おぉばぁろぉど? (はんでぃかむ)
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日没~

 初めて歩く森の中、青臭い土の匂いと葉の腐ったような臭いが交じり、どことなく不安を感じる。

 視界は暗闇の中であっても真昼のように見渡せる。昼との違いは陽の反射があるかどうか位だろう。

 頭上は鬱蒼と生い茂る樹冠が続き、厚く重なった葉の隙間からでも今が夜で、空が晴れ渡っていることはわかる。隙間から漏れる月の光では、森にかかる暗闇の一部をもはらうことはできていない。

 

 アンデッドになり精神的に不安など感じることは無いはずなのに、人間の頃の残滓がそうさせているのか、森の切れ目が見えてくると少し足早になってしまう。この場所からだと森を抜けた先の道は見えず、遠くに月明かりと夜空のみが目に入る。

 森の切れ目までつくとそこは小高い丘のようになっていた。

 頭を動かしあたりを見渡すと、ナザリックより出てくる前に確認してあった通りの小さな村が見える。小さく質素な村らしくもう全員寝静まってしまったのか村には明かりは見えず、人の姿は確認できない。

 

 嘘だ。人がいるどころか、家屋が燃え果ててできた残骸と、死臭が漂う一帯と化している。

 

 遠隔視の鏡により村を発見した時点で、村は騎士に襲われていた。セバスにどうするかを聞かれたが、横にはアルベドもいたためナザリックの安全もわからない状況で村を助けに行くべきではないと判断した。その結果、村は消滅した。

 

 森に沿って廃村へと近づく。しもべに偵察させ、村に誰もいないのは確認済みだ。

 もしかしたらこの村を確認しに来た者を監視するために、何かしら仕掛けや人を置いていった可能性も考慮したのだが。モモンガが訪れる前に入念に、村の外に至るまで調べさせた結果、そのような形跡は見つけられなかった。

 

 村の中に思わしくない反応があるせいもあって、モモンガ達は村を迂回するように移動していく。丁度村の端と森が接する位置で、二つの死体が抱き合ったまま転がっているのを見つけた。

 

 モモンガは抱き合っている死体をゆっくり引き剥がし、観察する。

 

 おそらく姉妹であろう。姉と思われる大きい方の少女の胸元には、剣で貫いた後に無理やり引き抜いたような大きな傷口があり、血が溢れ出した様が見て取れる。剣を抜くために足で抑えたのだろうか、肩には土が付着している。

 

 小さい方の少女は、抱き合ったまま貫かれたのだろう。姉の胸から剣が飛び出てきたのならこうなると、モモンガはすでに生前の面影の見えない少女の顔を見ながら納得していた。そこに少女に対する哀れみの情はない。

 

(やはり、人ではなくなってしまったのか……)

 

 無残に殺されている姉妹への悲哀を感じず、理解による納得が先に来る自分の精神の変化に戸惑いながらも、この状況ではそれでよかったと思ってしまう。

 

 モモンガは少女らの死体から目を離し、村の中央へと視線を向ける。

 

〈中位アンデッド創造・デスナイト〉

 

 モモンガは念のため、この世界のモンスターや人間の強さがわからないゆえに無駄になるかもしれないが、盾となるモンスターを召喚する。黒い霧の中からどろりと粘体の闇が溢れだし少女の死体へと吸い込まれるようにまとわりつくと、一体のデスナイトが生み出される。その異様な光景に目を奪われ、何が起こったのかを確認しようとデスナイトの足元に目を移すと、二つあったはずの死体が一つになっていた。

 

「僭越ながらモモンガ様、盾なら私がいるので問題ないかと思われますが?」

 

 モモンガの護衛のためについてきた黒い鎧を着た悪魔、アルベドだ。

 

「アルベド、敵の強さがまだ未知である段階で、お前が盾になって防ぎきれるかもわからんのだ。最初の接敵はデスナイトにいかせる、いいな?」

「はっ、申し訳ございません。出過ぎたことを申しました」

 

 深く頭を下げ、許しを請うように詫びの言葉を紡ぐ。

 

「デスナイトよ、村の中心のアンデッドを滅ぼせ」

 

 アルベドの言を聞き入れるだけで、返しはしない。アルベドは自分が盾となって死してでも逃げてもらう、などと思っていることが透けて見える。

 それがたまらなく不快でありモモンガを苛立たせた。設定を書き換えてしまったアルベドだけでなくナザリックにいる者達から向けられる、狂信的とも言えるような献身は受け入れ辛い。モモンガ自身がこの子たちに特別何かしたわけでもなく、その理由が自身の中に無いからということが大きな要因ではあるだろう。

 支配者を演じてしまうのも、しもべのためだけではなく自分のためといったところもあるかもしれない。

 

 デスナイトは、命令に従い廃墟の村の中心へと駆けていく。村が滅びたせいか、人の死体が多くあるせいかは分からないが、村の中心にアンデッドの反応がある。

 

 盾として召喚したはずのモンスターが一人で走っていく光景に僅かにあっけにとられるが、かえって都合がいいのでそのまま見送る。

 召喚物とのつながりや、命令権などの細かいやり取りについても、スキルを使用した段階で頭に浮かんでくる。召喚したモンスターとはどれだけ離れても平気そうに思えた。

 

「さて、村の調査の方はどうなっているかな」

 

 隠密に長けたしもべに村周辺の索敵をさせた後、そのまま村の調査へと移ってもらっている。この時点で村の中心にいるアンデッドモンスターは、しもべを感知できない程度の者であることはわかっていたのだが、戦闘能力に特化したモンスターである可能性も考え、デスナイトを向かわせている。

 

 デスナイトが中心部のモンスターとの戦闘を終えるまで、モモンガは村の端の方の焼け落ちた小屋や家を捜索することにした。

 

 倒れた家の壁を片手で持ち上げ脇へとずらす。一家族ほどが楽に暮らせそうな広さがあると思われる家、壁がないのでやや広さの把握に正確さがかける。

 燃え尽きずに形の残っている六人ほどで囲めそうな大きめのテーブルと鍋の乗ったキッチンのような場所、寝室があったことがわかる。この様子ではこの世界の本などがあったとしても燃え尽きてしまっているだろう。

 足で回りの炭化した木材をどかしながら、燃え残っているなかでこの世界について分かりそうな物を探す。

 

「これは硬貨かな? 硬貨にしてはやけにいびつな気もするが」

「似たような紋様が描かれたものが何枚か固まっておいてあるのでおそらくはそうかと思われます」

「金貨ではないのだな」

 

 煤けたコインを軽くこすり、色を確かめてみると銅の黒ずんだ鈍い赤茶色が見える。使い込んだせいかすでに元の色は分からないが、ところどころゆがんで折れ曲がっていたりするものすらある。

 紋様には見覚えはなく、このあたりの国のものだろうと予想する。

 

 デスナイトよりモンスターを排除した意思が伝わる。やはり、攻撃力は高くないデスナイトですら容易に倒せる程度のモンスターのようだ。

 

「大したものはなさそうだな」

 

 調査を中断し、モモンガも村の中心部へと向かう。

 村の中心部には山積みにされた、村人と思しき死体。村の者は皆殺しにされたのだろう。中心部へ来る途中にも抵抗したと思われる村人の死体が何体か転がっていた。

 デスナイトが倒したモンスターの死体も転がっているが、見た目はユグドラシルにもいたゾンビと同じもの。生きていれば明らかに行動不能であっただろう深い傷がある。デスナイトはゾンビの首をはね落として一撃で破壊したようなので、この体の傷は襲われた時につけられたようだ。

 ゾンビの残骸はすでに灰になりかけている。ゲームのように跡形もなく消えるのだろうか、それとも残骸として残るのだろうか。

 焼け焦げた臭いと死臭のなか、積み重ねられた村人の死体を興味なさげに一瞥し、モモンガはそのまま村の外、入ってきた側とは逆方向、遠隔視の鏡で確認してあった戦場跡へと向かう。

 

「こっちも死体だらけか。鎧を着ているようだがあまり位の高い兵ではなさそうだな」

「防具と呼ぶにはあまりにも粗末なもののように思えます。武器にも防具にも弱い魔法すらかかっておりません」

「そのようだな、鎧に付いている紋章は硬貨のものと同じか? あっちのは削れててよくわからなかったが同じもののように見えるが、まずはどうにかして周辺の状況を知るべきだろうな」

 

 戦場跡を一通り眺めると、一つ他の死体とは扱いの差が見える首のない、執拗に焼かれた死体を発見する。

 

 なぜこの死体だけ? 装備を見る限りでは周りのものとの違いは不明。しかし、もはや死体と呼べるようなものではなく、モモンガが近づくだけでその体は崩れ落ちてゆく。

 そのまま完全に灰になった死体を蹴り崩してみると、手のあった部分にここまで焼かれていても輝きを失っていない淡く輝く指輪が目につく。

 

「マジックアイテムか? 〈道具上位鑑定〉」

 

 指輪を拾い上げ、アイテム鑑定の魔法を掛ける。この世界にきて初めて発見した現地の脅威が測れるかもしれないアイテムだ。

 

「……ありえない、これがこの世界のマジックアイテムだとしたら……。少なくともユグドラシルではこんなものは作れない。ワールドアイテムほどではないにしても、これはいったい」

 

 100レベルの戦士が装備すれば、幾つかの装備を他の効果に回してもお釣りが来るほどの破格の性能の指輪。あくまで例えであるが、ユグドラシルの装備が効果を加算していくものと考えれば、この指輪は効果を乗算してくれるようなものだ。

 ユグドラシルでは再現不可能な効果、このマジックアイテムがこの世界に一般的に流通しているものなら、このような効果の装備品で整えられているとしたら。同程度の存在がいた時点で、いや、多少レベルが劣っている存在だったとしてもそれを覆されてしまう程度には強力なものだ。

 時間制限はあるようだが、それでも指輪の枠1つで済むとしたら十分に強力だ。

 早急にでもこの世界にいる存在の強さと、マジックアイテムを調べなければならない。いや、前提として自分らの使っている魔法とはまた別な魔法がこの世界の魔法なのではないか? 自分の魔法やスキルは問題なくこの世界でも使えてはいるが、この指輪があったように、他の魔法、知らない魔法、違う作成技術があったとしてもおかしくはない。

 魔法すらかかっていない鎧を着たものが持っている程度のマジックアイテムでこれならば、もっと上等なものもあるはずだ。

 

 モモンガは指輪を手に、急激に膨らむ恐怖と不安を孕んだ思考の渦に巻き込まれていく。いくら考えても危惧の念は募るばかりだ。

 

「モモンガ様!」

「っ!」

 

 完全に思考に染まっていたモモンガは、アルベドの呼びかけに対し肩を萎縮させてしまう。

 

「どうかされましたか?」

「あ、う、何でもな……、いや問題が発生した」

「一体何が」

「この指輪だ。ユグドラシルで言えば強力なアーティファクトといったところだろうか」

「モモンガ様をして強力と言わしめるほどのアイテムがこんな村に」

「見る限りでは村の物というよりも、村を救いに来たものがもっていたようだがな。こんなみすぼらしい兵士ですら持っているものだ。もしこれがこの世界の基本的なものであった場合、まぁ、危険ではあるが収集してみるのもいいかもしれないな」

 

 警戒段階は上がるが、このように自分たちでもこのアイテムを集められるならばナザリックの強化にも繋がる。厄介事などに巻き込まれないよう慎重に行動すれば、今すぐ誰かと敵対するということもないかもしれない。

 この世界の生物の強さは未知なものではあるが、もし素体としては同程度で、差はアイテムによるものだけだった場合なども考え、こちらもそれなりの準備はしておくべきだろう。

 しばらくは文明のある生物へのアプローチは最低限度に止め、あまりに込みいった調査は避けておくべきだろうか。大きな街ならば多少風変わりなものがいても目立つこと無く侵入できるかもしれない。

 

「モンスターの強さ、未知のマジックアイテム、硬貨などこの村でわかりそうなものはそのくらいか。アルベド、ナザリックへと戻るぞ、村の物品を回収させているしもべにも指示をだしておけ」

「畏まりました」

 

