この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を! ((´・ω・`))
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プロローグ 転生
プロローグ1-1「Son of Spada ~バージル~」


 今からおよそ二千年前。

 

 人間界の平和は、魔界の進攻によって砕かれた。戦いが日常と化した混沌の世界の住人に、平和な世界で暮らしてきた人間が勝てる筈もなく、悪魔達は殺戮を繰り返す。勇気ある者ほど早死にし、人々は救いを求めて祈ることしかできない。

 だが、そんな人間達の祈りに応えるように、ひとりの悪魔が正義に目覚め、魔界の軍勢に立ち向かった。

 

 彼の名は、スパーダ――伝説の魔剣士。

 

 圧倒的な力で迫る悪魔をねじ伏せ、魔界の軍勢を率いていた魔界の王──魔帝ムンドゥスを封印し、人間界に勝利をもたらした。彼は英雄として、人々から讃えられた。今や彼を知る者は数少ないが、それでもなお、おとぎ話として語り継がれている。

 人間界を救った後、彼は人間達の平和な世界を影から見守り続けた。その中で、彼と、彼が愛した女性──エヴァの間に双子が授けられる。

 

 弟はダンテ、兄はバージルと名付けられた。

 

 平和な人間界で、幸せな家庭を築いていくスパーダ。しかし、彼は突如として家族の前から姿を消した。「彼はすぐに帰ってくる」と、母のエヴァは双子に語りかける。また家族四人で食卓を囲める日を待ち望む、ダンテとバージル。

 

 が、その日が訪れることはなかった。

 

 赤い月が昇った夜、彼等のもとに魔帝の差し向けた悪魔が現れた。双子は協力して果敢に立ち向かったが、悪魔によって力を二分される。

 家から離れた墓場に移され、悪魔に心臓を刺されたものの一命を取り留めたバージル。彼は刀を杖に家へ向かう。二人が生きていることを願ったものの、進んだ先で見たのは、崩壊した家と血の跡。そして、彼へ見せしめるように残った、首から下が消されていた母の頭部。

 無残に殺された母の亡骸を見て、バージルは心に誓った。

 

「母さんを守れなかったのは、俺が弱かったからだ。愚かだったからだ。力こそが全てを制する。力がなくては何も守れはしない。自分の身さえも──ならば求めよう。親父から──スパーダから受け継いだ、悪魔の力を──」

 

 バージルは、悪魔として生きる道を選んだ。全てはスパーダを超える力を得るために。邪魔をする者は、誰であろうと容赦はしない。悪魔だろうと、人間だろうと、子供だろうと、女だろうと、協力者だろうと。

 

 

 たとえ──血を分けた兄弟であろうとも。

 

 バージルは力を得るために。ダンテは兄を止めるために。スパーダの血を受け継いだ二人は剣を交えた。家族として生きていた、あの頃の兄弟喧嘩とは違う。己の全てを賭けた魂の戦い。

 

「俺達がスパーダの息子なら、受け継ぐべきは力なんかじゃない。もっと大切な──誇り高き魂だ! その魂が叫んでる。あんたを止めろってな!」

「悪いが俺の魂はこう言っている──もっと力を!」

 

 吠える二人の魂。互いの全てをぶつけ合う戦いは、人間界のみならず魔界をも揺らした。何者も介入することのできない熾烈な戦い。長く続いた彼らの戦いは、剣の一閃で終わりを迎える。

 

 勝利したのは、誇り高き魂であった。

 

「これは誰にも渡さない。これは俺の物だ。スパーダの真の後継者が持つべき物──」

 

 敗れたバージルは母の形見を手に、魔界の底へ堕ちようとする。それを止めるべくダンテは駆け寄ったが、バージルは彼の助けを拒んだ。

 

「お前は行け。魔界に飲み込まれたくはあるまい。俺はここでいい。親父の故郷の──この場所が──」

 

 差し伸べられたダンテの手を払い、バージルは魔界に堕ちた。

 気付けば地の底にいたバージル。傷を押さえながら立ち上がり、黒雲たちこむ魔界の空を見上げる。そして、遂に対面した。

 かつて、父が封じ込めた魔界の王。自分から母を奪った元凶──魔帝ムンドゥスと。

 

「魔界の王とやり合うのも悪くはないか。スパーダが通った道ならば──俺が通れない道理は無い!」

 

 単身、魔帝に立ち向かったバージル。しかし、魔帝を討つために必要な魔剣スパーダがない上に、ダンテとの戦いで負った傷を抱えたまま。今の彼に勝機はなく、数多の悪魔を切り伏せてきた閻魔刀さえも折られ、魔帝に敗れた。

 しかし魔帝は、バージルを消滅させなかった。魔帝は、まるでスパーダを侮辱するかのように彼を操り改造し、新たな悪魔として迎え入れた。

 

 漆黒の鎧を身に纏い、巨大な剣を振るう黒き天使(ネロ・アンジェロ)として。

 

 あの世へ行くことも許されず魂を囚われ、魔帝の駒となってしまった彼は、数年の時を経て、マレット島と呼ばれる場所で再びダンテと剣を交える。

 過去にバージルを倒した時よりも成長したダンテと、互角の戦いを繰り広げるバージル。三度の死闘を経て、遂に決着が訪れる。

 

 バージルは再び、ダンテに敗北した。

 

 叫びを上げ、ダンテのもとから消え去る漆黒の騎士。残されたのは、彼が肌身離さず持っていた金色のアミュレット。

 

 そして、魔帝の黒き呪縛から解放された、消えゆくバージルの魂。

 

 薄れゆく意識の中、彼は見た。二つのアミュレットと剣が合わさり、魔帝を討つ剣──魔剣スパーダの誕生と、父によく似たダンテの姿を。

 かつての大戦を再現するように、ダンテは魔剣を手にして魔帝に立ち向かうのだろう。彼の未来を見たバージルは微笑み、目を閉じる。

 

 

 こうして、彼の魂はこの世から完全に消え去った。

 




出だしからこのすば要素皆無になりました。クロスオーバーとは(哲学)


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プロローグ1-2「Reincarnazione ~転生~」

「……ムッ」

 

 ふと気がついたバージルは、眼前に広がる景色を見て目を疑った。

 まるでチェス盤のような白黒の市松模様の床が広がり、壁も天井も無いように見える薄暗い空間。ダンテとの死闘を繰り広げた広間から、いつの間にか場所が移っていた。

 

「(あの時、俺は確かに死んだ筈。だが……)」

 

 彼は目線を下に落とし、身体を確認する。見覚えのある手袋に、青いコートに黒のインナー。まだ、自身が魔帝に操られる前の服装であった。あの頃と違う点があるとすれば、肌身離さず身につけていたアミュレットと、相棒とも呼ぶべき刀がないことか。

 先程、ダンテとの戦いに負け、肉体は消滅した。魂となり、消えていった感覚も記憶に新しい。あの時、間違いなく死んだ筈。とすれば、今自分がいるこの場所は──。

 

「(死後の世界、か)」

 

 命が絶たれ、肉体を失った魂の向かう先──冥界。生前に良き行いをした者は天国へ。そうでないものは地獄へ。そもそも天国、地獄は存在せず、魂は無と帰るか、新たな魂として生まれ変わるか。死後の世界は、書籍によって様々な見解がある。果たして自分はどこに行き着くのか。真っ暗闇の空を見上げながら、バージルが考えていた時だった。

 

 

「おーい、そこのキミー」

 

 背後から突然、声が聞こえてきた。自分のことだろうと思ったバージルはおもむろに振り返る。そこにいたのは、黒い椅子に胡座をかいて座る、首のところまでしか伸びていないツンツンの黒髪ショートに透き通った白い肌を持つ、黒いワンピースに白い羽衣を纏った、幼げな顔立ちの女性。

 

「とりあえず、横の椅子に座ってくれるかな?」

 

 彼女はバージルの右隣を指差す。バージルは横に目をやると、いつの間にか茶色い木製の椅子が置かれていた。彼は黙って用意された椅子に座る。バージルと向き合う形になった彼女は、コホンと1回咳払いをしてから口を開いた。

 

「初めまして、バージル。僕は死者の魂を導く女神のタナリス。残念だけど、君の短い人生は終わりを迎えてしまった」

「そうか」

「おや、驚かないね? 大抵の人はここでビックリ仰天するんだけど」

「俺が死んだことは理解していた。それに、ここが死後の世界だと薄々察しがついていたところだ」

「ふーん……ま、その方が話は早くて助かるけどね」

 

 女神タナリスは胡座をかいたまま、右横に設置されていた机に手を伸ばす。机上には一枚の紙と、ホチキスで止められた紙束があり、彼女は紙を右手で取ると顔の前に移し、紙に視線を向けたまま話を続けた。

 

「死んだ人間がどうなるか、魂はどこへ行き着くのか。君は知っているかな?」

「天国か地獄か。無か。輪廻転生か……」

「んー、一番と三番が正解だね。ちゃーんと良い子に育ってくれた人は天国に行って、縁側にいるおじいちゃんみたいなのんびりタイムを過ごすか、記憶をリセットして、同じ世界に新しく生まれ変わるか。悪い子は地獄に行って、自由の無い贖罪タイムを受け続け、浄化されてから転生される。君の場合は残念ながら地獄行きだね」

「随分とあっさりした判決だな」

「死後の世界だって気付いていた君なら、地獄行きなのもわかっていたのかなーと思って。あっ、もしかしてドキドキしたかった?」

「いや、さっさと決めてくれて助かる」

 

 自分が天国へ行けるような人間ではないことは、悪魔として生き始めた時からわかっていた。ドキドキもクソもない。バージルは無表情で答えると、タナリスは不満そうな顔を見せる。

 

「つれないなぁ……まぁいいや。判決が下された君は、このまま僕によって地獄へ送られ、気の遠くなるような長い間、生前に犯した罪を償うことになる」

 

 彼女は淡々と話を進めていく。前置きはいいからさっさと地獄に送ってくれと思いながらも、黙って話を聞き続けるバージル。

 

 

「筈だったけど、君にはもう1つの道が用意された」

「……なんだと?」

 

 が、このまま地獄行きの特急列車に乗り込むものかと思いきや第二の選択肢を提示され、バージルは耳を疑った。ほんの少しだが表情を変えた彼を見て、いたずらを成功させた子供のように笑ったタナリスは、少し間を置いてから言葉を続ける。

 

「君がいた世界とは全く異なる場所、異世界に行って、そこにいる魔王を倒すっていう、冒険者としての道だ」

「異世界の……魔王?」

「その世界は、魔王の侵略で人口が減っていてね。最近は減少傾向にあるらしいけど……ともかく、現状を見かねた天界のお偉いさんは、他世界から若くして死んだ者を転生させ、移民させると同時に、魔王を討つ冒険者を募ることにしたんだ」

「転生……ということは、記憶は無くなるのか?」

「その通り。稀に前世の記憶が残っている人もいるけどね。けど、全消去は嫌だって人がいっぱいいてねー。異世界転生の話を持ちかけても、断る人が多かった。だから、記憶も力も姿も、何もかも引き継いだ状態での異世界転生を特別に許可したんだ。その世界の言語がわかるようになる翻訳機能付きで。人間もワガママな子が多くて困るよ」

「なるほど」

 

 タナリスからの説明を聞き、納得するバージル。記憶をリセットされるニューゲームか、記憶と肉体をそのままにした強くてニューゲームか。どちらがいいかと言われたら、多くの人は後者を選ぶだろう。

 

「で、君はどうする? 地獄に行って懺悔の日々を過ごすか、異世界に行って冒険者になるか……どっちがいい?」

 

 彼女は説明を終えると、すかさずバージルに問いかけた。バージルは両目を閉じ考える。

 先程までは、地獄に行こうが構わないと思っていたが、彼女の提案を聞いて気持ちが揺れた。自分がいた世界とは全く別の世界。もしかしたら、魔帝どころかスパーダさえも知らない世界かもしれない。そこならば──。

 

 

「異世界の魔王とやりあうのも悪くはない」

「うん、そう言うと思ったよ」

 

 目を開き、不敵に笑って答えたバージル。異世界行きを決めた彼を見て、タナリスは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「じゃあ善は急げだ。バージル、これを見てくれるかい?」

「……何だこれは?」

 

 彼女は先程まで持っていた紙を机上に再び置くと、次に紙束を手に取り、フワフワと浮かせながらバージルのもとに移動させる。一般人から見たら紙が浮いただけでも驚く場面なのだが、魔法の類など見慣れていたバージルは、ノーリアクションで紙束を手に取る。

 

「異世界行きを決めてくれた君に、僕からのプレゼント。ひとつだけ、異世界に持っていける物を何でもいいから選んでいいよ。敵を一撃で仕留められる最強の剣でも、攻撃を一切通さない最強の鎧でも、女神でも何でもね。その紙は参考リストだよ」

 

 タナリスからの解説を聞きながら、バージルは紙に目を通す。リスト内には、先程タナリスが口にした最強の剣や鎧を始め、ぶっといチャージバスターが撃てる銃、最強の格闘家になれる赤いハチマキ、狩りのオトモから主人のお世話まで何でもやってくれる猫など、単純明快なものから特殊な物まで、様々な種類のものが書かれていた。

 

 どれも気になる物だったが、バージルはリストから目を離すと、真正面でまだかまだかと身体を左右に揺らして待ちわびているタナリスに声を掛けた。

 

「おい、女」

「ターナーリース。人を呼ぶときは、ちゃんと名前で呼ぶよーにっ」

「……タナリス、このリスト以外の物でも可能か?」

「お気に召す物がなかったかな? さっきも言ったけど、ひとつだけなら何でも可能だよ。形や名前がわかっている物なら、目を閉じて頭の中で思い描いてみて。目の前に現れる筈だから」

「そうか」

 

 それを聞いたバージルは、手に持っていたリストをぶっきらぼうに放って床に落とす。タナリスがマナーうんぬんで怒っていたが、バージルは気にせず目を閉じた。

 

「(何でもいい、か……ならば呼び寄せる物は決まっている)」

 

 彼が思い描くのは、悪魔として生き始めた時から決して手放さなかった、父から授かりし刀。幾多の悪魔を切り裂いてきた退魔の剣。その名は──。

 

 

「(──ッ!)」

 

 しかし、彼は思わずその思考を止めた。

 ここへ呼び寄せようとしたのは、魔帝に敗れるあの日まで手放すことのなかった魔剣──閻魔刀(やまと)

 しかし閻魔刀は、魔帝との戦いで折れてしまっている。もしここへ閻魔刀を呼び寄せ、折れた状態で出てきたらどうする? 使えないことはないかもしれないが、本来の力は発揮できないだろう。最悪の場合、折れたことで力を全て失い、普通の刀と変わらない代物になっている可能性もある。

 しかし、女神は何でもいいと言った。本当に何でも、ということであれば『魔帝に敗れる前の、折れていない閻魔刀』を思い浮かべれば問題ない。

 

 それでも踏みとどまったのは──閻魔刀を思い出そうとした時、とある街に置いてきた、黒い布に包まれた1人の赤子が脳裏に浮かび──異型の右手で閻魔刀を握る、見たこともない白髪の青年の後ろ姿が見えたからであった。

 

「(今の男は何だ? そしてあの赤子は、まさか……)」

 

 以前の彼だったら「そんなもの知るか」と、バッサリ迷いを断ち切って閻魔刀を選んでいただろう。しかし今の彼には、先程のイメージを無視することができなかった。

 

 あの背中は、彼が現世から消える直前に見たダンテの背中──かつての父を思い出す背中と、よく似ていた。

 

 

「(……閻魔刀はやめるか)」

 

 結局彼は、閻魔刀を呼び寄せるのをやめた。そもそも自分は魔帝に負け、操られた身。そんな自分に、再び閻魔刀を持つ資格はないとバージルは結論付ける。『複製を作る』方法もあっただろうが、それは閻魔刀に対する冒涜となるため、ハナから選択肢に入れていなかった。

 

 では何を呼ぶべきか。母の形見であるアミュレットは、現在ダンテが魔帝を討つべく、魔剣スパーダを振るうために使っているだろう。なのでアミュレットも選べない。閻魔刀とアミュレット以外で、何か良い物はあっただろうか?

 

「(そういえば、奴はアレを使っていなかったな)」

 

 ふと、バージルはマレット島でのダンテとの戦いを思い出す。

 操られてはいたが、彼はダンテとの戦いを覚えていた。あの時ダンテは剣だけでなく、炎を纏う籠手の魔具を使っていた。その使い方は、魔帝に操られる前、ダンテと魔界で戦った時に、いつの間にか拾われていたアレの使い方とよく似ていた。というかほとんど一緒だ。

 

 もし、今はあの武器を使っていないのだとしたら、勝手に持ち出しても問題ないだろう。というかアレは元々自分が使っていたものだ。それをダンテは勝手に拾い、勝手に使っていた。謂わば借りパクだ。ならば、持ち主が勝手に取り返しても文句は言えまい。

 呼び寄せる物を決めたバージルは、そのイメージを頭に浮かべた。

 

 

*********************************

 

 

 その頃一方、とある街の質屋にて。

 

「おっかしいなぁー……ダンテから質草として預かってた武器がひとつなくなってやがる。もしや盗みか? へっ、いい度胸してるじゃねぇか。犯人の野郎、とっ捕まえてメッタメタにしてやるぜ!」

 

 サングラスをキラリと光らせるのは、情報通にして質屋、そして仲介業者である男、エンツォ。彼は拳を鳴らし、いざ外に出て捜索を開始する──が、丸一日探し回っても犯人の情報どころか、その在処さえ見つからなかった。

 犯行現場を目撃しているかもしれないと思い、質草であった世にも珍しい喋る双剣に尋ねたが「光って消えた」「突然消えた」と、彼には全く理解できない返答しか出てこなかった。

 

 

*********************************

 

 

 しばらくして、突如バージルとタナリスの間に眩い光が現れた。

 

「うわっ! 眩しっ!」

「……来たか」

 

 思わず目を閉じるタナリスとは対照的に、バージルはゆっくりと目を開けると、目の前にある光──それに包まれていた武器を見た。

 かつて自分がテメンニグルにいた頃、何故かボロボロの状態で襲ってきた悪魔を切り殺し、魂を奪って我が物にした、光を操る籠手と具足の魔具──閃光装具(せんこうそうぐ)ベオウルフ。

 

「それが君の選んだ物かい? へぇー、格好良いなぁ」

 

 光に目が慣れたのか、タナリスが物珍しそうにベオウルフを見つめている。一方で、バージルは静かにベオウルフへ右手を伸ばす。光に包まれた魔具は吸い込まれるようにバージルのもとへ行き、右手に収められたと同時に再び光を放つ。すると、先程まであった光の魔具は姿を消していた。

 

「ほほう、身体の中にしまい込むこともできるんだ。さっきの武器にはどんな能力があるんだい?」

「貴様に話す意味はない。特典は選んでやった。さっさと異世界とやらに送れ」

「せっかちだなぁ。少しくらい教えてくれても──」

 

 タナリスはむーっとバージルを睨んできたが、バージルは無反応。両腕を組み、黙ってタナリスを睨み返す。

 

「……ハイハイ、わかったよ。じゃあ席を立って、一歩前に出て」

 

 もう自分と話す気はないのだろう。バージルの睨みから感じ取ったタナリスはため息を吐き、異世界転生の最終段階に事を進めた。バージルは素直に従って動く。彼が移動したのを確認したタナリスは目を瞑ると、両手をバージルが立っている床にかざした。床には青い魔法陣が映し出され、バージルの周りが半透明な青い壁で覆われる。

 

「数ある冒険者の中から、君が魔王を討ち取る勇者となれることを祈っているよ……君の異世界冒険者生活に祝福を」

 

 タナリスが別れの言葉を口にした瞬間、バージルの身体が浮き始めた。天へと昇っていくバージルは視線をタナリスから外し、昇る先に向ける。先程まで光もない真っ暗闇な天井であったが、バージルの真上にだけ丸く白い光の穴が空いていた。光の先には、父さえも知らない世界が広がっているのだろう。

 

 

 悪魔として生きた彼の人生は、終わったように思えた。しかしまだ続きがあった。ダンテの魂に負け、魔帝に敗れ、操られ、ダンテによって解放された彼は、スパーダも魔帝も存在しない未知の世界で何を見、何を求めるのか。

 

 否──悪魔として生きていた頃も、ダンテと死闘を繰り広げた頃も、ダンテにアミュレットを託して死に、異世界へと旅立とうとする今でも、彼が求める物はただひとつ。

 

 

I need more power(もっと力を)──!」

 

 

*********************************

 

 

「……ふぅ」

 

 バージルが異世界に飛び立つのを見送ったタナリスは、背もたれに背中をつけて一息吐く。

 

「バージル、か。なかなかどうして、面白い男じゃないか。もっと色々話してみたかったなぁ」

 

 名残惜しそうに、彼の名前を呟くタナリス。彼女は横にあった机についていた引き出しに手を伸ばす。そして、中に置かれていた手鏡を取り出した。何の変哲もない手鏡を、彼女はジッと見つめ続ける。すると手鏡はひとりでに白い光を纏い、彼女の顔が映し出されていた鏡の中が揺れ動き──タナリスの顔ではない、別の女性の顔を映し出した。

 

「さっき話した通り、そっちの世界に彼を送ったよ。後のことはよろしくね」

「よろしくね、じゃありませんよ! なんってことをしてくれたんですか!?」

「おぉ、怒ってる怒ってる」

 

 手鏡に映し出された女性にタナリスが話しかけると、鏡に映る彼女は声を大にしてタナリスに怒り始めた。タナリスは彼女の様子を愉快そうに笑いながら見守る。

 

「魔王を討つ可能性を秘めた男を送るからって聞いたので、先輩から転送された彼の資料を拝見しましたが、とんでもない大罪人じゃないですか!? しかも半分とはいえ悪魔だなんて……! 現世で数多くの人を殺した大量殺人鬼や、人々を混乱に陥れた大罪人は、問答無用で地獄に送る! 天界規定で決められているんですよ!? 忘れたのですか!?」

 

 タナリスを先輩と呼ぶ彼女は、怒りを顕にして怒鳴りつける傍ら、顔は青ざめていた。対してタナリスは、反省する素振りなど一切見せない。

 

「勿論知っているよ。伊達に何年も女神やってないからね」

「だったら何故!?」

「面白そうだったから」

「はい!?」

 

 まさかの理由を聞き、相手の女性は酷く驚いた様子を見せる。

 

「だって、あの魔剣士スパーダの息子だよ? って、君は知らないか……君の世界で言うなら、魔王以上に力を持ち、悪魔でありながら人間界を救った英雄さ。そんな彼の息子を、ただ地獄送りにするのは勿体無いし面白くない。だから、君の世界に転生させたんだ」

「そんな理由で──!?」

「刺激があるから人生は楽しい。君も、彼という超イレギュラーな男と出会って、退屈な女神生活に刺激を与えるといい。丁度、君は別任務でちょくちょくその世界に降りることがあるんだろう? 良い機会じゃないか」

「私としては即死級に強すぎる刺激なんですけど!? 既に体力七割以上持っていかれたんですけど!?」

「三割も残っているならいいじゃないか。残りの体力で頑張ることだね。それじゃあ、彼のことは任せたよ。上げ底女神さん」

「上げ底言わないでくださ──!」

 

 長引きそうだと思ったタナリスは、強制的に通信を遮断し、手鏡を引き出しにしまう。その後、何回か引き出しから光が漏れていたが、タナリスはこれを全スルー。

 

「このことが上にバレたら、僕は追放されるだろうなぁ。それだけで済めばいいけれど」

 

 天井を見上げ、彼女は小さく笑う。何かあれば天界規定天界規定と注意するお偉いさん達に、少し不満が溜まっていたところだ。これを機会に女神の肩書きを捨て、別の世界に行って羽を伸ばすのも悪くないだろう。

 

「もし追放になったら、バージルの様子を見に行ってやろうかな。ま、処分はまだ先になるだろうし……それまではちゃんと女神として仕事をしますか」

 

 訪れるであろう未来に期待を膨らませた彼女は、先程まで机に置いていた紙を引き出しの中にしまう。次に、机上に新しく現れた紙を手に取り、まだまだ溜まっている仕事を再開させた。

 




プロローグなのに思ったより長くなってしまいました。
僕っ娘女神は例の駄女神と同期になります。


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第1章 新米冒険者の異世界生活
第1話「この新米冒険者に祝福を!」


 女神タナリスによって異世界に送られることとなったバージル。昇っていく先で眩く光る白い光はどんどん近づき、やがて視界全体が光に覆われたが、しばらくすると光は次第に弱まっていった。

 やがて光は消え、景色がガラリと変わる。上を向いていた彼の視線の先にあったのは、澄み切った青い空。バージルは顔を下げて辺りを見渡した。

 

「ここは……」

 

 周りには、赤い屋根と茶色い壁でできたレンガ製の家が立ち並んでいた。耳をすませば、川の流れる心地よい音が聞こえてくる。女神と対面していた薄暗い空間とは打って変わり、まるで中世ファンタジー作品にありそうな街――その中の人気のない場所に彼は立っていた。

 高層ビルが立ち並ぶ都会でも、ゴロツキが集まる治安の悪い街でも、数え切れない程の悪魔が住む荒廃した魔界でもない。自然が残され共存しているこの町並みは、彼にとって新鮮なものだった。

 

 周辺を確認したバージルは、次に身体を見る。服装はタナリスと話した時と変わっていない。あの場で再び手にした魔具の力と、己に宿る魔の力も感じる。ネロ・アンジェロとしてダンテと戦い敗北したこと、女神タナリスと話したこと等、先程までの体験をハッキリと覚えている。彼女の言った通り、本当に記憶と肉体をそのままに転生されていた。

 

「(どうやら、嘘ではなかったようだな)」

 

 異世界に転生されたのだと自覚したところで、バージルは自分が置かれている現状を頭の中で整理し始めた。

 タナリスは、この世界では魔王を倒す冒険者になれと言っていた。しかし今の自分には、魔王についての情報どころか、ここはどこなのか、冒険者は他にもいるのか、そもそも自分は冒険者になっているのか等々……情報が圧倒的に足りていない。

 何も知らないまま外に出るのは愚行だ。まずはこの世界について調べなければ。情報を得られそうな場所を探すため、バージルは止めていた足を進める。

 

 ──と、その時だった。

 

「もし、そこの君」

 

 五歩ほど歩いたところで後ろから声を掛けられた。バージルは無視することなく、おもむろに振り返る。

 立っていたのは、金髪のポニーテールに碧眼、黒いインナーの上に白と黄色を主としたデザインの鎧を身にまとい、バックに剣と思わしき物を付けた、まさに正統派騎士のような女性。バージルが黙って見つめていると、金髪の女性は言葉を続けた。

 

「この街では見かけない人だったのでな。もしや、初めてこの街に来た冒険者かと思い……っと、すまない。申し遅れた。私はダクネス。この街に住む冒険者の1人だ。何やら辺りを見渡していたようだったが……道がわからないのなら私が案内しよう」

 

 話しかけてきた女騎士のダクネスは自ら名乗り、バージルに提案する。異世界に来たばかりで、街の右も左もわからぬ彼にとって、これほどありがたい申し出はなかっただろう。

 

 

「確かにこの街には初めて来たが、貴様に案内される必要はない。失せろ」

「──ッ!」

 

 しかし、バージルは彼女の申し出を自ら断った。彼女に道案内してもらえば情報は一気に集まっただろうが、彼女の馴れ馴れしい態度、善意のみで動こうとするその姿勢が彼は気に入らなかった。

 冷たい言葉を放ち、彼女に背を向けて歩き出すバージル。親切に道案内をしようとした初対面の人間に失せろはどうなんだと思うかもしれないが、これが彼の平常運転である。

 

「し、しかし、何も知らず歩くよりは、街を知っている者と歩いた方が――ッ!」

 

 まだ退くつもりはないのか、ダクネスは彼を引き留めようと駆け寄る。が、彼女はすぐさま足を止めることとなった。

 

 バージルが突如出現させ、ダクネスの首元に突き立てた――浅葱色の剣を見て。

 

「失せろ。三度は言わん」

「あっ……」

 

 彼はダクネスに目を合わせず、先程よりも冷たく重い言葉を放つ。もはや彼の目に、彼女は人間として映っていない。人の姿をしたゴミでしかなかっただろう。

 声が詰まり、固まるダクネス。もう突っかかってこないだろうと思い、バージルは右手に握っていた剣を強く握ってガラスのように砕き、ダクネスに再び背を向けて足を進める。彼の予想通り、彼女がこれ以上追ってくることはなかった。

 

 

*********************************

 

 

 バージルが立ち去った後も、しばらくその場に立ち尽くしていたダクネス。やがて身体から力が抜けると、彼女はその場にへたりと座り込んだ。

 

 彼のことは何も知らなかった。本当に、道がわからず困っている冒険者だと思い込んで、親切心で話しかけたのだが、まさかあんな洗礼を受けるとは思っていなかった。

 彼が見せた目は、まさに養豚場の豚を――否、それよりも酷いだろう。心底自分に興味を持っていない目だった。もしあの場で自分を殺しても、彼は虫を一匹潰したのと同じ程度にしか思わないだろう。

 一歩間違えれば自分は死んでいた。彼から感じた、身体の芯まで凍るような死の恐怖に、ダクネスは思わず身体を震わせていた。

 

 

 ──わけではない。

 

「(凄く……イイッ!)」

 

 喉元に剣を突きつけられ、彼に冷たい目で見られた彼女は、なんと悦びを覚えていた。

 先程立ち尽くしてしまったのは、予想だにしていなかったご褒美を与えられて言葉を失うほど悦んだから。力なく座り込んだのは、あまりにも刺激的で腰に力が入らなくなったから。身体が震えるのは、彼女曰く武者震いというヤツだ。実を言うと、彼に一回目の「失せろ」を言われた時点でかなりキていた。そして彼女は半分親切心で、半分それ以上のご褒美を期待して、再度話しかけた。結果はご覧の通り。

 

「(わ、私は、とんでもない男を見つけてしまった……!)」

 

 青いコートに銀髪の男。もう一度彼に会うために。彼に冷たい目で見下されるために。真性のマゾヒストであったダクネスは、恍惚とした表情を浮かべながら、彼の容姿を脳裏に焼き付けていた。

 

 

*********************************

 

 

「……ふむ」

 

 バージルは興味深そうに唸りながら、本のページを進める。

 しばらく街を歩き、彼は偶然にも街中にあった無料の図書館に辿り着いた。本には様々な情報が記されている。ここでなら、この世界や冒険者についての情報も得られる。そう考え、バージルはここへ足を踏み入れて長い時間本に目を通していた。

 書かれていた文字は彼が今まで見たこともない物だったが、タナリスが言っていたように自動翻訳機能があるのか、難なく解読することができた。読書は彼の数少ない趣味。バージルは苦を覚えることなく本を読み進め、様々な情報を得ていく。

 

 この世界は彼が知らなかった文化、文字、技術で溢れている。特に元いた世界と大きく違っていたのは、ここでは『モンスター』が存在していることだった。

 動物や生物とは違う、非現実的かつ非科学的な存在を、この世界ではモンスターと定義されている。バージルのよく知る『悪魔』も、モンスターの一種として捉えられているようだ。

 そしてもう一つ。多くの本を読み漁ったが、どこにも『魔帝ムンドゥス』と『スパーダ』の存在が見当たらなかった。彼がいた世界ではおとぎ話にもなっていたため、それらに関する本もいくつか読んだが、どこにも名前は記されていない。

 それだけではない。元いた世界では、どこにでも嫌というほど悪魔の臭いが鼻についた。たとえ人間界であっても、道を歩けば行く先々に悪魔が現れ、何度も襲いかかってきた。が、ここに来るまでの間、悪魔が現れる様子どころか、その気配も臭いも一切しなかった。これは、バージルにとって異常なことだった。

 

「(親父も魔帝も知らない世界か……面白い)」

 

 何もかもが真新しい世界だと知り、珍しく心を躍らせるバージル。手に取っていた本が最後のページを迎えたところで、本を元あった場所へ戻し、彼はここで知り得た新しい情報を頭の中で整理し出す。

 

 この街の名はアクセル──駆け出し冒険者の街とも呼ばれている。その名の通り、冒険者になってからまだ日も浅い、新米冒険者達が集う街だ。城壁に囲まれた円形の街で、冒険者は街の中心にある『ギルド』と呼ばれる場所に行き、クエストを受けている。

 『冒険者』とは『冒険者ギルドに所属し、冒険者稼業を行う者』を指す。冒険者になるためにはギルドに行き、登録を受けなければならない。クエストを受けたら目的地に移動し、指定されたクエストを達成することで報酬を得られる。また、討伐クエストだけでなく採取クエスト、捕獲クエスト、緊急クエストなど、その種類は様々。街の中で問題を解決するような物もあり、言ってしまえば便利屋稼業のようなものだ。

 といっても、本業はあくまでモンスター狩り。それが主な収入源となる。モンスターには人間と共存する者もいれば、人間を脅かす化物もいる。その脅威の筆頭に立っているのが『魔王』だ。過去に多くの冒険者が魔王城に乗り込んだが、ロクに探索もできず満身創痍で帰ってくるか、二度と帰らぬ人となるかのパターンが多い。中にはソロで魔王討伐に向かう者もいたが、一度は何故か泣きながら帰ってきたものの、二度目の突入後、帰ってくることはなかったという。

 

「(今は冒険者になるのが最優先……か)」

 

 現状をある程度把握でき、今なすべきことが見えた彼は図書館から出る。

 

「(酒場は街の中心。まずはそこに行くべきか)」

 

 現在地もギルドへの方向も、図書館に置いてあった無料で持ち出しOKの地図で確認できている。女神曰く自動翻訳機能のお陰で会話も問題ない。道に迷えば、そこらにいる住人に聞けばいいだろう。日が真上に昇っている中、バージルは酒場へと向かっていった。

 

 

*********************************

 

 

「……ここか」

 

 目的の場所を見つけ、バージルは独り呟く。彼の前には、他の建物よりは目立つ外装の建物がひとつ。目印なのか、彼が本で見たギルドの紋章が記されていた。街は円形でギルドの場所は街の中心だったため、図書館から難なく移動することができた。

 扉からは多くの人間が出入りしている。装備を固めていたので、恐らく冒険者だろう。ここがギルドで間違いないと確信したバージルは地図を懐にしまい、止めていた足を動かした。

 

 

「いらっしゃいませー! お食事の方は空いたお席へどうぞー! お仕事探しの方は奥のカウンターへー!」

 

 扉を開けて中に入った瞬間、強い酒の臭いが鼻に付いた。思わず顔をしかめるバージル。挨拶をしてきた赤髪の女性の手には、シュワシュワと音を立てる黄色い液体に白い泡が盛られた、まるでビールのような飲み物の入ったジョッキが握られていた。

 

 数多の冒険者が集うギルド。正面に騎士が剣を地面に突き立てている石像が飾られているこの場所では、クエスト案内と同時に酒場も経営している。冒険者達は木製の席に座り、他愛もない世間話をしながら楽しそうに仲間と酒を交わしており、クエストが貼られているであろう掲示板の前では、何人かの冒険者がクエストを物色していた。

 

「おい、そこの銀髪の青い兄ちゃん」

「……ムッ」

 

 じっと石像を見つめていた時、左側から声が聞こえてきた。銀髪に青。十中八九自分のことだろう。バージルは声が聞こえた方へ顔を向ける。

 視線の先にいたのは、出入口付近の席に座って飲んでいた、上半身裸の上に肩パッドとサスペンダー、そしてモヒカン頭でヒゲと、かなり世紀末感溢れる巨漢。恐らく冒険者の一人だろう。

 

「あんた、冒険者かい?」

「今からなるところだ」

「へっ、そうかい命知らず。ようこそ地獄の入口へ! ギルド加入は、そこの奥にあるカウンターだ!」

 

 バージルは正直に答えると、険しい表情で睨みつけていた世紀末男はニヤリと笑い、大声で歓迎の言葉を告げた。男が親指で指した方向へ目を向けると、そこには確かに受付らしき窓口が幾つかあった。受付係らしき金髪ロングの女性が、クエストの紙を持ってきた冒険者の相手をしている。

 

「そうか。礼を言う」

 

 バージルは簡単に男へ礼を返すと、すぐさまカウンターへと足を運んだ。

 

 

*********************************

 

 

「こんにちわー。どういったご用件で?」

 

 人がいなくなったのを見計らい、カウンターに歩み寄ったバージル。彼に気付いた受付嬢は優しい笑顔で挨拶をする。早速バージルは、冒険者志願の意を口にした。

 

「冒険者になりたいのだが」

「冒険者志望の方ですね。それでは、登録手数料の千エリスをお支払い願えますか?」

「……なんだと?」

「はい。千エリスを支払っていただけないと、冒険者になることはできません」

 

 このままスムーズに冒険者へ……と思いきやまさかの展開。バージルは思わず耳を疑う。

 この世界の金の単位が、国教である『女神エリス』から取っていることは、本に書いてあったため彼は知っていた。しかしまさか登録手数料がかかるとは思っていなかった。もしかしたら、うっかり読み落としていたのかもしれない。バージルは自分の失態に苛立ち、小さく舌打ちをする。彼はつい先程、この世界へ来たばかり。当然、この世界の金なんて持っているわけがない。

 

「(あの女神、自分から冒険者になれと言っておきながら……気の利かん奴だ)」

 

 不親切な黒髪僕っ娘女神に心の中で悪態をつく。しかし、こうなってしまったものは仕方がない。さてどうするかと、バージルは顎に手を当てて考える。目の端に入ったのは、酒に酔い談笑している冒険者達。

 

「……ふむ」

「あのー、お客様?」

「千エリスだったな。すぐに用意する」

「えっ?」

 

 彼女が恐る恐る声を掛けてきた時、バージルは受付嬢にそれだけ伝えると、カウンターから離れていった。

 

 

*********************************

 

 

「──おい、そこの金髪」

「あんっ? お前は……どちらさんだ?」

 

 カウンターから酒場に移動したバージルは、席に座っていた一人の男に声を掛ける。同席しているのは男が二人と女が一人。恐らくパーティーメンバーだろう。仲間と飲んでいた短い金髪の男はバージルに顔を向ける。酒が回っていたようで、顔がかなり赤く染まっていた。

 

「あれっ? この人、さっきカウンターにいた……どうしたんですか? 今日、私達はここへ食事に来ただけで、装備も持っていないからクエスト同行はできませんけど……」

 

 彼がカウンターで受付嬢と話しているを見ていたのか、金髪男の隣に座っていた赤髪ポニーテールの女性が自らバージルに話しかけてくる。

 

「いや、冒険者志望の者だ」

「そうだったのか。もしや登録でわからないことがあったか? それなら俺が──」

「いや待てテイラー。俺にはわかったぜ。お前……さては無一文だな? 登録手数料払えないから、俺達に恵んで欲しいって魂胆だろ?」

 

 茶髪に紫のハチマキをつけた男の声を遮るように、酒に酔って顔を赤くしていた黒髪の軽薄そうな男が、相手を小馬鹿にするような笑みを見せつつ絡んできた。その声を聞いて、金髪の男も同じくニヤニヤと笑い出す。

 

「なるほどねぇ。そーいうことなら、この惨めな僕に千エリス恵んでくださいダストさまぁーって、床に頭をつけて頼んでくれたら、分けてあげないこともないぜ?」

「ちょっとダスト! キースも挑発しない! ごめんなさい、この人達酔っちゃってて……千エリスぐらいなら私が出すから──」

 

 ダストと呼ばれた金髪の男は、黒髪の男キースと共にバージルを挑発し始める。彼等の態度を快く思わなかった仲間の女性は、バージルに謝りながらポケットを探り出したが──。

 

「貴様の言う通り、登録手数料も払えない無様な無一文だ。かといって恵みを受けるつもりはない」

「ならさっさと、日雇いでも探して稼いでくるんだな」

「いや、誰かの下で働くことも性に合わん。今ここで、貴様から金を巻き上げた方がずっと楽だ」

「……ほほーう?」

 

 それを止めるように、バージルは無表情のまま堂々と言ってのけた。彼の言葉を挑発と受け取ったダストは、額に青筋を浮かべながら席を立つ。

 

「三分間の勝負だ。三分間、貴様は俺に攻撃し続けろ。それを俺は避け続ける。一発でも当てられたら貴様の勝ちでいい。土下座でも何でもしてやろう。ただし当てられなかったら……そうだな。五万エリス払ってもらおうか」

「えぇっ!?ちょっ――!?」

「何を考えているんだ君!?」

「ヒュー、強気だねアンタ」

 

 この世界の貨幣価値は、ギルドに来る道中で見た、売店にある商品の値札でバージルは大体把握していた。五万エリスもあれば、先程の登録手数料のような不測の事態でクエストが受けられなくなっても、一日分の食事と宿泊は簡単にまかなえる筈。そう考えての賭け金だった。

 強気に喧嘩を売ってきたバージルを見て、仲間の女性とハチマキの男は慌てふためき、キースは意外な展開にワクワクした様子を見せる。

 

「へぇへぇ、俺に勝負を挑もうってか。新米冒険者が……いいぜ。乗った。喧嘩には自信があるんでな。何なら一分でもいいんだぜ?」

「俺は五分でも十分でも構わんが、無駄な時間は過ごしたくない主義でな」

「……言ってくれるじゃねぇか」

 

 逆にバージルから挑発を返され、ダストは顔をヒクつかせる。怒りのボルテージが溜まっていく中、ダストはバージルと睨み合いながら、騎士の石像が飾られている前に場所を移した。

 

「おっ? なんだなんだ喧嘩か?」

「やってんのはダストと……誰だ? 見ねぇ顔だな?」

「お前どっち賭けるよ?」

「そりゃダストに決まってんだろ!」

「お客様ー! ギルド内での喧嘩はやめてくださーい! ……って聞いてないし」

 

 酒場にいた冒険者達は、険悪なムードで勝負をおっぱじめようとする二人を見て、続々と周りに集まり始める。一分も経たない内に、ダストとバージルは野次馬に囲まれた。ギルド職員は大声で喧嘩を止めようとするが、野次馬の声にかき消されて届かない。もっとも、彼女の声が届いても二人が喧嘩をやめることはないのだが。

 

「こらっ! やめろダスト! 聞いているのか!」

「ダメだよテイラー。アイツ、完全に頭に血が上っちゃってる」

「まぁいいじゃねぇかリーン。元々、喧嘩ふっかけてきたのは向こうなんだ。おーいダスト! 時間は俺が測ってやるから、ちゃっちゃと決めてくれよー!」

 

 ハチマキを巻いた青年テイラーは勝負をやめるよう呼びかけるが、ダストの耳には届かない。簡単に挑発に乗ってしまう彼に呆れるリーン。周りで見物する冒険者の中には、心配そうに見る者、やれやれーと二人を煽る者、どちらが勝つかで賭けを始める者もいる。

 

「んじゃ早速行きますか! アクセルファイト! レディー……ゴー!」

「アクセルファイトって何っ!?」

 

 鳴らされた戦いのゴング。ダストは両拳を閉じてファインティングポーズを取った。

 

「パンチ一発で沈めてやんよスカシ野郎。泣いて謝るなら今のうちだぜ?」

「戯言はいい。さっさと来い」

「その減らず口──今すぐ黙らせてやる!」

 

 挑発に乗ったダストは、自らバージルに仕掛けた。まずは勢いをつけた右ストレート。伊達に冒険者生活で鍛えていない。かなりの速度で繰り出されたパンチだったが、バージルは軽く横に避ける。

 

「オラァッ!」

 

 続けて左ストレート。しかしバージルは一発目と同じように難なく避ける。一発で決める筈だったダストは、全力パンチを二発ともヒラリとかわされたことに驚きつつ、すぐさまバージルと向かい合う。

 

Humph(フン)……What's wrong(もう終わりか)?」

「んのっ──舐めんなぁああああああああーッ!」

 

 そこへ、余裕そうに挑発を見せるバージル。溜まっていた怒りが頂点に達したダストは、力任せにバージルへ連続攻撃を仕掛け始めた。1発1発が全てフルパワーのラッシュ。並大抵の冒険者でなければ、かわすことはできない速さだったが──。

 

「おいおい……アイツ全部避けてんぞ」

「い、一発も当たらねぇ……」

「ダストー! 何手加減してんだよー!」

「いやでも、アイツ結構マジな顔してね?」

 

 ダストの怒涛の攻撃を、バージルは無表情のままかわし続けていた。彼の繰り出すパンチは、バージルに掠りすらしない。

 

 ダストは、ここアクセル街のギルドでは名の知れた冒険者だった。といっても、素行が悪くいつも警察のお世話になっているという感心しない内容だが。彼は喧嘩に強いことも多くの者が知っていた。そんな彼が、名も知らない冒険者志望の男に、一切攻撃を当てられていない。その異様な光景を前に、ギルドにいた野次馬はざわつき始める。

 始まる前の騒ぎはどこへやら。気付けば、騒いでいた野次馬の冒険者とギルド職員達は、二人の勝負の行く末を黙って見守っていた。

 

 

*********************************

 

 

「ハァッ! ハァッ──クソッ!」

 

 立てなくなるほどに疲労したダストは、ドンッとその場に座り込む。彼の額には汗がダラダラと流れており、息もかなり上がっていた。パンチが一切当たらなかったため、彼は蹴り技もパターンに入れたのだが、それも全てかわされた。真正面でも、背後からでも、どこから攻撃しようとも、彼には一切触れることができなかった。

 酒の酔いはいつの間にか消え失せ、赤く染まっていた彼の顔は、青ざめた表情に一変している。しかしバージルは、汗一つ流していない。彼は青いコートを軽く手で払うと、首元を少し直し、ポカンと口を開けていたキースに声を掛けた。

 

「おい、そこの黒髪。時間は?」

「えっ? あっ……三分……経ちました」

「タイムアップだ。約束通り、五万エリス渡してもらおうか」

「ぐっ……!」

 

 勝負が終わったことを確認し、バージルはダストに約束の金を出すよう命令する。軽薄な男ではあるが、冒険者としては頼りになるダストの力をよく知っていたパーティーメンバーの三人は、開いた口が塞がらない様子。それは酒場にいた他の冒険者、ギルド職員も同じだった。

 ここにいる全員、この勝負は十中八九ダストが勝つと予想していた。しかし蓋を開けてみればどうだ。ダストは汗まみれで床に尻をつけ、冒険者志望の謎の男は涼しい顔で立っている。全く予想だにしていなかった展開を見て、ギルド内がどよめく。

 

「お、お前……何者だよ……」

「ただの新米冒険者だ。いや、まだ志望者か。それよりも約束の物だ」

「チッ! そらよ!」

 

 ダストは舌打ちをしつつも懐から札を五枚取り出し、行き先のない怒りをぶつけるかのように札を強く放り捨てる。ひらひらと舞い降りて床に落ちた一枚一万エリスの札をバージルは無表情で拾うと、床を睨みつけているダストに話しかけることなく、黙って奥のカウンターへ足を運んだ。

 

「登録手数料だ。釣りも頼む」

「は、はい……」

 

 先程貰った五万エリスの内、一万エリスをバージルはカウンターに置いて受付嬢に差し出す。

 無一文で帰るのかと思えば、冒険者に勝負を挑んで必要以上の金を巻き上げた。今までにない登場を見せた新米冒険者。ダストとの勝負をコッソリ見ていた彼女は、得体の知れない男に恐怖を抱きながらも一万エリスを受け取り、バージルにお釣りを返した。

 

 

*********************************

 

 

「で、ではまず、この冒険者カードについてご説明します」

 

 登録手数料を受け取った後、受付嬢はまるで隠されたお宝の場所が記されているかのような、古びた紙に見えるカードを手に受付から出て、バージルの前に来た。一応、冒険者についての知識は本で知り得ていたのだが、登録手数料のように見落としている点があるかもしれない。バージルは腕を組み、彼女の話に耳を傾けた。

 

「このカードは、冒険者の身分証明書となるカードで、冒険者には必ずこれを所持してもらうよう義務付けられています。このカードがなければクエストを受けることはできません。冒険者カードには様々な情報が記載されており、冒険者様の名前からレベル、職業、ステータス、所持スキルポイント、習得スキル、習得可能なスキル、冒険者になってからの経過日数、過去に討伐したモンスターの種族、数などが自動的に更新され、表示されます。偽造は禁止しておりますのでご注意ください。また、紛失された場合はギルドに申し出てください。お金はかかりますが、再発行いたします」

「(……本で見た時も思ったが、便利なものだな)」

 

 見た目はただのボロボロな紙だが、その機能はバージルがいた世界でも見たことがない超便利なもの。もしこの技術が元いた世界でも実現すれば、世の中は大きく変わることだろう。

 

「全てのモンスターには魂が宿っており、人はモンスターを倒せばその魂を吸収し続けます。そして、ある一定の量まで吸収したところで、人は急激に成長することがあります。これを俗にレベルアップと言います。レベルを上げるとスキルポイントがたまっていき、こちらを消費することで新たなスキルを覚えることができます。なお、素質次第ではレベル1の時点で多くのスキルポイントを取得できます。新たにスキルを獲得する際には、冒険者カードを操作し『習得可能スキル一覧』に出ているスキルを押してください……ぼ、冒険者カードについての説明は以上です」

「ふむ」

「……えーっと……で、では、まずこちらの書類に必要事項を記入していただけますか?」

 

 反応は示してくれるものの、ほぼ無表情で何を考えているのかわからない。ルックスはいいのだが、あまり話したくないタイプだと受付嬢は思いながら、バージルに一枚の紙とペンを渡す。

 バージルは無言のままペンを取ると、書類に自分の名前、身長、体重等々……必要事項を記入していった。出身地を聞かれた際はどうしようかと考えていたが、どうやら必要なかったようだ。

 

「はい、お名前は……バージル様ですね。ではお次に、こちらの水晶に手をかざしていただけますか?」

 

 書類を受け取り内容を確認した受付嬢は、カウンターに置かれていた水晶の下に冒険者カードを置いた。綺麗な水色に輝く水晶の周りには、見たこともない機械が取り付けられている。

 

「(これは……手をかざすことでステータスが判明する水晶か)」

 

 水晶についても本を読んだことで知っていたバージルは、特に質問することもなく無言で水晶に右手をかざした。すると水晶はひとりでに輝き出し、周りについていた器械が動き始めた。そして、下に置いていた冒険者カードにレーザーを放ち始め、この世界の文字を記していく。

 カードの冒険者氏名欄にバージルの名前が記されると、次にレーザーはステータス欄へ移り、続けて文字を記し始める。

 

「なっ──なんですかこれぇええええっ!?」

「ムッ?」

 

 すると突然、隣で見ていた受付嬢が大声を出して驚いた。彼女はカッと目を見開き、食い入るように作成途中の冒険者カードを見つめている。あまりにも大声だったため、ギルド内にいた冒険者達がカウンターへ顔を向けると、何事かと集まってきた。

 

「何か問題でもあったか?」

「問題なんてもんじゃないですよ! 筋力 魔力、知力、俊敏性……運以外のステータス全てが、大幅に平均値を超えてます! ていうかこんな高い数値初めて見ました! それに見たこともないスキルが……貴方何者なんですか!?」

「(……運は低いのか)」

 

 受付嬢は先程までの怯えた表情からガラリと変え、目を輝かせてバージルを見つめてくる。さらっと不運ステータスであることを告げられてバージルは少し不機嫌になったが、本によると運は冒険者にとってほぼ不要のステータスらしい。特別問題視することではないだろう。

 

「マジかよ! こりゃスゲェな!」

「あのアークプリーストに続いて二人目か!」

「魔王討伐の日は近いかもな!」

「ハハッ……そりゃ俺が勝てねぇわけだよ」

 

 突然の大型ルーキー登場に、酒場にいた彼らは歓喜の声を上げる。最初は妙な男だと警戒していた冒険者達とギルド職員は、バージルに笑顔と歓声を浴びせていた。先程勝負をしたダストは、バージルがとんでもない素質を持っていたと知り、乾いた笑い声を上げている。

 

「このステータスなら、最初から上位職は勿論のこと、どんな職業にだってなれますよ! アークプリースト、アークウィザード、クルセイダーだって!」

「そうか」

 

 あまりの高ステータスを見て興奮を抑えきれない受付嬢とは対照的に、バージルは顎に手を当てて静かに思考する。

 本を見て、冒険者がなれる職業は全て把握した。習得できるスキルは職業によって違う。となれば、自分に合った職業を選ばなければならない。『悪魔狩人(デビルハンター)』という職業があれば真っ先にそれを選んでいただろうが、残念ながら存在しないようだ。それ以外で、自分に合う職業は──。

 

 

「では──ソードマスターにしよう」

 

 ソードマスターバージル、誕生の瞬間であった。

 




バージルが選ぶならこれしかないと思いました。DMCにも同じ名前のスタイルがありますし。

名前は出ているけど、詳しい能力は未だ判明していない職業がいくつかありますが、この作品では判明している情報と名前をもとに、私の解釈で設定を決めております。
以下、簡単な冒険者の職業紹介欄です。


・冒険者
基本職かつ最弱職。
習得ポイントが高くなるものの、全てのスキルを習得できるオールラウンダー。
該当者:カズマ

・盗賊
盗みのことならお任せあれ。
俊敏性と知力に長けた職業。
気配を消すスキルもあるため、潜入でも活躍できる。
該当者:クリス、フィオ

・戦士
冒険者より攻撃力が高め。
攻撃系スキル多めの職業。
該当者:ダスト、クレメア(文庫版とアニメ版?)

・ランサー
槍の扱いに長けた職業。
前線向け。
該当者:クレメア(web版と漫画版?)

・アーチャー
弓の扱いに長けた職業。
中衛~後衛で活躍する。
該当者:キース

・ウィザード、アークウィザード
魔法使い。
アークウィザードが上位職。
知力と魔力が高くないとなれない。
ウィザード該当者:リーン
アークウィザード該当者:めぐみん、ゆんゆん

・プリースト、アークプリースト
僧侶。
回復魔法に長けた、RPGでは欠かせない回復担当。
アークプリーストが上位職。
プリースト該当者:不明
アークプリースト該当者:アクア

・ダークプリースト
アークプリーストの逆バージョン。
呪いや状態異常をかける攻撃ができる。
プリースト派生のため、一応ヒールを使うことは可能。
該当者:不明

・ナイト、クルセイダー
最高の防御力を誇る、前衛に出てモンスターを引き付ける囮となりパーティーを守る職業。
王都や城での護衛につく者は軒並みこの職業。
某所でよく言われる「メイン盾」のイメージ。クルセイダーが上位職。
ナイト該当者:不明
クルセイダー該当者:ダクネス、テイラー

・ルーンナイト
いわゆる魔法剣士。剣術と魔法を匠に使って戦う。
該当者:不明

・ソードマン、ソードマスター
最高の攻撃力を誇る、剣の扱いに長けた職業。
ソードマスターが上位職。
ソードマン該当者:不明
ソードマスター該当者:ミツルギ、バージル

・エレメンタルマスター
精霊(エレメンタル)使い。
精霊に呼びかけることができ、精霊と協力して戦う。
該当者:不明

・クリエイター
その場の土や水を使い、壁や武器などの物を形造ることができる。
直して戻せるッ!
該当者:不明


web版、文庫版、アニメ、wiki情報をもとにしています。もしかしたら間違っているかもしれません。
他の職業を知っておられる方がいらしたら、教えてくださると嬉しいです。


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第2話「この大型ルーキーに初クエストを!」

「ソードマスターですね! ソードマンの上位職、強力な剣技で立ちふさがる敵を切り裂いていく剣のスペシャリスト! 見たところ、まだ剣は装備していないようですが……四万エリスもあれば一式揃えられますよ!」

 

 まだ興奮が冷めていないのか、受付嬢はグイグイ顔を近付けて話を続ける。

 

 この時彼は、消去法で職業を選んでいた。まず消したのはウィザードやアーチャーのような中衛、後衛の職業。バージルの得意とするスタイルは、自ら敵陣に飛び込んで敵の攻撃をいなしつつ殲滅していく超前衛型。中衛後衛は彼の戦い方に合わなかった。

 続けて消したのは戦士、盗賊、ソードマンのような下位職。上位職が選べるなら、わざわざ選ぶメリットなど皆無。

 そして残った前衛型の上位職。その中から彼は、一番攻撃に特化していると思われるソードマスターを選んだ。これならば余計なスキルを覚えずに、自分の力を高められるだろう。

 

 

「──ハイ! 職業登録完了です! これで貴方は晴れて、ギルド所属の冒険者になることができました! ギルド職員一同、バージル様のお力になれるよう、全力で協力していきます! バージル様に、女神エリス様のご加護があらんことを!」

 

 職業が新たに記された冒険者カードを、受付嬢から受け取る。ギルド内にいた多くの冒険者達がバージルを囲み、ギルド職員全員が頭を下げると同時に、拍手喝采で新たな冒険者を迎え入れた。ファンタジーな世界に転生したら誰もが憧れるシチュエーション。

 

「ではクエストを受けさせてもらおう。モンスター討伐クエストだ」

 

 しかしバージルにとってはそんなことよりも、少しでも早くモンスターと戦いたかった。この世界に住むモンスターの力──この世界のレベルがいかがなものかを知りたかったのだ。

 

「早速ですね! かしこまりました! バージル様が現在のレベルで受けられるモンスター討伐クエストは……」

 

 クエスト受注の意を示したバージルの声を聞き、受付嬢はダッシュで掲示板の前へ行き、クエストを探し出す。

 いくら高ステータスといえど、彼はまだレベル1。モンスター討伐となれば受けられるクエストは限られてくる。条件に見合うクエストをすぐに見つけた彼女は、掲示板から1枚の紙を引っ剥がし、ダッシュでバージルのもとに戻ってきた。

 

「では、こちらのクエストはどうでしょうか! 三日間でジャイアントトード3匹の討伐! 三日間以内であれば三匹以上討伐しても問題ありませんし、その分報酬が増えますよ! また、三匹以上討伐したのなら一日目、二日目でクエストクリアの報告ができます! 初めての方にはオススメです!」

 

 ジャイアントトード──四足歩行の巨大な怪物で、こちらから刺激しなければ比較的温厚な部類に入るモンスターだが、繁殖期には人が住む町に近づき、長い舌で家畜や人を丸呑みにし捕食するという。行方不明者が出る事例もある有害なモンスターだと、彼が読んだ本には記されていた。また、その本にジャイアントトードの姿は描かれておらず、特徴だけが書き記されていた。クエストの紙に描かれた絵を見ても、どんなモンスターなのかは判断しきれない。

 モンスターの中では下級に分類されているが、この世界のモンスターのレベルを計るのには持って来いかもしれない……が。

 

「……トードか」

 

 ジャイアントトードの名前を聞くと、何故かバージルは嫌そうな表情を浮かべた。ノリノリで受けるかと思いきやクエスト受注を前に渋るバージルを見て、受付嬢は首を傾げる。

 

「他のクエストがよろしいですか? しかし、今のバージル様の条件に見合うクエストは、今日はこちらしかご用意できておりませんが……」

「いや、構わん。それで頼む」

 

 これしかないというのであれば仕方ない。バージルは渋々ながらもジャイアントトードのクエストを受けることにした。彼の返答を聞いた受付嬢は、次にクエスト参加人数へ話を進める。

 

「かしこまりました! では何人で参加なされますか?」

「一人だが?」

「えぇっ!? ソロで行かれるのですか!?」

 

 バージルは何のためらいもなく答えると、受付嬢は口に手を当てて驚いた。彼女だけでなく、周りにいた冒険者達も驚愕している。中には呆れ顔を見せる者もいた。

 

「オイオイあんちゃん……素質が高いって知って舞い上がる気持ちはわかるけど、そいつは流石に身の程知らずってヤツだぜ?」

「これから装備を固めるつもりだと思うが、初討伐クエストでソロは危険だ。まずは仲間と一緒に行くのがセオリーだぞ」

「なんなら私達のパーティーと一緒に行くー?狩りのお手本ってヤツを優しく教えてあげるよー?」

 

 周りの冒険者達は口を揃えて、ソロでの討伐しに行くのは危険だと忠告する。当然だ。いくら高ステータスで、街の周辺は比較的安全であっても、何が起こるかわからないのが冒険者生活。ステータス診断で高い素質だと言われ、調子に乗ってソロ討伐に挑み、初日で亡くなってしまった冒険者を彼等は何人も見てきたのだ。

 期待の新人を死なせたくない。その気持ちを込めて冒険者達はバージルに強く言ったのだが──。

 

「ソロでいい」

「し、しかしソロは危険で――」

「ソロでいいと言っている。さっさと許可を出せ」

「は、はいぃいいいいっ!」

 

 彼に冒険者達の言葉は一切届かなかった。心配そうに受付嬢も忠告するが、彼女を睨みつけながら冒険者カードを出して命令してきたバージルに怯えて、せっせとクエスト受注の準備を進めた。

 

「じゅ、準備ができました……壁外へはギルドを出て真っ直ぐ進んだ先です……こ、幸運を祈っております」

「フンッ」

「(や、やっぱりこの人……怖い)」

 

 クエスト受注を終え、冒険者カードを返してもらったバージルは懐にしまう。カウンターから踵を返し、カツカツと足音を立てて出入り口まで歩く。彼の威風堂々たる歩みを見て、思わず道を開けてしまう冒険者達。

 

「ク、クエストの前に、装備をご購入なさるのをお忘れなくー!」

 

 受付嬢は念のため装備を購入するよう大声で伝えたが、彼は返事をすることなく、黙ってギルドから出て行った。

 

 

「……アイツ、どう思う?」

「どうもこうも、ありゃ同じパターンだ。最悪の場合、ジャイアントトードに飲まれちまうだろうよ」

「いや、案外無事に帰ってくるかもよ? ……ジャイアントトードが何匹も出てくるような異変に遭わなければ」

 

 バージルがギルドから立ち去った後、冒険者達は彼の初クエストの行く末を予想する。純粋に心配する者もいれば、先程のダストとの勝負の時と同じように、彼が帰ってくるか否かで賭ける者もいた。

 ただ、ここにいる誰もが、討伐クエストをソロで、それもレベル1で挑むのは無謀だと思っていた。彼はきっと、冒険者の世界の厳しさを身を持って体験することになるだろうと。

 

 

*********************************

 

 

 街から少し離れた、ひらけた草原地帯。どこまでも続いていそうな緑色の地面に、澄んだ青い空と白い雲が広がる晴れた空。どこを写真で収めても芸術品になりそうな場所にいたのは、青いコートを風でなびかせている銀髪の男──バージル。

 

 クエストを受け、受付嬢に言われた通りギルド正面から真っ直ぐ歩いた先にある門から、この草原フィールドに出た彼は、周りの美しい景色を眺めながら歩いていた。

 ギルドを出ようとした時、装備を買うようにと言われたが……彼は攻撃の要となる武器どころか、身を守る防具ひとつ身につけていない。冒険者からすればキックされても文句を言えない地雷行為だが、武器はこの世界に来る前に手にし、今は己の内に隠されている。防具はそもそも身に付ける必要がない。彼は、ずっとこのスタイルで戦ってきたのだから。

 

「(……ムッ)」

 

 しばらく歩いたところで、彼はピタリと足を止める。歩く先に、彼が探していたクエスト討伐対象モンスター──ジャイアントトードを見つけたからだ。

 草原の上に一匹だけポツンと立っている、遠くから見てもわかる巨体。四本の足を地面につけ、喉元を膨らませている怪物。

 

 

 ──超巨大な緑のカエルが。

 

 ジャイアントトードは緑の体色の個体が多く、長い舌を持つ四足歩行の怪物。本で目にした時、バージルはカエルによく似た特徴だと思ってはいた。しかし、まさか外見までソックリそのままだとは思っていなかった。

 標的を見つけたバージルは、クエスト受注前と同じように顔をしかめる。いつもの彼なら、笑みを見せてモンスターに突撃するところなのだが、バージルは足を止めて動こうとしない。

 

 

「(……まさか本当にToad(カエル)だとはな)」

 

 実はこの男──見かけによらず、なんとカエルが苦手だった。

 そうなったきっかけは覚えていない。幼少期、葉っぱについていたカエルを観察していたら顔面に飛びついてきた時か、手の中からカエルが飛び出すイタズラをダンテにやられた時か(その後ダンテはダァーイされた)、スパーダにカエルを握らされるドッキリを仕掛けられた時か、食卓でカエルの丸焼きがでてきた時か(母は嬉々として食べていた)……原因は不明だが、とにかく嫌いだった。あの独特の形が、ネッチョリとした感触が、彼には受け付けられなかったのだ。

 

「(気色悪いが、そうも言ってられん。奴の腹は物理攻撃を吸収すると聞く。ベオウルフの攻撃が効くかどうか……んっ?)」

 

 嫌々ながらも、彼はジャイアントトードと戦うことにする。腕を組み、本で得た情報をもとにどう戦うか考えていると、バージルは見つけたジャイアントトードがこちらを見ていたことに気付いた。

 ピョン、ピョンと跳ねながら、ジャイアントトードはバージルにゆっくりと近づいてくる。かなりな巨体のようで、跳ねる度に地面が揺れており、その揺れは次第に大きくなっていく。

 ジャイアントトードは、バージルから十歩ほど離れたところまで近づいて動きを止めると、何を考えているかわからないつぶらな瞳でジッと彼を見つめ始める。

 

 

 次の瞬間、ジャイアントトードは突然口を開け、長い舌を彼に伸ばしてきた。

 

 カエルは長い舌を持ち、それを瞬時に伸ばして狙った獲物を捕食する。

 超巨大版であるジャイアントトードも例外ではなく、自慢の長い舌を鞭のようにしならせ、獲物を巻きつけ捕らえて捕食するのだ。ジャイアントトードはいつものように、バージルへ舌を伸ばして巻きつけ、口の中へ放り込むつもりだった。長い舌は、突っ立っているバージルへ真っ直ぐ向かっていく。

 

 が──舌が当たるすんでのところで、彼の姿が消えた。

 獲物を捕らえられなかったジャイアントトードは舌を口の中に戻し、キョロキョロと辺りを見回して獲物を探す。

 頭上を見上げた時――先程の場所から、いつの間にか空中に移動していた獲物を見つけた。

 

 彼の十八番である『エアトリック』の技の1つ『トリックアップ』で攻撃をかわしつつ、ジャイアントトードの頭上に移動したバージル。彼は敵を睨みながら、己の中に眠る力を呼び出す。

 瞬間、彼の両手両足から、上空で世界を照らす太陽に負けず劣らずの眩い光が現れた。同時に、白い光を放つ黒き籠手と具足――閃光装具(せんこうそうぐ)ベオウルフが、バージルの両手足に装備される。

 ジャイアントトードが見上げてバージルを視界に入れる傍ら、バージルは空中で体勢を変える。両膝を曲げつつ、ターゲットに足先を向け──。

 

「──ハァッ!」

 

 相手にめがけて急降下しつつ、破壊力のある蹴り──『流星脚』を、ジャイアントトードの眉間にめがけて放った。ジャイアントトードは舌を出して迎撃しようと思い、口を開こうとしたが間に合わず、眉間にバージルの蹴りが当たる。

 下級悪魔ならば一撃で塵と化す強力な技。ジャイアントトードは一発でノックアウトし、その場に仰向けで倒れた。

 

「チッ……汚らわしい」

 

 華麗に着地した後、バージルは吐き捨てるように呟く。よほどカエルが嫌いなのか、ジャイアントトードに触れた右足を、まるで汚物でも踏んだかのように地面へこすりつけていた。

 

「……んっ?」

 

 と、その時だった。彼の周りの地面が次々と膨れ上がる。何事かと思い見ていると──そこからボコボコと、何匹ものジャイアントトードが現れた。バージルの周りは、あっという間にジャイアントトード達によって囲まれる。

 

「(……三匹以上討伐しても構わない、だったか)」

 

 逃げ場などありはしない、大量のジャイアントトードによる包囲網。大抵の駆け出し冒険者ならば絶体絶命のピンチに慌てふためくのだが、バージルは呑気にも討伐報酬のことを考える。それを知ってか知らずか、ジャイアントトード達は一斉にバージルへ舌を伸ばす。

 

「……気は乗らんが、金のためだ」

 

 何本もの舌が襲いかかってくる中、バージルは独り不敵な笑みを浮かべた。

 

 

*********************************

 

 

「つまらん」

 

 バージルは退屈そうに呟き、ベオウルフを光らせて己の内にしまう。

 彼の周りには、一匹、二匹、三匹……何匹ものジャイアントトードが、白い腹を空に向けて転がっていた。

 この世界に住むモンスターのレベルを把握する目的もあったのだが……バージルにとってジャイアントトードは弱過ぎた。余裕があった彼は、試しにベオウルフのパンチを、物理攻撃が効きにくい敵の腹に当てたが、結果から言うと効いた。物理『無効』ではなく『吸収』だったため、吸収量にも限度があったのだろう。悪魔を数発で消し去ることもできるベオウルフの攻撃に、下級モンスターが耐えられる筈もなかった。

 

「……ムッ」

 

 現れたジャイアントトードは全て狩り尽くした……と思いきや、うっかり狩り忘れていたのか敵の運がよかったのか、二匹のジャイアントトードがクルリと起き上がり、バージルから逃げるように遠くへ跳ねていった。この男には絶対に勝てないと、本能で理解したのだろう。

 

 普段なら彼は追いかけて仕留めに行くのだが、相手は苦手なカエル。わざわざ追いかける気にもなれなかったバージルは、逃げ去っていくジャイアントトードに背を向け、来た道を帰った。

 

 その翌日、幸運にも蒼き悪魔から逃れることができた二匹は、蒼き女神を食べようとした際に、仲間の新米冒険者によって狩られることになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

*********************************

 

「いらっしゃいませー! お食事の方は──あぁっ! 青い人帰ってきた!」

「何っ!?」

 

 バージルは報酬を得るため、ギルドへと戻ってきた。中に入った途端、ギルド職員が彼の姿を見て驚き、冒険者達が席を立ってゾロゾロと集まってくる。

 

「よかったぜあんちゃん。無事に帰ってこれたみてぇだな」

「って君! 武器も何も身につけていないじゃないか!?」

「どうだ? ジャイアントトードは狩れたか?」

「いや、この様子じゃ1匹も狩れずに戻ってきたって感じだろ。だからソロじゃキツイって忠告してやったのに」

 

 冒険者達は次々とバージルへ言葉を掛けてくる。皆、ソロで行ってしまったバージルの初クエストの行く末が気になり、こうしてギルドで待っていたのだ。バージルと勝負したダストと、そのパーティーメンバーも残っている。

 しかし、バージルは冒険者達と話そうともせず、スタスタと奥にあるカウンターへ歩いていく。彼に怖い印象を受けていた受付嬢は、バージルの姿を見た瞬間に思わず背筋をピンと伸ばす。

 

「クエストを終えてきた。報酬を頼む」

「えっ!? もうですか!?」

 

 カウンターに着くと同時にクエスト達成報告をしてきたバージルに、受付嬢は声を上げて驚く。三匹とはいっても、まだクエストを受注し出て行ってから間もない。初クエストにしてこの仕事の速さには、冒険者達も驚いていた。

 

 冒険者カードには討伐したモンスターの数も記される。狩ってきた証明として、バージルは懐から冒険者カードを取り出し、手渡した。受付嬢は彼からカードを受け取り、討伐数を確認すると──受け入れがたい数字を目の当たりにし、目を見開いて大声を上げた。

 

「ご──五十匹っ!?」

「ハァッ!?」

 

 あまりにも現実離れした数字を耳にし、冒険者達とギルド職員は仰天する。カードに記された彼のレベルもガンと上がっており、所持スキルポイントも最初期より増えていた。

 

「う、嘘だろ!? こんな短期間に一人で五十匹も!?」

「ていうか、ジャイアントトードってそんなにいたんだ……」

「い、インチキじゃねぇのか?」

「いやでもカードに偽造はできない筈……」

 

 予想だにしなかった彼の初クエスト結果を知って、ギルド内はまたもやざわつき始める。ほんの一時間も満たずに、これだけの数を、何の武器も防具も無しに、レベル1でやってのけた。あまりにも非現実的過ぎたため、信じきれていない者もいる。

 しかし、冒険者カードに偽造は不可なのは周知の事実。彼は本当に、たった一時間で、一人でジャイアントトードを大量に狩ってきたのだ。しかも、傷一つ負っていない。

 

「いつまで呆けている。報酬を出せ」

「えっ? あっ、し、しかし……報酬金には討伐したモンスターの買取金額も含まれておりまして、も、モンスターの回収をギルドが終えるまでは、お渡しすることができませんが……」

「……チッ」

「(し、舌打ちされた!? やっぱり怖いぃ……)」

 

 歯ごたえががない上に嫌いなカエルと戦ってイライラが募っていたのか、報酬が受け取れないことを聞いて思わず舌打ちする。そこらのガタイのいい強面冒険者より威圧感がある彼と対面していた受付嬢は、恐怖のあまり年甲斐もなく泣きそうになっていた。

 周りの冒険者が奇怪な目で見てくるが、バージルは知ったことか言わんばかりにカウンターを離れ、誰とも話すことなくギルドから出て行った。

 

「……俺、とんでもねぇ奴と喧嘩してたんだな」

「やっべぇ……酒に酔った勢いで色々言っちまったような……忘れたことにしよう! うん!」

「恐ろしい冒険者が現れたな。リーン」

「ホントにそうよ。未だに土木やってる冒険者の男とは大違い」

 

 

*********************************

 

 

 ギルドを後にしたバージルは、アクセルの街中を歩いていた。が、何の目的もなくブラブラとふらついているわけではない。彼は、あるものを探していた。

 

 ジャイアントトードとの戦いでは、ベオウルフを使った肉弾戦をしていたが……格闘術は、彼の最も得意な戦法ではない。テメンニグルでベオウルフを手に入れた時も、たまたま手に入った上に使い心地が良かったので、ダンテとの戦いで試しに使ってみただけ。

 彼の本領を発揮できる戦法、武器は──剣。その中でも、居合術を主とした刀だ。

 悪魔として生きることを決意したあの日以来、彼の左手には常に刀が握られていた。しかし、転生特典としてベオウルフを選んだため、彼の手元に刀はない。その空虚感が、どうにも落ち着かなかった。

 

 ジャイアントトードを大量に狩った報酬は、後に手に入ることが確定している。なので今回は下見として、自分にしっくりくる刀を探すために、アクセルの街にある武具屋を回っていたのだが……どの店にも、片刃で反りのある刀は見つからなかった。店主に尋ねても、刀という名前を聞いて首を傾げていた。もしかしたら、この世界には存在していないのかもしれない。

 

 何件か武具屋を回ったところで、バージルは探し方を変えた。この世界に存在しないのであれば──作らせればいいと。

 幸い、この世界にも鍛冶屋という職業は存在している。一から刀を作らせる方向にシフトさせた彼は、立ち寄っていた武具屋の店主に鍛冶屋の場所を尋ねた。

 

「ひとつ聞きたい。この近辺に鍛冶屋はあるか?」

「鍛冶屋っすか? こっから一番近いのは、この道を真っ直ぐ進んで、川に当たったら左に曲がって、川沿いを進んでったら左手にあるけど……」

「あー、そこはやめときな」

 

 武器商人の話を聞いていた時、横から武器を物色していた男の冒険者が入ってきた。酒場にはいなかった冒険者だったのか、バージルへ気さくに話しかけてくる。

 

「あそこは頑固ジジイがいるところだ。作るかどうかはワシが決める、なんて言って気に入らない奴には絶対に武器も防具も作ろうとしない。ここらじゃ古株だし、腕は確かだろうけど……お前も門前払いを受けるだけだ。行くだけ無駄だって」

「……ほう」

 

 冒険者は忠告として教えていたが、バージルは逆に興味を抱く。こういう専門職のプロには、変わり者が多い。腕が確かならば、試しに行ってもいいだろう。

 

「助かった。礼を言う」

「おうっ……ってオイ! そっちはそのジジイがいる方向……って行っちまったよ」

 

 

*********************************

 

 

 日が暮れ始めた頃、武具屋から聞いた通りの道を進むバージル。しばらく歩くと、確かに鍛冶屋らしき建物が見えてきた。

 草むらが生えた地面の上、白い煉瓦の壁に黒煉瓦の屋根と白い煉瓦で作られた煙突が設置されている建物。建物の周りは木の柵で囲まれており、少し広い庭もある。庭には積み立てられた木材と煉瓦が置いてあった。

 入口に立てられた看板には『鍛冶屋ゲイリー』と書かれている。話で聞いた鍛冶屋で間違いないだろう。バージルは無言で門を潜り、建物に歩み寄る。中を覗き込むと、パイプをふかす短い白髪の老人が座っているのを見た。老人はバージルの視線に気づき、目を細めて見返してくる。

 

「……んんっ? 誰だおめぇ?」

「冒険者だ。武具屋から近くにある鍛冶屋を聞き、ここに来た」

「ほほお。もうこの街じゃワシのトコに来る物好きはおらんと思っとったが……おめぇさん、さては新米だな?」

 

 老人は重い腰を上げ、片手にパイプを持ったままバージルに近寄る。年老いているにしては背筋が伸びているが、それでもバージルの胸元までしか身長はない。

 

「いかにも、ワシはここで長いこと鍛治屋をやっとる死にぞこない、鍛冶屋のゲイリー・アームズだ。おめぇさん、名は?」

「……バージルだ」

「バージルか。来て早々悪いが、ワシは武器も防具もまともに扱えんへなちょこ新米冒険者に作ってやるつもりはない。立ち去れぃ」

 

 白髪の老人、ゲイリーはバージルの前に仁王立ちし、武器を作る意思はないと吐き捨ててパイプをふかす。しかしバージルは立ち去ろうとする素振りも見せず、無言で懐から冒険者カードを取り出し、ゲイリーに差し出した。

 

「おんっ? こりゃおめぇの冒険者カードか。見せてもなーんも変わんね……おおんっ!?」

 

 馬鹿にするようにケッと笑うゲイリーだったが、彼の冒険者カードを見るやいなや、ギルドの受付嬢と同じく、細めていた目をカッと見開いた。

 

「このレベルでこのステータス……いや、それよりもまだ冒険者になって一日も経っていないのにこの討伐数……おめぇ一体……」

 

 低レベルなのに高ステータスだけならまだしも、冒険者になってから日も浅いのに多すぎる討伐数。デタラメな数値を見たゲイリーは、黙って腕を組むバージルを見上げる。

 

「この街には長いこといるが、おめぇさんみてぇな型破りは見たことがねぇ……気に入った! おめぇさんなら、ワシの作ったモンを授けてやってもいいぜ!」

 

 この男になら、自分の作った武器、防具を預けられる。そう確信したゲイリーは、バージルに冒険者カードを返して告げた。どんな頑固者かと思えば、カードを見ただけで簡単に態度を変えたゲイリーに拍子抜けし、バージルはため息を吐く。

 

「で、おめぇさん。何を作って欲しくてここに来たんだ?」

「刀、という武器だが」

「カタナ? あー……そういやだいぶ昔に、そんな名前の武器を作ったことがあんなぁ」

「何っ? 本当か?」

 

 ゲイリーにも刀のことを知っているか尋ねると、思いもよらない答えが帰ってきた。てっきりこの世界には存在しないと断定していたバージルは、少し前のめりになりながら聞き返す。

 するとゲイリーは、「ちょっと待っとれい」と一言伝えてから、鍛冶場の奥へ移動した。しばらくして、彼は一枚の丸めた大きな紙を持ってバージルのもとに戻り、作業台に紙を広げた。紙を覗き込むと、そこにはバージルのよく知る片刃の剣と鞘――刀の設計図が書き記されていた。

 

「珍しいモンだったんで、設計図を取っておいたんだが……おめぇさんが作って欲しいカタナってのはコレのことか?」

「あぁ、間違いない。この武器を作ってくれ。できれば切れ味がよく、刃の耐久性が高いものを頼みたい」

 

 自分の知っている刀だと確信したバージルは、ゲイリーに刀を作ってもらうよう、ついでに追加注文をしながら頼んだ。

 以前使っていた閻魔刀は、スパーダの──悪魔の力が宿っていたからか、魔帝に負けるまでは絶対に折れることはなかった。ダンテと戦った後でもだ。しかし今回作るのは、悪魔の力が宿っていない普通の刀。使い続ければいずれ折れると見たため、バージルはなるべく折れにくいものをと考えた。

 バージルの依頼を聞いたゲイリーは鼻息を鳴らし、自慢げに胸を張って答える。

 

「舐めてもらっちゃこまるぜ! ワシゃあ何年も鍛冶屋やってんだ。おめぇさんの満足いくカタナを作ってやんよ! ……って張り切りながら鍛冶場に向かいてぇトコだが、生憎コレ作るためには素材が足りねぇな」

「素材だと?」

 

 と思いきや、ゲイリーは申し訳なさそうに今は作れない節を話した。バージルが尋ね返すと、ゲイリーは再び奥へ移り、棚から1枚の小さな紙とペンを取り出し、作業机の前に戻る。

 

「切れ味も耐久性もいい武器ってなったら……この鉱石素材がこんだけ必要になるぜ」

 

 紙にスラスラと書き記し、ゲイリーはそれをバージルに手渡す。紙には鉱石らしき名前がいくつか書かれており、横には数字が。鉱石の個数だろう。

 

「この鉱石なら、ギルドの背面側から真っ直ぐ行って出た先の洞窟で取れる筈だ。ギルドからも採取クエストは出てるだろーし、それ受けるついでに行ってくるといい」

「採取クエストか……わかった」

「だが、ひとつ気をつけておけ。洞窟内は低レベルモンスターしかいねぇが……とある場所だけは別だ。洞窟の中には『修羅の洞窟』っつうダンジョンがある。奥に行けば行くほど高レベルのモンスターが出てくるそうだ。しかも途中で抜け出したら、また最初っからのオマケ付き。最深部にゃあ特別指定モンスターが待ち受けているらしい。何人もの低レベル冒険者が痛い目を見てると聞くぜ」

「……そうか」

「(……今このあんちゃん、良い事聞いたって顔しなかったか?)」

 

 修羅の洞窟は危険だと忠告するゲイリーとは裏腹に、バージルは何かを企んでいるような、不敵な笑みを浮かべる。いくらなんでも、流石にこのレベルで修羅の洞窟には行かないだろう。そんな命知らずではない筈だと、彼の企み顔を見たゲイリーは自分に言い聞かせる。

 

「ではまた後日、ここに素材を持って来る」

「おうっ……っておい兄ちゃん。まさか何にも持たずに採掘行くつもりか?」

「……そのつもりだが?」

 

 早速洞窟に行くためにこの場を立ち去ろうとするバージルだったが、それをゲイリーが呼び止めた。武器も何も持たずに、という意味だと捉えてバージルは平然とした表情で返したのだが、どうやら違ったようだ。

 

「バカタレィッ! そんなんじゃ採掘できねぇだろうが! ちょっと待ってろ。確かここら辺に……」

 

 ゲイリーは大声でバージルを叱りつけると、どこだどこだと言いながら鍛冶屋内を探し始めた。早く洞窟に行かせてくれと思うバージルだったが、口には出さずに腕を組んで待ち続ける。

 

「……っと、あったあった! ほれっ! 採掘にはこれを使え!」

 

 探し物が見つかったのか、ゲイリーはバージルのもとに駆け寄り、一本の道具を渡す。それは、金色に輝いた船の錨のような形をしたもの。

 

「……これは?」

「ピッケルだ! しかも、普通のピッケルより耐久性が高いグレートなモンだ! それがありゃあ採掘できる! このベルトも使いな!」

「……そうか。すまない」

 

 採掘には欠かせない道具、ピッケル。バージルにとってはあまり見慣れない物だったため、珍しげに見ながらもベルトを使ってピッケルを背中に背負う。

 ゲイリーへ礼を告げた彼は、見送られる形で鍛冶屋を後にした。空を見ると、日は既に山の中に沈み始め、もうすぐ夜に姿を変えようとしている。

 

「(採掘など一度もしたことはない……が、何とかなるだろう)」

 

 人生初の採取クエストを受けるために、バージルは足早にギルドへと向かっていった。

 




オリジナルキャラに加え、オリジナルダンジョン、そしてオリジナルボス……あれ?このすば要素は……?


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第3話「このソロプレイヤーに洞窟探検を!」





 アクセルの街から北へ歩いた先に、何の変哲もないひとつの洞窟があった。

 冒険者達は『洞窟あるところにお宝あり』の信条をもとに、我先にと向かっていき──『修羅の洞窟』と呼ばれる、どこまでも深い地下へと繋がるダンジョンを発見した。

 四人までしか同時に入ることができず、誰かが中で朽ち果てるか脱出するかしない限り入れない。最初は低レベルのモンスターとしか遭遇しないが、奥へ進むにつれて敵のレベルも上昇。最深部に現れるモンスターはとりわけ強力で、特別指定モンスターにあたる敵も確認されていた。

 そして、このダンジョンの最大の特徴──モンスターが絶滅しない。しばらく時間が経つと、突破した階層のモンスターが復活しているのだ。

 これに目をつけた冒険者──特に、駆け出しでありながらステータス診断の時点で高い能力を持つ者、強力な武器を持つ者、見たこともないスキルを使う者──主に黒髪か茶髪の冒険者達は「経験値美味しいです」と口を揃え、修羅の洞窟へ向かった。

 そこらの雑魚モンスターなら一撃で倒すことができる冒険者達。きっと彼等は、格段にレベルを上げて戻ってくるのだろう。

 

 しかし、一番最初に修羅の洞窟をクリアして戻ってきた者達は、酷く怒っていた。

 入った者は「騙された」と怒りの声を放ち、二度と修羅の洞窟に入ろうとしなくなった。後に続いた者達も同じだった。

 

 それから約十年の時が経ち、誰も最深部の探索を目指そうとする者がいなくなった頃──人知れず洞窟の最深部を目指す、一人の盗賊がいた。

 

 

*********************************

 

 

「──っと」

 

 高い崖をゆっくりと、縄を使って降りていく一人の少女。無事に底まで辿り着いた彼女は、ピョンと跳ねて地面に足をつける。

 銀色の髪に、白く透き通った肌。右頬にはモンスターとの戦いで負ったであろう傷跡が一つ。上半身は胸元しか隠していない黒のインナーに緑色のマントと浅葱色のマフラー、下半身は膝下にも届かないスパッツとホットパンツのみという、少々……いや、かなり露出度の高いラフな格好。

 

 彼女の名はクリス。アクセルの街に住む冒険者。職業は『盗賊』──隠密行動に長けたクラス。洞窟の最深部にあるお宝を求めて、地道に探索を続けている最中だ。

 

「まだ続くのかな……この先が最深部だったらいいんだけど」

 

 あまりの長さに、彼女は独り不満を呟く。しかし、ここまで来て後に退こうとは思わない。彼女はよしと意気込んで足を進めた。

 

 クリスは、アクセルの街に住む冒険者の中ではレベルは高く、実力も折り紙付き。しかし、修羅の洞窟下層を探索する目標レベルには達していない。そんな彼女が、何故ここまで生き延びているのか。それには彼女の持つ盗賊スキル『潜伏』が大きく関わっていた。

 『潜伏』──周囲から気配を断つスキル。これを使い、ほぼ全てのモンスターとの戦闘を回避してきた。故に、体力も気力もまだ十分に残っている。

 

 だがもうひとつ──彼女自身も怪しんでいる要因も絡んでいた。

 

「(またモンスターの死体……やっぱり、私以外に誰かいる?)」

 

 自分の行く先にいるモンスターが全て、既に倒されていたのだ。

 不眠不休で洞窟を進むのは流石に骨が折れるので、彼女は『特別な方法』で数日ダンジョンを離れ、つい先程戻ってきて探索を再開させたのだが……以降、彼女を阻むモンスターが現れなくなった。見つけたとしても、既に地面でのびている状態だった。

 モンスターの死体には何かで殴られたような跡と、鋭利な刃物で刺されたような跡が。モンスターか冒険者か不明だが、何者かが自分より先に進みつつ、モンスターを倒しているのは確かだ。

 

「(おかげで探索が楽になってるからありがたいけど……一体誰が?)」

 

 奥まで光の届かない洞窟を、彼女は松明をつけて歩く。現在、彼女は『潜伏』を解いているのだが、それでも敵は襲ってこない。

 もしかしたら今日、どこかの誰かさんのおかげで最深部に辿り着き、最終目標のお宝回収もやり遂げられるかもしれない。クリスは期待に胸をふくらませつつも、緊張は解かずに歩き続ける。

 

 と──その時だった。

 

「グォオオオオオオオッ!」

「ッ!」

 

 突然、謎の咆哮が聞こえたと同時に、地面が激しく揺れ動いた。思わずバランスを崩してクリスは尻餅をつく。何事かと思い顔を上げると、先程まで暗闇一色だった道の先から、眩い光が差し込んでいた。

 この先に何があるのか。怖くないといえば嘘になるが、それ以上に知りたかった。クリスは息を呑み立ち上がる。『潜伏』を使い、壁に手を伝いながら慎重に足を進めていった。

 

 歩みを進めるごとに、奥から差し込む光が強く輝く。クリスは松明を消してから、目を細めて進み続け、光の先にあった光景を見て──言葉を失った。

 

「……えっ?」

 

 道を抜けた先に広がったのは、広大な円形の空洞。彼女の立つ場所から先は道が続いておらず、数十メートルはありそうな崖の下に地面が。まるでダンジョンのボスが待ち受けていそうな空間。

 否、まさにその通りだった。先程の咆哮を上げたであろうボスが、そこにいた。

 体長はおよそ20メートル以上。禍々しい両角と天色の鱗に純白の翼膜を持つ、青白く神々しい光を放つ怪物──特別指定モンスターであろう『ライトニングドラゴン』が、翼をはためかせて飛んでいた。

 対面しただけでも肌で感じる、圧倒的な威圧感。相対する者全てを一瞬で滅ぼしかねない満ち溢れた魔力。よほど力と経験を身につけた冒険者でない限り、かの者を見ただけで足がすくみ、恐怖で身体が動かなくなるだろう。

 

 

 しかし、クリスが驚いたのは『それ』ではなかった。

 

「嘘!? ソロの冒険者!?」

 

 彼女の視線の先にいたのは、高レベルの冒険者が束になっても勝てないと言われていた怪物に、たった一人で戦っている、青いコートを身にまとい、白く光る籠手と具足という見たこともない武器を装備して戦う、銀髪の男。

 恐らく彼が、この洞窟にいる道中のモンスターを狩ってくれたどこかの誰かさんだろう。自分よりも早く最深部へ辿り着き、特別指定モンスターと一戦交えているのだと。

 

「(あの人は……)」

 

 特別指定モンスターにソロで挑むなんて、命知らずだと皆は言うだろう。何もできずに瞬殺されるのがオチだと。

 だが彼女は、ドラゴンと真正面から対峙している彼の戦いを、静かに見守った。

 

 

*********************************

 

 

「ギュオオオオオオオッ!」

「──フッ!」

 

 空気が揺れるほどの大咆哮をドラゴンが上げると、地面にいくつもの青白い光がうっすらと映し出された。次の瞬間、そこへ大きな音を立てて青白い雷が。ドラゴンと対峙していた銀髪青コートの男──バージルは、華麗な身のこなしでそれを避ける。

 絶え間なく放たれる雷に気を取られていると思ったのか、ドラゴンは翼を二度はためかせてから、バージルに突撃した。ドラゴンは口を開き、彼を噛み砕こうと鋭い牙を向ける。

 

「ハァッ!」

 

 しかしバージルはそれを許さない。ドラゴンが背後に迫ってきた瞬間、彼はベオウルフによる右回し蹴りを繰り出し、ドラゴンの顔面にぶつけた。手痛い反撃をもらい、ドラゴンはバージルの左方向に吹き飛ばされる。そこへ、バージルは自身の周りにドラゴンへ剣先を向けた『急襲幻影剣』を出現させ、同時に地面を蹴り、ドラゴンめがけて飛びかかった。

 幻影剣はドラゴンに向かって真っ直ぐ飛んでいったが、全て敵の雷によって砕け散る。バージルはベオウルフで更なる追撃を仕掛けようとするが──。

 

「グォオオオオオオオオオオオオッ!」

「ヌゥ……ッ!」

 

 ドラゴンは再び吠えると、自身を包み隠すように円球の光を身体から放った。防御と攻撃を兼ね備えた技を食らい、バージルは咄嗟に防御するも地面へ吹き飛ばされる。

 彼は空中で体勢を立て直し地面に着地したが、仕返しとばかりにドラゴンが追撃を繰り出した。

 突如、バージルの立つ場所から半径10メートル範囲の地面が光り──雷を纏う光の中に彼は飲まれた。

 どんなに強いモンスターであろうと、大勢で攻められようとも、以前現れた人間達も、この技で全て葬り去った。ドラゴンは勝利を確信したのか、追撃をせずに光が弱まるのを待つ。

 

 しかし、光の中から現れたのは丸焦げの死体ではなかった。

 

This may be fun(楽しめそうだな)

 

 光に飲まれた筈の男は平然と立っており、あまつさえ楽しそうに笑っていた。

 これまで戦ってきたモンスター、人間とも違う。得体の知れない敵を見て恐怖を覚えたのか、はたまた久々に骨のある奴だと感じて楽しくなってきたのか。ドラゴンは再び大咆哮をあげた。

 

 

 ──鍛治屋から去った後、バージルは冒険者ギルドにて洞窟採取クエストを受注。彼は洞窟内を進み、ゲイリーの言っていたダンジョン『修羅の洞窟』を見つけると、迷うことなく中に入った。武器も防具も装備せず、ピッケルを背負って修羅の洞窟に入る姿は、冒険者からしたら自殺志願者にしか見えなかったことだろう。

 バージルは採掘そっちのけで、修羅の洞窟を猛スピードで攻略し始めた。序盤の低レベルモンスターは瞬殺。高レベルモンスターも難なく殴り倒してきた。そうして辿り着いた最深部であったが──。

 

「(まさか、空想の存在と相まみえるとはな)」

 

 待ち受けていたのは、彼が元いた世界でも空想の種族でしかなかったドラゴン。思ってもみなかった展開に、バージルは珍しく心を躍らせていた。

 相手もドラゴンと呼ぶに相応しき力を持っており、道中にいたモンスター達とは一線を画す。元いた世界の上級悪魔にも引けを取らないかもしれない。

 だからこそ狩ってみたい。バージルはドラゴンに幻影剣を放ちつつ、雷の攻撃をかわしながら、冷静に勝つための手段を考える。

 ドラゴンは先程まで宙を舞って飛び道具を放ち、隙を見て突撃をしてきた。が、先程の回し蹴りによる反撃を食らったからか、ドラゴンは近づくのを警戒し、雷でしか攻撃してこない。バージルも対抗して幻影剣を飛ばしているのたが、ドラゴンの身体に刺さる前に、幻影剣は雷によって壊されていた。

 

「(刀と剣があればいくらでも近づく手段はあるが、今の武器はベオウルフのみ。幻影剣は奴に届かない……ふむ)」

 

 今持ち合わせている力でどう立ち回るか。どう攻撃を与えるか。戦いながらバージルは考え続ける。そして彼は、ひとつの策を思いついた。

 

 

「(『奴』にできるのであれば、俺ができない道理はない)」

 

 それは、修羅の洞窟でベオウルフを使い続けている内に考え始めていたこと。実践するのは初めてだが、やる価値はある。バージルはやるべきことを決め、空中で雷を放ち続けているドラゴンを睨みつけた。

 

 

*********************************

 

 何度も雷を放っているのに、全て避けられてしまう。このままではこちらの力が尽きてしまう。そう考えたドラゴンは、一気にケリをつけることにした。

 ドラゴンは雷を放つのをやめ、口の中に己の魔力を溜め始める。何かが来ると感じたのか、相対する男は攻撃の手を止め、様子を伺っている。

 魔力を溜めに溜めた後、ドラゴンは地上に向けて超圧縮された雷弾を放った。男を狙わず、真下に放たれた雷弾は猛スピードで飛び、地面に当たる。

 

 瞬間──地面は青白い光で包まれた。陸に立つ者全てを一撃で葬り去る、ドラゴンの超範囲技。地面に足をつけている者は例外なく、雷を浴び丸焦げにされる。

 しかし男はすぐさま地面を蹴り、飛び上がってこれを回避。そして空中で右手を後ろに下げると、彼の右手が輝き出した。

 

「フンッ!」

 

 彼が右手を前に突き出した途端、先程の雷弾に匹敵する弾速で、光の弾が飛んできた。ドラゴンは避けられず顔に直撃。しかし、大したダメージではなかった。ドラゴンは顔を振ると、目を開けて前方を確認する。

 

 

 ──ブスリと、何かが突き刺さる音がした。

 

「──ッ!? ギュオオオオオオオッ!?」

 

 痛々しい音が聞こえたと同時に、ドラゴンの左目は視力を失った。刺さっていたのは──金色に輝く採掘道具。

 

 バージルは、ベオウルフによる光弾(ゾディアック)で目くらましを仕掛け、ピッケルをドラゴンに向かって投げ飛ばしていたのだ。ピッケルはブーメランの如く回転し、精密なコントロールによってドラゴンの左目に突き刺さった。ドラゴンが前を見た時には、既にピッケルの先端が目先まで迫っていたため、避けようがなかったのだ。

 いくらドラゴンといえども、目を攻撃されるのは痛手だった。

 

「ハァッ!」

 

 怯んだドラゴンを見たバージルは『トリックアップ』でドラゴンより高い位置に移動し『流星脚』を繰り出した。ドラゴンは目に負ったダメージに気を取られ回避することができず、顔面に一発食らう。だが、まだ終わらない。彼は蹴りを当てると同時にドラゴンの頭を踏みつけて飛び上がり、再び『流星脚』を繰り出した。何度も何度も何度も何度も──『エネミーステップ』による連続流星脚を、容赦なくドラゴンに浴びせた。

 数発食らわせたところで、彼はドラゴンの目に突き刺さっていたピッケルを抜き取り──。

 

Take this(砕け散れ)!」

 

 空中で『月輪脚』を繰り出した。勢いの乗ったカカト落としがドラゴンの頭に直撃し、常に空中に舞っていたドラゴンは地面に叩きつけられる。

 巨大な身体が地面に打ち付けられ、洞窟内が激しく揺れる。その傍らでバージルがドラゴンの顏前に着地すると、身の危険を感じたドラゴンは力を振り絞ってすぐさま飛び立とうとする。

 

Don't move(動くな)

 

 が、逃すまいとバージルは先手を打った。『五月雨幻影剣』をドラゴンの上から降らせ、地面に固定させる。身動きが取れず困惑するドラゴンの前で、バージルは左手を後ろに下げ、魔力を溜める。

 

「フンッ!」

 

 左手の篭手が一瞬光った瞬間に、バージルは拳を当てた。ベオウルフの力を最大限まで溜めた一撃。あまりの衝撃に、再び洞窟内が揺れる。しかしまだ終わらない。

 

「ハァッ!」

 

 続けて、同じく最大まで力を溜めた右ストレート。そして流れるように二段蹴りを食らわせた。彼の攻撃が当たる度に、洞窟内が揺れ動く。

 彼の連続攻撃が終わった瞬間、ドラゴンを縛り付けていた幻影剣が砕け散った。強力な連撃だったが、まだ体力は残っていたドラゴンは再び飛び立とうとしたが、遅かった。再び『五月雨幻影剣』がドラゴンに降り注ぎ、その場に縛り付けられる。

 その傍ら、バージルは姿勢を低く落とすと、右拳にこれでもかと魔力を溜め──。

 

Vanish(消し飛べ)!」

 

 二度光った瞬間、バージルは二発の連続アッパー(ドラゴンブレイカー)を放った。下級悪魔なら一撃で、上級悪魔でも数発で仕留められるベオウルフの溜め攻撃。それを全て顔面に食らったドラゴンが、無事で済む筈がなかった。身体に刺さっていた幻影剣が砕け散った後、ドラゴンは力なくその場に倒れる。

 まだ辛うじて生きていたが、立ち上がる力はもう残されていない。朦朧とする意識の中、ドラゴンは残った右目でバージルを見上げる。バージルはベオウルフを消すと、幻影剣を一本出現させて左手に持ち──。

 

This shall be your grave(これが貴様の墓標だ)

 

 ドラゴンの右目へ、深く突き刺した。そして、微かに残っていたドラゴンの命の灯火は──消えた。

 

 

*********************************

 

 

 ドラゴンとの戦いが終わり、バージルは一息吐く。強いモンスターがいると聞いて入った修羅の洞窟。道中はあまり強いモンスターがおらず拍子抜けしていたが、最後のドラゴンは別だった。久しく骨のある者と戦えて、彼は少し満足感を覚える。

 

 今回試した、ベオウルフの溜め攻撃──それは、ダンテが見せていた戦い方を真似たものだった。光弾による飛び道具も同じだ。拘束技となった『五月雨幻影剣』は、漆黒の騎士として戦っていた経験をもとに編み出したものだ。

 新たに技を生み出すことに成功し、自分の技術にはまだ先がある。まだ力を求めていけることを感じたバージルは、独り笑う。

 

「(奴の真似事をしてしまったのは不服だが──)」

「君凄いね! ドラゴンを一人でやっつけちゃうなんて!」

「──ッ!」

 

 憎たらしい弟の顔を思い浮かべていた時、不意に後ろから声が聞こえてきた。バージルはすぐさま後ろを振り返る。知らぬ間に背後に立っていたのは、線の細い身体に銀髪、右頬に傷跡があり、アメジストのような紫色の瞳を持つ女性。

 

「見てたよ! 何あの武器!? 見たことないヤツだったけど──」

「動くな」

 

 こっちに歩み寄ろうとしてきた女性に、バージルは言い放つ。彼女の周りには、既に幻影剣が設置されていた。少しでも不審な動きを見せたら突き刺すと警告するかのように。

 

「答えろ。貴様は何者だ? いつからそこにいた? 何故ここにいる?」

 

 気配は全く感じなかった。どうやって彼女は接近したのか。得体の知れない女を前に、バージルは警戒心を高めて問いかける。

 彼の質問を聞いた女性は納得した表情を見せると、幻影剣の脅しに臆することなく答えた。

 

「ごめんごめん。『潜伏』を解き忘れてた。えっと……アタシの名前はクリス。アクセルの街に住む冒険者だよ。職業は盗賊。君がアタシに気がつかなかったのは、盗賊のスキル『潜伏』を発動していたから。この洞窟に来たのはお宝探しの為だよ」

 

 銀髪の女性──クリスはキチンとバージルの質問に答える。ポケットから一枚のカードを取り出すと、ほらっ、と言ってバージルに見せた。

 それは、バージルが持っている物と同じ冒険者カード。偽造はできないとギルドから言われ、本でもそう書かれている。

 

「『潜伏』だと?」

「そう。盗賊が覚えられるスキルのひとつ。周囲から気配を消すことができるんだ。この洞窟じゃ強力なモンスターがいるから、なるべく戦闘を回避するために使っていたんだ。勿論、さっきのドラゴン相手にも使うつもりだった。そしたら、既に君が戦ってたからビックリしたよ。ヤバイ雰囲気だから、巻き込まれないよう気配を消してたんだけど……」

 

 クリスは隠すことなく『潜伏』について話す。得体の知れない女だったが、彼女からは殺意を感じられない。幻影剣を前にして臆さない態度は気になるが……特別警戒する必要はないだろう。

 そう考えたバージルは、彼女に向けていた幻影剣の剣先を下に向けて地面に突き刺す。少し間を置いて幻影剣は砕け散った。信用してくれたと思ったのか、クリスはニコッと笑う。もっとも、彼はほんのちょっぴり警戒心を解いただけで、少しでも不審な動きを見せたら幻影剣で刺し殺すつもりだったが。

 

「アタシがここに来るまでの道中、ほとんどのモンスターが倒されていたんけど……あれってもしかして、全部君が?」

「……そうだ」

「かなり高レベルなモンスターだった筈だよ? よくソロで倒しきれたねー。あまつさえ特別指定モンスターも倒しちゃうなんて……君のレベルっていくつ?」

 

 クリスにレベルを尋ねられた彼は、口で説明するより見てもらったほうが早いだろうと思い、懐から取り出した自分の冒険者カードを彼女に見せる。

 

「どれどれ……うぇえっ!? こ、このレベルで最深部まで来たの!? ていうかステータス高っ!? しかもまだ冒険者になって一日しか経ってない!?」

 

 クリスは腰を曲げて顔をカードに近づけると、受付嬢やゲイリーと同じ反応を見せた。バージルは特に何も言わず、懐へカードをしまおうとする。

 

「(……? どういうことだ?)」

 

 そこで自身の冒険者カードを見たことで、今と修羅の洞窟に入った時――そのレベルが一切変動していないことに気付いた。

 あれだけモンスターを倒し、あまつさえ特別指定モンスターと思わしき敵も討伐した。なら、経験値が上がっていてもおかしくない筈。なのにバージルのレベルは、ダンジョンへ入る前と何ら変わっていない。

 何故なのかとバージルは疑問に思ったが、今は判断材料が少ない。ひとまずこのダンジョンがそういうものなのだということにし、それ以上は考えなかった。

 

「ふーん、なるほどねー……」

 

 バージルは懐に冒険者カードをしまうと、前にいる彼女は考える仕草を見せ、バージルを興味深そうに見つめていた。警戒心は未だ解かず、バージルはクリスを睨みつける。若干目障りにバージルが思う中──クリスは、突然こんなことを提案してきた。

 

 

「ねぇ君。アタシと仲間にならない?」

「……何だと?」

「うん! アタシとパーティーメンバーになろうよ!」

 

 彼女が持ちかけてきたのは、パーティーへの勧誘。彼の戦闘力を間近で見て、是非とも仲間に引き入れたいと思ったのだろう。

 そしてバージルは、未だこの世界に詳しい仲間を持たない。世界について知るためには、是非ともこの世界の仲間が欲しいところだが──。

 

「断る。俺は誰とも馴れ合うつもりはない」

 

 これを彼は即答で断った。悪魔として生き始めた頃から、彼は常に一人で生きてきた。互いを助け合うために徒党を組んだことなど一度もない。あっても一時休戦かその場だけの共闘、利害一致の同盟など。

 これからも、仲間を得ることはハナから考えていなかった。それでも彼女がしつこく食い下がろうとするなら、あの女騎士にやったように追い払うまで。そう考えながら、バージルはクリスの反応を待つ。

 

 

「うーん……じゃあ、協力関係ってのはどう?」

「何っ?」

 

 しかし彼女は、バージルにとって予想外の提案をしてきた。仲間ではなく協力関係。彼女が敢えてそう言い換えた時点で、バージルに提案した二つの意味はまるで違うことが伺える。

 

「アタシ、冒険者をやってる一方で、ちょくちょく今日みたいにお宝探しをしてるんだ。ただ、お宝が眠っているところには危険な場所も多くって……でも君が一緒なら、そんな危険もなんのその。お宝集めがよりスムーズになると思うんだ。と同時に、君にもメリットがある。冒険者になりたてってことは、まだ知らないことも多いでしょ? そんな君に、アタシが色々と教えてあげちゃおうってわけ。お宝探しを手伝ってくれる代わりにね。どう?」

 

 クリスは協力関係における互いのメリットを話す。協力関係と言えば聞こえはいいが、彼女が話したその実態は、バージルの力とクリスの知識を互いに利用するというもの。この提案を受けたバージルは、先程のように即答はせず、考える仕草を見せる。

 

 彼女のレベルを見る限り、見た目は若いが長いことアクセルの街で冒険者をしていると思われる。オマケに盗賊としてお宝を探しているのであれば、アクセルの街以外にも様々な場所に訪れている筈。この世界についての情報量は期待できる。

 

「……いいだろう、女。貴様の誘いに乗ってやる」

 

 彼女の持つ情報量が、彼女のお宝探しの手伝いをするのに相応しい対価であると判断したバージルは、クリスと協力関係を結ぶことにした。また、相手のことを利用しようとするその姿勢。あの女騎士よりも少し好感が持てていたのも理由の一つだった。

 バージルが提案を呑んでくれたのを見て、クリスはニコッと笑──ってはおらず、何故か不服そうに頬を膨らませていた。彼女の反応を見て、バージルは首を傾げる。

 

「クーリース。相手を呼ぶときは、ちゃんと名前で呼ぶように」

「ムッ……」

 

 既視感を覚えるやり取りに、バージルは少し戸惑いを見せた。

 

 

*********************************

 

 

「ところでバージル。背中にピッケル背負っているけど、採掘もしに来てたの?」

 

 協力関係を結んだ後、クリスは不思議そうにバージルが背負っているピッケルを見ながら尋ねてきた。いつの間に名前を知ったのかと疑問に思ったが、先程彼女に冒険者カードを見せていた。その時に見たのだろうと彼は思い、話を進めた。

 

「この紙に書かれた鉱石素材を得るために、洞窟へ来ていた。修羅の洞窟に入ったのはついでだ」

「さ、採掘のついでに特別指定モンスター倒しちゃうんだ……えーっとどれどれ……」

 

 たかだか数個の鉱石採掘に来たオマケで倒されてしまった、彼の背後で倒れるドラゴンを哀れみながらも、クリスはバージルが見せた、鉱石素材の名前と個数が書かれた紙を覗き込む。

 

「あっ! この鉱石が取れる場所ならアタシ知ってるよ!」

「何っ?」

 

 採掘に関してはほとんど知識はない。さてどう探したものかとバージルが考えていた時、クリスが思わぬ朗報を口にした。

 

「これ取るなら、まず修羅の洞窟から出なきゃだね……こっからならアイテム使ったほうがいいか。ちょっと待ってね」

 

 そう言うとクリスは、懐から青く光を放つ綺麗な結晶を取り出す。元いた世界では見たこともない結晶だった。様々な色の種類があるぶちゃいくな血の結晶はあったが。

 

「それは?」

「使った人をワープ可能な場所まで運んでくれるワープ結晶だよ。高いけど超便利なアイテムとして有名なんだ。それじゃあバージル、アタシの肩に手を置いて」

 

 聞いてみれば、かなり利便性の高いアイテムだと知り、バージルは興味深そうに結晶を見つめる。もしかしたら、これから役立つアイテムになるかもしれない。

 クリスに促され、バージルは彼女の肩に黙って手を置く。それを確認したクリスは、空いた手をドラゴンに当てつつ、手にしていた結晶を天に掲げた。

 

「それじゃあ、外の草原フィールドまでワープッ!」

 

 そのまま彼女が口にした瞬間、青く光っていた結晶はよりいっそう光を増し、バージルとクリスを青い光で包み出す。

 そして──二人の姿と倒れていたドラゴンの死体は影も形もなくなった。

 

 

*********************************

 

 

 クリスと洞窟から脱出した後、バージルはクリスと共に本来の目的であった鉱石採掘をようやく始めた。

 彼にとって人生初の採掘。華麗な採掘姿を見せてくれる……と思いきや、ドラゴンとの戦いで見せた動きは何処へやら。姿勢はいいのだが、どこかぎこちない動きでピッケルを使う彼の姿は、スタイリッシュとはかけ離れていた。言うなればモッサリッシュといったところか。モッサリッシュ採掘を見せるバージルの姿はあまりにギャップが激しく、クリスは笑いを堪えきれなかった。

 

 無事採掘を終えた後、二人は洞窟から出ると、既に外は真っ暗になっていた。バージルが洞窟に入った時から、いつの間にか丸一日経っていたのだ。もっとも、たった一日で修羅の洞窟を攻略したこと自体が、冒険者からすれば有り得ない話なのだが。

 

 二人はドラゴンを草原地帯に残し、ギルドに戻る。どうしてドラゴンも連れてきたのか尋ねると、クリスは「報酬には、報酬金と共にモンスターの買取額が支払われる。そのためには、ドラゴンの死体をギルドが回収しなきゃいけない。だから、わざわざギルドが修羅の洞窟に潜らなくてもいいように、あの時ドラゴンも一緒にワープさせた」と答えた。

 その後、受付嬢にクエストをクリアしたことを報告。採掘クエストに行ったかと思えば、まだ冒険者になって日が浅いにも関わらず、特別指定モンスターを狩ってきた報告を受け、受付嬢は声に鳴らない悲鳴を上げた。

 前回のジャイアントトードの時と同じように、ドラゴンの死体の回収に時間がかかると踏んだバージルは、明日報酬を取りに来るとだけ言ってカウンターから離れた。受付嬢は冒険者に声をかけられるまで固まっていたという。

 

 クエストクリア報告を終え、二人はギルドから出た。その途中に見た掲示板に、クリスも思わず苦笑いをしてしまうような、逆に引っかかる奴を見てみたいぐらい、もの凄く怪しいパーティーメンバー募集の紙が貼られているのを見かけたが、バージルは気にも止めなかった。

 外はもうすっかり真っ暗闇。良い子はもう夢の中にいる時間。鍛冶屋は既に閉めているだろうと思い、バージルは素材をゲイリーに渡すのは明日にして、今日は宿泊施設で泊まることにした。

 

 

「じゃーねー! お宝探しの時はよろしくー!」

「あぁ」

 

 元気よく手を振って別れの言葉を告げるクリスに、バージルはそれだけ言って彼女から背を向け、振り返ることなく歩き続ける。

 遠くへと離れていく彼の背中。クリスは振っていた手を止めると、街中に消えていく彼に向けて呟いた。

 

 

 

「大罪人の貴方が、この世界にどのような影響をもたらすのか……見させてもらいますよ」

 




このすばとクロスオーバーしている筈なのに、このすば成分がクリスしかない件。


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第4話「このソードマスターに刀を!」

 修羅の洞窟を攻略した翌日、バージルはギルドへ赴き受付嬢のもとへ。受付嬢は、驚きのあまり固まって渡しそびれてしまったジャイアントトード、また雷撃の龍(ライトニングドラゴン)討伐の報酬金とドラゴンの素材──それらが入っている二つの大きな鞄を渡した。

 

 バージルが修羅の洞窟をクリアし、特別指定モンスターを討伐したことは既に街中の噂になっていた。昨日、固まっていた受付嬢が我に返った後、冒険者達へその事実を話したが、彼は冒険者になってまだ二日目。いくらジャイアントトードを短時間で大量に狩った男でも、流石にそれは無理だろうと、冒険者達は信じなかった。

 

 が──街の城壁付近に搬送されたドラゴンの死体を見せられ、否が応でも信じざるをえなかった。冒険者達は是非ともバージルをパーティーに引き入れたいと考えたが、彼の近寄りがたい雰囲気を前に一歩踏み出せず、結局誰も話を持ちかけようとはしなかった。

 

 冒険者生活を始めて、たった二日で大富豪となったバージル。報酬金と素材が入った大きな鞄を受け取った彼は、早速鍛冶屋へと出向いた。指定された鉱石だけでなくドラゴンの素材、更には前金にしては多すぎる金を渡すと、ゲイリーはあまりにも驚いて昇天しかけたという。

 しばらくして意識が戻ったところで、ゲイリーは仕事を開始。特別指定モンスターの素材を使える上に、久々の刀作り。ゲイリーはバージルに「一日待ってくれ」と告げ、鍛冶場に篭もり始めた。預かっていたピッケルを返そうとしたが、ゲイリーはスペアを持っていたのか、くれてやると言ったため、バージルはありがたく貰うことに。

 

 その後、バージルは有り余る金を使い、住居の準備に取り掛かった。

 駆け出し冒険者の街と言われているが、煉瓦でできた道と建物、自然の残った街並み。この街独特の雰囲気をバージルは気に入っていた。また、ここにはゲイリーの鍛冶屋もある。刀を作り終えた後も、修復や強化で世話になるかもしれない。ならば、ここを拠点とするのも悪くない。

 そうと決めたバージルは、街中を歩いて見つけた建築業者に、家を建てるよう依頼。札束をポンッとくれてやると、睨みつけていた業者はコロッと表情を変え、喜んで引き受けた。家が建てられる場所は、郊外の自然溢れる場所。隣には広い庭を持つ巨大な無人屋敷がポツンと建てられていたが、バージルは気に止めなかった。

 

 

*********************************

 

 

 報酬を得た日から翌日──そろそろ刀が完成したであろうと、バージルは鍛冶屋に向かっていた。

 

 

「おぉっ! 当たりも当たりっ! 大当たりだぁあああああああああっ!」

「いやぁああああっ!? ぱ、パンツ返してー!?」

「イィィイイイイイイイイイヤッハァアアアアアアアアッ!」

「な、なんという鬼畜の所業! やはり私の目に狂いはなかった!」

 

 

「(今の声……クリスか?)」

 

 鍛冶屋へ向かう途中、聞き覚えのある声を耳にしてバージルは足を止める。何やら悲鳴を上げていたように聞こえたが──。

 

「(まぁいい。俺には関係のないことだ)」

 

 クリスとは、あくまで協力関係。プライベートにまで首を突っ込むような馴れ合いをするつもりはなかった。彼は再び足を進め、寄り道せずに鍛冶屋へと向かった。

 

 

*********************************

 

 

「ゲイリー。どうなった?」

 

 鍛冶屋に到着したバージルは、ゲイリーを呼びながら鍛冶場を覗き込む。視線の先には、初めて出会った時と同じように、パイプをふかして座っていたゲイリーが。ゲイリーは彼と目を合わせると、待ってましたと言わんばかりに笑った。

 

「完成したのか?」

「あぁ、ちょっと待ってろぃ」

 

 よっこいせと重い腰を上げ、ゲイリーは鍛冶場の奥へ。間を置いて、彼は一本の鞘に納まれた剣を両手で支えながら現れ、それを作業机の上に置いた。バージルは机に近づき、机上に置かれた剣をまじまじと見つめる。

 青い表面に白いひし形が並べられたデザインの柄と紺碧の鍔。天色の鱗で作られた鞘に純白の下緒。彼は柄と鞘を握り、おもむろに持ち上げると少し引き抜いて刀身を見た。銀色に輝く刃が、バージルの青い目を映し出す。

 

「おめぇさんが持ってきた鉱石とドラゴンの素材をふんだんに使って、じっくりと作らせてもらったぜ。お陰で雷属性を付与できた。どう使うかは、おめぇさん次第だ」

 

 刀身を鞘に納めると、横でゲイリーが自慢げに鼻を鳴らした。刀からは、あの時狩ったドラゴンの力をひしひしと感じる。偶然にもその感覚は、彼が所有している悪魔の魂が宿った『魔具』と似ているように思えた。

 

「勿論おめぇさんの要望通り、より固く、より切れるようにしている。カタナを作るのは久しぶりだったが、中々イイもんができたと思うぜィ……っておい? どこ行くんだ?」

 

 ゲイリーが刀について説明している中、バージルは左手で鞘を持ち、黙って鍛冶場から出た。不思議に思ったゲイリーはすぐさま彼を追いかける。

 庭の中心に立っているバージル。一雨きそうな空の下、横から風が吹き抜ける。後方でゲイリーが静かに見守る中、バージルはゆっくりと柄に右手を添え──。

 

「フッ!」

 

 彼は素早く、かつ滑らかに刀を抜き、斜めに斬り下ろした。その姿勢でしばし静止した後、彼は刀を振り回す。力強く、速く、滑らかに……ただデタラメに振り回しているのではないと、ゲイリーにも伝わっていた。彼が、刀の使い手だということも。

 ひとしきり振った後、バージルは最後に刀を右へ振り抜く。彼の剣技に呼応するように、刀身に青白い雷が走る。バージルは刃を鞘に当てると両目を閉じ、慣れた動作で刀身を鞘に納めていく。鍔と鯉口がかち合う音を立て、刀身は鞘の中へ。

 

「──悪くない」

 

 バージルは目を開き、刀を実際に振ってみた感想を口にした。

 これに自身の魔力を上乗せすれば……流石に閻魔刀には劣るが、それでも悪魔を一刀両断するには申し分ないだろう。この刀ならば自分の力に、技について来られるだろう。

 

「気に入った。この刀を買わせてくれ。いくらだ?」

「あんな剣舞を見せられたんだ。おめぇさんにはタダでやるぜっ! ……ってカッコイイこと言いてぇところだが、生憎こちとら商売でやってるからなぁ……まぁでも、前金で受け取った二十万エリスで十分だな」

 

 支払いは前金で得た金で十分だとゲイリーは話す。支払おうとしていたバージルは、懐から取り出していた茶色い金袋を再びしまった。

 彼の左手には、一本の刀。魔帝に敗れたあの日から覚えていた空虚感が消えたのを感じ、バージルは珍しく笑みを見せる。とそこへ、ゲイリーがパイプをふかしながら尋ねてきた。

 

「んで、その刀の名前は何にすんだ?」

「……名前?」

「大抵の冒険者は、自分が愛用する武器には名前をつけているぜ。意味を込めたもの、語感で決めたもの、面白可笑しな名前をつけるのもアリだ」

 

 武器の名前──その話を聞き、バージルはふと昔のことを思い出した。

 彼の父、スパーダが相棒として使っていた剣は勿論のこと、彼が愛用していた二丁拳銃にも名前はあった。幼い頃はその意味がわからなかったが、成長して知識を得たことで、拳銃の名前にも意味があったことを知った。

 もしかしたら、この世界では新たな相棒になるかもしれない刀。名前を付けておくのも悪くないだろうと思い、バージルは早速名前を考え始めた。

 名は体を表す──以前使っていた相棒、閻魔刀はその名に恥じぬ力を持っていた。バージルは顎に手を当て、この力に見合う良い名前は何かないかと模索する。

 

 そんな時──昔読んだことのあった、とある国の神話に出てきた武器の名前が頭に過ぎった。

 

 

「──アマノムラクモ」

「おんっ? むらくも?」

 

 バージルは静かに、思い浮かんだ名前を口にした。聞き慣れない名前を耳にして、ゲイリーは首を傾げる。何故この名前なのか説明するために、彼は武器の名前に由来する、とある神話について話し始めた。

 

「俺の世界……いや、ここから遠い位置にある国のおとぎ話に、ヤマタノオロチ伝説というものがあった。ヤマタノオロチとは、八つの首を持つ大蛇……(ドラゴン)と言ってもいいだろう」

「ほぉー、八つ首のドラゴン……聞いたこともねぇ怪物だな」

「そいつは強大な力を持っていた。その国を支配する程のな。しかし、とある一匹の狼と一人の勇者によって倒された。狼の頭には、小さな虫がいたと聞く」

「へぇ、一匹と一人でねぇ……」

「その時だ。ヤマタノオロチの死体から、一本の剣が出てきたそうだ。剣には雷の力が宿っていた。剣の名は──天叢雲劍(あまのむらくものつるぎ)

「なるほど。そこから取ったってわけかィ」

 

 ドラゴンを素材にした、雷の力を持つ刀。連想した先に、かつて世をあまねく照らしたと言い伝えられている太陽神が使っていた、三種の神器と呼ばれる物の一つ──天叢雲劍を、バージルは思い浮かべたのだった。

 

「雷の力を持った刀……雷刀アマノムラクモか。それっぽい名前でワシはいいと思うぜ。んじゃ早速襲名といくか」

 

 ゲイリーはポケットから一枚の白い紙を取り出すと机に置き、ペンで名前を書き記す。そして紙を刀の柄に貼り付けると、紙は瞬時に燃え、紙に書かれた文字を柄に焼き付けた。

 雷刀アマノムラクモ──この世界での、新たな相棒となる刀の名を。

 

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト!』

「ッ!」

 

 と、その時だった。突如、街中にあるスピーカーからけたたましい警報音が鳴り響くと共に、アクセル街の全冒険者達へ向けるアナウンスが流れ始めた。

 

『冒険者各員は、至急正門に集まってください! 繰り返します! 冒険者各員は、至急正門に集まってください!』

「……そうか。もうそんな時期か」

 

 バージルが黙ってアナウンスを聞く横で、ゲイリーはポツリと呟く。バージルは新たに手に入れた刀を強く握り締め、黙って歩き出した。

 

「行く気か?」

「丁度良い機会だ。早速、この雷刀の切れ味を試してみるとしよう」

 

 パイプをふかしながら呼び止めたゲイリーに、バージルは振り返らず応える。行くなと忠告したにも関わらず、真っ先に修羅の洞窟へ入った男だ。どうせ止めようとしても無駄だろう。そう思ったゲイリーは、一言だけバージルに告げた。

 

「奴らは強ぇぞ」

「願ってもないことだ」

 

 ゲイリーの真剣な眼差し。余程力のあるモンスターが現れたのだろう。バージルは不敵な笑みを浮かべ、鍛冶場を後にした。

 

「さってと……今日は店じまいにするかね」

 

 バージルが立ち去っていくのを見届けた後、ゲイリーはやれやれとため息を吐きながら、鍛冶場の奥へ姿を消した。

 

 

*********************************

 

 

 緊急クエストが発令されてから数分後。アクセルの街正門には多くの冒険者が集っていた。世紀末から来たかのような風貌の男や、ダストとそのパーティーメンバー。中には金髪ポニーテールの女騎士、赤い目を片方眼帯で隠している魔法使い、清楚な印象を受ける水色の髪を持つ女性という、冒険者と言われても違和感がない面子の横に並ぶ、冒険者にしては違和感のあるジャージ姿の男もいた。正門前に立つ彼らは皆、前方を鬼気迫る表情で睨みつけている。

 冒険者達の視線が一箇所に集まる中──人知れず、バージルは正門城壁の上に立っていた。白い下緒で結ばれた刀を杖のように突きたて、冒険者達と同じように前方を見据えている。

 

「(冒険者が束にならなければ勝てない程の相手ということか……面白い)」

 

 彼の下で集まっている冒険者達を見て、更に期待を高める。もしかしたら、あのドラゴンと同じ特別指定モンスターかもしれない。

 恐らく捕獲も視野に入れているのだろう。城壁近くには檻が設置されている。複数あるのを見る限り、敵は一体ではないようだ。

 

「──来たぞ!」

 

 その時、一人の冒険者が皆へ呼びかけるように大声を上げた。正門前に視線を向けていたバージルは顔を上げる。

 遥か前方からは、おびただしいほどの小さな緑が、まるで大群の虫が空を飛ぶように、こちらへと迫ってきていた。その数は優に百を超えているだろう。しかし強大な魔力は感じられない。小さな軍隊アリが巨大な象を殺すように、集団で力を発揮するタイプなのかもしれない。

 あのドラゴンとはまた違った強敵を視界に捉え、バージルは笑う。徐々に敵は接近し、その姿が鮮明に見え始めた。

 

「(集団戦闘か。刀を試すには良い……きか……)」

 

 バージルは──自身の目を疑った。

 遂に捉えた敵の姿。それは丸く、頭から体色と同じ色の羽を生やしている。あのジャイアントトード以上に何を考えているのかわからないつぶらな瞳と、新鮮で美味しそうな淡い緑色の葉と白い茎を持った空飛ぶモンスター。

 

 

 

「キャベキャベキャベキャベ……」

 

 飛んできたのは──紛れもなくキャベツだった。

 

「収穫だぁああああああああああああああああああああああああっ!」

「マヨネーズ持ってこーい!」

 

 冒険者達は一斉にキャベツ目掛けて走り出した。戦争開始の合図であるホラ貝が吹き鳴らされて飛び出す兵士達のように。相手はキャベツだというのに。

 

「みなさーん! 今年もキャベツ収穫の時期がやってまいりましたー! 今年のキャベツは出来がよく、一玉の収穫につき一万エリスです! できるだけ多くのキャベツを捕まえ、この檻におさめてください!」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 ギルドにいた金髪の受付嬢がメガホンで冒険者達に朗報を知らせ、冒険者達は更に士気を上げる。想像もしていなかった展開を前に、バージルは刀を立てたまま、全く動こうとしなかった。否、動けなかった。

 さも当然のように空を飛ぶキャベツ。それらを大将の首を討ち取るかのような勢いで狙う冒険者達。緊急クエストと聞いてどんなモンスターが来るのかと期待してみれば、待っていたのはバージルも思わず真顔になってしまう異様な光景。

 

 スパーダも魔帝も知らない未知の世界だと知り、確かに彼の胸は躍った。修羅の洞窟に潜った時も、歯ごたえのあるドラゴンと戦えた。鍛冶屋に新たな刀を作ってもらった時も、閻魔刀とまではいかなくとも使い心地のいい刀を得ることができた。

 だが、目の前で繰り広げられているキャベツ収穫祭を見て、バージルはこう思わざるをえなかった。

 

 

「(俺は……来る世界を間違えたのかもしれない)」

 




作中に出た「ヤマタノオロチ伝説」は様々な解釈があると思いますが(ぶっちゃけ私はよく知らない)
バージルがいた世界で伝えられていた日本神話の数々は、全てあの「わんこが世を照らした世界」そのまんまです。
なのでバージルが知っている天叢雲劍も、わんこが使っていたものです。


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第5話「このキャベツ祭にスタイリッシュを!」★

 時は少し前に遡る。

 冒険者ギルド内にある酒場一席にて、とある一人の冒険者が、これからの冒険者生活を左右するほどの大事な局面に立っていた。

 

 

「防御力は人一倍高いし、いざとなったら君たちも守ってくれる強い盾になる。よかったら、ダクネスと仲良くしてやってくれないかな?」

 

 柔らかい口調で話すのは、銀髪にアメジストの目を持つ冒険者、クリス。視線の先には、冒険者と呼ぶには違和感を拭えない、実に防御力の低そうな服装を纏う男。

 

 

「た、盾役ですかー。そうですかー。それは強そうですねー。あ、あはは……」

 

 彼の名は、()(とう)(かず)()──通称カズマ。身長は高くもなければ低くもなく、中肉中背に茶髪と茶色い目と、これといって特徴のない男。

 元々彼は『日本』と呼ばれる国に住んでいた、何の変哲もない引きこもり少年だったが……ひょんなことから、16歳という若さで死亡。その死因は、本人的にはできれば触れて欲しくないものだとか。

 死後、彼は女神の導きにより『異世界転生』という、ラノベやゲームでよくある展開で、肉体も記憶もそのままにこの世界へ現れた。

 

 これから多くの仲間と共に戦い、自身の隠された能力を覚醒させ、魔王討伐に向け旅立つ、想像しただけで心躍る異世界ファンタジーが待ち受けているのだろう──が、全ては空想に過ぎなかった。

 

 待ち受けていたのは、日本のブラック企業もビックリな厳しい冒険者生活。

 モンスターが討伐できなければ報酬も得られない上に、パーティーで倒すと報酬金は分配されてしまう。隠された能力は一切無し。無駄に高い運以外は平均以下なステータスだと診断されたカズマが高難度クエストを受けられる筈もなく、低レベルモンスターを狩って少ない賃金を稼ぐことしかできなかった。

 低収入に加え不安定。これならば、厳しいけどアットホームな職場だった土木建築で稼いでいた方がマシだった。

 

 結果、家を買うどころか宿代さえ払うことができず、この世界に来てからずっと格安の宿──馬小屋での生活を余儀なくされていた。冒険者とは。

 

 そんなファンタジーもクソもない悲惨過ぎる冒険者生活に頭を悩ませているカズマだったが……もう一つ、彼を悩ませる種があった。むしろ、こちらが彼にとっては大きな問題だった。

 

 それは──仲間。冒険者にとっての仲間とは、本来お互いを助け合い、高め合い、絆を結んでいくものである。

 が、カズマのパーティーにいる二人の仲間は、助け合うどころか足を引っ張りまくり、高め合おうとせず勝手に突っ走る「絆? 何それ美味しいの?」を地で行く問題児だった。

 

「いいじゃないカズマ。クルセイダーってことは強いんでしょ? 断る理由なんてないじゃないの」

 

 一人目は、カズマの左隣に座っている青い羽衣を着た水色の髪を持つ女性。名はアクア。

 彼女は『アクシズ教』と呼ばれる宗派が崇める女神で、カズマが元いた世界の、日本の年若い死者の魂を導く仕事をしていた。

 何故、女神である彼女が異世界で冒険者をしているのか。その原因は横にいるカズマ──そして(本人は決して認めないが)アクア自身にあった。

 

 死んだカズマと初対面した際、カズマのあまりにもマヌケな死因に耐え切れずアクアは爆笑してしまった。異世界行きを決めて特典を選んでいる時は、ポテチ食いながら退屈そうに待つという舐めくさった態度を取る始末。

 当然、それを快く思わなかったカズマは、ほとんど八つ当たりで特典としてアクアを選び、強制的にカズマと共に異世界転生させられた。紛うことなき自業自得である。また、死者を導く仕事は後輩の天使が引き継いだ。

 

 第一印象は最悪だったが、腐っても女神。もしかしたら頼りがいのある仲間になるかもしれない──と思っていたがそんなことはなかった。

 能力自体は、最初から上位職のアークプリーストになれるほど高かったものの、話は聞かない、調子に乗る、泣き喚く等、主に性格の方に大きな問題を抱えており、終始カズマの足を引っ張っていた。しかも無駄に食べるわ酒は飲むわで、その姿はまさに穀潰し。寝ているアクアの顔を見て、蹴り飛ばしてやりたいとカズマは何度思ったことか。

 女神の品性の欠片もない、カズマ曰く『駄女神』だけでも大変なのだが……もう一人、カズマの頭を悩ませる仲間がいた。

 

「そうですよ! クルセイダーといえば、攻撃と防御を兼ね備えた矛にも盾にもなる上級者向けの職業です! 是非とも仲間にしましょう!」

 

 アクアと対面する形で座っている、黒マントに黒ローブ、トンガリ帽子と典型的な魔法使いの格好をした、黒髪に赤い目を持ち、左目を眼帯で隠している少女──めぐみん。ふざけた名前に聞こえるが、れっきとした本名である。

 彼女は昨日、カズマとアクアが出していた仲間募集の張り紙を見て仲間に志願。高い魔力と知力を兼ね備えたアークウィザードと聞いてカズマの期待は高まったが……蓋を開けば、アクアに負けず劣らずの問題児であった。

 

 彼女は『爆裂魔法』しか愛せない中二病であった。

 『爆裂魔法』──膨大な魔力を消費することで超強力かつ広範囲の爆発を繰り出す強力な魔法。しかし消費魔力が高過ぎる故に、発動すらできないか、発動しても一発で魔力がスッカラカンになるかの二択。魔法に精通している者からもネタ魔法と評価を下さていた。

 その魔法をめぐみんが習得したところ、幸か不幸か、爆裂魔法を撃つことができてしまった。当然、その後彼女は魔力切れを起こし倒れてしまう。魔力が回復するまでは、魔法を放つどころか動くことすらできないお荷物と化す。

 更に、彼女は決して爆裂魔法以外を覚えようとしない。一日一発は爆裂魔法を撃たなければならない身体になってしまうほど、爆裂魔法に魅了されていたのだ。よくもまぁカズマはこのような子を(策略に嵌ったとはいえ)仲間に迎え入れたものである。

 

 話を聞かず突っ走る駄女神に、爆裂魔法を撃てばお荷物になる中二病。このままでは自分の身がもたない。カズマが明日に不安を抱えていた時……そこへ一人の女性が仲間になりたいと現れた。

 

 それが、今カズマの目の前にいる女性──ダクネスである。彼女は昨晩一人でいたカズマにパーティーへ入れて欲しいと声を掛けたが、その時カズマは飲みすぎたと言って話を切り上げた。だが、こうしてまたカズマのもとに姿を見せてきた。

 また、ダクネスと一緒にいたクリスから盗賊スキル『窃盗(スティール)』をカズマが教わった時に、クリスとひと悶着あったのだが……あまりにも破廉恥過ぎる内容であるため、ここでは割愛させていただく。

 

 カズマが引き起こした騒動が落ち着いたところで、再びダクネスをパーティーに迎え入れるか否かで話し合いが始まったのだが、彼女の職業は攻守を兼ね備えた上級者向けの職業、聖騎士(クルセイダー)。相当な実力がなければ就けない職業だと、一緒に話を聞いていたアクアとめぐみんも知っていたため、二人はダクネス加入に賛成していた。

 

 しかし、この場でカズマだけが回答に迷って──否、既に答えは断ることを決めていた。

 

「(お前らは知らないからそう言えるんだ! この人の……どんな恥辱プレイにも快感を覚えてしまう、隠された本性を!)」

 

 彼は知っていた。ダクネスは、真性のマゾヒストであると。

 昨晩、ダクネスがカズマへパーティーに入れて欲しいと志願したのは、彼女が偶然街でグチョグチョに濡れている美少女二人を連れたカズマを見て、一体どんなプレイを二人にしたのか、自分もされてみたいと思ったから。仲間になりたいと言いながら、顔が恍惚に歪んでいるダクネスを見たカズマは、瞬時に彼女がどういう人間なのかを察した。彼女も、アクアやめぐみんと同じ問題児にしかならないと。

 その為、カズマは昨晩やんわりと断ったのだが……彼女には全く伝わっていなかったようだ。

 

「(これ以上俺のパーティーに問題児は不要! 過労死で俺が死ぬ!)」

 

 たとえ周りが歓迎ムードになろうとも、ここで退いてしまっては未来が危うい。カズマは意を決して、ダクネスに断りの言葉を告げようと顔を向ける。

 

「……あれ? どしたの?」

 

 しかしダクネスは、何かを探すようにギルド内を見渡していた。彼女の様子を見てカズマは首を傾げる。と、クリスが慌ててダクネスに注意した。

 

「ちょっとちょっとダクネス。今はカズマ君と交渉している最中だよ?」

「あっ……すまない。少し気になってな……今日も『彼』はいないか」

「彼? 誰のこと?」

「私の探し人だ。銀髪のオールバックに、青いコートを着た男なのだが……」

「あっ! それってもしかして、今アクセルの街で噂になっている冒険者ですか!? えっと確か……そう!『蒼白のソードマスター』!」

 

 アクアに尋ねられたダクネスは探し人の特徴を話すと、めぐみんが耳にしていた人物と特徴が合っていたのか、彼女も会話に入ってきた。

 

 『蒼白のソードマスター』──その男は、突然ギルドに現れて冒険者から登録手数料以上の金を巻き上げるという荒々しい登場をしたかと思えば、ステータス診断で信じられない数値を叩き出した挙句、レベル1、無装備、ソロであるにも関わらず、短時間でジャイアントトードを五十匹も倒すという、誰も成し遂げたことのない快挙を無傷でやってのけた。

 以降、ギルドには一回だけ採取クエストを受けに姿を見せたが……クエストをクリアして彼が帰ってきた同時期、街の外れにある洞窟の入口付近に、天色のドラゴンの死体が転がっていた。聞けばそれは、特別指定モンスターとして登録されているドラゴンだったという。ギルドの受付嬢が言うには青コートの男が狩ったそうだが、彼が冒険者になったのはつい三日前だったため、信じきれていない者が大半だった。

 

「あぁ。君は何か知らないか?」

「いえ、私は噂だけしか……でも、特別指定モンスターを倒しちゃうぐらい強いのなら、もうこの街にはいないのではないでしょうか?」

「やはりそうか……できればもう一度会いたかったのだが……」

 

 めぐみんの推測を聞き、ダクネスは残念そうに肩を下ろす。

 蒼白のソードマスターの噂は、カズマとアクアも知っていた。といっても、この街に住んでいれば嫌でも耳にするだろう。魔王を倒しうる可能性を秘めた『勇者候補』と呼ばれる冒険者の一人。どんな男なのだろうとアクアが天井を見上げて考えている横で、カズマは──。

 

「(ケッ、なーにが蒼白のソードマスターだ。どうせ超強い特典武器使いまくりのチートプレイヤーだろ。俺だって……このクソッタレ駄女神さえ連れてこなけりゃあ、俺だってぇ……っ!)」

「……な、なんで私を睨んでるのよ?」

 

 隣に座るアクアへ、親の仇を見るかのような憎しみMAXの視線を浴びせながら、顔も名も知らぬソードマスターに嫉妬していた。異世界ファンタジー生活で出だしから躓き、馬小屋生活で、少ない賃金をやりくりして何とか凌いでいる自分を差し置いて、武器に物言わせるスタイルで無双しているであろう冒険者が、カズマには憎くて羨ましかったのだ。

 もっとも、女神を腹いせで連れてきてしまったのは何を隠そうカズマ本人であり、そのことは深く反省しているし後悔もしているのだが。

 

「ハァ……」

「……ダクネス。多分だけどその冒険者――」

 

 探し人が既にこの街にいないかもしれないと知り、ため息を吐くダクネス。それを見たクリスがダクネスの肩をポンポンと叩き、何かを話そうとした──その時だった。

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 冒険者各位は至急正門へ集まってください!』

「──ッ!?」

 

 突然、ギルド内に設置されていたスピーカーからサイレンが鳴り響き、続けて受付嬢の声が響き渡った。突然のことにカズマ達は驚き、席を立つ。

 

「な、何だ!?」

「そうですか、もうそんな時期でしたか……緊急クエストですよ、カズマ。急いで正門へ行きましょう!」

「えっ!? えっ!?」

 

 緊急クエストの知らせを聞いた冒険者達が慌ただしくギルドから出ていく中、めぐみんがカズマへ呼びかける。いつの間にかアクア達は既に外へ出ており、声をかけためぐみんも外へ走り出していた。突然のことで状況が飲み込めていなかったが、ひとまずカズマはめぐみんの後を追った。

 

 

*********************************

 

 

 場所は変わり、正門前。既にアクセルの街に住む冒険者達が集まっており、鬼気迫る表情で前方を見ている。その先には、山の方から物凄い速度でこちらへ向かってくる『緑色の雲』があった。

 謎の物体を見て、カズマはゴクリと息を呑む。まだジャイアントトードしか狩れていない新米冒険者の彼だったが、何かヤバイ敵が来ると本能で理解していた。

 

「何だ!? 何が来るんだ!?」

「皆は私が守る。カズマも私から離れないように」

 

 昨晩の欲望をさらけ出した顔とは打って変わり、ダクネスは真剣な顔つきで周りの冒険者とカズマに呼びかける。

 街にいる冒険者が総出しなければならないほどの事態。もしかしたら、自分たちが束になっても敵わない強大な敵が現れるのではないだろうか。

 

「き、緊急クエストって何だ!? モンスターの襲撃か!?」

 

 緊張で心臓が波打ちながらもカズマはダクネスへ尋ねる。するとそこへ──この緊迫感に似合わぬ気楽な声が聞こえてきた。

 

「言ってなかったっけ? キャベツよキャベツ」

「……はっ?」

「今年は荒れるぞ……」

「嵐が……来る!」

「えっ?」

 

 木でできたカゴを何故か抱えているアクア。アクアといい周りの冒険者といい、彼等はは何を言っているんだと思いながらも、カズマは目を細めて前方を見る。

 雲のように見えていたのは、敵の群衆だった。まるで大群をなす虫のように舞いながら、こちらへ向かってきていた緑色のモンスター。

 

「キャベキャベキャベキャベ……」

「なんじゃこりゃああああああああああああああああっ!?」

 

 否、キャベツだった。

 

「収穫だぁああああああああああああああああああああああああっ!」

「マヨネーズ持ってこーい!」

 

 空飛ぶキャベツ達が目前に迫った時、冒険者達は大声を上げて一斉にキャベツ目掛けて走り出した。奇しくもその光景は、生前にネット上の写真や動画で見かけた『コミケ』と呼ばれるイベントで、目的の物を得るために己の全てを懸けて走るコミケ参加者の勇姿と一致しているように思えた。

 

「みなさーん! 今年もキャベツ収穫の時期がやってまいりましたー! 今年のキャベツは出来がよく、一玉の収穫につき一万エリスです! できるだけ多くのキャベツを捕まえ、この檻におさめてください!」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「いやちょっと待って!? なんでキャベツが飛んでんの!?」

 

 おかしい。何か色々とおかしい。ツッコミ所は多々あるが、カズマは真っ先にキャベツが飛んでいる摩訶不思議現象にツッコミを入れた。それを聞いたアクアが、静かな口調で説明を始める。

 

「カズマ、この世界のキャベツは……飛ぶわ。味が濃縮してきて収穫の時期が近づくと、簡単に食われてたまるかとばかりに……街や草原を疾走する彼らは大陸を渡り、海を越え、最後には人知れぬ秘境の奥で、誰にも食べられず、ひっそりと息を引き取ると言われているわ。それならば、私達は彼らを一玉でも多く捕まえて、美味しく食べてあげようってことよ!」

 

 食べられまいと飛んでいくキャベツ達を、冒険者達は全力で狩りにいく。緊急クエストが発令された時のレイドボスを前にしたかのような緊張感はどこへ行ったのか。自分の想像していたビジョンとかけ離れた現状を見て、カズマは真顔で口にした。

 

「……俺、もう帰って寝てもいいかな?」

 

 

*********************************

 

 

 数多くの冒険者がキャベツに意識を向けている中、彼らが待機していた正門城壁の上で、キャベツを見たまま動こうとしない冒険者がいた。天色の刀を立て、銀色の髪と青いコートをなびかせている男──バージルである。

 彼はキャベツ祭が始まってから、一切動こうとせず、無表情でキャベツ達を睨んでいる。

 

 

「──っと。こんな所で何してんの?」

 

 そんな彼の背後から声をかける者が現れた。冒険者を始めてから四日目。彼のことを知り、気安く話しかけてくる人物は一人しかいない。

 

「……クリスか」

「折角のキャベツ収穫祭だよ? 参加しないの?」

 

 バージルと同じく銀髪の冒険者、クリス。彼女の声を聞き、バージルは振り返らずに声を返す。先程までクリスはキャベツ回収に勤しんでいたのだが、ふと城壁を見上げると見知った顔が見えたため、キャベツを一玉抱えてバージルのもとへ来たのだった。

 

「ひと玉一万エリスだよ? 収穫すれば大金持ちに……って、君は既になってたっけ。じゃあ君が参加するメリットはあんまりないか。でも、意外と楽しいよ? ちょっとでもいいから参加してみたら?」

 

 クリスはバージルをキャベツ祭に誘う……が、内心で期待は薄いと思っていた。あのドラゴンと一人で渡り合ったこの男が、キャベツに興味を持つとは思えない。下らない茶番だと思っているのだろうと、クリスは思っていた。

 その予想は当たっていた。こんな下らない茶番に付き合うぐらいなら、帰って寝ていたいとバージルは思っていた。

 

 ──ついさっきまでは。

 

「(このキャベツ……かなり数が多い。冒険者に自ら当たっていく攻撃性もある……意外と刀の鍛錬に役立つかもしれん)」

 

 バージルは魔帝に敗れ、ネロ・アンジェロとなってから手にしていたのは、身の丈ほどの長さを持つ大剣のみ。長い間刀を振るっていなかった。もしかしたら、集団の敵を前にした刀での立ち回りも鈍っているかもしれない。このキャベツ達をリハビリに使うのもアリかもしれないと、彼は真面目に考え始めていたのだ。

 

 新しく手に入れた雷刀アマノムラクモの最初の獲物がキャベツなのは少し……否、かなり不服であったが。

 

「……んっ? どうしたの?」

 

 不意に、バージルが刀に結んでいた下緒を解いたのを見て、てっきり背を向けてアクセルの街に帰るつもりだと思っていたクリスは、不思議そうに尋ねる。対してバージルは、振り返ることなく言葉を返した。

 

「気が変わった。少しだけ遊んでいってやろう」

「えっ?」

 

 それだけ伝えるとバージルは地面を蹴り──人間とは思えない跳躍力で城壁から飛んでいった。

 

 

*********************************

 

 

「なんでっ! 俺がっ! こんなことをっ!」

 

 その頃一方、キャベツ祭に参加していたジャージ姿の新米冒険者ことカズマは、文句を言いながらもせっせとキャベツを回収していた。

 正直、帰って寝たい気持ちは滅茶苦茶あるのだが、キャベツは一個につき一万エリス。しかも自分が回収した分だけ報酬が得られ、分配されることはない。懐が常に寂しいことになっていたカズマにとっては見過ごせないチャンスだった。カズマは盗賊のクリスから教わったばっかりの『潜伏』を使って気配を消してキャベツに近づき、背後から『窃盗(スティール)』で怯ませ、その隙にキャベツを回収していく。

 

 一方で、仲間のアクアは必死にキャベツを追いかけ、めぐみんは爆裂魔法を使う機会を伺っている。皆は私が守ると豪語していたダクネスは、キャベツによって鎧を破壊され、冒険者達にあられもない姿を晒し──とても悦んでいた。

 対抗するべく剣を振るってはいるが、驚くことに一切当たっていない。掠りすらしない。命中率がマイナス値いっているんじゃないかと思うほどに当たらない。そんな彼女の姿を見て、カズマは絶対仲間にしてはいけないと心に誓った。

 

 キャベツ収穫祭が始まってから、しばらく時間が経った頃。まだまだキャベツは飛び回っているが、そろそろ佳境だろう。そう思いながらカズマがキャベツを見つめていた時──。

 

「……あれ?」

 

 その中心に立つ、一人の人間を見た。遠目で見てもわかるほど目立つ銀髪のオールバックに、青いコートを着た男。正門前に集まっていた冒険者の中にはいなかった人だった。いつの間に現れたのか。カズマはキャベツを回収していた手を止めると、目を細めて彼を観察する。

 

「(……んんっ? ちょっと待て? 銀髪オールバックに青コートって……)」

 

 アクアやめぐみん、ダクネスに負けず劣らずの、どこにいても目立ちそうな容姿──それに聞き覚えがあった。もしや彼は──。

 

「オ、オイ! あそこにいるのって……!」

「ま、間違いねぇ! 蒼白のソードマスターだ!」

「(やっぱり……!)」

 

 アクセルの街で最も噂になっていた人物──蒼白のソードマスターその人だった。

 キャベツにボロボロにされ悶えていたダクネスも、目を見開いて彼を見ている。遠くへ行ってしまったと思っていた探し人が現れ、驚いているのだろう。カズマは一旦キャベツ収穫をやめて、正門の方へ向かう。

 カズマが移動している間、男は微動だにしなかった。その姿がよく見える位置に移ったカズマは、再び彼を観察する。

 

「(ぐっ……! 予想はしていたが、かなりのイケメン……!)」

 

 彼の整った顔立ちを見て、カズマは更に嫉妬心を燃やす。現に何人かの女冒険者が見惚れており、もし自分が爆裂魔法を使えたのなら、是非ともあの男に直撃させてやりたいとカズマは思った。日本人の顔立ちではないことに少し驚いたが、異世界転生を行っていたのは日本だけではなかったのだろう。

 男の左手には、青い輝きを放つ剣──カズマが生前の世界で見たことのある武器、刀が握られていた。アレが、この男を最強たらしめているチート武器なのかとカズマは推測する。

 

「か、カズマカズマ! 噂になっていた冒険者が! 蒼白のソードマスターがあそこにいますよ!?」

「あぁ、俺も初めて見た。で、アクアは珍しく真剣な眼差しで見てるけど……何か知っているのか?」

「あの青色で固められたデザインの服と武器……まさかアクシズ教徒!?」

「全世界の青色好きに謝れ」

「なんでよ!?」

 

 文句を言ってくるアクアをスルーし、カズマは再度彼に目を向ける。彼の周りにはキャベツ達が飛び回っていた。じっとしているだけで何もしてこない彼を不審に思っているのか、中々彼に向かって突撃してこない。

 

「……あっ!」

 

 しかしその時、勇気あるキャベツが彼に向かって突撃した。思わずカズマは声を上げる。切込隊長のキャベツに触発されてか、複数個のキャベツも追随した。

 幾つものキャベツが、彼に向かって一直線に飛んでいく。しかし彼は避けようともせず、キャベツが来るのをじっと待っていた。やがて、キャベツが顔先にまで迫った──その瞬間。

 

「──フッ!」

 

 彼は左手に握っていた刀を納刀されたまま振り、キャベツを鞘で迎撃した。幾つかのキャベツを叩き飛ばした後、彼は右手で柄を持ち、刀を引き抜く。

 

「ハァッ!」

 

 鞘からキラリと光る刃が見えた──と思った束の間、彼は既に刀を抜き、前方にいたキャベツを真っ二つに斬っていた。続けて彼は流れるように刀を二度振り、複数のキャベツを同時に斬ると、雷が走っているように見える刃を静かに納刀する。

 突如動き出して仲間を屠った男にキャベツ達は狼狽えたが、偶然にも攻撃性の高いキャベツが集まっていたのか、再び彼に向かって突撃した。しかし彼は表情を一切崩さない。

 

「フンッ!」

 

 キャベツの突撃を軽く避け、背後から向かってくるキャベツを鞘で弾いた後に横で一閃。流れるままに二度刃を振ると、瞬時に刀を逆手に持ち替えて前方のキャベツを斬る。最後は、五個ものキャベツを同時に横へ斬った。

 何者も近づくことを許さない神速の刃。仲間が目まぐるしいスピードで切り刻まれていくのを見て、絶対に敵わないと本能が訴えたのか、キャベツ達は彼から逃げるように飛び始める。

 納刀していた彼は逃げていくキャベツを視界に捉えると、再び右手で柄を持った。姿勢を低く構えると、キャベツに向かって動き出し──。

 

So slow(遅い)

 

 いつの間にか、彼は逃げ出したキャベツよりも先に立ち、雷纏う刃を納めていた。すれ違ったキャベツ達は、気付かぬ内に真っ二つに斬られていた。

 観戦していた冒険者達には、彼が何をしたのか理解できなかった。視認することすらできなかった。

 常人にはおろか、高レベルのモンスターでさえも目で追えない神速の居合術──彼の十八番である『疾走居合』を目の当たりにし、冒険者達は口を開けて驚いていた。その一方で、蒼白のソードマスターは次々とキャベツを狩り続ける。

 

 速く、力強く、滑らかに……彼の華麗な剣技を見た冒険者達は、思わずキャベツを収穫する手を止めていた。剣を武器として戦うダクネスは勿論のこと、剣には詳しくないめぐみんやアクアも。そして、先程まで彼に嫉妬の視線を送っていたカズマさえも。

 

 あの男は、チート武器で敵を簡単に一掃するものだとカズマは思っていた。しかし、彼が見せたのは圧倒的な力ではない。見る者を魅了する技だ。またそれは一朝一夕で得たものではなく、長い年月をかけて磨き上げられたものだと、カズマは直感で理解していた。

 

「……スタイリッシュ」

 

 舞うように刀を振るう彼の姿を見て、カズマは思わず呟いた。

 

 

「(だけどシュールッ!)」

 

 相手がキャベツでなければ、ここまでシュール過ぎる光景にはならなかっただろうに。

 

 

*********************************

 

 

「……フンッ」

 

 しばらくして、青コートの男──バージルは、遠方へ逃げていくキャベツ達を尻目に刀を納めた。

 彼の周りには、数えるのも嫌になるぐらいの、綺麗に真っ二つに斬られたキャベツが転がっている。周りに飛んでいるキャベツはおらず、キャベツ収穫祭が終わったことを物語っていた。

 

 今回、バージルは刀を振るう戦闘のリハビリとしてキャベツを相手にしたのだが……意外と得られるものはあった。

 まず、自身の剣技は全く衰えていなかった。長いこと刀を握っていなかったが、恐らく身体が覚えていたのだろう。

 そして──彼の十八番の一つであった剣技『次元斬』が使えなくなっていた。何度も試そうとしたが、どうにもこの刀ではできそうにない。あの技は、勿論バージルの居合術によるところもあったのだが、閻魔刀の力が大きかったのだろう。

 自身の得意技の一つが使えなくなったのは手痛いが、代わりにこの世界では自分の知らないスキルが山ほど存在する。もしかしたら刀のように、次元斬に変わる飛び道具が得られるかもしれない。

 

 次元斬が使えなくなったことをあまり悲観することなく、バージルは正門に顔を向ける。多くの冒険者がこちらを見て固まっていたのだが……その中に一人だけ、バージルに向かって走ってきている者がいた。銀髪にラフな格好の冒険者、クリスだ。

 

「ハァ、ハァ……もう、いきなり大ジャンプしたかと思ったらキャベツ収穫に参加したからビックリしたよー」

 

 クリスはバージルのもとに辿り着くと、膝に手を置いて息を整える。彼女もまたバージルが魅せていた剣舞に見入っており、ふと我に返った時にはキャベツ収穫祭が終わっていたため、慌てて彼に駆け寄ってきたのだった。

 

「それにさっきの剣舞。とても冒険者になって四日目の人が見せる動きじゃなかったよ。ていうか、いつの間にそんな武器持ってたの? ドラゴンと戦った時の不思議な光る武器と剣はどうしたのさ?」

「これは先程、鍛冶屋にドラゴンの素材を使って作らせた物だ。今回は、この武器の試し斬りが目的だった。だから以前見せた武器は使っていない」

「……お試しでここまで斬っちゃうのは、多分君くらいじゃないかな」

 

 クリスは苦笑いを浮かべ、周りに転がっているキャベツを見る。これを全部売り払えばどれだけお金が手に入るだろうか。最後はバージルの剣舞で手を止めてしまい、例年よりも収穫できなかったクリスは、大量のキャベツを狩ったバージルを羨む。

 それを知ってか知らずか、バージルはクリスに自ら声を掛けた。

 

「ここに転がっているキャベツは、全て貴様にやる」

「……えっ!? い、いいの!?」

「俺が参加したのは、あくまで試し斬りの為だ。収穫するつもりはない。金には困っていないからな」

 

 予想外の言葉を聞き、クリスは驚いてバージルに振り返る。しかしバージルはクリスに顔を向けずにそう続ける。人が狩った物を総取りしてしまうのは少し気が引けたが、本人がいいと言っているならいいのだろう。クリスはありがたくバージルが斬ったキャベツを収穫することにした。

 もっとも、バージルが彼女にキャベツを全部あげた理由は、回収するのが面倒だったからなのだが。

 

「……ムッ?」

 

 と、その時だった。バージルの耳に何かが迫ってくる音が聞こえ、彼はすぐさまそちらへ顔を向ける。クリスも聞こえていたのか、顔を上げて同じ方向を見る。

 二人のもとに駆け寄って来たのは──何故かボロボロになっている鎧を纏った金髪の女性。

 

「クリィイイイイイイイイイッス!」

「ダ、ダクネス!?」

「(奴は……あの時の女か)」

 

 この世界に来た時に初めて出会った女騎士、ダクネスであった。彼女の姿を見たバージルは、心底興味がなさそうな顔を見せる。

 興味のない人物は記憶の片隅にも留めないのだが、彼女は初めて出会ったこの世界の住人であることと、特徴的な外見だったから姿は記憶に残っていた。名前はすっかり忘れていたが。

 ダクネスは二人のもとへ辿り着くと、息を整えてから顔をあげる。

 

「ク、クリス! 何故この者と親しげに話しているのだ!? 仲間だったのか!? 知っていたなら、どうして教えてくれなかったのだ!?」

「お、落ち着いてダクネス!? か、彼とは仲間というより協力関係で……それにさっき酒場で教えようとしたけど、緊急クエスト発令で遮られちゃったから……!」

 

 クリスの肩に両手を置き、ゆさゆさと揺らしながらダクネスは必死に尋ねる。互いに名前で呼び合っている二人を見て、バージルは内心驚いた。

 まさか、あの時追っ払った女騎士が、唯一の協力者であるクリスと知り合いだったとは思っていなかった。思わぬ再会を前に、バージルは小さく舌打ちをする。

 もしかしたら、場合によってはこの女騎士とも関わり合いにならざるをえないかもしれない。失せろと言った筈なのに、また自分に近寄ってきた、お人好しの女騎士と。

 彼が嫌悪感を抱いている中、二人の話し合いが終わったのか、ダクネスはクリスから手を離し、バージルの方へ身体を向けていた。

 

「まぁいい! それよりもだ! 貴殿に一つ頼みたいことがある!」

「……何だ?」

 

 ダクネスの声を聞いて、バージルは顔だけを彼女に向ける。

 といっても、その内容は大方予想が付いていた。恐らく、自分と手合わせしてくれと言い出すのだろう。もしくは私も仲間に入れてくれ、か。

 また、答えも既に決めていた。もし勝負を挑んでくるのならば、彼女が持つ剣をへし折る。仲間にしてくれと言うのなら即刻断るまで。

 バージルは静かに彼女の言葉を待つ。対してダクネスは胸元に右手を当て、真っ直ぐバージルを見つめて口を開いた。

 

 

 

「私を──あの時と同じように、冷たい目で見下してはくれぬか!?」

「……ッ!?」

 

 その言葉は、バージルの予想を遥かに上回るものだった。いや、斜め上にと言ったほうが正しいか。

 冷たい目で見下してくれ。何言ってんだコイツで終わる内容だが、バージルは……彼女の前にいた彼だけは、彼女の目的を理解していた。

 

 ダクネスの顔は、初めて会った時に見せた正統派女騎士とはかけ離れた──まるで餌を待ち焦がれる雌豚のよう。

 彼女がそのような顔を見せ、何のために見下してくれと頼んできたのか。それがわからないほど彼は女に疎くはない。が、このような場面に遭遇した経験はなかった。

 どう返せばいいのか判断しかねていたバージルは、近くにクリスがいたことを思い出し、助け舟を求める。

 

「おい、クリ……ス?」

 

 しかし──クリスの姿は影も形もなかった。周りにあるのは転がったキャベツと、未だ息の荒いダクネスのみ。

 自分を助けてくれる者がいなくなったのを知り、バージルはゆっくりとダクネスに顔を向ける。もう待ちきれないのか、彼女は一歩バージルへ歩み寄り、それを見たバージルも一歩下がる。

 

「っ……近寄るな」

「……っ!んんっ……!」

「……ッ!?」

 

 バージルはただ一言。先程までとはまた別の嫌悪感を彼女に抱きながら告げただけで、ダクネスはいやらしい声を上げて両手に肩を回した。思いもよらぬ反応を前に、バージルはただただ驚く。

 

「あ……あの時の、ゴミを見るような目も良かったが……い、今の……気色悪い物を見るような目も……イイッ……」

 

 ダクネスは両目を閉じ、息を荒くして意味不明なことを呟く。はだけた鎧で頬を染め興奮している彼女の姿は、男冒険者からしたらテメンニグルも即イキリタツものだろう。

 バージルは、ダクネスという人間を理解した。そして彼の本能が、心が……魂がこう言っていた。

 

 

 コイツは『狂った人間(H E N T A I)』だ。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「その目もイイ……イイのだが、やはり私としては、あの冷たい目で見られる感覚をもう一度味わいたい……できればあの言葉もプラスして──」

 

 しばらくバージルから受けた快感に浸った後、ダクネスは再度バージルに頼みつつ目を開ける。

 

「……なっ!?」

 

 が、彼女の前にバージルの姿はなかった。ダクネスは慌てて正門方向へ顔を向けると、正門に向かって全力で走り、自分から逃げていくバージルの姿を捉えた。

 

 もう一度言おう。バージルがダクネスから逃げていた。あのバージルが、ダクネスから全力で逃げていた。

 あの──幾千万の悪魔を斬り伏せ、悪魔の軍勢を率いる魔帝を前にしても逃げずに立ち向かっていったバージルが、たった一人の女騎士から逃げ出したのだ。

 

「ようやく……ようやく会えたのだ。今度は絶対に逃がさない!」

 

 正門に集まる冒険者の中に隠れたバージルを見て、ダクネスはすぐさま彼を追いかけ始めた。

 

 

*********************************

 

 

「……あっ、ダクネスがこっち来た」

 

 先ほどのやり取りを遠くから見ていたカズマは、ダクネスがこちらへ全力で向かってきたのを視認する。因みに、蒼白のソードマスターも先程横切って街の中に消えていったのだが、彼の表情はかなり必死に見えた。

 

「カズマー! 先の青コートの男はどこへ行ったー!?」

「街の中を真っ直ぐ進んでった」

「そうか! ありがとう!」

 

 尋ねてきたダクネスに、カズマは正直に男が去っていった方向を指差して答える。ダクネスは簡単に礼だけ告げると、陸上競技で金メダル狙えるほどのスピードを維持し、青コートの男と同じように街の中へ消えていった。

 

 あの男とダクネスが何を話していたのかは、遠くにいたために聞こえなかった。しかし、必死な表情で逃げる男と、恍惚で歪んだ顔で追いかけるダクネスを見て、カズマは何が起こったのかを悟った。

 

「(……ガンバレ。蒼白のソードマスター)」

 

 カズマは二人が消えていった街の方へ顔を向け、心の中で蒼白のソードマスターにエールを送った。

 




挿絵:のん様作

悪魔も逃げ出す女騎士がいた。


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第6話「この蒼き冒険者に自己紹介を!」

 波乱のキャベツ収穫祭が終わった夜。冒険者達は酒場に赴き、捕獲したキャベツがふんだんに使われた料理を食べ、酒を交わしながらキャベツ収穫祭について語り合っていた。

 例年通り、収穫したキャベツの個数で競う者、キャベツの味を語る者、キャベツとは何なのかと哲学じみたことを熱く語る者はいたが、今年はキャベツよりもホットな話題が挙げられていた。

 

 キャベツ収穫祭が佳境に差し掛かった時、乱入してきた噂の冒険者──蒼白のソードマスター。

 噂には聞いていたものの、姿を見たことがない冒険者は多く、戦う姿は誰ひとり見たことがなかった。故に、彼が本当にドラゴンを倒す程の実力者なのか半信半疑な者は多かったが……大群の攻撃をものともしない華麗な立ち回り、強く滑らかに振るわれた雷を纏う刀。見る者全てを魅了する戦い方は、強者だと認めざるをえないものだった。

 多くの冒険者は、彼のスタイリッシュな戦い方を振り返っていたり、刀について話していたり、彼のルックスにときめいたりしている。

 アクセルの街中心にある酒場が、蒼き剣士一色で盛り上がっていた中──出入口の扉が開かれた。

 

「いらっしゃいませー! お食事の方は空いたお席へ──」

 

 赤髪のギルド職員は、いつものように挨拶をしつつ顔を見──危うく飲み物を溢しそうになるほど驚いた。彼女だけではない。食事をしていた冒険者達も、入ってきた客を見て目を丸くしていた。

 

 

「ハァ、ハァ……くっ」

 

 話題の中心となっていた蒼白のソードマスターことバージルが息を切らし、額に汗を掻きながら入ってきたのだから。

 

「オイ! あれって蒼白のソードマスターじゃ……!?」

「なんで汗だくになってんだ? キャベツ切ってた時は汗一つ流してなかったのに……」

 

 普通ではない彼の様子を見て、冒険者とギルド職員がざわつき始める。そんな中、バージルは周りの声を無視して酒場のカウンターへ。

 

「……水をくれ」

「えっ? あっ、は、はいっ!」

 

 カウンターへもたれかかるように手をついたバージル。金髪のギルド職員が慌てて水の入ったコップを渡すと、沙漠を歩き続けてようやくオアシスを見つけたかのように、バージルは天を仰いで水を飲み干した。

 ドンと音を立ててコップをカウンターに置き、バージルは息を整える。心配そうにギルド職員が見つめていた、その時。

 

「見つけたぞー!」

「……ッ!」

 

 ギルドの扉が開かれると同時に、女性の声が響き渡った。冒険者とギルド職員は一斉に出入口へ顔を向け、バージルは苦虫を噛み潰したかのような顔で、恐る恐る振り返る。

 

「フフフ……追い詰めたぞ!」

「Damn it!」

 

 そこにいたのは、バージルを恍惚に満ちた表情で視界に捉えていた、金髪ポニーテールの真性マゾヒスト女騎士、ダクネス。

 キャベツ収穫祭で彼女に目を付けられ、身の危険を感じた彼は凄まじい速度で街の中へ逃げ出したのだが……後から追いかけてきている筈のダクネスは、自分の行先に現れてきた。逃げても逃げてもバージルの先を行く。これぞ、変態の成せる技であろう。

 

 何度か刀で脅してやろうと考えたが、本能が呼び止めた。彼女に触れることすら危険だと。バージルはやむを得ず、ダクネスと鬼ごっこを続けるしかなかった。

 長い長い鬼ごっこの果てに酒場へたどり着いたバージルだったが、どうやら彼には休憩する暇も与えてくれなかったようだ。

 

「感動の再会なのに、逃げるなんて酷いじゃないか……さぁ! もう一度私をっ! あの目でっ!」

「ぐっ……!」

 

 ダクネスは息を荒げて、じりじりとバージルへ詰め寄ってくる。ダクネスはそう言っているが、バージルにとっては悲運の再会でしかない。

 たった一人の人間──それも女に、ここまで追い詰められることがあっただろうか。バージルにとってはダンテに敗北する以上に、魔帝に敗北し操られる以上に屈辱であった。

 

 斬り捨ててしまいたいと思う彼であったが、先も言ったように本能が彼女に触れることを危惧している。彼女は、それすらも悦びに感じてしまう変態だと。

 冒険者とギルド職員が見守る中、バージルはどう対処すべきか頭をフル回転させて考える──と。

 

「ハイストーップ」

「あうっ!?」

 

 突然、聞き覚えのある女性の声がバージルの耳に入ってきたかと思うと、ダクネスは小さく声を上げて頭を抑えた。痛そうに頭を擦るダクネスから視線を外し、バージルは彼女の背後に立っていた女性を見る。

 

「クリス……どこに行っていた」

「ごめんごめん。バージルが倒したキャベツの回収に手間取っちゃって──」

「そうではない。コイツが平原で俺に絡み始めた時、貴様はどこに身を隠していた?」

「……面白い物が見れそうだなーと思ったから『潜伏』を使って、キャベツの中に隠れてました……えへっ」

 

 いつの間にか姿を消していた、バージルの唯一の協力者でありダクネスの友、クリス。舌をペロッと出して頭をコツンと叩く彼女の姿を見て、バージルは静かに刀の柄に手を置いた。

 

「ご、ごめん! 謝るから剣を引き抜こうとしないで!?」

「貴様があの時隠れていなければ……」

「だからごめんって!? ほ、ほらっ! こうしてアタシが止めたんだからいいでしょっ!? ねっ!?」

「……フンッ」

 

 自分を一人残してダクネスを押し付けたことを許すつもりはなかったが、彼女がダクネスの暴走を止めたのも事実。バージルはわずかに鞘から出していた刃をしまい、柄から手を離す。丁度その時ダクネスが顔を上げ、邪魔してきたクリスに突っかかった。

 

「何をするんだクリス! 千載一遇のチャンスを潰すつもりか!?」

「落ち着きなってダクネス。彼、困ってるからさ」

「これが落ち着いていられるか! クリスは、三日三晩探してようやく出会えたレアキャラを自ら見逃せというのか!?」

「いや意味わかんないから。それよりまずは着替えてきなよ。その姿じゃ……ねっ?」

 

 よっぽどバージルに見下されたいのか、ダクネスはボロボロになった服を気にせずクリスに猛抗議する。いくら知り合いといえど、暴走状態の彼女を抑えるのは難しいのか、クリスは押され気味の様子。

 と、そんな時だった。再び酒場の扉が開く音が聞こえたかと思うと、カウンター前で騒いでいる二人に話しかける者が現れた。

 

「あっ、いましたいました。ダクネスさーん。クリスさー……んおわぁっ!? か、カズマ! あの人! 蒼白のソードマスターですよ!」

「あぁ……結局捕まっちゃったのか」

「ふーん、こうして近くで見ると物騒な顔してるわねー」

 

 話しかけながら近寄ってきたのは、冒険者には見えない服装をした茶髪の男と、いかにも魔法使いらしい服装で身を固めている赤目の女性。そしてどこにいても目立ちそうな水色髪の女性。

 魔法使いは、バージルがダクネスと一緒にいることに驚いたのか仰天している。隣の男は哀れみの目をバージルに送り、水色髪の女性は目を細めてバージルの顔を見ていた。

 一方でバージルも、水色髪の女性を興味深そうに見つめていた。

 

「(あの女が放つ光と力。どこかで……)」

「あっ、カズマ。それにめぐみんとアクアさんも」

「知っているのか?」

「うん、今日知り合った冒険者達だよ。茶髪の子がカズマで、魔法使いの子がめぐみん。残る一人がアクアさん」

 

 バージルに尋ねられ、クリスは簡単に3人のことを紹介する。と、何かを思い出したかのように大きく声を上げた。

 

「あっ! そういえばダクネスを仲間にする話が途中だった!」

「あの、クリスさん。お話はありがたいんですけど俺は──」

「立ち話もなんだし、夕食を食べながら再開しよっか。バージル、よかったら一緒にどうかな? 君のことも紹介したいし」

「……いいだろう」

 

 クリスに誘われたバージルは、珍しく誘いに乗る。茶髪の男が何か言いたげにしていたが、誰一人として気付くことなく食事の場へ向かった。

 

 

 

*********************************

 

 

 酒場の隅にあった席。バージルは窓際の席に座し、左隣にクリス、更にその隣にはダクネスが。

 バージルと対面する形で座っているのは、魔法使いの少女めぐみん。クリスの前にはカズマが、ダクネスの前にはアクアが座っていた。テーブルには野菜炒め、サラダ、ロールキャベツ等、キャベツをふんだんに使った料理がズラリと並んでいる。

 

「お待たせしましたー! シュワシュワ四つにオレンジジュース一つ、お冷一つです! ごゆっくりどうぞー!」

 

 そこへ酒場担当のギルド職員が、お盆に乗ったジョッキ四つとコップ二つを慣れた動作で持ち運び、バージル達のテーブルへ手早く置いた。水を頼んだバージルとオレンジジュースにされためぐみん以外には、シュワシュワと呼ばれた飲み物が。子供扱いされて不服なのか、めぐみんは不満げに頬を膨らませていた。

 また、酒場にいた冒険者達が気になってバージルに視線を送っていたが、冷たい目で睨み返された途端、すぐさま視線を外した。料理が出揃い、落ち着いた所でクリスが自ら切り出した。

 

「じゃあカズマ君。話の続きをしたいところだけど……気になって仕方ないだろうし、この人の紹介から始めようか」

「……お願いします」

 

 突然現れた噂の冒険者。アクアとめぐみんも気になるのか、ジッと彼を見つめていた。一方でバージルは、全く気にせず水を一口飲んでいる。

 

「クリスは駆け寄って話しかけていましたが、知り合いだったのですか?」

「うん。つい最近会ったんだ」

「ダクネスは探し人だって言ってたけど……」

「その理由はアタシも知らないんだよね。ダクネス、どうして彼を探してたの?」

 

 クリスも知らなかったようで、隣にいるダクネスに尋ねる。話を振られた彼女は胸に手を当てつつ目を伏せ、過去の情景を思い出しながら語り始めた。

 カズマ達とまだ出会っていなかった頃、アクセルの街で偶然見つけた、来訪者らしき男。道案内をしようと声をかけたら、冷たい目で見られた挙げ句剣を突き立てられた──蒼白のソードマスターとの邂逅を。

 

 

*********************************

 

 

「──という熱烈な出会いがあったので、私は必死に彼を追いかけていたんだ」

「いやちょっと待ってください!? 話の途中で殺されそうになっていませんでしたか!?」

「あぁ、確かに殺されかけた。しかしあの時は、彼の気持ちも知らずに関わろうとした私にも非がある。あのようなごほう……んっ……仕打ちを受けてもっ……仕方のないことだ……っ」

 

 バージルの衝撃的な出会いを平然と語るダクネスに、めぐみんは思わずツッコミを入れる。顔と言葉が合っていないぞと、カズマは呆れ顔を見せていた。

 

「そんなことがあったんだ……ていうか君、初対面の人に剣を向けるなんて物騒にも程があるよ。以後、気をつけるように」

「……深く反省している」

 

 同じくダクネスの話を聞いていたクリスは、まるで母親のようにバージルへ言いつけた。普段のバージルであれば「知るか」の一言で済ますのだが、今の彼は過去の行動を酷く悔やんでいた。

 よもやあの脅しが、彼女に目をつけられるきっかけになるとは思ってもみなかった。できることなら、転生前に戻って一からやり直したいと心の底から願っていた。

 

「ダクネスも、人が嫌がることをしないように。わかった?」

「うぐっ……すまない」

「それで良し。じゃあこの件はここまでにして、そろそろ紹介に移ろうか。彼の名前はバージル。蒼白のソードマスター御本人だよ。ソロでドラゴンを倒したって噂も本当。アタシこの目で見たもん」

「おぉっ……!」

 

 バージルの紹介を聞いて、めぐみんは赤い目をキラキラと輝かせる。そこで、二人の関係が気になったカズマが自ら質問した。

 

「クリスとバージルさんは仲間なんですか?」

「違うよ。あくまで協力関係。どうもバージルは遠い国から来た人らしくって、ここら辺のことはなーんにも知らないんだ。だから、アタシが色々と教える代わりに、アタシの仕事を手伝ってってお願いしたの。決して仲間だとは思わないでね。彼、怒っちゃうから」

「……フンッ」

 

 しっかりと仲間ではないと明言するクリス。耳を傾けていたバージルそれを聞いて、特に突っかからず窓の外へ目を向けた。

 

「アタシのことは皆に紹介済みだから……じゃあ次は、君達のことをバージルに教えてくれるかな? いいよね、バージル?」

「勝手にしろ」

「というわけだから、皆さん自己紹介よろしくっ」

「えっ!? あー、えーっと……」

「なら、まず私から行こう」

 

 本人は全く喋っていない自己紹介を終え、次はカズマ達の紹介へ。緊張故かカズマは上手く言葉を出せなくなっていた時、ダクネスが自ら声を上げた。

 

「名前は言ったかもしれないが……私はダクネス。アクセルの街に住む冒険者で、カズマのパーティーメンバーだ。職業はクルセイダーだが……剣に関してはまだまだ未熟者だ」

「いやあれ未熟者ってレベルじゃ……っておいちょっと待て!? 何サラッと仲間になってんの!? 認めた覚えないんだけど!?」

 

 さりげなくパーティーメンバーだと言い張ったダクネスに、カズマはすかさず反論する。だが、隣に座っていたアクアとめぐみんが、何を言っているんだとばかりにカズマへ話した。

 

「アンタまだ反対してたの? 私はもう仲間に迎える気でいたんだけど?」

「私もです。護衛担当の方がいれば、私も爆裂魔法が撃てますから。ダクネス、よろしくお願いします」

「防御には自信がある。盾役なら望むところだ。何なら囮にして私をモンスターの軍団の中に放置してくれても構わない。あぁ……想像しただけで武者震いが……」

 

 カズマの反論に対し、問題児達は聞く耳持たず。もはや何を言っても無駄だと諦めたのか、カズマは席に座って俯いた。一方でバージルは、身を震わせ頬を染めるダクネスを疎ましそうに見ていた。

 

「ダクネスを仲間にするか否かが本題だったんだけど……決まったのならまぁいっか。じゃあ自己紹介の続きよろしく」

「次は私が行きましょうっ!」

 

 続けて声を上げたのは、落ち込んでいるカズマとは対照的に元気ハツラツな魔法使い、めぐみん。彼女は勢いよく立ち上がり──。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とする紅魔族であり、地に立つ有象無象を塵と化す史上最強の『爆裂魔法』を操る、この街随一の魔法使い! この世を支配せしめんとする魔王を討つべく、横にいるカズマと血の盟約を交わした冒険者である!」

 

 洗練された動きでポーズを決め、過去に黒い歴史を持つ者が見たら頭痛に悩まされそうな台詞を口にした。めぐみんの横にいたカズマは、真っ赤になった顔を両手で覆い隠している。

 このテンションでくるとは想定していなかったため、バージルは少し面食らったが……しばし間を置いて、気になった言葉を聞き返した。

 

「紅魔族?」

「紅魔の里って村に住んでいる民族だよ。紅魔族は皆、生まれつき高い魔力と知性を持っている人間で、一定の年齢になると魔法の修行を始めるぐらい魔法に長けた種族なんだ。アークウィザードってのは魔法使い職、ウィザードの上位版。高い魔力と知力がなければ就けない職業だね」

「おぉっ! よくご存知ですね!」

「伊達に冒険者やってないからねー」

 

 紅魔族──『魔』という言葉から連想し、もしや悪魔関連ではないかとバージルは推測していたが、クリスは人間だと話した。それに、めぐみんからは悪魔が放つ独特の臭いがない。この世界の悪魔とは臭いが違う可能性もあるが……ひとまず、今は人間と見ても問題ないだろう。

 そうバージルが考えていた時──眼前にいためぐみんは、不敵な笑みを浮かべながらバージルに話しかけてきた。

 

「バージルさん……貴方からは、私と近しい物を感じます。いや、断言します! 貴方は、こちら側の者だと!」

「……ほう」

 

 人間ではあるが、クリスが話した通り魔力と知力に長けていることは間違いないようだ。故に、バージルがそちら側の者──『魔』に通ずる者だと見抜いたのだろう。

 出会って間もない自分の姿を見抜いてきためぐみんに、少し興味を持ったバージル。彼が見つめる中、めぐみんはゆっくりと右手を上げ──コップを持っていたバージルの手を指差した。

 

「両手に着けている指ぬきグローブッ! それが何よりもの証明!」

「……グローブ?」

 

 何故ここでグローブに話が繋がるのか。全く理解できなかったバージルは、思わず自分の手元に目を落とす。

 このグローブは、元の世界で常時身に着けていたものだ。着けている理由は特に無く、どこで得たのかも覚えていない。ただ気に入ったから買っただけなのかもしれない。

 どういうことだと思いつつ、バージルは視線を再び前に向ける。めぐみんは独り納得したように両腕を組んで頷いており、何故かカズマが机に顔を伏せていた。

 

「これに何の意味が──」

「おおっと! 大丈夫です! 言わずともわかりますよ。えぇ……どうやら私達は波長が合う者同士。いずれ貴方とは、良い酒を飲みながら語り合えそうです」

「……そうか」

 

 こちらは二人で飲む気にもならないのだが、ひとまずバージルは、この世界で魔に通ずる者は皆、指ぬきグローブをするものだと結論付けた。あながち間違いではないのだが。

 

「あー……それじゃあ次はカズマ君、よろしく」

「……はい」

 

 終始苦笑いを見せていたクリスは、机で突っ伏していたカズマに声をかける。カズマはゆっくりと顔を上げると、目の前にあったシュワシュワを一度口にしてから自己紹介を始めた。

 

「えっと……佐藤和真です。こんなナリですけど、魔王倒すために頑張ってる冒険者です……はい」

「ダメですよカズマ。自己紹介はもっと大胆にしなければ。そう! 私のように!」

「君はちょっと黙っててくれるかなー?」

 

 指導をするめぐみんに、カズマは引きつった笑みで言葉を返す。めぐみんと比べ地味な紹介だったので、バージルは特に反応を見せなかったが……ようやくまとな人間が来たと、内心ホッとしていた。

 

「じゃあ最後は私!」

 

 カズマの自己紹介が終わった途端、待ちわびたかのようにカズマの隣に座っていたアクアが立ち上がる。酔っているのか、ほんのり赤く染まった顔をバージルに向け、めぐみんに負けず劣らずの元気な声を発した。

 

「私はアクア! アクシズ教徒が崇める水の女神、アクア様よ!」

「……女神?」

「を、自称しているカワイソーな子なんです。自分が女神だと思い込んでるイタイ子なんです……そっとしてやってください」

「ちょっとカズマ! 誰が自称女神よ!? 私は正真正銘女神様なの!」

 

 カズマの補足に対し、そっちこそ嘘を吐くなと言い返したアクアは再び腰を降ろし、バージルに視線を戻す。

 

「まぁいいわ。それよりもバージル」

「なんだ」

「貴方の剣技、中々のものだったわ。で、私から一つ提案があるの」

 

 真剣な表情のアクア。バージルだけでなく、他の四人も彼女の言葉をじっと待つ中、アクアはおもむろに口を開いた。

 

 

「わ──」

「断る」

「まだ何も言ってないじゃないのよぉおおおおっ!?」

 

 彼女の言わんとしていることが予想できた瞬間、バージルは超食い気味に断った。当たっていたのか、アクアはまたも立ち上がってバージルに突っかかる。毎度毎度大声を上げるバージル達の席が気になるのか、周りの冒険者達はバージルに睨まれないようコッソリと見つめていた。

 

「俺は誰とも馴れ合うつもりはない。無論クリスともだ」

「な、なんという即答……カズマのも良かったが、これもまた……んんっ!」

「ほう、孤高を自ら望むとは……」

 

 仲間に誘おうとしたアクアをバージルは冷たくあしらう。そんな彼の姿を見て、ダクネスは何故か悦びを覚え、めぐみんは何を勘違いしたのか感心を示していた。そしてカズマは、嫌な予感を覚えながらも様子を見守る。

 

「この女神たる私が、ぼっちのアンタに手を差し伸べてあげているのよ!? それを自ら断るなんてどういう神経してんのよ!?」

「いやお前がどういう神経してんだよ!? あの実力を見ても上から目線で頼むとか身の程知らずにも程があんだろ! 今すぐ謝れ! バージルさん青筋ピキピキ浮かべてんぞ!?」

「クソボッチヒキニートのカズマは黙ってて!」

「お前が黙れよクソビッチ穀潰し駄女神!」

 

 予感的中。女神を自称しているとは到底思えない粗暴な口調で、アクアはバージルに文句をぶつける。彼女のようなやかましい女は嫌いなタイプだったのか、バージルはアクアを睨んで顔に青筋を浮かべていた。

 このままでは喧嘩が始まる。そう悟ったカズマは慌ててアクアを止めようとしたが、彼女はそれでも止まらない。

 

「バージル! 私と勝負よ! どっちが多くキャベツを収穫できたかで勝負しなさい!」

「いいだろう」

 

 アクアが売ってきた喧嘩を、バージルは即座に買った。彼女は何を言っても無駄なタイプだろうと思ったのだろう。クリスにキャベツを回収させたことを覚えていたバージルは、彼女に自分が斬った個数を尋ねる。

 

「クリス、俺が斬ったキャベツは何個だ?」

 

 目測であるが、百個以上斬ったのは間違いない。勝負にもならんだろうと思いながらクリスの言葉を待っていたが──彼女が発したのは、予想だにしない報告だった。

 

「それなんだけど……どうもバージルが斬ってたのって、ほとんどレタスだったみたい」

「……何っ?」

「だから、バージルが斬ったキャベツは全部で……三個」

 

 まさかの結果を受け、バージルは言葉を失う。

 何故レタスが混じっていたのか。そもそもレタスも飛ぶのか。理解が追いつかず固まってしまったバージル──とその時、勝負を持ちかけた女神からクスクスと笑い声が漏れた。

 

「プッ…! あ、あれだけ大量に斬ってたのに、ほとんどレタスとか……もうダメ! 笑い堪え切れない! プークスクス!」

「貴様ッ……!」

 

 よほどツボに入ったのか、アクアは目に涙を浮かべて腹を抱えて笑う。そこでバージルは確信した。彼女は、ダクネス以上に嫌いなタイプの女だと。

 バージルは怒りのこもった目でアクアを睨みつけるが、笑いは止まらず。カズマも手に負えないと感じたのか、我関せずとばかりにキャベツを食べていた。

 

「もう私の勝利は確実ね! ちょっとー! 受付の人ー! こっち来てー!」

 

 しきりに笑ったアクアは、シュワシュワを一気に飲み干した後、大声でギルド職員を呼ぶ。酒場のヘルプに入っていた金髪の受付嬢は、すぐさまアクアのもとに駆け寄った。

 

「はい、いかがなさいましたか?」

「私の収穫量! いくつよ!?」

「えっと……キャベツのことですか?」

「それ以外に何があるのよ! バージル! 耳かっぽじってよーく聞きなさい! 圧倒的な力の差ってヤツを見せつけてあげるわ!」

 

 自信満々に言葉を待つアクア。カズマ以外の者が耳を傾ける中、受付嬢はアクアの収穫量を発表した。

 

 

「0個です」

「……へっ? 0個?」

「はい、0個で──」

「ハァアアアアアアアアアアアアアーッ!?」

 

 予想外の数値を聞いて、しばし固まったアクアは我に返り、勢いよく立ち上がって受付嬢の胸ぐらを掴んだ。

 

「ちょっと待って!? ゼロってどういうことよ!?」

「そ、それが、どうもアクア様が回収したものは、全てレタスだったみたいで……!」

「全部!? 私が汗水垂らして必死こいて回収したやつ全部が!? おかしいから!? そんなのありえないから!?」

「ほ、本当なんですって!?」

「私のお金は!? 一攫千金狙えると思って、有り金全部使っちゃったんですけど!? どうしてくれるのよー!?」

「そ、そんなこと言われましても……!」

 

 受け止めたくない事実を知り、アクアは必死に受付嬢へ抗議する。回収した物全てがレタスだったのは運がなかったとしか言えないが、有り金を全て失ってしまったのは誰がどう見ても自業自得である。

 半ば八つ当たりでアクアが受付嬢に突っかかる傍ら、バージルはギリギリ勝てたことに内心ホッとしていた

 

 

*********************************

 

 

「あのー、ちょっと気になったんですけど……バージルさんのステータスを見せてもらうことってできますか?」

「ムッ?」

 

 未だアクアが受付嬢に八つ当たりしている傍ら、カズマが控えめにバージルへ話しかけてきた。話すより見せた方が早いと思ったバージルは、懐から冒険者カードを取り出して机に置く。気になっていたカズマ、めぐみん、ダクネスの三人はカードを覗き込み──皆一様に驚嘆した。

 

「な、なんですかこの数値は!? デタラメにも程がありますよ!?」

「ここまで高いと、特別指定モンスターを討伐できたのも頷ける」

「すっげー……俺もこんな数値を叩き出したかったなぁ」

 

 受付嬢やゲイリー、クリスと同じ反応。と思いきや、ここでダクネスが一つのステータスに目をつけた。

 

「しかし、運ステータスだけは酷く低いな」

「ホントですね。かなりの不幸体質ですよ」

「随分と酷い言われようだね。あっ、だからほとんどレタスだったのかな?」

「……フンッ」

 

 ダクネスとめぐみんの言葉を聞き、クリスが茶化すように話しかけてきた。バージルは不機嫌そうにそっぽを向く。そんな中、カズマは黙って運のステータスを凝視していた。

 

「(平均数値は50……で、バージルさんの数値は7。アクアの数値は確か……1)」

 

 筋力、俊敏性、体力、魔力等のステータスで、冒険者にとって最も不要だと言われているのが、運だ。しかし大概の冒険者はレベル1でも50以上はある。アクアやバージルのような、一桁台の数値を叩き出す者は希少だと、アクアの冒険者カードを見ためぐみんが話していた。それが何を意味するのか。

 カズマはゆっくりと顔を上げ、窓の外を見ているバージルを見る。視線を感じたのか、バージルは顔を合わせてくる。そしてカズマは、親指を立てて彼に伝えた。

 

「バージルさん……頑張って!」

「何故励ます」

 

 

*********************************

 

 

「あんの堅物サムライィ……次は絶対仲間にしてやるんだからぁ……ヒック」

「お前まだ諦めてないのかよ。うっ、酒くっさ……」

 

 月と星が光る夜空の下。顔を真っ赤にして目を虚ろにさせているアクアを背負い、酒の臭いに顔をしかめながらもカズマは夜道を歩いていた。

 夕食会がお開きとなった後、バージルは真っ先に席を立ってギルドから出た。めぐみんはキャベツ収穫祭でうっかり爆裂魔法を撃ち忘れていたと、ダクネスとクリスを連れて夜遅くにも関わらず街の外へ行った。先程大きな爆裂音を耳にしたので、二人の前でぶっ放したのだろう。住民からすれば睡眠妨害も甚だしいとカズマは思う。

 

 そして残ったアクアだが……キャベツを一個も収穫できなかったことを悔やみ、泣きながらやけ酒をしていた。借金なんか知るかとばかりに。その時のアクアを指して「彼女は女神です」と言っても、信じる者は誰一人としていないであろう。

 結局、自分では立てなくなるほど酔ってしまったので、カズマが背負って帰る羽目に。顔とプロポーションだけは良いのだが、それを帳消しにする程の性格を知っていたカズマは、背中に柔らかい物が当たっている現状を嬉しく思わなかった。感情のままに背負い投げしたいぐらいだ。

 

「(けど、アクアの言う通り……あの人を仲間にできたら心強いよなぁ)」

 

 歩きながら、ふと蒼白のソードマスターとの出会いを思い返す。性格面は堅物で融通が効かなそうだが、それを鑑みてもお釣りが返ってくるほどの力と技を持っている。彼がいれば、魔王討伐も夢ではないだろう。

 

「(それに……もしかしたらバージルさんも、俺と同じ転生者かもしれないし)」

 

 彼が転生者だと感じた理由は二つ。一つは、この世界について何も知らないとクリスが言っていたこと。もう一つは、チートアイテムでも使わない限り出せることのできないトンデモ数値のステータス。もし本当に転生者なら、転生者にしか分かち合えないような悩みや愚痴も打ち明けられる、良き相談相手になってくれるかもしれない。

 是非とも仲間に引き入れたいが……本人が嫌と言っているならしょうがないと、カズマはため息を吐く。

 

「──おい」

「んっ?」

 

 その時だった。不意に後ろから声を掛けられ、自分に向けているものだと思ったカズマは振り返る。

 そこにいたは、青いコートに銀髪のオールバックの男──蒼白のソードマスターことバージルだった。

 

「うおぁうっ!?」

「あイタァッ!? 頭がっ!? 頭蓋骨がーっ!?」

 

 まさかの再登場にカズマは思わず声を上げて驚き、うっかり背負っていたアクアを地面に落とす。アクアは後頭部と背中を打ち付け、小さく悲鳴を上げて後頭部を抑えながら転がっている。

 

「何をそんなに驚いている」

「い、いや、まさかバージルさんだとは思わなくって……」

「いったー……ちょっとカズマ! いきなり落とすなんて酷いじゃな……ってあーっ! さっきの堅物サムライ!」

 

 無表情で見つめるバージルに、カズマはアタフタしながらも答える。その後ろで痛そうに後頭部を摩っていたアクアだったが、バージルの姿を見るやいなや大声を上げて彼を指差す。痛みで酔いが少し覚めたのか、目も虚ろではなくなった。

 

「貴様、確かサトウカズマといったな」

「は、はいっ!」

「後ろにいる女は、女神を名乗っているそうだな」

 

 思わず背筋を伸ばすカズマ。するとバージルは、アクアが女神を自称していた件について触れてきた。彼が同じ転生者ならば、女神を知っていてもおかしくない……が、あくまで推測。念のため、アクアが女神である事実を隠して答えた。

 

「そ、そうなんです! この子は自分が女神だと思い込んでいる頭がアレな子で! 何度も病院に行けって言っているんですが……」

「んなっ!? だから私は自称女神じゃなくて、本物の女神なの!」

「ほらっ、こうやって頑なに女神だと──」

「その話、信じてやってもいい」

「えっ!?」

 

 信じてもらえるとは思っていなかったのか、アクアが驚きの声を上げる。やはり彼は──カズマが息を呑む中、バージルは言葉を続けた。

 

「俺も女神によって、この世界に転生させられた身だからだ。貴様もそうだろう? サトウカズマ」

「……ッ!」

 

 だが、カズマが転生者であると見抜いてくるとは思わず、カズマも目を見開いて驚いた。一方でバージルは腕を組み、カズマをじっと見つめる。全てお見通しだと言わんばかりに。

 恐らくこの男に嘘は通じない。隠すことは不可能……いや、そもそも隠す必要はもうないだろう。そう思ったカズマは、バージルへ真実を話すことにした。

 女神アクアによってこの世界に転生したこと。転生特典として、アクアを連れてきてしまったこと。日本という国に住んでいたことを。

 

 

*********************************

 

 

「──と、いうわけなんです」

「日本……」

 

 カズマが全てを話した後、バージルはそう口にし、何やら考える仕草を見せ始めた。見た目は外国人だが、日本についても知っているのだろうかと勝手に思っていると──。

 

「スパーダ、そしてムンドゥスという名前に聞き覚えはあるか?」

「……はい?」

 

 突然尋ねられた、謎の質問。聞き覚えのない単語を聞き、思わずカズマは首を傾げる。隣にいたアクアも「スパーダ? 何それ? 車の名前?」と全く知らない様子。

 

「成程……概ねわかった。今の質問は忘れてくれ」

「は、はぁ……」

 

 するとバージルは自分から質問を取り下げてきた。結局質問の意図はわからず、カズマも釈然としないままだった。

 

「あっ、じゃあ俺からも一つ質問していいっすか?」

「何だ?」

 

 とそこで、今こそ気になる点について聞くチャンスなのではないかと思い、バージルへ質問した。バージルは静かにカズマの言葉を待つ。

 

「多分ですけど、転生する時に女神様から……特典を選んでくれって言われませんでした?」

「確かに言われたな」

「じゃ、じゃあ! その時に選んだのってもしかして……今持ってる刀だったりします?」

「いや、この世界で鍛冶屋に作らせたものだ」

「(……あれ?)」

 

 てっきりカズマは天色の刀が転生特典であり、それがステータスを向上させているものだと予想していたのだが、のっけから外れてしまい彼は困惑する。

 

「俺が選んだのは、元の世界にあった武器だ」

「……! な、ならその武器って、自分の力が全体的にグーンと上がったりします?」

「そんな性能はないが?」

「(……あっれー?)」

 

 転生特典で武器を選んだとも話したが、それもステータスとは関係ないらしい。出会って間もまい相手であるが、嘘を吐くような男には見えなかった。だがもしも、彼が口にした言葉を真に受けてしまった場合──。

 

「(……まっさかねぇ)」

 

 バージルは『素』でこの強さという、トンデモプレイヤーということになる。明らかに人間の彼が──だ。

 もっとも、その可能性が無いわけではない。自分が生前住んでいた世界と、この世界以外にも異世界があり、バージルがその異世界出身で、この世界に負けず劣らずのファンタジー感に満ち溢れていたのなら。

 だがそれでも、あの強さは異常に思えた。何か──秘密がある筈だ。

 

「質問は終わりか?」

「えっ? あっ、はい」

 

 気になる要素が更に増え、もっと突っ込んだ質問をしたい気持ちはあったが、夜も遅い。今日はこれぐらいにして、また後日聞ける機会があれば尋ねよう。そう思ったカズマは、もう質問はないと答えた。

 このままバージルは背中を向けて帰るのかと思われたが──背を向ける素振りすら見せず、話を続けた。

 

「ではサトウカズマ。貴様に提案がある」

「提案? なんですか?」

「仲間になるつもりは毛頭ない……が、貴様とは協力関係を結んでやろう」

「えっ……えぇっ!?」

 

 その内容は、カズマを驚かせるには十分過ぎるものだった。

 仲間ではないが、協力関係ならば味方になってくれるのは間違いない。あの目にも止まらぬ剣技を見せた、特別指定モンスターでさえも倒してしまう実力者が、だ。

 言うなれば、二周目以降から仲間になる隠しキャラを一周目の最序盤で仲間にしてしまうような、チートでも使わない限りできないイベント。それを目の当たりにしたカズマは、あまりにも現実味を感じられず言葉が出ない。

 

「ちょっと!? 神聖な女神たる私が頼んでも即断ってきたのに、なんでたかがヒキニートのカズマには自分から仲間になるって志願してるのよ!? 私じゃ不服だって言うの!?」

「貴様は黙っていろ。それと仲間ではなく協力関係だ」

「どっちも同じじゃない!」

「い……いいんですか?」

 

 大声で怒りをぶつけるアクアをバージルがあしらう中、カズマはやっと出た言葉で念を押す。

 

「そう言っているだろう。だがその代わり、貴様には一つ仕事をやってもらう」

「……ッ!」

 

 どうやら、タダでは力を貸さないようだ。そもそも協力関係とは、互いに対価を払って初めて成立するもの。何かを要求されるのは至極当然のことだ。

 

 一体どのような仕事なのか。もしかしたら、高難易度クエストを攻略するよりも難解な、一筋縄ではいかないものかもしれない。カズマは息を呑み、バージルの言葉を待つ。

 バージルは歩き出し、カズマの隣に立つと──カズマにだけ聞こえるよう小声で伝えてきた。

 

 

「あの変態が暴走し出したら、貴様が止めてくれ。俺では手に負えん」

「……善処します」

 

 バージルの切実な頼みを聞き、カズマはすぐさま承諾した。カズマの返答を聞いたバージルは、黙ってその場から去っていく。

 

「ねぇカズマ。バージルと何を話してたのよ?」

「男同士の固い約束だ」

 

 やたらキメた声で話すカズマだったが、アクアは頭上にハテナを浮かべる。

 かくして二人の異世界転生者は出会い、互いに協力することを誓ったのだった。




バージルがやたら喋っているように思えますが、3の頃より少し柔らかくなったからだと思ってやってください。


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第7話「この冒険者と共にコボルト狩りを!」

 年に一度のキャベツ収穫祭から翌日。天気は雲ひとつない快晴で、空飛ぶモンスターは元気に宙を舞っている。絶好のクエスト日和だと、アクセルの街に住む駆け出し冒険者達は装備を固めてギルドに足を運んでいる。

 そして、つい先日この世界へ降り立った男、蒼白のソードマスターことバージルは──。

 

「……ふむ」

 

 今日も今日とて、アクセルの街にある図書館で本を読み続けていた。多方面の本が並ぶ棚の前に立ち、静かにページを進める。

 

 ジャイアントトード五十匹と、特別指定モンスターの討伐報酬。しばらく遊んで暮らしても問題ないほどの大金が舞い込んだが、バージルにその気はない。かといって、すぐにクエストへ行こうともしなかった。強大な力を持ってはいるが、あくまで以前の世界での話。

 この世界の全体図や地名、モンスターの名前と特徴、国々の交友、対立関係等々……未知の部分が多い。無知を晒してクエストに行くのは愚行と判断し、情報収集に専念していた。

 書かれている内容を頭にインプットした彼は本を棚に戻し、ひとつ隣にあった本を手に取ろうとする。

 

「あっ、いたいた」

「ムッ」

 

 とその時、図書館の入口付近から聞き覚えのある声が聞こえてきた。本を取ろうとした手を止め、バージルは声の主に目を向ける。

 

「クリスか」

「やっほ」

 

 この世界で初めて得た唯一の協力者、盗賊クリス。彼女は手を挙げて挨拶をすると、図書館に入ってバージルに歩み寄る。

 

「朝から図書館で読書? 勉強熱心だねー」

「前置きはいい。宝探しへ誘いに来たのだろう?」

 

 無駄な話に付き合うつもりはないと、バージルは言葉を返す。ある意味コミュニケーション能力が乏しい彼を見たクリスは、小さくため息を吐きながらも本題に入った。

 

「ここから南方面……前に行った洞窟の場所を過ぎた先に山があって、その中にフーガダンジョンってのがあるんだけど、最奥にまだお宝があるらしいんだ。今回はそこに行くつもりなんだけど、どうかな?」

 

 フーガダンジョン──アクセルの街から南へ進んだ先にある遺跡型のダンジョン。数十年昔、そこは冒険者の住処とされていた。

 今や下級モンスターの蔓延る、初心者向けダンジョンとなっており、トラップも仕掛けられている。お宝は根こそぎ駆け出しの冒険者が持ち出していると思われたが……かつて、そこに住んでいた冒険者によって隠されたお宝があるとの情報をクリスは得ていた。 

 

「フーガダンジョン……往復で一日はかかるか」

「もう地名と場所まで覚えてたの?」

「まだこの街周辺だけだがな」

 

 物覚えの早いバージルに、クリスは少し驚く。知能も高い上、歯向かう敵をものともしない力もある。冒険者として、これほど心強い味方はそうそういないだろう。

 

「なら話は早いね! いざ、お宝探しへレッツゴー!」

 

 探索が捗れば、流石に日帰りはできないが明日の夜までには帰って来れるだろう。クリスはテンションを上げながら図書館を出る。その後ろを、バージルは黙ってついていった。

 

 

*********************************

 

 

 ギルドにてフーガダンジョンの探索クエストを受け、二人は早速ダンジョンへと向かった。二人だけでダンジョン探索と聞いて受付の者は心配したが、隣にいたバージルを見るやいなや笑顔で送り出した。

 道中の下級モンスターも軽く捻り、二人は順調に進んでいたのだが──。

 

 

「うわちゃあー……こりゃまた大変そうだね」

 

 森の中、クリスは崖下を覗き込みながら憐れむように呟く。二十メートルはある崖の底には、フサっとした体毛に覆われた、二本足で歩く犬のモンスター『コボルト』が十匹、二十匹……否、それ以上の数が群れをなしていた。

 

 一体一体ならば、駆け出し冒険者でも倒せるほどのモンスターだが、彼らには知能がある。一匹では格上に勝てないと考えた彼等は、群れることで力を示していた。

 たちまち囲まれてしまえば、中堅冒険者でも苦戦は必至。ベテラン冒険者でも、一人で倒せとなれば難しいだろう。

 群れで行動している時はあまり鉢合わせたくないモンスター。幸い、向こうはこちらに気付いていないので、見なかったことにしてこの場を去りたいところだが……。

 

 

「ねぇ無理だって!? やっぱこの量無理だって!? もう帰ろうよ!?」

「ダメだ! 逃げ場がない以上戦うしかない!」

「ちっくしょーっ! こんなにいるとか聞いてねぇぞ!?」

「こじんまりした巣の調査かと思ったら、とんだ大家族じゃねぇか!?」

「(奴等は……酒場にいた冒険者か)」

 

 壁際に追い込まれ、危機敵状況にいた冒険者達。彼等は、バージルがこの世界に降りた日に酒場で喧嘩をし、金を奪い取ったダストと、そのパーティーメンバーであるキース、テイラー、リーンであった。もっとも、名前は一切覚えていなかったが。

 いずれ殺されるであろう彼等にバージルは哀れみすら覚えず、立ち上がってこの場を後にしようとする。

 

「ねぇバージル、ちょっくらこれ使って、コボルト達を退治してきてくれない?」

「……なんだと?」

 

 が、横に居たクリスが突然、赤橙色の粉が入ったビンを見せながらそう頼んできた。

 

「これは、敵を寄せ付ける効果を付与できる粉だよ。自分の身体にかけたら、コボルト達は敵意剥き出しで君に襲いかかってくる。かなりの数だけど、特別指定モンスターを軽々倒せちゃう君なら大丈夫だよ!」

 

 アイテムの説明をするクリスを、バージルは眉間に皺を寄せて睨む。彼女の言葉を言い換えれば、身を挺して下にいる冒険者を助けてきてくれ、ということ。

 当然、バージルの答えはNOだった。何の得にもならないのに、何故わざわざ助けてやらねばならんのだと。

 

「この下……コボルトの住処に、お宝の匂いがするんだよねぇ。アタシの『宝感知』がそう言ってる」

「ムッ……」

 

 しかし、クリスの言葉を聞いてバージルは開けかけていた口を閉じた。

 『宝探知』──名前の通り、宝の在処がわかるスキル。クリスが言うのなら、崖下エリアにお宝があることは間違いない。

 そしてバージルは、クリスからこの世界での知識を教わる代わりに、お宝探しを手伝う契約のもと、協力関係を築いている。「これもお宝探しの一環だから」と言われれば、協力者であるバージルは従わざるをえないのだ。

 

「面倒な……」

 

 この世界の知識は本でも得られるが、実際に世界を歩き、体験してきた者の知識、情報は本に書かれていない有益な物も多い。世界を知らない自分には、世界を知るクリスがまだ必要だ。

 人助けじみたことをするのが癪に障るが仕方ないと、バージルは乱暴にクリスから瓶を奪い取り、刀の下緒を解き──当然のように崖から飛び降りた。

 まさかダイブするとは思っていなかったのか、後ろでクリスは仰天しながらも、落ちていくバージルを見る。

 

「こうでも言わないと、貴方は助けに行かないでしょうから」

 

 

 

*********************************

 

 

「はぁっ!」

「クソッ! マジで何匹いやがんだよ!」

「『ファイアーボール』! ねぇもう魔力切れそうなんだけどー!?」

 

 テイラーが剣でコボルトを撃退する中、後方支援のキースが弓を引く。三人に守るように囲まれていたリーンは、涙目になりながらも魔法を放っていた。

 

「焦んな! 鞄ん中に魔力回復のアイテムがあっただろ! それ使え! キースも愚痴ってねぇでバンバン射抜け!」

 

 テイラーと同じく前線にいたダストは、弱気になっていた二人の尻を叩くように声を張る。が、敵のコボルトは倒しても倒しても、次々と穴から出てくる。

 コボルトの巣の調査──難易度は高くもなければ低くもないのだが、あくまで『調査だけ』ならばの話。彼等と真正面から立ち向かい、討伐するとなれば難易度はグッと上がる。そこを履き違えていたダストは、こうして窮地に立たされる羽目になったのだ。

 

「クソッタレがっ……!」

 

 こんなことなら、もっと用心してクエストを選ぶべきだった。ちゃんと情報を得てから来ればよかった。仲間の忠告を聞かず、余裕をかましてクエストを受けた自分に怒りながらも、迎えくるコボルトと対峙する。

 ピンチだが、絶体絶命ではない。何とかこの包囲網を突破し、一度避難さえできれば──そう考えていた時だった。

 

Cut off(断ち斬る)!」

 

 空で、青い閃光が走った。

 高速で上から何かが落ち、砂埃が上がる。その中では、青白い雷がバチバチと光っていた。

 突然のことに、辺りのコボルト達はピタリと動きを止める。一方で、砂埃が晴れた後にダスト達は恐る恐る目を開けると──目の前に現れた者を見て驚愕した。

 

「あ、アンタは──!」

「死にたくなければそこを動くな」

 

 蒼白のソードマスター、バージル。彼はダストに一言だけ告げると、真っ二つに斬ったコボルトを通り過ぎ、無言で彼等から離れていく。その傍らで、未曾有の敵を見たコボルト達は、威嚇しながらもバージルを睨み続ける。

 ある程度離れたところで彼は周辺を見渡すと、片手に持っていた瓶を開け、頭からかぶるように粉を自分にかけた。

 

「あれは……まさか、一人で相手取るつもりか!?」

 

 彼の使ったアイテムを見て、テイラーは彼が何をしようとしているのかを察する。その時、周りにいたコボルト達が動き始めた。先程まで狙っていたダスト達からそっぽを向き、一斉にバージルの元へ走り出す。

 あっという間に四方八方を囲まれたバージルだったが、表情は変わらない。彼が左親指で鍔を持ち上げた瞬間──背後に迫っていたコボルトが、バージルの脳天目掛けて片手剣を振り下ろした。

 

 が──既に彼の姿は在らず。立っていた場所から、彼は数メートル先にへ瞬時に移動していた。コボルト達は驚きながらも視線を移す。

 バージルの手には、先程よりも刀身が鞘から出ていた刀が。彼は静かに息を吐くと、ゆっくりと鞘に刀を納めていく。

 そして、キンッと金属が当たる音を立てて納められた瞬間──斬りかかった筈のコボルトは血を流して倒れた。

 斬る瞬間どころか、刀を抜いた動作さえ見えない神速の刃。彼の居合術を目にしたコボルト達は、一体何が起こったのかわからず困惑する。

 

「鈍い」

 

 気付いた時にはもう遅い。バージルは刀を構えて駆け出し──通り際にコボルトを数匹斬った。技は見えないが、正面きって戦うのは自殺行為とだけ判断した一匹のコボルトは、彼の背後から襲いかかる。

 

「ハッ!」

 

 だがバージルは、左手に持っていた鞘を後ろに投げ、襲いかかってきたコボルトを迎え撃った。彼の手から離れた鞘はコボルトの腹を突き破り、更にその後ろにいたコボルトの腹に刺さり、数匹巻き込みながら後方へ飛んでいく。

 速い上に予想の付かない攻撃。コボルト達はバージルに狼狽え始める。その隙をバージルは逃さない。

 

「フッ!」

 

 バージルは鞘を投げた方向へ、コボルト達を斬り倒しながら駆け出した。

 刀を振り抜いた勢いで彼が刀から手を離すと、刀は回転しながら空中を舞い、コボルト達を斬り刻む。

 投げた刀がブーメランの如くバージルのもとへ戻ると、身体の方向を反転させて左手でキャッチし、同時にコボルトを斬った。背後には、未だコボルトの腹を刺している、投げた筈の鞘。

 

「ハァッ!」

 

 バージルは逆手で持っていた刀を、コボルトに刺さっていた鞘へ真っ直ぐ納める。と、刀身が完全に隠れる瞬間に衝撃が加わり、鞘に刺さっていたコボルトの何匹かが後方へ吹き飛ばされた。

 最後に彼はコボルトから鞘を引き抜く。同時に、彼と対峙したコボルト達は身体から血を吹き出し、その場に倒れた。

 

「弱い」

 

 バージルは右手で髪をかきあげ、退屈そうに呟く。挑発と感じたのか粉の影響か。普段なら強者と対峙すれば逃げ出すコボルト達は、果敢にもバージルと戦い続けた。

 

 

*********************************

 

 

「つえぇー……」

 

 バージルの剣舞を見ていたキースは、思わず呟く。彼だけでない。テイラーとリーン、そしてダストも同じだった。

 キャベツ収穫祭で見せた彼の剣技。改めて見て、その凄みを理解する。これほどの力──特別指定モンスターを倒したと噂されるのも頷けた。

 

「よっ……と。皆大丈夫?」

「へっ? あ、貴方は確か……」

「クリスだよ。盗賊のクリス」

 

 バージルのコボルト狩りに四人が見入っていた時、不意に背後から声をかけられた。振り返ると、そこには銀髪ショートの盗賊──クリスが、崖の上から吊るされた縄を片手に立っていた。話したことは少ないが、彼等とは面識があった。

 

「バージルがコボルト達を引きつけているから、その間にあっちの岩陰に隠れよう。アタシが『潜伏』を使うから、皆はアタシの身体に触れてて」

 

 クリスは少し離れた所にある岩を指差しながら、ここから移動するよう四人に促す。

 『潜伏』は勿論自分に使えるスキルだが、誰かが自分の身体を触っていれば、その者にも『潜伏』の効果を与えることができる。

 

「クリスさんは、あの人と仲間だったんですか?」

「んー、仲間というより協力者だね。ま、その辺は気にしないで。早く行くよ」

「お、おう。しかしキャベツ祭の時も思ったけど、アイツ鬼のようにつえぇな」

「全くだ。あの数のコボルトを一人で相手取るなんて、一流冒険者でも至難の技だぞ」

 

 とにかく今は彼女の言う通り、身を隠すべきだ。そう考えたリーン、キース、テイラーの三人は、クリスの肩に手を置く。

 

 が──ダストだけは、バージルが戦っている場を見たまま、動こうとしなかった。

 

「んっ? どうしたダスト?」

「お前も姉ちゃんと一緒に隠れようぜ。ほらっ、こっち来いって」

「……ダスト?」

 

 止まっていたダストを見て、仲間の三人は声を掛ける。しかしダストは振り向こうとしなかった。

 

「……ッ」

 

 ここは大人しく引き下がり、バージルがコボルト達を殲滅するのを待つのが、最善の判断だろう。自分もそう思っている。

 しかし、このまま彼に任せて退いてしまうのは──。

 

 

「かっこわりぃじゃねぇかぁあああああああああっ!」

「「「ダストッ!?」」」

 

 男のプライドが、許さなかった。ダストは剣を強く握り締め、呼び止める声も聞かず駆け出した。

 

 

*********************************

 

 

「──フッ!」

 

 飛び上がったバージルは空中で回転し、四方八方から飛びかかってきたコボルト達を斬り刻む。そして、前にいたコボルトを踵落としで地面に叩きつけ、着地と同時に刀で真っ二つにたたっ斬った。彼は刀を鞘に納め、未だ周りを囲むコボルト達を睨む。

 

 もう百は狩っただろう。しかしコボルト達はまだ絶えない。粉の効果が切れ始めたのか、武器を捨てて逃げ出す者も現れた。が、多くの者はバージルに向かってくる。大将の首を狙う兵士が如く。

 

「次から次へと……」

 

 いい加減鬱陶しくなってきたバージルはため息を吐く。隙に見えたのか、周りを囲んでいた一匹が再びバージルの背後から襲いかかった。その戦法も飽きたと、バージルは刀を抜こうと柄を掴む。

 

「うおぉらっしゃぁああああっ!」

 

 その時、男の雄叫びが耳に入り──背後に迫ったコボルトは、乱入してきた者の剣に刺された。バージルは刀を握ったまま、横入りしてきた者に顔を向ける。

 

「さがっていろと言った筈だが?」

「うっせぇ! どうしようと俺の勝手だ!」

 

 コボルトから剣を引き抜いたダストは、喧嘩腰でバージルに言葉を返した。

 

「元々これは俺が引き受けたクエストだ! 俺がやんなきゃ意味ねぇんだよ!」

「壁際に追い詰められていた男がよく言う」

「追い詰められてねぇ! あそこから逆転するつもりだったんだよ!」

 

 ダストの反論に、どうだかとバージルは思ったが、声には出さずコボルト達に視線を戻す。

 

「とにかく! コイツ等は俺が倒してやらぁ!」

 

 ダストは剣を握り締め、一匹のコボルトに突っ込んだ。向かってきたダストを見て、コボルトは手に持っていた剣で防御の姿勢を取る。

 

「誰が剣で攻撃するっつったぁ!」

 

 しかしダストは接近した瞬間に姿勢を変え、スライディングでコボルトの足元を狙った。コボルトはそれに対応できず足を取られ、うつ伏せで倒れる。ダストはすかさず起き上がると、倒れたコボルトの心臓部を背中から剣で突き刺した。仲間を倒したダストを見て、数匹のコボルトが彼にターゲットを変える。

 

「あめぇよ!」

 

 対するダストはコボルトの剣を防ぎ、時にはかわしつつ、歯向かうコボルト達を斬っていく。

 何匹か倒したところで、ダストの前方から木製の棍棒を持つコボルトが突進し、ダストの心臓目掛けて突きを繰り出してきた。しかしダストは横にかわし、左手で敵が持っていた棍棒を握る。

 

「棍棒ならセーフだよな……ちょっくら借りるぜ!」

 

 ダストは小さく呟いた後、いたずらっ子のように笑い、棍棒を持ったままコボルトを右足で蹴った。コボルトの手から棍棒が離れたのを見てダストは剣を納めると、棍棒を両手で持って構える。

 続けてコボルトがダストに攻撃を仕掛けるが、ダストは彼等の攻撃を防ぎつつ、反撃を繰り出していった。

 

「あらよっと!」

 

 前から剣で横向きに斬りつけてきた攻撃も、ダストはひらりとジャンプでかわし、着地すると同時に棍棒で敵を叩きつける。着地を狙って後ろから襲いかかったコボルトも、すかさず棍棒の先で喉元を狙い迎撃。

 ふと、周りのコボルト達が徐々に近づいていたのを見たダストは、棍棒を長く持ってリーチを伸ばし、横薙ぎで敵との距離を空けた。一匹狼狽えたのを見たダストは、棍棒を強く握り締めてそのコボルト接近し、敵に強烈な百裂突きを繰り出す。

 

「おらららららららら──らぁっ!」

 

 最後は強く踏み込み、強く一突き。攻撃を受けたコボルトは後方へ吹き飛ばされ、白目を向いて倒れた。

 刀使いほどではないが、侮れない力を見せるダストをコボルトは睨み、同じくダストも棍棒を構えて睨み返す。

 

「ほう……」

 

 その様子を、片手間にコボルト達を斬りながら見ていたバージルは、ダストに関心を示していた。駆け出し冒険者の街に住む冒険者にしては、身のこなしが軽やかだ。武器が棍棒なのに対し、戦い方が槍のそれであったのは気になったが。

 

「ふっ! っと……マジでキリねぇなコイツ等! あそこに立ってるリーダーさんぶっ殺したら、尻尾巻いて逃げてくんねぇかな?」

 

 ダストはバージルの横へ後退し、そんな願望を呟きながら前方へ──赤いスカーフを首につけたコボルトに目をやった。

 多くのコボルトが未だ自分達に向かってくるのは、奥に控えた大将がいるという絶対の安心感、信頼感があるからではないだろうか。

 なら──頭を討てば、それに従う兵士は諦めて敗走してくれるのでは?

 

「なら、さっさと終わらせるまでだ」

「んっ? 何か言っ──ってあぁっ!?」

 

 瞬間、バージルは奥に立っていたリーダー目掛けて走り出した。勝手に突っ込むバージルを見て、ダストは驚きながらも怒ったように声を上げる。

 

「おい待て! アイツは俺の獲物だ! くっそ……『身体強化』!」

 

 ダストは慌てて自分の筋力、俊敏性を一時的に上げる『身体強化』を発動。棍棒を槍のように構えたまま、急いでバージルの後を追った。

 

 

*********************************

 

 

 スカーフを着けたコボルトは、前方から向かってくる敵を睨む。一方で青き剣使いは、目に見えぬ速度で刀を振り、立ち塞がるコボルトを斬り倒しながら向かってきていた。

 あの男は強い──が、全戦力を注ぎ込めば勝機はある筈だ。強大な力と相対した時、自分達はいつだってそうして勝ち続けてきた。リーダーのコボルトは決して逃げようとせず、腰元に据えていた剣を抜く。

 

 刹那──バージルの背後から、ひとつの影が飛び出した。

 

「──ッ!」

 

 リーダーは空高く飛び上がった者を視界に捉える。が、その先にあった太陽の光で目が眩んだ。太陽と重なるように浮かぶ者は──金色の髪に赤い眼の男。

 

「チェックメイトォッ!」

 

 男は叫び、握り締めていた棍棒を力のままに投げた。風切り音を立て、棍棒はリーダーの心臓めがけて飛んでいく。が、耳に入る風切り音と勘を頼りに、リーダーは寸でのところで横へ飛び、横腹を掠らせながらもかわした。

 

「だぁーっ! そこ避けんのかよー!?」

 

 男の悔しそうな声が聞こえる。徐々に視力が回復してきたリーダーは、おもむろに目を開いて男を睨む。危機から一転好機へ。リーダーはコボルト達に金髪の男を攻撃するよう指示を出した。

 

 瞬間──彼の背中に悪寒が走った。

 幾多の窮地を脱し、乗り越えたが故に鍛えられ、研ぎ澄まされた彼の防衛本能。リーダーは男から目を離し、即座に槍が投げられた方向へ振り返る。

 

 先程まで前にいた筈の蒼い剣使いが、棍棒を持ってリーダーを睨んでいた。窮地に立ったリーダーは、いつ投げられてもいいよう回避体勢を取る。

 金髪の男は仲間に任せればいい。この男は何とか自分が引きつけ、その間に仲間が金髪の男を倒せば、多対一の有利な状況に持っていける。

 この男の攻撃はほとんど見えない。が、自分の勘と経験を信じれば、必ず避けられる筈だ。頭をフルに回転させながら、リーダーは相手の行動を待つ。

 

 彼の攻撃は、そんな甘ったるいもので避けられるものではないと知らずに。

 

Checkmate(チェックメイトだ)

 

 気付いた時には──リーダーの身体に、投げられた棍棒によって穴が空けられていた。リーダーは白目を向き、胸から血を流してその場に倒れる。

 ほんの瞬きした一瞬で、リーダーが倒された。信じがたい光景を見て、部下のコボルト達に動揺が走る。

 そんな中、バージルは刀を握り締めてコボルト達を睨んだ。これ以上歯向かうなら、リーダーと同じく一瞬で殺してやると警告するかのように。

 

 リーダーの存在があったからこそ、柱があったからこそ、今まで怯えず、果敢に立ち向かえていた。

 しかし、柱が折れれば建物はあっという間に崩れ落ちる。彼らは即座に武器を捨て、逃げるように走り去っていった。

 

 

*********************************

 

「……フンッ」

 

 コボルトの巣から一匹残らず住民が消えた後、所詮は下級モンスターかとバージルは少しばかり出していた刀を納める。とそこへ、ダストが怒りながらバージルに突っかかってきた。

 

「おいっ! あそこは俺が格好良くトドメを刺す場面だったろうがっ!?」

「知らん。攻撃を外した貴様が悪い」

「あれは、敢えて避けさせといて油断したところを狙う作戦だったんだよ!」

 

 ダストがやいのやいのと騒ぎ立てているのを、バージルは無視し続ける。と、岩場に隠れていたクリス達が駆け寄ってきた。

 

「二人とも無事か! ……と、聞くまでもないか」

「おつかれー。流石だね、バージル」

 

 バージルに傷一つないのは当然と言えば当然だが、ダストも傷を負わなかったのは驚くべきことであった。そう思っていたのか、キースが興奮気味にダストへ話しかける。

 

「けどよ、ダストも凄かったぜ! 特に棍棒使ってた時! お前剣じゃない方が強いんじゃねーの?」

「えっ? マジ? あん時の俺そんなに決まってた? そうかそうか……フッ、地道にレベル上げてたのがようやく花を咲かせたか。リーンも、ちょっとぐらい褒めてくれたって損はしないぜ?」

「ハァ……ったく、少し褒められただけですーぐ調子に乗るんだから」

 

 キースの言葉で鼻を高くした彼は、バージルへの怒りも忘れて上機嫌に。そんなダストにリーンは呆れてため息を吐いた。

 

「あっ! そうだお宝! バージル! 早くダンジョンに行こう!」

 

 とそこで、クリスがふと思い出したかのように声を上げた。確かに、ダンジョンへ向かう途中だったのだが……。

 

「ここに宝があったのではないのか?」

 

 クリスは、ここにもお宝の反応があったと言っていた。だからこそバージルは、わざわざコボルト達を狩っていたのだ。そのお宝は回収しないのかと尋ねると、クリスは少し残念そうな顔を見せて言葉を返す。

 

「本当はそれも欲しいけど、どうやらダスト達が先に調査しに来てたみたいだから、彼等に譲るよ。アタシ達の本命はここじゃないし」

 

 クリスの話を聞いて、やはり無駄な時間だったかとバージルは息を吐く。一方で気にしていない様子のクリスは、早く早くとバージルを急かしながら、先程縄で降りてきた場所へ走っていった。

 

「そうだった! テイラー! リーン! ダスト! ちゃっちゃと終わらせようぜ!」

「おい待てキース! 一人で先に行くな!」

「えっと、ありがとうございました!」

 

 クリスの言葉を聞いて、すっかりクエストを達成した気でいたキースは、慌ててコボルト達の住んでいた穴へ走り出す。その後をテイラーは慌てて追いかけ、リーンはペコリとバージルへお辞儀をしてか後を追った。残ったのは、バージルとダストのみ。

 

「あー……バージル」

 

 話しかけられたバージルは黙って言葉を待つ。ダストは小っ恥ずかしそうに頬をポリポリ掻くと、目を背けながら言葉を続けた。

 

「その……悪かったな」

「何のことだ?」

「酒場で初めて会った時、色々言っちまっただろ? 酔ってたのもあったけど、馬鹿にして悪かった。それと今回は……サンキューな」

 

 バージルが冒険者になる前、酒場にてダストがバージルを馬鹿にした発言のことだろう。そのことを思い出したバージルは、依然変わらぬ表情のまま言葉を返した。

 

「別に構わん。むしろあの発言で、貴様が一番勝負に乗っかる奴だと確信できた。それと、助けたわけではない。クリスがここの宝を狙っていたから、邪魔な奴等を斬っただけだ。無駄足に終わったがな」

「お前……ホント嫌な野郎だな」

 

 バージルの言葉を聞き、ダストはジト目で彼を見つめる。しかし一度息を吐いた後に笑顔を見せると、バージルに向き合って親指を立てた。

 

「まぁあれだ! 魔王討伐目指して頑張りな! 勇者候補さんよ!」

「ッ……」

 

 ダストはそれだけ言うとバージルに背中を向け、先に走っていったパーティーメンバーの後を追った。彼の後ろ姿を見て、バージルはフンと鼻を鳴らす。

 

「(勇者候補……か)」

 

 『勇者候補』──基本的には、黒髪か茶髪の、変わった名前を持つ、高い能力や強力な武器を持った者──恐らくカズマのような異世界転生者を指すが、バージルのように上記の条件は満たしていなくとも、強い力を持った冒険者もそう呼ばれることはある。

 候補とはいえ、よもや自分が世界を救う勇者──英雄などと呼ばれる日が来ようとは、思ってもみなかった。

 

「(親父もまた、勇者と呼べる存在か)」

 

 かつて、人間界を救った英雄。伝説の魔剣士スパーダ。人間にとって英雄以外の何者でもないだろう。この世界で言うなら、まさしく魔王を倒した勇者だ。

 しかし、バージルにとっては父であり、超えるべき存在──手の届かない境地。

 自分とスパーダ、一体どこが違うのか。何故届かないのか。

 

 何故──『(ダンテ)』は『勇者(スパーダ)』に成り得たのか。

 

「(俺と親父、俺と奴……一体何が違う?)」

 




原作では不明、スピンオフでは名前だけ明かされたけどその他は不明。けどダストさんは、冒険者の中でも上位レベルだと思ってます。


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第8話「このダンジョンでお宝探しを!」

 ダストとのコボルト狩りを終え、ダンジョンへ向かって再出発したバージルとクリス。

 バージルとしてはコボルト狩りで無駄な時間を過ごしたので、少しでも早くダンジョンに着きたいところだったのだが……。

 

「おうおうテメェ等っ! 生きてここを通りたけりゃあ、金目のモンは置いていきな!」

 

 幸か不幸か、モンスターが蔓延るこの世界では貴重な存在とされている山賊に、道中で絡まれてしまった。

 バージルより高身長でガタイのいい三人の男は、バージル達を脅すようにナイフを見せつける。が、バージルは勿論のことクリスさえも畏怖する様子を見せない。

 

「抵抗するなら俺のナイフでズタズタに……おぉ? こりゃあいい姉ちゃん引き連れてるじゃねぇか」

「確かにイイ女だ。真っ平らなのがちと不満だが、最近溜まってっからな。この際文句は言うまい」

 

 山賊達はクリスを舐めまわすように見ながら、距離を詰め始める。

 一方で、聞き捨てならないフレーズでもあったのか、クリスはムッとした表情で腰元からナイフを抜き、いつ襲われてもいいよう戦闘態勢を取る。

 

 見た目はか細い女の子だが、実態は世界の各地を見て回ってきた冒険者。たかが山賊に遅れを取るほど脆弱ではない。

 助けはいらないだろう。バージルはそう思っていたのだが……自分で片付けた方が早い。効率を考えた結果、彼は自らクリスの前に出た。

 

「バ、バージル?」

「あぁん!? テメェに用はねぇんだよスカシ野郎! 邪魔するってんならテメェもっ──!?」

 

 怒りを覚えた山賊が、彼に近付きながらがなり立てる──が、彼の言葉は途中で止まってしまった。

 彼の鳩尾には、バージルの拳が。山賊は苦しむ様子も無くうつ伏せで倒れる。体格差だけを見て自分達が上だと思っていた残る山賊は、怯んだような目でバージルを見る。

 

「失せろ」

「「ヒ、ヒィィィィィッ!?」」

 

 放たれたバージルからの警告。背筋が凍るような感覚を抱いた山賊は、のびていた仲間を引き摺り立ち去った。

 

「無駄な時間を食った。さっさと行くぞ」

「あっ……うん」

 

 バージルはクリスに短く告げて、再び歩き出す。クリスは戸惑いながらも応じ、黙ってバージルの後を追いかける。

 クリスが物珍しそうにバージルの背中を見つめている傍ら、彼は右拳に目を落としていた。

 

 

*********************************

 

 

 山道を歩き、空に浮かぶ太陽が頂点から西へ落ち始めた頃。

 

「ここか」

 

 バージルとクリスの眼前にあったのは、今や古くなり苔や草の生えた石で構成された遺跡。今回の目的地である、フーガダンジョンの入口だ。

 

「準備はいい? って、聞くまでもないね」

 

 駆け出し冒険者ならば初ダンジョンを前にゴクリと息を呑む場面だが、この男は既に修羅の洞窟──俗に言うEXダンジョンをソロで攻略した身。

 違いがあるとすれば、モンスターのみでほぼ一本道な洞窟と正反対に、内装は入り組んでおり、罠も仕掛けられているのだが、それも『生前で』経験済だった彼には緊張も何もなかった。

 

「じゃあ早速行こうか。ひとまずバージルはアタシの後をついてきて」

 

 少し緊張感のないダンジョン潜入だが、クリスはバージルにそう指示を出して先頭を歩く。バージルは黙ってついていき、フーガダンジョンへ足を踏み入れた。

 

 

*********************************

 

 

「道中のモンスターは君がいるから問題ないだろうけど、罠は別だよ。予想外な所から飛び出してくるからね」

 

 壁に手を当てつつ階段を降りながら、クリスは後ろで松明を持っているバージルへ忠告する。

 バージルは強い。が、強さだけで冒険者は務まらない。こういったダンジョンにある罠を察知し、掻い潜れるようにならなければと、クリスは先輩風を吹かせていた。

 話している内に、目前へ扉が迫った。クリスは扉を開き、先にあった部屋を進みながら自信満々に言葉を続けた。

 

「でも、このアタシがいれば大丈夫! どんな罠だろうと華麗に回避しにゃわっ!?」

 

 瞬間、バージルの前からクリスの姿が消えた。バージルは無言のまま視線を下ろす。

 

「こ、こんな最序盤から罠を仕掛けるなんて、やるじゃないか」

 

 危うく落とし穴に落ちそうになりながらも、何とか両手で崖を掴んでいるクリスの姿があった。堂々と言ってのけた直後にこれである。

 流石に恥ずかしかったのか、クリスは顔を真っ赤にしながらもよじ登る。一方でバージルは、未だ視線を落とし穴へ向けたまま。

 

「さ、最初はちょーっと油断してたけど、ここからは大丈夫! アタシの『罠発見』スキルで……バージル? どうしたの?」

「松明を持っていろ」

 

 クリスは不思議に思いながらも、バージルから松明を預かる。

 刀のみを手にしていたバージルは、そのまま足を進め──何も言わず、自ら落とし穴へと飛び込んだ。

 

「うえぇ!? ババババババージル!?」

 

 クリスは慌てて手を伸ばすも届かず。バージルは穴の底へ落ちていく。穴の底からは音が聞こえない。かなり深い穴なのだろう。

 何故いきなりこんな真似をと疑問を抱いたが、考えなしに行動を起こすような男とも思えない。クリスは落とし穴に顔を覗かせ、心配しながらも彼を待つ。

 

「んっ? 何か近付いて来て──うわぁっ!?」

 

 しばらく待つと、穴の底から何かが湧き上がるように接近し、勢いよく飛び出してきた。危うく顔面に受けそうになりながらも、クリスは尻餅をついて顔を上げる。

 彼女の前に立っていたのは、先程落とし穴に自ら飛び込んだ筈のバージル。

 

「モンスターの気配を感じて降りてみたが、ただの雑魚ばかりだった」

「そ、そっか……ねぇ、どうやって戻ってきたの? 戻る用のジャンプ台でもあったの?」

「あるわけないだろう。跳んで戻っただけだ」

 

 とてつもない深さであろう穴に飛び込み、そこからジャンプして戻ってきたと平然に語るバージル。クリスは呆れて物も言えなかった。

 とその時、バージルは思い出したかのように懐へ手を入れ、クリスに差し出してきた。

 

「ひとつ、底で気になる物を見つけた。宝かどうかわからんが、一応貴様に預けておく」

「えっ?」

 

 手のひらには、彼の服とは対照的に赤い光を放つ、うっかり落とせば見失いそうな程小さい宝石。クリスは口に手を当て、四方八方から宝石を観察する。

 

「『宝感知』に反応しないってことは、お宝じゃない……けど、もしかしたらダンジョンで使えるアイテムかもしれないね。オーケー、アタシが預かっておくよ」

 

 クリスはバージルから宝石を預かると、腰元に下げていたポーチに宝石を入れる。

 初っ端の落とし穴に少々時間を取られてしまったが、クリスとバージルはダンジョンの探索を再開させた。

 

 

*********************************

 

 

 フーガダンジョンには、住み着いているモンスターだけに飽き足らず、進路を阻むように罠が仕掛けられている。

 そこそこレベルを上げ、初心者から脱した中級冒険者でも容易には進めないダンジョンであったが、片やダンジョン探索は慣れっこの盗賊、片や敵なしの剣士。

 モンスターが立ち塞がればバージルが容易く屠り、罠はクリスが察知し『罠解除』で難なく回避。

 

 偶然にもダンジョン攻略にもってこいのコンビだった二人はペース良く探索を進め──気付けば、フーガダンジョンの最奥と思わしき部屋に辿り着いていた。

 

「うーん……ないなぁ」

 

 全ての引き出しを開け終えたクリスは、残念そうに呟く。

 彼女等がいるエリアは、かつてここに住んでいた冒険者が生活していたと思われる場所で、錆びたキッチンにボロボロの食卓、蜘蛛の巣だらけの本棚等があった。

 ここが最奥なら、どこかにお宝が隠されている筈。思い当たる所は探したが、未だ何も見つかっていなかった。

 

「どっかに隠しスイッチとかないかなぁ……バージルは何か見つけた?」

 

 クリスは振り返りつつバージルに声を掛ける。しかし彼は言葉を返さず、黙って別の部屋に入った。

 寡黙な冒険者は何人も見てきたクリスだが、ここまで無駄な会話をしない者は初めてであった。呆れてため息を吐きながらも、傍にあった扉を開け、バージルとは別の部屋に入る。

 

 冒険者達の食事所か会議室か、大きな円卓が部屋の真ん中に置かれていた。

 まだ調べていないのは、この部屋と先程バージルが入った部屋のみ。扉を閉めたクリスは、部屋の探索を始める。机の裏、花瓶の底、絵画の裏など、隠されていそうな場所は見逃さず。

 どちらにも無ければ、一度戻って見落としがないか探そう。そう考えながら、円卓の周りに置かれていた椅子を調べていた時──。

 

「……んっ?」

 

 一つの椅子にクリスは違和感を覚え、足を止めた。目を細めて椅子を注視する。

 一見ただの椅子であったが──背もたれの裏に、小さな丸い凹みがあることに気付いた。まるで何かをはめるかのように作られた凹みが。

 

「そう言えば……」

 

 とそこで、クリスは下げていたポーチに手を入れて、脳裏に浮かんだ物を取り出す。

 それは、赤く光る小さな宝石。途中で、バージルが落とし穴の底で見つけたものであった。

 もしやと、クリスは宝石を摘んで椅子の凹みへ。大きさも形もピッタリとはまった。

 

 刹那──扉からカチャリと音が立った。

 

「えっ!?」

 

 音を聞いたクリスは、慌てて扉へ駆け寄りドアノブに手をかける。だが、押しても引いても扉は開かない。

 罠だったのではと頭に過ぎったが、この部屋へ入る直前に『罠発見』スキルを使った時は、何も反応が無かった。今使ってみても反応を示さない。

 とすればこれは──そう考えた時、クリスの立っている場がグラリと揺れた。

 

「うわっ!?」

 

 突然の揺れに対応できず、クリスはバランスを崩して床に尻餅をつく。

 円卓の部屋はそのまま揺れ続け、壁に飾ってある絵画や棚の花瓶がいくつか床に落ちる。

 

「(これって……降りてる?)」

 

 扉がロックされたのを見るに、恐らくこの部屋ごと移動している。フーガダンジョンの最奥、お宝が眠る部屋へと。

 そしてお宝の前では、必ず待ち構えているであろう。ダンジョンではお決まりとも言える存在──お宝を守りし番人(ボス)が。

 

 しばらくして、部屋の揺れが収まった。そして施錠された扉から、再びカチャリと音が立つ。ロックが外れたのだろう。

 戻れるだろうかと宝石を取って再度はめるが、何も起こらない。一方通行のエレベーターだったことに不親切だなと不満を呟きながらも、クリスは扉へ目を向ける。

 

 できればバージルを連れてきたかったが、来てしまったものはしょうがない。一人で番人を倒し、お宝を頂戴する。

 そう意気込んだクリスは腰元からダガーを抜く。『潜伏』も使用し、扉に近寄る。

 どんな敵が待ち構えているのか。ゴクリと息を呑みながら、クリスはドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開いた。

 

 

 案の定、部屋の外はガラリと変わっていた。

 壁には永遠に光を放つとされる鉱石が灯りとしてつけられており、部屋中を明るく照らしている。

 灰色のレンガで作られた床と壁に覆われた部屋──そこには当然の如く番人(ボス)がいた。

 

 クリスが入ってきた扉から、真っ直ぐ進んだ先にある扉を守るように立ち塞がっていたのは、鋼鉄の守護者(アイアンゴーレム)。そして──。

 

「(バ、バージル!?)」

 

 アイアンゴーレムの前に、ここにはいない筈のバージルが立っていた。彼の倍近くは高いアイアンゴーレムを、バージルは黙って見上げている。

 一体どれほど睨み合っていたのか。赤い目を光らせたアイアンゴーレムは、手に持っていた巨大な斧をバージル目掛けて振り下ろす。

 

Get out of my way(そこを退け)

 

 が、斧が下ろされるよりも早くバージルは刀を抜いた。

 気付いた時にはもう刀は鞘から抜かれており、刃先を上に向けた刀に小さく雷が走る。

 バージルの前で、斧を持ったまま静止するアイアンゴーレム。彼が刀を鞘に納めると、それを合図にアイアンゴーレムの身体は分かれ、床に倒れた。番人すらも、彼の前ではガラクタ同然であったようだ。

 脅威が去ったのを確認したクリスは『潜伏』を解いてバージルに歩み寄る。

 

「貴様も来ていたか」

「こっちの台詞だよ。どうやってここに来たの? 私は、調べてた部屋の中にバージルが拾ってくれた赤い宝石をはめ込むスイッチがあったから、それを使って部屋ごと降りてきたんだけど……」

「調べていた部屋に、何らかの方法で結界が張られている鏡を見つけた。それを破ると鏡は消え、奥に螺旋階段が続いていた」

 

 クリスの質問にバージルは簡潔に答えて、横に目を向ける。そこには壁とカムフラージュしていたであろう扉が、開けっ放しになっていた。

 剣士でありながら結界を自力で破ったことにクリスは驚いたが、そんなことより。

 

「隠し通路が見つかったなら、教えてくれてもいいじゃん……」

 

 恐らくバージルは、クリスがスイッチを探している傍らで鏡を見つけ、先に進んでいたのだろう。勝手に動いていたバージルに不満を覚え、頬を膨らませるクリス。自分も人のことは言えないのだが、どうにも彼からは反省の色が見られない。

 モンスターをものともしない戦闘力に、高い知力。協力者としてはこれ以上にない存在だが、自分勝手に行動する、融通が効かない等の扱いづらさがたまにキズだなと、クリスはしみじみと感じていた。

 

 

*********************************

 

 

「──見つけた」

 

 重い扉を開けた先、門番が守っていた部屋に入ると、目的の物はすぐに見つかった。

 台座に置かれていた、黄金色に輝く丸い宝珠。暖かな印象を覚える光を前に、クリスも思わず見とれそうになる。

 

「これが宝か」

「うん、間違いなくじん……お宝だね。超がつくほどの」

 

 クリスは台座に近寄り、まじまじと鉱石を見つめながらバージルと話す。

 

「(魔力を放出しているが、一定の量から減っていない……興味深い宝珠だ)」

 

 この世界には、高密度に魔力が込められた『マナタイト』と呼ばれる宝珠があるとバージルは聞いていた。

 魔法を得意とする者の中には、そのマナタイトから魔力を引き出し、魔力を肩代わりさせて魔法を使う者もいる。

 となれば、この宝珠はマナタイトの上位互換──いや、完成形と呼べるだろう。

 

 とそこで、バージルに一つの疑問が過ぎった。

 フーガダンジョンは、元々冒険者が住処として使っていた場所。この宝珠も、恐らく過去に住んでいた冒険者の所有物だろう。

 なら、当時の冒険者は何を思って宝珠をここに置いたのか?

 少人数では到底開けられそうにない扉に、部屋を守る番人。その中には魔力を放つ宝珠があり、今もどこかへ魔力を送っている。

 まるで、家主が不在の時でも常に送られている電気のように。

 

「待て、それは──」

「んっ?」

 

 咄嗟に、バージルは止めるようクリスへ声をかける。しかしその宝珠は、既にクリスの両手に納められ、台座から離れていた。

 

 瞬間、バージル達のいる場が酷く揺れ始めた。

 

「うわっと!?」

「Damn it……!」

 

 強い揺れを受けて危うく宝珠を落としそうになるも、なんとか手のひらに納めてクリスは安心するように一息つく。その横で、バージルは予想通りの展開を前に顔をしかめていた。

 

 宝珠は、ダンジョン全体に魔力を送っていた。罠は勿論のこと、クリスが乗ったエレベーターやバージルが突破した鏡の結界、そしてダンジョンの維持の為に。

 倒れそうな建物を、下から支えていたのがこの宝珠。ではそれが、突然ポンと消えたらどうなるか? 当然、支えは無くなり程なくして建物は崩れ去る。

 崩れかけていたダンジョンは時を越え──今、再び崩壊しようとしていた。

 

「やっぱり、こうなっちゃうよね……!」

「貴様……知っていながら取ったのか?」

「いや、知らなかったよ。でも何となくわかってた。伊達にダンジョン探索やってないからね」

 

 ダンジョン崩壊が始まっているというのに、冷静な様子のクリス。何か策でもあるのだろうか。そう考えたバージルは、思い当たる物を口にした。

 

「前に持っていたワープ結晶でもあるのか?」

「無いよ。あれ結構値段張るから、そこまで深くないダンジョンには使わないの」

「ならば何故?」

 

 バージルが疑問に思っていると、クリスはニッと笑い、親指を立ててこう口にした。

 

 

「さぁ! ダンジョン探索のトリを飾る脱出劇、いってみよう!」

 

 答えは簡単。慣れっこだからである。

 崩壊の危機を前に慌てないどころか、むしろ楽しんでいる様子のクリスを見て、バージルは呆れるようにため息を吐いた。

 

 

*********************************

 

 

 宝珠をポーチにしまい、最奥の部屋から出た二人は螺旋階段を上り、急いで出口を目指す。

 道中に仕掛けられていた罠は動力源の魔力を失ったことで機能しなくなり、道中で邪魔をするモンスターはバージルが一瞬で斬り倒す。

 二人は少しもスピードを緩めることなく、ダンジョンを駆け上がり──。

 

「バージル! 出口が見えたよ!」

 

 二人が上る階段の先には、外の景色が。今もまだ揺れ続けており、時間が経つ度に揺れが強くなっている。刻一刻と迫る崩壊を前に、クリスとバージルは急いで階段を駆け上る。

 入口が塞がれる前に脱出したい。前を走るバージルを追い越そうと思い、クリスは速度を上げようとした、その時。

 

「ッ!?」

 

 クリスの走っている階段が、突如として崩れ落ちた。

 が、こんなピンチは幾度となく体験してきた。クリスは腰元に据えていたロープへ咄嗟に片手を伸ばす。

 

 ──よりも早く、彼女の落下は止まった。何故かと思い、クリスは顔を上げる。

 

「……えっ?」

 

 ロープを取ろうとしたのとは逆の手を、バージルが無言で掴んでいた。

 彼は即座に彼女を引き上げると、悠長に話している場合じゃないと言いたいのか、何も言わず出口へ向かって走る。その背中を、クリスは慌てて追いかけた。

 

 

*********************************

 

 

 ダンジョンから飛び出し、木々に囲まれた場に出たクリスとバージル。

 その瞬間、揺れはより一層強さを増し、背後にあったフーガダンジョンは大きな音を立てて崩壊した。

 入口は瓦礫で完全に塞がれ、入ることも不可能に。入れたとしても、中はまともに探索できる状態じゃないだろう。

 

「……ふぅっ」

 

 バージルの後ろで、クリスは安堵の息を吐いてその場に座り込む。一方でバージルは、自分の右手を見つめて、これまでの情景を思い返していた。

 

 番人であったアイアンゴーレムは、何の躊躇もなく刀を抜き、斬ることができた。その理由は一つ。相手が自分の行く道を塞いでいたからだ。

 

 では何故、同じく道を塞いだ山賊には刀を抜かなかったのか。

 以前なら、自分の邪魔をする者は悪魔だろうと人間だろうと容赦なく殺してきたというのに、どうしてあの時は刀を抜くことができなかったのか。

 普段なら「殺す価値もなかったから」「刀を抜く気さえ起きなかったから」と、バージルは結論付けただろう。しかし今は、どうにもそう思うことができない。

 

 先程彼は、落ちそうになっていたクリスを見て、咄嗟に手を伸ばしていたのだから。

 

「……ッ」

 

 バージルは開いていた右手を強く閉じ、顔をしかめる。

 

 その一方──彼の後ろ姿を見ていたクリスは、助けてくれたバージルを男として気になり始めるわけでもなければ、仲間意識を持つこともなく。

 

「(……何故?)」

 

 信じられないと、バージルの行動に疑問を抱いていた。

 




DMCのダンジョンでは、テメンニグル崩壊後の謎の回転ブロックエリアが印象に残ってます。バージル操作だと地味にキツイ。


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第9話「この大罪人と共に救出劇を!」

 今回の目的だった、フーガダンジョンの最奥に眠るお宝を回収したクリスとバージル。

 ダンジョン崩壊に巻き込まれそうになるも、無事ダンジョンから脱出することができた。

 ふと見上げれば、太陽は既に身を隠し、星が点々と輝く夜空に色を変えていた。

 少しばかり眠気も覚えていたクリスは、バージルに野宿を提案する。断られるだろうかと思いながらの提案だったが、バージルは特に文句も言わず承諾してくれた。

 

 そして今、2人は休息のできる場所を探していた。

 クリスは『敵感知』『暗視』『千里眼』を使い、モンスターとの戦闘を避けながら山の中を歩く。

 無駄な戦闘を避けつつ、歩き続けて1時間後――2人が歩く下り坂の先に、ほんのり明るい光と空に昇る煙を見つけた。

 

「誰かが焚き火を焚いてる……人? 冒険者かな?」

 

 視線の先、パチパチと音が立つ場を見ながら、クリスは目を細めて呟く。

 彼女の後をついていたバージルも、同じくそこへ目を向ける。

 バージルは半分が悪魔なため、五感も人より優れている。こういった夜道でも、遠くにいる相手の顔を視認することができていた。

 

「(奴等は……)」

 

 そして、焚き火がされている場所に見知った人物がいることに、バージルは気が付いた。

 

「あっ! あの人達は――!」

 

 暗視と千里眼を併用して見ていたクリスも気付いたのか、焚き火の場所へ駆け出す。バージルもその後ろを黙ってついていった。

 

 上り坂の先にいる人物達。駆け寄るクリス達によって草木が揺れ、接近を察知した彼等は警戒態勢を見せる。

 しかしクリスが茂みから出た途端、相手は驚いて声を上げた。

 

「クリスじゃねぇか! なんでここに……ってバージルもか!」

 

 焚き火をしていた4人は、ダンジョンに来る途中で遭遇したダスト達であった。

 彼等が構えていた武器を降ろしたのを見て、クリスは四人のもとへ駆け寄る。少し遅れてきたバージルも静かに歩み寄った。

 

「まだ山の中にいたの?」

「あぁ、巣の調査が終わったついでに、ここら辺をもうちょっと探索しようと思ってよ。気付いたらこんな時間になっちまった」

「だから私は早く帰ろうって行ったのに……」

「ま、まぁいいじゃねぇか。高く売れそうなお宝や素材も手に入ったんだしさ」

 

 やれやれとため息を吐くダストを見て、後ろにいたリーンが不満そうに呟く。ダストがリーンに睨まれてたじろぐ傍ら、キースがクリスに尋ねてきた。

 

「んで、アンタ達はなんでここに?」

「アタシ達は、さっきダンジョン探索を終わらせてきたところ。一旦野宿して帰ろうかと思って、場所を探してたんだ」

「なら俺達と一緒に野宿をするのはどうだ? 見張り番もあるし、人数は多い方がいい」

 

 キースの質問に答えると、テイラーが共に野宿することを提案してきた。クリスとしては願ってもない提案だ。

 

「さっすがテイラー。話が早いね。バージルもそれでいい?」

「あぁ」

 

 一応バージルに確認を取ると、彼は静かに答える。テイラー側も、バージルがいるならば安心だと思っていたのだろう。彼の返答を聞いて満足そうに笑った。

 

 

*********************************

 

 

「はへぇー! じゃあさっきの揺れはダンジョン崩壊が原因だったのか!」

「よく無事に脱出できたな」

「いや、わりとギリギリだったよー。私もバージルも何とか出れたって感じ」

「そっちも大変だったんだなー。で、手に入れたお宝はどんなだ?」

「クリスちゃんのポーチから魔力を感じるんだけど、もしかして?」

「リーンちゃん正解! 流石魔法使いやってるだけのことはあるね。ま、どんなのかは教えてあげないけどね」

「なんだよー。ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃんかよー」

「ざんねーん。禁則事項でーす」

 

 火を囲み、クリスは四人と楽しく冒険者話を語る。その中で、少し離れて木にもたれかかって座るバージルを横目で見た。

 が、彼は自分の右手に目を落として黙り込んだまま。ダンジョンを出てからずっとこの調子だ。

 

 いや――ダンジョンでクリスを助けた時からか。

 

「……さってと」

「んっ? どこに行くんだリーン?」

 

 聞き役になっていたリーンがふと立ち上がる。キースが尋ねると、彼女は服についた土を軽く払いながら答えた。

 

「確か、この近くに小川があったでしょ? そこで身体洗ってこようと思って」

「「――ッ!」」

 

 リーンの返答を耳にした途端、ダストとキースの目つきが鋭くなった。

 しばらく固まっていたが、二人は武器を片手に立ち上がると、いつになくマジな顔でリーンに詰め寄った。

 

「一人じゃ危険だ。ここは責任を持って、俺が付き添ってやるよ」

「待て。二人だけじゃ心許ない。ここにはバージルがいるし、テイラーとクリスのことは任せて、俺もダストと一緒に護衛してやるよ」

「当然のようについてこようとすんな変態」

「お前等な……」

 

 リーンは心底軽蔑する目を二人に向ける。テイラーも呆れるように呟いた。クリスはただただ苦笑いを浮かべ、バージルは興味がないのか、依然自分の右手に視線を落としたまま。

 

「クリスちゃん、悪いけど付き添い頼んでもいいかな?」

「いいよ。単独行動は危険だからね」

「馬鹿! 女の子二人とか尚更危険だ! ここは俺達も行かねばなるまい!」

「あぁ! 俺の千里眼なら遠くにいる敵も狙撃できるし、遠方からサービスシーンを覗くこともウオッホンッ! とにかく護衛なら任せな! テイラーとバージルはここの守護を頼むぜ! んじゃあ行ってくる!」

「クリスちゃん、二人が後ろからついてきてたら遠慮なく教えて。『ライトニング』ぶちかますから」

「アハハ……ま、まぁここは私に任せて、皆は大人しく待っててね」

「テイラー、ダストとキースの監視は任せたよ」

「うむ、了解した」

 

 食い下がる男達だったが、リーンからバッサリと断られる。前科でもあったのだろう。彼女は二人を信頼するつもりはサラサラないらしい。リーンはクリスを連れて、その場から離れていった。

 

 

*********************************

 

 

「で、アイツ等には絶対に来るなって言ってるのに、毎回あの手この手で覗こうとするのよ! ホント最低!」

「そこは、パーティーに入ってる女冒険者の辛いところだねぇ」

「ハァ……クリスちゃんはいいなぁ。バージルさんみたいな人とパーティー組めてさー」

「いやー、これでも結構苦労すること多いよ? 勝手に行動するし融通きかないし、時にはこっちの心臓が持たないようなことやっちゃうし」

「……クリスちゃんも大変なんだね」

 

 森の中、クリスとリーンは女冒険者ならではの苦労話を交えながら川辺へ進む。

 冒険者はパーティーを組むのが定石だが、そこに女性が一人でもいた場合、衣食住を共にする男冒険者は、どうしても悶々としてしまう。悲しきかな男のサガ。

 もし、下着を何も着ていないように見える際どい美少女と、見る者全てを萌えに引きずり込む魔性の美少女と、出るとこ出ているスタイル抜群の美少女のパーティーに、男一人投入されて衣食住を共にした場合、男の悶々も並々ならぬものになるだろう。

 

「(今のところ罠は無し、かな)」

 

 当然、雑談しながらもクリスは警戒を緩めない。常に『罠感知』と『敵感知』を使い、周囲の様子を伺いながら進む。

 

「あっ! 小川が見えてきたよ!」

 

 リーンの嬉しそうな声がクリスの耳に入る。あと少しで目的地に到達する――そんな時、クリスは不意に足を止めた。

 

「クリスちゃん? どうしたの?」

 

 突然止まったクリスに気付き、隣で歩いていたリーンもクリスから少し離れたところで足を止める。不思議そうに見つめながら尋ねてくるリーンに、クリスは小さな声で答えた。

 

「敵が一体、こっちに近付いてくる」

「えっ!?」

 

 クリスの警告を聞いたリーンは、驚きながらも杖を構える。クリスもナイフを抜いて『敵感知』に引っかかった相手がいる方へ身体を向ける。

 更に『暗視』を使い様子を伺う。ゆっくりとだが、敵は間違いなくこちらに近付いていた。

 20メートル、15メートル、10メートル。忍び足で敵は近付き――。

 

 

 突如、リーン目掛けて走り出した。

 

「リーンちゃん! 逃げ――!」

「きゃあっ!?」

 

 慌ててクリスはリーンに駆け寄ろうとするが、敵の方が早かった。横の茂みから飛び出してきた敵は、リーンを片手で捕まえると脇に抱え、クリスと向かい合う。

 

「くっ……!」

 

 自分がいながら何という醜態。リーンを助けられなかった自分を恨みながら、現れた敵を睨む。

 

 同時に『敵感知』で周りを確認。目の前にいる一匹以外反応しないのを見るに、襲ってきたのは目の前にいる敵だけのようだ。

 しかし、すぐにでも仲間を呼ばれるかもしれない。ここは早々にリーンを助け出し、二人でバージル達がいる場所へ戻るのがベスト。

 助け出した後の行動は決めた。あとは、如何にしてリーンを助けるか。

 

 ロープを使い『バインド』で動きを止めるか。木々に隠れ、『潜伏』を使い陰から襲いかかるか。一か八か『スティール』でリーンを奪い取るか。

 様々な作戦を頭の中で立てるクリスの前、リーンを抱えた敵は、おもむろに口を開けた。

 

 

「安心して。貴方達を傷付けるつもりはないわ」

 

 

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「悪いテイラー、ちょっと小便」

「俺も」

「行かせん」

 

 その頃一方。諦めの悪いダストとキースが覗きを働こうとするも、テイラーに首根っこを掴まれて阻止された。女性陣が小川へ向かってから、かれこれ十回以上は同じやり取りを繰り返している。

 

「なぁテイラー、よく考えてみろよ。あの二人が何も身につけていない姿で水浴びをしてんだぞ? 胸は乏しいが、それでも見たいと思わないか?」

「同じ男なら、俺達の熱い思いもわかる筈だ! 頼む! 行かせてくれ!」

「開き直って覗きを正当化しようとするんじゃない」

 

 覗きを巡って男三人はやんややんやと騒ぐ。そんな彼等とは対照的に、バージルは未だ沈黙したままであった。彼は腕を組んで目を瞑ったまま、二人が戻って来るのを待つ。

 

「──ムッ」

 

 とその時、人の接近を察知したバージルは目を開き、茂みへと顔を向ける。少し間を置いて、バージルが見た方向から茂みをかき分ける音が立つ。

 騒いでいた三人も気付いたのだろう。彼等は咄嗟に武器を取って警戒態勢を取る。

 接近する何者かに警戒心を高めていると──茂みの中から、四人の見知った人物が現れた。

 

「ダスト! キース! テイラー! バージルさん!」

「リ、リーン!?」

 

 茂みから出てきたのは、息を荒げて戻ってきたリーンだった。彼女はダスト達の前に出ると、膝に手をついて息を整え始める。彼女と一緒に小川へ行ったクリスの姿はない。

 仲間の三人はすぐさまリーンに駆け寄る。息を整えられたのかリーンは顔を上げると、酷く慌てた様子で伝えた。

 

「クリスちゃんが……オークに拐われたの!」

「んなっ!?」

 

 オーク──それは、豚の頭を持つ二足歩行型のモンスター。

 ファンタジー物では性欲溢れる者として描かれることの多いモンスターだが、この世界も例に漏れず、欲望に忠実な生き方を貫いていた。

 そんな凶悪モンスターに、見た目は年端もいかない女性のクリスが拐われたのだ。誰彼構わず女と身体を交わすイメージの強いオークに。

 もしここに、異世界物に精通したオタクがいたら、その者は容易く想像しただろう。バッドエンドとも言える最悪のビジョン──数多のオークに囲まれ、あられもない姿を晒して女性のプライドを傷つけられるクリスを。

 

 バージルも、放っておけばそうなるだろうと予想していた。元の世界で「オークは繁殖力が強く、人間の女が犠牲者として描かれることが多い」と知っていたからだ。

 しかし、その未来を悲観はしない。ただの協力者が犠牲になるだけで、彼の感情が揺さぶられることはないのだから。

 

「それで、彼女を取り返したければ、南方に山を降りた先にある集落に来いって……!」

 

 泣きそうな表情のまま告げられた彼女の言葉を聞き、ダスト達の顔が酷く歪む。三人の表情の変化にバージルは些か違和感を覚えたが、特に気にせず耳を傾ける。

 

「よりによってオークとは……とんでもないモンスターに拐われてしまったな」

「どどどどうしよう!?」

「んなもん、助けるに決まってんだろうが。一筋縄じゃいかねぇのはわかってるが、助けられた恩もあるしな」

「俺達だけじゃ正直厳しいが……」

 

 キースはそう口にしながら、未だ口を開かないバージルを見た。

 オークは、中級冒険者でも苦戦するモンスター。それが何体も住んでいる集落に突っ込むとなれば、危険度は高難度クエストに匹敵する。

 だが、バージルが協力してくれるのならば──コボルトの集団をものともせず戦った彼がいれば。そんな期待を抱きながら、四人はバージルを見つめる。

 バージルはしばし彼等と視線を交える。と、やがて諦めたようにため息を吐いた。

 

「世話の焼ける女だ」

 

 

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 バージル達が野宿をしていた場所から、南方へ山を降った先。

 そこには木材と藁、石で作られた家が立ち並び、松明につけた火で夜を照らしている集落──オークの住処があった。

 よほど自信があるのか無防備なのか、どうぞお通りくださいとばかりに門は開かれており、門番も見張り番もいる様子はない。

 開けっ放しな集落を、門の正面にある茂みから覗きながら、ダスト達は作戦の最終確認を行った。

 

「まず、バージルが正面から突っ込んで囮になる。で、警備が薄くなったところを俺達四人が潜入。で、捕まってるクリスを探し出す。以上」

 

 一人を囮役にするなど普通は考えられない行為だが、担うのはバージル。彼の強さを知っているからこその配役だ。

 それを聞いたバージルも、その方が性に合うと不敵な笑みを浮かべて賛同した。何故かバージルの返答を聞いて、ダスト達は心底驚いた様子を見せていたが。

 

「んじゃあ、キツイ戦いになると思うが頼むぜ」

「フンッ」

 

 託すように告げるダストに、心の中で望むところだと呟きながら、バージルは動き出す。

 茂みから出た彼は左手に刀を握り締めて歩き、堂々と集落の正門から入っていった。

 

 本当に見張り番もいないようで、バージルは難なく正門を潜り、集落内を歩き続ける。

 左右に家が並ぶ一本道を通り抜け、集落の広場らしき場所に出たところで、バージルは足を止めた。

 

 眼前に広がるのは、待ってましたと言わんばかりに武器を構えて立ち並ぶオーク達。

 イメージ通り豚の顔をした者ばかりだったが、頭には犬耳だったり猫耳だったりうさ耳だったりと自己主張の激しい物を皆が身につけている。多種多様過ぎるオーク達を見て、バージルは少しばかり面食らう。

 そんな中、一匹のオークが前に出ると、心底嬉しそうな声でバージルに話しかけてきた。

 

「ウフフ……まさか貴方が一人で来てくれるなんて、願ってもないことだわ」

「何っ?」

 

 思わず顔を歪めてしまうような、酷く耳につく甲高い声。バージルは嫌悪感を覚えながらも聞き返す。

 

「貴方のことは、山に偵察に行っていた仲間から聞いているわ。コボルトの集団を相手に一人で無双した男がいたって。青いコートに銀髪……貴方のことよね?」

 

 確認してくるオークに、バージルは頷きもせず無言のまま睨み返す。その反応を肯定と見たオークは、舌なめずりをして話を進めた。

 

「何人か勇ましい男はいたけど、貴方は別格ね。私達がマークしてたコボルトのリーダーもやっつけちゃったそうじゃない」

「で、興味が沸いた私達は貴方を誘い出すために、貴方の仲間を捕えたんだニャン。仲間を捕えれば、必ず助けに来るだろうと踏んで。まさか、大本命が一人で来てくれるとは思ってニャかったけど」

 

 リーダーらしきオークに続き、猫耳のオークがそう語る。

 捕えたクリスはあくまで餌。となればバージルは、オーク達が吊るした餌にまんまと騙されて食いついた獲物だ。しかし彼は焦る様子を見せないどころか、余裕有りげに笑った。

 

「まんまと誘き出されたわけか。で、これからどうするつもりだ?」

 

 やるならば受けて立つ。そう伝えるかのように、バージルは刀を握る。

 口調と声からして、このオーク達は恐らく雌だろう。そんな彼女等は、バージルの力に興味を持ち、闘争本能を刺激された身だと、バージルは推測していた。

 力を振りかざすだけの、低脳なモンスターの考えそうなことだ。バージルは心の中で彼女等を見下す。

 

 

 ──が、その予想は少し外れていた。

 彼女達が刺激されたのは『闘争本能』ではない。

 

「そりゃあ勿論、貴方なら私達の『プレイ』に耐えてくれるでしょうし、存分に楽しませてもらうわ」

「ウフフ……想像したら濡れてきちゃった」

「──ッ!?」

 

 バージルは戦慄した。無意識の内に、片足を後ろへ下げてしまう程に。

 立ち塞がる彼女達の目が、強者を求める、力に溺れた者の目ではないことに気付いて。

 あのダクネス(HENTAI)と同じように、自分を性的な目で見ていることに。

 

「「「さぁ、私をイカせて!」」」

How repulsive(悪趣味な)……!」

 

 

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 オーク──ファンタジー物では、ある意味欠かせない存在となっているモンスター。

 名前を聞けば、ファンタジー物の作品を知るほとんどの者が想像するだろう。美しい女騎士、女戦士を捕え、欲望のままに身体を交える姿を。

 

 しかし、この世界のオークは違う。雄ではなく雌が、欲望に忠実なのだ。

 欲望を満たそうと幾多の雄と身体を交えるも、雄の方が耐え切れず干からびる。気付けばオークの雄は絶滅危惧種と化していた。

 生まれることは生まれるのだが、赤子から成長し、世間一般で言うショタの時期になると、雌が耐え切れずハーレムおねショタプレイを開始。そんな地獄に子供が耐え切れる筈もなく。

 

 もはや、同じ種族に自分達を満たしてくれる雄はいない。そう思った彼女等は――他種族にまで手を出した。

 犬だろうと猫だろうと、リザードランナーだろうとコボルトだろうと何だろうと。彼女達は欲望のままに突き進み、子孫を残してきた。オークなのに獣耳が生えているのはそのせいである。

 聞いただけなら、なんと羨まけしからんと思うだろうが、彼女達はオーク。つまりどうあがいても豚顔。

 声はブヒれるほどかわいらしいので、目を閉じれば脳が溶ける甘いボイス天国だが、目を開ければ一転、豚顔が息を荒げてムスコを狙ってくる地獄と化す。

 余程の物好き絶倫ケモナーでもない限り、彼女達の愛を受け止めるのは不可能だろう。

 

「アナタ素敵! 私と良い事しましょっ!」

「うぉおおおおおおおおっ! 狙撃狙撃狙撃狙撃ィイイイイイイイイッ!」

「そのハチマキも厳つい顔に似合ってチャーミング! 嫌いじゃないわ!」

「ぬぉおおおおおおおおっ! お断りだぁああああああああああああっ!」

「貴方は……女か。ま、仕方ないから相手したげる」

「そこまで残念そうにされると超腹立つんだけど!?」

 

 彼等もまた、オークの愛を受け止められない者達であった。

 迫り来るオーク達をキースは一心不乱にアーチャースキル『狙撃』で撃退し、テイラーも珍しく大声を上げて剣を振りかざす。女のリーンはハズレ枠として扱われ怒り気味。

 

「あぁ……イイッ! イイわ! 貴方の剣が、私の中にズブズブ入ってぇ、頭おかしくなっちゃうぅううううううううっ!」

「気持ち悪ぃ声上げてねぇで、さっさとくたばれやぁああああああああああっ!」

 

 ダストも強い拒絶感を顔に出しながら、一匹のオークのドテッ腹に剣を突き刺した。

 バージルが暴れ、守りが薄くなったところで四人は潜入したが、薄くなっただけでゼロではない。待機を命じられていたであろうオーク達と遭遇し、戦いながら進んでいた。

 

「(すまねぇバージル! もう少しだけ耐えてくれ!)」

 

 集落内を突き進みながら、ダストは心の中でバージルに詫びる

 バージルの力を最大限に発揮させ、クリスを早急に助け出せると踏んでの作戦であったが、あのオーク相手に囮として出すのは、同じ男として気が引ける。嫌と言われたら、すぐさま別の作戦を考えるつもりだった。

 しかし彼は嫌がることなく囮役を担ってくれた。楽しそうに、不敵な笑みを浮かべて。自分達を気遣っての演技か、戦えるなら誰でもいい変態なのか。

 

 とにもかくにも、今はクリスを見つけなければ。ダスト達はいくつかの家を通り過ぎ、集落の奥地へ。

 

「あっ! いた!」

「何っ!?」

 

 すると、リーンが右方向を指差して歓喜の声を上げる。ダスト達は足を止めてリーンが指した方向を見る。鋼鉄の檻が地面にドンと置かれており、中には銀髪の女性──クリスが座り込んでいた。

 テイラーとリーンが真っ先にクリスのもとに駆け寄る。彼女も四人に気付いたのか、こちらに目を向けた。

 

「クリス! 無事か!」

「ごめんねっ……! 私がもっとしっかりしてたら……!」

「ううん、アタシの方こそごめん。敵を確認した時点で逃げるべきだった。それと、助けに来てくれてありがとう。ダストとキースもありがとう。オーク相手に大変だったでしょ?」

 

 クリスは後方にいた二人にも礼を告げる。対するダストとキースは、檻の中にいた彼女と目を合わせると──。

 

「なんで裸じゃねぇんだよぉおおおおおおおおおおっ!」

「そこは剥がれた姿を見られて嬉し恥ずかしになる場面だろぉおおおおおおおおおおっ!」

「最っ低! アンタ達ホント最低! いっぺんオークに囲まれて死ね!」

「お前達な……」

「ア、アハハ……」

 

 

*********************************

 

 

 その後、クリスからダストが道中で倒したオークが鍵を持っていたと聞き、また起き上がってくるのではと恐怖しながらも、死体のオークから鍵を回収。

 無事にクリスを救出し、喜びを分かち合う四人。そんな彼等の前で、クリスはキョロキョロと辺りを見渡しながら尋ねる。

 

「あの……バージルは?」

「彼は今、囮役として動いてもらっている。あのオーク達を相手に、一人で戦っていることだろう」

 

 クリスの質問に、テイラーは北の方角を見て答える。それを聞いていたダストが思い出したかのように声を上げた。

 

「そうだった! こうしちゃいられねぇ! 早くバージルを探すぞ! 一刻も早くオークハーレムから開放させてやるんだ!」

 

 男として、これ以上彼を苦しませるわけにはいかない。ダストはすかさず武器を持って四人を急かす。その思いを同じ男であるキースとテイラーも察したのか、コクリと頷いてダストの後を追う。

 

「クリスちゃん、私達も行こう」

「……うん」

 

 リーンはクリスの手を引くように、彼女へ声を掛ける。対するクリスは、どこか歯切れの悪い返事をしながらも、ダスト達を追いかけた。

 

 

*********************************

 

 

「凄くイイッ! 貴方凄く逞しいわ! 何が何でも手に入れたいィイイイイッ!」

「フッ!」

「お願い! 先っちょだけ! 先っちょだけでいいから合体させましょ!」

「ハァッ!」

「すごーい! ねぇ! 私と毎晩良い事し合うフレンズになりましょ!」

Fall(堕ちろ)! scum(クズが)!」

 

 オークが住む集落の広場にて。バージルは刀を振るい、女の目をして襲いかかるオーク達を次々と斬り倒していく。

 彼女等と戦闘を始めてしばらく経つが、未だ敵のオークは尽きず。が、周りを見る限り今ここにいるオーク達で最後だろう。

 

 状況は、この間のコボルト狩りと同じ一対多だが、彼女等はコボルトと違い、仲間達をいくら斬り殺そうとも退こうとしない。むしろ更に欲情して攻撃の激しさが増す始末である。仲間を殺されても何とも思わず、力を求めて襲いかかるのは悪魔と同じだが、欲情はしなかった。

 一刻も早くここから抜け出したい気持ちに駆られながらも、バージルは刀を振り続ける。

 

「このままだと全滅ね。皆! アレ行くわよ!」

「「「えぇ!」」」

 

 このままでは負けてしまうと危惧したオークが、大声で周りの仲間に声をかける。それ合わせ、仲間達も声を上げる。

 彼女等は一度バージルから離れると、彼を四方から囲むよう円上に並び、すかさずバージル目掛けて走り出す。

 助走をつけて飛び上がり、一斉にバージルへ襲いかかった。

 

「さぁ! 私達のラストアタックを受け止めて!」

 

 四方八方からバージルへ向かい来るオーク達。その様は恋する乙女の如く。

 

 が──ケリをつけようと思っていたのはバージルも同じ。

 彼は右手に持っていた抜き身の刀を逆手に持つと、刃先を地面と垂直になるよう向け、刀に魔力を宿らせていく。

 高まる魔力に呼応するように、刀身は青く光り始め、バチバチと青白い雷が走る。

 そして、刀が許容できる最大限まで魔力が充填した瞬間。

 

It's over(終わりだ)!」

 

 魔力が込められた刀を地面に刺す。と――バージルを包み込むように、ドーム状の青白い光が放たれた。

 高出力、高圧縮の雷でできた光をモロに浴びたオーク達は、身体を真っ黒に焦がして吹き飛ぶ。

 地面をえぐりながら転がる者、木をへし折りながらも吹き飛び続ける者、建物に突っ込んで崩壊させる者。吹き飛び方を見るだけでも、その威力は相当のものだとわかる。

 次第に光は薄れていき、その中心を映し出す。

 

「身の程を知れ」

 

 雷光に包まれていたバージルは、無傷のまま刀を納めていた。

 もうバージルへ向かってくるオークは1匹もおらず、先程吹き飛ばされたオークも動く様子を見せない。

 

「……ムッ」

 

 その時、気配を感じたバージルは後ろを振り返る。そこには、口をあんぐりと開けて立っているダスト達が。彼等の傍には、クリスの姿もある。

 目的達成を確認したバージルは、足元に転がるオークの死体を踏み越えて彼等のもとへ。

 

「そっちも終わったか」

「終わったけどよ、今の何だよお前……心配してた俺の気持ち返せよ」

「囮役が殲滅させるって、それもう囮じゃねぇよな」

「ねぇテイラー、ソードマスターにはあんなスキルもあるの? 今、スッゴイ魔力を感じた気がするんだけど」

「さぁ……少なくとも俺は見たことがない」

 

 軽くひと仕事終えた感じで話しかけてくるバージルに、四人は困惑の色を見せている。

 コボルトに引き続きオークを相手に無双した姿を見て、彼は規格外過ぎる冒険者だと改めて理解した。

 

「ならさっさと帰るぞ。もうここにいる意味はない」

「あ、あぁ。もう当分オークは見たくねぇ。早く野宿した所に戻ろうぜ」

「つってもよ、もう日が明けそうだぜ?」

「えっ?」

 

 キースの言葉を聞いた四人は、彼が指差す方向へ目を向ける。

 夜空に煌く星は身を隠し、東側がほんのりと明るみを増している。いつの間にか、夜明けを迎えていたようだ。

 

「マジか……そういやオークと戦ってたからか、眠気もすっかり覚めちまったなぁ」

「私も……早く街に帰ってお風呂入りたい」

「なら、野宿はやめて早く街に戻るとしよう」

 

 夜明けを告げる薄明かりの空を見て、ため息混じりに話すダスト。リーンも眠気はないものの疲れはあるようで、女の子らしい愚痴を溢す。

 

「ま、どっちにせよテント回収しなきゃなんねぇから、あそこに戻らねぇとな。バージルとクリスはどうすんだ?」

 

 ダストの質問を聞いたバージルは、無言のままクリスに目を向ける。

 「お前に任せる」とアイコンタクトを受け取ったクリスは、一歩前に出て答えた。

 

「アタシ達も正直眠くないし、このまま帰ろうかな」

「そっか。ならアクセルの街まで一緒に帰ろうぜ。その方がお互いに安心だ」

「そうだね」

 

 結果、皆でアクセルの街へと戻ることに。会議が終わった所で、キースがぐっと腕を伸ばす。

 

「っしゃ! ならさっさとテント回収しに行こうぜ!」

「ほら歩けリーン! そもそも、お前が身体洗いに行く時にちゃんと護衛をつけてたら、こんな面倒なことにならなかったんだからな!」

「うっ……それは悪かったって思ってるわよ」

「気にするなリーン。コイツ等は、これに乗じて覗きを正当化しようとしてるだけだ」

「馬鹿野郎! 俺達は心の底からリーンの身を案じているだけだ!」

「本当は?」

「護衛という正当な理由をつけて堂々とガン見したいです!」

「……サイッテー」

 

 駆け出すキースを皮切りに、ダストとその仲間達は楽しそうに会話を交えながら集落を後にする。

 

「行くぞ」

「……うん」

 

 遠ざかっていくダスト達の背中を見て、バージルはクリスへ声をかける。クリスはすぐに言葉を返したが、どこかぎこちないものだった。

 

 

*********************************

 

 

「……意外だね」

 

 オークの集落を出て数分、再び山の中を歩いて北へ歩くバージルとクリス。

 前方でダスト達が騒いでいるのとは対照的に、二人は無言のまま街に向かっていたが、その沈黙をクリスが破ってきた。

 

「正直言うと、バージルが助けに来てくれるとは思ってなかったの。多分、見捨てて帰っちゃうんじゃないかなーって」

 

 バージルが助けに来てくれたことが意外だとクリスは話す。

 

 しかし、それはバージルも同じだった。

 過去の自分なら、きっとクリスを見捨てて先に帰っていただろう。もしダスト達が連れて行こうとするなら、彼らに刃を向けていただろう。

 そんな自分が、クリスを見捨てず助けに来た理由は──。

 

「……今回、宝探しに付き合った分の情報を、まだ貴様から貰っていない。貴様を助けた理由など、ただそれだけだ」

 

 クリスがバージルにとって、利用価値のある者だから。この世界を知る上で必要な者だからだ。それ以外に理由は存在しない。

 そう──あの時、落ちかけたクリスの手を咄嗟に掴んだのも、そして拐われたクリスを「助けない」選択肢を端から考えなかったのも、彼女がただの協力者だったからだ。

 

「(俺は……)」

 

 自分は悪魔だ。今までも、そしてこれからも変わることはない。

 ましてや、人間を助ける――人間に歩み寄る――人間を求めることなど、あってはならないのだ。

 

 たとえそれが――『(ダンテ)』が『勇者(スパーダ)』になり得た理由だとしても。

 

「……フフッ」

 

 その内を知ってか知らずか、クリスはバージルの言葉を聞いてクスリと笑う。

 

「何を笑っている」

「ううん、なんでもない」

 

 そもそもこうなった原因は貴様だろうとバージルは目で訴えたが、クリスには通じていないようだ。

 クリスは、活発な彼女らしくニッと歯を見せて笑うと、バージルに告げた。

 

「ありがとう、バージル」

「……フンッ」

 

 彼女のお礼を聞いたバージルは、特にこれといった反応を示すわけでもなく視線を前に戻した。

 

 

*********************************

 

 

「いや、アタシもオーク一匹ならイケると思ったんだよ? でも相手がリーンを人質に取っちゃってさー」

「……待て、ならば何故貴様が捕まった?」

「リーンちゃんが捕まるよりもアタシが捕まった方が、脱走できる可能性があると思って。で、アタシが直接オークに交渉したの。代わりにアタシを捕えてくれって」

「脱出はできたのか?」

「ぜーんぜん。監視の目がキツイのなんのって。女だから甘く見てくれると思ったんだけどねー」

「貴様という奴は……」

 

 街への帰り道、クリスは自分が捕まった経緯を話しながらバージルと歩く。

 行きの時とは違い、クリスはいつもより話しかけていたが、バージルは呆れながらも話に乗ってくれている。

 まるで、互いの溝を埋めるかのように。バージルにその気はないだろうが、少なくともクリスは彼に歩み寄ろうとしていた。

 

 

 ――端から見れば、の話だが。

 

「(……貴方がどういう人なのか、確かめさせてもらいますよ)」

 

 バージルが前方を見つめて歩く中、クリスは独り決意を固めていた。

 




HENTAIはこのすばにて最強。


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第2章 悪魔と人間
第10話「このソードマスターにスキルを!」


 アクセルの街から少し離れた森林地帯。ここらに強いモンスターはおらず、道沿いに進めば無傷で森林地帯を抜け出せる。

 だが、あくまで『道沿いに進めば』の話である。

 

 ひとたび森の中へ入ってしまえば、猪型モンスターの縄張りに侵入してしまい、容赦ない突撃攻撃を食らう羽目になる。

 下級モンスターであるが、多勢に無勢。中堅の冒険者であっても、猪軍団には苦戦を強いられる。好き好んで自ら森の中へ入るのは、余程痛めつけられたい変態か命知らずの死にたがりであろう。

 

 もしくは、下級モンスター軍団を物ともしない実力者か。

 

 

「おっと危ない!」

 

 猪の突撃をひらりとかわし、手に持っていた短剣で敵の身体を斬りつける。口では危なげなく言っているが、とても楽しそうに笑っている。

 余裕を見せながらも華麗に立ち回っているのは、透き通った肌をこれでもかと露出しているラフな格好の銀髪盗賊、クリス。

 

「鬱陶しい奴等だ」

 

 そんなクリスとは対照的な冒険者がもうひとり。猪の突撃を片足で止めると、天色の鞘から刀を抜いて、敵の身体を真っ二つに切り裂いた。

 サラリと人間離れした技を見せたは、銀髪オールバックに青コートが特徴の新米冒険者であり、蒼白のソードマスターと呼ばれる男、バージル。

 

 彼は視線を横に向けると、突撃するチャンスを伺っている猪が数匹。残る敵はあれで全部だろうと睨むと、剥き出しになっていた刀を一度鞘にしまい構える。左手に持つ天色の鞘から青白い光が輝き出すと──。

 

「ハァッ!」

 

 バージルは、勢いよく刀を横へ振り抜いた。と同時に、刀身から青白い雷を纏う斬撃が目にも止まらぬスピードで飛び出した。

 彼らのような下級モンスターが対応できる筈もなく斬撃を受けると、猪達はたちまち真っ赤な血しぶきを上げ、胴体は水平に真っ二つとなり息絶えた。

 殲滅を確認したバージルは、静かに刀を鞘に納める。

 

「流石だねバージル! 君がいるとどんなモンスター相手でも心強いよ!」

「やかましい。さっさと宝を回収しろ」

 

 喜びを分かち合おうとするクリスであったが、バージルに冷たくあしらわれる。ノリの悪い彼を見て、クリスは不満そうに頬を膨らましながらもお宝を探し始めた。

 

 バージルがこの世界に来てから、既に一ヶ月が過ぎようとしていた。

 クリスと協力関係を結んでいたバージルは、契約通りお宝探しに付き添いつつこの世界について学んでいった。

 元いた世界にはなかった技術、種族、文化。どれも興味深いもので、気付けばこの世界の知識を得ることをひとつの楽しみにしていた。

 そんな彼を見て心を許し始めていると感じたのか、クリスは以前よりもバージルに絡んでくるように。正確には、初めてお宝探しに出向いた日からか。

 もっともバージルは心を開いているつもりは微塵もないので、今回のように軽くあしらっているのだが。

 

 

「あったあった! お宝はっけーんっ!」

 

 掘った地面から目的のお宝を見つけ、クリスは喜びを表すように天へ掲げる。

 土で汚れているものの、傷つけないよう綺麗にすれば高くつきそうな、手のひらサイズの虹結晶。彼女は軽く土を払い、結晶を両手に乗せて笑う。

 

「駆け出し冒険者の街から遠く離れていない近郊に宝が埋まっているとはな」

「ここへ隠すために埋めたけど回収する前に死んじゃったか、隠した場所を忘れたかってところだね。どっちにしても、アタシの盗賊スキルがあれば行方不明のお宝もなんのその! 土の中だろうと海の中だろうとすぐ見つけちゃうよ!」

「『スキル』か……本当に便利だな」

「バージルのだってそうだよ。さっきの敵に向かって飛ばしたソードビーム。あれってソードマスターのスキルだよね? いつの間に習得してたの?」

 

 先の集団戦闘でバージルが猪達に放った『飛ぶ斬撃』

 あれは、バージルが元々持っていた技ではない。ソードマン及び上位職のソードマスターが覚えられるスキル『ソードビーム』である。

 

 その名の通り、剣による飛び道具。剣に魔力を込めて振ると、斬撃となって前方に飛ばすことができる。魔法が存在する異世界に行って剣を握った者なら、誰もがやってみたい技第一位といっても過言ではないだろう。

 ソードスキルの中では魔力消費が多いスキルであり、魔力の高い者なら連発も可能だが、ソードマン及びソードマスターに就く者は平均的に魔力が低い。

 

 そして、この世界のスキルには『レベル』がある。『熟練度』と言ってもいいだろう。

 単に敵を倒して経験値を集めれば上がるレベルと違い、身体に染み込ませるように何度も使用するか、スキルを覚えるために必要な『スキルポイント』の消費、そしてスキルアップポーションの使用で上げられる。

 が、スキルポイントやポーションよりも、何度も使う方法でスキルレベルを上げ、その過程で溜まったポイントで新たなスキルを覚える方が断然お得である。

 

 スキルレベルを上げれば、そのスキルはより強力なものとなる。威力上昇、範囲拡大、効果時間延長、付与人数増加等、それはスキルの種類によって様々。

 『ソードビーム』ならば威力上昇は勿論のこと、斬撃の飛距離増加、速度上昇といたところ。使いこなせば、その場その場において様々な斬撃を繰り出すことも可能となるであろう。

 

「三日前だ」

「そんな最近!? いやでも、それにしてはやたら自然と出していたような……スキルレベルはいくつ?」

 

 スキルレベルを尋ねられたバージルは、口で説明するより見てもらった方が早いと、懐から冒険者カードを取り出してクリスに見せる。彼女は顎に手をじっくり見つめる。しばらくして顔を上げると、怪訝な表情で再度尋ねてきた。

 

「ねぇ、本当に最近習得したの? 駆け出し冒険者とは到底思えないスキルレベルなんだけど」

「修羅の洞窟に潜り、使い続けただけだ」

「……あぁ、なるほどね」

 

 「どうやって痩せたんですか?」という質問に「運動した」と一蹴するような簡潔過ぎる答え。クリスはただただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

 修羅の洞窟では、不思議なことに一度クリアしても翌日には最深部のドラゴンを除いて道中のモンスターが復活している。

 仕組みはわからないが、これに目をつけたバージルは幾度も修羅の洞窟に潜り、現れる敵を全て『ソードビーム』で倒すことで重点的にスキルレベルを上げていたのだ。

 

 先も話した通り、消費は多いが魔力が高ければ魔法使いのように連発することは可能。

 加えてバージルの魔力は、無尽蔵と言っても過言ではない。なので魔力の心配などせず、休む間もなく修羅の洞窟に潜り、一日一周という驚異的なペースでクリアし、スキルの使い方も覚えながらレベルをガンガン上げていた。スキルレベルが異常なまでに高いのはその為である。

 因みにバージル本人のレベルは比例せず上がっていない。どういうわけか、修羅の洞窟に現れるモンスターは経験値を与えてくれなかったようだ。

 

「あれ? よく見たらソードマスターのスキルがコレしかないね。他のスキルは習得しないの?」

「このスキルを徹底的に上げておきたかった」

「どうして?」

「ひとつ、試したいことがある」

 

 毎度毎度規格外な真似をする彼が、一体何をしでかすつもりなのか。気になったクリスは首を傾げながら再度尋ねる。バージルは彼女の質問に答えようとしたが──。

 

「──ッ!」

「ど、どうしたの?」

 

 刹那、高まる魔力を感じ取り、バージルはクリスから目を離して魔力を感じた方向を見た。クリスは不思議そうに見つめている中、バージルはじっとその方向を睨み続ける。

 

 すると──少し間を置いて、巨大な爆発音と共に突風が真正面から吹いてきた。

 

「わっ!?」

 

 木々に止まっていた鳥達は逃げるように木から飛び立つ。突然の爆発音にクリスは思わず耳を塞ぎ、吹いてきた風に飛ばされまいと身を屈める。それとは対照的に、バージルは毅然として巨大な爆発が起こった先を見つめていた。

 

 しばらくして吹いてきた風は止み、荒く音を立てていたバージルのコートが落ち着きを取り戻す。すると彼は、黙って爆発音が聞こえてきた方向へと歩き始めた。

 

「えっ? あっ、置いてかないでよー!」

 

 自分を置いて先へ歩こうとするバージルを見て、クリスは慌てて彼の後を追いかけていった。

 

「(さっきの爆発音って、もしかして──」

 

 

*********************************

 

 

「今日の爆裂は中々良かったぞ。骨身に染み渡るほどの音響。絶妙なタイミングで遅れてやってくる爆風と振動。そして何より爆炎の形と大きさ。80点ってところだな。ナイス爆裂だ、めぐみん!」

「カズマも、爆裂魔法を見る目が良くなってきましたね。ナイス……爆裂」

 

 辿り着いた先にいたのは、遠くの崖に立つ古城を見ながら評論家らしい口ぶりを見せるカズマと、地面に突っ伏してサムズアップをする魔法使い、めぐみんであった。

 

 魔力の高い敵が現れたのかとバージルは思っていたのだが、蓋を開けてみればこの二人。別段カズマやめぐみんのことは嫌ってはいないのだが、彼はあのキャベツを見た時と似たような、何とも言い難い残念感を覚えていた。隣のクリスもカズマたちを発見し、呆れ顔でため息を吐いている。

 

「……んっ? ってうおぁっ!? バージルさん!? それにクリスまで!?」

「おや……そこにいるのは我が同族の、バージルではありませんか? 貴方も我が爆裂魔法を見に来たのですか? しかし残念ながら、今日はもう撃ってしまったので、また今度に……」

「やーっぱりめぐみんだったかぁ」

「知っていたのか」

「アタシ、めぐみんの爆裂魔法一回見たことあるんだ。キャベツ収穫イベントが終わった後、半ば強制的に付き合わされてね。一日一回爆裂魔法を撃たなきゃ夜も眠れないって言われてさ」

「何故付き添う必要がある?」

「それは──」

 

 爆裂魔法を撃つだけなら同行は必要ない。モンスターもいない安全な道なら護衛も必要ないだろうとバージルは思いながら尋ねると、クリスは苦笑いを浮かべて視線を再びめぐみんへ移す。

 

「ではカズマ、いつものお願いします」

「ハイハイ」

「あの娘、一発撃ったら動けなくなっちゃうから」

「……Foolish girl(愚かな女だ)

 

 視線の先には、カズマにおんぶをされているめぐみん。これにはバージルもそう言わざるをえなかった。

 身の丈に合わない爆裂魔法を習得し、あまつさえそれを毎日放っては魔力切れを起こし、人の手を借りなければ歩くことすらできない木偶の坊に。

 あの時出会った四人の中ではカズマと並んでまともな部類かと思っていたが、見当違いだったようだ。

 

 

*********************************

 

 

 めぐみんの日課を済ませ、後は帰るだけだったカズマとめぐみん。クリス達も帰る予定だったので、一緒にアクセルの街へ戻ることに。

 道中で駆け出し冒険者では相手にならないモンスターともし遭遇することになっても、こちらにはバージルがいる。用心棒としてこれ以上無い頼もしさであろう。

 カズマは二人に頭を下げると、めぐみんをおんぶして帰路を歩き出した。クリスも彼を追うように歩き始めようとしたが、バージルが足を止めていたことに気付く。

 

「どうしたの? 早く行こうよ」

 

 クリスが呼びかけても、彼はじっと一方向を見つめたまま。視線の先はめぐみんが爆裂魔法を撃ち込んでいた古城。

 気になることでもあったのだろうかと思っていると、バージルは依然黙ったまま古城から背を向け、クリスのもとへ歩いてきた。

 少し様子が気になったが、特に何も聞かずカズマの後を追った。

 

 

*********************************

 

「今気付いたけどカズマ君、服を新調したんだね。冒険者らしくなったって感じ?」

「この前のキャベツ収穫で稼いだ金を使って、装備を整えてみたんだ」

「その剣もか」

「えぇまぁ、駆け出し冒険者の街で売ってる安物ですけどね」

「最初は誰しもそんなものだよ。お金を稼げるようになったら、バージルみたいに武器を作ってもらったら?」

「元からそのつもりだ。俺、いつかバージルさんが持ってるようなカッコイイ刀を作ってもらうんだ!」

「その時は私が、魔王の首を取るに相応しき名前をつけてあげますよ」

「やめろ。絶対にやめろ。お前の名前からでもわかるネーミングセンスだと、絶対名乗るのも恥ずかしい名前をつけられる」

「おい! 私の名前に言いたいことがあるなら聞こうじゃないか!」

 

 街までの道中、バージル達は雑談を交えながら帰路を歩く。

 クリスとしか関わっていない上に最近は洞窟にこもりっぱなしだったバージルは、街の現状やカズマの身の回りについて色々と教えてもらった。

 

 アクセルの街は現在。駆け出し冒険者の街であるにも関わらずギルドの掲示板に張り出されているのは高難易度クエストばかり。最近、アクセルの街付近に魔王の幹部らしき者が古城に住みつき、近隣の下級モンスターは皆怯えて隠れてしまっているのだとか。

 それを聞いてバージルは不敵な笑みを浮かべ、クリスはチラチラと後方を確認して冷や汗を流していたのだが、カズマとめぐみんは知る由もなかった。

 

 まだレベルの低いカズマ達が高難易度クエストを受けられる筈もなく、各々自由に行動していた。

 ダクネスは実家に帰って筋力トレーニングに励み、アクアは日雇いのバイトへ。めぐみんは一日一爆裂できたら満足するので、毎日カズマを連れてあの古城に爆裂魔法を放っていたのだった。

 

 クリスも最近はバージルと一緒にお宝探しをしていたことをカズマに話し、バージルの活躍を自慢気に語っていた。大量に蔓延っていたコボルト相手に無双したことや、襲ってきた山賊を見事に撃退したこと、お宝を守っていたボスを一刀両断した等。二人は興味津々に聞いていたが、バージルは特に横槍を入れず黙って歩いていた。

 

 やがて、もう少しで森の道を抜け出せるところまで来た、その時であった。

 

「なぁクリス、あれって──」

「敵モンスターだよ。でも一体だけみたいだね」

 

 カズマ達が歩く先に、野犬のようなモンスターが1匹立ち塞がっていた。敵一匹に対しこちらは四人。否、未だ行動不能のめぐみんを除いて三人。

 相手は下級モンスター。カズマでも時間をかければ倒せるレベルであろう。クリスは腰元に下げていた短剣を握り戦闘態勢に入る。

 

「待て、俺がやる」

「えっ?」

 

 が、ここでバージルが自ら前に出てきた。

 

「珍しいね。君が下級モンスターを自分から狩りにいくなんて」

「試したいことがあると言っただろう。丁度いい機会だ」

 

 『ソードビーム』を重点的にレベル上げしていた理由のことであろう。覚えていたクリスは納得した表情を見せると、短剣を鞘に戻して後ろへ下がった。

 

「えっ? バージルさんどうしたんだ?」

「試したいことがあるんだって」

「もしや、バージルも爆裂魔法を──!?」

「それは絶対ない。第一あの人ソードマスターだから魔法覚えられないだろ」

 

 ギャラリーの三人が見守る中、バージルは黙って鞘に結ばれた下緒を解く。数メートル離れた位置にいるモンスターは、バージル達に気付いている筈なのだが、警戒しているのか唸り続けているだけで近づこうとしない。対するバージルは視線を敵に向け、静かに構える。

 やがて、彼の刀が青白く光始め──。

 

「──フッ!」

 

 光が強まった瞬間、彼は刀を引き抜いた。

 刹那、前方にいた敵の身体が切り刻まれ、血飛沫を上げながらその場に倒れた。

 

「「「……はっ?」」」

 

 あまりにも短い出来事。気付けばバージルは刀を鞘に納めており、いつもの無表情で手元の刀に目線を落としている。斬られたモンスターは立ち上がる様子すら見せない。

 

「何をしている。さっさと帰るぞ」

「「「いやいやいやいやいやいやいやいやいやっ!?」」」

 

 さっさと歩き出そうとするバージルであったが、ふと我に返ったカズマ達は慌てて駆け寄りながらバージルを呼び止めた。

 

「今の何っ!? ていうか何したの!? 全っ然見えなかったんだけど!?」

「ヤツを斬っただけだ」

「いや斬るにしても遠すぎるでしょうよ!? 明らかに刀が届かない位置にいたんですけど!?」

「そうですよ! 魔法を唱えたようにも見えなかったのに、一体どうやったら離れている敵を攻撃できるのですか!?」

 

 バージルが持つ刀の刀身では絶対に届かない場所にいた敵を、刀を引き抜いたのとほぼ同時に斬った。まるで、直接そこを刀で斬ったかのように。

 詰め寄ってくる三人を面倒に思うバージルであったが、説明しなければしつこく食い下がってきそうだと思い、懐から冒険者カードを取り出してカズマ達に見せた。

 

「冒険者カードがどうかしたんですか?」

「そこにソードマスターのスキル『ソードビーム』があるだろう」

「はい、確かにありますね。スキルレベルが異常に高いですが」

「それを使った」

「……はい?」

 

 バージルは正直に話したが、それでもカズマとめぐみんには理解できず、頭にハテナを浮かべている。

 そんな中、彼が何を言いたいのかわかったクリスが、頭を抱えながらバージルに質問をしてきた。

 

「つまりバージルは、斬撃を出してモンスターを斬ったってことだよね? でもアタシ達には斬撃のざの字も見なかったんだけど?」

「貴様等には見えていなかっただけだ。俺はあの時、確かに斬撃を飛ばして敵を斬った」

「えっ? つまりそれって――!?」

 

 そこまで聞いてようやく、カズマ達はバージル何をしたのかを理解した。

 もっともそれは、常識の範疇を超えた、とても人間には真似できない芸当なのだが。

 

 『ソードビーム』は、剣の振り方次第で様々な形を見せる。遅く振れば速度の遅い斬撃が。速く振れば速度の速い斬撃が。強く振れば遠くまで飛ぶ斬撃が。軽く振れば飛距離の短い斬撃が。溜めた魔力を一気に出して強力な斬撃を出したり、魔力放出を小分けにして連続で斬撃を出すこともできる。

 

 では──もし常人には見えない速度で剣を振れば、斬撃はどうなるか?

