ラクーンシティで起こった生物災害の状況や、その後に発生したブライアン署長の発作染みた狂気の行動の一部始終。

 そして混乱の渦中で発生した“化け物”等に関する仔細が、克明に記録されている代物だ。

 託された意思を受け継ぐように、レオンはマービンの報告書を懐の深くに仕舞い込む。

 

「――他にも生存者がいるかもしれない。まずは一通り此処を探索してから、その後で街からの脱出ルートを探そうと思うんだが?」

「あぁ。いいと思う」

 

 先程、署内で響いた何者かの銃声も気になると、ジョーもレオンの提案に賛成した。

 

「――と、なると」

 

 ジョーは吹き抜けの先を見上げた。見える位置に階段は無いが、ホール奥の壁を伝うように、二階の通路から災害用の梯子が降りているのが見えた。

 

「どうする? 手分けして別々に動くか?」

「いや、それは避けよう。マービンによると、油断できない脅威が近くに居るみたいだしな」

 

 ジョーの提案にレオンは真剣な顔できっぱりと言ってのける。

 ジョーは反射的に、脳裏に数時間前に相対した追跡者(ネメシス)や、この先の展開的に登場するであろう“暴君”や“G”と名の付く怪物達の姿を脳裏に描く――

 

「――っ!」

「待て、人だっ!」

 

 突如、けたたましい音を立てて正面入り口が開かれた。

 反射的にジョーは得物を構えたが、レオンが鋭く発砲を制止するように叫んだ

 しかし、その言葉が無くとも恐らく発砲はしなかっただろう。

 事実、

 

「――――クレア?」

 

 ジョーは走りこんできた人物との面識があった。

 そして何よりその登場に眼を丸くした。

 

「ジョー? ジョーなの!? よかった! 此処には貴方達二人だけ? エイダは――彼女は此処にまだ来てないの?」

「なに?」

 

 息も絶え絶えな様子で走りこんできたクレアが、反射的に口走った『エイダ』と言う名前を聞いて、ジョーは強く困惑した。

 ジョーの知る限りで、クレアとエイダが直接交流するシナリオは存在せず――

 しかし逆に“レオン”にとってはその生死を大きく左右する程に重要なキャラクターとなる。

 

 予期せぬタイミングでの要素の追加にジョーは思わずベレッタを構えたまま絶句した。




み てい


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20 目覚める二面性

18話ぐらいから書き直してます。


 報告書 9月26日

 

 ゾンビの突然の襲撃により死亡者.負傷者を多数輩出。

 またその際に通信機器が破損して外部との連絡が不可能になる。

 被害の拡大を防ぐと同時、署内に残存する生存者を救助する為の反抗作戦を決行。

 

 以下、作戦討議内容を記述する。

 

 ・武器・弾薬の確保

 度重なる怪事件の影響から署長は暴徒化した市民のテロ活動を懸念し、武器庫を占拠された場合を考慮して一時的に武装を署内各所に散らす判断をした。

 しかし不幸にもそれが災いし、弾薬の所在が把握できなくなっている。

 署内の安全確保の為にも、可及的速やかに各所に散らばった弾薬を集める事が優先される。

 

 

 ・武器庫ロックの解除 

 上記の理由によって弾薬の確保は酷く困難を極めるが、地下の武器倉庫にはまだその多くが保管されている可能性が高い。

 問題は武器庫管理職員が現状は行方不明であり、ロック解除に必要なカードキーの所在が分からない事。また度重なる戦闘により、一部発電機が停止して特定区画の電子ロックが機能していない事の二点が挙げられる。

 鍵の所在を把握すると同時に動力室にて電力の回復を図らなければならない。

 

 

======

 

 

 報告書 9月27日

 

 午後1時頃 署内に展開したバリケードの一部がゾンビの攻勢により破損。残存職員はまことに遺憾ながら一部民間協力者の手を借りて、この大規模戦闘を乗り切る事に成功する。

 一時的に負傷者を1F押収物倉庫に匿う事で被害の拡大を防ぐものの、今回の戦闘で12名もの被害者が出た。

 

 追加報告

 

 上記の混乱の際に侵入したと思われる“怪物”の出現によって、上記12名とは別に更に3名の死亡を確認する。

 

 怪物の特徴を以下に列挙する。

 

 ・全身の皮を剥いだかのような異様な容貌。

 ・非常に攻撃性能の高い鋭利な爪。

 ・体長を優に超える伸縮自在な舌の存在。

 ※特に舌を槍のように操っての攻撃は非常に危険性が高く、複数人の身体を貫通する程の威力有り。

 