 戦場跡から村のほうを見る、ここからでは村は地形によって隠れてしまって見ることはできないが、もし助けに入っていればどうなっただろうかなんてことを思ってしまう。とても豊かとはいえない村を、みすぼらしい兵士が守ろうとしたのだろうか? それとも、兵士が来た時にはすでに村は滅びていて、確認に来た兵士と、侵略していた騎士がたまたま居合わせてしまったのだろうか。

 時を止めることはできても、戻すことはできない。

 

(私は、たっちさんのようにはなれませんよ……)

 

 殺された村人や兵士達への感傷は一切湧いてこないが、ナザリックを守りたいという気持ちと、かつての仲間たちのことを思う気持ちがモモンガの考えを鈍らせていた。

 今できることをやろう。そう思うので精一杯だ。知らぬ誰かを助けに入るなんて大胆さはを自分の中には持ち合わせていない。

 

 アルベドが自らの護衛についていたしもべに指示を出し終えると、モモンガはその場であたりを見渡し、一応の安全確認し〈転移門〉を開く。

 

 モモンガとアルベドは縦に長い楕円の闇へと沈んでいく。

 

 

 

×××

 

 

 

「前も話したがもう一度確認しておこう。村の調査の結果、この世界の人間が未知のマジックアイテム、それもかなり強力なものを持っていることが判明した。デスナイトが消えないなどの細々とした報告は飛ばすとして、我々はこの世界について未だ無知であると言える。よって、出来る限り人間との関わりは避けるようナザリック周辺の森林にいるモンスターや、生態系の方から調べてもらっている。かといってこういったアイテムを見つけるには、やはり人間の街にも入らねばならない。私を含め何名か街への侵入をしてもらうが、出来る限り事件や事故に巻き込まれぬよう、また起こさぬよう用心深く行動して欲しい」

 

 9階層にあるアインズの自室、今は執務室として使っている。すでに何名かにはナザリックの外、人間の領域ではない場所、で働いてもらっているが、自身が人間の街に出るにあたってこれからの行動の最終確認のために、各守護者達やセバス、プレアデスの面々を呼びつけてある。

 

「畏まりました、アインズ様。それで今回発見した街への侵入はシャルティアとともにいかれるということですが、その理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 

 廃墟となった村から帰還し回収してきたものの調査の報告を周知した後、再び遠隔視の鏡でさらに広範囲に渡って捜索を続けた結果、複数の廃墟になった村と高い城壁に囲まれた大きな街を発見した。森林の方は、俯瞰だと木があることくらいしかわからなかったので、基本的に遠隔視の鏡では草原の方を中心に映している。それでも、目的地も無く辺りを探すには、どうにも遠隔視の鏡は不向きなようである。

 

「魔法詠唱者の伴としては戦士であり神官であるシャルティアが適任であること、アンデッドの気配を隠せば人に紛れることもできること、それと子連れのほうがあまり警戒されないだろうという考えからだ」

「たしかに私は神官の役目は果たせませんが、アインズ様に万が一にも危害が及ぶようなことがあれば盾となれる私こそが適任かと思われます! 羽と角は鎧を着れば隠すこともできますし、魔法詠唱者と盾ならば伴としては十分かと! ぜひお考え直し下さいませ」 

「アルベド、私がナザリックより離れている間の管理を任せられるのはお前しかいないのだ。デミウルゴスに何を言われたのかは知らないが、あの時は納得したではないか」

「で、ですが」

 

「アウラはナザリック周辺から広範囲に渡っての地形や生物の調査、デミウルゴスは魔法を込めるための羊皮紙の代替品などの消耗品の補充に使えそうなものの調査、マーレとセバスはアウラと連携し意思疎通のできる者の確認、コキュートスはナザリックの警備、そしてアルベドはナザリックの管理、シャルティアは私と街での調査。そう決めただろう」

 

「はい……。私はナザリックの管理及び外に出た者の補助にプレアデスをまわす任務でございます」

「そうだ。まぁなにかいいものがあれば街で土産でも買ってくるから、この非常時だ、アルベドには期待しているのだ」

 

 村で回収した硬貨は銀貨と銅貨しかなかったが、戦場跡の戦士の持ち物の中には何本かの青色のポーションと金貨が含まれていた。実際にその金貨がこの付近で流通しているものかの確認と、腐るポーションの製法などを調べる必要もあるだろう。

 

「く、くふぅ、畏まりました……」

 

 羽はぴこぴこと小さく跳ねているが、その表情からは完全には納得していないことが伝わってくる。完全に納得させるにはアルベドも連れて行くしかなさそうだが、先に言ったとおりアルベドまでナザリックから離す訳にはいかない。それに、任務で外に出ているにもかかわらず、最終確認のためにだけに守護者達を呼んでいる状態で、これ以上この話で時間を潰すこともしたくはない。

 

「守護者達、それにセバス、プレアデス達よ各自任務に励むよう、良い報告を期待している。もし何か見つけたとしても何の情報もない状態での接触は禁止だ、必ず報告をアルベドに入れることいいな。それでは行動に移れ」

 

 NPCたちは礼をすると、シャルティアとアルベドを残しアインズの自室より出て行く。

 

「シャルティア、今回は目立たぬよう装備を地味なものに変えていく。それと、街では私のことはモモンと呼ぶこと、それでお前はルティだ。ある目的のために旅をしている二人組という設定だ」

「はい、二人であの街にあるマジックアイテムや武具、ポーションなどどのようなものが売っているのか調べるために街を散策するデートでございます!」

「アインズ様、やはりこの任務の重要性を理解できない脳の腐った吸血鬼などよりも、私を伴としたほうがよろしいかと思われます」

「ああ゛? アインズ様のおっしゃっていることにだらだらと文句を垂れ流すなんて、守護者統括としてどうかと思いんすがぁ?」

 

 語気は荒いが、口元にはいやらしい勝者の笑みのようなものが浮かんでいる。脳が腐っていると言われたことなど、どこ吹く風といった調子で受け流すだけの余裕が見える。

 

「くっ……、覚えてなさいシャルティア。これくらいで勝った気にならないことね」

「ふっふーん」

 

 腰に手を当て、大きく膨らませた胸をそらし相手を見下げるような格好をとる。

 

「シャルティア、すまないがその胸は目立つので、出発する前にとっておいてくれるか」

 

 あひぃ、と胸を抑え一瞬にして落ち込んだ表情になるシャルティアと、組んだ腕で胸を持ち上げ、満面の笑みを浮かべるアルベド。

 

「今回は子連れという設定、その胸も取り外せるなら取るべきよねぇ。まぁ私のは天然ものですから取り外しできなくて残念だわぁ」

「おんどりゃー!」

 

 アインズが止めるまでじゃれあっていたが、命令を出した手前自分だけがなかなか行動を開始しないのもどうかと思い、すぐに出立の準備をさせた。

 

 

 

×××

 

 

 

 無事に街まではたどり着いた。

 

 廃墟の村から帰還して、今いる大きな街に出発するまでの三日間。

 森林には野生動物や、昆虫型や獣型のモンスターなどが多く、人語を話せるモンスターはゴブリンとオーガくらいとしか接触していない。

 ナザリック周辺で発見した大きめのゴブリンの巣には、村の兵士が着ていたものより幾分かましな装備と、人骨やら獣の骨やらが転がっていた。

 ゴブリンやオーガなどは言葉を発してはいたが知能というものはかなり低いように見受けられた。しかし、その中にも少数だがはっきりと会話のできる個体もいたので、幾つか実験に付き合ってもらったのだ。

 

 人間にも勝てると豪語するゴブリンの集落はあっけなく滅び、意思疎通のできるホブゴブリンはうわ言のように意味不明な言葉を発するだけになってしまったので殺したが、この世界の常識の一部は得られたと思う、人間の常識では無いだろうと言うのが不安の種ではあるのだが。滅ぼしたゴブリンたちの死体はアンデッドの素体になってもらったり、魔法のスクロール用の素材にできるかの実験も行った。

 

 そんな常識の一部から、仮面の下にはアンデッドの顔を隠すように幻影をつくり、薄汚いように見えるローブを身にまとい、膨れた背負袋、中身は必要ないが旅仕度が詰まっている、を背負うことでいかにも長旅をしてきました風の格好で、ちゃんと検問を抜けて街へとやってきた。

 シャルティアの顔は人間のままなので平気かと思われたが、綺麗に整いすぎて検問所の兵に、どこかの国の姫の亡命かと疑われそうになったが、シャルティアがうまいこと誘導して事なきを得た。アインズの方は仮面を外すように言われ幻影の顔を見せたところ、それだけで何か納得したようにそのまま通された。

 

「この街はエ・ランテルと言うようだなルティ」

「はい、高い城壁ですが余り頑丈そうではありんせん」

 

 右肩に背負袋を、左手にはシャルティアの手が握られている。検問所や城壁に掲げられている旗に描かれた紋章が、村の戦士達の鎧についていたものと同じであることを確認し、あの村がこの国の所属であることはわかった。

 街を囲む城壁は、高く街へ入るものを威圧するように、中にいるものを守るようそびえ立つ。日は低い位置にあり街の中は薄暗いだろうと予想がつく。

 

「大きな建物も先に見えるが、いかんせん文字が読めんな。眼鏡はつけたままで良さそうだな」

 

 検問所に幾つかこの辺りの文字で描かれた羊皮紙やら看板があったが、どれも見たことがないものでただ眺めるだけだった。

 街の三重の壁を通り抜ける間に、懐から暗号を解読するための魔法が掛けられた眼鏡を取り出し仮面の下に装着する。

 

「言葉は通じるのに文字は読めないとはホント不思議でありんす」

「とりあえず、ここからでも見えるあの大きな建物の並ぶ方へ向かうとしよう」

 

 陽の光はまだ城壁に遮られ、街の中は薄暗い。

 町並みはお世辞にも綺麗とはいえない程度であったが、早朝にもかかわらず太い道には露天もならんでおり、食べ物やら小さいアクセサリーのようなものを売っているところもあった。

 服の絵の看板や、フラスコの容器の絵が書いてある看板、筆の絵が書いてある看板などを見つけながら街の奥へと進んでいくと、五階建てほどのこの街に入ってから見かけたものの中では大きめな建物の全体像が見えてきた。

 

「絵はあるのだが文字は書いてないな、入り口まで行けばわかるか?」

「剣と盾の絵でありんすね」

 

 建物の中に入っていくものもいるようだが、どれも戦闘用の装備を身に着けている。建物の前には馬車がとまっており、出発の準備のために荷物を運び込んでいるものの姿も見える。

 入り口の近くまで来ると、大きめの扉の脇に冒険者ギルドと翻訳される文字が書いてある看板がある。

 

「冒険者ギルドか、興味は惹かれるが……」

 

 冒険者という響きから探索や発見といった言葉が浮かぶが、今回の目的は街で流通しているものについてだ。建物から出てくるものに話を聞くのも良さそうだが、誰もがせわしなく動いているためそれもはばかられる。

 

「せっかくここまで来たが混雑している様子だし後回しにするか、ポーションの店がさっきの通りにあったようだし、そこまで戻ろう」

「はいでありんす、モモン様と一緒ならばどこへでもいつまでも散策していたいと思いんす!」

 

 様付けはどうするかと考えたが、別に自身の子だという設定ではなかったし、そのままでも特に注意すべき事ではないと結論付ける。

 

 元来た道を戻り、この辺では立地が良いところにあるフラスコの絵が描かれた建物に到着した。大通りに面した建物は店舗になっており、後ろにある建物は工房だろうか、一本奥の道からでないと入れないようになっている。

 入り口にかかっている看板に薬品・薬草・水薬と書いてあるのを確認し店へと入る。

 

「いらっしゃい」

 

 カウンターには一人の中年の男が作業用の前掛けをして、商品を並べている。店の中は薬草の臭いだろうか、青臭さや刺激臭が混じっている。

 

「こんにちは、ここはポーションの店であっていますよね?」

「そうだが、なんだい、この店のことを知らずに来たのかい」

 

 商品を並べていた男は、店に入ってきたアインズ達を見て一瞬驚いたように見える。しかし背負袋とローブのおかげか、すぐに気を取り直して背筋を伸ばすように反った。

 