 

 答えは単純。速く振れば比例して斬撃も速く飛ぶ。

 剣を振ったことすら見えない速度ならば、目で追うことすら叶わない神速の斬撃と化す。

 人間には不可能な技。しかし彼にとって、神速で剣を振りつつ溜めた魔力を小分けにして斬撃を飛ばすなど、造作もないことだったのである。

 

「(予想通りだ。これならば、次元斬の代わりになりうる)」

 

 驚きっぱなしの三人から目を外し、バージルは手元の刀に目を落とす。

 彼は『ソードビーム』の効果を知った時、使い方によっては次元斬の再現も可能なのではないかと考えていた。だからこそスキルレベルを徹底的に上げつつ、使い方を身体に染みこませていたのだ。

 そしてある程度上がりきり、使いこなせるようになってから試してみると──結果はご覧の通り。模擬次元斬の完成である。

 

「もう、君がこれからトンデモ行動をしても驚かないことにするよ」

「私の目をもってしても見抜けぬ居合とは……し、しかし! 派手さやカッコ良さでいえば、我が爆裂魔法の方が勝っています! そうですよねカズマ!?」

 

 ため息を吐きながら話すクリスの横で、狼狽えた様子のめぐみんはカズマに同意を求める。

 

「めぐみん、ちょっと邪魔だから降ろさせて。えーっとソードビームソードビーム……あった! 見てたからやっぱ俺も覚えれるようになってる! スキルポイントは3……よし、習得完了!」

「なっ! 私の爆裂魔法を散々見ておきながら、そっちを真っ先に覚えるとはどういうことですか!? 私と共に爆裂道を歩む約束は忘れてしまったのですか!?」

「結んだ覚えもないし、結んでいたとしても即刻破り捨ててやるわそんな約束! こっちの方が実用的だし、俺だって剣を使って戦いたいんだよ!」

 

 どうやらカズマのお気に召したようだ。めぐみんを降ろし、カズマは冒険者カードを取り出して『ソードビーム』を習得する。

 

「話には聞いていたが、本当に冒険者という職業は他者が使用したのを見ただけでスキルを覚えるのか」

「普通に覚えるよりポイントが少し増えちゃうのが難点だけどね。その代わり、職業なんて関係なしに全てのスキルを覚えられるよ。冒険者唯一の利点といってもいいかもね」

 

 バージルとクリスが冒険者のクラスについて話す傍ら、カズマは適当な細い木を睨み、腰元にある剣を鞘から抜いて構える。

 

「(コレだよコレ! こういうのを待ってたんだよ! 主人公が必殺技にするような、王道ファンタジー感溢れる技を!)」

 

 カズマが求めていた、ファンタジーらしさ満点の技。心の中で喜びながらも集中力を高める。

 漫画やゲームで飽きるほど見た斬撃を飛ばすシーンを頭の中で反芻すると、柄を握っていた手に力を込め──。

 

「ソードビィイイイイイイイイームッ!」

 

 スキル名を叫び、力強く横へ薙いだ。

 

 

 

「……出たには出たけど、飛距離がほんのちょびっとしかなかったね。しかも木に届かなかったし」

「しょっぱっ!?」

 

 剣から放たれたのは、1メートル飛んだかすら怪しい飛距離だった緑色の斬撃。剣から放たれたソレは狙った木に当たることなく空中で消滅。

 それも当然のことだろう。カズマは習得したばかりなのでスキルレベルは1。加えてカズマは剣の扱いに慣れていないド素人。筋力も優れておらず、魔力も多くない彼が使っても、しょぼい斬撃にしかならなかった。

 

 だがそれでも、ソードマンやソードマスターが扱う『ソードビーム』に変わりはない。

 そして忘れているかもしれないが、このスキルはソードスキルの中でも魔力消費が激しい。

 

「あっ、ちょっと待て……これダメだわ」

 

 魔力の量もコントロールも知るかと言わんばかりに、ありったけ込めた剣を思いっきり振ってしまったことで、先程の斬撃で魔力を全部使ってしまった。カズマは爆裂魔法を放っためぐみんのように、仰向けで倒れた。

 

「たった一発で魔力をスッカラカンにするなんて情けないですね。素直に爆裂魔法を覚えないからそうなるんですよ。ざまぁみやがれです」

「お前にだけは言われたくねぇよ……あと爆裂魔法は覚えないから」

 

 カズマに降ろされて地面に乙女座りで座っていためぐみんは、勝ち誇った笑みを浮かべる。しかし今のカズマには鋭いツッコミを入れる気力も残されておらず、元気のない声で言葉を返す。

 

「ところで、カズマが倒れてしまったら誰が私を運ぶのですか? 少しずつ回復はしていますが、私まだ歩けませんよ?」

「あっ」

 

 めぐみんの指摘を受け、カズマは思わず固まる。今の彼にはめぐみんを背負うどころか、一人で歩く気力もない。この状態でどうやって街まで帰るのか?

 

 

 カズマは、凄く申し訳なさそうな顔でクリスとバージルを見た。

 

「めぐみんはアタシが背負うから、バージルはカズマをお願いね」

「……仕方がない」

 

 カズマとは協力関係を結んでいる。ここで野垂れ死んでは困る。クリスがめぐみんを背負う横でバージルはカズマを片手で担ぎ、アクセルの街を目指して歩を進めた。

 




つまり何が起こったかというと、次元斬の見た目と仕様が3から4SE仕様になりました。


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第11話「この駆け出し冒険者の街に襲来を!」

 太陽が空の頂点を超えた昼過ぎ。

 アクセル支部の冒険者ギルドにある酒場は、昼食を目的にした者や、昼間っから酒を飲みに来る冒険者がまばらに座っている。夜ほど忙しくはないので、ギルド職員も暇を持て余している者がチラホラ。

 そしてクエストの貼り紙が貼られている掲示板の前、ひとり静かにクエストを物色している冒険者がいた。

 

 青いコートと銀髪オールバックが特徴的な男、バージル。視線の先にあるのは高難度のクエスト──というよりも、それしか貼り出されていなかった。先日、カズマから聞いた通りの状況であった。

 

 アクセルの街に住む駆け出し冒険者が高難易度クエストに挑むわけもなく、掲示板前は寂しいことになっている。受付嬢も暇なようで、カウンター内に座りながらもコクリコクリと眠りかけている。

 

 しかし、バージルには何の関係もない。冒険者達がゆっくり休んでいる傍ら、彼はいつものようにクエストへ行こうとしていた。

 第一希望は特別指定モンスターであったが、貼り出されていない。変わり種の物であれば、別の街までの護衛、魔術の実験体募集、レア素材の納品などもあったが、バージルには討伐以外に興味が沸かない。

 

「(『ブルータルアリゲーターの討伐』か)」

 

 まともなのはこれくらいかと、かなり妥協して受けるクエストを決める。バージルは貼られていた紙を取ろうと手を伸ばす。

 

「クエストに行くのか?」

「……ッ!」

 

 その時、背後から聞こえた声にバージルは背筋を凍らせた。

 透き通った女性の声──聞き覚えがあり、聞きたくなかった声。バージルはおもむろに振り返る。

 

「実家に帰ったと聞いていたが……」

「カズマが話したのか? といっても昨日帰ってきたのだがな。筋トレで己の身体をじっくりと痛めつけてきた」

 

 この世界で最も苦手とする女騎士、ダクネスであった。彼女は凛とした表情でバージルと向き合っている。

 

「今日はクリスと一緒ではないのか?」

「知らん。見ていない」

「ふむ……ところで、高難易度のクエストに行くのか? なら私も一緒に──」

「断る。貴様と行動を共にすると想像しただけで吐き気が出る」

「んんっ……! あ、相変わらず容赦のない言葉だな。安心したぞ……ふっ! くうぅっ!」

 

 バージルの塩対応に、ダクネスは身を震わせている。彼の口から自然に出る言葉は、彼女にとって大好物のようだ。

 肌に鳥肌が立つのをバージルが感じている傍ら、息を落ち着かせたダクネスは再び話しかけてきた。

 

「そうだ。実は筋力をアップさせながら精神も高める効率の良いトレーニング方法を思いついたんだ。君が手伝ってくれるとありがたい。簡単に説明すると、腕立て伏せをしている私の背中に座りながら、先程のような容赦のない罵倒罵声を浴びせて──ってあっ!?」

 

 これ以上話を聞くのは危険だ。バージルはクエストの紙を取るのも忘れて掲示板のもとから離れていった。

 

 

*********************************

 

「見て見て!『花鳥風月』! 水の女神たる私にピッタリのスキルじゃない!?」

「おおっ! 綺麗な水と虹がどこからともなくっ! 凄いですアクア!」

「(宴会芸じゃねぇか)」

 

 一方その頃酒場にて。覚えたての宴会芸スキル『花鳥風月』を披露するアクア。

 宴会芸スキル。戦闘には何ら意味も無さそうでありながら、スキルポイントがバカ高い。冒険者からすればポイントの無駄遣いでしかないスキルである。

 もうこの駄女神は、本来の目的である魔王討伐を忘れているのではないだろうか。カズマは呆れて物も言えず、掲示板の方へ視線を移す。

 

 

「そう逃げなくてもいいではないか! 私はただ、今より更なる高みを目指すために筋トレの効率を上げたいだけなんだ!」

No talking(話しかけるな)

「(うわぁー……早速絡まれてる)」

 

 視界に映ったのは、昨日帰ってきたダクネスに早々から絡まれていたバージル。彼は逃げるように早歩きでこちらに向かってきていた。

 バージルとは、力を貸してもらう代わりにダクネスが暴走したら止めるという契約で協力関係を結んでいる。バージルからのアイコンタクトを受け取ったカズマは、自ら二人の間に割って入った。

 

「おーっとダクネス。その辺にしといてあげようねー」

「なっ!? 止めるなカズマ!」

「どうせ、昨日俺にも話した筋トレのことをバージルさんに頼もうとしたんだろ? その筋トレには俺が付き合ってやるから。なんなら罵倒罵声に加えて蹴りもプラスしてやるぞー?」

「……っ!? か、カズマがそこまで言うのなら仕方ない。や、約束だからな?」

 

 ダクネスの言葉に対し、後で適当に理由を付けて断ればいいだろうと思い、カズマはハイハイと適当に返事をする。

 

「ムッ! 現れたわね青サムライ! 私の華麗な『花鳥風月』を見なさい! そして私を女神と崇め、ついでに仲間になりなさい!」

「おや、我が同志ではありませんか。よかったらこの後、私の散歩に付き合いませんか? まだお見せできていない我が爆裂魔法をとくとご覧にいれてあげましょう!」

「そうだな。機会があれば付き合ってやろう」

「くぉらぁああああーっ! 私を無視すんなぁああああー!」

 

 無視するバージルに声をがなり立てて絡むアクア。酒場内にいる冒険者達は「またあいつらか」と思うも、そこにバージルの姿があるのを知って二度見していた。

 ひとまずダクネスの魔の手から逃れ、一息吐くバージルであったが――。

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは戦闘態勢で街の正門に集まってください!』

 

 キャベツ収穫祭の時にもあったけたたましい警報音が酒場内に鳴り響き、続けて受付嬢のアナウンスが冒険者に向けて伝えられた。

 

「なんだ!? またキャベツか!?」

「いえ、キャベツ収穫祭は年に一度の筈。しかも戦闘態勢が前提となると……」

「イベント以外で起こる緊急クエストは、大概が強力なモンスターの襲来だ」

「マジで!?」

 

 アクセル街に住んでいるめぐみんとダクネスが言うのなら間違いないだろう。彼女達の言葉を聞き、カズマに緊張が走る。

 だがその一方で、ようやく異世界ファンタジーらしいイベントが発生したことに喜びも覚えていた彼は、意気揚々と仲間達へ声を掛けた。

 

「こうしちゃいられない! 俺達も急ぐぞ! バージルさんも……あれ? どこいった?」

「アイツなら、カズマがアワアワしてる間にギルドから出て行ったわよ?」

「早いなっ!?」

 

 

*********************************

 

 アクセルの街、正門前。緊急招集を受けてきた冒険者達は揃って強ばった表情を浮かべ、前方を見つめている。その中には、バージルの姿もあった。

 彼は他の冒険者と同じく、静かに様子を伺っている。と、後方から自分の名前を呼ぶ声が。

 

「いたいた! バージルさん!」

 

 振り返ると、カズマが迫ってきているのを確認した。彼は人ごみを避けながらバージルの横へ。パーティーメンバーであるアクア、めぐみん、ダクネスの姿もあった。

 

「敵はどこだ!?」

 

 やる気に溢れたダクネスが尋ねてくる。バージルは言葉を返さず前方へ顔を向ける。同じくカズマ等も視線を前に。

 馬車が通ることで施工された道。そこに立つのは黒い体表に赤毛の馬と、それに乗った灰色の甲冑とマントを纏う、浅葱色の大剣を片手に持つ騎士。

 冒険者と勘違いしそうな風貌だが、明らかに異質な点がひとつ。

 

 相対する馬と騎士に頭は無く、騎士に至ってはその頭を、左手に抱えていた。

 

「俺はつい先日、この近くの城に越してきた魔王軍の幹部の者だが……」

 

 首なし騎士の言葉に、隣りにいたカズマは驚愕する。

 駆け出し冒険者である街に、ボスの一人が唐突に襲来したのだ。無理もない。

 

「(魔王軍幹部か。向こうから出向いてくれるとは、手間が省けたな)」

 

 緊張する彼とは対照的に、バージルは不敵な笑みを浮かべていた。

 実はこの男、先日カズマからアクセルの街付近に魔王軍幹部が住み着いた話を聞いた時から、幹部と戦うつもりでいた。

 首なし騎士からは強い魔力を感じられる。キャベツとは違いハズレ枠ではないと確信し、早く戦いたい衝動を抑えながらも首なし騎士の言葉を待つ。

 全冒険者が固唾を呑んで言葉を待つ中、首なし騎士は赤い目を光らせ──冒険者達に告げた。

 

 

「毎日毎日毎日毎日! 俺の城に爆裂魔法を撃ち込んでくる頭のおかしい大馬鹿は、誰だぁあああああっ!」

 

 魔王の幹部は、それはそれはもうお怒りだった。

 

「爆裂魔法?」

「この駆け出しの街であの魔法を使える奴って言ったら──」

 

 レベルの低い駆け出し冒険者が集まる街の中で、爆裂魔法を覚えている、頭のおかしいアークウィザード。そんな問題児はただひとり。

 

「ギクッ……」

 

 バージルとカズマに挟まれる形で立っている、爆裂魔法大好き中二アークウィザードこと、めぐみんである。

 冒険者達の視線を一挙に浴びる中、彼女は濡れ衣を着せるかのように赤髪の魔法使いへ視線を送る。

 

「な、なんで私が見られてんの!? 爆裂魔法なんて使えないよぉっ! 私まだ駆け出しで……信じてください! まだ死にたくない! 小さい弟たちだっているのに!」

「むぐぐっ……」

 

 が、作戦は失敗したようだ。赤髪の魔法使いはわんわんと泣き出し、未だめぐみんは視線の集中砲火から逃れられない。

 彼女は涙目になりながらも両隣の男達にアイコンタクトで助けを求めたが、カズマはおろか、バージルまでもが目を背けた。

 

 結局、というより最初から逃げ場などなかったのだが、めぐみんは覚悟を決めるように両手で自身の頬を叩き、果敢にも自ら魔王軍幹部の前に出た。

 

「お前が……ッ!」

 

 幹部は憎しみが溜まりに溜まった目でめぐみんを睨みつける。あまりの威圧感と恐怖に尻もちをつきそうになるも、めぐみんは負けじと睨み返す。

 キャベツ収穫の稼ぎで新調した、色艶を見せるマタナイト製の杖を差し向け、誇り高き名を告げた。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードにして爆裂魔法を操る者! 気高き紅魔族の者にして、この街随一の魔法使いである!」

「めぐみんって何だ! バカにしてんのか!?」

「ち、違うわいっ!」

 

 この状況に陥ってもなお、彼女は自分をバカにしていると思われたのであろう。魔王軍幹部の怒りのボルテージが更に上昇していく。

 

「こんのガキャァ……まぁいい! お前! 俺が幹部だと知っていて喧嘩を売っているなら、堂々と城に攻めてくるがいい! その気がないなら街で震えているがいい! ねぇなんでこんな陰湿な嫌がらせするの!? どうせ雑魚しかいない街だと思って放置しておれば調子にのってポンポンポンポン撃ち込みに来おって! 頭おかしいんじゃないのか貴様!」

「誰が頭のおかしいアークウィザードですか! それに、いくら上位職でも私は駆け出し冒険者! そんな私が、爆裂魔法の練習をするのがいけないと言うのですか!? 初心者が強くなるために練習するのを、貴方は禁止するのですか!?」

「練習だったらもっと他の場所でしろよ!? なんでウチなの!? 百歩譲って七日に一回なら俺だって許したよ! あぁもう一週間過ぎたのかって目安にもなるし! けど一日一回クッソデッカイ音を鳴らす爆裂魔法を放たれてみろ!? そりゃノイローゼにもなるわ! 俺が魔力で固定してるからいいものの、それがなかったら城がおじゃんになってたぞ!?」

「七日に一回!? それは無理です! アークウィザードは一日一回爆裂魔法を撃たなければ夜も眠れない身体なんです!」

「流れるように嘘を吐くな! そんな話聞いたことないぞ!?」

 

 熾烈を極めるめぐみんと魔王軍幹部の言い争い。といっても、めぐみんの苦し紛れな言い訳に対し、魔王軍幹部がぐうの根も出ない正論で返すという、勝負にすらなっていないものであるが。

 ダクネスとアクアが呆れた様子で、カズマが物凄く申し訳なさそうな顔で魔王軍幹部を見ている中、バージルは──。

 

 

「(……帰りたい)」

 

 早々に帰りたくなっていた。

 

「信じなくても構いません。どちらにせよ貴方は、ここで倒される宿命なのですからっ!」

「サラッと話をすり替えるな! まずは謝罪しろ謝罪!」

「城に爆裂魔法を放ち続けていたのは、貴方をおびき出すための我が作戦! まんまと出てきたのが運の尽きです!」

「さっき練習のためって言ってたよなお前!?」

「それも兼ねてです!」

 

 どうだと言わんばかりの勝ち誇った表情を浮かべているめぐみん。しかし仲間であるカズマとダクネスは、終始呆れ顔を見せていた。

 

「今、彼女はサラリと作戦だったことにしていなかったか?」

「よくもまぁ咄嗟にそんな嘘が吐けるなアイツは。横にいるチンパンジー並みの知力しかない駄女神は見事に騙されてるし」

「なるほど! 全ては陽動作戦だったのね! 最初は呆れてたけど撤回するわ! やるじゃないめぐみん!」

「(……帰るか)」

 

 三人が観戦している横で、バージルは正門前から去るべく背を向ける。

 この騒動が収まるまで宿で寝ていよう。そう考えながら一歩踏み出そうとした、その時であった。

 

「水を自在に操る高い魔力に合わせて屈強な戦士にも負けないパワーを持ったアークプリーストに、計り知れない力と剣術を持つ蒼白のソードマスター! 今この街には、魔王に届きうる刃となりえる二人の冒険者がいるのです! 貴方のような魔王の下っ端など塵に等しい!」

「……What?」

 

 それよりも先に、めぐみんによって巻き込まれてしまった。予想していなかった展開に、彼は思わず固まる。

 しかしその横では、待ってましたとばかりに意気込むアクアが。

 

「ここで私を呼ぶなんて粋な計らいね。さぁ行くわよバージル! 私についてきなさい!」

「知るか。一人で行け」

「バージルさん!?」

 

 これ以上茶番に付き合うつもりなどなかった彼は、背を向けたまま吐き捨てる。

 一方、巻き込まれたのは同情するが、それでも彼が行けばすぐに事が済むと期待していたカズマ。バージルが反対する意思を示したことに驚き、焦りを見せる。

 周りの冒険者も驚いていたが、バージルは気にせずアクセルの街へ歩き出す。が──。

 

 

「へぇー、逃げるんだ?」

「……何だと?」

 

 アクアは、帰ろうとしたバージルへ、憎たらしい顔で煽ってきた。

 

「めんどくさそうに言ってるけど、内心じゃあの敵にビビりまくってるんでしょ? ププッ……まぁあんな雑魚っぱ私ひとりで十分だし、アンタはさっさとお家に帰ってベッドの中でガタガタ震えてなさい。ほらっ、ハウスハウス」

 

 百人が見たら百人は全力で腹パンしたくなるような顔で、バージルを挑発する。コイツはいつか斬られるのではないだろうかとカズマは未来を憂う。

 一方、アクアによる煽り度MAXな挑発を受けたバージルは──。

 

「誰があんな雑魚に怯えていると? 貴様こそ、ボロを出して役立たずになる前に立ち去るがいい」

「プププッ、強がっちゃって。後であの敵に泣いて赦しを請う姿が目に浮かぶわ」

「ほざけ」

 

 クルリと魔王軍幹部がいる方角へ向きを変え、アクアに言い返しながら刀の下緒を解いた。二人は互いに言い合いながらも、魔王軍幹部と対峙するめぐみんのもとへ向かう。

 

「(アクア、ナイス挑発!)」

 

 その様子を見ていたカズマは、珍しくアクアが役に立ってくれたことに感動を覚え、この世界に来て初めてアクアに感謝した。

 

 

*********************************

 

 

「私がいるこの街に来たのが運の尽きね! 神聖なる魔法で消し去ってあげるわ! 覚悟しなさい!」

「アークプリーストにソードマスター。そしてこの私、爆裂魔法を操るアークウィザード! 魔王軍幹部といえど、上級職三人相手では分が悪いでしょう。逃げるのなら今のうちですよ?」

 

 三人が並び立ち、アクアは対峙する魔王幹部へ挑発する。心強い味方が来たからか、めぐみんも強気な姿勢を見せていた。

 歯ぎしりが激しくなると共に怒りがこみ上げてもおかしくない場面であるが、魔王幹部は反応を示さない。

 

「ほう……」

 

 彼は挑発に目もくれず、めぐみんの隣に立っていたバージルを興味深そうに見つめていた。

 

「ちょっと! アンタ聞いてんの!?」

「んっ? あぁ、すまない。全く聞いていなかった」

「ムッキーッ!」

 

 ガン無視されて逆に怒りを覚えるアクア。しかし魔王軍幹部は目もくれず言葉を続ける。

 

「戦う気でいるようだが、俺は争いをしに来たわけではない。そこの爆裂魔法を毎日撃ち込みに来るはた迷惑なイカレ魔法使いへ注意しに来ただけだ」

「おい、そのイカレ魔法使いとは誰のことを言っているのか教えてもらうか」

「御大層な登場をしたわりにはアッサリ退くのね。ビビって腰が引けたのかしら?」

「自分で言うのもなんだが、俺は『勇者殺し』の異名を持っている。上級職が三人いたところで狼狽えるタマではない」

 

 魔王軍幹部は大剣を馬に乗るよう後ろに置き、空いた右手を空に掲げる。そして、禍々しい色を放つ魔力が集まり始めた。

 ただならぬ気配を見せる魔王軍幹部に、三人は戦闘態勢を取る。魔王軍幹部は、めぐみんを睨みつけると──。

 

「しかし、このままではまた爆裂魔法が飛んできそうだからな……お前には、キツーイお灸を据えてから去るとしよう!」

 

 赤い目を光らせ、魔力の塊をめぐみんへと放った。魔力の塊は目まぐるしいスピードでめぐみんに向かっていく。加えてお互いの距離は短い。

 回避は不可能。めぐみんは思わず両目を閉じる。

 

 が──彼女に当たることはなかった。

 訪れない痛みを不思議に思い、めぐみんは閉じていた目を開ける。

 

 

「ぐっ……ううっ……!」

「だ、ダクネス!?」

 

 めぐみんの前には、彼女を守るように両手を広げて魔王軍幹部の攻撃を受けたダクネスがいた。ダクネスは呻き声を上げながら、片膝を地面につける。彼女の左胸からは、先程魔王軍幹部が放ったのと同じ禍々しい色をした煙が立っていた。

 

「想定外の結果だが、仲間を思う冒険者には効果的か。よく聞けめぐみんよ! 今お前を庇ったそこの騎士が受けたのは『死の宣告』! 断言しよう。そこの騎士は一週間後に死ぬ! お前の大切な仲間は、死の恐怖に怯え苦しむことになるのだ! 貴様のせいでな!」

 

 『死の宣告』──受けた相手には死が訪れる呪いのスキル。

 魔王軍幹部からの宣告に、めぐみんは戦慄する。自分のせいで死ぬ定めを受けてしまった。その事実が、彼女の心を強く締めつける。

 

「辛いだろう? 苦しいだろう? しかし、もう止められない。仲間の苦しむ様を見て、自らの行いを悔いるがいい! クハハハハハハハッ!」

 

 絶望するめぐみんを見て、魔王軍幹部は高笑いを見せる。

 誰もが絶望する展開。だがその中で一人──バージルは、これから起こる出来事を予測し、いつにもまして真剣な表情で魔王軍幹部へ告げた。

 

 

「悪いことは言わん。今すぐ逃げろ」

「ムッ?」

 

 彼の口から出たのは、あまりにも予想外な忠告。それも怒りを覚えてではなく、本気で魔王軍幹部を心配している様子。その意図がわからず、魔王軍幹部は困惑する。

 

「ダクネスー!」

 

 その時、正門前からカズマが駆け寄ってきた。怒涛の展開に固まってしまった彼であったが、ようやく我に返り、慌ててダクネスのもとへ。

 

「来るな! カズマ!」

 

 しかし、それをダクネス本人が止めた。カズマは思わず足を止める。

 めぐみんとカズマが心配そうに見つめる中、ダクネスは剣を杖代わりにして立ち上がると、魔王軍幹部を睨みつけてこう告げた。

 

「つまり貴様は、この私に死の呪いを掛け、呪いを解いて欲しくば俺の言う事を聞けと、そう言いたいのだろう!?」

「ファッ?」

 

 あまりにも斜め上過ぎる発言。魔王幹部から変な声が漏れる。

 一方、駆け寄ろうとしていたカズマは彼女が何を言わんとしているかを瞬時に理解し、冷ややかな目を向けていた。バージルも、手遅れだったかと額に手を当てている。

 

「見ろ! 奴の兜の下から見えるいやらしい目を! あれは私をこのまま城へと連れて帰り、呪いを解いて欲しくば黙って言う事を聞けこのメス犬がと、凄まじいハードコア変態命令を要求する変質者の目だ!」

「何あらぬ誤解を口走ってんだお前は!? お、おい! 後ろにいる冒険者共も信じるな! そんな目で俺を見るな!」

「くっ……! 私は、呪いなんかでは屈しない! 私の身体は好きにできても、心までは自由にできると思うなよ!」

「ちょっとマジで何この女!? メッチャ嬉しそうに笑ってんだけど!? き、きちぃっ……!」

「行きたくはないが仕方ない! ギリギリまで抵抗してみせるから、カズマ達は邪魔をしないでくれ! では、行ってくりゅうううううううっ!」

「話を聞けよ変態女ぁあああああっ!」

 

 ダクネスは恍惚に満ちた表情で、魔王軍幹部のもとへ意気揚々と駆け出す。魔王軍幹部は大声で静止を呼びかけるが、ダクネスは止まらない。

 

「――がふっ!?」

「あうっ!?」

「っ!?」

 

 筈だったのだが、魔王軍幹部のもとへ「辿り着いてしまう前にダクネスは倒れた。うつ伏せになっている彼女の上には、覆いかぶさるようにカズマが同じうつ伏せで倒れていた。

 

「何をするのだカズマ! 私は今、奴によって城に囚われ、魔王の手先に理不尽な要求をされる女騎士という予想外に燃えるシチュエーションへ飛び込もうとしているのだ! いきなりこのような圧迫祭りをしてくれたのは嬉しいが、邪魔をしないでくれ!」

「こんな危機的状況であるにも関わらず、カズマは自分の欲求を満たすことを最優先としているのですか……変態です」

「うっわー、引くわー。カズマさん引くわー。冒険者どころか敵までも見てる中で野外プレイするとかマジで無理なんですけど」

「おい待て! 勘違いすんなよ! 俺はいきなりバージルさんに投げ飛ばされたんだ! 不可抗力なんだよ!」

 

 慌てて弁明するカズマの言葉を聞き、魔王軍幹部は目線をカズマ達がいる場所から遠くへ移す。そこには、早く逃げろと目で訴えるバージルの姿が。

 

「すまない! 蒼白のソードマスターよ!」

 

 アイサインを理解した魔王軍幹部は、礼を告げてからカズマ達に背を向ける。

 

「そ、そこの魔法使い! 言い忘れていたが、死の宣告を解きたくば城へ来るがいい! 果たして無事に俺のもとへ辿り着けるかな!? ハハハハハハーッ!」

 

 最後に重要な言葉を早口で言い残し、逃げるようにこの場から走り去っていった。

 

 

*********************************

 

 

「女騎士として求めていたシチュエーションが……」

 

 魔王軍幹部が自ら立ち去ってくれたことで、この街を守ることはできた。ダクネスは満足いく結果ではなかったようで、いじけるように地面を弄っていたが。

 

 これにて一件落着――とは言えなかった。それを表していたのは、独り俯いているめぐみん。

 

 魔王軍幹部は言っていた。死の宣告を解くには彼のもとへ──彼のいる城へ行かなければならないと。

 敵の巣窟である城に、爆裂魔法を一回しか使えない自分が行けばどうなるか。想像できないほど馬鹿ではない。

 

 が、怯えて指を咥えるほど落ちぶれてはいない。自分は紅魔族随一、アクセルの街随一のアークウィザードなのだから。

 溢れそうになっていた涙を腕で拭うと、意を決した表情で顔を上げる。

 

「ちょっと城まで行って、あの魔王軍幹部に爆裂魔法をぶち込んで呪いを解かせてみせます」

 

 めぐみんは力強く、怯える自分を誤魔化すように告げる。

 怖くないといえば嘘になる。しかし、ここで行かなければ本当にロクデナシとなっていまう。

 彼女の決意を横で見ていたカズマはめぐみんのもとに歩み寄り、優しい声で話しかけた。

 

「俺も一緒に行くよ。お前一人じゃ、雑魚相手に爆裂魔法撃って終わっちまうだろ? そもそも、お前の日課に毎回付き添っておきながら幹部の城だって気付かなかった俺も悪いしな」

「カズマ……」

 

 彼の言葉を聞いためぐみんは、嬉しさのあまりか再び涙が零れそうになる。

 そんな中、自分の為に危険に身を晒す二人を止めるべく、ダクネスは声を上げた。

 

「よせ二人とも! 私のために──!」

「大丈夫だって。呪いは絶対なんとかしてやるから、お前は筋トレでもしながら待ってろ」

「魔王幹部がいる城だぞ!? 駆け出しのお前達が行くのは危険過ぎる!」

「確かに危険だな。俺達だけなら」

「えっ?」

 

 心配するダクネスを安心させるように、カズマはニッと笑った。

 

「俺達には、幹部どころか魔王すら目じゃない協力者がいるだろ?」

 

 カズマはそう言ってめぐみんに目を向ける。彼が何を言っているのか理解しためぐみんはコクリと頷き、カズマと共に正門へ向けて走った。

 

 その先にいたのは、アクセル街に向けて歩き出していた蒼いコートの男。

 

「バージルさん!」

 

 カズマは声を大にしてバージルを呼び止める。彼が振り返らずに足を止めたのを確認して、カズマは言葉を続けた。

 

「俺とめぐみんは今から城に行きます。でもコイツは、爆裂魔法を一発撃てば歩くこともできなくなる上に、それ以外の魔法を覚えようともしない奴で……俺は盗賊のスキルしか扱えない新米冒険者。俺達だけだと幹部の所に行くことすらできない」

 

 カズマの話を、バージルは黙って聞いている。背中を向けているため、彼の表情は読めない。自分達を哀れに思っているのかもしれない。無様だと思っているのかもしれない。

 だがそれでも構わない。カズマは意を決し、頭を下げた。

 

 

「報酬はいくらでも出します! 俺達と城に──!」

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 瞬間、カズマ達の後ろから声が聞こえたと同時に、眩い光が現れた。

 何事かと咄嗟に振り返ると、そこには暖かい光に包まれたダクネスと、彼女に向けて花が咲いた杖を構えていたアクア。

 そして、ダクネスの身体から魔王軍幹部が放った呪いの瘴気が引っ張られるように出ていき、そのまま天へと昇って消えた。

 光が収まったところで、アクアは自慢気に笑って告げた。

 

「この私にかかれば、アイツの呪いの解除なんて楽勝よ!」

「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

 

 『セイクリッド・ブレイクスペル』──対象にかけられた魔法や呪いを解除するアークプリーストのスキル。

 自身のレベルが高ければ高いほど、確実に解除できるようになるのだが、逆に魔法や呪いをかけた者のレベル差が自身より高いと、このスキルは無効化される。

 先の魔王幹部もそうだ。並みのアークプリーストでも『死の宣告』を解くのは難しいが、彼女は腐っても女神だったようだ。

 ダクネスにかけられた『死の宣告』を、服についたホコリを取るように払ったのである。

 

「バージルさん……さっき話は聞かなかったことにしてください」

「Humph……」

 

 こうして、突如アクセルの街を襲撃してきた魔王軍幹部は、誰一人として犠牲を出すことなく撃退できた。

 

 特に何もしていなかったが、撃退の立役者となっためぐみん、アクア、ダクネス、バージルの四人には報酬が支払われた。こんなことなら自分も前に出ればよかったと、カズマはブツブツと文句をたれていた。

 ダクネスも、本当に呪いは解かれたようで、一週間経っても死ぬことはなかった。

 

 

 そして──魔王軍幹部が襲来してから、二週間が過ぎた。

 

 

*********************************

 

 

「おっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおいっ!」

 

 アクセルの街から少し離れた土地に建てられた古城の最上階、玉座の間にて。魔王軍幹部、デュラハン族であるベルディアの怒りは頂点に達していた。

 

 爆裂魔法を撃ちこむ頭のおかしい魔法使いにお灸を据えてから二週間。冒険者は誰一人として来ていない。

 

 『死の宣告』の猶予は一週間。つまり、あの女騎士は既にこの世を去っている筈だ。弔い合戦と冒険者が乗り込んできてもおかしくない頃合いだが、その気配は全く見られない。

 しかし、それだけならここまで怒りはしなかった。

 

 

 何故なら――あれだけ忠告したにも関わらず、未だこの城へ爆裂魔法を毎日撃ち込まれていたからだ。

 

「あんの魔法使いと仲間共ぉ……っ! 奴等には人の心がないのか!? 仲間が死にそうになったら躍起になって止めようとするだろ!? 仲間が死んだら仇を討つために俺を倒しにくるだろ!? なのに! そんなの知りませーんとばかりに爆裂魔法を撃ち込むし、ここに来ようともしないし! あの街の冒険者は悪魔か!?」

 

 抱えていた自分の頭を思わず床に叩きつけても、彼の怒りは収まらない。彼が人間であった頃、真っ当な騎士として剣を振るっていた為、余計に怒りが沸き起こる。果たしてどちらが悪者なのか。

 

「もう我慢ならん! 今日は遅いから明日! アクセルの街を襲撃してやる!」

 

 あの魔法使いには何を言っても無駄だ。ベルディアが拳を握りしめて意気込んだ、その時であった。

 

「……むっ?」

 

 ふと我に返り、ベルディアは前方にある扉を見る。

 

「(何者かが来ている。この魔力は……)」

 

 接近する魔力を感じ取ったベルディアは、誰が来たのかを推測する。そして部屋の奥に設置された王座に腰を下ろし、侵入者を静かに待ち続けた。

 

 

*********************************

 

 

 しばらくして、玉座の間へ繋がる唯一の扉が開かれた。

 待っていたベルディアは、部屋に入ってきた侵入者の姿を確認すると、不敵に笑った。

 

「やはり貴様だったか。蒼白のソードマスターよ」

 

 アクセルの街にいた冒険者の中でも一際興味を引かれた存在、天色の刀を持つ剣士であった。

 現れたのは彼のみ。にっくき魔法使いの姿は見えない。ベルディアはそのことが気になっていると、ソードマスターはおもむろに口を開いた。

 

「良い知らせと悪い知らせを持ってきた。どちらから聞きたい?」

「……悪い方を聞こう」

「貴様がかけた『死の宣告』は、青髪のアークプリーストが解除した」

「ヴァッ?」

 

 ソードマスターから発せられたのは、あまりにも予想外な知らせ。ベルディアは思わず固まる。

 『死の宣告』は、高レベルのアークプリーストでもなければ解けない呪いだ。これまで仲間に呪いをかけられ、絶望する冒険者達を何人も見てきた。

 その『死の宣告』が、あの見るからに馬鹿そうなアークプリーストに解除されたと、彼は言ったのだ。

 

「……マジ?」

「あぁ。女騎士も生きている」

「あそこって、ホントに駆け出し冒険者の街?」

「そう呼ばれているがな」

 

 危うく、自信とプライドが砕かれそうになったベルディアであった。

 

「そ、そうか……どうりで奴等が来ないわけだ。で、良い知らせとは?」

 

 『死の宣告』については触れないこととし、ベルディアは狼狽えながらもうひとつの知らせを尋ねる。

 すると、ソードマスターは不敵な笑みを浮かべて応えた。

 

「冒険者が訪れず退屈しているだろうと思い、相手をしにきた」

「ほほう……」

 

 彼から殺気を感じた時点で、その意図は読めていた。そして、数々の部下が城に蔓延っていたにも関わらず、彼は無傷でここまで来た。

 

「では腕試しに、この者どもと戦ってもらおうか!」

 

 蒼白のソードマスターの強さを見てみたい。そう考えたベルディアは、座ったまま右手を前へかざす。と、ベルディアの前に何体ものアンデットが現れた。

 

 彼の種族である『デュラハン』は、アンデッド族の中でも高い戦闘能力を誇る。と同時に多くのアンデッドを召喚し、使役する力を持つ。

 召喚されたアンデッド達は低い呻き声を上げると、棒立ちだったソードマスターに向かって一斉に襲いかかった。

 

「ただのアンデッドと思って甘く見ぬことだな。たとえ手足を切られようが首を刎ねられようが、貴様を喰らうために襲い続け――」

「雑魚に用はない」

 

 刹那、彼に襲いかかっていたアンデッド達に青白い雷が走った。

 しんと静まり返る玉座の間。だが次の瞬間、アンデッド達は一瞬にして細切れとなった。たとえ不死のアンデッドであっても立ち上がれないほどに。

 

 中央に立つは、傷一つ受けていない蒼白のソードマスター。彼は依然殺意の宿った目で、ベルディアを睨みつけている。

 間違いない。彼は『本物』だ。

 

「ククク……気に入ったぞ。蒼白のソードマスター。ではこの俺自ら相手してやろう!」

 

 ベルディアは横に立てかけていた巨大な剣を右手に取り、ソードマスターへ言い放つ。

 

「我が名はベルディア! 不死のアンデッドを束ねるアンデッドの騎士、デュラハンである!」

「成程……悪魔ではないのか」

「むっ?」

 

 高らかに自身の名を話すと、それを聞いたソードマスターがそう零した。

 

 『悪魔』──この世界に存在する一つの種族。悪魔族となれば幅広く存在するが、純粋に悪魔と呼べる者は、数あるモンスターの中でもトップクラスの力を持っている。

 

「悪魔族ではないからな。しかし人間か悪魔かと問われたら、俺は間違いなく悪魔だと答える」

「そうか」

 

 ベルディアの返答に満足したのか、ソードマスターは剣を構える。しかし、ベルディアは戦闘に入ることなく、逆にこちらから質問を投げかけた。

 初めてこの男を見た時から感じた、奇妙な感覚。

 

「俺から見れば、貴様の方がよっぽど謎めいた種族に思えるがな。混ざっているのか?」

 

 蒼白のソードマスターから感じるのは、彼がよく知るものとは少し違う感覚だが、紛れもなく『悪魔』の力。

 と同時に『人間』の力も感じていた。

 悪魔と人間の力を同時に持つ種族など、少なくとも彼は聞いたことはない。自身も元人間であったが、デュラハンとなった今では人間の力は微塵も残っていない。

 

 彼は何者なのか。疑問に思いながらも、ベルディアなりに推測していた。彼は、人間でありながら悪魔の力を植えつけられたか。もしくはその逆か。

 

 それとも──『悪魔と人間が結ばれ生まれた子か』

 

「半分は人間、半分は悪魔だ。生まれた頃からな。だが、人か悪魔かと問われたら、俺は悪魔と答えるだろう」

 

 ベルディアの問いに、ソードマスターは冷たく答える。返答を聞いたベルディアは小さく笑い、剣先をソードマスターに向ける。

 

「名を聞こう。蒼白のソードマスター」

「バージルだ」

 

 互いに言葉を交わし──ベルディアは剣を握り締めて飛び出した。

 対するバージルは、左手に持っていた刀の柄を手にし、攻撃に合わせるように素早く引き抜く。

 

「いざ──勝負!」

 

 ベルディアの大剣とバージルの刀が交わり、火花を散らした。




お察しの通り、次回は彼との戦闘回になります。


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第12話「The power of the devil ~悪魔の力~」

 太陽が山の向こうへ落ちた頃、アクセルの街にあるギルド内の酒場にて。

 

「おいアクア! 今私の肉を取っただろう! 返せ!」

「同じパーティーメンバーなんだし、肉の一つや二ついいじゃない」

「ぐっ……そうかわかった。アクアがそう来るのであれば、これは私が頂こう」

「あーっ!? 私が楽しみに取っておいたデザート!」

「お前等は黙って食うことができないのか」

「いいじゃないですかカズマ。こういう食事、私は楽しくて好きですよ?」

 

 人目も気にせず、賑わって夕食を取るカズマパーティ。取っ組み合いを始めるアクアとダクネスを、カズマは呆れた目で見守りながら料理に手を伸ばす。

 

「そういや、あの魔王軍幹部が襲来してからもう二週間経ったけど、本当に『死の宣告』は解かれてたんだな」

 

 そんな時、以前この街に襲撃してきた魔王軍幹部のことをふと思い出したカズマは、アクア達に話題を振った。

 

「なによカズマ。まだ私が呪いを解いたこと疑ってたの?」

「そりゃあな」

「即答しましたね」

「心配しなくとも、身体に異常は無い。こうして今もカズマ達と団欒できているのはアクアのおかげだ。ありがとう」

「私にかかればあんな安っぽい呪い、チョチョイのチョイよ。そんなことより、私のデザートを今すぐ返しなさい!」

 

 結局騒ぐのをやめない二人。カズマは思わずため息を吐くが、ダクネスを救ってくれたことには彼も感謝していた。

 感謝の言葉を伝えたら調子に乗ってアレやコレやと命令してきそうなので、絶対に言わないが。

 と、その横で話を聞いていためぐみんも口に含んでいた食べ物を飲み込み、口を開いた。

 

「ダクネスの命が奪われることがなくなったので、私も心置きなくあの城に爆裂魔法を放てていますからね。感謝していますよ」

「……んっ?」

 

 が、その内容が引っかかりカズマはめぐみんに顔を向けた。流れに乗ってうっかり口にしてしまったのか、めぐみんは慌ててカズマから目を逸らす。

 

「おい、今なんつった?」

「ワ、ワタシハナニモイッテマセン」

 

 彼女はカズマから顔を逸らしたまま、見事な棒読みで言葉を返す。それを聞いたカズマは、無理矢理彼女の顔を自分に向かせると、その両頬を手で思いっきり引っ張った。

 

「お、ま、え、なぁー! あんだけ怖い目に合わされて、まーだ性懲りもなくやってんのか!? また魔王軍幹部が来たらどう責任を取るつもりだ!?」

「いふぁいいふぁいいふぁい! ふぁなしてふだふぁい!」

 

 グリグリと両頬を引っ張りながらカズマはめぐみんに説教をする。気の済むまで引っ張ってから手を離すと、涙目になっためぐみんは両頬を痛そうにさすりながら、理由を話した。

 

「だって、今までは平原の上でするだけで満足だったのに、カズマと一緒に行ったあの日からは、硬くて大きいモノじゃないと満足できなくなって……」

「誤解を生みそうな発言を頬染めながらするなよ!? つーか、付き添いの俺がいないのにどうやって行ってきたんだ! 誰か付き添いがいた筈だ!」

 

 爆裂魔法を一度使えば歩けなくなる問題点は、今も解消していない。となれば、倒れためぐみんをおんぶしていった共犯者がいることになる。

 カズマが再度めぐみんを睨んで問い詰めていると──その横で、何故か取っ組み合いをやめて固まっているアクアとダクネスを見つけた。

 

「おい、お前らまさか……」

 

 共犯者の話をした途端に固まった二人を見て、怪しく思ったカズマは視線を向ける。見続けられた二人は冷や汗を垂らし──。

 

「ヒュー、ヒュー」

「フー、フー」

 

 物凄く下手な口笛を吹いた。

 

「お前らかぁああああああああっ!」

「「アイタタタタタタタタタタタッ!?」」

 

 確信したカズマは、身を乗り出して前の席に座っていた二人の頭を掴み、精一杯の力でアイアンクローを繰り出した。

 

「だってアイツ、私のことを無視したのよ! で、ムカついたからちょっかい出してやろうと思って、めぐみんを使ってイタァアアアアアアアッ!?」

「お前が元凶かこの駄女神! なんでお前はそう毎回毎回トラブルを引き起こそうとするんだ!?」

「あっ! あぁっ! そ、そんないきなり頭を掴んで、なんと大胆な……んんっ!」

 

 アクアを怒鳴る横で、ダクネスが案の定ご褒美として感じ始めているが気にしない。カズマは気が収まるまでアイアンクローを味あわせてから、二人を解放してやった。

 

「そういえば、バージルの姿が見当たりませんね」

「んっ? あぁ、言われてみれば確かにそうだな」

 

 アクアが痛そうに、ダクネスが名残惜しそうに頭をさする中、めぐみんが酒場内を見渡しつつ零した。

 この時間帯にバージルはいつも食事を取りに来る筈だが、一向に現れる気配を見せない。

 クエストが長引いているのか、夜限定のクエストに行っているのか。仲間の三人が気にしている中、カズマはちょっとした冗談を口にしてみた。

 

「人知れず、魔王軍幹部のとこへ行ってたりして」

「バージルがですか? しかし一人では流石に……いやでも、あのステータスなら……」

「ソロで修羅の洞窟最深部にいた特別指定モンスターを倒したと、クリスは言っていたな」

「そういえばアイツ、あの幹部が街に来た時、ニヤリと笑ってたような……」

 

 三人の意見を耳にしたカズマは、独り黙り込む。

 

「(いやいやまさか……ねぇ?)」

 

 そう思う自分とは裏腹に、魔王軍幹部とたった一人で対峙する彼の絵面が、カズマには容易に想像できていた。

 

 

*********************************

 

 

 カズマ達が楽しく夕食タイムを過ごしていた頃──話題にも上がっていた魔王軍幹部が根城としている古城の最上階にて。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 二人の魔剣士による、激しい死闘が繰り広げられていた。

 巨大な剣を振るのは、城の主である魔王軍幹部がひとり、デュラハンのベルディア。

 対照的に細い剣を振るのは、青いコートに身を包む蒼白のソードマスター、バージル。

 

 ベルディアは右手に持った大剣を、力強くバージルへと振り続ける。そのひと振りひと振りが全て、隙あらばバージルの命を奪わんとする、研ぎ澄まされた攻撃。

 しかしそれをバージルは難なく受け止め──否、受け流していた。

 

 バージルの細い剣は、ベルディアの大剣を真正面から受ければ真っ二つに折れてしまいそうなもの。だからこそか、この男はベルディアの攻撃をいなす様に剣を振っていた。

 相手の動きや癖を見て予測し、更に力の流れを読み、正確に剣を振らなければ攻撃はいなせない。レベルの高いソードマスターでも、スキルを使わなければ難しい技術

 それをこの男は、スキルを一切使わずやってのけると同時に、ベルディアに攻撃を加えていた。

 

「(コイツの剣筋、この俺の目をもってしても見えんとは……っ!)」

 

 傍から見れば押しているのはベルディアだ。しかしバージルには傷一つ付かず、逆に自身の鎧に刀で切られた跡が増えていく。

 

 ベルディアが纏っている鎧は、ただの鎧ではない。自身が仕える絶対君主である魔王から、特別な加護を受けている、レベルの高い冒険者による攻撃でも傷付かない、超強化された鎧だ。自身の弱点でもある神聖属性への耐性を中心に、耐性も底上げされている。

 

 なのに、だ。この男は、自身の弱点ではない雷属性の武器を使って、強力な浄化魔法を受けた時のようなダメージを与えてきていた。

 その原因は、この男が刀に纏わせている魔力だ。彼は自身の魔力を刀身に纏わせ、剣の威力と強度を底上げしている。

 『勇者殺し』の二つ名を持つベルディアが、恐ろしく思う程に。

 

「(仕方がない……『アレ』を使うか)」

 

 ベルディアは、一度バージルの刀を弾いてから玉座のある後方へ飛んで退避する。バージルは追撃はしようとせずに刀を納め、様子を伺っている。

 

「ここまでやるとは思っていなかったぞ! 蒼白のソードマスターよ! その腕に見込んで──少し本気を出してやろう!」

 

 ベルディアは不敵に笑い、左手に持っていた自身の頭を上空へと放り投げた。

 投げ飛ばされたベルディアの頭は、部屋全体を見下ろせる位置で止まる。刹那、甲冑の下から見える赤い目が光ると、部屋を覆うように赤黒い幕が、ベルディアの頭から広がった。

 上空に留まるベルディアの頭を、バージルは柄に手をかけたまま見ている。そこを隙と見たベルディアは、魔力を少し開放し、バージルへと突っ込んだ。

 

「よそ見とは余裕だな!」

 

 ベルディアは水平に剣を薙ぐ。接近に気付いたバージルは、すかさず刀を抜いて攻撃を防いだ。二本の剣は再び交わり、火花を散らす。

 先程よりも速度や攻撃力がはね上がり、頭を手に持たなくなったことで両手が使える。並大抵の冒険者が相手であれば、瞬く間にこのベルディアに身体を両断される。

 

 しかし、それでもこの男には届かなかった。

 

「フンッ!」

 

 ベルディアは大剣を横へ薙ぎ払う。対してバージルは刀でいなすことはせず、真上に跳んで避けた。

 ベルディアは内心驚いたが、同時にチャンスだと判断。地上に足をつけているこちらの方が俄然有利だからだ。

 絶好の好機を逃すまいと、ベルディアは剣を両手で握り締めて斬り上げる。彼の大剣がバージルの目前まで迫り──。

 

 瞬間、バージルの姿が目の前から消えた。

 

「何っ!?」

 

 バージルの姿が消えたことに驚くベルディア。その背後には──刀を構えるバージルが。

 瞬時にベルディアの真後ろに移動していたバージルは、気付かれぬ内に死角から斬るべく刀を振るう。

 

「見えているぞ!」

 

 が、その攻撃をベルディアは防いだ。

 完全なる死角からの攻撃であったが、ベルディアには文字通り見えていた。何故なら彼の頭部は、宙に浮いて部屋を見下ろしていたからだ。首なし騎士だからこそできる芸当である。

 これにはバージルも少々驚いた様子。一方でベルディアは防いでいた大剣で剣を弾き、勢いのままにバージルへ向けて横に一閃。

 バージルは咄嗟に後方へ跳び剣を避ける。が、彼の腹に剣先が掠り、傷を負わせた。

 

「まだ終わらんぞ!」

 

 玉座を背後に、斬られた腹を見て顔を歪ませるバージル。そこへ休む間もなく、ベルディアは左手に魔力を溜め、バージルに向けて左拳を突き出した。

 手に溜められた魔力は一つの弾となって放出され、目にも止まらぬスピードでバージルのもとへ。彼の目前に迫った瞬間、つんざく音を立てて爆発した。

 

「クククッ……少しやり過ぎてしまったかな?」

 

 玉座の間が煙で満たされる中、ベルディアは笑みを浮かべる。頭部は依然として空に浮かんだまま。

 悪魔の力を半分持った人間であっても、今の魔弾をまともに受ければただでは済まない。ベルディアは剣を降ろし、部屋に広がった煙が消えるのを待つ。

 

 煙が晴れて見えた光景は──予想していたものと全く異なっていた。

 

「なっ……!?」

 

 魔弾を食らった筈のバージルは、まるで何ともなかったかのように立っていた。更には腹の傷も癒えていた。

 そして、剣を鞘に納めていた彼は──見たことのない光る装具を付けた右手を、こちらに突き出していた。

 

「(なんだあの武器は!? それにあの構え……まさか相殺したとでも!?)」

 

 驚きのあまり固まるベルディア。対するバージルは何も言わず、右手に付けていた装具を消す。

 

「チィッ! ならこれでどうだ!」

 

 ベルディアは再び右手に魔力を込めると、再び魔弾を放った。今度は三発連続で、バージル目掛けて飛んでいく。

 これを見たバージルは鞘から剣を抜き──刀を風車のように回し、魔弾を巻き取った。

 

「んなぁっ!?」

 

 奇想天外な防ぎ方にベルディアは思わず声を上げる。バージルは魔弾を全て絡め取ると剣を振り、斬撃としてひとまとめに返してきた。

 

「なんの!」

 

 ベルディアは咄嗟に大剣を振り、迫ってきた魔弾を縦に一刀両断した。二つに分かれた魔弾はベルディアの後方で大きな爆発を起こして消える。

 が、安堵する間もなく彼は襲いかかってきた。

 

「まだ終わらせん」

 

 先程返した魔弾はあくまで囮。そう言わんばかりに、ベルディアが剣を振ったのとほぼ同時に、バージルは懐へ飛び込んできた。

 その両足には、先程見た光る装具が。

 

「フンッ!」

 

 バージルはベルディアの腹に右足で蹴りを入れ、蹴り上げた。あまりにも衝撃が強く、ベルディアの身体は真上に飛ばされ、浮かんでいた自身の頭もろとも天井を突き抜けた。

 数々の星が光る夜空をバックに、ベルディアは背中にあった頭を左手で握り、真下の古城へ顔を向ける。

 そして、恐るべきスピードでこちらに向かって飛んできているバージルを見た。

 

「(空中では上手く剣が振れん! 反撃せずに、ここは防御を……!)」

 

 わずかな時間でベルディアは判断し、バージルの追撃を耐えるように剣で防御の構えを取る。ベルディアを睨みつけたままバージルは目前に迫り――再び姿を消した。

 

「なっ!? 消え──!?」

 

 程なくして、ベルディアの背中に鈍痛が走る。ベルディアより更に上空へ移動していたバージルが、背中目掛けてかかと落としを繰り出してきたのだ。

 

 ベルディアは隕石の如く真下に墜落。先程突き破ってできた城の天井の穴へ吸い込まれるように落ち、勢いのままに幾つもの床を突き抜け、城の地下まで落とされた。

 手痛い追撃をもらったが、まだ彼は立ち上がる。ベルディアは空を見上げ、穴の空いた天井を睨む。

 

「まさか剣術だけでなく、体術にも長けているとは──」

「よそ見とは余裕だな」

「なっ!?」

 

 背後から聞こえた冷たい声。ベルディアは咄嗟に振り返る。そこには、先程自分を蹴り落とした筈のバージルが。

 防衛本能のままに大剣を振る。しかしバージルは容易く左手で防ぐ。彼の両手足には光る装具が。

 ガラ空きになっていたベルディアの腹に、蹴りを入れられる。ベルディアは後方へ飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。不覚を取ったとベルディアは自分を戒め、前方にいるバージルを睨みつける。

 

 刹那、ベルディアの身体が斬り刻まれた。

 

「がっ……な、何が……!?」

 

 バージルとベルディアの距離は離れている。しかしバージルは、斬り終えた後のように剣を構えていた。

 まさか、空間を斬ったとでもいうのか。想定外の攻撃を受けてよろめくベルディア。これにバージルはベルディアの前へ移動すると、装具を着けていた右足で再び蹴り上げた。

 

 ベルディアはまたも天井を突き抜けていき、玉座の間まで飛ばされる。

 幾度もバージルに攻撃を許してしまい、ズタボロになってしまったベルディア。追撃されないよう場所を移動する。玉座を背に、自分が突き破ってできた入口付近の穴を睨む。

 

 そこからバージルが飛び上がり、玉座の間に現れた。もう追撃するつもりはなかったのか、光る装具は消えていた。

 

「まさかここまでの強者だとは思っていなかった……もう手加減はせん! 我が魔力を全て開放し、貴様をたたっ斬る!」

 

 これほどまでに叩きのめされて、黙っていられるほど甘くはない。ベルディアは怒りに声を震わせ、隠していた魔力を開放した。久しく表に出すことのなかった、自分の全力だ。

 

 この場にいる者どころか、城の外にいても感じられるほどの巨大な魔力。だがバージルはそれを見て、楽しそうに笑みを浮かべた。

 

「ほう。俺の全力を見ても笑っていられるか」

「久々に骨のある奴が現れたと思ってな。魔王軍幹部が全て貴様のような者なら、この世界も捨てたものではなさそうだ」

「この世界? 貴様、一体何を言っている?」

 

 バージルの意味深な言葉を耳にし、ベルディアは思わず聞き返す。

 

「冥土の土産に教えてやろう。俺は、この世界の住人ではない」

「……どういう意味だ?」

 

 バージルから告げられたのは、聞いた上でも理解できない言葉であった。

 他の世界──異世界が存在しているなど、ベルディアにはにわかに信じがたい。だが、バージルが嘘を吐いているようにも思えない。ベルディアが静かに言葉を待っていると、バージルは自ら異世界ついて語った。

 

「俺がいた世界には、人間界、天界、魔界が存在していた。無論、悪魔もだ。その中に、飛び抜けて強い力を持った悪魔がいた。その名は、魔剣士スパーダ」

「スパーダ? 聞いたこともない名前だな」

「当然だ。この世界の悪魔ではないからな。奴は、魔界を支配する王の右腕とも呼ばれるほどの力を持っていたが……魔界が人間界の侵略を始めた時、突如スパーダは反旗を翻した。スパーダは人間界を守らんと戦い、魔界の王を封印した。この世界で言えば、貴様が仕える魔王とその軍勢に、たったひとりで戦い勝利した、といったところか」

「ほう、そのような悪魔が貴様の世界に……是非とも戦ってみたいものだな」

 

 彼から語られた、スパーダという悪魔。興味を持ったベルディアは素直に言葉を返す。

 そんな彼の言葉を待っていたかのように、バージルは告げた。

 

 

「では──望み通り見せてやろう」

 

 バージルを中心として、青白い雷が走る。風が吹き、城も揺れ出す。

 そして──彼の内から感じられた魔力が、次第に膨れ上がっていった。

 

You will not forget this devil's power(悪魔の力を思い知らせてやろう)

 

 ノイズのかかったバージルの声。魔力は止まることを知らず、更に上へ、上へ──戦慄を覚えるほどに膨れ上がっていく。

 ベルディアが一歩も動けずにいる中、バージルは溜め込んでいた魔力を開放するかのように、握り締めていた拳を横へ振り払った。

 

This is the power of Spada(これがスパーダの力だ)

 

 

*********************************

 

 

「うおっ!? 何だ!? 地震!?」

 

 アクセルの街にあるギルドこと酒場にて。夕食を食べ終えて雑談をしていたカズマ達だったが、突然酒場内が大きく揺れ始めた。酒場にいた冒険者達とギルド職員は皆パニックに陥る。

 地震大国こと日本に住んでいたカズマだが、ここまで大きな揺れを見せる地震は体験したことがない。カズマも冒険者達と同じように慌てていた。

 

「み、みなさーん! 揺れが収まるまで、近くの机の下に隠れてくださーい!」

 

 この世界でも地震が起きれば机の下に隠れて落下物から頭を守る風習はあったのか、ギルド職員が大声で冒険者達に促す。それを聞いた冒険者達は、急いで酒場に多く設置された机の下へ。

 机上にあった皿や、棚に並べられたガラスコップが落ち、割れる音が鳴り響く。

 

「お、おいダクネス! この時期は地震が起きやすいのか!?」

「いや、そんな筈はない! そもそもここら辺は地震など滅多に起きないんだ!」

「じゃあこの揺れは何なんだよ!?」

「わ、私に聞くな!」

 

 机の下に隠れていたダクネスとやり取りするが、彼女もこういった自体には弱いようで、泣きそうな表情を見せている。

 しばらく静まりそうにない地震に二人が騒ぐ傍ら、めぐみんとアクアは、人知れず険しい表情を見せていた。

 

「(ここから離れた位置に、超巨大な魔力が……ていうか大き過ぎませんか!?)」

「(この魔力の感じは……!)」

 

 

*********************************

 

 

 古城を中心に発生していた揺れは収まった。

 その最上階に位置する玉座の間。ベルディアは、バージルが発した眩い光に思わず目を閉じていた。

 瞼の向こうから光が消えたのを感じ、揺れもなくなった事を知ったベルディアは、おもむろに目を開ける。

 

 そこに、先程まで戦っていたバージルの姿はなかった。

 代わりに立っていたのは、青い鱗を纏うコートのようなものを身につけ、左手には鞘が腕と同化した剣が。

 頭は銀色に光り、人間のものとは思えない鋭い歯を剥き出しにしている。

 その姿を見た者は、誰もがこう口にするだろう。

 

 ──『Devil(悪魔)』と。

 

「ハ……」

 

 彼は言っていた。人間と悪魔の間に生まれた子だと。

 そして理解した。眼前に立つ怪物は、他の誰でもない。『Devil Trigger(悪魔の引鉄)』を引いたバージルなのだと。

 恐ろしい程に増幅された彼の、圧倒的な『魔』を前にして、ベルディアは確信した。

 

 どう足掻いても覆すことのできない力を前にした者の行動は単純だ。

 ある者は足がすくみ、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。ある者は逃げ出し、ある者は命乞いをし、ある者は死を悟って武器を捨てる。

 悪魔であろうと恐怖を覚え、ひれ伏すバージルの姿を見たベルディアは──。

 

「ハハハハハハハハッ!」

 

 笑った。死を前にして狂い出した笑いでもなければ、乾いた笑いでもない。心の底から喜び、笑ったのだ。

 

「それが貴様の力か! 素晴らしい! 素晴らしいぞ! その力、是非とも味わいたくなった!」

 

 人間をやめた頃からか。それとも、騎士であった頃にも持っていたのか。

 常軌を逸する彼の力を目にし、ベルディアの中にある闘争本能が刺激されたのだ。

 

 ベルディアは高らかに笑うと、自身の魔力を最大限に高めた。ここが最後の戦場だとばかりに。

 前方に佇む悪魔が、静かに剣の柄に手を添える。ベルディアは右手に持っていた大剣に力を込め、駆け出した。

 

「行くぞ! バァアアアアジルゥウウウウーッ!」

 

 地を蹴り、飛びかかるように突撃する。微動だにしない悪魔へと、ベルディアは力を込めて大剣を振り下ろした。

 

 ──その刃は、彼に届かず。

 

「……あっ?」

 

 この場に似合わず、ベルディアは呆気ない声を上げる。目の前にいた悪魔は、いつの間に抜いたのか、右手に持った剣は刃先を上に向けていた。

 ふと、自身の右半身に違和感を覚えた。ベルディアはおもむろに右側へ目を向ける。

 

 大剣を振るっていた筈の右腕は、宙に舞っていた。

 

「ガッ──!?」

 

 斬り離された自分の右腕に気を取られていた時、悪魔は剣を素早く斬り下ろした。鎧越しに深い傷を負い、ベルディアは痛みに声を上げる。

 しかし、まだ終わらない。悪魔は剣を鞘に納めず構えると、耳に残るノイズのかかった声で告げた。

 

You shall die(死ぬがいい)

 

 悪魔は、ベルディアの身体を斬り刻む。その刃は、もはや目で追うことも叶わない。

 彼が斬りつける度に、浅葱色の剣が現れる。それは切っ先をベルディアに向けて宙に浮かび、待機している。

 永遠に思えるほど長い、怒涛の剣撃。最後に悪魔は横に一閃すると、ベルディアから背を向ける。

 

Rest in peace(安らかに眠れ)

 

 剣が鞘に収まる音が鳴った途端──ベルディアを囲っていた浅葱色の剣が、一斉に突き刺さった。

 

 

*********************************

 

 

「……見事だ」

 

 ベルディアは、掠れた声で満足気に話す。

 彼の自慢の鎧は、今の古城のようにボロボロになっており、斬られた右腕は、床に突き刺さっていた大剣の横に転がっていた。左手に持っていた頭は手から離れ、床に転がっている。甲冑の下から見える赤い目は、弱々しく光っていた。

 

 戦う力など残されていなかったベルディアを、バージルは黙って見下ろしていた。

 

「満足だ……満足な戦いだった。最後に貴様と戦えて……誇りに思う」

 

 弱々しくも、どこか安らいだ声。バージルは静かに見守る。

 

「このまま果てるのもいいが……お前の行く末を、見てみたくなった」

 

 ベルディアは最後の力を振り絞り、左手に魔力を溜める。そして、自身が振っていた大剣に向けて放った。彼の魔力が、大剣を覆うように纏われる。

 

「持っていけ……俺はそこで……見届ける」

 

 糸が切れた人形のように、上げていた左腕がパタリと落ちる。

 目の光が次第に弱まっていく中、ベルディアは最後の質問とばかりにバージルへ尋ねた。

 

「貴様は……人間か? それとも……悪魔か?」

 

 彼と戦う前に聞いたものと同じ問い。

 バージルは、悪魔として生きてきた。その生き方は、これからも変わることはない。

 

 そう──変えられる筈がない。

 

「……悪魔だ」

 

 バージルは少し間を置いて答える。彼の返答を聞いたベルディアは小さく笑い、消えそうな声で呟いた。

 

「……惜しいな」

「何だと?」

 

 ベルディアの声を聞き、バージルは思わず聞き返す。しかし、ベルディアから言葉は返ってこない。

 甲冑の下から見えていた赤い目が、二度と光を放つことはなかった。

 

 ベルディアが物言わぬ屍になってしまったのを見たバージルは、視線を横に向ける。その先には、ベルディアが魔力を残していった大剣が。

 バージルは静かに大剣へ近寄ると、柄を持って引き抜いた。

 

 大剣からは、ベルディアと同じ魔力が伝わってくる。それは、バージルが持っているベオウルフ──魔具と似た感覚であった。

 

「フンッ!」

 

 バージルは大剣を両手で持ち、力を込めて振り始めた。剣は空を斬り、ひと振りする度に強い風圧が沸き起こる。

 『魔剣ベルディア』──彼から授かった武器を手に、バージルは玉座の間を後にした。

 

 

*********************************

 

 

 古城を出たバージルは、アクセルの街に向けて歩いていく。振り返ることもなく。

 

「……バージルさん」

 

 その後ろ姿を、一人の女性が見ていたとも知らず。彼女は、森の中へと消えゆくバージルを見つめる。

 彼女は、バージルがアクセルの街から出たのを見つけ、気配を消して後を追っていた。

 そして、ベルディアとの戦いで彼女は見た――彼の、悪魔の姿を。

 

 しかし、そのことに彼女は驚いていなかった。彼女は知っていたからだ。彼が人間と悪魔の間に生まれた半人半魔であり、異世界の住人であることも。

 彼女の脳裏に浮かぶのは、戦いの後に彼がベルディアと交わしていた言葉と、それを口にした時の、彼の表情。

 

「貴方は……本当に悪魔なんですか?」

 

 闇の中に消えてしまったバージルへ向けるように、彼女は寂しそうに呟いた。

 

 




ここまでは最低書くぞという目標まで来れました。
このすばでシリアスとか馬鹿じゃねぇのかスティールかますぞと思われるかもしれませんが、ご了承ください。


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第13話「この駄女神にお兄ちゃんを!」

 突如、森林地帯で起こった大地震はアクセルの街にも爪痕を残していた。

 

 もっとも深刻な被害は出ておらず、酒場にあった大量のガラスコップが割れたり、家にあったコレクションが全部落ちて台無しになったと嘆く人がいた程度。

 

 その一方でギルドは、地震で目覚めたモンスターの襲来を危惧していたが、現実は真逆。何かに怯えるように隠れてしまったとのこと。

 

 そして冒険者達。特に魔法職から、地震の際に大きな魔力を感じたという報告が相次いでいた。

 報告を受けたギルドは、アクセルの街に襲来してきた魔王軍幹部の仕業だと推測。国から手練の冒険者を派遣してもらい、目的の古城へ調査に向かわせた。

 

 だが、帰還した冒険者からの報告は──古城にモンスターは一匹もおらず、最上階では、魔王軍幹部のデュラハンと思わしき者が何者かによって既に倒されていた、というものであった。

 人知れず脅威は去り、アクセルの街が平和な日々を取り戻してから数日後。

 

 

「……フム」

 

 その魔王軍幹部を倒した冒険者であり、大地震を引き起こした張本人であるバージルは、呑気に読書していた。

 長いこと読んでいたのか、机上には3冊ほど分厚い本が積み重ねられている。彼の背後にある白い壁には、以前手に入れた『魔剣ベルディア』が飾られていた。

 

 この部屋には、彼以外誰もいない。それもその筈。ここは、ようやく完成した新住居なのだから。

 アクセルの街郊外にある自然地帯。レンガで建築された2階建ての住居で、内装は木材を中心としてデザインされている。

 近くに建てられていた無人屋敷が気になったが、建て直す時間を待つのも面倒であったので、変更を申し出ることはしなかった。

 

 読んでいた本が最後のページを迎え、バージルは静かに本を閉じる。木が軋む音を鳴らして椅子から立ち上がると、机に置いていた三冊も一緒に持って奥の部屋へ移動。

 扉を開けると、そこには幾つもの本がずらりと並ぶ書斎が。バージルは迷うことなく本を元あった場所へ戻す。

 ここの本は全て、バージルがこの世界に初めて来た日に偶然見つけた図書館から買い取った物である。図書館の館長はそろそろ閉館を考えていたので、渡りに船と二つ返事で承諾してくれた。

 リビングに戻り、窓の外へ目を向ける。窓からは日差しが漏れており、外がまだ明るいことを知らせてくれている。

 

「(ギルドに行くか)」

 

 自宅で寛いだバージルはそう思い立ち、壁に立てかけていた雷刀アマノムラクモを手にする。ベルディアとの戦いで少々刃こぼれしたが、既にゲイリーのもとで修復してもらったため問題ない。修復に必要な鉱石集めで時間を食ったが。

 そして、魔剣ベルディアにも視線を向ける。未だ実践では使っていない。丁度いい機会だと思い、バージルは魔剣を手に取って背負った。まるで使われることを喜ぶかのように、魔剣に宿る魔力が少し高まったように感じる。

 扉を開けてバージルは外に出る。強い日差しに目を細めた後、彼は戸締りをしてからギルドへ向かった。

 

 

*********************************

 

 

 特に顔見知りと出会うことはなく、ギルドに着いたバージル。

 

「……チッ」

 

 掲示板に目ぼしいクエストが貼られていないと知り、彼は苛立ちを表すように舌打ちした。

 しかし、ここは駆け出し冒険者の街。そんな街の掲示板に、駆け出しではどうにもできない高難度クエストが貼り出されるのもおかしな話であろう。時たま高レベル推奨の物もあったりするが。

 

 唯一、彼の目に止まったクエストは『湖に蔓延るブルータルアリゲーター10匹の討伐』──前にバージルが行こうとしていたクエストである。どうやらまだ残っていたようだ。

 『ブルータルアリゲーター』──ジャイアントトードの例でいくなら、バージルの世界にもいた『ワニ(Alligator)』の姿をしたモンスターと見て間違いない。

 性格は獰猛で、ひと度奴等のいる水の中に入ってしまえば、四肢を引きちぎられて食われてしまう。そして、奴等は汚染された水のある場所を住処にしており、倒された際には毒性のガスを放出する。危険度の高いモンスターである。

 

 退屈しのぎにはなるだろうと、バージルはブルータルアリゲーター討伐クエストの紙を無造作に取る。

 今回はダクネスの邪魔が入らなかった。警戒してギルド内を見渡したが、他メンバーの姿も見えない。何事もなくクエストを進められそうだと安心しながら、バージルはクエストカウンターに向かう。冒険者はおらず空いており、受付を担当していたいつもの金髪受付嬢ことルナは、スムーズに受注処理を済ませた。

 

「ハイ、確かに受注しました。では行ってらっしゃいませ」

 

 ルナは冒険者カードをバージルに返す。相変わらず無表情のバージルは黙って受け取り、速やかに立ち去ろうとしたが、それをルナが呼び止めてきた。

 

「あの、バージルさん」

「何だ?」

「魔王軍幹部の討伐報酬は後日、こちらのクエスト報酬とご一緒にお渡ししますね」

 

 ルナから耳打ちで聞かされ、バージルは口ごもる。彼が魔王軍幹部のデュラハンを討伐したと、冒険者カードの討伐モンスター欄を見て気付いたのであろう。

 小声で伝えてきたのは、バージルが周りから称賛されるのを嫌うタイプだと知っての気遣いか。

 バージルは言葉を返さず小さく頷き、クエストカウンターから離れていった。

 

 

*********************************

 

 

 上には白い雲がゆっくりと流れていく青空。下には心地よい風に揺られる黄緑色の草原。のどかな自然地帯を歩き続けて小一時間。バージルは湖の広がる場所へと来ていた。今回のクエスト、ブルータルアリゲーターが住む湖である。

 周りに広がる美しい風景とは相反した、一面茶色く濁った湖。バージルは独り顔をしかめる。

 

 が、その理由は湖にあらず。

 

「おーいアクアー! 進捗はどんなもんだー!?」

「浄化は順調よー!」

「トイレ行きたくなったら言えよー!」

「め、女神はトイレなんて行かないし!」

「因みに紅魔族もトイレなんて行きませんから」

「私もクルセイダーだからトイレは……トイレは……うぅ」

「お前らは昔のアイドルか」

 

 陸地近くの水辺には、何故か檻に入れられて体育座りをしている、紅茶のティーバッグ状態のアクアと、それを遠くで見守るカズマ、めぐみん、ダクネスという、意味不明な光景を目撃していたからだ。

 

「(またコイツ等か……)」

 

 以前の爆裂魔法の件に続いて二回目の遭遇。更にアクア&ダクネスも一緒にいる。どうしてこうタイミングが良いのかと、バージルは頭を抱える。

 日を改める選択肢が頭に過ぎったが、再びここへ来るのも面倒に思い、仕方なくカズマ等のもとへ歩み寄った。

 

「揃いも揃って何をしている」

「んっ? 誰……ってバージルさん!? なんでここに!?」

「クエストの目的地がここだからだ」

 

 バージルの姿を見て仰天するカズマ。横に居ためぐみんも驚いており、ダクネスは思わぬドSの登場に喜んでいた。それをバージルは当然無視。

 そして、独り檻の中でブツブツと鉄格子の棒の数を数え始めたアクアを見ながら、バージルはカズマに尋ねた。

 

「不法投棄か?」

「やっぱそう見えます?」

 

 

*********************************

 

 

 バージルはカズマから、ここへ来た経緯を聞いた。

 最近稼ぎを増やせずにいた彼等は、高難易度クエストに挑むことに。

 しかし、高難易度クエストに挑むにはレベルも装備も乏しく、無策で行けば屍になるのがオチ。討伐クエストは全て却下した。

 そこでアクアが目をつけたのは『湖を浄化する』だけというもの。湖には『ブルータルアリゲーター』という危険なモンスターがいるため、高難易度に分類されていた。

 アクア曰く「私クラスの女神なら水に触れているだけで浄化できる」とのこと。それを聞いたカズマは、アクアがモンスターに殺される危険もなく、安全にクエストをクリアできる方法を思いついた。

 

「それがあの檻か」

「そういうことっす」

 

 バージルの言葉に、カズマはコクリと頷く。

 ギルドからモンスター捕獲用の檻を借りアクアを入れて湖につからせる。檻は、余程の力がなければ壊れない強度を持っているので、ブルータルアリゲーター相手でも心配はいらない。非人道的であることを除けば名案であるが、それを迷わず実行できるのは、流石カズマといったところであろうか。

 

「しかし、今のところモンスターが現れる様子はないので、案外あっけなく終わるかもしれませんね」

「馬鹿お前、そういうフラグくさい台詞を言うなって!?」

 

 安心しきった言葉を呟くめぐみんを、カズマは慌てて咎める。その時だった。

 

「ひぃやぁああああっ!? なんか来た!? ねぇなんかいっぱい来たぁああああっ!?」

 

 バージル達の耳に、アクアの甲高い悲鳴が入ってきた。全員がの方へ目を向ける。

 湖の中から顔を出したのは、赤い目を光らせてゆっくりと近づく巨大ワニ──ブルータルアリゲーターが計十五匹。檻の中のアクアへ迫っていた。

 ブルータルアリゲーター達は、人を簡単に丸呑みできそうな口をカパッと開け、檻を壊さんと噛み付いた。更に身体を回転させ、盛大に檻が揺れる。

 

「ひゃぁああああっ!? いやぁああああっ! カズマさーん! カズマさぁああああああああんっ!」

 

 パニック映画さながらのシーンに巻き込まれているアクアは、泣き喚いてカズマに助けを求めている。絶体絶命のピンチに遭っているアクアを見ていた仲間達は──。

 

 

「ほう、あれだけの攻撃を受けても壊れんとは」

「超硬い鉱石を素材に作られているらしいですからね。流石はギルドが保証する捕獲用檻といったところでしょう」

「あの中……ちょっと楽しそうだな」

「行くなよ?」

「ところで、長くなりそうだと思ってお昼ご飯を持ってきたのですが、バージルもどうですか?」

「ひとつ貰おう」

「じゃあ、俺達は昼食にしますか」

「くぅ……私もあの中に入ればよかった」

 

 誰も心配していなかった。

 またバージルは、ブルータルアリゲーター討伐が目的なので、湖の浄化を待つ意味はないのだが、モンスターに弄ばれているアクアを見ていると、日頃溜まっていたストレスが解消されていたので、カズマ等と待つことにした。

 

 

********************************

 

「ピュリフィケーション! ピュリフィケーション! ピュリフィケーション! ピュリフィケーひぃっ!?」

 

 ブルータルアリゲーター出現から四時間後。一刻も早くこの危機的状況から抜け出したいのか、アクアは女神としての浄化能力だけでなく、アークプリーストの浄化魔法を一心不乱に使いまくる。

 しかし、敵が黙って見過ごすわけがなく。アクアを喰う為に檻を壊そうと体当たりしたり、檻を咥えて身体をスクリュー回転させていた。

 

「……まだか」

「モンスターに邪魔されながらなので、時間は掛かりそうですね」

 

 昼食を食べ終え見学していたバージル。めぐみんの返答を聞き、不機嫌そうに舌打ちをする。

 最初はまだ待てていたのだが、敵の攻撃に一々叫んで作業の手を止めるアクアを見ていて、ストレス解消どころか逆に溜まり出していた。

 

「おーい! ギブアップならそう言えよー! 湖から檻ごと引っ張り上げてやるからー!」

「ひぃああああっ!? 今檻からメキャッって音が! 聞こえちゃいけない音が聞こえたんですけどぉおおおおっ!?」

「私達の声が聞こえていないな」

「一度戻して落ち着かせるべきではないでしょうか?」

「ったく、しょうがねぇな」

 

 緊急用として檻に縄を結んでおり、いつでも湖から引っ張り上げられるようにしている。カズマ等が冷静に考える中──。

 

「(……もう我慢ならん)」

 

 バージルの限界が先に来た。彼は組んでいた腕を解くと、隣にいたカズマへ刀を差し出す。

 

「カズマ、刀を持っていろ」

「へっ? いいですけど、どうしたんすか?」

 

 バージルはカズマへ半ば強制的に刀を預けると、独り湖へと歩いていく。取り残された三人は、バージルの背にある大剣に既視感を覚えながらも彼を見送った。

 

 

*********************************

 

「ピュリフィケーション! ピュリフィケーション! ピュチョッギプリィイイイイッ!?」

 

 アクアは懸命に湖へ浄化魔法をかけ続ける、ブルータルアリゲーター達も、この女が自分達の住処を奪おうとしていることに気付いたのか、妨害が更に荒くなる。

 檻を囲む棒はへしゃげ、歯型がつき、天井も凹んでいる。滅多なことがない限り壊れないと言われていた檻だが、この事態は想定されていなかった故か、今にも壊れそうになっていた。

 その時、暴れているブルータルアリゲーターの集団にいた一匹が檻から遠く離れ始め──。

 

「いやぁああああっ!? こっちきたぁああああっ!?」

 

 ラストアタックだとばかりに、檻へ向かって全速力で泳いできた。

 この突進を食らったら終わる。本能で感じたアクアは浄化魔法を連発する。しかしブルータルアリゲーターは止まらない。

 迫り来る恐怖を前にして、アクアは思わず目を瞑った──その時。

 

Be gone(失せろ)!」

 

 声と共にアクアの前で強い衝撃が起こり、水面を大きく揺らした。一体何が起こったのか。アクアは恐る恐る目を開ける。

 檻の前には、身体を真っ二つに切られ血を流して死んでいる、ブルータルアリゲーターが一匹。

 そして、青いコートを身に纏い、身の丈以上の長さを持つ大剣を持った男。

 

「バー……ジル?」

 

 どうして彼がここにいるのか。何故ブルータルアリゲーターを倒してくれたのか。様々な疑問が浮かぶも頭が上手く回らず、掠れた声でバージルの名を口にする。

 すると、バージルはアクアに背中を向けたまま、不機嫌そうな声色で言葉を掛けてきた。

 

「貴様の悲鳴が耳障りだ。さっさと湖を浄化しろ。モンスターは俺が始末する」

「ふぇ?」

 

 思わず変な声を出してしまうアクア。バージルは水面に叩きつけた大剣を手に持ったまま、ブルータルアリゲーター達を睨む。

 突如として現れて仲間を一刀両断した謎の男へと、ブルータルアリゲーター達は襲いかかった。

 

「フンッ!」

 

 バージルは大剣を横に薙いで迎撃。敵が吹き飛んだのを確認し『エアトリック』で移動。追撃を仕掛けていく。

 身の丈以上の大剣を巧みに操りつつ、敵の攻撃を難なくかわしていく。底の深いところに行ったかと思えば、彼はブルータルアリゲーターを足場にして立ち回っていった。

 バージルの華麗な戦いにアクアは少し見入っていたが、ふと我に返り湖の浄化を再開させる。

 が、それを敵は見逃さない。バージルに傷を負わされながらも、彼の目を掻い潜り水中に逃げた一匹は、バージルにバレないよう静かにアクアのもとへ移動する。

 

「ピュリフィケーション! ピュリフィケ……ヒッ!?」

 

 そして檻の前まで行った所で姿を現し、檻を壊さんと大きな口を開けた。アクアは小さな悲鳴を上げて浄化の手を止める。

 

「ギュオッ!?」

 

 が、その敵は檻に噛み付く前に悲鳴を上げ、その場に仰向けで倒れた。

 その前方では、左手を突き出していたバージルが。彼はアクアから顔を背け、周囲のブルータルアリゲーター達との戦いを再開させる。

 

「(これが剣の能力か)」

 

 その中で、バージルは魔剣の力を把握し始めていた。

 

 先程、バージルはアクアに背を向けていた。しかし、アクアへ接近したブルータルアリゲーターは見えていた。それは、彼が振るっている魔剣ベルディアの能力によるものであった。

 以前ベルディアと戦った時に見せた力――『空中視点』の能力が、この剣にも宿っていた。

 

 剣士としてはありがたい能力であろう。しかしバージルは、魔剣の力を使わずとも背後からの気配や殺気を感じ、対応できる。あまりアドバンテージにならない能力であるため、積極的に使うことは無いだろうとバージルは考えていた。

 

 

*********************************

 

 

「......終わったか」

 

 バージルは大剣を背負い、辺りを見渡す。

 湖は、底も見えるほど透き通った水で満たされていた。そして湖の外周にある草原の上には、バラバラになったブルータルアリゲーター達が転がっている。

 

 ブルータルアリゲーターには、息絶える時に毒素を撒き散らす習性がある。故に、バージルは死体が湖に落ちないよう外へ出してから殺していた。

 また、湖に死体が一匹落ちることもあったが、流石は女神というべきか。アクアはその毒素もまとめて浄化していった。

 

 バージルは綺麗になった湖から背を向ける。振り返った先にあったのは、今にも壊れそうな檻の中にいるアクア。バージルの視線に気付いたアクアは、おもむろに顔を上げる。

 涙で顔はクシャクシャ。髪は乱れており、服も濡れている。酷く荒れたアクアを見下ろし、バージルは口を開いた。

 

「勘違いしないよう言っておくが、貴様を助けたわけではない。さっさと浄化を終わらせなかったから――」

「……わ……かった」

 

 バージルが話している途中、アクアが小さく何かを呟いた。それを耳にしたバージルが思わず言葉を止めると、アクアはワッと泣き出した。

 

「うわぁああああああああんっ! 怖かったよぉおおおおおおおおっ!」

「喚くな。喧しい」

 

 

*********************************

 

 場所は変わり、アクセルの街にて。

 

「ねぇ聞いてよお兄ちゃん。アイツ等ったら酷いのよ? 私が丸腰だからいい気になって、檻ごと私をぶん回したり叩きつけたり、しまいにはスクリュー回転させられたのよ!? スクリューよスクリュー! デスロールよ!」

「……おい」

「ま、それだけ私を食べようと躍起になってたってことでしょうね。私の可憐で美しい美貌を見て、さぞ美味しい肉だろうなーって。そこは褒めてあげるけど、女神を食べようだなんて不届き者にも程があるわ! お兄ちゃんもそう思わない?」

「おい、アクア」

「んっ? なにお兄ちゃん?」

「その呼び方をやめろ。虫唾が走る」

「別にいいじゃない。お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだから」

 

 ボロボロになった檻を乗せた台車を馬が引っ張り、その横をカズマ、めぐみん、ダクネスが歩く前方で、アクアはバージルの隣を歩き、妹のように話しかけていた。バージルは青筋を浮かべているが、アクアはお構いなし。

 バージルがアクアを助けた形になってしまった後、どういうわけかアクアはバージルを『お兄ちゃん』と呼ぶようになり、こともあろうに懐かれてしまった。

 あのままアクアを放置し、浄化が無事終わっていれば、アクアは檻の外が怖くなるほどの廃人になるだけで済んでいたであろう。しかし彼は襲われていたアクアを助け、檻よりも大きな安心感を彼女に与えてしまったのだ。

 アクアが襲われる前にブルータルアリゲーターを討伐していれば、こうはならなかったであろう。つまりこの現状はバージル自身が招いてしまったもの。不運ステータスの効力もあるだろうが、まさに自業自得。

 今までとは違う形でしつこく絡んでくるアクアを鬱陶しく思いながらも、ダクネスの道案内を好き嫌いで断ってしまった時と同じように、一時の感情で行動してしまう失態を犯したことを深く反省し、後悔していた。

 

「それにしてもビックリですね。まさかアクアのお兄さんがバージルだったとは」

「いや違うから。アクアがそう呼んでるだけだから。まぁなんでそう呼び始めたのかは俺もわかんないけど」

「か、カズマ! これはもしかしたらもしかしなくても、調教というヤツではないか!? そんな羨ましいことをしてもらえるなんて、やはり私も檻に入ればよかった......」

「そしてお前は相変わらずだな」

 

 その後方で、カズマ達は二人の様子を見守りながら会話を交える。そんな中、カズマは前方で仲良く話している二人をジッと見つめる。

 

 共に異世界へと旅立った美少女が、突然現れた別の異世界転生者である男に懐く。

 異世界転生者主人公としては、相手の男を妬むべきイベント。ラノベなら間違いなく読者から反感を買い、人気が急転落下するほどだ。

 そんなイベントを目の当たりにするどころか、直に体験していたカズマは――。

 

「(これはチャンスだ。普段から問題児を抱えながらも苦労して頑張っている俺に、神様が与えてくれたチャンスだと、俺は受け取った)」

 

 嫉妬しないどころか、逆に感謝していた。

 傍から見れば、アクアはカズマのメインヒロインに見えるだろう。しかしその実態は知ってのとおり酷いものだ。話は聞かない、文句は言う、足を引っ張る、金遣いは荒い、宴会芸という無駄スキルを覚える、不運。控えめに言っても、彼女はヒロインの風上に置けない。

 当然、彼女に好かれたい気持ちはカズマの中に毛ほども無く、彼女の呪縛から逃れられないだろうかと悩んでいたほど。そんな時に起こったのがこのイベントだ。

 

「(バージルさん、すまない! 俺のために生活費的な意味で死んでくれ!)」

 

 全てはこの世界で生き残るため。カズマが人知れず駄女神オサラバ計画を企てていた、その時。

 

「女神様! 女神様じゃないですか!」

「んっ?」

 

 突然、横から男の声が聞こえてきた。何かと思ったカズマは馬を止め、声が聞こえた方向を見る。

 

「どうして女神様がこんなところに!?」

「(……なんだろう、ムショーに殴りたい奴だ)」

 

 そこには、傍に緑髪のポニーテール女子と赤髪の女子を侍らせてた、青い鎧と黒いマントを纏う、腰元に剣を据えた茶髪の爽やか系イケメンが立っていた。




これにてアクア様に駄女神、穀潰し、宴会の神様に加え、干物妹という称号が加えられました。
青い、美形、プライド高い、敵を煽る、話し合いより先に手が出る、自分は悪魔だ女神だと言い張る、不運と、なんだかんだ似てますからね。


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第14話「この魔剣の人に鉄槌を!」

「こんなところで再び会えるなんて……ところで女神様、隣にいる男は?」

 

 突然話しかけてきた茶髪の男性。アクアは不思議そうに首を傾げているが、男性はお構いなく話を続けて、バージルを差して尋ねてきた。

 アクアは一度バージルの顔を見ると、再び茶髪の男に視線を戻して答えた。

 

「お兄ちゃんだけど?」

「お兄さん!?」

「兄ではない」

 

 即座にバージルは否定する。しかし相手の男は聞いていないようで、酷く驚いた様子を見せている。

 

「で、では、女神様の後ろに立っている人達は?」

「私のパーティーメンバーよ」

「パーティーって、女神様ここで冒険なさっているんですか!?」

「そうだけど?」

 

 よほど衝撃的な事実だったのか、アクアの言葉を聞いて茶髪の男は更に驚く。対するアクアは、再度首を傾げながら男に問いかけた。

 

「ところで、貴方は誰?」

「ええっ!?」

「知らなかったのかよ!?」

 

 茶髪の男のみならず、後ろで聞いていたカズマも思わず声を上げた。

 男は慌てて腰元に添えていた剣を取り、アクアに見せる。

 

「僕ですよ! ほらっ! 貴方にこの『魔剣グラム』を託されてこの世界に来た『()(つるぎ)(きょう)()』ですよ!」

「魔剣だと?」

 

 気になる言葉が聞こえ、今まで帰る気満々だったバージルがここにきて反応を示し、耳を傾けた。

 

「あー、確かそんな人もいたような、いなかったような……多分いたわね、うん」

「思い出してくれましたか!?」

「いや思い出せてねーぞソイツ。多分って言ったぞ」

 

 アクアは困ったように頬をかきながら言葉を返したが、ミツルギは思い出してくれたと勘違いしたまま、嬉しそうに話を続けた。

 

「女神様。貴方の仰せのままに、僕は魔剣グラムを手に魔王討伐を目指しています。幾度か危険な目に遭いましたが、この魔剣グラムと、僕の仲間達が助けてくれました。ほらっ、二人共挨拶を」

「私はクレメア! 職業は戦士よ! アンタがキョウヤの言ってた女神様って人? いくら女神様でも、キョウヤは渡さないからねっ!」

「わっ!? やめろよクレメア! よりにもよって女神様の前で!」

「いいじゃん別に」

「むー……あっ! 私はフィオ! 職業は盗賊! 皆はなんて名前なの?」

 

 緑髪ポニーテールの女性、クレメアはアクアに見せびらかすようにミツルギの腕に抱きつく。そんなクレメアを、赤髪の三つ編み少女ことフィオは羨ましそうに見つめたが、すぐにアクアを含めた五人へ名前を尋ねてきた。

 

「私はアクアよ。職業はアークプリースト。で、隣にいるのがお兄ちゃん」

「バージルだ。職業はソードマスター」

「我が名はめぐみん! アクセルの街随一のアークウィザードであり――!」

「佐藤和真。冒険者だ」

「私はダクネスだ。職業はクルセイダー。三人ともよろしく」

「カズマ! 私の名乗りを邪魔するとはどういうつもりですか! 爆裂魔法で爆裂四散したいんですか!」

「お前の名乗りは一々長いんだよ。あと相手が引く」

 

 自己紹介を促されたカズマ達は、各々名前と職業を口にする。五人の自己紹介を聞き終えると、ミツルギは何やら気になる素振りを見せ、カズマへ話しかけてきた。

 

「サトウカズマという男以外は、全員上位職か……まさか君、女神様のご好意につけ込んで、上位職に囲まれながら楽に甘い蜜を吸っている害悪寄生冒険者じゃないだろうな?」

「(あっ、コイツやな奴だ)」

 

 レベルの低い冒険者が、レベルの高い冒険者のパーティーに入り、クエスト時は自分だけ隠れて何もせず、何の労力もなくレア素材や報酬を得る寄生行為。仲間内でない限り、数多くの冒険者から嫌われる行為である。

 カズマは最弱職と言うべき冒険者。他は全員上位職。ミツルギの言う通り、傍から見れば寄生に思えるのも仕方ないであろう。しかし――。

 

「(楽な思い? 甘い蜜? そんな経験一度も! したことが! ないんだが!?)」

 

 その実態は、話を聞かず突っ走る穀潰しと、一度放てば動けなくなる爆裂魔法以外を覚えようとしない中二病、自ら危険に突っ込む命中率ゼロなドMという、むしろ上位職が足を引っ張りまくっているものである。

 そんな苦労も知らず、恐らく転生特典で貰ったチート武器を使い、楽に冒険者生活を堪能してきた男に罵られるのは黙ってはいられなかった。

 

「そんなクソみたいな行為やったことないんですけど。つーか、このパーティーじゃ俺がリーダーだし」

「何っ? 君が?」

 

 不機嫌になったカズマは、少々口調が荒くなりながらもミツルギに言葉を返した。信じられなかったミツルギは、本当なのかと尋ねるように、カズマの側にいためぐみんとダクネスに顔を向ける。

 

「はい、パーティーを結成してからずっと、指揮権はカズマが握っています」

「今回もカズマの素晴らしい案で、ブルータルアリゲーターが住む湖の浄化を終わらせてきたんだ」

「あの高難易度クエストを? 一体どうやって?」

 

 湖の浄化クエストについてはミツルギも把握していたようで、驚きながら尋ねてくる。すると横にいたアクアが、ボロボロの檻を指で差しながら答えた。

 

「私が檻の中に入って、檻ごと湖に放り込んで、私の力で浄化したのよ」

「ハァアアアアッ!?」

 

 それは、あまりにも危険で無礼極まりないものであった。ミツルギはいてもたってもいられずカズマの胸ぐらを掴む。

 

「君っ! 女神様を檻に閉じ込めて湖に漬けるなんて、一体何を考えているんだ!? いや、そもそも女性を囮に使うような真似をするなんて、君に人の心は無いのか!?」

「ちょっと! 結果上手くいったんだから別にいいのよ! 確かに襲われた時は怖かったけど、お兄ちゃんが助けてくれたし!」

「助けたわけではない。貴様がさっさと浄化しないからだ。そして兄と呼ぶな」

 

 ミツルギがグワングワンとカズマを揺らす中、カズマは鬱陶しそうに嫌な顔を見せる。アクアのフォローも聞こえていないようで、彼はカズマを掴んだままアクアに告げた。

 

「女神様! こんな残虐非道な作戦を平気でする男と一緒にいるのは危険です! 早く元の世界にお帰りください!」

「帰りたくても帰れないんですけど。カズマに転生特典としてこの世界に連れてこられたんだから。帰るためには、魔王を倒さなきゃいけないの」

「……はっ?」

 

 彼にとって、本日何度目かになる衝撃発言。錆びたブリキの音が聞こえそうな動きで、ミツルギはカズマに再度顔を向ける。

 

「き、君……」

「本当だよ。むしゃくしゃしてやった」

「貴様ぁああああっ!」

「や、やめてよ! 私としては結構楽しく暮らしているし、ここに連れて来られたのはもう気にしてないから!」

 

 吐き捨てるように答えたカズマを見て、ミツルギの怒りが頂点に達した。

 アクアのフォローは一切耳に入らず、彼は声を震わせながらも再度アクアに尋ねた。

 

「因みに、寝泊りはどこで?」

「カズマと二人で馬小屋に――」

「ゴルァアアアアッ!」

「(あーもうコイツ面倒くさい)」

 

 トドメの一言を貰い、ミツルギの怒りが大噴火を起こした。大声で怒号を発し身体を揺さぶってくる彼を、カズマは心底鬱陶しく思う。

 しばらく揺すった後、ミツルギはカズマから離れ、憎しみのこもった目を向ける。

 

「ダメだ。君のような鬼畜外道に女神様を預けるわけにはいかない。 女神様、魔王討伐が目的ならば、こんな男から離れて僕と一緒に行きましょう。パーティーメンバーの方と義兄さんもどうです? 僕は彼のように冷酷無比なことはしないし、仲間を大切にします。僕と一緒に冒険へ行きましょう」

 

 アクア達の安全を気遣い、ミツルギはアクアだけでなくめぐみんとダクネス、更にはバージルも勧誘した。ミツルギの提案を受けた、カズマを除く四人は――。

 

「ねぇカズマ、この人思った以上に痛いんですけど。ぶっちゃけ行きたくないんですけど」

「撃っていいですか? 爆裂魔法撃っちゃっていいですか?」

「私でさえも攻めに回って殴りたくなるような男だな」

「俺はコイツ等のパーティーメンバーではない。そして兄でもない」

「というわけで、全員アンタのパーティーには入りたくないそーです」

 

 見事に全員否定派であった。

 しかし、自分の都合の悪いことは聞こえない耳なのか、ミツルギはカズマを睨んで話を進める。

 

「ではサトウカズマ、僕と勝負しろ。僕が勝てば、女神様と後ろのめぐみんさん、ダクネスさんをこちらに貰う。いいな?」

 

 ミツルギはカズマに、自然な流れとばかりに決闘を申し込んだ。意地でも引き入れるつもりでいるミツルギを、カズマ側の女性陣は流されていないトイレを見るかのような目をしている。ちゃっかりバージルはハブられていたが、本人は気にも止めていない様子。

 そして、喧嘩を売られたカズマはというと――。

 

「いいぜ、やってやるよ勝負開始だオラァッ!」

「うおうっ!?」

 

 カズマはミツルギに歩み寄ると、腰元に据えていた短剣で不意打ちを仕掛けた。しかしミツルギはギリギリで避ける。

 

「き、君っ! 卑怯卑劣にも程があるぞ! 冒険者として恥ずかしくないのか!?」

「うるせぇナルシスト! 所詮この世は勝利が全てなんだよ!『スティール』!」

 

 カズマの短剣ラッシュを避けながらも説教をするミツルギだが、彼には一切響かない。カズマは、ミツルギが後ろに距離を離した瞬間『スティール』を放った。

 眩い光を受け、ミツルギは思わず目を瞑る。光が収まった時、カズマの手に握られていたのは――。

 

「おぉ、やっぱ俺って持ってるな」

「なっ!?」

 

 あろうことか、ミツルギの転生特典である魔剣グラムだった。

 盗賊スキル『スティール』は、発動した対象の所有物を一つだけ強制的に奪うことができる。

 しかし、奪える物は自分で選べない。スキルレベルが上がれば狙った物を奪える成功率は上がるが、相手が所有物を多く持っていれば、成功率はガクッと下がる。

 

 そんな時『スティール』の成功を左右させるのは、冒険者には不要と言われていた、運ステータスである。

 運の数値が高いほど、相手のレベルがあまりにも高くなければ、たとえスキルレベルが1だろうと狙った物を奪える成功率は高まる。その逆も然り。

 そしてカズマの運ステータスは、バージルとアクアの運ステータスを足して倍にしても届かないほど高かった。

 

「それは僕の剣だ! 頼む! 返してくれ!」

 

 ミツルギは魔剣を奪われた途端、急に弱腰になってカズマに魔剣を返すようせがむ。

 しかし、カズマにその気は一切ない。これで自分もチート武器を使って、順風満帆な冒険者生活に駆り出せる……と考えていた時、めぐみんが話しかけてきた。

 

「カズマ、それは本当に魔剣なのですか?」

「だってコイツ、散々魔剣魔剣って言ってただろ」

「しかし、その剣からは何の魔力も感じられませんよ」

「えっ?」

 

 カズマはまじまじと魔剣グラムを見つめる。しかし、魔法に疎い彼が魔力を感じられる筈もなく、さっぱりわからないと首を傾げる。

 するとミツルギが、情けない声を出しながら魔剣グラムについて話した。

 

「それは僕にしか使えないようになっているんだ! 僕以外の人が持っても、魔剣グラムに宿る力は扱えない!」

「マジで?」

「そうだ! 君が持っていても意味はない! だからお願いします! その剣を僕に返してください! 何でもしますから!」

 

 魔剣グラムがチート武器になりえないことを知り、カズマは落胆する。チート能力が使えないのであれば、そこらにある剣と変わらない。精々、序盤でもらえる無属性で切れ味のいい武器といったところか。

 だが、ミツルギが今何でもすると言ったので、これをいいことに高値の武器やアイテムを買ってもらい、色々と毟ってやるのもいいかもしれないと、独りゲスな思考をカズマは張り巡らせる。

 

 ――と、その時だった。

 

「……あれ? バージルさん、どうしたんすか?」

 

 ミツルギが弱腰になってからずっと静かにしていたバージルが、突然カズマの前に出た。彼は二人の間に入る。

 無言のまま眼前に立つバージルを、ミツルギは見上げる形で目にする。しばし二人が見つめ合うと──。

 

 バージルは、ミツルギの鳩尾に強烈な拳を入れた。

 

「ガッ……!?」

 

 突然の出来事に、ミツルギの後ろにいたクレメアとフィオどころか、カズマ達も思わずビクリと驚く。

 そして、バージルのパンチを鎧越しでありながらも食らったミツルギは、バージルが手を離した瞬間、その場にうつ伏せで倒れた。

 

「キョウヤ!?」

「キョウヤ! しっかりして!」

 

 仲間の二人は気絶したミツルギにすかさず駆け寄り安否を確認するが、ミツルギは気絶したまま。

 それを確認したバージルは何も言わず立ち去ろうとする。しかし、大好きなミツルギに暴力を加えたバージルに文句を言いたかったクレメアは、キッとバージルを睨んだ。

 

「ちょっとアンタ! いきなり何してんのよ!? 怪我でもしたらどう責任取るつもり――!」

 

 が、彼女はそこで言葉を止めた。

 バージルの、人を見ているとは思えないほど冷たく、かつ怒りのこもった目を見て。

 クレメアとフィオは小さく悲鳴を上げる。彼女達だけではない。その後ろにいたカズマ達でさえも、バージルの目を見て恐怖を覚えていた。

 怯え切った二人を見たバージルは、何も言わず目線を前へ向け、再び歩き出す。しばらくして二人は我に返ると、ミツルギを抱えて逃げるようにこの場から去っていった。

 

「お、おい。お前がしつこくお兄ちゃん言うから、バージルさんキレちまったんじゃ……」

「えっ!? 私のせい!? で、でもでも! ここに来るまでお兄ちゃん全然怒らなかったじゃん! 私悪くないもん!」

「確かに、アクアの呼び方が嫌ならもっと早く怒ってもいい筈です。私にはあのミツ……なんとかに怒ったようにも見えましたが……」

「私もあの男には少々怒りを覚えはしたが、あそこまでではなかったな……しかし今の目、何というか、そこはかとなく良かった」

「ウッソだろお前」

 

 

*********************************

 

 

 それから時間は経ち、翌日の朝。アクセルの街に住む冒険者達が集まるギルドにて。

 

「なんでよぉおおおおっ!?」

「やめてください! そんなに揺らしたら、溢れちゃっ……!」

 

 甲高い声で悲痛の叫びをあげ、ギルドの受付嬢ルナに絡んでいたアクア。泣いているのを見るに、彼女にとって不利益になるトラブルが起こったのであろう。

 アクアにこれでもかと揺らされて、ルナの豊満なアレは服から溢れそうになっており、酒場にいる男冒険者達はその瞬間を拝もうと熱烈な視線を向けている。

 そして、アクアの声を聞いてため息の漏れる声が。

 

「今の声、アクアだったな」

「またか。アイツは騒ぎを起こさないと気が済まないのか?」

「そう言いながら受付嬢の胸をガッツリ見ないでください。変態です」

「みみみ見てねーし!? いつまでも叫んでるアクアを哀れな目で見てるだけだし!?」

「ムッ、アクアがこっちに戻ってきたぞ」

 

 朝食を取りに来ていたカズマ達であった。しばらく離れた席で傍観していると、アクアはルナから手を放し、重い足取りでカズマ達のところへ。

 そのまま彼等のいたカウンター席に座ると、やがて目を潤わせ、机に顔を伏せてエンエンと泣き始めた。

 

「アクア、一体何があった?」

「湖浄化の報酬三十万、檻の修理費を差し引かれて十万エリスだって……私が壊したんじゃないのにぃいいいいっ!」

「あの檻そんなに高かったのか」

「この行き場のない怒りと悲しみ、どこにぶつけたらいいのよぉおおおおっ!」

 

 ギルドから借用した檻は、かなり硬い鉱石をもとに作られている。普通に使えば問題ないのだが、カズマ達は正しい用法を守らず、天井は凹み、格子もひしゃげた。そのツケが回ってきたのである。

 顔を上げたアクアは、二十万エリスを失った悲しみと怒りを込めて拳を握りしめる――とその時。

 

「いた! 探したぞ佐藤和真!」

「んっ? あっ、昨日の痛いやつ――」

「っしゃあ丁度いいサンドバッグ発見! ゴッドブロォオオオオッ!」

「はぁああああんっ!?」

「「キョウヤー!?」」

 

 背後からカズマに声をかける者が現れたが、カズマは振り返ったとほぼ同時に、アクアが彼の顔面へと『ゴッドブロー』を食らわせた。

 情けない悲鳴をあげながら殴り飛ばされたのは、昨日カズマに魔剣グラムを貢いたミツルギ。彼の取り巻きもいる。

 彼女の怒りと悲しみがこもった拳を食らったミツルギは、その場に仰向けで倒れる。そしてアクアは彼に馬乗って胸ぐらを掴んだ。

 

「ちょっとアンタ! 私のこと崇拝してるっていうんなら、今すぐ私に三十万エリス払いなさい! 三十万よ三十万! それ以下は認めないわ!」

「ハ、ハイ、すみませんでした……」

 

 檻の修理費二十万エリスに、ちゃっかり十万エリスプラスしてミツルギへと請求する。その姿はまるでカツアゲするいじめっ子のよう。

 相手がアクアだからか、ミツルギはすんなり懐から三十万エリスをアクアに渡した。魔剣グラムというチートで散々楽してきたからなのか、お金は持っていたようである。

 

「フンフン……OK、キッチリ三十万頂いたわ! すみませーん! シュワシュワとカエルの唐揚げ山盛り、おっねがいしまーすっ!」

 

 ミツルギから三十万エリスを巻き上げたアクアは、先程とは打って変わって上機嫌に。

 注文の品を待つアクアの横で、自分に用があると突っかかってきたミツルギに、カズマは席を降りて自ら話しかけた。

 

「おーい、俺のこと探してたって言ってたよな? 何か用か?」

「いつつ……ハッ! 佐藤和真!」

 

 カズマに声を掛けられたミツルギは、すぐさま立ち上がってカズマと向かい合う。そして、昨日と同じく頭を下げて懇願してきた。

 

「頼む! 昨日君が奪った魔剣を返してはくれないか!? その代わり、店で一番良い剣を買って――」

「まずこの男が既に魔剣を持っていない件について」

 

 そこへ、めぐみんは口を挟んでカズマを指差した。彼女の言う通り、カズマが装備している物には、昨日ミツルギから奪った魔剣グラムの姿が見当たらない。

 

 最悪のビジョンが見えたミツルギは、恐る恐るカズマに尋ねた。

 

「さ、佐藤和真……ぼ、僕の魔剣グラムは?」

「んっ? あぁ、あの魔剣?」

 

 ミツルギに尋ねられたカズマは懐に手を入れて、ジャラジャラと金属の音が鳴る袋──自身の財布を見せ、平然と答えた。

 

「売った」

「ちくしょぉおおおおおおおおっ!」

「「キョ、キョウヤー!?」」

 

 ミツルギは涙を流し、その場を全速力で走り去っていった。取り巻きの二人も慌ててミツルギを追いかける。

 終始情けない姿を見せる羽目になった彼だが、アクセルの街では有名人である。魔剣グラムによる力と、彼自身の人の良さから、多くの冒険者達に好かれていた。主に女性から。

 そんなミツルギが泣いて走り去る姿は珍しいもので、酒場にいた冒険者達は何があったのかとミツルギを心配していた。

 

「……チッ」

 

 その様子を、酒場の二階席から見下ろしていた一人の男は、苛立ちを表すように舌打ちをした。

 

 

*********************************

 

 

 それから更に時間は過ぎ、夜。アクセルの街では人通りの少ない通路にて。

 

「僕はもう戦えない……冒険者失格だ」

「そんなことないわよ! 剣ならまた買えばいいじゃない! 幸いお金はあるわけだし、私達と一緒に新しい武器を探しましょ!」

「そうよ! キョウヤなら魔剣グラムがなくったって大丈夫! 私達も頑張ってサポートするから!」

「アレじゃなきゃ……魔剣グラムじゃなきゃ駄目なんだよぉ……」

 

 通路の脇にヘタリと座り込み、子供のように泣いているのは、魔剣を奪われて意気消沈しているミツルギ。彼の傍には仲間のクレメアとフィオが、彼を泣き止まそうと励ましていた。

 しかし、カズマに魔剣を奪われたどころか売り捌かれたダメージは深く、一向にメンタルは回復する兆しを見せない。

 ひとまず今日は、彼を抱えてでも寝床まで帰るしかない。そう考えた二人はミツルギを立たせようと屈み込む。

 

「ミツルギキョウヤ」

「……へっ?」

 

 その時、ミツルギを呼ぶ男の声が不意に聞こえた。カズマの声ではない。三人は、声が聞こえた方向を見る。

 

 通路の先にある暗闇から現れたのは、銀髪のオールバックに青いコートを着た男。左手には天色の刀を、右手にはそこらの武器屋で売ってある剣を、そして浅葱色の大剣を背負っている――昨日、ミツルギをパンチ一発で仕留めたバージルであった。

 

「「ヒッ!?」」

「あ、貴方は……女神様の義兄さん」

「兄ではない。何度も間違えるな」

 

 彼に良い思い出など無かった三人は、彼の姿を見て怯え始める。しかしバージルは構わず話を続けた。

 

「少し顔を貸せ」

「へっ!? えっ、どうして──」

「いいから黙ってついてこい」

「「「は、はいっ!」」」

 

 拒否権はないとばかりにバージルは告げると、背中を向けて来た道を戻る。

 一体どこに連れて行かれるのか。下手したら殺されるのではないだろうか。三人は酷く怯えながらも、バージルの後を静かについていった。

 

 

*********************************

 

 

 会話も無しについていくと、彼等はそのまま街を出て、点々と輝く星が空に広がる平原にへ辿り着いた。アクセルの街周辺は安全で、かつ夜にクエストへ出る冒険者も少ないため、ここには人もモンスターもいない。

 ゆるやかな夜風が四人の間を吹き抜ける中、ミツルギに肩を貸していたフィオが恐る恐る尋ねた。

 

「あの……私達に何か用でしょうか?」

「魔剣グラム、売りに出されたそうだな」

「は、はい。奪っていったあの男が……」

 

 魔剣グラムについて確認してきたバージルに、フィオは正直に答える。その横で、魔剣グラムという言葉を聞いたミツルギは独り顔を俯かせる。

 

 すると、バージルの口から信じられない言葉が飛び出してきた。

 

「その魔剣、俺が取り戻してやってもいい」

「……えっ?」

 

 彼の言葉を聞き、ミツルギはバッと顔を上げる。横にいた二人も驚いていた。

 

「ほ、本当ですか!?」

「ああいった高値が付きそうな『お宝』に詳しい奴を知っている。そのツテを使えば、魔剣の在り処もわかるだろう」

 

 思わず聞き返すと、バージルは魔剣を取り戻す方法がちゃんとあることも話してくれた。

 思いもよらない転機を前に、ミツルギは思わず笑顔を見せる。一度手放してしまったあの魔剣を、再びこの手に取れる。再び魔王討伐に向けて歩き出し、女神様のために戦えることを喜んでいた。

 

 もっとも──タダで手に入るような、うまい話ではないのだが。

 

「ただし、貴様等が俺と戦い、勝てたらの話だ」

 

 バージルは振り返ってミツルギに向き合うと、右手に持っていた剣をミツルギの前に放り落とした。

 彼の冷たい眼差しを見て、クレメアとフィオは再び怯え、ミツルギも思わず気圧されてしまう。

 しかし、この戦いに勝てば魔剣グラムが返ってくる。戦う理由はそれだけで十分であった。

 

「いいですよ。その勝負、受けて立ちましょう!」

 

 すっかり元気になったミツルギは、バージルが渡してきた剣を拾い、鞘を抜いてバージルに剣先を向けた。

 魔剣グラムと同じぐらいの大きさを持つ両刃剣。魔剣グラムのような力は出せないが、剣を振るう面では問題ない。

 

 そして、相手は自分と同じソードマスターだが、容姿に聞き覚えはあるものの、アクセルの街で自己紹介されるまでは知らなった無名の冒険者。それにしてはやたら風格があるように見えるが、気のせいであろう。

 対してこちらは、様々な場所で冒険をし、数多の強力なモンスターを倒してきた。こちらの方が場数を踏んでいる。剣の扱いも、こっちが先を行けるだろう。

 

 一度、彼には鳩尾を殴られて一発KOさせられたが、あれは油断していた上にノーガードだったからだ。それでも鎧越しに相手を気絶させられる力は厄介なものだが、それにさえ気をつけていれば問題ない。

 

 加えて数もこちらが上。本当はタイマンでも構わないのだが、これは魔剣グラムを取り戻すための戦い。今後の冒険者生活を左右するターニングポイントだ。ここは相手の言葉に甘え、三人で行くのがベスト。

 

「うぅ……正直怖いけど、キョウヤとならたとえ火の中水の中! どこまでも一緒についていくわ!」

「私達ならやれる!」

「あぁ! 僕達の力を見せてやろう!」

 

 クレメアとフィオも意を決し、各々の武器を構える。ミツルギも、魔剣を奪われた時のテンションとは打って変わって、自信に満ち溢れた顔で剣を構える。

 

「(実に……醜い)」

 

 そんな彼を見て、怒りを抑えられないかのようにバージルは刀の柄を強く握った。




相手はミツルギであるにも関わらずシリアスです。すみません。


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第15話「The power of the human ~人間の力~」

 御剣(みつるぎ)響夜(きょうや)

 

 彼は『日本』と呼ばれる国に住む、どこにでもいる普通の高校生だった。

 昔から、困っている人は放っておけない性格で、たとえ自分が犠牲になろうとも相手を助けるために動く、正義感に満ち溢れた少年。

 高校生になってもそれは変わらず、不良に絡まれている同級生の女子や、トラウマを抱えていた女子、自分と対立する女子……数えたらキリがない。とにかく彼は真正面から立ち向かい、多くの人々を救ってきた。

 加えて(本人は自覚していないどころか酷い部類だと思い込んでいるが)学校でも一、二を争うイケメンで、女子からの人気は凄まじく、彼が救ってきた女子達はもれなく彼に惚れ、彼の隣に立ちたいと願い、日々猛アタックしてきた。

 

 しかし彼は、ハーレムになろうとも彼女達の気持ちに一切気付かない、超鈍感であった。一緒に風呂に入ってきたり夜這いされたりなどの猛アピールも、友達のスキンシップとしか見ていないほど。

 それ故か、逆に男からの人気は低かった。毎日のように、彼に嫉妬した男達が襲いかかるが、彼は(特に鍛えてはいないが)喧嘩が強く、またハーレムの中に喧嘩が鬼のように強い不良系女子がいたこともあり、男達はいとも簡単に撃退された。

 

 正義感が強く仲間思いなイケメンで、美少女達から囲まれるが彼女達の気持ちに気付かない鈍感で、モブとも呼ぶべき男達から喧嘩を売られる。

 御剣響夜はラブコメ作品から飛び出してきたかのような『主人公』と呼ぶべき存在だった。

 

 そんな、ラブコメ主人公ライフを無意識に過ごしていたミツルギだったが――高校二年生の春、彼は若くしてこの世を去った。

 通学途中、彼はトラックに轢かれそうになっていた女子を助ける代わりに、自身がトラックに撥ねられてしまった。

 周りが悲鳴を上げる中、彼は意識を手放し、世界が暗転する。

 

 次に彼が目を覚ましたのは、見知らぬ空間だった。

 自分は木造の椅子に座っており、彼の前には、見る者全てを魅了するような、水色の羽衣を纏った清楚で可憐な女性が座っていた。

 彼女は、日本で若くして亡くなった魂を導く女神だと名乗り、ミツルギは死んでしまったことを告げられた。

 重くのしかかる『死』という言葉。二度と学校の友達や家族に会えないことを知り、途方もない悲しみに打ちひしがれるミツルギ。しかし女神曰く、ミツルギが最後に助けた女性は無事だったようで、自分の死が無駄ではなかったことに彼は安堵を覚える。

 そんな彼に、女神は三つの選択肢を与えた。

 

 天国――何もない場所でのんびり老人のようなゆったりとした時間を過ごすか。

 転生――記憶も身体もリセットし、元の世界で生まれ変わるか。

 

 異世界転生――自分がいた世界とは異なる世界に行き、魔王を倒す冒険者となるか。

 

 女神が異世界と呼ぶ場所では、魔王軍の侵略によって日に日に人間が減り続けており、加えてその世界で死んだ魂のほとんどが「あんな過酷な世界にいたくはない。あんな酷い死に方は二度とゴメンだ」と生まれ変わりを望まず、人口減少に拍車をかけている。

 それを危惧した天界は特例として、記憶も身体も引き継いだ、異世界からの転生を許可した。

 

 しかし、それでも魔王を倒す者は未だ現れず。このままでは世界が魔王によって支配されてしまうと、女神は泣きながら話した。

 死した者に訪れる大きな転機。多くの者は思考に時間をかけるが、ミツルギの決断は早かった。異世界に行き、魔王を倒す冒険者になることを決めた。

 全ては、魔王に怯える人々を守るため。女神の涙を止めるため。

 その後ケロッと女神が泣き止んだことにはビックリしたが、彼女は喜んでくれたのでミツルギは気にしなかった。

 

 すると女神から、転生特典として何でも好きな物を一つ持って行ってもいいと告げられた。伝説の剣だろうが盾だろうが、特殊能力だろうが何だろうが。

 それを聞いたミツルギは、ある物を思い浮かべた。漫画やアニメによく出てくるような、自分だけの武器。自分にしか扱えない、必殺の剣。

 

 そして、彼は手にした。幾万の敵を一振で殲滅し、強大なボスでさえ一刀両断できるほどの力を持った神器『魔剣グラム』を。

 魔剣を手に、彼は心の中で女神に誓う。必ずや魔王をこの手で倒し、世界を救ってみせると。

 

 そして彼は旅立ち、異世界生活が始まった。

 魔剣グラムの力により、レベルが低いにも関わらず強力なモンスターを次々と薙ぎ倒し、あっという間にレベルを上げていくミツルギ。そんな大型ルーキーに、注目は集まらない筈がなかった。

 持ち前の人の良さもあってか、冒険者達からはすぐに受け入れられ、特に女性からは何故か人気を得始めた。

 一ヶ月も経った頃には、彼は新米冒険者から『アクセルの街の切り札』と呼ばれるようなっていた。

 

 そして、仲間もできた。本当に強い奴かどうか確かめると言われて勝負を持ちかけられ、勝負に勝つと仲間になり、優しく接している内に何故か過剰にスキンシップを求めるようになってきた緑髪ポニーテールの戦士、クレメア。

 盗みを働いていた子を捕まえて説教してやると、動けない両親を楽させるために盗んでいたと重い事情を話し、彼女を助けるために自ら動き問題を解決すると、仲間になるどころかクレメアと同じくスキンシップを取るようになった赤髪三つ編みの盗賊、フィオ。

 二人とも、自分が異世界から女神によって転生させられた身だという突拍子もない話を聞いても、自分を信じてついてきてくれた。

 

 更に驚くべきことに、アクセルの街にて、あの女神と再び会うことができた。

 魔剣グラム、クレメアとフィオ、アクセルの街の人々――そして女神。

 大切な仲間と、大切な人と共に、これからも順風満帆な冒険者生活を送るものかと思われた。

 

 その矢先――彼は、とある鬼畜王の所業により魔剣を手放してしまった。

 奪われるどころか売り捌かれ、手の届かないところまで行ってしまった魔剣グラム。そのショックは非常に大きく、彼の冒険者生活を破綻させるには十分過ぎた。

 もう二度と、魔王を倒すための旅に出ることはできない。そう落ち込んでいた時、思いもよらぬ形でチャンスが訪れる。

 

 女神と再会した時、一緒にいた女神の兄――バージルと名乗る冒険者から、勝てば魔剣グラムを返してくれるという、三対一の勝負を挑まれた。

 武器はバージルから渡された両刃剣しかないが、こちらは三人。何より、再び魔剣を手にするためには戦うしかない。ミツルギはこれをすぐさま引き受け、剣を取った。

 手強いモンスターならまだしも、相手は刀と大剣を持った人間。決着も早々に着くものと思われた。

 

 

 が──現実はまるで違っていた。

 

 

 *********************************

 

 

「ハァ、ハァ……くそっ!」

 

 ミツルギは肩で息をし、剣を握る力を強めて前方を睨む。両隣にいるクレメアとフィオも同じく疲れが見えている。

 彼らの視線の先にいるのは、ミツルギ達とは対照的に涼しい顔でいるバージル。

 

 三人は幾度となく攻撃を仕掛けた。一人だけの突撃だけでなく、複数人での同時攻撃もだ。しかしこの男は、彼等の攻撃をものともせず刀で防ぎ、避け、蹴り飛ばしていた。

 

 勝負を始めてから今まで、一切その場から動かずに。

 

「(ようやく思い出した。銀髪に青コート……蒼白のソードマスターか!)」

 

 彼は、駆け出し冒険者なんかではない。ステータス診断で高ステータスを叩き出し、デビューして間もなく特別指定モンスターを狩った超大型新人──蒼白のソードマスターだった。

 アクセルの街で、冒険者達が盛り上がって話していたのをミツルギは思い出し、無名の冒険者だと思っていた数分前の自分を殴りたい衝動に駆られる。

 

「Humph……disappointing(つまらんな)

「舐めるなぁああああっ!」

「クレメア!」

 

 バージルの挑発を受け、怒りを覚えたクレメアは突撃する。一人では危険だと判断したミツルギも、後を追うように走り出した。

 クレメアは『身体強化』スキルを用いて自身の俊敏性を高める。一気に加速し、勢いのまま片手剣をぶつけたが、バージルは容易く刀で受け止めた。

 続けざまに攻撃し、後から来たミツルギも加わって二対一に持ち込むが、それでもバージルに傷を与えることはできなかった。

 

「遅いな」

「ぐあっ!」

 

 しばらく二人の攻撃を受けていたバージルは、飽きたようにミツルギの剣を弾く。ミツルギが体勢を崩している内に、バージルはクレメアの攻撃を受け止め、彼女を蹴り飛ばした。

 クレメアは草原の上を転がっていく。バージルはそれを一瞥してからミツルギに視線を移す。クレメアを心配しながらも、ミツルギは負けじと睨み返した。

 

 バージルの背後に忍び寄るフィオを、決して見ないようにしながら。

 クレメアとミツルギによる猛攻撃でバージルの注意を引きつけている間、フィオは『潜伏』で気配を消し、彼の背後に回っていた。彼等のコンビネーション攻撃のひとつである。

 バージルがフィオに気付いている素振りは見られない。フィオは息を殺し、腰元に据えていた短剣を逆手に持ってバージルの背中めがけて斬りかかった。

 

 が、バージルは振り返ることなく背中へ刀をまわしてフィオの攻撃を防いだ。

 

「なっ!?」

「気付かないとでも思ったか?」

 

 まさか防がれるとは思っていなかったのか、斬りかかったフィオ、そして仲間のミツルギとクレメアは思わず声を出して驚く。

 彼女の攻撃を簡単に止めたバージルは、彼女の腹部に蹴りを入れて後方に飛ばした。先程のクレメアと同じく草原を転がったフィオは、苦しそうに咳き込む。

 バージルは再びミツルギを睨む。ミツルギはさっきと打って変わり、彼の睨みを見て思わず尻餅をつきそうになっていた。

 

 まだコンビネーション攻撃のバリエーションはある。しかしどれも容易く受け止められる未来しか見えない。

 バージルは、最初に立っていた場所から一歩も動いておらず、背負っている大剣も一切抜いていない。刀もこちらの攻撃を防ぐ時にしか使っておらず、蹴りでしかダメージを入れていない。

 つまり、相手は一度も本気を出していないのだ。

 

「どうした? もう終わりか?」

 

 ミツルギを睨んだまま、バージルは挑発する。何とか形成を逆転させたいとミツルギは頭を働かせるが、何一つとして打開策は思いつかない。

 仲間が痛みに苦しむのを見てか、バージルを相手に何もできずにいる自分の無力さを痛感してか。意図せずミツルギの口から言葉が漏れた。

 

「魔剣グラムさえあれば……」

 

 直後──ミツルギは自身の腹部に違和感を覚えた。

 フィオとクレメアは目を見開いてこちらを見ている。何をそんなに驚いているのか。不思議に思ったミツルギは、ゆっくりと腹部に目を落とす。

 

 ミツルギの腹には、バージルが持っていた刀が鎧を突き破って深く刺さっていた。

 

「ッ――!?」

 

 そこで初めて自分が刺されていることに気付き、激しい痛みが襲いかかる。

 頑丈な素材で作られた筈の鎧を、ミツルギの身体を抜け、彼の背中から剣先が飛び出している。

 腹部が血で生暖かく感じる。ミツルギは、痛みに耐えながらも顔を上げた。

 

 ミツルギに刀を刺したバージルは、見る者の心を凍らせるような、冷たい目を見せていた。

 

「愚かだな、ミツルギ」

「グハッ……!?」

「――愚かだ」

 

 バージルは刀をさらに深く突き刺す。ミツルギの口から血が吐き出され、腹部から溢れる血と共に草原を赤く染める。

 

「力こそが全てを制する。力なくては何も守れはしない」

 

 バージルは淡々と言葉をかける。彼の言葉を聞いて、腹を刺されている筈なのに、心臓を刺されたかのような感覚に陥った。

 そしてバージルは、目を見開き固まっているミツルギの肩に手を置くと――。

 

「自分の身さえもな」

 

 その手でミツルギを突き飛ばすと同時に、彼の身体から刀を引き抜いた。

 ミツルギは、力なくその場に仰向けで倒れる。辛うじてまだ意識はあるのか、痛みを感じる腹部に手を当てながら、興味が失せた目で自分を見下ろしているバージルを見た。

 

「キョウヤァアアアアッ!」

「そ、そんな……」

 

 草原に倒れ血を流すミツルギを見て、クレメアは悲鳴を上げる。フィオも信じられない、信じたくない光景を目の当たりにし、身体を震わせていた。

 ミツルギの血で赤く染まったバージルの刀。剣先から血が滴り落ちる中、バージルはミツルギを見下ろしたまま口を開く。

 

「貴様はそのまま、仲間とやらを守れず殺されるのを見て、自身の無力さを悔み、嘆きながら死ぬがいい。愚か者にはふさわしい末路だ」

「……ッ!」

 

 彼の言葉を聞いて、ミツルギは思わず閉じかけていた目を見開く。

 バージルは確かに言った。今ここで、自分の目の前で――仲間を殺す、と。

 

「よくも……よくもキョウヤをっ!」

「やめろ……クレメア……!」

 

 怒りのあまり我を忘れたクレメアが、バージルに向かって走り出す。ミツルギは掠れた声で呼び止めるが、彼女には届かない。

 クレメアはバージルに斬りかかる。が、先程とは違って無闇に突っ込んだ攻撃。バージルは横にかわすと、クレメアの腹部に膝蹴りを入れた。更に肘打ちで地面に叩きつける。

 草原の上にうつ伏せで倒れるクレメア。その横に立っていたバージルは、未だ血に濡れた刀の剣先を下に向け――。

 

「ガァアアアアアアアアッ!?」

 

 ミツルギへ見せつけるように、クレメアの右足へ突き刺した。クレメアは稲妻のような痛みにたまらず悲鳴を上げる。

 しかしバージルは無表情のまま刀を抜くと、今度は左足に刀を突き刺した。

 

「アァアアアアアアアアッ!」

「クレ……メア……ッ!」

 

 またも響き渡るクレメアの悲痛な叫び声。それをミツルギは、刺された痛みを伴いながら、彼女を助けられず、ただ見ることしかできなかった。

 しばらくして、彼女の叫び声がおさまる。バージルが左足の次に右腕、左腕を刺したところで、クレメアは声を発さなくなっていた。

 バージルは刀を振り、草原に血を飛ばしてから鞘に納める。次に草原で座り込んでいたフィオへと歩き出した。

 

「あっ、あぁっ……」

「に……げろ……フィオ……!」

 

 このままでは彼女が殺される。ミツルギは声を絞り出して伝えるが、フィオは恐怖のあまりに腰が抜け、立つことができなかった。

 バージルは無言のフィオの前で足を止める。彼女は涙を流して怯えていたが、バージルは気にも止めず手を伸ばし、彼女の首を絞めたまま片手で持ち上げた。

 

「グッ……アッ……!」

 

 地に足がつかず、宙に吊るされたフィオは苦しそうにもがく。バージルの手を叩いても、彼は力を一切緩めようとしない。

 クレメアが刺され、フィオが絞め殺されそうになっているにも関わらず、ミツルギは何もすることができない。

 

「(あの魔剣があれば……!)」

 

 魔剣グラムさえあれば、二人を助け出せる。あの男を倒せる筈なのに。

 幾多のモンスターを狩ってきた、無敵の魔剣がありさえすれば――。

 

「(魔剣グラムが……あれば……?)」

 

 だがその魔剣は、たとえ心の底から願おうとも、運良く神様が持ってくることも、突然ここに現れることもない。

 

「(いや……)」

 

 魔剣グラムがなければ、モンスターを倒す力もない。バージルの言う通り、誰かを守ることもできない。二人を守ることができない。

 

 

「(違う……!)」

 

 が――二人を『守らない』理由にはならない。

 そう考える頃には、既に身体が動いていた。ミツルギは剣を再び握り、傷を抑えながら立ち上がる。穴の空いた鎧から血が流れ落ちるが、彼は構わず前へ歩き出す。

 クレメアは、未だに起き上がる様子を見せない。バージルに首を絞められているフィオも抵抗をやめ、両手を力なく垂らしている。

 もしかしたら、もう手遅れなのかもしれない。しかしそうとも限らない。まだ助けられるのなら――どこまでも自分を信じてついてきてくれた二人を守れるのなら。

 

「(僕が……守るんだ!)」

 

 たとえ――この身が朽ち果てようとも。

 

 

「やめ……ろ」

 

 一歩、一歩とミツルギは歩みを進める。思考はぼんやりしており、視界も霞んでいる。それでもミツルギは真っ直ぐバージルに向かっていった。

 バージルはフィオの首から手を放し、向かい来るミツルギを見る。彼の背後で横たわるフィオは、目を開ける様子を見せない。

 

「これ以上……手を出すな」

「愚かな。力を持たない貴様に、今更何ができる?」

「守る……僕が……守るんだ」

「言った筈だ。力がなくては何も守れはしない、と。魔剣を失った無力な貴様では誰も守れない」

 

 バージルの言葉が、ミツルギに重くのしかかる。

 確かに、今の自分に誰かを守れるほどの力はない。むしろこっちが足でまといになるだろう。

 しかし、それでも――。

 

「それでも……僕が……守るんだぁああああああああっ!」

 

 ミツルギは力を振り絞るように叫び、地面を踏みしめる。腹の傷が一層痛むのを感じながらも、バージルに向かって駆け出した。

 静かに刀を構えるバージル。ミツルギは彼に向かって、力のままに剣を振る。が、その攻撃はバージルにいとも簡単に刀で止められた。

 しかしミツルギは構わず、バージルへ何度も斬りかかる。力む度に傷が痛むが、ミツルギは気合でそれを跳ね除ける。

 彼は全力で剣を振っていたが、その速さは一般冒険者でも難なく避けられるほど。それをバージルは刀で受け止め、弾き返し、ミツルギの身体を斬りつける。ミツルギは痛みに顔を歪ませるが、彼は決して手を止めなかった。

 

「うぉおおおおおおおおっ!」

 

 ミツルギは叫び、全力で斬りかかる。それをバージルは真正面から刀で受け止めた。

 二人のつばぜり合い。交差する剣は火花を散らし、互いに睨み合う。

 

「今の貴様に力は残されていない。なのに何故貴様は剣を振る? 勝てないとわかっていながら、何故貴様は立ち向かう?」

 

 剣を交えながら、バージルはミツルギへ問いかけてきた。どうして自分は剣を振るうのか。力の差をわかっていながら、何故逃げないのか。

 彼の問いに、ミツルギは感情のままに、魂の叫びを放った。

 

「大切な仲間だからだ……! その仲間が……殺されそうになって……黙ってられるわけ……ない!」

 

 ミツルギの剣が、バージルの刀を押し始めた。これにはバージルも驚いたのか、少し目を見開いている。

 

「守るんだ……! 僕が……僕がぁああああああああっ!」

 

 ミツルギは魂の咆哮と共に、バージルの刀を弾き返した。

 バージルの身体がガラ空きになる。チャンスは今しかない。そう感じた時には、既にミツルギは剣をバージルの胴体めがけて振り下ろそうとしていた。

 

「フンッ!」

 

 が――剣は届かず。

 バージルは、今までとは比べ物にならないほどの速さで刀を振るい、ミツルギの剣を弾き飛ばした。

 ミツルギの手から離れた剣は宙を舞い、草原の上に突き刺さる。

 剣を弾かれた勢いで、身体が後ろに傾く。もはや踏ん張る力すらも残っていなかったミツルギは、再び草原の上で仰向けに倒れた。

 

「チクショウッ……!」

 

 今の自分には剣を取りに行くどころか、再び立ち上がる力すら残っていない。最後の抵抗も、バージルには届かなかった。

 目の前には、剥き出しの刃を手に自身を見下ろすバージル。今から、あの刀で自分は無残にも斬り殺されるのだろう。そして、彼の言った通り、自分の無力さを嘆いて死にゆくのだと。

 もはや、意識を保つ力もない。ミツルギは二人を守れなかった自身を恥じ、悔み――暗闇に覆われた。

 

 

*********************************

 

 

「うぅ……」

 

 意識を取り戻したミツルギは瞼をおもむろに開く。目の焦点が合わず瞬きを二、三回して見えたのは、小さな光が点在する夜空。

 上体を起こし、下には緑が生い茂る草原が広がっていたことに気付く。最後に意識を手放した場所と、全く同じ。

 

「生きて……いるのか?」

 

 それとも、既に自分は死んでいて霊体になっているのか。そんなことを考えていた時――。

 

「「キョウヤァアアアアッ!」」

「ゴホフッ!?」

 

 突然、女性の声が耳に入ってきたかと思うと、背後からキツめの衝撃を受けた。あのバージルの蹴りといい勝負かもしれない。

 背中の痛みに耐えながらも、一体何事かと思いミツルギは振り返る。

 

「ク、クレメア? それにフィオも……」

「うわぁああああんっ! キョウヤが生きてるぅううううっ!」

「私達、キョウヤが死んじゃったのかと心配してて……」

 

 そこにいたのは、涙をこれでもかと流して目元を赤くしているクレメアとフィオ。二人とも、バージルに気を失うほどの傷を負っていた筈なのにピンピンしている。

 

 守れなかったと思っていた仲間の姿を見たミツルギは、二人を包み込むように両腕で強く抱きしめた。

 

「キ、キキキキキョウヤッ!?」

「どどどどどうしたの!?」

「……えっ? あっ! ご、ごめんっ!」

 

 無意識に抱きしめてしまったミツルギはすぐさま離れる。突然抱きしめられた時は二人とも慌てていたが、いざ離れられると名残惜しそうな顔に。

 それには一切気付くことなく、ミツルギは彼女達の後方に見知った壁を見つけた。モンスターから街を守るために、囲うように作られたアクセルの街の城壁。

 ここは天国でも地獄でもない。紛れもなく、自分達がいた世界だ。

 

「僕達、死んでいないのか?」

「そうみたい。武器もちゃんと触れるし」

「クレメアなんてあんなに酷い傷だったのに、いつの間にか癒えてるし……ほらっ、キョウヤもお腹刺されたけど、綺麗に塞がってるよ?」

「えっ?」

 

 フィオに指摘されて、ミツルギはようやく自分の傷が綺麗サッパリなくなっていたことに気付く。

 鎧に穴は空き、所々刃の痕が刻まれているが、肌に傷は見当たらず。まるで回復魔法をかけられたかのよう。

 一体誰がと、ミツルギは辺りを見渡す。しかし三人以外誰も見当たらない。

 そう――あのバージルの姿も見えなかった。

 

「……んっ?」

 

 その時、近くに何かが落ちていたことに気付く。

 手に取ってみると、それは空になった瓶が三つ。体力回復や魔力回復の粉を入れる際に使われるものである。

 

「まさか……」

 

 ミツルギは空き瓶を手に持ったまま、アクセルの街を見る。

 彼の頭に浮かんでいるのは、意識を手放す前に見た、最後の光景。

 

 ほんの少し笑みを浮かべ、刀を納めた彼の姿。

 

 

*********************************

 

 

 アクセルの街、正門前。ポツポツと灯りが点っている街へ入ろうとしている男が一人。バージルである。

 バージルは独り正門へ向かっていた時、視線の先に見覚えのある人物を見つける。

 正門の壁にもたれてかかっていた、銀髪ショートにアメジストの瞳を持つ女性――バージルの数少ない知り合いであり協力者、盗賊クリスであった。

 

「おかえり、バージル」

 

 入口手前まで近付くと、彼女は優しい声で出迎えの言葉をかけた。何かハッピーなことでもあったのか、とても嬉しそうに笑みを浮かべている。

 

「知らない三人を連れて外に出るのが見えたから『潜伏』を使って、最後まで見させてもらったよ」

「……チッ」

 

 先程手合わせした盗賊の『潜伏』はレベルが低く、警戒を怠っていなかったので気付けたが、クリスの『潜伏』はレベルが高い上に戦闘外でのことだったので気付けなかった。気にくわないスキルだと思いながら、バージルは街へ入る。

 

「彼に刀を突き刺した時は目を疑ったけど……最初から鍛えるのが目的だったんだね」

「馬鹿を言え。奴が魔剣を扱う者として愚かな姿を晒し続けているのが気に入らんかっただけだ」

 

 後ろからついてくるクリスの言葉に、バージルは反論する。クリス全てお見通しとばかりに小さく笑ったが、すぐに少し怒ったような表情に。

 

「でも、あそこまでやる必要はなかったんじゃないかな? 下手したら死んでたかもしれないよ?」

「奴にはあれぐらいが丁度いい」

「いやでも……まぁ最後は回復してくれたから、私も見なかったことにしてあげるけど」

 

 本来なら冒険者同士の流血沙汰があったとギルドに報告しなければならないのだが、バージルは協力者だからか、今回のことは見逃すとクリスはため息を吐きながら話す。

 

「で、彼はどうだった?」

「弱すぎる。剣の腕はにわか仕込みもいいとこだ。魔剣の力に溺れていたのが容易に想像できる」

 

 バージルの口から出たのはミツルギに対する辛い評価。クリスは思わず苦笑いを見せる。

 

「だが……最後のは悪くなかった」

 

 が、バージルは小さくそう口にして歩を進めた。脳裏に過るのは、ミツルギの悪あがき。

 手加減はしていたものの、彼は一度バージルの刀を押しのけた。彼はがむしゃらに戦い抜いた。仲間を、大切なものを守るために。

 あの時に見せた彼の目、気迫、力を思い出し、バージルは心の中で呟く。

 

「(人間の力……か)」

 

 斬られていない筈の横腹を、右手で抑えながら。

 




ミツルギが格好良くなってもいいじゃない。
また、二次創作SSでは色んな解釈のバージルがいますが、ここでのバージルはこんな感じで進めていこうと思います。キャラ崩壊してるけど気にしない。


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第16話「この協力者達に真実を!」

 太陽は既に山の向こうへサヨナラし、幾つもの家の灯りが一種のアートを描いているアクセルの街。その中心に建つ冒険者ギルドの酒場では、今日も冒険者達が酒を飲みにやって来ていた。

 職員は忙しなく働いており、冒険者の出入りが絶えない。しばらくは賑やかであろう酒場の、隅の席に座るパーティーがひと組。

 

「ふぅ……イケメンを泣かせた金で飲むシュワシュワは格別だな」

「キメ顔で言う台詞ではないと思いますが。まぁ私も、あの男は嫌いだったので構いませんけど」

 

 シュワシュワを堪能していたカズマ。彼の周りにはいつも通りアクア、めぐみん、ダクネスの姿が。

 普段より多く注文しているが、彼等にはミツルギから奪った魔剣を売っぱらった金と、アクアがカツアゲした十万エリスがある。他人の金で食べる飯は旨いとはよく言ったものだとカズマは思う。

 

 横で突っ込んでいるめぐみんも、キッチリ食べる物は食べていた。むしろ誰よりも食べている。ダクネスは程々に。

 そしてアクアは、いつも通りシュワシュワを飲みまくっているのかと思ったが、一杯目のグラスがまだ空いていなかった。

 

「どうしたアクア? お前にしては全然飲んでないじゃないか」

「アクアが節制を覚えるとは、明日は槍でも降ってきそうだな」

「そりゃあ私だって飲みたいけど、めぐみんに禁止されてるのよ。ところでダクネス、今私のことすっごく馬鹿にしなかった?」

 

 アクアの言葉を聞いて、二人はめぐみんに視線を向ける。野菜炒めをリスのように頬張っていためぐみんは、よく噛んで口の中の物を飲み込み、先程とは打って変わって真剣な表情で理由を話した。

 

「実は、私とアクアから話しておきたいことがあるのです。二人にしか話せないので、酔っている間に話を忘れたり、勢い余って大声で話さないよう、アクアにはお酒を控えてもらっていました」

 

 いつになくマジな雰囲気。カズマは空になったジョッキを机に置き、めぐみんの話に耳を傾ける。

 めぐみんは一度酒場内を見渡してから、先程よりも小さい声量で話し始めた。

 

「少し前に起こった地震についてです」

「地震って……三週間前ぐらいに起きたアレか?」

 

 カズマの言葉に、めぐみんはコクリと頷く。

 

 この地域で起こるのは珍しく、街の住民は驚いていたが、高い建物は少なく長い揺れではなかったため、そこまでの被害は出ていなかった。

 

 また地震の際、森林地帯から強大な魔力を感じたと多くの魔法職から報告が上がった。

 ギルドは古城に住み着いた魔王軍幹部のデュラハンが原因ではないかと推測。その頃、魔王軍幹部討伐を目的として派遣された冒険者達が来ていたので、彼等に調査を依頼。

 

 翌日、帰還した騎士隊から報告されたのは、古城の最上階で、魔王軍幹部のデュラハンが何者かに討伐されていたことであった。

 

 思わぬ朗報にアクセルの街は大盛り上がり。また、あの古城はとある領主のものらしく、古城奪還のために冒険者を雇って派遣させていた。それが何者かによって無駄金に終わり、デュラハンを討伐した謎の人物を酷く恨んでいるとか。

 

「多くの魔法職が強い魔力を感じた地震でしたが、当然アークウィザードであるこの私も感じ取りました」

「巷では、デュラハンが魔力を開放して地震を起こし、その拍子に落ちてきた瓦礫に頭を打って死んだのではないかと噂されているそうだが」

「いえ、あの時感じたのはデュラハンとは違う別の魔力でした。魔王軍幹部がかわいく思えるほどの、強大な魔力です」

「魔王軍幹部よりも強そうな人か……」

 

 話を聞いていて脳裏に浮かんだのは、一人の男。

 地震が起きた日にも話した冗談を思い出し、カズマはまさかと思いながらも口にした。

 

「もしかして、本当にバージルさんがやっちゃったとか?」

 

 彼の名前を告げた時、めぐみんはおもむろにこちらを見てきた。その目に驚愕の色は見られない。

 彼女の反応を見て、話の本題を理解したカズマは恐る恐る尋ねた。

 

「……マジ?」

「マジです。昨日、バージルがブルータルアリゲーターと戦っていた時に感じた魔力……規模はまるで違いますが、その質は同じでした。それにバージルが背負っていた大剣からは、あのデュラハンの魔力を感じられました」

「……あっ!」

 

 バージルがどうやって背負っているのかわからない大剣。それを思い浮かべていた時、カズマははたと気付く。あの大剣は、アクセルの街に襲来してきたデュラハンが持っていたものだと。ダクネスも思い出したのか、口に手を当てて驚いている。

 

 めぐみんの話はここまでと思われたが……彼女は未だ真剣な表情を崩さず。むしろ、ここからようやく本題に入るのであった。

 

「カズマ、ここまではあくまで『前置き』です。ではアクア、ここからはお願いします」

「わかったわ」

 

 めぐみんは、今まで黙っていたアクアと語り手を交代する。事前に打ち合わせでもしていたのだろうか、アクアはすぐさま承諾すると、真正面にいるカズマと向かい合った。

 

「お前が話すと全部嘘っぽく聞こえるから嫌なんだけど」

「引っ叩くわよアンタ」

 

 最近は魔王討伐の目標を忘れかけているなんちゃって女神を見て、カズマから思わず本音が漏れる。

 アクアは喉を潤すようにシュワシュワを一口だけ飲むと、めぐみんと同じく真剣な眼差しで話し始めた。

 

「こんな形で私の秘密を話すことになるとは思わなかったけど……めぐみん、ダクネス。私は女神なの」

「……めぐみん、これは反応してあげた方がいいのか? 出だしから子供でもわかる嘘を吐かれたのだが」

「今だけはこの嘘に付き合ってあげてください。でなければ話が進みません」

「このシリアスムードを自前のギャグでぶち壊そうとしているならグーで殴るからな」

「なんで信じてくれないのよ!? あとそんなつもりないから! 私も真剣に話してるんだから!」

 

 出鼻を挫かれ、おまけに二人から女神だと信じてもらえずアクアは半泣きに。いきなり雰囲気ぶち壊しである。

 

「すまないアクア。自称女神であることは一応信じるから、続きを話してくれ」

「だそうですアクア。私も貴方が自称女神なのは一応信じていますので、気兼ねなく続きを話してください」

「ほら自称女神。カワイソーなお前の嘘にわざわざ付き合ってあげてるんだ。さっさと話せ」

「自称女神じゃなくて本物の女神なのー! 今に見てなさいよ! いつか必ず、私が本当に女神だってわからせてやるんだから!」

 

 

*********************************

 

 

 ギャンギャンと騒ぎ立てるアクアであったが、めぐみんが話の続きを促すことで静まった。幸い、周りの冒険者にもいつものことかと怪しまれずに済んだ。

 気持ちが落ち着いたアクアは涙を拭い、続きを話した。

 

「貴方達は天界、魔界、人間界について知っているかしら?」

 

 アクアの問いに三人は小さく頷く。といっても名前を聞いたことはある程度の知識。アクアは念のため、簡単に説明した。

 

「天界は死んだ人の中でも良き働きをした魂と、それを管理する天使、女神が住んでいるわ。人間界は今私達がいる現世ね。そして魔界は、生前悪い働きを行った魂と、悪魔がひしめき合っているクソ溜めみたいなところよ」

「魔界好きな人に怒られるぞ」

 

 説明の中でさりげなく魔界をディスるアクアに、カズマはツッコミを入れる。しかしアクアは悪びれる素振りなど一切見せずに説明を続ける。

 

「で、天界と魔界、天使と悪魔は、謂わば縄張り争いをしているマンティコアとグリフォン。絶対に分かり合えない関係なの」

「わかりやすいようでわかりにくい例えだな」

「あまりに嫌いなもんだから、天使達は悪魔寄りのクズ達には敏感になっているの。敵感知的なアレがね。女神たる私も例外ではないわ」

「で、その女神ことアクア様が地震の時に何か感じ取ったとでも?」

 

 女神であることを強調するアクアが鼻についたため、カズマは皮肉を込めながら尋ねる。

 するとアクアは、まるでここからだと言わんばかりに真剣な顔で答えた。

 

「えぇ、とびっきり強大な悪魔の存在を」

 

 仮にも女神である彼女ですら、強大と言わしめる悪魔の存在。カズマ達は思わず息を呑む。そして、めぐみんとアクアが何を言わんとしているのか、カズマとダクネスは理解した。

 

 魔王軍幹部はデュラハンであり、アンデッド族。つまりアクアが感じた魔力は幹部の物ではなく、幹部を倒したであろう誰か。

 これに、めぐみんの話を照らし合わせたら――。

 

「バージルさんの正体は……悪魔」

 

 カズマの言葉に、めぐみんは静かに頷いた。

 

「でも不思議なのは、お兄ちゃんと一緒にいても悪魔特有の不快感を覚えなかったのよね。そこだけはまだわからないわ」

 

 アクアは疑問を口にするが、カズマはそれを耳に入れておらず独り俯く。

 

 彼女の話は、あまりにも飛躍した話だ。しかしバージルが悪魔だと聞いた時、カズマは妙に納得してしまった。

 

 駆け出しであり、転生特典無しであのステータス。彼が悪魔であるならば説明がつく。

 そして昨日、魔剣の人を腹パンした時に見せた、背筋も凍りつく冷たい目。あれが悪魔の片鱗だとしたら。

 ふとめぐみんとダクネスに目を向けると、二人も俯いていた。顔は見えないが、恐らく自分と同じことを思っているのだろう。

 

 いつか、バージルが悪魔の姿を見せ、自分達を襲うのではないか。

 

「……これで話は終わり。わかってると思うけど、お兄ちゃんに直接言っちゃダメだからね?」

 

 アクアは人差し指を口にあて、カズマ達へ釘を指す。三人が何度も頷いたのを見て、アクアは我慢していたシュワシュワを一気に飲む。

 ダンと机に樽瓶を叩きつけた後、彼女は自慢気な顔で仲間に尋ねた。

 

「どう? これで少しは私が女神だって信じてくれたかしら?」

「そうだな。最初は女神から程遠い、とんだ自堕落女と思っていたが、少しはできるようだ」

「でしょー! さぁ、これを期に私を女神と崇め奉り――」

 

 ――空気が凍った。

 アクアに同調するように話した男の声。カズマの声ではないが、聞き覚えのある声。

 彼等は油のさしてないロボットのように、おもむろに顔を動かす。

 

「悪魔共を貶すのは構わんが、場所は選べ」

 

 腕を組み、いつものしかめっ面で話すバージルを見て、四人は思わず叫びそうになった。

 彼の背後にはクリスもおり、アクアの話を聞いていたのか、驚いた顔でバージルとアクアを交互に見ている。

 咄嗟に口を塞いでいたカズマは手を降ろし、恐る恐るバージルに尋ねた。

 

「……いつから?」

「貴様等が魔王軍幹部について話していた所からだ」

「つまり、アクアの話は?」

「全て聞いていた」

 

 つまり、アクアがバージル悪魔説を唱えていたところをガッツリ耳に入れていたということ。話していたアクアも、まさか本人が気づかぬ内に近づいていたとは知らなかったのか、ダラダラと冷や汗を流している。悪魔感知センサーとは何だったのか。

 もはや言い訳して逃げ出すことなど不可能。どう切り出そうとカズマが必死に頭を回していた時、ダクネスが声を小さめにして口を開いた。

 

「……バージルは、その……本当に……アレなのか?」

 

 ダクネスが隠した部分――それが何を意味するのか、アクアの話を聞いていた者達はすぐに理解した。

 幸い、バージルとクリス以外には聞こえていなかったようで、酒場にいる冒険者達は酒を交わして談笑している。

 彼女の質問を聞いたバージルは、一度酒場内を見渡すと、カズマ達にだけ聞こえる声で言葉を返した。

 

「……ここは人が多い。食事が終わった後、貴様等は外で待っていろ。俺とクリスの食事が終わり次第、人気のない場所へ行く。そこで話すとしよう」

 

 バージルは一方的にカズマ達へ告げると、踵を返して空いているカウンター席に向かっていった。バージルの後ろにいたクリスは、カズマ達とバージルを交互に見つつも、最終的にはバージルの方へ駆け寄っていく。

 酒場は変わらず賑わっているが、カズマ達がいる席だけはしんと静まり返っていた。カズマがほのかに感じていた酔いも、とうの彼方へ飛んでいた。

 

「(……あぁ……終わったかも……)」

 

 バージルは全く表に出していなかったが、多分アレは怒っている。そう感じたカズマは、心の中で死を悟った。

 しかし、もしかしたら怒っていないかもしれない。その僅かな望みにかけながらも、カズマは止めていた食事を重々しくも取り始めた。

 

 

*********************************

 

 ――あの後、終始無言で夕食を取り終えた4人は、バージルの言われた通りギルドの入口で待機した。そろそろ秋が近づいてきているのか、夜風が少し肌寒い。

 15分ほど経ったところで、夕食を取り終えたであろうバージルとクリスがギルドから出てきた。カズマ達がいるのを確認したバージルは、「ついてこい」とだけ言って先頭を歩き始め、カズマ達は言われるがままにバージルの後を追う。

 ギルドから、住宅街から離れて郊外に出た6人はしばらく歩き、1つの2階建ての家に辿り着いた。バージルはノックも何もせず入ったので、カズマ達も黙って中に入る。

 外はレンガで作られていたが、中は木造になっており、2階へと続く階段、奥の部屋へ続く扉もある。

 

「貴様等を家に入れたくはなかったが……仕方がない。ここなら、部外者を気にせず話せるだろう」

 

 バージルはそう言いながら、背中に背負っていた大剣を壁にかけ、いつも持っていた刀を自分の傍にかけた。そして長机の傍にあった椅子に座り、腕を組んでカズマ達を見た。

 まさかバージルの家に行けるとは思っていなかったのか、カズマ達だけではなくクリスまで、落ち着きがなさそうにキョロキョロと家の中を見ている。

 5人が物珍しそうに家の中を見ている中、バージルは自ら話を切り出した。

 

「……で、早速本題に入るが……確か……俺が悪魔か否か……だったな?」

「……ッ」

 

 バージルが確認する形で尋ねた瞬間、カズマ達の視線が一斉にバージルへ向けられる。その中で、ダクネスは応えるようにコクリと頷く。

 全員が固唾を呑んで待つ中――バージルは目を閉じ、静かに答えた。

 

 

「貴様等が懸念している通り、俺は悪魔だ……半分はな」

「……えっ? 半分?」

 

 返ってきたのは、カズマ達が予想していたものと少し違うものだった。

 半分とはどういう意味なのか。カズマが思わず聞き返すと、バージルは懐に手を入れながら話を続ける。

 

「親父は悪魔……母は人間……その間に生まれたのが俺……つまり、悪魔と人間の間に生まれた、半人半魔だ」

 

 自分を半人半魔だと称したバージルは、そう言いながら懐から取り出したものを机の上に置く。一見古びた紙のように見えるが、かなりの性能を持っている、冒険者になくてはならない物――冒険者カード。

 それを見たカズマは、バージルの行動を不思議に思いながらも冒険者カードを手に取り、近寄ってきたアクア達と一緒に見る。

 何故冒険者カードを見せたのかと疑問に思っていたが……とある名前を目にしたところで、カズマはその意味を理解した。

 

 スキル一覧にある――『Devil Trigger(デビルトリガー)』と書かれた文字。

 内容はどういったものかわからない。しかしカズマは、このスキルがバージルの内なる悪魔を引き出すスキルなのだと、直感で理解していた。

 

 カズマはゴクリと息を呑み、恐る恐るバージルに視線を戻す。

 悪魔と人間のハーフなんて、それこそゲームや漫画でしか見たことのない存在だ。それが今、目の前にいる。

 バージルの秘密を知ったカズマは、一層彼に恐怖を抱いた。

 

 何故なら、カズマが日本で見てきた二次元の人外と人間のハーフは――大概、人外の力を暴走させている。

 

 もし、バージルが悪魔の力を暴走させてしまった時、止められる奴などいるのだろうか。魔王軍幹部さえも1人で倒してしまう彼を。

 カズマが独り、バージルに危険性を感じていた時――その横から小さく声が漏れた。

 

「なるほど……確かにあの、人を人として見ていない目は、悪魔にしかできない所業だ……」

「……ムッ?」

 

 声を上げたのは、バージルが自身を半人半魔だと言った時から俯いていた、ダクネス。

 彼女は小さな声でそう呟くと、下を向いていた顔をバッと上げ――。

 

 

「なっ……ならっ! これからはバージルの悪魔的な仕打ちを期待してもいいのだな!?」

「……っ!?」

 

 とてもとても嬉しそうな顔で、ヨダレを垂らしながらそう聞いてきた。彼女の顔を見てバージルは引いた表情を見せ、カズマは呆気に取られる。

 そんな中、ダクネスの両隣にいた人物――めぐみんはキラキラと紅い目を輝かせてバージルを見て、アクアは両腕を組み、何故か納得した顔でウンウンと頷いていた。

 

「やはり……やはりバージルは我が同胞だった! 何か隠された力を抑えているとは常々思っていましたが、まさか悪魔だったとは……! さぞや、日々右腕や目の疼きに苦しんでいることでしょう!」

「そっか、なーんでお兄ちゃんからは悪魔から感じる不快感がないのかなーと思ってたら、人間が混じってたからなのね。納得納得」

 

 2人とも、目の前にいる男が半人半魔だったと判明したにも関わらず、身の危険など微塵も感じていないような反応を見せている。

 反応は違うが、どれも全く危機感のなさすぎる3人を見て、クリスは苦笑いを浮かべ、バージルは呆れたようにため息を吐いた。カズマも、自分だけ怖がっていることが馬鹿らしくなってくるほどだ。

 

「悪魔なら、呪いの1つや2つは持っているのだろう!? なら私にかけてくれ! あのデュラハンがかけた物よりハードコアでバイオレンスでクレイジーな物でも構わないぞ!」

「貴様の期待しているような技は持っていないしするつもりもない」

「バージル! 今度私と一緒に眼帯を探しましょう! バージルに似合いそうな青い眼帯がある筈です!」

「必要ない。戦闘の邪魔になるだけだ」

 

 少し興奮気味に話してくる2人を、バージルはいつものように軽くあしらう。しかし、2人のテンションが収まる様子は一向に見受けられない。

 やがて相手するのもが面倒になってきたのか、バージルが2人から視線を外し、3人の様子を見ていたカズマを見た。

 バージルと目が合ったカズマは、3人のせいで彼に対する恐怖などとうに消え失せた状態で言うのが、正直申し訳ないと思いながらも、控えめにバージルへ尋ねる。

 

「……俺達を襲ったりはしない……ですよね?」

「……貴様だけはまともでいてくれて助かる……」

 

 怖がりながら聞いてくるカズマを見て、バージルは安堵するようにそう呟いた。

 すると、先程まで頷いていたアクアが、バージルを危険視している発言を聞き、ため息混じりに話し出した。

 

「何言ってんのカズマ。お兄ちゃんがそんなことする筈ないわ……けど、悪魔の力が暴走する可能性は否定できないわね」

 

 バージルが自発的に人を襲うことなどする筈はないと、バージルを信じきった意見を話す。余程あのブルータルアリゲーターから守られたことで信頼度がガッツリ上がったのだろう。

 しかし、もしバージルの中に宿る悪魔が意図せず暴れ出せば、人々を傷つける暴徒と化す。その危険性もなくはないと、先程カズマが危惧していたものと同じことを話す。

 アクアを除く5人が黙ってアクアに視線を向ける中、そう話したアクアはカズマからバージルへ顔を向けると、ビシッとバージルを指差し、声高らかに告げた。

 

「だからっ! 女神を代表してこの私がお兄ちゃんを監視するため――!」

「断る」

 

 が、まるでバージルが得意とする居合の如く、バッサリと断られた。

 一刀両断されたアクアは少し固まると……机を迂回し、バージルのもとへ行き彼にすがりついた。

 

「お願ぁああああいっ! もう馬小屋生活は嫌なのぉおおおおっ! 寒くなる前に屋根のあるあったかーい家で住みたいのぉおおおおっ!」

「何故俺が貴様の面倒を見なければならん」

「可愛い妹を見捨てないでよお兄ちゃぁああああんっ!」

「兄ではない」

 

 アクアは泣きながら泊めてもらうよう懇願するも、バージルは意見を変えようとしない。

 本当に女神とは思えない醜態を晒すアクアを見て、呆れ顔を見せるカズマ。しかし、しばらくその様子を見ていた彼は、何か大事なことを思い出したかのようにハッとすると、バージルに話した。

 

「ま、まぁまぁ……俺も、いつまでもアクアを馬小屋にいさせるのは、女の子として色々と良くないと思いますし……ここは1つ、アクアの頼みを聞いちゃくれませんか?」

「……いくら貴様の頼みであろうとも無理だ」

「そう言わずに……ほらっ、普段の貸しを返すと思って――」

「それとこれとは話が別だ」

「むぐっ……」

 

 カズマはアクアを泊めてもらうよう頼むが、それでもバージルは意見を変えない。アクアを気遣うかのように交渉しているのに、アクア達が気色悪い物を見るかのような目でカズマを見ているだけで、カズマが日頃彼女達からどのように思われているのかが伺える。

 しかし、カズマはそんなこと気にせずバージルの傍へ寄ると、お互いにしか聞こえないよう耳打ちで話し始めた。

 

「……いいんですか? 協力関係破棄しちゃっても。あの変態からもう守ってやりませんよ? それでもいいんですか? 変態から追われているのを見ても、俺は知らんぷりしますよ?」

「……確かに、奴に絡まれるのは極力避けたいところだ……」

「でしょ? なら――」

「だが、そこは我慢するしかあるまい」

「えっ」

 

 自分はバージルと、ダクネスから守る代わりに力を貸すという契約を交わしている。その切り札をカズマはここで切ったが、予想外の返しをしてこられ、カズマは思わず声を上げた。

 そこで、カズマは少し冷静になって考えてみる。もし……もし、ここでそのまま契約を破棄したとしよう。バージルにとってはダクネスの脅威に晒される機会が増えてしまうが……デメリットはそれだけだ。バージルの言う通り、我慢するだけで何とかならなくもない。

 では、自分はどうだろうか。バージルをダクネスから守る役目を放棄できるが、ダクネスは自分と同じパーティーメンバー。自分とバージル、標的にされる数は今でも自分の方が多い。たとえ協力関係を破棄しても、自分がダクネスの標的にされることは今後も変わらないだろう。

 それに、アクアもいつも通り自分と馬小屋生活になることに変わりはない。協力関係を破棄すれば、それこそ自分達とは無関係になり、そんなアクアを泊めてといっても、バージルはOKするとは思えない。

 そして、特別指定モンスターや魔王軍幹部をソロで倒せるほどの、悪魔の力を持ったバージルという、これ以上ない助っ人がいなくなってしまう。これは非常に大きな損失だ。

 

 

「……すみません、今の話はなかったことに」

「賢明な判断だ」

 

 どちらが引き下がるかは明白だった。

 

「(クソッ、ここでアクアを本格的に擦りつけられると思ったのに……いや、焦るな佐藤和真。まだチャンスはある筈だ。じっくりと機会を待つんだ)」

「(この女を俺に当てつけるつもりだったろうが、そうはいかん。いくら貴様と言えど……な)」

 

 

*********************************

 

「なんで!? なんでお兄ちゃんが悪魔だってことは信じるのに、私が女神だってことは信じないの!?」

「大丈夫だ。わかっている。わかっているさアクア。君は正真正銘の女神だ」

「まさか事前にバージルが悪魔だと調べておいて、あたかも自分が女神の力を使って見抜いたかのように演出するなんて……流石、女神を自称するだけのことはありますね」

「信じてないでしょ!? それ明らかに信じてないわよね!?」

「もう諦めろ駄目神。自称女神であることは信じてもらえたんだから。あっ、お邪魔しましたー」

 

 しばらく時間が経ってから、アクア達はやいのやいのと騒ぎながらバージルの家を出る。最後の最後まで騒がしい連中である。

 残ったのは、未だ椅子に座っているバージルと、猛抗議をするアクアを見て苦笑いを見せるクリス。

 扉が閉まり、少ししてアクアの声が聞こえなくなった後、クリスは腰に手を当ててため息を吐く。

 

「にしても……まさかバージルが半人半魔だったなんてねー……でも納得かな。君の抜刀術と、ドラゴンと戦ってた時の動き。アレ絶対人間やめてるって思ったもん」

 

 バージルが半人半魔だと判明した時、クリスは終始黙っていたが、カズマと同じように恐怖を覚えていたわけではないようで、独り納得したように呟く。

 その中で、クリスはチラリとバージルを見るも、彼は扉の方を向いたまま黙っている。クリスは横目でそれを確認すると、バージルに聞こえるよう声をかけた。

 

「それじゃ、アタシも帰ろっかな。明日からもよろしくね、バージル」

 

 あまり深く聞くべきではないと思っているのか、特に悪魔については聞こうとはせず、クリスはそれだけ言ってバージルの家から出ようと動く。

 ぐーっと両腕を上に伸ばすと彼女は笑ってバージルに手を振ってから、外へ出ようと扉に向かって歩き――。

 

 

「待て」

「……?」

 

 扉に手を掛けた時、ずっと黙っていたバージルがクリスを呼び止めてきた。

 クリスは扉から手を離し、クルリと後ろを振り返ってバージルと目を合わせる。

 

「貴様にはまだ用がある」

「アタシに? ……ま、まさか!? 自宅に連れ込んだのをいいことに、アタシにあんなことやこんなことをするつもりじゃ……!?」

 

 バージルにそう言われ、クリスは不思議そうに首を傾げる……が、しばらくすると何か察知したのか、自分の身体を守るかのように肩へ手を回し、怯えた顔を見せる。

 対してバージルは、あんなことやこんなことに全く興味がなさそうな顔でジッとクリスを見つめると、少し間を置いてから口を開いた。

 

 

 

「俺は奴等に真実を話した……そろそろ貴様も、隠し事をするのはやめたらどうだ……女神」

「……ッ!」

 

 まるで――相手のことを全て見透かしているかのように。

 バージルに女神だと呼ばれたクリスは、口を閉じて黙っている。

 黙秘するつもりだと捉えたのか、バージルはクリスを睨んだまま、クリスを女神と称したその理由を話した。

 

「初めて貴様と出会った時から、貴様に違和感を覚えていた。他の人間とは違う……妙な力を貴様は隠していた。そして……俺をこの世界に送った女神、それとアクアからも微量だが、同じ力を感じた」

「ッ!」

 

 バージルの推測を聞いたクリスは、酷く驚いた素振りを見せた。目は見開き、声を上げそうになったのか口を手で隠している。バージルの推測が当たっているか否かは明らかだった。

 クリスの正体を暴いたバージルは、今まで以上に鋭い目でクリスを睨む。それは、バージルがクリスと初めて出会った時と同じ、怪しい動きを見せれば殺すと警告するかのような――敵を見る目。

 その目で見られたクリスは、少し寂しそうな顔を見せると、扉から離れてバージルに近付き、机越しに彼の正面に立つ。

 

「……これでも、バッチリ隠したつもりだったんですけどね」

 

 そう呟いた瞬間、クリスの身体が暖かい光に包まれた。バージルは特に動こうとはせず、しかし警戒は解こうとせず、横にかけていた刀を握り、黙って目の前にある光を見続ける。

 次第に光は弱まっていき――光の中から、1人の女性が現れた。

 先程までクリスが着ていた露出度の高い衣装と打って変わり、長袖に膝下まで隠されたスカートという露出度の低い、白と明るい紺色でデザインされた衣装に包まれ、獣耳のような物がついているベールで頭を隠し、そこからはクリスと同じ銀髪だが、腰より下まで伸びた長髪が見える。

 そして――姿はまるで違うものの、クリスと全く同じ顔を持っていた。

 突如、目の前に現れた神聖な雰囲気を纏う女性は、クリスと同じアメジストの瞳でバージルを見ると、手を前に組んで軽くお辞儀をし、口を開いた。

 

 

「初めまして、バージルさん。私はこの世界で亡くなった魂を導く女神……エリスです」

 

 お辞儀をして顔を上げた彼女――エリスはそう名乗り、ニコッと微笑んだ。

 女神エリス――この世界では知らない人はいないであろう、国教にもなっている女神。

 慈悲深く、そして愛に満ち溢れた女神と言い伝えられており、数ある女神の中でもダントツに信者の数が多い。

 クリスの正体が女神なのは勘付いていたが、まさか1番メジャーな女神エリスだとは思っていなかったのか、バージルは少しだけ驚いた。

 

「ほう……まさか女神エリスだったとはな。で、何故貴様は女神であることを隠し、俺に近づいた?」

 

 バージルは椅子に座ったまま、エリスに問いかける。

 彼女が真の姿を見せた瞬間、彼女の力が飛躍的に上がった……が、それでも自分より力は劣る。戦闘になっても、力だけ見れば確実に勝てるだろう。

 しかし、相手は悪魔の対となる存在……その中でも上位に位置する女神だ。悪魔では抵抗できない、予期せぬ力で消しにかかる可能性もある。バージルは刀を握る力を強め、エリスの言葉を待つ。

 するとエリスは、前に手を組んだまま、決してバージルを襲う素振りは見せず答えた。

 

「……貴方がこの世界に来た時、私は貴方を送った女神から、貴方に関する情報を見させていただきました……人間界を救った英雄、伝説の魔剣士の息子でありながら、魔界を開き、人々を混沌の渦に巻き込んだ大罪人……バージル」

「……」

 

 エリスは決してバージルから目を逸らさず、彼を真っ直ぐ見つめたまま話す。

 伝説の魔剣士、そして大罪人という言葉を聞き、バージルは少し眉を潜めるも、彼女の話を黙って聞き続けた。

 

「本来なら、そのような大罪人は問答無用で地獄に送る……そう、天界規定で決められていた筈なのに、あの人はどうして天界規定を無視してこの世界に送ったのか……それを知るために、そして貴方が不審な行動を起こさないよう監視するため、貴方に近づきました」

「俺と協力関係を結んだのもその為か」

 

 エリスは、少し間を置いてからコクリと頷く。

 

「その中で、貴方の力をしかと見させていただきました……悪魔の力も……」

「……ベルディアとの戦いも見ていたか」

「……はい」

 

 あの戦いをのぞき見していたのかと聞くと、エリスは申し訳なさそうに俯きながら答えた。

 悪魔の力――バージルがデビルトリガーを引いた姿を、彼女は見たのだろう。

 ならばわかっている筈だ。如何にバージルが強く――危険な力を持っているのかを。

 

「貴方の力は……強大です。もし貴方が魔王軍に寝返ったらと思うと……ゾッとします」

「フンッ、ならば今の内に地獄へ送るか?」

 

 流石の女神でも、あの悪魔の力には恐怖を覚えていたのか、エリスは怯えたように話す。

 彼女が話したように、バージルが魔王軍側につきでもしたら、この世界は三日と経たない内に魔王に支配されるだろう。

 それを止める方法は1つ。バージルが魔王軍へ寝返る前に、彼をこの世界から追放すること。

 きっとエリスは、それを最終目的としているのだろう。そう考えていたバージルは、エリスを挑発するかのように自ら案を出す。

 バージルの言葉を聞いたエリスは、下唇をキュッと噛むと、俯いたまま言葉を返した。

 

「……そう……ですね。確かにそれがいいのかもしれません……しかし、そのためにはまだ、知らなければならないことがあります」

「……?」

 

 悲しそうに、そして寂しそうにエリスが話した言葉を聞いて、バージルは不思議に思いながらエリスを見つめる。

 てっきりエリスは、自分を地獄に送る気満々でいるのかと思っていたが、どうにも今の彼女を見て、そうは思えなくなってきた。

 話が予想と外れた方向に行き始めたことを疑問に思うバージルを他所に、エリスは小さく深呼吸をして顔を上げる。

 薄暗い空間の中で光る、アメジストの瞳にバージルが映し出される中、彼女は口を開いた。

 

 

「貴方の話を……聞かせてくれませんか? 貴方がどのように生きたのか……最初から最後まで……貴方の口から、聞きたいんです」

 

 あの世界で、バージルは何を見、何を得、何を失ったのか――エリスは澄んだ瞳でそう尋ねた。

 沈黙する2人――この空間が少しの間静寂に包まれた後、彼女の願いを聞いたバージルはおもむろに口を開く。

 

「……いいだろう」

 

 どういう目論見かはわからないが、バージルは敢えてエリスの願いを聞き入れてやった。彼は腕を組み、刀を持ったまま両目を閉じる。

 そして、彼はポツポツと語り始めた――元いた世界で――悪魔が潜むあの世界で繰り広げた――バージルの物語を。

 




こんな感じで終わってますが、1回番外編挟みます。


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Secret episode1「Eris and Vergil ~慈愛の女神と悪魔の子~」★

 ――いつもと変わらない朝を迎えた日のこと。

 今日も平和な1日でありますように、と願ったのも束の間――まるでその願いを全力で跳ね返した挙句ぶつけてくるかのように――それは突然やってきた。

 

 

「……な、な、なっ……!?」

 

 白と黒の市松模様が広がる床に、天井も壁もない薄暗い空間。そこの一部分だけ明るい場所で、白い椅子に座っていた1人の女性。

 彼女は1枚の紙を持ち、それを酷く動揺した様子で見つめている。そして紙に書かれている内容を、誰が聞いているわけでもないのに、彼女は声を震わせて読み上げた。

 

「魔界の王を封印した英雄……人間を愛した悪魔の息子でありながら、人間を何人も殺し、魔界の門を開いた大罪人……えっ……えぇええええっ!?」

 

 銀色の長髪にアメジストの瞳を持つ女性――エリスは大声を出して驚いた。

 

 

*********************************

 

 女神エリス――天界で『女神』として生まれた彼女は、とても温厚で慈悲深い性格の持ち主で、それは心体共に成長し、女神としての仕事を本格的に始める頃になっても変わらなかった。

 女神は、各々が様々な世界に配属され、そこで死んだ者の魂を導くのが主な仕事。エリスも例外に漏れず、とある世界に配属された。

 

 そこは『魔王』と呼ばれる邪悪なる者が人間界の支配を進めており、それに対抗するべく人間の冒険者達が戦っているという、中世ファンタジーのような世界。

 余程被害が甚大なのか、この世界の人口減少を危惧した天界が、この世界へ異世界からの転生をさせるという特例も出されていた。

 きっと、魔王軍の手によって常に死者の絶えない、過酷な世界なのだろう。話を聞いて心を痛めながらも、エリスは「志半ばで死を遂げた冒険者達の傷を少しでも癒せたら」と意気込み、その世界に旅立った。

 

 ……が、ビックリするほど仕事が来なかった。魂を迎える場で暇を持て余し、本当に魔王はいるのかと思ってしまうほどだ。

 しかし、だからといって決して仕事に手は抜かない。死者の魂が訪れれば、その魂としっかり向き合い、祝福を送っている。

 魂を導く仕事に加え、転生者のチェック、とある世界から転生された者の手から離れたチートアイテム、もとい『神器』の回収。

 仕事は多いが、彼女は文句も言わず上から任された仕事をキッチリこなしていった。

 

 ――それから時が経ち、彼女がその世界で国教として崇められ、その世界での信者数ナンバーワンになり、順風満帆な女神ライフを送っていた――そんな時だった。

 

 長い間連絡を取っていなかった先輩から、突然エリス宛に連絡が来た。何事かと思い連絡を受けると、先輩は「そっちの世界に魔王を討つ可能性を秘めた男を送るから」と言って、1枚の紙を送ってきた。

 先輩は相手をおちょくるのが好きな人だが、嘘は吐かない。一体どんな転生者なのだろうと、エリスはいつも通り転生者の情報が書かれた紙をチェックし――言葉を失った。

 

 本来なら、天界規定によって即刻地獄に送られる筈の大罪人――その男をこの世界に転生させたのだ。

 少しばかり感じていた眠気もどこへやら。エリスは驚きのあまり金魚のように口をパクパクさせている。

 と、その時、彼女の左側にあった机から光が漏れ出した。それを見たエリスは、すぐさま机の引き出しを開け、中に入っていた手鏡――今天界で流行中の通信道具を手に取った。

 彼女は両手で持ち、手鏡を見つめる。鏡にエリスの顔は映っておらず、代わりに彼女とは別の――黒いショートヘアの先輩女神が映し出された。

 

「さっき話した通り、そっちの世界に彼を送ったよ。後のことはよろしくね」

「よろしくねじゃありませんよ! なんってことをしてくれたんですか!?」

「おぉ、怒ってる怒ってる」

 

 平然とそう言ってのけた先輩に、エリスは青ざめた顔で怒りをぶつける。

 先輩はそれでも楽しそうに笑っていたが、エリスはお構いなく話を続けた。

 

「魔王を討つ可能性を秘めた男を送るからって聞いたので、先輩から転送された彼の資料を拝見しましたが……とんでもない大罪人じゃないですか!? しかも半分とはいえ悪魔だなんて……! 現世で数多くの人を殺した大量殺人鬼や、人々を混乱に陥れた大罪人は、問答無用で地獄に送る! 天界規定で決められているんですよ!? 忘れたのですか!?」

「勿論知っているよ。伊達に何年も女神やってないからね」

「だったら何故!?」

「面白そうだったから」

「はい!?」

 

 どうしてこんなことをしでかしたのか。その理由を尋ねると、先輩は予想外過ぎる答えを返してきた。

 

「だって、あの魔剣士スパーダの息子だよ? って、君は知らないか……スパーダは、僕の担当する世界で知らない者はいなかった。君の世界で言うなら、魔王以上に超有名で力を持った男だよ。そんな彼の息子を、ただ地獄送りにするのは勿体無いし面白くない。だから面白くなるように、君の世界に転生させたんだ。未だ進展のない君の世界に、僕自ら刺激を与えたってわけ」

「そんな理由で――!?」

 

 それっぽい理由を述べてはいるが、要は先輩が気まぐれで大罪人を送ったということ。

 そんなことでこの世界が危機に晒されるなんて、はた迷惑もいいところである。

 

「刺激があるから人生は楽しい。君も、彼という超イレギュラーな男と出会って、退屈な女神生活に刺激を与えるといい。丁度、君は別任務でちょくちょくその世界に降りることがあるんだろう? 良い機会じゃないか」

「私としては即死級に強すぎる刺激なんですけど!? 既に体力7割以上持っていかれたんですけど!?」

「3割も残っているならいいじゃないか。残りの体力で頑張ることだね。それじゃあ、彼のことは任せたよ。上げ底女神さん」

「上げ底言わないでください!」

 

 しかし、先輩は反省する様子を一切見せず、楽しそうに笑ってそう話す。

 ちゃっかり弄られたくないところを弄られて、エリスは思わず言い返すが、先輩からの言葉は返ってこない。手に持っていた手鏡も、先輩ではなく自分の顔を映し出していた。

 エリスはすぐさま手鏡に念を送り、先輩に繋げようとする。しかし、いつまで経っても先輩の顔が映し出されることはない。

 無視されていると悟ったのか、エリスは静かに手鏡を机上に置くと――今にも泣きそうな顔で頭を抱えた。

 

「ど……どうしよう……!」

 

 

*********************************

 

 ――先輩が大罪人を送ってから1日経ったが、まだこの世界に異変は起きていない。いくら大罪人といえど、転生してすぐ問題を起こすとは思えないが、それでもエリスは心中穏やかではなかった。

 そんなに心配なら監視すればいいじゃあないかと思うだろうが、女神とて万能ではない。下界にいる特定の人物を、天界から四六時中監視するには多くの魔力が必要となる。

 彼女の魔力ならば問題なくできるが……彼女には下界に残された神器を回収する仕事もある。いざ仕事の時間になった時に疲れていては、仕事が捗らない。

 

 また、彼女が心底不安に思っているのは、彼が大罪人だからだけではない。彼は、半分だけとはいえ悪魔なのだ。悪魔は総じて悪、滅ぶべき存在だと断定している彼女にとっては、自分の愛する世界に悪魔がいるのは看過できることじゃない。

 今すぐにでもその者のもとにいって消し去ってやりたいとこだが、残念ながらそうはいかない。相手は、魔界を統べる者を封印するほどの力を持った悪魔の息子。たかが女神1人で手に負える者ではないだろう。

 事が事なので、彼女は創造神にもこのことを相談した。しかし創造神は「見守れ」とだけしか言ってくれなかった。

 

「ハァ……ホント、どうして先輩はこんなことを……」

 

 エリスはため息混じりに呟く。が、愚痴ったところで何かが変わるわけでもない。

 もう嘆いていても仕方ないと思ったのか、エリスは頭をブンブン振ると、パンパンと両手で自分の頬を叩く。

 

「さて! お仕事お仕事! まだ魂の導きはないみたいですし……神器回収の続きをしますか」

 

 気を取り直し、エリスは仕事をしようと動き始める。今やるべき仕事を決めたエリスは、白い椅子から立ち上がり、数歩前に出る。

 そして上を向くと、上空には眩い光が、彼女の足元には青い魔法陣が現れた。彼女はフワリと浮き上がるとグングン上昇していき――光の中へ消えた。

 

 

*********************************

 

 

 一般の駆け出し冒険者からは高難度だと言われ、チート持ちの異世界転生者からは詐欺ダンジョンだと憎まれ、多くの冒険者から避けられているダンジョン、修羅の洞窟。元は、2人の冒険者が『楽に経験値を稼ぐ』ために作られたダンジョンだった。

 洞窟の構造をそのままに作り、モンスターの出現には『登録したモンスターを魔力を使って出現させる』神器を使用。そして、討伐されたモンスターの魂は討伐者の経験値に……はならず、『魂を使用者に吸収させる』神器によって、神器使用者のもとへ送られる。こうして、自分が苦労することなく、経験値を稼ぐことができるのだ。

 

 しかし、重大な欠点が1つ。それは神器を使える者は神器を与えられた者のみ。つまり、経験値を得られる者は『魂を吸収する』神器を持つ者だけだった。ダンジョンが完成するまでその仕様を2人は知らなかったのか、事実が判明した時に2人は揉め合いに。その流れでダンジョン内にあった高い崖から落ち、2人とも死亡してしまった。

 

 結果、このダンジョンには誰もいなくなり、残るは主を失った神器が二つ。神器は使用者以外が使う、また使用者が亡くなると効果が半減される仕組みになっている。『登録したモンスターを魔力を使って出現させる』神器は『登録したモンスターを魂を使って出現させる』神器に、『魂を使用者に吸収させる』神器は『魂を近くの物に吸収させる』神器となった。

 そして、二つの神器は偶然にも噛み合い、討伐されたモンスターの魂は討伐者の経験値とならず神器に渡り、それを媒介として新たなモンスターを生み出す。こうして、修羅の洞窟は永遠にモンスターが出現する、経験値の入らない誰得ダンジョンとなったのだった。

 

 今や誰も入ろうとしない修羅の洞窟。その中で、眩い光が放たれる。光の中から現れたのは、露出度の高い服でありながらも、短い銀髪にアメジストの瞳を持つ女性――盗賊クリスに姿を変えたエリスが、ここに眠る二つの神器を回収するため、下界に舞い降りた。

 国教にもなっている女神が街人に発見されたら大パニック間違いなし。だからこそ、こうして仮の姿で降りる必要があった。もっとも、下界に降りようと決意したのは別の理由があり、ちゃっかり口調を変えたりして盗賊クリスを演じて冒険するのを、わりと楽しんでいるのだが……。

 

「さってと……続きを始めようかね」

 

 エリスは軽く準備運動をしてから、洞窟内を歩き始める。

 彼女が下界へ降りる場所は、前回下界に降り、最後に天界へ戻った場所になる。ボス部屋手前で一端天界へ戻れば、次下界に降りる時はボス部屋の前となる。

 つまり、彼女はいつでもどこでも途中退場(セーブ)することができ、途中退場(セーブ)した場所から再開できるのだ。それは、途中で抜け出したらまた最初から攻略を進めなければならなくなる、修羅の洞窟も例外ではない。

 エリスは松明に火をつけ、盗賊スキルの『潜伏』と『敵感知』を使い、慎重に洞窟内を進んでいった。

 

 

*********************************

 

 ――修羅の洞窟、最深部。現在は特別指定モンスターが出現していると言われている場所。

 そこの入口でエリスは身を屈め、最深部にあった大広間をジッと見つめていた。

 

「ギュオオオオオッ!」

 

 大広間にいたのは、最深部にいると噂されていた特別指定モンスター、雷を操る天色の鱗を持つ巨大なドラゴン。

 

「――This may be fun(楽しめそうだな)

 

 そして、そのドラゴンとたった1人で戦っていた、初めて見る武器を身に付けている――銀髪青コートの男。

 1人と1匹による戦いを、クリスは黙って見守り続ける。その視線は、常に青コートの男に向けられていた。

 それもその筈。今まさに、ドラゴンと戦っている男こそ――先輩が異世界から転生させた、大罪人なのだから。

 

「……ッ」

 

 エリスは最深部で繰り広げられている戦いを見て、思わずゴクリと息を呑む。

 まさか、こんなに早く大罪人をエンカウントするなんて思ってもみなかったが、それよりも驚いたことが1つ。

 

「(ていうか……強過ぎません?)」

 

 大罪人が、常識外れのパワーとスピードを見せていることだった。

 しかしそれもその筈。彼は――伝説の魔剣士と呼ばれる悪魔と1人の人間から生まれた――半人半魔なのだから。

 が、いくら魔界の王を倒せるほどの悪魔の力を持っているとはいえ、高レベルの冒険者を一瞬で塵にするほどの力を真正面から受けても無事だなんて、ぶっ壊れもいいとこだ。

 

 やはり、彼の力は危険だ。もし彼が災厄を起こしてしまえば――冒険者は勿論のこと、下手したら魔王ですら手に負えなくなる。

 彼の父親は、資料を見るに人間の味方をしたそうだが、結局は悪魔。悪魔は例外なく滅ぶべき存在と考えている彼女には、彼が魔王を倒す勇者になってくれるとは到底思えない。かといって自分だけでは消すことはできない。

 ならばここは戦闘を避け、創造神の仰せの通りに、女神たる自分が責任を持って監視しなければ。そう考えていた時――ふと、彼女の頭に1つの案が浮かびあがった。

 

「(……ふむ。監視ついでに、神器回収も手伝わせてみますか)」

 

 彼の力を利用して神器回収を手伝わせる。そしてそれを口実に近づき、彼をある程度監視する。まさに一石二鳥だ。

 その中でもし彼が不審な動きを見せたら即消滅……はできそうにないので、どうにかして封印するとしよう。

 そこまで考えたエリスは、次にどうやって彼を神器回収に協力させるかを考える。ここは1つ、何か彼に貸しを作らせて……。

 

「(……彼が転生者なら、恐らくこの世界についての知識は皆無の筈。よし、これを使いましょう)」

 

 その方法を決めたエリスは、よしっと独り意気込んで前を見る。

 既に、彼はドラゴンを地に伏せており、今にもドラゴンにトドメを刺そうとしていた。

 そして、彼が浅葱色の剣を手にしたところで、エリスは潜伏スキルを使って飛び降り、殺意を抑えて背後から彼に近付いた。

 

 

 ――そして、紆余曲折ありながらも、計画通り彼と協力関係を結ぶことに成功した。出会い頭に大量の剣を向けられた時は、表には出しておらずとも泣きそうになったが。

 洞窟から抜け、ギルドにクリアの報告を伝えた後、彼女は男と別れ、街の中へ消えていく男の背中を見ながら呟く。

 

「……大罪人の貴方が、この世界にどのような影響をもたらすのか……見させてもらいますよ」

 

 異世界の大罪人――バージルを見て。

 

 

「……ってあぁっ!? 神器回収するの忘れてた!?」

 

 

*********************************

 

 

 ――それからエリスは、バージルとお宝探しに出向いた。

 予想していた通り、バージルの力は凄まじいものだった。道中のモンスターは軽く屠りたとえ優に百を越えるコボルトに囲まれても、一切の傷を負わず蹴散らした。

 勿論、もう1つの目的であるバージルの監視も忘れてはいない。女神として、彼の行動を注視している。

 しかし――その日、彼女の中に疑問が生じる。

 

 その原因の1つは――ダンジョンに向かう道中、運悪く山賊に絡まれた時。

 

 

「おうおうテメェ等っ! 生きてここを通りたけりゃあ、金目のモンは置いていきな!」

「抵抗するなら俺のナイフでズタズタに――おぉ? こりゃあいい姉ちゃん引き連れてんじゃねぇか……」

「こりゃあいいモン見つけたぜ……真っ平らなのがちと不満だが、最近溜まってっからな。この際文句は言うまい」

 

 山賊の3人が、クリスの姿に扮したエリスの身体を舐めまわすように見て、ジワリジワリと近づいてくる。

 ガタイのいい男3人が相手だが、こちとら何度も危険なダンジョンに潜ってお宝を探してきた盗賊だ。

 それに、気にしているところをため息混じりに言われてカチンときたので、スキルを使って3人を軽く捻ってやろう。

 そう考えたエリスは姿勢を低くし、いつでも動けるように構えた――その時だった。

 

「……? バージル?」

 

 山賊が絡んできた時から、彼女の横でずっと黙っていたバージルが、静かにエリスの前に出た。

 エリスと自分の間に入ってきた男を見て、真ん中の山賊が機嫌悪そうにバージルへ怒号を放つ。

 

「あぁん!? テメェに用はねぇんだよスカシ野郎! 邪魔するってんならテメェもっ――!?」

「「――っ!?」」

 

 ――が、バージルが彼の腹にパンチを1発入れたことで、その山賊は口を閉じた。

 彼は苦しむ素振りも見せることなくすぐに気絶し、その場にうつ伏せで倒れる。

 これには両隣にいた山賊も驚き、体格差のある男を腹パン1発で仕留めたバージルを奇怪な目で見ている。

 

「……失せろ」

「「ヒ……ヒィィィィィッ!?」」

 

 一声、バージルが警告を放った途端、残った2人の山賊は酷く怯えた声を上げ、バージルの前でのびている山賊を2人で引きずり、逃げるようにこの場から去っていった。

 山賊が見えなくなったところで、バージルは小さくため息を吐き、エリスに声をかける。

 

「……無駄な時間を食った。さっさと行くぞ」

「あっ……うん……」

 

 

 彼は――決して人を殺さなかった。

 モンスター相手には容赦のない攻撃で命を狩り取るが……人間相手だと、手は上げるものの、決して一線を越えようとはしなかった。

 その姿は、先輩女神から渡された資料とはまるで違っていた。資料には『悪魔だろうと人間だろうと、邪魔をする者は全て斬り伏せる』と記されており、彼が生前に殺した人間の数もかなり多かった。

 なのに、この世界に送られてきたこの大罪人は、決して罪を犯そうとしなかった。

 

 もう1つは――ダンジョンから脱出していた時。

 

「バージル! 出口が見えたよ!」

 

 崩壊するダンジョンから脱出するために、クリスとバージルは階段を上る。

 進む先に出口を確認したクリスは、急ぐ気持ちが出たのか、バージルを追い越そうと速度を上げる。

 

「ッ! しまっ――!?」

 

 が、その足を止めるように、クリスの足場が崩れ落ちる。

 突然のハプニングに、冒険者なら焦る場面だろう。しかしこれも経験済みだったクリスは、腰元に据えていたロープへ片手を伸ばす。

 

 

 ――とその時、彼女の手が誰かに握られた。

 

「……えっ?」

 

 クリスは顔を上げ、握られた手を見る。

 この場でクリスの手を握り、助けられることができる人物など1人しかいない。

 

「……」

 

 クリスと共にダンジョン探索に来た男――バージルだ。

 彼は無言で彼女を引き上げると、すぐさま出口にむかって走り出す。

 クリスも慌てて走り出し、彼の後を追う。

 

「(……何故……?)」

 

 ――大罪人である筈なのに、彼は人を助けた。

 生前、彼は多くの人を殺し、混乱に陥れたというのに。

 そんな男が、咄嗟に自分を助けてくれたことが信じられなかった。

 

 資料とはどこか違う――そんな大罪人の姿を見て、エリスは疑問を抱いていた。

 

 

*********************************

***

 

 そんな彼女のもとに――1つの機会が訪れる。

 それは、ダンジョンから脱出した後、道中で出会った冒険者と野宿を共にすることになった夜。

 

 

「安心して。貴方達を傷付けるつもりはないわ」

 

 ダストのパーティーメンバーであるリーンと一緒に小川へ行っていた際、オークに接近を許されてしまい、リーンを拘束されてしまった。

 エリスは即座に身構えるが、現れたオークは安心させるようにそう話す。

 

「……どういうこと?」

「ちょっとばかし、私達の『趣味』に付き合って欲しくってね。この子を拐わせてもらうわよ。大丈夫、絶対に危害は加えないし、食べるつもりもないわ」

 

 オークは余裕のありそうな笑みを浮かべ、リーンを拐おうとしていることと、その目的を話す。

 彼女等オークが言う趣味――それは、男。性欲に溢れた雌のオークは、種族など関係なしに男達を性的な意味で食っている。

 となれば、自分達を狙ってきた目的は――。

 

「貴方達がコボルトと戦ってるのを覗き見させてもらったけど……彼等、すっごく魅力的じゃない……特に、青コートの彼」

 

 ダスト、キース、テイラー、そして――バージル。

 

「あのコボルト軍団を前にして一歩も退かないどころか、逆にリーダーをぶっ刺して全員敗走させちゃうなんて……久々にゾクゾクしたわぁ」

 

 オークは空いている片方の手を頬に当てると、はふぅと官能的な息を吐く。

 

「で、彼等が気になった私達は、彼等を呼び寄せるために、お仲間さんの貴方達に協力してもらおうと思ってね。仲間を拐えば、彼等は助けに来てくれる筈。それを、私達が集落で出迎えるの。良い作戦でしょ?」

 

 リーンは、男達をおびき寄せるための餌。本命は助けに来る者だとオークは話した。

 嘘を吐いているようには見えないが、相手はあくまでモンスター。人質は絶対に傷つけないと言っているが、それも信用できるかどうか。

 エリスは警戒を解かず、相対するオークを睨み、どうにかリーンを助けようと思考を働かせる。

 

 ――が、そこでエリスは懸念を抱いた。

 

「(……本当に……助けに来るのかな……)」

 

 捕まった仲間を助けに、バージルは動いてくれるのだろうか?

 コボルトに冒険者が包囲されていたのを見た時も、自分の誘導がなければ、彼は無視しようとしていた。

 そんな彼が本当に、自分から助けにきてくれるのか?

 

 

「――待って」

「うんっ?」

 

 エリスは武器を降ろし、オークに声を掛ける。

 興味有りげに視線を向けるオーク。未だ脇に抱えられたリーンが涙目で見てる中、エリスは口を開いた。

 

「拐うなら――私を拐って」

「クリスちゃん!?」

 

 もし自分が捕まっていたら、彼は助けに来てくれるのか。エリスは、オークの作戦を利用してバージルを試してみることにした。

 何を言っているんだとリーンは訴えるが、エリスは発言を撤回しようとしない。

 オークを真っ直ぐ見つめ、エリスは言葉を待つ。その様子をオークはジッと見つめていると――。

 

「……いいわ。貴方の方が、大人しく待っててくれそうだし」

 

 彼女は、クスリと笑ってエリスの提案を呑んだ。

 

 

*********************************

 

 ――そしてエリスはオークに大人しく従い、集落の奥で檻の中に入れられた。

 正直、策があると疑われて提案を呑んでくれるとは思っていなかったから、あそこでオークがアッサリ提案を呑んだのは予想外だった。

 とにもかくにも結果オーライ。エリスは檻の中で、両膝を抱え込んだ姿勢で座って待つ。その傍には、見張り役として自分を拐っていったオークがいた。

 

「……」

 

 エリスは黙り込んだまま、ジッと檻の外を見つめる。未だ、集落に異変は起こっていない。

 脳裏に浮かぶのは――崩壊するダンジョンで、自分を助けてくれたバージルの姿。

 どうして大罪人である彼は、人助けをするような行為を咄嗟にしたのか。彼の心の内が、この作戦で少しでも見えればいいのだが……。

 そう思っていた時、見張り番として立っていたオークが、唐突に話しかけてきた。

 

「ねぇ、銀髪の子猫ちゃん」

「……? 私?」

「貴方以外に誰がいるのよ」

 

 慣れない呼び方で呼ばれ、少し困惑を覚えるエリス。

 その姿が初々しいと思ったのか、オークは楽しげに笑うと、彼女に問いかけた。

 

「何か悩み事?」

「えっ……?」

「あら、わかりやすい反応ね」

 

 まるで心を読まれたかのような質問を聞き、エリスは驚きを隠せず声を上げる。

 

「な、なんで……」

「貴方の顔が、昔の私に似てたからよ。もしかしたら、同じ悩みなんじゃないかしら?」

 

 気になったエリスは、どうしてわかったのか理由を尋ねる。

 それに答えたオークは、自分の記憶を思い出すかのように夜空を見上げ、言葉を続けた。

 

「そう……気になる人がいるけど、どうやってその人のことを知ればいいのかわからない……みたいな?」

「――ッ!」

「あらまたわかりやすい反応。ドンピシャだったかしら?」

 

 そして、自分が抱えている悩みもピタリと言い当てられ、エリスはまたも驚いた。

 余裕ありげな佇まいにどこか大人の魅力が感じられる雰囲気。きっと彼女は、長いこと生きているオークなのだろう。

 

「……あの、青コートの彼?」

「……はい」

 

 オークに尋ねられたエリスは、正直に答えてコクリと頷く。

 

「彼が何を考えているのか……わからないんです。彼は何を思って行動しているのか……」

「うーん……彼、外見からして堅物そうだものねぇ。苦労する気持ちはわかるわ」

 

 クリスとして演じることも忘れたエリスは、目線を落としつつもオークに相談する。

 本来なら、人間に危害を加えるモンスターに心を許してはならないのだが、何故かこのオークには話したくなっていた。

 オークはエリスの相談に乗り、バージルの姿を思い浮かべてそう呟く。

 

「なら、そんな貴方に私から1つアドバイス」

「えっ?」

 

 するとオークは、ピッと人差し指を立ててそう告げた。

 顔を俯かせていたエリスは、顔を上げてオークを見る。

 

 

「相手の心を開こうとする時は、まず自分から。心を開かないまま接しても、相手の心は開けないわよ」

「……っ」

 

 自分から歩み寄らねば、相手のことなど知れる筈もない。

 まるで、エリスの全てを見透かしているかのように、オークは助言を伝えてきた。

 

「こんな回りくどいことはせず、気になる相手に猛アタック! 最初は拒まれても、いつか思いが届く筈よ。貴方も、積極的にアタックしてみなさいな」

 

 オークは最後にウインクをし、助言を伝え終える。

 まさかオークに人生のアドバイスをされるなんて思ってもみなかったが……彼女の言葉は、エリスの胸に深く突き刺さった。

 エリスは再び顔を俯かせ、オークの言葉を心の中で復唱する。

 

「(……ってあれ? 今、こんな回りくどいことはせずって――)」

 

 先程のオークの言葉――まるで、エリスがバージルを試すために自ら捕まったことを知っていたかのような発言が引っかかったエリスは、咄嗟に顔を上げてオークを見る。

 彼女の視線を受けたオークは、全てわかっているかのように微笑みを見せた。

 ……きっとこのオークは、自分が想像するよりもずっと経験豊富なのだろう。

 

「……さて、ようやくお客さんが来たみたいね」

「えっ?」

 

 すると、オークはそう呟いて前を見た。

 それを聞いたエリスは、同じく前方――集落の入口方面を見る。

 

「(――ッ!)」

 

 その瞬間――彼女が見ていた方向から、強い魔力を感じた。

 

「(この魔力は……まさか……)」

 

 本来は女神の彼女だが、今は仮の姿。魔力関連に長けてはいない。

 しかしそれでも感じ取れてしまう、オークの集落に侵入してきた者の強大な魔力。

 

「(バージル……さん……)」

 

 間違いない。これはバージルだ。彼が――ここに来てくれたのだ。

 

「……さってと」

「ッ! あ、あの――!」

 

 バージルが来たことに驚いている傍ら、見張り番だったオークが武器を構え直す。エリスは彼女に目を向ける。

 こんな自分の相談に乗ってくれた、心優しきオーク。彼女なら、話し合いができるのではないだろうか。そう思い、エリスは彼女へ声を掛ける。

 

「おっと、止めようとしないでね? 勇ましい男達が私を待ってるの」

 

 が、そんな心情さえも理解していたのか、オークはエリスに目を向けず釘を刺してくる。

 片や、人間に被害を及ぼすモンスターを討伐する冒険者。片や、男の人間を殺すまで絞り尽くすモンスター。立場上、2人は決して手を取り合うことはできない。

 

「じゃあね子猫ちゃん。生まれ変わったらまた会いましょう」

 

 そしてオークはエリスへ再度ウインクをし、武器を握り締めてこの場を去っていった。

 遠くなっていく背中。自分へ助言をしてくれたオークに、エリスは独り両手を合わせ、祈るように心の中で呟く。

 

「(ありがとう、名も知らないオークさん。生まれ変わったら、今度は人間としてお会いできますように)」

 

 

*********************************

 

 しばらく待っていると、前方からダスト達が現れた。

 バージルの姿が見えなかったため、彼はどこにいるのか尋ねると、彼は囮としてオークを相手にしていると話した。

 ダスト達と様子を見に行くと、確かにバージルはいた。広場でオークと戦っていたのか、彼の周りにはおびただしい量の死体が転がっていた。

 

 ――その後、もう日が昇り始めていたので野宿するのはやめ、ダスト達と共にアクセルの街へ帰ることにした。

 

「……意外だね」

「ムッ……?」

 

 帰りの道中、2人はしばらく沈黙していたが、エリスは自らバージルに話しかける。

 

「正直言うと……バージルが助けに来てくれるとは思ってなかったの。多分、見捨てて帰っちゃうんじゃないかなーって……」

 

 バージルが目だけこちらに向けている中、エリスは思っていたことを話す。

 彼は、人間を何とも思わず殺せる大罪人だ。仲間なんて無価値だと断言する男だ。そう、書面には書かれていた。

 なのにどうして、彼は助けに来たのか。その本心を知りたい。

 エリスはチラリとバージルの顔を見る。するとバージルは、目を再び前方へ向けてこう答えた。

 

「……今回、宝探しに付き合った分の情報を、まだ貴様から貰っていない。貴様を助けた理由など、ただそれだけだ」

 

 エリスを助けたのは、あくまで協力者だったから。契約上仕方なく助けたのだと。

 彼の返答を聞いたエリスは俯き、独り考える。

 

 そうだ。バージルはそういう男だ。人間と関わる時は、あくまで利用目的でしかない。先輩から貰った書面にも書かれていたことだ。

 ――しかし、それが本心だと思えない自分もいた。

 確証はない。だが、ここで決めつけてしまうのはよくないと、エリスは考えていた。

 

「……フフッ」

 

 そう考えていた自分を笑うように、エリスは笑い声を漏らす。

 いつもなら自分は、問答無用に地獄へ送っていただろうに。いつの間にか考え方が変わっていた自分に、エリスは思わず笑ってしまった。 

 

「何を笑っている」

「ううん、なんでもない」

 

 バージルにも聞こえていたようだ。ジト目で見てくる彼に、エリスは言葉を返す。

 相手を知るなら、まず自分から……バージルを知るためには、自分から歩み寄る必要がある。

 

「ありがとう、バージル」

「……フンッ」

 

 だが、彼は大罪人だ。地獄行きの者に心を開くのは、天界規定で禁じられている。だから開くのは、ほんの少しだけ。

 人間らしい自分と関わる時、彼はどう出てくるのか。彼は人間を酷く嫌っていると資料に書いてあった。ダクネスからも、最初は喉元に剣を突きつけられたと聞く。

 もし資料通りならば、人間らしく振舞う自分を見て彼は嫌悪感を覚え、いずれ刃を振りかざしてくるだろう。

 ――見極めねばならない。

 

「(……貴方がどういう人なのか、確かめさせてもらいますよ)」

 

 彼は、この世界にとって――善か悪か。

 

 

*********************************

 

 そしてエリスは、バージルに人間らしく接し、積極的にスキンシップを図り始めた。暇な時は自ら話しかけ、時にはハイタッチを求めたり、自分でもビックリするぐらいに。

 

 自分が絡んでくる度に、バージルは今まで以上に鬱陶しそうな顔を見せた――が、彼は未だに自分へ刃を向けようとしない。

 まだ足りないのだろうか。そう思い、彼女は決してそれをやめようとせず、バージルと接していく。

 

 そして――人間らしく振る舞い始めてから、1ヶ月が過ぎようとした頃。変化が訪れたのはバージルではなく、エリスだった。

 

 

*********************************

 

「……今日はバージルとお宝探しに行かないのか?」

「そうしたいのは山々なんだけどねー。肝心のバージルがいないの」

 

 とある日の昼下がり、アクセルの街ギルド内にある酒場にて、カウンター席に座っていたエリスは、水が入ったコップを片手にため息を吐く。

 彼女の横に座っているのは、エリスの大親友、ダクネス。彼女も水を少し口にしては、机の上にコップを置き、エリスの話を聞いている。

 

「いきなりいなくなってて、どこにいったのか受付嬢に聞いてみたら、1人でクエストに行ったんだって……別に行くのは構わないけどさー、私に一言ぐらい言ってくれてもいいじゃん! 協力者なんだよ!?」

 

 プンプンと怒り気味に話すエリスの話を、ダクネスは苦笑しながらも聞き続ける。

 

「バージルがいるなら難関ダンジョンもなんのそのーって思って色々計画してたのに……早く帰ってこないかなぁー」

 

 今すぐにでもお宝探索に行きたいのか、エリスは頬杖をついてため息混じりに呟く。

 パタパタと足を動かし、退屈そうにしているエリスを見たダクネスは――楽しそうにクスリと笑った。

 

「……何っ? こちとらお宝探しができなくて暇なのに……」

「いや、すまない……クリスはバージルと一緒にいるのが、とても楽しいのだろうなと思って……」

「……えっ?」

 

 ダクネスにそう言われて初めて、エリスはようやく気付いた。

 自分は、笑っていた。大罪人である筈の、バージルの話をする時に……そして、バージルとお宝探しをする時、自分はいつの間にか、心の底から楽しんでいたのだ。

 

「……っと、そろそろ行かねば。クリス、私は明日から実家に戻って筋トレをしてくる。今からカズマにもそのことを伝えてくるよ」

「……うん……」

 

 ダクネスが別れの言葉を告げて立ち去る中、エリスは上の空で返事をする。

 

 魂を導く女神は、大罪人に心を開いてはならない。

 心を開けば、本来地獄に送らねばならない魂を、そのまま天国に行かせるか、転生させてしまうからだ。

 そうなれば、天国は荒れ始め、新たな大罪人を生み出すきっかけになってしまう。だからこそ、天界規定で禁じられているのだ。

 しかし、それを無意識の内に破ってしまい、バージルへ心を開き始めていたエリスは――こう思ってしまった。

 

「(バージルさんは……本当に大罪人なのでしょうか……?)」

 

 

*********************************

 

 その日から数日後、バージルが帰ってきたということで、久しぶりに彼と神器回収に出向いた。

 いつも通り彼と接していくが……お宝探しが終わる頃には、ダクネスに言われた通り「楽しい」と思っている自分がいた。

 ふと、あのオークの言葉が頭に過ぎる――『心を開かないまま接しても、相手の心は開けない』

 では、彼に心を開き始めている自分なら……バージルの内面を覗けるのではないだろうか?

 

 そう思った時に――彼女は見てしまった。

 

 ――想像を絶する悪魔の力で、魔王軍幹部を殺したバージルを。

 

「……ッ」

 

 クリスに姿を変えていたエリスは、魔王軍幹部が住処としていた古城、その最上階の部屋の前。彼女は潜伏スキルを使い、息を殺して部屋の中を見ている。

 夜、独りバージルが街の外へ行くのを見かけたので、気になった彼女は、バージルに気付かれないよう後を追ってきたのだが……まさか、このような場面に出くわすとは思っていなかった。

 部屋の中では、鎧はボロボロに、片腕を失くした魔王軍幹部のデュラハンが倒れており、それをバージルは静かに見下ろしている。

 

 今は人間の姿に戻っているが……彼が悪魔の力を解放した時、それは凄まじく恐ろしい力を発揮していた。こう見えて、彼女も長年女神として生きているが、これほどまでに身の毛がよだつ存在を見たのは、生まれて初めてだった。

 あの姿を見るまで、彼女は「バージルは本当に大罪人なのだろうか?」と疑問に思っていたが、あの姿を見てしまった今、こうも思ってしまった。

 

 ――あれが、彼の本当の姿なのか――と。

 そう思っていた時――。

 

「貴様は……人間か……? それとも……悪魔か……?」

 

 倒れていたデュラハンが、今にも消えそうな声でバージルに尋ねた。

 それを聞いたバージルは少し間を置くと、静かに口を開く。

 

「……悪魔だ」

「――ッ!」

 

 バージルがそう答えた時、彼女は少し驚いた。

 もしかしたら見間違いかもしれない。でも、エリスにはそう思えなかった。

 きっとデュラハンも気付いていないだろう。自分にしか――この世界で、誰よりも彼と関わってきた自分だからこそ気付けたこと。

 

「(どうして……そんなに寂しそうなんですか……?)」

 

 バージルは――寂しそうに、悲しそうに答えていたように見えた。

 生前、彼は悪魔として生きたと、資料には書かれてあった。ならば、デュラハンの質問に悪魔と答えるのはごく自然なこと。

 なのに何故、彼はあんな顔を見せたのか――エリスにはわからなかった。

 

「貴方は……本当に悪魔なんですか……?」

 

 

*********************************

 

「……」

 

 死者の魂を導く間――エリスは終始俯き、椅子に座っていた。

 あれからずっと、彼女は神器探しの仕事に手をつけていない。どんな顔でバージルと会えばいいのか、わからなくなっていた。

 今日も死者の魂がほとんどこない暇な日で、彼女はずっと椅子に座ったまま動かない。もし魂が来たとしても、今の状態ではキチンと魂を送り届けられる自信がない。

 

「……バージルさん……」

 

 もう今日で何度目だろうか。エリスはポツリと彼の名前を呟く。

 脳裏に浮かぶのは、彼がデュラハンの質問に答えた時に見せた顔。

 どうして彼は、あんな顔を見せたのか。悪魔として生きてきたにも関わらず、何故あんなにも悲しそうで、寂しそうだったのか。

 

 

「(……知らなきゃいけない……もっと……バージルさんのことを……)」

 

 どうして、彼は悪魔として生き始めたのか――この世界に来る前、元の世界で彼はどのように生き、死んだのか。

 先輩から渡された資料には、彼の簡単な情報しか書かれていなかった。あれだけでは、バージルの全てを知ることはできない。

 彼のことをもっと知れば、彼のことを探れば――何かわかるかもしれない。

 そう思ったエリスは、自分の横にあった机の引き出しを開け、中にあった手鏡――通信道具を取り出した。

 彼女は両手で手鏡を持ち、手鏡へ念を送る。通信相手は勿論、バージルをこの世界へ送ってきた張本人。

 

 

「――やあ、エリス。刺激のある女神ライフを楽しんでいるかい?」

 

 まるで、自分が連絡するのをわかっていたかのように笑う、黒髪の先輩女神――タナリスだ。

 

「刺激が強すぎてこっちが疲れましたよ……先輩も、お変わり無いようで何よりです」

「うん。てっきりバージルを送った後は、すぐにでも女神をやめさせられるのかと思ってたけどね。引き継ぎの女神がいないのかな?」

「ま、まぁ……先輩の担当はおっかない場所ですし……」

「そう? 慣れれば楽しいと思うんだけどねぇ」

 

 先輩女神であるタナリスと、エリスは互いに言葉を交わす。

 彼女も詳しくは知らないが、タナリスは余程の物好きでもなければ務まらない世界を担当しているらしい。それも、彼女自ら志願したのだとか。

 昔から、彼女の考えていることはわからない。子供のような無邪気な笑顔を浮かべているが、その裏では何を考えていることやら。

 

「……で、どうかしたのかい? 何か用があって連絡してきたんだろう?」

「……はい」

 

 談笑を切り上げ、タナリスから本題に話を持っていく。

 それを聞いたエリスは、一度気持ちを落ち着かせるように深呼吸をすると、鏡越しにいるタナリスと目を合わせ、用件を話した。

 

 

「……バージルさんの記憶を、見させてもらえませんか?」

 

 大罪人は、即刻地獄へ送るのが天界規定に定められている。当然、大罪人と向き合う――相手に歩み寄るなどもっての外だ。

 きっと今の自分を見たら、過去の自分は怒り心頭で止めにくることだろう。

 これが女神として正しいことではないのはわかっている。しかし、この気持ちを抑えることはできなかった。

 

「……どういう風の吹き回しかな? あれだけ、大罪人は即刻地獄行きー! って主張してたのに、あろうことか大罪人の記憶を知ろうとするなんて」

「えっと……色々ありまして……」

 

 何故かニヤニヤと、自分をからかうように聞いてくるタナリスに、エリスは声が少し小さくなりながらも答える。

 彼女の言葉を聞いたタナリスは、しばらく「ふーん」と言いながら笑った後、エリスが見ている手鏡に映るように、彼女は指を鳴らした。

 瞬間、彼女の横にあった机の上に1冊の本が現れた。酷く古びた茶色い表紙の分厚い本で、まるでどこかの神話が書かれているような物だ。

 

「こんなこともあろうかと、彼の記憶をコピーして1冊の本にまとめておいたんだ。日頃から辺境地で頑張っている可愛い後輩に、僕からのプレゼントだよ」

「……先輩、私がこうしてくるってわかってました?」

「さぁ、どうだろうね?」

 

 あまりにも用意が良すぎる。エリスはジト目で尋ねるが、彼女は何のことやらとばかりに首を傾げる。

 ……やはり、彼女の考えていることはわからない。

 

「とにかく、そこにバージルの生前の記憶が最初から最後まで載っている。大事にするんだよ? ……っと、死者が来たみたいだ。そろそろ切らせてもらうよ」

「はい。ありがとうございます、先輩……お仕事、頑張ってください」

「君も頑張りなよ、最近パッドを新調したエリスさん」

「パ、パッドのことは言わないでください! ていうかなんで新調したこと知って――!? ……切れてる」

 

 別れ際にまたも胸のことを弄られ、すかさずツッコミを入れるものの、またも届かず。手鏡は光を失い、自分の顔を映し出していた。

 先輩は変わってないなと思いながら、エリスは引き出しの中に手鏡をしまう。そして、タナリスから送られた1冊の本に目をやった。

 

「ここに……バージルさんの記憶が……」

 

 エリスはゴクリと息を呑む。

 地獄行きの者や大罪人の記憶を知るのは、場合によっては情が移ってしまう危険性もあるため禁止されているのだが、今のエリスはそんなことを気にも止めず、本を手に取る。

 そして――ゆっくりと、最初の1ページを開いた。

 

 

*********************************

 

 ――とある国の辺境に建てられた、1つのお屋敷。その庭に、4人の家族がいた。

 エリスの腰元までしか身長のない、髪も顔もそっくりな、赤い服と青い服を着た銀髪の双子。2人は木製の剣を握り、1対1で戦っている。

 その様子を、両腕を組んでジッと見つめている1人の男性。バージルによく似た髪型で、左目にモノクルを着け、紫色のコートを纏っている。一見厳つい顔つきだが、どこか暖かい印象も覚える。

 そんな彼の横に、芝生の上に座って双子に声援を送る女性が1人。上半身は大きな赤いストールで包み、下半身は黒いスカートで隠しており、下の芝生に届くほどの長い金髪を持っている。

 

「(あの人達は……)」

 

 その様子を遠くから見ていたエリスは、4人が誰なのかをすぐに理解していた。

 双子が言い合う度に笑顔を見せている女性は、バージルの母――エヴァ。その隣にいる男性は、バージルの父――伝説の魔剣士、スパーダ。

 そして、騒ぎながらも剣を振っている、赤い服を着た子供は、バージルの弟――ダンテ。対して彼の攻撃を受けながらも口喧嘩を買っている、青い服を着た子供――バージル。

 バージルの幼き日――まだ彼が悪魔ではなかった頃の記憶だった。

 今では見る影もない彼の幼少期を見て、エリスは思わず笑顔になる。彼にも、こんな時期があったのかと。

 

 父の、思わず目を背けたくなるような地獄の鍛錬。母の、エリスでさえも心安らいでしまう子守唄。双子の、事あるごとに起こす兄弟喧嘩。

 父が悪魔で、双子が半人半魔であることを忘れてしまうような、幸せな家庭がそこにあった。

 誕生日には、母からアミュレットを、父から身の丈以上の剣を……どこを切り取っても幸せそうな4人を見て、エリスの心が温まる。

 

 しかし、ある日――突然、父が家族の前から姿を消した。

 厳しい鍛錬をするも、時には優しい一面を見せてくれた父。そんな彼が何も言わず消えてしまったことに、双子は母のもとで泣いている。

 そんな双子を優しく包むように、母は言った。

 

「あの人は仕事でちょっと遠くに出かけたのよ。大丈夫、彼はすぐに帰ってくるわ」

 

 いつか必ず、彼は帰ってくる――いつかまた、4人で楽しく幸せな日々を過ごせると。

 父の帰りを待つ3人を見てエリスは、ここが記憶の世界であることも忘れ、3人へ祝福を送っていた。

 

 

 ――が、その願いは無情に、そして残酷な形で砕け散ることとなる。

 3人がいつも通り、そして父の帰りを待っていた時――。

 

 

 ――悪魔が、現れた。

 

 彼らの父、スパーダは、人間界を守るために魔界の軍勢と立ち向かい、勝利を収めた英雄だ。

 しかし、悪魔側から言わせてみれば、自分達を裏切った上に、魔界の王である魔帝さえも封印した、魔界史上最悪の反逆者。これに、悪魔達が怒りを覚えない筈がなかった。

 突如としてバージル達のいる屋敷を襲った悪魔達は、スパーダに復讐すべく、彼に連なる者――家族である3人に襲いかかった。

 双子は母を守るため、父から教わった剣術で襲いかかる敵と戦った。彼等はまだ10にも満たない子供だが、それでもスパーダの血を受け継ぎし者。侮ることはできない。

 

 そこで悪魔達は、スパーダの力――双子を二分することにした。刀を持っていた方、バージルを屋敷から転移させ、少し離れた墓場へ。

 バージルを待ち受けていたのは、武器を手にした幾多の骸骨。彼は交戦しつつ、急いで屋敷に戻ろうとするが、悪魔達はそれを許さない。

 彼等はバージルを墓場から逃さまいと、その手に握られた武器で、彼の心臓を突き刺した。そこがお前の墓だと告げるように、バージルは1つの墓に打ち付けられ血反吐を吐く。

 

「ゴフッ……!?」

「あっ……ああっ……」

 

 エリスは助太刀に行こうとしたが、ここは記憶の世界。過去の出来事。彼の過去に干渉することはできず、彼女はただ見ることしかできなかった。

 バージルは呼吸もままらないまま、地面に刺さる閻魔刀へ縋るように手を伸ばす。そして視線の先に、煙が上がっているのを見た――自分達の屋敷、母と弟がいる筈の屋敷から。

 

「……ダンテ……!」

 

 掠れた声で弟の名を叫ぶ。しかし、今の彼にもう戦える力はあらず。

 バージルは伸ばしていた手を地面に落とし、両目を閉じた。

 

「コロシタ?」

「アア、スパーダノ女――コロシタ」

 

 無慈悲な悪魔の会話を、確かに聞きながら。

 

 

 ――しばらくして、バージルは目を覚ます。

 墓場には彼以外おらず、あの悪魔達もいない。バージルが死んだと思い、この場を去ったのだろう。

 空は雨雲が覆い、血を洗い流すように降り続ける。意識を手放す前に見た煙は、消えていた。

 

「……母さん……ダンテ……」

 

 彼は心臓に刺さっていた槍を引き抜いて立ち上がり、地面に刺さっていた閻魔刀を抜くと鞘に納め、杖がわりにしながら屋敷があった方へ歩く。

 もしかしたら、2人とも助かっているかもしれない。そんな淡い希望を抱いていたが、屋敷に戻ってくると、それは脆くも崩れ去った。

 屋敷は既に半壊し、燃えていたのか所々炭になっている。そして、いたるところに赤黒い血が飛び散っていた。

 バージルは屋敷の中を少し進み、ピタリと足を止めて足元を見る。

 

 床に転がるのは、母エヴァの頭。首から下は既に無くなっていた。

 

「……母を守れなかったのは、俺が弱かったからだ。愚かだったからだ。力こそが全てを制する。力がなくては何も守れはしない。自分の身さえも……」

 

 バージルは亡き母へ、そして自分自身へ誓うように呟く。

 屋敷の屋根は壊れ、そこから雨が降り注いでいる。彼は濡れた髪に手をかけると――。

 

「ならば求めよう。親父から――スパーダから受け継いだ、悪魔の力を――」

 

 決意を表すように、片手でかきあげた。

 

 

*********************************

 

 

 その日を境に、バージルは悪魔として生き始めた。

 人の心などとうに捨て、邪魔する者は全て、悪魔は勿論のこと、人間でさえも手にかけた。

 しかし、それでも一度は人間に歩み寄ろうとした。とある街で出会った女性と身体を交わし、子を授かった。

 が……運命が彼を人間側から引き離すかのように、その女性は悪魔に殺された。まるで、かつての日を再現するかのように。

 そして彼は、人間と関わることをやめた。残された赤子は孤児院の前に黒い布を巻いて捨て置き、ひっそりと街から去っていった。

 

 その後――彼は生き別れた弟と、数年ぶりの再会を果たす。

 

「あまりに久しぶりだと、兄弟でもわからねぇときた。あんたにこんな趣味があるとはな……死体と悪魔? デートにしちゃシケてるぜ」

「長らく会わなかった……お互い理解できずとも仕方はあるまい」

 

 弟は感動の再会に喜んでいたのだろう。上機嫌そうに、バージルへ話しかける。

 しかし――その時にはもう、手遅れだった。

 

「魔界を開く――俺の手で」

 

 彼は、魔に魅了されていた。

 最初は、母を殺した悪魔に復讐するため、という目的もあっただろう。しかし、悪魔として生き続けていく内に目的を忘れ、『力を求める』ことを目的とする修羅になってしまった。

 いつの間にか、守りたかった母を、自分が人間であることを嫌でも認識させられる存在だと憎み、弟を、元は1つだったスパーダの力を二分させ、その半分を持っている存在として憎んだ。

 その果てに、父が守った人間界でさえも犠牲にして力を得ようと動き出した。魔界の門となる塔を復活させるため、同じく魔に魅了されていた1人の男と同盟を組んでいた。

 

「俺は魔界へ行く。邪魔をするなら誰だろうと斬る」

「あんたほどの男が悪魔の手先に成り下がるとはな。哀しいね」

 

 彼は、弟との再会を喜びはしなかった。それどころか、彼は弟さえも手にかけようとした。

 ダンテを圧倒的な力で打ち負かすと、彼は我が道を進み、7つの封印を解き、塔を復活させた。恐怖を生み出す土台――テメンニグルを。

 バージルは更なる力を得るために。ダンテは兄を止めるために。2人は、復活した塔の上で再び出会う。

 

「感動の再会って言うらしいぜ、こういうの」

「――らしいな」

 

 

 ――とうに涙など枯らしたバージルを見て、エリスは独り泣いていた。

 

【挿絵表示】

 

 

「こんなっ……こんなのって……っ!」

 

 彼が悪魔となったきっかけを、そして悪魔となってしまった彼を見るのは、慈愛に満ち溢れ、あの世界でバージルと関わってきた彼女にとっては、とても辛いものだった。

 流れ出た涙はいくら拭っても止まらず、目元は真っ赤に染まっている。そんな彼女を他所に、記憶の世界は進み続ける。

 

「いいだろう。お前もスパーダの血筋。貴様を殺してその血を捧げるとしようか」

「どうやら俺の命がお望みらしい――そう簡単にやる気はないけどな!」

 

 塔の最深部――双子は再び剣を交える。あの頃の兄弟喧嘩とは違う、本当の殺し合い。

 たとえその後、奪われた力を取り戻す為に弟と協力したとしても、あくまでも一時的なもの。この双子は、決してわかりあうことはできなかった。

 

「俺達がスパーダの息子なら、受け継ぐべきは力なんかじゃない。もっと大切な――誇り高き魂だ! その魂が叫んでる。あんたを止めろってな!」

「悪いが俺の魂はこう言っている――もっと力を!」

「――双子だってのにな」

「あぁ――そうだな」

 

 薄暗い、鍾乳洞のような場所――魔界の底で、双子は己の力をぶつけ合う。話し合いなど通じない。ダンテがバージルを止めるには、バージルが力を得るためには――こうするしかできなかった。

 

 ――やがて、壮絶な双子の戦いは終わりを迎える。

 バージルは――ダンテに斬られ、剣を手放した。

 

「これは誰にも渡さない。これは俺の物だ。スパーダの真の後継者が持つべき物――」

 

 バージルは水の中に落ちた物、母から誕生日に貰ったアミュレットを手に、ダンテから遠ざかる。

 彼の背後には、崖が――その下は、どこまで続くかわからない魔界の奈落。

 

「ッ……バージルさん!」

 

 彼が何をしようとしているのかを悟ったエリスは、思わずバージルの名前を叫ぶ。それよりも先に、ダンテがバージルに駆け寄った。

 ――が、ダンテの喉元に刀が突きつけられる。これ以上先に来るなと、警告するかのように。

 

「お前は行け。魔界に飲み込まれたくはあるまい。俺はここでいい。親父の故郷の――この場所が――」

 

 そして――バージルは後ろへ倒れこむように、奈落の底へ落ちていった。

 助けようと伸ばしたダンテの手を――刀で切り払って。

 

「ッ……バージル……バージルさんッ……!」

 

 エリスはその場に座り込み、両手で顔を覆い隠す。両手は溢れ出た涙で濡れ、流れ落ちた涙は水の中へと消えていった。

 しばらく泣き、ゆらりと顔を上げると――また場所が変わっていた。床は血のような色で溢れた水面。所々に、墓石のような物が置いてある。

 そして、その中心に――腹に深手を負い、苦しそうに立ち上がるバージルがいた。

 

「バ……バージルさん!」

 

 彼の姿を見たエリスは、すぐさま彼の傍に駆け寄ろうとする。が、いくら走っても彼の傍に近づけない。

 やがて、立ち上がった彼はエリスに顔を向けることなどなく、上空を見上げる。エリスも同じくその方向を見ると――上空には、禍々しい光を放つ三つの目が浮かんでいた。

 記憶の世界の筈なのに、エリスはその三つ目を見た瞬間、心臓を掴まれたような感覚を覚えた。足がすくみ、思わず座り込んでしまう。

 そして、本能で理解する。あそこにいるのは――魔界の頂点に立つ者だと。

 

「魔界の王とやり合うのも悪くはないか。スパーダが通った道ならば――俺が通れない道理は無い!」

「ッ! ダメッ! バージルさん!」

 

 魔帝と向かい合ったバージルは刀を抜き、鞘を捨てて走り出す。エリスは手を伸ばすが、彼は止まらない。

 

「嫌っ……嫌ぁあああああああああああああああああああっ!」

 

 

 ――しかし、いくらスパーダの血族といえど、手負いの彼では魔帝を倒すことはできず、バージルは魔帝に殺された。

 それどころか、魔帝は彼を自身の手で改造し、漆黒の天使――『ネロ・アンジェロ』という悪魔として、配下に置いた。

 彼は死んだにも関わらず、未だ魂は囚われたまま。死者を、そしてバージルの魂を弄ぶ魔帝を、エリスは深く憎んだ。彼女がここまで誰かを憎むことなど、一度もなかっただろう。

 それもその筈。魔帝はバージルを殺し、魂を捕えて部下にしただけには飽き足らず――。

 

 

「掃き溜めのゴミにしちゃ、ガッツありそうだな」

「……」

 

 ――悪戯に、ダンテと再会させたのだから。

 成長したダンテは、相対する悪魔が兄と知らず、剣を交える。

 一度の死闘だけで決着はつかず、二度――そして三度。

 

「マジにガッツあるな。気に入ったぜ。掃き溜めには勿体ねぇ」

 

 魔帝へと近づいているダンテを殺すべく、ネロ・アンジェロは力を引き出し、全力で襲いかかる。

 しかし、彼がかつて求めていた悪魔の力をもってしても、成長したダンテには敵わなかった。

 ダンテに敗れた彼の肉体はその場から消え、残されたのは金色のアミュレット――母の形見。

 そして――ダンテには見えていないであろう、解き放たれたバージルの魂だった。

 涙でくしゃくしゃになっていた顔を上げ、天に昇りゆく彼の魂を見る。彼が見下ろす先には、2つのアミュレットを手にするダンテ。

 そして、2つのアミュレットと1つの大剣が合わさり、その空間が歪むほどの魔力を放つ、真の姿を見せた大剣――魔剣スパーダをダンテが背負った時、

 

「……あっ……」

 

 バージルは――確かに笑った。ダンテの後ろ姿を見て、安堵するかのように。

 

 

*********************************

 

 ――気付けば、エリスは魂を導く間に戻ってきていた。

 手元にある本は、いつの間にか閉じられており、彼女は横の机にそっと置く。

 一言では言い表せない、残酷で悲劇的な彼の物語。悪魔に堕ちた彼を思い出し、またも涙が頬を伝う。

 

 ――しかし、彼は悪魔として生き続けた果てに、何かを得たように見えた。

 ダンテに一度敗れた時、彼は父の形見ではなく、母の形見を選んだ。魔界に落ちる時、彼は弟を逃がした。魂が解き放たれた時――彼は笑っていた。

 そして死後、彼はこの世界にきて、自分達と協力者になってくれた。決して自分達を、人間を斬ろうとはしなかった。

 デュラハンの問いに、彼は寂しげな顔を見せながらも悪魔だと答えた。

 

「……バージルさん……」

 

 誰もいない部屋で、彼女はポツリと彼の名前を呟く。

 

 ――女神エリスは、数々の魂を見、送り出してきた、慈悲深き女神だ。

 バージルのような……それ以上の悲劇もあったかもしれない。幾百年と生きてきた彼女は魂の記憶を見る度に心を痛め、涙を流していた。

 しかしそれは、生前に良き働きをした、天国に行ける魂のみ。地獄に堕ちるべき、大罪人の記憶は見たことがなかった。大罪人の魂は問答無用で地獄に送ると、天界規定で決められていたからだ。

 何故、そう決められているのか。それは、もしも大罪人の記憶が悪そのものではない、悲劇により悪へと堕ちてしまったものだった場合――。

 

「(あの人はまだ……救うことができる!)」

 

 彼女のように情が移り、救おうとしてしまう者が現れるからだ。

 エリスは椅子から立ち上がると部屋の中心に立ち、下界に降りる準備をする。

 

 確かにバージルは、決して許されることのない罪を犯した大罪人だ。

 されど――再び罪を犯す悪人ではない。彼の記憶を見て、エリスはそう確信していた。

 加えて、彼女は下界にて彼と出会っている。手を伸ばせば彼に届くのだ。そう考える内に、彼女はいても立ってもいられなくなった。

 天から差し込む光に手を伸ばし、エリスは願う。

 

「(バージルさんを……救けたい……!)」

 

 

*********************************

 

 下界に降りたエリスは、すぐさまクリスに変装し、アクセルの街中でバージルを探し始めた。

 時刻はもう夕食時だろうか。街を出歩いている冒険者は少なく、家の中にある灯りが夜の街を照らしている。

 その中を走り――正門前付近まで来た時だった。

 

「ッ! いた! って……あの3人は……誰?」

 

 バージルが、見知らぬ3人を引き連れて正門から出て行くのを発見した。1人は女性からすこぶるモテそうな茶髪の男性。1人は緑色ポニーテールの女性。1人は赤髪三つ編みの女性。

 こんな時間にどこへ行くというのか。疑問に思ったエリスは、潜伏スキルを使って静かにバージルの後を追う。

 その果てに――彼女は信じがたい光景を見た。

 

 

「グハッ……!?」

「キョ……キョウヤァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「そ……そんな……」

 

 バージルが――人に刃を向け、傷つけていた。

 バージルに腹を刺されたキョウヤと呼ばれる男性は、腹から血を流してその場に倒れる。それを見て怒りを顕にしたポニーテールの女性が剣を向けるも、あっさりバージルに伏せられ、両腕両足に刃を突きつける。

 残った三つ編みの女性は、バージルに首をしめられ、最後は力なくその場に倒れる。

 

 その様子を、エリスは信じられないとばかりに口を抑えて見ていた。

 もう、同じ罪を犯さないと信じていた。なのに彼は今、目の前で再び人殺し()を犯そうとしている。

 本来ならこの時点で、彼女は救いの手を引き、バージルを悪人と見なして地獄へ送らねばならない。だが――。

 

「(何か……何か意味があるんですよね?)」

 

 最後まで希望を捨てきれなかった彼女はバージルを信じ、傷を負う剣士に心を痛めながらも、その様子をジッと見守った。

 

 

*********************************

 

「クッ……チクショウッ……!」

 

 仲間であろう2人を傷つけられ、2人を守るべく立ち上がり剣を振るった男だったが、あと一歩のところでバージルに届かず、彼は地面に仰向けで倒れる。

 そして、彼が意識を手放して目を閉じた時、彼を見下ろす形で立っていたバージルは――。

 

 

「……それが、貴様の力か」

 

 どこか満足そうに笑うと、刀を納めた。そして懐から瓶を3つ取り出し、3人の身体に瓶の中に入っていた粉を振りかける。

 あれは、回復効果のある粉だ。それを瓶の中身が無くなるまでかけたバージルは、空になった瓶を捨て、この場から立ち去っていく。

 

「……バージルさん……」

 

 独り立ち去っていく彼の後ろ姿を見て、エリスは笑顔になる。

 あぁ――やっぱり彼は、罪を犯さなかった。

 そして彼女は潜伏スキルを使ったまま、バージルにバレないよう先回りしてアクセルの街に向かっていった。

 もう一度、久しぶりにバージルと話すために。

 

 

「おかえり、バージル」

 

 

*********************************

 

「……で、叩き直した結果、どうだった?」

「……魔剣を扱う者として、あまりにも技術が乏しすぎる。剣の腕はにわか仕込みもいいとこだ。いかに魔剣の力に甘えていたかが手に取るようにわかる」

 

 アクセルの街、エリスはバージルの後ろを歩きながら彼と話をする。

 先程の男について聞いてみると、口から出たのは、どれも本人が聞いたら耳が痛くなるような辛口評価ばかり。

 相変わらずだなぁと苦笑しながら聞いている中、バージルはそこから少し間を置くと、

 

「だが……最後のは悪くなかった」

 

 バージルは、最後にポツリとそう呟いた。

 背中を向けているため表情はわからないものの、彼の言葉にエリスは少し優しげな印象を覚え、またも笑顔が溢れた。

 

「(バージルさん……やっぱり貴方は――)」

 

 心の中で、エリスは呟く。

 ほとんど確信に近いものだったが、まだそう言い切ることはできない。

 あの時、タナリスから渡されたものは、あくまでバージルの記憶。あれからは、彼の『心』が読み取れない。

 それを知るためには、聞く必要がある。もう一度――それも彼の口から、彼の物語を。

 いつか聞けたらいいなと思いながら、彼女はトコトコとバージルの後をついていく。

 

 

 ――今宵、その機会が訪れるとは知らずに。

 




ちゃっかり坊やの母親について書いていましたが、公式設定が出たら即変えるつもりです。
そして、多分わかりきっていると思うので言いますが、今作のメインヒロインはエリス様です。
二次創作では高い確率でメインヒロインになっている気がしますが、ここも例に漏れずそうなりました。
彼女と同じく聖母なキリエは無事結ばれましたが、エリス様はどうなるか未定です。


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第17話「This trashy world ~このくだらない世界で~」★

 ――今からおよそ2千年前。

 人間界の平和は、魔界の進攻によって砕かれた。戦いが日常と化している混沌の世界で戦い続けてきた悪魔達に、平和な世界で暮らしてきた人間が勝てる筈もなく、為すすべもなく人間達は殺され続ける。

 もはや魔界の勝利は決定的と思われた時……1人の悪魔が正義に目覚め、魔界の軍勢に立ち向かった。

 

 彼の名は、スパーダ――伝説の魔剣士。

 

 彼は、たった1人で悪魔達に立ち向かい、圧倒的な力で彼らをねじ伏せた。そして、魔界の軍勢を率いていた魔界の王――魔帝ムンドゥスを封印し、人間界に勝利をもたらす。

 その後、彼は人間界に残り、人間達の平和な世界を見守り続けた。その中で、彼と、彼が愛した女性――エヴァの間に2人の子供が生まれる。

 

 1人はダンテ――1人はバージルと名付けられた。

 

 平和な人間界で、幸せな家庭を築いていくスパーダ。だがしかし、彼は突如として家族の前から姿を消す。

 母のエヴァと双子は、再び家族4人で食卓を囲む日を待ち望む。

 

 

 ――しかし、その日が来ることはなかった。

 

 突如、彼らのもとに魔帝が差し向けた悪魔が現れ、襲撃を受ける。双子を逃がそうとする最中、エヴァが悪魔によって殺害された。

 なんとかダンテを逃がし、悪魔との戦いを終えた後、殺された母の亡骸を見て、バージルは心に誓う。

 

 ――悪魔の――スパーダの力を得ることを。

 

 そしてバージルは、悪魔として生きる道を選んだ。邪魔をする者は、誰であろうと容赦はしない。悪魔だろうと、人間だろうと、子供だろうと、女だろうと、協力者だろうと。

 

 

 ――たとえ、血を分けた兄弟であろうとも。

 

 バージルは力を得るために。ダンテは兄を止めるために。スパーダの血を受け継いだ2人は剣を交えた。

 家族として生きていた、あの頃の兄弟喧嘩とは違う。己の全てを賭けた魂の戦い。

 人間界のみならず魔界をも揺らした2人の戦い。3度の死闘を経て、その戦いは終わりを告げる。

 

 勝ったのは、誇り高き魂を受け継いだ者――ダンテだった。

 

 彼に敗れ、魔界に取り残されたバージルは、その奥底で対面する。

 

 魔界の王――魔帝ムンドゥスと。

 

 彼は魔帝に立ち向かったが、魔帝を討つために必要な魔剣スパーダがない上に、ダンテとの戦いで傷を負っている。そんな彼に、勝機など存在しなかった。

 数多の悪魔を切り伏せてきた閻魔刀さえも折られ、バージルは魔帝に殺される結果となった。

 しかし、魔帝は死亡したバージルを消滅させなかった。惜しい力だと考えた魔帝は、まるでスパーダを侮辱するかのように、彼を操り改造し、新たな悪魔として迎え入れた。

 

 漆黒の鎧を身に纏い、巨大な剣を振るう悪魔騎士――ネロ・アンジェロとして。

 

 あの世へ行くことも許されず魂を囚われ、魔帝の駒となってしまった彼は、数年の時を経て、マレット島と呼ばれる場所で再びダンテと剣を交えることとなる。

 過去にバージルを倒した時よりも成長したダンテと、互角の戦いを繰り広げるバージル。3度の死闘を経て、遂に決着が訪れる。

 

 ――バージルは再び、ダンテに敗北した。

 

 バージルが断末魔を叫ぶと共に、彼の肉体が消滅していく。残されたのは、彼が肌身離さず持っていた金色のアミュレット。

 

 ――そして、彼の魂はこの世から完全に消え去った。

 

 

*********************************

 

「……その後、俺は女神に導かれ、この世界に来た」

 

 どれだけの時間、話していただろうか。この世界には時計という物がないから時間を確認できないが、優に1時間は経っただろう。

 それほどまでに長く、そして濃密されたバージルの物語。話し終えた彼は、フゥと息を吐く。

 彼の前に立っていた女神エリスは、終始優しく微笑んだまま、黙ってバージルの話を聞いていた。

 

 ――何が目的で、生前の話など聞いてきたのか。

 大方、地獄送りにするか否かの判断材料として聞いたのだろうと、バージルは推測する。

 そして彼の口から出たのは、とても良き働きをしたとは言えない、大罪人の物語。そもそもこの世界に来る前に、タナリスから地獄行きだと伝えられていた。

 

 きっとこの女は、今にも女神の力を使って自分を地獄に強制連行するだろう。

 そう思っていた彼は、いつ攻撃されてもいいように、ずっと刀を握っていたのだが……。

 

「(……地獄……か)」

 

 それも一興か――と、バージルは刀を握る力を弱めた。

 この世界には、魔界の連中のような歯ごたえのある敵は数少ない。それならば、悪魔どもがひしめき合っている地獄の方が楽しめるだろう。

 まだ見ぬ魔王や特別指定モンスター、魔王軍幹部を狩れないことと、新しく手にした刀を手放すのは惜しいが、仕方のないことだ。

 途中、ふとカズマ、アクア、めぐみん、ダクネス、そしてクリスの顔が浮かび上がったが……奴等など知ったことかと、バージルは自分に言い聞かせる。

 

 地獄に行く覚悟は決めた。やるならさっさと送ってくれと思いつつ、エリスを睨む。

 すると、バージルと目を合わせていたエリスは、ゆっくりと目を伏せ――。

 

 

「……よかった」

「……?」

 

 両手を胸に当て、安堵するかのように息を吐き、そう呟いた。

 何故彼女は安心したのか。今の話を聞いて出た感想が「よかった」とはどういうことなのか。

 彼女の言動を不思議に思っていると、エリスは伏せた目を開き、バージルを真っ直ぐ見つめて言葉を続けた。

 

 

「やっぱりバージルさんは……人を求めていたんですね」

「……何だと?」

 

 それは、予想だにしていなかった言葉。

 エリスの言葉を聞いてバージルは眉を潜めるが、彼女は構わず話を進める。

 

「この世界に来る前、貴方は悪魔として生き続けた……しかしダンテさんとの戦いを通じて……悪魔として生き続けた果てに、人間を知ったのではないですか?」

「……」

「本来なら、そこで貴方は地獄へ行く筈だった……しかし、タナリス先輩によって思わぬチャンスが訪れた。この世界で、ダンテさんが得た人間の力を知り、手に取ることができるチャンスを……本心ではそう思っているのに、悪魔として生きた自分がそれを許さない……それが、今のバージルさんなんですね」

「……笑い話(ジョーク)のつもりか? 俺は一度も人間の力など求めたことはない」

 

 自分を看破したつもりでいるエリスに、バージルは冷たい声で言葉を返す。

 

 彼が最も嫌っていること。それは、自分が人間だと言われることだ。

 人間は脆弱な生き物だ。1人では自分の身を守れる力さえ持たないにも関わらず、誰かを守るなどと豪語する、身の程知らずで愚かな生き物。

 だから自分は強さを求めるために、弱さを――人間を捨てた。

 

 なのにこの女は、自分が人間の力を求めているなどと、馬鹿げたことを言ってきたのだ。

 これ以上自分を侮辱するつもりならば、今すぐ刀を抜いて彼女の首を斬り落とすまで。

 

 

 ――そう、思っていたのに。

 

「ならどうして、貴方は父の剣ではなく、母のアミュレットを選んだのですか?」

「……ッ!」

 

 エリスが放った言葉に、バージルは初めて動揺を見せた。

 彼女が言っていることは他でもない。あの時、初めてダンテに負けた時――父の剣『フォースエッジ』を捨て、母のアミュレットを選んだ、魔界の底に落ちる前のこと。

 しかし、そのことをバージルは話していない、彼女が知っている筈のないことだった。

 

「貴様……何故それを……」

「すみません……勝手ながらここへ来る前に、貴方の記憶をタナリス先輩から見させてもらいました」

「……チッ」

 

 どうしてそのことを知っていたのか。その理由を聞き、余計なことをしてくれたタナリスを恨むように、バージルは舌打ちをする。

 

「それにバージルさん、ダンテさんが自分を倒したことを話す時……憎たらしそうに話してましたが、どこか少し……嬉しそうでした」

 

 そう話し、エリスはクスリと笑う。

 何故自分の記憶を知っていながら、生前の話を聞いてきたのか、彼女の言葉を聞いてその疑問が晴れた。

 彼女は、バージルの話を聞いていたのではない。話す時に見える、彼の心を見ていたのだ。

 笑顔で見つめてくるエリスを見て、バージルは黙って彼女から目を逸らす。

 

「そして、バージルさんは話しませんでしたが……あの世界から去る直前、笑っていましたよね? 父のように、悪魔と人間の力を持ったダンテさんを見て……」

「……」

 

 エリスにそう問われたが、バージルは口を開かない。肯定もしなければ、否定もしない。

 

「ダンテさんと何が違うのか。どうしてダンテさんは強かったのか……もう、わかっているんじゃないですか? だから、人間に歩み寄ろうと……」

「戯言を。俺が人間に歩み寄るなど――」

「ならどうして、私達を斬ろうとしないんですか?」

「……ッ」

 

 否定しようとすれば、エリスは矛盾を突いてくる。

 まるで、バージルの全てを見透かしているかのように。

 

「どうして、人間を斬ろうとしないんですか? どうして、私達と一緒にいてくれるんですか?」

「……貴様等が、まだ利用価値のある人間だからだ。不必要になればいつでも斬り捨てる」

 

 エリスの問いかけに、バージルは少し間を置いて答える。彼女から目を背けたまま。

 バージルの返答を聞いたエリスは、小さくため息を吐くと、もう一度問いかけた。

 

「では何故、デュラハンに悪魔だと……貴方は寂しそうな顔で答えたんですか?」

「……ッ!」

 

 それは、バージルがベルディアと戦った後、ベルディアが死ぬ間際に問いかけてきた時のこと。

 彼の問いに、バージルは少し間を置いて答えていた。まるで、迷いを見せるかのように。

 

「迷って……いるんじゃないですか? 本心と、悪魔として生き続けた自分……どちらを選ぶか……」

「……俺は……迷ってなどいない。俺はこれからも悪魔として生き続ける。人間の力など……」

「なら、どうしてあの剣士の力を見て、刀を納めてくれたんですか?」

「……ッ」

 

 バージルは、どこか歯切れが悪そうに答える。するとエリスは、畳み掛けるようにすかさず次の質問をぶつけてきた。

 

 あの剣士――ミツルギの最後の意地。人間の力を見たバージルは、満足そうに笑って刀を納めた。それどころか、彼を含む3人の傷を治してくれた。

 

「彼の話をした時……最後のは良かったと、少し嬉しそうに言ってました」

「……黙れ……」

「バージルさんは、自分に正直になれていないだけなんです。だから――」

「黙れッ!」

 

 ガタリと、バージルは椅子から立ち上がる。勢いで椅子が後ろに倒れたことなど気にも止めず、バージルは机を迂回してエリスの前に立つ。

 

「これ以上、俺を侮辱するつもりならば……斬る……」

 

 今まで見たことのない――殺意を剥き出しにした目を見せて。

 バージルは右手で刀の柄を持ち、鞘からキラリと光る刀身を見せる。彼の神速を越える抜刀術には、悪魔だろうと天使だろうとついてくることはできない。

 しかし、エリスは怯えるわけでもなければ警戒するわけでもなく、ただただバージルを優しく見つめている。

 

 そして、両手を胸に当てると――慈愛に満ちた微笑みを見せ、口を開いた。

 

 

「……素直に……なりましょう?」

「――」

 

 

 ――気付けば、バージルは刀を抜いていた。

 

 

*********************************

 

 ――誰もが寝静まっているであろう夜。街の外からは一切の物音が聞こえない。

 その街の中にある、静けさが立ちこむ1つの家。2階の窓から月の光が差込み、1階の床を照らしている。

 光の中心に立つのは、神秘な雰囲気を纏う、月の光に包まれ微笑む女神――エリス。

 それとは対照的に、月の光が届かない暗闇に立っている男。

 

 

「……グッ……!」

 

 抜いた刀を、エリスの首元ギリギリで止めていた――バージル。

 否、止めているのではない――動かせないのだ。

 

「(何故だ……何故斬れない……!?)」

 

 バージルは必死に刀を持っている手と腕に力を込めているが、刀はピクリとも動かない。

 エリスが女神の力を使っているわけではない。彼女は一切魔力を使わず、その場に突っ立っている。

 

 まるで――ここから先に踏み込めば、もう二度と帰ることはできないと、目に見えぬ誰かが警告しているかのように。

 

 ダンテに負ける前の彼ならば、容易く彼女の首を撥ねることができただろう。

 しかし、彼には――ダンテが持つ人間の力を見、相対したことで迷いが生じている今の彼には、斬れなかった。

 

 

 ――かつての母と同じ笑顔を見せるエリスを、斬ることはできなかった。

 

「……ッ」

 

 しばらくして、バージルは刀をエリスのもとから離すと、左手に握っていた鞘の中に納める。

 それを見たエリスは、まるでバージルが最初からそうするとわかっていたかのように、ニコリと笑った。

 気に食わん女だと思いつつも、バージルは刀を持ったまま、机に腰掛けるようにもたれる。

 

 ――ここまで真正面から、自分と向かい合ってきた女は、母、フォルトゥナで出会った女に続いて3人目だ。

 だからだろうか、それとも彼女が女神だからなのか。もう隠すことができないと思ったからだろうか。

 それとも――今を逃せば、もう二度と機会は訪れないと感じたからなのか。

 

 

 バージルは――あの日からずっと隠してきた本心を、エリスに打ち明けた。

 

 

「……俺の記憶を見たのならば、知っているだろう。俺が何度、ダンテと剣を交えたか」

 

 バージルの言葉を聞き、エリスは静かにコクリと頷く。

 

「……最初に奴と戦った時は、何もかも俺の方が上だった。奴が悪魔の力を開放した後でも、それは変わらなかった……しかし、最後の戦いだけは別だった」

 

 バージルは、自分の右横腹に手を置く。

 魔界のどこか――激流が流れる鍾乳洞のような場所。あの戦いは……あの時のダンテの力は、今でも脳裏に焼き付いている。

 

「奴は、遥かに強くなっていた。いくら奴が悪魔の力をコントロールしようとも、たった半日であそこまで力の差を埋めるなどありえない。しかし、俺が悪魔の力を使い、全力でぶつかろうとも……奴は、俺を超えてきた」

 

 ダンテとバージル――スパーダの力を受け継いだ2人の力、センス、成長速度……どれもが同じだった。

 唯一違ったのは性格。バージルは真面目に鍛錬に励み、ダンテは時々サボろうと父親から隠れていた。

 そこで生まれた力の差は、お互いに成長した頃も変わらなかった。バージルが悪魔として力を身につけていたのもあるだろうが、塔の上で戦った時――塔の地下で戦った時、確かにバージルの方が力は上だった。

 ならば何故、ダンテは最後にバージルを超えることができたのか?