 便宜上、この舌の怪物を“舐める者(リッカー)”と呼称する。

 しかし幸いにも一部民間協力者の中には“リッカー”と交戦した経験を持つ者が複数存在した。

 彼らを一時的にアドバイザーとして採用すると同時、以後対策を協議する。

 

 以下、リッカーに有効と思われる対処法。

 

 ・非常に聴覚が優れている反面、視覚が鈍いと予想される。その為リッカーと遭遇した際、まずは慌てずに一度その場に待機して、不用意な物音を立てない事が重要になる。この際、小物を投擲するなどして自身から注意を逸らす事も有効だと思われる。

 ・戦闘が避けられない場合、急所と思われる胸部の臓器を速やかに破壊し、これを殲滅する事が最も望ましい。しかし目撃証言の多くから、リッカーは匍匐姿勢で活動する為、弱点を狙う場合は一度その姿勢を解除する必要が有る。

 ・匍匐姿勢の解除にはショットガンの使用、または優れた聴覚に対してのカウンター効果を狙って、スタングレネード等の音響武装の使用が特に有効と思われる。その後運よく急所を露出させた後の攻撃については、支給の38口径クラスのハンドガンでも十分な効果が見込めるだろう。しかし安全に配慮してリッカーと交戦する場合は、やはり45口径以上の大口径の使用を推奨するモノとする。

 

 

 記録者 デビッド・フォード巡査

 

 

 

 

 飛び込んできた人物がジョーの()()()()だと知り、レオンは「――知り合いか?」と確認するように尋ねる。

 

「レオンと同じで、運悪くこのゾンビ騒ぎに巻き込まれた可哀想な“ストレンジャー(余所の州の人間)さ」

「――間違ってはいないけど、その言い方の他にないの?」

 

 ジョーの言い回しにクレアは整った細い眉を露骨に顰めた。

 

「そんな風に邪険な対応をされる覚えは無いんだけど?」

 

 続けられたクレアのその言葉にジョーは短く「悪い」と返した。

 しかしその謝罪はどこか上の空であった。

 程なくジョーはクレアに対する応対もそこそこに、独自の思考に耽って意識をクレアやレオンから外して別の所へに向け始めた。

 それは何か重要な“新事実”に気づいたかのようであった。

 

「――――ねぇ、何かあったの?」

「さぁ、な」

 

 ジョーの顔に苦悶のような苦い感情の色が浮かび始めた。その様子に目ざとく気づいたクレアは思わずレオンに尋ねるが、レオンにしてもジョーの事は『よく知っている』とは言い難い。少し悩んだが結局はクレアと同様、レオンもジョーの様子に首をかしげる事しか出来なかった。

 レオンがジョーと出会った当初、それに対する印象は『血に酔って狂った怪物』のようであった。しかしその後、腹を割って話してみると落ち着いて『理性的な応対をする賢者』のような一面も強く感じた。

 口を開けばやや諦観の混ざった皮肉を言うし、態度は斜に構えて一見すると享楽的で刹那的な印象を受ける。しかし実は、その生存に対するバイタリティーは舌を巻く程凄まじく、今日までの地獄をジョーは単身で生き延びている。

 ――今の表情は『賢者の側』である。それがクレアとの再会を機会に()()()()()の危険を察知した。レオンはそう納得する事にして、暫くジョーの事は放って置く事にした。

 溜息を一つ吐いたレオンはジョーからクレアへの応対を変わるようにして歩み寄る。

 

「――まぁ、なんにせよ合流出来てよかった。丁度、俺達以外の生き残りを探そうとしてた所だったんだ。俺はレオン・スコット・ケネディ。見ての通り警察官だ。怪我はないか?」

「えぇ、大丈夫。何処も噛まれていないから。クレア・レッドフィールドよ」

「それは良かった」

 

 強い疲労の色こそ見えるが、確かに健やかに見えると、レオンはクレアの返事を受けてホッと密かに安堵する。

 しかし続けられた、

 

「よろしくね、()()()()()()

「いや、“レオン”で構わない……。生憎とまだ着任したばかりの新人(・・)でな。市民に畏まって貰うような仕事は一度もやった事がないんだ」

「そうなの?」

 

 クレアが向ける“敬意”や“信頼”といった“尊敬”の念に対し、レオンは思わず小さな自嘲を浮かべた。

 