「ええ、先ほどこの街に着いたばかりの旅人でして、少しポーションを見せてもらおうかと」

「ひと波過ぎたあとだから、今あるのは店に並んでいるだけだよ」

 

 勝手に見ておくれという風な態度で、ポーションの陳列作業に戻る。

 棚には、兵士が持っていたのと同じ青いポーションや黄色いポーションが並んでいる。値段や効能が書かれた板もあり、店の中を見渡すように一周して眺める。筋力増強のポーションやら解毒のポーション、敏捷性を高めるポーションなど効果自体はユグドラシルでも同じようなものはあった。だが、どのポーションも沈殿物や濁りが見える。ポーションの他には買い取りしている薬草の値段なども書いてある。

 治癒系のポーションは総じて青かった。

 

「ここのポーションは薬草から作っているのですか?」

「ん? そりゃポーションは薬草でつくるもんもあるだろ、お前さんが来たところにはなかったのかい」

「ええ、ほとんど魔法と錬金溶液で作ったものでしたね」

「ああ、ちゃんと魔法のポーションもあるよ。こっちの棚の澄んでいるやつがそうさ。だいぶ値は張るがね、旅人ならそうか、薬草のポーションは足が速いからね」

 

 そう言うとカウンターの後ろの棚から一本のポーションを取り出す。青い、魔法と錬金溶液と言ったことに対しての疑問がなかったことから、カウンターの裏の棚にあるポーションの素材も同じようなもので作られているのだろう、しかし赤では無く、青色。薬草のポーションは兵士が持っていたものがあるのでそれを調べさせているが、魔法のポーションも必要だろう。兵士が魔法のポーションを持っていなかったのはすでに使ってしまった後だったからだろうか。

 

「それはおいくら位になりますか?」

「金貨2枚と銀貨10枚だね」

「それより品質が良いのは?」

「あるにはあるが依頼があってからつくるものさ、店に並べてもなかなか売れないからね、効能がなくなっちまう。依頼をするなら金貨8枚からつくってるよ、もっともこの街で手に入る最高品質のものがほしいってんなら、バレアレさんのとこにいかなきゃダメだな。ここの店は街の出口にもギルドにも近いから、よく冒険者が利用してくれるおかげで量だけは揃えてあるんだがな」

 

 残念ながら、村から回収した金貨は8枚もなかった。手持ちのユグドラシルの金貨なら山ほどあるが、ここでは出せない。

 

「ふむ、金貨8枚ですか……、それでバレアレさんというのは?」

「ああ、この街に来たばっかだったな。エ・ランテルで一番有名な薬師のとこさ。お孫さんも有名でね、何でもどんなマジックアイテムであろうと使うことができるなんていう生まれながらの異能(タレント)を持ってるんでエ・ランテル全体で見てもかなりの有名人さ。でも先日、どこかの野党だかに襲われた村に幼なじみの娘がいたらしくってなぁ、気落ちして今は寝こんじまってるって話だ」

「それはお気の毒に……、私達も気をつけないといけませんね。それではそっちの棚にある方を1本もらえますか」

「あいよ、確かに」

 

 カウンターにおいた金貨2枚と銀貨を10枚を確かめると、ポーションをアインズの前に丁寧においてくれる。接客態度はさばさばしていても商品の扱いについては、プロのそれであった。

 アインズはポーションを目線の高さまで持ち上げ軽く振る、こちらには沈殿物や濁りはない。ユグドラシルのものと色違いといった感じだ。

 

「それと、この先にあった冒険者ギルドというのは何か聞いてもいいですか?」

「は? あんたら一体どっから来たんだい」

 

 常識知らずを見るような訝しげな視線を向けてくる。

 

「だいぶ遠いところからですが、やっと大きい街にたどり着きましてね」

「変な仮面をしているし、格好も旅人のようだしこの辺りの人間ではないのは分かったが、まぁ大きな街まで出てこなければ冒険者ギルドもないだろうしな。モンスター退治や、薬草採集の護衛を受け持ってくれるところさ。法の枠から出なきゃいろんな依頼を受けてくれるよ、ランクの高いものを雇えばそれなりに金もかかるがね」

「ほう、探しものなんかでもいいのでしょうか」

「平気だと思うが……危険なところにいかせるならランクの高い冒険者を雇うしかないよ」

「ありがとうございます、助かります」

「ポーションのおまけだと思っといてくれ」

 

 ポーションを背負袋に仕舞い、店から出るとまだ通っていない道に向けて歩き出す。

 

「モモン様、どんなマジックアイテムでも使うことができる人間は危険かと思われます」

 

 似非廓言葉の消えた口調で、シャルティアが警告の言葉を投げかける。

 

「ああ、わかっている。タレントだったな、マジックアイテムといいタレントといい、本当にわけがわからん」

 

 正直に言えば、あの場でタレントについても質問したいところではあったが、その後にタレントを持った子が幼なじみを失って寝込んでいるなんて話を聞かされてしまったら、流石に気後れしてしまう。

 遠隔視の鏡で見つけた廃墟の村のどれかだろうか、はたまた見捨てた村にいたのだろうか。自分には関係のないことだが、余計なところで絡んできたものだ。

 

 ポーションを買うときに放してしまったアインズの左手を、シャルティアが握るか握るまいかで手を上げ下げしているところを掴み、散策を再開する。

 

 しばらく町中をうろつきまわってみたが、完全に商店の並ぶ区画からは外れて怪しげな店の並ぶ場所まで来てしまっていた。周りには閉店中の看板こそかかっていないが、道の雰囲気からそういった通りであることがわかるくらいには、窓が付いていない部屋のある建物が並んでいるのが見受けられる。

 そんな通りで小さい子を連れて歩くというのは目を引くのか、シャルティアを見た後で、こちらにも目が向けられるのが分かる程度には視線を受けている気がする。通り過ぎた後で茶化すように口笛を吹いてくるものすらいた。

 

「モモン様、このあたりのお店に入りませんか?」

 

 わかって言っているであろうシャルティアを努めて無視しながら歩く。日もだいぶ上がってきた。

 

「土地勘のないところで闇雲に歩きまわっても埒が明かないな、とりあえずは冒険者ギルドに行ってこの街について聞くとしようか。依頼やらを受けてくれるのであればいろいろ教えてくれるかもしれんしな」

 

 細かい位置までは分からないが、入ってきた門と大通りの方向はなんとなく把握している。冒険者ギルドのあった場所は非常にわかりやすい位置であったし、大体の方向があっていればすぐに見つけられるだろう。

 入って来た側からはだいぶ離れている所まで来ていたが、道に迷うことなく冒険者ギルドの建物の前まで到着する。

 

 扉をあけ中に入ると、入って手前側のカウンターの受付嬢が何かを確認した後、声をかけてきたので促されるままに、カウンターの席につく。

 

「ようこそ冒険者ギルドへ、ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「依頼、というほどではないのですが。先ほどこの街についたばかりでして、しばらく滞在するかもしれないのでこの周辺の店の種類と位置やいい宿屋を教えてほしいのですが」

「街の案内ということですね。それでしたら銅プレートの冒険者への依頼となりますので銀貨1枚で請け負うことができますね」

「そうですか。それと冒険者について少し教えてもらってもよろしいでしょうか? 私のいたところには冒険者ギルドがなかったのでよく知らないのです」

「はい、それはこちらでご案内しますね」

 

 そのままカウンターで受付嬢から、何度も説明して慣れているであろう冒険者についての説明と注意点を静かに聞いていた。朝方、賑わっていた冒険者ギルドの前の広場は今、入ってくる荷馬車などが待機している。

 ただシャルティアは話を聞いているというより、何かをずっと見つめていた。

 

「あ、あの私の胸に何かついていますでしょうか」

 

 フードを取り、美しい顔の赤い瞳の少女から見られているとは思えない程の気持ち悪い視線が、受付嬢の胸を凝視している。シャルティアの瞳にはアンデッドを思わせる不安を煽るような薄暗い輝きはなく、熟れたばかりのみずみずしいりんごのような赤い輝きの瞳だ。だがアンデッドであることを隠せていても、その情欲にまみれたような色は隠せていなかった。

 

「もし、おんしが死んだったぅ」

 

 何を言おうとしているかを理解したアインズは、シャルティアの頭頂に手刀を下ろす。

 

「バカ、お前は何を言っているんだ」

「も、申し訳ござったぅ」

 

 再び手刀が落ちる。

 

「ご、ごめんなさい」

「本当にすみません、続けてもらえますか」

 

 はい、と少したじろいでから話の続けるが、視線を警戒してか綺麗な姿勢から少し肩が丸まってしまっている。

 

 先ほどのアインズとシャルティアのやり取りをじっと見つめていたものはいないだろうが、いや、じっと見つめていても気づいたかどうかはわからない。フードを外したシャルティアの顔を横からでも覗いてしまったものならば見ていたかもしれない。

 アインズが膝に置いていた手は手刀になって一瞬でシャルティアの頭へ振り下ろされており、シャルティアはその手刀を見てから当てやすい高さに頭を移動していたのだが、目の前にいる受付嬢ですらその視線以外はのほほんとしたやり取りであるようにしか見えなかっただろう。

 

 冒険者ギルドのドアベルが、大きな音を立てて鳴り響く。

 

「失礼、ごめんなさいね。ギルド長はいるかしら」

 

 流れるような青の神官服に、鎧をつけたような装備の女騎士とでも言うのだろうか、突然冒険者ギルドに入ってきた女性はそのまま受付の横の階段を登っていく。

 急ぎの用だろう、少し小走りになりながら音を立てて更に階上へと行く様からは、先ほどの言葉は社交辞令的な意味合いしか無く、自分には急ぐだけの理由があるという雰囲気が見て取れる。

 

「彼女は?」

「王国の最上位の冒険者チームの一つである蒼の薔薇のリーダーですね。最上位の冒険者というのは先ほど説明したアダマンタイトのプレートを託された、各国でも1,2チームいれば多いくらいの冒険者達のことですね」

「ほう、この国ではかなり強い人なのですね」

「ええ、英雄と呼ばれることだってありますよ」

 

 隣に視線を向けると、シャルティアは小さく横に首を振る。

 純粋な戦士ではないシャルティアでも、ある程度の強さは計ることができるらしい。首を横に振るということは、強者と呼ぶにはふさわしくないと判断したのだろう。

 

「この国には彼女と同じくらい強い人も結構いるのですか?」 

 

「結構というほどではないですが、同じくアダマンタイト級のチームが一つと、王国戦士長が英雄と呼ばれる域にいますね」

 

 先ほどの女性はかなりレアな人物のようだ、こんな場所で見ることができたのは幸運だろう。

 それにこの国の強者についての情報も得られた。アダマンタイト級の冒険者、王国戦士長、これからの調査にあたって警戒すべきだろう。ただ、シャルティアは強者ではないと言っていた。みすぼらしい兵士ですら持っていた未知のマジックアイテムのこともある、強者ではなくても反則じみたマジックアイテムで身を固めている可能性だって残っている。

 

「それは心強いですね。魔法詠唱者では目立つ方はいないのですか? 旅でつかうマジックアイテムなんかを買いに行く時なんかの参考にしたいのですが」

「そうですねー先ほどの蒼の薔薇のメンバーで5位階の魔法まで使いこなす方がいるらしいですが、私は見たことがないんです。この街の冒険者でしたら魔法の習熟にかかる時間が半分になるなんていうタレントを持った方がいますが、まだお若いのでこれからが楽しみな人ではありますね」

 

 またタレントか、魔法の習熟の方法を知らないせいで、かかる時間が半分になると言われてもどれくらいすごいのかピンとこないが、アダマンタイト級の冒険者で5位階という情報はかなり役に立ちそうだ。というよりも5位階までしか使えなくても英雄のチームということは、この世界の人間自体が強くはないのは確定かもしれない。もちろん、この世界の人間が使う魔法が自身の使うものと同じであればだが。後はマジックアイテムのことさえわかれば……。

 受付嬢は中断された冒険者の説明を続けているが、モンスターの難度に対して依頼を受ける冒険者がどの程度になるか、またその依頼にかかる金額などの説明をしている。

 

「冒険者についての説明は以上になります。もし冒険者になるときはまた別の講習などもありますが、そちらは依頼を受ける時の規則などになりますので今回は割愛させていただきますね」

