モモンガさま漫遊記 (ryu-)
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本編
第1話


 世界最後の日。

 

 たかがオンラインゲームのサービス終了日をそう表現するとしたら、ほぼ全ての人間が嘲笑するだろうか。だが、彼にとってその日は、【ユグドラシル】というDMMOのサービス終了の日は、まさしく世界最後の日と言っても過言では無かった。現実世界に家族は無く、友も居らず、ただ生活の為の仕事しか無かった彼、鈴木悟という男には。

 

 

 

―― 3, 2, 1……

 

 

 

 自らが愛したギルドの仲間達、彼らと共に作り上げたギルドとダンジョンの最奥で時を刻み、

 

 

 

―― 0……

 

 

 

 その最後の時を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 風が吹いていた。

 強制ログアウトを受け、現実に戻ったのならここは自室の中。間違っても風が流れるような事は無い筈だ。

 

「草原?」

 

 目を見開くとそこは自室などではなく、記憶に無い草の海だ。見上げれば見渡す限りの夜空に浮かぶ星々。

 

「おぉ、お」

 

 その圧倒的な光景に、目を奪われる。現実では公害が進み拝むことの出来ない夜空。その美しさに、根源的な恐怖すら覚えた。

 

 

 

 

 

 しばし呆けた後、冷静になって身の回りを確認する。

 

(何故、ログアウトされないんだ? サービス終了は公式のドッキリで、続編にでも移行したのだろうか)

 

 それなら草原に居ることにも納得できる。続編だとしたら拠点や装備がリセットされる事もあるだろう。

 

「だけど装備は残っているな」

 

 白骨化した手の中には、変わらず指輪や杖が存在していた。<道具上位鑑定(オール・アプレーザル・マジックアイテム)>を使ってみても、その効果に違いはなかった。

 

(待て……、今俺は何をした……!?)

 

 魔法を使った。極自然に、コンソールを出す事もなく。

 強く風が吹き、寒気を感じる。清涼な空気が、草花の香りを届ける。

 

(おかしい、これはおかしいぞ!)

 

 如何に進化したゲームであろうと、視覚や聴覚以外を再現したゲームは無い。あってはならないのだ。それができれば、ゲームは現実以上になってしまう。制限が無い筈が無い。

 

(そうだ、GMコールだ、ログアウトされないのも何らかのバグ―――)

 

 ログアウト、GMコール、そしてコンソール。次々と出来ないことを見つけていき、その混乱が頂点に達した時、

 

(―――、焦っても、仕方が無いか)

 

 精神が平坦化される事を感じた。

 

 

 

 

 

 しばし草原に寝転がり、色々と考えをめぐらせていたモモンガは一つの結論を出した。

 

(思いつく限りの手は打ったが効果なし。なら焦っても仕方がないし、しばらく様子を見よう)

 

 星空を見上げてただ時間を待つ。何とも退屈で、

 

「何と有意義な時間だろうか」

 

 公害で汚れ果てた現実世界では見れない美が、目の前にある。

 

「ブルー・プラネットさんにも見せてあげたいなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見渡すばかりの草原だな」

 

 夜空をひたすら鑑賞して半日ほど。初めて見た日の出に身を震わせ、そのまま太陽が真上に来るまで眺め続けてしまった。流石にずっとこうしていてもしょうが無いと思い、今は<飛行(フライ)>を使って適当な方向へと移動している。

 だが無為に寝転がっていたわけでは無い。少なくとも、今起こっている事をいくらかは把握できている。

 

 ・肉体が変質している(食欲、睡眠欲がいつまでたっても訪れないことから推測)

 ・この世界はゲームでは無い(口が動く等、その他ありえない動作や行動が取れた為)

 ・仕様が一部異なるがユグドラシルの魔法は大体使える

 ・持っていたアイテムもほぼ同じ仕様で使える(ポーションでダメージを受けた為。これは自らのアンデッド化の証明にもなった)

 

(まだトンデモなく現実に近いユグドラシル2って可能性も無いわけじゃない。というかゲームが現実化するより余程現実味のある話だ)

 

 だがその可能性は非常に低い。

 試しにエロ、もとい卑猥な言葉をシャウトしてみたのだが、変わらずGMからの警告は無かった。ユグドラシルは自由度の高いゲームだが、そういう所はしっかりと厳しかったのだ。変なところで信頼できる運営が何も対応しないという事は、とんでもない異常事態である事は確かだと判断できた。

 

(まあ何はともあれ情報集めだ。街でも遺跡でも良いから、とにかく一人じゃ何も進められない)

 

 何も判らない状態、本来ならばもう少し焦っても良い状態だ。だが、モモンガは正直なところ気楽だった。美しい光景に長時間癒される事が、彼の精神に安らぎを与えていた為だと言える。

 ―――それと同じくらい、『身一つ』であることが彼の気を楽にしていた事は、本人ですら気づいていない事実だが。

 

(……お、街、いや村か?)

 

 移動を始めてからそう時間は掛からず、森に面した村を発見する。まだ豆粒ほど遠く離れた場所だが、モモンガは一度地へと降りた。ガントレットと仮面を装備し、骨の体を隠す。

 地に降りたのは目立つことを避ける為。体を隠すのは異形種狩りを警戒して。気楽に浮かれていたモモンガだが、それだけの気を使うだけの冷静さは残していた。

 

「さて、<千里眼(クレアボヤンス)>」

 

 村の様子を魔法で確認する。俯瞰した光景を拡大し、

 

「……戦争か?」

 

 人と人が争う光景を見た。

 いや、それは一方的な虐殺だった。片方だけが統一された武具を身につけ、殺されているのはどう見ても村人の格好だ。事情こそ不明だが、それは闘いと呼べるものではなかった。

 

(助けに入るかべきか?)

 

 村人を助けることができれば、感謝を得られる。情報を得るのにも都合が良い。

 

(だがこれにお国の事情が絡んでると厄介だよなあ)

 

 食い扶持を減らす間引きだとか、非協力的な国民の制裁だとか、そんな事情だった場合は面倒な事になる。さらに、それ以上の問題が一つある。

 

(あいつらがどれだけ強いのか、俺がどれだけ通じるのか、不明なまま団体戦はしたくないな)

 

 モモンガはロールプレイに拘ってガチビルド至上主義ではないが、廃人プレイヤーではある。相手の強さも判らず敵の前にのうのうと現れる程お気楽ではない。

 未知を楽しむ気持ちこそあるが、そこに強い拘りは無く攻略サイトだって見るし経験者の話は参考にする。情報は宝であるということを、モモンガはユグドラシルで深く学んでいた。

 

「ふむ、<敵感知(センス・エネミー)>」

 

 今度は探知魔法で敵の配置を探る。とりあえず一度戦闘はしてみたいので、集団から離れた敵と戦うつもりなのだ。

 

「お、いたいた」

 

 村から離れ、森の奥へと進んでいく騎士を見つけた。視覚をそちらへ向けると、二人の少女が一人の騎士に追いかけられていた。

 

「こりゃおあつらえ向きだな。<転移門(ゲート)>」

 

 門を開き、躊躇なくその中へと入る。一人相手なら何とでもなるだろうし、少女を助けられれば好意的に情報が手に入ると打算的に動いた。

 

 ―――その思考が人を逸脱しているということに、彼は直ぐ気づくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うっわ、弱ぇ)

 

 転移した先でモモンガは一気に力を抜く。第9位階魔法ならともかく、第5位階でも一撃で騎士を殺せたのには呆れた程だ。

 

(チュートリアルのMOB並に弱いんじゃないか? こいつら)

 

 予想とのあまりの差異に混乱を覚える。盾にと作った死の騎士(デス・ナイト)は、召喚者の範囲制限を超えて走りだすし、驚かされてばかりだ。

 もう一つ、彼を驚かせる、いや落ち着かせている異常に気づく。

 

(人を殺しても何とも思わない。そもそもこの虐殺に何も感じなかった。心までアンデッドになったって訳かな……)

 

 それは少しばかりショックな事だったが、ひとまず今考えることではないと切り捨てる。

 

「さて、大丈夫か?」

 

 背に守っていた少女二人に語りかける。これがNPCでさっきまでのがイベントだったら恥ずかしいなー、と思いながら。

 

「は、はい。お助けいただきありがとう御座います」

 

「……怪我をしているようだな」

 

 ポーションを渡し、それを飲んだ少女の背に刻まれた傷が癒える。警戒が多少は和らいだようだが、怯えと困惑は消えていない。救いに来たのが白馬の騎士ではなく、怪しい魔術詠唱者ではしょうが無いかもしれない。

 

「ここで何が起こっているか判るか?」

 

「いえ、いきなり村が襲われて……王国では見たことがない鎧を着た人達が皆を」

 

 少し話して、とりあえずは国内の難しい事情ではなさそうな事に安堵する。さらに彼女の言葉から、彼らが帝国の騎士ではないかという事までは判った。

 

「魔法を見たことはあるか?」

 

「友人の薬師が使っているのを見たことがあります」

 

「話が早いな、俺は魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ」

 

 防御魔法を仕掛け、ついでに小鬼将軍の角笛を渡す。これでもダメなら運が悪かったと諦めてもらうしかない。

 

(さて、散らばっている奴らから実験がてらに潰していくか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いやあ、重畳重畳)

 

 あっさりと周囲の騎士を処分し、広場に集まっていた者達も制圧する。というよりも広場に着いた時には死の騎士がほぼ全て終わらせていた。

 

「さて、幸運にも生き残った諸君、まだ戦う意思があるなら―――どうもお疲れのご様子だな」

 

 あっさりと武器を捨て投降する彼らを、果たしてどうするべきか検討する。

 

(殺しても逃がしてもいいが……まあ生け捕りにしたほうが何かと印象はいいかな?)

 

 残った騎士達を魔法で眠らせ、生き残りの村人たちにできるだけ優しい声で話しかける。

 

「皆さん、ご安心ください。彼ら以外も既に制圧済みです。この者達を拘束しようと思うのですが、頑丈な縄等はありませんでしょうか?」

 

 その言葉を聞いて、ようやく村人たちは安堵の反応を返した。

 喜ぶ者、啜り泣く者、こちらの言葉に従い縄を取りに走りだす者。その反応は様々だったが、絶望と恐怖に染まっていた表情はある程度晴れたようだった。

 

「魔法詠唱者様、この度は村を救って頂き、誠にありがとうございました」

 

「いえいえ、ただの通りすがりの気まぐれと思ってください。森の中で少女二人があの男たちに襲われている光景に偶々出くわしたものでしたから。ああ、彼女達は私の魔法で保護していますので無事です。こちらへ連れてきますので、よろしければその後に詳しくお話を聞かせて頂いても?」

 

「おお、何から何まで……分かりました。お待ちしております」

 

 村長らしき男と話し、再度<飛行(フライ)>で森の中へ移動する。

 それにしても村人達の反応は思っていたよりも薄いものだった。死の騎士の異形や強さに恐れが残っていたのか、それとも……

 

「やはりこの仮面がまずかったか? これぐらいしか顔を隠せる装備無かったんだよなあ」

 

 骨の顔を隠す『嫉妬マスク』を撫でながら、少女達の下へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「この度は本当にありがとうございました」

 

 一度腰を落ち着けて話をしよう、と村長の家へと移動し、入ってすぐに深く頭を下げられた。

 

「いえ、いえ。本当に偶然の事でしたので。それに私は来るのが遅かったようです、犠牲はゼロでは無いようでしたし」

 

「それでも! 貴方に来ていただけなければこの村は全滅しておりました! 本当に、本当に有難うございます」

 

 深く、深く頭を下げられる。

 先程まで村人の生き死にに何とも思っていなかったが、少しばかりの罪悪感が芽生える。あの助けた少女達、エンリとネムが両親の死体を前に号泣していた時にも感じた心のモヤだ。

 アンデッド化により精神の変動は僅かなものだが、残っている人間の心は残滓として確かに存在しているようだった。

 

「それで、魔法詠唱者(マジック・キャスター)様には―――」

 

「ああ、モモンとお呼びください」

 

 とりあえず本物ではないが全くの偽名でもない略称を名乗っておく。下手に本名(といってもHNだが)を名乗り、真名を用いたまだ見ぬ呪術などあっては堪らない。

 

「モモン様にはお礼を差し上げたいのですが、何分今回の事でこの村は働き手を失っております。貴方様のような偉大な方を満足させるような金額は、将来を考えると……」

 

「いえいえ、本当にお気遣いなく……と言いたいところですが、実のところ長旅で懐が寂しい事は確かです。一宿の地と少々の路銀を頂けると非常に助かりますね」

 

「そ、そのような事だけでよろしいのですか?」

 

「ええ。それとどちらかと言えば此方の方が本命なのですが……まだ私はこの地に着いたばかりでして、周辺地域の情報をご説明頂けませんか? 正確な情報は時に金よりも価値がありますので」

 

 スラスラと言葉がでる自分の技量に感心さえ覚えた。『右も左も判らないんで教えてくださぁい!』という言葉を出来るだけ下手に出ないような形に変えたのだ。なにせあそこまで凄腕の魔法詠唱者を演出した手前、田舎者全開で質問攻めは恥ずかしい。

 言葉を選びながら、様々な質問を村長へ投げかける。少なくともこの村の襲撃については何も心当たりは無いようなので、捕まえた者達に問いかける必要があった。だが、とりあえずは周辺の情報等、いくつかの一般的と思われる情報を入手して、

 

 

 

 

 

(やっべえええ! やっぱり早まったあああ!)

 

 

 

 

 

 この村を助けた事を早々に後悔し始めた。

 

(何だよリ・エスティーゼ王国って、バハルス帝国って! 人間だけの土地? 魔法がある世界でなんでそんな現実的なんだよ!)

 

 正直、ある程度はユグドラシルの知識が役に立つと思っていた。だが、聞いたこともない土地や国名は、もはやユグドラシルとは関係ない世界に来た事を証明している。

 着いた早々国に喧嘩を売るなんてことがあっていいのだろうか? そんなわけがない。自らの肉体が人間ならまだ良いが、このままでは人類の敵として討伐されてもおかしくない。

 

「あの、どうかなされましたか?」

 

「ああいえ、少々気になる事がありまして」

 

 黙りこんだのが悪かったのか、心配するような声が掛けられる。できるだけ動揺を声に出さないようにして、あくまで落ち着いているように振る舞った。

 

(だが待て、少なくともまだ致命的な事はしていない筈だ。偽名を名乗ったし、顔だって隠してる……いやいやそもそも人間だけの国って、アンデッドは受け入れられるのか? どう考えたってアウトだろ!)

 

 特に深い考えなしで着けていた仮面とガントレットが功を奏している。

 

(そうだ、考えて見ればまだミスらしいミスはしてないんじゃないか? 名前もアンデッドであることもバレていない。それに出来るだけ善良な振る舞いはできていた筈だ)

 

 ぐるぐると廻る思考の果てで、ようやく落ち着きが戻ってくる。

 

(いざとなれば装備と名前を変えればどうにでもなるか)

 

 冷静さを取り戻したモモンガは、一つ問題に気づく。

 

(このままじゃ邪悪な魔法詠唱者が企みを隠して村に近づいたと思われかねないな)

 

 闇色のフードと仮面で姿を隠し、凶悪なアンデッドを操る魔法詠唱者が、正義の味方な訳がない。少なくとも命を助けてもらった事でこの場は収まっているが、話が人づてで広がった際にどう変質するか不明だ。下手をすれば、あの騎士達だって自作自演で引き起こしたなんて流れにすらなり得る。

 

「村長殿、一つ提案があるのですが」

 

「はい、何でしょうか」

 

「ここを襲った騎士達の武具を、何処かに売りに出しませんか? この村の復興資金になると思います」

 

「成る程、非常に助かるお話です」

 

「それと……これはご相談なのですが。武具を売ったお金の一部を、私に礼として支払ったという形にはしていただけませんでしょうか?」

 

「あれらを倒したのはモモン殿ですので、全てお渡ししても構いませんが……」

 

「いえいえ、この村の危機を乗り越える為に、有効な資金は残しておくべきです。私が持っていても宝の持ち腐れですから」

 

「なんと……しかし何故ですか?」

 

「それなんですが……」

 

 何故偽る必要があるのか。単純な話だ、見返りを求めない善意ほど怪しいものは無いから、金銭目的と判断してもらう為のポーズが欲しい。モモンガとしては村の救世主という形は残しつつも、その不気味な印象から発生するトラブルを避けたい。しかし問題は、この事をそうとは知られずに村長を納得させればよいのか。

 少しの間を開けてモモンガが出した答えは、

 

「いえ、私怪しいでしょう?」

 

「は?」

 

 諦めだった。

 

「これでも自分の風体や使っている魔法が良い印象を与えないであろう事は解っているつもりです。村人の安心の為にも、私はあくまで報酬目当てで戦った俗な男と見られた方が良いと思いまして」

 

「モモン様をそのように思う者など!」

 

「確かに、村人達はそう思わないでくれるかもしれませんが……この話が外に伝わった場合、どうでしょうか? 例えばこの村は邪悪な魔法詠唱者に洗脳された、などと余計なトラブルを引き起こしかねません」

 

「そ、それは……」

 

「これがお互いの為です。私としては村長殿のお話だけで、十分な取引が出来たと思っていますので」

 

「……モモン様に、そうおっしゃって頂けるのでしたら」

 

 何とも心苦しそうな表情で村長が声を絞り出して答える。それがどうにも微笑ましく、彼の人の良さに穏やかな気持ちを抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうもありがとうございます、モモン様」

 

「いえいえ、私も正式に村長殿に雇われましたので、お気になさらず」

 

 あの後、亡くなった者達の葬儀を終え、村の中を見廻るついでに所々で手を貸している。どこもかしこも人手不足だ。壊され、焼き討ちされた建物を片付けるだけでも、村人は非常に手間取っていた。その中でモモンガが用いる数々の魔法は、失意に沈む彼らを動かすだけの希望を抱かせていた。

 

(しかし何とも思わないな)

 

 本来痛ましい筈の光景は、アンデッドと化した自らの心には何も響かない。それでもある程度会話した相手なら、多少の愛着ぐらいは生まれるようだ。今までずっと自分だった『鈴木悟』が、心の端に残っている事に少しだけの安心を感じる。

 

(それにしてもこれからどうするかなぁ……とりあえず落ち着く場所は欲しいし、そうなるとお金は必要だ。少なくとも自分がそこそこ戦える事は判ったし、冒険者にでも登録するかな)

 

 一つ一つ今後の身の振りを考えていく中で、ふと地続きの空を見上げる。世界は夕焼けに染まって、寂しさを持ちながらも力強さを感じさせた。

 

(そう、そうだ。この世界はこんなにも美しい。だったら見に行こうじゃないか。森を、川を、きっと公害等ない綺麗な海だって見れる――――)

 

 まだ見ぬ世界の果てに気持ちを広げていく中で、

 

(……、無粋なやつらだ)

 

 哨戒にまわしていた使い魔が、村に向かってくる新たな来訪者の存在を告げた。

 

「村長殿」

 

「おお、モモン様」

 

 偶然にもそれに気づいた村人が居たようで、不安な表情をした村長に話しかける。話が速いのは素晴らしい。

 

「村長殿と私で、その者達の対応をしましょう。他の方々は一つにまとまってください、私の魔法で守りますので」

 

 さて、人の楽しい門出を邪魔する無法者だ。態度次第では少々“愉快”な事にでもしてみようか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この村を救って頂き、感謝の言葉も無い」

 

 その思ってもいなかった誠実な態度に、モモンガは面を食らう。不揃いな鎧の団体、まるで傭兵部隊のような戦士たちの長は、そう言って深く頭を下げていた。

 立場ある者としては珍しい態度に、正直に好感を覚える。

 

「い、いえ、いえ。ただの通りすがりでしたので。それに村長殿には報酬は頂いております」

 

「それでも、本来は私達が成さねばならぬ事です。偶然の事だとしても、感謝してもしたりない」

 

(いい人! この人ホントいい人だわ!)

 

 先ほどの些細なことで苛ついていた自分が恥ずかしい。

 その男、ガゼフ・ストロノーフという男はまさしく英雄然とした騎士の中の騎士だ。そうでもなければこんな怪しい魔術詠唱者相手に頭を下げる事などできまい。

 

「王国の騎士として、王に貴方への恩賞を願おうと思うのだが……その前に現状の把握をさせて頂きたい。よろしければ椅子にでも座って話をきかせていただけないだろうか」

 

 警戒こそしているが感情的にならず、高圧的な態度にも出ない。理想的な上司の姿にモモンガは感動すら覚える。先程のイラツキなど何処へやら、だ。

 

「ええ、私は構いません。村長殿、よろしければ場所をお借りできないだろうか」

 

「もちろんです。私の家を使いましょう」

 

「お心遣い、感謝する」

 

 うんうん、と思いの外に上手くいった権力者との初邂逅に満足感を得る。

 新天地に来てそうそう慌ただしいものだったが、なんとか上手く纏まり―――

 

「戦士長! 周囲に村を囲む複数の人影を発見しました!」

 

 何だよもう!(怒)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、確かにいるな」

 

 避難している家から外を覗き込むガゼフが呟く。同じように数人の僧兵と天使と思わしきモンスターがモモンガの目にも見えた。

 

「アレは……炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)?」

 

「ご存知なのか?」

 

「……私の知識と同じものかは不明ですが。第3位階魔法によって召喚される、天使型のモンスターです。特殊なスキルこそありませんが、物理耐性を持つので一定以上の筋力か、魔法の力でないとダメージが通りにくいでしょう」

 

 そういってモモンガは王国兵を見渡す。

 

「あなた方の中に特殊な武器か魔法詠唱者が居ないのならば、少々相性が悪いやもしれませんね」

 

「成る程、確かに厄介な相手だ」

 

 ガゼフは苦虫を噛み潰したような渋面を作る。武技を修めている自分以外は、まともに相手出来ないと言われたようなものだからだ。

 だがそれ以上にガゼフを追い詰めているのは僧兵達の目的だ。モモンという男には心当たりはなく、この村にそれほどの価値は無い。つまりは王国最強と謳われた自身こそが標的という答えが出る。それにこの村を、いや周辺の村々を巻き込んでいる自分の不甲斐なさに吐き気さえ感じていた。

 

「モモン殿、私に雇われないか」

 

 だからといって自己嫌悪に陥ったまま、容易く死ぬ訳にはいかない。王国の為にその身を捧げるのは自らの使命。だからこそ、見知らぬ魔法詠唱者でも協力を得られるのならば求める、そういう信念が彼にはあった。

 

「……」

 

 正直に言うと、モモンガは手を貸しても良いと考えていた。ガゼフは稀に見る高潔かつ誠実な男で、王国最強という二つ名はレアコレクターの心を擽る。しかも権力を持つ者の後ろ盾を得られる事は今後の為にもなる。

 だが、安請け合いは出来ない。

 

「申し訳ないが、お断りします。相手の情報無しに闘いを挑む程、私は無謀な魔法詠唱者ではありません。命を掛けるほどのメリットも感じませんね」

 

「満足して頂けるだろう報酬は約束するが」

 

「命を天秤に掛けられる程、金銭に執着心が強い訳でもありませんよ」

 

 できるだけ丁寧に断る。その言葉は嘘ではないが、真実だけではない。

 モモンガは情報が欲しかった。

 それこそあの炎の上位天使が自分の知っている通りの強さなのか、というだけではない。目の前に居る王国最強の男が果たしてどれほどの強さなのか、という点についてもだ。せっかくの好機を、下手に手を貸せば逃してしまう可能性がある。

 

「ではあの召喚された騎士をお借りできないだろうか」

 

 そういってガゼフが目をやる先には死の騎士がいる。

 

「ふむ……」

 

 その提案は、正直悪くはない。あれの戦闘力の裏付けもできるし、本来の闘い方をさせればその有効性の確認にもなる。

 

「それならば、まあ」

 

「お借り出来るのか!」

 

「ええ、ただし条件が幾つか」

 

 モモンガは二つ指を立て、その一つ目を折る。

 

「アレは本来私を守る盾です。本来の闘い方は攻勢ではなく、守勢にこそ真価を発揮します。今回は戦士長殿を主として、その闘いを徹底させようと思います」

 

 異論は無い、とガゼフは頷く。

 

「そしてもう一つの条件は、あの天使と魔法詠唱者達に挑むのは貴方と私のシモベだけにして欲しい、という事です」

 

 ざわり、とガゼフを除く周囲に居た王国兵が動揺を浮かべる。

 

「貴様、下手に出ていれば一体何を―――」

 

「止めろ。部下がすまない、モモン殿。今のお話は理由をお聞きしても?」

 

「幾つかあるのですが……単純な話、貴方の部下にあの天使たちを倒す手はありますか?」

 

 王国兵達は一転して押し黙る。沈黙は答えだ。

 

「ちなみに戦士長殿には何か手が?」

 

「……普通に斬りつけても時間さえあればいけるかもしれない。だが武技を使えば、そこそこのモンスターであれ一刀のもとに斬り捨てることも可能だろう」

 

「ほう?」

 

 モモンガは自らの提案の成功を早くも感じていた。武技、という未知の力が有る情報を引き出せたからだ。

 ちなみにこの条件には言葉にした通り、幾つかの理由がある。先ほど言ったことも嘘ではない、別に無駄死を楽しむ趣味は無い。さらにはガゼフを少人数で戦わせることで、余裕のない闘い―――彼の本気を引き出す目論見もある。あとは死の騎士が敵だけでなく味方を巻き込む恐れも考えてのことだ。

 

「まあ少なくとも二つ目については、条件というよりは提案と受け取っていただいても構いません。戦士長殿が必要と思われる人数を引き連れて行って下さい。ですが私ならば―――」

 

 足手まといを連れて行かない、沈黙の中にその言葉を込める。

 

「……」

 

 ガゼフ・ストロノーフは考える。横から必死な形相で食い下がろうとする部下たちの言葉を聞きながら。

 

「――――」

 

 そう長い間を待たせることもなく、彼は答えを出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「隊長」

 

 ニグン・グリッド・ルーインは部下の言葉を聞き、前を見る。其の先には村があり、そこから出てきたであろう、部隊の標的である男の姿を確認した。

 

「来たか、ガゼフ・ストロノーフ」

 

 そういって呟いた言葉に、酷薄な笑みを浮かべる。だがその笑みが小さく歪む。

 一つは、標的であるガゼフが徒歩で来た点。彼らは馬で移動していたので、当然馬での突撃を想定していた。二つは、部下と共に集団で移動して居たはずなのに、たった二人で此方に向かっている事だ。そしてもう一人の方が―――

 

「おい、なんかでかくないか?」

 

 兵の一人が溢れるように呟く。

 情報が正しければ、ガゼフ・ストロノーフはそこそこの体躯をした男だ。それに間違いがなく、比較して隣の男の身長を推測すると2mは軽く超えていることになる。遠近感の崩れたようなその光景は、彼らが近づくにつれはっきりとしていった。

 

「情報に無いのだ、見掛け倒しの新入りだろう」

 

 王国兵の文様こそ身にまとう全身鎧に刻まれているが、あれでは機動性も何もない。ニグンが嘲笑を浮かべる。あれで機敏に動けるのだとしたら、それだけで英雄級だ。

 語るまでも無いが、全身鎧の中身は死の騎士である。モモンガがどう転ぶか判らないこの後の展開を考えて魔法で偽装したのだ。万が一王国ではなく法国に付く事を考えた際に、この戦闘に関わったことを少しでも隠すための打算である。

 ちなみにガゼフその他には『人間に見せることで油断を誘う』といい含めてある。

 

「さて……」

 

 ガゼフが近づいてくるにつれ、村周辺に待機させていた兵たちも集結し始める。

 

「始めろ!」

 

 待機していた天使達が羽ばたき、たった二人を相手にした蹂躙が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 武技<戦気梱封>

 

 ガゼフは全方位から襲いかかる天使達に臆すること無く、自らの力を引き出す。高速に迫り来る一体を、強化した剣で切り裂いた。その隙を突くように、二方向からの攻撃。

 

「遅いっ!」

 

 だがガゼフはあっさりとそれらを斬り落とす。天使の性能はそれほど高くない、ガゼフなら十分に勝機はある。だが、この闘いは制圧戦。後ろから迫り来る攻撃まで、容易く切り抜けることはできない。

 

「――――!」

 

 だがその背中を死の騎士が護る。一体を身の丈程あるタワーシールドで受けきり、もう一体を力のままに切り裂く。

 その堂に入った動きに、ガゼフは小さく感嘆する。死の騎士の動きは、王国最強をして目を見張る程の立ち回りだった。モモンという魔法詠唱者の言う『本来の闘い方』という意味を、ガゼフはこの短時間で理解した。

 

(これならば―――やれる!)

 

 防御に気を回すこと無く、ただ前だけを向けばいい。

 村を荒らしている帝国兵の報を受けてから、ガゼフの心は常に怒りと悲しみで満ちていた。だが、この場で浮かべていた表情は全くの真逆。溜め込んだ怒りを叩き込む相手を得た、獰猛な笑みへと変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十分に及ぶ激闘は、じわりじわりと終わりを迎えつつある。日が殆ど沈み夜へと向かう中、ガゼフと襲撃者―――陽光聖典は互いに大きく疲弊していた。

 ガゼフと死の騎士は全身に多数の傷を受けている。

 陽光聖典は兵の多くを失い、多数居た天使達も片手で数えるまでになっていた。

 ニグン・グリッド・ルーインは心の中で大きく悪態をつく。ガゼフの想像を超えた生き汚さではなく、計画とあまりに異なるこの状況を産んだ者達にだ。

 

(何がガゼフ以外に警戒するべき相手は居ない、だ! 風花聖典の無能共めが!)

 

 王国に手を回し、ガゼフに預けられた五宝物は予定通り剥ぎ取られている。だが、そもそもあんな大男の情報等一つも報告になかった。ガゼフという優秀な武器と、素性の知れぬ大男という鉄壁の盾は、恐ろしい程に優れた連携を見せた。あまりにも息のあった攻防は即興の筈がなく、あの大男の情報を得られずにこの闘いを仕立てあげた風花聖典は見事に騙されたという事になる。

 

(こちらと通じていた王国貴族の手玉に取られたという訳か……王国ごときが法国を謀る等、あってはならない大罪だ!)

 

 奥歯を噛み締め、思いつく限りの罵詈雑言を脳内で撒き散らす。だがそうしていてもこの状況が覆るわけでもなく、もはや敗北は濃厚だ。

 

「随分と余裕が無くなったじゃないか」

 

「黙れ死に損ないが、勝ったつもりで居るようだが、貴様の敗北は初めから決まっている」

 

 ガゼフの息の整わぬままの言葉はニグンを苛立たせるばかりだ。ボロボロになりながらも獰猛な笑みを浮かべるそれが、腹立たしかった。

 

「貴様ごときにこれを使わなければならないとはな」

 

 ニグンが懐から取り出したのは美しくも荘厳な輝きを持つクリスタル。

 

「何をするつもりか判らんが、させると思うかぁ!」

 

監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)! 時間を稼げ!」

 

 ガゼフも監視の権天使を無視する訳にもいかず、足を留める。もう一人の大男は防御こそ優れているがガゼフほど攻撃力には優れていないようで、今までと変わらず監視の権天使の攻撃をさばいていた。

 これでニグンを止められる者は居ない。

 

「さあ、最高位天使にひれ伏せ! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!」

 

 闇夜が、クリスタルの輝きを広げるように輝き始める。同時に、新たな天使が召喚された。

 

「なっ」

 

 ガゼフが驚愕に声を上げる。勝ち目が見えたと淡い希望をいだいた直後に、それは今までとは比べ物にならない威圧感を持って現れた。

 

「一瞬の猶予も与えん、<善なる極撃(ホーリースマイト)>を放て!」

 

 天から、大きな輝きが降りる。ガゼフは監視の権天使を打ち倒す為に大技を打ち込んだばかりで、動けない。

 自らが光の煌きに包まれていくのを感じながら、眩しさに目を閉じる。確信があった、もう生きて目を開けることはできないのだと。

 

「っ……?」

 

 空気を震わせる大きな衝撃、まばゆい輝き。それらが全身を覆っているというのに、いまだガゼフに痛みは無かった。それが収束し、ようやく目が開けられた時には、

 

「おまえは……」

 

 全身を使いガゼフを守った大男の姿を見る。体中が炭と崩れながらも、それはかろうじて動いていた。

 

「耐えるか、魔神をも屠る一撃を……! だが所詮最後の悪あがきだな」

 

 残っていた炎の上位天使が大男の背を深く切り裂く。それが最後の一撃になり、膝から崩れるように倒れこむと、鎧の中から灰がこぼれ落ちた。

 

「ほう、成る程人間ではなかったのか。王国の切り札、魔法生物か何かだったのかな? 我が法国の調査を謀っただけでなく、それだけのものを生み出すとは……大したものだ。

 さてガゼフ・ストロノーフ、もはや貴様には盾は無い。だがお前はよくやったよ、その頭を垂れるというのなら、せめてもの慈悲に痛みを感じる間も与えずに殺してやろう」

 

「な、めるなああああああ!」

 

 ガゼフは立ち上がり、威光の主天使へと斬りかかる。だが武技を込めた渾身の一撃であれ、その表面に浅い傷を作るので精一杯だった。

 

「俺は王国戦士長! 国の希望を背負うものとして、ただ死を受け入れる等断じてありえん!」

 

「吠えるな獣が! 威光の主天使、ガゼフ・ストロノーフを粉砕しろ!」

 

 ガゼフがもはや武技すら発動できないまま、駆け出す。威光の主天使が魔法を使うまでも無いと、その杖を振り下ろす。その二つが交錯する直前、

 

 

 

『よく吠えた、ガゼフ・ストロノーフ。後は私がやろう』

 

 

 

 視界が一変。最後の剣は振るわれる事無く、目の前には部下達と村人たちが居た。

 

「戦士長!」

 

「お前たち……これは?」

 

「モモン殿の魔法で交換転移されたようです。十分に敵の戦力は把握できたので、残りは任せろ、と……」

 

 ガゼフは出撃前を思い出す。確かに彼は言っていた、『相手の情報無しに闘いを挑む気は無い』と。

 

「成る程……人の悪い、お方だ……」

 

 その言葉は恨み節のようでありながら、安堵に満ちていた。敵の切り札を見て尚、代わりに出たということは“そういう事”なのだろう。

 そのまま、ガゼフは気を失い倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「何者、だ。貴様は」

 

 ガゼフは叩き潰され、地に血の跡を刻む筈だった。だが今眼の前にあるのは怪しい魔法詠唱者であり、それは威光の主天使の一撃を片手で受け止める異質な光景だった。

 

「さて、戦士長を含めてお前たちにはいい物を見せてもらった。礼に良い物をくれてやろう」

 

 魔法詠唱者の指に小さく黒い炎が宿る。

 

「絶望と、恐怖。そして絶対的な死だ」

 

 圧倒的な力による虐殺が、始まった。

 

 

 

 





 誤字報告、ありがとう御座います。
 正直な所、本気で勘違いしてたのばかりでお恥ずかしい限りです……


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第2話

「これで作業が進みます。ありがとうございます、モモン様」

 

「いえいえ、次が片付いたらお声掛けください、またお手伝い出来ることもあるでしょう」

 

 あのスレイン法国襲撃から数日。モモンガはカルネ村の復興に尽力していた。

 

(こうしてみると建設というのも中々楽しいものだな。ナザリック大墳墓の各階層を作るときには殆ど口を出さなかったけど、惜しいことをしたのかもなあ)

 

 気分は街ならぬ村建設ゲームである。下手にギルドメンバーから教えてもらった(ゲーム内では殆ど意味のない)建造知識のせいもあって、この地には無い特殊な技法を用いた家が次々と出来ていく。おかげで殆ど必要も無いのに耐震、耐熱、換気等非常に高度な技術が盛り込まれた家がいくつもできていた。まあ殆ど魔法でのゴリ押しで作っているのだが。

 

「モモン様!」

 

「おお、エンリか。畑の調子はどうだ?」

 

「はい、モモン様のおかげで何とかなりそうです。ゴブリンさん達も精一杯がんばってくれてますから」

 

「それは良かった」

 

 魔法やアイテムで人手不足は解消できたようだ(ゴブリンやゴーレムを人手といって良いか不明だが)。村人も体を動かしている間は辛いことを忘れられるようで、今では笑顔も見えるようになってきている。

 

「ふむ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「も、もう村を出られるのですか?」

 

「ええ、村の復興は軌道に乗っているようですし。もちろん召喚した使い魔は置いておきます。護衛や労働力として、好きにお使いください」

 

「……ですが」

 

 村長の表情は暗い。自らの有用性をこれでもかと見せたモモンガとしては、それも当然の事だと受け止める。

 

「私達はモモン様に何のお返しもできておりません。色々として頂くだけ頂いて、これでは余りにも……」

 

 だがその言葉は利己的なものではなく、義理堅く善良な人のものだった。それに驚き、アンデッドと化した心に一筋の暖かさが灯る。

 

「ははは、ではこうしましょう。またいずれこの村に立ち寄らせていただいた時に、何か催し物でも見せてください。

 何せ私にとってここは異国の地。ちょっとした祭りでも新鮮な気持ちで楽しめると思います」

 

「おお、分かりました。その時までにきっとこの村を立てなおしておきます。

 もしモモン様がご飲食できるようでしたら、可能な限りの食事もご用意させて頂きますので」

 

「あ、ええ。私もその時までに飲食不要のアイテムを簡単に脱着出来る手を探しておきます」

 

 そういう事にしておいた嘘に軽く動揺しながら、硬い握手をする。

 偶然と打算から始まった出会いだったが、リアルですら一度もなかった温かく良好な人付き合いができた。それだけでもこの村を救った価値があったと、モモンガは仮面の下で微笑む。同時に人間に変化する方法を早いところ見つけないと、面倒が多そうだとため息もつきながらとはなったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ようやく一息ついたな)

 

 ガゼフ・ストロノーフは大きく息を吐いて、殆ど座ったことのない執務室の椅子にドカリと座る。全身の力を抜き、椅子に体を任せた姿はそこそこの威厳はあったが、疲れきっていても戦士達の長は獰猛な貫禄を持っていた。つまりは落ち着いた部屋の雰囲気に余り似合っていない。

 

(貴族共も今回ばかりは静かなものだったな)

 

 今回、あの大立ち回りを終えて王国に帰ったガゼフは、凱旋とばかりに迎えられた。何しろあの法国の襲撃を退け、多少ながらも生きたまま連行する事が出来たのだ。しかも一部貴族たちの嫌がらせを受けて武具を制限されたまま、さらに噂のみで知られていた特殊部隊を、だ。これ以上の戦果というと中々に難しい。

 

(ソレもコレも、モモン殿のおかげだな)

 

 少し自嘲気味にガゼフは笑う。

 王国には彼の希望もありガゼフと部下のみで陽光聖典を退けたことになっているが、本当ならば殆どがモモンの手柄だ。

 

(悪目立ちしたくないから、などと。本来ならば大手を振って王国に迎え入れる人物だというのに)

 

 強さだけではなく、慈愛に満ちたその言動に深く敬意を覚える。

 だがその中に少しの疑念がある。目的は知れず、富や名声を求めない仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 

(馬鹿者め、恩人に感じる感情ではない。少なくとも王国に仕える俺ならともかく、村人を助けたのは善意以外の何物でもない筈だ)

 

 貴族社会に囚われたせいか、まず人を疑うようになってしまった自らを責める。戦士長として、男として、彼は敬意と礼儀をもって恩を返すべき御仁なのだから。

 

「そうだ、彼への礼を用意しなくては。久しぶりに貯金を切り崩すかな。いやはや、有意義な出費だ」

 

 これから少なくない金銭を失う男とは思えない、晴れやかな表情がそこにはあった。

 いざ立ち上がり準備をしようとしたその時、控えめなノックが部屋に響く。

 

「ガゼフ様、お客様がこられました」

 

 使用人の言葉に思い出すのは先程まで思いを馳せていた仮面の魔法詠唱者だが、彼と別れてからまだ数日しか経っていない。ガゼフはモモンガから村の復興を手伝うと聞いていたし、後から馬で追いかけたとしても早すぎると思った。

 

「誰だ?」

 

「えぇと、モモン様とおっしゃっていました」

 

「何だと!?」

 

 慌てて玄関へとかけ出す。疑問こそあるが、立たせて入り口で待たせていいような相手ではない。

 階段を5段飛ばしで駆け下りて目にしたものは、

 

「やあ、ストロノーフ殿。元気そうで何より」

 

「な、も、モモン、殿……なのか?」

 

 漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ、立派な体躯の男がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一報もいれずに突然すみません」

 

「いや、恩人の貴方が気にするような事ではないさ」

 

 訪れたガゼフの家は、肩書からは想像出来ない程にこじんまりとした物だった。せいぜい商売がそこそこ上手く行っている家族の一軒家といったところだろうか。

 現実では裕福ではなく、一般庶民の感覚を持つモモンガから見ればもちろん大きな家だが、華美な装飾にこだわらないガゼフの家は実に彼の好みに合っていた。

 

「随分と早いのですな。我々は馬を飛ばして帰ってきましたが、それから十日も間が空いてない」

 

「まあ、私も魔法詠唱者ですので。移動手段の一つや二つは持っているのですよ」

 

 流石に<転移門(ゲート)>で来たとは言えない。

 村の復興を手伝っていたのにこの早さは、少々警戒を与えてしまったかもしれないとモモンガは反省する。だが、適当に濁せばいいだろうと思っていた。

 そう、彼はいつもの慎重さを少し失い、実に楽観的に過ごしているのだ。村人たちとの交流や、初めての土地である王都観光に、彼のテンションは振り切れない程度に高い水準を維持していた。

 

「流石ですな……それで、せっかく来て頂いたというのに不躾かもしれんが、質問をしても良いだろうか」

 

「ん? ああ、そこまで改まらなくて構いません。ストロノーフ殿とは形はどうあれ同じ敵と共闘した仲ですから」

 

「そう言っていただけると助かる。では、一つ聞きたいのだが……なぜそのような格好を?」

 

 漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ男が、キョトンと首をかしげる。可愛くは無い。

 

「ああ、これですか。あの村で確認したのですが、私の姿は目立つようでしたので拵えてみました。この姿ならば身の丈にも合ってるでしょうし、悪目立ちしないでしょう?」

 

 そう言って軽快に動く全身鎧。

 

「……モモン殿、恩人に対して生意気な口を出すようで憚られるのだが」

 

「え? ああ、何かご意見が有るなら聞きますが」

 

「その一目で高品質な物と判る漆黒の鎧は、正直目を引くでしょう。大剣も、軽々とそれを背負える筋力とあいまって、目立ちます」

 

「……目立ちますか?」

 

「……残念ながら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガゼフ監修の下、鎧を作りなおすモモンガ。

 魔法で武具を作り出すことが既に常識外の出来事なのだが、この魔法詠唱者は何でも有りだなとガゼフは達観しつつあった。

 

「成る程、これはこれで悪くありませんね」

 

 最終的に一般的な騎士の装いを、少々アレンジした形の武装となった。

 異国(正確にはユグドラシルでモモンガが見た武具)の装いを含んだそれは、少しの気品を感じさせるセンスの良いものとなった。

 

「ええ、私も欲しいぐらいですな」

 

「……ストロノーフ殿にも作っても構いませんが」

 

「本当か!」

 

「魔法で作ったものなので、何かあった場合は戦場で丸裸ですよ?」

 

「……やめておきましょう」

 

 心底に残念そうに呟くガゼフ。反面、武人らしい武具への拘りにモモンガは少し和やかな気持ちになった。

 

「そうだ、報酬の話なのだが。今回の働きに対して王から恩賞を頂いている。良ければモモン殿にはこれをそのまま受け取って欲しい」

 

「そうですか。しかし私は使い魔を貸し出したのと、最後に少し手を出しただけです。それを全て私が頂くというのは少々心苦しいですね」

 

「そんな事を仰らないでくれ。貴殿が居なければ私だけでなく部下や村人も助からなかった。今回の恩賞を受け取って頂いても足らないぐらいだ」

 

「ふむ……まあ頂いて困るものではないのでそう言って頂けるのなら。

 しかし実はストロノーフ殿には他に頼み事がありまして、打算的で恥ずかしい話なのですが報酬の代わりに申し出るつもりだったのです」

 

「お願い、か。元々私個人としてもモモン殿にはお礼をしようと思っていた。私にできる事なら受けさせて頂くが」

 

「それはありがたい。では一つ教えて頂きたい、近接職の闘い方というものを――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城塞都市エ・ランテル。この地を拠点と見定めたモモンガは、当初の予定通り冒険者組合へと登録した。

 そしてその翌日。再び組合へ訪れていたモモンガは、依頼書が貼られているボードの前に一人立っていた。

 周りには少し距離を離し値踏みするような視線を向ける冒険者達。ガゼフのおかげで落ち着いた装備になったモモンガだが、立派な全身鎧を身にまとうも苦もなく動く姿が彼らの注目を集めていた。

 とはいえまだ銅のプレートを付けている者をどうこうする程、彼らも暇ではないのだが。

 

(うーむ、なんとも微妙だなあ)

 

 その視線を故意的に無視しつつも、モモンガは悩んでいた。

 

(薬草取り。情報収集。配達。どうにも地味な仕事ばかりだ。こんなものをちまちまと続けてランクを上げるのはダルそうだ)

 

 翻訳アイテムで依頼書を幾つか見て、ため息を漏らす。先日の登録時にある程度はわかっていた事だが、本当に夢のない仕事だと理解してしまった。

 

(とりあえず何をするにしても落ち着く拠点の用意、それにはまず金稼ぎだと思って登録したはいいが、これじゃあただの便利屋かモンスター専門の傭兵だな……こうなったら)

 

 ボードから視線を逸し、受付に向かう。

 

「すまない、先日登録したモモンと言うものだが」

 

 モモンガは方針を変える事にした。多少面倒な事が降りかかっても一気にランクを上げる事にしたのだ。

 

「はい、何か御用でしょうか?」

 

「私は見ての通り1人でチームは組んでいないが、ギガントバジリスク程度なら倒せる実力はある」

 

 受付のみならず、周囲にいた冒険者達もざわつきだす。当然だ、ギガントバジリスクは恐るべき魔獣であり、容易に討伐できるモンスターではないからだ。

 単純な強さだけでなく、『石化の視線』といった厄介な能力を持っており、町一つを滅ぼす事すらできる脅威そのもの。最高位のアダマンタイト級冒険者でなければ戦えないとまで言われた化け物。それを1人で倒せるなどと、誰が聞いてもホラ吹きと嘲笑するだろう。だが、モモンガの立派な体躯や全身鎧、そして泰然と語る姿を目にした彼らに、それを簡単に嘘だと否定する事はできなかった。

 

「力を示せと言われれば、そうしよう。だから銅のランクに限らず、難易度の高い仕事を受けられないだろうか?」

 

「……申し訳ありません。規則ですので、そういった事はできません」

 

 とはいえ、回答は否定だった。まあそれも当然の事だとモモンガは思う。組合としては強くても信頼が無い者に重要度の高い仕事など任せられないだろう。

 

「まあ、そうでしょうね。此方こそ申し訳ありません、無茶を言いました。

 それでは代わりと言っては何ですが、難度の高いモンスターと遭遇する可能性がある依頼等を紹介して頂けませんでしょうか。もちろん、銅のプレートで受けられる範囲で構いません」

 

「それでしたら。少々お待ち下さい」

 

 明らかに安堵した様子を見せて、受付がリストを机に広げる。それを斜め見しつつも、モモンガは周囲の様子を不自然でない程度で窺っていた。

 

(これで釣れてくれればいいんだが……流石に直ぐには無理かな?)

 

 わざわざ目立つような事をした理由は一つ。この売名行為で、高ランクの冒険者に共同の仕事を持ちかけてもらう心算だ。そこで活躍することができれば、地味な仕事を引き受けているよりも簡単にランクを引き上げる事ができるのでは……とモモンガは考えた。

 まあデメリットとしては此方を利用するだけ利用しようという面倒な手合まで来る可能性だが、それはそれで叩き潰せば良い。

 

「あの、もしよろしければ私達と一緒に仕事をしませんか?」

 

 そしてそれは思ったよりも早く、そして良い結果として現れることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、まさか4人で圧倒されるだなんて……もはや英雄級といっても過言ではありませんよ!」

 

「いえいえ、私等まだまだです。それよりも皆さんの連携には驚かされましたよ」

 

 モモンガは組合で話しかけてきた4人と街道を進む。彼らは“漆黒の剣”というシルバー級冒険者チームだ。街道の安全向上を図るモンスター狩りに誘われ、それを快諾して同行している。

 チームリーダーであるペテル・モークと話している内容は、先程行った模擬戦の話だ。お互いの実力を確かめる為にも、1対4で軽く手合わせをしたのだ。

 

「モモンさんは謙虚なんですね。戦士としてだけでなく魔法対処まで完璧なんですから、もっと高圧的に出ても不思議じゃないのに」

 

「謙虚ってレベルじゃないぜ、矢を手づかみして投げ返された時には夢でも見てるのかと思ったしな」

 

「うむ、モモン氏には驚かされてばかりであるな」

 

 魔法詠唱者、ニニャ。

 野伏、ルクルット・ボルブ。

 森司祭、ダイン・ウッドワンダー。

 

 順に話していく彼らの眼差しは、まさしく英雄を見る目でキラキラと輝いていた。それが何とも気恥ずかしく、モモンは適当な返答で誤魔化す。

 

「はは、そういえばニニャさんの魔法なのですが―――」

 

 魔法や武技、武器防具の話題と一般的な冒険者としての話題で盛り上がる。

 モモンは自分の事を『遠方の地でとある団体に入っていたので、此方での一般常識が足らない』として話していた。ユグドラシルという異なる世界にいて、アインズ・ウール・ゴウンというギルドに所属していたので、ぼやかしてはいるが嘘は言っていない。

 この世界に来て初めて組むことになる“漆黒の剣”だが、まさかの一発当たりだった。真面目で常識的、かつ親切。まだ何も知らないモモンガが組むチームとしてはベストと言える。

 

「ではモモンさんは武技を憶えていないんですね」

 

「ええ、私の居た地では聞かなかった技術です。こうやって鍛錬法等を聞けて非常に参考になります」

 

 魔法、武技、果ては街や国の話題。道すがら話に興じる。

 モモンガにとっては言うまでも無いが、漆黒の剣も上位者との会話は宝になる。互いに益のある対話は、目的地にたどり着くまで続けられた。

 

「おいでなすったぜ」

 

 先頭を歩いていたルクルットが声を上げる。

 この男、飄々としていて仕事ができるか疑問を覚える立ち振舞をするが、野伏としての実力は確かなようだ。

 

「では、打ち合わせどおりに私が派手に立ち回りますので、追い込みをお願いします」

 

「分かりました。皆、今日は途中から回りこんで退路を断つぞ。いつもと違う立ち回りだから注意してくれ!」

 

 モモンガという強者がいるからこその立ち回りを、ペテルが改めて指示する。その中で、一人モモンガは剣を抜き、ゴブリンとオーガの団体へ歩みを進めていた。

 

「さて、モモンとしての初陣だ」

 

 声には喜悦が浮かぶ。

 一週間と少し、王国で鍛え上げた近接職としての力を本番で試せる事に心を躍らせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーガは、悠長に歩いてくる一人の騎士にほくそ笑む。それは人間にしてはかなりの大柄で、固そうだが食いでが有りそうだと思ったからだ。

 深く思慮もせず、手にした棍棒を横薙ぎに振るう。彼が知る限り、自分よりも小さい敵がコレを受ければ吹っ飛んで動かなくなるのがいつもの事だから。

 

 ガチリ、と大きな硬質音。

 

 手応えはあった、だがいつもとは違っていた。自分が振った棍棒は騎士を通り過ぎ、そして騎士は吹っ飛んでも居ない。

 体捌きと盾によりあっさりと往なされたという事を、彼が知ることは無い。何しろ、攻撃を躱されたと認識する前に、彼の頭は胴体から数m離れた位置に落ちていたからだ。

 

「すごい……」

 

 その、お手本のような一撃までの流れに、その場に居た全ての者が凍りついた。特に剣士であるペテルにとって、背筋に電撃が走るような光景だった。

 何か特殊な事をするのではなく、ただ当たり前に避けて、受けて、間隙を撃つ。ただ無駄がなく、鍛え上げた力による一刀。自らの理想の先にある物を、彼は垣間見たのだ。

 

 心が震えた。

 口角が歪んだ。

 口元から自然に覇気を伴う声が挙がった。

 

『何れはあの頂きへ……!』

 

 その日、ペテル・モークの運命が決まる。伝説を目の前に、英雄への道へと進むべく。

 

 




【どうでも良い小話】
 モモンガの身長はアニメサイズをイメージ。原作だと177cm程度との事ですがデカイ方が格好良いので……
 あと作りなおした鎧はダークソウルの『上級騎士』装備にマントをつけた物を想像して書いております。アレ格好いいよね。


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第3話

「それではモモンさん、次がありましたら宜しくお願いします」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 お互い軽く手を上げて、それぞれの宿へと向かう為に別れた。

 効率良くモンスター討伐を成したモモンガと漆黒の剣は、その日の内に冒険者組合へと帰ってきた。おかげでガゼフから受け取っていた報酬を除いても、財布の中身はかなり潤っている。

 

(漆黒の剣は当たりだったな)

 

 宿への帰路につきながら、モモンガはそう思う。お人よしと言える程に人が良く、未熟ながらも最低限の強さと連携を持つ彼らにかなりの好感を抱いていた。

 彼らが組合に着いてからもモモンガの活躍を事細かに話してくれたおかげで、記録を取っていた受付の印象も悪くない。もしかしたらランクアップも早々に決まるかもしれないと考えていた。

 

(彼らとはこれからも懇意にしていこう。チームに入るつもりは無いが、最低限横のつながりは欲しいしな)

 

 少々ドライな考え方ではあるが、アンデッドとなり人への親近感を失ったモモンガからすればかなりの好印象と言える。今のところモモンガの脳内ランキングとしては、『カルネ村の人々≧ガゼフ>漆黒の剣>その他』といったところであろうか。

 特に急いで帰る用も無い為、露店を冷やかしながらぶらぶらと帰路につく。その耳に、悲鳴のような叫びが届いた。

 

 

 

「アンデッドだ! アンデッドの大群が攻めてきたぞ!」

 

 

 

(……つくづくイベントが多いな、この世界は)

 

 モモンガは来た道を戻り走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは絶望的な光景だった。

 数十、いや数百を超えるのではないかと思わせる程のアンデッドの大群。それ等の歩みは決して速くは無いが、途切れず攻めてくる不死の集団は、分かりやすい危機の襲来だ。

 

「ペテルさん!」

 

 街の外壁にたどりついたモモンガは、見知った顔に話し掛ける。

 

「モモンさん! 良かった、ご無事だったんですね!」

 

 その男はまず此方の心配をしてきた。他にもいた漆黒の剣の面々も、厳しい面持ちは残すも微笑んできた。

 まず自分の心配をしたらどうだ、とモモンガも状況に合わず朗らかな気持ちになる。

 

「状況は?」

 

「分かりません。守衛が言うには、墓地から何の前触れもなく大量のアンデッドが攻めてきたそうです。冒険者組合も手が空いている者全てに防衛参加を依頼しています。そもそも数が多すぎて打って出る事もできません!」

 

 話しながら、お互い近寄ってきたアンデッドを斬り飛ばす。漆黒の剣だけではなく、周りを見渡せばどこもかしこも戦闘中だ。

 今は皆どうにかなっている。だが、視界の先には数えるのも馬鹿らしくなる程のアンデッドの群れ。このまま続ければどうなるか等、子供ですら予想できる展開だ。

 

「……皆さん。これを」

 

 モモンガは、無限の背負い袋から幾つかの武器を漆黒の剣に渡す。

 

「これは……?」

 

「すげえ、銀の武器かよ!」

 

「なかなかの魔力も感じるのである」

 

「この杖も、かなりの逸品じゃないですか」

 

 戸惑いを隠しきれない面々。

 

「とりあえず貸し出しますので、これで凌いで下さい。それと治癒のポーションも幾つか。これは返さなくていいので、好きに使って下さい」

 

 街で買ったポーションも引き渡す。モモンガは使わないが、人間アピールの為に幾つか買い込んであったものだ。

 ちなみにユグドラシルから所持しているポーションもかなりの在庫がある。だが、ガゼフに見せた時に安易に人へ見せるべき物ではない事が判った為、引き渡したのはこの街で買った物だけだ。

 

「か、借りれませんし、貰えませんよ!」

 

「言ってる場合じゃありません。命あっての物種でしょう」

 

「それは……判りました、使った分も合わせていずれお返しします」

 

「下手に遠慮して使い処を間違えてほしくないので、貰ってください」

 

「モモンさんはどうするんですか?」

 

 ペテルとのやりとりに、何かを感じたニニャが声をあげる。

 

「……本当はもっとゆっくり活動しようと思っていたのですが、そうも言ってはいられないようなので」

 

 モモンガは剣を構え、跳ぶ。言うまでもなく、眼下にある地獄の再現へ。

 

「元凶探して、潰してきます」

 

 買い物に行くように気楽な口調で、モモンガはあっさりとアンデッドの群れに飲み込まれた。

 

 

 

…………

 

 

 

 

『モモンさん(氏)!?』

 

 呆けて固まっていた数秒を空け、漆黒の剣は外壁の下を見下ろす。

 

 ――――爆音が轟く。

 

 肉や骨が弾け跳び、地が抉れ土煙が舞う。そんな光景に再び呆気にとられていた彼らは、やはり数秒してあることに気づく。

 

「おいおい、見渡す限りのアンデッドが全滅だぞ……」

 

 ルクルットの声が、小さな声ながらも周辺にいた者に届き渡る。野伏の彼がそう言う以上、かなりの範囲が一掃された証明になる。

 

「アダマンタイトじゃ収まらない……俺たちは伝説を目にしたのかもしれない」

 

 その、誰とも知れない呟きが、静かな戦場を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「当たりか」

 

 特に苦もなく墓地へと辿り着いたモモンガを待っていたのは、怪しげな儀式をしている集団だった。これで誤解だとしたら相手を訴えられそうなぐらいには分かりやすい状況である。

 

「お前たちがこの騒ぎの元凶だな」

 

「如何にも……貴様一人だけか?」

 

「うん? そうだが」

 

「そんな訳はあるまい。たった一人であれだけのアンデッドの群れを抜けてここにたどり着ける筈がない」

 

「できるさ。こんな風にな」

 

 モモンガがそう声を上げた時には、怪しげな集団の首は一刀の下に胴から離れていた。ただ一人、赤いローブを着た主犯格らしき男を除いて。

 

「ちっ、使えん奴等め」

 

「冷たい男だな、それでそいつ等も守ってやればよかっただろう」

 

 仲間の死を鼻で笑う男は、骨の腕……いや足によって守られていた。モモンガは一度距離を取る。

 

「その二体がお前の切り札か?」

 

「な、貴様なぜソレを……!」

 

 モモンガの言葉を受け、隠すのも意味は無いと感じたのか2体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が現れる。地の底から湧き出るように一体、そして空から舞い降りてきた一体。

 

「さてな、それにまだ一人隠れているだろう。顔を出したらどうだ?」

 

「――――ちゃぁーんと隠れてたつもりだったんだけど、どうして分かっちゃったのかなー。タレントかな?」

 

 耳に粘りつくような甘い声が、闇の奥から現れる。一見だけで言うならば愛嬌のある顔をした女だ。

 ちなみに骨の竜はスキル<不死者検知>で、隠れていた女は事前に<敵検知(センス・エネミー)>により感知していた。すれ違いを考慮して定期的に展開していたのが功を奏したのである。