 

「この世界に来てから、俺は何度も考えていた……何故、奴はあれほどまでに強くなったのか……しかし、辿り着く答えはいつも同じだった」

 

 その答えはただ1つ。

 バージルは捨て――ダンテは受け継いだ物。

 

「奴は、俺にはない力を得ていた。かつて俺が捨てた力……人間の力を。くだらない力だと思っていた……人間の力など、悪魔の力と比べれば脆弱で価値のない物だと……だが俺は、そのくだらない力に負けたのだ」

 

 ダンテとバージルは、悪魔であるが人間でもある。その人間の部分をダンテは切り捨てず、受け継いだのだ。

 弱くて脆い人間の力――しかしそれは、かつて魔界の軍勢と1人で立ち向かい、魔帝を封印することができたスパーダが、人間界で得た力そのものだった。

 

「本来ならばそこで、俺の生は終わりを迎えていた。しかし、あの女の気まぐれで、俺は再び生を受けた。記憶と身体をそのままにな」

 

 だが、それを知った時にはもう彼は死んでいた。魔帝に殺され、操られ、そして成長したダンテによって魂が解放され、地獄へと行く筈だった。

 なのに、彼は女神タナリスによって、もう一度生きるチャンスを与えられた。憎たらしくも、記憶も身体も引き継いだ状態で。

 

「その時から俺は考え、迷っていた……人の力とは何か? 何故ダンテは得られた? ……そう考える内に、心のどこかで人間の力を求めていたのだろう」

 

 ダンテは人間の力を受け継ぎ、自分を超える程に強くなった。スパーダも、人間の力を持っていたからこそ魔帝を封印できた。

 ならば自分も、人間の力を得れば強くなれるのだろうかと、人間の力に気付いた彼は迷っていた。

 だが――。

 

「しかし……悪魔として生きてきた俺が、それを認めなかった。許さなかった。今更人間を求めるなど……おこがましいにも程があるとな」

 

 自分は悪魔として生き、多くの人間を殺してきた。何人殺したか数えるのも億劫になるほどだ。

 そんな自分が、別の世界で心機一転して人間の力を求めて生きるなど、できるわけがない。許される筈がないのだ。

 

 バージルが初めて語った本心。それを親身に聞いていたエリスは目を伏せ、口を開く。

 

「……確かに、バージルさんは生前、あまりにも多くの人を殺め、混沌に陥れようとしました……その罪は、決して許されるものではありません」

「……」

 

 エリスの言葉を聞き、そうだろうなとバージルは心の中で呟く。

 この罪を償う方法は1つ――地獄へ行き、贖罪を受けるしかない。

 

 

 

「だから――女神としてこの私が、貴方に罰を与えたいと思います」

「……何っ?」

 

 その筈なのに、エリスは伏せていた目を開けると、自ら罰を与えるとバージルに宣言した。

 地獄へ行くものかと思っていたバージルは、内心少し驚きながらもエリスに尋ねる。

 そしてエリスは、降ろしていた両手を再び胸に当て、優しい声でバージルに告げた。

 

 

「この世界の冒険者として生き……その力を、人のために使ってください。決して、自分のためだけに使おうとしないでください……それが、この世界で一生受けていく罰です」

 

 ――生きて、と。

 

「嫌だ、なんて言わせませんよ。これは私が女神として、大罪人である貴方に課した、れっきとした罰なんですから」

 

 願いのように聞こえる罰を告げた彼女は、バージルに近寄りながら言葉を続ける。

 

「けど……今すぐに、とは言いません。少しずつでいい……この世界の人間達に、歩み寄ってください。大丈夫、バージルさんならできますよ」

 

 エリスはバージルの右手を両手で持つと、彼の手のひらを上に向かせ、包み込むように自分の手を置く。

 

「自分の歩んでいる道が間違いだったと気付き、正すことができるのは、人間の素晴らしいところです。そしてバージルさんは今、間違いに気付き、正そうとしている」

 

 バージルの手を包んだまま、エリスは母親のように優しく語りかける。

 

「――『Blessing(祝福を)』」

 

 彼女がそう呟いた途端、2人の手の間から白い光が漏れた。

 手のひらからは暖かい感触を覚え、バージルでさえも少し心地よさを感じるほどだ。

 しばらくして光が収まると、エリスはスッと手を離す。

 

「そして、悪魔でありながら人でもあるバージルさんにしかできないことを……道を歩んでいけると……私は信じています」

 

 バージルの手のひらに――蒼い宝石と、それを包むような銀色の天使の羽で装飾された――アミュレットを置いて。

 そのアミュレットには、微かに女神の――目の前にいる、女神エリスの力が宿っていた。

 女神からのささやかなプレゼント――いや、贖罪者の印とも言うべきだろうか。

 それを渡したエリスは照れくさそうに頬を染め、ニコリと笑っている。

 

 この世界で生きる――罰を受けるべきか否か。もっとも、大罪人であるバージルに選択権などなかったのだが。

 エリスに罰を言い渡された時、彼は心のどこかで――ホッとしてしまった。その時点で、答えはもう決まっていた。

 

「……女神であるにも関わらず、大罪人を現世に残し、更には罰と称して悪魔へ祝福を送るとは……」

 

 エリスから受け取ったアミュレットに視線を落としつつ、バージルは呆れるように呟き――。

 

「……愚かな女だ」

 

 魔剣スパーダを手にしたダンテを見たときのように――笑った。

 

 

*********************************

 

 ――夜の街を照らしていた月は姿を隠し、日はまた昇る。

 山の向こうから顔を出した太陽がアクセルの街を照らし、そこで暮らしている人々が次々と目を覚ます中――。

 

「……ムッ……」

 

 この男――バージルも目を覚ました。

 バージルはベッドから起き上がると、傍にかけてあった青いコートを手に取り、階段を降りていく。

 

 昨日の夜――話を終えたエリスは、クリスの姿になって家を出た。やましいことなんて何一つしていない。もっとも、この男はその気など全くなかったのだが。

 バージルは青コートに袖を通しながら1階へ降りる。

 いつもと変わらない朝――しかし、ここまで清々しい朝は、この世界に来てから……いや、以前の世界も含めて初めてだった。

 

 ――とその時、扉を軽く叩く音がバージルの耳に入る。

 

「……?」

 

 こんな朝早くに来客とは珍しい。クリスだろうかと思いながら、バージルは扉に向かって歩く。

 そして扉を押し開け、ノックをしてきた来客を見た。

 青と黄色の装飾の鎧を身にまとい、腰元に1本の剣を付けた茶髪の男。

 

「……貴様は……」

「昨日ぶりです、バージルさん」

 

 昨日、バージルが叩き直してやったソードマスター、御剣響夜だった。

 彼の後方10メートル先では、何やら怯えた表情でバージルを見ているミツルギの取り巻き2人が待機している。

 一方は刺し殺しかけられ、一方は締め殺しかけられたのだ。バージルにトラウマを持っていても無理はないだろう。

 

「これ、落し物ですよ」

 

 しかし、同じく殺されかけた筈のミツルギは、決して怯える様子を見せず、懐から3つの空き瓶を取り出してバージルに見せてきた。

 それは、バージルが3人を回復させるために使った、回復の粉が入っていた瓶。これを返すためだけにわざわざ来たのだろうか。

 

「そんな物は知らん」

「そうですか……なら、僕達が預かっておきますね」

 

 バージルの返答を聞いたミツルギは、わかっているかのようにイケメンスマイルを見せて、瓶を再び懐にしまう。

 用はそれだけかと思い、バージルが扉を閉めようとした時――ミツルギは、バージルに頭を下げてきた。

 

「バージルさん、ありがとうございました」

 

 頭を下げたまま、ミツルギはバージルに礼を告げる。

 

「バージルさんと戦ったお陰で、いかに自分が魔剣に頼っていたかを思い知りました……まともに戦える力も無しに、仲間を守るだなんて言い張って……身の程を知れって話ですよね」

 

 頭を上げたミツルギは、あの時の自分がいかに無力であったかを、自分に言い聞かせるように話す。

 ……もっとも、あの戦いは相手が悪すぎたとしか言えないのだが……。

 そんなミツルギを見たバージルは、扉を閉めようとした手を止め、黙って彼の話を聞き続ける。

 

「なので、今日からまた……この街から、3人で旅をやり直そうと思っているんです。武器も防具も見直して……本音を言えばレベル1からやり直したいんですけど、レベルドレインなんてスキル持ってる味方キャラなんて、この街にはいないでしょうし」

 

 再び駆け出し冒険者からやり直すと、バージルの前でミツルギは宣言する。

 そう話した彼の顔は、以前見た時とはまるで別人になっており、どこか清々しさを覚えた。

 

「後ろの2人にはこれから話すところで……まずはバージルさんに話したいと思って、街の人にバージルさんの家を聞き、伺わせてもらいました」

「……そうか」

「……改めてバージルさん、本当にありがとうございました。またいつかお会いしましょう」

 

 ミツルギは再び頭を下げると、別れの言葉を告げてバージルに背を向ける。

 そして、ミツルギが後方で待機していた仲間のもとへ行こうと歩き出し――。

 

「待て」

「……はい?」

 

 バージルは短く言葉を発し、ミツルギを呼び止めた。

 呼び止められるとは思っていなかったのか、ミツルギはどうしたのかと疑問に思いつつ後ろを振り返る。

 彼が足を止めたのを見たバージルは、ミツルギから背を向けて家の中に入っていった。ミツルギは首を傾げながらもその場で待つ。

 しばし待っていると、再びバージルが家の中から出てきた。

 

 両手に、浅葱色の大剣――魔剣ベルディアを持って。

 

「……この魔剣を貴様にやる」

「えっ!?」

 

 まさかのプレゼントを目の当たりにし、ミツルギは目を見開いて驚いた。

 バージルが持ってきたのは、昨日の夜、戦っていた時も彼が背負っていたもの。

 しかし、まさか自分が持っていた物と同じ、魔剣と呼ばれる物だとは思っていなかった。

 

「えっ……い……いいんですか!? いやでも、僕は魔剣に頼らない力を身に付けると誓って――」

「いいからさっさと受け取れ」

「は、はいぃっ!」

 

 これを受け取るべきか否か。バージルの前で葛藤していたミツルギだったが、脅すように黙って取れとバージルに言われ、すぐさま受け取ることにした。

 太陽の光が反射してキラリと光る魔剣を見て、ミツルギはゴクリと息を呑む。そして、ゆっくりと魔剣に手を伸ばし――。

 

「――渡す前に言っておく」

「……?」

 

 魔剣が手に触れる直前、バージルが忠告を促すように言ってきた。

 ミツルギは魔剣を取ろうとした手を止め、バージルの言葉を聞く。

 

「この魔剣には、魂が宿っている。それも厄介な魂がな」

「魂……ですか?」

「奴は、真の強者しか認めない男だ。この剣を扱う者が奴の気に入らない者であれば、魔剣は一切力を貸さん。それどころか、逆に魔剣を扱う者の意思を乗っ取り、身体を支配しようとするだろう」

「うっ……」

 

 バージルの話を聞いて、ミツルギは思わず伸ばした手を引っ込めそうになってしまう。

 目の前にあるのは、使用者の意思を取り込み、肉体を奪ってくるという、謂わば呪いの剣だとバージルは言う。

 こんな自分が、本当にそんな魔剣を扱えるのだろうか。

 

 ――だが、そんなミツルギを激励するように、バージルは言った。

 

「決して、魔剣の力に溺れるな。己が力に変えろ。力を支配しろ。その時にこそ、この魔剣は力を貸すだろう」

「……ッ!」

 

 魔剣を扱える力がなければ、強くなればいい。魔剣が身体を奪おうとするなら、抗い、逆に乗っ取ればいい。

 全ては、大切な仲間を守るために――。

 

 ミツルギは意を決し、魔剣の柄を握る――瞬間、ミツルギは一瞬背筋が凍るような感覚に陥った。

 レベルはそれなりに高いものの、魔力に関してはまだまだ未熟な彼でも感じる――絶大な魔。

 今の自分では、いとも簡単にこの魔力に飲まれてしまうだろう。しかし――決して力には溺れたりしない。

 自分には――守るべき者がいるのだから。

 

「――はい! 師匠!」

「ムッ……」

 

 ミツルギは魔剣ベルディアを強く握り締め、元気よく声を上げる。予想だにしていなかった呼び方で呼ばれ、バージルは少し驚いた。

 その間に、ミツルギは魔剣を手にしたまま仲間のもとへ走っていく。

 

「ちょっとちょっとキョウヤ!? アイツ私達のことぶっ刺してきた奴だよ!? なんであんな仲良さそうに話してんの!?」

「そ、それにその剣……あの人が背負ってたヤツだよね……それ多分ヤバイやつだよ! 別の剣に替えようよ!?」

「ハハ……まぁヤバイといえばヤバイかな……でもこれじゃなきゃダメなんだ。それと、一旦宿に帰ってもいいかな? 2人に話しておきたいことがあるんだ」

 

 ミツルギは仲間の2人と話しながら、バージルのもとから離れていく。

 遠くなっていくミツルギの背中を見ながら、バージルはため息を吐いた。

 

「……師匠……か」

 

 そんな風に呼ばれる日が来ようとは思ってもみなかった。前の世界では弟子を取るどころか、誰かに何かを教えるなどしたことがない。

 ましてや、あのように誰かへ授け……人間と関わりを持つことなど。

 

 ――しかし――。

 

「……悪くない」

 

 バージルはフッと笑いながら呟き、扉を閉めて家の中に戻る。

 そして、今日もクエストへ行くために支度を始めた。

 

 

*********************************

 

 ――ダンテに敗れ、魔界に落ちたバージルは、単身魔界の軍勢に挑むも敗北。彼は魔帝に操られ、ネロ・アンジェロとなり、数年後、マレット島にて再びダンテと剣を交える。

 3度の死闘を経て、再びダンテに敗れたバージル。魔帝から開放された彼の魂はこの世から消え去り、地獄へいくのもかと思われた。

 

 ――が、彼の魂は地獄に行かず、1人の女神のもとへ呼び寄せられる。

 女神は言った。「地獄へ行くか、異世界へ行くか」

 伝説の魔剣士の息子であり、人々を混沌の渦に巻き込んだ大罪人。冒険者として彼は求める。

 

 

 ――悪魔の力を――人間の力を。

 

 

「――I need more power(もっと力を)!」

 

 

 このくだらない(素晴らしい)世界で――。

 




最終回みたいな勢いですが、私もそのつもりで書きました。エタった時の予防線ともいう。
というわけで、第2章最終回でした。これにてシリアスは一旦終わります。次回からはいつも通り……あれ?いつも通りって何だっけ……?

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とりあえず、こんな感じで日常回を書いていきたいと思います。
因みにこのラフ画はのん@挿絵描くマン様が、挿絵を依頼した際に勝手に描いてくださいました。マジで何考えてんだ(ありがとうございます)
私のページの画像管理にURLを貼り付けておりますので、絵の感想は是非ともそちらへ。


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第3章 守る力と闘う力
第18話「この異世界に新店舗を!」★


 ――秋。それは食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋と、人によって様々な色を見せ、冬の知らせを待つ季節。

 この世界にも秋が到来し、冒険者達は寒い寒い冬に備えるため、今日もクエストに出かけている。対するモンスターも、冬眠に備えて活発に活動していた。

 そんな、あちらこちらも騒がしい季節の時期。

 

 

「……Humph……」

 

 この男――バージルはとても困っていた。

 特別指定モンスターどころか魔王軍幹部さえもソロで倒せる、もうあいつ1人でいいんじゃないかなと言える実力を持ちながら、高い知力を合わせ持つ彼に、困ることなんてあるのだろうか。

 

 否――1つだけある。

 

 

「(……鉱石が足らん……)」

 

 刀の維持に使う為の、鉱石だった。

 雷刀アマノムラクモは、バージルの要望通り頑丈な設計がなされているが、一切傷がつかないわけではない。使い続ければ刃が綻び、欠けることもある。

 

 そう、以前バージルが使っていた愛刀――閻魔刀のようにはいかないのだ。

 うっかり閻魔刀を使う感覚で、魔力を込めて振ったこともあり、刀が追いつかず壊れることもしばしば。

 その度に、バージルは鍛冶屋ゲイリーのもとへ行って修復してもらうのだが……そのためには、多くの鉱石と電気系のモンスターの素材が必要となる。

 

 モンスター素材は問題なく回収できるのだが……そう、鉱石が集まらない。まるで、物欲センサーに四六時中監視されたハンターの如く。

 石ころや鉄鉱石ならたんまりあるが、当然そんな物はアマノムラクモの修復に使えない。

 完璧主義なバージルとしては、少しの欠けも気になるので、すぐにでも直したいところなのだが、鉱石がなければどうすることもできない。

 

「(……他の奴から集めるか……)」

 

 そこで、バージルは考え方を変えてみる。自分で集められないのならば、他の冒険者から集めればいい。

 1番手っ取り早いのは、鉱石を高く買い取ることだが……鉱石にあまり金は使いたくないので除外。まだまだ大量に金はあるのに。この男、意外と守銭奴である。

 金以外の等価交換で鉱石を得るとしたら何が良いか……そう考えていた時、1つの案が頭を過った。

 

「(……また、奴の真似事になるのは癪だが……)」

 

 それは、かつての自分なら即刻消していただろう案。

 しかし、今の自分には必要だと思える案を。

 

 

*********************************

 

 

 ――コンコンッと、バージルが住む家の前にいた人物は、軽く扉をノックする。

 しかし、家の中からは声が聞こえず、扉も開かれる様子を見せない。

 

「おかしいなぁ……鍵は開いているから、バージルさんもいると思うんですけど……失礼しまーす」

 

 そう呟いた銀髪ショートの女性――クリスに扮したエリスは、一声かけてから家の中に入る。

 整理整頓された清潔な部屋を見渡すが、バージルの姿は見当たらない。やはり留守なのだろうか。

 

「バージルさーん。いませんかー?」

 

 しかし、几帳面な彼が鍵をかけ忘れて外出することは考えられない。エリスは部屋の中でバージルを呼んでみる。

 するとその時、部屋の奥から物音がしたと思いきや、その先にあった扉がガチャリと開いた。

 

「……エリスか」

「あっ、バージルさ――」

 

 そこから、バージルの声が聞こえてきた。彼の声を耳にしたエリスはそちらへ顔を向け――。

 

「――って、ななななんで上半身裸なんですかーっ!?」

 

 バージルの鍛え上げられた身体を目撃してしまい、顔を真っ赤にして叫び、すぐさまバージルから目を背けた。

 風呂にでも入っていたのだろうか。彼の髪は乾いておらず、いつものオールバックな髪も降ろされ、彼の弟と瓜二つな髪型になっている。

 そして、上半身は何も着ていないトップレスで、あるのは首にかけたタオルとエリスが渡したアミュレットのみ。結果、奥様もウットリな引き締まった身体をガッツリ露出させていた。

 一応、しっかり下は履いているのだが……この女神様には、上半身だけでも刺激が強過ぎたようだ。

 

「……何をそんなに動揺している?」

「いいから早く服着てください! 早く! 今すぐにっ!」

 

 

*********************************

 

 

 しばらくして、バージルは髪を乾かしいつものオールバックに戻すと、黒い服と青いコートを纏って浴室から出る。

 バージルが椅子に座る前で、エリスは季節が秋であるにも関わらず、両手でパタパタと顔を仰いでいた。

 

「で、何の用だ」

「なんでそんな普通に話せるんですか……もうっ……」

 

 あんな事が(バージルにとっては何でもない事だが)あったにも関わらず、平然と話を進めるバージルに、エリスは呆れるようにため息を吐く。

 もう文句を言っても仕方ないだろう。そう思ったエリスは気持ちを切り替え、バージルに用件を話し始めた。

 

「今日も『神器回収』を手伝ってもらおうと思いまして」

 

 『神器回収』――それは、以前までエリスが『お宝探し』と称していた仕事だ。

 バージルは、クリスが女神エリスだということを知っている。ならば、彼にはもう隠す必要がないだろうとエリスは判断し、お宝探しの真の目的を話していた。

 

 この世界に転生させられた者達――その中でも、とある異世界の、エリスの先輩が管理していた国の若者達。

 彼らが転生前に女神から、様々な武器や防具を特典として受け取っているが、その中でもとりわけ強力な物を『神器』と呼ぶ。

 それらは、この世界のバランスを崩す程に強大な力を秘めている。そういったチートじみたものを転生特典にするのはダメだと天界規定で言われていた筈なのだが、どうやらエリスの先輩は忘れていたらしい。

 一応、神器は持ち主にしか扱えないように施されているのだが、完全に使えないわけではない。少し能力が低下するものの、他者にも扱うことができるのだ。

 

 そして、この世界には持ち主が死亡した、または不意の事故で手放す羽目になり、持ち主のもとから離れてしまった神器が数多く存在する。

 完全に力は引き出せないにしろ、その片鱗だけでも強力な神器。それが邪な者の手に渡れば、必ず災いが起きてしまうだろう。

 その為、エリスは盗賊に扮して下界に降り、お宝探しと称して神器を回収していたのだ。

 

 ……因みに、ちゃっかりバージルはクリスのことをエリスと呼び、エリスはクリスの格好でありながら口調が素になっているが、彼女が女神だと他の者にバレてしまうのは混乱を招くので、こういう2人だけの時にしかやっていない。

 2人きりに限り呼び方や口調を変えるなど、傍から見れば恋人のそれである。もっとも、バージルにその気は雀の涙ほどもないだろうが。

 

「悪いが今日は忙しい」

「あら、珍しい……理由を聞いてもいいですか?」

 

 神器回収の誘いには必ず乗ってくれた彼だったが、今日は珍しく断られた。気になったエリスは、その訳を尋ねてみる。

 対するバージルは、いつものように腕を組みつつ答えた。

 

 

「――便利屋を開こうと思ってな」

 

 

*********************************

 

 

「……で、鉱石を集めるのを主な目的とし、報酬は金以外でも構わん便利屋を経営しようと考えた」

「(鉱石集め、だなんて言ってるけど……バージルさんなりに、人と接しようとしているんですね……素直じゃないなぁ)」

「……何を笑っている」

「いえいえ、なんでもありませんよ」

 

 バージルが便利屋を開くことになった経緯を聞き、その真意を汲み取っていたエリスは小さく微笑む。

 そんな彼女が気に食わないと思ったのか、バージルはフンッと鼻を鳴らした。

 

「とにかく、今はその準備で忙しい。店の名前もまだ決めていないからな」

「名前……ですか……」

 

 店の名前は、謂わば顔だ。親しみやすく覚えやすい名前ならば、街の人にもすぐ覚えてもらえるだろう。その逆も然り。

 今日は邪魔しちゃいけないだろう。そう思ったエリスは、しばらく神器回収は1人でやろうと考え、この場から去ろうと動き出す。

 

「エリス、何かいい名前はあるか?」

「……えっ?」

 

 とその時、バージルから名前の案がないかと尋ねられた。それを聞いたエリスはその場で固まる。

 長いこと女神として生きているが、こういった何かの名前を決めるのは、あまり経験したことがない。

 正直言うと、自信はない……が、折角バージルからお願いされたのだ。女神として、協力者として、ここは1つ自分も名前を考えなければ。

 元から断れない性格の彼女は、思いつかないと言わず、バージルが経営する便利屋にピッタリな名前を考え始めた。

 

 

*********************************

 

 

 ――5分後。

 

「(やっぱりバージルさんの要素を織り交ぜたいですよね……となれば青をイメージさせるような……)」

「……」

 

 

 ――10分後。

 

「(ブルーローズ……ちょっと違うかな? なら今度は悪魔路線の方で……)」

「……オイ」

 

 

 ――15分後。

 

「(ダンスウィズデビル……うーん、なんか違う……悪魔……デビル……うぅーっ……)」

「……思いつかんのなら構わんが……」

 

 あれからかなり熟考しているが、中々良い案が頭に思い浮かばない。

 いい加減待つのが面倒になってきたのか、頭から湯気が出ているように幻視させるエリスを見かねて、バージルは声を掛ける。

 

「――あっ!」

「ムッ?」

 

 とその時、何か名案でも思いついたかのように、エリスはパァッと顔を明るくして両手をパンッと叩いた。

 バージルが少し驚く中、エリスは人差し指を立てると、思いついた名前を告げた。

 

 

「『デビルメイクライ』……なんてのはどうでしょう?」

「……『Devil may cry』?」

 

 彼女が口にした名前案をバージルが復唱すると、エリスは「はい」と言って頷く。

 

「悪魔は、どんなことがあっても泣くことのない種族だと聞いたことがあります。そんな悪魔が……もしかしたら魔王でさえも、泣いて許しを請いてしまうほどの力を持つ、バージルさん……そんな意味を込めてみたんですが、どうでしょうか?」

 

 「血も涙もない悪魔」という言葉を聞いたことはあるだろうか。

 血も涙もないとは、人間とは思えない、残酷で無慈悲な行動や言動を行った者によく言われる言葉だ。それに合わせて、悪魔がよく挙げられている。

 しかし、それは紛れもない事実。エリスが話した通り、悪魔には人間らしい感情など一切ない。怒りや喜びはあれど、悲しみや恐怖は一切ない。当然、それを感じて流す涙などある筈がない。

 そんな悪魔を、恐怖で泣かせてしまうほどの圧倒的な力――その意味を込めた名前。それが『デビルメイクライ(悪魔も泣き出す)』だ。

 彼女の解説を聞いたバージルは、顎に手を当てて少し考える。

 

「……悪くない名前だ」

 

 すると、その名前が気に入ったのか、彼は小さく笑って感想を口にした。

 その言葉を聞いたエリスは、とても嬉しそうにニッコリと笑う。

 

「(本当は……いつかバージルさんが、誰かのために泣ける悪魔になれますように……という意味なんですけどね)」

 

 

 まさかその名前が、既に――しかも、彼の弟が使っていたことなどいざ知らず。

 ここに『デビルメイクライ異世界ベルゼルグ王国アクセル支店』が誕生した。

 

 

*********************************

 

 

 ――それから数日後。バージルはせっせと開店準備を進めていた。

 業者に頼んでもらい、扉の上にこの世界の文字で「デビルメイクライ」と書かれた看板を立て、事務所は完成を迎えた。

 無事開店したところで、エリスは「早速友達に紹介してくる」と言って、街の中へ駆け出した。

 そう、口コミというヤツである。

 クリスから発信し、その知り合いから知り合いへ、またその知り合いから知り合いへと、アクセルの街にオープンした便利屋の名は、段々と広まっていくだろう。

 いずれ来るだろう客人を待つため、バージルはクエストに行かず、ゆったり本を読むことにした。

 

 

 ――そして、エリスが口コミを始めてから数時間後。

 

「……ムッ」

 

 バージルが読書を進めていた時、扉をノックする音が聞こえた。

 まだ1日も経っていないのに、もう依頼人が来たのだろうか。バージルは本を机に置き、扉の前へ移動する。

 そして彼は扉を開け、家の前に現れた人物を見た。

 

 

 ――白と黄色の鎧を纏う、金髪ポニーテールの女性を。

 

「やあ、バージル」

「帰れ」

 

 ダクネスを見た瞬間、バージルは即座に扉を閉めて鍵をかけた。

 

「なっ!? 開けてくれ! バージルが何でもやってくれる便利屋を始めたと聞いて、すっ飛んできたんだ!」

「今日はもう閉店だ。帰れ」

「まだ昼だぞ!?」

 

 ダクネスは扉をガチャガチャと構い開けようとするが、絶対に開ける気はないとバージルは告げる。

 そういえば、彼女はエリス……いや、クリスの知り合いだった。となれば、彼女がダクネスにバージルの便利屋を紹介するのはごく自然なこと。

 ダクネスのことを失念していた自分を恨むように、バージルは独り舌打ちをする。

 

 ――と、もう諦めたのか、扉を開けようとする音が静まり、ダクネスの声は聞こえなくなっていた。

 しかしまだ安心できない。ここで開ければホラー映画よろしくバンッと隙間から手を出し、扉をこじ開けてくるかもしれない。

 バージルは鍵をかけたまま扉から離れ、再び椅子に座る。そして、先程まで読み進めていた本へ手を伸ばした。

 

 

「折角依頼しにきたのに締め出すなんて、嬉しいことをしてくれるじゃないか」

「……ッ!?」

 

 不意に、横から聞こえない筈の、そして聞きたくなかった声が聞こえ、バージルは酷く驚いて横を見る。

 そこには、腕組みをして立ち、凛々しい顔で変なことを話す――さっき締め出した筈のダクネスが。

 

「貴様……どうやって……」

「裏にあった浴室の窓の鍵、空いていたぞ?」

「……チッ!」

 

 どうしてこの非常事態に限って、鍵を閉め忘れていたのか。自分の失態にバージルは再び舌打ちをする。

 もっとも、たとえ鍵が空いていてそこから潜入したとしても、バージルに悟られることなく横に立つことは、潜伏スキルでも使わない限り不可能なのだが……HENTAIとは恐ろしい生き物である。

 

「貴様の依頼など聞き入れるつもりはない。失せろ」

「んっ……ま、まぁそう邪険にせず……まずは報酬だけでも見てくれ」

 

 彼女の依頼は絶対ロクでもないことに違いない。バージルは両目を閉じて腕を組み、さっさと帰るよう冷たく言い放つ。

 ダクネスは少し頬を染めながらも、机周りを迂回してバージルの正面に立つと、片手に持っていた大きめの袋を机に置いた。

 バージルは目を開けて様子を見る。ダクネスは縛っていた紐を解くと、バージルに袋の中身を見せた。

 

「ッ……これは……」

「鉱石に困っているとクリスから聞いてな。これが報酬だ」

 

 それは、バージルが掘っても1日に1個取れるか否かの、青く輝く鉱石。

 刀の修復に必要な鉱石の1つだ。それがギッシリと詰められていた。

 バージルでさえも、思わずゴクリと息を呑んでしまうほどの量。彼はしばし鉱石を見つめた後、ダクネスに目を向ける。

 

「……話は聞いてやる」

 

 鉱石の欲に負けたバージルは、せめて話だけでも聞くことにした。

 彼の返答を聞いたダクネスはフッと笑うと、胸に手を当て、バージルに依頼内容を話す。

 

「……私に、剣の稽古をつけてくれないか?」

 

 それは、彼女にしてはえらくまともな内容の物だった。

 騎士として強くなるために、同じ剣の使い手であるバージルから教わりたい。その思いを胸に、ダクネスはバージルに稽古をつけるよう依頼した。

 

 

 ――と、彼女を知らない者が見たら、誰もがそう思うだろう。

 

「罵倒罵声を浴びせつつ……か?」

「流石バージル。よくわかっているじゃないか」

 

 やっぱりこの女はダメだった。

 

「何故俺が貴様の変態趣味に付き合わなければならん。帰れ」

「んっ……! 変態……趣味っ……!」

 

 ダクネスの依頼を下衆な趣味だと、バージルはハッキリと言い切って断りを入れる。

 その容赦ない言葉に、ダクネスは感じて身体を震わせる。その姿には、バージルも思わずゾッとしていた。

 しばらくして、ダクネスは落ち着きを取り戻すと、未だ荒い息を吐きながら、バージルにこう告げた。

 

 

「な、ならっ……この10倍は払う……と言ったら?」

「……ッ!?」

 

 10倍――目の前にある大量の鉱石の、10倍の数を払うと。

 ダクネスは紛う事なき変人だが、嘘を吐く女ではない。短い期間だが、ダクネスと関わっていたバージルは、彼女の性格を見抜いていた。

 素直。実直。そして欲望に忠実。彼女は本気(マジ)に10倍の数を払うつもりなのだ。バージルと稽古をするためだけに。

 

「頼む! バージル! ほんの1時間だけでもいい!」

「……ッ」

 

 最初は絶対に受けるつもりはないと構えていたが、ここでバージルに迷いが生じた。

 依頼を受ければ一気に鉱石が溜まる。しかしその代わり、大切な何かを失ってしまいそうな気がする。

 ダクネスの依頼を受けるべきか否か。バージルは目を閉じ、しばらく熟考する。

 彼が選ぶのは、自身のプライドか――鉱石か。

 

 

「……1時間……だけだ」

 

 

*********************************

 

 

「寝ている暇があるならさっさと立て、クズが」

「んんっ……! あぁっ……! 倒れているところを蹴り上げるなんて……!」

 

 

「そんな剣裁きで騎士を名乗るだと? 呆れて物も言えんな」

「くぅぅ……っ! ま……まだまだぁっ!」

 

 

「どこを見ている。俺の身体に掠りすらせんぞ? やる気があるのか?」

「ふっ……! くっ……! ハァ、ハァッ……!」

 

 

「っ……どうした? もう終わりか?」

「あっ……あぁあああっ……! 顔を地面につけられ、その上から足で踏まれるなんてぇええええ……っ!」

 

 

*********************************

 

 

 ――1時間後。

 

「ハァ……ハァ……しゅごいぃ……」

 

 アクセルの街近くにある平原。その上で、鎧が所々壊れ、下に着ていた黒いボディスーツも破れ、土で汚れた肌を露出させたダクネスが横たわっていた。

 彼女の顔はとても幸せそうで、情けなくヨダレを垂らし、ビクンビクンと身体を脈打たせている。その目は半ば虚ろだが、心なしかハート型になっているように見える。

 その近くにいるのは、小さな岩の上に腰を置き、刀を杖のように立て――後悔するように、柄の底に額をつけているバージル。

 

「(……俺は何をしているんだ……)」

 

 どう見ても事後です。本当にありがとうございました。

 

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*********************************

 

 

 ――デビルメイクライが開店してから、初めての依頼を受けた翌日。

 バージルは、今日も静かに自宅で本を読みつつ、依頼人を待っていた。

 昨日あんなことがあったのに、よく冷静でいられるなと思うだろうが、逆だ。バージルは本に没頭することで、昨日のことを忘れようとしていた。

 

「……ムッ」

 

 とその時、真正面にあった扉がガチャリと開く。デビルメイクライ、2人目の依頼人だ。

 バージルは本から目を離し、開いた扉へ向ける。

 中に入ってきたのは、緑色のスカーフと白い服に茶色い靴を身につけた、どうにも冴えない茶髪の男。

 

「ども、バージルさん」

「カズマ……貴様か」

 

 バージルの協力者の1人、カズマだった。彼は大きめの袋を背負い、店に入ってくる。

 彼は、バージルと協力関係なのをいいことに、バージルへアクアを擦り付けようとしたが、それに目を瞑れば、あの4人の中では1番まともな男だろう。

 ダクネスの時と違い、バージルはすぐに店を閉めることなく、本を閉じて机に置き、机の前に来たカズマと向き合う。

 

「クリスから聞きましたよ。便利屋開いたって……バージルさんがそんな店始めるなんて、珍しいっすね。しかもデビルメイクライなんてシャレオツな名前つけて。ウチの中二病にも見習って欲しいですよ」

「……そうだな」

 

 カズマの言葉に、バージルは同意するように呟く。わかっていると思うが、ネーミングセンスが壊滅的な中二病のことではない。

 

 バージルは、まさか自分がこのような仕事を始めるとは思ってもみなかった。生前は悪魔として生き、人間を殺してきた自分が、だ。

 しかし、これは自分で選んだ道。便利屋を開こうと思ったのも、人間に歩み寄ろうと思ったのも……エリスの与えた罰もあるが、結局は自分で決めたこと。

 だからこそ、バージルは後悔していなかった(初めての依頼から目を背けつつ)

 もしもダンテが今のバージルを見たら――

 

「なんだよバージル。見ない間に随分と良い子ちゃんになったな。ようやく反抗期が終わったか?」

 

 ――と、いつもの相手を小馬鹿にした顔で笑い、バージルを弄り倒すことだろう。兄弟喧嘩勃発待ったなしである。 

 

「それと……ダクネスからも聞きました。その……お疲れ様です」

「……その話は触れるな……思い出したくもない……」

「そっすよね……すんません……」

「で……何の依頼だ?」

 

 危うく封印していた記憶が掘り起こされそうになりながらも、バージルは話を進める。

 カズマが何の用もなく、店だけを見にここへ来たとは思えない。それは、彼が持っている大きめの袋からでもわかることだった。

 バージルに尋ねられたすカズマは、キリッと真剣な表情を見せると――勢いよく頭を下げた。

 

 

「お願いします! 1日だけ俺と代わってください!」

「断る」

「うぐぅっ!?」

 

 カズマの依頼内容を聞いた瞬間、バージルはバッサリと断った。

 

「た、たった1日だけでいいんです! 安らぎが欲しいんです! アイツ等に振り回されない平和な1日を過ごしたいんです!」

「貴様の気持ちは十分にわかる。だが、奴等と共に行動するのは無理だ。諦めろ」

 

 カズマは涙目になりながら、一生に一度のお願いと言わんばかりに頼み込むが、バージルは断る姿勢を崩さない。

 1日カズマと代わる。つまり、1日もあの問題児3人と行動を共にしなければならないということだ。それならば、まだ魔界に行って悪魔達と四六時中殺し合った方がマシというもの。

 いくらカズマに恩があるとしても、そして彼の気持ちが痛いほど理解できるとしても、それだけは受け入れられなかった。

 

 何度頼まれても断固拒否する――そう思っていた時、カズマは頭を上げてこう告げた。

 

「報酬を見ても……ですか?」

「ムッ……?」

 

 まるで駆け引きをするように、カズマは報酬の話を持ち出してきた。

 カズマは背負っていた袋を、ドンッと音を立てて机上に置く。

 そして、てっぺんで結ばれていた紐を解き、中身をバージルに見せた。

 

「ッ……こ、これは……」

 

 なんということか――袋に入っていたのは、まさにバージルが欲していた、刀の修復に必要な鉱石――その中でも使用数が少ない、つまりは希少価値の高い緑色の鉱石が、たんまりと入っていた。

 バージルがいくら掘ろうとも、全然掘り起こすことができない代物。1週間に1個取れれば良い方だ。

 それを、カズマがこれほどまでに所持している事実に、バージルは驚きを隠せずにいた。

 

「これが報酬です。依頼内容は、1日だけ俺とバージルさんの生活を入れ替える。どうですか?」

「……ッ」

 

 狙い通りだったのか、劣勢から一転攻勢へ。カズマはニヤリと笑って、バージルにもう一度依頼内容を告げる。

 バージルは目を閉じ、じっくりと考える。

 あの問題児達と行動するのは、ロクなことにならないのが目に見えているため、断りたいところだ。

 しかしこの依頼をこなせば、欲しかった鉱石がたんまりと手に入る。

 昨日に引き続き、バージルはまたも選択を迫られる。自分の気持ちか、鉱石か。

 バージルは悩みに悩み続け――答えを出した。

 

 

*********************************

 

 

 ――場所は変わり、ギルドのクエスト掲示板前。

 

「というわけで、今日1日だけ、俺の代わりにバージルさんがお前達と行動することになったから」

「「「……えっ?」」」

 

 バージルの横でカズマがそう話し、目の前にいた3人――アクア、めぐみん、ダクネスは素っ頓狂な声を上げた。

 




挿絵:のん様

因みにバージルが掘っても掘っても掘れない鉱石は、モンハンでいうとマカライト鉱石レベルの物です。それを、バージルは上位クエストに行っているにも関わらず掘り当てられません。ほとんど石ころか鉄鉱石。よくて大地の結晶。つまりはそういうこと。


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第19話「この問題児達とクエストを!」

「今から24時間……そうだな。今の時間が昼過ぎぐらいだから、明日の昼頃までバージルさんが俺と代わって、お前達と一緒にいてくれるから」

 

 横に立っているバージルへ3人の視線を集めつつ、カズマは1日だけバージルと交代することを話した。

 無表情で立つバージルを、アクア、めぐみん、ダクネスの3人はまじまじと見つめる。

 アクアとめぐみんはいつもと同じ服だが、ダクネスだけは黒のタイトスカートに黒い服で、背中に大剣を背負っていた。

 昨日、バージルと稽古(意味深)した際に鎧が壊れてしまったので、修理に出しているそうだ。

 

「(ここで……そんなーっ! カズマさんがいないなんて寂しいですぅーっ! って悲しんでくれたら、まだ好感が持てるけど……)」

 

 普段いる筈の者が、1日だけだがいなくなる。子供にとっては親が、ブラコン気質の妹にとっては兄がしばらく留守にするというもの。間違いなく号泣ものだろう。

 そんな可愛げな一面を、3人も見せてくれればと、カズマは淡い期待を胸に彼女達へ目を向けるが……。

 

 

「ってことは……お兄ちゃんとクエストに行けるの!? ひゃっふぅーっ! テンション上がってきたー!」

「フフフ……ようやく、なんだかんだでまだお見せできていなかった、我が爆裂魔法を披露する時が来ましたね!」

「き、昨日のような体験をまたできるのか……んっ……! 想像したら……武者震いがっ……!」

「ッ……」

「(こいつらは、こういう奴等だからなぁ)」

 

 誰ひとりとしてカズマが一時離れることを気にせず、テンションを上げていた。

 

 アクアは相変わらずバージルをお兄ちゃんと呼び、めぐみんは爆裂欲求を、ダクネスは変態欲求を高めている。

 悲しんでくれると少しばかり期待していた反面、こういう反応になるだろうなとも、カズマは思っていた。予想通りの反応をする3人を見て、カズマは小さくため息を吐く。

 

 まぁ、喜んでくれるのは構わない――それよりもだ。彼女達に、これだけは言っておかなければ。

 

「お前等、バージルさんは俺のようにいかないからな? くれぐれも迷惑かけるなよ?」

「フフンッ、私を誰だと思ってるの? 卑猥な盗賊スキルしか扱えないどこかのヒキニートとは違うのよ」

「1つだけだがソードスキルも使えるっつの。最近新しいスキルも覚えたし。あと、そのお前がどこかのヒキニートの足を散々引っ張っているんだが?」

 

 カズマはアクアへ釘を刺すように言いつけるが、自分が足を引っ張ることはないと、自信満々に彼女は言い返す。

 コイツは何を言っても駄目だ。彼女の態度を見てそう思ったカズマは、残る2人の問題児に目を向ける。

 

「お前達もだ。爆裂魔法ぶっぱなして倒れたり、モンスターの大群に1人で突っ込んだりしたら――」

「バージル! 今日の私はすこぶる調子がいいです! 有象無象を一撃で屠る我が最強の魔法、その目に焼き付けて差し上げましよう!」

「モンスターに襲われて助けを求めるも、そこを無残に見捨てられる……そのシチュもありだな……フフフ……」

「(……コイツラもダメだー……)」

 

 が、その2人も話を聞かない問題児だった。

 めぐみんは既に爆裂魔法を使う気満々であり、ダクネスはどんなシチュエーションを楽しもうかと妄想していた。

 最早忠告など無意味。そう思える3人に呆れるように再度ため息を吐くと、カズマはバージルに顔を向ける。

 

「……とまぁこんな奴等ですが、一応は俺のパーティーメンバーです。死なない程度に守ってやってください」

「あぁ……貴様も店番を頼む。その間に依頼人が来ても、依頼は受けなくて構わん」

「了解っす」

 

 余程カズマはこの3人に苦労しているのだろう。バージルは彼に同情の目を向けながらも、3人を命の危険に晒させないことを約束した。

 

 バージルがいれば、滅多なことがない限り大丈夫だろうが、その滅多なことをやらかすのがこの3人だ。

 無意味だとわかっているが、カズマは念を押すように3人へ声を掛ける。

 

「そんじゃ……お前等、本当に本当にホントーに迷惑かけんなよ?」

「しつこいわねー。私達なら大丈夫だって。ほらっ、アンタはヒキニートらしくお兄ちゃんの自宅警備員やって来なさいな」

「お前達だから何度も言ってんだよ……じゃ、後はよろしくお願いします。バージルさん」

 

 アクアはさっさと行けと言わんばかりに、カズマをシッシと手で払う。

 それに対し、お前が問題児筆頭なんだよと心の中で突っ込みつつも、カズマは独りギルドから出て行った。

 

 

*********************************

 

「(……さて、どうしたものか)」

 

 カズマが去った後、クエスト掲示板の前で小さく息を吐くバージル。

 そんな彼の前には――掲示板から剥ぎ取った紙を、目を輝かせながら見せてくるめぐみんとダクネスがいた。

 

「バージル! このクエストに行きましょう! 大型コカトリスの討伐! コカトリスの群れもいるそうなので、ダクネスのデコイを使って敵を集め、私の爆裂魔法でボスもろともぶっ飛ばす作戦です!」

「いや! こちらのダンジョンクエストだ! ここには女の冒険者を好んで捕獲する主がいるらしい! で、もし私が捕まったら……て、手を差し伸べようとはせず、食料用に捕獲されるモンスターを見るかのような冷たい目で見捨ててはくれぬか!?」

「却下だ」

 

 2人の手には、ドクロマークが何個も付けられた高難易度クエストの紙。それを見て、バージルは即座に却下する。

 バージル1人ならば難なくこなせるだろう。しかし今は、カズマの足を終始引っ張っているらしい問題児3人組がいる。

 3人ともじっと待ってくれるならば、まだ可能だろうが……果たして彼女達は、言って聞かせられるような大人しい人間だろうか?

 少なくとも、今の彼女達を見てそう思える者はいないだろう。

 

「折角お兄ちゃんがいるんだし、普段は絶対行けないようなクエストにも行きたいけど……1日だけって言ってたから、今回は短時間でもクリアできそうな討伐クエストがいいわね」

「ムッ……」

 

 そんな中、執拗に高難易度クエストへ行こうとせがむ2人の横で、アクアが掲示板を物色しながらそう話した。

 この女も、2人と同じようにせがむものかと予想していたバージルは、少し意外だと思いながらも、アクアの様子を見守る。

 同じく、手を止めてアクアを見るめぐみんとダクネス。3人の視線を受ける中、アクアは1つのクエストの紙の前で足を止めた。

 

「というわけで――」

 

 そして彼女は、掲示板からその紙をビリっと取り、3人に見せつけた。

 

 

「いざ――リベンジマッチよ!」

 

 

*********************************

 

 ――アクセルの街から、そこまで離れていない草原地帯。

 チラホラと雲が見える空に、丁度いい感じに冷たく心地よい秋の風。そんな絶好のクエスト日和に、モンスター討伐へ出向いたパーティーが1組。

 アクア、めぐみん、ダクネス、バージル――全員が上位職という、駆け出し冒険者の街には不相応な4人だ。

 草原の上に立つ4人は、前方へ視線を向け、今回のターゲットを捕捉する。

 

 

「……よりにもよって奴等か……」

 

 それは、巨大な身体とつぶらな瞳を持つ、四足歩行の化物カエル――ジャイアントトードだった。

 

 冬、決まって冬眠をするジャイアントトード達は、それに控えて食事をするため、秋頃には活発に活動している。

 捕食対象には家畜のみならず人間も含まれる。放置すれば危険なモンスター。そのため、ギルドから個体数を減らす目的で討伐依頼が出されていたのだ。

 相変わらずカエルが苦手なバージルは、草原に佇む数匹のジャイアントトードを見て、不愉快そうに顔を歪ませる。

 

「これはこれは、中々いい数が揃ってますね……爆裂魔法を披露するには申し分ないです」

「つ、遂に私もヌルヌルプレイを体験できるのか……! っ……くぅっ!」

「(……まぁ、この程度の敵に引けは取らんだろう……)」

 

 隣には、赤い目をキラリと光らせやる気満々なめぐみんと、汚らしくヨダレを垂らして興奮を覚えるダクネス。

 いくら問題児といえど、彼等は上級職。それなりに力はある筈。流石にこのような下級モンスターに苦戦するほどではないだろうと、バージルは2人を見て考える。

 

 しかし、彼は忘れていた。アクアは「リベンジマッチ」と称し、このクエストを選んでいたことを。

 

「……? アクアはどこに行った?」

 

 その時、いつの間にかアクアの姿が消えていたことにバージルがふと気付く。

 

「アクアですか? アクアなら――」

 

 バージルの声を聞いた聞いためぐみんは、彼の質問に答えながら、ピッと前方を指差した。

 

 

「ここで会ったが百年目! 今日こそ私の方が強いってことを本能レベルで刻ませてやるわ!」

「先に、ジャイアントトードへ向かって突撃しましたよ」

「……」

 

 初っ端からこれである。

 

 カズマに散々釘を刺されていたにも関わらず いきなり単独行動をしたアクアに、バージルはため息を吐いた。

 しかしアクアは足を止めることなく、まん丸な目でアクアを見ている1匹のジャイアントトードへ突っ込む。

 

「あの時はビクともしなかったけど、今日ならいけそうな気がするわ! 喰らいなさい! ゴッドブロォオオオオーッ!」

 

 アクアは右手を光らせると、勢いを乗せたままジャイアントトードの腹に、渾身の『ゴッドブロー』を喰らわせた。

 『ゴッドブロー』――それは、神々にしか扱うことのできない、神の怒りと悲しみを拳に乗せた一撃必殺(アクア談)のワンパンチ。相手は死ぬ。

 

 

 ――ジャイアントトードのような、打撃の効きにくい敵を除いて。

 

「……あ、あれ? おっかしいなぁー……?」

 

 『ゴッドブロー』をまともに喰らったにも関わらず、ジャイアントトードは痛くも痒くもないとばかりに、表情を変えず突っ立っていた。

 

 ジャイアントトードの腹は、物理ダメージを吸収する。それはアクアの『ゴッドブロー』だろうと、バージルの『ベオウルフ』で放たれる通常攻撃だろうと。

 連発する、または溜め攻撃で許容量オーバーのダメージを食らわせられたら話は別だが、そんな面倒なことをするよりも腹以外を狙う、または魔法で攻撃する方が早い。

 因みにアクアは、以前ジャイアントトードと戦った時も、腹に攻撃して負けていた。まるで成長していない。

 

 微動だにしないジャイアントトードを見上げ、アクアはダラダラと冷や汗を流す。

 そんなアクアを無表情で見ていたジャイアントトードは、ノコノコやってきたエサことアクアを食すべく、カパリと大きな口を開けた。

 

「チッ……」

 

 その瞬間、バージルは強く地面を蹴り、人間には到底不可能な速度でアクアのもとに駆け付ける。

 

「ままま待って! 少し話し合いましょう!? だから私を食べるのはやめ――わうっ!?」

 

 そして――食べられる直前のところで、バージルはアクアを脇に抱えて助け出した。

 飛んできた勢いのまま、アクアを食べようとしたジャイアントトードから、少し離れた場所に着地する。

 バージルは視線をジャイアントトードに向けたまま、脇に抱えたアクアを地面に置いた。

 

「ハッ……ハッ……!」

「……世話の焼ける……」

 

 まさしく九死に一生。一歩遅ければジャイアントトードの口の中だったアクアは、青ざめた顔でバクバクと鳴る心臓を抑える。

 呆れと疲れが混じったため息を吐くと、バージルはアクアから視線を外して、離れた場所にいるダクネス達に向けた。

 

 

「くっ……こ、来い! たとえお前達の粘液で、身体はグチャグチャのヌレヌレに汚されようとも、私の心は汚されない!」

「……あの変態がッ……!」

 

 その先に、いつの間にか複数のジャイアントトードに囲まれ、嬉しそうに笑いながらも抵抗する素振りを見せるダクネスがいた。

 クルセイダーには『デコイ』という敵の注意を引きつけるスキルがある。恐らくそれを使ったのだろう。ジャイアントトードは皆、ダクネスへ視線を向けている。

 一難去ってまた一難。バージルはまたも舌打ちをすると、先程のように地面を蹴り、アクアを置いてダクネスのもとに向かった。

 

「ハ、ハァッ……ハァッ……! これから私は、お前達の口で、たらい回しにされながら汚されるのだろう……くっ! だ、だが……私は騎士だ! その程度のヌルヌルプレイで、私が屈することは――!」

「戦いの場にも変態趣味を持ち込むな。クズが」

「にゃうっ!?」

 

 ジリジリとジャイアントトードが詰め寄ってきた時、飛び込んだバージルがダクネスを脇に抱え、即座にその中心から離脱した。

 大剣を持っているのもあるが、アクアと比べてダクネスは中々に重いなとバージルは感じたが、半人半魔の力があればなんのその。彼女を抱えたまま、高く飛び上がることも容易だった。

 

「な、何故助ける!? そこは私を、汚らわしい女だと見捨てて立ち去るところだろう! そ、それとも何か!? 助けてやった礼に、あんなことやこんなことを要求するつもりか!? くっ……! 昨日激しいプレイをしたばかりだというのに、貴様という男は……!」

「俺自らが望んでやったように捏造するな。貴様が依頼してきたから、仕方なく引き受けただけだ。そして二度と昨日のことは話すな」

 

 ダクネスと言い合いをしながらも、バージルは高いジャンプでジャイアントトードの包囲網から抜け出し、草原の上に着地する。

 まだ『デコイ』の効果が持続しているのか、ジャイアントトードは一斉にこちらを向く。

 

「ナイスですバージル! お陰で味方を気にせず遠慮なく撃つことができます! 我が爆裂魔法、とくとご覧あれ!」

「ムッ……」

 

 その時、少し離れた場にいためぐみんが、紅魔族を象徴する紅き目を更に輝かせ、ジャイアントトードへ杖を向けた。

 バージルが注目する中、めぐみんはゆっくり息を吸うと――自身に宿る魔力を、徐々に高めていった。

 

「闇より暗き漆黒よ。我が真紅の光と融合を果たし、むぎょうの歪みと成りて現出せよ。我が魂の叫びに応え、地上の全てを業火で包め!」

「……ほう……」

 

 爆裂魔法の詠唱をするめぐみんに、バージルは関心を示す。

 流石は、魔法に長けた紅魔族といったところか。その魔力量と質には、バージルさえも目を見張るものがある。

 そして、彼女魔力が最高潮に高まった時、めぐみんは近付くジャイアントトード達を見据え――声高らかに唱えた。

 

 

「――『エクスプロージョン』ッ!」

 

 瞬間――ジャイアントトードのいる場が光り、つんざく音を立てて爆発し、灼熱の炎に包まれた。

 

 これぞ、彼女が持つ最強魔法『爆裂魔法(エクスプロージョン)』である。

 その名に相応しき、巨大な爆発を起こす魔法。その威力も侮れない。

 

 遅れてきた突風に、未だバージルの脇に抱えてられていたダクネスは思わず両腕で顔を防ぐ。バージルのコートは激しくなびき、彼は爆発した先をジッと見つめる。

 しばらくして、爆裂魔法の爆風が収まると――敵が密集していた場所は、クレーターができるほどの焼け野原に変わり果てていた。

 そこに、ジャイアントトードの姿はどこにもない。文字通り、粉微塵になって死んだのだ。

 

「(成程、これが爆裂魔法……攻撃魔法最強と謳われるだけのことはある)」

 

 馬鹿にならない威力を見たバージルは、爆裂魔法について考えていた。

 「習得スキルポイントが無駄に高いネタ魔法」と、バージルが読んでいた本には書かれていたが、実際目にすると、スキルポイントが高いのも頷ける。

 下級モンスターだったが、塵一つ残さないその威力。たとえバージルでも、この魔法を連続で受け続けたら、ダメージは免れないだろう。

 

 まさしく最強魔法――そう、威力だけ見れば。

 

「……はふぅ……」

 

 爆裂魔法を1発放って魔力をすっからかんにしためぐみんは、とても満足そうな声を上げながら、うつ伏せでその場に倒れる。

 するとその時、めぐみんがいる付近の地面が盛り上がり、そこから1匹のジャイアントトードが出てきた。先ほどの爆裂魔法に反応し、出てきたのだろう。

 徐々にめぐみんへ近付くジャイアントトード。今すぐその場から逃げ出さなければならない状況だが――。

 

「……あの、バージル。もう私動けないので、早く助けて欲しいのですが……ジャイアントトードが近づいているんで早めにお願いします」

「(……これではな……)」

 

 攻撃力は第1位。ただし燃費はワースト1位。本で読んだネタ魔法という評価は妥当だなと、バージルは思った。

 バージルはダクネスを脇に抱えたまま、めぐみんのいる場へ駆け寄ると、彼女を左脇に抱え、飛んできたジャイアントトードの舌をジャンプして逃れる。

 

「おぉ、なんという運動神経。カズマには絶対真似できませんね。流石は我が同志です」

 

 人間のカズマにはできない高さのジャンプを見せるバージルに、めぐみんは抱えられたまま感心する。

 

「ところで……アクアは大丈夫なのですか?」

「ムッ?」

 

 そして地面に着地した時、めぐみんはアクアの安否を確認するように尋ねてきた。

 そういえば忘れていたと、バージルは2人を抱えたまま、アクアを置いてきた場へ目を向ける。

 

 

「さっきはよくもやってくれたわね! 今度こそアンタをひき肉にしてやるんだから! 喰らいなさい! ゴッドブロォオオオオオオオオッ!」

「――Scumbag(このクズが)!」

 

 一度ならず二度までも。

 アクアは先程自身を食べようとしていたジャイアントトードへ、仕返しと言わんばかりに再びゴッドブローを繰り出した。腹に

 2回目は効く、なんて都合の良い事は起こらず、ジャイアントトードはケロッとした表情でアクアを見下ろす。

 それを見て、バージルは酷くイラつきを覚えながらも、すかさず二人を抱えたまま駆け出した。

 

 

*********************************

 

 冬眠前だからか、春時よりも多く現れたジャイアントトード。

 最初は、美味しそうなエサを見て身体も心もぴょんぴょんしていたが……今や、平原の上で仰向けに寝転がり、ピクリとも動く様子を見せない。

 

 その、ジャイアントトードの死体を背景に――バージルは腕を組み、仁王立ちで見下ろしていた。

 彼の前には、女の子座りで平原に座るアクアと、うつ伏せながらも顔だけバージルへ向けるめぐみん、正座をするダクネスの3人が。

 

「貴様……待つということができんのか?」

 

 バージルは顔に青筋を浮かべ、非常に不機嫌な様子でアクアに話す。

 後ろにいるジャイアントトードは、全てバージルが倒したもの――勝手に行動するアクアを守りながら、だ。

 めぐみん、ダクネスは脇に抱えているため、勝手にどこかへ行くことはなかったのだが、アクアだけは少し目を離した隙にジャイアントトードへ自ら突っ込み、何度も食われそうになっていた。

 

「だ、だって! 私もお兄ちゃんみたいに、アイツ等をギャフンと言わせてやりたいんだもん!」

「ならば何故、馬鹿の一つ覚えのように、物理攻撃の効かない腹へ殴りにいく?」

「私は女神なのよ!? その力が、低級モンスター如きに効かないなんておかしいわ! 私の攻撃は絶対効く筈なのよ!」

 

 女神たる自分の攻撃でさえ吸収できるのはおかしいと、アクアは主張する。どうやら反省する気は全くないらしい。

 頑なに自分の非を認めないアクアに、バージルのイライラはどんどん溜まっていく。

 

 

 ――それ故に、気付けなかった。

 普段の彼なら、即座に気付けただろう。しかし、彼女達に散々振り回され、イライラと疲れが酷く溜まっていたからか。

 アクア、めぐみん、ダクネスの3人が――途端に慌てふためく顔を見せた意味に、彼は気付けなかった。

 

「バ、バババババージル! 後ろ後ろっ!」

「話を逸らそうとするな。それに貴様等2人もだ。好き好んで敵に包囲され、リスクも考えず魔法を放ち――」

「早く逃げろ! バージル!」

 

 めぐみんが警告するように言ってきたが、バージルは説教から逃れるための嘘だと判断し、説教を継続させる。

 が、ダクネスも切羽詰まった顔で伝えてきた。それを見兼ねたバージルは、仕方なく後ろを振り返る。

 

 

 ――ぱくり。

 

「「「あぁっ!?」」」

 

 バージルが振り返った瞬間、彼の上半身はカエルの口の中にスッポリとハマってしまった。

 

 密かに、死体の山からムクッと現れたジャイアントトード。地面に潜ることで攻撃を回避していた1匹は、ほとぼりが冷めた所で姿を現し、バージルが説教している間に後ろへ接近していたのだ。

 3人が驚嘆する中、バージルを食べたジャイアントトードは、嬉しそうに口を上に向け、少しずつ口の中へ入れていく。

 ピンと出ていた足も少しずつ口の中に吸い込まれ――彼の身体が、完全に口の中へしまわれた。

 

「おおおおお兄ちゃんがっ!? お兄ちゃんが食べられたんですけどー!?」

「おちおちおち落ち着いてください! ダクネス! 早くこのジャイアントトードを倒してください!」

「まままま待ってくれ! 今剣を――あぁっ!」

 

 まさかの非常事態を目の当たりにし、3人は酷く慌てだした。ダクネスは早く助けようと剣を手に取るも、焦りのあまりに剣を落とす。

 その間、ジャイアントトードは顔を3人に向け、じっと固まっていた。

 

 ――そう、目の前にいる格好の獲物を食べようとせず。

 

「……あれ?」

 

 微動だにしないジャイアントトードを、3人は不思議そうに見つめる。

 よく見ると、ジャイアントトードはどこか苦しそうな顔をしており、口からタラリと赤い液体――血が流れていた。

 まさかバージルの――3人がそう思った瞬間――。

 

 

「――Go to hell(堕ちろ)!」

「「バージル!?」」

「お兄ちゃん!?」

 

 ジャイアントトードの頭を突き破るように、刀を上に向けたバージルが飛び出した。

 頭から血しぶきをあげたジャイアントトードは、無表情のままその場に倒れ、バージルはジャイアントトードの前に着地する。

 パクリといかれたものの、消化されず帰ってきてくれたバージル。ジャイアントトードの血で濡れて少々グロテスクになっているが、彼の姿を見た3人は安堵する。

 

 ――無傷かどうかは別として。

 

「……バージル……ベトベトになっちゃいましたね」

 

 ジャイアントトードの口の中に全身入ってしまった彼は、ジャイアントトードの血だけでなく、粘液で全身ベトンベトンになっていた。

 ゆっくりと垂れて平原に落ちる粘液と、それを纏っているバージルを見て、めぐみんは苦笑いを浮かべる。

 そんなバージルは、無言のままその場に立ち尽くしていた。

 

「「「ッ!」」」

 

 するとその時、4人から少し離れた位置の地面が盛り上がる。そこから新手のジャイアントトードが3匹、それぞれ別方向から現れた。

 それを見たアクアとダクネスは咄嗟に立ち上がり、武器を構える。めぐみんはまだ魔力が回復しておらず、立ち上がることはできない。

 

「まだいたのねクソガエル! ならアンタ達で、お兄ちゃんをベトベトにした仇を討ってやるわ! 覚悟しなさい!」

 

 あれだけ食われそうになってたいたにも関わらず、まだジャイアントトードとやる気のようだ。アクアは自信満々な顔を見せ、ジャイアントトードを待ち構える。

 同じくダクネスも武器を持ち、アクアが見ているのとは別のジャイアントトードと向かい合う。

 となれば、残る1匹はバージルが。彼は無言で3匹のジャイアントトードを見て、武器を構える。

 

 

 ――ことはせず、ひょいと後ろからアクアの首根っこを掴んだ。

 

「うぇ? お、お兄ちゃん?」

 

 地面から足を浮かし、宙ぶらりんの状態になったアクアは、不思議そうにバージルを見る。

 しかしバージルは何も答えず、アクアを掴んだまま歩き出す。ダクネスとめぐみんも声を掛けるが、彼は足を止めようとしない。

 

「どうしたのお兄ちゃん? 無表情なのにとても怖く見えるのは気のせいかしら? ていうか首元が生暖かいんですけど……はひぃっ!? い、今っ! 背中にツーッて! 生暖かい何かがツーッて!?」

 

 背中に粘液が入ったのだろうか、アクアはビクッと身体を震わせる。しかしバージルは気にも止めず、そのまま歩き続ける。

 その先には――まるで酒場で料理が運ばれるのを待つ客のように、跳ぶのをやめてジッと待っているジャイアントトードが1匹。

 

 ――アクアは、最悪の未来を想像した。

 

「ちょっと待って? お兄ちゃんまさか? まさかまさかそんなことしないよね? か弱い妹を差し出すような真似しないわよね!? なんで何も答えてくれないのお兄ちゃん!?」

 

 アクアは半泣きになりながら暴れ、抜け出そうとする。しかしバージルの拘束から逃れることはできない。

 遂には、ジャイアントトードが目と鼻の先に。ジャイアントトードの綺麗な瞳にアクアの姿が映り、同じくアクアの涙溢れる瞳にジャイアントトードが映った。

 

「お願いします! 調子に乗って突っ走ったことは謝るから! もう二度と勝手に行動しないから! それだけはやめて! お願いお兄ちゃん許し――!」

 

 ――ぱくっ。

 

 まるで「ええ加減にせい」と言うかのように、ジャイアントトードはアクアの頭を口に入れた。

 口に入れられた途端に黙ったアクア。ジャイアントトードは顔を上に向けると、ゆっくりと口の中に入れていく。

 

 そんなジャイアントトードの前にいたバージルは、両手両足を光らせ――『ベオウルフ』を装着した。

 ジャイアントトードは、捕食している最中は食べることに集中してしまうため、その場から動けない。

 ジャイアントトードが捕食を続ける前で、バージルは左手に力を込め――。

 

「――フンッ!」

 

 物理攻撃を吸収するジャイアントトードの腹に、ベオウルフの一撃を与えた。

 しかしそれでは終わらず、続けて右パンチ、左足による百烈キックを加えていく。

 全て一度、ベオウルフに力を溜めてから。その姿はまるで、サンドバッグでストレスを発散する男のよう。

 そして最後にバックステップすると、右手に力を込め――。

 

「――ハァッ!」

 

 前へ移動すると同時に拳を叩き込む『ストレイト』を、ジャイアントトードの腹へ喰らわせた。

 いくらジャイアントトードの腹でも、この連撃には耐え切れなかったのか、口の中に含んでいたアクアをぺっと吐き出し、大きな音を立ててその場に倒れた。

 吐き出されたアクアはコロコロと地面を転がり、仰向けになったところで勢いが止まる。

 無論――身体はバージルと同じようにベトベトになっていた。

 

「うぅっ……汚された……お兄ちゃんにまで汚された……ひぐっ……」

 

 アクアは両腕で目を隠し、えぐえぐと嗚咽を漏らす。

 しかし、そんなアクアを気にもとめず、バージルは再びアクアの首根っこを掴むと、無言のまま引きずっていく。

 そして、めぐみんとダクネスがいる場所まで戻ると、ゴミを捨てるようにパッとアクアを離してやった。

 

 

 ――そのまま空いた手で、めぐみんの首根っこを掴んだ。

 

「……えっ?」

 

 まさか掴まれるとは思っていなかったのか、めぐみんは驚いて声を上げる。

 しかしバージルはまたも無言のまま、別のジャイアントトードへとめぐみんを持ったまま向かっていった。

 

「ちょちょちょちょっと待ってください。まさか貴方は、魔力が切れて抵抗することもできない私を、先程のアクアのようにするつもりですか? まさかそんな鬼畜なことはしませんよねっ? ねっ?」

 

 めぐみんはダラダラと冷や汗を垂らしながら尋ねるが、バージルは無言のまま。少しずつ、ジャイアントトードとの距離が近づいていく。

 

「やめてください! 私あれに1回食べられたことあるんです! もうグチョグチョにはなりたくないんです! お願いします! 何でもしますから――!」

 

 ――ぱっくんちょ。

 

 

*********************************

 

「……貴方は悪魔です。鬼畜です。鬼いちゃんです」 

 

 ジャイアントトードの粘液でベトベトになっためぐみんは、バージルに引きずられながら文句を呟く。

 先程と同じように食わせ、ベオウルフで助け出したバージルは、未だ無言のまま歩いていた。

 未だにアクアが泣いている場所へ戻ると、バージルはめぐみんから手を離す。

 

 ――残るは、1匹。

 

「(つ、次は……私かっ……!)」

 

 その様子を見ていたダクネスは、今か今かと自分の番を待ち望んでいた。

 嫌がる女を問答無用でジャイアントトードの口に放り込む、バージルのヌレヌレプレイ。恐らくカズマとはまた違う、そして負けず劣らずの鬼畜プレイだろう。

 アクア、めぐみんと来れば、必然的に次は自分となる。2人のように、無慈悲にジャイアントトードの口の中へ連れて行かれると思うと、ダクネスは武者震いを抑えられなかった。

 

 ――そんなダクネスに、バージルが無言のまま顔を向ける。

 

「っ……! こ、今度は私にまで、2人にしたような罰を受けさせるつもりか!? あの汚らわしいジャイアントトードの口の中に……! くっ……しかし、私がバージルの足を引っ張ってしまったのもまた事実。ならばその罰――甘んじて受け入れようっ!」

 

 ダクネスは騎士らしく潔いセリフを吐くが、当然ながら顔と言葉が一致していない。内から溢れる悦びを抑えきれず、恍惚の表情を浮かべて両手を広げる。

 そんなダクネスと、しばらく目を合わせたバージルは――。

 

 

 ――ダクネスから顔を逸らし、残ったジャイアントトードに次元斬を放った。

 物理攻撃ではない、見えない斬撃もとい魔力の塊を受けたジャイアントトードは、1発の次元斬でその場に倒れる。

 

「……あれっ?」

 

 それを見て、ダクネスは呆けたように声を上げた。

 次元斬のことを知らない彼女は、今どうやってジャイアントトードを倒したのか疑問に思っていたが……それよりも、自分にヌレヌレプレイが訪れなかったことに困惑を隠せないでいる。

 バージルはクルリとジャイアントトードから背を向けると、固まっていたダクネスに告げた。

 

「……帰るぞ」

「ッ!?」

 

 

*********************************

 

 太陽が、山の向こうへと身を隠そうとしている夕時。

 アクセルの街に住む人々は皆家へと帰り始め、冒険者達は夕食を食べに酒場へ集まり始める。

 住宅街では、夕食を買い終えた奥様方が世間話に明け暮れていた。

 

 ――が、そんな奥様達が話をやめ、子供や冒険者達でさえも釘付けになってしまう、珍妙な光景があった。

 

 

「「「「……」」」」

 

 グチョグチョに濡れたバージル、アクア、めぐみんと、1人だけ何ともないダクネスが無言で歩く姿だった。

 先頭をバージルが歩き、その後ろにめぐみんを背負ったアクアが、最後尾にはダクネスがいる。

 歩く度にネッチョリとした音が立ち、その様子を見ていた街の人々は「うわぁ……」と声を上げて引いていた。

 

「おい、アイツって蒼白のソードマスターだよな……」

「あぁ……そんで後ろにいる連中は、カズマさんのパーティーだ。なんであの男と一緒に……カズマさんはどうしたんだ?」

「あの粘液って多分……ジャイアントトードだよな……上級職で、あんなモンスターに苦戦したのか?」

「やっぱ特別指定モンスターを倒したのって嘘なんじゃ……」

「そもそもなんで後ろの人だけ……」

 

 無言で歩き続ける4人を見て、街の人々は4人に聞こえないようコソコソと話し出す。

 バージルさえもジャイアントトードの犠牲になったのは、主に3人のせいなのだが……注意力を散漫にしていたバージル自身にも非があるため、彼らの言葉を否定しきれない。

 そんな噂話がなされている中で、後ろにいたダクネスがポツリと呟く。

 

「私だって粘液まみれになりたかったのに、あんなおあずけを食らうなんて……けどそれもまたいいかも……」

 

 本音を言えば、自分もアクア達と同じ目に合わせて欲しかったが、バージルは自分だけそうさせなかった。ある意味おあずけと言えるだろう。

 そのおあずけ、もとい焦らしプレイに少し興奮を覚えているダクネスは、本音と焦らしプレイの間で葛藤する様子を見せていた。

 

 何故か1人だけ良い思いをしているダクネス。彼女は独り言のように呟いたが、他の3人は黙っていたので丸聞こえ。

 彼女の呟きを聞いたバージルは、無言で後ろを振り返る。

 

 ――何かを伝えるように、後ろにいたアクアを見て。

 彼の視線に気付いたアクアは、顔を上げてバージルと目を合わせる。

 言葉もジェスチャーもない、アイコンタクトのみの指示。しかしアクアは、まるで本当の兄妹であるかのように、バージルの言いたいことを理解した。

 

 そして――アクアはお得意の泣き真似を始め、バージルはそれに合わせて口を開いた。

 

「うぅ……酷いわダクネス……まさか貴方が、私達にこんな鬼畜プレイをするサディスティックだったなんて……」

「なっ……!?」

「全くだ……俺達の声を聞かず、無理矢理奴等の口に放り込むなど、人間の所業とは思えん」

「なななっ……!?」

 

 この粘液まみれは、全て最後尾にいるダクネスがやったこと。そう周りに教えるように、アクアは涙を流して話した。

 バージルも、ちゃっかり自分がやったことを擦り付け、あたかも全てダクネスのせいであるかのように呟く。

 

「ちょっと待て!? それをやったのはバージルだろう!? 私は何もしていない! むしろ私はやられるのを期待して――!」

「あぁー、私達はダクネスに汚されてしまいましたー。これでは一生お嫁に行けませんー」

「めぐみんまで!?」

 

 ダクネスは慌てて嘘だと話すが、この流れを読んだめぐみんは、悪乗りするかのように演技をした。

 3人に言われ、ダクネスは必死に否定する……が、彼女は粘液まみれになっておらず、他の3人は粘液まみれ。

 

 

「マジか……あのお嬢ちゃん、見かけによらずえげつないなぁ……」

「蒼白のソードマスターさえも手にかけるとは……恐ろしや恐ろしや……」

「――ッ!?」

 

 この状況を見ている人達がどう思うかは、明らかだった。彼らはダクネスを畏怖するように、怖い怖いと言いながらダクネスを見る。

 

「ち、違っ……そんな目で見ないでくれ!」

 

 ダクネスは涙目になりながら周りに告げる。それは、いつもの恍惚とした表情ではない。つまり興奮を覚えていない。

 そう、これこそバージルの考えた、ダクネスに与えられる罰――属性反転。闇属性に光魔法、アンデッドに回復魔法。

 そして、ドSだと思われる――真性のマゾヒストであるダクネスにとってそれは、酷く耐え難いものだった。

 

「こんな……こんなの……私は求めてなぁあああああああああああいっ!」

 

 ダクネスの悲痛な叫びが、アクセルの街に響き渡った。




バージルがジャイアントトードに食われるわけないだろと思ったけど、まぁプレイヤー操作だったらダンテもネロもカエルに食われることあるし、ということで。それと真のラスボスと謳われるギャグ補正さんのせい。


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第20話「この問題児達と反省会を!」

 ――夕刻、今日も騒がしいギルド内の酒場にて。

 

「ヒッグ……グスッ……」

「もー、いつまで泣いてんのよー」

「まさかここまで効果有りだとは思いませんでしたね」

 

 冒険者達が夕食を食べに集う中、アクア達はいつもの席に座り、夕食タイムに入っていた。

 ギルドから少し歩くが、この街には大浴場があり、アクア達は粘液まみれだった身体をそこで洗い流していた。

 因みに服は魔法で洗濯、乾燥してもらった。魔法とは便利なものである。

 

 お風呂で温まった後はあったかいご飯。勿論、お供にはシュワシュワを侍らせている。めぐみんはまたジュースだったが。

 アクアは、シュワシュワを飲んでほんのり赤くなった顔を、反対側の席に座っていたダクネスに向ける。ダクネスの隣に座っているめぐみんは、少しやり過ぎてしまっただろうかと心配しながらダクネスを見る。

 そしてダクネスは――道中でのドS認定が余程効いたのだろう。机に突っ伏し、顔を隠して泣き続けていた。

 そんな、全てを快感と昇華させるダクネスに、一切の興奮を覚えさせず、泣かせる程のオシオキをした男は――。

 

「あっ、お兄ちゃんやっと来たー」

「……早いな」

「バージルが遅いんですよ。長風呂派なんですね」

 

 今しがた、風呂から上がって酒場に戻ってきた。

 

 生前、国の風習故にずっとシャワーを浴びて身体を洗い流してきたバージルは、湯船に浸かって疲れを癒す、風呂という風習をとても気に入っていた。

 お陰で今は、朝起きたら自宅の浴室で。夜は大浴場で。1日に必ず2回は風呂に入っている。

 

 大浴場でベトベトだった身体を洗い流し、服も綺麗にしてもらい、心身共に洗われたバージルは、空いていたアクアの隣に座る。

 既にバージルの料理も用意されており、彼は料理に手を付けるためナイフとフォークを持つ。

 

「……ムググッ……」

 

 と――そこで恨めしそうにバージルを見ているダクネスと目が合った。

 彼女は目に涙を浮かべており、ぐぬぬ顔でバージルを睨んでいる。

 

「……フッ」

 

 その顔を見て、心地よい優越感を覚えたバージルは、ダクネスを煽るように笑った。

 いつもはバージルがダクネスに振り回されていたが、今回は彼女に性的な興奮を覚えさせず、彼女を痛い目に遭わせることができた。立場逆転である。

 

 バージルは慣れた手つきで肉をナイフで切り、フォークで刺して口に運ぶ。ダクネスに勝った喜びもあってか、今日の飯は中々に美味だと感じる。

 彼がダクネスの泣き顔をオカズに食事を進めている時、対面に座っていためぐみんが口を開いた。

 

「そういえば、ジャイアントトードを討伐した時に、バージルは見慣れない武器を使ってましたが……あれは何なのでしょうか? 使い終わったら消えていましたが……」

 

 彼女の言う初めて見た武器――閃光装具ベオウルフについて、めぐみんは興味深そうに尋ねてきた。

 

 力を溜めての連続攻撃だったが、ほとんどの物理攻撃を吸収するジャイアントトードの腹を攻撃してダメージを与えるなど、よほどのパワーがない限り不可能だ。

 しかし、あの武器にはそれを可能にする力がある。それに、めぐみんは武器自体にも魔力があることを感じていた。と同時に、一体何を元に作られているのか気になっていたのだ。

 ダクネスも同じだったのか、涙を拭うと恨めし度マシマシな目をやめてバージルを見る。

 

「ふぇっ? ふぁひふぁひっ? ふぁんほははひ?」

 

 そしてアクアは、まるでハムスターのように食べ物を頬いっぱいに入れたまま話を聞いてきた。とても女神を自称する者とは思えない、汚い食べ方である。

 潔癖症の一面もあるバージルは、隣のアクアに引きながらも、そういえばまだ見せたことなかったなと思い、一旦食事の手を止めて答えた。

 

「あれは、ベオウルフという『魔具』だ」

「まぐ?」

「簡単にいえば、悪魔の魂を宿した武器だ」

「なっ!? あくっ……!?」

 

 まさかの素材元を知り、ダクネスは大声を上げそうになったが、すかさず両手で口を覆う。

 

 『悪魔』――ファンタジーではよく上級モンスターとして扱われるが、この世界も例に漏れず、悪魔は一流冒険者でも苦戦する存在となっている。

 そんな悪魔の魂を宿した武器が存在するなど知れ渡れば、たちまちパニックに陥るだろう。

 当然、バージルも悪魔だという事実も、まだアクア達4人とクリスにしか知られていない。

 慌てて口を閉じたダクネスを見て、バージルは悪魔という単語を避けながら、自分の国に存在していた武器ということにして、魔具のことを3人に説明した。

 

 『魔具』――悪魔の魂が宿った武器。その形は様々で、悪魔が作りし物、悪魔自身が姿を変えた物に該当する。

 そして、悪魔が姿を変えた場合では、主に二通りのパターンに別れる。

 

 1つは、悪魔自身が相手を認め、自ら武器となるか。1つは、相手に殺され、魂を呪縛するかのように姿を変えさせられたか。

 この場合、ベオウルフは後者に該当する。その為、魂はバージルが所有しているも同然であり、力関係もバージルの方が上。

 故に、ベオウルフが自力で動き出し、バージルの呪縛から逃れることは不可能なのだ。

 

 そしてその性能、力は千差万別だが――どれも元を辿れば悪魔。秘めたる力はそんじょそこらの武器とは一線を画す。

 ベオウルフは、元々上級悪魔だった。それに加え、ベオウルフ自身も物理攻撃を主とする者。

 そんな悪魔の力を宿した魔具――閃光装具ベオウルフ。加えて、バージル自身の力。

 2つが合わさることによって生まれる破壊力に、低級モンスターであるジャイアントトードの物理吸収が、敵う筈もなかったのだ。

 

「ふーん……つまり、お兄ちゃんが持ってる間は、ひとりでに歩き出すことはないのね……それならいいのだけれど……」

 

 バージルの説明を聞いたアクアは、女神として思うところがあるのか、少し不安そうに呟く。

 アクア曰く『わたしのくもりなきまなこ』によると、バージルからは彼自身が持つ悪魔の力だけでなく、もう一つの悪魔――ベオウルフの力も見えていた。

 立場上、悪魔の魂が宿った武器を見逃すことはできず、本音を言えば今すぐベオウルフに『退魔魔法(セイクリッド・エクソシズム)』をぶちかましてやりたいが、バージルが管理してるならと、アクアは自ら引き下がった。

 普段なら有無を言わさず先手必勝とばかりに手を出しただろうに。バージルがお兄ちゃん(仮)であるが故だろうか。

 

「通常、倒されたモンスターの魂は倒した者に吸収され、成長の糧になると聞くが……バージルは一体どんな国から来たんだ?」

「……少なくとも、この国よりは物騒な場所だ」

「物騒……是非とも、バージルの住んでいた国に行ってみたいものだな」

「やめておけ。貴様では3日と経たん内に野垂れ死ぬ。それに、ここからはかなり遠い」

 

 毎度驚かされているというクリスの話を思い出しながら、ダクネスは素直にバージルの出身国が気になり尋ねた。

 

 半人半魔であることは明かしているが、転生者ということはまだ明かしていない。カズマも秘密にしているのを見る限り、あまり大っぴらにはできないことなのだろう。

 そう考えたバージルは、異世界ということをはぐらかしつつ、ダクネスの質問に答えた。更に興味を持たれたが、ここから行くのは困難だということも添えておく。

 

「大丈夫ですよ、ダクネス。この私の爆裂魔法さえあれば、どんな敵も恐るるに足らず!」

 

 その横で話を聞いていためぐみんは、自分の爆裂魔法さえあれば問題ないと豪語した。余程、自分の爆裂魔法に自信を持っているのだろう。

 彼女の言葉を聞いたバージルは、そこで今日、初めてめぐみんの爆裂魔法を生で見させてもらったことを思い出す。

 

「そういえば貴様の爆裂魔法、初めて見させてもらったが……」

「おぉっ! そうでした! どうでしたかバージル? 今日の爆裂は、中々に良い出来だったと自負しておりますが」

 

 そう言われてめぐみんも思い出したのか、顔をズイっと近付けてバージルに感想を求める。

 今日のは我ながら良い爆裂だったと、無い胸を張って自信たっぷりに話すめぐみん。

 そんな彼女へ、バージルは正直に感想を告げた。

 

 

「愚の骨頂だな」

「はぐぁっ!?」

 

 開口一番からどストレートな批判を告げられ、めぐみんはピシッと固まった。

 

「威力だけ見れば、確かに最強魔法と言える。しかしそれだけだ。発動するまでの時間が長い上に燃費も悪い。これなら、初級魔法のほうがまだマシだろう」

 

 バージルは呆れるようにため息を吐きながら、感想の続きを話す。

 詠唱から発動までに時間がかかるのは、めぐみんがわざとやっているからなのだが……燃費が悪いのは紛れもない事実。

 とはいえ――自身の愛する爆裂魔法を初級魔法以下だと貶されて、めぐみんが黙ってる筈もなかった。

 

「い……今っ! 私の前で言ってはならないことを口にしましたね!? 初級魔法!? 爆裂魔法がそんな物より劣ると言いますか!?」

「無粋の極みと言える魔法を好んで使う、貴様の気が本当に知れん。イカレているのか?」

「誰がイカレ集団のアクシズ教徒ですか! くっ……貴方ならば……我が同志である貴方ならばっ! 爆裂魔法の良さをわかってもらえると信じていたのに!」

「ちょっと待ってめぐみん。何か今、私的に聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がするのだけれど?」

 

 バンッと机を叩くと、めぐみんは声を荒らげてバージルに言い返す。が、バージルは言葉を撤回せず、更に爆裂魔法を侮辱してきた。

 (一方的だが)バージルとは波長が合うと思っていためぐみんは、今までの同志を見る目から一変、目の敵のようにバージルを見た。

 

 彼と正反対の弟ならば、めぐみんの爆裂魔法も大層気に入ってくれたことだろうに。

 

「めぐみん、少し落ち着いて――」

「いいえダクネス! ここばかりは譲れません! 紅魔族の名にかけて!」

 

 怒りで興奮しているめぐみんを宥めようと、ダクネスは声を掛けるが、今の彼女はどうにも静まりそうにない。

 めぐみんはキッとバージルを睨むと、宣戦布告するように指差して告げた。

 

「今に見ていてください! いつかバージルに、爆裂魔法の偉大さをわからせてやります! 覚悟していてください!」

「フンッ」

 

 

*********************************

 

 しばらくして、慌ただしくも食事を終えたバージル達。

 未だ興奮しているめぐみんを拘束しながらも、ダクネスは酒場を去っていった。

 二人を見送ったバージルは、そこでフゥと息を吐く。

 

「(ようやく解放される……)」

 

 カズマから受けた依頼。それがやっと終わった今、バージルはドッと疲れを感じた。

 今日は帰ってすぐに寝よう。そう思いながら、バージルは自分の家へ足を進める。

 

 ――が、それを残っていたアクアが呼び止めてきた。

 

「どこ行くのお兄ちゃん? 私達の家はこっちよ?」

「……?」

 

 そう言われ、バージルは振り返ってアクアを見る。彼女は、不思議そうにバージルを見つめていた。

 むしろお前がどうしたのかと疑問に思ったバージルは、アクアへ先程の発言について尋ねる。

 

「何を言っている?」

「何って……お兄ちゃん、1日カズマと交代するんでしょ? なら、寝る場所もカズマと変わらなきゃじゃない」

「馬鹿が……俺は生活まで入れ替えるなど言ってな――」

 

 アクアの言葉を聞き、バージルはそんなこと言っていないと言い返そうとした――が、そこでカズマの話した依頼内容を思い出す。

 

 彼は、確かに言った。鉱石を見せた時――「依頼内容は、1日だけ俺とバージルさんの生活を入れ替える」と。

 

「(カズマの奴め……抜け目のない……)」

 

 ちゃっかりカズマが、生活の入れ替えを依頼内容としていたことを思い出し、バージルは小さく舌打ちをする。

 

 恐らくカズマも、依頼内容は覚えているだろう。もし、ここで勝手に自宅へ戻ってしまえば、依頼未達成ということで報酬の鉱石を受け取れない可能性もある。

 報酬も得られず踏んだり蹴ったり。それだけは絶対に避けたいところだ。

 ならばここは、依頼通り生活を入れ替える――カズマの住んでいた場で寝泊りし、翌日の昼までアクア達と付き合わざるを得ない。

 

 今回の依頼を、カズマの代わりに1回だけアクア達とクエストに同行することだと勘違いしていた自分を恥じ、バージルはため息を吐く。

 

「……さっさと案内しろ」

 

 依頼ならば従わざるをえない。バージルはそう自分に言い聞かせ、アクアに案内を頼む。

 それを聞いたアクアは、嬉しそうに笑いながらバージルの先を歩いて行った。

 

*********************************

 

 アクセルの街にある、野原が広がる平原地帯。

 居住区から離れて平原に出た時は少し疑問に思ったが、郊外に家でも建てたのだろうと納得し、バージルは黙ってついていった。

 そして、しばらく歩き――2人はアクアとカズマが住んでいる家に辿り着く。

 

 

 ――それは、どう見ても馬小屋だった。

 

「……」

「んっ? どうしたのお兄ちゃん?」

 

 馬小屋を前に固まっているバージルに、アクアは首を傾げながら声をかける。

 

 金が無い冒険者は宿に住めず、馬小屋を宿代わりにしているという話は聞いたことがある。

 そういえば、アクアがミツルギとアクセルの街で出会った時、カズマと馬小屋で住んでいると言っていた。

 最初はまさか、と思っていたが……本当に住んでいたとは、バージルも予想していなかったのだ。

 

「……貴様は、ずっとここに住んでいるのか?」

「そうよ? 本音を言えば、そろそろ屋根のある家で住みたいんだけど……お金がねぇ……」

「魔王軍幹部を撃退した時の報酬があっただろう。あれはどこへ行った?」

 

 お金がない故に馬小屋に住んでいるとアクアは話したが、その筈はない。

 バージルは確かに見ていた。バージルならびにめぐみん、ダクネス、そしてアクアも、魔王軍幹部――ベルディアが街に襲来した日、彼を追い払った功績として、報酬の1000万エリスを渡すと約束されたのを。

 そしてバージルは、既にそのお金を受け取っている。ならば、アクアも受け取っている筈なのだ。

 

 1000万エリスは5人で分配されたが、それでも大金なのに変わりはない。あの金があれば、宿に泊まることなど容易な筈。

 一体それはどこへ消えたのか。まさか一夜にして酒へ変わったわけではあるまいと思いながら、バージルは尋ねる。

 するとアクアは――突如怒りを顕にして、バージルへ愚痴るように理由を話した。

 

「それが聞いてよお兄ちゃん! お金をもらおうとしたら受付嬢が、領主のアルなんとかから『あのデュラハンが住んでた古城は、元々私のものだったけど、爆裂魔法でかなり傷を付けられたと街の冒険者から聞いた。だからその分の弁償代を関連者に請求させてもらう』と言われたので、私とめぐみんとダクネスの報酬から差し引きましたって! お陰で報酬半減どころかマイナスよ!? 借金増し増しなのよ!? 酷いと思わない!?」

「(アルなんとか……アルダープのことか……)」

 

 アレクセイ・バーネス・アルダープ――ベルゼルグ王国の内、アクセルの街周辺の領土と管理する領主であり貴族。

 その姿は、まさしく悪徳貴族を絵に書いたような人物で、貴族のくせに自分の金を使うことを渋るセコイ男だと、街の住人から囁かれており、そう記述されている本もあった。

 元いた世界でバージルは、貴族というのは基本私腹を肥やす豚というイメージを持っていたが、どうやらこの世界も同じらしい。

 

 また風の噂で、アルダープは古城奪還のために数多くの冒険者を雇った金が無駄になったからと、デュラハンを倒した謎の冒険者――バージルを恨んでいると、彼は耳にしていた。

 今のところ、バージルがデュラハンを倒したことを知っているのは、エリス、カズマ、アクア、めぐみん、ダクネス、受付嬢ことルナの6人のみ。

 もし、このことがアルダープの耳に入れば、彼がバージルへ金を請求する可能性はなきにしもあらず。

 

 時間の問題かもしれないが、ひとまず今は、自分がデュラハンを倒した事実を広めさせないよう釘を刺しておくかと、バージルは考えた。

 

「そりゃま確かに、私もめぐみんに指示させて爆裂魔法打ち込ませてたけど! それは、あのデュラハンがムカついたからやっただけで、古城を壊すつもりはなかったの! しかも、あの古城がアルなんとかってヤツのだって知らなかったし! そもそもアンタの物だったら、あんな脳無し騎士なんかに占拠されないよう、ちゃんと管理しときなさいよっ!」

 

 余程アルダープに金を奪われたことがご立腹なのか、アクアは愚痴を話しながら、やつ当たりで近くに置いてあった木のバケツを蹴る。

 

「るっせーぞゴラァッ! 今何時だと思ってんだ! ド(タマ)カチ割られて脳ミソえぐり出されてェーのかッ!」

「ヒッ!? す、すみません!」

 

 が、どうやらここの馬小屋は共同の宿屋だったようで。先に就寝していただろう男からドスの効いた声で怒られ、アクアはすぐさま謝った。

 女神の威厳もクソもないアクアを見て、バージルはため息を吐く。そして馬小屋の入口には入らず、横へ足を進めた。

 

「あれ? お兄ちゃんどこ行くの?」

「こんな寝床では目覚めが悪い。俺は外で寝る」

 

 馬がいないとはいえ、馬小屋で寝るのはバージルとして抵抗があった。それならば、まだ外で夜空を眺めながら寝たほうがマシというもの。

 バージルはそう言って、馬小屋の側面へ移動する。焚き火用に置かれた薪があるのを見ながら、バージルは馬小屋の壁にもたれ、片膝を立てて座る。

 そしてバージルは腕を組み、両目を閉じて眠りについた。

 

 

 ――が、程なくしてバージルは目を開ける。

 その視線は、バージルの左側へ。

 

「……何故貴様も来る」

「折角お兄ちゃんがいるんだから、一緒に寝ようと思って」

 

 そこには、可愛らしく後ろで手を組んでバージルを見下ろしてくるアクアがいた。

 

 ブルータルアリゲーターから(仕方なく)助けてやって以降、彼女はバージルに懐きっぱなしだ。

 バージルは、時間が経てば元に戻るだろうと楽観視していたが、この様子だとしばらくは戻らないだろう。下手すれば、ずっとこのままかもしれない。

 やはり、あそこは我慢して浄化が終わるのを待つべきだったと、バージルは過去を嘆く。

 

「……好きにしろ」

 

 冷たく突っぱねず、なんだかんだで付き合っているバージルにも原因はあるのだが。

 バージルにそう言われたアクアは微笑み、バージルの横に膝を抱えて座る。並んで座るその様は、まさしく兄妹のよう。

 

 また、アクアのお兄ちゃん呼びにバージルは突っ込まなくなっていたが、決して認めたわけではない。突っ込むのも面倒になったからだ。

 

「……綺麗な星……」

「ほう、貴様に星を鑑賞できるほどの感性があったとはな」

「ちょっ!? 私だって、女神である以前に、れっきとしたレディーなのよ!? 綺麗な物を見て感動することぐらいあるわよ!」

 

 天体観測をするアクアの姿が珍しく、思わずそう口にしたバージルへアクアが突っかかる。

 

「……んっ?」

 

 とその時、突然アクアが怪訝に思う顔を浮かべると、スンスンとバージルの匂いを嗅ぎ始めた。

 妙な行動をしてきたアクアを、バージルは不思議に思いながらも見つめる。

 しかしアクアは続けて匂いを嗅ぐと――バッと立ち上がり、酷く驚いた様子で、そして信じられないと言うかのような顔で口を開いた。

 

「どうして……どうしてお兄ちゃんから、エリスの力が!? まさかお兄ちゃん、エリス教徒だったの!?」

「……? 何を言っている?」

「惚けても無駄よ! 私の曇り無き眼と鼻がそう言ってるわ!」

「惚けてなどいない。俺が神に仕えるなど――」

 

 エリス教徒だと疑ってかかるアクアに、バージルは反論しようとする。

 が――そこで彼は言葉を止める。アクアは、バージルからエリスの力を感じると言った。

 では何が原因か。バージルは服の襟口に手を入れ、原因として思い当たる物を取り出した。

 

「……貴様が言っているのは、恐らくこれが――」

「スティール!」

 

 バージルが、エリスから渡されたアミュレットを見せた途端、アクアは即座にバージルの首元から無理矢理引き離し、それを奪い取った。

 そして数歩駆け出すと、アクアは前方を見て大きく振りかぶる。

 

「悪っ! 即っ! 斬っ! 滅ぶべしエリス教! ゴッド投ほぉおおおお――うきゅっ!?」

 

 メジャーリーガーも顔負けの気迫に満ち溢れた投球フォームで、アクアはアミュレットを投げ捨てようとする――が、それをバージルが軽く頭を小突いて止めた。

 前方に投げられず、アクアの手から離れるアミュレット。それをバージルは拾い上げる。

 

「俺の私物を勝手に放り投げようとするな」

「私物! 今私物って言った!? やっぱりエリス教徒なのね! ダメよお兄ちゃん! エリスは胸をパッドで盛るような詐欺師なのよ!?」

「誰もエリス教徒になったなどと言っていないだろう。これはただ……街にいる奴から貰ったものだ」

「くっ! お兄ちゃんまでも牙にかけようとするとは……やはりエリス教徒は悪だわ! 待っててお兄ちゃん! 代わりに私特製のアミュレットを――!」

「いらん。貴様の加護がついた物など、不幸が訪れる」

「なんで!? なんでエリス教はよくてアクシズ教じゃダメなの!?」

 

 このアミュレットは、エリスから贖罪人の証として受け取ったもの。それを捨てることはできない。バージルはエリスから貰ったことを隠して話す。

 が、その裏事情を知らないアクアにとっては、自分の兄が後輩に取られたようにしか思えなかった。

 バージルがエリスの加護付きアミュレットを身に付けるのは嫌だと、アクアは必死に食い下がるが――。

 

「うるせぇっつってんだろォーがボケナスッ! 何度言えばわかるんだ! このスッタコがッ!」

「ヒィィッ!?」

 

 その時、馬小屋の方から大きな音が立つと同時に、先程のドスの効いた男の声が聞こえてきた。

 またも男に怒られ、アクアは涙目になって怯える。それを見て、バージルは再びため息を吐いた。

 

「……だそうだ。さっさと寝るぞ」

「……むぅううううー……」

 

 早く寝るよう促すと、バージルはアミュレットを再び首にかけてから、先に壁際へ戻って座る。

 アミュレットを手放す気がないと知ってか、アクアは不満げに頬を膨らましてバージルを睨む。

 

「――いいもんっ!」

「ムッ?」

 

 すると、アクアはそう言いながらバージルのもとへ寄ってきた。

 何がいいのかと疑問に思い、バージルは彼女の動向を見ていると、アクアは壁にかけてあったバージルの武器、雷刀アマノムラクモを手に取る。

 そして、そのまま壁にもたれて座ると――刀がへし折れるんじゃないかってぐらいにギューっと刀を抱き締めた。

 

「お兄ちゃんの刀に、私の加護を絶対落とせないぐらい付けるからいいもんっ!」

「……」

 

 まるで自身の匂いをこびり付けるかのように、しっかりと刀を抱き締めたままアクアは話す。

 アクアがギュッと抱いているアマノムラクモを見て、あのドラゴンが嫌そうにもがいてアクアの束縛から逃れようとする様が頭に過ぎる。明日には抜けなくなっているんじゃないだろうか。

 しかし、今の彼女には何を言っても聞かなそうだ。そう思ったバージルは、特に何も言わずアクアから目を背ける。

 念のため、明日は刀の調子を見ておこう。そう考えながら、バージルは目を閉じた。

 

 

*********************************

 

 ――翌日、太陽が空の真上に浮かび上がった頃。

 

「ほいよ、コカトリスの唐揚げだ。いつもあんがとよ」

「いえいえ、ここの唐揚げは世辞抜きで美味いっすから。そんじゃ!」

 

 アクセルの街、多くの奥様方が買い物に勤しんでいる商業区にて、カズマは行きつけの店で一口サイズの唐揚げを買っていた。

 店主に別れを告げたカズマは、揚げたてホカホカの唐揚げを美味しそうに頬張りながら道を歩く。

 

「おうカズマ! 今日はあの嬢ちゃん達と一緒じゃねぇのかい?」

「おっす。今日は俺だけ休養日だ。アイツ等は仲良くクエストに行ってるだろうよ」

「おっ、カズマの旦那! この時間にここへ来るとは珍しいな。どうだい? ちょっくらウチの商品見てくか?」

「よう。今はあんまり手持ちがないから遠慮しとくよ。また今度、ゆっくり見させてもらうから」

 

 まだ駆け出しも駆け出し、中級冒険者にはほど遠いカズマだが、この街では中々に顔が広かった。

 「パンツ脱がせ魔」だの「ヌルヌルプレイのスペシャリスト」だの「鬼畜カズマ」だのと、知らない内に散々な異名を付けられているが、それが男性陣からは逆に好評なのか、この街に住む男達との仲は良い。女性陣との仲はゼロどころかマイナスに落ちていたが。

 また、例の問題児3人組とパーティーを組んでいる上に、有名人なバージルとよく行動しているのも、カズマの知名度が高い理由に入っているだろう。

 すれ違う冒険者や店主と声を交わしながら、カズマは商業区を出て行く。

 

 程よく雲のかかった晴れ模様。冷たくも心地よい秋の風。

 自然の色を残す街の空気を、カズマは気持ちよさそうに深呼吸をして味わう。

 

「(あぁ……っ! アイツ等のいない休日が、こんなにも素晴らしいだなんて……!)」

 

 そして、問題児達のいない平和な生活を、これ以上ない幸せを、カズマはひしひしと感じていた。

 

 バージル達と別れた後、カズマは与えられた休暇を有意義に使おうと思い、クエストには行かず街を散策していた。

 店番を頼むと言われていたが、依頼は受けなくていいとのことだったので、この世界の文字で「Close(閉店中)」と書かれた札を扉にかけて店を出た。

 昼は街をぶらつき、夜は美味い物を食い美味い酒に酔い、ゆっくりと大浴場に浸かって、日頃溜まっていた疲れを癒す。

 

 生活を入れ替えていたので、その後はバージルの家へ。暖炉に火を点け、その前で机上に置いてあった本をそれっぽく読んでみたり。クソ難しい内容だったが。

 藁の敷布団などではなく、ちゃんとしたベッドで寝転がり、窓から見える夜空を嗜みながら眠りに落ちる。この世界に来てから、あの時ほど熟睡できたことはないだろう。

 気持ちのいい朝を向かえたら、また街へ散策に。カズマは、1日の休暇をじっくりと楽しんでいた。

 

 ――が、それもあと数分で終わり。

 

「もう昼……か。ギルドにいるかもしれないけど、ひとまず荷物を取りに帰るか」

 

 休みが終わってしまう悲しみを胸に抱き、カズマは寂しそうに呟く。元の世界で社畜と呼ばれていた人達も、休みが終わる時はこんな気持ちだったのだろうか。

 そんなことを思いながらも、カズマは置きっぱなしだった荷物を取りに、バージルの家へ向かった。

 

 

*********************************

 

 商業区からバージルの家までそう遠くなかったため、程なくしてカズマはバージルの家があるエリアに入った。

 休みが終わる瞬間を噛み締めるように、カズマはゆっくりと帰路を歩き、バージルの家へ向かう。

 そして、視線の先に目的地を捉えると――家の扉にもたれている、1人の男を発見した。

 

「……」

 

 この家の持ち主、バージルである。

 彼は腕を組んで両目を閉じ、誰かを待つようにジッとそこに佇んでいる。

 もっとも、誰を待っているかは明白だったが。

 

「……バージルさん」

「……」

 

 カズマは家の前に移動し、バージルと向かい合うように立つと、自ら彼に声を掛ける。

 その声を耳にしたバージルは、両目を開けてカズマを見る。

 向かい合った2人。バージルと目を合わせたカズマは、ビッとその場で背筋を真っ直ぐ伸ばし――バージルへ敬礼をした。

 

「――お疲れ様でした」

「……あぁ」

 

 カズマの労いの言葉に、バージルは酷く疲れた声で返事をした。

 

 

*********************************

 

「約束通り、報酬の鉱石は貰うぞ」

「そりゃ勿論……バージルさん、今回は本当にありがとうございました」

「……もう二度と、この依頼は受けん」

 

 室内へ場所を移動した2人。椅子に座ったバージルの前で、カズマはこの家に置いていた、鉱石の入った袋を机上に置く。

 話を聞くと、どうやらバージルは午前中にも問題児達とクエストに行っていたらしく、案の定3人に振り回されたのだとか。

 

 また、アクアがバージルの刀に加護を与えたせいで、刀には女神の聖なる力が宿ったが、その代わり威力が少しばかり減ったらしい。

 その話を聞いたカズマは、後で駄女神の羽衣を焚き火で炙ってやろうと決心した。

 もっとも、雷刀アマノムラクモの素材元は特別指定モンスター。今まではその最強武器にバージルの魔力というチートを加えていたので、少しばかり減っても何の問題もないだろうが。

 

「で、誰か依頼に来ることはあったか?」

「いや、俺がいる間は誰も来なかったですね。まぁまだ開店して三日目ですし、そんなもんですよ」

 

 本当はほとんど家におらず街へ出歩いていたが、そこは伏せてバージルに報告する。

 バージルもまだ客はこないと思っていたのか、そうだろうなと言葉を返した。

 しかしカズマは、ただただ散策していたわけではない。

 

「でも大丈夫っすよ! バージルさんが留守の間、俺がしっかりと宣伝しておきましたから!」

「……そうか」

 

 カズマは街を散策する傍ら、街の住人にバージルが経営するデビルメイクライのことを紹介していた。

 自分に安らぎをくれたバージルへ、少しでも力になるために。鉱石だけでは足りないと感じ、カズマは自ら動いていた。

 彼は、この街で意外と顔が広い。そのことを知っていたバージルは、彼が紹介したのなら大丈夫だろうと、安心するように呟く。

 

 ――とその時、二人の会話を中断させるように、扉をノックする音が聞こえた。

 

「おっ! 早速来たみたいですよ! はいはーい!」

 

 早くも自分の宣伝効果が現れたことに、カズマは喜びを覚えながら扉へ駆け寄る。

 バージルが無言で見つめる中、カズマは自ら扉を開け、来客と向き合った。

 

「……ムッ、失礼。ここデビルメイクライの店主は貴殿であるか?」

 

 入口前にいたのは、赤いマントに白い甲冑に黒い服という、いかにも騎士風な男性が1人。

 彼は、店内から現れたカズマにそう尋ねてきた。

 

「あ、いや……ここの店主は俺じゃなくて、今椅子に座ってるバージルさんですよ」

 

 カズマは身を退きながら、店内にいたバージルを指して来客に伝える。

 騎士風の来客は店内に入り扉を閉めると、甲冑の下から見える目で、バージルをまじまじと見つめながら口を開いた。

 

「そうか……貴殿があの、魔王軍幹部のデュラハンを倒した……」

「……待て。貴様、何故それを知っている?」

 

 バージルが魔王軍幹部の1人を倒したことは、まだカズマ達協力者と受付嬢しか知らない筈。

 なのに何故、この男は知っているのか。バージルは理由を尋ねる。

 すると来客は正直に、バージルが魔王軍幹部を倒したことを知った理由を話した。

 

「それは昨日、この街で『魔王軍幹部を倒した蒼白のソードマスターが営む便利屋がある』という噂を聞きまして……」

「(噂……まさか……)」

 

 昨日。それも、バージルが魔王軍幹部を倒した、という噂ではなく、魔王軍幹部を倒したバージルが経営する便利屋がこの街にある、という噂。

 それに心当たりがあったバージルは、来客から視線を外し――来客の横で申し訳なさそうな顔をしているカズマに向けた。

 

「あー……すみません。客寄せ文句には持って来いの情報だったんで……つい……」

 

 噂をばら撒いた張本人のカズマは、そう口にしながら謝る。

 だが、魔王軍幹部を倒した情報は、いつかバレるだろうとバージルは思っていた。それが早まっただけに過ぎない。

 騎士の様子を見る限り、流石にバージルが悪魔だという情報は流していないようだったので、バージルは特に気にしなかった。

 呆れてため息を吐きはしたが、カズマに怒りは向けず、再び来客に視線を戻す。

 

「で……その俺に何の用だ?」

 

 十中八九依頼だとわかっているが、バージルは来客にそう尋ねる。

 すると来客は、数歩前に出てバージルの前に立つと――懐から丸めた紙を取り出し、それを広げ、バージルに見せながらこう告げた。

 

 

「アルダープ様より、貴殿に多額の請求を求められています。迅速なお支払いを、とのことです」

「……何っ?」

 

 それは――バージルでさえも思わず目を疑うほどの金額が記された、請求書だった。

 備考には「魔王軍幹部討伐目的で雇用した兵士の費用」と書かれている。

 その文章を見て、バージルは思い出す。

 

 金にうるさいアルダープは、魔王軍幹部を勝手に討伐されて、兵士を雇った金が無駄になったと、魔王軍幹部を倒した者に恨みを持っていた。

 もし、そんなアルダープの耳に、バージルが魔王軍幹部を倒した情報が入れば――まず間違いなく、バージルにけしかけるだろう。お前のせいで金が無駄になった。だから弁償しろと。

 そういった意味が込められたのが、この――バージルが払うべきではない請求書なのだ。

 

 昨日、噂を広めないようにと釘を刺そうと思っていたが、どうやらその暇さえ与えてくれなかったようだ。

 

「えっ!? えっ!? どういうこと!? っていうかアルダープって、俺達に超理不尽な借金負わせた奴じゃん!」

 

 アルダープのことは知っていても、バージルのことを恨んでいるという噂は知らなかったのか、横で聞いていたカズマは酷く慌て出す。

 超理不尽な借金というのは、アクア達がおっかぶった物と同じく、爆裂魔法で城を攻撃した者とその関連者に、城の修繕費として請求されたものだ。おまけにカズマはアクア達と違って、報酬の差し引きが無いため、その額もとんでもない物となっている。

 そんなカズマの言葉を聞いた来客はそちらへ顔を向けると、彼に話しかけた。

 

「借金……? すると、貴殿はカズマ殿で?」

「あぁそうだよ! いいか? アンタ等のせいで俺は今でも馬小屋生活で――!」

「アルダープ様よりお言葉を預かっております。この噂を流してくれた者にはとても感謝している。その者には何でも1つ褒美をやろう、と。もしかしたら、カズマ殿の借金もチャラにしていただけるかと……」

「マジで!? ありがとうございま――いやいやそうじゃなくて!? 俺そんなつもりで噂流したわけじゃないから!? 良かれと思って! 良かれと思ってやったんだから!?」

 

 彼だけ借金をなかったことにしてくれると持ちかけられ、カズマはグラッと落ちかけるが、その為にやったわけではないと主張する。

 その様子を見ながら、バージルは深くため息を吐いた。

 

 

*********************************

 

 アルダープから吹っ掛けられた、理不尽な請求書。

 兵士雇用にしては金額が多過ぎるし、そもそもバージルが払うべきではない物だ。裁判にかければ、バージル側が勝つことも可能だろう。

 

 だがバージルは――後日、請求された金額をキッチリと支払った。

 莫大な金額だったが、バージルには特別指定モンスターと魔王軍幹部ベルディアの討伐報酬がある。3分の2は減ったが、払えない金額ではなかった。

 また、その話を聞いたカズマは、もう何度頭を振ったかわからないぐらいに謝ってきたが、「貴様の気にすることではない」とだけバージルは伝え、カズマを帰させた。

 因みに、カズマの借金は結局チャラになったらしい。なんだかんだでちゃっかりしている男である。

 

 それよりも、普段ならバージルは絶対に支払おうとしないだろうに、何故今回は支払うことを決めたのか。

 それは――彼が現在読んでいる本に、理由が書かれていた。

 

 彼1人しかいない静かなデビルメイクライ店内。彼は無言のまま、手に持っていた本を読み進める。

 それには、様々な出来事や物、人について記されていた。ベルゼルグ王国、第一王女、ダスティネス家などについての解説と、それらについての著者による見解も書かれている。

 しかしこの本は、巷では頭のおかしいイカれた集団として恐れられている『アクシズ教徒』が書いたらしく、見解では「エリス教徒滅ぶべし。慈悲はない」「第一王女ペロペロ」などと、個性が溢れに溢れていた。

 

 そんな、若干カオスな本の中で、今彼が目にしているのは――アレクセイ家の現頭首、アレクセイ・バーネス・アルダープについてだった。

 

 アルダープの性格は、著者も快く思っていなかったようで、よくもまぁこれを出版できたものだと思う程に、所々アウトじゃないかってぐらいの暴言が書かれている。

 その文中で著者は――。

 

「彼のような者が、あそこまでの地位に昇ってこられたのはおかしい。何か必ず、悪事を働いている筈だ。そんな顔と図体をしている」

 

 ――と、陰謀論を唱えている。

 しかしその文章から続くように、著者はこうも記述していた。

 

「色々調べてはいるが、悪事を働いたという情報と証拠を一切得られない。その様子も見られない。何なんだあの豚。焼いてやろうか」

 

 一般人が読んだら、頭のおかしいアクシズ教徒の単なる被害妄想だろうと思い、気にも止めないだろう。

 だがその文章に――バージルは注目していた。

 

 あの請求書も、普通なら請求することすら叶わないほどに横暴な物だ。しかしそれが現に通り、バージルに渡ってきた。

 果たして、領主という権力を振りかざすだけで、ここまで理不尽な要求が通せるものだろうか?

 

 確証はない。しかしバージルは微かに――アルダープから『臭い』を感じ取っていた。

 

「(アルダープ……今回は貴様に『貸し』てやる)」

 

 独り、バージルは不敵な笑みを浮かべる。

 いずれアルダープとは会うことになりそうだ。その時には、今回『敢えて』支払ってやった金を、倍にして返してもらおう。

 そう思いながら、バージルは手に取っていた本をパンッと閉じ、机に置く。

 

 時刻はまだ朝。開店はしているが、まだ依頼人は来ていない。

 しかしバージルは――本を読むのをやめて、ジッと扉を見つめていた。

 

 と、その時――扉の方から、コンコンッとノックする音が聞こえる。

 

「すみませーん……いらっしゃいますかー?」

 

 扉の奥からは、エリスでもダクネスでもない、聞き慣れない女性の声が聞こえてきた。

 だがバージルは返事をすることなく、黙って様子を伺う。

 

「あっ、空いてる……失礼しまー……ってえぇっ!? わ、私凄い睨まれてる!?」

 

 鍵が空いているのを確認した来客は、扉を開けて中に入る。

 しかし、ジッと睨みつけていたバージルと目が合い、相手は怯えた様子を見せた。

 長く茶色い髪に、紫色の大きめなローブを身に纏った、白い肌を持つ女性。髪で片方隠れた目は、余程バージルの睨みが怖かったのか、少し涙で潤んでいる。

 

「……何者だ?」

 

 が、バージルは睨むのをやめず、現れた女性に問いかける。

 女性は未だに睨まれて怯えながらも、店内を歩いてバージルの前に立つと、彼の質問に答えた。

 

 

「えっと……私は、アクセルの街で魔法具店を経営しているウィズと言います。最近、街に便利屋さんが開いたと聞いたので、ご挨拶に来ました」

 

 




アルダープの請求に無理があるかもしれませんが、彼にはそれほどの権力と『力』があると思っていただけたらと。流石にそれが何なのかを言ったら、アニメ視聴原作未読の方へのネタバレになってしまうので。ほとんどバラしてる気もするけど。


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第21話「この裏ボスとエンカウントを!」

 ――夕暮れ。太陽は山に半分身を隠し、橙色の光で空を染めた頃。

 冒険者達は拠点に戻り、鋭気を養いに酒場へ行く時間――街外れの丘に、ひと組のパーティーがクエストに出かけていた。

 

「あーっ! それ私が目つけてた肉ーっ! 返しなさい! アンタはこの野菜だけ食ってればいいじゃないの!」

「お前、もう5枚ぐらい肉食ってるからいいだろうが。それに、キャベツ祭からちょっと野菜が苦手になってさ。野菜スティックにも嫌な思いさせられたし。何だよ跳ねる野菜スティックって……なぁ、コレ焼いてる間に、顔面めがけて跳んできたりしないよな?」

「焼いてる分は大丈夫だ。それと、カズマだけでなくアクアもだが、肉ばかり食べていては大きくなれないぞ?」

「……おっ、そうだな」

「カズマ、紅魔族というのは魔力だけでなく知力も高いんです。今どうしてカズマが、ダクネスと私を交互に見たのか、当ててあげましょうか?」

 

 丘の上、テントを張った傍でバーベキューをするのは、アクセルの街に住む駆け出し冒険者、カズマとその仲間達。

 4人の近くにあるのは、お金のない人達、身寄りのない人達が使う共同墓地。

 決して、4人には墓の傍で飯を食う趣味があるわけではない。今回彼らが受けたクエスト『ゾンビメーカー』討伐の目的地が、ここだからだ。

 

 『ゾンビメーカー』――死体に憑りつく悪霊の一種で、数体のゾンビを操る雑魚モンスター。

 能力だけ見れば厄介そうだが、操る取り巻きのゾンビはそこまで強くない。駆け出しでも倒せるレベルらしいので、カズマはこれを受けることにした。

 そして、ゾンビメーカーは夜に現れる。そのため、カズマ達はこうして食事を取りながら、日が落ちるのを待っていたのだ。

 

「ん……カズマ、コーヒー頼めるか?」

「おう」

 

 ダクネスにコップを渡されたカズマは、それを手に取るとコップの中にコーヒーの粉を入れる。

 

「『クリエイトウォーター』……そんで混ぜ混ぜしてから『ティンダー』っと」

 

 すると彼はコップに手をかざし、『クリエイトウォーター』で手のひらから綺麗な水を出してコップに入れ、スプーンで粉と水をクルクルと混ぜる。

 ある程度混ざったところで、カズマは『ティンダー』で手のひらに火を作り、コップの底を炙るように手をかざした。

 『クリエイトウォーター』『ティンダー』――共に『初級魔法』と呼ばれる魔法スキルである。

 ものの数秒で温かいコーヒーを作ったカズマは、ダクネスへコップを返す。

 

「すまない……しかし、初級魔法なんていつの間に覚えたのだ?」

「最近仲良くなった魔法使いに教えてもらったんだよ。確か、リーンって言ったかな。中級魔法は今の俺じゃ覚えられないから、取り敢えず初級魔法だけでもってことで」

 

 ダクネスの質問に、カズマは自分の分のコーヒーも作りながら答える。

 

 リーン、それと彼女のパーティーメンバーのダスト、キース、テイラー。カズマは、既に彼等とも交流を深めていた。

 一度、酔っ払ったダストから「上位職におんぶに抱っことは羨ましいな」と絡まれた時、だったら喜んで代わってやるよとカズマは言い返し、ダストとパーティーメンバーを交代した。

 その際、カズマはリーンから魔法を教えてもらい、持ち前の幸運と機転で危機を回避。キース達からも認められるようになった。

 そしてダストは、一度代わったことでカズマの苦しみを分かち合える仲になり、2人は心の友となったのだ。

 

 因みに、カズマはそこで問題児達がいないことの解放感と喜びを味わい、今度はクエストに行かず充実な1日を過ごしたいと思ったため、バージルへ生活の交換を依頼したそうな。

 

「初級……魔法……っ!」

 

 と、カズマが初級魔法について話していた時、それを聞いていためぐみんが歯をギリっとさせ、杖を強く握り締めた。

 

「……どうした? そんな親の仇を恨むような声出して」

「あぁ……実は、以前カズマとバージルが交代した時に、バージルから爆裂魔法は初級魔法以下だと言われてな。それを気にしているんだ」

「ふーん……」

 

 めぐみんが初級魔法のことを恨めしく思っている理由を聞き、カズマはめぐみんに視線を戻す。

 初級魔法についてブツブツと恨み言を呟くめぐみん。それを見たカズマは『潜伏』を使って静かに背後へ回り込み、彼女に近寄っていく。

 

「初級魔法? そんな子供だましみたいな技が、爆裂魔法を超えるわけないでしょう? そう、我が爆裂魔法こそ至高にして最きょ――」

「『フリーズ』」

「おぉおおおおおおおおわぁああああああああはぁああああああああっ!?」

 

 そしてカズマは、彼女の首筋に手をかざし、ドッキリさながら初級魔法『フリーズ』を放った。

 突如として首筋にヒンヤリ感を覚えためぐみんは、咄嗟にその場を離れると、首筋に手を当てて背後を振り返る。

 

「……爆裂娘、初級魔法に破れたり」

「鬼ですか!? カズマは鬼なんですか!? 鬼いちゃんを更に超えた鬼い様にでもなるつもりですか!?」

 

 決まった、と心の中で呟くカズマに、めぐみんは涙目で言葉を返した。

 冬の知らせが近い、肌寒くなってきたこの季節。そんな時期に首元へフリーズをかけられるのは、めぐみんでなくとも堪えるだろう。

 それを何の戸惑いもなくやってのけた鬼畜カズマに、ダクネスは私もして欲しいとばかりに期待の目を向けるが、カズマはそれを無視してめぐみんに話しかける。

 

「なぁ、お前って爆裂魔法以外の魔法について、知識だけは知ってたりするのか?」

「謝罪も無しですか……学生時代、私は常にトップの成績を修めていました。魔法に関して知らぬ物はない、と思っていただこう」

「……へぇー……」

「なんですか。そのコイツ絶対嘘吐いてるなって思ってそうな目は。爆裂魔法ぶちかましますよ?」

 

 カズマの質問に、めぐみんは自信有りげに魔法関連ならなんでもござれと答える。

 が、普段の行動を知っているカズマからしたら、どうにもめぐみんが成績優秀者だったことに疑問を抱かざるをえなかった。

 そもそも、紅魔の里には学校があるのかと思ったが、カズマは気にせず質問を続ける。

 

「なら……『クリエイトアース』! ……これって何に使うんだ? 初級魔法の中で、これだけ使い方がわからなくってさ」

 

 カズマは初級魔法『クリエイトアース』を唱えると、手に持った土を見せながらめぐみんに尋ねた。

 それは、文字通り魔力で土を作る魔法。手の隙間からは、わりとサラサラした粉状の土が溢れている。

 

「えっと……その魔法で創られた土は、畑に使用すると作物が良い感じに育ちますね」

「……それだけ?」

「それだけです」

 

 めぐみんのわかりやすくも短い解説を聞き、カズマは落胆した。

 

 そもそも初級魔法とは、基本的に日常生活で使われるものだ。

 何かを燃やしたい時、潤いが欲しい時、何かを凍らせたい時など……決して、戦闘に使える物ではない。

 それを実感したカズマは、早く中級魔法も覚えられるようになりたいなーと、心の中で呟く。

 

 と、その時――近くからプッと吹き出す笑い声が聞こえた。

 

「何々!? カズマさん農家に転職するんですか!? 『クリエイトアース』で畑作って『クリエイトウォーター』で水やって……まさに天職じゃないですかやだー! プークスクス!」

 

 皆さんご存知、アクアである。

 彼女は良い感じに焼きあがった肉を乗せた皿を手に、腹パンからの背負い投げで更にもう一発腹パンをしたくなるような顔で、カズマを煽るように笑っている。

 当然、それを見てイラッときたカズマは無言で立ち上がると、『クリエイトアース』で創った土を握る手を、アクアに向け――。

 

「『ウインドブレス』!」

「ギャアアアアッ!? 目が!? 目がぁああああああああっ!?」

 

 握り拳を開くと同時に、小さな風を起こす初級魔法『ウインドブレス』を放ち、全ての土をアクアに飛ばした。

 ダイレクトで両目に土が入ったアクアは、痛みで涙を流しながらその場を転がる。皿は落ち、肉は全て地面の上に。もったいない。

 

「……なるほど、こうやって使うのか」

「使いませんよ!? なんで組み合わせ技なんか作って、そこらのウィザード以上に初級魔法使いこなしてるんですか!?」

 

 

*********************************

 

「……冷えてきたわね。なんだか墓地の雰囲気も相まって、ボスでも出てきそうな雰囲気なんですけど」

「おい、そんなフラグ臭いこと言うなよ。今日はゾンビメーカーと、その取り巻きを倒して土に還す。俺達はいつも通り馬小屋で寝る。オーケー?」

 

 楽しい楽しい夕食タイムは終わり、夜。

 ゾンビメーカーが出る頃合いになり、カズマ達はテントをしまって装備を整えてから、共同墓地に入っていた。

 おどろおどろしい雰囲気を醸し出す墓地を歩く中で、不意にアクアがポツリと呟いたが、モロにフラグ臭かったのでカズマは慌てて訂正する。

 

「どうだカズマ? 『敵感知』に反応はあるか?」

 

 その後ろで、いつでも行けるとばかりに剣の柄へ手を置いていたダクネスが、カズマに墓地の様子を尋ねてきた。

 盗賊スキル『敵感知』で、墓地の様子を探りながら先頭を歩いていたカズマは、ダクネスを安心させるように答える。

 

「いや、今んとこ何も反応してな……んっ? 待て……丁度今ピリピリ来た」

「「ッ!」」

 

 が、そのタイミングでカズマの『敵感知』に反応があった。カズマは4人に知らせるよう手を挙げて足を止める。

 カズマの言葉を聞き、警戒心を高めて武器を構えるめぐみんとダクネス。カズマの後ろを歩いていたアクアは、目を細めて道の先を見る。

 緊張感が漂う中、カズマは敵感知でキャッチした敵の数を口にした。

 

「来てる来てる……敵が1匹、2匹、3匹、4匹、5匹……あれ?」

 

 『敵感知』で感じる存在は5匹以上。それを知り、カズマは疑問を抱く。

 

 ゾンビメーカーの取り巻きは、多くて3匹と聞いていた。5匹以上いるのはおかしい。墓荒らしのモンスターでもいるのだろうか?

 彼なりに推測を立てていた時――視線の先で、墓地を照らすように青白い光がボウッと灯された。

 

 よーく見てみると――青く光っていたのは、大きめの魔法陣。

 その中心には、見るからにゾンビメーカーとは思えない、黒いローブを来た者が立っていた。

 また、その周りにはゆらゆらと魔法陣の中心へ動くアンデッド達がいる。彼らは黒ローブの取り巻きと見ていいだろう。

 

「……あの……あそこにいるの、ゾンビメーカーじゃないと思うのですが……」

 

 敵を見ためぐみんが、若干怯えたようにカズマへ話す。ダクネスもちょっと怖いのか、ゴクリと息を呑んで、既に抜いていた剣を少し震わせている。

 現に、カズマもアレがゾンビメーカーじゃないと薄々感じていた。しかし墓地にいる以上、アンデッドの可能性が高い。

 

 どれほどの強敵かわからないが、こちらには、対アンデッドのスペシャリストこと自称女神がいる。

 まだ対アンデッドの力を発揮した様子は見れていないが、絶対に解けないと言われていたらしい死の宣告をアッサリ解いたり、大きな湖を綺麗に浄化したりと、女神の力があることは確認できている。ここは、アクアの力に期待するしかない。

 むしろここで活躍しなきゃお前の存在価値ないからなと、カズマは背後にいるアクアへ警告しようと顔を向ける。

 

「あぁああああああああああああーっ!?」

「おおう!?」

 

 その瞬間、アクアが墓地全体に響き渡るような声を上げ、カズマ達はビクリと驚いた。

 一体何事かと思い、3人がアクアを見ると――なんと彼女は、何を思ったか黒ローブの人物へと駆け出した。

 

「あっ! 馬鹿!」

 

 カズマは慌てて呼び止めるが、彼女は足を止めようとせず。

 そして、アクアが黒ローブの人物が立っている魔法陣の傍で止まると、ビシッと黒ローブを指差して、声高らかに告げた。

 

 

「リッチーがこんな所にノコノコ現れるとは不届きな! この私が成敗してやるわ!」

「えぇっ!? だ、誰ですか!?」

 

 いきなり現れたかと思いきや物騒なことを話すアクアを見て、『リッチー』と呼ばれた黒ローブの者は酷く困惑し出す。

 が、アクアはお構いなしに魔法陣へ近付くと、その足で地に浮かぶ魔法陣を連続で踏みつけ始めた。

 

「あぁっ!? やめてください! 私の魔法陣を壊そうとしないで!?」

「黙らっしゃいアンデッド! どうせここに眠る死者達を利用して、ロクでもないことしようと企んでたんでしょ! こんなものっ! こんなものっ!」

 

 黒ローブことリッチーは、涙目でアクアにやめるよう呼びかけるが、アクアは決してその足を止めようとしない。

 周りにいたアンデッド達は足を止めると、ぼーっとしたように2人の様子を見守り始めていた。

 

「た……助けて! 助けてください!」

 

 そんな時、リッチーは涙目になりながら助けを求めてそう叫ぶ。

 恐らく自分達に言っているのだろう。そう感じたカズマは、暴れるアクアを止めようとその場へ駆け寄る。

 

 

 ――その瞬間、暗闇から1本の剣が飛んできた。

 

「わっ!?」

「アクアッ!?」

 

 飛んできた剣はアクアの足元に刺さり、それに驚いたアクアは後ろに倒れて尻餅を付く。

 慌ててアクアへ駆け寄るカズマ達。アクアに怪我がないことを確認した3人は、飛んできた剣を見る。

 

 そして――ダクネスは驚きのあまり目をカッと見開いた。

 

「ッ……これは……!」

 

 地面に突き刺さる剣――それは、浅葱色に光っていた。

 しばらくして、地面に刺さっていた剣はパリンと砕け、跡形もなく消え去る。

 カズマ達は消えてしまった剣から目を離すと、その剣が飛んできた方向を見た。

 

 そして――彼等の視線が集まる暗闇から、1人の者が顔を出す。

 

 

「……何故貴様等がここにいる」

「(裏ボス来ちゃったぁああああああああっ!?)」

 

 カズマ達の前に、バージルが現れた!

 

 

*********************************

 

 ――時は遡り、約1週間前の事。

 店を開けてまだ間もない、朝のデビルメイクライに、1人の女性が挨拶と称して訪れた。

 アクセルの街で魔道具店を営んでいる、おっとりとした印象を受ける茶髪の女性――名はウィズという。

 

「……魔道具店?」

「はい。モンスターと戦う冒険者や、街で平和な生活を送る方々のお役に立てるような物を売っているんです。今月も赤字でしたけど……あっ、よかったら名刺をどうぞ」

 

 ウィズは、ポツリと経営がうまくいっていないことをぼやきながらも、魔道具店のことを紹介し、名刺をバージルに渡す。

 『ウィズ魔道具店』の名刺を、黙って受け取るバージル。彼が名刺に視線を移す傍ら、ウィズは話を続けた。

 

「で、最近この街に便利屋さんが開いたと聞いて……もしかしたら、私もお世話になることがあるかもしれないので、せめてご挨拶だけでもと思って……」

 

 ウィズがここへ来た目的を話す傍ら、バージルは手に持っていた名刺を机の上に置き、ウィズへ視線を戻す。

 

 

 ――机の下で、刀を握り締めたまま。

 

「……便利屋、と銘打っているが、全ての依頼を受けるわけではない」

「……? はい?」

 

 ずっと黙っていたバージルが静かに話し出したのを見て、ウィズは自分の話をやめ、彼に耳を傾ける。

 対してバージルは、決してウィズから視線を外すことなく、話を続けた。

 

「受けるか否かは、全て俺が決めている。割に合わない報酬、便利屋を頼らずともできる依頼、気に入らん依頼人……そういった物は断るつもりだ。ましてや――」

 

 ウィズへ――氷のように、冷たい目を向けながら。

 

「人を演じる貴様のような、端から信用できん奴など以ての外だ」

「――ッ!」

 

 バージルの言葉を聞き、ウィズは目を見開いた。

 

 彼女が人ならざる者であることは、最初から気付いていた。

 ウィズからは、人間とは違う匂い――あのベルディアと同じ、魔の匂いがしていたからだ。

 かといって、彼がよく知る悪魔とは違う。そしてベルディアに近い匂い。恐らく、ベルディアと似た種族なのだろう。

 が、人間でないことに変わりはない。バージルは、いつでも刀を抜けるようにしながらウィズの言葉を待つ。

 

「……流石ですね。でも、私に争うつもりは一切ないので、できればその殺気をしまっていただけるとありがたいのですが……」

 

 すると、ウィズは小さく笑ってそう話し、自分に戦うつもりはないとアピールしてきた。

 確かに、彼女からは殺意の類が一切見られない。しかしバージルは素直に従おうとせず、更に強く刀を握る。

 不審な動きを見せれば、即斬り殺す。その鋭い視線を受け、ウィズは困ったように笑いながらも、自分について話し出した。

 

「貴方の察する通り、私は人間ではありません。リッチー……ノーライフキングなんて呼ばれてます」

 

 『リッチー』――アンデッド族の最高峰、アンデッドの王とも呼ばれる存在。

 通常、強い恨みや思念を残した者が死ぬ時、偶発的にアンデッドとなるが、リッチーは違う。その者等は、自らの意志でアンデッドとなったのだ。

 偉大な大魔導師が、力を得るために人間であることをやめ、不老不死の力を得た存在。神の敵対者――それがリッチーである。

 

「(成程、道理で高い魔力を持っている……ベルディア以上に楽しめそうだな)」

 

 ウィズの話を聞く傍ら、ウィズが持つ魔力を感じていたバージルは、面白い物を見つけたとばかりに不敵な笑みを浮かべる。

 しかし、そんなことを思われているなどとはいざ知らず、ウィズは次に、バージルへ質問をしてきた。

 

「貴方も……ですよね?」

「……気付いていたか」

「……はい」

 

 貴方も、とはどういう意味か。そんな野暮な質問はせず、バージルは話を進める。

 既に、バージルも自分と同じく人間ではないことを察していたウィズは、続けて彼に尋ねた。

 

「貴方は……どっちなんですか?」

「……どちらでもある。生まれながらに、俺は人間であり、人間ではない」

 

 既に勘付いていたウィズに隠す意味はないと考え、バージルは静かに答える。

 それを聞き、ウィズは少し驚いたように手を口に当てた。

 

 ウィズは、バージルから悪魔の力を感じていた。

 彼女がよく知る悪魔とは少し違う気もするが、それは本当に些細な物。ほぼ同じだと言ってもいい。

 と同時に、彼から人間の力も感じていた。人間と悪魔――二つの力を、バージルから感じ取っていたのだ。

 これにウィズは疑問を抱いていたが、彼は最初から人間であり悪魔でもある――つまり半人半魔であることを聞き、納得すると同時に驚いたのだった。

 

「珍しいですね……悪魔と人間が結ばれて、ましてや子を残すなんて……」

「……だろうな」

 

 ウィズの言葉に、バージルは小さく同意する。

 人間と交じり、子孫を残す種族はいるが、その中でも悪魔は稀だ。

 悪魔達は常に自分第一。相手を想い、愛を育み、子孫を残すなど、本来なら有り得ないこと。

 

 ……その悪魔、バージルの父が、魔王軍幹部どころか魔王の右腕とも呼べる存在だったと知ったら、ウィズはどれだけビックリ仰天することか。

 

 彼の話を聞き、ウィズはひとしきり驚いたが……次に、彼女は優しく微笑んでこう話す。

 

「フフッ……なんだか嬉しいです。私と似たような人が、私と同じように、アクセルの街で店を経営してるなんて」

 

 ウィズは嬉しそうに、今後もよろしくしたいという思いを告げる。

 その様子を、バージルは無言で見続けていた。

 

 先程からバージルは、話を聞きながら彼女の様子を伺っているが……やはり、ウィズからは殺気の色が一切見られない。

 彼女が見せるのは、友好的に接して相手を騙そうという、狡猾な悪魔の目ではない。あの、エリスやアクア達が見せる――裏表の無い純粋な目。

 未だに疑ってはいるものの、どうにも彼女が演技をしているようには思えなかった。

 

「もっと話してみたいのですが、私は店の方がありますので、これにて……あっ、店はメインストリートから少し外れた、住宅街の中にありますので、もしお暇な時間があれば、是非とも寄ってみてくださいね」

 

 名残惜しそうにしながらも、ウィズはそう話してペコリと頭を下げる。

 そして、ちゃっかり宣伝をしながらも、彼女はデビルメイクライを去っていった。

 

「……フンッ」

 

 よくわからん女だ。そう思いながらも、バージルは彼女から貰った名刺に目を向ける。

 ウィズ魔道具店――今月も赤字だとボヤいていたため、あまり期待はできないが……もしかしたら、掘り出し物もあるかもしれない。

 

「(……暇な時があれば、行ってみるか)」

 

 ウィズ魔道具店が少し気になったバージルは、ウィズの名刺から目を離し、本の続きを読み始めた。

 

 

*********************************

 

 ――翌日から、早速カズマの宣伝効果が現れてきたのか、少しずつ依頼人が来るようになった。

 事情があってギルドに出せないモンスター討伐、アイテムの捜索、街に出るゴロツキを殺さないように掃除するなど、派手な物から地道な物まで。

 街の外に関することは、大概がギルドに出して冒険者に解決できるものが多いため、デビルメイクライに来る依頼はほとんどが街の中でのことだった。

 鉱石や情報など、金以外の報酬を得るのが主な目的だが、人として街での交流を深めていく目的もあったので、つまらんと思いながらも、依頼はなるべく受けていった。

 

 ――が、ウィズに言ったように、全ての依頼を受けるわけではない。

 

 

「バージル! 今回も私に剣の稽古を――!」

「帰れ」

 

「新しいプレ……鍛錬を思いついたんだ! それに付き合ってはくれぬか!? 報酬ならいくらでも出すぞ!」

「いくら積まれようとも受けん。帰れ」

 

「私はもっと強くなりたい! 無論性喜士としてだ! だから――!」

「貴様の依頼を受ける気はない。帰れ」

 

 このように、依頼内容や報酬、そして依頼人が気に食わなければ、依頼を受けなかった。全部同一人物のように思えるが気にしてはいけない。

 こういった客商売では、全ての依頼を受けるべきだという意見もあるだろうが、こうやってまともな客を選ぶことも、店を経営するにおいては大切なこと。

 

 そして――デビルメイクライが開店してから、1週間が過ぎた。

 

 

*********************************

 

 もうすぐ夕暮れ時。先程まで街の外の討伐依頼を受けていたバージルは椅子に座り、報酬で受け取った宝石を眺める。

 自分に使い時はないが、インテリアとして飾れるかと思いながら、バージルは宝石を机に置く。

 

 依頼人は朝か昼時に来ることが多く、逆に閉店間際の夕暮れ近くになれば、依頼人はほとんど来ない。

 今日はもう店を閉め、夕食を食べにギルドへ行くかとバージルが考えていた時――ふと、机に置きっぱなしだった1枚の紙切れが目に入った。

 

 1週間前、ウィズが残していった魔道具店の名刺。

 普通、こういう名刺には店の営業時間も書かれている筈なのだが、店主がウッカリしていたのか、どこにも営業時間は書かれていない。

 もっとも、この世界には時計というものがない。つまり時間を計ることができないため、時間が書かれていないのは頷けるが……。

 

「(……フム……)」

 

 いつまで開いているのかわからないが、この時間帯だと恐らく閉まっているだろう。

 が、場所を調べるだけなら、店が開店していようがいまいが関係ない。

 

「(……寄ってみるか)」

 

 少し夕食は遅くなるが、ギルドへ行く前にウィズ魔道具店を探してみよう。

 そう考えたバージルは、机に置いていた名刺を懐に入れ、しっかりと刀も持って家から出た。

 確か、魔道具店は住宅街にあると言っていた。普通、そういったアイテムを売る店は商業区にあるものだが……デビルメイクライと同じように、自宅兼店舗なのだろう。

 その辺りのことは特に気にせず、バージルは住宅街へと歩いて行った。

 

 

*********************************

 

 ギルドとは少し方向が異なるが、しばらく歩いて住宅街に入ったバージル。

 この時間となると、住宅街にはクエストから帰ってきた冒険者や、買い物帰りの主婦で溢れている。

 そんな彼等は、突如住宅街に現れた有名人のバージルを、二度見してはまじまじと見つめているが、バージルは気にせず街を歩く。

 

 そして――彼は、とある店の前で足を止めた。

 扉の上に吊るされる形で出ている看板に書かれていたのは、ウィズ魔道具店という名前――今回の目的地だ。

 

 看板と名刺を交互に見、ここで間違いないと確信するバージル。

 店を見れば、まだ店内に灯りは点いている、ドアノブにかけてある札も『Open(開店中)』と示していた。

 既に閉まっていると思っており、今回は場所を調べるだけにしようと考えていたが、店が開いているならば少し中も見ておくかと、バージルは店に入るため足を進める。

 

 が――それよりも早く扉が開き、1人の女性が魔道具店から出てきた。

 

「……あら、バージルさん? 1週間ぶりですね」

 

 出てきたのは、魔道具店の店主であるウィズ。魔道具店の鍵だろうか、それを手に持ってた。

 店の近くにバージルがいたことに気付いた彼女は、彼に視線を向けて微笑む。

 

「あっ! もしかしてお店に来てくださったんですか!? あっ……でもお墓に行かなきゃ……あぁけど折角のお客さんが……」

 

 ウィズはもしかしてと喜んでテンションを上げるが、すぐさま困ったように唸り出す。

 その様子を見兼ねたバージルは、彼女に近寄りながら理由を聞いた。

 

「……用事か?」

「あっ、はい……実はこの時間、私は街の近くにある共同墓地に行って、そこで迷える魂の浄化をしなければならなくって……」

「魂の浄化だと? リッチーの貴様がか?」

 

 リッチーとは、アンデッドの王。つまりアンデッドの味方だ。

 そんな彼女が自ら魂を浄化する、言い換えればアンデッドの数を、味方を減らすようなことをやるとは、どういうことなのか。

 疑問に思いながらバージルが尋ねると、ウィズはとても言いにくそうにしながらも答えた。

 

「本来、こういった仕事はプリーストの役目なのですが……その……この街のプリーストの方々は……拝金主義と言いますか……」

 

 拝金主義――つまり、共同墓地の浄化はお金が貰えないからやらない、ということだ。

 プリーストが手を付けなければ、必然的に共同墓地では浄化されていない死体が増えていく。

 そして、浄化が不十分な死体は独りでに動き出し、成仏できない死体――アンデッドとなり、墓地に湧いてしまうのだ。

 

「すみません! 本当にすみません! 折角足を運んでくださって本当に申し訳ないのですが、また日を改めて来てくださいますか? お昼でしたら必ず開いておりますので……!」

 

 折角来てくれたお客さんを無下にしたくないのか、ウィズはペコペコと謝りながらバージルに話す。

 しかしバージルは、怒るわけでもなければ呆れもせず――ウィズの予想にしていなかった言葉を伝えた。

 

「それに、他の者が同行することは可能か?」

「えっ? 別に同行は問題ありませんが……もしかして、一緒に来てくださるんですか?」

「あぁ。魂の浄化がどういったものか、少し興味がある」

 

 驚きながら尋ねてくるウィズに、バージルは素直に答えた。

 もっとも、彼が同行してみたいと思ったのは、この世界のアンデッドをじっくり観察できることと、いずれ戦うであろうウィズの力量を少しでも計れるかもしれない、という目論見があったからだが。

 

「……わかりました。じゃあ、一緒に行きましょうか」

 

 しかし、そんな真意など知らずにウィズは嬉しそうに笑うと、魔道具店に鍵をかけてから、バージルと共に歩き出した。

 

 

*********************************

 

「――そういえば、便利屋のことを聞いた時に知ったのですが……バージルさん、魔王軍幹部を倒したそうですね?」

 

 共同墓地への道中、ウィズはバージルに話を振ってきた。

 魔王軍幹部。十中八九ベルディアのことだと思ったバージルは、前を向いたままウィズに言葉を返す。

 

「あのデュラハンか。奴は中々に楽しめた。最後まで自ら背を向けん、騎士のような男だった」

「へぇー……あのベルディアさんが……」

 

 魔王軍幹部を倒したことは、カズマの宣伝で知れ渡っていたのだろう。

 もう隠す必要はないと思ったバージルは、ベルディアのことを思い出しながら話す

 それを聞いていたウィズは、口に人差し指を当てると、ベルディアの姿を思い描くように上を向いた。

 

 

 ――が、おかしい。

 

「……何故奴の名を知っている?」

 

 バージルは、まだベルディアという名前を口にしていない。

 なのに何故、彼女はベルディアのことを知り、それもさん付けで、まるで知り合いのように呟いたのか。

 バージルの質問を聞いたウィズは、ついうっかりしていたのか、頬をポリポリと掻きながら質問に答えた。

 

「実は私――こう見えて、魔王軍幹部なんです」

 

 

 その言葉を聞いた途端――ピタリとバージルは足を止めた。

 突然止まったバージルに合わせ、ウィズも足を止めて彼を見る。

 すると、バージルは左手に持っていた刀を抜こうと柄に手をつけ――。

 

「あぁっ!? 待ってください! 私はただ、結界維持の為に仕方なく幹部をやっているだけなので、人間の方々に危害を加える気は一切ないんです! 本当なんです!」

 

 確実に自分を殺すつもりだと感じたウィズは、刀を抜こうとしたバージルを慌てて止めた。

 しかしバージルは刀から手を離すことなく、黙ってウィズを睨み続ける。

 

「勿論、ベルディアさんの仇討ちを、なんて思ってもいません! その……正直言って、ベルディアさんとはあまり仲が良くなかったので……」

 

 元とはいえ、仲間が殺されたのなら大抵の者は仲間の仇討ちに出るだろう。

 しかし、そのつもりは一切ないとウィズは話した。その言葉に、バージルは心の中でそうだろうなと呟く。

 

 同族意識の高い者や同族を大切に思う者はいるが、大抵の悪魔は自分本位。仲間はあくまで利用できる者としか見ていない。

 多数の悪魔がスパーダとその血族を狙ってきたのは、魔帝を殺された恨みで、という魔帝に忠義を尽くす者もいたが、スパーダは自分達が住む魔界を脅かす脅威だったから、スパーダを倒せば魔帝を超えた存在になれるからという、自分本位の者が多かっただろう。

 故に、仇討ちとして向かってくる悪魔は数少ないのだ。彼女は悪魔ではないがアンデッド。おまけに魔王軍幹部ときたら、その思考は恐らく悪魔寄りだろう。

 

 ウィズは敵意がないことをアピールするが、未だバージルは刀を握っている。

 まだ信じてもらえていないと思ったウィズは――更に、自分の本心を語った。

 

「……私は中立の立場にいるので、冒険者が魔王軍を攻撃しても、魔王軍に加勢をするつもりはありません。その逆もしかりです。無関係の方を攻撃するならば、話は別ですけど……」

 

 ウィズは少し俯いてそう話すと、再び顔を上げてバージルを見る。

 そして、しばし間を置いてから――。

 

「それに……まだ心は、人間のつもりですから」

 

 彼女は小さく微笑み――どこか悲しげな表情で、バージルにそう伝えた。

 

 

「……そうか」

 

 するとバージルは小さくそう呟き、刀の柄から手を離した。

 

 バージルは、贖罪者だ。

 力を人の為に使う。それが、生前多くの人間を殺してきた彼の、エリスから受けた罰。

 彼に、人間を殺すことは許されない。また同じ罪を犯すことはできない。

 だからこそ――バージルは、ウィズを斬ることができないのだ。

 

 かといって、彼女を信じたわけではない。

 その目も、心も、全て演じたもので、根底は悪魔と同じ可能性もまだ捨てきれない。

 彼女は人間か否か――それが不確定な状態では、刃を振りかざすことができない。だから刀を抜かないのだ。

 

 多くの人間を騙せるほどに、人間を演じられる悪魔か。

 聡明に見えるが実は何も考えていなさそうな、ただの人間(バカ)か。

 それがハッキリするまで、彼女を殺すのは置いておこう。そう決めて、バージルは殺気をしまった。

 

「……ありがとうございます。バージルさん」

 

 ウィズはホッと安堵するように息を吐くと、ようやく殺意をしまってくれたバージルに礼を告げた。

 バージルは特に何も言葉を返さず、ウィズから視線を逸らす。

 そして2人は、再び共同墓地に向けて歩いて行った。

 

 

*********************************

 

 ――その後、2人は共同墓地にて魂の浄化を開始。

 順調に魂の浄化が進んでいた時、突如としてそれを妨害しようとする乱入者が現れた。

 ウィズの助けを求める声を聞き、バージルが様子を見に行くと――そこで、バッタリとカズマ達に出会ってしまったのだった。

 

 

「……そういうことでしたか」

「貴様等の探していたゾンビメーカーとやらは、恐らくウィズのことだろう」

 

 バージルとカズマは、お互いにどうしてこの場に来たのか理由を伝えた。

 因みにバージルは、混乱を招くだろうと考え、彼女が魔王軍幹部だということは明かしていない。

 

「す、すみません! すみません! 冒険者の方々に誤解を招くようなことをしてしまって……!」

「いやいや、謝ることはないですよ。ロクに確認をしなかったギルドが悪いんだし」

 

 ゾンビメーカー討伐クエストとして来たカズマだったが、その正体は黒ローブ――ウィズだったようだ。

 彼女は魂の浄化を目的に来ているのだから、浄化されたいアンデッド達が集まるのは必然。

 また、彼女曰くリッチーの性質で、周辺に眠るアンデッドがどうしても地上に出てきてしまうのだとか。

 

「なら……俺達がここにいる理由はないな。よーし、そんじゃ皆帰るぞー。さぁ早く帰って寝よう寝よう」

 

 つまり、この共同墓地にゾンビメーカーは出現していない。冒険者側の勘違いだった。

 となれば、もう自分達がここにいる意味はない。

 クエストの報告は、リッチーが仕事してたからなんて馬鹿正直に言えばどうなるかわからないので、既に成仏していたことにしよう。クエストは失敗になるだろうが、仕方のないことだ。

 考えをまとめたカズマは、仲間の3人にさっさと帰ろうと促す。

 

 まるで――面倒事が起きる前に、早く帰りたいと言うかのように。

 

 

「なんてこと……! お兄ちゃんは、このリッチーに操られているのね! 待っててお兄ちゃん! 今すぐその呪縛を、私達4人が解いてあげるから!」

「えぇっ!?」

「お前は何を言っとるんだ!? どこをどう見たら、バージルさんが操られてるって思えるんだよ!? 被害妄想も大概にしろよ! あとちゃっかり俺も巻き込むな!?」

 

 だが、その面倒事は彼を逃がさない。

 なんとこの駄女神は、バージルは操られているが故に、ウィズの味方をしていると言い出したのだ。

 悪い予感が当たったと思いながらも、カズマはすぐさまアクアへツッコミを入れる。

 が、アクアはいつも通り一切聞く耳を持とうとせず、どこからともなく取り出した杖を剣のように構え、狙われて涙目になるウィズと対峙した。

 

「おいめぐみん! ダクネス! お前達からも何とか言ってやってくれ!」

 

 これまたいつものことだが、自分1人では彼女は聞いてくれそうにない。相手がアンデッドだから尚更だ。

 そう思ったカズマは、残り2人の仲間にもアクアを説得するよう助けを求める。

 

 

「ウィズを狙うということは、必然的にウィズの味方をしているバージルと戦うことになる……良い機会です。バージル……今こそ貴方に、爆裂魔法の恐ろしさを思い知らせ、初級魔法以下と侮辱したことを後悔させてやりましょう!」

「すまないカズマ。私も止めるべきだとわかっているが……身体が言うことを聞かないのだ。私の身体が、剣が、魂が言っている……バージルと戦えと!」

「お前ら馬鹿か!? 揃いも揃って馬鹿なのか!?」

 

 が、2人も話を聞かない、己の欲望に忠実な馬鹿だった。

 もうこの3人は駄目だ。となれば、最後の希望は1人しかいない。カズマは頭を抱えながらも、バージルへ目を向ける。

 そう、彼が「くだらん」などと言って無視してくれれば、この場は丸く収まるのだ。バージルが相手にしなければ――。

 

「俺は奴の魔道具店に用がある。店主なくして店は開けん。貴様等が店主を倒そうというなら……返り討ちにさせてもらう」

「(いやそこは無視しよう!? なんでそこ引き受けちゃうの!?)」

 

 しかしバージルは、問題児3人から吹っ掛けられた勝負を引き受けてきた。

 まさかの展開に、カズマはビックリ仰天しながらも心の中で突っ込む。

 

 街外れの共同墓地にて、睨み合うバージルとアクア、めぐみん、ダクネス。そして巻き込まれたカズマ。

 浄化されに湧いて出たアンデッド達と、浄化しに来た筈のウィズが不安そうに見つめる中――戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた。

 

 

「(……いや、これなんて無理ゲー?)」

 




見た目年齢はバージル(18~19)よりウィズ(20)の方が年上という事実。


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第22話「この共同墓地で裏ボス戦を!」

 ――駆け出し冒険者の集う街、アクセル。

 その中に、ひときわ異彩を放つ冒険者パーティーがいた。

 

 1人は、聖なる水を自在に操る(とても信じられないが)水の女神であり、強力な呪いを解く力を持ちながら多彩な芸で魅了する、アークプリースト。

 1人は、知力と魔力に長けた紅魔族であり、数多の敵を一瞬で屠る爆裂魔法を操る、アクセルの街随一の(頭のおかしい)アークウィザード。

 1人は、麗しき美貌を持つ女性でありながら、どんな敵にも一切背を向けず立ち向かえる屈強な肉体と勇気を持ち、敵を前にして(変態的な)笑みを見せるクルセイダー。

 1人は、高ステータスでもなければ強力なスキル持ちでないにも関わらず、数少ないスキルを活用して格上の相手と戦える程に知略と策略(あと鬼畜プレイ)に長け、最弱職でありながらリーダーを務める冒険者。

 

 彼等は、アクセルの街に魔王軍幹部が襲来した際も前線に立ち、幹部撃退に大きく貢献した。

 アクセルの街、期待の冒険者。巷では魔王を倒す勇者となりうる存在、勇者候補と噂されている。

 そんな彼等は今、とある共同墓地にて――。

 

 

「――Come on(来い)

 

 同じく、勇者候補と噂される冒険者――蒼白のソードマスターバージル(ラスボスより強いかもしれないボス)に、戦いを挑もうとしていた。

 

「お兄ちゃんを操って盾に……なんて卑怯卑劣なリッチー! 待っててお兄ちゃん! 今私の汚れなき聖なる光で、お兄ちゃんの呪縛を解いてあげるから! ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね!」

「お前は筋金入りの馬鹿か!? 勝ち目ゼロの勝負に挑むとかホント馬鹿なのか!?」

「アンタこそ馬鹿なの? 私を誰だと思ってるのよ。水の女神アクア様よ? お兄ちゃんを動けなくしてから呪いを解くことぐらい、わけないわ!」

「やっぱり馬鹿じゃねぇか! なんでまだ自分がバージルさんより上だと思えるんだよ!?」

 

 カズマは必死に呼び止めるが、アクアは一切聞こうとせず、バージルに自身が持つ杖を向ける。

 

「セイクリッド……ブレイクスペルゥウウウウウウウウッ!」

 

 そして杖の先に力を溜めると、まるで漫画でよく見るビーム系の攻撃っぽく、アクアは叫びながらバージル目掛けて『セイクリッド・ブレイクスペル』を放った。

 『セイクリッド・ブレイクスペル』――対象にかけられた魔法や呪いを解除する『ブレイクスペル』の強化版。

 直線的にバージルへ飛んでいく、セイクリッド・ブレイクスペルの波動。それをジッと見つめていたバージルは――。

 

「フンッ」

 

 くだらん小技だ、と馬鹿にするかのように鼻を鳴らし、向かってきた波動を片手で――そう、片手で受け止めた。

 アッサリ止められて驚いたが、アクアは杖に力をこめて放ち続ける。対して、バージルは表情を一切変えず受け止め続ける。

 

「(あっ、これ駄目なヤツだ)」

 

 その構図が、バトル漫画でよく見る「必殺技を放ったけど全然効かなかったパターン」であるに気付き、カズマはそう確信した。

 

 

「(……成程、力だけは存外侮れん)」

 

 その一方で、バージルは手から伝わるアクアの力を、ひしひしと感じていた。

 女神を自称する……否、本物の女神なだけあって、その力は大きい。単純な力勝負でベルディアと比較すれば、アクアに軍杯が上がるだろう。

 それでも、バージルからすれば手がピリピリする程度のものだったが。

 

「あうぅ……よ、余波で身体が消えそうに……」

 

 その後ろで観戦していたウィズは、身体を半透明にさせながら弱々しい声を上げていた。

 リッチーはアンデッド族。となれば、アクアの放ったセイクリッド・ブレイクスペルに宿る女神の力はまさに天敵。その余波を受け、成仏しかけているようだ。

 それを見兼ねたバージルは、受け止めていた手に力を入れ、セイクリッド・ブレイクスペルを砕くように握り締め――。

 

「脆い」

「なっ!?」

 

 文字通り、セイクリッド・ブレイクスペルを砕け散らせた。

 その余波でウィズの身体が更に透けたが、成仏していないので問題無し。

 

「私のセイクリッド・ブレイクスペルを消し去るなんて、流石お兄ちゃんね! ならこれはどう!? 『セイクリッド・クリエイトウォーター』!」

 

 セイクリッド・ブレイクスペルが破られたのを見たアクアは、杖をバージルに向けたまま、『クリエイトウォーター』の上位版『セイクリッド・クリエイトウォーター』を連発した。

 バージル目掛けて勢いよく飛び出す聖なる水。たかが水といって侮ることなかれ。

 繰り出されるのは、アクアの聖なる力が宿っている上に、水圧カッターの如く高圧縮されたもの。高スピードで飛ぶその様は、まさに水の銃弾。

 

「たかが玩具の水鉄砲で、当てられるとでも?」

 

 だがバージルは、迫り来るそれらを澄ました顔で難なく避けた。

 最小限の動きで避けられた水の銃弾は、バージルの横を通り過ぎて後方へ。

 

「あぁっ!? 浄化待機中だった方々が!?」

 

 そして、ボーッと突っ立っていたアンデッド達に漏れなくぶっかけられていた。

 聖なる力が宿る水に当たったアンデッド達は、ヘヴン状態とばかりに気持ちよさそうな顔で天へと昇る。

 中にはそれを見て、自ら水へ突っ込む成仏志願者もいたそうな。

 

「くっ! 遠距離がダメなら近距離戦よ! 『ゴッドブロー』!」

 

 尽く水の銃弾を避けられ、遠距離戦では勝てないと珍しく考えたのか、アクアはバージルに向かって走り出し、手に力を込めて『ゴッドブロー』を繰り出した。

 アクアが放つのは、当たれば大ダメージを期待できる優秀な技。しかし、ゴッドレクイエムといい先程の水といい――どれも直線的過ぎる。

 同じく直線的な攻撃の、アクアのゴッドブローが当たる筈もなかった。

 

Too easy(弱すぎる)

「あうっ!?」

 

 バージルはヒラリとかわすと同時に、アクアの後頭部に手を置き、アクアの進行方向へ押した。

 後ろから力を加えられ勢い余ったアクアは、顔から地面に突っ込み、小さく悲鳴を上げて倒れる。

 痛そうに鼻をさすりながらも、アクアは身体を起こして前を見た。

 

「えっと……大丈夫ですか?」

 

 視線の先には、心配そうに見つめる(アクア曰く)邪悪の根源、リッチーのウィズが。

 彼女の身体はほとんど消えかかっており、アクアが少しでも手を加えれば即お陀仏だろう。

 

 

 ――勝機。

 

「アンタを消せばお兄ちゃんの呪縛も解かれるわ! 覚悟しなさいクソリッチー!」

「ひぇええええええええっ!?」

 

 ここぞとばかりにアクアはガバッと起き上がると、前にいたウィズへ襲いかかった。

 思わぬ襲撃に泣き出すウィズだが、そんな彼女に同情する筈もなくアクアは拳を握り締め――。

 

「寝てろ」

「ぎゃんっ!?」

 

 ゴッドブローを繰り出すその前に、バージルがアクアの後頭部へ手刀を落とした。

 余程痛かったのか、それを受けたアクアは再びうつ伏せで倒れ――そのまま気を失った。

 アクアを物理的に黙らせたバージルは、視線をアクアから離し、残っているメンバーに移す。

 

「フッ……流石はバージル。アクアをこうも容易く打ち倒すとは……しかし、我が爆裂魔法は更に上を行く。この力、今こそ思い知らせてやりましょう!」

 

 アクアを倒したバージルを見て、その場に立っていためぐみんが不敵に笑った。

 バージルは身体をめぐみんに向けると、彼女の様子をジッと見つめる。

 

「……しかし、ここで放てばカズマやアクアも巻き添えになってしまう。それに、墓場で爆裂魔法を打ち込むのは色々とマズイです。だからダクネス! 貴方がバージルを引きつけつつ、ひらけた場所に誘導してください!」

 

 本音を言えば、今すぐにでも爆裂魔法をぶちかましてやりたいが、仲間がいる近くで放つのは危険であり、墓場で放つのは倫理的にマズイ。

 めぐみんはバージルから視線を逸らし、横で何故か驚いた表情を見せているダクネスに指示を出した。

 

「私が合図を出したら、ダクネスはすかさず離脱してください! その時こそ、バージルに我が爆裂魔法をぶち込んで――」

「戦いの最中に敵から目を離すな」

「ッ!? ってあぁっ!?」

 

 その途中、近くからバージルの声が聞こえたことにめぐみんは驚く。

 彼女は咄嗟に前を見ると――いつの間にか、目の前に移動してきたバージルが、めぐみんの手から杖を奪った。

 

「杖を奪うとはなんと卑怯な! 返してください! このっ! このっ!」

 

 めぐみんは杖を奪い返そうと必死に飛びかかるが、バージルは杖を持ったままヒョイッと避ける。

 何度目かにめぐみんが突撃してきた時――バージルは手に持っていた刀を真上に放り投げ、続けてめぐみんの杖も真上に投げる。

 

 そして――開いた左手でめぐみんの頭を掴むと、右手で彼女の眼帯をつまんだ。

 

「な、何ですか!? 今度は私の眼帯まで奪うつもりで……えっ? な、なんでそんな伸ばして――ま、待ってください! 手を離そうとしないでください!」

 

 バージルが何をしようとしているのか。それを悟っためぐみんは、必死にバージルへやめるよう呼びかける。

 しかし、バージルはやめないどころか、更に眼帯の紐を伸ばしていく。

 

「前に一度カズマから同じことをされたんです! 超痛かったんです! だからお願いします! そのままゆっくり! そう、ゆっくり元に戻して――!」

Silent(黙れ)

「あぁああああはぁああああああああっ!? イッタイ目がぁああああああああああっ!?」

 

 めぐみんの声を聞こうともせず、バージルは良い感じに伸ばされたところでパッと手を離す。

 ゴム製だった眼帯の紐は、当然の如く瞬時に長さを戻し――その勢いで、バチーンッと良い音を立ててめぐみんの目元に当たった。

 まぶたを越えて眼球に鋭い痛みを覚えためぐみんは悲鳴を上げ、目を押さえながらその場にうずくまる。

 そんなめぐみんを見ながら、バージルは落下してきた刀をスタイリッシュにキャッチ。その傍ら、めぐみんは左目を片手で抑えながら、涙目でバージルを睨んできた。

 

「くっ……我が魔眼にこれほどのダメージを……! しかし調子に乗るのもそこまでです! 今こそ我が真の力を発揮しにゅんっ!?」

 

 瞬間――めぐみんの頭上から、バージルの投げた杖がめぐみんの頭にクリーンヒットした。

 この攻撃は予測できていなかったのか、めぐみんは小さく悲鳴を上げると、うつ伏せに倒れてそのまま気を失った。

 

 アクア、めぐみん――共に再起不能。

 立ち向かってきた2人をいとも容易くKOしたバージルは、次にダクネスへ目を向ける。

 

「流石だ……先程、めぐみんの前へ瞬時に移動した時も驚いたが、アクアの攻撃をいとも容易く避ける身のこなし……人間のソレではない。フフフッ……私も武者震いが止まらんぞっ……!」

「御託はいい。さっさとかかって来い」

「では……喜んでぇええええええええっ!」

 

 剣を握り締めて喜びに打ち震えていたダクネスは、バージルの挑発を聞き、それはもう嬉しそうな顔で走り出した。

 対してバージルは、刀も抜かなければ戦闘態勢にもならず、突っ立ったままダクネスを見つめる。

 そしてダクネスはバージルの前に来ると、剣先を空へ向け、勢い良く振り下ろし――。

 

 

 ――バージルの真横を斬った。

 

「「……」」

 

 2人の間に沈黙が漂う。

 バージルは、敵を圧倒する力を持ちながら、その類い稀なる身体能力で想定外の動きを見せ、敵を翻弄するのが主な戦い方だ。

 それに対抗すべく、ダクネスはバージルの動きを読み、敢えてバージルの真横を斬ったのだ。そうでもしなければ、バージルに剣を当てることすら叶わないだろう。

 

 ――と、手練の剣士や冒険者は推測するだろうが、生憎この脳筋クルセイダーは、そこまで考えて剣を振れる実力を持ち合わせていない。

 

「……うぅ……」

 

 彼女は外したのだ。剣を持ったことがない子供でも当てられそうな距離で、相手が止まっているにも関わらず。

 自分でもビックリなのか、ダクネスは今の自分を恥ずかしく思い、顔どころか耳まで真っ赤にしている。

 そんな彼女を、バージルは呆れもしなければ哀れむこともせず――逆に、心底興味深そうに見つめていた。

 

「酷く剣を当てん奴だと思っていたが、これほどとは……ある意味天才かもしれんな」

「っ……こ、この羞恥からの追い打ちをかけるような挑発……悪くない……悪くないぞぉおおおおっ!」

 

 果たしてそれは、本心か照れ隠しか。

 ダクネスは怒りと恥ずかしさが入り混じったかのような顔で、再びバージルへ襲いかかった。

 しかし、どれも的外れかつ直線的でわかりやすい攻撃。バージルは何も言わず、ダクネスの攻撃を回避し続ける。

 ダクネスは剣を振り、バージルは避け、振っては避けられ、振っては避けられ――。

 

 

*********************************

 

 ――15分後。

 

「……気は済んだか?」

「し……新感覚だっ……!」

 

 結局1発も当てられず、そしてバージルから一切攻撃されなかったダクネスは、興奮した表情で頭のおかしいことを口にしながら倒れた。

 現在共同墓地に立っているのは、傷一つ負っていないバージルと、アクアによってほとんど浄化された観客のアンデッドと、少しずつ身体の透けが戻ってきたウィズ。

 対して倒れているのは、バージルに立ち向かってきたアクア、めぐみん、ダクネスの3人。内2人は未だ気絶しており、1人は興奮し悶えている。

 

 そして――もう1人。

 

「残るはカズマ。貴様のみだが……」

 

 先程倒した問題児達を束ねる冒険者、カズマが残っていた。

 といっても、彼は戦う前からバージルに敵うわけがないと悟り、最初は3人に戦いをやめるよう促していたのだが――。

 

「『潜伏』で身を隠しているということは……貴様にも戦う意思があると見ていいんだな?」

 

 共同墓地を見渡すが、彼の姿は一切見当たらない。

 彼は、3人がバージルと戦っている間に、盗賊スキル『潜伏』で身を隠していたのだ。

 彼に戦うつもりがなければ、わざわざ姿を隠さず、その節を言えばいい。

 しかし敢えて隠れているということは――彼もまた、無謀にもバージルに挑もうとしているということ。

 

 彼は自分の力量をよく知り、勝てない勝負は受けないタイプだと、バージルは見ていた。

 そんな彼が、明らかに勝てない勝負を続けている。となれば――勝てるとは言えないが、バージルへ一矢報いる算段があるのだろう。

 

「先程のいざこざに紛れ、姿を隠したか……悪くない判断だ」

 

 どこかへ隠れているカズマに伝えるように、バージルは感心して呟く。

 『潜伏』――クリスから何度やられ、尾行を許してしまったか。その度にバージルは、厄介なスキルだと感じていた。

 

 だからこそ――既に対策は練ってあった。

 

「だが――俺にそのスキルは通用せん」

 

 彼は言葉を続けながら刀の下げ緒を解き、右手を柄に置くと――素早く刀を抜き、1つの墓石の横スレスレを通るように、縦型の『ソードビーム』を放った。

 

 カズマもまた、ミツルギの仲間だったフィオのようにレベルが低く、バージルとのレベル差もあって、気配を消しきれていなかった。

 しかし、もしカズマのレベルが高くとも、バージルの言う通り、通用することはなかっただろう。

 

 彼は、アクアと戦い始めた時から――カズマにも注意を向けていたのだから。

 知らない内に見失ってしまうのならば、最初から見失わなければいい。相手が変わろうとも、バージルはカズマを見失わないように目を向け続けていたのだ。

 

「さぁ――次はどうする? サトウカズマ」

 

 バージルは、カズマが隠れているであろう墓石に視線を向け、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

*********************************

 

「――ッ!?」

 

 その一方で、墓石に隠れていたカズマは声にならない悲鳴を上げた。

 横スレスレを通っていったソードビームは、奥にあった太めの木に当たると――文字通り木はバッサリと真っ二つにされ、いくつか墓を巻き込んで倒れた。

 もし、あの木に身を隠していたら――想像しただけでゾッとする。

 

「(知ってた! チート染みた強さなのは最初からわかってたけど、『潜伏』も無効ってそりゃちょっと反則過ぎません!?)」

 

 心の中でカズマは、理不尽なゲームバランスに文句を言うゲーマーのようなことを呟く。

 が、それも仕方のないことだろう。

 彼が今相手にしているのは、道中に出てくる中ボスやダンジョンボスでもない。

 下手すればラスボスを飾れそうな、コントローラーを投げてしまうほどの超理不尽な強さを持つ、バージルなのだ。

 

 そんな彼に、大してレベルも上がっていない駆け出しが挑むなど、無茶無謀もいいとこだ。

 事実カズマも、この勝負に勝てるなどとは端から思っていない。

 では何故、彼は敢えて勝負を終わらせず、身を隠していたのか。

 

「(落ち着け……落ち着け俺……別に勝てなくてもいい。ほんのちょっと、自分はやれるんですってアピールするだけでいいんだ!)」

 

 この勝負は――所謂『負けイベント』だから。

 そして、内容次第では自分にとっていつかプラスになる戦いだと、カズマは考えていたからだ。

 

 ゲームには、明らかに勝てない『負けイベント』というのがある。

 文字通り、どうやっても勝てない戦闘をプレイヤーにさせ、イベントを進行させるものだ。

 頑張ったら勝てるものもあるが、大抵はチートでも使わない限り勝つことはできない。この勝負も、後者に当てはまるのだろうとカズマは思っていた。

 

 だが、中にはその内容次第で相手とのフラグが立ち、後々仲間になってくれたりと、自分にとってメリットなことが起きるものもある。

 この戦いもそうだ。バージルの性格を考えるに、以降も彼と良好な関係を築いていくのなら、ここは逃げずに戦うべきだと、ゲーマーカズマの勘が告げていた。だからこそ、彼は敢えて身を隠していたのだ。

 決して、バージルの強さにビビって思わず潜伏してしまったからではない。断じて違う。

 

 それに――男の子には、意地というものがある。

 彼もまた1人の男。ここで見せずしていつ見せるのか。カズマは自分に言い聞かせる。

 

「(大丈夫……バージルさんは協力者だ。俺達を傷付けはしない。現に、アクア達を過度に傷付けていないじゃないか。俺もあれぐらいで済むのなら……ちょっとぐらい、抵抗したって大丈夫な筈だ!)」

 

 それでもやっぱり、自分の身は可愛いもの。カズマは仲間の3人が酷い傷を負っていないのを見て、なら自分も大丈夫だろうと身の安全を確認する。

 勝敗は目に見えている。だけどせめて一つ、爪痕を残してやろう――そう意気込み、彼は墓石から身を出した。

 

「その顔……諦めたわけではないようだな。何をするつもりか知らんが……」

 

 相対するバージルは、先程抜いたであろう刀を鞘に収めながら、カズマの元へ近寄る。

 目を合わせただけでこの迫力。カズマは内心ビビりながらも、彼が来るのを待ち続ける。

 バージルは黙ったまま歩き、ある程度近づいたところで足を止めた。

 

 

 カズマの2メートル弱前――彼の射程距離内で。

 

「いや、完全に諦めてますよ。俺一人で勝てるわけがないだろって」

 

 カズマはそう言うと、墓から身を出した時からずっと握り締めていた右拳を挙げ――。

 

「でも、ちょっとだけ抵抗させてもらいますよ! 『ウインドブレス』!」

「ッ!」

 

 右手を開きながら『ウインドブレス』を放ち、右手に握っていた『クリエイトアース』で作り出した土を、バージルにぶちまけた。

 『スティール』が来ると踏んでいたのか、バージルは咄嗟に腕を交差し、飛んできた土を防いだ。

 

「今だっ! バージルさんの刀、頂きます!」

「『スティール』か……そんな小技で――」

 

 目潰しは防がれたものの隙を作ることに成功したカズマは、次に左手へ魔力を込める。

 だが、それだけでバージルを止められる筈もなく、バージルは後ろに跳んで『スティール』を回避しようとする。

 

 しかし――カズマはすぐに『スティール』を放たなかった。

 彼が次の行動に出たのは――バージルが後ろに跳び、水たまりに足を踏み入れた瞬間。

 

「『フリーズ』!」

「!」

 

 カズマは、左手から『フリーズ』を放った。

 彼が狙うのは、バージルの足元――先程、アクアが無闇矢鱈に放った水鉄砲で作られた、水たまり。

 『フリーズ』によって、水たまりは瞬時に氷へと変化し、そこに突っ込んでいたバージルの足までも巻き込み凍らせる。

 結果――バージルが離れる前に、そこへ固定することができた。

 

「っよし! ギリギリセーフ!」

「……ほう」

 

 なんとかバージルの足を止めることに成功し、カズマは疲れを感じながらも喜ぶ。

 『フリーズ』にかなりの魔力を使ったが、まだ盗めるだけの分はある。

 足を取られて思わず声を上げたバージルに、カズマはすかさず追い打ちをかけた。

 

「いっけぇっ! スティイイイイイイイイ――!」

 

 

*********************************

 

 ――共同墓地に再び漂う沈黙。

 カズマは『スティール』を繰り出すべく、バージルへ右手を突き出している。

 

 が――彼の手には、何も握られていない。

 スキルには『レベル差』というものがある。相手のレベルが酷く高ければ、スキルが効かなくなる、というものだ。

 『潜伏』で気配を消しきれないのも、その『レベル差』があってのもの。

 ではカズマは、レベル差によってスティールを不発に終わらせてしまったのか?

 

 否――不発ではない。

 そもそも、まだ発動していなかった。

 

 

「――Don't get so cocky(調子に乗るな)

 

 カズマが『スティール』を唱え終えるまでに、バージルは右手をカズマに向け――彼の周りに、浅葱色の剣を8本も出現させたのだから。

 現れた剣はどれも、カズマの胴体へと矛先を向け、今か今かとカズマを串刺しにするのを待つかのように、クルクルと周りを回っている。

 

「……えっ……何……これ……?」

 

 初見の技に困惑して、動きを止めたカズマ。

 彼は恐怖で震えた声で尋ねてくるが、バージルは答えようとせず、冷淡な目で見据える。

 足元を凍らせていた氷も、何ともないとばかりに足を上げて砕き、開いた右手をカズマに向けながら、数歩前に出た。

 

 そして、カズマの前で開いた拳をゆっくりと閉じ――。

 

「参りまじだぁああああああああああああああああっ!」

 

 カズマは酷く泣きながら、バージルへ降参の意を示した。

 意地? プライド? 何それおいしいの?

 

 

*********************************

 

「……で、結局カズマは怖気づいて、スティールを放てず降参したと。やっぱりヘタレですね。まぁ相手とのレベル差が高過ぎると、スキル自体が効かないこともあるので、スティールも効かなかったと思いますが」

「お前……そういうのはもっと早く言えよ……あと、さっきの俺がヘタレだって言うなら お前が代わりに体験してみろよ? スゲー怖かったんだからな!? むしろよくチビらなかったなって自分を褒めてやりたいとこだぞ!?」

「カ、カズマ……! 先程どんなプレイをバージルから受けたのだ!? 私はさっきまで悶えていたから、何も知らないんだ! 頼む! そのところを詳しく!」

「ひっぐっ……痛い……頭が痛いよぉ……」

 

 共同墓地の中心にて、目の痛みから回復しためぐみんは、カズマから先程まで何があったのかを聞き、呆れるようにため息を吐いた。

 その反応は心外なのか、カズマは声を大にして本気で怖かったことを告げる。

 悶え状態から回復したダクネスは、2人のやり取りを聞いて何を勘違いしたのか、バージルがやったプレイにかなり興味を持っていた。

 アクアもようやく目を覚ましたが、未だに痛むのか、後頭部を抑えて子供のように泣いている。

 

「えぇっと……私はどうしたら……」

 

 先程まで観戦していたウィズは、今の彼らに声をかけるべきかいなか、困惑しながら彼等を見ていた。

 その近くの木には、立ったまま背をもたれて様子を窺う、バージルの姿が。

 視線の先は、カズマ達御一行――正確には、その中心にいたカズマへ向けられている。

 

 ――先程、カズマに使った『烈風幻影剣』だが、あの戦闘で使うつもりは一切なかった。

 かなり手加減をした上に、カズマが何かしてくるだろうと見て、敢えて自ら攻撃が届きそうな範囲まで近付いたのだが……ああいった絡め手を繰り出してくるとは思っていなかった。

 もし、カズマのレベルが高く、バージルが幻影剣を使わなければ――彼の目論見通り、刀を奪われていたことだろう。

 

「(……甘く見過ぎていたか)」

 

 力は遠く及ばないが、やはり食えない男だ。

 仲間に囲まれて先程の戦闘について話すカズマを見て、バージルは独り思った。

 




バージルをsageないようにしつつカズマもageる。そんな目論見があったけどメッチャ難しい。


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第23話「この魔道具店に得意先を!」

 ――バージルとカズマ達が1戦交えてから、翌日。

 アクセルの街にあるウィズ魔道具店に、珍しく3人の客が入っていた。

 

 

「ありがとうございます、バージルさん……私のこと守ってくださって……」

「勘違いするな。貴様の魔道具店にどのような品物があるか、まだ見れていなかったから、仕方なく貴様を消そうとした奴を止めたまでだ」

 

 1人は、昨日魔道具店に立ち寄ろうとしていたが入れなかったため、日を改めて再び来店してくれたバージル。

 カウンターに立つウィズは、昨日助けてくれた礼を告げ、バージルは棚にある商品を物色しながら言葉を返す。

 

「言っとくけど、私はまだ許したわけじゃないからね? お兄ちゃんがやめろって言うから仕方なく、ほんとーに仕方なく見逃してやってるだけだからね? ちょっとでも変な企みをしてみなさい? 即座にアンタを浄化してみゅっ!?」

「お前はいい加減にしろ駄女神。浄化しようとしたら、この剣の底で執拗に後頭部を殴り続けるからな?」

「ちょっと!? まだ昨日の後遺症が残ってるんだから、後頭部はやめて欲しいんですけど!?」

 

 残る2人は、店内に用意された椅子に座り、頭を殴られて涙を見せるアクアと、商品を見ながらもアクアの頭を殴ったカズマだ。

 バージルの不運と、バージルにアクアを擦りつけたいと願うカズマの幸運もあるだろうが、こうして何度も出会っていると、何か因縁めいたものまであるのではと疑ってしまう。

 

 因みにウィズは、カズマとアクアに自身が魔王軍幹部の1人であることを、既に明かしていた。

 同じアンデッド族として、街に襲来してきたベルディアのことをカズマが彼女に話した時、ウィズはうっかり「ベルディアさん」と言ってしまい、言い逃れすることができなかったのだ。

 その際、アクアがすかさずウィズを浄化しようとしたが、カズマによって抑えられた。

 こういう喧嘩っ早いところは、バージルと似ているのかもしれない。

 

 一応ウィズは、自分は結界を維持するだけのなんちゃって幹部だということを話した。

 また、アクアが強大かつ聖なる力を持っている故に、残る幹部が3人ほどになれば、アクアの力でも結界を破ることはできることも。

 それを聞いたアクアは、バージルが見ていることもあり、この場での退治は無しにしてくれたのだった。

 

 また、ウィズが行っていた共同墓地の浄化は、アクアが受け持つこととなった。

 ゾンビメーカーは既に成仏していたとギルドには報告したものの、ウィズが再び共同墓地へ赴けば、ギルドがまたもや勘違いし、ゾンビメーカー討伐クエストを貼り出すかもしれない。

 その度に、カズマ達が同じようなことを繰り返せば、ギルドからゾンビメーカーに加担しているのではと、疑われてしまう可能性もある。

 

 ウィズとしては、墓場に眠る魂が無事に天へ還ってくれれば、そこへ行く理由はないとのこと。

 なので、カズマはウィズの代わりにアクアが浄化することを提案したのだ。

 嫌だ嫌だと駄々をこねるだろうとカズマは予想したが、アクア「魂の浄化は女神の仕事だから」と、本当に珍しく責任を重んじる発言をし、嫌がることなくその仕事を引き受けた。

 駄女神っぷりが板についてきた彼女だが、やはり腐っても女神なのだろう。

 その直後に「睡眠時間が減る」と文句を呟いたので、カズマに小突かれたが。

 

「ウィズ、これは何に使うんだ?」

 

 アクアがやいのやいのと騒いでいるのを無視したカズマは、棚に飾ってあった商品を指差しながら尋ねる。

 

「それは、衝撃を与えると爆発するポーションですね」

「うおっ、怖っ……これは?」

「水に触れると爆発する釣り餌です」

「……これは?」

「手で触れると爆発する置物ですよ」

「……ここって爆発物専門店なのか?」

「ち、違いますよ!? そこが爆発コーナーなだけであって、ちゃんとした物は売っていますから!」

 

 しかし、そのどれもが爆発する物ばかり。どこぞの爆裂狂が喜ぶか、こんなのは生温いと辛口レビューをしそうである。

 役に立つ物もちゃんと売っていると主張するウィズの言葉を聞き、カズマとバージルは他の商品についても尋ねていった。

 

 が……どれも使えそうにないポンコツばかり。余程の物好きでない限り買わないような珍品揃いだ。

 バージルがウィズと初めて会った時、彼女は「今月も赤字だった」とボヤいていたが、これならば赤字経営も納得だろう。

 気になる物は無さそうだと、内心諦めながらもバージルは商品を見続ける。

 

 ――と、彼は1つの商品を前にして足を止めた。

 前の棚に置かれてあるのは、綺麗な色彩を放つ手のひらサイズの水晶が1つと、横に合わせて置かれている、同じ色彩の小さな水晶が5つ。

 その色は――クリスが使っていた『ワープ結晶』と同じものだった。

 

「……これは何だ?」

 

 気になったバージルは、商品に視線を向けたままウィズへ説明を求める。

 すると彼女は、オススメ商品の1つだったのか、ちょっと嬉しそうにバージルが見つけた商品の説明を始めた。

 

「それはですね! ワープ結晶を元に開発された、大ヒット間違いなしの商品! テレポート水晶です! 付属している小さな水晶を任意の場所で砕くと、大きな水晶へその場所が登録され、いつでもどこでも大きな水晶を使うことで、登録した場所にテレポートできるんです! つまり! 魔法使い職以外の方でもテレポートを使うことができる、超便利アイテムなんですよ!」

「……ほう」

「おっ! 今度はまともそうな商品! どれどれ……」

 

 嬉々として『テレポート水晶』について解説したウィズ。

 聞き耳を立てていたカズマは、興味を惹かれてバージルのもとに近寄り、横からテレポート水晶を見た。

 アクアも気になったのか、席を立つと同じくバージルの横に立って商品を覗き込む。

 

「「って高っ!?」」

 

 しかし、そこに貼られている値札にゼロがいくつも書かれているのを見て、カズマとアクアは目を丸くした。

 

 素材となっているワープ結晶だけでも高いのに、それを改良したものとなれば……当然、上級冒険者さえも迂闊に手が出せない額となる。

 おまけに、ここは駆け出し冒険者の集まる街。つまり、そんなに金を持っていない者がほとんどだ。

 彼女は何の根拠があって、こんな高額商品がアクセルの街で売れると考えたのか。

 

 この街でテレポート水晶が絶対に売れないことは、カズマどころかアクアさえも確信していた。

 この商品は誰にも買ってもらえないまま、ずっとこの店に残り、埃を被って棚に飾られ続けるのだろう。

 

 

 ――が、その未来予想図は、すぐさま覆されることとなる。

 

「これを1つくれ」

「「「えぇっ!?」」」

 

 バージルが購入する意思を見せたことに、カズマとアクアどころか、店主であるウィズまでも驚いた。

 確かに高額だ。しかし、アルダープの一件で多く失ったものの、まだ大金といえる額を持っていたバージルには、払えない代物ではなかった。

 

「えっ!? えっ!? いいいいいいんですか!?」

「あぁ、しかし今は手持ちがない。日を改めてから、また金を持ってくる」

「いえいえいえいえいえいえ! 全然大丈夫です! 後払いでも全然問題ありません! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 余程この商品を買ってくれるお客さんがいなかったのだろう。否、この店で買ってくれる人が稀だからか。

 バージルが本当に買うつもりだと知ったウィズは、涙を流しながら深く頭を下げた。

 

「すっげー……大人買いだ……セレブの買い物だ……ていうかバージルさん、まだそんな大金持ってたのか……」

「リッチーが営む店の商品を買うなんておかしいわ! やっぱりお兄ちゃんに何かしたわねクソリッチー! 今こそアンタをぶちのめして――!」

「そしてお前はいい加減にしろ迷惑クレーマー」

「あぐっ!? また! また後頭部殴った! やめてって言ったのに!」

 

 

*********************************

 

「ひっぐ……なんで執拗に後頭部を攻めるのよぉ……」

「嫌だったらもう騒ぎ立てんな。それよりもウィズ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」

「はい? なんでしょう?」

 

 アクアの暴走をアッサリ止めたカズマは、ウィズと向き合って彼女に話しかける。

 魔道具店にどんな物があるか気になって見に来たのもあるが、彼がここへ来た目的は、それではない。

 カウンター越しに立つウィズが首を傾げて尋ねると、カズマは彼女に用件を話した。

 

「リッチーの味方キャラなんて、そうそういないだろうし……折角だから、リッチーのスキルを教えてもらおうと思ってさ」

「私の……ですか?」

「はぁっ!?」

 

 冒険者――冒険者がなれる職業の中では最弱職と謳われるものだが、他の職業にはない特徴がある。

 それは、職業に縛られず全てのスキルを覚えられること――モンスターが持つ固有スキルも含めて、だ。

 これこそ、他の職業にはない、最弱職冒険者の特権。

 スキルを覚えるためには、そのスキルが発動されるのを実際に見た上で、元々より1.5倍高いスキルポイントを払わなければならないが。

 

「ちょっと!? リッチーのスキルを覚えるなんて何考えてるのよ!? まさかカズマも操られて……!」

「なんでもかんでもウィズのせいにすんな。で、どう? 俺でも覚えられそうなスキルってある?」

 

 またも被害妄想を膨らませるアクアだが、カズマは軽く流し、引き続きウィズへ尋ねる。

 聞かれたウィズは、駆け出し冒険者でも覚えられそうなスキルはあるだろうかと考え……思いついた1つのスキルを口にした。

 

「えぇっと……じゃあ『ドレインタッチ』なんてどうでしょうか? 相手の肌に手を触れて、魔力を奪って自分の魔力にしたり、誰かに渡すことができるスキルです」

 

 『ドレインタッチ』――リッチーの固有スキルの1つ。

 これを唱えて相手の身体に触れると、その者から魔力を奪うことができ、自分のものとすることができるという、攻撃兼魔力回復技だ。

 また、自身の魔力を触れた相手に渡すこともでき、両手を使えば、1人の者からまた別の者へ魔力を受け渡すバイパスとなれる。

 因みに、魔力を奪う際は皮膚の薄い箇所だと効率的に奪うことができるそうだ。

 

「おぉ! 結構使えそうなスキル! じゃあ……ちょっと実際に見せてもらえませんか? じゃないと覚えられないので……」

 

 無駄にスキルポイントの高い宴会芸とは違って、かなり有能性がありそうだと感じたカズマは、早速ドレインタッチを覚えることを決めた。

 しかし、覚えるためには実際に使用している場面を見なければならない。カズマは彼女へ技を使うよう促す。

 

「わかりました。じゃあ……バージルさん、ちょっと協力してもらってもよろしいですか?」

「ムッ……」

 

 するとウィズは、ドレインタッチを使うための協力者として、扉近くの壁にもたれていたバージルへ声をかけた。

 購入済みの水晶が入った袋を手に、ジッと窓の外を眺めていたバージルは、外から目を逸らして壁から背を離す。

 

「では、少しお手を拝借させてもらいますね」

「あぁ」

 

 よそ見をしてはいたものの、話だけは聞いていたのか、バージルは特に何も言わずウィズに片手を出す。

 カズマはドレインタッチを覚えるためにジッと見つめ、その横でアクアが不機嫌そうに見ている中、ウィズは『ドレインタッチ』を使った。

 瞬間、ウィズの手と彼女が触れている部分が青く光り出す。

 

「(……ッ! 膨大な魔力を抱える方だと思っていましたが、これほどとは……)」

 

 その最中、ウィズはバージルが秘めたる魔力に、内心かなり驚いていた。

 彼女がドレインタッチをする時は必ず、相手に支障が出ないように、相手の魔力がどれだけあるのかを計ってから、吸い取っている。

 井戸に溜まった水を、桶ですくい取るように――だが、今吸い取っているバージルの魔力は、井戸なんて代物ではない。

 

 すくってもすくっても終わりが見えない――どこまで続いているのかわからない、地平線まで広がる海。

 それほどまでに、バージルの持つ魔力は膨大だった。

 当然、自分とは比にならない。それどころか、もしかしたら――。

 

「……えっと、こんな感じで大丈夫でしょうか?」

 

 いくら奪っても問題ないように思えるが、ひとまず少しだけドレインタッチで奪ったウィズは、バージルから手を離してカズマに尋ねる。

 

「ちょっと待って……おっ、ドレインタッチの名前がある。サンキューウィズ」

 

 習得可能スキルに『ドレインタッチ』が追加されているのを確認したカズマは、早速覚えようと冒険者カードを操作し始める。

 その横で、先程のやり取りを見ていたアクアは、ウィズを睨みながらブツブツと呟いていた。

 

「アンタ、お兄ちゃんの魔力を奪うついでに、操りの魔術とかコッソリかけてないでしょうね? もしそんなことしてたら、この店が経営も困難になるぐらいの噂を広めて――」

「『ドレインタッチ』」

「やぁああああああああはぁああああああああっ!?」

 

 そんなアクアの首筋にカズマが手で触れると、すかさず覚えたてホヤホヤの『ドレインタッチ』を放った。

 全く警戒していなかったアクアは突然魔力を吸われ、甲高い悲鳴を上げて仰天する。

 

「ほうほう、こうやって使うのか。なんかちょっと元気出た気がする」

「アンタ悪魔なの!? 何の告知もなくいきなり魔力を吸うなんてカズマは悪魔なの!?」

 

 前触れもなしに魔力を奪われたアクアは、驚きのあまりに半泣きになり、涙目でカズマに突っかかった。

 いつものことなのだが、ウィズは困ったようにアワアワと2人の様子を見る。

 その中でバージルは、ウィズと対照的に冷静な様子でカズマに目を向けていた。

 

「(盗賊スキルに初級魔法、ドレインタッチか……)」

 

 カズマが更に別系統のスキルを覚えたのを見て、レベルが上がったら手練の冒険者でも手こずる男になりそうだなと、バージルは独り思った。

 

 

*********************************

 

「じゃ、また世話になることもあるかもしれないし、その時はよろしくな」

「はい。もしよかったら商品も見ていってくださいね」

「また後日、料金を払いに行く」

「あっ、はい! 今回は商品を買っていただき、ありがとうございました!」

 

 今回の目的を果たしたカズマは、未だウィズへ突っかかろうとするアクアを無理矢理連れて、魔道具店から出た。

 一方良い買い物をしたバージルは、手にテレポート水晶と付属品の入った袋を持って、同じくウィズの魔道具店から出る。

 頭を下げているウィズを背に、バージルは住宅街を歩いて行った。

 

 特に他の用事もなかった彼は、真っ直ぐ自分の家に向かって歩く。

 時刻はまだ昼前。街中では多くの住民が行き交い、バージルのことを知っていた者が彼の姿をまじまじと見つめているが、彼は気にせず前に進む。

 

 ――が、バージルはふと足を止めると、クルリと後ろを振り返った。

 もう既に魔道具店は見えなくなっており、窓を開けて気持ちよさそうに伸びをする者、玄関の掃除をする者、偶然知り合いと会って道端で会話を始める者と、特に変わった様子はない。

 そんな街の風景をバージルはしばし見つめていたが、ゆっくり前へ向き直ると、再び家に向かって歩いていった。

 

 

*********************************

 

 道中、クリスやダストなどの知り合いに会うこともなく、バージルは自宅に辿り着く。

 扉に掛けてあった札を裏返して便利屋を開店させ、鍵を開けて中に入る。

 店内も彼が出てから一切変わっていないことを確認しながら、バージルは手に入れたテレポート水晶の入った袋と刀を机に置き、静かに椅子へ腰を置いた。

 

 いつも彼は、本を読んで暇を潰しながら来客を待っている。

 しかし今回、彼は書斎に本を取りに行くこともせず、両腕を組んでジッと扉を見つめていた。

 

 まるで――扉の向こうにいる誰かを待つように。

 

 

 

「尾行成功……したよね? それに、これってもう入ってもいいのかな……? ノックした方がいいよね……あぁでもなんて言って入ったらいいんだろう……」

 

 その頃一方、デビルメイクライの扉の前にて。

 店に来たはいいものの、どういう風に入ればいいのかで戸惑う、黒い服にピンク色のスカートとネクタイを身につけ、黒い髪を赤いリボンで結んだ、紅い目を持つ少女がいた。

 




だいぶ早回しであの娘を登場させました。


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第24話「この友達が少ない紅魔族に伝授を!」

 時刻はそろそろ昼を迎える頃。

 今日は午前中にウィズの魔道具店へ行っていたため、いつもより遅めの開店となったデビルメイクライ。

 まだ開店して間もないため、来客は未だゼロ。

 

 否、既にここへ1人の客が来ていた。

 来ているのだが――。

 

「(……遅い)」

 

 その者は、ずっと店の前に立ったままで、店内に入る様子を見せなかった。

 扉の前に誰かいることを魔力で感じ取り、しばらく待っていたバージルは、動かない来客を前にイラつき始める。

 

 来客は、ウィズの魔道具店にいた時からついてきていた。

 魔道具店にいた時、バージルは誰かの視線と魔力を感じ取っていた。そして店を出てからも、相手はバージルについてきた。

 バレないよう尾行をしているつもりなのだろうが、バージルを尾行できるのは、余程の手練かレベルの高い潜伏を使えるクリス、HENTAIのダクネスぐらいだ。

 常に視線を感じながらも、敢えて気付かないフリをして自宅に戻ったバージル。

 そして、相手が入ってくるのを待っていたのだが……未だ相手はアクションを起こさない。

 

「……チッ」

 

 そして動き始めたのは、来客ではなくバージルだった。

 これ以上待っていても仕方がない。そう思った彼は、舌打ちしながらも立ち上がる。

 念のため刀を持ちつつ、未だ扉の前で立ち止まっている来客へ向かっていった。

 

 

*********************************

 

 その頃一方――デビルメイクライ前。

 

「ノックは2回……あれ? 3回だったっけ? 失礼しますでいいのかな……それともお邪魔します? えぇっと……」

 

 店の前にいた少女は、店内に入るための第一アクションをどうすべきかで、酷く悩んでいた。

 初対面の相手には、第一印象が大切。それだけで以降の関係がほぼ決まると言ってもいい。

 それを最重視していた彼女は、失礼のないように入るにはどうしたらいいかを必死に考えながら、店の前でブツブツと呟く。

 

 

 ――とその時、独りでに扉が開いた。

 

「はひっ!?」

 

 いきなりのことで驚いたのか、彼女は小さく悲鳴を上げる。

 そして、開いた扉へ目を向けると――その先にいた、1人の男とバッチリ目が合った。

 

 彼女が、魔道具店で見つけてから尾行していた――バージルと。

 

「……あっ……えっと……」

 

 店の前で、幾度も店内へ入るシミュレーションを重ねていた彼女だったが、彼が自ら扉を開けたことで、それらが脆くも崩れ去る。

 こういうイレギュラーには弱いのか、予想だにしなかった出来事を前に、彼女は上手く言葉が出ない。彼が威圧的な目を見せているのもあるが。

 彼女が半ば固まっている中、バージルは不機嫌な様子で口を開く。

 

「……用があるならさっさと入れ。無いのならば帰るがいい」

「あっ! いやっ! 入り……ます」

 

 バージルの顔つきと口調もあり、そう言われた彼女はビクッと身体を跳ねさせ、思わずそう答えた。

 彼女の返答を聞いた彼は、特に何も言わず扉を開けたまま離れ、店の奥へ戻っていく。

 

「(あうぅ……絶対怒ってるよぉ……)」

 

 顔や口調を見る限り、彼が怒っていたのは間違いない。

 きっと自分が店の前で立ち往生していたのに気付き、待っていたが我慢できず、向こうから出てきたのだろう。

 第一印象を良くしようと考えていたことが、逆に悪くさせてしまう要因になった。彼女は心の中で落胆する。

 

 しかし、嘆いていても変わらない。それにこのまま立ち止まっていたら、彼は更に怒りそうだ。

 目から溢れそうになっていた涙を腕で拭うと、彼女は店内に入って扉を閉めた。

 

 

*********************************

 

 いつまでも入ってこなかった来客を、半ば無理矢理引き入れたバージルは、刀を机上に置いて再び椅子に座る。

 机を挟んで真正面に立つのは、黒い服にピンク色のスカート、その他ピンクのネクタイに赤いリボンをつけた、黒髪の少女。

 幼さが抜けきっていない顔立ちだが、それに見合わず大きく成長した胸元。多くの男性冒険者が寄って集ってむしゃぶりつきそうである。

 

「で……何の用だ?」

 

 バージルは目の前にいる少女を睨み、どういう用件でここへ来たのかを尋ねた。

 彼の声を聞き、彼女はまた身体をビクリとさせる。ちょっと声をかけただけでも怯える彼女を見て、バージルは少しイラッとする。

 

 が、無理もないだろう。バージルをライオンと例えるならば、彼女はチワワ。

 ライオンと同じ檻に入れられたチワワに怯えるなと言うのは、酷な話である。

 彼女は涙目なチワワの如く怯えながらも、小さな声で言葉を返した。 

 

「え、えっと……私……バージルさんに……用がありまして……」

 

 その中で、まだ彼が名前も明かしていないのにも関わらず、彼女はバージルの名前を口にする。

 が、バージルは特に疑問を抱かなかった。

 

 彼は『蒼白のソードマスター』と呼ばれ、街の有名人になっている。冒険者でない人物でも、この街にいればその噂を耳にしているだろう。

 おまけに、ここデビルメイクライは、顔が意外と広いことで評判のカズマによって宣伝されている。彼が住人に話した際、バージルの名前も添えたのだろう。

 故に、彼が出会ったことのない人物が名前を知っていても、何ら不思議ではないのだ。

 

 そして、彼女は依頼があってここに来たと言いたいのだろうと、バージルは察していた。

 ここに用があって来た、という来客は何人かいたが、その誰もが依頼を携えていた。

 尾行したのも、恐らくデビルメイクライがどこにあるのか彼女は知らず、店主のバージルを追えば、いずれ店に辿り着けると考えたからだろう。

 そう推測したバージルは、彼女が口を閉じたのを見て、自ら話を進める。

 

「……貴様の名前は?」

「えっ? 名前……ですか?」

 

 バージルが名前を尋ねると、何故か彼女は戸惑う様子を見せた。

 まさか名乗らずに依頼を頼むわけではあるまい。そう視線で訴えながら、バージルは黙って彼女の言葉を待つ。

 

「うぅ……恥ずかしいけど……」

 

 彼の視線に耐えかねたのか、彼女はポツリと呟く。

 そして、落ち着くようにスウッと息を吸うと――ビシッと構えを取って名乗った。

 

「わ――我が名はゆんゆん! 上級魔法を会得せしアークウィザードであり、いずれ紅魔族の長となる……者! ……うぅ……」

 

 デジャヴを覚える素っ頓狂な名前を――とても恥ずかしそうに。

 彼女――自己紹介を終えたゆんゆんは、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にさせながらも、チラリとバージルへ目を向ける。

 

 彼女の名乗りを聞いたバージルは――驚きもしなければ引くこともせず、ただただ無言でゆんゆんを見ていた。

 

「(無、無反応なのもキツイッ……!)」

 

 それはまるで、芸人が大勢の客層前で大スベリしたかのよう。

 当然、ガラスのハートだったゆんゆんにはクリティカルヒットし、またも涙目になった。

 できればここから、お外へ走ってきて穴を掘って地面に潜りたい。

 

「(で、でも……笑ってないし……引いてない?)」

 

 だが、それと同時に彼女は淡い期待を抱いていた。

 紅魔族独特な自分の名前。それを里の外にいる人達に明かすと、大概の場合笑われるか、近寄りたくないとアピールするかのように数歩引かれてしまう。

 彼女はまだ、その名前でも許される年齢と外見だが、もしこれが40過ぎの生き遅れで、「我が名はゆんゆん!」などと名乗っていたら、流石にうわキツものである。

 

 しかしバージルは、自身の名を聞いて笑うこともなければ、引くこともしなかった。

 無反応なのは心に痛かったが、彼はもしかしたら、自分の名前を馬鹿にしない、良い人なのではなかろうか?

 そんな期待を抱えながら、ゆんゆんはバージルに尋ねる。

 

「え、えっと……私の名前を聞いて、笑わないんですか……?」

「知り合いに、貴様と同じくおかしな名前をした紅魔族が1人いる。貴様のような自己紹介も既に聞いていた」

「(や、やっぱりおかしな名前だって思われてた!?)」

 

 が、ナチュラルにバージルからおかしな名前だと言われ、ゆんゆんは期待を裏切られたショックを受けて俯く。

 

「(……って、紅魔族の知り合い?)」

 

 と同時に、彼が発した『紅魔族の知り合い』という言葉に反応した。

 彼は、この街に店を構えている街の住人。そんな彼が、自分以外の紅魔族と知り合いになったのなら、もしかして――。

 ゆんゆんは顔を上げると、その予想と期待を込めて、再びバージルに質問する。

 

「あ、あのっ! その知り合いって……めぐみんって名前の子だったりしますか!?」

「……やはり、貴様も知っていたか」

「ッ! は、はい! めぐみんとは同級生で――!」

 

 予想通り、彼の言う知り合いが自分の知るめぐみんだったと聞き、ゆんゆんはパァッと顔を明るくした。

 

 

*********************************

 

 ゆんゆん――紅魔族の長の娘にして、アークウィザードとして冒険者を担う者。

 めぐみんとは紅魔の里にある学校で出会い、お互いを高め合う良きライバルであり友として、彼女と親睦を深めていった(ゆんゆん談)

 因みに、学校ではゆんゆんが成績順で2位、めぐみんが1位だった。それを聞き、バージルは驚きを隠せなかったそうな。

 

 学校で魔法と座学、その他諸々を学び、紆余曲折あってゆんゆんは中級魔法を、めぐみんは爆裂魔法を覚え、学校を卒業。2人は駆け出し冒険者としてアクセルの街にやって来た。

 本音を言えば、めぐみんと一緒に冒険したいゆんゆんだったが、めぐみんは友人でありライバルでもある。冒険者として強くなり、いつかめぐみんを超えて紅魔族の長にならなければいけない。

 そのため、彼女はいつか上級魔法を習得して、めぐみんと決着を付けに戻ってくると言い、旅に出ていた。その旅でゆんゆんは上級魔法を習得。そして街に戻ってきたのだった。

 旅に出ている間、めぐみんのことが心配だったのか、彼女はバージルからめぐみんの現状を色々と聞いてきた。

 

 アクセルの街で冒険者となり、4人パーティーを組んでいること。それを聞いて、何故かゆんゆんは軽く絶望した顔を浮かべた。

 また、産廃魔法と名高い爆裂魔法以外を覚えようとしないこともバージルは話した。それを聞き、ゆんゆんはため息を吐く。

 

「めぐみん……まだ爆裂魔法に拘ってるのね……もう、ちゃんと他の魔法も覚えなきゃダメだよって言ったのに……」

 

 今度会ったらもっと強く言ってやんなきゃと、ゆんゆんはブツブツ呟き始める。

 めぐみんの話題を通して、バージルとコミュニケーションを取れたからか、バージルが何か言うたびにビクつくことは無くなった。

 

「貴様が言っても無駄だと思うがな……で、貴様は何の用があって来た? まさか、めぐみんのことを聞きにきただけではあるまい?」

 

 彼女はもっとめぐみんについて話したそうだったが、これ以上脱線させるべきではない。

 そう考えたバージルは、話を戻してゆんゆんに尋ねる。

 彼の声を聞いて、ゆんゆんはハッとした表情を浮かべると、バージルと目を合わせ――真剣な眼差しを見せる。

 

「た、単刀直入に言います! バージルさん! 私にも剣術を教えてください!」

 

 そして、ゆんゆんは背筋をピッと伸ばし、頭を下げてそう告げた。

 彼女の依頼を聞いたバージルは、少し間を置いてから言葉を返す。

 

「……私にも、だと? 俺は、誰かに授業をつけた覚えは無いが?」

 

 彼女は『私にも』剣術を教えて欲しい、と言った。まるで、バージルが既に誰かへ教えていたと言うかのように。

 しかし、当の本人には覚えがない。強いて思い当たるとすれば、ミツルギとの戦いだが……あの戦いを見て、自分にも同じことをしてくださいなどと言えるだろうか?

 彼女がHENTAIなら話は別だが、少し話をして、ゆんゆんの性格の一部を見たバージルにはそう思えない。

 

 疑問に思いながらバージルは言葉を待っていると、頭を上げたゆんゆんは、不思議そうに首を傾げて尋ね返してきた。

 

「あれ? 1、2週間前に、私がクエストから帰ってる途中……平原で、バージルさんが綺麗な金髪の騎士さんと剣を交えているのを見かけたのですが……あの人に剣術を教えていたのではなかったんですか?」

「……ッ!」

 

 ゆんゆんの口から出てきたのは、彼が予想だにしていなかった目撃証言。

 思い出したくもなかった記憶。忘れようとしても、彼女の顔を見る度に思い出してしまう、一種のトラウマ。

 記念すべき、デビルメイクライ初めての依頼――ダクネスとの稽古(意味深)だった。

 

「……そうか……アレか……すっかり忘れていたな……」

 

 思わぬ形で忌まわしき記憶を掘り起こされ、バージルは顔を歪める。

 ミツルギとの決闘だったならば「教えたつもりはない」とゆんゆんの言葉を否定しただろうが、アレとなれば話は別だ。

 これ以上、あの記憶を思い出したくなかったバージルは、特に彼女の言葉を否定せず、アレを剣術講座だったことにする。

 幸いにも、ゆんゆんの様子を見る限り、アレを真面目な授業だと受け取っているようだ。ここは話を合わせておくのがいいだろう。

 

 バージルが思い出したような素振りを見せていると……前にいたゆんゆんは俯き、どこか寂しそうに思える顔で語りだした。

 

「……私……いつもソロで冒険してて……」

「(……ほう……)」

 

 彼女の言葉を聞き、バージルは少し関心を示す。

 人間より知力と魔力に長けた人種といえど、元は人間。その上、まだ15にも満たなそうな少女だ。

 おまけに、遠距離戦主体のアークウィザード。それなのに、彼女は1人で冒険をしていると言った。

 そう、彼女1人で――バージルと同じように、集団の雑魚や強力なボスへ挑んでいるのだ。

 

 

「遠距離戦ならまだ大丈夫ですけど、近距離戦となると魔法だけじゃ苦戦するし……『ライト・オブ・セイバー』っていう上級魔法で一掃できるとしても、何度も使っていたら魔力切れが怖いし……なので中級魔法を使って、このワンドに魔力を集めて剣にした物を使ってるんですけど……剣術はまだまだで……得意な体術で何とか補っていて……」

 

 彼女は顔を俯かせたまま、手を前に組みつつも手や指をしきりに動かしながら話し続ける。

 

「だから、近距離戦でも負けないように、バージルさんから剣術や体術を教えてもらいたいと思って来たんですけど……ダメ……ですか?」

 

 そしてゆんゆんは、無意識に潤んだ目でバージルを見た。

 そこらの男冒険者なら、コロッと堕ちてしまいそうな目。

 しかしバージルは一切堕ちる様子を見せず、ゆんゆんの目を見つめ返す。

 

「(成程……道理で、見かけによらず魔力が高い)」

 

 見た目は年相応の子供といったところだが、彼女が秘めたる魔力はそこらの冒険者よりも高い。

 彼女が紅魔族だからなのもあるが、先程彼女が自分で言ったように、仲間を取らずソロで冒険している。

 となれば、周りよりレベルが高くなっていても不思議ではない。それに、1人で立ち回るための実力もあるだろう。

 

 それらを加味し、バージルはしばらく考えると――おもむろに椅子から立ち上がり、彼女へ答えを返した。

 

 

「いいだろう。その依頼、受けてやる」

「ッ! ほ、ホントですか!?」

 

 承諾の答えを聞いて、ゆんゆんは驚き半分喜び半分になりなりながらも、彼に聞き返す。

 

「紅魔族の力がどんなものか、少し興味もある。だが、授業料はキッチリ払ってもらうぞ」

「は、はいっ! ありがとうございます!」

 

 教えはするが、あくまで依頼だということをバージルは念に押す。

 しかし、ゆんゆんにとっては受けてくれるだけでもありがたいことだったようで、元気良く返事をした。

 

 

*********************************

 

 ――場所は代わり、街近くの平原。

 ここら一帯のモンスターはほとんど狩られてしまったのか、街の外とは思えないほど穏やかだった。

 そんな場所を、バージルはいつも通り刀を持って歩く。

 

「(教えて欲しい……とは言ったけど、一体何をするんだろう……?)」

 

 その後ろを、常に装備しているワンド以外は何も持って来ていないゆんゆんは、緊張した面持ちで歩いていた。

 ある程度彼と話せたことで少しは緊張が解れていたが、いざ教えてもらうとなった時、再び緊張してしまったようだ。

 

 やはり、あの金髪の騎士にしていたように、実際に剣を交えるのだろうか?

 その時、自分の剣術、体術はどこまで通用するのだろうか?

 様々な事を考えながら歩いていると……ふと、先を歩いていたバージルが止まった。同じくゆんゆんも足を止める。

 

「……では早速、始めるとするか」

「っ……はいっ!」

 

 バージルはクルリと後ろを振り返り、ゆんゆんと対面しながら彼女にそう告げた。

 開始の言葉を聞いたゆんゆんは、ゴクリと息を呑んで返事をする。

 

 ――が、今回受ける授業内容は、彼女が予想していたものと違っていた。

 

「今から見せるのは、剣術というより魔法だ。しかし、貴様の戦闘スタイルを聞く限り、役には立つ代物だろう」

「えっ? 魔法……ですか?」

 

 開口一番から予想外の言葉を聞き、ゆんゆんは首を傾げた。

 しかしバージルは特に何も言わず、ゆらりと刀を持っていない右手を前に出す。

 

 すると――彼の手に、浅葱色の剣が瞬時に出現した。

 

「わっ!?」

 

 いきなりのことで驚き、ゆんゆんは思わず声を出す。

 バージルはその剣を右手で握ると、彼女に見せてこう告げた。

 

「これと同じ物を作ってみろ」

「同じ物? そもそもコレって……何ですか?」

 

 作ってみろと言われたが、バージルが突然出現させた剣はどういったものか、どうやって出現させたのか、ゆんゆんは全く知らない。

 似たような魔法スキルは知っているが、彼の職業はソードマスター。魔法スキルはほとんど使えない筈だ。

 彼女は、バージルが出現させた浅葱色の剣をまじまじと見つめながら尋ねると、彼は剣を持ったまま答えた。

 

「これは、俺の固有スキル『幻影剣』だ」

「こ、固有スキルですか!?」

 

 『固有スキル』――該当する種族にしか使えないスキルで、それらが生まれながらに持っているもの。

 基本、モンスターが持つスキルのことを指しており、人間が持つ事例は極稀だ。

 約5~7文字の変わった名前を持つ、主に黒髪か茶髪の冒険者が持っていることもある、とゆんゆんは聞いていたが、バージルはどちらの条件にも当てはまらない。

 

「ていうか、それを真似してみろって……」

 

 ゆんゆんは、バージルが固有スキルを持っていたことにも驚いたが、バージルの出した無茶難題にも驚いていた。

 

 固有スキルを真似するなど、どんなスキルでも見れば1.5倍のスキルポイントで取得できる冒険者か、新しい魔法を開発できるほど魔力のコントロールに長けた大魔道士でもない限り、不可能だ。

 自分のような、上級魔法の扱いもまだまだなアークウィザードでは高難度過ぎる。

 自ら教えて欲しいと頼んでおいてと、後ろめたい気持ちを抱えながらも、ゆんゆんは俯きながら呟く。

 

 しかし、バージルもそれは承知の上だったようで、彼はため息混じりに言葉を付け足してきた。

 

「1から10まで全てを真似しろとは言わん。貴様が持つスキルを使い、似たような物を作る真似事でもいい。やってみろ」

「……スキルを使って……」

 

 既存のスキルを使って、固有スキルを真似る。

 あまり聞いたことのないスキルの使い方だが……それなら、できるかもしれない。

 そう考えたゆんゆんは、もう一度バージルが持つ幻影剣に目を向け、観察する。

 

「(見た感じ、これはバージルさんの魔力を表面化させ、固めたもの……他には特に何もしていない……なら――!)」

 

 バージルは、どのように幻影剣を作ったのか。

 自分の知識を活用させ、ゆんゆんは幻影剣の性質を自分なりに解釈する。

 そして、これを再現するにはどのスキルが最適か。

 ゆんゆんは少し考えると――先程のバージルと同じように、おもむろに右手を前に出し――彼の固有スキルに限りなく近い魔法を唱えた。

 

「『シャイニング・ソード』!」

 

 瞬間、ゆんゆんの右手に淡く青い光が現れた。

 

 『シャイニング・ソード』――『ライト・オブ・セイバー』の下位版となる中級魔法。

 魔力で形作り、文字通り光の剣を出現させるもので、彼女が近距離戦にて、自身のワンドの先に光を纏わせ、剣を作り出す時に使うスキルだ。

 下位版なので、ライト・オブ・セイバーのような一撃必殺の威力は期待できない。その代わり、魔力消費量は少なめ。

 バージルが『幻影剣』を作った時、これによく似ていると彼女は思った。となれば――。

 

 いつも発動する時とは違い、ワンドの先に纏わすことはなく、自身の右手に魔力が集まる。

 その魔力は光となって現れ、彼女が浮かべるイメージの通りに形作られていく。

 

 そして――バージルの幻影剣と瓜二つの物を出現させ、ゆんゆんはそれを手に取った。

 

「……で、できた! できましたよ! バージルさん!」

 

 指示通り、幻影剣を模倣した物を作り出せたゆんゆんは、嬉しそうに自分の幻影剣をバージルに見せる。

 バージルが出した課題を、一発でアッサリとクリアしたゆんゆん。

 そんな彼女を、バージルは興味深そうに見つめていた。

 

「(ふむ……これほどとは……)」

 

 ゆんゆんに『幻影剣』を教えたのは、伝授というよりも実験に近かった。

 魔力と知力が高く、魔法に長けていると聞く紅魔族。

 ではどのくらい高いのかと思い、バージルは試しに幻影剣を再現してみろとけしかけた。

 最初から『シャイニング・ソード』のことを知り、再現も可能だとわかっていたが……その再現度には目を見張るものがあった。

 

 形状は勿論のこと、それに宿る魔力の量。バージルが作った物とほぼ同じ。

 つまり、彼女は魔力のコントロールにも長けているのだ。

 紅魔族――侮れない存在だ。『(ダンテ)』を思い出す名前で、少し気に障るが。

 

「これって、どういう風に使うんですか? 私がいつも使う時より魔力は込められていないから、剣として使ったらすぐに壊れると思うんですけど……」

 

 自分の幻影剣を様々な角度から見たり、ブンッと振ったりしながら、ゆんゆんはバージルに尋ねる。

 バージルの幻影剣をお手本にしたので、使った魔力量もほぼ同じだが、剣として作ったにしては量が少ない。

 これで剣を交えるとなると、強度に不安が残る。2、3回当たったところで壊れてしまうだろう。

 彼女が疑問に思う中、バージルは静かに答えた。

 

「誰も剣として使うとは言っていない。これは――こう使う」

 

 端からそのつもりはないとバージルは答えつつ、手に持っていた幻影剣を右方向へ飛ばした。

 放たれた幻影剣は直線上に飛び、数メートル離れた木に突き刺さる。

 その様子を見て、これは飛び道具、投げナイフ的に使うのだろうかと、ゆんゆんは推測しながらバージルに視線を戻す。

 

 

 ――すると、そこにあったバージルの姿が瞬時に消えた。

 

「えぇっ!?」

 

 いきなり予想外のことが起きたのを見て、ゆんゆんはビックリ仰天する。

 一体彼はどこに消えたのか。彼女はキョロキョロと辺りを見渡すと、1本の木に目が止まった。

 先程、バージルが幻影剣を投げて突き刺した木――その下に、バージルは立っていた。

 それにゆんゆんは再度驚きながらも、すかさずバージルのもとへ駆け出す。

 

「――と、このように使う。今度はこれをやってみろ」

「さ、さっきのをですか!?」

 

 ゆんゆんはバージルのもとに駆け寄ると、彼はゆんゆんにそう告げた。

 

 幻影剣のもとへ瞬間移動。そのトリックも何もわからないゆんゆんは、そう言われてまたも驚く。

 だが、バージルは何も言わず木にもたれると、両腕を組んでジッとゆんゆんを見る。つべこべ言わずにやってみろ、ということなのだろう。

 しかし、彼は既存のスキルを使っての再現でも構わない、と言っていた。となればこの技も、スキルを使えば再現可能なのかもしれない。

 そう思ったゆんゆんは、先程の瞬間移動について考え始めた。

 

「(瞬間移動……っていったら、やっぱり『空間転移魔法(テレポート)』? でもテレポートは場所を登録するものだし、『ランダムテレポート』じゃ正確にあそこへ行けるわけないし……)」

 

 『空間転移魔法(テレポート)』――ファンタジー世界に行ったら、一度はやってみたい魔法ランキング上位に食い込むであろうスキル。

 その性能は言わずもがな。ただし、移動先として登録できるのは5つまでであり、一度に移動できる人数は4人までという制限がついている。

 そして『ランダムテレポート』というのは、その下位版。その名の通り、どこに移動するかわからない、スリル満載なテレポートだ。

 だが、そのどちらもバージルの瞬間移動を真似できる性能ではない。なら、テレポートでは再現できないのだろうか?

 

 ――いや、もう1つあった。

 

「(……『感知転移魔法(センステレポート)』なら……?」

 

 『感知転移魔法(センステレポート)』――ランダムテレポートより上位だが、テレポートには及ばないスキル。

 通常のテレポートは場所を基準に移動するが、センステレポートは場所ではなく、魔力を感知して移動するのだ。

 

 例えば、ゆんゆんがめぐみんの魔力を感知した時、このスキルを使えば瞬時にめぐみんのもとへ移動することができる。

 そう話すと、かなり便利なスキルではないかと思うだろうが、これには1つ欠点がある。

 

 それは――ランダムテレポートと同じく、テレポート先がどこなのか一切わからないということ。

 1人の男が仲間の女の魔力を感知し、そこへテレポートしたら入浴の真っ最中で、お縄頂戴になるなんてこともありえるのだ。

 また、レベルが上がればテレポートできる範囲も広がる。街の外に仲間の魔力を感知し、いざテレポートしてみればモンスターと交戦中だった、なんてことも起こりうる。

 そういう面では、場所も固定されているテレポートよりも、リスキーなスキルなのだ。

 おまけに、登録できる魔力も最大3つまでとテレポートより少なく、登録するためには相手の魔力を他者と判別できるように――つまり、相手のことをよく知っておかなければならない。

 

 なので、これを使う時は大概相手が視認できる場所にいる状態――ちょっと離れた場所から友達が呼んでるけど、歩いていくのが面倒だからテレポートする、なんて時にしか使われない。

 ゆんゆんも、これはそういうものだと学校で教わった時から思っていたのだが――。

 

「(もしも、自分の魔力も転移先にできるのなら――!)」

 

 もしかしたら、使えるかもしれない。

 そう考えたゆんゆんは、手に持っていた幻影剣を地面に置くと、懐から自身の冒険者カードを取り出す。

 まだテレポート系列のスキルを覚えていなかったゆんゆんは、習得可能スキル一覧から『センステレポート』を見つけ出す。

 そして自身のポイントも余っていることを確認すると、彼女は『センステレポート』の欄を指でなぞり、そのスキルを習得した。

 次に、自分の魔力を転移先に登録する。自身については、誰よりも自分が知っている。故に、問題なく登録できた。

 

「それから……えいっ!」

 

 新たなスキルを覚えたゆんゆんは冒険者カードをしまうと、置いていた幻影剣を両手で持ち、草原の上に軽く突き刺した。

 試行錯誤する様をバージルがジッと見つめる中、ゆんゆんはその場から数メートル離れる。

 そして、自分が突き刺した幻影剣――それが放つ自分の魔力を感じながら、覚えたてホヤホヤの魔法を唱えた。

 

「『感知転移魔法(センステレポート)』!」

 

 瞬間――ゆんゆんの姿がパッと消えた。

 そして間もなくして――幻影剣の前に、ゆんゆんが移動した。

 『シャイニング・ソード』と『感知転移魔法(センステレポート)』による『幻影剣』と『エアトリック』の再現である。

 

「で……できた……! できました!」

「……ほう」

 

 本当に再現できた驚きと喜びを胸に抱え、ゆんゆんはバージルへ嬉しそうに声を掛ける。

 もう少しかかるものかと思っていたバージルは、思ったよりも早く習得したことに少し驚いていた。

 

「凄いですよ! これなら、瞬時に相手へ近づいたり、その場から退避することもできます!」

 

 スキルを組み合わせたこの技がお眼鏡に適ったのか、ゆんゆんは少しテンションを高くしながらも感想を話す。

 彼女の言う通り、これを使えば遠距離主体の敵に一瞬で近付くこともでき、逆に多くの敵から囲まれた時、これを使って距離を離すこともできる。

 まさに、近距離戦には打って付けの技だ。

 

 だが――彼女が体現できたものは、あくまで氷山の一角でしかない。

 

「……始める前言ったように、これはあくまで、貴様の戦いに役立てそうな技でしかない。使い方は貴様次第だ」

 

 バージルはそう話すと木から背を離し、スタスタと草原を歩き始める。

 ゆんゆんは突き刺していた幻影剣を、自分の意思でガラスのように砕け散らせると、すかさずバージルの後を追った。

 

 少し歩いたところで、バージルはピタリと足を止める。ゆんゆんも足を止め、前方を見る。

 その先には――のどかな草原を歩くコカトリスが1匹。大きさは、ゆんゆんより少し大きいぐらいだろうか。

 それを見つけたバージルは、1本の幻影剣を空中に出現させると――。

 

「貴様次第だが――手本くらいは見せてやる」

 

 手に持って投げることはせず、宙に浮いていた幻影剣が自動的にコカトリスへ向かっていった。

 

「コカッ――!?」

 

 放たれた幻影剣はコカトリスの胴体に突き刺さり、コカトリスは小さく悲鳴を上げる。

 しかし、そんな悲鳴など知らんとばかりに、バージルは瞬時にコカトリスの前へ移動すると――。

 

「フッ!」

 

 左手に持っていた刀を鞘にしまったまま、コカトリスに二撃を与えた。その流れでバージルは右手で柄を持ち、刀を引き抜く。

 そしてコカトリスを上に斬り上げると――同時に、8本もの幻影剣を出現させた。

 

「なっ――!?」

 

 まさか同時に8本も出すとは思っていなかったのか、ゆんゆんは目を見開いて驚く。

 8本の幻影剣はバージルの左右に浮いたまま、剣先をコカトリスに向けている。

 

「コケッ!?」

 

 その直後、それら全てがコカトリスの身体に突き刺さった。

 全ての幻影剣が刺さったのを見たバージルはすかさず瞬間移動し、空中に舞っていたコカトリスの前に出る。

 

「ハッ! フンッ!」

 

 空中でバージルは目にも止まらぬ速度で刀を振るい、敵の身体を切り刻む。

 バージルが最後に刀を左から右へ強く振り抜くと、コカトリスは前方へ吹っ飛んでいった。

 

 あれだけの連撃。もはやコカトリスの息は絶えていた――が、まだ終わらせない。

 バージルはコカトリスを斬り飛ばしたと同時に、幻影剣を1本飛ばし、コカトリスの身体に刺していた。

 そしてバージルは、コカトリスの身体がまだ宙に浮いている間に瞬間移動し、再度空中で刀を振るう。

 

「ハァッ!」

 

 刀で二度斬りつけた後、空中で回転しながら斬り刻み、最後は斜め下方向へ叩き落とす。

 連撃を受けたコカトリスの身体はそのまま飛んでいき、ようやく地面に――。

 

Kneel before me(平伏せ)!」

 

 つくその直前、最後のひと押しとばかりにバージルは『次元斬』を放った。

 斬り刻まれたコカトリスの身体は無残にもバラバラにされ、ボトボトと音を立てて地面に落ちる。むしろよくここまで身体が耐えたと思うほどだ。

 誰が見てもやり過ぎでは、と思える攻撃を終えたバージルは、華麗に地面へ着地すると、小さな雷が走る刀を鞘に納めた。

 

 

*********************************

 

「……ッ」

 

 先程の一連の流れを見ていたゆんゆんは、言葉を失っていた。

 バージルが、手本と言いながら手本にはできないほどの華麗な動きを見せたことに、彼女は驚きを隠せずにいた。

 

 ――と同時に、ゆんゆんは感動で身体を震わせていた。

 彼の剣技に見惚れた者は数多くいる。彼女も、その内の1人となったのだ。

 それだけではない。彼の、敵に反撃の隙をも与えない剣撃と華麗なる身のこなし。

 それは――彼女が近接戦闘をする上で思い描いていた理想像に、限りなく近かった。

 

「(す……凄い……っ!)」

 

 いても立ってもいられず、ゆんゆんは走り出す。

 自分のもとへ駆け寄ってきたのを見たバージルは、ゆんゆんに顔を向ける。

 そして、ゆんゆんはバージルの前で足を止めると、少し息を荒げながらも顔を上げ――。

 

 

「凄い! 凄いですよ! 先生っ!」

「……先生?」

 

 尊敬の意を込めて、ゆんゆんはキラキラと目を輝かせながら、バージルを先生と呼んだ。

 

 

*********************************

 

 ――翌日、昼下がりのデビルメイクライ。

 興味の惹かれるクエストがギルドに貼り出されていればクエストに、無ければ自宅で本を読み、依頼人が来るのを待つ。それがバージルの送る、いつもの生活だ。

 しかし、今日はそれを許さない者が現れた。

 彼の生活を邪魔する者など、思い当たるとすればカズマやアクア達しかいないのだが……今彼の前にいるのは、問題児たる彼女達ではない。

 

「……」

「先生! お願いします! また私に授業をつけてください!」

 

 剣術を教えて欲しいと言ってここに現れた紅魔族の少女、ゆんゆんだった。

 昨日と同じく、彼女はバージルを先生と呼び、頭を下げてバージルに頼み込む。

 

 剣術を教えたのは、紅魔族がどの程度の力を持つか測りたかったからだ。

 故に、彼女へ授業をつけるのは1回こっきりだと彼は考えていたのだが、まさかこうして再び頼んでくるとは思っていなかった。

 あの時、彼女へ手本を見せるべきではなかったかもしれないと、バージルは少し後悔する。

 

 かれこれ30分は無視しているのだが、彼女は一向に引き下がる気配を見せない。

 いっそ無理矢理にでも追い出してやるべきかと、バージルは考える。

 

 ――が、次にゆんゆんの発した言葉を聞いて、バージルは態度を一変させることとなる。

 

 

「私、先生みたいに強くなりたい! 力が欲しいんです!」

「――ッ」

 

 かつての(悪魔として生きていた)自分が、強く口にしていた言葉を聞いて。

 




エリス様は勿論のこと、ゆんゆんもバージルと絡ませてみたかったんです。
めぐみんとゆんゆんって、なんとなくダンテとバージルに似てるよなーと思って。
今回出た2つのオリジナルスキルですが、名前がノンスタイリッシュなので以降は「エアトリック」「幻影剣」と表記します。


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第25話「I need more power ~力を欲する者~」

 紅魔族の長の娘、ゆんゆん。

 いずれは紅魔族を率い、紅魔の里を守る長となる者。ゆんゆんも、その使命を果たすために冒険者となった。

 しかし、今の自分では紅魔族の長など程遠い。たとえ上級モンスターが相手でも、苦戦しないほどに強くならなければならない。

 だから――。

 

「お願いします! 先生!」

 

 この街で出会った蒼白のソードマスター、バージルから、彼の戦い方を教わる必要があった

 ゆんゆんは頭を下げ、前方で椅子に座っているバージルへ願い求める。

 

 彼が持つ、見慣れない形状の剣を使った剣術。

 街の近くの平原で、金髪の騎士と稽古をしていたのを偶然見た時に、かなり洗練されていると感じた。

 そして昨日、彼の技を間近で目にしたことで、彼の動きは、自分の思い描く理想像とほぼ一致していたことに気付いた。

 

 きっと彼についていけば、自分は今よりも強くなれる。そして、人の出会いは一期一会。これを逃すべきではない。

 そう思い、ゆんゆんは何度も頼み込んでいるのだが、一向にバージルから声は上がらない。

 ここは一度日を改めるべきだろうか、と思いながら、ゆんゆんは頭を上げてバージルの顔を伺う。

 

「……ヒッ……!?」

 

 そして、いつの間にか表情が一変していたバージルを見て、ゆんゆんは小さく悲鳴を上げた。

 先程まで鬱陶しそうな顔を見せていたのが、打って変わって厳然とした、誰もが見たら彼女のように怯えそうな鋭い目つきで、ゆんゆんを睨みつけている。

 

「……力が欲しい……か……」

 

 しかし彼は一度目を伏せると、先程ゆんゆんが放った言葉を復唱する。

 その言葉に思うところでもあったのだろうか。ゆんゆんは内心怯えながらも、バージルの様子を見守る。

 すると彼は、おもむろに椅子から立ち上がり、ゆんゆんへ告げた。

 

「今日の夜、アクセルの街正門前に来い。武器は何も持ってくるな」

「えっ……?」

 

 バージルが出した指示を聞き、ゆんゆんは首を傾げる。

 正門前に――恐らくそこに集合した後、街の外に出るのだろう。

 武器も無しに、街の外へ出て何をするつもりなのか。彼女が疑問に思う中、バージルは言葉を続けた。

 

 

「俺の授業を受けるに相応しいか否か、テストしてやろう」

 

 

*********************************

 

 

 青い空が、夕暮れを過ぎて星が浮かぶ夜空になった頃。

 冒険者達が酒を飲みにギルドへ集まる中、ゆんゆんは真逆の方向、正門へと歩いて行った。

 夜にしか出てこないモンスターもいるので、冒険者が夜に街の外へ出るのは不思議ではない。チラリと見はするものの、すれ違う冒険者や街人は特に疑問を抱かなかった。

 

 何事もなく、正門付近へ到着したゆんゆん。そこでは既にバージルが待っており、あの時持っていた剣も装備していなかった。

 同じくゆんゆんも、いつも装備しているワンドと短剣は宿に置いてきた。

 条件に従った姿のゆんゆんを見たバージルは「ついてこい」とだけ言って、街を出る。

 ゆんゆんは気を引き締めながら、バージルの後を追っていった。

 

 しばらく歩いて辿り着いたのは、夜風が吹き抜ける、街から離れた草原地帯。

 夜でもこの辺りは安全なのか、モンスターの気配はしない。それを確認したところで、バージルは足を止める。ゆんゆんもピタリと止まり、少し離れた場に立つバージルを見る。

 向かい合う2人。ゆんゆんがゴクリと息を呑む中、バージルが先に口を開いた。

 

「今から俺と貴様、1対1で体術を用いた戦闘を行う。貴様は、1発でもいいから俺の顔に当ててみろ。内容次第では、特別にこれからも貴様を、無料で見てやってもいい」

「む、無料で!? ていうか体術……ですか?」

 

 サラリと、合格すれば授業料無しでと言われて驚いたが、それよりも彼女は、バージルが告げたテスト内容に反応を示した。

 

 体術は、ゆんゆんが学生時代最も得意としていたものだ。

 いつもはめぐみんに総合成績を抜かれるが、体術だけは常に1番だった。めぐみんが、体術を扱う体育の授業だけサボっていたのもあるが。

 確かバージルには、体術が得意だということは話していた。それを覚えていたから、テストに体術を持ってきたのだろう。

 自分の得意分野を試されると聞いて、ゆんゆんはより緊張感を高める。

 

「ただし、このテストで貴様が不甲斐ない姿を見せたら、当然不合格と見なす。そうなった時は――以降、二度と俺に教えを乞いに来るな」

「……ッ」

 

 そう告げながら、バージルはギラリと鋭い目で睨みつけてきたた。彼の目を見て、ゆんゆんは思わず尻込みしそうになる。

 

 体術のテストは、学校で散々やってきた。同じ生徒との試合、先生との組み手など。

 しかし今回のテストは、きっと今までのテストが生ぬるいと感じるぐらい、厳しいものになるだろう。

 以前、コカトリスを討伐した時の動きだけでも垣間見えた、彼の類まれなる身体能力。

 恐らく、武器を用いない体術にも心得はあるだろう。自分とは比べ物にならない程に。

 だが――。

 

「(正直言って、怖い……だけど――!)」

 

 自分は、やらなければならない。強くならなければならない。

 その理由が、自分にはあるのだから。

 

「……お願いします!」

 

 ゆんゆんは決して逃げ出そうとせず、体術で戦う際の構えを取った。

 対するバージルは、特に構えを取ろうとはせず、突っ立ったままゆんゆんを睨む。

 モンスターも人もいない、静かな夜の草原。2人は睨み合い、息を呑んでその時を待つ。

 

 

 ――先に動いたのは、ゆんゆんだった。

 

「やぁっ!」

 

 ゆんゆんは勢いよく駆け出すと、右ストレートをバージルへ繰り出す。

 が、バージルはあっさりと片手で受け流す。

 

「はぁっ!」

 

 簡単に防がれてしまうことは想定済み。ゆんゆんは怯むことなく、続けて攻撃を仕掛けていく。

 両手だけでなく両足も使った、絶え間ない連撃。学生時代、そして冒険者として積んだ経験を活かした動き。

 だが――それすらもバージルは受け流し、避け、防いできた。

 

「(っ……! 崩せない……!)」

 

 攻撃を仕掛けながら、未だバージルの防御を崩せないことに、ゆんゆんは焦りを見せる。

 馬鹿正直に顔だけでなく、背後や足元を狙って体勢を崩そうとしているが、そのどれもが防がれるか、避けられてしまう。

 まるで、こちらの思考を全て読んでいるかのように。

 

「――たぁっ!」

 

 だが、そこで諦めていては、攻撃を当てることなど夢のまた夢。

 ゆんゆんは繰り出す連撃から流れるように右足を上げ、バージルへ後ろ回し蹴りを繰り出した。

 

 ――しかし、その右足は空を切る。

 前に立っていたバージルは、素早く後ろへ下がって攻撃を避けた。

 また避けられた。ならば次はと、ゆんゆんは思考を働かせる。

 

「フンッ!」

「なっ――あうっ!?」

 

 しかしその時、バージルは前へ移動すると同時に、素早い動きで右ストレートを出してきた。

 バージルの反撃を予想していなかったゆんゆんは、それを避けることができず顔面に衝撃を受ける。

 

「誰が攻撃しないと言った?」

「ッ!」

 

 痛みに顔を歪ませる中、前方からバージルの声がした。

 慌てて前を見ると、既に距離を詰めていたバージルが、左拳で顔を狙ってきていた。

 ゆんゆんは上半身を後ろに下げ、彼の拳をギリギリ避けると同時に両足を上げ、バージルの左手を蹴り上げる。

 その勢いで後方に、連続でバク転をして距離を離したが、彼女が着地した時、バージルは素早く距離を詰め、ゆんゆんに連撃を仕掛けてきた。

 

「くぅっ……!」

 

 自分とは明らかに違う、速くて重い拳と蹴り。ゆんゆんはただひたすら両腕を使って防ぐ。

 しかし、このまま防戦一方では勝てない。防御しながらも、反撃のチャンスを伺う。

 

「くっ……やぁああああっ!」

 

 そして、バージルの左パンチをなんとか避けつつ、今度は左足で後ろ回し蹴りを見せた。

 だが、バージルはそれをしゃがんで避け、同時にゆんゆんの軸足を華麗に足払いで崩す。

 

「っ! しまっ――!?」

 

 足を払われ、ゆんゆんの身体が宙に浮かぶ。

 防御もできない無防備な状態。そこに、バージルがすぐさま詰め寄ると――。

 

「――フンッ!」

「……ふぐっ……!?」

 

 ゆんゆんの顔を右手で掴み、そのまま地面に強く打ち付けた。

 後頭部に強烈な痛みを受け、ゆんゆんは呻き声を上げる。

 少しして、ゆんゆんの身体が地面についた時、バージルは右手に力を入れたまま、ゆんゆんの身体を持ち上げる。

 顔を掴まれたまま身体を起こされ、地面からゆんゆんの両足が離れる。

 

 そして――バージルは右手に力を込め、握り潰すようにアイアンクローをしてきた。

 

「がっ――あぁあああああああああああああああああああああっ!?」

 

 頭に酷い激痛を覚えたゆんゆんは、大きく悲鳴を上げる。

 抵抗としてバージルの腕を掴み、拘束から逃れようとするが、バージルは決して力を弱めない。

 手に持ったリンゴを握り潰すように。バージルはゆんゆんを逃そうとせず、力を加えていった。

 

 

*********************************

 

 

「(……まだだ……まだ足りん)」

 

 目の前でゆんゆんが悲痛な叫びを上げる中、バージルは右手に力を込め続ける。

 

 人は追い込まれた時、どうしようもない絶望を前にした時、初めて本当の姿を見せる。

 そこで理性を保つことは不可能。化けの皮は剥がれ、本心を色濃く映し出す。

 

 この少女――ゆんゆんも同じだ。

 

「……ぁ……」

 

 痛みのあまり、彼女はいつの間にか叫び声を上げなくなっていた。

 それを見たバージルは、右手に込めた力を解き、パッと彼女の頭を離す。

 ようやく地獄の苦しみから解放されたゆんゆんの、両足が地面につき――。

 

「――フンッ!」

「……ごふっ……!?」

 

 その瞬間、バージルは左手を握り締め、彼女の顔に拳を入れた。

 続けて右手に握り拳を作り、今度は彼女にボディーブローを食らわせる。

 一瞬背中が盛り上がるほどの衝撃を受け、ゆんゆんは口から少量の液を嘔吐する。

 バージルは手を引っ込めると同時に、左足、右足と順に『日輪脚』で蹴り上げながら宙に舞う。

 そして最後に『流星脚』を繰り出し、ゆんゆんに強烈な一撃を食らわせた。

 

 地面に叩き落とされたゆんゆんの身体は、草原の上を転がっていき、うつ伏せの状態で止まる。

 その傍ら、バージルは華麗に着地すると、地面に突っ伏している彼女の様子を伺った。

 

「(……ここまでか)」

 

 そして、倒れたまま動かないゆんゆんを見て、バージルはどこか残念そうにため息を吐いた。

 

 

 力を欲す――レベルという概念がある冒険者なら、大抵の者が抱える思いだ。ゆんゆんもそうだろう。

 別にそれ自体は構わない。力を求めるのは個人の勝手だ。

 しかし彼女は、あろうことかその節をバージルに伝え、彼に教わりたいと言ってしまった。

 元の世界で、誰よりも力を欲し、誰よりも力に拘っていた彼に。

 

 強い力を求める者には、それ相応の覚悟がいる。

 それこそ、バージルのような力を求めるならば、死線を超えるほどの覚悟が必要となる。

 彼女には、果たしてその覚悟があるのか。それを確かめるべく、バージルは彼女を追い込んでいた。

 先も言ったように、追い込まれた者の多くはそこで本性を現す。ある者は逃げ惑い、ある者はヤケクソに襲い掛かり、ある者は必死に助けを求める。

 まだ彼女は動いていないが、起きればすぐに本性を現すだろう。そしてバージルは、その姿を既に予想していた。

 

 

 ――もう嫌だと泣き喚き、自分から逃げるゆんゆんの姿を。

 

 彼女はまだ幼い。身体的に強くとも、心が弱いままだ。

 今回、バージルに教えを乞いに来たのも、その幼さが故だろう。強い力に憧れ、自分もそういう風になりたいと夢見る、無垢な子供と同じ。

 そんな者が、本当に強い力を得られる筈はない。必ずどこかで挫折するか――力に溺れ、支配されてしまうか。

 ならば、下手に力を与えるよりも、その道を閉ざしてしまった方が、彼女にとっては幸福だろう。

 

「……チッ」

 

 そこまで考えて、彼はゆんゆんを見ながら――されどゆんゆんに向けてではなく、自分に対して舌打ちをする。

 今思えば、何故自分はこんなテストなど行ったのか。この結果になることは、テストをせずともわかりきっていただろうに。

 さっさと終わらせよう。そう思い、バージルはゆんゆんに歩み寄った。

 

 

*********************************

 

 

「(……頭が痛い……お腹も……身体のアチコチも……)」

 

 視界がボヤける中、ゆんゆんは辛うじて残っていた意識を保ち、状況を確認する。

 耳に入るのは、どんどん大きくなる足音。間違いなくバージルのものだろう。

 

 ――私は何をしているの?

 嫌だ。里に帰りたい。

 どうしてあんなこと言ったんだろう。

 

 ゆんゆんの心に、様々な負の感情が芽生えていく。

 このまま逃げてしまいたい。そうすれば、どんなに楽だろうか。

 

 

 ――しかし、それら全てを潰してしまうほどに膨らむ、思いがあった。

 

「(……良かった……先生は……本当に強い人なんだ……)」

 

 ゆんゆんは再び力を入れ、ボロボロになった身体に鞭を打って立ち上がる。

 もう気力も残っていない。彼女の身体を動かすのは、ただ1つの強い思い。

 

「(先生みたいに……強く……なりたい……!)」

 

 昔、憧れた人のように。

 今、憧れている(バージル)のように。

 強い自分になるために――彼女は欲す。

 

「(力を……もっと力を……!)」

 

 

 立ち上がったゆんゆんは、顔を上げて前方へ目を向ける。

 案の定、少し前にはバージルがおり、その足を止めていた。彼の表情は、どこか驚いたようにも見える。

 しかし、今のゆんゆんにはそんなことに気付ける余裕などなく、再び拳を握り締めて構えを取った。

 

「お願い……します……!」

 

 まだやれる。その意思を、ゆんゆんは強く睨みつけることでバージルへ示す。

 身体は酷く傷付いているが、彼女の目は――今まで以上に紅く輝いていた。

 ボロボロになりながらも、強い意思を宿すゆんゆんを見ていたバージルは――。

 

「……いいだろう」

 

 そう言って小さく笑うと、彼は両手を上げ、ここに来て初めて構えを取る。

 奇しくもそれは――ゆんゆんの構えと同じものだった。

 

「フッ!」

「――っつうっ!」

 

 先に仕掛けたのは、最初と違いバージルからだった。

 ゆんゆんは、彼のパンチをボロボロになった両腕でカードし、うめき声を上げながらも次の攻撃に備える。

 彼は変わらず速い連撃を仕掛けるが、ゆんゆんは瞬きすることも忘れ、バージルの動きを見、防いでいた。

 

 目を凝らせ。

 相手を見ろ。

 敵の動きを予測しろ。

 必ずどこかに――勝機はある筈だ。

 

「ハァッ!」

「うぐっ……!」

 

 バージルのパンチを防ぐも、勢いを殺せずゆんゆんは後ろに下がる。

 そこへバージルは詰め寄り、右足を軸として勢いのある回し蹴りを放った。

 

「(ッ! 今だ!)」

 

 ここが、最初で最後のチャンス。ゆんゆんは更に目を開き、全神経を集中させる。

 迫り来るバージルの蹴り。それをギリギリまで引きつけ――。

 

 

 顔に当たる寸前、ゆんゆんは流れるように後ろへ下がった。

 

「ッ!」

 

 これは想定外だったのか、攻撃をかわされたバージルは目を見張る。

 対するゆんゆんは――既に腰を落とし、右手に力を込めていた。

 

「やぁああああっ!」

 

 先程、バージルが見せたバックステップからの『ストレイト』――それを模倣し、ゆんゆんは身体を前に移動させながら右手を突き出す。

 バージルの足は、まだ片足しかついていない。その姿勢で避けることは困難だ。

 ゆんゆんは右手に力を込め、バージルの顔面を狙う。

 

 

 ――だが、彼女の拳が当たる直前、バージルの姿が瞬時に消えた。

 

「なっ!?」

 

 これならいけると内心思っていた攻撃が、驚くほどにアッサリと避けられて、ゆんゆんは面食らう。

 今のは、昨日自分へ見せてくれた瞬間移動だ。しかし、彼は必要となる幻影剣を一度も出していない。

 ならば一体どこへ、どうやって。彼女は思考を働かせつつ、後ろを振り返ろうとする。

 

 が、その時――彼女の首筋に、トンッと手刀が当たった。

 

「かっ――」

 

 軽い痛みだったが、それを受けた瞬間に彼女の身体から力が抜ける。

 もうほとんど力が残っていなかったゆんゆんは、糸が切れた人形のように倒れ――気を失った。

 

 

*********************************

 

 

「……んっ……ううんっ……?」

 

 一体どれだけ眠っていただろうか。

 意識を取り戻したゆんゆんは、まだ頭が目覚めないまま目を開ける。

 最初に視界へ映ったのは、枯葉がまだついている枝と、その後ろで浮かぶ夜空。

 木の傍で寝転んでいた彼女は、何度か瞬きしながら頭を目覚めさせていく。

 

「……はっ!? そうだ! テストは――!?」

 

 そこで、まだバージルとのテストの最中だったことを思い出し、ゆんゆんはガバッと起き上がった。

 

「……起きたか」

「ッ! あっ……先生……」

 

 その時、横から男の声が聞こえ、ゆんゆんはそちらへ顔を向ける。

 そこにいたのは、木にもたれて片膝を立てて座る、バージル。彼はゆんゆんに声を掛けたが、顔をこちらに向けようとせず、夜空を見上げている。

 

 そんな彼の姿を見て、ゆんゆんは先程までのことを思い出す。

 あの時自分は、かなりの重傷を負っていた筈。しかし今の自分を見ると、その傷は一切無くなっていた。殴られた痛みも全て消え、まるで先ほどのことがなかったかのよう。

 そしてその理由は、バージルが回復してくれたからだと、ゆんゆんは察していた。

 

 と同時に、彼女は理解する。既にテストは終わっていたことを。

 

「……っ」

 

 ゆんゆんはバージルから顔を逸らし、三角座りをして顔を俯かせた。

 彼女の顔に、喜びの色は一切見られない。ゆんゆんは悲しげな表情で地面を見つめる。

 思わず涙が流れ落ちそうになった――その時。

 

 

「何故……貴様は力を求める?」

「……えっ?」

 

 ここでそんな質問をされるとは思っていなかったのか、ゆんゆんは思わず顔を上げて聞き返す。

 しかし、彼は二度言おうとせず、彼女の言葉を待つように夜空を眺めている。

 自分が力を求める理由――それを問われたゆんゆんは、小さな自分の左手に目を落としながら答えた。

 

 

「……私……まだ数は少ないですけど……友達がいるんです」

 

 ゆんゆんは静かに語り出す。バージルは何も言わず、黙ってゆんゆんの話を聞き続ける。

 

「ふにふらさん……どどんこさん……そして……めぐみん。私にとっての、大切な友達……できることなら、いつまでも一緒にいたい」

 

 里にいる2人の友達。そして、自分と一緒に冒険者を志してアクセルの街に来た、ライバルであり友でもある、めぐみん。

 彼女達の顔を思い浮かべたゆんゆんは、里での出来事を思い出して小さく微笑む。

 

「けど……ふと思っちゃうんです。もしその友達が……モンスターに殺されたりでもしたら……って……」

 

 しかし、この世界にはモンスターが数多く蔓延っている。人間に危害を加える強力なモンスターや、里に襲撃してくる魔王軍。

 もしも、里の人間達でさえどうしようもないモンスターが襲ってきたら……瞬く間に里は壊滅し、友達も殺されてしまうだろう。

 

 そして、めぐみんは危険と隣り合わせの冒険者だ。彼女の命の危険性は、里にいる友達よりもグンと高い。

 今はパーティーメンバーがいるとのことだが、それでも何が起こるかわからないのが冒険者稼業だ。

 何の前触れもなく唐突に、パーティーメンバーが全滅――なんてことも起こりうる。

 

「もし、私の目の前で、ふにふらさんやどどんこさん……めぐみんがいなくなっちゃったらって……考えただけでも、泣きそうになるんです」

 

 友達を大切に思う彼女にとって、友達を失うことは酷く辛いもの。

 友達だけではない。里に住む人々、彼女の両親……それらが突然失われた時、彼女は悲しみに打ちひしがれ、絶望するだろう。

 では、その未来を防ぐために、自分は何ができるのか? その答えは1つしかない。

 

「だから私は……大切な友達を守れるように、強くなりたいんです。友達だけじゃない。お父さん、お母さん、里の皆を守れるように……」

 

 自分が守れる程に、強くなればいい。

 それこそ、数多の敵を前にしても、強大な敵を前にしても、真っ向から立ち向かっていけるほどに。

 

「紅魔族の長の娘だからじゃない。私が守りたいから……私は……私にとって大切なものを守れる強さが……力が欲しいんです……!」

 

 だからこそ彼女は、力を欲していた(必要としていた)

 その力を得るために、バージルへ剣術を教えて欲しいと願い、こうしてテストを受けたのだが……。

 

「(……でも……)」

 

 その結果は、あまりにも酷いものだった。

 結局自分は、バージルに1発も顔へ当てることができず、倒れてしまった。いけると思った最後の攻撃も、簡単にかわされてしまった。

 自分が不合格なのは、誰が見ても明らかだろう。

 

「――先生! もう一度だけテストを受けさせてください! お願いします!」

 

 しかし、ここで諦めるわけにはいかなかった。

 虫がいいことは重々承知している。不合格なら、二度と申し込みに来るなと言われていたのも覚えている。

 でも、諦めたくない。彼女は立ち上がり、バージルへ頭を下げて再テストを懇願する。

 

 

 そんな彼女を――バージルは夜空からこちらへ目を向け、不思議そうに見つめていた。

 

「何故、再テストを受ける必要がある?」

「……えっ?」

 

 予想していなかった言葉を聞き、ゆんゆんは顔を上げる。

 再テストを受けさせてくれない。そんな風にも聞こえるが、その必要はないとも取れる言い方だ。

 まさか――いや、ありえない。自分にそう言い聞かせながら、ゆんゆんは答える。

 

「だ、だって、さっきのテストは……不合格で……」

「誰が不合格だと言った?」

「……えっ!?」

 

 彼の言葉を聞いて、胸に抱いた微かな希望が一気に膨れ上がった。

 しかし、それなら何故なのか。ゆんゆんはあたふたしながらも、慌ててバージルに言葉を返す。

 

「で、でもでも! 私、先生の顔に1発も入れられなくって――!」

「誰も、俺の顔に1発入れることが合格条件だと言っていないだろう」

「えっ!? ――あっ!」

 

 そこで初めて言われ、ゆんゆんは思い出す。

 確かに彼は、顔面に1発入れられたら合格だと明言していない。

 彼は――内容次第で合格か否かを決めると言っていた。

 

 となれば、彼が言わんとしているのは――溢れ出そうになる感情を抑えながら、バージルを見つめる。

 彼はおもむろに立ち上がると、木の下から数歩離れ、ゆんゆんには顔を向けずに言葉を続けた。

 

「貴様の技は、まだまだ荒削りだ……しかしセンスは悪くない。物覚えもいいようだ。貴様になら、授業をつけてやってもいいだろう」

「……ッ!」

 

 彼の口から出たのは、合格の意を示す言葉。

 不合格だと思ってたゆんゆんは、思わぬ展開を前にし、感情を抑えきれなかった。

 感極まり、両目から涙が零れ落ちる。

 

「……受けるか否かは貴様が決めることだが……どうする?」

 

 そんな中、バージルは顔だけ後ろに向け、ゆんゆんに尋ねてくる。

 対するゆんゆんは、拭っても拭っても溢れ出る涙で視界がボヤけながらも、しっかりとバージルを見て言葉を返した。

 

「……こ、これからっ……よろしく……お願いしますっ!」

 

 

*********************************

 

 

 あの後、ゆんゆんがようやく泣き止んだところで、彼女を連れて街に帰った。

 未だ街を歩く住民から怪しげに見られたが、バージルは気にせずにいた。

 目元を赤くしたゆんゆんを見送った後、バージルは自宅へ足を進める。

 その道中――彼は、ゆんゆんについて考えた。

 

 

 バージルとゆんゆん――2人とも力を欲し、力を必要としていた。

 しかし、2人には決定的な違いがある。

 

 バージルは悪魔の(復讐のために闘う)力を、ゆんゆんは人間の(大切な人を守れる)力を欲していた。

 そして、その目的をバージルはいつしか忘れていて――ゆんゆんは今も覚えていた。

 

 似ているようで、全く違う。だからこそ、自分はゆんゆんに授業をつける気になったのかもしれない。

 自分とはまた違う道を進むであろう、ゆんゆんの行く末を見るために。

 

 ゆんゆん(生徒)の姿を見て学び、自分(先生)も同じ道を歩むために。

 

「(……しかし……どうしたものか……)」

 

 だがしかし、毎日授業をつけることはできない。バージルにも仕事はある。

 便利屋稼業との兼ね合いを考え、どのようにゆんゆんに授業を受けさせていくか。

 それを考えながら、バージルは家に向かって歩き続けた。

 




バージル戦2戦目ということもあって、ミツルギ回と似たような感じになったかもしれない。


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第26話「この初冬に雪精狩りを!」

 駆け出し冒険者の街、アクセル。

 自然を残したこの街並みに、1つの変化が訪れる。

 葉は枯れ、地面に落ち、細々となった木。風も冷たく、街行く人々の息も白い。

 

 そう、冬の知らせだ。

 遠くの山には既に雪が降り、程よく積もっている。街にはまだ見えないが、それも時間の問題だろう。

 そんな秋の終わり、冬の始まりといえる時期。

 

「こ、これお願いします」

「はい、承りました。では送料として82エリスをお願いします」

 

 アクセルの街にある郵便局。

 その受付にて、大きく実った果実を胸に2つ持ちながらも、顔立ちにはまだ幼さが残る紅目の少女、ゆんゆんが手紙を出していた。彼女は財布から小銭を取り出し、言われたとおり送料を払う。

 渡した封筒にハンコが押されたのを確認すると、ゆんゆんはペコリとお辞儀をしてから郵便局を出た。

 受付の女性員から微笑ましそうに見送られながらも、郵便局を後にするゆんゆん。

 彼女が出した手紙は――彼女の故郷、紅魔の里にいる両親へ宛てたものだった。

 

 

『お父さん、お母さん。お元気ですか? 私は元気です。

 いつかお父さんの後を継ぎ、立派な紅魔族の長となるべく、日々冒険者として腕を磨いています。

 

 そしてつい最近、アクセルの街に住んでいた凄腕冒険者の方と知り合い、先生として見てもらっています。

 授業はとても厳しいです。鬼です。戦闘訓練と称して修羅の洞窟に放り込まれた時は、流石に死ぬかと思いました。

 でもその分、今までよりも格段に進歩しています。剣術や体術、戦い方を教えてもらった時なんかは、レベルも上がっていないのに何倍も強くなれた気がしました。

 

 先生は無口で、ちょっとおっかなそうな人です。

 けど、ちゃんと私のことを見てくれていて、的確なアドバイスをしてくれます。

 それに、意外と面倒見のいい方で、機嫌がいい時は私の話も聞いてくれました。

 私が持ってきたボードゲームにも付き合ってくれました。あのボードゲームで他の人と遊べたのは久しぶりだったので、凄く嬉しかったです。

 

 いつか紅魔の里に帰った時には、二人にも先生のことを紹介したいと思います。楽しみに待っててください。

 

 P.S.

 いつも「ちゃんと友達作りはできているか? 街でもぼっちになっていないか?」などの言葉を添えた手紙を送ってもらっていますが、心配しないでください。

 大丈夫です。大丈夫だから、心配しないでください。本当に大丈夫だから!』

 

 

「フフッ……楽しみだなぁ」

 

 手紙に書いた内容を思い出し、ゆんゆんは独り笑う。

 両親に紹介するのもそうだが、バージルに自分の故郷を紹介するのも楽しみにしていた。

 紅魔の里にいる皆の、あの名乗りをバージルに見せるのは恥ずかしいが……彼は既に自分のと、めぐみんの自己紹介を聞いている。いくらか耐性を持っている彼なら大丈夫だろう。

 そして、修行の旅に出る時に持っていこうか迷い、結局家に置いてきた、幼い頃に母からよく読み聞かせてもらった、とあるおとぎ話の絵本。

 昔、自分が憧れた、自分の原点(オリジン)とも言える英雄の話も、バージルに見せたいと彼女は思った。

 

 手紙を出し終え、独りバージルが紅魔の里に来た時の様子を思い浮かべていたゆんゆんだったが、ハッと我に返ると両手で頬を叩き、よしっと小さな声で意気込んでから歩き出す。

 やけに気合を入れてる様子だが、それは今、彼女の向かっている先が――バージルのいるデビルメイクライだからだ。

 

 バージルから出されたテストに受かり、授業をつけてもらうことになったゆんゆん。

 しかしバージルには、便利屋としての仕事もある。そこで、授業は週一で行うこととなった。

 元々、週休二日でデビルメイクライを営んでいたバージルは、ゆんゆんの授業を休みの日に設定。

 休みの時間を割いてくれたことに、ゆんゆんは申し訳なく、そしてありがたく思いながらも授業を受けていった。

 

 そして今日は、その授業がある日。鬼のように厳しいものの、自分の成長を実感できる楽しい時間。

 今度はどんな授業だろうかと予想しながら、ゆんゆんは足を進めていく。

 一応、テレポート類の魔法も覚えておくべきだと思い、『空間転移魔法(テレポート)』と『ランダムテレポート』も既に習得していた。

 また、テレポートの移動先にバージルの自宅前を登録している。今テレポートすれば、すぐにでも行くことはできるのだが……テレポートは魔力消費が多い。下手すれば、授業中に魔力切れなんてことにもなりかねない。

 なので、ゆんゆんはテレポートを使わず、徒歩でバージルの家に向かっているのである。

 

 

*********************************

 

 

 アクセルの街、自然地帯――そこの大きな屋敷の隣にある、デビルメイクライ。

 目的地に到着したゆんゆんは、窓の外から中を覗き見し、バージルがいることを確認。

 そして元気よく扉を開け、デビルメイクライ店内に入った。

 

「先生! 今日もよろしくお願いします!」

 

 扉を閉め、正面を向いたゆんゆんはまず挨拶をする。視線の先には、椅子に座って刀の調子を見ているバージル。

 ゆんゆんに気付いた彼は、刀から彼女へ目を移すと、机に置いていた鞘を取って刀をしまい、彼女に言葉を返した。

 

「ゆんゆんか……来て早々悪いが、今日の授業は無しだ。用事がある」

「……えっ……」

 

 告げられたのは、楽しみにしていた授業の中止。

 それを聞いたゆんゆんは、誰が見てもわかるぐらいにしょんぼりと落ち込んだ。

 今日の授業がなくなったのはショックだが、バージルだって暇ではない。休日にもやることがあるのだろう。

 ゆんゆんは、遠足が中止になって落ち込む子供のように顔を俯かせながらも、自分にそう言い聞かせる。

 

 ――それを見かねてか否か、バージルが再度ゆんゆんへ声を掛けた。

 

「貴様も来るか?」

「……えっ!? い、いいんですか!?」

「邪魔をしなければ構わん。まぁ……課外授業代わりにはなるだろう」

「……課外授業?」

 

 ついて来てもいいが、邪魔をしないのが条件。そして課外授業の代わりにもなる。彼の用事とは何なのか。

 気になったゆんゆんが尋ねると、バージルは不敵な笑みを浮かべて答えた。

 

 

「――狩りに出かける」

 

 

*********************************

 

 

 街の中心に位置する冒険者ギルド。特にクエストへ出かけるわけでもなく、冒険者達は建物内の酒場に入り浸っている。

 カウンターはガランとしており、ギルド職員も酒や食事を運ぶ以外は暇している中、ギルドの扉が開かれた。

 その音を聞いた赤髪の女性職員が、入ってきた人物へ元気よく挨拶をする。

 

「いらっしゃいませー! 食事の方は空いているお席へ――あっ!?」

 

 が、そちらへ目を向けるやいなや、彼女は驚きのあまり声を上げた。

 彼女の声を聞いた冒険者達もその人物へ目を向けると、途端に食事や雑談をやめてザワつき始める。

 しかしそれも当然のこと。今入ってきた人物は、この街1番の冒険者と噂される――バージルだったのだから。

 多くの冒険者がどよめき、何人かの女冒険者や女性職員が黄色い声を上げる中、バージルは無言のまま歩き出す。

 

「(……うぅ……やっぱりまだ慣れないなぁ……)」

 

 その背後を歩いているゆんゆんは、周りの視線を受けて恥ずかしそうに顔を赤くしていた。

 授業の一環でクエストに出ることもあり、その度にバージルと共にギルドへ来ているのだが、毎回こうして多くの視線を浴びている。

 彼は、この街で1番有名と言っても過言ではない冒険者だ。となれば、最近彼と共に行動している紅魔族のゆんゆんが、目立たない筈はない。

 自分は生徒なんだから、もっと胸を張ればいいと頭でわかっていても、生まれながらのぼっち気質は伊達じゃない。

 結局彼女は、彼の背中に隠れるように縮こまりながら、彼の後を追う。

 

 少しして、クエスト掲示板の前に立ったバージルは、何かを探すようにクエストの紙を見始める。

 彼の背に隠れていたゆんゆんはバージルの隣に移動すると、顔を上げてバージルの様子を伺う。

 

「――あっ、バージルさん! 丁度良いところに! 実は早急に受けて欲しいクエストがありまして――!」

 

 とその時、クエスト受付カウンター側から、ウェーブのかかった金髪の受付嬢が駆け寄り、バージルに話しかけてきた。

 相変わらず揺れるたわわな胸と、それを強調させる服。この街で初めて会った時もゆんゆんは思ったが、その服装を着てて恥ずかしくないのだろうか?

 何人かの男冒険者が、受付嬢へ熱い視線を送る中、バージルは彼女へ目を向けずに言葉を返す。

 

「貴様等の厄介事を受けるために、ここへ足を運んだわけではない。俺は――」

「雪精の討伐クエストを受けに来たんですよね?」

「ッ――」

 

 が、受付嬢がバージルの声に被せるように言ったのを聞いて、バージルは視線を受付嬢に移した。

 バージルと目が合った受付嬢は、自慢気な表情を見せながら言葉を続ける。

 

「この時期にバージルさんが来るのは、多分それしかないでしょうし。で、今そのクエストを探していたけど、見つからずに少し困っていた……という感じですか?」

「……察しがいいな」

「こう見えて、長いことギルドに勤めてますから」

 

 受付嬢はそう言って小さく笑う。他のギルド職員がバージルと対面すると畏まってしまう中、こうして自然な形で接せられているのも、彼女の長い経験があってこそだろう。

 大人の魅力を醸し出す受付嬢を、ゆんゆんがキラキラした目で見つめていると、受付嬢は更に言葉を続けた。

 

「実は、バージルさんに受けて欲しいクエストというのは、それに関することなんです」

 

 受付嬢は懐から一枚の紙を取り出し、広げてからバージルに見せる。

 それは、クエスト受注済の判が押された「雪山に住む雪精の討伐」クエストの紙だった。

 

「バージルさんが来られる少し前に、このクエストを受けた駆け出し冒険者の方々がおりまして……」

「えぇっ!? あ、あのクエストをですか!?」

 

 受付嬢の言葉を聞いて、ゆんゆんは大声を上げて驚く。

 この時期に貼り出されている雪精討伐クエストは、ゆんゆんも知っていた。それが、高難易度クエストとして貼られていることも。

 

「彼等は大丈夫だと言ってましたが……やはり心配です。なので――」

 

 そう言うと、受付嬢はまたも懐から紙を取り出してバージルに渡した。

 ゆんゆんも横から顔を出し、バージルの手にある紙を覗き見る。

 

「バージルさんには、こちらのクエストを受けていただきたいのです」

 

 依頼主は、ギルド受付嬢のルナ。内容は、雪山に雪精討伐へ向かった駆け出し冒険者4人の捜索だった。

 討伐クエストと比べば報酬金はそれほど高くないが、捜索クエストとして考えれば割高な方だ。

 

「……まぁいいだろう」

 

 別の場所だったなら即断っていたが、今から行こうとしていた雪山が目的地なら、目的を済ますついでにこのクエストを済ますこともできる。

 それに、捜索対象の冒険者達が雪精を討伐しているのであれば、彼等の近くに目的の者がいる確率も高い。

 特に断る理由もなかったバージルは、クエストを受ける節を口にして、束ねられていたクエストの紙をめくる。

 

「えっ……えぇっ!?」

「……Humph……」

 

 そして、そこに書かれていた捜索対象となる冒険者の名前を見て、ゆんゆんはゴシゴシと目を擦っては自分の目を疑い、バージルはため息を吐いた。

 

 

*********************************

 

 

 ――空は暗く染まり、きらめく星も見えない夜空。

 しかしそれとは対照的に、地面は白く染まっている雪原地帯。

 雪山の中にある開けた場所に――4人の冒険者がいた。

 

 

「こ、コイツが例の……!」

 

 1人は、黒のタイトスカートに黄色い薄着の服という、お前雪舐めてんのかと言いたくなる服装で剣を構える金髪の女性、ダクネス

 

「……私は死体私は死体……」

 

 1人は、力を使い果たしてしまったのか、うつ伏せで顔を雪に埋めたまま動かない黒髪の女性、めぐみん。

 

「流石は大精霊ね。かなり高い魔力を感じるわ」

 

 1人は、雪山に行く格好としては問題ないものの、横に置いている虫取り網がやたら浮いている青髪の女性、アクア。

 

「あわわわわわわわわっ……!?」

 

 そして、短剣を手に持ったままガチ震いしている男性、カズマ。

 アクセルの街ではやたらと目立つ彼等は、現在雪山にて――。

 

 

「……」

 

 雪嵐から突如として現れた、白き鎧を纏う鬼の武人と対面していた。

 

 

*********************************

 

 

「――金が欲しい」

 

 時間は戻り、ギルドにある酒場にて。

 街に住む駆け出し冒険者、カズマは血を吐くように重く、切実にそう呟いた。

 

「……何当たり前のことを言ってんのよ。そんなの、誰でも欲しいに決まってるでしょ?」

 

 それを真正面の席に座って聞いていたアクアは、首を傾げて言葉を返す。

 しかしカズマは顔を俯かせたまま。それを見たアクアは、ここぞとばかりに普段から思っていた不平不満をカズマへぶつけてみた。

 

「ていうかアンタ、私に対して甲斐性が無さすぎじゃないかしら? 神聖たる女神である私をずっと馬小屋に泊めさせるって、罰当たりにも程があるわよ? もっと私を贅沢させてよ! 甘やかして――!」

「……それ、俺が金を欲している理由が、お前の借金だと承知の上で言ってんの?」

「うぐっ……!?」

 

 だが、カズマがヌラリと顔を上げて放った言葉を聞き、アクアはその口を閉じた。

 

 アクアの抱える借金――以前、アルダープから吹っかけられた借金だ。

 カズマの借金は、(本人にそのつもりはなかったが)アルダープにバージルのことを知らせ、その報酬として綺麗サッパリ無くなったが、それに一切関わっていなかったアクア、めぐみん、ダクネスの借金は残ったまま。

 しかしその後、ダクネスもどうやってか知らないが返済した。残るは、アクアとめぐみんの借金のみ。

 

 が、それはちょっとやそっとで返せる金額ではない。

 ベルディア撃退の報酬でいくらか引かれているものの、それでも返す金はまだまだ残っている。

 結果、今もクエスト報酬から天引きされており、冬も間近だというのに、未だ2人は馬小屋生活。今朝もカズマはまつ毛を凍らせていた。

 異世界転生ライフの最後が馬小屋で凍死だなんて絶対に嫌だと、カズマは思う。

 

「そ、そもそもあの借金自体おかしいのよ! 不当だわ! アルダーパだかアルダーポだか知らないけど、訴えてやる!」

 

 すると、あくまで自分は悪くないと言いたいのか、アクアは借金を請求したアルダープに矛先を変えた。

 アクアは、あの城が元々アルダープの物だったとは知らず、めぐみんに爆裂魔法を撃ち込ませていた。そう、アルダープへの明確な悪意はなかったのだ。

 となれば、何の理由も聞かずに城の修復代を全額アクア達に支払わせるのは不当と言えるだろう。

 

「そもそも、お前がガキみたいにデュラハンの人へ嫌がらせをしなかったら、借金自体背負わなかったんだけどな?」

「はうっ!?」

 

 といっても、カズマの言う通り何もしなければこうならなかったのだが。

 いよいよ言い訳もできなくなったアクアは、目に涙を浮かべて泣きそうになる。

 

「……つーか、甘やかして欲しいならバージルさんのとこに行けよ。あの人も理由あって借金吹っかけられたけど、既に全額返済してるし、その上であのバカ高い水晶を買ってる。多分まだまだ金は持ってる筈だぞ?」

 

 ここで泣かれるのは面倒だと思ったカズマは、借金の話から話題を変えた。

 恐らく、この街で1番金を持っているであろう冒険者、バージル。甘えた生活を送りたいなら、彼と一緒にいるのがベストだろう。

 実の所、アクアもそう思っていたのだが――。

 

「……でも、お兄ちゃんには1回断られたし……」

「女神として監視うんぬん言ったあの時か? バッカお前、1回断られただけで諦めんなよ! 何度も頼め! 泣きつけ! バージルさんから折れるぐらい縋ってみろよ!」

「……なんか気持ち悪いぐらい応援してくれてるんですけど」

「俺とアクア、二人が幸せになれる方法だからな」

 

 そう断言するカズマを見て、アクアは不思議そうに首を傾げる。

 その幸せのために約1名不幸になるが、必要な犠牲だ。

 と、カズマが独り駄女神オサラバ計画を進めているところに、2人の女性が近寄ってきた。

 

「むっ、もう来ていたか。待たせてしまったな」

「何か良いクエストはありましたか?」

 

 話しかけてきたのは、カズマのパーティーメンバーであるめぐみんとダクネス。

 今日、4人でクエストに行く予定だったため、こうしてギルドに集まってきたのだ。

 

「いや、まだ探してない。全員揃ってから探しても問題なさそうだったからな」

 

 尋ねてきためぐみんに、カズマはそう話してギルド内を見渡す。

 

 

「どうする? クエストに行くか?」

「やめとけ! やめとけ! 冬に出るモンスターは軒並み凶暴だ。中級者でもポックリやられちまう」

「秋頃多めにクエスト受けといてよかったぜー。この時期のクエストは、俺達駆け出しじゃどうにもならないようなのばっかだからなぁ」

 

 ギルド内にある酒場では、のらりくらりと酒や食事を取って寛ぐ冒険者達で溢れていた。

 1人の男が言っていたように、冬に出されるクエストは、ほとんどが難易度の高いもの。

 当然、現れるモンスターも強力なものばかりで、ここアクセルに住む冒険者の間では、冬はバイトでもして大人しくするのが定石とされている。

 アクアも、この時期にクエストに出る冒険者は、日本から転生されたチート持ちぐらいだと言っていた。

 

 しかし、だからといってカズマ達もクエストに出ないわけにはいかない。彼等には借金がある。

 カズマは椅子から立ち上がると、仲間と共にクエストの紙が貼り出されている掲示板のもとへ向かった。

 

 

*********************************

 

 

「カズマカズマ! この『白狼の群れ討伐』はどうだ!? 息を荒げた獣どもが、盾となる私に群がり、本能のままに襲い掛かり……んんっ!」

「却下」

「カズマカズマ! 『一撃熊の討伐』なんてのもありますよ! その強大な爪で歯向かう者を一撃で仕留めるモンスター……ですがっ! 私の爆裂魔法の前では、逆に一撃で灰と化すでしょう!」

「却下だ。お前等、自分の実力をもう一度見直してから選べ」

 

 駆け出しには無茶無謀なクエストをせがんでくる2人をいなし、カズマは掲示板に貼られたクエストを見ていく。

 が、どれも駆け出しには難しいクエストばかり。報酬額には惹かれるものの、命がいくつあっても足りないだろう。

 

「何々……『機動要塞デストロイヤー接近中につき、軌道予測の為の偵察募集』……なぁ、デストロイヤーって何だよ?」

「デストロイヤーはデストロイヤーだ。大きくて速い要塞だ」

「ワシャワシャ動いていて、子供達から妙に人気を得ているヤツです」

「(……なるほど、わからん)」

 

 その中で、いかにもヤバそうな名前のものを見つけ、どういったものなのかを尋ねてみたが、ダクネスとめぐみんの説明を聞いてもイマイチピンと来ない。

 これもやめておこうと、カズマはデストロイヤー偵察クエストから目を離す。

 

 ――とそこで、凶暴そうな名前のモンスターが多い中、やけに浮いている名前を発見した。

 

「『雪精討伐』……雪精ってどんなモンスターだ? 名前からして、そこまで強くなさそうなんだけど……」

 

 それは『雪精』と呼ばれるモンスターを、できるだけ多く討伐するクエスト。

 1匹につき15万エリスと、今まで狩ってきたモンスターに比べたら高額な報酬だ。

 しかし、名前だけを見ると大して強そうには聞こえない。疑問に思ったカズマは仲間に尋ねると、それにめぐみんが答えた。

 

「雪精はとても弱いモンスターですよ。雪深い地に住んでいて、剣で1回斬りつけるだけで簡単に倒せます」

 

 『雪精』――冬近くになると現れる精霊の一種。

 彼らに戦闘能力は一切なく、人間達にも攻撃しない。駆け出し冒険者どころか、子供ですら倒せるモンスター。

 なのに、何故ここまで高い報酬なのか。冬頃にしか出ないレア度もあるが、ちゃんとした理由もある。

 

 彼らは、冬の知らせ。彼らを1匹倒す度に、春の訪れが早くなると言われている。

 その逆もしかり。倒さなければ、冬の季節が長くなる。強力なモンスターが蔓延る寒い時期が長くなるのだ。

 が、それだけならここまで高額な討伐報酬にはならない。理由はもう1つ――。

 

「ですが……」

「雪精の討伐に行くの? ならちょっと準備してくるわねー!」

 

 それをめぐみんが話そうとしたのだが、それに被せるようにアクアが会話に入ってきた。

 彼女はそれだけ言うと、そそくさとこの場から離れていく。

 

「……まぁいいでしょう。じゃ、私も準備してきますね」

「おい、ですがの続きは何だよ? 気になるじゃないか」

 

 そんな既に行く気満々だったアクアを見てか、めぐみんは言いかけていたことを明かさず、アクアと同じようにこの場を去った。

 カズマは呼び止めようとしたが、その声は届かず。

 

「雪精……雪精か……」

 

 そして残ったダクネスは、雪精の名を口にしつつ、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 あの、敵が強ければ強いほど興奮を覚えるドMクルセイダーが、だ。

 その様子を、カズマは怪しげに思いながら見る。

 

「(……しかし、今はとにかく金だ!)」

 

 だが、胸に抱く不安よりも報酬の方が大事だ。

 カズマはダクネスから目を離し、掲示板に貼られていた雪精討伐の紙を剥がした。

 

 

*********************************

 

 

 ――あぁ、どうして自分は、ダクネスや受付嬢の反応を見て、踏みとどまろうとしなかったのか。

 

「何故、このクエストが避けられているのか。カズマに教えてあげるわ」

 

 どうして、雪精が自分でも倒せるぐらいに弱かったのを知った時、美味しすぎると思ってクエストを続行してしまったのか。

 

「カズマも日本にいたなら、天気予報で名前くらいは聞いたことがあるでしょ? 精達の主にして――冬の風物詩」

 

 上手い話には裏がある。その言葉を、自分はどうして忘れてしまっていたのか。

 

 

「そう――『冬将軍』の到来よ!」

 

 忘れてなければ、こうして駆け出し冒険者の自分が、勝てもしない特別指定モンスターと対峙することはなかったのに。

 

「バカだ! この世界も! 人も! モンスターも! 俺も! 皆バカばっかりだぁああああー!」

 

 突如現れた強敵――特別指定モンスター『冬将軍』を見たカズマは、あまりの理不尽さと自分の浅はかさを嘆き、悲痛な叫びを上げた。

 足元にいためぐみんは、既に冬将軍が現れることを予想していたのか、うつ伏せのまま顔を雪に埋め、声を一切発さない。死んだふりをしているのだろう。

 そして、カズマ達の中で冬将軍から1番近い位置にいたダクネスは――。

 

「きっとコイツは、将軍の地位を利用し、捕えた者に罰を与えているのだろう……ハァ……ハァ……!」

 

 案の定、強敵を前にして興奮していた。

 ダクネスは剣を構え、迫り来る冬将軍と退治する。

 数メートル離れていた冬将軍は、青く光る目でダクネスを見据えると、腰元に据えていた白き刀の柄に手をつける。

 武器を構えた冬将軍を見て、怯えた声を出すカズマ。

 

 すると、冬将軍は足元に氷を出現させ――雪の斜面を凄まじい速度で降りてきた。

 当然彼の向かう先は、武器を構えたダクネス。彼女が迫り来る敵の姿を捕えた時――。

 

 

 ――既に、彼女の持つ剣はへし折られていた。

 

「わ、私の剣がっ……!?」

 

 目にも止まらぬ速度もだが、自分の剣をいとも簡単に折られたことに、ダクネスは驚きの声を上げる。

 強敵感溢れる姿。剣を真っ二つに折るほどの得物。目で追うことすらできない速度。

 カズマは恐怖で震えながら確信する。これは、あの墓場での戦闘と同じ――無理ゲーだ。

 

「カズマ! 冬将軍は見た目に反して寛大な御方よ! 誠意を持って謝れば、私達を見逃してくれるわ!」

 

 そんな時、横にいたアクアがそう話すと、手に持っていた1つの瓶を開ける。

 すると、中にいた3匹の雪精――まっ○ろ○ろすけの白くて可愛いバージョンの精霊が、瓶の中から出てきた。

 プカプカと空へ浮かぶ雪精を見上げる冬将軍。その前で、アクアは深く息を吸うと――。

 

 

「――ははぁーっ!」

 

 それはそれは、とても美しく洗練されたDOGEZAを見せた。

 

「ほらカズマ! アンタも早く土下座をするのよ! 早く!」

 

 頭を雪につけたまま、アクアは小声でカズマに土下座を促す。

 きっとコイツは、女神のプライドなどとうの昔に捨ててきたのだろう。

 今まで以上にアクアが女神として見れなくなったカズマは、視線を前に向けて冬将軍の様子を伺う。

 敵は動きを止め、その刀を下ろそうとしていたのだが――。

 

「……仮にも騎士たる私が、敵を前にして頭を下げることはできん。剣は折られたが、私はこのままでも戦い続け――」

「バッカタレ! こんな時に限って騎士らしいとこ見せてんじゃねぇよ!? お前も頭を下げろ!」

 

 その前にいた、頑なに頭を下げようとせず戦おうとしたダクネスを見て、カズマはすかさず駆け寄り、無理やりダクネスの頭を下げた。

 カズマも同時に頭を下げながら、チラリと横にいるめぐみんを見る。

 彼女は未だ、我関せずと死んだふりを続けたまま。後で踏んでやろうとカズマは誓う。

 

「くっ! や、やめろォ! 下げたくもない頭を無理やり下げさせ、顔を地につけるなど……どんなご褒美だ! ……んんっ!」

 

 隣でダクネスが意味不明なことを言っているが、カズマは無視して頭を下げ続ける。

 視界の端から見える冬将軍の足は、未だ止まったまま。ダクネスが無礼を働いたが、自分のアクアにも負けず劣らずのDOGEZAを見て、許してもらえたのだろうか?