「ありがとうございます、街の案内の依頼は今からでも平気でしょうか」

「はい、この時間にいる冒険者さんなら今日はもう外に向かわれないと思うのですぐに手配できるはずです、少々おまちください」

 

 階段を上がっていった神官服の女性は冒険者の説明の続きを聞いている最中に、一人の中年の男を連れて急いで出て行ってしまっていた。

 

 実のところ、あの女性を見るのは2度目だ、それも今日の内に見ている。深夜に村を調査に現れた5人、今ならわかるが冒険者だ。村を一通り回った後、灰になった人型がつけていたであろう装備を回収して戻っていった。アインズが村で火事場泥棒した日の朝、死体になった兵士と同じ格好をしたもの達がきたせいで確認は終わったものだと思い、村人の死体を少しばかり回収してしまったのはバレただろうか。不自然にならない程度には村人の死体と兵士の死体は残したが……。

 

 それからしばらく待つと、銀色のプレートをつけた女性の冒険者が街の案内をしてくれることになった。普通はプレートの色に応じて値段も上がるのだが、暇だし街の案内でご飯代がもらえるならラッキー位の気分らしく、銅プレートの冒険者と同じ依頼料で受けてくれたそうだ。

 

 女性はなかなか男勝りな対応で、街の案内をしながら気軽に色々なことを話してくれた。あまり女性らしくない振る舞いなのは、冒険者という職故にだろうか。

 

 この辺では6位階魔法を使えるものが帝国にいて、それが最高位の魔法詠唱者だとか、ナザリックの周囲の森はトブの大森林といって森の賢者とかいう人語を解するモンスターがいること、最近は傭兵くずれの野党がエ・ランテルから王都へ向かう途中に出没すること、塩や香辛料は魔法で作ること、この前初めて魔法のポーション使うことような状況に陥ったこと、チームのメンバーを増やしたいがなかなか気の合う冒険者が見つからないことなど色々だ。

 

 依頼である街の案内の方も、しっかりとしたものだった。

 知りたかったマジックアイテムの店というよりも魔法ギルドの場所や、ランクに応じての武器屋と防具屋、市場、服屋、宝石屋、装飾品屋、雑貨屋、病気になった時の神殿、街で人気の料理屋、旅客向けの宿をいくつか案内してもらった。

 

 昼前から冒険者に連れられて街を回っていたが、もうすでに日は一番高かった位置と城壁の高さの中間くらいまできている。大きな街なのはわかっていたが、あまり整えられていない区画のせいもあってか、かなり時間を取られてしまった。今日は一番大きな目的であるマジックアイテムの店、魔法ギルドへ行き他は明日へと回そう。

 

「それにしてもお昼ご飯の時以外は歩きっぱなしだったのにルティちゃんは体力あるなー、かなり遠いところから旅してきたって言ってたし当然かな? 歩き方もすんごい綺麗だしどこかのお姫様か凄腕の戦士かと思っちゃったよ、もしかして私より強かったりしてね!」

 

 そう言って、シャルティアの頭を撫でようと手を伸ばすが、シャルティアはアインズの後ろに隠れるように避けてしまう。

 

「すみません、だいぶ人見知りなんです」

 

 ちなみにアインズの昼食は、旅での朝夜だけの食事パターンを崩さないようになどとでっち上げで躱し、シャルティアは食べられるので、この世界の料理の味見も兼ねて幾つか食べてもらった。

 

「そういえば、案内してる時もぜんぜん喋らなかったしね、ごめんね?」

 

 シャルティアが頭を二度ほど上下させてその通りだと頷くと、困ったような顔で小さく笑い頬を掻く。

 

「それじゃあ、依頼完了の手続きを冒険者ギルドでしてもらえれば終わりになります」

 

 依頼金は払ってあるので、ギルドで完了の手続きをし、案内をしてくれた女性冒険者は報酬金を受け取り解散となった。

 

 そのまま予定通り魔法ギルドへと向かう途中。

 

「そういえば、恐怖公に連絡すべきか」

 

 今回、街への侵入をした者はアインズ、シャルティア、恐怖公とその眷属、それと護衛のための隠密に長けたしもべ数名だ。当初は、何かあった際に逃げきれる可能性の高いシャルティアとアインズだけで行く予定ではあった。しかし恐怖公ならばなにかあっても案外しぶとく生き残ってくれるのではないかというのと、もし恐怖公が見つからない、もしくは無事に帰還できるならば今後の行動における一つの目安とも成るだろうということで連れてきた。もちろん恐怖公は不法侵入だ。

 

「〈伝言〉恐怖公、そちらの首尾はどうだ」

 

『これはアインズ様、こちらは順調で御座います。今はこの街で一番高級そうな館にある椅子の上で、眷属たちの報告をまとめているところです。私からのご報告としてはこの館の主と思われるものに、何やら神官らしき女性と中年ほどの男が訪ねてきたくらいで、眷属達の報告は、やはりこの世界の人間は野蛮かと思われるという予想通りのものです。眷属たちが家屋内で見つかった際には、執拗に追いかけてきて殺そうとしてくるとの報告が上がっています。ですが未だこちらの被害は無しとなっております』

 

「その神官たちの会話は覚えているか?」

『はい、ガゼフ・ストロノーフという王国戦士長が死亡したという話で、報告と王都へ急ぎで戻るための馬を借りに来たようです』

(王国戦士長が死亡? 英雄と呼ばれるものではなかったのか……? ただの箔付けのためだけに英雄ということにしておいたとかか?)

 

「場所についてはなにか言ってなかったか?」

『カルネ村という場所だとは思うのですが、正確な位置まではわかりませんでした』

「そうか、ご苦労。引き続きと言いたいところだが、予約してきた宿屋の位置と部屋を伝えるから一旦報告をまとめるために日が沈んだ頃に訪ねてくれ、そこでナザリックへと戻る」

『眷属達はどういたしましょう?』

「帰還させることはできないのか?」

『はい、どうも喚び出した眷属達は帰せなくなっているようです』

「……どれくらいの数になる?」

『街を網羅するには少ないのですが、5万ほどかと』

 

 〈伝言〉の魔法を使って話していても怪しまれないよう路地に入り、露天で買った食べ物をゆっくりと食べるよう指示してあるシャルティアに問いかける。

 

「ルティ、黒棺に恐怖公の眷属5万匹は入るか?」

 

 シャルティアは顔を引きつらせ、食べていた果物を地面に落としてしまう。

 

「は、はいりんせんはずです、いえ絶対に入らないので置いていきんしょう」

「そ、そうか。すまない恐怖公、眷属たちにはそのままこの街の調査をさせておいてくれ。あと眷属の召喚はそこまでにしてくれ」

『畏まりました、では私のみその宿屋に行けばよろしいのですね』

「そういうことだ」

 

 恐怖公に宿屋の位置を伝えた後、しゃがんでいたシャルティアの手を引いて立たせると、落ちた果物に見覚えのある虫が数匹群がっていた。

 

 日はまだ城壁に隠れるまで時間はある。

 

 二度目となる魔法ギルド前へとつくと、扉の左右に掛けられた魔法の光が見える。昼なので分かりづらかったが一日中付いているのだろう。

 

 中には、仕切りで区切られた商談のためのスペースや、カタログのようなものが並んでいるところ、物品の受け渡しをするカウンターのような場所がある。

 

 カタログがあるのは好都合だった。カウンターにいる男に軽く頭のみでの挨拶をすると、分厚い本を1冊手に取る。

 魔法のスクロールのカタログのようだ。王都での取り扱いのみと書いてある物のほうが多いが、効果や値段が書いてある。一通り目を通してみるが見知った魔法の中に見知らぬものが混じっているのを発見した。今の手持ちでは買えて2位階魔法相当のものがぎりぎりだろう。カタログにあるのは3位階の魔法までで4位階のものは見つからない。

 知らない魔法のスクロールは欲しいところではあるが、その数は少なくない上に王都での取り扱いのみと書かれているものばかりだった。今は諦め、何かしらの手段でこちらの世界の通貨を得る必要があると、今後の予定に付け加える。

 

 その後ほかのカタログにも目を通すが、結局、目当てのマジックアイテムは見つからなかった。〈永続光〉が掛けられたランタンなど生活にも使えそうなマジックアイテムや、知っている魔法が掛けられているような指輪、ネックレス、アームリングなどはあったがどれも程度が低く特殊なものでもない。

 

 少なくとも、村で拾った指輪は一般的なものではない可能性のほうが高くなった。

 

「モモン様、あの指輪は王国戦士長なる者だから持っていたのは? そうであれば希少品を持たされていても不思議じゃありんせん」

「かもしれないが、それにしては装備がひどかったようにも思える。あのような指輪をもたせているなら、装備ももっといいものが用意されていてもおかしくはない。国から支給されたものではなく、また別の手段で手に入れたという可能性もある」

 

 宿に向かいながら、あの指輪の出処を考えてみるがやはり今持っている情報だけではさっぱりわからない。この世界の人間の強さや魔法の強さ、モンスターの強さは、街の調査である程度知ることができたが、表立っているものだけだ。それでもある程度の安全確認は済んだだろう、次はもう少し大掛かりに調べ始めてもいいはずだ。

 

 

 日没前、約束の宿屋で恐怖公と合流した。日は完全に城壁に隠れ街は薄暗く、空は赤く染まっている。

 

「アルベドへの土産も買ったし、恐怖公とナザリックへ帰還する。お前はここで待機だ、何かあった時にはすぐに連絡をするように」

「畏まりました、モモン様」

 

 アインズと恐怖公は〈転移門〉の闇へと沈んでいく。

 

 主がいなくなったシャルティアは自らの右手へと視線を向ける。

 至高なる御方の気配はアイテムによって隠されているとはいえ、その本人と一日隣で伴をした、直接触れ合いながらとなればその気持の昂ぶりをここまで抑えたことは、賞賛に値するだろうと思う。

 一人きりになり、気の昂りはこれ以上抑えられそうになかった。

 

「ああ、9時間36分11秒もアインズ様の御手に触れていたでありんす」

 

 右手の指先をくわえ、ちゅるりと吸うようにして濡らすと、そのまま少女の下腹部を覆う布の中へと差し込まれる。シャルティアの夜は始まったばかりだ。

 

 

 

×××

 

 

 

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ率いる戦士団、国王の直属でありながら、王国では歓迎されない傾向に有る平民から選出された者を含むのは、戦士長の出自が無関係ではないだろう。

 

 帝国兵の鎧を着た者達によってエ・ランテルよりも国境側にある村々が焼き討ちにあっている。王命の元、国民を一人でも救うため――ガゼフ自身は強くそう思っていたはずだ――王国を荒らす不埒者共を一刻も早く国内から排除しなければならない。

 

 数名の村人が生き残っていた。幾つかの村を回り発見した生存者をエ・ランテルまで護送するために馬の後ろに村人をのせ、出来る限り急ぎで走らせる。必ず任務を達成し祝杯を上げる約束をして、次の村へ向かう戦士長達と別れた。

 

 しかしその夜、戦士長は帰ってこなかった。

 

 次の日、早馬を借りて朝日の登る前に戦士長が向かったであろうカルネ村まで行くが、村に着く手前で絶望に包まれることになる。

 

 地面に転がる仲間の兵士たちの死体、その中でも一体目立つものがある。人であった痕跡など一片も残さないように崩された灰の塊。そこに転がる装備を見ればそれが戦士長であることは一目瞭然であった。装備は全員同じものだ、だが、そこに刻まれた傷は違う。最後まで抵抗したあとが見える。鉄プレートの冒険者ですら揃えられそうな鎧には、無数の傷があり、凹みは己の体にも食い込んでいただろう。それでも、鎧すらうまく使いこなす戦士長ならば、性能以上に働いていたはずだ。

 戦士長をよく知るものならば、この鎧を着ていた者こそが王国戦士長ガゼフ・ストロノーフであったと断言できるだろう。

 

 自分が悪いわけでもないのに自責の念に駆られる。戦士長を見捨てたと。どうしようもなかったのだ、戦士長ならきっと帰ってくると信じるしか無かった。もしも、自分がそこにいたとして、戦士長すら殺しうるやつらとの戦いに少しでも違う結果が出ただろうか。戦士長だけにでもまともな装備を付けさせることができなかった国王が悪いのではないか。口に出せば不敬と罪に着せられ死罪も免れないだろうことすら考えてしまう。