 

「答える必要があるか?」

 

「ふーん。ま、いいや。ねえカジっちゃん、その男私にちょーだい。こっちは放っておいて好きにしていいからさあ」

 

「二人がかりで圧殺すれば良いではないか」

 

「じょーだん。こーゆー僕は強いんですー、て言う手合いは一対一で虐めた方が良い反応みせてくれるんだよね」

 

 二人は戦いの直前とは思えない気楽さで、モモンガを置いて話を進める。だがそれは彼にとっては滑稽なやり取りにしか思えなかった。

 

「冗談は此方の台詞だ。二人と二匹、同時に掛かってこい。わざわざ別々に戦うなど手間をかけたくはない」

 

「あぁ?」

 

 ドスの利いた声が、女から放たれる。先程までの表情は嘘だったかのように、激しい相貌だ。

 

「粋がってんじゃねぇぞ糞野郎。銅ごときがこのクレマンティーヌ様と戦って貰えるだけ幸運なんだよ」

 

「それはすまない。では口だけでは無いことを証明して頂けるかな、クレマンティーヌ様?」

 

 ブチリ、となにかが切れた音がする。

 

「死ね」

 

 遊びの無い、シンプルな殺意。その発露と共に爆発したが如く地を駆ける、いや跳躍したクレマンティーヌの一撃は、違わずモモンガを襲う。

 肉を貫き骨を砕く鈍い音―――は鳴ることは無く、響くのは盾による硬質音だ。

 

「確かに速いな、驚いた。だが見慣れた速度だ」

 

 一撃を弾かれ無防備な姿を晒すクレマンティーヌの体に、モモンガは一刀を放つ。

 

「糞、がぁ!」

 

 だがクレマンティーヌも英雄に連なる一級の戦士。沸騰していた頭を一気に冷やして危機を凌ぐ。避けた勢いそのままに、飛び出した位置まで跳ね戻る。

 

「テメエ、何者だ」

 

「冒険者だよ、登録したばかりだがね。さあ全力で来いトロフィーハンター、出し惜しみをしたまま死ぬのは嫌だろう?」

 

 トロフィーハンター、それは彼女の“性癖”を如実に表した呼び名だが、気付いたという事は外套の下にある各冒険者のプレートを見たという事だ。手加減抜きの一撃を受けながらそれだけの余裕を見せつけられるとは、彼女にとって究極の侮辱と言っても過言では無い。

 クレマンティーヌの噛み締められた奥歯が嫌な音を響かせる。普段の彼女ならば聞くに堪えない罵声を返すところだが、発せられた言葉は力有るモノだった。

 

「<疾風走破><能力向上><能力超向上>」

 

 猫を思い出させるような深く沈み込んだ体勢になり、次々に強力な武技が発動する。

 

「死ね」

 

 言葉こそ同じだが、その速度は先程とは異なる。残像さえ知覚できないそれは、一つの弾丸のようなモノだった。

 互いの範囲に入った直後、モモンガの盾が動く。受けではなく、鈍器として振るわれたシールドバッシュだ。対してクレマンティーヌは手にしたスティレットでそれを受ける。モモンガの力と、彼女自身の突撃は並ではない。如何に一流の戦士であるクレマンティーヌであれ、受ければダメージは免れない。

 

「<不落要塞>」

 

 だが武技はそれを覆す。けたたましい金属音に比例し、モモンガの盾は大きく弾かれた。もちろんクレマンティーヌにダメージはない。

 

(糞が、読んでやがったな)

 

 だが見事な防御も彼女に喜びは与えない。あれだけ激しい打ち合いにも拘らず、モモンガの体勢は崩れていなかった。先程のが体重を掛けた一撃であればこうはならない。その証拠とばかりに、今度はモモンガの剣が振るわれた。

 

「<超回避>」

 

 さらにその上を行くのは、やはりクレマンティーヌだ。これだけ武技を使用していてなお、まだ容量が尽きない。モモンガの振るう剣は空しく空を走る。

 

「おーわり!」

 

 それに余裕を取り戻したクレマンティーヌの一撃が、しかし遊び無くモモンガを襲う。狙うはフルフェイスヘルムの目元、防御のないスリットだ。吸い込まれるように突き進むスティレット。

 

「そうか?」

 

 だがそれは金属を引っ掻く不快な音を奏でて、ヘルムの表面を滑り走った。

 

「なっ」

 

 クレマンティーヌは驚愕する。

 一撃を避けられたのは偶然でもトリックでもない。ただ、数ミリ首を振り、点の攻撃を受け流しただけだ。

 ただ避けられたのならばここまで驚愕は覚えなかった。だが、眼球に迫る一撃をギリギリまで引き付け、ほんの少しの動きだけで捌ききるなど、どんな度胸と反射神経があれば可能だと言うのか。

 

「ごふっ!」

 

 一瞬の隙をつき、モモンガの膝が割り込む。まるで逆再生のようにクレマンティーヌが吹き飛ぶと、追い討ちをかけるべくモモンガが動く。だが、骨の竜がそれをさせず、モモンガは一度距離を取った。

 

「げほっ、げほっ、が、ぐっ」

 

「無事か、クレマンティーヌ!」

 

 カジッチャン、もといカジットが地に倒れ伏した彼女に声をかける。言葉こそ心配をしているようだが、その声色には苛立ちと焦りだけがあった。

 

「ぐぞ、糞が!」

 

 口元の血を拭いながら、クレマンティーヌは立ち上がる。モモンガが手加減をしたのか、彼女が上手くいなしたのか、ダメージはそこまで大きくは無いようだ。

 

「あの野郎、武技使いに慣れてやがる。しかも私の速度についてきやがった」

 

「元漆黒聖典のお前が苦戦する相手か……厄介だな。余裕を見せられる相手ではないぞ、共闘して確実に殺すべきだ」

 

「ちっ」

 

 二人と骨の竜二体が構える。それを見たモモンガも少々警戒を強めた。

 

「4対1は私も遊んではいられないな。少し本気を見せよう」

 

 ――――ゾワリ、と空気が変わった。

 

「―――っ!」

 

「がっ」

 

 クレマンティーヌとカジットの体が、震える。特にカジットに至っては呼吸さえ不自由になる程、肉体が恐怖に苛まれていた。

 

「くっ、ラ、<獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)>!」

 

「カジッちゃん、やれる?」

 

「な、なんとかな……今のは一体何だというのだ」

 

「……殺気、かな。あんな呼吸まで止まりそうなのは初めてだけど」

 

 そう言いながらクレマンティーヌにはこのレベルの威圧感に心当たりが有った。法国に居た際、異端児だらけの漆黒聖典でも異質な存在。1でも12にでもない、番外に属したあの女。

 

「お前、まさか神人か……?」

 

「シンジン?」

 

 唐突に出てきた単語を、モモンガが知る由もない。ある国で病的なまでに隠蔽されている事を、個人でしかない彼が手に入れるには日が浅すぎた。

 

(知らねえって事は法国関係者じゃない。だとしたら……八欲王由来って可能性も有る。どっちにせよ)

 

「はん、何にせよテメーをぶっ殺せれば目出度く私も英雄級って訳だな」

 

「自称なら好きにしろ」

 

「ふふ、ふふふ。いちいちムカつくヤローだ!」

 

 戦士が地を駆け、骨の竜が吠える。

 たった数人の戦争が、観客の居ない墓地の中で始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 骨の竜の足が砕け飛ぶ。追い討ちで本体が狙われる前に、クレマンティーヌの刺突が割り込む。数度の交錯を重ね息切れした彼女に迫る一撃を、させじと放たれたカジットの魔法で仕切り直す事になる。この数秒の間に、復活した骨の竜が再びモモンガに迫る。

 

 何度繰り返したことか。

 

 そう長くない筈だが、一瞬の油断で死に至る戦いは彼らの意識を引き伸ばした。

 互いに致命的な傷こそ負っていないが、彼らの精神はギリギリの所を彷徨い続ける。常識外とは言え、人間である以上は限界があるのだ。

 

――――片方の決定的な(種族)に気づかないまま、戦いは終演へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

「もういいか」

 

 ふと、モモンガがそう呟いた。それを耳にした二人の人間は、言葉の理解に悩んだ。

 

「あぁ? 降参のつもりか、その脳髄ぶち抜くまで終わらねえぞ」

 

「息も絶え絶えに良く言えたものだ。しかし認めようクレマンティーヌ、お前は強い」

 

 嘘偽りのない称賛に続いて、モモンガはカジットを指差す。

 

「だがお前は違う。そのアイテムがなければ、ここにいる価値が無い」

 

「ふん、死の宝珠を恐れる愚図の戯言だな」

 

「少しは殊勝な所でも見せてくれれば対応も変えてやったが……」

 

 モモンガが剣を納め、呟く。それが戦いの終わりを告げる言葉でもあった。

 

「<完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)>」

 

 聞き覚えのない言葉に二人が警戒していると、突然近距離で爆発が起きる。

 

「骨の竜が!」

 

 二体左右に控えていた骨の竜が、粉々に砕かれた。何が恐ろしいと言えば、その瞬間を全く感知出来なかったことだ。

 

「野郎消えやがった!」

 

 クレマンティーヌに焦りが生まれる。モモンガが消えたと同時に骨の竜が倒された。無関係だとは考えられないが、骨の竜には魔法の完全耐性がある。少なくとも魔法で壊された訳ではない。

 

「まさか、転移魔法か! やつは何処へっ……」

 

「カジっちゃん、後ろ!」

 

「ぬ!?」

 

 振り向けば、何かを手にしたモモンガが立っている。

 

「き、貴様いつの間に死の宝珠を!」

 

「何を言っている、お前が『手渡して』くれたんだろう?」

 

「馬鹿な、ば、ばかなあああっ!」

 

 モモンガの片手には、死の宝珠がある。では、もう片方にある『腕』は誰のものか?

 

「さて、これでお前は用済みだな」

 

 そしてあっさりと、モモンガはガジットを一刀のもとに両断する。悲鳴の一つ、悔いの一つも吐き出すことはなく、エ・ランテルを騒がせる首魁の一人は墓地に相応しい姿に変わり果てた。

 

「……」

 

 クレマンティーヌは動かない、いや動けない。正直もう勝ち目は無いので逃げるしかないのだが、後ろを見せれば一瞬で殺られると確信していた。

 

「まさか転移魔法が切り札だとはな、戦士に持たせていい魔法じゃねえぞ」

 

「勘違いしているようだが、今のは魔法ではないぞ? 速く動いただけだ」

 

「は?」

 

「見えなかったか、では少しゆっくり動いてやろう」

 

 その言葉と共に、モモンガが消える。いや、今度は見えた、見えてしまった。目に追えないほどに、此方だけが時に置いていかれるような感覚すら与える、その速度を。

 

「があ!」

 

 突然脹ら脛が焼けるように熱くなる。斬られた、と思った時には地へと倒れ伏していた。

 

「これでご自慢のスピードも台無しだな」

 

「ぐ……て、てめえ、一体何者だ。流石の神人だってあんな速度じゃ動けない」

 

「ふむ、では答え合わせといこうか」

 

 モモンガの鎧が、燃え上がるように消える。現れたのは見るも恐ろしい、ヒトガタの骨だった。

 

「アンデッド、エルダーリッチ、か?」

 

「残念ながら半分外れだ、それより上位の種族さ」

 

 クレマンティーヌは痛みに脂汗を流しながら、疑問に囚われていた。エルダーリッチの上位種族とは? 魔法に優れているだけならともかく、なぜ戦士としてあそこまで強いのか? そもアンデッドが何故人の街を護るのか?

 そして一つ、そんなあり得ない事をしかねない、一つの存在にたどり着いた。

 

「お前――貴方は、まさか……ぷれいやー、なんですか?」

 

 モモンガの動きが止まる。精神の強制安定が入るほど、強い衝撃を受けて。

 

「興味深い言葉を知っているじゃないか。言え、どこでそれを聞いた。どこまでそれについて知っている」

 

 急に饒舌になったモモンガに、クレマンティーヌは一縷の希望を見る。

 

「全部、喋ります。だから、命だけは、助けてくれ、ませんか」

 

「…………」

 

 モモンガは思案する。だが、そう時間の必要な問題ではなかった。

 

「いいだろう」

 

「本当、ですか!」

 

「だが一つ保険を掛ける」

 

 骨だけの指先が、クレマンティーヌの額に添えられる。

 

「私に絶対服従の呪いさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜も明け、墓地から凱旋したモモンガを迎えたのは喝采だった。

 なんとか守りきれた街に皆が喜び、新たな英雄の誕生に誰もが瞳を輝かせる。

 犠牲が出なかったわけではない。だが事態の大きさに対して被害はほとんどなかった点も、皆の喜びに一役買っていた。あの漆黒の剣も無事生き残り、ひとかどの活躍をしたと後日聞くことになる。

 復旧作業とお祭り騒ぎの同時並行のなか、モモンガは冒険者組合に招かれる。此度の活躍を評価され、ミスリルまで一気に引き上げられた。アダマンタイト級の活躍ではあるとされたが、流石に今回の事態をもう少し精査してからとの事だ。

 

「はあ、疲れた。体力は減らないけど」

 

 数日経って、モモンガは漸く解放された。事情聴取に復旧作業に見回り。ほぼ不眠不休で動き回っていたのだ。飲食を一々断る理由の一つとしていたことも確かだが、それにしてもハードスケジュールだった。

 

「うーん」

 

 街に来て初日の宿とは比べ物にならない部屋のベッドでゴロゴロと少しの間ころがりまわり、ぐったりとしてから腹筋の要領で起き上がる。肉とか無いけど。

 

「さて、<転移門(ゲート)>」

 

 目の前に黒い靄が現れる。本来なら開いた門に入るのは詠唱者だが、今回の場合は呼ぶために使う。

 

「入れ、その闇の向こうに私がいる」

 

 少しの間を空けて、女が現れる。先日墓地で戦ったクレマンティーヌだ。

 あれだけ深い傷を負ったにも拘らず今は無傷で、特に精神支配を受けているような素振りも無い。

 あるのはただ諦めだ。

 

「まあ、適当に座れ」

 

 モモンガの言葉に、クレマンティーヌは(ひざまず)く。

 

「……いやまあお前がそれで良いなら構わないが」

 

 如何に力の差を見せ付けられたとしても、彼女の態度は極端過ぎた。理由はもちろんある、ある呪いを掛けたのだ。それは単純な死の呪術。

 詠唱者の意思一つで長い間もがき苦しみ息絶える、世にも恐ろしい呪い―――と、そんな感じの呪いを掛けられたと記憶を弄ったのだ。何しろそんな遠隔で死をもたらす魔法なんて無い。

 目印は付けておいたので、何かあったらいつでも捕まえられるから問題ないだろ、とモモンガは思っていた。

 そんな事だとは露知らずにクレマンティーヌは死を恐れ、モモンガに絶対の忠誠を誓ったというわけである。

 

「さて、何から聞くべきか……取り敢えずお前が所属していた組織と、一般に知られていないことを全て話してみろ」

 

「わかりました」

 

 クレマンティーヌは思い付く限り知っていた事を話した。

 ズーラーノーンからスレイン法国。六色聖典から神人、ぷれいやーについて。六大神や八欲王、竜王等。

 モモンガにとっては貴重な話ばかりで良い情報を得られたと喜ぶ反面、ゲームを始めて早々にネタバレを受けたような複雑な気持ちになった。

 

「成る程、成る程。色々と情勢が掴めた。ちなみにお前は何故漆黒聖典を抜けてズーラーノーンにいたんだ?」

 

「…………」

 

「話したくないか? なら、」

 

「いえ! 話します! 話させてください!」

 

 ひどく怯えた声で、クレマンティーヌが話し始める。話したくないなら別に構わないと言うつもりだったのだが、殺されると思ったのだろう。無理のない話ではある。

 

「私には兄がいまして。優秀で、神に愛された力を持っていると、家族にも愛される男でした。対して、私は大した力も持たず、失敗作と罵られ続けていました」

 

 怒りか、悲しみか、複雑過ぎてかえって感情の掴めない表情をした女は、自らが堕ちていった理由を語った。

 その生々しい話に、うわぁ、失敗した。とアンデッドは思った。

 

「な、成る程。お前の性格も幼少期の虐待が元で……」

 

「いえ、これは元々だと思います」

 

 昔から虫とか小動物を苦しませて解体とか好きでしたから、と彼女は続けた。

 

「アッ、ハイ」

 

 うわぁ、聞くんじゃなかった。と神にも等しい男は思った。

 

「ところでスレイン法国についてなのだが」

 

 咳払いをしてから、無理やり話題を変える。

 

「実はこの街にくる前に、陽光聖典と事を構えてな。ある村と王国戦士長を襲ったのでつい彼らを助けてしまったのだが……法国はどう出ると思う?」

 

「追い返されたのですか?」

 

「いや、殆ど殺した。余ったのは王国に引き渡したな」

 

 クレマンティーヌは改めて目の前のアンデッドに恐怖を覚えた。

 陽光聖典は個々人の戦力は“一流”程度だが、その真骨頂は集団戦にある。それを下したというのなら、法国にある殆どの戦力は通用しないことになってしまうからだ。

 

「……あいつらの役目は数が多い相手の掃討戦なので、今なら竜王国に貸し出す戦力が無くなって頭を抱えているんじゃないかと。あと、モモン様を破壊の竜王の復活とでも考えて、討伐隊でも組んでくると思います」

 

(竜王国。確かビーストマンの脅威にさらされている小国だったか?)

 

 記憶の片隅から引きずり出す。

 

(ってことは規模はどうあれ、既に二国に喧嘩売っちゃった訳か……竜王国は大したことが無さそうだが、その名の通りに竜が出張ってくるような事になったら厄介そうだな……)

 

 正直、モモンガはその二国と戦っても勝てる自信はあった。だが、まだ見ぬプレイヤーや竜の魔法、ワールドアイテムの可能性を考慮すると、流石に気楽ではいられない。

 

「あの……」

 

 沈黙に耐えられなくなったのか、クレマンティーヌが声をあげる。

 

「なんだ」

 

「私は、これからどうなるのでしょうか」

 

 聞きたいことは聞き出せたし用済みだ―――という可能性を二人は逆方向から考えていた。だがモモンガとしてはガゼフですら使えない武技を用いていたクレマンティーヌを、殺すには惜しいと思っていた。しかも元法国の幹部であり、ズーラーノーンとやらにまで入りこんだ情報通。勿体無い心と、レアキャラがモモンガのコレクション魂を擽る。

 ふと、モモンガは思い付く。これを使っていくつかの問題を解決してしまおうと。

 

「クレマンティーヌ、お前は竜王国に行け」

 

「何故、でしょうか」

 

「私が人類の敵ではないという、一種のポーズだ。お前はその力を奮って竜王国を救え」

 

 シナリオはこうだ。村やガゼフを襲う者達を見て、義憤に駆られて陽光聖典を殺したものの、その存在は決して慈悲の無い者ではなかった。

 偶然出会ったクレマンティーヌの話を聞き、竜王国の危機を知る。自らの浅慮により殺してしまった陽光聖典の穴を埋めるため、優秀な戦士を送り込んだ。

 

「と、いう流れだ。強引だが益がある方向に持っていけば態度も軟化するだろう」

 

「そのような事をしなくても、法国へ行けば神として受け入れられると思われますが」

 

「面倒そうだ、私は自由に生きたいだけだからな」

 

 もう死んでるけど、という言葉はギリギリで押さえ込んだ。

 

「問題はあるか?」

 

「……私は法国に追われている身です。竜王国に姿を現せば、追手が来る可能性があります。それに一人ではビーストマンの軍勢を対処しきれないかと」

 

「ふむ」

 

 確かに彼女は英雄級の力を持っている。だが人間が故に体力は尽きるし怪我もする。

 

「追手については私の存在を仄めかせ、陽光聖典を殺したものが敵対しかねないとな。ビーストマンについては……」

 

 モモンガはアイテムスロットの中身をあさり、十数個の武具やアイテムを取り出した。

 

「こいつを持っていけ」

 

「こ、これ……!?」

 

 クレマンティーヌは驚愕を極め、まともに声すら出せない。何しろ目の前に並ぶ武具はどれもこれも伝説級のものばかり。一つ取ってもこの国の宝具にひけをとらない、いや上回っているモノすらある。

 

「これは装着することで無限の体力を得られる、こちらは飲食不要。これは第三位階以下の魔法無効化、こちらは一定以下のダメージ無効化だな。防具は治癒と敏捷と攻撃力の向上。武器は単純に魔力ダメージを追加で与えるものだな。どれも大した効果はないが、十分だろう?」

 

「十分どころか過分だわ!」

 

 流石のクレマンティーヌも突っ込まずにはいられない。国宝に引けを取らなそうな装備をポンと貸し出されれば当然そうなるだろう。

 

「あ、いや違う、違います。十分です」

 

「ああ、もう敬語はいらん。こうなればお前は協力者だ、余程の事がなければ殺すことはない。というか敬語の違和感が凄い、やめろ」

 

「……いいの?」

 

「構わん。これからの事は仕事の依頼とでも思っておけ、うまいことやれればその装備もやろう」

 

「へぇー……」

 

 クレマンティーヌがぎこちなさを残しつつも、人に不安を与える笑みを浮かべる。

 

「じゃあぷれいやー様は私の雇い主って訳ね」

 

「プレイヤー様はやめろ、今はモモンと名乗っている」

 

「ふーん? じゃあ、モモちゃんだ!」

 

「ぶほぉ!」

 

 骨が吹き出す。噴き出すものがないのでフリだけだがとにかく吹き出す。

 

「……それは却下だ、昔の(とても性質の悪い)仲間を思い出す」

 

「えー、カワイイと思うんだけどなぁー」

 

 だから嫌なんだって! と内心で叫ぶモモンガ。

 

「ほら、<転移門(ゲート)>は開いたから早くいけ。定期的にこちらから連絡を取るから、何か言うことがあればその時にな」

 

「はーい、それじゃあ行ってくるね、モモちゃん!」

 

「ちょっ、おま!」

 

 闇色の靄に消えたクレマンティーヌに、届かなかった手が空を切る。その手でモモンガは頭を抱えた。

 

(まるで女版のるし★ふぁーさんだな……あんなに嗜虐的な性格じゃなかったけど。うわー、あれに仕事の依頼とか早まったかなぁー)

 

 ベッドに背中から倒れこみ、無い筈の目蓋で視界を閉じる。

 

(だがまあ、なんとなく共感してしまったというか。家族に愛されなかったってのは、響くものがあるなぁ)

 

 この世界に来てからというものイベント続きで慌ただしかった毎日だが、久しぶりにしんみりとした夜を過ごすことになった。

 




 神人の如き圧倒的な威圧感(絶望のオーラⅠ)

 骨の竜2体目は戦闘中に召喚された様なのですが、冗長かなと思ったので最初から召喚済みにしております。
 べ、別に書き上げた後に間違えに気づいて直すのが面倒になった訳じゃないんだからね!


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第4話

「やあモモンさん、これ良かったら持って行ってください!」

 

「ありがとうございます、頂きます」

 

「ももんさま! お手紙かいてきたのでよんでください!」

 

「ああ、後で読ませてもらうよ」

 

「モモンさーん、今夜ウチに来なよぉ~。サービスしちゃうわっ」

 

「ど、どうも。憶えておきます」

 

 歩いているだけで人々に囲まれる。できるだけ丁寧かつ紳士的に返事をするが、モモンガは内心で軽いため息をつく。初めこそ皆の賛辞に気を良くしていたが、毎日のようにこれでは流石にうんざりだ。

 アンデッド大量発生の事件から数日。一部に傷を残してはいるが、エ・ランテルは平和と活気を取り戻していた。

 

(それにしても皆ミーハーだよなあ。確かに街を救った英雄かもしれないけど、顔を隠した得体のしれない男だぞ?)

 

 自分だったらまず疑惑の目を向けるぞ、と思いつつも次から次へと掛けられる声へ丁寧に対処する。なんだかんだ悪い気はしなかったし、人気取りは仕事を受ける上でマイナスにはならないからだ。

 

「モモンさん」

 

(またか)

 

 うんざりしながら声の方向へと振り向くと、見覚えのある顔がそこに居た。

 

「おや、ニニャさん」

 

「一週間ぶりですね、お元気そうで何よりです」

 

「そちらこそ。聞いてますよ、あの事件での活躍」

 

 あの事件から数日、ほぼ自由が無く彼等とは接触出来なかったモモンガだが、漆黒の剣の功績は聞いていた。銀級とは思えない活躍をして、献身的に味方のカバーも行っていたと。チーム外の怪我人にも惜しみ無くポーションを分け与え、被害を大きく減らしたという点も、高評価の理由の一つだそうだ。

 

「いえいえ、全部モモンさんにお借りしたアイテムのお陰ですよ」

 

「大切なのは手にしたものをどうやって使うかです。漆黒の剣の評価は、正しく貴方達のものですよ」

 

 確かに低いレベルでも良いアイテムがあれば通常より活躍はできるだろう。だが、それを正しく運用できるかは別の話だ。実際モモンはポーションをお気に入りのチームの為にと渡したつもりだったが、彼らは赤の他人を助けるためにも使用した。

 話を聞いたときは少しムッとしたものだが、彼らの評価が高くなると言う事は自分の評価にも繋がる事だと、今は考えなおしていた。

 

「……やっぱりモモンさんは凄いなあ」

 

「私などまだまだですよ」

 

「ふふ……モモンさんに謙遜されちゃったら、この街の誰も胸を張れないじゃないですか」

 

「あー、そういうものですか?」

 

「はい、そういうものです」

 

 少しの間だけ目を合わせて、二人はどちらともなく笑いあった。

 

「ところで、今お時間はよろしいですか?」

 

「ええ、今から宿へ帰るところでしたので」

 

「ではそこまでご一緒します」

 

 

 

 

 

 

「お借りした武具を返そうと思っていたのですが、お会いする機会が無くて」

 

「ああ、そういえば」

 

 貸し出し扱いにしていたことをすっかり忘れていた。何せ倉庫の肥やしになっていた物なので、正直何の執着も無い。

 

「まさか、忘れていたとかいいませんよね?」

 

「……いやそんなまさか」

 

 乾いた笑いで誤魔化す。未だにこの世界の金銭感覚が把握しきれていない。気を付けないと余計なトラブルを招きかねないのは明白だった。

 

「そうだ、よろしければ貸した武具はそのままお使い頂くのはどうですか」

 

「へっ!? な、何故ですか?」

 

「ほら、貴方がたはポーション代を払うと仰ってましたし、そうなると良い装備があった方が稼ぎも良いでしょう。返済が早まるのであればお互い気分も良いと思うのですが」

 

「価値を考えればお借りしている武具のレンタル料すら満足に返せそうも無いんですが……」

 

 誤魔化しの為の適当な話が、新たな困惑を呼ぶ。モモンガが次の言葉を考えていると、ニニャが笑みを浮かべながらため息をついた。

 

「ようやく分かりました。モモンさんは遠慮や謙遜というより、自分の凄さを分かってないからそうなんですね」

 

 浮世離れしてますよ、と不思議な注意をされる。モモンガとしても、何年も付き合ってきた常識が簡単に抜けるわけでもなく、心の内で苦笑いを浮かべた。

 

「武具については、モモンさんのご厚意に甘えてお借りしたいと思います。仲間にもそう伝えますが……ペテルが何と言うか……」

 

「ペテルさんが、ですか?」

 

 モモンガは内心首をひねる。何か彼の気分を害するようなことをしただろうか?

 

「いえ、なんと言うか……どうもペテルはモモンさんに心酔しているみたいでして……こんな恩ばかり重なるようなことを受け入れられるだろうか、と」

 

 ニニャが語るに、ペテルはあれから毎日自らを鍛え直しているそうだ。モモンに憧れ、いずれ対等な形で恩を返せるようにと、鬼気迫る勢いで特訓を行っているらしい。

 

「そんな熱血キャラでしたか……?」

 

「ああ見えて英雄譚とか好きなんですよ、彼」

 

 さっぱりとした好青年のイメージが少し変わる。次に会ったときにはそれらしくした方が良いのだろうか……

 

「…………」

 

 会話が止まる。モモンガが意図したものではなく、ニニャが突然押し黙り真剣な表情を見せたからだ。

 

「モモンさん」

 

 やがて決意したのか、まっすぐ此方を見つめて口を開く。

 

「これだけ良くして頂いてこの上何をと思われるかも知れませんが……恥を忍んで、お願いがあります」

 

「なんでしょうか」

 

「僕をモモンさんの弟子にしていただけませんか」

 

(……んん!?)

 

「は? 弟子、ですか?」

 

「はい」

 

「……冒険者として、ではないですよね」

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)として、です」

 

 モモンガの混乱していた頭が、ゆっくりと回り始める。ニニャの言いたいことは判ったが、同時に疑問が浮かぶ。

 

「なぜ、私なのでしょうか。言うまでもありませんが、私は戦士です。貴方が師事するべき魔法詠唱者ではありません」

 

「そうですね、自分でもおかしいとは思っています。ですが、そのくらいモモンさんとの会話は僕にとって衝撃的だったんです。

 低位の魔法は僕の方が詳しいかもしれませんが、第三位階魔法の実戦的な運用方法理論は目から鱗でした。<魔法遅延化(ディレイマジック)>や<魔法無詠唱化(サイレントマジック)>を用いた連続攻撃(コンボ)だなんて、聞いたことも無い概念だったんです。

 話せば話す程、モモンさんからは僕の師よりも深く広い知識を感じました―――――もしかしたら、それ以上の何かを隠されているのではないか、と思うほどに」

 

「……」

 

 静かに、驚く。

 自らの不手際か、それともニニャの洞察力か。モモンガが隠しておいた事を、あっさりと見破られて……いや感じ取られている。

 

「何故、モモンさんが力をお隠しになっているかは分かりません。僕の見当違いの思い込みであるのならば、そう仰っていただければ二度とこの話題は致しません。

 ですが、もしモモンさんがその力の片鱗だけでもご教示してくださるというのならば、僕は僕の全てを以て貴方に尽くします。だからどうか、どうかっ、考えて頂けませんでしょうか!」

 

 その姿勢は、本物だ。何故かは判らないがニニャからは強い意思を感じる。だが、問題はそこではない。

 

(ふむ)

 

 モモンガは考える。メリットとデメリットを天秤にかけて。つまりはニニャを危険視して消すか消さないかを、だ。

 

(まあ、まだ何とでもなるか)

 

 まだ具体的なことは何も知られていない以上、どうとでもなると結論を保留にする。とりあえずは目先の事だ。

 

「一つ、聞いても良いでしょうか」

 

「はい」

 

「貴方は何故力を求めるのですか?」

 

「……それは」

 

「言いにくい話でしたら、構いませんが」

 

 昨日同じようなやり取りをしたことを思い出す。ニニャにもまた暗い影は見られたが、クレマンティーヌよりもより強い憤りを感じさせる。

 

「いえ、話させてください。僕には、姉がいるんです。貴族に奪われた、かけがえのない家族が」

 

 その話は、ありきたりな悲劇だった。強権にさらされ、犯罪者のように連れていかれた実姉。当たり前のように良い扱いを受けるはずがなく、拾った猫のように捨てられ行方知らず。

「姉を探しだし、奪い返すためにも僕には力が必要なんです」

 

「……なるほど」

 

 その話を聞き、感じ入る―――事もなく、どうでもよいとさえ思うモモンガ。顔も知れないニニャの姉など、それこそ野良猫と変わらないとさえ思っていた。

 

「いいでしょう」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「ですが一つ条件があります」

 

 だからこそ、自分にとってのメリットだけを考えてモモンガは答えた。

 

「この条件は、ニニャさんの一生を掛けても無理なことかも知れません。一つ間違えば、自分だけでなく誰かを巻き込む事すらありえます」

 

「……っ」

 

「それでも、やりますか?」

 

 逡巡は、そう長くはなかった。

 

「気持ちは固いようですね。では条件を話します、これは貴方が私の指導を受けながら、最低限叶えるべき事です」

 

「……なんでしょうか」

 

「第六位階魔法を覚えて下さい」

 

「…………」

 

 ニニャは口を開き、ポカンとした表情を浮かべる。先ほどの逡巡に比べて、今度は長かった。

 

「ええええ!?」

 

 そして、叫ぶ。それも当然だろう、人類の限界に到達しろと言われたのだ。

 

「無理ですよ!」

 

「無理ならば、それまでです。私のアドバイスを受けてなお駄目なら、私は貴方を弟子とは認めないだけです」

 

「そ、そんな…………って、御教示して頂けるんですか?」

 

「そう言ったでしょう? 私の指導を受けながらと」

 

「た、確かにそうは言ってましたが……」

 

 わかりやすく混乱していたニニャは、当然の疑問を口に出した。

 

「その、さすがのモモンさんとはいえ、第六位階魔法まで教えられる知識がおありだとはとても……」

 

「ええ、ですので私はアドバイスをするだけです。これを読んでみてください」

 

「これは、魔導書ですか……! こ、これは……」

 

「理解できますか?」

 

「あの、見たことの無い文字で読めないのですが……」

 

「あ、ああ! すみません忘れてました。このモノクルを使って見て下さい」

 

「はい……凄い、読めるようになった。こんな貴重なアイテムまでお持ちなんですね」

 

「ええ、一品物なので長い間はお貸しできませんが。それで、どうです?」

 

「…………殆ど分かりません。ですが、とんでもないって事だけは分かります。モモンさん、貴方は一体何処でこんなものを」

 

「さて、とりあえずそれは置いておいて。ニニャさんにはまず此方を覚えて貰いましょう」

 

「他にも魔道書が……<火球(ファイヤーボール)>、<電撃(ライトニング)>、それに<伝言(メッセージ)>ですか?」

 

「まず早急に<伝言>を覚えてもらいます。これは私が遠くにいても質問に答えられるようにするためですね。それを終えたら第三位階、第四、第五と難易度をあげましょう。基本的にはそれと同じように魔導書で進めます」

 

「すごい、ですね。これだけ詳細が書かれている魔道書は初めて見ました」

 

 渡された幾つかの書を流し見て、ニニャは興奮と戦慄を覚える。師の下にいた時ですら、これだけの書物を見た事は無かった。

 そもそも、魔法は一部の大きな組織に保管されている物を除けば、殆ど一般に出回る事はない。それは悪用防止であり、利益の独占であり、そもそも絶対数が少ない事が理由に挙げられる。

 ニニャも、習い事の殆どは師自らの口頭が殆どだった。

 

「これら一冊だけで、金貨数百枚に匹敵するような代物です。本当にお借りして宜しいんですか?」

 

(えええまじかよただのNPC販売アイテムなのに……)

 

「ええ、ですがもちろん内密にお願いします。あくまでニニャさんだからこそお貸しするものですから」

 

「……弟子入りをお願いしてなんですが、本当によろしいのですか? 確かに条件達成は難しいとは思いますが、これでは実質何も払っていないのに指導して頂いている様なものです」

 

「正直なところを言いますと、この話は私にとってもメリットがあっての提案でして。ニニャさんのタレントによる魔法の習得速度がどれ程の物なのか、気になっていたのですよ。

 私の祖国には無かった力。それがどれほどのモノなのか私は知りたいのです。まあ、悪い言い方をすると実験ですね」

 

(―――それに人間の限界は本当に第六位階魔法なのか? その限界を知る為でもある)

 

「双方にメリットのあるお話だと?」

 

「ええ、私としても信用のできる人に協力を得られるのは幸運な事です。もちろん、ニニャさんの口が軽いようでしたら相応の対応はさせて貰いますが」

 

「だ、誰にも言いませんし、見せびらかしもしません」

 

「ええ、そう信じてますよ」

 

 手を差し出す。協力者に対する改めての握手だ。

 ニニャは戸惑いながらも此方の手をしっかりと握った。

 

「モモンさんの期待に応えられるように、必死で頑張ります」

 

「楽しみにしています。

 そしてもし、ニニャさんが課題をクリアして正式に弟子入りとなりましたら――――より実戦的な魔法運用理論について、みっちりと教えましょう」

 

 ニニャの笑顔がヒクリと歪む。モモンガの言葉に感じた凄みから、第六位階魔法などではなく『実戦的な魔法運用理論』こそが彼の真髄なのだと、感じたからだ。

 

「僕はとんでもない方に弟子入りしてしまったみたいですね……」

 

「今更後悔しても遅いですよ? 私も驚くような成長を期待しています」

 

「ははは……ガンバリマス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、仮とはいえ弟子入りの身なので正直にお話ししたい事があるのですが……」

 

「なんですか?」

 

「僕……もといわたし、実は女です」

 

「――――ファッ!?」

 

 




モモンガ様にファッ!?っと言わせときゃええと思っとる人。
僕です。



【おまけ ケース1:ペテル】

「モモンさん!」
「おや、ペテルさん」
「―――――」
「――、―――」
「―――――!」
「―――――っ」
「流石はモモンさんです! 改めて尊敬しなおしました!」
(あ、暑苦しい……っ!)


【おまけ ケース2:ルクルット】

「よお! モモンさん!」
「おや、ルクルットさん」
「―――――!」
「――、―――」
「―――――?」
「―――――」
「でさあ、その店の娘がそりゃあ可愛くってさあ! モモンさんが一緒に来てくれれば成功率上がるから行こうぜ!」
(欲望に忠実な男だなあ……ペロロンチーノさんを思い出して何か落ち着く)


【おまけ ケース3:ダイン】

(…………常識人過ぎて逆に落ち着かん)



※追記:翻訳モノクル部分を追加
 ご報告ありがとうございます。
 あとはニニャが適当に写本を作るか頭に詰め込むかしてくれる筈です。


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第5話

「お元気そうでなにより、ガゼフ殿」

 

「そちらこそ、御活躍は耳にしているよモモン殿」

 

 王都はガゼフ邸の一室。二人はソファーに腰掛け向かい合っていた。

 

「現れたと思ったら一ヶ月足らずでズーラーノーンを下し、その後も数々の依頼を達成しているアダマンタイト級の冒険者。王都でも今や毎日のように聞く噂話だ」

 

「いやいや、ガゼフ殿の鍛え方が良かったからですよ。事実あの一週間がなければ、苦戦したであろう場面はありましたらからね」

 

「あの一週間、か……」

 

 ガゼフは思いを馳せる。一月程前の事だが、あまりにも濃すぎる期間だった為に未だ鮮明に思い出すことができた。

 

「まるで地獄のような日々だった」

 

 ガゼフは言葉とは裏腹に、獣が如き獰猛な笑みを浮かべる。

 『あの一週間』とは、以前にモモンガがガゼフを訪ねた直後から一週間の出来事。ただ事実を言うのならば、モモンガが近接職としての戦い方をガゼフから習った時の話だ。

 

 ―――ただし、その内容は尋常なものではない。

 

 モモンガはガゼフに『リング・オブ・サステナンス』を貸し出し、飲食を挟まず昼夜問わずに一週間まるまる訓練を行ったのだ。その内容は過酷なもので、実戦形式で裂傷骨折多発(ガゼフのみ)のまさしく地獄のようなものだった。おかげで一夜漬けならぬ七夜漬けでモモンガは近接戦闘のなんたるかを覚えて、ガゼフが一目置けるレベルまで成長する事ができた。ちなみに大きな怪我をしてもモモンガが持っていた怪しいポーションですぐ治るので、本当に休む間もなく訓練は続いたのである。

 その極悪さゆえにガゼフもレベルアップし、もてあまし気味だったある武技を極めつつある事は、余談である。

 

「それで、モモン殿はまた鍛練に来られたのか?」

 

「いえ、資金が貯まったので家を買いに来たんです」

 

「ああ、成る程。私の紹介があれば話もスムーズに進むでしょうな」

 

 大きな買い物はその保証をする者が居たほうが話は早い。特に王都で家を購入しようと言うなら尚更の事だ。

 

「しかしエ・ランテルを拠点にされたのでは?」

 

「あー、確かにそのつもりだったのですが……英雄扱いに少々辟易としておりまして」

 

 ガゼフが、思い当たる事が有るように同意する。時の人というのはいつだって様々な理想を押しつけられるものである。

 

「ちなみに予算どれ程お持ちですか?」

 

「これくらいですな」

 

「5本、50金貨ですか。ずいぶん稼がれましたな。それなら頭金としては十分でしょう」

 

「いえ、金貨じゃありませんよ」

 

「は?」

 

「白金貨です」

 

「はぁ!?」

 

 ちなみに価値としては1金貨=10万円相当。10金貨=1白金貨である。片っ端から高難易度の依頼を受けまくった結果だ。さらに言うと少し人に話し辛い金稼ぎもしたのだが、別に犯罪でもないし一般市民には迷惑を掛けていないので、モモンガは公言するつもりが無かった。

 

「どうです? ただ寝泊まりするだけの拠点にするつもりなので、あまり人気の無い、小さな場所で良いのですが」

 

「ま、まあそれだけあれば一等地でも選べるでしょうし、問題はないかと。しかしというか、やはりというか……モモン殿はとんでもない御仁だな」

 

「あぶく銭ですよ。欲しい物は色々ありますので、またすぐに稼ぎに入ります」

 

 ガゼフの収入を軽く凌駕するその男の物言いに、流石の戦士長も苦笑いを隠しきれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは小奇麗な一軒家だった。

 街の外れにある為に買い物等は不便だが、モモンガが望んでいた通りの人気の少ない静かな場所だ。

 

「うむ、まるで隠れ家みたいだ」

 

 そんな子供っぽい理由も含め、彼は大いに満足していた。ガゼフには後日謝礼を払おうと決めた程には。

 

「家具も最低限あるし……これならば買い足すものもないかな?」

 

 少なくとも食事と寝泊まりには困らない程度の家具が、その家には揃っていた。ちなみに新築ではなく中古、そも飲食や睡眠を必要としないモモンガにそれほどの家具は必要無い。

 

「しかしホコリがすごいな」

 

 しっかりとした家を買ったつもりだが、さすがにメンテナンスまでは行きとどいていなかった。しかし元独身サラリーマンであるモモンガだ。六畳一間を軽く超える大きさであるこの家を掃除する気力は無い。

 

「うーむ、ゴーレムにでもやらせるか」

 

 アンデッドでも良かったのだが、人里でアンデッドはよろしくないとカルネ村で思い知ったので、この世界でも一般的な土人形を作成する事にする。そしてふと、外装をどうするかで悩んだ。

 

(……メイドにするか? アインズ・ウール・ゴウンは大体そうだったし)

 

 幸い外装データはすぐ呼び出せるようなので、幾つか候補を選別する。ちなみにモモンガにメイド萌えの属性はない。誓って言うが無い。

 

「よし、やはり人形でメイドといえばこいつだよな」

 

 そして出来上がったのは一体のゴーレム・メイド。外装はある6人の戦闘メイドから流用した。

 

「さて、ゴーレム・デルタ。埋め込んだAIに従い、室内の清掃を頼む」

 

 片目にアイパッチを付けたゴーレムは一礼をすると、道具生成にて用意しておいた掃除用具にて室内掃除を始めた。

 

「大丈夫そうだな。よし、王都観光とでもしゃれこむか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほうほう、<浮遊板(フローティング・ボード)>か。<飛行(フライ)>の亜種みたいなものか……

 お、こっちは……成る程。使い所は限定されるが面白そうじゃないか。

 ほー、こんな下位魔法までスクロールになっているのか……」

 

「あ、あのお客様? お品物はお決まりでしょうか?」

 

「ん? あー、とりあえずコレとコレとコレ」

 

「はい、3点でございますね」

 

「いや、この3点を除きここに並べたやつ全てをくれ」

 

「す、全てでございますか! こちら全てとなりますと結構なお値段となりますが……」

 

「これで足りるか?」

 

「白金貨……! 十分でございます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん」

 

「らっしゃいお兄さん! 剣をお探しかい?」

 

「ん、ああ。とにかく頑丈なのが欲しいのだが」

 

「そうすると……これだね! 切れ味はそこそこだけど固さと重量は大したものさ。値段もお手頃だしねぇ」

 

「ふむ、壊れたら弁償するので、強度を確認してもいいか?」

 

「構わないけど、何をってはあ!?」

 

「折れたな」

 

「しゅ、手刀で……っ!?」

 

「すまない、この弁償も含めて、この店で頑丈で良い剣を幾つか見繕ってくれ。金に糸目はつけない」

 

「分かりました! すぐご用意致しますぅ!」

 

(さて、この世界の武器にデータクリスタルを埋め込めるか……帰ったら検証会だなー。自分じゃ使えないけど)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いやあ、買った買った。しばらくは自重しよう)

 

 家を出て数刻、思い付く限りの買い物をしたモモンガは、満足気に帰路についていた。購入品はアイテムボックスに突っ込んであるので、身軽な分だけ制限が利かなかったせいでもある。

 

(そういえばクレマンティーヌともそろそろ連絡を取るか。雇っている以上、消耗品の支給程度はしないと……ん?)

 

 向かう先の人だかりに目を止める。奥で何をしているかまでは見えないが、モモンガは野次馬根性が働いてついつい近寄ってしまった。

 

(喧嘩、じゃないな。リンチか?)

 

 そこには複数人の男達が1人の子供に殴る蹴るの暴行をしている光景だった。流石にナイフ等の刃物までは出ていないが、下手をしたら殺してしまいそうな勢いである。遠巻きにそれを見ている者達は口々に危ないだの助けた方が良いだの言っているが、動こうとしない。

 

(まあ、関係ないかな)

 

 面倒な事には首を突っ込まない。周りの者と同じく、ごく自然な思考でその場を離れようとする。だが周りと彼の違いが一つあった。全身鎧の偉丈夫は流石に彼だけだったのである。兵士がまだ来ていない今、冒険者と思われるモモンガに期待の視線が集まり始めていた。

 無視して通り過ぎようかとも思ったが、それは少々まずい。せっかく作り上げた『モモン』としての評価を落とすのは流石にもったいなかった。

 

「それくらいにしてやったらどうだ」

 

「ああ!? なんだぁ、お前……は」

 

 しょうがなく前に出て声を掛けると、男たちの一人が此方を振り向いて吠える。が、その言葉尻は小さくなっていった。見ればただの酔っ払いだ、全身鎧の男に軽々しく喧嘩を吹っ掛けられる程に深酔いはしていないらしい。

 

「正直事情を把握している訳ではないのだが、そこまでする程にその子供が何かしたのか?」

 

「お、お前の知った事じゃねえ!」

 

「そうだ、失せやがれ!」

 

 しかし数が多い分気が大きくなっているのか、男たちはモモンガを囲んで声を上げた。赤信号みんなで渡れば怖くない、といったところだろうか。突っ込んでくるのが原チャリではなく大型トラックという事にまでは気付けていないようだが。

 

「もう一度言う、それくらいにしてやったらどうだ。今なら痛い目に遭わずに済むぞ?」

 

「こっちの台詞、だぁ!」

 

 背後に回った男が叫び、酒瓶を片手に殴りかかってくる。正直全身鎧相手にそんな事をしたら怪我をするのは自分だというのに、そこまで考える余裕は無いようだった。驚くべきは酒の力か、それとも数の力か。

 

(別に受けてもいいが)

 

 そも鎧など無くてもスキルでダメージの無いモモンガだが、まともに食らうのは何とも間抜けだ。そこで少々、遊んでみることにする。

 

(たしか、こう)

 

 酒瓶で殴りかかってきた男の腕に手を添えて、軽く引き込む。倒れ込むようにつんのめる男の重心を見極め、勢いを殺さず一気に引き下げた。

 

「ぐきゃ!」

 

 男が宙を回り背から叩き落ちる。周りの野次馬からはまるで男が自分から飛び、着地に失敗したように見えただろう。それほどまでに今の技は美しく、見事だった。

 

(見たか! これぞ弐式炎雷さん直伝、アイキドー流イッポンゼオイ! ……あれ、カラテだっけ?)

 

 つまりは相手の力を利用して投げつけたという訳だ。ちなみに殆どガセフに教わった受け流しの応用で、彼が昔仲間に教わったものとはほぼ別物であると言うことは語るまでもない。

 だが、なんちゃってアイキドーの効果は確かなもので、男達は神秘の力に恐怖し、野次馬共は手品を見たかのように興奮していた。

 

「さて、次は誰だ?」

 

「すみませんでしたー!」

 

 暴漢共は足元をふらつかせながら去った。そして喝采が沸き起こる。

 

(……見事に見世物になってしまったな)

 

 そこで素に戻って、やはり溜め息をつく事になるモモンガであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暴行されていた少年にポーションをぶっかけ、遅れて来た兵士へ引き渡してあの場を離れた。王都に来てから組合のプレートは隠しているのでモモンとはバレなかっただろうが、それでもあの場に残っては面倒なことになると思い、逃げるように去ったのだ。そも全身鎧は珍しいので、いずれバレるだろうが。

 

(つけられているな)

 

 そこからずっと、モモンガを追って来ているものがいた。

 

(30分ぐらい、付かず離れず……なんなんだあいつは?)

 

 モモンガに追っ手を感知するようなスキルはない。ただ相手の尾行が余りにも下手すぎて、チラチラと視界に入ってくるのだ。

 

(隠れる気があるのか? というか相手は誰だ? 流石に酔っぱらいの縁者って訳じゃないだろうし)

 

 しばし悩みつつも適当に歩く。流石に新居まで連れていくつもりにはならなかったので、人気の無い路地へと入ることにした。最悪『処置』することになっても人の目が無い方が都合が良い。

 

「あの!」

 

 そろそろ声を掛けるか、そう思ったときに追跡者が声をかけてきた。振り向き改めてその姿を見ると、中肉中背の特に印象に残りにくそうな男……いや少年がいた。

 

「申し訳ない。少々、お時間を頂けませんでしょうか」

 

「ええ、構いませんが」

 

「ありがとうございます。まずは、本来我々王国兵が解決すべき事態を収めていただき、ありがとうございます」

 

「ん、ああ。先程のか」

 

 どうもこの少年は王国兵らしい、と言うことにようやく気づく。よく見れば冒険者とは違う統一された装備なのだから考えるまでもないことだった。

 

「あくまで成り行きですから」

 

「御謙遜を……あの、よろしければお名前を伺っても宜しいでしょうか」

 

「モモンと言う者です」

 

「モモン……モモン様! エ・ランテルの英雄、『銀光一閃』のモモン様ですか!?」

 

「はい。はい?」

 

名前の他に、聞き捨てならない言葉が混じっている。

 

「あの、その『銀光一閃』というのは何でしょうか」

 

「数百、千とも言われるアンデッドの群れを単騎であしらい、エ・ランテルの事件をたった一人で解決した事から、エ・ランテルの人々は敬意を込めて『銀光一閃』とモモン様を呼んでいると聞いております。闇夜を駆け抜けるその姿が一筋の銀光に見えたことから、そう皆に呼ばれるようになったと。御存じなかったのですか?」

 

(御存じ無いよ! なんだその恥ずかしい二つ名は!)

 

 精神強制安定が発動しそうになる程、恥ずかしさを覚えるモモンガ。実際のところ、ガゼフの注意が無ければ結局『漆黒』と中二ネーム全開で呼ばれる事になったのは彼の知る由もない事である。

 

「御活躍、お聞きしております。こうしてお会いできて光栄です」

 

「いや、えー、ゴホン! 私だけの活躍ではありませんよ。街の者皆で得た勝利ですから」

 

 とりあえず動揺を隠し、日本人らしい営業トークで対応する。少年からの羨望の眼差しが強くなった気がする。

 

「話には聞いておりましたが……その実力に見合わず、謙虚な方なのですね」

 

「ただ運が良かっただけですよ。それで、御用は今の件ですか?」

 

「は! すみません、モモン様に会えた感動で脱線しておりました」

 

 前のめり気味になっていた佇まいを直し、ピシリと直立する少年。とりあえずこの様子からは悪意を感じない為、モモンガも警戒を解く。

 

「先程の件ですが、改めて一兵士としてお礼を申し上げます。そして、本来我々が守るべき平和と秩序を保てずご迷惑を掛けた事を、謝罪致します」

 

「いえ、大きい街や国になれば目に届かない点もあるでしょう」

 

「……そうおっしゃって頂けると救われる思いです。それで、あの時に使われていた見事な技についてなのですが、あれはモモン様の武技なのでしょうか?」

 

「ん? ああ、アイキ……もとい、ただの受け流しの応用です。ただの体捌きであって、武技ではありません」

 

「成程。おこまがしい事だとは思うのですが、あの技を私に伝授して頂く事はできませんでしょうか?」

 

(……なんだかデジャヴだな)

 

「剣技や魔法を問わず、私は強くなる為に肉体を鍛え、知識を学んでいるのです。モモン様さえよろしければ、私を鍛えて頂きたいのです」

 

「つまりは弟子入りしたいと?」

 

「はい、モモン様さえよろしければ、ですが」

 

(何これ、流行ってんの弟子入り?)

 

 モモンは悩む。この前ニニャを弟子入りさせたばかりで、これ以上抱えるのもどうなのだろうかと。そもそも剣技についてはガゼフの物まね、アイキドーなどなんちゃって武術だ。正直教えられる程に詳しくはない。

 

「申し訳ありませんが、私は人に物を教えられる程あの技を究めた訳ではありません」

 

「あれほど見事な技を使われるというのに、ですか」

 

「ええ、私などまだ未熟なものです」

 

「そうですか……では、モモン様がそこまで強くなられた方法について、お話しして頂けないでしょうか。訓練方法等、何かヒントだけでも構いません」

 

「ふむ」

 

 ゲームでレベルアップした恩恵によるものだとはさすがに言えない。ガゼフを紹介した方が早そうだが、さすがにそこまであの男に迷惑を掛けるのは憚られた。

 

「ちなみに、おま……そういえば名前は?」

 

「クライムと申します」

 

「ではクライム、お前は今迄どんな訓練をしてきたんだ?」

 

 少年、クライムから語られた内容は、実に地道なものだった。剣を振り、走り込み、ただただ肉体をいじめ抜いただけ。それで実力は一般兵を軽くいなせる程度に強いというのだから、本当だとしたら大したものである。だが、彼が上位者と見る者達曰く、絶望的に才能が無いらしい。

 

(努力か……ゲームでレベル上げした力を引き継いでここに来た俺とは、比較にならん程素晴らしい力だな)

 

 確かに目の前の男はモモンガより遥かに弱いだろう。だが、それでも彼はモモンガよりも価値の有る力を手に入れている。少なくとも、モモンガ自身にはそう思えた。

 

「ん?」

 

「何かございましたか?」

 

「いや……」

 

 ふと、自分の思考に疑問を覚える。引っ掛かった点は『ゲーム』と『レベル上げ』だ。

 

(……この仕様が今迄と異なるのだとしたら、早急に調査する必要があるな)

 

「モモン様?」

 

「ああ、いや少し考え事をな。さて、話は分かった。もしかしたら提案できる事はあるかもしれない」

 

「本当ですか!」

 

「だが、一つ聞きたい事がある。お前は何のために力を求めている?」

 

 当然の質問だ。力を手に入れた人間の起こす行動など、大体が悪い方向にしかならない。クライムはニニャとは違って、モモンガの信頼を得てはいない。

 モモンガとしてはクライムがどう力を振るうかには興味はないが、それを育てた自身の評判まで落ちるような事は当然避けたいと考えていた。

 

「……力を求める理由」

 

 クライムは悩む。

 答えはある、仕えているお方への恩に報いる為だ。だが、それに強さは必要だろうか?

 彼が忠誠を誓う少女は、クライムに力を求めた事は無い。ただの『お付き』でしかない自分に、戦う力などあっても使うチャンスなど無いのだ。

 つまりは、この『想い』は我欲でしかなく、不純に満ち溢れたものではないのか。

 

「男の、意地でしょうか」

 

 だが、クライムは笑って答える。その想いが不純だとしても、求められていなくても、決して叶えられる事の無い願いでも。少しでもあの黄金へと近寄る為に、彼は前を向いて笑うのだ。

 

「……」

 

 モモンガは、それを聞いて思う。

 

(くそ、女の為かよ)

 

 独り者の僻みを。

 

「分かった。得た力を犯罪や悪行に使わないと誓うのなら、お前の鍛錬に協力してもいい」

 

 そんなモモンガの個人的な嫉妬は置いておき、少なくとも善良そうな点を評価して話を受ける。モモンガは個人的な感傷にただ従わず、合理的に動ける懐の大きな男なのだ。

 ただこいつにはちょっと厳しくしてやろう、ぐらいには思っていたが。

 

「本当ですか!」

 

「ああ、だが条件が幾つか。私に師事した事を誰にも言わない事。鍛錬の内容を誰にも言わない事。そして、鍛錬内容に口を挟まない事」

 

「それは……理由をお聞きしても?」

 

「そうだな……まず私が弟子をとった事が露見すれば、お前の様に多数の弟子候補が現れるかもしれない。私はそんな面倒はご免だ。

 そして、鍛錬の内容についてだが……これは最後の条件にも関わるのだが、よく考えて欲しい。

 私が考えている鍛錬は、何度も死ぬような思いをする。思いをするというか、たぶん実際死にかけるだろう。もちろん私が見る以上は死なないように気を配るが、死んだ方がマシ、と思うくらいの地獄は見る。だがそれでも結果が出るか判らない博打のようなモノだ。

 クライム、それでもお前は私の鍛錬を受ける気が有るか?」

 

 ごくり、と唾を嚥下する音が響く。まだ具体的な話をされていない以上、死ぬかもと言われても実感はあまりない。だが、それを話す目の前の男は、その事実を裏付けるだけの存在感があった。

 死は、恐ろしい。だが、それ以上に何者にもなれず主の後ろにいるのは、嫌だった。

 迷いは、そう長くはなかった。

 

「お前の覚悟は分かった。では明日……そうだな、朝一に東の門で落ち合おう」

 

「街の外に出られるのですか?」

 

「ああ、鍛錬の内容は誰にも見せるつもりはない。それに危険だしな」

 

「成る程、分かりました。それではまた明日に!」

 

 深く頭を下げ、去っていくクライム。

 

「うーむ」

 

 安請け合いし過ぎかな、と思うモモンガ。まあ別にいいか、と思うモモンガ。どちらも自分であり、自分ではない。これが哲学か……そんなどうでもいい思考に(物理的に)無い脳ミソを使いながら、彼は帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、街道を離れ、窪地により人の視線が届きにくい場所に二人は対面していた。

 

「さて、今から鍛練、というよりは修業を開始するわけだが」

 

「はい、よろしくお願いします、師匠!」

 

(暑苦し!)