 クレアからは“警察官”そのものに対する強い信頼と敬意が伺えた。また当然、その感情は新人とはいえ制服を纏うレオンにも強く向けられていた。

 向けられた信頼と感謝に対してレオンは、少しだけ目を逸らしたくなった。

 

「もしも警察官に感謝する事があるなら、そのお礼は向こうで眠ってる俺の先輩(・・)に頼むよ」

 

 と、レオンは示唆するように顎先でクレアの視線をホール奥へと誘導した。するとクレアの目に、蹲ったマービン・ブラナーの姿が映った。

 

「――――彼は?」

「彼は死ぬまで俺達生存者の為に尽力した俺の先輩さ。必ず生きて街から脱出しろ――彼の遺言だ」

「そう……」

 

 市民ならば、おしなべてマービンの遺言を受け取る資格があるとレオンは思ったのだ。

 そしてクレアは正しくその意図を汲み取った。

 クレアは静かに目を伏せてマービンに対し黙祷を捧げた後、

 

「それじゃ、私の事は“クレア”で良いわ。新人さん」

 

 改めて名乗った。

 

 

 

 

 街からの脱出という目的を同じにする一同だったが、まずは体力の回復を優先した。

 三人の中でも特に消耗の大きかったクレアは、水瓶を担いだ女神像が鎮座する噴水の縁に腰を下ろし、レオンはその休息の片手間にクレアから深く事情を聞く事にした。

 生存者――エイダ・ウォン

 クレアが語るその人物こそ先ほど聞いた“銃声”の正体だとレオンは半ば確信していたからだ。

 

「とりあえずジョーと別れて地下に逃げ延びた辺りから、順を追って話すわね」

 

 クレアはそう前置きした後、本日昼頃に発生した追跡者との遭遇戦――ジョーも当事者たる戦いから脱した直後の出来事を順に語り始めた。

 真剣に聞くレオンとは裏腹にこの時、ジョーは未だ己の意識の大半を内側へと埋没させていた。

 

(――――正直、コロッと忘れてたぜ)

 

 クレアの口から『エイダ・ウォン』という名を聞くまでの間、ジョーはエイダの存在をまるで意識していなかった。というのも、『要所要所で重要な仕事をする割に、シェリーと違い同行する時間がほとんど無い』からだ。

 ジョーは記憶の底を浚うように更に意識を己の内側へと向ける。すると確かにエイダ・ウォンは、目の前の2人(レオンとクレア)が『主人公』を勤める『バイオハザード2』に登場していた。しかもシナリオ上かなり重要な局面でレオンの闘いを援護し、更にはその行動によってレオンの窮地を救うという立場に在った。それ程の重要人物を忘れていた事に対する言い訳としては、影が薄いと感じているのではなく、その印象が弱いのではなく、単純にその行動全てに“謎”が多いからだろう。少なくとも、ジョーはそんな結論を出した。

 主人公(レオン)のラクーンシティ攻略に多大な貢献をする一方で、その“行動”以外の情報が余りにも希薄。故に行動そのものに関する覚えはあれど、個人としてのエイダ・ウォンには『謎』しかない。

 

(もしもこの先、ゲーム通りに事が運んだとして――、それでももし何処かでエイダが死んだらその時点で詰み(・・)か?)

 

 ふと、ジョーは思う。バイオハザード伝統の『ラスボス戦にてロケットランチャーを投げ渡す』役目。また更にそれ以前の『途中()()()()()()()で負傷をしたレオンを気まぐれに治療』する場面。街から生きての脱出に際し、()()()()エイダの影の動きを失えば、当然それが困難を極めると――。

 しかし同時に何故だか『まぁ、簡単には死なないだろう――』という妙な信頼と楽観も感じた。

 

「………………」

 

 誰もがいつ死んでも不思議で(おかしく)はないこの現実の世界。“シナリオ”やら“キャラクター”だという演出を当てに行動する事の馬鹿馬鹿しさを、ジョーはこれまで幾度も己に啓発した。

 その意味ではエイダ・ウォンとて『死』は例外ではないと、そう考えるのが妥当だ。

 しかし設定として死を定められていた“ある人物”は、ある意味で正しく死んだ。ジョーの知る限りではロバート・ケンド(恩人)がそれだ。

 ロバートとて、定めどおりに死したわけではなく、ジョーの知るシナリオとは全く別の場所で、しかもシナリオとしての役目(主人公との邂逅)を果たす事無く死んだが、それでも死は正しかった。

 その意味で言うと、逆に“エイダ・ウォン”は()を定め付けられている。しかもプレイヤーの分身であるレオンやクレア(主人公)とはまた別の立ち位置で。

 

 一体何が、その生と死を分けるのか?