 

 都市長が王都へむけた報告が、冒険者『蒼の薔薇』の5人とともに帰ってきた。

 

 彼女らはエ・ランテルに寄らず先にカルネ村を見に行ったという。

 蒼の薔薇のリーダーは復活の魔法が使える。唯一王国が帝国に魔法で勝ることができる面であり、戦士長も復活するのではないかという期待を抱いていた。復活した戦士長とともに帰ってくるのではないかと。

 

 

 

 エ・ランテルの一角、昼には客で賑わうだろう店はまだ空席が多いが、4人の女性が座っているところもあった。

 

「おとといの朝からちゃんと寝てねぇな……、寝るかってところで急に呼び出されたかと思ったらこれだもんな」

「30分寝たから大丈夫、暗さ……忍者だから平気」

「平気、でも太陽の光が痛い、殺されちゃう」

 

 赤と青の双子が平気だと言いながらも、テラスの机に突っ伏している。昼も夜も無く馬で移動していたため、その疲労は相当なはずだ。それがまだ折り返しだと思うと気が重い上に、ポーションやラキュースの魔法の反動がどう出るかを考えるだけでも恐ろしい。

 そんな恐怖とは無関係なメンバーの一人が、仲間に向けるとしては冷たい言葉を発する。

 

「お前はここで寝てから帰ればよかろう、どうせ報告にはラキュースがいれば、というよりもラキュースでなければいけないだろうしな」

「俺だけ置いていくなんて寂しいこと言うなよ、そういえばイビルアイは俺らが寝てる時はなにしてるんだ?」

「夜の街をこの姿でうろついたら怪しいからな、宿屋で横になってる」

「は? 寝れないんじゃないのか?」

 

 昼間でも仮面を付けて頭まで被ったローブ姿というのは、怪しいことこの上ないのだが、それは無視して同僚の生態についての疑問を口にする。

 

「ああ、横になっているだけだ。本を読んだりしていれば朝にはなる」

「なんというか真面目なこった……、んでそこの兄ちゃんなんの用だい?」

 

 報告のために都市長の元へいったリーダーを除き待機していた蒼の薔薇のメンバーに、戦士長は復活できるのかを待ちきれず聞きにきてしまっていた。

 

「すまねぇが、無理みたいだ。死体の欠片でもあればいけたかもしれないらしいが、ありゃ完全に灰になってた」

 

 そのことを単なる兵士の一人に教えた蒼の薔薇の戦士は同僚にこっぴどく怒られていた。

 

 この件に全く関係のない兵士に伝えていたのなら問題になっただろうが、目のついた赤い鎧を着た女戦士は、その兵士が来ている鎧を見て質問に答えてくれたのだろう。

 

 その後、残った戦士団は都市長の命令により王都へと帰還することになった。



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帰還~

「おかえりなさいませアインズ様!」

 

 ギルドの指輪で自室まで直接〈転移門〉を開き帰還したアインズのもとへ、アルベドが駆け寄ってきて出迎える。

 

「ああ、ただいまアルベド。街にあまりいいものはなくてな、露天に売っていた串焼きが土産なんだが、すまんな」

「いいえ、アインズ様、わざわざ私なんかをお気遣い下さるなんて身に余る光栄でございます」

「そうか」

 

 アルベドは串焼きを包んだ紙を受け取り、その中身を見て何かを閃いたようにアインズに向き直る。

 

「アインズ様もその串焼きを食べたのでしょうか?」

「いや、私は食べられないのを知っているだろう?」

「たしかにナザリックの食材は食べられませんでしたが、外の世界の物を食べる実験はしていないかと思われます」

「それはそうだが……」

 

 アインズは仮面と眼鏡を外し、自分の骸骨の顔、顎の下あたりを撫でる。ものをかじればそのまま下に落ちていく姿が容易に想像できるくらいにはポッカリと穴が開いている。

 

「アインズ様、どうぞ」

 

 串焼きを持ち上げアインズの口元まで持ってくる。あーんと声が聞こえそうなところではあるが、アルベドの目は真剣そのものだ。

 その真剣さに気圧され、一度は試してみないとなと結果のわかりきった実験に付き合う。

 串焼きの一番先に付いている肉を半分ほどかじると、肉を噛み切る食感は確かにわかるが、噛み切られた肉はアインズの顎の下へと落ちてゆく。

 肉を受け止めるために手をかざす、瞬間、アルベドの手がアインズの顎の下目掛けて走る。

 

 間近で100レベルの戦士から繰り出される動きは、アインズの動体視力を持ってしても見切ることなど不可能だ。そのまま頭を後ろに下げるような格好をしてしまうアインズだが、アルベドの手はアインズに触れること無く、噛み切られた肉のみを回収し口元へと運ばれていた。

 

「大変おいしゅうございました、残りは他のものに分けてあげようかと思います」

 

 串の先にあったはずのアインズのかじった肉もいつの間にか無くなっており、残りは再び紙袋に戻される。

 

「そ、そうかそれは良かった」

 

 シャルティアに料理の感想は聞いてある。シャルティアは料理自体の味はわかるが吸血鬼なためか、普通の料理の味をアウラ達のように楽しむようなことはできないと言っていたが、それでも街の料理はナザリックで食べるものに比べると美味しいとは言えないという話だった。

 

 足元から、流石守護者統括殿何も見えなかった、なんて言葉が聞こえたが、同じようなことを思っていたので少しほっとしてしまう。

 

 

×××

 

 

 NPCたちの報告では、周囲の森林には強い魔物は見当たらず、しかたがないので珍しい魔獣を探したこと、獣型のモンスターやゴブリンの皮はマジックスクロールの素材には成り得ないこと、薬草を採取しに来ている者を何人か見つけたことなどがあった。

 そこにアインズが街で調べたことを付け足していき、アルベドにまとめておくように指示しておく。報告の確認で時間を食ってしまったが、リザードマンの集落やセバスの報告にあった魔獣など成果も上がっているので概ね順調だ。

 

 その後、セバスたちが捕まえたという、言葉を話す魔獣をナザリックの表層まで連れて来ているということで、会いに行くことにした。

 

「ぎゃー恐ろしい顔のアンデッドが出てきたでござるよ、殺さないで欲しいでござる、降伏でござる」

 

 表層に転移してから浴びせられた第一声がそれである。言葉を発したと思われる人よりも巨大な毛玉は、仰向けに倒れ腹を見せつけてくる。ユグドラシルでは見たことのないモンスターだ。

 

「あんたねぇ、やっぱり毛皮にしといたほうがよかったかしら」

 

 アウラの言葉にビクリと体を震わせ、セバスに助けを求めるような視線を送る。

 

「これが言葉を話す魔獣か? 捕らえたという割には怪我は無いようだな」

 

 言葉を解するからと言って、獣は獣、ただで着いてくるようなことはないだろう。餌付けをしたという風にもみえないので、弱らぬようにすでに怪我を治しておいたのかもしれない。

 

「それが、すこしばかり殺気を向けたところすぐさま降伏いたしまして、戦いの末に捕らえたというわけではございません」

「そうか……、セバスとりあえずそいつを立たせてくれ」

 

 畏まりました、と倒れている魔獣を掴みあげ直立させる。

 魔獣は「引っ張りあげられたのも、持ち上げられたのも今日が初めてでござる」と言いながら驚きの表情を浮かべていた。

 

 ゴブリンの言葉もちゃんと意味がわかる世界ということには驚いたこともあったが、魔獣が言葉を喋るというのは不思議な感覚だ。ただ、街の人間の言葉と口の動きが一致していなかったのも確認しているので、言葉はすべて翻訳されて伝わるということだろう。

 獣人であればまだわかるが、異形のように人型と獣型へ完全に変体してしまうものやペロロンチーノのように元の動物がない、人間に翼がついたものでなく鳥なのに手足と翼があるようなものがこの世界にいたとしても、ちゃんと言葉が通じる可能性があるというのはかなりありがたい。スライムみたいなものとも会話できるのだろうか? アウラの魔獣やマーレのドラゴンが喋れるようになっているかも確認しないといけない。

 

「これは、ハムスターか? それにしては大きすぎるような気がするが」

「それがしの種族を知っているでござるか?! この森に生まれてから同じ種族のものを見たことがないのでござる。もし知っているなら紹介して欲しいでござる」

 

 恐怖で体を縮めていたはずの魔獣は、己の興味に正直なようですぐさま立ち直り元気になった。

 

「いや、お前と似た姿の動物は知っているが、そいつは大きくてもせいぜい手のひらに乗る程度しかないのだ、すまんが力になれそうにはないな」

「そうでござるか、それは無理でござるな……種の保存は生物としての使命であるがゆえに、残念でござる」

「とりあえず名を聞いておこうか」

「それがしは森の賢王と呼ばれているでござる!」

「おお、お前が森の賢王か街でも聞いたな! それでこのあたりにはお前のように言葉を話せる魔獣なんかもいるのか?」

「それがしのナワバリにはいないでござるなぁ、ナワバリの外にはでたことがないので他のことはよく知らないでござるよ」

 

 どこか嫌な予感を覚えながらも、いくつか質問をしてみたが。名ばかり賢王で、ほとんど物を知らなかった。唯一確認できたのはユグドラシルのモンスターと同じように数個魔法が使えるということくらいだ。

 

「こいつは、どうするか」

「殺しちゃうんなら毛皮がほしいなって思うんです」

 

 驚きと怯えの混ざった顔でアウラを見る森の賢王。

 

「お姉ちゃん、デミウルゴスさんがさっき言ってたんだけど、皮を剥いでから加工しちゃえば、治癒魔法を掛けても皮が消えないんだって。だから毛皮ならいっぱいとれるね」

 

 驚愕と恐怖の顔でマーレに向き直る森の賢王。

 森の賢王という呼び名が煩わしく思えてきた。

 

「と、殿ぉ、拙者は殿に忠誠を誓うでござる、絶対でござる! だから皮を剥ぎ続けるのはやめて欲しいでござる、死ななくてもそれは嫌でござる」

 

 触れないまでも手を伸ばしてくる森の巨大ハムスターが非常に哀れに思えた。恐ろしい顔のアンデッドを一番安全だと思ったのだろうか、それとも一番偉いと判断したのか、その目に涙を浮かべアンデッドに救いを求めていた。

 そっとその魔獣の頭に手をやり撫でてやる。「と、殿ぉ」なんて言葉が聞こえてくる。巨体ではあるが可愛らしい魔獣を撫でている気分と言葉遣いのギャップにどうしようかと悩む。

 

「まぁ、殺すのも、毛皮を剥ぐのもやめておこう。とりあえず森の賢王という名前は似合っていないからな……アウラ、こいつを任せるので6層で保護しておくこと。ついでに名前もつけてやれ」

「畏まりました、アインズ様。それと、森を探索中に何名かの武装した集団と薬草を採取している者達を発見しているのですが、次に発見した際は接触を図ったほうがよろしいのでしょうか?」

「いや、その必要はない、おそらくそれは冒険者という者たちだろう。街に行った際の報告はアルベドにまとめさせているので、その魔獣を6層に置いた後で確認しておいてくれ」

「……シャルティアも帰ってきてるんですか?」

「ん? いや、あいつは……なんだシャルティアか?」

 

 〈伝言〉の魔法に応える。今、ナザリックの外にいるNPCはシャルティアくらいだ。

 

『アインズ様! 申し訳ございません』

 

「は? 突然謝られてもわけがわからんぞ」

 

『そ、その、街にアンデッドが溢れかえっているんでありんす。ついさっき一旦落ち着いたところで、周りに人間の気配がしなくなっていることに気づいたんでありんすが。窓の隙間から外を覗いたところ、大量のアンデッドが歩いているのを確認したところでして、すぐにアインズ様に連絡をと』

 

「状況が飲み込めないが、街がアンデッドで溢れかえってることに気づかずに取り残されているのだな?」

 

『そういうことに……なる、でありんす。わらわもアンデッドだからか、この部屋へと向かってくるようなことも今はないでありんすが』

 