 

「あー、ゴホン。それで、それがお前の装備か?」

 

「はい。普段使用しているものは主から公務用に頂いた物なので持ってきておりません。今装備しているものは鍛練用に用意した物となります」

 

 モモンガは溜め息をつく。

 

「そんな装備ではあっさり死ぬぞ。まあ鍛練の内容を説明しなかった私も悪いのだが」

 

「も、申し訳御座いません! すぐ用意してきます!」

 

「いや、いい。装備が貧弱なら元々貸し出すつもりだったからな」

 

 そう言ってモモンガは無限の背負い袋からいくらかの装備を取り出す。

 

「見た限りでは私が用意した物より良い装備が無さそうだし、全て此方を使え」

 

「これは……」

 

 取り出されたのは一目見ただけで判る程の高級高品質な武装ばかり。オリハルコン級の冒険者と比べても遜色の無い一品ばかりだ。

 

「お、お借りしても宜しいのですか?」

 

「ああ、これぐらいの装備でないと効率も悪いしな。破損も気にするな、そこらの店で買った物を私がいじ―――あー、個人的な伝手で強化したものだ。格安で入手や修理可能だからな」

 

「そう、ですか」

 

 クライムは多少の躊躇を覚えながらも、装備を交換する。武器、防具を見に付けるたびに驚きを覚える事になった。

 

「軽い……」

 

「軽量化の効果付きだ。持ち前の防御力も上がっている筈だが」

 

「力が……」

 

「ステータスアップに弱体耐性効果だな。まあ全部網羅している分効果は低いんだが」

 

 剣、鎧、盾。信じられない事に全てがマジックアイテムだった。クライムは鑑定スキルを持っていないので詳細は判らないが、実感できる程の効果に驚きを隠せない。

 モモンガとしては余っていたゴミデータクリスタルをその辺で買った装備にぶち込んだだけの物なのだが。

 

(とんでもない方に弟子入りしてしまったかもしれない……)

 

 クライムが知るアダマンタイト級の冒険者や、この国一番の実力者と比較してもなんら遜色の無い装備をポンと貸し出す。これに驚きを覚えず何を驚けと言うのだ。さらには、こんな装備があってなお『死んだ方がマシ』な修業とは、今更ながらにクライムは戦慄を感じ始めていた。

 

「師匠、一体どのような修業を行うのでしょうか?」

 

「単純明快だ。モンスターと戦い、勝利する。それだけだ」

 

「実戦、ですか」

 

「ああ、話を聞いて思ったのだが、お前の鍛錬には足りない部分がある。いくら肉体を鍛えても、実戦を積まなければ手に入らない力という物があってな。相手の力を見抜き、正しい戦術を組立て、それに見合った動きをする必要がある。知識や経験だけではないぞ、実戦を繰り返す事で、肉体の質もまた実戦に向いた体になる」

 

 クライムが思い当たる事があるとばかりに、頷く。鍛えてはいるものの、練習相手にさえ恵まれないクライムは基本肉体強化以外の鍛錬は行えていない。経験不足は何より本人が痛感していた事だった。

 だが、今の発言はモモンガにとって建前でしかない。経験こそ力(プレイヤースキルが大事)というのはもちろん嘘ではないが、そんなものは一朝一夕では手に入らない。それを懇切丁寧に教える程にクライムを重要視していないし、それこそガゼフに放り投げた方が似非近接職のモモンガより数倍良いだろう。

 モモンガは、この世界に来て何度か思った事がある。

 

 『この世界の住人はどうやってレベルアップするのか?』

 

 ユグドラシルではモンスターを倒せば経験値が手に入りレベルがあがる。そんなゲームでは当たり前のことを、この世界では聞く事は無かった。経験値を稼ぐのに効率的な狩り場等、冒険者組合あたりで共有しても良い筈なのにだ。

 では、世界の住人はリアルのように、レベルアップという概念は無いのか? それにも疑問は残る。クレマンティーヌのように、明らかに体躯以上の力を持った人々の説明にならない。

 分からない。分からないので、モモンガは実験したくてたまらなかった。

 

「まあ話していてもしょうがないし、早速始めよう」

 

「分かりました、ではこれからモンスター探しでしょうか」

 

「いや、そんな事をしていたら何ヵ月掛かるか判らんからな……それは此方で用意する」

 

 モモンガは懐から幾つかのアイテムを取り出す。そして、その内の一つである黒く禍々しい宝玉を手にとった。

 

「それは……?」

 

「あの事件で敵の首魁が持っていたものだ。少々人に任せるには危険だったのでこうして預かっていたのだが……使いドコロが無くて仕舞っておいたものだ」

 

 話を聞きながらもしやと思い始めていたクライムの目の前に、想像通りのモノが現れる。

 

「アンデッド!」

 

「まあ、これなら練習相手にはちょうどいいだろう。まずはお前の実力を見て、数と質を変えていくぞ。他にも多数のモンスター召喚アイテムがあるから、アドバイスはしてやるからとにかく倒せ。怪我をしてもポーションはたっぷり用意してあるから、死なないように気をつければ治してやる」

 

「は、はい!」

 

「よし、始めろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――以下、クライム氏の激しい鍛錬風景をほんの少しだけご紹介する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「余裕そうだな、ではスケルトン10体同時戦闘だ。打撃武器が有効だから付け替えておけ」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お次はゴブリンの団体だ。特に言う事は無いが背後にも気を使えよ」

 

「わ、分かりました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)だな。でかいし第六位階魔法までを無効化するが結局アンデッドだ。避けて打撃で殴ればいずれ倒せるぞ」

 

「は、はいいい!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月光の狼(ムーンウルフ)。見た目に反して骨の竜より強いぞ。とにかく速いがそこまで攻撃力は無いし、その装備なら耐え切れるだろう。一匹ずつ戦わせるからがんばって致命傷を避けろよ」

 

「ぜは、ぜは……は、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「趣向を変えて死者の大魔法使い(エルダーリッチ)だ。<火球(ファイヤーボール)>を撃ってくるからとにかく足を止めるな」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鍛錬は続いた。モモンガが持っていたゴミアイテムの消化に付き合わされているクライムは、何度も死にかけながら必死に戦った。途中から目の光が消え始めている気がしたが、心に嫉妬仮面を着けているモモンガには何の引け目もなかった。

 

(とりあえずの目的は達せられたな)

 

 死者の大魔法使いの火球にふっ飛ばされているクライムを見ながら、モモンガは一人納得する。この世界の人間もレベルアップはする、という確認が出来たのだ。

 モモンガは今、幻影により偽装しているだけで魔法詠唱者(マジックキャスター)としての装備へ戻っていた。というのも、アイテムだけではなく魔法でモンスターを召喚していたり<生命の精髄(ライフ・エッセンス)>でHP確認を行っていたのだ。

 モモンガは相手のレベルを確かめる魔法やスキルを所有していないので、相手のHPでレベルを推測することしかできない。

 

(それにしても上がりが悪いな……ようやく10レベル程上がったか?)

 

 初めのクライムを10レベル弱と見ていたが、それがようやく20程度になったとモモンガは見ていた。しかし召喚したモンスターの経験値から考えると、それはあまりに効率が悪かった。

 

(これが“才能”なのか? 人により、経験値テーブルが違うから、上がりが異なるとか)

 

 ガゼフやクレマンティーヌは才能が有ったからレベルが上がりやすく、クライムはソレがなかった。だとしたら高レベルのモンスターと出会うこと自体が少ないであろうこの世界で、レベル上げというのはなかなかに困難だ。

 

(不公平な世の中だなあ……才能が全てって事だ。まあリアルだって似たようなものだろうけど)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてクライム、次で最後にしよう。これが倒せれば私の鍛錬も終わりだ」

 

 そう言ってモモンガが掲げるのは、再び黒く輝く宝珠。現れるのは、クライム自身をして2倍の丈はありそうなアンデッドの騎士だ。

 

「――――っ!」

 

 思わず、声にならない声が出る。目の前のバケモノから感じる威圧感を、クライムは知っていた。いや、知っているものとは違うが、その圧力だけは同レベルだ。彼が知る最強の剣士。其の名は、ガゼフ・ストロノーフ。

 

「安心しろ、武具は本来の物とは別のへ変えてやる。こいつは見た目通り大きな盾で防御主体の闘い方がメイン。攻撃力は今のお前とそう変わらないが、防御力だけならこの国でも頂点に立つかもな」

 

 背中を嫌な汗が流れる。喉の奥が乾き、体中から震えが起きる。

 

「さて、最終試験だ。お前の意思、信念が本物なら……超えてみせろ、クライム」

 

 バケモノが雄叫びを上げる。

 先ほどまでの戦いなど生ぬるい、これこそが本当の死闘なのだとクライムは確信し、

 

「おおぉぉおおっ!」

 

 自らも叫び、立ち向かう。決して届く事のない、輝きを目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフは少し不機嫌だった。

 部下であり―――愛しい男(ペット)が外出許可を取って十数時間。遅くなるとは聞いていたが、夕食時を過ぎても帰ってこないとは思わなかったからだ。

 何時も通り、食事に誘って彼を困らせる楽しみは彼女にとって親兄弟の命よりも重要だというのに。

 

 ―――こつこつ

 

 部屋の扉が乾いた音を鳴らす。男が帰ってきたのだと、ラナーは判った。扉の音で人物を見抜くなど、彼女にとっては容易なことだ。特に、愛しい男が相手であれば。

 

「入りなさい」

 

「失礼します」

 

 律儀で生真面目な声が、扉の向こうから響く。遅れて開いた扉から、男……クライムが顔を出した。

 

「遅かったですね」

 

 不機嫌を隠さずに、ラナーはそう言った。少女のように頬を軽く膨らませ、大きな瞳で可愛らしく睨む。これをクライムが望むからというだけの理由で、100%演技で出来るのだからラナーという女は恐ろしい。

 

「申し訳ございません、少々きつい鍛錬をしていたもので」

 

 おや、とラナーは不思議に思う。クライムの様子に違和感を感じたのだ。少なくとも、昨日までの彼ならば今のラナーの言葉と表情に動揺していた筈だ。

 

「クライム? 大丈夫なの、少し顔色が悪いわ」

 

 近づき、その頬に触れる。やはりおかしい。少し照れた表情は昨日の男と同じだが、ここで引き下がるのが彼の筈だった。珍しいこともあるものだと、クライムが引き下がらない事を良いことに、ペタペタと顔に手を触れる。

 

「熱は、無いわね……」

 

「ラナー様」

 

 女の柔らかな手を、無骨な男の手が優しくつかむ。ラナーの心臓が強く跳ねる。二人が出会ってから十数年。クライムから彼女に触れたことなど、数える程しかなかったからだ。

 

「く、くらいむ?」

 

「ご無礼をお許しください」

 

 クライムはその手を引くと跪き、頭を垂れる。ここで手の甲にキスをすれば物語にあるような一シーンだが、流石に様子のおかしいクライムでもそこまではしなかった。

 

「ラナー様、改めて貴方に忠義を示させてください。

 この身、この魂は全て貴方のもの。私の全てを費やし、貴方様の全てを護り、許されるのであれば何時までもお側に仕える事を誓います」

 

 だが、その言葉はまさしく物語にある一シーンだった。跪いたまま頭を上げ、ラナーを見つめる瞳は強い意思を持っている。今までと変わらず邪念が無く、だが少年の面影が薄くなった引き締まった男の顔。

 ラナーの心臓が激しく高鳴る。

 

「このような時間に申し訳ございませんでした。おやすみなさいませ」

 

 呆けているラナーを置いて、言いたい事を言って部屋から出て行くクライム。ラナーはしばらくそのまま立ち尽くし、熱のこもった手を胸元で抱きしめる。

 

「……クライム」

 

 その夜、少女は正体不明の感情に大きく揺れる。……愛していた男に、二度目の恋をしたのだ。

 そして彼女は改めて気づく事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ぶっちゃけクライムだったらなんでも良かったのだ、という事に。

 




クライムのパワーレベリング。
からの性癖開拓。


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第6話

(そろそろ見る処も無くなってきたな)

 

 モモンガが王都に居を構えてから少々の時間が経ち、観光気分で色々と見て回ってきたものの彼は既に飽き始めていた。というのも、エ・ランテルに比べて歴史的価値の有りそうな施設は多いものの、流通品等はほぼ一緒な為に初めての感動という物が少ないのだ。

 

(拠点は確保できたし、本格的に自然ウォッチングに移行するかなあ。もしくは他の国を見に行くか。帝国は有りだな、王国より栄えてるみたいだし。法国……は保留だな。あそこはプレイヤーの気配がする)

 

 今後の方針を考えながらフラフラと路地裏へ入っていく。リアルでは危なくて出来ない事だが、常に新しいものを求めて出来るだけ知らない道を選ぶようにしていた。

 

(よし、まずは帝国に行こう。正直エ・ランテルの束縛が多くなってきたし、一つの処にとどまるつもりは無いという意思表示だな。帝国では冒険者としての活動を抑え、観光と自然観賞をメインにしよう)

 

 考えつつ歩いていた為に俯き気味だった視点を、よしと勢いをつけて上げる。すると、見窄らしい建物から出てくる一人の男が視界に入った。男は肩に背負っていた袋を打ち捨てるように路上へと下ろすと、そのままに出て来た建物へと戻る。

 モモンガはその打ち捨てられたモノを見つめる。彼はその袋にある気配を感じたのだ。魔法やスキルではない、この世界で活動するうちに目覚めた感覚なのか、オーバーロードとして持っていた基本能力なのかまでは不明な感覚器官。

 ―――――死の気配。

 

(いや。死にかけ、かな?)

 

 モモンガは無造作に近づくと、袋を少しだけ広げて中を見やる。そこには想像通り、死にかけた人間らしきものがいた。

 それと、目が合う。

 

「……」

 

 どちらも口は開かない。いや、少なくとも片方は開きたくても開かないだけかもしれなかった。それほど迄にその人間は疲弊し、傷と痣だらけの体だったのだ。

 

(奴隷……は確か禁止されてる筈だな。ってことは娼婦か犯罪者か)

 

 扱いを見て人間、たぶん女だろう者を何の感慨もなく観察する。モモンガにとって見知らぬ人間など興味の対象にはならない。この世界での出会いに色々と感情を動かされたが、アンデッドとしての骨子まではそう変わるものではなかった。ならば何故この女に近づいたのかと言われれば、単に街の中で死人がでるとしたらどんな経緯と事情があるのか気になった、程度の理由となる。

 関われば面倒事になるな、と立ち上がる。さっさと去ろうと足を動かすと、何かが引っ掛かった。

 欝血して痣だらけの腕が、モモンガの足を掴み、いや触れている。

 

「……」

 

 溜息をつき、振り払おうとしたところで不幸にも声がかかった。誰にとって、かは言うまでもないが。

 

「そこのアンタ、何してんだ」

 

 先ほどこの袋を路上に捨てた男が、建物の中から出てきていた。モモンガの鎧を見て少々ギョッとするが、何か後ろ盾でもあるのか高圧的な態度は変わらない。

 

「さっさと帰りな、ここに見るモノなんざねえよ」

 

 男の言うことはもっともだ。モモンガはこの女や男、そしてこの建物が“何であるか”など大体想像はつく。そしてそれは、彼にとってどうでもよいものだった。

 

「そうでもないぞ? 私はこの女と、この建物で行われている事に少々興味がある」

 

 だが、口を開いた言葉は真逆のものだった。果たしてそれは正義心なのか、はたまたモモンとしてのロールプレイの延長なのか、モモンガ本人にすら分からない事だったが。

 

「な、なんだと?」

 

「この建物……いや店と言った方が良いか? ここで行われている事が私の想像通りのモノだったら、私は多少の金と労力を掛けてもよいと思っている」

 

 モモンガは懐から出した小さな袋を放り投げる。男はあわててそれを受取ると、中を覗き込んで驚愕した。白金貨が数枚入っていたのだ。

 

「旦那、こ、こりゃあ……!」

 

「手付金、とでも言えばいいかな。君個人に渡そう。さて、私はこの店に紹介してもらえる人間だろうか?」

 

「もちろんでさあ! ささ、旦那、小汚い所で申し訳ねえがどうぞこちらへ」

 

「ああ、と、ちなみにこの女もいいか?」

 

「へ? 旦那、それはもう駄目ですぜ。使い物になりませんよ」

 

「私なら何とでもできるからな。もののついでだ、この女にも金を払ってもいい」

 

「へへ……旦那もモノ好きですねえ」

 

 女を引き連れ、二人は店の中へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

 ――――その数刻後。

 

 

 

 

 

 

 

 兵の詰め所に匿名で通報が入る。ある犯罪を行っている施設について、多数の証拠物件と共に詳細な情報が寄せられたのだ。それらは施設から直接持ち出しでもしない限り手に入りそうもない精度と信憑性のあるものだった。

 流石にいたずらと捨てる訳にもいかず、彼らは早急に調査隊を出す。ことにより荒事が考えられる為に武装も用意して、だ。しかしそれは杞憂に終わる事になる。

 施設は確かに有り、犯罪の証拠は現場からも多数押さえる事ができた。だが、そこには被害者の女性を除き、他に誰一人として居なかったのだ。施設内には争った形跡もなく、兵が乗り込む前に逃げたとしても何の隠ぺいもされてはいない。つい数時間前まで普通に稼働していたにも拘らず、消えるように突然いなくなったとしか思えなかった。

 ここで何が有ったのか、それは誰にもわからない。ただ、兵達の困惑した表情と、被害者達のすすり泣く声だけがそこには残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女の目が、覚める。

 視界に移るものはいつもの薄暗く四角い空ではなく、白を基調とした清潔な天井だった。

 だが、驚くべきことではない。結局は客が何処で“使う”かを決めるかであり、そういう部屋に連れ込まれた事も今まであった。ただ今日はこの部屋なのだろう、と彼女は思うだけだった。

 

「……」

 

 心地の良いまどろみに違和感を覚えつつも、まだ覚めきらない頭で周りを見やる。すると小奇麗な部屋の中に一人、美しい女性を見つける。長く少しハネ気味の髪をして、アイパッチをした女性……の石人形だ。

 触れようと手を伸ばしてみると、視界に入ってきた自らの腕を見て、気づく。綺麗なのだ。傷はなく、痣もない。何年も昔の記憶となってしまった、本来の自分の腕。

 よくみれば、小指に見知らぬ指輪が付いている。芸術品のように美しく、じっと見ていると力強さを感じる不思議な指輪だ。

 自分の腕や指輪を見つめていると、女は視線を感じた。意識をそちらへ向けると、石人形がこちらを見ていた。まさか動いているのだろうか―――とじっと見つめ返すと、あろう事か石人形は立ち上がって一礼し、音もなく部屋から出て行った。

 夢でも見ているのだろうかと、女はしばらくの間呆然とする。

 ……数分としないうちに部屋の中へノックの音が響いた。

 

「失礼します」

 

 男の声に、体が勝手に震えだす。ここは夢ではないが、結局は地獄のままなのではと気づいてしまったのだ。

 

「目を覚まされたのですね」

 

 声の主が部屋に入ってきた。男は、ヘルムだけをとった全身鎧に身を包んだ立派な体躯をした人物で、先ほどの石人形を後ろに引き連れている。

 

「さて、これ以上近寄ると怖いでしょうから、失礼ですがここからお話しさせて頂きます」

 

 男は石人形―――よく見ればメイドの姿をしている。彼女?だけを進ませてベッドの横へと座らせた。男は扉を開けてすぐのところで立ち止まり、女へ声を掛ける。

 

「今の状況は理解できていない、ですね?」

 

 女は軽く震えながら、首を縦に振る。

 

「では説明します。ここは私の家です。まず、私が貴方に危害を与えるつもりが無いことをご理解ください。

 貴方がいた店についてですが、あそこはもうありません。従業員……というのもアレですが、彼らももはやこの国に戻ってくる事はないでしょう。つまり、貴方はもうあの連中と関わる必要はありません」

 

 男の説明に、複雑に感情が湧き出る。疑問、困惑、怒り、悲しみ、喜び。感情がまとまらず、言葉がうまく出てこない。

 

「まだあの連中の組織までは片付いていないので、完全に自由とは言えません。ですが、貴方の安全はここにいる限り保障しましょう。この家は高度な魔法で護られていますので、追手の心配もありません。

 さて、病み上がりにいろいろとお話ししましたが、何か質問はありますか?」

 

 そこで初めて、女は男の顔をしっかりと見る。凡庸な顔立ちだが冷静で理性を感じさせた。あの店にいた者達のような下卑た感情は欠片も見えない。

 

「わた、しは……もう、おかさ、れない、の?」

 

「ええ」

 

「も、う。いたく、されない、の?」

 

「ええ、貴方を脅かす者はここにいません」

 

 男の声が、ただ淡々と事実を語る。

 ここで、ようやく自分は助かったのだと、女は認識した。

 

「あ、り……がと……ざい……す」

 

 久方ぶりに叫び以外の言葉を自らの口から発すると、女の目から涙が次から次へとあふれ出てきた。思ったよりも取り乱すことはなかったが、それでも涙は止まる事はなかった。乾きひび割れた大地を濡らすように。次々に。

 

「……『誰かが困っていたら助けるのがあたりまえ』ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉を後ろ手で閉め、部屋から離れる。耳をすまして女の様子に変化がなさそうな事を悟ると、ホッと息を吐く。

 

(ようやく上手くいった……)

 

 モモンガの安堵には理由がある。あの助けた女とのやりとりは、実は5回目なのだ。

 怪我や病気の治療、ちょっとした処置については容易かったのだが、いざ目覚めた彼女と対面すると泣くわ叫ぶわ発狂するわ。女性の扱い方など殆ど知らないモモンガでは、まともに会話すら成り立たなかった。

 しょうがないので魔法やアイテムで無理やり落ち着かせ、何度も対話の仕方を変えた。失敗する度に最高にMP効率の悪い記憶操作魔法を使う必要が有ったので、こちらも半泣き状態だったのだ。

 

(違法営業の店を潰すより女一人のアフターケアの方が大変だとは……慣れない事はするものじゃないな)

 

 そもそもモモンガとしてはここまでするつもりはなかった。やることをやったら憲兵に全てまる投げするつもりでいたのだ。

 

(それもこれもあの女の顔が悪いな)

 

 誤解なきように言うなれば、助けた女はそこそこに美人な部類だ。問題は、その顔つきがついこの前弟子にした魔法詠唱者(マジックキャスター)に似すぎているという点である。

 

(ツアレニーニャ・ベイロン、だったか)

 

 世界は狭いものだ、とモモンガはため息をつく。今日帰る道が別だとしたら、気まぐれで人助けなどしなければ、弟子の大切な姉はひっそりと死んでいたのだから。

 正直、実験対象でもある仮弟子にサービスしすぎだとは思うが、頑張った結果に報いが無いというのは少々可哀想な気がしたのだ。そうでなければアフターケアまでする事はなかっただろう。

 

「さて、問題はこの後だな……」

 

 あの店は既に攻略済み。“従業員”共はとっくに新しい自分(骨と腐肉の体)を手にいれているし、見つけた限りの証拠は分かりやすく配置してやったので憲兵が見つけただろう。しかし、そこで見ただけでも一つ店が潰れたぐらいで共倒れするような組織には見えなかった。

 モモンガが魔法詠唱者として全てを解決することは容易い。だが、それは何か違うと思うのだ。

 

「悩んだ時は、相談だな」

 

 こういう事に親身になってくれる男を思い浮かべ、家を出る。向かう足取りに迷いは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男、ガゼフ・ストロノーフは、説明を聞くと想像通りに激怒した。静かに、だが顔に深くシワを刻み、体中の筋肉が一回り大きくなる程に。モモンガがちょっとビビる程に。

 

「許せん――――直ちに兵を集めて殲滅する!」

 

「ま、まてガゼフ殿! それが出来るような相手ではないのだろう? 少なくとも、あの店の利用者記録には貴族らしき名前が複数あった。下手をすれば貴方が犯罪者になるぞ!」

 

「ぐっ、しかし……!」

 

「落ち着いてくれ。私がガゼフ殿に相談したのは別に武力を当てにした訳ではない、分かるだろう?」

 

「……それは、確かに」

 

 ガゼフは思いとどまり、立ち上がった反動で倒した椅子を直して座り直す。

 モモンガの言葉で冷静になれたのは、自分よりも遥かに強い男が相談に来たという事を思い出したのだ。少なくとも、陽光聖典をあしらい謎の天使を打ち倒した男なら、この国の巨悪がどんなものであれ手こずる事はないだろう。

 

「つまりモモン殿は、この件を法の力に預けてくれるという訳ですな」

 

「ええ、流石に私も犯罪者になりたい訳ではありませんので」

 

「……モモン殿の理性的な判断には敬意すら覚えるな」

 

「私もガゼフ殿のような義に厚い生き方には憧れますよ」

 

 互いに小さく笑い合う。

 だがガゼフはすぐに渋い顔へと表情を変えると、申し訳無さそうな声を出す。

 

「ご期待頂いて応えられないのは辛いのだが、正直に言うと難しい」

 

「難しい、ですか」

 

「ああ、貴族がこれだけ絡んでいる時点でどんな証拠を突き付けても揉み消される可能性が高い」

 

「ガゼフ殿の立場か、国王への進言等ではどうにもならないと?」

 

「私の立場だが……正直政には疎くてな、恥ずかしい話だがどうすれば上手くいくのか分からない。

 王に進言というのも、誠実な方だし心を痛めて何とかしようとはしてくれるだろう。だが、ここにこうして『国王派閥』の貴族名まで書かれているとなると、手が出せない。下手をすれば表立った権力の二分化、国家の存亡に関わる事態になる」

 

 悔しそうに、ガゼフは答える。この国の情勢は悪い。貴族が力を持ちすぎ、腐り、もはや取り返しのつかない所まで堕ちている。たかだか平民上がりのガゼフではどうにもならないし、国王が動くにしても逆に規模が大きすぎる。これに介入して立つ波風は、王国に嵐を呼ぶことになる。

 

「まあ、想像はついていましたが面倒なものですね、柵というものは」

 

「……すまないモモン殿。この国を護る筈の一兵として、国の病巣に立ち向かうことも出来ない事を許して欲しい」

 

「……ははっ」

 

 モモンガが小さく笑う。それは乾いたものではなく、楽しさが感情に乗ったものだった。

 

「モモン殿?」

 

「ああ、いや。すみません、別にガゼフ殿を不快にさせたい訳ではないんです。ただ、ついこの間にも同じような言葉を言われてばかりでして」

 

 この国も捨てたものじゃない。そうモモンガは笑ったのだ。

 その言葉を聞いたガゼフにも、少しばかりの笑みが戻る。

 

「そう言っていただけると嬉しい。

 だが、このままやつらが何事もなしと事を納めるのは腹立たしい。一人、正しき心を持った知恵者に当てがある」

 

「ほう、それはどなたですか?」

 

「まだ会えるかどうかも分からないので……その時までの楽しみという事にしよう。きっと、モモン殿も驚かれる筈だ」

 

 そう言ってガゼフはニヤリと笑う。この国の宝ともいえる御仁、輝かしい黄金を思い浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クライムは日課の鍛錬に身を費やしていた。

 鎧相当の重りを着け、鍛錬用に刃を潰した剣を振るう。それだけなら今までと何も変わっていないが、見るものが見れば今までとの違いに気づけるだろう。

 クライムの目の前には“何か”がいた。その何かへ剣を振るい、何かからの攻撃をいなし、実際は一人にも拘らず確かに戦っていた。それは、いわゆるシャドーボクシングと言われるモノに近い。彼が過去に戦った相手を思い浮かべ、仮想敵とし剣を振るっていたのだ。

 

「――――っ!」

 

 避けきれず、敵の攻撃を受けてしまった後方へ剣が流される、流されたかのように動きを再現する。その決定的な隙を埋める為、流された勢いに逆らわずに転がって退がる。すぐさま起き上がると、敵は目の前だ。トドメとばかりに突撃してくる相手を見定め、ある武技を以てその攻撃を―――

 

「クライム!」

 

 ―――どうにかする前に、男の声で仮想敵が消える。集中しすぎて誰かが入ってくるのに気付かなかったようだ。

 

「ガゼフ様」

 

「すまんな、鍛錬の邪魔をして」

 

「いえ、気にしないでください」

 

 クライムは体中の汗を拭きとりながら、鍛錬場に入ってきたガゼフを見やる。成長して判った事だが、いまだ戦士長は自分の遥か先にいる。今のクライムは『どうすればいいのか分からないくらい強い相手』から『どうやっても勝てない強い相手』ぐらいにはガゼフの強さを測れるようになっていた。

 

「……それにしても、少し見ないうちに成長したな。正直もう限界だと思っていたんだが」

 

「まだまだです。事実、ガゼフ様には遠く及びません」

 

 それなら俺の隊でも一線級を張れるんだがな、とガゼフは笑う。憧れの男から聞けた言葉に、クライムは嬉しくなって自然と笑みを浮かべた。

 

「それで、だ。随分と集中して鍛錬をしていたようだが……一体誰を相手にしていたんだ?

 いきなり声を掛けてしまったのもお前が殺されると思ってしまったからだ。あれ程までに強く、容赦ない相手に俺は心当たりがない」

 

 クライムは硬直した。師からは内密にといわれている鍛錬方法に関わる話題だったからだ。だがまさか仮想敵との戦いを見られただけで、相手の力量を推し量られる等と想像の外にあった。

 対してガゼフは口ではああ言ったものの、相手の正体に心当たりがあった。何しろ、背を預けて敵と戦った相手なのだから、記憶からそう簡単に消えるものではない。

 

「……いえ、その……事情がありまして」

 

「いや、すまない。別にお前を探りに来たわけじゃないんだ。今のお前との手合わせも興味はあるが、今回は別件で来た」

 

「こちらこそ、申し訳ございません。別件とは?」

 

「うむ、まずは紹介したい御仁がいる。入ってきてくれ」

 

 入口から、一人の男が現れる。いや、その人物は体躯から男であろうと予想されるものの、全身鎧によって細かな体型は判らない為、真実までは判らない。だが、数十キロはあろう全身鎧をまるで負荷に感じていない自然な歩き方に、想像外の筋力と鍛錬を容易く理解させる偉丈夫だ。

 

「クライム、この方はモ「しっ……モモン様!?」モン殿、と言う方、なのだが……」

 

 クライムはまさかの再会に、動揺して軽く口を滑らす。師匠もといモモンガは頭を抱えたが、黙っている訳にもいかないので口を開いた。

 

「また会いましたね、クライムさん」

 

「顔見知りなのか」

 

「ええ、酔っ払いに絡まれた時に少し。それで、会わせたい者とはクライムさんの事ですか?」

 

「いや、私が紹介したい方はクライムの主です。私が直接紹介するには難しい方ですので」

 

「あ、えっと、申し訳ございません。どういった御用件でしょうか」

 

 落ち着きを取り戻したクライムに、ガゼフが今回の件を説明する。案の定というべきか、少年は激しい怒りによって顔を歪ませる。正義の心がある者が聞けば当然眉を顰めるような話だが、この件は特にクライムを強い衝動に突き動かした。何しろ、愛する女性が民の為にと行った奴隷廃止制度の穴を抜けるようなやり方だったからだ。

 

「話は、分かりました。それで主に話を聞きたいと」

 

「ああ、難しいとは思うが繋いでもらえないだろうか」

 

 一国の王女に面会を求めるなど、そう簡単なことではない。たとえそれが国の大事だとしてもだ。

 クライムは押し黙る。モモンガとガゼフを見て、妙な表情でだ。

 

「……クライム、やはり無理か?」

 

「いえ、実は……王女から仰せつかっている事がありまして」

 

「王女から?」

 

「ええ……もし、ガゼフ様が見知らぬ魔法詠唱者、もしくは戦士を伴って頼みごとをしに来たのならば、可能な限り手を貸すべきだと」

 

 これがその状況なのか、クライムは悩む。

 その予言にも等しい話に、モモンガとガゼフは知らず顔を見合わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、クライムったら私が倒れそうになったのを抱きとめてくれたのよ」

 

「あら、随分と大胆になったのね」

 

「そうなの! 前だったら無理にでも肩とか当り障りのないところを掴んできたのに」

 

「そういえば最近急に随分男らしくなったものね……戦士としても強くなってるし」

 

「前は濡れた子犬っぽくて監禁したい感じだったのだけれど、最近は大型犬みたいに嫌がるまで抱きしめたい感じになったのよ」

 

「ん? え? あ、そうなの?」

 

「そうなの! それがもう可愛いやら格好いいやら!」

 

 黄金なる異名を持つ王女ラナーの前で、王国でも有数となるアダマンタイト級冒険者であるラキュースはドン引きしていた。

 いつも通り呼ばれたラナーの部屋で、ここ最近依頼を受けていた仕事である『八本指』関連の話をすると思ったら突然恋バナを始められたのだ。

 冒険者とは言え、ラキュースも乙女である。例に漏れずノリノリで話を聞いていたのだが、今までの印象をぶち壊す発言をするラナーに辟易とし始めていた。

 

「……やっぱりこれは恋なのかしら」

 

「そうじゃない?」

 

「二度も同じ人に恋をするだなんて思わなかったわ……」

 

「そうね」

 

「前はゾクゾクしてたんだけど、今はドキドキするのよ。不思議ね」

 

「……あっ、はい」

 

 こんな感じでいつまでたっても終わらないのである。しかも知りたくもなかった友人のトンデモ性癖暴露付きで。普段の賢人染みていた友人の姿を思い出して困惑しつつも、変人ぞろいの『蒼の薔薇』に慣れているせいか逆に落ち着いている自分にラキュースは悲しくなっていった。

 

「ね、ねえ。クライムの話もいいんだけど、八本指について報告しなくてもいいのかしら」

 

「え? あ、そうね。そういえばそんな事もあったわね」

 

 友人のポンコツっぷりに頭を痛める。今のラキュースは目の前のラナーが中身だけ別人といわれても信じられそうなほどの衝撃を受けていた。

 

「それじゃ、麻薬を栽培していた村の話だけど―――」

 

 表情を引き締めたラナーにラキュースは語る。

 襲撃は成功して農園は壊滅に追い込んだ事、八本指に関する情報はほとんど得られなかった事。唯一得られたのは、暗号の書かれた羊皮紙一枚。

 

「換字式暗号ね」

 

 ラナーはそれを数分としない内に解読し、それが他の八本指7部門の重要な拠点を示している事を読み解いた。

 

「やっぱり黄金のラナーは伊達じゃないわね(さっきまでのは夢さっきまでのは夢)」

 

「時間が無いわね……」

 

「時間?」

 

「ラキュース、貴方あの娼館の話は知ってる?」

 

「ああ、あの胸糞悪いやつね」

 

「それが昨日、壊滅したわ」

 

「はあ!? 何が起きたのよ!」

 

「判らないわ。娼館には被害者を除き全員行方不明。争った形跡はなく、まともな隠蔽もされずに全てが残っていたそうよ」

 

「……本当に何が起きたかさっぱりわからないわね」

 

「もしこれが第三者の襲撃によるものだとして、貴方達に同じ事ができる?」

 

「もちろん壊滅するだけなら可能だけど……形跡を残さずっていうのは難しいわね。ティアティナとイビルアイならできないとは言わないけど」

 

「この場に幻魔のサキュロントが居たとしても?」

 

「無理ね」

 

 ラキュースは即答する。アダマンタイト級と言われる六腕の一人が居るとなると、イビルアイの精神系魔法やティアとティアの隠密技術を使っても形跡ぐらいは残ってしまう。

 

「ちょっと待って、それを成し遂げた誰かが居るって事?」

 

「状況を判断すると、ね。憲兵が押収した証拠は八本指に殆ど再回収されてるし、少なくとも仲間割れって事は無いと思うわ」

 

「だとしたらとんでもない奴等ね……」

 

 ラキュースは同じことが出来そうな者達を思い浮かべる。帝国のフールーダ・パラダイン、暗殺者集団イジャニーヤ。少なくともマトモな相手は思い付かない。

 

「はたして集団なのかしら」

 

「これをやったのが一人だっていうの?」

 

「正確にはこれを出来てもおかしくなさそうな者、かしらね」

 

「随分と持って回った言い方するわね……誰よ?」

 

「さあ……ラキュースも知っていると思うし」

 

 ―――コンコン

 

「今日会えるかもしれないわ」

 

 部屋の外から声が上がる。ラナー唯一の臣下が帰ってきた。

 

「入りなさい」

 

「失礼します」

 

「お帰りなさい、クライム」

 

「只今戻りました」

 

「こんにちは、クライム」

 

「いらっしゃいませ、ラキュース様。

 お二人のお話の最中に申し訳ございませんが、至急の連絡があり戻ってきました」

 

「……もしかして、ガゼフ様かしら?」

 

 ラナーの予想に、クライムは小さく驚く。そして気高く美しい王女の思慮深さに再度敬愛を覚えた。

 

「ええ、その通りです。ガゼフ様がとある方を伴って私を訪ねてきました。ラナー様のお目通りを求められています」

 

「分かりました。ちなみにそのもう一人はどなたですか?」

 

「もしかしたら御存じかもしれませんが。エ・ランテルの冒険者で名高いモモン様です」

 

「モモン!」

 

 ラキュースが軽く腰を浮かせる。最近台頭してきたアダマンタイト級の冒険者だ、当然彼女もある程度の情報を抑えていた。

 

「そう、用件については何か仰っていましたか?」

 

「それなのですが――――」

 

 クライムは重い口を開いてガゼフ達に聞いた事の説明をする。それを聞いたラナーは真剣な表情を作り、ラキュースは驚きを浮かべていた。

 

「なるほど。分かりました。クライム、二人をここへお連れしてください」

 

「よ、よろしいのですか?」

 

 思わぬ快諾に、逆に聞き返してしまうクライム。一国の王女が臣下でもない男を部屋に入れるだけでも大事だが、戦士長たるガセフはともかく冒険者のモモンは流石に難しいのでは、と思っていたのだ。

 

「ええ、その方は敬意を持って相対するべき方です。本来なら私から伺うべきだと思うくらいには」

 

 ラキュースとクライムに何度目かの衝撃が走る。一体、モモンとは何者なのだろうかと。

 ただあの地獄のような訓練を受けたクライムには、少々納得できる事ではあったが。

 

「分かりました、早急にお連れします」

 

 一礼し、速足で部屋から出ていくクライム。それを見送ったラキュースは、再びラナーへと問いかけた。

 

「ねえ、そのモモンって何者なの? そもそもこの件に何処まで関わってるのよ……」

 

「さあ、それは私にも判らないわ。ただ伝え聞いただけの情報では確かな実力と、娼館の件を成せるかもしれない力を持つ者、そう推測しただけ」

 

 城に閉じこもっている少女が、はたしてどうやってその結論に至ったのか。ラキュースは心強さと同時に、内心で恐れも抱いた。

 

「ほんと、トンデモ無いわね貴方」

 

「普通よ……それにしても」

 

「今度は何?」

 

「やっぱりクライム格好よくなってるわ! 見たでしょ? あの精悍な顔つき! 昔は足を舐めて欲しかったけど今なら踏まれてもいいわ!」

 

「アッ、ハイ」

 

 都合1時間。

 ただ待つだけの時間を、不幸なことにラキュースはクライム達が戻ってくるまでに親友(だと思っていた)少女の変態的な嗜好を聞き続ける事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はじめましてモモン様。私はラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフです」

 

 王女とラキュース。そしてクライムが連れてきたガゼフにモモンガ。王女の部屋に5人が集まった会談は、王女の自己紹介から始まった。

 

「御会い頂き光栄です。私はモモン、エ・ランテルでしがない冒険者をしている者です」

 

 内心で無い心臓が破裂しそうなモモンガが、思いつく限りの丁寧な言葉遣いからの一礼をする。リアル時代の営業トークと、アンデッド特有の精神安定が無ければ逃げ出していたかもしれない。

 ちなみに当事者を除く三人はモモンガの立ち振舞に感心を抱いていた。宮仕えでもない限りただの戦士が丁寧な立ち振舞を取得出来るものではなく、もしかしたらモモンガは高貴な血族の出なのではないか、と誤解すら抱いていた。

 

「こちらこそ光栄ですわ、モモン様のご活躍は聞き及んでいます。

 まずは此方へお座りください。本当なら色々と冒険譚をお聞きしたいのですが、事は急を要します。早速本題に入りましょう」

 

 ラナーのモモンガを下にも置かない扱いも、彼らに誤解を招く原因の一つだ。モモンガ自身、何故こうも歓迎されているのか不思議に思っていた。

 

「さて、クライムから話は伺っております。私の結論としましては、法的な裁きではなく、秘密裏に八本指の重要拠点を叩くつもりです」

 

「し、失礼ながらお待ちくださいラナー殿下。業腹な事ですがあの施設には王国派の貴族も関係しております。八本指と戦う事については賛成ですが、王に不利益をもたらす事になるのでは?」

 

「それについてはある方の力をお借りします。その貴族自ら手を引かせるように動かせば混乱も最小限に抑えられるでしょう」

 

「そんな事が出来て、都合良い事に話が分かる奴がいるの?」

 

「貴方もよく知っている方よ、ラキュース」

 

 心当たりがないのか、首をひねる友人を見て笑顔を浮かべるラナー。

 

「問題は戦力です。ここにいるラキュース……そういえば自己紹介をしていないわね」

 

「今更? はじめましてモモンさん、『蒼の薔薇』のラキュースよ。同じアダマンタイト級冒険者としてよろしくお願いします」

 

「はじめまして、ラキュースさん。ちなみに貴方がここにいる理由をお聞きしても?」

 

「ラキュースは貴族の出身で、昔からの親友なの。力の無い私の依頼を受けて、協力してくれているわ」

 

 信頼できる相手です、と続けて紹介される。モモンガはエ・ランテルで暮らす際に強者の情報はある程度集めていたので蒼の薔薇については知っていたが、貴族出身とまでは知らなかった。

 

「『蒼の薔薇』のラキュースさんがここにいて、我々と直ぐ会って頂けたという事は……もしかして御二方は以前より八本指潰しに動かれていたのですか?」

 

「御慧眼ですわね。仰る通り、私達は打倒八本指に動いていました。

 とはいえ私はお飾りの王女、権力はなく協力してくれるのはクライムとラキュースぐらいです。八本指に対しても大きな対処はとれていませんでした」

 

「それで私達との会合を開いて頂いたという訳ですか」

 

「ええ、戦士長のガゼフ様は言うまでもありませんが、アダマンタイト級であるモモン様のお力添えを頂ければこれほど心強い事はありませんわ」

 

 ラナーは変わらず笑顔だ。それに対してモモンガはいくつかの疑問を覚えていた。例えば、いくら協力できそうな相手だとはいえ会った事もない男を迎え入れて、このように重要な話をしてしまうだろうか、等。

 

「……ちなみにラナー殿下はあの娼館で起こった事の何処まで御存じですか?」

 

 モモンガ達はクライムに概要しか話していない。おぞましい商売が行われていた娼館から女性を助け出し保護している、程度の情報だ。

 

「そうですね、あの娼館で行われていた行為から、匿名の通報からの摘発、回収された証拠物件の内容と、八本指による証拠隠滅で動いた人員について、といったところでしょうか」

 

 モモンガは戦慄を覚える。

 娼館の殲滅と通報はつい昨日の事なのに、その証拠隠滅をすでに済まされているという事は驚きだ。だが、それ以上にここまでの情報を目の前の少女が手に入れているという事が最も恐ろしい。よほどの情報網を有しているのか、モモンガの知らぬ魔法かタレントなのか……モモンガはこの少女が自分の正体にまで至るのではないかと警戒レベルを引き上げた。

 それはそれとして、ラナーの言葉にモモンガはひとつの記憶を思い起こす。

 

『敵に対して何か行動を起こす時には、その行動が敵をどう動かすかを想像するべきだよ、モモンガさん』

 

 ギルドにおける軍師の言葉を思い出し、自らの過失に思い至る。

 

「もしかして、私の行動で八本指は大きく証拠隠滅に動きますか? それでラナー殿下は対処を急がれているとか」

 

 今度はラナーが驚き、とは言わないまでも感心を抱いた。実力者であることは疑いもしていなかったが、先を見通す理知的な面まであるとは思っていなかった。今まで入手していたモモンガの行動に場当たり的な面を感じていた分しょうがない話だが、ラナーは武力ではなく知力面でもモモンガに対する評価を上げる。

 

「はい、多分数日と経たずに重要な拠点のいくつかは移転されるでしょう。そうなるとせっかくラキュースが手に入れてくれた拠点情報も無駄になります」

 

 机上の王都マップに記されたマークを見やりながら、モモンガは考える。

 

「動けるのなら、早ければ早いほどいい」

 

「その通りです。私は今夜の襲撃を提案します」

 

「……どうやら私は考え無しに行動してしまったようですね。申し訳ありませんラナー殿下、貴方の計画を邪魔してしまったようだ」

 

「そんな事は無いぞ、モモン殿! 貴方の成された事は称賛される事はあっても卑下するような事は断じて無い!」

 

 モモンガの謝罪に、激しく反発するガゼフ。クライムやラキュースも同意らしく、ガゼフの言葉に深く頷いていた。

 

「ガゼフ様の言うとおりです。それに、あの娼館から得られた八本指関連の情報はかなり有益です。おかげで事を早く進められます」

 

「そう言って頂けますと救われます」

 

「このチャンスを無駄にしない為にも……ラキュース」

 

「ええ、蒼の薔薇は総力を挙げての協力を誓うわ」

 

「ガゼフ様」

 

「はい、王に進言してからとはなるでしょうが、後顧の憂いが無いのなら、私も尽力致します」

 

「クライム」

 

「ラナー様の御心のままに」

 

「モモン様」

 

「もちろん、ご協力いたします。ただ、一つ条件を出してもよろしいでしょうか」

 

「何でしょうか。報酬の事でしたら、冒険者としての適正な値段をお約束しますが」

 

「いえ、報酬は要りません。代わりと言ってはなんですが、私が娼館から連れ出した女性の社会的立場を保障していただきたいのです。このままでは王国を出ない限り債務者か犯罪者扱いですから」

 

「分かっております、元より違法な手順で与えられた借金でしょう。その女性の身柄は王族の血にかけて保証いたします」

 

 モモンガの金になびかず一人の女性を救うその崇高さに、またラナーの一市民に過ぎない女性を気遣う優しさに、二人を除く全員が感銘を受ける。

 だがこの会話をもう少し冷めた目で見られる者がいれば、内容に違和感を覚えたかもしれない。

 モモンガもラナーも、他にいるであろう被害者については何も触れていないのだ。そして、金銭のやり取りを無くしたのも貸し借りを無くしたビジネス的な関係の確認に他ならないと。

 ただ、彼らの目的はごく個人的なものであり、結果的に世の中の為になってはいるのでこの話に限れば問題視する必要もないのかもしれない。

 ――――そのまま彼らは打ち合わせを続け、戦力の割り当てや襲撃時間を決める。

 

「さて、じゃあ私は一度宿に戻ってチームの皆と打ち合わせてくるわ」

 

「それならそのままそこにいて、ラキュース。最終的な集合場所はそこにしましょう」

 

「分かったわ」

 

 部屋を出ていくラキュースを見送ると、ラナーは次の手を打つべくクライムに目を合わせる。

 

「クライム、レエブン侯をお呼びして下さい」

 

「はっ」

 

「……お待ちくださいラナー殿下、まさか話が分かる方とはレエブン侯なのですか?」

 

「ええ、あの方は蝙蝠等と言われておりますが、真に王国の安定を望んでいる御方ですよ」

 

「侯が……分かりました。身を弁えぬ発言、申し訳ございません」

 

「いえ、そう印象づけるように立ち振る舞っているのはあの方ですから」

 

 ガゼフとしてはレエブン侯は信用の置けない相手だが、少なくともラナーの言葉を否定するほど付き合いが深いわけではない。不安は抱えつつも、ラナーの言う事を信じる事にした。

 

「それでは、私も王に一度ご報告に参ります」

 

「私も蒼の薔薇がいる宿に向かいます、先に顔合わせをした方が都合がよいでしょう」

 

 そう言ってガゼフとモモンガが立ち上がると、ラナーの手がそれを制止する。

 

「お待ちください。ガゼフ様とモモン様にはまだお話があります。もう少々こちらに残ってはいただけませんか?」

 

 二人は疑問を浮かべつつも、浮かした腰を再び下ろす。二人と同時に部屋を出ようとしていたクライムもまた、足を止めた。

 

「クライム、こちらは構いませんので務めを果たして下さい」

 

「はっ、いやしかし……」

 

 クライムの逡巡も当然だ。いかに信頼できる相手だとはいえ、ラキュースのような貴族の女性ならともかく彼らを置いて部屋を出られない。

 

「大丈夫よクライム。それともガゼフ様が信じられない?」

 

「そのような事は決して……!」

 

 焦ってしどろもどろになるクライムと、無言で微笑むラナー。助け船を求めてガゼフを見れば、同じく困惑顔を見せていた。

 

「……分かりました。それではガゼフ様、モモン様、失礼させて頂きます」

 

 結局クライムは折れて部屋から退室する。戦士として、人として成長したとはいえ、主の意向に逆らうような男ではないので当然と言えば当然だろう。

 

「それでは、人には聞かせられないお話をしましょうか」

 

 ラナーの言葉に、知らず残った二人は身を引き締めた。




投稿文字数限界なので歯切れ悪いですがここまで。
次回、「八本指死す」ご期待ください。


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第7話

「話というのは他でもない、カルネ村の一件についてです」

 

 ラナーの一言に、少し間をおいてから二人は大きく動揺する。

 

「何の事でしょうか?」

 

 精神の安定化が働いたモモンガは、とりあえずしらばっくれる。無関係を装うのなら本来モモンガよりガゼフが応じた方が良かったのだろうが、彼は絶賛混乱中だ。ガゼフが腹芸を得意としない事は分かっていたので、しょうがなくモモンが応じる。

 

「カルネ村を襲った法国兵を打倒し、ガゼフ様と共に陽光聖典と戦った凄腕の魔法詠唱者。そして同時期に現れたガゼフ様と繋がりのあるアダマンタイト級冒険者。無関係とは言わせませんわ」

 

 自信に満ち溢れたラナーの物言いに、何の根拠もない言葉ではないことをモモンガは悟る。ちらりとガゼフに視線を向けると、にわかに慌てだした。

 

「ち、違うぞモモン殿。私はもちろん、部下にも箝口令は敷いている! この事は王にも話していない!」

 

(あ、馬鹿)

 

 モモンガが止める間もなくガゼフが口を滑らせると、ラナーはニッコリと笑みを深くする。

 

「ええ、ガゼフ様は何も話しておりませんわ。ですが今ので裏が取れましたわね」

 

「は……?」

 

 あっけにとられるガゼフに、モモンガは軽く頭を抱える。余りの駆引き下手ぶりに、ちょっと幻滅してしまった程だ。

 

「王女がカマかけとは褒められたものではありませんね」

 

「心外です。そもそもガゼフ様の反応がなくても、確証は得られておりました。人の口に戸は立てられないと申しますから」

 

「……彼の部下が口を滑らせたとでも?」

 

「いえ。ですがガゼフ様の部下が全くの無実という訳でもありませんね。彼らの口裏合わせの嘘や、伝え聞くカルネ村の現状、その他もろもろ……人の噂も正しく取捨すれば真実にたどり着きます」

 

 モモンガはラナーの表情に誤魔化すことを諦める。それと同時に彼女に対する警戒心を強めた。先程抱いた認識は間違いではない、この少女はいずれ自らの正体にすら行き着くと。

 

「それで、私が魔法詠唱者だと分かったとして―――お前はどうするつもりだ?」

 

 故に態度を改める。モモンという戦士ではなく、力ある魔法詠唱者(マジックキャスター)として振る舞う為に。

 

「モモン、殿」

 

 ガゼフの背に冷や汗が流れる。隣りにいた気の良い友人が、怪物のような圧力を解き放ったのだ。彼が恐れるのは王族に対する礼節の問題などではなく、豊富な経験から来る死への恐怖だ。

 無駄とは知りつつも自らの剣に意識を移す。王女の回答次第では、この城は明日には跡形もないかもしれないと考えて。

 

「……」

 

 ラナーの表情は笑顔のまま動かない。鈍いのか、現状を理解できていないのか。少なくとも次に彼女が開いた口からは、思慮を感じさせない言葉だった。

 

「私はクライムを愛しているのです」

 

 そして彼女が唐突に言い出した言葉は、やはり意図の分からない唐突なものだった。

 

『……は?』

 

 モモンガだけでなく、ガゼフすら面をくらって気の抜けた声を出す。だがその二人をおいてけぼりにするようにラナーは自らの話を進めていく。

 

「世間からは民に優しい王族等と言われておりますが、ですが私が真に愛しているのはクライムただ一人。彼に好かれる為に、彼が望む王女である為に、優しく正しい姿を演じている、浅ましい女なのです」

 

『はあ……』

 

 思わぬ王女の告白に、二人は生返事しか返せない。すっかり毒の抜かれた彼らは、何か言う事も出来ずにただ王女の独白に耳を傾ける。

 

「クライムが望む王女は、高潔で清純な乙女。“彼女”は王国の淀みに見て見ぬふりはできません。ですが王女といっても所詮は小娘一人、巨大な組織に立ち向かう力はありません。

 報酬は私財からお支払い致します……ですから、ですからどうかモモン様のお力をお借りしたいのです。私の小さな欲望の為に、クライムの安全の為に、そしてクライムが想う民の為に。冒険者のモモン様ではなく、偉大なる魔法詠唱者様のお力の一片を、どうか」

 

 そうしてラナーは深く頭を下げた。

 モモンガは先ほどまでの警戒を少し馬鹿らしく思いながら、嘆息する。

 

「頭を上げて下さい、ラナー殿下。話をお聞きしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ち合わせから十数分。

 全てのモノが部屋を出て行った後。ラナーは深く下げていた頭を上げると、倒れこむように座り込んだ。

 

「かはっ」

 

 まるで長い間呼吸が止めていたかのように、荒く酸素を肺へと取り込む。顔色は白というより青く、先程までの自然体が嘘のように端正な顔からは大量の脂汗が溢れていた。

 

「――――まさか、アレ程だとは」

 

 ある程度の落ち着きを取り戻すと、ラナーは小さく呟く。

 ラナーが少ない情報から導き出したモモンガという人間性の評価は、かなりの精度まで確立されていた。少々迂闊な面もあるようだが、メリットを理解して行動を起こす冷静な人物。力は有るが顕示欲が薄く、目立つ事を余り好まない隠匿の賢者。理由こそ不明だが、ガゼフという人間を信頼している。

 一つだけ誤算があったとすれば、彼は凄腕の魔法詠唱者等といった可愛い存在ではなかった。もっと別次元にいる恐るべき存在だったと言うことだろう。

 

「フフフ、それでも私の勝ちですわ」

 

 今回の件に限れば、ラナーの目論見は想定通りに進んだと言って良い。表向きの依頼だけでなく、モモンガの力を当てにした『本来の依頼』についてもある程度は賛同を得られたのだ。同じ場に居たガゼフには分からないように歪曲気味に目的を伝えたが、モモンガにはある程度は伝わったようである。

 

「結果的にはこっちの思い通りになってくれた。けど問題はこの後ね……」

 

 ラナーは初め、ガゼフを中心とした人の縁でモモンガを縛り、ラキュースのように都合の良い駒にするつもりでいた。だが、それは不可能だ。彼という存在はそんな生易しいモノではない。

 彼の力の一欠片と対面したラナーは、まるで神とでも対峙しているかのように身を竦ませ、一つの嘘を口にする事にさえ恐怖を覚えた。その瞬間、ラナーは計画全てを切り替えた。『真実』を全て話す事にしたのだ。ただ、人聞きの悪くないように表現だけを繕って。

 当初の予定通りとならない以上、この件が終わればモモンガは邪魔な存在だ。制御の方法がガゼフしかなく、先ほどのやり取りを見る限りそれも絶対とは言えない以上、何時問題が発生してもおかしくない。となると抹殺するのが一番良い手となるのだが。

 

(ガゼフ・ストロノーフが恐れる男を抹殺? どんな勇者様ならそんな事を成しえるのかしら)

 

 今となってはかの帝国における最強の魔法詠唱者ですら可愛く見えるだろう。となるとアレは一国を軽く超えた脅威という事になる。天災を抹殺など愚かな妄想でしかない。

 

「自滅するか帝国に滅ぼされると思っていたけど……たった一人の怪物に壊されるのが先かしら?」

 

 自国の行く末を他人事のようにつぶやきながら、ラナーは自らの立ち振舞を考える。彼女に救国の意思等ない、ただクライムとの蜜月を謀略するだけである。

 

「それにしてもやっぱり今のクライムも素敵だわ。踏みつけながら罵ってくれないかしら……」

 

 己の新たなる可能性(リバ可)に、恐れを抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紹介しますモモンさん。私達5人が“蒼の薔薇”です」

 

 彼女達の集まる宿についたモモンガは、ラキュースに各メンバーの紹介を受ける。噂通り女だけのパーティーで、神官、戦士、忍者二人、魔法詠唱者とバリエーションに富んだ冒険者達だ。

 

「初めまして皆さん、私はモモン。エ・ランテルの一冒険者です」

 

「はっ、同じアダマンタイト級のアンタが一冒険者ってんなら、俺達なんぞで5流冒険者だな」

 

「これは酷い評価」

 

「謝罪と賠償を要求する」

 

 ガガーランの冗談に、ティアとティナが悪乗りする。

 

「は? あ、いえ、そんなつもりではなくてですね」

 

「ちょっと、人をからかうのは辞めなさい。すみませんモモンさん、この娘達はいつもこんな調子でして」

 

「えっ、ああ、いえいえ、まあ挨拶みたいなものですね」

 

 ラキュースがすかさずフォローしたが、当のモモンガは不思議と懐かしい感覚に襲われていた。会話のノリと勢いにユグドラシル時代を感じたのかもしれない。

 

「早速ですが戦力の振り分けをしましょう」

 

 ラキュース提案の下、八本指各施設に攻め込む編成を話し合う。各員の役割はハッキリしているので、誰からも反論が出ることもなく打ち合わせはスムーズに進んだ。

 

「クライムはどうする」

 

 今まで黙っていたイビルアイが発言する。彼女達にとって彼は戦力というよりラナーご執心の相手だ。短期間で腕を上げたようだが、それでも危険な場所に送り出すのには不安がある。

 ガガーランはイビルアイの意を汲んで同意を示す。

 

「正直なところを言うなら連れていかないのが一番だとは思うんだがなあ」

 

「そうも行かないわよ、私たちが犯罪者にならないためにもクライムの参加は必要だわ」

 

 蒼の薔薇もアダマンタイト級とは言えただの冒険者だ。今回の襲撃が明るみに出た際は犯罪者扱いされる可能性だってある。だがラナー直属の臣下であるクライムがいれば王族の加護と『王国兵の協力』という大義名分が立つ。冒険者が国に協力すること自体が組合の規約に反するのでノーリスクではないが、それぐらいは彼女達も折り込み済みだ。

 もちろん、全てを内密に進めるのがベストなのだが。

 

「……よろしければ彼とは私が組みましょうか?」

 

「モモンさんが? 貴方の力を疑うわけではないのですが……本当に大丈夫ですか?」

 

「ええ、戦士長級が二人同時にでも出なければ彼を庇う余裕ぐらいはあると思います。それに彼とは少々縁がありまして。どの程度戦えるか分かっていますから」

 

 ラキュースの心配を余所に、モモンガは当たり前のように答える。ガゼフ級の相手を一人以上相手に出来ると言っているのだから、相当な自信家である事は伝わっただろう。

 

(イビルアイ、どうだ?)

 

(こっちは全く分からん。お前はどうだ?)

 

(俺もさっぱりだ、不気味なぐらい何も感じねえ)

 

(私と同じだな……認識阻害系のマジックアイテムかもしれん)

 

 本人の自信はともかく、戦士と魔法詠唱者である二人はモモンガの実力を測りかねていた。別の部隊に分かれるので直接影響はないが、同じ作戦に参加する以上実力を見極めたいと思うのは当然の事だろう。

 

(まあ一見特筆すべき武具はないようだが、それでも相当なものを身につけている。組合も嘘やごまかしでアダマンタイトを認定しないだろうさ)

 

(ま、それは同意だな。だが……こいつもしかしたら……)

 

(何だ、何か分かったのか?)