 

 ジョーの思考はだんだんとそうした答えの出そうに無い『テーマ』に思考が逸れ始めた。

 

「――――まぁ、シンプルに考えるか」

 

 ロバートの死をきっかけに、ジョーは危機感が失せると闘いに費やす労力を消費するような形で、ひどく己の思考に費やす時間が増えて行った。

 答えの出ない疑問に時間を費やす無為に気づき、深い吐息に混ぜながらぼやくように結論を吐き出すと、

 

「――っ? 一体、何の話だ?」

 

 レオンは思わずと言った様子で首をかしげた。

 

 レオンは真摯な態度で新米警察官なりの事情聴取を行い、クレアの話すエイダの特徴から脳内でモンタージュを作成するように、その情報を統合している最中だった。また首をかしげるレオンとは対照的にクレアは、『話、聞いてなかったでしょう?』と呆れた瞳でジョーを睨んでいた。

 

「あぁ、すまん。邪魔したな。大した事じゃない、続けてくれ」

 

 クレアの視線を受けてジョーは一先ず頭を下げる。

 そして今度はしっかりとクレアの話に意識を裂いた。

 

「――――じゃ、話を戻すけど、確か彼女、人を探しているみたいだったわ。避難者が集まっている場所を探して警察署(此処)に来る事に同意したから、たぶん」

「探し人の名前は?」

「えっと、ごめんなさい。一度聞いただけだから流石に――」

「いや、気にしなくていい。思い出せる範囲の事でも十分に手がかりになる。例えば、見た目とか――」

「それなら彼女、ジョーと同じ黒い髪の色をしていたわね。それと年齢は恐らくレオンよりも上。あと、癪だけど物凄い美人だったわ」

「ほぉ」

 

 エイダの特徴を思い出す際、クレアは何気なく髪の色の例にジョーの名を挙げる。

 ジョーは何気なしに己の前髪を掴んで色を確認した。対しレオンは、エイダの情報に『美人』という要素が付け加えられた事でほんの僅かに声を弾ませる。

 

「服装はワインレッド色で、何処で買ったのかは知らないけど、スパイ映画に登場するエージェントみたいな感じ。身体のラインが浮き出る感じと言えば判るかしら?」

「凄いじゃないか。良くそこまで覚えているな?」

「――――ねぇ、レオン。鼻の下、伸びてるわよ?」

「っ!?」

 

 レオンの脳内でエイダ・ウォンのイメージがどのような形で仕上がったかは一切不明――、しかしクレアが軽蔑の視線を送ってその眉を顰める程度には下品な想像だろうなとジョーは思った。

 クレアの険を含んだ視線に気づき、レオンは一度咳払いをする。

 

「あーいや、なるほどな! 情報の提供に感謝するよ、クレア!」

「――そこまで悦ばれるとは思わなかったけど、一応『どういたしまして』と言っておこうかしら? 警察への協力は市民の義務だものね」

「あぁ、さっきの銃声は間違いなくエイダのモノだと思う。早く助けてやらないとな。きっと彼女も助けを待っている筈だ」

「えぇ、そうね。そういう事にしておくわ。――――本当、男って単純」

「――――ちなみにだが、ジョーはどう思う?」

「お前、このタイミングで話を振るんじゃねぇよ、ストレンジャー(バカヤロウ)

 

 軽蔑するように唸るクレアの声を意図して無視して、レオンはジョーに同意を求めた。またその流れに併せるようにクレアのジト目もジョーの方へと向く。

 ジョーは思わず大きく溜息を吐いた。

 そして、

 

「まぁ、銃声の正体が件のエイダ・ウォンかも知れないっていう推測には、俺も同意する。――確認するけど、ハンドガンの類は持ってたか?」

 

 クレアの手の中にあるENブローニング・ハイパワーに視線を移した。

 入手経路は不明だが仮にエイダがクレアに武器を渡して、自身のその後は無手だったとは流石に考えづらいモノがあるとジョーは推測する。

 そしてジョーが半ば確信を持ってそれを尋ねると、クレアは当然と言った様子でそこに肯定の返事を返した。

 

「そういえば銃で思い出したけど……なんと言うか彼女()()()()荒事に慣れてるって雰囲気があったわ」

 