「街の人間はどうなったかはわかるか?」

 

『わ、わかりんせん』

 

「わかった、私もそちらに行こう。そのまま宿屋で待機していてくれ」

 

『畏まりました』

 

「アウラ、6層までいってそいつを置いてこい。その後、私の行った街付近の人間を探すので闇夜に紛れそうな魔獣数体を連れて9階層まで来ること」

 

 シャルティアと別れてからまだ4時間ほど、あの大きさの街をアンデッドで覆い尽くすには早過ぎると思われるような時間だ。

 デスナイト数体を街で暴れさせれば可能かも知れないが、さすがにデスナイトごときで街を支配できるとは思えない。英雄と呼ばれる5位階魔法を使えるものは少なくても、それより低い程度の3位階、4位階を使うものがそれなりの数いれば被害は出るかもしれないが街を支配されるようなことはないはずだ。そこに戦士も加われば更に容易に……今はフレンドリーファイアがあるんだったなそうしたらどう……。余計な方向に思考がそれてしまうのを今考えることじゃないと振り払う。

 となれば、あの街の人間はもとからアンデッドだったという可能性。未知のマジックアイテムによって街全体が隠蔽されていたなんてこともありうるのだろうか。未知のマジックアイテムを警戒しすぎていると、自分でも思う。そんな街ならば出て行く人も入ってくる人もいるのはおかしいではないか。

 街の人間がどうなったのかを確認するため、アウラには念のため見つからないように、見つかっても逃げきれるような用意をして人間探しをしてもらう必要がある。

 

 

 

×××

 

 

 

「それでシャルティア、なぜ報告が遅れた」

「申し訳ございません」

 

 一体どこで知ったのかシャルティアは全身を投げ打ち頭を下げていた。土下座の姿勢である。頭が付いているのは地面でなく二人が立っているのは、この街で一番高いところにある建物の屋根の上だが。

 

「謝罪の言葉が聞きたいのではない。その理由を聞いているのだ」

「あ、アインズ様の御手にずっと触れていたため己の感情が制御できず、ずっと自慰にふけっておりました」

 

 アインズは眼下に広がるアンデッドの黒い海を遠い目で眺め、数は多いがこれで街が制圧できるならデスナイトでも可能だろうな、なんて思いながらシャルティアの答えがなにか違う言葉の聞き間違いでは無いかと考えるが、答えは出ない。

 

「……そうか、するなとは言わんが、任務中は控えてできれば自室でな?」

 

 NPC達から受ける敬愛と畏怖の態度はわかっていたつもりだが、手を握っていただけでアンデッドの感情沈静化まで突破してしまったということだろうか、その辺も調査する必要がありそうだ。

 街全体がアンデッドに覆われているということは、住人が狂乱状態になってけたたましく怒号が飛び交っていたり、避難を呼びかける声が響いていたりしたのではないかと思うのだが、シャルティアは気づかなかったようだ。いや、街全体が一気に侵食されたのならそういった事態も起きていないのだろうか。

 

「この罰は私の命をもって償わせて頂きます」

 

 そう言うと、シャルティアは自らの頭部を掴み、引っこ抜こうとする。

 

「待て! 待て、シャルティア、お前の仕事はまだ終わっていない。罰に関してはとりあえずこの件が終わってからだ。未だ生きている街人間の捜索と救助をしもべに任せてある。私たちはこの事件の首謀者をできれば捕らえておきたい」

「……なぜ人間の救助を?」

 

 半分ちぎれかけていた首はヴァンパイアの特性によってすでに治りかけている。立ち上がると、膝をはたきスカートの形を戻す。ナザリックに一度戻ったアインズ同様にすでに変装は解いている。

 

「この世界にアインズ・ウール・ゴウンの名を広めるために必要なことだからだ」

 

 この世界の人間の程度、どの程度のモンスターを強敵とみなしているか、最高位の魔法が6位階魔法であること、知らない魔法を除けば魔法自体は自らの使っているものと同じ物であることから、もっと精力的に動いても問題はなさそうだと判断した。アンデッドである自分の姿が晒された時のことも考え、この街の尻拭いをして少しでもこの事件の犯人では無いことをアピールしておこうという狙いだ。街の出口はデミウルゴスにすでに包囲させて、怪しい者がいたら捉えるように命令してある。

 

「わかりんした。それで、わらわ達は首謀者を探すとのことですが。一体どうやって探すおつもりかを聞かせていただいてもよろしいでしょうか」

 

「探知魔法を使いたいところだが目標となるものが無いのでな。しらみつぶしにそれらしいところをあたっていくしか無いが、ここから見渡している限りアンデッドは未だ墓地から湧き出ていることがわかる。まずは墓地からだな」

 

 アインズは〈飛行〉の魔法で、シャルティアは眷属を羽に変えて空へと舞い上がる。最初に見つけた村のように、生気の感じられなくなったエ・ランテルの街を目下に、アンデッドの流れを追い墓地へと向かう。

 建物よりも巨大になったアンデッドがいたりしたが、同じアンデッドであるアインズとシャルティアを気にもとめずに、逃げ遅れた人間、生者の気配のする建物を破壊し街を完全に死の都に変えている。

 

 城壁を2つほど乗り越えた先の墓地、その中心ほどの位置まできた。そして、ここで当たりだとアインズは確信した。

 

「とりあえず、打ち込んでみるか。シャルティア、私が魔法を放った後あれを叩き落とせ」

 

 

 

×××

 

 

 

 

 静謐とした墓地の霊廟に、大きな質量を持ったものが落ちてきたような轟音が鳴り響く。

 

 街を覆うだけのアンデッドを召喚し、死の宝珠にも十分な力が溜まったので街に湧く負のエネルギーを集めるための儀式を終わらせようというところでの突然の異変。その場にいた数人の部下とともに音の元へと顔を向けてしまう。

 

「こんばんは、良い夜だな」

 

 その声とともに2人の侵入者が舞い降りていた。一人は漆黒のローブを羽織り、手にはガントレット、顔には仮面をかぶっている。もう一人はドレスのように膨らんだスカートに、赤い瞳が特徴的な美しさと可愛らしさを感じる少女。

 

「だれだ貴様らは」

 

 轟音の原因、上空から監視させていたスケリトルドラゴンの残骸から侵入者へと警戒の視線を向ける。

 

「まともに挨拶も交わせないとは、嘆かわしいことだ。だが答えてやろう、私の名はアインズ・ウール・ゴウンわけあってお前たちを捕らえに来たものだ」

「捕らえるなどと……ばかばかしい。冒険者ではなさそうだが、邪魔をするというのなら殺すしかなさそうだな」

 

 戦闘に移るために、部下たちに一定の距離を取らせ自らは手に持ったアイテムに力を込める。

 

 黒いドレスのようなものを着た少女が、アインズ・ウール・ゴウンと名乗った仮面の男に耳打ちすると、仮面の男は儀式の中心にいた男、ガジットを通り越して後ろにある霊廟へ言葉を投げかける。

 

「奥にも一人いるらしいじゃないか、出てこないのか?」

「あーらバレちゃったぁ、今までだーれも来なくってぇ退屈なお仕事だったからさー丁度よかった。どっちか私の相手でもしてくれるわけぇ? 魔法詠唱者じゃ相手になんないし、私に気づいたっぽいそっちのお嬢ちゃんが相手かなぁ?」

 

 呼ばれてからすぐに出てくるところを見ると、轟音によって異変が起きてからすぐに外を監視していたのだろう。

 

「くふふ。ええ、わらわが相手をしてあげるでありんす。アインズ様の邪魔にならないように、少し離れんしょうかえ」

 

 少女は何がおかしいのか、口角が異様に釣り上がり目元も細く歪んでいる。

 カツカツと普通に歩いているような音と離れていく姿と、その速さが一致しないような違和感を感じさせながら、開けた場所へと移動していった。

 

「ふーん、何者だか知らないけど。その生意気そうな面を歪ませてあげる」

 

 そう言うと身にまとったローブを脱ぎ捨て、霊廟の中にいた女はシャルティアの後を追うように離れていく。

 歩く後ろ姿に体幹のブレはなく、歩幅も一定で自分の身体を知り尽くしているもののそれだ。ローブの中の装備は急所守るものや必要な物以外は身につけず、体を出来る限り軽くしようとしているのがわかる。

 完全に二人の姿が見えなくなるまで、仮面の男は何のアクションも起こさなかった。武器を出す様子もなにか準備しているようにも見えず、ただ周りを観察しているだけのようだ。こちらの伏兵を警戒しているのかもしれない。その姿をみて、笑みが零れそうになるのを隠す。

 

「それではこちらも始めようか、空にいたお前の切り札は潰させてもらったぞ?」

「ははは! やはりスケリトルドラゴンを警戒していたか! バカめ、なぜあれ一体だと思った。死の宝珠よ!」

 

 目の前にいる魔法詠唱者に絶望を味合わせるために、死の宝珠の力を開放する。

 いつでも発動できるようにしてあったアイテムに呼びかけると、地面から一体のアンデッド、魔法を無効化する特殊能力を秘めた、魔法詠唱者では勝ちようの無い相手を繰り出す。

 アインズとガジットの間に壁になるように一体のドラゴンを模った骨の集合体が現れる。

 

「ふむ、そのアイテムで喚んでいるのか。見たこと無いアイテムだ、是非とも回収させてもらおう」

「魔法詠唱者だけでは手も足も出まい! いけ! スケリトルドラゴン」

 

 空から現れたことから、〈飛行〉の魔法、第3位階魔法の使い手であることは間違いないが、共にいたあの少女が、それに見合った戦士だというのであればスケリトルドラゴンを地面に叩き落とすくらいならできるかもしれない。だが今はその少女もいない。スケリトルドラゴンを倒したことで魔法戦に持ち込めると踏んだのだろうが、街ひとつ分の負のエネルギーを溜め込んでいる今ならもう一体召喚したところでこの後の計画になんの影響もない。

 しかし、スケリトルドラゴンを召喚したにも関わらず、仮面の男には僅かな焦りすら見えない。

 どこまでも余裕を見せる仮面の男に、多少なりとも苛立っていたのか。実力差をわきまえない愚か者にふさわしく、蟻のように潰してやろうと一気に勝負を決めるつもりでスケリトルドラゴンに突撃の命令を出す。

 

「私からも言葉を返させてもらおう。なぜ私が魔法詠唱者だと思った?」

 

 いつの間にか取り出した杖を肩に担ぐ様に構えている。

 

 スケリトルドラゴンは相手を押しつぶすために前腕を振るうが、ローブを着た男がその腕をくぐり抜け骨でできた頭部を下から打ち砕く。

 死の宝珠に溜まった力を使いせっかく召喚したアンデッドは回復させる暇も無く、無残にも一瞬で滅ぼされてしまう。

 

「スケリトルドラゴンを一撃だと?! 貴様、そのローブは偽装か。あいつを近づけさせるな!」

 

 ガジットは即座に余り力を消費せずに済むアンデットを数体召喚する。スケリトルドラゴンすら一撃で倒されてしまうなら、とりあえず数が必要だと考えたためだ。

 

 〈飛行〉の魔法で降りてきたように見えたのも、ブラフだったということを理解したが、戦士だったとして一撃でスケリトルドラゴンを破壊できるだろうか? アダマンタイト級の戦士であれば、アンデッドに有効な武器を持っていればできるだろうか。戦士なのに剣でも、槌でもなく杖を振り回していることから、あの杖に秘密があるのかもしれない。

 それでも戦士一人が相手ならばこちらに勝機がある。それにこちらが戦士ということは、離れていった少女のほうが〈飛行〉を使った魔法詠唱者なのだろう、益々もってあちらに勝機はない。

 

 続けて部下に命令を出すと、様々な魔法がローブの男に向けて打ち出される。

 しかし、アインズの周囲に壁でもあるかのように、撃ちだされたすべての魔法は掻き消える。

 

「やはり、魔法はユグドラシルのものと同じ。パッシブスキルも問題なく機能している」

「なぜだ、なぜ魔法が効かない」

「これで終わりか? それならばこちらも魔法を……、いや、今回は捕らえなければならないんだったな」

 