 

(いや、まだわかんねー)

 

 彼女たちが内緒話をしている横で、モモンガとラキュース達の話は進んでいる。とは言え話すことがそう多い訳ではない為に交流という名の雑談に話題が流れ始めた。

 

「モモンさんはパーティーは組まれないのですか?」

 

「ええ、まあ。特別な場合を除いて今後もパーティーを組むことはないと思います」

 

「野伏や神官、魔法詠唱者と組んだ方が何かと都合が良いと思いますが……」

 

「それは否定しません。昔はパーティーというかあるギルドに属していたこともありますから。ただ私が組む相手は条件がありまして」

 

「条件ですか?」

 

「ええ、より正確に言うなら条件と言うより拘りですかね。それを満たしていない限り誰かと組むつもりはありません」

 

「へえ、ちなみに条件って何ですか?」

 

「すみませんがそれは言えません、あまり公言するような事でもないので」

 

「気になりますね……例えば私達の中で条件を満たしているのはいますか?」

 

「蒼の薔薇の皆さんでですか」

 

 モモンガは彼女達を見渡す。条件というのは他でもない、彼が属していた“アインズ・ウール・ゴウン”の参加条件に他ならない。今の彼は一人でいるためギルドの縛りなど関係ないが、何となくそれを守るつもりでいた。

 条件の一つは社会人であること。これは冒険者である彼女達は満たしている。そしてもう一つは―――

 

「もしかしたら、イビルアイさんなら満たしているかもしれませんね」

 

「わ、私か?」

 

 突然話を振られたことで動揺を隠せないイビルアイ。

 

(ロリコン?)

 

(それなら私達も選ばれる筈)

 

(顔隠し同盟とかじゃねえのか?)

 

(全身隠してるのが条件とか)

 

(貧乳―――可愛げない―――ロリババア――――)

 

「オイ、聞こえてるし途中からただの悪口になってるぞ」

 

(わざわざ顔を隠しているから、もしかしたら異形種かもって思っただけなんだがな)

 

 モモンガは蒼の薔薇のかしましさを横目にしつつ、アインズ・ウール・ゴウンの面々を思い出してしんみりする。

 彼等は予定時間まで何気ない会話で交流を深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備はいいか、クライム」

 

「はい、師匠」

 

「もう師匠はよせ。私の修業はアレで終わりだ」

 

「分かりました、モモン様」

 

 人々が眠りにつく深夜、荒れ果てた空き家に二人、彼らは時が来るのを待っていた。

 

「確認だ。私は正面から、お前は裏からあの拠点に侵入する。私の役割は敵の目を引きつけて手当たり次第の殲滅。お前は可能な限り身を隠し、裏口から逃げる者がいればその始末だ」

 

「はい、それと万が一の脱出経路の確保ですね」

 

「ああ、分かっているとは思うが無理はするな。本来なら拠点の襲撃なんてものは調査をするだけしてからやるものだ。というよりも調査が8割だと言ってもいい。

 今回は時間との戦いがあるからしょうがないが、慎重になりすぎても足りないくらいだからな」

 

「モモン様はアレだけの力を持ちながら、慢心されないのですね」

 

 先日の苦行、もとい修業の際に、クライムは何度か手合わせをしてもらっていた。アレだけの圧倒的な強さを持ちえながらも、臆病とも取れる程に慎重さを求める事に疑問を持ってもおかしい話ではない。

 

「私より強い者などごまんといるさ」

 

 それだけはない。とクライムは言いかけた言葉を飲み込む。

 

「さて、時間だな。最後の確認だが、私と別れてから予定以上の時間が経つか、想定外の何かが起こったのなら……」

 

「踏み込んでモモン様の下へ参ります」

 

「……ハァ、逃げろと言っているのに頑固なヤツだな。まあいい、俺は警告はした、後は好きにしろ」

 

「はい!」

 

 モモンガが何らかのアイテムを使うと、彼から発せられていた音が消える。彼は潜んでいた空き家から出ると、数秒としない間にその姿が闇の中へ消えていった。

 

「よし」

 

 それを見送ったクライムも自身に活を入れ、空き家を出る。店の裏口に身を寄せると、“物音”が立つのを静かに待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉を目の前にし、モモンガは一瞬悩んだ。騒ぎを大きくしすぎてもいけないし、目立たなくては囮の役目を果たせない。結果として、ごく普通に侵入する事にした。

 

 ――――キンッ

 

 鍵を剣で切り断ち、ノブに手をかけて扉を開く。堂々と室内へと入るその姿に、中で待機していた男たちは武器を抜くこともなく呆然としただけだった。

 室内を見渡して敵の姿を確認する。3人、だが装備は見窄らしく警戒に値する者はいない。

 

「あの、どちら様でしょうか」

 

 男の一人が丁寧に話しかけてくる。無理はない、扉は元から鍵がかかっていなかったように開かれ、敵対心を見せることもなく堂々と全身鎧が入ってきたのだ。八本指の関係者と考えてもおかしい話ではなかった。

 それが幸いだったのかは分からないが、男は少しの苦しみを得ることもなく死を迎えた。

 

「ふむ、見かけどおりだな」

 

 ごとり、と落ちた首を見てモモンガは一安心する。装備や立ち振舞で想定した男のレベルに差異がなさそうなので、思わずつぶやきが口をついてでてしまった。本来見掛けで相手の判断をする等モモンガらしくない行動ではあるのだが、戦士として戦っている以上はどうしようもない。

 そもそもガゼフ級の敵がそうごろごろ居る筈もないので、モモンガとしては自分の心配をする必要はない。問題は弟子のおもりについてだ。この程度の者達ならば無理をしないかぎりクライムでも死ぬことはないだろう、と判断した。

 クライムもこの国の兵としては上位の力を持つ者なので、モモンガの真意を聞けば流石の彼も気を悪くするかもしれなかったが。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「てめ、何しやがった!」

 

 首の落ちた男が倒れこむのを見て、ようやく残りの男達も武器を構え始める。だが全ては遅く、モモンガの剣は一人を両断し、一人の両腕を切り落とした。

 

「へ、あ、が、あがあががあっ――――ぶっ」

 

「では少し派手にやろうかな」

 

 両腕を失い絶叫を上げ始めた男の顔を鷲掴む。奥にある扉へ振りかぶり、ボールのように軽々と投げつけた。

 木や肉や骨が飛び散り、大きな音と共に扉が穴を開ける。同時に騒ぎを聞きつけたのか数名の男たちが掛けつけてきた。

 

「侵入者だ!」

 

「“警備”に連絡しろ!」

 

 騒ぎたて、モモンガに次々と襲いかかる男たちを枯れ木のように断ち切っていく。

 

「な、何だコイツ!」

 

「バケモノぉ!」

 

 背を向け逃げ始める者達も出てくるが、視界に入っていれば適当な物を投げて足を止める。まあ投げたモノで相手が爆砕するので足止めどころではないのだが。

 

「ヒィィッ! 助けてくれぇえ!」

 

「くるなくるなくるなぁ!」

 

 数分とおかずに戦いは戦いでなくなり、殲滅作業へと変わる。

 

(……久しぶりのギルド戦だと思って気合入れてきたが、拍子抜けだな。人員はともかく、まともな罠の一つもないじゃないか)

 

 ここで言うまともな罠とは、最低でも第8~10位階魔法級の威力か、行動阻害耐性を突破する特殊な物を指している。もちろん、この世界においてそれは神話級の一品となる為、こんな所で見られる筈もないのだが。

 モモンガは内心ため息をつきながら悠然と歩を進める。数々の警備兵共を斬り、並み居る罠を(無傷で)受け流し、拠点の奥へと下へと押し進み―――少し広い空間へとたどり着いた。

 

「成る程、随分と薄い警備だとは思ったが……待ち構えていたのか」

 

「流石の俺たちも昨日の今日で襲撃されるとは思っていなかったがな」

 

 そこには、二人の男がいた。

 一人は炎を模した文様が裾に縫い上げられた黒いローブを纏う魔法詠唱者。

 もう一人は禿げ上がった頭に筋骨隆々の体躯をした素手の修行僧(モンク)

 

「さて、初めましてだな冒険者モモン」

 

 修行僧の言葉に、モモンガは軽く驚きを覚える。

 

「俺を知っているのか」

 

「もちろん、強者の情報は常に集めている。エ・ランテルのような田舎でも、アダマンタイト級となれば話は別だ」

 

「それで、俺がモモンと分かったとしてどうするつもりだ?」

 

「……先日、あの娼館を壊してサキュロントを殺したのがお前だということは調べが付いている」

 

「サキュロント?」

 

 つい昨日の娼館の件についてバレている事には驚きだが、突然語られた知らぬ名に首をひねる。

 

「あの店に居た我ら六碗の一人だ。軽戦士(フェンサー)幻術士(イリュージョニスト)を修めた男だ、知らぬとは言わせんぞ」

 

「ああ、いたなそんなやつ」

 

 剣を構えてから「いくぞっ」と声を上げつつコソコソとカニ歩きし始めた男を思い出す。幻影が効かないモモンガとしてはただのバカとして薄く記憶されている。ちなみにその後は一撃で胴体を断ち切って即死である。

 

「成る程、アレを歯牙にも掛けないとはアダマンタイト級というのもガセではないらしいな」

 

「はあ、だから何だ。仇でも取るのか」

 

「まさか、六腕でも最弱の男など、目の前の強者に比べれば何の価値もない」

 

 男は手を差し出す。何かを掴むように、何かを差し出すように。

 

「このゼロの手を取れ、モモン」

 

「何?」

 

「新たな六腕の一員となれ。お前ほどの強者ならば分かるはずだ、我々の強大さが。

 金や、女や、権力全てが手に入るぞ。冒険者なら、この提案を受けるメリットも理解できるだろう」

 

「……俺に犯罪組織に入れと?」

 

「堕ちる事に抵抗があるか? ならば安心しろ、冒険者を仮の姿とする分には何も言わん。表では英雄として名を馳せ、裏では姿と名を変えて活動すればよい。さすれば思いつく限りの力と富が手に入るぞ?」

 

「そうやってそこのアンデッドも勧誘したのか?」

 

 ゼロが軽い驚きを見せる。喋らず、ただ隣に控えていた男がフードを下ろした。そこには肉のない骸骨の顔が暗い蝋燭の火に照らされている。

 

「気づいていたか、我が正体に。その割には驚いていないようだな」

 

「まあ、見慣れているからな」

 

 六腕の二人が内心首を傾げる。分かる筈もない、目の前の男も鎧を剥けば骸骨の顔を見せる等と、想像の外だろう。

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)か」

 

「如何にも」

 

「少々興味があるのだが、お前は何故六腕に入ったんだ? アンデッドは生者を嫌う、そこのゼロという男も人間だろう」

 

「私は類まれなる叡智と理性によりその衝動を克服している。求めているのはただ魔法の深淵に触れる事のみだ。だがアンデッドが魔法を学ぶ場などは何処にもなく、苦心していた時にゼロに勧誘されたのだ」

 

(意外と普通の理由だな)

 

「私はこの組織に入ったことにより、数々の魔法とマジックアイテムを手に入れる事ができた。お前も戦士とはいえ、この魅力が分かるだろう。六腕に入ればお前も新たな力を手に入れることが出来るぞ?」

 

「成る程、な」

 

 モモンガは、内心を押し隠して言葉を切る。そこでふと思い出した事があり、問いを口に出した。

 

「確か、六腕に“不死王”デイバーノックとか言うヤツがいたな」

 

「我が名を知っていたか」

 

 誇らしげに胸を張るアンデッドに、こらえきれずモモンガは失笑してしまう。

 

「貴様、何がおかしい」

 

「いや、すまない。ぷっ、ああいや、何でもないんだ」

 

 精神抑制が利く直前で、モモンガは笑いを耐えていた。

 たかが第三位階魔法しか使えないエルダーリッチごときが“不死王”を名乗り、ゴミのようなマジックアイテムを装備して胸を張る。自身の種族を名乗ればこの“不死王”はどんなリアクションを見せるだろうかと、モモンガは笑いを抑えきれなかった。

 

「……成る程、死にたいらしいな」

 

「まあ待て、まずは返事を聞いてからだ。それでモモン、組織に入るつもりはあるか?」

 

 再度、ゼロからの確認。彼らのピリピリとした態度から、これが最後通告だと分かる。

 

「無いな」

 

「正義感だとでも言うつもりか?」

 

「いや、俺はそんな崇高な人間じゃないさ」

 

「では向こうの方が金を積んできたか」

 

「さあな、多分お前の方が大金を用意できると思うぞ?」

 

「ならば義理立てか、忠誠か」

 

「まあ、それは近いな。だがそれが全てではない」

 

 モモンガが剣を抜き、<絶望のオーラⅠ>を解き放つ。

 

「単純な話さ、お前たちは俺に何一つ魅力的な提案ができなかっただけ。要はプレゼンに失敗した訳だな」

 

 言葉の意味を分からずとも、尋常ではない気配に六腕の二人は身構える。ゼロは強者としての気力で、デイバーノックはアンデッドである為に耐性で恐怖を撥ね退ける。

 

「さて、それではアダマンタイト級に匹敵する六腕とやらの力、見せてもらおうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そろそろ定刻だ)

 

 クライムは身を隠していた場から顔を出し、そろりと動き始める。

 周りには数人の男が転がっている。息のある者もいるが、そうでない者もいた。どれも裏口から逃げだそうとした者をクライムが対処した男達だ。

 

(音と震動、間隔からすると……エルダーリッチの<火球(ファイヤーボール)>だろうか)

 

 地下から伝わる僅かな情報を基に、クライムは敵と思われる者の情報を予測する。あの修業では何故かアンデッドが多かったので、今のクライムは一般的なアンデッドの事ならかなりの知識を要していた。

 

(“不死王”デイバーノック自身の魔法か、それとも召喚したモンスターか)

 

 モモンガが荒らした後を慎重に歩きつつ、敵戦力の予想と対処を考える。

 修業で得られたのは何も経験値だけではない。数々のモンスターの性質、弱点、戦い方。冒険者が何年も掛って得られるような知識を、彼はたった一日二日で覚えたのだ。

 ちなみにこれについてはクライムが特別優秀な訳ではない。ただ、何度も何度も同じ強敵とアドバイスをもらいながら死闘を続ければ、嫌でも覚えられると言うものだ。そもそも覚えなければ死んでいたのだから、必死にもなる。

 

(ここ、だな)

 

 壊された隠し階段の前に立ち、ゆっくりと下をのぞき見る。そこで行われていた戦いに、クライムは軽く身を震わせた。

 

 ―――それは化け物達の戦いだった。

 

 弾ける爆炎に身を躍らせ、二人の男がぶつかり合う。一撃一撃の硬質音が空気を震わせ、物理的衝撃を生む。

 それはもはや、人の領域で行われる戦いではない。化け物達の戦いか、あるいは……彼が憧れる英雄譚(ヒイロックサーガ)そのものだった。

 

(っ、怖気づいている場合か、クライム!)

 

 呆けかけていた意識を歯を食いしばって取り戻し、戦場をしっかりと目に収める。

 戦いは互角だった。

 モモンガと修行僧は剣と拳で撃ち合い、間隙を打つようにフードの男から攻撃魔法が飛ぶ。モモンガがそれを華麗な体裁きで避けると、休みを与えんとばかりに修行僧が襲いかかり、撃ち合う。

 2対1だ。このまま続けば相手より動く量の多いモモンガの体力が尽き、戦況が傾く。だが、表情の分からない二人を置いておき、焦りを見せているのは修行僧だった。あの男は強い、だがモモンガの方がさらに強い。はたから見ているクライムには、それがよく分かった。

 このまま放っておけば、モモンガは勝てるかもしれない。だが、それができるならクライムはここへと来る事はなかった。

 

「助太刀します、師匠!」

 

「ああ、やっぱり来たか。人の言う事を聞かないやつだな」

 

 苦笑染みたモモンガの声に、クライムは心強さを感じつつも身を引き締める。

 

「それと、師匠はやめろ。奴等此方の素性は知っているようだ」

 

「ラナーの腰巾着か……貴様ごときが入れる世界ではないぞ」

 

「そう思うなら、こいつは無視して俺とだけ戦ってるんだな」

 

「チッ、デイバーノック。そこのガキをさっさと殺してこっちに戻ってこい」

 

「了解した」

 

 修行僧の裏に控えていたローブの男、もといアンデッドがクライムへと立ちはだかる。

 

「エルダーリッチ……」

 

 数日前までの自分だったら手に余る化物。

 

「そうだ、ここは狭いが、対処の方法は分かるな?」

 

「はいっ」

 

「大きく出たな、ニンゲン」

 

 デイバーノックが苛立ちに声を震わせる。底冷えするようなその声を前にしながらも、クライムは自らの意思だけで平静を保つことができた。

 

「さて、私達も再開だな。一人で大丈夫か、ゼロ」

 

「ほざけ、ここからが本番だ」

 

 二人の闘気が膨れ上がり、衝突して弾ける。それに呼応するようにクライム達の戦いも始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「<火球(ファイヤーボール)>!」

 

 デイバーノックがエルダーリッチ得意の<火球>を放つ。それは一般的なものよりも少々小さく、威力はともかく範囲は小さい物だった。室内である以上あまり大きい威力の魔法は自分たちの身にも振りかかる。先ほどまでモモンガ達の戦いに使っていた魔法も、そういった事情で全力は出せていなった。

 だが、これが単純に相手にとって有利になる話ではない。比較的広いとは言っても室内であるここは、逃げる方からしても隠れる場がないことを意味している。

 

「ふっ!」

 

 クライムは駆ける。その速度は凡人としては目を見張るモノで、危なげなく<火球>の威力範囲外へと逃れ出る。

 

「ほう、王国兵ごときが大した俊足だな。だがいつまで避けきれるかな」

 

 感心を覚えるも、デイバーノックの余裕は陰らない。何の工夫もなく再度<火球>を放つ。

 

「くっ」

 

 クライムは同じように<火球>の範囲外へと逃れるが、休む間もなく次の魔法が飛んでくる。

 エルダーリッチの恐ろしいところはその魔力容量の多さだ。使えるだけで一流とされる第三位階魔法を連打する事ができる。数十人の兵を集めたとしても、何の対策もなければ纏めて焼き払われるだけの強さを持っている。それが数々のマジックアイテムを持ち、人間の世界に住む程の狡猾さを持っているとしたら、もはや国が討伐隊を用意して対処するべき案件と言えるだろう。

 

「ちっ、いい加減燃え尽きろコバエが……!」

 

 だが、いつまでたってもその魔法は当たらなかった。鍛錬により鍛えられたクライムの身体能力は大したもので、身のこなしだけではなくその体力もあってデイバーノックの魔法は次々と躱される。早々にゼロへ加勢する必要もあってか、彼の身中にはじわりじわりと焦りがくすぶり始めていた。

 

「だが、退がり過ぎだ小僧」

 

「う……」

 

 逃げ場を求め続けたクライムは、ついに部屋の角まで追いやられていた。モモンガ達とも少々離れた事により、今なら多少威力を上げても巻き込む恐れはない。

 

「<火球>!」

 

 最後となる一撃は、『真っ直ぐ』クライムへと飛翔する。着弾すれば、壁ごとクライムの肉体を焼きつくすだろう。

 

(1……2……3!)

 

 クライムは駆ける。今までとは違いギリギリまで引きつけ、あろうことか『前へ』と。

 姿勢を低く、低く、まるで這いずるように地に伏せ、背を通り過ぎる<火球>を確認してから飛び出した。

 

「何だと!?」

 

 その命がけの回避方法は驚きであったが、それだけならデイバーノックはすぐに平静を保てただろう。だが、まさか<火球>の爆発を背に受ける事で加速するなど、想像の範囲を大きく超えていた。

 失敗すれば火だるま、事実クライムの体は少なからず烈火に煽られダメージを受けている。

 十分な距離は保てていた。クライムの身体能力を何度も確認したデイバーノックは、たとえ<火球>が避けられてから攻めこまれても十分対処できるだけの距離を取っていたのだ。その数mを彼は、敵の魔法を加速剤とする事で消してみせたのだ。

 

「ぐぬっ、<恐慌(スケアー)>」

 

「―――!」

 

 だが、それでも一つの魔法を唱える余裕はあったのか、クライムの精神が恐怖に蝕まれる。これで足を止めれば、デイバーノックも再び間合いを取り直すこともできるだろう。

 しかしクライムは止まらない。その魔法を、この流れを、彼は『知っていた』からだ。

 

「おおおお!」

 

 一喝。

 最後の一足を跳ぶと共に、<恐慌>を気合で弾き返す。

 

「<斬撃>!」

 

「カッ!?」

 

 一刀両断。脳天から股下まで容赦のない切り落とし。

 王国の影に長く暗躍した化け物は、まだ何の名声もないただの一兵によりあっさりと死滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一部始終を男達は見ていた。一人はただただ絶句し、一人はクライムを褒め称えた。

 

「大したものだ。他の才能はないが、同じ流れを繰り返す事だけは一流だな」

 

「どういう……事だ」

 

「あいつは少々、俺が面倒を見ていてな。エルダーリッチごときなら数十は狩っている、慣れているのさ」

 

 ゼロは再び絶句する。何の名声もないただの若者が、それほどの力を有している筈がないと。そもエルダーリッチとそんなに出会える場など聞いたことがないと。様々な疑問が浮かんでは消え、ゼロはそれを処理できないでいた。

 

(まあ貸してる武器がなければ一撃は無理だけど)

 

 しかしマジックにはタネが有るものだ。流石にそれを教えてやるほど、モモンガは優しい男ではなかったが。

 

「さて、2対1で不利だったものが、1対2にとさらに悪化したな。どうする、今降伏するなら少しは手心を加えてやるが」

 

「ほ、ほざけ! キサマ等二人とも俺がミンチにするだけだ!」

 

「ほう、どうやってだ?」

 

「……俺の、最強の技を以てだ」

 

 ゼロの刺青が輝きを増す。一つや二つではない、全てだ。

 終始ある程度の余裕を見せていたモモンガにも警戒の色が現れる。

 ゼロのクラスである<シャーマニック・アデプト>の特殊能力は、モモンガから言わせれば回数制限の有る割には効果がショボい。

 レベルこそなかなかのようだが、技術はガゼフ以下、速度はクレマンティーヌに届かず、肝心の力もモモンガの鎧を壊すに至らないと何とも緊張感のない相手だった。だが、そのヘボい能力とはいえ全てを同時併用となると話は違う。少なくとも力と速度で言うなら、先程の前提をひっくり返す程度の強化は見込めるからだ。

 まあ最終的にはモモンガのスキルでダメージは無効なのだが、クライムがいる前で鎧を粉砕されるのは多少都合が悪い。

 

「貴様のその余裕が崩れるのが楽しみだな」

 

「お前にできるか?」

 

「できるだろうさ……流石の貴様も弟子を粉砕されればなぁ!」

 

「な! 逃げ―――」

 

 爆発的な加速で、ゼロが駆ける。クライムへと。

 流石のモモンガも今のままではそれに追い付く術はなく、庇うにしても位置が悪すぎて間に合わない。

 モモンガは、何もできずただ立ち尽くすクライムの姿を目に収め、その結末を覚悟した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クライムは、立ち尽くす。剣を構える事も、逃げる事も出来ずにただその場に居た。

 圧倒的な死の恐怖、反応すらできない高速の一撃。英雄でもないクライムに何ができようもなく、硬直のまま死を迎えるのが当然だ。

 

 ――――つい先日までの彼ならば、だが。

 

 

 武技、<脳力解放>

 

 

 ゼロが走り出す前に、クライムは修業にて得られた新たなる武技を発動していた。

 見た目に何が変わるでもない、各能力が向上するでもない。ただ、感覚が鋭敏化する。反応速度や、肉体の制御等、戦士として必要なものが、一時的に向上するのだ。

 

(避けられない)

 

 だからこそクライムは、冷静に絶望的な結論を出した。

 デイバーノックとの戦いは決して余裕などではなかった。逃げ回る事で体力を消耗し、<火球>の余波で肉体は傷ついている。

 そんな彼の現状では、武技がいくらあってもゼロの攻撃を避ける程の余力はない。

 

(受けられない)

 

 そして、自らの力ではあの攻撃に耐えきれない事も、容易に推測できた。

 仮にもモモンガと撃ち合っていた相手の全力だ、クライムが何をしようが無駄だという事は簡単に予想できる。実際、今のゼロの速度はモモンガのそれを超えている。

 

(手は、一つだ)

 

 だからこそクライムは、たった一つの細い糸に縋り、武器を捨てた。

 それぞれから感じる困惑の気配。それを無視して、クライムは無手のまま最も慣れ親しんだ正眼の構えを作る。

 

 体五つ分の距離、ゼロの拳が振るわれる。

 

 クライムは片足を前へと滑らせ、体を開く。同時に、前へ掲げていた両手を開いて、『武器を掴んだ』。

 それからは秒にも満たない、一瞬の出来事。

 

 一つ、前に出した足をゼロの踏み出す足に差し込む。此方の足は踏み砕かれたが、ゼロは体勢を崩す。

 一つ、体をひねりゼロに背を向ける。体勢は低く、まるで背負うように密着した。

 一つ、掴んだ武器……ゼロの腕を、最も自らが得意とする一撃で振り下ろす。

 

 ゼロは体勢を崩し、クライムの背を支点に、腕を振り下ろされて水平に宙を舞った。

 

 ―――つまりは、投げっぱなしの『背負い投げ』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音とともに、自ら生んだ速度のまま壁へと叩きつけられるゼロ。

 彼らの戦闘にも耐えてきた頑丈な石壁は、人型に大きくヘコんだ。

 

「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」

 

 自らの武技による反動と極度の緊張から解き放たれたクライムは、空の酸素をかき集めるように粗い呼吸を繰り返す。一歩、いや一手間違えれば死んでいたのだから、当然のことではある。

 

「ハッ……ハッ……や、った」

 

 クライムは自身の両手を見て、歓喜に震える。

 一度も成功しなかった技を、ぶっつけの本番で成功したのだ。本来なら大きな力など必要ない技であり、そこを小手先と無理やりで押し通した事には違いないが、それでも成功は成功だ。彼にとってこれは大きな一歩である。

 視界の外からゴンッ、という鈍い音が聞こえる。

 慌ててそちらを見やれば、モモンガが剣の腹を使ってゼロを気絶させているところだった。

 

「さて、これで終わりのようだな。ツメが甘いなクライム。喜ぶのは安全の確認が終わって拠点に帰った後でだ」

 

「も、申し訳ございません師匠……」

 

「だから師匠と……あぁもういい。だがまあ、よくやったな。私の見せた技を自己流に昇華した訳だ」

 

「はい! まだ師匠のようにはできず、無様なモノですが」

 

「いや、まあこっちもサルマネだしな……ゴホンッ、アレはもうお前の物だ、好きに鍛え、好きに使うがいい」

 

「ありがとうございます!」

 

「ははは、相変わらず暑苦しい奴だな。さて、凱旋だクライム。大金星はお前だ、しっかり胸を張れよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ夜が明ける前、彼らは大きな損害を出す事もなく無事に帰還した。

 中でも、未熟だと思われた一人の少年兵の活躍には、聞くもの全てが大きな驚きを覚える事になる。




ティナ「六腕殺すべし」
ティア「慈悲は無い」

三腕「グワアアアア!」




次で王国編は終わりです。
そして書き溜めも終わりです。
つまりは更新が一気に遅れるという事です……

番外編を1~2個挟んで帝国編、そして???編で終わる予定なので完結をご期待ください!


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第8話

「お待ちしておりました、モモン様」

 

 深く礼をする少女の名は、ラナー。その姿は王族の振る舞いというより、それに仕える臣下に近い。

 

「ああ、ご要望の品だ」

 

「お初にお目にかかるラナー殿。我が主の命に従い、これより汝に仕えよう」

 

 空間より突如現れた仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)の横には、数々のマジックアイテムを身に付けた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の姿があった。

 

「デイバーノックと名乗らせている。六腕にちょうどエルダーリッチが居たのでな、私が用意したこいつが成り代わろうが誰も判らないだろう。今後はこいつを通して事に当たるがいい」

 

「お心遣いありがとうございます。それでは八本指は既に……?」

 

「処置済みだ。魔法で永続的な洗脳は面倒だからな、“調教”が得意なモノを召喚してやらせた。一部実行中だが、大部分はすでに支配下にある」

 

 ラナーは恍惚の笑みを浮かべる。何しろ、今この時より彼女は王国の裏を支配したも同然なのだ。腐りきって表の力は無いも同然の王国では、実質全てを支配下に置いたと言っても過言ではない。彼女の夢は、もはや手に入れたも同然だ。

 

「一応、他のシモベもいくらかくれてやる。後はせいぜいうまくやるがいい」

 

「了解いたしました。それで、報酬の件ですが……」

 

「まあ、貰える物は貰っておこう。多少の金銭等、正直私にとってはそう価値のあるものではないんだがね」

 

「申し訳ございません。もし、他に何がご要望があれば可能な限りお応えいたしますが……」

 

「……そうだな……では一つ、お前達の政策について」

 

 モモンガは少しの躊躇の後、口を開く。その言葉は強大な魔法詠唱者には見合わない優しい言葉だった。

 

「アレがもう少し、生きやすい国にしてやってくれ。窮屈そうだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。

 八本指の件もある程度落ち着いた事から、関係者たちは集まって宴を開いた。

 流石に王女であるラナーこそ参加できなかったが、蒼の薔薇、レエブン候の私兵、クライム、モモンガ、そして会場でもある自らの家を提供したガゼフ達は、皆で持ち寄った料理や酒を大いに楽しんでいた。

 

「一番、俺! 踊ります!」

 

「やれやれーい!」

 

「ガハハハ! いいぞー、へたくそー!」

 

 一同は笑い、叫ぶ。なにしろ悪名高い八本指を打ち倒したのだ。酒がうまくなる程度には高揚感を覚えて当然だろう。女性だけの蒼の薔薇とて例外ではなく、男達程ではないが宴を楽しんでいた。

 

「よお童貞! 呑んでっか!?」

 

「え、ええ、ガガーラン様。まだ公務があるので少しですが」

 

「みみっちい飲み方してんじゃねぇぞぉ……今回ので男を上げたんだしよぉ、なんならこの勢いで童貞も卒業すっか?」

 

「はは、遠慮しておきます」

 

 男達並みに豪快な飲み方と厄介な絡み方をする者もいるにはいる。飲食できないモモンガは酔えない体に恨みを覚えつつも、一応の弟子を庇ってやる事にした。

 

「こほん、ガガーランさんその辺にしてやって下さい。今回一番の功労者ですし、労ってあげるのも大人の役目ですよ」

 

「モモン様……」

 

「……」

 

「な、なんです?」

 

 庇って貰い感動しているクライム。どうも今まで彼女のセクハラを嗜める大人は居なかったようだ。

 それはそれとして、ガガーランが真剣な表情でモモンガを凝視する。短い付き合いだが、戦闘中でもないのに彼女の様な豪快な人間には珍しい表情に思えた。

 

「なあ、モモンさんよお」

 

「はい」

 

「アンタ、童貞だな?」

 

「はい、はい?」

 

 ―――静寂が、広がる。

 

「……」

 

 誰も口を開かない。

 身内で盛り上がっていた蒼の薔薇だけでなく、先ほどまで馬鹿騒ぎしていた人間も、あのガゼフでさえ、静寂魔法にでもかかったかのように口を閉じ、モモンガを見ていた。

 (あ、精神沈静化した)とモモンガはどこか他人事のように思う。

 

「……趣味が悪いですよ、ガガーランさん」

 

「冷静な反応だな……チッ、確率は5分5分ってとこか。俺のセンサーも鈍ったかねえ」

 

「大の大人が肉体はピュアとか、ちょっと萌える」

 

「肉体がピュアなのはラキュースと同じ」

 

「ティアあああああ!」

 

 蒼の薔薇の盛り上がりで、再び宴会に騒ぎが戻ってくる。一部下世話な冒険者がモモンガに絡んできたが、適当にあしらってお茶を濁した。

 

(アンデッドでなければ即死だった……ありがとう茶釜さん! 散々からかわれてたのがここで生きましたよ!)

 

 少し恨み節を残しながらも、ギルドメンバーだった卑猥な触手に脳内で礼を言う。『モモンガお兄ちゃんのエッチー☆』と懐かしい声色が聞こえた気がした。

 

 

 (一部の人間にとって)尊厳の危機こそあったが、酒の肴はまだ尽きず、宴は続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数刻後。

 未だ宴は終わらず、騒がしさは鳴りを潜めていない。モモンガはその喧騒を背中で受けながら、独り部屋を出る。

 

(はあ、やっぱり飲食できないのは早々に解決すべき問題だな。<流れ星の指輪(シューティングスター)>でどうにかなるかもしれんが……まあこれは最終手段だな)

 

 宴に心から入りきれない寂しさを紛らわすように、思考の海に彷徨う。ガゼフの家から出て空を見上げると、綺麗な夜景が広がっていた。

 

(ああ……飽きないなあ、この空には――――ん?)

 

 しばし美しい星空に浸っていると、視界の端に小さな影を確認した。

 

(あれは、なにしてるんだろ)

 

 その人物が誰か判ったモモンガは、屋根の上へと跳び上がった。できるだけ静かに着地してその人物を見やると、こちらに気づいていたのか驚く事なく此方へと視線を向けてきた。まあ、仮面のせいで視線の動きは分からないのだが。

 

「お前か」

 

「どうも、宴には参加しないんですかイビルアイさん」

 

 その人物は興味なさげに視線を空へと向け直すと、無感情に口を開いた。

 

「ああいう雰囲気は苦手でな」

 

「そうですか。私も今は飲食できないので気持ちは分かります」

 

 少しの会話、それで彼女が此方を疎ましそうにしているのが判る。だが、モモンガはあえて空気を読まずに突っ込んだ。あの喧騒から逃げ出しても、一人にはなりたくなかったのかもしれない。

 

「隣、よろしいですか?」

 

「え? あ、ああ。構わないが」

 

 断られると思っていたが、イビルアイはあっさりと許可を出した。彼女と同じように屋根の端に腰を下ろす。

 

「…………」

 

「…………」

 

 何を話すでもなく、二人空を見上げる。

 共通の話題が無い、というのもあるが、彼らにとって一人夜空を見上げるというのは日課のようなモノでもあるからだ。相手が話さないのなら、何時までもこうしている事ができる。

 

「お酒は飲まれないんですか?」

 

 その心地良い沈黙をあっさりとモモンガは崩す。

 

「……飲まない事はないが、別に美味しいとは思わんな」

 

 やはり無視されると思ったが、イビルアイは真面目に答えてくれた。

 

「果実酒もありましたよ」

 

「まあそういうのだったら飲んでもいいな。体質で酔えないからあまり意味を感じないが」

 

「へえ、酒豪という訳ですか」

 

「別にそういう訳じゃない。そもそも飲もうと思わないんだから酒豪とは違うだろ?」

 

「確かにそうですね」

 

「お前はどうなんだ、飲食不要のアイテムとやらが手に入る前だ」

 

「あー……まあ付き合いでビー……麦酒なら飲めますが、別段好きという訳じゃないですね。酒を飲む金があったらアイテム買います」

 

「冒険者としていい心がけじゃないか」

 

「いやまあ冒険者になる前からそうなんですけどね……」

 

 どうでも良い会話が何故かぽつりぽつりと進む。その事を互いに疑問を覚えつつも、答えには至らない。

 一つの共通点(種族)と、一つの共通点(寂しさ)が彼らをそうさせていることは、二人の認識外の事だ。まさか英雄として親しまれている男や、王国一のパーティーにいる少女が、そんな苦しみを抱えているなど互いに予想できないことだろう。

 だが、今日のモモンガは一味違った。それは宴の酔いに当てられたか、童貞といじられて昔を思い出したか、定かではない。

 

(似てるなあ)

 

 モモンガはふと思う。彼女は自分に似ていると。

 

(顔を隠して人々にまぎれて暮らし、酒は飲めずにこうして抜け出し、だからと言って寝るでもなくこうして夜が明けるのを待っている。俺はしょうがないけど、彼女がそうする必要が――――)

 

 

 

 

『もしかしたら、イビルアイさんなら満たしているかもしれませんね』

 

 

 

 

 

「……」

 

「どうした、いきなり黙りこんで」

 

「あ、いや、なんでもありません」

 

 自らの言葉を思い出し、少しの沈黙を作ってしまう。

 そう、点と点が繋がる。顔を隠し、飲食せず、眠らず。体格は小さく声も若い、そんな少女が最上級の冒険者チームに属し、この世界では深い知識を要する魔法詠唱者である。

 

「イビルアイさん」

 

「何だ、突然かしこまって」

 

「もしかして、あなたは――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――アンデッドなのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の言葉に、彼女は“する必要も無い”呼吸を忘れた。

 

「……」

 

 深い沈黙が降りる。

 少女は、焦らない。いや、もう焦ってはいないといった方が正しい。

 急激な精神の揺れは強制的に安定化される、そういう“体質”だからだ。

 

「突然、何を言い出す」

 

 焦りは無い、だが抑えきれない殺気を抱えて、イビルアイは口を開く。

 人をアンデッド認定など、普通するものではない。そうではないのだとしたら大小どうあれ確証がある筈だ。

 イビルアイは当時から覚悟が出来ている。もし、自分の正体がバレて彼女たちに迷惑を掛けるとしたら、可能な限りの事をしてから立ち去ろうと。

 だが、もしまだ収拾がつく状態ならば、相手が誰であれ処置する腹積もりだった。即ち、吸血鬼が言うことではないのだが、死人に口無しという事だ。

 

「……すみません、不躾な事を言いましたね。忘れて下さい」

 

 だが、モモンガは変わらぬ声で殺気を受け流す。

 イビルアイは戸惑う。その声からは嫌悪や侮蔑といった負の感情ではなく、優しさを感じたからだ。

 

「もし、もしもの話ですが」

 

 イビルアイの動揺をよそに、モモンガは勝手に話しだす。やはりその声色は優しい。

 

「イビルアイさんが大事な人達に置いて行かれて……貴方が置いていくのかもしれませんが。どちらかで一人になった時。その時はまた会いませんか?」

 

「え?」

 

「きっとその時は私も“生きている”でしょうから。貴方がよろしければ、一緒に旅にでも行きましょう」

 

 まるで遠い遠い未来を見据えるように、視線を何処かへと向けながらモモンガは話す。そして言いたいことを言うと、「おやすみなさい」とだけ言ってその場を離れた。

 残されたのは、時が止まったかのように微動だにしない少女一人。

 

「モモン、さん」

 

 少女の200年以上動かなかった心臓が、トクンと小さく跳ねた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うっほおおおおお! 何キザな事言ってんだ俺えええええ!)

 

 少女が呆けている中、あてがわれた部屋に戻ったモモンガは恥ずかしさの余りベッドの上で悶え苦しんでした。

 

(あれじゃ口説いているみたいじゃん! 『異形種同士、パーティー組みません?』って言うだけのセリフがどうしてあんなに遠回しなの? 馬鹿なの!?)

 

 何度目かの精神安定がかかるも、現在進行形の黒歴史に無いはずの心臓がじりじりと焼かれていく。

 

(はあ、でもまあ、一人じゃ寂しいだろうしな。いずれこの世界の異形種を集めて、新しいギルドを組むっていうのも悪くないかも……)

 

 過去の輝かしいギルドを思い出して懐かしむ。

 ――――ふと、気付いてしまう。あれだけ執着していたのに、あれだけ悲しんでいたのに、あの思い出を『過去にできて』しまっている事に。

 

(そうか。これが辞めていった皆の気持ちなんだろうな……)

 

 悲しいなあ、と零れた小さな呟きは、誰に聞きとられる事もなく消えていく。

 強制的に安定される程でもなく、さりとて別の事を考えられる余裕もなく、モモンガは悲しみにくれながら夜を過ごした。泣けない体にほんの少しの恨みを覚えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木製の扉が小気味よい音をたてる。

 あの戦いから数日、モモンガは再びガゼフの家を訪ねていた。

 

「はい、どなた様で―――モモン様! お久しぶりでございます」

 

 応対してきたのは見覚えのある若い娘、ツアレニーニャ・ベイロン。あの事件が終わり、彼女を持て余したモモンガはガゼフに丸投げした。自らの屋敷にはゴーレムがいるので使用人は要らず、さりとて放りだすにはトラウマを抱え過ぎている。その為に彼女をメイドとしてしばらく雇う事にガゼフは快諾してくれたのだ。

 

「ああ、元気そうで何より。ガゼフ殿は在宅か?」

 

「居られます。御会いになられますか?」

 

「頼む」

 

 彼女の案内で客間へと通される。

 ガゼフを待つ間、モモンガはツアレニーニャと……彼女の妹の事を考えていた。

 

(もう大丈夫そうだな、獅子の指輪が無ければどうなるか分からんが……

 会わせるか? しかし目標を失うとモチベーション管理が難しいだろうしなあ)

 

 人として会わせてあげたい、なんて気持ちは当然のごとく無い。要はモモンガにとってメリットがあるか無いかが全てだ。

 会わせたとしても感謝から努力を続けるかもしれない。だが逆に、意欲を失い失速するかもしれない。

 教えなければ目的がある以上は確実にモチベーションは保たれる。だが、バレたときに信頼を失う可能性は否定できない。

 

(……ま、なるようになるか)

 

 どちらになっても寿命のない自分にとっては大差は無いだろうと気楽に結論を出す。

 彼女たちの本願をあっけらかんとした発想で決定した頃に、ガゼフが現れた。

 

「お待たせした、モモン殿」

 

「いえ、此方こそ突然すみません……そういえばいつも突然でしたね。申し訳ない」

 

「ははは、気にしないでくれ。私も気兼ねなくしてくれた方が嬉しい」

 

 そう言って二人は笑いあう。互いに何度も面倒事に巻き込まれた仲ではあるが、その間には和やかな雰囲気があった。

 

「それで、今日はどのような件で来られたのか」

 

「一つお願いと、まあ報告がありまして」

 

「お願い、というとまた訓練だろうか?」

 

「いやいや、あれはまあ、また今度で。今回は彼女……ツアレニーニャさんの件です」

 

 その名を聞いて、ガゼフの表情が引き締まる。彼としては女性の扱いは不慣れな事を自覚しているが、国の失態をまさしくその身に受けていた女性である。可能な限り力になりたいと思っていた。

 

「実は彼女のいも……弟が私の知人の冒険者でして。ガゼフ殿がよろしければ、ここで二人を引き合わせてやりたいと思っているのですが」

 

「……」

 

 絶句しあんぐりと口をあけるガゼフ。

 モモンガは仕方ない事だ、一人と納得する。たまたま助けた女性が知人の姉妹だなんてどんな確率だと自分でも思う。

 

「モモンどのお!」

 

「へぇ!? は、はい?」

 

「今まで何故モモン殿が彼女を助けられたのか……正直分からないでいた。

 単に正義心か、彼女に情を覚えたものなのだと、申し訳ない事に勝手に想像していたのだ。

 だが、だが、貴方はただ二人の姉弟の為に! 彼女たちの小さな幸せの為だけに! その身を掛けて戦ったと言うのですな!」

 

「え……えー、まあ結果的に言えば」

 

「何と……」

 

 器の大きい御方なのだ……と勝手に盛り上がるガゼフ。モモンガの偉大さによほど心打たれたのか、まるで役者のようにオーバーなリアクションだ。当のモモンガがちょっと引くくらいに。

 

「いや、まあ私の事はおいておき。どうだろうかガゼフ殿、彼女達を引き合わせてはくれないだろうか」

 

「断る理由がありません。このガゼフ、責任を持って場を設けましょう。ただ彼女はまだ外を出歩くには辛いだろうから、我が家をお貸ししようと思うのだが」

 

「そうですね、では私は弟が此方にくるように連絡しておきます。それとどうせなら二人にこの事は内緒にしておきませんか?」

 

「何故だろうか」

 

「ちょっとしたサプライズですよ。知っていてから会うより、思ってもいない再会の方が感動も一入でしょうし」

 

「なるほど、悪くありませんな」

 

 良い歳をした男たちの悪だくみで、細かい日程が進められる。

 

「では、そのように」

 

「お願いします。それでお願いについては終わりなのですが、報告について」

 

「そういえばそういうお話でしたな。何か問題でもありましたかな?」

 

「いえ、そんな大した話ではありません。実は少々王国を出ようと思いまして」

 

 

 ―――そのさりげなく放った一言に、ガゼフは時間が止まったかのように硬直した。

 

 

「ガゼフ殿?」

 

「あ、ああいや、すまない、少し考え事をな。

 どちらに行かれるのか、カルネ村の様子でも見に行かれるので?」

 

 そうであってくれ、とガゼフは願う。もし自分が考える最悪の想像が当たれば、出来たばかりの信頼できる友人を失う事になってしまう、と。

 

「いえ、どうせなら帝国を見に行こうかと。冒険者としての仕事は少ないようですが、マジックアイテムが豊富と聞き及んでますので」

 

 そして最悪の予想が当たった時、ガゼフは言葉を発することができなかった。ただ押し黙り、渋面を作って拳を握りしめる。

 

「……ガゼフ殿、何かあるのか? やはり敵国へ行く話というのは少し礼に欠けただろうか」

 

「いや、そうではない。そうではないんだ、貴方が悪い事等何も無い」

 

 ガゼフの表情は晴れない。苦しく、辛いという感情がありありと浮かんでいる。

 彼の内面を悟る事のできないモモンガは、困惑するばかりだ。

 

「モモン殿」

 

 どれ程そうしていたか判らない。

 互いに口を閉ざして気まずい時間を過ごした後、絞り出すようにガゼフの口から言葉が紡がれる。

 

「この国に仕える気は無いだろうか」

 

 そして切りだされた言葉は、ある意味予想の外にあるものだった。

 

「は?」

 

「戦士として、魔法詠唱者として、どちらでも構わない。素性については私が保証しよう。

 私から王に進言して王国戦士長に就任してもらうのはどうだろうか。もし役職が息苦しいのであれば、私の部隊に入ってもらっても構わない。

 宮廷魔術師の場合は残念ながら何のツテも持っていないが、モモン殿がひとたび力を振るわれれば誰もが納得するだろう。魔法詠唱者はこの国で重要視されていないが、モモン殿ならばその心配はない」

 

「いやいや待ってくれ、一体何を言って」

 

「もしくはラナー殿下に仕えるのはどうだろうか。今回の件で図らずとも縁ができている。クライムの師として近くにいられる事は貴方にも都合がいいだろう」

 

「な、何の事だか……いや、そうではなくて。一体どうされたのだガゼフ殿。貴方らしくありませんよ」

 

「私らしくない、か」

 

 その言葉に、ガゼフは真剣な表情にどこか自嘲した笑みを浮かべる。

 

「そうだな。モモン殿、これは王国戦士長としての要望だ。どうかこの国に仕えては頂けぬか」

 

「……」

 

 その言葉自体に、モモンガは疑問を覚えていなかった。

 この世界において自分の力がどれだけ圧倒的であるかは十分理解している。だが、だとしても解せない事がある。

 

「何故、今なのですか?」

 

 モモンガは何度もガゼフと接触した。こういった要請は何時でもできたのだ。だからこそ今になって彼がこういった話を切り出した事が不思議でしょうがない。

 

「……帝国に行けば、必ずモモン殿はスカウトされるだろう。『帝国に仕えないか』と」

 

「ああ、そんな事ですか。私にそのつもりは全くありませんよ」

 

「違うのだ、モモン殿。あの国は、正直に言って王国よりも魅力に溢れている。国としての活気や、充実した魔法技術、力を持つ為政者。特に、あの鮮血帝であれば自らモモン殿をスカウトに出てもおかしくは無い。仮にも王だ、万が一にでもモモン殿に魅力的な提案を出さないとも限らない」

 

「……」

 

「王国戦士長として、それを見過ごす訳にはいかない。故に、お頼み申し上げる。こちらの勝手な都合だと言うことは分かっているが、我が国に仕えて欲しい」

 

 そう言ってガゼフは、深く頭を下げた。

 

「……ガゼフ殿、それは本当に貴方自身の言葉でしょうか」

 

「どういう、意味だろうか」

 

「今の話は戦士長として義務での発言か、それともガゼフ殿個人の言葉か」

 

「私、個人の……」

 

 その問いかけに答えるのは簡単だ。先ほども言った通り、戦士長としての義務である。

 だが、モモンガの言いたい事はそうではない。彼は、ガゼフ個人としての言葉を聞きたがっているのだ。少なくともガゼフにはそう聞こえてならなかった。

 そしてふと、考える。戦士長として王に仕えてからというもの、自らの意思に従い動けたのは果たして何度あっただろうかと。

 

「……私は……いや、俺は……貴方に憧れている」

 

 思い悩み、一度口から声を出してしまえば、続きはすらすらと出てきた。

 

「俺以上の力を持ちながらも、誰にも仕えず、自らの正義に従い事を成す強い意志。そうだ、俺は貴方の自由な生き様に憧れている。

 本当は、国に仕えてなど欲しくはない。帝国だけの話ではない、王国にもだ。この国の腐った貴族たちの思惑等に、貴方の高潔な意思を汚されるなどあってはならない事だ。だからこそ、貴方には自由に生きてほしい。思うがままに正義を成して欲しい。だが……」

 

 再びガゼフは渋面を作る。

 

「……だが、万が一でも帝国に仕えられたとして、モモン殿と敵対する事が恐ろしい事も事実だ。それ故に、王国に仕えてほしいというのも嘘ではない。

 だからモモン殿、どうか、どうか王国に仕えて欲しいのだ。もし貴方の力を王の為に振るっていただけるのであれば、言う事はない。私の私財を投げ打ってもいい。どうか、考えて欲しい」

 

 そうして、結局は頭を深く下げる。

 それを見たモモンガは、深くため息をつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と思いあがったものだな、ニンゲン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぶるり、とガゼフの体が震える。ゆっくりと下げていた頭を上げれば、先ほどまで目の前に座っていた男は立ち上がり、全身鎧を初めて会った時の魔法詠唱者の物へ戻していた。

 

「モモン、殿?」

 

「私が、ニンゲン如きに仕えろと。脆弱で、欲深く、同じ種族ですら御しきれない愚劣な生き物に?」

 

 言葉に静かな感情が宿る。彼の面を模すかの如き、怒りの色。

 

「ガゼフ。ガゼフ・ストロノーフ、貴様の無知蒙昧を、その愚かさを、その双眸によく焼きつけよ」

 

 その仮面を、剥いだ。現れるのは、雪のような、白。

 

「――――アンデッド」

 

「自らの愚かさがよく理解できたか? お前が王国に招き入れようとしたものが、国を滅ぼしかねない化け物であると」

 

 ガゼフは恐怖に震えながらも、自嘲じみた笑みを浮かべた。

 

「ほう、意外に冷静なモノだな」

 

「ああ……もしかしたら人間では無いのではと思っていた。まさかアンデッドとは思わなかったが……

 それで、どうするのだ。正体を知ったからには俺は殺されるのか」

 

「……いや、私はお前の全てを許そう。無知故の無礼も私にとっては子供の過ちのようなものだ」

 

「流石はモモン殿。寛大なご処置、痛み入るな」

 

 ガゼフの様子は、もはや自暴自棄と言っても良い。友人と思っていた男がモンスターと判り、怒るでも混乱するでもない。彼はただ、自らの無力さにうちひしがれていた。

 自身の存在が近隣の村を脅かし、その外敵に敗れ、自らの国に蔓延る病巣に見て見ぬふりを続け、結果的に友人を一人のモンスターに“変えた”。

 全てが自らの不甲斐なさによるものだと、錯覚し始めていた。

 

「さて、ニンゲンに仕えるつもりは無いとはいったが、個人的にはお前に恩がある。何も礼をせずに去るという恩知らずになるつもりは無い」

 

「恩……まさかカルネ村にいたアンデッドと同じモノに改造される、などだろうか」

 

「ははは、お前が望むのならそうしても良いがな。

 私はこの国で、ニンゲンの欲というものを学んだつもりだ。今の私なら、お前が真に望むモノも理解できる」

 

 骨の手が差し出される。理想郷へと誘う神のように。死の国へと誘う悪魔のように。

 

「この手を取れ、ガゼフ・ストロノーフ。さすればこの国に私の加護を与えてやろう」

 

「何、を……」

 

 心に染みだすような、超越者の声。親から子へ語りかけるようなモノに、ガゼフの心はぐらりと揺れる。

 

「お前の望みを叶えてやる。

 この国を食い物にしている者共を、全て悪魔達の贄にしてやろう。魔術で洗脳し、お前が信ずる王の傀儡にしてやっても良い。

 お前も、そしてお前の王も、人を超越した存在にさせてやる事も可能だ。心配はしなくても良い、人の姿を保つ事は容易だし、何なら人の身のまま人外にしてやる事も可能だ」

 

 悪魔の誘惑は、次々にガゼフの心を揺さぶる。当然の事だろう、つい先ほどまで嘆いていた自らの不甲斐なさを、何年も煮え湯を飲まされていた愚かな貴族共を、まとめて解消してくれるというのだから。

 そんな事は不可能だと、当然出てくる筈の言葉は口から出ない。目の前の存在からしてみれば容易い事なのだと、この身が実感している。

 

「何を、求めるのだ。俺に、この国に、一体何の代償を」

 

「何を? 何も」

 

「そんな馬鹿な話がっ」

 

「お前達が用意できる物に、私には何の魅力も感じない。力も、権力も、財も、私は全てにおいてお前達を超越している。この私が、お前達に何を求めろと言うのかね?」

 

 否定要素は無い、ガゼフはとうに気付いていたのだ。目の前の男が英雄的な、人よりも大きな力と視点を携えていた事に。

 

「これはお礼さ、ガゼフ・ストロノーフ。私は戯れにと人の世に紛れこんだが、お前には随分と世話になった。

 さらに言うのであれば、私はお前を高く買っているのだよ。人間にしては秀でた力と、その希少な人間性をだ」

 

「光栄だな……」

 

「さて、どうするかね戦士長殿。お前はこの手を取るだけで、何の犠牲もなく理想の世界を手に入れる事ができる。お前の慟哭を、ただ腕一つ動かすだけで解消できるのだ」

 

 迷うまでも無い、その理由が無い、最後の選択。

 農民から王の目に止まり騎士となり、これまで自分なりに国の守護者として民の幸せに邁進してきた男は―――

 

 

 

 

 

 

「有りがたいお言葉だが……断らせて頂く」

 

 快活な笑顔と共に、その契約を打ち払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……理解できないな。私の考えは間違いだったか」

 

「いや、モモン殿のお話はまさしく私の苦悩を理解して下さったものだった」

 

「ふむ、では何か私の言動で不快にさせる点があったかね?」

 

「それも違う。腐った貴族共がどうなろうが私の知ったところでは無いし、王や私に力を与えて下さるという点についても、魅力的だったと言わざるを得ない」

 

「ならば何故断る」

 

「……それが、人の手によるものでは無いからだ」

 

「異形種の力は借りたくないと?」

 

「そうではない。モモン殿のお力はまさしく神の所業だ。貴方に願えば、どんな困難であれ解決されるのであろう。革新的な発展であれ、滅亡の運命を回避する事でさえ」

 

「……」

 

「だがそのお力に頼るのは、違うと思うのだ。国とは、個人の集まりで成り立っている。一人の暴君に引っ張られる事があっても、それはあくまで人の出来る範囲の事でしかない」

 

「分からないな、人の分を超えようが力はあくまで力だ。何をそこまで拘る」

 

「そのお力に頼り、王国は確かに救われるだろう。そうだ、我々の力ではなく、神の所業で救われるのだ。それでは人間は何も学べない。

 いずれ新たな問題に対面した時に、再び祈る事になるだろう。『神よ、我々を御救いください』と」

 

「……今、この時もお前が怒り悲しむような悲劇はどこかで起こっている。

 お前がただ手を伸ばすだけで助かる無辜の民を見捨ててでも、その小さな拘りを貫きとおすと言うのか?」

 

「そうだ……それが、人間の矜持だと思っている」

 

 ガゼフは、そう言って力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はあ、と深いため息をつく。アンデッドに呼吸は必要ないだろうに、妙に人間くさい仕草だ。

 

「度し難い、まったく愚かな事だ……だが、だからこそ俺はお前に敬意を覚えたともいえる」

 

「モモン殿……」

 

「モモンガ、だ」

 

 威圧感を消して突然自らの名に一文字付け足したアンデッドに、ガゼフは内心肩をなでおろしつつ疑問を覚える。

 

「偽名では無い、私の本名です。もう一つあるのですが……そちらはもう使う気はないので」

 

「そ、そうなのか……?」

 

「まあ記憶の端にでも入れておいてください。

 さて、ガゼフ殿も私の正体を知って心配は杞憂だったと分かって頂けたでしょうか」

 

「は? あ」

 

 そう言われて今まで何の話をしていたか思い出す。

 豪奢なマジックアイテムを所有し、人を遥かに超えた力を持つモモンガは確かに脅威である。だが、逆に言えば先ほどまでの懸念は全て解消された。なにしろ彼には金や権力、ましてや女に靡くような小さい存在ではなかったのだから。

 

「そう言われれば、そう、ですな……」

 

「歯に何か詰まったような物言いですね。まあそれどころじゃあないか。生ある者に悪意を持つのがアンデッドの性分、私を人類の敵と捉えてもしょうがありませんし」

 

「も、モモンガ殿をそのように考えた事など!」

 

「ははは、何も怒っている訳ではありません、実際私はアンデッドの中でも特別でしょう。

 ―――私の祖国、まあ多分地続きで行けるような場所では無いのですが、気の遠くなるような遠くにありまして。所謂死の国といいましょうか……まともな人間では呼吸すらままならない終末の世でした」

 

 死神の国だろうか、とガゼフは想像する。モモンガがそこに居ても特に違和感が無いことが逆に恐ろしい。

 

「そこは木々は枯れ果て、大地は割れ、毒の空気というまさしく地獄と言うに相応しい地です。人々は少なくなった同族同士で身を寄せ合い、細々と生きていました」

 

 その声色は、モモンガの居た世界を想像させるに十分な陰鬱さを持っていた。だが次に語られた言葉からは、その色に明るさが宿る。

 

「そんな生活の中である時、偶然私はこの世界へと迷い込んだのです。大地は力強く有り、緑は実り、空は美しく青い。

 覚えていますかな戦士長殿、あのカルネ村での一件を。あの日こそ私がこの世界へと足を踏み出した一歩目だったのです」

 

「あの時が……!」

 

「あそこで私は変わらぬ人間の愚かさと、生きようとする人間の美しさを知った。そしてこう思ったのです、この美しい世界を見て回ろうと、必死に生きる人々に触れ合ってみようと」

 

 ガゼフは自らの心にストン、と納得という意識がはまり込むのを感じた。モモンガと相対して常々感じていた『大きな視点』に関して、彼の言葉は実に説得力のある言葉だったのだ。

 彼は、旅人だった。いや、真の意味で冒険者なのだ、と。

 

「実のところ、ガゼフ殿の誘いは嬉しく思った。だが、まだ私は一つの所に留まるつもりは無いのです。

 トブの大森林はまだ散策途中、数有る国も王国しか見られていない。全てを見て回るには十年? 二十年? 一生掛かっても終わらないかもしれない」

 

 寿命は無いんですけど、と自嘲気味に彼は言った。つられてガゼフも笑う。先ほどまでの恐怖がまるで嘘のように消えていた。

 

「だからこそガゼフ殿、貴方の誘いは受けられない。そして私は旅にでます。帝国へ、そして十分に見聞し終わったのなら新たな地へ。今日はただ、そう伝える為だけに来たんです」

 

「そうか……すまなかったモモンガ殿。ならばもう止めはしない。十分に世界を廻り、そして何れ気が向いたときにでも立ち寄ってくれ。旅の話を肴に酒でも飲み明かそう。モモンガ殿はお預けかもしれないが」

 

 そのあまりにガゼフらしい言葉に、今度はモモンガが絶句した。

 

「良いのか、アンデッドですよ私は。王国戦士長がモンスターを家に招き入れて良いのですか?」

 

「もちろん、モモンガ殿ならばいつでも歓迎しよう」

 

 そしてさらりと、無い耳を疑う台詞が続く。

 

「貴方は友人だからな」

 

 

 

 それはあまりにも滑稽で、空気を読めず、正気を疑う発言であり―――――何よりも求めた言葉だった。

 

 

 

 

「ハハ、ハハハハハ!」

 

 笑う。精神が安定化されても、なお笑う。次から次へと歓喜が湧き出てくるのだ、笑わずには居られない。

 

「そうか、いやそうだな。友人なら、仕方がないな、ハハハ」

 

 唐突に笑い出したスケルトンに驚くが、機嫌の良さそうな声色にガゼフの表情にも思わず笑みが溢れる。

 

「ハハ、ハア―――チッ、安定してしまったな。だがしかし、こんなに愉快な事は久しぶりだ。全く、ガゼフ殿には驚かされてばかりだ」

 

「それはどちらかというと此方の台詞だな」

 

「そうか? そうかもな……フフ、なら次に会う時にはお互い心臓に良い再会をしよう、生憎私には無いものだが」

 

「はは、そうだな。そうして貰うと私も助かる」

 

 友人らしい軽口を叩き合い、穏やかに笑い会う。武骨な戦士と恐ろしいアンデッドという不思議な組み合わせだったが、そこには確かに朗らかな空気が漂っていた。

 

 

 

 

 

「さて、ではそろそろ行くとしよう」

 

「そうか……先程の言葉は嘘ではない。いつでも遊びにきてくれ、歓迎しよう」

 

「楽しみにしておこう。では、また」

 

 モモンガの姿が虚空に突如開いた闇の中へと消える。見たことも聞いたこともない、きっと知れば驚くような現象だった筈だが、ガゼフは穏やかにその光景を見つめた。

 

「ああ、また。こちらも楽しみにしているよ、モモンガ殿」

 

 恐れや苦悩などない、晴れやかな表情のまま、ガゼフは別れを告げた。




お互いに無いものを憧れる関係。良いですよね。
カッツェ平野の虐殺でアインズ様とガゼフの会話が妙に好きなんですよね。
話の内容というよりも、敵同士なのに信頼しあっている関係と人間性というか。
今回はあの辺の影響を強く受けていると思われます。


そして皆様。
書 き 溜 め が 尽 き ま し た。

エタるつもりはないのですが速度は(今以上に)遅くなると思われますので、気長にお待ちいただけますと幸いです。

それでは皆様、またお会いしましょう。
(ギルティとかFGOとかのSSを書きたいが、まずは目の前の事を終わらせようね)


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第9話:番外1

【ご注意】

 ・短いです。
 ・時間軸は王国~帝国編のどこかです。厳密には決めておりません。
 ・本編とはほぼ関わりがありませんので、読み飛ばしても問題ありません。
 ・途中で唐突に台本形式が混ざります。嫌いな方は同じく読み飛ばしてください。
 ・ギャグでありn……一部ギャグです。


 森だ! 川だ! 湖だ!