 そう思っていた時、後ろからアクアの声が聞こえてきた。

 

「カズマ! 武器武器! 早く手に持った武器を捨てて!」

「へっ? あっ!」

 

 彼女に言われ、自分がまだ武器を手に持っていたことをカズマは思い出した。

 降伏の証として、武器を捨てることは当然のこと。うっかりしていたカズマは慌てて、武器を捨てようとして顔を上げる。

 

 

 ――が、それは間違った選択だった。

 

 

「(……あ……れ……?)」

 

 気付けば、視点は上を向いていた。それに、何故か身体も軽く感じる。

 血の気が急激に引いていくのを感じ、意識も朦朧となる。

 そして――カズマはそのまま意識を失った。

 

 

*********************************

 

 

「……えっ?」

 

 ダクネスは呆けたような声を出し、その目を疑っていた。

 彼女はゆらりと頭を上げ、自分の頭から手を離したカズマを見る。

 近くで倒れていためぐみんも、その目はカズマをしかと見つめていた。

 

 その2人ともが――目の前で起こった出来事を見て、言葉を失っていた。

 

 前にいる冬将軍は、手に持っていた刀を半身鞘に納めており、ゆっくりと奥に入れていく。

 そして、鞘が完全に収まった瞬間――。

 

 

 カズマの首から血が吹き出し、そこを境目に頭が落ちた。

 隣にいたダクネスへ返り血を飛ばしながら、カズマの身体はうつ伏せの形で倒れる。

 その後ろで、カズマの頭は雪の上に落ち、傷口から出る血で白い雪を赤く染めていく。

 彼の目は――既に、生気を帯びていなかった。

 

「か……カズマァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 突如訪れた仲間の死。頭を切り離されたカズマを見て、めぐみんは上体を起こすと同時に悲痛な叫びを上げた。

 すぐ隣で見ていたダクネスは、ただただカズマの亡骸を見て呆然とする。

 

 危険なクエストなのは、わかっていた。

 しかし冬将軍は、強く刺激しなければ人を殺さないモンスターだと聞いていた。

 そして、自分の防御力には絶大な自信を持っている。特別指定モンスターが相手でも、自分が盾になればいいと思っていた。

 

 まさか、こんなことになるなんて――思ってもみなかった。

 

「カ……ズマ……?」

 

 ダクネスは弱々しい声を上げ、カズマの名を呼ぶ。

 しかし、カズマから声が返ってくることはない。当然だ。頭と身体を切り離されたのだから。

 少しずつ実感されていく、カズマの死。ダクネスは目から涙が溢れ、悲しみと後悔に打ちひしがれる。

 自分が、抵抗せずに頭を下げていれば――ちゃんとカズマを守れていれば――。

 

 

「あぁもう……しょうがないわね。カズマったら」

 

 そんな時、彼女達の耳へ、場違いな程に気楽そうな声が聞こえてきた。

 2人はカズマから目を離し、そちらに目を向ける。そこには、やれやれとため息を吐くアクアがいた。

 仲間が殺されたというのに、どうしてそんなに落ち着いていられるのか。

 2人が疑問に思っていると、アクアは服についた雪を払いつつ立ち上がり、小走りでカズマの下に駆け寄った。

 

「冬将軍さん、ちょーっと失礼しまーす……」

 

 アクアは上司の前を横切る部下のように、ヘコヘコと頭を下げながら歩み寄る。

 死体となったカズマのもとに来ると、彼女はカズマの頭を持ち、彼の身体にピッタリ合うよう断面をくっつけた。

 そして両目を閉じると、カズマの頭を抑えたまま――。

 

「『リザレクション』!」

 

 アークプリーストにしか扱うことのできない『蘇生魔法(リザレクション)』を唱えた。

 瞬間、カズマの身体は暖かい光に包まれ、首にあった傷が見る見るうちに塞がっていく。

 しばらくして光が収まり、アクアがカズマの頭から手を離すと――彼の頭と身体は、元通り繋がった。

 カズマの身体が元通りになったのを見て、めぐみんとダクネスは驚きながらも、彼女の職業を思い出す。

 彼女はアレでもアークプリーストだ。おまけに初期ステータスも高く、スキルポイントも既にあり余っていたと話していた。ならば、リザレクションが使えても不思議ではない。

 

「ほらっ! 冬将軍が見逃してくれてる間にズラかるわよ! ダクネスはめぐみんを背負って! 早く!」

「あっ……あぁっ!」

 

 リザレクションをかけたといっても、先程の惨劇が頭から離れていなかったダクネスは、アクアに言われるがままにその場から立ち上がる。

 彼女はめぐみんを起こして背負うと、先にカズマを背負って走っていたアクアを追いかけるように駆け出した。

 

「ア、アクア! カズマは……カズマは生き返るのか!?」

「私を誰だと思ってるのよ! カズマの1人や2人を生き返らせることぐらい、お茶の子さいさいチョチョイのチョイよ!」

 

 走りながら、ダクネスの願いとも取れる問いに、アクアは当然だと言わんばかりに答える。

 冬将軍から距離を取ったところでアクアは足を止めると、雪の上に座り込み、カズマを膝枕する形で寝かせる。

 ダクネスもめぐみんをカズマの横に下ろし、遠くにいた冬将軍の様子を伺う。

 

「ほらカズマ! さっさと起きなさい! こんなトコでくたばってたら、魔王なんか倒せないわよ!」

「カズマ! 起きてください! カズマ!」

 

 ダクネスの後ろでアクアとめぐみんが呼びかけ、カズマを起こそうと試みる。

 しかし、カズマは未だ目覚めず。不安に駆られたのか、めぐみんは涙声になる。

 

「……ア、アクア……向こうにいる冬将軍が、今にもこちらへ近づいてきそうなんだが……」

 

 とその時、ダクネスは冬将軍を指さしながらそう話した。

 視線の先では、冬将軍が鞘に収めていた刀の柄を握り、足元に氷を作っている。あの時、斜面を降りて自分に襲いかかってきた時の技だ。

 それを見たアクアは、不思議そうに首を傾げて話す。

 

「おかしいわね……冬将軍は誠意を持って謝ったら許してくれる。私も誠意を持って、捕まえていた雪精5匹の内3匹は放してあげたのに……」

「それですよ! なんで全部放してあげないんですか!? 誠意の欠片もないじゃないですか!? そのバッグ貸してください!」

「嫌ーっ! 残りの2匹は、自分のとお兄ちゃん用に捕まえてあるのー! 逃がそうとしないでー!」

 

 アクアがまだ隠し持っていた雪精が原因だと判明し、少しばかり回復して上半身は動かせるようになっためぐみんが、座ったままアクアのバッグを取ろうとする。

 しかしアクアは駄々をこねて、雪精を放とうとするめぐみんに縋る。めぐみんは鬱陶しく思いながらもバッグを開け、雪精が入った小瓶の蓋を開けようと力を入れる。

 

 そんな中――冬将軍は足元の氷を使い、再びアクア達に接近してきた。

 

「き、きたーっ!?」

「ふんぬっ……! もうっ! なんでこんな固く蓋を閉めてるんですか!」

「くっ……!」

 

 めぐみんが回復しきっていない力で蓋を開けようとしている前で、ダクネスは立ち上がり、折れてしまった剣を構える。

 一度冬将軍と相対した時、その剣筋さえ見えなかった。なのに、この折れた剣で仲間を守れるのか?

 いや――守れる守れないの話じゃない。やらなければならない。ダクネスは剣を握り締め、迫り来る冬将軍を睨む。

 そして、再び冬将軍の刃が彼女に振りかざされ――。

 

 

「『ファイアーボール』!」

 

 その瞬間、冬将軍に炎の球が襲いかかった。

 しかしそれに気付いた冬将軍は、咄嗟に後ろへ下がり、不意打ちを回避する。

 突如放たれた中級魔法。しかし、彼女達は中級魔法を使えない。

 いったい誰がと、ダクネス達は炎が飛んできた後ろを振り返る。

 

 

「……ゆんゆん!? どうして貴方がここにっ!?」

「それはこっちの台詞よめぐみん! どうして冬将軍と戦ってるのよ!?」

 

 声が聞こえた方向にいたのは、めぐみんと同じ紅い目を持ち、彼女と同い年ぐらいに見える、ゆんゆんと呼ばれた女性だった。

 ゆんゆんを見ためぐみんはかなり驚いており、同じくゆんゆんもめぐみんを見て驚いている。

 知り合いなのだろうかと、ダクネスとアクアが2人の様子を見守る。

 

「ま、まぁ色々あって……ってそれより! 今冬将軍に攻撃しませんでしたか!?」

 

 不意打ちであったが、この少女は確かに冬将軍へ攻撃を仕掛けた。

 となれば、次に標的となるのは間違いなくゆんゆんだ。それを心配し、めぐみんは彼女へ話す。

 その気持ちを悟ってか、ゆんゆんは決して慌てる様子を見せず、前方に視線を移しながら答えた。

 

「大丈夫。冬将軍と闘うのは――私じゃないから」

「……えっ?」

 

 ならば、誰が冬将軍と戦うのか?

 疑問に思った3人は、ゆんゆんが見ている前方へ目を向ける。

 その先にあるのは、刀を納めて雪原に佇む冬将軍。

 

 

 ――その前にいた、青いコートを纏う銀髪の男。

 

「「バージル!?」」

「お兄ちゃん!?」

 

 3人もよく知る人物、バージルがそこにいた。

 

 

*********************************

 

 

「……余計なギャラリーもいるが、まぁいい。奴等のお陰で、貴様を探す手間が省けた」

 

 騒がしい後方をチラリとだけ見て、バージルは視線を前に戻す。

 目の間に立つのは、自分と同じく刀を持った特別指定モンスター、冬将軍。

 兜の下から見える青い両目が、バージルの姿を見下ろしている。

 それを見て、バージルは独り不敵な笑みを浮かべた。

 

「久々の特別指定モンスターだ……楽しませてもらおう」

 

 今、蒼き魔人と白き闘将が、その刀を交わらせようとしていた。

 




死生観については突っ込まんといて。蘇生魔法ありの世界だから、わりと軽い感じなんだって思っといて。


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第27話「General Frost ~氷獄の闘将~」

 薄暗く、そして一部分が明るく照らされた、市松模様の床が織り成す空間。

 天界と人間界の境目に位置する、魂を導く間。そこでは、いつものように女神の仕事をそつなくこなす女性、女神エリスがいた。

 といっても、魔王が侵略を進め、冒険者達が活躍している世界にしては、死者が思ったよりも少なく、彼女もこの空間では暇を持て余すことも多々あるのだが。

 

 そんな忙しいのか忙しくないのかわからない場所に、1つの魂が訪れた。

 ここへその魂が来る前に、死者の情報を得ていたエリスはいつものように、それでいて手を抜くことは決してせず、その者と向き合うつもりでいた。

 

 ――のだが。

 

「できれば、イケメンで頭も良くて運動神経抜群っていう主人公補正がバリバリかかってて、美少女の幼馴染がいると嬉しいです! あと、ブラコン気質な美少女妹も!」

「あ、あの……流石にそこまでは……」

 

 ここへ現れた死者――佐藤(さとう)和真(かずま)は、何故か下界で生きていた時よりも生き生きとした表情で、エリスに詰め寄っていた。

 彼は、日本から送られてきた転生者だ。となれば、転生の際に一度魂を導く間へ来ている筈。最初、悟ったように落ち着いていたのはその為だろう。

 そんな彼へ、次の人生は裕福に、平和に暮らせるようにすると告げた途端――このように目をキラキラさせ、数多くの要望を言ってきたのだ。

 

「いやー! ようやく首の皮1枚繋がったって感じですわー! これって、俺が頑張ってきたご褒美ってヤツですよね?」

 

 思っていたのと違う反応を見せつけられ、エリスは面食らっている。

 しかしカズマはそれに気付かず、既にその条件で転生してもらう気満々なのか、木造の椅子にドカッと座って話し続けた。

 

「ホント、今まで酷い人生でしたからねっ! 異世界転生って聞いて胸躍る冒険ができると思ったら、冒険者登録で躓くわ、土木工事やらされるわ、カエルに食われそうになるわ、ひたすらキャベツ狩りやらされるわ……思ってた異世界生活と全っ然違う! PV詐欺ですよPV詐欺!」

 

 カズマは椅子に座ったまま、溜まっていた愚痴をエリスへ溢していく。その口は閉じることを知らず。

 

「転生特典でついてきた駄女神は、態度がデカイだけで見た目以外ポンコツだし、仲間募集してもやってきたのは、1回魔法放ったらぶっ倒れる中二病アークウィザードと、剣が一切当たらないドMクルセイダー。チート過ぎるソードマスターが協力関係になってくれたのが、唯一の救いですよ……怖いけど」

 

 一体どれだけ鬱憤が溜まっていたのか。

 カズマはマシンガントークの如く愚痴を放ち続け、ついでにエリスへ自分の仲間+αについても口にした。

 長らく女神をやっているが、この場所でこのように長々と愚痴を言う人は初めて見た。その様子に、エリスはただただ困惑する。

 

 が――彼女は次第に表情を変え、カズマを優しく見守った。

 

「こんなことなら異世界に行かず、天国でのーんびり暮らしてればよかっ……た……」

 

 ――愚痴を溢しながらも、その目から一筋の涙を流していたのだから。

 

「……あ、あれっ……?」

 

 それは無意識に流したものだったのか。頬に涙が伝う感覚を覚えたカズマは、何故涙が流れたのかわからず戸惑う。

 涙を拭う彼を見ていたエリスは、まさしく慈愛の女神のように微笑んでいた。

 

 ゲームみたいに勇者を名乗って旅ができると思いきや、最初は土木工事のバイト三昧。

 仲間を集めても、寄ってきたのは自分の欲望に忠実な問題児ばかり。

 モンスターもモンスターで残念感溢れていたり、駆け出し冒険者の街なのに魔王軍幹部が襲撃してきたり。

 

 あまりにも理不尽な異世界生活。

 しかし、カズマはこのロクでもない世界を――案外、気に入ってくれていたのだろう。

 そんな彼を転生させてしまうのは心苦しいが、仕方のないことだ。エリスは暖かい光を右手に纏い、カズマにかざす。

 

 

 ――その時。

 

「カズマー! さっさと起きなさーい!」

「ッ!? ア、アクアッ!?」

「えぇっ!?」

 

 この静かな空間に、突如としてバカでかい声が響き渡った。声を聞いたカズマは、咄嗟にその者の名前を呼び、それを聞いたエリスが驚く。

 声の主は、アクアと呼ばれた。そう、彼の仲間の1人――アークプリーストのアクアだ。しかし、ただのアークプリーストがここへ干渉できるわけがない。

 だが――彼女ならば可能だ。

 

 天真爛漫。自由奔放。周りの迷惑など一切考えず、自分のやりたいことをやる。周りから同じ女神だとは心底思えないし思いたくもないと言われていた人物。

 エリスの先輩に当たる、異世界で日本と呼ばれる国の、若い人間の魂を担当していた女神。この世界で自分の許可なくアクシズ教徒を広めている、アクアなのだから。

 

「アンタの身体に『蘇生魔法(リザレクション)』かけてやったから、復活できる筈よー! だから、そこにいる女神に下界への門を開けてもらってー!」

「マジか!?」

 

 この空間へ干渉してきたアクアは、続けてカズマにそう話す。

 死んだことに悲しんでいたところへ復活できるとを聞いて、カズマは驚くと同時に喜びの声を上げた。

 確かに、リザレクションを使えば死者を蘇らせることはできるのだが――。

 

「ま、待ってください! 貴方は記憶も身体もそのままで異世界転生した身! 異世界転生者は蘇生できないと、天界規定で決められているんです!」

「えっ、そうなの?」

 

 それは、1人の人間に対して一度しか使えないということ。一度蘇生された人間をもう一度蘇生することは、天界規定で禁じられているのだ。

 彼の場合、転生と名打っているのだが、記憶も身体もそのままにという条件。転生というより蘇生に近い。よって彼は蘇ることができず、この世界で生まれ変わるか、天国に行くしかないのだ。

 ストップの声を聞いたカズマは、どこからか話しかけているアクアへ聞こえるように、天へ向けて声を放つ。

 

「アクアー! 何か天界規定とやらで決められてるって言われたんだけどー!」

「ハァッ!? 誰よそんな頭の堅いこと言ってる奴は! 名前を教えなさいよ!」

「エリスって言うんだけどー!」

 

 アクアに尋ねられ、カズマは目の前にいた女神エリスの名を答える。

 すると天からは、更に怒りの色を増した声が返ってきた。

 

「エリス!? 私の後輩の癖に、この辺境も辺境な世界で国教として崇められて、通貨の単位にもなって調子づいちゃってるエリス!?」

「(へ、辺境……っ)」

 

 アクアにズバズバと言われ、エリスは顔をヒクつかせる。

 確かに、他の世界と比べれば辺境と言われても仕方ないかもしれないが、自分が好きなこの世界をそこまで馬鹿にされるのは、流石に黙っていられない。

 怖いけど、マジに怖いけど、ちょっとだけ一言申し立てようかと思った時――。

 

「その子、確か胸をパッドで盛っている筈よ! だからカズマ! その子が文句言うなら、胸に仕込んでいるパッドをスティールで剥ぎ取って――!」

「わぁああああああああっ!? わかりました! 特例で! 特例で認めますからー!?」

 

 アクアがあらぬことを言おうとしたので、それを止めるようにエリスは顔を真っ赤にして、カズマの蘇生を特例で認めた。

 ……まぁ、あらぬことではないのだが。

 

 

*********************************

 

 

「……あの、エリス様。パッドって本当に――」

「それは忘れてください」

「俺はパッドでも構いませんよ?」

「だから忘れてください! 今すぐにっ!」

 

 足元に魔法陣が浮かび、天空で下界への門が開かれている中、カズマから純粋無垢な目で尋ねられて、エリスは再び顔を赤くする。

 

「ほら早くっ! 今、お兄ちゃんが冬将軍と一戦交えようとしてるわ! 早くしないと見逃しちゃうわよー!」

「うっそ!? なんでバージルさんが!? ていうかどうしてそれを早く言わないんだよ! すみませんエリス様! お願いします! 早く俺を生き返らせてください!」

 

 カズマはアクアの話に食いついた様子を見せると、エリスへ早く自分を蘇生させるようお願いしてきた。

 アクアの言うお兄ちゃん――バージルのことだろう。つまり、バージルと冬将軍が戦おうとしているのだ。

 異世界から来た半人半魔のバージルと、特別指定モンスターの中でも五本の指に入る程の強さを持つ冬将軍。その勝負を早く見たいのも頷ける。

 しかし、今自分がやろうとしているのは二度目の蘇生。明らかに天界規定違反だ。

 

 ……だが、どの道自分は既に一度規定を破っている。なら、もう1回ぐらい破ってみても大丈夫だろう。

 以前の自分なら、こんな風に天界規定を軽視することはしなかっただろうに。自分も変わったなぁとエリスは再確認する。

 彼女はふぅと息を吐くと、前方へ手をかざした。瞬間、カズマの足元にあった魔法陣が強く光り、彼の周りに壁が作り出される。

 そして、ふわりと彼の身体が浮かび上がる中、エリスは数歩前に出て、カズマに声をかけた。

 

「本当は、貴方を生き返らせることは規定違反なのですが……仕方ありません」

 

 そう言うと、エリスは右人差し指を口に当て――。

 

「このことは、内緒ですよ?」

 

 いたずらっぽく笑い、彼にそう伝えた。

 そしてカズマは、空へ向かっていきながらも、エリスから目を離すことなく――下界への門を通っていった。

 1人取り残されたエリスは、椅子に座ってカズマが昇っていった上空を見上げる。

 しかし、今彼女の脳裏に浮かんでいるのはカズマではなく――冬将軍と戦っているであろう、バージル。

 

「(それにしても、全くあの人は……)」

 

 手練の冒険者どころか、送り込まれた転生者でも倒すことのできない特別指定モンスター。

 そんな強敵が相手でも、彼はあのドラゴンと戦った時のように、ソロで挑んでいるのだろう。

 普通なら「なんて無茶を」と思うところだが、彼ならアッサリとやっつけるのではと思えてしまう。むしろ、冬将軍が彼の御眼鏡にかなうかどうかを心配する程だ。

 

 ――ここで下界を覗き見、バージルが戦う様を見るのは簡単にできる。

 しかし彼は、ここから自分が見ていることにさえも気付きそうで怖い。

 そして「覗きとは悪趣味だな」なんて言われ、彼に嫌われてしまうかもしれない。

 その事態はなるべく避けていきたい。そう思っていたエリスは――。

 

「(下界に降りて、家の前で帰りを待つとしましょうか)」

 

 覗き見はせず、帰ってきたバージルの口から聞くことに決めた。そうやって、彼と直接コミュニケーションを取ることも大切だ。

 それに最近は、バージルが便利屋を営むということで、邪魔にならないよう神器回収に誘っていなかった。つまり、久しくバージルと会っていないのだ。

 口実を付け、久々にバージルと会えることに少し心が踊ったエリスは、カズマ以外に死者がいないことを確認してから、規定破りの蘇生の後処理と、下界に降りる準備を進めた。

 

 

*********************************

 

 

「……ううん……」

 

 長い眠りから覚めるように、カズマはゆっくりと目を開ける。

 最初はぼやけた視界だったが、何度か瞬きすることで少しずつ鮮明になっていく。

 

 映るのは、まだ暗い夜空と降ってくる雪。

 そう、ここは雪山の中腹。その中にある一面雪で覆われた雪原だ。なのに、何故か後頭部が暖かい。

 一体何故――カズマは疑問に思ったが、それはすぐに解決した。

 

「あっ、やっと起きた。ったく、あの子ったら頭が堅いんだから」

「……アクア……」

 

 自分の顔を覗き込むように見てきたのは、アクアだった。

 この形で後頭部の暖かさ。カズマはすぐに、アクアが膝枕をしてくれていたことに気付く。

 あのアクアが珍しい。なんて考えながら、彼女の顔を見ていると――。

 

「「カズマァアアアアアアアアアッ!」」

「おぼふっ!?」

 

 突如、寝ている自分に前方から2人の女性が抱きついてきた。

 軽く衝撃を受けてうめき声を上げながらも、カズマは二人に視線を向ける。

 

「カズマ……良かった……良かったぁああああああああっ!」

「すまないカズマ……! 私の……私のせいで……!」

 

 自分の胸に顔を埋め、泣いているのは――彼の仲間、めぐみんとダクネス。

 余程自分が死んだことを悲しんでくれたのか、彼女等は一向に泣き止まない。

 いい感じに胸が当たっているため、彼としてはこのままでもいいのだが……服がビショビショになるのも困る。

 カズマは身体に当たる感触を名残惜しく思いながらも、上体を起こして2人を除ける。

 

「……カズマ……さん?」

 

 ――とその時、彼の耳に聞き慣れない女性の声が聞こえてきた。

 カズマはそちらへ目を向けると、そこに立っていたのは、黒い服にピンクのスカート、黒い髪にめぐみんと同じ紅い目を見せる、童顔のわりにおっぱいが大きい女の子。

 彼女もカズマも見ていたのか、カズマが視線を向けたことでバッタリと目が合う。

 しかし、彼女はどこか恥ずかしそうに慌てて目を逸らした。先程の呟きも独り言のつもりで言っていたのか、両手で口を抑えている。

 そんな彼女を――正確には胸元だが、カズマはジッと見つめ続けた。

 

「(なんだなんだ? まさか、エリス様に続いて新ヒロイン登場だったりする?)」

 

 先程、天界っぽいところで出会った、正真正銘女神様と言える美しき女性――エリス。

 彼女こそまさしく、彼がラノベのような異世界転生で求めていた、メインヒロインと呼べる存在だった。そんな輝きの中にいた。

 となれば今ここにいる、彼女へ続くように現れた謎のおっぱい娘は、もしや2人目のヒロインなのでは?

 そんな妄想をカズマが膨らませる中、立場的にはメインヒロインだが一切魅力を感じられないアクアが声を掛けてきた。

 

「アンタ、かなりグロテスクなやられ方してたわよ? 冬将軍の刀でスパーンと。首チョンパよ首チョンパ」

「首チョッ……!?」

 

 自分がいかにして死んだかを聞かされたカズマは、ゾッとしながら首元に手を当てた。

 当然だが、頭と身体は繋がっている。痛みもない。どこか違和感を覚えるのは、後遺症というやつだろう。

 自分ですらこんな様なのに、よく彼女達は無事でいられたなとカズマは思う。

 

「――ってそうだ! バージルさん!」

 

 とそこでようやく、この場にバージルが来ているとアクアが言っていたのを思い出した。

 カズマはバッと立ち上がり、前方へ目を向ける。

 

 ――その先で、互いに刀の柄を持って構えているバージルと冬将軍を見つけた。

 

「おおっ!」

 

 それだけでも絵になっている2人を見て、カズマは無垢な少年のように目を輝かせる。

 どうやら、まだ戦いは始まっていないようだ。バージルは刀を納めたまま、冬将軍は鞘から抜いた刀の先を上に向けて、左手を刀に添えた姿勢のまま、その場を動かない。

 少し吹雪いているが、2人を視認することはできる。カズマ達5人は固唾を飲み、バージルの戦いを見守り始める。

 

 

 ――そして、2人の沈黙は突如として破られた。

 

「――フッ!」

 

 バージルと冬将軍、共に同時に動き出し、相手の首を刈り取るように刀を振る。

 2人の交えた刃は強く音を立て、2人を中心に風圧が起こり、少し離れたカズマ達の場所まで届いてくる。

 しばらく鍔迫り合いを見せる2人だったが、共に後方へ飛び退いて距離を空けた。

 

「(……思った以上に楽しめそうだな)」

 

 数多の敵と戦い、勝利してきた実力者は、たった一度得物を交えただけで相手の力量を測ることができる。

 バージルは冬将軍と一度刃を交えたことで、その大まかな実力を把握していた。敵が、特別指定モンスターとして相応しい力を持っていることを。

 雷が走る自身の刀を見たバージルは、冬将軍に視線を戻し、独り不敵に笑う。

 

 それはまた、冬将軍も同じ。バージルと刃を交え、その力を肌で感じていた。

 彼の力を垣間見た冬将軍は、刀を握る力を強める。

 

 冬将軍――雪精達の長、大精霊であり、日本から送られてきた転生者が「冬と言えば冬将軍」と連想し、その姿に形を変えた者。

 大精霊故に圧倒的な力を持つが、精霊故に攻撃的ではなく、殺意を持つことはない。カズマを殺してしまったのは、雪精をまだ捕えていたアクアを脅そうと刀を振って斬撃を飛ばした時、運悪く彼が頭を上げてしまったからだ。

 しかしこの時彼は、立ち向かってくる銀髪の男に明確な殺意を持っていた。持たなければならなかった。

 ()らなきゃ――()られる。

 

 バージルは刀を鞘に納めず、右手に持ったまま冬将軍に歩み寄る。

 対する冬将軍は刀を構え、彼が近づくのをジッと待つ。

 そして、彼が冬将軍の射程距離内に入った瞬間――冬将軍は再び刀を振り下ろした。

 が、バージルはそれを難なく刀で受け止め、弾き、流れるように攻撃へ持っていく。

 冬将軍も同じく攻撃を弾き、再びバージルの首を刈り取らんと狙っていく。

 2つの刀がぶつかるごとに鳴り響く金属音。次第に音が鳴る間隔は短くなっていく。

 

 もはや、彼等の振るう刃は常人に見えず。

 2人の戦いは――文字通り、次元が違うものと化していた。

 

「……なぁダクネス。2人の剣……見えるか?」

「……全く……」

「……だよな……」

 

 想像していたものより遥か上を行く戦いを目の当たりにし、完全に観客となっていたカズマは言葉を失う。

 実力は置いといて、この中で一番剣に携わっているダクネスでも、2人の振るう剣は見えないらしい。

 

「(これが……先生の力……っ)」

 

 そして、彼の生徒としてここに来ていた少女――ゆんゆんも、彼の技術を見て度肝を抜かれていた。

 授業でバージルと剣を交えることもあった彼女は、その度に恐ろしいまでに強いと感じていたが……同時に、まだ力を隠し持っているとも推測していた。

 まさかこれほどまでとは、予想だにしていなかったのだが。

 

 

「流石に、刀を持つモンスターなだけある。その腕は悪くない。だが――」

 

 バージルはそう言いながら刀を上へ振り、すぐさま返して下に振る。

 冬将軍にどちらも防がれる中、彼は姿勢を低くしながら左手に持っていた鞘へその刀を納めた。

 それを僅かな好機と見たのか、冬将軍は最小限の動きでバージルに斬りかかろうとする。

 

 が、その瞬間バージルは再び刀を抜き――冬将軍へ神速の刃を振りかざした。

 

「――ッ!」

 

 攻撃を仕掛けようとして防御が遅れた冬将軍の身体が、彼の刀で斬り刻まれる。

 怒涛の攻撃を受けながらも、刀で防いでダメージを軽減しようとするが――その剣は、目で追うことも叶わない。

 バージルは目にも止まらぬ速度で相手を斬り刻むと、いつの間にか鞘に納めていた刀を再び抜き、勢いよく横へ一閃した。

 強力な連撃を受けた冬将軍は、トドメの一撃で後ろに後退させられる。

 

「――Too late(遅過ぎる)

 

 対するバージルは、冬将軍に背を向けながらそう吐き捨て、手の平で刀の頭を押すように鞘へ納めた。

 

 

「……スッゲェ……」

「冬将軍を相手に、あそこまで圧倒するのか……」

 

 バージルの反撃を見たカズマとダクネスは、思わず感嘆の声を漏らす。

 

「冬将軍は雪精達の主、大精霊です。となれば、魔法防御力もとんでもなく高い筈。物理防御力は言わずもがなです。しかし、バージルは明らかにダメージを負わせている……剣にこめている魔力量が桁違いという他ないでしょう」

「めぐみんめぐみん! あの刀には、私の加護もついているのよ!」

「アクア、多分それは関係ないと思います」

「なんでよー!?」

 

 2人の戦いを見て、どうしてバージルが圧倒できているのかを解説するめぐみん。隣でアクアが自慢げに話してきたが、めぐみんはキッパリ違うと答えた。

 そう言われてアクアが泣きわめく中、彼等はバージルと冬将軍の戦いを見守り続けた。

 

 

*********************************

 

 

「……ムッ」

 

 その時、バージルの背後にいた冬将軍が動き出した。

 冬将軍は再び刀を構えると、途端に足元へ氷を出現させる。

 

「あれは……! バージル! 避けろ!」

 

 それは、冬将軍がダクネスへ接近した時に使った高速移動。冬将軍はその場から横へ移動し、雪面を滑っていく。

 ダクネスは大声でバージルに注意を呼びかけるが、声が届いていないのか、バージルはその場を動こうとしない。

 冬将軍は雪原を巧みに滑ってバージルから距離を取ると、弧を描くようにして反転し、凄まじい速度でバージルに向かってきた。

 勢いのついた冬将軍の刃が、バージルの目前に迫る。

 

「フンッ!」

 

 しかしバージルは素早く刀を抜き、向かってきた冬将軍の刀を弾いた。

 バージルの横を通り過ぎた冬将軍は、少しバランスを崩すもののすぐさま立ち直り、再び距離を取ってからバージルに向かう。

 だがバージルは容易く防ぎ、冬将軍の攻撃を通させない。簡単にやってのけているが、冬将軍の高速移動を見切るのはこの上なく難しい。それでも彼は、冬将軍の攻撃全てを見切り、防ぎ続けている。

 それどころか、彼は抜き身の刀を右手に持つと、高速移動する冬将軍の進行方向へ身体を向けて1歩踏み出し――。

 

「遅過ぎる、と言った筈だが?」

「ッ!?」

 

 瞬時に、冬将軍の前へ移動した。

 バージルはすぐさま刀を振り、ブレーキをかけて止まろうとする冬将軍を斬る。

 勢いを止められず傷を受けた冬将軍は、先回りされたことに狼狽えながらも、足元の氷は解かずに別方向へ移動する。

 が、バージルはその動きを読み、再び進行方向へ瞬間移動して冬将軍を迎撃していった。

 

「……っ」

 

 その様子を見て、ゆんゆんはゴクリと息を呑む。

 今、彼が見せている瞬間移動――あれは、以前見せてもらった彼の固有スキル『エアトリック』だ。

 擬似ではあるが、その技を彼から教えてもらった時、彼は幻影剣を放った先に移動していたため、ゆんゆんはてっきり自分の魔力を基点としたテレポートの類だと思っていた。

 しかし、彼が冬将軍を相手に使う様を見て、勘違いだったと確信する。

 あれは――目にも止まらぬ速度で、移動しているのだ。

 

 

 何度やっても攻撃が通らないどころか、逆に返り討ちにされている。

 この戦法でも駄目だと思ったのか、冬将軍は高速移動をやめ、足元の氷を解くと、両足を雪原につけた。

 それを見たバージルも、右手に持っていた刀を一旦鞘に納める。

 

「その風貌でスキーとは、変わった趣味を持っているな。さぁ、次はどうする?」

 

 特別指定モンスターと久々の戦いだからか、少し楽しそうに笑うバージル。

 彼の身体には、未だ傷一つ付けられていない。それとは対照的に、冬将軍の身体にはいくつもの斬られた跡がある。

 圧倒的実力差。それは、観戦しているカズマ達でさえも感じていた。

 

 が――バージルを睨んでいる冬将軍の両目には、未だ闘志が残っていた。

 冬将軍は自身の魔力を高め、刃に宿る冷気を強める。それに呼応するように、周りの吹雪が強まっていく。

 

「ほう、まだ力を隠し持っていたか。そうこなくてはな」

 

 まだやる気があると見たバージルは、鞘を握る手に力を込める。

 そんな中、冬将軍は右手に持つ刀をユラリと動かし――。

 

 

 ――構えを、変えた。

 

「ッ……」

 

 動き出した冬将軍を見たバージルは、警戒して刀の柄を握る。

 冬将軍は刀を両手で持ち、氷の息吹を纏う白き刀を水平より少し斜め下に向け、バージルと距離を取る。

 日本古来から伝わる剣術――剣道で使われる『五行の構え』の1つ『下段の構え』だ。

 

 元の世界で、閻魔刀を振るう参考として、日本の剣道についてもバージルは調べていた。

 故に、先程まで冬将軍の使っていたものが、鎧を纏った者が刀を振る時、動かしやすく体力の消耗を抑えるのに適した『八相の構え』であったことも、今冬将軍が構えているものは、防御の構えとして使われていることも知っていた。

 バージルは刀を持ったまま様子を見ているが、冬将軍が自ら行動を起こす素振りは見えない。

 

「……チッ」

 

 なら、その防御を崩すまで。

 舌打ちをしながらも、バージルは自分から動き出し、冬将軍の懐に入りつつ刀を抜く。

 が、魔力を上げたことで身体能力も向上したのか、冬将軍はその剣筋を読み、巧みな剣捌きでバージルの攻撃をいなした。

 バージルは続けて刀を振る。しかし、その攻撃全てを冬将軍は刀で受け、華麗に流していく。

 

「……バージルさんが……攻めあぐねている……?」

 

 相変わらず、二人の剣撃は目で追えない。

 しかし、どこか戦況が変わったことは、カズマ達でさえも感じ取っていた。

 バージル優勢だったものから――劣勢へ。

 

 

「(……コイツ……ッ)」

 

 そして、真っ先にその変化に気付いたのはバージルだった。

 幾度も自ら仕掛けて隙を誘い出そうとしているが、冬将軍はその構えを崩さず、一切の隙も見せない。

 しかし冬将軍は、ただ防御するためだけに構えを変えたわけではない。

 防御をしつつ、虎視眈々と反撃する機会を伺っていた。

 

 ――刃を交える度に魔力が強まる、白い刀を持って。

 

「……チッ」

 

 バージルは、一度攻撃をやめて距離を取る。

 それを見た冬将軍は、構えを崩すことはせず、その手に握っている刀を見つめる。

 

 ――そして刀を鞘に納めると、姿勢を低くして構えを取った。

 一瞬の隙を突き、神速の刃を振るう――『居合の構え』だ。

 それを見たバージルは、同じく居合の構えを取る。

 神経を張り詰めたまま、2人はジリジリと距離をつめ――。

 

 同時に、鞘から刀を抜いた。

 数多の悪魔を斬り殺してきたバージルの神速の刃が、冬将軍の抜いた刀と交わる。

 

「ヌッ……!」

 

 しかしそれは、強い魔力がこめられた冬将軍の刀によって弾かれた。

 これには驚くバージルだったが、弾かれながらもすかさず刀で防御しようとする。

 

 が――今の冬将軍が振るう刀は、その動きよりも疾かった。

 冬将軍は素早く刀を返す――『燕返し』でバージルの身体を斜めに斬った。

 

「グゥッ……!?」

 

 

 斬られた跡から、赤い鮮血が飛び散る。手痛い攻撃を受けたバージルは、顔を歪ませる。

 しかし冬将軍はそれで手を止めず、刃を水平にして後ろへ引く。

 

 そこから勢いをつけ――バージルの心臓に深く突き刺した。

 冬将軍の刃は彼の心臓を貫き、青いコートを突き破って外に顔を出す。

 その剣先は――赤く血塗られていた。

 

「バッ……バージルさんっ!」

「そ……そんな……」

 

 予想だにしていなかった戦いの結末を見て、カズマは思わずバージルの名を叫ぶ。

 ダクネス、めぐみん、そしてゆんゆんも信じられないとばかりに声を震わせていた。

 

「お……お兄ちゃん!」

「ッ! バカッ! 待て!」

 

 その横で、アクアがすかさずバージルのもとへ向かおうとしたが、それを危険と見たカズマが慌ててアクアの腕を掴んで止める。

 

「離してよ! お兄ちゃんを助けなきゃ! お兄ちゃんが……!」

「それで、冬将軍にお前もろとも斬り殺されたらもっとヤバイだろうが!」

 

 口ではそう言うが、今バージルを冬将軍から引き離し、回復しないと危ういのは明らか。なにせ心臓を刺されているのだ。

 自分達は今どうするべきなのか。カズマは必死に頭を働かせる。

 

 

 ――その時だった。

 

「クククッ……フハハハハハハハハッ……!」

「ッ!?」

 

 彼らの耳に、とても楽しそうに笑う男の声が聞こえた。

 笑い声を発したのは、カズマでもなければ冬将軍でもない。

 

「良いぞ……それでこそ……狩りがいがある……!」

 

 今まさに、冬将軍に心臓を刺されている――バージルだった。

 バージルは心臓を刺され、口から血反吐を吐き、雪原を真っ赤に染めながらも、とても楽しそうに笑っていた。

 2人の戦いを側面から見ていたカズマ達は、その狂気じみた横顔を目にして震え上がる。女性陣からは怯えた声も漏れていた。

 同じように、今の彼をおぞましく、恐ろしく思ったのか、冬将軍はバージルの身体から刀を引き抜くと、素早く距離を取って刃先を上に向けた構えを取る。

 

 相対するバージルの目は――赤く染まっていた。

 

「うおっ!? 地震!?」

 

 その時、カズマ達がいる雪原に、強い揺れが起こり始めた。

 カズマ達はその場へしゃがみ、強い揺れに耐え続ける。あの時、アクセルの街を襲った大地震よりも強い揺れだ。

 この揺れを感じながら、アクアとめぐみんが揃って口を開く。

 

「こ……この魔力は……!」

「この感じ……もしかして……!」

 

 あの時よりも震動が激しいのは、当然のこと。

 地震の震源地が今――目の前にあるのだから。

 

 揺れが強くなると共に、高まっていく魔力。ある程度まで高まったところで、バージルはそれを解き放った。

 その瞬間に前方から吹いてきた突風を、カズマ達は両腕を使って防ぐ。

 めぐみんの爆裂魔法に負けず劣らずの風圧。それがしばらくして収まるのを感じた時、気付けば揺れも静まっていた。

 一体何が起こったのかと、カズマは閉じていた目をゆっくりと開ける。

 

「……はっ……?」

 

 そして、信じられない物を目の当たりにした。

 冬将軍の前にいた筈のバージルだったが、その姿はどこにもない。

 

「――Let's begin(さあ、続きを始めよう)

 

 代わりに立つのは――白き稲妻を纏う、蒼い魔人。

 酷くノイズはかかっていたが、それがバージルの声だとカズマは理解した。

 そんな彼の脳裏に浮かんだのは、バージルの冒険者カードにあった、固有スキルの1つ。

 

「……デビル……トリガー……」

 

 内なる悪魔の力を解放する、彼の固有スキル。

 彼が、半人半魔であることは知っていた。そのスキルが、悪魔の力を使うものだということも、何となくわかっていた。

 だが――。

 

「(まさか……変身するとは思わんでしょうよ!?)」

 

 その姿を、悪魔そのものの姿に変えるとは思ってもみなかった。

 アクア、ダクネスも同じだったのか、今のバージルを見て、口をあんぐりと開けている。めぐみんは何故か目をキラキラとさせていたが。

 

「……せん……せい……?」

 

 その横で、ゆんゆんは酷く衝撃を受けた表情を見せていた。

 

 

*********************************

 

 

 目の前に現れた蒼き悪魔を、冬将軍は強く睨みつける。

 魔力の大きさも、気迫も、プレッシャーも、前とは格段に違う。ここから先は一瞬の油断も命取り。冬将軍は残された全ての魔力を解放し、刀を握り直す。

 その前で、バージルはユラリと両腕を動かして右手に握っていた刀を上げると、腕に鞘が同化したことで空いた左手を、刀の柄へと持っていく。

 

 そして――先程の冬将軍と同じ、刃先を斜め下に向けた下段の構えを取った。

 

「あ、あれは……!」

 

 後方から見ていたダクネスも、即座にバージルの取った構えが、先程冬将軍が取っていた物だと理解する。無論、目の前で見ていた冬将軍も。

 その構えを挑発と取ったのか、はたまた試したくなったのか。冬将軍は刀を上に向けたままバージルへ駆け出し、刃を振り下ろした。

 しかし、バージルはそれを難なく受け、横へ流す。

 それに怯むことなく、冬将軍はすかさず2撃目を繰り出していく。が、それらもバージルは華麗に流す。

 先程とは違い、バージルは自ら攻撃することをせず、ただひたすら防御に徹していた。

 

「……なぁ、アレって……」

 

 バージルが今、何をやってのけているのか。

 それを察したカズマがポツリと呟き、それにダクネスが「あぁ」とだけ答える。

 

 バージルは――ほんの短い間に、冬将軍の戦い方(スタイル)を会得していたのだ。

 

「Humph……」

 

 何度か打ち合ったところで、バージルは冬将軍から距離を離す。

 そして、調子を確かめるように自身の刀を見て唸ると――。

 

 バージルは、打ち合うことによって高まった――正確には、刀が交わる瞬間に相手の得物に宿った魔力を吸収していた刀を鞘に納め、居合の構えに変えた。

 それを見た冬将軍は、受けて立つと言うかのように、バージルと同じく刀を納め、居合の構えを見せる。

 

 吹雪が荒れている中、両者は静かに睨み合う。

 その様子を、カズマ達が固唾を呑んで見守る中――。

 

 

 ――またも、両者はほぼ同時に刀を抜いた。

 冬将軍の本気の居合は、上級冒険者どころか特別指定モンスターでさえも見切ることが叶わない速度だ。

 

 だが――今冬将軍が相手にしているのは特別指定モンスターどころか、上位悪魔さえも見切ることのできない刃を振るう者。

 

「Haa!」

 

 同時に刀を抜き、冬将軍よりも疾く刀を振ったバージルは、迫り来る冬将軍の刀を弾いた。

 しかし、弾かれたからといって大人しく斬られるわけにはいかない。冬将軍はすぐさま手に力を入れ、続く2撃目を防ごうと刀を身体の前に出す。

 

「Fu!」

 

 だが、バージルはそれに合わせて刀を両手で持ち、右下から左上へと斬り上げた。

 とてつもない速度と威力で振られたバージルの刀は、再度冬将軍の刀を弾き――へし折った。

 折れた冬将軍の刀の先が、クルクルと宙を舞う。

 そして、バージルは1歩踏み出し――。

 

「――Die(死ね)

 

 その両腕で刀を振り、冬将軍の身体を斜めに斬り下ろした。

 魔人化している上、刀に宿る同じ特別指定モンスターの力、更に駄目押しといわんばかりに、冬将軍から吸収した力。それらが全てこもった刀の前では、冬将軍の纏っていた鎧など藁同然。

 致命的なダメージを受けた冬将軍は、斬りつけられた部分を苦しそうに手で抑えたまま、2、3歩後ろに下がる。

 そして、グラリと後ろへ倒れ始め、その傍らでバージルは刀を鞘に当てる。

 

 鞘の中に、刀が納まった瞬間――宙に舞っていた冬将軍の刀の先端が、雪原に突き刺さった。

 

 

*********************************

 

 

「……フゥ」

 

 魔人化を解き、バージルは息を吐く。身体を斬られ心臓を刺されていたが、既にその傷は癒えていた。何故か服も元通りになっているが気にしてはいけない。

 バージルが前へ目を向けると、冬将軍が雪原の上に倒れており、その手には欠けた刀が握られていた。

 しかしその直後、冬将軍の身体が白い光に包まれた。

 その光から視線を逸らさず見ていると、しばらくして光が収まり、その場にあった筈の冬将軍の姿は、影も形も無くなった。

 

 代わりに置いてあったのは、白く輝く結晶。バージルは落ちていたソレを拾い上げる。

 結晶には、確かに冬将軍の魔力が込もっていた。恐らく、冬将軍が落とした素材なのだろう。

 バージルはその結晶を懐にしまうと踵を返し、観客のいた場所へ歩く。

 先程の戦いを見ていた観客、カズマ達は――もうどう言ったらいいのかわからないとばかりに、ポカンと口を開けていた。

 

「……全員いるな。ならさっさと帰るぞ。もうここに用は無い」

 

 冬将軍を倒すついでに、受付嬢から受けたカズマ達捜索のクエスト。それも済ますため、バージルは彼らに早く街へ戻ると促す。

 しかしカズマ達はそれどころではないようで、バージルと顔を合わせたまま言葉が出ない様子。

 

「あ、あの……今のって――」

「ちょっと待ってください」

 

 カズマがデビルトリガーについて尋ねようとした時、それを遮るようにめぐみんが横から入ってきた。

 周りの人物がめぐみんへ視線を向ける中、彼女は彼等にこう尋ねた。

 

 

「何か……聞こえませんか? 私の爆裂魔法には遠く及びませんが、何か爆発するような音が……向こうから……」

 

 めぐみんはそう言って、雪山の方を指差す。カズマ達は目を細め、耳を澄まして山の方を見る。

 確かに、山頂の方角からは何やら大きな音が聞こえる。何かが崩れるような音も。

 

「(……あれ? そういやさっき……何が起きた?)」

 

 とここで、カズマは先程起きた出来事を思い返す。

 バージルが冬将軍を倒した。それはいい。問題は、それを倒す時だ。

 彼は『デビルトリガー』を使い、その姿を変えた。恐らく、デュラハンを倒した時と同じように。

 そして、今回とデュラハンが倒されたであろう日、全く同じ現象が起きた。

 

 ――大地震。それが、今回は雪山で起きた。

 となれば、この音の正体は――。

 

「雪崩だぁああああああああああああっ!?」

 

 迫り来る雪崩を見て、カズマは大きな悲鳴を上げた。

 

「ヤバイヤバイヤバイ!? おい! 早く逃げるぞ!」

「ちょちょちょちょっと待ってください! 私まだ歩けないんですよ!?」

「これ絶対無理だってー!? どうあがいても雪崩直撃するってー!?」

「な、なぁカズマ! あんなことがあっておきながら、あの雪崩を見て怖いと思う反面、受け止めてみたいと思う私はおかしいのだろうか!?」

「おかしいよ! 十分狂ってるよお前はっ!?」

「あわわわ!? どどどどうしたら……!?」

 

 緊急事態を前に、カズマ達は慌てふためく。

 因みにこの大惨事を引き起こした張本人は、面倒くさそうに舌打ちしていたそうな。

 

「ゆ、ゆんゆん! 貴方、テレポートは覚えてないんですか!?」

 

 とそこへ、テレポートの存在を思い出しためぐみんが、ゆんゆんへ尋ねた。

 対するゆんゆんは、念の為に覚えていたことを思い出し、パァっと顔を明るくするが――。

 

「あっ! で、でもテレポートできるのは4人までよ!? ここにいるのは6人! どうすんのよ!?」

 

 転移できるのは、どうあがいても4人まで。その制限を思い出し、ゆんゆんは再びパニックに陥った。

 めぐみんはパニックのあまりうっかり忘れていたのか、そうだったと声を上げて頭を抱える。

 

 ――だが。

 

「いや! 誰か知らないけど使えるなら十分だ! テレポートの準備頼む! おいめぐみん! ダクネス! この子に転移してもらうぞ!」

 

 それを聞いたカズマは、唯一の活路を見つけたとばかりに声を張り、ゆんゆんにテレポートの準備を、めぐみんとダクネスに彼女の近くへ来るよう告げた。

 彼の指示を聞いたダクネスは、疑問に思いながらもゆんゆんの近くへ。めぐみんが未だ1人で動けないのを見て、カズマはしょうがねぇなと愚痴を零しながらも、急いで彼女を背負う。

 

「で、できました! いつでもテレポートできます!」

 

 めぐみんを背負った所でテレポートの準備が完了したのか、ゆんゆんがカズマへそう告げる。

 彼女の足元に魔法陣が浮かんでいたのを見たカズマは、慌ててゆんゆんのもとへ駆け寄り、魔法陣の中へ入った。

 

「よし! それじゃあテレポートよろしく!」

「お、おいっ! 緊急事態なのはわかっているが、なんでその子の胸元に顔を近付ける!?」

「この男っ! こんな時にまで己の欲求を満たしますか! 離れてください!」

「イダダダダダッ!? 首を絞めるな首を! これは不可抗力だ! 俺の顔の前に、たまたまこの子のおっぱいがあったんだ!」

「ひうっ!? は、鼻息が当たって……!」

 

 魔法陣の中でやいのやいのと騒ぎ立てるカズマ達。そんな中、刻一刻と雪崩が近づいてくる。

 

「ちょっと待って!? 私は!? 私はどうすればいいの!?」

「そうですよ! それに先生も……んっ……!」

 

 しかし、先程も言ったようにテレポートできるのは転移者も含めて4人まで。

 故に、残ったアクアとバージルは、ゆんゆんのテレポートで移動することができない。

 自分はどうすればいいのかとアクアが泣きながら尋ね、ゆんゆんが胸に当たる鼻息を感じながらも、バージルはどうするのかと尋ねる。

 それに対し、カズマはゆんゆんの胸元から一切顔を逸らさずに答えた。

 

「先生ってバージルさんのことか!? なら大丈夫だ! アクアは……頑張れ!」

「ハァアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 まさかの気合い論を言われ、アクアは理解不能とばかりに声を上げた。

 

「わ、わかりました! じゃあ行きます! 『テレポート』!」

「ちょっと待って!? せめて私とカズマを交代させてー!?」

 

 アクアは悲痛な叫びを上げるが、間に合わず。

 ゆんゆんは不安が拭いきれないながらも、カズマの言葉を信じ『テレポート』を唱えた。

 瞬間、魔法陣に入っていた4人は光に包まれ――この雪原から姿を消した。

 

「わぁああああああああっ!? 置いてかれた!? ホントに置いてかれたぁああああああああっ!?」

 

 取り残されたアクアは、頭を抱えて泣き叫ぶ。

 雪崩はもう目前まで迫っている。アレに飲まれる運命は避けられない。その絶望を抱えながらも、アクアはバージルへ顔を向ける。

 

 ――そこには、青い光を放つ水晶を空に掲げているバージルがいた。

 こんな時に一体何をしているのかと疑問に思ったが、それはすぐに解決する。

 あれは――彼がウィズ魔道具店で買った、テレポート水晶だ。

 

 瞬間、バージルの身体が青い光に包まれ始める。

 

「やぁああああああああっ!? 待ってお兄ちゃああああああああああああんっ!?」

 

 独り勝手にテレポートしようとしているのを見たアクアは、慌ててバージルのもとへ駆け寄った。

 そして、間に合ってと願いながらバージルへ正面から飛びかかり――。

 

 

 ――2人の姿が消えると同時に、彼等が立っていた雪原を雪崩が覆った。

 




やっぱ戦闘書くのメッチャムズイ。


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第28話「この孤独な者に新たな絆を!」★

 雲が覆っているのか、夜空は星どころか月もまともに見えやしない。がしかし雨は降っていない、微妙に悪い天気。

 そんな夜でも、アクセルの街はいつものようにギルド付近が明るく、人も多い。冒険者達は、今日も飽きずに酒を飲んでいるのだろう。

 その一方で、外壁に近い所、人気のない場所は家も少なく、刺激が好きな冒険者達は寄り付かない。

 が、そんな静かな区域の1つ――自然地帯にポツンとある大きな屋敷の隣、二階建ての建物の前に人がいた。

 

「へくちっ! うぅ……この時期は冷えるなぁ」

 

 冬も間近だというのに、いつもと変わらない露出度高めな服装の盗賊、クリス――もとい、下界に降り立つ時用の仮の姿になっている、エリスだ。

 扉の前にある段差のところで座っていた彼女は、冷えた身体を暖めるように、首に巻いていた浅葱色のマフラーへ顔を埋める。

 

 今日、バージルが冬将軍討伐に出かけていると間接的に聞いた彼女は、バージルから冬将軍との戦いはどうだったのかを聞きたいがために、こうして彼の帰りを待っているのだが……未だ、彼は帰ってこない。

 ――というか。

 

「(よく考えたら、明日聞きに行けば良かったんじゃ……なのになんで私、ここで律儀に待って……)」

 

 冬将軍の所へ行ったとなれば、帰ってくるのにも時間が掛かる。テレポートのような移動手段があれば話は別だが、彼はソードマスター。魔法職にしかテレポートは覚えられない。

 だというのに、何故自分はそそくさと下界に降り、足早にここへ来てしまったのか。

 長いこと寒い場所で待ったからか、頭も冷えて冷静に考えられるようになったクリスは自分に呆れる。

 

「(まぁ……ここで天界に戻れば、次はここに降りることができますし、今日はもう帰りましょうか)」

 

 結局、ここでバージルの帰りを待つのを諦めたクリスは立ち上がり、ぱっぱとお尻の部分を軽く払う。

 そして、周りに誰もいないのを確認してから、天界へ戻る準備を始めようとした時。

 

 ――自分の立つ場所から数歩前に、突如青い魔法陣が浮かび上がった。

 

「ッ!」

 

 それを見たクリスは、すぐさま天界に戻ろうとしていた手を止めた。これは、ウィザードが使う魔法『テレポート』の魔法陣だ。

 しかし、それなら一体誰が? テレポートは転移先を登録する。となれば、今転移しようとしている誰かさんは、ここを転移先に登録していることになる。

 敵だったパターンも念頭に置き、咄嗟に動けるようクリスは腰元の短剣に手を添える。

 しばらくして、魔法陣の上に淡い光が現れると、それは徐々に失われていき――魔法陣に立つ転移者の姿を見せた。

 

 眼前に現れたのは、恐らくテレポートを唱えたであろう、ワンドを空に向けた黒髪の少女。

 その横には、いつもの鎧姿とは違った、どことなくエロス感が漂う服装のダクネスと、爆裂魔法でも使ったのか、背負われているめぐみんもいた。

 そして――。

 

「……いや……何してんの君……」

 

 めぐみんを背負いながら、黒髪の少女の胸を瞬き1つせずガッツリ見つめている、先程生き返らせた男、カズマがいた。

 警戒していたクリスだったが、ダクネスやめぐみんの姿を見てそれを解き、カズマには冷ややかな目を向けていた。

 こんなことをするのなら、生き返らせない方が良かったかもしれない。

 

「もうテレポートしましたよ! いい加減離れてください!」

「ウグェッ!? だから首はやめっ……息がっ……!?」

「ウチの変態が本当にすまない……大丈夫か?」

「うぅ……は、恥ずかしい……」

 

 テレポートし終えたというのに、未だ胸に顔を近づけているカズマを、背負われていためぐみんが後ろから首を絞めつつ、無理矢理引き離す。

 ダクネスが心配そうに声を掛けるが、黒髪の少女は胸元を隠し、羞恥のあまり顔を真っ赤にしていた。

 

「それよりも、ここは……バージルの家か? ムッ……クリス? 何故ここに?」

「こっちが聞きたいよ。バージルが帰ってくるのを待ってたら、いきなり君達がここに転移してきたんだもん。何があったの?」

 

 クリスはダクネスへテレポートしてきた理由を尋ねるが、大方の予想はついていた。

 彼女達は、雪精狩りで冬将軍のいる場へ行っていた。そのことは、カズマの死因を調べた時に知っている。

 そしてカズマが死んだ後に、バージルが合流したのだろう。そこからバージルと冬将軍が交戦。

 その後、何かしらあって黒髪の少女により、ここへテレポートしてきた。何故彼女がここを転移先に登録しているのかは謎だが。

 

 また、気がかりなことが1つ。今ここに来たのはカズマ、めぐみん、ダクネス、黒髪の少女の4人のみ。

 恐らく彼等と一緒にいたであろうバージルと、天界規定を無視してカズマに蘇生魔法をかけた、アクアに似たプリースト……否、正真正銘御本人のアクア先輩がいないのだ。

 テレポートで転移できるのは4人まで、という制限故だろうが、それでも残り2人の所在が気になってしまう。

 

 ――とその時、いつの間にかめぐみんの首絞めから逃れたカズマが、こちらへ目を向けていることに気付いた。

 カズマは「うーん」と唸りながらしきりに首を傾げ、不思議そうにクリスを見ている。

 

「……どうしたの?」

「いや……クリスとは久々に会った筈なのに……なーんかついさっき会った感じがして、不思議だなーと思ってさ」

「ッ! さ、さぁー、気のせいじゃないかなー!?」

 

 十中八九、魂を導く間で女神として出会ったことを言っているのだと悟ったクリスは、目を泳がせつつも気付かれないようにそう返した。

 この姿は、下界に降りる用に作られた身体。当然、女神としての力も抑えられている。バージルのように僅かな女神の力も感じ取れる者でない限り、バレることはない。

 事実、同じ女神のアクアにさえバレていない。故に、この変装に自信はあったのだが、彼は意外と鋭いタイプなのかもしれない。これからは気を付けようとクリスは決意する。

 

 

 ――とその時、ドサッとカズマ達の背後で何かが落ちる音が聞こえた。

 何事かと、その場にいた全員が音のした方向へ顔を向ける。

 

 

「……ヒッグ……グスッ……」

「……おい、いつまで乗っかっている。退け」

 

 そこには、地面に仰向けで倒れるバージルと、寝転ぶ彼の上から抱きついたまま涙を流しているアクアがいた。

 泣いている女と、その下にいる男。どことなくアウト臭がする構図を見て、カズマがゴクリと息を呑む。

 

「ふぇ……?」

 

 その傍ら、バージルの声を聞いたアクアが、腑抜けた声を出しながら上体を起こす。

 

 そして――寝転ぶバージルの上に女の子座りで乗っかるアクアという、誰もが見たら「これ絶対入ってるよね」と言う、限りなくアウトな構図が出来上がった。

 

「何してんの!? ホントに何してんの!?」

「アアアアアクア!? その体勢というか体位は色々とマズイ気が……!?」

「早く退け……いやいいのか!? アクア! そのままでいいぞ!」

「いいわけないでしょう!? 人が来たらどうするんですか!?」

「あわわわわっ……!?」

 

 それを見た彼女達は総ツッコミを入れて、アクアにバージルの上から退くよう促した。男性1名は反対意見を言ったが。

 黒髪の少女は顔を真っ赤にして両手で顔を覆っているが、指の隙間からアクアとバージルをバッチリ見ている。

 

「あれ? ここどこ……ってあーっ! カズマ! さっきはよくも私を置き去りにしたわね!」

「……さっさと退け」

 

 

*********************************

 

 

 あれからまた少し時間はかかったが、アクアとバージルも起き上がり、ようやくクリスがいたことに気付いた。

 状況が読み込めないから、何があったのか話して欲しいとクリスが言ったため、寒い外で立ち話をするわけにもいかず、仕方なくバージルは全員をまた家の中へ入れることに。

 そして説明役として、カズマがここに来るまでの経緯をクリスに話した。

 先程まで、自分達は雪山にいたこと。冬将軍と戦う中でバージルが『デビルトリガー』を発動したこと。

 そのせいで雪崩が起きたので、カズマ達は黒髪の少女のテレポートで、バージルとアクアはバージルが持っていたテレポート水晶というアイテムでここへ来たことを。

 

 

「――バカッ」

「うっ……」

「……フンッ」

 

 事のあらましを聞いたクリスは、ダクネスとバージルをジト目で睨みながら、叱りつけるように言い放った。

 

「全くダクネスは……私とパーティー組んでる時もそうだったけど、そうやって強い敵に突っ込もうとして、仲間を危険に晒さないの。今回はアクアさんがいるから良かったけど……」

「すまない……冬将軍の強さは耳にしていたのだが、まさかあれほどだったとは……」

「つーか、ああいうのが出るって知ってたなら、ちゃんと言えっての。まぁ……何も調べず、金に目が眩んで受けた俺も俺だけどさ」

 

 冬将軍にカズマが殺されたことは知っていたのだが、今はクリスとして演じているため、クリスはカズマが一度死んだと聞いて驚きながらも、ダクネスにそう注意した。今回ばかりは負い目を感じているのか、ダクネスはシュンと落ち込む。

 カズマもダクネスを叱りはしたが、自分にも非があると思っているようで、それ以上強く言おうとしなかった。

 それを聞いたバージルは、呆れた様子でカズマへ話す。

 

「事前準備もロクにせず、身の丈に合わん高難易度クエストへ挑んで死ぬとは……愚かだな」

「そういうバージルも愚か者だよっ! 雪山の中であんな揺れを起こしたら、雪崩が起きるに決まってるじゃん! 今度からは、ちゃんと周りのことも考えてから使うように!」

 

 しかし、非があるのは彼も同じ。クリスは怒号を発し、バージルへそう注意した。対するバージルは「知るか」とばかりに目を閉じている。まるで反省の色が見られない。

 もっとも、ここで言い返せば逆に言い返されるのが目に見えているし、デビルトリガーを使った理由が、端的に言えば「テンション上がったから」なので、反論できる余地もない。故に、バージルは何も言わずやり過ごすことにしているのだが。

 

 

「……あ、あのっ!」

 

 とその時、彼等の会話を遮り、勇気を振り絞って出されたような声が聞こえてきた。それを聞いたバージル達は、声の聞こえた方向へ目を向ける。

 視線の先にいたのは、皆に見られることになって恥ずかしがり顔を赤くする黒髪の少女。彼女を見たダクネスは、思い出したように手をポンと叩く。

 

「そういえば、君のことについて聞くのを忘れていたな。確か名前は――」

「待ってください、ダクネス」

 

 ダクネスが黒髪の少女に話しかけようとしたら、それをめぐみんが遮ってきた。

 どうしたのかと皆が疑問に思う中、めぐみんは少女の前に立つ。

 

「貴方、紅魔族ですよね? だったら、初対面の相手には自ら名乗るのが流儀だと教えられてきた筈です。さぁ、さっさと貴方の名を皆さんに轟かせてください」

「えぇっ!?」

 

 めぐみんに自己紹介を促され、少女は涙目になりながら驚いた。

 

「こ、こんな大勢の前でなんて……!」

「いいからさっさと自己紹介しやがれです。じゃなきゃ、貴方とは一生口を聞きませんよ」

「わぁああああああああっ!? わかった! する! ちゃんと自己紹介するから! それだけはやめてぇっ!?」

 

 彼女は必死に前言撤回すると、意を決したように前を向き――。

 

「わ――我が名はゆんゆん! 紅魔族の長の娘にして、バージル先生のもとにいる随一の生徒! やがては紅魔族の長となる者……! うぅ……」

 

 羞恥に耐えつつ決めポーズを取り、紅魔族流の自己紹介をカズマ達に見せた。

 通常、紅魔族が挨拶をすれば大抵引かれるものだが、ここにいる者は全員めぐみんのお陰で耐性を持っている。故に彼等は特に驚きもせず、彼女の自己紹介をちゃんと聞いていた。

 そして、自己紹介の中で気になった点を耳にし、カズマが首を傾げながら呟いた。

 

「バージル……先生?」

「そういえば貴方、雪山の時でもバージルのことを先生と呼んでいましたね。一体何故?」

 

 彼女が、カズマ達の知るバージルを先生と呼び慕っていたことだ。

 めぐみんもその理由は知らなかったのか、ゆんゆんに尋ねる。

 

「せ、先生は先生よ。私は今、1人の生徒として、バージル先生のもとで授業を受けているの」

「事情は省くが、そいつの話している通りだ」

 

 ゆんゆんは正直に答えたが、未だカズマ達は本当なのかと疑問に思う。しかしそこへバージルが静かに答え、彼女の言うことが嘘ではないと証言した。

 その言葉を聞き、そこにいる誰もが驚く。まだ1年にも満たない付き合いだが、彼は誰かを教えるようなキャラではないとカズマ達は思っていたからだ。

 女性陣が意外そうにバージルを見ている中、カズマはそっとバージルのもとに近づき、コソッと尋ねる。

 

「……教師と生徒モノが好みってわけじゃないですよね?」

「コイツが勝手に呼んでいるだけだ」

 

 強制的に呼ばせているわけではないと知って、カズマは心の中で安堵した。

 もしここで「そうだ」と真顔で答えられたら、彼の抱くバージル像が脆くも崩れ去ったことだろう。

 

「なるほど……では、私達も自己紹介をせねばな。私はダクネス。職業はクルセイダー。めぐみんのパーティーメンバーの1人だ」

 

 その傍ら、ダクネスが1歩前に出てゆんゆんと視線を合わし、自己紹介を返した。

 ダクネスの姿を見たゆんゆんは、その鎧と髪を見てハッと気付く。

 

「(この人……あの時、先生と剣の稽古をしてた……)」

 

 自分がバージルへ授業をつけてもらおうと思ったきっかけ――バージルと剣を交えていた、あの金髪美女だと。

 遠目に見ても綺麗な人だと思ったが、こうして近くで見ると本当に美人だとわかる。冒険者をやっているとは思えない綺麗な金髪に、透き通るような青い目。纏ってるのが鎧でなくドレスだったら、どこかの貴族と勘違いしてしまいそうだ。

 というか、貴族は決まって金髪碧眼だと聞いている。もしかしたら、本当に彼女は――。

 と、顔だけでなくプロポーションも鎧越しでもわかるほど高いダクネスに見惚れていると、そのダクネスがゆんゆんへ更に1歩近づき――。

 

 

「と――ところでっ! どうやってバージルと、先生と生徒だなんていう羨ま……素敵な関係になれたのだ!? そこのところを詳しく! 詳細をっ! 事細かく聞かせてくれ!」

「えぇっ!?」

 

 グイッと詰め寄り、やたら興奮した様子でそう尋ねてきた。いきなり見た目のイメージとはかけ離れた行動を目にして、ゆんゆんは素っ頓狂な声を上げて戸惑う。

 それを見たバージルは、またかと言わんばかりに額へ手を当てていた。

 

「ハイストーップ。その子が困ってるからやめようねー。あっ、私は盗賊のクリスだよ。よろしくねっ!」

「……は、はい……」

「イタタタタッ!? ク、クリス! 髪を引っ張るな!? 抜ける! 抜けるからやめてくれっ!? しかしこれも悪くないのが……!」

 

 このまま放置しては収拾がつかないと思ったのか、クリスがダクネスの後ろでまとめている髪の部分を引っ張り、ゆんゆんへ自己紹介をしながら下がっていく。

 痛がりつつも興奮したように息を荒くするダクネスを見て、ゆんゆんはただ呆然とすることしかできなかった。

 ただこれだけは言える。彼女は絶対貴族じゃない。

 

「なら次は私ねっ! ゆんゆんって言ったわね! 私はアクアよ! この街随一の美人アークプリースト! 同じく、めぐみんのパーティーメンバーの1人!」

 

 ダクネスが下がったところで、次にアクアが元気よく自己紹介をした。

 青い長髪に青い服、そしてこれまた顔も身体も女性としてレベルが高い。こんな美女2人が一緒のパーティーメンバーにいて、男から狙われないのだろうかと危惧してしまう。

 そして彼女は、雪山にいた時にバージルのことを「お兄ちゃん」と呼んでいた。となれば、彼女はバージルの妹ということになるのだが……あまりにも似ていない。髪の色は勿論、性格も。

 なら義妹なのだろうかと推測していると、第一印象だけはいい美女アクアは、続けてこう告げた。

 

「そして、貴方はめぐみんの知り合いみたいだから、私の正体も明かしておくわ! 賢い紅魔族の貴女なら、名前を聞いた時点で察してるかもしれないけど……その通りよ! 私は、アクシズ教徒が崇める水の女神――アクア様なの!」

 

 

 

「……ね、ねぇめぐみん。こういう時どうしたらいいの? 相手の話に合わせるべきなの? それとも、さり気なく間違いを指摘してあげるべきなの? 私が読んでた本には、関係の浅い段階ではまず相手に合わせてあげるのがいいって書いてあったけど……」

「えぇ、それでいいと思いますよ。話が進まない時もあるので、基本私はアクアの設定に合わせてやってます」

「ねぇ待って!? 今の私ってそんなに神格ないの!? 女神としてのプライドがこの世界に来てから傷付きっぱなしなんですけど!?」

 

 が、どうやらゆんゆんでさえも、アクアが女神だとは信用してもらえなかったようだ。哀れなり水の女神。

 

「んじゃ最後は俺か。えっと、俺はカズマ。佐藤和真。コイツのパーティーメンバーで、職業は冒険者だ」

 

 アクアがワンワンと泣き喚き、それをクリスが宥めている中、最後に残ったカズマが自己紹介をした。

 ダクネス、アクアと違い、それほどパッとしない外見の男。見た目も平々凡々といったところ。どこか、里にいた自称街の警備員(ニート)と似た雰囲気があるのは気のせいだろうか。

 おまけに彼は、自分の胸に顔を埋めはしなかったものの、触れるギリギリのところでガン見してきた男。そんな彼がめぐみん達と同じパーティーメンバーなのは、色々と危ないのではないだろうか。自分の名前を聞いても笑わなかったため、悪い人ではないだろうとゆんゆんは思っているのだが……。

 しかし、それよりも――。

 

「サトウカズマ……さん……やっぱり、貴方が先生の言ってた……」

「……バージルさん。まさかとは思いますが、この子にあらぬことを吹き込んでないでしょうね?」

「貴様に関しては、ありのままを伝えただけだ」

 

 彼の、所謂『勇者候補』と呼ばれる者に該当するその名前を、彼女は既にバージルから聞いていた。

 ゆんゆんがブツブツと呟き始める中、カズマは怪しんだ視線をバージルへ向けるが、彼はキッパリとそう答える。

 

「(見た目はパッとしないけど、戦いでその力を発揮するタイプの人かもしれない……先生から、絡め手で武器を奪い取りかけた頭脳の持ち主……負けませんよ!)」

 

 そんな中、カズマの知らないところで、ゆんゆんからは一種のライバル心を持たれていた。

 

 

*********************************

 

 

「……あっ、そ、それで……先生……その……」

 

 全員の自己紹介が終わった後、ゆんゆんはバージルへ声をかけた。その表情は先程までと違い、どこか怯えた様子。

 

「さっき、話にも出てましたが……あの……冬将軍を倒した時の……あれは……」

 

 彼女はバージルに、冬将軍との戦いで見せた『蒼い魔人』について尋ねた。

 あの姿に変わった途端、彼の魔力は何倍にも膨れ上がっていた。ゆんゆんがこの街へ来た時に冒険者と共に戦ったアレよりも、遥か上を行く程に。

 それに、カズマがクリスへ事の経緯を話した時に発した『デビルトリガー』という言葉。もしそれが、あの蒼い魔人に関係する物だとしたら――。

 ゆんゆんがバージルの答えを待っている中、カズマ達もバージルへ目を向ける。まるで、話していなかったのかと言いたげに。

 それを受けたバージルは、うっかりしていたと息を吐く。

 

「……貴様には、まだ話していなかったな」

 

 

*********************************

 

 

 それからバージルは、ゆんゆんに自身が半人半魔であることを話した。

 今の姿は人間としての姿で、内なる悪魔を解放する固有スキル『デビルトリガー』を持っていることも。

 そして、デビルトリガーを引いた姿が――あの蒼き魔人であることも。

 

 カズマ達は既に聞いていたため、驚かないのは当然。逆にゆんゆんは、驚きのあまり言葉を失っていた。

 しかし、それも仕方のないことだとカズマは思う。正直あの時聞いた後でも、それほど実感できていなかった。

 だが、実際に悪魔の姿を見たことで、彼が放つ魔力を、まだ魔力関連に疎い自分でさえ肌で感じ取れたことで、紛れもない事実だと理解できた。

 

 改めて思う。バージルは、存在自体がチート(反則級)だと。

 

「にしても、半分悪魔なのにあんだけ強いって、なら根っからの悪魔はどんだけ強いんだよ……会いたくねぇなぁ」

「いいえ、純粋な悪魔でもあれほどの力は持ってないわ。これはアレよ! 人間と悪魔のハーフは強いっていうあるある設定だわ!」

 

 カズマが純粋な悪魔に恐怖を覚える中、バージルの強さの秘訣をアクアは推測する。

 本当は、彼の父が魔帝を封印できるほどの存在だからなのだが、わざわざ指摘する必要もないと思ったバージルは、二人の会話を聞き流す。

 

「心臓を刺されて笑ってたのは引きましたが、バージルのデビルトリガーは、我が琴線にかなり触れてました。変身する時に目が赤く光ってたのも紅魔族的にポイント高いです。もしあれで決め台詞がバッチリだったら、私も危うかったかもしれません」

「バージルの悪魔化した姿……ちょっと怖い気もするが、一度正面から見下ろされてみたいな……」

「ダークーネースー?」

「うぐっ……す、すまない……」

 

 また、デビルトリガーは彼女にとって良いセンスなのか、めぐみんは変身したのがバージルなのもあって少し悔しそうに話す。

 その横で、またダクネスがおかしなことを口にしたが、横にいたクリスに釘を刺され、再びしょんぼりとした。

 しかし、彼女にドM欲求を抑えろというのは、男に女を求めるなと言っているのと同義。今回の件で堪えはしたものの、彼女のドM気質が治るのは当分先のことだろう。

 

「……先生が……半人半魔……」

 

 そんな中、バージルの話を聞き終えたゆんゆんが、顔を俯かせていた。

 未だに、彼がそういった存在だと思えないのだろう。彼女の声を聞き、カズマはゆんゆんへ目線を移す。

 

「(……これはいけない)」

 

 そして、幾多のゲーム、漫画、アニメ、ラノベを体験してきた彼は、不穏な空気を感じ取っていた。

 どういう経緯か知らないが、尊敬するようになった人物が、半分ではあるが人間ではないと告げられた。おまけに、その半分の姿を見てしまった。背筋が凍るような、圧倒的な力と恐怖を放つ姿を。

 この世界が、どれだけ異種に対して友好的なのかは知らない。街行く人には人外っぽい人物はいたが、確か悪魔っぽい人はいなかった筈だ。

 そして、この世界で悪魔は上位種のモンスターとして認識されているらしい。

 

 となれば――彼女はバージルに、恐怖を覚えてしまうのではないだろうか?

 そう予想を立てる中、ゆんゆんは顔を俯かせたまま、ポツリと話し始めた。

 

「……正直言うと、先生がただの人間じゃないってことは、薄々わかってました……特殊な力を持っている勇者候補かなと思ったけど、名前は変わった風じゃないし……まさか半人半魔だとは思いませんでしたけど……」

 

 ゆんゆんの言葉を、バージルは黙って聞き続ける。

 声は少し震え、どこか怯えている様子も伺える。未だ視線を合わせないのもそのためだろう。

 

 ――しかし彼女は顔を上げると、バージルの目を見てこう告げた。

 

「でも……先生が、私にとって良い人なのに変わりはありません。だって……こうやってめぐみんと、仲良く話してくれているんですから」

 

 

 

「私とバージルの仲が良い? 一体どこをどう見たらそんな戯言が抜かせるのですか。私とバージルは相容れない存在、つまりはライバルです! 勘違いしないでいただこう!」

「えぇっ!? ラ、ライバルってめぐみん!? 貴方のライバルは私じゃなかったの!?」

「馬鹿も休み休み言え。ネタにしかならない爆裂魔法を好んで使う異端者の貴様が、俺のライバルを自称するだと? 爆裂魔法の使い過ぎで、思考回路も吹っ飛んだか? いや……それは元からだったな」

「せ、先生も先生で、めぐみんのことをそこまで言うのはどうかと思います! ……爆裂魔法については否定しないけど……」

「聞こえましたよゆんゆん! 今、爆裂魔法はネタ魔法だと言いましたか!? 2人して言いましたか!?」

「あぅっ!? だ、だってそうじゃない!」

 

 爆裂魔法を馬鹿にされたのをきっかけに、めぐみんとゆんゆんは口喧嘩をし始めた。バージルはフンッと鼻を鳴らし、目を閉じて2人の騒ぎが収まるのを待つ。

 不穏な空気になると思ったら良い雰囲気になる、と思いきやめぐみんのせいでコメディチックになったのを見て、カズマは呆れるようにため息を吐く。

 その横でアクア、ダクネス、クリスは2人の様子を楽しそうに微笑んで見ていた。

 

 

「いやお前、何そこでつっ立ってんだよ」

「へっ?」

 

 カズマはサッとアクアへ近寄り、小声で彼女にそう話す。しかしアクアはカズマの言っていることがわからないのか、首を傾げている。

 

「お前、何のために雪精討伐クエストに行ったんだよ? バージルさんにプレゼントするんじゃなかったのか?」

「あっ! そうだったわ!」

 

 カズマに言われるまで忘れていたのだろうか。アクアは思い出したようにポンと手をついた。

 雪山で雪精を捕まえていた時は、お兄ちゃんに1匹プレゼントすると言って張り切っていたのに。冬将軍とデビルトリガーの衝撃が強過ぎて忘れてしまっていたのかもしれないが。

 

 バージルとゆんゆんの関係。バージルのヒロインと言っても違和感はないだろう。

 自分の新たなヒロインでなかったのは本音を言えばショックだが、相手がバージルなら文句は言わないし、奪うつもりもない。あのおっぱいは本当に惜しいが。

 しかし、彼のヒロインは1人ではない。もっとも、こちらが無理矢理押し付けているだけなのだが。

 ここでアクアがプレゼントを渡し、それを見たゆんゆんが対抗し、良い感じに火をつけ合ってくれれば儲け物だ。カズマはそう思いながら見守る。

 

 

 ――雪精を捕えた小瓶どころか、小瓶を入れていた鞄さえ持っていないアクアを。

 

「……おい、鞄はどこいった?」

「……雪山に置いてきちゃった」

「スカァンムッ!」

 

 肝心のプレゼントを置いてきてしまったアクアに、カズマは小さな声で怒号を発した。

 

「こんの駄女神が! なんで肝心なとこが抜けてんだよ!?」

「し、仕方ないじゃない! ていうかカズマ! 元はと言えばアンタが私を置き去りにしたからよ! 私も心の余裕があれば、忘れることはなかったのに!」

「ふぐっ……!」

 

 が、アクアから小声でそう言い返され、カズマは反論できなくなる。

 きっと、瓶に入っている雪精はずっとあのまま雪山に放置されるのだろう。雪精からしたらとんだとばっちりである。

 

「しょうがない! ここは一か八か、プレゼント無しでアタックだ! もう一度、ここに泊めてもらうよう頼んでみろ!」

「当たって砕けろ作戦ね! わかったわ!」

 

 砕けてしまったらダメなのだが、それも知らないアクアは気合を入れ、バージルに近づく。

 そして、両目を閉じて座っていたバージルへ、甘えた声で話しかけた。

 

「お兄ちゃ――」

「断る」

「なんでよぉおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

 それは彼の直感か、兄妹(仮)のテレパシーか。

 アクアの考えを見抜いていたバージルに速攻で断られ、アクアは前と同じようにバージルのもとへ泣きついた。

 

 

*********************************

 

 

 アクアがバージルへ縋り、その前で未だめぐみんとゆんゆんが言い争い、カズマがやっぱり今回も駄目だったよと言いたげに手を顔に当て、ダクネスがバージルの即答に少し興奮していた中。

 両目を閉じ、鬱陶しく思ってそうな顔をするバージルを見て、クリス――エリスは嬉しそうに笑っていた。

 

 彼がこの世界で、自身が与えた罰を受け、人間としても生きるようになったあの日から。

 自分の知らないところで、彼はこうして、新しい絆を得ていた。彼は頑なにそんな仲ではないと否定するだろうが。

 しかしそれでも、バージルが自分やカズマ達以外に――ゆんゆんと言う少女との繋がりを得ていることに、エリスは自分のことのように喜んでいた。

 

 

 ――と同時に。

 

「(……このモヤモヤは……何なのでしょう……?)」

 

 カズマ達を――正確にはゆんゆんとアクアを見ていて、エリスは心の片隅に何とも言えないモヤモヤを感じていた。

 

 




イラスト:のん様

【挿絵表示】


そもそも修羅場が起こる段階ではなかったという。期待してた方ごめんなさい。


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Secret episode2「この物語にくだらない小話を!」

<chapter1:見た目年齢>

 

 

「絶対あの谷底にもお宝があると思うんだ! 深すぎて宝感知も効かなかったけど、盗賊の勘がそう言ってる!」

「……俺には、モンスターの住処にしか見えなかったが?」

「モンスターいるところにお宝あり、だよ! よし決めた! 次はあそこに行こう!」

 

 アクセルの街にあるギルド。そこに付属している酒場の席にて、今日のお宝探しで気になった場所について話すバージルとクリス。

 次のお宝探しの目的地を決めたクリスは、皿に乗っていた料理に手をつける。

 

「……あっ、クリスにバージルさん。2人も夕食?」

「んっ? おや、誰かと思えばカズマ君じゃないか。クエスト終わり?」

「あぁ、今空席を探してたところで……」

「なら一緒にどうかな? 私達も食べ始めたばかりだし」

 

 そんな時、彼等のもとにカズマ達が現れた。彼の後ろにはいつもの仲間、アクア、めぐみん、ダクネスもいる。

 クエストから帰ってきて、食事を取ろうと空いた席を探していたようだ。それを聞いたクリスは、カズマ達をここの席へ誘った。

 

「……オイ……」

「まぁいいじゃない。食事の席は、多い方が楽しいよ?」

「……チッ」

 

 それを快く思わなかったバージルだったが、クリスにそう言われると、舌打ちをして窓の外に顔を向けた。

 彼のこの行動は、勝手にしろという意味。それを知っていたカズマは、ペコリと頭を下げてから席に座った。

 いつも通りアクアはバージルの隣に、カズマはアクアの隣に座り、対面にいたクリスの隣にダクネス、その隣にめぐみんが座る。

 店員から受け取ったメニューを見て、カズマは注文を決めていく。しばらくして、この席にカズマ達が頼んだ料理と飲み物が運ばれてきたのだが……。

 

「……また私はジュースですか」

 

 カズマ、アクア、ダクネスの前にシュワシュワが置かれる中、自分のだけジュースだったことに、めぐみんは不満を覚えていた。

 

「お前はまだお子様だからな。これを飲むにはまだ早すぎるんだよ」

「カズマ、私はもうすぐ14歳です。学校も既に卒業し、冒険者を担う身。なら、冒険から帰ってきた後のシュワシュワの味を噛み締めてもいい権利があるのではないでしょうか」

「残念ながら、俺の中で14歳はまだお子ちゃまだ。年不相応な見た目だったら、これを与えてやってもいいと考えたかもしれないが……」

「おい! 私の身体的特徴に言いたいことがあるなら聞こうじゃないか!」

 

 カズマから身体的にもロリっ子だと言われ、激昴するめぐみん。もっとも、シュワシュワ自体普通の酒と比べればアルコールは断然少なく、おまけに安い。アルコール類が飲みたいけど高いお酒はちょっと……という方でも嗜める物。酒を嗜む者から見たら、カズマもまだまだお子様なのだ。

 そんなことは知らずに大人ぶっているカズマへ、怒りの声をぶつけるめぐみん。それをクリスが宥める中、ふと何かを思い出したようにダクネスが口を開いた。

 

「そういえば……バージルがこれを飲む姿を見たことはないな」

「あっ、確かに」

「……ジョッキで飲む酒は好かん」

 

 それを聞いたバージルは、窓の外に目を向けたままポツリと答える。

 別に一切飲めないわけではないが、好きか嫌いかで言えば嫌いな部類に入る。まだワインやカクテルの方が良い。荒くれ冒険者のように、ジョッキに入った酒を浴びるように飲むなんてのは以ての外だ。

 

「もしかしたら、お酒に耐性がないのかもしれませんね」

「いやいや、それはないだろ。明らかに20代越えてるし……ってあれ? そういやバージルさんの年齢っていくつだ?」

「そういえば、なんだかんだで聞いていませんでしたね。バージルは何歳なのですか?」

 

 カズマとめぐみんが、話の流れで気になったことを尋ねた。

 二人の会話でアクアとダクネスも、バージルの年を知らないことに気付き、耳を傾ける。唯一知っているクリスも、食事の手を止めてバージルに目を向ける。

 尋ねられたバージルは、食事の手を止めて考える素振りを見せると、めぐみんの質問に答えた。

 

 

「正確には覚えていないが……恐らく19辺りだろう」

「「「19!?」」」

 

 それを聞いてカズマ、めぐみん、ダクネスの三人は驚いて声を上げた。

 もっとも、それは肉体的な意味での話。彼が魔帝に操られた時期を含めれば、精神年齢は20代後半といったところだろう。

 それでも、彼が漂わせている雰囲気、風貌で20歳未満なのは、カズマ達からしたら驚くべきことだった。

 

「マジかよ……いやでも、アメリカとかヨーロッパの西洋系だったら違和感ないのか……?」

「わ、私の1つ上なのか……見えないな……」

「確か、カズマの年齢は16でしたよね……3歳差ですか……3歳差……」

「お、おい。俺とバージルさんを比較するのはやめろよ。色々と自信を無くす」

 

 日本に住んでいたカズマは、西洋系の大学1年生はこれぐらいなのかと想像する。

 その一方、偶然にも同い年だったダクネスはまじまじとバージルを見つめ、めぐみんはカズマとバージルを交互に見ていた。

 

「(確かに……人間として考えると、19歳なのは驚きですよね)」

 

 そんな中、バージルがこの世界へ転生する時に彼の資料から年齢を知っていたクリスもといエリスは、心の中でカズマ達に同意していた。

 天界では2000年以上生きている者もいる。故に、見た目が実年齢と違っていても彼女は特に疑問を抱かない。見た目が幼女でも知的に話す者や、見た目は美少女なのにやたら年食った喋り方をする者も世界には存在する。

 エリス同様、アクアも驚きはせずシュワシュワを飲んでいた。彼女はジョッキから口を離すと、年齢の話は聞いていなかったのか、酒の話題に戻して話しかける。

 

「お兄ちゃん、そういうのは食わず嫌い、飲まず嫌いって言うのよ。ほらっ、一口でもいいから飲んでみなさいな。きっと虜になる筈よ」

「……いらん」

「そう言わずにぃ。ほらほらっ――」

 

 酒を飲むことを頑なに断るバージルだが、アクアは構わず酒を勧めていく。それを耐えかねたバージルは――。

 

「……いらんと言っている」

「ひぃっ!?」

「(……こんな睨みを効かせられますからねぇ)」

 

 とても19歳の少年とは思えない睨みをアクアに向け、アクアは涙目になってバージルに近付けていたジョッキを下げた。

 アクアどころかカズマ達もビビって手を止める中、バージルはようやく静かになったのを見て、食事の手を進めた。

 

 

 

<chapter2:禁則事項>

 

 

「――ほれっ、終わったぜぃ」

「ふむ……問題ない」

 

 アクセルの街にある、鍛冶屋ゲイリー。そこで刀の修復を頼んでいたバージルは、修復が終わった刀に不備がないのを見て、懐から財布を取り出す。

 いつも通り修復代をいただいたゲイリーは、目を細めて金額を確認し、それを机の上に置いた。

 

「しかし、刀を作ってもらった時にも思ったが……貴様は仕事が早いな」

 

 通常、1つの武器を作るのに最低でも三日以上はかかりそうなものだが、この聖雷刀……あの時はまだ雷刀だったが、アマノムラクモを作ってもらった時、ゲイリーはたった1日で仕上げてくれた。

 しかし、この世界には『鍛冶スキル』という物もある。素人でもこれさえあれば簡単に鍛冶をすることができるというスキルだ。そのスキルレベルが高いからか、それともスキルが無くとも鍛冶はでき、スキルを得たことでブーストがかかったからなのか、彼は短時間で武器の作成、修復ができたのだろう。

 バージルがそう推測する中、ゲイリーは汚れた手で白髭を触りながら言葉を返す。

 

「そうでもねぇ。この道を長く歩み、鍛冶スキルレベルも高くなったワシだが、1番ってわけじゃねぇ。王都には、ワシより凄腕の鍛冶屋もいるだろうよ」

「ほう……」

 

 ゲイリーの腕は、元いた世界でも名鍛冶屋と言っても過言ではないのだが、ゲイリー曰くそれよりも腕の立つ鍛冶屋もこの世界にはいるらしい。その話を聞き、バージルは王都にいるだろう鍛冶屋に興味を持つ。

 

「中には、素材と金を渡したら、武器や防具を即ポンッと出せる鍛冶屋もいるらしいぜぃ」

「……それは、鍛冶というより魔術では?」

「そこに触れちゃおしまいだ」

「……そうか」

 

 世界はまだまだ広い。そう思うことにしたバージルだった。

 

 

 

<chapter3:お兄ちゃんキャラ>

 

 

「ねぇねぇお兄ちゃん! 私これ欲しい!」

「貴様の買い物に来たわけではない」

「買って! 買ってよお兄ちゃーん!」

 

 アクセルの街、商業区。街行くアクアは、そこに並ぶ高価な物を見ては、バージルにおねだりをしていた。

 買い物をする予定はなく、ギルドに向かおうとしていたバージルは、アクアの声を聞かずに歩き続ける。

 こうなってしまったのも、街を歩いていた時に偶然出会ってしまったからだ。バージルの不運ステータスは今日も平常運転である。

 

 そして(正確にはアクア1人だが)騒がしい2人の後ろで、距離を空けて歩くカズマ、めぐみん、ダクネス。

 粘り強くねだり続けるアクアを見て、カズマはポツリと呟く。

 

「もう巨大ワニを狩ってから日が経つってのに、アイツはまだバージルさんのことをお兄ちゃんって呼んでんだな」

「そうだな。私はもう、2人が本当の兄妹のように思えてきたぞ」

「えぇ、アクアの妹キャラが様になってるのもありますが……なんというか、バージルもお兄ちゃんキャラって雰囲気がありますからね」

「お兄ちゃんキャラ? バージルさんが?」

 

 カズマの声を聞いて、両隣を歩いていたダクネスとめぐみんも話す。

 しかし、めぐみんの言葉が気になったカズマは、彼女へそう聞き返した。

 

「ではカズマは、もしバージルが弟キャラだと言われたらどう思いますか?」

「……確かに、なんか違和感はあるかも。弟がいるって言われた方が納得できる」

 

 アクアのお兄ちゃん呼びで、彼のイメージが固まってしまったのもあるかもしれないが、カズマはバージルが弟キャラだと言われると、どうにも違和感を覚えてしまう。

 気のせいかもしれないが、バージルもバージルで、兄と呼ばれるのにどこか慣れている様子も見られる。

 

「バージルの弟か……一体どんな男だろうか?」

 

 それを聞いたダクネスは、もしも本当にバージルに弟がいるとしたらと考え、カズマ達に話題を振った。

 

「バージルの弟となれば、間違いなく半人半魔。そして兄弟は似るものです。きっとバージルに瓜二つなのでしょう」

「いや、俺は兄弟に見えないってぐらい正反対なパターンだと思うぞ」

「うむ……どっちもありそうだな……仲はどうだと思う?」

「やっぱり不仲でしょう。私には、バージルが弟と仲良くしてるイメージが浮かびません」

「それは俺も同意だな。しょっちゅう兄弟喧嘩してそう」

「バージルと……その弟の……兄弟喧嘩か……」

「……お前今、間に入りたいって思ったろ?」

「お、思ってない」

 

 バージルと、彼と同じ力を持つ弟の喧嘩に巻き込まれたら、流石にダクネスとて無事では済まないだろう。

 カズマはそう思いながら、未だアクアにねだられ、右手を刀の柄に置いているバージルを見――。

 

「ってストップストップバージルさん! 落ち着いて! どうどう! どうどう!」

 

 

 

<chapter4:越えられぬ壁>

 

 

 アクセルの街、ギルドから歩いてすぐの所にある大浴場。

 仕事疲れの住人は勿論のこと、クエストに出かけて満身創痍の冒険者も、疲れを癒しにここへ来る。

 

「ふーっ……いい湯だなぁ……」

 

 カズマもまた、その1人だった。

 汚れた身体を綺麗にし、同時に疲れを癒すことができる風呂という風習。カズマが元いた世界の、日本という国では古くから存在し、かつ欠かせないものだった。

 この世界に来てこの大浴場を見た時、この世界にも風呂はあるのかと驚いたが、彼よりも前に異世界転生した日本人もいる。きっと彼等がこの風習を教えたのだろう。

 灯油でもなければ湯沸かし器でもなく、魔法を使って水をお湯にしているそうだが、彼にとっては風呂に入れるだけでもありがたいことだ。

 

 そして、この風習に魅入られた者もやってきた。

 

「……貴様も来ていたか」

 

 彼と同じ異世界転生者、バージルだ。

 仲間からも聞いたが、彼はこの習慣をえらく気に入っている。見た目が西洋系なので、恐らく元の世界ではシャワーだけが当たり前だったのだろう。

 日本にきた外国人が日本の文化を気に入る例に漏れず、彼も虜となっているようだ。日本出身のカズマとしては、それは喜ばしいことだ。

 

 ――しかし、バージルと一緒に風呂へ入るのは、できれば避けたいとカズマは思っていた。

 

「……えぇ……まぁ……」

 

 嫌でも、彼の『男の勲章』を目にしてしまうのだから。

 

「フム……今日の湯加減は中々だな」

「……そっすね……」

 

 バージルは湯船に浸かり、カズマへ話すように口を開く。表情はいつもと変わらないが、自分から話しかけてくるのを見る限り、上機嫌なのが伺える。

 しかしそれとは対照的に、隣にいたカズマはテンション下げ下げになっていた。

 

「……すんません……先に上がらせてもらいます……」

「ムッ、そうか」

 

 カズマは、持っていたタオルで恥ずかしそうに股間を隠して立ち上がる。バージルの声を背に受けながらも、カズマは逃げるように脱衣所へ出た。

 脱衣所には、これから風呂に入る者も、自分と同じく風呂からあがった者もいるが、その誰もがショックを受けた顔を見せている。きっと、バージルの勲章を見てしまったからだろう。

 

「……気にすんな、カズマ」

「……ダスト」

 

 そんな時、これから風呂に入るつもりでいた彼の悪友、ダストが声をかけてきた。

 彼とは一度、お互いのパーティーを交換したことがあり、それがきっかけで彼とは悩みを打ち明けられる仲になれた。

 ダストはカズマの肩に手を置くと、カズマを安心させるように話した。

 

「アイツは、成長しきってるからあぁなんだ。大丈夫、俺達にはまだ成長の余地が――」

「バージルさん、19歳なんだってよ」

 

 被せるように放たれたカズマの声を聞き、ダストは言いかけていた言葉を止めた。

 わかっている。彼は見るからに西洋系だ。西洋の人は日本人と比べて、男の勲章が大きいと聞いていた。なら、その大きさが19歳でもアレなら不思議じゃないのだろう。

 しかし、ああやって堂々と見せ付けられたら、頭では仕方ないと理解できていても、男としてのプライドが完膚なきまで叩き潰されている気分になるのだ。

 

「……いいか? 男は大きさだけじゃねぇ。それでいて外見だけじゃねぇ。中身だ! 中身が物を言うんだ! 俺は1回アイツとタイマンはったことも、一緒に戦ったこともあるから言える! アイツは化物染みてるが、協調性がまるでない! あんなんじゃ、女性の冒険者は一緒に冒険したいとは思わねぇ! そう、俺みたいに誰とでも仲良くなれるフレンドリーな男じゃなきゃ――」

「女性冒険者から聞いた、同じパーティーになりたい男冒険者ランキングで、お前の100倍差でバージルさんが勝ってたぞ」

「バァアアアアアアアアジルゥウウウウウウウウ! 俺と勝負しやがれぇええええええええ!」

 

 それを聞いたダストは、血相を変えて浴場に飛び込んだ。

 カズマはダストの背中から目を離し、自分の服が置いてある棚の前で身体を拭く。

 そして、浴場からダストの悲鳴が聞こえる中、服を着た彼は脱衣所を後にした。

 

 

<chapter5:嫌な夢>

 

 

 山の向こうから日が昇り、街に住む人々が目覚める朝。冒険者達は支度を終え、今日も今日とて冒険へ出向く。

 その傍ら、アクセルの街にある便利屋、デビルメイクライにて――。

 

「おはようございます、バージルさん」

 

 彼の協力者であり、ベルゼルグ王国の国教として崇められている女神、エリスが訪問していた。

 姿はクリスのままだが、口調だけ素に戻しているエリスは、扉を開けて店内にいるであろうバージルに声をかける。

 

「……エリスか……」

 

 予想通り、バージルはいつものところに座っていた。

 がしかし、朝だというのにその顔はどこか疲れた様子で、声も少し元気がない。

 他人から見れば普段と変わらない程度のものだろうが、それに気付いたエリスは心配そうに尋ねた。

 

「どうされました? 顔色が良くないようですが……」

「……嫌な夢を見た」

「夢?」

 

 バージルの返答を聞き、エリスは首を傾げる。彼ほどの男が嫌だと言うとは、一体どんな夢なのか。

 ダクネスが出てきたのだろうかと予想する中、バージルは今回見た夢について話した。

 

「確か貴様は、俺の記憶を見たと言っていたな。ならば知っているだろう。俺が塔の封印を解く時、同盟を結び行動を共にしていた男のことを」

「……はい……」

 

 彼の言う、元いた世界で協力していた男――恐らく、黒ずくめの服と髪のない頭、赤と青のオッドアイが特徴的な彼のことだろう。

 名前は忘れたが、彼に良い思いを抱かなかったのは覚えている。自分の娘に躊躇なく刃を刺した時はいつも悪魔に向けるような殺意さえ覚えた。

 正直、彼のことはあまり思い出したくないのだが、その男が一体どうしたのだろうかとエリスは話を聞き続ける。

 

「場所は塔の上だったか。背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた……そう、その男だ」

 

 バージルは目を閉じると両腕を組み、身体を背もたれに預けて話し続ける。

 

「奴は興奮した様子で声を上げ、塔について語っていた。まるで、あの時のことを再現するかのように。だから俺は、前と同じようにどうでもいいと告げ、奴の顔を見た」

 

 そこでバージルは両目を開け、少し間を置いてから口を開いた。

 

 

「奴は――カツラを被っていた」

「……へっ?」

 

 それを聞き、エリスは素っ頓狂な声を上げた。

 てっきり、悪魔だった頃の記憶を掘り起こされたのが嫌な夢のことだと思っていた彼女は、予想の斜め上過ぎる展開を聞いて、困惑せずにはいられなかった。

 

「カツラだ。それも、奴の娘ソックリのカツラをな。奴の顔とは相容れないカツラを見て、俺は笑いを必死に堪えた」

「(バ、バージルさんが……笑いを堪えた……!?)」

 

 しかし、それに続くバージルの話を聞いて、エリスは話のメインとなっているカツラよりも、バージルが夢の中で笑いを堪えたことに興味を惹かれた。

 

「もし夢がもっと長く続いていれば、俺も危うかった……最後に奴が両目を光らせているのを直視していれば、俺は吹き出すのを抑えられなかっただろう」

「(バージルさんが吹き出すほど笑う姿……き、気になる……! 見たい……! 凄く見てみたい……!)」

 

 この時エリスは、女神の力に下界の者の夢を覗く能力があればと心底思ったそうな。

 

 

<chapter6:Yunyun Must Die>

 

 

「――やぁっ!」

 

 街から少し離れた場にある洞窟。更にその中にある、経験値が一切入らない誰得ダンジョン、修羅の洞窟。

 そこで、紅魔族の少女ゆんゆんは短剣を手に、モンスターの喉元を掻っ切った。少女がやるには容赦ない戦い方だが、これも全て『先生』が教えてくれたものだ。

 

「ふぅ……先生! どうでしたか!?」

 

 今いる階層に出てきたモンスターを全て倒し終えたゆんゆんは、後方にいたその先生に声を掛ける。

 彼女の視線の先には、手頃な小岩に腰掛けてゆんゆんの戦闘を観察していた先生、バージル。

 ゆんゆんの声を聞いたバージルは、彼女から視線を外して、手元に持っていた紙へ目を下ろす。

 しばらくして、彼は紙から目を離すと同時に立ち上がり、ゆんゆんに歩み寄った。

 

「今回の戦闘は……このような結果になった」

 

 そう言って、バージルは手に持っていた紙の表側をゆんゆんへ見せる。ゆんゆんは覗き込むように、紙に書かれていた内容を見た。

 

 討伐時間(Time) 2:51 C

 収集率(Collect) 1301 B

 戦闘内容(Stylish PTS.) 3870 B

 ダメージ(Damage) 1650 A

 アイテム使用回数(Item Used) 0 S

 総合評価(Adventurer Rank) B

 

「むぅ……S取れませんでしたか……」

 

 大きく書かれた総合評価を見て、ゆんゆんはブツブツと呟いて先程の戦闘を自己分析する。

 これはバージルが、稀に掘り出し物のあるウィズ魔道具店で見つけた、登録した人物の戦闘成績を映し出すことができる魔道具。

 どういう仕組みかわからないが、評価する人物、倒したモンスターの数、場所、その他諸々を書き込むことによって、その場その場に応じた評価を下してくれるのだ。

 評価はS、A、B、C、Dの順で、Sが高くDが低い。因みにバージルが使った時はオールSを取ることができ、総合評価ではまさかのSSが表示された。

 

「毎回思うんですけど、この収集率って評価の判定厳しくないですか? いっつもBなんですけど……」

「俺に言うな」

 

 何故かバージルには、実家のような……は言い過ぎかもしれないが、安心感を覚えられる魔道具。しかしゆんゆんはその魔道具に設定された評価基準に物申したい様子。

 誰が何のために作ったのか。ウィズは、暇を持て余した冒険者が、戦闘を刺激的にするために作ったのではないかと言っていたが、真実は製作者のみぞ知る。

 ゆんゆんは「せめて収集率が無くなってくれれば」と文句を呟いているが、もし何度改良を重ねられたとしても、それが無くなることはないだろう。

 

「まぁいいや。それじゃあ次行きましょう!」

 

 気持ちを切り替えて独り意気込んだゆんゆんは、持っていたアイテムで回復すると、洞窟の先を進んだ。

 バージルは魔道具を懐にしまい、ゆんゆんの後を追う。

 

 しばらく歩くと、前方にモンスターを発見。数は少ないが、この階層まで来ると一体一体が強力になってくる。

 レベル上げと戦闘の練習には持って来いの相手だ。彼女は、敵の注意を引きつけるスキル『デコイ』の効果を得ることができる粉を自分にかけると、ワンドを片手に得意気な顔で言いのけた。

 

「今度こそ、総合評価でSを取ってみます! 見ててください!」

「ほう、自信たっぷりのようだな。では、これならどうだ?」

 

 すると、背後にいたバージルは『エアトリック』で瞬時にモンスター達の前に移動し、いつの間にか手に持っていた瓶を振り、中に入っていた紫色の粉をモンスター達にまんべんなく振りまいた。

 瞬間、モンスターが持つ魔力が大幅に増大し、彼等の目が赤く光を放つ。中には、盛大に雄叫びを上げる者も。

 それを確認したバージルは、再び『エアトリック』を使ってゆんゆんのもとに戻り、懐にしまっていた戦闘評価測定の魔道具を取り出し、測定開始の文字を押した。

 変貌したモンスター達に怯えていたゆんゆんは、恐る恐るバージルに尋ねる。

 

「……あの、先生……今、モンスター達に何を……」

「これと一緒に買った、敵強化の粉をかけた。モンスターの攻撃力と防御力、そして凶暴性が遥かに増すそうだ」

「私を殺す気ですかっ!?」

 

 

 その後、ゆんゆんはなんとか強化された敵を全滅。しかし、時間がだいぶかかったため討伐時間の評価はD。

 また、あの状況下で敵素材の収集なんてできる筈もなく、収集率もD。戦闘内容は、チクチクと敵を刺しては必死に逃げ回るを繰り返すという、スタイリッシュとはかけ離れた立ち回りだったため、勿論D。

 敵の一発一発は重く、1回殴られただけで自分の体力が半分ぐらい削られるような錯覚に陥るほど。その度にゆんゆんは回復アイテムを使用していたため、ダメージとアイテムの評価もD。

 結果、ゆんゆんはバージルの最高記録とは対照的に、最低記録のオールDを叩き出した。

 追い打ちをかけるように最低評価を見せられたゆんゆんは、八つ当たるように戦闘評価測定魔道具を真っ二つに破り捨てた。

 

 

 

<chapter7:第29話NGシーン>

 

 

 『空間転移魔法(テレポート)』――その名の通り、一瞬で指定した場所へとワープする、ファンタジーには欠かせない魔法。

 馬車や竜騎に並ぶ移動手段として用いられ、大きな街にはテレポート屋という移動施設もある。

 テレポート屋は、利用客を安全にテレポートさせるために、テレポートの最中に暴れないようにと呼びかける他、こうも言っていた。

 どこかの世界の、日本と呼ばれる国で、バスや電車、エレベーターなどに乗り込む人へ忠告するように。

 

『駆け込み乗車はやめましょう』

 

 

*********************************

 

 

「……どうしたの?」

「いや……クリスとは久々に会った筈なのに……なーんかついさっき会った感じがして、不思議だなーと思ってさ」

「ッ! さ、さぁー、気のせいじゃないかなー!?」

 

 十中八九、魂を導く間で女神として出会ったことを言っているのだと悟ったクリスは、目を泳がせつつも気付かれないようにそう返した。

 この姿は、下界に降りる用に作られた身体。当然、女神としての力も抑えられている。バージルのように僅かな女神の力も感じ取れる存在でない限り、バレることはない。

 故に、この変装に自信はあったのだが、彼は意外と鋭いタイプなのかもしれない。これからは気を付けようとクリスは決意する。

 

 

 ――とその時、ドサッとカズマ達の背後で何かが落ちる音が聞こえた。

 何事かと、その場にいた全員が音のした方向へ顔を向ける。

 そこには、地面に仰向けで倒れるバージルと、寝転ぶ彼の上から抱きついたままのアクアがいた。

 どことなくアウト臭がする構図を見て、カズマがゴクリと息を呑む。

 気がついたのか、アクアとバージルは両目を開け、目の前にいる者を見て口を開いた。

 

 

「……あれ? なんで私の上に私が乗っかってるの?」

「……どういうことだ? 何故俺がそこにいる?」

「「「「「!?」」」」」

 

 それは、本当にバージルとアクアが発したのかと疑わざるを得ない口調の言葉。カズマ達は自身の耳を疑う。

 同じく、自分の発した声に驚いたのか、アクアとバージルはハッとした表情で自分の身体を見る。

 

「バ……バカな……ッ!?」

「こ、これってもしかして……!?」

 

 二人は立ち上がり、自身の身体と相手を交互に見ながら、こう口にした。

 

「俺と貴様の身体が――」

「入れ替わってるー!?」

 

 どこかの世界で一時期流行っていた、入れ替わりが起きてしまったのだ。

 それを知ったバージル――否、バージルの身体を持つアクアは、自分の身体をまじまじと見つめて話す。

 

「こ、これがお兄ちゃんの身体……す、凄い! とんでもない魔力を感じるわ! ねぇお兄ちゃん! 貴方って本当にただの半人半魔なの!?」

「……ブフッ!」

 

 そんなアクアの口調を、バージルの顔で、バージルの声で聞いてしまい、カズマは思わず吹き出した。

 周りにいるめぐみん、ダクネス、クリスは笑いを堪えているのか、肩をプルプルと震わせている。

 そして、ゆんゆんは自身のバージル像が真正面からグーで砕かれてしまったからか、生気を帯びていない目でバージルを見ていた。

 

「き、貴様……! 俺の身体でいつものように話すな! 今すぐ黙れ!」

「ねぇねぇお兄ちゃん! 私の身体はどんな感じ!? 女神の聖なる力を感じ取ってる!?」

「ダ……ダメですッ……もう堪えきれません……お、お腹痛い……!」

「わ、笑うなめぐみん……! バージルに怒られるぞ……ブフォッ!」

「ひーっ! ひーっ! 腹筋がちぎれる……!」

「……先生が……私のスタイリッシュな先生が……」

 

 アクアの声を聞いたアクア――もとい、アクアの身体をもったバージルは、アクアが発しているとは思えない低い声で、アクアに黙るよう言いつける。

 しかし、アクアは口を閉じることはせず、キラキラとした目を見せた。バージルの顔で。

 その、普段どころか天変地異が起ころうとも絶対見れないだろうバージルの顔を見てめぐみん、ダクネス、クリスの3人はお腹を抱えて笑い転げる。そしてゆんゆんは、ショックのあまりその場に倒れてしまった。

 

「黙れと言った筈だクズがッ! 返せ! 俺の身体を今すぐ返せッ!」

「イタタタッ!? お兄ちゃん痛い!? 私の聖なる力を使ってお兄ちゃんの身体にアイアンクローするのは酷だと思うの!?」

「Die! Die! ダァアアアアアアアアアアアアイッ!」

「にゃぁあああああああああああああっ!?」

 




DMC3スタッフはよくもまぁあんなNGシーン思いつくよなぁ……。


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第4章 アクセルの英雄
第29話「この幽霊屋敷で幽霊退治を!」


 夜空に浮かんでいた月が山に隠れつつも、まだ太陽は出ていない頃。

 日本と呼ばれる国では、この時間帯でも寝ている人は多く、起きているとすれば早寝早起きなご老人や、新聞配達をするバイト君ぐらいのもの。

 そんな朝方――アクセルの街の郊外に住む男、バージルも目を覚ましていた。

 

 いや、覚ましてしまったと言ったほうが正しいか。

 

「……」

 

 バージルは仰向けでベッドに寝転がったまま、声を出さずに両目を開く。

 視界に映るのは、ベッドの側に立ってバージルの顔を覗き込んでいる、複数人の女性。

 彼女達の肌は人間と思えないほど白く、足元は透けている。

 

 そう――幽霊だ。

 いつからか覚えていないが、この家に幽霊が現れるようになり、起床時にこうしてベッドのもとに寄ってきていた。

 幽霊が放つ魔力と視線、気配に気付き目を開けるも、彼女等はバージルに金縛りをかけて動きを封じ、襲うわけでもなくただただジッとバージルを見つめている。

 

 勿論、ただの一般幽霊による金縛りで、彼の動きを封じられる筈がない。

 バージルはベッド周りにいる幽霊達を眺め回すと、自身の魔力をほんの少しばかり出力し、幽霊達を強く睨みつけた。

 彼の睨みと魔力による脅しを目にした幽霊達は、逃げるようにしてその場から飛び去っていく。その時の顔が、何故か悦んだ時のダクネス(HENTAI)の顔と同じように見えた。

 

「チッ……」

 

 再び寝ようとするも、眠気も失せてしまい寝付けそうになかったバージルは、舌打ちをしながら上体を起こす。

 先も言ったように、彼女等はバージルに寝起きドッキリを仕掛けてくる。自分の生活リズムを崩されるのを嫌うバージルにとっては、酷くフラストレーションが溜まるものだった。

 

 当然、やられっぱなしでは済ませない。キッチリ報復もしていた。部屋の中に幽霊が潜んでいたのを発見した時、彼は素早く近づいて、家を傷つけないように刀を振るった。

 するとどうだろうか、斬られた幽霊はたちまち消えた。閻魔刀で斬ったのなら特に疑問も抱かないのだが、今の彼が持っているのは、特別指定モンスターを素材にしているものの、それ以外はただの刀。なのに実態の無い幽霊を斬れたのは、自分の魔力のせいか、はたまた『奴』のせいか。

 が、どちらにせよ幽霊を斬れると理解したバージルは、いつ来てもいいように幽霊を待ち構えたいたのだが……そういう時に限って奴等は来ない。そして忘れた頃にやってくる。なんともはた迷惑な話だ。

 

 一体彼女等はどこから来ているのか。その見当もついている。隣の屋敷だ。

 小さな魔力だが、隣の無人屋敷からそれを数多く感じ取っていた。十中八九、そこからこっちに来ているのだろう。

 この街のプリーストが屋敷の浄化を行っている様は見ていたが、ほんの一時しのぎにしかならず、時が経てばまた幽霊が増えていた。

 いっそ自分が乗り込んで、片っ端から斬るべきかと考えながら、バージルはベッドから足を下ろし、青いコートを手に取って1階へ降りる。

 

「(……そろそろ、アレが仕上がる頃合いか)」

 

 ふと、バージルは階段を降りながら思い出す。

 彼は知人に、ある物を依頼していた。もしかしたらそれが完成しているかもしれない。

 今日は早めに店を閉め、そこに向かうとしよう。今日の予定を決めた彼は、日課の朝風呂へ入るために浴室へ向かった。

 

 

*********************************

 

 

 夕暮れ一歩手前の時間、バージルは予定通り通常よりも早く店を閉め、目的の場所に向かっていた。

 ギルド近くにある店の合間を通り、その先にある川を沿って進んだ先。

 

「ゲイリー、いるか」

「おぅ……って、おめぇさんか」

 

 彼がこの地で得た新たな刀、アマノムラクモを作ってくれた鍛冶屋ゲイリーだ。

 鍛冶場に顔を出してきたバージルを見て、椅子に座っていたゲイリーはよっこらせと腰を上げる。

 

「例の物はできたか」

「おうよ。ちょっと待ってろい……えーっと確か……」

 

 バージルが確認を取ると、ゲイリーはそう言って鍛冶屋の奥に姿を隠す。

 鍛冶屋の内装を見ながら少し待っていると、ゲイリーが彼の言う例の物を両手に持って出てきた。

 

「ほれっ! おめぇさんが頼んだブツだ! 今回もかなり良いモンができたぜぃ!」

 

 ゲイリーの手にあるのは、この世界でも一般的な武器と認知されている両刃剣。刃の長さは、バージルが一時だけ使っていた『フォースエッジ』とほぼ同じもの。

 そして――刃は雪のように白く、僅かながら冷気を帯びていた。

 白き両刃剣を見たバージルは、剣の柄を右手で持ち、品定めするように刃の輝き、柄の長さ、重さを確認する。

 

「しっかしまぁ……特別指定モンスターが元になった武器を2つも持つ冒険者なんざ、この街じゃおめぇさんぐらいだろうよ」

 

 そう、これは以前バージルが狩った特別指定モンスター『冬将軍』の素材を使った武器だ。

 両刃剣を握る手からは、ベオウルフやアマノムラクモのように、冬将軍の魔力を感じ取れる。

 バージルは剣に少し魔力を送ると、刃は更に白く輝き、纏っている冷気も増した。アマノムラクモと同じく、自身の魔力を注ぐことで力を発揮するタイプだろう。

 

「……フム」

 

 バージルは剣を手に持ったまま、鍛冶屋から外に出る。それを見たゲイリーは、この後の展開を何となく察しながらも彼の後を追った。

 ゲイリーが外に出ると、彼は既に隣の庭に立っており、両刃剣を両手で持っている。どういう原理か知らないが、刀は腰元に固定させていた。

 

「フンッ!」

 

 すると彼は、右足を一歩出すと同時に剣を縦に振り、すぐさま右へ振った。

 そこから左足を出しつつ、自身の身体の周りをグルリと一周するように両手で軽く剣を振り回す。

 

「ハァッ!」

 

 そして最後に右足を出しつつ、前方に力を込めて剣を突き出した。剣を引いてから突くまでの速度が尋常じゃなく早いせいか、バージルから前方へと向かう風圧が起こる。

 バージルは突き出した剣を引っ込めると、ありもしない鞘へ入れるように背負った。腰元にある刀と同じく、どうやって背負っているかなどと突っ込んではいけない。

 

「……これも悪くない。礼を言う、ゲイリー」

 

 剣の出来には満足したのか、バージルは小さく笑ってゲイリーにそう告げた。

 珍しく彼が礼を言ったのにゲイリーは少し驚いたが、それよりも物申したいことが1つ。

 

「別に、試し斬りすんのは構わねぇけどよ……ウチじゃないとこでやって欲しかったぜぃ」

「……ムッ……」

 

 バージルが先程剣を突き出した方向――そこにあった薪の山が、剣の魔力のせいで氷漬けになったのを見て、ゲイリーはジト目でバージルを睨んだ。

 

 

*********************************

 

 

 その後、鍛冶屋を後にしたバージルは、真っ直ぐ自宅へと足を進めていた。

 左手には刀を、背中には先程ゲイリーに作ってもらった両刃剣を。生前、ダンテと魔界で戦った時のスタイルだ。

 そして、彼が背負う剣の柄には、アマノムラクモと同じく、剣の名が刻まれている。

 

 『魔氷剣ジェネラルフロスト』――文字通り『General Frost(冬将軍)』の名を冠したものだ。

 新たな武器を得たことで、朝のイライラも無くなったバージルは、何事もなく家へ向かう。

 

 

 ――ことはできなかった。

 

 

「好きな物はぬいぐるみや人形。そして冒険者達の冒険話! どんな小さな冒険でもいいそうよ! どうやらこの子は私達に危害を加えない良い霊のようね。だから他の霊と一緒に浄化しないよう気をつけなきゃね。あと、子供ながらにちょっと大人ぶったことが好きで、こっそり甘い酒を飲んでいたそうよ。という訳で、お供えにはお酒を用意しておいてね!」

「……」

 

 バージルの家の隣、大きな無人屋敷の門の前で両手をかざし、誰かに説明するように独り言を呟くアクアを見てしまったがために。

 またも偶然出会ってしまった彼女を、バージルはただただ無言で見つめる。おかしなことを口にしながら屋敷の前で立っているその姿は、まさに不審者。警察に見つかれば即刻職質をかけられるだろう。もっとも、彼女が手から力を発しているのを見る限り、女神の力を行使しているのは間違いない。

 

 幸い、彼女は両目を閉じており、まだバージルに気付いていない様子。ここは何も言わず、通り過ぎるのがベストだろう。

 そう考えたバージルは、未だブツブツ呟いているアクアの背後を通り過ぎ、隣にある自宅へ向かう。

 

「ムッ! 何やら動きがあったわね。隠しても無駄よ。私には貴女達の一挙一動さえ見えるんだから。貴女達はアイドルを見るような目で、門の前で調べている私の後ろを通り過ぎていくお兄ちゃんを見つめて――ってお兄ちゃん!?」

「……Damn it!」

 

 が、こういう時に余計なことをするのがアクア。通り過ぎようとしたバージルに気付くと、手をかざすのをやめて彼に駆け寄ってきた。

 バージルは仕方なく振り返り、アクアに顔を向ける。

 

「どうしたのお兄ちゃん? こんなところで……」

「どうしたも何も、この屋敷の隣が俺の家だ。貴様こそ、誰もいない屋敷の前で何をしている」

 

 理由はわからないが、屋敷に住み着く幽霊関連だろう。そう予想しながらもバージルは尋ねる。

 するとアクアは、自信満々に胸を張って答えた。

 

「実は、この屋敷にいる幽霊の浄化を頼まれちゃってね。本当はウィズがやる予定だったけど、今日は調子が悪いみたいだから、私が代わりにやってあげようって話になったのよ!」

 

 本当は、カズマがウィズ魔道具店へ行くのに同行し、そこでいつものようにウィズへ絡み、アクア自身が彼女を弱らせてしまったのが原因で、アクアは罪悪感に見舞われて引き受けたのだが。

 誤魔化すように「リッチーのくせに世話がやけるんだから」と、ため息混じりに呟くアクアは、バージルから屋敷の方へ視線を移す。

 

「さっき、この屋敷にどのくらい幽霊がいるのか調べてたんだけど、中々の数がいるみたいね。前に行った共同墓地と同じぐらいかしら」

 

 その話を聞きながら、バージルも屋敷へ目を向ける。

 もし、彼女が屋敷に住まう幽霊を追っ払ってくれたのなら、最近朝の目覚まし代わりに現れる幽霊も来なくなるだろう。

 そこらのプリーストなら苦労するだろうが、彼女はアークプリースト。そして力だけは無駄に高い女神だ。何も問題がなければ、明日には幽霊もいなくなっている筈。

 

「そうだ! お兄ちゃんも一緒にゴーストバスターしない!?」

「……何っ?」

 

 とその時、アクアはバージルに幽霊退治の誘いをかけてきた。バージルは、再度アクアへ目を向けて聞き返す。

 

「確かお兄ちゃんの刀には、私のありがたーい加護が付いていた筈よ! その刀で幽霊を斬れば、即浄化できること間違い無しだわ! なんてったって私の力だもん!」

 

 刀についた、女神アクアの加護。そう、以前バージルがカズマと生活を入れ替えた時、アクアが刀を抱きしめていた時に付けられたものだ。

 その加護のせいで元々の威力が少しばかり減ったものの、アンデッド相手ならば効果抜群の威力を引き出すことができるようになった。この間幽霊を斬れたのもそのためだろう。また、試したことはないが、女神とは相反する悪魔相手にも同様の効果は期待できる筈。

 事実、バージルにもその効果が出ており、刀を使う度に手がピリピリしていた。今はもう慣れてしまったが。

 アクアが自信たっぷりに断言する前で、バージルは少し黙り込むと――。

 

 

*********************************

 

 

「というわけで、お兄ちゃんもゴーストバスターズに入ったから」

「いやなんでだよ」

 

 アクアと共に屋敷へ入ると、リビングで寛いでいたカズマに早速ツッこまれた。

 

「あの、ホントに参加するんですか? これは俺達が受けた依頼で、バージルさんには何の報酬も無いですけど……」

「最近、ここの幽霊共には迷惑していた。この手でやり返さなければ気が済まん」

「(……結構根に持つタイプなんだなぁ)」

 

 毎日毎日幽霊に起こされ、そろそろ屋敷にカチコミを仕掛けようかと彼は考えていた。

 そこへ、正当な理由で屋敷に住む幽霊へ好きなだけ報復できると聞けば、乗らないわけにはいかない。溜まっていた鬱憤を存分に晴らせるからか、彼は独り不敵な笑みを浮かべる。

 

「じゃ、私は部屋に荷物を置いてくるわねー」

「私もまだ、部屋の掃除でやり残していた所があるからな。部屋に戻らせてもらう」

 

 その傍ら、まだ荷物を部屋に置いてきていなかったアクアは、すたこらと駆け足でリビングから去った。

 同じくこの場にいたダクネスは、カズマにそれだけ言ってリビングから自分の部屋に戻る。

 

「バージル、まだ夜までに時間があります……その間、私とこのボードゲームで勝負しましょう!」

 

 とその時、彼のもとにめぐみんがそう言いながら近寄ってきた。その手には、チェス盤が折りたたまれた物と小さな箱がある。以前、バージルがゆんゆんと勝負をした、この世界でチェスに代わるボードゲームだ。

 

「このボードゲームでも、アークウィザードこそが最強……そして、爆裂魔法こそが究極にして至高だと思い知らせてあげましょう!」

「いいだろう。ならばこのゲームでも爆裂魔法がいかに無力か、貴様に思い知らせてやる」

 

 意外にもこのゲームを気に入っていたバージルは、めぐみんの売った喧嘩を自ら買った。

 その傍ら、以前めぐみんと対戦した時に自分の駒をテレポートで盤外へ飛ばされてから、二度とこんなゲームするかと思っていたカズマは、バージルがどんなプレイングをするのか気になり、ソファーに座って勝負の行く末を見守った。

 

 

*********************************

 

 

「ソードマスターを移動。さぁ、貴様のターンだ」

「フフフ……追い詰めたつもりのようですが、言った筈です。このゲームで貴方に、爆裂魔法の力を思い知らせると! 今がその時です! エクスプロージョ――!」

「ルールを無視するな。爆裂魔法は、アークウィザードがいなければ発動することはできん」

「……ハッ!? い、いつの間に私のアークウィザードをっ!?」

「盗賊の潜伏を使い、狩らせてもらった。さて、貴様の大好きな爆裂魔法は撃てなくなったわけだが……どうする?」

「ぐっ……我が完璧な守りを掻い潜り、私の目を盗んでアークウィザードを屠るとは……しかし、まだこちらにはアークプリーストがいます! アークプリーストを移動させ、リザレクション! フフフ……次ターンには今度こそエクスプロージョンを――」

「礼を言う。そこにいたアークプリーストが目障りだったからな。ソードマスターを再び移動。チェックだ」

「はうっ……!? こ、ここは我がキングを守らねば! ク、クルセイダーをキングの前に移動!」

「王の後ろがガラ空きだ。それで守っているつもりか? 盗賊を動かし……再びチェックだ」

「ぐぬぬっ……! わ、我が最強の陣営が、ソードマスターと盗賊の2体だけで、ここまで……!」

「(……全っ然わからん)」

 

 

*********************************

 

 

「……ふーっ……」

 

 日は落ち、三日月の上がる夜。部屋の掃除を終わらせ、風呂に入って身を綺麗にしたカズマは、自室のベッドで横になる。

 今のところ、幽霊らしき者は一切現れていない。アクアが叫んだので何事かと思ってきてみれば、高級な酒がいつの間にかなくなっていたと泣いていたぐらいだ。

 その後アクアは部屋を飛び出し、いち早くゴーストバスターへ向かった。めぐみんとダクネスは自室に、バージルは1階のリビングにいるだろう。

 以前、共同墓地にいた幽霊を(ついでではあるが)アクアは浄化していた。その時は然程時間も掛からなかったため、この屋敷の浄化も早く終わるだろう。

 自分のやれることはなさそうだなと思いながら、カズマは疲れた身体を癒すように目を閉じる。

 

 

「(……トイレ行きたい……)」

 

 しかし、寝る前に行うトイレをうっかり忘れていたカズマは、今し方感じた尿意で目を開けた。

 一度気になってしまえば、どうしてもトイレに行きたくなってしまう。カズマはベッドから降りようと、仰向けの状態から身体を起こし、横を見る。

 

 

 その先にある鏡の前に置かれていた、見慣れない西洋人形と目が合った。

 

「(こっっっっっわっ!?)」

 

 カズマは思わず人形から目を背けると、起こしていた身体を再び倒し、人形から背を向けるように寝転んだ。

 あんなホラーチック満載な人形、寝る前には無かった筈だ。ホラーモノにありがち過ぎる展開を前にして、カズマは目を閉じて現実逃避しようとする。

 

 とその時――背後から、何かが近付いてくる気配がした。

 敵感知スキルは発動していない。にも関わらず、何かが背後に忍び寄る感覚があった。

 身体中から変な汗が出てくる。いやまさか。そんなわけがない。カズマは自分に言い聞かせ、必死に眠りへ落ちようとする。

 しかし、こういう時に限って中々寝付くことはできず。一方、その気配がすぐ後ろまで来たように感じると――。

 

 

 背中から、何かが覆いかぶさるような感覚を覚えた。何かが背負われるような、そんな感覚。

 

「――ッ!?」

 

 それを受けて、カズマは悲鳴を上げようとする――が、声は出ない。それどころか口さえ開かない。身体も動かない。

 金縛りを受けていると気付くのに、さほど時間は掛からなかった。

 カズマの耳元では笑い声がこだまする。カズマより小さい、幼子の無邪気な笑い声。

 聞きたくなくても耳を塞げず、嫌でも笑い声が耳に入る。カズマは全身に鳥肌が立つのを感じながら、その恐怖に耐え続ける。

 

 ――しばらくして、その笑い声は聞こえなくなった。

 背中についていた何かも、どこかへ行ったような気がした。身体も問題なく動くし、呼吸もできる。

 が、目を開けたくはない。嫌な予感が満々だからだ。

 しかし、目を瞑ったままではトイレにも行けない。カズマは数少ない勇気を振り絞って、その両目を開ける。

 

 

 

 後ろにいた筈の西洋人形が、眼前で笑みを浮かべていた。

 

「ひぃいいいいいいいいやぁああああああああああああああああっ!? アクア様っ! アクア様ぁああああああああああああああああっ!」

 

 カズマは飛び起きて部屋から抜け出し、同じ階にあるアクアの部屋へ全力疾走した。

 

 

*********************************

 

 

「(……上が騒々しいな)」

 

 その頃一方、一階の廊下にて。2階から聞こえる物音を耳にし、バージルは鞘に刀を納めながら天井を見る。

 彼は既に1階の浄化を始めており、何故か女性ばかりの、喜々として迫って来た幾多の幽霊を斬り倒していた。

 現れる幽霊も少なくなり、そろそろ佳境かと思っていたのだが、もしかしたら2階に幽霊が集まっているのかもしれない。

 事実、アクアはまだ2階にはびこる幽霊を浄化しており、1階に降りてくる様子はない。

 そこまで考えたバージルは、自分も2階に上がるべく足を進めた。

 

「……ムッ」

 

 とその時、前方から何やら気配が。バージルは左手に持っていた刀を握り直し、前を睨む。

 長く続く廊下の先。その奥にあった曲がり角から――1人の少女が飛び出し、こちらに駆け寄ってきた。

 遅れて曲がり角から現れたのは、3体の西洋人形。しかしそのすぐ後ろにはうっすらと、足元が透けている3人のおっさんが宙に浮かんでいるのが見え、廊下を走る幼女を追いかけている。心なしか息も荒い。

 

 それを見たバージルは、右手で刀の柄を持つ。こちらに走ってきた少女は、そんなバージルを見て驚きつつ足を止める。

 今こそチャンスと見てか、追いかけていた幽霊達は目を光らせ、足を止めている少女に襲いかかった。

 

「消えろ」

 

 その瞬間、バージルは即座に刀を抜き、少女が襲われる寸前に幽霊3体を一閃した。

 斬られた西洋人形は首を落とされ、背後にいた幽霊は瞬時にこの場から消え去る。感じていた人形の持つ微量の魔力も無くなっていた。軽く振り抜いた刀を、バージルは鞘に戻す。

 廊下に立っていた少女は、驚きながら背後を振り返り、追いかけていた幽霊がいなくなったのを確認すると、再びバージルへ顔を向ける。

 戸惑いと恐怖が含まれた視線。それを受けたバージルは、特に反応することもぜず、少女に向かって歩き出す。

 少女はビクッと驚き、その場に尻餅をつく。迫り来るバージルを見て、彼女は怯えるように頭を抱え、両目を閉じる。

 

「成程……貴様が……」

 

 しかし、バージルはそれだけ言うと彼女の横を通り過ぎ、そのまま廊下の奥へ向かっていった。

 

 

*********************************

 

 

 屋敷の2階にあるバルコニー。階段を上がって2階に来たバージルは、そこに腕を組んで立ち、月を見上げていた。

 

「(うむ……月を嗜むには悪くない場所だ)」

 

 独り、黒の夜空に映える月を鑑賞するバージル。幽霊退治の最中でなければ、ここで星や月を見て寛ぐのもよかったかもしれない。

 天体観測を終えた彼は、中断していた幽霊退治に戻ろうと後ろを振り返る。

 

「……まだいたのか」

 

 そして、バルコニーの扉から顔を覗かせて様子を伺っている、先程出会った少女と目があった。

 少女は目を合わせるやいなや扉の陰に隠れるが、そっと控えめに顔を出す。

 あの時出会ってから、彼女は距離を置きながらもバージルについてきていた。それにバージルは気付いていたのだが、特に彼女へ手を出すこともなく足を進めていた。

 それが疑問に思ったのか、少女はバージルに視線を合わせながら口を開く。

 

「……どうして、私を斬らないの?」

「貴様のことは、今頃幽霊を殴り倒しているだろう女から聞いていた。そいつは浄化しないようにしなければ、とな。奴に黙って貴様を浄化してしまえば、泣き喚かれて面倒な事になる」

「……それだけ?」

「それだけだ。何の理由も無しに颯爽と危機から救ってくれる白馬の王子様や勇者様を期待していたのなら、残念だったな」

 

 バージルは少女と言葉を交わすと、彼女の横を通り過ぎてバルコニーから出る。

 そのままこの場を去る……と思いきや、バージルは再び少女に顔を向けた。

 

「もっとも、貴様が浄化されるのを望んでいるのなら、今ここで斬ってやってもいいが? あの女が喧しくなるだろうが、本人たっての希望だったと言えば、奴も黙ってくれるだろう」

 

 刀の柄を右手で持ち、僅かに鞘から刀身を見せて少女に尋ねる。

 少女は闇夜に光る刀身を見ると、バージルの問いかけに答えることはせず、疑問を口にした。

 

「浄化されたら……どうなっちゃうのかな?」

「……死後の世界については諸説ある。が、1番有力なのは、女神の導きによって天国か地獄に送られるか、同じ世界で生まれ変わるというものだ」

「女神様?」

「そうだ。以前、蘇生魔法を受けてこの世に還った男が、死後の世界と思わしき場所で女神を見た、と言っていた」

 

 冬将軍を倒した翌日に聞いた、カズマの話。彼は冬将軍に殺された後、元の世界で死んだ時に来たのと同じ場所で美しい女神と出会った、と言っていた。

 バージルが幾つか伏せて話した内容を聞き、少女は「天国……地獄……生まれ変わり……」と呟き、自分がどこに行くのかを予想している。

 そんな少女を見て、バージルは一旦鞘に刀から右手を離し、言葉を続けた。

 

「……それか、こことは違う別の世界に行けるかもしれんな」

「別の……世界? それって楽しいところ?」

「さぁな。平穏に暮らせる平和な世界か、悪魔が蔓延る修羅の世界かもしれん」

「えぇ……悪魔がいっぱいいる場所は嫌だなぁ……」

「上の連中は、悪魔以上に何を考えているのかわからん。たとえ貴様が生前に善行を積んでいても、気まぐれに悪魔の世界へ飛ばす可能性もあるだろう」

 

 第3の選択肢、異世界転生だった場合を考え、不安を抱える少女をもっと不安にさせるように、バージルは話す。

 案の定、不安を抱えるどころか異世界転生に恐怖を覚えている少女を見ると、バージルは少女から部屋の天井へ視線を移し、こう付け加えた。

 

「だが――もし貴様を導く者が女神エリスならば、争いのない平和な世界へ、そして幸せに生きられるよう取り計らうだろう」

「……なんで?」

「女神エリスは、慈愛の女神とも呼ばれている。貴様が転生を選んだ場合、お節介な奴はそうする筈だ……俺は、そう思っている」

 

 首を傾げて尋ねる少女に、バージルは首にかけたアミュレットを手に持ち、そこから流れる暖かな力を感じながら、そう言い切った。

 まるで、女神エリスを直接知っている風に話すバージル。しかし少女は、そのことについて言及することはせず、先程の問いに答えた。

 

「そっか……なら、浄化されるのも悪くないかも……でもまだいいや。だって、これから楽しくなりそうだし」

「……? それはどういう――」

 

 バージルは少女の言葉が気になり尋ねようとしたが、近くに魔力を感じ、少女から顔を背ける。

 廊下の先にある小さな魔力。この屋敷に潜む幽霊達だ。アクアの浄化も上手く行っているのか、それら以外に幽霊の微量な魔力は感じない。

 

「話が過ぎたな。もう存分に恨みは晴らせた。さっさと幕引きにするとしよう」

 

 バージルはそう言うと、その場から離れて魔力を感じた廊下の先へ歩いて行った。

 

 

*********************************

 

 

「馬鹿ですか!? カズマは馬鹿なんですか!? ここまで非常識だと思いませんでしたよ! 済ませ終えたとしても、パンツも履かせないまま連れ去るとか馬鹿ですか!?」

「しょうがねぇだろ!? あとちょっと遅れてたら幽霊共に襲われてジ・エンドだったんだ! 股がスースーするのぐらい我慢しろ!」

「この男! 女の羞恥というものを知らないのですか!?」

 

 屋敷の2階、カズマは必死に廊下を走りながら、手を繋いで引っ張っているめぐみんにそう言い聞かせていた。

 そのめぐみんはというと、ピンク色のパジャマ姿ではあるが、下はズボンどころかパンツさえ履いていないという、青少年にはよろしくない格好。

 

 本当にあった怖い話を体験したカズマは、あの後すぐさまアクアの部屋に駆け込んだが、そこにいたのは同じくアクアに助けてもらおうと来ていためぐみんだった。

 アクアは未だ浄化の真っ最中で、いくら待っても帰ってくる様子がない。その時、カズマとめぐみん両者共に尿意を覚え、ひと悶着ありながらも2階のトイレへ。

 先にめぐみんが用を足している時、そこへ西洋人形に取り憑いた大量の霊が急接近。このままでは呪い殺されると危惧したカズマは、慌ててめぐみんとその場を去ったのだ。

 

 背後から宙に浮かんで奇妙な笑い声を上げながら飛んでくる中、カズマは走った先に見つけた物置部屋を見つけ、そこへ逃げ込む。

 カズマとめぐみんは、息を殺して幽霊が立ち去るのを待つ。しかし、今相手にしているのは幽霊だけではない。

 

「ヤバイ……もう限界だ……このまま漏れる……」

 

 尿意だ。めぐみんは済ませたものの、カズマは幽霊に追われっぱなしで済ませず。

 もういっそ本当にこれで済ませようかと、めぐみんがアクアの部屋から持ってきた小瓶を見る。

 

 その時、扉の向こうから大きな物音が響き出した。カズマとめぐみんは同時に小さな悲鳴を上げる。

 

「わ、わわわ我が魔力を以て、有象無象の迷える魂を滅ぼささささ……!」

「おおお落ち着け!? ここで幽霊だけでなく屋敷を吹っ飛ばしたらどうする!?」

 

 恐怖のあまり爆裂魔法の詠唱を口にするめぐみんだったが、カズマは慌ててそれを止める。

 しかし、このまま何もしなければ逆に危険なのも明らか。あと何より自分の膀胱がマストダイだ。

 

「よ、よし……めぐみん、取り敢えずその小瓶を武器として持っとけ。俺が先行して、さっきのトイレに行く。効くかどうかわかんないけど、幽霊が来たらドレインタッチかましてやる!」

 

 意を決したカズマは、立ち上がって右手をワキワキと動かす。後ろにいためぐみんは、片手で露になっている下半身を服で隠しながら、もう1つの手で小瓶を持つ。

 ゴクリと息を飲むと、カズマは勢いよく扉を開け――。

 

「おらぁああああっ! かかってこいやぁ! この悪霊共! ウチの狂犬女神けしかけてやっ――!」

 

 虚勢を張るように大声を出す――が、すぐさまその声を止めた。

 彼の首には、月の光に照らされて青く光る刀が当てられ――冷たい目で自分を睨むバージルが、そこにいたのだから。

 

「――あっ」

 

 カズマは、下半身が生温かくなるのを感じた。

 

「……貴様だったか」

 

 扉が開かれ飛び出てきたのが幽霊ではなくカズマだったと気付いてか、バージルは刀をカズマから離し、鞘に納める。

 彼の足元には、幽霊が宿っていたと思われる西洋人形が転がり、1つとして漏れることなく首を斬られている。よくもまぁ人の顔をした人形を首チョンパできるものだ。

 一方、カズマは固まったまま。扉を開ければ転がっている人形のように首チョンパされかけたのだ。無理もないだろう。

 

「悪霊退散! 悪霊退さ……あら? カズマじゃない。それにお兄ちゃんも」

「カズマ、めぐみんを見なかったか? 部屋に行ったが姿は見えなかったので、浄化ついでに探していたのだが……」

 

 とその時、カズマの耳に聞き慣れた声が入ってきた。そこでようやく我に返ったカズマは、声が聞こえた方へ顔を向ける。

 駆け寄ってきたのは、多くの悪霊を浄化できてスッキリしたのかご機嫌よさそうなアクアと、それについてきていたダクネス。

 

「お、おう、アクアにダクネス……めぐみんならこの部屋にいるぞ。色々あって幽霊に追われる羽目になって、2人でここに逃げ込んでいたんだ」

「幽霊に!? それは大変だったな……」

 

 カズマが簡単に答えると、ダクネスはねぎらいの言葉を掛けながら倉庫に顔を覗かせる。隣にいたアクアも倉庫の中を見た。

 

 そこにいた――ズボンもパンツも履いていないめぐみんを。

 

「カカカカズマ! お前はこの状況下で、めぐみんにナニをしようとしていたんだ!?」

「待て!? 俺は幽霊に追われながらそんなことをする男じゃねぇよ!? めぐみんがあんな格好なのは仕方なく――!」

「ねぇちょっと待って……今気付いたんですけど、アンタのズボン濡れてない? そう、まるで……ププッ……16にもなって……おもらししたかのような――ブハッ!」

「わぁああああああああっ!? 触れて欲しくなかったのにぃいいいいいいいいっ!?」

「ま、まさか……おいっ!? お前はまさか、めぐみんにアレをしようとしていたのか!? ににに人間べべべべん――!?」

 

 案の定勘違いされてダクネスが食いつき、アクアがおもらししたカズマを見て笑い転げる中、カズマは恥ずかしさのあまり泣き出した。

 現在進行形で恥ずかしいのは自分なのにと、めぐみんはモジモジしながら呟くが、騒がしい3人には届かず。

 

「……ムッ」

 

 一方、騒がしい彼等の近くにいたバージルは、あの少女がいつの間にかいなくなっていたことに気付き、辺りを見渡していた。

 

 

*********************************

 

 

 ドタバタとした夜が明け――翌日。

 幽霊は昨日の内に浄化させ、更にアクアがこの屋敷に悪い霊を寄せ付けない結界を張ったことで、幽霊屋敷の問題は解決した。

 その後、カズマ達は屋敷に泊まり、バージルは隣にあった家に戻って安眠。気持ちのいい朝を迎えた彼は、いつも通り業務を開始。

 しかし、今日はあまり客が来なさそうだと思った彼は、昼を迎えた辺りでギルドに顔を出してみようかと考え、店を閉めて外に出た。

 そして屋敷の前を通り過ぎる時、そこに知り合いの姿を見た。バージルは、屋敷の庭に入ってそこに近付く。

 

「あっ、バージルさん。こんちわっす」

 

 もう昼だというのに、まだ寝癖がついている髪で木の下にある墓石を掃除するカズマ。少し苔が生えている墓石には、お供え物をするように青い服を着た金髪の人形と、酒の入った小瓶が置いてあった。

 バージルは彼のもとに近づくと、掃除をしているカズマを見下ろす。

 

「知ってますか? このお墓、元々この屋敷に住んでいた子の物だそうですよ」

 

 カズマは桶に入った水で白い布を濡らし、しっかり絞ってから墓石を丁寧に磨く。

 バージルが墓石に刻まれている名前を見る前で、カズマはアクアから聞いた、1人の少女の話を始めた。

 

 『アンナ・フィランテ・エステロイド』

 この屋敷に住んでいた貴族の男が、遊び半分で手を出したメイドの間に生まれた少女。

 昔から貴族は貴族と結ばれることが常識とされており、平民、庶民とは勿論のこと、従者と身体を交わし子を授かるなど以ての外。

 もしこの子のことが世間や他貴族に知られれば、貴族としての地位が落とされるのは明白。それを危惧してか、少女は屋敷に幽閉された。

 しばらくして、身体の弱かった貴族の男は病死。母のメイドも行方知れずとなり、主を失った屋敷に住むのはアンナ1人だけとなった。

 しかし、父の遺伝子を受け継いだ彼女もまた身体が弱く、父と同じ病に伏して、両親の顔を知らないまま、若くしてこの世を去った。

 

 亡くなった者の魂は天へ導かれるのだが、彼女はこの世に未練があったのか、屋敷に住む地縛霊と化してこの世に留まった。

 まだ純粋な子供で、自身の生まれる経緯も何も知らなかったからか、恨みつらみを持って現れる悪霊にならなかったのは幸いと言うべきか。

 

「アクアはくもりなきまなことやらで、屋敷に入る時から知ってたみたいで……胡散臭い設定だと思って聞き流してたけど、まさか本当だったなんてなぁ。悪い霊じゃないから大丈夫らしいけど……頼むから、あの悪霊達がやったような心臓に悪いイタズラはしないでくれよー?」

 

 何度か布を濡らしては絞り、墓石を綺麗に磨き終えたカズマは、墓の前で手を合わせる。

 日本の風習を感じさせるカズマをバージルが見ていると、彼等の背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「こんにちわ、カズマさん。それにお隣のバージルさん。お墓掃除ですか?」

 

 バージルとカズマは後ろを振り返る。そこには、この街に住む貧乏店主ことウィズがいた。

 

「ウィズ、もう身体の方は大丈夫なのか?」

「はい。今回は私の代わりに浄化を行ってくださって、ありがとうございました」

 

 カズマは立ち上がってウィズに身体の調子を尋ねる。リッチーのため顔色はいつも青白いのだが、彼女がそう言うのなら大丈夫なのだろう。

 ウィズはペコリと頭を下げると、隣にいたバージルについては特に何も言わず近付き、墓の前に屈み込んで墓石を撫でる。

 

「きっとこの子も、もう寂しくないでしょう」

「……?」

 

 屋敷の浄化が終われば、ここは再び無人屋敷となる。まだ浄化されていない幽霊少女1人を残して。なのに、もう寂しくないというのはどういうことなのか?

 そういえば、昨日出会った少女も意味深な言葉を口にしていた。それを思い出し、バージルが独り疑問を抱える。

 

 が、その疑問はすぐに晴れることとなった。

 

「カズマさん、この子も満足できるような冒険話を、よろしくお願いしますね」

「まだロクにモンスターも倒せない駆け出しだし、大それた話もできないだろうけど、まぁ色々盛って話してみるよ。ここに住めるならそれぐらいの条件、安いもんさ」

「……待て。ここに住むだと?」

 

 カズマが話した内容に1つ、聞き逃してはならない言葉が聞こえたバージルは、二人の間に入ってカズマへ尋ねる。

 それを聞いたカズマとウィズは、首を傾げてバージルを見るが、カズマは思い出したように手を当てる、バージルに話した。

 

「あぁ、そういえば言い忘れてた。俺達、この屋敷の評判が上がるまでここに住んでいいって不動屋さんに言われたんですよ。この墓を掃除するのと、屋敷にいる時に冒険者話をするって条件付きで」

「あら、そうだったのですか? 私てっきり、バージルさんには既に話していて、お隣さんになるカズマさんへご挨拶をしにきていたのかと思っていたのですが……」

 

 カズマの言葉を聞き、勘違いしていたウィズは少し驚く。カズマもすっかり忘れていたと笑ってウィズへ言葉を返す。

 その2人の前――バージルは、ノックアウトしそうな程の衝撃を覚えていた。

 カズマ達が、この屋敷に住む。それはつまり――例の問題児三人組が、常に隣の屋敷に住んでいるということ。

 

 ――バージルはカズマに背を向けると、屋敷を見た。

 

「あれ? どうしたんすか?」

 

 様子が変わったバージルを不思議に思い、カズマは尋ねる。

 バージルは屋敷の方へ歩くと、両手両足に『ベオウルフ』を装備しながら答えた。

 

「屋敷を潰す」

「バージルさん!? それはちょっと待って!? お願いしますやめてください! ホントやめっ……やめろコラァッ!」

 

 屋敷を潰さんと歩き出すバージル。しかし折角手に入れた住居を壊されたくなかったカズマは、慌ててバージルの足へしがみつき、必死に止めようとした。

 しかしそれでもバージルは屋敷へ歩き続ける。急なことにウィズはオロオロしていたが、バージルを止めるべく彼のもとへ駆け寄った。

 

 その様子を、2階にある部屋の窓から見ていた少女は、楽しそうに笑っていた。

 




アンナちゃん、漫画版のみ後ろ姿だけビジュアルはあるものの、言葉遣いは不明だったので想像で作りました。パティより大人しい?
原作にない話を作るよりも、原作にある話、所謂原作沿いを作る方が難しいと実感しました。


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第30話「この女神様と冒険を!」

 アクセルの街郊外に建つ便利屋、デビルメイクライ。

 主のバージルは今日も椅子に座って本を読み、来客を待っている……が、どうにも内容が頭に入ってこない。

 

「(……本当に、どうしたものか)」

 

 つい先日、隣にカズマ達が越してきたことが気になってしょうがないからだ。

 カズマだけならまだ良かったのだが、アクア、めぐみん、ダクネスの問題児3人組がもれなくついて来ていた。特に注視すべきはダクネス。隣にデビルメイクライがあるとなれば、彼女が今まで以上に通い詰めるのは明白。

 否、手遅れだった。今までは何日かに1回だったのが、1日1回現れるようになっていた。営業妨害で警察に通報してやろうとバージルは何度思ったことか。

 

 彼女達から離れるには、この自宅兼店舗を別の場所へ移すのが手っ取り早いが、ここら一帯の静けさは彼にとって心地良く、離れてしまうのは勿体ない。それに、自分から移転するのは彼女達に負けた感があって癪に障る。

 カズマ曰く「あの屋敷の評判が上がって購入者が出れば、自分達は出て行かざるを得なくなる」とのことだが、彼等もあの屋敷を手放すのは惜しいだろう。評判が上がらないように工夫する可能性もある。

 

「(……俺が屋敷を買うか、潰すか……)」

 

 と、彼が独り物騒なことを考えていた時――正面の扉からノックの音が聞こえた。

 いつも来るダクネスだったらノックも無しに入ってくるのだが、作戦を変えてきた可能性もある。バージルは、開けたらすぐに扉を閉められるよう心構えをしておきながら、読みかけの本を閉じて机に置き、扉に近付いてドアノブを引いた。

 

 

「こんにちは、バージルさん」

「……クリスか」

「エリスでいいですよ。周りに誰もいませんし」

 

 現れたのは、協力者のクリス――もとい、その姿に扮している女神エリスだった。

 ダクネスではなかったことに少し安堵しながらも、バージルはエリスを室内に入れる。

 

「神器回収か。今度はどの辺りだ?」

 

 彼女がここに来る理由は、いつも神器回収の手伝いを頼みにくるためだ。今回も例に漏れずそうなのだろう。

 現在受けている依頼はなく、予定が空いていることを確認したバージルは、彼女に神器回収の目的地を尋ねる。

 が、それを聞いたエリスは首を横に振った。

 

「いえ、今日はそのつもりで来たわけではなくって……たまには、私がバージルさんの仕事を手伝ってみようかなーと思いまして」

「……?」

 

 エリスが今回ここへ来た目的を聞いたバージルは、不思議そうに彼女を見つめる。

 

「……貴様に手伝ってもらうほど、依頼は溜まっていない。それに、手伝ってくれと頼んだ覚えはないが?」

「はい。だからこれは、私のお節介です」

 

 バージルは少し睨みを効かせつつ言葉を返すが、既にバージルのにらみつけるに慣れていたエリスはそう答える。その口ぶりから、回れ右して帰るつもりはないらしい。

 

「……勝手にしろ」

 

 なら拒むだけ無駄だと悟ったバージルは、そう吐き捨てながら椅子に座った。

 どういう風の吹き回しか知らないが、彼女はアクアやダクネス達とは違い、自ら問題を引き起こすことはない。なら大丈夫だろう。

 バージルなりのOKを受けたエリスは、嬉しそうに微笑む。

 

「とは言ったものの……まだ依頼は来てないんですよね?」

「この時間帯に来る客は少ない。大体は昼頃に客が来る」

「なら……それまでは暇ですね」

 

 バージルと少し会話を交えたエリスは、バージルから目を離して店内、もといバージル宅の室内を見渡す。

 家具の配置から小物までキッチリ揃えられており、彼の几帳面さが見て取れる。机を指でなぞってもホコリ1つ付かない。

 人がいない時は、真面目な顔でしっかり掃除をしているのだろう。その風景を想像して、少しおかしく思えたエリスは小さく笑う。

 

 ――とその時、扉からノックの音が聞こえてきた。

 

「……珍しいな」

 

 言った傍から朝の来客が来たのを見て、バージルはそう呟きながら扉に近づく。

 素の口調で話す時は二人きりの時だけのため、エリスは少し喉を鳴らし、クリスとして演じる準備をする。その傍らバージルは扉を開き、来客の姿を見た。

 

 

「お兄ちゃーん! おっはー!」

Leave me(失せろ)

 

 元気な挨拶をするアクアを見た瞬間、バージルはすぐさま扉を閉めた。

 

「ちょっ!? 顔を見てすぐに閉められるのはかなり傷付くんですけど!? 開けてよお兄ちゃん! お兄ちゃああああんっ!」

 

 アクアはドンドンと扉を叩いて抗議するが、バージルは無言で扉の鍵を閉め、スタスタと席へ戻る。

 

「問答無用で閉めるのは可哀想じゃないかな!? せめて話くらいは聞いてあげようよ!?」

「聞くだけ無駄だ。どうせロクなことじゃない」

「そうじゃない可能性もあるじゃん! 待っててアクアさん! 今開けるから!」

 

 気持ちはわからなくもないが、流石にあんまりではないかと思ったエリスもといクリスは、バージルに意見する。

 彼は話も聞きたくない様子だったが、アクアはクリスにとって先輩だ。蔑ろにしてはいけないと思い、クリスは扉に駆け寄って鍵を開けた。

 

「……うぅ……ヒッグ……」

「な、泣かないでくださいよ! ほらっ、中に入って」

 

 バージルから締め出されたのがショックだったのか、既にめそめそ状態のアクア。クリスは慌てて彼女を店内に引き入れ、来客用のソファーに座らせる。

 

「で、一体どうしたんですか?」

 

 クリスもソファーに座り、アクアへここに来た用件を尋ねる。それを聞いたアクアは、何の用があってここを訪れたのかを話し始めた。

 

 

*********************************

 

 

 本格的に冬に入り始め、家の中でも寒くなってきた朝のこと。

 新しく手に入れた屋敷で朝食を食べ終えたアクアは、屋敷のリビングにある暖炉の前、フカフカのソファーに座って暖を取っていた。

 あの幽霊退治を引き受けていなければ、こうして暖まることも叶わず、今も馬小屋で寒い寒い朝を迎えていたことだろう。

 凍死する前に屋根のあるあったかい家を手に入れられてよかったと思いながら、アクアは屋敷の書斎から持ってきた分厚い本を手に取り、スタイリッシュな持ち方で読み始める。

 

「(……うん、何書いてあるのか全っ然わかんないわ)」

 

 兄の動きを真似る妹のように、バージルみたく本を読んでみたが、チンパンジー以下の脳(カズマ談)を持つ彼女には、その内容を理解できる筈もない。

 これ以上この本に目を通していたら、頭がおかしくなりそうだ。アクアはパンッと音を立てるスタイリッシュな閉じ方をして横に置く。

 

「おいアクア、ちょっとそこで内職するからどいてくれよ」

 

 とその時、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。自分と同じくこの屋敷に住む、カズマだ。

 彼はアクアへ、さも当然のように命令してきた。アクアは後ろを振り返ることなく、立場を弁えていない無礼者へ言葉を返す。

 

「あのね……私は女神、貴方は人間よ? おまけにレベルだって私の方が断然上。そう、私が上。貴方は下。貴方より私の方が偉いの。それを踏まえた上で、言葉を改めて頼んでみなさいな」

「そこで仕事をしたい。お前は邪魔だからどいてくれ。トイレの女神様」

「……寛容な私は、貴方にもう一度だけチャンスをあげるわ。相応しい言葉、相応しい態度は何か? 貴方の足りないオツムでよーく考えてから――」

「つべこべ言わずにさっさと退け。駄女神」

 

 キチンと言葉を改めてから頼んできたカズマ。それを聞いたアクアは、ゆらりとソファーから立ち上がって後ろを振り返る。

 カズマの手には小道具が抱えられており、その表情は誰かにお願いをする場面には似つかわしくない不機嫌顔だ。

 アクアはやれやれと手を上げてため息を吐くと、カズマをキッと睨んで言葉を返した。

 

「アンタさぁ、ついこないだ私に蘇生されたこと忘れたの? あの時私がいなければアンタは蘇ることはできず、とっくにゲームオーバーになってたのよ? そこんとこわかってる?」

「そのことだけは感謝してるよ。まぁ、お前がデュラハンの人にちょっかい出して借金作らなきゃ、あんなクエストを受けることもなかったんだけどな?」

「……ここの幽霊退治だってそう。あんな大量の幽霊、私ほどのアークプリーストじゃなきゃ浄化し切れなかった筈よ?」

「あの幽霊呼んだのはお前だってこと、もう忘れたのか? お前の仕掛けた巧妙なマッチポンプで――」

「語弊! 語弊があるわよ!? 結果的にマッチポンプになっちゃっただけで、そうなるように仕組んだつもりはないから!? 悪気があってやったわけじゃないから!?」

 

 カズマの言うマッチポンプとは、以前バージルも参加していた、この屋敷に現れた幽霊の浄化依頼だ。

 どこからともなく現れた幽霊達が、街にある無人屋敷に住み着いてしまい、プリーストがいくら浄化しても新たな幽霊がやってきていた。

 困った不動産屋は、幽霊浄化のエキスパートことウィズに依頼……しようとしていたのだが、偶々魔道具店に寄っていたアクアのせいでウィズはダウンしていた。

 カズマに見つめられて罪の意識に苛まれたアクアは、ウィズの代わりに依頼を受ける。そこで女神の力を存分に発揮し、元々住み着いていた霊であるアンナ以外を全て浄化し、見事解決。屋敷を手に入れることができた。

 この案件は、本来ならば冒険者ギルドがなんとかすべきこと。ギルドに報告へ行けば、もしかしたら臨時報酬が出るかもしれないとダクネスが言ったので、翌日アクアとカズマはギルドへ報告に。それを受けた受付嬢は、カズマパーティーに臨時報酬を出すことを約束した。

 家もお金も手に入って互いにガッツポーズを取るアクアとカズマ。その直後、受付嬢から幽霊発生の原因を告げられた。

 

 あの幽霊達は、以前カズマ達がゾンビメーカー討伐クエストで行った街の共同墓地に出現する者達だったのだが、誰かのイタズラか、強力な神聖属性の巨大な結界が共同墓地に張られていて、行き場を失くした幽霊達が無人屋敷に来ていたのだ。

 そう、ウィズが浄化しに行っていたのをアクアが代わりに引き受けた、あの共同墓地だ。怪しんだカズマは、すぐさまアクアを尋問。アクアは正直に、あの共同墓地へ浄化しに一々行くのが面倒だから、墓地全体に結界を張っていたと白状する。

 つまり、アクアが共同墓地に住んでいた幽霊達を無人屋敷に移動させ、幽霊騒動を引き起こし、自分で解決したということ。見事なマッチポンプである。本人にその気は全くなかったのだが。

 流石にこれはダメだということで、報酬は受け取らず。不動産屋にも謝りに行き、屋敷も返すと告げたのだが、この不動産屋がとてもいい人で、幽霊の悪評が無くなるまでは屋敷に住んでもいいと言ってくれたのだった。

 

「いつも考えるんだけどさ……俺、お前がいなきゃもっと平和にやっていけると思うんだ」

 

 カズマはフゥと息を吐くと、アクアへ常々考えていたことを口にした。それを聞いたアクアは、ピクリと眉を動かす。

 

「ほぉー? 言ったわね? 言っちゃったわね? 私がいなくても大丈夫? 隠された能力も何もない平々凡々なカズマさんのくせに、よくそんな大言を吐けるわね?」

「大言じゃない。今までの経験を冷静に分析した結果だ。お前がいなけりゃ借金背負うこともなかったし、カエルに食い殺されかける心配もなかった。そもそもお前が俺の死因を馬鹿にしたり、ムカつく態度を取らなかったら、俺がお前を転生特典にして道連れにする気も起こさなかったんだ! 俺はチート能力を持ってラノベみたいな異世界転生物語を満喫する筈だったんだ! 返せよ! 俺がもらう筈だった転生特典を返せよ! 俺のハーレム&俺ツエーな異世界生活を返せよ!」

 

 カズマがアクアの煽りに耐えられなかったのも原因じゃないかと彼の境遇を知る人は言うだろうが、そんなことは彼の知ったことじゃない。

 自分のことは棚に上げてアクアに怒号を発するカズマ。打たれ弱い彼女は泣きそうになっていたが、服の袖で溢れかけた涙を拭うと、彼の勢いに負けじと大声を発した。

 

「どうやらアンタは、私のありがたみを一切わかってないようね! いいわ! だったら嫌ってほどわからせてやるわよ!」

 

 アクアはそう言うと自らソファーの元から離れ、走ってリビングから出て行った。ようやく折れたかとカズマは息を吐き、ソファーに腰を下ろす。

 カズマが暖炉の前で内職をしている傍ら、アクアは自室へ駆け込むと、着ていた水色のパジャマを乱暴に脱ぎ捨て、いつもの服とピンクの羽衣を纏い、再びリビングに戻ってきた。

 勢いよく開けられたドアの音を聞いてか、カズマが面倒臭そうに戻ってきたアクアを見る。アクアはカズマを指差すと、高らかに宣言した。

 

「アンタが帰ってきてくれって言うまで、絶対戻ってきてやんないんだから! その間、私がこのパーティーでいかに重要な存在だったかを心で理解し、悔い改めなさい!」

「おうそうか。頑張れよー」

「……い、いいの!? 私マジで言ってるのよ!? 本気よ!? まぁアンタが心を入れ替えて、ごめんなさいアクア様俺が悪かったですどうか行かないでくださいーって土下座して謝ってくれれば、私もこんな真似はやめて――」

「大丈夫大丈夫。そんなこと言わないから、心置きなく家出してこい」

 

 流石に引き止めてくれると思ったら、カズマはまるでそんな素振りを見せず、むしろ喜んでアクアを送り出すように手を振った。

 

「……ふんっ! だったら遠慮なく出て行かせてもらうわよ! 今更引き止めたって無駄だからねっ!」

 

 これにはアクアも怒りを覚え、カズマにそう吐き捨てながら部屋を出ると、そのまま屋敷の外に出た。

 怒りを発散するように、無駄に足音を大きくしながら歩くアクア。しかし、門を出たところで足を止めると、うっかり忘れていたことを思い出す。

 

「いけないいけない。私としたことが財布を忘れていたわ。お金がなきゃ、ロクに生活もできやしないじゃないの」

 

 屋敷に自分のお金を置き忘れたことに気付き、アクアは回れ右をして屋敷に戻ろうとする――が、そこで重大なミスを犯していたことに気付いた。

 自分は、カズマが帰ってこいと言い出すまで、絶対に自ら屋敷へ戻らないと宣言していた――つまり、今はまだ屋敷に戻ることができないということを。

 

「(……は、謀ったわねカズマ……!)」

 

 どう見ても自爆なのだが、アクアは嵌められたと屋敷内にいるだろうカズマへ恨みの目を向ける。

 あんな盛大に宣言しておきながら、ノコノコと財布を取りに戻るのは恥ずかしいし、カズマに見つかったら鼻で笑われること間違いなし。もしくは「俺がお願いするまで戻らないんじゃなかったのか?」と憎たらしい顔で言って、財布を取らせまいと自分を屋敷から放り出すだろう。

 どちらにせよ、今は屋敷に戻ることができない。アクアはガックリと肩を落とし、トボトボと道を歩く。

 

「ハァ……どうしよ……」

 

 お金がなければ、食うことも寝ることも遊ぶこともできない。どうにかしてお金を稼がなくては。

 日雇いのバイトを探すか、冒険者ギルドに行って自分1人でもできそうなクエストを探すか……お金稼ぎの方法を考えながら歩いていた時、ふと見覚えのある建物を見つけてアクアは足を止める。

 カズマ達が住む屋敷の隣にあった、2階建ての住居――デビルメイクライという名の便利屋、もといバージルの家だ。

 ドアノブに下げられている「Open(開店中)」と書かれた看板を見たアクアはパァッと顔を明るくすると、スキップしながらバージルの家へ向かった。

 

 

*********************************

 

 

「――というわけで、ここへ来たの」

「話は終わったな。ではお帰り願おう」

「にゃぐっ!?」

 

 事の経緯を話し終えたのを確認すると、バージルはアクアの首根っこを掴み、ソファーから引きずり下ろした。

 

「嫌ぁああああああああっ! このままだと私は街で飢え死にしちゃうのぉおおおおおおおおっ! 私を見捨てないでぇええええええええっ!」

「自業自得だ。自分の食い扶持は自分で稼げ。もしくはくだらん意地を捨てて屋敷に帰れ」

「バージルの言うことには反論しないけど、扱いが乱暴過ぎやしないかな!?」

 

 泣き喚いて抵抗するアクアだが、バージルは無視して扉に向かう。女性を扱うにはあまりにも粗暴なバージルを見てクリスは呼び止めるが、彼は一切気にしない。

 扉の前まで来たバージルは、空いている左手で扉を開けるとアクアを外に――。

 

「……えっと……郵便……です……」

「……ムッ」

 

 放り出そうとしたのだが、丁度家の前に来ていた郵便局の女性と目が合い、バージルはその手を止めた。

 その隙にアクアはバージルの拘束から抜け出し、クリスの背後へ隠れる。逃げられたことにバージルは舌打ちをしながらも、郵便局の女性が持っていた封筒を乱暴に奪う。

 あまりの怖さに女性が半泣きになっていたが、バージルは気にも止めず扉を閉め、机に向かいながら封を開けた。

 

「……それは?」

「仕事の依頼だ。こうして街の外から手紙で送られることもある」

 

 気になったクリスが尋ねると、椅子に座って手紙を読んでいたバージルが答える。アクアも気になるのか、ひょこっとクリスの背後から顔を出してバージルを見る。

 

「どうする? 受けるの?」

「今から向かう。目的地は日を跨がずに歩いて行ける距離だ」

「オーケー! なら早速、行ってみよう!」

 

 今から依頼を受けに行くと聞き、バージルの手伝いをするために来ていたクリスは、初めての依頼を前にテンションを上げる。

 バージルは手紙を懐にしまって立ち上がると、壁にかけていた白い両刃剣を背負いつつ天色の刀を持ち、クリスは自身の装備を確認してから店を出ると、街の正門へ向かい始めた。

 ――が。

 

「……何故貴様もついてくる」

「私も行きたい」

「ふざけるな。遊びに行くのではない。貴様は街で小金でも稼いでいろ」

 

 アクアもついていこうとしたのを見て、バージルは足を止めた。彼女は邪魔にしかならないと思っていたバージルは、すぐさま彼女の頼みを断る。

 

「行きたい行きたい! 行ーきーたーいー!」

「……ッ」

 

 しかしアクアは引き下がろうとせず、バージルに抗議し始めた。子供のように駄々をこね続けるアクアを見て、顔に青筋を浮かべるバージル。元の世界の彼だったら即ダァーイ間違いなしだっただろう。

 というか、既にそうなりかけていた。イライラのあまり刀に手を添えようとするバージルを見たクリスは、慌ててバージルとアクアの間に入る。

 

「ま、まぁまぁ落ち着いて。冒険は仲間……じゃなくて、同行者が多いほど楽しいし、連れて行ってあげてもいいんじゃないかな?」

 

 相手が自身の先輩だからか、クリスは決してアクアを拒もうとはせず、あくまで連れて行く方針で話を進めようとする。

 その声を聞いたバージルはクリスを睨みつけるが、彼女も意見を変えようとはしない。次にアクアへ視線を戻すが、未だ行きたいコールを続けている。

 この様子だと、自分から諦めることはなさそうだ。それに、もし突っぱねたとしても、彼女なら隠れてついてきそうな気がする。

 

「……好きにしろ」

 

 となれば、言うだけ無駄だ。これ以上労力を費やしたくなかったバージルは、アクアにそう言い捨てて歩き始めた。

 

 

*********************************

 

 

「フンフンフフフフーンッ」

 

 街から離れた草原地帯。施工された道に従い、アクアは鼻歌を歌いながらスキップして先を進む。

 その少し後ろを、まるでアクアの保護者のように歩くバージルとクリス。楽しそうにしているアクアを見てか、クリスは小さく笑う。

 

「……会う度に思うのだが、奴は本当に女神なのか?」

「アハハ……そう言いたくなる気持ちもわかります……」

 

 バージルに尋ねられ、苦笑いを浮かべるクリス。アクアは自分が女神だと信じてくれないと常々不満を呟いているが、あの子供じみた態度や性格を見れば、信じてもらえないのも納得だろう。そもそも、女神の間でも彼女は同じ女神だと思いたくないと言われていたほどだ。

 そんなアクアへ目を向けながら、彼女には聞こえないと踏んで素の口調に戻していたクリスは言葉を続ける。

 

「でも……そんなアクア先輩を、私は尊敬しているんです」

「……何故?」

 

 あの女神とは思えない女神に、尊敬する部分などあるのだろうか。バージルが疑問に思う中、クリスは答えた。

 

「後先考えずに行動を起こしたり、問題発言を躊躇なく放ったり……人から見れば迷惑極まりないかもしれません。けどそれらは全て、アクア先輩が『やりたい』と思ったからやっているんです」

 

 まだ自分とアクアが女神として各世界に配属される前の頃、そしてこの世界で暮らしているアクアの姿を思い浮かべながら、クリスは話を続ける。

 

「欲しい物は何が何でも手に入れて、行ってみたい所があれば必ず行く。嫌いなものは嫌いと言って、好きなものは好きだと言う。正しいことは正しいと、間違っていることは間違っていると言える。アクア先輩はいつだって、心のままに生きているんです。私には……とてもできません」

 

 多くの人は、他者を気にして自分を作る。エリスもその1人だ。女神として恥ずかしくないよう、時には自分に嘘を吐くこともあった。

 しかしアクアは違う。生まれてから今まで、周りにありのままの自分を見せつけてきた。自分を否定される恐怖などものともせずに。

 

「呼び始めたきっかけは知りませんが……先輩がバージルさんのことを兄と呼び続けているのも、きっと深い理由はなく……呼びたいから呼んでいるんだと思います」

「こちらとしては、迷惑でしかないのだがな」

「そうですか? 私にはあまり嫌がっていないように見えましたけど?」

「もう慣れた。一々指摘する気も起きん」

 

 慣れたというより、向こうが治す気が無いのを見て諦めたと言った方が正しいか。バージルがため息混じりに答える傍ら、クリスは空へ視線を移す。

 

「きっとバージルさんが、アクア先輩の抱く兄のイメージに近かったから……カズマさんやめぐみんさん、ダクネスのように……ありのままの自分を見せても、拒絶することはせず、一緒にいてくれる存在に思えたから、ああやって甘えてくるんだと思います」

 

 めぐみんとダクネス。彼女らはアクアを突っぱねることは一切しない。カズマとは毎日のように口喧嘩をしながらも、なんだかんだでアクアを受け入れている。

 それは、バージルも同じ。彼自身は気付いていないが、今の彼はアクアに、初めて出会った頃ほどの嫌悪感を抱いていなかった。

 本人も気付いていない心境の変化を知ってか、クリスは視線を空からバージルへ移し、こう告げてきた。

 

「だからこれは、私個人の勝手なお願いです。どうかこれからも、先輩のお兄さんとして、アクア先輩のことをお願いしますね」

 

 そう言って、クリスはバージルへ微笑みかける。彼女の勝手な願いを受けたバージルはクリスから視線を外すと、前方を見たまま言葉を返した。

 

 

「……ならもう少し、危機感を持って欲しいものだな」

「クリスゥウウウウッ! お兄ちゃぁああああんっ! 助け――もがっ!?」

「せ、先ぱぁああああああああいっ!?」

 

 自分達より前を歩いていたアクアが、地面から現れたモンスター『丸呑み草』に捕食されかけているのを見て、クリスは慌てて駆け出した。

 




文字数が多くなりそうだったのでここで切りました。
エリス口調のクリスをエリス表記かクリス表記にするかで毎回迷ってます。


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第31話「この女神達と交流を!」

 アクアがモンスターに捕食されかけたのをクリスは救出したが、アクアの粘液まみれは回避できず。

 そこから先に進み、道中で同じモンスターを見かけたアクアがリベンジを果たそうとするも再び食われかけ、更に粘液まみれになってしまった。

 ベトベトなアクアを連れながらもバージルとクリスは進み、今回の依頼を寄越した者がいる、小さな村に辿り着いた。

 

 アクセルの街を出た駆け出し冒険者が最初に訪れることの多い、所謂始まりの村。宿屋、武器屋、酒屋など施設は揃っているが、村人は少ない。冒険者もここで休憩を取ったら、長居することはせず村を出て行く者がほとんど。

 ひとまずベトベトのアクアが目立つため、クリスを同伴させて風呂のある宿屋へ。その間バージルは今回の依頼主、村長のもとへ向かった。

 住人に村長の家を聞き、木でできた1番大きい建物内にいた村長と出会うと、彼から依頼について詳しい話を聞いた。

 

 討伐対象の名は『初心者殺し』――黒い体毛に覆われ、鋭い牙と爪を持つ大きな猫型のモンスター。

 ゴブリンやコボルトといった、駆け出し冒険者が標的にする下級モンスターの近くに潜み、それらを討伐する冒険者を狙う狡猾さを持っている。

 モンスターとの戦闘で疲弊していたところを狙うのが主なスタイルだが、かといって戦闘能力が低いわけではない。正面からの戦闘は駆け出し相手なら勿論のこと、中堅冒険者でも苦戦を強いられる。

 とはいえ、ベテラン冒険者ならば取るに足らない相手……なのだが、今回標的となっている初心者殺しは一味違う。

 

 その個体は長いこと生き延び、通常の個体よりも獰猛で狡猾。ベテラン冒険者でも手に余るほどの強さを持つ。その特異個体が、村の近くにある森に現れたのだ。

 1番近い冒険者ギルドはアクセルの街にあるものだが、駆け出しではどうにもできないクエストのため、自ら受けようとする者はいないだろう。しかし中堅やベテランがいる街のギルドに出したくても、こちらが出すべき報酬金やクエスト受理の手数料が高く、とても今の資金では難しい。

 なので、まだアクセルの街にいるベテラン冒険者が受けてくれる可能性に賭けて、村長はクエストを出そうとしていたのだが、風の噂で『アクセルの街に、駆け出しでありながら魔王軍幹部をソロで倒した蒼白のソードマスターが、便利屋をやっている』と耳にする。これしかないと思った村長は、噂の便利屋――デビルメイクライへ依頼を寄越したのだった。

 

 話を聞き、特異個体の初心者殺しに興味を引かれたバージルはこれを受ける。初心者殺しは夜に出没することが多いため、夜になるまでこの村で待機することにした。

 村長との話を終え、バージルは行動を別にしていたクリスとアクアを探すことに。広い街なら苦労しただろうが、ここは小さな村。おまけに探し物は常に騒がしいので、見つけるのは容易いことだった。

 

 

*********************************

 

 

「これもいいわね……あっ! こっちの方がセンス良いかも! いやでもこれも捨てがたい……」

「……」

 

 1つの建物に入ると、探し物のアクアがいた。既に風呂は済ませたのか、粘液でベトベトだった身体も服も元通りになっている。

 いくつかの商品を手にして鑑定士のように品定めをしているアクアを、付き添いで一緒にいたクリスが壁にもたれ、ここの主らしき若い黒髪の男がカウンターの向こう側で見守っている。

 バージルには目もくれず鑑定を続けるアクア。一方、クリスはバージルの視線に気付いて彼を見た。

 

「あっ、バージル。もう話は聞いてきたの?」

「あぁ。で、貴様等はここで何をしている?」

「バージルが帰ってくるまで暇だから、村を探索してみようってアクア先輩が言って……このお店に……」

 

 クリスはそう答えて、建物内を見渡す。木の壁や陳列棚へ飾るように置いてあるのは、いくつもの顔……を模したお面だ。

 お面の種類は数多く、白い顔をした人間、犬や猫などの動物から、ドラゴンやジャイアントトードなどのモンスターまで、幅広く網羅している。

 村を歩く中ですれ違った村の子供は、お面を付けている者が多かった。きっとこのお面屋は、村の名物の1つなのだろうと、バージルは推測する。

 

「……んっ? あっ! お兄ちゃん!」

 

 店内にある数々のお面を観賞していると、バージルの視線に遅れて気付いたアクアが声を上げ、バージルに駆け寄ってきた。

 彼女の手には、いくつかのお面が。彼女が言わんとしていることを既に察していたバージルは、小さくため息を吐く。

 

「お兄ちゃん! これ買って!」

「断る」

 

 案の定、アクアはバージルへお面を見せながらおねだりしてきた。当然バージルの答えはNO。

 

「買って買ってー! 買ってよー! おーねーがーいー!」

「いくら頼もうと無駄だ。諦めろ」

 

 諦めの悪いアクアが粘り強くねだるのに対し、バージルは頑なに断り続ける。ここから先は持久戦だ。

 普段ならしつこいアクアに根負けしてバージルが折れるのだが、今回ばかりは彼も退くつもりはなかった。もしここで許してしまえば、ねだれば買ってもらえると学習し、同じことを続けてしまうと懸念していたからだ。

 スーパーで泣いて喚いて抗議する子供を教育するように、バージルは1歩も譲らない。クリスもそれをわかっているのか、今回は口を挟もうとしなかった。

 そして、今にもアクアが仰向けで床に寝転がりそうになった時――。

 

「まぁまぁお兄さん。そのくらいにしてやんな。妹さん、アンタ美人だから特別に1個くれてやるよ」

「えっ!? ホント!?」

 

 終わりの見えない戦を止めに入ったのは、お面屋の店主だった。彼の救いの言葉を聞き、アクアは目を輝かせる。

 

「……オイ……」

「ありがとうお面屋さん! 親切な貴方なら、慈悲深い立派なアクシズ教徒になれるわ! もしその気があれば、アルカンレティアって街に行って――」

「そ、それは遠慮しておくよ……無宗派だからさ」

 

 言葉に甘える気満々のアクアをバージルは睨みつけるが、店主の許可を得たアクアはそんなものに屈さない。

 ついでにアクシズ教へ勧誘したが、店主は苦笑いを浮かべて断った。

 

「んー、残念。私の可愛い信者が1人増えると思ったのに……。まぁいいわ。じゃあこれとこれとこれと――」

「……1個だけって言ったんだけどー……」

 

 ちゃっかり条件を無視して、いくつもお面を取るアクアに店主は声をかけるが、楽しそうな彼女を見てか、彼は声を大にして止めようとはしなかった。

 結局、アクアの望む方向に事は進んでしまったが、ここでアクアからお面を取り上げればもっと面倒なことになりそうだったので、バージルも特に何も言わず、お面屋から出ようとする。

 

 が――それをクリスがバージルの袖を引っ張ることで止めてきた。

 

「……まさか、貴様も欲しいなどと抜かすつもりか?」

「えーっと、結論から言ってしまえばそうなんだけど……ちゃんとした理由もあるから安心して。お金も私が出すし」

 

 クリスはそう言うと、バージルの袖から手を離して、店主の立つカウンターの向こう側を指差す。バージルも振り返り、クリスが指している方へ目を向ける。

 その先にあったのは、壁にかけてあるボロボロのお面。犬のお面だったのだろうか、白い口周りに対し鼻、目元、額の部分は黒く、他は青色のデザインだったが、色はくすみ、鮮やかさを失っている。

 とんがった耳も片方は折れ、顔の部分も所々欠けている。年季が入っていると言えば聞こえはいいが、とてもお面として被れたものではない。

 

「あのお面、私の『宝感知』が強く反応してる。多分神器だよ」

「……ほう」

 

 それがクリス曰く神器だと聞き、バージルは興味を持った。

 よく見れば、飾ってある様々なお面とは違い、そのボロボロのお面だけは僅かに魔力が宿っているのを感じる。

 それを知ったバージルは、自ら店主にそのお面について尋ねてみた。

 

「店主、そこに飾ってある物は?」

「んっ? あぁ、このボロボロのお面かい?」

 

 尋ねられた店主は、壁にかけてあったそのお面を降ろし、カウンターの上に置く。

 近くで見ると、黒い目元の真ん中には赤い目がついている。バージルがお面と向かい合っていると、店主がお面について話し始めた。

 

「これは、俺のひいじいちゃんが持ってた物らしくってね。なんでもひいじいちゃんの憧れてた英雄になりきれるそうなんだ。といっても、気分だけだろうけどね。俺が被っても何も変わらないし」

「やっぱり……店主さん、アタシこのお面が欲しいんだけど……売ってもらうことってできるかな?」

 

 そのお面には能力があったが、元々の持ち主以外は使用不可。もしくは何かしらの条件を満たさないと使えない。神器と同じ特徴だと知り、確信したクリスは前に出て、財布を出しながら店主に尋ねる。

 家族の残した物ということで、そう簡単には譲ってもらえないと彼女は思っていたが……。

 

「んー、このお面は非売品なんだが……アンタにはタダで譲ってやるよ」

「えっ!? タダでって……いいの!? ひいおじいちゃんの形見なのに――」

「そのひいおじいちゃんを俺は知らねぇからなぁ。そもそもこれ自体、俺が倉庫の掃除をした時に偶然見つけて、じいちゃんに聞いたら今まで倉庫にしまってたのを忘れてたぐらいだし」

 

 意外なくらいあっさりと譲ってくれたのを受け、クリスは驚きながら再確認する。対して店主は、そこまで形見として大切にされていない物だったと答えると、そのまま言葉を続けた。

 

「インテリアとして飾ってみたけど薄気味悪いし、丁度捨てようかと思ってたところだったんだ。男のわりに可愛い顔してるアンタが欲しいってんなら、喜んでくれてやるよ」

「……アタシ、れっきとした女なんだけど……」

「……えっ?」

「お兄ちゃん見て見て! このブルードラゴンのお面! 強大な魔力を持つ私にはピッタリじゃない!?」

「分不相応だな。貴様にはこの鶏で十分だろう」

「ちょっと!? それってどういう意味!? せめて可愛げのあるひよこちゃんにしてよ!」

 

 

*********************************

 

 

「……今の私、そこまで男に見えるのかなぁ……」

 

 場所は変わり、村の食事所。夜も近付き夕食の時間となったため、彼女等はここで食事を取っていた。

 しかし、とても食事にありつけない気分だったクリスは両手で頬杖をつき、ポツリと呟く。余程店主の言葉が効いたのだろう。

 

「まぁ確かに、クリスって身体も性格も男っぽいところあるわよね。銀髪も相まって、お兄ちゃんの弟みたい」

「……私、あんなクレイジーな弟さんじゃない……」

「?」

 

 そこへ、肉を食べながら口にしたアクアの追撃を食らい、クリスは机に突っ伏した。

 クリスの言葉にアクアが首を傾げる中、その隣に座っていたお兄ちゃんことバージルが口を挟む。

 

「そう言う貴様もだ。仮にも女神なら、もっと品性のある振る舞いをするよう努めろ」

「仮にもじゃなくて、本物の女神よお兄ちゃん!」

「認めて欲しいのなら、まずその汚い食べ方を直せ。女神以前に女として疑わしい」

「食事は楽しむものよ! マナーを気にしてたら楽しめるものも楽しめないわ! ほらっ、お兄ちゃんもこれ食べて楽しく食事をしましょ。はい、あーんっ」

「食べかけの物を食わせようとするな。汚らわしい。貴様の菌が移る」

「いくらお兄ちゃんの半分がアレだからって、女神の私を病原菌扱いするのは言い過ぎじゃないかしら!?」

 

 バージルは食事の手を進めながら、アクアは手に持っていたナイフとフォークを机に置き、食事のマナーから発展した言い争いを始める。

 その二人の対面に座っていたクリスは顔を上げ、周りの目を気にせず口論をし続ける二人をジッと見つめる。

 

「(……あっ……まただ……)」

 

 しばらく二人を――正確にはアクアを見つめていると、彼女は以前も感じたあのモヤモヤを、再び胸に抱いた。

 今回、バージルを手伝いに来たのもそうだ。天界で仕事をしていた時、雪精討伐帰りのアクア、ゆんゆんがバージルと仲良くしているあの情景がふと頭に浮かび、モヤモヤが沸いてきたからだ。

 すると、何故か自分は焦りを覚え、気付いたらバージルのもとに向かっていた。このモヤモヤの正体は何なのか。彼女は未だ解明することができていない。

 今もモヤモヤの正体を考えていたが、答えは出ず。わからないことを考えていてもしょうがない。クリスはモヤモヤを振り払うように頭を横に振る。

 

「と、ところでさバージル。今回の依頼はどんな内容なの?」

 

 仲良くしている二人の間に入るように、クリスはバージルへ話題を振った。

 クリスの声を聞き、ピタリと言い争いを止めるバージルとアクア。バージルは自分を落ち着かせるように水を飲むと、彼女の質問に答えた。

 

「森に潜むモンスターの討伐だ。決行は今日の夜。食事の後、少し休憩を取ってから目的地の森へ向かう」

「夜の森かぁ……ここらの森なら駆け出しでも狩れるモンスターばかりだろうけど、油断は禁物だね。アタシも敵感知や暗視でサポートするよ」

「どんな相手か知らないけど、クリスの厄介な盗賊スキルと、私の神聖なる力があれば朝飯前よ!」

 

 バージルの話を聞いて、やる気を見せるクリスとアクア。しかしバージルは1人でも十分だと判断し、手伝いは不要だと告げようとするが――。

 

「……いや、今回はその方が手間は省けるか。では頼むぞ」

「任せといて! で、私と先ぱ……アクアさんは何をすればいいの? それと、どのモンスターを倒せばいいのかも教えてくれないかな?」

 

 少し考える素振りを見せると、バージルは二人にも手伝ってもらうことにした。それを受け、自信ありげにポンと胸に手を当てたクリスは、自分達の役割と敵について尋ねる。

 モンスターによって対策は異なるが、捜索なら敵感知と暗視、千里眼を組み合わせ、捕まえるのなら潜伏を使う。脳内でシュミレーションしながら聞くクリスに、作戦など立てなくても楽勝なのか、呑気に食べながら話を聞くアクア。

 そんな2人に、バージルは何の躊躇いもなく役割を与えた。

 

 

「貴様等は、初心者殺しの餌になってもらう」

「「……えっ?」」

 

 

*********************************

 

 

 日は既に沈み、チラホラと星が見える夜空の下。村の近くにあった森の中心部。

 

「……ごめんやっぱりもう無理! 私帰る! もう初心者殺しは嫌ー!」

「待って待ってアクアさん! いつ襲ってくるかわからない状況で走り出すのは危険ですよ!?」

「まだ敵感知には反応してないんでしょ!? 近くにいないんでしょ!? だったらロックオンされる前に逃げるが勝ちよ! もう頭をかじられたくないの!」

「頭かじられたんですか!? って逃げようとしないでください! 森に入る前は初心者殺しにリベンジしてやるって意気込んでたじゃないですか!」

「そうだけど、今は怖いの! 初心者殺しが私の頭をモグモグしてきたトラウマが蘇っちゃったのよ!」

「モグモグされちゃったんですか!?」

 

 泣いて逃げ出そうとするアクアを、クリスが必死に引き止めていた。

 バージルから討伐対象モンスターは初心者殺し、それも特異個体だと聞かされ、アクアは村から逃げ出そうとしたが、彼女はバージルの言葉に反対してついてきた身。バージルはアクアを無理矢理森へ連れて行った。

 そこでバージルと別れた後、こうなりゃやってやると臆する自分を鼓舞し、アクアはクリスと共に森を進んでいたが、以前カズマがダストとパーティーメンバーを入れ替えた時に出会った初心者殺しのトラウマが拭えず、こうして再び逃げ出そうとしていた。

 バージルからアクアと二人でいるようにと言われていたクリスは、絶対に逃がさまいとアクアの腕を引っ張り続ける。

 

 

 ――そんな二人から、100メートルほど離れた場所。

 

「グルルルルルッ……」

 

 前方にいる2人の女を見据えながら、暗い森の中を歩く、身体にいくつもの古傷を持った黒き獣――特異個体の『初心者殺し』がいた。

 夜でも鮮明に見えるほど発達した視力で、今よりも遠い場所から2人を視認して近づき、しばらく様子を伺っていた初心者殺しは、2人が自分よりも格下の存在だと断定し、今は2人を狩るために進んでいた。

 数々の冒険者と戦い、勝利し、生き抜いてきた彼は、2人の身なりを見て彼女達の戦い方を予想していた。杖らしき物を持っている青髪は、回復魔法か攻撃魔法を得意とする者。腰元にダガーをつけている軽装な銀髪は、気配を消して奇襲を仕掛けたり、罠を設置し捕えることを得意とする者。

 この2人の内、注視すべきは後者だ。ああいった者は必ず、いち早くこちらの存在に気付くことができる。そういう技術があることも、そして感知できる範囲も知っていた彼は、その中に入らないよう気をつけながら歩を進める。

 

 2人が他モンスターとの戦闘で疲弊したら一気に近付き、まず厄介そうな銀髪を仕留める。次に森の木々や草を使ってかく乱し、青髪を狩る。

 狩りの流れを決めた彼は、まずじっくりと2人が疲弊するのを待つべきだと判断。近づける範囲まで近づこうと、音を立てないようゆっくり歩く。

 

 

 ――とその時、背後から殺気を感じた。

 

「――ッ!」

 

 危ない。そう考えた時には既に身体が動いていた。彼は瞬時に真上へ飛び上がる。

 すると、彼の前方にあった木々が倒れ、大きな音を立てて地面に横たわった。何かで斬られたのか、倒れた木は全て綺麗な断面を見せている。もしあそこで動かなかったら、自分はあの木々のように断面を晒すことになっていただろう。

 彼は空中で方向転換をしながら、殺気を感じた背後に身体を向ける。その先にいたのは、天色の鞘を左手に、雷の走る細い剣を右手に持った、背中に剣と思わしき物を背負う銀髪の男。

 

「ほう、これを避けるか。噂通り賢いようだな」

 

 先程の攻撃はこの男が放ったのか、無傷の初心者殺しを見ると嬉しそうに笑みを浮かべる。

 あの殺気を感じるまで、誰かが近づく気配は一切なかった。気配を消して近付いてきたのだろう。そして剣を抜き、あの剣の長さではとても届きそうにない場所を斬った。

 一瞬だが体感した男の剣技、そして男が今放っている威圧感を見て、只者ではないと判断した彼は、より一層警戒心を高め、牙をむき出しにする。

 しかし男は、怯える様子を一切見せずに剣を鞘に納めると、青いコートの中に手を入れ――。

 

「これを試すには、うってつけの獲物だ」

 

 懐からボロボロのお面を取り出し、顔に当てた。怪しい動きを見た初心者殺しは、いつ襲われてもいいように身構える。

 男は、その場から高く飛び上がると、空中で1回転しつつ身体から光を放った。初心者殺しは強い光に目を細めるものの、前方から目を逸らさない。

 そして、男が重力に従って地面に着地した時――先程までの男の姿は無かった。

 

 代わりにあったのは、抜き身の白い剣と、先程の雷を纏う剣が納められた天色の鞘を交差させるように背負い、4本足で地面に立つ、銀色に輝く長いたてがみと青い毛で覆われた――狼。

 

「Ahwoooooooo!」

 

 蒼き狼の遠吠えが、夜の森に響き渡った。

 




手に入れた物はとりあえず試せ、で成功した例。
作中で言ってたのは、あの作品の凡人英雄さんです。
元々は「あの英雄の狼姿になれる」神器でしたが、持ち主が死んでしまったことで「大量の魔力(だいたい爆裂魔法1回分)を注ぎ込むことで、つけた者に相応しい獣になれる」神器になりました。
バージルの場合、姿はまんま英雄さんだけどたてがみが銀色で、身体が青色の狼に。ぱっと見サマイクルの方が近い。


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第32話「この黒き獣に蒼き獣を!」

「ひっ!?」

 

 クリスの手から逃れようとする最中、森の奥から狼の遠吠えが聞こえ、アクアは小さく悲鳴を上げる。逃すまいとしていたクリスも、アクアから手を離すことはせずに奥方を見る。

 

「(今のは……初心者殺しじゃない。狼? 森に住んでるコボルトかな……ってあれ? この魔力は……えっ?)」

 

 するとその方向から、覚えのある魔力を感じてクリスの思考が止まった。女神の力を抑えている仮の姿でも感じ取れるほどの、膨大な魔力。間違いない。これは――。

 

「お……お兄ちゃん?」

 

 自分と同じように感じ取ったのか、アクアは彼の名を呟いた。

 魔力を感じ取ったことで、この先にバージルがいるのは把握できた。では今の遠吠えは? クリスはアクアに目をやると、彼女もその正体が気になったのか、クリスと顔を合わせる。

 

「……行ってみますか?」

「そ、そうね。ちょっと怖いけど……お兄ちゃんがいるのは確かだし、何かあってもきっと大丈夫よ! それに、万が一って場合でもすぐ森の外へ逃げられるように、目印として森の入口からここまであった木の何本かに魔力を流して、夜でも光るようにしたから安心して!」

「いつの間にそんなことを……ていうかそれなら、アタシが木に目印付けてる時に言ってくださいよ……」

「えっ? あれ目印付けてたの? 私てっきり、クリスは木に落書きするのが好きだからやってるのかと思って――」

「初心者殺しの囮になってる最中に、そんな子供じみた遊びはしませんよ!? もうっ……じゃあアクアさんは引き続き、目印を設置しながら進んでください。で、ヤバイ状況になったらそれを頼りに逃げるということで」

「任せなさい!」

 

 もしもの時の作戦を決めた2人は互いに頷くと、森に潜むモンスターに警戒しながら、遠吠えの木霊した森の深奥へ歩いて行った。

 

 

「……そういえば、どうしてクリスは私にだけ敬語使うの? 別に悪い気はしないからいいんだけど」

「えっ!? あーいや、それはえーっと……ほ、ほらっ! アタシはエリス教徒じゃないですか!? で、女神アクアと女神エリスは先輩後輩の関係だって聞いてたので、仮にも先輩と同じ名前のアクアさんを呼び捨てにしたりフランクに話すのは気が引けるというかバチが当たるというか――!」

「なるほど! エリス教徒にしてはいい心がけね! あくまで同名扱いなのが気になるけど。貴方には特別に、エリス教徒からアクシズ教徒に改宗する権利を与えるわ!」

「そ、それはいいです……絶対できないと思うので……」

 

 

*********************************

 

 

 暗い森の中心部。地面に横たわる木々の傍に立つのは黒き獣、初心者殺し。彼は唸りながら前方を睨みつける。

 そこに立つのは、2つの武器を背負った蒼き狼――先程自分に攻撃を仕掛けてきた男が、姿を変えたものだ。

 

 初心者殺しは、男が姿を変えても動じなかった。そうやって人外の姿になる人間と、相まみえたことがあるからだ。彼等に勝った経験もある。

 しかし今回の敵は、狼に変化した今でも、自分より格上だと本能で感じさせてくる。こういう場合、彼は逃走を優先させるのだが、そう簡単に相手は逃がしてくれないだろう。

 否応にも彼と戦い、どうにかして逃げる隙を作らなければ。初心者殺しがその算段を立てている時――相手が動いた。

 

 狼の背負っていた、雷を操る剣がひとりでに動き出し、鞘から抜かれる。それは重力を感じさせない動きで宙を舞うと、狼の眼前で止まる。狼は剣の先が狼から見て左向きになるように、取っ手部分を口で咥えた。

 仕掛けてくる。予感した初心者殺しは、いつ相手が向かって来ても避けられるよう地面を踏みしめる。その傍ら、狼は足を曲げると――飛来する魔弾の如き速度で駆け出し、口に咥えた剣で斬りかかってきた。

 

「――ッ!」

 

 疾い。しかし視認はできる。初心者殺しはすんでのところで小さく飛び上がり、剣をかわす。

 初撃をかわされた狼はすぐさま方向転換し、二撃目を狙う。対する初心者殺しは、着地した瞬間すぐさま後方へ飛び、これも回避。

 そのまま後ろにあった木に足をつけると強く蹴り、他の木へ飛び移る。決して1本に留まることはせず、そのまま狼のもとから離れていく。

 それを見た狼は再び駆け出すと、初心者殺しを追いかけながら木を斬り始めた。狼が通り過ぎた木は軒並み倒れ、後方は伐採された木で埋め尽くされていった。

 

 狼がしばらく初心者殺しを追っていると、視線の先で黒い影が木の上から草むらに落ちた。

 チャンスと見た狼は、一気に速度を上げてそこに駆け出す――その瞬間、狼の横側にある草むらから初心者殺しが飛び出してきた。

 先程落としたのは、初心者殺しが木々を飛び移る中で、木に止まっていた鳥型のモンスターを殺して捕まえたもの。ダミーだ。

 それに狼が引っかかったのを見て、初心者殺しは横側から攻撃を仕掛ける――が、彼は即座に足を止め、後方へ飛び退いた。

 

 狼の背負っていた白い剣が、ひとりでに動き出して斬りかかってきたがために。

 人間の使う魔法の類なのか、剣は宙を舞うと剣先をこちらに向けてきた。狼も足を止め、初心者殺しと向かい合う。

 

 先程の鬼ごっこで、初心者殺しは理解した。敵は、あれだけ木々に飛び移って翻弄しても、見失うことなく追いかけることができる。傷を負わせないまま逃げては、確実に追いつかれてしまう。

 となれば、どうにかしてダメージを与えなければ。それをあの狼相手にできるのか。と、初心者殺しが睨み合いながら作戦を立てていた時――。

 

 狼の周りに、自分へ剣先を向けた八つの浅葱色の剣が出現した。

 

「ッ!」

 

 危険を察知した初心者殺しは、すぐさま横へ飛ぶ。案の定狼が出現させた剣は、先程自分がいた場所へ直線的に飛んでいった。

 危うく串刺しにされるところだったと安堵する間もなく、次は初心者殺しを取り囲むように剣が出現する。剣が動き出す瞬間、初心者殺しは飛び上がってこれを回避。

 剣の嵐を避けきった初心者殺しはその場に着地し、前方の狼を睨む。自分が避けている間、1歩も動かなかった狼を。

 あの剣を展開させる時は動けないのか、敢えて動こうとしなかったか不明だが、もし後者なら厄介だ。先程の剣に加え、鞘に納められた剣、剥き出しの白い剣による連携を仕掛けられる可能性がある。

 

 しかし、考える暇を与えないとばかりに狼は動き出す。突然、狼の足が光り出すと、4本の足全てに白と黒の模様で飾られた装具が付けられた。

 あれは一体、と初心者殺しが怪奇の目で見ていると、狼は力を溜めるように体勢を低くし――駆け出した。

 

 気付けば、初心者殺しの身体には一筋の傷が負わされていた。

 

「ッ――!?」

 

 先程までとは比べ物にならない、視認できない速さ。それで突進しつつ剣で斬られた初心者殺しは苦痛に顔を歪めるも、狼の姿を探す。

 しかし、狼の姿を見つけた時にはすぐさま消え、斬られてしまう。目にも止まらぬ速度で、彼の身体は斬り刻まれる。

 ひとしきり初心者殺しが斬られたところで、狼の攻撃が止まった。その時には既に、初心者殺しの肉体は傷だらけになっており、息も荒い。

 対する狼は、傷どころか汚れひとつない美しい毛並みを見せびらかすように、初心者殺しの正面に立つ。そして、何やら確認するように自分の前足についた装具を見ていた。

 

 その様子を見て、初心者殺しはようやく理解した。敵は、たった一度として本気を出していない。そして、自分を狩ることを第一の目的としていないことに。

 彼は、この戦いが始まってから今まで、試していたのだ。太陽のように眩しい装具を、浅葱色の剣を、雪のように白い剣を、雷を纏う細い剣を――蒼い狼の姿を。

 そして、もう試すだけ試せたのか、狼は自身の前足から目を離し、目の前にいる初心者殺しに移す。

 もはや、逃げることなど叶わない状況――そんな中、初心者殺しは側面から聞こえる、草むらをかき分ける音を耳にしていた。

 

「お兄ちゃん大丈夫――ってわぁおっ!? 何あの狼!?」

「あれっ? あの武器ってバージルの……えっ!? ホントにどういうこと!?」

 

 するとその時、2匹の横側にある草むらから、青い髪の女と銀髪の女が出てきた。2人は狼を見るやいなや、驚いた顔を浮かべる。

 狼も初心者殺しから目を離し、2人に視線を向ける。狼は彼女等に敵意を向けていない。見知った人物のようだ。

 

 当たり(ビンゴ)だ。初心者殺しは狼の視界から外れたのを見て、すぐさま女2人に向かって駆け出した。

 彼は、ただ闇雲に木々を飛び移っていたわけではない。彼女等がいる方向に移動していたのだ。あの2人は、狼が――狼に姿を変えた男が仕掛けた囮ではないか。この男の仲間ではないかと踏んで。

 

「ひぃやぁああああはぁああああっ!? 初心者殺しぃいいいいっ!?」

「っ! やばっ……!?」

 

 狼に気を取られていた2人は、初心者殺しの攻撃に反応が遅れる。ここで2人か、どちらか1人を人質に取り、形勢を逆転させる。初心者殺しの最後の賭けだ。仲間の女を盾にすれば、狼は手が出せなくなるだろう。初心者殺しは残る力を振り絞り、銀髪の女に牙を剥く。

 

 が――彼女に届くすんでのところで、空から浅葱色の剣の雨が降り注いだ。それを受けた初心者殺しは、その場から動けなくなる。

 これに初心者殺しが驚く中――その時既に、狼は初心者殺しの傍に立っていた。

 

Time to die(そろそろ死んでもらおう)

 

 狼の声が脳に響いた時、初心者殺しは装具を身に付けた狼の後ろ足で蹴り上げられる。

 初心者殺しが宙に浮いたのを見て狼は飛び上がると、冷気を帯びた白い剣を触れずに操り、初心者殺しを何度も何度も斬り刻む。

 そして最後に、口に咥えていた剣に雷を纏わせ――敵を一閃した。

 

 

*********************************

 

 

 狼の姿に変身していたバージルは、口に咥えていた刀を離すと、魔力を使って刀を宙に浮かせ、背負っていた鞘に納める。

 彼の背後には、もはや原型すら留めていない初心者殺しの残骸。そして前には――目をパチクリさせているクリスと、目をキラキラさせているアクアがいた。

 

「えっと……バージル……でいいんだよね?」

「他に誰がいる」

「うわぁ!? 喋った!?」

 

 初心者殺しを倒す時も一言だけ喋っていたのだが、それに気付いていなかったクリスは、狼に変化したバージルが言葉を発したことに仰天する。

 

「そ……その姿は何っ? デビルトリガーの一種?」

「いや、貴様が譲り受けたあのお面を使わせてもらった」

「えっ? あのお面を……って、なに私から神器くすねて勝手に使ってんのさ!?」

 

 村のお面屋で偶然見つけた神器のお面を、自分に何も言わず使われたことに、クリスは怒りの色を見せる。

 アクアがいる横で神器の話を持ち出すのは大丈夫かとバージルは思ったが、どうやらアクアには全く聞こえていないようで。

 

「お兄ちゃんが……お兄ちゃんがモフモフのワンちゃんになったー!?」

「狼だ」

 

 アクアからワンちゃん呼ばわりされたが、そこは譲れないのかバージルは自ら訂正する。どっちも似たようなものだが。

 クリスが深くため息を吐く傍ら、アクアはバージルに駆け寄ると目の前で屈み――。

 

「お手!」

「……」

 

 期待の眼差しを向け、手のひらが上になるよう手を差し伸べてきた。対するバージルは、アクアの手をジッと見つめると――。

 

 

 手首から先がスッポリと収まるように、手を噛んだ。

 

「あいぎゃぁああああああああっ!? ヒールヒールヒールっ!」

「うわっ!? ビックリし……って何やってんの!? ホントに何やってんの!?」

 

 アクアは悲痛な叫びを上げると、何とか手を引っこ抜き、全力で自身の手にヒールをかける。クリスが突然の悲鳴に驚く中、バージルは地面に唾を吐き捨てた。

 

 

*********************************

 

 

 討伐対象だった特異個体の初心者殺しを倒した後、アクアの付けた目印、光る木を頼りに森を歩いた。

 設置したのがアクアなため、的外れな場所に出てしまうのではとバージルは危惧していたが、意外にもちゃんと森の入口まで戻ることができた。

 村に戻った後、バージルは村長に初心者殺しを討伐したことを報告。報酬は明日渡すとのことだったので、バージル達は宿に戻って夜を過ごすことに。アクアが一緒に寝ようとせがんできたが、バージルはこれを無視して別の部屋で寝た。

 それから時間が経ち、翌日の朝。軽く朝食を食べ終えたバージルは、報酬を受け取るため村長の家に向かった。

 

 

「いやはや、本当にありがとう。いくら感謝しても仕切れないくらいだ」

 

 まだ腰は曲がっておらず、立派な白ひげを持つ村長は、バージルに感謝の言葉を伝える。

 

「これで、駆け出し冒険者は安全に森を抜けられる。いや、モンスターがいる時点で安全ではないが……理不尽な難易度ではなくなっただろう。とにかくありがとう。依頼内容と見合わないかもしれないが、こちらが報酬だ」

 

 村長が渡してきた、紐で締められた袋をバージルは受け取る。念のため中身を確認すると、確かに報酬の硬貨と札が入っていた。

 パッと見だが、村長の言う通り初心者殺し、それも特異個体の討伐報酬にしては少ないように思える。しかし、彼は特に気にしなかった。既に、お面屋から魅力的な報酬を受け取っていたのだから。

 魔力を注ぎ込むことで、狼の姿になれる神器。元はボロボロのお面だったのだが、バージルが使ったせいか、そのお面は形を変え、バージルが変化した狼を模したものとなっている。

 バージルは報酬の入った袋を締めると、それを持って村長の家から出ていった。

 

 

「(……森にあった貴重な木材と果実がダメになった被害の補填で、報酬から差し引いたのは黙っておこう)」

 

 早朝に森へ入った村人が報告してきた被害が、バージルの出したものだと思った村長は、そのことを胸にしまったまま、彼を見送った。

 

 

*********************************

 

「――あっ、終わった?」

「あぁ。アクアはどこに?」

 

 外に出ると、入口付近で待っていたクリスが声を掛けてきた。アクアの姿が見えなかったので尋ねると、クリスはピッと前方を指差す。

 

 

「いい? アクシズ教は素晴らしい宗教なの。今の貴方達は子供だからわかんないでしょうけど、大人になると色んなしがらみに苦しめられるの。でもね、アクシズ教に入ったらそんなもの気にする必要はなくなる。いつまでも無邪気な子供のように、自由気侭に生きられるの!」

「でもアクシズきょうは、あたまのおかしい人のあつまりだから、ちかよっちゃいけないし、なっちゃいけませんってお父さんとお母さんが言ってたよ?」

「それはエリス教徒が流した嘘偽りの情報よ。自分達の教徒が増えるようにっていう思惑が透けて見えるわ。大丈夫、安心して。アクシズ教はどんな人も受け入れる。貴方達が大人になっても道を外さないように、わたっ……女神アクア様が導いてくれるの!」

「アクシズきょうとになれば、お姉ちゃんがあたまにつけてるドラゴンみたいにつよくなれるー?」

「勿論よ! ドラゴンどころか、魔王だって挑発かましながらノーダメで倒せる最強の冒険者になれるわ!」

 

 お面を被っている村の子供達に、ブルードラゴンのお面をつけていたアクアが、アクシズ教の素晴らしさを伝えていた。それを見たバージルはため息を吐く。

 

「……随分と言われているようだが?」

「今更注意してもね……それに、やめてって言う勇気もないし」

 

 エリス教徒どころか崇める女神御本人がいるのだが、彼女は止めにいくつもりはないと答え、バージルに向き直る。

 

「そんなことより、アレはどうするの?」

「……アレ?」

「昨日、アタシに無断で借りてった神器」

 

 クリスに言われてようやく思い出したのか、バージルは「あぁ」と声を出すと、前を向いたまま答えた。

 

「アレは少し気に入った。このまま貸してもらう」

「だろうね。何となくそうだろうと思ってた。まぁ君なら悪用はしないだろうし、特別に許可してあげるよ」

 

 これが見ず知らずの者だったらそうはいかないが、使うのはバージルだ。彼なら誤って無くすことも、悪用することもないだろう。

 バージルに神器を使わせることを許可したクリスは、再びアクアに視線を向ける。意外と上手くいってるのか、何人かの子供は熱い視線を向けている。

 

「にしても……こうなるなら、アタシもお面屋さんで何か買えばよかったなぁ」

 

 アクアはいくつかのお面を、バージルは神器である狼のお面を。クリスだけお面を持っていない。

 なら今買いに行けばいいのでは思うだろうが、残念ながらまだ閉店中。おまけに村人曰く、あのお面屋は店主の気分次第で開けているそうだ。

 いつ開くかわからないお店を待つことを、バージルは許さないだろうし、店主に無理言って開けてもらうのも気が進まない。

 また別の機会にここへ訪れ、開いていればその時に買おう。クリスがそう考えた――その時。

 

「……んっ?」

 

 バージルが、彼女の前に何かを差し出してきた。それに気付いたクリスは、差し出してきたバージルの右手にある物を見る。

 彼が見せてきたのは、銀色の猫のお面。クリスは少し驚きながらもそれを手に取る。まさか、と思いながら。

 

「……こ、これって……」

「手伝いの礼だ。貴様にやる」

「えっ!?」

 

 そのまさかのプレゼント。正確には依頼を手伝ったお礼なのだが、これを受けたクリスは驚き、バージルを見る。しかしバージルはそれ以上何も言わず歩き出し、アクアのもとへ。

 

「貴方達なら、将来有望なアクシズ教徒になれること間違いなしだわ! だって私が言うんだもの! 皆、時が経っても忘れないように覚えておいて。村の外に出れるくらいの年齢になったら、まずアルカンレティアっていう街に――」

「布教活動はそこまでだ。さっさと帰るぞ」

「ぐぇふっ!? ちょちょちょっと待ってお兄ちゃん!? ちょっとだけ! ほんの数分だけ待って! もう少しであの子達を落とせそうなの! キラキラした目で私の話を聞いてくれてたもの!」

「一部はな。大多数は、街角で人目も気にせず、大声で意味不明なことを叫ぶイかれた大人を見る子供にしか見えん」

 

 文句を言いながら抵抗するアクアの首根っこを掴んで引きずり、バージルは村の外へ向かっていった。

 その背中を、クリスは彼から貰った猫のお面を抱きしめながら見つめる。

 

「……フフッ」

 

 あのモヤモヤとは正反対の、胸の奥が暖かくなる感覚。それを確かに感じ取っていたクリスは嬉しそうに微笑み、バージルの後を追った。

 

 

*********************************

 

 

「お兄ちゃーん。歩くの疲れたー。おんぶしてー」

「黙って歩け」

 

 村から出て数十分後。行きはスキップスキップランランランで先を行っていたアクアだったが、帰りはその真逆。歩くのが面倒と愚痴をこぼしていた。

 しかしバージルは相手にせず、先頭を歩き続ける。自分より年上の筈なのに、やたら子供地味た態度を見せるアクアを見て、最後尾にいたクリスは苦笑いを浮かべた。

 

「そうだ! お兄ちゃん、またあのワンちゃんになってよ! で、私とクリスが上に乗って、帰り道を疾走するってのはどうっ!?」

「あ、アクアさん……もう諦めて、大人しく歩きましょうよ」

 

 往生際の悪いアクアは、名案を思いついたようにポンと手を叩き、バージルへ提案した。

 しかし、そんなことのためだけにバージルが変身するわけないとわかっていたクリスは、アクアにそう促す。その2人の前で、アクアの案を聞いたバージルは足を止める。

 

「……フム。確かにその方が早いか。いいだろう」

「えぇっ!? いいの!?」

 

 クリスの予想とは反し、バージルはアクアの案に乗ってくれた。

 先程のプレゼントといい今回といい、今日の彼は一体どうしたのかとクリスが思う傍ら、バージルはお面を取り出して顔にはめる。

 

 少し間を置き、彼女等の前でバージルの身体が光ると――あの蒼い狼が再び姿を現した。

 背負っている剣と刀が邪魔だと思ったのか、狼となったバージルは魔力で二つの剣を浮かせると、幻影剣のように両サイドへ配置する。

 バージルが狼になったのを見て目を輝かせていたアクアは、すかさずバージルの背中に跨る。クリスは戸惑っていたが、アクアに急かされたのでおずおずと狼の背に乗った。

 

「わぁー……フサフサ……モフモフ……」

「ほ、ホントですね……毛並みも綺麗……」

 

 バージルのモフモフな毛が触れてご満悦なアクア。クリスも控えめに触って、狼の美しき毛並みを堪能する。

 そんな中、バージルは両手足を光らせる(・・・・・・・・)と、2人にこう告げた。

 

「先に言っておくが、振り落とされても知らんぞ」

「えっ? 今なんっ――!?」

 

 ベオウルフを装着したバージルは強く地面を蹴り、帰り道を駆け出した。

 馬どころか、竜車ですら追うことの叶わないスピード。最初の加速で落とされそうになったが、クリスとアクアは必死にバージルの身体にしがみついていた。

 

「待った待った待った待ったバージル! ストップストップ! 速過ぎるってぇええええー!?」

「これ死ぬヤツ! 落ちたら絶対死ぬヤツぅううううううううっ!?」

「落ちても転がって傷ができるぐらいだ。死にはせん。もっとも、残りの帰り道は自分で歩いてもらうことになるがな」

「「いやぁああああああああっ!?」」

 

 彼女等の泣き叫ぶ声など聞く耳を持たず、バージルは走り続けた。

 

 

*********************************

 

 

「「……もう、二度と乗りません」」

That's fine(それでいい)

 

 アクセルの街郊外、デビルメイクライ店内。ギリギリだったものの何とか街まで帰ってこれたクリスとアクアは、疲れきった様子で口を揃えた。彼女等をそうさせた本人のバージルは、まるで気にしていないとばかりに本を読んでいる。

 帰りを飛ばしたお陰か、時刻はまだお昼前。少ししたら昼飯でも食いに行くかとバージルが考えていた時。

 

「すんませーん。バージルさんいますかー?」

 

 扉をノックする音と同時に、男の声が聞こえてきた。バージルとクリス、そしてアクアが1番聞き覚えのある声。

 

「……カズマ……?」

 

 隣の屋敷にいる筈の、カズマの声だ。アクアが彼の名前を呟く傍ら、扉に1番近かったクリスが立ち上がり、扉を開ける。玄関前には、いつもの緑マントを身につけたカズマが立っていた。

 

「おっ、クリスもいたのか。んでバージルさんもいて……やっぱアクアはここにいたか。だから下手に探し回らない方がいいって言ったのに……」

 

 アクアに視線を移したカズマは、ため息混じりにそう呟く。対するアクアは、カズマと絶賛喧嘩中なためか、ちょっと不機嫌顔でカズマを見ていた。

 カズマは扉を閉めて中に入り、アクアの前に移動すると、片手で頭を掻きながら話し始めた。

 

「アクアが家出したって言ったら、なんで止めなかったんだってめぐみんとダクネスがうるさくってさ。今も街の中を走り回って探してる」

 

 自分が家出すると言っても止めようとすらしなかったカズマに対し、めぐみんとダクネスはとても心配してくれたようだ。それを聞いてアクアが嬉しく思う傍ら、カズマは言葉を続ける。

 

「このままうるさいのもかなわないしな。だからさっさと戻ってこい」

 

 さっさと屋敷に戻るよう、カズマはアクアへ告げる。しかし、その言葉がアクアには不服だったのか、不機嫌顔のままカズマを睨む。

 それを見たカズマは再びため息を吐くと、ばつが悪そうに話した。

 

「……朝のは悪かったよ。言い過ぎた。そもそも、お前を巻き添えにしたのは俺が原因でもあるしな。すまん。だから戻ってきてください。アクア様……これでいいか?」

 

 最後に小さく笑いかけながら、アクアへ謝る。彼らしい謝罪を聞いたアクアは不機嫌顔から一変、満足そうに笑みを浮かべる。

 

「まったく! カズマったらまったく! 初めからそう言えばいいのに! めぐみんとダクネスもしょうがないわね! 早く2人も探して安心させてやりましょ!」

「いや、2人がこうなったのはお前が家出したからで……まぁいいや。だが、お前は絶対屋敷で待ってろよ? お前も来たら、迷子のご案内が1人増えることになる」

「何言ってんのよ。夜の森ですら真っ直ぐ出入り口に行けた私が、見知った街で迷子になるわけないじゃないの。むしろカズマが迷子になって、ママどこーって泣き喚く姿が目に浮かぶわ」

「16にもなってそんなショタいことするカズマさんじゃねぇよ……っておいっ!? 言った傍から勝手にどこか行こうとするんじゃねぇーっ!?」

 

 デビルメイクライから飛び出し、街の中心へ駆け出していったアクアを、カズマは慌てて追いかけていった。

 扉を開けっ放しのまま行ってしまった2人を見て、クリスは小さく笑う。

 

「カズマさん、ツンデレですね」

「……なんだそれは?」

「貴方みたいな人のことですよ」

「……?」

 

 

*********************************

 

 

 アクアがバージル達と村に行って仕事を手伝った日から、数日後の朝。

 

「くかー……」

 

 屋敷に戻っていたアクアは、暖炉の前にあるソファーの上で寝転がっていた。水色のパジャマのまま、酔いつぶれたおっさんのように寝こける姿はまさに女神。

 心地よい夢でも見てるのか、顔は綻び、だらしなくヨダレを垂らしている。このまま夢から覚めず、至福の時を過ごすものかと思われたが――。

 

「『フリーズ』」

「ひあはぁああああああああっ!?」

 

 ソファーと暖炉の間に立っていたカズマが。彼女の顔に初級魔法の『フリーズ』をかけたことにより、夢の世界から強制ドロップさせられた。

 ヒヤッとした感覚を覚えたアクアは飛び起き、何事かと周りを見渡したところで、内職セットを抱えて横に立っていたカズマに気付く。

 

「このクサレヒキニート! 折角暖炉で暖まってたのに冷やすとかふざけんじゃないわよ! シャワーを使う度に、お湯のつもりで出したら冷水が勢いよく出る呪いをかけられたい!?」

「中々起きない奴を起こすにはこれが手っ取り早いんだよ。それよりも、約束の時間近いのに寝てていいのか?」

「……約束?」

 

 手荒い起こし方をしたカズマにアクアは怒号を発するが、カズマは反省する様子をこれっぽっちも見せず、アクアに言葉を返す。

 約束の時間と聞いて、身体は冷やされたものの脳がまだ目覚めきっていなかったアクアは首を傾げる。

 

「バージルさんとどっか行くんだろ? 早くしないと怒られるぞ」

「……あぁっ!? なんでもっと早く起こしてくれなかったのよ!?」

 

 カズマに言われ、ようやく約束の内容を思い出したアクアはソファーから飛び降り、急いで自室へと向かった。

 昨日、バージルから「お前を連れて行きたいところがある。朝迎えに行くから待っていろ」と言われ、アクアはルンルン気分で明日を待っていたのだが、普段の生活習慣が仇となってしまったようだ。

 しょうがない奴だとカズマは思いながらソファーに座り、いつものように内職を始めた。

 

 

 それからしばらく経った時、この部屋の扉が開き、来客が顔を出した。

 

「……アクアはいるか?」

「あっ、バージルさん。アクアならもうそろそろ来ると思いますよ」

 

 アクアと約束を交わしていた、バージルだ。カズマは、ついさっきまでソファーの上で寝ていたことは伏せ、バージルに話す。

 待ち合わせに間に合わないことは予測できていたのか、彼は「やはりか」とだけ言うと部屋に入り、適当な壁にもたれてアクアを待つ。

 

「――とうっ! ギリギリセーフ!」

「アウトだ駄女神。もうバージルさん来てんぞ」

 

 それから少し間を置いて、同じ扉からアクアが入ってきた。かなり慌てて準備したのか、服は少し乱れており、寝癖も直っていない。

 遅刻したことにバージルは何かしらアクアに突っかかるかとカズマは思ったが、バージルは怒る様子を見せず、アクアに話しかけた。

 

「準備はできたか?」

「あっ、お兄ちゃん! 準備バッチリよ! 特に何も用意しないでいいって言ってたから何も持ってないけど! で、今日はどこに行くの!?」

 

 アクアは親指を立てて答えると、バージルに今日の行き先について尋ねた。

 デート……というよりは、家族旅行気分でウキウキしていたアクアに、バージルは淡々と行き先を話した。

 

 

「以前依頼で行った村から、森の中にアンデッドが湧き出したからどうにかして欲しいと別の依頼が来てな。奴等は羽虫の如く、光る木を中心に群がっているそうだ。十中八九、貴様があの森で魔力を送った木のことだろう」

「……あっ……」

「お前……俺がいないところでもやらかしたのか……」

 

 バージルから話を聞き、冬だというのに汗をタラタラと流すアクア。内職しながらも話を聞いていたカズマは、どこにいても問題児なアクアを見て眉を潜める。

 

「な、なるほど……それで私を連れて行きたいってことだったのね……」

「そういうことだ。自分の不始末は自分で片付けてもらう」

「ハァ……お兄ちゃんと旅行に行けると思って楽しみにしてたのに……まぁいいわ。ならちゃっちゃと片付けに行きましょう!」

 

 期待していたものとはまるで違ったが、元は自分が撒いた種。アクアは拒むことなく引き受ける。

 すると、彼女の返事を受けたバージルは、付け加えるようにこう話した。

 

「それと、今日は他にも依頼が重なっているから急ぎで行く。行き帰りは、村から帰る時にやったあの方法にするぞ」

「……えっ?」

 

 それを聞き、時が止まったように固まるアクア。バージルはアクアから目を逸らさず、ジッと見つめている。

 

 

「……アディオスッ!」

「逃がさん」

 

 瞬間、アクアは扉を開けて部屋から逃げ出したが、バージルは彼女を追いかけるように瞬間移動し、部屋から出た。

 

「いやぁああああああああっ!? もうあれには乗りたくない! もう死ぬ思いはしたくないのぉおおおおおおおおっ!」

「落ちても死なんと言っただろう。それに、今回は落ちても回収してやる。だから安心して乗るといい」

「そういう問題じゃないから!? あれ安心して乗れるものじゃないから!? いやぁああああああああっ!? 行きたくないぃいいいいいいいいっ! 助けてカズマしゃああああああああんっ!?」

 

 バージルに捕まったのか、開けっ放しな扉の向こうからアクアの悲鳴が響く。しかしバージルはものともしていない様子。次第にアクアの声は遠くなり、気付けば彼女の助けを求める叫びも聞こえなくなっていた。

 取り残されたカズマは、屋敷から出て行く2人を窓から確認することもせず、中断していた内職を進める。

 

 

「(あぁ……感謝します女神様……)」

 

 以前アクアが家出した後、あわよくばバージルのもとに行って好感度を上げて欲しいと思っていたカズマは、天から見守るだけでなく、願いを聞き入れてくれた女神エリス様に、心から感謝した。

 




エリス回かと思ったらアクア回だった。
そしてここから今章の最後辺りまでエリス様の出番はないです。メインヒロインとは。


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第33話「このソードマスターと邂逅を!」

 季節は冬。雪の降る場所も目立ってきた頃。

 

「――ハァ」

 

 街の大きな屋敷に住むクルセイダー、ダクネスは欲求不満だった。おわかりだろうが、男に飢えているわけではない。

 彼女はここ最近、バージルの罵倒を聞いていない。いつもはお隣のデビルメイクライへ出向き、時には問答無用に締め出され、時には乱暴に蹴り出されるなど、嬉しい対応を受けていたのだが――現在、デビルメイクライは閉店続き。当然だ。主のバージルがいないのだから。

 彼は、生徒のゆんゆんを引き連れて街の外に出かけていた。1日2日も経てば帰ってくると踏んでいたが、まだ帰ってきていない。かなり遠出しているのだろう。

 教師と生徒という大変羨ま……けしからん関係の2人が、長い間どこでナニをしているのか。彼女はとても気になっていた。

 

「(帰ってきたら、今度は私にも同じプレイをしてくれと頼み込むか……家の前に24時間居座り続ければ、流石のアイツも折れるだろう。仕事の邪魔になると、足蹴にされてゴミ箱に捨てられるのもアリだな……無視され続けるのもそれはそれで美味しい……んっ……)」

 

 ベッドに腰掛け、常人には到底理解できない妄想を膨らませるダクネス。彼が帰ってきた後の予定を決めた彼女は、机の下に目を移す。

 そこに、隠すように置かれた大きめの箱。彼女の実家から送られてきた『高級霜降り赤ガニ』が入ったものだ。

 

「(今日の晩御飯の当番は、私だったな……よし、これをふんだんに使ったものにするか!)」

 

 マゾい欲求は満たせないが、代わりに食欲を満たすとしよう。そう決めて独り意気込む。

 とその時、自室の扉がバンッと音を立てて開けられた。ダクネスは少し驚きながらも、前方に視線を移す。

 

「ダクネス! 私とボードゲームで勝負してください!」

 

 そこにいたのは、畳まれたボードゲームの台と駒が入った箱を持つ、淡い赤色のパジャマを着ためぐみん。彼女の誘いを受けたダクネスは、困惑しながらも言葉を返す。

 

「別に構わないが……どうした? ボードゲームをするにしては、やけに意気込んでいるようだが……」

「以前バージルに負けたのが悔しいんです! エクスプロージョンを撃てずに負けたあの雪辱を晴らしたい! だからダクネス! 私の練習相手になってください!」

「そ、そこまで引きずってたのか……まぁいい。練習相手ならいくらでもなってやるぞ。言っておくが、私は子供の頃からそれで遊んでいた。そう簡単に倒せるとは思わんことだな」

「ほほう、それだけ豪語するほどの実力がおありと……いいでしょう! 相手にとって不足なし!」

 

 臆さないめぐみんに対し、ダクネスは不敵に笑うと、今着ている黄色いパジャマのままベッドから立ち上がる。

 ダクネスの自室からリビングに場所を移すと、アクアがソファーでグッスリ眠っている横で、めぐみんとの勝負を開始した。

 そしてこの後、ダクネスは滅茶苦茶エクスプロージョンされた。

 

 

*********************************

 

 

 アクセルの街から馬車で1日、更に別の街で乗り換えて1日、そして着いた街から歩いて3日はかかるほど離れた場所――駆け出しを卒業した中堅冒険者が訪れることの多い、岩山のダンジョン。

 冬だというのに気温は高く、草も生えていない。火山とまではいかないが、薄着でも汗をかくほど暑いこの道中に、ダンジョンの奥地を目指す3人の冒険者がいた。

 

「キュルルルルルルッ!」

 

 ここら一帯に生息するトカゲ型のモンスター『ファイアードレイク』は、口から火を吹き出して相手を威嚇する。

 そのモンスターが対峙しているのは――槍を構える、緑色のポニーテールの少女。

 

「中級モンスターにしては中々やるわね! でも――」

 

 少女がそう口にした瞬間、ファイアードレイクの身体が縄で締め付けられた。突然のことにモンスターは困惑する。

 そんなファイアードレイクの背後に立つのは、今し方モンスターを盗賊スキル『バインド』で捕えた、赤髪三つ編みの少女。

 

「私達の敵じゃない!」

 

 赤髪の少女が自信満々に断言する中、ファイアードレイクは横から気配を感じ、視線をそちらへ向ける。

 そして、既に宙へ飛び上がり、浅葱色の大剣を振り下ろさんとする――蒼い鎧を纏った男を見た。

 

「これで――トドメだ!」

 

 御剣(ミツルギ)響夜(キョウヤ)は大剣を振り下ろし、ファイアードレイクの身体を横から真っ二つに切断した。

 機動力のあるクレメアが敵を引きつけ、フィオが『潜伏』を使いつつ陰から敵を捕らえ、攻撃力の高いミツルギが確実にトドメをさす。お互いの特色を生かしたコンビネーションで敵を討伐できたミツルギは、白目を向けるファイアードレイクを見てフゥと息を吐く。

 

「キョウヤキョウヤ! さっきの私、結構頑張ってたでしょ!? 褒めて褒めて!」

「あっ!? わ、私も頑張ったもん! クレメアだけずるいよ!?」

 

 すると、ミツルギのもとにクレメアとフィオが近寄り、何かを期待する眼差しを向けてきた。

 強いモンスターを協力して倒した後、2人はいつもこうして詰め寄ってくる。また、その対応に慣れていたミツルギは、やれやれと心の中で呟きながら大剣を背負う。

 

「うん、2人ともよく頑張ったよ。いつもありがとう」

「「えへへー」」

 

 2人の頭に手を乗せて優しく撫でてやると、どちらも顔を綻ばせた。2人の幸せそうな顔を見て、ミツルギは実家で飼っていた犬を思い出す。

 

 女神から授かった『魔剣グラム』を失ったあの日。ミツルギは、師から譲り受けた新しい魔剣と、あの日を忘れないようにと、師と戦った時に使った物をもとに改良された剣を手に、アクセルの街から冒険をやり直した。

 自分はいかに魔剣頼りだったか、いかに無力であったかを2人に話し「そんな自分についてきてくれるのなら、一緒に冒険をしたい」と告げると、彼女等はこっちが驚く程に「ついて行く」と即答してくれた。

 心機一転し、リスタートとなった3人の冒険。今度はレベルだけでなく、武器を扱う技術、スキルレベルも高めていった。時には独学で、時にはベテラン冒険者から教わり、そして実戦の中で学んでいった。

 

 その冒険の中――師から忠告されていた通り、魔剣に身体を支配されかけることもあった。しかし、大切な者を守るために戦うという、強い意志を捨てることのなかったミツルギは、魔剣の支配に抗い続けた。

 クレメアとフィオに助けられた時もあれば、自分で押さえ込んだこともある。そうやって何度も魔剣に抗い、争っていく内に――。

 

『まーた頭を撫でるだけか、このヘタレモヤシ男。いっそのことディープなキスの1つでもしてやればいいだろうに』

「べ、ベルディア……2人とも女の子なんだ。ファーストキスは、大事な人のために取って置いているんだよ。僕なんかがそれを奪ったら、一生恨まれる」

 

 魔剣に宿っていた魂『ベルディア』と、こうして言い合う仲にもなれた。

 彼は元々、魔王軍幹部の1人だったのだが、バージルと戦い敗北し、剣に己の力と魂を宿して魔剣となった。そして、バージルからミツルギに渡された。

 以前まで、彼と話せるのは魔剣に支配されそうになる時だけだった。しかしある日を境に、こうして普段からも会話できるようになった。因みにこのベルディアの声は、魔剣に触れている者にしか聞こえない。また、ベルディアはミツルギの目、耳を通し、景色を見ることも音を聞くこともできる。

 魔剣に触れていない者から見たら危ない人と思われそうな、独り言を話すミツルギの前、彼がベルディアに返した言葉を聞いていたクレメアとフィオは、同時にため息を吐いた。

 

「えっ? 2人とも、なんでそんな呆れた顔で僕を見るの?」

『ホンットにお前という奴は……乙女心というのをまるで理解していないな』

「えぇ……?」

 

 クレメアとフィオだけでなく、ベルディアからも呆れられたミツルギはその理由がわからず、ただただ困惑する。

 しばらく彼なりに考えた結果「意中の相手が中々現れず、ナイーブになっているのかも」という答えに行き着き、街に戻ったら知り合いの男性を紹介しようという結論に至ったところで、彼はひとまず先へ進むことにした。

 

 

*********************************

 

 

「……あっ! 待って2人とも! 今『敵感知』に反応が出た!」

「「ッ!」」

 

 岩場の多い複雑な道を進んでいた時、フィオが声を大にして警告を発した。ミツルギとクレメアは足を止め、すぐさま武器を構える。

 地図によれば、この先は拓けた場所になっている。もしかしたら、そこにモンスターが待ち構えているのかもしれない。

 ――だが。

 

「……あれ? 消えた? さっきまで確かに反応があったのに……」

「えっ?」

 

 フィオの感じ取っていた敵感知が、気付いた時にはもう消えてしまっていた。

 謎の現象を前に困惑するフィオ。敵感知を欺くことができるのか、もしくは誰かが……と、ミツルギが予想を立てていると、ベルディアの声が脳内に響いた。

 

『……この魔力は……』

「? どうしたベルディア?」

『先に進め、ミツルギ。もしかしたら、久しい出会いが待っているかもしれんぞ』

 

 何やら予言めいたことを口にするベルディア。ミツルギは不思議に思ったが、先に進まなければいつまで経っても目的地に辿り着けない。

 警戒心は解かないまま、ミツルギ達は武器を手に岩陰から外に出た。

 

 地図の通り、そこから先は拓けたフィールドとなっており、前方にはダンジョンの奥地に続く、洞窟の入口らしきものが。ミツルギは数歩進んで、そこにあった情景を目の当たりにする。

 まず目に入ったのは、地面に仰向けで倒れている『ファイアードレイク』の集団。身体が小さいのを見る限り、先程自分達が倒した奴の子分だろうか。あれだけの大群を引き連れられていたら、自分達は危なかったかもしれない。そう思いながら、視線をモンスターが倒れている中心に向ける。

 そこに立っているのは、短剣を手にした黒髪の少女。戦闘を終えたばかりなのか、息が上がっている。彼女は懐から回復ポーションらしき物を飲むと一息吐き、クルッと横を向いた。

 彼女の視線の先にいたのは――青いコートを纏った、白い剣を背負い天色の刀を持つ、銀髪の男。

 

「し――師匠っ!?」

「……ムッ?」

 

 ミツルギの師、バージルがそこにいた。

 

 

*********************************

 

 

 バージルと久々の再会を果たしたミツルギ。相手もミツルギのことは覚えていたようで、名前を間違えられることはなかった。また、クレメアとフィオは未だあの日のことを根に持っているのか、ミツルギの背後に隠れ、フィオは子犬のように怯え、クレメアは子犬のように唸ってバージルを睨んでいる。

 冒険の途中に「アクセルの街で蒼白のソードマスターなる者が便利屋をやっている」との噂を聞いていたミツルギは、本人にその真偽を尋ねると、バージルは隠すことなく肯定した。ならばここにいるのは便利屋として依頼を受けたから、もしくは冒険者としてクエストを受けたからなのかと尋ねると、彼は首を横に振り「生徒に授業をつけるためだ」と答えた。

 

「生徒? とすると……その子は……」

 

 バージルの返答を聞いたミツルギは、そう口にしながらバージルの隣に立つ少女を見る。

 視線が合った瞬間、彼女は明らかに落ち着きを失い、行き場のなさそうに目を泳がせていたが、やがて意を決した表情を見せると――顔を赤らめながらキマっているポーズを取った。

 

「わ……我が名はゆんゆんっ! バージル先生の教えを請う随一の生徒であり、いずれ紅魔族の長となる者!」

「「「……あっ、うん……」」」

 

 彼女なりの自己紹介を聞いた3人は、思わず苦笑いを浮かべる。容姿を見た時点で紅魔族なのは薄々察しており、前の冒険で紅魔の里に行った時、散々紅魔族流の自己紹介を聞いていたのだが、こう突然見せられると、どうしても反応に困ってしまう。

 ただ、彼女のように恥ずかしがりながらする者は見たことがなかったので、同時に変わった子だなとミツルギ達は感じていた。

 

「(しかし……生徒か……)」

 

 が、それよりも気になったのは、彼女がバージルの生徒だということ。

 バージルは先程、授業をつけにここへ来たと言っていた。いつからか知らないが、彼女はずっとバージルの授業を受け続けてきたのだろう。彼から直々に教わる形で。

 

「(……羨ましいな……)」

 

 自分が師と慕う人物から戦う術を学んでいるゆんゆんを、羨ましく思うと同時に、彼女は自分にとってのライバルになる予感を覚えていた。

 しかし、それはそれ、これはこれ。ミツルギは1歩前に出てゆんゆんに近寄ると、自ら彼女に手を差し伸べる。

 

「ゆんゆん、か。可愛らしくて良い名前だと思うよ。僕は御剣響夜。気軽にキョウヤって呼んでくれ。後ろにいる緑髪の子はクレメア、赤髪の子はフィオだよ」

「あ、は、はい……よ、よろしくお願いします。ミ、ミツルギさん……」

「そんなかしこまらなくてもいいって。名前もキョウヤで……ってイタタタタッ!? 急にどうしたのさ2人とも!?」

『素でこれだからな貴様は……うむ、俺もムカッ腹が立ってきた』

「ベルディアまで!?」

 

 背後の女性陣2人から同時に腕の肉を捻られたミツルギは、苦痛に悲鳴を上げる。

 別に彼が嫌いというわけではなく、初対面でまだ仲も深めていない人を呼び捨てで呼ぶのは失礼だと思っていたゆんゆんは、ベルディアという名前を聞いて首を傾げる。その一方、バージルは少し感心するように口を開いた。

 

「ほう、まだ魔剣に喰われていないどころか、対話も可能にしていたか」

「あっ、ハイ! 師匠の言っていた、支配するとは違いますが……師匠から譲り受けたこの魔剣に宿る魂と、対等な関係を築けています!」

『何を勘違いしている、鈍感すけこましムッツリ変態男。俺は貴様を対等だと認めた覚えは一切ないぞ。なんなら今ここで貴様を乗っ取っておほうっ!? おい後ろの女子共! 何故今俺の美しい刃に傷をつけた!? ちょっやめっ痛い痛い痛いっ!? 助けて! 助けてミツルギ!』

「キョウヤの後ろに隠れて、魔剣に触れてた私達にはアンタの声が丸聞こえなのよ! 前半は否定しないけどムッツリ変態は撤回して! キョウヤはそんなことに興味がない、汚れを知らない聖人なのよ!」

「あと、どさくさに紛れて乗っ取ろうとしたわよね!? そんなことは私達がさせないんだからっ!」

 

 唐突にミツルギの背後で喧嘩――というより、一方的なリンチを始めたクレメアとフィオ。ベルディアのヘルプを聞いて、ミツルギは苦笑いを浮かべる。助ける気はないようだ。

 突然喧嘩を始めた彼女等に面食らっていたバージルは、呆れたようにため息を吐く。

 

「(先生から魔剣を!? う……羨ましい……!)」

 

 そんな中、ゆんゆんは彼が背負っている物が魔剣だった事実より、その魔剣がバージルから譲り受けたものだったことに驚くと同時に、ミツルギに羨望の眼差しを向けていた。

 

 

*********************************

 

 

「で、貴様等は何故ここに?」

 

 クレメアとフィオの気が済むまで叩き、終盤にはベルディアが悦びの声を上げるリンチが終わった後、今度はバージルがミツルギにそう尋ねてきた。

 

「あっ! そうだった! 僕達、この先にある洞窟へ入ろうとしていたんです」

「……とすると、貴様も奥に潜む飛竜(ワイバーン)を?」

「ハイ! ここから1番近い街でクエストを受けて、それで……って、貴様もって、まさか……」

「授業の一環で、コイツにその飛竜をあてがおうと思ってな」

「えっ!? ちょっと先生!? それ今初めて聞いたんですけど!?」

 

 偶然にも目的が同じだと知り、ミツルギは驚く。ゆんゆんの方が驚いていたようだったが。

 

「そうだったんですか……あっ! それなら僕達と一緒に行きませんか? 人数は多い方がいいですし」

「……ふむ。まぁいいだろう」

「あの、先生……授業内容が鬼畜なのはもうツッこむ気もないし文句を言うつもりもないんですが……どんなモンスターを相手にするか一切明かさず、目的地へ行くのはやめて欲しいというか……私にも心の準備とかが必要で――ってあっ!? 無視して先に行かないでください!」

 

 ミツルギの提案に、バージルは渋ることもなく受け入れる。邪魔になるからと追い払わなかったのは、討伐するのが自分ではなくゆんゆんだからだろう。

 控えめなゆんゆんの文句には一切反応せず、バージルはミツルギ達に背を向けて歩き出した。その後ろを、ゆんゆんは慌てて追いかける。

 

「えー……アイツもいるのは私的にNGなんですけど……」

「で、でも、強いのは確かだし……私もまだ、あの人は怖くて苦手だけどさ……」

「大丈夫だよ。師匠は2人に危害を加えるようなことはしない。もし何かあったとしても、その時は僕が2人を守るさ」

「っ……キョ、キョウヤがそこまで言うなら……」

「わ、私達も頑張って……我慢するよ……はうぅ……」

 

 未だバージルへの暴力的なイメージが拭えなく、ミツルギの提案に反対気味な様子のクレメアとフィオだったが、ミツルギの純度100%な言葉を聞いて、頬を赤らめ意見を変えた。これぞイケメンのなせる技。

 仲間2人を説得?したとこで、ミツルギはバージルを追いかけようとする――時、ベルディアが話しかけてきた。

 

『ミツルギ……1つ頼みがあるのだが……』

 

 さっきまでと違い、どこか真剣みが感じられる声。ふざけた頼みでないのは確かだろう。

 そして、伊達にベルディアと関係を築いていないミツルギは、彼が言わんとしていることを既に理解していた。

 

「わかってるよベルディア。頼まれなくても、そのつもりさ」

 

 ベルディアにだけ聞こえるよう、ミツルギは小さな声で言葉を返す。そして、前方を歩くバージルに駆け寄ると、自ら彼に声を掛けた。

 

「バージルさん」

「なんだ」

 

 バージルは歩みを止めず、振り返らないまま応える。横でバージルに抗議していたゆんゆんはそれを止め、ミツルギに視線を向ける。

 後方から、仲間の2人が駆け寄ってくる足音が聞こえる中、ミツルギは意を決するように唾を飲み込み、言葉を続けた。

 

 

「洞窟へ入る前に……ここで今一度、僕と戦ってくれませんか?」

「「キョウヤ!?」」

 

 バージルへの申し出を聞いて、後ろにいたクレメアとフィオは同時に驚きの声を上げた。

 ゆんゆんも彼の大胆な発言に驚き、様子を窺うようにバージルへ目を向ける。ミツルギの願いを聞いたバージルは足を止めると、振り返ってミツルギを見つめてくる。

 更に鋭くなった彼の目を見て、ミツルギは少し怯えるものの、それを表に出さないようバージルから目を逸らさない。やがて、ミツルギの目を見て思うところがあったのか根負けしたのか、バージルは自ら口を開いた。

 

「……いいだろう。ただし条件がある」

「条件?」

「ゆんゆんと、そこの女2人を戦わせろ」

「ふぇ!?」

「「えぇっ!?」」

 

 まさか自分も巻き込まれるとは思っていなかったゆんゆん、クレメア、フィオは、バージルの出した条件を聞いて驚いた。

 飛竜ソロ討伐ができなくなった分、ここでゆんゆんに授業をつける気なのだろう。彼の返答を聞いたミツルギは、振り返って背後にいる仲間を見る。

 

「2人とも……いいかな?」

「うぐっ……そ、そんな顔で言われたら、断れるわけないじゃない……」

「か、回復薬も余ってるし、私はいいわよ! ゆんゆんちゃん、かかってきなさい!」

 

 決して狙ったわけではなく、ミツルギは2人に微笑みかけて頼むと、彼女等はアッサリと承諾してくれた。2人の言葉を聞いてミツルギがニコッと笑うと、彼女等は更に顔を赤く染める。クレメアとフィオの承諾を得たとこで、ミツルギは再びバージルと向き合う。

 それを見たバージルは、隣にいるゆんゆんへ顔を向けた。その視線は、お前はどうだという意味か、拒否権はないぞという意味なのか。

 

「(ま、まさかこの人達と戦うことになるなんて……でも、先生以外との対人戦はしたことなかったから……良い機会かもしれない)」

 

 バージルの視線を受け、しばらく戸惑っていたゆんゆんだったが、やがて意を決したように独り頷くと、前方にいるクレメア、フィオと向き合った。

 

「よ……よろしくお願いします!」

 

 

*********************************

 

 

 元はファイアードレイクの縄張りだった、洞窟前の岩場地帯。空は一面雲がかっているが、隙間から見える太陽はまだ頂点を超えていない。

 モンスターの死体を退け、フィールドの中心に立つのは3人の少女。槍を持った少女クレメアと、ダガーを構えるフィオ。そして彼女等と対面するように立つ、腰元に短剣を据えたゆんゆん。

 ミツルギとバージルは、相対する彼女等から離れ、見守るように立っている。ミツルギは彼女等に聞こえるほどの声量で、3人に声を掛けた。

 

「回復薬があるから傷の心配はいらないけど、当然致命傷は負わせないこと。刃を突きつけられたり、身動きが取れなくなったら負けを認める。そこから反撃したりしないように」

 

 彼がルールを話すと、クレメアはわかってると答えるようにミツルギへ軽く手を振る。

 

「しっかし、いくらアークウィザードとはいえ、2対1で戦わせるなんてねぇ……やっぱ私、あのスカした銀髪鬼畜サディステック男大っ嫌い。私達のこと舐めくさってる」

 

 聞こえないのをいいことに、バージルの悪口を呟いたクレメアは、器用に片手で槍を回すと、穂先をゆんゆんへ向けた。

 

「そして、2対1でも構わないって思ってる、まだ20もいかない子供なのにやたら胸が大きくて、私へ当てつけるように胸元を見せびらかしてるあの子も!」

「ク、クレメア……多分あの子は、わざと見せてるつもりはないと思うよ?」

 

 胸が豊満な女性には嫌悪感を剥き出しにするタイプなのか、彼女はゆんゆんを、正確にはゆんゆんが持つ憎き巨乳を睨みつける。

 私情ダダ漏れなクレメアを見て、苦笑いを浮かべるフィオ。クレメアは槍を両手に持つと、姿勢を低くして構えを取った。

 

「わざとかどうかは関係ない! 巨乳は悪よ! 巨乳滅ぶべし!」

「あっ、ちょっと!?」

 

 フィオの呼び止める声に耳を貸さず、クレメアは槍を構えたまま走り出した。その先にいるゆんゆんは、短剣を抜くこともせず、迫り来るクレメアを待ち構えている。

 

「先手必勝! 私の突きを喰らいなさい!」

 

 そして、クレメアは勢いを乗せたまま、ゆんゆんへ槍の一突きを放った。 が――その攻撃は空を切る。

 

 

 ゆんゆんが、その突きを跳んでかわし、槍の穂先に立ったがために。

 

「んなっ――!?」

 

 予想外の避け方をされてクレメアが驚く中、ゆんゆんは槍を踏み台にして跳び上がると、クレメアの頭上を越え、彼女の後方に着地する。

 近くにいたフィオは、警戒するように後ろへ跳び退いてゆんゆんと距離を空ける。クレメアもすぐさま振り返り、槍を構え直してゆんゆんを見る。

 2人から警戒されている中、ゆんゆんは腰元の短剣を左手で抜くと逆手で持ち、刃を水平に構え――。

 

「(これは先生の真似。これは先生の真似……これは先生のリスペクト!)」

 

 決して、紅魔族独特のセンスからくる恥ずかしいことではないと、自分へ言い聞かせながら、2人へ告げた。

 

「さ、さぁ――踊りましょう!」

 




作中では一切描写しませんが、ミツルギ達は舞台裏で王道なイベントを経験したんだと思っていてください。
あとクレメアは漫画版じゃ胸あるけど、そこはアニメデザイン準拠ということで。あと職業も戦士(文庫版、アニメ版準拠)からランサー(web版、漫画版準拠)にジョブチェンジしました。


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第34話「Dance of the sword ~剣の舞・前~」

「こんの紅魔族っ子……やってくれるじゃない。だったら望み通り、好きなだけ踊らせてあげる!」

 

 ゆんゆんの挑発とも取れる言葉を受け、目元をヒクつかせたクレメアは、声を荒らげながら再びゆんゆんへ突撃する。

 先程よりも勢いの乗った槍の一突き。しかし、ゆんゆんは短剣を穂先に当ててくると、攻撃を後ろへ流す――と同時に、クレメアへ接近した。

 

「っ! しまっ――!」

「させないっ!」

 

 クレメアの首元を狙うゆんゆん。それを阻止するべく、フィオはダガーで攻撃を仕掛ける。

 が、それも予期していたのか、ゆんゆんは咄嗟に飛び上がってそれを回避。空中で体勢を整えながら、彼女の背に目を向ける。

 

「『パラライズ』!」

「あぐっ……!?」

 

 そして、空いている右手で彼女の背中に触れつつ、対象を一定時間麻痺させる魔法を放った。フィオが麻痺したのを見て、ゆんゆんは一旦後方へ跳んで距離を空ける。

 クレメアは、動けなくなったフィオを守るように彼女の前へ移動すると、槍を構えてゆんゆんと対峙する。

 

「フィオ! 大丈夫!?」

「ごめん……モロに受けたから、しばらく動けそうにない……」

「ううん、謝るのは私の方よ。まんまとあの子の挑発に乗せられちゃったせい……フィオが動けるようになるまで、しばらく私が時間を稼ぐわ――『身体強化』!」

「うん……お願い!」

 

 フィオの安否を確認した後、クレメアはスキルにより数段上がった速度で、ゆんゆんに突っ込んだ。

 対するゆんゆんは、短剣を逆手持ちから普通の持ち方に直し、先程のように受け流すことはせず、クレメアの攻撃を防ぐ。

 間合いに入らせない、槍のリーチを生かした動きでクレメアは攻撃を仕掛けていくが、ゆんゆんは魔法も使わず、短剣1本で防ぎ、避け続けている。

 

「(こちとら『身体強化』使ってんのに……どんな動体視力と反応速度してんのよ!?)」

 

 アークウィザードとは思えない目と動きの良さ。クレメアは内心焦るが、退くわけにはいかない。彼女は手を緩めず、槍を振り続ける。

 瞬きすら許されない攻防が続く中――彼女等から離れた場所で、動けずにいたフィオに変化が。

 

「(……あれ? 身体が……動く?)」

 

 あんな至近距離から『パラライズ』を受けたというのに、もう麻痺が治った。まだまだ時間はかかるものと思っていたのだが、もしかしたらゆんゆんは、上手く魔力を込められていなかったのかもしれない。

 

「クレメア! もう動けるようになったわ!」

「ホント!? じゃあいつもの作戦で!」

「OK!『潜伏』!」

 

 ともかく、これはチャンスだ。フィオはクレメアと短く言葉を交わすと、スキルを使って気配を消した。

 すると、気配を悟られなくなったフィオを警戒してか、ゆんゆんはクレメアの横薙ぎをかわしつつ、後方へ跳ぶ。

 

「自分から誘っておいて、ダンスから逃げないでよね! もういっちょ『身体強化』!」

 

 クレメアは既に切れていた『身体強化』を再び使い、逃げるゆんゆんを追いかけるように駆け出す。

 

「『泥沼魔法(ボトムレス・スワンプ)』!」

 

 詰め寄るクレメアを見たゆんゆんは、前方の地面に巨大な泥沼を発生させる魔法を仕掛けてきた。これに嵌った者は足を取られ、身動きが取れなくなる。脱出自体は可能だが、容易ではない。

 が、そろそろ魔法で仕掛けてくると踏んでいたクレメアは、泥沼の境目ギリギリで飛び上がると、空中で槍を引き――。

 

「『雷光の槍(ライトニング・スピア)』!」

「くっ……!」

 

 強力なランサーのスキルを使い、ゆんゆん目掛けて突進攻撃を繰り出した。短剣では防げないと判断したのか、ゆんゆんは横へ回避する。

 しかし、まだまだダンスは終わらない。ゆんゆんが地面に足をつけた時――どこからともなく、捕縛用のロープが彼女に向かって飛んできた。『潜伏』していたフィオのものだ。

 

「っ!『ウインドカーテン』!」

 

 が、ギリギリ視界の端に捉えていたのか、ゆんゆんは素早く風のバリアを張り、ロープの手から逃れた。

 

「嘘っ!? 反射神経良すぎない!? 貴方ホントにアークウィザード!?」

 

 確実に捕まえたと思っていたフィオはこれに驚く。その傍ら、クレメアは狼狽えることなくゆんゆんへ向かった。するとゆんゆんは――。

 

「――はぁっ!」

「ッ!」

 

 どこからともなく出現させた浅葱色の剣(幻影剣)を、クレメアへ向けて投げ飛ばしてきた。

 クレメアは咄嗟にブレーキをかけ、飛んできた剣を槍で防ぐ。その瞬間、剣はガラスが割れるような音を立てて砕け散った。

 

「アークウィザードには、そんな魔法スキルもあるのね……」

 

 クレメアが羨ましそうに呟く傍ら、ゆんゆんは上空へ跳び上がると、再び魔法で剣を作り、地上へ向かって投げてきた。何度も、1本ずつ絶え間なく出現させて。

 しかし、その剣はクレメアに一切当たらない。どれも的外れな場所へ飛ばされ、地面に突き刺さっていく。

 何をしでかすかと思えば、突然攻撃を外し出したゆんゆんを見て、クレメアは少し困惑する。が、その理由をすぐに理解することとなった。

 ゆんゆんは、何本か剣を地面に突き刺した後、重力に従って地上に降り立つ――瞬間、姿を消した。

 

「なっ!? 消え――」

「クレメア! 後ろ!」

「っ!」

 

 これに驚くクレメアだったが、彼女の耳に届いたフィオの声に従い、咄嗟に後ろを振り返る。

 そして――背後から狙ってきたゆんゆんの攻撃を、すんでのところで防いだ。ゆんゆんは攻撃が防がれたのを見て、またも姿を消す。

 クレメアはまたも驚きながら、周りを見渡す。そして、さっきとは別の場所にいたゆんゆんの姿を捕えた。彼女の傍には、地面に突き刺さる浅葱色の剣が。

 

「魔法スキルの組み合わせってヤツ? 流石、魔法に長けた紅魔族ね……変なセンス持ってるけど」

「わ、私は持ってないですっ! あんな恥ずかしいことはしません!」

「(……ガッツリやってたような気がするけど……)」

 

 2人の会話を聞いて、開幕の挑発は恥ずかしいことではないのかとフィオが思う中、クレメアはゆんゆんに向かって走り出した。

 

 

*********************************

 

 

『んんっ!? おぉっ!? み、見え……あぁクソッ! やっぱスパッツ履いてやがった! しかしそれもまたイイ!』

「……僕の目を通して、何を見てんのさ……」

 

 ゆんゆん、クレメア、フィオが戦いを続けている中、少し離れた場に立って見守るミツルギの脳内に、変な所に着目して盛り上がるベルディアの声が響く。

 普通に会話ができるようになってから、変態性が増しているベルディアに呆れながらも、ミツルギはゆんゆんの動きを見て独り唸る。

 

「しかし凄いな……あの子、見た目からして多分まだ僕より年下……おまけに遠距離主体の魔法職なのに、接近戦でクレメアに劣らないなんて……それにあの剣と瞬間移動。アークウィザードにあんなスキルがあったのか……」

『んっ? あのスキルか? いや……あれはアークウィザードのスキルではない。恐らく、バージルがあの娘に伝授したのだろう』

「えっ? 伝授したって……でも師匠はソードマスターじゃ――」

『俺と戦った時、奴はあの剣と瞬間移動を使ってきた。奴しか持っていないスキルかもしれんな。それを、あの小娘がどうやって真似してるのかは知らんが』

「(師匠しか持っていない……師匠の固有スキル? いやでも……そうか……)」

 

 人間でありながら、固有スキルを持っている者は極稀だ。自分のような、転生特典を持って異世界転生してきた者を除けば、だ。

 しかしミツルギは、ベルディアから聞いていた。バージルはベルディアと戦った時「この世界の住人ではない」と話したことを――彼もまた、自分と同じ異世界転生者だということを。

 そして――彼の正体も。それを聞いて驚きはしたが、ミツルギにとっては尊敬すべき師匠であることに変わりはない。

 

 チラリと、ミツルギはバージルに視線を向ける。相変わらず無表情だが、以前自分と対峙した時とは違い、どこか暖かみを感じられる。

 ゆっくり話せる機会があったら、彼にベルディアから聞いたことを尋ねてみよう。そう思いながら、ミツルギは再び試合に目を向ける。

 と、丁度その時――ゆんゆんの優勢だった戦況が、変わり始めた。

 

 

*********************************

 

 

「(っ……魔力が……)」

 

 クレメアの攻撃を防いでいたゆんゆんは、独り顔を歪める。

 バージルから伝授された『幻影剣』と『エアトリック』――授業の過程で使い方を学んだのと、魔力補助系スキルを習得したことで以前より魔力消費は抑えられているが、ポンポン使い続けるとあっという間に減ってしまう。

 といっても、今すぐ魔力が切れるほどではない。ここからは、魔力の減りも意識して使うべきだと考えた時、クレメアが距離を取ると共に、攻撃を一旦途切らせた。

 

「なるほど、剣の刺さってる場所に瞬間移動してるのね……でもそれって、デメリットの方が大きくないかしら!?」

 

 クレメアは不敵な笑みを浮かべると、地面を踏み込み、再度こちらに向かってきた。ゆんゆんは攻撃を避けるべく『エアトリック』で姿を消す。

 そして、幻影剣が刺さっている場所へ瞬時に移動する――が、その時。

 

「引っかかったわね! 今度こそ『バインド』!」

 

 既に、ゆんゆんを中心として渦巻いていたロープが、フィオの声と共に浮かび上がり、彼女を捕縛するべく収束してきた。

 

「(ッ! こ、ここはもう一度『ウインドカーテン』で……いや!)」

 

 再び魔法で防ぐべきか迷ったが、魔力節約を優先し、すぐさま飛び上がって『バインド』から逃れた。

 宙にいるゆんゆんは地面へ目を向け、フィオの姿を捕える。彼女は、またも捕まえれなかったことに悔し顔を見せているかと思いきや――それすらも狙い通りだったとばかりに、笑みを浮かべていた。

 

「自分は今からそこに行きますって、相手に教えてるようなもんだからね!」

「っ――!?」

 

 その瞬間、すぐ近くからクレメアの声が聞こえてきた。ゆんゆんはすぐさまそちらへ目を向ける。そこには――自分と同じく宙に飛び上がり、槍を構えるクレメアがいた。

 彼女はゆんゆん目掛けて、穂先を突き出してきた。ゆんゆんは咄嗟に短剣を当て、危なげながら攻撃を防ぐ。

 

「くぅっ! おっしいなぁ……!」

 

 攻撃を防がれたクレメアは、悔しそうに呟きながら着地する。同じく地面に足をつけたゆんゆんは、辺りを見渡す。

 先程、自分は至る所に幻影剣を突き刺していた筈なのだが――それらが無くなっていた。あるのは、先程移動した場所に刺さっている1本だけ。

 

「……私とクレメアさんが戦ってる間、フィオさんが『潜伏』して、バレないように剣を壊していましたか」

「ご名答。自分が投げた剣の本数と場所までは流石に把握してないと踏んで、こっそり数を減らさせてもらったわ」

 

 ゆんゆんの言葉を聞き、フィオは得意げに笑う。

 『潜伏』を使っている者の動向を探ることは、スキル無効になるほどのレベル差がない限り、困難を極める。そして、クレメアの言う通り突き刺した幻影剣を全て把握できていなかったゆんゆんは、それが減らされていたことに気付けなかった。

 知らぬ内に、残る本数は1本だけ。とくれば、ゆんゆんが次に移動する場所を特定するのは非常に容易い。だからこそ、あらかじめ罠を設置することができたのだった。

 

「で、あとはこれを壊して――えいっ!」

 

 そう言って、フィオはダガーを軽く振る。幻影剣には少量の魔力しか込められていないので、残る1本も簡単に壊れた。

 

「もう、あの剣と瞬間移動のコンビネーションは見切ったわ。さて……アンタの魔力が尽きるのが先か、私達に捕えられるのが先か……」

 

 クレメアは仕切り直しとばかりに槍を構え直して、ゆんゆんを睨む。フィオはゆんゆんの様子を伺っているのか、まだ『潜伏』は使っていない。既に勝つ気でいる2人を見て、ゆんゆんは思う。

 接近戦を仕掛けるにおいて、あの盗賊は厄介だ。やはり――先に仕留めておかなくては。

 

「……フゥ」

 

 短剣を構えていたゆんゆんは息を吐き、棒立ちの姿勢に移す。今まで自ら突っ込んできたクレメアだったが、様子の変わったゆんゆんを見てか動き出すことはせず、ゆんゆんの動向を観察している。

 クレメアとフィオがジッと見つめてくる中、ゆんゆんは意識を集中させ――。

 

 その場から、姿を消した。

 

「「なっ!?」」

 

 これを見て、クレメアとフィオは同時に驚く。移動先となる剣は、全て壊した筈だ。そして、彼女が剣を出した素振りも見られなかった。

 では、一体どこに消えたのか。クレメアはゆんゆんの姿を探し、フィオは警戒して『潜伏』を使おうとした時――。

 

 フィオの首に、冷たい金属が当てられた。

 『潜伏』しようとしていたフィオの思考が止まる。その傍ら、クレメアが酷く驚いた表情を見せていた。

 

 いつの間にか、フィオの背後にゆんゆんが移動していたのだから。

 

「な……なんで……」

「わ、私の瞬間移動は……剣を移動先にしているんじゃなくて、自分の魔力を移動先にしているんです。だから、剣が刺さってなくても移動は可能です」

 

 困惑するフィオに、ゆんゆんが『エアトリック』の種明かしをする。しかしそれだけでは、フィオの背後に回り込めた理由にはならない。

 

「いや……それこそなんで? 一体どこにゆんゆんちゃんの魔力が――」

「貴方の背中です。バレないように、こっそりと薄い魔力の塊を貼っておきました」

「背中に? 一体いつ――ってあっ!?」

 

 ゆんゆんの言葉を聞いて、フィオはハッと思い出す。それは、この勝負が始まったばかりの出来事。

 彼女は、自分へ『パラライズ』をかけていた――わざわざ、自分の背中に触れながら。

 

「なるほど……最初っから、ゆんゆんちゃんの手のひらで踊らされてたのね……参ったわ」

 

 ゆんゆんの思惑通りに嵌められたフィオは、ダガーから手を離し、両手を上げる。どうしようもなく追い詰められ、刃を突きつけられたら負けを認める。この勝負のルールだ。

 それを見たゆんゆんはフィオから短剣を離し、残るクレメアに視線を向ける。今も自分を睨んでいるが、先程とは違って余裕が見られない。

 

「っ……1人やったからって、調子に乗るんじゃないわよ! あの剣の対策も、もうバッチリなんだから!」

 

 クレメアは大声で、ゆんゆんにそう告げる。諦める気はないようだ。それを聞いたゆんゆんは、再び意識を集中させると――。

 

 

「では――これならどうですか?」

 

 自身の周りに、4本の幻影剣を同時に出現させた。

 

「……嘘でしょ?」

 

 これは流石に予想外だったのか、クレメアは信じられないとばかりに、ゆんゆんを中心に回っている幻影剣を見る。

 そして、4本の幻影剣は瞬時に位置と向きを変えると、その剣先をクレメアに向け、射出された。と同時に、ゆんゆんは短剣を握り締めてクレメアに向かって走り出す。

 飛んできた幻影剣を、クレメアは槍で防ぐ。そこへ、ゆんゆんは同時に攻撃を仕掛けていった。最初の幻影剣を防がせ、後手に回ったところをすかさず詰め寄り、反撃の隙も与えない怒涛の攻撃を仕掛けていく。

 

「……くっ!」

 

 ここまで距離を詰められては、槍での反撃ができず防戦一方になってしまう。そこでクレメアは、なんとか攻撃をよけて後方へ飛び退く。

 

「逃がしません!」

 

 それを見たゆんゆんは、すかさず右手をクレメアへかざし――彼女の周りに幻影剣(烈風幻影剣)を展開させた。

 剣先を自分へ向けている4本の幻影剣を見てクレメアはギョッとしたが、冒険での経験が生きたか、幻影剣が動き出した瞬間、真上へ飛んで回避した。しかし、ゆんゆんは絶え間なく追撃を仕掛けていく。

 

「『ファイヤーボール』!」

 

 右手をクレメアへかざしたまま、自身の顔ほどの大きさを持つ火の玉を作り出し、宙にいるクレメアへ飛ばす。

 だが、その程度の火の玉は脅威ではないのか、クレメアは槍を横に薙ぎ、迫る火の玉を斬った。追撃を防いだクレメアは重力に従って着地し、前方を見る。

 更に追撃をするつもりか、ゆんゆんはクレメアに向かって駆け出していた――がその途中、ゆんゆんの姿が再び消えた。

 

「ッ! また後ろから狙うつもり!?」

 

 それを見て、彼女が再び『エアトリック』で背後に移動したと読んだクレメアは、すぐさま背後を振り返りつつ槍を横に薙ぐ。

 が――背後にもゆんゆんの姿はあらず。自分が読み違えたと気付くのに、時間は掛からなかった。

 

「しまっ――!?」

 

 クレメアは再び振り返り、さっきゆんゆんがいた方向を見るが、時既に遅し。

 ゆんゆんは、いつの間にか自分の眼前に迫ってきていた。彼女は右手を伸ばしてクレメアの首を掴むと、そのまま勢いを乗せ、押さえ込むように地面へ打ち付けた。

 

「うぐっ……!」

 

 背中に衝撃を覚え、うめき声を上げるクレメア。その上に乗っかっていたゆんゆんは、槍を使わせないように足で右腕を押さえ、左手に持つ短剣をクレメアに向ける。

 レベルの差だろうか、華奢な身体のゆんゆんに抑えられて身動き1つ取れなかったクレメアは、反撃しようとせずに1つ質問をする。

 

「……さっき姿を消したのって、今までの瞬間移動じゃないわよね? もしかして『光の屈折魔法(ライト・オブ・リフレクション)』?」

「っ……はい……」

 

 魔力切れギリギリだったのか、息の上がっていたゆんゆんは唾を飲み込み、短く答える。

 

「やっぱり……そういや紅魔の里に行った時、紅魔族がやたら得意げに見せてたわね。アンタの瞬間移動に気を取られて、すっかり忘れちゃってた……参ったわ。私の負け」

 

 あっという間に勝負をつけられてしまった自分に対してか、ゆんゆんの強さを見てか、クレメアは乾いた笑い声を上げた。

 

 

*********************************

 

 

 ゆんゆん対クレメア&フィオの勝負が終わり、クレメアとフィオがミツルギのもとへ向かう傍ら、ゆんゆんはバージルのいる場所へ歩く。

 勝負が始まってから、ずっと変わらなかった無表情は今もなお保たれており、腕も組んだままだ。そんな彼へ、ゆんゆんは控えめながら評価を尋ねる。

 

「あ、あの……先生……どう……でしたか?」

「……まだ動きに甘いところがある。あのばら撒いた幻影剣もそうだ。自分で把握し切れんほど出すなど、魔力の無駄遣いにしかならん。それと、貴様が盗賊の女に仕掛けた奇襲。奴が魔力感知に長けていないと踏んでのことだろうが、もし奴にバレていたらどうしていた?」

「……考えて……ませんでした……」

「だろうな。次から奇襲を仕掛ける時は、敵にかわされた場合も考慮しておくことだ」

「……はい……」

 

 静かに、バージルが先程の勝負での欠点を告げ、ゆんゆんはそれを親身になって聞く……が、こうも酷な評価ばかり言われ続けると、どうしても心は落ち込んでしまうもの。

 それに、今回見せた幻影剣4本同時展開。こっそり練習し、今回初めてバージルに見せたのだが、それに関しては何も言ってくれないようだ。

 気付けば、自然と下を向いていたゆんゆん。すると、それを見かねてか否かバージルは彼女へこう告げた。

 

「魔力管理が疎かではあったが……最後の猛攻は評価に値する。それと、幻影剣を4本同時に展開してみせたのには、少しばかり驚かせてもらった。見ない間に、そこまで使いこなしていたとはな」

「……! あ、ありがとうございます!」

 

 散々ムチで打たれたあと、突然アメを与えられたゆんゆんは顔を上げ、パァッと顔を明るくしてバージルに頭を下げた。ほんの1回だけ褒めただけで表情を変えたゆんゆんを見て、バージルはため息を吐く。

 胸から湧き出る嬉しさをゆんゆんが噛み締めている中、バージルは彼女の横を通り過ぎると、先程までゆんゆんが立っていた場所へ向かっていった。

 

 

*********************************

 

 

「疲れたぁー。キョウヤー、抱きしめて私を癒してぇー」

「あっ!? ちょっとフィオ! 体力的には私の方が断然疲れてるんだから、それは私が先よ!」

 

 離れた場に立っていたミツルギのもとに、勝負を終えたクレメアとフィオが近寄ってくる。

 2人ともハグを要求してきたのだが、人の目があるし、何より恥ずかしかったミツルギは、2人の言葉を軽く流し、頭に手を乗せる。

 

「2人とも、よく頑張ったよ」

「「……えへへ……」」

 

 ハグではなかったが、撫でられるだけでも満足だったのか、2人は幸せそうに顔を綻ばせた。しばらく撫でてから、ミツルギは2人から手を離す。

 

「さてと……次は僕と師匠、か」

 

 チラリと、先程まで3人が戦っていた場を見る。そこには既にバージルが立っていた。待たせるわけにはいかないと思い、ミツルギもそちらへ足を運ぶ。

 相対したところで、目を閉じていたバージルはおもむろに開け、ミツルギを見る。鋭い視線を受けたミツルギは、既にあった緊張が更に高まるのを感じる。と同時に、高揚感も覚えていた。

 あの、魔剣頼りで己の力では誰も守れなかった自分から、どれだけ成長できたのか――今こそ、試す時だ。

 

「さぁ……いきますよ! 師匠!」

 




致命傷負わせないルールなのに、時々殺す気で狙っているのは戦闘場面でよくあること。
あとサブキャラ故か、時々クレメアとフィオの区別がつかなくなる。


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第35話「Dance of the sword ~剣の舞・後~」

 先程まで3人の少女が立っていたフィールドの中心に、今度は2人の男が立った。

 蒼い鎧を身に纏ったミツルギ。蒼いコートをなびかせるバージル。距離を空け、睨み合う2人の蒼きソードマスター。

 その様子を少し離れた場で見守っているのは、先程まで戦っていた少女、ゆんゆん。

 

「(先生から魔剣を貰ってて、師匠と呼んでるあの人……変わった名前と髪色を見る限り、恐らくカズマさんと同じ『勇者候補』……一体どれほどの実力を……)」

 

 彼女は立ったまま、息を呑んで2人を見る。様子を窺っているのか、まだどちらも動く素振りは見られない。

 とその時、彼女に近付いてくる者が2人。さっき自分と戦っていたミツルギの仲間、クレメアとフィオだった。フィオはゆんゆんに近寄ると、両手に持っていた瓶を差し出す。

 

「ハイ、ゆんゆんちゃん。回復ポーション。それと魔法職に必須な魔力回復ポーションも」

「あっ……あ、ありがとうございます……そ、それと……さっきはあんなことして、す、すみません……でした……」

 

 万年ぼっちであるが故に、こういうやり取りにすら慣れていなかったゆんゆんは、ぎこちない動きでポーションを受け取りつつ、尻すぼみな声で2人に謝る。

 その、先程までの戦闘とはまるで違うゆんゆんの姿を見ておかしく思ったのか、隣にいたクレメアはプッと吹き出した。

 

「謝る必要なんかないわよ。勝負なんだし。ていうかアンタ、アークウィザードなのに接近戦が滅茶苦茶強いわね! アークウィザードって皆そうなの!? それとも紅魔族だから!?」

「い、いや、あの、それは、た、体術が得意だったのもありますけど、だ、大部分は授業の賜物といいますか――」

「ねぇねぇゆんゆんちゃん! もしよかったらさ、私達のパーティーに入らない!? ソードマスター、ランサー、盗賊に加えてアークウィザード! 防御面が若干不安だけど、それを補えるほど攻撃に長けたパーティーになれると思うの! あっ、でもキョウヤは渡さないからね!」

「えぇっ!? あっ、あっ、で、でも、わ、私はまだまだ未熟者というか、先生の授業を受けなきゃいけなくて――!?」

 

 まだ日は改まっていないが、昨日の敵は今日の友とばかりに接してくる2人の圧を受け、ゆんゆんは酷いパニック状態に陥っていた。

 パーティーに誘われたのは心底嬉しいのだが、今はまだ応えられない。喜んでと言いたい気持ちを必死に抑え、小さい声で言葉を返す――とその時。

 

「っと……勧誘の話は後にしましょうか。どうやら始まるみたいよ」

「えっ? あっ……!」

 

 クレメアがそう告げたのを聞いて、ゆんゆんは慌ててバージル達に視線を戻す。

 バージルはいかなる戦いを見せるのか。弟子と名乗る男は、バージル相手にどこまでやれるのか。彼等の動きを自分の糧とするべく、ゆんゆんは2人の戦いを見守った。

 

 

*********************************

 

 

 ミツルギは浅葱色の大剣を両手で持ち、自身の前で構える。対するバージルは、構える素振りを一切見せない。いや、あれが彼のスタイルというべきか。

 バージルが微動だにしない傍ら、ミツルギは力を溜めるように体勢を低くすると――。

 

「――フッ!」

 

 一気にバージルへ向かって駆け出し、肉薄したところで大剣を振り下ろした。が、バージルは瞬時に刀を抜いてそれを防ぐ。

 初撃を防がれたミツルギは、距離を取らずに攻撃を仕掛ける。ただがむしゃらに大剣を振り回すのではなく、2撃、3撃目を念頭に置きながら、かつ相手の動きも見て。

 無駄な力を込めず、時には軽く振ってすぐに切り返し、時には剣の勢いを殺さず攻撃を繋げる。これまでの冒険で学んだ剣術をいかんなく発揮し、攻撃を加えていった――が。

 

「Humph……流石に、あの頃よりは幾分かマシになっているようだな」

 

 ミツルギの攻撃を全て防いでいたバージルは、刀を振る中で瞬時に逆手持ちへ変えるとそのまま突き出し、柄頭をミツルギの腹部へ押し当てた。

 

「うぐっ……!?」

 