 男は何かつぶやいた後、こちらに向かってくるでも無くなにか考えるようにこちらを観察している。

 スケリトルドラゴンを一撃で倒し、魔法も効かない相手、近づかれただけで勝負が決まってしまう。焦るガジットはあるアンデッドの召喚を決意する。

 

「くそ、こうなっては……アンデッドになるための力まで使ってしまうが仕方ない。いでよソウルっ」

「おいおい、ちゃんと順番は守らないとだめだろう?」

 

 負の力が溜まった今だからこそ召喚できる、最高位のモンスターを出すところで肩越しに声が掛かる。肩には仮面の男のものであろう、人間の手が乗っていた。しかし、触れている感触はもっと硬質な感じがする。そんな違和感を吹き飛ばすほどの異常が発生していた。

 

「い、がっ? うが、けな……」

 

 体が麻痺したように動かなくなり、視界には突然指揮するものを潰された部下たちが、なすすべもなく倒れていくのが見えた。

 

 

 

×××

 

 

 

 

「この辺でいいでありんすかねぇ、さぁ遊んであげんしょう」

「なぁんでそんな態度なのかしんないけどさぁ? 私に勝てるとでも思っているわけ?」

 

 構えるでもなく、ただ突っ立っている少女からは特に戦士としての雰囲気も感じなければ威圧感もない。移動している間に、握ったスティレットを掴む手にも、舐められているという苛立ちから力がこもってしまう。

 

「くだくだ言ってないでさっさとしなんし」

 

 言葉通りの態度で、少女が手を振る。

 

「あっそ。じゃあ死ねよ!」

 

 楽しむ余興すらなく、今回の仕事は退屈なものだったと諦めさっさと終わらせようと、武技を重ね、並の戦士では目で追うことすら難しい速度で一気に駆け寄る。相手は反応できていないのか少しも動く気配はない。落胆しながらも、少女に向け必殺の一撃を繰り出す。

 

「なっ」

 

 目から脳を穿ち、一撃で殺すつもりで放ったスティレットは、相手の左手の指の先、いや、爪の先とピッタリとくっついて止まっていた。

 自分で止めたわけでは無い、現にいまでも押しこむようにスティレットには力が加わっている。先端に少し触れるだけでも人間の皮膚を貫いていくほど、細く鋭い点にかかる力とその向きに合わせて止めるというのはどういったレベルの技術だろうか。

 少女の手は花を愛でるように、優しく触れているようにすら見える。

 点と点で触れ合っているため、どちらかが力を入れる方向を少しでもずらせば一気に均衡は崩れ、目標とは異なるだろうが込めた力の分だけ少女の方へと武器は進んでいくはずだ。しかし、力の方向をずらそうとしても一瞬のずれすら無いのではないかと言うほどの速さで対応されてしまう。

 この姿を他に見ているものがいれば、スティレットの先と爪先で押し合っている光景に見えるだろう。それでも異様であるが。

 

 目の前の光景の理解を脳が拒み打ち消すように、次の行動に移る。

 止められた右手のスティレットに込められた力を抜き、再度左手で腰のスティレットを抜き取り別の場所を狙う。

 

「くっ」

 

 結果は同じだ。それも同じ手で同じように止められている。ただ、2度目だ、結果は同じでもその後の行動は違う。止められたと認識した瞬間、スティレットに込められた〈火球〉の魔法を発動させる。

 

 歴戦の戦士としても潔く、素早い判断だった。スティレットに込められた魔法の力を目眩ましとして発動、即座に反転し逃げ出した。魔法が効く可能性もあるが、そうは思えなかった。目眩ましとしても機能したかは分からない。目の前の少女と同じように、少女の姿でありながら自分ではどうにもならないだけの化物を知っていたからだろうか、今はただ逃げる事に集中すべきだ。

 

「なんだあの化物は……もしや神人、いや魔神」

 

 自らより強い可能性を持つ者を思いあげて、今はそれどころではないと頭をふる。それでも、化物が自分を追ってきているかの確認をせずにはいられなかった。武技まで発動して、全力で走りながらも肩越しに一瞬だけ後ろに目を向け、少女の姿を確認する。

 よかった、まだあそこにいる。そう安堵し再び正面を向く、その時、正面から硬い壁とぶつかったような感触とともに弾き返され、尻もちを着いてしまう。

 

「おんし今失礼なことを考えんしたか?」

 

 かなりの速度でぶつかったので自分の顔の左側の感覚がない。首は無事だ。しかし、目の前の存在は信じられなかった。肩越しにかなり遠くに姿を確認してから正面を向くまで一瞬の間すら無かったはずだ。

 

「な、なんで。なんでそこにいる?!」

「鬼ごっこでありんしょう? 少し待って、追いかけて、前に立って捕まえただけでありんすが? まぁもうあっちも終わってしまうようでありんす。こっちもさっさと終わらせることにしんしょうか」

 

 尻もちを着いた女に覆いかぶさるようにして手を地面につくと、少女が女の目を覗きこみ微笑む。持ち上がった口角は止まること無く顔の端まで伸びていき、パックリと開いた口の中には先の尖い歯がびっしりと並んでいた。

 組み伏せられたようになっている女の頭に、一つのモンスターの名前が浮かぶ。

 

――ヴァンパイア。

 

「くそったれが、鬼ごっこなら10秒は待ってよ……」

 

 そこで女の人間としての記憶は終わっている。

 

 

 

×××

 

 

 

 アウラからの報告でエ・ランテルの南側に、人間たちが仮の野営地を設置していることがわかった。

 城門の閉め方がわからなかったので、墓地のある側の城門を魔法で作った砦で塞ぎ、とりあえず街の外にアンデッドが溢れないように蓋はしておいた。

 デミウルゴスから、他の城門もすでに閉じられており、中で人間を回収していた荷馬車がでられなくなっていたが、南側の門を破壊し外に出したあと、適当に破壊跡に詰め物をして塞いでいるとの連絡も入っている。人間と集められるだけの食料をのせた馬車は、そのまま南下し野営地に到着したとのこと。

 

 逃げ出してきた人々が夜明けを待つ場所には、8万人ほどの人間が兵士か冒険者を旗印として300ほどのグループに分かれている。

 この者達は騎士でも無く、徴兵された村人でも無い。老若男女問わず避難のために集めたものを順番に寄せ固めただけのものである。故に規律などなく、あるものは家族を探しに別のグループへ、またあるものはパニックから立ち直れずふらふらと何処かへ消えてしまう。そんな者たちを引き戻すような余裕も人員もなくただ野営予定地に着き、ある程度固まったまま、ただ夜が明けるのを待っているだけである。

 

 不安とストレスであちらこちらで泣き声や怒声、親を探す子供の声が聞こえるが、その中心は静かなものだった。

 

「これがこの事件の首謀者と思われる者達です」

 

 中心にいたのは今はこの団体のリーダーとも言えるエ・ランテルのギルド長、プルトン・アインザック。

 魔法ギルドの長、テオ・ラケシル。

 都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアの秘書の一人。

 この場ではギルド長の秘書のようなことをしている、冒険者ギルドの受付嬢。

 それと、アンデッドを街に襲わせた事件の首謀者を捉えてきたという仮面とローブを着たアインズ・ウール・ゴウンと、同じく仮面と鎧を着けているため中身は分からないが、身の毛もよだつような気配を撒き散らす巨大な盾を持った騎士のような者。

 

「いろいろ聞きたいことはあるが、そちらの方は我々に襲い掛かってくるようなことはないのだね?」

 

 顔も体も隠れているが、漂わせる雰囲気がただ事ではない騎士を見て不安を口にする。

 

「ご安心ください、しっかりと私が支配しておりますので、命令がなければあなた方に害を及ぼすようなことは致しません」

「ふむ、失礼だがその仮面を外してもらうことは?」

「……しもべが暴れだすといけないので、できればお断りさせていただきたい」

「い、いやそれなら結構だ、そのままでいい。まずは礼を言うべきだろうか、避難の間に合わなかった住人や冒険者の救助とたくさんの食料を持ちだしてくれたことは感謝する、アインズ・ウール・ゴウン殿」

「アインザック、単刀直入に聞くべきだろうよ。貴様がこの事件の犯人じゃないのかと、何万ともしれないアンデッドの蔓延る街の中で救助活動ができるようなものが、なぜわざわざ街がアンデッドにうめつくされてから行動をはじめる? あまつさえその首謀者を捕らえてきたという。おかしいだろう」

「そう思うのもごもっともです。たしかに私が事件の起こり始めから行動していれば、今のような状況になる前に全てを回避できていたでしょう」

「だったらなぜっ」

「実のところ私は人里離れた場所で長年魔法の研究のために引きこもっていたため、あまり今の世情に詳しくないのです。ですから出来る限り周囲に影響を与えぬよう行動していました。そのことはそちらの受付嬢さんもご存知でしょう。近場で事件や事故が起こっても、今がどのような状況なのかがわかるまでは介入しないつもりだったので、今回の事件も、流れを見ているだけにしておこうと思っていたわけです。私が得意とするのがアンデッドを支配するということもあり、下手に出ればそう疑われることも予想はしていましたがね」

「それで、キミが犯人で無いという証拠はあるのかね」

「それは捕らえた者達が話してくれるとは思いますが、これだけのことを引き起こせるマジックアイテムも一応回収してきています」

 

 荷馬車の方に待機していたユリ・アルファへと顔を向けて、少年を連れてくるように指示を出す。

 

「あれは失踪したンフィーレア・バレアレか? しかし……」

「頭に乗っているマジックアイテムを鑑定していただければわかるかと」

 

 失礼して、とエ・ランテルの魔法ギルドの長が少年の頭に乗っている額冠に手をかざし魔法を唱え、驚愕する。

 

「第6位階魔法以上だっ! フールーダ・パラダインの使う魔法よりも高位の魔法を! しかし、なるほど、それでンフィーレア君か」

「ラケシル、どういうことだ説明しろ」

「このアイテムはな、装備すれば第7位階魔法すら行使させることもできるようになるものだ。しかし、着用する条件がかなり特殊で、ンフィーレア君はタレントのおかげでこのアイテムを使えているようだ」

「そのようですね。たった一日街を散策しただけでも、この子のもつタレントのことは私の耳に入りました。それほど有名な子です、それでどうしますか?」

「どう、とは?」

「このアイテムを破壊するかどうかということです。破壊すればこの子は助かる、そのままならば魔法を吐き出すアイテムとして生きることになるでしょう。まぁ、マジックアイテムだけ欲しいというのなら額冠を外してしまうのもありですが、この子は狂人になり死んだも同然」

「なんだと?! たしかに私の魔法ではそこまでは読めなかったが……、それではこのマジックアイテムは……」

「リィジーを呼んで来よう」

「待てアインザック! ンフィーレア君が生きていることを彼女は知らない。このマジックアイテムは非常に貴重で価値のあるものだ、人間では到達できない領域の魔法を人間一人の犠牲で使うことができるなら、これは大きな進歩に繋がる。彼女には悪いが彼はエ・ランテルで死んだことに……」

「リィジーを呼んでこい!」

 

 アインザックが鬼気迫る声で怒鳴りつけることで黙らせ、受付嬢に貴族や平民でも重要な立場にいる者たちを集めた場所へとリィジーを呼びに行かせる。

 アインザックの声が大きかったためか、避難してきた住人に食料を配り終えた冒険者たちや、エ・ランテルにいた兵士達が何事かとこちらに目を向けたり、聞き耳をたていた者達は体を強張らせてしまっていた。

 そんな中、一人の老婆を連れて受付嬢が戻ってきた。

 

「ンフィーリア! これは一体どういうことなんだい」

 

 ラケシルがリィジーにンフィーレアに関する今の状況と、なんのために呼ばれたかを説明する。

 

「破壊するに決まっているだろうが!」

「少し待っていただけますでしょうか」

 

 初めて口を開いたのは、都市長の秘書の一人だ。「みなさまもお集まりください」と周りにいた兵士や冒険者を呼び寄せる。

 

「なんだい、まさかとは思うが私の孫よりもこんなマジックアイテムが大切だなんて言うんじゃないだろうね」

「これは第7位階魔法という、エ・ランテルを占領するだけの力を秘めたマジックアイテムです。その力を使えばエ・ランテルを取り戻すことも、はたまた帝国の侵略に一矢報いることすらできるかもしれません。高名な薬師のお孫さんではありますが、国のためを考えるならばこのままでいてもらうべきかと。もちろんその心傷も考え、保証としてかなりの額も準備できるでしょう」