 

 

 

 ここはトブの大森林が奥地にある巨大な湖。

 モモンガは冒険者として自らの足場を固める事に成功した。その為、ついに本願であった自然大探索へと躍り出たのである。

 今日は前もって目をつけていた瓢箪みたいな形をした湖を、隅々まで探検しようと訪れていた。

 

(リアルじゃ自然どころか水族館だって高級な娯楽だったし、天然の湖なんて贅沢の極みじゃないか)

 

 ウキウキ気分を隠さずに湖へ足を差し込む。

 今回は湖の底を『散歩』するつもりなので重りとして全身鎧のままだが、その中に侵入してくる水がひんやりとして気持ち良い。

 

(う、うーむ。ちょっと怖いな……ぬるぬるして歩きづらいし)

 

 リアルでは洗浄機器の発達と住居スペースの最小化により『風呂に浸かる』という事すら滅多にない。当然遊泳経験も無いモモンガとしては体中が水に浸かるという事が少々恐ろしい。とはいえ、呼吸の必要が無いアンデッドである為に溺れる恐れはなく、Lv100の体を害する敵などそうはいない。

 

(よし、行くぞ!)

 

 自らを理論武装して立ち止まっていた足を推し進める。ついに肩まで水に浸かり顔まで、という所まで来た時に――――

 

「待て!」

 

 突然陸の方から焦りを抱えた声が掛けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、ザリュース・シャシャはとても良い気分だった。

 空は程良く曇り、風もそれほど強くない蜥蜴人(リザードマン)にとって非常に過ごしやすい気候。そして試行錯誤を繰り返し上手くいきつつある生簀の存在が、彼の気分を高揚させていた。

 

「今日は良いことがありそうだな」

 

 生簀の様子を見に来たついでに湖へと魚を取りに向かう。獣道を慣れた足取りで進んでいく中で、ふいに耳慣れない音と気配を感じた。

 

(―――鉄の音と、何だかわかりにくい気配……?)

 

 浮ついていた足取りを止める。警戒心を強め、姿勢を低く音を立てないように進む。

 ザリューシュが警戒する理由は、いくつかある。まず音だが、『鉄と鉄が重なりあう音』というのはリザードマンの世界であまり聞く音ではない。彼らは鎧を着ること自体があまりないし、鉄は刀身に用いるのが殆どだからそれが重なり合うという事はまずない。

 そして気配だ。動物のような分かりやすいモノではなく、さりとて同族のモノではない。何故だか形容し難い不思議な感覚がするのだ。

 以上の事から、この先に居るものは自分達とは別種族の生き物で、鎧を着る知恵のある者だとザリュースは考えたのだ。そうなると無警戒という訳にもいかない。

 

(見えた……全身鎧、人間か?)

 

 立派な全身鎧を着た人間らしき者が、湖のほとりに立っていた。

 それはストレッチをして体の各所をほぐすと、意を決したように湖へと足を踏み入れた。

 

(狩り、だろうか。人間は雑食と聞くし、魚を捕りに来たのか?)

 

 そうなるとしばらく離れた方が良いな、とザリュースは考える。侵略してきた相手ならともかく、一人で魚を捕りに来た異種族に喧嘩を売る程にザリュースは無鉄砲ではない。時間を置いて彼が去ってからまた来れば良いと考えた。

 

(しかし道具は使わないのか……? 人間は水中を泳ぐのに適した種族とは聞かないし、そもそもあんな鉄の塊を着込んで泳げるのだろうか)

 

 さっさと去ればよいものを、ザリュースは気になって鎧の人間が湖へと進んでいくのを観察する。彼がリザードマン種族の社会構造から抜け出て『旅人』になったのも、結局はその好奇心の強さが原因に他ならない。

 

(む、もう肩まで……このままでは……いや、まさかっ)

 

 ザリュースはある可能性に気づく。

 見聞の広い彼だからこそ知っている概念。知恵ある種族で見られる、忌むべき自傷行為。

 

(自殺か!?)

 

「待て!」

 

 なりふり構わず、異種族という事も忘れ、彼は声をあげていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肩まで水に使ったまま、モモンガは呆けた。

 水に顔を付けるぞ……よし、怖くないぞっ! とまるでお子様初めてのプールみたいな事をしてた時に、横から「待て!」だ。『えっ、何か悪いことしちゃったかな!?』と少々子供返りしてもおかしい事ではない。おかしい事ではないのだ。

 

「リザード、マン?」

 

 ビクッとしてから横を向けば、そこにはあからさまに異種族、リザードマンがいた。

 

「その、話をしよう。あー、いや、まず驚かせてすまない、というべきか……君は人間、だよな? 見ての通り俺はリザードマンだが、危害を加える気は無い、安心してくれ」

 

「は、はあ」

 

 何だか戸惑いながらも話しかけてくるリザードマンに、モモンガは同じく戸惑う。

 

「うん、そうだ、話をしよう。まずは一度陸へと上がったらどうだ。人間は長い間水に浸かれないと聞くし」

 

「は?」

 

「いや、だから……その、まああれだ。魚は嫌いか!? よければご馳走しよう」

 

「いや、別に腹は減ってませんが……」

 

「ぐ、では……では、うーん」

 

 いまいち要領を得ないリザードマンの言動に、少し冷静になるモモンガ。何故だかは判らないが、引き留められているらしい。

 

「あー……、悩みがあるのか!? 言ってみたらどうだ、少しは気がまぎれるかもしれないぞ」

 

「特には……あの、結局何を言いたいんでしょうか」

 

 らちが明かないと考え、モモンガから話を切り出す。リザードマンは言いにくそうに躊躇を繰り返すと、意を決したように口を開いた。

 

「異種族の俺に何の筋合いがと思われるだろうが……自殺は良くないぞ!」

 

「……は?」

 

 モモンガからすれば突拍子もない事を言われ、大いに疑問符を浮かべて少し、自らの状況を省みて少し、30秒程ぐるぐると頭を凝らしてようやく答えを得た。

 

「あ、ああ! 違いますよっ、別にこれは自殺とかじゃありません!」

 

「そ、そうなのか? では何をしているのだろうか」

 

「これは……あー、」

 

 今度はモモンガが思い悩む番だった。さて、全身鎧を着た人間が湖に沈む理由とは何だろうか?

 食料調達、鎧を着ける必要無し。遊泳、同じく。体を洗う、同じく。鎧を洗う、いや脱げよ。

 色々考え、モモンガは結局リザードマン相手ならいいか、とネタばらしをする。

 

「実は私こういう者でして」

 

 ヘルムを取り、素顔をさらす。正確には顔ではなく頭蓋骨だが。

 

「アンデッド!?」

 

 当然、リザードマンは警戒を浮かべて武器を構える。

 ふとモモンガは思う、何故モンスター同士でここまで警戒されるのだろうかと。アンデッドは何処まで行っても生命体の敵なのだろうか、と悲しくなった。

 

「ええ、ですので溺れ死ぬ事はありません。自殺もできませんね、自滅はできるかもしれませんが」

 

「……何が目的だ?」

 

 会話ができると判断したのか、リザードマンは襲いかかってくる事はない。だが警戒は解ける事なく、いまだ武器を構えたままではあるが。

 

「どう言えばいいかな……水中観光? 私の故郷ではこんなに綺麗な湖を見た事がなかったので、水底を歩いてみて廻ろうかなと」

 

「ええ……?」

 

 思ってもいなかった返答に、リザードマン……ザリュースは再度戸惑いを浮かべる。

 アンデッドってそういう感性あるの? 『ふはははお前達を殺しにきたのだー』と言われた方がまだ納得できる、と彼は素直に思った。

 

「あの、行ってもいいですか?」

 

「ん? あ、ああまあそういう事なら……」

 

 それでは、と今度こそ水中へ進み歩くモモンガ。

 ザリュースはその小さな波が消えていくまで見届けて、『やべ、嘘だったらどうしよう』と遅まきながらに焦り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(すげー! きれー!)

 

(魚ってああやって泳ぐんだなあ……きらきらしてて綺麗だけどなんかグロい)

 

(おいヤメロ、つつくな! ええい<魔法無詠唱化(サイレントマジック)雷撃(ライトニング)>! あばばばばば)

 

(……水中って感電するんだ、そういえば小学校で習ったかも)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水中観光に躍り出て1時間程。

 十分に楽しんだモモンガは、最初に居た湖のほとりへと戻ってきた。

 

「おや」

 

「あ」

 

 すると先ほど会ったリザードマン……モモンガに彼らの見分けはつかないので同じか断定はできないが、たぶん彼だと思われるトカゲ顔が変わらずそこにいた。

 

「あー、先程の?」

 

「え、ええまあ」

 

「何か御用でしょうか」

 

「いや、俺に用というか、そちらというか……」

 

 先程と変わらず要領を得ない。ただ違う所は、武器を手にしているままだという事。

 

(ああ、監視されてたのか。俺が悪さしないかどうか)

 

 考えてみれば当然の事だ。敵対していると思われる相手が本当の事を言っているとは限らない。というよりそう簡単に信じられる方がおかしい。

 

「……」

 

「……」

 

 お互いに気まずい空気で押し黙る。ザリュースとしても「怪しいから監視してた」と言い出せる程に図太い精神をしていない。

 そこでモモンガの手元からバシャリと水音が鳴る。二人?が目をやると、そこには先程モモンガに絡んできた大きな魚がいた。蘇生実験用に回収してきたのだが、どっこい生きていたらしい。

 

「あー……魚、食べられますか?」

 

「え? ま、まあ我々の主食だが……」

 

「じゃあ、どうです?」

 

 何とも不思議な空気が流れる中、フレンドリーなアンデッドの様子にザリュースは肩の力を抜き。

 

「い、頂けるのなら」

 

 食いでのありそうな魚を受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、それで鎧を」

 

「ええ、今回は水中に沈む為のものですが。流石に骨の体で人の世界は居づらいですからね」

 

 モモンガとザリュースは向かい合い、少なからずお互いの事を語り合った。その為に生きの良い魚が役に立ったのは言うまでもない。

 ちなみに現在モモンガは鎧を解除していつもの魔法詠唱者(マジックキャスター)の格好に戻っている。すぐ乾くだろうがずぶ濡れの上にひんやり冷えた鋼鉄を纏い続けるというのも少々辛いからだ。

 

「俺も旅をしていた事がある。流石に人の街に入ったことはないが、旅の途中で色々と話だけは聞いたことがあるな」

 

「ほう、旅を。確か集落に住んでいると聞きましたが、リザードマンは他種族と進んで交流を持つのですか?」

 

「少数派だ、物好きと言ってもいい。俺に至っては好奇心に負けて飛び出しただけさ」

 

「いえいえ、冒険心というものは恐ろしい病気のようなものですから。何しろアンデッドですら時にかかってしまう訳ですからね」

 

「モモンに言われると説得力があるな」

 

 僅かながらも会話の中に笑いが交じる。片やスケルトン、片やリザードマンと互いに表情を読み取ることはできていないが、言葉の端に乗る感情は正直だ。理性的な態度は少しずつ二人の態度を軟化していった。

 次々と話題を切り替えていく中で、モモンガは一つの事柄に食い付く。

 

「生簀、ですか」

 

「ああ、少しだけ聞いた話を試行錯誤でなんとか作ってみたんだ。失敗も多かったが、ようやく軌道に乗った所でな」

 

「私も見たことはありませんが、聞いたことはあります。見せてもらっても良いですか?」

 

「構わないが……アンデッドなのに興味があるのか?」

 

「まあ知的好奇心というやつですよ」

 

 

 

 

 

 

 

「ほおー、これが……」

 

 そこには掘り込んだ地面に水が張られた池、まさしくモモンガが昔ギルドメンバーから聞いた生け簀があった。数匹の魚が元気そうに泳いでいるのが見てとれる。

 

「踏み固めた土に砕いた石を敷き詰めて作ったものだ。本当にこれで正しくできているか分からんが、ようやく形になったところなんだ」

 

「ふむふむ」

 

 モモンガは生簀を珍しそうに見ながら、ふと思いついて有るものを探す。

 

「水質はどうやって維持しているんですか? 水草や循環器も無いみたいですが」

 

「水質?」

 

 余り聞くことにない言葉にザリュースは首をひねる。

 

「魚も生き物ですから、生きていれば排泄物等で水を汚します。水が汚れれば魚も生きづらいでしょうから、水を定期的に入れ替える機能か、汚れを浄化する水草……が確か必要だったかと」

 

「水が目に見えて汚れた時には入れ替えていたが……いや待ってくれ、水草で水が綺麗になるのか?」

 

「ええ、流石に何がいいかまでは知りませんが。それこそ湖だってそう汚れないでしょう? 川や雨で水はある程度入れ替わりますから全てが水草の力ではないでしょうが。植物の力は私達が思っている以上に偉大なんですよ」

 

 ってブループラネットさんが言ってた、という言葉をモモンガは飲み込む。ちょっと格好つけたかったのだ。

 

「水を綺麗にする方法なんて今まで考えたこともなかった……」

 

 新たな知識……いや、もはや概念と言ってもいい。モモンガからもたらされる新たな情報は、まさしく天啓そのものだった。

 

「ほ、他は、他に考えるべき事は何か無いだろうか?」

 

「他ですか……例えば」

 

 モモンガは昔聞いた話をどうにか絞り出してザリュースに話し出す。

 循環器の考え方、陽の光の重要性、環境による魚へのストレス、完全養殖、直接湖水に網で作る生簀など。

 

「おお……おお……っ!」

 

 もはや言葉にならない。数年掛けて作り上げた自慢の生簀が、まるで水たまりのようにさえ感じてくる。それ程に彼が話す内容は衝撃的で、刺激的な発想にあふれていた。

 

「モモン、いやモモン様!」

 

 話の途中で突然土下座するザリュース。

 

「は? え、なにを?」

 

「数々の知恵に恐れ入った! どうか、その知識をもっと詳しく授けて欲しい! まずは俺を弟―――」

 

「弟子は要らんぞ!」

 

「―――子……に」

 

 過剰に反応して弟子入りキャンセルをするモモンガ。それはもはや条件反射だった。

 

「あ、ああいや、知っている事についてはいくらでも話しましょう。弟子になる必要なんてありませんよ」

 

「……弟子入りにトラウマでも?」

 

「いや、そんな事はないのですが……弟子を作ってもこっちが気をつかってばっかりで損しかないというか……」

 

「それは、申し訳ない……か?」

 

 互いの間に妙な空気が流れる。

 

「ん゛ん゛! ま、まあ話自体は懐かしい記憶を思い出せて私も楽しいので、ザリュースさんさえよければいくらでもお話します」

 

「ああ、ありがとう。それでは何か欲しいモノなどは無いだろうか、礼の一つでもしたいのだが」

 

「礼、ですか……」

 

 そう言われてモモンガは少し考える。魚などいらないし、あちらとて余裕はなさそうだ。

 ザリュースが背負っている魔法の武器らしいものは後で鑑定させて貰うとして、他にやりたい事を考える。そこでふと思い出すのは、カルネ村だった。

 

「もし、よろしければなんですが」

 

「何だろうか、言ってみてくれ」

 

「生簀。もう一つ作ってみませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

MOMONGA村 エクストラ編

 

【生簀作り】

 

※以下、唐突に台本形式

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンガ「作業用にアンデッドを作りたいのですが」

 

ザリュース「それは……安全なのか?」

 

モモンガ「私が作ったものは安全ですよ。ゴーレムも作れますが、基本でかくて細かい作業に不向きなんで」

 

ザリュース「それなら、まあ」

 

モモンガ「下位アンデッド創造」

 

ザリュース「こわい」

 

 

 

 

 

モモンガ「ここに水路を通すとして、氾濫した際に逃げ道を作りたいんですよね」

 

ザリュース「通常時はどうやって流れないようにするんだ?」

 

モモンガ「仕切りでも入れます?」

 

ザリュース「……深さの違う道を作れば氾濫時だけ逃がせないだろうか」

 

モモンガ「おお、それ採用で」

 

 

 

 

 

モモンガ「生簀ですが、とりあえず深さ3m程掘ってみました」

 

ザリュース「直下型か……あのスケルトン達はどうやって上がってくるんだ?」

 

モモンガ「あ」

 

 

 

 

 

ザリュース「おお、平たくて良い感じの板だな」

 

モモンガ「ええ、程よく四角い平たい板ですね」

 

ザリュース「……かなりまな板だな」

 

モモンガ「まな板にしましょうか」

 

ザリュース「まな板にするか!」

 

真祖「……」

 

モモンガ「まな板にしましょう!」

 

ザリュース「誰だ今の」

 

 

 

 

 

 

ザリュース「道具はどこから持ってきたんだ?」

 

モモンガ「そこはまあ、魔法で」

 

ザリュース「鎧と同じ理屈か」

 

モモンガ「ええ、便利でしょう」

 

ザリュース「もしかしてその魔法で生け簀まるごと作れたんじゃないか?」

 

モモンガ「それは、まあ……でもそれじゃつまらないじゃないですか」

 

ザリュース「そういうものなのか?」

 

モモンガ「そういうものです」

 

ザリュース「そうなのか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお……」

 

 ザリュースの目の前には、それは立派な生け簀が出来上がっていた。先程聞いたばかりの新たな知識の宝庫が、半日と経たずして目の前に完成したのである。

 

「やはりアンデッドは肉体労働に向いてますね。休みはいらないし愚痴も言わないし」

 

 何故ああも皆に嫌がられるのかと、モモンガは首を捻る。ザリュースが終始引き気味にしていたのは無視である。

 

「すぐにでも魚をいれて調子を見てみる」

 

「ええ、そうしてください。そろそろ暗くなってきたので私は帰りますが、今度様子を見に来ても良いですか?」

 

「ああ、いつでも来てくれ、歓迎する!」

 

 

 

 

 

 そういって彼等は別れた。

 後日、上手いことに機能した生け簀を見て、彼等は互いに大きく喜んだ。

 その後、ザリュースはモモンガに許可を貰って他の部族にもこの技術を伝え歩くことになる。その際に嫁だとか生涯のライバルを得たりするのだが、それはまた別のお話である。

 




真祖「途中で出てきたわらわ……もとい私はただのつるぺた担当です。伏線とか本編に絡むとかは全くありません。アシカラズ(棒ヨミ)」

夢魔「ゲラゲラゲラゲラ」

黒エルフ「ゲラゲラゲラゲラ」

真祖「ムキー!!」





イビルアイ「……」

ガガーラン「お前の可能性もあったんだとよ」

イビルアイ「何がだ!」

ティア「ラキュースとザリュースって」

ティナ「こんがらがる」

ザキュース「ならないわよ! ちょっ、名前!」




【追記】

Q:モモンガ様アンデッドだし電気攻撃無効化だよね?なんであばばばしてるの?
Q:ザリュースの生簀は湖畔に網だよね? 4巻27P読めば判るよね。
Q:ザリュースの口調とか色々、全体的に雑じゃない?

A:ああ、全部後で気づいたさ。書き終わって投稿した後に全てな。
  書き終わった後に4巻復習しなおして再度直そうと思っていたんだよ。
  思っていたんだよ……

  俺の全てを許してくれ(震え声)


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第10話:番外2

 そろそろクレマンティーヌに連絡しよう、モモンガ(雇い主)はそう思った。

 彼女と戦い、制圧し、竜王国へ使いに出してからしばらく経っている。何度か連絡を取り消耗品の補給は行ってはいたが、最近は忙しくて少し間が空いてしまった。

 

(あんなのでも一応部下みたいなものだし、定期的に様子をみてやらないとな)

 

 彼女の現状をリアルに例えれば、他社に出向させて24時間自分の判断で働かせているようなものだ。モモンガとしては色々と気を使ってやっているつもりではある。

 

『クレマンティーヌ、聞こえるか?』

 

 伝言(メッセージ)を起動して声を掛ける。繋がった感触はあったのだが、何故か反応がなかった。

 

『……クレマンティーヌ、寝ているのか?』

 

『……モモちゃん?』

 

『だからモモちゃんは止めろと……まあいい、手が離せない状況か? ならば時間を置いてから連絡しなおすが』

 

『モモちゃんモモちゃんモモちゃーんっっ!!!』

 

(!?)

 

 キーン、と鼓膜を突き破るような大音声がメッセージを伝わりモモンガの脳味噌を揺らす。骨だから(略)

 

『な、なんだ! 別にそんな大きな声で言わなくても聞こえている!』

 

『もうやだぁー! 毎日毎日ビーストマン狩りで飽きたよぉー!』

 

『はあ!?』

 

 あんまりと言えばあんまりな発言に、モモンガの口があんぐりと開く。仕事を飽きたと上司に愚痴るのも十分あれだが、その内容が気軽に残酷で物騒だ。

 

『お前……一応給金や物品支給をしてやっているんだから多少は遠慮しろよ……』

 

『だってぇー、流石に私でも毎日毎日おーんなじ面を作業みたいに狩ってたら飽きちゃうしー……あーあ、たまには人間も狩りたいなぁー』

 

『やめろ』

 

 いかれた発言にモモンガは頭を抱える。協力者としての彼女は本当に手間がかかってしょうがない。とはいえそこそこ付き合いは長いし今更首切りというつもりはなく、だからこそ頭を抱えるべき問題でもある。

 

(とはいえ確かに休暇は必要だな)

 

 竜王国の現状は思った以上に貧窮しており、クレマンティーヌを休ませるという事は多数の死人を出すという事でもある。彼女にはリング・オブ・サステナンスを渡してあるので休憩・睡眠・飲食の必要はないが、かといって精神は疲弊する以上24時間働かせるつもりは無かった。竜王国の事情をよく調べずにクレマンティーヌ一人送ったのはモモンガの不手際と言える。

 

『ふむ……分かった、休暇については考えよう。まあすぐにとはいかないだろうがな』

 

『わーい! モモちゃん愛してるー♪』

 

『言っておくが休暇が取れても騒ぎや問題を起こしたら即刻処分するからな?』

 

『分かってるよー、疑り深い上司様だねー』

 

『……ばれなきゃ何してもいいと思ってないよな?』

 

『……』

 

『おい返事しろ』

 

 メッセージを切り、腰かけていた椅子に背を預けて思考に埋没する。

 

(クレマンティーヌの代理か……俺がアンデッドを作れば一発なんだが、こちらの正体と手札は出来るだけ隠したいから却下だな)

 

 死の騎士(デスナイト)を2~3体用意すれば万全になる事は分かっている。だが、モモンガはこの世界に来て経験した色々から、自らの場違いとも言える力を極力振るうつもりは無くなっていた。やるなら隠れて、できるだけ現地人や環境に影響を与えないように。

 とはいえ、偶にミスったりハメを外したりはするが。

 

(クレマンティーヌのように現地人を徴用っていうのがベストだな。チッ、あの死霊使いは残しておくべきだったか)

 

 もはや名前も忘れたハゲの事を思い出しつつ、代案へと思考をシフトする。

 

(徴用するなら裏に生きる人間だな、いなくなろうが誰にも迷惑がかからないのが良い。六腕はどうだ?)

 

 つい先日ボコボコにした八本指という裏組織の戦闘部門、六腕に焦点を当てる。あれならば死んでも消えても誰も困らないのでは? と考えた。早速ラナーにメッセージ。

 

『六腕使ってる?』

 

『とても便利に使っておりますわ』

 

 まあ省略すると以上のような回答を得られた為、断念。まあ駄目貴族やら小規模裏組織やら、叩けば埃の多い王国だ、まだしばらく力は必要なのだろう。

 余談だが、この数分の会話でラナーは激しく疲弊した。モモンガの一言一句を聞き逃さないように集中し、言葉の裏の裏まで読み取るべく思考をフル回転。結果軽い熱で倒れる程だった。

 その後、クライムの献身的な看病で肉体的にも精神的にも絶頂に至ったのは不幸中の幸いと言える。

 

(うーん、となると草の根活動だな。強さ的にはクレマンティーヌやガゼフ級じゃないと不安だし、候補が少なそうなのが問題だが……)

 

 よし、とばかりにモモンガは立ち上がり全身鎧を纏う。

 やる事は決まった。小金も稼げて、名声も上がり、なおかつスカウトもできる一石三鳥の作戦。

 

「野盗狩りだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 やる事は単純だ。

 街で情報収集し、野盗共の目撃情報を集める。当たりをつけたら現地へ向かい、≪完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)≫で姿を隠し、≪飛行(フライ)≫で飛びまわりながら範囲を広げた≪敵感知(センス・エネミー)≫で探し回る。だいたいこの流れで見つかった群れはゴブリンか野盗なので、あとは戦士モモンの装備でカチコミである。

 数々の野盗共を狩り、彼らの(ねぐら)を潰し、活動に飽きが入り始めたところでようやく――――彼に出会えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「好き放題やってくれたじゃないか、お前」

 

 野盗が塒にしていた洞窟の奥から現れたのは、一人の男。この世界では余り見ない日本刀を腰に下げ、爛々と自信に輝く眼をした戦士だった。

 

「好き放題していたのは貴様らの方だろう? まあ、因果応報というやつだな」

 

「違いない、否定する要素がないな」

 

 批判されても軽く自嘲気味に笑い流す男を、モモンガはよく観察する。武器、態度、立ち姿。

 

(当たりかもしれんな)

 

 モモンガはヘルムの下でニヤリと笑う。

 

「まあ俺は俺で事情があってね、傭兵稼業は金を得る為にやっている。外道と誹られようが知った事じゃないな」

 

「ほう」

 

 聞いてもいない事を言われ、少し方針が変わる。

 

「目的がはっきりしていて結構だが、金を得てどうするつもりだ?」

 

「力を得る為さ。権力なんぞには興味はないから、こういうのが一番手っ取り早い」

 

 そう言いながら男は腰の刀を撫でる。

 

「なるほどな……ではこの傭兵団に未練はないのか? よりよい環境があれば、鞍替えも賛同するか?」

 

「……妙な事を聞くやつだな。まあ、そうだな。否定はせん、が」

 

「が?」

 

「俺はお前との戦いにも興味がある。久しぶりの強敵だ、話し合いで終わりにするつもりなんざさらさらない」

 

 男は、腰を落として刀に手を掛ける。

 

(まあ、どの道一度は実力を見るつもりではあったし)

 

 モモンガは剣を抜き、半身になって構える。とりあえず話の続きは剣を合わせてからする事にした。

 

「ブレイン・アングラウス」

 

 突然、男が名乗る。立ち合いの前の口上とは、古風なやつだとモモンガは思った。

 

「モモン」

 

「……モモン、モモンだと? ほう、あのエ・ランテルの英雄モモンか!?」

 

「ああ、多分な。そういうお前も聞き覚えがあるな。御前試合の決勝でガゼフと戦ったというやつか」

 

「そうだ、英雄殿に知られているとは光栄だな。噂に聞いているぞ、そのガゼフにも匹敵する戦士と名高い男の名はな」

 

「その噂も知らんが……まあガゼフと互角に戦った事は事実だな」

 

 ビリビリと、空気が小さく弾ける。ブレインの過剰に力をいれ込んだ手元から、ギチギチと音が響き渡る。

 

「ならば、貴様を倒せば今のガゼフと俺との差を測るいい基準になる訳か」

 

「さあな」

 

「はっ、ははは! 今日の俺はついている。強者だけでなく、それがアイツ由縁の戦士だなんて」

 

 殺気立った空気がピン、と張り詰める。

 

「来い、英雄。俺の踏み台になり死んでゆけ」

 

「付き合ってやろう、修羅よ。お前の力を見定めてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 互いに構え、ピクリとも動かず数秒が過ぎる。

 ブレインは刀を鞘に納めて抜刀、待ちの構え。モモンガは半身になり構えながら、相手の姿を観察した。

 

(なるほど、単純だが攻めにくい構えだ)

 

 刀使いとはこの世界で初めて相対したが、戦士として対峙すると何ともやりにくかった。戦士としてまだまだ初心者のモモンガとしてはおぼろげな感覚なのだが、此方から手を出しても後の先を取られる予感がある。

 下手に手を出して隙を突かれるぐらいならと、モモンガは武器を振らずにすり足で近づいていく。

 

(こいつ、知っているな)

 

 対してブレインもそのやり難さに内心舌を打つ。明らかに居合抜きを知っての振る舞いをするモモンガを見て、過剰に温まりつつあった思考を冷却させた。どの道、相手はかなり面倒な相手だ。頭に血を登らせている場合ではない。

 ガゼフと同等の実力者、というだけでまず全力で当たる必要がある。だがそれ以上に厄介なのはその装備だ。全身を覆う高品質な鋼鉄は、流石にブレインの腕と『神刀』を以てしても容易に切り裂ける気がしない。となると狙うは一つ、極限まで絞られた一撃が必要になる。

 

(当然ヤツもこちらの狙いに気づいているだろう。だからこそ、避けるどころか守る余裕など与えない最速を繰り出してやる)

 

 じりじりと近づいてくるモモンガ。間合いまで後2歩分。1歩分。0―――

 

「―――シッ!」

 

 極限まで身を振り絞り、放つ息さえ小さくまとめた抜刀が空を駆ける。狙うは全身鎧に唯一残された隙間、ヘルムのスリット。

 

(どいつもこいつも狙いは同じだな)

 

 対して、モモンガの内心は冷めていた。剣閃の軌道を見て、相手の狙いが何時も通りの部分だと判ったからだ。腕に憶えのあるやつと戦うと、大抵の相手がヘルムのスリットを狙う。動く相手をして狙い通りの場所を攻撃するだけで大したものなのだが、此方とすればマンネリだ。

 確かに、ブレインの一撃は鋭い。ガゼフよりも……いや、剣速だけで言うのならばクレマンティーヌ以上。だが、逆を言えばそれだけだ。モモンガの対処は何も変わらない。

 

(ギリギリまでひきつけて……よっと)

 

 数センチ、いや数ミリという距離で攻撃をひきつけ、首の動きだけで刀の軌道から逃げる。後は刀が表面を滑り流れてから――――

 

(何っ―――!?)

 

 そうなる前に、モモンガに驚愕が疾走る。躱した筈の刀が、まるで追いかけるように軌道が変わった(・・・・・・)のだ。

 

(全ては<領域>の手の内! 殺った!)

 

 もはや為す術もなく、切先が小さな隙間を貫く。薄い肉と骨を断つ感触がブレインの手に返る―――

 

「なっ!? がっ!」

 

 こともなく、驚愕に硬直したブレインの鳩尾に深く沈み込んだ拳が、彼の意識を奪った。

 

「……見事だ、ブレイン・アングラウス」

 

 地に伏し、その目が閉じきられる前に、ブレインは力と深みのある誰かの声を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……負けたのか」

 

 ひんやりとした大地、草葉の匂いを感じながら、ブレインは目覚めた。

 痛む腹を摩りながらゆっくりと身を起こすと、そこは先ほどまでいた塒の外。洞窟の目の前だった。

 

「目覚めたか、ブレイン・アングラウス」

 

 声の方向へと目をやると、その洞窟から現れる全身鎧の姿が見えた。相変わらず傷一つ無い立派な武具だ。

 

「その様子だと中は全滅か?」

 

「ああ、悪いが全員殺した」

 

「女共もか」

 

「女? まだ仲間がいたのか」

 

「いや、やつらが性欲処理用に捕まえてたのがいる筈だ」

 

「……お前の顔を覚えている奴はいるか?」

 

「あ? いや、俺は剣以外興味無いからな、ほぼ対面した事は無い」

 

「ふむ、ならいいか。後で解放してやるかな」

 

 相変わらず妙なやつだな、とブレインは思う。改めて自分の状態を確認するが、拘束されるどころか武器も奪われていない。舐められている? とも思うが、戦いを始める時の態度に余裕はあれど侮りは無かった。

 

「それで、俺をどうする気だ」

 

「本題に入ってもいいのか、お前を回復させてからにしようと思っていたんだが」

 

「いらん、まだ敵かもしれないやつの施しなんぞ危なくて受けられん」

 

「まあ、いい警戒心だとは思うがな」

 

 モモンガはブレインの目の前に腰かけると、さっそくとばかりに話し始める。

 

「先程も言ったが、鞍替えの件だよ」

 

「マジだったのかよ、アレ」

 

「ああ、それでその気はあるのか聞きたい」

 

「そうは言ってもな……まず元の鞍がもう無い訳だが」

 

「はははは」

 

 笑いごとじゃない、と思いつつもブレインは何も思っていなかった。元より自分を含め、好き勝手に生きていた連中だ。こうなるのも自業自得だと思っている。

 

「条件次第だな。良ければ乗るし、そうでなければ乗らない」

 

「ドライだな、まあ付き合いやすくていいが」

 

「それで条件ってのは何だ、まさかお前の部下になれと?」

 

「当たらずとも遠からず、だな。俺の依頼を受けて欲しいのだが」

 

 モモンガはかつてクレマンティーヌに命令した内容を、依頼という形で話す。かいつまんでではあるが、各国と敵対しない為のポーズであるという核心的な部分も含めて。

 ブレインは顔をしかめる、意味が分からないからだ。

 

「おい、お前どういう立場なんだよ」

 

 国と喧嘩する個人などありえない。今聞いた話が本当なのだとしたら、目の前の存在は一国と同等だという事になる。

 

「ははは、まあそれは後で聞かせてやる。それで、返答を聞かせてくれ」

 

「……正直まだ疑問はあるが条件は悪くないな。修業にもなるし、報酬に文句は無い。だが単純に俺一人じゃ戦力不足だろ」

 

「それは此方で補う」

 

 そう言ってモモンガは数々のマジックアイテムを出す。ほぼクレマンティーヌに渡した物と同等品だ。

 

「おいおい、まじかよ!」

 

 ブレインの驚愕は計り知れない。どれだけ大金を積んでも、見るチャンスすら得られないような宝の山が目の前にあるのだから当然だ。

 

「お前の実力にこれだけのアイテムがあれば、戦場を有利にするぐらい難しくはないだろう。後は……これだな」

 

 そう言ってモモンガは一振りの武器を取りだす。ブレインの浮ついていた目の色が、変わる。

 

「刀、か? まさかそれも」

 

「マジックアイテムだ、試してみろ」

 

 差し出された刀を、ブレインは震える手で受け取った。吸いつくように馴染む柄を握り、適当な木へと向かって構える。

 

「……?」

 

 気づけば、抜刀していた。断たれた木の幹が倒れる中、手には何の感触も残らない。まるで水の中を通したように。

 

「お前の仕事ぶり次第ではそれもやろう、まずは―――」

 

「受ける、受けるぞ!」

 

「―――試し、に……」

 

 モモンガが言い終わる前に、興奮冷めやらずのブレインは答える。

 

「お、おい待て。乗り気なのは助かるが、まだ説明は途中だ。もうその様子なら細かい話は省くが、雇い主の正体を聞かずして受けていいのか? 例えば俺がいわゆる魔王的な何かでお前を先兵として取り込もうとしていたらどうするんだ」

 

「そりゃあ……」

 

 一度冷静になって話を吟味する、事もできずに浮ついた精神のまま刀と自称魔王をフラフラ見やるブレイン。子供が欲しかったおもちゃを手に入れた時の反応そのままだ。

 

「それでもまあ、雇われるかな」

 

「うわあ……流石の俺もそれは引くわ」

 

「しょうがねえだろ! これ程の一品、一生掛かっても巡り合えないかもしれないんだからよお!」

 

「……まあ、思った以上に乗り気で此方は助かるが」

 

 この世界の常識から考えれば、ユグドラシルでワールドアイテムを手に入れた程の感動なのだろう、とモモンガは無理やり納得する事にした。

 

「さて、とはいえ契約は互いの立場がはっきりしてから結ぶのが常識だ。餌で釣るだけ釣ってそこを誤魔化しては詐欺同然だからな」

 

 そう言ってモモンガは指をたて、自らの目元を指す。

 

「先程の攻撃、何故俺にダメージが無かったかカラクリを知りたくはないか?」

 

「なんだよ突然。まあ確かに気になってはいたが」

 

「マジックのネタは俺の正体だ。まあ、こういう訳さ」

 

 モモンガは魔法で作っていた鎧を解除し、魔法詠唱者の姿へと戻った。仮面はつけていない。

 

「ア、アンデッドだと!?」

 

「その通り。これが答えだ、ブレイン・アングラウス」

 

 身を引いて刀を構えるブレイン。だが頬に冷や汗を流すも、それ以上の行動は起こさなかった。

 

「成程な……正真正銘化け物だった訳だ……」

 

「その通り。が、別に人間をどうこうするつもりはない。先程までの話にも嘘はないしな」

 

「国レベルの案件ってのもマジって訳か」

 

 乾いた笑いがブレインの喉から漏れ出る。

 

「それで、これでも俺の依頼を受ける気はあるか?」

 

「……ちなみに断ったらどうなる」

 

「どうもしない。流石に俺と会った記憶は消させてもらうが、それ以上は何も。ああ、もちろんアイテムも返してもらうぞ」

 

「先程話した契約以外の仕事はあるのか?」

 

「さあな、だがその際は新たな報酬を用意しよう。また、その依頼を受けるか受けないかはお前次第だ。まあ流石に長い付き合いとなれば記憶消去も難しいし、その際は何かしらの制限を掛けさせてはもらうが」

 

 企業秘密というやつだな、とアンデッドは笑う。

 ブレインは少し悩み、構えを解いて再び胡坐をかいた。

 

「分かった、お前の仕事を受ける」

 

「ほう。俺がこう言うのもなんだが、アンデッドと契約してもいいのか?」

 

「お前の話す内容は不気味な程文句がない。正直人間同士の方が不親切なくらいだ。それに……俺はどんな手段を取っても強くなると決めた。その為なら悪魔との契約程度、なんて事はない」

 

「悪魔でなくてアンデッドだがな」

 

 二人は小さく笑いあう。ここに契約は完了した。

 

 

 

 

 

 

 

「で、直ぐにでも竜王国へ行けばいいのか?」

 

 ブレインは新しい刀で試し切りをしたいのか、かなり乗り気でいる。

 

「ふむ」

 

 モモンガは考える。今からでもよかったのだが、少し懸念事項があった。それはブレインの戦闘スタイルに起因する。

 彼の戦い方は後の先、得意なのは1VS1である事は明らかだ。多人数戦をできないという事はないだろうが、クレマンティーヌ程に戦場を駆ける戦い方に慣れてはいないだろう。となると足が欲しい。ビーストマンとの戦闘に耐えうる、強靭な足だ。

 

「数日こちらの連絡を待て。まだ戦力に当てがある」

 

「……ガゼフとか言わないだろうな」

 

「言わん。表の人間は極力巻き込まないつもりだ」

 

「万が一死んでも後腐れがないからか?」

 

「ほう、よく分かってるじゃないか」

 

 軽口を吐くブレインを横目にしつつ、モモンガは生ける伝説を思い浮かべる。目指すはトブの大森林、森の賢王。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふ、それがしを見て恐ろしさに声もでないのでござるな」

 

(えぇ……どう見ても愛玩用げっ歯類じゃん)

 

 森の賢王はでっかいハムスターだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言う訳でこれがお前の相棒だ」

 

「同じ殿に仕える身、よろしく頼むでござるよ!」

 

 そんなハムスター、命名ハムスケをブレインに紹介する。

 

「……まじかよ、凄え魔獣だな。瞳に力強さを感じる」

 

(えぇー!? 可愛いとかじゃなくてー!?)

 

「ふふん! それがしの雄大さが分かるとは、お主もなかなかでござるな」

 

「ああ、伝説の魔獣殿にそう言って貰えると嬉しい限りだ」

 

「……あー、ごほん。という訳でブレイン、竜王国ではハムスケに騎乗して戦場を駆けるのだ」

 

「そいつは……いいのか? 俺なんかが乗っても」

 

(えぇー!? そういう反応なのー!?)

 

「それがしとしては殿以外を乗せるのは少し抵抗があるのでござるが……ブレイン殿はやはり同じ殿に仕える身。遠慮は無用でござるよ」

 

「そうかい。それじゃ、遠慮なくっ」

 

 飛びあがりハムスケに乗るブレイン。

 

「はは、強大な魔獣に乗って戦場を駆ける、か……子供の頃の夢が叶っちまうなんてな。どうだい雇い主様?」

 

「……あ、あ……様に、なっている、ぞ」

 

 目の前にはいい歳こいたおっさんが巨大なハムスターに乗る図。モモンガは感極まったように震えている。実際は笑いを必死にこらえている。

 

「それじゃ、行ってくるぜ!」

 

「戦果を期待して下され、殿ぉー!」

 

 はいよー、シルバー! とばかりにひと鳴き?してから駆けていくファンシー・ナイト。

 その背中が見えなくなってすぐに、モモンガは倒れ込んで腹を抱えて小一時間ほど爆笑した。

 

「断られると思ったのにwwwwww抵抗なく乗りやがったwwwwwwww」

 

 無い筈の腹筋と喉の痛みは、モモンガがこの世界に来て一番のダメージだったとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ:顔合わせ】

 

クレマンティーヌ「初めましてー、お一人と一匹さん。私が先任のクレマンティーヌだよー」

 

ブレイン「話は聞いている、ブレイン・アングラウスだ」

 

ハムスケ「それがしはハムスケでござる」

 

クレマン「二人ともやっぱりモモちゃんに逆らって呪われちゃったクチなのかなー?」

 

ブレイン「モモちゃ……? まあ挑んで負けはしたが、別に呪いなんぞかけられちゃいないぞ?」

 

ハムスケ「それがしの時は殿がなわばりに入ってきたから戦ったところ、その威圧感に完敗しただけでござるが……呪いとは何の事でござるか?」

 

クレマン「え……」

 

 

 

 

 

 

 

モモンガ「ではひとまず1週間の休暇だ。くれぐれも問題はおこすなよ?」

 

クレマン「ね、ねえモモちゃん。何か私の待遇だけ悪くない? 足切られてたり呪いかけられたりさー」

 

モモンガ「そりゃあ……お前元々敵だしな。あいつらはスカウト対象だから」

 

クレマン「うぐ」

 

モモンガ「言っておくが給金は同じだぞ。むしろ奴隷扱いしてないだけ優しいものだと思うが(呪いもブラフだし)」

 

クレマン「そりゃあ……ハイ、モンクアリマセン」

 

モモンガ「よろしい。では休暇にあたり、宿代と変装用のマジックアイテムだ」

 

クレマン(あれー……休暇にお金貰えるとか漆黒聖典以上に好待遇かもー?)

 

モモンガ「宿の手配は大丈夫か? 仮の身分が必要なら用意するぞ。衣服については流石に用意できなかったから、必要な分は後から請求してくれ。まあ明らかな無駄遣いについては自腹とするが」

 

クレマン(あれぇー? 過保護なのかなー?)

 




【3行のハムスケ】

 そりゃあほぼ本編と同じような流れはカットですわ。
 いや、むしろブレインも3行で終わらせるギャグ回のつもりだったんですが何故かこうなった。


【ハムスターナイト】

――――その男、銀の魔獣に跨がり戦場を駆ける。
   南方に伝わる剣を手に、海藻の様な髪を獣人の血煙の中で靡かせて――――

 後日そんな伝説が残ったとか残って無いとか。


【森のお化け】

モモンガ「お、レイドボスかな?」
ザイトル「グワァー!」
モモンガ「ボス退治で何の報酬も無いとか、常識無いのかよ……」

 そんなエピソードはたぶん無い。
 真面目に考えるとザイトルさんとの戦い目立つだろうし、色々な国に眼を着けられちゃうからね。
 ただここで倒しとかないと法国がザイトルさん洗脳しちゃったり大変な事になりそうだから、やっぱりたぶんモモンガ様が倒してる。そういう事にしておこう。


【英雄の噂】

 ある朝、モモンの泊まっていた宿の部屋から見知らぬ美女が出てきた。その後も何度かモモンと一緒にいる所を目撃された事から、英雄のカキタレなんだろうという噂が流れた。

クレマン「モモちゃんに肉があって血が流れてイケメンでスッといってドスっとさせてくれたら付き合ってもいいけどー」
モモンガ「お前世にも面白い感じで呪い殺すぞ」


【11巻】
 ドワーフちょろくて可愛いよね。


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第11話

「おお……」

 

 そこには活気というものが溢れていた。

 多種多様の露店が並ぶその中で、品定めをする者、客に応対する者……それぞれが自らの思惑で動き、せわしなく動き回っている。彼等の表情に浮かぶものは『希望』。新たな生活、新たな未来に希望を抱き、より良い何かの為に生きている。

 その国の名はバハルス帝国。

 若き王、新たな治世により、今最も活気と勢いがあると称される輝いた国である。

 

(流石帝国だな……王が違うだけでこうも変わるものなのか)

 

 時々足を止めつつ数々の店を見て廻る。少し見ただけで分かるのは規模の大きさと活発的な流通の豊富さだ。食品や生活必需品といった物だけでなく、マジックアイテムですら並ぶ大きな市場。

 

(確かに、もしこの国へ最初に訪れていたらここを拠点にしていたかもな)

 

 ガゼフの話を思い出す。少し見ただけで勢いを感じさせるこの国は、まさしく魅力に溢れていた。

 

(っと、物見遊山もいいが最低限の事はしておかないと)

 

 手に取っていたアイテムを店主に返し、寄り道を止めて目的地へ進路を戻す。名の売れた冒険者として、最低限の義理を果たすべく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しばらくこの国にいるつもりだ。もし王国のギルドから連絡があれば、その宿に伝言を頼む」

 

「お受けいたしました、モモン様」

 

 軽く礼を言い、受付から離れる。

 彼は今、帝国の冒険者組合に足を運んでいた。何しろモモンという戦士は数少ないアダマンタイト級冒険者だ。何の根回しも無しに他国へ長期滞在となると色々と不都合が発生する。例えば緊急の依頼が滞ったり、拠点替えを邪推されたり、だ。

 

(当面『戦士モモン』を捨てる気はないしな。面倒だがしっかり根回しすれば逆に好印象を得られるかもしれないし)

 

 エ・ランテルから出る時は大変だった。しばらく帝国に行ってくると言った途端に上から下への大騒ぎになったのだ。組合長であるプルトン・アインザックが血相を変えて出てきて、直接面談にまで派生した時には流石に呆れた。

 『拠点を変えるつもりはない』『あくまでマジックアイテムの入手や知見を広げる為の滞在だ』と言う事を何度も何度も説明し、なんとか解放してもらう事ができた。

 

(定期的に王都に逃げてたのも組合長を焦らせた要因の一つだったんだろうな。分かっててやったとはいえ、ああも面倒な事になるとは……)

 

 とはいえこれで義理も果たしたし、これで心おきなく観光を楽しむ事が出来る。

 それはそれとして、とモモンガは冒険者組合の中を見回す。

 

(寂れているな。国の騎士団がちゃんと民を護れば、こっちが過疎る訳だな……どこまでも冒険者はモンスター退治屋か)

 

 その事実を苦々しく思っていると、ほぼ何も貼られていない掲示板が目に入る。大きな期待もなしにモノクルを使って内容を一つ一つ見ていくと―――

 

「これは!?」

 

 小銭稼ぎにもならないつまらない依頼の中に、一つだけ毛色の異なるものを見つける。興奮に自己を抑えられずにその一枚をひったくるように剥がすと、先程の受付へと戻って台の上に叩きつけた。

 

「この依頼の詳細を教えてくれ!」

 

「は、はい?」

 

 アダマンタイト級が焦る程の依頼があったのか、と受付はその紙を読む。

 

「ああ、こちらですか……モモン様が注目されるような依頼では無いと思いますが」

 

「構わない」

 

「はあ、ではご説明させて頂きます。

 こちらの依頼はご覧の通り遺跡調査です。状態からそう古い施設ではないと思われますが、今のところ何の目的で作られたか不明な物となっております。また、帝国の歴史を紐解いてもそこに何かあったという記録はありません」

 

「続けてくれ」

 

「……現在までに5回ほど調査隊が組まれておりますが、一度もめぼしい物は見つかっておりません。危険なモンスターは確認されず、罠等の情報も無い事から、既に価値が無いと判定されております。

 この事から、この依頼はほぼ形だけのものとなっており、調査自体に報酬がございません。何か遺跡についての有力な情報か、何らかの価値あるアイテムが発見された場合のみ、内容に見合った報酬が用意されます。

 その……この依頼は物好きな資産家の方がほぼ個人的に出されている依頼です。もはや誰も相手にしていないような案件ですので、やはりモモン様がお気になさるような依頼では無いと思いますが……」

 

 申し訳なさそうに言う受付の言葉を、モモンガは至極まっとうな意見だと受け止める。

 ―――だが、違う。そうではないのだ。

 

「この依頼、受けさせてもらおう」

 

 未だ謎多き遺跡への挑戦。

 これこそが、彼が求めていた『冒険』なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、んじゃあこれで今回は上がりだな」

 

「お疲れ様!」

 

「お疲れ様です」

 

「―――お疲れ様」

 

 4人のワーカー、〝フォーサイト〟は受けた依頼を終わらせて一息ついたところだった。

 

「で、予定より早く終わったしあの遺跡見にいかねえか?」

 

 仕事終わりの弛緩した空気の中に、ヘッケラン・ターマイトはそう話を切り出す。

 

「また? あなたホントそういうの好きよね」

 

「私は構いませんよ、ちょうど通り道ですし」

 

「―――私も構わない」

 

 ハーフエルフのイミーナがジト目気味に言うのに対して、神官のロバーデイク・ゴルトロン、魔法詠唱者(マジックキャスター)のアルシェ・イーブ・リイル・フルトは彼に賛同した。ヘッケランが再確認の意味を含めてイミーナを見やると、彼女は呆れたように賛同の意を返した。

 

「分かったわよ、私も賛成。別に大して疲れてないしね」

 

「いよっし! んじゃあ早速行こうぜ!」

 

 4人は荷物をまとめると歩き出す。

 彼らが今いる場所は街の外で、帰る途中に少し寄り道すればある遺跡が存在する。大した危険もない事から、近隣に立ち寄った際にはヘッケランの希望で時折立ち寄る事があった。

 

「それにしても何にも無いって分かってるのに、よくもまあ何度も寄る気になるわね」

 

「いや、あそこにはまだ謎の匂いがする。何か見つけるまで俺は諦めない!」

 

 ヘッケランとイミーナのやり取りも、これで数度目だ。残りの二人は呆れるような、そして微笑ましいものを見るような目で小さく笑う。道中はおおむねこのような雑談だけで時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 ヘッケランが足を止めてメンバーに注意を促す。

 

「じゃあここからは一応警戒態勢で行くぞ」

 

 皆が頷くのを確認し、比較的安全な街道を逸れて森の中へと入っていく。遺跡はそう深くにある訳ではないが、帝国騎士が巡回する街道に比べて森の中は危険が多い。慎重になって損をする事はない。

 

「それにしてもアルシェは寄り道して本当に大丈夫だったの? 私達に遠慮してない?」

 

 とはいえ彼等の緊張はそう深いものではなく、雑談はそこそこに続く。

 この辺りで遭遇するのはゴブリンや巨大昆虫(ジャイアント・ビートル)、出てもオーガ程度なので、相当深い所に行かなければミスリル級の実力はある〝フォーサイト〟にとっては敵ではない。なのでこの雑談は油断ではなく自信と言い換えても良いだろう。

 

「―――どうしてそう思ったの?」

 

「ほら、いつもは仕事が終わったら早めに帰りたがるでしょ。長期の仕事は渋る時もあるし」

 

「―――それは……そういう時もある」

 

 イミーナのちょっとした疑問に、言いよどむアルシェ。

 

「ふーん……私達に隠れて街に男がいたりして」

 

「―――なっ、いない!」

 

 顔を真っ赤にして否定するアルシェ。だが必死に否定すれば逆に疑わしく思えるのが世の常である。

 

「特に根拠もない話だったんだけど、怪しいわね」

 

「アルシェの男か……お兄さんに会わせてみなさい、見定めてやろう」

 

「私も少し心配ですね、あなたは男を見る目がなさそうだ。もし何かあったら私達に相談してくださいね」

 

「―――だからいないって! あとロバーは凄い失礼」

 

「まあまあ。ところでイミーナ、唐突ですが女性の意見を聞いてみたいのですが」

 

「何よいきなり」

 

「いえいえ……旧知の仲で以来親交を深めてきたというのに、そこそこに懐が温まってなお責任を取らずに危険な仕事を続ける。そんな男をどう思います?」

 

 一人の男が突然咳き込んだ。

 

「な、何よいきなり」

 

「私も聖職者なので、幸せを掴みきれない男女を前にもどかしく思っているのですよ」

 

 ロバーデイクに満面の笑みが広がる。自分から矛先が変わったことをこれ幸いと、よくわからないままに同意の頷きをするアルシェに対して、気まずそうにそっぽを向くヘッケラン。なんとも言えない表情のイミーナ。

 これが帝国において知る人ぞ知る実力者、〝フォーサイト〟その人達であった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「皆、静かにして」

 

 イミーナの突然発せられた一言に、三人は確認する事もなく足を止める。

 彼等の表情は先程とは全く異なり真剣なもの。そこには無警戒さは欠片もなく、ミスリル級とも言われる彼等の実力を垣間見させた。

 

「足音。一人。硬質、重い音」

 

 小さく、途切れ途切れ語られる情報に、彼等は互いの顔を見合わせて頷く。静かに立ち位置を変えて、最善と考えられる陣形を組み直した。

 リーダーのヘッケランはハンドサインでメンバーへ指示を出し、一人ゆっくりと足を進める。イミーナの耳が確かなら、相手は此方に気づいていないが進む方向は同じ。だが敵味方の判定は不明。ならば―――

 

(3、2、1―――!)

 

 タイミングを見計らい、陣形を崩さないように駆ける。

 

「動くな!」

 

 全員が臨戦態勢。相手の背後を取り、その背を皆で眼に収める。

 

「今、お前の背を弓と魔法で狙っている。撃ち込まれたくなきゃあ両手を上げてゆっくりと振り向け」

 

 大きな体躯の全身鎧は、特に抵抗もなく両手を上げて振り向く。緊張の瞬間、その者の胸元に輝くプレートは……

 

『ア、アダマンタイト!?』

 

 4人の驚愕が仲良く森に広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかこんなところであのモモンさんに会えるとはなあ」

 

「私もこんな金にもならない依頼に同業者がいるとは思いもよりませんでしたよ」

 

「いやいや、まだ謎の多い遺跡だぜ? 一攫千金だって夢じゃないかもしれねーからな!」

 

「ええ、お宝はダンジョン攻略の目玉みたいなものですからね」

 

 モモンガとヘッケランは肩を並べて森を歩く。

 偶然かつ剣呑な雰囲気の出会いではあったが、少し話せば互いの疑いは晴れ、目的地も同じことからあっさりと協力関係へと切り替わった。

 モモンガは冒険を、ヘッケランは未知なるアイテムを求めてと互いの目的は衝突せず、何より探索済みであまり期待の持てない遺跡という点が彼らに気安さを生んだ。

 

「それにしてもよく私がモモンであると分かりましたね」

 

 何気ない疑問に対し、キョトンとした表情を見せるヘッケラン。

 

「ははっ、チームを組まない全身鎧のアダマンタイト、とまで話を聞いてアンタと分からないワーカーがいたらそいつは余程のバカか大物だって」

 

「あー……」

 

 他国にまで伝わるのか、とモモンガはアダマンタイトのネームバリューを侮っていた事を理解する。

 

「成る程、人の噂も馬鹿にできませんね。しかしお恥ずかしい限りだ、周りが囃し立てただけで大したことはしていないのですが」

 

「まさか! エ・ランテルのアンデッド事変は耳にしました。高価なポーションを惜しげもなく配り、街の復活に尽力した英雄の話はこちらにも伝わっております。その友愛に溢れたご活動には、聖職者として尊敬に値すると考えておりました」

 

「確かギガント・バジリスクも一人で討伐したとか? 眉唾だと思ってたけど、本物を見ると納得できるわね」

 

「―――他の高難易度の依頼も信じられない早さで終わらせていると聞いている」

 

 次々と出てくる自身の武勇に、何だか恥ずかしくなってくるモモンガ。英雄扱いはエ・ランテルで大分慣れたつもりだったが、やはり面と向かって言われると尚更だ。

 

「ははは……ところでワーカー、とは何ですか? 王国ではあまり聞く名ではありませんでしたが」

 

「あー……」

 

 今度は〝フォーサイト〟が言いよどむ事になった。

 

「ああ、まあ確かに王国にはワーカーはあんまりいないだろうな」

 

 モモンガはヘッケランの説明を受ける。話は単純なもので、モモンガはその内容をしっくりと受け入れる事ができた。

 

「つまりはフリーの冒険者、という事ですね。帝国は騎士のおかげで治安が安定し、冒険者の仕事が減った為に個人マネージメントによる活動が活発になったと」

 

「まあそんなところだ。組合のサポートがないから仕事の裏は自分たちで取る必要があるし、後ろ盾が無いから危険な仕事もある。その分実入りは大きいから悪い事ばかりじゃねーけど」

 

 組合からの煩わしい干渉を考えると自分もワーカーになればよかっただろうか、とモモンガが口にする前にヘッケランが話を続ける。

 

「とはいえ世間はワーカーに良い印象は持ってないんだ。良くてなんでも屋、悪くて無法者(アウトロー)扱い。アンタみたいにしっかり実績を作れたなら本来関わりあうことすらないだろうな」

 

「そうなんですか? いわば自営業みたいなモノでしょう、ありふれたものだと思うのですが」

 

「他の職業と違って俺達の場合腕っ節が重要だから。そういうのが得意な奴が集まると……どうしても穏やかじゃないのが多くて」

 

「……ちなみに皆さんは?」

 

「俺達は犯罪者になりたい訳じゃない、あくまで常識的な範囲で金稼ぎをしてるだけさ。まあ犯罪スレスレを通る事はままあるけど」

 

 そう言って自嘲気味に笑う〝フォーサイト〟。だが、彼等の表情に影は無い。

 

「成る程……いいチームのようですね」

 

 思っても居なかった言葉に、〝フォーサイト〟の面々は軽い驚きを覚える。

 

「軽蔑しねえのか? 俺たちが言うのもなんだが、ワーカーと聞いて良い顔をする奴はそうそういないぞ」

 

「そうですね、確かに聞いた限りでは世間に胸を張って歩けるモノではなさそうだ。ですがそれの一体何が悪いんですか? 社会構造に対する悪であることに、誰もが反感を覚える訳ではないでしょう。むしろ組合のサポートを受けている私達よりも、全てを自分達で行っている貴方達の方が称賛されるべきだ」

 

 ―――その言葉に、彼等は深く心を打たれる。

 自ら望んで入った道だ、それに蔑みを向けられても耐えられる。だが、それでも評価を得たいというのは人間の(サガ)だ。

 誰でもない、英雄と讃えられるアダマンタイト級冒険者に認められる事は、他の何よりも彼等の心に響いた。

 

(敵わないな……)

 

 その懐の広さに、彼等は心の底から感嘆を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたぜ、ここが目的地だ!」

 

 〝フォーサイト〟案内の下、モモンガは迷うことなく目的地へと辿り着く。

 遺跡はそこそこの広さを持ち、所々にある破損から何度かの探索チームに荒らされた事を感じさせるが、元は神殿だったのだろう面影を感じさせた。

 待ち望んだ冒険らしい冒険、その一歩目を目の前にしたモモンガは、

 

「……」

 

 一人、絶句していた。

 

「モモンさん?」

 

「あ、ああすみません。あの、ここが依頼にあった遺跡なんですよね?」

 

「ああ、そうだけど」

 

「既に何度も調査が入った場所だと」

 

「おう……何かあったか?」

 

「……いえ。少々お聞きしたいのですが、今までも野伏(レンジャー)魔法詠唱者(魔法詠唱者)といった探査に優れた人員はココに訪れているんですか?」

 

「そりゃあ、そうだけど」

 

「神官の方は」

 

「あったと思うぜ。俺ら……ロバーだって何度か来てるし」

 

(と、なると探知魔法阻害があるな。後は単純に深い(・・)、という事かな?)