 鎧越しでも痛みが伝わるほどの衝撃。それをモロに受けたミツルギは後方へ飛ばされる。

 下手にブレーキをかけず、地面を転がりながらもミツルギは立ち上がり、バージルを見る。彼は追撃を狙おうとせず、逆手で持っていた刀を持ち直して鞘に納めた。

 

「……流石ですね、師匠」

 

 あの頃と違い、自分は必死に剣術を磨いてきた。だからこそか、彼が蒼白のソードマスターたる所以を、前よりも強く実感していた。

 自身の手で剣を振っている筈なのに、相手に踊らされているような錯覚に陥ってしまう。彼の剣術は、これまでに出会ってきたどのソードマン、ソードマスターの中でも群を抜いていた。

 バージルの強さを再確認したミツルギは、ゆっくりと呼吸を整える。もう一度突っ込んでも、同じように返されるだけ。ならば――。

 

「次は――本気で行きます!」

 

 そう言って、ミツルギは魔剣を左手に持つと、空いた右手で腰元の両刃剣を抜いた。

 

 

*********************************

 

 

「二刀流……でもそれだけじゃ、先生には……」

 

 クルセイダー、ソードマスターが持つスキル『二刀流』――文字通り二刀流で剣を扱えるようになるもの。しかし、それだけでは到底彼に敵わない。

 バージルの力を知るゆんゆんは、小さくそう呟く。それが聞こえていたのか、横にいたクレメアとフィオが自慢げにこう言ってきた。

 

「まぁ見てて。二刀流だけが、キョウヤの本気じゃないのよ」

「きっとゆんゆんちゃんも驚くわよ?」

「えっ?」

 

 

*********************************

 

 

「……力を貸してくれ、ベルディア」

『俺の望んでいた再戦だ。是非もなし!』

 

 3人の女性が見守る中、ミツルギはベルディアと短く言葉を交わす。ゆらりと左手を上げると、魔剣を水平に構え――。

 

「『ソウルリンク――Lv(レベル)1』!」

 

 目を見開き、剣に宿る魂――ベルディアの魔力を解放した。瞬間、ミツルギの身体にベルディアの魔力が流れ込んでくる。

 魔剣の支配に抗い続けた末、身に付けた固有スキル『魂の共鳴(ソウルリンク)』――ベルディアと一心同体になり、自身の身体能力を著しく上げる強化技。

 しかし、それを保つにはかなりの集中力が必要となる。使い始めた当初は1分と持たずに解除されていたのだが……今では自分から解除しない限り、この状態を保ち続けられるようになった。

 因みに、ベルディアと普段から会話できるようになったのも、このスキルを習得したのがきっかけだった。

 

「……ほう」

 

 大幅に上がったミツルギの魔力を見てか、バージルは少し関心を示す。その傍ら、ミツルギは再び体勢を低くすると――先程とは一線を画す速度でバージルに迫った。

 

「ハァッ!」

 

 ミツルギは左手の魔剣で斬りかかるが、バージルは再び刀で防ぐ。それを見て、ミツルギは素早く右手の剣で2撃目を狙う。

 が、バージルは防いでいた魔剣を刀で弾くと、すぐさま2撃目も防いできた。しかしミツルギは引き下がらず、バージルに攻撃を与え続ける。

 剣が2本に増えた上に、底上げされた身体能力。それから繰り出される連撃は目を見張るものがあり、バージルはミツルギの攻撃を受けながらも後退していた。

 

「……チッ」

 

 するとバージルは、ミツルギの攻撃を防ごうとせず、瞬時に姿を消してかわした。そして、先程よりも遠のいた場所に移動する。ゆんゆんの見せた瞬間移動と同じものだ。

 彼が瞬間移動も使えることを、既にベルディアから聞いていたミツルギは特に驚きもせず、再びバージルへ詰め寄って魔剣を振り下ろす。

 対するバージルは、攻撃が当たる直前にまたも姿を消した。先程とは違い、前方の視界にバージルは映っていない――が。

 

「見えてますよ!」

「ヌッ……!」

 

 ベルディアの力を得たことで、背後に回り込まれていたのも見えていたミツルギは、咄嗟に魔剣を後ろへ振り、バージルの攻撃を防いだ。

 そして、もう片方の剣でバージルの横腹を狙う。しかしバージルはすぐさま後方へ飛び退き、カウンターは回避された。が、ミツルギは手を緩めずに攻撃を続ける。

 

「行け!」

 

 彼は、前方にいるバージルへ狙いを定めると、右手に握っていた剣を――投げた。それはバージルに剣先を向けたまま、一直線に飛んでいく。

 と同時に、左手に握る魔剣へ既に魔力を溜めていたミツルギは、魔剣を逆手に持ち――。

 

「オマケにもう1つ!」

 

 地面を抉るように剣を振り、地を這う『ソードビーム(ドライブ)』を放った。魔剣と同じ色のそれは、前方へ飛ぶ剣を追いかけるように地面を進んでいく。

 2連続の飛び道具に対してバージルは、まず最初の剣を軽く避けると、後から迫る剣撃を刀で斬り伏せた。それを見たミツルギは、右手で手招く動作をする。

 その瞬間、バージルの後方へ飛んでいった剣が、物理法則を無視して急ブレーキをかけ、回転しながらミツルギの方に戻ってきた。

 ソードマスターの持つスキル『コマンドソード』――手元から離れた剣を、自在に動かすことのできる技。それを巧みに使い、ミツルギは自身と飛ばした剣によって、バージルを挟み撃ちする形に持ち込んだのだ。

 剣がバージルの背を狙って飛ぶ中、ミツルギはバージルに向かって走り出す。

 

「甘い」

 

 挟み撃ちを仕掛けられたバージルは、咄嗟に背後を振り返ると、背に向かってきていた剣を刀で弾いた。弾かれたそれは、あらぬ方向へ飛んでいく。

 そして、剣を防いだ流れを乗せたまま再度振り返ると、背後に迫るミツルギを狙って刀を横に振る。

 

 が――それを読んでいたミツルギは上に跳び、バージルの刀を避けた。そのまま、宙にいるミツルギは魔剣を両手で持つと魔力を込め――。

 

「今だっ!『ヘルムブレイカー』!」

 

 ソードスキル『兜割り(ヘルムブレイカー)』で、バージルの頭を狙った。

 ほんの短い間に繰り広げられた、幾つもの攻防。それを凌ぎ続け、ようやく掴んだ僅かなチャンス。それを逃さまいとミツルギは剣を握る力を強め、全力で振り下ろす。

 

 

 ――が。

 

You think you stand a chance(勝ち目があるとでも思ったか)?」

「ッ――!」

 

 バージルは、背中に負っていた剣を瞬時に左手で抜くことで、それを防いだ。

 渾身の一撃を止められたミツルギは追撃を狙わず、後方に跳んで距離を空ける。その傍ら、弾かれて地面に突き刺さっていた剣は独りでに動き、ミツルギのもとへ飛んできた。ミツルギはバージルから視線を外さないまま、右手でそれをキャッチする。

 その一方、バージルは白い剣を一旦背中へ戻すと、右手に持っていた刀を腰元に固定されていた鞘へ納め、ミツルギを見る。

 

 そして、瞬時にミツルギの眼前へ接近した。

 

「なっ……!?」

 

 バージルは背中の剣を再び抜き、攻撃を仕掛けてくる。ミツルギは驚きながらも、すかさず両手の剣で防御の姿勢を取った。

 下手に反撃すれば逆にカウンターを喰らう。ミツルギは防御に徹し、バージルの攻撃を防ぎ続ける。それに対して、流れるように攻撃を繋ぎ、自身の周りを薙ぐように剣を振ったバージルは――。

 

You're going down(跪け)!」

「うぐっ……!?」

 

 ミツルギへ、目にも止まらぬ連続突き(ミリオンスタブ)を繰り出してきた。

 攻撃を差し込める隙などあるはずもなく、ミツルギは剣で防ぎ続ける。しかし全てを防ぎ切ることはできず、自身の頬や腕に剣が掠められ、一筋の血が流れる。

 疾く、そして圧のある攻撃を繰り出してきたバージルは、最後に強く一突きした。剣で防いでいても消せない衝撃を受け、ミツルギはまたも後方に吹き飛ばされ、地面に仰向けで倒れる。

 

「どうした。まだやれるだろう?」

 

 そしてバージルもまた追撃を狙おうとせず、剣を背中に戻してミツルギにそう言った。視線の先にいたミツルギは、剣を杖代わりにして立ち上がる。

 

Show me your motivation(貴様の本気を見せてみろ)

「っ……ははっ……」

 

 彼の挑発とも取れる言葉を聞いて、ミツルギは思わず笑う。どうやら彼にはお見通しだったようだ――自分が、まだ全力を出していないことに。

 しかしその全力は、文字通り「持てる全ての力を使って戦う」ことだ。今の「自分の力を最大限に引き出せる状態で戦う」ことではない。

 彼は、魔剣から引き出せる全ての力を制御し切れていなかった。引き出すこと自体は可能だが、コントロールが上手くいかず、あっという間に力を使い果たしてしまうだろう。だから――。

 

「ベルディア……もう一段階上げるよ」

『やるのか? まだ試したことはないだろう?』

「あぁ、だからぶっつけ本番さ。師匠にあれだけ言われたんだ。ここでやらずにいつやるって言うんだ」

 

 ミツルギは小声で、ベルディアと言葉を交わす。ベルディアは心配するように尋ねてきたが、既にやる気でいたミツルギはハッキリとそう答えた。

 

『……意識を今よりも集中させろ。それが少しでも途切れたらリンクを外す。いいな?』

「……僕の身体を支配しないのか? 絶好のチャンスだろ?」

『ここで貴様の身体を奪えば、バージルに貴様もろとも消されるリスクが高い……勘違いするなよ、たわけ』

「フッ……そうか。そうだな。お前が言うなら、そういうことにしといてやるよ」

 

 素直じゃないベルディアの言葉を聞き、ミツルギは小さく笑う。そして、左手に握る魔剣を再び水平に向け、目を閉じた。

 より深く、暗い深海へ潜るように。魔剣に宿る魔力、ベルディアの魂へ意識を集中させる。魔剣から自分へ、自分から魔剣へ、身体を流れる血の如く魔力が循環するのを感じながら――ミツルギは目を開き、叫んだ。

 

「『ソウルリンク――Lv(レベル)2』!」

 

 瞬間、ミツルギの持つ魔力がより大幅に増大した。魔力を解放した途端、彼を中心として突風が吹き荒れる。それを、バージルが表情を変えず見ているのとは対照的に、ミツルギは表情を歪ませていた。

 ベルディアの言った通り、少しでも集中を途切れさせたら、身体を巡る魔力が溢れ出してしまいそうだ。こうやって抑え込むだけでも精神を削らされる。

 それと同時に、内から溢れる高揚感が、闘争心がどんどん高まっているのを感じていた。果たしてこれはベルディアのものか、自分のものか。

 ミツルギは両眼でバージルを捉えると、両手にある剣を強く握り締め――。

 

「さぁ……行くぞ! バージル!」

 

 強く地面を蹴り、バージルに向かって駆け出した。その速さは、ベテランの冒険者が見ても姿を消したと錯覚するほど。

 しかし、それすらも捉えていたバージルは、勢いの乗ったミツルギの剣を刀で防ぎ、左手で背中の剣を抜きカウンターを狙う。

 ミツルギはもう片方の剣でそれを防ぐと、そのまま2本の剣でバージルに攻撃を仕掛けていった。リンクレベルをもう一段階上げたことで、更に高められた身体能力から繰り出される剣撃は、高い戦闘能力を持ったモンスターだろうと見切ることは不可能。

 一方が距離を離せば、一方が瞬時に追いかける。一度目を離したらいつの間にか場所を移動しているほど、目で追うことすらままならない速さの剣撃が、繰り広げられていった。

 

 

*********************************

 

 

「キョウヤ……行っけー! そのまま押し切れー!」

「頑張って……キョウヤ……!」

 

 もはや自分達では視認することはできないが、必死に戦っているのは確か。2人はミツルギにエールを送る。

 

「(っ……あれが……ミツルギさんの力……!)」

 

 その傍ら、2人の戦いを見守っていたゆんゆんは、ミツルギの全力を見て衝撃を受けていた。

 今の、魔剣から感じる魔力とミツルギ自身から感じる魔力がほとんど同化している彼の動きは、常軌を逸している。下手すれば、あの冬将軍に引けを取らないレベルだ。

 まさしく勇者候補。そう認めざるを得ない力だ――しかし。

 

「(でも、かなり無茶をしてる……恐らく、あの状態を保っていられるのもままならない筈……)」

 

 彼の持つ魔力量は、人間が持つにしては大きすぎる。魔法に長けた紅魔族さえも超えるほどだ。それを、勇者候補といえどただの人間が御しきれるとは思えない。

 決着は――早々に着くだろう。

 

 

*********************************

 

 

「ぐぅっ……!」

 

 攻撃をする度、受ける度に途切れそうになる集中をなんとか保ったまま、バージルとの攻防を続ける。

 発動する前からわかっていたことだが、この『魂の共鳴(ソウルリンク)Lv(レベル)2』は、Lv(レベル)1を習得し始めた時のように長く持たない。故に、この勝負は短期決戦となる。

 なので一気に攻撃を畳み掛けたいが、そのチャンスを中々作り出せずにいた。ミツルギは一度後退し、バージルから距離を取る。

 するとバージルは、距離を詰めることはせず刀を鞘に納めると、両手で剣を握り締め――。

 

Charge(見切れるか)!」

「ッ!」

 

 こちらに向かって、手にある両刃剣を投げてきた。放たれた剣は宙で横に回転し、真っ直ぐミツルギ目掛けて飛んでくる。バージルの、よりレベルの高い『コマンドソード(ラウンドトリップ)』だ。

 それを見たミツルギは、剣で弾き防ごうと両手を上げ、剣を構えようとする。

 

 ――とその時、向かってくる白い両刃剣を追い抜く形で、8本もの浅葱色の剣(幻影剣)が飛んできた。

 

「あぐっ――!?」

 

 白い剣に注意が向いていたがために防ぐことができず、8本の剣は鎧を貫いて身体に突き刺さり、彼は体勢を崩す。故に、続けて飛んできた白い剣を防ぐこともできず、剣は独りでにミツルギの周りを飛ぶと、彼の鎧と顔に傷をつけていった。

 しばらくして、突き刺さっていた剣がガラスのように割れ、白い剣がミツルギのもとから離れていった。ミツルギは痛みを堪えながらもバージルを見る。

 

 その瞬間――更にダメ押しと言わんばかりに、ミツルギの身体が斬り刻まれた。

 

「ガハッ……!? こ、これは……!?」

 

 その技を、ミツルギ(ベルディア)初めて見た(知っていた)。彼の、直接その空間を斬ったかのように見える神速の『ソードビーム(次元斬)』を。

 バージルの容赦ない連続攻撃。しかし、身体能力が大幅に上がった今のミツルギにとっては、このくらいのダメージはまだ許容範囲内。

 

 が――切らせるには十分過ぎた。

 

「(っ!? しまった……ソウルリンクが……!?)」

 

 身体が急激に重くなったのを感じ、ミツルギは保ち続けていた集中が途切れ、ベルディアとのリンクが切れてしまったことを瞬時に理解した。

 慌ててもう一度リンクしようとするが、Lv(レベル)2の反動か、魔剣に意識を集中することができない。そもそも、その猶予を彼が与えてくれる筈もなかった。

 

You're finished(終わりだ)

「ッ――!」

 

 鞘を納めていたバージルは、右手に持つ白い剣を水平に構えると――地面を滑るように突進攻撃(スティンガー)をしてきた。

 リンクが切れた上に動くこともままならなかったミツルギは、これをよけられる筈もない。気付けば、バージルは目の前まで迫り――。

 

 

 

「……及第点、と言ったところか」

 

 ミツルギの脇の下へ、剣を突き出していた。もしこれが心臓に向けられていたとしたら、今頃自分の心臓は貫かれ、風穴を空けられていただろう。

 バージルはそう呟くと、剣を引っ込んで背中に負う。それを見たミツルギは、勝負を始めてからずっと保っていた緊張がほぐれ、ドッときた疲れを感じ、その場に座り込んだ。

 

「はぁ……やっぱ敵わないかぁ……」

『当たり前だ。本気を出した俺でさえ、手も足も出なかったのだぞ?』

「そっか……確かにそうだよな」

 

 ため息混じりに呟いたミツルギの言葉に、ベルディアが反応する。

 あの頃よりも、自分はより強くなれた。剣術を身に付け、戦闘経験を学び、全てではないが魔剣の力も会得できていた。しかしそれでも、バージルには遠く及ばなかった。

 きっと彼は、本気のほの字も出していない。その証拠に、今の自分とは対照的にバージルは息1つ上がっていなかった。消費した体力も魔力も微々たるものだろう。

 結果は前回と同じく、完敗。しかしミツルギは、どこか満足そうに笑って空を見上げ、ポツリと呟いた。

 

「でもまぁ、今回は背中の剣を使わせることができたし、良しとするかな」

 

 ほんの少しかもしれないが、前よりもバージルの力を引き出すことができた。それだけでも、十分進歩したと言えるだろう。

 ベルディアも、それに対して何か言おうとはせず黙ってくれていた――が、この男は一言申したいようで。

 

「図に乗るな。貴様の頭上からの攻撃も、刀で防ごうと思えば容易く防げていた」

「……ははっ……」

 

 少しムッとしたバージルの言葉を聞いて、ミツルギは小さく笑う。とその時、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。 

 

「「キョウヤー!」」

 

 この勝負を見守っていた仲間のクレメア、フィオだ。その後ろからは、ゆんゆんも走ってきている。

 クレメア、フィオの2人が駆け寄ると、すかさずミツルギを挟むように屈み込んだ。余程心配していたのか、どちらも涙ぐんでいるようだった。

 

「キョウヤ! 大丈夫!?」

「だ、大丈夫だよフィオ……これくらいの傷なら回復ポーションで治るさ」

「ちょっとそこの銀髪鬼畜男! いくらなんでもやりすぎじゃない!? 特に最後! アレ絶対殺す気でやってたでしょ!? あっ!? ちょっと!?」

 

 ミツルギを傷つけられて我慢ならなかったクレメアは、バージルに怒りの矛先を向けたが、相手にするつもりはないのか、バージルは何も言わずに洞窟の方へ歩いて行く。

 

「ゆんゆんからも何か言ってやってよ! アイツ、アンタの先生なんでしょ!?」

「そ、そう言われましても……わ、私も先生の授業を受ける時、これぐらいコテンパンにされる時もあるので……」

「ハァッ!? アイツ、こんないたいけな少女にまでそんな鬼畜極まりないことしてんの!? もう我慢ならない! ミツルギ、ちょっとベルディア貸して!」

『ぬおっ!? お、おいやめろ馬鹿! 俺を奴に向かって投げようとするな!? 修復不可能なレベルまでバラバラにされる!?』

「ク、クレメア! キョウヤが傷付けられて怒るのはわかるけど、流石にそれはヤバイって!?」

 

 バージルへ怒りのソード(ベルディア)スピアを繰り出そうとしたクレメアを、フィオはギリギリで引き止める。その傍らで、こういう時どうすればいいのかわからず、ゆんゆんはバージルとミツルギ達を交互に見ながらオロオロしていた。

 そんな中、未だ地面に座り込んでいたミツルギは、先を行くバージルの背中を見て、小さく呟いた。

 

「でも……使う気には、なってくれたんですよね」

 

 自分の『ヘルムブレイカー』を防ぐため、バージルが背中の剣を抜こうとする直前――小さく笑っていたのを知っていたがために。

 

 




ミツルギageという、このすば二次では暴挙に近い行為だけど許して。


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第36話「この戦いに乱入者を!」

 ゆんゆん、バージルとの勝負を終えたミツルギパーティーは、2人も連れて再び洞窟へと向かった。

 ミツルギ、クレメア、フィオ、そしてゆんゆんは先の勝負で消費した体力と魔力をポーションで回復済。ミツルギはバージルにもポーションを渡そうとしたが、彼は「必要ない」と断ってきた。思ったとおり、ほとんど消費していなかったようだ。

 そこからミツルギを先頭に、フィオが『敵感知』を使いつつ、クレメアがバージルを睨みながら進み、その後ろをゆんゆんとバージルがついて歩いた。

 洞窟の中は、予想と反して一本道であり、道中でフィオの『敵感知』に反応が出ることはなかった。もしかしたらここにファイヤードレイク達が住んでいたのかもしれない。

 とにもかくにも警戒は怠らずに5人は進んでいると、洞窟の先に光が見えた。と同時に、ようやくフィオの『敵感知』に反応が。彼女曰く反応したのは1体のみ。もしかしたらと予感を覚えながらも、ミツルギ達は警戒心をより高めて光の先に出る。

 

 その瞬間――前方斜め上から、大きな火球が飛んできた。

 

「ッ!『ウインドカーテン』!」

 

 向かってくる火球を見たミツルギ達は避けようとしたが、先にゆんゆんが動いた。彼女は前に出ると風のバリアを作り、飛んできた火球を防ぐ。

 

「っ……手荒い歓迎ですね……!」

 

 前方からの熱気に見舞われたゆんゆんは顔を歪ませ、火球が飛んできた方向を見た。ミツルギ達もそちらに目を向ける。

 そこには、宙に浮かんでこちらを観察する――甲殻と鱗は赤く、翼膜は淡い緑色。頑丈そうな肉体には似つかわしくない扇を模したような淡い緑の尻尾と、鎌のような長く鋭い角を持った飛竜(ワイバーン)がいた。

 飛竜が出入りする用なのか、天井は丸く空いており、地上の奥には飛竜の巣らしき藁がしかれている。周りを見ると、フィオの言っていた通りモンスターは飛竜1体しかいなかった。

 

 空からの奇襲を防がれた飛竜は、翼をはためかせて地上へ降りてきた。ミツルギ達はすかさず戦闘体勢に入る。

 ミツルギは背中の魔剣を抜いて両手で持ち、ゆんゆんは短剣を、クレメアは槍を、フィオはダガーを構える。そしてバージルは――構えようとせずその場から離れ、適当な岩壁に背を預けた。

 

「ってちょっと!? アンタ何寛いでんのよ!?」

「俺はここで、ゆっくり見物させてもらう」

「ハァッ!?」

 

 元々彼は、ゆんゆんの授業として飛竜をぶつけるつもりでいた。つまり、最初から飛竜と戦うつもりはなかったのだ。

 一応洞窟へ入る前に言ってはいたのだが、覚えていなかったのかクレメアは信じられないとばかりに驚く。しかしバージルは気にしない。

 

「ク、クレメア! 喧嘩してる場合じゃないよ!」

「あぁーもうっ! アイツほんと大っ嫌い!」

 

 思わず突っかかりそうになったがフィオに止められ、クレメアはやり場のない怒りを抱えながらも再度飛竜に目を向ける。

 丁度その時、飛竜は風圧を起こしながら着地すると、対峙するミツルギ達を捉え――耳を塞ぎたくなるほどにつんざく咆哮を発した。

 

「フィオ! 君はそこで罠の準備を! ゆんゆんは魔法で牽制しつつフィオを守ってくれ! クレメアは僕と一緒に突撃するぞ!」

「了解!」

「は、はいっ!」

「こうなったらアイツに怒りをぶつけてやるわ!『身体強化』!」

 

 リーダーのミツルギは、咆哮が終わったところでメンバーの3人に的確な指示を出し、クレメアと共に飛竜へ突っ込む。

 対する飛竜は、突撃してくる2人に向けて口から火球を放つ。クレメアより先を走っていたミツルギは魔剣を振り、真正面から火球を断ち切った。

 その傍ら、クレメアはブレーキをかけることなく走り続け、飛竜から5メートルほど近付いたところで踏み切り、飛び上がる。

 

「『雷光の槍(ライトニング・スピア)』!」

 

 空中でランサースキルを使い、飛竜の頭目掛けて突っ込んだ。見るからに厄介そうな角を狙っての攻撃だったが――。

 

「っ……硬っ……!?」

 

 見た目に反して、その強度は中々のものだった。最初の一撃で飛竜の角をへし折ることはできず、クレメアは顔を歪ませながらも飛竜の顔を足蹴にし、後方に飛んで距離を取る。

 先手を打たれた飛竜は、クレメアを狙おうと彼女に身体を向ける――が、そこにミツルギが迫り、飛竜の身体を斬った。

 

「大丈夫だ! 今ので十分に角へダメージは与えられた! 焦らず体力を削らせて、隙があれば角を狙っていこう!」

「わかったわ、キョウヤ!」

 

 そこから、ミツルギとクレメアはコンビネーションを取りつつ、飛竜を相手に立ち回っていった。

 流石は飛竜というべきか、並大抵の攻撃ではビクともしない。が、ノーダメージというわけではないようで、何度か攻撃を受けたところでよろめく動きも見られた。

 飛竜の攻撃を避けつつ、2人が硬い鱗と甲殻を地道に削っていく中――入口付近にいたフィオは戦況を伺いながら、ゆんゆんに作戦を話していた。

 

「――という流れで仕掛けるから。いい?」

「は、はい! わかりました!」

「よし、それじゃあ行くわよ……いち……にの……さんっ!」

 

 フィオの合図に合わせ、ゆんゆんは飛竜に向かって走り出した。そこから、ゆんゆんを追いかけるようにフィオも駆け出す。

 しかし、彼女等の動きを見過ごしていなかった飛竜は、ミツルギ達から攻撃を受けながらも、2人に向かって火球を放った。

 

「『ファイヤーボール』!」

 

 ゆんゆんは、すかさず『ファイヤーボール』を放って相殺。火球同士がぶつかったことで、飛竜とゆんゆんの間に爆炎が広がる。

 そのタイミングでフィオは『潜伏』を発動。爆煙で視界を遮った間に気配を消した彼女は、気付かれることなく飛竜の足元に接近する。

 

「ちょっとの間、痺れてなさい!」

 

 その流れで盗賊スキル『罠設置』を使い、飛竜の足元にシビレ効果のある罠を手早く置いた。少し間を空けてから罠は発動し、途端に飛竜の身体が痺れ出す。

 

「今だ! 一気に攻めるぞ!」

「ありがとフィオ! 今度こそ、アンタの角をへし折ってやるんだから!」

「わ、私、ちゃんとパーティーっぽく戦えてる……! え、援護します!」

 

 チャンスを得たところで、ミツルギは飛竜の身体を、クレメアは角を狙って攻撃を仕掛けていった。

 万年ぼっちだったゆんゆんは、久方ぶりにパーティーの一員っぽくなれていることに感動を覚えながらも、遠距離魔法で攻撃を加えていく。

 しかし、飛竜もやられっぱなしでは済ませない。身体の痺れが消えたところで、飛竜は扇形の尻尾を回すように、その場で横に一回転する。

 飛竜の麻痺が取れたのを見て、ミツルギとクレメアはすぐさま距離を取ったが――それでも届くほどの突風が、飛竜を中心として発生した。

 

「うわっ!?」

 

 まともに立ってられない風を受け、ミツルギ、クレメアの2人は吹き飛ばされ、地面を転がる。

 2人が転がりながらも体勢を立て直す傍ら、飛竜はクレメアの方を向くと、まだ破壊することのできていなかった角に風を纏い出した。

 そして、首を器用に使って前方を斬るように角を振る――と、クレメアに向かって風の刃(かまいたち)が飛んでいった。

 

「ぐぅっ……!?」

「クレメア!?」

 

 クレメアはすかさず横に跳んだが、避けきることはできず、右足に幾つか切り傷を負う。

 そこから、追い打ちとばかりに飛竜が突進してきた。それを見たミツルギは走り出し、突進の直線上に立って魔剣を盾のように構える。

 しかし、飛竜はそのまま突進することはせず急ブレーキをかけ、後方に飛ぶと同時に火球を放ってきた。防いでいたものの、火球を真正面からモロに受けたミツルギは顔を歪ませる。

 

「クレメア! 大丈夫!?」

「だ、大丈夫よこんぐらい……ちょっと掠っただけ……だからゆんゆんも、そんな心配そうな顔をしない」

「で、でも……!」

 

 その後ろで、すかさず駆け寄ってきたフィオとゆんゆんに、クレメアは安心させるように話す。

 このパーティーには回復役(ヒーラー)がいない。故に、回復手段はポーションしかないのだが、数に限りがあるため無駄遣いはできない。先のゆんゆん、バージルとの勝負で想定した以上に消費してしまったので尚更だ。

 本音は今すぐにでも回復させてやりたいが、傷を受けた本人が大丈夫だというなら信じよう。ミツルギは剣を構え、威嚇するように口から火を吹いている飛竜と対峙する。

 

「流石に、一筋縄じゃいかないか……」

『フム、たかが飛竜と甘くみていたが、中々どうしてやるではないか。どうするミツルギ? リンクするか?』

「あぁ、まずはいつも通りLv1で!」

 

 ベルディアと言葉を交わし、ミツルギは『魂の共鳴(ソウルリンク)Lv(レベル)1』を発動。傷を負ったクレメアの分まで、自分が飛竜に接近戦を仕掛けて翻弄する作戦だ。

 それを伝えるべく、ミツルギは飛竜から目を逸らさないまま、後ろにいるクレメア達に指示を出そうとする。

 

 

 その瞬間、飛竜の身体が斬り刻まれた。

 

「……っ!」

 

 余程のダメージだったのか、突然の斬撃を受けた飛竜は身体から血を噴き出してよろめいた。ミツルギは目を見開いて驚く。

 そして束の間、自分の頬に一筋の血が流れていたことに気付いた。もしやと思い、彼は後ろを振り返る。

 

「……Humph」

 

 壁にもたれていた筈のバージルが、刀を構え立っていた。いや、既に納刀した後なのだろう。

 彼は刀から手を離すと、右手で背中の剣を抜きつつ逆手持ちに変え、姿勢を低く構える。その間、剣は徐々に白い光を帯びていき――。

 

Go(行け)

 

 一瞬光が強まったタイミングで剣を振り、先の勝負でミツルギが見せた地を這う『ソードビーム(ドライブ)』を放った。氷属性なのか、白い光を放つそれが通った地面は凍り、一筋の氷道を描いていく。

 更にバージルは剣を背中に戻して氷の道に飛び込むと、斬撃を追いかけるように氷の上を滑り出した。巻き添えを食らうと思ったミツルギ達は慌てて横に避ける。

 ミツルギ達を横切った斬撃とバージルは、飛竜を目指して一直線に進む。しかし、それを黙って見てる筈もなかった飛竜は、斬撃を打ち消すべく火球を放った。

 

 するとバージルは氷の地面を蹴って飛び上がり、火球と斬撃がぶつかり発生した爆発から逃れ、飛竜の真上を通った。

 そのまま飛竜の後方へ移ると、空中で体勢を変えつつ刀を抜き、飛竜の扇型の尻尾を容易く断ち斬った。

 切り離された尻尾が地面に落ちる傍ら、前方へ倒れてしまった飛竜は2本の足で踏ん張り、バージルがいる場所に顔を向けつつ立ち上がる。

 バージルは既に刀を納め、特に構えることもせずゆっくり歩いてきていた。それを見た飛竜は、角に風を纏わせかまいたちを放とうとするが――。

 

「どこを見ている」

 

 バージルは急激に速度を上げ、飛竜の足元を通りつつ居合(疾走居合)を繰り出した。とても目では追えない速さ。それでいて深く斬り込む剣撃を受け、硬い鱗と甲殻で覆われている飛竜の身体がまたも斬り刻まれる。

 仕舞いには、自慢の角も真っ二つにへし折られた。尻尾に続いて角も失った飛竜を見て、バージルはバックジャンプで距離を取る。着地した先にはミツルギ達がおり、怪我をしている筈のクレメアは怒り心頭でバージルに突っかかった。

 

「ちょっとこの超自己中銀髪男! ゆっくり見物させてもらうとか言ってたくせに、何いきなり飛び入り参戦してんのよ!?」

「気が変わった」

「ハァアアアアアアアアーッ!?」

 

 飛竜如きに苦戦している自分達を見ていられなかったからか、思ったよりできる飛竜を見て自分もひと狩りいきたくなったのか。

 どちらにせよ身勝手すぎるバージルを見て、クレメア以外の3人は苦笑いを浮かべる。もしオンラインゲームでこんな行動をしたら、即キックからのブロック、通報の3コンボをお見舞いされること間違いなしだろう。

 

「ギュオオオオオオオオッ!」

 

 とその時、尻尾と角を切られた飛竜が、怒りを表すように咆哮を発した。ミツルギ達はバージルに向けていた視線を飛竜に戻す。

 そして飛竜は口に火を溜め込むと――今まで放ってきた中で1番大きな火球を撃ち出してきた。斬り伏せるつもりなのか、バージルは刀の柄に手をつける。

 

「でやぁっ!」

 

 が、それよりも先にミツルギは動いた。『ソウルリンク』していた彼は右手に魔力を溜めると、火球に向かって魔弾(メテオ)を放った。

 ベルディアの剣と同じ色の魔弾は真っ直ぐ飛び、火球とぶつかり相殺される。大きさは魔弾の方が断然小さかったが、込められた魔力量は同程度だったようだ。

 先程よりも身体能力の増したミツルギと、得体の知れないバージル。2人を同時に相手するのは無理だと判断したのか、火球を防がれた飛竜は翼をはためかせて空に浮かぶ。向かう先は、飛竜用の出入り口と思わしき空いた天井。

 

「逃がさん」

「逃がさない!」

 

 逃走を図る飛竜を見て、ミツルギとバージルは同時に駆け出した。対する飛竜は、近付かせまいと2人に向かって空中から火球を放つ。

 

「フッ!」

 

 が、ミツルギとバージルは地面を強く蹴り、左右に跳び別れて火球を避けた。そのまま勢いに任せ、2人は突き当たりの岩壁に着地する。

 そして再び足に力を入れると岩壁を蹴り、空中にいる飛竜に向かって飛び出す。

 

「貫け!」

 

 2人は背負っていた剣を使い、同時に突き(スティンガー)を放った。両側から勢いを乗せて迫ってきた剣は、飛竜の身体に深く突き刺さる。

 そして飛竜から剣を引き抜くと、ミツルギは片足に力を込め、バージルは両足に光る装具(ベオウルフ)を着け、飛竜の背中にかかと落としを当てた。

 衝撃に耐えられず、飛竜は地面に落とされる。大きな音を立てて地面に身体を打ち付けたのを見て、2人は剣を両手で持ち――。

 

「「Be gone(終わりだ)!」」

 

 上空から『兜割り(ヘルムブレイカー)』を放ち――飛竜の首を切断した。

 切られた先から血を噴き出し、飛竜はピクリとも動かなくなる。バージルの協力もありながら、無事飛竜を討伐することができた。

 

「……フゥ」

 

 ミツルギは安堵し、ベルディアとのリンクを切る。その傍ら、バージルは懐から取り出した自分の冒険者カードを見ていた。

 が、しばらくするとバージルは顔をしかめ、ミツルギに視線を移してきた。視線が合ったミツルギはどうしたのかと疑問に思ったが、もしかしたらと思い、自分の冒険者カードを取り出して討伐したモンスターの一覧を見る。

 そこの1番上に『炎嵐の飛竜(フレイムストームワイバーン)』――今し方倒した飛竜の名が載っていた。運の差か、飛竜はミツルギが倒した扱いになっていたようだ。お陰でレベルも上がっている。それを見たミツルギは、バージルに視線を戻す。

 

「……チッ」

「アハハ……」

 

 最終的に横取りされたのが気に触ったのか、バージルは不機嫌そうに舌打ちをし、ゆんゆん達がいる方へ歩いて行った。

 元々は自分達が受けていたクエストで、そこにイレギュラーな形でバージルが参加したため、横取りしようとしたのはむしろバージルの方なのだが……そんなことを言える筈もなく、ミツルギはただただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 ミツルギは、バージルの後を追うように仲間のもとへ向かう。すると、前方にいた女性陣3人の中からクレメアが飛び出してきた。彼女は、すれ違いざまにバージルへガンを飛ばしながらもミツルギに駆け寄り――。

 

「キョウヤー!」

「わっ!?」

「かっこよかったわ! さっすが私のキョウヤね!」

 

 飛び込むように、真正面から抱きついてきた。ミツルギは後ろに倒れそうになるのをなんとか踏ん張り、クレメアを受け止める。回復ポーションを飲んだのか、足の傷は癒えているようだった。

 

「なるほど……空中に逃げた相手は、牽制を避けつつ壁を蹴って一気に接近……っと」

「えっ? まさかゆんゆんちゃん、さっきの動きを真似するつもり?」

 

 その後ろでゆんゆんが何やら呟きながら、いつの間にか取り出したメモに書き込んでいる。

 メモを覗き込んでいたフィオが戸惑いを見せる中、彼女達の横を通ったバージルが口を開いた。

 

「もうここに用はない。さっさと最寄りの街に戻るぞ」

「えっ? 師匠も街に行く予定なんですか?」

「飛竜は貴様に横取りされたが、その前に雑魚を何匹か倒していた。ギルドに報告すれば、幾ばくかのモンスター討伐報酬が出るだろう」

 

 バージルの話を聞いて、ミツルギは洞窟入口前に倒れていたファイヤードレイク達のことを思い出す。恐らくアレのことだろう。

 「横取りしようとしたのはアンタでしょ!」とクレメアが声を荒らげている中、ミツルギは行き先が一緒ならばと、懐から1つのアイテムを取り出しつつバージルに提案した。

 

「なら、この『テレポート石』で一緒に行きましょうよ。登録先は街の入口にしてあるので、すぐに戻れますよ」

 

 『テレポート石』――1つだけ登録した場所に転移できる、1回しか使えない消費アイテム。主にダンジョンから入口までの移動に使われる『ワープ結晶』を元に開発されたもので、レベルの高い冒険者が集まる街で売られている。

 素材の高さと、テレポート屋や魔法使い職の存在価値を鑑みてか、価格は高めの50万エリス。もっとも、ボスとの激戦で疲労困憊になった後、ダンジョン奥地から街まで命の危機に晒されず移動できると考えたら安いものだろう。

 同じく結晶を素材として作られた『テレポート水晶』もあるが、そのお値段はなんと『テレポート石』の100倍。それなら『テレポート石』を10個買った方が断然お得だ。『テレポート石』を無視して『テレポート水晶』を買うなど余程お金が余っているか、騙されやすい馬鹿だけだろう。

 移動アイテムの中でも便利な物として扱われるアイテム――だが、いくら商品改良を重ねてもテレポート特有の制限は破れないようで。バージルは振り返りながらミツルギに言葉を返す。

 

「ここにいるのは5人。どうやって全員移動させるつもりだ?」

「……あっ!?」

 

 テレポートで移動可能なのは4人まで。それを忘れていたミツルギは思わずハッとする。

 しかし ここにはアークウィザードのゆんゆんがいる。彼女ならテレポートを覚えているのではと思い、ミツルギは彼女に視線を送るが……。

 

「す、すみません……わ、私、テレポートは覚えていますが、あの街は登録してなくって……」

「だよね……いや、謝ることはないよゆんゆん。登録できる移動先は5つまでなんだ」

 

 ゆんゆんも、最寄りの街に移動することはできなかった。謝るゆんゆんに、ミツルギは優しく言葉を返しながらも対策を考える。

 このアイテムは今回受けたクエストの帰り用として買ったため、残念ながら1つしか持っていない。こうなれば、テレポートは諦めて徒歩で帰るべきだろうか。そう思った時――。

 

「……貴様等は先に帰っていろ。俺は1人で帰る」

「えっ? あっ、師匠!」

 

 バージルが踵を返しながらミツルギにそう告げ、独り洞窟の出入り口に向かって歩いて行った。ミツルギは呼び止めようとしたが、バージルは足を止めることなく歩いていく。

 

「先生……」

「大丈夫よ、ゆんゆんちゃん。きっと何か移動する手段があるんだと思うよ?」

「ならいいじゃん! アイツのことは気にしないで、私達はさっさと帰りましょ!」

「……そうだね。じゃあ3人とも、僕の肩に掴まって」

 

 ミツルギはバージルを追いかけようか迷ったが、彼がああ言ったのだ。恐らく大丈夫だろう。クレメアに急かされたのもあってか、ミツルギは3人にそう話す。

 そして、3人とも自分の肩に手を置いたのを確認したミツルギは、テレポート石を天に掲げ――その場から姿を消した。

 

 

*********************************

 

 

 街に戻ったミツルギ達は、早速街のギルドにてクエストクリアの報告を済ませた。途中でゆんゆんが合流し、既にファイヤードレイクを複数匹討伐していたこと、飛竜討伐に参加したことを話すと、ギルドはゆんゆんにも飛竜討伐報酬を分配。ファイヤードレイクについては死体が確認でき次第、日を改めて渡すと告げられた。

 日が経ったらゆんゆんは街を出るため、ギルドにファイヤードレイクの報酬はアクセルの街にあるギルドへ送ってもらうことを頼んだ。その後、夕食と寝床を得るために宿を探したが、何故か(主人公補正で)どこも4人同室の部屋しか空いていなかったので、仕方なく4人部屋で1泊することに。

 また、夕食後に入った風呂で、ミツルギはゆんゆんとお互い一糸まとわぬ姿で遭遇してしまうハプニングを引き起こし、パニックに陥ったゆんゆんから上級魔法を撃たれそうになったのだが、ここでは割愛させていただく。

 

 そして翌日――ミツルギはため息を吐きながら、独り街を歩いていた。

 

「ハァ……やっぱ僕から謝るべきかな……いやでも、僕が入ってたところに彼女が来たんだから、僕は何も悪くない……いやでも……」

『俺や一般男性から見たら、貴様は存在自体が罪だ。このラッキースケベ製造男。それよりも、だ! 見たんだろう!? あの女子のあられもない姿を! どんなだった!? あの年端もいかない小娘なのに、どこかの爆裂魔と違ってやたら生育のいい紅魔族の姿は!? あの服の下はどうなっていた!?』

「そしてお前という奴は……よく見えなかったよ」

『嘘をつくなぁああああっ! まさか、女のプライバシーを守るように都合よくタオルや湯気がガードしていたわけではあるまい! さぁ教えろ! 貴様だけ独り占めするのは断じて許さん!』

 

 王都ほどではないが、人通りが多く発展した中世の街を歩く中、変態騎士化しているベルディアからしつこく彼女の恥ずかしい姿の開示を迫られたが、本当に見えなかったものを教えられるわけがない。見えていたとしても教えるつもりはなかったが。ミツルギはベルディアの声を無視し続ける。

 昨日の夕食時、ゆんゆんは「先生が帰ってくるまでここで待つ」と言っていた。そして、飛竜のいたダンジョンからここまで行くのに徒歩で3日はかかる。つまりあと2日か3日、彼女はあの宿で泊まるということ。

 あのハプニングを再び起こさないためにも、自分は別の宿で泊まるべきかと考えながら、ミツルギはお昼時の街を見渡しつつ歩く――と、前方に何やら見覚えのある人物が。

 自分と同じく、街を見ながら歩いている――どこにいても目立つ蒼コートと銀髪の男。

 

「……んっ? あれ!? 師匠!?」

「……ムッ」

 

 まだ移動中かと思っていたバージルが、何故かもう街にいた。ミツルギは驚きながらも、すぐさま彼に駆け寄る。向こうも気付いたのか、足を止めてこちらを見た。

 

「師匠! もう街に来たんですか!?」

「あぁ。今日の朝方には着いた」

「朝!? 最低でも3日はかかる距離ですよ!? 一体どうやって――」

「走ってきた」

「……えぇ……?」

 

 たとえ休憩無しで走っても、半日で辿り着くのは逆立ちしても無理な距離だが……バージルの並外れた身体能力なら、それすらも可能なのかもしれない。

 ミツルギは深く考えようとせず「バージルだから」という結論で済ませる。すると、バージルが辺りを見渡しながらミツルギに尋ねてきた。

 

「ゆんゆんはどこに?」

「ゆんゆんですか? 彼女なら、僕の仲間と宿屋にいますよ。案内します」

 

 正直、昨日の一件で彼女と顔を合わせるのはまだ小っ恥ずかしいのだが、横にバージルがいれば少し紛れるだろう。そう思いながら、ミツルギはバージルを宿屋に案内するべく、踵を返した。

 

 

*********************************

 

 

「……師匠、いくつか質問してもいいですか?」

「……何だ?」

 

 宿屋へ戻る道中、人気の少ない裏路地を歩きながら、ミツルギは自分の少し後ろを歩いているバージルに声を掛ける。

 バージルが質問する許可をしたのを聞いて、ミツルギは一度ゴクリと息を呑んでから、彼に尋ねた。

 

「ベルディアから聞いたんですが……師匠は本当に、半人半魔なんですか?」

「……あぁ」

「……僕と同じで、異世界から来たというのも?」

「そうだ。貴様のように、俺は女神から二度目の生を受け、この世界に来た」

 

 とても人前では明かすことのできない秘密。他人に聞かれてはいけない内容だったからこそ、ミツルギは道がわかりやすい大通りではなく、狭い裏路地を敢えて通っていた。

 それをバージルも察していたのか、ミツルギの質問に隠す素振りもせずハッキリと答えた。

 

「……その事実を知っているのは?」

「半人半魔については貴様とゆんゆん、貴様がアクセルの街で会った男、サトウカズマと仲間の女3人、俺の協力者である盗賊の女。転生については貴様、カズマ、アクアの3人のみだ」

「……なるほど……佐藤和真もやはり知ってたか……」

『俺はノーカウントなのか……まぁ死んだ扱いになってるし……今は魔剣だからなぁ……』

 

 バージルから彼の正体を知る者について聞いたミツルギは、ベルディアのちょっと悲しそうな声を無視しながら呟く。

 

「……どうやら、そこまで驚いていないようだな」

「えっ? あっ、いや……ベルディアから聞いた時はかなり驚きましたよ。師匠、姿はどっからどう見ても人間ですし」

 

 意外だと言うかのように話すバージルに、ミツルギは小さく笑いながら言葉を返す。

 ミツルギの言う通り、初めて知った時は大層驚いていた。それに、バージル本人から事実を認める発言を聞いた今でも、未だ信じきれていないところはある。しかし――。

 

「でもまぁ、悪魔だろうと人間だろうと、僕の師匠に変わりはないので。これからもよろしくお願いします」

「……フンッ」

 

 バージルの方へ振り返りながら、ミツルギは笑顔を見せてそう告げる。気に食わなかったのか照れ隠しなのか、十中八九前者だろうがバージルは鼻を鳴らしてミツルギから目を逸らした。ミツルギは視線を前方へ戻し、裏路地を進み続ける。

 

「(……本当はもう1つ聞きたいことがあったけど……今はいいか)」

 

 それは、ベルディアがバージルと戦う最中、彼から聞いた1人の悪魔の話。

 自分がそういう類に詳しくなかったのもあるが、元いた世界では名前すら聞いたこともなかった。魔界の手から人間界を救ったという、英雄と呼ぶに相応しき存在。

 詳しく尋ねてみたかったのだが、長い話になりそうな予感がしたので今はやめておいた。またいつか、ゆっくり話せる機会があればその時に尋ねてみよう。

 その者は、バージルとどのような関係だったのか――バージルにとって、どういう存在だったのかを。

 

 

*********************************

 

 

「……そういえば、あの飛竜の素材はどうするつもりだ?」

 

 もうそろそろ目的の宿屋に着きそうな辺りで、今度はバージルから話題を振られた。ミツルギは歩きながら答える。

 

「あのモンスターは火と風、2つの属性を持ってたので、それを生かした武器にしてもらおうかなーと思ってます……実を言うと、先程師匠に会うまで鍛冶屋を探しながら街を歩いていたんですが、中々見つからなくって……」

「なら、アクセルの街にいるゲイリーという鍛冶屋に作らせるといい」

「アクセルの街? そこに、そんな名前の鍛冶屋さんなんていたかな……?」

「変わり者だが、腕は確かだ。俺の刀と剣も、ソイツに作らせた」

「えぇっ!? ほ、ホントですか!?」

 

 バージルの言葉に食いついたミツルギは、思わず足を止めて身体をバージルに向ける。彼の技と力についていける武器を作れる鍛冶屋だ。興味を惹かれないわけがない。

 

「レベルがそれなりに高くなければ門前払いされるが、貴様なら問題ないだろう……それより、宿屋にはまだ着かんのか?」

「あっ、すみません! もうちょっと歩いたら着きますので!」

 

 バージルにジト目で睨まれ、足を止めていたことに気付いたミツルギは慌てて案内を再開させる。ミツルギの言っていた通り、そこまで時間をかけることなく宿屋に辿り着くことができた。

 

「ありました! あそこです……って、あれ?」

 

 目的の宿屋を見つけたミツルギは、そこを指差してバージルに話す――と、宿屋の前にクレメア、フィオ、ゆんゆんがいることに気付いた。

 彼女等は誰かを探すかのように、キョロキョロと辺りを見回している。しばらくしてクレメアがこっちに気が付くと、パァッと顔を明るくしたが、一緒にいるバージルを見てか、すぐさま嫌そうに顔を歪ませた。

 表情のわかりやすい彼女を見て、ミツルギは苦笑いを浮かべる。その傍ら、クレメアがこちらに駆け寄ってきた。

 

「キ、キョウヤ……なんでアイツもうここに来てんの? 少なくとも3日は掛かる筈じゃなかった?」

「走ってきたんだって」

「……えぇ……?」

 

 ミツルギの簡潔な説明を聞いて、クレメアは困惑した表情を見せる。しかし、ミツルギと同じように深く考えてはいけないと察したのか、頭を横にブンブン振ると、少し怒ったように話し出した。

 

「それよりもキョウヤ! なんで黙ってどこか出ちゃうのよー!?」

「ご、ごめんよクレメア……ゆっくり街を散策したかったんだ」

「ゆんゆん、昨日のこと謝りたいって言って探してたわよ! ほら、さっさと行ってあげて!」

「えっ? ゆんゆんが? ってわわっ!?」

 

 クレメアはそう言ってミツルギの手を掴むと、ゆんゆんとフィオがいる宿屋の前に引っ張っていった。

 こちらが近付いてきたことに気付いたゆんゆんとフィオがこちらを見ると、ゆんゆんは顔を赤くし、フィオの後ろに隠れる。同じくミツルギも、忘れようとしても忘れらない昨日のゆんゆんの姿が頭に浮かび、小っ恥ずかしくなる。

 が、ゆんゆんは何やら独り意気込むと、自らフィオの後ろから出て、ミツルギと対面する。恥ずかしさか人見知り故か、ミツルギと目を合わせることなく話し始めた。

 

「き、昨日は……すみません……でした……元はといえば、わ、私が確認もせずに入ろうとしたのが原因なのに……上級魔法を撃とうとしちゃって……」

「あっ……いや、謝ることはないさ。飛竜討伐で疲れてたんだし、確認不足になるのは仕方ないよ」

 

 勇気を振り絞って謝るゆんゆんを見たミツルギは、未だ悶々としていた自分を恥じると、いつものように笑って言葉を掛けた。

 2人のわだかまりが解消されたのを見て、クレメアとフィオが笑顔を見せると、ゆんゆんを挟む形になるよう寄ってきながら話しかける。

 

「そういえばゆんゆんちゃん、前に話したパーティー加入の件だけど……どうかな?」

「えっ!? あ、あの……お、お誘いはスッゴく嬉しかったんですけど、まだ私には早いかなって……せ、せめてもう3年経ってからじゃないと……」

「うーん、となるとゆんゆんちゃんはその時には16歳かぁ……楽しみだねぇ」

「えっ? な、何が――」

「そのいやらしい身体つきよ! まだ13歳なのにこの胸の大きさは何なの!? このっ!」

「ひぁあっ!? ちょっとやめっ……!?」

 

 ニヤニヤしながらフィオが話した話題を皮切りに、クレメアはゆんゆんの胸を憎たらしそうに触り始めた。そこは弱いのか、ゆんゆんは官能的な声を出す。

 街行く男達が思わず立ち止まって見続けたり、我が子の目を母が思わず隠すほど、青少年には大変よろしくない絵面だったのだが――。

 

『……ファッ?』

「(……えっ? 13……えっ?)」

 

 ミツルギとベルディアは、今のゆんゆんの姿がよく見えないほど、サラリと告げられた彼女の年齢に衝撃を受けていた。

 確かに、自分より年下だとは感じていた。それでも1、2歳ぐらい下……丁度自分が高校2年生なら、1学年下ぐらいだろうと。

 しかし、その実態はまさかの13歳。日本の基準で言うと中学2年生――下手すれば中学1年生(去年までランドセル)だったと。

 

『ミツルギ……昨日、貴様が悶々として寝られなかったことは黙っておいてやる。その代わり、俺がさっき貴様に話していたことは忘れろ。OK?』

「……あぁ、わかってるよ。ベルディア」

 

 女子3人が前でキャッキャしている傍ら、2人の男は固い約束を交わした。

 

「……雑談は終わったか?」

「あっ、ハ、ハイ!」

 

 とその時、背後からバージルが現れ、4人の中に入ってきた。ミツルギは慌てながらも顔をそちらに向けて声を返す。

 バージルの姿を見てゆんゆんとフィオは驚いていたが、彼のとった移動手段を伝えると、案の定自分やクレメアと同じ反応を見せた。半人半魔だと知っていたゆんゆんは、どこか納得しているようだったが。

 

「クレメア、フィオ。実はこれから、久々にアクセルの街へ戻ろうと思ってるんだ」

「えっ? 今更駆け出しの街に何の用があるの?」

「そこに、腕の良い鍛冶屋さんがいるんだ。その人に、討伐した飛竜の素材をもとに武器を作ってもらおうと思ってね。素材はアクセルの街にあるギルドに、この街のギルドから送って欲しいって伝言をするつもりだから大丈夫だよ」

「へー、あの街にそんな鍛冶屋さんがいたんだ……ま、私はキョウヤが行くならどこにでもついて行くわよ!」

 

 念のため仲間にこれからの予定を話すと、2人とも許諾してくれた。クレメアはバージルがいるせいで不満げだったが。

 アクセルの街を登録しているテレポート屋はない。なのでまずは、アクセルの街行きの馬車を探すべきだと考え、ミツルギが動こうとした時、ゆんゆんが声を大にして伝えてきた。

 

「あ、あの、アクセルの街だったら、先生の家の前を登録してるので、テレポートできますよ! 先生も同じ場所を登録したテレポート水晶を持ってるので、今回は皆一緒に移動できます!」

「ホントかい!? ていうか師匠、テレポート水晶なんて持ってたんですか!?」

「値は張ったが、買えないほどではなかったからな」

「買えないほどではって……いやでも、ベルディア討伐の報酬を独り占めしてたのなら買えるのか……ともかくそれなら話は早い! 早速行きましょう!」

 

 ここにいる全員、次なる目的地にすぐ移動できると聞いたミツルギは、2人にテレポートの準備を促した。

 人の通りの邪魔にならない場所へ移ると、バージルは懐から水晶を取り出し、ゆんゆんは魔法陣を展開させる。その傍ら、ミツルギはバージルの肩に、クレメアとフィオはゆんゆんの肩に手を置く。

 

「では移動します!『テレポート』!」

 

 ゆんゆんがそう言い放った瞬間、5人は街から姿を消した。

 

 

*********************************

 

 

 テレポートの間、自分達をまばゆい光が覆っていたが、しばらくして光が収まると、目の前に見覚えのある建物が立つ場所へ移動していた。

 大きな屋敷の隣に立つ、2階建ての木造建築。バージルの家だ。何のトラブルもなく、ミツルギ達はアクセルの街に移動することができた。郊外に位置する場所だからか、やけに静かだ。

 

「デビル……メイ……クライ? ねぇフィオ、これってどういう意味?」

「うーん……なんだろう?」

「悪魔も泣き出す……か。ははっ、師匠らしいや」

 

 ミツルギ、クレメア、フィオは、バージルの家の入口上に掛けられた看板を見上げる。内装も気になるところだが、それよりも鍛冶屋だ。ミツルギは後ろを振り返り、バージルを見る。

 

「……? 師匠?」

 

 しかしバージルは、街の南方をジッと見つめたまま動こうとしなかった。隣にいるゆんゆんも、バージルと同じ方向を見て動きを止めている。

 一体どうしたのかとミツルギが疑問を抱いていると、今まで黙っていたベルディアがポツリと呟いた。

 

『この魔力……微妙に違う気もするが、これは……』

「えっ?」

 

 ベルディアの声が聞こえてきたミツルギは彼に聞き返すが、返答は来ない。

 するとその時、立ち止まっていたバージルが南方へ向けて走り出した。僅かに遅れてゆんゆんもそちらへ駆け出す。

 

「あっ!? クレメア! フィオ! 僕達も行くよ!」

「う、うん!」

「えっ!? ちょっ、いきなり何なのよ!?」

 

 2人を追いかけるように、ミツルギ達も南の方角へ走り出した。

 

 

*********************************

 

 

 街中を走る途中、ミツルギの姿を見た街の住人は喜びミツルギの名を叫んでいた。そして彼等は、何やら避難の準備をしているようだった。

 一体何が起こっているのか。焦る気持ちを抱えながらも南へ走り、街の最南端である正門に辿り着く。

 

 そして――信じられない光景を目の当たりにした。

 

「あ、あれは……」

 

 正門を出て、門前に陣形を組んでいた冒険者達の間を通ったところで、前方にあったものを見てミツルギは言葉を失う。クレメア、フィオ、ゆんゆんも同様だった。

 そこにあったのは――黒く輝く装甲、細くも頑丈な8本の足と、8つもの目を持った、破壊を体現せし存在――『機動要塞デストロイヤー』

 何者にも止められぬ災厄が――8本の足を失った姿で、地面に倒れていたのだ。装甲は徐々に赤く、熱されるように染まり始めている。

 見た目からして危険な状態にあるとわかるデストロイヤー。それ故か冒険者達はこちら側に駆け寄ろうとしていたのだが、その足を止められていた。

 

 

 デストロイヤーと正門の間にいた『奴等』によって。

 

「……ね、ねぇキョウヤ……アレって何っ?」

「な、なんか怖いんだけど……」

「僕にもわからない……ただ、味方じゃないってことは確かみたいだ」

「あそこで戦っているのは……クリスさん?」

 

 ミツルギ、ゆんゆん、クレメア、フィオは、見慣れないものを見て言葉を交わす。

 中心にいるのは、ダガー1本で戦う銀髪の女性。見事な立ち回りで倒しているが、その度に彼等は、地面の砂から次々と生まれ出る。

 見たこともない者達を前にしてミツルギ達が固まっている傍ら、バージルは左手に持つ鞘から少し刃を出し、独り呟いた。

 

「……こんなところまで追いかけて来るとはな」

 

 黒色のフードを被り鎌を持った、赤い目を光らせる何体もの骸骨を睨んで。

 

「――Devils(悪魔共が)

 




次回、シリアス(にしたかった)回です。


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第37話「The Destroyer ~この破壊者に真の破壊者達を!~」

 始まりは、突如街中に鳴り響いた警報音と、受付嬢から告げられた言葉だった。

 

「緊急クエスト! 緊急クエスト! 現在、街に機動要塞デストロイヤーが接近中! 冒険者達は至急、冒険者ギルドに集まってください!」

 

 『機動要塞デストロイヤー』――かつて存在した魔法技術大国『ノイズ』にて、対魔王軍用の兵器として作られた超巨大ゴーレム。

 蜘蛛のような外観のそれは、魔法金属がふんだんに使われているため、小さな城ほどの大きさを持ちながら、規格外の速度で走行が可能。

 更に要塞の胴体部分には自立型ゴーレムが配備されており、乗り込んできた者は戦闘用ゴーレムが、空からの襲撃には中型ゴーレムがバリスタを用いて迎え撃つ。

 おまけに、要塞には常に強力な魔力結界が張られている。故に、魔法攻撃は意味をなさない。ならば物理攻撃だと近付いても、8本の足に巻き込まれ1分と経たずひき肉にされる。

 

 ぶっ壊れもいいとこな性能を持つこのゴーレムは、生み出されたノイズの国にて暴走し、国を滅亡させた。誰も乗り込んだことがないため確証はないが、この要塞を作った開発者が乗っ取ったのではないかと推測されている。

 その要塞は今もなお暴走を続け、ありとあらゆる場所を踏襲し、荒地にしていった。襲われた街は事前に対策を立てて迎え撃っていたのだが、全て無意味と化した。今や「それが通った後はアクシズ教徒以外残らない」「戦いは放棄し、過ぎ去るのを大人しく待って、また街を再建するしかない」と言われている。

 まさしく天災。破壊者(Destroyer)と呼ぶに相応しき存在が――アクセルの街に向かってきていた。

 

 前述の通り、デストロイヤーが迫ってきたら避難して大人しく待つのが定石だが、この街には守るべきものがある。冒険者達は勇気を振り絞ってギルドに集まり、作戦会議を始めた。

 デストロイヤーを止めるためには、まず常備張られている魔力結界をどうにかしなければならない。その対策として最初に挙げられたのは、2人の冒険者――ミツルギとバージル。魔剣を持つミツルギと、魔王軍幹部とソロで倒したバージルならば、結界さえも破れるのではないかと。

 しかし、その場に2人は現れなかった。悲運なことに、どちらも街を出ていたのだ。それを知った冒険者達は再び絶望に包まれる。

 

 だが、まだ希望は絶たれていなかった。希望を示したのは他の誰でもない――カズマとその仲間達だった。

 デストロイヤーの魔力結界を破る候補としてカズマが挙げたのは、仲間のアクア。できるか否かをアクアに尋ねると「やってみなければわからない」と、美しい水のアートを消しながら答えた。

 どのみち失敗しても、何もしなかった場合と同様に街が消えてなくなるのだ。だったらやるだけやってみるしかない。魔力結界の対策を決めたところで、次は本体への攻撃について会議が進む。

 物理攻撃はまず無理なので、魔法攻撃で対処するしかない。しかし、駆け出し冒険者達では一斉に攻撃魔法を放っても火力不足だ。

 

 否――そこにいた。全魔法でダントツの火力を誇る、爆裂魔法を使う頭のおかしい爆裂娘――めぐみんが。

 しかしめぐみんは「もう1人爆裂魔法を使える人がいなければ止められそうにない」と、自信なさげに答える。せめてあと1人いれば……冒険者達が願った時、救世主の如く彼女は現れた。

 街では貧乏店主で有名な、男達の間では夢の中で吸ってもらったり挟んでもらったりとお世話になっている、ウィズだった。

 彼女は昔、高名なアークウィザードだった。そしてカズマ達しか知らないがリッチーのため、魔力量も多かった彼女は、爆裂魔法を放つことができるのだ。

 店の宣伝をする彼女も交えて、作戦会議は進行。そしてカズマ指揮のもと、まずアクアが結界を解除。そしてめぐみんとウィズがすかさず爆裂魔法を放ち、デストロイヤーの足を破壊する作戦を決行することになった。

 

 しばらくして、機動要塞デストロイヤーの姿が見えてきた。正門に移動していたカズマ達は、各々所定の位置に立ち、作戦を実行する。

 結果から言うと――作戦は大成功を収めた。カズマの作戦通り、アクアの『セイクリッド・ブレイクスペル』によってデストロイヤーの結界は解除できた。

 そしてめぐみんとウィズがデストロイヤーの足に狙いを定め、爆裂魔法を撃ち込んだ。デストロイヤーの足は爆裂魔法によって8本とも破壊され、街を守るように立つダクネスの眼前で動きを止めた。

 

 絶対に止められないと言われていた天災を止めることができ、冒険者達は歓喜の渦に巻き込まれる。しかし、彼らを再び絶望に叩き落とすかの如く、地響きと共に要塞からアナウンスが流れた。

 

「この機体は機動を停止しました。排熱、及び機動エネルギーの消費ができません。搭乗員は速やかに機体から離れ、避難してください。繰り返します――」

 

 それを皮切りに、デストロイヤーの黒光りな装甲が下から徐々に赤く染まっていった。色変わりするデストロイヤーを見て誰もが確信する――ボンッてなる、と。

 しかし、誰も成し得なかったデストロイヤーの停止を成し遂げたのだ。冒険者達――主に、街のとある喫茶店にて世話になっている男達は士気を高め、要塞に乗り込んでいった。

 意外と弱かったのか、冒険者達の気合故か、胴体上にいた護衛ゴーレム達をバッタバッタとなぎ倒していき、要塞攻略を進めていく。

 そして、カズマ、アクア、ウィズを含めた特攻隊が、要塞の中心部でミッションを終え、外に出てきた時――。

 

 

 『奴等』は、何の前触れもなく現れた。

 

 

*********************************

 

 

「そ、そんな……あれは……!?」

 

 機動要塞デストロイヤー迎撃作戦に参加していた冒険者の1人であるクリスは、自分達がいる要塞付近と街の間に現れた者達を見て、驚きを隠せずにいた。

 地面の砂が独りでに動き、形成されたことで彼等は現れた。多くは黒のフードを被った骸骨。所々に赤い衣を纏った化物、灰色のフードを被った顔の見えない者もいる。そのどれもが、等身大の鎌を持っていた。

 

「な、なんだありゃあ……?」

「要塞にいたゴーレム……じゃねぇよな。どう見ても。そもそも出てきた場所が要塞の上じゃねぇし」

「野良アンデッドに見えなくもないが……こんな真昼間に現れねぇよなぁ」

 

 ゆっくりと動く未知の存在を見て、冒険者達は困惑し出す。誰もが奴等について何も知らなかった。

 だがクリスは知っている――バージルの記憶を見た、彼女だけは。

 

「(バージルさんの世界にいた悪魔……何故この世界に……!?)」

 

 異世界からの来客。バージルのいた世界の悪魔達(7ヘルズ)が世界を越えてきたのだ。

 しかし、魔界から人間界は可能だとしても、異世界に飛ぶのは到底不可能な筈。なのに彼等はどうやってここへ来たのか。クリスは疑問に思ったが、今は深く考えている場合ではない。悪魔達はこちらに、そして正門に向かってゆっくり歩き出している。

 

「(バージルさんの記憶を見る限り、奴等は純粋に破壊を楽しむ生粋の悪魔……なら、1匹残らず殲滅するのみ!)」

 

 クリスはダガーを引き抜くと、要塞に背を向けて走り出した。誰かの呼び止める声が聞こえた気がしたが、クリスは止まらない。

 彼女の接近に気付いた悪魔(ヘル=プライド)は赤い目を光らせると、手にある鎌を振った。が、その動きはトロい。

 クリスは難なく鎌の攻撃を回避すると背後に回り、鎌を振ってきた悪魔の首をダガーで刎ねる。と、悪魔の身体は途端に砂へ変わり、地面に崩れ落ちた。

 

 悪魔は、手を切られようが首を刎ねられようが心臓を刺されようが、魂へ攻撃が届いていない限り再生する。つまり、魔力の無い単純な物理攻撃ではダメージを与えられない。

 しかしクリスの持つダガーは一味違う。自分(女神エリス)の加護が付いた、対悪魔用の特注品だ。故に、下級悪魔なら一撃で屠ることも可能となる。

 

「消え失せろっ!」

 

 変装しているとはいえ、クリスは女神らしからぬ物騒な言葉を吐きながら、ダガー1本で悪魔を斬り倒していった。その最中で悪魔達は何やら赤い結晶を落としていったが、一々拾っていられないし悪魔の落とし物を拾うつもりもない。

 一方、思わぬ強敵の登場に悪魔達は少し狼狽えたが、破壊を望む彼等が退くことはない。黒フードの悪魔(ヘル=プライド)達はクリスに近づき鎌で襲いかかる。

 彼等の攻撃をかわしつつ反撃を与えながら、クリスは視線を右横へ送る。そこでは、白いフードを被った顔の見えない悪魔(ヘル=スロース)が、ゆっくりとこちらへ近寄っていた。

 姿が違うのと、現在確認できている数が少ないのを見る限り、黒フード達より強敵なのかもしれない。そう見立てていると、白フードは雄叫びを上げ――。

 

 瞬時に、目の前へ移動してきた。

 

「っ! しまっ――!?」

 

 想定外の瞬間移動を見せた白フードは、そのままクリスへ鎌を振り下ろす。と同時に、近くにいた黒フードもクリスへ斬りかかってきた。

 ダガー1本ではとても防ぎきれない。脱出も不可。ダメージは免れないと見たクリスは、せめて白フードを仕留めようと彼にダガーの先端を向ける。

 

 

「――Scum(クズが)

 

 が、その直前に白フードの悪魔は真っ二つに分かれ、砂となって消え失せた。

 同時に、周りにいた黒フード達も消滅し、クリスの足元には砂と赤い結晶が散乱する。クリスはすぐさま顔を上げると、声が聞こえた方を見た。

 

「……バー……ジル……」

「話は後だ。まずは、この雑魚共を片付ける」

 

 悪魔達と同じ世界からきた男、バージル。それ故か、悪魔達が落としていった赤い結晶はもれなくバージルのもとへ吸収されるように消えていった。

 彼はここに来れないものかと思っていたが、きっとテレポート水晶で移動してきたのだろう。そう思いつつ街の正門辺りを見ると、正門前で待機していた冒険者達が、声を大にして盛り上がっていた。

 

「キタ! 蒼白のソードマスターキタ! これで勝つる!」

「おまけに、アイツとよく一緒にいたスタイルのいい紅魔族の嬢ちゃんもいるぞ!」

「そして街の切り札! 我らがミツルギさんだ! 何かよくわからねぇ敵が出てきたが、ミツルギさんがいれば何も怖くねぇ!」

「みなさーん! アイツ等は私達のキョウヤがなんとかしてくれるから、街の中に避難してくださーい!」

「ほら早く早くっ! 下手に手を出そうとしないで!」

 

 それに、デストロイヤーへ乗り込んでいた冒険者達だろうか。見覚えのある赤髪の女性と緑髪の女性2人に誘導されながら、悪魔達と接触しないよう大きく迂回して街の正門へ戻っていた。

 

「くっ……このモンスター達、動きは遅いけど狙いは正確……気を抜いたら一瞬で殺される……!」

「ここは僕達に任せて! 早く街へ逃げるんだ!」

「す、すまねぇミツルギさん! それと紅魔族の女の子も!」

 

 また、運悪く悪魔達の出現場所に近かった者達は、バージルの生徒ゆんゆん、カズマと同じ異世界転生者のミツルギによって助けられていた。

 バージルと同時に現れたのを見ると、一緒に行動していたのだろうか。ともかく、これならば悪魔達にも容易に対抗できる。

 

「ッ!」

 

 とその時、背後から殺気を感じたクリスは咄嗟に振り返る。

 そこにいたのは、先程倒した黒フードや白フードよりも大きな身体と鎌を持った、死神と呼ぶに相応しき様相の、黒い布を纏った悪魔(ヘル=バンガード)

 彼は甲高い笑い声を上げながら、クリスへ鎌を振り下ろさんと両腕を動かす。

 

「無駄だ」

 

 瞬間、後ろからクリスの頭上、顔横、胴体スレスレの場所を通りつつ、悪魔に向けて8本の浅葱色の剣(急襲幻影剣)が飛んでいった。

 それらは悪魔の身体を容易く貫き、狼狽えさせる。気付けば、後ろにいた筈のバージルは既にクリスの前へ。邪魔になると思ったクリスは、後方へ跳んで距離を置く。

 

「貴様等は既に見飽きた」

 

 バージルの姿を見た悪魔は、声を上げながら鎌を振り下ろす――が、バージルは刀で容易く弾いた。悪魔はめげずにもう一度鎌を振るが、バージルは弾かず横に回避(サイドロール)する。

 そして、既に鞘へ刀を納めていた彼は背中の剣を抜き、悪魔に向かって突き(スティンガー)を繰り出した。余程のダメージだったのか、悪魔は後ろに倒れこむように消えると別の場所へ瞬間移動し、バージルと距離を取った。

 

「まだ、この世界にいるカエルの方が楽しめる」

 

 バージルは剣を背に戻し、再度悪魔と向き合う。流石はこの悪魔達と同じ世界出身というべきか、敵の動きを熟知しているかのように対処し、攻撃を与えている。

 彼に任せておけば、あの図体のでかい悪魔も難なく倒せるだろう――だが。

 

「スタイリッシュに戦うのはいいけどさ! 巻き込まれるアタシの気持ちを考えてよ!? さっきの剣すっごく怖かったんだけど!? 数センチ横を通っていったんだけど!? 下手したら何本かアタシにブスリだったよ!?」

「結果、当たらなかったのだから問題なかろう」

「そこ! 君のそういうとこ! 何でもかんでも結果オーライで済ませちゃうのは良くないと思うなぁ!?」

「……口答えする暇があったら、そこに転がっているゴミを掃除しておけ」

「ねぇ今すっごく鬱陶しそうな顔しなかった!? 明らかに鬱陶しそうに顔歪めたよね!? あっ、ちょっと!?」

 

 クリスはやんややんやとバージルに文句をぶつけたが、彼はクリスを無視して悪魔との戦いを再開させた。結局、こちらから諦めることになった彼女は、苛立ちながらもバージルに背を向ける。

 ミツルギやゆんゆんも加勢しているからか、うまい具合に敵がバラけているようだ。今自分に向かってきている数も5体と、それほど多くない。

 狙いを1番近くにいた黒フードに定めたクリスは、ダガーを握り締めて標的に飛びかかる――とその時。

 

「食らいなさい!『女神流星脚(ゴッドスターフォール)』!」

「うわっ!?」

 

 自分の獲物を横取りされるが如く、目の前にいた悪魔は横から飛んできた勢いのあるキックで頭蓋骨、そして身体を粉砕された。

 『女神流星脚(ゴッドスターフォール)』――女神の聖なる力を込めた流星の如き蹴り。相手は死ぬ。悪魔は当然死ぬ。

 そんな神技を披露しながら、どこからともなく飛んできたのは――クリスもといエリスの先輩、アクアだった。

 

「なによ、どいつもこいつも魔力のちっちゃい下級悪魔ばっかじゃない! 私が本気を出すまでもないわ。拳と蹴りだけで相手してあげる!」

 

 アクアはこれでもかとばかりに悪魔達を貶すとファインティングポーズを取り、相手を誘うようにシュッシュと口で言いながら拳を振る。

 彼女の挑発が頭にきたのか、クリスと違って女神の力を隠していないからか、悪魔達はクリスに目もくれることなく、アクアへと襲いかかった。

 

「そんな止まって見える速さじゃ当たらないわよ! それともこれで精一杯かしら? プークスクス!」

「……ア、アクア先輩……」

 

 嘲笑を交えつつ悪魔達の攻撃を避け、宣言した通り拳と蹴りだけで応戦するアクアを見て、取り残されたクリスは苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

 

*********************************

 

 

「ウィズ、まだ疲れているのなら肩を貸すぞ?」

「いえ、大丈夫です……お気遣いありがとうございます。ダクネスさん」

 

 要塞から離れつつ移動するのは、やや疲れた表情を見せるウィズと、彼女を心配そうに見つめるダクネス。

 機動要塞デストロイヤーの自爆を阻止すべく中心部に行き、ウィズがデストロイヤーのコアとなっていたコロナタイトを『ランダムテレポート』でどこかに転送した。もし人がいる場所に出たらと思うと不安だが、その行方は自分の運、そして全責任を負うと豪語してくれたカズマの運を信じるしかない。

 

 その後、彼女等は要塞から出たのだが……未だ、デストロイヤーの動作は止まらず。自爆は防げたものの、コロナタイトを飛ばすまでに内部へ溜まった熱が、爆裂魔法を与えた際にできた傷から外に放出されようとしていた。止める方法は1つ。デストロイヤーを木っ端微塵にするしかない。

 ウィズは再度爆裂魔法を使うため、冒険者達に魔力を分けてもらうよう頼もうとしたが、彼女が『ドレインンタッチ』を使えるリッチーだとバレてしまうのを危惧したカズマが止めてきた。

 そして彼は、ウィズではなくめぐみんの爆裂魔法でデストロイヤーを破壊させることを提案。なので、急いでめぐみんの元に向かおうとしたのだが……いつの間にやら、見たこともないモンスター達が進路を阻んでいた。

 モンスターを見たアクアは「悪魔だ」と言って独り飛び出していった。自分達も直進すべきかと迷ったが、そんな時彼らのもとに2人の女性――いつどきか会った、魔剣の人の取り巻きが現れた。

 彼女等は「アイツ等のことはキョウヤに任せて!」と言い、冒険者達を誘導してくれた。よく見るとモンスターに紛れて、作戦会議では姿を見せなかったバージル、ミツルギ、ゆんゆんの3人が交戦していた。

 謎のモンスター達だが、彼等なら大丈夫だろう。そう信じ、冒険者達はモンスター達と鉢合わないよう、少し遠回りする形で移動する。そしてダクネスとウィズが最後尾を歩く形で、正門に向かって歩いていた。

 

「しかし、奴等は一体何者だ? 見た目はアンデッドのようだが違うのか?」

「はい……アクア様の言ってた通り、彼等は悪魔です。私の知っている悪魔とは、微妙に魔力の質が違うようにも思えますが……」

 

 早く走れないウィズに速度を合わせて移動しながら、ダクネスは未知のモンスター達――悪魔を見る。バージル達に気を取られているからか、彼等は誰ひとり正門へ向かおうとしない。

 既に避難した冒険者達が、正門前で声援を送って観戦しているのを見る限り、街への被害はまだないようだ。現状を確認しながら、ダクネスは足を進める。

 だが――遅れ気味の者を逃がすほど、彼等は甘くなかったようだ。

 

「ッ!」

「……ウィズ、下がっていてくれ」

 

 自分たちの進路を阻むように現れたのは、鎌を手にし、砂のように濃い黄色のフードを被った骸骨(ヘル=グラトニー)が2体。

 敵を見たダクネスは、ウィズを守るように前へ立ち、剣を抜いて悪魔と対峙する。鎌を武器とする者を相手にしたことは少ないが、それでもどうにかウィズを守りつつ、戦うしかない。

 ダクネスは剣を強く握り、敵を睨む。すると悪魔2体は、深呼吸するように大きく息を吸い始め――。

 

 ダクネスに向かって、勢いのある砂ブレスを同時に放った。

 

「ぐっ……!?」

「ダ、ダクネスさん!」

 

 悪魔2体の攻撃を真正面から食らったダクネスを見て、ウィズは悲痛な声を上げる。

 ただの砂ブレスといって侮ることなかれ。悪魔が放つそれは、人間がまともに受ければ胴体が消し飛ぶほどの威力を誇る。

 仕留めたと確信したのか、悪魔達は追撃を狙うことなく、巻き上げられた砂が晴れるのを待つ。

 

 

 ――しかし、ただのクルセイダーといって侮ることなかれ。

 

「……なるほど……鎌でじっくり痛めつけるのかと思いきや、同時に砂攻めときたか……」

 

 攻撃を捨て、防御にステータス全振りしていたダクネスは、悪魔2体の攻撃を受けてもなお身体を保っていた。鎧はボロボロになっていたが。

 そしてあろうことか、彼女は抜いていた剣を鞘に戻し、悪魔達をその両眼で捉える。

 

「アクアの言うとおり、本当に悪魔のようだな……イイッ! イイぞお前達ッ!」

 

 彼女の顔は、悦びで綻んでいた。予想していた展開と違うのか、2体の悪魔はお互い顔を合わせる。

 

「さぁどうした!? 私はまだまだやれるぞ! 私を倒す気で、どんどんどんどん撃ってこい! 喜んで受け止めてやろう!」

 

 それとは真逆に、ダクネスは砂ブレスウェルカムとばかりに両腕を広げ、悪魔を誘う。その、悪魔よりも狂気じみたダクネスを見て、悪魔達は思わずたじろぐ。

 

 ――とその時。

 

「ハァッ!」

 

 突如声が聞こえたかと思いきや、1人の男が飛び出してきた。彼は固まっていた悪魔達に向かって飛びかかると、手にある大剣で1体を縦に両断し、続けざまにもう1体を横に斬った。

 斬られた悪魔達は一撃で仕留められ、砂となって崩れ去った。彼等が落としていった赤い結晶は、男が持つ大剣に吸い込まれるように消えていく。悪魔達を倒した男は大剣を背中に負い、ダクネスとウィズに声をかけた。

 

「すまない。僕がもっと早く行けば、君が盾にならず済んだのに……だけどここからは安心してくれ。僕が君達を守りつつ、正門まで案内するよ」

『あー……ミツルギ……そいつは助けなくてもよかった気が……』

 

 いつどきか街で会った男、ミツルギだ。彼は2人を安心させるように、爽やかな笑みを見せる。イケメンに弱い一般女性なら、たったこれだけでも恋に落ちてしまいそうな白馬の王子様パターン。

 

 しかし残念ながら彼女は、一般女性などという枠組みには当てはまらない。

 

「貴様は……貴様は本当にっ! 本当に殴り倒したくなる男だな!」

「えぇっ!?」

『ほーれ見たことか……それよりもウィズ! 久しぶりだな! 魔王様の城で覗かせてもらった時以来か!? まさかこんなところで会うなんてよぉ!』

「あ、あの大剣の見た目と魔力……どこかで覚えが……それに、どうしてあの剣を見ていると不快感を覚えるのでしょうか……?」

 

 悪魔からの砂ブレス攻めを奪ったミツルギに、ダクネスは怒りをぶつけた。そんな彼女の後方では、ウィズが何やら思い出そうとしている。

 

「い、いや、あの……僕はただ助けただけで――」

「誰が助けてくれと頼んだ!? 奴等は私1人で十分だった! というか私1人で相手したかった! それなのに貴様はっ! 私の獲物を横取りしやがって!」

『おっとどうしたウィズ? 俺のこと忘れちまったのか? そんな不快だなんて、いつからツンデレキャラになったんだよ?』

「よ、横取りだなんてそんな――」

「言い訳無用! 貴様、その空気の読めなさでよく今まで生きてこられたな!? 私達を仲間に誘った時もそうだ! こっちはお断りムードだというのに、自ら引き下がろうとせず無理矢理勝負で決めようとしただろう!?」

『いや待てよ? ツンデレなウィズもありか……パンツを覗いたところで、この変態と足蹴にされる……おほぅ! やべぇちょっと興奮してきたぜオイ!』

「……あの……」

「あの時から私は、貴様を心底軽蔑した! グーで殴りたくなるような男だと! 私がだぞ!? 私が自ら痛めつけたいと思ったんだぞ!? それほどまでに貴様は空気の読めない男なんだ!」

『おいミツルギ! ちょっくらウィズのところに行って、さり気なくパンツを覗いてくれ! あの赤い結晶のせいかもしれねぇけど、興奮がおさまんねぇんだ! えっ? 流石に無理? お前のイケメンフェイスがあれば大丈夫だって! あっごめーん身体全体が滑ったーでなんとかいける!』

 

 まくし立てるように、ダクネスはミツルギへ説教を続ける。仕舞いには、ミツルギは俯いて黙り込み――。

 

「カズマを見習え! 奴は私の心を察し、最高のタイミングで、更に要望よりもクオリティの高い攻めをしてくれるんだ! 変わった名前といい顔立ちといい、どこかカズマと似たところはあるが、カズマと貴様では月とレタスだ! 当然、カズマが月で貴様がレタスだからな! いや! 貴様はレタス以下だ!」

『いいか? さり気なくだぞ? わざと過ぎると流石のお前でも狙ってやったと思われる。まずウィズの怪我を心配するように近付き、うまい具合にこけながら顔を上に向け――!』

「あぁああああああああああああああああっ!」

『おぼふっ!?』

「「っ!?」」

 

 耐え切れなくなったところで、ミツルギは怒りをぶつけるが如く大剣を地面に叩きつけ始めた。

 

『ちょっ!? やめっ!? 痛い痛いっ!? なんでそんな怒ってんの痛い!? 待てって痛っ!? 折れる! ペキンと折れるって!?」

「うるさいなぁああああああああもぉおおおおおおおおおおおおっ!」

「「……うわっ……」」

 

 敵もいないのに、一心不乱に剣を地面に叩きつけるミツルギの姿は、まさに狂人(頭のおかしい人)

 トチ狂ったミツルギを目の前で見ていたダクネスとウィズは、思わず彼から1歩引き下がっていた。

 

 

*********************************

 

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 その頃一方、ゆんゆんは手刀の先から光の剣を出し、向かってきた黒フードの敵(ヘル=プライド)を切り裂く。胴体を斬られた敵は砂となり、サラサラと地面に落ちる。

 バージルの刀、ミツルギの魔剣と違い、自身の無属性の短剣では太刀打ちできなかった彼女は、魔法を中心に敵と戦っていた。

 周りにいた敵を倒しきったゆんゆんは、荒れていた息を整え、周りの状況を確認する。バージル達がまだ戦闘を続けている中、それとは別のところで黒フードの骸骨(ヘル=プライド)がまたも数匹出現した。

 

「次から次へと……っ!」

「ゆんゆーん! ゆんゆーん!」

「っ!」

 

 しつこい彼等を見て顔を歪ませていた時、横から聞き覚えのある自分を呼ぶ声が。ゆんゆんは敵から目を離し、そちらを見る。

 

「ゆんゆん! 丁度良いところに来てくれましたね!」

「お嬢ちゃん超つぇえじゃねぇか! 流石、あのソードマスターにくっついて回っているだけのことはあるな!」

 

 こちらに駆け寄ってきたのは、若干ぐったりとした表情のめぐみんと、彼女を背負うモヒカンにヒゲに半裸に肩当て&サスペンダーという世紀末風な男だった。

 

「こ、こんな危機迫った状況で、めぐみんをどこに連れ去ろうとしてるんですか!? 返答次第じゃ容赦しませんよ!?」

「うおうっ!? ちょっと待ってくれお嬢ちゃん! なんか勘違いしてないか!?」

「ゆんゆん!? 落ち着いてください! この人は敵じゃありませんよ!?」

 

 弱っためぐみんを拐う悪漢にしか見えなかったゆんゆんは、腰元から短剣を抜き、世紀末な男に剣先を向ける。

 男とめぐみんが何やら言っているが、聞こえていなかったゆんゆんは赤い瞳を光らせ、ゆっくり近付き始める。

 

 とその時――彼女等の傍に赤い化物(ヘル=ラスト)と、丸くて大きな禍々しいモノを担いだ化物(ヘル=レイス)が現れた。

 

「っ!」

 

 それを見たゆんゆんは、咄嗟に短剣を赤い化物(ヘル=ラスト)に投げ飛ばす。が、それは相手に見切られたようで、化物は手に持った鎌で弾く。

 防がれた短剣は化物の頭上へ飛ばされ宙を舞う――その先には、まるで短剣が弾かれることすら予期していたかのように、飛び上がっていたゆんゆんが。

 

「甘い!」

 

 ゆんゆんは空中で縦に回転すると、その勢いで宙を舞っていた短剣の底にかかと落としを当てる。一気に速度を上げ、剣先を下に向けて落下する短剣は見上げていた化物の額に突き刺さり、化物は地面に仰向けで倒れる。

 重力に従って落下する中、ゆんゆんは『ライト・オブ・セイバー』を発動。光の剣を下に向けると、そのまま化物の喉元に突き刺す。そして、左手で短剣を引き抜きつつ光の剣で化物の頭を切り離した。

 ゆんゆんはそこで一度立ち上がると、めぐみんと男の傍に移動しつつ、もう1体の悪魔に開いた右手をかざして『幻影剣』を飛ばす。

 幻影剣が化物の身体、丸いモノに次々と刺さっていく中、丸いモノは次第に赤く染まっていき――爆弾だったそれは、大きな爆発を起こした。

 

「『ウインドカーテン』!」

 

 しかしそれもわかっていたのか、ゆんゆんは右手をかざしたまま風のバリアを作り、爆風からめぐみんと男を守った。

 煙が晴れた時、既に爆弾を抱えていた化物の姿はなく、爆発で少しえぐられた地面と砂、血のように赤い結晶しか残っていなかった。

 爆弾の敵(ヘル=レイス)を倒したゆんゆんは、そこで一息吐く――ことはせず、後ろを振り返って右手を伸ばす。

 

「『ライトニング』」

 

 指をパチンと鳴らし、まだ生きていた赤い化物(ヘル=ラスト)に雷を落とした。トドメの一撃を受けて息絶えた化物は砂となって消え、その場に赤い結晶を残す。

 

「「……おぉー……」」

 

 やたらスタイリッシュなゆんゆんを見た2人は、思わず感嘆の声を漏らす。

 ゆんゆんはそこでようやく息を吐く――と、先程の続きだとばかりに再び男へ短剣を向けた。

 

「だ、だから落ち着いてください! 確かに見た目は怪しいかもしれませんが、動けない私をおぶってくれた良い人なんです!」

「……えっ? そ、そうなの?」

「さっきからそう言っているでしょう! ハァ……全く、その早とちり癖は相変わらずですね」

 

 ようやく勘違いだと気付いたゆんゆんを見て、めぐみんは呆れるようにため息を吐く。が、すぐに表情を切り替えると、鬼気迫る勢いで言葉を続けた。

 

「それよりもゆんゆん! 今は急を要します! 貴方に私達の護衛をお願いしたいのです!」

「護衛って……どこに行くつもりなのよ?」

「カズマのところです! あのデストロイヤーを見てください! 私の見立てだと、あのままではデストロイヤーがボンってなります! だからその前に、私の爆裂魔法でデストロイヤーを消し飛ばさなければなりません!」

「えぇっ!? で、でもめぐみん、その姿……多分もう爆裂魔法は使った後で、魔力はスッカラカンなんじゃ……?」

 

 爆裂魔法を使った後のめぐみんは決まって魔力切れを起こし、誰かにおぶってもらわなければ動けなくなる。丁度今のように。そう思いながらゆんゆんは尋ねたが、めぐみんは止まらないようで。

 

「その為のカズマです! 説明している暇はありません! 早く行きますよ! さっきの爆弾モンスターを見て、私の爆裂欲が更に掻き立てられました!」

「……わ、わかったわ!」

 

 ただ爆裂魔法をデストロイヤーに撃ち込みたいだけなのではと頭に過ぎったが、めぐみんに頼られている今の状況が嬉しかったゆんゆんは、彼女の頼みを聞き入れた。

 

「すまねぇなお嬢ちゃん。俺は冒険者でもない、ただの機織(きしょく)人だから戦闘はてんでダメでよ……おっと申し遅れた。俺の名前はポチョムキン4世だ。頼りにしてるぜ!」

「は、はいっ! 頑張りま……えっ? 今、ただのなんて言いました?」

「フフフ……待っていてくださいデストロイヤー! 今こそ我が爆裂魔法で消し炭にしてやりましょう!」

 

 独特なネーミングを持つ3人は正門側から離れ、カズマのいる場所に向かって走り出した。

 

 

********************************

 

 

「一撃必殺!『ゴッドブロー』!」

 

 その頃一方、デストロイヤーの結界を破った時といい、珍しくまともに活躍できているアクアは、神の力を宿りし聖なるグーで悪魔を殴る。

 流石は女神というべきか、殴られ蹴られた悪魔は全て一撃で砂と化し、彼女が通る場所にいた悪魔は殲滅されていった。周辺の悪魔を倒しきったアクアは息を吐く。

 

「ふぅ……しっかし、キリがないわねぇ」

 

 が、倒せど倒せど彼等は別の場所に現れる――複数人で相手しているというのに、未だ終わりが見えてこない。

 いいストレス解消にはなっているが、こうも同じ状況が続くとうんざりしてしまう。飽き性な面もある彼女となれば尚更だ。

 こうなったらいっそ『退魔魔法(セイクリッド・ハイネス・エクソシズム)』で一気に終わらせてしまおうか。そう考えた時――。

 

「『ドレインタッチ』」

「はぁああああああああひゃああああああああっ!?」

 

 唐突に背後から魔力を吸われ、背筋がひゅんとする感覚を覚えたアクアは悲鳴を上げた。既視感があるこの状況。アクアはすかさず振り返り、魔力を吸った犯人に怒号を発す。

 

「ちょっとカズマ! 私は今、女神らしく仕事してんのよ!? 他人の仕事を邪魔するとか、どんだけヒキニートっぷりに磨きがかかってんのよ!?」

「こちとら魔力失調だったんだ。ちょっとぐらい寄越せ」

「だったらアンタもちょっとは協力しなさいよ! 何度倒しても湧いてきて困ってんの!」

 

 罪悪感を微塵も感じていないカズマに、アクアは怒鳴り散らしながらも打開策を求める。対してカズマは断ろうとせず、腕を組んで考える素振りを見せる。

 

「ぶっちゃけそれどころじゃないんだが……いいかアクア、こういうのは大抵2パターンに分かれる。1つは無限湧き。もう1つは誰かが召喚しているか、だ」

「召喚?」

「あぁ。そいつを倒さない限り、敵は出現(ポップ)し続ける。セオリー通りなら、召喚してる奴が近くにいる筈なんだが……」

 

 カズマはそう言って、召喚士を探すように辺りを見渡し始める。説明を聞いていたアクアも、カズマに習って周りを確認する。

 とその時、1体の敵が彼等の目に止まった。それは、身体よりも大きな棺桶を抱き枕の如く抱えている悪魔(ヘル=グリード)

 悪魔はブンと棺桶を回すと、地面へ突き立てるように置く。すると、伸び出た棺桶の先から何やら叫びを上げているような顔が写った煙がにゅるりと飛び出し、宙をゆっくりと舞い始めた。

 しばらくして、その煙はカズマ達から離れた場所に行き、ゆらりと地面に落ちる――瞬間、そこから黒いフードの悪魔(ヘル=プライド)が出現した。

 

「「アイツだぁああああああああああああああああっ!」」

 

 悪魔を召喚している敵を見つけた2人は、彼を指差しながら思わず大声を上げた。

 

「アクア! あの棺桶野郎だ!」

「OK! まずはあの鬱陶しそうな棺桶からぶっ壊してやるわ!」

 

 アクアはすかさず棺桶の悪魔(ヘル=グリード)目掛けて駆け出し、右手に力を込める。彼女が近付いていると気付かない悪魔は、未だ棺桶を立てたまま。

 

「必殺のぉおおおおっ!『ゴッドブロー』ぉおおおおおおおおっ!」

 

 そして、気合のこもった『ゴッドブロー』を棺桶にぶち当てた。

 女神の力が宿っている上に、素のステータスでも筋力が高い彼女の『ゴッドブロー』に耐えられる筈もなく、棺桶にはたちまちヒビが入り、跡形もなく砕け散った。棺桶を失った悪魔は後ろによろめき棒立ち状態になる。

 

「よっしゃ! いいぞアクア! その調子で本体も……アクア?」

 

 珍しく活躍できているアクアをおだてつつ、カズマは指示を出す……が、アクアは何故かそこで動かなくなった。

 アクアは突き出した右手を引っ込め、左手で覆う。僅かながら、何かを我慢するように身体が震えている。それを見て察したカズマは、アクアの隣に寄って声を掛けた。

 

「……痛かったんだな」

「……『ヒール』」

 

 下唇を噛み、涙ぐんでいたアクアは小さな声で唱え、赤くなった右手を治癒した。

 それを見たカズマはため息を吐きつつ、腰元の短剣を引き抜き、未だ棒立ち状態の悪魔に近寄る。

 

「そんじゃ、トドメは俺が刺しちまうか……どんだけ経験値が入るんだろうなぁ……」

 

 彼等は突然この場に現れた。ゲーム的に言えば乱入してきたレアキャラだ。アクアの言う通り、種族が悪魔ならば経験値にも期待できる。

 アクアの獲物を横取りする形になるが、彼は全く気にしない。悪い笑みを浮かべながら無防備の悪魔に近寄る――と、敵がこちらに視線を合わせてきた。

 

 次の瞬間、悪魔(ヘル=グリード)はカズマに飛びかかり、抱きつき攻撃(だいしゅきホールド)を繰り出してきた。

 

「おわぁああああああああはぁあああああああああっ!? アクア様ッ! アクア様ぁあああああああああっ!?」

 

 これが美少女悪魔ならバッチコイだったのだが、こんな見た目からしてホラーな相手に抱き着かれて喜ぶ者など、特異すぎる性癖を持った変態しかいない。

 それに部類されないカズマは悲鳴を上げ、アクアに助けを求めた。その傍ら、抱きついてきた悪魔は赤い目を光らせ、捕食するためか口をかぱっと開ける。

 

「せいっ」

 

 が、いつの間にか悪魔の背後に回っていたアクアが、左手で悪魔に聖なるチョップを食らわせ、瞬時に消滅させた。

 悪魔の束縛から逃れたカズマは、腰が抜けたのかその場にヘタリと座り込む。被った砂を払うように頭を振り、口の中に入った砂をペッペッと吐いていると、アクアが目の前に屈み込んで話しかけてきた。

 

「相手は姑息な悪魔なのよ? 武器を壊したぐらいで簡単に殺せるわけないじゃないの。ゴーレムの頭をスティールした時といい、コロナタイトをスティールした時といい今回といい、カズマって賢そうに見えてやっぱりバカなの?」

「……ホントすみません」

 

 棺桶パンチで手を痛めたお前に言われたくないと思ったが、言い返せなかったカズマは素直に謝る。そんな時、正門側から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「カズマー! アクアー!」

「あれは……めぐみんに機織人のおじさんと……ゆんゆん?」

 

 見た目からは考えられない職業を持つおじさんに背負われためぐみんと、一緒に走ってきているゆんゆんだった。

 彼女等がこちらに駆け寄るな否や、めぐみんは興奮しているのか目を赤く光らせ、まくし立てるようにカズマへ告げた。

 

「カズマ! 早く私に『ドレインタッチ』で魔力を送ってください! デストロイヤーを爆裂魔法で破壊します!」

「ナイスタイミングだ。俺もそうするつもりで、めぐみんのところに行こうとしてたんだ。アクア、悪いけどもう1回魔力を分けてもらえないか?」

「ったく、しょうがないわねー」

 

 抜けた腰がようやく戻ったカズマは地面に手をつけながら立ち上がり、アクアに頼む。彼女は渋々ながらもそれを許諾。

 周りに悪魔がいないのを確認してから、カズマはアクア、めぐみんの首筋に手を当て、アクアからめぐみんへ魔力を流していった。

 

 

********************************

 

 

「……悪ガキ共が……」

「止めないの?」

「言って聞くような奴等でないことは、貴様もよく知っているだろう」

「アハハ……そうだね」

 

 悪魔(ヘル=バンガード)を相手にしながら、バージルとクリスは好き勝手に暴れる問題児達を見て言葉を交わす。周りの悪魔は狩り尽くし、残るはこの死神のような悪魔(ヘル=バンガード)のみ。

 すると、相対する悪魔は突如姿を消した。そして束の間、2人の足元に空間の歪みが生まれ――そこから姿を消した悪魔が、鎌を振りつつ飛び出した。

 

「おっと!」

 

 が、それを読んでいた2人は悪魔の攻撃を後ろへ飛んで回避する。攻撃をかわされた悪魔は再び姿を消し、今度はクリスの横から鎌を振り回しつ現れる。

 素早い瞬間移動だったが、クリスとバージルは二度目の攻撃も難なく横へ回避。そして悪魔は、彼等の背後に姿を現す。それに気付いていた2人は咄嗟に振り返り――。

 

「「Die(死ね)!」」

 

 クリスはダガーで、バージルは刀で、背後の悪魔へ同時に斬りかかった。どちらも女神の力が宿りし武器。それをまともに受けた悪魔の身体はたちまち崩れ、その場には悪魔の纏っていた黒い布と赤い結晶だけが残った。結晶は漏れなくバージルに吸い寄せられたが。

 敵を倒せたところで、クリスは息を吐きつつ周りを確認する。もう悪魔の姿は確認できない。先程の相手で最後だったようだ。

 そして、2人のもとに駆け寄る者達に気付いた。ダクネスとウィズ、何故か疲れた表情になっているミツルギの3人と、カズマ、アクア、めぐみん、ゆんゆんの4人。1人、やたら特徴的な姿をしていた男は、急いで正門の方へ走っていた。

 

「バージルさん! それにクリスと……何故かいるモツルギも聞いてくれ! 今からあそこに転がってるでっかい要塞を、めぐみんの爆裂魔法で吹き飛ばす! 爆風に巻き込まれないよう、早く正門の方に行くぞ!」

「ミツルギだ! ちゃんと覚えておいてくれないか!?」 

 

 駆け寄るないなや、カズマはバージル達にそう話す。それを聞いたバージルはカズマから目を離し、爆発しそうでしない、赤く染まった要塞を見る。

 乱入してきた謎の悪魔達も倒し、めぐみんの準備も万端。あとはアレを破壊するだけ――だったのだが、そこでアクアが急に声を上げた。

 

「待ってカズマ! まだ悪魔が1体だけ残っているわ!」

「ハァッ!?」

 

 その言葉にカズマは驚き、すぐさま『敵感知』を使いつつ辺りを見渡す。

 悪魔の姿はどこにも見当たらない。しかし彼女の言っていることは本当のようで、1体だけ『敵感知』に反応があった。

 

「敵がいるのはわかるんだけど、姿が見えないな……まさか透明になってるとか……?」

「感じる。感じるわ。中々大きな魔力が南の方角から……丁度デストロイヤーがいる辺りね」

「……おい待て。今お前なんつった?」

 

 アクアの言葉を耳にして、カズマは思わず聞き返す。何故か、嫌な予感が溢れて止まらない。

 その横で、いつ爆発してもおかしくない真っ赤っかなデストロイヤーを見つめていたバージルが小さく呟いた。

 

「成程……雑魚共で引きつかせている間に依り代を得たか」

「はっ?」

 

 バージルの意味深な言葉を聞き、カズマの抱える嫌な予感が更に膨れ上がる。

 

 と、その時――彼の予感を的中させるように、地響きが起こり始めた。

 

「っ!? な、何っ!?」

「カ、カズマ! そこはかとなくヤバイ予感がするのですが!? 撃っていいですか!? 早く撃った方がいいですか!?」

 

 地震に足を取られ、何人かがその場に尻餅をつく。めぐみんの声を聞き、カズマは爆裂魔法の許可を出そうとしたが――それよりも先に、敵は動き出した。

 爆発寸前のデストロイヤー。警告モード故か赤く光っていた8つの目が――更に強く光り出す。

 するとその瞬間、脚部の根元から、失った筈の8本の足が伸び出てきた。魔法鉱石でできた装甲とはアンバランスな、赤いリアルな蜘蛛の足が。

 地響きの中、デストロイヤーは生えた足で踏ん張り立ち上がる。その頭頂部には、丁度爆裂魔法の被害で亀裂を負い、熱気が溢れそうになっていた箇所を塞ぐように覆う――ギョロリと開いた目でカズマ達を見る、悪魔がいた。

 

「いや、この場合は寄生だったか」

「ふざけんなぁああああああああああああっ!?」

 

 『寄生機動要塞(インフェステッド)デストロイヤー』を見て、カズマは悲痛な叫びを上げた。

 

「ああああアクア! 早く! 早くデストロイヤーにくっついてる悪魔をやっつけろ!」

「わかってるわよ!」

 

 カズマが慌てて指示を出す中、それよりも先に動いていたアクアは数歩前に出ると、もう痛くなくなった右手に力をこめ――。

 

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

 

 思わずクンッという効果音をつけたくなるような動きで、デストロイヤーに退魔魔法を放った。

 『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』――プリーストが扱う退魔魔法(エクソシズム)の中でも最上位にあたり、余程レベルが高く、魔力の豊富なアークプリーストでなければ扱うことのできない魔法。上級悪魔でも、これを喰らえばひとたまりもないだろう。

 当然、下級悪魔相手ならば一瞬でケリがつく――筈だったのだが、アクアが退魔魔法を放った途端、デストロイヤーの周りに結界が出現した。アクアが解除した筈の魔力結界だ。

 

「な、なんてことだ……デストロイヤーの結界が復活しているぞ!」

「ダ、ダメですアクア! デストロイヤーの結界に遮られて、悪魔には届いていません! ていうか、このままじゃ私の爆裂魔法も効かないじゃないですか!? 折角魔力を再充填したというのに!」

「ハァッ!? そんなん絶対無理じゃない! 詰み! チェックメイトよ! もうおしまいだわぁああああっ!」

「バッカお前早々に諦めんなよ!? あの結界破りの技をもう1回撃つんだ!」

「そ、そうですよアクア様。ここで弱気にならず……あぅ……アクア様の涙がいつもよりピリピリきます……」

 

 完全に終わったと泣き喚くアクアをカズマが必死に、ウィズがアクアの涙で浄化されそうになりながらも励ましていた――その時。

 

「何をまごついている」

 

 ピシャリと、パニックに陥っている彼等を落ち着かせるような声が耳に入った。カズマ達は声の主へと顔を向ける。

 

「まとめて壊せばいいだけだろう」

 

 バージルは刀を握り締め、さも当然のように彼等へ告げた。

 

「壊すって……師匠が!?」

「た、確かに先生の力があれば、もしかしたらいけるかも……」

「そうだ! そもそも、結界を解除する手段としてバージルさんも挙げられてたんだ!」

 

 寄生機動要塞(インフェステッド)デストロイヤーを止めるには、結界を破り、かつ悪魔(インフェスタント)も仕留め、かつ要塞を破壊するしかない。そんな並外れた芸当、大魔導師でも真似できない。一介の人間では到底不可能だ。

 しかし彼ならできる。魔王軍幹部を倒した時、冬将軍を倒した時に使った、あの力があれば。だが、それに一言申したいのかクリスが声を上げる。

 

「いや、一回冷静になって考えよう!? もしバージルがここであの姿になっちゃったら――!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいバージル!」

 

 が、クリスの言葉を遮るようにめぐみんが前に出てきた。皆の視線がめぐみんに向けられる中、彼女はバージルを見上げたまま言葉を続ける。

 

「全部壊しちゃったら私の分が無くなるじゃないですか!? せめてデストロイヤーの部分だけは残してください!」

「こんの爆裂馬鹿がっ! 今はそんなワガママ言ってる場合じゃないだろ!?」

「ワガママではありません! 美味しいところを持っていく紅魔族として、爆裂道を極める者として、ここだけは譲れないと私の魂が吠えているのです!」

「何が吠える魂だ! 私欲まみれのワガママじゃねーか!?」

 

 カズマの至極真っ当な指摘に対し、めぐみんは言い返すことなく顔をプイッと背ける。そして再びバージルに視線を向け、彼に己が叫びを訴えた。

 

「私の爆裂欲求は今、最高潮に達しています! そんな私の前で全部奪ってみてください! 一生恨みますよ!? 末代まで呪いますよ!?」

 

 感情が昂っているのか、赤い目を光らせる彼女は自分の杖を抱え、グイグイとバージルに詰め寄ってくる。その圧はバージルも思わず1歩退いてしまうほど。

 やがて、彼女の熱意に負けたのか、はたまたこれ以上相手するのが面倒だったからなのか、バージルはため息混じりに言葉を返した。

 

「……要塞は残しといてやる。だからさっさと退け」

「言いましたね!? ちゃんと聞きましたよ! 約束! 約束ですからね!?」

 

 しかと聞いたと、めぐみんは彼に念を押す。余程爆裂魔法をぶっぱなしたいようだ。最終的にめぐみんのワガママが通ったのを見て、カズマは声を荒らげながらも指示を出す。

 

「あぁもう! じゃあバージルさんは結界と悪魔の破壊を! めぐみんは爆裂魔法で要塞をぶっ壊すってことで! お前ホント頼むぞ!?」

「任せてください! 今なら、最高の爆裂魔法が撃てそうです!」

 

 爆裂魔法の爆風に巻き込まれないようカズマと、魔法を放つめぐみんはその場から正門側へ向かって走り出す。周りにいた者達も、カズマとめぐみんの後を追いかけるように走っていく。

 そんな中、未だその場にいたクリスは、バージルにやたら慌てた様子で突っかかった。

 

「ねぇバージル! 本当にここで使うつもり!? そんなことしたら――!」

「何をモタモタしているクリス! そこにいたら爆風に巻き込まれるぞ!」

「あぁっ!? ダクネスちょっと待っ――!?」

 

 しかし、それを見かねたダクネスがクリスの手を引く。筋力で負けるクリスは抵抗することができず、バージルのもとから離されていった。

 

 

********************************

 

 

 しばらくしてカズマ達は正門前に移動し、観客と化している冒険者達の前へ。バージルは移動せず、丁度正門とデストロイヤーの間に位置する場所でつっ立っている。

 皆が固唾を飲んで見守る中、めぐみんは先頭に出ると杖を標的のデストロイヤーに向け、爆裂魔法の詠唱を始めた。

 

「我が内に秘めたる紅き魔よ。蒼き魔と共に力を解き放ち、迫る破壊神を撃ち払え!」

 

 めぐみんを中心とし、地面には魔法陣が浮かび上がる。彼女の周りには風が吹き荒れ、魔力の高まりを表すようにその両眼が赤く燃え上がる。

 その時、ようやく完全に寄生することができたのか、はたまた空気を読んで待ってくれたのか。寄生機動要塞(インフェステッド)デストロイヤーは、生やした8本の足で巨体を支えながら駆け出した。

 向かう先はアクセルの街。そして街を守るように立つ冒険者達。その前にいた1人の男など眼中にないとばかりに、地面を荒地にしながら向かってくる。

 

「たかが鉄塊に乗り込んだ程度で、破壊の神を気取るか」

 

 無視されているように思えて不快だったのか、バージルは不機嫌そうに鼻を鳴らす。刻一刻とデストロイヤーが迫る中、彼は更に言葉を続けた。

 

「では――神をも超える力、思い知れ」

 

 同時に内なる悪魔を――Devil Trigger(悪魔の引鉄)を引き、姿を一変させる。青いコートは硬い鱗を纏った衣となり、刀の鞘が腕と同化した蒼き魔人へ。

 魔人化したバージルはデストロイヤーを両眼で睨むと、ゆらりと右手を刀の柄へ移しつつ居合の構えを取った。その間、彼を中心として大気が揺れ動く。

 

My power shall be absolute(我が絶対なる力を)!」

 

 そして、迫るデストロイヤーへ向かって飛び出す。

 とその瞬間、彼の姿が何重にも見えるように揺れ動き――デストロイヤーのいる空間が、ほんの1秒の間に幾度となく斬り刻まれた。向かってきていた筈のデストロイヤーは、まるで時が止まったかのように静止する。

 デストロイヤーを神速の刀(次元斬・絶)で斬った幾つもの影はデストロイヤーの前で重なり、再び蒼き魔人を映し出す。彼は鞘を縦に持ち、刀を納めようとしていた。

 彼は静かに息を吐きながら、刀身を鞘の中へ納める。と同時に、彼の姿が再び変化し人間の姿に戻る――瞬間、デストロイヤーの纏う結界は砕け散り、乗っ取っていた悪魔(インフェスタント)は身体を散らせ、デストロイヤーから生えていた8本の足も消滅した。

 悪魔を倒したのを確認したバージルは、瞬間移動(エアトリック)でその場から正門前へ移動する。悪魔(インフェスタント)が消えたことで再び足を失ったデストロイヤーは、重力に従ってその巨体を地面につける――直前。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 めぐみんは渾身の『爆裂魔法(エクスプロージョン)』を放った。彼女が唱えた瞬間、デストロイヤーを中心として大きな爆発が発生する。

 吹き荒れる突風に見舞われ、冒険者達が両腕で顔を防いでいる中、詠唱者のめぐみんはマントを、その隣に立っていたバージルはコートをなびかせ、爆煙が上がった方向を見る。爆風が収まったところで、2人は口を開いた。

 

Ashes to Ashes(灰は灰に)

塵は塵に(Dust to Dust)……はふぅ……」

 

 街を襲った機動要塞デストロイヤーは、跡形もなく消し飛んでいた。

 




DMCとこのすばを自分なりに混ぜてみたらこうなりました。


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第38話「この小さな街の英雄達に賛美を!」

 アクセルの街を襲った厄災、機動要塞デストロイヤー。予期せぬ乱入者もあって何度か窮地に陥ったが、カズマ達の活躍によってデストロイヤーを止めるどころか、消滅させることができた。

 過去に例を見ない、歴史に名を残せる偉業。冒険者達は彼等を讃え、歓喜に満ち溢れるものかと思われたが――。

 

「な、なぁ……今の何だ? あのソードマスター……変身したよな?」

「うん……魔力がグンって上がって……後ろ姿しか見えなかったけど、明らかに人間じゃなかったような……」

 

 正門付近にいた冒険者達が抱いていたのは、戸惑いと恐怖。バージルの魔人化した姿に対するものだった。

 バージルは、カズマ達にしかその正体を明かしていない。多くの者が知れば、丁度今のように混乱を招くからだ。それをクリスは危惧し、先程バージルへ本当に魔人化するのか何度も聞いていた。

 しかし結局魔人化し、冒険者達にバレてしまった。その現状を見ながらも、クリスはバージルに視線を送る。彼は特に何も言わず、無表情で冒険者達を見つめていた。この中で彼と1番長い付き合いだった彼女は、今の彼を見て察する。

 

「(……やっぱり何も考えてないっ……!)」

 

 案の定リスクを考えず魔人化していたことに、クリスは頭を悩ませた。きっと彼は今になって「さてどうしたものか」と、呑気に考えているのだろう。

 今はまだ街の冒険者達にしか知られていないが、このままではアクセルの街だけでなく国中に広まり、最悪彼の存在が危険視され、街を、国を追い出される可能性がある。

 だからといって、彼が反旗を翻して敵になることはないと信じているが、どちらにせよその事態は避けたい。どうにかできないかとクリスは必死に頭を働かせる。

 

 その時――誰よりも早く動く者が現れた。

 

「皆、聞いてくれ! さっきバージルさんが見せたのは『固有スキル』だ! それも変身っていう男心をくすぐるタイプの!」

 

 彼の正体を知る者の1人、カズマだ。彼は後ろを振り返ると冒険者達に顔を向け、声を大にしてバージルの魔人化した姿について説明を始めた。

 

「聞いたことはないか!? 誰も知らないスキル、もしくは武器を持った『勇者候補』と呼ばれている冒険者を!」

 

 彼は『勇者候補』という単語を発し、冒険者達に問いかける。まだ日も浅い駆け出し冒険者達は、カズマの言葉を聞いて首を傾げる。

 が、その一方で――駆け出し冒険者の街だというのに、未だここに留まっているベテラン冒険者達は、一様にしてざわつき始めた。

 

「いや待て……聞いたことあるぞ!」

「あぁ俺もだ。昔の話だが、狼の姿になって野を駆ける冒険者もいたってばっちゃが言ってた」

「ていうかまずミツルギさんがそうじゃねぇか! 『魔剣グラム』なんて聞いたこともない武器を最初から持ってた覚えがあるぜ! 今は持ってないけど!」

 

 あちらこちらで、勇者候補についての話題が出る。冒険者達が向ける疑惑の視線が変化してきたところで、カズマはここだとばかりに声を上げた。

 

「そう! バージルさんも御剣(おけん)も俺も、何年か一度に現れる『勇者候補』の人間だ!」

「ちょっと待て!? オケンってまさか僕のことか!? ミツルギだ! いくらなんでもその間違え方は酷くないか!?」

 

 横にいたミツルギから突っ込まれながらも、カズマは断言する。それを聞いていたクリスは、彼はやはり食えない男だと感じていた。

 カズマは、一言も嘘を吐いていない。あの魔人化が『デビルトリガー』という固有スキルなのは事実だし、半分だけだが人間だ。そして『勇者候補』――転生特典を持ってオリジナルスキルやオリジナル武器を持つ異世界転生者がいることも利用し、バージルのフォローに努めたようだ。

 

「ねぇねぇダクネス、今の聞いた? カズマったら、お兄ちゃんのことフォローするついでにちゃっかり自分も勇者候補にしてるわよ」

「勇者候補というのは、優れた冒険者を賞賛する称号としても使われているが……いくら容姿や名前が特徴に当てはまっているとはいえ、自称する者は初めて見たな……」

 

 若干我欲も混ざっていたが、クリスはカズマのフォローが実るよう祈りながら冒険者達を見る。

 一瞬だが、人外となった者を指して「あれは固有スキルです」と言われてもやはり信じきれないのか、何人かの冒険者は戸惑いの色を見せている。が――。

 

「どちらにせよ、アンタ等はあのデストロイヤーを止めてくれたんだ! 俺達にとっちゃ救世主だぜ!」

「勇者候補がここに3人もいたんなら、デストロイヤーとよくわかんねぇモンスターから街を守れたのも納得だ!」

「さっすが街の切り札ミツルギさんだ! 見たことねぇ奴等相手でも余裕とは! お付の2人も俺達を誘導してくれて助かったぞ!」

「作戦の指揮を執って大成功させたカズマさんもすげぇよ! 結界破りのアクアさんと、爆裂魔法を撃ったウィズさんもな!」

「盗賊の人と紅魔族の子も、謎のモンスター達と渡り合っててかっこよかったわよー!」

「いくら変身したとはいえ、あんな細い剣1本でデストロイヤーの足をぶっ壊すとか正気かよ!? イカれてやがるぜ!」

「いやいやあの爆裂娘もそうだろ! あのデストロイヤーを跡形もなく消し飛ばしたんだぞ!?」

「どっちもイカれてやがる! 頭のイカれた爆裂魔と頭のイカれたソードマスターだ!」

 

 雲行きの怪しい雰囲気から一変。金髪の男ダストの声を皮切りに、冒険者達はカズマ達へ賞賛の嵐を送った。

 流石に、ここにいる全ての者が信じてくれたわけではないだろうが、フォロー無しで疑惑を抱えたまま解散するよりはずっとマシだ。歓喜の声を上げる冒険者達を見て、クリスは胸をなで下ろす。

 

「……あ、あれ? 私は?」

「はっ? いや私はって……お前、今回特に何もしてないじゃん」

「ッ!?」

「そういえば、ダクネスはつっ立ってるだけだったわね。私は頑張ったわよ! 結界破ってゴーレムも倒して、突如現れた悪魔達を殲滅させたもん!」

「い、いやいや!? ダクネスさんは頑張ってましたよ! ほら、私を悪魔の攻撃から守ってくれたじゃないですか! ……最終的に仕留めたのは剣士さんでしたけど……」

「……や、やめてくれ……」

 

 冒険者達の賞賛を唯一受けていなかったダクネスは困惑したが、カズマ達の指摘を聞いて、恥ずかしさのあまり顔を両手で隠す。

 彼等の言う通り、デストロイヤー接近中は特に何もしなかった。要塞内に乗り込むこともせず、悪魔を相手にした時は攻撃を受けただけ。唯一やったとすればミツルギに説教したこと。反論の余地もない。

 

「おい! 私を頭のおかしい爆裂娘から頭のイカれた爆裂魔にランクアップさせた件について聞こうじゃないか! せめて前半の肩書きは捨ててもらおう!」

「落ち着きなさいよめぐみん……どっちも似たようなもんなんだから」

「ゆんゆん!? 今何と言いました!? 喧嘩を売ってるのなら喜んで買ってやりますよ!」

 

 その傍ら、冒険者から与えられた新たな称号に文句があったのか、めぐみんはうつ伏せの状態で顔だけ彼等に向けて抗議する。そんな彼女を見兼ねたゆんゆんは「はいはい」とあしらいながら、めぐみんを起こしておんぶする。

 

 冒険者達から賛美の嵐を受け、喜んだり悲しんだり怒ったりと、様々な色を見せるカズマ達。その一方で、バージルは特に表情を変えず彼等を見つめていた。

 そんな彼のもとに、クリスが歩み寄ってくる。バージルはそちらに視線を送ると彼女は目の前で止まり、言いつけるようにバージルへ告げてきた。

 

「後でちゃんと、カズマさんにお礼を言ってくださいね?」

「……フンッ」

 

 彼女の言葉を聞き、バージルは特に答えることもせず顔を背けた。

 

 

*********************************

 

 

 時間は過ぎ――デストロイヤーを迎撃した日の夜。

 

「つーわけで、デストロイヤー迎撃を祝して、乾ぱーいっ!」

「「「イェエエエエイッ!」」」

 

 アクセルの街中心にある冒険者ギルド。酒入りジョッキを持つ冒険者達は、テンション上げ上げな声を響き渡らせた。

 デストロイヤー迎撃作戦が大成功を収めたため、冒険者達はここで祝勝会を開くことに。いつも以上にギルド付近は賑わい、職員達は忙しなくも楽しそうに働いている。

 今回のMVPだったカズマパーティーを中心に、祝勝会は大盛り上がり。特にアクアの見せた、美しくも洗練された様々な宴会芸は、見る者全てを魅了したという。そしてカズマとクリスによるパンツ剥ぎ取り芸(スティール)は、男冒険者達を色々と盛り上がらせたとか。

 

 祝勝会が始まってしばらく経った後、カズマは「ちょっと休憩に」と断って人混みから離れ、カウンター席に移動する。

 その先にいた、ちょびちょびお酒を飲みながら、盛り上がる冒険者達を楽しそうに見つめていたウィズに声をかけた。

 

「ようウィズ。楽しんでるか?」

「あっ、カズマさん。今日は大盛況ですね。アクセルの街がこんなに賑わったのはいつ以来でしょうか……」

「お前も遠慮せずに参加すればいいんだぞ? 街を救った英雄の1人なんだから」

「え、英雄だなんてそんな…………カズマさんやめぐみんさんに比べたら、私なんて……」

 

 カズマから褒め言葉を受け、ウィズは照れながらも過大評価だと言葉を返す。こんな時でも謙遜するウィズを見てカズマは小さく笑う。

 

「そんなことないさ。きっとウィズの店にも、今回の活躍を見た冒険者達が寄ってくれるんじゃないか?」

「えっ!? ほ、ホントですか!? あぁっ、それなら商品をいっぱい仕入れなきゃ……!」

「……それはやめたほうがいいと思うぞ」

 

 寄りはするものの、ウィズの姿を見ただけで帰る人しか来ない結末を予見したカズマは、意気込むウィズに釘を刺す。が、多分聞こえていないだろう。

 カズマは苦笑いを浮かべながらもカウンターにあった丸椅子に座り、手に持っていたジョッキを机に置く。ウィズの隣に座った彼は、アクアの『花鳥風月』で騒ぐ冒険者達を尻目に話を振った。

 

「ところで話は変わるんだけど……ウィズにちょっと聞きたいことがあるんだ」

「はい? なんでしょう?」

 

 カズマの言葉を聞き、ウィズは彼と向き合う。酒による顔の火照りが冷めていくのを感じながら、カズマは質問した。

 

「あの時出てきた悪魔達が、やたらブッサイクな赤い結晶を落としてったんだよ。実はこっそり回収してたんだけど、いつの間にか消えちゃっててさ。ウィズは、そのアイテムについて何か知ってるか?」

 

 それは、デストロイヤー迎撃作戦時に突如現れた悪魔達を倒した時に砂と共に地面に散らばっていた、血のように赤い結晶。どれもが同じブチャイクな顔を象っていた。

 ゲーマーカズマはレアアイテムと思い集めていたのだが、迎撃作戦が終わった後にポーチを覗くと、収集した全ての結晶が綺麗サッパリ無くなっていた。

 これにはショックを受けたが、元々そういう性質だったのであれば仕方がない。が、どんな物だったのか気になるのでカズマは解説を求めるべく、魔道具やアイテムに詳しそうなウィズに尋ねてみたのだが……。

 

「いえ……私も、あの結晶は初めて見ました」

「そっか……」

 

 首を横に振って答えるウィズ。知らないのならしょうがないかと、カズマは赤い結晶については諦めながら息を吐く。

 

「実を言うと、私も回収しようとしたのですが……どうしてか結晶に近寄ると、全部私に吸い寄せられるように消えてしまって……」

「えっ!? そ、それって吸収したってことじゃ……大丈夫なのか!?」

 

 性質は一切不明だが、悪魔の落し物なのだけは確かだ。異常はないのかとカズマは慌てて尋ねる。対してウィズは、カズマを安心させるように答える。

 

「今のところ、何も異常は現れてません。あっ、でも――」

 

 と、彼女は思い出したようにパンッと音を立てて手を合わせ、嬉しそうにカズマへ話した。

 

 

「アレを取り続けていたら、お肌のツヤが良くなったんですよ!」

「(美肌効果だったかー……)」

 

 まさかの結果が現れたと報告を受け、カズマはどんな顔をすればいいかわからず、笑顔を取り繕った。ウィズは上機嫌のまま話を続ける。

 

「それに、赤いものだけでなく緑色や白色の物もあってですね、緑色を取ったら元気が湧き出て、白色を取ったらなんと魔力が回復したんです! 不思議ですよねー」

「(そういやウィズってリッチーだったもんな……なら耐性があってもおかしくないか……)」

 

 普段話していると「アクアは女神」という事実並にうっかり忘れそうになるが、彼女はリッチー。アンデッドの王だ。つまり魔族寄りの身体を持っている。

 なら、あのぶちゃいく結晶――下手したら悪魔の力が残ってそうなものを、人間である自分とは違い吸収したことと、さして悪影響が出なかったことにも合点がいく。

 

「ウィズー! ちょっとウィズー! どこにいんのよー!」

 

 とその時、盛っている中心からガラの悪そうにウィズを呼ぶアクアの声が。べろんべろんに酔っているのが丸分かりな声を聞いて、2人は苦笑いを浮かべる。

 

「すみません。アクア様が呼んでますので失礼します……」

「あぁ、楽しんでこい。もし成仏されそうになったら助けに行くから」

 

 無視していたら何されるかわかったもんではないので、ウィズはペコリと頭を下げ、カズマのもとから離れる。

 自分はもう少しここでゆっくりしようかと思い、カズマはカウンター席に立っていた職員に水を頼む。とその時、カズマに声を掛ける者が現れた。

 

「カズマ、ここにいましたか」

「めぐみん」

 

 デストロイヤー迎撃作戦にて大いに活躍しためぐみん。ほんのりと顔が赤いのを見る限り、こっそり酒を飲んでいたのだろう。

 彼女はカズマの隣の席に座ると、指をしきりに動かしながらカズマに尋ねる。

 

「カズマ……今日の爆裂魔法……どうでしたか? デストロイヤーを粉砕した時のは……」

「……うむ。爆風、音響、爆煙、どれも素晴らしいものだった。90点ってところだな。もしバージルさんの手を借りず、悪魔もろとも消し飛ばしていたのなら、喜んで100点をくれてやったけど」

「うぐっ……ま、まぁあの時は魔力結界が張られていましたし、今の私ではどうしようもありませんでした。90点で満足しておきましょう。しかしいずれは、結界も悪魔も同時にぶっ飛ばせるほどに、爆裂魔法を極めてやりますよ」

「おう、頑張れ」

 

 評価を受けためぐみんは、今の実力を再確認すると同時に爆裂魔法を更に強化すると意気込む。

 カズマ的には他の魔法を習得して欲しいところだが、今更言っても聞かないだろうし、楽しい場で水を差すようなことは言いたくなかったので、心の中に留めておいた。

 職員が渡してきた水入りコップを貰い、カズマはちょびっと口に入れる。そのままワッショイワッショイと熱気を高めている冒険者達を眺めていたら――。

 

「め、めぐみん!」

 

 突如、めぐみんの名を呼ぶ女性の声が耳に入ってきた。カズマとめぐみんは声が聞こえた右側へ顔を向ける。

 そこにいたのは、めぐみんと同じ黒髪赤目の紅魔族だが、スタイルだけは圧倒的な差で勝っているゆんゆん。カズマが再び彼女の胸をガン見する傍ら、めぐみんは彼女へ言葉を返す。

 

「おや、誰かと思えば……私の前でスカートの中を見せまくるハレンチな戦い方をしていた、ゆんゆんではありませんか」

「い、言い方! 先生みたいにスタイリッシュな戦い方って言ってよ!?」

「めぐみん、その話について詳しく」

 

 めぐみんの言葉を聞き、ゆんゆんは顔を真っ赤にして反論する。釣られたカズマは首をすばやく動かしてめぐみんに顔を向けた。

 その一方、ゆんゆんは一度咳き込んで場を仕切り直すと、めぐみんを右手で指差しながら告げる。

 

「そ、それよりもめぐみん! 私と勝負しなさい!」

 

 めぐみんのライバルを自称する彼女は、彼女に勝負を申し込んだ。酒場の雰囲気に当てられ、彼女もちょっとテンションが上がっているのだろうか。

 カズマが未だめぐみんに視線を送っている中、めぐみんはやれやれと息を吐き、彼女に言葉を返した。

 

「いいでしょう。ではどちらがより大人になれたか、で勝負しましょうか」

「いや勝負とかどうでもいいから。さっきの話について詳しく」

 

 カズマの言葉は一切無視し、めぐみんはゆんゆんを見つめる。対してゆんゆんは、少し戸惑いながらめぐみんに聞き返してきた。

 

「えっ? そ、それってつまり……発育勝負よね? い、いいの?」

「誰も発育勝負とは言っていません。身体の成長だけが大人の階段を昇る条件ではありませんよ」

 

 まるで「それなら私の勝ち確だけどいいの?」と言われているようでムッときためぐみんは、忌まわしき巨峰を睨みながらも言葉を続けた。

 

「ゆんゆん、貴女はどこで暮らしていますか?」

「えっ? わ、私は宿屋で泊まってるけど……」

 

 めぐみんの問いに、ゆんゆんは正直に答える。それを聞いためぐみんは、勝ち誇ったように笑いながらゆんゆんに話した。

 

「私は、街の中でも大きな屋敷で、この男と1つ屋根の下で暮らしています」

「ッ――!?」

 

 毎週、隣のバージル宅へ通っていたというのに未だその事実を知らなかったのか、めぐみんの言葉を聞いてゆんゆんは酷く衝撃を受けていた。

 目を見開いていた彼女は、めぐみんの隣にいたカズマに顔を向ける。しかし、紛う事なき真実なのでカズマは何も言わない。それよりもさっきの話が気になり、彼はゆんゆんのスカートに目を向けていた。

 

「流石に、まだ一緒に風呂へ入ったことはありませんが、それも時間の問題でしょう」

「えっ!? えぇっ!?」

 

 更に追い打ちをかけるように、めぐみんはそう話す。これには中々堪えたのか、ゆんゆんはめぐみんとカズマを交互に見ながら、慌てた様子を見せている。

 が、しばらくして何かを思い出すようにポンッと手を叩くと、顔を赤く染めながらめぐみんに言い返した。

 

「わ、私だって、あ、あのミツルギさんって人と恥ずかしい姿で、お風呂でバッタリ会ったことはあるわ!」

「おいちょっと待て。その話についても詳しく聞かせてくれ。場合によっちゃアイツぶっ殺す」

 

 聞き捨てならない話が聞こえ、カズマは視線をゆんゆんの顔に移す。その目にはキレたバージル以上に明確な殺意がこもっていたとか。

 しかし蚊帳の外だったのは変わらないようで、めぐみんはカズマをスルーしてゆんゆんに聞き返す。

 

「一緒に、お風呂に入ったんですか?」

「……は、入ってない……会っただけ……」

「ならノーカウントですね。で……他にありますか? 私以上に、大人の階段を登ったエピソードは?」

 

 目を逸らして答えるゆんゆんを、めぐみんはジッと見つめる。想定外の事態には弱いのか、ゆんゆんの赤い目には涙が溢れ――。

 

「つ――次こそは勝ってやるんだからぁああああああああっ!」

「あっ、おいゆんゆん! お風呂のエピソードについて詳しく!」

 

 負け台詞を口にしながら、カウンター席から去っていった。カズマは彼女を呼び止めたが、その声は届かず。

 一方、勝負に勝っためぐみんは懐から手帳を取り出すと、幾つもの文章と丸が書かれたページを開き、そこに新しく一文と丸を書き込む。

 

「今日も勝ち」

「くっそ、あんのナルシ野郎絶対許さねぇ……で、話は戻るがゆんゆんのパンツは――」

「ゆんゆんはスパッツでしたよ。残念でしたね」

「スパッツ!? いやそれも逆に良い! そしてスパッツの下に何も履いていなかったら大逆転だ!」

 

 ようやくゆんゆんのスカートの下を聞き出せたカズマは、少年らしい想像を働かせる。酔っているからかもしれないが、それを何の恥じらいもなく発言した彼を、めぐみんは少し引き気味に見ていた。

 

「よくもまぁ女性が隣にいるのに、そんなセクハラ極まりない発言ができますね……」

「んっ? あぁ女性ってお前のこと? 前にも言っただろ。お前はまだまだお子ちゃまだから、俺の中じゃあ女性にカウントされないんだよ」

「おい、どの辺りがお子ちゃまなのか詳しく聞こうじゃないか。もし年齢だったのならゆんゆんもですよ。私と同い年ですから」

「それなんだよなぁ……あれで俺と同い年だったら良かったんだが……いや待てよ? 今であの体型なら……3、4年後が楽しみになるな。性格も良いし、人気のある冒険者になるだろうなぁ」

 

 めぐみんと同年齢である事実をカズマはプラスに考え、ゆんゆんの秘めたる将来性に期待を寄せる。

 いつまでも妄想を止めないカズマをめぐみんはジッと見つめていたが、しばらくすると静かにカウンター席を立った。

 

「んっ? どうした?」

「ちょっとゆんゆんに、追い打ちという名のちょっかいを出してきます」

「結構酷いことするなお前……」

「カズマに言われたくありませんよ」

 

 めぐみんはカズマに視線を合わせず答え、スタスタと彼の元から離れていく。

 もうちょっと休憩したら自分も戻ろうか。めぐみんを見送ったカズマはそう思いながら、コップに入った水を一気に飲み干す――とその時。

 

「サトウカズマ」

 

 またも、彼に来客が現れた。今度は女性ではなく爽やかな男性の声。カズマは途端に不機嫌になりながらも、声が聞こえた方へ顔を向ける。

 

「久しぶりだな、サトウカズ――」

「『アースブレス』」

「うぐぁああああっ!? 目がっ!? 目がぁああああっ!?」

「「キョウヤー!?」」

 

 ミツルギの姿を見た途端、カズマは『クリエイトアース』と『ウインドブレス』の合わせ技(セット魔法)をぶちかました。目に砂を受けたミツルギは床を転げ回る。

 

「ちょっとアンタ! 挨拶もなしに何してくれてんのよ!?」

「大罪を犯したクソ野郎に鉄槌を下しただけだ。言っとくがまだ終わりじゃねぇぞ。こっから『ウォータフリーズ』で作った氷をお前の鼻の穴に突っ込み『スティール』で身ぐるみ剥がして外に放り出して『フリーズ』をかけ続けてやる。ほら立て。Stand up!」

「こっちは怒らせるようなことした覚えないんですけど!? 再会したばっかでしょ!?」

 

 お付きの女性2人に起こされるミツルギを、カズマは憎しみ100%の目で見下す。追撃を加える予定だった彼は席を立ち、右手をワキワキと動かしている。

 

「くっ……相変わらず卑怯卑劣な男だな……」

「その男が、今回のデストロイヤー迎撃作戦の指揮を執ったんだ。酒の一杯は注いで欲しいもんだね」

「調子に乗んないでよ! そもそも、アンタは作戦考えただけで特になんにもしてないじゃない!」

「うっせぇ! パンツ剥がすぞ!」

「ひっ!?」

 

 ポニテの女性から指摘されたが、カズマは開いた右手を見せて彼女を脅す。今回の祝勝会で、クリスが犠牲となった様を見たが故に脅威を知ったのか、彼女は自身のスカートを押さえている。

 そんな彼女を守るようにミツルギが立ち上がりつつ前に出ると、カズマと向かい合ってこう告げてきた。

 

「サトウカズマ……もう一度、僕と勝負してくれないか?」

「勝負?」

 

 先程のゆんゆんに続いて2人目。今度は自分が標的だが。カズマは首を傾げてミツルギに聞き返す。

 

「あぁ。あの時は不覚を取ったが、今度はそうはいかない。魔剣を取られてもいいように己を鍛え直してきた」

「魔剣? もう魔剣グラムは回収したのか?」

「いや、まだ回収していない。というかもう諦めたさ。今の僕には、コイツがいるからね」

 

 ミツルギはそう答え、背中に負った大剣を見せる。浅葱色に光る身の丈以上の大剣だ。

 

「(……どっかで見たことあるような……)」

「これは師匠……バージルさんから授かった魔剣ベルディアだ」

「バージルさん? ……ってあぁっ!?」

 

 既視感を覚えていたカズマは、ミツルギからその答えを聞いてようやく思い出す。

 湖浄化のクエストでバージルとバッタリ出会った時に持っていた大剣――元は、魔王軍幹部のデュラハンが持っていた剣だ。

 

「そうだ。そういやバージルさんが持ってたなぁ……あれ? じゃあなんでお前がそれ持ってんの? ちゃっかり師匠なんて呼んでるし」

「魔剣を君に売られた日の夜、色々あってね……翌朝、僕は師匠からこの魔剣を譲り受けたんだ」

「へぇー……」

 

 その日を思い出すように目を閉じて話すミツルギ。丁度、バージルが半人半魔だとわかった日のことだ。

 あのバージルさんがそんなことをするなんて珍しい。カズマがそう思った時、ふと気になることが頭に過ぎった。

 

「そういやお前、バージルさんのアレ……知ってた?」

 

 デストロイヤーを迎撃した時に見せた、バージルの魔人化。あれを初めて見た冒険者達は酷く困惑し、恐怖を覚えていた。

 が、チラッとミツルギを見た時……驚いてはいたが、それだけだった。おまけに、冒険者達を説明して一応納得させた時、彼も自分のようにホッとしていた。

 もしかしたら彼も、バージルの正体を知っているのではないか。カズマはミツルギにぼかして尋ねてみる。

 

「んっ? あぁ……『固有スキル』のことか。知っていたよ。この街の外で師匠と会った時に聞いたんだ。まさかあんな姿になるなんて思いもしなかったけどね」

 

 するとミツルギは、両隣にいた女性2人を気にするように目を配りながらカズマに返した。今の反応を見るに、半人半魔だということを仲間は知らないがミツルギだけ知っている、といったところだろう。異世界転生者のことまで知っているかは不明だったが。

 カズマがそう推測していると、この話を仲間がいる場で続けたくなかったのか、ミツルギはゴホンと咳き込み、再度カズマと目を合わせて告げた。

 

「まぁそれはそれとして……サトウカズマ、勝負を引き受けてくれるかい?」

 

 ミツルギの言葉を聞いて、そういやそんな話だったなとカズマは本題を思い出す。

 彼とは一度勝負をし、勝った。が、彼は修行をしてきたと話していた。以前のようにはいかないだろう。なら――。

 

 

「断る」

「んなっ!?」

 

 勝負を受けなければいいだけだ。カズマは鼻をほじりながらキッパリと勝負を拒否する。受けてくれるだろうと思っていたのか、ミツルギは酷く驚いていた。

 

「俺は、一度お前に勝ったことがあるという事実を残し、このまま勝ち逃げさせてもらうぞ」

「き……君という奴は本当に……」

 

 彼は街で切り札とも呼ばれる冒険者だ。きっと街の外でも有名だろう。そんな彼に「勝ったことがある」というのは自慢話になるし、この男より上という立場は心地よいものがある。

 ミツルギから呆れ果てた目を向けられているが、カズマは一切気にしない。が――彼はジョッキに残った酒を少し口につけてから、ミツルギにこう告げた。

 

「そう思っていたが……今日は気分がいいし、1回だけなら受けてやるよ」

「ちょっと!? なに偉そうに上から目線で言ってんのよ!?」

「当たり前だろ。現時点では俺が勝者なんだから」

 

 ポニテ少女からまたも横槍を入れられたが、カズマはさも当然のように彼女へ言ってのけ、ミツルギに視線を戻す。

 

「勝負は……ギルドん中で武器抜くわけにもいかないし、手っ取り早く腕相撲でどうだ?」

「……いいだろう」

 

 勝負内容に異存はなかったミツルギは、それを承諾。ニッと笑ったカズマは「ついてこい」といってミツルギを酒場の中心に案内する。

 

「なんだなんだ? 何が始まるんだ?」

「カズマとミツルギが、ウデズモウってので勝負するんだってよ!」

「勇者候補対決か! こりゃ目が離せねぇな! お前どっちに賭けるよ!?」

「そりゃあミツルギさんだろ!」

「いや! 俺はカズマに5万エリス賭けるぜ!」

 

 周りにいた冒険者達にも話は広がり、勝負事が好きな彼等が盛り上がる中、勝負の準備は進められていく。

 中心に大きな樽がドンと置かれ、それを挟むようにカズマとミツルギが立つ。2人は手袋を外して腕をまくると樽の上に右肘を付け、手をガッチリと組んだ。

 

「何やってるのかと思ったら腕相撲じゃない! 審判は私にやらせて!」

 

 するとそこに、楽しそうなことが大好きなアクアが入ってきて、カズマとミツルギが組んだ手の上に自身の手を置いた。

 自分の敬愛する女神様に触られて嬉しかったのか、ミツルギは顔を赤らめながらも対峙するカズマを睨む。

 

「勝利の女神はどちらに微笑むのか……勝負だ! サトウカズマ!」

「俺的にはエリス様に担当して欲しいけど仕方ない。コイツで我慢してやるか」

 

 盛り上がる野次馬が取り囲む中、2人の勇者候補が睨み合う。そして、中心に立つ勝利の女神(仮)が勝負のゴングを鳴らした。

 

 

「レディ……ファイッ!」

「『ドレインタッチ』」

「はうっ!?」

 

 アクアが手を離した瞬間、カズマは誰にも聞こえないように小さな声で『ドレインタッチ』を発動。魔力を吸われたミツルギは変な声を上げる。

 生前、弟しか勝てる相手がいなかったほど腕相撲に強くないカズマでも、ミツルギの手には力が入っていないことがわかる。カズマは一瞬の隙を逃さず、右腕に力を込める。

 不意打ちを食らったミツルギはすぐさま力を入れようとしたが、時既に遅し。彼の手の甲は、樽の上に叩きつけられていた。

 

「勝負あり! 勝者(Winner)、佐藤和真ー!」

「完全勝利」

 

 あっという間に勝敗を着けたカズマは、握り拳を作った右手を上げて勝利のポーズを取る。一方、敗者と化したミツルギは「またしても……」と悲哀感漂う声を上げ、床に両手をつけていた。

 

「あ、アンタ! 今何かイカサマしたでしょ!? 絶対そうよ!」

「もう1回! もう1回勝負しなさい!」

「断る。1回だけって最初に言った筈だぞ」

 

 取り巻きの2人から再戦を申し込まれたが、カズマはそれらを突っぱねる。今日帰ったら、屋敷に住み着いている見えない幽霊少女へ語ってやろう。優越感に浸りながら、カズマは樽の傍から離れる。

 

「それじゃあ次は私っ! 腕っ節に自信のある奴はかかってきなさい!」

 

 すると今度は、審判をしていたアクアが樽に肘を付けて挑戦者を募った。それを聞いた冒険者達は我先にと手を上げる。

 結果、アクアの腕相撲サバイバルモードが開始。ああ見えて筋力もレベルも高い彼女が腕相撲で勝ち続けていくのを、カズマは空いていたテーブル席に座り、酒を片手に眺める。

 と、彼の隣の席に座る者が。カズマは隣に目を向けると、そこには見知った顔のダクネスがいた。

 

「カズマ、バージルはどこにいったか知らないか?」

「バージルさん?」

「あぁ。ギルドの中を探したのだが、どこにもいなくてな……今日の迎撃作戦で、私はほとんど役に立たなかっただろう? それをバージルに聞かせて、いっぱい罵ってもらおうと思っていたのだが……」

「お前ポジティブだな」

 

 あの時は自分だけ活躍できず落ち込んでいたというのに。変な方向で前向きになるダクネスを見て、カズマは呆れながらも質問に答える。

 

「バージルさんも誘ったけど、騒がしいのは好かんって断られた。だから祝勝会には来てないよ」

「むぅ……そうだったか……」

 

 バージルが来ていないことを知り、ダクネスはシュンと落ち込む。彼の性格を考えれば想像できることだろうに。カズマはそう思いながら酒を一口飲む。

 

「(しっかし……あそこでバージルさんが来てくれて助かったよ)」

 

 悪魔の乱入がありながらも大成功を収めた、デストロイヤー迎撃クエスト。もし、あの場でバージルが来ていなかったらどうなっていたことか。

 群がっていた悪魔達はアクアの力で殲滅できるだろう。では、あの寄生されたデストロイヤーは? 結界破りと退魔魔法をアクアがもう一度放ったらいけるかもしれないが、もし魔力が足りなかったら本当に終わっていた。

 つくづく、バージルが味方でよかったとカズマは思う。もし、魔王軍幹部としてあんな半人半魔が待ち構えていたら、冒険者側は白旗を上げるしかない。何度もコンテニューできる死に覚えのゲームだったなら、まだ突破口は見つかるかもしれないが。

 

「(……そういやバージルさんは、あの悪魔と赤い結晶について知ってんのかな……)」

 

 半人半魔――半分だが、悪魔の力を持っている。おまけに知識もある。彼なら、悪魔についても詳しいのではないだろうか?

 もっとも彼は異世界転生者なので、彼もこの世界の悪魔については知らないかもしれないが、聞くだけならタダだ。

 また会った時に覚えていたら尋ねてみよう。そう思いながら、カズマは大柄の冒険者といい勝負をしているアクアを眺め続けた。

 

 

*********************************

 

 

 祝勝会から数日後。デストロイヤーの脅威を退けたことで街は活気に溢れたが、それが徐々に失われていき、アクセルの街は日常を取り戻す。

 冒険者達もいつもの生活に――というわけではなく、彼等は今か今かとクエストへ行かず(働かず)に待ちわびていた。そう――デストロイヤー迎撃クエストの報酬だ。

 今日は、その報酬が支払われる日。冒険者達は皆、意気揚々とギルドに向かう。無論カズマ達も含まれていた。

 が、そんな中――彼等とは相反するように、ギルドへ向かおうとせず街の正門の上に佇んでいた者が1人。

 

「……Humph……」

 

 祝勝会に出席しなかった男、バージルだ。彼は鞘に納まった刀を杖にして立っている。

 半人半魔の彼なら、数日飲食しなくても支障は出ない。その為、彼は迎撃作戦があった日からずっとここで、飲まず食わず立ち続けていた。門番からも仕事を手伝うという形で許可は取っている。いつも怪しげな目で見られたが。

 北風にコートをなびかせながら、彼は野原を一望する。デストロイヤーによって荒地となった地面、めぐみんの爆裂魔法で消し飛ばした跡――それら以外は何も残っていない。あの時、この場で悪魔が現れたという痕跡もだ。

 悪魔達の血の結晶(レッドオーブ)も残っていない。冒険者の何人かが回収しているだろうが、あれは悪魔の力を持つ者、知る者以外が得ても何ら意味はない。恐らく、ここに残っていたオーブと共に消えてなくなっただろう。

 彼は、レッドオーブ以外の痕跡と、悪魔が現れる兆しを確認するため、ずっとこの場を監視していたのだが……あの日、悪魔達が現れたのが嘘のように静かだった。まるで、あの時あの場にいた者全員が幻影を――夢を見させられていたかのよう。

 

「こんなところで何してるの?」

 

 と、変化のない昼間の野原を見ていた時、背後から女性の声が。この状況にバージルはデジャヴを覚えながらも、振り返らずに声を返す。

 

「……エリスか」

「……あの時現れた、彼等についてですか?」

 

 クリスの姿になっているエリスは、バージルの傍に歩み寄ってきた。彼女が隣に来たところで、バージルは自ら話し出す。

 

「この場に次元の裂け目……奴等の侵入経路らしきものは見当たらなかった。とすると、恐らく奴等は魔界と人間界の壁……その網目を通ってここに現れたのだろう」

「なるほど……しかしそれなら、彼等はどうやってこちらの世界の魔界に……」

「さあな。もしかしたら、俺がこの世界に来る以前から魔界に存在していたのかもしれん」

 

 バージルはそこで言葉を会話を区切り、雲ひとつない晴天の空を見上げる。夜には月も確認できたが、赤い月などという怪奇現象が起きることもなく、夜が訪れる度に綺麗な星空と青く美しい三日月を映し出していた。

 どこにも足跡を残さず消えた悪魔達。1体ぐらい残しておけばよかったかと思いながら、バージルは息を吐く。

 

「この世界の大悪魔にでも話を聞ければいいが……そう都合よくはいかんだろう」

 

 もし彼等が、最初からこの世界の魔界にいたのだとしたら、そこに長く住む上級悪魔が彼等を認知している可能性は高い。彼等が世界を越えてやってきたのなら尚更だ。

 ここの人間界にも上級悪魔がいると確認されているのを本で知っていた彼は、その者等と出会えることに期待を寄せるが、悪魔は総じて神出鬼没。アテもなく探すのは無謀と言える。

 それに、上級悪魔ではないが『別のアテ』はある。まずはそこに聞いてみるとしよう。そこまで考えたところで、バージルは隣のエリスへ視線を移す。

 

 とそこで、彼女が何か言いたげにこちらを見ているのに気付いた。少し眉間にシワを寄せ、ちょっとだけ怒っているように見える。しばらくエリスと目を合わせていたバージルは、彼女が言わんとしていることを汲み取り、尋ねた。

 

「……俺が、魔界に行くと思っているのか?」

 

 真相を確かめるために、魔界へ直接出向くのではなかろうかと。しかし、バージルの言葉を聞いたエリスは黙ったまま。首を振ろうともしない。肯定か否定かわからない反応を見たバージルは、ため息混じりに言葉を続けた。

 

「この世界の魔界に興味がないと言えば嘘になる……が、仕事を放棄して店を空けるわけにはいかん」

 

 バージルが断言したところで、怒り気味だったエリスの顔が、女の子らしい可愛げのある笑顔に早変わりした。

 

「なら良かったです。今のバージルさんには、もっと人間界を見て欲しいですから」

 

 そう話しながらエリスは前方の野原へ顔を向け、前に組んでいた手を後ろへ回す。

 

「もし、本当に魔界へ行くなんて言い出したら、ぶん殴ってでも止めてやろうと思ってました」

「……随分と暴力的で自分勝手な女だな。仮にも、慈愛の女神と謳われている身だろう?」

「誰だって、周りが抱えるイメージとは違うものですよ」

 

 「誰かさんみたいに」と付け足しながら、彼女はバージルに笑顔を向ける。人間界に残ると言った途端にこれだ。人間好きなのか悪魔嫌いなのか。いや、恐らく後者だろう。あの場で悪魔と戦っていた時、彼女の言動がちょくちょく荒れていたように聞こえた。

 悪魔との戦いを思い浮かべながら、バージルは視線を下に移す。左手を刀から離し、自分の首元へ。そして服の下に隠していたアミュレットを取り出し、銀色の翼に包まれている蒼い宝石を見つめる。

 

「(……女神の力か……それとも……)」

 

 あの時――クリスを襲おうとしていた悪魔を斬ったのを境に、アミュレットから力が流れ込んできた。悪魔を倒す度にその力は徐々に高まり、寄生機動要塞(インフェステッド)デストロイヤーを見た時には、それを使いたくて仕方がないほどに昂っていた。

 このアミュレットを作ったのはエリスなため、これは女神の力ではないかとバージルは予想していたが、だとすると矛盾点がある。

 女神、天使は悪魔と相反する存在。ならば、女神の力と悪魔の力が反発してもおかしくない。事実、アクアが勝手に女神の力を付けた聖雷刀を使い始めた時は手がピリピリしていたし、魔力を込める際も前より微調整が必要になった。

 しかし、アミュレットから流れ込んだ力は違う。反発するどころか、自身の悪魔の力を底上げされるようだった。一体、この力は何なのか。もしかしたら――。

 

「せんせーい! せんせーい!」

 

 その時、少女の大声が2人の耳に入ってきた。聞き覚えのある声と呼び方。バージルはアミュレットを服の中にしまい、振り返って街側の門の下を覗き込む。

 そこには案の定、自身を先生と呼ぶゆんゆんがいた。彼女の姿を確認したバージルは、躊躇なく門の上から飛び降りる。大きく音を立てて着地する彼に周りの住民は驚いたが、見慣れたゆんゆんは特に触れず。

 

「何の用だ?」

 

 ゆんゆんの表情はいつもと違い、どこか焦っているように見える。何かあったのかと思いながらバージルは尋ねると、彼女は酷く慌てた様子で答えた。

 

「わ、私も何が何やらで、突然ギルドに偉い人が来たと思ったら先生を連れてこいって冒険者の人に言ってきて、それで私が選ばれて……と、とにかくギルドに来てください!」

 

 

*********************************

 

 

 ゆんゆんに連れられ、バージルとクリスは急ぎ足でギルドに向かう。道中で見かけた住民や冒険者達は変わらぬ日常を送っていたが、街の中心へ近付くにつれ彼等にどよめきが走っていた。

 目的地であるギルドの前では、野次馬が多く見られるだけでなく、甲冑を身に纏った騎士らしき者2人が、野次馬からギルドを守るように立っていた。

 バージル達が通ろうとすると騎士達は道を塞いできたが、ゆんゆんとバージルの顔を確認し、すぐさま扉から退いた。バージル等は騎士を横目にしながらギルドに入り――。

 

 

「カズマ……お前はいつか大きな犯罪をしでかす奴だと思ってたよ……」

「パンツ剥がし魔から大罪人にまで成長するとはなぁ……」

「お前ら!? 祝勝会では英雄だなんだと持ち上げてたのに、くるっと手のひら返しやがって! おいアクア! お前あの時見てただろ!? 俺が故意でやったわけじゃないって知ってるだろ!?」

「ごめんねカズマ……私達ではどうすることもできないわ……大丈夫。別にこれでお別れになるわけじゃないから……あっ、お兄ちゃん」

 

 ギルド前にいた騎士と同じ格好の者2人から抑えられ抵抗するカズマと、彼から目を逸らす冒険者達、ギルド職員、カズマの仲間3人とウィズ、ミツルギ達を見た。

 

「くだらん遊びに付き合う趣味はない。クリス、帰るぞ」

「わかる! 巻き込まれたくない気持ちはすっごいわかるけど見捨てないでくださいバージルさん!」

「そ、そうだよ! それに、まだバージルを呼んでるっていうお偉いさんと会ってないでしょ!?」

 

 いつもの厄介事だと一目見て察したバージルは、カズマのヘルプも聞かず踵を返して帰ろうとするが、クリスにコートを掴まれて引き止められた。

 とそこに、バージルへ近付く者が1人。長くスラッと伸びた黒髪に、眼鏡越しに映る鋭い目。黒タイツにハイヒールと、ダクネスのような者が喜びそうな風貌だ。

 そして、制服の上でもわかるほどプロポーションの高い彼女は、カツカツと音を立てつつ歩いてバージルの前に来ると、自ら口を開いた。

 

「貴方がバージルさんですね。初めまして。私は、王国検察官のセナと申します」

「……国の調査係が、こんな田舎街に何をしにきた?」

 

 バージルはセナに身体を向け、用件を尋ねる。セナは右手で眼鏡をクイッと直してからバージルに答えた。

 

「私がここへ参った理由は2つ。1つは、国家転覆罪の容疑が掛けられている者を確保するためです」

「こ、国家転覆罪!? そして今の状況を見るに容疑者は……まさか君がそこまで堕ちていたなんて……」

「ちょっと待って!? 俺ってそんな信用ないの!?」

 

 騎士に捕らえられているカズマをクリスが哀れみの目で見つめる横で、バージルがセナに再度尋ねる。

 

「2つ目は何だ? 俺を呼んだと聞いていたが……そこの男について詳しく話を聞くつもりか?」

「それもあります。本題はまた別……サトウカズマに掛けられた容疑とは別件で、貴方に申し上げます」

 

 バージルの問いにセナは淡々と答えると、そこで言葉を区切って小さく息を吸い、バージルの目を見据えて再度口を開いた。

 

 

「『重要参考人』として、私とご同行をお願いします」

 

 

*********************************

 

 

 ギルドが騒がしくなっている頃、アクセルの街の中心から少し離れた、人気のない通りにて。

 人も動物も通らない場所で――『彼女』は誰にも悟られることなくひっそりと現れた。

 

「……おっ、着いた着いた。んーっ……空気が美味しいねぇ。肌寒いけど」

 

 道端に雪が残る季節とは場違いな、スカートの裾がボロボロになっている黒いワンピースを着た、肩まで伸びる黒髪を持つ少女。

 羽を伸ばすように両腕を広げてから、彼女はその黒い両眼で辺りを見渡す。

 

「問題なく異世界に来れたみたいだね。さて……彼がちゃんと良い子にしてるか様子を見に行きたいところだけど……」

 

 彼女はそう呟きながら、両腕を組んで空を見上げる。天気の良い日なのか、川を流れる葉っぱのように白い雲が流れている。

 

「その前に、生活の基本こと衣食住が必要かな。そしてそれらを得るのに必要な資金。どうやって集めようかなぁ。僕にもできそうなバイトとかあればいいけど」

 

 状況を整理し、今の自分に必要な物を知った黒髪僕っ娘は現状を悲観することなく、むしろ楽しみながら、人気のある場所に向かって歩いた。

 

 




タグで既にオリキャラの警告はしていたので、あしからず。
一応言っておくと、オリヒロインはいませんので。


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Secret episode3「この夢魔の喫茶店で甘い一時を!」★

 アクセルの街郊外にある便利屋、デビルメイクライ。立地と店主の態度と形相、そして冒険者自体が便利屋稼業のようなもの故か、客入りは芳しくなかった。

 しかし、決してゼロというわけではない。蒼白のソードマスターの噂を聞きつけ、街の外から依頼が来ることもあったし、常連も確保していた。

 巧みに誘導して問題児を擦り付けようとする策士。「あーそびーましょー!」と店に入り浸ろうとする妹(仮)。やたらとライバル視してくる爆裂魔。様々な理由を付けて己が変態欲求を満たそうとする狂った女(Crayzy girl)……どれも珍妙な者達だが。

 そして、とある日の朝方――当店に、上記の4人とはまた別の珍客が来店してきた。

 

 

*********************************

 

 

 デビルメイクライ店内。店主のバージルは椅子に座り、腕を組んで真正面にいる来客を睨みつける。

 机を挟む形で前に立っていたのは、街の住民も着ている質素な服装に身を包んだ、腰元まで伸びた薄めの金髪におさげが2つ、そして尖った耳を持った女性。ダクネスと同年齢ぐらいだろうか。

 女性は両手を後ろに隠し、やたらモジモジとしながらバージルをチラチラと見ている。顔も赤い。

 初めて出会った時のゆんゆんのように、いつまでも切り出そうとしない彼女を見てバージルはイラつき始めていたが、丁度その時、女性は意を決するように息を吸い、隠していた両手を前に出しながら告げた。

 

「キャ、キャベツ収穫祭で初めて見た時からファンでした! ももももしよかったら、サ、サインお願いします!」

 

 彼女が差し出してきたのは、正方形の色紙1枚。サイン用の色紙だ。女性はそれをバージルへ差し出したまま動かない。

 いきなり差し出された色紙を、バージルは何も言わず見つめる。その沈黙に耐えかねたのか、女性は顔を上げて言葉を続けた。

 

「お、お金ならいくらでも出します! 借金してでも出します! な、なのでサインを……そそそそれと……もしよかったら、ああああ握手も……」

 

 と、最後は顔を真っ赤にして小声になりながら要求を話す。それを聞いてもバージルは黙っていたのだが……しばらくして、ようやく彼の重い口が開かれた。

 

「サインなど書いたことはないが……物は試しか。いいだろう。1枚書いてやる」

「えっ!? ほほほほホントですか!? あっ! ちょ、ちょっと待ってください! 今ペンを出しますので――!」

「いや、必要ない」

 

 握手についてはスルーされたが、サインを書いてくれるだけでも嬉しいのか、彼女は表情に喜びの色を見せる。

 対してバージルは刀を左手に握りつつ席を立つと、机を迂回して女性に近寄り――。

 

「貴様の血を使わせてもらう」

 

 刀を抜き、彼女の首に刃を当てた。

 

「そのような演技で俺を欺けると思ったか? 愚かな女だ」

 

 先程までとは一変し、バージルは女性に冷たい視線を向ける。首に当たる冷たい感触と彼の鋭い殺意を感じ、女性は小さく悲鳴を上げた。

 ウィズの時と同様、彼女が人間でないことは最初から気付いていた。そして――彼女がどこから来たのかも。

 

「喫茶店からの差し金か。1人で充分だと思われているとは、心外だな」

 

 この街の、男だけが知る秘密の喫茶店。個々の魔力は小さいものの、多くの人ならざる者が働いている場所だ。

 バージルは、その者等の存在に気付いていた。今回来店してきた女がそこの手先だと思った彼は、脅すように刀を少し動かしながら尋ねる。

 

「ち、違います違います! 確かに私はそこで働いてますけど、命令されて来たわけではなくプライベートで――!」

「ほう、たった1人で俺の首を取るつもりだったか。その勇気は誉めてやる。そして来世からは、今よりも身の程を弁えた生き方をするといい」

「そんな物騒なことをしに来たわけでもないですよ!? バージルさんのサインが欲しくって来ただけです! 本当なんです!」

 

 未だ殺意を向け続けるバージルに、女性は涙目になりながらも必死に弁明する。

 いつもならここで首を切り落とすのだが、これまたウィズと同じように、彼女から殺意を感じられない。上手く隠している可能性もあったが、バージルは一度刀を納めた。

 金縛りを受けていたかのように身体が動かなくなっていた女性は、ようやく呪縛から解放され、ヘナへナとその場に座り込む。

 

「こ、怖かったぁ……あっ……でもちょっと嬉しかったって思う自分がいる……何だろうこれ……目覚めそう……」

 

 一歩間違えればダァーイ確定だった場面を切り抜けた女性は胸を撫で下ろし、独り先程のプレイに興奮を覚え始める。新たなMを生み出してしまったとはいざ知らず、バージルは顎に手を当てて思考する。

 彼女の勤める喫茶店。認知していたものの、相手はこちらに何もアクションを起こさなかったので、バージルも敢えて見逃してやっていた。

 しかし今日、こうして自分にちょっかいを出してきた。なら、こちらも動かねばなるまい。彼女がプライベートで来たと言っていたことなど忘れ、バージルは彼女に告げた。

 

「良い機会だ。そろそろ挨拶しに行ってやるとしよう」

 

 

*********************************

 

 

 アクセルの街商業区。そこのとある場所――地面に看板が置かれているすぐ横の建物の間を通り、バージルはサインを求めてきた女性と共に歩く。

 彼女に案内される形で辿り着いたのは、細い路地の奥地にあった、1つの扉。女性が先に入り、後を追うようにバージルも建物内に入る。

 扉の向こう側に広がったのは、濃い赤の絨毯の上に幾つか白い布の敷かれたテーブルがある、大人の雰囲気を漂わせる店内。まだ開いていないのか、従業員らしき者達は掃除をしていた。バージルをここへ案内した女性は、彼に向き直ってこの場所を紹介した。

 

「まだ開店準備中ですけど……さ、サキュバス喫茶店へようこそ!」

 

 従業員全員が女性で、隣にいる彼女同様人ならざる者――悪魔に近しい者、サキュバスが営む喫茶店を。

 店内にいた者達は、街中だったら公然わいせつ罪でしょっぴかれそうなほど露出の激しい、サキュバスらしい格好をしている。男性が見たら自身の魔剣が即覚醒するほどのものだが、バージルは全く動じない。

 そんな時、彼女の声でこちらに気付いたのか、1人のサキュバスが掃除の手を止めて視線を向けた。

 

「あら? 貴方今日は非番なんじゃ――!?」

 

 そして隣にいたバージルと目を合わせ、彼女は思わず口を両手で覆った。彼女の驚嘆する声を聞き、店内のサキュバス達も何事かとこちらを見る。

 

「な、何あの人……超タイプ……!」

「えっえっ待って!? 蒼白のソードマスターじゃん嘘でしょ待って待ってホント待ってヤバイヤバイ!」

「ダメ……ダメよ私……私はバニル様一筋なんだから惑わされちゃダメ……!」

 

 そこから連鎖するように、彼女等は一様にして黄色い声を上げ始めた。彼のルックスもあるだろうが、それ以上に彼の持つ大きな魔が、彼女等を魅了したのだろう。

 男性がこれを受けたら世界の頂点に立った気分になりそうなものだが、これまたバージルは気にせず、店内とサキュバス達を見渡す。左手には当然、刀が握られている。

 と、いつでも戦闘態勢に入れるバージルの前に、1人のサキュバスが近寄ってきた。桃色の長髪に、これまたボンキュッボンないやらしい体つきの、頭にカチューシャを付けた大人のお姉さん風な女性。隣のサキュバスは前に出て彼女に話しかけた。

 

「あ、あの、先輩……この人が、挨拶をしにここへ来たいって……」

「なるほど。わかったわ。お休みの日なのにありがとう。ここからは私に任せて」

 

 先輩と呼ばれた女性は、不安そうな顔を見せる金髪おさげ娘を安心させるように話す。金髪の娘はペコリと頭を下げると、そそくさと店内から出て行った。

 そんな彼女を見送った後、桃髪の女性はバージルに視線を向け、口を開いた。

 

「初めまして、バージルさん。私はこの喫茶店の受付を務めております」

 

 そう言って、サキュバスは丁寧にお辞儀をする。バージルが何も言わずジッと見つめる中、彼女は頭を上げると彼に微笑みかけた。

 

「立ち話もなんですし、あちらでゆっくりと話しましょうか。開店までまだ時間はありますので」

 

 

*********************************

 

 

「どうぞ」

 

 一番奥の席に着いたバージルの前へ、サキュバスはコーヒーを出す。しかしバージルは手を付けることも礼を言うこともせず、相手を睨み続けている。

 ほとんどの者が「殺される」と錯覚するような睨みなのだが、彼女は臆する様子を一切見せず、バージルの対面に座った。

 

「さて……今日はどのようなご用件でしょうか? 先程、挨拶をしに来たと伺いましたが……」

「あぁ。貴様等と顔合わせしていなかったことを思い出してな」

「そうでしたか……お互い、アクセルの街を拠点とする身。今後も良き付き合いをできるよう、今日はゆっくりと話し合いましょう」

 

 サキュバスは魅惑の笑みを浮かべ、バージルを見つめ返す。人間を虜にする夢魔の誘惑。しかし相手はそれを飽きる程に見、斬り伏せてきた魔剣士。バージルは動じることなく尋ねた。

 

「先程出て行った夢魔……奴を俺の店に差し向けたのは貴様か?」

「彼女を貴方のお店に? そのような指示を出した覚えはありませんが……因みに、彼女は貴方になんと?」

「俺のサインが欲しいと抜かしていた。律儀に色紙も用意してな」

「あぁ……彼女、キャベツ収穫祭で貴方を見てからミーハーになりましたから。自作で貴方のグッズも作るぐらいに」

 

 金髪おさげ娘がバージルのもとに来た動機を知り、受付サキュバスは笑顔を取り繕う。そして、納得するように独りうんうんと頷き始めた。

 

「そっかサインか……だから昨晩、あんなに仕事を張り切っていたのね……きっと彼女は、純粋にサインが欲しくて、貴方のところに来たのだと思いますよ?」

「どうだろうな」

「あら、辛辣ですね」

 

 サキュバスの言葉を一切信用しないバージルを見て、彼女はまたも微笑む。コーヒーカップから立ち昇る湯気が薄れ始める中、バージルは再び尋ねた。

 

「もう1つ。貴様等は何故この街に潜んでいる? 目的は何だ?」

 

 表向きは喫茶店として、彼女等は密かに男性から精気を吸い、バージルがこの世界にやってくるよりも前からアクセルの街で暮らしていた。

 だというのに、街にはそれらしき異変が起きた様子もない。彼女等がここに店を構えた理由は何なのか。その問いを聞いた受付サキュバスは、真剣な顔つきで答えた。

 

「私達サキュバスは、いくら悪魔の端くれといえど力は弱い。力こそが絶対の魔界では、到底生きてゆけないのです。なので私達は、人間との共存関係を築くことにしました」

「……それが、この喫茶店か」

「はい。私達は、人間の精気さえ吸えれば生きてゆける。その量は人間にとって微量なもの……そう、丁度男性冒険者のムラムラを即時解消できるぐらいの」

 

 人間には三大欲求というものがある。これを満たせなければ生きられない、というものだ。その例として多く挙げられるのが、食欲、睡眠欲――性欲。

 男というのはなんともだらしない生き物で、道端でスタイルの良いお姉さんを見かけただけで悶々としてしまうような、性欲に溢れている者もいる。その悶々を解消するには、女っ気があれば女性と行為を嗜み、無ければ独り虚しく済ますしかない。

 そんな性を生まれ持ち、冒険者となって女とパーティーを組んだ男は、この悶々に悩まされることが多い。同じ屋根の下で暮らすとなれば尚更だ。

 しかし、だからといって仲間に手を出してしまえば……もし相手に気があって「君なら……いいよ」という展開ならセーフだろう。しかしそうでなかった場合、翌日からパーティー解消され、最悪ギルドに通報されてお縄につくバッドエンドとなる可能性がある。

 なら独りで済ませようと思っても、もし同じ宿で過ごしていた時に、一生懸命自分の棒を擦っている姿を見られたら最悪だ。そこから「そんなに溜まってたんだね……しょうがないなぁ」なんて展開になればいいが、大概はドアをそっ閉じされて、明日からちょっと距離を置かれる関係になってしまう。

 

「だから私達は、この街に住む男性達の精気を吸う代わりに、思いのままの夢を見させるサービスを始めました」

「男共は欲求を満たし、貴様等は食事ができる……WinWinの関係ということか」

「その通りです」

 

 そんな彼等を救ったのは、サキュバス達が始めたこのサービスだった。

 料金は高いが、利用するだけで男達を悩ませる悶々を綺麗サッパリ解消でき、夢の中で憧れのあの人や仲間の女性とあんなことやこんなこと、さらにはそんなことまで好きなだけ楽しめる。まさしく夢のサービスだ。

 結果、男達はサキュバス達のサービスに魅了され、悶々した時はいつもここで世話になっていた。独身男性のみならず、妻や子がいる男までも。

 

「今では、王都にいてもおかしくないレベルなのにアクセルの街から離れないベテラン冒険者や、わざわざこのサービスを受けるために王都から帰ってきた人もいるほど、利益を産んでおります。きっとこのサービスが無くなれば、男性冒険者は絶望し、怒り、欲望のままに暴れ出すことでしょう……」

「だから見逃せ、と?」

 

 バージルの問いに、受付サキュバスはコクリと頷く。そこから彼女は「それに」と、いたずらな笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「貴方にも、知られたくない秘密はあるでしょう? 見てるだけでとろけそうな魔を放ちながら、人間の持つ熱もほのかに感じさせる、ソードマスターさん?」

 

 机に肩肘を立てて頬杖をつく彼女の言葉を受け、バージルは更に眉を潜める。そしてここぞとばかりに、受付サキュバスは取引を持ち掛けてきた。

 

「私達は貴方の秘密を口外しません。その代わりに、貴方は私達の存在を黙認する……いかがでしょうか?」

「………貴様等が危害を加える可能性は?」

「先程も言ったでしょう。私達は人間との共存共栄を望んでいると。私達がアクセルの街を襲撃する理由もメリットもありませんよ」

 

 少し間を置いてから尋ねるバージルに「そこは安心してください」と、受付サキュバスは笑顔で答える。その言葉も笑顔も、バージルにとっては信用ならないものだったが、被害が出ていないのも事実だ。

 ここで無暗に手を出してしまえば、彼女が言っていた通り男達を中心に混乱を招きかねない。なら――彼女等を斬るのは、尻尾を見せてからでも遅くはない。

 

「……いつか貴様等が牙を向けることがあれば、その時は店を畳む準備をしておけ」

「閉店するつもりは微塵もありませんし、人を傷つけるための牙なんて、とうに捨てましたよ」

 

 現状を冷静に判断し殺気を収めたバージルへ、受付サキュバスは微笑んで言葉を返した。

 彼女等への挨拶は済ませた。もうここに残る理由は無い……が、サキュバスの話を聞く中で気になったことがあり、バージルはそれを尋ねてみた。

 

「……貴様等は、利用者に好きな夢を見させられると言ったな?」

「はい、どんな夢でも」

 

 バージルの問いに短く答えた受付サキュバスは、右手を自身の豊満な胸へ移して谷間に指を入れたかと思うと、そこから一枚の折り畳まれた紙を取り出した。

 いやらしく出した紙を彼女は広げ、バージルへ見せるようにテーブルの上に置く。

 

「こちらの紙に、誰を相手にするのか、時間帯、場所、その他具体的な内容……事細かく書き込むことにより、お望みのシチュエーションで夢を見ることができます」

「……フム」

「また必須項目として、自身の簡単なプロフィールと今晩泊まる場所を記すこと。私達はそれを頼りに深夜、コッソリと精気を吸いに行きます……どうですか? 1回だけならサービス致しますよ?」

 

 顎に手を当てながら唸るバージルに、受付サキュバスは初回サービスを勧める。彼女の甘い声を聞いたバージルは鋭く睨むが、相手は微笑み返す。

 しばし彼女と睨みあっていたが――バージルは自ら視線を外すと、おもむろにテーブルへ置いてあった羽ペンを手に取り、ペン先にインクをつけてから紙に書き記し始めた。

 上から氏名、年齢、泊まる場所等々の必要事項を記入していき、内容にあたる箇所も迷いを見せないほどスラスラと綴っていく。

 彼がどんな夢を希望するのか。周りのサキュバス達も気になって遠くから見つめる中、バージルは空欄を埋めた用紙を手に取り、目の前にいる受付サキュバスに渡した。

 受付サキュバスはそれを受け取り、用紙に目を通す。最初はワクワクした表情を見せていた彼女だったが――次第に、困り顔へと変わっていった。

 

「……あ、あの……これは……」

「どうした? どんな夢でも見させられるのだろう?」

 

 困ったようにバージルへ声をかけてきたが、彼は両腕を組みふんぞり返って言葉を返す。すると彼女は、申し訳なさそうにバージルへ用紙を戻した。

 

「えっと……すみません。語弊がございました。どんな、というのは……あくまで淫夢でのシチュエーションの話でして……こういった夢はちょっと……」

 

 書かれていたのは『尽きることのない魔力(スーパーモード)悪魔を倒し続ける(ブラッディパレス)』という内容だった。

 先程、人間には三大欲求があると話したが、半分人間であるバージルにもそれはある。しかしそれ以上に、全体の約8割を占める欲求――戦闘欲が彼にはあった。

 今回は普段の生活で抱えるストレスを発散する目的もあったのだが、希望した夢を見れないと知ったバージルは、呆れるようにため息を吐く。

 

「世界は違えど、やはり淫魔(サキュバス)か」

 

 バージルはそう呟くと返された紙をクシャクシャと丸め、前方へと放り投げた。丸まった紙は綺麗な放物線を描き、向かいの壁に軽く当たると、店内の隅に置かれていたゴミ箱へゴールインした。

 スタイリッシュダストシュートを見て店内のサキュバス達が目を丸くする中、バージルは受付サキュバスに何かをくれとばかりに手のひらを見せる。だが彼女は不思議そうに首を傾げている。なのでバージルは、自らその意図を話した。

 

「確かここは喫茶店だったろう」

「えっ? あっ、はい。周りの目を誤魔化すために、表向きには喫茶店としてオープンしておりまして――」

「なら、メニューの1つくらいある筈だ。寄越せ」

 

 手を差し出したままバージルは要求する。そうくるとは思っていなかったのか、受付サキュバスは困惑しながらも一旦バージルのもとから離れる。

 間を置いて、受付サキュバスがメニューを持って戻ってきた。バージルは渡されたメニューを無言で手に取ると、左側から開いてメニューを見始める。

 序盤に書いてあった当店のおススメやランチを流し見しながらページをめくり、後半に差し掛かったところで手を止める。そこのページ付近を進めたり戻したりしながら、吟味するようにメニューを見……しばらくして、彼は1つのメニューを指差した。

 

「このブルーベリーサンデーを1つ」

「……えっ?」

 

 頼んだのは、とても彼の風貌には似合わなさそうな、女性が嗜むデザートだった。まさかのチョイスを聞き、受付サキュバスは耳を疑う。盗み聴きしていた周りのサキュバスも思わず手に持っていた掃除道具を床に落とした。

 

「材料でも切らしているのか?」

「い、いえ、お出しすることは可能ですが――」

「そうか」

 

 彼女の返答を聞いたバージルは、メニューを閉じて机に置き、両腕を組んで目を閉じる。注文の品が来るまで待つつもりのようだ。

 受付サキュバスは酷く混乱しながらも席から離れると、何人かのサキュバスを引き連れて裏の厨房に入った。

 

 

*********************************

 

 

「お、お待たせ致しました。ご注文のブルーベリーサンデーです」

 

 しばらくして、受付サキュバスは品が乗ったトレイを片手にバージルのもとへ戻ってきた。彼女は机にコースターとスプーンを置いてから品を置く。

 細長いグラスに入っているのは、ひんやり美味しそうな白いアイスクリームと、濃い紫でコントラストを描くブルーベリーシロップ。ブルーベリーもアイスの上に幾つか乗っている。

 

「……フム」

 

 用意されたブルーベリーサンデーをしばし眺めていたバージルは、スプーンを右手で持つ。ブルーベリーひと粒と一緒に一口分のアイスを掬うと、おもむろに口へ入れた。

 味わうように目を閉じて咀嚼し、喉を通す。それからバージルは少し動きを止めたが、目を開くと再びスプーンを動かしてブルーベリーサンデーを食べ続けた。

 何も言わず、真顔でブルーベリーサンデーを食べるバージル。そのギャップがあり過ぎる絵を見て、あるサキュバスは悶え、あるサキュバスは笑いを堪えるのに必死だったとか。

 

 数分後、バージルはブルーベリーサンデーを完食。グラスの中身を空にした彼はスプーンをグラスに入れ、またメニューを手に取る。

 「旨い」や「甘い」といった感想を一言も話さずに完食したバージルに、不安を抱えていた受付サキュバスは恐る恐る彼に尋ねた。

 

「……えーっと……お味はいかがだったでしょうか?」

「追加だ」

「えっ?」

「追加注文だ。このバナナチョコクレープとフルーツタルトを頼む」

「えぇっ!?」

 

 まさかまさかの追加オーダー。それも全て甘いデザート。これには流石の受付サキュバスも声を上げて驚いた。

 対してバージルは、何か文句でもあるのかと受付サキュバスを睨みつける。それを受け、彼女は慌ててまた厨房の中へと入っていった。

 

 

*********************************

 

 

 時間が経ち、受付サキュバスはバージルに追加のデザートを用意。これもバージルは黙って食い、数分後には完食していた。

 まさかもっと頼むのだろうかと彼女は思っていたが、もう満足だったのかバージルは静かに席を立ち、結局コーヒーには一切口をつけずその場を離れた。

 バージルは入り口近くの受付で足を止めると、懐から財布を取り出し、支払代金にしては多すぎる5万エリスをポンと受付のテーブルに置く。そして彼は、サキュバス達に背を向けたままこう告げた。

 

 

「――また来る」

 

 サキュバス喫茶店のスイーツは、魔剣士さえも虜にした。

 

 

*********************************

 

 

 バージルがサキュバス喫茶店に初来店してから、数日後。

 

「ありがとうございましたー」

「うむ」

 

 すっかりここの常連となったバージルは、サキュバスの声を背に喫茶店から出る。因みに、ここにはただスイーツを食べにしか来ておらず、例のサービスは一切受けていない。

 バージルは少し歩き、通りに出たところで後ろを振り返ると、サキュバス喫茶店の扉を見ながら独り呟いた。

 

「……俺ともあろう者が、夢魔に魅了されるとはな」

 

 襲撃対象からお気に入りの店にランクアップした喫茶店に背を向け、彼は自宅へと戻っていった。

 

 

 

「おいおいおいおい……見たかよダスト!? あのバージルが、例の喫茶店から出てきたぞ!? これ大スクープじゃねぇの!? 新聞一面飾れるぐらいの大ニュースじゃねーの!?」

「バカ落ち着けキース! もしこのニュースを口外したらあの喫茶店がバレて、俺達の憩いの場が無くなっちまうだろ!? それだけは絶対ダメだ!」

「そ、そうか……そうだよな……あぁでも誰かに伝えたいこの気持ち!」

「堪えろ! それにな……俺は少し安心したぜ。アイツも、俺達と同じように男の悩みを抱えていたんだな……今度会ったら、チケットの1枚ぐらいはプレゼントしてやるか」

 

 サキュバス喫茶店に通うバージルの噂は、瞬く間にアクセルの街に住む男達の間に広がった。

 




イラスト:のん様

【挿絵表示】


PXZ2より
「少し節制しろダンテ(当社比)(兄目線)(個人差があります)」


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第5章 おいでませ堕女神様
第39話「この蒼い悪魔に問答を!」


 太陽が雪をより白く輝かせる冬の昼下がり。普段ならバージルはギルドでの食事を終え、クエストに行くか自宅で依頼人が来るのを待つのだが、今日は違った。

 現在彼がいるのは、自宅とは正反対な石造りの一室。部屋の中心と隅にポツンと置かれた木の机と椅子、それら以外は何もない質素な部屋だ。

 ここは――アクセルの街で荒くれ冒険者がお世話になる警察署。その中にある取り調べ室だった。

 

 突如、多くの騎士を引き連れて冒険者ギルドに現れた王国検察官のセナ。彼女は『重要参考人』として、バージルに同行を求めてきた。

 身に覚えがなければ騎士もろとも蹴り飛ばすところだったが、今回は察しがついていた。その為、バージルは特に抵抗せず彼女と、囚われたカズマも一緒に警察署へ向かった。

 カズマが牢屋にぶち込まれる傍ら、バージルはセナに案内されて別室――取り調べ室に移動した。その際、武器となる刀と両刃剣は警察に没収された。流石にベオウルフは奪われず、というか気付かれなかったが。

 

 バージルは両目を閉じ、腕を組んで静かに椅子へ座っている。ここで待っていろと言われてから30分は経っただろうか。まだかと思いつつも彼は待ち続ける。

 と丁度その時、部屋の外からカツカツと規律正しい足音が聞こえてきた。それが部屋の近くまで迫ってきたところで、バージルはおもむろに目を開く。

 軽くノックする音が三回鳴った後、ゆっくりとドアが開かれた。現れたのは、彼をここへ案内した女性検察官、セナ。背後に部下らしき女性を1人侍らせている。

 

「お待たせ致しました。すみません、少々準備に手間取ってしまったもので……」

 

 セナはバージルへ謝罪し、ドアを閉じてこちらに歩み寄る。その手には白い羽と黒い羽を象り、真ん中にベルが取り付けられた、何やら見たこともない道具が。

 

「……それは何だ?」

「これは、嘘を見破る魔道具です。我々検察官は取り調べや裁判において、この魔道具を重宝しております。試してみますか?」

「……あぁ」

 

 セナは道具を机の上に置き、バージルの対面に座る。嘘発見器らしき魔道具の効果を知りたかったバージルは、素直にコクリと頷いた。

 部下の女性がバージルの後方の、隅に置かれた椅子に座って準備を終えたところで、セナは自身の眼鏡をクイッと上げてバージルに告げた。

 

「では試運転も兼ねて、今から私が三つほど質問致します。それに対し、貴方は全て肯定してください。まず1つ目……貴方は女性ですか?」

「あぁ」

 

 指示通りにバージルが答えた瞬間、机に置いてあった魔道具からチリーンと音が鳴った。嘘を吐いた、という知らせなのだろう。

 

「2つ目。貴方の冒険者としてのクラスはソードマスターですか?」

「合っている」

 

 次の質問に答える。魔道具は鳴らず。正しい答えだと鳴らないようだ。

 

「3つ目……攻めか受けかと言われたら、貴方は受けですか?」

「……? そうだ」

 

 最後はどういう意味かわからない質問だったが、バージルは先の2つと同じくYesで答える。すると魔道具からはまたチリーンと音が鳴った。嘘と判定されたようだ。

 

「予想通りこの人は攻め……となると我々が勝手に妄想で男性化させているクリスさんは必然的に……」

「(フム……興味深い魔道具だ)」

 

 部下が素早くペンを走らせ、セナが何やらブツブツと呟く傍ら、バージルは興味深そうに魔道具を見つめる。

 元の世界にも嘘発見器はあったが、必ず対象の身体のどこかに線を繋げる必要があった。しかしこの魔道具は線も何も無しで嘘を見破っている。流石は、魔法が当たり前のように存在する世界というべきか。

 

「ゴホンッ……ご協力ありがとうございます。魔道具が故障していないのも確認できました。では次に、貴方のプロフィールの確認をさせていただきます」

 

 と、3つの質問を終えたセナは、仕切り直すように一度咳き込むと再度眼鏡を上げ、真面目な顔つきを見せた。後ろで書記を担当していた女性が近寄り、セナに紙を1枚渡す。セナはそれを片手で受け取ると、紙に視線を落としたまま言葉を続けた。

 

「名前はバージル。年齢は19歳で、職業は冒険者兼便利屋……クラスは先程確認した通りソードマスター……出身地は不明となっておりますが、これは?」

「言葉通りの意味だ。自然に囲まれた場所であったのは確かだが、どの国に位置していたのかは覚えていない。住んでいた屋敷も跡形もなく壊れてしまったので、確認のしようもなくてな」

「……そうでしたか……冒険者になる前は、主にどのような仕事を?」

「……悪魔を狩っていた」

「――ッ!」

 

 彼の言葉を聞き、セナはピクリと眉を動かす。机に置かれた魔道具から音は鳴らない。書記が静かにバージルの発言を記していく中、セナは自分を落ち着かせるように再び咳き込む。

 

「お答えしてくださり、ありがとうございます。それでは……ここから本題に入らせていただきます」

 

 いくつかの質問を経て、ようやく話が本筋へ。バージルは机の下で足を組み変えながら、彼女の話を黙って聞き続ける。

 

「既にお察しかもしれませんが、貴方をここにお連れしたのは……街の前に現れた、謎のモンスター達についてです」

 

 再び書記がセナに近寄り、今度は紙の束を渡す。セナはそれを手に取ると1枚紙をめくり、記されている内容を目で追いながら話し続けた。

 

「数日前に行われた、デストロイヤー迎撃作戦……サトウカズマ指揮のもと、デストロイヤーの結界を破り爆裂魔法で足を破壊。自爆段階に入ったデストロイヤーを止めるべく冒険者達が要塞に乗り込み、動力のコロナタイトをサトウカズマの指示によりランダムテレポートで転送。そして要塞から出た後、謎のモンスター達が現れた……ここまでの事実に間違いはありませんか?」

「さあな。俺はその迎撃作戦とやらに参加していない。テレポートでこの街に帰ってきた時、既に要塞は足を失い、奴等は姿を現していた」

 

 バージルがそう答える中、セナは嘘発見器の魔道具へ視線を移す。が、音は鳴らない。真だと判断した彼女は、再び紙に目をやる。

 

「目撃証言によると、多くのモンスターはフードを被り、鎌を持っていた。更には、デストロイヤーを乗っ取り生物の足を生やした個体もいたと聞いております……そして、青髪の女性がそれらのモンスター達を総じて『悪魔』と呼んでいた」

 

 セナはバージルに視線を移し事実の確認を再び求めてきたが、バージルは口を開かず。その黙秘を肯定と見たのか彼女は紙を机に置き、バージルと目を合わせる。

 

「青髪の女性は自らを女神アクアだと名乗る、特に頭のおかしいアクシズ教徒として有名なので、妄言の可能性は大ですが……今回は悪魔だと仮定して話を進めさせていただきます。悪魔に乗っ取られたデストロイヤーは再び街に向かってきましたが、それを貴方は要塞の足を斬って止めた……人外の姿となって」

「……あぁ」

 

 バージルは短く答える。置いてある魔道具から音は鳴らない。緊迫した雰囲気が漂い始める中、セナはバージルにこう切り出してきた。

 

「デストロイヤーの消滅後、貴方が姿を変えたことに困惑する冒険者へ、彼だけが持つ固有スキルだとサトウカズマは主張していたそうですが……よろしければ、冒険者カードを見せていだだけませんか?」

 

 セナはバージルに右手を差し出し、手のひらを見せる。やましいことが何もなければ問題ないだろうとばかりに。

 ここで渋れば怪しまれること間違いなし。バージルは懐から冒険者カードを差し出し、セナに渡す。彼女はカードを受け取るとそれに目を落とし、少し間を置いて今回の議題に当たるスキルを読み上げた。

 

「……デビルトリガー……」

 

 セナの呟きを聞き逃さず、バージルの背後にいる書記はペンを走らせる。その一方、セナは元々鋭い目を更に鋭くさせ、バージルに尋ねた。

 

「この固有スキルはどのような効果を持つのか、具体的に教えてくださいますか?」

 

 話の核心に迫る質問。後ろから聞こえていたペンの音も止まり、バージルの返答を静かに待っている。

 ここは選択肢を間違えないようにと、慎重に言葉を選ぶべき場面なのだが……大胆にもバージルは呆れるようにため息を吐き、彼女に言葉を返した。

 

「随分と回りくどい聞き方をする……貴様等は、俺が悪魔の力を持っていて、かつ奴等を呼び寄せたのだと疑っているのだろう?」

 

 バージルの持つ未知の固有スキル。そして未知のモンスター。ほぼ同時に目撃された未知の物に恐怖を抱き、それらの関連性を疑う者が現れてもおかしくはない。

 無駄話を嫌うバージルは、セナへ率直に尋ねる。すると彼女は、バージルの鋭い眼光に負けず睨み返したまま答えた。

 

「サトウカズマ並びに街の冒険者からは、貴方が固有スキルを持っているのは『勇者候補』だからと伺っております……が、貴方の容姿と名前は『勇者候補』の条件に一致しない……まぁこれには例外もありますので、恐らく貴方もその内の1人なのでしょう」

 

 あの時、カズマが説得材料として口に出した『勇者候補』――ミツルギのような、異世界から特典を持って転生した冒険者を指す言葉。

 その多くが『日本』と呼ばれる国から転生した者だったからか、聞きなれない6~7文字の変わった名前と平べったい顔に黒髪か茶髪というのが『勇者候補』の条件として広く認知されている。

 といっても転生者全てが日本人というわけではなく、数は少ないがバージルのような西洋人もいたため、容姿は当てはまらずとも強力なスキルを持った『勇者候補』も過去にはいた。

 

「問題は、そのスキルの効果。迎撃作戦に参加した者の中で、40にもなる独身ベテランアークウィザードがこう言っておりました。変身した後の彼が放っていた魔力は――上位悪魔にも匹敵する、と」

 

 セナは、一層警戒心を強めた様子でバージルに話す。それを聞いた彼はこの部屋の入口に視線を向け、納得したように呟いた。

 

「成程、部屋の外に騎士を待機させているのはその為か」

「……質問に、正直に答えてください」

 

 話を逸らすなと、セナはバージルへ回答を強要する。返答次第、もしくは魔道具の音が鳴った途端、部屋の外で息を殺して待つ騎士達が流れ込み、バージルを捕獲しにくるのだろう。

 もっとも、騎士数人がきたところで彼を捕えることはできないのだが……バージルは一度目を閉じると少し間を置き、おもむろに瞼を開いて答えた。

 

 

「あの場で俺が使ったのは、正真正銘悪魔の力だ。しかし俺は、故意に奴等を呼び寄せたつもりはない」

 

 強き魔は部下を従わせ、指示を出すことも可能となる。しかしバージルは、そのような行為をした覚えは一切無い。

 なら彼等はバージルの強い魔に引き寄せられたのかと言うと、それも違う。彼がアクセルの街に戻った時には既に、彼等は土足で踏み込んできていたのだから。

 バージルの返答を聞き、セナは視線を魔道具に移す。が――魔道具から音が鳴ることはなかった。

 

「……つまり、貴方はあの場に現れた悪魔側の者ではないと?」

「悪魔を味方だと思ったことは一度たりともない」

「魔王軍に寝返ることも?」

「だったら、冒険者を続けてはいない」

 

 念を押すように尋ねられ、バージルは短く答える。再びセナは魔道具を見たが、音は鳴らない。

 バージルが、あの悪魔達をアクセルの街に呼び寄せたわけではないことと、冒険者側にいてくれていると判明したところで――セナは、安堵するようにホッと息を吐いた。

 

「はぁ……良かった」

「……ムッ?」

 

 先程までのキツイ表情から一変、緊張が和らいだようにセナは表情を緩める。バージルは不思議そうに彼女を見た。

 あの悪魔達を召喚してはいないと証明できたが、同時に悪魔の力を所持していることも彼女に知られた。そこは警戒しないのかと疑問に思っていると、セナは再びバージルと目を合わせてこう話した。

 

「何故、貴方がそのような力を持っているのかは気になりますが、冒険者側に立ってくださるのであれば、それを咎めることも、追求も嫌悪もしません。もしここがアルカンレティアのようなアクシズ教徒が集まる街だったら、大変なことになっていたと思いますが……」

 

 その口ではっきりと、バージルの固有スキルについて深く調べることはしないと約束したセナ。これが普段の顔なのだろうか、彼女は柔らかな表情のまま言葉を続けた。

 

「『正体が人間でなくとも、味方でいてくれるのなら受け入れよ』と、冒険者ギルドと上の者から承っておりますので」

「……そうか」

 

 バージルのように特殊な力を持っている者がいると知ったら、通常は怪しみ、その者に刺客を向けて捕えてくるだろう。もしくは排除か。

 だが、ここが人間以外の種族も当たり前のように存在し、中には共存関係を築いている者もいる世界だからか、人間の味方である限り、たとえ悪魔の力を持っていたとしても、そこまで警戒しないようだ。もしかしたら、半人半魔と明かしても結果は同じだったかもしれない。

 今思えば、めぐみんやダクネスも自分が半人半魔だと知って逆に食いついてきた。元の世界だったらあの反応は異常だ。自分は異世界にいるのだと再認識しながらも、バージルは静かに相槌を打った。

 

「私は最初から、味方だと答えてくださると信じていましたけどね……推しの1人でもありますし……」

「(……推し?)」

 

 物静かな部屋だったが故にセナの小さな呟きも聞こえたが、試運転の質問にもあった、バージルには意味の通じない言葉だったので彼は首を傾げる。

 とその時、書記をしていた女性が再びセナに近寄り、彼女へ耳打ちをしてきた。それを受けたセナは思い出したような顔を見せると、再びバージルへと向かい合う。

 

「失礼、もし貴方がこちら側の味方であると判明した場合の、貴方への伝言を2つほど預かっておりました」

「……何だ?」

 

 バージルは机の下で再度足を組み替え、内容を尋ねる。仕事モードではついつい目がキツくなるのか、彼女は目を鋭く、されど先程よりは警戒心を解いた様子で伝言を告げた。

 

「まず1つは、冒険者ギルドからの伝言です。あの時、突如現れたモンスター達……彼等について知っていることがあれば教えて欲しい、とのことです」

 

 冒険者達の前に現れた未知のモンスター。ギルド側としては、モンスターの危険性や討伐する際の難易度を定める為に、情報を知っておかねばならない。

 そこで最初の情報源として選ばれたのが、あの場でモンスター達を、慣れたように斬り倒していたバージルだったようだ。

 

「先程貴方は、冒険者になる前は悪魔を狩る仕事をしていた、とおっしゃっていました。あのモンスター達が本当に悪魔なのだとしたら……もしかしたら、貴方は既に彼等も見たことがあるのでは?」

「察しがいいな。確かに、奴等には見覚えがあった。狩ったこともある。だが奴等はどのようにして人間界に現れたのか……そこが不透明だ」

「……? ただ単に、魔界から人間界に現れたのではないのですか?」

「普通に考えるならそうだ。しかし……あの時、あの場にしか現れなかったというのが引っかかる」

「なるほど……貴重な情報をありがとうございます。このことは冒険者ギルドに伝えておきます」

「あぁ……で、2つ目は何だ?」

 

 異世界の悪魔だという事実は知らせず、バージルは現時点で判明していることをセナに教えた後、もう1つの伝言について尋ねる。

 後ろの書記の走らせているペンの音が止まるのを待ってから、セナはバージルと視線を合わせて次の伝言を告げた。

 

「2つ目は上の者からです。アクセルの街から王都に場所を移し、我々に力を貸して欲しい……とのことです」

 

 それは、王都側からの勧誘だった。警戒するしないはバージルの返答次第で変わっていたが、興味はどちらにせよ持たれていたようだ。

 

「王都は凄腕冒険者が集う、ここベルゼルグ国の首都。アクセルの街とは比較にならないほど発展しており、快適な暮らしも約束されております。悪くない話だと思いますが……」

 

 セナは優しい物言いで、バージルに王都への移動をオススメしてくる。彼女の言う通り、王都ならば今よりも充実した生活を送り、少しは歯ごたえのあるモンスターとも戦えるだろう。だが――。

 

「断る」

「なっ!?」

 

 それを、バージルはキッパリと断った。まさか断られるとは思っていなかったのか、セナは驚いた表情を見せる。

 

「勘違いするな。敵ではないと答えたが、国の犬になるつもりはない」

 

 念押しするように、バージルはセナを睨みつけて自分の意志を話す。これに対しセナは何か口を挟もうとしたのだが――。

 

「この街は、少し気に入っている。もしここを脅かす輩が現れた時は、俺も剣を抜く……たとえ、貴様等が相手でもな」

 

 バージルが続けて話した言葉を聞いて、セナはその口を閉じた。魔道具から、一切音は鳴っていない。

 

「……わかりました。では、上の者にもそう伝えておきます」

「頼んだ」

 

 ここは自ら引き下がるべきだと判断したのか、セナは息を吐いてバージルの意見を受理した。もう話すべきことはないだろう。そう思い、バージルは自ら席を立ったが――。

 

「あっ、す、すみません! 実はもう1つ貴方にお話がありまして!」

「……まだ伝言があるのか?」

「いえ、貴方自身の件ではなく……サトウカズマについてです」

 

 少し面倒臭そうにするバージルへ、セナは申し訳なさそうに頭を下げながらも彼に別件を話した。バージルは足を止め、彼女の話を聞く。

 

「この後、サトウカズマの尋問を行う予定ですが、その内容次第では、数日後にサトウカズマの裁判を執り行うことになると思います。その裁判において検察官である私は、サトウカズマがいかに極悪非道な男であるかを証明しなければなりません。そこで……もしサトウカズマについての悪評や悪行について知っていることがあれば、私に伝えてください」

「情報提供か」

「はい。有益な情報であれば、証人として裁判にも参加していただく所存です。もし教えてくださるのであれば、裁判が行われる日までに私のもとへ来てください。基本私はこの警察署におりますので」

 

 セナの話を聞き、バージルは顎に手を当てて考える。証人という言葉を聞いて面倒に思ったが……この世界の裁判はどのように行われるのか、少し興味もあった。

 

「……考えておこう」

「ありがとうございます。お伝えすべきことは以上です。長々と付き合わせてしまい、申し訳ありませんでした。預かった武器は警察署を出てからお返しします」

 

 バージルの保留の応えを聞き、セナは軽く頭を下げて用件が全て済んだことを伝えた。特に残る理由もなかったバージルは、扉に向かって歩く。

 が――彼はドアノブを持ったところで動きと止めると、振り返らないままセナに告げた。

 

「女……上の連中にこう伝えておけ」

「? はい?」

「飼い慣らしたければ、力で服従させてみせろ」

 

 バージルはドアを開いて、セナの返す言葉も聞かずに取調室から退室した。

 

 

*********************************

 

 

 警察署を出て、帰路を辿っていくバージル。郊外にある家へ着く頃には、空がほんのりと赤くなり始めていた。

 カズマ宅の屋敷前を通り過ぎ、隣にある家へ。そして、玄関前に見知った3人の女性――クリス、ゆんゆん、ダクネスが立っているのに気付いた。

 

「……あっ! バージル帰ってきた!」

 

 バージルの帰りを待っていたようで、クリスは彼の姿を見るや否や駆け寄ってきた。遅れてゆんゆんとダクネスもこちらに近づく。

 

「せ、先生! 大丈夫でしたか!?」

「変なことされなかった!? まさか追放されるなんてことにはなってないよね!?」

「なんともない」

 

 心配そうに尋ねてくるゆんゆんとクリスに、バージルは短く答える。そのまま2人の間を通って家に入ろうと思ったが、ふとセナから頼まれたことを思い出し、バージルはそれについて彼女等に話した。

 

「そういえば……近々行われるらしいカズマの裁判で、証人になって欲しいと言われたな」

「さ、裁判!?」

 

 まさか彼の件が裁判まで発展しているとは思っていなかったのか、バージルの言葉を聞いてゆんゆんは驚いた様子を見せる。とその横で、ダクネスは何か考え込むように呟いた。

 

「そうか……となると、バージルに弁護人を頼むのは無理だな……」

 

 どうやらダクネスは裁判が行われるのを見越して、バージルにカズマの弁護人を頼もうとしていたようだ。もっとも、バージルはそれを引き受けるつもりなどなかったのだが。

 

「……すっかり聞き忘れていたが、何故あの男は国家転覆罪で捕まえられた?」

 

 とそこで、カズマが捕まった罪状は知るものの原因を知らなかったことに気付き、ダクネスに尋ねる。するとダクネスは思考するのを一旦止め、バージルに事の経緯を話した。

 

「デストロイヤー迎撃作戦の際、自爆しそうになったデストロイヤーのコアになっていたコロナタイトを、ウィズのランダムテレポートで転送したのだが……運悪く、ここら一帯の領主であるアルダープの屋敷に出現してしまってな。屋敷は木っ端微塵になってしまったそうだ。幸い、主も使用人も出張らっていたため、死者は出なかったが……」

「危険物のランダムテレポートは法で禁じられているからね。で、住処を奪われた領主がカンカンになった結果、カズマ君に国家転覆罪の容疑がかけられたってわけ」

「ほう……あのアルダープのところに、か」

 

 カズマ逮捕にアルダープも関わっていたと聞き、バージルは興味深そうに彼の名前を口にする。

 

「確かにあの男は、薄着のまま屋敷内をうろついている私を、舐めるような視線でコッソリ眺めるどうしようもない男だが、故意に犯罪を犯せる度胸を持った危険人物ではない」

「……カズマ君もカズマ君だけど、こんな寒い時期に敢えて薄着になるダクネスもどうかと思うよ?」

「それを証明するべく、弁護人を探していたが……仕方ない。ここはパーティーメンバーとして私とアクア、めぐみんの3人で弁護人を務めよう」

「えっ……大丈夫なのかな? めぐみんが裁判中に爆裂魔法撃たないか凄く心配なんだけど……」

 

 ダクネスが意を決し、そんな彼女をクリスとゆんゆんが不安げに見つめる傍ら、バージルは再び顎に手を当てて考える。

 今回行われるらしい裁判。もしそれがアルダープが自ら引き起こしたもので、彼も裁判へ顔を出すのなら――あわよくば、尻尾を出す瞬間を見られるかもしれない。

 

「(証人か……なってみるのも悪くはないな)」

 

 セナに頼まれた証人の件を前向きに考えながら、バージルは独り不敵に笑った。

 

 

*********************************

 

 

 ――それから数日後、雲一つない晴天の昼時。

 

「ではこれより、国家転覆罪に問われている被告人、サトウカズマの裁判を始める!」

 

 街の郊外にあった処刑場の前で、カズマの人生を決める裁判が執り行われた。

 

 




裁判所はアニメ準拠の、処刑台直通になっている青空裁判所です。
また、残念ながらカプコン繋がりの逆裁ネタは原作未プレイのため挟めません。


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第40話「この理不尽な裁判に証人達を!」★

 某日、アクセルの街で始まった裁判。被告人であるカズマは両手に手錠を付けられ、証言台の前に立たされていた。

 彼から見て右側には、彼のパーティーメンバーであるアクア、めぐみん、ダクネスが席に座り、左側の席には貴族らしい服装に身を包んだ、ダクネスを舐めるように見る男が1人。検察官のセナもそちら側に立っている。正面には音楽家さながらのパーマをきかせた髪型に片眼鏡をかけた老人――裁判官を務める男が座っていた。

 

「被告人サトウカズマは、起動要塞デストロイヤーを多くの冒険者と共に迎撃。その際、デストロイヤーの動力となっていた爆発寸前のコロナタイトをランダムテレポートで転送するよう指示。転送されたコロナタイトは、被害者であるアレクセイ・バーネス・アルダープの屋敷に送られ爆発。幸い屋敷には人がいなかったため、死者負傷者共にゼロ。しかしアルダープ殿は屋敷を失ったため、この街で部屋を借りる生活を余儀なくされています」

 

 雨の心配を微塵も感じさせない空の下、セナは一枚の紙に目を落としたまま起訴状を読み上げていく。

 世界が違えば常識も違う。なら裁判も変わっているのかといえばそうでもなく、まず検察官が集めた証拠を裁判官に提示し、被告人が如何に有罪判決を受けるべき人間かを伝える。それに対し弁護側が反論し、被告人を弁護する。それらのやり取りを聞き、最終的な判決を裁判官が下す。いたってシンプルだ。裁判所が処刑場直通なのは、この街ならではだろう。

 違う点があるとすれば、この世界には弁護士という職業が存在しない。故に資格も必要ないので、弁護人は被告人の親族か知人でも務めることができる。結果カズマの弁護人として来たのが、こともあろうにアクア達だった。

 

「毒や爆発物などの危険物をテレポートで送る際、ランダムテレポートを使用するのは法律で禁じられています。被告人の指示した行為はそれらの法に抵触するもの。また領主という地位の人間の命を脅かした事は、国家を揺るがしかねない事件です。よって自分は、被告人に国家転覆罪の適用を――」

「異議あり!」

「弁護人、そちらの陳述の時間はまだです。発言する際は、許可を得てから行うように。しかし見たところ、裁判に参加するのは初めての様子……今回は多めに見て発言を認めましょう。どうぞ」

「いえ、何でもありません。この台詞を言わなきゃって衝動に駆られたので言っただけです」

「以後、弁護人は弁護の際にのみ発言をするように!」

 

 早速アクアがアホなことをやらかし、裁判官に怒られる。しかしアクアは反省するどころか、満足した表情で椅子に座った。

 幸先が不安過ぎる今裁判――それを、バージルは傍聴席の最前列で見守っていた。

 

「……結果は有罪判決か」

「決めるのが早過ぎないかな!? いやまぁ、そう思う気持ちもわからなくはないけどさ……」

 

 カズマの弁護人が問題児3人だけなのを見てバージルが呟く傍ら、それを聞いた隣のクリスが不安げに話す。

 裁判前、セナに「証人はここで待機するように」と言われ、バージルは指示通り傍聴席の最前列に来た。席と言いながら、傍聴する側は立ったままを余儀なくされているが。

 そして、そんな彼の隣にクリスがいる。となれば――。

 

「して……俺だけでなく貴様もここにいるということは……」

「アハハ……アタシも証人として呼ばれちゃった……」

 

 クリスは傷の付いた頬を指で掻き、小さく笑みを浮かべた。クリスだけではない。彼女の隣にはゆんゆん、ミツルギ、ダストと、これまた見知った人物達が揃っていた。

 

「アイツらだけじゃ、無実を証明するなんてできそうにないからな。カズマのダチとして、俺がアイツの身の潔白を証明しなきゃならねぇ!」

「よくそんな自信を持てるな……名前は聞いているよ。君、ダストだろう? この街では一番素行の悪い冒険者として有名だそうじゃないか」

「あぁん!? ちょっと顔が整ってるからって上から目線ですかぁ!? そういうお前こそ、わざとカズマが悪く思われるようなこと言うんじゃねぇぞ!」

「こ、この裁判では嘘か真かを判別する魔道具が使われているので、どう足掻いても正直に答えるしかないかと……そ、それに私も、ダストさんはあまり何も言わない方がいいと思います」

「おいこらそこの紅魔族! 大人しそうな顔して結構言うじゃねぇか!? 知ってっぞ! お前ギルドで誰にも話しかけられずにずっと一人遊びしてたぼっちだろ! お前もアガッてテンパる前に、こっから逃げることをオススメするぜ!」

「す、好きで一人遊びしてたわけじゃありません! それにぼっちじゃないです! 私にも友達だって……友達だって……いるんです!」

「傍聴席の最前列! 今は裁判中です! 静粛に!」

 

 口喧嘩をし始めた彼等を止めるべく、裁判官は木槌を叩いて3人へ注意を促す。それを聞きゆんゆんはビクッと驚いて涙目になり、ミツルギはすぐさま頭を下げ、ダストは裁判官へ中指を立てた。

 ダストの態度に裁判官が青筋を浮かべながらも裁判を進め、被告人尋問へ。そこからカズマは、自分がいかにアクセルの街に貢献しているか、冒険者として日々真っ当に生きているかを語り始めた。

 オーバーに話す場面も見られたが、嘘は言っていないので魔道具は鳴らず。裁判官が魔道具を凝視している傍ら、カズマの熱弁はまだ続く。その途中、静かに傍聴していたクリスがバージルに話しかけてきた。

 

「ねぇねぇ。バージルは証人として何を聞かれるのか知ってるの?」

「あぁ。裁判前、あの黒髪の女と会った時に聞いておいた」

「そうなんだ……アタシも聞いとけばよかったなぁ。何を質問されるかわかんなくて、ちょっとドキドキするよ」

 

 本当はバージル自らセナに情報を渡しているからだったのだが、クリス達から何か言われそうだったので、バージルはそこを伏せて言葉を返す。

 クリスが自分への質問を気にしている傍ら、バージルは腕を組み、証言台でえらく乗って語り続けるカズマの後ろ姿を見る。

 セナは、彼の取り調べの内容次第で裁判を執り行うと話していた。そして今日、こうして裁判が開かれているということは、取り調べにてカズマが危険視される内容が発覚したということ。

 しかし、幾つかの悪評はあれど全て些細なこと。国家転覆罪の名の通り、国を脅かすような危険性はない筈だ。それこそ、魔王軍と繋がりがあるわけでも――。

 

「(……そういえば、奴がいたな)」

 

 バージルは顔を動かし、傍聴席の後ろへ目をやる。視線の先には、ハラハラした様子で裁判を見守る女性――なんちゃって幹部ことウィズ。

 恐らく取り調べにてカズマは彼女の存在を忘れ、話している最中に嘘を見破る魔道具に引っかかったのだろう。彼女が証人として傍聴席の最前列にいないのを見るに、彼女の名前は明かさなかったのかもしれない。

 自分は危険な存在ではないと証明しなければならないが、ウィズのことも隠さなければならない。こんな時でも気苦労の絶えん男だなと思いながら、バージルは傍聴を続けた。

 

 

*********************************

 

 

「ではこれより、証拠の提出を行います。この男、サトウカズマがいかに危険人物であるかを証明してみせましょう。ではまず1人目の証人、証言台へ!」

 

 カズマの熱い自分語りもとい供述が終わったところで、裁判は次の段階へ。セナは自信満々に声を張り、証人を呼んだ。

 セナからは、バージルの番は5番目だと伝えられた。そして最前列にいるのは丁度5人。バージル、クリス、ゆんゆん、ミツルギ、ダストだ。

 

「確か1人目は俺だったな。うっし!」

 

 バージルと同じくセナから事前に伝えられていたのか、ダストは気合いを入れつつ法廷へ向かう。カズマが証言台からアクア達の座る右側の席へ移動し、代わりにダストがそこへ立ったところで、セナは彼を手で指しつつ裁判官に話した。

 

「彼の名前はダスト。この街一番の荒くれ冒険者として有名で、何度も警察に捕まっています。裁判官も、この男の顔は裁判で幾度も見た覚えがあるでしょう」

「ようじーさん。相変わらず派手なカツラ被ってんな。まだつるっぱげから毛は生えねぇのかい?」

「君も相変わらず、品行と態度を省みるつもりは一切ないようですね」

 

 物怖じしないダストに対し、裁判官が怒りを抑えるように顔をヒクつかせながら言葉を返す。

 法廷で若者と老人の口喧嘩が始まりそうな予感を覚えたのか、セナは注目させるように咳き込んでから、ダストについての説明を続けた。

 

「彼は、被告人サトウカズマと仲が良く、酒場でも一緒に食事をする姿もあったとの目撃証言もあります」

「おうとも! 俺とカズマは共に苦労を分かち合える親友! ダチ! 心の友だ!」

「被告人、彼の証言に間違いはありませんか?」

 

 ダストが胸を張ってカズマとの仲を話したのを聞き、裁判官はカズマへ事実の確認を求める。対してカズマは、無表情のまま質問に答えた。

 

「知り合いです」

 

 その答えに対して、魔道具はうんともすんとも言わなかった。

 

「ハァッ!? おいなんでだよ!? カズマ! 俺とお前の仲はそんな浅いもんじゃねぇだろ!?」

「あの男が何か意味不明なこと言ってますが、彼は友人でもなんでもありません。ただの知り合いです」

「意味不明!?」

 

 酷く驚くダストとは対照的に、カズマは再度深い仲ではないと答える。魔道具はこれまた鳴らず。この結果を見たセナは、申し訳なさそうな顔を見せる。

 

「えっと……し、失礼致しました。サトウカズマと付き合いのある友人は、素行の悪い人間ばかりだと証明したかったのですが……」

「気にしなくていいっすよセナさん。知り合いなのは事実ですし。親友ではありませんが」

「カズマ!? そんなことねぇよな!? なんか細工して嘘が吐けるようにしたんだよな!? なぁそうだろ!?」

「騎士達よ。証人を証言台から降ろしなさい」

「「はっ!」」

「カズマ! 嘘だと言ってくれよ!? 友達だと言ってくれよ!? カズマ! カズマぁああああああああっ!」

 

 ダストの悲痛な叫び虚しく、彼は証言台から引きずり降ろされた。

 

 

*********************************

 

 

「ちくしょう……カズマの野郎……酒場で愚痴を溢し合った日々を忘れたのかよ……」

「両手じゃ数えきれないほど警察に捕まって裁判を経験したアンタとの交流があったら、印象がマイナスにしかならないしねぇ。それに、カズマとの仲を再確認できてよかったじゃない」

 

 傍聴席の最前列に戻され、酷く落ち込んだ様子でいるダストを、背後にいた彼のパーティーメンバーのリーンが慰める。慰めになっているかどうかは別として。

 

「最初の証人は何の参考にもなりませんでしたが……裁判官、次からはしかと証明できる者をお呼びしましょう。では次の方、ここへ!」

「次は……僕か」

 

 その傍ら、セナが次の証人へ声を掛ける。今度はダストの隣に立っていたミツルギが、傍聴席から離れていった。

 階段を上り、先程ダストが立っていた証言台へ。セナは指定された場所に立ったミツルギと――何故か両隣にいるクレメアとフィオを見た。

 

「……すみません、私が呼んだのはミツルギさんのみなのですが……」

「キョウヤとはいつでもどこでも一緒なのよ!」

「それに、私達もあの男に言いたいことはあったから!」

「そ、そうですか……わかりました。同伴を認めましょう」

 

 離れる様子のない二人を見て、セナは助力してくれるのならとこの場に立つことを許可する。裁判官も口を挟むべきではないと察したのか、それを黙認したようだ。

 セナは再び裁判官に向き直ると、ダストの時と同じようにミツルギを手で指したまま説明を始めた。

 

「彼の名はミツルギキョウヤ。魔剣グラムを手に魔王軍と戦う勇者候補として、魔王討伐を期待されていたのですが――」

「そこの男が、キョウヤから魔剣を無理矢理奪った挙句、売っぱらってお金に換えたんです!」

「……被告人、彼女の言葉に間違いはありませんか?」

「ありません。でも、お互いの了承を得た勝負で俺がマツルギに大勝利し、その過程で『スティール』を使って奪ったものなんで、どうしようと俺の自由だと思うんです」

「こんな時でもわざと僕の名前を間違える彼の言う通りです。やり方は姑息ではありましたが、責任は自ら勝負を持ちかけた僕にあります。その後彼が、何の躊躇いも後ろめたさもなく魔剣を売り払ったのも、咎めるべき行為ではないと思います」

「お前さ、俺のこと庇ってんの? それとも悪く言おうとしてんの?」

 

 若干恨み節のある言葉だったが、裁判官はミツルギの話を聞いて同調するように唸る。

 まさかミツルギが彼を庇おうとするとは思わなかったのか、セナは少し焦った様子を見せる。だが――。

 

「私この男に、うっせぇパンツ剝がすぞって脅されたことがあります!」

「ちょっと待てや緑ポニテ女!? 俺はそんな脅しを言った覚えはな――!」

 

 ――チリーン。

 

「……すみません。デストロイヤー迎撃の祝勝会で、酒に酔った勢いで言いました」

 

 クレメアの証言が間違いではないと、カズマは項垂れるように答える。その言葉を聞き、セナは自信を取り戻したかのように裁判官へ自慢げに告げた。

 

「このように、サトウカズマは平然と女性へ猥褻な行為をするような、モラルのない男です! 女性への被害についてはまだ証言がありますが、それはまた後ほどお伝えします」

「ふむ……さり気なく内容が変わっていますが、彼の人間性を見るには必要な証言ですね」

 

 セナの言葉を聞いて、裁判官はカズマへ鋭い目を向ける。更には法廷の外で裁判を見ていた女性陣からも睨まれ、カズマは独り縮こまった。

 このカズマの行為に関しては反論できないのか、弁護人である仲間の3人も俯いている。助け舟などないように思えたが――ここで、ミツルギは彼を庇うように意見を出した。

 

「た、確かに彼は道徳性に欠けた男かもしれませんが……それでも冒険者として、デストロイヤー迎撃作戦で活躍していたのは確かです。それに……僕は彼に感謝もしているんです。もしあの日、僕が魔剣を手放さなければ、己の無力さに気付くことも――」

「証人、ありがとうございました! 騎士達、彼を傍聴席へ戻してください!」

「「はっ!」」

「えっ!? あっ、ちょっと待っ――!?」

 

 しかしそれよりも前に、話が長くなりそうだったと予感したセナが、無理矢理ミツルギへの証人尋問を終わらせた。

 

 

*********************************

 

 

「クレメア……どうしてあの場であんなことを……」

「だって私も、文句の一つぐらい言ってやりたかったもん! これで有罪になったらアイツに直接言えなくなっちゃうでしょ!?」

 

 未だ落ち込んでいるダストの横で、ミツルギとクレメアは言葉を交わす。1人目と違って上手く行ったからだろうか、セナは少し上機嫌になりながら証人尋問を進めた。

 

「では次の方、こちらへどうぞ!」

「つ、つつつつ次は、わたわたたた私……!」

「ゆんゆんちゃん、落ち着いて落ち着いて!」

「リラックスリラックス! 質問に正直に答えるだけでいいから!」

 

 緊張状態に陥っていたゆんゆんは、フィオとクリスに声援を送られながらも証言台へと上がっていく。

 指定された場所に立ち、ゆんゆんは正面にいる裁判官へ目を向けるが、両隣の視線、そして背後から感じる多くの視線が気になり、一層彼女の緊張を高まらせた。

 カチコチに固まっている彼女を不安そうに見つめながらも、セナはゆんゆんについての説明を始めた。

 

「次の証人は、サトウカズマとの交流もある紅魔族の――」

「すみません、ちょっといいですか」

 

 が、そこでめぐみんが手を上げ、セナの言葉を遮るように口を挟んできた。しかし弁護人の発言はまだ。裁判官は諭すように彼女へ話す。

 

「弁護人、先程も申し上げた筈ですよ。発言は弁護の際にのみするようにと」

「それは理解しております。しかし、彼女は酷く緊張している様子。あれでは証人尋問もままなりません。なので私は友人として、彼女の緊張を和らげるよう助言したいのです」

「……いいでしょう。特別に許可します」

 

 ご老人故、子供には甘いのだろう。彼女の進言を裁判官は快く許可した。めぐみんは裁判官へ一礼し、ゆんゆんに顔を向ける。

 助け舟が出たのと、友人と言われて嬉しかったからか、ゆんゆんは安堵した様子でめぐみんを見る。そしてめぐみんは、ゆんゆんへ画期的なアドバイスを送った。

 

「ゆんゆん、初めての証人でえらくテンパっているようですね。そんな時は、大声で紅魔族流の名乗りをするといいですよ。緊張なんか吹っ飛びますから」

「えぇっ!? ちょっ、めめめめめぐみん!?」

 

 深呼吸して肺の空気を入れ替えるとか、手のひらに魔法陣を三回書いて飲み込む等かと思っていたゆんゆんは、想定外の助言を受けて仰天する。

 当然、そんな大恥をかくような行為をしたくはないのだが、周りの人達は自分を気遣ってか、しんと静まり返ってゆんゆんの名乗りを待っていた。

 絶対にやりたくない。が、友人とまで言ってくれためぐみんからの助言だ。ゆんゆんは友人めぐみんの言葉を信じ、深く息を吸って――大声で言い放った。

 

「我が名はゆんゆん! 蒼白の剣士の教えを乞ういち生徒であり、いずれは紅魔族の長となる者!」

 

 勇気を振り絞って叫んだ、紅魔族独特の名乗り。きっちりポーズも取り、普通の紅魔族なら「決まった」と心の中で自画自賛するだろう。

 たとえ――法廷にいる者や裁判を傍聴していた者等全員が、反応に困って無言になっていたとしても。

 

「これで少しは、貴方の人見知りも治ることでしょう」

「バカバカバカバカッ! めぐみんのバカッ!」

「お、お前……荒療治にも程があるだろ……」

 

 これで解決とばかりに頷くめぐみんへ、耳まで真っ赤になったゆんゆんは怒号を発した。彼女の所業には、鬼畜のカズマと謳われる彼でさえも恐怖を覚えたそうな。

 

「……あー……素敵な自己紹介をありがとう。では検察官、続きを」

 

 裁判官は笑顔を取り繕い、中断していた裁判を再開させる。ゆんゆんが裁判官や検察官、さらには傍聴席の方々へ頭を下げる傍ら、セナは一度咳き込んでから説明を続けた。

 

「先程ご自身で申し上げた通り、彼女の名はゆんゆん。年齢は13歳。紅魔族のアークウィザードです。先のデストロイヤー迎撃作戦にて出現したモンスターとの戦闘では、巧みに魔法と近接戦闘を使い分け、大いに貢献していたと聞きます。勇者候補であるミツルギさんと肩を並べられるほどの、将来有望な冒険者です」

「ほぉ……まだ若いというのに……」

「あ、ありがとうございます……」

 

 セナが話す彼女の功績を知り、裁判官は関心を示す。褒められ慣れていなかったゆんゆんは、自己紹介をした時とはまた違った恥ずかしさを覚えて俯く。

 そんなゆんゆんを見てセナも思わず微笑む――が、彼女は表情を一変させ、怒りのこもった声でカズマの犯した過ちを告げた。

 

「裁判官の仰る通り、その実態はまだ汚れを知らぬ無垢な子供……だというのに! そこのサトウカズマは、そんな彼女にすら手を出そうとしたのです!」

「ちょっと待てや!? それは言いがかりだ! 俺はロリコンじゃない!」

「被告人は黙りなさい!」

 

 これにはカズマも声を荒げて否定したが、セナは彼を睨み返して発言を跳ね除ける。とその時、話を聞いていたゆんゆんが慌てた様子で自ら口を挟んできた。

 

「ま、待ってください! 私、カズマさんに変なことをされた覚えはありませ――!」

 

 ――チリーン。

 

 が、その発言に対し魔道具が音を鳴らした。今しがたゆんゆんが嘘を吐いたという証明。それを聞いた者達はゆんゆんに視線を向ける。

 ゆんゆんは狼狽え、どうしようとその場でオロオロしていたが……しばらくして、観念したかのように自ら真実を話した。

 

「……以前、カズマさんのパーティーと雪山で雪崩に巻き込まれそうになったことがあり、急いでテレポートの準備をしていたら……魔法陣の中で、胸に顔を近づけられました」

「……あっ……」

 

 それは、雪精討伐に出向いた日の出来事。テレポートの準備をするゆんゆんの豊満な胸に吸い寄せられたことだった。すっかり忘れていたのか、カズマは思わず声を漏らす。

 カズマがゆんゆんへセクハラまがいの行為を犯したことが事実だと判明し、セナが心底軽蔑した目でカズマを見た後、裁判官に向き直って補足を加えた。

 

「先程の証言はこの街の住民にも広まっており、故にサトウカズマは住民から、15にも満たない子供であっても平気で手を出そうとする『ロリマ』だと囁かれております」

「その蔑称ってそれが発端だったのか!? つーか広まってるってどういうことだ!? 誰だその話を流した奴! おい!?」

 

 彼がゆんゆんの胸元を間近でガン見した出来事を知っているのは、あの場にいたカズマパーティー、ゆんゆん、バージルと、テレポート先にいたクリスのみ。この中の誰かだと目星をつけたカズマは、まず近くにいたパーティーメンバーへ目を向ける。

 カズマの視線を受け、ダクネスはすぐさま首を横に振り、めぐみんも「違います」と短く答える。そしてアクアは――私は知りませんと明後日の方向を見たまま音の鳴らない口笛を吹いていた。

 

「お前か駄女神! いっつもいらんことばっか勝手に喋りやがって!」

 

 犯人を即見つけたカズマは、アクアへ怒りの声をぶつける。怒られたアクアは一瞬ビクッと怯えたが、すぐさま反抗の目を見せつつカズマへ向き直り、反論をぶつけた。

 

「だ、だってカズマはあの時、私を置き去りにして雪崩から逃れようとしてたじゃない! おあいこよおあいこ!」

「ちょっ!? アクア!? この場でその話題を出すのはマズイですって!?」

「えっ?」

 

 アクアの反論を聞き、めぐみんが慌てたようにアクアへ注意を促す。が、時既に遅し。

 彼女等の話に聞き耳を立てていたセナはアクア達から顔を背け、裁判官へ向き直った。

 

「聞きましたか裁判官! 彼は少女の胸に顔を近付けるだけではなく、その傍らで仲間の女性を助けようとせず、雪崩に飲み込ませようとしていたのです! なんと下劣で見下げ果てた男でしょうか!」

「お前は本当に! 本当に余計な事しか口に出さないな!?」

「元はと言えば、アンタが私を置き去りにしようとしたからじゃない!」

「弁護人と被告人! 静粛に! 静粛に!」

 

 

*********************************

 

 

「ど、どうしよう……私のせいでカズマさんの印象が……」

「ゆんゆんちゃんのせいじゃないよ。ていうかあれはしょうがない。なんというか、自業自得みたいなもんだし」

 

 フォローするつもりがまるで逆の結果に終わってしまい、罪悪感に苛まれるゆんゆんをクリスは優しく迎える。カズマがゆんゆんの胸に顔を近付けていた場面を知っているからか、カズマに対する言葉も辛辣なものになっていた。

 クリスだけでなく、主に傍聴席にいる女性陣からの痛い視線を浴びてか、カズマの身体が更に縮こまったように見える。が、裁判は無情に続く。

 

「では次に四人目! こちらへ!」

「さて、次はアタシか……さっきの話を聞いてて、何となく質問される内容に想像がついちゃったんだけど……」

 

 クリスは頬を指で掻きながら、証言台へ向かう。彼女がカズマ達に手を挙げて軽く挨拶しながらも法廷に立ったところで、セナは前の3人と同じように彼女を手で指し、裁判官へ紹介した。

 

「彼女の名はクリス。この街に住む冒険者の1人で、サトウカズマによるセクハラ……盗賊スキル『スティール』によってパンツを剥がされる被害を二度も受けたとの目撃証言があります」

「やっぱりそれなんだね!? 別にアタシはもう気にしてないからいいって!? それに……ここでその話をするのはやめてほしいっていうか……聞かれたくないっていうか……」

 

 予想通り、彼へスキルを教えた時とデストロイヤー迎撃の祝勝会で起こったパンツ剥ぎ取り事件についてだったと知り、クリスは背後を気にしながらも答える。

 が、求める返答と違ったのか聞いていなかったのか、セナはクリスの傍へ歩み寄ると、眼鏡を上げつつ彼女へ質問をぶつけた。

 

「クリスさん、サトウカズマによってパンツを奪われた時……どのように感じられましたか?」

「えっ⁉ えぇっ!?」

 

 質問内容を聞き、クリスはほんのり赤くなっていた顔が更に色濃くなる。しかしセナは無言のまま、返答を求めるようにクリスを見つめてくる。

 彼女だけでなく、裁判官やアルダープ、カズマ達、傍聴席の者達が視線を向ける。その集まった視線に耐えかねたのか、やがてクリスは自身のホットパンツを手で抑えつつ答えた。

 

「……えっと……なんていうか……変な感覚だったっていうか……あるべきものがないっていうのか……外見は変わんないんだけど、パンツがないだけで妙に恥ずかしくなって……ねぇこれ何の罰ゲーム!? アタシをどうしたいのさ!?」

 

 モジモジと、声を小さくしながらも素直に答えていたが、先程ゆんゆんが味わったのとはまた違った羞恥に耐え切れず、クリスは顔を真っ赤にしてセナに疑問をぶつける。

 対するセナはというと――そんなクリスをやや引き気味に見ていた。

 

「あの……別にそういう猥談を聞きたかったわけではなく……サトウカズマに対して、怒りや憎しみの感情を抱かなかったのかを教えて欲しかったのですが……」

「最初からそう言ってよ!? 自爆したアタシが馬鹿みたいじゃん! さっきも言ったけど綺麗さっぱり水に流したから! 気にしてないから! もういいよね!?」

「は、はい……すみませんでした……」

 

 勘違いして勝手に猥褻なエピソードを話したクリスは、八つ当たるように怒りの混じった声で強く答える。

 下手に刺激してはいけないと悟ったのか、セナは自ら頭を下げる。自分の番が終わったのを聞いて、クリスは足早に証言台から降りて行った。

 

「うぅ……」

 

 傍聴席に戻り、恥ずかしい思いをしてしまったクリスは火照った顔に両手を当てる。彼女は気付いていないが、話を聞いていた何人かの男は体勢を前のめりにしていたそうな。

 そして彼女は、チラリと左隣へ目を向ける。そこにいるのは、先程の話をガッツリ聞いていたバージル。彼は前を見つめていたが、しばらくしてクリスの視線に気が付く。

 クリスと目を合わせたバージルは――何も言わず、彼女から顔を背けた。

 

「せめて何か言ってよ!? 無言で目を逸らされるのって結構心にくるんだからね!?」

「ク、クリスさん落ち着いて……裁判官に怒られますよ……」

 

 視線を外したバージルへクリスは涙目になりながら突っかかるが、また注意されるからとゆんゆんは小声で宥めようとする。

 事実、裁判長は今にも木槌を叩こうとしていたのだが、それよりも先に検察官が声を上げた。

 

「さぁ最後の証人! 証言台へ!」

 

 裁判が上手く運んでいてテンションが上がっているのか、セナはノリノリで証言台を指しながら最後の証人――バージルを呼んだ。

 彼女の声を聞いたバージルは、ポカポカ叩いてくるクリスを無視して傍聴席から離れ、証言台へ向かった。

 

 

*********************************

 

 

「彼の名前はバージル。冒険者に就いてまだ1年も満たない身でありながら魔王軍幹部を倒し、デストロイヤー迎撃作戦では固有スキルを使いデストロイヤーの進行を止めました。蒼白のソードマスターとして、魔王討伐を期待されている冒険者です」

「ほう、この青年が……して、彼はどのような証言を?」

 

 バージルが腕を組んで証言台に立つ前で、セナは裁判官へバージルのことを簡単に紹介する。

 彼の噂は耳にしていたのか、裁判官は片眼鏡を動かしつつ興味深そうに見つめながらセナに尋ねる。対してセナは、カズマ達へ振り返りつつ話した。

 

「サトウカズマは、パーティーリーダーであるにも関わらず、その責任を放棄していることです」

「はっ?」

 

 自分ではパーティーリーダーの責務を全うしているつもりなのか、セナの発言を聞いてカズマはえらく不機嫌そうな声を漏らす。

 しかしセナは気にせず、カズマから隣のパーティーメンバー3人――アクア、めぐみん、ダクネスに視線を移した。

 

「今回、サトウカズマの弁護人として参加しているのは、彼のパーティーメンバーである3人です。1人は魔力結界を破り、1人は爆裂魔法で要塞の足を破壊し、1人は同じく爆裂魔法を使用した者を謎のモンスター達から守った……3人共、デストロイヤー迎撃作戦にて大いに貢献しておりました」

「な、何よ。私達まで悪く言うのかと思ったら、良い事言ってくれるじゃない。あの人って目はキツイけど、根は優しい人なのかも」

「最後に私が要塞を木っ端微塵にしたのを省略されたのは気になりましたが、まぁいいでしょう」

「わ、私のことまでフォローしてくれるとは……嬉しいのだが、あえてスルーして欲しかったと思う自分もいる……」

 

 セナから予想外の賞賛を受け、3人は満更でもない様子を見せる。だがしかし――彼女等への贈る言葉が、褒めるだけで終わる筈もなく。

 

「同時に、この街の問題児の筆頭でもあります」

「「「っ!?」」」

 

 続けて発せられたセナの言葉を聞き、彼女等は酷く驚いた。カズマがアクア達へ「なんで驚いてんの?」と言いたげな目線を送っている一方、セナは彼女等の反応を気にせず話を続ける。

 

「まず青髪の女性。彼女は自らを女神アクアと名乗るアクシズ教徒で、金がないにも関わらず酒を飲んでツケておく、街の飲料を水に変える、森の木に魔力を流してアンデッドを呼び寄せる等、問題行動を度々起こしている人物です」

「わざとじゃないから!? 水に変えちゃったのは私の体質のせいだから!? それに私は、正真正銘、この世界に1万人以上の信者を持つ水の女神――アクア様御本人なの!」

 

 ――チリーン。

 

「なぁんでよぉおおおおおおおおっ!?」

 

 魔道具にすら女神と認識されていなかったアクアは、泣きじゃくりながら机をバンバンと叩く。

 彼女は全く納得していない様子だったが、相手にしていたらキリがないと判断したのか、セナは次にめぐみんへ鋭い視線を向けた。

 

「次に黒髪の女性。彼女は毎日街の外で爆裂魔法を放ち、住民に騒音被害を加えております。更には彼女の爆裂魔法が原因で、魔王軍幹部を呼び寄せてしまう事件も起きたと聞きます」

「はうっ!? ……わ、私は当時、あの城に魔王軍の幹部が住んでいたとは知らなかったんです! それに紅魔族というのは、1日1回爆裂魔法を撃たなきゃ死んでしまう身体で――」

 

 ――チリーン。

 

「……すみません。爆裂魔法は趣味で毎日撃ってます。それと魔王軍が城に住んでいたことは、本当に知りませんでした。それだけは信じてください」

「あの魔道具の前で、よくその嘘が通せると思ったな」

 

 めぐみんは顔を俯かせ、自己満足で爆裂魔法を放っていることを認める。頭が良いのか悪いのかわからない紅魔族をカズマが呆れた目で見つめる傍ら、セナは次にダクネスへ目を向けた。

 

「そして金髪の女性。彼女は先の二名のような、街に迷惑をかける行いはしていませんが……ここに立つ証人のバージルさんから、彼の構える店へ毎日のように来られ、営業妨害を受けているとの証言があります」

「ムッ……待って欲しい、検察官。私はそのような目的で通いつめているつもりはない。あれは一種の遊びだ」

「そのくだらん遊びに付き合わされる俺の身にもなれ。まだ街でゴミ拾いでもしていた方が有意義に過ごせる。悪質な営業妨害だ」

「んんっ……! ゴミ拾い以下っ……!」

 

 ダクネスとバージル、両者の言葉に魔道具は反応を示さない。ダクネスは強く反応していたが。

 裁判の場だというのに頬を赤らめて感じているダクネスを、セナはクリスの時のように引き気味に見つつも、眼鏡を上げて言葉を続ける。

 

「と、とにかく、彼女等が街で問題行動を起こしているのは明白です。だというのに、サトウカズマはパーティーリーダーの身でありながら、その問題を我関せずとばかりに放置しているのです! なんと無責任な男でしょうか!」

「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって! 責任の放棄? 俺はこれでも精一杯努力して、コイツ等の面倒を見てやってんだよ!」

「では何故、彼女等は問題行動を起こし続けているのですか?」

「全く言うことを聞きやしないからだよ! つーかめぐみんの件はまだしも、アクアとダクネスの問題行動は俺の知らない場所でのことだろ!? そんなんにまで責任持てっか! 俺はリーダーであって親じゃない!」

 

 カズマは怒りを露わにし、セナに言い返す。もはや発言の許可など取らずに口論が進んでいるが、一々注意していられなかったのか面倒になったのか、裁判官は静かに見守っていた。

 やがて、口論の果てにセナは呆れたのかため息を吐き、カズマから視線を背ける。

 

「言い訳は結構。彼女等の問題行動により、被害が出ているのは事実です。この証人も、責任感のない貴方には怒りを感じていたと述べておりました」

「嘘だ! バージルさんは一度、俺の代わりにコイツ等とクエストへ行ったことがある! つまり、俺の苦労も知ってるんだ! そんなこと言う筈がない! そうですよねバージルさん!?」

 

 セナが事前にバージルから聞いた証言を出し、確認を求めるようにバージルへ視線を向ける。一方でカズマはセナの発言を否定し、バージルに期待を寄せた眼差しを向けてくる。

 両者、そして裁判官やアルダープ、アクア達、傍聴人達が一斉にバージルへ注目する中――彼は腕を組んで目を閉じたまま、静かに答えた。

 

 

「そんなことはどうでもいい」

「「……えっ?」」

 

 それはセナ、カズマ共に予想していなかった返答。二人は思わず間の抜けた声を上げる。

 裁判官はチラリと魔道具へ視線を移す。が、音は鳴らない。先の発言が嘘でないことを皆が理解したところで、バージルは言葉を続けた。

 

「そもそも、そこの男が今日ここで死のうが生きようが、俺の知ったことではない」

 

 ――チリーン。

 

「……少し語弊があったか。サトウカズマは協力者の1人。勝手に死なれるのは困ったものだが……それだけだ。吊るされようが刎ねられようが、俺は何とも思わな――」

 

 ――チリーン。

 

「……多少なりとも交流のある者が死なれるのは、あまり気持ちのいいものではない」

 

 ここぞとばかりに効果を発揮した魔道具に遮られ、バージルは言葉を二度訂正する。以前彼は目を閉じ、両腕を組んだまま。

 恐らくダストのものだろう。小さく吹き出す声が傍聴席から漏れる一方、弁護席にいたカズマ達は――。

 

「いいかめぐみん、ダクネス。ああいうのを俗にツンデレっていうんだ。普段はツンと冷たい態度をとってるけど、思いもよらないところでデレを、心の内を明かす人を指す言葉だ」

「なるほどなるほど。つまり私達は今、彼の貴重なデレを目撃したということですね」

「ふむ、要は照れ隠しのようなものか……」

「全く、お兄ちゃんったら全く。こんな時でも素直じゃないわねぇ」

 

 バージルを見て、ニヤニヤと笑っていた。裁判で不利な状況に立たされているというのに、なんと呑気なことか。

 

【挿絵表示】

 

 しかし、バージルも黙っているわけがない。彼は目を開いてカズマ達を鋭く睨むと――弁護席へ幻影剣の雨(五月雨幻影剣)を降らせた。

 

「――Shut up(黙れ)

「「「は、はいっ!」」」

 

 思わぬしっぺ返しを食らい、カズマ、めぐみん、ダクネスの3人は素早く返事をする。誰も剣に刺さることはなかったのだが、怖がらせるには十分過ぎる脅しだった。ダクネスはちょっと喜んでいたが。

 

「わ、私はわかってるからね! それも照れ隠しなんでしょ!? 恥ずかしい瞬間を見られたヒロインが思わず主人公を殴っちゃうようなアレと同じなのよね!?」

「アクアはいい加減、引き際というのを覚えてください!」

「むーっ! むーっ!」

「しょ、証人! 法廷で魔法を使うのは、たとえ被害者が出ていなくとも禁則事項です! 次同じことをしたら即立ち退いてもらいますよ!?」

「すまない。ついカッとなってな」

 

 それでもアクアは涙目になりながらも声をかけてきたが、隣のめぐみんが彼女の口を塞ぐ。その一方でバージルは裁判官からお叱りを受け、素直に謝った。勿論反省はしていない。

 バージルが視線を裁判官へ向ける中、置いてきぼりだったセナはバージルに歩み寄り、事情を尋ねてきた。

 

「バージルさん! 事前に聞いていた内容と違いますよ!? 貴方は責務を放棄しているサトウカズマへ、怒りを感じていたと――!」

「確かに怒りは覚えたが、過去の話だ。それに、ここへ来たのは証人としてではない」

「はいっ!?」

 

 バージルの言葉を聞き、セナは理解不能とばかりに声を上げる。バージルは彼女から視線を外して左へと移し――。

 

「俺はただ――アルダープ。貴様と話せる機会が欲しかった」

 

 検察側の席に座っていた、被害者のアルダープへ目を向けた。

 まさか自分の名前が出るとは思っていなかったのか、アルダープは少し驚く様子を見せると、バージルと目を合わせ――何故か、自分を守るように自身の身体へ手を回した。

 

「わ、ワシにそんな趣味はないぞ!?」

「阿呆が。貴様のような下賤な豚に好意を抱くわけがなかろう」

「んなっ!? げ、下賤な豚……だと……!?」

 

 容赦ないバージルの言葉を受けてアルダープは狼狽えたが、後から怒りが沸々と湧き出てきたように声を震わせる。

 

「バ、バージル……今アルダープに向けた言葉を私にも、もう少し強めに罵る感じで――」

「お前は時と場合を考えよう! なっ!?」

 

 ダクネスがまた変なことを言い出そうとしてカズマに止められていたが、バージルはそれを無視してアルダープとの会話を続けた。

 

「こうして直接話すのは初めてだな。アレクセイ・バーネス・アルダープ」

「……フンッ。すぐに金を支払ったものだから、もっと素直で誠実な性格だと思っておったぞ。蒼白のソードマスターよ」

「金……あぁ、あの騎士が持ってきた請求書か。兵の雇用代にしては些か割高だと思ったが、払えない金額ではなかったからな」

 

 バージルの言葉を聞き、アルダープはピクリと眉を動かす。その僅かな反応を見逃さずに確認したバージルは、話題をこの裁判へと持っていった。

 

「そして、今度はこの男の起訴か……罪名は国家転覆罪。実に極端だな」

「な、何を言うか!? この私の屋敷が消されたのだぞ!? 下手すれば私もこの場にいなかった! これを国家転覆罪と言わずして何と言うか!?」

「この国の王子や第一王女ならまだしも、腹を満たすことにしか脳のない輩が1人が死んだところで、国がひっくり返ると思っているのか? 随分と高慢なことだ」

「貴様……っ! ワシに向かってなんだその口の利き方は!?」

 

 ため息混じりに言葉を返してきたバージルの態度へ怒りを覚えたアルダープは、握りこぶしをドンと机に叩きつける。

 

「おい裁判官! いつまでこの男を放っておくつもりだ!? 証人の役目を務める気はないのだろう!? さっさと法廷から引きずり降ろせ!」

「あっ、は、はい! 騎士達よ! 証人を証言台から降ろしなさい!」

「「はっ!」」

 

 証人という立場を利用して好き勝手に発言するバージルを捕えるべく、命令された騎士二人はバージルのもとへ。ここにいては危険と見たセナは、そそくさと検察側の席へ戻る。

 甲冑を纏った騎士達はにじり寄り、同時に掴みかかる。が、バージルは証言台から跳び上がることで難なく避け、法廷のど真ん中へ。

 裁判官の席と証言台、弁護側の席と検察側の席の対角線上に立ち、裁判官を見上げているバージルを、捕まえ損ねた騎士二人が左右から挟む形へ持ちこむ。

 騎士達は再びジリジリとバージルへ寄っていくが、今度はバージルから動き出した。彼は左側にいた騎士を見ると素早く駆け寄り、勢いを乗せたまま跳び上がる。

 そして、騎士の甲冑に包まれた頭を踏みつけ、検察側の机へ大きく音を立てて着地した。近くにいたセナは驚きのあまり弁護側の席へ逃げ、椅子に座っていたアルダープも椅子ごと後ろへ倒れた。

 バージルは三点着地の姿勢のまま顔を上げると――怯えた様子でいるアルダープへ、囁くように告げた。

 

「気に入らんか? なら貴様の手で死刑にするといい」

「……っ!?」

 

 彼の言葉を聞き、アルダープは目を見開いて再度驚いた。その反応をしかと見たバージルは、机に足を着けたまま立ち上がって後ろを振り返る。

 二人では無理だと思ったのか、バージルを捕えようとする騎士は四人に増えていた。彼等は警戒するように構えて机の上に立つ彼を見上げている。その向こう岸、弁護側の席では「やっちゃえー!」とアクアが煽る一方、これ大丈夫なのだろうかと他3人が冷や汗をダラダラ流して見守っていた。

 

「用は済んだ。邪魔をしたな」

 

 アクアの期待とは裏腹に、バージルは裁判官へそう言って机から軽く飛び降りる。周りの騎士達が彼の一挙一動に驚く中、バージルは自ら法廷を出ようとその場から移動した。

 が――法廷から出るその直前、バージルは裁判官へ向き直る。

 

「これまでの証人尋問を聞いていたが、何の参考にもならん証言ばかりだな。これが痴漢裁判なら申し分ないが、国を脅かす罪人の証拠になるとは到底思えん」

 

 本人にその気がないからだろうが、証人という立場で来ているにも関わらず、バージルは裁判の内容について口を挟んできた。

 言葉と態度は酷く失礼だったが、内容を聞くにカズマ側に立っていてくれていることは確か。カズマが希望を託した目で見ている前、バージルは言葉を続けた。

 

「その男が真に疑わしいのであれば、この茶番劇をさっさと終わらせ、もっとストレートに尋ねるといい。貴様等の信じる魔道具が、嫌でも結果を示すだろう」

 

 自分なりの助言を送ったバージルは、困惑している裁判官から視線を外し、ようやく法廷から降りた。騎士達の警戒モードはまだ解けないのか、四人の内二人がバージルの後を追う。

 騎士二人を侍らせて、バージルは傍聴席へ戻る。彼の後ろで騎士達が目を光らせているが、彼は全く気にも止めず、チラリと右側へ目を移す。

 

「やってくれるじゃねぇかバージル! 俺もアルダープの野郎は前から気に入らなかったんだ。見ててスカッとしたぜ!」

「師匠……武器を使わないにしろ、法廷で飛び回るのは非常識では……」

「頭を踏みつけて移動するのは、戦闘に活かせそうだなとは思いましたけど……」

「君ってホントに、どこでも自由奔放だよね」

「……フンッ」

 

 ダスト以外の三名からは、やや引いた目で見られていた。

 

 

*********************************

 

 

「では最後に、被告人尋問へ移る」

 

 主に証人尋問で色々あった裁判も終盤に入り、裁判官は被告人を証言台へ呼ぶ。

 被告人であるカズマが緊張した様子で証言台へと向かう――その傍ら、アルダープは先程の男、バージルの起こした行動と言葉を気にしていた。

 

「(あの男、一体どういうつもりだ? まさか奴はアレを知って……いや、考え過ぎか)」

 

 初対面だというのに、自分の立場も弁えず高慢な態度を取ったあの男。今すぐ極刑にしてやりたかったが、そこまでの権力は今の自分にない。

 彼の発言から、あの存在を知られているのではと危惧したが、アレはたかが人に悟られるような力ではない。あの時『奴』と同じ得体の知れなさをバージルから感じ取ったのも、きっと気のせいだ。

 アルダープはバージルについて一旦忘れ、裁判へ耳を傾ける。被告人、サトウカズマの印象は証言を聞く限り最悪だ。有罪判決は間違いない。

 

「最後に問います……被告人は、この国に仇為すつもりはありますか? 貴方はこの国にとって……敵ですか? 味方ですか?」

 

 先の男の助言を鑑みてか、今までで1番単刀直入な質問を裁判官はぶつけた。

 彼がどう答えようと、こちらの勝ちは揺るがない。検察官から、警察署での尋問で彼は魔王軍との関わりがあることを知った、との情報も得ている。いざとなればそれを切り出せばいい。

 裁判官は静かにカズマの言葉を待つ。彼はしばらく黙っていたが、やがて意を決したように顔を上げると大きく息を吸い、大声で答えた。

 

「俺は、魔王軍の味方でもなければテロリストでもない! 冒険者としてこれまで通り、平和な生活を過ごしたいだけだ!」

 

 魔王軍の味方じゃない。その言葉を聞いて、アルダープは勝利を確信した。ここで魔道具が鳴り、彼が魔王軍と関わっている動かぬ証拠を示すだろうと。

 

 

 が――彼の言葉に、魔道具が反応することはなかった。

 

「なっ……!? 検察官! これはどういうことだ!? この男を警察署で尋問した際、魔王軍との関わりがないと答えた時に、魔道具が反応したと聞いておったぞ!?」

「え、えぇ……その筈なのですが……」

 

 想定外の事態に、アルダープは声を荒げて検察官に事情を聞くが、彼女も予想だにしていなかったのか戸惑っている様子。

 使えん女だと思いつつ、アルダープはバンと机を両手で叩いて立ち上がり、カズマを指差しながら裁判官へ切り出した。

 

「裁判官! その男は間違いなく魔王軍関係者だ! きっとソイツか仲間が裁判前に魔法を使い、魔道具に細工を仕掛けたのだ! そうに違いない!」

「アホかおっさん! 俺にそんな便利魔法があったら最初から使ってるわ!」

「んぬうっ!? お、おっさ……!?」

 

 またも自身を侮辱され、アルダープはワナワナと震える。ヒートアップする彼等とは対照的に、裁判官は実に落ち着いた様子で口を開いた。

 

「裁判前に彼と弁護人の冒険者カードは確認しましたが、そのような特殊なスキルは見受けられませんでした。それに、この魔道具は厳重に保管してあったもの。細工の施しようがありません」

「ぐぅっ……!? こ、故障だ! その男が答える丁度その時に壊れたんだ!」

 

 結果を認められなかったアルダープは、次に魔道具を指差す。それを受けた裁判官は、カズマへと顔を向けて尋ねた。

 

「では被告人。今から貴方に3つ質問します。最初の2つは必ず肯定し、最後だけ正直に答えてください。まず1つ目、貴方の名前はサトウカズマですか?」

「はい」

「……反応無し。2つ目、冒険者のクラスはソードマスターですか?」

「スタイリッシュに戦うソードマスターカズマです」

 

 ――チリーン。

 

「反応あり。故障はしていないようですね。では最後の質問です。貴方は本当に、魔王軍の手先でもなければ、国を支配するつもりもないのですね?」

「さっきも言ったでしょ。俺は魔王軍に加担して冒険者と戦うことは微塵も考えてないし、人並み……よりはちょっとリッチに平和な生活を送りたいだけなんです」

 

 再び問われた質問。カズマは同じく冒険者側の人間だと答える。その答えに、魔道具はまたも反応を示さなかった。

 

「フム。どうやら本当に彼は、国家を揺るがすようなことを考えてはいないようですね。そうなると取り調べの件が気になりますが……どちらにせよ、今の彼に国家転覆罪を与えることは難しいと見ます」

「じゃ、じゃあ俺は無罪に――!」

「いいえ。いかに危機状況下であったとしても、危険物をランダムテレポートで転移させるのは違法です。貴方には、国家転覆罪となった時よりは軽い刑が課されるでしょう」

「あっ、はい」

 

 国家転覆罪の場合、人生のほぼ全てを牢屋で過ごすか、最悪死刑となる。それよりはマシだと考えてか、カズマは裁判官の言葉を素直に受け止めた。

 

「く……くそっ……!」

 

 だがその傍ら、アルダープは未だ納得できず、カズマを憎たらしく思いながら睨んでいた。

 このままいけば、彼は当初の予定よりも軽い刑を受け、務めを果たせば再び街の中へと戻るのだろう。いや、もしかしたら鉄格子に囚われることすらないかもしれない。

 それを許せるのか? 彼を許せるのか? 自分の屋敷を奪い去ったあの男を。庶民でありながら、パーティーメンバーという立場を利用して『彼女』に言い寄る、サトウカズマを。

 否、許せない。断じて許せない。気に入らないあの男は――ここで死ぬべきだ。

 

「――その男は死刑だ。魔王軍と繋がりのある危険人物として、然るべき罰を与えよ」

 

 アルダープは荒げていた声を落ち着かせると席に座り、命令するようにそう告げた。

 それを近くで聞いていた検察官のセナは、申し訳なさそうな表情を見せつつ口を添えてきた。

 

「あ、あの、アルダープ殿……今回の事例は怪我人も死者もいないため、国家転覆罪といえど流石に死刑を求刑するのは――」

「いいや、死刑だ」

 

 そんな彼女に、アルダープは目を合わせつつ短く言葉を返した。

 セナは最初、困った様子でアルダープを見ていたが……しばらくして、彼女の表情は裁判が始まった時と同じ、鋭い目を映し出す。

 

「……そうですね。死刑が妥当と思われます」

「はっ?」

 

 セナとアルダープのやり取りを聞いていたカズマは、素っ頓狂な声を上げる。更にアルダープは裁判官へと目を合わせて口を開いた。

 

「そうだろう裁判官? この男には、死刑を与えるべきではないか?」

「……えぇ。確かに彼の行いは、人間としてあるまじき行為」

「はぁっ!?」

 

 セナだけでなく裁判官までも、先程まで口にしていた内容とはまるで違うことを話す。

 どういうことだとカズマが混乱している最中、裁判官は真正面にいるカズマへと向き直り――。

 

「よって判決は――死刑と処す」

 

 機械のように冷たい声で、判決を下した。

 

「いやおかしいだろ!? 流れ的にまずおかしいだろ!? 俺さっき自分で敵じゃないって証明したよな!? どこが当初より軽い刑だよ!? ここには死刑より重い刑でもあんのか!?」

「私達が初めての裁判だからって馬鹿にしてるんですか!? 検察官や裁判官がそんなにコロコロ言ってることを変えるなんて滅茶苦茶ですよ!?」

「待った! 今さっき邪な力を感じたわ! ここにいる誰かが悪しき力を使って事実を捻じ曲げようとしてるのよ!」

 

 この判決にカズマ達は強く反論してきたが、裁判官は聞く耳持たず。青髪の女性が何か言っていたが、先程自分で吐いた嘘が効いているのか、傍聴席の者ですら信用していないようだ。

 アルダープは、青髪の女の言葉に内心ドキッとしながらも腕を組み、目を閉じる。下手に喋ればタネがバレる。あの男が処刑されるまで、黙っているのが得策だろう。

 

 ――と、その時だった。

 

「裁判官、これを」

 

 パニックに陥っているカズマ達を静止させるように、凛とした声が発せられた。アルダープは目を開き、声が聞こえた弁護側の席を見る。

 発言したのは、弁護人の1人でありサトウカズマのパーティーメンバー。ダクネス。彼女は胸元から取り出したペンダントを持ち、裁判官へ見せていた。

 そこには、アルダープもよく知る紋章が描かれていた。

 

「そ、それは――ダスティネス家の紋章!? とすると貴方は――!?」

 

 裁判官はえらく驚いた様子で、ダクネスが持つペンダントを凝視する。

 そうだ。彼女は、どこの馬の骨ともわからない男と旅を共にするようなクルセイダー、ダクネスではない。

 王家の懐刀とも呼ばれる大貴族、ダスティネス家の令嬢――ダスティネス・フォード・ララティーナなのだ。

 

「この裁判、私に預からせてくれないだろうか。時間を与えてくれたら、この男が悪しき男ではないと証明してみせよう。無論、破壊してしまった屋敷も弁償しよう」

 

 彼女は強気な姿勢で、裁判官へ豪語する。ダスティネス家の名前を出されてはとても言い返せないのか、裁判官は静かに俯いた。続けてダクネスは、アルダープへと目を向ける。

 

「アルダープ。私達に猶予を与えてはくれぬだろうか? 私にできることがあれば……なんでもしよう」

「っ!? な、なん……でも……!?」

 

 どんなものよりも魅力的な彼女の言葉を聞いて、アルダープは思わずゴクリと息を飲む。

 しかし、自分は貴族の1人。貴族として恥ずかしい行いをせぬよう心を落ち着かせると、ここにきて初めて笑顔を見せた。

 

「いいでしょう。他ならぬ貴方の頼みだ。その男に猶予を与えましょう」

 

 傍聴席で、青いコートの男が不敵な笑みを浮かべていたことなどいざ知らず、アルダープは快く応じた。

 

 

*********************************

 

 

 処刑場の前で行われた裁判。判決は、ダクネスの提案によって保留に。

 アルダープから与えられた猶予はいつまでか部外者には不明だったが、その間にカズマは、魔王軍の手先ではないことを証明することと、更に屋敷の弁償もしなければならないことだけは皆も理解できた。

 

「とにもかくにも、カズマ君が即処刑だなんて展開にならなくて良かったよ」

 

 裁判後、バージルとクリスはアクセルの街の商業区を歩く。大きな裁判があったというのに、街は平穏な日常を保っていた。変化があるとすれば、買い物途中の奥様方による世間話が盛り上がっていることか。

 聞き耳を立てると、ほとんどの者が同一の話題を話していた。それは、此度の裁判で判明した事実――冒険者ダクネスの正体が、ダスティネス・フォード・ララティーナ――ダスティネス家の令嬢であったこと。

 

「色々あった裁判だったけど、やっぱりダクネスが貴族だったってことが1番驚かれてるみたいだね」

「……貴様は知っていたのか?」

「女神としてはね。冒険者になる前も、彼女はアタシの宗派にいてくれたから。でも盗賊クリスとしては、冒険者ダクネスの姿しか知らなかった」

 

 バージルの質問に、クリスは街の人々に盗み聞きされないよう少し声を小さくして答える。

 

「いつか教えてくれるかなーと期待してたんだけど、結局今日まで明かしてくれず。せめてアタシにだけは秘密を教えて欲しかったなぁ」

「同じく正体を隠し、下界に降りている貴様が言えたことか?」

「うぐっ……ア、アタシもいつかは話そうと思ってるんだけど……立場が立場だから、ちょっと怖くって……」

 

 痛いところを突かれたクリスは、若干口ごもりながらいずれダクネスにも自分の秘密を明かしたい節を話す。

 が、まだ踏み切れていない様子のため、その日が来るのは当分先になるだろう。バージルはそう予見しながら、裁判での出来事を振り返る。

 

 被告人尋問にて、カズマの主張により裁判官は一度カズマ側に傾いたが、何故か急にアルダープ側へと戻った。その様子は、傍聴席から見ていても違和感のあるものだった。

 アクアの発言は誰も信じていなかったが、力が働いたのは間違いない。事実バージルもその力と、それが放つ独特の臭い――悪魔の臭いを感じ取っていたのだから。

 

「(事実を捻じ曲げる悪魔……か)」

 

 あの時アクアは「誰かが事実を捻じ曲げようとしている」と言っていた。もしそれが正しいのであれば、アルダープの悪行を犯した痕跡が見つからないと本の著者が記していたことも、あの横暴な請求書にも納得がいく。

 この世界かあっちの世界か、どちらの悪魔かまでは不明だが、どちらにせよアルダープが悪魔と関わっているのは確かだ。それに彼は隠し方も下手。この街には悪魔に精通した者が少ない故に隠し通せていたのだろうが、あれではいつ自分からボロを出してもおかしくない。

 相手が動いたらこちらも動き、その度にボロを出させて少しずつ追い詰めていくのもいいかもしれない。そう思いながら、バージルは隣のクリスに視線を向ける。悪魔の力に気づかなかったのか敢えて話題に出さないのか、彼女は別の件で心配そうに呟いた。

 

「ダクネス、大丈夫かな……いくらカズマ君を庇うためとはいえ、何でもするなんて大胆なこと言って……」

「……奴は、自分から望んで言ったようにも見えたのだが」

「んなわけないでしょ!? ダクネスがそんなことを望む筈が……ない……よね?」

 

 悪い貴族にあれやこれやと卑猥なことをされる。相手の女性は悲しみ、絶望に満ちた表情をするものだが、どうしてかダクネスの場合だと、楽しげに体験していそうに思える。

 もしかしたらダクネスは、わざと何でもするなんて発言をしたのでは。そんな風にまで思えるようになった時、彼等の耳に1人の女性の声が。

 

「らっしゃいらっしゃい! 畑直送の良い作物が揃ってるよー! 人参大根白菜さんま! どれも採れたてピチピチの新鮮素材! そこのお二人さん! よかったら今晩の夕食にいかがですかー!?」

 

 商業区ではよく耳にする、店の客引き。明るく元気な少女の声を聞き、バージルとクリスはそちらへ目を向ける。

 バージルもクリスも、普段の食事はいつも酒場か食事処で済ませている。食材を使う機会はほとんどないため、いつもなら目にしつつも素通りするだけなのだが――二人は思わず足を止めた。

 彼等の目を引いたのは、八百屋の客引き。黒いショートヘアーに黒のワンピースを着た、丁度めぐみんと同程度の身長を持つ、見覚えのある少女。

 

「今なら安くしときますよ! 取り合わせ3つで2割引き! 5つならなんと3割――」

「何してるんですかぁああああああああ!?」

 

 クリスの先輩であり、バージルをこの世界へ送った人物――女神タナリスだった。

 




挿絵:のん様

裁判だけならそこまで長くならないだろとタカを括っていたら、デストロイヤー戦を越えちまった。


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第41話「この駆け出しの街に黒き来訪者を!」

 街の商業区にあった八百屋の前、響き渡った女性の声を聞いて街行く人々は足を止める。

 驚きのあまり素の口調に戻ってしまったクリス。その一方、客引きの少女――女神タナリスは、今気付いたかのように2人の顔を見た。

 

「おや、どこかで見たことあると思ったら、僕が送り出した異世界転生者とパッド入りで有名な後輩君じゃないか」

「パ、パッドのことは言わないでください! それよりもタナリス先輩! どうして貴方までここに――!?」

「まぁそんなことより、どうだいお一つ! 知り合い割引ってことで安くするよ!」

「そんなことより!?」

 

 タナリスはそのまま商売を続けようとして、クリスへ手に持っていたサンマを勧める。バージルも思わぬ再会に驚いてはいたが、クリスほどオーバーな反応は見せなかった。

 とその時、八百屋の奥から1人の男が。ここの主人だろう。野菜を相手にしているからか、着ている白いシャツがパツンパツンになるほどガタイはよく、厳つい顔つきに鉢巻を巻いていた。

 

「なんだ騒々しい。ウチの品物にケチつける輩でも現れたか?」

「あっ、ボス! 実は偶然知り合いと会って、話が盛り上がってたところだったんです」

「ボス言うな。どれどれ……って!? コイツ蒼白のソードマスターじゃねぇか!? お前、こんな有名人と知り合いだったのか!?」

 

 バージルの噂を知っていた八百屋の主人は、彼を見てビックリ仰天する。タナリスは主人の話を聞き、何故かバージルをニヤついた顔で見つめてきた。

 

「あ、あの、八百屋さん。ちょっとこの人と話があるから、お借りしてもいいかな?」

「えっ? あぁ……もう帰らせようと思ってたとこだし、構わねぇよ」

 

 八百屋の主人はクリスの頼みを聞いてOKすると、ポケットから封筒を1つ取り出してタナリスへ手渡す。

 

「ほれ新入り。7日分の給料だ。中々筋は良かったし、暇があればまた手伝いに来てくれや」

「あざまーす!」

 

 八百屋の主人から渡された給料袋を、タナリスはお礼を言いつつ受け取る。

 いつの間にやら八百屋のバイトとして馴染んでいた彼女と話すべく、クリスとバージルはタナリスを連れて、人気のない場所へ移動した。

 

 

*********************************

 

 

「では改めて、久しぶりだね。エリスにバージル」

 

 人もペットも歩かない、街の静かな一角。偶然にもそこは、バージルがこの世界に降り立った場所だった。

 若干の懐かしさをバージルが覚えている傍ら、クリス――タナリスの後輩エリスは事情を尋ねる。

 

「先輩……一体何故……?」

「この世界に来たはいいものの、お金がスッカラカンなもんだったから、僕にもできそうなバイトを幾つか掛け持ちして稼いでたんだ。因みにさっきの八百屋さんは、丁度今日で終わった短期で――」

「そっちじゃなくて! どうして先輩がこの世界に来てるんですか!?」

 

 エリスは少し怒り気味に再度尋ねる。するとタナリスは両手を頭の後ろへ回し、陽気に笑いながら答えた。 

 

「いやー、元々何度か規定違反をしてたからマークされてたんだけど、バージルを異世界に送ったのが決定打になったらしくってね。上司の説得虚しく、僕は堕天アンド異世界転移させられたんだ。処罰が下されるまでに、結構時間がかかったように思えたけど」

「笑いながら言うことですか……」

 

 堕天は、天界に住む者にとっては人間における終身刑と同等の処罰。だというのに、タナリスは堕天した今を全く悲観していない様子。そんな彼女を見てエリスは呆れながらも、この人は変わらないなと思った。

 エリスと話していたタナリスは、姿勢は保ったまま視線をバージルへやり、茶化しているような笑みを浮かべつつ彼に話しかけた。

 

「にしても……バージルはちゃんと良い子でいてくれたみたいだね。蒼白のソードマスターなんて呼ばれてたし。テストしたかいがあったよ」

「……テスト?」

 

 気になる言葉を耳にし、バージルは彼女へ聞き返す。うっかり喋ってしまったのだろうか、タナリスは「あっ」と声に出した。

 バージルはタナリスを睨み、言葉の意味を話すよう目で訴える。間を置いてタナリスは観念したかのように息を吐くと、組んでいた手を降ろしながらバージルに答えた。

 

「転生特典を選ぶ時、君は1回閻魔刀を選ぼうとしただろう? その直前に僕は君へ、天界にある神器を使って、1つのイメージを見せたのさ」

「……成程、あれは貴様が仕掛けたものだったか」

 

 異世界転生する前、タナリスから転生特典として好きな物を選ぶよう指示された時のこと。バージルは即座に閻魔刀を選ぼうとしたが、その時脳裏に浮かんだ謎の男を見て、彼は閻魔刀を取ろうとした手を引いた。

 実のところ、彼は何故あのイメージが浮かんだのか内心気になっていたのだが、今しがたタナリスの口から原因を聞いたことで、胸のつかえが取れた気がした。

 

「えっ? あの、テストって何ですか? それに神器って……先輩、まさか無断で使用したりとか……してないですよね?」

 

 その傍ら、話についていけてなかったエリスは2人を交互に見ながら尋ねてきたが、タナリスはそれを無視して話を続ける。

 

「もしあのイメージを見た上で閻魔刀を選ぼうとしたら、僕は即君を地獄送りにするつもりだった。けど君は、選ばなかった」

「故に、俺はこの世界にいる……ということか」

「そーいうこと。因みにあのイメージについて、僕は事細かな詳細を知ってるんだけど……聞きたい?」

「いらん」

「おや、意外だね。絶対聞きたがると思ってたのに」

「あの男が誰かなど、今の俺が知ったところで何ら意味はない。閻魔刀は惜しいが、丁度この刀も馴染んできたところだ。今更取り返そうとは思わん」

 

 ニヤニヤと笑うタナリスに、バージルは目を伏せつつ話す。魔の力を追い求めていた過去の自分が聞いたら、血相を変えて「考え直せ」と言ってくることだろう。

 すっかり変わってしまったなと自分で思う側、タナリスはバージルを以前茶化すような笑みで、されどどこか安心したように見つめていた。

 

「……むぅ……」

 

 独り、自分の知らない話で盛り上がっている2人を見て、エリスは少し不機嫌そうに頬を膨らませていたのだが、それに2人が気付くことはなかった。

 話が終わったところで、タナリスは空を見上げる。青かった空は、既に赤みを帯びつつあった。

 

「おっと、もう夕暮れ時か。えーっと今日は……休みか。僕はこれから宿に戻るけど、君も宿泊まりかい?」

 

 タナリスは懐から取り出した手帳を開いて今日の予定を確認してから、バージルに尋ねる。未だ膨れた頬でエリスが見つめていることにも気付かず、バージルは言葉を返した。

 

「いいや、郊外の辺りに家を建てた」

「ホント? 良かったら、今から見に行ってもいい?」

「……フム、いいだろう」

「えっ!?」

 

 まさか自宅訪問を二つ返事で承諾するとは思ってなかったのか、横で聞いていたエリスは独り驚く。しかし2人は気にせず足を動かし、バージルを先頭に郊外へ向かって歩き出す。

 

「ちょっと!? 私を置いて行かないでくださいよ!?」

 

 終始置いてきぼりだったエリスは、慌てて2人の後を追った。

 

 

*********************************

 

 

 アクセルの街郊外、デビルメイクライ店内。バージルはいつもの席へ、エリスはソファに座り、店内をうろつくタナリスを見守っている。

 ここへ来る途中、視線の先に見つけた屋敷を見て期待を膨らませ、そこを通り過ぎて隣の家に来た時はえらくガッカリしていたが、今は楽しそうに家の中を見回っていた。

 

「ふんふん、これがバージルの家かぁ。しっかりインテリアも飾ってあるし。てっきり何もない簡素な作りかと思ってたよ」

「大体は、依頼報酬で得た貰い物だがな」

 

 バージル宅を粗方見終わって感想を呟くタナリス。バージルは裁判前に没収されていた武器の調子を見つつタナリスに話す。

 2人の話を聞きながら、エリスも綺麗に掃除整頓された店内を見渡す。もしここの主がバージルではなく弟の方だったら、どんな内装になっていただろうか。少なくとも、ここまで綺麗に掃除されてはいないだろう。

 と、エリスが独り想像を働かせていた時、タナリスはバージルへ向き直り、唐突にこう告げてきた。

 

「ねぇバージル、僕もここに住んでもいい?」

「えぇっ!?」

 

 予想外な上に突然の提案を聞いて、バージルではなく横で聞いていたエリスが驚く声を上げる。

 タナリスがバージルの家で住み着く。つまりそれは、彼と衣食住を共にし――朝も夜も、彼と一緒に過ごすということ。

 

「だ……ダメです! それだけは絶対にダメです!」

 

 そこまで考えたところでエリスは思わず立ち上がり、タナリスの提案を拒んだ。取り乱した様子のエリスを見て、タナリスは不思議そうに首を傾げる。

 

「なんでエリスが答えるのさ。あっ、もしかして僕の身を案じてくれてる? そりゃ杞憂だよ。彼が花よりダァーイな男だってことは知ってるから、問題なんて起こりようもないさ」

「そ……そうかもしれませんけど! とにかくダメなんです!」

「心配のし過ぎだってー。ねっ? バージル?」

 

 理由が上手く言えずにいるエリスへ、タナリスは取り越し苦労だと安心させるように話しつつ、バージルに同意を求める。

 2人のやり取りを、刃のこぼれを見つつ黙って聞いていたバージルは、鞘に刀を納めてから返答した。

 

「俺が許可する前提で話を進めるな。家が欲しければ自分で買え」

「えー」

 

 バッサリNOと断られ、タナリスは不満そうな声を上げる。一方彼の言葉を聞き、エリスは独り安堵の息を吐いていた。

 

「いいじゃんケチー。寝床はそこにあるソファでもいいから。ほらっ、転生させてもらった借りを返すと思ってさ」

 

 が、まだ諦め切れないのかタナリスはバージルに近寄り、彼の机に両肘を付けて前のめりの姿勢で交渉を続けた。

 自称妹女神とはまた違った食い下がりを受け、バージルは鬱陶しく思い眉を顰める。ここからは根比べ。バージルは、相手が折れるまで付き合うつもりでいたのだが――。

 

「バージルさんは滅多に意見を曲げない人なので、頼むだけ無駄ですよ。さっ、早く宿に行きましょう」

 

 この勝負を終わらせたのは、第三者のエリスだった。彼女はタナリスの首根っこを掴むと、バージルの机からいとも簡単に剥がす。

 

「あぁっ、待ったエリス。もうちょっとで説得できそうなんだ。もうあと5分待ってくれたら――」

「気のせいです。粘っても、外へ蹴られて締め出されるのがオチだと思いますよ」

 

 タナリスの言葉に聞く耳を持たず、エリスはそのまま彼女を連れて外に出る。タナリスがあれやこれやとエリスを説得する声が段々遠くなり、しばらくすれば聞こえなくなっていた。

 

「……Humph」

 

 彼女を家に迎え入れたのは、色々と聞きたいことがあったからなのだが……彼女が堕天しこの世界へ転移させられたのなら、またいつでも会えるだろう。

 静まり返った家の中でバージルは小さく息を吐き、壁にかけていた両刃剣の調子を確認し始めた。

 

 

*********************************

 

 

 カズマの裁判、タナリスとの再会があった日の翌日。バージルは店を閉め、半分趣味と化しているモンスター討伐をするため冒険者ギルドに向かっていた。

 冬は高難易度クエストが多く貼り出されると冒険者は口を揃えて言う。何か歯ごたえのあるものでもあればいいがと思いつつ、バージルはギルドの門をくぐる。

 デストロイヤー撃退における多額の報酬を得たからか、冒険者達は誰も掲示板に寄らず、酒の席で寛いでいた。自堕落な彼等には目もくれずバージルは掲示板に近付き、少し吟味してから1枚紙を剥がす。

 そのまま受付に行き、クエスト受注処理を済ませようとしたのだが――受付前に、昨日出会ったばかりの人物がいたことに気付き、彼はおもむろにそちらへ歩み寄った。

 

「……何をしている?」

「あっ、バージル」

「やっほー、昨日ぶりだね」

 

 受付前にいたのは、盗賊に扮したエリスことクリスと、窓口に備え付けられたテーブルを使い何やら書き込んでいたタナリス。横には受付嬢のルナもいる。タナリスが短く挨拶してから書き込む作業に戻る傍ら、クリスはバージルに耳打ちしてきた。

 

「昨日宿で先輩に、アタシが下界で盗賊として動いていることを話すついでに、この世界について色々と説明していたら、冒険者に興味を持ったみたいで……」

「自分もなりたい、と言い出したわけか」

 

 バージルの言葉に、クリスは乾いた笑みを浮かべる。鼻歌交じりに紙へ書き込んでいるタナリスを見て、まるで子供だなとバージルは思う。

 

「ほい、受付のおねーさん。こんな感じでいいかな?」

「……はい、大丈夫ですよ。ではタナリスさん、この水晶に手をかざしてください」

 

 タナリスが書いた紙を受け取り目を通した受付嬢のルナは、水晶がセットされた道具――ステータス診断の魔道具をタナリスの前に置く。

 またバージルが若干の懐かしさを覚えている傍ら、タナリスは指示通り水晶に右手をかざす。魔道具は独りでに動き出すと水晶から一筋の光を放ち、下に置いてあった冒険者カードに文字を記していく。

 しばらくして、冒険者カードへの書き込みが終了。ルナは光が収まったのを確認してからカードを手に取り確認すると、驚くように声を出した。

 

「おおっ! 凄いですよ! 全ステータスが平均値より上回っています! その中でも秀でているのは知力と魔力ですね! オマケにスキルポイントも既に持っておられるので、すぐにスキルの習得が可能ですよ!」

「ふーむ、堕ちた影響で幾ばくか削がれてるんだろうけど、それでも高い方なんだね」

「現時点で上位職を含む様々な職に就けますが、このステータスならアークプリーストかアークウィザード、エレメンタルマスターをオススメしますよ!」

「んー、僧侶に魔法使い、精霊使いかぁ……おねーさん。もしクラス一覧表みたいなのがあったら、見せてくれないかな?」

 

 既にクリスから冒険者のクラスについてレクチャーを受け、受付嬢から勧められたクラスを聞いてもグッと来なかったのか、タナリスは彼女へ尋ねる。

 するとルナはそそくさと窓口の裏側へ移動し、そこから紙の束を持って戻ってきた。タナリスは一言礼を告げて受け取り、内容に目を通す。気になったのか、バージルとクリスも背後から覗いた。

 メジャーなものからマイナーな職業まで、よりどりみどりの職業が書かれており、中には滅多に聞くことのない職業や『ドラゴンナイト』といったレア職業の名前も記されていた。

 バラエティ豊かな職業一覧をタナリスは楽しそうに眺めていたが、やがて彼女は1つの職業に目を止め、その名前を指差しつつルナに尋ねた。

 

「おねーさん。この、ダークプリーストってのはどんなクラス?」

 

 それは、アークプリーストの次に書かれていた職業。名前からしてプリーストの派生なのだろうとタナリス達が思う中、ルナはすぐさま質問に答えた。

 