「なっ、そんなことにわしの大切な孫が使われるなんてわしが許すわけ無いだろう!」

「いくらエ・ランテル有数の薬師であるといっても、王都まで行けば別にあなた以外に高品質なポーションを作れないわけではないのです。お孫さんを見ているのが辛いというのであれば、それ相応の対応もできますが?」

 

 その言葉に、老婆は頭の血管が見て取れるほど浮き上がり、顔を赤く染めていく。

 静かだったはずの野営所の中心は一気に罵声と怒声の入り乱れる場となった。

 周りの冒険者や兵士も加わり、意見や秘書への暴言、リィジーへの説得、いかに第7位階魔法が高みにあるかを唱えるものの言葉、ンフィーレアを助けるべきだという声などが入り乱れていたが、意見の交換が済んだのか、熱が去っていくのに十分な時間が経ったのかは分からないが、次第に落ち着きを取り戻していく。

 一番激昂していたはずの老婆が、なにか諦めたような表情でアインズの方を向く。

 

「おぬしに頼みがある。わしと孫を殺してくれんか。アンデッドの群れの中これだけのことをできるのなら、わしら二人を一息に殺すこともできるのだろう?」

 

 エ・ランテルの冒険者や兵士達が全力で救助した者達への援助に加え、アンデッドの蔓延る街の中から更に人々を救助し、首謀者を殺さずに捕らえ、国宝並みのマジックアイテムを回収してくる者。その者ならば苦痛を感じる間も無く、自分と孫を殺せるだろうと一人のを老婆が願いの言葉を紡ぐ。

 ンフィーレアを殺せばマジックアイテムは回収できるだろう。それならば孫がアイテムとして使われるようなこともないし、発狂する姿を見ることもない。老婆が選んだ妥協点としてはひどく悲しいものであるが、その自分も死ぬことで、せめて孫への罪滅ぼしになればと考えているのだろうか。

 

 アインズは少し考えるように時間を置き、ゆっくりと話す。

 

「それで私の疑いが少しでも晴れるのなら構いませんよ」

 

 あくまで殺すなら自分のために殺すと、周りを責めぬよう言葉を選ぶ。この世界の出来事に今は大きく干渉せぬように、大勢のものと対立する立場にならぬよう、慎重に。

 

「リィジー! ふざけるのもいいかげんにしろ」

「もういいんじゃよ、アインザック。どうなるにせよ、どうせ王都まで行けば結果は変わらんじゃろ。孫がアイテムとして使われるままというのだけはかんべんしてもらいたい、それだけじゃよ」

 

 アインズはこちらを見る人々に目を向けないようにし老婆だけを見る、これ以上横槍が入らないことを無言の了承ととると、そうですか、とアインズは〈時間停止〉の魔法を発動させる。

 

「くだらないものだな」

 

 誰にも聞こえない声でぽつりとつぶやき〈真なる死〉〈死〉二つの魔法を〈時間停止〉の魔法が解けるタイミングと同時に効果が発動するように唱える。

 

 アンデッドになっても少なからず残っていた人間への関心は、今日一日だけで、ほとんど消えかかっているのをアインズは感じ取っていた。

 

 

 

×××

 

 

 

 名をつければ冥府の扉とかだろうか。恐怖の表情のまま固まってしまった死体が積み重ねられ城門にびっしりとうめつくされている。ただ単純に積まれているだけではない。死体の色や、死体を積み重ねることによってできる色の差を使い、その壁は離れたところからであれば一つの扉のように見えるようになっている。

 

 デミウルゴスが塞いだという、エ・ランテルの南門には大きな扉ができていた。

 

(これは悪趣味すぎるだろう……、いや悪魔だからそれでいいのか?)

 

 野営所から一旦ナザリックへと帰還し、所用を済ませてから、再びエ・ランテルに戻ってくる頃には日が昇り始めようとしていた。

 

「デミウルゴス、これは?」

 

「はい、アインズ様。これはアンデッドから逃げ惑う人間が積み重なることで、結果として街の外へのアンデッドの侵出を防ぐ姿を一つの扉として表現したものです。これを見た人間は、大勢のものが犠牲となったことで自分たちは守られたのだと感動し、この街の惨状を忘れぬようにこの扉のことを伝え残すでしょう。またそんな街からでも残された人々を救い出したアインズ様の強大さと慈悲深さを伝えるための要因ともなりましょう」

 

「そうだろうか……?」

「間違いございません」

 

 南門から脱出したことを荷台に乗っていた者達は知っているんじゃないだろうか。その者達がこの門をみたら、死体を積み上げた犯人がアインズ・ウール・ゴウンだと思うのでは? そんなことになったら、やはりエ・ランテルを崩壊させたのはあいつだったんだなんてことに……。

 

「お、おう……。いや、やはり死体で扉を塞ぐのはやめよう。死体は回収してナザリックへ運んでおけ、城門の脇にデスナイトを数体監視に置いておこう」

 

 人間を襲わせないようにしておけば、多分大丈夫だろう。デミウルゴスはなにやら思案しているようだが一拍置いてつぶやく。

 

「……なるほど。さすがはアインズ様」

「……そういうことだ、デミウルゴス。わたしはこのまますこし街の中を確認してくる。お前たちはナザリックへと戻り今後の行動の予定をアルベドと詰めておいてくれ」

「畏まりました」

 

 

 

 

×××

 

 

 

 エ・ランテルの東門、夜間は閉じている門は中の人々を逃がすために先程までは開かれていた。

 外からの襲撃を防ぐための門のはずだが、今は中のアンデッドを外に出さないようにするために閉じられている。

 

 釣り上げられた城門は中からしか操作できない。城門の脇の馬車一台が通れるくらいのゲートも、周囲の壁を壊すことで塞いでしまっている。

 

 最後に城門を閉めた者とアンデッドを抑えるために中で戦っていた者は、必然的に壁の内側に取り残されてしまうわけだ。

 

 エ・ランテルの一番外郭を覆う壁には、1本のロープがぶら下がっている。よく見ればそのロープに作られたコブの中に、何箇所かロープ同士を結んでできたものもあるのがわかる。

 

「イグヴァルジさんやりましたね。ここから生きて帰れば俺らもオリハルコン間違いなしですよ」

「これだけの事件の殿(しんがり)を務めたんだ、アダマンタイトでもいいだろうよ」

「はは、ちがいねぇ」

 

 突如エ・ランテルをおそった無限とも思える数のアンデッドの群れは、冒険者達に交戦よりも迅速な撤退を選ばせるには十分すぎる光景だった。アンデッドの発生源に近い西門側の広場に集められた冒険者は、撤退しながらアンデッドに進行速度を遅らせるチーム、兵士とともにエ・ランテルの住人を避難させるチーム、北門を閉じて東門へ向かうチーム、南門を閉じて東門へ向かうチームで分かれていた。

 全員を助けられる訳もないが、多くの人々を救えただろう。いくらなんでも、この規模の事件を自身の評価を上げるためだけに利用しようなどと思えるような心臓は持ち合わせていない、それでも自分たちの働きのおかげで大勢の命を救えたのは事実だ。

 

「それじゃ、俺らもアダマンタイトだな」

「バカ言え、お前らは門閉めて回っただけで、アンデッドと戦ってねーだろうが」

 

 北門と南門をふた手に分かれて閉め、東門で合流したミスリル級冒険者のリーダーだ。

 最後までアンデッドの進行を食い止めながら東門まで撤退してきたイグヴァルジらは、同じミスリル級であるが自分たちの方が確実にアダマンタイトに近いと主張する。白金級以下の冒険者達は、門が閉まる前に戦場から撤退させている。

 

「それもそうか、よく全員生きてたもんだ」

「ったりめーだろ。俺のチームだ、雑魚のアンデッドになんかやられるかよ。エルダーリッチがいても余裕だったぜ?」

 

 「それはどうだろう……」とイグヴァルジと同じチームのメンバーが小さくこぼす。

 

 門も閉じられ、一段落着いたことで一気に疲れが出てきたせいか、全員黙って座り込んだ。

 

 空を見上げると、さっきまで突然カッツェ平原のどまんなかに放り込まれたようだった気分が晴れていく。城壁に近いこの場所は、閉じられていない西門からあふれたアンデッドが来る可能性もあり、まだ危険かもしれないが、それでも死の危険からは大きく離れただろう。

 

「俺らも、本隊と合流しなきゃな。場所はエ・ランテルとスレイン法国の国境の中間地点あたりだったか?」

「ああ、西門を閉じてないから、南を大きく迂回してエ・ペスペルに向かう予定だな。伝令が無事届いてれば、救援隊も来てくれるだろうさ」

「エ・ランテルにはいつ戻れんのかねー」

「あれだけのアンデッドだ、数年はかかるだろうよ、もしかしたら高位のアンデッドも出てきちまうかもしんねぇしな」

「そのアンデッドも倒せば、戻ってくるときにはアダマンタイト級だな」

「さっきはこの事件の解決でアダマンタイトって言ってたじゃねーか」

「そんな簡単にアダマンタイトになれるかバーカ」

 

 軽口を叩き合いながら、気を取り直して合流場所へと向かう支度を進める。夜なので本隊もそう進めてはいないだろう、なにより人数が多い。今から向かえば、そう時間もかからずに野営している場所までたどり着くはずだ。

 

 エ・ランテルの城壁が見えなくなってからどれ位経っただろうか。

 後方から地響きのようにも聞こえる、騎兵団が駆ける音のような、それよりももっと重く感じる重厚な音が迫ってくる。

 

 救援隊にしては早すぎる、物資の準備や人を集めるのに時間がかかってまだ出発すらしていないだろう。

 

 夜なせいもあって音だけが先に聞こえているのはわかるが、まだ小さな影しか見えない。

 音の感じから進路は同じ方を向いているはずだ、流石にこの場所で馬に轢かれて死にましたなんていうのは馬鹿馬鹿しい。集団を街道からはずれて立ち止まらせ、手に持ったランタンを上に掲げておく。

 

 大きくなってきた影を確認すると30台はあるだろうか、屋根付きの荷馬車が2列になって連なっている。

 

 イグヴァルジは気がついた、荷馬車を引いてる馬の首がないことに。

 

 アンデッドの接近を知らせるために、大声を出そうとしたその時。

 

「おーい、エ・ランテルから逃げてきた人ですかー? こちら漆黒の剣のペテル・モークです」

 

 そんな声に戸惑って、結局声は出せなかった。

 そうしているうちに首のない馬が牽く荷馬車は正面まできていた。何の合図をした様子もないのに後ろの馬車まで前の馬車に合わせピタリと止まる。30台どころではない、あまりにも整った間隔と生きた馬では不可能なほど密集していたせいで、影では正確な数を図り損なったのだ。先頭の荷馬車には一人のメイドが座っている。明かりの少ない今ですらその美貌は輝いて見えるが、その手綱の先には首のない馬。

 

 声が聞こえた段階で、他のメンバーも馬の首がないことに気づいていたのか完全に臨戦態勢だ。荷台から顔を出して手を振っていたのは実はゾンビでした、なんてことだってあり得る。

 

「ミスリルの方達ですね、よかった、無事だったんですね。詳しい話は中でしましょう。さぁ乗ってください」

 

 中から出てきたのは至って普通な人間だった、思わず目を覗き込んでしまうが、腐ってはいないし暗い輝きも見えない。

 アンデッドに襲われていた直後とも言えるのに、アンデッドの牽く荷馬車に乗れという銀級冒険者を見る視線が、頭のおかしい者を見る時と同じものになってしまうのは仕方のないことだろう。

 

 「ああ」と生返事で返し、疲れのせいか頭もうまく回らず、なるがままにイグヴァルジ達は荷台に乗り込み、先にあるであろう野営地へと向かっていく。

 相席になった仮面を被った騎士風の男は、怖気立つ気配を隠そうともしなかったため、イグヴァルジらの気分は再びカッツェ平原の奥地まで引き戻されていたが、それを口に出せるものは一人もいなかった。



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