 

 モモンガは〝フォーサイト〟の疑問に答えず遺跡を進む。周りを見渡す事をせず、一心に足元だけを見て。まるでその視線の先が見えているかのように。

 ――――数分、遺跡の中を歩き回っていたモモンガの足が止まる。

 

「ここだ」

 

「ここって……何もねーぞ?」

 

 ヘッケランの問いも当然だ。モモンガの視線の先には、何も無い石造りの地面が有るだけ。

 

「ここが一番近い。たぶん階段ですかね、地下への道があると思いますよ」

 

 その確信に満ちた言葉に、彼等は驚きと困惑を抱く。

 

「根拠があるのか?」

 

「私のスキ……ちょっとした勘ですかね。ある事に関しては特化しているんですよ」

 

 多くは語らず、地下への入り口を探し始めるモモンガ。戸惑いは拭えないが、〝フォーサイト〟の面々もそれに倣って何かが無いか探し始めた。

 

「……あった!」

 

 そして再び数分、イミーナが石造りの床の中へ巧妙に隠されたスイッチを見つける。

 

「―――魔法の力を何も感じない、純粋なギミック」

 

「これは、最初からあたりをつけていなければまず見つかりませんね」

 

「マジかよ……つうか地下だったんだな。そりゃあ地上をいくら探しても何も出ないわけだ。モモンさん、一体どんな勘で分かったんだ?」

 

「それは企業秘密です。まあ何を感知したかは開けてみれば判るでしょうから、まずは皆さん戦闘準備を」

 

 剣を抜き構えるモモンガに、彼等も準備を始める。〝フォーサイト〟もそれなりの実力者だ、戦いの可能性を感じたのならばいつまでも日和ったままではない。

 

「さて、では準備が良ければ開けてください」

 

 イミーナが床のスイッチを押す。すると小さな振動と共に床の一部が動き出し、暗闇への道を徐々に開き出した。そしてそこから漂うモノは、

 

「こいつ、は」

 

「――――腐臭」

 

 地下から漂う強烈な臭気、それから導きだされる答えはそう多くは無い。

 

 

 

――――オオォオ……

 

 

 

 

「アンデッドだ!」

 

 地獄の底から這い出るかのように現れるアンデッド。その数は尋常ではなく、まさしく群れをなすという表現の他ない。

 

「はあ!」

 

 一閃。モモンガの手にした剣が振るわれると、多数のアンデッドが本来の姿である躯へと変わる。〝フォーサイト〟も負けじと剣を振るい、その雪崩が如き強襲をなんとかいなしつづける。

 数分の戦い、潮が引くように数を減らすアンデッドの群れ。それをどうにか倒しきると、彼等はようやくとばかりに息をついた。

 

「モモンさんはこいつを感知していたのか……」

 

「ええ、訳あってアンデッドに関しては人より鋭い感覚を持っているんですよ」

 

 次弾が来ないことを確認してから、モモンガは〝フォーサイト〟を見回す。

 

「さて、私は中へ入ってみようと思いますが、皆さんはどうしますか?」

 

 モモンガの言葉に彼等は視線を交わし、互いの気持ちを確認する。

 

「俺たちも行くぜ」

 

「お宝目当てですか?」

 

「もちろん! と言いたいところだが……ワクワクするじゃないか、誰も足を踏み入れたことのない遺跡に入り込もうってんだから。ここで引ける程にお利口じゃねえぜ」

 

 彼等の顔には知的好奇心を刺激された不敵な笑みがある。金銭を求めてワーカーへ身をやつしたと言え、彼等もまた冒険者なのだ。

 

「本当に良いチームですね……では、行きましょうか。ダンジョン攻略へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜぇい!」

 

「はあ!」

 

 前衛を務めるモモンガと、殿を護るヘッケランの一撃が骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)を倒す。

 

「周囲にアンデッド反応無し!」

 

「私も感じませんね」

 

 ロバーデイクとモモンガの探知報告をもって、張り詰めた空気を弛緩させる面々。遺跡地下に侵入してからというもの、彼等はかなりのアンデッドとエンカウントしていた。出てくる敵は〝フォーサイト〟だけでも苦戦はない程度だが、何しろ数が多い。肉体より精神的な疲弊が問題だった。

 

「少し休憩をしましょう」

 

 それを初めに言い出したのは、種族的に疲れを知らないモモンガだ。そんな裏の事情(オーバーロード)を知らない彼等は、アダマンタイト級の底知れない体力に憧憬と驚愕を抱いていた。

 

「はぁーっ! 何なんだよここは……カッツェ平原よりひでぇじゃねえか!」

 

「ほんっと、出てくるのはどれもこれもアンデッド。暗くて陰気臭いしお宝はないし散々じゃない!」

 

「幸い出てくるモンスターはどれも低級ばかり。みなさんの御蔭で私やアルシェの魔力は節約できています」

 

「―――あまり楽観視はできない。骸骨戦士は第三位階までの魔法では召喚できないから、もしあれらが自然発生ではないのだとしたら……」

 

「第四位階以上の魔法詠唱者、もしくはより上位のアンデッドがいる遺跡かもしれない、という事か。クソッ」

 

 何気ない雑談にモモンガは反応する。

 

「アルシェさんの言うとおり、第4位階死者召喚(サモン・アンデッド・4th)という魔法で骸骨戦士を召喚できます。アルシェさんは死霊魔術に詳しいのですか?」

 

「―――違う。じゃなくて違います。師が詳しかっただけです。私は第三位階魔法までしか使えません。

 モモンさんは戦士としてすごいだけじゃなく、魔法まで詳しいのですね」

 

「知っておいて損はありませんからね」

 

 休憩中にも拘らず、魔法談義に盛り上がり始める二人。アダマンタイト級である英雄の楽しそうな姿と、普段ダウナーでクールな魔法詠唱者が見せるハイテンションに残りの三人は小さくざわつく。

 

(……これは、アルシェに春が来たんじゃないか?)

 

(遺跡に入る前にはふざけてただけだけど、もしかして彼に惚れてるとか?)

 

(そうなると先程の『男を見る目がなさそう』については謝罪しなくてはいけませんね……)

 

「―――皆、聞こえてるから」

 

「私、結構オッサンなんですがね……」

 

 ヘルムの頬を掻くモモンガと、やはりジト目のアルシェ。特にアルシェの強い視線にさらされた三人は、とりあえず乾いた笑いで誤魔化した事にする。ヘッケランは話題を変える事で無理やり軌道変更した。

 

「そういえば噂を聞いた時から疑問だったんだが、モモンさんはチームを組まないのか?」

 

「ええ、諸事情がありまして」

 

「まあモモンさんぐらい強いとなると釣り合う相手もそういねーか……」

 

「それを気にした事はありませんが……理由の一つにはなりますね。

 逆にフォーサイトの皆さんはバランス良いチームだと思いますが、男女混合とは珍しいですね」

 

 基本、冒険者は同性のみで組まれる事が多い。理由は言うまでもなく余計なトラブルを発生させない為だ。

 

「まあな。俺とイミーナは同じ村の出身。ロバーとアルシェは仲間探し中に偶然出会えて、目的も一致していたからすんなりチームを組めたんだ。気は合うし実力も申し分無し、ここまできたら性別なんて二の次だぜ」

 

(確かにそれだけめぐり合わせが良ければ他の事は二の次だな。アインズ・ウール・ゴウンにも女の人はいたけど、不思議とそういうトラブルは無かったな……皆リアルじゃ結構美人だったのに)

 

 普段異形種の面を突き合わせているのが原因の一つだが、それ以上に彼女達の豪快な性格が一因だという事にモモンガは気づけない。ドスの利いた声を出す弟ジェノサイダーとか、とりあえず殴りますねさんとか。

 

「それにしてもソロ活動のアダマンタイトとなると、結構あっちのお誘いも多いんじゃねーか?」

 

「あー……」

 

 ヘッケランの下世話な表情にモモンガは首をひねる、という事はなく言いたいことを理解する。なにしろ多数の『お誘い』で悩まされた経験があるからだ。というか今でもエ・ランテルに戻れば酷い事になる。

 

「ない、とは言いませんね。個人的なお誘いならともかく、冒険者ギルドの息が掛っている相手とかだと流石に邪険にできず困っています」

 

「全部断ってんのか? こういうのもなんだが、多少火遊びなんて誰も咎めないとおもうが」

 

(その火遊びをしたくても松明になる棒がないんだってば! というか後ろの女性陣の凄い目に気付いてないのか? わざとやってるのかヘッケラン!?)

 

 ちょっとした男同士の下世話な会話だが、モモンガは返答を非常に悩んだ。今になってという事ではない、有名になってからというものずっと抱えていた悩みだ。配慮する仲間や伴侶が居ないというのにそういう事に手を出さないのは、いらぬ嫌疑をかけられる。英雄モモンは男色家などと噂されては目も当てられない。

 

「いや……実はですね……故郷に、こ、婚約者が、いまして……」

 

「婚約者! モモンさん程の大英雄となると、よほどの美人さんだろうなあ」

 

「う、まあ、私にはもったいない女性ですよ」

 

「へぇー、ちなみにどんな感じ?」

 

「え? あ、あー、そうですねえ……」

 

(くそっ、適当に嘘ぶっこいたら大変な事になった……どうする、どうしよう……)

 

 モモンガは悩む、悩み抜く。そしてふと思い出されるのはあの世界最後の出来事。

 ――――『モモンガを愛している』。

 

「長い黒髪で、金の瞳をした白いドレスの似合う女です。名をアルベド、といいまして」

 

(うひぃ! タブラさんごめんなさい!)

 

 久しぶりに思い出した黒歴史に、その場限りの嘘が重なって精神が何度も沈静化する。恥ずかしい、とても恥ずかしい。そんなモモンガの内情を知らない〝フォーサイト〟の面々は呑気なものだ。

 

「やっぱりできる男にはいい女がついているもんだな。残念だったなアルシェ」

 

「―――ヘッケランの頭が残念。でもその人が羨ましい、恋人以外には現を抜かさないだなんて」

 

「そうねえ、一途に想ってもらえるなんて女冥利に尽きるわ」

 

「素晴らしい、流石モモンさん。英雄色を好むともいいますが……貴方の志は人として素晴らしい」

 

 彼等が褒め称える程にモモンガの心が心臓掌握(グラスプ・ハート)されていく。彼等の言葉はリアルでは約Lv30魔法使いでは耐えきれない精神魔法攻撃だ。

 

「あ、あまり人に語るような話ではありませんから、そこまでにしてください。

 さあ、もう十分休みましたよね? 先に進みましょう」

 

 ニヤニヤとした生暖かい視線で此方を見る面々から顔を逸らし、未だ先のあるダンジョンを見やる。しばらくモモンガの後ろがフワフワとしていたのは彼の勘違いではないだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 休憩から暫く歩を進めると、少し雰囲気の違う空間へとたどり着いた。彼等の目の前には風化しつつあるが装飾が整っていて、人が二人は同時に通れそうな扉がある。

 

「――――魔法の罠は感じない」

 

「……うん、物理的な罠もないわね」

 

 女性二人の判断に、ひとまず危険がないことを確認する。

 

「さて、どうしますか?」

 

「そりゃ聞くまでもないでしょモモンさん。ここまできたら最後まで行ってみようぜ」

 

 ヘッケランの言葉に周りのメンバーも同意を示す。モモンガとしても否定する要素はないので、軽く頷き返した。

 

「では、開けますよ」

 

 全身鎧で一番耐久力のあるモモンガが扉を開く。不気味な音を立てて開いていくその先には……

 

「祭壇、か?」

 

 かなり広い空間。部屋の奥に様々な装飾と石像が立つそこは、間違いなく何らかの祭壇だった。

 

「何だこりゃ……結局ここは何なんだ、神殿だったのか?」

 

「そうするとあのアンデッド達の説明がつきません。もしかしたら邪教集団の跡地なのかもしれませんね」

 

「邪教集団って、ズーラー……後ろ!」

 

 ヘッケランとロバーデイクが話し合う中に、イミーナが突然警告を発する。それに問を返す間も無く、ズン、という重い音と共に現れたそれは、

 

「鎧を着たアンデッド……何だ、見たこともないやつだ!」

 

「馬鹿な……反応はありませんでした! アレは突然現れましたよ!」

 

「どうやら扉ではなく部屋自体が罠だったようですね。扉の上の方に魔法陣がある」

 

 目の前の敵から注意をそらさないようにモモンガが示した方向へと視線を向ければ、大きな魔法陣が淡く発光していた。

 

「入ってから起動したって事は、追い返したり奇襲をするためじゃないわね」

 

「逃さず皆殺しの罠って訳か……だが本格的にやばいぞ。あれはとんでもなく強い」

 

 2mを超え漆黒に染まった巨体に、それに負けないタワーシールドと禍々しいフランベルジェを持つ見たことの無いアンデッド。対面しているだけで〝フォーサイト〟の肌が粟立つ。

 

「アレの名は死の騎士(デス・ナイト)、難度100を超える手強い相手です」

 

「100!?」

 

 オリハルコン級でないと倒せないといわれるギガント・バジリスクでさえ難度83だ。それを超えるアンデッドなど見たことも聞いたこともない。

 

「伝説級のアンデッドって訳かよ……クソッ、こんな所で終わるだなんてな……」

 

「ヘッケラン……」

 

 青ざめた表情のイミーナがヘッケランへ近づき、彼はその手を取る。せめて最後は愛する人の側に、という意思が感じられた。

 モモンガは彼らを見て何を思ったのか、死の騎士へと一歩前へ出る。当然のように死の騎士の殺意はモモンガへ集中し、フォーサイトが感じていた威圧感は僅かながら減少した。

 

「モモン、さん?」

 

「皆さん、やつは私が引き受けます。その間に地上へ逃げて下さい」

 

 そのあまりにも突然な言葉に、彼らは自らの耳を疑う。

 

「な、いきなり!」

 

「あれの相手を出来るのは私だけです。ならやる事ははっきりしているでしょう?」

 

「そうかもしれねえが……俺達だって少しは役に立つぞ!」

 

「そうですモモンさん! 頼りないかもしれないけど、貴方一人に任せて逃げられないわ!」

 

「相手はアンデッドです、私の神聖魔法は必ずお役に立ちます!」

 

「―――火球(ファイヤーボール)なら使える。私達でも少しはダメージを与えられる」

 

 フォーサイトは次々に声を上げる。彼らは善人ではないが、悪人でもない。自分達の命が一番大切な事に変わりはないが、戦う事もなしに同業者を見捨てられる程の外道ではないのだ。

 

「皆さん――――迷惑です」

 

「なっ」

 

 だがモモンガから返ってきたのは明確な拒絶。彼らは驚いたが、それは言葉だけが原因ではない。同時にモモンガから放たれた強大な威圧感に恐怖を覚えたのだ。

 

「貴方がたという足手まといがいると、集中できません。私があれを抑えている間に、さっさと出ていって下さい」

 

 モモンガが放つ言葉は、先程と変わらずにべもない。冷たく、本気で迷惑に感じていると受け取れてしまう言動ではあったが、フォーサイトははっきりとその裏の意思を感じ取っていた。

 

「……分かりました。ありがとうございます、モモンさん。生きて帰れたら必ず御恩はお返しします」

 

「はて、恩を売った覚えはありませんが……まあもし私の言う事を聞いて頂けるというのでしたら」

 

 モモンガはヘッケランとイミーナを見やると、呟くように言う。

 

「ここはひとつ、男の甲斐性でも見せてもらいましょうかね」

 

 目の前の恐怖を忘れたようにきょとんとした二人の顔が、じわじわと赤くそまる。呆けた時間はそう長くはなく、ヘッケランは良い笑顔を見せた。

 

「ええ! 一世一代の告白をお見せしますよ!」

 

「へ、へっけらん!?」

 

 やたら勢いの良い答えに頷くと、モモンガは爆発するように駆けだす。

 

「はあ!」

 

 全身の力と体重を駆けた横殴りの一撃が、死の騎士へタワーシールドの上から叩きつけられる。扉を封じるように立っていた死の騎士は、耐えきれず部屋の壁まで吹き飛んだ。

 

「さあ、早く!」

 

「行くぞ、皆!」

 

 モモンガの声に、掛け声をあげて走るフォーサイト。横目でモモンガを見れば、既に立ち上がって彼に襲いかかる死の騎士が見えた。

 

「クソッ、クソッ! 走れ、全力だ! 倒れるまで走るんだ!」

 

 恐怖や情けなさ、そして感謝と、様々な感情が溢れ出るのを感じながら彼らは走る。最後に大きく偉大な背中を目に収め、全力へ地上へと駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 一人、死の騎士と対峙する事になったモモンガ。その胸中にはある一つの感情が渦巻いている。

 

(性別の差なんて関係なかったんじゃないのか?)

 

 明らかに男女の仲を作り上げていた二人に、モモンガは暗い嫉妬を覚えていた。さっきまで良い交流が出来ていた筈なのに、今ではなんだか裏切られた気分にすらなっている。

 

(こっちは遊びで冒険してるんじゃないんだぞ? それをまあ人の目の前でイチャイチャと……早々に結婚して人生の墓場に陥ればいいんだ。末永く爆発しろ!)

 

 剣を地面にブスブスと刺しながら内心で大いに愚痴るモモンガ。アンデッドになり男の象徴を失った彼は、ある意味昔よりも闇を抱えていたのである。とはいえ精神の沈静化が掛らない程度のイライラではあるのだが。

 

「さて」

 

 カツン、と最後に剣を地面へと突き当てて意識を現実に戻す。

 死の騎士は動かない。モモンガは部屋の中に戻り、死の騎士は再び扉を守る。最初の想定通りに死の騎士は逃げようとした者だけに襲いかかるようだ。本来ならフォーサイトを追いかけるのだろうが、目の前にモモンガが残っている以上それを放置することもできない。

 

「命令次第だが……これでどうかな?」

 

 モモンガは魔法で作っていた全身鎧を消す。現れるのはオーバーロードの姿、つまりはアンデッドだ。

 

「やはりターゲットは生物だけか」

 

 とたんに敵意を納める死の騎士に、モモンガは自分の推測が当たっていた事を悟る。

 この遺跡には数多くのアンデッドがひしめいていた。特に制御もされず、行動範囲制限もない。となると目の前の死の騎士や数々のトラップが誤作動して同士打ちしていてもおかしくはない。それを除外するとしたら、その対象は?

 

「大方“アンデッドを除いた侵入者を殺せ”、かな? または“命ある侵入者を殺せ”か」

 

 どちらかは不明だが、目の前の敵意を失った死の騎士を見る限りは勘は当たっていたようだ。

 

「さて、少し質問したいのだが……話せるか?」

 

「ヴォ……ゴア?」

 

(む、言葉が判らん……何故だ、召喚した死の騎士とは意思疏通ができたぞ?)

 

 言葉? と共に身振り手振りでこちらに語りかけてくる死の騎士に、モモンガは首を捻る。

 

(この世界は言語が違えど自動で翻訳される。だが死の騎士はそもそも話せない、喋るという機能が無い。だが俺もアンデッドだから彼等とは意思疎通ができるのだと勝手に思っていたのだが……)

 

「考えても仕方ないな。<中位アンデッド創造>死の騎士」

 

 モモンガの傍らに新たな死の騎士が召喚される。元からいた死の騎士……紛らわしいので遺跡の騎士は困惑こそ見せたがやはり敵対しなかった。

 

「さて、我が死の騎士よ。彼の言葉を通訳してくれ」

 

「ゴアッ」

 

 元気よく返事を返すモモンガの召喚した死の騎士……こちらも長いのでモモンガ騎士、は遺跡の騎士と会話を始めてくれた。

 

「ゴッ……クア、ウゥ?」

 

「オォオッ、クゥ」

 

(うーん、とってもシュールな光景だ……)

 

 死の騎士二人(二体?)が身振り手振りを交えて会話する。ここにフォーサイトが残っていたら苦笑いでもしただろうか、もしくは余りの光景に気絶するか。

 

「ほう、ここはズーラーノーンの拠点か。放棄して10年……ふむ、成程引っ越しか。そうなると何も残ってなさそうだな……」

 

 エ・ランテルでのアンデッド事変を思い出す。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)程度しか召喚できないのかと侮っていたが、死の騎士を召喚できるとなれば多少は評価を上げても良い。あくまで多少だが。

 ―――ちなみにここでモモンガは少し記憶の端に引っ掛かる死の宝珠(なにか)を思い出しかけたのだが、思い出せないのなら大したことではないと気にしなかった。インベントリに放置されている彼は泣いていい。

 

「命令は『この部屋に侵入した命有るものを一人残さず殺せ』か。他は何も知らない、となると……せっかく用意した罠を消すのももったいないから、ただの嫌がらせとして放置したってところかな?」

 

 事実、この遺跡には価値ある物品がほぼ残されていなかった。それこそ死の騎士を召喚する罠こそが一番価値がある物と言える。成程、ならば消すことに抵抗を感じてもおかしくはない。

 

「ふーむ、結局得られたのは冒険心だけか。まあいい、初めての探索だし成果なんて期待してなかったしな。

 さて、私は帰る。遺跡の騎士よ、お前はどうするのだ?」

 

 遺跡の騎士はうめき声という発言を放つ。曰く、命令に従い続けると。

 

「ここは放棄された、もはや護る価値も意味もない。それでもこの地を護るのか?」

 

 ―――理解している。だが、それでも命令を守る。

 そこには何の感情もなく、捨てられた悲哀すら浮かべず、彼はそう言った。

 

「……素晴らしい、流石はアンデッドだ。揺らぎなく、自らの使命がある限り朽ち果てるまで戦うその姿、誇らしく思う。

 そこで一つ提案がある、お前さえ良ければ――――」

 

 モモンガの提案に死の騎士は少しの躊躇を見せた後、深く頷く事で答えを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

 〝フォーサイト〟は遺跡を出て、かき込むように呼吸を繰り返した。

 ここまで一度も振り返らずに全力で走ってきたが、幸い敵や罠との遭遇は一度もなかった。一度自分達が通ってきた道なのだから当然と言えば当然だが。

 

「皆、大丈夫か?」

 

 体が資本のヘッケランとイミーナは早くに回復し、仲間を気遣う。ロバーデイクとアルシェは後衛職だ。冒険者として最低限鍛えているとはいえ、彼らと比べてしまえば体力が違う。

 

「な、なんとか……」

 

「うっ……気持ち悪いけど、大丈夫……」

 

 二人の息が整い始めるのを確認し、ヘッケランは立ち上がる。

 

「皆、いくぞ」

 

「へ? どこへよ」

 

「街だ。騎士団か冒険者組合に行って、この遺跡の事を伝える。あんな化け物放置できないだろ」

 

「そ、そうね。モモンさんだって直ぐ戻ってくれば助けられるかもしれないわ」

 

「―――なら私が先行する。飛行(フライ)で行けば走るより早い」

 

「アルシェが行ってくれるのでしたら我々は残って入口を監視していた方が……今、揺れましたか?」

 

 彼らの話がまとまる前に、小さな異常が彼らを襲う。地震にしては揺れ方が不自然な上に、音が近い(・・・・)

 

「おいおいおい、まじかよ!」

 

 遺跡が揺れている。いや、正確に言えば遺跡地下がだ。その証拠に今出てきたばかりの入り口から見える内部が崩れ始めている。

 

「そんな……モモンさんが!」

 

「クソッ、下がれ皆!」

 

 自分達を助けてくれた気さくな英雄がまだ中にいる。そうと分かっていながらも彼らに出来ることはない。

 

 ―――――ズンッ

 

 重苦しい音と共に大きな土煙が舞う。しばらくして視界が晴れ、そこに残った物は……

 

「……全部……潰れちまった」

 

「どうして……」

 

 地上に残っていた建造物は崩れ、陥没し地下空間を埋め尽くしていた。ああなってはいくらアンデッドであってもひとたまりも無い。万が一活動できる個体がいたとしても、独力で這い出るのは不可能だろう。そう、たとえアダマンタイト級の英雄であっても……

 

「いやあ、危ないところでした」

 

 ……アダマンタイト級の英雄で、あっても?

 

『モモンさん!?』

 

「はい、思いのほか早い再会ですね。お互い無事でなによりです」

 

 〝フォーサイト〟の隣にはいつの間にかモモンガがいた。全身鎧に激しい戦いの傷跡こそ見られるものの、その声と立ち振る舞いに怪我や疲れは感じ取れない。

 

「ど、どうやって!?」

 

「どうやって逃げられたか、ですか? でしたらあのアンデッドと戦っている間に偶然隠し部屋を見つけまして。そこから地上への道があったので無事逃げてこられたんですよ。

 ですがその代わりに最後のトラップが発動してしまったようですね……不幸中の幸い、いやこの場合逆ですかね」

 

 モモンガはあっけらかんと脱出の経緯を語る。〝フォーサイト〟は英雄の運の良さに胸をなでおろすと、それぞれ安心した表情を見せた。

 ―――もちろん、大脱出劇など真っ赤なウソなのだが。

 

 遺跡の騎士と話し合ったモモンガは、彼に『遺跡の破壊』を提案した。ここを護る必要はなく、根本的に侵入を拒むのならそれが最善だと。

 対して遺跡の騎士はこれをあっさりと受諾。彼の課せられたオーダーは『遺跡の守護』ではなく『生きている侵入者の殲滅』だ。これに問題などない。

 ……全ての者に見捨てられ、ただ存在するだけの遺跡に一人残り続けるくらいなら無くなった方がマシ。それはモモンガが思う慈悲の心だった。遺跡の騎士には、それを悲しむ知識も経験もない。それでは余りにも救われないではないかと。

 

「ここにいたアンデッドも全滅でしょうね。遺跡が潰れてしまったのは残念でしたが、まあお宝の一つもないダンジョンです。どうせ誰もこなかったでしょう」

 

「そうですね……俺たちも命があるだけで儲けものだと思う事にしますよ」

 

 お互いに乾いた笑いでマイナス思考を振り払う。得る物は無かったが、それ以上に生きて帰れた事を喜ぶべきなのだから。

 

「! そういえばモモンさん、お互い無事生きて帰れた訳ですし、御恩を返さなくてはなりませんね!」

 

「ゴホッ!」

 

 何かを思い出したロバーデイクが満面の笑顔で切り出す。それに何故かせき込むヘッケランと、顔を真っ赤に染めるイミーナ。

 

「……ああ! そういえばそうでしたね。ふーむ、一体どんな御恩を頂けるんでしたっけ?」

 

「どうでしたかねえ。ねえ、ヘッケラン。どんな事をすると言いましたっけ?」

 

 あからさまに覚えていながらとぼけた口調で問いかける二人。当の本人は「ぐおおおお……」とうめき声を上げながら頭を抱えている。

 

「ヘッケラン?」

 

「ヘッケランさん?」

 

「―――ヘッケラン」

 

 問いかけに魔法詠唱者(3人目)までもが増えたところで、

 

「ああああ! 分かった、やってやる! やってやるぞ!」

 

 ヘッケランはだいぶやけくそ気味に吠えた。

 

「イミーナ!」

 

「はいぃ!」

 

「俺は、お前が―――――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは小さな教会だった。10人も在席できないような、小さな小さな教会。

 

 神父はがっしりとした体躯の神官。参列者は魔法詠唱者に、全身鎧の戦士のみ。

 

 壇上には新郎と新婦。彼らは少し小奇麗な格好をしただけで、貴族のようなドレスを着ている訳ではない。あまりにも小さく、質素な結婚式だ。

 

 だが、壇上の二人は輝いていた。笑顔が、あるいはその指に輝くリングが。

 

 ――――穏やかな空気が流れる中、二つの影が重なる。

 

 拍手が上がる。それはいつまでも、いつまでも続いた。

 

 




ユグドラシル(社会構造)に対する異形種()である事で、誰もが反感を覚える訳ではない。



遅れまして。
実家からの投稿ですので、修正や余談はまた後日。

全部エクステラとFF15が悪い。


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第12話

今回から会話が繋がる際の改行を埋めてみました。
見やすい方に全部合わせようと思いますので、ご感想を頂ける際にでもご意見頂けますと幸いです。


 モモンガは自らの片手で軽く押さえるように頭を抱えていた。一見して「面倒な事になった」と言わんばかりのポーズである。実際、今のモモンガは少々面倒なことを抱えている。

 

「―――ごめんなさい」

 

 その面倒なことの元凶である少女が、申し訳なさそうに謝罪する。そうやって下手に出られることが面倒だと突っぱねられない要因の一つだ。

 

「いえ、私も考えなしでした」

 

 机に落としていた視線を上げて少女を見やる。

 アルシェ・イーブ・リイル・フルト。元〝フォーサイト〟というワーカーチームの一人にして、凄腕の魔法詠唱者だ。そこに『人間としては』という枕詞が付くが。

 そう、『元』なのである。

 

「―――ヘッケラン達は貴方に祝ってもらって嬉しそうだった。少なくないお金……ゴシューギ? まで貰って、そこまでしてもらう義理はないのにって」

「まあ、私も焚きつけましたしね。それに結婚式に参加というのも初めてだったので、良い経験をさせてもらったお礼ですよ」

 

 彼女のチームはヘッケランとイミーナの結婚により解散してしまった。さすがにチームの二人が結婚しているとなると活動にも支障がでるだろうと、彼らの内で決まったことである。

 ロバーデイクはこれを機にやりたかった活動をすると言い、既にこの街にいない。どこの教会にも属せず、貧しくも助けを求める人々を探し歩き回るのだろう。

 そうして、アルシェは一人残ってしまった。

 

『厚かましいとは分かってるんだが、どうかアルシェを頼みたいんだ』

 

 アルシェを除いた三人に、そう言って頭を深く下げられたことを思い出す。

 

『あいつは俺らとは違って、危ない道を行っても金を稼がなきゃいけない理由があるみたいなんだ』

『私達はそれを問いただしたことは無いし、彼女が言い出さない限り聞かない』

『だからといって放りだす訳にもいかないんですよ』

 

 彼らはモモンガが断っても何度も頭を下げて諦めない。チームとは言っても他人だというのに、その心配の仕方はまるで妹か娘のような扱いだとモモンガが感じるほどだ。

 実のところモモンガとしてもアルシェのことを気にしていた。彼女個人はどうでもいいが、その状況にひどく共感を覚えてしまったのだ。

 ――――生活のためにチームから抜けていくメンバーと、一人残される自分。

 それを間接的とはいえ作ってしまったことに対して、モモンガは少し昔を思い出し心を痛めていた。

 

「―――やっぱり次のチームは自分で探す。これ以上貴方に迷惑ばかりかけられない」

「……ふむ、まあ待ってください。私としても貴方を放っておくことはできません」

「―――でも、冒険者モモンはチームを組まない筈じゃあ?」

「ええ、ですのであくまでも一時的に、条件付きでということにはなりますが」

「―――条件?」

 

 小首を傾げるアルシェに手を向け、指を三本たててその一つを折る。

 

「まずは一つ、あくまでも我々はビジネスパートナー。仕事の時を除いて互いのプライベートに深追いはしないこと」

 

 アルシェが頷くのを見て、モモンガは次の指を折る。

 

「次に仕事は冒険者として私が一人で受け、貴方はその助手という形を取ること。これに深い意味はありませんが、対外的にはチームではなくただの協力関係だと知らせるためです」

 

 下手にモモンガがチームを組んだりすると、それを聞きつけた加入希望者がうるさくなるだろう。王国では毎日のように勧誘と加入希望を受けていたので、今更その対応に追われたくない。後は異形種以外とは組まないといういつも通りの小さな拘りである。

 そして最後に一つ、残った指を折る。

 

「最後に、貴方の目的、ないし目標を私に話す事。先の話を覆すようですが、こればかりは避けて通れません。いくら稼ぎ、いつまでに必要で、何のために使うか。悪いですがここでただ金が好きだからという理由ならさすがに付き合っていられません」

「……それは」

「話せませんか? 無理に聞きだすつもりはありませんが、そうなると一時的とはいえ組むのは難しいですね」

「―――いえ、話させてほしい。せめて、貴方には誠意をみせたい」

 

 家の恥だから誰にも言えなかった、と彼女は切り出した。

 鮮血帝により没落した貴族であること。だというのに生活を改めず、借金を繰り返し続けていること。ここまで育ててもらった恩義と、二人の妹のために今まで稼いだお金を納めていたということ。

 

「……」

 

 モモンガはそれを黙って聞きながら、自らの中に小さく湧く感情に気づいた。

 彼女の状況は、同情に値する。だがやはりアンデッドになってしまったモモンガにとって、アルシェの健気さなど心を動かされることもない。ならば、この胸の奥で小さく焼け付く炎はいったいなんだというのか。

 

(親が、子を、愛さないのか?)

 

 それを認識できたとき、彼の炎に名前が付いた。

 ―――怒りだ。

 

「不愉快だな」

「―――ご、ごめんなさい。くだらないことを話した……」

「いや、いえ。アルシェさん、貴方のことではありません」

 

 ビクリと顔を青白く染めるアルシェを、できるだけ平静な声でなだめる。モモンガの口からこぼれでた言葉には、はっきりとした怒りがあった。彼女がそれを怖がってもしょうがない。

 

(……そうか、異世界でもやっぱりそんな事がありえるんだな)

 

 モモンガの母は、過労が故に倒れ、死んだ。だが母が生活に余裕がなくとも自身を愛してくれていたことを子供ながらに覚えている。親とは、子供にとって全てである。そして子とは、親にとって無償の愛をかけるものである。そうでなくてはならない、そうであってほしい。モモンガには何処かにそういう気持ちがあった。

 

(胸糞悪い話だが……)

 

 どうしようもない者はどこかには居る。あらためてモモンガはそれを認識しなおした。

 何はともあれ、少なくとも付き合いきれないというほどの理由ではなかった。ならば後は具体的な話だ。

 

「貴方の事情は分かりました。それで、その借金はいくらほどなんですか?」

「―――金貨、300枚」

「さ―――!」

 

 だが、挙げられた金額は想像の一つ上にあった。まさしく桁が違う、というやつだ。

 

「……随分な金額ですね、いったいどんな使い方をしたらそんなことに?」

「―――食生活や従者の給料もあるけど、一番は見栄のために買っている芸術品」

「両親はそこを改める気は? なければ稼いでもまた借金を繰り返すと思いますが」

「―――そこは考えている。何も300枚用意せずとも、頭金さえあれば返済の期限は伸ばせる。

 それを最後に親とは縁を切り、妹達を連れて家を出るつもり」

「なるほど……」

 

 アルシェの語る未来は十分現実的なものだった。

 

「分かりました、その条件なら一時的なチームを組んでも構いません。ただ、金額目標としましては金貨300枚としておきましょう。貴方が独り立ちするための資金としても必要でしょうし」

「―――ありがとう、モモンさん。可能な限り力になれるように頑張ります」

「モモンでいい……私もアルシェと呼ばせてもらう。一時的とはいえチームだからな」

「―――分かった、モモン」

 

 お互いに頬笑みながら(片方はフルフェイスで内側は骨だが)固い握手をする。

 

「それで期間の事だが、さすがに金貨300枚となると時間がかかる」

「―――うん、分かっているつもり」

「私が王国で活動していたときには一月少しで金貨500枚ほどだったから、等分なら金貨300まで二月少しといったところかな」

「―――うん……うん? 一月金貨500!?」

「ああ、まあな」

「―――驚いた……まだアダマンタイト級冒険者を侮っていたみたい」

 

 アルシェの驚く顔に、モモンガも内心苦笑する。実際今の稼ぎを日本円に直せばいくらになるか―――考え始めるとちょっと無いはずの心臓がキュッとするので極力意識しないようにしていた。

 

「では、今日はここまでにして明日から動き出そう。明日の朝にでも冒険者組合の前で待ち合わせだな」

「―――分かった。ちなみに帝国にいたままでいいの? こっちにいたままで支障が出るなら……」

「それについては気にしないでいい、あてがあるからな。それにアルシェは妹がいるのだから、拠点を変えるというのは難しいだろう?」

 

 アルシェはモモンガの気遣いに感激し、あらためて礼を言った。

 

 こういった経緯で、彼らは一時的なチームを組むことになったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿に戻り、鎧を消してから<伝言>を使う。

 

(困ったときのなんとやら、というやつだな)

 

 数分としないうちに<伝言(メッセージ)>がモモンガの言う「あて」に繋がった。

 

『モモンだが、聞こえるか?』

 

『はっ。お久しぶりですわモモン様。何か御用でしょうか』

 

『ああ、少々お前の力を借りたくてな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、アルシェ」

「―――モモンさ、じゃなくてモモン、おはよう」

「……少し、顔色が悪いか?」

「大丈夫。家に帰ったら増えた借金を伝えられただけ。やることは変わらないから問題ない」

「それは、難儀なものだな」

 

 朝から少し重めの話をしつつ、二人は冒険者組合へと入る。

 先日と変わらぬ閑散とした組合には、人の出入り自体が珍しい。その少ない出入りの中でも、モモンガのように立派な体躯をした全身鎧の男はさらに珍しい。受付に居た女性は当然のようにモモンガの姿を見つけると、はじけるように立ち上がって此方へと駆けつけた。

 

「いらっしゃいませ、モモン様。実は王国からの連絡がありまして使いを手配するところでした」

「それは行き違いにならなくてよかった。仕事の依頼かね?」

「はい! 指名の依頼が多数きております!」

「分かった、では話を聞きたいから案内してくれ」

「では、此方へ……あの、お隣の方は?」

 

 受付の女性はアルシェをみやると、好奇心に負けて問いかける。モモンは一人の冒険者だし、アルシェには冒険者のプレートがないので当然と言えば当然だ。

 

「ああ、彼女は一時的な協力者だ。私が一方的に雇っている形だから、人間性や実力の保証は私がする。今日の話も場合によって彼女の力を借りるので、依頼の話には彼女も参加させていいだろうか?」

 

 受付はモモンの言葉を受け、目を白黒させる。噂で聞いているチームを組まないモモンが女性を連れ歩いている、それだけでスクープだ。受付の彼女も冒険者組合に居る以上は情報通(噂好き)だ、何かを勘ぐらないでくれという方が難しい。

 とはいえ彼女もプロだ、その興奮をおくびにも出さないで受付らしい毅然とした態度を取る。

 

「かしこまりました。モモン様がそう仰られるのであれば、我々としても問題はございません。あらためてご案内致します」

 

 先導して歩き始める彼女は、モモン達に顔を見られないと分かると固めていた表情を大きく崩す。

 

(速報! 速報! 英雄モモンに女の影有り、よ! これは盛り上がってきたわね……!)

 

 対してモモンガ達はそれにおとなしく付いていきながらも、受付に聞こえないよう小さな声で話し合う。

 

「話は通った、よな? しかし何というか、妙に変な目で見られなかったか?」

「――――目力が凄かった」

「うむ。ビームでも出そうだ」

「ビーム?」

「いや、こっちの話だ」

 

 雑談しながら奥へと進むと、普段冒険者が自由に使える会議室、ではなく応接室へと通される。数少ないアダマンタイト級冒険者であるからこそ、上級の客と同等の扱いをされていた。

 

「では、こちらで少々お待ちください。組合長がすぐに―――」

「失礼する。初めましてモモン殿、挨拶が遅れてしまい申し訳ない」

 

 受付が言いきる前に、組合長らしき者があらわれた。余程焦っていたのか、軽く肩で息をしているほどだ。

 この下にも置かない扱いに、モモンガはリアルの営業時代を思い出して苦笑する。まさしく重役が来たときに自分達がしていた対処そのままだからだ。

 

(今だってただの雇われ社員のはずなのにな)

 

 ビジネスマナーにのっとり応対し、少しの雑談タイム。ここまではリアルと何も変わらない。だが、これから語られるのは仕事ではなくクエストだ。

 

(さて、今回はどんな冒険ができるだろうか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――待たせた」

「いや、気にしないでくれ。それでどうだった?」

「―――目的地と関わりの深い商人に確認をとってみたけど、確かに目撃情報があった。まだ実害がないから急ぎの依頼ではなかったみたいだけど、近くの町を治めてる貴族がこの話を知って、大慌てで依頼をかけたみたい」

 

 アルシェの調査結果を聞き、モモンガは感心を覚える。半日と掛からず依頼の裏付けをしてくれたのだから、元ワーカーとしての実力はもはや疑いようもない。

 本来、組合に入っている冒険者にとってあまり必要の無い情報収集。だが緊急の依頼ということもあり、事前情報が少なかったことやアルシェのワーカーとしての技能を測るためにも調査活動を頼んでみたのだ。結果は概ね満足と言える。

 

「なるほど、とりあえず行ったはいいが徒労だったということはなさそうだな」

「―――ほ、ほんとにギガントバジリスクの討伐にいくの?」

「ああ、既に冒険者になってから倒したこともある。戦闘については何も心配はいらないさ」

 

 アルシェの言うように、今回の依頼はギガントバジリスクの討伐依頼だ。被害もなく放置されていた案件を、『彼女』が手を尽くして掘り出してきたのだろう。

 

「―――何か準備するものは?」

「ふむ、それについては歩きながら話そうか」

 

 待ち合わせに使った宿を出て、通りを歩きながら話を続ける。

 

「アルシェと組むに当たって、私にも何か得るモノがないか考えてみた」

「―――アダマンタイト級の貴方より優れているところなんて思いつかない」

「いや、案外身近なところにあったぞ」

 

 ピンと立てた指を自らの頭へ持っていく。知識、それが答えだ。

 

「冒険者としての基礎、そして一般的な知識だ。何しろ私は力で成り上がった粗暴な冒険者でな。当たり前のように知っているべきことを知らないときが偶にある」

 

 それに気づいたのは、まさしく〝フォーサイト〟と一時的に組んだときだ。アンデッドになり肉体的、精神的な疲労からほぼ解放されたモモンガは、当然のように人間が消耗することを忘れかけていた。それはまずい、何がまずいといえば、いずれ誰かに不審がられる可能性がある。

 モモンガとしては未だ人間の世界にいるつもりだった。英雄の地位に固執はしないまでも、捨てるにはもったいないと思っている。

 

「例えば今回の依頼だ。確か目的地までかなりの距離があったな」

「―――馬を飛ばしても半日はかかる」

「そうなった場合、お前たちはどうやって移動する?」

「―――乗り合いの馬車に乗って近くの町や村まで移動するか、数日掛けて徒歩での移動」

「ほう、直接馬を借りて移動はしないのか」

「―――できなくはないけど、何かあった場合が怖い。現地で馬を預けられる場所があるとも限らないし、怪我をさせたり逃したりしたら弁償も安くはない」

「成る程な」

「―――貴方は今までどうしていたの?」

「走ったな」

「……走った?」

「ああ、馬より速さも体力もあるからな。無駄金を使うより得だ」

「―――成る程、貴方の言いたいことがようやく分かった」

 

 アルシェの呆れた声に、少しばかり恥ずかしくなるモモンガ。

 実際は転移門(ゲート)なども活用しているが、さすがにそこまでは言うわけにもいかない。

 

「まあ、こんなわけで私には多々常識が足りないと思っていたんだ。これを機に、色々と教えてもらえると助かる」

「―――私としても貴方に少しでも返せるものがあるのは良いこと。喜んで教えさせてほしい」

「ああ、頼む」

「―――じゃあ、今回は馬車か歩きで移動するの? そうすると事前準備が必要になる」

「うむ、それも冒険者の大切な仕事だな……だがまあ今回はこれを使おう」

 

 そしてモモンガは一つの指輪を取り出し、アルシェに引き渡す。

 

「―――これは?」

「リング・オブ・サステナンス。肉体的疲労が一切なくなるマジックアイテムだ」

「はっ?」

 

 国宝レベルの一品をポンッと手に載せられたアルシェは固まる。

 

「荷物なら私の無限の背負袋(インフィニティ・ハヴァザック)に入れておこう、500kgまでなら入るからな」

「へっ、はえ?」

 

 次々と便利アイテム、もとい高価なマジックアイテムを取り出すモモンガ。彼としては『これから金を貯めるのだから無駄遣いはもったいないもんな』程度の認識だ。まさに料理番組で「はい、こちらが温めたモノになりまーす」といった情緒を排した行為である。というか常識を学ぼうというのに既に常識はずれのことをしだしているということにモモンガは気づいていなかった。これを本末転倒と言う。

 対してアルシェはそれら一つ一つが借金を返してもお釣りが返ってくるものと知り、感嘆を通り越して戦慄を覚える。モモンガを少しは理解できたと思った瞬間、共感が疾風走破でどっか行った。

 

(この意識のズレを直すのは、大仕事になりそう)

 

 幸運なのか不幸なのか分からない彼とのパーティーに気合いを入れ直すアルシェ。

 ――――この日より、彼女の思った通り褒美とも試練とも判断しにくい、とんでもない冒険活劇が始まるのだが、今の彼女には知る由もないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが全て本当なら大したものだな」

 

 帝国が支配者にして、絶対的な王。その名はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 彼は手元の資料を楽しそうに、かつ不快そうに読み終わると、それを机へと放り投げた。

 

「そうですな。エ・ランテルのアンデッド事変や冒険者としての活動はともかくとして……死の騎士(デス・ナイト)と本当に渡りあえたとしたら一大事ですな」

 

 老人、フールーダ・パラダインもまた、同意を返す。屈指の宮廷魔術師とはいえ戦士ではない彼がモモンガの格を正確に推し量ることはできないが、こと死の騎士に関しては深い知識を持っている。

 

「他の活躍もそうとうなものじゃないか? ギガント・バジリスクを倒した一件もそうだが、こいつが受けた依頼はどれもこれもアダマンタイト級の名に恥じない働きだ」

「それは否定致しません。ですが、死の騎士だけは別格ですぞ」

「……そこまでのものなのか?」

「ええ、例えば四騎士が全員揃っていたとして……」

 

 そこで端に控えていた「雷光」バジウッド・ペシュメルへ二人の視線が移る。

 

「せいぜい時間稼ぎが限界でしょうな」

「倒しきれない、いや殺されないようにするのが精いっぱい、ということか」

 

 無言で頷くフールーダ。ジルクニフは小さく嘆息すると、その「雷光」へと再度視線を向ける。

 

「どう思う、バジウッド」

「そうですねえ……それが本当なら、そいつは王国戦士長すら匹敵するかもってところでしょうね」

「ガゼフ、か」

 

 ジルクニフは眉をひそめる。ガゼフ・ストロノーフの強さはジルクニフも自らの目で確認している。戦場で修羅が如き立ち回りを見せた男の名を出されては、さすがに軽視できない。なにしろジルクニフは戦場で直接勧誘する程度には彼を評価しているのだ。結果として断られたが、あの忠誠心も含めて王国には惜しい男である。ほんと欲しい。

 

「さて、その男がなぜ帝国に来たか……調べはついたのか?」

「最初の報告以外、変わっておりません。装備やアイテムの収集、後は見聞を広めるため、だとか」

「理由としては無難過ぎるな。案外ただの観光なのかもな」

 

 秘書官ロウネ・ヴァミリネンの報告に、ジルクニフは冗談めいて笑う。この皇帝、さらりとモノの本質を見抜く直感を持っているが、自らの頭の良さが邪魔をしてそれを信じられない男である。

 

「既に金や名声、力は手に入れている。さて、なら何を持って引き抜くか……」

「カルネ村や王国の裏組織の一件にも関わっているようです。正義心をうまく利用すればよいのでは?」

「それは早計だぞ、ロウネ。この男の行動や言動はそこまで偏っていない。組合とも付かず離れず、権力に対してもそう忌避感を覚えさせん。慎重に自らの立ち位置を保っている」

 

(この絶妙な距離感をそつなくこなせているとしたら、案外政治力もあるのか……?)

 

 ジルクニフの推測は深まる。

 

「……やはり一度会ってみるか」

「直接会われるのですか?」

「ああ、こいつの考えは読めないが会えば少しは分かるだろう。直接ならばこちらの本気も伝わるだろうしな。バジウッド、お前もついてこい。見れば少しは強さも判るだろう?」

「了解です、陛下」

「さて、じいはどうする?」

「そうですな……死の騎士を知っていたことだけでなく、彼がときおり見せるというマジック・アイテムの数々には興味がありますが……」

「もしそこまで乗り気ではないなら今回は譲ってくれ。話が脱線してアイテム談義などされては俺が退屈だ」

「ははっ、それもそうですな。それでは陛下が縁を結んでからということにいたしましょう」

 

 ジルクニフは机の資料を再度手に取ると、魔法で描かれた人物画を不敵に睨み、笑う。

 

「さて、英雄モモン殿は果たしてどんな男かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皇帝陛下が、私を?」

 

 とある宿屋で一息ついていた時に、帝国四騎士のバジウッドを名乗る男がモモンガの前に訪れた。何とモモンガに会うだけのために皇帝自らこの街へ訪れているらしい。

 

「ええ、もしモモンさんがよければ一度会ってもらえませんかね? 話を聞ければ報酬も出すって言ってましたよ」

「それは……断れませんね」

 

 今のモモンガにとって一国の権力程度恐れるまでもないが、とはいえ社会人としての常識は未だわきまえている。わざわざ国王がただの冒険者一人のために会いにきているのだ、相手の面子を考えて断る訳にはいかない。

 

「そりゃあよかった。そいじゃあ案内するから、付いてきてくれ。っと、お連れさんはどうする?」

「あー、アルシェ。どうする?」

 

 そこでようやく同じテーブルについていた……正確にはその机に溶けだすように突っ伏していたアルシェに注目が集まる。

 

「―――休んでる」

「そ、そうか」

 

 漏れ出るように小さな否定の声が出る。たった半月程で十数回死ぬような目にあった彼女は、疲れていた。指輪の御蔭で肉体疲労はないが精神は疲弊するものだ。

 部屋にさえ帰れれば短期間で大きく増えた資産の前で不気味ににやける程度の気力は残っているのだが。

 

「では、私一人で」

「了解だ、馬車を用意しているからついてきてくれ」

「……随分厚待遇ですね」

「分かってると思うが、陛下はアンタをそれだけ評価してるってことさ」

 

 ガゼフの言っていたとおり、引き抜きなんだろうなぁ……と思いつつも、まさか本人がくるとまでは思っていなかったモモンガは、小さな好奇心と緊張感を胸にして馬車へ乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは街の中でもかなりの大きさを持った建造物。役所のようなものなのだろう、何処かお硬い雰囲気を持つ施設だった。

 気軽に奥へとズンズン進むバジウッドについていき、施設内でも立派な装飾が施された扉の前へと案内される。

 

「陛下ー、入りますよ」

 

 バジウッドは軽いノックとともに扉を開く。返答を待たずにだ。

 モモンガはその傍若無人ぶりに目を疑う。この男が余程の礼儀知らずなのか、皇帝が細かいことを気にしない豪気な者なのか、少々固まってしまった。

 開かれた扉の奥に皇帝らしき男を見つけて硬直が解ける。慌てて動き出し、一礼を挟んでから声を上げた。

 

「失礼致します、冒険者のモモンです」

「やあ、待っていたよモモン殿。まあ入ってくれ」

 

 フランクな対応に、聞いていた鮮血帝の印象との差異に戸惑いつつ室内へと入る。

 近づいて皇帝を見てみれば、この世界に来てから上から数えても一二を争うほどの整った容姿を持つ美男子だった。ラナーといい、高貴な身分の者は当然のように美形なのが常識なのだろうか、と少々嫉妬を覚える。

 

「皇帝陛下。この度は私のような者に謁見の機会を頂き、真にありがとうございます」

「……いや、こちらこそ突然な呼びつけに対応してもらい感謝する。立ち話も何だ、かけてくれ」

 

 案内に従い、椅子へと座るモモンガ。今の彼は全開の営業モードだ。ジルクニフにとってもその丁寧な対応は予想外だったのか、少々驚きを覚えた表情をしつつ話し始める。

 

「噂には聞いていたが、モモン殿は本当に冒険者とは思えないほどに礼儀正しいのだな」

「いえ、少々人と話す機会に恵まれただけです。もし失礼な振る舞いをしてしまった場合は遠慮なく仰ってください」

「……バジウッド、これが理想の騎士というものだぞ?」

 

 お手上げとばかりに両手を上げて笑うバジウッド。

 

「さて、改めて突然の申し出に応えてもらったこと、礼を言おう。恥ずかしい限りだが、貴殿のような英雄が我が領地に来たと聞いていてもたってもいられなくてな」

「過分なご評価、身に余る光栄です。所詮私など一介の戦士に過ぎないのですが、どうも英雄像というやつだけが独り歩きしてしまって……」

「ほう、では差し支えなければモモン殿の口からその活躍を聞かせてもらえないだろうか」

「お耳汚しにならなければよいのですが」

 

 モモンガの活躍が、本人の口から一つ一つ語られる。エ・ランテルのアンデッド事変、ギガント・バジリスクとの戦い、陰謀渦巻く護衛任務、等々。

 もちろん虚実が入り混じるのはしょうがない。クレマンティーヌは最初から居なかったことになっているし、魔法詠唱者として解決した部分はマジックアイテムの力によるものと説明した。

 

「それは凄いな……それで、彼はどうなったんだ?」

 

 ジルクニフもまた、ただ聞いているだけではない。適切なタイミングで相槌を入れては続きを促す。それは現実では営業をしていたモモンガをして、舌を巻くほどに聞き手として優秀だった。

 彼らの話は、まるで良くできた演劇のように淀みなく進んでゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茶を入れ直そう」

 

 話が盛り上がり、数十分ほど経ってようやく話に区切りがつく。モモンガはジルクニフの話しやすさに、ジルクニフはモモンガの英雄さながらの活躍に、少々時間を忘れてしまっていた。

 

「いやはや、さすがだなモモン殿。噂に聞いていた以上の豪傑だ。まるで少年のように聞き入ってしまった」

「私などにはもったいないお言葉です」

 

 メイドが入れ直した茶で一息いれつつ、ジルクニフは先程までの会話を―――正確にはモモンガの対応や所作を、思い返していた。

 

(言葉遣いは王族というより商売人、だが行き届いた教育が感じられる。大きな商家の息子、といったところか?