 口では驚いて見せるが内心では『――だろうな』とジョーは納得した。

 対照的にレオンは新たに付け加えられたエイダ・ウォンの要素に、少しだけ驚きを見せた。

 

 

 

 

 報告書 9月27日

 

 僅かな希望を求めて一人の職員を外へと送り出す。

 『応援を呼びに行く』と自ら作戦に志願した彼女の勇気を我々は深く尊敬するが、あまり期待はするべきではないだろう。

 作戦会議室にゾンビが侵入し、幾度目かの戦闘が起こる。

 その際の戦闘で職員4名の死亡が確認されたが、同時に行方不明者も多く、もはや残存する職員や民間人の数を正確に把握する事はできない。

 これ以上の篭城をするにも武器弾薬の確保に失敗し、度重なる異常な戦闘による疲弊と混乱で、もはや我々は死を待つばかり。

 その中で次善策として前々から挙げられていた『下水道』を脱出路に使う提案が再度協議される。

 

 当警察署の地下から下水道に抜け、処理場へと抜けることの出来る場所がある。

 そこにヤツらがいないという保証はどこにもなく、無謀だとしか言いようが無い。

 しかし一抹の希望に全てを賭けて、地下への脱出を決意する者が複数存在した為、我々は彼らを送り出した。

 

 地下に向けて出発した彼らの時間を少しでも稼ぐ為、東側オフィスの唯一地下へ行ける扉は施錠する。

 合鍵は西側のオフィスに保管されているが、署内西側ブロックは度重なるゾンビの襲撃と、それにより発生した電気系統のトラブルで、警備システムに誤作動を起こしている。

 内部には低濃度ではあるが神経ガスが充満しており、現在は完全に封鎖されている。

 ヤツらの知性では鍵を探し出して使用する事は考えられないだろうが、それは我々にしても同じ。

 

 この情報が役に立つかは不明だが、万が一に備えて記録しておく。

 

 

 記録者 エリオット・エドワード

 

 

 

 

 ブライアン・アイアンズの手記

 

 

 9月24日

 

 アンブレラの奴らは私の街を滅茶苦茶にしやがった!

 もうじき街はゾンビだらけになる。

 私も恐らく、アレに感染しているだろう。

 クソっ! こんな所で死にたく無い……!

 道連れだ!

 街の人間は一人残らず道連れにしてやる!

 私一人が死んでたまるか!

 私一人が死ぬというのに生きて脱出なんてさせてたまるか!

 全員、ぶっ殺してやる!

 

 

 9月25日

 

 署の内部を混乱させることに成功した。

 外部からの支援が来ることはもはや、ない。

 これだけ初動対応に遅れが出れば、街の連中は絶望的だ。

 署の内部にある脱出路も既に封鎖してある。

 作戦室で生き残りの連中が、必死に脱出計画を練っているようだが、無駄な事だ。

 もう誰も生きてこの街を出る事はない。

 そんな事は私が絶対に許さない!

 

 

 9月26日

 

 まだ署内で抵抗してる奴らが居る。無駄な事を……。

 しかしそれとは別に、私の元に朗報が届いた。

 あの美しい市長令嬢が此処を訪れたのだ。

 この知らせにより、私の余生は決まったようなもの。絶対にあの美しい身体を手に入れてやる。そしてあの身体を剥製にして眺めながら逝くのだ。

 あぁ、悪くはない。死に方としては最高だ。あの娘に会う度、私はあの美しき身体をどうやって手に入れるべきかと幾度も妄想に耽っていた。その願いが現実になる。最高だ。

 

 一つだけ問題があるとすれば、やはり下のフロアに居る連中だ。忌々しい事に彼女の周辺を馬鹿共が常に警戒している。

 ブラナー、ライマン、エドワード、ついでに彼女の知り合いと思われる民間人のクズ共――。

 まったく無駄に数ばかりが揃っている。

 あの美しさを手に入れる為に私は、奴らを尽く排除しなければならない。

 そうしなければ近づくことすら出来んとは――クソッ!

 

 どうにかして奴等を排除しなければならない。冷静になれ。チャンスは必ず巡って来る。

 そう、冷静になるのだ、私……。

 

 混乱に乗じて既に外部との連絡手段を封じた。

 地下に残る車両の殆どはパンクさせてある。

 既に自力での脱出は不可能だ。

 結局は時間の問題なのだ。

 

 

 9月27日

 

 バリケードに細工を施すと、想像通りにゾンビ共は封鎖を食い破ってくれた!