「ダークプリーストは、アークプリーストとはまた違ったプリーストの上位職です。簡単に言うと、アークプリーストとは真逆のクラスですね。回復魔法、浄化魔法を失う代わりに状態異常魔法を扱えるようになり、最強魔法の1つ……多くの魔力を使い、運のステータスにより変動する確率でモンスターを死に至らしめる『デス』の習得も可能となります」

 

 ルナの説明を受け、タナリスは興味深そうに唸りつつ再び一覧表に目を通す。その後ろにいたクリスは、物珍しげに見ながらも少し不安そうにルナへ尋ねた。

 

「こんな職業もあったんだね。アタシも知らなかったよ。けどその『デス』っていう最強魔法、使い手によったら大犯罪起こせそうな危険な香りがするんだけど、大丈夫なの?」

「はい。この職業が作られた当初は必ず人間適正テストを行ってましたが、魔法の研究も進み、ダークプリーストが習得する『デス』は、対象がモンスター、人ならざる者であり、かつ自分へ明確な殺意を抱いていなければ発動しないよう術式が施されています」

「そうなんだ……じゃあ殺人の心配はないってわけだね。魔力消費が激しい上に運も絡むとなったら、無差別に殺すこともできないだろうし」

 

 クリスの質問にもルナは素早く答える。女神的に『デス』の効果が見逃せないものだったのだろうが、彼女の説明を聞いてクリスは安心する。

 つまるところ、ダークプリーストというのは状態異常、呪い系統に特化したトリッキーな職業ということ。習得可能な最強魔法の名前もさることながら、14歳前後の若者がこぞって就きそうなものだが――。

 

「ただやはり、アークプリーストの方が華やかで美しいとの理由で人気な上、状態異常魔法は魔法職も扱うことができるのもあり、このクラスを選ぶ人はほとんどおらず、マイナー職に分類されております」

 

 ルナの補足を聞き、クリスは不憫に思いながらも納得する。プリーストから上位職にクラスチェンジする者の多くも、わざわざ回復魔法を捨ててまで状態異常魔法の道を開くより、回復魔法強化の方が良いと判断しているのだろう。相手を状態異常にするのは、魔法職なら勿論のこと、道具を使えば誰にだってできる。

 あまりオススメできない職業だと伝えるように、ルナは説明したつもりだったが――変わり者は変わった物に惹かれるようで。

 

「決めた。僕、このダークプリーストってのにするよ」

「えぇっ!?」

 

 タナリスは即決でその職業を選んだ。この選択にはルナだけでなく、話を聞いていたクリスも驚く。

 

「えっと……よろしいのですか?」

「これでいいよ。名前の響きも格好良いし、何より女神っぽさがあるアークプリーストとは真逆ってのが気に入った」

 

 ルナは念を押して尋ねるが、タナリスは考えを改めない。向き不向きはあるが、最終的に職業を決めるのは本人だ。ルナは彼女の選択を尊重し、それ以上は何も言わなかった。

 一度ルナはタナリスの冒険者カードを手に取り、再び水晶の下に置いて魔道具を操作し、光の線を放ってカードに職業の情報を書き込む。処理が終わったところで、ルナはタナリスに冒険者カードを返した。

 

「はい、職業登録完了です。ダークプリースト、タナリスさん。貴方にも、女神エリス様の導きがあらんことを」

「だってさ。よろしくねクリス」

「は、はい……」

 

 言葉通り導いてもらう気満々なのか、振り返ってニッと笑いかけてきたタナリスを見て、クリスは苦笑いを浮かべる。

 先輩(アクア)の尻拭いに加え、別の先輩(タナリス)の面倒も見なければならない。彼女の苦労が絶える日はまだまだ遠いようだ。

 

「ところで、さっきから気になってたんだけど、バージルが持ってるのは何っ?」

 

 無事冒険者となったタナリスは話題をコロッと変え、バージルが右手に持っていた紙を見て尋ねてくる。

 

「掲示板に貼ってあったクエストの紙だ。そもそも俺は、クエストを受けにここへ来ていた」

 

 バージルは素直に答え、タナリスにクエストの紙を見せる。タナリスは顎に手を当て、覗き込むように書かれていた内容を確認した。

 山に現れた『ジャイアントスネーク』1体の討伐または捕獲。この時期、このモンスターは『ジャイアントトード』と同じように冬眠している筈なのだが、何故か地上に現れ、オマケにえらく気が立っているとのこと。

 珍しいケースなのか、クリスも顔を覗かせてクエストの紙を見ている。その横で、タナリスはクルッとルナへ振り返って尋ねた。

 

「ねぇ、僕もこのクエスト受けられるかな?」

「申し訳ございません。タナリス様は現在レベル1ですので、まだこちらのクエストを受けることはできません」

「えー」

 

 ルナから不可能だと答えられ、タナリスは残念そうに声を上げる。バージルも最初は、ステータスが異常に高くともレベル1では受けられるクエストに限りがあると断られた。そこは今でも変わっていないようだ。

 しかしルナはタナリスの背後にいた2人に目をやると、思いついたように豊満な胸の前でパンと音を立てて両手を合わせた。

 

「クリスさんやバージルさんも、パーティーとしてクエストに参加するというのであれば、許可を出せると思いますよ」

「……そういうことらしいから、僕とパーティーメンバーになってよ!」

「断る」

 

 当然の如く、ルナの提案を聞いてタナリスは頼んできたが、薄々察していたバージルは即座に拒んだ。何の迷いもなく答えた彼を見て、隣にいたクリスは苦笑する。

 

「転生させてあげた借りを、ここで返してもらっても構わないからさ。一回だけでもいいから。ねっ?」

 

 しかしタナリスはここでも食い下がってきた。バージルは鬱陶しく思ったが、前回とは違って一回きりの条件付き。頼み続けるタナリスの前でバージルは少し考える。

 

「……一回だけだ」

「よっし。クリスもいいよね?」

「アタシはOK出すの確定なんですね……別に構いませんけど」

 

 頼みが聞き入れられたところでタナリスは小さくガッツポーズし、ついでにクリスの許可も得る。

 一回だけだがパーティーとなったバージル、クリス、タナリス。後はクエストを受注するだけ。バージルはルナに紙を渡そうとしたが――。

 

「これで3人。昨日クリスから、こういうパーティー揃えての冒険は4人がセオリーって聞いたからもう1人欲しいんだけど、この中に誘えそうな人はいるかなー……おっ?」

 

 タナリスはそう口にしながらギルド内を見回すと、気になる人物を見つけたのか、彼女はバージル達のもとから独り離れていった。

 クリスも慌てて追いかけたのを見て、残ったバージルはため息を吐く。少し待っていろとルナにクエストの紙だけ渡して、彼もタナリスの後を追った。

 掲示板の前を通り過ぎ、のんびり過ごしている冒険者達の間を縫って行く。するとバージルとクリスは、隅の方にあった席に見知った人物がいたのを発見した。偶然にも、タナリスが近付こうとしているのもその人物だった。

 

「ゆんゆんちゃん、君もここにいたんだね」

「あっ、クリスさん! それに先生も! 見てください! 過去最高記録の7段まで積み上げられました!」

「ほう……」

 

 たった1人、ギルドの隅でトランプタワーを積み上げていたゆんゆんだった。相当集中していたのか、クリスが声を掛けるまで彼等に気付かなかったようだ。

 トランプタワーの技術は賞賛に値するものだが、それが冒険者ギルドで誰にも話しかけられずぼっちになったが故の一人遊びの成果だというのは悲しきかな。

 彼女は喜々として2人にトランプタワーを見せた後、彼等の側にいた少女タナリスに気付く。彼女に見覚えがなかったゆんゆんは、未だ人見知りは治っていないのか、やや緊張した様子でクリスに尋ねた。

 

「あ、あの、クリスさん……一緒におられるその人は……?」

「あー……最近この街にきた、アタシの地元の先輩。今さっき冒険者になったばっかりなんだ」

 

 先輩後輩の関係であることだけは明かし、クリスは簡単に紹介する。先輩と聞いてゆんゆんの緊張が更に高まったが、それとは対照的にタナリスは陽気な笑みを浮かべて自ら話しかけた。

 

「初めまして、ゆんゆん。僕はダークプリーストのタナリス。バージルとクリスは知り合いかつパーティーメンバーだよ。で、実はあと1人メンバーが欲しいと思って探してたんだけど……君、よかったらどうかな?」

「……えっ? ……えぇっ!?」

「おおうビックリした」

 

 周りの目など気にせず大声を上げて驚いたゆんゆんに、誘いを持ちかけたタナリスもビクッと驚く。側にあったトランプタワーも少し揺れたが、何とか持ちこたえたようだ。

 一度、ミツルギパーティーの女性2人に誘われたことはあったが、付き合いの浅い3人の中に混ざるのは勇気が必要だったのと、まだ自分は未熟でバージルとの授業もあったため、思わず断ってしまった。因みにその行為について、彼女は仕方ないと思いつつもかなり後悔していた。

 しかし、タナリスという少女が誘ってきたパーティーには既にバージルとクリスもいる。知り合いがいる上に、授業との両立もできそうだ。このパーティーになら――ゆんゆんは決意し、答えを返した。

 

「こ、こここちこちこちらこそよろしくお願いします! えっえっあっああああ改めまして私はゆんゆんと申します職業はアークウィザードで上級魔法も覚えていますが接近戦も得意ですまだまだ未熟者ですが精一杯頑張りますので――!」

「落ち着け」

 

 

*********************************

 

 

「私も……私も遂にパーティーを……今日のことは絶対日記に書かなきゃ……記念日にしてもいい……」

 

 建てていたトランプタワーを一気に崩さず、上から1枚ずつ取っていく地道な取り壊し作業をこなしながら、ゆんゆんはニヤケ顔で独り言を呟く。

 しばらくして、ゆんゆんの解体工事が終了。トランプを箱に入れてバッグにしまったところで、早速パーティーらしいことをしたかったゆんゆんは、舞い上がった様子でバージル達に尋ねてきた。

 

「あ、あのっ! このパーティーって、既にリーダーは決めてあるんですか!?」

「うん、リーダーはクリスがやってくれるよ」

「……はいっ!?」

 

 いつの間にかリーダーにされていたことにクリスは驚く。ゆんゆんが羨望の眼差しを向けてくる中、クリスはすかさず文句を放った。

 

「待ってくださいよ!? アタシ何も聞いて――!」

「だって僕リーダーやりたくないし、バージルにさせたら全部自分1人で片付けそうで面白くないし、ゆんゆんには荷が重そうだし……となるともう消去法で君しかいないじゃん?」

「先輩だけ理由が個人的過ぎません!?」

 

 タナリスのは理由というより願望だったが、彼女は意見を変える素振りを全く見せない。

 しかし、タナリスもまたリーダーには不向きなタイプであり、この面子の中で1番向いているのは自分しかいないことは、薄々感じていたことだった。

 

「ハァ……まぁいいですよ。で、どうします? このままクエストに行きますか?」

 

 どちらにせよ拒否権は無さそうだったので、クリスはため息混じりにリーダーになることを決め、タナリスに次どうするかを尋ねる。

 

「んー、このままでもいいけど、僕も武器を持ってみたいんだよねぇ。バージル、武器屋さんでどこかいい場所ない?」

 

 タナリスは考えるように腕を組み、この中で1番武器に精通してそうだと思ってかバージルに尋ねる。対して彼は、顎に手を当てながら答えた。

 

「武器か。それなら――」

 

 

*********************************

 

 

「ゲイリー、コイツの武器を頼む」

「おう、ワシは困った時の武器屋さんじゃねぇぞ」

 

 ひとまずクエスト受注は済ませ、街の外へ出る前にバージルの武器を作ってもらった鍛冶屋ゲイリーに赴き頼んでみたところ、ゲイリーは目を細めて言葉を返してきた。

 

「前きた小僧からも、おめぇさんに紹介されたって聞いて耳を疑ったぜぃ。まぁ奴はレベルも高かったから、素材を活かした双剣を作ってやったけどよ。受け取るやいなや、べったりくっついていたおなご2人に1本ずつ渡してたがな。あれじゃ双剣の意味がねぇだろがい」

 

 ゲイリーはブツブツと愚痴るように話す。恐らくミツルギ達のことだろう。あまり良い印象は持たれていなかったようだ。

 先程の言葉から遠回しに断られたかと思われたが、ゲイリーは木の椅子に腰を落ち着かせると、バージル達の話を伺ってきた。

 

「まぁいい。で、誰の武器を作れって?」

「僕だよおじいちゃん」

 

 タナリスは自ら前に出る。そしてゲイリーは、バージルの武器を作るか否かを決める時のように、タナリスから冒険者カードを見せてもらったが――。

 

「おめぇなあ……まだなりたてホヤホヤの新米冒険者じゃねぇか。素質は悪くなさそうだが、流石にレベル1のモンに武器を作らせるわけにはいかねぇ」

「なんだよー。ケチだなー」

 

 作ることはできないと告げられ、タナリスは不満そうに頬を膨らます。ここにいたのがタナリス1人だったら、これまで出会った冒険者と同じように門前払いしていただろう。しかしバージルがいた故か、ゲイリーはそこから言葉を続けた。

 

「だがまぁ、お得意さんの紹介でもあるからな。おめぇさんの作って欲しい武器はどんなのか、要望だけは聞いてやるよ。レベルを上げて強くなったらそれを作ってやる。ほれ、言ってみぃ」

 

 今作りはしないが、話だけはとゲイリーはタナリスに武器の要望を尋ねる。タナリスは職業を決める時のように悩みながら答えた。

 

「んーとね……鎌! 鎌がいい! 手に持つ部分が自分の身長ぐらいある大鎌!」

「鎌だぁ? 新米だっつうのに風変わりなモンを頼みおって……待てよ?」

 

 要望を聞いてゲイリーは生意気なガキだと笑ったが、少しして何か思い出したかのように立ち上がる。

 バージル等が不思議そうに見つめる中、ゲイリーは工房の奥へと入ると、しばらくして1つの武器を持って彼等のもとに戻ってきた。彼が手にしていた武器を見て、バージルは目を見開く。

 

「それは……」

 

 奥から運ばれてきたのは、タナリスの身長より長く少し歪な鈎柄で、白く鈍く光る刃を持った大鎌――7ヘルズが持っていたものだった。

 

「ど、どうしてこれがここに!? まさか街の中にまで――!?」

「んっ? あぁそうか。そういや蒼白のソードマスター等も迎撃作戦に参加してたんだったな。慌てんな坊主。こりゃワシが、突如押しかけてきたギルドの奴等に頼まれて作ったモンだ。話を聞くに、突然街の前に出てきたっつうモンスターの持っとった武器らしい」

「そ、そっか、ビックリした……んっ? 今アタシのこと坊主って言わなかった?」

 

 本物ではなかったと聞き、クリスは街に悪魔が現れたわけではないと知って胸をなでおろす。モンスターの研究のため、ギルドが頼んだのだろう。

 その横でゲイリーから鎌を受け取り、じっくりと眺めていたタナリスは、御眼鏡に適ったのかゲイリーに交渉を試みた。

 

「おじいちゃん、これ言い値で買うよ。いくら?」

「一度もクエストに行ってねぇっつうのに、よくそんなセリフが吐けたもんだ。まだ金もスッカラカンだろうに」

「お金ならあるさ。バイトでコツコツと稼いでるからね」

「そんな小金じゃ、ウチの品は買えねぇぞ。だから……特別サービスとして、コイツ無料でくれてやるわい。持っていきな」

「無料!? いいの!?」

 

 ダメそうかと内心思っていたタナリスだったが、最終的にゲイリーの方から無料で譲ってくれると言われ、思わず聞き返す。

 

「あぁ。ただコイツはウチにあった余り物の素材で作ったから、耐久性も切れ味も良くねぇだろう。もっと上質なモンが欲しかったら、次はレベルを上げて、かつ素材と大金を持ってウチに来い」

「それでも構わないよ! ありがとうおじいちゃん!」

 

 試作品故に性能は良くないが、タナリスは喜んで大鎌を譲り受けた。彼女の言葉と見た目もさることながら、まるで微笑ましき爺と孫のようだ。

 ゲイリーの親切な対応にクリスが頭を下げ、タナリスが武器を得たのを自分のことのようにゆんゆんが喜ぶ中、バージルは今のタナリスの姿を見て思う。

 

「(黒装束に大鎌……まるで死神だな)」

 

 天界から堕ちた黒き女神は、異世界でダークプリーストとなり、呪いを操る力を得、鎌を持った。その姿はまさしく魂を刈り取る者。

 死者の魂に祝福を与える女神とは正反対のように思うが、今のタナリスは初めて出会った時よりも生き生きしているように思えた。

 

「よし、武器も手に入れたことだし、早速行こうか!」

「は、はいっ!」

「……堕天したというのに、随分と楽しげな女だ」

 

 武器を持ち、いざ初クエストへ。タナリスは意気揚々と歩き出す。ゆんゆんも追従し、バージルはやれやれと息を吐きながらも後を追う。

 

「(……大丈夫かなぁ……?)」

 

 天界から追放された女神のダークプリースト、紅魔族のアークウィザード、敵にはドSと化すソードマスター、1人だけ下位職なのにリーダーを務める盗賊。

 職業だけ見れば優秀揃いでどんなクエストも楽々こなせそうに思えるのだが、クリスは何故か湧き出てくる不安を抱きながら、3人のもとへ駆け寄った。

 




web版では敵の呼称として使われていましたが、この二次創作では1つの職業として扱います。


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第42話「この新たなパーティーで初クエストを!」

 アクセルの街から徒歩で半日、さほど遠くない場所に位置する、森林豊かな山。駆け出し冒険者が練習として潜るダンジョンもある。

 嫌でも寒さで身体が震える時期となれば、山に住むモンスターのほとんどは、食料を蓄えた土の中や洞窟で引きこもり生活をしているのだが、最近になってこの山に住む『ジャイアントスネーク』が表に顔を出し、大変気の立った様子で徘徊し始めた。

 これを異常と見たギルドは、山の調査と当モンスターの狩猟を兼ねて掲示板にクエストを貼り出した。そして今日――当クエストを受けて山を歩く、4人の冒険者がいた。

 

 

「――で、このスキル一覧から覚えたいスキルを選んで指で少し押し続けたら、スキルポイントを使ってスキルを習得できるんです!」

「なるほど。じゃあこの『パラライズ』ってのにしようかな。これってどんな効果があるの?」

「『パラライズ』は相手を一定時間痺れさせて動けなくさせられる魔法で、いざって時の足止めや総攻撃を仕掛けたい時に使えますよ! スキルレベルが上がれば相手が動けなくなる時間も延びて――!」

「OK、要するに麻痺だね。わかったわかった。ところでゆんゆん、さっきから思ってたんだけど……別に敬語を使わず、気軽に話してくれていいんだよ?」

「えぇっ!? い、いやいやいやでもタナリスさんはクリスさんの先輩で、それに出会ってまだ日も浅い間柄なのにそんな失礼なことをするのは――!」

「気にしない気にしない。見た目年齢は一緒くらいなんだから。僕のことはタナリスちゃんとでも呼んで、タメ口で話そうよ。僕達、もう友達だろう?」

「――ッ! い、いいいい今の台詞! ももももう一回言ってもらってもいいですかっ!?」

 

 楽しくお喋りしながら前を歩くのは、相手がパーティメンバーな上に見た目は同年代な女性故か、舞い上がりながら話すぼっち娘のゆんゆんと、僕っ娘元女神ことタナリス。

 今しがた友達になり、ゆんゆんがまさしく天にも昇る気持ちになって目を輝かせているのを見て、タナリスは陽気に笑う。それからゆんゆんは深呼吸を何度もし、タナリスとタメ口で話せるよう努力していった。

 

「……アタシには敬語を使ってる子が、先輩とタメ口で話しているのを、アタシはどういう顔で見ればいいのかな?」

「知らん。貴様もあのように話して欲しいのなら、そう頼めばいいだろう」

「いや、実は前からゆんゆんちゃんには畏まらなくてもいいって話してるんだけど、いつも断られちゃって……やっぱ見た目の問題かなぁ」

 

 その2人を保護者のように後方から見守りながら歩くのは、クリスとバージル。タナリスがゆんゆんと知り合って間もないのに、既に親しき関係になっているのをクリスは羨ましく思う。

 もっとも、クリスの見た目年齢はダクネスやバージルと同じ18歳から20歳辺り。ゆんゆんはカズマにも敬語で接しているので、きっと年上相手には必ず敬語で接する真面目な子なのだろう。

 

「それよりもバージル。わかってるよね?」

 

 と、クリスは良い子なゆんゆんから視線を外し、悪い子を見るような目を隣のバージルへ向ける。彼女の言葉を聞き、バージルは顔をしかめた。

 

 クエストへ出かける際、折角の機会だからと、パーティーリーダーのクリスはバージルに1つ命令を下していた。

 それは『パーティーメンバーに合わせて行動し、リーダーの指示が出るまでは攻撃しない』こと。要するに『勝手に動くな』である。

 また、今回のクエストは討伐だけでなく捕獲も成功扱いとなる。なので、対象のモンスターは倒さずに弱らせて捕獲するようにと、クリスはメンバー全員にも指示を出した。

 彼1人が先走ったら、あっという間に終わりそうで面白くないと思っていたタナリスはそれに賛成。ゆんゆんも「リーダーの命令なら聞くべき」と口にした。結果、多数決でバージルは命令を受け入れざるを得なかった。

 

「その台詞はもう三度聞いた。まさか貴様は、俺があの三人組のような、話を聞かず勝手に動く奴等と同類だとでも?」

「思ってるから何度も言ってるんだけど」

 

 一緒にするなと暗に伝えるバージルへ、クリスはジト目で睨みながら言葉を返す。

 対するバージルは言い返せなくなったのか、これ以上話しても無駄だと悟ったか。鼻を鳴らしてクリスとの会話を途切れさせた。

 

 

*********************************

 

 

 山に入って約2時間。4人は木の生い茂っている山頂まで辿り着く。情報によるとここら辺りに対象のモンスターは潜んでいるそうだが、その姿は見当たらない。

 4人で手分けして探すべきか、固まって動くべきか。一応リーダーであるクリスが、これからの作戦で悩んでいた時――。

 

「ッ! 皆! 今『敵感知』に1体反応が出たよ!」

 

 クリスの使用していた『敵感知』に何者かが引っかかり、彼女はすぐさま他の3人へその節を伝えた。ゆんゆんは素早く左手で腰元の短剣を抜き、タナリスも鎌を構える。バージルは指示に従っているからかもしくはいつも通りか、武器を抜かずに前方を見る。

 最後にクリスがダガーを抜いて戦闘態勢に入る中、反応はどんどん近付いてくる。やがて彼女等のすぐそばまで来ると――地中から土を破り、その姿を彼女等の前に曝け出した。

 

「け、結構大きい……!」

 

 現れたのは、討伐対象モンスター『ジャイアントスネーク』――ジャイアントトードと同じく、文字通り巨大な蛇だ。

 黒い鱗を持つ蛇は、縦に長く鋭い瞳孔を人間達に向け、背筋も凍るような威嚇の声を放つ。揺れる長い舌と鋭い牙を見せるが如く、大きく開いたその口は、人間は勿論のこと、ジャイアントトード1匹を軽々と丸呑みできそうだ。

 想定していたよりも巨大だった敵を見て、ゆんゆんは思わず呟く。クリスはダガーを強く握り、バージルは取るに足らない相手なのかつまらなそうにしている。そしてタナリスは――。

 

「おぉっ、名前からして大きな蛇だってことはわかってたけど、まんま大きくしたものだとはねぇ」

「あっ!? ちょっ、先輩!?」

 

 興味津々な目で蛇を見ると、警戒心ゼロで自ら近付いていった。クリスはすかさず呼び止めたが、タナリスは止まらず。

 やがて蛇の真ん前に立つと、彼女は気軽に手を振って「ハロー」と声を掛ける。気さくな挨拶を受けた蛇は、一度口を閉じて眼前にいる幼き少女を睨みつける。

 

 そして――返す挨拶も無しに、タナリスをひと呑みしようと口を開いて襲いかかった。

 

「「『パラライズ』!」」

 

 が、食われる直前にタナリスは武器を持っていない左手をかざして『パラライズ』を放つ。後方にいたゆんゆんもほぼ同時に同じ魔法を放っていた。

 

「こらこら。挨拶されたらちゃんと返す。そんな無愛想にしてちゃ、お仲間から嫌われちゃうよ?」

「タ、タナリスちゃん! 蛇さんと話してないで一回退こう!? ねっ!?」

 

 魔法を受けた蛇は苦しそうにもがき、動けなくなりながらも殺意を持った鋭い眼光を彼女等に向ける。その間、ゆんゆんは慌ててタナリスの腕を引っ張り蛇から離した。

 そして、リーダーであるクリスに指示を仰いで貰おうとしたが――。

 

「眠りから覚めるにはまだ早かったな。ここで貴様の命もろとも、土の中に返してやろう」

 

 ここでバージルが早速言いつけを破り、動けない蛇の前へ歩み寄り始めた。問題児達とは違うと自分から言っておいてこれである。

 

「ちょっと待ったバージル! アタシ達の目的は、そのモンスターの捕獲! ここで倒したら捕獲できる物もできなくなっちゃうよ!?」

「俺の記憶が正しければ、討伐しても成功にはなる筈だ。こっちの方が手っ取り早い」

「アタシの話ちゃんと聞いてた!? 君は、アタシの指示が出るまで攻撃しない! モンスターは捕獲する! 今はアタシがリーダーなんだから、ちゃんと言うこと聞いてよね!?」

「……チッ」

 

 バージルとしては、ここでさっさと幕引きにするつもりだったのだろう。しかし後でグチグチと文句を言われそうだと思ったのか。バージルはクリスの指示に従って歩みを止め、刀の柄に添えていた手を離した。

 

「クリスさん! どうしますか!? 今のうちに『スリープ』かけたほうがいいですか!?」

「いや! その前にこのモンスターを罠にかけるよ! でもここじゃ罠を設置するのは難しい! だから一旦離れて、開けた場に移動しよう!」

「この子いつまでビリビリしてるのかな? 今なら鱗とか触っても大丈夫だよね?」

「先輩はまた近付こうとしない! パックリいかれたいんですか!?」

「タ、タナリスちゃん! 危ないからこっちに来て!」

 

 再び蛇へ近寄ろうとしたタナリスを、ゆんゆんが再度腕を引っ張って止める。それからクリスは、来た道とは違う横方向へ、先導するように木々の間を走っていった。

 リーダーを追いかけようと、ゆんゆんはタナリスの腕を手に取ったまま走る。タナリスは名残惜しそうに蛇を見ながらも連れて行かれ、バージルは面倒臭そうにため息を吐きながらも彼女等の後を追う。

 

 『敵感知』『千里眼』を使えるクリスが先行して走り、残る三人が後に続く。バージルもさっさと走り抜けたい気持ちを抑え、走っていた。

 と、70メートルほど走ったところで、スキルを常時発動していたクリスが何かに気付き、声を上げた。

 

「皆! コボルトが五体待ち伏せてるよ!」

 

 クリスから発せられたのは、行手を阻む敵の出現。しかし相手は下級モンスターであり、数も少ない。バージルは手早く片付けようと右手で刀の柄を握る。

 

「おっとバージル。ここは僕が行かせてもらうよ」

 

 が、彼を遮るようにタナリスがそう口にしてきた。そこから彼女は走る速度を上げ、クリスより前に出る。

 やがて、前方で待ち構える四体のコボルトが目視できる距離まで迫った。そこでタナリスは強く地面を踏み込むと、高い跳躍を見せて一気にコボルト達の前まで接近した。

 彼女の跳躍にコボルト達は驚いたものの、すぐさま武器を持って身構える。そんな中、タナリスは鎌を持っていない左手を引き──。

 

「グッと力を溜めてー……『デス』!」

 

 正面のコボルトへ左手をかざし、ダークプリーストが得られる最強の即死魔法『デス』を放った。

 しかし彼女はまだレベル1。最初からスキルポイントを幾つか持っていたものの『デス』を習得できるほどまでは溜まっていない。故に、何も起こらない。

 

「なんて、いつかできたらいいよね!」

 

 が、コボルト達は思わず動きを止めた。フェイクに引っ掛かった彼等を見てタナリスはいたずらに笑うと、鎌を両手で持ち正面のコボルトになで斬りを浴びせた。

 続けざまにタナリスは鎌を振り、他の三体も斬る。しかし彼女の武器は、余り物の鉱石で作られたサンプル品。大したダメージを受けていないコボルト達は、反撃とばかりにタナリスへ襲いかかる。

 

「そうらっ!」

 

 迫る彼等を見たタナリスは、鎌を起用に縦回転(フロップ)させて迎撃。彼女の攻撃を受けて、コボルト達は宙に浮かされる。

 四体全員を浮かせたタナリスは、空中にいるコボルト達に追撃を加える──ことはせず、ニッと笑みを浮かべているだけ。

 そんな彼女の背後には──既に、右手に光を宿したゆんゆんがいた。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 ゆんゆんは剣を振るように、右手を横へ振り抜く。同時に彼女の宿した光は剣となり、宙にいるコボルト四体を一刀両断した。

 赤々とした鮮血を散らし、死体となったコボルト達は地面に落ちる。死体を確認したタナリスはクルッと振り返り、ゆんゆんへ向けて親指を立てた。

 

「ゆんゆん、ナイスフィニッシュ。流石は紅魔族の長を目指す者だね」

「そ、そうかな……えへへ……」

 

 友達に褒められ、ゆんゆんはにへらと顔を緩める。タナリスも戦闘態勢を解いてリラックスしていた。

 この場に倒れているコボルトの数は四体──クリスが報告した数とは、一体足りないことに気付かず。

 

「グルァアッ!」

「ッ!」

 

 次の瞬間、草むらの陰から一体のコボルトが飛び出してきた。独り身を隠し、敵が油断する時を虎視眈々と待っていたのだろう。

 油断していたゆんゆんはコボルトの登場に驚きながらも武器を構え、襲いかかるコボルトを見る。

 

 とその時──コボルトの身体が一瞬で切り刻まれ、ゆんゆんに牙を届かせることも叶わず、その場に血を流して倒れた。

 ゆんゆんは呆気にとられたが、すぐにハッと我に返ると、今の攻撃を放ったであろう人物へ顔を向ける。

 

「敵の気配が消えるまでは油断するな。授業で教えた筈だろう。二度も言わせるな」

 

 見えない斬撃(次元斬)を放ったバージル。既に刀を鞘に納めていた彼は、鋭い視線を向けたままゆんゆんに近寄る。

 彼は同じことを何度も言うのが嫌いだと知っていたゆんゆんは、先程までの表情から一変、叱られる子供のように俯いた。

 

「ご、ごめんなさい……」

「気にしない気にしない。さっきの奴はバージルが倒して解決したんだから、それでいいじゃないか」

「貴様は黙っていろ。指導の邪魔だ」

「友達が怒られてるのを、君は静かに見てろというのかい? 僕にはちょっとできないなぁ」

 

 友達としてゆんゆんが叱られているのを黙って見過ごせないと、タナリスはバージルとゆんゆんの間に入る。バージルが鬱陶しく思う横で、友達になったらして欲しいことベスト10以内に入りそうな行動を取るタナリスを、ゆんゆんは目をキラキラと輝かせて見ていた。

 

「ハイハイ喧嘩ストップ! 今は口よりも足を動かす! ほら走って!」

 

 バージルとタナリスが今にも口喧嘩をおっ始めそうだと思ったのか、自分だけ取り残されてる感を覚えたのか、そこへクリスが声を大にして入ってきた。

 今は痺れたジャイアントスネークから距離を離し、捕獲しやすい場所へ移動していた最中。バージル等は彼女の指示に素直に従い、止めていた足を進めた。

 

 

*********************************

 

 

 山を登る際、クリスは先人達が残してくれた地図を頼りに移動していた。どこに何があるのか、そして今求めている開けた場も記されている地図だ。

 クリスは3人を引き連れて、目的地に向かってひた走っていたのだが、道中で問題が。

 

「……崖か」

 

 走った先で、彼女等は文字通り断崖絶壁の上に立たされていた。下には森が広がっており、降りて真っ直ぐ走った先には、目的の開けた場があるのを確認できた。

 蛇と会った場から目的地まで移動するために、崖を通らざるを得ないことは、地図に記されていたのでわかっていた。しかしどうやら、この地図は完璧に情報を記していたわけではなかったらしい。

 

「まさか、ここまで高いとはね……!」

 

 その崖は、想定していたよりも高さがあった。普通の人間がこの高さから落ちれば、骨折は勿論、最悪命を落としかねない。

 縄は持ってきているので降りれることは降りれるのだが、今頃蛇は『パラライズ』による束縛から開放され、臭いと熱を頼りに向かってきているだろう。その間に崖を降り、罠を設置できるだろうか。

 しかし、どちらにせよ降りなければ事は進まない。クリスは決心し、早速降りる用の長い縄を取り出そうと動き出す──そんな時だった。

 

「別になんてことないでしょ。飛び降りればいいだけさ」

「えっ? ちょっ!? 先輩!?」

 

 タナリスはいつもの調子で足を進めると、そのまま崖からぴょんと跳んだ。まさかの行動にクリスは目を丸くする。

 跳び降りたタナリスは、重力に従って風切り音と共に真下へ落ちていく。クリスは心配したが、彼女は元女神。冒険者になった際のステータスも高かった。この程度の高さなら落ちても大丈夫なのだろう。

 

「ま、待ってよタナリスちゃん!」

「えぇっ!? ゆんゆんちゃんまで!?」

 

 と思った束の間、なんとゆんゆんまでも当然のように崖から跳び立った。彼女までも行くとは思っていなかったクリスは心底驚く。

 タナリスのように、彼女も足を下に向けて落ちていく。彼女は考え無しに行動するような子ではない。きっと無事に着地できる算段があるから、追いかけるように落ちたのかもしれない。

 2人が落下していったのを目にして、自分も跳び降りるべきかとクリスは思ったが、この肉体の耐久性はあまり高くない。そして何より勇気がいる。

 結局、彼女はてんやわんやしながらも、再び縄を取り出す作業を始める――とその時。

 

「ひゃうっ!?」

 

 突然、彼女の両足が地面から離された。身体も横向きとなったが、地面にはついていない。

 自然と顔は空を見上げる形になる。彼女の目先にあったのは、視線を合わせず前を見ているバージル。そして彼女は、自分の背中と足を彼によって支えられていることに気付く。

 そう――クリスはバージルに、お姫様だっこをされたのだ。

 

「えっ!? あ、ああああのバージルさん!? いいいいきなりどうしたんですか!?」

 

 女性として、こういったことに慣れていないのもあるだろう。抱き上げられたクリスは顔を赤らめ、うっかり素の口調に戻りながらもバージルに問いかける。

 対するバージルはというと、クリスとは対照的に無表情のまま、視線を合わせることなく言葉を返した。

 

「下で奴等と合流したら、目的地で罠の準備をしておけ。そこへ俺がおびき寄せる」

「えっ?」

 

 彼がそう口にした瞬間――クリスは、浮遊感を覚えた。

 自分の背中と膝裏にあった彼の手の感触は、もうない。そして、見る見るうちに彼女とバージルの距離が空いてゆく。

 今置かれている状況を理解するのに、然程時間はかからなかった。

 

「ちょっとぉおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

 バージルに崖から落とされたクリスは、涙ながらに悲鳴を上げた。しかしいくら泣き叫ぼうと、落下が止まることは決してない。

 

「いやぁああああああああっ!? 助けてぇええええええええっ!?」

 

 落ちていく最中、クリスは大声で助けを呼ぶ。普段なら、崖に生えている木に縄を引っ掛けるなりして落下を止めていただろう。しかし彼の不意打ちお姫様抱っこが余程効いたのか、彼女は冷静な判断ができず、ただただ助けを求めることしかできなかった。

 ポーチからアイテムを探すことも体勢を変えることも忘れ、上に飛んでいく涙を流し続ける。気付かぬ内に、落下先の地面まであと少し。

 

「『グラビティ・フェザー』!」

 

 その瞬間、下の方からゆんゆんの声が。と同時に、彼女の落下運動はピタリと止まり――否、落下はしているが、先程とは比べ物にならないほど緩やかになっていた。

 『グラビティ・フェザー』――対象を、羽のように軽くさせる魔法。落下してきていたクリスを見たゆんゆんが、咄嗟にかけたものだった。きっと彼女も、この魔法を使って着地したのだろう。

 クリスは羽のようにふわりと落ち、地面に仰向けで倒れる形で着地する。当然、骨も折れていない。心臓は大音量で鼓動を響かせていたが。

 

「クリスさん! だ、大丈夫ですか!?」

 

 無事に着地したクリスへ、ゆんゆんが心配そうに駆け寄ってくる。後ろにはタナリスもいた。

 顔を上げたクリスはしばらくゆんゆんを見つめ――その目に再び涙を浮かべると、自らゆんゆんに抱きついた。

 

「ゆんゆんちゃぁああああん! 怖かったよぉおおおおおおおおっ!」

「わわっ!? ク、クリスさん!?」

「えらく取り乱してるね。こんなクリス初めて見たよ」

「わ、私も……上で何があったんだろう? ってあれ? 先生は?」

 

 助かったクリスが涙ながらにお礼を告げる傍ら、あと1人いないことに気付いたゆんゆんは、彼を探すように辺りを見渡す。

 その前で、クリスはゆんゆんから離れて腕で涙を拭うと立ち上がり、ゆんゆん等に彼から預かった伝言を告げた。

 

「グスッ……あのバカなら、まだ崖の上にいると思う。彼がモンスターを引きつけるらしいから、その間にアタシ達は、ここから真っ直ぐ進んだ先にある開けた場所で、捕獲の準備をしておこう」

「は、はいっ! わかりました!」

「(……あのバカ?)」

 

 クリスからの指示を聞いたゆんゆんは、元気に返事をする。その横でタナリスが首を傾げている中、クリスは崖の上に目を向ける。

 このクエストが終わったら反省会を開き、彼にしこたま説教してやろう。崖の上にいるであろうバージルに、怒りの念を送ったクリスは崖に背を向け、仲間と共に走り出した。

 

 

*********************************

 

 

「……行ったか」

 

 後で怒られるとはいざ知らず、崖下から離れていくクリス達を眺めていたバージルは独り呟く。

 先程クリスを崖から落としたのは、クリス自身か、もしくはゆんゆんかタナリスが上手いことやって着地できるだろうと思ってのことだった。なるようになるスタイルは遺伝なのか元々なのか。

 

「さて……」

 

 彼女等の無事を確認したところで、彼は後ろを振り返る。そこには既に――『パラライズ』の束縛から解放され、追いかけてきたジャイアントスネークがいた。

 『パラライズ』のせいか、蛇は先程よりも怒りのこもった目でバージルを睨む。しかし彼は、ここで動けなくなる蛙とは違って挑発するように笑みを浮かべる。

 

「ここで貴様を始末してやってもいいが……あの女が喧しいからな」

 

 バージルはそう言うと軽く地面を蹴り、崖下を背にする形で跳び降りた。蛇はすかさず地面、そして崖の壁を這って彼を追いかける。

 空中ならば何もできないだろうと踏んでか、蛇は敵を捕食しようと口を開けたまま追いかけてくる。バージルは殺さないようにと考慮してか、刀を抜かず『幻影剣』を飛ばした。

 風を切って飛ぶ幻影剣は蛇の身体や顔面に突き刺さっていくが、怒りの感情が痛みを麻痺させているのだろう。依然としてバージルに向かってくる。

 中々根性のある奴だと感心しながら、バージルは空中で身体を回転させて地面に足を向ける。そのまま重力に従い、大きな音を立てて地面に着地した。強い衝撃故か、地面にはバージルが立つ場を中心としてクレーターが作られた。

 バージルは終始落ち着いた様子で見上げる。視線の先には――蛇が大口を開けて襲いかかる姿が。

 

「Humph」

 

 バージルが息を吐いた次の瞬間、蛇が地面に突撃すると同時に土煙が巻き起こった。

 

 

*********************************

 

 

 土煙によって辺りは何も見えなくなっていたが、次第にその煙は晴れていく。

 そこにいたのは、崖から降りてきたジャイアントスネークが1匹。蛇よりも先にいた筈の男の姿はない。が、食べられたわけではない。現に蛇の腹は満たされず、怒りは未だ収まっていなかった。

 蛇は崖を背にして前方を見る。蛇の優れた体温感知と嗅覚感知により、この先にある場に4人の人間がいることを確認した。1人は誰かわからないが、3人は頂上で出会った者達で間違いない。

 問題は、見失った青い男。蛇はどこかに潜んでいるであろう彼に注意を向けつつ、木々の間を縫って行く。

 

 既に――自身の頭上に乗っていたことにすら気付かぬまま。

 

「間抜けが」

 

 男の声が響く。蛇はそこでようやく男が頭上にいると気付いたが、遅かった。彼は刀を抜くと蛇の頭に刃を突き刺した。

 蛇は悲鳴を上げ、木々をなぎ倒しながら暴れ回る。その最中で男を振り落とそうとしたが、彼は依然刃を突き立てたまま頭上から離れない。

 

「大人しくしろ」

 

 それどころか、蛇の進行方向は彼に操られるように変えられた。蛇は抗い、進行方向を捻じ曲げようとしたが、頭上の男は暴れ馬を調教するように軌道修正する。

 男は突き立てた刃をレバーの如く扱い、蛇は頭から感じる鋭い痛みに耐えながら森を進む。やがて、彼等の先に光が見え――先程感知した4人の人間がいる、開けた場に飛び出した。

 

 

「『エクスプロージョン』ッ!」

 

 次の瞬間、蛇と男は業火の炎に包まれた。

 

 

*********************************

 

 

「これにて一件落着、ですね」

「ですね、じゃないわよバカぁああああああああっ!」

 

 仰向けで地面に倒れているビショビショのめぐみんに、同じくビショビショに濡れていたゆんゆんが怒りの声をぶつけた。

 

「私言ったよね!? めぐみんはそこで大人しく見ててって言ったよね!? モンスターは捕獲しなきゃいけないから、絶対爆裂魔法は撃たないでって言ったわよね!?」

「ゆんゆん、我らが誕生した里に隠されていた、古来より伝わりし禁書にはこう記されていました……『絶対するな』とは『やってくれ』の合図だと」

「それ里にふらっと訪れた『芸人』を名乗る勇者候補さんが忘れて置いてったのを、紅魔族が勝手に禁書扱いしたヤツでしょ!? 私も学校の図書館で読んだけど、あんなの真に受けて本当に実践する馬鹿なんてアンタぐらいよ!?」

 

 爆裂魔法を撃てたことで満足しためぐみんは、まるで反省の色が見られない態度で言葉を返す。2人のやり取りをタナリスは胡座をかいて楽しそうに見つめ、その横でクリスは酷く疲れた様子でヘタリと座り込んでいた。因みに彼女等も濡れ濡れである。

 クリス達が目的の開けた場――山の中にあったダンジョンの入り口前に辿り着くと、偶然にもそこにはめぐみんがいた。ゆんゆんは「絶対に手出ししないように」と念押しして彼女を後ろに下げたのだが……結果はご覧の通り。

 また、彼女が放った爆裂魔法によって木々に炎が燃え広がり、あわや山火事となるところだったのだが――。

 

「ウチの2人が本当に申し訳ない。後でキツーく言いつけておくから」

「ヒッグ……カズマしゃんが……私をダンジョンで置き去りにした上に……頭ぶってきたぁ……」

 

 丁度ダンジョンから出てきたアクアが、消火にはオーバー過ぎる量の水を放ち、その場にいた者達を巻き込みつつ山火事を防いだのだった。彼女等がびしょ濡れなのはそのせいである。

 カズマにげんこつされた箇所を抑え、子供のように泣くアクア。とその時――丁度めぐみんが爆裂魔法を放った場から物音が。

 カズマ達は驚きながらも身構え、音が立った場所を見る。そこにはアクアの洪水によって流された木々が、爆裂魔法で出来上がったクレーターの中にたまっていた。その木の間を縫って――爆裂魔法に巻き込まれた筈のバージルが姿を現した。

 

「ゔぉにいちゃぁあああああああへぶっ!?」

 

 彼の姿を見るやいなや、アクアは飛びかかるように泣きついたが、顔面を蹴られて拒絶された。

 ノックアウトしたアクアを無視し、バージルは無言のままカズマ達のもとへ歩み寄る。彼の無事を確認しためぐみんは、感心したように彼へ言葉を掛けた。

 

「ほほう。幾ばくか力を抑えたのもありますが、我が爆裂魔法を受けてもほぼ無傷とは。流石は我がライバルですね。そうでなくては。そもそも、貴方の力を信頼していたからこそ、私はモンスターもろとも撃ち込んだのですが」

 

 めぐみんが自慢気に話し続ける中、バージルは何も言わず近寄る。カズマ達の前を通り過ぎてめぐみんの元まで来た彼は、おもむろにかがみ込んで、刀を地面に置き――。

 

 左手で彼女の頭を押さえ、右手で眼帯を摘んだ。

 

「……えっ? あの、バージル? なんだか私、既視感を覚えるのですが、これってまさかですか? 私が動けないのをいいことに、アレを思いっきりやるつもりですか? ていうか前より引っ張り過ぎてませんか!?」

「何発か拳を入れてやりたい気分だが、死なれては面倒だからな。これで勘弁してやろう。ありがたく思うがいい」

「確かに拳よかマシだと思いますが、他に無かったんですか!? 今からでも遅くはありません! 他の処罰を! これ以外なら私は何でも――!」

Die(死ね)

「あいぎゃあああああああああっ!?」

 

 バージルの惨殺処刑(眼帯紐パッチン)を受け、めぐみんは悲痛な叫びを上げた。

 

 

*********************************

 

 

 バージルとゆんゆんの怒りが収まり、めぐみんの負ったダメージが少し回復し、アクアがようやく泣き止んだところで、彼等はお互いの事情を話した。

 金銭面が非常に厳しいことになっていたカズマ達は、ギルドでキールダンジョン――この山の中にあった初心者御用達のダンジョンに、まだ未開のエリアがあるとの情報を仕入れ、お宝求めてやってきたという。

 ダクネスが不在なのは、裁判の一件から未だ帰ってこないから。めぐみんだけ入り口前でお留守番をしていたのは、爆裂魔法しか使えない彼女は、ダンジョン探索でお荷物になってしまうからだった。

 暇を持て余していためぐみんは、爆裂魔法の詠唱を練習していたのだが、そこへゆんゆん達が現れ、ジャイアントスネークが向かってきているのを聞いた。そして、いてもたってもいられず現れたモンスターに爆裂魔法を撃ち込んでしまったのだ。

 話を聞き終え、めぐみんを背負っていたゆんゆんはため息を吐く。その横でバージルは、彼女等から目を背けつつ口を開いた。

 

「で……先程から気になっていたが、そこの猫は貴様等の知り合いか?」

「なーお」

 

 間の抜けるような声が耳に入り、ゆんゆん達は声が聞こえた方向へ振り返る。そこには――黒い体毛で黄色い目を持ち、背中にはとても飛べそうにない小さな黒い羽。額に十字架のような赤い紋章が刻まれた、ギザギザ歯の子猫ちゃんがゆんゆんのもとに歩み寄っていた。

 

「あっ! ちょむすけちゃん! 久しぶりー!」

「私達は洪水に巻き込まれてズブ濡れだというのに、この子は全く濡れていませんね。危険を事前に察知して逃れていましたか。流石は私の使い魔ですね」

「使い魔?」

「ちょむ……えっ? なんて?」

 

 めぐみんの言葉を聞き、バージルとクリスは不思議そうに子猫を見つめる。そんな2人を見ためぐみんは、思い出したように子猫について話した。

 

「そういえば、貴方達には紹介していませんでしたね。この子の名はちょむすけ。私と血の盟約を交わした使い魔です」

「という設定の、紅魔の里でめぐみんの妹が拾ってきた猫です。最初はクロちゃんって名前だったんですけど、めぐみんが納得してくれなくって……」

「おい。見たまんまでセンスの欠片もない以前の名前を口にするのはやめてもらおうか」

「そこまで言う!? クロちゃんの方が絶対可愛いと思うのに……」

「ちょむすけの方が断然可愛く、格好良さを兼ね備えています!」

「……可愛いのはわかるけど、格好良い……かなぁ……?」

 

 紅魔族独特のセンスで付けられた子猫の名前を聞き、クリスは首を傾げる。しかし、最初にちょむすけと呼んだゆんゆんの方へ反応を示したのを見るに、嫌がってはいないのだろう。もしくは諦めたか。

 一方、クリスが見つめている子猫ことちょむすけはというと――バージルの方を見上げ、何故か毛を逆立たせて威嚇の声を上げていた。

 自分に敵意、といっても蚊ほどの小さなものだったが、それを向けられたバージルはちょむすけと目を合わせる。ちょむすけは未だ警戒した様子で、フシャーと声を出している。

 対してバージルは、敵意をチラッと見せるようにちょむすけを睨みつける。するとちょむすけは怯えたように身体を震わせ、そそくさとゆんゆんの後ろに隠れるように移動する。そこで再び、威嚇の声をバージルに向けて発し始めた。

 

「どうやら、バージルには懐かないようですね」

「らしいな」

 

 未だ警戒し続けるちょむすけを興味深く思いながらも、バージルはめぐみんに言葉を返した。

 とそこへ、ちょむすけの件が終わったと見てか、カズマが手を上げつつ口を挟んでくる。

 

「んじゃ次はこっちから質問。ずっと気になってたんだが……そこにいる子、誰?」

 

 そう言って、カズマは上げた手を降ろしつつ黒髪の少女、タナリスを指差した。

 彼の質問を聞いて、すっかり紹介するのを忘れていたと思ったクリスは、自ら前に出てタナリスのことを話そうとしたが――。

 

「僕のことなら、アクアに聞けばわかるんじゃないかな?」

 

 それよりも先に、タナリスはアクアに顔を向けつつそう告げた。彼女の言葉を聞き、カズマとめぐみんはアクアに視線を移す。

 対するアクアはというと、最初は首を傾げていたが……やがて何かに気付いたようにタナリスの顔を見ると、目をゴシゴシして二度見し――彼女を指差しつつ大声を上げた。

 

「あーっ! よく見たらアンタ、タナリスじゃない! 元気してたー!?」

 

 嬉しそうな声を上げ、アクアは自らタナリスに歩み寄る。まるで同級生だった子と数年ぶりに街中で出会ったかのようなリアクションを見て、カズマとバージルは何となく彼女等の関係を察した。

 その傍らで、タナリスのことを全く知らないめぐみんと、アクアと知り合いだったとは思っていなかったゆんゆんは、困惑した様子を見せている。とそこで、アクアはカズマ達に振り返りつつもタナリスについて説明した。

 

「彼女はタナリス。私と同期の女神で、カズマが元いたトコとは別の世界を担当してたの」

「今は元女神だけどね」

「えっ?」

 

 タナリスの補足を聞き、アクアは思わずタナリスの方へ顔を戻して聞き返す。

 そこからタナリスは、アクアに自分が天界から追放され、異世界へ飛ばされたことを告げた。

 

「ウッソ!? アンタ堕天されちゃったの!? そりゃ災難ねぇ……ププッ。てことは、今は堕天使ならぬ堕女神ってわけね! プークスクス!」

「堕女神……うん、中々格好良い響きだね。気に入った。ナイスネーミングだよ。アクア」

 

 堕天したことを笑うアクアに、タナリスは怒るどころか堕女神呼ばわりされて喜んでいた。あのアクアと仲良くしているのを見て、カズマはタナリスもまた残念な女神っぽいと思ったそうな。

 その一方バージルは、ここに女神の素性を知らない紅魔族が二名いるのに話しても大丈夫なのかと思い、めぐみん達に目を向ける。

 

「ゆんゆん、何故あの子はアクアの知り合いで、しかも女神設定に話を合わせているのですか?」

「それは私もわかんなくて……クリスさんの先輩ってのは聞いたんですけど、まさかアクアさんとも知り合いだったなんて……」

「ふむ……もしや彼女は、アクアの女神ごっこに昔から付き合っている良き友人なのかもしれませんね。もしくは……彼女もまた、自分を女神だと言い張るタイプなのか……」

「えぇっ!? そ、それは……できれば前者であって欲しいけど……後者だったら……うー……でも久しぶりにできた友達だし……ここは下手に聞かない方がいいのかも……」

 

 アクアの普段の行い故か、タナリスもまた元女神だと信じられていないようだった。杞憂だったかと心の中で呟きながら、バージルはアクア達に視線を戻す。

 

「ま、堕天しちゃったもんはしょーがないわ。これからは、この世界で楽しく暮らしていきなさいな」

「言われずともそのつもりさ。ところでアクア、もしこの後暇なら、僕達の再会を祝して酒場で一杯どうだい? 僕、酒場でもバイトしてるから、割引が効くと思うよ」

「ホント!? 行く行くー! あっ、でも私は様々な事情があってお金が出せないから、タナリスの奢りで!」

「浪費癖は相変わらずなんだね。まぁいいよ」

「違うわよ! ホントに色々あってお金がなくなっちゃったの!」

 

 2人はこの後の予定を決めると、周りの者達を放っておいてこの場から離れ、山を下る方角へ歩いて行った。

 続けて、2人の後を追うようにめぐみんを背負ったゆんゆんが駆け出す。バージルもやれやれとため息を吐きながら、彼女等の後を追った。

 静まり返るダンジョン入り口前。残ったのはカズマとクリスのみ。

 

「……カズマ君……」

 

 不意にクリスから呼ばれ、カズマはそちらに顔を向ける。

 彼女の顔には、いつも見せているような活気がない。体力はまだあるが、精神面でごっそり削られたような表情。

 それは――過去に自分のパーティーメンバーの面倒を見たダストとバージルが見せた顔と、よく似ていた。

 

「……俺達も、帰りに一杯行こう。俺もアクアと同じで、金があんま出せないから奢れないけど、愚痴ならいくらでも聞くから」

「うん……ありがとう……」

 

 分かち合うように優しく誘うカズマに、クリスは心底疲れた様子で言葉を返した。

 




何気にさらりと初登場のちょむすけ。ちょむすけかわいいよちょむすけ。


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第43話「この堕女神に事の経緯を!」

 太陽が空の真上を通り過ぎ、西の山の向こう側を目指してのんびりと進む時刻。とある世界では「おやつの時間(ティータイム)」と称して菓子や紅茶を嗜む時間。

 

「いつもご利用ありがとうございます。こちらサービスの、雪精で冷やしたイチゴのスノーボールです」

「うむ」

 

 バージルもまた、行きつけのサキュバス喫茶店にてスイーツタイムを過ごしていた。今やここのお得意様にもなっており、たまに試作段階のスイーツを試食し、口を出すこともあった。

 この店本来のサービスを一切受けることなくスイーツを食べ続けるバージルを、店内に訪れていた冒険者は凝視しているが、バージルは気にせず食べ続ける。因みにバージル推しの店員は、彼と話しているサキュバスを羨ましそうに見つめながら仕事していた。

 

「女。注文の前に、少し聞きたいことがある」

「はい。何でしょうか?」

 

 次に緑髪子供体型サキュバス――ロリサキュバスは紙とペンを手に取って注文の品を尋ねようとしたが、それよりも前にバージルが口を開いた。彼女は首を傾げてバージルを見る。

 席に座っていたバージルはロリサキュバスに視線を向け、質問――今日この店へ訪れた本来の目的を話し始めた。

 

「この街にデストロイヤーが向かってきた日、同時に謎のモンスターが現れたことは知っているか?」

「鎌を持った悪魔達のことですか? 知ってますよ。といっても直接見たわけではないので、喫茶店に来る冒険者から話を聞いたぐらいの知識しかないですけど」

「……悪魔だと気付いていたか」

「最近、そのモンスター達の種族を悪魔だとギルドが定めたと、小耳に挟んだので。それに、青髪のアークプリーストが悪魔撲滅だなんて口にしながら、次々と殴り倒していったという話も……あぁ怖い」

 

 サキュバスも一端の悪魔ではあるため過激派のプリーストは怖いのか、怯えるようにブルリと身体を震わせる。

 一方、あのモンスター等が悪魔だと説明する前置きが省けたと思ったバージルは、話を本題に持っていった。

 

「俺は、その悪魔共について調べている。同じ悪魔族である貴様等なら何か知っているかと思い、こうして尋ねにきたわけだが……」

「んー……ウチにくる冒険者さんから、どんな姿だったかは耳にしましたけど……私は記憶にないですね」

「そうか。他の奴等は?」

「皆私と同じで、覚えはないと言ってましたよ」

「……Humph」

 

 冒険者や先輩との話を思い出しながら答えるロリサキュバス。あの悪魔達についての情報を聞き出すアテの1つが外れ、バージルはため息を吐いた。

 しかし、ここのサキュバス達は魔界での地位が低い上に人間界へ移住してきた者達。最初から期待薄だとは思っていた。彼は悲観することなく、白い皿に置かれた赤みのあるスノーボールを1つ口に入れ、咀嚼しながら思考を働かせる。

 この世界の魔界の情勢を知るには、下位の悪魔では役者不足だ。少なくとも中位以上でなければ、魔界について詳しく聞き出すのは難しいだろう。

 

「随分と困ってるようだな。銀髪の兄ちゃん」

「……ムッ?」

 

 とその時、不意に横から野太い男の声が聞こえた。声を掛けられていると思ったバージルは左横に顔を向ける。

 彼の隣の席に座っていたのは、半裸の上からサスペンダーに肩パッドを身に着けた、モヒカンにヒゲという特徴のあり過ぎる男。

 

「貴様は……」

「アンタとこうして話すのは、ギルドで始めて会った時以来か?」

「あっ、ポチョムキン4世さん! 今日も来てくれてたんですね!」

「おう、いつも世話になるぜ。ちっちゃなサキュバスさんよ」

「(……4世……)」

 

 彼が始めてギルドに入った時、受付の場所を教えてくれた優しいおじさんことポチョムキン4世だった。この店で顔なじみなのか、気さくにロリサキュバスと言葉を交わす。

 バージルは彼の名前を聞いてなんとも言えない顔をしていたが、めぐみんやゆんゆんの例もある。深く考えることはしなかった。

 

「で、話は戻るが兄ちゃん。ちょっと離れた席で聞かせてもらったが、あの悪魔共の情報を集めるのに苦労してるんだってな?」

「盗み聞きか。趣味の悪い男だ」

「まぁそう言うなよ。ソイツ等ついて詳しそうなヤツに、心当たりがあるんだ」

「……誰だ?」

 

 ポチョムキン4世から有力な情報があると聞き、バージルは耳を傾ける。ロリサキュバスも注文を取ることを忘れて聞く態勢になっている中、彼は机に置いてあった水をひと飲みしてから切り出した。

 

「悪魔のことなら悪魔に聞けばいい。つうわけで、この国でも目撃情報がある、仮面の悪魔を探してみるのはどうだ?」

 

 『仮面の悪魔』――別称、見通す悪魔。手配書にも載っている魔王軍幹部の1人だ。

 ベルゼルグ王国で度々目撃情報が上がっており、予知と予見という強力な力で数多のベテラン冒険者達を返り討ちにしてきた。かの高名なアークウィザードも討伐に向かったが、手も足も出せなかったという。

 

「仮面の悪魔! それってバニル様のことですよね!? 私超好きなんですー!」

「会ったことがあるのか?」

「ないです! でも、冒険者さんから話を聞く度にどんどん好きになっちゃって、今や大ファンの1人です! あぁ……一度でいいから会ってみたいなぁ……バニル様……」

 

 バニルのファンらしかったロリサキュバスは天井を見つめ、ニヤけた表情で妄想に耽る。相当ミーハーなのだろう。

 そんな彼女を見てポチョムキン4世は小さく笑いながらも、バージルに顔を向ける。

 

「まぁそういうわけだ。ソイツなら、耳寄り情報を聞けそうじゃないか?」

「既に仮面の悪魔と接触する方法も考えていた。しかし、悪魔はいつどこに現れるかわからん。貴様は、海に落ちた宝石をヒントも無しに探せと言うのか?」

 

 しかし彼が提示してきた方法は、バージルも視野に入れていたものだった。ベテラン冒険者ですら手に負えないのなら、中位以上なのはまず間違いない。魔界の情報を聞き出すことは期待できる。

 だが問題は、どうやって仮面の悪魔と出会うか。バージルが話した通り、何の情報もなく目的の悪魔を探すのは、運でも良くない限り非常に難しいだろう。

 そう思ってバージルは言葉を返したのだが、それを聞いたポチョムキン4世はというと、何の問題があるのかとばかりに告げた。

 

「根気強く探せばいいだけだろ? 逸る気持ちもわかるが、そう焦って探してちゃあ見つけられるモンも見つけられなくなる」

「ムッ……」

 

 彼の言葉を聞き、バージルは顔をしかめる。確かに彼の言う通りだ。有力な情報が無い以上、神出鬼没な彼等と会うにはそれしか方法がない。

 バージルとしては、さっさと魔界に精通している者から話を聞きたいところなのだが――。

 

「アンタは若いんだから、今日みたいに時折ここでスイーツを楽しみながら、生き急がずのんびり探せばいいさ」

「……そうかもな」

 

 ポチョムキン4世が続けて発した言葉を聞いて、バージルはそれもアリかと同調するように呟いた。

 心の隅にあった焦燥感が少し和らぐのを感じながら、バージルはスノーボールをまた一口入れ、妄想にトリップしているロリサキュバスが帰ってくるのを待った。

 

 

*********************************

 

 

 サキュバス喫茶店で糖分を摂取したバージルは、夕飯の買い物やクエスト帰りで賑わう街をブラつきながら帰路を歩いていった。

 こういう時、自身の運の無さもあって大概カズマ達と遭遇するのだが、今日は珍しく彼等とすれ違わなかった。どころか、その姿すら見ることもなかった。

 絡まれずに済んでよかったと安堵する傍ら、湖でバッタリ遭遇した時のようにまた別の場所でかち合うのではと不安を抱くが、予測不可能回避不可能な未来を心配していてもしょうがない。彼等のことは頭の隅によけて、街の郊外へと足を進めた。

 

 賑わいのあった区域から郊外への道中でも、彼等と会うことはなく、バージルはカズマ達が住む屋敷の前に着く。明かりがついていないのを見るに、屋敷にもいないのだろう。主が不在なのを確認してから屋敷の正門前を通り過ぎ、隣の自宅へ。

 そのまま家の中に入り、読書でもしながら依頼人を待つかと考えていたのだが……彼は家の前でピタリと足を止めた。

 

「おっ、帰ってきた」

「……ここで何をしている」

 

 家の前にいたのは、退屈そうに座っていた堕女神ことタナリス。彼女は跳ねるように立ち上がると裾部分を軽く手で払い、見上げる形でバージルと向き合った。

 

「少し前に、僕をこの家に案内してくれたよね? もしかしたらあの時君は、僕に何か話があって連れてきてくれたんじゃないかなーと思ってさ。で、今日ここで君の帰りを待ってたんだけど……どう? ビンゴ?」

「……察しのいい奴だ」

 

 タナリスから自分の考えていたことを言い当てられ、バージルは思わずひとりごちる。流石は、多くの人間を見てきた元女神と言うべきか。見た目は活発系ロリだが。

 とにもかくにも、また会った時には話をしようと思っていた。バージルは前にいたタナリスを軽く退かし、鍵を開けて彼女を家に招き入れた。

 

 

*********************************

 

「ねぇバージル。コーヒーない?」

「紅茶ならある。そこの棚の上にティーポットとリーフの入った袋、火を起こす魔道具があるだろう。飲みたいなら勝手に使え」

「そこは気を利かせて、君が紅茶を用意すべきだと思うんだけど?」

「そう文句を言ってきた輩は全員、外へ蹴り出してきた。貴様もそうなりたいか?」

「君が僕を家へ入れたのに追い出すのか……」

 

 あくまで自分本位なバージルを呆れた表情で見るタナリス。紅茶はあまり好きじゃないのか用意するのが面倒だからか、結局紅茶には手を付けず、背もたれに全身を預けるようにソファーへ座る。

 

「で、話ってなんだい? 良いバイト先ならいくらでも紹介するよ?」

 

 リラックスした様子のまま、タナリスはバージルに話を振る。対してバージルは腕も足も組み、木の軋む音を鳴らせながら背もたれに背中を預けた姿勢で、タナリスに切り出した。

 

「この世界に、俺の元いた世界の悪魔が現れた」

 

 単刀直入に告げられた言葉と共に、漂っていた雰囲気が和やかなものから重みのある真剣なものへと変わる。タナリスもそれを感じ取ったのか、子供のように無邪気な表情から、少し真面目なものへと切り替わる。

 

「ゲイリーという鍛冶屋から、街の前に突然モンスターが現れたという話を聞いただろう。それが悪魔共のことだ。奴等は、前兆すら見せずに現れていた。貴様がタダで譲り受けた鎌も、奴等が持っていた武器を模したものだ」

「えっ? あの鎌ってそうだったの? あぁでも確かに、言われてみれば悪魔の下っ端の下っ端があんなような鎌を持っていたような……」

 

 元天界の住人故、魔界にはそこまで詳しくないのだろうか。鎌の誕生秘話を聞いて、タナリスはうろ覚えといった様子で呟く。

 

「その後、奴等が現れた場所を中心に調査したが、入り口のような物は見られなかった。そこで俺は、奴等はこの世界の魔界から人間界へと進出してきたと睨んでいるが──」

「問題は、どうやって別世界の魔界に移動したか。で、ついこの間までその悪魔達もいる世界の住人だった僕に話が聞きたいと」

「そういうことだ。何か知っているか?」

 

 彼女が話の本題を理解してくれたところで、バージルは尋ねる。少しでも情報が得られればと思っての質問だったが、タナリスは当惑するように腕を組む。

 

「何かって言われてもねぇ……魔界は今頃、空いた玉座を奪い合うのに必死で、異世界に目を向ける暇なんてないと思うけど……あっ」

 

 話している途中、タナリスはまるで口が滑ったかのように声を出し、片手で口を隠した。彼女の行動をバージルは不思議そうに見ていたが、やがてその意味を把握すると、彼は少し呆れるように息を吐いた。

 

「あちゃー……ついうっかり喋っちゃった。サプライズ感が欲しかったのなら、ごめんね?」

「いらん世話だ。そもそも、魔剣スパーダを持った奴が負けるとは思っていない。むしろそれで負けたのなら、とんだ恥さらしだ」

 

 反省しているのかしていないのか。手を合わせペロッと舌を出して謝るタナリスに、バージルは気にしていないと答える。

 もし、彼の弟(ダンテ)が負けて死んでしまったとタナリスから聞いたら、彼はすぐにでもエリスに頼んで元の世界の地獄に送ってもらい、弟を殺しに出向いていたことだろう。

 

「で、話は戻るが、悪魔共の異世界旅行については?」

「さっきも話したけど、悪魔達は旅行に赴いてる場合じゃない筈だよ。それに、魔界で異世界への扉が開いたなんて情報は耳にしてない。まぁ僕は、比較的魔界に近い場所を担当してただけであって、魔界に詳しいわけじゃないんだけどね」

「……悪魔を従える者が、こちら側に送られた経歴は?」

「無いね。君以外に地獄行きとなる人を転生させた覚えはないし、君の後に誰かを転生させたわけでもない。そもそも、あっちの世界からこっちの世界へ転生してきた人は君で最後の筈さ。あっ、僕はノーカウントね」

「……? 何故最後だと言い切れる?」

 

 その言葉が引っかかり、疑問を抱いたバージルはすぐさま尋ねる。タナリスは内緒話をするように口元へ手を当て、されどバージルには聞こえる声量で答えた。

 

「エリスにはまだ言ってないんだけど、実は君を転生させて少し経った後、この世界へ死者を転生させる取り組みを、ウチの天界は勝手に止めちゃったんだよね」

「……何故だ?」

「それどころじゃなくなったからさ」

 

 タナリスは簡潔に答え、ソファーから立ち上がる。そのままバージルのもとへ近寄ると、机に置いてあった赤と青の宝石を両手に持った。

 

「上の連中は、とある『左目』を探しててね。ただの目じゃない。僕達天界側のトップが復活するための鍵になる目さ」

 

 2つの内、左手にあった赤い宝石。それを人差し指と親指で摘み、自身の左目へ重ねながら、タナリスは話を続ける。

 

「君も、君のパパも、勿論僕も知らないずっと昔。僕らのいた世界は元々1つだった。でも、ある戦争をきっかけに世界は3つに別れた」

「……『ファーストハルマゲドン』か」

「おや、知ってたのか」

 

 バージルのいた世界は、天界、魔界、人間界の3つに分け隔てられているが、元々は1つの、光と闇が混じった混沌の世界だった。

 しかし、今やおとぎ話となったスパーダの伝説よりも遥か昔、神々の間で戦争──『ファーストハルマゲドン』が起こった。世界を二分する、覇権をかけた総力戦だったと伝えられている。

 その戦争の果て、世界は光の天界と闇の魔界、そして2つのバランスをとる中間──後に人間界と呼ばれる混沌界の3つに分断された。

 

「元々1つだった世界を創ったジュベ……レイア? っていう創造神は、戦争の果てに天界へ追いやられ、力を失って眠ってしまったんだ」

「ジュベレウスだ。貴様等の主神だろう?」

「だって、僕そんなに好きじゃなかったもん」

 

 『創造神ジュベレウス』──本来は神々の頂点に立つ、世界を創りし者だったが、神々の戦争(ファーストハルマゲドン)によってジュベレウスはその地位を追われ、天界の主神となった。

 しかし、力を失ったジュベレウスは長き眠りについた。スパーダが魔帝に反旗を翻した時も、魔帝が復活した時も、天界の主神は眠ったままだった。

 

「復活反対の少数派もいるみたいだけど、天界の住人の多くは、創造神復活を願ってる。で、色々あって復活の鍵となる『目』を探すことになったんだ」

 

 タナリスは話しながら、右手に持っていた青の宝石を元あった場所に置く。気に入ったのか、赤の宝石は未だ持ったまま。宝石を通して、天井に吊るされた明かりを見る。

 

「詳しいことは僕も知らないけど、右目は天界の手にあった。残るは左目。そしてその在処もわかっていた……けど、未だ手に入れることはできていない。なんでだと思う?」

「目が隠されたダンジョンに、天使泣かせの罠でも仕掛けられていたか?」

 

 タナリスは宝石から顔を逸し、バージルを見ながら問いかける。

 魔界ならまだしも、天界の事情はそこまで詳しくない。バージルは適当に答えると、タナリスは赤い宝石を青い宝石の隣に置き、正解を告げた。

 

「『魔女』さ。左目は、1人の魔女が持っていてね。その魔女さんがべらぼうに強いみたい。おまけに、自分から天使を誘い出したりもするそうだし」

 

 彼女の口から出た『魔女』という言葉。それに、バージルは覚えがあった。

 元の世界で読んだ古い書記。ある人間の一族で、(悪魔)の力を扱う者を『魔女』と呼び、それと対をなす、(天使)の力を扱う者を『賢者』と呼んだ。

 その両方共、五百年前に滅んだと言われていたが、どうやらタナリスの話を聞く限り、生き残りがいたようだ。そして悪魔ではなく、天使を狩っている。デビルハンターならぬエンジェルハンターというべきか。

 

「じゃあ見逃すのかって言われると、そういうわけにはいかない。復活祭も近く、オマケに魔界の神が不在ときたんだ。この機を絶対に逃すまいと、天使達は今でも1人の魔女狩りに没頭してるだろうね」

「故に、異世界の面倒を見ている時間も惜しいと」

「そゆこと。僕も上司に、転生させてる暇があったら手伝え! って言われて駆り出されてね。運良く例の魔女とは遭遇しなかったけど。いやぁ、僕の悪運も捨てたもんじゃないね」

 

 タナリスは「帰って早々異世界に飛ばされちゃったけど」と加え、手を後頭部で組んで陽気に笑う。

 元いた世界の天界が、異世界転生の取り組みを止めた理由を聞き、バージルは独り納得する。どの程度死者を転生させていたかによるが、こちらの世界からすれば一方的に取引を止められたということ。迷惑でしかないだろう。

 魂の導き、神器回収に加え、タナリスの面倒を見ることと、1つの世界から転生の取引を止められた後処理。天界で忙しなくアタフタするエリスの姿を、バージルは想像した。

 

 とその時──唐突に、扉をノックする音が2人の耳に入ってきた。

 

「……入れ」

 

 誰かが来る予定も、呼ばれる覚えもない。となれば、家の前に来たのは十中八九依頼人。バージルはタナリスとの会話を終わらせ、扉の向こうにいるであろう来客に声を掛ける。

 彼の声を合図に、扉は木の軋む音を立てながら開かれる。バージルとタナリスが入店してきた来客を見ると──その者は、バージルが知る人物だった。

 

「貴様は……」

「裁判の一件以来ですね。バージルさん」

 

 以前会った時と同じ服装に見を包んだ、王国検察官のセナ。彼女は扉を閉め、バージルのもとに近寄ってくる。その手には、紙が何枚か重ねられたクリップボードが。

 セナはコツコツと足音を鳴らし、机越しにバージルの前に立つ。とそこで、近くにいたタナリスの存在に気が付き、セナは不思議そうに彼女を見つめた。

 

「えっと……貴方は?」

「僕はタナリス。バージルの恩人ってヤツかな」

「その恩はもう返した。コイツはちょっとした知り合いだ」

「は、はぁ……」

 

 言い分の違う2人の紹介を聞き、セナは少し困惑する。しかしすぐに喉を鳴らすと、尋問や裁判で見せた仕事モードのキツイ目を見せて、バージルと向かい合った。

 

「……何の用だ? 奴のように、檻の中に放り込まれる覚えはないが」

 

 その視線を受け、バージルはふんぞり返って尋ねる。セナはチラリと手元のボードに目を移すと、すぐに視線をバージルに戻してから、口を開いた。

 

「バージルさんは便利屋として、依頼を請け負っているそうですね」

「……あぁ」

 

 セナの問いに、バージルは短く答える。するとセナは、ボードにまとめられた紙をバージルへ見せるように、ボードを静かに机の上へ置いた。

 

「では私から貴方に、調査の依頼をさせてもらいます」

 




ベヨネッタに関するものを書きましたが、あっちの天使勢は本文で書いた通り魔女狩りに全力を注いでいる最中なので、天使勢は関わってきません。


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第44話「この討伐依頼に大当たりを!」

「はい。淹れたてホヤホヤの紅茶だよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 慣れた手付きで紅茶を淹れたタナリスは、ソファーに座っていたセナの前に置く。セナは小さくお辞儀をして礼を言うと、隣に立つタナリスを見つめたまま尋ねた。

 

「あの、大変失礼な質問だと思いますが……タナリスさんは女性……ですか?」

「僕? これでも花も恥じらう乙女さ。その手の質問はバイトの面接先で尽く聞かれてるから、気にしないでいいよ」

「そ、そうですか……女性……見た目は受けですが、恐らくこれは受けと見せかけた攻め……我々の創作世界でなら、バージルさんとクリスさんの中にぶっ込んで三角関係に……主にバージルさんと絡ませる? いや、ここはクリスさんと絡ませた方が美味しい……?」

 

 タナリスから性別を聞いたセナは口元に手を当て、独りブツブツと呟き始める。その顔つきは、裁判で見せた仕事モードの表情よりも真剣味を帯びているものだった。

 依頼があると訪れておきながら自分の世界に入り、何を言っているのか理解できないことを呟き続けるセナを見て、バージルはイラつきを表すように指をトントン動かす。

 不思議そうにセナを見つめていたタナリスは、彼女の顔前で手を振る。と、それに気付いたセナはハッとした表情で顔を上げた。

 

「失礼致しました。ゴホンッ……では、依頼内容について詳しく説明致します」

 

 我に返ったセナは一度咳き込み、ようやく本題を話し始める。タナリスが紅茶を淹れる前、セナから依頼の簡単な内容について書かれた紙を受け取っていたバージルは、それに目を通しながら耳を傾けた。

 

 アクセルの街から半日歩いた先にある山──その中にある『キールダンジョン』という、駆け出し冒険者御用達のダンジョン。以前、バージルがカズマ達と偶然鉢合わせた場所だ。

 つい先日、キールダンジョンの入口から謎の小型モンスターが湧き出しているのを目撃。モンスターは人間や他のモンスターが近付くと、対象の身体にくっつき、自爆する性質を持っている。爆発の威力も侮れず、軽装の駆け出し冒険者が食らうと軽傷では済まないとのこと。

 

 ギルドへ話を伺ったところ、ダンジョンへ最後に潜ったのはカズマ達だったので、セナは真っ先に彼のもとへ出向いて問い詰めたが、彼等はダンジョン内でお宝を漁り、アンデッドやその他諸々を浄化しただけで、他は特に何もしていないと主張した。

 真偽は定かではないが、どちらにせよ放置できない案件。セナはカズマ達にダンジョンの調査を頼んだが、今は身の潔白を証明するのに忙しいとの理由で断られた。

 国家転覆罪の疑惑をかけたのはこちら側であるため、食い下がるのに気が引けたセナは自ら退き、人を雇うため冒険者ギルドに向かおうとしたが……屋敷の隣にあったバージルの営む便利屋を見て「これだ」と思い、足を運んできたのだった。

 

「報酬は10万エリス……調査が主な目的にしては割高に思うが、危険度も加味してか」

「はい。また、小型モンスターを召喚する者がいた場合は討伐もお願いします。その時は、ギルドから出されるモンスター討伐報酬とは別に10万エリス上乗せします」

 

 紙に記されていた金額と共に、報酬を確認したバージル。特に文句のなかった彼は紙を机に置くと、視線を紙からセナに移す。

 

「小型モンスターの見た目ですが、身体は『一角兎』ほどに小さい人型。そのどれもが同じ姿で、仮面のようなものを被っておりました」

「仮面……」

 

 セナの口から出た気になる単語を、バージルは呟く。セナもそこは引っかかっていたのか、タナリスが出してくれた紅茶を一口飲んでから言葉を続けた。

 

「あの仮面……1つ、思い当たるモンスターを知っていますが、まずありえません。あのレベルの高い者が、こんな駆け出し冒険者の多い街の近辺に来る筈が……」

「過去に、この街へ魔王軍幹部のデュラハンが直々に現れたことがあった。どこぞの馬鹿が招いたものだったが……そういった例外もある。現れないとは言い切れまい」

 

 バージルの指摘を聞いて、セナは口を閉ざす。街の付近に平和を脅かすモンスターが潜んでいるのは、心中穏やかではないだろう。俯き加減の顔からは、不安の色が伺える。

 仮面──そう、丁度今日サキュバス喫茶店でも話に上がった魔王軍幹部がひとり『仮面の悪魔バニル』だ。そして、バージルが探している人物でもある。

 セナから得た情報だけでは、本当にバニルがキールダンジョンに潜んでいるか確証は得られない。もしかしたらその下っ端の可能性もある。が──行ってみる価値は十分にあった。

 

「いいだろう。受けてやる」

 

 沈黙を破るように、バージルはセナに依頼を受ける節を伝える。それを聞いたセナは、不安が晴れるようにパッと顔を上げた。

 

「貴様はどうする? 足を引っ張らんのならついてきても構わんが」

 

 顔色が明るくなったセナから視線を外し、バージルはタナリスを見て尋ねる。彼女の性格を見るに、これには意気揚々と参加してくるものかと思われたが──。

 

「んー、盛り上がってるところ悪いんだけど……」

 

 タナリスは、開口一番から予想に反する言葉を口にすると、懐から手帳を取り出す。そして、慣れたように手帳をパラパラと開くとしばらく見つめ、バージルに視線を戻しつつ伝えた。

 

「今日の夜は酒場のシフトが入ってるから行けないや。ごめんね?」

「……そうか」

 

 モンスター退治よりもバイトを優先する冒険者タナリスを、バージルは無理に誘うことはしなかった。

 

 

*********************************

 

 

 星々と満月が飾る夜空の下、バージルは街で夕食を済ませてから、目的地のキールダンジョンへ向かっていた。

 背中には、山道に残る雪とは一線を画すほどに輝く白き剣。左手には、月に照らされ妖しく光る天色の刀。その武器を見てか、彼の魔力を感じてか、全く別の理由か。山に潜むモンスターは彼の前に現れず、山道は奇妙なほどに静かだった。

 セナの言っていた小型のモンスターとも未だ鉢合わせていない。所々で爆発跡は見たが、それだけだ。自分が来る前に誰かが解決してしまったのか、一定時間経つと自爆する性質なのか、そもそもセナの情報が間違っていたのか。様々な可能性を考えながらも彼は足を進める。

 

 結局、小型モンスターと出会うことなくキールダンジョンの入り口前に到達──したのだが、そこで彼は思わず足を止め、眉間を押さえた。

 思えば今日、アクセルの街で一度も出会っていなかった。代わりに、また変な所でかち合うのではと思った。きっとこういうのを、カズマがよく口にする『フラグ』と言うのだろう。

 

 

「おや、バージルも来ましたね。私達の方が先でしたか」

「お兄ちゃんおっそーい!」

「そんな……2人は大丈夫でしょうか……もう既にバージルさんが入っているものと私は思っていたのですが……」

 

 ダンジョン前にいたのはアクアとめぐみん。そして依頼人のセナだった。他は誰もいない。バージルが来ることを知っていた風なのを見るに、セナが2人に話したのだろう。

 最早尋ねるのも面倒だったが、セナもここにいる理由は気になっていた。バージルは彼女等に歩み寄り、自ら声を掛ける。

 

「何故貴様等もここにいる。そこの女から、貴様等にも依頼をしたものの断られたと聞いたが」

「それはね──」

「待ってくださいアクア。事情説明は私が」

 

 バージルの問いにアクアは答えようとしたが、めぐみんに遮られた。そのままめぐみんはバージルの前に出ると、何故か内緒話をするように小声で話した。

 

「実は、前にカズマとアクアがこのダンジョンへ潜った時に、アクアがダンジョンの奥に浄化の魔法陣を張ってしまって……カズマ曰く、その存在があるだけで自分達が怪しまれてしまうので、ダンジョンを調査する名目で魔法陣を消しに来たのです。それと今話したことは、あの目つきの悪い人には禁句でお願いします」

「……成程」

 

 またアクアがやらかしたと聞いて、バージルは内心呆れる。別にバラしてしまっても彼には関係ないのだが、なんだかんだで巻き込まれる気がしたので、バージルはめぐみんのお願いを承諾した。

 

「カズマは1人でダンジョンに潜っているのか?」

「ダクネスもいますよ。色々あって戻ってきました。話せば長くなりますから、その経緯はまた後で」

「……奴もいるのか」

「露骨に嫌そうな顔しましたね」

 

 以前は不在だったダクネスもいると聞いて、顔を歪めるバージル。彼がダクネスを嫌っている理由などいざ知らず、アクアの隣にいたセナは前に出て、バージルに頼み込んできた。

 

「バージルさん。来て早々申し訳ありませんが、早急にダンジョンへ潜り、2人と合流していただけませんか? 大丈夫だと2人はおっしゃっていましたが、やはり危険です」

「食い殺されていなければな」

 

 モンスターの発生源と、アクアが仕掛けたという魔法陣。それぞれ目的地は違うが、ダンジョンを練り歩いていたらいずれ見つかるだろう。

 セナの頼みを聞き入れながら、バージルは足を進めようとした──その時。

 

「──ッ!」

 

 バージルは1つの魔力を感じ取り、踏み出そうとした足を止めた。アクアも感じ取ったのか、同じくダンジョンの入り口を睨む。めぐみんも杖を強く握り締めていた。

 

「えっ? ど、どうしたんですか?」

「何者かがこちらに迫ってきてます。セナさん、私達の傍から離れないでください」

「この感覚……お兄ちゃん!」

「わかっている」

 

 唯一魔力を感じ取れないからか困惑するセナに、めぐみんが指示を出す。その横で、バージルとアクアは一歩前に出ながら、依然として入り口を睨み付けていた。

 彼等が感じた魔力は、今もなお近付いてくる。やがてその反応が、入り口付近まで接近した時──。

 

「今宵は満月! 我が魔力がみなぎる時なり!(アクア! 逃げろ!)

 

 ダンジョンの入り口から、魔力を放つ1人の者が飛び出してきた。

 

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

「散れ」

(あぎゃぁあああああああああああああああっ!?)

 

 瞬間、アクアは退魔魔法を、バージルは次元斬を同時に放った。兄妹(仮)のダブル攻撃を受けた者は悲鳴を上げる。

 「決まった」とアクアは小声で呟いたが、攻撃を受けた者を見ると、彼女は目を見開き驚いた。

 

 その者は──口元以外を隠す、白と黒でデザインされた珍妙な仮面をつけているダクネスだった。

 

「あれ!? ダクネス!? おかしいわね……確かに悪魔の魔力を感じ取ったんだけど……って臭っ!? この吐き気を催すゴミ溜めみたいな臭い、やっぱり悪魔だわ! でもなんでダクネスからこの臭いが!?」

「ぐうう……(バージルか……全くお前という奴は)出会い頭に退魔魔法(よくわからん剣撃攻め)とは、随分と荒っぽい(嬉しい)挨拶をって貴様ァッ! まだ我輩の支配に抗うか!? 何度も何度も台詞を遮りおって!」

「えっと……どういう状況なのでしょうか?」

 

 アクアが悪魔の臭いを嗅ぎ取って鼻を摘む傍ら、仮面をつけたダクネスはよろめきながらも立ち上がり、何やら1人で言い合いをし始めた。

 これは知性の高い紅魔族のめぐみんも理解不能なようで、酷く戸惑った様子。その横でバージルも、相手に敵意は向けているものの、その表情に面倒臭い気持ちが表れていた。彼が今抱いていた感覚は、魔王軍幹部のベルディアがわざわざ街に出向き、めぐみんに説教をし始めた時とよく似ていたとか。

 

「アクア! それに予想通り来てたバージルさんもストップ!」

 

 とその時、ダンジョンの入り口から遅れて出てきた者が。ダクネスと一緒に潜っていたカズマだった。彼は2人に攻撃の手をやめるよう伝えながら、ダクネスの横を通り過ぎてアクア達のもとへ駆け寄る。バージルは一度刀の柄から手を離しながら、近寄ってきたカズマに自ら声を掛けた。

 

「カズマ、説明を求む」

「ダンジョンの奥に、小型モンスターを量産している奴を見つけたけど、思ってたよりヤベー奴だった! で、色々あってソイツが今ダクネスの身体を乗っ取ってるけど、まだ完全には支配し切れてないらしい!」

 

 カズマは端的に、ダクネスがどうしてこうなったかを説明する。先程は1人言い合っていたではなく、ダクネスとダクネスの身体を乗っ取らんとする者が争っていたのだろう。

 その乗っ取られかけているダクネスはというと、額部分にお札のような物が貼られている仮面の顔をバージル達に向け、ダクネスの声ではあるものの、彼女とは思えない口調で話し出した。

 

「おや? そこのチカチカと眩しく鬱陶しい女だけかと思いきや、なんとも興味深い男もいるではないか」

「誰がツルツルテカテカピッカピカな禿頭ですって!?」

「アクア、誰も禿だとは言ってません」

 

 挑発の言葉と捉えたのか、怒りを顕にするアクア。そんな彼女を鼻で笑いながらも、仮面を被ったダクネスは両腕を広げ、高らかに名乗りを上げた。

 

「我輩の名はバニル! 魔王軍幹部がひとり! 仮面の悪魔! 見通す悪魔バニルである!」

 

 ダクネスを乗っ取ろうとしている者──バニルの名を聞き、めぐみんの傍にいたセナは狼狽え、2、3歩後ろに下がる。

 

「そんな!? まさか本当に……!? それに、あの仮面に貼り付いているのは、私がカズマさんに渡した筈の封印のお札! 何故あんな所に……!?」

「勝手に動かれたらヤバイと思ったから、お札を使って自由が効かなそうなダクネスの中に封じ込めておいたんだ!」

「魔王軍幹部を仲間の中にですか!? あ、貴方という人は……!」

「仕方なかったんだって!? アイツ殺人光線とかいうヤバそうな技持ってたし! それに、もしここにいるバージルさんにアイツが移って乗っ取ったりしたら、確実に全員ダァーイコースだったろ!?」

「ほう。つまり貴様は、この俺があの変態ですら耐えられる支配に抗えないと」

「もしも! もしもの話だから! その殺意を宿した目をこっちに向けないで!?」

 

 馬鹿にされているようで少し怒ったバージルだったが、カズマの弁明を聞いて、彼から再度バニルへ視線を戻す。

 その横で、アクアはビシッとバニルに向かって指差すと、正義のヒーローのようにバニルへ言い放った。

 

「ダッサイ仮面つけてるバニラとかいう悪魔! 私達のダクネスを返しなさい!」

「その男の話を聞いておらんかったのか? 我輩とて、離れたくても離れられんのだ。それに、こんな覚えやすく親しみやすい我が名を記憶できんとは……さては貴様、脳筋であるな?」

「誰が10以上は数えられない馬鹿ですって!?」

「アクア、相手はそこまで言ってないですよ」

 

 またも馬鹿にされていると思って憤慨するアクア。短気な女だと思ったのか、バニルは再び彼女を嘲笑いながらも言葉を続けた。

 

「もっとも、この厄介な札が無くとも、おいそれと返すつもりはないのだがな。ちょいと身体を調べさせてもらったがこの女、中々に悪くない素材である(お、おい! 聞いたか皆! 特にカズマ! どうやら私の潜在能力は高いようだ! 魔王軍幹部が褒めるほどだぞ!)……やはり貴様、この状況を楽しんでおるな?」

 

 身体能力の素質を褒められて、素直に喜ぶダクネス。身体を支配されかけている筈なのだが、意外と余裕はあるようだ。

 この反応にはバニルも困惑していたが、仕切り直すように彼は正面を向くと、仮面のデザインも相まって不気味さを増した、口角を上げた笑みを浮かべる。

 

「この女を返して欲しければ、どうすべきか。我輩から奪いたければ何をすべきか……貴様ならわかるだろう? 青ずくめの男よ」

「──愚問だな」

 

 自分に対して言われているのだと思ったバージルは、自ら前に出る。カズマ達が彼に視線を集める中、バージルは前へ歩きながらバニルの問いに答えた。

 

「悪魔の理は常に1つ──力だ。力ある者が支配し、力無き者は淘汰される。強者こそが正義。強者こそが絶対。そう──」

 

 そして、数歩足を進めてから止まると、彼は再び右手を刀の柄に乗せた。

 

Might controls everything(力こそが全てだ)

 

 

 

(す、凄いぞ……バニルとやらの支配による猛烈な痛みに耐えながら、バージルと剣を交えることになるなんて……これから私はどうなってしまうのだろうか……!)

「……その女を黙らせることはできんのか?」

「できるなら、最初からそうしておるわ」

「……だろうな」

 

 1名、この状況下で息を荒くしている女を加えながら、2人の悪魔による戦いが始まろうとしていた。

 




こんなんシリアスにできるわけがないんだよなぁ……。


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第45話「Dance with devils ~この仮面の悪魔と舞台劇を!~」

 幻想的に青く光る満月が空に浮かぶ夜。月の光で照らされた山の中、キールダンジョンの前で剣を取り、対峙する者が2人。

 1人は、月よりも深く濃い青のコートを着た男、バージル。もう1人は、黄色く光る鎧を身に纏った女、ダクネス。しかしその麗しい顔は、簡素ながらも禍々しさを感じられる白黒の仮面によって隠されていた。

 今の彼女は、ダクネスであってダクネスではない。彼女の意識もあったが、肉体の主導権を握っているのは、彼女の中に潜む悪魔──バニルだ。

 

「バージルさん! わかってると思うけどダクネスを殺すのは絶対無しで! まずは戦いつつバニルの魔力を消耗させる! で、支配が弱まってきたら封印のお札を取ってダクネスから仮面を引っ剥がす! バニルを倒すのはそれからで!」

「実に回りくどい上に、あの女の相手をするのは不快だが……まぁいいだろう」

「そういうわけだからダクネス! 最悪お前は支配されちまってもいい! 後で俺が叩き起こしてやるからな!」

(あっ、あぁっ……! 身体全体に染み渡るこの痛み……そしてバージルの生理的抵抗を感じている顔……た、たまらん……! もっと味わいたい! でもカズマに叩き起こされてもみたい!)

「オーケー! 大丈夫ってことだな! じゃあバージルさん! よろしく頼みます!」

 

 カズマの作戦を聞き入れ、バージルは刀を握り直す。ダクネスが何やら変な声を上げているが、彼は全て無視。

 

「ふうむ……貴様から常に放たれる喜びの感情が鬱陶しいが、この際贅沢は言うまい。あの青い男が常に放っている悪感情で、プラマイゼロにしてやろう」

 

 一方バニルも、ダクネスの反応は合わない様子だったが、気にしないことにしたようだ。彼は鞘から抜いた剣を右手で持ち、切っ先をバージルに向ける。

 一触即発の2人を見て、非戦闘員であるセナは独り怯える。それを聞いてか否か、アクアはめぐみんに指示を出してきた。

 

「めぐみん! 貴方はそこのキツめな目をした人を守ってあげて! 私はお兄ちゃんの加勢に行くわ!」

「必要ない。貴様も黙って見ていろ」

「そうだアクア! お前も俺と一緒に下がれ!」

「ハァッ!?」

 

 が、即座にバージルとカズマから却下された。やる気満々だったアクアは、2人の言葉が受け入れられず声を上げる。

 

「なんで!? 相手は悪魔なのよ!? ここはアイツにダメージ4倍の効果抜群な技が放てる私も参戦すべきでしょ!? カズマったらゲーマーを自称しててそんなこともわからないの!?」

「お前が行くと事態が更に悪化するって、ゲーマーな俺の第六感が告げてんだよ! それに、お前の力はバージルさんの刀にも宿ってんだろ! それだけで十分だ!」

 

 アクアの言い分に対し、カズマはバージル1人でもどうにかなると声を荒げて返す。その返答を聞いて、アクアは言葉を詰まらせる。

 確かに、彼の刀ならば悪魔を屠ることも容易いだろう。刀に宿っている力の源は女神アクア──誰もが認める最強の女神(本人談)なのだから。

 

「うぅ……わかったわよ! 私も見てればいいんでしょ! でもお兄ちゃん! 危なそうになったら私も手助けに入るからね!」

「いらん心配だ」 

 

 結局アクアはもしもの場合を想定しながら、自ら引き下がった。バージルは短く言葉を返すと、再びバニルに注意を向ける。

 互いに睨み合うバージルとバニル。ダクネスの荒い息遣いが聞こえる中、カズマ達は固唾を呑んで2人を見守る。

 

 2人が動き出したのは──同時だった。

 

「フッ!」

「ハァッ!」

 

 夜に響く金属音と共に、バージルの刀とダクネスの剣が交わる。しばし鍔迫り合いを見せた2人は一度剣を退かせると、すぐさま相手に向かって刃を降ろした。

 何度も、何度も、何度も、何度も。2人の剣は幾度と交差し、火花を散らす。互いに一歩も引かない剣撃。乗っ取られていることは頭で理解しているが、あの止まっている相手にすら当てられないダクネスが、バージルと渡り合うほどの剣技を見せていることに、カズマは驚きを隠せなかった。

 

「ほほう。やるではないか。ここまで巧みに剣を扱う者と戦うのは、いつ以来だったろうな」

 

 再三再四剣を交わらせた先、2人は再び鍔迫り合いに。力で相手の剣を押し続けながら、バニルは愉快そうに笑う。

 挑発と捉えたのか、強く睨んで押し返すバージル。バニルはそんな彼へ──小さく、ハッキリと聞こえる声で伝えた。

 

 

「流石は、スパーダの血族か」

「──ッ!?」

 

 発せられたのは、思いもよらぬ名前。それを耳にした瞬間、ほんの僅かであったがバージルは動揺を見せた。その隙を、バニルは見逃さない。

 

「隙あり!」

「ぐっ……!」

 

 瞬時にバニルは剣に力を込め、バージルとの鍔迫り合いに勝利する。剣を弾かれ、バージルの胴体はガラ空きに。

 すかさず、バニルは左足を上げてバージルの腹に蹴りを入れた。バージルは後ろに吹き飛ばされたが、両足と鞘を持った左手でブレーキをかけ、体勢を整える。

 

(ス、スパーダ? 血族? 一体何のことだ!?)おっと、これはまだ言ってはならぬ秘密事であったか? いやはや失敬失敬」

 

 自分の口から勝手に発せられた言葉を聞いて、肉体を操られているダクネスは戸惑いを見せる。しかしすぐにバニルへ意識が移ると、彼は謝罪の気持ちなど一欠片もない声色で、バージルに謝った。

 バージルは地面から手を離して立ち上がると、先程よりも殺意のこもった目で睨みつける。それを受けてバニルは小さく笑い、ダクネスは擬音ですら言い表せない変な声を上げる。

 何故、彼の口からスパーダの名が出てきたのか。バニルはスパーダと面識があるのか、実はスパーダもこの世界に来ていたのか……等、バージルは思考を張り巡らせたが、そこでバニルの能力を思い出す。

 

「見通したか」

「左様。我輩は、何でも見通すことに定評のあるバニルさんである」

 

 見通す悪魔バニル。セナから、予知と予言の力を使うとバージルは聞いていた。二つ名に合わせるなら、未来を見通すと言うべきか。

 しかし、見通せるのは未来だけではない。相手の過去ですら、彼の目には映る。過去を見通す力もあることは、仮面の悪魔について書かれた本に記されていたため、バージルも覚えていた。

 動揺させる作戦にまんまと掛かってしまったバージルは、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「詮索屋な上によく喋る。貴様とは、何度生まれ変わろうとも気が合いそうにないな」

「うむ。悪感情ご馳走様である。しかし貴様のは、量が多い一方で味がイマイチであるな。腹を満たすにはもってこいだが、グルメな我輩としては貴様よりも、我輩が乗っ取っている女の鎧が破損する羞恥的露出イベントにちょっぴり期待している後ろの男が放つような、量より質タイプの悪感情が好ましい」

「ききき期待してねーし!? こんな状況下でラッキースケベを求めたりしてないから!?」

(お、おおおお前という奴は……! 今の私をそんな淫乱な目で見ていたのか!? くっ……やめろぉ!)

「お前はちょっと黙ってろ! 収拾がつかなくなる!」

 

 思わぬ方向から飛んできた火花を受け、ダクネス以外の女性陣から白い目で見られたカズマは慌てて否定した。

 一方バニルはというとカズマの言葉を右から左へ受け流し、乗っ取っている身体を確かめるように、剣を持っていない左手を開いては閉じを繰り返す。

 

「しかし、実際に動かしてみても貴様が中々の逸材だと実感できるな。知性は低いが、その他は悪くない。バランスを考えてステータスを上げておれば、さぞ優秀な聖騎士になれていたであろうに(い、いやぁ……それほどでも……んっ? 今知性は何と──)ではちょいと失礼(んあぁああああっ!?)

「ダクネス!?」

 

 刹那、ダクネスの身体が黄色く光った。同時に彼女はとびきり官能的な悲鳴を上げる。

 

(んんっ! くっ……ヤ、ヤバイ! ヤバイぞカズマ! これまでとは比べ物にならないほどヤバイのを流してきた! しかも一瞬だけ流すことで、快感を覚えた私に次を欲しがらせようとする……この悪魔、相当のヤリ手だ!)……フム。これだけ痛みを与えても恐怖の感情を一切出さんどころか、喜びの感情が更に湧き出るとは」

 

 少ししてダクネスは息を落ち着かせると、悦ばしげに何が起こったのかを話す。仮面をつけていても笑みを浮かべているのが透けて見えるほど、彼女の口元は綻んでいた。

 まだまだ元気なダクネスを、バニルは不思議に思っている様子。そこでダクネスの表情からバニルのものに切り替わり、彼はバージルと顔を合わせた。

 

「さて、少し休憩を挟んだところで、これより第二幕を始めるとしよう」

「もう付き合いきれん。ここで終幕だ」

 

 さっさと終わらせるつもりでいたバージルは、無防備に立つバニルへ密かに魔力を溜めていた刀を振り、斬撃(次元斬)を飛ばした。

 勿論、ダクネスに必要以上のダメージを与えないよう魔力は抑えてある。しかし刀自体に付いていた女神の力は別だ。故に彼の放った斬撃は、人間に対してはそこそこのダメージを、悪魔に対しては高威力を与えるものとなる。青白い斬撃は移動の軌跡すら見せずバニルのもとへ。

 

 が──これをバニルは、姿勢を低くしつつ地面を蹴り、滑らかな動きで横に避けた。

 

「ッ!」

「劇を途中で勝手に終わらせようとするなど、演者失格であるな」

 

 避けたバニルを見て、バージルは目を見開き驚く。次元斬を避けられたことに驚いたわけではない。彼の避ける動きが、見覚えのあるものだったからだ。

 肩をすくめるバニルへ、バージルは再び次元斬を放つ。が、これもまたバニルは先程と同じ動きで避ける。今度は彼の移動先へ置くように放ったが、それも彼は難なく避けた。

 

「ちょこまかと……!」

 

 遠距離がダメなら近距離で。バージルは即座にバニルへ肉薄し、鞘に納めていた刀を横に振り抜く。だがバニルは上に跳んでこれを避ける。

 空中に身を放り出したバニルは、そのままバージルの真上を通る。彼の動きを読んでいたのか、バージルは右足で地面を蹴りつつ振り返ると、宙にいるバニルへ斜め下から斬り上げるように刀を振った。

 

「残念」

 

 しかしそれすらもバニルは避けた。地面に対して垂直になる黒い魔法陣を宙に作り、それを蹴ることによって。

 空中を移動したバニルは、重力に従って地に足を着ける。彼の正面には、驚嘆と怯えが入り混じった表情のカズマ、めぐみん、セナと、3人を守るように威嚇の声を上げている、今にも噛みつきそうな顔の狂犬女神。

 

(カ、カズマ! 何だ!? 今私は何をした!? 何かを蹴って宙を舞ったぞ! それに、私の身体とは思えないほど素早く動けた! 私にはこんな力が隠されていたのか!?)勘違いするでない。素では防御にしか取り柄のない残念貴族よ。今蹴ったのは我輩の魔力で作った魔法陣だ。貴様が俊敏に動けたのも、我輩が貴様のステータスをちょちょいと弄ったからである」

 

 自分の動きに驚愕していたダクネスに、バニルは種明かしをする。その一方で、バージルは憤りを感じていた。

 先程の避け方で彼は確信した。あれは、ダンテが得意としていた空中回避(スカイスター)。バニルは、バージルの過去を見通すことでダンテとの戦いも見、その中で彼が見せていた回避に特化した戦闘方法(トリックスタースタイル)を真似たのだ。

 

「貴様は本当に……人の神経を逆撫でするのが得意なようだ」

「おっと、この演技はお気に召さなかったか? では──」

 

 バージルの悪感情ダダ漏れな声を聞き、バニルは挑発するように笑みを浮かべながら振り返る。そして言葉を返しながら両手を挙げると、左右両方の親指と中指を擦らせ、音を鳴らした。

 と同時に、ダクネスの身体が青く光り、またもダクネスは痛みと悦びの混じった声を上げる。口元は綻んでいたが、すぐさまバニルに意識が移り悪魔の笑みを見せると、挙げていた両手を前に突き出し、親指が上を向き人差し指が正面を向いた、ハンドガンを真似たような手の形を作った。

 

「ちょっと激しさを増して、こんなのはいかがかな?」

「ッ!」

 

 そして、ダクネスの指先から針のような魔弾が飛び出してきた。狙われたバージルはすぐさま横に避ける。が、彼を追うようにバニルは魔弾を放っていく。

 これも先程と同じ模倣。ダンテの銃撃に特化した戦闘方法(ガンスリンガースタイル)だ。

 

(お、おぉっ!? 今度は指から何か出てきたぞ!? これも私の隠された能力なのか!?)否。我輩の力である。そして貴様、これもと言ったが、さては先程の話を聞いておらんかったな?」

 

 バージルを魔弾で狙いながらも、余裕を見せるようにバニルはダクネスと言葉を交わす。その様子を見て、隙と捉えたバージルは回避に専念していた足を止め、バニルに向かって駆け出す。

 が、それも読んでいたのだろう。バニルは一度魔弾を止めると、真っ直ぐ平行になるよう伸ばしていた腕をクロスさせ、銃を水平に構えるように親指を外に向け、再度指先から魔弾を射出した。その速度は先程と比べて数段早い。避けられないと考えたバージルは足を止め、両腕で前方をガードし魔弾を防ぐ。

 

「チィッ……!」

「第三幕は中々であろう? では、間髪入れずに第四幕!」

 

 バニルは両手を降ろして魔弾の連射(ハニカムファイア)を止め、鞘から剣を抜きつつバージルに向かって駆け出した。瞬間、ダクネスの身体は赤く光り、痛みを受けたであろう彼女は卑猥な声を上げる。

 向かい来るバニルを見てバージルはガードを解くと、左手を鞘から離して腰元にくっつけ、刀を両手で持つように構える。対してバニルは、勢いを乗せたままバージルに剣を振りかざした。

 

 再び始まった2人の剣劇。しかし今回は第一幕のような、お互いがお互いの首を狙う攻め合いではない。激しく舞うバニルの剣を、バージルが防ぎ続けるという一方的なもの。

 剣筋は滅茶苦茶。しかしそのどれもが、相手の急所を的確に狙っている。これもまたバニルが再現した、ダンテの攻撃に特化した戦闘方法(ソードマスタースタイル)だった。

 防戦一方の中、バージルの刀が弾かれ右に寄れる。バージルは上から袈裟斬りが来ると踏み、防ぐためと刀を戻そうとしたが──。

 

「そうらっ!」

「ぐっ……!?」

 

 バニルは裏をかき、下からすくい上げるように剣を振ると、右の手のひらを中心に剣を回転させた。思わぬ攻撃(プロップ)によりバージルの身体が刻まれた後、彼の身体は宙に浮かせられる。

 それを追いかけるようにバニルは跳び上がると、空中で剣を4回振った。素早く重い剣がバージルを斬る度に、彼の身体から血が飛び散る。

 しかし、黙ってやられるほど彼は大人しくない。バニルの空中攻撃(エリアルレイブ)が終わった瞬間を狙うように、右手に握っていた刀を横に振る。

 バージルのカウンター攻撃はバニルに当たる──ことはなく、今度は地面と水平になる魔法陣を作るとバニルはそれを蹴り、更に上へ跳び上がって回避した。

 

「フハハハハッ!(んんっ……!)

 

 空中ジャンプ(エアハイク)でバージルの頭上に来たバニル。そこでダクネスの身体が青く光ると、バニルは頭を地面に、足が空を向くように体勢を変える。

 そして両手を下に向けると再び銃の形を作り、バージルに魔弾の雨(レインストーム)を降らせた。連続攻撃を受け、バージルの顔が歪む。

 魔弾を何発か当てたところで、バニルはバージルの頭上を通り過ぎて彼の背後に。背中合わせになったところで、バニルは振り返りざまに左足でバージルの背中を蹴った。

 

「ヌゥッ……!」

 

 蹴り飛ばされたバージルは、空中で身体を翻し、バニルがいる方向へ振り返りながら地面に着地。バージルの背後には、心配そうに見つめるカズマ達が。

 

「お兄ちゃん大丈夫!?」

「いらん心配だと言っただろう」

 

 安否を確かめるアクアに、バージルは大丈夫だと返す。幾ばくか傷を受けていたが、驚異的な回復力故に、もう傷は塞がっていた。

 一方バニルは、華麗に着地すると同じくバージルへ顔を向け、挑発的な笑みを浮かべながら声を掛けてきた。

 

「これにて第四幕は終了である。我輩1人で踊っていたが、貴様も遠慮せず楽しめばよいのだぞ? 表情にパターンのない無味な男よ」

「悪魔と踊る趣味はない」

 

 バージルはそう吐き捨てると、右手に持っていた刀を鞘に納める。そして柄を握ったまま、体勢を低くした構えを取る。

 先程とは違い、自ら仕掛けてくると見たバニルは、笑みを崩さないまま剣を構える。時折、その口からはダクネスのものであろうエロティックな息が漏れている。

 緊迫した雰囲気を見てか息の荒いダクネスを見てか、後ろでカズマが息を呑む。しばし睨み合った末、バージルは両足に力を入れ、強く地面を蹴る。

 瞬時にバニルの前へ移動した彼は、勢いを乗せた一振りでダクネスの剣を狙い──刃の根本から剣をへし折った。

 

「ぬっ!?」

「これで貴様は踊れん」

 

 目には目を。歯には歯を。スタイルにはスタイルを。バージルはこの世界で得た、攻撃を防ぎ魔力を吸収する戦闘方法(ジェネラルガードスタイル)で、先程バニルの攻撃を防ぎながら刀に魔力を吸収させていた。

 冬将軍との戦いで習得したこのスタイルは、まさしく攻防一体。吸収した魔力は強力な一撃として、まとめて相手に返すことができる。バージルは今、吸収した魔力を使って、バニルの魔力が纏うダクネスの剣を破壊したのだった。

 剣を折られ、驚いたように声を上げるバニル。バージルはすかさず刀を返し、袈裟斬りを狙う。

 

 が──そこでバニルは口角を上げると、ダクネスの身体を青白く光らせた。

 

(んあぁあっ!)早計である」

「ッ!」

 

 瞬間、彼等の間で金属同士がぶつかったような音が鳴り響いた。その音に驚き、カズマ達は思わず耳を塞ぐ。

 バージルは刀を振り、確かに当てた。しかし相手はほぼ無傷。何故ならバニルは、右手にあった刃のない剣を既に捨て、両腕で防いだのだから。

 しかし、これはただの防御ではない。相手の攻撃を受け止め怒りのエネルギーを蓄積する、ダンテの防御に特化した戦闘方法(ロイヤルガードスタイル)だ。

 

「ダンスは苦手か? なら我輩が見てやろう。さぁ、存分に踊るといい」

You bastard(貴様)……!」

 

 どこまでも相手を馬鹿にする態度を崩さないバニル。バージルは酷く苛立ち、乗せられるがままに刀を振る。素早い攻撃だったが、バニルは全てタイミングを合わせてガードする。

 軽く二十は越えるほど攻撃したところで、バージルは刀を横に強く振る一撃で攻撃の手を止める。しかしバニルはそれも防ぎ、結果彼は全ての攻撃を防御(ジャストブロック)した。

 

「一人でも存外踊れるではないか。しかし動きは堅いようだ。貴様の後ろにいる、2人きりな上に暗くて危険だからと言い訳が効く状況を利用して、積極的にボディタッチしようと企んでいたが、結局ヘタれてうなじを見つめるだけに踏みとどまった男のように、ちょっぴり自分に正直になると良いであろう」

「ちょくちょく俺を引き合いに出すんじゃねーよ!? あとそそそそそんなこと考えてないから!? あの聖人君子みたいな貴族以外に貰い手が無さそうなのに見限られた行き遅れ確定女のうなじを見て、誰がゴクリと息を呑むか!」

(おい! 誰が行き遅れだ! それに見限られてなどいない! 私から断ってやったんだ! お前も見ていただろう!?)

 

 またもカズマが被害を受けながら、バニルとダクネスが交互に話す。ツッコミを入れられている辺り、まだ大丈夫のようだ。

 それを見てか否か、バージルは刀を鞘に納めると腰元に固定させ、空いた右手で握りこぶしを作りつつ、その手に白く輝く装具(ベオウルフ)を出現させる。

 

「いつまでも減らず口をたたく奴だ。ならば、受け止めきれぬ一撃で黙らせてやろう」

「ちょっ!? 待ってくださいバージル! ダクネスの身体をぶっ壊すつもりですか!?」

 

 ベオウルフによるチャージ攻撃。魔具のことを知っていためぐみんはすかさず静止を呼びかけるが、彼の耳には届かず、光は収束し続ける。

 

(それは、ジャイアントトードを物理攻撃で倒せるほどの破壊力を持った武器! ぶ、ぶっ壊すのか!? 私はぶっ壊されるのか!? ハァ……ハァ……よし! 遠慮なくぶつけてこい! しっかりと受け止めてやろう!)ほほう。それが魔具であるか。元々は悪魔であったというのに、魂を囚われただけでそのような装具に変化するとは。我輩の場合、どのような魔具になるのであろうな?」

 

 強力な一撃が来ると見て、ダクネスはこれまで以上に悦びを露わにする。その一方でバニルは、興味深そうに魔具を見つめる。

 やがて、右手に着けたベオウルフが一度光り輝いた瞬間、バージルはバニルの仮面目掛けて拳を振った。

 

 ──が。

 

「しかし誰かの手足になるのはゴメンである故──ここらでお返ししてやろう!」

「グッ──!」

 

 バニルはそれを、ダクネスの期待とは裏腹に受け止めることはせず。バージルの攻撃が当たる直前、溜まりに溜まっていた怒りのエネルギーを一気に放出(ジャストリリース)した。

 空間が歪むような音が鳴り響いた時、既にバニルはバージルの背後へ。彼と背中合わせになっていたバージルは、その場に立ち尽くしていた。しんと静まり返った2人を、カズマ達は声を出さず見る。

 

 

 その時──バージルは背後を振り返り、バニルに向かって左手を伸ばした。

 

「何っ──うぐっ!?」

 

 彼が動き出した時に、バニルもまた驚きながら振り返ったが、遅かった。バージルはダクネスの顔を掴み、再び前を見る。そして左手一本でバニルを持ち上げ──。

 

Catch this(喰らえ)!」

「グゥッ(んあぁっ)……!」

 

 ダクネスの後頭部を、地面に叩きつけた。バニルとダクネスが痛みに声を上げる中、バージルは顔を掴んだまま左手を振りかぶり、外野からレーザービームを放つが如くバニルを投げ飛ばした。

 直線的に飛んだバニルは、そのままキールダンジョンの石壁に激突。壁が崩れる音と共に土煙が上がる。それを見て、バージルは独り鼻を鳴らした。

 

「言った筈だ。悪魔と踊る趣味はないと。貴様の操る女ともゴメンだ。手を繋ぎ、足並み揃えて踊る様を想像しただけで身の毛がよだつ」

 

 バージルはとても感情の込もった言葉を吐き捨てながら、バニルの様子を伺う。しばらくして土煙の中から人影が現れ、姿を見せる。当然ながら、仮面を被ったダクネスだ。

 しかし──今までと違う点が1つある。

 

「早急に、舞台から降りてもらおう」

 

 仮面の額部分に貼られていた、封印の札が無くなっていた。それは今、バージルの手元にある。彼はバニルを投げ飛ばす際、ついでに札を剥がしていたのだ。

 

「そろそろ頃合いだ。さっさとその憎たらしい仮面を取れ」

「ほほう。見かけによらず荒っぽい一面を見せたかと思えば、器用なことをするではないか」

 

 バニルにどの程度の魔力があるのか定かではないが、ダクネスの身体能力を底上げし、剣を強化した上、ダンテの戦闘方法(スタイル)を模倣し、更に何度か戦い方を転換(スタイルチェンジ)していた。魔力は多く消費したことだろう。なのでバージルは戦闘前に出されたカズマの指示に従い、札を剥がしたのだった。

 楽しそうに笑うバニルの言葉を聞き流し、バージルはダクネスの返事を待つ。しばらくして彼女は、荒く漏れている息を整えてから口を開いた。

 

 

(……断る!)

「ハァッ!?」

 

 まさかの返答を受け、後方にいたカズマは驚く。しかしダクネスは答えを撤回するつもりはないとばかりに拳を強く握り締め、バージルと対峙する。

 

(仮面の悪魔が与える支配の痛み! バージルの多彩かつ強力な攻め! それを同時に受け続ける! これほどまでに最高の痛みはあっただろうか! こんなにも気持ちが昂ぶる経験があっただろうか!? なんて今日は幸せな日だろうか! 人生最高の日と言ってもいい!)

 

 バージル等には見えていない仮面の下で──彼女はとびっきりの笑顔を作った。

 

(楽しすぎて──狂ってしまいそうだ!)

「狂ってるよ! もう既に! 初めて出会った時から狂ってたよお前はぁああああああああ!」

「フハッ! フハハハハハハハハッ! 幾千もの時を生きてきたが、貴様のように支配から逃れることを拒む人間は初めてであるぞ! これにはさしもの我輩も読めんかったわ! さぁどうする冒険者よ! 此奴が我輩の支配を求めている状態で無理矢理剥がしてしまえば、此奴の理性が崩壊するか、最悪顔の皮が剥がれるやもしれんぞ!」

 

 今のダクネスの気持ちは、同種の者が現れない限り理解されることはないのだろう。彼女の叫びを聞いてカズマは怒り、バニルはとても楽しそうに笑っていた。

 バージルもまた鳥肌を立たせ、気色悪い物を見る目でダクネスを見ていた。刀に手を添えてはいるが、内心ではこれ以上ダクネスと剣を交わらせたくないと思っていた。

 バニルの話すことが本当なら、無理矢理剥がすのは得策ではない。かといってダクネスを殺した上でバニルを剥がして蘇生させるといった非情な作戦もしたくない。どう動くのが最善か。カズマは頭を働かせる。

 そして──1つの打開策を見出した彼は、自ら前に出てダクネスに大声で呼びかけた。

 

「おいダクネス! それ以上反抗する気なら、俺と戦ってた時に話した、とっても凄いことをしてやんねーからな!」

(ッ!)

 

 激しいプレイをお求めなら、もっと激しいプレイを。ダクネスの変態欲求を利用した一手だ。

 予想通り食いついたのか、カズマの声にダクネスは反応する。ここはカズマに任せるべきと判断したのか、バージルも2人の様子を見守った。

 

(そ……その凄いこととは……このプレイよりも凄いことか!?)

「あぁそうだ! こんな生半可なもんじゃない! お前の想像を絶するような、もんの凄いことで辱めてやる!」

(も……もんの凄いことで……辱める……!)」 

 

 端から聞けばドン引きするような会話。背後にいる女性陣はおぞましい者を見る目をカズマに向けていたが、ダクネスはかなり興味を惹かれたようだ。

 

「ヌッ……! 此奴、態度を180度変えるが如く我輩の支配から逃れようと……!」

「今だバージルさん! ソイツを引っ剥がして!」

 

 バニルが支配に苦戦していると思わしき声が、カズマの耳に入る。今なら剥がせると思った彼は、すかさずバージルに指示を出した。バージルは嫌々ながらもダクネスに駆け寄り、彼女の顔を覆っている仮面を右手で掴む。

 

filthy girl(汚らわしい)!」

「あぁあああああああんっ!」

 

 汚物を振り払うように、バージルはダクネスに蹴りを入れつつバニルの仮面を剥がした。ダクネスは絶頂を迎えたかのような声を上げ、地面に倒れる。

 

「おいダクネス! 大丈夫か!」

「あっ……んっ……もうらめぇ……」

「よし大丈夫だな! ったくこんな時まで迷惑かけやがって……!」

 

 すぐさまカズマは彼女に駆け寄り、安否を確認する。顔がとろけているものの問題ないと判断したカズマは、重たそうに両腕を引っ張りながらダクネスを引きずり、アクア達のもとへ移動する。

 

「くっ! 我輩がこのようなところで、滅びることになろうとは……!」

 

 一方剥がされたバニルはジタバタと暴れ、悔しそうに声を出す。仮面だけなのにどこから声が出ているのかは、気にしてはいけないことだ。

 バージルは、手の中から抜け出せない仮面ことバニルを見下ろす形で見つめると──鼻で息を吐きながら、ちょっぴり疲れた様子で彼に告げた。

 

「もう舞台劇(ミュージカル)は終わった。いい加減その目障りな演技をやめろ。俺が貴様をまだ殺す気がないことは、既に見通している筈だ」

 

 バージルがそう言い放った途端、バニルの声がピタリと止まる。しばし2人の間が静まった後、呆れの混じったため息が聞こえそうな声色でバニルは言葉を返してきた。

 

「やれやれ。ノリが悪いな。ここは我輩の台詞に合わせつつ、事を進める場面だろうに。弟ならきっとそうしておったぞ?」

「どうだろうな。貴様のようなお喋りな悪魔は、奴も願い下げかもしれん」

 

 これ以上交戦するつもりのないバージルを見て、バニルも興が冷めたようだ。彼はバージルの言う通り演技を止め、話を伺ってきた。

 

「我輩に尋ねたい事があるようだな? 何だ? ダンスのレクチャーなら、先程特別無料サービスでやってあげた筈であるが」

「さっさと答えろ。話の本題も貴様は見通し、知っているのだろう」

「質問はちゃんと自分の口から出すべきである。会話を拒んでいては、勇者候補の多くが属すると言う『コミュ障』とやらになってしまうぞ?」

 

 言葉のキャッチボールになっているかわからない会話が進み、バニルはバージルに質問の内容を話すことを促す。

 面倒だとバージルは思いながらも、右手でバニルの仮面を持ったまま、彼に質問しようと口を開いた。

 

 

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

「ギャァアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 が、その瞬間。2人を中心に魔法陣が浮かび上がり、そこから聖なる青の光が降り注いだ。これを受け、バニルは甲高い悲鳴を上げる。

 

「危なかったわねお兄ちゃん! あと一歩遅かったら、そのクソッタレ悪魔に身体を乗っ取られていたわよ! っと、まだ生きてるみたいね。頭文字G並みのしぶとさだけは褒めてあげるわ。でもこれで終わりよ!」

 

 仮面の悪魔を悶えさせる退魔魔法を放ったのは、皆さんご存知アクア様。彼女は未だ息があるバニルを見て、再度退魔魔法を放とうと詠唱を始める。

 質問を終える前に倒されてしまっては、バニルとダクネスの遊びに付き合ってやった意味がない。バージルはすかさずアクアのもとに駆け寄ると──彼女の頭に左手でゲンコツした。

 

「っ~~~~~~~~~~!」

「めぐみん。そこの駄犬を見張っておけ」

「だ、駄犬……」

「グヌゥ……会話の途中に割り込む上に一発かましてくるとは、流石は常識すら理解できない無知なる女神だ。そんな奴に懐かれお兄ちゃんと呼ばれている者よ。今のは助かった。素直に礼を言っておこう」

 

 痛みのあまりか声が出ず、アクアはその場にのたうち回る。めぐみんに彼女の見張りを頼んだバージルは、苦しそうに声を出すバニルに目を向ける。

 

「バージルさん! 何故彼女の手を止めたのですか!? まさか、仮面の悪魔を生かしておくつもりでは──!?」

「以前現れた悪魔共について、コイツから情報を聞き出そうと思っていた。勿論、生かすつもりはない。ある程度喋らせたところで殺す」

「……な、なるほど」

「さて、答えてもらおうか」

 

 そこへ、一連の流れを見ていたセナが突っかかってきたものの、バージルは仮面の悪魔を訪ねた理由を話し、納得させた。

 ついでに質問の内容を話したところで、彼はバニルの返答を待つ。アクアによるダメージが引いてきたところで、バニルはこう告げてきた。

 

「答えられる範囲でなら答えてやろう。だがその代わりに──我輩を一度殺してはくれぬか?」

「……なんだと?」

 

 思わぬ提案を聞き、バージルは思わず耳を疑う。バニルは彼の手の中から脱出することもせず、そのまま言葉を続けた。

 

「普段から朝の読書タイムを心がけている知識人なら知っている筈だ。貴様の知っている悪魔とは違い、こちら側で高い地位を持つ者には『残機』があることを」

 

 『残機』──アクションゲームをやっている者なら聞き慣れた言葉だろう。道中でミスしても数が残っていれば、それを消費して復活できるという、アレだ。

 摩訶不思議なことに、この世界の悪魔で力のある者には『残機』が存在する。彼等は一度倒されても『残機』があれば復活可能。完全に消滅させるには『残機』を全て減らすしかない。

 バージルのいた世界では、そのような者はいなかった。魂を分けているのか魂自体が複数個あるのか不明だが、この事実を本で知った時はバージルも驚いていた。

 

「今の我輩は魔王軍幹部として我が主、魔王と契約を結んでいてな。この身では自由に動けず、長年の夢も叶えられず仕舞いなのだ。しかし一度でも倒されてしまえば、契約は切れ我輩は晴れてフリーに。残機を減らして復活した後は、己が望むまま夢に向かってひた走れるのである」

「ほう、悪魔が人のように夢を見るか」

「バージルさん。コイツの夢は、バージルさんの想像してるような悪どいことじゃないんで聞かない方がいいです。いや悪どいといえば悪どいけど……別ベクトルで悪どいんです」

「……そうか」

 

 苦労してそうなため息が聞こえる声でバニルは話す。彼の夢が少し気になったが、そう話したカズマの顔を見て、わざわざ聞き出すほどの内容ではないとバージルは察した。

 

「それに、貴様は元々1人で我輩と会うつもりだった。2人きりでない今の状況では、聞きたいことも聞けぬであろう?」

「ムッ……」

 

 バニルの指摘を受け、バージルは痛いところを突かれたように唸る。

 バージルのいた世界の悪魔について事細かく聞き出すとなれば、どうしても異世界についての話題が出る。カズマやアクアならまだ聞かれても問題ないが、ここには異世界について知らないめぐみん、ダクネス、セナもいる。故に、質問内容にも制限がかかってしまう。

 

「安心せよ。約束は守る。悪魔は、何の根拠もなく信じれば願いは叶うなどとほざいておきながら、自分達は何もしない無責任な女神と違うのでな。復活した後は我輩自ら出向いてやろう。どちらにせよ、貴様の住む街に用があるのでな」

「言わせておけばこんのクソ悪魔! アンタ達は願いを叶えた後、契約時に話してた条件と違う物を奪っていくそうじゃない! 人間達からいっぱい苦情が出てるわよ!」

「それは我輩達が出した条件を事細かく確認しなかった人間の過ちである。それを我輩達のせいだと責任転嫁か。流石は精神年齢が人間でいえば5歳にも満たないお子ちゃま女神様であるな」

「お兄ちゃんソイツこっちに渡して! 私の手で一欠片も残さずこの世から消し去ってあげるわ!」

「落ち着いてください! またバージルからゲンコツ食らいますよ!」

 

 保証はすると発言したついでに貶されたアクアは再びバニルに突っかかろうとするも、見張っていためぐみんに掴まれて止められる。

 一方バージルは、口に手を当てて考えていた。結局バニルを一度だけ殺す結末になり、先程までの戦い(拷問)が全く意味のない時間だったように思えなくもないが、話し合いもせずに倒していたら、こうして約束も取り付けられなかった。それだけでも意味はあるだろう。バージルはそう信じたかった。

 また、相手は約束を破棄して逃げることもできる条件だが、バニルは自ら魔界でも高い地位の悪魔だと話した。プライドも高いように見える。自分から尻尾を巻いて逃げ出すような真似はしないだろう。

 

「……いいだろう。ただし、逃げようとしても無駄だ。貴様の臭いはもう覚えた。復活した後、たとえ魔界の奥底に逃げようとも貴様を探し出し、残機が尽きるまで殺し続ける」

 

 だが念には念を入れて、バニルに釘を刺してからバージルは条件を呑んだ。彼の脅しを受けたバニルは小さく笑う。

 

「ほほう。魔界で貴様と殺し合いであるか。ちょっぴり興味が湧くルートであるが、約束は守ろう。では早速、我輩を剣でひと刺ししてくれ。おっと太い剣で頼むぞ? ほんの少しばかりであろうとも、そこの蛮族女神の力で殺されるのは勘弁であるからな」

「お兄ちゃん! 私の怒りを込めて刀の方でブスッとやっちゃって! 何なら私の加護をもっと増々にしてあげるから!」

「これ以上貴様の恩恵を受けてしまえば刀が廃れる。こっちの剣で殺させてもらおう」

「なんでー!? ねぇなんで可愛い妹よりもセンス悪い仮面被ってる悪魔の意見を聞くのー!?」

 

 アクアの駄々を無視し、バージルは右手にあったバニルの仮面を地面に置くと、背中から魔氷剣を抜く。

 そして剣先を下に向け、仮面に突き刺そうとした──その時、バニルが再び喋り出した。

 

「ところで青の男よ。我輩を殺そうとする貴様の姿を、欲を言えば自分がトドメを刺したかったなーという目で後ろの男が見ておるぞ?」

「うぇっ!?」

 

 彼の言葉を聞いて、後ろに控えていたカズマが声を上げる。周りの者だけでなく、バージルも手を止めて後ろを見た。

 視線が集中したところで、カズマは顔の前で両手をブンブンと振りながらバージルに伝える。

 

「い、いやいやいやいや! そんな美味しいとこどりしようだなんて思っちゃいませんよ!」

「嘘よ! 今のは嘘発見器がなくてもわかるわ! だってカズマったら、私が倒そうとしてた棺桶の悪魔を横取りしようとしたんだもの!」

「あれはお前が棺桶パンチで手を痛めたから、気を遣って代わりに俺が片付けといてやろうとしたんだろうが!」

「ハイダウト! どんだけ経験値美味しいんだろうなぁってグヘヘと下品に笑いながら敵に近付いていったの、私見たもん!」

 

 アクアから嘘を看破され、カズマは詰まったような声を出す。

 バージルはジッとカズマを見つめ、何故トドメを刺したいのか訳を話すよう促す。しばらくして観念したカズマは、何故かバージルのもとに近寄ると、バージルとその近くにいるバニルにしか聞こえないように小声で話した。

 

「……ソイツの言う通り、俺が倒したら経験値いっぱい貰えるだろうなー羨ましいなーと思いながら見てました。でも理由はそれだけじゃなくって……ほらっ、俺って国家転覆罪の容疑が掛けられてるじゃないですか? で、もし俺の討伐モンスター一覧に魔王軍幹部の名前があったら、疑惑を晴らす証拠には持ってこいだろうなーと思って……」

 

 カズマはチラチラとセナに注意を向けながら話す。幸い彼女には聞こえていないようで、不思議そうに首を傾げていた。

 自分の気持ちに正直なカズマの告白を聞いて、バージルは少し考える仕草を見せると──手に持っていた魔氷剣を、カズマに差し出した。

 

「なら、貴様がトドメを刺せ」

「えぇっ!? い、いいんですか!?」

「協力者であり隣人でもある貴様がいつまでも容疑者扱いなのは、こちらとしても都合が悪い。最悪、俺にも火花が飛びかねん」

 

 本当に良いのかと尋ねるカズマに、バージルは魔氷剣を押し付けながら理由を話す。そしてカズマから視線を背けると、小さな声で「それに」と付け加えてから言葉を続けた。

 

「貴様には、俺の正体を隠してもらった借りがある」

 

 あまり貸し借りをしたくない性格なのか、ただ単に素直じゃないのか。そんな彼の返答を聞いてカズマは少し笑いながらも、ならお言葉に甘えてとバージルの剣を取る。

 重量がある故か少しフラつきはしたものの、カズマは両手で持ち、剣先を地面に置かれた仮面に向ける。そして、剣を握る手に力を込め──。

 

「バニル! 覚悟ぉおおおおおおおおっ!」

 

 こうして、魔王軍幹部の1人──仮面の悪魔バニルは、冒険者サトウカズマの手によって倒された。

 

 

*********************************

 

 

 それから数日後──カズマが仮面の悪魔を倒した事実は、瞬く間にアクセルの街へ広まった。

 バージルがやったのではないかと、交流のあるダスト達に尋ねられたが、バージルは「癪だったが、奴の指示に従っていた。実質トドメを刺したのも奴だ」と答えた。嘘は言っていないので、もしその時嘘を見破る魔道具があっても反応は示さなかっただろう。

 結果、周りの者はカズマ達を讃え、称賛した。カズマは後ろめたい気持ちを抱えながらも、自身の疑惑を晴らす為だと言い聞かせながら流れに身を任せていた。

 そして、肝心の国家転覆罪の疑惑であったが──カズマのバニル討伐が認められ、疑惑は晴れた。更にアルダープの屋敷修復費用による借金も、バニル討伐の報酬金により完済。オマケに逮捕騒動で先送りになっていたデストロイヤー迎撃の報酬とMVP報酬をカズマパーティーは受け、アクアとめぐみんが抱えていた借金もゼロに。文字通り、カズマは自由の身となった。

 

 一方、セナは白い目でカズマを見ていたが、過程はどうあれ証拠として認めざるをえないために、口を挟むことはしなかった。アクアも最初は冷ややかな目を向けていたが、それよりもお金に目が移り、即座にお酒へと変えて楽しく飲んでいた。

 また、ダクネスはカズマの言っていた『とっても凄いこと』を体験し、常日頃恥ずかしい思いをする羽目に。めぐみんは「紅魔族のエリートとあろう者が、空気になってしまった……」と、バニル戦での自分の体たらくを深く反省していた。

 

 そんなこんなで、彼等は再び平和な日常へ。カズマ達がクエストに行かず屋敷で身体を休ませているお昼時──バージルは、独り街を歩いていた。

 彼はいつもと変わらない──否、ちょっと真剣みを帯びた表情で街を歩く。ただ目的もなくぶらついているわけではなく、ある場所に向かって足を進めている。

 郊外から商業区へ、メインストリートを抜け、住宅街を進んでいた時──彼はバッタリと知人に出会った。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ……今日はこれぐらいでいいかな」

「先輩、無闇矢鱈に信者を増やさないでくださいね? 女神として存在するには、信仰が必要不可欠なのは承知していますが……」

「わかってるって。ちゃんと君やアクアの信者を奪わないように、無宗派の人にしか声を掛けてないし。堕女神になった今でも信仰の効果があるのかわかんないけど……おや?」

 

 数枚の紙を両手に持って数えるタナリスと、横で紙を覗き込みながら先輩に釘を刺すクリスだった。鉢合わせる形でバージルの前に現れた彼女等は、やがて前を見て彼の存在に気付くと、タナリスは挨拶代わりに片手を上げながら近寄ってきた。

 

「奇遇だねー。君もタリス教に入信しにきたのかい? ってのはありえないか」

「タリス教?」

「女神タナリス……先輩を信仰対象とする宗教です。私は先輩命令で勧誘に付き合わされてて……エリス教徒どころか女神本人なのに……」

「1日1回とは言わない。気が向いた時にお祈りを捧げてくれればいい。メインは信者同士の交流で、気軽に集まってランチに行ったり遊んだりして、交流を深めるのが主な活動内容さ。エリス教やアクシズ教は敷居高くて入れないって人にオススメだよ」

 

 なんでこんなことにと嘆くクリスの横で、タナリスは慣れたようにタリス教について説明をする。

 元々は彼女もバージルのいた世界の女神。となればタリス教も元の世界に存在していたのだろうが、博識なバージルも名前すら聞いたことがなかった。恐らく信者が数名しかいない、超マイナーな宗教だったのだろう。

 

「よかったら君も宗教勧誘のバイトする? 面接官は僕だから採用間違いなしだよ。どう?」

「副業なら間に合っている。それに、今は用事で出かけているところだ」

 

 バイトの勧誘をキッパリ断り、バージルは訳あって出歩いている節を話す。するとタナリスは、お誘いを断られたことよりも彼の用事に興味が行ったのか、バージルにこう尋ねてきた。

 

「僕達も行っていい?」

「ちょっと先輩、あまりバージルさんの仕事を邪魔するのは……ていうかちゃっかり私も巻き込んで──」

「貴様等もいた方が都合はいいか。いいだろう。ついてこい」

「えぇっ!?」

 

 まさかのOKを貰い、聞いていたクリスは顔をバージルの方へ向けながら驚く。

 そんなクリスを他所に、バージルは2人の横を通り過ぎて歩いて行く。ついていく気満々だったタナリスは、鼻歌交じりにバージルの後を追っていった。

 

「って、また私を置いて行かないでくださいよー!」

 

 危うく取り残されそうになったクリスは、慌てて先行く2人を追いかけた。

 

 

*********************************

 

 

 住宅街でも人通りの少ない、まだ雪が残る路地を歩き数分後。バージルはクリス達と共に目的の場へ辿り着く。

 ステンドグラスの窓が取り付けられた一階建ての建造物。緑色のドアには開店中(Open)と記された木札が下げられている。アクセルの街ではある意味有名な、ウィズ魔道具店だ。

 

「へぇー。こんな所に魔道具店なんてあったんだ。バイト募集してるかな? 給料良いなら面接してもらおっと」

 

 新参者故ここは知らなかったのか、タナリスは興味津々といった様子。一方クリスはというと、どこか警戒した様子で魔道具店を睨み、いつでも抜けるよう片手は腰元のダガーに手を添えていた。

 しかしそうなるのも無理はない。この店の中からは、ある『臭い』──バージルにとっては覚えたての『臭い』が漂っていたのだから。

 それに、外からでもわかるほどに店内は騒がしい。声は聞こえないが、何者かが大声を上げている。タナリス以外が警戒心を持ちながら、魔道具店の中へ足を踏み入れた。

 

 

「貴様という奴は! 何故このような値段が馬鹿高い故に高レベルの冒険者も手を出さぬテレポート水晶を仕入れた!? 馬鹿か!? 遂に脳みそまで溶けかけのアンデッドが如く腐ってしまったか!?」

「ま、待ってください! 聞いてください! まずそもそもウチは、テレポート水晶が1個売れ残っていたんです! で、大分前にそれを貴重なお客さんが買ってくださって、もしかしたらと思ってまた1個仕入れたら、それも売れたんですよ!」

「1個目が売れたのは偶然である! そして2個目も奇跡的に売れただけ! それで手を引けばよいというのに、何故貴様は再び仕入れた!?」

「絶対に売れると確信を得たからです!」

「よしそこに直れ! 今から貴様に罰として我が破壊光線を食らわせてやる!」

「どうしてわかってくれないんですか!? 2個も売れたんですから3個目も売れますって! ……あっ! 丁度1個目を買ってくださったお得意様が来られましたよ!」

 

 入店早々、2人の喧嘩する声がバージル等の耳に入ってきた。1人は、魔道具店の店主であるウィズ。もう1人はバージルとほぼ同身長で、バージルのように後ろへ髪を掻き上げている、黒髪の男性。黒いタキシードの上に身に付けているのは、ギャップを狙っているとしか思えない可愛らしいピンクのエプロン。そして彼の顔には、見覚えのある仮面が。

 バージル達に気付いたウィズは、慌てて仮面の男にそちらへ意識を向けるよう指差す。男は顔だけバージル達に向けると、顎に手を当てながらジッと見つめてきた。

 

「ほほう、どのような物好きが買ったのかと思えば、まさか貴様であったとは。そして隣の二名は初めましてであるな。では自己紹介も兼ねて──」

 

 額部分に『Ⅱ』の文字が記された仮面でバージル達を見た彼は、白い手袋をクイッと引っ張り、襟元を直して軽くエプロンを払う。そしてバージル達に向き直ると、両手を合わせてパンと音を鳴らし──。

 

「さぁらっしゃいらっしゃい! ポンコツ揃いだがもしかしたら掘り出し物があるかもしれないウィズ魔道具店へようこそ! 我輩はつい先日ここで働き始めた期待の新人店員! 仮面の悪魔ことバニルである!」

 

 両腕を左右に伸ばして手のひらを広げるポーズ(すしざんまい)で、仮面の悪魔はそう名乗った。

 

 




もうちょっとだけ今章は続きます。


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第46話「この仮面の悪魔から異世界事情を!」

 新人らしく元気な挨拶をしたバニル。彼の顔とポーズを見てバージルがイラッとする傍ら、タナリスが自ら前に出た。

 

「君が新人さんってことは……カウンターの奥にいる人は店長さんかな?」

「あっ、はい。初めまして。ここの店主を務めているウィズです。えっと……貴方は?」

「僕はタナリス。バージルのちょっとした知り合いさ。で、ウィズさん。ここってどんな商品を売ってるの?」

「冒険者さん達のお役に立てるような魔道具から、生活に役立つ便利アイテムまで揃っていますよ。例えば──」

 

 商品について尋ねられたウィズはちょっと嬉しそうに微笑むと、商品棚の方へ移動しながら説明を始める。それを見たタナリスはそそくさとウィズのもとへ。

 

「ほれ。ちゃんと約束は守ったであろう?」

「街の何処に現れるかと思えば、まさか店員としてお出ましとはな」

「我輩の夢を叶えるためには資金が必要不可欠。だから我輩は魔王軍の繋がりでここに赴き、金を稼ぐことにしたのだ。お望みなら、我輩の夢を貴様に教えてやってもよいぞ?」

「悪魔の語る夢に興味はない」

「相変わらずつれない男だな」

 

 その一方で、バージルは再会したバニルと顔をつき合わせて話す。以前会った時と同じくそっけない態度の彼を見て、面白くないとバニルは息を吐く。

 くだらない前置きは無しに話を進めたかったバージルは、自らバニルの方へ足を進めたが──。

 

「ちょ……ちょっと待ってよ!?」

 

 それを遮るように、置いてきぼりだったクリスが慌てて彼等の間に入ってきた。思わず立ち止まるバージルを背後に、クリスはバニルへ噛み付くように言った。

 

「どうして仮面の悪魔がこの街に!? しかもなんでバージルと仲良さそうに話してんの!? 見るからに胡散臭くて憎たらしい下劣な仮面の悪魔が! 彼をそっち側に引き入れようって魂胆なら容赦しないよ!」

「初対面だというのに随分と言いおるな。先も言ったように、我輩はここで働くために来た。で、仏頂面の男とは少し前に出会ってな。其奴は我輩に聞きたいことがあると言っていた。故に其奴は、我輩に会うため今日ここへ来たのだろう」

 

 遠慮なく貶してきたクリスに、バニルは彼との関係を簡潔に答える。ダガーに手を添え警戒しながらも聞いていたクリスは、振り返ってバージルに視線を移す。

 カズマがギルドでチヤホヤされている傍ら、クリスはバージルからバニル討伐の話を耳にしていたが、バニルと約束を交わし、後日話を伺いに行くことは聞いていない。彼女は苦り切った顔でバージルに尋ねた。

 

「……もしかして、あの時現れた悪魔達のこと?」

「悪魔に聞けば手っ取り早いだろう」

「確かにそうかもしれないけど……」

 

 悪魔嫌いの一面があるクリスは、納得はできるものの理解はできないといった様子で再びバニルを見る。するとバニルは彼女の気持ちを汲んでか、クリスを安心させるように告げた。

 

「我輩は此奴と仲良くなる気は毛頭ないので安心するといい。性別がハッキリしない銀髪女男よ」

「ねぇバージル! 今ここでコイツを斬り刻んでもいいかな!? いいよね!?」

「落ち着け。そして貴様は相手を小馬鹿にせんと気が済まんのか」

 

 挑発と捉えたクリスは、今にも襲いかかりそうな程に怒りを露わにするが、バージルはそれを静止させつつバニルに視線を移す。バニルは怯える様子など一切見せずにクリスを鼻で笑うと、バージルに言葉を返した。

 

「相手をおちょくって悪感情を頂くのは我が嗜みである。さて、貴様はさっさと本題に入りたそうなので早速話をしようと思うのだが……顔面蒼白店主が邪魔であるな」

 

 そう言って、バニルは左の方へ顔を向ける。同じくバージルもそちらを向き、クリスも何とか怒りを鎮めるようにダガーから手を離し、彼等と同じ方向を見た。

 

「ウィズさん、この水晶玉は何?」

「それは強力な雷を落とす魔道具ですよ! モンスターに囲まれた時に使って一網打尽にするもよし! 強力な敵に大ダメージを与えるもよしの、超強力な攻撃アイテムです!」

「ほうほう。それは実に冒険者心をくすぐるアイテムだね。じゃあこれは?」

「鉄壁の結界を張る魔道具です! 敵の侵入や攻撃を防ぐのに重宝しますよ!」

「おっ、強そう」

 

 顔面蒼白店主ことウィズはというと、店の商品について尋ねるタナリスへ嬉々として解説を行っていた。久しぶりの来客でテンションが上がっているのだろう。

 説明を受けたタナリスは、興味深そうに商品を手に取る。先の説明だけなら他の冒険者も手を出しかねない代物だろう。しかし、それだけで終わらないのがウィズ魔道具店。

 

「ただし雷は水晶に落ちる仕様であるので、使用者はもれなく焼死体と化す。また結界の方だが、敵だけでなく使用した本人も通れず、外からの魔法も一切通らない。故に、もし結界の中に敵を閉じ込めた場合は、こちらは一切手を下すことはできなくなる。かつて我輩は、とある間抜けな魔導士にそれで捕えられたが、中で寛いであくびをしても無傷であったぞ」

「ちょっ!? バニルさん! その話をするのはやめてって言ったじゃないですか!?」

「そんなことよりも腐り店主よ。我輩は此奴等と大事な話がある。貴様は外回りに行って少しでも客足を伸ばすがよい」

「女性の恥ずかしいエピソードをそんなこと扱い!? それに大事な話って何ですか!? お店に関わることなら、バニルさんよりも店主の私が──!」

「商談関連ではないし、たとえそうだとしても貴様に任せてしまえば、次の日にこの店は売却地と化す。いいからさっさと出て行け。あと十秒以内に行かなければバニル式破壊光線を──」

「わ、わかりました! 行きます! 行きますから撃つのはやめてください!」

 

 バニルに脅されたウィズは泣きながら店内を走り、急ぎ足で店から出ていった。街の外を走っていくウィズの姿を窓越しに見て、バニルは疲れたようにため息を吐く。

 

「全くあのロクでなし商売人が……よくもまぁあの体たらくで店をやってこれたものだ。我輩の知らぬところで勝手にガラクタを仕入れるわ、発注ミスとしか思えんほど入庫するわ……何故あのような奴と我輩は契約を結んでしまったのか。我輩が店長なら即クビにしておったぞ」

「貴様の見通す力を使って、奴がミスをする前に防げばいいだろう」

「ところがどっこいそうはいかんのだ。今の我輩は、ある程度力を抑えた状態で地上に出向いておる身。今の我輩より力がある者の未来は見通せぬ」

 

 バージルの提案を聞くも、それはできないとバニルは残念そうに話す。それからバニルは、未来を見通す力について説明を始めた。

 

「我輩は運命を操っているわけではない。あくまで未来を、無数とある結末の中で辿り着く確率が1番高いものを見通しているに過ぎん。そして我輩より力のある者は、確率の高い未来への道筋を自ら外れ、確率の低い別の未来へ辿り着くことができる。故に、其奴の未来を見通すことは不可。予想することができんのだ。貴様もその内の1人だ。戦っている時に試したが、未来を見通すことは叶わなかった」

 

 バージルの未来も見通せないことを伝えると、彼はバージルから視線を逸らして商品棚の方を見る。

 

「フムフム。強力な代わりにデメリットがあると。これ上手く使えたら格好良いだろうなぁ。ますます興味が湧いてきたよ」

「あのように、ゴミ同然の魔道具に興味を持つ輩を貴様が連れてくることも、我輩には読めんかった」

 

 変わり者は変わり物に惹かれるようで。そこではタナリスが興味津々とばかりに幾つかの商品を手にとっていた。

 少しでも在庫処理しつつ利益を稼ぎたい店側にとって、彼女は嬉しい来客。タナリスを見てバニルはちょっと上機嫌になりながらも、バージルに視線を戻す。

 

「もっとも、我輩が全力を出せる魔界でならば、貴様の未来も容易く見通せるがな」

「ほう」

 

 魔界でなら簡単に勝てると宣言され、バージルは不敵に笑う。

 戦闘マニアの面もある彼は、是非とも本気を出したバニルとも戦ってみたいと思ったが、近くにいたクリスが物言いたげにバージルを見ていた。それに気付いたバージルは、バニルとの再戦を一旦頭の隅に置いてバニルの話を聞き続ける。

 

「一方、過去は力のある者だろうと関係無しに見通せる。其奴が過去を変えるような力を持っていない限りは、既に定められた事項であるからな」

 

 続けてバニルは、過去を見通す力についても説明する。以前の戦いにて、バージルの動揺を誘う際に使っていた力だ。

 

「しかし女神だけは別だ。人間が太陽を直視し続けられないのと同じように、奴等は眩しすぎて過去も未来も見通せたものではない」

 

 女神に対しての見通す力の効果も話したところで、彼は小さく舌打ちをする。仮面のせいで表情は見えないものの、声も相まって憎しみを帯びているのがよく伝わる。

 未だ商品を物色しているタナリスと、猫のように警戒して睨み続けているクリスを順に見つつ、バニルは言葉を続けた。

 

「見通せたとしても直近の過去のみ……堕天した黒髪のおなごと、力を抑えている貴様で辛うじて、といったところか」

「ッ……気付いていましたか」

「青ずくめの男から見通した過去でな。もっとも、此奴の記憶越しであっても貴様が本来の姿を晒したであろう瞬間は眩しすぎて見ることは叶わなかったが」

 

 正体を見破っていたバニルに、クリス──エリスは警戒心を一層高める。一方でタナリスは聞こえていなかったのか、カウンターの奥にある商品をまじまじと見つめていた。

 

「さてと、我輩の能力説明はこれくらいにして、いざ本題に入るとしよう」

 

 未来と過去を見通す力について粗方話したバニルは、話を本筋に戻そうとする。しかしそこで、ふと疑問を抱いたバージルが彼に質問をした。

 

「先程貴様は、ウィズの未来を見通せないと言ったな。つまりウィズは、今の貴様よりも強いということか?」

「その件は我輩のプライバシーに関わる故話せぬ。ある一点に置いて、奴の未来を見通すことはできないとだけ言っておこう」

「ある一点?」

「無駄飯食いリッチーのポンコツ商才だ。冗談抜きで、我輩が全ての力を引き出したとしても、奴の商売に関する未来だけは見通せる気がせん」

「……そうか」

 

 彼女の、悪魔も音を上げるほどに酷い商才のせいで苦労が絶えない未来を、見通さずとも予測し、悲観するように深いため息を吐くバニル。

 そんな彼を見て、バージルは生まれて初めて悪魔に、ほんのちょっぴりだけ同情を覚えた。

 

 

*********************************

 

 

「紅茶の1つでも出そうとしたが、どうせ貴様等は手を付けんだろうと考え、敢えて淹れなかった。欲しければ我輩に言ってくれ」

「いらん」

「同じく」

 

 悪魔の淹れた紅茶は好かないのか、同時に断るバージルとクリス。店内にあった、カフェを連想させる丸いテーブルの席に座っている彼等の前には、可愛げのあるピンクのエプロンを身に付けたまま立つバニル。残るタナリスはというと、自分で1つ椅子をカウンターの近くに移動させ、少し離れた場からバージル達を見守っていた。

 語らう場が整えられたところで、バニルは片手を腰に付けてバージルに問いかける。

 

「はてさて、我輩に話があるということだったが、何であったかな?」

「以前この街に、俺のいた世界の悪魔が現れた。その場に次元の裂け目らしきものはなく、魔界から人間界へ現れたのだろうと推測している。では奴等は、元々この世界の魔界に存在していたのか、魔界から別の魔界へ渡ってきたのか……貴様に聞きたい」

「なるほどなるほど。では、どんな悪魔かを確認したいので、ちょいと貴様の過去を見させてもらうぞ」

 

 話の内容を聞いたバニルはそう言って腰を折曲げ、顎に手をつけてバージルの顔をジッと見つめる。何度も見通されるのは癪だったが、話を進めるためにもバージルは黙って視線を合わせた。

 

「ほうほう、此奴等か……鎌を持った骸骨に、要塞を乗っ取る寄生悪魔……」

「……どうだ?」

 

 悪魔の容姿を見通したらしいバニルの声を聞いて、バージルは返答を求める。バニルは曲げていた腰を戻すと、しばし間を置いてから答えた。

 

「結論から言おう。我輩は、其奴等を魔界で見た覚えは一度もない」

 

 バニルが答えたところで、バージルの眉がピクリと動く。位の高い、長く生きている悪魔も見たことがない。となれば、彼等が元々魔界に存在していた線は必然的に薄くなる。

 

「もっとも、いつ滅ぶかわからぬ下級悪魔の顔など一々覚えておらんのだがな。それに、最近は魔界に帰っておらん。我輩の知らぬ内に、貴様の知る輩共とよく似た悪魔がこちらの魔界で誕生したか……魔界で異世界への扉が開き、偶然貴様のいた世界の悪魔が流れ込んできたのやもしれぬな」

「異世界への扉だと?」

「言葉通りの意味である。ところで貴様、異世界についてはどの程度知っておるのだ? 勿論、三世界をひとつの世界と定義した上での異世界である」

「……そこの女から異世界転生の話を持ちかけられるまでは、異世界の存在は認知していなかった」

 

 バニルの質問に対し、バージルは正直に答える。元いた世界では、主に魔界や天界を指す意味で異世界という言葉は存在していた。また似て非なる平行世界や、本来の意味として全く別の世界を指していることもあった。

 が、あくまで後者の2つは実在しないもの(フィクション)でしかなかった。異世界は存在すると声を上げる者、本に書き記す者もいたが、多くの者からは妄言としか捉えられていなかった。バージルも、くだらん妄想だと思っていた1人だった。

 

「そうであるか。ではまず異世界についての説明を──したいところであるが、我輩もそこまで詳しいわけではない。なのでここは、説明できるほど詳しそうな天界の者にバトンタッチしていただこう」

「なっ……」

 

 バージルの把握している範囲を聞いたバニルは、そこで説明役をエリスに回してきた。予想外の流れにエリスは不意をつかれる。

 異世界について説明するつもりはないのか、バニルはエリスから視線を外さない。その傍らでバージルの視線も感じていたエリスは、ため息混じりに言葉を返した。

 

「貴方に命令されるのは酷く癇に障りますが……いいでしょう。ただし、貴方は話を聞かないよう席を外してください」

「流石は悪魔嫌いと名高い国教女神。聞き耳を立てられるのもお嫌いであるか。では望み通り、我輩は奥に行こう。ついでに紅茶を淹れてやろうか? コーヒーもあるぞ」

「いりません」

「あっ、じゃあ僕頼もうかな。ここはまだ飲んだことがないブラックコーヒーで」

「自ら未開の地に足を踏み入れるか。その心意気や良しである」

 

 タナリスのオーダーを聞いてから、バニルは店の奥へと姿を消す。悪魔の淹れる物であっても素直にいただけるのは、堕天した影響か元々の性格なのか。

 どちらにせよ警戒心の薄いタナリスに、エリスは呆れながらも視線を背け、バージルと向かい合う。

 

「ではバージルさん。早速異世界についてお話ししますが……その前に、異世界はどのくらいの数が存在していると貴方は思いますか?」

 

 バニルと喋っていた時とは真逆の、生徒に教える先生のような優しい声色でエリスは問題を出した。問いを聞いたバージルは少しの間思考し、エリスに切り返す。

 

「考えたこともないが……空に浮かぶ星の数ほど存在していると唱える者を、本で見かけた覚えがある」

「正解です。異世界は数多く存在し、この地に住む人間のように、常にどこかで生まれ、消滅しています。そして、それぞれの世界は隣接しているわけではなく、間に溝……狭間があります」

 

 エリスは微笑み、異世界についての解説をする。バージルにとっては未知の存在。それ故か、彼は興味深そうにエリスの話を聞き続けた。彼を知らない人からすれば、いつもと変わらない様子ではあったが。

 一方で、バージルが興味を持ってくれていると気付き、エリスは嬉しく思いながらも世界の狭間について話を持っていった。

 

「そうですね……大陸間にある海のようなもの、と言えばいいでしょうか」

「海に落とされた者はどうなる?」

「世界の狭間は、時間や距離などの概念がない、とても不安定な場所ですので、二度と戻ってこられなくなるか……最悪、存在を保てずに消えてしまうか……」

「何者も存在できぬ場所……まさに虚無か」

「はい。なので世界をお創りになる創造神は、住民が狭間へ落ちてしまわないよう、必ず世界の壁を創るんです」

 

 世界の狭間についてバージルがある程度理解したところで、エリスは次に世界の壁について話した。名称を聞き、こういう物なのだろうと漠然と把握しながらもバージルは耳を傾ける。

 

「壁の強度は世界によって千差万別ですが、ほとんどの物が頑丈で、創造神ほどの地位に立っていない限り認識できません。が、絶対に壊れないとは限りません。極稀に、壁の一部に穴が空いてしまうことがあります」

「穴……とするとその先は、虚無の大海か」

「そうですね。しかし時々、同時に別の世界で穴が空き、穴の開いた世界同士が繋がってしまうことがあります。それが、先程仮面の悪魔が言っていた異世界への扉です」

 

 ここでようやく、バニルが口にした異世界への扉について話が進んだ。バージルは机の下で組む足を変えながら、話を聞き続ける。

 

「先程話したように、狭間は何も存在しない虚無そのもの。故に、異世界の扉を通った人は狭間を認識する間もなく、繋がった世界へ渡ることができます」

「つまり、異世界への扉を通る者は世界の狭間に落ちる心配がないと?」

「通る際に、片方だけ穴が閉じるなんて例外が起こらない限りは大丈夫です。因みに、異世界転生する人は必ずその扉を通っています。バージルさんも見た覚えがあるのでは?」

「……あの青い魔法陣か」

「正解。異世界転生も仕事の内にある僕ら女神は、自由に異世界への扉を繋げられる権限を持っていてね。想定外の事故でも起こらない限り、安心安全快適便で異世界へ送り届けることができるのさ。天界の、魂を導く間にいる時だけにしかその力は使えないけど」

 

 聞き耳を立てていたタナリスが、地上に降りている自分、エリス、アクアも異世界の扉を開く力は使えないことを付け加えつつ話す。

 逆に言えば、女神の力も借りれば元の世界に戻ることも可能ということ。それを許可してはくれないだろうが。そう思いながらバージルはエリスに目を向ける。彼の視線を受けたエリスは、不思議そうに首を傾げる。

 

「運がなければ虚無落ちの行き先不明スリリング満載な便をお望みの場合、力ある者ならば我輩達悪魔でも提供は可能である」

 

 とその時、間に割って入るようにバニルの声が3人の耳に届いた。3人は声が聞こえた方へ顔を向けると、そこには湯気が昇るコーヒーカップ1つを乗せた皿を片手にバニルが立っていた。

 バニルはカウンター付近に座っていたタナリスに近寄り、カウンター上にコーヒーを置く。タナリスが礼を言ったのを耳にしつつ、再び猫のように警戒し始めたエリスと無表情を貫くバージルのもとへバニルは歩み寄る。

 

「開き方は単純明快。次元が歪むほどの強大な力をぶつかり合わせることだ」

「つまり無理矢理こじ開ける、と。力を理とする粗暴な悪魔らしいやり方ですね。しかしそれだけでは、扉を開いたとは言えませんよ?」

「然り。それで開けられるのは狭間に繋がるただの穴。扉と呼ぶには程遠い。だが我輩は、その穴を扉へと変化させるトリックを知っておる」

 

 エリスの指摘に対し、バニルは対策も考えていると話す。バージルとエリスが言葉を待つ中、バニルは得意げに方法を明かした。

 

「それは、他世界に繋がりを見つけること。例えば我輩の場合、似て非なる魔力を持つ者──異世界の悪魔を探せばいい。繋がりは道標となり、その先にある世界に穴を開かせる。そして2つの穴は繋がり、世界を繋ぐ扉を作り出すのである」

 

 バニルの話した悪魔流の開き方。正しい情報かどうか定かではないが、世界の狭間について認知しているエリスが何も指摘してこないのを見るに、その方法で開くことは可能なのだろう。そう思いながら、バージルは彼女に向けていた目を逸らす。

 

「……力の衝突……」

 

 もし本当に、バニルの話した方法で扉が開かれたのだとしたら、巨大な戦いが元いた世界の魔界であったということになる。

 次元を歪ませるほどの力。神の創りし壁を壊すほどの力。そのぶつかり合い──あるとすれば、たった1つ。

 

「……奴等か」

「だろうね。間違いなく」

 

 タナリスも同じ事を連想したのか、バージルの言葉に同調する。彼等の世界について詳しく知らないエリスとバニルは、声を発した2人に目を向ける。

 

「その様子、どうやら思い当たる節があるようだな?」

「うん。経緯は省くけど、実は彼のいた世界で彼の弟と、魔界を統べる魔帝がやり合っていたんだ」

「ほほう。我輩の知らぬ世界で、そのような世紀の大決戦が行われておったとは。それならば、穴の1つや2つ空いてもおかしくはあるまい」

 

 魔界の主神に、スパーダの血族。それにタナリスの話では、彼は魔帝に打ち勝った。つまり、魔帝をも越える力をダンテは持っていた。まさしく、次元を超越した戦いが魔界で繰り広げられていたのだろう。

 彼等の話を聞いていたエリスは、口元に手を当てて考える仕草を見せると、自身の推測を話した。

 

「とするとバージルさんのいた世界の悪魔は、その戦いで発生した穴を、こちらの世界に住む悪魔の魔力を感じ取ることで扉に変え、移動してきたということですか」

「否である。狭間越しに悪魔の魔力を感じ取れるのは、我輩のように力を持った大悪魔のみ。たかが下っ端どもにはできぬ芸当だ」

「なら、彼等は一体何を辿って世界を渡ったと言うのですか?」

「ここにきてそのような質問をするか盲目女神。もう既に答えは出ているようなものであろう」

 

 エリスの問いを聞き、バニルは心底呆れたようにため息を吐く。心外だったエリスが睨む中、バニルは別世界の悪魔がこの世界に何の繋がりを見たのかを答えた。

 

「そちらの下級悪魔は、世界を跨いでもなお感じ取れるほどの巨大な魔力、忘れられない臭いを知っておったのだろう。それこそアクシズ教徒共全てが悪魔滅ぶべし精神を刷り込まれているレベルでな」

 

 破壊衝動に駆られてはいるが、人間と同じく悪魔の性格は様々。悪魔らしく力のみを正義とする者。知略を張り巡らせる狡猾な者。好戦的でない変わり者等々。

 しかしある一点にだけ、バージルが元いた世界のほとんどの悪魔に共通するものがある。名を聞くだけで怒りが掻き立てられ、彼等は首を取らんと刃を振りかざす。

 過去に魔界を脅かした大罪人。魔界の神を封印した裏切り者──その血。

 

「そう──貴様である」

 

 逆賊スパーダの息子──バージル。悪魔が見た繋がりはお前だと、バニルは悪戯に告げた。

 

「実の息子故に染み付いた反逆者の臭い。どこにいようと悪魔が狙う呪われた血。奴等はそれを追い、こちらの世界へ来たのだろう。そう──貴様が奴等を招いたのだ」

 

 バニルは丸机の中心に右手をつき、彼から見て左側に座るバージルを凝視する。対するバージルは見上げる形で、バニルに鋭い視線を向ける。

 

「先ほど我輩は、力ある者は未来の道筋を変えられると話したな。そして、貴様もその内の1人でもあると」

 

 バニルが見通す力について説明する際に伝えた、未来を見通せない者の条件。辿り着く可能性の低い未来へと進められる力を持つ者。

 

「貴様が介入してきたことにより、この世界が本来辿る筈だった未来への道は外れてしまった。もう二度と、元の道と交わることはない。まだ大きく変化してはおらぬだろうが、行き着く先は異なる結末。もしかしたら、元の未来は平和なもので、今進んでいるのは破滅の崖が待つ道やもしれぬ」

 

 怒りも憎しみも感じられない。バニルはただ淡々と述べ──最後に、口角を上げた表情で朗々と言い放った。

 

「見通す悪魔が断言する。いずれ悪魔としての貴様が世界に刃を向け、混沌へと導くだろう」

 

 

 瞬間──鞘から剣が抜かれ、空気を切る音が鳴った。

 が、抜いたのはバージルではない。彼は両腕を組み、バニルを睨んだまま。

 

「……実にマナーの悪い客であるな。店の中で武器を抜いた者は、貴様が初めてだ」

「これ以上彼を責め立てるつもりなら、今ここで貴方を塵も残さず消し去ります」

 

 先程までバージルの正面に座っていた、エリスだった。椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった彼女は鞘から抜いたダガーを右手に、脅すようにバニルの顔の横ギリギリで刃を止めている。

 しかし、そんな脅しも無意味とばかりにバニルは鼻で笑うと、殺意の込められた目を見せているエリスへ問いかけた。

 

「盗賊女神よ。我輩は不思議でならんのだ。悪魔相手ならば誰よりも容赦ないと噂される悪魔嫌いの貴様が、何故この蒼き悪魔に肩入れするのか」

「女神だって、考えを改める時だってあるんです。確かに昔の私なら、彼を生かしておくなんて言語道断と思うでしょう。けど最近は、悪魔寄りの者であっても良い人はいるのかもしれないって思い始めたんです」

 

 バニルに刃を向けたまま、エリスは答える。過去の彼女を知る者が聞けば、さぞ驚く言葉だろう。少し離れた場にいるタナリスは、成長する後輩を見守るように微笑んでいた。

 

「少し前に出ていった、この魔道具店の店主さんだってそう。彼女も人ならざる者ではありましたが、人間を脅かすような存在ではないと私は感じました。貴方も、人間に危害を加えないのであれば見逃してあげないこともありません」

「ほほう。ポンコツ店主どころか我輩すら黙認すると。その方が我輩にとって好都合であるため良いのだが」

「そしてバージルさんは……悪魔であり、人間です。貴方達悪魔の物差しで計れるような人ではありません」

「逆もまた然り。此奴は人間であり悪魔である。人間の小さな物差しで計れる男ではない。貴様は、此奴が人間へ刃を振り下ろす可能性を微塵も考えておらんのか?」

 

 人間は変われるが、悪魔は違う。バージルは今でも悪魔寄りの者であり、いずれ再び人間に手を掛けるのではないか。バニルはそうエリスに問いただす。

 対してエリスは、決してバニルから目を逸らすことなく、揺るぎない気持ちを胸に彼へ言い放った。

 

「私は、信じていますから」

 

 

*********************************

 

 

 あの後、エリスは引っ張るようにバージルを連れて魔道具店から出て行った。因みにタナリスは、どんな魔道具があるか色々聞きたいと言い、独り魔道具店に残った。

 仮面の悪魔と2人きりにさせるのは不安ではあったが、彼女なら大丈夫だろう。もし何かあれば、自分が仮面の悪魔を消し炭にするだけ。そう考え、エリスは魔道具店を後にしたのだった。

 

「バージルさん。あんなインチキ悪魔の言ったことなんて、気にしなくていいですからね」

 

 帰り道を歩きながら、エリスは後方にいるバージルへ声を掛けてきた。彼が異世界の悪魔を呼び寄せたこと。いずれバージルが人間の敵として刀を取る未来のことだろう。

 彼女の声を聞いたバージルは、心配無用だと表すように鼻を鳴らす。

 

「気にしてなどいない。そもそも奴自身、俺の未来は見通せないと言っていた。奴の予言など、端から信用するつもりはない」

 

 バニルが提示したバージルへの予言。信じるつもりは更々ないとバージルは断言する。しかしその後、彼は目を伏せながら言葉を続けた。

 

「それに……俺が奴等を引き寄せていることは、紛れもない事実だ」

 

 元の世界では、四六時中悪魔が自身の命を狙ってきた。バニルの言う通り、彼等は憎きスパーダの血、その臭いをしかと覚えていたが故に。彼等がスパーダの血族を探し、わざわざこちらの世界にやってきたというのも、バージルからすれば頷ける話だった。

 世界を越えても追いかけてくるとは粘着質な奴等だと、バージルは嘆声する。

 

 とその時──パチンという乾いた音と共に、彼の両頬が叩かれた。

 バージルは閉じていた目を開ける。眼前にあったのは、バージルの正面に立ち、両手を彼の頬に当てているエリスだった。

 

「やっぱり気にしてるじゃないですか」

 

 エリスは少し怒りを感じさせる声色で、些か呆気にとられているバージルへ言い放つ。そして彼女は自らバージルの頬から手を離すと三歩ほど下がり、両手を前に組んでバージルと向き合う。

 

「罪を償うのも結構ですが……それ以前に、貴方もこの世界の住人なんです。悪魔のことなんて気にせず、カズマさん達みたいに楽しく生きてもいいんです」

 

 声を落ち着かせ、優しい口調でバージルにそう伝える。バージルが何も言わずに見つめる中、エリスは組んでいた手を離して自身の腰元に当てた。

 

「明日、冒険者ギルドに来てください。私1人じゃ難しそうなダンジョンがあったので、一緒に来てもらいますよ」

 

 明るく笑ってそう告げると、エリスは最後に「ではまた」と別れの挨拶を口にし、バージルを置いて前を歩いていった。

 バージルは叩かれた頬に手を当て、呆れたように息を吐く。そして、前方を歩くエリスの背中を見て独り呟いた。

 

「……世話焼きな女だ」

 

 あの夜と同じように、自分を叱責してきたエリスの顔が、幼い頃の自分を叱りつける亡き母と重なった。

 

 




バニルさんの見通す力は、原作では「自分と同等かそれ以上の者には通用しない」設定でしたが「自分より力のある者を見通す際、魔界か人間界の者なら過去は可能。天界の者は過去も未来も難しい」設定に改変しました。そうでもしないと話が進まない。


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Secret episode4「このパーティーと因縁の対決を!」

 ある晴れた日のこと。便利屋デビルメイクライの訪問客が少ない朝と昼の境目にあたる時刻。店内には、主であるバージル以外に三人の女性がいた。

 一人は顔なじみのクリス。一人は珍しくシフトが入っていないタナリス。そして、独りモジモジと手を動かすゆんゆん。過去に一度だけパーティーを組んだ四人が集まっていた。

 

 ことの始まりは朝。バージルが食事所で朝食を取っていた際、偶然にもクリスとタナリスが訪れ、同席してきた。

 ウィズ魔道具店で色んな魔道具を買ったというタナリスの話を聞きながら、バージルは静かに食事を取っていると、更にそこへゆんゆんが現れた。

 彼女は勇気を振り絞り「三人にお話があります」と伝え、頭を下げてきた。食事所では人が多いため、ひとまずバージル達は朝食を食べ終えてから場所を移動。そして現在に至る。

 

「で、話って何っ? もしかして君もタリス教に入信かい?」

 

 タナリスはソファーに座り、茶化しながら尋ねる。普段どおりバージルは扉から真正面に位置する席で、クリスはその横に立ち、耳を傾ける。

 そんな中、机越しにバージルと向かい合った状態で立っていたゆんゆんは深く息を吸うと、声を張って用件を伝えた。

 

「も、もう一度だけでいいので、私とパーティーを組んでください!」

 

 勢いよく頭を下げたゆんゆんが告げたのは、二度目のパーティ―結成希望。しかしパーティーを組む際、バージルは一度だけという条件を提示し、ゆんゆんもそれを呑んでいた。であるのに何故彼女はこうやって頼んできたのか。向かい合っていたバージルは眉をひそめる。

 

「言った筈だ。パーティーを組むのは一度きりだと」

「ま。まぁまぁ。何だか訳ありみたいだし、まず話だけでも聞いてあげようよ」

 

 叱るように告げるバージルだったが、横にいたクリスが宥めてくる。彼女の声を聞いて、バージルはため息を吐いてから寄せていた眉を戻し、ゆんゆんを見つめる。

 理由を話してもいいと判断したのか、ゆんゆんは顔を俯き加減にしてバージル等と目を合わせず、人差し指をツンツンしながら訳を話した。

 

「昨日の夜……めぐみんと一緒に夕食を食べていた時に、先生達とパーティーを組んでクエストに行ったことを話したんです」

「あぁ、ジャイアントスネークのクエストかぁ。最後は爆発オチになっちゃったヤツ」

「そしたらめぐみん、なら自分のパーティーとどっちが強いか勝負しようって話を持ちかけてきて……折角めぐみんから誘っ……挑んできた勝負を拒むわけにはいかないと思って……つい、パーティーを組むのは一度きりだったことを忘れて、オーケーしてしまって……」

「ありゃま」

「しょ、勝負するのは今日の昼過ぎで……お、お願いします! 今日だけでいいんです! 私とパーティーを組んでください!」

 

 タナリスが相槌を打つ横で、ゆんゆんは再度頭を下げる。ちょっぴり変わっているが、根はとても優しい女の子。そんな彼女の頼みを、女性陣2人は断る筈もなかった。

 

「僕は全然構わないよ。今日は休みだし、何より友達の頼みだからね」

「アタシもいいよ。バージルは?」

 

 すぐにゆんゆんへ返答するタナリスとクリス。友達の頼みというタナリスの言葉にゆんゆんが感動を覚えている前で、クリスはバージルの言葉を待つ。

 こういった時、普段の彼ならまず呆れるようにため息を吐いて断るのだが、今回は違った。ゆんゆんの話を聞いたバージルは、口に手を当てて考える仕草を見せている。

 

「(めぐみんのパーティー……つまり、奴等との対決か)」

 

 自分達と相対するは、めぐみんとその仲間──カズマ、アクア、ダクネス。そして、十中八九ダクネスが自分に一対一の戦いを挑んでくるだろう。この世界で培った彼の勘がそう告げていた。

 ダクネス──全ての痛みを快楽へと昇華させるドMクルセイダー。二度彼女と勝負する機会はあったが、一度目に当たる墓場での戦闘は、バージルが避け続けただけで勝負にすらなっていない。二度目はダクネスが仮面の悪魔に操られていた。彼女自身と勝負し、白黒つけることは未だ叶っていない。

 デビルメイクライ初めての依頼で植え付けられたトラウマ。それを克服するためには、彼女と戦い──打ち勝つ必要があった。

 

 

*********************************

 

 

「ほほう、まさか本当に連れてくるとは。ゆんゆんのことですから、パーティーを組んだのは一回こっきりで、連れてこられなかったと泣き喚くものかと思ってましたよ」

「そ、そそそそそんなわけないじゃない!」

 

 場所は変わり、お隣にある屋敷の2階。暖炉のある応接間らしき広い部屋に、めぐみんパーティーとゆんゆんパーティーの計8人が集まっていた。絨毯が敷かれた場所の中心でめぐみんとゆんゆん、両者立ったまま向かい合っている。

 

「まぁ確かに、バージルさんも来るとは思ってなかったな。こういうの断りそうだし」

「アタシも同感。絶対ノーって返すだろうなって思ったら、いきなりOK出したんだもん。ビックリしたよ」

 

 部屋の窓際にもたれかかっていたカズマとクリスが言葉を交わし、その横で聞いていたバージルは小さく鼻を鳴らす。更に彼の隣で、上下黒の私服を纏ったダクネスがバージルに期待の眼差しを向けていたが、彼は決して視界に入れようとしなかった。

 またアクアとタナリスは、対面になるよう机越しにソファーへ座し、喫茶店で寛ぐかのように野菜スティックを摘みながら雑談を交えている。その様子を見てカズマは、ファーストフード店でポテトを頼むJKみたいだなと独り思った。

 

「パーティー対決のルールですが、お互いに1人ずつ戦い、計4戦で勝ち数の多いパーティーが勝利。2勝2敗になったら、パーティーの中から1人選出して最後の勝負へ。勝負する内容は、一個前の勝負で負けた側が決める。こんなところでどうですか?」

「わ、私は構わないわ!」

 

 四対四の団体戦におけるルールをめぐみんは取り決め、異存はないとゆんゆんは応える。早速ルールが決まったところで、次は初戦の組み合わせ決めに。

 

「では、始めるとしましょうか。先に私が行きましょう。カズマ、いいですね?」

「おう。頑張れよー」

「め、めぐみんが出るなら私も出るわ! クリスさん! 私に行かせてください!」

「そういえば、アタシが一応リーダーだったね。頑張って。ゆんゆんちゃん」

 

 お互いにリーダーの許可を得たところで、めぐみんとゆんゆんは再度向かい合う。初戦のカードは、めぐみん対ゆんゆん。

 

「勝負内容はそっちが決めていいですよ。何でもどうぞ」

「い、いいの? それじゃあ……えっと……」

 

 どうやって勝負するか考えろと言われ、ゆんゆんは口に手を当てて考える。しかし、めぐみんとは学生時代に何度も勝負している故か、新しい勝負方法が中々思いつかない様子。

 

「なら、自分のパーティーメンバーの良い所をどれだけ言えるかで勝負、ってのはどう? パーティーの絆を深めるのも兼ねてさ」

 

 とそこへ、ゆんゆんの様子を見兼ねてかタナリスが助け舟を出してきた。それを聞いたゆんゆんは、話を聞く時にタナリスへ向けていた視線を反らして、めぐみんへと向き直る。

 

「そ、その勝負方法でどう!?」

「……まぁいいでしょう。先手はどうしますか?」

「そっちから先でいいわ!」

 

 勝負の内容を聞いて、めぐみんは少しむくれた表情だったものの承諾。先攻後攻を決めたところで、早速2人の勝負が始まった。

 

「わかりました。では──まずダクネスから」

「むっ?」

 

 最初にめぐみんの口から出たのは、ダクネスの名前。彼女の声を聞いて、バージルに烈々たる視線を向けていたダクネスは我に返り、めぐみんを見た。

 

「ダクネスは、秀でた防御力でいつも私達を守ってくれています。私が爆裂魔法を発動する時はよくお世話になってます。やたらと実った2つの果実をこれでもかと揺らしてアピールする姿を見る度にイラッとしますが、私のパーティーにとって無くてはならない存在です」

「お、おぉ……何だか、こうして褒められるとむず痒いな……2つの果実とやらが何なのか気になるが……」

「ウッソだろお前。あんな晒したがりなのにそこ気付いてないの?」

「晒しっ……!? ご、誤解を招くようなことを言うな! 私は、自ら晒すことで悦ぶような露出狂ではない! 誰かに無理やり剥がされるシチュエーションが好きなだけだ! それに、私だって生まれたままの姿を見せる相手は……選……ぶ……」

「どちらにしろ変態だからな? そして自分で言いながら恥ずかしがってんじゃねぇよ。お前の中の羞恥の基準はどこにあんだよ」

「さぁ、次はゆんゆんの番ですよ」

 

 カズマとダクネスが言い合っているのを横目で見て、めぐみんは少々苛立ちを覚えながらもゆんゆんに催促する。対してゆんゆんは、チラリとバージルを見てからめぐみんに視線を戻し、深く息を吸ってから言い放った。

 

「な、なら私は先生について話すわ! 私の先生は、とても強くてスタイリッシュな剣士で、私に色々な剣術や戦い方を教えてくれて、時々話し相手にもなってくれるの! 私にとって無くてはならない人よ!」 

「慕われてるね。バージル」

「……フンッ」

 

 ゆんゆんの素直な気持ちを聞いて、自分のことのように嬉しく思ったクリスはバージルに微笑みかける。一方バージルは彼女等から目を背け、独り鼻を鳴らしていた。

 

「一人目は同点といったところですか。では二人目……私はアクアについて話しましょう」

「えっ? 私?」

 

 めぐみんとゆんゆんによる、パーティーメンバー紹介対決の一人目が終了。勝負は二人目へと移行し、先攻だっためぐみんはアクアの良い所について話し始めた。

 

「体力回復魔法に状態異常を解く魔法。呪いの解除に宴会芸……アクアは、私が知る限りのアークプリーストでは随一と言っていいでしょう。ダクネスの呪いを解いてくれたこと、カズマを生き返らせてくれたこと……今でも感謝しています。自称女神をいつまでも名乗る頭のおかしさはアレですが」

「め、めぐみんったら……普段はツンとした態度を見せてるけど、心の中ではそう思ってくれていたのね。嬉し……あれ? ねぇねぇめぐみん。最後の方に自称女神がどうとかって聞こえた気がするんだけど──」

「ゆんゆん。貴方のターンですよ」

 

 最後の一文だけ腑に落ちないアクアが尋ねてきたが、それを無視してめぐみんはゆんゆんに二人目の紹介を促す。ゆんゆんはタナリスに一度視線を送ると、再び深呼吸をしてから告げた。

 

「な、なら私はタナリスさ……ちゃんで! タナリスちゃんは、まだ会って間もない私を友達と言ってくれた優しい人で、いつも私の話し相手になってくれるの! タナリスちゃんは、私にとって大切な友達よ!」

「嬉しいねぇ。忘れずちゃん付けしてくれてるようで感心感心」

 

 ゆんゆんの紹介を聞いたタナリスは、両腕を組んでウンウンと頷く。本人に直で聞かれているこの状況下が恥ずかしく思えてきたのか、ゆんゆんはほんのりと顔を赤らめていた。

 しかし、そんなゆんゆんをめぐみんはジト目で睨むと、先程の紹介について指摘してきた。

 

「話し相手というのが被ってますよ。今回は認めますが、次は無しですからね」

「うっ……」

 

 この紹介勝負で、内容が被っていては勝負にならない。めぐみんはまた同じ内容を言わないようゆんゆんへ釘を刺す。

 ゆんゆんは痛い所を突かれたように唸るも、その注意事項を聞き入れるように頷いた。それを確認しためぐみんは、勝負を決する三人目の紹介へ勝負を移す。

 

「では最後に……カズマ」

「おっ、いよいよ俺か。よしめぐみん。遠慮しなくていいぞ。自分の気持ちに正直になって、俺の魅力的な所を余すこと無く皆に伝えてくれ」

 

 めぐみんが紹介するのは、残ったカズマ。普段は自分に対しつんけんしているめぐみんの本心が知れると、カズマはワクワクしながら言葉を待つ。

 いずれ、彼女が自分に対し辛辣な態度を取ったら、この勝負でめぐみんが明かした本心を持ち出してやろうと彼が画策する中、めぐみんはカズマに目を向けず、口を開いた。

 

 

「カズマは、お金に余裕があればクエストにもバイトにも行かず楽しようとするダメ人間で、更に女性のパンツを問答無用でスティールしては振り回す変態で、オマケにかなり年下の女性の胸に欲情して鼻息を荒くするロリコンです」

「おうこらめぐみん。勝利を自ら放棄してまで俺のことを貶そうとするその勇気は褒めてやるが、それなりの覚悟はできてんだろうな?」

 

 出だしから非難の嵐となっためぐみんの紹介文を聞いて、カズマはスティールか初級魔法をかけるつもりか右手をワキワキさせながらめぐみんに近寄る。

 しかし、彼を止めるようにめぐみんは少し大きめな声で「でも」と告げると、そこでようやくカズマに目を向け、小さく微笑んで言葉を続けた。

 

「なんだかんだで私達の面倒を見てくれて、ピンチの時は慌てながらも解決策を考える。やる時はやってくれるカズマのことは……ちょっとだけ信頼しています」

「……お……おう」

 

 思わぬめぐみんのデレを間近で受け、こういった女性の切り返しにリアルでは慣れていなかったカズマは、思わず赤面してめぐみんから目を逸らす。めぐみんも、少し顔を赤くしてカズマから目を背けた。

 そんな二人を見てクリスは両手で口を抑え、ゆんゆんは衝撃的シーンを見てしまったが如く目を見開いていた。色恋沙汰に興味津々な若い女子が見たら思わず声を上げてしまうような、どことなく甘酸っぱい雰囲気。

 

「見て見てタナリス。あれが、年下の女の子がちょっぴり褒めてくれただけでその気になっちゃう童貞ヒキニートという生物よ。アンタもカズマのことを褒めたりしたら、もれなくアイツの脳内でハーレム要員に入れられちゃうから、気を付けてね」

「ほうほう。カズマは恋愛にウブなチェリーボーイくんか。見てる分には楽しいね」

「な、ななななってねーし!? ロリコンじゃねーし!? めぐみんのことは単なる小さな子供としか思ってねーし!? あとチェリーボーイ言うな! それ絶対街で流行らすなよ!?」

「さ、私は言い終えましたよ。次はゆんゆんの番ですよ」

 

 それをぶち壊すのが()女神クオリティ。アクアとタナリスの会話を聞いて、カズマは慌てて否定しつつツッコミを入れた。また、めぐみんに名前を呼ばれたことでゆんゆんはようやく我に返る。

 今の紹介文は、この一帯の空気を変えてしまうほどによくできたものだった。現在のめぐみんとカズマの関係が非常に気になったが、今は勝負の最中。負けてはいられないとゆんゆんは自身を鼓舞し、三人目の紹介を始めた。

 

「じゃあ最後は……クリスさん!」

「(そういえば、ゆんゆんちゃんから見たアタシってどんな感じなのかな……)」

 

 彼女が紹介するのは、カズマ同様最後に残ったクリス。ゆんゆんの目にはどういった姿でクリスは映っているのか。これを機にもっと仲良くなりたいと思いながら、クリスは自分の紹介を待つ。

 

「クリスさんは、よく話し相手になってくれて──」

「それはバージルとタナリスの紹介で言いました。なので却下です」

「えっ!?」

 

 が、出だしから先の二人と同じ内容。先程めぐみんが決めたルールに触れているものだった。

 その為めぐみんは認めず。いきなり自分の紹介文を否定されて慌てたのか、そこからゆんゆんは思い悩んだ表情を見せ始める。

 

「え、えっと……えっと……と、とっても優しくて……」

「それから? まだ一個しか言えてませんよ?」

「く、くくくクリスさんは、えええええっとえっとえっと──!?」

「大丈夫だよ! 落ち着いて! 深呼吸してゆっくり言えばいいからね!」

 

 何とか一つ言えたゆんゆんへ、めぐみんは急かすように次を促す。その声を聞いて、ゆんゆんは更に慌てふためく。

 彼女がテンパって言葉が出なくなっていることに気付いたクリスは落ち着くよう呼びかけたが、今の彼女は周りの声を聞き取れない。

 もはや目が泳ぎ始めるほどにゆんゆんは慌てふためいていたが──ふと、何かを思い出したかのように顔を明るくすると、自信満々に大声で言い放った。

 

 

「胸がコンパクト!」

「ゆんゆんちゃん!?」

 

 まさかの紹介内容がゆんゆんの口から出て、クリスは思わず声が出てしまうほどに耳を疑った。

 正面にいためぐみんも目を丸くして驚いていたが、やがて不機嫌な表情に変わると、窓際にいたカズマへ声を掛けた。

 

「カズマ。今のはどう判断しますか?」

「あー……俺の主観だけど、それを言われて大概の女性は良い思いをしない……と思う。多分」

「私も同感です。今のは褒め言葉ではありませんよ。むしろ侮辱と捉えるでしょう」

「えぇっ!?」

 

 言った本人は侮辱したつもりなど毛頭無かったのか、ゆんゆんは酷く驚く。しばらくして彼女はクリスに顔を向けると、その赤い両目に涙を浮かべた。

 

「く、クリスさんっ……ごめっ……ごめんなさっ……!」

「な、泣かないでゆんゆんちゃん! ちゃんと紹介文を用意してたけどスタートで躓いて、他に言おうとした言葉が頭から飛んじゃって慌てたんだよね! アタシはわかってるし気にしてないから大丈夫だよ!」

 

 泣きじゃくるゆんゆんを、クリスは姉のように優しく慰める。クリスについての紹介ができなかった時点で、この勝負はもう決していた。

 勝者になったというのに不機嫌そうな顔を見せていためぐみんは、フンと鼻息を鳴らしてカズマ達のいる窓際へ歩み寄る。

 

「胸がコンパクト……私は立派な褒め言葉だと思うのだが……」

「ダクネス。それ以上口にしたらその胸がしぼむまで揉みしだきますよ」

「よしダクネス。それが褒め言葉だという理由を詳しく聞かせてくれ」

「お、お前はっ……! 私が胸を揉まれる姿を見たいだけだろう!」

「ねぇゆんゆんちゃん。もし言いにくくなかったら……どうして最後の言葉が咄嗟に出てきたのか、アタシに教えてもらえるかな?」

「えっと……前にギルドの酒場で、ダストさんが仲間の人とクリスさんについて話しているのを耳にして……胸のコンパクトさならこの街一番って──」

「ありがとう。後でダストに詳しく聞いてくるよ」

 

 ゆんゆんから最後の褒め言葉の由来を聞き、クリスは笑顔で礼を告げる。しかしその笑顔は、男にとっては背筋が凍るようなものだった。

 選択を間違えれば串刺しの未来が待っていそうなダストへ送るように、カズマは独り合掌した。

 

 

*********************************

 

 

「さて、最初の勝負は終わったみたいだし、次は僕がいかせてもらうよ」

「女神には女神を! タナリスが出るなら私も!」

 

 めぐみんとゆんゆんの勝負が終わったところで、タナリスはソファーから腰を上げる。同じくアクアも立ち上がると、二人は先程までめぐみんとゆんゆんが立っていた場所へ移動した。

 

「確か、勝負内容は一個前の勝負で負けた側が決めていいんだったよね? それじゃあ……手っ取り早く二問先取の早押しクイズでどうだい?」

「構わないわ! かかってきてらっしゃい!」

「じゃあクリス。出題よろしく」

「えっ? アタシですか?」

「君なら色々と知ってそうだからね。地名、人物、歴史、魔道具、なんでもいいよ」

「はぁ……わかりました。じゃあアタシが問題を出すので、2人は手を上げて答えてください」

 

 タナリスはクリスに出題者の任を押し付けると、クリスと向き合うように胡座をかいてその場に座る。アクアも彼女の隣に近寄ると、女の子座りで絨毯の上に座り込んだ。

 クリスは一歩前に出てアクア達の前へ。その後ろでは、何かを悟ったようにカズマがため息を吐き、窓の日差しにあてられたのか女神の勝負に興味はないのか、バージルは壁にもたれたまま目を閉じていた。

 窓際に移動しためぐみんとゆんゆん、出番待ちのダクネスも見守る中、駄女神と堕女神が答え、盗賊兼女神が出題する女神だらけのクイズ対決が始まった。

 

「第一問。五人の冒険者がジャイアントトード討伐のクエストに行きました。無事クエストをクリアし、一匹五千エリスのジャイアントトードを三匹買い取り。報酬金と買い取り金を合わせた金額を平等に分けて、冒険者の手取りはそれぞれ二万三千エリス。さて、クエストの報酬金額はいくらでしょう?」

「えっ!? ちょっ、ちょっと待って!? クイズってそんな計算問題も出るの!?」

 

 出だしから想定外の問題だったのか、アクアは問いを聞いて酷く焦る。その後、数少ない知性を働かせて指を折り始めたが──。

 

「えーっと、一人二万三千で人数が五人で、買い取り金額が合計一万五千だから……オーケーわかった」

「はいどうぞ、タナリスさん」

「クエストの報酬金額は十万エリス。どう?」

「正解です」

「す、凄い! 凄いよタナリスちゃん!」

「計算はバイトで鍛えられてるからね」

 

 アクアよりも遥かに早く計算を終え、タナリスが正解を導き出した。ゆんゆんに賛美を送られ、タナリスは自慢げに笑う。

 先制点を取られたアクアは、タナリスを恨めしそうに見つめてから、正面に立つ出題者のクリスをキッと睨む。

 

「計算問題が出るなんて聞いてないわよ! そういう難しい問題は無し! それと、問題を出す前にどんな系統の問題かを言って!」

「早速出題者にイチャモンつけ始めたぞこのクレーマー女神。それに、さっきの問題も全然簡単──」

「カズマは黙ってて! これは私とタナリスの勝負なの!」

 

 カズマが白い目で見ながらアクアの要望を指摘してきたが、彼女は聞く耳を持たない。ジッと睨みつけてくるアクアの視線を受け、クリスは思わず苦笑いを浮かべる。

 

「アハハ……じゃあ、次は地名の問題を出しますね」

「地名ね! どうか私の知ってる地名でありますように!」

「うーん、この街以外の地理は詳しくないから、僕不利かも」

 

 アクアの要望通り、まずは問題の系統を伝える。アクアが手を合わせて祈り、タナリスが不安そうに頬をかく中、クリスは二問目を出題した。

 

「第二問。めぐみんちゃんやゆんゆんちゃんのように、生まれながらに魔法の扱いに長けた、赤い目を持つ種族を紅魔族と言いますが、その紅魔族が生まれ育つ場所は何という名前でしょう?」

「紅魔族の……待って! 確か聞いた覚えがあるわ!」

「僕も耳にしたような気がするけど……何だったっけ?」

 

 二問目を受け、アクアは思い出そうと自身のこめかみに人差し指を当てて考える。タナリスも腕を組んで考える様子を見せているが、両者とも答えは中々出ず。

 しばらくかかりそうだと観戦するカズマ達が思ったその時、アクアは思い出したかのように目を見開くと、素早く手を挙げて答えた。

 

「ハイハイハイ! 紅魔の里!」

「正解です」

「よっし! これで同点!」

「あぁ、紅魔の里か。そういえばゆんゆんから聞いたことがあったね。ド忘れしてたよ」

 

 二問目はアクアが正解を勝ち取った。追いついたと喜ぶアクアの横で、タナリスはようやく思い出したように呟く。

 

「では最終問題です。次は人名クイズですよ」

「じ、人名……いいわ! かかってらっしゃい!」

 

 クイズ勝負はいよいよ大詰めへ。人の名前を覚えることにはあまり自信がなかったのか、アクアは不安を抱きながらも出題を待つ。

 二問先取した者が勝利。勝負を決する最終問題が、クリスの口から放たれた。

 

「第三問。ギルドの受付嬢の中で1番人気のある金髪の受付嬢の名前は?」

「うぐっ……! ギルドでよく会うから顔はわかってるんだけど……名前って何だったかしら……!?」

 

 覚えていそうで覚えていない範囲の人を出題され、アクアは狼狽えながらも思い出そうと頭を働かせる。

 しばらく悩みに悩んでいた彼女だったが、答えと思わしき名前が頭に浮かんだのか、勢いよく手を挙げて言い放った。

 

「ハイ! 名前は確か……セナ!」

「残念。セナさんは黒い髪と眼鏡が特徴的な、カズマ君の裁判にもいた検察官の人ですよ。覚えてあげてくださいね」

「嘘っ!?」

「あっ、思い出した。ルナさんだ」

「はい、タナリスさん正解です」

「えっ!?」

 

 アクアが答えを外して驚いた直後、タナリスがふと思い出したように答え、見事正解。これでタナリスは二問正解。二人のクイズ対決が、早々に勝敗を決した。

 

「やったー! タナリスちゃん凄い凄い!」

「それほどでも。クリスも打ち合わせ通りでナイス出題だったよ」

「盗賊として演技には慣れてるので」

「……えっ? ちょっと待って! 打ち合わせって何っ!?」

 

 タナリスが勝ったことを自分のように喜ぶゆんゆんへ、タナリスは手を軽く振って返しながらクリスと言葉を交わす。

 が、会話の中に聞き逃がせない言葉が。すかさずアクアが突っかかると、彼女等の声を聞いていたカズマが横から入ってきた。

 

「やっぱな。そういうことだったか」

「ど、どういうことよカズマ!」

「多分、タナリスはお前とのクイズ勝負を見越して、クリスと事前にどんな問題を出すか決めてたんだろう。要するに、最初からタナリスは問題と答えを知ってたっつーこと」

「流石だねカズマ。君なら気付いていると思ったよ」

「まぁな。でも、二人とも良い演技だった。素直な奴なら簡単に騙せそうだな。コイツみたいに」

「最初から演技だったのか……全然気が付かなかった……」

 

 アクアが理解できるように、カズマはタナリスが仕込んでいたトリックを説明する。彼の話す通りだったのか、タナリスは否定せず悪戯な笑みを浮かべた。

 彼女の作戦と演技に関心するように、ダクネスは独り呟く。しかし、これを聞いて負けず嫌いなアクアが黙っていられる筈もなかった。

 

「ちょっと待ちなさいよ! それってインチキじゃない! イカサマよ! 勝負の取り消しを要求するわ!」

「その要求が、勝負の最中だったなら受け入れたんだけどねぇ」

「そうだぞアクア。イカサマは見抜けなかった方が悪いんだ。つーか、出題者が敵チームのクリスだった時点で気付けよ」

「ぐぎぎぎぎ……!」

 

 アクアはやり直しを求めるが、タナリスどころか自チームのカズマからもその要求は通せないと断られた。

 他の者も同じ意見なのか、何も言わずアクアを見つめる。味方のいなくなったアクアは、悔しそうに歯ぎしりする。

 

「……フンッ! まぁいいわ! 今回は負けを認めてあげる! でも今度はそうはいかないわよ! タナリス! 次は私とボードゲームで勝負しなさい!」

「えーっと、それはパーティーメンバー対決と関係なく、僕と君の勝負ってことだね。いいよ。ここじゃ邪魔になりそうだし、一階に場所を移そうか」

 

 しばらく唸った後、やり直しが無理なら再戦だとアクアはタナリスを指差して言い出した。その挑戦を受けたタナリスは快く承諾。勝負の邪魔にならないようにと、二人はそのまま部屋から出て行った。

 二人の足音が遠ざかり、一階に移動したと思ったところで、今度はゆんゆんが自信を取り戻したようにめぐみんを指差す。

 

「こ、これで同点よめぐみん! まだ勝利を確信するには早いからね!」

「アクアが負けることは想定内です。本当の勝負はここから……さぁ、三人目といきましょう」

 

 そして、パーティー総当たり戦は三人目へ。残すはカズマとダクネス、クリスとバージルのみ。目は閉じていたものの声は聞いていたのか、ようやくバージルは目を開く。

 

「んじゃ、次は俺が行くとするかな。で、クリスさんと勝負させてくれ」

「えっ? アタシ?」

 

 すると、誰よりも先にカズマが自ら三人目として名乗り出て、対戦相手を希望した。自分の対戦相手がカズマだと聞いたクリスは、露骨に嫌そうな顔を見せる。

 

「えぇー……勝負内容は君が決められる時点でやりたくないんだけど……バージル、代わりに行ってくれない?」

「断る。貴様が行け」

「うへぇ……」

 

 クリスは交代してくれないかとバージルに頼むが、突っぱねられた。いよいよ逃げ場がなくなったクリスは独り嘆息する。

 

「フフフ、つまり自ら私と勝負したいと……これは次の戦いが楽しみだな……!」

 

 一方で、バージルの言葉を聞き逃さなかったダクネスは、彼の隣で期待に胸を膨らませる。しかしバージルは彼女に顔を合わせず無視。

 

「わかったよ。行けばいいんでしょ行けば。それじゃあバージル。アタシとカズマが戦ってる間は、目を閉じててくれないかな?」

「……? まぁいいだろう」

 

 彼女の頼みを聞いたバージルは、不思議に思いながらも素直に応じて再び目を閉じる。それを確認したクリスは、決心するように一呼吸をすると窓際から移動し、真正面にいるカズマを見た。

 

「そんじゃ早速、前と同じくスティール対決と行こうか。俺はマントを、クリスはマフラーを奪われたら負け。先攻は、さっき勝負に負けた俺達側からで」

「だろうね。絶対そうだと思ってた。まぁ別に構わないよ。アタシに拒否権はないみたいだし」

 

 カズマから勝負内容を聞いて、クリスは呆れるようにため息を吐きながらも勝負を受けた。先攻を許されたカズマは不敵に笑うと、右手を後ろに引く。

 

「奪う物はただひとつ!『スティール』!」

 

 そして、パンチを繰り出すように右手を前へ突き出しつつ手のひらを広げ『スティール』を繰り出した。

 カズマの右手が眩く光り、見ていた者は思わず目を細める。やがて彼の発した光が消え──その手に握られた物を映し出した。

 

「狙い通り」

「ホンットに君は遠慮も性懲りもなくやるよね……そして着てた物が突然消えるこの感覚に慣れそうになってる自分が恥ずかしい……」

 

 彼が奪ったのは、クリスが愛用する純白のパンツ(秘宝)。足を入れる穴に人差し指を入れ、彼は得意げにクルクルと回す。

 故に、クリスが今下に履いているのはホットパンツとスパッツのみ。慣れかけているとは言ったもののやはり恥ずかしいのか、彼女は羞恥に耐えるように両手を強く握りしめていた。

 あまりにも破廉恥な場面。観戦していたゆんゆんは悲鳴を上げた後、このプレイを見せてはいけないと思ったのか、バージルの前に立って背伸びをしつつ、両手で彼の目を隠そうと試みる。が、彼は目を閉じているので特に意味はない。

 

「クリスはこの真っ白パンツがお気に入りのようだな。それとも、俺に奪われて欲しくて履いてきたのかな?」

「いい加減にしないと後で殴るよ。それに、調子に乗るのもそこまでだからね。アタシの運、舐めてもらっちゃ困るよ」

「そっくりそのまま返すぜクリス。俺は、ジャンケンという運に全てを委ねる究極のゲームで無敗の記録を持っている。ほんのちょっぴり運のステータスが高いだけじゃあ甘い甘い」

 

 もう既に勝つでいるカズマにクリスは不敵に笑うが、それでもカズマの自信たっぷりな態度は揺るがない。

 互いの物を奪い合うスティール対決。長引けば恐らく自分が大変なことになると、クリスの勘が告げていた。狙うは、短期決戦。

 

「これで決める!『スティール』!」

 

 意を決して、クリスはカズマに向けて手のひらをかざした。同じように、彼女の開いた手が光る。

 間を置いて光が弱まったところで、クリスは自身の手にあるカズマから奪った物を見た。

 

 

 脱ぎたてホヤホヤの、臭いが染み付いたトランクス──カズマのパンツを。

 

「いやぁああああああああああっ!」

「あぁああああああああああーっ!?」

 

 クリスは悲鳴を上げ、両手でそのパンツを縦に引き裂いた。自分のパンツを目の前で破られ、カズマも悲痛な叫びを上げる。

 

「お前なんてことすんだよ!? 仕返しとばかりにパンツを奪った挙げ句、ビリっと引き裂きやがって! 俺と共に世界を渡ってきた歴史的遺物を返せよ!」

「こんな汚い物を世界の遺産扱いしないでよ! ホントに何なの!? なんで君と関わるともれなくパンツが絡んでくるのさ!?」

 

 目の前で自分のパンツを破かれる悲しみと、男のパンツを握らされる屈辱。果たしてどちらの悲しみが大きいのか。

 お互いに言い合うカズマとクリス。そんな二人を見兼ねたのか、めぐみんが自らカズマに優しく声を掛けた。

 

「カズマ、そんなにあのパンツが大事なら、後で私が縫ってあげますよ。ダクネスはコッソリとパンツに顔を埋めて臭いを嗅ぎそうなので」

「んなっ!? 誰がそのような変態極まりない行為をするか! 私を何だと思っているんだ!」

「刺激欲しがりのド変態だろ。それとめぐみん、気持ちはありがたいけど自分で直すよ。お前に任せると炭になって返ってきそうだし」

「なにおうっ!?」

 

 折角の親切心を、遠回しに裁縫スキルを馬鹿にされつつ拒否されたことにめぐみんは怒ったが、カズマはスルーしてクリスを見る。

 大切なパンツを破かれた悲しみは深かったが、彼はいつまでも過去を引き摺らず、未来に目を向ける男。クリスが目を合わせてきたところで、カズマは不敵な笑みを浮かべた。

 

「それよりも……残念だったなクリス。お前は一回目で勝負を終えることができず、俺に手番を回してしまった」

「っ……!」

「それが何を意味するのか……今すぐわからせてやる!『スティール』!」

 

 嫌な予感を覚え、身構えるクリス。しかしこの勝負で防御は無意味。カズマは問答無用に手をかざし『スティール』を放った。

 再び眩い光が部屋を満たす。瞼の向こうで何度も光を感じてバージルは鬱陶しそうに眉を潜めるものの、指示通り目は開かない。

 ランダムである筈なのに、狙ってパンツを奪えるほどの豪運を持つカズマ。そんな彼が次に狙ったのは──。

 

 

 クリスが下に履いていた──ホットパンツだった。

 

「ひぃやぁああああああああああああああああっ!?」

 

 見えていないものの、クリスは悲鳴を上げて隠すようにその場にしゃがみ込む。

 こうなるのも無理はないだろう。彼女の大事な所を守っていた下着、ホットパンツは盗まれ、残るはスパッツのみ──俗に言うノーパンスパッツになってしまったのだから。

 

「良いぞ! 実に良い光景だ! 欲望を掻き立てる薄い黒地が、その下に隠された秘部をくっきりと映し出す! 運が良ければ後一回で、クリスの禁断の花園が見えちゃうかもしれないなぁ?」

「ひっ……!?」

 

 興が乗ってきたのか、カズマはとても楽しそうに顔を歪ませ、羞恥心に埋もれたクリスをまじまじと見つめる。彼の変態極まりない発言、行動、顔を目にしてめぐみんとゆんゆんはドン引き、無論ダクネスは目を輝かせていた。

 彼は右手を差し出し手のひらを上に向けると、何故か官能的に見える滑らかな動きで手をこまねきながら、ネットリとした声でクリスへ告げた。

 

「だが安心しろ。俺は優しい人間だ。すぐに下を剥ぐことはしない。まずは上から……マフラー以外の物を一個ずつ剥がしていき、最後の最後にスパッツを剥がす。その先にあるのは、透き通った肌と一つの布が織りなすコントラスト。美しき非日常──裸マフラーだ!」

「いやぁああああああああああああっ! スティイイイイイイイイイイイイールッ!」

 

 今まで経験してきた中で最大であろう身の危険を感じ取ったクリスは、しゃがみ込んだままカズマに全身全霊の『スティール』を放った。

 心なしか数段眩しくなった光に二人は包まれる。しばらくして光が収まり、彼から奪ったものがクリスの手に現れる。

 

 それは──願ってやまなかったカズマのマントだった。

 

「なっ!?」

 

 奪われたマントを見て、カズマは仰天する。このスティール対決でカズマが提示した敗北条件は、クリスはマフラーを、カズマはマントを奪われること。

 そう、今クリスがマントを奪ったことで、予想外にもこの勝負はクリスの勝利で幕を閉じたのだった。

 

「そんな、馬鹿な……この俺が……運勝負で負けた……だと……?」

「ハイアタシの勝ち! もういいよね!? 早くアタシから盗った物を返して! 今すぐに!」

「あ、あぁ……」

 

 負けるとは微塵も思っていなかったカズマは、敗北した現実が受け入れられない様子。そんな彼へ、奪った衣類を返してもらうようクリスが大声を出して命令した。

 カズマは酷く狼狽えながらも右手にパンツとホットパンツを握り、ちゃっかり温かみを感じながらもクリスに差し出す。それをクリスは乱暴に奪うと、すぐさまホットパンツだけその場で履き、純白パンツを握りしめて部屋の外へ向かって駆け出す。

 

「クリス? どこへ行くんですか?」

「トイレ! ここで着替えられるわけないでしょ!」

 

 めぐみんの問いかけに対しクリスは乱暴に言い放つと、勢いよく扉を開けて部屋から出ていった。

 未成年にはあまりにも激し過ぎたスティール対決。カズマをよく知るめぐみんは冷ややかな目を向けるだけだったが、ゆんゆんは酷く怯えた様子でカズマを見ていた。

 

「こ、これが鬼畜のカズマさん……まさかここまで鬼畜だったなんて……」

「流石はカズマだな。何の躊躇も感じさせない己を貫いた良いプレイだった。後で私にもしてもらおう」

「えっ」

「……終わったか?」

 

 廊下を走るクリスの足音が聞こえなくなった辺りで、バージルが目を開けた。彼の声を聞いてようやく我に返ったカズマは、そこであることに気が付いた。

 カズマによる、カズマのためのセクハラスティール。その場にバージルが立ち会ったのは今回が初だ。目は閉じていても耳は塞いでいなかったので、何が起こっていたかは声で想像できただろう。

 オマケに、今回被害に遭ったのは比較的交流のあるクリス。もしかしたら怒っているのではないだろうか。カズマは恐る恐る彼を見る。目を合わせたバージルは、カズマの心境を察してるかのように彼へ告げた。

 

「貴様がどんな嗜好を持とうと、誰を辱めようと構わんが、次からは俺のいない所でやれ。貴様もろとも変態扱いされるのは御免だ」

「あっはい」

 

 彼にとっては、クリスの尊厳よりも自身の保身が大切だったようだ。バージルの警告を聞き、カズマは内心ホッとする。

 その一方で、ダクネスと絡んでいる時点で、世間から変態扱いされないのはもう叶わぬ願いなのではないだろうかと彼は思った。

 

 

*********************************

 

 

 紅魔族二人の会話がきっかけで発展したパーティー対決も、いよいよ大詰め。初戦はめぐみんが勝ったものの、二戦目はタナリスが、三戦目はクリスが勝利を収めた。現時点の戦績は、めぐみんパーティーが1勝。ゆんゆんパーティーが2勝。

 次の戦いでバージルが勝てば──パーティー対決の勝敗を決することとなる。

 

「さて、最後の勝負だ。来い」

「いよいよか……待ちわびていたぞ!」

 

 既に所定の位置に立っていたバージルは、窓際にいるダクネスを手招く。待ってましたと言わんばかりにダクネスは声を張り上げると、すぐさま窓際から離れてバージルの正面に立った。

 

「ルール通り、勝負内容は貴様が決めろ。何でも構わん」

「言ったな? 今何でもいいと言ったな? 確かに聞いたぞ! 聞いたからな!」

 

 勝負内容決めを託してきたバージルへ、ダクネスは再三確認を取る。きっと彼女の脳内では、とても健全たる少年少女には見せられない卑猥(R指定)な妄想が広がっていることだろう。

 欲望丸出しな表情で「あれも良い」「これも良い」と零しつつ、最後に「やはりこれしかない」と口にして独り言を終わらせたダクネスは、顔を上げてバージルを見──。

 

「ちょっと待ったダクネス。勝負内容は俺に決めさせてくれないか?」

「何っ!?」

 

 勝負内容を告げようとした瞬間、窓際にいたカズマが横から入ってきた。ダクネスはカズマへ顔を向けると、怒り心頭な様子で彼に突っかかる。

 

「カズマ! 私とバージルの激しいプレッ……真剣勝負を邪魔する気か!?」

「忘れんな。これはチーム戦だ。俺が負けた以上、お前には勝ってもらわないと困るんだよ。それに、勝負内容を決めるのは一つ前の勝負で負けたチームであって、なにも勝負する本人が決めなくてもいいだろ?」

「ぬぐっ……!」

 

 勝負自体は個人戦ではあるが、これはあくまで勝ち数の多い方が勝者となる団体戦。そうカズマに念押しされたダクネスは、不満を抱えているもののそれ以上反論はしなかった。 

 大人しく従ってくれたダクネスを見たカズマは、次にバージルへ顔を向けると、彼に肝心の勝負内容を伝えた。

 

「バージルさん。ダクネスとの勝負は……追いかけっこでどうですか?」

「追いかけっこ?」

「ルールは簡単。ダクネスはバージルさんを一瞬でも捕まえたら勝ち。バージルさんは、ダクネスに捕まらず屋敷の入り口から外に出たら勝ち。どうですか?」

「おいカズマ! 何故私が追いかける側なんだ! 追われる側をやらせてくれ!」

「そしたら5秒も経たない内に終わるだろうが。言っただろ。俺達はお前に勝ってもらわないと困るって」

 

 再びダクネスが文句を言ってきたが、バージルが追いかける側だった場合、ダクネスが勝てる見込みは万に一つもない。そうカズマは言いつける。

 その一方で、ルールを聞いたバージルは顎に手を当てて考える素振りを見せると、正面にいるダクネスを見据えて口を開いた。

 

「つまり……捕まりさえしなければ、ここでコイツを黙らせてから外に出ても構わないということか」

「ッ……! フフッ……そうだろうな。お前ならそうしてくれると思っていたぞ!」

 

 バージルの言葉を聞いて、彼の考えていることを悟ったダクネスは変態的な笑みで顔を歪める。

 同じくバージルの言いたいことを理解し、ダクネスは勝つことを第一と考えない姿勢のままだと見たカズマは、諦めるように息を漏らす。

 めぐみんもダクネスが勝てる未来が見えていないのか、焦りを表すようにチラチラとゆんゆんを見ている。ゆんゆんはというと、勝利を目前にしてドキドキしてきたのか、両手を握りしめ固唾を呑んで見守っていた。

 

「それじゃあダクネス対バージルさん……よーい、はじめ!」

 

 そして──パーティー対決の勝敗を決するかもしれない第四戦が、カズマの合図によって始まった。

 

「(真正面から襲いかかるのは愚策。奴の耐久力は侮れん)」

 

 バージルは正面にいるダクネスを睨み、思考を働かせる。この勝負は追いかけっこの筈だが、捕まえる側のダクネスは動こうとしない。

 彼女の耐久性は、二度対峙したことで把握した。武器を持っていないこの状況、素手で彼女を殴り倒そうとしても、そう簡単には倒れないだろう。

 なら、彼女を倒せる方法は一つ──虚を突くことだ。

 

「(死角から襲い、一撃で沈める!)」

 

 作戦をまとめたバージルは、両手を握り拳にして構える。それを見たダクネスは、期待に胸を膨らませたキラキラとした表情で身構えた。

 互いに睨み合うバージルとダクネス。窓際で見ていた三人が息を呑んで見守るが、バージルはまだ動かない。

 

 

 否──動けなかった。

 

「(この女……前よりも遥かに……っ!)」

 

 戦いに長けた者であれば、相手の呼吸、筋肉の動き、目線、その他目に見える物で相手の動きを予測し、二手三手先を読むことができる。人間なりの、未来を見通す力とも言うべきか。

 無論バージルも同じ。ダクネスの背後、首、急所を狙えるパターンを、既に十を軽く超えるほど考えついていたのだが──行き着く先は全て、ダクネスが気を失わず嬉々とした表情で次を期待している未来だった。

 そう、バージルは仕掛けることができなくなっていた。バニルに操られていた時は難なく攻撃できたというのに、目が見えているだけでここまで違うのかと、バージルは震慄する。

 キャベツ収穫祭の時と比べ、気迫を更に増し、格段に成長しているダクネス(HENTAI)を見たバージルは──。

 

 彼女に背を向け、扉へと向かって走り出した。

 

「あっ!」

 

 ダクネスの声が聞こえたが、彼は無視して扉から廊下へ飛び出し、逃げるようにひた走る。

 この勝負は、ダクネスに捕まらず屋敷の正面扉から外に出られたら決着となる。が、バージルはそこへ向かおうとはしなかった。外へ出るのは、ダクネスを自身の手で沈めてから。そこで初めて、バージルはダクネスに打ち勝つことができたと言えるのだから。

 これは逃げではない。戦略的撤退だと強く自分に言い聞かせながら、バージルは屋敷の中を走り続けた。

 

 

*********************************

 

 

「どこにいったバージル! 貴様も戦士だろう! 隠れてないで正々堂々私と戦え!」

 

 場所は変わり、屋敷2階にある書庫。ダクネスは声を張り上げてバージルを呼びつつ探し回る。

 しかし、追いかけっこで鬼に呼ばれて飛び出す馬鹿はいない。ダクネスが書庫の奥へと進む中──バージルは息を潜めて、本棚の影に隠れていた。

 

「(……この狂人が)」

 

 自分を探しているダクネスを見て、バージルは心の中で悪態を吐く。

 ここへ来るまでに、バージルは幾度となくダクネスを一撃で仕留めようと試みた。が、彼女はすんでのところで気付き、バージルを捕まえようとしてきた。

 それだけには飽き足らず、バージルの思考を読んでいるかのように、彼女はバージルの征く先々で待ち伏せしていることもあった。スイッチが入ってしまったダクネスだからこそできる所業であろう。

 キャベツ収穫祭後にも同じような目に遭ったが、あの時はクリスの助太刀によってダクネスを沈められた。しかし今回彼女はいない。もっとも、今回はバージル自ら沈めようと動いているのだが。

 どうすれば今のダクネスを不意打ちで倒せるのか。キョロキョロと辺りを見回してるダクネスを、バージルが静かに見つめながら考えていた──その時。

 

「何してるの?」

「ッ!」

 

 不意に、彼の耳に幼い子どもの声が入ってきた。ダクネスに意識を向け続けていたため、他者の接近に気付けなかったバージルは驚き、声が聞こえた背後へ振り返る。

 そこにいたのは、肩より下まで伸びた金髪に碧眼を持ち、片手に西洋人形を抱え、ドレスに身を包んだ少女が一人。この屋敷に住む幽霊、アンナだった。

 

「ねぇ、何して遊んでるの? 私にも教えてよ」

 

 ダクネスと遊んでいると思ったのか、アンナはバージルにそう尋ねてくる。しかし、今はダクネスにバレないよう身を隠している。当然声を出すわけにはいかないので、バージルは彼女から顔を背け、再びダクネスの様子を窺った。

 

「さっき私に気付いたよね? どうして無視するの? ねぇねぇ?」

 

 アンナは続けて尋ねたが、バージルは無視を貫く。彼女の鬱陶しさに若干苛ついていたが、ダクネスにバレるよりはマシだと我慢する。

 彼女の声掛けはしばらく続いたが、やがてそれも収まった。ようやく静かになったかと思いながら、バージルはダクネスの様子を見守る。

 

 とその時──幾つもの物が落ちたような騒音が、彼の背後で鳴り響いた。

 バージルは咄嗟に背後を振り返る。目に入ったのは、棚から落ちて床にばら撒かれたであろう幾つもの本。そして、落ちた本の傍に立って悪戯な笑みを浮かべている、アンナ。

 

「私を無視したお返し。あの人に捕まらないよう、頑張ってね」

「そこかぁ! バァアアアアジルゥウウウウッ!」

You little punk(悪ガキが)……!」

 

 静かな部屋で響き渡った騒音。当然、同じ部屋にいたダクネスに聞こえない筈もなく。

 彼女の悪戯で窮地に落とされたバージルは、今すぐアンナを刀で切って浄化してやりたい衝動に駆られながらも、急いで書庫から脱出した。

 

 

*********************************

 

 

 屋敷内の、一階に続く階段。なんとかダクネスを振り切ったバージルは、疲れつつも警戒は怠っていない、鬼気迫った表情のまま階段を降りる。

 未だ彼女を仕留めることは叶っていないが、バージルは屋敷の正面入り口に向かって廊下を進む。と、前方にある食堂へ続く扉が開かれた。

 

「おーねーがーいー! もう一回! もう一回だけ勝負させて!」

「その言葉、もう五回目だよ? それに君、三回連続同じパターンで負けてたことに気付いてる?」

「えっ!? 嘘っ!?」

「気付いてなかったのかい。そりゃ簡単に勝てるわけだ……おや?」

 

 そこから出てきたのは、パーティー対決の途中で席を外したアクアとタナリス。ボードゲームで勝負していたのか、アクアはもう一度とタナリスに縋っていた。

 流石にもう付き合いきれないのか、タナリスは少々面倒臭そうに言葉を返す。とそこでバージルが廊下を歩いているのに気付いたのか、二人は彼に目を移してきた。

 

「あっ、お兄ちゃん。もう勝負は終わったの?」

「その真っ最中だ。貴様等は黙っていろ」

 

 アクアが話しかけてくるも、バージルは少し怒りの混じった声で返す。一体どうしたのかと二人が首を傾げる中、バージルは左側にあった扉を開き、玄関へ。

 正面にあるのは、外へと続く扉。これを開けて外に出れば、バージルの勝利となる。しかし今の彼にとって、ダクネスを一度も沈めずに外へ出ることは逃げ。敗北でしかなかった。

 彼は玄関扉の前で足を止めると、その場で両目を閉じ、精神を研ぎ澄ます。

 

「(背後に気配……奴が近付いて来る……)」

 

 半人半魔故に並み外れた五感、幾多の戦闘を経て鍛えられた察知能力をフルに使い、接近するダクネスの気配を感じ取る。

 彼女は忍び足で近付いて来ている。しかし消しきれない彼女の荒い息が、自然と場所を教えてくれた。少しずつ、少しずつ彼女が近寄り──。

 

「──フッ!」

 

 背後に立たれたその瞬間、バージルは両目を開くと、今は手元にない刀を抜くように、瞬時に振り返って腕を振り、背後にいるダクネスへ裏拳を放った。

 が、後ろに彼女の姿は無かった。しかしそれも想定済。避けられると判断していたバージルは、勢いを殺さず腕を水平に回し、一回転する形で正面に向き直りつつ裏拳。

 

 だがしかし──そこにも彼女はいなかった。

 

「(馬鹿なっ!?)」

 

 確かに彼女の気配は感じた。背後に近付き、こちらが動くタイミングに合わせて裏回った彼女の気配を。だが、バージルの裏拳は虚しく空を切っただけ。

 彼女は一体どこへ──そう考えた時には、もう遅かった。

 

 彼が感じたのは、背面の腰元に何かが当たっている感触。そして、下腹部より少し下に当たる熱い息吹。それらを感じ取ることで確かに抱いた──恐怖。

 見たくはない。しかし見なければならない。バージルは恐る恐る自分の足元へ目線を下ろす。

 

 

「つ か ま え た」

 

 そして──バージルの腰元へ手を回し、荒い息を当て、歪みに歪んだ満面の笑みで見上げるダクネスを見た。

 

「──ッ!」

 

 彼女を見て総毛立ち、戦慄を覚えた彼の行動は早かった。バージルは即座にダクネスの髪を掴むと無理やり引っ剥がし、容赦なく腹に蹴りを入れて扉ごと彼女を蹴り飛ばす。

 壊れた玄関扉と共にダクネスは屋敷の外へ吹き飛ばされ、地面に仰向けで倒れる。バージルも外に出ると、出口の近くで踏み切って飛び上がり、ダクネスの腹部目掛けて渾身の蹴り(流星脚)を放った。

 

「ハァッ!」

「ぐふぁっ……!」

 

 流石にベオウルフは装備していないが、それでも彼の蹴りの威力は相当なもの。それも一発だけではない。彼は何度もダクネスの上(エネミーステップ)で蹴りを入れ、十回ほど叩き込んだところでバージルは彼女を踏み台にし、前方へと飛ぶ。

 ダクネスと距離を離したバージルは、決して後ろを振り返ることなく、全力疾走で屋敷から離れていった。

 

「ぐっ……クフフ……! いいぞバージル……だがまだだ……! まだ足りん! もっと……もっと刺激を……痛みを……!」

 

 一方で、鎧を纏っていない上であれだけ攻撃を受けてもなお立ち上がったダクネスは、履いていたハイヒールを脱ぎ捨て、欲望に歪んだ表情のままバージルを追いかけていった。

 嵐のように去っていったバージルとダクネス。そんな彼らを、タナリスとアクアはポカンとした表情で見ていた。

 

「──っと、いたいた。なぁ二人とも。バージルさんとダクネス見なかったか?」

「……あっ、カズマ」

 

 するとそこに、めぐみんとゆんゆんを引き連れカズマが現れた。彼の声で我に返ったアクアとタナリスはそちらに顔を向けると、カズマの質問に答えた。

 

「二人なら、今さっきここで色々争って外に行ったわ。ダクネスがお兄ちゃんを掴んだと思ったらダクネスを外に蹴り飛ばして、お兄ちゃんも外に出て行ったの」

「えぇっ!?」

「あのダクネスの動きは見ものだったねぇ。彼女って、身体能力はすこぶる高いのかな?」

 

 アクアの言葉を聞いたゆんゆんは、信じられないとばかりに声を上げた。タナリスがダクネスの人間離れした動作に感心する傍ら、カズマとめぐみんは二人の話を整理する。

 

「アクア、ダクネスがバージルさんを掴んだ時、まだバージルさんは外に出てなかったんだな?」

「んー……そうね。二人とも扉の前で争ってたもの」

「とすると、二人の勝負は──」

「バージルが外へ出る前に一瞬だけ捕まえることができた、ダクネスの勝利ですね」

「そ、そんな……」

 

 ダクネスの勝利条件は、バージルが屋敷を出るまでに一瞬でもいいから彼を捕まえること。現場を見てはいないが、アクア達の証言を聞くにダクネスが捕まえることができたのは間違いないだろう。

 まさかバージルが敗れると思っていなかったのか、ゆんゆんは酷くショックを受ける。

 

「ダクネスはバージルを追いかけていったみたいだけど……気になるなぁ。僕見に行こうかな」

「ダメよタナリス! まだ私との決着が着いてないわ! ほら! もう一度勝負よ!」

「薄々思ってたけど、君勝つまでやる気だね」

 

 タナリスも外へ出ようとしたが、再戦を望むアクアに連れて行かれる形で再び食堂へ。一方、タナリスの話を聞いたカズマは腕を組んで少し考えると、ため息を吐いてめぐみんに告げた。

 

「悪いめぐみん。俺ちょっと二人の様子見に行ってくるわ。一応、バージルさんとはダクネスの暴走を止めるって契約で協力関係結んでるからさ。俺が行かないと後で怒られそうだ」

 

 カズマはそう伝えて屋敷の外に。また、庭に転がっている扉を見てようやく玄関が壊されていることに気付いたのか、独り大声を上げていた。

 

「さて……これで二対二。同点となりましたね」

「うっ……!」

 

 カズマを見送っためぐみんは、笑みを浮かべてゆんゆんと向き合う。この勝負に引き分けという文字はない。ゆんゆんは苦しそうな声を出しながら、めぐみんと目を合わせる。

 

「四人の勝負で決着が着かなかった場合、最後はお互いのパーティーから代表を一人決めての勝負になりますが……バージル、ダクネス、カズマは外出。クリスは未だトイレに。アクアとタナリスはボードゲームの真っ最中。なので、残った私達で勝負としましょうか。ルール通り、勝負内容は貴方が決めてください」

「い、いいわ! ここまで来たんだもの! 最後は私の得意な組み手で勝負よ!」

 

 意を決したゆんゆんは、指示通り勝負内容を決めると外へ駆け出す。庭の中心辺りで彼女はめぐみんのいる方向へ振り返ると、彼女を誘うようにその場で構えた。

 

「さぁ! どこからでもかかってきなさい! めぐみん!」

「やはりそうきましたか。いいでしょう。ならば私も、持てる全ての力を使って貴方を倒しましょう」

 

 それを見ためぐみんはゆんゆんのもとへ歩み寄り、彼女の真正面に立つ。そして片手で顔を隠す格好いいポーズを取りながら、めぐみんは声高らかに唱えた。

 

「我が征くは覇王の道。世界を統べる覇者とならん。全ては我が勝利の為に。来たれ! 漆黒を纏いし我が使い魔よ!」

 

 周りに召喚魔法の魔法陣が浮かびあがっていると錯覚するような気迫で、めぐみんは召喚魔法らしき詠唱を発した。

 が、その場に電撃を帯びてモンスターが召喚されるわけでも、地面から悪魔が現れるわけでもなく、その場へ姿を現したのは──。

 

「なーお」

 

 場違いなほど呑気な声で鳴いた、ちょむすけだった。ちょむすけは玄関前で小さく欠伸をすると、可愛らしくトコトコと歩き出す。

 そしてめぐみんの足元へ歩み寄ると、猫特有の高い跳躍力を生かしてめぐみんの身体を登り──彼女の頭で鎮座した。

 

「さぁ、始めましょうか。組み手が得意な貴方なら、ちょむすけに怪我をさせないよう落とすことなく私を倒すぐらい、造作もないでしょう?」

「ひ、卑怯! ちょむすけちゃんを使うなんて!」

「言ったはずです。我が全ての力を持って貴方に挑むと。使い魔も私の力の一つです。来ないのならこっちから行きますよ!」

「ま、待って! せめてちょむすけちゃんを頭から下ろして──あぁっ! ちょむすけちゃん危ない! 落っこちちゃうから早く降りてー!」

 

 バランスよく頭にちょむすけを乗せたまま、ゆんゆんへ突っ込むめぐみん。別にちょむすけを落としても勝敗に関係しないのだが、ゆんゆんは律儀にそれを守って戦う。そんな彼女が、本気で攻撃できる筈もなく。

 今日もまた、めぐみんの手帳に丸印が付けられた。

 




このすばの世界感に1番合いそうなの、いい年こいてバイクかっ飛ばしてテンションしてたDMC5のダンテおじいちゃんだなと、初報PV見て思いました。


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第6章 蒼の女神
第47話「この水の都にご招待を!」


 雲から舞い落ちる雪もはたりと見なくなり、春の訪れが待ち遠しく感じる冬の終わり。

 アクセルの街も、朝は寒さが身に染みる時期であり、住民の姿も疎ら。そんな寂しい街中を歩く者が一人いた。

 

「はーっ……さむっ」

 

 国家転覆罪の容疑をかけられ、死刑寸前な上に借金地獄だった窮地から一転。魔王軍幹部にトドメを刺したことで疑惑を晴らし、借金完済しプチセレブへとなった男、佐藤和真。彼は寒さを凌ぐように口元を両手で覆い、暖かい息を吹きかける。

 死と隣り合わせであった馬宿から安住の地となった屋敷へ移住し、お金も手に入れた。また、訳あって大金を手にする未来が確実になったことを知り、命を賭して冒険に出る必要もないと悟った彼は、この世界でも自由気ままに極楽(ニート)生活を満喫していた。

 一日中家でゴロゴロし、夜遅くまで遊び、翌日の昼過ぎに起きる毎日。元の世界でレベルMAXまで極めたニートスタイルを発揮していた彼が今日、朝早く起きて街を歩いているのには理由があった。

 

 彼が向かう先は、街のメインストリートから外れた住宅街。そこでひっそりと商売をしている、ウィズ魔道具店だ。

 目的地に着いた彼は、店内の明かりが付いているのをガラス越しに見て、営業中なのを確認。ドアに手を掛けて中に入る。

 

「へいらっしゃっ……なんだ貴様か。冒険者の反面教師としてこれ以上ないぐらい適任である男よ」

 

 入店した途端、カズマの耳に入ってきたのは男の声。店内にいたのは、ハタキで商品棚を掃除していた新人店員。タキシードの上にピンクのエプロンという奇抜なファッションを着こなす元魔王軍幹部──バニル。

 バニルを討伐した日から数日後、アクアが「気に入らない悪魔臭がする」と言ってカズマ、めぐみん、ダクネスを引き連れウィズ魔道具店に訪れた時に、彼等はバニルと再会。その時アクアは即喧嘩を吹っかけ、めぐみんは空気になってしまった過去の己と決別すべく爆裂魔法を撃ちこませて欲しいとお願いし、ダクネスはまた自分を乗っ取ってくれないかと頼んだが、保護者役のカズマがどうにか黙らせてその場は収まった。

 以来、彼とはそれなりに交流を交わし、いまやカズマにとってダストやクリス同様、顔なじみの一人となっていた。

 

「堕落を究めんとする貴様がこの時間帯に来店とは珍しい。使えぬボロクズ店主に用があるのなら、そこに転がってる故好きにせよ」

 

 バニルはハタキを動かしていた手を止め、床を指差す。転がっているとはどういうことなのかと思いながら、カズマは床に目を向ける。

 

「うぅ……あんまり……です……」

 

 そこには、プスプスと黒い煙を立てて床に仰向けで倒れている、店主ウィズの姿があった。

 

「……今度は何をやらかしたんだ?」

 

 幾度となく、店にとって不利益な行動を天然で行ってきたウィズ。バニルが店員に加わってからは、彼女がやらかす度にバニルが制裁を与え、こうして黒焦げにされていた。

 この光景は、彼等にとっての日常。それを知っていたカズマは、特にウィズを心配することなくバニルに尋ねる。バニルは掃除の手を止めてその場を移動すると、カウンター越しにあった椅子に座し、酷く疲れたように感じるため息を吐いてから話し出した。

 

「この店に、テレポート水晶が売られていたのは知っておるな?」

「あぁ、便利だけどクソ高くて売れ残ってたアイテムか。バージルさんが買ったけど」

「うむ。そして思い込み店主はこれも売れる商品だと勘違いし、再びテレポート水晶を仕入れた。そして二個目が奇跡的に売れ、失考店主は当然の如く三個目も仕入れた」

「うわぁ……」

 

 テレポート水晶の値段は、ウィズ魔道具店では一個五千万エリス。仕入れ値も軽く二千万エリスは超えていることだろう。一個売れた時点で手を引けばいいものを、彼女は大金を叩いて再び仕入れてしまったのだ。

 ウィズのやらかした内容を聞き、カズマはバニルに同情する。しかし、バニルの話はまだ終わっていなかったようだ。

 

「二度あることは三度あると妄言店主がのたまっていたが、破壊光線で黙らせた。その後、我輩の真摯な姿勢と巧みな交渉術により、どうにか三つ目を返品することに成功した」

「ご苦労様……んっ? でもそれなら、店側にデメリットはなかったんじゃないか?」

「本題はここからである。そして我輩が今日、普段より魔力を込めて脳死店主に破壊光線を放った理由もそこにある」

 

 倒れているウィズをカウンター越しに見下しながら、バニルは話を進める。

 

「有能な我輩は経理も担当しているため、先程店の売上や資金、金の流れを確認しておったのだが……足りんのだ。テレポート水晶一個分が」

「掛けで売ったんじゃないのか?」

「否、それらしき控えは見当たらなかった。疑問に思った我輩はおとぼけ店主を尋問し、二個目が売れた時のことを吐かせた。どうやら購入した者は、手持ちがなかった故に物々交換を提案したようだ」

「……で、ウィズはそれを受けてしまったと」

「うむ」

 

 バニルは短く返すと「貴様にもブツを見せてやろう」と言っておもむろに立ち上がり、そのまま店の奥へ。

 少しの間待っていると、バニルは再びカズマの前に戻ってきた。彼の手にあったのは、透き通るように清らかな水が入った水晶らしきもの。

 

「冒険者用アイテム……っぽいな。どういう効果なんだ?」

「ざっくり言うと悪魔祓いの聖水である。強く衝撃を与えて壊せば、広範囲に渡って悪魔を殲滅できる。下位の悪魔であれば一撃。上位の悪魔にも大ダメージを与えられるそうだ。全て失考店主からの又聞き情報だが、中に入っている水から放たれておる不良女神と同じ眩しさ、手に持つだけでヒリヒリするこの感覚。間違いないであろう」

 

 腐り物を扱うかのように、バニルはカウンター上にそのアイテムを置いた後、持っていた方の手をピンクの手ぬぐいで拭く。

 説明だけ聞けば、至極真っ当な対悪魔用のアイテム。ウィズが仕入れたにしては随分とまともな品であった。唯一、残念な点があるとすれば──。

 

「壊すってことは、消費アイテムなんだな」

「然り。されど曇り目店主は高値の物だと感じ、この聖水十個と交換したそうだが……我輩の目利きではせいぜい一個一万エリス。よくて三万エリスといったところであろう」

「とすると十個で高くても三十万エリス……大損だなぁ」

「全てはその場で誤った判断をした、ぼったくられ店主の責任である。おまけにここは駆け出し冒険者が集まる街。悪魔を相手にする者などそうそういまい」

 

 ウィズが何故この場に黒焦げで倒れていたのか。その理由を知ったカズマは、こうなるのも仕方がないと独り思った。

 

「使うとしても、我輩や半端者の素性を知る者が悪戯にぶちまけてくるか……もしもの未来、サキュバス共の正体を知った適齢期ギリギリの者達が店ごと消滅させる為に──」

「バニル、一個買わせてくれ。あと残りも全部取り置きで頼む。後で俺が買い取るから」

「お買い上げ、誠に感謝である。ついでに朝の目覚ましとしてバニル人形はいかがかな?」

「い、いらない」

 

 バニルはカウンターの下からケタケタ笑うバニル人形を取り出し勧めてきたが、カズマは素直に断る。バニルは少し残念そうに息を吐きながら、人形を黙らせて再びカウンターの下へしまった。

 

「にしてもお前……約四百万の損が出た割には、そんなにダメージ受けてなさそうだな」

「これでも騙され店主から話を聞いた時は、残機が五個も減ったと錯覚するような精神的ダメージを覚え、制裁を加えた後に我輩は独り店の隅で燃え尽きたように項垂れておったがな。しかし我輩はメンタルリセットも早い悪魔。貴様が来る頃にはいつもと変わらぬ元気なバニルさんに戻り、せっせと掃除を進めていたのである」

 

 最初に深いため息を吐いたものの、バニルはすぐに元気な口調に戻し、カズマへ見せるようにもみ手をしながら話す。

 

「それに貴様と取引を交わしたことで、莫大な売上をあげられる未来が約束された。それを思えばたかだか四、五百万もの損など取るに足らん」

 

 カズマと交わした取引。それは、カズマが元いた世界にあった道具をウィズ魔道具店で売るというもの。

 元々カズマは、現代知識を使って元の世界にあった物を作って商売する道も考えており、それを見通していたのかバニルは「鎧女と汝に抗い難い試練が訪れる」という不吉な予言を口にし「それまで我輩の商売に協力するのが吉」と、カズマに取引を持ちかけてきた。

 予言は気になったが、カズマにとってバニルの話は渡りに船。すぐさま承諾し、暇があれば家で商品開発を進めていた。その後、一度目の商談でバニルは各商品の概要、試作品等を見て、よほど売れると思ったか、カズマに開発商品の知的財産権の売却を提案。全てひっくるめて三億エリス出すと告げた。

 権利を売るか商品を売るか。どちらにせよカズマに大金が舞い込んでくるのは確実。人生の分かれ道となる重い選択だったため、彼は返答を後回しにさせていた。その返答を今求められているのであろうと思ったカズマは、申し訳なさそうにバニルへ言葉を返す。

 

「あー、そのことなんだけど……俺、これから旅行に行く予定でさ。しばらく待っててもらえないか?」

 

 彼の言う旅行とは、水の都アルカンレティア行きの旅。

 金を得たことで無理にクエストへ出向く必要もなくなり、更に最近受けたリザードランナーの討伐クエストで再び死んだことによって、本格的に非冒険者(引きこもり)生活を送り始めたカズマ。

 それを見兼ねためぐみんは、傷を癒やす目的で湯治の旅を提案した。行き先はアルカンレティア──山と巨大な湖に挟まれた温泉で栄える観光街。それにアクアは大賛成し、カズマも温泉という言葉に強く惹かれ、いつもの四人で旅行に出かけることとなった。

 

「そうであったか。まぁこちらも生産ラインが調ってない故、貴様は気にせず羽を伸ばして混浴を期待しつつ行ってくるとよい」

「き、ききき期待してねーし!? 混浴目的で行くわけじゃないし!? 疲れや傷を癒やすっつう冒険者らしい誠実な目的で行くだけだし!?」

 

 サラリと心の内を見通され、カズマは狼狽えながらも否定する。しかしバニルは耳に入れず独り考える仕草を見せると、カズマにこう告げた。

 

「ここに立ち寄ったついでだ。そこのボロ雑巾も旅のお供に連れて行け」

「ボロ雑巾ってもしかしなくてもウィズのことか?」

「他に誰がおる。先も言ったように、我輩は貴様との取引を進めるのに必要な準備が進んでいない。資金も集めねばならぬ。そういう時にこそ、この散財店主は無駄なことをしでかす」

「だから面倒を見て欲しいと。俺は別にいいけど……アンデッド嫌いのアクアがなんて言うかなぁ」

「あんな自己中心を具現化したワガママ女神の言葉など無視すればよい。それに、此奴は意外と風呂好きでな。そして普段の天然っぷりを鑑みるに、女湯と間違えてうっかり混浴に入ってしまうことも──」

「よし任せろ。旅の間、責任もって俺が預かってやる」

 

 バニルの予知らしき言葉を聞いて、渋っていたカズマは即考えを改めてウィズを連れて行くことに決めた。

 うなされているウィズを起き上がらせ、おんぶする。思っていたよりも軽いウィズの体重と、背中に当たる柔らかな感触をしかと味わいながら、カズマはウィズ魔道具店を後にした。

 

 

*********************************

 

 

 カズマ達が早朝に街を飛び出していった同日。ようやく住民も顔を出してきた昼過ぎのこと。

 

「……アルカンレティア?」

「そう、水と温泉の都さ」

 

 街外れにある便利屋デビルメイクライにて、一人の来客がバージルと話していた。

 バージルが使う机に腰掛け、宙に浮いた足をプラプラと振りながら話すのは、アクセルの街にある様々な店でバイトに励み、最近ではバイト戦士という二つ名を付けられた堕女神タナリス。

 日頃から真面目に取り組んでいたお陰か「たまにはゆっくり休め」と、長期で勤めているバイト先から休暇を与えられた。折角なのでどこか旅行に出かけようと考え、彼女は行き先をアルカンレティアに決めたようだ。

 

「何故俺を誘う? 貴様の後輩か友達とやらを誘えばいいだろう」

「クリスになら誘ったさ。最初は乗り気だったけど、行き先はアルカンレティアだって話した途端、手のひらを返すように断られたんだ。ゆんゆんも誘おうとしたけど、果物入りの籠を持って隣の屋敷前を行ったりきたりと忙しそうだったからやめておいた。で、消去法で君を誘ってるってわけ」

 

 タナリスの誘いをクリスが断った話を聞いて、バージルは無理もないだろうと独り思う。

 アルカンレティア。ベルゼルグ王国内にある観光街としては五つの指に入るほど有名だが、ただ一つだけ大きな、そして深刻な欠点がある。

 それは、その街自体が『ある集団』の本拠であること。風呂好きのバージルも温泉のあるアルカンレティアには強く惹かれていたが、その情報を得ていたことで一歩踏み出せずにいた。

 実際に会ったことはなかったが『彼女』を崇め奉る者達だ。少なくとも、まともな連中でないことは確かだろう。

 

「で、どうだい? 僕と一緒に旅行でも」

「断る」

「だよねぇ」

 

 バージルの返答を受け、タナリスは少し残念そうに息を吐く。用件はそれだけだったのか彼女は机から小さく跳び退くと、両手を後頭部に回して組む。

 

「アクア達も留守だし、かといって一人旅は寂しいなぁ。誰か暇そうな人知らない?」

 

 その体勢のままタナリスは再びバージルに向き直ると、旅のお供を紹介して欲しいとお願いしてきた。

 この街に住む暇そうな人間と聞いてバージルの頭に浮かんだのは、隣に住むカズマとチンピラ冒険者のダスト。しかし前者はタナリスが話したように外出中。

 なのでバージルはダストを紹介するため、タナリスへ言葉を返そうとしたが──丁度そのタイミングに、扉をノックする音が。

 

「郵便でーす。お手紙が届いてまーす」

「ムッ」

 

 声を聞いたバージルは、タナリスとの会話を中断して立ち上がり扉へ。いつものように、玄関前へ来ていた郵便屋の女性から手紙を受け取る。

 扉を締めた後、その場でバージルは手紙の封を開け内容を確認する。タナリスが首を伸ばして見つめてくる中、手紙に書かれた文を読み終えた彼は、彼女へこう告げた。

 

「前言撤回だ。俺もアルカンレティアへ出向くとしよう」

「……どういう風の吹き回しだい?」

 

 全く乗り気でなかった筈なのに、タナリスの旅行に付き合うと言ってきたバージル。彼女は首を傾げて、考えを改めた理由を尋ねる。

 するとバージルは、持っていた手紙をタナリスに渡しつつ答えた。

 

「招待状が届いたようだ」

 

 それは──アルカンレティアから届けられた、彼の興味を引く依頼の手紙だった。

 

 

*********************************

 

 

 それから時間は過ぎ、街の冒険者達が夕食を済ませてひとっ風呂浴びようかと浴場へ赴く夜。

 バージルは「夕食を食べ終え風呂に入った後、街の正門前に来い」とタナリスに告げ、それを受けた彼女は約束通り夕食と風呂を済ませてから正門へ。バージルは彼女よりも早く集合場所に赴き、いつもの刀と両刃剣、そして狼を模した神器のお面をコートの腰元辺りに提げて待っていた。

 

「やぁやぁお待たせ。君もゆんゆんと同じで来るのが早いねぇ」

「貴様がルーズなだけだ」

 

 陽気に笑いながらやってきたタナリスへ、バージルは呆れ気味に言葉を返す。彼女が背負っていた鎌に目をやると、以前の試作品だった物と違い、鎌の刃がほんのりと赤く染まっていた。

 

「鎌を新調したか」

「あぁコレ? ちょこちょこ一人でクエストに行って素材も集まったから、例のおじいちゃんに頼んで強化してもらったのさ。ついでに炎属性も付けてもらったよ」

 

 タナリスは鎌を手に取り、自慢げにバージルへ見せびらかす。偶然か狙ってやったのか、彼女の新たな鎌は魔界の深部に潜んでいた悪魔(アビス)が持つ物とよく似ていた。

 

「少しはマシになったな。では行くぞ」

「自分から聞いておきながらそれだけかい? 寂しいねぇ」

 

 鎌について聞いた後、バージルは早速足を進める。夜に街の外へ出るのは危ないと門の見張りに止められたが、バージルの姿を見てすぐに立ち退いた。

 タナリスが黙ってついて歩く中、バージルはそのまま街を出て、白い雪が点々と残っていた草原を歩く。アクセルの街周辺は冬の夜であっても平和なようで、モンスターは見当たらなかった。

 

「……ねぇ。まさかとは思うけど、アルカンレティアまで徒歩で行くつもりかい?」

 

 しばらく歩いたところで、静かにしていたタナリスが声を上げた。アクセルの街からアルカンレティアまでは、馬車でも丸一日はかかる距離。徒歩で赴く者はそうそういない。

 当然、バージルもそのつもりはさらさら無かった。彼はタナリスの声を聞いてピタリと足を止めると来た道を振り返る。アクセルの街は見えるものの、門番の姿は視認できない程度に遠くまで来ていた。

 

「ここら辺りなら、問題ないだろう」

 

 バージルはそう言うと再び前を向き、コートの腰元に提げていた仮面を手に取った。それを顔に当てると、間を置いて彼の身体は光を発し──白いたてがみを持つ蒼き狼に姿を変えた。

 変身したバージルを初めて見たタナリスは、目をパチクリさせて驚嘆の声を上げる。

 

「こりゃ驚いた。君、毛むくじゃらのイヌッコロにもなれたのかい」

「狼だ」

「おっと失礼。しかし今の仮面は魔具……いや神器かな? まぁどっちでもいいけど、その姿になってどうするつもりだい?」

「馬車よりも自分で走った方が速い。さっさと乗れ」

 

 譲れない点を訂正しながら、バージルは背中に乗るよう促す。その意図を理解したタナリスは小さく笑い、ピョンと飛び跳ねてバージルの背に跨った。

 

「せいぜい振り落とされないよう、しがみついておけ」

「りょーかい」

 

 バージルの忠告を受け、タナリスは前傾姿勢でバージルの身体にしがみつく。それを確認したバージルは四本の足に力を入れ、勢いよく駆け出した。

 

「わぁお! 速い速い! こりゃいいや!」

「あまり口を開くな。舌を噛むぞ」

 

 アクアやクリスと違い、彼女は狼乗りを気に入ったご様子。機嫌のいいタナリスの声を聞きつつ、バージルはアルカンレティアへ向かって走り続けた。

 

 

*********************************

 

 

 夜の間隠れていた太陽が昇り、空の真上まできた昼辺り。しかし太陽は雲に隠れ、日差しの代わりにしんしんと雪が舞い落ちていた。

 積もるほどではない雪の天気の中、草原を小走りで進んでいるのは二匹の馬。そして馬が引いている馬車。その中には──昨日の朝に湯治の旅でアクセルの街を出た、カズマ達がいた。

 

「この地域ではまだ雪が降っているんですね」

「俺らの街じゃほとんど見なくなったっつうのにな。ここらへんは春の訪れが遅いんじゃないか?」

 

 馬車の小窓から外を覗き、めぐみんとカズマはフワフワと落ちる雪を見て会話を交える。この世界にも春夏秋冬は存在し、ベルゼルグ王国は生前カズマが住んでいた日本と似た気候の変化を見せていた。

 きっとこの国にも、場所によっては春でも雪が降り、秋でも夏のように暑い地域もあるのだろう。そうカズマが思った時、馬の手綱を握っていた御者の男性が前方に顔を向けたまま会話に入ってきた。

 

「いや、私は何度もアクセルの街とアルカンレティアを行き来してるんでわかりますが、この天気は異常ですよ。この時期にアルカンレティア付近で雪が降ってるのを見たのは、今回が初めてです」

「そうなのか……もしかすると、この雪も馬車が営業停止していた理由に関係しているのかもしれないな」

 

 御者の話を聞いて、ダクネスが顎に手を当てて考える仕草を見せつつ呟く。

 昨日の早朝、いざ湯治の旅とカズマ達は馬車の待合場へ行ったのだが、アルカンレティア行きの馬車は訳あって運行を停止していると告げられた。

 それを聞いたアクアはどうしてなのかと猛抗議。温泉を楽しみにしていたカズマも諦めようとはせず、どうしてもアルカンレティアへ行きたいと食い下がった。

 結果、向こうが折れて一台だけ運行可能とし、カズマ達だけを乗せてアルカンレティアへ。道中、パーティーメンバーのせいで走り鷹鳶やアンデッド集団に遭遇することもあったが、どうにか切り抜けつつ進んでいた。因みにカズマが連れてきたウィズは、出発前にダクネスからカズマの『ドレインタッチ』で魔力をウィズに与えたことで少し回復し、今は膝下に置いているちょむすけと楽しそうに戯れている。

 

「そうでしょうなぁ。大方、アルカンレティアの奥にある、源泉が流れてる大きな山に、雪精が大移動でもしてきたんじゃないですかね」

「うげ、雪精か……いい思い出ないんだよなぁ」

 

 この世界における初めての死を体験した日。苦痛を伴わない一撃死の首チョンパだったからか、最近また死んだことで慣れが生じ始めたのか、雪精の名前を聞いてもカズマは取り乱すことなく、苦い思い出のように話す。

 と、話を聞いていたアクアが手のひらに拳を当てて乾いた音を立て、やる気満々とばかりに声を上げた。

 

「たとえ雪精といえど、アルカンレティアに迷惑かけてるのなら見逃せないわ! 私が直々に出向いて全員追っ払ってやるんだから!」

「そう言うがお前、雪精がいるってことはほぼ間違いなく冬将軍もいるぞ? バージルさんもトリガー引かなきゃヤバかったっぽいアイツに勝てる自信あんのか?」

 

 雪精を束ね、守る大精霊こと冬将軍。バージルと対峙し、通常状態の彼に刀を突き刺すほどの実力を持つ特別指定モンスター。冬将軍と初めて出会った時、アクアは捕まえていた雪精を開放して自ら頭を下げていた。

 それはつまり、冬将軍には敵わないとアクア自身が言ってるのと同じではないだろうか。そう思いながらカズマは尋ねたが、アクアは腕を組むと不敵に笑って言葉を返した。

 

「カズマ、私は女神よ。女神っていうのは、信仰心が高ければ高いほど力を増すの。信者が少ないアクセルの街ならまだしも、アルカンレティアが近くにあるんだったら、冬将軍なんてトゥーイージーよ!」

「あぁはいはいそうですねー。流石は女神様ですねー……ちょっと待て。今アルカンレティアについて超重要かつ深刻な情報がさらっと出た気がするんだが?」

 

 絶対に聞き逃してはならない言葉があったと思いカズマは再度尋ねるが、アクアは質問に答えず。彼女は何かを感じ取ったかのように外を見た。

 そのままアクアは匂いを嗅ぐように鼻を動かすと──突然座席から腰を上げ、そのまま荷台から外へ飛び出した。

 

「なっ!? 馬鹿何やってんだ!? すみません! 馬車停めてください!」

 

 奇っ怪な行動を見せたアクアに驚きながらも、カズマはすぐさま御者に指示を出して馬車を停めさせる。

 

「おいアクア! 昨日アンデッド呼び寄せたばっかだってのにまた御者さんに迷惑かけるつもりか! さっさと戻ってこい!」

 

 馬車が停まったところでカズマは荷台から顔を出し、アクアに馬車へ戻るよう呼びかける。が、アクアはそれに耳を貸さず、馬車が進んでいた道から少し右へ逸れた位置に立ち、目を細めて進んできた道を見つめている。

 

「……あっ! やっぱりお兄ちゃんだ! おーい! お兄ちゃーん!」

「はっ?」

 

 するとアクアは顔を明るくさせ、相手に気付いてもらうように両手をブンブンと振りながら大声で呼んだ。

 アクアがお兄ちゃんと呼ぶ者は一人しかいない。まさかと思いながらも、カズマはアクアが見ている方向に視線を向ける。そして、その先から迫ってきている者を見た。

 まず見えたのは、鎌を背負った黒い髪の少女。アクアの同期ことタナリス。そんな彼女が乗ってるのは──白いたてがみをなびかせる青い狼。アクアの言うお兄ちゃんの姿は見当たらないが、タナリスが乗っている狼の雰囲気が、どことなく彼と似ているように思えた。

 タナリスを乗せた狼は猛スピードで走り続け、やがて進行方向に立ち塞がっていたアクアに接近すると──。

 

 

 問答無用に、アクアを突き飛ばした。

 

「アクアァアアアアアアアアッー!?」

 

 コミカルに吹っ飛んでしまったアクア。カズマや小窓から覗いていためぐみん達が驚く中、狼は馬車を無視して真っ直ぐ突き進んでいった。

 

 

「ねぇ、今アクアらしき誰かを轢かなかったかい?」

「気のせいだ」

「そっか。ならいいや」

 

 

*********************************

 

 

 アクセルの街からアルカンレティアに向けて出発したバージルとタナリス。狼の姿(ウルフトリガースタイル)で突っ走ったことにより、道中誰かを轢きはしたものの、アクセルの街を出た翌日の昼には目的地へ辿り着くことができた。

 バージルはそこに着いたところでタナリスを降ろし、人の姿に戻る。そんな彼等の前にあるのは、トンネルの入り口。

 

「地図によると、ここを抜けた先がアルカンレティアだね。楽しみだなぁ……おや?」

 

 タナリスはトンネルの先にある街に期待を膨らませながら、地図を懐にしまってトンネルの中へ足を進ませる。が、何故かバージルが入り口手前で足を止めていることに気付き、後ろを振り返って彼を見た。

 眉間にシワを寄せた表情の彼は、突然背負っていた魔氷剣を手に取ったかと思うと縦に振り、入り口付近の空を斬った。が、特に何も変化は起きていない。

 彼は背中に剣を戻すと、まるで木枝や蜘蛛の糸をかき分けるような動作をしながら足を進め、トンネルの中に入ってきた。

 

「……急にパントマイムを始めてどうしたんだい?」

「馬鹿を言え。道を塞がれていたから無理矢理通っただけだ。貴様も女神なら見えている筈だろう」

「今は堕ちてるからね。僕の曇りなき眼も、今や曇った眼鏡みたいなもんだよ」

「なら精々磨いておけ。通行人にぶつかっても知らんぞ」

 

 二人は言葉を交わしながら、暗いトンネルの中を歩き進む。直進のトンネルを抜けた先にあったのは、湖の上にかかった一本の橋。そこを渡り、彼等は開かれた門を通ってアルカンレティアに辿り着いた。

 アクセルの街とはまた違った、地中海風の美しい街並み。住民はここも同じく多種多様で、エルフやドワーフらしき者も見える。また街の外とは違い、曇り空ではあるものの雪は降っていなかった。そして──。

 

「手紙に書かれてた通り、水不足みたいだね」

 

 水の都という名に反し、正面にあった噴水は沈黙。街では水を売っている様子も見え、先程渡った橋の下にある湖の水位も低いようにバージルは感じていた。もっともこの世界では魔法で水も生み出せるため、深刻な問題とまではなっていないであろう。

 寄越された手紙に記された通りなのを確認し、バージルは街の奥──アルカンレティア自慢の温泉に使用される源泉が流れていると聞く山を見る。表面は雪で白く覆われ、頂上付近は吹雪がかかっており視認できない状態だった。

 

「しかし、初めてアクセル以外の街に来たけど、こうも違うとはねぇ。おっ、何だろうあのお店。バージル、見に行ってもいいかい?」

「勝手に行け。俺は依頼人の所へ行く」

「そうかい。じゃあお言葉に甘えて」

 

 タナリスの問いかけにバージルは勝手にしろと返す。彼女も自由行動の方が性に合っているのか、バージルの返事を聞くとすぐさま露店へと足を運んでいった。

 取り残されたバージルは、懐から一枚の紙──アルカンレティアから送りつけられた依頼の手紙を取り出す。文の最後に「詳しい話はアルカンレティアの大聖堂で」と記されてあるのを再確認した。

 

「(……温泉の調査も兼ねて、地図を買っておくか)」

 

 大聖堂の場所は住民に聞けば手っ取り早いだろうが、折角アルカンレティアに来たのだ。風呂好きのバージルとしては、是非ともこの街が誇る温泉を調べておきたかった。

 しかし水不足の現状で、源泉の流れる山があの状態では、温泉も機能していないだろう。なので今回は温泉のリサーチだけでも済ませ、後日改めて訪れようとバージルは決め、入り口前でテレポート水晶の小さな方を砕き、この場をテレポート先のひとつに登録した。

 テレポート水晶に光が宿ったのを確認してから懐にしまい、タナリスが向かったのとは別の店へ足を運ぶ。雑貨屋らしき店の前に来たところで、店主と思わしき男がバージルに気付くと、向こうから声をかけてきた。

 

「いらっしゃい! っと、この街じゃ見ない顔だな。冒険者さんかい?」

「あぁ。この街の地図を探しているのだが、どこで買える?」

 

 品揃えをざっと見た所、この雑貨屋に地図らしき物はない。なのでバージルは、雑貨屋の店主にそう尋ねたのだが──。

 

「それならウチに簡易版のがひとつあるぜ。けどウチの会員様になってくれたら、街自慢の温泉や食事処、アイテムショップについて細かく書かれた特別版を購入できるようになるぜ!」

「ほう」

 

 運が良かったのか、この店にも地図はあったようだ。更には特別版もあり、そこには温泉情報も記されていると聞いて、バージルは興味を示すように相槌を打つ。

 

「細かい手続きも登録料も必要なし。これにちょちょいと名前を書いてもらうだけで晴れて会員様だ。どうだい?」

 

 店主はそう説明しながら一枚の紙を取り出すと、ペンと一緒にバージルへ手渡す。それだけで特別版の地図を買えるのなら会員になるのも悪くはないかと思いながら紙とペンを受け取り、バージルは手元へ目線を落とす──が、そこで彼は顔を歪ませた。

 

 彼の手にあるのは、会員登録書と見せかけた──アクシズ教への入信書だった。

 それもその筈。水と温泉の都アルカンレティアの実態は、女神アクアを崇める頭のおかしい集団の代表格──アクシズ教徒の総本山であったのだから。

 

「……会員にはならん。簡易版でいい。買わせてくれ」

 

 この店主も十中八九そうだろう。思わぬ形で出くわしたバージルは、そう断りながら店主へ紙とペンを返す。

 

「なんだい勿体ねぇ。そんじゃあ簡易版ひとつね。えーっと確かここに……ってあぁっ! すまねぇ冒険者さん! 簡易版の地図は売り切れだ! ひとつだけ残ってるもんだと思ってたが勘違いしてた!」

「何っ?」

 

 残念そうな顔で紙とペンを受け取ると、簡易版の地図を探し始める。が、ほんの数秒経ったとこで店主は唐突に大声を上げると、両手を合わせて謝りながらそう告げてきた。

 

「あー! もし会員になってくれたら、今すぐにでも特別版の地図を売ることができるんだがなぁー! この紙に名前を書くだけでいいんだけどなぁー!」

 

 両手を頭に当て、バージルから顔を逸らしながら言葉を続ける。何かを期待するように、チラチラとバージルに目を向けながら。その視線を受け、そういう手法なのかとバージルは察した。

 当然、期待に応える真似はせず、バージルは黙って雑貨屋を後にした。メインストリートを歩く中でいくつか地図を売っている店を見かけたのだが、同じ方法で勧誘されそうだと思い、地図の入手は諦めた。

 途中で道を曲がり、今は水が流れていない川沿いの道をバージルは歩く。とその時。

 

「誰かー! 誰か助けてー!」

「……ムッ?」

 

 彼の耳に、助けを求める女性の声が届いてきた。何事かと思いバージルは声が聞こえた後方を見る。

 目に映ったのは、聖職者らしき若い女性が逃げ惑い、それを身体のゴツい男性が悪どい笑みを浮かべて追い回している光景。

 

「おら待て! ちょっとでいいから俺と付き合えよ!」

「やめてください! 来ないでください!」

「(この街にも、ああいった輩はいるのか)」

 

 アクセルの街でもならず者、荒くれ者はよく見かけ、バージルも彼等を追い払う依頼を受けたことが何度かあった。

 観光街でも治安の悪い場所もあるものだと知ったバージルは、女性を助けようとは一切考えることなく前を向き、足を進めようとする。

 

「あっ! そこの青いコートを着た冒険者らしき方! お願いです! 助けてください!」

「……チッ」

 

 が、遅かった。バージルの姿を見たであろう女性は彼に声を掛ける。もう巻き込まれていると悟ったバージルは、仕方なく再度振り返る。

 女性はバージルのもとへ駆け寄ると彼の後ろに隠れ、追いかけてきた男を指差しながらバージルに話した。

 

「この非道な悪漢のエリス教徒が、私を拐おうと追いかけてくるのです!」

「おうおう言ってくれるじゃねぇか! いかにも俺は邪悪の権化であるエリス教徒! ポイ捨て、野グソ、スカートめくり! 幾多の悪事を行ってきた大悪党よ! だがそんな俺にも怖いものはある! そう! 闇のエリス教徒であるが故に植え付けられた恐怖の対象! 光のアクシズ教徒だ!」

 

 彼等が口にした、エリス教徒にアクシズ教徒という言葉。おまけに内容も、エリス教を蔑ろにしアクシズ教徒を褒め上げていると思わしきもの。まさかと思いながら、バージルは二人の会話を聞き続ける。

 

「なんてこと! この場に私を守ってくれる屈強で優しいアクシズ教徒の冒険者がいれば……あぁ! こんなところにアクシズ教への入信書が!」

「な、何っ! こいつはマズイ! もし女の傍にいる冒険者がアクシズ教徒になっちまったら、俺は手を出せなくなっちまう! くそっ!」

 

 これ見よがしに取り出された入信書を見て、バージルは全てを悟った。茶番劇に付き合うつもりのなかった彼は、黙って二人のもとから離れる。

 

「どこに行かれるのですか! 数多の戦場を駆け抜けてきた感のある冒険者さん! まさかこの状況を見て、私を見捨てるおつもりですか!?」

「おっとこいつはラッキーだ! まさか悪漢に襲われかけの女を見捨てるような、血も涙もない冷血漢だったとは!」

「いいえ! そんなことはありません! 私は信じております! きっとあの冒険者はすぐにでも考えを改めて振り返り、私の持つ入信書に名前を書いて愛と正義のアクシズ教徒に目覚め、悪漢を追い払ってくれるのだと!」

 

 しかし諦めが悪いようで、二人はバージルに聞こえるよう声を張りながら演技を続ける。助けるつもりなど毛頭ない節を伝えようかとバージルは考えたが、彼等に言葉を返しただけで術中に嵌りそうだと思ったのでやめておいた。

 こういった輩は、とにかく無視するのがベスト。ダクネス(変態貴族)から学んだ回避法を貫きながら、バージルは足早にその場を離れていった。

 アルカンレティア式の歓迎は、まだ始まったばかりだと知らずに。

 




もう察しているかと思われますが、今章ではクリスとゆんゆんはお留守番です。


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第48話「この狂信者とご対面を!」

「イタタ……もーっ! なんで私を無視して行っちゃうのよー! しかも盛大に突き飛ばして!」

「あのー、その人大丈夫なんですか? お怪我とかは──」

「あぁ大丈夫です御者さん。コイツこう見えて硬いんで」

「ちょっとカズマ! 同じパーティーメンバーでしょ! 少しは心配しなさいよ!」

「吹っ飛ばされた時は流石に驚いたけど、メンバーの中じゃお前が一番レベル高いから、ダクネスほどじゃなくてもそれなりに防御力あると思って。回復魔法も使えるし」

 

 心配そうに尋ねる御者へ、カズマは軽く言葉を返す。高く吹き飛ばされたアクアだったが、流石は女神と言うべきか。今では文句を言えるほど元気になっていた。

 

「それにしても、先程の狼さん……本当にバージルさんなのですか? 私の店によく来てくださるタナリスさんの姿は見えましたが……」

「えっ? あの僕っ娘堕女神、ウィズんとこの常連になってんの?」

「はい。つい最近も、色んな魔道具を買ってくださいましたよ」

 

 タナリスがあのポンコツ商品ばかりなウィズ魔道具店に入り浸っていると聞いて、カズマは少し驚く。彼女自身も、アクアと仲良くやっている変わり者。故に変わり物の魔道具には惹かれるものがあったのだろう。

 

「そういえば私とクリスしか知らなかったわね。なんとお兄ちゃんは、お面を被ることでモッフモフのワンちゃんになれるのよ!」

 

 とその時、アクアが先程の蒼い狼がバージルであることをざっくりと説明した。普段なら「お前は何を言っているんだ」と流す場面であったが、彼ならそれすらもやってのけそうだとカズマは思った。

 また、アクアの話を聞く限りでは狼への変化にお面が必要。魔法や異種族が存在するこの世界でなら、獣へと変身できるアイテムがあっても何ら不思議ではない。

 

「獣……獣化か……プレイの幅が広がるな……フヘヘ……」

 

 また、アクアの話を聞いてダクネスは貴族らしからぬド変態な顔で独り妄想に耽っていたが、いつものことなのでカズマは放置しておいた。

 

「皆さん! アルカンレティアにもうすぐ到着しますよ!」

 

 カズマがしばらく天井を見つめていた時、御者の声が耳に入ってきた。彼はアクアと一緒に腰を上げ、御者の背後から前方を確認する。その先には、馬車二台が横並びで通れる幅の洞窟が。

 この先にあるのは綺麗な街並み、温泉、そして男の夢(混浴)。カズマはワクワクを胸に抱きながら到着を待つ。

 

「──ッ! 待って御者さん! ちょっと停めて!」

「えっ? は、はい」

 

 が、洞窟へと入る前にアクアが慌てて御者に指示を出した。御者は困惑しながらも手綱を操り、二匹の馬の足を止める。

 またも彼女の行動で途中停止した馬車。今度は何だとカズマは苛立ちながらアクアを見る。彼女は再び馬車から飛び降り、洞窟の入り口前へ駆け寄った。

 中に入ろうとはせず、彼女は少し考える仕草を見せる。すると、その場でスライド式のドアを開けるような動作をとった。が、そこに扉なんてものは見当たらない。

 端から見ればパントマイムを行っているような動きを終え、満足げに息を吐いたアクアは、ひと仕事終えたように手を払いながら馬車に戻ってきた。

 

「ありがと御者さん。もう進んで大丈夫よ」

「わ、わかりました」

「おいアクア。もし俺達に今思いついた宴会芸を見せたかったが為に馬車を停めたんなら、後で馬に踏みつけてもらうからな」

「違うわよ! どういうわけか知らないけど、洞窟の入り口に悪しき者を通さぬ結界が張ってあったの。何かで斬られて隙間ができてたけど」

 

 カズマが不機嫌そうな目で見つめる中、真正面に座ったアクアは先程の不可解な行動について説明した。

 

「でも、馬車が一台通るには狭過ぎたの。このままじゃウィズやカズマが通れそうにないと思ったから、私が切り口を無理矢理広げて通れるようにイダダダダダダッっ!?」

「なるほどなるほど。ちゃんと意味のある行動だったんだな。疑って悪かった。俺には結界なんて見えないから、全然気付かなかったよ」

「その口ぶり絶対信じてないでしょ!? また私を駄女神扱いしてるんでしょ!? それと頭グリグリは痛いからやめてぇええええええええっ!」

「ところで俺をちゃっかり悪しき者扱いしてたが、一体どういう基準で決めたのかなー? 俺、れっきとした人間なんだけどなー?」

「だってだってカズマさん、雲のマシンに乗っても絶対抜け落ちそうな性格してるんだものぉおおおおおおおおああああああああっ!?」

 

 正直に答えたことでグリグリ攻撃地獄は更に続き、アクアの悲鳴が馬車の中で響き渡った。

 

 

*********************************

 

 アクアが結界をこじ開けたからかは不明だが、カズマ達は問題なく洞窟を通過。その先にあった橋を渡り、目的地──アルカンレティアに到着した。

 御者は「帰る時はこの街の馬車乗りへ来てくれ」と、カズマ達に伝えてから街中へ。馬車を見送った後、再度アルカンレティアの街並みを見渡す。

 

「ここがアルカンレティアかぁ……なんか問題でも起こってるのかと思ってたけど、住民は普通に暮らしてんじゃん」

「しかし水の都だというのに、そこにある噴水は機能していませんね。それに先程見た湖も、水位がかなり下がってました」

「間違いなく山に潜んでいる奴のせいだわ! 今すぐ行きたいところだけど、その前に──」

 

 街の奥に薄っすらと見える山を指差しながら話した後、アクアは目を閉じて鼻を動かす。

 

「くんくん……こっちね!」

「あっ! おいアクア!」

 

 そして何かを嗅ぎ取ったのか、アクアは目を見開いて独り駆け出した。呼び止めようとしたカズマの声は届かず、アクアは街の中へと消えていく。

 

「行ってしまったな……どうする?」

「ったく、早速勝手に動きやがって……まぁでも大丈夫だ。アイツならそのうちひょっこり戻ってくる。それよりも早く宿に……行きたいけど、初めての街だからどこに何があるのかサッパリだな。どっかに地図でも売ってれば……」

「その必要はありませんよ。私、この街に来るのは二回目ですので。そんなに昔でもないですから、街の構造もあまり変わっていないでしょう」

「マジかめぐみん。そりゃ助かった。じゃあ道案内よろしく」

 

 アクアのことは特に心配せず、カズマはアルカンレティアを知っていると話すめぐみんに案内役を任せる。

 その隣にいたウィズに目を向けると、まだ本調子ではないのか、彼女は眠たそうに目をしょぼしょぼさせていた。

 

「ウィズ、大丈夫か?」

「あっ、すみません。私はもう一人で歩けますから大丈夫ですよ」

「あんまり無理すんなよ。少しでも辛かったら言ってくれ。俺がまたおぶってやるから」

「この男はウィズのたわわな感触を味わいたいだけなのでやめたほうがいいですよ。ダクネス。ウィズが辛そうでしたら貴方がおぶってあげてください」

「うむ。任された」

「何言っちゃってくれてんのめぐみんさん。俺はただウィズが純粋に心配なだけなのに変態扱いして。これだから膨らみのない子供は……」

「こういう時のカズマは下心で溢れかえっているので、皆さんも気を付けてください。そして成長期を待ってる私の胸に言いたいことがあるなら聞こうじゃないか!」

 

 ウィズを誰が背負うかで言い合うカズマとめぐみん。違う街でもいつも通りな二人を見てダクネスは呆れ、ウィズはその場でオロオロし出す。

 

「待ちな」

 

 とそこへ、二人の喧嘩を止めるようにピシャリと男の声が届いてきた。カズマ達は声が聞こえた噴水前に顔を向ける。

 目に映ったのは、茶色い被衣の下に鎧を纏った男。フードは取っており、幾つもの傷を負った厳つい顔を顕にして噴水前に腰を下ろしていた。

 

「この街じゃ初顔だな。そのナリを見るに、旅のモンかい?」

「……あぁ。アクセルの街からやってきた、ちょいと名の知れた冒険者さ」

 

 よその街に来た際に起こる、冒険者っぽいイベント。こういうのを待ってたんだよと心の中で叫びながら、カズマは自ら前に出て言葉を返す。やけにカッコつけた喋り方をするカズマを、めぐみんは後ろから白い目で見ていた。

 

「ほう。それはそれは遠路遥々ようこそ……と言いたいところだが、今のあんたらを街に入れるわけにはいかねぇな」

「は、入るなと言われても……もう私達は門を通って街に足を踏み入れてしまっているのだが──」

「空気読め石頭貴族」

「んなっ!?」

 

 余計な口出しをするダクネスに少しイラッとしたものの、カズマは男との会話を続ける。

 

「どうすれば入れてもらえるんだ? モンスター討伐か? 納品依頼か? それとも……ここでお前と戦えばいいのか?」

「いいや。どれもする必要はない。あんたらが今できる行動はたった二つ」

 

 このようなイベントには憧れていたが、戦うのは怖いからダクネスを戦わせよう。そう考えながらカズマは尋ねると、男は被衣に手を入れて一枚の紙とペンを取り出し、カズマに差し出してきた。

 

「街に入る為にこの紙へ名前を記すか、踵を返して街を出るか……どっちか選びな」

 

 女神アクアを崇めるアクシズ教──その入信書を。

 アクシズ教についてはアクアが散々口にしていたためカズマは知っており、アクシズ教徒は頭のおかしい連中の集まりという話も耳にしていたが、まさかアルカンレティア第一街人がアクシズ教徒だとは思いもしなかった。王道イベントを台無しにされたように感じ、カズマはなんとも言えない気持ちを覚える。

 目の前のアクシズ教徒は入信書を差し出したまま。きっとこの男は、冒険者か観光客が来る度にこうやって勧誘しているのだろう。そう思いながらカズマは歩き出し──入信書を手にすることはせず、男の横を通り過ぎていった。

 後続のめぐみん、ダクネスもカズマに習い男を無視。ウィズのみ小さく頭を下げながら男から離れていく。

 

「俺を無視して街に入る……第三の道を選ぶか。気に入ったぜ。だがいずれ、この紙が必要になる時が来るさ。特に茶髪の少年。お前からは俺達と同じ臭いがする。俺はここで待ってるから、気が変わったらいつでも来てくれ」

 

 男は何やら意味深な言葉を発していたが、全ては勧誘目的であろう。カズマは決して振り返ることなく足を進める。

 

「初っ端からあんな奴に絡まれるなんてなぁ。できればアクシズ教徒にはもう会いたくないな」

「いや、それは無理だろう。ここはアクシズ教徒の総本山だ。アクシズ教徒じゃない人間と会う方が難しいと思うぞ」

「……はっ?」

 

 ダクネスの言葉を聞いて、カズマは聞き返すように声を上げる。ダクネスは「知らなかったのか?」と尋ねてきたが、彼はそれに応えず無言のまま前方に向き直る。

 振り返ってみれば、行き先がアルカンレティアだと聞いてアクアはとても喜んでいた。ダクネスの話が本当ならばそれも当然の筈。彼女にとって可愛い子供である信者達が集まる街に行くのだから。一般人にとっては奇人変人の巣食う街なのだが。

 

「(……流石に、ここにいるアクシズ教徒全員があんな感じじゃないよな?)」

 

 ほんの少しでも、アクシズ教徒には常識人がいるだろう。そんな淡い期待を抱きながら、カズマは街中を歩いていった。

 

 

*********************************

 

 

「いい体してるね兄ちゃん! でもまだ満足してないんだろ? 俺と同じアクシズ教徒になって、もっと上を目指そうぜ!」

「やばー! 超かっこいい人見つけたんですけどー! ねぇねぇ! よかったら名前教えてくれない? この紙に名前を書いてさ!」

「お待ちなさい、旅の者。そなたからは酷い運気の色が見えます。しかしアクシズ教徒になれば運のステータスもガン上がり。億万長者になるのも夢ではないでしょう」

「ちょっと聞いてよ旅人のお兄さん! 最近私、洗濯物の汚れが落ちなくて困ってたんだけど、この石鹸に変えたらまぁ綺麗に落ちたの! それにこの石鹸! 食べれるの!」

 

 道を通ればアクシズ教徒。角を曲がればアクシズ教徒。そして始まる宗教勧誘。

 もはや片手では数え切れないほどの勧誘を受けたものの、とにかく無視を貫きながら、バージルは独り街を歩いていた。

 

「(なんなんだこの街は……まだ魔界の方が住みやすいぞ)」

 

 ただ街を歩いているだけなのに、彼の顔には既に疲弊の色が見えていた。アクシズ教徒は頭のおかしい者達ばかりだとは聞いていたが、まさかここまで狂人揃い(Crazy)だとは思っていなかった。鬱陶しさでなら、魔界の悪魔達を軽く越えるだろう。

 街中にあった案内板を脳内に叩き込み、今は大聖堂を目指して歩いているのだが、このままでは目的地へ辿り着く前にストレスと疲れによって押し潰されてしまう。どうにか打開策はないかと考えていた時──ひとつの案が頭に浮かんだ。

 バージルはおもむろに黒いインナーの首元へ手を入れ、中にあった物を取り出す。それは、あの日から肌身離さず持っていた銀色のアミュレット。エリスから貰ったものだ。

 

 エリス教徒とアクシズ教徒──両者の仲は険悪で、常日頃どこかで争いが起きていると言われている。アクアとエリスは先輩後輩関係にあたり、後輩である筈の女神エリスを崇めるエリス教が国教として、アクシズ教よりも広く伝わっているのをアクアは快く思っていない。その事が神話として伝えられているのか、アクシズ教徒はエリス教徒を恨み怒り、ちょっかいを出しているのが主な原因であろう。

 エリス教徒から貰ったものを見せれば、アクシズ教徒は勧誘をやめてくれるのではないだろうか。エリス教徒だと思われるのは癪であったが、勧誘を受け続けるよりはマシだ。バージルは服の裏に隠していたアミュレットを見えるように首へ下げ、止めていた足を進めた。