 悪感情は抱かれていないだろう、しかし好感もまた、大して得られていない。人との会話に慣れているな……踏み込む直前で綺麗に一線を引かれている)

 

 モモンガは目の前に出された茶を飲めないことに一言謝罪して、鼻下へ運び香りだけ楽しむ。その頭の中に有るのはやはり、先程のジルクニフとの会話だ。

 

(いやあ、さすが王様だなあ……見た目だけでなく、話し方一つに気品を感じる。皇帝なのに聞き上手ってのもさすがだ、リアルじゃ見たこともないカリスマを感じる。

 しかしこれってあれだよな、やっぱりスカウトだよな。まさか本当に王様自らくるとは……ガゼフの言うとおり凄い人だな、ホント)

 

 彼らは互いに少しすれ違いながらも、感心をおぼえる。権力に溺れず、真に人を引きつけるカリスマを持つ男。力を誇示せず、礼節をわきまえた英雄級の戦士。ある意味自分とは対極にある完璧さを兼ね備えた目の前の男に、二人は強い興味に引かれ始めていた。

 

おべっか(・・・・)が通じない以上、長引かせるのは悪手だな)

 

 手にしていたカップをコトリと置くと、ジルクニフはモモンガを真っすぐに見据えて話を切り出す。

 

「さて、いつまでも聞いていたいところだが私もそこそこに忙しい身、本題に入りたいと思う」

「本題、ですか」

 

 ジルクニフは自らの手を前へと差し出す。そのジェスチャーの意味が分からないモモンガではない。

 

「我が国に仕えないか、モモン殿。満足できるだろう待遇は約束する。地位も、そこにいる四騎士と同等……いやそれ以上の立場も用意しよう」

 

 彼は何の駆け引きもない直球勝負に出る。四騎士以上となると、この国には宮廷魔術詠唱者であるフールーダ・パラダインを置いて他はない。それだけの価値がこの男にあると、彼の勘が働いた結果だ。

 

「……」

 

 対してモモンガは即答せず、じっくりとその手を見る。

 この国を見て、生きる人々を見て、モモンガは正直に言えば好感を覚えていた。最も素晴らしい治世とは、優れた者による絶対王政であると、彼はかつて仲間に聞いたことがある。それを証明してみせているジルクニフは、まさしく理想の王だ。直接話してなお、その印象は薄れるどころか強まっていく。

 この王ならば、仕えてもいいかもしれないとモモンガは思う。彼は自らの手腕を以ってモモンガを楽しませ、飽きさせることをしないだろう。そしてこの豪胆な王ならば、モモンガの正体すら飲み込むだけの器を持っているのではないか、とすら思わせた。

 

「矮小な身に過ぎたご評価、嬉しく思います。ですが丁重にお断りさせていただきます」

 

 だが、モモンガがその要求に乗ることはない。

 

「ふむ、理由を聞かせてもらってもよいだろうか。こう言ってはなんだが、私以上にモモン殿を評価している者はいないと思っている。そしてその対価もまた、私以上に出せる者はいまい」

「単純です、皇帝陛下。私が求めているものは地位や名誉ではないのです」

 

 やはりか、とジルクニフは予想通りの返答に内心舌打ちをする。

 

「では、何だろうか。成しえないといけない宿命でもあるのか?」

「いえ……私を評価してくださる陛下にお話しするには恥ずかしいことなのですが……」

 

 モモンガは言い淀む。嘘をつくことは簡単だ、だがモモンガは理想の支配者を体現する男に敬意を持って真実で答えることにした。

 

「私は冒険がしたいのです。未知の世界を求めて、世界を見て廻りたい」

 

 子供じみた妄言。それを聞いたジルクニフは目を丸くして絶句する。少しの沈黙の後、口を開いた彼の言葉には大きな動揺がみられた。

 

「ま、まってくれモモン殿。冒険? ようは旅がしたいだけ、ということか? 貴殿ほどの力と礼節を持った男がか?」

「ええ」

「それでは何故王国の冒険者になったんだ。およそモモン殿が言うような冒険は王国では不向きなはずだ」

「それはたまたまこの地方に来て最初に着いたのが王国だから、としか。それに実はこう見えて気が小さい男でして。拠点などがない、地固めができていないとそれはそれで不安なのです」

「王国も、アダマンタイト級の地位も、全ては旅の途中の宿り木だと?」

「……随分詩的な表現ですね。まあ、そのようなものです」

 

 被せられるように浴びせられる質問に、淡々と答えていく。それを幾度か続けてもう疑問はなくなったのか、ジルクニフは呆れたように天を仰ぎみた。

 

「く、くくくっ、はっはっは!」

 

 それは自嘲じみていながら、心底楽しそうな笑いだ。

 ジルクニフはモモンガが語る言葉を冷静な部分で虚言だと判断しつつも、彼の鍛えられた人を見る目は真実だと見抜いてしまった。大英雄の余りに子供じみた発言があまりにおかしく、そしてモモンガを警戒し謀略に巻き込もうとした自身が滑稽で、彼は笑いをこらえきれなかった。

 

「ふ、ふふ……逸脱者というやつはどいつもこいつも妙な一面を持たないといけないのか?」

「……お恥ずかしい限りです」

 

 少々不機嫌さを醸し出すモモンガ、つまりちょっとだけいじけている。

 

「すまないモモン殿、別に馬鹿にしたわけではないのだ。うちのじい―――宮廷魔術師のフールーダも貴殿に少し似通った男でな」

「ほう、私と?」

「ああ、さすがに聞き及んでいると思うが、やつは魔術詠唱者としての腕は随一だ。だが少々魔術馬鹿でね、時には執務を放り出しても知的欲求に従ってしまう男だ」

 

 困った老人だ、と肩をすくめるジルクニフに悪感情は見られない。そこには親子か、はたまた師弟か。少しひねた愛情が感じられた。

 

「信頼されているのですね、フールーダ殿を」

「ああ、あいつが居なくては今の俺はいないからな、当然だ」

 

 おや、とモモンガは思う。ジルクニフの口調が砕け始めたからだ。

 

「さて、モモン殿には悪いことをした。なにしろ希代の戦士とあらばどうしてもうちに引き込みたくてな。だがモモン殿が他の国につかないというのなら、無理に勧誘するつもりはない」

「申し訳ございません、御配慮ありがとうございます」

「ああ……だが人というのは気が変わるものだ。いつモモン殿が他国につかないとも限らん。俺としては少なくとも敵対関係にならないよう、手を打っておきたい」

 

 先程までの皇帝らしい振る舞いは何処へやら、ジルクニフは気さくな態度で語り始める。いや、こうまでしても彼のカリスマに陰りは無い。むしろこの姿こそが真なる姿と言わんばかりに。

 

「バジウッド、少し部屋から出ていろ」

「はっ……は? しかし陛下、さすがにそれは」

「聞こえなかったか、出ていろと言ったんだ」

 

 バジウッドは戸惑いつつもジルクニフの言葉に従い、部屋を出る。

 戸惑いを感じたのはモモンガも同じだ。護衛である彼を追い出し二人きりになる理由が彼には思いつかなかった。

 

「……これから話すことは、皇帝に相応しくはないだろうからな」

 

 不敵に、そして何処か愛嬌のある笑みを浮かべたジルクニフは、再び手を差し出す。

 

「友にならないか、モモン殿」

 

 それは、まさしく一国の王が口にするには相応しくない、驚愕すべき言葉だった。

 

「と、友に?」

「ああ、そうだ。部下ではない。同盟でもない。友だ」

「……どういうおつもりでしょうか」

「何、大したことではない。友に剣は向けにくいだろうという、打算半分。そしてモモン殿という面白い男と気安い関係を築きたい、という本音半分だ」

 

 その何とも馬鹿正直な言葉に、モモンガは言葉を失う。

 

「思えば俺に友人はいなかった。信頼に値する保護者と部下は得られたが、対等な立場で語り合える友だけは得られなかった。まあ独裁は俺の望みどおりでもあるが」

「一国の王としがない冒険者では対等とは言いにくいのでは」

「まあ、端から見ればそうだろうな。だがモモン殿、貴方はそれだけではあるまい。フールーダと比しても遜色のない力を示している男が、まだ何かを隠しているとあってはな」

「……何故、そう思われるのですか?」

「モモン殿は人との対話に慣れているようだが、俺を甘く見ないことだ。タヌキとの会話は慣れたものでな。モモン殿が戦場で剣を振るうように、化かし合いが俺の領分だ」

 

 ニヤリ、と笑みを深めるジルクニフ。

 モモンガはその観察眼に呆れると同時に、目の前の男に強く敬意を憶えた。

 

「……はぁ、王族ってやつは力の代わりに思考回路が逸脱しているものなんですかね?」

「む、他の王族と知り合いがいるのか」

「ええまあ」

「王国……俺並に頭が切れるというと……あの女か」

 

 楽しそうなのも一転、苦虫を噛み潰したような表情を見せるジルクニフ。それに強く同意を憶えたモモンガは、苦笑しながら彼の手を取った。

 

「では皇帝陛下、謹んでそのご厚情をお受けいたします。国に敵対したくないが故の打算半分、その大きな懐と人心掌握術に敬意半分、というところで」

「言ってくれるな、モモン殿。こうして二人の時にはジルでいいぞ。友人なのだ、口調も崩して構わん」

「ああ、では俺もモモンと。お互い良い関係を築けることを祈るよ、ジル」

 

 ここに、打算という名の友という関係が新たに生まれた。だが彼等には互いに尊敬がある。独裁者と異形種というカタチの違う孤独を抱えた彼らは、ある意味相性がよかったのかもしれない。

 

 この会合の後も、彼らは時間を見てはこうして対面し、交流を深めることになる。

 

 ――――それは、出会い方が違えばあり得なかった光景の一つ。

 彼らが知ることはない、同じ言葉から別の関係が生まれる、少しばかり不思議なお話の一つである。

 




総括
①アルシェの出番はこれでほぼ終わり
②ペロキャン


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第13話

「あー……あったかいなぁ……」

 

 やさしい風が木々を優しく撫で、葉擦れの音を静かに奏でる。温かな光が木々の間を透過し、瑞々しい森に幻想的な光景を創り出す。

 

 モモンガは今、トブの大森林が奥地でひっそり一人で過ごしている。何をしているかと問われれば、何もしていないと答えることになる。あえて言うならば『日向ぼっこ』とでも言えばよいだろうか。

 

「これは最高の娯楽かもしれん」

 

 そこには豊かな自然と、それが生み出す光景、空気、匂い。リアルではまず体験できなかった全てがあった。

 ここには人間も、動物も、モンスターもいない。

 魔法で人避けをしたここは、まさしくモモンガだけのプライベートエリアだ。

 

 ―――今日はモモンガが自分へと定めたお休みの日だ。冒険者としての仕事や、趣味としての冒険も今日限りはなし。『なにもしない日』と定めた一日なのである。

 普段のモモンガは睡眠や食事すら必要のないために深夜であれ常に何かをしている。魔法の確認、文字の勉強、冒険者としての仕事など。

 いくら精神的なバッドステータスが効かないモモンガとはいえ、自らを省みてどんだけワーカーホリックなんだと思い立ったためにこの一日を作ることにしたのだ。

 もちろんアルシェにも休みを言い含めてある。今頃は宿で死んだように寝ているだろう。

 

「はぁー、太陽光がじんわりと染みる……」

 

 今のモモンガは普段の全身鎧ではなく魔法詠唱者の姿に戻っていた。Lv100の身体を持つモモンガにとって鎧自体の重量など軽いものだが、とはいえ視界を遮られることに窮屈さは感じている。こうして元のローブ姿に戻ればそれもない、実に快適だ。

 

「太陽光はー、LV60以上かぁ? ははは」

 

 クールなギャグが独り言として飛び出る程度には、モモンガは今日という日を満喫していた。彼も元一般人だ、中二病の気があっても長期間の英雄ロールには精神をやられかけていたということだろう。

 

「一発芸、白骨死体」

 

 もしこの場に彼の古い友人たちがいればこう言っただろう。

『やられかけているというより、やられちゃってるよねコレ』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が頂点を過ぎ、さらに少し傾くほどに時が過ぎる。

 気を抜きすぎてちょっととろけ始めているモモンガの耳に、ガサリと小さな音が響いた。

 

(人の気配……に、視線?)

 

 そこには白金の全身鎧に身を包んだ、一人の戦士らしき者が立っていた。

 

(……なんだこいつ。こんな秘境になんでいるんだ?)

 

 自分を棚に上げてその存在を訝しむ。

 人間、が辿り着くにはこの地は人里から離れすぎている。動く鎧(リビングメイル)、が真っ昼間からうろつくのも想像しにくい。比較的近くに住むのは蜥蜴人(リザードマン)とトードマンだが、これも多分違う。彼等にとって金属は貴重品だ、あのような全身鎧を持つとは考えにくい。

 

(うーん、分からん。目?が合ってからは生きているのか疑わしいくらいに微動だにしないし。そもそも何で人避けの結界を張っているのに……ここ……に?)

 

 そう、そもそもここにはモモンガの魔法で結界が張られている。蟻だろうがアンデッドだろうが、意思を持っているものならこの場所に入るどころか気づくことすらできない。

 例外があるとしたら、幻術を見抜く魔眼か、同レベルの存在(・・・・・・・)のみ。

 

(……っ!)

 

 冷や汗が全身から溢れ出る、その錯覚を覚える。

 出会う者たち誰も彼もがモモンガからすれば低レベルな者ばかりで警戒心が薄れていたが、世界に強者の影は残っていた。ならばこそ、油断してはならなかったのに。

 

「……」

「……」

 

 二人?は動かない。端からすれば石像と白骨死体とでも勘違いするほど、現実味なく彼等は微動だにしなかった。

 

「こ、こんにちは」

「……こんにちは」

 

 モモンガが恐る恐る口を開くと、意外にも返答があった。少なからず安心を覚える。とりあえずはいきなり戦闘とはならないようだ。

 

「……いい天気ですね」

 

 会話に困った時に選ばれるナンバー1の話題(ペロロンチーノ調べ)を、気まずい雰囲気の中へ投下する。

 

「ん? ああ、そうだね。日向ぼっこ日和だ」

(おお、乗ってくれた)

 

 モモンガは確信する。誰だか分からないが相手はいい人だと。

 

「君は……ユグドラシルプレイヤーなのかい?」

 

 だが少しだけ抱いた好感は、ただその一言で吹き飛んだ。

 

「なっ、まさか、貴方もプレイヤーなんですか!?」

 

 再び混乱しはじめた頭を無理やり働かせて相手を見直せば、白銀の鎧はやけに派手な装飾で一見して強力であると判別できるマジックアイテムだった。この世界では浮くが、ユグドラシルでは見慣れたデザインセンスと強さ。それらがモモンガの中に彼がプレイヤーである可能性を示唆する。

 

「私は半年程前にこの地へ来た者なのですが、今まで他のユグドラシルプレイヤーには一度も会えなかったんですよ! 正直もう私一人なんだと思っていたんですが、やっぱり他にも来ている方がいたんですねっ。あの、よろしければお名前とギルドを……ってすいません、人に聞く前に自分から、ですね。私は―――」

「いや、待って欲しい。誤解させて悪いけど、私はプレイヤーじゃない」

「あっ……そうですか。すいません、まくし立てちゃって」

 

 高まった興奮が一気に消沈する。

 モモンガは気づいていないことだが、この地で人々と触れ合ったことで寂しさを癒やされたものの、本来の意味での同胞と出会えないことに寂しさを感じていた。

 ―――どこまでいっても、自分は一人ぼっちなのだと。

 

「私は違うけど、昔の友人にプレイヤーがいたんだ。とはいっても昔の話だから、もう彼らは生きていないけど」

「そう、ですか」

「……少し聞きたいんだけど、君はスルシャーナという名前を知っているかい?」

「あー……確か六大神の一人ですよね。昔法国に降り立ったプレイヤーだとは聞いていますが」

「君は知り合いではないのかい」

「いえ、会ったことはないと思います」

「そうか……同じアンデッドだったからもしかしたら、と思ったんだけど」

 

 彼が蘇ったわけでもない、か。ツアーは誰にも聞こえない小さな声でそう呟いた。

 

「あの、もしよろしければ詳しくお話を聞けませんか? 彼等がこの世界に来て何をしたのか、直に見た人から直接聞いてみたかったんです」

 

 ツアー……ツァインドルクス=ヴァイシオンは少しばかり悩む。彼がどちらなのか(・・・・・・)という疑惑と警戒が胸に有るために。

 だが、相手が仮初でも友好的に出ている以上は話ぐらいしてみようと考えた。

 

「私でよければ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「立ち話もなんですから、どうぞ座ってください」

「……相変わらず君たちの魔法は便利で凄いね」

 

 モモンガが魔法で作った椅子と机、ちょっとしたティーパーティーでもするかのような装いがたった一つの魔法で作られたことを目のあたりにし、ツアーは驚きを覚える。

 

「私の名前はモモン、見ての通り魔法詠唱者(マジックキャスター)です」

「私はツアー。厳密には違うけどあえていうなら戦士、かな?」

 

 まずは互いに嘘は言っていないが本当でもない、少々微妙な自己紹介から始まった。

 

「色々とお話を聞きたいのですが……まずは何故このような場所にいたのか聞いてもいいですか? 先にいた私が言うことでもありませんが、この辺には何もありませんよ」

 

 モモンガが当然の疑問を口にする。理由次第では、または話せないような理由ならば、警戒をもう一段階引き上げる必要があるからだ。既にいつでも無詠唱で魔法発動できるように準備済みである。

 

「……私はアーグランド評議国の者なんだ」

 

 対してツアーは正直に答えることにした。ユグドラシルプレイヤーのアイテムや魔法は強力で多種多様だ。嘘を吐いたことを悟られ、敵対心を抱かれることを避けたのだ。

 正直に答えたことで敵対することになったとしても、遅いか速いかだけの話。評議国とプレイヤーはいずれ徹底的に敵対するか同盟を結ぶしかありえない。下手な躊躇は無意味だ、と考える。

 

「法国の特殊部隊が怪しい動きをしていたから、追跡していたんだよ。たまたまこの近くまで来たら、強力な魔法を感知したから見に来たんだ」

 

 そうしたら君がいた、そうツアーは語る。

 

「法国、ですか」

 

 ツアーの語る内容の真偽はともかく、法国とは少し因縁のあるモモンガだ。彼等の動きも気になっていた。

 

「彼等は一体何を?」

「うーん、何かを探していたみたいだけど。君は何か心当たりがあるのかい?」

「……以前法国の特殊部隊と衝突したことがあります。もしかしたら私を探しているのかもしれません」

「敵対しているのかな」

「別に敵にも味方にもなる気はありません。それにひとまずフォローはしたつもりなんですがね」

 

そのフォローの内容を聞き、ツアーは小さな驚きをおぼえた。薄いとはいえ縁のある国が助けられているのだ。少しだけ気にかけていた懸念が思わぬ所で解消されることになり、小さな安心を得る。

 

「君こそ何故こんな所にいたんだい?」

 

同じ質問をツアーも返す。モモンガが言ったように、ここは本当になにもない場所なのだ。彼らの立場を除外してなお、当然の疑問だ。

 

「……あー、うん。何もしてなかったんですが……あえて言うなら日向ぼっことしか……」

「日向ぼっこ、かい?」

「あー、いえ、私は人間の街に紛れ込んで生活してまして。普段は全身鎧で正体を隠しているのでたまにはこうやって羽を伸ばしたくなるんですよ」

「プレイヤーの君ならそんな窮屈に生きなくても、人間の街程度好きに出来るんじゃないかな」

「怖いこと言いますね。否定はしませんが、そういう力にモノをいわせた行為は控えているんですよ」

「……六大神や八欲王しかり、プレイヤーは多かれ少なかれその強い力を思うままに振るってきた。どちらであれ、君も同じようにするつもりはないのかな?」

 

 六大神。人々を食物連鎖の最下層から引き上げ、国を与えた創造の神。

 八欲王。世界を敵に回し、あらゆる生きとし生けるものを食らい尽くした破壊の王。

 ―――どうあれ、彼らは世界を大きく変革させた者に違いない。

 

 ならば新たに現れた目の前の神はそのどちらに至るのか。ツアーにはそれを問う責任があった。

 

「いやあ……そんな沢山の人を巻き込んだロールプレイはちょっと……」

 

 しかしてその返答は、ちょっと意味のわからないものだった。

 

「えっ」

「流石に私も生きた人間を巻き込んだ魔王ロールは遠慮したいですね。とはいえ神ロールっていうのも主義じゃありませんし……今の凄腕冒険者ですら軽く持て余してますから、これ以上はちょっとキツイですね」

「えーっ……」

 

 『ろーる』などよく分からない言葉だが、ニュアンスでモモンガの言いたいことをツアーはなんとなく理解する。

 

「世界を歪めるほどの力を持っているのに? 何かに阻害されてわかりにくいけど、君から感じる力は六大神や八欲王に匹敵している、と思う。そこまで力を得ていて、どうしてだい?」

「そう言われましても……ご存知かは分かりませんがこの力は私本来のモノという訳ではありません。苦労して手に入れたことに違いはありませんが、一から努力して身体を鍛え上げた人々に比べれば胸を張れたものではないですから」

 

 拾い物みたいなものですよ。そうモモンガは自嘲するように笑った。

 

「……それでも、今持っている以上、力は力。君のモノなんじゃないのかい?」

 

 ツアーは納得できず、余計なことを聞く。プレイヤーがその忌避されし力を振るわないという以上、もはや彼にとってモモンガは関わり合う必要がない相手だ。だが、自身が生まれた時から強者である存在が故か、彼が見てきた強者達と全く異なる思想が故か、ツアーは拘った。

 彼の理論はおかしい。強者の思考ではない。何故そうなるのだ、と。

 

「そうですね。なので私も時に『ズル』をします。こうして贅沢に寛いだり、時間のかかる移動を省略したり。まれに友人を贔屓して手を貸したりもしますがね」

「それぐらい、君たちプレイヤーでなくてもできるじゃないか。私が言いたいのは―――」

「ええ、そうですね。でもそういう事は極力しないことにしたんです」

 

 モモンガの声色はどこまでも優しい。

 

「この美しい世界を、儚くも力強い人々の営みを、私は肌で感じ、見て廻りたいだけなんです」

 

 ―――その為だけに振るうには、この力は大きすぎる。

 この世界を自らの目で、肌で感じてきたモモンガの精神には、大きな成長があった。達観と言い換えてもいいかもしれない。

 

「……きみは変なプレイヤーなんだね」

「えぇっ! 何がですか!?」

 

 ツアーは思う。六大神、八欲王、モモンガは彼らのように強者でありながら傲慢ではない。そして彼の知る“リーダー”のように、弱者から始まったが為に優しさを知った訳でもない。

 プレイヤーでなくとも力あるものはそれなりの精神を最初から持っているか、変容する。それは竜王、いや竜族ですら例外ではない。

 

「少なくとも私が見てきたプレイヤーにはいなかったタイプだよ」

「……そうですかねえ。私の方が普通だと思うんですが」

 

 本気で悩んでいるようなアンデッドの姿に、ツアーはようやく警戒を解いた。少なくとも、この目の前の変なプレイヤーとは話し合う余地がある。危険な思想を持っているわけでもないなら、そう危険視することもないだろう、そう考えた。

 

「実際、私以外のプレイヤーはどんな感じだったんですか? 御友人に居たと仰っていた話、聞いてみてもいいでしょうか」

 

 ツアーは頷く。それはモモンガと良い関係を気づけそうだという打算であり、彼が他のプレイヤー達の行いをどう思うか知りたくなったのだ。

 

「そうだね……じゃあまずは600年前。六大神がこの世界へ来た時の話から始めようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ツアーが語る話は、まさしく歴史の裏に隠された真実だった。

 人としての六大神の姿。彼らの言葉や成した行動。盟約を交わした彼らとの少ない交流の日々。

 狂人としての八欲王の姿。彼らが起こした災害。幾度となく殺し合い仲間を失った戦争の日々。

 勇者の姿。彼と共に歩んだ道程の思い出。助け合いながら魔神を打倒した旅の日々。

 

 それは刺激的で、時に楽しく、時に悲しく壮大な話だった。

 だが、それでもそれは『物語』ではない。血の通った、彼が目にした『記憶』だ。

 

 ツアーは話し上手という訳ではない。

 だが彼が過去を思い出しながら語られる思い出は、まさしく見てきたからこそ言葉に色が宿る。

 それがモモンガの興味に火をつけ、次々に過去の伝説が思い出話へと堕ちてゆく。

 

 

 

 ―――時にはモモンガも身の上話を語る。

 自身が居た世界は死の国であり、そしてもう一つの世界は死の意味が薄い世界であると。

 

 危険が無く安全に過ごすことができる、生きた屍共を生む世界。

 常に命の危険があり殺伐としながらも、活力に溢れた戦いの世界。

 

 ツアーにとってその話は理解に難しく、現実味のないものだった。

 しかし、世界を揺るがす者たちの誰でもない『個人』としての言葉はその一つ一つが新しい。

 敵や味方にもなっていないモモンガの語る世界は、彼の興味を強く擽る。

 

 

 

 

 

 

 話は尽きることなく、喉を濡らす茶のひとつもないままに続いていく。

 モモンガとツアー。共通性の見えない彼等に一つ似た所があるとしたら、対等な立場での会話に飢えているということかもしれない。

 止める者のいない異世界人の交流は、青い空が赤く染まるまで止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「少し話し込み過ぎたね」

「ええ、ちょっと盛り上がりすぎました」

 

 赤い空に少しずつ星々が見え始めてようやく彼等の会話は止まる。二人共に疲労とは無縁の体をしているが、今の彼等には充足感と心地よい疲れが見えていた。

 

「それじゃあ私は帰るとするよ」

「そうですか。またお会いできるのを楽しみにしてます」

 

 何らかの力で浮遊し、空へと離れていくツアーにモモンガは小さく手を振る。

 ふと、その背中が振り返ると、小さく地上に残っているモモンガを見つめて動きを止める。何かを言い出そうとして悩むツアーに対してモモンガが疑問を口に出す前に、ツアーは再び声を発した。

 

「私の名前」

「は?」

「私の本当の名は、ツァインドルクス=ヴァイシオン。白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)なんて呼ばれている、評議国永久評議員の一人なんだ」

 

 唐突に繰り出される衝撃的な正体。

 

「はっ!?」

 

 もちろんモモンガはそれを受け止めきれない。

 その、アンデッドなのにどこか派手なリアクションに対して、ツアーはいたずらが成功した子供の様に小さく笑い、体を震わせる。

 

「また会えることを楽しみにしてる。もし我が国にくるのなら、私の名前を使ってくれて構わない。プレイヤーは警戒されているからね」

 

 そう言うだけ言って満足そうにしたツアーは、大気を震わせてその宙域を離れる。残ったものはその余波で震える木々と、唖然とした一人のアンデッドだけだ。

 

「…………えぇ?」

 

 夜はまだ始まったばかり。

 モモンガの再起動は、今しばしの時間を必要とするのであった。

 




『あ、法国とかすっかりわすれてた』
うっかりツア兵衛、ここにあり。



大変お待たせしました。時間を開けての更新となります。
正直今回のお話はどうにも書いてて面白みが見いだせなかったのと、はしょり過ぎて短かったので悩んだまま放置しつつあったのですが、どうせ大幅に書き直す気力もないので投稿いたしました。
このやる気の無さ、伝わって欲しい。いやほしくない。



さて、これでラスボスは倒しました(極論)。
次話以降も色々考えましたが、初期の構想では後1~2話で終わる予定です。
うーん、どうせ更新は7月書き始めの月末か8月になると思われるので、アンケートでもしようかなぁ……


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最終話

―――何事にも終わりはある。

生には死があり、朝には夜があり、ゲームにはクリアがある。

では、旅の終わりとは一体なんだろうか?

 

 

 

 

 

 

「―――モモン、依頼がきた」

「ん? アルシェに直接とは珍しいな。俺たちが組んでからそろそろ一月にもなるし、世の中ではモモンの仲間と判定されたかな」

「―――どう評価されているかは分からないけど、今回のは別件だと思う」

「ふむ、どういう事だ?」

「―――依頼されているのは〝フォーサイト〟。他にも多数のワーカーが集められている」

 

 少し前に聞いた名に、モモンガは多少の驚きを覚える。

 

「何故解散したチームに声が掛かるんだ?」

「―――ワーカーは別にギルドに登録している訳じゃない。解散を大声で表明したわけでもないなら、こういうことも偶にある。一度、今回みたいに多数のワーカーが集められたと思ったら半数が解散してたなんて事もあった」

「それは……成る程、ワーカー(ならず者)らしい話だな」

 

 余り笑えない話だと、モモンガは複雑な心境を声に出す。アルシェにとってはソレは常に隣り合わせ、今更悲しむことも恐れることもない胆力は備えていた。

 

「それで、その依頼はどうするつもりだ?」

「―――報酬が破格。少し胡散臭くはあるけど、貴方が良ければ受けたいと思っている」

「ふむ、ではまず内容を聞いてみようか」

「―――今回の依頼者はフェルメール伯爵。依頼内容は王国国土にある遺跡の調査……ワーカーに依頼するという事は実質強行偵察と思われる。報酬は前金で200、後で150。仕事次第では追加報酬があり、見つけた魔法のアイテムは伯爵に全て権利があるものの、発見者には市場の半額で購入権をあたえられる。

 裏を取った限りでは、フェルメール伯爵は鮮血帝の憶えは良くないものの、金銭に余裕はある。冒険者ギルドではなくワーカーに依頼がきた点も、王国国土内の調査という時点で納得はできる。ただ、問題はその遺跡そのもの。今まで未発見の遺跡ということだけど、調べた限りではそんな所に都市があった記録はなく、噂もない。情報の出所も不明、そのわりには報酬が高すぎるという点」

「確かに妙な話だな、だが罠というには少し回りくどい。例えばその遺跡が危険な場所にあるということは?」

「―――安全ではないけど、裏付けというには弱い。遺跡の場所はここ。トブの大森林付近ではあるけど、近くに小さな村がある。この村は昔からあるようだし、そう危険な場所だとは思えない」

 

 アルシェが地図を広げて指差した場所には、何もない平地が広がっている。だが、モモンガにはそこに少しばかりの縁がある。近くの村の名は『カルネ村』だったのだ。

 

(とするとここは俺がこの世界に降り立った場所じゃないのか? だが、あんな場所に遺跡なんて無かったが……)

 

「遺跡の情報は少しもないのか? 例えば常時霧に覆われているとか、草に覆われた中に地下への階段が紛れていたとか」

「―――特にそういった情報はなかった。何故いままで見つからなかったのか分からないぐらい、堂々と大きな遺跡がいつの間にかそこにあったらしい。遺跡というのは少し表現が違うかもしれない。発見者はこの遺跡をこう表現した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――大墳墓」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンガ様漫遊記<最終話>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさかな」

 

 モモンガは宿の一室で独りごちる。

 思い出されるのは先日アルシェとした依頼の事。知らないのに心当たりがある、奇妙な感覚のそれだ。

 

「そんな筈がない」

 

 今日は依頼当日であり、集合時間までそう余裕はない。だが、モモンガは未だ自らの部屋を一歩も出ることなく、まとまらない思考を持て余していた。

 

「……上位道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)

 

 モモンガがそう呟くと、身にまとっていた全身鎧が霞の様に消える。そして数秒とすることなく、彼の身は本来の魔法詠唱者の姿へと変わっていた。

 

(確かめてみるしかない)

 

 肉のない骨だけの顔に影が深まると、彼の手が突如開いた虚空の闇の中へ突っ込まれる。そこから引き出されたマジックスクロールは、情報探査魔法が込められた品だ。

 同じ動作を十数回と繰り返すと、机の上には多数のマジックスクロールで埋め尽くされていた。

 

探知対策(カウンター・ディテクト)

 

 並べた探知魔法を一つ一つ丁寧に使っていき、そのたびに効果を発揮したスクロールが消えていく。

 

(もし……いや、万が一“アレ”があるのだとしたら、表層とはいえ覗き込むのは危険だ)

 

 数々の魔法を発動させているモモンガの手は震えている。それは恐怖なのか、期待に浮足立っているのか、本人にすら判らない複雑な感情があった。

 並べた全てのスクロールを使い終わるまでそう時間はかからない。最後に発動した遠くの景色を見る魔法を発動し、モモンガは今日ワーカー達が集合する場所、つまりは依頼主に関わりがあるだろう者たちの姿を探し、そして―――

 

「……嘘、だろ?」

 

 見覚えのある執事(・・・・・・・・)の姿を見て、しばしの間唖然として立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルシェ」

 

 聞き覚えのある声に振り向いたアルシェは、掛けるべき声を飲み込んで硬直した。

 

「……モモン?」

「今の俺はヘッケランだ、間違えるな」

「―――そうだった、ごめん」

 

 本日の依頼集合場所にモモンガの指示で先に来ていたアルシェは、近づいてくる男の姿に何とも複雑そうな表情を向けた。

 

「どうした?」

「―――軽装にフルフェイスは余り合わないかも」

 

それもそうだな、と2人して苦笑する。

 

「よう、アルシェ」

「―――グリンガム」

 

そこに現れた無骨な男。この場にいるということは、彼もまたワーカーなのだろう。彼は顔見知りの少女に話しかけた後、どこか見覚えのある鎧を着た見知らぬ男へと目を向けた。

 

「それで貴殿は?」

「初めまして。いや、久しぶりだなグリンガムさん。俺は〝フォーサイト〟のヘッケラン。よろしく頼む」

 

 不思議な挨拶を返すモモンガ。訝しんだ表情をしたグリンガムだったが、何かを思い出したのか、その顔を笑みへと変えた。

 

「成る程、よくわかった。久しぶりだなヘッケラン、我は〝ヘビーマッシャー〟のグリンガム。14人からなるワーカーのリーダーを努めている。今回はよろしく頼む」

「ああ、よろしく」

 

 真意が伝わったおかげか、互いに固い握手をする。

 

「〝フォーサイト〟の話とアルシェの噂は聞いていたが、こんな形で会えるとは思わなかった」

「色々と事情があってな。普段はこんな事をしていないから安心してくれ」

「む、そうか。まあ同じワーカーでも汝と仕事がかぶる事はなさそうだが」

 

 変にライバル視されても困る為にモモンガは正直に答えたが、グリンガムは気楽に答えた。彼は力の差がありすぎて同じような仕事でかち合うことはないだろう、そう言いながら苦笑する。

 

「……それにしても不思議なものだな」

「―――私もそう思う」

「何がだ?」

 

 顎に手を当て唸るグリンガム。アルシェも同様の疑問を覚えたようだ。

 

「その、なんだ。強者の風格というか……目の前にすればもっと圧倒されると思っていたのだが、何も感じないな」

「―――普段のモ、ヘッケランもそう存在感があるってわけじゃないけど、今日はいつも以上。こうして視界にいれていないと、気配も分かりづらい」

「ああ……今回はわざとそうしている(・・・・・・)からな。訳あって正体をバレたくない、すまないが協力してほしい」

「ほう、そういう武技かタレントか……はたまた噂のマジックアイテムか」

 

 感心した様子を見せたグリンガムは、改めて敬意を現すように頭を下げると、自分たちのチームへと戻っていった。

 

「―――私にも内緒?」

「ああ、付き合わせて悪いが協力してくれ」

 

 聞きたそうにしているアルシェをその言葉だけで制し、話は終わりだと言わんばかりに周りへ視線を向ける。そこには既に多数のワーカーチームが揃っているが、彼等がいくら猛者だとしてもモモンガの目に止まる事はない。

 モモンガの視線の先には、ただ一人だけが映る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆様、この度はお集まりいただき誠にありがとうございます」

 

 数々のワーカーを前にして物怖じせず、その老執事は姿勢良く礼をする。

 

「私達が今回の依頼場所へ案内致します。御用意がよろしければ、馬車へとお乗りください。すぐにでも出させていただきますので」

「ちーとよいかの」

 

 ワーカーの一人、〝緑葉(グリンリーフ)〟のパルパトラが声を上げる。

 

(ぬし)等を除いて他に誰も居ないようしゃが、まさか儂等に御者と護衛までやらせようというんかのぉ?」

 

 彼の疑問はもっともだ。ワーカーを除いて、老執事の他には黒髪に眼鏡の女性一人。しかも何故か彼等の服装は執事服とメイド服(・・・・・・・・)。彼等が同行者ではないとしたら、今回の依頼はワーカーだけで全てをこなすことになる。

 

「いえ、私達が御者と護衛を担当致します。現地までの安全と、野営地の確保は確実に保証いたしますので」

 

 だが老執事はそれら全てを担うとのたまった。これにはワーカー達も困惑を強くする。

 何しろ彼等は無手だ。メイドの方はなんだか凶悪なガントレットこそしているが、他に武器らしい武器を携帯していない。これに安心しろと言われても難しい話だ。

 

「ご安心ください。こう見えても護衛として十分な力を備えていると自負しております」

 

 そう言って朗らかに笑い、再び姿勢の良く深い礼をする老執事。

 そこに突然小さな風切り音が鳴り―――直後老執事の指には鈍い銀光、ナイフが収められていた。

 

「成る程、確かに最低限の力はお持ちのようだ」

「〝天武(てんぶ)〟!」

 

 グリンガムの糾弾する様な声色に晒されたのは、涼やかな声色の男だ。

 彼の名はエルヤー・ウズルス。その伸び切った腕が、老執事の指に収まったナイフの主を物語っている。

 

「さて、これでご信用頂けましたでしょうか」

 

 ナイフを投擲されたというのにあくまで老執事は冷静で、朗らかな笑みさえ浮かべている。その余裕にワーカー達もある程度の安心を得たのか、これ以上の追及を止めた。

 

「では他にご質問がなければ出発致しますが」

「私からも、一つ」

 

 モモンガが声を上げる。視界内に居たはずなのに何故か認識できていなかったのか、そこで初めて気づいたかの様に彼に目を向ける老執事は、今まで崩さなかった余裕に小さな亀裂を作り、少し遅れてから了承を返す。

 

「あなた方は今回の依頼主、伯爵に仕えている者なのでしょうか」

「……何故、そのような質問を?」

「いえ、ただ少し疑問に思っただけです。あなた達の様な達人を同行させるというのなら、伯爵の本気度にも繋がるかな、と」

「……」

 

 老執事は押し黙る。だが隠すまでもないと判断したのか、その重そうな口を開いた。

 

「いえ、私達は伯爵に仕えている者ではありません。今回の依頼を遂行する為に命を受けただけの雇われ者で御座います」

「そうか……ちなみにあなた達の本来の主については」

「―――申し訳ございませんがお答えできません」

 

 冒険者組合を通した仕事ならともかく、ワーカーなら依頼人の情報が隠されていることなど珍しいことでもない。というよりも普通の仕事を依頼したいのならそれこそ冒険者を雇えばいいのであり、後ろめたいことがあるからワーカーなどを雇うのだ。

 つまりはモモンガの質問は依頼人の腹を探るような本来忌避される行為であり、誰も得のしない行為となる。

 だが、少なくともモモンガと老執事にとっては何か大事な意味があったようで、二人の間に困惑や不快な感情は見られなかった。

 

「それでは皆様馬車にお乗りください、早速出発致しましょう」

 

 再び朗らかに笑い彼等を促そうとした老執事が、何かを思い出したように振り向き直す。

 

「これはこれは、私としたことが自己紹介を忘れておりました。

 ―――私、セバス・チャンと申します。以後、お見知りおきを」

 

 そう言って、まるで別れの挨拶であるかのように、深い礼をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地は王国の領地内にある。その為、移動に大きな街道を利用できず、馬を休ませるためにも何度か休憩を挟むことになった。

 休憩地ではメイドがせわしなく歩き回り、献身的に給仕を行なっている。各チームはその待遇を喜んで受け、和かな空気に包まれていた。

 モモンは一人、その輪から離れて何かを考え込んでいる。

 

「少し、よろしいでしょうか」

 

 他人を拒絶する姿勢を見せていたモモンガに話しかける者がいる。老執事セバス。彼は強面ながら人の良い表情を見せ、近づいてきた。

 

「……何か御用ですか?」

「用、というわけではないのですが」

 

 セバスは何をするでもなく、ただじっとモモンガを見る。確かめるように、何かを懐かしむように。そして幾ばくかの困惑を見せながら。

 

「……」

「あ、いえ、不躾でしたな。これは申し訳ございません」

「やはり私に何かお話でも?」

「いえ、本当にこれといった用事があるわけではないのです。ただ……」

「ただ……?」

「何故か、貴方と話してみたかった、と言ったらおかしいでしょうか」

 

 モモンガは追及されるような言葉に少し身構えたが、すぐに力を抜いた。セバスの視線には言葉とは裏腹に値踏みしているようなものは感じられず、そこにはやはり困惑と―――どうしてか懇願するような意思が感じられたからだ。

 

「少し、質問してもよろしいでしょうか」

「……答えられる範囲なら」

「ありがとうございます。では、貴方は何故ワーカーになられたのでしょうか?」

「必要にかられて、ですね。人間生きていれば自分の意志に関係ない選択も迫られます」

「申し訳ございません、込み入った事情がお有りなのですね」

「気にしないでください、そう重い理由ではないので」

「左様でございますか」

 

 淡々として、それでいて妙に進む会話。少なくともモモンガは誰かと気楽に話す余裕など無い筈なのに、どうしてか彼をおざなりにすることはなかった。

 ひとつ、ふたつと問いかけは続いていき、互いの時間は素早く過ぎ去って行く。

 

「―――成る程、とても参考になりました」

「大したことではありませんよ、私の話など退屈でしたでしょう」

「いえいえ、普段は拠点の管理で外へ出ることが少ないものでして。外界の話はとても刺激的で面白いものです」

「それは良かった」

「……ああ、質問ばかりして申し訳ございません。

 失礼を承知で申し上げるのですが、最後にもう一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか」

「ええ、先程も言いましたが答えられる範囲なら」

 

 そこまで和らいでいた雰囲気が引き締まり、セバスの眼光が鋭く輝く。

 

「何故、今回の依頼を受けられたのでしょうか」

「何故、とは?」

「私がこう言ってはなんですが、この依頼は少々得体が知れないとは思われませんか? 王国領土内の遺跡に、帝国のワーカーが雇われる。謎が多く、得られるものが不明だというわりには報酬は破格です。

 こうしてお話させて頂きましたが、貴方は聡明な方のようだ。だというのに、何故このような話をうけられたのですか?」

「……」

 

 それは、本人が言うように依頼者側の人間が言ってはいけない事だろう。

 まるで今からでも遅くないから、帰れとでも言わんばかりである。

 

「報酬が目当てなのでしょうか」

「いえ」

「では人跡未踏の地を踏む、冒険心から?」

「いえ、それも違います」

「それでは、何故?」

 

 何故。そう問われてもモモンガの中に明確な答えは無い。

 多分ここにいる誰よりも、それこそ『その地』で何が起きているかを知っている筈のセバスよりも、モモンガはそこの危険性を知っている。報酬だって無理にこの依頼で稼ぐ必要はない。他にいくらでもやりようはある。

 ならば、何故?

 

「確認、したい事があるから、です」

「確認、でございますか」

「私―――いや、俺にとってそこが何であるか(・・・・・・・・・・・・・)、それを確かめる為に」

 

 何がそこにあるか、そんな事は知っている。どんな場所であるか、きっとこの世界の誰よりも詳しい。

 だが、ああ、だが―――そこがモモンガにとってどんな場所であるかは……

 

「……あなた、様は……一体―――」

「―――ヘッケラン、そろそろ出発するみたいだから準備を……」

「!」

 

 曖昧すぎて理解できないはずの回答に、何故か大きく動揺してたセバスの後ろからアルシェが現れる。間近まで接近されていたにも拘らず気づかない程、セバスは強く心を揺さぶられていたらしい。

 

「―――お邪魔、した?」

「い、いえいえ。これは申し訳ございませんアルシェ様。おもてなしするべき私がこのように話し込んでいるなど、執事失格でございますな。

 それではヘッケラン様、私も準備が御座いますので失礼致します。私めの様な者にお付き合い頂き、ありがとうございました」

 

 深々と、誠実に礼をしたセバスは馬車へと戻っていく。

 

「―――やっぱり、邪魔した?」

「いや……どうだかな、俺にも判らん」

 

 モモンガの声は、絞り出される様に弱かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅路は実に快適なものだった。

 

 ワーカーの為に用意したと思えないほどにしっかりとした馬車は、彼等の足腰にダメージを与えることなく順調に悪路を駆け抜ける。目的地は王国領内ということもあり、あまり安全ではない道を選んでいたにも拘らず、何故か一度もモンスターに合うことすらなかった。

 その快適とも言える旅路に対して、モモンガはほぼ上の空で過ごしていた。アルシェが話しかければ反応こそ返すものの、殆ど会話らしい会話が成り立たない。別のチームに話しかけられることもあったが、ほぼ無反応だ。

 何故かモモンガを気にかけるセバスという執事にだけは少し反応をしたことはしたが、その間には妙な緊張感が流れていた。

 

 結果、短いとも長いとも言えない時間を気まずい空気を纏ったまま進む集団は、あっさりと目的地へとたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――」

 

 モモンガは、その『大墳墓』を見上げていた。

 身動き一つすることなく、絶句したままに。

 

「―――凄い」

 

 隣にいたアルシェの声にも驚愕の色が宿っている。

 だが、モモンガの驚きはその比ではない。なにしろ正しく言葉もないのだ。

 

「―――ヘッケラン?」

「……あ、ああ、何だ?」

 

 何度目かの呼びかけに、ようやく反応を返すモモンガ。だがやはりその声には力はなく、どこか上の空である事に変わりない。

 

「―――各チームのリーダーで打ち合わせをするみたい。調子が悪いみたいだし、私が代わりに出る?」

「いや、俺が出よう。気を遣わせてすまない」

 

 そう言って墳墓から目を離し、野営地へ歩き出す。

 ふと見直した場所には、大きな石の構造物。不自然に積み上がった大岩はそれだけで奇妙だが、モモンガが注視していたのはそこではない。

 大岩の根元、草原を踏み潰すように立っているそこには、何故か焼け焦げ枯れ果てた地肌が見えている。他の大岩の全てがそうというわけではなく、その場だけが『まるで魔法で焼き払われた』ように……

 

(ありえるのか)

 

 何もないこの場所、人もモンスターもいないこの場所で、魔法を放つ理由。そしてその後から生えてきた様に存在する墳墓。

 誰も解けない難問を前に、モモンガだけが正解を導き出せた。

 

(そんなことがありえるのか?)

 

 ただ、それを受け止められない。信じきれない。だが、肯定する証拠だけは十分に手に入ってしまっている。

 ツアーに聞いた拠点と共に現れたプレイヤー達、見知った姿形の老執事とメイド、焼け焦げた大地、そして毒沼も石化の魔物もいないが、酷く見覚えのある拠点。

 

(後になって……遅れてアレは現れた……?)

 

 もはや推理でもなんでもない、答えの揃った真実。それが、モモンガの心を激しく揺さぶる。

 

「―――モモン」

 

 ふいに呼び止められ、ぐるぐると廻っていた思考が止まる。隣を歩いていたアルシェはいつの間にかこちらを追い抜いていたようで、足を止めてこちらを向いている。

 

「どうした、アルシェ。それとその名前で呼ばないでくれと何度も―――」

「帰ろう」

 

 突然、彼女は今まで見せたこともないような強い口調でそう言った。

 

「いきなりどうしたんだ?」

「貴方は今回の依頼を受けてからずっとおかしかった。今、それは最高潮になったと思う。その状態でこの仕事は危険。だから、帰ろう」

「……だが今回の報酬は高額だ。お前の目標金額を達成して余りあるほどに。それを目の前にして、帰れるのか?」

「確かに惜しい。でもそれ以上に今の貴方を見ていられない。貴方に意見できる程に私は強くない、けど心配ぐらいはさせて欲しい」

「前金のある仕事だ。違約金があってもおかしくはない。それでも帰るのか?」

「帰る。貴方には沢山の恩がある。ここでチームを解散するなら、それでもいい。だから、私の説得に乗って欲しい」

 

 アルシェの言葉に偽りはない。心底からモモンガに気を使っているのが伝わってくる。

 

(これだから、人間というやつは……)

 

 困惑と焦りのような感情にジリジリと身を焼かれていたモモンガに、幾ばくかの余裕が戻る。

 

「わかった、ならば解散だな」

 

悲痛な顔をしたアルシェの手に、袋を無理やり手渡す。

 

「―――なに?」

「王都にある俺の家の鍵と、白金貨がいくらか、それとアダマンタイトプレートが入っている」

「!? なっ、なんで!」

「お前は帰れ。そして妹を連れて王都に行け。家は好きに使ってもいい。一度ガゼフに、王国戦士長に会っておけ、俺の名を出せば悪くはされないだろう」

「だから、なんで!」

「なあアルシェ、俺の旅に目的地は無かった。だがそれも今日まで、いやここまで。俺には確かめるべきことが、やらなくちゃいけないことができた」

「それは、何? 私も手伝う」

「いや、いい。これは冒険者ではなく、ましてやワーカーでもない。俺だけの用事だ。俺ひとりだけの……」

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、モモンガは一人大墳墓へと足を踏み入れる。

 アルシェは野営地に残し、もし朝までに戻らなかったのならば帰るように言い含めた。納得しきってなかったが、無駄死にしたいのならついて来い、とまで言ったおかげか最後には頷いてくれた。

 他のワーカー達は好き勝手に浸入しようとしている。『あそこは危険だから帰れ』と教えてやったが、反応こそ一人一人違うものの全員聞き入れはしなかった。それはまあ、モモンガにはどうでも良いことだが。

 

 堂々と隠れることなく、モモンガは歩き続ける。

 敵も、罠もいくらかあったが真正面から食い破る。何故かモモンガが想定していたものより規模が小さい。警戒と対策をしていたぶん拍子抜けではあるが、そこに共通性を見出して納得した。コストを極力抑えた罠やモンスターのみが動いているのだ。それでもこの世界にとっては過剰な力だが、よく工夫され練られているとモモンガは感じた。

 

 地下三階。会えるはずの強敵もそこには居らず、だがある罠が隠されていることを看破した。このまま進めば確実に発動する。解除のアイテムはもっているし、避けて進む道も知っている。だが、モモンガは敢えてその罠を踏み抜き、視界が光と闇に包まれていくのを享受した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何だこれは」

 

 転移の罠で辿り着いた先には地下とは思えぬ広い空間、空に描かれた人口の夜空、古代ローマを思わせる円形闘技場があった。

 とはいえこの空間自体には驚きは無い。何しろそこは他でもないモモンガ自身がギルドの仲間達とで創り上げた場所だからだ。

 驚くべき事は他にある。

 普段その闘技場……第六階層は本来2人の守護者と配下である魔獣だけが配置されていた。が、今この場には多数の観客がひしめき、異様な熱気を感じさせる異空間と化している。

 観客は人では無い。不死者、悪魔、魔獣……多数の異形種がひしめきあい、奇妙な興奮が場を満たしていた。

 

「とうっ!」

 

 上から幼い声が響き渡り、その小柄な体躯を小さく纏めて華麗に着地する。

 

「アウラ……」

 

 口の中で小さく呟いた声は、この場の誰にも届く事は無い。

 

「皆さん! お待たせいたしました! まずは挑戦者の登場です!」

 

 少年のような少女が拡声アイテムで声を上げると、観客席から歓声が上がり、ゴーレム達が足を踏みならす。

 

「愚かにもナザリック地下大墳墓に侵入してきた者たちの中、あっさりとシモベ達や罠で命を落としていく雑魚達とは違って第三階層まで無傷でたどり着いた侵入者! 果たしてこの場でも少しは手応えの一つでも見せてくれるのでしょうか!?」

 

 彼女はアナウンスなのだろうか、リングインする選手を迎えるように紹介を続けた。だが、観客席から感じる視線には挑戦者を暖かく迎えるような感情は見られない。あるのは敵意と、嗜虐的な意思だけだ。

 

「これに対するのはこの女だぁ!」

 

 割れんばかりの歓声が響き渡る。物理的な衝撃さえ感じるその中に、華麗に舞い降りる1つの影。ある鳥人が創造した、美しき吸血鬼。

 

「お初にお目にかかるでありんす。わらわは第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。どうせ一瞬だけのお付き合い、覚えていただかなくても結構でありんす」

 

 そう言って残酷に、そして美しく笑う吸血鬼。

 その美しき顔に思い浮かぶ。友の鳥人が夢見た理想、それが夢のままに動いている。

 彼が理想を追い求め、突き詰めた少女。時に設定を語り聞き、装備の為にと共に駆けずり回った。自分が作ったアレの次に詳しいであろう、彼女が。

 それでようやく理解できた。納得できた。

 

(俺の、俺たちの作ったNPC達が、動いて、喋ってる)

 

 困惑と感動が溢れ出る。何度も何度も、振り切った感情が強制的に抑制させられる。

 そして冷静になるに従い浮かび上がる疑問。ここが在ると聞いたときから、ずっと懸念していたこと。

 

(果たして俺は、『俺たち』は彼等の何なのだろうか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか反応の薄い侵入者でありんすねえ」

 

 シャルティアはサディスティックに浮かべていた笑みをつまらなそうに歪ませる。ちなみに彼女は武器どころか鎧すら装着していない。己が身体能力だけで十分だと、侵入者を見下しているのだろう。

 まあ彼女が日常的に来ているドレスですらモモンガの作った鎧を軽く上廻っているので、間違っているわけではないのだが。

 

「申し訳ありません、あまりの光景に呆けていました。

 侵入、との事でしたがそのつもりはありませんでした。可能ならば謝罪を受け―――あの、何か?」

 

 モモンガの声を聞いたシャルティアは、元から大きな目をさらに見開き、何故か呆けた表情をして反応を返さない。

 

「……不思議な声をする男でありんすね。妙だわ……なんだか、安らぐというか……体が熱くなるというか……いえ、気のせいね。ニンゲン如き、ただこれからの虐殺が楽しみなだけよ……」

 

 ボソボソと一人呟くシャルティアの声は、モモンガの耳にだけ届いていた。シャルティアといい、セバスといい、彼等の反応が何を意味しているかは判らないが、バレていないのならば問題はない。

 

「謝罪を受けてはもらえないでしょうか。繰り返しますが、私はここが誰かの所有地だという認識はなかったのです。もちろん、謝罪だけでなく可能な限りの賠償も用意いたします」

「ふん、ニンゲン如きの謝罪や賠償などでナザリックに踏み込んだ罪は拭えないでありんす。ここは至高の四十一人である御方々が住む最も尊き城。ぬし一人の命程度でどうこうできることではありんせん」

 

 至高の四十一人。モモンガにとって始めて聞く言葉であり、あまりに心当たりのある言葉。

 

「ならば―――」

「もうだまりなんし」

 

 問答無用、とばかりにシャルティアの爪がビキリと伸びると、今度は表情を不機嫌に染める。

 

「ぬしは許されないことをしたでありんす。ここで我らの知識のため、我らの憂さ晴らしのため、醜く派手に飛び散るのが運命」

 

 小さな体から重圧感が生まれ、矢のように引き絞られた力が少しずつ溜まっていく。

 

「せいぜいわらわ達を楽しませるでありんす。ぬし達はその為に集められた贄なのだから」

 

 モモンガも剣を構え、まさに一触即発。といった所で頭上から新たな気配―――強い冷気が舞い降りた。

 アウラの身体能力を活かして衝撃を殺した着地や、シャルティアの魔法で舞い降りる方法とは異なり、頑丈さに任せた重量を感じさせる着地だ。

 

「待テ、シャルティア」

 

 現れたのはライトブルーの異形。昆虫を思わせる二足歩行の戦士だ。

 

「何故止めるでありんすか、コキュートス」

「約束シテイタ筈ダゾ。侵入者ガソレナリノ腕ヲ持ッタ戦士ナラバ、私ガ戦ウト決メテイタ筈ダ」

「この男が『それなり』には見えなかったでありんすが」

「我々ノ基準デ言エバソウダロウ。ダガ、侵入者達ノ中デハ頭一ツ抜ケ出テイタ事ハ確カダ」

「……」

 

 不快そうに表情を歪めていたシャルティアの爪が、文字通りに引っ込む。

 

「はあ、分かりんした。わらわも何故だかこの男とはやり辛かったもの。あとはぬしの好きにするでありんす」

「礼ヲ言ウ」

 

 客席へ戻るシャルティアに対して、通り過ぎてモモンガへと歩を進めるコキュートス。

 

「シャルティアハアア言ッテイタガ、私ハ逆ダ。何故カ、オ前トノ戦イヲ思ウト高揚ヲ覚エル」

「……それは、光栄な事ですね」

「ドウイウ意味ダ?」

「先程の会話を聞くに、貴方は『武人』のようだ。戦士として遥かに上を行くだろう貴方に認めて貰えたのならば、私にとっては光栄なことなのです」

 

 入れ替わるように入ってきたコキュートスに、モモンガは言葉で揺さぶりをかける。彼等に自分たちが決めた設定が生きているのか、そして自分たちがどう思われているのか、見極める為に。

 

「私ガ、『武人』カ……確カニ私ハ主ニソウアルベキト定メラレテイルガ、ソウ名乗ルノハ分不相応ダロウ」

「そうは見えませんが」

「私ハ、私達ハ……イヤ、オ前ニ言ッテドウナル事デモアルマイ。剣ヲ抜ケ侵入者」

 

 コキュートスが構える。その手にしている武器は『斬神刀皇』ではなく、神器級(ゴッズ)どころか伝説級(レジェンド)にも届かない代物だ。つまり彼は本気を出すつもりはなく、この状況はシャルティアの言葉を思うにあくまで侵入者を追い詰めるショーでしかないのだろう。

 だが、そんな物ですらこの世界で見たどの武器よりも強く、鋭い。モモンガが魔法で作り出した武器など、あれに比べればガラスのオモチャだ。

 

「話し合いで済ますわけには……」

「クドイ。セメテモノ情ケダ、戦士トシテノ最後ヲ約束シヨウ。イクゾ!」

 

 まさに問答無用。コキュートスの抱えた薙刀が掲げられ、その突進と同じく恐ろしき速度で振るわれた。

 

 

 

 

 

 この世界に来て始めて味わう、死の気配。断頭の刃が如く、首元へと振り下ろされる斧槍。モモンガはとっさに盾を掲げて防ごうとし、すんでのところで受け流しへ変えた。

 嫌な音とともに鋼鉄が滑り落ちる感覚。受け流しは成功したにも拘らず、深く傷ついた盾。それはモモンガの技量だけに問題があるわけではなく、単純に武具性能の差が大きい。まともに受ければ、モモンガは全ての武具ごとバターのように切り裂かれるだろう。

 

 だが、それでも受け流しは成功している。

 モモンガの剣技とは、すなわちガゼフの剣技だ。ガゼフの剣技は対人、そして戦争で鍛えられた一対多数が当然のもの。つまりは、受けから必ず攻めへと繋がる攻防一体の剣技だ。

 盾で受け流した反動を利用し、モモンガの剣がコキュートスへと迫る。先程のお返しとばかりに振るわれた剣先にはコキュートスの首がある。

 

 激しい硬質音。モモンガの剣はコキュートスの手甲めいた甲殻装甲によって防がれる。もちろん彼の装甲には傷一つもつかない。彼の甲殻装甲は上位の防具にこそ劣るものの、相当な防御力を誇る。今のモモンガの武器では数十、いや数百と攻撃を重ねた所で数ミリの傷が精一杯だろう。

 

 振り下ろされていたコキュートスの斧槍が、返す刀ですくい上げられる。先程ギリギリで受け流してしまった事もあり、今度は盾受けできるほどの猶予がない。モモンガは目の前にあるコキュートスの体を蹴り飛ばすように足を掛け、反動で斧槍の軌道から逃れる。なんとかダメージを負うことはなかったが、背中の外套はバッサリと切り裂かれた。

 

 着地と同時に、モモンガは大きく踏み出し大上段で剣を振り下ろす。対してコキュートスは焦ることなく斧槍を横に構え、剣を受け止めるつもりだ。

 その素直ともいえるコキュートスの防御に、モモンガは腋を締めて剣の振り幅を小さくまとめる。斧槍に触れる筈だった剣はすり抜けるように振るわれ、途中で強引に突き出されて突きへと変化した。

 

 くるり、と斧槍が回る。無駄なく振るわれた90度の回転は、その柄でモモンガの変則的な突きをあっさりと弾いた。そして今度はコキュートスが大上段の構えを得る。

 

 同じ蹴りでの脱出は望めない。だが後ろに下がれないなら前へと避ければよい。

 突きの勢いをそのまま、そして弾かれた力に逆らわず、モモンガはコキュートスの体を通り過ぎるようにすり抜けた。

 

 すり抜けざまに一太刀見舞ったが、まるで後ろに目が付いているように……コキュートスは複眼なので本当に見えているかも知れないが……当然のようにその一閃も受けられた。

 

 再び離れる距離。

 数秒にも満たない一瞬にして濃厚な攻防。

 殺意のない、どこかちぐはぐな命のやりとりはまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 我々がこの世界へ来たのは、一月前程の事だったと思われる。

 

 

 

 

 

 

 ある日、いつものように侵入者のない平和な地獄絵図を見守っていた私へ彼女からの連絡があった。それは至急話したい事があるから来て欲しい、というシンプルなものだ。

 最初こそ至高の御方々に命じられた階層の守護を放棄するなどありえないと拒否したが、彼女の聞いたことのない懇願するような声色に折れることになる。

 集合場所へ来てみると、そこには各階層守護者達が勢揃いしていた。もちろん、特殊な立場である第四、第八階層守護者は抜いて、だが。

 

『あの方がお隠れになられた』

 

 それは信じがたい、まったくもって信憑性のない―――そう思いたい、言葉だった。

 その時に私が感じたことは、『そんな筈はない』だったか。『ああ、やはりか』だっただろうか。その時の私は混乱の最中にあり、詳しい事はどうだったか憶えていないし、思い出したくもないことだ。

 

『外へと御出になられただけでは?』

『いつものように「りある」へ一時的に行かれただけでは』

『数日帰られないことは今までもあったことだ』

 