 下の奴らは大慌てで再封鎖を施したようだが、もう遅い。

 今回の騒ぎで忌々しい取り巻きが10人も死んでくれた! 

 そろそろ狩ってやる事にする。

 下のフロアの奴らはまだ何かを企んでいるようだが、そうは行くか!

 この混乱に乗じて忌々しいS.T.A.R.S.のオフィスごと西側ブロックにたっぷりと神経ガスを散布してやった。

 今頃は西側でせせこましく動き回る連中の大半が死屍累々。致死性こそ低いが、その状態でゾンビ共に襲われてはひとたまりも無いだろう。

 この混乱で何人死ぬか見物だな。

 あの美しい肌にゾンビ共が傷をつける前に決着をつける。

 その前に絶対に確保してやる!

 待っていろオルガ・エリザベス・ウォーレン……お前の美しさは私の手で永遠になるのだ!

 

 

 

 

 デビット・フォード巡査の手記

 

 俺が覚えているのは射撃が得意だった殺人課のメイヤーだ。

 アイツが死んだのは俺が逃げ遅れそうになった時、俺を助けようとしてゾンビの群れに応戦した時だ。

 死んだ理由は他でもない。俺が奴を置いて逃げたからだ

 奴は俺の名を呼びながら「戦え!」と叫んだが、俺はその声に背を向けて耳を塞いだ。

 背後から聞こえてくるアイツの絶叫と、素手で海老の皮を毟るような破壊音が頭から離れない。

 仕方ないだろ、恐ろしかったし、怖かった……。

 まぁ、言い訳としても最低だな。

 

 メイヤーの事もあったから、今日の俺は殊勝にも西側バリケードを突破したゾンビ共を大量に片づけた。

 ウイスキーで景気をつけながらだがな。

 連中のアホ面に向けてモスバーグをぶっ放しまくってやったぜ。

 散弾なら纏めて一気に挽肉(ミンチ)に出来る。

 テンションが派手に上がって俺は歓声を挙げながら奴等の挽肉を大量に拵えてやった。

 まぁ、途中で仲間に止められたが――。

 

 よく見るとゾンビと一緒に同僚が数人巻き添え食らって足元に転がっていた。

 正直、もう、いいじゃねぇか、いまさらよ?

 どうせ死ぬ前のパーティーなんだから、派手に逝こうぜ?

 俺が楽にしてやった仲間は3人。ついでにゾンビやら、あの“舌の化け物”に殺られた奴らの数を含めると両手の指でも足りやしない。

 仲間の数はそのくらい減っている。

 

 そんな状況でも数時間後にまた会議室でくだらない検討をする連中には、本当に頭が下がる。

 だが、俺はもう付き合う気は無い。

 

 あぁ、頑張っていると言えば、あの豚野郎(署長)の事だ。

 

 あの野郎、市長の美人令嬢が来た瞬間、コロッと態度を変えて作戦室に現れやがった。

 ふざけやがって……。

 俺達の間ではとっくの昔に死んだ筈の奴だったのに!

 

 アイツの所為であの美人の秘書も誰にも何も言わずに警察を辞めちまってた。

 あんな良い娘が、俺達に一言も言わずに黙って辞めちまうなんて相当な事だ。間違いなく あの豚に何かされたに違いねぇ……。

 あぁ、思い出したらぶっ殺したくなる。

 

 この酒がなくなったら、さっさとあの世に逝くつもりだったが、気が変わっ

 

 

 

《血で汚れ、これ以上は読めない》




祝 バイオ2RE

REって、絶対『レジデンド・イーヴィル』っていう意味も含んでるなぁと思った。
トレイらーを見た感じ、多分バイオ7的な感じかな?
めっちゃ怖いやん……。
レオンがフォースに目覚めそうな顔してるし、クレアが歴代で一番かわいくなってる。


あとサイトにある設定とか街の再考証とかって、もう拙作に致命的な要素というか、半ばオリキャラ化しているマービンやら、市長令嬢の娘に名前とか出てきたら超困るんですけど……。

こちとら時系列の整理や、アウトブレイクでの西側オフィスが封鎖と神経ガスが撒かれている状況を含め、警察署の探索どうしようかとつじつま併せに必死だったのに……。

公式でそこらへんについて整理されるとかあるともう、ね……。

頑張って考えたあれやこれやが無駄なんじゃというか、恥ずかしいというか、馬鹿みたいというか……。

なん か、

 おれ そう


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