 

「どうしたんだい兄さん! なんだか元気がないみたいですぜ! そんな時にはこちら! アクシズ教徒限定の、飲むだけでギンギンに元気が出るポーション……おや? そのアミュレットはなんだい?」

 

 少し歩いた所で、早速勧誘目的らしきアクシズ教徒が。店員らしき男はポーションを紹介しながら近付いてきたが、バージルが首に下げていたアミュレットを見て尋ねてくる。これで去ってくれと願いながら、バージルは質問に答えた。

 

「エリス教徒からの貰い物だ」

「ぺっ」

 

 瞬間、男は地面に唾を吐き、とても不機嫌そうな顔を見せながらバージルに背を向けて店の奥に去っていった。

 全く予想していなかった反応。バージルは言葉を失いながらも、先程のやり取りを見ていたであろう街の住民達に目を向ける。

 

「「「「「ぺっ」」」」」

 

 すると売人や主婦、小さな子供にペットまでもが、一斉に地面へ唾を吐いてから日常生活に戻っていった。

 エリス教徒から貰ったアミュレットを見せただけで、多くの人間から唾を吐かれたバージル。こんな体験は生まれて初めてだろう。

 

 ふと気付いた時には、右手を刀の柄に乗せて刀を抜こうとしていた。

 

「(Cool(落ち着け)……be cool(冷静になれ)……)」

 

 マジでダァーイする五秒前で我に返ったバージルは頭を振り、そう自分に言い聞かせる。

 悪魔ならば問答無用に気の済むまで斬り刻めるのだが、相手は人間。殺すことは許されない。それに、ここで手を下せば更にややこしい事態になるのは明らか。この世界の狂人はそういう者達ばかりだ。

 溢れそうになった怒りをどうにか静まらせた後、目頭を強く押さえながらバージルは再び歩き出した。

 

 

*********************************

 

 

 アルカンレティアの中では一番大きな建物であろう、アクシズ教団の大聖堂。バージルはようやく目的地に辿り着いた。

 少しフラつきのある足取りで進んでいると、行き先に一人の女性を見つけた。物珍しそうに大聖堂を見上げている鎌を背負った黒髪の女性──タナリスだ。

 

「……んっ? おや、遅かったねぇ」

 

 バージルが近寄ってきたのに気付いたタナリスは、振り返って声を掛ける。そして地面に置かれていた、包装されている箱を手に取ってバージルに見せてきた。

 

「これ見てよ。教会に来るまでに色んな人から食べれる石鹸洗剤を貰ってさ。どんな味がするのか気になったから、お土産に一箱買っちゃった」

 

 疲れ切ったバージルとは対照的に、タナリスは楽しげにお土産について話す。流石は、女神時代にアクアと友達になっていた者と言うべきか。

 

「にしても、アクアの子達は勧誘熱心だねぇ。まぁ僕はタリス教徒だからって言って断ったけど。そしたら──」

「……唾を吐かれたか?」

「いや、鼻で笑われたよ」

 

 そう答えながら、タナリスは陽気に笑う。バージルとは違い、アクシズ教徒からの対応に怒りを感じないどころか、逆に楽しんでいたのだろう。達観なのか馬鹿なのかわからない彼女を見て、バージルはため息を吐いた。

 とにもかくにも、二人とも目的地に集合できた。早速依頼について話を聞くため、バージルとタナリスは大聖堂へと足を踏み入れた。

 背丈の二倍はある大きな扉を開いて建物の中へ。高い天井の下には直線に伸びた廊下があり、左右にはここを訪れた者が座る椅子がズラリと並んでいる。異世界であっても、元の世界にもあった大聖堂と造りは同じであった。

 椅子には誰一人として座っておらず、大聖堂の中にいたのはバージルとタナリス。そして奥にある礼拝堂の前に独り立っていた、プリーストらしき女性のみだった。

 バージル等の来訪に気付いた彼女は、彼等に顔を向ける。バージルは聖堂内に何度か足音を響かせながら歩を進めると、丁度扉から礼拝堂までの中間辺りで足を止め、自ら女性に声を掛けた。

 

「依頼を受けてアクセルの街から来た者だ。大聖堂で話をする手筈になっているが、依頼主は貴様か?」

 

 送られてきた手紙を取り出し、女性に見せながら尋ねる。だが、依頼人ではなかったのか彼女は困ったように辺りを見回し始める。時間がかかりそうだと思ったのか、タナリスは適当に近くの椅子へ腰を下ろす。とその時、彼等の耳に男性の声が届いてきた。

 

「これはこれは、遠い街から遥々ようこそ。まさかこんなにも早く来てくださるとは思っていなかった。依頼人なら私のことです」

 

 そう言って翼廊から現れたのは、青い祭服に身を包んだ、立派な髭を蓄えているものの若々しい顔つきを持つ男性。彼はバージル等のもとに歩み寄ると、小さく頭を下げて名乗った。

 

「初めまして。私はアクシズ教団の最高責任者、ゼスタです。そちらにいるのは、ここの清掃をしていたプリーストですのでお気になさらず」

 

 アクシズ教団の最高責任者──届けられた依頼の手紙には、依頼人としてその文字が記されていた。

 大聖堂へ来るまでに嫌というほどアクシズ教徒を見てきたバージルは、依頼人も狂人なのではないかと危惧していたが、トップであるが故かまともなようだ。バージルが内心安堵する傍ら、ゼスタは彼等に背を向けると、礼拝堂へと足を進めて話を続ける。

 

「しかし、街一番の凄腕冒険者だと聞いてどんな人が来るのかと期待してみれば、いやはや──」

 

 足音を響かせ、礼拝堂の前に来た所で彼は足を止める。バージルが彼の背中を睨みつける中、ゼスタはそこで息を吐くと──。

 

「はっ!」

「ッ!」

 

 素早く振り返って左手をかざすと、バージルの頭上から光の雨を降らせた。

 それを見たバージルは即座に反応して避け、後方に跳ぶ。更に四方八方から光の矢が飛んできたが、そのまま後ろに跳び続けて回避。扉を開けて外に飛び出し、大聖堂入口前で着地する。

 が──決して逃さまいとばかりに、バージルの足元に青い魔法陣が浮かび上がった。バージルはしばし魔法陣を見た後、前方に目を向ける。開け放たれた扉の前には、奇襲を仕掛けてきたゼスタがいた。

 

「よもや、悪魔だとは」

 

 そう口にした彼の目は、先程の朗らかなものとは売って変わり、明確な殺意を持った──悪魔を狩る者の目をしていた。

 

「邪なる者が入らないよう、街全体を覆う結界を私は張っていたのですが……つい先程、洞窟の入り口部分が何者かに破られたとの報告を受けましてね。下位悪魔なら触れただけで塵と化す強力なものだったのですが、一体どうやって破ったのやら……心当たりはありますかな?」

 

 強く睨みながら尋ねてきたゼスタに対し、バージルは睨み返したまま答えず。しかし構わなかったのか、ゼスタは後ろに組んでいた手を出し、開いた右手をバージルに向けてかざす。

 

「ま、あろうがなかろうがどっちでもいいんですがね。貴方はここで消え去る運命なのですから」

 

 そうゼスタが話す間、バージルの足元に浮かんでいた魔法陣は徐々に光を増していく。同時にゼスタの放つ魔力も高まり──。

 

「悪魔しばくべし──悪魔滅ぶべし!『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

 

 かざしていた手に力をこめ、退魔魔法を放った。瞬間、魔法陣から円柱の光が飛び出し、バージルに退魔の光を浴びせる。アクアが仮面の悪魔に放ったのと同じものだ。

 力のある悪魔であっても、この光を浴びれば焼け死ぬ強力な魔法。だが──。

 

Weak(脆い)

 

 バージルは耐えるどころか、ほんの少し魔力を解放することで、退魔魔法を跳ね除けた。床に浮かんでいた魔法陣と光の壁は、ガラスのように砕け散る。

 

「ほほう。高位の悪魔ですらダメージ必須の退魔魔法を、こうも容易く破るとは。そして今し方鼻についたこの臭い……やはり悪魔で間違いなさそうですな。最低でも中位以上と見た」

「力を振るうしか脳のない輩と、同列に扱われるとは心外だな」

 

 無傷のバージルを見て、ゼスタは感心するように唸る。彼に退く気など一切ないのを確認すると、バージルは軽くコートを払い、鼻で笑いながらゼスタに言葉を返した。

 

「しつこい宗教勧誘、唾吐き、そして退魔魔法か。招待客に随分と荒い歓迎をする。まだアクセルの街が観光客を呼び込めそうだ。我侭女神を崇める狂信者が蔓延っている以上、仕方のないことかもしれんが」

「き、貴様……っ! アルカンレティアを侮辱するに飽き足らず、悪魔の分際で偉大なる女神アクア様を愚弄するとは──万死に値する!」

 

 バージルの挑発を受け、怒り心頭となったゼスタは、内に秘めたる魔力を解放する。ゼスタの身体から溢れ出た青白く光る魔力を見て、バージルは独り笑う。

 この街に来てから、アクシズ教徒には散々迷惑をかけられてきた。そして今対峙している相手はアクシズ教団の最高責任者。鬱憤を晴らすにはもってこいだ。

 幸い、ここには煩い監視役(エリス)もいない。相手は恐らくプリーストであり、回復手段も持っている。多少痛めつけても問題ないだろうと考えた彼は、刀の柄に手を乗せる。

 大聖堂の前、バージルとゼスタによる戦いの火蓋が落とされようとしていた──その時。

 

「見つけたー!」

 

 彼等の喧嘩を遮るように、女性の大声が響いてきた。ゼスタは高めていた魔力を収めてバージルの後方を見つめている。そしてバージルも、聞き馴染みのある声を聞いてため息を吐き、刀から手を離して振り返った。

 

「お兄ちゃんったらもうっ! なんで私を無視して先に行ったのよ!?」

 

 そこには、突き飛ばした筈のアクアが来ていた。彼女は見るからに怒った様子で駆け寄ると、バージルに道中でのことで問い詰めてきた。

 

「薄々察してはいたが……やはり貴様も来ていたか」

「来ていたか、じゃないわよ! それに私のことガッツリ轢いていったでしょ!? いくら女神でも痛いものは痛いんだからね! 聞いてるのお兄ちゃん!」

 

 いつものように騒々しいアクアの声を聞いて、バージルは苦い顔を見せる。既に一触即発だった空気は薄れ、彼も刀を抜く気は無くなっていた。

 とそこで、そういえばあのアクシズ教徒はどうしたのかと気付き、バージルは対峙していたゼスタに顔を向ける。アクアもゼスタのことに気付いたのかそちらに顔を向ける。

 当の本人はというと、アクアを見たまま口を開けて固まっていた。一体どうしたのかと、アクアは彼に声を掛けた。

 

「えーっと……貴方は──」

「あぁあああああああああああうぁああああああああああああああっ!」

「ッ!?」

 

 とその瞬間、ゼスタは崩れるように膝をつくと、両目から大量の涙を流した。これにアクアは驚き、バージルも思わず面食らう。

 

「その太陽よりも輝かしき御姿! この世に咲くどの花よりも美しき羽衣! 流れる川の如き艶やかな水色の髪! 汚れなき海よりも澄んだ瞳! 間違いない! 貴方は……貴方様はあぁああああはぁああああはぁあああっ! ああ……あっあーっ! あぁああああああっ! ふぁぁあああああああああああっ!」

 

 脱水症状になるのではと危惧するほどの涙に、日の光に当てられ光る鼻水。顔面ぶちゃいくになりながらも、ゼスタは歓喜に満ち溢れた声で泣き叫ぶ。

 そんな彼を見てアクアは呆然としていたが、バージルが「アクシズ教団の最高責任者だ」と伝えると、彼女は納得したように頷き、ゼスタの前へ歩み寄った。

 

「なるほどね……なら私の正体を見破ったのも、こうして喜び狂うのも無理もないわ。突然目の前に憧れの人が現れたら、誰だってそうなるもの」

「いやぁぁぁあああああああああっ! はぁああああああん! にゃあああああああああああああん!」

「大丈夫。安心しなさい、私の可愛い子。嬉しい気持ちはわかるけど、今はゆっくりと息を吸って、心を落ち着かせて──」

「うぇあはははははははあああああへらへへへへぁああああああ! うぼぉあああああああああばぁああああああああっ!」

 

 アクアは女神らしい穏やかな声色と優しい笑みで、ゼスタに声を掛ける。が、アクシズ教徒にとってそれは逆効果だったのか、ゼスタは更に声量を上げて叫び続けた。

 

「……ねぇ、この子一向に収まりそうにないんだけど、どうしよう?」

「どけ。俺が永遠に黙らせてやる。喚き声が実に耳障りだ」

「だ、ダメ! お兄ちゃん絶対ぶん殴って止めるつもりでしょ!? しかも永遠にって言ったわよね!? いくらお兄ちゃんでも私の可愛い信者に手をあげるのは許さないからね!」

 

 バージルは物理で解決しようとしたが、それだけはさせまいとアクアは止める。

 しかしこのまま外で放置するわけにもいかないため、アクアはゼスタをどうにか引っ張り、またバージルも後を追って大聖堂の中に戻った。

 

 

*********************************

 

 

「はぁあああ……まさか生きている内に、我らが慈母アクア様の御姿をお目にかかれるとは……しかも触ってもらえた……マジ無理……尊みで頭がどうにかなりそう」

「驚かせちゃってゴメンね? ちょっとお忍びで下界に降りていたの。他の子達には内緒よ?」

「も、ももも勿論でごさいますともアクア様! 混乱を招かぬよう、一生の思い出として私の心の中にしまっておきます! アクア様を見て歓喜のあまり失神してしまった掃除係のプリーストにも、後でしっかりと言いつけておきますので!」

「あれ? 君は確か、ある男に巻き込まれてここに飛ばされたせいで、天界へ戻ろうにも戻れなくなったんじゃあなかったかい?」

「しーっ! タナリスしーっ!」

 

 しばらくして、ゼスタはアクアと話せるようになるまで回復。ゼスタが口にした通り、大聖堂内にいた女性のプリーストはアクアの姿を見るやいなや倒れてしまった。

 大聖堂内で待機していたタナリスが茶々を入れてきたが、女神としての面子は守っておきたいのかアクアは口に指を当てて秘密にするよう促す。また、バージルは適当な椅子に座り、彼女等の様子を見守っていた。

 

「そ、そういえば下界の人間から、アルカンレティアに問題が起きてるって話を聞いたんだけど、何があったの? 言ってくれたら、私が直々に解決してきてあげるわよ?」

「お……おぉっ……! 我らアクシズ教徒の悩みをお聞きになるどころか、自ら手を差し伸べてくださると……! なんと慈悲深き御方だ……!」

「可愛い子供達が悩んでいるんだもの! 女神として当然のことをするだけよ!」

 

 内容までは知らない様子だが、どうやらアクアもアルカンレティアに異変が起きていると耳にしていたようだ。彼女はそう尋ねると、ゼスタはアクアの優しさに感動し声を震わせる。

 アクアが問題解決する気満々なのを見て、本来なら自分が依頼を受けた手筈だったのだがとバージルは思ったが、余計な口を挟めばゼスタが突っかかり話が進まなくなりそうだと考え、黙って二人の会話を聞く。

 しばらくアクアの慈悲深さを噛み締めた後、ゼスタは一度深呼吸をすると、アクアの目を見据えて告げた。

 

 

「山に潜む悪魔共を、一匹残らずぶっ殺して欲しいのです」

 




ゼスタさんあんなノリで超強いから、このすば世界は侮れない。


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第49話「この湯治旅行に雪山登りを!」

 観光街アルカンレティアが誇る温泉。そのほとんどが奥地にそびえる山から流れる源泉によって保たれていたのだが、山に悪魔が現れたことで状況は一変。

 天候は雪へと早変わりし、湯水は凍りついてしまった。悪魔の侵入を防ぐためにアルカンレティア全体に結界を張ったところ、街には雪ひとつ降らなくなったため、天候の変化も悪魔の仕業であろうと結論付けられていた。

 

「それで……貴様等では手に負えんから、俺に依頼を寄越してきたと」

 

 ゼスタがアクアへ現状を話し終えたところで、聞き耳を立てていたバージルが口を挟む。彼が依頼を受けてやってきたことを今初めて知ったのか「そうだったの!?」と、アクアは驚いていた。

 少々小馬鹿にされているような言葉を聞いたゼスタは、アクアに見せていた表情とは打って変わって、非常に不機嫌な顔で返した。

 

「おっと……アクア様に出会えた喜びで、貴方の始末をうっかり忘れていましたよ」

 

 二歩彼へ歩み寄ると、ゼスタは魔力を再び高めて対峙する。バージルはとうに戦う気など失せていたのだが、やると言うのであれば相手になると席を立つ。

 またも一触即発の雰囲気となった二人であったが、目の前で見ていたアクアが黙っている筈もなく。

 

「待って! お兄ちゃんは私達の味方だから大丈夫よ!」

 

 しかし信者ではなくバージルを守るように、アクアはゼスタに伝えた。女神様の声を無視することはできず、ゼスタは酷く驚きながらも攻撃の手を止める。

 悪魔、アンデッド等の魔族を強く憎む女神アクアが庇ったのを目撃し、彼は自身の目を疑ったが、それよりも気になることが。

 

「僭越ながらアクア様、お兄ちゃんというのは……?」

「えっ?」

 

 ゼスタから問われたアクアは、一度バージルの方へ顔を向ける。無表情のバージルと目が合ったところでゼスタに視線を戻すと、首を傾げながら答えた。

 

「お兄ちゃんは……お兄ちゃんよ?」

「貴様ァアアアアアアアアッ!」

 

 瞬間、ゼスタは血相を変えてバージルへと掴みかかった。今の彼を相手にするのが面倒だったのか、バージルは抵抗せずに掴まれる。

 

「悪魔如きが、我等のアクア様にお兄ちゃん扱いされるとはどういう了見だ!? アクア様を汚したというのであれば、アクシズ教団総出で貴様を吊し上げ、地獄のような苦しみを味あわせてやるぅううううううううっ!」

「コイツが勝手にそう呼んでくるだけだ」

「アクア様をコイツ呼ばわりするなぁああああああああっ!」

 

 真正面から激しく飛んでくるゼスタの怒号。いつまでも発し続けるのであれば蹴り飛ばしてやろうかとバージルは考えたが、丁度そのタイミングでゼスタは手を離すと、今度はアクアに詰め寄っていった。

 

「アクア様っ! 何故ですか!? 何故このような品性の欠片もない悪魔を兄と呼び、友好的に接しておられるのですか!?」

「それは、えーっと……お、お兄ちゃんは悪魔じゃなくて、悪魔っぽい力を使う人間だからよ!」

「人間……ですと?」

 

 迫りくるゼスタの勢いに押され、アクアはたじろきながらも答えた。真偽を確かめるように、ゼスタは目を細めてバージルを見る。

 その一方で、アクアはバージルに何度もウインクを送ってきた。話を合わせて、というアイサインであろう。半人半魔だと明かして場を荒らすよりも、アクアの考えた設定に乗って事を円滑に進ませるのが吉だと判断したバージルは、小さく息を吐いてから口を開いた。

 

「言った筈だ。力を振るい、血を浴びることに快楽を見出す低俗な悪魔共と一緒にするなと」

「そういうこと! とにかくお兄ちゃんは、血生臭い悪魔達に加担するような真似は絶対しないから安心して!」

「むぅう……結界をわざわざ破って侵入してきたのと、鼻につくこの臭いが些か疑問に残りますが、アクア様が言うのであれば確かなのでしょう」

 

 アクシズ教徒の身であるが故に、女神アクアの御言葉に偽りがあるとは思いたくないのか、ゼスタはアクアの言葉を信じた。純粋無垢な信者の言葉を受けてか、いたたまれない様子でアクアは目を逸らす。

 

「では、お兄ちゃんというのは?」

「それは……女神のほんの戯れ的な? 妹キャラってどんな感じなのかなーって気になったから、この人に付き合ってもらって体験してるところなの!」

 

 自身を崇める可愛い信者の手前、お兄ちゃん呼びを始めたブルータルアリゲーターの件は話しにくいのだろう。アクアは目を泳がせながらゼスタに返す。

 ならばもう十分体験しただろうと、アクアへ言葉を返そうとしたバージルであったが、先にゼスタが口を開いた。

 

「そうでしたか……なればアクシズ教団最高責任者たる私も、アクア様に倣って貴様をお兄ちゃんと呼ばねばなりませんな」

「やめろ」

 

 どうしてそうなるのか。ゼスタの発案を耳にし、バージルは嫌悪感が如実に現れた表情を見せる。しかしゼスタは聞く耳持たず。

 

「お兄ちゃんよ。正直私はお兄ちゃんのことを好きにはなれないし、アクア様にお兄ちゃん呼びされているのも妬ましいことこの上ないが、選ばれた以上、お兄ちゃんは女神アクア様のお戯れの相手として、お兄ちゃんの役割を果たすのだ。わかったかお兄ちゃん?」

「……もう一度俺を兄と呼んでみろ。その時は、この大聖堂が貴様の血で赤黒く飾られることになるだろう」

「おや、お兄ちゃんはお嫌いでしたか? しかし兄の呼び方はいくらでもありますので安心めされよ。兄貴、にぃにぃ、お兄様。さぁどれがお好みですかな? おにぃーちゃん?」

「死の覚悟はできているようだな。潔さに免じて、刎ね落とした貴様の頭を女神アクアの前に差し出してやろう」

「ストップストップストーップ! 大聖堂の中で、しかも私の目の前で信者に手を出そうとしないでお兄ちゃん!」

「ねぇねぇアクア。この神像ってもしかして君を模したものかい? 本物とはまるで別人だねぇ。像の方がべっぴんさんじゃないか」

「一緒に止めてくれるのかと思ったら、どさくさに紛れて言ってくれたわねアンタ! 後で覚えときなさいよ!?」

 

 

*********************************

 

 

 喧嘩を始めそうになったバージルとゼスタであったが、珍しくアクアが間に入ったことで、どうにかその場は収まった。

 慣れない仲介役を担い、少々疲れたアクアは息を吐きながら席に座ると、悪魔の件に話を戻した。

 

「それで、アルカンレティアの山に出没した悪魔についてだけど、本当に貴方達じゃ手に負えないからお兄ちゃんに依頼を出したの?」

「そんなことはありませんぞアクア様! 私は、アクシズ教徒の中で悪魔を屠ることに関しては他の追随を許さないと自負しております! 老いはしましたが、あの程度の悪魔に恐れをなすことなどありませぬ!」

「じゃあどうして?」

 

 悪魔は自分達でもどうにかできると豪語するゼスタであったが、ならばどうしてバージルに依頼が寄越されたのか。疑問に思うアクアとバージルの前、ゼスタは片手で頭を掻きながらその訳を話した。

 

「いやはや、山に蔓延り始めた悪魔を最初に見た時は、いいストレス発散場ができたものだと喜び、一気に全滅させることはせず時間をかけてなぶり殺しにしていたのですが、その過程で私はひとつの画期的なアイディアを思いつきましてね」

「画期的?」

「(……まさか)」

 

 耳を傾けるアクア。その隣でバージルはある予感を覚える。アルカンレティアを練り歩き、声を掛けられる度に過ったのと同じ予感を。

 二人が言葉を待つ中、ゼスタは両手を大きく広げ、声高らかに名案の詳細を教えた。

 

「それは──名のある冒険者にこの異変を解決させた後、アクシズ教徒へ入信させ、あの超有名冒険者も入っているアクシズ教という宣伝文句を作ること! 山の問題を解決でき、入信者もガッポリ稼げる! なんと素晴らしいアイディアだと、私は小一時間自分を褒めまくっていましたよ!」

 

 つまり、山に現れた悪魔と名の知れた冒険者を利用して入信者を増やす作戦のために、バージルはここへ呼ばれたということ。依頼が届けられた真意を知ったバージルは酷く呆れ、もはや帰りたいまであった。

 

「その準備期間、山は悪魔の住処となり温泉も機能しなくなるだろうとわかっていましたが……多くの信者をゲットするには必要な犠牲。温泉の管理人には訳を話し、彼好みの聖書も渡したことで承諾をいただきました」

 

 更にはゼスタの作戦が、唯一楽しみにしていた温泉の営業停止の間接的な原因だと知る。コイツは一度殴った方がいいのではとバージルは真面目に思った。

 

「で、私はアクセルの街に住む蒼白のソードマスターに目をつけたのですが……どうも私は君を好きになれない。たとえアクア様が選んだお兄ちゃん役であろうとも、アクシズ教団の看板として売り出すにはイメージが合わない」

「それは嬉しいニュースだ。是非とも全ての信者共に知らせて欲しいものだな」

 

 ここへ来るまでに散々受けてきた勧誘が無くなるのなら、これほど喜ばしいことはない。バージルは正直な言葉で返す。ゼスタは小馬鹿にされていると受け取ったのか、鼻を鳴らしてバージルから目を背ける。

 

「なので私は、別の冒険者を探すべきかと思いましたが……最早その必要はなくなった。何故なら! この場に我らがアクア様がご降臨なさったのですから!」

 

 と、ゼスタは態度をガラリと変えつつアクアに顔を向け、神を崇めるように両腕を広げながら彼女の前で両膝をついた。

 

「悪魔に支配されたアルカンレティアの山を、女神アクア様がお救いになる! これはもう宣伝文句などではない! 新たに刻まれる神話だ! それを目の当たりにできるなんて……あぁ! なんと私は幸せ者であろうか! 神の御前でなければ、おねしょなんぞ知ったことかと股を濡らせていたことでしょう!」

 

 その体勢のまま、ゼスタは嬉々として話す。椅子に座っていたアクアは面食らった様子であったが、間を置いて前のめりの姿勢になると、興味を示すようにゼスタへ尋ねた。

 

「神話を新しく作っちゃったら……信者も増える?」

「えぇ! 間違いなく! 私の魂を賭けてもいい!」

「よし乗った! 久しぶりに女神らしいことができるのもあるけど、悪魔を踏み台にしようって魂胆が気に入ったわ!」

「おっ……おぉっ……! アクア様が私にお褒めの言葉を! ありがたき幸せ……もう死んでもいい!」

 

 アクアは勢いよく立ち上がり、ゼスタの案に乗る意を示した。ゼスタはその場で天を仰ぎ、心臓を押さえながら涙を流す。

 依頼を受けていた筈のバージルは既に蚊帳の外。このままアクセルの街にテレポートして帰っても何の問題も無さそうであったが、今回標的となるのは悪魔。もし彼の元いた世界からの旅行客であるならば、通行手段は何なのかを調べなければならない。

 バージルが独り考えていた時、ふとアクアがこちらを見ていることに気付いた。目が合ったところで、アクアは腰元に手を置きながらバージルに告げる。

 

「言っておくけど、ついてくるなって言っても私は行くからね、お兄ちゃん。これは私の大事な子達と、大切な街と、私自身のためなんだもの」

 

 アクアは口角を上げて笑顔を見せる。迷いを感じさせない目を、バージルから一切逸らすことなく。

 

「そうだ! カズマ達も連れて行きましょう! 今度こそ、私は駄女神でもトイレの女神様でもなく、正真正銘本物の女神アクア様だってことをわからせてやるんだから!」

 

 とそこで、アクアはパンと手を打ってそう口にする。思い立ったが吉日とばかりに飛び出し、外へ続く扉に向かって走っていった。

 アクアの背中をバージルが見ていた時、静かにしていたタナリスがいつの間にやら彼の隣へ立ち、同じくアクアに目をやりながらバージルに伝えた。

 

「彼女の同期からのアドバイス。ああいう時のアクアは何を言ったって無駄だよ。自分の意志で諦めない限り、やると決めたらやろうとする子だから」

「……駄々をこねられるよりはマシか」

 

 タナリスの助言を受け、バージルは肩をすくめる。そしてアクアを追うように二人も歩き出し、未だ涙を流すゼスタと絶賛失神中のプリーストを残して、大聖堂を後にした。

 

*********************************

 

 

 住宅街に紛れて建てられていた、この街では比較的人気のある宿屋。多くの部屋、食事処を備えているのは勿論、この街に来れば誰もが入る露天風呂もある。もっとも、今は使えないのだが。

 その宿屋に入ってすぐの場所に設けられた、エントランスホール。

 

「あれほどの進化を遂げていたとは……怖い……アクシズ教徒怖い……アルカンレティア怖い……」

「なーお……」

 

 日が差し込む窓際に置かれていたソファーに座り、めぐみんはガクガクと震えていた。彼女の隣ではちょむすけがお座りをし、同調するように元気のない声を出す。

 

「なんというかこの街は、そこはかとなく素晴らしいな……第二の拠点として構えるようカズマにお願いしてみようか……」

 

 一方で同じくソファーに座っていたダクネスは、満足げな表情でほっこりとしていた。

 この宿屋へ来るまでに、彼女等は数えるのも億劫になるほどの勧誘を受けてきた。その中で、ダクネスは勧誘を断るためにエリス教徒を示すお守りを見せたのだが、結果勧誘が止まった代わりに、アクシズ教徒から唾を吐かれた。

 街を歩けば唾を吐かれ、掃除中の人に箒でホコリをぶちまけられ、喫茶店に行けば、サービスとしてペット用の受け皿に乗った骨を出される始末。この仕打ちにドMクルセイダーが悦ばない筈もなく、わざと見せびらかすように、今でもダクネスの首にはお守りが下げられていた。

 共に行動していたのに対照的となった二人。それは彼女達だけではなかったようで。

 

「すみませーん。お先にお風呂いただきましたー」

「なんでだよ……なんでこういう時に限って混浴どころか露店風呂も閉鎖してて、壁に阻まれた男女別の銭湯しかねぇんだよ……俺の幸運はどこに行ったんだ……」

 

 彼女等のもとに現れたのは、ほかほかとご満悦な表情のウィズに、頭上にどんより雲がかかって雨が降っていそうなほどに落ち込んでいるカズマだった。

 しかし無理もない。彼が一番、というよりそれしか楽しみにしていなかったのに、よりによってお楽しみだけを取り上げられてしまったのだから。もし混浴さえ残っていれば、今頃はお風呂の中でウィズとランデブーしていたであろう。

 

「あれ? アクア様はまだ戻られていないのですか?」

 

 ウィズはエントランス内を見渡し、めぐみんとダクネスに尋ねる。彼女等もアクアの姿は見ていないのか、静かに首を横に振った。未だアクアが合流していないことを受け、カズマはため息を吐く。

 

「ったく、どこほっつき歩いてんだ……けど、迷子の駄女神を探すためだけに外へ行きたくはない。ま、しばらく待ってれば勝手に──」

 

 戻ってくるだろう、と言おうとした時、宿屋の出入り口の扉が勢いよく開かれた。カズマ達はそちらに目を向ける。

 

「あっ、いたー!」

 

 噂をすればと現れたのは、道中で出会ったバージルとタナリスを何故か背後に侍らせていた、アクアだった。

 

 

*********************************

 

 

 無事合流できたアクアは、ここへ来るまでに何があったのかをカズマ達に話した。

 バージルとタナリスは依頼を受けてアルカンレティアにやって来たこと。山には悪魔が蔓延り、奴等のせいで湯水が流れなくなっていること。悪魔の討伐を任されたことを。

 

「というわけだから、悪魔をぶっ倒すため私について来なさい!」

「誰が行くか馬鹿」

 

 ビシッと指差しながらアクアは命令形で言ってきたが、そんなこと知るかとばかりにカズマは断った。不服だったのか、アクアは怒りを顕にして突っかかる。

 

「折角の温泉旅行を台無しにされたのよ!? アンタだって腹立ってるでしょ!?」

「そりゃあ腸煮えくり返ってるけど、相手が悪魔なら話は別だ。俺は何度も見た上に一度食われかけたからわかる。アレは未だ駆け出しな俺達が手を出していい領域じゃない。バージルさん、俺の考え間違ってますかね?」

「敵の実力を見誤り、自ら死へ赴く無謀者と比べれば、実に賢明な判断だ」

「そういうこった。俺はバージルさんに任せて、ここでのんびり温泉が復活するのを待つとするよ。お前は悪魔相手でも大丈夫だろうから、気にせず行って来い」

 

 カズマは断固反対の姿勢を貫く。人によっては臆病者だと罵るであろうが、身の上を知ることは生きる上で重要なこと。バージルも同意見のようだ。

 彼は説得するだけ無駄だろう。そう感じたアクアはカズマから顔を背け、ソファーに座している他の三人に尋ねた。

 

「めぐみん! ダクネス! ウィズ! アンタ達はどうするの!?」

「悪魔に爆裂魔法を撃ち込める絶好の機会ならば、この私が行かないわけないでしょう」

「私も喜んで行かせてもらおう」

「街の皆さんが困っているのなら、見過ごすわけにはいきません」

 

 カズマとは違い、彼女等は行く気満々のようだ。わかりきっていた結果を見て、バージルは小さく息を吐く。

 残る反対派はカズマのみ。仲間の女性達が全員敵地へ赴くのを、男が黙って見てられるかと、主人公なら腰を上げる場面だが──。

 

「そーかそーか。なら皆で行ってこい。俺は部屋でゴロゴロして待ってるから」

 

 自分は決して、無償の愛で女を助けるようなキラキラ系王道主人公ではないと、カズマはソファーで横になりながら、やる気のない声で返した。

 てこでも動かないカズマを見限り「ヘタレはほっときましょ!」とアクアは放ったが、彼がいないと不安なのか、ダクネスはカズマに視線を向けたまま。ウィズもどうしたら良いかわからずオロオロしている。

 残るめぐみんはというと、呆れたようにため息を吐く。そして席を立ち、カズマの隣に移動すると、優しい声色で彼に告げた。

 

「もしカズマも来てくれたら……また一緒に入ってあげますよ」

「んな安っぽい色仕掛けが効くカズマさんだと思ったら大間違いだぞ。第一、その色仕掛けが使える身体だと思ってんの? 今の俺のように、もっと身の程を知った方がいいぞロリっ子」

「おい! 私の身体的特徴を貶すつもりなら聞こうじゃないか!」

 

 混浴のお誘いに一切興味を示さないカズマへ、めぐみんは彼の胸ぐらを掴みながら突っかかる。

 もはや彼の気持ちを動かす者は現れない。そう思われた時──ここまで傍観に徹していたタナリスが立ち上がった。

 

「保護者役の君が来てくれないと、まとめるのが大変そうなんだよねぇ。そうだ店主さん。さっきめぐみんが口にしてたのと同じセリフをカズマに言ってあげてよ」

「えっ? えーっと、よくわかりませんが、それで効果があるのなら……もしカズマさんが来てくださるのなら、一緒に入ってあげますよ?」

「よしきた。お前らを野放しにしたら被害が増大しそうだし、しょうがないから俺も行ってやるよ」

「なんですかこの敗北感!」

 

 

*********************************

 

 

 結局、カズマパーティー全員とウィズも同行することとなった、山に潜む悪魔の討伐。実行するのは、悪魔が活性化する夜となった。

 それまでの間、ある者は仮眠を取り、ある者はまた風呂に入り、ある者は準備をするため外に出向き、各々好きなように時間を過ごした。

 気付けば日は沈み、夜。集合場所に指定した、大聖堂の裏手に参加者は集った。

 

「……来たか」

 

 既に待機していたのはバージル。タナリスとウィズも共に立ち、街の方から駆け寄ってきた、残る四人の姿を見る。

 

「すんませーん! 色々回ってたんで、時間かかっちゃいました!」

 

 先頭を走っていたカズマが、謝りながらバージル達のもとへ。宿屋で見た姿とは違ってマントを羽織り、背には弓と矢入の筒が。遅れてやってきためぐみん、ダクネスもいつものように装備を固め、アクアは桃色の羽衣を纏っていた。

 

「元気なアクシズ教徒達にでも絡まれてたのかい?」

「嫌になるぐらいにはな。それもあるけど、今から雪山を登るってのにこんな軽装じゃ凍え死んじまうから、何か良いもんないかなって探してたんだ。そしたら、今の俺達にピッタリな物を見つけてさ」

 

 カズマはそう言って、腰元に下げていた小さなバッグを開け、中から一本の瓶を取り出す。中には赤い液体が。カズマだけではなく、仲間の三人も同じバッグを下げていた。

 

「その名もホットドリンク。飲むだけで雪山登山にも耐えられるぐらい身体がポカポカするんだってよ。価格もお手頃だったから、いくつか買っておいたんだ。わざわざ防寒具を買う必要もなくなるし」

「ほほう。雪山でのモンスター狩りに重宝しそうなアイテムだねぇ。僕も貰っていい?」

「あぁ。バージルさんもいります?」

「必要ない」

「あっ、私も大丈夫ですよ。寒いのには慣れていますので」

 

 ホットドリンクセットをタナリスがひとつ貰う傍ら、バージルとウィズは断りを入れる。かたや魔界を体験した悪魔、かたやノーライフキング。寒さぐらいどうとでもなるのだろう。

 余った二つのセットは、カズマとめぐみんが分担して持つことに。カズマが下げているバッグの位置を調整する中、バージルが彼の腰元に目を落としつつ尋ねてきた。

 

「……その刀は貴様のか?」

「あっ、気付いちゃいました? 実は、アクセルの街で新しく作ってもらったんすよ」

 

 視線の先にあったのは、カズマの腰に据えられていた刀。バージルの所持する聖雷刀と比べて全長は半分ほど短く、主に盗賊が所持するダガーよりは長いもの。

 カズマは黒い鞘から刀を抜き、美しく光る刀身を自慢げに見せながら言葉を続ける。

 

「俺もバージルさんみたいに刀使ってみたかったんで、クリスからバージルさんの刀を作った鍛冶屋さんを聞いて、その人に頼んだんです」

「ゲイリーが? レベルの高い冒険者でなければ作らん主義だと、奴自身言っていた筈だが」

「俺も最初はそう言われましたよ。でも、バージルさんの知り合いだってわかってたのか、特別に作ってもらえたんです。おめぇさんにはこれで十分だって短くされちゃいましたけど」

 

 もっと長めの刀が良かったと、カズマはため息混じりに愚痴を零す。

 小さくても流石はゲイリーの作品か、一切の刃こぼれがなく、自身が持つ刀と比べても引けを取らない名作だとバージルには感じられた。

 頑固者の老人が粋なことをしたものだと思いながら、バージルは続けて尋ねる。

 

「刀の名は?」

「ちゅんちゅん丸です」

「……What?」

「ちゅんちゅん丸です」

 

 彼の質問に、めぐみんが食い気味に答える。予想の斜め上をいった名前を聞いてバージルは耳を疑ったが、どうやら本当のようだ。

 その証拠として、強調するめぐみんの横でカズマは刀を鞘に戻し、柄に深く刻まれた「ちゅんちゅん丸」の名を見せてきた。事情は察してくれと目で訴えながら。

 

「……災難だったな」

「えぇホントに。ゲイリーさんにもゲラゲラ笑われたし」

「何故ですか!? 魔王を倒す勇者の剣に相応しい、センス溢れる名前でしょう!」

 

 名付け親が誰なのかを察したバージルは、カズマに同情する。この世に生まれ出たちゅんちゅん丸も、未来永劫その名前で呼ばれる運命を呪っていることだろう。

 とにもかくにも、全員揃い準備は万端。いざ山に向かわんと、彼等は門に向けて歩を進める。が、門前に一人の男──バージル、タナリス、アクアの知る男が立っていたのを見て足を止めた。

 

「お待ちしておりました。アクア様」

 

 アクシズ教団最高責任者、ゼスタだ。彼はアクアの姿を見るやいなや、深々と頭を下げる。

 

「アクア様のお兄ちゃんが通れるよう、橋を渡った先の部分だけ結界を取り除いております」

「ありがとう。助かったわ」

「いえ、これも全てアクア様のため。信者として当然のことをしたまでです」

 

 歩み寄り礼を告げたアクアに、ゼスタは王に従う騎士のような口調で言葉を返す。見慣れない光景を目の当たりにし、彼女の仲間であるカズマ達は少々面食らっている様子。

 

「ところで……後ろにおられるそのナイスバディな方々は、アクア様のお仲間ですかな?」

 

 顔を上げたゼスタは、先程までの凛々しい顔つきから一変、これでもかと鼻の下を伸ばした顔で彼女の仲間──主にダクネスとウィズに目線を送る。

 

「は、初めまして。ウィズと言います」

「ダクネスだ。クルセイダーとして前衛を務めている」

 

 尋ねられているのだろうと感じた二人は、一歩前に出て簡単に自己紹介をする。そんな彼女等を、ゼスタは舐め回すように見つめている。美しい女性には弱いのか、どうやらウィズの正体には感づいていないようだ。

 

「ふぅむ。これはまた良いお身体とお顔をお持ちのようで。しかも一人は美しい金髪に碧眼……もしや貴族の方ですかな? ダクネスさん、もしよろしければアクシズ教に──」

「残念だが、私はエリス教徒だ」

「ぺっ」

「……んっ」

 

 お守りを掲げてエリス教徒を名乗った瞬間、条件反射のようにゼスタは地面へ唾を吐いた。

 バージルとは違い、唾吐きを受けてダクネスは小さく声を漏らすだけ。十中八九感じているのだろう。アクシズ教徒の塩対応ですらプレイに変えてしまうダクネスを見て、バージルは思わず一歩退く。

 

「アクア様のパーティーメンバーとあろうものが、何故エリス教徒に……ええい忌々し……んっ?」

 

 心底嫌そうな表情でダクネスを睨みつけるゼスタ。が、目の端に映った人物を見て、彼は言葉を止めた。

 視線の先にいるのは、何故か深々と帽子を被っているめぐみん。ゼスタは彼女に歩み寄り下から覗き込んだが、すかさずめぐみんは彼に対して背を向ける。

 そこから何度か、ゼスタが正面に回りめぐみんが背を向けるやり取りが行われたが、ゼスタがフェイントをかけてめぐみんの正面を取り、バッタリ顔を合わせたことで終止符が打たれた。

 

「めぐみんさん! めぐみんさんではないですか! いやはやお久しぶりですなぁ!」

 

 するとゼスタは、旧友と再会したかの如くめぐみんへ話しかける。対するめぐみんは、引きつった作り笑いを浮かべていた。

 

「は、はい……久しぶりですね。ゼスタさん」

「まさか再び会えるとは思いもしませんでしたよ! して、貴方もこの場にいるということはもしや……?」

「えぇ。私もパーティーメンバーの一人です」

「やはりそうでしたか! めぐみんさんなら安心だ! アクア様の片腕を担う大魔道士として相応しいことこの上ない!」

「あ、ありがとうございます。では、私達は急いでいるので……」

 

 普段のめぐみんであれば、魔法使いとして褒められた時には「そうでしょうそうでしょう」と喜ぶのだが、彼女は一言礼だけを言ってすごすごと足を進めた。まるで、知られたくない秘密があるかのように。

 それを知ってか知らずか、ゼスタはポンと手をつき、嬉々としてめぐみんに話した。

 

「そうそう! めぐみんさんがご教授してくださった数々の勧誘方法! 今でも改良しつつ活用しておりますよ! お陰で信者も増え──」

「さぁ! 早く悪魔討伐といきましょうか!」

 

 瞬間、めぐみんは大声を上げながらカズマの腕を掴み、彼の腕を引っ張って門を潜った。先走った二人を見て、アクア達も追いかけて門を通る。

 水の少ない暗き湖。その上にかかる、アルカンレティアと山を繋いだ橋をカズマ達は渡る。と、ダクネスは後方に顔を向けながら、気になっていたことを口にした。

 

「あのアクシズ教徒、ずっとアクアのことを王か神のように様付けで呼んでいたが、まさか……」

「あら、気付いた? ついに気付いちゃった? なら、今まで散々言ってきたけど改めて話すわ! 私こそがアクシズ教徒の崇める水の女神! アクア様御本人なの!」

「そうか……アクシズ教では、女神を名乗る遊びが流行っているのだな……」

「ねぇおかしくない!? その勘違いの仕方は絶対おかしいと思うんだけど!? 演技でしょ!? 私に気を遣って演技してるのよね!?」

「絶好のシチュエーションであっても若干棒な演技をする大根役者のダクネスだぞ? 今のリアリティ溢れた演技ができるわけないだろ」

「なっ!? 私の演技が下手だと言うのか!? 確かに、滅茶苦茶にされたい気持ちが前に出て、声が上ずってしまう時もあったが──!」

 

 アクアに忠義を尽くすアクシズ教徒を見てもなお仲間は信じず。哀れ駄女神。

 話題がアクアについてすり替わったのを見てか、めぐみんは独り安堵の息を吐く。

 

「何ホッとしてんだめぐみん。家に帰ったら、宗教勧誘の件についてこってり聞かせてもらうからな」

「ふぐっ……!? ち、違うんです! 確かに教えたのは私ですが、あそこまで悪質ではありませんでしたよ!」

「俺も同席させてもらおう。場合によっては、貴様の目が腫れるまで眼帯で痛めつける。覚悟しておけ」

「待ってください! 謝ります! 責任の一旦があったことは謝りますから、眼帯パッチンの刑だけはやめてください!」

 

 が、どうやら魔の手からは逃れられなかったようだ。わざわざ罰に眼帯パッチンを選ぶ辺り、バージルもそれを楽しんでいる節があるのかもしれない。

 めぐみんが涙目で懇願する傍らで、カズマ達は何事もなく橋を渡り終える。橋と陸地の境目をウィズは難なく通れたので、ゼスタの言っていた通り結界を一部解いていたのだろう。

 また、陸地に足を踏み入れた途端に頭上から雪が降り始めた。寒気も感じたため、カズマ達はホットドリンクを一本飲んでから登山を開始。緩やかな坂を昇っていく中、道に積もった雪と空から舞い落ちる雪の量は次第に増え、風も強さを増していき──。

 

「寒っ!」

 

 気付けば、両腕を擦らずにはいられないほどの寒さに見舞われていた。

 

「かかかカズマ! ホットドリンクの効果はちゃんと出てるんですか!?」

「入った直後に飲んだ時は確かにポカポカしたから出てる筈だ! たたた多分、寒さがドリンクの効果を上回っちまったんだ!」

「君は平気なんだね?」

「んっ……薄着でよかったかもしれない」

 

 身体の芯まで凍るような冷たい吹雪を受け、身体を震わせるカズマとめぐみん。一方、雪精討伐の時に鎧も纏わず薄着でいたダクネスは平気のようで、顔を赤らめて寒さを満喫している。

 そして、カズマパーティーの中で残るアクアはというと、一面白一色となっていた山の惨状を、眉間に皺を寄せながら眺め回していた。

 

「このイヤーな感じ……なるほどね」

「なるほどじゃねぇよ! この状況で何ひとりで納得した顔見せてんだ!」

 

 一人だけ呑気しているんじゃないと怒鳴るカズマ。しかしアクアは言葉を返すことなく彼に向き合うと、両手をかざし小声で何かを呟いた。

 轟々と鳴る風にかき消され、彼女の声は全く聞こえなかったが、途端にカズマの身体は淡く光り──先程の寒気はどこへやら。気付けば身体の震えは止まっていた。

 

「……あれ? 寒くない。どうして──」

「推測通り、この吹雪も悪魔の仕業だったからよ。だから今、女神たる私が加護をかけてあげたの。感謝しなさいよ?」

 

 カズマへかけた魔法について、自慢げに話すアクア。珍しく彼女が役立ったことに少々驚きながらも、凍死の心配を払ってくれたことにカズマは素直に感謝した。調子に乗るので決して口には出さなかったが。

 

「ああああアクア! 私にも! 早く!」

「わかってるわよ。ダクネスにもかけてあげるからね。悪魔の瘴気を生身で浴び続けるのはお肌に良くないし」

「……な、ならかけてもらおう」

「任せといて。あっ、お兄ちゃんもいる?」

「いらん。貴様の加護を受けて、災難に見舞われるのは御免だ」

「私も大丈夫ですよ。逆に体調を崩してしまいそうなので……」

「僕もパス。知能指数が君レベルに落ちそうだし」

「揃いも揃って言ってくれるわね!」

 

 半人半魔、リッチー、堕女神から願い下げられ、アクアは腹立ちながらも、残る人間のめぐみんとダクネスに女神の加護をかける。二人もカズマと同様に震えが止まり、めぐみんはホッと息を吐く。ダクネスは少し残念そうだったが。

 改めて準備が整ったところで、カズマ御一行は登山を再会。寒さには耐えられるようになったものの、雪と共に猛風が吹いていることには変わりなく、彼等は腕で身を守りながら足を進める。

 悪魔どころかモンスターとも遭遇することなく、もう山の中腹まで来ただろうかと感じるほど歩いた時──カズマが使っていた『敵感知』に反応が。前方にいると感じた彼は『暗視』を使い、暗い道の先に待つ敵の姿を視認する。

 

「……なぁ、本当に行くのか? 見るからにヤバそうなヤツが待ち伏せてんだけど」

「ここまで来てビビるなんて、流石ヘタレのカズマさんね。待ち伏せ? 上等じゃないの! こっちから出向いてあげるわ!」

「か、カズマカズマ。ヤバそうとは、一体どういう感じにヤバそうなんだ? 私の鎧を程よく壊して、あられもない姿を晒させてくれる感じか!?」

「どうって言われても……まぁでもこっちには大きな戦力があるし、大丈夫か」

 

 待ち構えている敵にカズマは尻込みしてしまったが、ここには対悪魔のエキスパートたる元女神が二人。またバージル──カズマは知らないが、元の世界でゴマンと悪魔を狩り続けてきた男もいる。

 飛び出そうとするであろうめぐみんとダクネスを抑えて『潜伏』していれば大丈夫だろう。仲間を信じ、止まりそうになっていた足を動かす。

 次第に『敵感知』で感じ取った反応は近くなり──カズマ達は、行く手を阻む者の姿を見た。

 

 『彼等』が立っていたのは、山の入口として使われていたでろう門──その門柱の上。

 夜空に浮かぶ月に照らされ、山道に積もる雪よりも輝く、白銀の身体を持つ二体の獣──いや、獣と呼ぶにはあまりにも禍々しく、美しかった。

 右腕には、強固な鎧を持つ者の命すら一振りで奪い去ってしまいそうな鉤爪。左腕には盾のように見える氷塊を纏い、遠目から見れば白き騎士のよう。

 だが『彼等』は決して人間ではない。そう言い表すように尻尾を揺らめかせ──氷兵の悪魔(フロスト)は、侵入者と対峙した。

 

 




ゼスタさんが気になった方は、このすばスピンオフの「この素晴らしい世界に爆焔を!」を買ってみてください。漫画版もありますよ(二度目のダイマ)


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第50話「この極寒の地で再会を!」★

 夜空に浮かぶ月を背景に、門の上で悠然と立つ二体の悪魔(フロスト)。絵画にすれば高くつきそうなほど美麗であったが、背筋が凍りつくような殺気を放つ悪魔を前にして、芸術を堪能できる余裕などカズマ等にはなかった。

 

「た、たたった確かに、これぞ強敵といった悪魔が出てきましたね! わわわ我が爆裂魔法を味わうには相応しい相手でしょう!」

「こんな狭い場所でぶっ放したら、本気度MAXの眼帯パッチンをバージルさんにやってもらうからな! つーかお前も腰引けてんじゃねぇか!」

「あの鉤爪、私の鎧を斜めに裂くどころか、下に隠れた部分も一気に破ってくれそうだな……よし! ここはクルセイダーである私が前衛を──」

「よし、じゃねぇよ変態貴族! やっぱり突っ込む気満々だったな! お前もここで大人しくしてろ!『ドレインタッチ』!」

「んあぁああああああああっ!」

 

 真っ先にめぐみんとダクネスが行動を起こそうとしたので、カズマはダクネスから魔力を奪い無効化させ、待機するよう指示を出す。

 一方で、対抗しうる力を持つ者達は準備万端。バージルはいつでも刀を抜けるよう柄を握り、タナリスも武器を構える。ウィズは魔力を集中させ、アクアはかかってこいとばかりに拳を鳴らしていた。

 静かに殺気をぶつけ合う悪魔と冒険者。しばし睨み合った末──先に悪魔が動き出した。門柱から飛び立ち、彼等の命を奪わんと鉤爪を振りかぶる。

 

「甘い」

 

 が、そう簡単にはいかないと彼等も動く。バージルは『エアトリック』で瞬時に移動し、カズマ達はおろか、眼前にいたフロストでさえも見えない速さで刀を抜き、敵を門の向こう側へ吹き飛ばした。それを追うように、バージルは続けて『エアトリック』を使って門を越える。

 

「『ファイアーボール』!」

 

 残る一体のフロストは、ウィズが放った火球により勢いを止められて垂直に落下。しかし流石は悪魔か、すぐさま起き上がりウィズと対峙する。

 カズマ達を背後に構えるウィズ。するとフロストは、ウィズ目掛けて氷の弾丸を複数飛ばしてきた。

 

「『フレアウォール』!」

 

 避けるのは簡単だったが、カズマ達に当たってしまう。ウィズは防御魔法を唱え、正面に炎の壁を作り出した。飛んできた氷弾は壁に吸い込まれ、一瞬で溶け消える。

 しかしその間にフロストは斜め前方に、ウィズから見て左横に移動していた。氷弾はあくまで囮。がら空きとなったウィズの脇から襲いかかり、鉤爪を再び振りかざす。経験を積んでいない魔法使いなら、いとも容易く命を刈り取られていただろう。

 

「『クリムゾン・レーザー』!」

 

 だが彼女はリッチーである以前に、元大魔道士だ。ウィズは狼狽えることなく、鉤爪が振り下ろされる直前に手をかざして紅い熱線を放った。フロストは避けられず身体を貫かれ、後方に吹き飛ばされる。

 そのまま崖下に落ちてくれれば良かったのだが、寸前でフロストは空中で身体を翻し、崖際に着地。先程の熱線で空けられた胸元の穴を、苦しそうに押さえている。

 

「やはり、炎がお嫌いのようですね」

 

 普段のウィズから発せられたとは思えない、冷淡な声。カズマ達が驚いているとは知らず、ウィズはフロストと向き合い再び手をかざす。

 また炎の熱線がくると思ったのか、フロストは上空へ跳び上がった。しかし彼女から繰り出されたのは、先程の魔法が生易しく思えるような、必中の魔法。

 

「『エナジー・イグニッション』!」

 

 瞬間、フロストの身体から青白い炎が噴きあげられた。フロストは炎に包まれ、地面に落下。彼のものであろう叫び声がこだまする中、蒼炎は冷酷に彼を燃やし続け──炎が消え去る時、悪魔の姿も消えていた。

 代わるように出現した赤い結晶(レッドオーブ)は、たちまちウィズに吸い寄せられる。戦闘が一段落ついたところで、ウィズはふぅと息を吐く。

 が──再び彼女の前に、先程倒した筈のフロストが現れた。彼の仲間だろう。一体では勝てないと判断したのか、今度は二体同時。しかしウィズは動じることなく二体のフロストと向き合い、再び戦闘を開始した。

 

 

「……ウィズってこんなに強かったんだな」

「僕達の出番は無さそうだね、アクア」

「やっと悪魔をぶん殴れると思ったのに……」

 

 一人で悪魔二体を相手取るウィズを見て、カズマは独り感嘆する。出番を奪われてしまったアクアは、不満げに頬を膨らましていた。

 門の向こう側でも、バージルが悪魔と戦っている。今は、大人しく見守るのが吉だろう。

 

「……んっ?」

 

 とその時、カズマの肌にピリッとした感覚が。『敵感知』で新たな敵を感知した際に生じるものだ。場所は後方から。周りの仲間がウィズの戦闘に見入っている中、彼は独り後ろを見る。

 肉眼では捉えられなかったので『千里眼』を使い目を凝らす。吹雪で視界は遮られていたが、青い二つの光──殺気を立ててこちらの様子を 窺っている者の目を見た。

 こちらが『千里眼』や『敵感知』といったスキルを使えることは、相手も知らないだろう。アクアもタナリスは、未だその気配に気付いていない。となれば──。

 

「……アクア、ちょっと矢の先端に、お前の力を付けてくれないか?」

「えっ? 何よ急に」

「普通の矢じゃ、あんな悪魔に太刀打ちできそうにない。だから、神聖属性を少しでも付けておこうと思ってさ」

「なるほどね。確かにカズマのへなちょこ弓矢じゃ、加勢されたって何の足しにもなりゃしないし。けどその代わり、矢一本につき一杯奢りなさいよ」

 

 カズマの考えを聞いたアクアは、ちゃっかり約束を取り付けながら鏃に手をかざし、神聖属性を付与する。バージルの刀にかけられたものと比べれば些細なものだが、弱点に当たれば下級悪魔なら一撃だろう。

 付け終えたところでアクアは再び観戦に。周りの者も未だ新たな敵に気付いていない中、カズマは二、三歩アクア達から離れると、再び後方を見て弓を構え、引き絞り──。

 

「『狙撃』!」

 

 アーチャーのスキル『狙撃』を使って矢を射った。ダストの仲間であるキースから教わった、飛び道具を放つ際に飛距離が伸び、運のステータスが高いほど命中率を増すスキルだ。

 弓の扱いは素人同然であったが、同時に教えられた『弓』というスキルによって扱えるように。今やカズマは、一端の弓兵になっていた。

 強風に煽られてはいるが、それも計算済み。いや、計算しなくとも問題ない。何故なら彼は、運のステータスがすこぶる高い。

 矢は風を切り、大きくカーブしながらも目標に向かって飛んでいき──標的のものであろう悲鳴と共に、青い二つの光は消え去った。

 

「よっし! ヘッドショット!」

「ちょっと! ビックリさせないでよ! ていうか敵いたの!? なんで教えてくれなかったのよ!」

「俺一人で倒せそうだったから、教える必要もないと思って……おっ、レベルアップ。やっぱ悪魔は経験値がおいしいな」

「後半が本音でしょ!? 第一アンタが倒せたのは私の力があってこそじゃない! 返して! 私に経験値を返してよ!」

「嫌だね。お前は十分レベル高いんだしいいだろ。一番低レベルな俺にこそ経験値が必要なんだよ」

 

 アクアはアンデッドと悪魔を倒しまくっていたため、カズマパーティーの中で一番レベルが高い。次点にレベル22のめぐみん。大概の雑魚モンスターを爆裂魔法で一掃していたからだ。

 次にレベル20のダクネス。以前、ダンジョンに出没した自爆する人形を、彼女がほとんど始末しており、意外と経験値も豊富だったためだ。故に、一番低かったのはレベル19のカズマ。魔王軍幹部のバニルを討伐したことで大きく上がったが、それでも最下位は抜け出せていなかった。

 

「か、かかかカズマカズマカズマ!」

 

 突っかかるアクアを足蹴にしていた時、何やら慌てた様子でめぐみんが呼びかけてきた。どうしたのかと顔を向け、めぐみんが指差していた方向を見る。

 彼等が辿ってきた道であり、先程暗闇の影に潜んでいた者を射った辺り。消えた筈の青い光は、いつの間にか十個に増えていた。一匹仕留めたことで安堵し、切ってしまっていた『敵感知』を使うと、前方から五匹もの反応を感じ取る。

 青い光は徐々に近付き、その正体──小さい猿のような悪魔(ムシラ)の集団が、カズマ達の前に姿を現した。

 

「寄って集って痛めつける魂胆か! いいだろう! 今度こそクルセイダーである私が相手に──!」

「させてたまるか!『潜伏』使うから俺と一緒に下がってろ! めぐみんもこっちにこい!」

「わ、わかりました!」

「よしいい子だ! アクアさーん! タナリスさーん! 出番ですよー!」

 

 これは勝てないと判断したカズマは、前に出ようとしたダクネスの結ばれた髪を掴んで引き寄せる。痛みでちょっと嬉しそうなダクネスと、素直に寄ってきためぐみんを確認し、カズマはすかさず女神二人にバトンタッチした。

 

「ったく、ちょっと数が増えただけでこれなんだから。流石はヘタレオブヘタレのカズマさんね」

「下級だけど、相手は悪魔。駆け出し冒険者にはちょっと荷が重いから仕方ないさ。おっと、僕も駆け出しだったか」

「ならアンタも引っ込んだら? ここはレベルの高いベテラン冒険者たる私に全部任せときなさい」

「そりゃないよアクア。僕だって経験値が欲しいんだ。ここは僕に気を遣って、君が引き下がる場面じゃないかい?」

「嫌よ! ここで私がアイツ等をノーダメで倒して、パーティーの中では私が一番強いんだってカズマ達に見せびらかしてやりたいの!」

「女神が下級悪魔をフルボッコする絵を見せられても、ただ弱い者いじめしてるだけにしか見えないと思うよ?」

 

 タナリスは鎌を手に、アクアは拳を握りしめて前に出たが、途端に二人はどちらが戦うかで口論を始めた。それを見て格好の的と思ったのか、二匹のムシラがアクア達に飛びかかる──が。

 

「「そいやっ!」」

 

 当たる直前にタナリスは鎌を振り上げ、アクアはアッパーを繰り出して迎撃した。反撃を食らった二体のムシラの内、一匹は真っ二つに引き裂かれ、もう一匹は女神の聖なる拳によって打ち上げられ、塵となって消えた。

 

「じゃあ早いもの勝ちね。経験値が欲しかったら、私よりたくさん狩ってみなさいな」

「言われなくてもそうするさ」

 

 二人の女神は敵と対峙し、悪戯な笑みを浮かべる。仲間を一撃で仕留めた二人に恐怖を覚えたのか、残る三体のムシラがたじろぐ。だが女神達は、我先にと悪魔に向かって駆け出した。

 

 

*********************************

 

 

「……フンッ」

 

 門の向こう側でウィズがフロストを、アクアとタナリスが下級悪魔を相手にしている一方、バージルは刀を納め、退屈そうに息を吐く。

 彼の前方にもフロストが立っているのだが──彼の武器となる鉤爪と盾は、腕ごと切り落とされていた。両腕を失ったフロストの横に立つのは、まだ片腕の鉤爪が健在のフロストが一体。

 

「魔界のエリート兵とあろうものが、この程度とはな。創造主が嘆いているぞ」

 

 バージルは嘲笑うように鼻を鳴らし、お得意の挑発を見せる。ここまで一方的にやられ、馬鹿にされ、彼等のプライドが傷つかないわけがなかった。

 しかし、このまま怒りに身を任せて飛び込むのは愚策と気付いたのか、両腕を失っていたフロストはその場で自身を覆う巨大な氷塊を形成。彼等の回復行動だ。そして片腕の残ったフロストが時間稼ぎをするために、バージルへ襲いかかった。

 力を溜め、フロストはバージルの頭上へ飛び上がる。そのまま重力に従って落下し──着地と同時に氷の剣山を出現させた。彼等にとっては必殺の技だ。

 が、そこにバージルの姿はない。フロストの攻撃を後方に跳んで避けた彼は、門柱の側面に両足をつけていた。

 

Be gone(失せろ)

 

 攻撃を仕掛けてきたフロストと目が合った瞬間、バージルは門柱を蹴る。その際に門柱は音を立てて崩れたが、彼は全く気にしない。

 そのままフロスト目掛けて飛びかかり──神速の居合でフロストの首を掻っ切った。分かたれたフロストの頭と身体は雪の上に崩れ落ち、雪と一体化するように溶けていった。

 残るは未だ回復中のフロストのみ。バージルはすかさず『エアトリック』で氷塊の前に移動すると、抜身の刀で氷塊を切り刻んでいった。みるみる内にフロストを守る氷塊は削れていき、最後には弾け跳び、中にいたフロストは後方に吹き飛ばされた。

 未だ、彼の両腕は失われたまま。フロストは焦るように慌てて顔を上げたが、もう既に狩人の姿はあらず。

 

 右手の装具(ベオウルフ)に力をこめ、先のフロストのように頭上へ飛び上がっていたのだから。

 

Vanish(消え去れ)!」

 

 バージルはそのまま落下して地面に右拳を叩きつけ、光のエネルギーを爆発させた。光の爆発(ヴォルケイノ)を受けたフロストは、膝をついてその場に倒れて消えていった。残された悪魔の血(レッドオーブ)は、もれなくバージルのもとへ。戦闘を終えた彼は、ベオウルフを消しつつ息を吐く。

 

「(創造主のもとを離れ、野生化したか。だがそれだけで、隙間を通れるほど小さくなれたとは思えん)」

 

 バージルの元いた世界では、悪魔が魔界から人間界へ移動する際、位の低い者は間にある壁の小さな網目を通ることができる。恐らくこの世界も同じ仕組みだろう。

 だが、今現れたのは魔帝に生み出された悪魔。通常ならば高位──少なくとも中位にいる筈の存在。弱体化したとしても、下位まで成り下がることはないだろう。

 ではフロスト達は、どうやってこの場所に来たのか。異世界からの来訪について調査が進みそうだと、バージルは独り期待する。とそこへ、同じく悪魔を倒したであろうウィズ達が壊れた門を乗り越えてやってきた。

 

「最初にカズマが倒した奴は私の力ありきだから、実質私が倒したようなものよね! だから一体プラスで私の勝ち!」

「わかったわかった。君の勝ちでいいよ。白黒ハッキリつけたがるタイプだねぇ」

 

 悪魔の討伐数で競っていたのだろう。カズマの後ろでは、アクアとタナリスが冒険者カードを見せあっていた。負けを認めたタナリスの言葉を聞いて、アクアは勝ち誇った笑みを浮かべている。

 

「バージルさん大丈夫──みたいっすね」

「いらん心配だ。貴様等も、悪魔を相手にしていたにしては何ともないようだな」

「俺は『潜伏』で隠れてたんで。なんだかんだでやってくれるアクアとタナリスもいたし、何よりウィズが大活躍で」

 

 話しかけてきたカズマにバージルは目を合わせながら返すと、彼は後から来たウィズを見ながらそう話した。近くにいたダクネスも歩み寄り、話に入ってくる。

 

「確かにウィズは凄かった。氷の悪魔を数体相手にしていたにも関わらず、多彩な魔法で返り討ちにしていたぞ」

「あぁ。本物の魔法使いってのを見させてもらったよ」

「おい、本物がいるということは偽物もいるということか。その偽物はどこにいるのか聞かせてもらおうじゃないか!」

 

 遠回しに馬鹿にされたと感じためぐみんはカズマへ突っかかる。一方で褒められたウィズは「いえいえそんな」と照れながらも言葉を返した。

 

「なんだかこの山に入ってから、すこぶる調子がいいんです。気力もすっかり回復しまして」

「そうだったのか。しかし、あまり無茶はしない方がいい。疲れたらいつでも言ってくれ。私が背負おう」

「いえいえ! もう全然平気ですので! むしろ元気が有り余ってるぐらいですから! さぁ! どんどん行きましょう!」

 

 気にかけるダクネスへ、ウィズは問題ないと元気よく返して意気込みを見せる。絶好調のウィズがいれば安心だ。そうカズマは口にし、再び山道を歩き出した。

 気分も良いのか、鼻歌交じりに道を歩くウィズ。その背中を、バージルは静かに見つめていた。

 

 

*********************************

 

 

 吹雪が吹き荒れ、悪魔が潜む山道をカズマ達は進む。特に目的地は決めていなかったのだが、源泉の様子を見に行きたいとアクアが提案したため、ひとまずそこへ向かうことに。

 最初に出くわした氷の悪魔(フロスト)は数が少ないのか以降見ることはなく、下級悪魔達が道を塞いできた。もっとも、彼等だけでは妨害することも叶わないのだが。

 気付けば悪魔との遭遇率も低くなり、源泉を流すためのパイプを頼りに進んでいたため道に迷うこともなく、張り詰めていた緊張も少し解れてきた頃。

 

「日本のお風呂にはね、色んな種類があるの。熱湯風呂だったり水風呂だったり。あと足湯なんてのもあるわ」

「足湯? なんだそれは?」

「言葉通り、足だけを湯につける温泉よ。これが意外と気持ちいいの。服を脱ぐ手間も省けるし、気軽にあったまりたいって人にはオススメね。アルカンレティアにも多分あるんじゃないかしら」

「ほう……」

 

 カズマ御一行の最後尾にて、アクアとバージルはお風呂談義で盛り上がっていた。楽しそうにアクアが話す横で、バージルは興味深そうに唸っている。

 

「バージルさんが風呂好きなのは知ってたけど、こうも食いついていくとはなぁ。外国人あるあるってヤツか」

「どうだろうね。メイン武器を刀にしてるぐらいだし、彼自身が日本文化を気にいってるんじゃない?」

 

 なんだかんだで兄妹(仮)が板についてきた二人の会話を聞きながらカズマは歩く。タナリスの推測が当たっているなら、今度家にあるコタツを見せたら同じように興味を見せるのだろうか。

 そう考えながら道を進んでいたが、あるところでカズマ達は足を止めた。彼等の前には左右の分かれ道。右の道にはパイプが続いているため、源泉に向かうならば右が正解だろう。

 カズマは迷うこと無く右の道を選択。めぐみん等も彼に続き、最後尾にいたバージルも足を進めて左の道へ。

 

 

「っていやいやいやバージルさん!?」

 

 ちゃっかり別の道に行こうとしたバージルを、カズマは慌てて呼び止めた。バージルは足を止めると、振り返って彼に訳を話す。

 

「山に潜む悪魔を一匹残らず狩り尽くす。それが依頼内容だ。二手に分かれた方が手っ取り早い」

 

 バージルは分かれるつもりでいるようだが、カズマとしては一緒に行動してもらいたい。彼がいるといないとでは、安心感が段違いだ。気持ちは同じなのか、めぐみんとダクネスも不安そうに様子を窺っている。

 タナリスは言っても無駄だと理解しているのか、山の方へ顔を向ける。ウィズはオロオロと戸惑ったまま。そして残るアクアはというと──。

 

「つまり、カズマ達のことは私に任せるってことね! わかったわお兄ちゃん!」

 

 そのようなことは一言も発していないのだが、アクアはそう解釈したようだ。胸を張り、引き受ける意を示す。

 信頼されて嬉しそうなアクアを見たバージルは、一度ウィズへ目をやってから左の道へ。振り返ることなく進む彼の後ろ姿を見て、しょうがないとタナリスは息を吐いた。

 

「一人ぼっちは寂しいだろうから、僕はバージルについて行くよ。アクア、気を付けてね」

「そういうアンタはまだレベルが低いんだから、そこら辺の悪魔なんかにやられるんじゃないわよ!」

 

 アクアと言葉を交わし、後を追うようにタナリスも左の道へ駆け出していった。残るはカズマパーティーとウィズのみ。

 

「お前、何勝手に──」

「大丈夫! 私に任せときなさい!」

 

 勝手に話を進めたアクアにカズマは怒ろうとするが、食い気味にアクアはそう伝え、張り切って右の道へ歩き出す。

 彼女の「大丈夫」ほど不安なものはないのだが、アクアとウィズの力を信じるしかない。もしもの時は、下級悪魔を倒した時のように光の矢を作ればいい。しょうがねぇなと呟きながら、カズマはアクアと共に源泉への道を進んだ。

 

 

*********************************

 

 

 バージル達と別れたことでより一層警戒心を高めて道を歩いていたが、カズマの幸運故か、一切悪魔と遭遇することなく山を登っていき、パイプの先──源泉がある場所へと辿り着いた。

 当然の如く、その全てが凍り付けにされていた。炎で溶かしたとしてもすぐに凍ってしまうだろう。凍った源泉は後回しに山の八合目付近まで来た、その時。

 

「……なぁ、あそこに誰かいないか?」

 

 進む先に、人影があるのをカズマは見た。徐々に近づいていくことで、吹雪の中に隠れていた人物の姿が鮮明になる。

 およそバージルと同程度の身長で、肌は色黒。道中で見た悪魔とは違い、その者は人間の姿をしていた。が、カズマ等は決して警戒心を緩めない。

 ただの人間が、武器や防具を身に着けていることなく、悪魔の蔓延る雪山に独り佇んでいるのは、明らかに異様だった。

 

「……んっ? 誰だ?」

 

 カズマ達の視線に気付いたのか、その者は振り返って彼等を見た。バージルと似た髪型で、顎に髭を生やした屈強な男と向かい合い、カズマは思わず息を呑む。

 ──と、ここで思わぬ人物が吃驚して声を上げた。

 

「ハンスさん!? ハンスさんじゃないですか!?」

「あんっ? ……ってウィズじゃねぇか。まさかお前とも会うことになるとはな」

 

 旧友との再会とばかりに喜ぶウィズ。ハンスと呼ばれた男もウィズを知っている様子だった。二人の関係が気になり、カズマは尋ねる。

 

「えっ? 何っ? まさかのウィズと知り合い?」

「はい! あの人は私と同じ魔王軍幹部、デッドリーポイズンスライムのハンスさんです! 幹部の中でも私と同じく数少ない常識のある方なんですよ!」

「城の住人から、非常識度ナンバーワンのバニルに次ぐ非常識幹部だと言われてた奴が何ほざいてんだ」

「ひっ、酷い!」

「いや待って。ちょっと待って。ウィズが非常識なのは明白だけど待ってくれ」

 

 開口一番にとんでもない情報が飛び出たことで気が動転するも、カズマは情報を整理する。ウィズは横で「カズマさんまで!?」と衝撃を受けていたが無視。

 今目の前にいる男ハンスは、ウィズと同じ魔王軍幹部。種族はスライムであり悪魔ではない。そして会話を聞くにウィズとの仲は良好のようだ。となればもしかしたら、ウィズの交渉次第で悪魔の討伐に協力してくれるかもしれない。

 彼の知る幾つもの世界(ゲーム)では、スライムは雑魚と設定されていることが多いため、ウィズほどの戦力にはなれそうにないが──。

 

「アンタがこの異変の元凶ね! しらばっくれても無駄よ! 道中で会った悪魔よりも更にくっさい悪魔臭がプンプンすんのよ!」

「なっ!? おいバカ何言ってんだ!?」

 

 どう交渉したものかと悩んでいた時、その選択肢を正面からぶち壊すように、アクアはハンスを指差して喧嘩を売った。一方ハンスはというと、いきなり喋り出しては犯人扱いしてきたアクアを不機嫌そうな顔で見る。

 

「なんだこのやたら眩しくてうるせぇ女は……俺が山をこんなにしちまったって言いたいのか?」

「そうよ! このまま私にぶちのめされるか、山を元に戻してからぶちのめされるのか! どちらか選びなさい!」

「おいおい待ってくれ。そりゃ濡れ衣だ。むしろ俺は被害者なんだぜ?」

 

 やる気満々のアクアに睨まれたハンスは、勘違いだと笑う。予測通り彼は悪魔側ではないと知り、カズマはホッとする。

 しかしアクアは信じられないのか、依然ハンスを睨んだまま。ハンスはため息を吐くと、疑いを晴らすために何故自分はここにいるのかを話し始めた。

 

「俺はただ、この山の中にある源泉を汚染してアルカンレティアに妨害行為を加えるために、山を登ってただけなんだ。そしたら急に吹雪が吹き始めた上、悪魔まで現れやがった」

「どのみちアルカンレティアにちょっかい掛けようとしてたんじゃないの! やっぱり放っておけないわ! 今すぐ私が地獄に送って痛っ!?」

「いちいち突っかかるな。話が進まないだろ。あっ、どうぞ続けてください」

 

 真っ先に手を出そうとした狂犬女神を、カズマは脳天チョップで黙らせる。彼等のやり取りにハンスは少々面食らうも、話を続けた。

 

「どいつもコイツも喧嘩っ早い奴でよ。たまたま居合わせた俺を殺しにかかってきたんだ。当然俺は逃げたが、あっという間に追いつかれた。戦うしかない状況の中、スライムである俺は生き残る為にどうしたと思う?」

 

 苦い思い出話を語った彼は、カズマ達に問いかける。彼等は質問に答えず首を傾げるだけだったが、ハンスは楽しそうに笑って答えを告げた。

 

「喰ったのさ。喰って、喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰いまくった! するとどうだ。氷の悪魔を喰って氷の耐性がついただけじゃねぇ。俺は力を得たんだ。悪魔なんかに負けねぇ力を!」

 

 嬉しくて堪らないと、口角の引きつり上がった笑みを浮かべて。雲行きが怪しくなってきたどころではない。道中の悪魔以上に恐怖を煽るハンスを見て、カズマの心臓が絶え間なく波打つ。

 

「喰い始めた頃は、あまりの旨さに病みつきになったもんだが……飽きが来ちまった。そろそろアルカンレティアに行って人間の味でも楽しむかと思ってたんだが、丁度良いところに餌が五人も来てくれた。特にウィズ……リッチーのお前は、どんな味がするんだ?」

 

 彼は最初から、自分達を喰うつもりでいたのだ。結局敵対する結末へと至り、アクアは「ほらやっぱり!」とカズマに不満を垂れてから、戦闘態勢に入る。

 が──そんなアクアを遮るように、指名を受けたウィズは静かに前へ出た。

 

「私の立場は中立……魔王軍の方が、戦闘に関わらない人間に手出しをしない限り、魔王軍と戦うことはしない。魔王さんからも、もし無害な人間に手をかけようとする魔王軍の者を見かけることがあれば、止めてくれと言われました。本当に、アルカンレティアに住む人々を喰らうおつもりなら──見過ごすわけにはいきません」

 

 歩を進めるウィズの身体から、彼女の静かな怒りを体現するように、魔力と思われる青い冷気が溢れ出る。戦う気でいるウィズを見てハンスが喜びの笑みを浮かべる傍ら、ウィズは足を止め──鋭く、冷たい氷のような目でハンスを睨んだ。

 

「そう簡単に食べられるつもりはありませんよ。ハンスさん」

 

 

*********************************

 

「ちょっと歩いただけで悪魔と出くわす。さっきまでと比べて出現率が段違いだねぇ。おかげでまたレベルが上がったよ」

 

 タナリスは自身の冒険者カードに目をやり、二つも上がったレベルを見てほくほくする。

 カズマ達と別れた後、タナリスは先行していたバージルに追いつき共に行動していたのだが、幸運持ちのカズマがいないせいか、はたまたスパーダの血族故か。次々と悪魔が現れた。

 そのほとんどはバージルによって倒されたのだが、タナリスも黙って見てるつもりはなく、鎌を操って悪魔と対峙した。鎌に付与されていた炎属性は相性が良く、何体かフロストを狩ることができた。

 特に問題なく山道を進む二人。やがて彼等は、大きな氷池に辿り着いた。地面に立てられていた看板は「露天風呂」と称してそれを指していた。

 

「貴様はそこにいろ」

「はーい」

 

 バージルは短く命じて氷池に足を踏み入れる。素直に従ったタナリスに見送られ、氷上だというのに滑る心配を微塵も感じさせない歩行で進む。

 露天風呂にしては広く、凍り付けとなった今ではスケートを楽しめそうなほどだ。しかしバージルにそのような趣味はなく、顔をしかめながら上空を見上げる。

 視線の先にいたのは、二体の青い精霊。ふと気付いた時には辺りが暗くなっており、精霊の放つ青い光がより一層映える。その中で精霊──人間のような女体を持った彼女等は、一糸纏わぬ姿で互いに身体を擦らせ、甘い吐息を漏らし、誘うように手をこまねいている。

 

「極寒の中で裸体を晒すとは、とんだ淫乱痴女がいたものだ」

 

 サキュバスの店を利用していない欲求不満な男冒険者であれば即食らいつきそうだが、淫夢よりスイーツを嗜むバージルは一切興味を示さず、精霊に歩み寄る。

 肉薄し、やがて精霊が目と鼻の先に。すると、男を誘っていた精霊二体は逃げるように上空へ飛び、暗闇の中に姿を消す。

 

 そして──入れ替わるように現れた化物が、巨大な口と幾つもある歯を見せてバージルを食わんと襲いかかった。

 丸呑みにしてやろうとばかりに、バージルの頭から覆いかぶさり口を閉じる。が、口の中に獲物が入った感触がない。食い逃したことに、獲物が背後に回っていることに気付いた化物は、獲物に呼び掛けながら振り返る。

 

「貴様! ワシに気付いとったんか!」

 

 化物の姿は巨大で、背と尻尾に氷の結晶が付着している。触覚が生えており、先端には先程見かけた青い精霊がぶら下がっていた。獲物を引き付けるための釣り餌だったのだろう。

 食べながら喋る行儀の悪い子供のように、野太い声を発すると同時に口から茶色い液体が飛び出る。思わず鼻をつまんでしまうほどにその液体は臭く、バージルは嫌悪感剥き出しの表情を浮かべていたが、一番の理由は違う。

 独特な粘膜で覆われた身体。折り曲げられた足。シルエットクイズにすれば多くの人間が正解しそうな立ち方──その悪魔(バエル)は、蛙だった。

 

「しつこい宗教勧誘に悪意溢れた唾吐き。手荒い歓迎の次は、汚臭を撒き散らす蛙ときたか。最悪の温泉旅行だな。招待状を送りつけてきたあの男は、やはり一度殴っておくべきか」

 

 深いため息を吐き、バージルは今騒動の元凶とも言えるゼスタを恨む。一方で悪魔は、彼の発言に対し一言申し出たいようで。

 

「誰がカエルじゃボケがっ! 生意気な人間が! 二度とナメた口きけんよう消化したるぞワレェ!」

 

 悪魔は怒りを顕にし、怒号を発す。その咆哮による風圧でバージルのコートがなびく中、彼は静かに刀の柄を握った。

 

I'd actually like to see you try that(消化できるならな)

 

 




イラスト:渡鴉(黒)様

【挿絵表示】


タナリスちゃんかわいい


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第51話「Darkness ~常闇~」

 魔力を高め、即座に魔法が放てるよう警戒するウィズ。対峙していたハンスは、右腕を紫色のドロドロとした液体に変化させ、先端を口のような形状にしてウィズ目掛けて腕を伸ばした。

 

「『アイスウォール』!」

 

 迫りくる攻撃を、ウィズは氷の壁を形成して防ぐ。と同時に『アイスニードル』を唱え、出現させた氷のトゲをハンスに飛ばした。しかしハンスは避けるどころかスライム状の腕で喰らい、一瞬で溶かす。

 威力の低い氷魔法は効かないと見たウィズは、次に『カースド・クリスタルプリズン』を詠唱。前方にかざしたウィズの手から冷気が放たれ、冷気が通った道は瞬時に凍りつく。

 流石に受けきることは愚策と考えたか、ハンスは横に跳んで回避。ウィズはハンスの移動先にもう一度『カースド・クリスタルプリズン』を放ったが、再びハンスに避けられる。

 二回とも不発に終わり、氷の波を形成するだけであったが──ハンスの両側を壁で塞ぐことには成功した。

 

「『カースド・ブリザード』!」

 

 ウィズはすかさず魔法を唱え、壁の間に激しい雪風を起こした。左右に避けることができず真正面から受けることとなったハンスは両腕をかざし、吹き荒れる氷の息吹に耐え続ける。

 その間、ウィズはハンスへと接近。彼女の右手には魔力と思われる青白い光が。至近距離で氷結魔法を確実に当て、凍らせる算段だった──が。

 

「ッ!」

 

 腕一本分まで迫った瞬間、ハンスは吹雪を跳ね返すように腕を開くとスライムに変化させ、懐に迫ったウィズを両側から喰わんと襲いかかった。

 歴戦の勘か、ウィズは咄嗟にブレーキをかけて後方に跳んで躱した。僅かでも遅れていたら彼の餌食になっていたであろう。攻撃を避けられたハンスは、悔しそうに舌打ちをする。

 

 デッドリーポイズンスライム──スライムは、カズマの知る世界(ゲーム)では雑魚の中の雑魚として出てくることの多い種族だが、この世界は違った。

 彼等に物理攻撃は通じず、魔法攻撃にも耐性がある。危険度の高い悪食なモンスターであった。中でも強力なのが、現在対峙しているハンスのようなデッドリーポイズンスライム(死の毒を持つ者)だ。

 毒に触れてしまえばそれまで。毒耐性が高い者でない限り、たちまち溶けて喰われてしまう。それは、リッチーであるウィズも例外ではない。

 

「先程の氷魔法さえも耐えきってしまうとは……」

「言っただろ? 悪魔を喰ったおかげで耐性がついたんだ。そんなちっぽけな氷魔法じゃあ、俺の腹を満たすことすら叶わねぇよ」

 

 余程、悪魔を喰らったことで力を得たのだろう。まだまだ余裕だとばかりに、ハンスはウィズへ挑発を見せる。

 苦戦するウィズの姿を見て、後方に控えていたカズマは狼狽する。このまま彼女が押されるようであれば、連携に不安があるもののアクアを投入するべきか。

 

「……フフフッ」

 

 しかし、突如耳に入った女性の声を聞いてカズマの思考が止まった。氷のように冷たく、されど愉快そうな笑い声。

 それがウィズの発したものだと気付いたのは、彼女が魔力を更に高め始めた時だった。

 

「いいですよ。では、ハンスさんもお腹いっぱいになってしまうような、特大の氷魔法を差し上げましょう」

「う、ウィズ? おいウィズ!」

 

 足元に魔法陣が浮かぶ傍ら、ウィズは片手を上げて魔力を集中させる。普段の彼女を知っているが故に、今のウィズは異常だと気付いたカズマは呼びかけたが、彼女の耳には届いていない。

 ハンスが嬉しそうに笑みを浮かべる手前、彼女の魔力が高まるのを表すように風が吹き荒れる。今、彼女が放とうとしている魔法でハンスを仕留められるのなら、止めるべきではないだろうが──このままではマズイと、カズマの勘が訴えていた。

 止めなければ。しかしどうやって。カズマが慌てながらも必死に頭を働かせていた──その時。

 

「『ターンアンデッド』!」

「ひゃあああああああああああっ!?」

 

 アクアの呪文を唱える声が聞こえたと同時に、ウィズの悲鳴がこだました。途端にウィズの周りで吹き荒れていた風はやみ、ウィズの魔力も姿を隠した。

 カズマよりも先にウィズの異常に気付き、行動を起こしたアクアは、ひと仕事終えたように軽く手を払ってウィズに伝える。

 

「安心しなさい。成仏しないよう軽めにかけてあげたから」

「……あ、あれ? 私、どうしてたんでしたっけ……」

「やっぱり、イヤーな瘴気を受け続けた影響でハイになってたのね。目覚ましついでにちょっぴり加護もつけてあげたから、しばらくは大丈夫の筈よ」

「そうだったんですか……すみませんアクア様……」

「ったく、世話の焼けるリッチーなんだから。ダクネスー! ウィズを連れてってくれるー!?」

「あ、あぁ!」

 

 指示を受けたダクネスはウィズに駆け寄り、彼女を背負ってカズマとめぐみんのもとへ戻る。それを確認したアクアはハンスと向き合う。

 

「選手交代よ。こっからは私が相手になってあげるわ」

「んだよ。折角楽しくなってきたってのに水を差しやがって……まぁいい。喰う順番が変わっただけだ」

「スライム如きがこの私を喰おうっての? いいわ。やれるもんならやってみなさい!」

 

 ウィズからアクアへとバトンタッチし、ハンスとの第二試合が始まった。

 

 

*********************************

 

 

「潰れろッ!」

 

 一方、凍りついた露天風呂。バージルと戦っていた悪魔(バエル)は、その巨体からは想像できない高さまで跳び上がると、腹で押し潰さんとばかりにバージルの頭上から落ちてきた。

 これをバージルは素早く跳んで避け、激しい揺れを起こしてバエルが氷上に着地したところを刀で斬りつける。時にはベオウルフに切り替え『流星脚』を、時には『ラウンドトリップ』で背中の両刃剣を飛ばし、隙あらば絶え間ない連撃を与えていった。

 傷を負ったバエルは後方に跳んで距離を空け、背中に付着していた氷を飛ばす。上空から襲いかかる魔の氷弾。しかしバージルは難なく横に回避(サイドロール)した。涼しい顔のバージルを見て、バエルは歯を軋ませる。

 

「小癪な人間が! ちょこまかと鬱陶しい!」

 

 バエルは大きく息を吸い込み、その場で咆哮。と同時に辺りが暗くなり、バエルの姿は暗闇の中へ。代わりに現れたのは、バエルの触覚となっていた青い精霊達(ルサルカ)だった。

 一体の精霊が、形成した剣を片手にバージルへ斬りかかる。一方でバージルの背後に回っていた精霊は両手を広げ、ゆらりとバージルに接近した。

 後方の精霊から冷気を感じ取ったバージルは、前方の精霊による攻撃を刀でいなしつつ後方から迫った精霊を跳び越え、着地して間もなく『疾走居合』で精霊の間を駆け抜け『次元斬』による追い打ちを繰り出した。

 その後もバージルは華麗に立ち回り、精霊達にダメージを与えていく。やがて精霊は逃げるように暗闇の中に消えると、再びバエルが姿を現し、大口を開けてバージルに襲いかかった。

 が、二度目も喰らうことは叶わず。未だバエルはバージルに致命傷どころか、かすり傷すら負わせられずにいた。

 

「ええいっ! 黙って喰われておればいいものを!」

「蛙にしては芸達者だな。体臭に気を遣いさえすれば、愛好家にさぞ気に入られることだろう。俺には理解できんが」

「人間風情が、またワシをカエルと言ったか! 絶対に許さんぞ!」

 

 獲物を捕まえられない苛立ちもあってか、バージルの挑発を受けてバエルの怒りが頂点に達した。つんざく咆哮と共に、バエルの身体が赤く染まる。

 わかりやすい奴だとバージルは内心思いながら、柄に手を添えて出方を待つ。対してバエルは再び息を大きく吸い込み咆哮──と同時に、直線状に伸びる氷の剣山が出現した。

 彼にとっては渾身の一撃。「生意気な人間が調子に乗りおって」と、バエルは今の技でバージルを仕留めたと確信する。

 

 それが勘違いだと気付いたのは──飛び上がるほどの痛みを感じた時だった。

 

「グウゥッ!?」

 

 あまりの痛みにバエルは顔を歪めながらも振り返る。彼が見たのは、殺したと思っていたバージルが刀を抜いている姿と──氷上に転がる、切断された自身の尾だった。

 

「尻尾も取れていない子供のようだったので、手づから斬らせてもらった。土産話にするといい」

「まだ終わっとらんぞ! ワシの兄弟達が仇を──!」

Die(死ね)

 

 バエルの言葉を遮るように、バージルは抜き身の刀で袈裟斬りをする。バージルから放たれた『ソードビーム』は、既にバエルの身体を真っ二つに切断していた。

 息絶えたバエルの身体は瞬時に凍り付き、その場で爆散。砕け散った氷が舞う中、バージルは静かに刀を納めた。

 カエルの悪魔と対峙する羽目になるとはと、バージルはため息を吐く。しかしそこで、彼はバエルの言い掛けていた言葉を思い出す。

 

「待て……兄弟達だと?」

 

 気付けば、バエルが発していた体臭、そして悪魔の臭いが再び蔓延していた。まさかと思い、バージルは周りを見渡す。

 白い吹雪の中から顔を出したのは──触覚としてぶら下がっている精霊が赤い、蛙の悪魔(ダゴン)が一匹、ダゴンが二匹、ダゴンが三匹……いつの間にやら、四匹ものダゴンがバージルを取り囲んでいた。

 悪魔を狩り終えた矢先、再び悪魔に囲まれた。戦闘狂の彼ならば喜ばしいことであっただろう──姿が蛙でさえなければ。

 

「……本当に、最悪の温泉旅行だ」

 

 

*********************************

 

 

「『セイクリッド・クリエイトウォーター』!」

 

 アクアの手のひらから、神聖属性の付与された水鉄砲が飛び出す。その速度は、力を得たハンスでも回避は容易でなかった。

 腕や足などに受け、ハンスは苦痛に顔を歪める。当たった箇所には焼けたような後が残っていた。ハンスは自身の肉体の一部──スライムをアクアと同じように飛ばし、反撃に転じる。

 アクアは華麗に避けていくが、ハンス同様避けきることができず。しかしハンスの予想と反して溶けることはなく、焼け跡が残るだけに終わった。

 

「チィッ! なんで溶けねぇんだテメェは!」

「そんなヒョロい攻撃で私の『女神バリアー』を破れると思ったら大間違いよ!」

「……あっ? 女神?」

「えぇ! 私は、この世界で生きるアクシズ教徒達が崇める水の女神、アクア様! その私が直々にアンタを始末してあげるんだから、光栄に思いなさい!」

「……アクシズ教徒は軒並み馬鹿だが、テメェはとびきりぶっ飛んでるな」

「なんですってぇええええっ!」

 

 互いに言い合いながら、飛び道具主体で攻め続けるアクアとハンス。二人の戦いを、少し離れた場でカズマ達は見守っていた。

 弱ったウィズは岩により掛かるように腰を下ろさせて、傍でダクネスが守っている。今は気を失っており、アクアに止められて以降暴走する様子は見られない。

 あとはアクアがハンスを倒すだけなのだが──。

 

「(アクア……本当に大丈夫なのか?)」

 

 一見、両者拮抗している戦い。しかしカズマは気付いていた。アクアの様子が、いつもと違うことに。

 口だけは達者に動かせているが、アンデッドや悪魔を倒していた時のような勢いを感じられない。また、時折彼女は苦しい表情を浮かべていた。伊達に長い付き合いではない彼だからこそ気付けた違和感。

 もしかしたら彼女は、思うように力を出せていないのでは? だとしたら何故? カズマは辺りを見渡しながら原因を模索する。

 

 戦闘を続けるアクアとハンス。未だ止まぬ吹雪。固唾を呑んで見守るめぐみんとダクネス。そして気を失い、岩に持たれて休んでいるウィズ。

 ウィズの暴走について、アクアは「嫌な瘴気にあてられて」と口にしていた。またウィズは、山に入ってからたちまち元気が出てきたと話していた。気力が回復したのが暴走する前兆だったのであれば、アクアの言う瘴気は山全体に漂っているとみていいだろう。

 瘴気を受け続けた結果、ウィズは暴走。普段の彼女からは想像できないほど好戦的になっていた。丁度、今のハンスのように。

 そしてこの山には悪魔が蔓延っており、悪魔の仕業で吹雪が吹き荒れ始めたと推測されている。もし山に漂う瘴気も悪魔の仕業、悪魔のモノだったとしたら──魔族寄りであるウィズが暴走仕掛けたのも、アクアが本領を発揮できないのも合点がいった。

 

「(ったくアクアの奴、こういう時に限っていらん見栄張りやがって……!)」

 

 恐らく、山に入った時から無茶をしていたのだろう。それを悟られまいと平静を装っていたアクアに、そして気付けなかった自分に苛立ちを覚えてカズマは頭を掻く。

 アクアには負ける気など更々無いだろうが、このままではジリ貧だ。いざ加勢すべく、カズマは矢に手を伸ばす。

 

「……あれ?」

 

 が、抜けない。矢筒から引き抜くことができなかった。一体どういうことだと、カズマは矢筒を降ろして中を確認する。

 矢筒の底──そこには氷が張っており、矢先は全て氷の中だった。しかし自分は矢筒に水を淹れた覚えなど一度もない。考えられる原因があるとすれば──ただ一人。

 

「(なんっであの馬鹿は! いつもいつもいらんことばっかするんだ!)」

 

 アクアには一度、矢に神聖属性を付けてもらっていた。恐らく彼女はそれを経て「なら矢筒の中に私の聖水を入れとけば、手間がかからないじゃない」とでも思ったのだろう。水が凍る心配など一切考えずに。

 きっと彼女に悪気はなく、良かれと思ってやったことなのだろう。しかし結果的にカズマの数少ない武器を奪う結果となってしまった。

 残す武器は盗賊スキルと初級魔法にソードスキルの『ソードビーム』のみ。だが、低レベルな自分の技がウィズやアクアと渡り合っているハンスに効くとは到底思えない。他に何か手立てはないかと、カズマは自分の所持品を探し始める。

 

「……うん? 何だこれ?」

 

 するとカズマは、バッグの中に気になるアイテムを見つけた。覚えのない物かと思ったが、カズマはこのアイテムを手に入れた経緯を、効果を思い出す。

 もし、彼の話を信じるなら──試してみる価値は十分にあった。

 

「めぐみん、ここは頼んだ。あとダクネス、ウィズを前からガードするように守っていてくれ」

「……カズマ?」

 

 カズマは意を決し、二人にこの場を離れることを告げる。急に動き出したカズマを見て二人は不思議に思ったが、程なくして彼女等は気付く。

 強敵相手には決して真っ向から勝負しようとしないカズマが、無策で飛び出すわけがないと。

 

「相手は全てを喰らい、触れた瞬間に毒で死に至るデッドリーポイズンスライムだ。何をするつもりか知らないが、気を付けるんだぞ」

 

 ダクネスは指示通りウィズの前に移動しながら、カズマへ警告する。それを聞いて思わず尻込みしそうになったが、カズマは深呼吸をして歩き出した。

 危険な戦場へと自ら赴くカズマを、めぐみんは杖を強く握り締めながら見送った。

 

 

*********************************

 

 

「いい加減私に倒されなさい!『セイクリッド・クリエイトウォーター』!」

「うおっと!」

 

 アクアの放つ水の弾丸を、ハンスは身体に掠めながらも躱す。未だ、互いに有効打を与えられていない。

 さっさと喰ってしまうつもりだったハンスは、予定を狂わされたことによる苛立ちを覚えながらアクアに向けて手を伸ばす。

 

「テメェこそ……さっさと喰われろ!」

「わっぶ!?」

 

 瞬間、ハンスの腕は槍のように鋭く尖り、アクアを突き刺さんとした。が、アクアは身体を翻してこれも躱す。

 

「ちょっと! 危ないじゃないの! そんな攻撃してくるなんて聞いてないわよ!」

「敵に手の内を明かす奴なんていねぇよ馬鹿が!」

「誰が馬鹿ですってぇっ!?」

 

 少し言い争った後、またしても飛び道具が飛び交う戦闘へ。戦い始めてしばらく経つが、未だ膠着状態だった。

 

「(負ける気はねぇが……このまま消耗戦ってのもマズイな。俺が悪魔を喰った影響か、聖職者(プリースト)らしき青髪女の魔法が結構効きやがる。さっさと喰ってしまいたいとこだが──ッ!?)」

 

 戦いながら思考を巡らす──とその時、アクアの水鉄砲とは違った何かが飛んでくるのを、ハンスは視界の端に捉えた。

 すかさず右手を液状化し、側面から飛んできた物をキャッチ。彼の中に取り込まれた物は、見る見る内に溶けていく──が。

 

「グッ……!?」

 

 そこで、彼の味覚が危険信号を発した。口に含んだ物を吐き出すように、ハンスは吸収しかけた物を外へ出す。

 ほぼ溶けかけていたソレは雪の上に落ち、周りの雪を溶かして地面にへばりつく。その表面に書かれた印を見て、ハンスは目を見開いた。

 

「こ、これは……あのアクシズ教徒共が配っていた……!」

 

 まだ彼が悪魔を喰らう前。アルカンレティアに潜入していた際、アクシズ教徒に絡まれて入信書と共に幾つも渡されたもの。

 アルカンレティア自慢の商品──食べられる洗剤石鹸であった。お土産として旅行客が買っていく人気商品(アクシズ教徒談)だが、どうやら彼の口には合わなかったようだ。

 

「よそ見してんじゃないわよ!」

「うわっぶね!?」

 

 洗剤石鹸に気を取られていた時、そこへアクアが怒り気味に水の弾丸を飛ばしてきた。彼女の声で我に返ったハンスは、危なげながら水弾を避ける。

 再び交戦しながらも、先程の石鹸洗剤について考える。飛んできた方向からして、聖職者が放ったものではない。では誰がと、ハンスは視線を横に向ける。

 目に映ったのは、気を失っているウィズに彼女を守る金髪の女騎士、紅魔族と思われるウィザードの三人。見るからに貧弱そうな茶髪の男が忽然と姿を消していたのが、答えを示していた。

 

「(あのガキか……! よくも俺にあの石鹸を喰わせやがったな! いくら悪食の俺でも食えねぇモンはあんだぞ!)」

 

 洗剤石鹸を投げつけたであろう男に、ハンスは憤りを覚える。今すぐ喰ってやろうと男の気配を探ったが──見つからない。

 どういうことだと疑問に思ったが、思考を遮るようにアクアの攻撃が飛んできた。ハンスは再びアクアと交戦する──が、ハンスの後頭部にコツンと何かが当たり注意を逸らされた。

 当たった物は、またも忌まわしきアクシズ教印の洗剤石鹸。ハンスは男の気配を探るも、やはり見つからず。イラつきながらアクアに向き直ると、しばし間を置いて洗剤石鹸が再び後頭部に当たった。

 相手の男は、洗剤石鹸を投げつけては隠れ、投げては隠れを繰り返している。これを受けながら、ハンスがまともに戦える筈もなかった。

 

「(陰からネチネチネチネチ洗剤石鹸洗剤石鹸! あぁイライラする! さっさと姿を現しやがれ!)」

 

 アクアと戦ってはいるが、コソコソと攻撃を仕掛けてくる男ばかりに意識を向けていた。お陰で被弾することも多くなり、ますます彼のフラストレーションが高まっていく。

 少しでも気配を見せたら即刻喰い殺してやると意気込むハンス。とその時──彼の思いが聞き入れられたかのように、願ってやまなかった卑怯者の気配を感じ取った。

 

「そこかクソガキィ!」

 

 ハンスは怒りと喜びが入り混じった笑みを浮かべると、男を喰らわんと右手を液状化させ、気配を感じた背面方向へ駆け出した。

 その先にいたのは、予想通りあの場から姿を消していたひ弱そうな冒険者の男。彼はハンスと向かい合っており──高く掲げられた右手には、謎の水晶が握られていた。

 アクアが放ってきた水弾のように、清らかな水が入った物。それが何なのかハンスには理解できなかった。しかし本能が、危険信号を大ボリュームで知らせていた。

 ハンスはすかさずブレーキをかけ、後方に跳ぼうと足を踏ん張る。それとほぼ同じタイミングで、冒険者の男も行動を起こした。

 

「うぉおおおおおらっしゃあああああああああっ!」

 

 男は右腕を振り下ろし、握っていた水晶を地面に叩きつけた。衝撃に耐えられず、ガラスにヒビが入り水晶が砕け散る──瞬間、砕けた水晶を中心に眩い光が放たれた。

 避けられないと見たハンスは両腕で防御する。光は瞬く間に広がり、冒険者の男は勿論のこと、後方に跳んでいたハンスすらも飲み込んだ。

 

 

*********************************

 

 

「カズマ! 大丈夫ですか!」

 

 カズマがその場で尻餅をつく傍ら、待機していためぐみんが彼のもとへ駆け寄ってきた。カズマは大きく息を吐きながら、めぐみんに言葉を返す。

 

「あっぶねー、タイミングギリギリだった……そして丁度良いところにきてくれた。迫ってきたハンスがあまりにも怖過ぎて、腰抜けて立てなくなったから手を貸してくださいめぐみんさん」

「どうして最後だけ締まらないのですか! 全くもう……」

 

 めぐみんに手を貸され、普段とは逆になったと思いながらもカズマは立ち上がる。前方を確認すると、ハンスの姿はどこにも見当たらなかった。ようやく足に力が入ったカズマは安堵するように息を吐く。

 彼が唯一ハンスにダメージを与えられる可能性のあった武器──アクセルの街を発つ前に寄ったウィズ魔道具店で、バニルから買い取った退魔の水(ホーリーウォーター)。バニル曰く、強力な悪魔相手でも大ダメージを期待できる。これを至近距離で当てれば、悪魔を喰って力を得たハンスを、あわよくば倒せるのではないだろうか。

 そう考えたカズマは、まず『潜伏』でハンスにある程度接近。そしてアクシズ教徒から嫌というほど貰った洗剤石鹸を『狙撃』で投げつけ、注意を引きつけた(ヘイトを稼いだ)。ある程度繰り返したところで『潜伏』を解除。

 飛び道具を放たれたら危なかったが、思惑通りハンスは怒りのままに距離を詰めてきた。そこで聖水を解き放った結果──どうやら上手くいったようだ。

 魔王軍幹部であり、悪魔を喰らっていたデッドリーポイズンスライム。さぞ経験値を貰えただろうと期待し、カズマは冒険者カードを取り出してレベルを確認する。

 

「……あれ?」

 

 が、記載されているレベルは19。下級悪魔を倒した時から変わっていない。また、モンスターの一覧にハンスの名前は記されていなかった。それが何を意味するのか。

 

「ウッソだろ……!?」

 

 カズマは慌てて顔を上げる。次の瞬間、けたたましい咆哮と共に闇が広がった。瞬く間にカズマ達を包み込み、彼等の視界は何も見えない漆黒の世界に支配された。

 何も見えなくなったのは自分だけではないようで、隣にいためぐみんが服を強く握ってきている。不測の事態にカズマも焦ったが『暗視』のスキルを使って辺りを確認する。

 

 そして──前方から徐々に近寄ってきていたハンスの姿を見た。半壊していた彼の身体にスライムが集まり、瞬く間に再生する。彼の目は、真正面に立つカズマをしかと捉えていた。

 恐怖で震え上がったカズマは、めぐみんの手を引いて後ろへ駆け出す。だが、ここに来て運に見放されてしまったのか。その先に待っていたのは崖だった。

 崖際で足を止め、カズマは振り返る。ハンスは着々と接近している。とにかく逃げるしかないと、カズマは『潜伏』を使い、右へ走り出そうとする──が、彼の行動を遮るようにハンスの腕が伸びてきた。

 

「ヒィッ!?」

 

 ほんの少し前に出ていれば餌食になっていたであろう。間一髪で無事だったカズマは、再びハンスを見る。

 『潜伏』は、あくまで気配を最大限に消せるスキル。決して透明人間になれるわけではない。故に、相手がこちらに気付いていないか視線を外した時に使わないと効果は薄い。相手の眼前で使ったのなら、余程の馬鹿でない限り意味をなさないだろう。

 唯一の逃走手段も使えない。どうやって脱出すべきかとカズマは頭を働かせる──とその時。

 

「私を無視してんじゃないわよぉおおおおおおおおっ!」

 

 ハンスの後方から、アクアが拳を握り締めて襲いかかった。以前アクアと二人でダンジョンに潜った際、彼女も暗闇の中を見ることができていた。故にハンスの位置を突き止められたのだろう──だが。

 

「邪魔だ」

「もがっ……!?」

「アクアッ!?」

 

 アクアの攻撃が届く直前に足元から紫色のスライムが広がり、人食い花のように彼女を飲み込んだ。囚われたアクアはスライムの中でもがき苦しむ。アクアを見もせずに対処したハンスは、決してカズマから視線を逸らさず近付いてくる。

 希望に見えたアクアの助太刀も、失敗に終わってしまった。恐らくウィズもまだ気を失っている。そしてこの暗闇では、ダクネスの助けも期待できないだろう。

 

「か、カズマ! 今どうなっているんですか!?」

「最悪の状況だ! 倒したと思ったらまだ生きてたハンスがジリジリ迫ってきてるし、後ろは崖! アクアは捕まって身動きが取れないし『潜伏』も使えない! どうあがいても無理ゲーだ!」

 

 『暗視』で状況を確認できているカズマとは違い、めぐみんには音しか伝わらず何が起こっているのか理解できていない。安心させるニュースの一つでも聞かせてあげたいが、現実は非情なり。カズマは絶体絶命の現状をめぐみんに伝えた。

 不安を表すかのように、彼女の服を掴む力が更に増す。しかしめぐみんは、暗闇の中でのハッキリと映る紅い目を輝かせ、震えながらも力強さを感じられる声でカズマに応えた。

 

「私は構いませんよ……カズマ」

 

 めぐみんは顔を上げる。偶然にもカズマと顔が合い、彼は思わず見入ってしまう。その傍ら、ハンスはじわりじわりと近付いてきている。

 ほんの1%でも生き残れる可能性があるのなら──ただ死を待つよりはマシだ。めぐみんの真意を汲み取ったカズマは、彼女を抱き寄せ──。

 

「さらばだぁああああああああ!」

 

 彼女と共に──崖から飛び降りた。動き出したカズマを見てハンスはすかさず腕を伸ばしたが、一歩届かず。スライムの手から逃れたカズマは、地面に背中を向け落下していく。

 やがて、辺りを覆っていた暗闇が晴れると──彼等に迫っていたハンスが、二人の落ちていった崖を見下ろしていた。

 

「俺に喰われるよりはってことか。つくづく気に入らねぇガキだ……まぁいい」

 

 カズマへ報復することが叶わなかったハンス。しかしすぐに切り替えるように崖から目を背けると、未だスライムに覆われているアクアを見た。

 

「さて……楽しいディナータイムだ」

 

 スパイスの効いた上質な味を期待し、アクアを捕らえているスライムを回収すべくハンスは足を進める。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおっ!」

「……あん?」

 

 その時、遠くから女の雄叫びが。何事かと思いハンスは顔を向ける。声を上げながらやってきたのは──ウィズの傍にいた女騎士、ダクネス。

 ダクネスは囚われたアクアの元に駆け寄ると、迷いすら見せず手を伸ばし、スライムの中に両腕を突っ込んだ。分離されてはいるが、あくまでハンスの身体の一部。当然、彼女にも猛毒が襲いかかった。

 

「っ……づぅ……!」

「正気か? 人間如きが俺の毒液に触れたら、たちまち溶けちまうぜ?」

「な、なんという熱さだ……このまま突っ込んでいたい気持ち良さだが、今はアクアを助けるのが最優先だ!」

「おい待て。今お前何つった?」

「ぬぉおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 ハンスも耳を疑う発言をしたダクネスは、中にいたアクアを掴み、勢いのままにスライムの中から引っ張り出した。

 身体にスライムがこびりついていたが、それもダクネスが払い取り、何故か自分についているスライムは取ろうとせずアクアの安否を確かめる。

 

「アクア! 大丈夫か!?」

「うぇえええ……熱くてドロドロしてて気持ち悪い……助けてくれてありがとダクネス……正直言って私だけでも脱出できたけど」

「んなっ!?」

 

 アクアの発言にダクネスがショックを受け、しばし落ち込んだが……ふとこの場にカズマとめぐみんの姿が見えないことに気付く。

 

「カズマとめぐみんはどこにいった!? まさか貴様が──!」

「ちげぇよ。確かに喰おうとしたが、すんでのところで後ろの崖から飛び降りて逃げられた。あの高さなら死んでるだろうぜ」

「なっ──!」

 

 ハンスの無慈悲な言葉を受け、ダクネスは驚きと悲しみに見舞われる。だが、そんな彼女を安心させるかのようにアクアは立ち上がりながら切り出した。

 

「カズマが落ちる瞬間は私も見たわ。でもねダクネス。あのヘタレが何の考えも無しに崖ダイブできる勇気を持ってるとは思えないの。きっと安全に着地できる算段があるから、あんなかっこつけて飛び降りたんじゃないかしら」

「……確かに、肝心なところでヘタれてしまうあの男にその度胸はなさそうだが、もし本当に二人とも死んでいたら──!」

「その時は、私が二人まとめて生き返らせてあげるだけよ。それより……よくもこの私を汚してくれたわね!」

 

 カズマとめぐみんが犠牲になってしまったからか、自分をコケにしたからか。怒りの宿った瞳をハンスに向け、アクアは高らかに宣言した。

 

「ここからが本番よ! 覚悟しなさい!」

 




長くなったので後半に続きます。


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第52話「The sun rises ~太陽は昇る~」

 ハンスから逃れる為に決死のダイブを試みたカズマとめぐみん。暗闇は晴れども暗雲の消えない空を見上げ、崖の底へと落ちていく。

 刻まれる死へのカウントダウン。めぐみんは恐怖を堪えるようにカズマの服を強く掴む。カズマもまた、めぐみんを決して離さぬよう抱き締めていた。

 助かる可能性はゼロに等しい。だが決して無いわけではない。微かな希望を胸に、カズマは叫んだ。

 

「俺は! 商品を売りつけて一生遊べる大金を稼いで、アイツ等と異世界スローライフを送るんだ! こんなところで死んでたまるかぁああああああああ!」

 

 自身への鼓舞──否、願いに近かったであろう。しかし彼等の落下は止まらず。やがてくるであろう強い衝撃を覚悟し、カズマとめぐみんは目を瞑る。

 

 

 が──痛みは一向にこなかった。代わりにカズマが感じたのは、背中に当たる冷たい感触。落下時に感じていた風もない。

 

「これはまた、かわいい雪が降ってきたね。にしては勢いがあり過ぎたけど」

 

 そして、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。カズマとめぐみんは恐る恐る目を開けて、声の聞こえた右側へ目を向ける。

 

「やぁ。二人とも生きてるかい?」

 

 彼等を救ったのは、異世界に堕ちた女神であった。

 

「た……タナリス様ぁああああああああああああ!」

「うおう」

 

 助かった──夢ではないと実感したカズマは、喜びの涙を流した。めぐみんも同様に、涙を浮かべて泣きじゃくる。

 

「うっ……えぐっ……うあぁああああ……!」

「ありがっ……! ありがとうございますダナリズざまぁああああああああ!」

「うんうん。喜んでくれるのは嬉しいけど、今は静かにした方がいいよ。蛙さんに見つかっちゃうから」

「……へっ?」

 

 不意に飛び出した、蛙という単語。一体何を言っているのかと二人は疑問に思ったが、すぐに意味を理解した。

 タナリスの背後──吹き荒れる吹雪の中に佇む、怪しく光る人型の触覚を下げた、化け蛙を見てしまったが為に。

 

「「ぎゃあああああああああああああっ!?」」

 

 一難去ってまた一難。騒がないように言われた矢先、カズマとめぐみんは悲鳴を上げた。二人の声に反応するように、化け蛙はヘドロのような液が漏れている口を開き、三人を丸呑みせんと襲いかかる。

 刹那──化け蛙の身体に何本もの青白い線が刻まれた。動きを止めた化け蛙は断末魔すら叫ぶことなく事切れ、間を置いて身体は凍り付き、音を立てて砕け散った。

 あっという間の出来事を目の当たりにして、二人は目をパチクリさせる。その傍ら、化け蛙を仕留めた者──カズマ達と別れて行動していたバージルが、刀を納めながら歩み寄ってきた。

 

「……何があった?」

「空から二人が落ちてきたのさ」

「ふざけているのか?」

「いたって真面目さ。ねっ? カズマ」

 

 バージルの質問に答えながら、タナリスはカズマに向けてウインクする。普段通りの二人を見てようやく安堵し、カズマとめぐみんはホッと一息吐いた。

 

「けど、どうやって俺達を助けたんだ? 九分九厘死ぬと思ってたんだけど」

「なんとなーく山を眺めてたら、君達が落ちてきたのを確認してね。すぐさまシートを敷いて救出したのさ」

「シート?」

「どれだけ高いところから落下しても、衝撃を吸収して落下物を守ってくれる優れ物だよ」

 

 タナリスは自慢げに救出方法を語る。そんな超優秀アイテムがこの世界に存在したのかと、カズマは感動すら覚えたが──。

 

「もしかして、ウィズの店で買った?」

「ご明答。中々良い掘り出し物でしょ」

「今の所はな。で、どういうデメリットがあるんだ?」

「流石カズマ、察しが良いね。実は高度によって、シートから離れられない時間も変わるんだ。今回は結構な高さだったから、しばらく待たないといけないだろうね。無理矢理剥がすことも可能だけど、服がビリビリに破ける上に髪が悲惨なことになるよ」

 

 何かしらの欠点がもれなく付いてくる、ウィズ魔道具店のポンコツ商品であった。問題点を聞いてカズマはガッカリするが、このアイテムがなければゲームオーバーは確実だった。文句は言えない。

 この歳で禿にはなりたくなかったので、しばし待つ道をカズマは選ぶ。とその時、めぐみんが囁き声で話しかけてきた。

 

「あ、あの、カズマ……いい加減恥ずかしいので、離して欲しいのですが」

 

 めぐみんのお願いを聞いて、カズマはようやく気付く。落下時は命の危機であったため気にならなかったのだが、これまでにないほどめぐみんと密着していた。

 恥ずかしいのか、めぐみんは薄っすら顔を赤らめている。彼女を抱きしめたままの形で落下したため、両腕はシートにくっついていない。彼女を手放すことは可能だった──が。

 

「俺もそう考えていたんだが、シートのお陰で身動き一つ取れないからさ。いやはやどうしたものか」

 

 滅多に拝めない、初々しさ溢れるめぐみんをもう少し堪能したいと思い、カズマは困ったように返した。きっと彼女は慌てふためくだろうと予想しながら、めぐみんの反応を待つ。

 

「……なら仕方ないですね。このまま付き合ってあげますよ」

「えっ」

 

 が、返ってきたのはまさかの承諾であった。驚きのあまり、カズマは思わず声を漏らす。しかしめぐみんはそのまま、カズマの胸元に顔を当てている。

 彼女の体温を感じながらも、思考が停止し固まってしまったカズマは──おもむろに腕を動かし、抱き締めるのをやめた。

 

「嘘ついてごめんなさい。この通り腕は自由に動かせるので、離れてくださると幸いです」

「なんなんですか!? 私なりに気を利かせてあげたら今度は離れてくれって! 抱き締めたいんですか!? したくないんですか!? どっちなんですか!?」

「したいよ! 女の子とくっついていたいよ! 温もりを感じていたいよ! でもな! 男には心の準備ってのが必要で、突拍子もなく急接近されたらどうしていいかわからなくなるんだよ!」

「爆裂魔法を撃って、立てなくなった私をいつもおぶっているのに、どうして心の準備が必要なんですか!?」

「お子ちゃまのお前にはわからないだろうがな! おんぶと抱きしめは距離感が全然違うんだよ!」

「おい! 今私のことをお子ちゃまだと言ったか!」

 

 密着状態のまま言い合うカズマとめぐみん。つい先程まで命の危機に陥っていたのが嘘のようだ。

 この状況下でも仲良く喧嘩する二人を、タナリスは愉快そうに笑いながら、バージルは呆れながら見守った。

 

 

*********************************

 

 

 二人の言い争いが収まった後、カズマはシートから離れられない間に、自分達の身に何が起こったのかをバージルとタナリスに説明した。

 ウィズの暴走、魔王軍幹部のデッドリーポイズンスライムことハンスとの戦い、アクアの弱体化。一方でタナリスも、蛙の悪魔達との戦いがあったことをカズマ達に軽く話した。

 互いに情報交換が終わったのは、カズマとめぐみんがシートから起き上がれるようになったのと同時であった。

 

「リッチーの暴走と女神の弱体化……どちらも貴様の推測通り、この山に漂う魔界の瘴気が原因で間違いないだろう」

「魔界の瘴気……って、悪魔がひしめいてると聞く魔界に行ったことがあるのですか!?」

「少しな」

 

 人間からしてみれば驚くべき話なのだが、バージルはサラリと流して崖の上を見つめる。

 戦闘狂の彼のことだ。きっと魔王軍幹部であるハンスに興味を示しているのだろう。なのでカズマは、早急にアクアのもとへ向かわせようとバージルに話しかけようとしたが──。

 

「アクアなら、まぁ大丈夫じゃないかな。あの子勝つまで続けるから。問題の瘴気も、蛙を狩ったお陰か薄れたみたいだし」

「えっ?」

 

 タナリスの気になる言葉が耳に入り、カズマは踏み止まった。彼女に習うように、カズマも辺りを見渡す。

 先程まで吹き荒れていた吹雪。それがいつの間にか止んでいた。視界も晴れ、寒さも和らいだように思う。彼女の言う通りなら、アクアも次第に力を取り戻すであろう。

 しかし、まだ拭いきれない不安──ハンスは、力を隠しているのではないだろうか? もしハンスが本気を出した時、アクアは対抗できるのか?

 やはりバージルを加勢に行かせるべきだろうかと考えを改めようとしたが、もし彼が『デビルトリガー』を使い、勘の良いアクシズ教徒に悪魔だとバレたら、カズマでもフォローしきれない事態になりうる。

 彼を向かわせるべきか否か思い悩んでいた──その時、ふとアクアが口にしていた言葉を思い出す。

 

「……なぁタナリス。女神は、信仰心によって力を得るってアクアが言ってたんだけど、本当か?」

 

 馬車の中でアクアが語った、女神の力。質問を受けたタナリスは、カズマと向き合って答える。

 

「その通りさ。人間の、闇を信じる心が強ければ強いほど魔界の住人が、光なら天界の住人が力を得られるよ」

 

 堕女神の僕も多分後者だよと、タナリスは笑って付け加える。女神と信じていないめぐみんだけが困惑する中、カズマは口元に手を当てる。

 山の麓には、アクシズ教徒の集まるアルカンレティア。アクアは、アルカンレティアの近くでなら冬将軍だって簡単に倒せると自負していた。

 そして今回の目的は悪魔の殲滅──女神アクアが悪魔に奪われた山を救うという筋書きで。きっと彼女は、自分の手でハンスを倒す気でいるのだろう。

 なら──今回だけは付き合ってやろうじゃないか。

 

「バージルさん! 確か狼になって走ってましたよね! 俺を乗せてアルカンレティアまで戻ってくれませんか!?」

 

 カズマはバージルへ、急いでアルカンレティアへ一緒に戻って欲しいと頼んだ。唐突にお願いされたバージルは少し面食らったが──。

 

「何のつもりか知らんが……いいだろう」

 

 反論はせず、狼のお面を取り出し顔に当てた。すると彼の身体は光を放ち、瞬く間に蒼い狼の姿へ変貌する。

 初めて変身を見ためぐみんは声を上げて驚く。カズマは闇夜に映える美しい毛並みに見入っていたが、今は急がなくてはと、タナリスがやっていたように狼化したバージルの背に跨る。

 

「タナリス! めぐみんのことは任せた!」

「オーケー。いってらっしゃーい」

 

 めぐみんをタナリスに預け、カズマはバージルの身体にしがみつく。乗客がいるのを確認したバージルは、帰る方向を見定め──強く地面を蹴り、猛スピードで駆け出した。

 

「ひぃあああああああああっ!? は、はやぁああああいああああああっ!?」

「口は閉じていろ。舌を噛むぞ」

 

 想像以上の速さに悲鳴を上げながらもカズマは必死にしがみつき、バージルと共に山を下っていった。

 

 

*********************************

 

 

 凍った露天風呂に取り残されたままのめぐみんとタナリス。二人を見送った後、めぐみんは不安そうに独り呟いた。

 

「カズマ……大丈夫でしょうか?」

「彼は、何の考えもなしに行動するような馬鹿じゃないんだろう? 心強いわんこもいるし、問題ないさ」

 

 めぐみんとは対照的に、二人の行方を楽観視していたタナリスは、不安を取り除くようにめぐみんへ話す。

 心配だが、残された者達は信じて待つしかない。めぐみんは同調するように頷く。それを見たタナリスは歯を見せて笑った後──手に持っていた鎌を構えながら振り返った。

 

「それよりも……どうやら遊んで欲しい子達がいるみたいだね」

 

 タナリスの前方──小さい猿の悪魔(ムシラ)が数体と、氷の悪魔(フロスト)が一匹、近付いていた。魔界の瘴気は晴れたものの、まだ悪魔は壊滅できていないようだ。

 小さく悲鳴を上げためぐみんは、近くの岩陰に慌てて隠れる。一方でタナリスは鎌を構えたまま動かない。そんな彼女へ、ムシラ達が一斉に襲いかかった。

 

「そらっ!」

 

 タナリスは横薙ぎでムシラ達を斬りつける。続けて吹き飛んだ一匹のムシラに接近し、連続で斬撃を加える。一匹を仕留めたら次のムシラへ。

 攻撃を仕掛けられても華麗に躱しつつ裏へ周り、斬り上げて空中で攻撃を続ける。時にはすくい上げるように鎌を振り、地上に立つ敵を強制的に浮かせて斬り刻んでいった。

 冒険者でも数少ない鎌使いの戦闘を、めぐみんは食い入るように見つめている。あっという間にムシラの集団を倒し、残るはフロスト一匹のみ。フロストは鋭い鉤爪を振りかざしながら襲いかかったが──。

 

「ちょっと大人しくしててね。『パラライズ』!」

 

 鎌で迎撃するかと思いきや、敵が眼前に迫った瞬間に手をかざし『パラライズ』を放ち、フロストを麻痺させた。元女神の補正もあるが、レベルアップした彼女の魔法は効いたようだ。

 動こうにも動けずもがくフロスト。拘束を確認したタナリスは、岩陰に隠れていためぐみんに声をかけた。

 

「めぐみん。君は一日一回爆裂魔法を撃たなきゃ夜も眠れない病にかかってるってゆんゆんから聞いたけど、今日のノルマは達成したのかい?」

「へっ!? い、いや、まだですけど……って私の爆裂欲求を病気扱いしないでください!」

「なら、この子にドカンと一発撃ち込もうじゃないか」

「はっ!?」

 

 タナリスが出したまさかの提案に、めぐみんは驚嘆する。しかしタナリスはもうその気になっているようで。

 

「僕がダメージをある程度稼ぐから、僕の合図でぶっ放しちゃってよ。あっ、雪崩が起きない程度には加減してね」

「た、確かに我が爆裂魔法であれば、氷の悪魔を屠ることも容易でしょう! しかし魔力を溜める時間が必要なんです! その間に他の悪魔が来たら、どうすれば──!」

「そんな君にうってつけのアイテムを紹介しよう。確かそこら辺に置いてある僕のアイテムバッグを探ってみて。赤い液体の入った瓶がある筈……おっとまだ動いちゃダメだよ。『パラライズ』!」

 

 めぐみんに指示を出しながら、麻痺の効果が切れる直前に再び『パラライズ』をかける。その傍らでめぐみんは近くにあったバッグを開け、中にあった瓶を取り出した。

 

「こ、これですか!?」

「そうそれ。飲んでみるとあらビックリ。誰にも気付かれない透明人間になれるのさ。けど一つだけ問題点があってね。まぁ簡単に解決できるものだけど」

「なんですか!? 早く言ってください!」

 

 恐らくこのアイテムも、ウィズ魔道具店で買ったものだろう。そう思いながらも、めぐみんは早く話すよう促す。

 急かされたタナリスは再び『パラライズ』をかけながら、めぐみんにウインクして答えた。

 

 

「服を着てると効果ないから、全部脱いでね」

「全っ然簡単に解決できないじゃないですか!? 第一ここ雪山ですよ!? ホットドリンクを飲んでアクアの魔法も受けているとは言え、こんな場所で裸になれと言うんですか!?」

「その問題は解消済みさ。熱帯地でも寒冷地でも使えるよう、体温を調整してくれるんだ。あと武器は持ってても大丈夫なよう改善されてるから、威力半減の心配もないよ」

「どうして細かい所を補完してて肝心な部分を改善しないんですか!? このアイテム作ったの絶対変態じゃないですか! ていうか本当に透明になれるんですか!?」

「僕が女湯で試したら、キッチリ透明になってたよ」

「そりゃあ女湯でなら気兼ねなく使えるでしょうね!」

 

 深刻過ぎる問題点を聞いて、めぐみんは声を荒げて文句をぶつけた。しかしタナリスは何を不満に思っているのかと、不思議そうに首を傾げながら切り返す。

 

「見られやしないんだからいいじゃないか。もし見られたとしても僕か、サヨナラする予定の悪魔しかいないし」

「た、確かにそうですけど──!」

「爆裂魔法を悪魔に撃ち込めて、経験値も稼げる絶好の機会だよ? 本当にいいの?」

「うっ……」

 

 今のめぐみんにとっては、下手な悪魔より悪魔らしいタナリスの誘惑。タナリスが相手に『パラライズ』をかける中、めぐみんは手に持っている小瓶とにらめっこする。

 女としてのプライドを守り、爆裂魔法を諦めるか。爆裂魔法を極めるために、恥を捨てるか。二つに一つ。

 飲まないで爆裂魔法を放つという選択肢を思いつかないまま、悩みに悩んだ末──めぐみんは選んだ。

 

 

*********************************

 

 

 一方で、山の八合目にある源泉。未だハンスは、アクアとの戦闘を続けていた。

 邪魔者もいなくなり、戦いは更に過激になっていったのだが……その中で、ハンスの脳裏にある疑念が。

 

「(コイツ……さっきより強くなってねぇか?)」

 

 対峙している聖職者の水魔法が、戦いの中で徐々に威力を増している。戦況の流れが変わっているのを肌で感じていた。

 では何故と、ハンスは疑念を晴らすべく原因を模索する。とそこへ、数段速度を増した水弾が飛来し、ハンスの右肩を掠めた。

 

「ぐぅうううっ……!?」

 

 人間であればただの掠り傷。しかしハンスは顔が歪まざるをえないほどの痛みを覚え、肩を射抜かれたかのように左手で負傷した肩を抑える。

 決して気のせいではない。つい先程まで格下だった相手が、対等以上まで上り詰めていた。攻撃の手を止めて構えている聖職者を、ハンスは怒りの眼で睨み返す。

 どうしてあの女は強くなっているのか。先程は戦いながら考えていたので気付けなかったが、手を止めた今、ようやく違和感の正体に気付いた。

 

「(山に漂ってた瘴気が……そのせいか……!)」

 

 悪魔が姿を現したのと同時に充満した、ハンスにとって心地よい瘴気が薄れていた。吹雪もやみ、嗅げば腹の虫が鳴りそうな芳しい悪魔の香りもほとんど臭わない。

 この場にウィズ達が現れるまでは、確かに瘴気も臭いも濃いままだった。変化を感じ始めたのは、あの男が崖から飛び降りた後。

 忌々しい光を浴びて自分の感覚がおかしくなったのか、もしやあのガキが──と、ハンスがただならぬ悪寒を覚えた時だった。

 

 

 少しの地響きと共に、けたたましい爆音がハンスの背後から鳴り響いた。

 

「な、なんだぁ!?」

 

 突然の出来事に、ハンスは敵を前にしているにも関わらず背後を振り返る。しかし相手のアクアも驚いたのか、ハンスと同じく爆発音が鳴った先を見ていた。

 丁度、あの男が魔法使いの女と共に飛び降りた崖の下。そこから橙赤色に燃え上がる炎と、灰色のきのこ雲が昇っていた。何が起こったんだとハンスが困惑する傍ら、その正体にいち早く気付いた女騎士が声を上げた。

 

「今のは爆裂魔法! とするとめぐみんは──!」

 

 彼女が嬉々と口にした、その時──先程の炎は狼煙だと言わんばかりに、摩訶不思議な出来事が起こった。

 

「……なんだ? 光?」

 

 星一つ見えない暗闇の空。そこに光が一筋、また一筋と──流星群のように姿を現した。

 

 

*********************************

 

 

 アクア達が戦いを続けている中、山の麓──アルカンレティアの街中を駆けずり回っている者がいた。

 

「今! 女神アクア様が邪悪の権化たる魔の者と戦っておられる! アクシズ教の者達よ! 祈るのだ!」

 

 一人は、アクシズ教団の最高責任者であるゼスタ。そしてもう一人は──バージルに乗って街に戻ってきた、カズマ。

 二人は街中のアクシズ教徒に祈りを呼びかけていた。しかし、アクシズ教徒でない彼が呼びかけても、教徒達は振り向きすらしないだろう。

 そう──ついさっきまでなら。

 

「さぁ祈れ! 俺達アクシズ教団の祈りで、女神様を助けるんだ!」

 

 郷に入っては郷に従え。彼の手にはアクシズ教団入信書が握られ──佐藤和真の名が記されていた。

 誰であろうと、信者ならば皆家族。願ってやまなかった赤ちゃんが生まれたかのように盛り上がるアクシズ教徒達は、新たな家族を迎え入れるように呼応した。

 

「アクシズ教徒はやればできる!」

「「「「上手くいかないのは世間が悪い!」」」」

「分らない明日の事より、確かな今!」

「「「「自分を抑えず、本能のおもむくままに!」」」」

「飲みたい時に飲み、食べたい時に食べる!」

「「「「犯罪でなければ何をやったって良い!」」」」

「魔王しばくべし!」

「「「「悪魔殺すべし!」」」」

 

 カズマと共に、アクシズ教の教義を叫ぶ信者達。そして──彼等は気付かないが、光を信じる者達の身体が白く光り出した。光はやがて空に飛び上がり、星のように山へ飛んでいく。

 祈りを捧げ、女神アクアを信じる彼等の姿を──建物の陰から、茶色い被衣に鎧を纏った男と共にバージルは見守っていた。

 

「やっぱアイツは、俺達と同じだった。ここまでの逸材だとは思いもしなかったけどな」

 

 顔に傷を負っていた男は、巣立った子を眺める親のようにカズマを見つめる。アルカンレティアへ戻るや否や、真っ先にこの男のもとへ出向きアクシズ教に入信したカズマを見た時は、バージルも驚きを隠せなかった。

 不思議と人を引き付ける才能もあってか、今やアクシズ教徒達の中心に立ち、気味悪がられて半ば無視されているゼスタよりも、教祖らしい立ち振る舞いを見せている。

 頭のおかしいアクシズ教徒には関わらない方がいい。世の常識に従い、これからは奴と距離を置くべきかと考えながら、バージルはその場を離れる。

 

「どこに行くんだい?」

「招かれざる客が来たようだ……先に断っておくが、アクシズ教徒になる気はないぞ」

「言われなくても、忌々しいエリス教徒から貰ったっつうアミュレットをさげてるような男を勧誘するつもりはねぇよ」

 

 男はしっしと手を払う。バージルは少し機嫌を損ねたが、唾を吐かれないだけ有情なのだろう。つくづく気に入らん連中だと溢しつつ、バージルは足を進める。

 街の中心から離れ、大聖堂の裏手にあった橋へ。その先から──山で見かけた下級悪魔が数匹、橋を渡らんと進軍していた。

 カズマの作戦を街にいたゼスタに伝えると「願いを届ける妨げになるかもしれない」と言って、街を覆っていた結界を解いた。吹雪は既に止んでいたので雪に見舞われる心配はなかったが、問題は悪魔。推測通り、彼等は街に足を踏み入れようとしていた。

 山と街を繋ぐ唯一の道である橋から、律儀にやってきた彼等を見たバージルは、不敵に笑って刀を抜いた。

 

「この橋、通れるものなら通ってみせるがいい」

 

 

*********************************

 

 

 アクシズ教徒達の光はアルカンレティアから、流れ星のように空を舞う。そして山の八合目──アクア達が戦っている場所の上空へと集っていた。

 ひとつ、またひとつと光は飛来し、空に光の球体を作り出す。煌めく光を見てハンスとダクネスが驚愕する中──アクアだけはこの正体を、光を作り出した者達を、きっかけとなった人物を知っていた。

 

「……カズマのくせに、粋なことしてくれるじゃない」

 

 彼女だけに聞こえるアクシズ教徒(可愛い子供達)と、新たな信者の声。皆の声援を受け、アクアは独り笑みを浮かべた。

 子供達にこれだけ慕われて、応援されて──負ける女神がどこにいる。

 

「いいわ! よーく目に焼き付けておきなさい!」

 

 アクアは片腕を挙げると、その手に花の蕾がついた杖を出現させた。程なくして蕾は花開き、桜色の花が咲く。とその時、呼応するように光の球体も変化を見せた。

 空に浮かぶ球体から光が溢れ落ち、真下にいたアクアへ吸収されていく。速度を増し、やがて全ての光が宿り──彼女と杖は、太陽の如き光を纏った。

 

「私こそ! 史上最強の! 麗しき水の女神──アクア様よ!」

 

 姿も口調も、普段の自信満々なアクアと変わらない。しかしそのオーラは、まさに神々しいものであった。ダクネスは彼女の後光に目を奪われる。

 ハンスも同じだった。が、ダクネスとは真逆の心境。悪魔の力を得ていた彼にとってアクアの光は、この世のどんな物よりも忌々しく──恐怖を覚えるものであった。

 

「ふざけるな……こんな所で! 貴様なんぞに! この俺様が消されてたまるかぁああああああああっ!」

 

 彼の脳裏に過った敗北──消滅の文字。それを認めかけてしまった自分への怒りか、ハンスは強硬に言い張り、己に秘められた魔力を高めた。

 途端に、彼の肉体から紫色のスライムが溢れ出す。スライムはどんどん肥大化していき、やがて元の姿は見る陰もない、おぞましい化物へと変貌した。

 真の姿を現したハンスに、ダクネスは戦慄する。しかし対峙していたアクアは、まるで危機を感じていないと笑みを浮かべたまま。

 

「こっちの世界じゃ、巨大化は負けフラグって伝えられてないのかしら? ま、やられ役のアンタにはお似合いね」

 

 そう言ってアクアは杖を幾度か回し、異形のハンスへ先端を向ける。一方でハンスは、全てを食らい付くさんとその巨体でアクアに迫った。

 開いた花の先に、白き光が形成される。生きとし生けるものを溶かし喰らう邪悪な存在を討つべく──アクアは叫んだ。

 

「ゴッド……レクイエムゥウウウウウウウウッ!」

 

 瞬間、光は『ゴッドレクイエム』となりて解き放たれる。ビームとして撃ち出されたそれは、迫っていたハンスに直撃した。

 おびただしい量の光を受け、ハンスは人のものではない悲鳴を上げる。しかし、彼がいくら泣き叫ぼうとも、彼女が手を緩めることはない。

 

「地獄でオネンネしてなさい!」

 

 トドメとばかりに、アクアは出力を更に高める。一筋の光は更に太くなり──やがてハンスの全てを飲み込んだ。

 彼のものであろう断末魔が途絶えた後、杖から放たれていたビームも消えた。アクアの纏っていた神々しい光も、今や影を潜めている。アクアは息を吐き、杖を立てて前を見る。

 

 空を覆っていた暗雲は消え去り──夜明けを知らせる太陽が昇った。




アクア様がハンスをぶっ倒すアニオリは、作画も相まってもっと評価されていいと思ってます。


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第53話「この宗教団体からサヨナラを!」★

 悪魔に奪われた山での戦い。当初の筋書き通り、女神アクアの手によって山は救われた。

 巨大な化け蛙の悪魔。悪魔を喰らっていたデッドリーポイズンスライムのハンス。隠れていたであろう悪魔の残党も、ハンスを倒した際の余波が山全体に及んだのか、全て駆除することができていた。

 また、余波を浴びたことでウィズは成仏寸前に陥ったものの、下山後にカズマが『ドレインタッチ』で魔力を分け与え、事なきを得た。

 

 女神アクアの新たな神話の誕生に、アルカンレティアは大盛り上がり。しかしアクアは「今日はちょっと疲れたから」と、信者達にバレないようコッソリ宿に戻り、昼まで熟睡した。

 疲れを癒やし、目が覚めたところでアクアはスキップしながら街へ出向いたのだが──。

 

「うわぁああああああああああああんっ!」

 

 アクアは大べそをかいて、宿に帰ってきた。今は寝泊まりしていた部屋で、ウィズの膝下に顔を埋めて泣き喚いている。涙が染みるウィズは、少し辛そうな表情を見せるもアクアの為に耐え続けていた。

 その場にはめぐみんとダクネスの姿も。同じ宿に泊まっていたバージルは、アクアが出かけた後すぐに外出しており、未だ戻っていない。タナリスは今の彼女を見兼ねたのか「保護者を呼びに行ってくる」と退室した。

 

「出ていった時とはえらい違いですね。一体何があったんですか?」

「うむ。実は──」

 

 不思議に思い尋ねるめぐみんへ、アクアに同行していたダクネスは事の顛末を話した。

 

 アルカンレティアの噴水広場。アクアは自身の女神像をバックにアクシズ教徒達へ、自分こそが山に蔓延る悪魔を殲滅した女神アクアであると、声高らかに告げた。女神だと明かして混乱を招く危険よりも、褒められたい欲求が勝ったのだろう。

 しかし、これを聞いたアクシズ教徒達が発したのは──罵声であった。「我らが女神アクア様を騙るな」と、誰一人として信じてもらえなかったのだ。隣にエリス教徒を示すペンダントを下げたダクネスを侍らせていたのもあるが、彼女が女神たる力をもって悪魔を倒した場面を、ダクネス以外見ていなかったのが大きな要因であろう。

 これが一般人であればヤンキーの如く突っかかれたのだが、相手はアクアにとって可愛い子供達。文句をぶつけることはできずその場を去り、こうして独り泣くことしかできなかった。

 悪魔を倒して下山した後に宿へ帰らず、盛り上がっていたアクシズ教徒達の前に姿を現していれば、ノリもあって信じる者は増えていたであろうに。

 

「わだじっ……ずごぐがんばっだがら! いっばい褒めで欲じがっだだげなのにぃいいいいいいいいっ!」

「とばっちりで罵られて私は嬉しかったが……アクアの褒められたい気持ちもわかる。私でよければ労わせてくれないか?」

「……じゃあ、私が女神だって信じてくれる?」

「……あぁ」

「間っ! 信じてないけど、かわいそうだし今回だけは嘘吐いてやるかって考えてそうな間があったわ! やっぱり誰も信じてくれないのよ! うわぁああああああああんっ!」

「あの、アクア様……そろそろ泣き止んでくださると嬉しいんですが……涙がヒリヒリして……」

 

 半ば人間不信に陥って泣き続けるアクア。膝を貸しているウィズはそろそろ限界の様子。

 しかし、こうなったアクアはしばらく泣き止まない。どうしようもできず、めぐみんとダクネスは顔を合わせる──とその時。

 

「キャンキャンキャンキャンいつまでもうっせーんだよ駄女神! いい加減泣き止めや!」

 

 聞けば思わず身体が跳ねてしまうような大声を放ち、カズマが部屋に入ってきた。彼を呼びに行っていたタナリスは、彼の背後からそろりと入室する。

 彼のお叱りを受けたアクアは、先程までの大泣きが嘘のようにピタリと止まる。そして不機嫌極まりないといった顔を見せ、ズカズカとカズマに歩み寄りながら言い返した。

 

「アンタ……こういう時は空気を読んで、慰めの言葉をかける場面でしょ!? そんなんだから元の世界で彼女の一人もできない非モテ陰キャだったのよ! まず私を慰めて! 流石アクア様って褒め讃えなさいよ!」

「褒めてもらおうとねだる落ちぶれた女神を誰が讃えるか! こちとらなぁ……お前のせいで温泉の質を変えられたから、ウィズが入浴できなくなったって知って超落ち込んでんだよ!」

 

 カズマの言う温泉の件──山に蔓延る悪魔が消え去った後、今までの情景が嘘だったかのように氷は溶け、温泉がアルカンレティアに帰ってきた。

 しかし源泉の管理人曰く、湯の質が変わっていた。一般人には単なるお湯にしか感じないが、神聖属性付きの温泉になっていたのだ。アクアが放った光の余波によるものだろう。

 試しに指先だけ触れたウィズが言うには「全身浸かるとたちまち溶けてしまいそう」とのこと。魔族にとっての熱湯地獄と言うべきか。

 

「俺が何を楽しみに早起きしてまでアルカンレティアに来て、あまつさえ悪魔退治に乗り出したか知ってるか!? ウィズとの混浴だ! それ以外はどうだってよかった! 悪魔を倒したら温泉が蘇って、ウィズと裸の付き合いができるって期待してたのに! なんでお前は最後の最後で余計なことをやらかすんだ!」

「私だってそんなつもりはなかったわよ! 事故なんだから仕方ないじゃない! そもそもアンタが余計な手出しをしたから、ややこしい事態になったんじゃないの!」

「俺の助けがなきゃ敗戦必至だったくせに、よくそんな大言が吐けたもんだな!」

「勝てましたー! アンタの協力なんか無くてもあんな雑魚余裕でぶっ倒せましたー!」

 

 睨み合い、責任をなすりつけ合う二人。言い争っている姿が見ていて楽しいのか、タナリスは愉快そうに笑っている。

 ウィズは案の定、オロオロと困惑状態。残るダクネスとめぐみんはというと、どちらもカズマに白い目を向けていた。

 

「この男、ついには本人の前でも構わず混浴目的だと明かしたぞ……」

「恐らく、アクシズ教徒になった影響でしょう。以前のカズマよりも、欲望に忠実となったように思います」

 

 ひそひそと、カズマのセクハラ発言について苦言を話す。その声が聞こえていたのか、カズマは「あっそうだ」と睨み合いをやめ、ポケットに手を入れる。

 取り出されたのは、折り畳まれた紙。カズマは両手で開き、アクアに紙の内容を見せる。それは、カズマの名前が記されたアクシズ教団への入信書であった。彼は紙の上部分を両手で摘み──。

 

「フンッ!」

「あぁああああああああああああっ!?」

 

 力を込めて、真っ二つに引き裂いた。アクアが悲鳴を上げる中、カズマは更に手を動かし、紙を破り続ける。

 幾度も幾度も、バージルの居合が如く裂き──入信書であったそれは、もはや原型を残していない紙くずとなってしまった。

 

「今すぐ戻して! それか新しい入信書貰って書き直しなさい!」

「俺はな、アクシズ教徒の協力を得るために仕方なーく、ちょーっとだけ入信したんだ! あんなクレイジー集団、二度と入るか!」

「な、なぁめぐみん。アクシズ教徒というのは、入信書を破いただけで脱退できるものなのか? 入ったが最後、死ぬまで抜け出すことはできない呪いの宗教とも聞いているが……」

「アクシズ教から足を洗ったという前例を知らないので何とも……タナリスはどう思いますか?」

「んー、カズマが抜けたって言うなら、そういうことでいいんじゃない?」

 

 正式な方法かどうか定かではないが、アクシズ教から脱退したカズマ。入信した時は少しばかり見直したのだが、女神だと知っていながらも本人を前に堂々と入信書を破り捨ててきたことで、アクアは思い違いだったと確信を得る。

 やはりこの男は、女神である自分をいつまでも冒涜する、決して相容れない存在だ。

 

「もういいわよ! カズマの恩知らず童貞! 引きこもり背徳者! 罰当たりニート!」

 

 捨て台詞を吐きながら、アクアは部屋から出ていった。残された者達の中、言い争って疲れたのかカズマはため息を吐く。

 彼にとってはよくあることなのだが、喧嘩別れの空気に耐えられなかったのか、ウィズがおずおずと謝りだした。

 

「あの……すみませんでした。私がアクア様を泣き止ませてあげられたら──」

「いやいや、ウィズは何も悪くないよ。アイツはちょっとやそっとじゃ泣き止まないし、嘘泣きの時だってある」

「ですが……それに、私がアルカンレティアの温泉に入れなくて、カズマさんは落ち込んでいたと……」

「あぁそれか。正直堪えたけど……入れないもんは仕方ない」

 

 ウィズとの混浴を惜しむように、カズマは独り肩を落とす。しかし切り替えるように両頬を叩くと彼女等に振り返り、いつもの調子で告げた。

 

「ま、ダクネスでいいか。ほら、混浴に行くぞ」

「誰が行くか馬鹿者! しかも私で妥協するような言い方ではなかったか!?」

 

 自然な流れで入浴にお誘いしたが、ダクネスは誘い方がお気に召さなかったようだ。断られたカズマは、不思議そうに首を傾げる。

 

「何嫌がってんだよ。生まれたまんまの姿を見せあいっこした仲じゃないか」

「わわわわ私は見せたくて見せたわけではない! ってお前! やはりあの時のことを覚えているな!?」

 

 屋敷で起きた一件を引き合いに出され、ダクネスは赤面しながらも言い返す。今度はカズマとダクネスの言い合いに発展。その様子を、めぐみんは面白くなさそうに見つめていた。

 

「じゃあ、僕はお先に女湯へ入ってくるよ。めぐみんも行く?」

「えっ? あっ……はい」

 

 とそこへ、タナリスからのお誘いが。めぐみんはそれに頷くと、タナリスはバッグからお土産の食べられる洗剤石鹸を一箱取り出し部屋の外へ。めぐみんもちょむすけを抱いて、タナリスの後を追った。

 残されたカズマ、ダクネス、ウィズの三人。ダクネスに胸ぐらを掴まれ揺らされていたものの、二人が出ていったのをバッチリ見たカズマは、ダクネスに向き直る。

 

「悪かったダクネス。疲れもあって、ちょっとイライラしてたみたいだ。男湯に入って癒やしてくるから離して痛いっ!?」

「行かせるか! 貴様絶対覗くつもりだろう! ウィズ! このケダモノを取り押さえるのを手伝ってくれ!」

「えぇっ!? えっと……どうしたら……」

 

 覗き目的で男湯に行こうとしたカズマを、ダクネスは無理矢理押し倒し、上から乗っかり拘束する。目まぐるしく変わる状況についていけないのか、助力を頼まれたウィズは混乱する。

 

「同じ屋根の下で暮らしているから、流石に俺の思考も理解し始めたようだな! だが、こんな甘っちょろい拘束で諦めるカズマさんだと思うなよ!『ドレインタッチ』!」

「んあぁああああっ! ふっ……くっ……! なんのこれしゅきぃいいいい!」

 

 『ドレインタッチ』を受けたダクネスは、官能的な声を出すものの力は弱めず。宿部屋で男の上に女が跨るという、端から見れば行為のそれであったが二人は気付かず。

 いつどきかのお見合いで行われたような二人の戦いは、やがて忘れ物を取りに帰ってきためぐみんに目撃され、誤解を招きそっ閉じされようとしたところで終わりを迎えた。

 

 

*********************************

 

 

 宿でカズマ達が騒ぎに騒いでいた昼頃から時間は過ぎ──青い半月が空に浮かび上がった夜。

 

「これが足湯か……悪くない」

 

 同じ宿の中にあった足湯で、バージルは独り寛いでいた。

 本来ならば温泉にゆったり浸かっているところであったのだが、アクアのせいで神聖属性が付与されてしまった。我慢して入れないことはないのだが、温泉とはリラックスして過ごす場所。痛みを伴いながら入るなんてもってのほかだと、バージルは入る気すら起きなかった。

 なので源泉を使っていない銭湯に入ろうとしたが、偶然にもアクアの話していた足湯を見つけた。こちらも源泉未使用だったため、試しに利用してみた結果、彼のお気に召したようだ。

 足だけでも温まるものだなと実感しながらバージルは外の風景を眺め、今日の出来事を思い返す。

 

 悪魔討伐後、彼は再び山へ登り、悪魔の痕跡がないかを調べた。彼等の移動手段を掴めればと思ったが……どこにもそれらしきものは見当たらなかった。

 山には下級悪魔だけでなく、網目を通ることのできない上位の存在も見られた。彼等が通った出入り口は、魔界側か人間界側か、特殊な方法によって開かれた可能性が高い。

 が、魔界の瘴気によって、あの場所だけ網目が広がっていた選択肢も捨てきれない。大きな進展は無しかと、バージルは息を吐く。

 

 そんな時──ガラガラと扉の開く音が鳴ったと思うと、聞き慣れない女性の声が彼の耳に入った。

 

「お隣、よろしいかしら?」

 

 足湯にはバージルと、今しがた入ってきた女性しかいない。声をかけられているのは明白であったが、バージルは返答せず。

 相手は好きにしていいと判断したのか、彼の右隣に腰掛ける。冒険者を思わせる服装であった彼女は、何も装備していない両足を湯の中に入れた。

 白い肌に、髪色はバージルの服と対照的な赤。猫のような黄色い目を持つ女性の額には、ひし形の紋章が記されていた。彼女は心地よさそうに息を漏らした後、隣のバージルへ自ら話しかけてきた。

 

「貴方も旅行客?」

「そんなところだ」

「同じね。この街は初めてかしら?」

「あぁ。できれば二度と来たくはない」

 

 アクシズ教徒のしつこい勧誘を思い返しながら、バージルは言葉を返す。疲労を感じさせる彼の姿がおかしかったのか、女性は口元に手を当ててクスリと笑った。

 

「私、温泉に入るのが好きだから、この街には何度か来ているのよ。でも……どういうわけだかお湯の質が変わっちゃったみたいで、私の肌に合わなくなったの。お気に入りの温泉が多かったのに、残念だわ」

 

 女性はおもむろに片足を上げ、湯が足を伝って落ちていくのを見ながら話を続ける。

 

「でも代わりに穴場を見つけられたから、結果オーライね。足だけって聞いた時は微妙に思ったけど、中々良いものだわ」

「物足りなさは否めんがな……ところで」

 

 バージルは、隣に座る女性へ顔を向ける。女性が首を傾げながら言葉を待つ傍ら、バージルは尋ねた。

 

「温泉談義をするために、俺のもとへ来たわけではあるまい?」

「……そんな怖い目で睨まないで頂戴。私は、戦うつもりなんてないんだから」

 

 彼の、追い込まれた悪魔が恐怖を覚える冷たい目。しかし女性は敵意を向けられようとも、怯えることなく笑いながら言葉を返した。

 

「そうね。まずは自己紹介から始めましょうか。私はウォルバク。怠惰と暴虐を司る女神であり、魔王軍幹部の一人よ」

「ほう、邪神と聞く女神ウォルバクか」

「邪神って呼ばれてるのは、印象の良くない感情を司ってるのもあるけど、大抵はこの街に住んでるアクシズ教徒の仕業よ」

 

 邪神呼ばわりは不本意なのか、ウォルバクは足を組みながら不満をたれる。

 

「貴方はバージルでしょう? 噂は聞いているわ。ベルディアを一人で倒したり、あの機動要塞デストロイヤーを剣一本で止めたとか……まるで悪魔のような姿に変身して」

 

 顔を覗き込むようにバージルを見て、ウォルバクは悪戯に笑う。バージルの睨みが更に強まったが、彼女は気にせず話を続けた。

 

「近くの山に潜んでいた魔王軍幹部のハンスも、昨日討たれたそうね。彼の魔力も今は感じない」

「なら、仇討ちでもしてみるか? 足湯から上がった後でなら、俺はいつでも構わん」

「言ったでしょ。戦う気はないって。私、今日はお礼を言いに来たのよ」

「……礼だと?」

 

 脅威とみなして排除しに来たと踏んでいたバージルは、意外な言葉を耳にして思わず聞き返す。対するウォルバクは、組んでいた足を解き、湯の中で足を伸ばしつつ告げた。

 

「あのハンスは、どのみち私達が始末する予定だった。それを代わりにやってくれたから、手間が省けて助かったわ」

 

 彼女の言葉に、バージルは再び耳を疑った。

 城の結界維持に関わっている魔王軍幹部を消すなどデメリットでしかない。代わりとなる戦力が見つかったので、ハンスを切り捨てるつもりだったのかと考えたが、それよりも有力な説が一つ。

 返答次第では、事の真相に近付ける。バージルは単刀直入に尋ねた。

 

「山に漂っていた魔界の瘴気……あれは貴様等の仕業ではないのか?」

「アルカンレティアへの妨害活動計画について、あそこまでやれとは聞いていなかったわ。一体誰の仕業なのかしら」

 

 ウォルバクはため息混じりにそう答える。嘘を吐いている様には見えない。返答を聞いたバージルはウォルバクから目を外し、夜空を見上げる。

 原因は掴めないままであったが、魔王軍の関与の有無が判明しただけでも大きな進展だ。もっともそれは現時点のことであり、悪魔に目をつけた魔王軍が仲間に引き入れる可能性もあるのだが。

 

「さてと……私は先に上がるわ。縁があれば、また会いましょう」

 

 とそこで、ウォルバクは湯から足を抜いて立ち上がる。バージルにウインクをしてから、水気のある足音を立てて足湯から去っていった。彼女の姿を見送ったバージルは、小さく鼻を鳴らして正面を向く。

 邪神ウォルバク──初めて出会った筈なのだが、彼女の漂わせる雰囲気と魔力には、どういうわけか覚えがあった。どこかで会っていただろうかと、彼は記憶を掘り起こす。

 

「(……まさかな)」

 

 丸々とした黒いフォルムに、十字架模様を額に付けた一匹の猫。頭のおかしい見習い魔女の使い魔が何故か真っ先に浮かんできたところで、バージルは思考をやめた。

 

 

*********************************

 

 

 ウォルバクが退室した後、バージルはしばらく足湯を堪能してからあがった。その時にはもう、他の宿泊客は軒並み寝静まっている時間になっていた。

 宿の廊下を寄り道せず歩き、泊まっている部屋の前に辿り着く。そして、閉じられていた筈の扉が半開きになっていたのを目撃した。

 鍵は締めたのだがと思いつつ、部屋の中へ。荒されている様子はなく、泥棒が入った痕跡も見当たらなかったが……代わりに、ベッドが不自然に盛り上がっていた。バージルはベッドに近付き、その正体を確認する。

 

「くかー……」

 

 どういうわけだか、バージルのベッドでアクアがぐっすりと眠っていた。自称妹という立場を利用して宿主に上手く説明し、部屋に侵入したのだろう。

 寝心地が良いのか、よだれを垂らして顔を綻ばせている。女神たる力を持っていた昨夜の彼女はどこへやら。 

 

「んへへ……そう……わたしがみずのめがみ……あくあさまよぉ……」

 

 どんな夢を見ているのか容易に想像できる寝言を、アクアは舌足らずな声で呟く。彼女を見つけ次第、温泉を台無しにされた腹いせに拳骨のひとつでも食らわせるつもりでいたバージルであったが……アクアの寝顔を見てか、その気はとうに失せていた。

 もしここで叩き起こした後、騒がれては面倒になる。それに彼女をベッドから退かしたとしても、女神のよだれ付き枕では寝る気も起きない。バージルはため息を吐き、室内にあった椅子に座った。

 視線の先は、幸せそうな表情のアクア。カズマと口喧嘩をしてどこかへ行ったと聞いていたが、何を思ってここへ来たのか。バージルには全く理解できないまま、静かに目を閉じた。

 

 

*********************************

 

 

 翌日。もうアルカンレティアに用はなかったので、カズマ達は朝一に街を発った。未だ帰ってきていないと思われたアクアは、何故かバージルに首根っこを掴まれて合流した。

 馬車乗り場に赴き、行きと同じ御者の馬車に乗せてもらうことに。席は五人分ということで、そこにはカズマ御一行プラスアルファ──内、バージルとアクアを除く五人が座っていた。使い魔であるちょむすけは、お気に入りなのかウィズの膝下でくるまっている。

 ゼスタによる見送りを受け、馬車は進み出す。門を抜け洞窟を抜け、離れていくアルカンレティアを惜しみながらカズマは口を開いた。

 

「湯治が目的だったのに、全然休めた記憶がない」

「僕だってそうさ。数少ない連休を使っての旅行だったのに。まぁお土産買えたし、悪魔狩りも楽しかったからいいけど」

 

 アクシズ教徒の熱烈な勧誘から始まり、悪魔との遭遇、魔王軍幹部との決戦。湯治と呼ぶにはあまりにも過酷であった。旅行目的で訪れていたタナリスも、同調するようにカズマへ話す。

 彼女の「悪魔狩り」という言葉を聞いて、カズマはふと思い出す。アクシズ教徒に祈りを呼びかけていた時、山で起きた爆発──十中八九めぐみんの爆裂魔法であろうが、うっかり本人に聞きそびれていた。

 

「なぁめぐみん。俺がバージルさんと街に戻った後、山の方で見覚えのある爆発が起こったんだが──」

「ちゃ、ちゃんと雪崩が起きないよう威力は抑えましたよ!」

「お、おう。そうか」

 

 尋ねると、めぐみんは食い気味に答えてきた。以前の雪精討伐で放った時に雪崩は起きなかったので、そこは心配していなかったのだが、めぐみんの圧に押されたカズマは思わずたじろぐ。

 めぐみんはカズマから目を離し、外の風景を眺める。とその時、めぐみんの心情を察しているかのように、タナリスが補足する形でカズマに伝えた。

 

「僕が抑えてねって言ったのもあるけど、恥ずかしさのあまり集中できなかったんだよ。なにせすっぽんぽんで──」

「わぁああああああああああああああああっ!?」

 

 めぐみんは赤面し、隣に座っていたタナリスの口を慌てて塞ごうとする。が、タナリスはキッチリ両手でガードして防いだ。

 めぐみんの大声によってタナリスの言葉は遮られたように思えたが、カズマが聞き逃す筈もなく。

 

「タナリス、その話もっと詳しく」

「身体が凍えそうな雪山で自ら服を脱ぎ捨てて、悪魔に爆裂魔法を放ったのさ。あの恥ずかしくて死にそうって顔してためぐみんは貴重だったなぁ」

「脱がないと透明化ポーションの効果がでないってタナリスが言ったんじゃ……! って、どうして透明になっていた筈の私の顔を知っているのですか!?」

「後からバッグの中身を調べてわかったんだけど、めぐみんが飲んでたのは透明化のポーションじゃなくて、ホットドリンクだったみたい。見た目が似てたから間違えちゃったんだね」

「……はっ?」

「だから、めぐみんの姿はバッチリ見えてたよ。悪魔に襲われなかったのは、君の運が良かったから──」

「ぬがぁああああああああああああっ!」

 

 平然と話すタナリスへ、めぐみんは怒り半分羞恥半分で突っかかった。しかしタナリスは明るい笑みを絶やさない。

 一方で、カズマの隣で話を聞いていたダクネスは、向かいに座るめぐみんを困惑した様子で、そして若干引いた目で見ていた。

 

「め、めぐみん……好きでやっているのなら、口を挟むべきではないだろうが、その……まだ若いんだ。もう少しまともな趣味を持った方が──」

「ダクネスから変態扱いされる日が来るとは思いませんでしたよ! 違いますからね!? 自分から好んで脱いだわけじゃないですから!」

「中二病、爆裂娘、ロリっ子ときて今度は露出狂か。どんだけ属性加えれば気が済むんだよ。ま、俺は別に構わないけどな。爆裂露出プレイしたくなったらいつでも付き合ってやるから」

「勝手に加えないでください! そんな爆裂魔法の冒涜に値するプレイ、二度とするつもりはありません!」

「えっ? でも爆裂魔法放った後に、解放感があってちょっとクセになりそうって──」

「しゃあああああああらぁああああああああああああっ!」

 

 

*********************************

 

 

 カズマ達を乗せた馬車が騒がしくも道を進んでいる一方、馬車に乗っていなかった残る二人はというと──。

 

「んー……風が気持ちいいわねー」

 

 アクアは狼化したバージルの背に乗り、快適な狼乗りで帰り道を進んでいた。

 馬車乗り場にて、馬車の席が五人しかないと聞いたバージルは、タナリスをカズマに任せて自分はテレポート水晶で帰宅しようとしたが、そこにアクアが「狼になったお兄ちゃんに乗って帰りたい」とお願いしてきた。

 勿論バージルは断ったが、アクアも当然の如く駄々をこねた。その場には見送りとして来たゼスタもおり「そんなのお兄ちゃんじゃない!」と、異様に腹が立つ顔と声でアクア側についた。最後は、カズマの「今回だけは」という押しが決まり手となり、バージルから折れた。

 バージルは狼の姿(ウルフトリガースタイル)で、カズマ達の馬車を先行するように、かつ決して猛スピードを出さないというアクアの要望に従い、ほどよい速さで走っていた。

 

「ねぇお兄ちゃん」

「なんだ」

 

 日が真上に昇ろうとした頃、アクアが話しかけてきた。バージルは足を止めず耳を傾ける。

 

「タナリスから聞いたんだけど、お兄ちゃんのいた世界にも日本があるって本当?」

「……行ったことはないがな。それがどうした?」

「そっちの日本にも、私のような可憐で美しい女神がいたのかなーって。タナリスは、他の国にいた女神はよく知らないって言ってたから。あの子ったら、前の世界ではぼっちだったのかしら」

 

 しょうがない子だと、アクアは息を吐きながら話す。日本の神については本で読んだだけで、日本人と比べて詳しくはないのだが、彼は記憶を思い出しながら質問に答えた。

 

「日本では天照大神を始めとした、数々の神が神話として語り継がれているそうだが……」

「えっ? お兄ちゃんの世界にもアマテラス様っていたの?」

「……ということは、貴様の世界にも?」

「いたわよ。ながーい金髪で、見た目はタナリスよりも小さくて、誰にでも明るくて優しい神様なの。私も派遣したての頃はお世話になったわ」

 

 アクアは空を見上げ、元いた天界ついて思い耽る。アクア、もといカズマがいた世界にも日本があることは聞いていたが、同名の神まで存在するとは思っていなかった。

 自分のいた世界とカズマのいた世界は、似て非なる平行世界と呼ばれる関係かもしれないと、バージルは推測する。もしかしたら自分やダンテ、果てはスパーダに酷似した人物も、どこかの世界で存在しているのかもしれない。

 

「神格試験? とかやらされたけど、私は全部一発でクリアしてやったわ! アマテラス様からも、お前は将来有望な女神になれそうだって褒められたし!」

「そっちのアマテラスは、神を見る目がなかったか」

「ちょっとお兄ちゃん! それどういう意味!?」

 

 突っかかってくるアクアを落とさぬよう、バージルは草原を駆けていった。

 

 

*********************************

 

 

「行ってしまわれたか……アクア様……」

 

 アクシズ教団本部。カズマ達を見送った後、ゼスタは自室に赴き、窓から差す太陽の光を浴びながら女神様を想う。

 彼の背後には、何枚かの紙が挟まれたボードを手に持つ女性が一人。バージルとタナリスが初めて大聖堂を訪れた際、掃除係として偶然立ち会わせ、女神アクアの御尊体を見て気を失ったプリーストであった。

 彼女は紙に目を配った後、祈り中のゼスタに顔を向けて口を開いた。

 

「ゼスタ様の指示通り、破壊されていた山道への門、及び温泉の水質を変えられた賠償金は、全て鬼いちゃんに請求致しました」

「ご苦労。アクア様が選ばれた以上、兄としての役割を全うしていただかねばな」

 

 プリーストの報告を受け、ゼスタは祈りを中断して彼女に労いの言葉をかける。

 全ての温泉がただのお湯に変えられ、街の主要産業を破滅させられた。やったのはアクアであるが、彼女に請求するという罰当たりなことはできないので、全てバージルへと何のためらいもなく請求した。

 もっとも、今のお湯には傷を癒やす効果や、アンデッドや悪魔に有効な聖水の効果もあり、以前よりも多くの収益を得られると見込まれているのだが。

 

「もう一つ。アクア様がご宿泊になられていた宿にて、新たな信者であるサトウカズマさんが入信書をビリビリに破かれたとの情報が」

「やはりですか……えぇ私はわかっていましたよカズマさん。貴方には、いち早く反抗期が来るであろうと」

 

 それを聞いたゼスタはうんうんと頷き、プリーストがいる方へ振り返る。そして机に備えられていた一つの大きな引き出しを開け、そこにしまわれていた額縁を取り出した。

 

「手を打っておいて、正解でしたな」

 

 額縁の中には、カズマが破ったとされる彼の名前が記された入信書が、傷一つない状態で飾られていた。

 女神アクアの手で魔の脅威が滅ぼされたあの夜。ゼスタは偽の入信書を作り、アクシズ教徒と共に宴を楽しむカズマの目を盗み、すり替えていたのだ。カズマの直筆サインが記された入信書を見て、ゼスタは満足気に笑う。

 

「ムカつく鬼いちゃんと忌々しいエリス教徒だけでは不安でしたが、私の親友めぐみんさんと、次期アクシズ教団最高責任者に相応しいカズマさんなら安心だ。お二人に、女神アクア様の祝福があらんことを!」

 

 めぐみんへ、そしてアクシズ教徒絶賛継続中とは知らないカズマへ、額縁を掲げながらゼスタは祈りを捧げた。

 




イラスト:渡鴉(黒)様

【挿絵表示】


魔剣教団がアクシズ教団に成り代わってたらどうなっただろうか。


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Secret episode 5「The Devil's Invitation ~悪魔の誘い~」

 まだ、バージルのもとへ招待状が届く前のこと。異変が起こっていたアルカンレティアの山を、一人の女性が登っていた。

 

「……どういうことなの?」

 

 三合目まで登った辺りで、彼女は周囲を見渡しながら独り言つ。

 白い雪に覆われ、脇に氷が点在している山道。吹雪が止む様子はなく、彼女のマントと長い髪を激しく揺らしている。かといって、雪精が蔓延っているわけでもない。

 この時点で異常気象だと判断できるが、この山を異常たらしめているのは他でもない。山全体を覆っているように感じられる──悪魔が好む、魔界の瘴気。

 当然、山には悪魔が多数存在していた。肉体を持つ者もいれば、実態を持たず依代を探し求めている者も。ただの人間がここを彷徨えば、たちまち悪魔に身体を奪われてしまうだろう。

 しかし彼女には関係ない。魔王軍幹部のひとり──邪神ウォルバクには。

 

「(アルカンレティアに妨害行為を加える計画は立てられていたし、その為に幹部が一人派遣されたのだけれど……ここまで被害を広げるようには指示されていなかった)」

 

 危険な山道を悠々と歩きながら、ウォルバクは頭を働かせる。ここへ飛ばされた筈の幹部は、魔の瘴気を発生させる術は持っていなかった。とすれば瘴気は偶発的に自然発生したか、第三者が蔓延させたか。

 

「(それに、あのアクシズ教徒達が街に結界を張るだけで山に攻め込もうとしない……今は感じられないけど、相当な力を持った悪魔が潜んでいるのかしらね)」

 

 頭のキレる実力者ほど、力を隠し紛れるもの。悪魔を心底憎むアクシズ教徒ですら手を出せないとは、一体どのような悪魔なのかと、ウォルバクは少し興味を抱く。

 とにもかくにも、まずは話を聞きに行かなければ。ウォルバクは身に染みる寒さに耐えながら歩を進めた。

 

 

*********************************

 

 

 八合目まで登り、元は源泉と思わしき氷の池がいくつか確認できる場所まで辿り着いた。

 その中でも一際広い氷池の縁に沿って進んでいると、崖の付近に人影を見た。彼は雪が払われた地面に座り、吹雪が立ち込める暗闇を見据えている。ウォルバグは彼の背後から歩み寄り、声が届く距離まで来たところで自ら話し掛けた。

 

「久しぶりね、ハンス」

「……あっ?」

 

 魔王軍幹部の一人、デッドリーポイズンスライムのハンスは、ウォルバグの声を聞いて気だるげに振り返る。しばし彼女の顔を見つめ、ようやく気づいたハンスは手を挙げながら返した。

 

「誰かと思ったらウォルバクじゃねぇか。こんな山中に来てまで、何の用だ?」

「魔王様から幹部の現状を確認するよう命令されたのよ。で、まず貴方の所に来たってわけ」

「それはそれは、こんなクソ寒い中でご苦労だったな」

「全くよ。道中で面倒な子達に絡まれたし……ねぇハンス、一体何があったの? 貴方が派遣された時から、山はこの有様だったの?」

 

 少しの談笑を交えてから、ウォルバクは山の異変についてハンスに尋ねる。対して彼は首を横に振って答えた。

 

「いや、まだ何の変哲もない静かな山だった。源泉に裏工作するために登っていたら、この瘴気がいつの間にか蔓延し始めたんだ」

「一体誰が……」

「悪魔共の相手をするのに手一杯だったから、原因なんざ何も調べてねぇよ」

 

 先に来ていたハンスなら何か知っていると期待していたウォルバクだったが、彼の返答を聞いて小さく落胆の息を吐く。

 しかしその一方で、ハンスは愉快そうな声色に変えながら言葉を続けた。

 

「まぁ俺は感謝してるけどな。美味い悪魔を喰いまくって腹も膨れたし、前とは比べ物にならねぇほど力が増した。今の俺だったら、お前を軽く捻って喰っちまうこともできそうだ」

 

 悪戯に、不敵な笑みを見せるハンス。ウォルバクはそれを見て身構えたが、ハンスは「冗談だ」と言って顔を背け、再び暗闇を見つめ始めた。

 ここで再会して最初に疑問を抱いた、魔王城で最後に会った時とは段違いだった彼の魔力。理由を聞いてウォルバクは納得すると同時に、ある懸念を抱いた。それを確かめるべく、ウォルバクは彼に問う。

 

「魔王様が私達幹部に言ったこと、覚えてる?」

「あん?」

「敵は、魔王軍と敵対する冒険者のみ。無害な人間は殺さない」

 

 再度振り返ってきたハンスへ、ウォルバクは確認するようにハッキリと伝えた。

 

「今回の計画は、冒険者以上にアクシズ教団が厄介だからという理由で立てられたけど、目的はあくまで破壊工作のみ。人間を殺すことは命じられていない。わかっているわよね?」

「あー……そういや確かに、魔王の野郎が言ってたなぁ」

 

 ウォルバクの話を聞いたハンスは、面倒臭いとばかりに頭を掻きながら呟く。その声を聞いたウォルバクは、独り目を伏せた。

 

「忠告はしたわよ。それじゃ」

 

 ハンスの生存確認、現在の様子は確認できた。もう用は無いと、ウォルバクはハンスにそれだけ言って踵を返す。

 振り返って彼の姿をもう一度見ることもせず、来た道を戻っていく。脳裏に浮かぶのは、悪魔喰らいを自慢げに語っていたハンスの姿。

 

「(あの様子だと時間の問題……いえ、もう既に喰われているのかもしれないわね)」

 

 遅かれ早かれ、魔王の命に背いてアルカンレティアにおもむき、無害な人間を襲ってしまうだろう。果てには同胞である魔王軍にすら。

 早い内に芽を摘んでしまうべきかと考えたが、まずは絶対君主たる魔王に報告し、指示を仰ぐべきだと判断し、ここでは手を出さなかった。

 魔の力に魅了され、手遅れとなってしまったハンスをほんの少しだけ憂いながら、ウォルバクは足を進める。

 

 その背後──暗闇の中で目を光らせ、命を狙う悪魔達を気にもとめずに。

 小さい猿のような悪魔、氷の肉体を持った悪魔が数匹、背後から彼女へ忍び寄る。やがて五メートルにも満たない距離まで近づいたところで、彼等は一斉に飛びかかった。

 

「『インフェルノ』」

 

 瞬間、悪魔達の前に灼熱の炎が出現し、あっという間に彼等を飲み込んだ。龍にも見えるその炎は、もがき苦しむ悪魔達の身体を無慈悲に溶かす。

 炎が消えたその時には、襲いかかった悪魔の姿も消え去っていた。ウォルバクはそこでようく振り返り、代わるように散りばめられて残った、血を連想させる赤い結晶を一瞥する。

 

「熱烈なアプローチは嫌いじゃないけど、貴方達みたいなのはタイプじゃないの」

 

 そう吐き捨て、ウォルバクは結晶を拾おうともせずに再び前を向く。

 魔王様に報告した後、もしハンスを消すよう命じられたら、その仕事終わりにどうにか結界をくぐり抜けて、アルカンレティアの温泉へ浸かりに行こう。そう考えながら、ウォルバクは山から去っていった。

 




ウォルバグさんの口癖をどうしても言わせたかった。


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第7章 受け継ぐ者
第54話「この紅魔族と里帰りを!」


 アクセルの街に住む、平凡だがちょっとリッチな少年──佐藤和真はご機嫌斜めだった。

 

「クソッ、アイツ等……人のこと笑い者にしやがって……」

 

 落ちていた雪は見る影もなく、氷で滑る心配もなくなった街中の道を、カズマはブツブツと愚痴を溢しながら歩く。

 ポケットに手を突っ込み、元々猫背気味の背中を更に曲げる姿は、彼が元いた世界で例えるならツッパリ少年のよう。彼がここまで不機嫌なのは、昨日の出来事が原因だった。

 

 ギルドで寛いでいた時、カズマに憧れているという新人冒険者の女性が話しかけてきた。

 この世界に転生して、およそ半年。機動要塞デストロイヤー迎撃作戦では指揮を取り、魔王軍幹部の一人を討伐した実績もある。つい最近は魔王軍幹部と悪魔が絡んでいたアルカンレティアの事件も解決した。ファンの一人は出てもおかしくはないかと、カズマはカッコいい先輩冒険者を気取って対応。

 とそこへ「後輩冒険者の前で断るわけないですよね」と、受付嬢がカズマパーティーにゴーレム討伐クエストを依頼。カズマは断れる筈もなく、問題児達に振り回されながらも達成した。その後にゴーレムが守っていたダンジョンの探索も依頼されたが、無事完了した。

 これで彼女の好感度も上がっただろう……と思った矢先、自称ファンの女性がギルドの差金であったと発覚。曰く、カズマパーティーは実績だけはあるので、大金を得て本格的に冒険者として活動しなくなった彼を動かす為に差し向けられたとのこと。

 更に、騙されてショックを受けていた場面を仲間の三人に目撃されて笑い者に。彼は泣きながらギルドを飛び出し、その日は宿に引きこもった。夜が明けてメンタルが少し回復したので、彼はこうして街をぶらついていた。

 

 きっとアクアは冒険者達に言いふらすであろう。そうしたら、彼女が大切にしている羽衣を屋敷の掃除でボロ雑巾のように使ってやる。そう誓いながら、カズマは昨日の冒険を思い返す。

 

「(まさかデストロイヤー作ったのが転生者で、あんな羨ましい転生特典持ってたなんてなぁ。俺に分けてほしいよ)」

 

 探索クエストで訪れたのは、とある地下工房。見覚えのある機械や人形が置いてあり、奥地には訓練されたドMが喜びそうなメイドロボもいた。

 そこで見つけた、開発者であろう者の日記。「大国にこの技術を売ろう」という最後の記述、文章から読み取れるダメ人間感から、機動要塞デストロイヤーの設計者と同じであろうと推測されている。

 中でも目を見張ったのは、彼が得ていた能力。なんと思ったものを作り出せるという、万能中の万能なスキルであった。しかし、作り出すには強い思いが必要という制約があり、打倒魔王という女神から与えられた使命を放棄するほど、設計者も苦労していた。

 そんな能力があるならどうして教えなかったんだとアクアに尋ねると、この能力はあまりに万能過ぎるので、最後に異世界へ飛ばす人間にしか与えないと答えた。

 

「(つまり後任の天使が渡していなかったら、まだあるってことだよな……今度死んだ時エリス様に持ってきてもらうよう頼んでみようかな……んっ?)」

 

 友達感覚で女神に頼み事をしようかと考えていた時、カズマは進行方向に見覚えのある人物を見つけた。

 黒を基調とした服装に、ピンクのスカートと赤いリボンがついた髪飾り。めぐみんと同じ紅魔族、ゆんゆんであった。慌てた様子で、誰かを探しているようにキョロキョロと顔を動かしている。

 一体どうしたのかと思いつつ観察していると、不意に彼女と目が合った。ゆんゆんは一直線にカズマのもとへ駆け寄ってくる。

 

「よう、ゆんゆん。どうしたんだ? 誰か探してるみたいだったけど……めぐみんなら屋敷だぞ?」

 

 厄介事ではないかと勘が告げていたが、ひとまず彼はゆんゆんに声を掛ける。ゆんゆんは手を膝につけ、呼吸を整えてからカズマと顔を合わせる。走っていたからか、彼女の顔は赤く染まっていた。

 

「え、えっと、あの、その……と、とにかくこっちへ!」

 

 ゆんゆんはそう言って、カズマの手を引っ張った。まさか探し人が自分だとは思わずカズマは驚き、なすがままに連れて行かれる。

 移動した先は、人気のない路地裏。通るとしても家から抜け出したペットぐらいのもの。内緒話をするにはもってこいの場所だ。

 そんな場所で二人きり。ゆんゆんはカズマの正面に立ち、一大決心の直前かのように深呼吸をしている。顔も未だに赤い。この状況下にいた彼は、彼女から切り出される話についてこう考えずにはいられなかった。

 

「(まさか……告白?)」

 

 ずっと憧れていたシチュエーションに、自分は今立っているのではないかと。

 決して口には出さないが、ゆんゆんはぼっちを拗らせているが故に、少し優しくされただけでも恋に落ちそうなチョロさが伺える。めぐみんも、変な男に引っかからないか心配だと口にしていた。

 てっきりゆんゆんはバージルにその気があるのかと思っていたが、彼女にとってはあくまで憧れの先生だったのだろう。恋の相手はまた別であり、それが自分なのかもしれない。

 顔立ち、プロポーション、性格、どれも良し。ここまでなら告白を断る理由など無いのだが──。

 

「(年齢がなぁ……14歳は、あくまでギリギリ許容範囲内だし。何しろまた周りから蔑んだ目で見られそうだ)」

 

 彼には、ゆんゆんへセクハラまがいの行為をして裁判で糾弾された過去がある。ここで手を出してしまえば、ロリマの蔑称を認めてしまうようなもの。

 かといって、人生で一度あるかないかのイベントを逃したくはない。どう答えるべきか悩んだ結果、彼は一つの返答を思いついた。

 

「(あと3年経ったらまたおいで……よし、これでいこう!)」

 

 ロリコンを否定しつつ、ゆんゆんの気持ちも受け止める。我ながらベストアンサーだと、彼は心の中で自画自賛する。

 また、昨日の一件があったので、このイベントは自分を嵌める為に仕組まれたものではないかと勘ぐっていた。それも回避できる返答はこれしかない。

 告白を受けたら少し間を置いて焦らし、彼女の頭に手を乗せて答えを返す。カズマは脳内シュミレーションを繰り返し、ゆんゆんの言葉を待つ。

 一方ゆんゆんはというと、カズマが思考を張り巡らせている間は切り出せなかったようで。ようやく決意が固まったのか、ゆんゆんは真っ赤な顔を上げてカズマに告げた。

 

 

「私……カズマさんの子供が欲しい!」

 

 

*********************************

 

 

「はぁー……やっぱりこたつはいいわぁ……面倒だし、しまわなくてもいいんじゃないかしら」

 

 場所は変わり、カズマ達が住む屋敷。その二階にある応接間で、アクアはこたつでのんびり寛いでいた。

 もうこたつは次の冬までお役御免だろうと、製作者であるカズマから片付けを頼まれていたが、アクアは完全無視している様子。

 もっとも、こたつをしまわなかった理由はもう一つある。

 

「これが日本の暖房器具か。確かに良いものだ」

 

 足湯を気に入ったバージルに、こたつを紹介する為だった。

 アクアに誘われるがまま屋敷へ来て、バージルはこたつを初体験。足湯同様、お気に召したようだ。

 こたつの上には皿に乗ったみかんと、アクアお手製チラシで作ったみかんの皮入れ。「こたつに入ってみかんを食べるのが日本の風習よ!」と、アクアはみかんを食べ始める。バージルもそれに習い、みかんの皮を剥いて一口食べる。

 また、当然のようにみかんも生きていたが、バージルがひと睨みしたことで畏怖し、己が運命を受け入れたようだ。

 

「フム……酸味は強いが、一方で甘みもある。オレンジと似た果物だが、こちらの方が食べやすい」

「でしょでしょ! 日本の冬じゃ定番中の定番なの! それに、剥いた皮を使えば……」

 

 アクアは手元にあったみかんの皮を弄り始める。どこから取り出したのか、小道具を使いながら作業を進めていき──。

 

「じゃーん! 不死鳥(フェニックス)のかんせーい!」

「ほう」

 

 みかんの皮は、炎の羽根を持つ鳥へと変貌した。アクアの宴会芸スキルによるアート作品だ。

 時間を掛けて作られたのなら、コンテストで最優秀賞間違いなしの出来栄え。バージルも思わず唸る。

 バージルに作品を見せられて嬉しかったのか、はにかみながらもアクアは次のアートに取り掛かる。そんな時、遠くから騒がしい足音が聞こえてきた。

 廊下を走っているであろう者の足音は応接間へ近付き、やがて扉がバンと開かれた。現れたのは、留守であった筈のカズマ。彼は息を整えるとバージルのもとに駆け寄り、華麗なスライディング土下座を見せつつ告げた。

 

「お義父さん! 娘さんを俺にください!」

「貴様は何を言っている」

「すみません間違えました! 絶対幸せにしますので、生徒を俺にください! 先生!」

 

 カズマは言い直してきたが、それでもバージルには理解できず首を傾げる。とそこへ、開いていた扉からゆんゆんが入ってきた。彼がこの屋敷にいると聞いていたのか、ゆんゆんはバージルの姿を見ても驚いていない様子。

 彼女を見て、ようやくカズマの言っていることが理解できたバージルは、小さな吐息を漏らして言葉を返した。

 

「遠い血縁ならまだしも、戦い方を学ばせている者の縁談など知ったことではない。好きにしろ」

「よっしゃあああああああああっ!」

「それよりもアクア、次のアートは何だ?」

「今度は機動要塞デストロイヤーに挑戦してみるわ! 待っててお兄ちゃん!」

「生徒の将来よりそっち優先なんですか先生!? アクアさんまで……って、まさかその皮でデストロイヤーを!?」

 

 バージルから許諾ともとれる返答を貰い、飛び上がって喜ぶカズマ。一方でゆんゆんは、アクアのみかんの皮アートが気になってしまった様子。

 

「アクアの作品は俺も超気になるが、今は一刻を争う。さぁゆんゆん、俺と子作りしよう!」

「えっ!? あ、あのカズマさん! わわわ私、まだ心の準備が──!」

「おっと失礼、気持ちが前に出すぎて焦っていた。俺はいつでも構わないから、その気になったら言ってくれ」

 

 内心やる気満々であったが、ここは大人の余裕を見せておこうと思ったのか、カズマは優しい口調でゆんゆんに語りかける。

 

「俺の部屋でするのがベストだけど、ゆんゆんに場所の希望があるならそれに従うよ。あぁでも人目につく場所はやめてくれよ? せめて皆が寝静まった真夜中なら、街の外にある草原地帯でも──」

「いいわけないでしょうがぁああああああああっ!」

 

 刹那、開きっぱなしの扉からめぐみんが入室し、カズマの顔面へドロップキック(Rainbow)を食らわせた。カズマは後方に吹き飛ばされ、ゆんゆんと引き離される。

 立ち上がっためぐみんは目を尖らせてカズマを睨み、彼女と一緒に来たダクネスはゆんゆんを守るように抱き寄せる。理不尽な暴力を受けたカズマは起き上がり、めぐみんに文句をぶつけた。

 

「なにすんだよめぐみん! 絶賛モテ期到来中の俺がゆんゆんと結ばれるからって嫉妬してんのかツンデレ娘! だったら素直に言えよ! そしたらお前も交ぜてやらないこともない!」

「交ざる気もありませんし、事を起こさせるつもりもありませんよ!」

「ゆんゆん、何か嫌なことでもあったのか? 罰ゲームでカズマへ告白して来いと誰かに命令されたのか? もしやタナリスか? 私がキツく叱っておくから、誰に言われたのか話してくれ」

「さっきも言っただろ! ゆんゆんは自分の意思で、俺と子作りしたいと言ってきたんだ! なら甘んじて受け止めるのが男ってもんだろうが!」

「親しい交流どころか、一回セクハラ行為をした貴方がゆんゆんに告白されるなんて、流れ的におかしいじゃないですか!? ゆんゆんもですよ! どうしてカズマの子を授かろうなどと思ったのですか!?」

 

 頑なにゆんゆんとの子作りを諦めないカズマ。彼と話していては埒が明かないと判断したのか、めぐみんはゆんゆんに理由を尋ねる。

 ゆんゆんは慌てふためきながらも、カズマ達にその理由を話した。

 

「だ、だって! カズマさんの子供がいないと、私達の里が──!」

 

 

*********************************

 

 

 事の発端は、ゆんゆんのもとに送られた一通の手紙。生まれの地──紅魔の里から寄せられたものだった。差し出し人は彼女の先輩にあたる、あるえという人物。

 カズマ達は一度ソファーに腰を降ろし、ゆんゆんと対面する。彼女は問題の手紙を取り出し、めぐみんに渡す。カズマとダクネスが隣から覗き込み、バージルとアクアはコタツから身を出さずに聞き耳を立てる中、めぐみんは手紙を読み上げた。

 

「『里の占い師が、魔王軍の襲撃による、里の壊滅という絶望の未来を視た日。その占い師は、同時に希望の光も視る事になる。紅魔族唯一の生き残りであるゆんゆんは……』……おい、ここにまだもう一人紅魔族の生き残りがいるのですが! なぜゆんゆんより先に私が死んだことになっているのですか!」

「私に言わないでよ! そけっとさんが出した予言なんだから!」

「そ、そけっと?」

「めぐみん達と同じ、妙ちくりんな名前の紅魔族だろ。それよりも早く続きを読んでくれ」

 

 聞き返すダクネスにカズマが答えつつ、話を進めるようめぐみんへ促す。彼女はふてくされながらも手紙へ目を落とす。

 

「『唯一の生き残りであるゆんゆんは、いつの日か魔王を討つ事を胸に秘め、修行に励んだ。そんな彼女は駆け出しの街で、ある男と出会う事になる。頼りなく、それでいて何の力もないその男こそが、彼女の伴侶となる相手であった』」

「駆け出しの街に住む、頼りなくて非力な引きこもり童貞ニートっていったら、確かにカズマさんしかいないわね」

「勝手に付け加えんなアンチ女神。ていうかゆんゆん、その条件だけで真っ先に俺の所へ来たの? 地味に傷つくんだけど?」

「続けますよ……『やがて月日は流れ。紅魔族の生き残りと、その男の間に生まれた子供はいつしか少年と呼べる年になっていた。その少年は、冒険者だった父の跡を継ぎ、旅に出る事となる。だが、少年は知らない。彼こそが、一族の敵である魔王を倒す者である事を……』」

「なっ……!?」

 

 手紙に書き記されていたのは、衝撃の未来。知らない間に自分が世界の命運を握っていた事実にカズマは打ち震える。

 

「俺とゆんゆんの子供が、魔王を倒す勇者に……よしわかった! 世界の為なら尚の事! さぁゆんゆん! 俺と共に未来を歩もう!」

「いや待て! いくらなんでも話が突拍子過ぎるだろう! お前もゆんゆんも、こんなわけのわからない予言を信じるつもりか!?」

「で、でもそけっとさんの占いは、里では当たると評判で──!」

 

 世界の為という正当な理由ができた今、やらない選択肢などあるわけがない。カズマはノリノリでゆんゆんへ手を差し伸べる。

 ゆんゆんも、里を救う為ならばと身を犠牲にする覚悟でいる。二人の行為を止めることは不可能かと思われた──その時。

 

「ゆんゆん。この手紙、最後まで読みましたか?」

「えっ?」

 

 混乱状態に陥っていた三人は、めぐみんの一言でピタリと止まった。めぐみんが三人へ手紙の文面を見せ、下を指差す。

 そこには『【紅魔族英雄伝 第一章】著者:あるえ』と、うっかり見落としそうな小さい文字で記されていた。

 

「確かあるえは作家志望でしたね。自分の書いた小説を、遠い地に住むゆんゆんにも読んで欲しかったのでしょう。ほら、その下には『第二章ができたらまた送ります』と──」

「わぁあああああああああ!」

 

 全てはゆんゆんの勘違いであった。羞恥に耐えきれなくなった彼女はめぐみんから手紙を奪い取り、感情のまま破り捨てる。

 しかし被害を受けたのは、間違って子作り告白をした彼女だけにあらず。

 

「……えっ? おいちょっと待ってくれ! 小説!? じゃあ俺とゆんゆんが子作りする展開は!? こっから先はR指定じゃないのか!?」

「なんだそれは……創作物である以上、この文面にある占いも空想だろう。つまり、ゆんゆんがお前の子を生む未来など存在しない」

「ふざけんな! 思春期真っ只中の男の心を弄んで結局何も無しって! ウィズとの混浴といい自称ファンの子といいゆんゆんといい、どうなってやがんだ! 俺は幸運ステータスじゃなかったのか!? こんなん詐欺だ! 訴えてやる!」

 

 ピンク色に染められた妄想が現実にならかったと知り、カズマは周りの目など気にせず声を荒げる。ここに彼と同じ性欲真っ盛りの男がいれば、共に声明を上げる味方になってくれたであろう。

 が、カズマ以外でこの場にいる男はバージル(スイーツ系男子)のみ。彼はとっくに手紙への興味を失くしており、みかんを食べながら、合いそうなスイーツを模索していた。

 

「そんなに気になるなら、実際に占ってもらったらどうですか?」

 

 とその時、怒り散らすカズマを鎮めるようにめぐみんが告げた。少々拗ねたような声であったが、カズマはそれに気付かず言葉を返す。

 

「占ってもらうって……どうすんだよ?」

「私達が紅魔の里に行くんですよ。家族にカズマ達のことを紹介したいと思っていたので、丁度良いです」

 

 めぐみんから提案された、紅魔の里への旅。すぐには決断できず、カズマは腕を組んで考える。

 前回の、死闘を繰り広げたアルカンレティアへの旅と同じ目に遭いそうだと勘が告げている為、躊躇したくなるが──。

 

「賛成! 紅魔の里、一度行ってみたかったのよねー」

「占いか……私はそこまで信じるタイプではないのだが……」

「ダクネスもしてもらったほうがいいわよ。ただでさえ言い寄ってくれる男が少ないのに、お見合い相手を自分から振って、売れ残り人生待ったなしなんだから」

「ま、まだ売れ残りではない! それに貴族の間なら、私はそれなりに言い寄られるんだ! ほ、本当だぞ!?」

「バージルはどうしますか?」

「以前から紅魔族には興味があった。俺も付き合ってやろう」

 

 アクアとダクネスのみならず、バージルも行く気でいた。問題児三人組だけなら断っていたが、引率の先生もいるなら大丈夫だろう。

 ようやく踏ん切りがついたカズマは、しょうがないとため息を吐く。彼の反応を肯定と見たのか、めぐみんは目を細めて微笑んだ。

 そして、忘れそうになっているがもう一人。危うくタイミングを逃しそうになったゆんゆんは、めぐみんに反応してもらえるよう声を張った。

 

「め、めぐみんが里帰りしたいっていうならしょうがないわね! ライバルとして、わ、私も行ってあげてもいいわよ!」

「行きたくない人を無理やり連れて行く気はないので、ゆんゆんは別に来なくてもいいですよ」

「ごめん! 行く! 一緒に行きたい! だから置いていかないでぇええええええええっ!」

 

 

*********************************

 

 

 カズマパーティーに、バージルとゆんゆんを加えた計六人で行くこととなった、紅魔族の帰省。

 紅魔の里は、アルカンレティアから徒歩で二日の距離にある。バージルとウィズがテレポートの移動先に登録していた為、バージルとゆんゆんはテレポート水晶で、カズマ達はウィズのテレポートでアルカンレティアへ行くこととなった。

 出発は五日後。各々が準備なりいつもの日常を過ごし、あっという間に当日となった。

 

 出発の日の朝。バージルは読書で時間を潰しながら、共にテレポートするゆんゆんを待つ。木製の椅子が軋む音、本のページをめくる紙の音が物静かな部屋にこだまする。

 すると、家の外から地面をするような足音が聞こえてきた。バージルは本を閉じず、目線だけ真正面の扉に向ける。足音が止まって間もなく、扉がおもむろに開かれた。

 扉を開けた人物はゆんゆんではなく、青い修道服に身を包んだ金髪の女性であった。彼女は内装を簡単に見渡した後、バージルに目を合わせた。

 

「どんな依頼でもこなしてくださる便利屋は、ここですか?」

「……図々しい来客だ。ノックは無し。その上名前も答えず依頼か?」

 

 明朝の客人に、とても歓迎しているとは言えない口調でバージルは返す。対する女性はというと、足を進めて机越しにバージルの前へ立った。

 

「申し遅れましたわ。私は、美人プリーストのセシリーといいます」

 

 聖職者の女性、セシリーはそう名乗ってバージルに微笑みかけた。そこでようやくバージルは手元の本を閉じ、セシリーと向き合う。

 このまま依頼の話に──と思いきや、彼女は顎に手を当てて覗き込むようにバージルの顔を見てきた。

 

「この街に、イケメンかつお金持ちな凄腕の冒険者が便利屋をやっていると聞いてすっ飛んできたけれど……うん、私の好みなのは間違いない。なのに食指が伸びないのはどうしてかしら?」

 

 先程の、お淑やかな聖女らしき雰囲気をぶち壊す発言。それを聞き、やはり猫を被っていたかとバージルは独り思う。

 

「その一方で、貴方をお兄ちゃんと呼ばなきゃって衝動に駆られているけど、私はお姉ちゃんキャラだから必死に我慢するわ」

「意味のわからん前置きはいい。用件は何だ?」

 

 続けて発された言葉で、彼女の所属する教団に察しがついたバージルは、無駄話をやめて本題に入らせる。

 話好きなのかセシリーは不満そうであったものの、コホンと息を吐き、彼を導くように手を差し伸べながら告げた。

 

「私と共に、邪悪なエリス教徒へ妨害行為を──!」

「帰れ」

 

 やはりアクシズ教徒は頭のおかしい者しかいなかった。バージルはセシリーから目を逸らし、読書を再開する。

 

「どうして!? なんでもやってくれる便利屋じゃないの!?」

「俺が気に入ったものであればな。それに今は閉店中だ。扉に下げられていた看板の文字が読めなかったのか?」

「いいじゃないの空いてたんだから! 報酬のところてんスライムが欲しくないの!?」

 

 断固拒否を貫くバージルに、セシリーは報酬を提示しながら食い下がる。ところてんスライムとは、スライムの中でも小さい個体が加工され飲料となったもの。

 そんな報酬で釣られるわけがないと、彼を知る者が聞けば誰もが思うだろう。

 

「……何だそれは?」

 

 しかしこの男、意外にも食い付いた。

 

「あらあら? その反応はもしかして未経験者? ところてんスライムはねぇ、プルップルで一度飲んだら病みつき間違いなしの一品よ!」

「どんな味だ?」

「色んな味があるわ! グレープ味にオレンジ味、健康に良い野菜たっぷり味だって! 私はところてんスライムなら何味でもいけるクチよ!」

 

 机に肘をつけ、前のめりの姿勢でセシリーの話を聞くバージル。セシリーも大好きなところてんスライムについて語れて嬉しいのか、早口ながらも彼に教示する。

 依頼話はすっかり忘れ、ところてんスライムトークに洒落込む二人。故に、この家へ走ってきた者の足音には一切気が付かなかった。

 

「おはようございます! せんせ……い?」

 

 勢いよく扉が開かれ、幼気のある声が部屋に響いた。バージルとセシリーは話をやめ、入ってきた人物を見る。

 現れたのは、バージルと共にテレポートする予定で来たゆんゆん。彼女は困惑した様子で固まっている。中に入ると見知らぬ女性がバージルと話していたのだ。ぼっち気質の彼女ならこうなるのも仕方ない。

 相変わらず人見知りな彼女に呆れながらも、バージルは声をかけようとした──その時。

 

「ゆんゆんさぁああああああああああああんっ!」

「きゃあっ!?」

 

 セシリーはゆんゆんの名を叫んで彼女に抱きついた。突然のことにバージル、そして抱きつかれたゆんゆんも驚く。

 

「だ、だだだ誰ですか!? ……って、セシリーさん!?」

「久しぶりねゆんゆんさん! まさかこんなに早く再会できるなんて、日頃の行いが良かったおかげかしら? めぐみんさんも元気にしてる?」

「……知り合いだったか」

「あっ、はい! まだ冒険者になる前に、アルカンレティアでお会いしたアクシズ教のプリースト、セシリーさんです! アクセルの街にも来ていて、私が街を出るのと同じ頃にアルカンレティアへ戻った筈なんですけど……」

「ゼスタ様から『アクセルの街へ行き、女神アクア様の加護を受けしアクシズ教徒を手助けせよ』って指令を出されて、私が志願したの! めぐみんさんとゆんゆんさんにまた会えるって思ったらいても立ってもいられなくって!」

 

 ここへ来た訳を話し、ゆんゆんを強く抱きしめて頬ずりするセシリー。更にはゆんゆんの髪に顔を埋めて、目を見開いて匂いを堪能している。一歩間違えれば変質者のそれである。

 ゼスタの言うアクシズ教徒とは、恐らくカズマのことであろう。入信書を破って足を洗ったと聞いていたが、彼への呪いはまだ解かれていなかったようだ。

 

「ところで、ゆんゆんさんはどうしてこんなところに? 依頼したいことがあるの? それにさっき、聞き間違いじゃなかったらこの人のこと先生って──」

「あ、その……私、今はバージル先生のもとで修行をしてて……」

 

 ゆんゆんをようやく離したセシリーの素朴な疑問に、ゆんゆんは正直に答える。するとその瞬間、セシリーは再び彼女を抱き寄せ、バージルに強い敵意を見せた。

 これまでに何度も面倒な輩と絡んできた経験もあってか、次の展開をバージルは予測し、付き合いきれんとため息を吐いて目を伏せた。

 

「まさか、私のゆんゆんさんに先生という立場を利用して、口にするのも憚られる卑猥なことを!? この男、ムッツリに見えてとんだドスケベ野郎じゃない! その権利は私にあるんだから!」

 

 被害妄想を膨らませ、バージルを変態教師呼ばわりするセシリー。対するバージルはというと、否定するのも面倒なのか目を伏せたまま黙っていた。

 そんな彼に代わるように、生徒であるゆんゆんが慌ててバージルのフォローに務める。

 

「ち、ちちちがいます! 先生はそんなことしません! 私はただ、先生から色んな戦い方を教わってるだけなんです!」 

「……ホントに? この男に脅されてない? 純粋無垢で汚れなき聖女ゆんゆんさんは健在なの? なら私のことをセシリーお姉ちゃんって呼んでくれる?」

「そ、それはちょっと恥ずかしいので、セシリーお姉さんで……」

 

 お姉ちゃん呼びが叶わず、セシリーは独り落胆する。しかし彼女の言葉は信じたようで、バージルへの敵意は少なからず薄れたようだ。

 二人のやり取りが終わったと見たバージルは目を開け、おもむろに立ち上がりゆんゆんへ告げた。

 

「話は済んだか。ならばさっさと行くぞ、ゆんゆん」

「あっ、はい! すみません!」

「ちょっと! 私のゆんゆんさんをどこに連れて行く気!?」

 

 二人はテレポートの準備に取り掛かるが、ゆんゆんへ並々ならぬ愛を見せつけていたセシリーが黙っている筈もなく、バージルへ突っかかる。

 このまま彼女を無視してテレポートしたいと思うバージルの前、ゆんゆんはテレポートの目的をセシリーに話した。

 

「私、これから先生と一緒に紅魔の里へ行くんです。で、まずアルカンレティアにテレポートしようかと──」

「紅魔の里!? だったら私も一緒に連れてって!」

「ふざけるな。何故不必要な荷物を増やさねばならん。そもそも貴様は依頼をしにここへ来たのだろう」

「依頼なんてもうどうだっていいわ! めぐみんさんとゆんゆんさんの故郷なら行くっきゃないでしょ! 私がお姉ちゃんですと二人のご両親に挨拶しないといけないし、アクシズ教に勧誘して信者を増やしたいし、二人みたいなかわいい紅魔族も見つけて……ぐへへ……」

 

 よだれを垂らし、欲望にまみれた顔を見せるセシリー。バージルは冷たく突っぱねているが、彼女はついていく気満々のようだ。

 

「あ、あの、先生……私も、セシリーさんを連れて行ってもいいかなって……」

「やったぁ! もうゆんゆんさん大好き! かわいい! 優しさに満ち溢れてる! 慈愛の塊!」

 

 すると、ゆんゆんがおずおずとバージルに意見を出した。お人好しな性格故かぼっち体験者故か、仲間外れにするのは気が引けたのであろう。

 バージルはまだ何も言っていないが、彼女の言葉でもう許可されたつもりでいるセシリーは、感謝するようにゆんゆんへ三度抱きつく。オーバーな褒め言葉を受けて、ゆんゆんは恥ずかしさもあったが満更でもなくにへらと笑う。

 そもそも今回の目的は、めぐみんとゆんゆんの里帰り。バージルはそれについていく側の者。ゆんゆんが彼女も連れて行くと言って、それに反対できる権利は彼になかった。

 バージルは諦めたように息を吐き、懐からテレポート水晶を取り出す。セシリーはゆんゆんの腕を組み、ゆんゆんは空いた手でバージルの裾を掴む。

 

 カズマと合流したら、面倒なこの女を押し付けよう。そう決めながらバージルは水晶を掲げ、アルカンレティアへテレポートした。

 

 




ここを逃したらセシリーさん出せなくなると思って、参戦させました。


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第55話「この温泉街に再来を!」

 バージル達がアルカンレティアへ発った日の、住民も冒険者もこぞって昼食を取り始める頃。

 

「はぁ……」

 

 盗賊のクリス、もといエリスは肩を落としながら街中を歩いていた。

 久々にバージルを神器回収に誘おうとデビルメイクライへ出向いたのだが、生憎彼は外出中だった。ギルドに赴き彼を見ていないか職員に尋ねたが、誰も見ていないとのこと。

 別に一人でもこなせる難度だが、彼がいればぐっと楽になる。望み薄だが街を練り歩きながら探していた……が、一向に見つからず。ため息のひとつも吐きたくなる。

 

 思えば、仮面の悪魔と出会った頃から彼と疎遠になっているようなと、エリスは考える。結論を言えば気のせいなのだが、あの道化悪魔が嫌がらせで呪いでもかけたのかと、彼女は被害妄想を膨らませた。

 彼も来ていたというアルカンレティアへの旅行──タナリスのお誘い。こんなことなら受ければよかったと考えたが、行けばアクシズ教徒に絡まれて観光どころではなかっただろう。彼もそうだったに違いない。

 アルカンレティアでなかったら喜んで行ったのにと、エリスは独り呟く。とそんな時、見覚えのある建物が目に入り彼女は足を止めた。

 

「ここは……」

 

 視線の先にあるのは、人ならざる者ことウィズが、ひっそりと経営している魔道具店。そして、あの仮面の悪魔が働いている店でもある。

 バージルは、この店の主とも交流がある。テレポート水晶もここで買ったと聞いていた。店から彼の魔力は感じないが、足を運んでいた可能性はある。

 またあの悪魔に会わなければならないのかと、入る前からウンザリするエリス。彼女はため息を吐きながらも、魔道具店の扉を開いた。

 

 

「へいらっしゃい! ウィズ魔道具店へようこそ! 通な僕がオススメ商品を紹介するよ!」

「なにやってるんですかぁああああああああ!」

 

 店の制服であるピンクのエプロンを身に着け、元気よく働いていた先輩女神に迎え入れられたエリスは、怒り混じりにツッコんだ。

 その様子をカウンター越しに見ていたバニルは、感心するように独り唸る。

 

「即時対応でツッコミを入れられるとは大したものである。あの宴会女神とコンビを組み、漫才を始めてみてはどうだ? 冒険者より稼げるやもしれぬぞ?」

「女神を芸人扱いしないでください! それよりも仮面の悪魔! 先輩を引き入れて、何が目的なんですか!?」

「事情も聞かず我輩を悪者扱いか。其奴がこの店でバイトしたいと持ちかけてきたので、臨時店員として迎え入れただけである」

 

 敵意剥き出しで構えるエリスに、バニルは呆れながら言葉を返す。視線をタナリスへ向けると、彼女は後頭部で手を組んで陽気に笑っていた。

 

「前々からここで働いてみたくってさー。魔道具を店員割引で買えるようになったし。給料は少ないけど」

「ねぼすけ男と進めている商売が上手くいけば、収入は激増する予定である。しばし我慢せよ」

 

 仕事場での同期のように言葉を交わす二人。彼女の、誰にでも歩み寄れるコミュニケーション能力は流石であるが、悪魔と仲良くなるのは女神的にマズイのではとエリスは思う。

 もっとも、タナリスも周りの問題児同様、言って聞くような人ではないのだが。

 

「ところでエリス……おっと、今はクリスか。お買い物ってわけじゃなさそうだけど、どうかしたのかい?」

「現在、店主は絶賛外回り中である故、女神の名でもよかろう。逐一周りを確認して呼び方を変えねばならんとは、その点でいえば粗暴女神より面倒であるな」

 

 いちいち癇に障る発言をするバニルを、エリスは目を細めて睨む。彼の好物である悪感情が溢れているが、女神の悪感情は好みでないのか、仮面の顔が嫌そうに歪んでいた。

 

「バージルさんを探しているんですけど、先輩は見ませんでしたか?」

「いや、今日は見てないよ。カズマ達なら見たけど」

「カズマさん?」

 

 タナリスへ尋ねると、彼女から意外な者の名前が出てきた。バージルは彼等のお隣さんだ。何かしら情報が得られるかもしれないと、エリスは耳を傾ける。

 

「なんでも紅魔の里に行くみたいで、店主さんにアルカンレティアへテレポートしてもらってたよ。僕もついていきたかったけど、生憎バイトが忙しくってね」

「バージルさんもそこへ行く……みたいな話はなかったですか?」

「僕は倉庫の魔道具を整理しながら覗いてただけだから、カズマ達が何を話してたかまでは聞いてないなぁ。紅魔の里うんぬんは店主さんから聞いただけだし」

 

 が、思いとは裏腹にバージルの足取りは掴めず。そうですかとエリスは返し、独り俯いてため息を吐く。

 今日の神器回収もソロでするかとエリスが考えていた時──彼女の耳に、バニルの憎たらしい声が入ってきた。

 

「バージルと最近話せなくて寂しい、と思っておるな」

「ッ!」

 

 瞬間、エリスは腰元のダガーを抜いてバニルに剣先を向ける。対するバニルは全く動じておらず、それどころか首を傾げてエリスを見ていた。

 

「何の罪もない悪魔に刃物を突きつけるとは、貴様もとんだ蛮族女神であるな」

「よくそんなに堂々と嘘が吐けますね。私を見通して、悪感情を得て満足ですか?」

「だから何もしていないと言っておるであろう。ゲテモノな女神の悪感情を得る為に、苦痛を伴ってまで貴様の直近の過去を見通す変態悪魔がどこにおる」

「じゃあ今の声は誰なんですか? 私にはハッキリと、貴方の厭味ったらしい声に聞こえたのですが」

 

 そう尋ねられたバニルは、ピッと彼女の後ろを指差す。視線を外した瞬間に逃げ出す魂胆であろうが、承知の上でエリスは振り返る。

 後ろにいたのはタナリス。彼女は目が合ったところで、めぐみんがよく見せるようなポーズを取って口を開いた。

 

「我輩は、仮面の悪魔と共に魔道具店で働く堕女神、タナリスである!」

「……えぇっ!?」

 

 彼女の口からバニルの声が発せられたのを耳にして、エリスは驚愕した。その反応を見て、タナリスは悪戯っ子のように笑う。

 

「いやー面白いね、宴会芸スキル。アクアに半ば強引に取らされたけど、意外と実用性高そうなものが多くてビックリだよ」

「何やってるんですか先輩達は……」

 

 アクアどころかタナリスにまで、宴会芸が広まっていたようだ。種明かしを受けて、何故自分の先輩はこうも変わり者が多いのかとエリスは本日何度目かわからないため息を吐く。

 

「といっても真似るのは声だけで、見通す力なんて持ってないから当てずっぽうだったけど……今の反応、もしかして当たりかな?」

「……はいっ!?」

 

 そんな時、タナリスから想定外の切り口で尋ねられ、エリスは思わず大声を上げる。しばし固まっていたが、やがて顔を赤らめて反論した。

 

「ち、違います! そんなこと思ってませんよ! むしろ逆です! 協力関係結んでるのに全然協力的じゃないから不満で不満で──!」

「声を荒げて言い返す辺り、大当たりのようであるな。悪魔嫌いと名高い女神が、半人半魔と会えずしょんぼりしている姿は実に滑稽である」

「貴方は黙っててください! 本当に消滅させますよ!?」

 

 

*********************************

 

 

 時間は遡り、早朝。

 

「そんなに久しぶりでもないアルカンレティア! 空気の美味しさは相変わらずね!」

 

 アクセルの街からテレポートしたバージル達は、アルカンレティアの噴水前に降り立った。長旅をしてきたかのようにセシリーはグッと伸びをし、街を見渡す。

 バージルも辺りを確認してカズマ達を探す。が、彼等の姿は街のどこにも見当たらない。

 

「奴等はまだ来ていないか」

「あ、あの、先生。そのことなんですが……」

 

 彼の呟きを聞いて、ゆんゆんが話しかけてくる。セシリーに聞かれないためか、ゆんゆんは耳打ちでバージルに伝えた。

 

「カズマさんとアクアさんが寝坊してるみたいで……お昼頃になりそうだから、先に行っててくれってめぐみんが……」

「……Humph」

 

 彼等の生活習慣が、ここでも仇になったようだ。ベッドで昼まで寝こけている二人の姿が容易に想像でき、バージルは呆れてものが言えなくなる。

 先に行ってしまう選択肢もあったが、それではセシリーをカズマへ押し付けることができない。故に、ここで暇を潰す選択肢しか取れなかった。

 普段なら面倒に思う場面であるが……今回ばかりは、彼にとって好都合だった。

 

「丁度いい。この街には用があった。奴等が来る前に済ませるか」

「えっ? あっ、先生!?」

 

 ゆんゆんの呼び止めも聞かず、バージルは独り街の中へ歩いていく。すぐに追いかけるべきか迷ったが、ひとまずセシリーに声を掛けるべくゆんゆんは彼女のもとへ。

 

「あ、あの、セシリーさん」

「んっ? どうしたのゆんゆんさん? もう紅魔の里に出発する?」

「いや、その……私達以外にも里に行く人がいて、お昼頃まで待っておかないと──」

「その人って、もしかしてめぐみんさん!?」

「は、はい。あとめぐみんのパーティーメンバーも──」

「あぁもう今日はなんてついてるのかしら! ゆんゆんさんだけでなくめぐみんさんにも会えるなんて! 感謝します、アクア様!」

 

 ゆんゆんからの朗報を聞いて、セシリーは人目も気にせずその場で膝をつき、女神へ感謝の祈りを捧げる。巻き込まれる形で多くの住民から見られ、ゆんゆんは羞恥を覚えて顔を真っ赤にする。

 早くバージルのもとへ向かいたい彼女であったが、そこでセシリーは勢いよく立ち上がり、興奮冷めやらぬ状態でゆんゆんに詰め寄った。 

 

「じゃあめぐみんさんが来るまで、お姉ちゃんと一緒にこの街を回りましょ! 前は観光どころじゃなかったし!」

「えっ!? で、でも先生が──!」

 

 バージルがどこかへ行ったと伝えたいゆんゆんだったが、彼女は聞く耳持たず。ゆんゆんはセシリーに手を掴まれ、バージルとは別方向へ連れ去られていった。

 

 

*********************************

 

 

 ゆんゆん、セシリーと別れたバージル。ほどなくして彼女等がついてきていないことに気付いたが、好都合だったのでそのまま足を進めた。

 街では相変わらずアクシズ教徒が蔓延っており、宗教勧誘と唾吐きと受けたが、ひたすら無視することで乗り切った。多少耐性がついたのか、初回来訪時よりは怒りを鎮めることができていた。

 そうして彼が辿り着いたのは、アクシズ教団本部でもある大聖堂。中に入ると、以前と同じプリーストが独り箒で床を掃いていた。目が合った彼女は自らバージルに声を掛ける。

 

「貴方は確かおに……ゴホンッ。邪なるエリス教徒から貰ったアミュレットを得意げにぶら下げている半エリス教徒野郎が何の御用ですか?」

「勝手に信者扱いするな。ゼスタはどこにいる?」

「ゼスタ様は外出されております。数日は帰ってこないでしょう」

 

 バージルの問いに、プリーストは淡々と答える。掃除を再開させたプリーストを尻目に、バージルは大聖堂の中を見渡す。

 しばらくして、バージルはおもむろに歩き出した。しかし彼の行く先は出口ではなく、横の神廊を通った先にあった扉。

 

「ちょっと! そっちは関係者以外立入禁止ですよ!?」

 

 プリーストの喚起も届かず、バージルは扉を開ける。先にあった部屋を抜け、廊下を歩く。その足取りには一切の迷いがない。

 やがて、彼は一つの扉の前で足を止めた。彼は下から上へと目線を動かし扉を見つめ、二歩下がって扉から距離を置く。

 

 

 彼は、何の躊躇もなく扉を蹴り開けた。

 木の激しく軋む音が立ち、扉は切り離されて部屋の奥へ飛んでいく。バージルが部屋へ足を踏み入れると、視線の先には半分に折れた扉と、巻き込まれ傷んだ大机が。

 ほどなくして、扉の陰から薄っすらと青い光が漏れる。すると机上に乗っていた扉が動き、その下からある人物が姿を現した。

 

「実に乱暴なお客さんだ。ノックは優しくするようにとパパかママに教わらなかったのですかな?」

 

 アクシズ教団最高責任者、ゼスタ。彼は修道服にかかった埃を払い、呆れた目でバージルを見る。プリーストは不在だと言っていたが、どうやら居留守を使っていたようだ。

 また、一切ダメージを負っていないように見えるが、先程の青い光から察するに『ヒール』をこっそり使ったのだろう。一々鼻につく男だと思いながらも、バージルは懐から一枚の紙を取り出し、ゼスタへ見せつける。

 

「山中にあった門の費用は払おう。だが、温泉の賠償金まで負担する筋合いはない」

 

 それは、アルカンレティアから寄せられた多額の請求書。悪魔との戦闘で彼が壊してしまった門と、アクアがハンスを消す際に力を使ったせいで温泉の質が変わってしまった賠償だった。

 前者は自身の過失であるため理解できる。しかし後者は本来アクアが払うべきもの。共に添えられていた手紙には『我らがアクア様にお支払いを請求するのは神への冒涜に値するので、お兄ちゃんである貴様に払っていただく』と記されていた。

 

「何をおっしゃっているのやら……貴方は、アクア様から直々にお兄ちゃん役として選ばれた。妹の面倒を見るのが兄の役目。むしろ支払えることを光栄に思うべきでは?」

「貴様こそ何を言っているのか理解に苦しむ。まだ年端もいかない子供ならまだしも、奴は自身で働き金を稼ぐ術を得ている大人だ。この請求書は、然るべき者に届けてもらおう」

「一緒に入れていた手紙を読んでいないのですか? 崇める神に金を請求する信者がどこにいると?」

 

 アクアへ送り直すよう要求したが、ゼスタに意見を曲げる様子は見られない。やはり話し合いは無駄かと、バージルは嘆息する。

 

「では、踏み倒させてもらう」

 

 彼は請求書を両手で持つと──ゼスタの前で、破り捨てた。

 

 

*********************************

 

 

 一方、アルカンレティアの街中。バージルと別行動を取っていたセシリーとゆんゆんは、歩を合わせて街を歩いていた。

 

「んー、気持ちよかったぁ。アクア様のおかげで還ってきた温泉は最高ねぇ。ゆんゆんさんの裸体も拝めた上にお胸も堪能できたし」

「や、やめてください! こんな街中で……恥ずかしい……」

「いいじゃないの。減るもんじゃないんだし。手に残る柔らかな感触、羞恥に溺れるゆんゆんさんの表情……どれも最高だったわ! そういえばゆんゆんさん、ふともものつけ根についてた変な模様って──」

「やめてください。三度は言いませんよ」

「すみません。もう弄らないから、怖い目で睨みながら剣を抜こうとしないでください」

 

 すぐさま謝ったセシリーを見て、ゆんゆんは短剣から手を離す。前はこんな子じゃなかったのにとセシリーが嘆く傍ら、ゆんゆんは辺りを見渡す。

 観光しながらもバージルを探していたが、未だ見つからない。そろそろめぐみん達も来るかもしれないので、早く合流したいところ。

 一度噴水広場に戻るべきかと思っていると──ふと、前方が騒がしいことに気付いた。目を凝らして見ると、住民達の多くが一方向へと駆け出している。セシリーも気付いたのか、不思議そうに前を見つめていた。

 

「あっちの方角って、確か教団本部があったような……」

「な、何か事件でもあったんでしょうか?」

「きっとまた、ゼスタ様が何かして捕まったのよ。挨拶ついでにからかいに行ってやりましょ!」

「えぇっ!? あっ、ちょっと──!」

 

 教団トップが捕まることを微塵も心配していないセシリーは、再度ゆんゆんの手を引く。

 ゆんゆんは戸惑ったが、もしかしたらバージルも騒ぎを聞きつけて来るかもしれない。そう考えた彼女は身を任せ、セシリーと共に大聖堂へ向かった。

 

 

*********************************

 

 

 その頃、アクシズ教団本部──バージルとゼスタの戦いは、今もなお繰り広げられていた。

 

「滅せよ!」

 

 ゼスタは前方へ手をかざし『セイクリッド・エクソシズム』を何度も放つ。床に魔法陣が浮かび上がり、天高く光が昇るが、バージルはそれらを全て避ける。

 戦闘の余波か、聖堂内にあった座席は隅の方へ追いやられ、壁も半壊状態。二人を見守るように建っていた女神像は両腕を失っていた。ここに御本人がいれば大激怒していただろう。

 

「『セイクリッド・レイン』!『セイクリッド・アロー』!」

 

 ゼスタは立て続けに神聖属性の魔法を唱える。すると、バージルの上から光の雨が降り注ぎ、前方からは雨に劣らない量の光の矢が飛んできた。

 バージルは横に避けて光の嵐から逃れるが、彼を追うように雨を降らす魔法陣は動き、ゼスタもかざしていた両手を動かして矢の照準を調整する。

 次第に大聖堂の隅へ追い込まれるバージル。仕留めるチャンスだと、ゼスタは嬉しそうに顔を歪めて魔力を高める。

 刹那、バージルの姿が消えた。突然のことにゼスタは目を見開く。彼を探そうとした時──背中に強い衝撃を覚えた。

 

「ぐふぁっ!」

 

 ゼスタは女神像が建つ方向へ飛ばされ、土煙を立てて女神像に突っ込む。彼がいた場所には、バージルが右足を上げて立っていた。

 しばらくして、土煙の中からほんのりと青い光が見え、煙が晴れると未だピンピンしているゼスタの姿が。女神像もまだ倒れてはいない。ゼスタは息を吐きながら肩を軽く回す。

 

「やれやれ……最近の若い者は年長者を敬う心を忘れてしまっている。おっと美少女なら話は別。このクソジジイがと罵られて蹴られて束縛されて、徹底的にぞんざいに扱っても構いません。むしろ望む所です」

「貴様のようなアクシズ教団随一の奇人を敬う者がいれば、世も末だな」

「ほほう、おまけに口答えもするときた。これは本格的に……おしおきが必要ですな!」

 

 ゼスタは両手を胸先に持っていく。瞬間、魔力の高まりを表すように風圧が巻き起こった。彼の手には、閃光走る青白い光の玉が。

 流石に悪魔をなぶり倒してきただけはあると、のんきに感心するバージル。一方でゼスタは両手を腰元へ引き、力を溜め──。

 

「消えてなくなれ!『セイクリッド・ハイネス・ライトボール』!」

 

 両手を前へ突き出し、光の玉を放った。目まぐるしい速度で身廊を駆け抜け、バージルめがけて突き進む。

 対するバージルは避ける素振りも見せず、背中の魔氷剣に手を添えると──。

 

「フンッ!」

 

 たたっ斬るのではなく刃の側面で受け止め、そのまま振り抜きゼスタへ打ち返した。

 

「ぬうっ!? ならば『リフレクト』!」

 

 これにはさしものゼスタも驚いたが、すぐに反射魔法を唱えて光の玉を跳ね返す。再びバージルのもとへ向かってきたが、彼は再度剣で打ち返す。

 バージルの剣と、ゼスタの『リフレクト』──光と闇、相反する魔力の間で打たれ続けた光の玉は、ゼスタが放った際よりも強い魔力を宿していた。

 

「ぐっ!」

 

 しばらく打ち合いは続き、反射するのも厳しくなってきたのか、ゼスタの『リフレクト』で跳ね返された光の玉はあらぬ方向へ。

 このままラリーは終了──かのように思えたが、バージルは『エアトリック』で移動し、光の玉を華麗に拾ってゼスタへ打ち返した。

 ゼスタは慌てて『リフレクト』で返したが、玉の勢いに押された結果打ち上げてしまう。

 

「しまった!」

 

 高く打ち上げられた光の玉は向こう側へ。落ちてくる光の玉を捉えたバージルは、狙いを定め──。

 

This is the end(これで終わりだ)

 

 力を込めて剣を振り、スマッシュを放った。今までの打ち合いとは比べ物にならない速度で、光の玉はゼスタのもとへ飛んでいく。

 

「ぬぉおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 ゼスタは『リフレクト』で先程よりも分厚い光の壁を生成し受け止める。しかし玉の勢いは凄まじく、反射できないまま押され続ける。

 やがて壁にヒビが入り、ガラスが割れたような音を立てて砕け散った。光の玉はそのままゼスタのみぞおちに当たり、彼ごと女神像へと突っ込んだ。

 女神像は前方へと倒れ、土煙を上げながら崩れ落ちる。バージルは剣を納めて様子を伺うと、再び煙の中で淡い光が見える。

 しばらくして煙は晴れ──何故か服は破れ、顔に似合わない筋肉質な上半身を見せつけるゼスタが姿を現した。

 

「フー……ようやく身体が温まってきましたな」

 

 先の攻撃など取るに足らないとばかりに、ゼスタは首を鳴らす。対するバージルも、不敵に笑って言葉を返す。

 

「貴様の魔力も無限ではない。回復魔法が使えなくなるまで、とことん付き合ってやろう。その虚勢がいつまで続くか見ものだな」

「最後に正義は勝ち、悪は滅ぶもの。悪魔の力を利用している上にエリス教徒から貰ったと聞くアミュレットを持った闇の勢力に、光の守護者たるアクシズ教徒の私が負ける理由など、万に一つもありませぬ!」

 

 ゼスタが身構えたのを見て、バージルも刀に手を添える。このまま聖堂崩壊待ったなしの第二ラウンドへ突入する……と思われた時、不意にゼスタは発していた魔力を納めた。

 どうしたのかとバージルが不思議に思っていると、ゼスタはバージルの後方を覗き込むように顔を動かした。

 

「そこにいるのは……もしやセシリーさん? アクセルの街に向かったのではなかったのですか?」

 

 聞き覚えのある名前を聞き、まさかと思いバージルは入り口へ振り返る。開かれた扉の前にはいつの間にやら野次馬が集まっていた。

 野次馬の先頭には、別行動をしていたセシリーの姿が。気付かれた彼女は息を吐き、二人のもとへ。そして彼女の背後から、ゆんゆんも姿を現した。

 

「おおおおっ! ゆんゆんさん! ゆんゆんさんではありませんか! まさか貴方とも会えるとは! めぐみんさんとはあれから仲良くやっておりますかな?」

「ヒィッ!?」

 

 ゆんゆんを見た瞬間、ゼスタは旧友と再会したか如く喜び彼女のもとへ駆け寄った。めぐみん同様、ゆんゆんとも面識があったようだ。

 がしかし、ゆんゆんは迫りくる半裸のゼスタを見るやいなや悲鳴を上げ、そそくさとバージルの後ろに隠れた。

 

「どうしたのですかゆんゆんさん!? 何故その男の背後に隠れるのですか!?」

「上半身裸で息を巻きながら迫られたら、年頃の女の子にとっちゃ怖いに決まってるでしょうゼスタ様! けど、そっちに隠れるのは私も納得いかないわ! さっきの戦いを見てなかったのゆんゆんさん! そいつは危険だわ! 私の背中に隠れた方がずっと安全よ! なんなら股の下に隠れてもらっても構わないから!」

 

 ゼスタとセシリーから迫られるゆんゆんであったが、鼻を鳴らして迫る姿はより危険人物に見えたのだろう。バージルの服を掴み、頑なに陰から出ようとしない。

 一方で、置いてきぼりをくらったバージルはどうしたものかと考える。賠償金踏み倒しの魂胆で始めた争いだったが、ゼスタはゆんゆんに夢中で戦う気が見られない。

 もっと物分りの良い人間と話をつけるべきかと思案していると、どこからともなくバージルを呼ぶ声が聞こえた。

 

「おに……バージルさん」

「ムッ」

 

 声が発せられた方へバージルは顔を向ける。そこには、聖堂内を清掃していたプリーストが。

 周りの者達も気付いたようで、同じくプリーストに目を向ける。注目が集まったところで彼女は一度咳き込むと、バージルに告げた。

 

「要望通り、貴方に請求していた温泉の賠償金は取り消させていただきます」

「なっ!? 勝手に何を言っているのですか!」

「見込み通り、温泉の質が変わって以降は収益が以前より増加しております。賠償金の請求は必要ないでしょう」

 

 息巻くゼスタをあしらいながら、プリーストは取り消し承認の意を伝える。同じアクシズ教徒であったが、ゼスタと違い話のわかる人間だったようだ。

 ここでの目的は達成した。ゼスタと戦う意味もない。さっさと噴水広場に戻ってカズマ達を待つべく足を進めようとした時──プリーストは懐から一枚の紙を取り出し、バージルに渡しつつ言葉を続けた。

 

「その代わり、先程の戦闘で半壊してしまった大聖堂の補修費をお支払い願います。まさか、自分から壊しておいて嫌だとは言いませんよね?」

 

 渡されたのは、新たに発行された請求書であった。それも、温泉の賠償金と然程変わらない金額の。

 思わず渋い顔になったバージルは、プリーストへ目を移す。その意味は何なのか、プリーストは何も言わず目を細めて微笑み返した。

 彼女の言う通り、壊したのは紛れもなくバージル本人。プリーストに野次馬と、目撃証言もある。アクシズ教徒側からすれば、至極真っ当な要求だ。

 結局、彼に届いた請求書は理不尽なものから正当なものへと変わり、支払わざるを得なくなってしまったのだ。

 

「そうだそうだ! 貴様のせいで、大聖堂はこの通り滅茶苦茶! 修復にどれほどの人手と時間を要するのか考えたくもない! この落とし前はキッチリつけていただかねばな! いやはや愉快愉快! ハハハハハハッ!」

「ゼスタ様にも支払っていただきますよ」

「えっ」

 




DMC5でも被害総額がとんでもないことなりそうだなぁ……。


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第56話「この旅道中で野外授業を!」

 ゼスタとの喧嘩が終わった後、バージルは黙って請求書を受け取りその場を離れた。また、記名すれば請求額を半額免除するとの売り文句で入信書を渡されたが、当然破り捨てた。

 同じく多額の請求を受けたゼスタは「有り金を百倍にして戻ってくる」と言い、カジノ大国と名高いエルロード国へ旅立ってしまった。

 

 半壊した大聖堂を後にした彼は、不機嫌ですと言わんばかりのしかめっ面で街を歩く。近寄りがたいのか、ゆんゆんは修道服の裾を掴んでセシリーの側に。セシリーは襲いかかりたい衝動に駆られたものの、必死に我慢した。

 思ったより戦闘が長引いたので、カズマ達はもう街へ来ているだろう。そう踏んで彼等は噴水広場へ足を運ぶ。すると、推測通り見知った顔がいたのを発見した。

 

 

「前にも来てたエリスきょうとだ!」

「石なげろ石!」

「くぅっ……無垢な子供すらも相手がエリス教徒であれば辛辣になる……この街は本当に最高だな……!」

「コイツ笑ってやがるぜ!」

 

 エリス教のペンダントを首にさげて独り佇み、街の子供達から小石を投げられ恍惚感に浸るダクネスであった。

 

「止めるべき……でしょうか?」

「貴様の好きにしろ。俺は関わりたくもない」

「うーん、本当は迷わず止めるべきなんでしょうけど、あの人の場合はお邪魔したら嫌われそうだし……」

 

 それなりにダクネスと交流を深めたことで、ゆんゆんも彼女の扱いを理解し始めたようだ。バージルが嫌な顔を見せる横で、ゆんゆんはどうすべきか悩む。

 助言をもらうべく、ゆんゆんはセシリーへ顔を向ける──が、隣にいた筈の彼女はいない。

 

「そんなんじゃ生温いわよ坊や達! しっかり水で濡らして、地面に転がして土や砂、ゴミをくっつけてから投げるの! 私が手本を見せてあげるわ!」

「何やってるんですかぁああああああああ!?」

 

 ちゃっかり子供達に混じり、ダクネスへ小石をぶつけようとしていた。ゆんゆんは慌てて駆け寄り、セシリーを羽交い締めして止める。

 

「ゆんゆんさん! お姉ちゃんとスキンシップしたい気持ちが抑えきれず強引に胸を押し付けてくれたのはとっても嬉しいんだけど、ちょっと待ってて! 後でいっぱい愛でてあげるから、まずこのいっちょまえに高そうな鎧を見せびらかしてるエリス教徒に石投げさせて!」

「そんな目的で拘束したわけじゃないですよ!? その人は私のとっ、友達の友達だから、いじめるのはやめてください!」

 

 背中に当たる胸の感触をじっくり味わいつつも投石を諦めないセシリー。一方でゆんゆんは必死にしがみつく。見兼ねたバージルは、ため息を吐きながら彼女等のもとへ向かった。

 しかめっ面の彼が怖かったのか、その場にいた子供達は一斉に逃げ出す。またセシリーはようやく投石を諦めたのか、ゆんゆんにセクハラする方向へシフトしていた。

 組んず解れつな彼女等の隣、名残惜しそうに去りゆく子供達を見つめるダクネスに、バージルは話しかけた。

 

「他の奴等はどうした?」

「んっ……カズマ達は街の外だ。ここにいたくないから外で待機していると、連絡係として私を残して行った」

 

 まだ余韻が残っているのか、ダクネスは顔を赤らめたまま答える。

 ここで待っていたら、何度宗教勧誘を受けるかわかったものじゃない。その上、教徒にすら構って欲しがりのアクアもいる。とても待ち合わせできる環境にはならなかっただろう。

 ともかく、これでカズマ達とも合流できる。さっさと街を出るかとバージルは考えていると、目の前にいたダクネスが彼へ何かを差し出してきた。

 目線を落としてみると、彼女が手に持っていたのは、投げるのに丁度いい大きさの小石。

 

「……一回だけ」

「投げんぞ」

 

 

*********************************

 

 

 アルカンレティアの外、橋を通り洞窟を抜けた先にある平原。

 

「おっ、来た」

 

 通行の邪魔にならない道の袖で待機していたカズマ達は、洞窟からバージル達が出てきたのを目視した。

 立春といえど外で待つのは肌寒いように思われたが、以前の冒険で余っていたホットドリンクを飲んだことで体温がほどよく上がり、うたた寝しそうになるほど快適であった。

 

「もう! 遅いわよお兄ちゃん!」

「待たせたのは貴様等だろう」

「ホントすんません」

 

 彼の目が更に細くなったのを見て、カズマは即座にアクアの頭を掴んで無理矢理下げさせ、自身も謝る。

 一方で、地べたに座っていためぐみんも立ち上がって彼等のもとへ。そしてバージルの後ろにいたゆんゆんと、青い修道服を纏う女性を見た。

 

「おや? ゆんゆんの隣にいる人は……って、どうして貴方が!?」

「なんだ? 知り合いか?」

「はい……彼女はアクシズ教のプリースト、セシリーです。ゼスタさんと同じで、アルカンレティアへ初めて訪れた時に知り合って……」

 

 やや警戒した様子で、セシリーのことを説明するめぐみん。アクシズ教徒にはロクな人間がいないと学んでいたカズマは、それを聞いて露骨に嫌な表情を見せる。

 この時めぐみんは、真っ先に自分へ襲いかかってくると睨んでカズマの背中に隠れていたのだが……当の本人はというと、目をカッと見開き立ったまま動かない。視線もめぐみんに向けられていなかった。

 彼女が見つめていたのは──目を合わせ、呑気に首を傾げているアクア。

 

「艷やかな水色の髪、美しき桃色の羽衣、王女すら霞む美貌! ゼスタ様の話が本当なら、あ、あああ貴方様が、我らアクシズ教徒の崇める麗しき水の女神! あ、アクア様ぁああああああああああああっ!」

 

 セシリーは声を張り上げ、アクアの名を叫んだ。突然のことにセシリー以外の者は驚いて視線を寄せる。

 当のアクアも少し困惑していたが、彼女の服を見て信者だと察すると、優しい声色でセシリーへ語りかけた。

 

「アクシズ教の子にはあんまり教えたくないんだけど、バレたのなら仕方ないわね。そう……私が水の女神、アクアよ」

「お前、アルカンレティアで信者達に自分から言いふらしたって話じゃなかったか? 誰にも信じてもらえてなかったらしいけど」

「私が下界に降りてることは、他の子達に言っちゃダメよ? きっと大混乱になっちゃうから。私と貴方だけの秘密……ねっ?」

「ハイ! このセシリー、アクア様との秘密は墓場まで持っていく所存です!」

「……ちょっとだけなら言っても大丈夫よ?」

「あぁ……ゆんゆんさんとめぐみんさんに再会できるだけにあらず、女神様をこの目で見れる日が来るなんて……このまま死んでも……あぁまだダメ! イケメンなあの子と結婚して養ってもらうイベントが残ってるわ! ところてんスライムの布教もまだ広まってないし! それにめぐみんさんとゆんゆんさんのご両親に挨拶して私との仲を公認してもらわないと──!」

「結構残ってんじゃねぇか」

 

 チヤホヤされたい欲が出てアクアはそう付け加えたが、既に自分の世界へ入ってしまった様子。セシリーは両頬に手を当てて身体をくねらせる。

 

「で、どういう経緯でセシリーお姉さんがここにいるんですか?」

「んもう! 久しぶりだからって照れちゃって! 前みたいに甘えた声でセシリーお姉ちゃんって呼んでもいいのよ!」

「過去を捏造してないで、さっさと説明をお願いします」

 

 めぐみんにジト目で促されてセシリーは逆に喜びながらも、彼女等にこれまでの経緯を語った。

 アクセルの街に住むアクシズ教徒を助力すべく街へ来たこと。デビルメイクライにおけるバージルとの出会い、ゆんゆんとの再会。そして、なんだかんだで里帰りについていくことを。

 時々誇張して話したが、度々ゆんゆんに指摘されていた。全て聞き終えたカズマは、引っかかる部分があったのか腕を組んで唸る。

 

「アクアの加護を受けてるアクシズ教徒……そもそも、アクセルの街にアクシズ教徒っていたっけ?」

 

 本当は彼自身のことなのだが、当事者のカズマ、首を横に振るアクア、そして湯治の旅には参加しなかったゆんゆんは気付いていない。またセシリーも、ゼスタからうっかり名前を聞き忘れていた為にカズマだと気付かなかった。

 世の中には知らなくていいこともある。彼がアクシズ教から足を洗えていないと察した三人は、静かにカズマへ哀れみの目を送っていた。

 

「すっかり聞き忘れてたけど、平凡な顔立ちをしてる貴方は誰?」

「悪かったなモブ顔で。俺は佐藤和真。アクアとめぐみん、あとそっちにいるダクネスとパーティーを組んでる冒け──」

「ちょっと! 本人を前にしておきながら、めぐみんさんどころかアクア様まで呼び捨てだなんて何様のつもり!?」

 

 二人への馴れ馴れしい態度が気に入らなかったのか、セシリーは捲し立てるように怒鳴る。

 カズマも思わずイラッときたが、こういうタイプが無視するのが一番。彼は言葉を返さずそっぽを向く。

 

「そいつはアクア、めぐみん両者と衣食住を共にしている。隣に住んでいるが、夜でも近所を気にせず騒がしい連中だ」

「バージルさん!?」

 

 が、思わぬ方向から援護射撃が飛んできた。まさか彼が火に油を注ぐ真似をするとは思ってもみなかったのか、カズマは心底驚いている。

 当然、これを聞いたセシリーが黙っている筈もなく。

 

「このド変態芋男がぁああああっ! 一緒に住んでいるだけでも羨ましいのに、私のめぐみんさんに夜な夜なナニをしてるっていうの!? その一方でアクア様にも手を出すとか超罰当たりな真似してんじゃないわよ!」

「何もしてねぇよ! めぐみんはともかく、誰が年がら年中酒臭いぐーたら女神に手を出すか!」

「私達の崇める女神様を侮辱するなぁああああああああ! しかもめぐみんさんはともかくって言った!? つまりめぐみんさんには手を出す予定なの!? 答えなさいよ!」

「わかってはいたけどコイツ面倒くせぇ! つーかバージルさんがあんなこと言ったから、ややこしい事態になっちゃったんじゃないですか!? 助けてくださいよ!」

「ゆんゆん、紅魔の里はこの先か?」

「はい、このまま道に沿って進めば二日で行けますよ」

「あっクソ! 俺に押し付けやがった!」

 

 思惑通りカズマへセシリーを当てつけたバージルは、ゆんゆんと共に先へ進む。絡むのが面倒に思ったのか、めぐみん達も後を追った。

 この女を最後に、アクシズ教徒とは二度と関わりたくない。セシリーと一緒に取り残されてしまったカズマは、独り固く決心した。

 

 

*********************************

 

 

 どうにかセシリーを黙らせ、バージル達と合流したカズマ。自分を嵌めたバージルを恨めしく思いながらも、仲間と共に先を進む。

 何事もなく無事到着するのが一番だが、そう簡単にはいかないようで。

 

「んっ? 誰かいるぞ?」

 

 進行方向に人を見つけたカズマは、手を上げて周りの人間に伝えた。彼等も注視して前方を見つめる。

 目に入ったのは、細い一本の木──その根本で傷だらけの少女が座り込み、柔和な瞳をカズマ達に向けていた。

 

「大変! あの子怪我してるわ! 早く回復してあげなきゃ!」

「全くもってその通りですアクア様! あんなどちゃくそ可愛い女の子を放っておく理由なんてありませんもの!」

「ちょっと待てプリースト共」

「「ぐえっ!」」

 

 少女を保護すべく駆け出したアクアとセシリーであったが、カズマに首根っこを掴まれて無理矢理止められる。

 首を締められ苦しそうに咳き込んだ後、二人はすかさずカズマに声を荒げて突っかかった。 

 

「ちょっと何すんのよ! あの子をほっとくつもり!? カズマったら、そこまで鬼畜に成り下がってしまったの!?」

「私はともかく、アクア様の崇高なる救いを邪魔してんじゃないわよ! さてはアンタ、邪悪なるエリス教徒ね!」

「落ち着け。俺の『敵感知』が反応してる。あいつはモンスターだ。そんで俺は無宗派だ」

「「へっ?」」

 

 あの場にいる少女がモンスターだと聞き、信じられないのかアクアとセシリーは少女を凝視する。こちらに気付いてくれたと知ったのか、少女は儚げな笑みを浮かべて手を振っている。

 彼女の、思わずギュッと抱きしめたくなる姿と表情にプリースト二名どころか、この場にいた女性陣全員が心を掴まれている中、バージルが興味深そうに少女を見て呟いた。

 

「本で目を通したことはあったが……成程、奴が安楽少女か」

「安楽少女?」

「人の姿をした、植物型モンスターだと聞いている。庇護欲を抱かせ人間を誘い、魅入られた者は呪われたようにその身が朽ちるまで傍に留まる。そして死体となった人間を、奴は養分にするそうだ」

「へぇー……あっ、地図にもその名前が書かれてる。えーっと、見つけたグループは辛いでしょうが駆除してください、か」

 

 アルカンレティアで購入しておいた地図に目を通し、カズマは該当箇所を読み上げる。

 幼い子供に手をかけるのは心苦しいが、犠牲者を増やさない為にも狩らねばならない。カズマはそう決意して腰元のちゅんちゅん丸に手を添えるが──。

 

「ふざけるな! あのような純粋無垢たる少女を殺せるわけないだろう!」

「なんだかあの子、泣いてるような……ち、違うよ!? 私達は貴方を討伐しに来たわけじゃないからね!?」

「も、もう我慢できません! 今すぐにでもあの子をナデナデしてあげたい!」

「あっ、おい!」

 

 既に魅入られてしまった女性陣は、一斉に安楽少女のもとへ駆け出した。カズマが呼び止めるも誰一人として聞かず。

 

「さぁ傷を見せて! お姉ちゃん達が一瞬で直してあげるから……ってあら? これ傷じゃないわ」

「むっ、本当だ……包帯も擬態のようだな」

「ゴメンナサイ……コウデモシナイト、ミンナワタシトハナシテクレナイカラ……」

「だ、大丈夫よ! 私達がいーっぱいお話してあげるから! 何がいい!? めぐみんの爆裂魔法自慢とかどう!?」

「お望みならばここで一発見せてあげますよ! なんだったらカズマとバージルに協力させて魔力を分けてもらい、何度でも撃ってあげますから!」

「ワタシ、モンスターナノニ……タイジシナクテイイノ?」

「そんなの全然気にしなくていいのよ! 悪魔でなければ何を愛でても構わないって教えがあるんだから!」

 

 安楽少女を取り囲み、全力で甘やかす女性達。自分に優しくしてくれる彼女達へ、安楽少女は幸せそうに笑いかける。

 周りにハートマークが飛んでいそうなアクア達を見て、カズマは呆れたように息を吐いた。

 

「ったく、女連中は全員引っ掛かってんじゃねぇか……バージルさんどうしましょう?」

 

 残ったのは自分とバージルのみ。安楽少女の始末はどうすべきか尋ねるべく、隣へ顔を向ける。

 が、そこに彼の姿はなかった。一体どこへ行ったのかと思い、カズマは辺りを見渡す。

 

 

「ふむ、聞いた通り空腹感は満たされんが、口に広がる甘みはそこらの果実より魅力がある」

「ウッソだろ!?」

 

 彼さえも、安楽少女の虜になっていた。正確には果実であるが。

 実を齧り感想を述べるバージルの姿を見て、カズマは開いた口が塞がらない。その一方で、バージルは木に実っている他の果実を見ながら少女に尋ねた。

 

「この果実をいくらか持っていかせてもらう。構わんか?」

「アッ、ゴ、ゴメンナサイ……コレ、ワタシガヨワイセイデ、ヒモチシナイカラ……」

「つまり、調理することもままならないと?」

 

 バージルの問いに、安楽少女は泣き出しそうな顔で頷く。周りの女性陣が親のように睨んでくる中、彼は独り息を吐く。

 

「ならば用は無い」

 

 バージルは背を向けて、安楽少女のもとから離れた。物騒な彼が手を出さずにいてくれたのを確認して、安堵する女性陣。

 ずっとこの場に留まりたい欲求に狩られたが、今は紅魔の里に向かわなければならない。後ろ髪を引かれる思いで、アクア達は安楽少女に手を振りながら離れる。

 

 

 ──既に抜かれていた刀を、彼が納めようとしていたとは知らず。

 

Rest in peace(安らかに眠れ)

 

 キンッと、鍔鳴りが辺りに響く。非情な、冷たい印象を抱かせる音を聞いた彼女等は、心臓を掴まれたような錯覚に陥る。

 まさか、そんな筈はない。安楽少女から目を離していたアクア達は、希望が叶うことを願いつつ振り返る。

 安楽少女は、変わらぬ表情でこちらを見つめている。だが今までと違い、まるで時が止まったかのように動かない。

 

 やがて、安楽少女の頭はぐらりと傾き──重い音を立てて地面に落ちた。

 

「お兄ちゃんの馬鹿ぁああああああっ!」

 

 真っ先に飛び出したのはアクアだった。彼女は目に涙を浮かべてバージルに殴りかかる。

 が、バージルは軽く避けて彼女の頭に拳骨を当てた。重い痛みに耐えかね、アクアは頭を抱えて地面に転がりダウンする。

 

「こんのクサレ外道がぁああああああああっ!」

 

 続けてセシリーも、アクアと同じように殴りかかってきた。バージルはこれを避けずに片手で受け止めると、男女平等パンチを腹に食らわせた。

 かなり加減されていたが、人間の、それも女性にとっては相当のダメージ。セシリーは悶え、その場にうずくまる。

 

「安楽少女の敵ぃいいいいいいいいっ!」

 

 今度はめぐみんが杖を両手に襲いかかった。この状況下では爆裂魔法を放てないと思ってか、杖で殴ろうと振りかぶる。

 しかしそれも届かず。バージルは片手で受け止め、杖を奪い取り後方へ投げ捨てる。そして彼女の頭を左手で掴み、右手で眼帯を摘んだ。

 

「だから! どうして私だけいつもコレなんですか!? バリエーションが乏しいんですか!? なら他の仕返しを考える猶予を与えますから──!」

Shut up(黙れ)

「あぁああああああああはぁああああああああっ!?」

 

 またしてもスタイリッシュ眼帯パッチンの刑を受け、悲鳴を上げためぐみんは右目を抑えて地面を転がりまわった。

 

「おのれぇええええええええええええっ!」

Kneel before me(跪け)

「はぁいっ!」

 

 残るダクネスはたった一声で屈した。剣を投げ捨て両膝をついて座り、犬のように息を荒くしてバージルを見上げ、次の命令を待ち望んでいる。

 彼女への対処法が自然と出てしまった自分を恥じながらも、バージルはカズマに目を向けた。

 

「貴様も来るか?」

「いえ結構です」

 

 誰が行くかとカズマは首を横に振る。向かってくる者はもういないと確認したバージルは、次にゆんゆんを見る。

 モンスターといえど、幼い子供の首がもげるシーンは刺激が強すぎたのか、光の灯っていない目で呆然と立ち尽くしている。

 バージルはゆんゆんに歩み寄るが、気付く様子はない。彼女の前に立ったバージルは、ドアをノックするようにゆんゆんの頭を軽く叩いた。

 小さな悲鳴を上げ、拳が当たった頭頂部を抑えるゆんゆん。ようやく我に返ったのか、涙目でバージルを見上げている。

 

「家族や知人、貴様の大好きな友達とやらに化け、心を揺さぶり命を狙う狡猾な輩もいる。先の安楽少女のようにな」

「……ッ」

「一瞬の迷いが剣を鈍らせ、隙を生む。死にたくなければ、相手がどんな姿をしていようとも、決して手を緩めるな」

 

 厳しめな口調で、先生らしくゆんゆんへ助言を伝える。彼の言葉を聞いてハッとした表情を浮かべたゆんゆんは、言い返すことなく俯いた。

 理解したと見たバージルは背を向け、屍となった安楽少女のもとへ。実は既に枯れ果てており、バージルは独り舌打ちをする。

 一方、未だ落ち込んでいる様子のゆんゆんを見ていたカズマは、慰められるのは自分しかいないと思い、優しい口調で語りかけた。

 

「気持ちはわかるよ。でもここで討伐してなかったら、第二第三の犠牲者が出てたかもしれない。それを防げただけでも──」

「どんな姿であっても攻撃の手を緩めてはいけない……私にとって一番の弱点だわ……気を付けないと……」

「(あっ、俺必要ないパターンだ)」

 

 俯いていたのは、先程指摘されたことをメモに書き込んでいたからであった。優しい性格故に安楽少女の件は引き摺ると思われたが、杞憂だったようだ。

 

「(でも、流石に首チョンパはないよなぁ)」

 

 安楽少女の本性を知ることのなかったカズマは心の中で呟き、枯れた実をかじって苦い顔を浮かべるバージルを見ていた。

 

 

*********************************

 

 

 その後、特にこれといったモンスターに遭遇することなく順調に進んでいたが、日が落ちた為に安全な場所で野宿を決行。

 見張り役にはバージルが志願した。半人半魔故に眠らずとも活動できることと、騒がしい連中の傍ではロクに眠ることもできないからであろう。

 安楽少女の件もあり、セシリーからシッシと手で払われながらもバージルは距離を置く。腰掛けには丁度いい岩場に座り、空を仰ぐ。天気は優れていた為に、満点の星空が浮かんでいた。

 元の世界でこのような星空を見たのはいつ以来だろうかと、バージルは過去を思い返す。すると彼の耳に、雑草を踏み地面を歩く音が届いた。しかしバージルは振り返らずに後方の者へ声を掛ける。

 

「今日の授業は終わりだ。さっさと寝ろ」

「そのことなんですけど、えっと……すみませんでした」

「……二度、同じ過ちをしないのであれば構わん」

 

 申し訳なさそうに謝るゆんゆんへ、バージルはため息混じりに返す。安楽少女の事だろう。今でもご立腹なアクアやセシリーと違い、彼女は受け入れていたようだ。

 歩み寄ったゆんゆんは、バージルの隣にちょこんと座る。しばしモジモジと指を動かした後、ゆんゆんはおずおずとバージルへ問いかけてきた。

 

「……先生のいた国って、どんな所だったんですか?」

 

 彼がどういった場所で生まれ、力を得たのか。彼女は今まで聞いたことがなかった。安楽少女で受けた教示で、気になったが故の質問だった。

 対するバージルはゆんゆんへ顔を向けず、平原の彼方を見つめたまま言葉を返す。

 

「一度の過ち、気の緩みが死を招く。安楽少女のような、質の悪い連中はごまんといる世界だ」

「家族や友達に化ける相手もいるって、先生言ってましたよね? もし、カズマさんやアクアさん、めぐみんやダクネスさん……私の姿に化けたモンスターが出てきても、先生は斬るんですか?」

「偽物とわかっている奴を斬るのに、何を躊躇う必要がある?」

「先生の家族……お母さんに化けていても?」

「当然だ」

 

 一切の動揺も見せず、バージルは答える。

 彼がまだネロ・アンジェロであった頃、マレット島で母親と瓜二つの悪魔を見かけたことがあった。

 名前は知らないが、恐らく魔帝がダンテを誘い出す為に作ったのだろう。悪趣味な魔帝のやりそうなことだと、容易に想像できた。

 あの悪魔と対峙し、ダンテは何を思ったのか知る由もない。ただ一つ言えるのは──自分であれば、その女を斬っていた。

 母はもういない。無力であった故に守ることも叶わず、悪魔に殺されてしまったのだから。

 

「質問は以上か? ならさっさと寝ろ」

「あっ、はい……」

 

 バージルに促され、ゆんゆんは静かに立ち上がる。夜に鳴く虫の音、後方から聞こえる焚き火の音、そしてゆんゆんの足音を聞きながら、バージルは見張りを続ける。

 が、途中でゆんゆんの足音が止まった。程なくして、再びゆんゆんの声が彼の耳に届く。

 

「あの、先生」

「何だ」

「こ、紅魔の里に着いたら、見せたい物があるんです。だから、その……私の家に来てもらっても、いいですか?」

 

 ゆんゆんからの提案を聞いて、バージルは少し考える。

 そもそも紅魔の里へ自分も行こうと決めたのは、紅魔族がどういった種族かを深く知る為だ。それ以外にこれといった目的はない。

 

「考えておこう」

 

 バージルは振り返らず答える。対してゆんゆんは何も言葉を返さなかったが、足音は先程よりも軽快なものになっていた。

 

 

 ──が、しばらくして彼女は再びバージルのもとへ。

 

「せ、せせせせ先生先生先生っ! め、めめめめめぐめぐみみみんみんが! かかかかかカズマさんと! なななななななんか凄くいい雰囲気で──!」

「喧しい」

 

 結局、ゆんゆんがカズマ達のもとに戻れたのは、焚き火が消え皆が寝静まった後であった。

 

 

*********************************

 

 

「ねぇ、めぐみんさんに変なことしてない? 昨日の夜はゆんゆんさんにスリープかけられて良い夢見れるほど熟睡しちゃったけど、何もしてないわよね?」

「だから何もなかったって言ってるだろ。ちょっと喋って、めぐみんが先に寝落ちしたから寝床に移動させて、その後に俺も寝た。以上」

「アクア様! この男の主張をどう思われますか!?」

「嘘を言ってる風には見えないわね。それに、寝てるとはいえ他の人もいる中でめぐみんを襲おうなんて度胸、ヘタレのカズマさんにあるわけないもの」

「貴方の供述は真だと、アクア様から審判が下されたわ! ありがたく思いなさい!」

「あーはいはい、ありがとうございます」

 

 夜が空け、カズマ一行は軽く朝食を終えて旅を再開。朝から面倒なセシリーに絡まれ、カズマはご機嫌斜めの様子。

 彼の言う通り、やましい事は何もなかったのだが、下手に話せば事態が悪化すると考え、当事者のめぐみんと目撃者のゆんゆんは固く口を閉ざしていた。無論バージルも極力セシリーに関わりたくない為に黙っている。

 左右に木々が密集している道を、モンスターと遭遇することなく歩き続ける。このまま紅魔の里へ無事に着けばとカズマは願っていたが──。

 

「……ひっろいなぁ」

 

 進んだ先にあったのは、遮蔽物も見当たらない平原地帯であった。広大な景色を見て、カズマは思わず声を漏らす。

 地図によれば、この地帯は危険なモンスターがゴロゴロと存在する。しかし、紅魔の里へ行くにはここを通らなければならない。

 もし自分が通るなら、戦闘は極力回避すべく『潜伏』『千里眼』を使って、モンスターのテリトリーに入らないように移動が最善だろう。

 しかし今回、その務めは必要ない。

 

「バージルさん、こっからは先導お願いします」

 

 最強の用心棒に任せればいいのだから。カズマに頼まれたバージルは、黙って自ら前に出る。

 バージルがモンスターをなぎ倒す一方で、残りのメンバーは戦闘に巻き込まれないよう離れて待機。カズマが『千里眼』で安全になったのを確認し、バージルの後を追う。これで平原地帯は難なく抜けられるだろう。

 

「お兄ちゃんが行くなら私も!」

「前衛職であるクルセイダーの見せ場だ。私も──」

「待機に決まってんだろ馬鹿共。いい加減身の程を弁えてくれ」

「アクア様の邪魔をするどころか馬鹿って言った!? 身の程を弁えるべきはアンタの方よ!」

「セシリーが入るとややこしくなるので、こっちで私とお喋りしましょう」

 

 問題児も飛び出そうとしたが、カズマによって抑えられた。セシリーもめぐみんに引っ張られカズマから離される。

 一方でバージルは、だだっ広い平原を静かに見渡す。あちこちから感じる大きな魔力は、悪魔で例えるなら高く見積もって中位レベルだろうか。討伐し、素材を幾らか剥ぎ取れば、聖堂修繕費の足しにはなるだろう。

 それと、もうひとつ。

 

「ゆんゆん」

「は、はい!」

「野外授業だ。紅魔の里へ着くまでに、一人で五体以上狩れ」

「五体……わかりました!」

 

 バージルから課題を出されたゆんゆんは、ぐっと拳を握りしめて気合を入れる。

 華奢な女の子には厳し過ぎるのではと思うだろうが、日頃彼に鍛えられているゆんゆんにとっては、丁度いい難易度であった。

 

「ちょっと! 私の可愛いゆんゆんさんを危険な目に合わせようとしてんじゃないわよ!」

「ほら見てくださいセシリーお姉ちゃん。あんなところに花が咲いてますよ」

「まぁホント! めぐみんさんみたいにかわいくて……えっ!? 今私のことお姉ちゃんって呼んでくれた!? ついにデレたの!? 私と一生暮らすことを誓ってくれたの!?」

「誓ってませんよ、セシリーお姉さん」

 

 過保護な親代行が騒ぎ立てていたが、ゆんゆんはバージルと共に駆け出し、カズマ達から離れていった。

 

 

*********************************

 

 

 カズマ達が肉眼でギリギリ見える距離まで離れた後、課題を達成するためにバージルとも離れたゆんゆん。辺りを見渡しながら走り、モンスターを探す。

 里の周辺にいるモンスターは、高難度案件で貼り出されるような者達ばかり。この一帯のモンスター全討伐となれば、特別指定モンスター討伐の難易度にも匹敵するだろう。

 

「あれは……」

 

 早速進行方向にモンスターを見つけたゆんゆんは、走っていた足を止める。視線の先に待つのは、黒い体毛で覆われた巨大な獣──熊であった。

 かの者の名は『一撃熊』──その剛腕から繰り出される攻撃は、並の冒険者であれば名前の通り一撃で命を奪えるほどの威力を誇る。防御力も固く、近接攻撃を得意とする職業にとっては厳しいモンスターである。

 普段は森に生息している為、このようなだだっ広い平原で見るのは珍しい。別の森へ移動する最中であったのだろうか。

 

「(まずは……近接主体で戦ってみよう)」

 

 魔法で仕留めるのは容易いが、それでは修行にならない。その為、ゆんゆんは敢えて相手の間合いに入る道を選んだ。

 常に命のやり取りを行う冒険者からすれば、狂っていると言われてもおかしくない。過去の彼女が見れば全力で止めに入るだろう。度重なる授業によって、ゆんゆんも気付かない内に毒されていたようだ。

 短剣を抜き、静かに一撃熊へ歩み寄る。やがて相手の領域に踏み込んだところで、一撃熊はゆんゆんへ敵意を顕にし、四本脚で彼女に向かって駆け出してきた。

 

 ゆんゆんの前へ来たところで一撃熊は後ろの二本足で立ち上がり、威嚇するように身体を大きく見せる。自身の二倍はある体格を前にしても、ゆんゆんは怯まず。

 相手に戦う気があると見たか、一撃熊は腕を上げ、ゆんゆんに向かって振り下ろした。しかしこれを、ゆんゆんは最小限の動きで下がって避ける。

 

「(当たれば強いけど、動きは単調。パワーを押し付けてくるタイプ)」

 

 冷静に相手を分析しながら、続けてきた二振り三振りも避ける。一撃熊は攻撃が当たらないことに苛立ちながら、今度は両側から腕を振って襲いかかる。

 それを見たゆんゆんは、大きく後ろへ下がって避け、左手に握られていた短剣を一撃熊へ投げた。剣は一直線に飛び、一撃熊の手の上を通ると、そのまま目に突き刺さった。

 鋭い痛みを受け、無作為に両腕を振り回す一撃熊。ゆんゆんは更に下がって敵との距離を空ける。残る片目でゆんゆんの姿を捉えた一撃熊は、怒りに任せてゆんゆんへ突撃した。

 重圧感のある走りで迫る一撃熊を見ても、ゆんゆんは怯えず待ち構える。一撃熊が肉薄する瞬間──ゆんゆんは跳び上がり、宙で身体を捻らせて一撃熊の背中に着地した。

 ゆんゆんは、一撃熊の目に刺さっていた短剣を抜き取ると背中を蹴って再度跳び上がる。そして六本の『幻影剣』を飛ばし、一撃熊の背に突き刺した。

 

「っ!」

 

 着地したのも束の間、ゆんゆんは背後から殺気を感じ取り、すぐさま振り返る。その場にいたのは、一撃熊とは対照的に小さな身体と、その身に似つかわしくない角を持った兎──『一撃兎』であった。

 キュートな見た目とは裏腹に凶暴性の高い要注意モンスター。脚力が強く、矢のような飛び頭突きで角を突き刺してくる。因みに肉食である。

 思わずキュンとなってしまいそうだったが、ゆんゆんはバージルの授業を思い出す。このモンスターも安楽少女と同じ、見た目で人を惑わし命を奪う者だ。

 ゆんゆんに狙いを定めた一撃兎は地面を蹴り、彼女めがけて飛び出した。兎の角がゆんゆんの命を奪うべくと迫り来る。

 が、当たる直前でゆんゆんの姿は消えた。一撃兎はゆんゆんが立っていた場所を通り過ぎ──彼女の背後に立ち、襲わんとしていた一撃熊の心臓に突き刺さった。

 一撃熊の動きは止まり、重力に従って前方に傾く。刺さりっぱなしだった一撃兎も巻き込み、大きく音を立てて地面に倒れた。

 一撃熊の背に刺していた『幻影剣』のもとへ『エアトリック』で移動していたゆんゆんは、モンスターに背を向け、鎮魂歌を捧げるように唱えた。

 

「『インフェルノ』」

 

 瞬間、倒れている一撃熊を中心に炎が上がる。ゆんゆんの魔法により、二体のモンスターは業火に包まれた。身体は焼け、灰と化したモンスターには目もくれず、ゆんゆんはふぅと息を吐く。

 

「まずは二体……先生はどうしてるかな」

 

 戦うだけが修行ではない。課題達成に少し余裕が出たゆんゆんは師の戦いを見るべく、バージルの魔力を辿って歩き出した。

 

 

*********************************

 

 

「カズマカズマ、向こうはどうなってるの?」

「バージルさんは相変わらず。そんで今、ゆんゆんがでっかい熊と角生やした兎を倒した」

「恐らく一撃熊と一撃兎ですね。以前は一撃兎に手出しできなかった筈でしたが、成長したようですね」

「俺もそういうタイプだと思ってたけど、戦い始めたら雰囲気がガラッと変わったよ。良いか悪いかわからないけど、バージルさんの影響受けてんだなぁ」

「悪い影響に決まってるでしょ! 私の可愛くて誰にでも優しいゆんゆんさんを返してよ!」

「俺に言うな。しかしゆんゆんでアレなら、バージルさんを師匠って呼んでる……えっと誰だっけ……あぁそうそう、ミツルギもあんな感じになりそうだな」

「ちょっと待って!? 今ミツルギさんのこと言った!? あの男、私の将来のお婿さんにまで手をつけてるの!? 私の恋のライバルだっていうの!?」

「お前の言ってたイケメンってアイツかよ。まぁでも大丈夫だろ。確か、アクシズ教徒で金髪でそれなりにスタイルのいい年上のプリーストが好みって言ってたから」

「やだもう! 私ったらあの子の好みど真ん中いってるじゃない! そういうことは早く言いなさいよ!」

 

 遠巻きに『千里眼』で観戦しながら、カズマは仲間達と会話を交わす。因みにダクネスは「出番……私の出番が……」と、落ち込んだ様子でトボトボと後からついてきている。

 ゆんゆんでもここら一帯のモンスターに勝てるのなら、師であるバージルは言うまでもないだろう。カズマは身の危険を心配することなく、念の為ゆんゆんとバージルが向かっていない方向も確認しながら歩を進める。

 モンスターらしき姿は見当たらないなと思い『千里眼』を一度解こうとした時、カズマは右前方に一体のモンスターがいるのを発見した。

 

「(あれは……オークか!?)」

 

 後ろ姿しか見えないが、尖った耳にチラリと見える牙、全体的に丸い身体から、ファンタジー作品では御用達のモンスターであるオークだと推測する。

 欲望のままに女性を襲い種を植え付ける、下劣下等な種族。それが彼の持つオーク像だ。そんなオークが、見た目だけはいい背後の仲間達を見ればどう出るか、想像は容易い。

 ゆんゆんとバージルも、あのオークに気付く様子はない。このまま無視するのも手だが……オーク一体なら、自分でも何とかできるだろう。

 

「皆、ちょっとそこで待っててくれ」

「えっ? ちょっ、どこに行くんですかカズマ!」

 

 普段の彼なら、無駄な戦闘は避ける場面だろう。だが、スタイリッシュに戦うバージルとゆんゆんを見て、自分もかっこいい所を見せたい欲に駆られてしまったか。

 仲間の制止も聞かず、カズマは名刀ちゅんちゅん丸を握り締めてオークへと駆け出した。全ては仲間の為……否、経験値稼ぎと俺だってやる時はやるんだアピールもする為。

 

 この世界のオークは雄が絶滅し、相手の種族がワイバーンでもゾンビでも人間でも、強い雄であれば構わず食ってしまう、色欲に満ち溢れた雌しか残っていないとは知らずに。

 

 

*********************************

 

 

How boring(つまらん)

 

 バージルは刀を納め、退屈そうに息を吐く。彼の前には、ズタズタに斬られた黒い獣(初心者殺し)の死体が。

 そして彼を三方向から取り囲むように、白狼、ミノタウロス、レッドワイバーンの三匹が、息を巻いてバージルと対峙していた。

 一体一体討伐するのは面倒な上に面白くないと考えた彼は、複数のモンスターを挑発して誘導。そして今のように、一対多の戦況を作り出したのだった。

 端から見れば劣勢どころか絶体絶命の状況下でも、彼は微塵も危機を感じていない様子。普段は縄張り争いで血を流し合うモンスター達だが、今は共闘すべき時だと、言葉を交わさずとも理解していた。

 まず、レッドワイバーンがバージルへ炎を吐いた。彼が炎に包まれたのを確認し、ミノタウロスと白狼が別方向から駆け出す。

 

「フッ!」

 

 しかし、直に炎を受けた筈のバージルは身一つ焦げていなかった。彼は刀を振って辺りの炎を払う。それどころか炎は巻き取られ、刀は熱を帯びて赤く染まる。

 勢いを殺さず、彼は刀を振って『ソードビーム』を放つ。炎は彼の斬撃と共に飛び、向かってきたミノタウロスの身体を焼いた。ミノタウロスは足を止め、その場で膝をつく。

 一方、白狼は好機と見たか速度を上げ、食い千切らんと牙を見せて、背後からバージルへ襲いかかる。

 

「甘い」

 

 もっとも、彼には後ろからの奇襲すらも通じない。バージルは刃先を下に向け、魔力を込めて地面へ突き刺した。瞬間、彼を中心に青白い稲妻が走り、白狼の身体は痺れ動きが止まる。

 続けてバージルは刀から手を放し『ベオウルフ』を発現。振り向きざまに背後の白狼へ薙ぎ蹴りを当てた。脳がシェイクされるどころか顔の骨が砕け、白狼はそのまま息絶えた。

 白狼を仕留めたバージルは、次なる標的ミノタウロスへ顔を向ける。ようやく立ち上がったミノタウロスは、巨大な斧を握り締めバージルを見る。

 

 その時にはもう既に、バージルが目の前に現れていた。彼の『エアトリック』に驚いたのも束の間、ミノタウロスの鳩尾に彼の拳が叩き込まれる。

 痛みのあまり、ミノタウロスは手に持っていた斧を手放す。これを見たバージルは『ベオウルフ』を消し、地面に刺さった巨大な斧を軽々と持ち上げ構えた。

 ミノタウロスは、彼が斧を振り下ろしてくる未来を想像し、恐怖に駆られ目を瞑る。次の瞬間、斧が振られ風を切る音が聞こえた──が、感じたのは角から伝わった振動、僅かな痛みと違和感だけ。ミノタウロスは恐る恐る目を開ける。

 

「貴様の角を貰っていくぞ。少しは補修費の足しになるだろう」

 

 バージルはそう言って、斧をあらぬ方へ放り捨てる。彼の足元に歪な形の角──自身の角が落ちていたのを見て、ミノタウロスは斧で角を切断されたことに気付いた。

 角を拾い上げたバージルは、もう用は無いとばかりに背中を向けてミノタウロスのもとから去る。危うく命が奪われそうになった所を、幸運にも角だけで済んだ。生存本能が高い者なら、尻尾を巻いて逃げる場面だろう。

 しかしこのミノタウロスは違った。角を折られ、プライドを傷つけられ、怒りを抑えることができず、ミノタウロスは斧も拾わずバージル目掛けて突進する。

 その選択が、最後の大きな過ちであったと考えることもせず。

 

「愚かな」

 

 バージルは即座に振り返りつつ背中の魔氷剣を抜き、迫るミノタウロスへ突き出した。ミノタウロスはたった一突きで突進を止められた一方で、バージルは少しも後ろへ後退していない。

 剣はミノタウロスの頭へ、頭蓋骨を抜けて脳に深く突き刺さっていた。当然生きられる筈もなく、ミノタウロスの命はそこで尽きた。

 魔氷剣から手を放したバージルは、残る一匹──レッドワイバーンを見据える。身の危険を感じたワイバーンは口から火球を放つ。バージル目掛けて飛んできたが、彼はこれを跳躍して回避する。

 ワイバーンはめげずに、先程よりも巨大な火球を放つ。これを見たバージルは腕を交差し両手を開く。

 

 そして『コマンドソード』により、離れた場にある聖雷刀と魔氷剣を呼び戻しては同時に掴み、すんでのところで二刀を振り、火球を斬った。

 二度の火球が不発に終わったのを見て、ワイバーンは次に炎の散弾を口から放った。幾つもの炎弾は途中で消えることなく飛び、バージルへ襲いかかる。

 しかしバージルは避けることもせずワイバーンへ向かって走り出すと、迫りくる炎弾を二本の剣で次々と斬っていった。彼は足を止めることなく、ワイバーンへ迫る。

 やがて五メートルまで迫られたところで、ワイバーンは再び火球を放つ。するとバージルは、地面を蹴り高く跳び上がって回避。地面と水平になるよう空中で身体を捻らせた彼は、自身を軸にしたコマのように回転する。

 

「ハァッ!」

 

 勢いのままに彼は剣を振り、叩き割るようにワイバーンの額へ打ち込んだ。ワイバーンの顔は真っ二つに分かれ、血を吹き出してその場に倒れる。

 バージルは剣に付着した血を払い、二刀を納める。一段落したところで、彼は小さく息を吐いた。

 

「敵強化のアイテムでも持ってくれば、もう少し楽しめたか」

 

 上級モンスター程度では物足りなかったようだ。もっとも、このような危険過ぎる狩りを嗜むのは彼か、転生特典持ちの戦闘狂ぐらいだろう。

 

「バージルさぁあああああああああああああああんっ!」

「(この声……カズマか?)」

 

 ワイバーンの素材を剥ぎ取ろうとした時、カズマの声が耳に届いた。問題児共に手を焼いているのかと思いつつ、声が聞こえた方へ顔を向ける。

 

「ヘルプミィイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」

 

 十体もの雌オークに追われ、貞操の危機から脱すべく全力疾走でこちらに向かってくるカズマを見た。思ってもない雌オークとの再会に、バージルは顔をしかめる。

 

「あの銀髪坊や、さっき一人でモンスター三匹を相手に戦ってたわよ!」

「まぁ! なんて勇ましく素敵な雄! 彼はワタクシが貰いましたわ!」

「ダメ! ボクが最初に味わうの!」

 

 声もキャラも二次元好きの者からすればたまらないのだが、惜しむらくはオークな外見。カズマもそこは妥協できないようで必死に逃げている。

 彼と共に目をつけられたバージルは、不快に思いながらもカズマを待ち受ける。やがて彼が傍に来たところで、バージルは彼を抱えてジャンプし、オークの津波を跳び越えた。

 そして、バージルが先程まで立っていた場所には一人の少女──『感知転移魔法(センステレポート)』もとい『エアトリック』で移動してきたゆんゆんが。

 

「『ボトムレス・スワンプ』!」

 

 ゆんゆんは手のひらをかざし魔法を唱える。途端にオーク達の足元は沼地と変化し、彼女等の身体を半分ほど埋める。

 身動きが取れなくなり、恨めしそうにゆんゆんを睨むオーク。対するゆんゆんは、近所のよしみで見逃す選択肢を与えることもなく、次なる魔法を唱えた。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 そう叫び、剣で裂くように右手を横に薙ぐ。彼女の手から放たれた光の剣は、動けないオーク達を容赦なく斬り捨てた。

 彼女の一太刀で、カズマを追ってきたオークは全滅。ゆんゆんは泥沼魔法を解き、一段落と息を吐く。

 

「これで課題達成……かな?」

「ゆんゆんさぁああああああああん! ありがとうございますぅうううううううう!」

 

 安堵するゆんゆんのもとに、カズマが涙を流しながら駆け寄ってきた。彼はゆんゆんの前で両膝を地面につけると、母親に縋る子供のように彼女へ抱きつく。

 

「あ、あの、もうオークは全部倒したから大丈夫ですよ。だから離れても大丈夫……その……鼻水が……って!? ななななななんでスカートの下に潜るんですか!? ひゃうっ! や、やめっ……!」

「おいゴラァアアアアアッ! 私のゆんゆんさんになんて羨ましいことを! そこは私の指定席よ! どきなさい!」

「せ、セシリーさんもやめてください! 無理矢理スカートを上げないで! み、見ないでください先生!」

 

 流れに身を任せてセクハラ行為を行う変態二人に、ゆんゆんはどう対処すればいいかわからず、ただただ羞恥を感じて顔を真っ赤にする。この場にいたら自分も変態扱いされそうだと思い、バージルは独り素材回収へ向かった。

 この後、カズマはアクアから聖なるグーを、セシリーはめぐみんから杖で殴られゆんゆんから引き離された。また、行き場のなかったダクネスは淡い期待を胸にバージルの前で跪いたが、何もしてもらえなかった。

 

 

*********************************

 

 

「お前らさ、もしあれが雄のオークで自分に迫られたらって想像してみろよ。絶望だぞ? そこをゆんゆんは救ってくれたんだよ。聖母様とすがりつきたくなる気持ちもわかるだろ?」

「わかるわかる。性欲の溜まったエリス教徒に襲われそうになったところを助けられて、かつ相手が年下のイケメンか可愛い女の子だったら、私なら間違いなく堕ちるもの」

「だからといってセクハラをしていいとはならないでしょう。これ以上反論する気ならバージルに頼んで眼帯パッチンの刑を受けてもらいますよ」

 

 自分は悪くないと主張するカズマとセシリー。めぐみんはジト目で睨んで脅しをかける。

 ある程度狩ったので、バージルとゆんゆんはカズマ等と離れず歩いている。二人の戦いを見ていたのか、平原にいるモンスターは近寄るべからずと悟り、襲いかかることはしなかった。

 本来なら危険地帯である場所を、我が物顔で悠々と歩くカズマ一行。だが、不意にバージルは足を止め、周りの者達もつられて止まった。

 

「どうしたんすか?」

「……何者だ」

 