 私達の質問、責めるような反論がいくつも彼女へ投げられたが、当の彼女はそれ以上は話そうとしない。

 

『ここからは私から説明いたします』

 

 ついにはその金の瞳から雫を流し始めた彼女へと代わり、あの男が話し始める。

 彼もまた、あの御方と最後に立ち会ったのだと言う。

 

『あの御方は、普段持ち出されなかったギルドの象徴を手にし、私達を共連れになさって王座の間へと訪れました』

 

 その日の御方は深く影を負っていたという。

 他の至高の方々が一人一人とお隠れになるに従い、覇気をなくされていたことは我々も知っている。だがその日、その時のあの方は、まるで消えてしまいそうな程に深い虚脱感を見せていたと、彼は感じたという。

 

『王の間へと参られたあの御方は、ひとつひとつ至高の方々のエンブレムを懐かしむように』

 

 過ぎ去った思い出を確かめるように、それらひとつひとつを指差し、

 

 

 

 

 ――――忽然と、姿を消した。

 

 

 

 

 その時の私達は、まともに会話できる状態ではなかった。

 あるものは泣き、あるものは打ちひしがれ、あるものは自傷した。

 だが、まだ本当にあの御方がお隠れになったと確定した訳ではない。私はそう言ってその場を収め、皆は一度各階層へ戻ることにした。数刻後にもう一度集まることを約束し。

 その数刻に果たして意味があったのか。あるいは、私自身も時間が欲しかったのかもしれない。落ち着くための時間か、それとも自分を誤魔化すための時間か。

 

 そして時間通りに再び集合した我々の中で、第一から第三階層守護者であり最も地表に近い彼女が慌てた様子でまくし立てた。

 

『外の光景が見たこともない平原になっていた』

 

 混乱に拍車を掛けた我々は、みな揃って地表へと出る。我々を迎えたのは幻術でも偽装でもない、確かに知らない景色だった。

 呆然として立ち尽くした我々の中で、いつもの気弱な様子で彼が言った。

 

『もしかして移動したのは僕達かもしれない』

 

 それはまさに闇の中で見た一筋の光だった。

 そう、もしこれが敵対組織の転移魔術や罠であったのだとしたら、全能たるあの御方を除いて我々だけが移動させられた可能性はありえる。

 情報無しでの決めつけは愚策だ。だが、あの方が自らの意思で御隠れになられたのではない、その可能性は我々に活力を与えた。

 

 それからの我々の動きは早かった。

 拠点内の再確認。収支を抑えた防衛機構の再構築。情報収集を行う隠密部隊編制。

 弾丸のような速度で指示を送り、ありとあらゆる想定をもって活動の幅を広げる。

 我々は協力しあった。普段は戦闘に偏重した彼や、色ごとや嗜虐心ばかり考えている彼女ですら、慣れないといいながらも頭を使って協力してくれた。その為に想定の数倍の速度で事を成せたのは、創造主たる御方々に胸を張れることだろうと思う。

 

 ―――ただ、本来我ら守護者の統括たる彼女だけは悲嘆に暮れ、日々を泣き崩れていた。それを責めるつもりはない。気持ちは痛い程に理解できたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしコキュートスには困ったものだね」

 

 眼下で行われている激戦―――魔法もスキルも使われていない以上、結局は遊びの範疇でしかないだろうが―――それを眺めながら、ため息をこぼす。

 

「これでも息抜きにはなっているのではないの? まあ、コキュートス以外はどうか判らないでありんすが」

「それが問題だよ。もちろん情報収集としては意味はあるが、これではショーたり得ない」

 

 思い通りにならないものだ、そう再びため息をつく。

 

 この『イベント』は現地人の戦力調査という側面をもっているが、本質的には我々の『息抜き』が目的だ。

 この地へ来てから数カ月、目的を同じく邁進してきた我々だが少しずつ足並みが乱れてきていた。あやふやな希望を目標にしているのだから、それもしょうがない事だとは思う。

 

 その為の『イベント』だ。

 

 現地人達の無様で滑稽な死にざまを楽しむ事で、これを明日への活力にしようと一考したのだ。もちろん、ただ楽しむだけではなく集める人間を現地の傭兵達にすることで、構築した防衛機構や彼らの戦力調査も行える。多数のメリットを見込める作戦である。

 ちなみにこういう事を楽しめない彼らには外の仕事を任せている。私がこういう気遣いをしても彼は訝しむだろうが、趣味こそ合わないが彼も仲間だ。気遣いの一つはしよう。

 だが、上手く行っていたのは途中までだ。侵入者のほぼ全ては新しい防衛機構テストとして役立ち、その無様な死に様は我々を大いに楽しませた。だが、こうしてメインイベントである闘技場での虐殺ショーは既に別物と化している。いつも武人然とした彼からすればこの催しを楽しめないとは思っていたが、自身が真正面から楽しみにいくとは思ってもいなかった。

 

 ……きっとあの御方であれば、私なぞよりも上手く事を進められたのだろう。

 

「それにしても君はあっさりと退いたね」

「……ただの気まぐれでありんす」

 

 彼女の妙な反応に首をひねる。彼女もこのイベントを楽しみにしていた一人だ。ショーのメインを任せた時の笑顔は遠慮などではなかったと思う。それが変わったのは、あの侵入者を目にした時だろうか。

 

「武具に詳しい方ではありませんが、見たところ大した武器ではなさそうだ。あれでは彼の防御は貫けない」

 

 近接ならば我らの中で一二を争う彼と戦いになっているだけで評価すべきことだ。だが、ダメージがない以上なんの緊張感もない、ただのお遊びだ。

 

「全く、君達はあのような傭兵に何を感じたのだか」

 

 裏腹に、自身のうちにもあるざわつきを振り払うように言葉を放つ。らしくない。全くもって今の私はらしくない。

 

「貴方もそう思いませんか? アル―――」

 

 不意に目をやった彼女の姿を見て、息を飲む。

 ……今日までみじろき一つせず、ただ失意に沈む日々を過ごしていた女は、その金の眼を大きく見開き―――

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「くっ!」

 

 衝撃を受けた剣でなんとか殺し、逃しきれなかった分を大きく後退した体で受け止める。もはやモモンガの体は、正確には鎧だけなのだが、立派だった武具は傷だらけで見る目もない。辛うじて形を保っているだけの存在だ。後一度でも大きな衝撃を受ければ容易く崩れ落ちるだろう。

 だが、まだ彼は正体を晒すわけには行かない。

 

 彼等が自己の意志で生きている事は分かった。

 彼等の中に息づく『仲間達』を感じることはできた。

 しかしまだ彼等が味方であるのか、敵ではないのか、モモンガは確信を持てていなかった。

 

 逃げる手段はある。何しろモモンガにはあの指輪がある、撤退するだけならば実に容易だ。

 だからこそ、こうして彼等と対することができる今、何の関わりのない第三者として相対できる今、確かめる必要があるのだ。

 

「妙ダナ」

「何だと?」

 

 突然、コキュートスが構えを解いて話しかけてくる。いつの間にかどこか高揚していたように見えていた彼の戦意は霧のように消え去っていた。

 

「筋力、体力、精神力、ドレモ一級品ダ。反射神経モ悪クハナイ。武具コソ貧弱ダガ、調査シテイタヨリ強力ナ物ノヨウダ」

「褒めていただいているんですかね?」

「ソウ思ッテ貰ッテモ構ワン。ダガ、一ツダケ気ニナル事ガアル」

「何でしょうか」

「……オ前ハ剣士デハナイナ」

 

 躊躇いつつも、確信に満ちた声。

 

「何故、そう思われたんですか?」

「ソノ剣技、戦場デ鍛エラレタ実ニ合理的ナ物ダ。ダガ、ソレハオ前ノ物デハナク、借リ物ニ過ギナイノダロウ」

 

 モモンガは息を呑む。

 

「……凄いですね。今まで誰一人として見破れなかったのですが。何故分かったんですか?」

「妙ダト思ッタノハオ前ガ受ケニ廻ッタ時ダ。ソレダケ完成サレタ剣技ニモ拘ラズ、勘ヤ経験デハナク反射神経ニ頼リ考エテカラ行動ヲ決メテイル。ソノスタイルガ有リ得ナイトハ言ワンガ、ソレハ優レタ戦士トシテ異常ダ」

「成る程、勉強になりますね」

「オ前ハ一体何者ダ? 何ヲ隠シテイル?」

 

 内心でコキュートスを賞賛しつつも、モモンガは次なる行動を迷う。

 

「……隠している事を話す前に、私も質問しても良いでしょうか」

「フム、力ヲ隠サレタママ戦ッテモツマラナイ。答エラレル事ナラ答エヨウ」

 

 モモンガは思う。たぶん、これが最後のチャンスなのだろうと。何を聞けばよいのか、何を問えばいいのか、考える。考えて、ある意味最低な質問を決めた。

 

「――――その『貴賓室』には、誰かいるのか?」

 

 この円形闘技場内で最も豪華な場所がある。明りこそ点いているが、ここで見る限り人の気配は見られない。

 それを聞いた蟲の怪人は硬直し、怒気を強め、だが冷静に答えた。

 

「今ハイナイ」

「今は? ならばこの墳墓の中にいるのでしょうか。ならばここに侵入した罪を詫びたいと思います、一目会わせてはいただけませんか?」

「……御方々ハ何処カへ出ラレテイル。御戻リハ不明ダ」

「それはおかしいですね。主が部下たちに何も告げずに去ったのですか? 何処へ、いつ帰るか告げずに?」

「…………ソレ以上、喋ルナ」

「一度も? 一瞬でも顔を出してこなかったのですか? 何があっても、侵入者が来ても、イベントがあっても。

 ああ、もしそうであるならばソレは外出などと言うものではなく―――」

「ダマレェ!」

 

 

 

 

 

 

「―――貴方達を捨てて、出ていっただけなのでは?」

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガ自らの心を抉るような言葉は大声ではなく、語りかけるような口調だが何故か闘技場中へと響き渡る。

 さざ波のように広がる沈黙、耳が痛いほどの静寂。

 そして、波が返す様に色を濃くする悲しみと合わせて、火が広がるかの様な感情が全体へ広がる―――怒りだ。

 

「……ダマレ……ダマレダマレ! ソンナ事ハ判ッテイル!」

 

 まさしく烈火の如く吹きあがる怒気。コキュートスの体からは、反して強い冷気が発せられた。

 

「至高ノ方々ガ我ラヲ置イテ行ッタ事ナド、判ッテイルノダ! ソレガ我ラノ不足カ、何ナノカハ判ラヌガ、モウ戻ッテ来ラレナイ事ナド、覚悟シテイル!」

 

 それはまさしく、魂からの言葉だった。

 ナザリックの誰もがそう思いながらも、決して口に出す事はなかった慟哭。その可能性を考えることすら耐えられない苦しみを生む呪いの言葉。

 彼らは決して無能ではなく、そして勘が鈍い訳でもない。ただ、拠り所がないから都合のいい結論に縋っていただけなのだ。

 

「ダガ我ラニ何ガ出来ル!? コノ地ノ守護トイウ与エラレタ命ニ背ク訳ニハイカナイ! 至高ノ方々ニ供ヲ願ウコトモデキナイ! ナラバ、ナラバ一体何ヲ!?」

 

 それは、彼らは、いわば捨て子だ。何がしたい、何をするべきと判断がつく前に、一人残された子供なのだ。

 どんなに力を持ち、知恵を得ていても、自我ができたばかりの彼らは本質道に迷った子供と大差がない。

 

 

 ――――その姿に、独りナザリックに残された自身(モモンガ)を幻視する。

 

 

「……恨んではいないのですか? 置いて行かれたことを」

「恨ム……? ソンナ事ハアリエン」

「それは自分達を創ってくれた感謝から、ですか?」

「創造主ヘノ忠誠ハ確カニ有ル。ダガ、ソレダケデハナイ」

 

 危ない発言にも、気が高ぶっているコキュートスは気づかない。だが次に発した言葉には、今まであったような怒気や悲哀ではなく、

 

「我ラハ、敬愛シテイルカラダ。異形種デアル事ニ誇リヲ持チ、我ラトコノ地ヲ創造シタ(ちから)ト知恵、ソシテ強キ御心ニ」

 

 

 

 

 

 

 

 確かな、誇りに満ちた結論。

 何があろうとそこだけは揺るがないのだと、彼はあっさりと、ナザリックの在り方を、モモンガの誇りを、言葉にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ク……クク……」

 

 体が震え、喜びが湧き上がる。

 

「一人になったと思ってた。サービス終了前も、後も。もう俺には何も残ってないと思ってたが……何だ、全部ここにあったんじゃないか」

「……何ガ言イイタイ」

 

 まるで狂ったかのように言動を変えた目の前の男に、コキュートスは困惑する。だが、その男には狂気など感じられず、むしろ喜びと余裕すら感じさせた。

 

「ああ、いやすまなかったなコキュートス。一人で盛り上がっていた。別にお前達を笑っていたわけではない」

「ハッ、モッタイナキ御言葉―――ハ?」

 

 何故か跪きかけた自分に疑問を持ち、ギリギリで正気を取り戻す。コキュートスの困惑は強くなる。目の前の男の言動に、強い喜悦を覚えていた。その理由を考え、最も自分にとって都合のいい妄想をちらつかせた。

 

「マサ、カ」

「感動の再会だ、どうせならば盛り上げたいところだが場が冷えてしまったな……ならば――――」

 

 戦士の手に忽然と現れる小さなアイテム。砂時計の姿をしたそれは、あるカテゴリに属する強力なもの。それを『彼等』は時に揶揄し、誇り、称するのだ。『課金アイテム』と。

 

「少し派手にいくか!」

 

 ガラスが砕ける音。同時に闘技場を覆う巨大な立体魔法陣。その内に、コキュートスは尊き白い(かんばせ)を垣間見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その金の瞳から大粒の涙を流した。

 

「あの方だわ……あの方よ! あの方が、帰っ、て!」

 

 狂乱、いや狂喜して叫ぶ彼女に、困惑と同時に期待を抱いて闘技場へ目を向ける。そこには、

 

「なっ、あれは!」

「まさか、超位魔法!?」

 

 私の驚愕に答えるように、シャルティアが言葉を重ねる。

 もしあれが想像通りのモノならばすぐさま止めに入らなければならない。あれが何の魔法かまでは判らないが、攻撃的なモノならばこの狭い空間だ、多数の死者を出す事になる。

 だが、本来長い発動待機時間を必要とするそれはただの一瞬すら待ちはなく、

 

 

 

「それでは――――少し派手にいくか!」

 

 

 

 耳に届いた瞬間、何故か喜悦に身を震わせる音色と共に、世界が赤く彩られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――目を見開いたそこには、地獄絵図があった。

 無機質な床や壁は赤黒く彩られ、激しい熱を発している。それはまさに地獄絵図、第七階層守護者である彼にとって、とても身近な光景だ。

 

「……ダメージが、無い?」

 

 見渡せば闘技場の全て、舞台と観客席は炎とマグマで覆われている。しかし逆に言えばそれだけで、隕石の雨が降るでも目に見えるモノ全てが塵と化すわけではない。

 この場にいる者達はほぼ全てが強い属性耐性を保有している為、この程度ならば悪くて火傷程度だ。それはおかしい、超位魔法の効果としてはあまりに弱い。

 

「……いや、フィールドの属性を変えた。たったひとつの魔法で?」

 

 個人の魔法で世界の在り方を改変する。確かにそれは超位魔法に相応しい。

 だが、何故、それだけの事ができるものが何故、その力を攻撃に転じなかったのか。

 彼は―――宝石の眼をした悪魔は炎が舞う視界を細め、その先にある真実を解き明かそうとし、

 

 

 

 

 

「クク……フフフ……ハッハッハッハ!」

 

 

 

 

 

 心より求めた声が、赤く彩られた世界よりも強く、心を焦がした。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の様に深い黒衣の外套。

 恐ろしい魔力の篭められた多数の装飾。

 白磁の様に美しく、金剛石を超える強度の骨格。

 伽藍堂の内に怪しく輝く赤い宝珠。

 そして―――その手にはあるギルドの象徴。

 

「我が友よ、我が子等よ、我がシモベ共よ! よくぞ我らが居城を守り通した」

 

 黒々とした絶望の闇が広がる。

 その黒い光に触れた下僕たちは恐れ、狂乱し――――歓喜する。

 その闇が、その声が、その姿が、激しい衝撃となって彼等の背骨を下から上へと貫き、絶頂へと導く。

 

「今、私はここに帰還した! この時、この場より、私が再びこの地を独裁し、私がお前達を支配しよう」

 

 全てのものが跪く。

 死霊、不死者、悪魔、精霊、そして守護者までもが。

 その表情には一つ、ただ一つだけの感情が浮かび上がっていた。

 

「我が名を讃えよ――――ナザリックが地下大墳墓、アインズ・ウール・ゴウンの長、すなわち―――」

 

 この場の誰もがその姿を求めた。

 この場の誰もがその声を求めた。

 そして、この場の誰もがその名を求めた。

 

「我が名はモモンガ! オマエ達の真なる支配者である!」

 

 ――――瞬間、第六階層は悲鳴のような歓喜の絶叫に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玉座の間。偉大さと美しさを兼ね備えたその場には、多種多様の異形種が跪いていた。

 

「各階層守護者、揃いまして御座います」

 

 美しき天使の様なサキュバス―――アルベドが玉座に最も近い位置で皆のように跪き、声を上げる。

 

「良くぞ揃ってくれた、我がシモベ達よ。まずは暫くこの地を空けた事を詫びよう、そして礼を言う」

 

 浅く頭を下げた王に、彼等は動揺を覚える。だがその口を開く事はない。何故ならばまだ王の言葉は続いていたからだ。

 

「そしてオマエ達に至上の命令を下す」

 

 王が玉座から立ち上がる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンを無窮のモノとせよ。

 全ての障害、全ての外敵を退け、アインズ・ウール・ゴウンの栄光を永遠に保ち続けるのだ!

 期限はそう―――我々がこの世界という箱庭に飽きるまで、としておこう」

「御命令、賜りました。アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ! 我ら全ての王、モモンガ様に栄光あれ!」

 

 王を除いた、全てのモノの喝采が響き渡る。地を揺らし、階を突き抜け、外へと届けと言わんばかりに。

 それは復活であり、産声であり、まさしく始まりなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――何事にも終わりはある。

生には死があり、朝には夜があり、ゲームにはクリアがある。

では、旅の終わりとは一体なんだろうか?

 

それはきっと、家に帰るということ、なのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終わらない喝采に、モモンガの眼下で炎の様な赤が怪しく揺らめく。

 

(……どうしよう……こいつら、マジだ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただし、果たして家が一番安らぐかどうかは、誰にも判らない。





これにて最終話。
皆様、短いようで長いお付き合いありがとうございました。
あとがきは後日、活動報告にて致します。

それでは、また機会がありましたら宜しくお願いします。


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アフター(その他)
アフター1


 もうちっとダラダラとするつもりだったのですが、皆さんが色々と心配サれているようなのでチョロっとしたものを投稿いたします。

 今回のお話は最終話から数日後、お祭り騒ぎが終わって少し落ち着きを取り戻し始めたナザリックの出来事です。

 ちなみに宜しければ最終話のラストあたりを読み直して頂けると楽しく読めるかも。読まなくてもいいようにはしてありますが。


(どうしよう……あいつらマジだよ……)

 

 モモンガは執務室で悩んでいた。

 それはもう悩んでいた。

 

(テンションあがって格好良く演説しちゃったせいか、アイツ等の視線が熱い。視線が合うだけで恍惚としてて熱い。アルベドとシャルティアは猛禽類じみてて怖い)

 

 以上の様に、悩みの種はもちろん彼の部下であり子でもある守護者達だ。

 調子乗った結果の末路なので自業自得としか言いようがない。

 

(まあ、それはしょうがない。俺が凡人ってことは少しずつ納得させていくしかない。だが、放置できない問題もある……)

 

 困って頭を抱えたポーズ、には見えない様に思慮にふける大物感をかもしながら何も無い机に向けていた顔を上げる。視線の先にはアルベドがしずしずと控えていた。

 

「何か御用でしょうか、モモンガ様?」

「ん、いや、そうだな……」

 

 満面の笑みを返すアルベドに、改めて悩みの種のことをモモンガは思った。

 ―――こいつら何で世界征服するつもりになってんだ? と。

 

 

 

 

「なあアルベド、先日の王座の間で話した内容を憶えているか?」

「もちろんでございます! 一言一句、モモンガ様の挙動も指先一つまで憶えております!」

「そ、そうか。それは凄いな」

 

 たじたじになりながらモモンガは改めて思う、ならなんで軍隊編制なんぞしてるんだこいつら、と。あの時モモンガは

 

 

アインズ・ウール・ゴウンを護るため、皆で防衛を頑張るぞ!

(全ての障害、全ての外敵を退け、アインズ・ウール・ゴウンの栄光を永遠に保ち続けるのだ!)

ほとんど皆不老不死だし、ほんとに永遠ってのはきついから飽きるまでね!

(期限はそう―――我々がこの世界という箱庭に飽きるまで、としておこう)

 

 

 と通告した筈なのだ。―――言い廻しはちょっと凝ってみたが。

 だというのに守護者たちときたら、やれ『強襲部隊、遠征部隊、情報部隊。全て編制済みでございます』だとか『先駆ケハオ任セ下サイ』だの『は、高範囲魔法でグチャグチャにするの、得意です!』とか『あの子達はいつでも準備万端です!』や『見目の良い女はつまみ食いさせて欲しいでありんす』などと……いちいち物騒な方向でやる気まんまんで非常に困る。一人だけ違うか。

 

「しかし……少々懸念があってな」

「何でございましょうか」

「皆に私の真意が伝わっているか、という事なのだが」

 

 アルベドに電流走る―――

 

 真意。つまりはモモンガを一番理解している人物。それは自分しか居ないという確信。ここで良いところを見せればモモンガは感心。ヌレヌレ。朝まで大運動会……!

 

「さて、どうでございましょうか? モモンガ様の深謀深慮を果たして皆が理解できているかどうかは……ああ、わ た く し は別でございますわ

「そ、そうなのか?」

「ええ、もちろんでございます!」

「そうか、いやそれは良かった。流石はアルベドだな」

 

 何処か安心した様な声色を出すモモンガに、アルベドは心の中で大きくガッツポーズを取った。これで他の守護者達よりも一歩リードできた、と。

 ―――ここまでがアルベドの絶頂であり、叩き落とされる事になるとは誰が予測しえただろうか。

 

「いやあ、何故か皆が世界征服などと言うものだからどうしようかと思ったぞ。誤解を与える言い方をした私も悪かったが、やはり伝わる者には伝わっていたのだな」

「えっ?」

「えっ?」

 

 アルベドの背に冷や汗が流れる―――

 

「アル、ベド?」

「も、もももちろんですわモモンガ様! 当然理解しておりましたとも! 全く皆は何を先走っているのだか……!」

「う、む。まあ、あ奴等も悪意あっての事ではないだろうからな。ニンゲン達には悪意タップリだろうが」

「全くですわ」

 

 オホホホホ、と上品に笑うアルベドの背中は汗でびっしょりだ。

 なにしろ、モモンガの言葉を曲解してしまい世界征服に主軸で動いたのはデミウルゴスと他でもないアルベド自身であるからだ。

 ぶっちゃけ、他の守護者達はある意味正直に言葉を受け入れ、『よくわからないけどいつも通り拠点防衛してればいいんだな』と思っていたのだから。それも、二人の「貴方達はまだまだね、ッハン」的な上から目線の言葉でひっくり返してしまったのだが……

 

「……ちなみにモモンガ様、世界征服は本当にされないのですか?」

「……まさかアルベド、お前も、」

「いえいえいえ! 単純な好奇心でございます!」

「ふむ。正直に言えば興味はないな。征服欲とかないし」

「そ、そうでございますか」

 

 実にあっさりとしたものである。

 

「うーむ、しかし他の者たちの誤解を解く必要があるな」

「と、もうしますと?」

「これは私自ら動くしかあるまい」

 

 カッ、とモモンガの眼が激しく輝く。

 

「個人面談だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<漫遊記アフター ~ドキドキ個人面談セバス編~>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「忙しいところすまないな、セバス」

「いえいえ、モモンガ様の命以上に優先することなどございません」

(重いわ、相変わらず)

 

 ここはナザリックが九階層、いくつかある談話室の一つだ。彼らはソファーに腰掛けて対面していた。ちなみにアルベドもモモンガの隣にいるが、嬉しそうでありつつもどこか青い顔をしている。

 

(まずいわ……この流れでモモンガ様の命を履き違えていたなんてバレたら、守護者たちから総スカン! いえ、それだけで済めばいいけど、モモンガ様から軽蔑の眼で見られてしまう! それはそれでイイ!)

 

 一人で顔を青ざめて心拍数を上げ続けつつ、軽く濡らしている彼女はどうしようもない。だがどうしようもないなりに現状を打破しようと優秀な頭脳をフル回転させていた。

 

(なんとかしなくては……皆に投げかけた指示をひっくり返さずに、世界征服の事実だけをなかった事にする……できるかぁ、そんなの! いえ、でもやらなければならないのよ! ファイト、アルベド!)

 

「さて、少し確認しておきたい事があったのでな。わざわざ呼びつけた」

「私めにお応えできる事であれば、何なりとお申し付けください」

「そんなに深く考える必要はないぞ? あくまで打ち合わせ……いや、雑談レベルにとらえていればよい」

「はっ!」

(雑談で「はっ」とかかしこまらないよね、普通)

 

 内心頭を抱えつつも、モモンガは話の切り出し方に悩む。別に誤解している彼らを頭ごなしに叱るつもりはないので、誤解をしたとはいえ彼らにできるだけ責任を感じさせない方向に持っていきたいのだ。

 

「……実は先日の王座の間で皆に出した命なのだが、お前はどう思った?」

「……その事でございますが、失礼ですが私の疑問にもお答え頂けませんでしょうか」

「セバス! モモンガ様の問いに問いで答えるなど不敬な事を―――」

「よい、アルベド。これはあくまで雑談だ。そう目くじらを立てるな。というより公式の場でもなければ基本こういう心持でいてほしい。じゃないと私が疲れる」

「そ、そうでございますか?」

「うむ、アルベドも仕事中と私事の切り替えははっきりできるようにな」

『はあ』

 

 アルベドとセバスは生返事を返す。『仕事中じゃない時っていつだろう』と思っているのだ。このナザリック、まだまだ闇が深い。

 

「それでセバス、お前の質問とはなんだ?」

「はい。その、世界征服との事でしたが……モモンガ様はそれをどのような形で行うのかと思いまして」

「いきなり核心だな……まあ、まずは私も聞いてみたいのだが、お前は何故そのような事を聞く?」

「恐れながら「いちいち畏まらんでよい」あ、はい。申し訳……いえ。ではお話しさせていただきます。

 私はご存じの通り至高の御方であるたっち・みー様より創造されました。そして、ナザリックでは珍しく相手がだれであろうとも悪意を強く持たない様にと創られております」

「うむ、お前のカルマは極善だったな」

「はい、しかし世界征服となれば現地人との衝突は必至。今のデミウルゴス様が主導になって動いている現状では、罪なき人々にも多数の悪意が襲いかかるのではないかと思いまして……」

「なるほど……」

 

 罪なき人なんて居ないよ、だなんて垢の付いた問答をするつもりはない。

 モモンガにとって外の人々など他人どころか虫以下の感情しかない。一部を除き。そういう意味ではセバスの懸念はどうでもいいものであり、かつ一部に関しては同じように気になる所ではあるのだが……

 

「まあ、先に一つだけ安心させておこう。私としては敵意や害意を持った相手でもなければ、無闇に非道なことをするつもりはない」

「それは……素晴らしいことでございます」

「どの道その懸念は必要ないんだがな。セバス、私はもともと世界征服などする気はないのだよ」

「は?」

「そこまで驚くことか? そも何故お前達はその様なことを私がすると思ったのだ」

「は、はあ……それは……アルベド様とデミウルゴス様がそのような事を……」

 

(余計なことを言うんじゃないわよセバスゥー!!)

 

「ん? アルベド、どういう事だ?」

 

 モモンガの視線がアルベドへと向く。普段なら彼女にとって喜ばしいことのはずなのに、今の彼女は知恵熱と冷や汗で寒暖の差が激しいことになっている。アルベドの内心は台風のように荒れ狂っていた。

 

(どうする、どうするのよアルベド! ここを切り抜けなくてはモモンガ様にお仕置きされてしまう。ムチや蝋燭で体を痛めつけられ……それはそれでイイ! そうじゃなくて!)

 

 しかし内心の荒れ様と背中の冷や汗洪水に対してアルベドの表情は穏やかだ。まさしく鉄仮面の女だ、エンディングの女である。定期的に崩れるが。

 

「セバス、貴方はモモンガ様の事を何も分かっていないわね」

 

 たおやかな笑みを浮かべ、アルベドは歌うようにさえずる。

 

「どういう意味でしょうか」

「モモンガ様の演説、そして態度。そこから読み取れる事はいくらでもあったわ。だから私達は皆に一つのヒントを出してあげたの。それを言葉通りに受け取ってしまうとは悲しいことだわ」

 

 セバスとモモンガは完璧に聞く姿勢へと入る。ここからは彼女の独壇場。守護者代表として相応しき知恵と包容力を持って語りを続ける。

 

「世界征服、一つの言葉でも決して同じ結果は導かれないわ。モモンガ様の世界征服は、貴方が懸念するような形ではなかったということなのよ」

 

 胸を張りはっきりと語るアルベドに、二人は聞き入ってしまう。

 

「つまりはね―――」

 

(つまりは―――どういう事なのー!?)

 

 だがアルベドは相も変わらずテンパっていた。

 

(モモンガ様は世界征服なんてするつもりはなかった。それはもう確定事項っ。だったらあの演説は一体なんだったというの! 栄光を保ち続ける……箱庭に飽きるまで……えーと、えーと)

 

 この間、コンマ5秒にも満たない時間。アルベドの思考はフル回転していた。でも流石にヒントが少なすぎて答えにたどり着けない……言葉通りに受け取れば楽になれるというのに。

 

(え、え、えっと……直接戦闘じゃないなら情報戦かしら? だだだ、だとするとまず大事なのは……)

 

 そこでアルベドは一つの推測へと辿り着く。征服する気はないっていう前提を忘れて。

 

「そ……そう、地図を。ええ、モモンガ様の世界征服とは、地図を埋めるようなものかしら。ね? モモンガ様?」

 

 そうやってとりあえずふわっとした回答を返す。しかもモモンガに丸投げして。

 

「地図を、埋める、ですか……」

 

 当然セバスはよく分かっていない。

 

「アルベド……お前は……」

「はい、なんでしょうかモモンガ様」

 

 表情が読めないモモンガの白骨顔に、満面の笑みを返すアルベド。だがよく見るとその笑みは引きつっている。

 

「素晴らしいな」

 

(は?)

 

 突然のお褒めの言葉に、アルベドは硬直する。もうお仕置き確定、乱暴に強姦されちゃうのかしら、ヤッター☆ と思っていたのに何故か褒められたのだ。それはもう固まるしか無い。

 

「うむ、そうだな。世界の未知を暴き、一つの地図を作る。確かにそれも世界征服だ、私のやりたいことでもある。もともと我々はユグドラシルで冒険していたのだ、その立ち位置を変えずにいるという意味では間違ってはいないな」

「成る程……ロマンというやつでしょうか」

「分かるではないか、セバス。ハッハッハッハ」

 

(オッシャー! 何だかよくわからないけど上手くいったわぁー!)

 

 アルベドは再び絶頂を迎える。両方の意味で。そして自らを褒め称える。ついでに嫌悪気味の創造主にすら感謝の祈りを捧げた程だ。

 

「まあそんな訳でだ、落ち着いたら何れ外へ出かけるかもしれん。その時にはセバス、お前にも付き合ってもらうかもしれんからそのつもりでな」

「おお……その時をお待ちしております」

 

 アルベドの内心はお祭り状態だ。何しろ短いようで長く苦しい戦いを切り抜けたのだ。皆(脳内アルベドs)エールを片手に涙を流しながら喜び称え合っている。だが―――

 

「さて、セバスとの個人面談はここまでとしよう。ああ、すまないがセバス、――――を呼んで来てはくれないだろうか」

「え?」

 

 アルベドが硬直する。ナニカフシギナコトバガキコエタヨウナ?

 

「あの、モモンガ様。個人面談はこれで終了では?」

「何を言う、まだ始まったばかりではないか。少なくとも守護者全員とは話すぞ?」

 

 そう、だが―――まだ彼女の戦いは始まったばかりなのだ。





 そんなわけで個人面談1人目、終了でございます。
 ホントは守護者全員分まるまる1話にするつもりだったのですが、アルベドとの掛け合いとセバスを書き終わったらそこそこの長さになってしまったので、こりゃ全員分書くまで溜めてたらまた長い間放置になっちゃうなー、というわけで一区切り。
 そもそもぶっちゃけ他の人の個人面談は書くかわかりません。何しろ最終話の言い訳会ですから。

 ①モモンガ様は世界征服しないよー
 ②苦労するのがモモンガ様だけだとは思うなよ!? さすベド。

 まあ今回の話しは上記の2点が全てです。


 ちなみにこのアルベド言い訳個人面談の難易度については、

 セバス:    Very Easy
 デミウルゴス: Very Hard
 コキュートス: Normal
 アウラ:    Hard
 マーレ:    Hard
 シャルティア: Easy
 パンドラ:   Albedo Must Die

 こんな感じ。


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アフター2:復活

個人面接の続き? ねえよそんなもん!
いやなんか全然筆が進まないからもういっそ別の話書いちゃおうかなーって! >ζ*'ヮ')ζ

今回は今までのお話に出てきた人間どもの短い命をどうやって無為にすごしているのか、そんな残虐で残酷さに溢れた心温まるエピソード1となります。

時間軸? たぶん前回の個人面談終了後だよ!



「良くできているな」

「お褒めに預かり恐縮でございます、モモンガ様」

 

 ナザリックの地下深く、モモンガは執務室にてアルベドから提出された書類を確認していた。

 

「この前のワーカーで得た経験がしっかりと生かされているな。過不足ない構成になっている。

 コスト管理も最適だ。既存の罠を自動ポップモンスターで代用しているのはいい着眼点だ」

「モモンガ様からご提供頂きました現地人のレベル、武具、武技等もとても貴重な情報でございました。ワーカーの件は少々やりすぎてしまい、余り正確な情報を得られなかったので」

「それはよかった」

 

 モモンガはアルベドの笑顔を横目でみつつ、書類を再度流し見る。そしてふと頬笑みの息を吐くと、アルベドは何かミスをしたのかと焦りを浮かべた。

 

「あの、何か不手際がありましたでしょうか……」

「ん? ああ、いや。そうではない。すまない、不安にさせたな」

「い、いえ! モモンガ様が謝られるような事は!」

「まあ、そう大げさにするな。

 このナザリック防衛システムの再構成案だが、1~4階層はアルベド、5~7階層はデミウルゴスが主体で考えたのではないか?」

 

 息を飲む音が響く。もちろん、アルベドの喉からだ。

 

「流石ですわ、全てお見通しなのですね」

「よせ、前からこういう取りまとめは私の仕事だっただけだ。

 先程笑ったのはこの防衛案にお前達の性格が出ていて微笑ましく思えてな」

 

 モモンガはギルドメンバーがいた頃にもこういった防衛システムの取りまとめを行っていた。なにしろアクの強い連中ばかりだ、採算を度外視した強力すぎる罠、採算を度外視してネタに走った罠、採算を気にし過ぎて意味が無くなっている罠など、モモンガは多種多様すぎる案を取りまとめてきたのだ。

 その点、アルベドとデミウルゴスの防衛案は文句のつけようがない。適正な罠に抑えられたコスト、素直に褒め称えられる出来だ。

 

(同じように効率的に見えて、二人の性格が色濃く出ている。

 アルベドは引っかかる確率が高い罠を多用し、逃げられても構わないが確実に奥へと進ませない構成。

 デミウルゴスは幾つかの罠を捨石としつつも、追い詰めて確実に致死性が高い罠へ追い込む構成)

 

 デミウルゴスの構成はまさしく創造主ウルベルトの趣味が色濃い。

 タブラ・スマラグディナはあまり実用性のある罠等に興味はなかったが、アルベドのそれは侵入者への拒絶感情が強く出ていた。

 

「懐かしいな、我々が罠構成を考えていた時にはわざと隙を用意し、ある程度の侵入を許していたものだよ」

「わ、わざとですか? 一体何故でしょうか」

「コスト削減の意味もあるが……鉄壁過ぎて誰も侵入しないダンジョンなどつまらんだろう? 遊び心というやつだよ」

「遊び心、でございますか……」

「まあ今の我々には必要の無いものだ、余裕が出てきたらいずれお前達も覚えればよい」

 

 反応の悪いアルベドを、何処か微笑ましく見ているモモンガの機嫌は悪くない。だが、その視線を別の書類へと変えると、上がっていた気分も下がり始める。

 

「そう、余裕だ。我々には余裕がない」

 

 それはナザリックの資金の流れをまとめた記録、つまり収支管理表といえるものだが、その内容には偏りがある。

 

「今の我々には収入がない!」

 

 モモンガがこの地へ戻ってからまだ一月も経っていないが、収入なしの状況は常に危機感という形で精神を蝕み続けていた。

 ナザリックの維持費は消して安くない。金のかかる罠を削減して消費を最低限まで落とし込んだものの、そもそもギルドとして保持するだけでナザリックの資金は減り続けている。ユグドラシルというゲームがサービス終了するまでにモモンガが稼いできた資金はまだまだあるために焦る程ではないが、この収入0の状況は貧乏性のモモンガに耐えられない苦痛を与えている。

 そもそもなんか働いていないことに焦燥感がある。モモンガはこの地の大黒柱として、職業ニートであることをなんとなく許せなかった。

 

「やはり出稼ぎに行くべきだな」

「お待ち下さいモモンガ様! 御身自ら労働など、あってはならないことです! 是非我々にご命じください!」

 

 しかしこれである。彼等シモベ達はモモンガを、正確にはギルドメンバーを神と敬っているがために外へ出る最大の障害になっている。

 

「ならばアルベド、お前に命じたとしてどうやって稼ぐつもりだ?」

「もちろん何れかの国を支配し、供物を定期的に捧げさせます」

 

 そしてこれである。大抵のシモベ達はアインズ・ウール・ゴウンらしい悪としての主義を身に着けており、大体行う事が魔王ムーブなのだ。

 

「だから表立ってそういうことをするつもりはないと、言った筈だな?」

「はっ!? も、申し訳ございませんモモンガ様! では裏から支配し我々の正体は判らぬ様に資金を……」

「……まあやり方と規模次第ではそれを否定はせんが」

 

 モモンガとしてはどこかの国に裏組織を作ること自体は悪くないと思っていた。別に悪の限りを尽くしたり、国を実質支配とかしなければそういう稼ぎ方も十分ありだとは思っている。

 

「しかしお前達は未だ外の現実を理解していない。加減をしらないままお前達に任せてしまえば容易く国の一つや二つは滅ぶか干上がりそうだ」

「ご信用をいただけないのは私達の至らなさだとは思っておりますが……」

「間違えるな、私はお前達を信用しているし信頼している。だがこの世界は、正確に言うならば人間どもはお前達が思っている以上に脆弱なのだ。それらとの触れ方を覚えてもらった後に、お前達に何らかの事業を任せたいと思っている」

「モモンガ様……っ、勿体なきお言葉にございます……!」

「う、うむ」

 

 キラキラとした眼に少し後ずさってしまうモモンガ。彼は未だにこういう好意一色の視線には慣れきってはいなかった。特にアルベドはこのまま興奮して性的に息を荒くし始めたりするから困る。ほんとに困る。

 

「ま、まあ何れかの話は後にするとして、まずは目の前の問題だ。どうにかすぐにできる収入源を作りたい。そういう意味では冒険者の地位はまだ使えそうだとは思うのだが……」

「モモンガ様が人間どもを弄び、戯れに創られた立場でございますね?」

「お前そーゆー言い方は……まあ私が剣士をやっていたことも含め、観光がてらの遊びであったことは事実だがな」

 

(働くのは問題ないだろう。依頼だけ受けて実働はナザリックの誰かにやらせれば、たぶんコイツ等も納得するだろうし……でも、)

 

「私が一人で街へ行くと言ったら「なりません! せめて我々もお連れになってください!」、まあそう言うとは思っていた」

 

 食い気味で重ねられた言葉に、苦笑交じりにため息を吐く。実際こればっかりは好意での言葉だからこそ完全に拒否はできない。

 

「まあお前達を連れて行くのは良しとしてだ。アルベド、お前は人の街など行きたくはあるまい?」

「モモンガ様がご命じになられれば、たとえ地獄の底とて喜んで参ります。ご命じになられなくても着いていきます!」

「だが人間は嫌いなのだろう? 人混みなどお前にはストレスにしかなるまい」

 

 守護者達はギルドメンバー達の子であり、いまやモモンガが預かった大事な宝だ。仕事でもないのに嫌なことをやらせるつもりはなかった。

 

「ですが……!」

「まあ待て、誰も連れて行かないとは言っていない。人間の街に溶け込んでも問題なく、かつそれに忌避感がないものを連れて行くつもりだ」

「しかし……しかし……っ!」

「何だ、まだ条件があるのか?」

 

 今のアルベドの様子に毅然とした守護者統括の姿は無い。だがその口から出た言葉は、モモンガにとって無視のできない衝撃を与えた。

 

「わたくしも、モモンガ様とお出かけが、したい、です」

「あ―――」

 

 それはそれは、強い衝撃だった。精神が抑制されるぐらいには強い衝撃。

 つまりは、彼女居ない歴を生まれてこのかた続けてきたモモンガにとって、彼女の小さなアピールは状態異常並の破壊力を持っていたということである。

 

「あー、ゴホン! ま、まあなんだ。実は冒険者をしていた時に良い場所を見つけてな」

「……?」

「人の姿などない、閑静な湖なのだが……お前さえよければ、観光がてら何れ連れて行こう」

「……」

 

 潤み始めていた瞳を大きく見開き、時が止まったように身動きをなくしたアルベド。

 モモンガが心配する程度に長い硬直を終えた後、彼女の艶の乗った口が開く。

 

「モ」

「モ?」

「モモンガさまぁー!」

「んな!? あ、アルベド! 抱きつくなど子供の様な……あ、いやこれ違ぇ! 脱がすな! 挿し込むな! 挟むんじゃない! え、衛兵! 衛兵!!!」

「アルベド様ご乱心!」

「いつものご乱心である! 相変わらず力が凄い!」

 

 執務室で日に一度は見られるその光景は、いつもより長く続いたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、ようやく人混みを抜けたな。二人共、息苦しくはなかったか?」

「お気遣いありがとうございます。少々戸惑いをおぼえましたが、それ以上ではございません」

「はい、人間の街というのは本当に人間だけなのですね」

 

 大通りから離れ、人気の少ない場所へ歩みを進める三人。

 一人は騎士のような品がある装飾の全身鎧をした戦士。

 もう一人は歳を感じさせる外観ながらも、姿勢の良さから活力を感じさせる格闘家。

 そして最後の一人は先の一人に近い装備の格闘家、それでいて一目見ただけで記憶に焼け付くほどの美女だ。

 

「それにしてもよろしかったのですかモモン様、御身が徒歩で街を歩くなど」

「セイブ様の言うとおりです、お望みであれば馬を御用意致しましたのに」

「ははは、一介の冒険者が街中を馬では歩かんさ。むしろユリアを令嬢役にするなら馬車でもよかったんだ」

「お、お戯れを……」

 

 頬を赤く染めたユリア―――ユリ・アルファにモモンガは笑いかける。

 

「俺は本気だったんだがな、まあ別にお前達が嫌がることをするつもりはない。冗談としておこう」

「お気遣い頂き恐悦至極でございます。しかし何故ユリ、アだけにその役目を?」

「ん? ただ剣士と格闘家二人ではパーティーとしてバランスが悪いと思ってな。それなら一人を護衛対象にした方が収まりがよいと思ったのだが……まあ、格闘家師弟というのも良い設定だから文句はないさ」

 

 セイブ、もといセバス・チャンの問いかけにあっけらかんと答えるモモンガ。二人はともかく、モモンガにとっては考えてあった設定にこだわりがあったようである。

 

「着いたぞ、この家だ。さて、いきなりだが在宅中かどうか」

 

 とある家の前までたどり着いた三人は、ドアノッカーを鳴らして住人の反応を待つ。あわだたしくも軽い足音が近づいてくると、間を開けずにドアが小さく開く。現れたのは見知らぬ顔だが、どこか見知った雰囲気を持つ少女だ。

 

「どちらさまですかー?」

「初めましてお嬢さん。モモンという者だが、家主の方は御在宅かな」

 

 立派な鎧と体躯のモモンガを呆けたように見ていた少女は、声をかけられて慌てて居住まいを直す。

 

「お姉さまにご用?」

「ああ、モモンが訪ねて来たと言って貰えば判ると思うんだが」

 

 どこか品の良い少女に対して、モモンも意識してできるだけ丁寧に対応する。すると少女は元気よく了解の意を返すと、再び家の中へと戻って行った。

 

「子供というのは活発なものだな」

「誠でございますな」

 

 そういえばユリの創造主であるやまいこは子供好きの教師だったな、と思いついたモモンガが振り返ると、そこにはどこか上の空になっているユリの姿があった。

 

「ユリア?」

「は、はい! 如何なさいましたかモモンガ様」

 

 慌てて返答して「ガ」まで言い切ってしまうユリに、残った二人は注意しつつも疑問を覚える。

 

「どうしましたか、ユリア。貴方がそのようではモモン様の体面にかかわります」

「まあそこまで言うつもりはないが、本当にどうかしたのか? 少し呆けていたようだが」

「い、いえ。その、ご報告を上げる様なことは何も……」

 

 即席設定がはがれかけているユリに、やはり納得できないモモンガ。

 

「言いたくないことなら強くは聞かないが、体調不良等ならはっきり言ってくれ。やはり人間の街はつらかったか?」

「そのようなことはございません……! ただ、その」

「ユリア、モモン様は我々を気遣っておいでです。その御厚情に甘えるのではなく、はっきりと答えなさい」

「いえ、その……」

 

 あわあわと追い詰められたユリは、観念したようにポツリと言葉を紡ぐ。

 

「先程の子供が、可愛らしかったと、見惚れていました」

 

 そう呟いたユリの顔は、恥と感じているのか赤らめた顔をしてどこかしょぼくれてみえた。

 それを聞いたセバスも同じく少女の様子を微笑ましく感じてため、彼女を叱責できない。

 対してモモンガとしては何故それをユリが恥じているか判らないのだが、聞けば彼女達の理論としては大切な職務中に別の何かに目を取られるなどもっての外、と感じているようだった。

 

「……ユリは正しくやまいこさんの娘だなあ」

 

 失態を演じたのにもかかわらず何故か(ナザリック基準で)褒められたのかが判らず、再び呆けてしまうユリ。

 

 不思議な空気が混沌としかけていたその時、家の中から先程よりあわただしい足音が響く。執事とメイドの矜持が故か、その音がこちらへと届く前に彼らはいつもの様子を取り戻していた。

 家の扉が勢いよく開く。

 

「モモン!?」

「やあ、久しぶりだな、アルシェ」

 

 これがもう二度と会えないだろうと別れた二人の、一月と経たないうちの再会だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「元気そうだな」

「―――モモンも、もう会えないかと思ってたからなおさら」

 

 家の中へ上げてもらった彼らは、椅子に腰かけて対面してた。

 

「―――いろいろと聞きたい事はあるけど、まずは一つ聞かせて。貴方の『やらなくちゃいけないこと』は無事に終わったの?」

「ああ、御蔭様でな。あの時はまともに説明もせずに悪かった。まあ、今も詳しい話はできないが、あそこまで追い詰められる理由はそうそうないだろう」

「―――そう、それは良かった」

 

 安堵するアルシェの様子に、モモンガも一つ区切りをつけられたことに満足を覚える。何事も途中で放り出すのは気持ちよくはないからだ。

 

「お前も見たところうまくやれたようだな」

 

 アルシェの隣に座る少女達は、興味にあふれた視線を二人してモモン達に向けていた。

 

「クーデリカです」

「ウレイリカです」

 

 好奇心に溢れた表情をし、それでいながら気品さを感じさせる振る舞いで、彼女達は揃って声を上げた。

 

「私の名はモモンだ。アルシェ……君たちのお姉さんとは少しの期間組んだ仲間でもある」

 

 どこが琴線に触れたのか、少女たちの瞳に輝く好奇心の光が強まる。モモンはちょっとその視線に負けそうになりながら話を続ける。

 

「後ろの二人も紹介しよう。こちらはセイブ、もう一人はユリア。二人は俺の友の家族で、俺にとっても家族、そして仲間でもある」

「セイブと申します、以後お見知りおきを」

「ユリアです」

 

 モモンの家族という言葉に感銘を受けて泣きそうになりながらも、表面には全く出さずに二人は丁寧な挨拶をした。そのような内心は流石に気付く事はできず、少女二人は気軽に、そしてアルシェは彼らの佇まいに以前まで身近にいた者―――執事やメイドといった高貴な者に使える雰囲気を感じ、少々動揺を覚えながらも同じく挨拶を返した。

 

「―――私の名はアルシェ、以前帝国に居た時にはモモンに組んでもらって、とてもお世話になった」

 

 アルシェの丁寧な一礼に、セバス達は微かながらも好感を得る。言葉遣いにこそ飾り気は感じないが、その身をわきまえた言葉も要因の一つとなった。

 

「彼女はもともと別のワーカー……冒険者チームのようなものだが、そちらに所属していたのだ。そのチームと故あって関わることになったのだが、まあ、なんというか、そのチームは解散することになってな。それには私も一因となっていたこともあり、彼女の事情が片付くまで組むことになったのだ」

「―――そんな貴方が悪いように言わないでほしい。私が居たチームは4人、そのうち2人が結婚したから解散しただけ。感謝はすれど誰も貴方を悪く思っていない」

 

 セバス達はアルシェの言葉に大きな安堵と敬意を覚える、我らの主人はやはり慈愛に溢れた方なのだと。

 

「ああ、うん。まあ詳細はどうであれ、一度組んだ縁もあってな。『あの時』解散した時にこの家を譲ったのだ」

 

 その言葉を聞き、セバス達とアルシェはようやく互いの姿に見覚えがある事を思い出す。

 セバス達にとってはナザリックに招いたワーカーの内の一人、アルシェにとってはその件の依頼主に関わる者として、一度対面していたのだ。

 

「―――モモン、あの件についてだけど……」

「すまないが聞かないでほしい、色々事情があってな。俺達はあの件、あの場所には関わらなかった―――そういう事にできないか?」

 

 モモンガの強めの言葉に、アルシェは考える。あの後、墳墓に踏み入ったワーカーは誰も帰ってこなかった。帝国へ戻り、王国へ引っ越す間にも多少調べたのだが、結局のところ何の情報も得られないまま今に至っている。

 〝天武〟のように気に食わない者もいたが、〝ヘビーマッシャー〟など友好的にしていたワーカーもいる。彼らの行方が気になっていることは確かだが……

 

「―――判った。貴方には大恩がある。あの件についてはもう忘れる」

 

 今の生活をくれたモモンガに、アルシェは強い感謝を覚えていた。なにより短いながら組んだ相棒だ。善人とはっきり断ずる程長い付き合いではないが、悪人ではないことを彼女は理解している。ワーカー達も酷い目にはあっていないだろうと楽観した。

 まあ、それは大いに間違いなのだが。

 

「助かる。代わりといっては何だがこの家や渡した資金については好きにしていい、それで―――あー、お嬢さん方、私に何か御用かな?」

 

 先程から二つの強い視線、クーデリカとウレイリカの好奇に溢れた顔を向けられてモモンガはついに根負けした。

 

「お話して欲しいわ」

「冒険のお話を聞きたいわ」

「―――二人とも、お姉ちゃん達は大事な話をしてるの」

「でも」

「だって」

 

 アルシェに言い含められるも、二人は不満そうに頬を膨らませる。

 モモンガも子供の相手は得意ではない。とはいえ強く言うつもりもなく少々困ったような様子を見せていると、彼の優秀なる従者が声を上げた。

 

「よろしいでしょうか、モモンさ、ま」

「うむ、いちいち突っ込まんが。何だ?」

「お話の間、彼女達の相手は私がお受けするのは如何でしょうか?」

 

 モモンガが思わず振り返ると、そこには柔らかに微笑んだユリの表情があった。

 

「任せても良いのか?」

「はい、子供の相手は嫌いではありませんので」

 

 そういえばユリを作ったやまいこさんは小学校の先生だったな、とモモンガは近頃とみに感じる仲間たちの面影を彼女に見ながら、その言葉に嘘や無理はないとして提案を受けることにする。

 

「もし、お二人とも」

 

 進み出たユリは未だ言い争う少女達へ近づくと、視線を同じ高さへ合わせるためにかがみ込む。

 

「宜しければ、私のお相手をしては頂けませんでしょうか?」

「お姉さんが遊んでくれるの?」

「お姉さんがお話してくれるの?」

「ええ、私でよければ」

 

 ユリの美しい笑顔に、少女2人は同じく満面の笑みを浮かべる。

 

「じゃあ二階で遊びましょう!」

「とっても可愛いゴーレムさんがいるの!」

「そんなに慌てると危ないですよ……ゴーレムさん?」

 

 少女2人に連れられ、階段を上がった彼女たちが見えなくなる。

 

「―――ごめんなさい。迷惑を掛けた」

「いや、まあ迷惑という程ではない」

「―――それで、結局ここに来てくれた理由は何?」

「そういえば本題がまだだったな。もしかしたら、まだお前が持っているかもしれないと思ってな」

 

 モモンガの指が何もない首元を示す。

 その仕草に心当たりがあったのか、アルシェは分かりづらいながらも笑みを表情に乗せる。

 

「―――復活するのね?」

「ああ、私もお前と同じで支えなくてはならない家族がいる。フラフラとしていられないさ」

 

 お互い庇護すべき者がいることに彼等は共感を覚える。対して守護するべき所を逆に守られている現状にセバスは強い無力感を覚えるが、同時に仕える主に想われていることに大きな感謝を覚えた。帰ったら皆に伝えよう、そう強く思う程に。

 後日、同じく感動に心を震わせ、同時に無力感に苛まれた守護者達は泣きながら仕事を求めたとかなんとか。これすなわち余計なお世話というやつである。

 

「ちなみにお前の方は今どうしているんだ? ワーカー、は流石に王国ではやり辛いだろうから、冒険者か」

「―――魔術師組合に勤めている。事務仕事はまだ不慣れだけど、他は上手くやれている自負がある」

「ああ、成る程。組合も第三位階まで使える魔法詠唱者となれば両手を上げて歓迎だろうな」

 

 話を聞くと戦闘力という意味ではそれ程大した組合ではないようだ。

 知識もそこそこのようだが、王国という環境で育った組合にしては意外と頑張っているというのがアルシェの感想だ。流石は元帝国魔法学院の出だ、完全に上から目線である。

 

「―――ちょっと待ってて欲しい」

 

 アルシェはそう言って椅子から離れる。少しすると、その手に綺麗な包を持って戻ってきた。

 

「―――いつかこうして返せると、信じていた」

 

 冒険者組合へと行き、モモンは死んだと『それ』を処分することはできた。それをしなかった理由は、その一言に詰まっていた。

 

「……ああ、そう時間は経っていないはずなのに、何だか懐かしいな」

 

 その中には、偉業を成し遂げた者の証。

 人間という小さな集団の中で得られる羨望の塊、アダマンタイトプレートが輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これでまたひと稼ぎできるな」

 

 アルシェの家を出た三人は、来た道を戻るように歩く。

 

「おめでとうございます、モモン様」

「ああ、処分されていても何も不思議はなかった。こればかりは彼女に感謝だな」

「言葉遣いこそなってはいませんでしたが、立ち振舞と態度は及第点でした。ご許可頂けましたら教育も施しますが……」

「セイブ、今の俺は冒険者だ。お前達ならともかく、他の人間に傅かれても困るぞ」

「これは失礼いたしました」

「今後もこの設定で活動するからな、忘れないように頼む―――ところでユリア、妙に嬉しそうだが……何か有ったか?」

 

 話に参加していなかったユリを見ると、その顔には満面の笑みを浮かべている。モモンガもアンデッドになっていなければ一撃で惚れてしまう程に満開だ。周辺に花とか舞っている。

 

「少女達が良い子達でしたので、とても癒やされました」

「ああ、確かに素直そうだったな」

 

 モモンガはリアルで教師をしていたやまいこが、生徒がクソガキ様ばかりでよく愚痴っていた事を思い出す。そういう意味ではあの二人の様な純粋培養箱入りお嬢様は可愛くてしょうがないのだろう。幼さ故に、まだ選民思想とかには染まっていない点も大きい。

 

「それと―――モモン様がお一人でいられた時も我々を気にかけて頂けた事が判り、喜びに身を震わせておりました」

 

 その嫋やかな笑みに再び目を奪われながら、なんのことだろー?と惚けるモモンガ。

 

「あー、ゴホン。ま、まあお前達への想いが伝わったようならば何よりだ?」

 

 内心首をひねりながらの回答だったが、ユリは機嫌を損ねた様子はない。ならば別にいいか、とモモンガは別の事を考える事にした。

 

「さて、王都の用は済んだし、エ・ランテルの冒険者ギルドにさっさと行ってもいいのだが……」

 

 モモンガは呟きながら王国にいるであろう数人の顔を思い浮かべる。しかし浮かべた顔の殆どに歓迎されないだろうと判断して、脳裏から選択肢を減らしていく。減らした選択肢の一つである王女については用が無い訳ではないが、彼女に付けたエルダーリッチからは悪い連絡は来ていない。放置してもいても問題にはならないだろうと切り捨てた。

 そうするとモモンガが顔を出しても悪く思われない……どちらかといえば会いたいのは一人だけだ。

 

「どうせだから寄り道をしていくぞ。顔を見ておきたいヤツがいるからな」

 

 二人へそう話すと、モモンガは富裕層の住宅街へと向かう先を変えた。

 

 

 




 更新が大変遅れましたが、正直完結してるんだしもういいかな、って思ってました。
 でも今回の話はダラダラと書き連ね、3ヶ月程前に書き上げていたんです。
 ただあともう一人の出番まで書き上げたら投稿しようかなーってダラダラしていたらコンナコトニ……

 いやまさか私もモンハンを半年やり続けるとは思っても見ませんでした。
 ありゃー、最高のゲームですな。流石にもう飽きはじめましたが。
 次はエクステラリンク? うん、エクステラでストーリー微妙かったから買う気がしないの。
 存在しない前日譚をゲーム内でまともに語らなかった事、ネロの装備がラストでひどかった事、そして何よりもアーチャーをサブキャラに降格させた事、許すまじ。


 ところでアルベドの性格にヤンデレさが足りないと思った方、とても鋭いかよほどのマゾか。
 ここのアルベドはモモンガ様が不在の間に大分精神をやられたことにより、原作シャティア戦直前、宝物庫で見た綺麗なアルベド状態を維持しております。モモンガ様いなくなっちゃヤダヤダー。
 他にも改名しなかったり仕事が少ないから一緒にいられる時間が多い点も彼女のストレスを解消している点だったりします。
 エクステラをディスっといてここで語るのってどう思う? 僕はひどいと思う。

 次はあの不器用さんのつもりだったんですが、かっ飛ばして竜王国の野郎ども(メス2匹)を書きたい。悩ましい。


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