 バージルは前を睨んだまま、誰かに向かって声を掛ける。カズマ達も前を見るが、そこには誰も立っていない。

 が、バージルの声に呼応するようにその場で砂嵐が沸き起こった。周りの者が両腕を上げて風を防ぐ中、バージルは視線を外さない。

 やがて砂嵐は止むと、その中から人影が。彼等の前に姿を現したのは、黒い服装に黒いマント、顔はフードを被っており見えないが、体格を見るに男性だろう。

 その者はカズマ達を一望すると、正面に立つバージルと目を合わせると、彼を称えるように拍手した。

 

「見慣れない者がいたので、我が下僕達で試してやったが……素晴らしい。何者も寄せ付けない君の剣技、称賛に値する」

「肩慣らしにもならんテスト如きで、実力を見極めたつもりか?」

 

 バージルは自ら前に出て言葉を返す。その時、フードの男が若干身震いしたようにカズマは感じたが、声には出さず行く末を見守った。

 

「君ならば、我らの心の奥底……深淵に眠る闇を、魔を……取り払ってくれるのかもしれないな」

「……何だと?」

 

 気になる言葉を耳にして、バージルは思わず聞き返す。だが男は突然左手で自身の右腕を抑えると、苦しそうにもがき始めた。

 

「ぐっ……ダメだ……! 俺の中に眠る闇が、溢れてしまう……! これ以上、抑えきれない……! 鎮まれ! 俺の右腕よ……!」

「悪魔に魂を奪われたわけでもなく、その身に宿しているようにも思えんが……まぁいい。貴様を大人しくさせた後、じっくり聞かせてもらう」

 

 魔力の高さは伺えるが、彼からは悪魔の臭いも、魔力の乱れも感じない。故にバージルは疑問に思っていたのだが、今は黙らせるのが先決と見て、武器を構える。

 突如現れた謎の男とバージルの戦いが、今まさに始まろうとしていた──その時。

 

「その声、もしかしてぶっころりーさんですか!?」

 

 あまりにも場違いな名前を出して、ゆんゆんが男に尋ねた。男はピタリと動きを止め、若干うわずった声になりながらも応える。

 

「……フッ、ぶっころりーか。もはや懐かしき名よ。奴の心は我が取り込んで……グゥッ! おのれ! まだ闇に抗うかっ……!」

「は、恥ずかしいからやめてください! もう……すみません先生、あれはぶっころりーさんの演技で、モンスターをけしかけたっていうのもぶっころりーさんが考えた設定だと思いま──」

「あぁもうっ! 折角良い感じだったのにゆんゆんのせいで全部台無しだ! しかも名前まで言われたからお決まりの名乗りを上げるタイミングも失ったし! そんなんだから紅魔族一の変わり者って言われるんだよ! それでも族長の娘か!」

「えぇっ!?」

 

 彼女には微塵も悪気などなかったのだが、それがぶっころりーと呼ばれた男の怒りを買ってしまったようだ。男はフードを取り、カズマと似た平々凡々な顔を見せてゆんゆんにがなり立てる。

 

「全くですよ。私は最初からぶっころりーであると見抜いていましたが、邪魔するのは無粋と思い黙ってたのに……本当に貴方はいつまで経っても空気の読めない子ですね」

「ううむ……ゆんゆんには悪いのだが、正直言うともう少し続きを見てみたかった」

「ゆんゆんってば、二周目以降はボスとの戦闘前のムービーをスキップするタイプなのかしら」

「俺と同じだな。あぁでも、お気に入りの台詞やシーンがあるムービーは見てるぞ」

 

 更には仲間達にも批難されたことで、ゆんゆんは耐えきれずに独り泣き出した。明確に批難していたのはめぐみんのみであるが。

 見兼ねたセシリーが「私のゆんゆんさんを泣かしてんじゃないわよ!」と、カズマとダクネスにだけ浴びせてゆんゆんを介抱する。その傍ら、めぐみんがぶっころりーへ歩み寄った。

 

「久しぶりですね、ぶっころりー。靴屋を継ぐ気にはなりましたか?」

「いや全く。俺はいつまでも心のままに自由でいたいから。それよりも、めぐみんと空気の読めないゆんゆんはどうしてこんなところに?」

「実は、久々に紅魔の里へ帰ろうと思いまして」

「そうだったのかい。なら里まで案内するよ。ここら辺の道は知らないだろう?」

「えぇ、お願いします」

 

 周りの仲間達が置いてきぼりを食らっている中、めぐみんはそそくさと話を進め、ぶっころりーに案内役を務めさせることに。

 

「……Humph」

 

 ぶっころりーの発言、行動が全て演技だと知ったバージルは、緊急クエストで招集をかけられ空飛ぶキャベツを見た時のような、懐かしい残念感を抱いていた。

 

 




安楽少女の本性、カズマとめぐみんのやり取り、オークとの出会いが見たい方は文庫版か漫画版を購入、もしくは公開予定の映画を待ちましょう。


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第57話「この紅き魔族の里で懇談を!」

「紅魔の里へようこそ!」

 

 案内人であったぶっころりーは、カズマ達へと振り返る。

 平原には木造建築が点在し、紅魔族と思われる人々が歩いている。めぐみんとゆんゆんの故郷である紅魔の里へ、彼等は足を踏み入れていた。

 

「へぇー、ここが二人の生まれ故郷か。随分とのどかな場所なんだな」

「最近は魔王軍の襲撃が少ないからね。我らに恐れをなして手が出せないんだろう」

「待って、今サラッと危険なワードが流れてきたんだけど」

「紅魔族……! めぐみんさんやゆんゆんさんに並ぶロリっ子はどこ!? 黒髪赤目が素敵なイケメンはどこにいるの!?」

 

 めぐみんとゆんゆん以外の紅魔族を目にして、目を輝かせるセシリー。アクアとダクネスも物珍しそうに辺りを見渡す。

 

「じゃあ俺はこれでお役御免だね。ゆっくりしてくといいよ」

 

 そう言うとぶっころりーは数歩離れてから別れを告げ、忽然と姿を消した。

 この芸当に大抵の観光客はワッと驚く……が、残念ながらカズマ達はバージルとゆんゆんで見慣れており、全くの無反応に終わってしまった。

 『ライト・オブ・リフレクション』で姿を消していたぶっころりーは、独りトボトボと帰っていったのだが、それを知る者は誰もいなかった。

 一方、里の紅魔族を遠目に見ていたバージルは、顎に手を当ててポツリと呟く。

 

「センスを疑う赤の服を好んで着る者ばかりだと勝手に想像していたが、そうでもないようだな」

「おい、紅魔族のカラーを貶すのはやめてもらおうか」

 

 彼の声を聞き逃さなかっためぐみんは、光る紅い目でバージルを睨んだ。

 

「赤ほどイカした色はないでしょうに。次点の漆黒とも相性は抜群。貴方の好む蒼とは比べ物にならないほど格好いいんです」

「……ほう」

「めぐみん、色の話はもうやめろ。バージルさんの眉が三度ぐらい上がってる」

 

 真っ先に危険を察知したカズマが間に入り、バージルへ迫ろうとしていためぐみんを食い止める。めぐみんはまだ言い足りないのか、威嚇する犬のように唸っている。

 

「今のは私も聞き捨てならないわね。セシリーを見てごらんなさい! 青に包まれたこの修道服! 紅魔族のイメージカラーが赤であるように、青はアクシズ教を象徴する美しい色なの!」

「青にはクールとか知的とか、謙虚、思いやり、恥ずかしがり屋、寡黙なんてイメージがあるのよ! めぐみんさんの好きな色は私も好きだけど、青も同じくらい素敵だとお姉ちゃんは思うわ!」

 

 そこへ、アクシズ教徒とその女神が口を挟んできた。めぐみんはバージルにだけ言ったつもりであったが、うっかり二人までも貶してしまう形になり、いたたまれず目を反らす。

 またカズマは、アクシズ教はイメージカラーを変えた方がいいんじゃないかと思ったが、面倒なので口にはしなかった。

 それよりも早く占い師のもとへ行こう。そう皆に伝えようとした時、ダクネスが素朴な疑問を口にした。

 

「その理論でいくと、バージルはどうなるのだ?」

「「……ハッ!?」」

 

 ダクネスの一言を聞いて、アクアとセシリーは何かに気付いたようにバージルへ顔を向ける。

 

「顔に目が行き過ぎて全然気付かなかったわ……もしかして、ゼスタ様の言ってたアクセルの街に住むアクシズ教徒は貴方だったの!?」

「極論にも程があるだろう」

「やっぱり私の思った通りだわ! お兄ちゃん、エリス教徒から貰ったアミュレットなんて持ってるけど、本当はアクシズ教に入りたくてたまらないのよ! 生まれながらアクシズ教徒になる運命を背負ってたのよ!」

「そんな運命を辿るぐらいなら、死んでカエルに生まれ変わった方が幸せだ」

 

 同じ青仲間としてバージルに詰め寄るアクアとセシリー。事の発端であるダクネスを恨めしそうに睨んだが、ダクネスはご褒美と受け取ったか嬉しそうに顔を綻ばせる。

 傍にいたゆんゆんは、どうしていいかわからず困惑状態。二人を引き離すべく、バージルはカズマへと助力を求めた。

 

「おい、カズ──」

「よしめぐみん! 早速この里一番の占い師がいる所へ案内してくれ!」

「まだ諦めていなかったんですか。まあいいですけど。ダクネスも早く行きますよ」

「えっ? あ、あぁ」

「……Damn it!」

 

 やられたらやり返す。セシリー押し付けの仕返しをカズマから受けたバージルは、舌打ちせずにいられなかった。

 

 

*********************************

 

 

 その後、どうにか二人を静めさせたバージルは先行していたカズマ達に追いつき、占い師のもとへ足を進める。

 しばらくして、彼等は一つの一軒家に辿り着く。玄関の前には、箒を使い落ち葉を掃いている紅魔族が一人。

 風に揺らめく長い黒髪、細身でありながら出るとこは出ており、誰もが美人と称するような美貌を持つ女性。カズマは無意識に鼻の穴を広げて見惚れる。

 その視線に気付いたのか、彼女はカズマ達へ顔を向ける。一度は不思議そうに首を傾げたが、めぐみんとゆんゆんの姿を確認すると朗らかな表情を見せ、箒を壁にかけてから近寄ってきた。

 

「めぐみんにゆんゆんじゃない。二人とも久しぶりね。この人達は?」

「アクセルの街で出会った私のパーティーメンバーと、その他二名です」

「あ、アルカンレティアで知り合ったプリーストのセシリーさんと、アクセルの街で私が稽古をつけてもらってる先生のバージルさんです!」

 

 めぐみんとゆんゆんの説明を聞いて、そけっとは興味深そうにカズマ達を見る。そして、しばし間を置いから彼女はコホンと咳き込み──。

 

「我が名はそけっと! 汝らの未来を見通す、紅魔族随一の占い師!」

 

 めぐみんとゆんゆんが初対面の相手に必ず行う、独自のポーズと口上を使った挨拶をした。どれだけ美人であっても、やはり紅魔族のようだ。

 もっとも、これにも慣れてしまっていたカズマは呆気に取られることもなく、それどころか彼もポーズを決めて名乗りを上げた。

 

「我が名は佐藤和真! アクセルの街で数多のスキルを会得し、魔王軍幹部の一人にトドメを刺した男!」

「まぁ!」

 

 彼の名乗りを見たそけっとは、パァッと明るい顔になり、嬉々としてカズマに詰め寄った。

 

「凄いわ! 紅魔族流の挨拶に引かないどころか乗ってくれるなんて!」

「い、いいいや、そそそそれほどでも!」

 

 そけっとは彼の両手を握り、赤い目をキラキラと輝かせる。

 突如として美人に迫られるのは、チェリーボーイのカズマにとって刺激が強かったらしい。彼はどもり声で返事をする。顔を横に逸らし目は泳ぎまくっているが、時折彼女の胸元に視線が運ばれている。

 

「挨拶は終わりましたか? ならさっさと占いを済ませますよ!」

 

 するとそこへめぐみんが間に入り、カズマとそけっとを引き離した。そけっとの温もりが残る自分の両手をカズマは名残惜しそうに見つめ、そんな彼をめぐみんはムスッとした表情で睨む。

 そんな二人を目の当たりにしたそけっとは、何かを察したようにクスリと笑っていた。 

 

「あら、占い体験希望だったのね。いいわよ。めぐみんのパーティーメンバーだし、無料サービスしてあげる」

「マジすか! ありがとうございます!」

「当たると評判の占いだと聞いているが……本当なのか?」

「私の占いは、見通す悪魔の力を借りているの。他のなんちゃって占い師と一緒にされちゃ困るわ」

「見通す……まさか仮面の悪魔か?」

「あら、知ってたのね」

 

 ダクネスの問いに、そけっとは隠す素振りもなく話す。思わぬ所から知り合いの悪魔の名前が飛び出し、バージルは眉を潜める。

 しかし、この場にはその悪魔と出合い頭に喧嘩する女神が一名と、悪魔滅ぶべしを謳う狂信者が一名。危機を抱いたカズマは二人に目を向ける。

 

 

「私と同年代っぽいのに、顔、性格、スタイル、全てにおいて格が違う……負けたわ」

「気を落とさないでセシリー! 貴方だって十分可愛いわ!」

 

 どうやら全く聞いていなかったようだ。独り落胆するセシリーの前に立っていたアクアは、可愛い信者へ救いの手を差し伸べる。

 

「カズマが言ってたでしょう? ミツ……なんとかって人の好みは、金髪でスタイルが良くて、年上でアクシズ教徒のプリーストだって! あの美人紅魔族よりも貴方を好いてくれる人は確かに存在するのよ!」

「あ、アクア様……!」

「それにもしかしたら、紅魔の里にも貴方を見てぞっこんラブになるイケメンがいるかもしれない! そうとなれば、落ち込んでる場合じゃないでしょう!?」

「ハイ! このセシリー、私を養ってくれるイケメンどころか私に甘えてくれる可愛い女の子も見つけてみせます!」

「その意気よ! さあ行きましょう! このアクア様が、貴方にピッタリの婿と妹を見つけてあげるわ!」

 

 女神からのありがたいお言葉を受けたセシリーは完全復活。アクアと共に、この場から走り去っていった。

 

「気にしないでください。いつものことなんで」

「気にしなきゃいけないでしょう! あの二人を放っておいたら、どんな問題を起こすかわかりませんよ!?」

「お前がそれを言うのか。つーか俺は今、人生を左右しかねない分岐点に立ってるんだ。あいつ等の面倒を見てる暇なんて一秒足りともない」

「あぁもう! ならバージルでいいです! 私と一緒に来てください! ゆんゆんも!」

「あっ、う、うん!」

「面倒な……」

 

 保護者役のカズマがてこでも動かないと感じためぐみんは、ゆんゆんとバージルに助力を求む。ゆんゆんはすぐさま応じてめぐみんの後を追った。

 バージルはカズマ同様放って置こうと考えていたのだが、巡り巡って自分に返ってきそうな予感を覚えたので、渋々ついていくことに。

 急いでアクア達を追いかける三人。彼等を見送ったそけっとは、安堵するように息を吐いた。

 

「よかった。これなら占いもちゃんとできそうね」

「どういうことだ?」

「あのバージルって人、とても強い力を持ってるみたいだから、傍にいると貴方達の未来が見通し辛くなると思ってたの。だから、離れてくれてちょうどよかったわ」

「なるほど」

「じゃあ早速占いましょうか。そっちの女騎士さんも占ってあげるわよ」

「いや、別に私は──」

「あぁいいっすよコイツは。最後の婚期をとっくに逃して、独り身まっしぐらな未来を見られるのが怖いそうなんで」

「よし! そこまで言うなら私の婚約者を占ってもらおうじゃないか!」

 

 

*********************************

 

 

 急いで二人を追いかけためぐみん達。グリフォン像が建てられている広場まで来たところで、めぐみんは辺りを見渡す。

 

「二人はいったいどこに──」

「め、めぐみん! あそこ!」

 

 すると、二人を見つけたのかゆんゆんが指を差して伝えてきた。めぐみんはすぐさまその方向を見る。

 視線の先には、遠目でもよくわかる青い服装の二人、アクアとセシリー。そして彼女等の前には、小さな子供が一人。

 

「お姉さん達、誰?」

「あらやだお姉さんですって。私達は里の外から来た、魔王を倒すために旅を続けている冒険者なの!」

「魔王! 魔王しばきに行くの!? わたしも行きたい!」

「くぅん! 元気が有り余ってて超可愛い! 真ん丸な紅いおめめもキューティクル! ねぇねぇ、貴方のお名前は何ていうの?」

 

 セシリーは既にその子へメロメロな様子。アクアも子供の視線に合わせて姿勢を低くし、優しい笑顔を見せている。

 刹那、めぐみんは女の子へ向かって駆け出した。ゆんゆんも何かに気付いた様子で、バージルのみ不思議そうに首を傾げている。

 

「我が名はこめっこ! 家の留守を預かる者にして、紅魔族随一の魔性の妹! やがて上位悪魔を使役する予定の者!」

「こめっこちゃん! なんて可愛い名前なの! 魔性だなんて難しい言葉も知っててエライえら……待って、今悪魔を使役する予定って言った?」

「言った!」

「ダメよこめっこちゃん! 悪魔なんて、ロクでなしのクソったれな連中ばかりなんだから。ドラゴンとかグリフォンみたいな格好いいモンスターにしなさい」

「やだ! 悪魔の方がかっこいい!」

「くぅっ……! 怒り顔も可愛すぎる! けど悪魔を使役するのはアクシズ教徒的にいただけない……アクア様どうしましよう!?」

「一つだけ手があるわ。この子を私の信徒に──」

「どぉおおおおおおりゃああああああああ!」

 

 めぐみんは三人のもとに着くやいなや、女の子を守るように間へ入った。

 

「ちょっとめぐみん、邪魔しないでよ。私はただこの子に、宴会芸をいくつか披露して興味を引かせてから、アクシズ教徒の教えを語って信徒になってもらおうと思ってただけなのに」

「人の道を踏み外すのを黙って見てるわけないでしょう! 悪影響なので、この子の半径一メートル以内には入らないでもらおうか!」

「お姉ちゃん! お姉ちゃんが帰ってきた!」

「えっ!? 貴方めぐみんさんの妹ちゃんだったの!? でも言われてみれば確かに似てる……! こめっこちゃん、自己紹介が遅れてごめんね? 私はセシリー。血は繋がってないけど、めぐみんさんのお姉ちゃんなの。だからこめっこちゃんも私のことをセシリーお姉ちゃんって──」

「呼ばせてたまるものですか! いいですかこめっこ、今度こういう不審者に出会った時は大声で助けを呼ぶんですよ?」

 

 めぐみんはこめっこの両肩に手を乗せ、姉らしく言い聞かせる。姉妹仲は良いのか、こめっこは笑顔で頷いた。後ろで不審者呼ばわりされたセシリーがショックを受けていたがめぐみんは無視。

 状況はひとまず落ち着いたと見て、足を止めていたゆんゆんとバージルも彼女等のもとへ向かった。

 

「こ、こめっこちゃん、久しぶり」

「あっ! ゆんゆんだ!」

 

 ゆんゆんとも顔見知りであったようで、こめっこは笑顔を振りまく。

 とそこで、ゆんゆんの隣に立っていたバージルと目が合った。こめっこは物珍しそうにバージルと向かい合ったまま、彼に尋ねた。

 

「おっさん誰?」

「こここここめっこちゃん!?」

「……物怖じのなさは、血を争えんな」

 

 小さな子から初対面でおっさん呼ばわりされ、流石のバージルも面食らったが、怒りを覚えるほどではなかったようだ。

 こめっこはしばらく表情を変えなかったが、ふと何かに気付いたように声を出す。そして息を大きく吸い込むと──。

 

「変なおっさんに襲われるー! 誰かたすけてー!」

「こめっこ! 彼はあの二人より安全なので助けを呼ばなくても大丈夫ですよ!」

 

 

*********************************

 

 

 こめっこの叫び声によりあわや大騒動になるかと思われたが、幸運にも数名駆けつけた程度に終わり、めぐみんとゆんゆんが謝罪して事なきを得た。

 アクアとセシリーをとっ捕まえ、ついでにこめっこも連れてめぐみん達は再びそけっとの家へ。とその道中、向かい側からカズマとダクネスが歩いてきているのを発見した。彼も気付いたのか、めぐみんへ手を振りながら歩み寄ってくる。

 

「よう、無事アクア達を捕まえたみたいだな」

「えぇ。カズマの方こそ、占いは終わったのですか?」

「手続きも何もいらなかったからな。すぐに占ってもらえたよ」

「……で、どうだったんですか?」

「『貴方と添い遂げる人は、案外近くにいるかも』ってさ。あと『女の武器には気をつけて』とも言われたよ」

「その占いだと私まで圏内に入ってるんですけど。カズマさんと一生を共にするとかマジ勘弁なんですけど」

「その心配はない。お前を嫁に貰うくらいならマリモ育てるから」

 

 笑顔で返すカズマにアクアとセシリーは殴りかかろうとしたが、アクアはバージルに首根っこを掴まれ、セシリーはゆんゆんに手を引っ張られ阻止された。

 一方、カズマの占いの結果を聞いためぐみんは、解せない部分があるのか首を傾げている。

 

「女の武器というのが謎ですね……詳細は聞かなかったのですか?」

「聞く必要なんてない。そんなの一つしかないからな。少なくとも、今のお前には無いものだ」

「おい、今どこを見て話したのかハッキリと答えてもらおうか。さもなくばこの杖を鈍器として叩きつけますよ」

「ほい『スティール』……ところで、お前の隣にいるちっちゃな子は?」

 

 杖を奪われためぐみんが必死に取り返そうとするのを避けながら、カズマは彼女の隣にいた子供、こめっこに尋ねる。

 こめっこはすかさずポーズを取ると、声を張って紅魔族流の自己紹介をした。

 

「我が名はこめっこ! 家の留守を預かる者にして、紅魔族随一の魔性の妹! やがて上位悪魔を使役する予定の者!」

「そうかそうか、めぐみんの妹だったか。後半部分は聞かなかったことにして……俺の名は佐藤和真。めぐみんのパーティーメンバーにして、指揮官を努める冒険者だ」

「お姉ちゃんの男!?」

「んー、当たらずとも遠からずだな」

「私の妹に変なことを吹き込むのはやめてもらおうか!」

 

 ここぞとばかりにこめっこを使ってめぐみんを弄るカズマ。対するめぐみんは怒鳴り散らしながら、カズマの手にあった杖をようやく取り返す。

 

「ふぅ……ところで、隣にいるダクネスはやたら落ち込んでいますが、何があったんですか?」

「未来の婚約者を占ってもらったら『ペットを飼った方がいいかも』ってさ」

「ペット……ペットか……猫はもうめぐみんが飼ってるから、犬がいいかなぁ……」

「……エリス教徒と仲良くするつもりは毛ほどもないけど、ほんのちょっぴりだけ同情するわ」

 

 カズマの占いが良い結果に終わった一方、遠回しに行き遅れ宣告を受けてしまったダクネスは、虚ろな目で地面を見つめていた。

 

 

*********************************

 

 

 カズマとダクネスの占いが終わり、里に来た目的を果たしたところで、さてどうするかと悩むカズマ達。

 すると、アクアが里を観光したいと発案した。カズマ、ダクネス、めぐみん、セシリーはそれに賛同。一度こめっこを家に預けてから観光することに。

 その一方で、ゆんゆんは両親に再会するついでにバージルを紹介したいとのことで、二人はめぐみん達と別行動に。セシリーは最後の最後までどちらに行くか悩んだが、最終的にめぐみんの方へ行った。

 めぐみん達と別れ、里を歩くゆんゆんとバージル。里の中心にある彼女の家、もとい族長宅へほどなくして辿り着き、ゆんゆんは呼吸を整えてから扉を開けた。

 

「ただいま!」

 

 明るい声が玄関に響き渡る。すると、廊下の奥から慌ただしい足音が聞こえ、袖から一人の女性が現れた。

 長い黒髪を後ろで結った、大人びた印象であるがどことなくゆんゆんに似た顔の女性は、ゆんゆんを見ると大きな美しい目を開き、彼女へと駆け寄った。

 

「お帰りなさいゆんゆん! 家に帰ってくるって手紙で知らされた時はビックリしたけど、本当に帰ってきてくれて嬉しいわ! ちょっと背が伸びたんじゃない?」

「た、ただいま、お母さん」

 

 ゆんゆんの母であった女性は我が子を大切に抱きしめ、再会の喜びを噛みしめる。抱かれたゆんゆんは照れながらも両手を母の背中へと回す。

 親子だけの空間を前にして、バージルはしばらく待っているかと考えていると、ゆんゆんを抱きしめていたゆんゆん母と目が合った。

 ようやくバージルの存在に気付いたゆんゆん母は、不思議そうにバージルを見つめている。それを見たゆんゆんが、早速母にバージルのことを紹介するべく話した。

 

「えっと、紹介するね。この人は──」

「あ、アナタ! 大変! ゆゆゆゆゆんゆんが! ゆんゆんが男を! 彼氏を家に連れて来たわ!」

「えぇっ!? ちちちちち違うから!? 手紙にも書いてた、アクセルの街に住んでる私の先生だからー!?」

 

 

*********************************

 

 

「先程は取り乱してすみません。こちら、よかったらどうぞ」

 

 ゆんゆん母は気恥ずかしいそうに話しながら、ソファーに座っているバージルの前へお茶を差し出す。彼の隣にはゆんゆんが座り、前方には髭を生やしているも若さを感じる男性が──ゆんゆんの父である。

 勘違いし、成り行きで危うく上級魔法を放ちそうになった二人を落ち着かせた後、バージルは客間へと通された。バージルと睨み合っていたゆんゆんの父は、コホンと息を吐いてから切り出した。

 

「えー、君がアクセルの街でゆんゆんに授業をつけてくれている、バージルという冒険者かい?」

「あぁ」

 

 バージルは短く答える。それを聞いたゆんゆんの両親は、お互いに顔を見合わせると、確認するように一回頷く。

 そして、ゆんゆん父はソファーから立ち上がり、ゆんゆん母はお盆を持ったまま、各々の格好いいポーズを決めた。

 

「我が名はひろぽん! ゆんゆんの父にして、紅魔の里を治める紅魔族の族長!」

「我が名はえぞばえ! ゆんゆんの母にして、紅魔族の族長を支える妻!」

 

 本日何度目かの紅魔族流挨拶。もはやバージルは、何の反応も示さなくなっていた。一方でゆんゆんは、恥ずかしさのあまり顔を覆わずにはいられなかった。

 自己紹介を終えて満足した様子の二人。母えぞばえはお盆を持って客間を離れ、父ひろぽんは再びソファーに座した。

 

「我ら紅魔族の挨拶を見た者は皆、どういうわけか引いてしまうのだが、バージル君は違うようだね。よかったら君もやってみるかい?」

「見慣れてしまっただけだ。それに、改めて名乗る無駄な行為をするつもりもない」

 

 ひろぽんに勧められるも、バージルは即座に断る。センスは合いそうなのだがと思っていたひろぽんは、残念そうに息を吐く。

 お盆を台所に置いてきたのか、手ぶらで帰ってきたえぞばえはひろぽんの隣に座る。ゆんゆんとその両親、先生が揃ったところで、親子面談が始まった。

 

「では早速君に聞きたいのだが、ゆんゆんに一体どのような教育を? ゆんゆんの手紙から、とても厳しいとだけ聞かされているが……」

「大まかに言えば対モンスター、対人間の近接戦闘を学ばせている」

「近接戦闘? アークウィザードには必要ない技術のような……」

「それは、私からお願いしたの。もっと強くなるためには避けて通れない道だと思って」

「ううむ……お父さんとしては次期族長らしく、皆の模範となるアークウィザードになってもらいたいのだが……」

「いいじゃないのアナタ。魔法は勿論、接近戦もできるアークウィザードなんて、格好いいと思わない?」

 

 ひろぽんは少し納得がいかない表情を浮かべていたが、一方のえぞばえはそうでもない様子。

 彼女の言い分にも共感できるのか、ひろぽんは独り唸る。それを見たえぞばえは彼に代わり、バージルへ質問を投げた。

 

「それでバージル先生、具体的にはどういった授業を?」

「魔法使用禁止での対集団モンスター、回復禁止での上位モンスターソロ討伐、俺との組手といったところか。何度か死にかけていたがな」

「おい!? 今娘が死にかけたと言ったか!? 君はゆんゆんを殺しかけたというのか!?」

「生憎と、誰かに物を教えるのは初めてでな。加減を知らんのだ」

「だ、大丈夫よお父さん! 確かに危ない時はあったけど、何とか乗り切ってきたから!」

 

 跳び上がるように立ち上がったひろぽんに対し、なんの悪びれもなく言葉を返すバージル。一触即発の事態になりかねないと思い、ゆんゆんが慌ててフォローに入る。

 その傍ら、先程よりも真剣な顔つきになったえぞばえは、静かにバージルへ問いかけた。

 

「その危険な授業を受けるゆんゆんを見て、先生はどう思われましたか?」

「……戦闘においては、まだ半人前といったところだ。身体面はレベルを上げることでどうとでもなるが、戦闘の技術と感覚、精神力はそう簡単に高められるものではない」

 

 バージルはえぞばえに目を合わせ、実直に感想を述べる。ゆんゆんとしては未だ半人前と見られているのがショックだったのか、自然と顔が下に向いてしまう。

 娘を侮辱され、遂には魔法の詠唱まで始める父ひろぽん。このままでは最悪の懇談会になりかねないと思われたが──。

 

「しかし、コイツのセンスと成長速度には目を見張るものがある。このまま磨き続ければ、上位悪魔にも手が届きうるだろう。目指すかどうかは、本人次第だ」

「……えっ?」

 

 思いもよらぬ称賛が飛び出し、ゆんゆんは顔を上げてバージルを見た。彼は両目を閉じ、ソファーに背を預けている。

 滅多に聞くことのない彼の褒め言葉。端的にまとめると、彼は自分に期待してくれているのだ。それに応えるべく、ゆんゆんは驚いた様子の両親へ顔を向ける。

 

「お父さん、お母さん。私、これからも先生のもとで頑張る! 皆を守れる、強くて格好いい紅魔族になってみせるから!」

 

 ゆんゆんの瞳は、燃え盛る炎のように赤く染まっていた。愛する一人娘にとって、第二の旅立ち。それを受けた親二人は互いに顔を見合わせて頷くと、再びバージルへと向き合った。

 

「そこまで言うのなら仕方ない。バージルさん、これからもゆんゆんを鍛えてやってください」

「私からもお願いします。顔はちょっと怖いけど、聞いてた通り良い先生みたいだから、安心してゆんゆんを任せられるわ」

 

 バージルへ頭を下げるゆんゆんの両親。目を開いたバージルは二人を見た後、何も言わず鼻を鳴らして顔を背けた。

 先生の紹介も無事に終わり、ホッと息を吐くゆんゆん。その傍らで両親は頭を上げ、バージルとゆんゆんを交互に見る。そして少し間を置いてから、ひろぽんは鬼気迫る表情で尋ねた。

 

「念を押すようだが……本当にゆんゆんには手を出していないんだな?」

「お父さん! だからそういう関係じゃないって言ってるでしょ!?」

「私は賛成よ? 生徒と教師の恋だなんて素敵じゃない」

「馬鹿を言うな母さん! そんな不純な関係認めてたまるか!」

「だから違うって──!」

「聞いた話だが、この里の占い師によれば、サトウカズマという男が貴様の娘と結ばれる運命にあるそうだ。俺と同様にこの里へ来ている。いずれ、貴様のもとへ顔を出しにくるやもしれんな」

「先生!?」

「母さん! 私の杖を取ってきてくれ! 魔王軍と全面戦争する時用に取ってあるものだ! バージル君、そのカズマという男のもとへ案内してくれ!」

「待ってお父さん! それはあるえさんが書いた小説で、全くのでっち上げだから!? 先生も焚き付けないでください!」

 

 

*********************************

 

 

 必死のフォローによって、どうにか父ひろぽんを静めたゆんゆん。母えぞばえはその様子があまりにも可笑しかったのか、独りでクスクスと笑っていた。

 どっと疲れ、部屋でゆっくりしたい衝動に駆られたが、そこで彼女はふと、ある事を思い出した。そして隣にいたバージルへ「ちょっといいですか」と耳打ちし、彼を連れて客間を離れた。

 ひろぽんから怪しげに見られながらも、ゆんゆんへ連れて行かれるバージル。やがて一つの部屋の前に辿り着き、ゆんゆんは「少し待っててください」と言って、部屋の中へ。

 バージルは壁に背を預け、ゆんゆんを待つ。視線の先にあるのは扉にさげられていた──『ゆんゆん』の文字が記されている、兎を模したプレート。

 彼女の部屋の前で待つこと一分。扉が開き、一冊の本を手にしたゆんゆんが戻ってきた。

 

「これ……わ、私の言ってた、先生に見せたいもので……」

 

 彼女は照れくさそうに顔を紅潮させながら、バージルへ本を手渡す。彼は黙って本を受け取ると、表紙に書かれている題名を、奇っ怪な目で見ながら読み上げた。

 

「『植物と友達になれる50のポイント』?」

「あぁああああっ!? 違っ! ちちち違います! 間違えました!」

 

 ゆんゆんは慌ててバージルの手に渡った本をひったくると、掘った穴に隠れるように再び自室へ戻る。部屋から物が幾つか落ちる音が漏れているのを聞きながら、バージルは再び待つ。

 

「こ、これです! この絵本です!」

 

 テイク2。再びバージルの前へ戻ってきたゆんゆんは、今度こそと本を渡す。先程の分厚い参考書とは対照的に薄く、表紙には何も書かれていない。

 

「その……私が小さい頃から、お母さんに読み聞かせてもらってて……私の大好きなお話なんです。先生にも、見てもらいたくって、その……私が憧れた、英雄のおとぎ話なんです」

 

 ゆんゆんは指をしきりに動かしながらそう語る。何故そのような物を自分にと思ったが、特に断りはせず、バージルは目を落としてページを一枚開く。

 

 

 遠い世界の、遠い昔。

 そこでは、人間達が平和に暮らし、穏やかな時を過ごしていました。

 しかしある日突然、地の底から悪魔達が現れました。

 悪魔の王は言いました。「元は一つだったこの世界、再び統べんとして何が悪い?」

 そして悪魔達は、人間の住む世界を自分達の物にしようと、人間をいじめました。

 力の弱かった人間達は、どうすることもできずいじめられるばかり。

 このままでは、人間の世界が奪われてしまう……人間達が諦めかけた、その時でした。

 

 たった一人の悪魔が正義に目覚め、人間を守る為に立ち上がりました。

 彼自身の名を持つ剣を振り、悪さをしていた悪魔達を退治していきました。

 やがて、悪魔の王は彼によって封印され、人間達に再び平和をもたらしました。

 人間達は感謝しました。自分達を救ってくれた悪魔を、彼等は英雄と呼びました。

 

 でも彼は、ひっそりとどこかへ消えてしまいました。

 たった一人の女性──悪魔が愛した人間と共に。

 

 

「これは……」

 

 バージルの口から声が漏れる。子供への読み聞かせに使える程の文量と、稚拙な絵で構成されていたが、バージルは食い入るように本を見つめていた。

 そんな彼を見て、気に入ってくれたのかとゆんゆんは思っていたが、違う。その物語は、バージルにとってあまりにも覚えがあった。

 導かれるように、バージルはページを捲る。しかしそこには、たった一文だけしか書かれていなかった。

 

「あっ、実はこの文章だけ見たこと無い文字で書かれてて、お母さんに聞いてもわからないって……先生?」

 

 隣から覗き込み文章について話すゆんゆんだが、バージルの様子がおかしいことに気付き、顔を見上げてバージルを見る。

 一方バージルは、瞬きすら忘れているように目をかっと見開いたまま、最後のページに記されていた、今や懐かしささえ感じる見慣れた文字を読み上げた。

 

His name was Sparda(彼の名はスパーダ)──Legendary dark knight(伝説の魔剣士)

 




ゆんゆん母の名前を勝手につけてしまいましたが、原作やアニメ、ゲームで判明したら変える予定です。


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第58話「この小さな里で出会いを!」

「えっ!? 先生、この文字読めるんですか!?」

 

 固まっていたバージルの隣で、ゆんゆんは一驚する。

 授業を受けに訪ねると、決まって彼は本を読んでいた。あっさり文字を解読できたのも、きっと古代文明に関する物にも目を通していたからだろう。

 そうゆんゆんは推測していたが、実際は違う。元いた世界の文字を読めるのは、彼にとって必然であった。

 問題はそこではない。何故、このおとぎ話がここにあるのか。幾つもの文献に目を通しても、文字ひとつとして見当たらなかった彼の名が、彼の伝説が、何故この本に記されているのか。

 バージルは本から目を離し、ゆんゆんへ移す。彼と目が合ったゆんゆんは、小さな悲鳴を思わず上げてしまった。

 

 異様に殺気立った、鋭利な眼光。今まで見たことのない険しい目であった。自然と身体が退いてしまったが、程なくして廊下の壁に背中が当たる。

 彼女の心情など知るかとばかりに、バージルはゆんゆんに詰め寄る。そして逃げられないように壁へ手をつけ、彼女へ問いかけた。

 

「この本をどこで手に入れた?」

「えっ……そ、それは……お父さんから貰ったもので……」

 

 声を震わせながらも、ゆんゆんは答える。彼女は本について詳しい情報を知らない。そう感じたバージルは壁から手を離すと、廊下の先に目線を移した。

 

 

「ええい! 離してくれ母さん!」

「ダメよ! 今はまだ見守るべきだわ! あのシチュエーションは恋愛小説で見たことがあるの! 確か、攻めっけのある男性が女性を追い込んで無理矢理距離を縮める、壁ドンっていうテクニックよ!」

「だったら尚更止めなければならんだろう! あの男、その気はないと言っておきながら私の見てない所でゆんゆんに手を出そうとしおって!」

 

 曲がり角の所で、保護者二名が観戦していたようだ。杖を片手に迫ろうとする父ひろぽんを、母えぞばえは動きを止める魔法か何かで抑えている。

 少々気抜けしたが、バージルは本を片手に自ら近寄る。接近に気づいたひろぽんは、バージルを強く睨んで声を荒げた。

 

「娘はやらんぞ! どうしてもというならば、私の屍を越えて──!」

「貴様に聞きたいことがある。場合によっては、長い話になるだろう」

 

 

*********************************

 

 

 二階の廊下から、一階の客間へ場所を移した四人。親子面談と同様の席に座っていたが、ゆんゆんはバージルから少し距離を置いている。

 どことなく重苦しい雰囲気の中、バージルは自ら切り出すように机へ例の本を置いた。

 

「これは……私がゆんゆんにあげた絵本ではないか」

「まぁ懐かしい。ゆんゆんったら、小さい頃は寝る前にいつもこれ読んでって頼んできたわねぇ」

「で、これがどうかしたのかい?」

「この本をどこで手に入れた?」

 

 本を見て懐かしむ両親へ、バージルは同じ質問を問う。

 それを聞いて二人は不思議そうに首を傾げる──が、やがて不意に顔を俯かせると、神妙な面持ちで口を開いた。

 

「遂に……この時が来てしまったか」

「えぇ、そのようね」

 

 先程とは明らかに雰囲気が変わった二人。ゆんゆんが独り困惑する横で、何かを知っていると確信したバージルは、目を離さず言葉を待つ。

 

「この本は、紅魔族の長になる者が代々継いでいるものでね。謂わば我等は語り手……いや、護り手か」

「遠くない未来、このおとぎ話を知る者が現れるその時まで、紅魔族の長が守ってきたの」

「いつの代からだ?」

「さぁ……少なくとも、天に誘われた我が祖母よりも前からは継承されていただろう」

 

 今は亡き祖母の死を悼むように、ひろぽんは天井を見上げる。隣のえぞばえも手を重ね、祈りを捧げていた。

 が、そんなことはどうでもいい。彼にとって重要なのは、このおとぎ話が紅魔族の長によって、何の為に受け継がれているのか。

 

「答えろ。貴様等は何を知っている?」

 

 今にも斬りかかりそうな剣幕で、バージルは二人に問いただす。彼の顔を見るのが怖かったゆんゆんは、助けを求めるように両親を見つめた。

 ひろぽんはバージルの形相に狼狽えるも、見定めるように視線を合わせる。バージルも相手が口を割るまで諦めないと、強く睨み返している。

 一体、両親の口から何が語られようとしているのか──そう思われた時だった。

 

「ごめんなさい、ちょっといいかしら?」

 

 突如、耐えかねたようにえぞばえが手を挙げて割り入ってきた。彼女はバージルに断りを入れてから立ち上がると、ひろぽんの手を引く。

 ひろぽんは戸惑いながらも彼女に連れて行かれ、客間から姿を消す。どうしたのかと疑問に思っていると、両親が隠れた方向から声が漏れてきた。

 

「ねぇ……紅魔族の血が騒いでそれっぽい雰囲気にしたはいいけど、このまま続けて大丈夫なのかしら? あの絵本が代々受け継がれてきたのは、そういう設定を付与したら格好いいからって理由だし……どういう訳か知らないけど、あの人本気の目をしてたわよ? この辺でやめた方がいいんじゃないかしら?」

「何を言うか! ここで引き下がってしまったら、紅魔族の名が廃る!」

「そもそもアナタ、あの絵本についてちゃんと覚えてるの?」

「当たり前だ。私だって小さい頃はよく読んでいたからな。悪魔の剣士が魔王に反逆し、たった一人で敵を殲滅する無双モノだろう?」

「全然わかってないじゃない! あれは、人の心を知った正義の悪魔が人間の為に戦い、最後は愛を知って人間と結ばれる素敵なラブロマンスなの!」

 

 客間の外から届く、えぞばえの激昂した声。客間にも丸聞こえだった会話を聞いて、ゆんゆんはおもむろにバージルへと振り返る。

 

「そういうことか……」

 

 先程までとは一変。彼は、完全に気を削がれた様子であった。

 

「私の両親が、本当にごめんなさい」

 

 頭を下げるゆんゆんの前、少しでも真剣(マジ)になってしまった自分を恥じるように、バージルは顔に手を当てて深く深くため息を吐く。

 相談が終わったのか、やがて二人が客間へと戻ってきた。未だ演技を続けている夫とは対照的に、えぞばえは申し訳なさそうにバージルへ真実を語った。

 

「ごめんなさい。私達、その本についてはよく知らないの。ついでに言うと、この本について知る人が現れるまでっていうのも、咄嗟に思いついた設定なの」

「私がまだ魔王軍と最前線で戦っていた時、禁呪と言われていた魔法を使った代償として、記憶が欠けてしまってね……私にこの本が継承された時、父は何かを言っていたのだが……グッ! 頭が……!」

「お父さんが魔王軍と戦う時は『ライト・オブ・セイバー』しか使わなかったって、お母さんから聞いたことあるんだけど」

 

 熱演虚しく、娘から冷たい目で見られる父ひろぽん。散々期待を煽っておいて迎えた結末がこれだと知り、バージルにはもう怒る気にもなれなかった。

 しかし、この本は紛うことなきスパーダの伝説。その謎は残ってしまったが、自分の世界にいたスパーダ信者が異世界転生し、ここへ訪れた際に残したのかもしれないと、バージルはひとまず結論付けた。

 

「それにしても、この本は里に一冊しかない本の筈だけど……バージル先生は知ってたのですか?」

「似たようなおとぎ話が俺の国にもあった。ただそれだけだ」

 

 えぞばえの問いに対し、バージルは少し言葉を詰まらせながらもそう答える。

 その返答が釈然とせず、えぞばえは不思議そうに見つめてきたが、これ以上追求してこようとはせず、手をパチンと合わせて話題を変えた。

 

「そういえばバージル先生、もう紅魔の里は見て回られましたか?」

「いや、まだ占い師の所にしか足を運んでいないが……」

「紅魔の里は他にも、歴史ある観光名所が多いですよ。ゆっくり観光されてはどうですか?」

「……そうだな」

「決まりね。それじゃあゆんゆん、案内役よろしく」

「えっ? う、うん」

 

 流れのままに案内役を任されたが、ゆんゆんは渋る様子も見せずに承諾。

 バージルもまた、紅魔の里を回れば他にもスパーダに関する物が見つかるかもしれないと考えた為、えぞばえの提案に乗ったのだった。

 

「里の案内役? それこそ紅魔族の長たる私がやらねばならぬ仕事ではないか。私ならゆんゆんも知らない通な場所も──」

「貴方は黙ってて! 私が気を効かせて、ゆんゆんと先生を急接近させる機会を作ってるんだから!」

「やはりそういう魂胆だったか! 生徒と教師が結ばれるなど絶対にあってはならん!」

「だから、私と先生はそういう仲じゃないって何回言わせるの!?」

「……Humph」

 

 やっぱり見つからないかもしれない。その予感を覚えながらも、バージルはゆんゆん一家の口喧嘩を見守った。

 

 

*********************************

 

 

 ヒートアップしていった両親の論争は、えぞばえがひろぽんを『スリープ』させたことで決着を迎えた。

 その後、勝利したえぞばえの提案通り、バージルはゆんゆん案内のもと紅魔の里を観光することに。

 どこを紹介するべきかとゆんゆんは悩んだが、二人とも昼食を済ませていなかったことに気付き、商業区にある喫茶店へ向かうこととなった。

 

 特にトラブルもなく喫茶店『デッドリーポイズン』へ辿り着き、バージル等は店内に入る。この時間帯はかきいれ時なのか、客も多い。

 数少ない空席に座った二人は、お互いに何を食べるか注文を済ませ、ゆんゆんは水を取りに席を外す。その間、バージルはメニューを見ながら暇を潰した。

 とそんな時、遠方からゆんゆんの声が。

 

「ふにふらさん! どどんこさん!」

「ゆんゆん! アンタいつの間に帰ってきたの!?」

「最近手紙くれないから、ちょっと心配してたのよ!」

 

 どうやら知り合いとばったり出会ったようだ。バージルは声が聞こえた方向を見て、白いリボンで結ったツインテールの女性と、赤いリボンで後ろ髪を結ったポニーテールの女性とゆんゆんが話しているのを確認する。

 バージルも紹介するつもりか、しばらくしてゆんゆんは二人を連れて席に戻ってきた。彼を見るやいなや、ゆんゆんの知り合い二名は口をあんぐりと開けて呆けている。

 

「しょ、紹介するね! この人はバージルさんって言って、私の──」

「ちょっと待った!」

 

 ゆんゆんの言葉を遮ったツインテールの女性は、ゆんゆんの腕を取って引き寄せた。もう一人の女性もゆんゆんに近寄るとバージルに背を向け、声量を抑えて話し始めた。

 

「アンタ、何ちゃっかり私達に黙ってあんなイケメンをゲットしてきてんのよ!?」

「まさか男との付き合いで忙しいから手紙をくれなかったの!? そういうことなの!?」 

「ち、違うから!? バージルさんは、私に稽古をつけてくれてる先生なの!」

 

 両親と同様の理由で疑われたゆんゆんは、慌てて二人に弁明する。また、置いてきぼりを食らっていたバージルは三人から目を離し、再びメニュー表へ移す。

 程なくして疑いは晴れたのか、二人の紅魔族はゆんゆんを開放してバージルに向き直る。そして各々ポーズを決めて名乗りを上げた。

 

「我が名はふにふら! 紅魔族随一の弟思いにして、ブラコンと呼ばれし者!」

「我が名はどどんこ! 紅魔族随一の……随一の……絶賛彼氏募集中の者ですので、イケメンの知り合いがいたら紹介してください!」

「今この里に、サトウカズマという冒険者が来ている。緑のマントを纏った茶髪の男だ。貴様の好みに合うかどうかは知らんが、探してみるといい」

「ありがとうございます! やっぱ言ってみるものね!」

 

 ひと目もはばからずガッツポーズを見せるどどんこ。ふにふらも気になったのか、天井を見上げて未だ見ぬカズマのビジュアルを想像している。もっとも現実は、ぶっころりー(自宅警備員)と気が合いそうな人物であるのだが。

 また勘の良いゆんゆんは、カズマにセシリーを押し付けられた腹いせでバージルはちょくちょく話題にあげているのだと気付き、彼を大人気なく思っていた。

 

 

*********************************

 

 

「はっ? アンタこの先生から近接戦闘学んでんの? 後方支援のアークウィザードなのに?」

「それもう魔法騎士(ルーンナイト)よね。いっそのことクラスチェンジしたら?」

「だ、ダメなの! だってアークウィザードじゃないと……その……めぐみんとお揃いにならないから……」

「あーはいはいお熱いことで。変なとこで意地っ張りなのも相変わらずねぇ」

 

 各々カウンターから取ってきた定食を嗜みながら、紅魔族三人娘は談笑する。

 騒がしい食事にバージルは少々苛立ったが、辺境の里にしては上手い料理に気を良くしていた為、声を上げることはせず黙ってサンドイッチを食べていた。

 

「あっ、そうだ! 私、今先生に里を案内してて、その……も、もし良かったら、ふにふらさんとどどんこさんも……えっと……」

「一緒に観光案内して欲しいってこと? いいわよ」

「どうせ今日は学校休みで暇だし。それに、珍しいゆんゆんからの誘いだもの」

「い、いいの!? えへへ……」

 

 ゆんゆんからのお誘いを快く承諾する二人。ゆんゆんは友達を誘えたことに喜びを覚え、顔を綻ばせる。

 これから二人も連れてどこに行こうか。退屈させないお散歩プランを考えるゆんゆんであった──が。

 

「あっ! やっと見つけたわ! ゆんゆんさーん!」

 

 不吉な鐘の音が鳴る如く、店内に響き渡った女性の声。振り返らずとも誰か判別できたのか、バージルは苦虫を噛み潰したような顔を見せている。

 ゆんゆんは恐る恐る振り返る。笑顔を振りまいて駆け寄ってきたのは、めぐみんと行動を共にしていた筈のセシリーであった。

 

「お食事中だったかしら? とっても美味しそうなスパゲティね。でもゆんゆんさんがアーンしてくれたらもっと美味しくなりそう。ねぇねぇゆんゆんさん、一口だけでいいから私に食べさせてくれないかしら? なんだったらお金も払うから。でも今日は持ち合わせがないから剣士様、青好きのよしみで私に10万エリスちょうだい!」

 

 セシリーはゆんゆん等の傍に寄ると、そう捲し立てては両手で受け皿を作りバージルに差し出す。

 なるべく関わりたくないのか、バージルは彼女から顔を背ける。ゆんゆんもその場で俯き、目を合わせようとしない。

 

「青い修道服……授業で習った覚えがある! 確か、魔王軍に次いで危険な存在と言われているアクシズ教徒よ!」

「ゆんゆん、このアクシズ教徒と知り合いなの? 私が言うのもなんだけど、もっと友達は選んだ方が……」

 

 アクシズ教徒と関わると碌でもないことになる。その共通認識は紅魔の里でも浸透していたようで、二人は心配そうにゆんゆんを見つめる。

 刹那、セシリーの目線(ロックオン)が自分達に向けられてしまったとは知らずに。

 

「あら、ゆんゆんさんのお友達? 初めまして、私は美人プリーストのセシリー。気軽にセシリーお姉ちゃんって呼んでね!」

 

 セシリーは猫撫で声で二人に話しかける。ようやく狙われていることに気付いた二人は、恐怖のあまり身体が縮こまる。

 そんな二人を見て更に欲望が掻き立てられたのか、涎を口の端から零しながら二人に迫った。

 

「それにしても、なんて可愛らしい女の子達なのかしら。ツインテの子には睨まれながら踏まれてみたい……」

「ヒィッ……!?」

「ポニテの子はなんだか私と同じ匂いがするわ……男が欲しくて欲しくてたまらないけど上手くいかないんでしょう? 悩みがあるなら私が相談に乗るわ。だから一回だけ……膝枕もしくは髪の匂いを存分に嗅がせて──」

「「いやぁああああああああっ!」」

 

 身の危険を本能で感じ取った二人は泣き出しながら席を立ち、カウンターにお金を置いて走り去っていた。

 静まり返る喫茶店内。セシリーは逃げられてしまったことを残念に思い、独り息を吐く。

 

「んもう、恥ずかしがり屋さんね。料理もこんなに残しちゃって。ここは偶然この場に居合わせた私が、責任持って処理しないとね!」

 

 セシリーはふにふらが座っていた席に腰を降ろすと、二人が使っていたフォークを味わうようにしゃぶってから、余った料理を食べ始める。

 限りなくアウトな行動を目の当たりにして、ゆんゆんは背筋を舐められたかのように震える。とそこへ、迷惑行為と見た男性店員が駆け寄りセシリーに声を掛けた。

 

「お客様、無銭飲食は──」

「どうせこのまま捨てちゃうんでしょ? そんなの勿体無いじゃない。むしろ残飯処理してるんだからありがたく思って欲しいわ。ていうか貴方、ショタみのある良い顔立ちをしてるわね。貴方になら、羽交い締めされて店を追い出されるのも本望かも……」

「ご、ごゆっくりー!」

 

 彼もまた危険を察知し、逃げるように店の裏へ走っていった。もはや彼女を止める者は誰一人としていない。

 フォークどころかコップや皿までもまんべんなく舐めるセシリーの奇行を見て、食欲が失せたバージルはサンドイッチを皿に置いた。

 

「貴様はカズマの所にいた筈だろう。何故こっちに来た」

「私はめぐみんさんと女神アクア様のお側にいたのであって、イモ男と一緒にいたわけではないわ。そこは間違えないで」

 

 まだカズマのことはいけ好かないのか、セシリーは不機嫌そうな声で返す。そしてコップの水を勢いよく飲み干すと、バージル等にここへ来た経緯を話した。

 

「実は観光してる中で、紅魔族のイケメンや可愛い女の子を見つけては追いかけてたの。けど気付いたらめぐみんさん達とはぐれちゃって。どうしたものかと悩んでいた時にゆんゆんさんの匂いを感じ取ったから、それを辿ってここまで来たわけ」

「めぐみんを置いてきて良いのか? 奴がいつ手を出すかわからんぞ?」

「しばらく観察していて、アイツはアクア様の言う通り、手を出しそうで出さないヘタレだと判断したわ。まぁ過ちを犯したら教会に監禁して、アクシズ教徒の素晴らしい教えを毎日唱えさせて煩悩を払ってもらうけど」

 

 セシリーの素敵な指導方法を聞いて、ゾッとするバージル。そのような拷問をされれば、上位悪魔ですら泣き出すだろう。

 一方、折角友達を誘えたのにセシリーの登場によって無かったことにされたゆんゆんは、酷く落ち込んだ様子でスパゲティをクルクルと巻き取っていた。

 

 

*********************************

 

 

 食事を済ませ、引き続き里の観光を行うバージルとゆんゆん、プラスセシリー。

 バージルとしては彼女を引き連れたくはなかったのだが、かといってセシリーが引き下がる筈もなく。

 そして彼女が大人しくついてくる筈もなく、美男美女に会えば涎を垂らして忍び寄り、隙あらば宗教勧誘に励み、ところてんスライムを布教させたりとやりたい放題。

 このままでは観光もままならない。そこでバージルは、ある策を講じた。

 

 

 紅魔の里商業区、点在している商店を目にしながら道を歩くバージル。彼の背後からは、ゆんゆんがついてきている。

 が、表情は羞恥の赤に染まっており、住民に顔を合わせまいと俯かせている。そんな彼女の隣には、息が荒くも悦に浸った様子のセシリー。

 その首に巻かれているのは、ペット用の青い首輪。繋がれているリードは、ゆんゆんが握っていた。

 

「あの子は確か、族長さんの娘だよな? 里を出て冒険者になったそうだが……」

「変わり者だってのは知ってたけど、あんな事までするようになっちまったとはなぁ」

「青い修道服ってことはアクシズ教徒? てことは族長の娘さん、まさか……」

「ありえるな。素直でいい子だったから、後ろの奴に上手いこと誘導されて入信したのかもしれない」

 

 里の住人は、ゆんゆんがアクシズ教徒をペットのように引き連れているのを見てどよめく。

 きっとこのまま噂は広まり、両親には勿論、めぐみんにも耳に入ってしまうのだろう。そう思うとますます羞恥を覚え、顔に熱がこもる。

 しかし、こうでもしないとセシリーが大人しくならないのも事実。セシリーも「ゆんゆんさんならいいわよ!」と、自ら首を通したのだから。

 かといって、このまま歩き続けるのは恥ずかしいのもまた事実。ゆんゆんは助けを求めるように少し顔を上げ、バージルを見た。

 

「先生、これいつまで続けるんですか? 私、大切な物を失っている気分なんですけど……」

「耐えろ。これも授業だ」

「授業と言えば私が何でも受けると思ったら大間違いですよ!?」

 

 声を張り上げて主張したが、生徒の声は届かず。バージルが振り向きすらしなかったのを見て、ゆんゆんは諦めるようにため息を吐いた。

 せめてめぐみんとだけは鉢合わせないように。そうゆんゆんが願った時、不意に先頭を歩いていたバージルの足が止まった。

 彼はしばらく右側を見つめると、進行方向を変えて脇に反れた。ゆんゆんは慌てて追いかけ、セシリーは引っ張られる痛みを快楽と変えながら二人についていく。

 細い道を歩いた先にあったのは、煉瓦造りの小さな家。壁にはツタが張り巡らしており、煙突からは煙が吹き出て風にあおられている。

 

「あそこは確か……めぐみんのお父さんがいる工房ですね。色んな魔道具を作っていているそうですよ」

「えっ!? お義父さんが!? これは天が私にご挨拶の機会を与えてくださったに違いないわ! あぁ、感謝しますアクア様……!」

 

 建物について知っていたゆんゆんは、バージルに説明する。セシリーが感謝の祈りを捧げている横で、バージルは独り納得する。

 小さな魔力の集まりを感じて足を運んだのだが、もしかしたら掘り出し物も見つかるかもしれない。そう考えた時には、既に足は工房の方へ踏み出していた。

 

 

*********************************

 

 

「ごめんくださーい……」

 

 無言で足を踏み入れるバージルに代わり、ゆんゆんが挨拶をする。またゆんゆんの希望で、一時的にセシリーの首輪は外していた。

 日の光を照明代わりにしているのか、工房内に明かりは灯されていない。更には天井の角に蜘蛛の巣が張られており、我が物顔で蜘蛛が住んでいる。だが机にあった作業道具と素材は埃を被っておらず、整理整頓もされていた。

 そして部屋の隅には、木製の椅子に腰掛け空を仰いでいた、主と思わしき厳つい顔の男性が独り寛いでいた。ゆんゆんの声に気付いた彼は三人に顔を向ける。

 

「んっ? アンタは族長の……横にいる二人は見ない顔だな」

「初めまして御義父様。私はアクシズ教徒随一の美人プリーストことセシリーと申します。此度はお義父様に私のことを、めぐみんさんとこめっこちゃんの正式なお姉ちゃんとして認めてもらうべく参りました」

「アクシズ教徒なんぞに娘はやらん。出て行け」

「ごめんなさい! この人の発言は気にしなくていいですから! めぐみんとこめっこちゃんの身にも危険は及んでいないですから!」

「ゆんゆんさん、その言い方だと私が危険人物みたいなんだけど?」

 

 トンカチを握り今にも襲いかかりそうな剣幕を見せた男であったが、ゆんゆんの静止を聞いてトンカチを机に置く。

 セシリーの発言は聞かなかったことにし、ひとまず自己紹介が先だと考えた彼は、マントを翻して名乗った。

 

「我が名はひょいざぶろー! 紅魔族随一の魔道具職人!」

「……バージルだ」

「あの、今この二人に紅魔の里を案内してて、ふらっと立ち寄ったところなんですけど……」

「そうだったのか。まぁ、下手に道具や素材を触らないんなら見てもらっても構わない」

「だそうですよ」

「どうして真っ先に私を見るのゆんゆんさん」

 

 ひょいざぶろーの許可を得て、工房内を見て回ることにした三人。どんな魔道具を作っているのか、バージルとセシリーのみならず、ゆんゆんも気になり辺りを見渡す。

 とそんな時、工房の奥から物音と共に女性の声が彼女等の耳に届いてきた。

 

「なんだい騒々しい……あっ! ゆんゆんじゃないか! 久しぶり!」

「にるにるさん! ひ、久しぶり!」

 

 奥から出てきたのは、ボサボサのロングヘアーにそばかすのある頬が特徴的な、にるにると呼ばれた紅魔族の女性。ゆんゆんの知り合いだったようで、旧友と再会するように挨拶を交わす。

 置いてきぼりだったバージルとセシリーに気付いた彼女は、頬についていた汚れを腕で拭き取ってからポーズを決めた。

 

「我が名はにるにる! 紅魔族随一の魔道具職人の弟子にして、悪魔すら恐れおののく最強の武器を作る予定の者!」

「なんて言ってるが、コイツが勝手に弟子を名乗ってるだけだ」

「そんな固いこと言うなよぉ、ひょいざぶろーさん」

 

 彼女の名乗りに対して、気怠げにコメントを添えるひょいざぶろー。休憩するのにうるさくてはかなわないと思ったのか、にるにると代わるようにひょいざぶろーは工房の奥へ姿を消した。

 彼の背中を見送ったにるにるは、近くにあった机へ腰掛けるようにもたれ、ゆんゆんへと向き直る。

 

「ここで働いてるってことは、にるにるさんも学校を卒業したんですか?」

「ゆんゆんとめぐみんが里を出て少し経ってからな。けど働いているわけじゃない。無償でいいからって条件で手伝わせてもらってる。武器製作の勉強も兼ねてな」

「す、凄いね! でも、武器作りなら鍛冶屋さんに行ったほうがいいんじゃ……ひょいざぶろーさんが作るのは魔道具だし、ちょっと変わってて実用性もあんまりないって話だけど……」

「だからいいんじゃないか! 普通に作ってちゃあ名作は生まれない!」

 

 少し不安気なゆんゆんへ、にるにるは興奮気味に語る。

 一風変わっていて実用性が低い。そんな魔道具を大量に揃えているような店はきっと品物がロクに売れず、悪魔すら音を上げる程の赤字を出していることだろう。

 

「ゆんゆんさんゆんゆんさん、仲良く話してるそばかすの似合う女の子も、ゆんゆんさんの友達なのかしら?」

「あっ、紹介しますね! この人はにるにるさん! 私やめぐみんと同じ学校に通っていた生徒で、工作に関してはめぐみんよりも凄いんですよ!」

「紅魔族随一の天才以上だなんて嬉しいね。で、後ろの二人は?」

「男の人はアクセルの街に住んでる冒険者のバージルさんで、こっちはプリーストのセシリーさん!」

「初めましてにるにるさん。世界一の武器職人になるという大きな夢、貴方ならきっと叶うわ。でも、自分だけの力じゃどうにもできないことだってある。そんな時は、この入信書に名前を書いて女神アクア様の導きを痛っ!」

「狂信者の戯言だ。相手にするな」

「お、おう……ゆんゆん、知見を広げるのはいいが相手は選んだ方がいいぞ?」

「あ、あはは……」

 

 バージルに景気のいい音を鳴らして頭を叩かれたセシリーは、その場で頭を抑えてしゃがみ込む。

 にるにるの悪気ない言葉を受け、返す言葉もなかったゆんゆんは、ただただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

「ちょっと! か弱い乙女の頭を叩くなんて男として大幅減点対象よ! 今すぐ謝って!」

 

 一方、バージルはゆんゆん等のもとを離れて工房内を見て回る。『ヒール』で痛みを緩和させたセシリーが突っかかってきたが無視。

 水晶、ロープ、ブレスレッド、ネックレス等、置いてある魔道具の種類は多岐に渡る。中にはウィズ魔道具店で見覚えのある品まであった。だが、これといって気になる物は見当たらない。

 どうやら掘り出し物は無さそうだ。諦め半分に探し始めた──その時。

 

「これは……」

「へぶっ!?」

 

 バージルは、ある物を見つけて思わず足を止めた。背後から追いかけていたセシリーはそれに気付かず、彼の背中に顔面を打ち付ける。

 

「イタタ……急に止まらないでよ! 私のチャームポイント第十四位のシュンとした小鼻が潰れちゃうとこだったじゃない! でも気持ち的には潰れてるから慰謝料を請求するわ! それが嫌ならこの入信書に名前を書いて! そしたら半額免除したげるから! 更に私をセシリーお姉ちゃんと呼んでくれたら全額免除に……聞いてんの!?」

「にるにる、これはひょいざぶろーが作った物か?」

 

 バージルは見つけた物から視線を逸らさないまま、にるにるに尋ねる。終始無視されていたセシリーはポカポカと背中を叩き始めたが、ゆんゆんによって引き離された。

 にるにるは歩み寄り、バージルの言っている物に注目する。それは、黒いフォルムが鈍い光を放つ、彼にとって見慣れた形の武器。

 

「いや、私が冒険者からの依頼を受けて作った武器だ。依頼人曰く『ジュウ』って名前らしい」

 

 元いた世界ではありふれて存在していた、拳銃(ハンドガン)であった。

 形状はオートマチックの物で、嫌でも脳裏に浮かぶあの二丁拳銃よりはサイズが一回り小さい。

 

「ジュウダンってのを撃ち出して攻撃するそうなんだが、そいつの素材がてんでわからなくてな。だから、代わりに使用者の魔力を撃ち出せるようにしたんだ」

 

 にるにるは拳銃を我が子のように手に取ると、目を赤く輝かせて話し続ける。

 

「設計図を見た時は震えたね。こいつは剣や杖の先を行く武器だ! 夜明けが来たって! けどこの子を頼んだクソ野郎が、やっぱ銃より剣の方がロマンがあっていいわーって後から言い出しやがったせいで、お蔵入りになっちまった! 完成間近だったんだぞ!? 慰謝料は払ってくれたけど、金で済む問題じゃないんだよ!」

 

 しかしすぐに憤慨した様子で、依頼人のことを語る。よほど頭にきた出来事だったのか、目に一層赤みが増している。

 もっとも、そんな事情などどうでもよかったバージルは彼女に視線すら送らず、拳銃を見続ける。するとにるにるが、顔を覗き込みながら彼に尋ねてきた。

 

「もしかして気になるのか? そうなんだなよな? そりゃあこんな美しいフォルムに将来性のある性能なんだから──」

「まさか。この芸術は俺には理解できん」

 

 彼女の期待とは裏腹に、見下げ果てたように鼻で笑ったバージル。そのまま背を向けて別の魔道具を見始めた。

 呆気に取られたにるにるは、彼が銃を知ってる風だったと気付くこともなく、しばらくして独りため息を吐く。

 

「なんだよ。気に入ってくれたかと思ったのに……んっ?」

 

 小言を口にしていると、背後から視線を感じた。振り返ってみると、後ろにはにるにるの手にある拳銃を物欲しそうに見ていたゆんゆんが。

 

「……気になるのか?」

「えっ!?」

 

 ズイッとにるにるはゆんゆんへ近寄る。急に迫られて驚いたゆんゆんだったが、その後指をしきりに動かし、目を泳がせつつ答えた。

 

「え、えっと……気にならないと言えば嘘になるけど……これを使ったらどんな戦い方ができるのかなーって……」

「つまり気に入ってくれたんだな! いやー、ゆんゆんならコイツの良さをわかってくれると思ってたよ! よし、今日からコイツはお前の子だ!」

「えぇっ!? わ、わわわ私の子って!? それに私、今はあんまりお金が──」

「お蔵入りで埃を被るところだったんだ! そんなのいらないよ! 使い方は私が教えてやる! そうだ! ホルスターっていうこの武器をしまう用のアクセサリーもつけてやる! 使うのは右手か? 左手か? どっちでもいいよう両方作ってあるぞ!」

「ちょ、ちょっと待っ──!」

「なんだか楽しそうな雰囲気ね! お姉ちゃんも混ぜて!」

「ひああっ!? へ、変な所触らないでくださいセシリーさん!」

 

 にるにるの相手で手一杯の所にセシリーからも迫られ、ちゃっかりセクハラもされたゆんゆんは矯声を上げる。

 また、彼女に銃が勧められている様子をバージルは見ていたが、自ら止めることはしなかった。

 

 

*********************************

 

 

 時は過ぎ、夜。

 

「初めまして御義父様、御義母様。私はアクセルの街に住むアクシズ教徒のプリースト、セシリーと申します。この度はゆんゆんさんとの仲を認めてもらうべく──」

「悪名高いアクシズ教徒なんかにウチの大事な娘はやらん! 出て行け! さもなくば今ここで私の魔法が轟くぞ!」

「家が崩壊するからやめてお父さん! セシリーさんも誤解を招く言い方はしないで!」

「女の子同士の恋愛もロマンがあって素敵だと思うけど、親としてはねぇ……」

「御義母様のお気持ちもわかります。なので今すぐとは言いません。ご両親と親睦を深め、私のことを理解していただけてからでも構いません。というわけでその第一歩として、御義母様のお膝に私の頭を置いてもよろしいでしょうか?」

「膝枕ってこと? それくらいならいいわよ」

「やったぁ」

「よくない! 貴様ゆんゆんのみならず私の妻まで奪うつもりか! そこは私の定位置だ! 退け!」

「セシリーさんお願いだから私の家族に変なことしないで! そしてお父さんは一回落ち着いて!」

 

 観光が終わり、ゆんゆん宅へ戻ってきたのだが、人の家でも平常運転なセシリーにゆんゆんは振り回されていた。

 父は激昂し、母はマイペース。まともな思考を保てているのはゆんゆんとバージルのみ……だったのだが、彼がこの状況下で腰を落ち着かせるなどある筈がなく。ほとぼりが冷めるまで、彼は外の風に当たることにした。

 ゆんゆんの助けを無視し、正面玄関から出るバージル。扉を締めても声が漏れてくるほど騒がしい家から離れていった。

 

 にるにると別れた後、ゆんゆんの案内で様々な名所を回ったのだが、現在向かっている温泉以外に目を惹かれる物はこれといって無かった。

 目的の一つであったスパーダに関する情報も、何一つとして得られなかった。『魔神の丘』『聖剣が刺さった岩』『邪神の墓』等、それらしい名前ではあるもののスパーダとは無関係。

 唯一悪魔と関連があったのは、またも登場した仮面の悪魔バニルの名を冠する展望台。それも、魔王城にいる魔王の娘の部屋を覗き見れるという、魔王が知ればひろぽんのように怒り狂いそうな代物であった。

 

 結局、ゆんゆんの持っていた本については謎のまま。これにバージルは落胆した……が、不思議と焦燥感は抱かなかった。本の存在を知った時は確かにあったのだが、それもいつの間にか無くなっていた。

 彼にとってスパーダとは、父であり超えるべき存在。そして、絶対的な力の象徴。

 故に、力に飢えていた頃のバージルはスパーダの幻影を追いかけ、魔界に封印されていた父の魔剣を手に入れる為にテメンニグルの封印を解いた。

 スパーダに関する情報は彼にとって、喉から手が出るほど欲しい筈。なのにどうだ。今の彼は、無い物ねだりをしても仕方がないと思えるほど、心が落ち着いていた。

 

「……腑抜けたものだ」

 

 嘲笑うように、バージルは独りごちる。

 また、元いた世界の悪魔が現れた原因への手がかりになるのではと思われたが、あの本は昔から族長が代々継いできたもの。そして悪魔達は、転生したバージルを追いかけるようにして現れた。関係性は薄いだろう。

 そう考え事をしながら歩いていると、目的の温泉は目と鼻の先に。明かりが灯されているのでまだ開いているようだ。それを確認したバージルは、温泉施設へ足を向ける──ことはせず、そのまま通り過ぎた。

 舗装された道から外れ、木々が生い茂っている所へ。そこでバージルは足を止めると、前方を睨み付けて口を開いた。

 

「隠れていても無駄だ。姿を見せろ」

 

 でなければ斬ると、脅すように刀の柄に手を添えて言い放つ。やがて彼の殺気に耐えかねたのか、隠れていた者は草陰から音を立てて姿を現した。

 髪は燃えるように赤く、褐色の肌に黒いドレスを纏った女性。彼女はふぅと息を吐くと、バージルと向かい合う。

 

「こんばんわ。いい夜ね、剣士さん」

「同感だ。紛れ込んだネズミさえいなければな」

 

 気さくに挨拶してきた女性に、バージルは警戒を緩めず言葉を返す。対して女性は長い髪を指で解くと、自らバージルへ名乗った。

 

「私はシルビア。魔王軍幹部の一人よ」

 




お察しと思われますが、にるにるはオリキャラです。
関係性はご想像にお任せします。


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第59話「Chimera ~取り込む者~」

 誰もいない里の外れで、バージルとシルビアは睨み合う。

 彼女は紅魔族にバレないよう侵入を試みたようだが、運悪くバージルに見つかってしまった。否、それこそが彼女の狙いなのだろう。

 

「銀髪に青い衣ということは、貴方がバージル? へぇ……噂に聞いていた通り良い男ね。もうちょっと幼気があればアタシの好みなんだけど」

「御託はいい。貴様の目的は何だ?」

 

 バージルは刀を少し抜きつつシルビアに問いかける。対してシルビアは獣のような黄色い目でバージルを見つめると、彼へ手を差し伸べた。

 

「アタシ達の仲間にならない?」

 

 勧誘──想像の範疇を超えない目的であったが、バージルは黙って彼女の話に耳を傾ける。

 

「貴方は魔物の姿に変身できるそうね。もしくはそれが本来の姿なのかしら? 強化モンスター開発局局長としては実に興味深い個体だわ」

 

 シルビアは舌なめずりをし、彼の変身(デビルトリガー)に興味を示す。以前接触してきたウォルバグも、彼が異形の姿になれることに関心を寄せていた。

 ベルディア、バニル、ハンス。現在魔王軍は三人の幹部を失っている。少しでも戦力を補強しておきたいところ。その為、こうして勧誘を試みてきたのだろう。

 

「貴方の実力なら、幹部どころか魔王様の側近にもなりえる。そっち側で収まるべき男じゃないのよ。だから、アタシと一緒に行きましょう?」

 

 話し合いで穏便に済ませたいのか、シルビアは優しく語りかける。しばし睨み合ったバージルであったが、彼は自ら刀から手を離し、鞘に納めた。

 わかってくれたかと、シルビアの表情は少し和らいだが──。

 

「高く評価しているようだが、裏を返せば貴様等に目を付けられているということか」

 

 魔王軍から敵視されている事実を受け、バージルは愉快そうに笑う。彼の表情を見たシルビアは、差し伸べていた手を自ら降ろした。

 

「主に伝えておけ。いずれ、貴様の首を取りに行くと」

「……交渉決裂ね」

「では、力づくで連行するか?」

「それもやめておくわ。チンタラしてたら、厄介な紅魔族共が魔力を辿ってやって来そうだし」

 

 バージルの挑発には乗らず、シルビアは背を向ける。そして長い髪を揺らしながら彼に見かえり、妖美な笑みを浮かべて告げた。

 

「また会えるのを楽しみに──」

「『ゴッドインパクト』!」

 

 刹那、割って入るように青い閃光が走ると、バージルとシルビアの間に光の衝撃波が発生した。シルビアは驚嘆しながらも、バージルから距離を離すように跳んで回避する。

『ゴッドインパクト』──神の拳(ゴッドブロー)を地面に叩きつけ、衝撃波を起こす神の御業。直撃すれば相手の身体は塵すら残らない。

 

「加勢に来たわよお兄ちゃん!」

 

 現れたのはアクアであった。普段の服装とは違った水色の寝間着に、首へかけた白いタオル。乾ききっていない髪からは湯気が立ち昇っている。

 

「誰だか知らないけど、襲ってくるタイミングを考えなさいよ! こちとらお風呂上がりなのよ!? 湯冷めして風邪引いたらアンタのせいだからね! その時は診療代とお薬代と美味しいフルーツ代締めて五十万エリス! キッチリ払ってもらうから!」

「な、何なのこの女……初対面の相手に対して横暴過ぎない……?」

 

 暴論を振りかざすアクアに、シルビアはドン引きの様子。この状況を見せられてどちらが悪者かと尋ねられたら、多くの者は手をバキバキと鳴らしている青い方を指差すであろう。

 

「それにさっきの力、貴方聖職者ね? 加えて青で固められた服装ということは……」

「そのまさかよ! 私こそ! アルカンレティアの山を汚した罪深き魔王軍幹部を一撃で葬った最強の女神! アクア様よ!」

「……ねぇ剣士さん。この子からお兄ちゃんって呼ばれてたわね? ちゃんと教育してあげないと、周りから頭のおかしい子だって馬鹿にされるわよ?」

「安心しろ。もう手遅れだ」

「二人まとめて退魔魔法ぶちかますわよ!?」

 

 案の定女神だと信じてもらえず、アクアは独りがなり立てる。彼女としては、女神だと認めさせるのとストレス発散を兼ねてぶちのめしたい所であったが──。

 

「やる気になってるところ悪いけど、アタシは一旦退かせてもらうわ。さようなら!」

「あっ! 待ちなさい!」

 

 最初から逃走する気でいたシルビアは、アクアに別れの言葉を告げてから背を向けて走り出す。アクアの呼び止める声も聞かず、森の中へと消えていった。

 

「あんのガングロ女! 次会ったら『ゴッドブロー』を顔面にぶち込んでやるんだから!」

 

 シルビアが消えていった先を睨みつけ、アクアは握り拳を突き出して宣言する。バージルもシルビアの魔力が遠のいているのを感じ、半ば抜いていた刀を納めた。

 彼女を追いかけるのもここで仕留めるのも、彼にとっては容易いことであった。しかし敢えてそうしなかったのは、そうすべきではないと感じたからだ。

 理由はない。右か左かと尋ねられたら特に考えず片方を選ぶように、彼の勘がそう告げていたのだ。

 

「ところでお兄ちゃんはなんでこんな所に? さっきの奴を倒しに来てたの?」

「いや、奴の事は風呂へ向かう際に偶々見つけただけだ」

「お風呂って、あそこの混浴風呂?」

「コンヨク?」

「お風呂や温泉って男女別にされてるでしょ? その隔たりがないのを混浴って言うの。女の裸を一目見たいカズマみたいな男がこぞってやって来るわ」

 

 混浴という言葉に聞き覚えが無さそうだったバージルに、アクアは簡単に説明する。するとバージルは難しい顔を見せた。

 その表情の意図を汲み取ったのか、アクアは口元に手をかざし、おちょくるような顔でバージルに言葉を掛ける。

 

「あらあら? もしかしてお兄ちゃん期待してた? 堅物そうに見えてやっぱりムッツリなのねぇ。でも残念! 私はもう上がったし、そもそもあそこは名前だけで男女別に分けられてるわ。きっと混浴って響きが紅魔族の琴線に触れたのね」

「それは良かった。貴様が汚した風呂はとても入れた代物ではないからな」

「そんなに私の聖なるお風呂が好みなら、今から男湯に侵入してお湯に指を突っ込んで痛い痛い痛い痛い! わかった! やめる! だからアイアンクローはやめてぇええええええええっ!」

 

 

*********************************

 

 

 アクアの悲鳴が響き渡る一方、里から離れた森の中。

 

「ハァ、ハァ……ここまで来れば、紅魔族も追って来ないでしょうね」

 

 アクアとバージルから逃げおおせたシルビアは、近くの木へもたれかかる。そのままズルズルと座り込むと、安堵するように息を吐く。

 剣士の勧誘は失敗に終わった。相手は実力行使を勧めてきたが、シルビアも最初はその気でいた。彼から向けられた殺意を、肌で感じるまでは。

 荒れた息が整い出したところで、シルビアは前方を睨む。その先にあるのは木々と漆黒の闇のみ。

 

「ちょっと! あの剣士、仲間になる気が微塵も無かったわよ!? 挙げ句殺されるかと思ったわ!」

 

 しかしシルビアは、誰かに話しかけるように怒りの声を上げる。すると少し間を置いて、暗闇から男性の声が返ってきた。

 

「快く受け入れてくれると思っていたが……見ない間に、随分と変わってしまったようだ」

「一体何を根拠にそう思ったのかしら。何度勧誘しても断られそうな顔してたわよ」

 

 暗闇に紛れる男は、残念そうに結果を嘆く。その傍らで、ようやく息が整ったシルビアはおもむろに立ち上がった。

 

「紅魔族は、封印されている『魔術師殺し』を奪えばどうにでもなるとして……あの剣士、正直勝てる気がしないんだけど」

「では私が引き付けよう。彼がいては、君は望む物を手に入れることすら叶わない。それと……これを渡しておこう」

 

 シルビアの意見を聞いた男はそう告げると、シルビアの足元へ手に持っていた物を放り落とす。それは、暗い地面を照らすように赤く光る、何かの実と思わしき物体。

 

「……何なのこれ?」

「悪魔の力を得られる実だ。いざという時に使ってみるといい」

 

 男の説明を聞いて、シルビアはゴクリと息を飲む。その実はまるでシルビアを誘うように、妖美な光を放ち続けていた。

 

 

*********************************

 

 

 アクアを追い返し、風呂で寛いだ後にバージルはゆんゆん宅へ。

 外出している間に何があったのか。セシリーは亀甲縛りでリビングに放置プレイ。ソファーには疲れ切った様子のひろぽんがうなだれていた。

 理由を聞きたくもなかったバージルは、二人を無視してえぞばえのもとへ。寝床について尋ねると、ゆんゆんの友達がお泊りする時の為に用意してあった空き部屋を使ってもいいと言われたので、案内してもらうことに。

 男女どちらでも構わないよう配慮してかシンプルな内装で、綺麗に手入れされていた。文句のなかったバージルはそこで一晩を過ごした。

 

 それから何事もなく夜が明け、翌朝。

 朝食を終えた後、セシリーが「めぐみんさん達と合流したい」と提案。ゆんゆんはそれに賛同。バージルも、昨晩出会った魔王軍幹部についてカズマ達にも話しておくべきかと考えた為、それに乗った。

 くれぐれもゆんゆんには手を出さないようにと、ひろぽんから釘を刺されながらも、バージル達はゆんゆん宅を後にした。

 そして、めぐみん宅へ向かう道中。

 

「ねぇねぇめぐみん、今日は色んなお店を周りたいんだけど。あっ、クズマさんとは別行動ね」

「私もこの里にある鍛冶屋へ寄りたい。しかしそうなるとカスマをめぐみんに預けてしまう形になるが……」

「大丈夫ですよ。じゃあまずは皆で商業区に行きましょうか。ゲスマもそれで構いませんね?」

「昨日のことはホントに反省してるんでこれ以上はやめてください」

 

 探していためぐみん一行を見つけたのだが、何故かカズマは女性陣三人から距離を置かれていた。

 事情は大方予想できていたが、ひとまずバージル達はめぐみん等のもとへ歩み寄る。

 

「何があった?」

「バージルか。実は、この男がめぐみんの寝込みを襲おうと──」

「ぐぅるるぁああああああああらぁあああああああああっ!」

 

 ダクネスが説明した瞬間、セシリーは血相を変えてカズマに襲いかかった。

 

「なんだかんだで手を出さないタイプかと思ってたら、私の目を欺いて本性を隠していたとはね! アクア様! この男を監禁し、アクシズ教の説法を叩き込む許可を!」

「確かにそれぐらいしないと反省しなさそうね。やっておしまい!」

「やめろ馬鹿! 想像しただけでも恐ろしいわ! あとゆんゆんは魔法詠唱するのストップ!」

 

 仲間の三人に加えて、セシリーとゆんゆんからも怒りを買ってしまったカズマ。彼はセシリーと取っ組み合いをしながらも彼女に弁明した。

 

「親御さん協力のもとでめぐみんと同室にされて、同じ布団で寝させられたんだぞ!? お前だったらどうするんだよ!」

「手を出すに決まってるじゃない!」

「バージル、私の眼帯を貸しますので、あの二人に眼帯パッチンの刑を執行してくれませんか?」

 

 睨み合いながらも意見を合致させた変態二人。そんな彼等を、めぐみんは見下げ果てたような冷たい目で見つめていた。

 一方、彼等のいざこざにはまるで興味がなかったバージルは、カズマがセシリーの拘束から抜け出したのを確認して、魔王軍幹部の件を伝えた。

 

「昨晩、里の外れで魔王軍幹部と名乗る女を見かけた。何もせず姿を消したが、いずれ近い内に再び現れるだろう」

「あぁ、それならアクアから聞きましたよ。正直巻き込まれない内に帰りたいんで、バージルさんのテレポート水晶か、ゆんゆんの『テレポート』で俺だけ──」

「貴様がいなければ、誰がコイツ等の面倒を見る」

「前みたいにセクハラされそうなのでお断りします」

 

 自分だけトンズラはできないと知り、カズマはガクリとうなだれる。面倒事に巻き込まれる体質はここでも健在のようだ。

 片やめぐみんとダクネスは戦う気満々のようで、どんな敵なのか想像を膨らませている。またバージルも、シルビアを討伐するまでは里に居座るつもりでいた。

 せめて自分に火の粉がかからないようにと祈るカズマ。そんな彼を他所に、アクアがバージルへと近寄ってきた。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん。昨日、服屋さんで気になる物を見つけたの。よかったら一緒に行かない?」

 

 普段なら最後まで聞かずに断るアクアからの誘い。しかし彼女の言う気になる物が、スパーダに関する物である可能性も捨てきれない。

 シルビア討伐以外は特に予定を決めていなかったバージルは、珍しく彼女の誘いに乗った。

 

 

*********************************

 

 道なりに進み、商業区へと足を踏み入れたバージル達。

 ダクネスは鍛冶屋に用事があるようで、カズマとめぐみんはそれについていくことに。またセシリーとゆんゆんも、めぐみんをカズマの手から守る名目で同行。結果、バージルとアクアだけ別行動になった。

 

 アクアの案内で、紅魔の里随一にして唯一の服屋へ向かう。彼女曰く、めぐみんのローブを購入する際に見つけたとのこと。

 しばらく歩いて、目的の服屋へ到着。質素な店の外には、何もかかっていない物干し竿が一つ。一見すればただの服屋である。

 しかしバージルは、アクアの話していた気になる物が何なのかをすぐに理解した。

 

「……紛れもなく狙撃銃だな」

 

 物干し台にかけられていた竿は、黒いフォルムに細長い銃身が特徴的な狙撃銃(スナイパーライフル)であった。

 

「ここの服屋に代々伝わる物干し竿で、錆びないから重宝してるって店主さんが言ってたわ」

 

 眉を潜めてライフルを見上げるバージルへ、隣にいたアクアが説明する。

 この世界で作られた物なら、にるにる製ハンドガンのように魔力で弾を装填するタイプなのであろうが、使い方を理解できなかったか、何かしらの理由があって使用できなかったのだろう。

 もっともライフルの製作者は、物干し竿として使われるなど想像していなかったであろうが。

 

「私はゲームでしか使ったことないけど、一発の狙撃で相手を倒せた時は気持ちいいのよね。お兄ちゃんはどう?」

「理解に苦しむ。どんな形であれ、銃など無粋の極みだ」

「けど持ってみたら、ライフルとか案外似合うんじゃない?」

「アクセサリーであろうと持つ気にはなれん」

 

 予想通り、スパーダに繋がる物ではなかった。それを確認したバージルは、銃を勧めるアクアに背を向けて歩き出す。

 

「おっ、いたいた」

「ムッ」

 

 とその時、バージルに声を掛ける者が。顔を向けると、前方から歩み寄ってきた黒髪の男──紅魔の里への案内役を努めたぶっころりーを見た。

 

「何の用だ」

「森に未発見のモンスターが現れたそうなんだ。よかったら君も一緒にどうかと思って」

「なんですって!? こうしちゃいられないわお兄ちゃん! 早く行きましょう! で、その子をとっ捕まえてペットにして、街の皆に自慢するのよ!」

 

 ぶっころりーの言葉を聞いて、バージルの表情が険しくなる。昨晩の魔王軍幹部に続けて、新種のモンスター。果たして偶然か必然か。

 バージルと、目を輝かせて行く気満々であったアクアはぶっころりーの誘いに乗り、彼を追う形で森へと駆け出した。

 

 

*********************************

 

 

 一方その頃、商業区にあった鍛冶屋の前にて。

 

「私の用事に付き合わせてしまってすまない。カズマは大人しくしていたか?」

「何もしませんでしたよ。まぁ、人目のつく場所で堂々と手を出せる勇気は持っていないと知ってたので、何も心配していませんでしたが」

「おい、あまり大人を舐めてると痛い目を見るぞ。前みたいにギルドのど真ん中でお前のパンツを奪って……あっ」

「ちょっと貴方! 今とんでもないことを口にしたわね!? そこに座りなさい! 私の聖なるグーを食らわせてあげるから! それが嫌なら何色だったのか正直に答えなさい!」

「黒だ!」

「めぐみん、この二人に『ファイアーボール』撃ち込んでもいいかな?」

「『インフェルノ』でもいいと思いますよ」

 

 ダクネスの用事に付き合っていたカズマ達。職業とその性癖も相まって鎧の消耗が激しい為、この里にいる腕利きの鍛冶屋に新たな鎧を頼むべく来ていた。

 鎧を発注し終えたダクネスは、昨晩現れたという魔王軍幹部に思いを馳せる。

 

「シルビアとやら……どれほどの強敵かわからないが、戦える日が楽しみだ。今からでも来てくれないだろうか。先程頼んだ鎧は間に合わなくなるが……」

「どうでしょう。最初に出会ったのがバージルだそうですから、分が悪いと思って魔王城に帰ったかもしれませんよ?」

「おいやめろ。こういう時にフラグ発言を軽々しく口にしたら──」

 

 二人の発言に不安を覚えるカズマ。お願いだから何事もありませんようにと祈る彼であったが──彼女等の言葉(フラグ)は、予定調和のようにすぐさま回収されることとなる。

 

『魔王軍襲来! 魔王軍襲来!』

「ほら見たことか畜生!」

 

 里に突如として響いたサイレン。どうしていつもこうなるんだと、逃れられなかった運命を前にしてカズマは頭を抱える。

 

「早速お出ましか! 行くぞめぐみん!」

「待ってください! 家でお留守番をしているこめっこが心配です! 一度家に帰って、こめっこを安全な場所へ避難させましょう!」

 

 そんな彼とは対照的にやる気を見せているダクネス。我先にと飛び出しそうであったが、めぐみんの言葉を聞いて足を止める。

 セシリー、ゆんゆんも彼女の案を聞いて頷く。こめっこの回収を第一の目的として、めぐみん達は駆け出した。

 

「お、おい! マジで行くのか!?」

 

 ただ一人、乗り気でなかった為に出遅れたカズマ。呼び止めようとするも、彼女等の耳には届かない。

 こっそり『テレポート屋』なる者を見つけて、自分だけアクセルの街に送ってもらおうと画策していたのだが、彼女等を放っておくと余計に事を大きくし、魔王軍幹部と戦うよりも面倒な役回りをさせられる危険性もある。

 

「だぁああああもう! しょうがねぇなぁ!」

 

 半ばヤケクソになりながらも、カズマはめぐみん達を追いかけた。

 

 

*********************************

 

 

 我先にと魔王軍のもとへ駆け出している紅魔族を他所に、めぐみんの家へ向かって走るカズマ達。まだ里の内部にまで及んでいないのか、道中で敵と遭遇することはなかった。

 しばらくして、視線の先にめぐみん宅が。こめっこの安否を心配しながら家に駆け寄ると、家の前に二人、誰かがいるのを発見した。

 

 

「おばさんおばさん、何食ったらそんなにおおきくなるの?」

「そ、そうね。好き嫌いせず、色んな物を食べることかしら。それと、おばさんはやめてくれる?」

「じゃあおじさん?」

「それならおばさんの方がマシね」

「こめっこ!? 一体誰と話しているのですか!?」

「あっ、お姉ちゃん!」

 

 家の前にいたのは、探していたこめっこと見知らぬ褐色の女性。

 めぐみんに気付いて駆け寄ろうとしたこめっこであったが、それを見た褐色の女は慌ててこめっこを片腕で抱きかかえ、めぐみん等と対峙した。

 

「おっと! そこを動かない方がいいわよ! この子が傷つけられたくなかったらね!」

「こめっこ!」

「褐色の肌に赤い髪……まさか、アクアの言っていた魔王軍幹部のシルビアは貴様か! 無垢な子供を人質にするとは卑劣な……!」

「あら、アタシのこと知っていたのね。もしかして昨日見たプリーストと剣士の仲間かしら?」

「おんどりゃこのデカパイ幹部! 私の可愛い可愛いこめっこちゃんを小汚い手で触らないで! 待っててねこめっこちゃん! 今すぐこわーいクソババァから助けて一時間ヨシヨシしてあげるからね!」

「うん! 頑張ってねセシリーおねえちゃん!」

「くぅうううううんっ! お姉ちゃん頑張りゅうううううううっ!」

「この状況でも笑顔を絶やさないこめっこちゃんって、やっぱり大物なんじゃ……」

 

 ダクネスは剣を構えて前に出るが、こめっこを人質に取られている為に攻撃へ転じることができない。ゆんゆんも魔法を放つことができず、睨み合いが続く。

 

「か、カズマ……」

 

 助けを求める目で、めぐみんはカズマを見た。大切な妹が危険な目に遭っているからであろう。普段の彼女にはない気弱さを、カズマは感じた。

 もっとも、窮地に陥って仲間から助けを求められるのはいつものことなのだが。毎度毎度頭を働かせるこっちの身にもなって欲しいと、カズマはため息を吐く。

 

 そして、既に思いついていた打開策を実行すべく、カズマは自ら前に出た。

 

「おいシルビア! 人質が欲しいなら俺がなってやる! だからその子を離せ!」

「か、カズマ!?」

 

 カズマの発言を聞いて、めぐみんは驚嘆する。何を馬鹿なことをと引き留めようとしたが、彼女はある事に気付いてその手を引っ込めた。

 準備体操をするように、彼は右手をワキワキと動かしている。頭が良く、カズマとも長い付き合いであった彼女は、それが何を意味するのかを理解していた。

 

「何を言っているのだ馬鹿者! 自ら人質役を買って出るなど! それなら私の方が適任だ! そして私は魔王城に連れ去られ、欲望に塗れた魔族の群れを相手に服を剥かれた姿で──!」

「こめっこちゃんに格好いい所見せて、カズマお兄ちゃん格好いい! 大人になったらお兄ちゃんと結婚する! って言わせるつもりなんでしょ! そうはさせないわよ! 人質役は私がやるわ!」

「お前等は頼むから黙ってろ!」

 

 セシリーは勿論のこと、頭の堅いダクネスはそれに気付かず。ゆんゆんも不安そうにカズマの動向を見守っている。

 カズマがダクネスよりも前に出る中、シルビアはカズマへと尋ねた。 

 

「貴方は?」

「コイツ等のリーダーをやってる者だ。ついでに言えば、昨日お前が会ったっていう剣士も俺の仲間だ。向こうから仲間になってくれとお願いされたんだ」

「へぇ……」

 

 カズマの言葉を聞き、シルビアは興味深そうに目を細めてカズマを見る。真正面から魔王軍幹部と対峙して思わず尻込みしそうになったが、なんとか堪えてカズマは睨み返す。

 

「今、バージルをちゃっかり自分の仲間にしていたが……」

「大丈夫かなカズマさん……これ後で先生が知ったら怒られるんじゃ……」

 

 後ろでダクネスとゆんゆんがカズマの嘘がバージルの耳に入ることを危惧していたが、バレなければ問題ない。そもそも言い方を変えているだけであって、決して嘘は吐いていない。

 

「貴方を人質にしておけば、あの剣士に攻撃される心配は無くなりそうね。勧誘も考え直してくれるかも……いいわ。ゆっくりこっちに近づいてきなさい。ちょっとでもスキルを使う素振りを見せたら、この子の首を撥ねるわよ」

 

 カズマを人質に取ることのメリットを考えたシルビアは、思考の末カズマの提案を受け入れた。承諾を得たカズマは、指示通りおもむろにシルビアへと歩み寄る。

 彼が眼前に立った所で、シルビアは脇に抱えていたこめっこを開放。地に足をつけたこめっこは、トタトタとめぐみんのもとへ。そしてシルビアは空いた右腕を使い、カズマを強く抱き寄せた。

 

「むぐっ!?」

「フフ……素直でいい子ね」

 

 丁度、彼の顔の位置に胸があった為に、カズマはシルビアの豊満な果実に顔を埋める。そんなカズマの頭を、シルビアは優しく左手で撫でた。

 カズマは苦しそうにもがいている……が、どうにか彼女の拘束から逃れようとする動きは見られない。

 

「カズマ! 何をしているんですか!」

 

 それを見兼ねためぐみんは、カズマに呼びかける。

 彼の考えた作戦──自らシルビアの人質になることでこめっこを開放し、その後『ドレインタッチ』や『初級魔法』を巧みに使ってシルビアの拘束から脱出するとめぐみんは思っていたのだが、未だその動きはない。

 不測の事態に陥り、焦るめぐみん。とその時、隣にいたセシリーが魔力を高め、シルビアに向けて手をかざした。

 

「今こそ好機!『エクソシズム』!」

 

 セシリーが唱えた瞬間、シルビアの足元から光の柱が昇った。シルビアと、人質にされていたカズマもついでに光へ呑まれる。

 

「何やってるんですかセシリーさん!? カズマさんまで巻き添えに──!」

「人間に効かない退魔魔法だから問題ないわ!」

 

 慌てるゆんゆんを宥めて、セシリーは様子を伺う。やがて光は消え、呑まれてしまったシルビアとカズマの姿が彼女達の目に映った。

 

「不意打ちなんて聖職者とは思えないわね。でも、残念だけどアタシは純粋な悪魔じゃない。自らの身体に合成と改造を繰り返してきたグロウキメラよ! その程度の退魔魔法じゃ、かすり傷にしかならないわ!」

 

 シルビアの身体からは焼けたように煙が立っているものの、表情に焦りは一切見られなかった。彼女はドレスを軽く払うと、ようやく胸元から開放されていたカズマに視線を移す。

 

「それにしても、貴方いい男ねぇ。可愛い顔立ちはアタシの好みだわ。もっとくっつきましょう?」

 

 逃げられないよう、シルビアはカズマの首に腕を回す。そして片方の手でロープを取り出すと手前に放り『バインド』を唱えた。

 ロープは意思を持ったように動き、シルビアの腰回りを締め付けた。当然、近くにいたカズマも巻き込まれ、シルビアと密着するように固定されてしまった。丁度、カズマの後頭部がシルビアのお山に当たるように。

 

「フフッ、これで貴方はアタシの物……」

「カズマ! いつまで小芝居を続けるつもりですか! 早くシルビアの拘束から逃れてください!」

「いや、めぐみん。カズマの顔を見てみろ」

 

 特に抵抗も見せず拘束されたカズマに苛立ちを覚え、声を荒げるめぐみん。そんな彼女へ、ダクネスはカズマを指差しながら伝える。

 

「あぁうんお構いなく。俺はシルビア姉さんのおっぱいをしばらく堪能したいから」

「この男っ!」

 

 カズマはシルビアの誘惑(おっぱい)に負けてしまったのだ。彼は極楽浄土にいるかのような、とても安らいだ表情を浮かべている。

 

「彼、このまま魔王軍に持って帰ってもらった方がいいんじゃないかしら」

「教育に良くないから、見ちゃダメだよこめっこちゃん」

 

 めぐみんやダクネスのみならず、セシリー、ゆんゆんからも呆れられている様子。だがそんな事はどうでもいいと、カズマは後頭部に当たる柔らかな感触を満喫する。

 

「残念ね、紅魔族のお嬢ちゃん。男というのは皆、大きな胸に弱いのよ。その点で言えば、貴方がどれだけ説得しようが誘惑しようが、この子は見向きもしないんじゃないかしら」

「おい! 私の成長途中な身体を嘲笑っているのなら受けて立とうじゃないか!」

「落ち着いてめぐみん! 相手の挑発に乗っちゃ──」

「そりゃあ貴方も大きいから落ち着いていられるでしょうね!」

 

 敵にまでコンプレックスを指摘され、激昂するめぐみん。ゆんゆんがフォローに入るも逆効果のようで、更に怒りが掻き立てられている。

 しかし、そんなことはよそ吹く風とばかりに、カズマは楽しそうにシルビアへ話しかけた。

 

「流石ですねシルビア姉さん! 女のみならず、男の心理まで理解しているとは!」

「半分は男なんだから当然よ。この胸も後から付けたものだし」

「なるほどそりゃ納得だ! ハッハッハッハッ……はっ?」

 

 聞き捨てならない──否、聞いてはならない言葉が聞こえ、カズマの思考がフリーズする。

 そして、彼は後頭部に当たっているのとは別の感触を覚えた。正確には、おっぱいに気を取られ今まで気付くことができなかった。

 

 自身の尻に当たる──熱くて固いナニか。

 

「あ、あの……ケツの辺りに、何か当たってるような……」

 

 聞きたくない。そんな本音とは裏腹に、カズマは恐る恐るシルビアへ尋ねる。

 するとシルビアは熱を帯びた表情で、カズマだけに聞こえるよう甘く囁いた。

 

 

「ムスコよ」

 

 そこでカズマの意識は途絶えた。

 

 

*********************************

 

 

「いたぞ! もう戦い始めてるみたいだな!」

 

 ぶっころりー案内のもと、バージルとアクアは新たなモンスターが発見されたという森へ来ていた。

 前方には、距離を取って魔法を撃ち込み戦っている紅魔族が複数人と、人間と同じくらい大きなトカゲ型のモンスターが数匹。モンスターの手には盾が装備されている。

 一見すれば、知能を持った未発見のモンスター。しかしバージルとアクアは、その正体を既に暴いていた。

 

「やはりか」

「クッサ! アレ悪魔じゃないの! 捕まえてペットにしようと思ってたけど前言撤回! 一匹残らずぶっ殺してやるわ!」

「ちょっ、二人とも!?」

 

 ぶっころりーの静止も聞かず、悪魔に向かって飛び出すバージルとアクア。

 丁度、紅魔族の攻撃の手が止まっており、反撃開始とばかりにトカゲの悪魔(アサルト)は紅魔族へと飛びかかる──が、そこへバージルが疾走居合で飛び込み、行動を起こしていたアサルトは一瞬で細切れにされた。

 

「急に何だ!? ていうか君誰!?」

「狩りの邪魔だ。そこで大人しく見ていろ」

「はっ!?」

 

 突然現れたバージルに困惑する紅魔族達。彼等に冷たく言い放って背を向けたバージルは、アサルトの群れへと走り出す。

 警戒した五匹のアサルト達は、バージル目掛けて爪弾を飛ばす。しかしバージルはそれら全てを刀で斬り落としつつ接近。

 

「散れ」

 

 バージルは足を強く踏み込み、一気にアサルト達の間を駆け抜ける。彼等が突風を感じた時、既に彼の姿はあらず。

 彼等の背後にいたバージルが刀を納めた瞬間、三匹ものアサルトが血を吹き出して倒れた。残った二匹の内一匹が爪を立て、バージルへと襲いかかる。

 

「遅い」

 

 バージルは刀から手を離すと、背中の両刃剣を握って振る。だがアサルトは片手に持っていた盾でそれを防ぎ、バージルの剣を弾いた。

 体勢を崩すバージルを見て、アサルトはもう片方の手を振り下ろす。剣での防御は間に合わず、ダメージを負うのは必至の場面。

 しかし、アサルトの爪は届かず。バージルは『トリックアップ』でアサルトの頭上に飛び上がって回避した。そして柄を握り締め、バージルは急降下しつつ剣を振り下ろす。

 

Cut off(断つ)!」

 

 彼の『兜割り』を脳天に受けたアサルトは、胴体を真っ二つにされて倒れる。

 残った一匹は、着地を狙うべくバージルに接近していた。再び、バージルの頭上からアサルトの爪が迫る。

 

「ハァッ!」

 

 だが、それも届かず。バージルは迫ってきたアサルトに向かって突き(スティンガー)を繰り出した。土手っ腹に穴を空けられたアサルトは、後方へと吹き飛ぶ。

 

「愚直に向かってくるだけか。島にいたのと比べて、随分と粗末な奴等だ」

 

 バージルはそう吐き捨て、横へと視線を移す。その先には、まだ残っているアサルトの群れ。彼等が再び迫りくるのを見て、バージルは剣を握り直した。

 

 

 二本の剣だけで、モンスターの群れを容易く屠るバージル。そんな彼を、先にこの場へ来ていた紅魔族達は熱心に見つめていた。

 最初、獲物を横取りされたことに腹を立てていた彼等だったが、バージルの戦いを見ている内にその気持ちは薄れ、ある者は目を奪われ、ある者は学びを得ようと観察している。

 里の学校に務めていた、紅魔族随一の担任教師を名乗るこの男──ぷっちんもまた、例外ではなかった。

 

「凄いでしょう、あの剣士」

 

 バージルに気を取られていた時、横から紅魔族の男に話しかけられた。対魔王軍遊撃部隊(レッドアイデッドスレイヤー)の一人、ぶっころりーである。

 

「君の知り合いか?」

「いや、里の外でバッタリ会ったんです。その時は、上級モンスター三匹を相手に一人で立ち回っていましたよ」

 

 ぶっころりーから話を聞き、ますます興味を引かれるぷっちん。少し目を離した隙に、彼は二体も討伐しており、その疾さは留まることを知らず。

 

「戦いにおいて一番大切な物は何か。僕達以上に、彼は理解しているようですね」

「全くだ。我が校に教師として招き入れたい程だよ……おぉ見ろ! 今魔力で剣を生成したぞ! 彼は魔法にも精通しているのか! これは本格的に勧誘しなければなるまいな!」

 

 もはや観客と化した紅魔族達。彼が鮮やかに敵を屠る度に沸き立つ傍ら──遅れてやってきたアクアは独り、アサルトと対峙していた。

 

「ちょっとー! こっちにも注目して欲しいんですけどー! 今から一撃でぶっ倒すシーンを見て欲しいんですけどー!」

 

 目立ちたがり屋だったアクアは、バージルだけ注目を浴びていることに嫉妬して大声を上げるものの、彼等に声は届かず。

 こうなれば、バージルが戦っている所に乱入して自分がまとめて殲滅するしかない。紅魔族からの名声を浴びるプランを考えたアクアは、前方にいる一匹のアサルトをさっさと駆除すべく向き直る。

 

「ほら、さっさとかかって来なさいよ。それとも怯えて盾で防ぐことしかできないチキンなのかしら? トカゲなのに? プークスクス!」

 

 相手を小馬鹿にするアクアの笑い。その挑発を受けたアサルトは、怒りのままにアクアへと突撃する。

 

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

 

 が、彼女の眼前に来た瞬間に地面から退魔の光が昇った。女神によって放たれた光はあまりにも眩く、アサルトの身を瞬く間に焦がした。

 アサルトの始末を終え、ふぅと息を吐くアクア。予定通りバージルのいる方向へ足を向ける。

 

「それにしても、まだ悪魔臭いわねぇ。むしろ臭い増してない? あーヤダヤダ。終わったらまた混浴温泉に行かなきゃ」

 

 持ち前の嗅覚で感じ取った違和感。しかしその正体に気付くことなく、アクアはバージルのもとへ向かおうとする──が、その行く手を新たな悪魔が塞いだ。

 一匹は、先程倒したのと同じアサルト。その周りにいるのは、黒い髪のようなものを持った、二本足で立つ小さな悪魔が数匹。

 

「下級悪魔のクセに、私の邪魔をするつもり?」

 

 邪魔をするのなら、問答無用にぶっ倒すまで。アクアは拳を構え、悪魔と対峙する。

 すると、黒い悪魔が一匹動き出した。だが向かう先はアクアではなく、傍にいたアサルト。悪魔はかぶりつくように飛びかかると、触手であった黒い髪をアサルトの身体に纏わり付かせた。

 足だった物は鋭い剣のような触手へと変わり、アサルトの背には赤い花が開く。黒い悪魔(キメラシード)に取り付かれたアサルトは、何事もないかのようにアクアと向かい合っていた。

 

 

*********************************

 

 

「うぅん……」

 

 意識を取り戻したカズマは、おもむろに目を開ける。視界はぼやけており、思考もハッキリしない。

 何故自分は眠っていたのか、ここはどこなのか。身体に力が入り始め、現状を把握しようと起き上がる。

 

「やっと起きたわね」

「うわぁああああああああああああっ!」

 

 いつの間にか傍に立っていたのは、魔王軍幹部のシルビア。全てを思い出したカズマは悲鳴を上げ、自身の貞操を守るべく距離を取った。

 

「く、来るな! それ以上俺に近づくんじゃあねぇっ! ぶっ殺すぞ!」

「寝起きの一言にしては物騒ね。元気なのは良いことだけど」

 

 指を差して威嚇するカズマ。シルビアはちょっと寂しそうな顔を見せるも、すぐに彼から視線を外して足を進める。

 その先にあったのは、重く閉ざされている鋼鉄製のドア。反対側を見ると、長い通路の先に昇り階段があるのを確認した。

 

「ここって……」

「紅魔の里にある、地下格納庫の入り口よ」

 

 地下格納庫──昨日、めぐみんに観光名所を案内してもらい、ここにも足を運んでいた。

 曰く『世界を滅ぼしかねない兵器』が封印されているらしく、丘の上にある『謎の施設』と共に作られたと言われている。

 そんな場所に、魔王軍幹部が来ているということは──。

 

「お前、まさか『世界を滅ぼしかねない兵器』を盗むつもりか!?」

「半分正解ってところね。本命は別の兵器。そっちはあわよくば手に入れたいわね」

「でもここには、誰も解くことはできない封印がかけられてるって──」

「抜かりはないわ」

 

 そう言って、シルビアは懐から一枚のカードを取り出した。カードに目を引かれているカズマへ、シルビアは説明する。

 

「これは『結界殺し』……たとえ神々が施した封印だろうと解く、魔族が持つ魔道具でも特に強力なものよ」

 

 カードを右手に持ち、扉の前に立つシルビア。彼女は結界を解くべく『結界殺し』を扉へとかざした。

 

 

 ──が、何も起こらない。

 

「なんで!? どうして反応しないの!? まさか魔法的な封印じゃないっていうの!?」

 

 想定外の事態に、シルビアは苛立ちを抑えられず扉を叩く。それを見ていたカズマはそろりと近付き、後ろから覗き込む。

 ダイナマイトを仕掛けてもビクともしなさそうな扉。その横の壁に、何やら文字が記されているのを発見した。更に文字の下には台があり、入力機器らしきものが置いてあった。

 

「『下記の通りコマンドを入力してください』?」

「……っ!? 貴方、この古代文字が読めるの!?」

「いや、ただの日本語……それにこれ、ステプレのコントローラーじゃん」

 

 記されていたのは母国語であり、入力機器もカズマには馴染み深いゲームのコントローラーであった。カズマがさらりと解読したことに、シルビアは驚愕する。

 日本語に加えてゲーム機のコントローラー。何の因果か、この封印を施したのはカズマと同じ日本からの転生者であったようだ。

 

「フフッ、まだツキは残っているみたいね。ボウヤ、このロックを解除しなさい」

「なっ!? ふざけんな! 俺とお前は敵同士だろ!? はいわかりましたって従うと思うか!?」

 

 シルビアから解除するよう命令されるが、カズマは断固として拒否する。

 言うことを聞かないカズマを見て、呆れるように息を吐いたシルビア。だがすぐに顔を上げると、右手で棒状の何かを握るような形を作り、それを上下に動かしながら告げた。

 

「私、テクニックには自信があるのよ」

「はいわかりました! 全力で解除させていだだきます!」

 

 悪寒を感じたカズマは、速やかに封印解除を始めた。コントローラーを強く握り、壁に書かれている文字を見る。

 

「えーっと、L1、L2、R1、R2を同時に押して、十字キーを左上に、左スティックを右下に倒す……と」

 

 隠し要素が開放されそうなコマンドだなと思いながらも、慣れた手付きでコントローラーを操作する。

 すると、固く閉ざされていた扉がおもむろに動き出し、振動を伴いながら開かれた。歓喜の声を上げたシルビアは、そのまま奥へと進む。

 

「真っ暗ね……アタシの暗視スキルじゃハッキリとは見えないし、探すのに手こずりそうだわ」

 

 扉の奥はライトでも無ければ歩くのもままならないほどの暗闇で、シルビアは慎重に足を運ぶ。

 その一方でカズマはまだ部屋の外におり、どんどん進んでいくシルビアの背中を見つめたまま立っている。

 ──ふと、カズマは思った。

 

「(あれ? 今チャンスじゃね?)」

 

 カズマはコントローラーを再び手にし、もう一度同じコマンドを入力する。

 すると扉は、先程の逆再生のように振動を起こして動き出し、カズマの思惑通り閉まり出した。

 扉の奥でシルビアがそれに気付いたが、時既に遅し。もう人間一人が入れる隙間ではなくなっていた。

 

「ついでに『スティール』」

 

 更にカズマは、扉の向こう側にいるシルビアに対して『スティール』を使用。右手から眩い光が放たれ、ほんの少し遅れて扉が完全に閉まる。

 光が収まった彼の手には、シルビアの持っていた『結界殺し』が握られていた。

 

「何かに使えそうだから、ついでに貰っとくよ」

 

 別れの言葉代わりに、閉じ込められたシルビアへ告げる。奥からは扉を叩く音が聞こえるが、案の定扉はピクリとも動かない。

 シルビアを封印したことで一安心したカズマは、呑気にその場で座り込む。そこでしばらく寛いでいると、通路の先から複数人の足音が。

 

「カズマ! 大丈夫ですか!?」

 

 現れたのは、カズマを追いかけてきためぐみん達であった。ダクネス、セシリー、ゆんゆんの他に、里にいた紅魔族も何人か来ている。肝心のこめっこはダクネスがだっこしていた。

 

「遅かったな皆。シルビアの奴なら、俺が機転をきかせてここに閉じ込めてやったよ」

「カズマさん一人でですか!?」

「やるじゃないか! 俺達ですらシルビアを何度も捕り逃がしてたってのに」

「チッ! そのまま魔王軍に連れ去られればよかったのに……」

「おい聖職者」

 

 一人舌打ちをしている者がいたが、カズマの無事を確認して仲間達は胸を撫で下ろす。誰一人としてカズマが気絶した件について言及しないのは、彼女等なりの優しさなのだろう。

 

「しかし、よくシルビアは封印を解いて中に入れましたね……まぁでも、中にある兵器までは流石に動かせないから大丈夫でしょう」

「俺達ですら使用法すらわからないんだ。シルビアに動かせるわけないよ」

「んじゃあ、これにて解決だな! シルビア封印の祝いに一杯やろうぜ!」

「あら嬉しいお誘いね。お姉ちゃん朝まで飲んじゃおうかしら」

「待って、急に嫌な予感がし始めたんだけど」

 

 次々とフラグ臭い発言を口にする紅魔族とアクシズ教徒。彼等の台詞を聞いて、カズマは独り不安を抱く。

 

 刹那、呼応するように彼等のいる場が揺れ──やがて閉ざされていた扉は突き破られた。

 中から現れたそれは、凄まじい速度でカズマ達の前を通り過ぎ通路を抜ける。慌ててカズマ等が追いかけ、階段を昇り外に出ると、月光を背に宙へ浮かんでいる彼女を見た。

 

「礼を言うわよボウヤ! 貴方のおかげで、探していた物を取り込むことができたわ!」

 

 扉を壊して出てきたシルビアは気分が高揚した様子で、高らかに声を上げる。

 彼女の下半身は、大蛇のような長い鋼鉄の装甲に成り代わっており、腰回りには縁に鋭い棘のある、赤い花弁のようなものが。

 更には頭に長い触覚が生えており、彼女は異形と呼ぶに相応しい姿へと成り果てていた。

 

「あれは……まさか『魔術師殺し』!」

「大変だ!『魔術師殺し』が乗っ取られたぞ!」

 

 シルビアを見た紅魔族達は、一様にして『魔術師殺し』の名を口にする。一方でシルビアは、何もできず見上げている紅魔族達に向け、口から勢いよく炎を放った。

 紅魔族達はすかさず『ウインドカーテン』を唱えて防いだ。その熱は非常に熱く、勢いも強い。今までとは違う彼女であることを、紅魔族達はすぐに理解した。

 

「アハハハッ! 気分がいいわ! ついでに実も食ってみたけど、こんなに力が溢れてくるなんて! これが悪魔の力なのね!」

「こりゃあマズイ! 一旦魔神の丘へ『テレポート』するぞ!」

 

 このままでは全滅してしまうと見た紅魔族達は、逃げの選択を取った。カズマ達は慌てて紅魔族達の傍に寄る。

 全員テレポート可能なのを確認した所で魔法を唱える。そして、この場にいた者はシルビアを除いて姿を消した。

 

 

*********************************

 

 

 無事に『テレポート』を終え、魔神の丘に移動したカズマ達。ここが避難場所になっているのか、里に住んでいた大勢の紅魔族達もこの場に来ていた。彼等は丘の上から里を見下ろす。

 紅魔の里は──シルビアによって火の海と化していた。

 

「さ、里が……」

「もはや、この里は捨てるしかない……大丈夫だ。生きていればまたやり直せる」

 

 燃え盛る里を見て、呆然とする眼帯の少女。傍にいた紅魔族の族長、ゆんゆんの父ひろぽんは、自身にも言い聞かせるように話す。

 魔法のエキスパートと名高い紅魔族が、揃いも揃って消沈している。それほどまでに、シルビアが取り込んだ物は危険な代物なのだろうか。兵器について知らなかったカズマは、めぐみんへ尋ねた。

 

「めぐみん、アイツが取り込んだのってそんなにヤバイ兵器なのか?」

「あれは『魔術師殺し』……魔法が効かない特性を持った、対魔法使い用の兵器です」

「つまり、紅魔族の魔法じゃ太刀打ちできないってこと?」

 

 カズマの問いに、めぐみんはコクリと頷く。紅魔族が軒並み諦めているのも、それで納得がいった。

 となれば、頼れるのはバージルのみ──だったのだが、どういうわけか未だに姿を現さない。彼と同行していたアクアもだ。『千里眼』でシルビアの周辺を確認するも、影一つとしてない。

 もしかしたらバージルの方でも何かあったのではないかと、カズマは推測する。何かしらの理由があって、こちらへ来ることができないのでは、と。

 だが、彼がいなければ現状を打破するのも不可能なのは事実。まずはバージルを探しに行くべきだと、カズマが口に出そうとした時──。

 

「ですが、一つだけ方法があります」

 

 彼よりも先に、めぐみんが口を開いた。彼女の声を聞いた者達の視線が集まる中、めぐみんは自身の考えた打開策を話した。

 

「その昔、あの兵器が暴走して里に脅威をもたらしたそうですが、私達のご先祖様は地下格納庫に封じられてる『ある兵器』を使い、何とか破壊させたと伝えられています」

「破壊しただと? では何故あの兵器は未だ健在なのだ?」

「せっかくなので記念に残しておこうと、修理して再び封印したからだそうです」

「しょうもない理由で物騒な物を大事に取ってんじゃねぇよ!」

 

 真相を聞いて、カズマは思わずツッコミを入れる。今も昔も、紅魔族の感性は理解し難いようだ。

 

「つまり、その兵器をまた使ってシルビアもろともぶっ壊しちゃおうってことね!」

「えぇ。ですが問題は、兵器の使い方が誰にもわからないことです。使用法を記したと思われる文献も残されていますが、その古代文字は族長でさえ解読不能で……」

「(古代文字……ってことはもしかしたら……)」

 

 扉の傍に書いてあった日本語。シルビアもそれを指して古代文字と読んでいた。

 もし、あの封印だけでなく、格納庫の中にある物も日本の転生者が携わっていたのなら、めぐみんの話す文献も、日本語で記載されている可能性が高い。

 

「とにかく、使い方さえわかればなんとかなるんだな? だったら探しに行くしかない。少なくとも、ここでじっとしてるよりはマシだ」

 

 めぐみんの意見に、カズマは賛成の意思を示す。こういった面倒な状況には一番巻き込まれたくないタイプだというのにと、めぐみんは珍しそうに彼を見る。

 事実、カズマも同じことを思っていた。それでもなお自ら動いたのは、責任の一端が自分にもあると自覚していたからだ。

 シルビアを地下格納庫に閉じ込めさえしなければ、あの忌まわしき偽乳に騙されさえしなければ、シルビアは魔術師殺しを取り込むことはできず、紅魔族の方々がどうにかしてくれた筈。紅魔の里が炎で埋め尽くされることにはならなかった筈だ。

 少しでも罪滅ぼしになるのなら──彼なりに責任を感じての行動であった。

 

「よし! なら俺達が囮になる! その間に君達は兵器を探してきてくれ!」

「頼んだぞ! 世界の命運は君達にかかっている!」

「奴と戦うのも何度目になるか……さぁ! 最後の喧嘩を始めよう!」

 

 カズマに触発されてか、紅魔族の戦闘員は揃って意欲を見せる。マントを翻しては丘を駆け下り、シルビアのもとへ向かった。

 

「私達はどうすればいい?」

「ダクネスはバージルさんを探してきてくれ! あの人がいれば状況は一気に好転する! ついでにアクアもだ! 悪魔の力がどうとか言ってたから、退魔魔法が今なら効くかもしれない!」

「わかった! 私とバージルは、幾多のプレイで心を通わせた仲だ。すぐに探し出してみせる!」

 

 本人が聞いていれば全力で否定しそうな言葉を口にしながら、ダクネスは丘を降りていく。次にカズマは残る三人へと指示を出した。

 

「退魔魔法と回復魔法を使えるセシリーは紅魔族の皆さんのサポートだ! で、めぐみんはいつも通り爆裂魔法を撃てるよう待機──」

「カズマさん! そ、その……めぐみんが爆裂魔法しか使えないことは、里の皆には内緒にしてて……」

 

 そこへ、ゆんゆんが耳打ちしてめぐみんへの指示を止めてきた。彼女の話を聞いたカズマは、苛立った様子でめぐみんを見る。

 

「お前──」

「私は、紅魔族随一の天才として名を通しています。そんな私が爆裂魔法しか使えないと知られたら、どんな目で見られるのかは明白でしょう……勿論、自分で撒いた種なのは承知しています」

 

 めぐみんは杖を握りしめ、俯いたままカズマに訳を話す。その表情には、後悔の念が見て取れる。

 プライドの高い彼女のことだ。言うに言えずタイミングを失い、うやむやにしたまま里を出てしまったのだろう。彼女の心中を察したように、カズマは息を吐いて言葉を返す。

 

「なんだ。てっきり爆裂魔法で何かしら問題を起こしてて、バレるのが嫌だからと思ってたけど、そういうことなら仕方ない。じゃあめぐみんも兵器探しを手伝ってくれ」

「……わ、わかりました」

 

 めぐみんは彼から顔を背け、うわずった声で返事をする。

 その時、彼女の表情は更に後ろめたさを感じているものになっていたことを、カズマが気付くことはなかった。

 

「何急にリーダー気取って偉そうに命令してんのよ! 見た目からしてアンタ私より年下でしょ!? なら年上に対する礼儀ってものがあるんじゃないかしら!? まず私の事を呼び捨てにするのはやめなさい!」

「年上ならもっと状況見て物を言え! 少なくともアンタよりはマシな命令できる自信あるわ! あとゆんゆんも俺と一緒に来てくれ!」

 

 セシリーと口論しながらも、カズマは仲間に指示を出して先行する。その後をめぐみんが追いかけ、セシリーは渋々従って丘を降りようとする。

 

 そんな中、ゆんゆんだけは動き出そうとしなかった。

 

「……ゆんゆん?」

 

 どうしたのかと、めぐみんは足を止めてゆんゆんに呼びかける。セシリーとカズマも同様に止まり、ゆんゆんへ視線を向ける。

 火で包まれた紅魔の里──その中心で暴れるシルビアを見ていたゆんゆんは、決意の宿った赤い目を光らせ、口を開いた。

 

「セシリーさん、お願いがあります」

 

 

*********************************

 

 

 一方で、紅魔の里中心部。そこでは『魔術師殺し』を乗っ取ったシルビアと、紅魔族の精鋭達による熾烈な戦いが繰り広げられていた。

 

 

 ──ように思えたが。

 

「これが私の切り札。さようならシルビア……『テレポート』!」

「我が禁呪を使う時が来た……刮目せよ!『テレポート』!」

「もう少しいい女になってから出直してきな。その時は夜明けまで付き合ってやるぜ。『テレポート』!」

「だぁああああああああっ! さっきから近づいては逃げて近づいては逃げて! 揃いも揃ってアタシをおちょくりやがってぇええええええええっ!」

 

 紅魔族精鋭部隊は『テレポート』を駆使し、シルビアをからかっていた。

 最初は数々の魔法で攻撃を仕掛けたが『魔術師殺し』の影響で、彼女には傷一つとして付けられなかった。魔法こそ彼等の得意分野であると同時に、唯一の攻撃手段。

 それが効かないと判った途端、彼等はシルビアに接近しては各々戦う意志を見せたり、寸劇を始めたり、挑発したりして、シルビアが攻撃を仕掛けたらすかさず『テレポート』で逃げ始めた。

 もっとも、彼等の役割はシルビアの注意を引くことなので、理に適った行動ではあるのだが。

 

「誰か一人くらい、アタシと一対一で戦う奴はいないのかよ! このへにゃちんどもがっ!」

 

 あまりにイライラが溜まっているのか、シルビアの口調は荒れ、紅魔族を殲滅しかねない勢いで火を吹いている。

 カズマ達の到着が先か、紅魔族の魔力が尽きるのが先か、シルビアの怒りが爆発して暴れ狂うのが先か──そう思われた時だった。

 

「ッ!」

 

 横から火球が飛び、シルビアの顔に当たり爆発した。しかし、今の彼女にとっては蚊に刺された程度のダメージでしかない。

 シルビアは火球が飛んできた方向を見る。そこには、紅魔族の少女がひとり──『ファイアーボール』を放ったゆんゆんが立っていた。

 

「魔王軍幹部シルビア! 私と勝負しなさい!」

「ゆんゆん! 彼等と一緒に兵器を探しに行った筈じゃ──!」

「皆さんは下がっていてください! 私が相手をします!」

「何を無茶な事を言っているんだ! 下がれゆんゆん!」

 

 シルビアの注意を引いたゆんゆんは声を張り上げ、一対一で戦う意思を示す。

 魔法の効かない相手に、紅魔族が正面から一人で立ち向かうのはあまりにも無謀。この場にいた父ひろぽんは彼女を引き留めようと声を上げる。

 対してゆんゆんは、何も言わず父へ目を送る。光り輝く紅い瞳を見た父は、彼女の意思を感じ取ったのか、これ以上口を挟むことはしなかった。

 

 周りの紅魔族達も彼女を引き留めようとしたが……彼等のサガが、邪魔するべきではないと言っていた。

 ざわつきながら、ゆんゆんの様子を見守る紅魔族達。シルビアはゆんゆんへ近寄ると、懐疑的な目で彼女に尋ねる。

 

「そんなこと言って、アンタも『テレポート』して逃げるつもりじゃないでしょうね?」

「逃げも隠れもしないわ。正々堂々の戦いがお望みなら、私が付き合ってあげる」

「そうやって思わせぶりな台詞を吐いて、結局『テレポート』するのがアンタ達のやり方よ! まぁどっちだっていいわ。『テレポート』させる前に殺せばいいんだから!」

 

 殺気立った様子で、シルビアは獲物を狙う獣の目をゆんゆんへ向ける。対するゆんゆんは、それに一切臆することなく睨み返す。

 腰元の短剣を引き抜くと、その刃先をシルビアへと向け──ゆんゆんは名乗った。

 

「我が名はゆんゆん! アークウィザードにして上級魔法を操る者! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、やがてこの里の長となる者!」

 




伏せる必要なかったかもしれない。


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第60話「The successor ~受け継ぐ者~」

 里の外れにある森の中。悪魔達とにらめっこを続けながら、アクアは手をボキボキと鳴らす。

 悪魔を屠るのは彼女にとって造作もないこと。さて今度はどうやって料理してやろうかと思案していると。

 

「見ろ! こっちでも戦ってるぞ!」

「あの女の人はどういう戦い方をするんだ!?」

「我等の目に適うか否か、見極めさせてもらおう!」

 

 ようやくこちらに気付き、紅魔族が六人ほど駆け寄って観戦を始めた。

 正直観客はもっと欲しかったが、バージルよりも華麗に美しく敵を倒す姿を見せれば、自ずと人は増えるであろう。

 

「決めたわ! ここからは一発も当たることなく、退魔魔法も使わず、拳だけでアンタ達をぶっ殺してやるんだから!」

「「「おおっ!」」」

 

 悪魔を指差し、高らかに宣言するアクア。観客が沸き立つのを前に、格闘家さながらのステップを踏みつつ拳を構える。

 それを挑発と受け取ったか、キメラアサルトは先陣を切り、飛びかかる形でアクアに襲いかかった。

 

「『ゴッドアッパー』!」

 

 対するアクアは攻撃に合わせて右拳を突き上げる。拳は相手の顎に当たり、そのまま宙へと打ち上げた。

 『ゴッドアッパー』──神の拳(ゴッドブロー)を天へと打ち、敵を上空へと打ち上げる妙技。相手は死ぬ。

 しかし悪魔は未だ消滅せず。そのまま地面へ落ちたアサルトを見て、アクアは首を傾げる──ことはしなかった。

 観客を盛り上げる為に、敢えて威力を最小限にしていたのだ。本命は次の一手。アクアは駆け出すと、地面を蹴って跳び上がる。

 

「かーらーの……『ゴッドインパクト』!」

 

 アサルトの周辺にいる悪魔諸共消し飛ばすべく、昨晩は不発に終わった『ゴッドインパクト』を繰り出した。拳に聖なる神の力を込め、アサルトの土手っ腹目掛けて落ちていく。

 

 刹那──アサルトに寄生していたキメラシードの触手が動き出した。

 

「ちょっ!?」

 

 これにアクアは驚くが、一歩遅かった。剣状になった二本の触手がアクアの身体を斬り付ける。

 防御が間に合わず、キメラシードの斬撃を受けたアクア。後方へと退避し『ヒール』を自身にかけたので、ノーダメージではあったが──。

 

「おいおい、一発も当たらないと言った傍から攻撃を受けたぞ」

「あれは良くないなぁ。自分から挑発しておいて返り討ちに遭うのは初心者のやることだ」

「大幅減点だな。あっちの剣士を見習って欲しいもんだよ」

 

 折角引き寄せた観客は、大いに盛り下がってしまったようだ。呆れてバージルのもとへ戻っていく者もチラホラと。

 盛り上がること間違いなしだった筈の舞踊を台無しにされた。その上原因は、下等な悪魔の姑息な一手。

 

「よくも……便所を這い回るドブネズミよりもクッサイ雑魚悪魔如きがよくも……この私に! 傷をつけてくれたわねぇええええええええっ!」

 

 女神の怒りは頂点に達した。雄叫びを上げたアクアは、自分を傷つけたキメラアサルト目掛けて駆け出す。

 迎え撃つアサルトは爪弾を放ったが、アクアはそれを難なく拳で弾き接近。アサルトの頭を踏みつけ地面に押さえ付けると、背中にくっついていたキメラシードの触手を両手に持つ。

 

「ふんぬっ!」

 

 持ち前の怪力で引っ張り、二本の触手を引き千切った。断面からは、人に流れる物とはかけ離れた色の血が吹き出す。

 返り血を浴びたがアクアは気にせず、アサルトの上から降りる。そして尻尾を右手で握り締めると、片手で軽々とアサルトを持ち上げ、地面へと叩きつけた。

 

「おぉおおおおおおおりゃああああああああっ!」

 

 それも一回だけではない。怒りのままに腕を振り、アサルトを容赦なく何度も打ちつける。

 地面に凹みができるほど叩きつけたところで、アクアはアサルトをプロペラのように頭上で振り回し、尻尾を離してアサルトを投げ飛ばした。

 ボロ雑巾のようにされたアサルトはもはや虫の息。辛うじて背中のキメラシードは生きていたが──。

 

「フンッ」

 

 不幸なことにバージルのいる場所に飛んでしまったが為に、アサルトの身体ごと両断された。既に周辺の悪魔を殲滅し終えていた彼は、刀を納めてアクアを見守る。

 

「ぬぉああああああああああああっ!」

 

 女神の怒りは未だ鎮まらず。アクアは残るキメラシードを殲滅すべく、まずは一番近い位置にいた一匹を捕まえる。

 細い二本の足を両手で掴むと、これまた彼女は力任せに引っ張り、胴体を引き千切った。

 千切っては捕まえ、千切っては捕まえ。一匹一匹怒りを込めて、悪魔の死体を増やしていく。

 やがて、この場にいたキメラシードは全て引き千切られ、地面にはキメラシードの残骸と悪魔の血(レッドオーブ)が散在するのみ。これを見たアクアは右手に力を込め──。

 

「『ゴッドインパクト』!」

 

 三度目の正直『ゴッドインパクト』を繰り出した。拳が地面に当たり、振動と共に光の衝撃波が地を伝わり広がっていく。

 転がっていた悪魔の残骸と悪魔の血(レッドオーブ)は光に呑まれ、跡形もなく消し飛んだ。最後に残ったのは沈黙のみ。

 

「──ふぅ、スッキリした」

 

 数多の悪魔が生贄となったことで、女神の怒りは鎮められた。額の汗を拭うアクアは、実に清々しい表情を見せている。

 余裕ぶってあっさり攻撃をもらった失敗から一転。反撃する余地も与えない猛攻で悪魔を殲滅。その姿は、まさに鬼神の如し。

 

「なんて強さだ……未知のモンスターを次々と倒すだけに飽き足らず、死体すらも残さないとは」

「あの暴れっぷりと容赦の無さ。破壊の神と呼ぶに相応しい」

 

 残って観戦していた紅魔族数名も、関心するように唸っていた。残念なことに女神としては認知されていなかったが。

 同じく見守っていたバージルは、戦闘が終わったと見てアクアへ歩み寄る。

 

「片付いたか」

「私にかかればあんな雑魚、捻ってポイよ! でも、まーだ悪魔臭いのよねぇ。あっ、お兄ちゃんの臭いじゃないわよ?」

「流石に鼻が効くか。周りを見てみろ」

 

 バージルに言われ、アクアは周囲を見渡す。その理由を把握したのか「なるほどね」と納得の声を上げた。

 二人が見たのは、森に立ち込めている深い霧。悪魔の臭いが嫌でも鼻につくのを鑑みるに、これも悪魔の仕業なのだろう。

 

「どうしたんだい? 何かあったのか?」

「この森全体が、奴等の出した物であろう霧に覆われた。考えなしに歩けば、影に潜む悪魔にとって格好の餌となる」

「ほほぉ、それは恐ろしい。しかしなんというか、森と赤い霧がマッチしていい雰囲気になっていますな」

「霧は放置しておいて、迷いの森と名付けるのもありでは?」

 

 どこから悪魔が襲ってきてもおかしくない危機的状況にも関わらず、紅魔族達は呑気に新たな観光名所とするかを考えている。図太さで言えば、あのアクシズ教徒といい勝負か。

 

「(そういえば、ここへ来る途中に魔王軍襲来の警報が鳴っていたな)」

 

 魔王軍襲来とほぼ同時に森へ現れたアサルト達。十中八九、彼等は戦力を分散させる為の囮であろう。

 しかし、以前アルカンレティアで出会った幹部──ウォルバクの話では、バージルのいた世界の悪魔との関係は見られなかった。

 魔王軍が悪魔と手を組んだか、はたまた別の理由か……昨晩出会ったシルビアには、聞き出さねばならないことがあるようだ。

 

「これじゃあまともに森の中を歩けそうにないわね。なら、私の力で森ごと──」

「やめておけ。悪魔の次はアンデッドが蔓延る森になる」

「うっ……」

 

 バージルに釘を刺され、以前の過ちを思い出したアクアは振り上げた拳を大人しく下げる。

 あの時は力を送った木が少なかったので、見つけては伐採するだけで済んだのだが、もし全ての木々に力が宿ってしまえば……後処理など想像したくもない。

 

「じゃあ、魔の霧すらも見通す曇りなき眼を持ったこの私が、皆の道を切り開いてあげるわ! ついてきなさい!」

 

 アクアはそう言って、真っ先に森の中を駆け出した。自信満々な様子であったが、こういう時の彼女は決まって悪い方へ事が進む。

 確信すら覚えていたバージルは、アクアとは真反対の方角へ歩き出した。あの暴れっぷりならば、一人でも悪魔相手に立ち回れるであろう。

 そして、残された紅魔族の面々はというと──。

 

「どうする?『テレポート』で里に戻るか?」

「いや、私はあの剣士の戦いをもっと見てみたい。彼についていくとするよ」

「彼女の暴れっぷりも良かったが、やっぱり一回攻撃をもらったのがなぁ。俺もこっちにするか」

 

 バージル観戦組どころかアクア観戦組だった者達も加え、全員がバージルの後を追った。

 

 

*********************************

 

 

 一方、紅魔の里中心にて。

 自ら前へ出て、シルビアと対峙していたゆんゆん。短剣を強く握り締め、鋭い目つきで相手を睨む。

 

「女の子にしては勇気があるわね。ま、どうせ怖気づいて『テレポート』で逃げるんでしょうけど!」

 

 シルビアは横向きに身体を回転させ、長い尾で薙ぎ払う。これをゆんゆんは跳び上がって回避。そのままシルビアへ飛びかかろうとしたが、向き直ったシルビアはゆんゆんへ灼熱の炎を吐いてきた。

 

「『ウインドカーテン』!」

 

 ゆんゆんは防御魔法を唱え、炎を防ぐ。耐え切った後、ゆんゆんは一度地面へ着地して顔を上げた。

 

 目に映ったのは、彼女を覆い尽くすほどの巨大な火球であった。

 瞬く間に火球は地面へと接触し、大きな爆発を起こす。爆風が収まり、煙が晴れた後に見えたのは焼け焦げた地面のみ。ゆんゆんの姿は見当たらない。

 

「ハッ! やっぱり『テレポート』で逃げたじゃないの! 本当にどいつもこいつも──ッ!?」

 

 吐き捨てるように言い放つ最中、シルビアは背中に鋭い痛みを感じた。熱された何かで突き刺されたような、焼ける痛み。

 

「言った筈ですよ。逃げるつもりはないって」

 

 尻尾の薙ぎ払いで背中を見せた一瞬、シルビアへ『幻影剣』を飛ばしていたゆんゆん。その後『エアトリック』で背後に回った彼女は、短剣を深く突き刺していた。

 痛みに顔を歪めるシルビア。ゆんゆんはシルビアから落ちないようにしつつ左手で短剣を抜き取ると、更にもう一度突き刺した。

 

「グゥッ……! このクソガキがァッ!」

 

 シルビアはゆんゆんを振り落とさんと宙を飛び回る。ゆんゆんは必死にしがみつきながら、左手の短剣で幾度も刺す。

 しかし、シルビアの動きが激しくなったことで掴まることもままならなくなり、ゆんゆんは短剣を手に自ら離れた。身体を空中で捻らせ、華麗に着地する。

 怒りに満ちた表情で見下ろしてくるシルビア。その一方、先程の攻撃で確証を得たゆんゆんは、短剣を握り直してシルビアを見上げた。

 

 

*********************************

 

 

 時は遡り、魔神の丘。

 

「セシリーさん、お願いがあります」

 

 ゆんゆんは決意の固まった目でセシリーを見る。セシリーが顔を合わせてきたのを確認すると、ゆんゆんは短剣を抜き取りセシリーへ差し出した。

 

「魔法が効かない今、シルビアにダメージを与えるなら武器での攻撃しかありません。だからセシリーさん、この短剣に魔法で神聖属性を付けてください」

「……それって、ゆんゆんさんも戦いに行くってこと?」

「はい」

 

 セシリーの問いに、ゆんゆんは迷いなく答える。カズマの、シルビアが悪魔の力を得たことで退魔魔法が効くかもしれないという発言を聞いての行動だった。

 ゆんゆんの決断を前に、戸惑いを見せるセシリー。しかし、そんな彼女よりも先に異を唱える者が。

 

「変な所で責任感を抱いて前に出る貴方のことです。どうせ一人でシルビアと戦う気でしょう? 今、シルビアを引きつけているのは紅魔族の精鋭ばかり。そう簡単に倒される人達ではありませんよ!」

 

 わざわざ危険な戦いへ身を投じる必要は無いと、めぐみんは引き止める。滅多に口には出さないが、かけがえのない親友だからこそ危険な目に合わせたくないのだ。

 そんなめぐみんの気持ちがわからないほど、伊達に長い付き合いではなかったゆんゆんは、彼女に微笑み返しながら言葉を続けた。

 

「ありがとうめぐみん。でもね、私自身が行きたがってるの。大好きな皆を守れるような、立派な長になる為に」

 

 自分の好きな世界を守る。幼い頃に読み聞かせてもらった絵本の、伝説の魔剣士のように。

 その強さを得る為に、ゆんゆんは力を求めてきた。レベルを上げ、魔法を覚え、力の使い方を学んで。

 紅魔族が魔王軍によって窮地に陥っている今、自分がすべき事はただ一つ。ゆんゆんの決意は、めぐみんの声ですらも揺らぐことはなかった。

 

「『ブレッシング』!」

 

 その時、沈黙していたセシリーが突如として口を開いた。

 『ブレッシング』──神の祝福を受け、一定時間運を高める支援魔法。それを受けたゆんゆんの身体が優しい光に包まれる。

 真っ先に引き止めそうな彼女が後押ししたのを見て、めぐみんはおろか、かけられたゆんゆんも驚いている。一方でセシリーは、娘を見送る母のよう優しい笑みを浮かべていた。

 

「悪魔を倒しに行った時のめぐみんさんも、同じ目をしてた。ゆんゆんさんがそう心に決めたのなら、誰も止めることはできないでしょうね」

 

 懐かしむように語った彼女はゆんゆんから短剣を受け取ると、親指を立てながらゆんゆんへウインクを見せた。

 

「アクシズ教にはこんな教えがあるわ。自分を抑えず、本能のおもむくままに進みなさい。ゆんゆんさんに、女神アクア様の祝福を!」

「アクシズ教徒と同列に扱われるのはちょっと……」

「えぇっ!?」

 

 まさかの返しに驚きを隠せないセシリー。彼女等にしては真剣な雰囲気が長く続いた方であろう。

 兎にも角にも、シルビアとの戦闘に加わることとなったゆんゆん。カズマとしてはついてきて欲しかったが、めぐみんと比べ断然付き合いの浅い自分が何を言っても無駄であろう。

 なら少しでも力になれればと、カズマは懐からひとつのアイテムを取り出した。

 

「シルビアの所に行くなら、これも持ってってくれ。ぶっ壊したら上位悪魔もダメージ必須な光が放たれる聖水だ」

「あ、ありがとうございます。でも、戦ってる最中に壊れたら大変なので、セシリーさん持っててくれますか?」

「わかったわ! アンタ、普段から役に立たなそうな顔してる癖に良いアイテム持ってるじゃない!」

「ちょこちょこ役に立ってるわ! なんだったらパーティー内で一番頑張ってるわ! それより、短剣に神聖属性付与なんてプリーストでもできるのか? アクアはバージルさんの刀に付けてたけど」

「やったことないけどやってみるわ! 女神アクア様! 私に力をぉおおおおおおおおっ!」

 

 その女神が、下級悪魔相手に舐めプして反撃を食らったとはいざ知らず。セシリーは短剣の柄を両手で握り締め、必死に魔力を送り始めた。

 

 

*********************************

 

 

「(どうやら、上手くいったみたいね)」

 

 時は戻り、現在。短剣に目を落とし、確かな感触があったことを実感する。

 神聖属性がちゃんと付与されていたか不安であったが、無事成功していたようだ。そしてカズマの推測通り、シルビアにダメージを通すことができた。

 チラリと、ゆんゆんは視線を横へ移す。戦いに巻き込まれない遠方では紅魔族と一緒に、遅れてやってきたセシリーが。神聖属性付与で力を使ったのか、木の棒を杖代わりにして立っていた。

 

「(あの様子だと、回復魔法も唱えられるのは一回……無駄なダメージは負えない。魔力はまだ大丈夫。カズマさんとめぐみんは兵器を探しに行ってて、ダクネスさんは先生とアクアさんを捜索中)」

 

 シルビアに注意を向けつつ、ゆんゆんは現状を整理する。短剣の神聖属性もいつまで持つかわからない。シルビアはダメージを受けた様子であったが、決定打にはならないだろう。

 魔法が効かない相手にここからどう立ち回るか。頭を働かせていると、シルビアが動き出した。

 

「逃げなかったのは褒めてあげるわ。だからお礼に……噛み千切ってあげる!」

 

 シルビアは腰回りに付いた花弁を閉じ、身をその中に隠す。すると、頭頂の触手は舌となり、花弁に付いた棘は牙となり、瞬く間に巨大な蛇龍へと姿を変えた。

 蛇龍は宙を舞い、ゆんゆんへと向かってくる。噛み殺さんとばかりに口を開いて。

 それを見たゆんゆんは、咄嗟に横へと回避。しかしシルビアは勢いを止めず旋回し、再びゆんゆんへと突進する。

 

「ふっ!」

 

 避け続けていては拉致が開かない。そう考えたゆんゆんは高く跳び上がり、シルビアの突進を避けつつ身体へと飛び乗った。

 取り込まれた『魔術師殺し』の胴体へしがみつき、シルビアと共に宙を舞う。やがてゆんゆんを見失ったシルビアが花弁を開き、その身をさらけ出して辺りを見回し始める。

 好機と捉えたゆんゆんは鋼鉄の胴体をその足で駆け、一気に本体へと近づく。彼女の接近に気付いたシルビアは胴体を翻すが、すかさずゆんゆんは胴体を蹴って宙に身を投じる。

 

「行って!」

 

 ゆんゆんは右手をかざし『幻影剣』を一本シルビアへと飛ばす。『幻影剣』がシルビアの身体に突き刺さったのを確認して、ゆんゆんは『エアトリック』で一気に距離を詰める。

 再びシルビアの身体へ接触することに成功したゆんゆんは、短剣を強く握り、シルビアの左胸目掛けて突き刺した。

 

「ガァッ……!?」

 

 心臓のある位置だったのか、シルビアは苦しそうに血反吐を吐く。だが怯むことなく、その両手でゆんゆんを捕まえようとする。

 しかし、ゆんゆんは短剣を引き抜きつつ身体を蹴ってこれを回避。そして短剣を鞘に戻すと右腰につけていたホルスターから、にるにるお手製の銃を取り出して両手で構えた。

 見たことのない武器に気を取られ、動きが止まるシルビア。ゆんゆんにとっては格好の的。にるにるから教わった通り、銃に魔力を溜めて狙いを定める。

 

「当たって!」

 

 引き金を引くと、軽く弾けるような音が鳴り、銃口から赤い魔弾が放たれた。魔弾は風を切って一直線に飛び──シルビアの脳天へ打ち当たった。

 戦闘に使うのは初めてであったが、上手く当てられた。着地したゆんゆんは息を呑み、仰け反っていたシルビアの様子を伺う。

 

「……初めて見る武器に気を取られちゃったけど、その程度なら何の問題もないわ! それに貴方の短剣、退魔魔法に似た力を見るにあのプリーストが何かしたのかしら? 最初は痛かったけど、今はもう慣れてきちゃったわ!」

 

 悪魔の力か、シルビアの額に空けられていた穴はたちまち修復し、綺麗に塞がった。シルビアは余裕のある笑みを浮かべると、尻尾を地面へと突き刺す。

 すると、ゆんゆんの周りから数本の触手が地面を突き破って出現した。触手の先端には鋭い刃が。

 シルビアは指揮者のように腕を振るうと、合わせて触手も動いて斬りかかってきた。

 

「くっ!」

 

 触手の攻撃を、ゆんゆんは軽やかな身のこなしで避け続ける。短剣での反撃も入れたが、触手は想像よりも硬く、本体のシルビアもダメージを負った様子は見られない。

 この包囲網をくぐり抜けて本体へ接近しなければ。ゆんゆんが避けながら頭をフル回転させている中、シルビアは口の端を吊り上げて右手をゆんゆんへと向ける。

 

 刹那、シルビアの爪が針のように伸び、ゆんゆんを襲った。

 

「ッ!」

 

 目の端で捉えていたゆんゆんは、咄嗟に首を傾ける。シルビアの爪はゆんゆんの左頬を掠め、彼女の顔に一筋の鮮血が垂れる。

 

「言ったでしょ? 私はグロウキメラ。これまでに色んなモンスターを身体に取り込んでいるのよ」

 

 シルビアは自慢気に語ると、今度は両手をゆんゆんへと差し向ける。間を置いて全ての爪が一瞬で伸び、ゆんゆんに襲いかかった。

 シルビアの爪と周りの触手。それらによる猛攻をゆんゆんは必死に避けていくが、避けきることはできずに裂傷が増えていく。

 やがて──ゆんゆんの左手首を、シルビアの爪が貫いた。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 全身に走る鋭い痛み。左手に力が入らなくなり、握っていた短剣を離してしまったが、ゆんゆんは咄嗟に右手で拾う。

 いたる所から血が流れ、左腕は糸が切れたように下がっていたが、それでも闘う意志は捨てず。

 

「そっちがそう来るなら……!」

 

 次に来たシルビアの爪攻撃を避けると、彼女はそれに跳び乗り爪の上を駆け出した。針のような細い足場でありながら、足を踏み外すことなく進んでいく。

 シルビアはすかさず爪を縮ませたが、ゆんゆんは爪の道を蹴って跳び上がる。短剣を逆手に持ち、シルビアへ突き刺さんと刃を向ける。

 

 だがそこで、シルビアは頭についていた長い触覚を振り回してきた。ゆんゆんは反応が遅れてしまい、弾かれるようにして後方へと飛ばされる。

 手から離れた短剣と共に、ゆんゆんは地面を転がる。顔にも傷を負っており、血が垂れてきたのか片目の視界は真っ赤に染まっていた。

 

「臆病者揃いの紅魔族にしては、よく頑張った方ね。『テレポート』で逃げるなら今の内よ? その傷じゃあ詠唱もままならないでしょうけど」

 

 勝ち誇った笑みで、シルビアはゆんゆんを見下ろす。魔法は効かず、まさに付け焼き刃であった短剣の神聖属性付与も、効果が薄れていた。

 だがそれでも、ゆんゆんは力を振り絞って立ち上がる。彼女の目はこの状況下においてもなお、強い光を放っていた。

 

 

*********************************

 

 

「『感知転移魔法(センステレポート)』の準備はできています。ゆんゆんの救出に向かいますか?」

「……あの子は一人で戦うと言っていた。今もまだ戦う気でいる。が、これ以上娘が傷つけられる姿は見たくない」

 

 ここまで、固唾を呑んでゆんゆんの戦いを見守っていた紅魔族達。だがこれ以上はゆんゆんの命が危ない。

 愛娘の思いを尊重したい気持ちもあったが、死んでしまっては元も子もない。シルビアに怒りの眼差しを向けながらも、父ひろぽんはそう話す。

 

「セシリーさん、貴方も一緒に来てください。ゆんゆんのもとへ『テレポート』したら、すぐに回復を──」

 

 そして、支援役としてやってきたセシリーに回復を頼むべく顔を向けて声を掛ける──が、傍にいた筈のセシリーが忽然と姿を消していた。

 こんな時に一体どこへ消えたのかと、ひろぽんが紅魔族達の方へ顔を向けていると、隣にいた眼帯の紅魔族の少女が声を上げた。

 

「族長! プリーストの方が一人でゆんゆんのもとへ!」

「何っ!?」

 

 彼女の声を聞き、ひろぽんは前方を確認する。その先には確かに、セシリーがゆんゆんのいる場所へと走っていた。

 支えとしていた木の棒を放り捨て、フラフラとした足取りながらも、彼女は全力で駆け続ける。

 

「アクシズ教徒はっ! やればできる! できる子達なのだからっ!」

 

 これほどまでに、自身の無力さを痛感したことはなかった。セシリーは走りながら、魔力を高めるついでにダイエットもできる運動をしようと心に決める。いつ始めるかは未定であるが。

 彼女が目指すは、傷だらけのゆんゆん。すぐにでも彼女を回復して「痛かったね。頑張ったね。偉いね」と褒めちぎってヨシヨシしてちゃっかり彼女の胸に顔をうずませたいが、それよりも先にあの憎たらしい悪魔かぶれの魔王軍幹部が手を下してしまう。

 彼女を救える可能性は一つ。愛しのめぐみんへ邪な目を向け、崇拝する我等が女神を冒涜するあの男から受け取った聖水(ホーリーウォーター)だ。

 

「悪魔殺すべし! 魔王しばくべし! 女神アクア様! 私にあの悪魔を屠る力を!」

 

 数え切れないほど行ってきた、エリス教徒への小石投げ。イメージを脳内で反芻させた彼女は走ってきた勢いを乗せ、聖水をぶん投げた。

 綺麗な放物線を描き、長い距離を飛んでいく聖水。セシリーはシルビア目掛けて投げたつもりでいたが、コントロールが少し狂ってしまい、聖水はゆんゆんの方へ。

 

 

「逃げる……つもりは……ありません」

「へぇ……貴方、今までの紅魔族と比べると変わり者ね。でも、お姉さんはそっちの方が好きよ」

 

 満身創痍の身体となってもなお、恐怖の色を見せないゆんゆん。しかし今の彼女には、シルビアへ攻撃する手段が無い。

 

「さぁ、貴方の死に顔を私に見せて頂戴!」

 

 彼女が死に怯え恐怖する様を見るべく、シルビアは身体をむき出しにしたままゆんゆんへと突進した。

 迫るシルビア。それを確認したゆんゆんは、腰元のホルスターから右手で銃を抜き、シルビアへと銃口を向ける。

 

「バカね! その程度の武器じゃ無意味だって言ったでしょ!」

 

 シルビアは突進を止めず接近。対してゆんゆんは銃を向けたまま、軽く地面を蹴って後ろへ下がった。

 

 瞬間、二人の間に割り込んできたのは青い水の入ったガラス瓶──セシリーによって投擲された聖水。

 

「へっ?」

 

 突然のことに目を丸くするシルビア。瓶の中に入っている水が何なのかすらもわかっていないであろう。

 その傍らでゆんゆんは、既に許容限界まで魔力が溜まっていた銃を聖水へ向ける。

 

 

 ──彼女の脳裏に、昨日の記憶が過る。それは、銃を受け取った後に交わした、にるにるとの約束。

 

「おっと! 大事なことを一つ忘れてた! コイツを使ってトドメの一発を撃ち込む時に、言って欲しい決め台詞があるんだ!」

「えぇ……き、聞きたくない」

「かーっ! 相変わらず変わり者だな! 戦闘において何よりも重視すべきは格好良さ! 決め台詞は戦闘をビシッと締めるのに欠かせないお約束だろ!?」

「だ、だって恥ずかしいから──」

「で、決め台詞に合いそうな言葉は無いかって色んな分野の本に目を通してたら、一個良いのが見つかったんだよ! 確かこの机に……あった! この本だ!」

「全然聞いてくれない……それにこの『恥ずかしくないエルロードの歩き方』って、ただの旅行ガイドブックじゃ……」

「奇才はこういう意外な所から発想を得るもんさ! それよりも、ここのページにある『カジノ用語を覚えよう』ってコーナーなんだけど──」

 

 一体誰が考えたのか。語源の由来も意味も、二人には全くわからない。

 ただ作者曰く──カジノでは『大当たり』を指して、こう呼ぶらしい。

 

 

ジャックポット( Jack Pot )

 

 引き金は引かれ、高圧縮された魔力により形成された魔弾が、銃口から放たれた。

 魔弾は瞬く間にガラス瓶へ接触すると、容易くガラスを砕き──中に入っていた聖水は、強い光を解き放った。

 シルビアは光に包まれ、ゆんゆんは魔弾を撃った反動で後方に飛ばされ、地面に仰向けで倒れる。最大まで魔力を溜めたからか、シルビアの額に放った一発とは比べ物にならないほど反動は強かった。

 どうにか身体を起こし、前方を確認する。シルビアは力なく地面に横たわっており、花弁から上にあった胴体は跡形もなく消滅していた。

 

「倒……した?」

 

 シルビアはピクリとも動かない。ギリギリであったが、決着をつけることができた。ゆんゆんは安堵の息を漏らす。

 

 

 だが次の瞬間──地面から、ゆんゆんを苦しめたあの触手が再び姿を現した。

 

「なっ!?」

 

 天国から地獄へ。触手はゆんゆんのもとへ伸び、身体に巻き付いてくる。立ち上がることすらままならなかったゆんゆんは抵抗できず拘束され、地面から足が離れる。

 霞んだ視界で捉えたのは、倒れていたシルビアが起き上がり、こちらを睨んでくる姿。消し飛ばされた筈の上半身は、既に再生していた。

 

「やってくれたわねクソガキ……おかげでアタシの顔が台無しだわ!」

 

 だが、その肉体はまるで別人。目も肌も白く、まさに悪魔と呼ぶに相応しい姿に成り果てていた。

 

「アタシをここまで傷つけた罪は重いわよ? 簡単には死なせないわ。まずは憎たらしい紅魔族の象徴……その赤い目にぶっ刺してあげる!」

 

 彼女の怒りと呼応するように、触手は更に強くゆんゆんを締め付ける。怒りと狂喜が入り混じった悍ましい笑顔を見せたシルビアは、人差し指をゆんゆんへ差し向けた。ゆんゆんは抵抗を試みるも、身体に力が入らない。

 全身に傷を負い、多くの魔力を使ってしまった今の彼女では、この拘束を逃れることは不可能であった。

 ゆんゆんの目を潰さんと、シルビアの爪が伸びる。迫る攻撃を見て、ゆんゆんは思わず目を瞑る。

 

 

 が──シルビアの爪は切断され、ゆんゆんのもとへ届くことはなかった。

 爪を斬ったのは、右方向から飛んできた青い斬撃。邪魔されたシルビアは憤慨した表情で、斬撃が飛んできた方向を見る。

 

 崩壊した建物の残骸で形成された山。その頂に立つは、雷光を纏いし抜身の刀を手にし、白銀の剣を背負った──蒼の魔剣士(バージル)

 

「せん……せい?」

 

 ぼんやりとした視界でありながらも、ゆんゆんは刃先をシルビアへと向けているバージルを見る。

 単身挑んだゆんゆんに敬意を払ってか、単なる気まぐれか。バージルは声高らかに告げた。

 

「我が名はバージル。紅魔族随一の魔法の使い手の師であり──」

 

 彼は高く跳び上がる。崩れ行く残骸の山を背景に、彼はゆんゆんの傍へ降り立つと、シルビアに鋭い眼光を向ける。

 

「──悪魔を狩る者だ」

 

 バージルは剥き出しの刀を鞘に収める。と、ゆんゆんを拘束していた触手は瞬く間に細切れとなり、解放された彼女は地面に落ちた。

 思考がハッキリしないまま、ゆんゆんはバージルの顔を見る。彼もこちらを見下ろしていたが、表情までは確認できない。

 

「『ヒール』!」

 

 そんな時、青い光がゆんゆんの身体を優しく包んだ。感じていた痛みが和らぐのを感じる。

 左腕も痛みは残ったが、手に力は入る。ゆんゆんは身体を起こすと、声が聞こえた後ろを振り返った。

 

「お待たせ……ゼェ……お姉ちゃん今ので魔力使い切っちゃったから、もう限界……でもゆんゆんさんが抱擁してくれたらまだ頑張れるかも……」

「セシリーさん……」

 

 そこでは、顔色の青いセシリーが地面に横たわっていた。ちゃっかりおねだりできるあたり、まだ元気なのかもしれない。

 

「ゆんゆん」

「ッ! は、はい!」

 

 不意にバージルから呼ばれ、ゆんゆんは慌てて彼に視線を戻す。

 シルビアとの戦いをいつから見ていたのか知らないが、無様な姿を晒してしまった自分にさぞや怒っているのではと思い、怖々と次の言葉を待つ。

 

「まだ動けるな?」

「えっ?」

 

 だが、告げられたのは意外なものだった。ゆんゆんは戸惑うも、正直にコクリと頷く。

 返答を聞いたバージルは、鞘に収められた刀をゆんゆんへと差し出してこう告げた。

 

「好きに戦え。貴様に合わせる」

 

 短く発せられた言葉と行動の意味。間を置いて理解したゆんゆんは心底驚いた。

 彼の象徴とも言える、蒼き雷刀。それを使って戦ってみせろと、彼は言っているのだ。

 

「ゆんゆん! 助けにきたぞ! さぁ早くこっちへ!」

 

 とここで、背後から聞き覚えのある声が。振り返ると父ひろぽんの姿が。紅魔族の男性も一人おり、彼の『テレポート』でやってきたようだ。

 ひろぽんはゆんゆんに手を差し伸べてくる。ゆんゆんはバージルへと目を向けるが、彼は何も言わない。好きな方を選べ、ということだろう。

 

 何故彼はこのような行動を起こしたのか。その真意は定かではないが、試されていることだけは理解できた。

 傷は幾分か癒えたが、万全ではない。そして魔力はほぼ失われている。あと数回中級魔法を唱えれば、爆裂魔法を放っためぐみんのように地へ突っ伏してしまいそうだ。

 ここは大人しく父と共に身を引き、シルビアの相手をバージルに任せるのが賢明な判断だろう。

 

 だが自分は──里の皆を守る、次期紅魔族の族長だ。

 

「お父さん、セシリーさんをお願い」

 

 ゆんゆんは、身動きの取れないセシリーを安全な場所へ連れて行くよう父へ頼む。つまりそれは、ここに残り戦う選択をしたということ。

 父としてはこれ以上危険な目に合わせたくないのだが、一人でシルビアへ挑んだ時と同じ、今の彼女の目を見てしまっては、差し伸ばした手を下げざるを得なくなった。第一、今の彼女は何を言っても聞かないだろう。

 そして何より──紅魔族の胸をこれでもかと震わせるような、シビれる登場を見せた男が傍にいる。

 

「わかった。だが、無茶だけはするんじゃないぞ!」

 

 ひろぽんはゆんゆんの選択を尊重し、自ら身を引いた。隣の紅魔族にセシリーをおんぶしてもらい、ひろぽんは『テレポート』で紅魔族達が待機している場所へ。

 因みに、セシリーをおんぶした男が中々のイケメンだった為に、彼女の鼻息は荒くなりヨダレも垂らしていた。やっぱり元気なのかもしれない。

 セシリー達を見送ったゆんゆんは、バージルへと向き直る。

 

「よろしくお願いします! 先生!」

 

 ゆんゆんは差し出された刀を両手で握った。それを確認したバージルは、おもむろに刀から手を離す。

 

「重っ!?」

 

 途端に、想定していた以上の重さがゆんゆんの両手へズシッと乗っかった。これでは戦うどころか、刀を抜くことすらままならない。

 体力を消耗していたのもあるが、この刀は折れない事を第一として設計された代物。屈強な男性冒険者ならまだしも、華奢な女性ではとても扱える武器ではなかった。

 

「軽量化の魔法があっただろう」

「あっ……そ、そうですね」

 

 呆れ半分にバージルから案を出され、ゆんゆんは焦っていた自分を恥ずかしく思いながら刀に『グラビティ・フェザー』をかける。

 たちまち刀は軽くなり、ゆんゆんでも片手で持てるほどに。だがこの効果は長く続かない。頃合いを見て再びかけなければならないが、残る魔力から考えて『グラビティ・フェザー』を使用できるのは、多くてもあと二、三回。

 現状を把握したゆんゆんは鞘に収めた刀を左手に持ち、シルビアへと向き直る。バージルも背中の魔氷剣を抜いて戦闘態勢に入る。

 

 刀を使ったことは一度もない。だが、お手本は何度も見てきた。

 彼女の理想たる戦い方を体現した、彼の動きを。

 

「行きます!」

 

 ゆんゆんは刀の柄を握り、シルビアへと駆け出した。一拍置いてバージルも走り出す。

 

「作戦会議は終わったかしら? それじゃあ二人まとめてぶっ殺してあげる!」

 

 シルビアは両手を前へ出し、バージルとゆんゆんを串刺しにすべく爪を伸ばした。

 だが二人はその攻撃を華麗に避けつつシルビアへ接近し、ゆんゆんはシルビアから見て左側へ。

 

「たぁっ!」

 

 足を踏み込んで跳び上がると、シルビアの脇を通りつつ刀を抜いた。イメージの中にある彼のように、疾く。

 その一閃は、雷光と共にシルビアの肉体を斬った。否、雷だけではない。急ごしらえで用意した、プリーストの力が宿る短剣とは比べ物にならないほどの、聖なる女神の力。

 

「グァアアアアアアアッ!?」

 

 傷口から身体全体へと走る、身が焼けるような痛み。だが程なくして、今度は右の脇にも鋭い痛みが。

 

「どこを見ている」

 

 シルビアの右側へと迫っていたバージルが、ゆんゆんが与えた傷よりも深く魔氷剣で斬り付けた。傷は修復していくが、刀で受けた側は回復が遅い。

 

「今度はこっちよ!」

 

 手応えを感じたゆんゆんは、自ら呼びかけて注意を引きつけた。シルビアがこちらに視線を送ってきたのを確認したゆんゆんは、相手へ向かって跳び上がる。

 対するシルビアは頭を振ると、長い触覚を使ってゆんゆんへ反撃を試みた。

 

「遅い!」

 

 それよりも疾く、ゆんゆんは刀を振り抜く。刃はシルビアの触覚を捉え、真横に一閃──触覚は根本から切断され、地面に落ちた。

 再び走る激痛に、悶え苦しむシルビア。だがそこへ背後に回っていたバージルが飛びかかり、追撃とばかりにシルビアの背中へ逆袈裟を加えた。

 

「ぐぅう……調子に乗ってんじゃねぇええええっ!」

 

 怒りの感情を爆発させるように、シルビアは甲高い咆哮を放った。彼女を中心に大気が震え、バージルとゆんゆんはシルビアから距離を取る。

 シルビアの身体は黄金に輝き、放たれる魔力も増幅。視界にゆんゆんを捉えたシルビアは、彼女目掛けて突進した。

 迫りくるシルビアを見ても、動じず刀を構えるゆんゆん。やがてお互いが肉薄し、爪を刃のように伸ばしたシルビアが斬りかかってきた。

 

「ふっ!」

 

 それをゆんゆんは、軽やかに跳躍することで華麗に躱す。そして空中で身体を捻らせ、視点が真下へと向く体勢に。

 交差する一瞬、ゆんゆんは刀を抜いてシルビアの背中を斬り付けた。そのままゆんゆんは長い尾へと着地する。

 再び貼り付いてきたゆんゆんを振り落とさんと、シルビアはより一層速度を上げて空中を飛び回る。しがみつくのは困難と見たか、ゆんゆんは尾を蹴り空中へ身を放り出した。

 

「ようやく離れたわね! バラバラにしてあげる!」

 

 シルビアは素早く旋回し、無防備になっているゆんゆんのもとへ。だがそこで、ゆんゆんの姿が一瞬にして消えた。

 代わるように現れたのは、魔氷剣を水平に構えてシルビアを捉えたバージル。

 

「ハァッ!」

 

 迫りくるシルビアに向かって、空中で突き(スティンガー)を繰り出した。両者が激しく激突すると共に、剣はシルビアの腸へと深く突き刺さる。

 表情を歪めるシルビアを見たバージルは、剣を抜きつつシルビアから離れ、地面に足をつける。シルビアは力なく宙から落ち、大きな音を立てて地に落ちた。

 無様だなと、鼻で笑うバージル。その隣には、姿を消した筈のゆんゆんが。

 

「魔力は枯渇していると思っていたが」

「自分でも不思議なんですけど、戦っている内に魔力がどんどん回復していくんです。『グラビティ・フェザー』の分は残したいので、あまり使えませんけど」

 

 『感知転移魔法(センステレポート)』を使い、下で待機していたバージルのもとへ移動。少し間を置いてバージルは『トリックアップ』で飛び上がり、シルビアへ接近したのだ。

 刀を納め、様子を伺うゆんゆん。シルビアはゆらりと起き上がると、激憤した表情で二人を見た。

 

「この……クソガキ共がァアアアアアアアア!」

 

 シルビアは怒りの声を上げ、尻尾の先を地面に埋める。程なくして、二人の周辺に触手が出現。

 触手は再び二人に襲いかかったが、バージルは勿論のこと、ゆんゆんも冷静に避け続ける。そこへシルビアは両手を二人へと向けて爪を伸ばした。ゆんゆんを苦しめた、触手と爪の合わせ技だ。

 主にゆんゆんへ狙いを定めて、シルビアは爪を伸ばす。だが──ゆんゆんは完全に見切っているかのように、その全てを最小限の動きで避けていった。

 

「(二度、同じ攻撃は喰らわない)」

 

 授業の中でバージルから伝えられた、戦いの基本。ゆんゆんは攻撃を避けながら、シルビアへと接近する。

 斬り付けても本体へのダメージを期待できない触手は無視。時折伸びてくる爪も避け、不可能な場合は刀で弾く。

 焦りと苛立ちを覚えたシルビアは、ゆんゆんへ向けて火球を飛ばした。だがそれを目の端で捉えたゆんゆんは、触手と触手の合間を縫うように跳んで火球すらも回避した。

 

 目まぐるしい戦況の最中──ゆんゆんの意識は、相反するように静かであった。

 

「(なんだか……不思議な感覚)」

 

 敵の攻撃を避ける度に、こちらが攻撃を通していく度に、自身の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。

 既に習得していた、魔力回復補助に関するスキルの効果も合わさってか、集中力が増していくと同時に魔力も次第に回復していく。

 それは、彼女自身が生み出した戦い方(スタイル)といっても過言ではなかった。

 

 

*********************************

 

 

「本当に! どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ!」

 

 所変わって、里の中心から商業区へと通じる道。別行動を取っていたカズマとめぐみんが急ぎ足で駆けていた。

 二人の手にあるのは、黒い光を放つ長い胴の武器──スナイパーライフル。

 

 紅魔族達が引きつけてくれたお陰で、二人は『魔術師殺し』もあった地下格納庫への侵入に成功。

 その際、カズマがいとも簡単に扉のロックを解除したのを見て、最初に扉を開けたのはシルビアではなく彼だったとめぐみんは察したが、特に咎めることはしなかった。

 とっ散らかっていた部屋を捜索していると、ゲーム機やゲームソフト──カズマにとって見覚えのある物が幾つも見つかった。推測通り、ここを設計したのはカズマと同じ日本人の転生者であったようだ。

 そして、床に落ちていた一冊の古びた本。全て日本語で書かれており、カズマはめぐみんにもわかるよう読み上げる。めぐみんは大層驚いていたが、掘って聞くことはせず耳を傾けた。

 

 設計者のものと思わしき手記には、衝撃の事実が幾つも記されていた。

 

 設計図に犬のつもりで描いたら研究者に蛇だと思われ、結局蛇の形状で作られた『魔術師殺し』

 ただの携帯ゲーム機なのに、スイッチを入れたら研究者がビビった『世界を滅ぼしかねない兵器』

 魔法使い適性を最大レベルに上げるだけの簡単な手術だったのに、自ら希望してきた被験者から「紅目がいい」だの「機体番号が欲しい」だのとワガママを受けて誕生した『紅魔族』

 筆者の言葉遣いと読み取れる性格から察するに、機動要塞デストロイヤーの設計者と同一人物であろう。読み終えた後、カズマは怒りに任せて破り捨てた。

 

 そして本題であった『魔術師殺し』に対抗しうる兵器であるが、魔力を圧縮して撃ち出すもので、その威力には自分で作ったにも関わらず度肝を抜かれたという。

 兵器の名は『レールガン(仮名)』──因みに、電磁加速要素は何一つ無い。

 長さは物干し竿に丁度良さそうな程とあったが、格納庫の中に該当する物は一切見当たらなかった。手記にも隠し場所は記されていない。一体どこに隠されてしまったのか。

 その時脳裏に過ぎったのが──観光中にアクアと見つけた、狙撃銃の物干し竿。カズマとめぐみんは急いで服屋へ行き、現在それを持ち運んで走っている所であった。

 

「あんの設計者! 今度死んだ時はエリス様に頼んで会わせてもらって、一発ぶん殴ってやるからな!」

「何訳のわからないことを言っているんですか! 簡単に死ぬなんて言わないでください!」

 

 言葉を交えながらも進む二人。やがて道を抜け、目的地である里の中心へと辿り着いた。

 狙撃銃を地面に置き、遠方を見るカズマ。とそこへ、紅魔族達が固まっている方向からトタトタと走ってくる者が二人。

 

「おねぇーちゃーん!」

「こめっこ!? どうして貴方までここに!?」

「おもしろそうだったから!」

「オイオイオイオイ! なんだよこの超イカした武器は!? これも銃なのか!? どっから持ってきたんだよ! なぁ!」

「久しぶりの再会なのに、私よりこっちですかにるにる! 貴方はひとまず落ち着いて下さい!」

 

 駆け寄ってきたこめっことにるにるの相手をめぐみんが担っている傍ら、カズマはじっと前方を見つめる。

 視線の先にいたのは、変わり果てた姿で暴れまわるシルビア。そして彼女を相手に格好良く立ち回るバージルとゆんゆん。二人はシルビアの攻撃に一切当たることなく、巧みに躱して反撃を入れていた。

 

「苦労して持ってきたけど、コイツの出番は無さそうだな」

「何を言ってるんですか! 魔力を圧縮して放つこの兵器がどれほどの破壊力なのか、見てみたくはないんですか!?」

「私の設計した銃と同じタイプか! そんなの見てみたいに決まってるだろ! 誰だか知らないけど冴えない顔をした茶髪のアンタ! 早いとこ魔力を注入してくれよ!」

「これカッコいい! 私! 私が使う!」

「ええいこの改造人間共! そもそも俺の魔力で足りるかどうかって話なんだよ!」

 

 興奮する紅魔族三人から催促されるも、カズマは頑なにそれを拒む。デストロイヤーの設計者が唸る程の威力。となれば、求められる魔力は膨大なものであろう。

 自分が魔力を送ったところで、うんともすんとも言わないのがオチだ。そう思い、うるさい三人に耳を貸さない姿勢を保っていると──。

 

「何をしている」

「うわぁおうっ!?」

「あっ! 白髪(しらが)のおっさんだ!」

「銀髪だ」

 

 いつの間にか傍へ来ていたバージルに声を掛けられ、カズマは跳ね上がりそうな程に驚いた。向こうではゆんゆん一人でシルビアと交戦していたが、問題なく戦い続けている。

 一方でバージルは、物怖じしないこめっこから地面に置かれた狙撃銃へ視線を落としつつ尋ねてきた。

 

「これは……服屋にあった物か?」

「あっ、バージルさんも見てたんすね。どうやらコイツは『魔術師殺し』に対抗する武器で……って、その件も知らないのか。とにかく、コイツなら今のシルビアにもダメージが与えられるんすよ」

「ゆんゆんの銃と同じで、魔弾を撃ち込む兵器だそうだ! アンタでもいいから、コイツに魔力を入れてくれ!」

「いやだから、わざわざ使わなくても大丈夫なんだって」

 

 本音を言えば、めぐみん達と同じ意見だった。ロマン溢れるこの魔銃から、どんな一撃が放たれるのか見てみたい。なんなら自分が撃ってみたい。

 だが一方で、下手に横槍を入れてしまうのは良くないとも考えていた。自身の欲求を押し殺したカズマは、ゆんゆんのもとへ戻ってもらうようバージルへ向き直る。

 

「ほう、中々の魔力を込められるようだな。無粋なことに変わりないが、どれほどの威力かほんの少しばかり興味が湧いた。発射は貴様に任せる」

「へっ?」

 

 だがその時既に、彼はしゃがみ込んで狙撃銃へ手をかざしていた。魔力が満タンになった知らせか、ランプがピコピコと点滅している。

 バージルはそう言い残すと、ゆんゆんのもとへ戻っていった。呆然としていたカズマは、チラリと横へ視線を移す。

 そこには、期待の眼差しで見つめてくる紅魔族三人娘。魔力は充填完了。バージルからの発射許可も出た。というより撃てと言われた。もはや撃たざるを得ない状況だ。

 

「……しょうがねぇなぁああああああああっ!」

 

 言葉とは裏腹に、その表情は喜びを隠せないものであった。

 

 

*********************************

 

 

「(めぐみん……それにカズマさんも)」

 

 戦いの最中、めぐみんとカズマの到着を確認したゆんゆん。目的の兵器らしき物があるのを見て、安堵の息を漏らす。

 

「よそ見してんじゃないわよ!」

 

 隙と見たシルビアが、突進攻撃を仕掛ける。ゆんゆんの背後から迫ってきたが、彼女は紙一重の所で横に跳んで回避した。

 更には身体を回転させ、勢いのままに刀を振り抜いてシルビアの脇を斬る。手痛いカウンターを受けて、シルビアは思わず声を上げた。

 とそこへ、カズマ等のもとに向かっていたバージルが戦線復帰。ゆんゆんの隣に立ち、シルビアと向かい合う。

 

「魔力を圧縮し、撃ち出す兵器だそうだ。魔力は既に充填してある。カズマが頃合いを見て撃ち出すだろう」

 

 向こうで何があったのかを、バージルは端的にゆんゆんへ伝える。

 あの『魔術師殺し』に対抗すべく開発された兵器だ。その威力は、にるにるから授かった銃よりも凄まじいであろう。

 もしも外した、または仕留めきれなかったとしても、こちらにはバージルがいる。攻め続けていれば、おのずと決着はつく。

 

 だが──誰よりも友達思いだった彼女には、どうしてもやりたいことがあった。

 

「先生」

 

 ゆんゆんはバージルに目を向ける。彼が目を合わせてきたところで言葉を続けようとしたが、授業で交流を深めた故か、彼女の心を見通しているかのようにバージルは返した。

 

「言った筈だ。貴様の好きに戦えと」

「……はいっ!」

 

 返答を受けたゆんゆんは、彼に頭を下げる。そしてシルビアに背を向けると、めぐみんのもとへ走り出した。

 

「逃すと思うかぁ!?」

 

 この場を離れていくゆんゆんを狙い、シルビアは爪を伸ばす。だがそれを遮るようにバージルが横入りし、剣で弾き返した。

 睨み合うバージルとシルビア。そんな二人をよそにゆんゆんは駆けていき、めぐみん達のもとへ辿り着く。

 

「ゆ、ゆんゆん……?」

 

 不思議そうに見つめてくるめぐみん。ゆんゆんは息を整えてから顔を上げ、そんな彼女の目を真っ直ぐ見据える。

 カズマ等も静かに見守っている中、ゆんゆんは伝えた。里を出た時からずっと胸中にあった、この思いを。

 

「貴方が爆裂魔法しか使えないこと、きっといつかバレる日が来る。だったらいっそ、派手に見せてあげようじゃない」

 

 

*********************************

 

 

「鋼鉄の尾に悪魔の力か。顔つきといい、昨晩と比べて随分と様変わりしたものだ」

 

 変わり果てたシルビアを見て、バージルは興味を示す。蛇のような尾はカズマも口にしていた『魔術師殺し』という兵器であろうが、それよりも気になったのはもう一つの力。

 昨晩出会った時は、ここまで悪魔の力は感じなかった。だが今はアルカンレティアの山にいた氷兵や化け蛙と同じ、馴染みのある臭いを放っている。一体何が彼女をここまで変えたのか。

 言葉を待っていると、宙に浮いていたシルビアはバージルを見下ろす形で口を開いた。

 

「この兵器は、あそこにいる坊やに手伝ってもらったのよ。そして悪魔の力は、どこの誰か知らない親切な男から貰ったの」

「……ほう」

 

 彼女の口から出たのは、実に興味深い話。お喋りな奴で助かると内心思いながら、バージルは耳を傾ける。

 

「やたら貴方をこっち側に引き入れたがってたけど、昨晩の態度を見る限り無理そうね。まぁ今となっては関係ないわ。この力さえあれば、貴方を丸呑みにすることだってできる!」

「力に溺れ、相手を見誤るか。愚か者もここまでくればいい笑い者だな。今の貴様では、あの小娘すら狩ることも敵わない」

「……減らず口を!」

 

 シルビアは口に炎のエネルギーを溜め込むと、バージルに向かって火球を連続で放った。対するバージルは、迫りくる火球を魔氷剣で両断する。

 全ての火球を斬り、再びシルビアへ顔を向ける。その時シルビアは、先程よりも一層炎のエネルギーを溜めて、バージルに狙いを定めていた。

 バージルは地面を蹴って高く跳び上がる。それにシルビアは標準を合わせ、口から高圧縮された熱線を放った。

 

「ハァッ!」

 

 バージルは剣先をシルビアへ向け、空中で突き(スティンガー)を繰り出す。熱線に剣先がぶつかり、風圧が起こる程の衝撃が。

 しばしせめぎ合っていたが、バージルが少し力を込めることでいとも簡単に熱線を打ち破った。次に魔氷剣が狙うのは、シルビアの心臓。

 シルビアは素早く巨体を動かし、真正面から受けるのを回避。剣は脇腹をえぐり、痛みに耐えながらもバージルから距離を取る。

 

「逃さん」

 

 バージルは空中で身体を翻すと同時に、魔氷剣を投げ飛ばした。『コマンドソード』により、剣は水平に回転しつつシルビアへ向かう。

 

「グゥウッ……!?」

 

 そして、剣に意志があるかの如くシルビアの肉体を斬り刻んでいった。剣は自動で主のもとへ戻り、着地した彼は慣れたように受け取る。

 バージルの魔氷剣とゆんゆんの聖雷刀によりダメージは積み重なり修復が間に合わなくなったのか、今にも千切れてしまいそうなほど彼女の両脇腹は抉られていた。

 頃合いか──そうバージルが思った時、合わせるように彼女は姿を現した。

 

「こっちよシルビア!」

 

 一度この場を離れていた、ゆんゆんであった。刀を構え、シルビアを挑発する。

 それにまんまと乗ったシルビアは、ゆんゆん目掛けて猛スピードで突進。ゆんゆんはそれを跳び上がって回避し、大きくシルビアと距離を取っていく。

 

「そっちから誘っておいて、逃げてんじゃないわよ!」

 

 怒りのままに追いかけるシルビア。追い詰めるべく火球を飛ばすが、ゆんゆんは刀で火球を斬ることでそれを防ぐ。

 やがて何度か避けたところでゆんゆんは足を止めると、迫りくるシルビアと向かい合った。

 刀は鞘に納めており、抜く素振りも見せない。何かを狙っていると考えるのが筋だが、今のシルビアにはそれを考えられる余地が無いほど怒り狂っていた。勢いのままに進み、肉薄したところで爪を振りかざす。

 

 刹那──上空から浅葱色の剣が降り注ぎ、シルビアの動きを止めた。

 

「なっ……!? う、動けな……!」

「動いていては狙いも定まらん。そこで大人しくしていろ」

 

 バージルが降らせた幻影剣の雨(五月雨幻影剣)。これで敵が動きを止めるのはほんの数秒であるが、標準を合わせ、引き金を引くには充分過ぎる時間だった。

 横へ捌けたゆんゆんに代わるようにシルビアの目に映ったのは、地に置かれた細長い兵器と、それを構える男──自分を欺き、格納庫の中に閉じ込めたあの男。

 カズマは狙撃銃の標準をシルビアに合わせると、声を張り上げてシルビアへ告げた。

 

「冥土の土産に、俺の名前を覚えていけ! 我が名は──!」

「どーん!」

 

 彼が決め台詞を吐く最中、隣で待機していたこめっこによって引き金が引かれた。

 瞬間、その銃口から眩い光が飛び出し、幅のある一筋の閃光となってシルビアに向かっていった。

 

「あぁああああああああっ!? 俺の出番がぁああああああああっ!?」

 

 美味しい所を持っていかれたカズマが叫ぶ中、光は瞬く間にシルビアのもとへ。

 避けようとしても身体が動かない。身体に刺さっていた幻影剣が砕け散り自由の身になれたのは、回避不可能なほど目前に迫っていた頃であった。

 

 光は彼女の半身──『魔術師殺し』を取り込むことで得た長い尾を、一瞬で消し飛ばした。

 衰えを知らない閃光はそのまま真っ直ぐ飛んでいき、奥にそびえ立っていた霊峰に打ち当たると、その一部すらも消滅させた。

 

「ま……まだよ……まだ終わってない……!」

 

 上半身のみとなり、地に落ちていくシルビア。だが未だ息はあり、両手を地面へと差し向ける。

 だが、それよりも先に迫ったのは──白く光る装具を手に付けた、蒼の男。

 

「その通りだ」

 

 ベオウルフを装備したバージルは、彼女の身体へ下から右拳を叩き込んだ。彼のアッパーにより、シルビアの身体は上空へと吹き飛ばされる。

 

「トドメは貴様にくれてやる。精々派手に花火を上げるがいい」

 

 シルビアを見上げ、そう吐き捨てるバージル。上空へ飛ばされたシルビアが次に見たのは──地に浮かびし魔法陣と、その中心に立つ紅き魔法使い。

 一層輝かせた紅い目でシルビアの姿を捉えためぐみんは、杖を標的へと向ける。彼女の脳裏に浮かぶのは──この作戦を提案した、ゆんゆんの言葉。

 

「私、これまで色んな魔法や戦い方を覚えて、レベルも上げて、自分でもビックリするぐらい強くなれたって思うけど……それでも紅魔族の中で一番……ううん。どんな魔法使いよりも一番凄いのは、めぐみんだって思ってる」

 

 同じ魔法使い(アークウィザード)として、紅魔族として。

 

「デビューに相応しい相手もいる。だから今ここで、めぐみんの信じるたったひとつの魔法を、皆に見せつけてやりなさいよ!」

 

 生涯のライバルにここまでお膳立てされて、駆り立てられて、やらない紅魔族がどこにいる。

 

「紅と蒼が交わりし時、深淵に眠る暗黒は一筋の閃光となりて、我が紅き光は魔をも喰らわん! 見よ! これぞ究極にして最凶の奥義!」

 

 高めに高めた魔力と共に、めぐみんは唱えた。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 瞬間、宙にいたシルビアを中心として、つんざく音と共に大きな爆発が起こった。

 強い風圧を真正面から受け、めぐみんのマントが音を立てて大きくなびく。しばらくして風が収まり、宙に舞った煙が晴れていく。

 『魔術師殺し』を失った状態で爆裂魔法を受けたシルビアは骨一つ残らず、木っ端微塵になって消滅。めぐみんは最後の力を振り絞り、その場で決めポーズを取って高らかに叫んだ。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、やがて爆裂魔法を極めし者!」

 

 未来の大魔法使いによって放たれた爆裂魔法は、魔を取り込みし者すらも討ち滅ぼした。

 




次回で紅魔の里編エピローグになります。


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第61話「この世界に蒼の魔剣士を!」

 『魔術師殺し』と悪魔の力を取り込んだ魔王軍幹部シルビアとの戦いは、カズマ達の勝利に終わった。

 紅魔族は勝利の拳を掲げ、中心にはめぐみん、彼女をおぶっていたにるにる、ちゃっかり決めポーズを取って口上を放つこめっこ。

 そして、次期紅魔族族長のゆんゆん。冒険者から褒め称えられる経験はあれど未だに不慣れだった彼女は、恥ずかしそうに顔を覆っていた。

 

 他にも、影の立役者であったカズマとセシリーに、登場から紅魔族の心を震わせたバージル。彼等も紅魔族達に囲まれ、称賛の声を浴びていた。

 因みに、シルビア戦において全く出番の無かった二人はというと──。

 

 

「うわぁああああああああんっ! カズマしゃああああああああんっ! お兄ちゃああああああああんっ!」

「よしよし、一人で寂しかったな。もう森を抜けたから大丈夫だぞ」

 

 シルビア討伐からしばらく経った後の午下。泣きじゃくるアクアが、ダクネスに手を引かれる形で森から出てきた。

 バージルと紅魔族達から別れ、単独で霧の森を歩いていたアクア。一人だと気付いた時は孤独感に耐えかねて泣きそうになったが、ぐっと堪えて悪魔を倒しながら進んでいった。

 が、歩けど歩けど森から出られない。いよいよ我慢できず強行突破しようとした時、シルビアが討伐された影響か、森を覆っていた霧が瞬く間に晴れた。

 

 何か知らないけどラッキーと、アクアは喜んで森を駆けた。しかし流石は駄女神。霧があろうとなかろうと、迷子になる運命に変わりはなかった。

 ダクネスが発見した時、迷子の迷子の女神様は地べたに座り込んで号泣していたという。

 

 また、ダクネスが森に足を踏み入れた時はまだ霧が漂っていたのだが、悪魔に遭遇することは一度もなかった。

 絶対数が少なく軒並み討伐されていたか、もしくはダクネスの危険性を本能で感じ取り、手を出さなかったか。幸か不幸か一度も接敵せず森を抜けた彼女は、ちょっぴり物足りなさを感じていた。

 

 とにもかくにも戦いには勝利したが、失われた物もあった。

 シルビアに取り込まれた『魔術師殺し』は塵も残さず消滅。『レールガン(仮)』も強力な一撃を放ったことで壊れてしまった。

 そして、紅魔の里はシルビアによって壊滅的な被害を受けた。もはや復旧は不可能と思われたが──。

 

「……何これ」

「何って、復旧作業ですよ。里に攻め込んだ魔王軍を追い払った後は、いつもこうですよ」

 

 目の前に広がる光景を見て、カズマは呆然と立ち尽くしていた。

 誰かによって召喚されたであろう複数本の腕を持つモンスターや、魔法で生成されたゴーレムが瓦礫の除去や建築材の持ち運び、建設を担っており、使い魔を持たない者達も魔法で建築材を浮かして器用に建てている。

 カズマが想像していたのと比べ、あまりにもハイスピードな復旧作業。しかしこれは日常風景のようで、呆然とするカズマを見てめぐみんは首を傾げていた。

 

「これってどんぐらいかかるの?」

「遅くて三日か四日といったところでしょう」

「俺の罪悪感を返せよ」

 

 燃える里を前に悲観していた眼帯の少女を見て、少しでも罪の意識を覚えた自分が馬鹿だったとカズマは息を吐く。紅魔族のことだ。きっとシリアスな雰囲気にするための演技だったのだろう。

 また、その少女こそ今回紅魔の里へ出向くきっかけとなったゆんゆんへの手紙、もとい『紅魔族英雄伝 第一章』の著者、あるえ本人であったのだが、彼女とカズマ等が出会うのはまた別のお話。

 

 その頃一方、ゆんゆんはというと──。

 

「おっ!『迅雷の名を冠する者』ゆんゆん! シルビアとの戦いかっこよかったぞ!」

「『閃烈なる蒼光を纏いし者』ゆんゆん! 今まで変わった子だなと思ってたけど、やっぱり族長の娘さんね!」

「これから飯でもどうだい?『雷鳴轟きし者』ゆんゆん。あの激闘について詳しく聞かせておくれよ」

「学校に通ってた頃は中々前に出れない子だったのになぁ……成長したな!『蒼き稲妻を背負いし者』ゆんゆん!」

「は……恥ずかしいっ……!」

 

 すれ違う紅魔族からバリエーション豊富な異名で呼ばれ、羞恥に耐えていた。紅魔族達に決して悪気はなく、むしろ褒め言葉として送っているのだが。

 自身も里の復旧を手伝おうとしたのだが、両親から「今日はゆっくり休め」と気遣われ、行き場のなかった彼女はのんびりと里を散歩していた。

 しかし、歩く度にこんな恥ずかしい思いをするなら復旧作業をしていた方がマシだ。そう思い、両親のもとへ帰ろうとしていると、視線の先に見慣れた人物の姿が。

 

「……先生? どこに行かれるんですか?」

「ムッ」

 

 同じく里を歩いていたバージルだった。ゆんゆんは彼に歩み寄り、隣に並び立って歩く。

 

「里の外れにある森だ。少し調査をしたら、街に帰るつもりでいる」

「えっ? もう帰っちゃうんですか?」

「シルビアは倒した。里で情報収集もしておきたかったが、現状ではそれもままならん」

 

 用を済ませたら先に帰るとの言葉に、ゆんゆんはしゅんとする。もっとも彼はテレポート水晶の移動先にここも登録しており、復旧が終わった頃合いを見て再び来るつもりでいるのだが。

 

「貴様はどうする?」

「わ、私はまだ残っていようかなって……作業も手伝いたいし」

「そうか」

 

 短く言葉を返して、バージルは前を向く。師弟関係を築いてしばらく経つが、無口とぼっち気質の組み合わせもあって、二人の会話はこうしていつも長く続かない。

 先程までの共闘は何だったのか。ゆんゆんは自ら話を切り出せず、静かにバージルの歩行に合わせて歩く。

 やがて、シルビア戦での自分の動きはどうだったのか評価を聞き出そうと思い立ち、ゆんゆんは一度深呼吸をしてから尋ねようとしたが──。

 

「いたいたー!」

 

 遮るように、進行方向から女性の声が。二人のもとに手を振りながら駆け寄ってきたのは、にるにるであった。

 

「よっ!『魔弾の射撃手』ゆんゆん! シルビアとの戦いは超シビレた! 銃も早速使ってくれて嬉しいよ!」

「うぅ、にるにるさんまで……」

「それに銀髪のアンタ! 確かバージルだったか? 堅物そうに見えて案外ノリがいいじゃないか! ゆんゆんとの共闘も最高に決まってたよ!」

 

 にるにるからも異名を付けられ、ゆんゆんの顔が赤く染まる。バージルはにるにるに目を合わせると、腕を組んだ姿勢で言葉を返した。

 

「俺が来るまでは見るに耐えん姿を晒していたが……最後は少しマシな動きではあったな」

「はうっ……!」

 

 急に飛び出してきた前半の酷評。辛辣に言われるだろうと思ってはいたが、あまりにもストレートにぶつけられて、ゆんゆんは苦しそうに胸を抑える。

 

「そこまで言うことないじゃないか。コイツは傷だらけになりながらも頑張ってたんだぞ?」

「だ、大丈夫です。いつものことなので……それよりもにるにるさん、私に何か用でしょうか?」

 

 にるにるに心配をかけさせまいと顔を上げたゆんゆんは、彼女に用件を尋ねる。それを聞いてハッとしたにるにるは、ゆんゆんに顔を向けた。

 

「おっとそうだった! なぁゆんゆん、私の可愛い子供の使い心地はどうだった!?」

 

 にるにるは前傾姿勢で、銃の感想を求めてくる。ゆんゆんは思わず背を仰け反るも、率直に思ったことを伝えた。

 

「え、えっと……思ってたより魔力を込めなくても撃てるから、魔法を使うよりも気軽に遠距離から攻撃できて、私はとっても使いやすかったんだけど……」

 

 そう言ってゆんゆんは、ホルスターにしまっていた銃を抜いてにるにるへ見せる。

 黒い銃身には、大きな亀裂が入っていた。あと一発でも撃てば破損は確実。『レールガン(仮)』と同じ未来を辿るであろう。

 

「最後に私が、魔力をめいっぱい溜めて放ったから……ごめんなさい」

「あー……魔力の多い紅魔族が使うのを想定して作ってなかったからなぁ。仕方ないさ。むしろゆんゆん用に作り直すつもりでいたから、丁度いいよ」

 

 今にも泣き出しそうな顔で謝るゆんゆんに、気にしなくていいとにるにるは伝え、故障した銃とついでにホルスターも受け取る。

 

「ゆんゆんの戦いを見てたら、色んなアイディアが湧いてきたからな! この子がどんな成長を遂げるのか、想像しただけでワクワクが止まらないよ!」

「で、できれば今の見た目のままがいいんだけど……」

 

 職人魂が燃え盛っているにるにるを見て、ゆんゆんは苦笑いを浮かべる。一方で彼女の銃にはまるで興味のなかったバージルは、止めていた足を動かそうとする。

 

「ゆんゆんさぁああああああああんっ!」

 

 とその時、再び遠くから聞き覚えのある声が。顔を向けると、そこから全速力で走ってきているセシリーの姿が。

 彼女は一目散にゆんゆんのもとへ駆け寄ると、ゆんゆんめがけて飛びかかるように抱きついた。

 

「ゆんゆんさん大丈夫!? 痛くない!? 痛い所あったらお姉ちゃんに教えてね! すぐにペロリと治してあげるから!」

「せ、セシリーさん!? 私の家で休んでるはずじゃ──」

「いっぱい頑張ってたゆんゆんさんをヨシヨシしたくて、身体に鞭打って来ちゃった! でも大丈夫! ゆんゆんさんの胸に顔をうずませたら元気になれるから!」

「正当っぽい理由をつけてセクハラしようとしないでください! に、にるにるさん! 先生! 助けてください!」

 

 セシリーからの執拗なボディタッチを受け、恥ずかしがりながらヘルプを求めるゆんゆん。しかし、アクシズ教徒に極力関わらないのが平和に生きる術。どちらも見守るだけで助けようとは一切しなかった。

 今度こそ先に進もうと、バージルは彼女から背を向けて歩き出す。が、三度彼の足を止めるものが。

 

 セシリーがゆんゆんの服の下に手を入れた時、里の外から大きな爆音が彼女等の耳に届いた。

 顔を向けると、空に見えたのはキノコ雲。シルビアを討ち取られた魔王軍が、仇討ちとばかりに攻め込んできたかと思われたが──。

 

「今のは爆裂魔法だよな? てことは、めぐみんか?」

「はい、間違いなく……」

 

 その正体を知っていた彼女等は、全く動じることはしなかった。警報が鳴らないのを見るに、他の紅魔族もめぐみんが放ったのだと思っているのだろう。

 爆裂魔法でシルビアにトドメを刺したことでいい気になったのか、あるいは開き直ったのか。アクセルの街では日常になっている一日一爆裂をここでも放ったと察し、ゆんゆんは呆れて息を吐く。

 

「つまり、今のめぐみんさんは魔力を使い果たして動けないのよね!? こうしちゃいられないわ! 抵抗のできないめぐみんさんにあれやこれやできるチャンスよ!」

「めぐみんに何をするつもりなんですか!? あっ、待ってください!」

「あぁっ! 待ってくれよゆんゆん! まだもう一つ話があって──!」

 

 セクハラ目的で駆け出すセシリー。そんな彼女を止めるべくゆんゆんは追いかけ、にるにるはゆんゆんの後を追った。

 終始蚊帳の外におり、取り残されたバージルは彼女等から視線を外し、空に浮かぶキノコ雲を眺める。

 

「……やはり無粋だな」

 

 派手好きなアイツなら喜びそうだがと、爆裂魔法の描いた風景から背を向けた。

 

 

*********************************

 

 

 ゆんゆん等と別れ、独り森の調査に出向いたバージル。探すのは、森に現れた悪魔の痕跡。

 少しの違和感も逃さないよう、感覚を研ぎ澄まして森を渡り歩いたが……出会うのは森に帰ってきたモンスターばかり。悪魔もその痕跡も、何一つ見当たらなかった。

 

「(やはり、アルカンレティアと同じか)」

 

 彼がいた世界の魔界からこの世界の魔界に移動してきた説を信じるなら、以前と同様にこの場だけ魔界と人間界の網目が広がり、魔界から顔を出してきたのだろう。

 だが、三度悪魔と対峙したことで、その推測は間違っているのではないかとバージルは思い始めていた。

 

 本当に悪魔が世界渡りを為し、仮面の悪魔が言うようにスパーダの血に引き寄せられているのなら、網目を通れそうな下級悪魔が今ここで現れてもおかしくない筈。なのに、下級悪魔すら姿を見せてこない。

 アルカンレティアの山と、デストロイヤー迎撃後の正門前も同じだった。騒動が終わった途端、悪魔達は煙のように消えていた。

 

 そして、シルビアの話していた『男』の存在。彼女が宿していた悪魔の力はその男から授かったと、確かに言っていた。

 言い方から察するに相手は人間のように思えたが、人間界で潜む為に人の姿に化ける悪魔もいるので、断言はできない。

 

 その男が召喚士だとしたら、下位のみならず、上位に匹敵する悪魔すらも召喚可能ということ。相当な実力を持っていると見ていいだろう。

 あるいは──。

 

「……ムッ」

 

 考え事をしていた時、カリカリと小さな物音が彼の耳に届いた。バージルは足を止め、音が聞こえた方向を見る。小型モンスターが立てた音であろうが、少し気になった彼はそちらへ足を進めた。

 草をかき分け真っすぐ進むと、辿り着いたのは開けた場所。目に入ったのは廃れた一つの石碑と、その前でしゃがみ込んでいた、星型のヘアピンをつけた一人の少女──めぐみんの妹、こめっこ。

 地面には、彼女が現在進行系で木の枝で描いている魔法陣。しかしその線は幼気のあるふにゃふにゃとしたもので、魔法陣というよりは落書きと言える代物。

 やがて人の気配に気付いたのか、こめっこは落書きを止めて背後を振り返る。

 

「あっ、白髪のおっさん」

 

 変わらない彼女の呼び方に、バージルは少し顔をしかめる。だがその程度で子供相手に言い返すほど、彼の心は狭くない。

 相手がめぐみんだったなら問答無用に眼帯パッチンの刑であるが。

 

「森に悪魔が出てきたって、ホント?」

 

 一人で何をしているのかバージルは気になったが、先にこめっこが立ち上がって彼に尋ねてきた。バージルは静かに頷く。

 

「でっけぇゴブリンみたいな悪魔いなかった!?」

「……少なくとも、俺は見ていない」

 

 トカゲなら何匹もいたがと、バージルは言葉を返す。返答を聞いたこめっこは「そっか」と、残念そうに顔を俯かせた。

 落ち込むこめっこを見つめていた時、バージルはふと思い出す。こめっこは自己紹介の時、上位悪魔を使役するという大言を口にしていた。もしやと思い、バージルは彼女に尋ねる。

 

「知り合いか?」

「うん! やがて私に使役される予定の者!」

 

 こめっこはパッと顔を上げると、先程までとは打って変わった明るい表情でそう話す。

 彼女曰く、ゴブリンのような見た目の悪魔。恐らくこの世界の悪魔なのだろう。全て彼女が考えた設定という可能性も高いので、考えるだけ無駄かもしれないが。

 バージルは彼女から視線を外し、奥にあった石碑に向ける。

 

「この石碑は?」

「邪神が眠りし場所」

「その割には魔力を一切感じないが」

「封印を解かれた邪神は、名も知れぬ女神をよびおこした。戦いを挑んだけど、負けて滅んじゃったって大人たちが言ってた」

 

 つまりここには何も無いということ。これといった手がかりは無しかとバージルは息を吐き、石碑に背を向ける。

 

「どっか行っちゃうの?」

「用は済んだ。このまま街に帰らせてもらう。貴様も日が高い内にさっさと家へ帰るがいい」

「だいじょうぶ! 私つよいもん!」

 

 ポーズを決め、そう言ってのけるこめっこ。無駄に自信に満ち溢れているのは、姉妹共々変わらないようだ。

 子供ながらに図太い面もあるので、放っておいても問題ないだろう。そう思ったバージルはこめっこから目を離し、懐からテレポート水晶を取り出す。

 今回の件はエリスとタナリスにも伝えるべきかと考えながら、バージルは水晶を掲げ、アクセルの街へと転移した。

 

 

*********************************

 

 

 視界が光で満たされ、少し間を置いて光は弱くなっていき、見える風景は里の外れにあった森からガラリと変わる。

 アクセルの街郊外にある一軒家。自身の家に無事テレポートを終えた彼は、真っ直ぐ家の中へ入ろうとしたが──。

 

「おっと、およそ涙とは無縁な冷血漢の癖に、涙も流す悪魔もいるなどどいうクッサイ店名を付けるどっちつかずな店主が帰ってきおったぞ」

「こりゃまた良いのか悪いのかわからないタイミングだね。丁度今、バニル先輩とエリスと協力して、ウィズ魔道具店のデビルメイクライ出張店を準備してたんだ。お互い人ならざる者のお店なんだから、いいよね?」

「良くないに決まってるじゃないですか! ついでに私も共犯者にしないでください! そして仮面の悪魔を先輩扱いするのはホントにやめてください!」

 

 玄関前にいたのは、女神一人と堕女神一人に悪魔一匹。横には設置済みのテントと木製の机が。

 思わず足を止めて呆然としていたバージルであったが、しばし間を置いて踵を返した。

 

「営業妨害で貴様等まとめて警察に突き出す。そこでじっとしていろ。逃げても構わんが、地獄の果てであろうと追いかけられる覚悟をしておけ」

「バージルさん違うんです! 私は勝手な事をしてる二人を止めようとしてて──!」

「客商売は横の繋がりが大切だというのに。露店一つすら許さぬとは、器の小さい男であるな」

「寛容な方が、お客さんには親しみやすいんだよ?」

「二人は一回黙ってください! あぁ待って! お願いですから本気で警察に行こうとしないで!」

 

 

*********************************

 

 

 結局、早急に片付けるなら見なかったことにしてやるとバージルから言い渡され、バニルとタナリスは用意していた露店を撤去した。

 ついでに隙を見て主犯格であろうバニルに刃を振ったが、華麗に脱皮されてかわされた。

 ムカついたので一回殺すまで斬り続けようと思ったが、先に伝えるべきことがある為、今回は見逃して三人を家に招き入れた。

 

 バニルすらも家に上げたことに、悪魔嫌いのエリスは不満げに頬を膨らませていたがバージルは気にせず、三人に紅魔の里での出来事を話した。

 里の外れに現れた悪魔達。魔王軍幹部のシルビアが得た悪魔の力。それを授け、悪魔も召喚したと推測される『男』の存在。

 

「アルカンレティアに続き、またしくじり幹部と余所者悪魔であるか。貴様は本当に厄を引き寄せる迷惑男であるな」

 

 客らしくソファーにどっかりと座っていたバニルは、わざと苛立たせるようにバージルへ嘲る。

 バージルの隣に立っていたエリスから今にも退魔魔法を放ちそうな目で睨まれたが、バニルは気にも止めていない様子。

 

「『男』ねぇ……あっちの悪魔を使役してるってことは、あっちの世界出身と見て間違いなさそうだね」

「でもそちらの世界から転生されたのは、バージルさんで最後の筈なんですよね?」

「うーん、他の担当地域で報告漏れでもあったのかな」

 

 机に腰掛け足をプラプラさせていたタナリスは、天井へ視線を向けて考え込む。

 とその時、背後に視線を感じた彼女は後ろを振り返った。そこでは椅子に座っていたバージルが、疑わしい目をタナリスに向けている。

 目が合い、彼の意図を汲んだタナリスは、人差し指で頬を掻きながらバージルに言葉を返した。

 

「あー……もしかして僕、疑われてる?」

「えぇっ!?」

 

 タナリスの言葉を聞いたエリスは、驚きのあまり声を上げる。バニルとバージルが静かに見つめる中、タナリスは困った顔のまま言葉を続けた。

 

「バージルを送り出した後は、天使も女神もギロチンや三角木馬で拷問すると噂の魔女狩りに出動させられて、帰ったら即刻異世界追放を命じられたって話したと思うけど……証人は僕しかいないから、疑われても仕方ないか」

「今背筋がゾッとするほど恐ろしい言葉が聞こえた気がするんですけど……それよりも! 先輩は他の世界を危険に晒すような人じゃありませんよ!」

 

 自身の先輩に疑いの目を向けるのは見過ごせないようで、エリスはバージルに怒り気味に反論してタナリスのフォローに回る。

 

「しかしこのバイト女神は、そこの大罪人を気まぐれにこの世界へ送りつけたのであろう? 我輩は本人からそう聞いておるが」

「バージルさんは悪人じゃないからいいんです。先輩も敢えてそう言っているだけで、ちゃんとバージルさんの本質を見抜いた上で送り出したんです」

「都合の悪い指摘に結果論で返すとは、とんだこじつけ女神がいたものであるな」

 

 バニルの煽りにカチンときたが、反応しては負けだと思い無視を貫くエリス。一方でバージルに疑惑を抱かれていたタナリスは、机から軽々と跳び下りてバージルと向き合う。

 

「僕から言えるのは、その『男』については何にも知らない。だって身に覚えがないんだもの。ま、僕の意見をどう捉えるかは君次第だけどね」

 

 あくまで判断をバージルに委ねるように、タナリスは答える。これ以上聞き出すことはできないと見たか、バージルはようやく彼女から目を逸した。

 

 

*********************************

 

 

 タナリスの、酒場のバイトの時間が近いという理由でお開きになったバージル宅での会議。同時に彼の家から退出したバニルはそのまま帰路へ、エリスは酒場で食事を取るのもあって、タナリスについていった。

 空が赤く染まった夕暮れの中、商業区に向かって歩く二人。道の両脇には原っぱが広がる郊外を進んでいると、両手を頭の後ろで組みながら歩いていたタナリスが口を開いた。

 

「バージルをこの世界に送ったこと、怒ってる?」

「……はい?」

 

 一歩後ろを歩いてたエリスは、彼女の言葉に耳を疑う。だが少し間を置くと、不機嫌そのものの声でタナリスに言葉を返した。

 

「人を苛立たせることだけは得意な忌々しいあの悪魔が、先輩にまで何か言ったんですか?」

「やたらバニル先輩のこと忌み嫌ってるね。君の苦手そうなタイプだとは思うけどさ。話が合えば楽しいよ?」

「だから、あの悪魔を先輩呼びしないでください! 私があんな奴の後輩の後輩みたく聞こえるじゃないですか!」

 

 前のめりにがなり立てるエリス。彼女の圧にタナリスは思わずたじろぎながらも、どうどうと宥める。

 

「わかったわかった。で、さっきの質問についてはどう?」

「どうもこうも……怒ってたら、彼と一緒に神器探しやクエストに出かけたりしませんよ」

「けど、彼を異世界転生させたって君に伝えた時は、天界規定がうんたらかんたらって鏡越しに怒鳴り散らしてたじゃないか」

「あ、あの時はそうでしたけど……バージルさんが悪人でないと知った今は、微塵もそんなことは思ってません。創造神様からも『見守れ』とだけしか言われてませんし」

 

 彼が異世界転生してきた当初は、心の休まない日が続いていた。世界を壊しかねない大罪人が送り込まれたのだから、当然だ。

 しかし彼と交流を得て、彼のことを知った今では、あの時の思いは杞憂だったと断言できる。

 

「それに彼は……いえ、何でもありません」

「んっ? なんだいその言い方。気になるじゃないか」

「何でもありませんから、気にしないでください」

 

 この世界で、人として生きる罰を自分が与え、彼もそれを受け入れていることを話そうとしたが、エリスは思い留まった。

 あの日のことは、彼にとっては知られたくない出来事だろう。なら、二人だけの秘密にしておくのが正しい判断だ。エリスは話を反らすべく口を開く。

 

「とにかく、先輩が彼を転生させたことに責任を感じる必要はないですよ。むしろ普段の行いに責任を感じて欲しいですけど」

「おっと聞き捨てならないね。まるで僕がどこかの無責任な女神みたいじゃないか」

 

 その女神とは、冒険者に無理矢理この世界へ連れてこられて帰れなくなった彼女のことだろうか。苦笑いを浮かべるエリスの前で、タナリスは空を仰ぎながら言葉を続けた。

 

「バニルせんぱ……仮面の悪魔は、この世を乱しているのはバージルだって言ってたけど、そもそもは僕が彼を送り出したことから始まった」

 

 彼と出会った時の事を思い返していたのか、タナリスは小さく笑う。

 

「君の先輩であり、異世界転生の仕事も引き受けていた僕がバージルと会ったことで、彼はこの世界との繋がりを得てしまった。……って考えると、まるで僕が元凶みたいだなと思ってさ」

「……らしくないですよ! バージルさんも先輩も、あの悪魔の戯言を真に受けないでください!」

 

 思い詰めた様子のタナリスが見ていられず、エリスは声の鞭を打つ。するとタナリスは彼女に顔を向け、ジッと見つめてきた。

 時折彼女が見せる、何かを察したかのような目。口角も少し上がっており、今にもおちょくってきそうな顔だ。

 

「な、なんですかその目は……」

「いーや、君も随分と変わったなぁって。僕は嬉しいよ」

 

 エリスの問いかけに対し、タナリスは多くを語らず前を向く。その言葉にエリスはただ首を傾げることしかできず、そのまま彼女の後を追った。

 

 

*********************************

 

 

 紅魔の里での戦いから、約半月ほどの時が過ぎた。

 カズマパーティーはアクセルの街に帰ってきており、屋敷でぐーたらと平和な生活を過ごしている。

 時折、カズマとめぐみんがそれとなく良い雰囲気を醸し出すのを見られることが多くなったが、何故そうなったかはまた別のお話。

 同行していたセシリーも配属先であったアクセルの街に戻り、宗教活動(迷惑行為)に勤しんでいる。信者は一向に増えていないが、ところてんスライムはそこそこの流行りを見せているようだ。

 ただ一人、ゆんゆんは街に帰ってきていない。復旧作業はとうに終わっている筈だとめぐみんは言っていたが、次期紅魔族の長としてやるべきことがあるのだろう。

 

 そしてバージルはというと──いつも通り、椅子に腰掛け本を読んでいた。

 ティーカップに注いだ紅茶を挟みながら、彼は本のページをめくって読み進める。

 

 この世界について知る為に、幅広いジャンルの本を読んでいた彼だが、今回手に取っていたのは、幾つもの詩が記された詩集であった。

 載っているのは、彼にとって見覚えのある詩ばかり。多少改変されていたり、元となった詩人の名を記していないことから察するに、この世界に転生してきた悪知恵の働く者が、自分で考えたと偽ってこの詩集を出したのだろう。

 批難殺到間違いなしの作品だが、引用元は別世界のもの。世界を越えてまで指摘してくる者はいない。

 

「『世界は一粒の砂。天国は一輪の花。汝の手の内に無限を掴め。そして一瞬の中に永遠を』」

 

 気まぐれに、目に写っていた詩をバージルは読み上げる。生前、彼が気に入っていた詩の一つだ。

 様々な詩人の詩がかき集められているが、今読み上げた詩を詠んだ詩人の物が多い。作者とは気が合いそうだなと思いながら、バージルは読み耽る。

 

 詩が好きだったという記憶──幼き頃であるのは間違いないが、彼はいつの間にか忘れていた。

 紅魔の里で、ゆんゆんが大事にしていた魔剣士の絵本を見た影響だろうか。どこかへ失くしてしまった物の場所をふと思い出したかのように、懐かしい記憶が蘇っていた。

 転生特典はあの本にすればよかったかと思いながら読んでいると、扉からノックする音が。

 

「開いている。入れ」

 

 バージルは本から目を離し、扉に向けて声を掛ける。感じる魔力と控えめなノックから、来客はゆんゆんかと彼は察していた。

 

「し、失礼します……」

 

 予想通り、入ってきたのはゆんゆんであった。彼女はおずおずと中に入り、机越しにバージルの前に立つ。

 そこから、ゆんゆんは最近あった出来事を話し、バージルは聞き手になりつつも本を読む。二人にとっていつもの日常になるかと思われたが──バージルは、ゆんゆんの姿を見て面食らっていた。

 

「お、思い切ってイメチェンしてみました……」

 

 上はいつもの黒い服であったが、スカートやニーソックス、ネクタイや髪を結ったリボン、黄色い髪留めについたリボン等、赤を基調としていた色は、軒並み明るめの青に染まっており、ブーツも少し黄色を帯びている。

 そして、黒かった筈の彼女の髪は──彼と同じ、銀色に染まっていた。

 

「紅魔族っぽくない色で、ますます変わり者って言われそうだなって思うけど、お父さんとお母さんは凄く褒めてくれてて……ど、どうですか?」

 

 恐る恐る紅い目を向けて、バージルに感想を尋ねてくる。見た目まで自分の真似をされて、気持ち悪がられていないだろうかと思っているのだろう。

 一方バージルは、想定外の出来事に思考が止まっていたが、やがて小さく息を吐くと彼女から目を離し、視線を本へ戻しながら口を開いた。

 

「……悪くはない」

 

 少なくとも、奴を思い出させる赤よりはマシだ。バージルは短く感想を述べる。彼なりに良い評価を出していると捉えたゆんゆんは、照れくさそうにはにかんだ。

 

「あっ! そ、それと……」

 

 とそこで、後ろ手にしていたゆんゆんは手を前に出し、持っていた一冊の本をバージルに見せる。それは、紅魔の里で彼に見せたスパーダの絵本であった。

 

「この絵本を見た時、先生は凄く真剣な目になってて……最後の文章も先生は読めてたし、もしかしたら先生にとって大事な物なのかなと……だ、だから、先生が持ってた方がいいのかなって」

 

 あの時は、ゆんゆんやその両親から何も聞かれなかったが、流石に何かあると勘付いてはいたようだ。ゆんゆんは絵本を手に、バージルへ視線を送る。

 

「それは貴様の物だろう。無くさないよう持っておけ」

 

 だがバージルは、彼女の提案を拒んだ。断られたゆんゆんは少し困惑していたが、彼の言葉を呑んだ彼女は、大事そうにその絵本を抱きしめた。

 

「それと、ひとつアドバイスだ」

「えっ?」

 

 彼の言葉を聞き、ゆんゆんは顔を上げる。バージルは目線を再び本に落としつつ、彼女へ助言を告げた。

 

「友達とやらに取られたくなければ、本に自分の名前を書いておくといい」

 




おじいちゃんから本を貰った幼少バージルの話、Vの漫画で見てみたい。


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Secret episode 6「この世界に魔剣士の神話を!」

「……ふぁあっ」

 

 ある明朝。男はおもむろに目を開け、寝転がったまま伸びをする。

 

「堅いベッドだからどうかと思ったけど、案外くつろげたな」

 

 カーテンからの日差しを浴び、朝になっているのを確認した男は上体を起こし、ベッドから降りようと身体を左へ向ける。

 そして──いつの間にかベッドの横で、膝をついて頭を下げている黒髪の男を目撃した。

 

「お目覚めか、我がマスターよ」

 

 黒髪の男は頭を下げたまま、彼をマスターと称し話しかけてきた。だが、彼に従者や下僕はいない。仲間すらいない。

 この展開に大抵の男は動揺するか、夢だと思いもう一度寝るか、あえて乗っかるかであろうが……彼は呆れた表情で言葉を返した。

 

「えっと……それが紅魔族なりのおはようございます、でいいのか?」

「マスターに捧げし供物は既に揃っている。私は先に下に降りてる故、マスターも整い次第降りられよ」

「朝飯ができてるのね。そりゃありがたい」

 

 彼等は『紅魔族』──生まれつき魔法職の適性が高い一族で、何故か一々カッコつける習性を持つ。

 それを理解していた彼は自分なりに解釈して返答。どうやら合っていたようで、男は澄ました顔のまま部屋から出ていった。

 

 冒険者であるこの男は、魔王討伐を目指す冒険の途中で紅魔の里に寄り、紅魔族族長の家で一泊していた。因みに今の男は族長である。

 紅魔族独特のノリに最初は思わずたじろいだが、慣れてしまえばなんてことはない。

 男はようやくベッドから降りると、丸テーブルの上に折り畳まれて置かれた服を手に取り、着替え始めた。

 

 

*********************************

 

 

「マスターって呼ばれるのは素直に嬉しいけど、折角なら可愛い女の子に言われたいよなぁ」

 

 朝食を済ませ、族長の家から出た彼は、愚痴を溢しながら紅魔の里を散策する。

 これまで仲間を取らずにずっとソロで冒険していたこの男。マスター呼びに少しグッときて、美人が多いと噂の紅魔族の女性を一人引き入れようかと心が揺らいだが、どうにか堪えた。

 少し見て回ったらすぐに里を出よう。そう考えながら郊外地帯を歩いていると、少し気になるものが視界に入った。彼は足を止めて注視する。

 

 立派な木の根本、木陰に座り込んで本を読んでいる子供の紅魔族が一人。顔つきは幼く髪もショートで判りづらいが、スカートをはいているので恐らく女の子だろう。

 このままスルーして歩き出すのは容易かったが、どうも木陰の少女に気を引かれる。気付いた時には既に足がそちらへ向き、彼女に歩み寄っていた。

 

「一人で読書かい?」

 

 男は少女の前にしゃがみんで話しかける。顔を上げた少女は、同じ目線にいた男としばしにらめっこすると、本を大事そうに抱きしめながら言葉を返した。

 

「おじさん、誰?」

「冒険者さ。旅の途中でこの里に立ち寄って、今のんびり散歩してるところ」

「魔王をやっつける人?」

「そう。悪い魔王を懲らしめに行く勇者だよ」

「おじさん一人だけど、仲間はいないの? 勇者は仲間といっしょに戦うんじゃないの?」

「……俺は一人で魔王と戦いたいんだ」

 

 男は子供にそう語ると、話を反らすべく隣に座り込んで別の話題を振った。

 

「外で読書なんて珍しいね」

「いつもは家で読んでる。でも妹が邪魔しに来るの。だから、アイツが家にいる時はここに来てる」

「アイツって……妹とは仲が悪いの?」

「最悪。いつも私の邪魔ばかりしてくるし、私の物勝手に借りて返さないし、勝つまで勝負したがる。家族じゃなかったら顔も見たくない」

「姉妹なんだから仲良くして欲しいって思ったけど、これは無理そうだね」

 

 想像しているより数段仲が悪いようで、男は苦笑いを浮かべる。

 妹のことは話したくもなかったのか、少女の顔はたちまち不機嫌なものに変わり、細い目で男を睨んでいる。

 

「おじさん。私、本が読みたいからどっか行って欲しいんだけど」

「急に辛辣だね君。それに俺のことおじさんって呼んでるけど、見た目的にはまだお兄さんじゃない?」

「どうでもいいことにこだわってる暇があったら、おじさん一人でも魔王を倒せるようにレベル上げるか、仲間を集めてきたら?」

「ごめんなさい」

 

 返す言葉もなく、男は綺麗に頭を下げた。よもやこんな子供に謝る日が来ようとは。

 これ以上この少女と話していたら、心がゴリゴリと削られてしまう。頭を上げた男は彼女に背を向け、木陰から離れる。

 

「……最後に、ひとつだけ聞いてもいい?」

 

 が、男は足を止めて振り返って再び少女に尋ねた。二度読書を邪魔された彼女は、心底うんざりした顔で男を見る。特殊な性癖持ちには喜ばしい目であろう。

 だが、ジッと目を合わせて耳を傾けている。男は数歩近寄ると、優しい口調で彼女に問いかけた。

 

「君は、大きくなったらどんな魔法使いになりたいんだい?」

 

 男の問いを聞いて、少女はポカンとした顔を見せる。対して男はただ優しく微笑み、彼女の言葉を待つ。

 少女は視線を本に落とす。しばらく黙り込んでいたが、彼女は本を強く握って静かに答えた

 

「……強い魔法使い」

「強いって、どのくらい?」

「この里で……ううん。世界で一番強い魔法使い。森にいるモンスターにも、ドラゴンにも、悪魔にも、魔王にも勝てるぐらいの」

「……どうしてそんなに強くなりたいのかな?」

 

 ポツポツと出た彼女の答えに、男は変わらぬ口調で理由を訊く。彼女は続けて答えようとしたが、そこで顔を上げて男に告げた。

 

「今ので三つめ……ひとつだけしか聞かないんじゃなかったの」

「あぁ、ごめんごめん」

 

 不機嫌顔に戻ってしまい理由は聞けなかったが、男は深追いせずに謝る。

 少しだけ浮かべた、妹のことを話す時と同じ顔。それが見れただけで十分だった。男は笑みを浮かべ、少女に背を向ける。

 

「それじゃあ、おじさんはそろそろ行くよ」

「……ねぇ」

 

 だが、少女が声を張って呼び止めてきた。男は振り返り、三度少女と向かい合う。

 

「おじさん、名前は?」

「……名乗る時は、まず自分から。冒険者のルールの一つだ」

 

 自己紹介を促された少女は苦い顔を浮かべる。しかし本を閉じて横に置くと彼女は立ち上がり、ほんのりと赤らめた顔でポーズを取った。

 

「わ、我が名はるぎうす。紅魔族随一の天才にして、やがて世界最強の魔法使いになる予定……の者」

「……紅魔族の皆はノリノリで名乗りを上げてたけど、君はそうでもないんだね」

「皆がおかしいのよ。こんな恥ずかしい挨拶……それよりも、おじさんの名前を早く教えてよ」

 

 るぎうすは恥じらいながらも、男に自己紹介を催促する。最後の最後にようやく女の子らしい表情が見れて男は安堵すると、るぎうすとは対照的にビシッとポーズを決め、大声で名乗りを上げた。

 

「我が名は八坂恭介! 女神に選ばれし冒険者にして、やがてこの世界の新たな魔王になる予定の者!」

 

 

*********************************

 

 

「……ムッ」

 

 ふと、彼はおぼろげな思考のまま目を開く。頬に当たる固いものが自分の手だと気付き、肘を立てて椅子に座っていたことを思い出すのに数秒かかった。

 

「(まさか、夢を見るほど眠りこけるとは)」

 

 それにしても懐かしい夢だったと、彼は感傷に浸る。

 あれ以来、あの紅魔族とは出会っていない。特殊な力を得たり、人ならざる者へと姿を変えていなければ、彼女は既に天へと昇っているだろう。

 彼女に渡した自作の絵本は、今もこの世に残されているのだろうか。絵心の欠片もない自分が描いた拙い絵を見て、少女が本気で引いていたのは今でも覚えている。

 少女の手で燃やされた可能性大だが、願わくば後世に引き継がれ、一人でも多くの者に伝わってほしい。そう願いながら彼は天井を見上げる。

 

 とその時、前方にある巨大な扉がバンと音を立てて開かれた。彼は視線をそちらに向ける。

 重たく、そして彼の身長より二倍以上は高い扉を、力強く開けたとは思えない華奢で小柄な金髪赤目の少女。その頭には小さな二本の角が。

 彼女は無言でツカツカと歩み寄り、彼の前に立つ。鋭い眼光で睨まれ思わずたじろいだが、彼は気持ちを落ち着かせるように息を吐き、座ったまま彼女と向かい合う。

 

「前にも教えただろう。入る時はちゃんとノックを──」

「いつになったら王都襲撃許可を出してくれるの」

 

 主導権はあくまで自分だと、彼女は威圧的な声色で遮る。

 こちらも威圧するように立ち上がって言い返せればよかったのだが、彼はまたもたじろいでしまい、腰が椅子から上がらない。

 逆に目の前の小柄な少女が、自分より何倍も巨大な存在に見えてしまった彼は、言葉を慎重に選びながら声に出した。

 

「……幹部を数名討ち取られ、軍の士気も落ちている今、敵討ちと鼓舞を兼ねて進軍したい気持ちもわかる。だが、我ら魔王軍と人間以外の存在……第三勢力が不審な動きを見せている今、下手に動くべきではない。これは命令だ。勝手な行動は許さんぞ」

 

 魔王軍幹部の一人でもある魔王の娘へ、現魔王──八坂恭介は、声を荒らげず釘を刺した。

 決して舐められぬよう、強く睨み返す。彼女は魔王としばしにらめっこをしていたが──。

 

「……チッ」

 

 やがて自分から仕方なく折れるように、魔王に聞こえる音量で舌打ちをして踵を返した。

 入ってきた時よりも力のある歩みで、謁見室のど真ん中を進む。扉は開けっ放しのまま、魔王の娘は部屋を出ていった。

 

 

*********************************

 

 

 魔王城の上階、人ひとりが歩くには広過ぎる廊下を歩くのは、邪神ウォルバク。

 シルビアが討伐された報告をすべく、彼女は魔王のいる謁見の間に向かっていた。

 ダンジョンらしい迷路化した道を迷わず進み、長い階段を登る。その先には閉ざされた巨大な扉──の筈だが、来場者歓迎とばかりに開け放たれていた。

 そこから足早に歩いてきたのは、魔王軍幹部の一人でもある魔王の娘。彼女は不機嫌そうな顔でウォルバクの横を通り過ぎていく。

 

「(これは、いつものを聞かされそうね)」

 

 彼女の表情を見て何があったか大体察したウォルバクは、声を掛けずそのまま謁見の間へ足を運ぶ。

 扉は開いていたのでノックは省略し、一礼してから中に入る。赤いカーペットを歩いた先には、椅子に鎮座する魔王の姿が。

 後方で扉の閉まる音を聞きながら、ウォルバクは魔王の前まで歩み寄る。そして彼の目の前で跪き、自ら口を開いた。

 

「各地での魔王軍の状況報告に参りました……のですが、いかがなされましたか? 酷く顔色が悪いように思うのですが……」

 

 見上げる形で、ウォルバクは魔王の様子を伺う。もっとも、その理由は察しがついているのだが。

 

「ウォルバクよ、貴様に一つ問う」

「はい」

 

 重圧感のある魔王の声。ウォルバクは静かに言葉を待つ。

 

 

「ワシ……最近あの子に何かしたかなぁ」

 

 一変、情けない老人声で、深いため息も付け加えて魔王はそう尋ねてきた。やっぱりかと、ウォルバクは呆れながらも立ち上がる。

 

「常日頃ワシに対して辛辣な娘ではあったし、嫌われるのも当然だとワシ自身思っておるが、最近はもっとキツめというか、会話も少ないし、さっきなんかゴミを見るような目で舌打ちされて……」

 

 続く魔王の小言と重いため息。部下が見れば幻滅ものであるが、幹部を始めとした直近の部下は勿論のこと、魔王の娘もこの姿は知らない。

 唯一知るのは、本人も意図せず秘書的ポジションになってしまったウォルバク。魔王は彼女にしかこの一面を見せておらず、ウォルバクもまた秘匿にしている。

 彼女としては椅子にどっかりと座って、何事にも狼狽えることのない魔王然とした姿を見せてほしいのだが、口には出さずにいつも通り、真摯に彼の悩みに答えた。

 

「魔王様、もしかしたら殿下は『思春期』と呼ばれる時期に入られているのではないでしょうか?」

「思春期……とな?」

 

 聞き慣れない言葉だったようで、魔王は姿勢を正してウォルバクの話に耳を傾けてくる。

 

「親を持ち、かつ未成熟な人間が陥るとされるもので、多くの若い人間は親に対して反抗的な態度を取る症状が見られるそうです」

「娘が、その思春期に入っていると?」

「推測の域を出ませんが……殿下の御姿は、人間の年齢でいえば十を過ぎた辺り。思春期に陥る人間の平均年齢と一致しておられます」

 

 ウォルバクの推測を聞いて、魔王は考え込むように唸る。

 

「人間ではないあの子にその可能性は少なそうだが……それ以前に、あの子の親は前魔王。冒険者であった頃のワシが倒した魔王だ。つまり、あの子にとってワシは親の仇で──」

「殿下は、前魔王様のことをただの踏み台としか思っておられず『アイツがくたばったら次は私が魔王になる筈だったのに、帰ってきたら余所者が椅子に座ってて頭にきた』と……以前そうお伝えした筈ですが、お忘れになられましたか?」

「うんそうだった。親子愛の欠片もないエピソードに衝撃を受けたのを今思い出したよ」

 

 因みに『前魔王の娘』なのに呼称を『魔王の娘』から頑なに変えない理由も聞いたのだが「前魔王の娘だと威厳が感じられない」とのことであった。地獄にいるであろう前魔王は泣いてもいい。

 ウォルバクはコホンと咳き込むと、引き続き思春期について魔王に説明した。

 

「それと……流石に殿下はありえないと思いますが、思春期に入った女性の多くは恋煩いを負っているケースが──」

「何だと!?」

 

 瞬間、魔王は立ち上がり、両目をこれでもかと見開かせた。

 

「娘が恋を……! しかし誰に? 魔王軍の者はまずありえない。とすると人間か!? 魔王軍と対峙する人間の冒険者なのか!? 幾度と戦を交える中で娘は勇者と呼ぶに相応しき男に、禁断の恋心を抱いてしまったのか!?」

「ま、魔王様! 落ち着いてください! そもそも殿下が思春期に入っていること事態、推測の域を出ないもので──!」

「まさかそんなハッピーニュースが舞い込んでくるとは……! しかし、かといって簡単に娘を渡すことはできん! すぐにでも相手を紹介してもらい、娘に相応しき男かどうか、ワシが直々に確かめてやる! 久々にあの剣を振るう時が──!」

「いいから落ち着きなさい親バカ魔王!『インフェルノ』!」

 

 暴走一歩手前の魔王を止めるべく、ウォルバクは主従関係を一旦放棄して魔王へ強力な炎魔法を放った。

 魔王の身体が一瞬にして炎で包まれる。少し待ったところで、ウォルバクは風の魔法を唱えて炎を吹き消す。

 

「……すまない、久々に興奮してしまった」

「落ち着かれたのであれば幸いです」

 

 悪魔ですら悶え苦しむ邪神の魔法は、魔王にとってはいい火加減だったようだ。魔王は感謝の意を伝え、ウォルバクも頭を下げる。

 このやり取りもまた、彼女は何度も経験してきた。魔法を放った無礼の謝罪もしなくなる程に。

 

「しかし、もし本当に殿下が一人の人間と結ばれることがあれば……魔王様の理想が実現するのかもしれませんね」

 

 あくまで推測ですがと、再度釘を刺してウォルバクは伝える。

 現魔王が目指す世界──それにはウォルバクも賛同しており、だからこそ付き従っている。幹部の中ではウィズやベルディア、更にはバニルも賛同派であった。

 

 しかし、その道は険しく遠い。魔王が人間にとって恐怖の象徴であり、倒すべき悪との認識が変わらない限り。

 できることなら人間と交戦したくはないと、以前魔王は話していた。しかし降伏はしない。それでは理想の世界を作り上げることはできない。故に、今もなお交戦を続けているのだとも。

 

「……ところで、蒼き剣士はどうしているかね?」

 

 ウォルバグの言葉を聞いて少し沈黙していた魔王は、再び椅子に腰を下ろし尋ねてきた。

 蒼き剣士──ウォルバクがアルカンレティアで接触した、魔王軍でも話題となっている冒険者の一人で、魔王が特に関心を寄せている。

 だがそれは、自身を討ち取りに来る可能性を危惧してではない。純粋に、彼は蒼き剣士に興味を抱いていた。ウォルバクもそれに気付いており、アルカンレティアで出会った際には友好的に接していた。

 

「今もなお、アクセルの街を拠点として生活しているようです。紅魔の里に出向いていたシルビアが彼と出会い、魔王軍に勧誘したものの断られたとの報告が、シルビアの部下から上がっております」

「魔王軍に勧誘? ワシはそのような命令を下した覚えはないぞ?」

「シルビアの独断によるもの……と思われましたが、紅魔の里にてシルビアは急激に力を増し、里を壊滅状態に追いやったそうです。その後、蒼き剣士を中心とする冒険者達に討伐されました」

 

 魔王軍には、魔王からさらなる力を授かった者もいる。魔王軍幹部の一人、ベルディアもそうであった。

 しかし、シルビアには授けられていない。プラス、非戦闘員である民間人は巻き込まないと指示していたにも関わらず、里一帯を荒らす命令違反。

 似た事例が過去にもある。アルカンレティアへ向かった幹部のハンスが急速に力を得て、凶暴性も増していたとの報告。

 

「今回も『悪魔』が絡んでいた可能性が考えられます」

「……『悪魔』か」

 

 ハンスが力を得ていたのは、突如現れた『悪魔』を喰らっていたから。グロウキメラであったシルビアも、何かしらの原因で紅魔の里に現れた『悪魔』を取り込んだからではないか。

 ウォルバクの報告を聞き、神妙な面持ちを見せる魔王。ウォルバクは静かに言葉を待っていると、魔王はおもむろに椅子から立ち上がった。

 

「見せたいものがある。ワシについてきなさい」

 

 そう伝えると魔王は背中を向け、謁見室の奥へと足を進める。ウォルバクは少し戸惑いながらも、命令通り魔王についていく。

 謁見室の奥の壁。魔王はそこに手をかざし、小さな声で何かを唱えると、重い音を立てながら壁が独りでに動き、扉のごとく開かれた。

 隠し扉の奥にあった降り階段を、魔王はゆっくりと降りていく。何度か魔王と話してきたが、このケースは初めてであった。ゴクリと息を呑み、魔王の後を追う。

 

 左右の壁に灯された火を明かりに、暗い階段を降りる二人。やがて見えてきたのは、古びた木製の扉。魔王は扉の前で足を止め、ウォルバクに向き直る。

 

「ここは?」

「ワシの部屋だ」

「えっ……」

「露骨に顔歪めたね君」

「魔王様はお気づきになられていないかもしれませんが、城内では私と魔王様が付き合っているのではと噂されているんですよ。忠誠は誓っておりますが、好みのタイプとはかけ離れているのでこちらも迷惑しているんです」

「慕っている割にはかなりズバッと言ったね。精神的な意味で会心の一撃を食らったんだけど」

 

 身を守るように自身の肩を抱くウォルバク。落ち込んだ表情を見せる魔王であったが、すぐに前を向いてドアノブに手をかける。扉は木製特有の軋んだ音を立てて、ゆっくりと開かれた。

 

 壁には様々な絵画と武器、レースカーテンのかかったキングサイズのベッド等、古びた木製の扉とは相反した、王の寝室と呼ぶに相応しき内装。

 

「それで、私に見せたい物とは? ベッドに座りながらワシ自慢の剣だとか言い出したら、そのベッドごと燃やしますから」

「物凄く言いにくいけど半分当たりだ。当然ベッドは使用しないから、今すぐ構えを解いてくれ」

 

 いつでも『インフェルノ』を撃てる態勢のウォルバクを宥め、魔王は足を進める。そして、壁にかけてあったひとつの剣を手に取った。

 禍々しいデザインに、血で染め上げたかの如く赤い剣身。聖剣よりも魔剣と呼ぶ方が相応しいであろうその剣を見せ、魔王は口を開いた。

 

「……私がまだ、冒険者だった頃に使っていた剣だ」

 

 魔王が手にしていた──そして、前魔王を討ち取った剣。

 ウォルバクは思わず息を呑む。剣から放たれる形容し難い魔力のせいもあるが、一番は剣に目を落としている魔王。

 伊達に秘書役を務めているわけではないが、魔王が今浮かべている表情は初めて見た。まるで別人だと思わせられる雰囲気の彼を、ウォルバクはじっと見つめる。

 

「剣を授かり、力を得た私は、仲間を求めず一人でモンスターと戦い、魔王軍と戦い、そして魔王を討った。全ては私の夢のため……私はただ、彼のようになりたかったのだ」

「彼?」

「悪魔でありながら、人間を救う為に反旗を翻し、絶対的戦力差を物ともせず悪魔を蹴散らし、自身の名を冠する魔剣と共に、魔界を統べる者と戦い、人間を救った、英雄と呼ぶに相応しき者」

 

 魔王は懐かしむように語り、剣を両手に持ったままキングサイズのソファーに腰掛ける。

 今、魔王が話した英雄。だがウォルバクには、ひとつとして思い当たる人物はいなかった。それほどの逸話を持つ者なら知っていてもおかしくない筈なのにと、彼女は口に手を当てて考える。

 

「この剣もそうだ。見た目も少し真似て、魔剣ヤサカなどと名付けて得意気に振っていた。彼のようになる為に……だが、世界も悪魔も人間もモンスターも、私が想像していたより複雑だった」

 

 一方で魔王は、剣の柄を右手に持って剣先を天井に向ける。魔王が隠れて手入れしていたのか、劣ることを知らないのか、今も獲物を求めるかのように剣身が光る。

 

「今名付けるなら……『偽伝の剣』とでも言うべきか」

 

 剣を見つめていた魔王は、自虐的に笑う。

 部下に見せる魔王然とした姿とも、自分にだけ見せる気苦労溢れた姿とも違う。ウォルバクは口を挟まずに聞いていたが、結局彼は自分に何を伝えたいのか、未だ不透明であった。

 そのことに魔王も気付いたのか「話が逸れたね」と、ソファーから立ち上がって剣を元あった場所に戻す。

 

「君には、知っていてもらいたいんだ。だれか一人でも、語り継いでくれることを願って」

 

 魔王はウォルバクに向き直り、彼女に歩み寄る。

 魔王軍幹部であることも邪神であることも忘れ、少女のように聞き入っているウォルバクの姿を見て、魔王は小さく微笑んで言葉を続けた。

 

「異世界の英雄──私が憧れた魔剣士の名を」

 




web版読了の方、もしくはいつか発売されるであろうこのすば最終巻を読んだ方にはおわかりだと思いますが、八坂もとい魔王についてはがっつりオリジナル設定を入れております。
なんだったら名前だけ借りたオリキャラと思っていただいてかまいません。


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プロローグ2 記憶
プロローグ2「fragment of the nightmare ~悪夢の断片~」


 草木の茂った場所の中心で、かち合う軽い音が鳴り響く。

 その正体は、打ち合う木剣。剣を握るのは子供二人。澄んだ蒼眼に風でなびく銀髪。鏡映しのような、瓜二つの外見。

 

「へへっ! これで一点リードだな!」

 

 声を上げたのは、活発な印象を抱く赤い服の子供。得意気に笑い、前方で膝をついていたもうひとりの子供へ剣先を向ける。

 

「算数もできないのかお前は! まだ同点だ!」

 

 一方は、相反して青い服を身にする子供。元々は掻き上げた髪型であったが、打ち合っている内に髪は下り、赤い子供と同じものに。

 彼は木剣を杖に立ち上がり、剣を構える。赤い子供も身構え、しばし睨み合ってから同時に駆け出した。

 

 今日は、双子の兄弟である彼等にとって、年に一度の特別な日であった。

 事あるごとに喧嘩する二人。しかし明確にどちらが強いと、決着がついたことはない。故に弟が、今日こそどっちが上かハッキリさせようと持ちかけてきた。

 兄はその勝負を買い、こうして打ち合っているのだが……兄が勝てば次は弟が勝ち、弟が勝てば兄が。二点先行ルールにしても決着はつかないまま。

 埒が明かない。それは二人もわかっていたが、決して口には出さず、そして退かない。彼等の勝負を止められる者はいないだろう。

 

 ──ただひとりを除いて。

 

「ダンテ、バージル」

 

 互いの木剣が交わる直前、二人の耳に声が届く。二人はピタリと動きを止め、自分達の名を呼んでくれた者へと顔を向けた。

 屋敷から歩いてきたのは、赤いストールを纏う金髪の女性。物静かな歩みで近寄ると、包み込むような優しい笑みを浮かべた。

 

「誕生日、おめでとう」

 

 彼女の手にあったのは、銀色と金色のアミュレット。二人は木剣を放り捨て、我先にと母のもとへ駆け寄った。

 嬉々とした表情で、二人は母から誕生日プレゼントを受け取る。弟は銀色を、兄は金色を。

 金色の装飾にはめ込まれた赤い宝石。魅了されたように見つめていた彼は、礼を言うべく顔を上げる。

 

「ありがとう! 母さ──」

 

 

 ──既に、母はいなかった。

 隣にいた筈の弟もいない。自分達が住んでいた屋敷もない。

 晴れ模様だった空は、今にも雨が降り出しそうな黒雲が立ちこみ、草原は血で染められたかのような水辺に。

 少年は、おもむろに視線を落とす。

 

 足元には、生気を失った目で見上げる母の顔が転がっていた。

 

「……母さん?」

 

 驚きはしなかった。悲鳴を上げることもしなかった。ただただ、理解が追いつかなかった。

 やがて、母の顔は血の池に沈む。呆然と立ち尽くしていた彼は、静かに顔を上げる。

 

 瞬間、彼の心臓を一本の槍が貫いた。

 槍の勢いは弱まらず、彼の身体ごと後方へ飛ばされ、転がっていた瓦礫に打ち付けられる。血反吐を吐き、鋭い痛みに耐えながらも彼は前方を強く睨みつける。

 

 血の池に蔓延るは、異形の軍勢。力を是とした人ならざる者達。

 そして、彼等を率いるように奥で鎮座する巨大な神像。

 

「無様だな、スパーダの息子」

 

 重く響いて伝わる神像の声。耳にするだけで腸が煮えくり返る憎き者の声。

 怒りが抑えられない。少年は刺さっていた槍を自ら引き抜く。

 

「俺は……まだやれる」

 

 憎悪を募らせ、少年は立ち上がる。引き抜いた槍に代わり、いつの間にか手中にあった抜き身の剣を強く握る。

 父から受け継ぎ、己が力とした魔剣。人と魔を分かつ刀──閻魔刀をもって、奴に死を。

 

「ハァアアアアアアアアッ!」

 

 少年は駆け出した。呼応して、異形の者達が武器を構える。

 しかし、有象無象如きで少年は止められない。彼は数多の敵を斬り、憎悪の対象に向かって走り続ける。

 身体を斬られようとも刺されようとも、その勢いはとどまることを知らず。やがて彼は高く跳び上がり、諸悪の根源を討つべく魔剣を振るう。

 

 しかし彼の姿は、未だ母を守れなかった弱き少年のままであった。

 

「グハッ……!?」

 

 幾多の光の槍が彼を襲う。手に力が入らず、魔剣は血の池に落ち、彼の身体は神像の手の中へ。

 

「救ってやろう、その弱さから」

 

 嫌でも聞こえてくる奴の声。少年の身体は宙に浮かび、辺りを黒い何かが覆い始める。

 

「心は弱さの腫瘍だ。そら、除いてやろう。自我も記憶も要るまいよ。新しい名をやろう。この魔帝の新たな下僕に」

 

 漆黒はやがて彼の全てを覆う。決して逃れられぬよう、何重にも。

 暗い闇の海に落ちていく少年は、天から差す光に手を伸ばす。だが無情にも光は次第に失われ──彼の世界は暗黒に包まれた。

 

「お前の名は──」

 



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第8章 銀髪仮面盗賊団
第62話「この駆け出しの街に王侯貴族を!」


 ──ふと気付けば、見慣れた天井があった。

 霞んだ視界が開けるように、ぼんやりとした思考が明瞭になる。カーテンの隙間から、朝日が溢れているのを確認する。

 特別早くもなければ、お隣のぐーたら冒険者が起きる時間ほど遅くもない、良い目覚めをするには丁度いい時間帯。

 だが、彼にとっては気持ちのいい朝ではなかったようだ。

 

「……チッ」

 

 バージル──悪魔と人間の間に生まれた半人半魔。

 悪魔のように睡眠を必要とせず活動することも可能だが、人間のように深い眠りにつき、夢を見ることもある。

 良い夢も、悪い夢も。

 

 ここ最近、彼は目覚めの悪い夢を見ることが多くなった。しかし、どんな内容であったかはおぼろげにしか覚えていない。

 鋭い何かで突き刺されたような夢、黒い何かに覆われる夢、何者かに追われ続ける夢。

 夢魔に目星をつけて喫茶店へカチコミしにも行ったが、誰一人としてバージルに手出しはしてないと供述。

 内容を教えてくれれば何か原因を掴めるかもしれないと店員に尋ねられたが、おぼろげにしか覚えておらず、そもそも夢魔に夢診断してもらうつもりなどなかった彼は答えずに喫茶店を後にした。勿論スイーツは食べていった。

 

 夢見心地が良くなる魔道具なんてものがあれば買うのだがと思いながら、バージルは腰を上げる。

 こんな時は朝風呂に限る。少しでも気分を良くするべく、彼は寝室から出ていった。

 

 

*********************************

 

 

 いつもより長めに入り、心も身体もサッパリした彼は、いつもの青いコートと銀色のアミュレット、聖雷刀を身に着けて家を出た。

 背負う筈の魔氷剣は無い。鍛冶屋に修繕を依頼していたからだ。そして今日、受け取りに行く予定であった。

 知り合い──主に問題児と出くわさないようバージルは人通りを避け、かつ最短の道を歩く。道中誰かとバッタリ遭遇することはなく、彼は無事鍛冶屋に辿り着いた。

 

「……おっ、来たか」

「進捗は?」

「昨日の晩にゃあとっくに終わってたぜぃ」

 

 パイプをふかし一服していたゲイリーは、顎を使って机上を指す。そこにはバージルが預けていた魔氷剣が。

 彼は剣を手に取ると鍛冶場の外に出て、刀身をチェックする。そして軽く剣を振り、修繕に問題ないことを確認した。

 

「しっかし、その剣もカタナも限りなく頑丈にしていて、おめぇさんも下手な剣の振り方をするわけでもねぇのに、よくもまぁそんなに傷付けられるもんだなぁ」

 

 剣の調子を確かめていたバージルに、ゲイリーは呆れ半分で話す。

 実のところ、魔氷剣の前に聖雷刀の修繕を彼は頼んでいた。悪魔の力を得たシルビアとの戦いで、刀身が欠けていたからだ。

 モンスターを相手にするだけなら問題ない。しかし悪魔となると、今の強度では心もとない状態。聖雷刀にかけられていた女神アクアの加護も、当初よりは薄まっている。

 アクアもそれに気付き加護を付け足そうとしてきたのだが、その度に彼は拳骨で防いでいた。

 

「なぁじーさん! 私の使ってるハンマーどこにいったか知らないかー!?」

 

 とその時、鍛冶場内から女性の声が。バージルと、そしてゲイリーは面倒臭そうに息を吐いて振り返る。

 

「聞いてんのかじーさん! そんなに耳が遠くなったか……って、誰かと思えばゆんゆんの先生じゃないか」

 

 鍛冶場から姿を現したのは、服や頬に黒ずみがついた、そばかすの似合う黒髪赤目の少女、にるにるであった。

 紅魔の里での騒動後、彼女はアクセルの街に越してきた。ゆんゆんの武器サポートに本腰を入れたほうが、自身のスキルアップや武器開発に役立ちそうだからとのこと。

 それを聞いたゆんゆんは、バージルの剣を作ったゲイリーの鍛冶場を薦めた。結果、ゲイリーの腕は彼女のお眼鏡にかない、こうして新たな開発拠点としていた。

 

「ハンマーならそこの机に放りっぱなしだったろうが! おめぇこそ、そのトシでもうボケが来ちまったか!?」

「そうだ! 今カタナ持ってるか!? 持ってるよな! ちょっと見せてくれよ! 武器開発の参考にしたいんだ!」

 

 怒鳴るゲイリーを完全に無視して、にるにるはバージルへと詰め寄る。

 彼女の圧に押されたバージルは少し思案したが、その手にあった刀を鞘ごと彼女に手渡した。

 

「満足したなら返せ」

「やっぱりアンタはノリがいいね! 助かるよ!」

 

 にるにるは刀を両手でしっかりと受け取り、うきうきと鍛冶場の方へ戻っていく。

 騒がしい奴だと感想を抱くバージル。そこで蚊帳の外であったゲイリーに顔を向けると、彼は物珍しそうにバージルを見つめていた。

 

「こりゃあおでれぇた。おめぇさんの性格ならバッサリ断ると思っとったんだが」

「この手の輩は諦めが悪い。妥協して折れた方が、穏便に事を進められる」

「……苦労してんだな」

 

 

*********************************

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 と、元気ハツラツな眼帯少女の詠唱が空耳で聞こえてきそうな爆音が、街の外でこだまする。

 これが他所の街であったなら、魔王軍の襲撃と勘違いを起こして警報が鳴り響くのは必至。しかしこの街では『一日一爆裂』を欠かさない『頭のイカれた爆裂魔』がその名を轟かせている。

 迷惑がられていた爆裂魔法は、いつしかこの街の名物となり、住民にとっては派手めな朝の知らせにもなっていた。

 

「いいねぇ。嬢ちゃんの魔法が今日も骨身にしみるぜぃ」

「飽きん奴だ」

 

 古参鍛冶屋のゲイリーは勿論、新参者であるバージルも慣れた側であった。

 無粋な魔法の音を朝から聞かされて、神経質であったバージルは当初不快に思っていたが、慣れというのは恐ろしいもの。

 気付いた頃には、朝の紅茶を飲みながら爆裂魔法の音を聞くのが日課となっていた。

 正確に言えば、一々腹を立てることすら面倒になり、気付けば何も思わなくなっただけで、爆裂魔法が無粋なことに変わりはないのだが。

 

「随分と賑やかになったもんだ」

 

 鍛冶場外にある木材置き場。木を切り落としただけの簡素な椅子に座っていたゲイリーは、爆裂魔法の余韻に浸った後に語り始めた。

 

「ふらっとおめぇさんが現れて、おめぇさんの紹介で色んなヤツが来て……しまいにゃ変わり者の紅魔族が住み着きやがった」

 

 味わうようにバイプを吸い、口から白い煙をほうと吐き出す。

 

「ひとりで自由気ままに暮らしていたっつうのに、鬱陶しいったらありゃしねぇ」

「俺が紹介したのはミツルギとタナリスだけだ。後の奴等は知らん」

「おめぇさんがワシに依頼をしたのが発端だ。あれがなきゃあ、今頃独りでのんびりと寛いでいただろうよ」

 

 迷惑そうに愚痴を溢すゲイリー。その言葉とは裏腹に、彼の表情はどことなく愉しげであった。

 

「おーい! 剣士のダンナ!」

 

 と、鍛冶場の方からにるにるの声が。振り返ると、彼女は刀を持ってバージルのもとへ歩み寄ってきた。

 

「サンキュー! いい勉強になったよ! おかげでまた色々アイディアが浮かんできた!」

「そうか」

 

 短く言葉を返し、バージルは刀を受け取る。念の為刀身等をチェックするが、特に弄られている痕跡はなかった。

 

「そりゃあそうさ。そのカタナは、ワシが今まで作った中でも最高傑作といってもいい出来。この街は勿論、王都の連中にも負けねぇ世界一の武器だ」

「ってことは、私が作り上げる武器はもれなく世界一になるわけだな」

「ハッ! おめぇみたいなひよっ子がそう簡単にワシを超えられるわけねぇよ!」

「私は最高の武器職人になる予定の者! じーさんの作る古クセェ武器なんかあっという間に超えてやるさ!」

「おめぇ、ワシの作る武器を古臭いって言ったか!? さっきカタナを見て勉強になったつっただろうが!」

 

 バージルがいることも忘れ、口喧嘩を始めるゲイリーとにるにる。どうにもしばらく止まる様子はない。

 鍛冶場での用は済んだ。バージルは踵を返すと、二人には何も言わずその場を去った。

 

 

*********************************

 

 

 チラホラと街の住人が顔を出し始めたのを横目に、バージルは行きと同様に最短ルートで帰路へ着く。

 久々にクエストへ行くのもいいかと思いながら家に足を運んでいると、ふと視線の先にある物を見て足を止めた。

 

 入り口の前に立つ、黒い正装に身を包んだ老人が一人。扉の前に立ち、姿勢を崩すことなく待機している。

 不法侵入する素振りは見られない。依頼人とみたバージルは、自ら男のもとへ。

 足音に気付いた男は、振り返ってバージルと顔を見合わせる。男は、少なくともバージルはこの街で見かけたことがない顔であった。

 

「運が良いな。今開けるところだ」

「貴方が蒼白のソードマスター、バージル様ですか?」

「そういう貴様は依頼人だろう? 話なら中で聞く」

「いえ、手短に済む話ですので」

 

 老人は扉の前から退けようとせず、バージルと対面したまま話を進める。バージルが口をつむいだのを確認すると、彼は懐から一枚の紙を取り出した。

 

「こちらをバージル様にと、仰せつかっております」

 

 赤い封蝋で留められた手紙。バージルは黙って老人からそれを受け取る。裏面を確認するが、差出人の名は書かれていない。

 

「中身を見ていただければ、わかっていただけるかと。明日、またここへお伺い致しますので、御返事はその時に。では私はこれにて」

 

 老人は頭を下げて、バージルのもとから去る。遠ざかっていく後ろ姿を見届けたバージルは、ドアノブにかけてある『閉店中』と書かれた札を返さずに家の中へ。

 いつのも椅子に座り、封筒を開ける。中には一枚の手紙。封筒を机上に放り捨てて広げた紙を片手で持ち、もう一方の手で頬杖をつきつつ手紙に目を通した。

 

『熟達した剣技で、偉大なる冒険者と共に数多の魔王軍幹部を倒し、この国に多大なる貢献を行った蒼白のソードマスター、バージル殿。貴殿の華々しいご活躍を耳にし、是非その腕をひと目見たく。つきましてはダスティネス邸にて、お食事などをご一緒出来ればと思います』

 

 紙一枚で事足りる文量。その締めには、差出人の名前が記されていた。

『ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス』──ベルゼルグ王国、第一王女の名が。

 

「……すっかり忘れていたな」

 

 以前、バージルは王都から誘いを受けた事があった。アクセルの街から拠点を移し、王都でその剣を振ってくれないかと。

 しかし彼はその誘いを断り、更には「飼い慣らしたければ力づくでやってみろ」と、挑発にも取れる返答をした。

 あれから時が経ち、バージル自身もその一件を忘れていたが、おそらくこの手紙が王都からの返事であろう。

 断るつもりはない。しかしバージルには一つ疑問が。

 

「(何故、わざわざダスティネス邸に?)」

 

 力を示すだけであれば、バージルを王都へ呼びつければ済む話。なのにどうして王女自ら足を運び、ダスティネス家──ダスティネス・フォード・ララティーナもといダクネスの所に来るのか。

 高慢な態度では断られる可能性を考えて、なのかもしれない。もしくはダスティネス家に用があり、バージルの件はあくまで『ついで』か。

 単純に考えればダスティネス家と貴族間での話をしに、となるだろう。しかしバージルは手紙に記された『偉大なる冒険者と共に』という文が、どうにも引っかかっていた。

 

 

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 翌日、約束通り現れた老人に承諾の返事を伝えたバージル。数日後に第一王女が付き人を連れてやってくるとの手紙も届き、彼は王族に関連する書籍に目を通しながら時間を過ごしていた。

 そして、約束の日。彼は普段の青コートと聖雷刀を一本携えてダスティネス邸へ。

 

 

「やはり本命は貴様か」

「ついに俺達がいることに対してツッコまなくなりましたね」

 

 そこでは、既にカズマとその仲間達が正装に身を包んで待機していた。

 予想通り、カズマにも第一王女からのお誘いが届いていた。バージルとは違い、彼の様々な冒険話を聞きたいとのこと。

 

「ぐぬぁああああ……! バージルだけは巻き込まないようにとアクア達へ箝口令を敷いていたのに、まさか直接手紙が届いていたとは……!」

「ほら、私の言った通りではないですか。バージルにも招待状が届いていそうですし、いっそのこと誘ってみてはと」

 

 切羽詰まった表情で頭を抱えるダクネス。普段はカズマが仲間の行動に悩んでいるのだが、今回はダクネスがその役割のようである。

 

「つーか、なんでバージルさんが来ることを頑なに拒んでたんだよ。話のネタにはもってこいなのに」

「ならカズマ! この男が、国の王女様に頭を下げて敬う姿が想像できるか!?」

「いや全く」

「むしろ見下しそうですね」

「敬語なんて使った日にはキャラ崩壊って言われそうだわ」

「ということだバージル! 態度はどうにかしてフォローするが、言動まではどうにもならん! だから今回お前は何も喋るな!」

「俺の目的は別だ。それが済み次第帰らせてもらう」

 

 ダクネスは指を差し、念を押してバージルに忠告する。対するバージルはというと、端から取り繕う気など見せずに言葉を返した。

 王女の前で勝手に席を立つのも礼儀に反するとダクネスは思ったが、早く帰ってもらった方が肩の荷も降りる。仕事があるとの理由をつければどうにかなりそうだという結論に至り、彼女は言葉を呑んだ。

 

「それよりも、カズマのオマケ扱いであることが癪に障る」

「まったくよ。数多の魔王軍幹部を倒したとか言われちゃってるけど、アルカンレティアにいた幹部を倒したのは私だからね?」

「私だって、紅魔の里を襲った幹部に爆裂魔法でトドメを刺してやりましたよ」

「ちょっと待てよ。お前のがまかり通るんだったら、俺だって魔王軍幹部だった頃のバニルにトドメを刺したぞ」

 

 凄腕冒険者の仲間達扱いされていることに不服な三人に対し、カズマも内容は置いといて実績はあると返す。とそこで、同時にはたと気づく。

 

 彼等は、唯一話題に出なかったダクネスを見た。

 

「お、おい! なんだその言いたげな目は! 私だって活躍はしているんだぞ!? デストロイヤー迎撃戦では戦線に立ち、悪魔からウィズを守ったんだ!」

「私は二度の爆裂魔法をもってデストロイヤーを木っ端微塵にしました。因みにアクアは結界の破壊と悪魔の討伐。バージルも同様。カズマは作戦の指揮を執っていました」

「ば、バニルが作っていた爆発する防衛人形は、私が先頭に出て倒していったぞ!」

「あれは助かったけど、お前その後バニルに身体乗っ取られたよな?」

「あ……アルカンレティアでは、ハンスの毒に苦しめられていたアクアを助けて、紅魔の里では……森で迷子になってたアクアを……」

「貴様は女神の子守か?」

「四人の中で誰が一番お荷物かって話題がちょくちょく出るけど、やっぱり──」

「やめろぉ! それ以上言うなぁ!」

 

 活躍自体はあるが、この場にいる中では一番目立った場面がない。その現実を聞こうとせず、ダクネスは涙目で耳をふさぎ、仲間に背を向けてしゃがみ込んだ。

 

「大丈夫よ! ダクネスはいっぱい頑張ってるわ! 私をスライムの毒から身を挺して助けてくれたじゃない! 毒を浴びたダクネスは私が回復してあげたし、あれくらいの毒なら自力でどうにかなったけど、その助けたいという気持ちだけは誰にも負けてないと思うの!」

 

 仲間思いのアクアはすかさず彼女に駆け寄り言葉をかける。フォローになっているのかなっていないのか微妙なところであったが、少しは効果があったようで、ダクネスは立ち上がる。

 

「とにかく! アイリス様には決して無礼を働かないように! わかったな!?」

「散々人のこと注意してるけど、お前こそ急に剣を抜いて王女様に勝負を挑んだり、我慢できなくなって俺やバージルさんに変態プレイを求めたりすんなよ」

「お前は私を何だと思っているんだ! 私だって時と場所は選ぶと言っただろう!」

「そういえば、バージルは着替えないんですね」

「言っただろう。奴等へ力を示しに来たと。カズマのような服装では動きが鈍る」

「まぁでも、お兄ちゃんがおめかししちゃったら、頑張って着こなしたカズマさんの立場がなくなっちゃうものね」

「おい聞こえてんぞダサ女神。お前だって猿に衣装着せた程度の華やかさしかないからな」

「芋ジャージで外を歩くような、ファッションセンスの欠片もないヒキニート風情が言ってくれるじゃない。女神のきらびやかな衣装を馬鹿にしたこと、今すぐ懺悔させてあげるわ!」

「あぁああああもうっ! こんな時に喧嘩を始めようとするな! アイリス様をこれ以上待たせるつもりか!?」

 

 互いに噛みつきそうなカズマとアクアを、ダクネスは引き離す。

 この調子ではあっという間にボロが出そうだなと、バージルは静観しながら彼等と共に廊下を進んだ。

 

 

*********************************

 

 

 道中、めぐみんが隠し持っていた様々なアイテムをダクネスが没収しながらも、邸内を歩く。

 一つの扉の前に辿り着くと、ダクネスは再度カズマ達に釘を刺してから扉を開けた。

 

 広く、高級感のある晩餐会用の広間。赤い絨毯が敷かれ、広間の両側には料理を運ぶため待機している使用人が数名。

 中心には白いクロスで飾られた長いテーブル。庶民にはお目にかかかることすら叶わない、豪華な馳走が机上に並べられている。

 そして広間の奥、上座の席に座っているのは小さな金髪碧眼の少女。彼女から見て右側には、白いスーツを纏い腰元に剣を据えている、金髪に青紫のメッシュが入った騎士らしき女性。左側には杖を持った魔法職と思われる金髪の女性。どちらも碧眼のため貴族であろう。

 

「(おおっ! 期待を裏切らない正統派のお姫様だ!)」

 

 アイリスの姿をひと目見たカズマは、珍しく期待が外れなかったことに内心喜ぶ。

 聞くところによると、彼女の年齢は十二。カズマにとっては妹にあたりそうな年頃。

 仲良くなったあかつきには、お兄ちゃんとかお兄様とか言ってもらえるのでは。今日この日まで、彼はそんな妄想を膨らませていた。

 

「お待たせしました、アイリス様」

 

 ダクネスが数歩前に出て、アイリスへと頭を下げる。そしてカズマ等を手で指して紹介した。

 

「こちらが、我が友人であり冒険仲間でもありますサトウカズマとその一行です」

「俺を勝手に貴様らのパーティーに加えるな。心外だ」

「ン゛ン゛ッ!」 

 

 黙っていろと指示されていた筈のバージルが一番に口を開いた。ダクネスは紛らわすように大きく咳き込む。

 だがそこで、次鋒とばかりに自称妹のアクアが前に出た。

 

「お初にお目にかかります、王女様。アークプリーストを務めているアクアと申します。早速ですが挨拶代わりの一芸披露を──」

「アイリス様! ちょっと失礼致します! 仲間に話がありますので! アクア! バージル! ついでにめぐみんも来い!」

「ちょっと待ってください! 私はまだ何もやっていないではありませんか!」

 

 危うくアクアが何かをしでかそうとしたところをダクネスが止め、三人を連れて後方に移動する。

 後ろでダクネスが三人に小声で注意しているのを耳にしながら、残されたカズマはアイリスを見つめる。と、アイリスは彼の視線に気付いて目を合わせる。

 しばし見つめ合っていた二人だったが、やがてアイリスが顔を逸らすと、隣の騎士に耳打ちをする。騎士は耳を離すと、カズマと向き合って彼に告げた。

 

「下賤の者、王族をあまりそのような目で不躾に見るものではありません。本来ならば身分の違いから同じテーブルで食事をすることも、直接姿を見ることも叶わないのです。頭を低く下げ、目線を合わせずに。では早速挨拶と冒険譚を……と仰せだ」

 

 貴族らしい、庶民を見下した発言。とても可愛らしく大人しめな印象を受けるあの少女が言ったとは思えないが、少女に騎士の言葉を否定する様子は見られない。

 抱いていた期待から大きく外れた発言を受けたカズマは、アイリスから目を逸らさず言葉を返した。

 

「チェンジで」

「申し訳ございませんアイリス様! 今すぐこの無礼者を叩き出しますので!」

 

 

*********************************

 

 

 開始早々ボロが出てしまったカズマ達であったが、ダクネスが慌てふためく珍しい姿を見れたからとの理由で、アイリスから許しを得た。

 貴族なんてのは皆こういうもんかと、口に出していれば首が飛びそうなことを思いながら、カズマは言われるがままに王女の近くの席へ座る。

 カズマの対面にはダクネスが、そこから並んでアクア、めぐみんが座り、バージルはカズマから一席空けて腰を下ろした。

 

 カズマは仰せのままに、アイリスへこれまでの冒険譚を、飽きさせないようにと多少盛りつつ語った。

 街での平和な暮らしや、これまでに出会った様々なモンスター、悪魔、魔王軍幹部。そして街が脅威に晒される度に立ち上がった、勇気ある冒険者とその仲間達。

 

「──とまぁ、シルビアの勧誘に敢えて乗ることで油断を誘ったのですよ。思惑通り、奴は俺への警戒心を少し解いてくれました。しかしそれが命取り。俺は一瞬の隙を突いて奴を閉じ込めました。それでも奴は力技で封印を解いてきましたが、俺は里に隠された兵器を探し出し、最後は仲間との連携をもってシルビア討伐を成し得たのです」

「素晴らしいわ! 貴方のように聞いているだけでハラハラする冒険譚は初めて! 鍛え上げた力をもってモンスターを一方的に退治する他の冒険者と違って、貴方は知略をめぐらして強大なモンスターと立ち向かうのですね! ……と仰せだ」

「彼等は身の丈にあった戦いしか好まないのですよ。俺は常に格上の敵と戦い、日々上を目指しているのです」

「貴方は冒険者としても人間としても誠実な方なのですね。冒険者になる前は一体どのような仕事をなさっていたのですか? ……と仰せだ」

「そうですね……あまり多くを語ることはできませんが、三ヶ月でいいからと契約を迫る相手や、財産を狙う下劣な輩を撃退したり……家族の帰る場所を守る仕事、とでも言いましょうか」

 

 目を輝かせて話に聞き入るアイリス。カズマも興が乗ったようで、ワインを片手に生前の名誉ある仕事(ヒキニート生活)を語る。

 話の途中で、アクア達三人だけでなくバージルも仲間に纏めている部分があり、彼がまた声を上げないかと思われたが──。

 

「次だ。デザートの追加を頼む」

「一体何個食べるつもりですかバージル! 私の分は残してくださいよ!?」

「まさかお兄ちゃんが甘党だったとはねー」

 

 デザートを食すのに忙しく、カズマの話は聞いていなかったようだ。めぐみんとアクアも、滅多にありつけない豪勢な食事を楽しむことに意識を向けている。

 唯一話を聞いていた対面のダクネスは、胃がキリキリと痛んでいそうな苦悶の表情でカズマを見守っている。食事の手も進んでいないようで、皿に盛られた料理は未だ綺麗な姿を保っていた。

 さて次はどんな話がお望みだろうか。ワインに口をつけつつ言葉を待っていると、アイリスは隣の騎士へ耳打ちし、彼女に代わって騎士が口を開いた。

 

「あの魔剣の勇者ミツルギ殿に勝ったという話を聞いたのですが、本当ですか? ……と仰せだ」

「ミツルギ? あぁ魔剣の人か。確かに俺はアイツに勝ったことがあります。でもどこで聞いたんですか? まだその話はしてないんですけど」

「今、ミツルギ殿は王都にて剣をふるっておりまして。彼にも冒険譚をお聞きした際に、勝てなかった相手がいると。その相手が貴方と、そこにいるバージル殿なのです……と仰せだ」

 

 話を聞き、カズマはチラリと横を見る。名前を呼ばれて反応したのか、イチゴを一口食べたところでバージルはアイリス達へ目を向けていた。

 アイリスが疑っている目でカズマを見つめる中、隣の騎士が続けて話す。

 

「ミツルギ殿は、勇者の名に恥じない実力を持っている。私も一戦交えたが、勝つことは叶わなかった。正直、お二方があの魔剣の勇者に勝った事実がにわかに信じられない……無礼だとは思いますが、冒険者カードを拝見させてはもらえないでしょうか? お二方のスキル振りを後学のため参考にさせて頂ければ……」

「えっ!? そ、それはちょっと……」

 

 思わぬ方向に話が転がってしまい、カズマは焦りを見せる。

 彼が得ているスキルには、リッチーであるウィズから教わった『ドレインタッチ』がある。それを見られてしまうと、どうやってそのスキルを得たのか詳細を聞いてくるのは間違いない。

 最悪、ウィズが魔王軍幹部であることがバレてしまい、自身も魔王軍の手先だと疑われる可能性もある。どうにかしてやり過ごす手段を考えていると、静観していたバージルがフォークを置き、おもむろに立ち上がった。

 

「実際に見せた方が手っ取り早いだろう。そうすれば俺の用事も片付く」

 

 そう口に出し、アイリス達を睨むバージル。彼の意図を汲み取ったのか、アイリスは承諾するように頷くと、隣の騎士へ耳打ちする。

 

「いいでしょう。しかしここでは場所が悪い。ララティーナ、修練場を貸していただけますか? ……と仰せだ」

「えっ!? は、はい! すぐにご案内致します!」

 

 声を掛けられたダクネスは慌てて立ち上がる。アイリス達も席を立ち、ダクネスについて行った。

 冒険者カードを見せずに済み、カズマはホッと息を吐く。と、バージルがカズマの後ろへ歩み寄り、彼にだけ聞こえる声量で伝えた。

 

「今回は貸しだ。それと何度も言うが、勝手に貴様等の仲間に俺を加えるな」

 

 ちゃんと話は聞いていたようだ。

 

 

*********************************

 

 

「そういえば、まだ名前を教えていなかったな。私はクレア。シンフォニア家の出身だ。レイン、アイリス様は任せたぞ」

 

 ダスティネス邸にある修練場。アイリスの傍を片時も離れなかったクレアは、アイリスをもうひとりの護衛である魔法使い、レインに任せて自分は部屋の中央へ。

 対面には蒼白のソードマスター、バージル。壁際には椅子に腰を下ろしたアイリスと傍に立つレイン、そして他の冒険者達。

 クレアは目線を下に落とすと、彼が左手に携えている武器について尋ねた。

 

「バージル殿が持っている武器は……もしやカタナか?」

「知っているのか?」

「王都を拠点とした、主に黒髪の冒険者が使用しているのを見かけたことがある。私も城の武器庫にあった物を試してみたが、扱いが難しくて断念したよ」

 

 彼の仲間であるサトウカズマのように、少し変わった名前を持つ冒険者のほとんどが、カタナと呼ばれる武器を知っていた。

 戦闘員でない者もカタナを渡すと、扱い方を知っている風に構えを取れる。何故知っているのだと尋ねると「マンガやアニメで見た」「ドラマや時代劇で知った」と不思議な言葉を口々に言っていたため、クレアには理解できなかった。

 

「バージル殿がどのようにカタナを振るうのか、参考にさせていただこう」

「前置きはいい。さっさと始めるぞ」

 

 友好的に接していったが、相手はつっけんどんな態度を取る。これにはカチンときたクレアであったが、怒りをぐっと堪える。壁際ではダスティネスがバージルを嗜める動きを見せているものの、気付いていないようだ。

 性格と言動に難ありだが、サトウカズマの話を聞く限り実力は確か。異形の姿となるスキルを所持していることも、クレアは耳にしている。

 しかしそれでも、あのミツルギキョウヤを上回っていることが信じられない。確かめる方法はただ一つ。

 

 クレアは腰元のレイピアを抜き、切っ先を相手に向ける。対するバージルはおもむろに柄を右手で握り、いつでもカタナを抜ける構えを取る。

 向こうから動く気配は見られない。こちらから動いて誘い出すべきかと、クレアは一歩相手へ歩み寄る。

 

 ──瞬間、氷のように冷たい戦慄が彼女の全身を走った。

 

「ッ!」

 

 クレアは咄嗟に後ろへ飛び退き、バージルから距離を空ける。相手は未だカタナの柄を握ったまま。

 

「……クレア? どうしたのですか?」

 

 勝負を見守っていたアイリスが、心配そうに声を掛けてくる。様子がおかしいクレアの身を案じてのことであろう。

 事実、今のクレアは平静を保っていない。瞬く間に吹き出した汗を流し、心臓も警報のように大音量を鳴らしていた。

 

 剣の間合いは、剣身だけで計れるものではない。

 相手の踏み込み、剣を振る速さ、正確さ……様々な判断材料を見た上で感じ取る。熟練した者であれば、相手の間合いを計るまで時間はかからない。

 バージルが持つカタナの長さは目測で把握できるが、他の要因は未だ未知。しかしクレアは、戦場での経験も活きてか彼の間合いを感じ取った。感じ取らされた、と言うべきか。

 ここが戦場だとして、もう一歩踏み込んでいたら──とっくに命を落としていた。

 

「間合いを把握するだけの能はあったか」

 

 感心か小馬鹿にしてるのか、バージルは独りごちる。しかしクレアには彼の言葉に反応していられる余裕もなかった。

 彼の剣が届く範囲からは大きく離れているが、彼女の中で響く警鐘は未だ鳴り止まない。

 息を整え、再度レイピアを構える。こちらから仕掛けるのは愚策と考え、相手の挙動に全神経を集中させる。

 クレアが仕掛けてこないのを感じ取ったのか、バージルは静かに腰を据える。

 

 バージルは一瞬で間合いを詰め、抜く手も見せずに刃を振った。

 

「ッ!」

 

 神経を研ぎ澄ましていたクレアは寸でのところで避け、バージルと交差するように跳び退ける。

 床を転がりつつバージルの後方へ回った彼女は、すかさず起き上がるとレイピアを構え、バージルへと振りかざす。

 が、バージルは咄嗟に刀を後ろへ振り、クレアの攻撃を弾いた。

 

「まだだ!」

 

 一回弾かれただけで攻撃の手は緩まず。クレアは弾かれた勢いを流しつつ素早い攻撃を続ける。

 高レベルの冒険者でも捌くことは難しい猛攻。しかしバージルはこれをいとも簡単に避け、いなしていた。

 

「無様だな。闇雲に向かってくるだけか」

「何だと!?」

 

 挑発をするほどの余裕を見せるバージルに対し、クレアは更に速度を上げてレイピアを振り続ける。

 一瞬でも手を緩めれば反撃がくる。そう考えての猛攻であったが、相手には届かず。

 クレア自身も気付かないほんの僅かな隙を突き、バージルは攻撃を強く弾いた。一度目と違い、クレアは大きく体勢を崩す。

 バージルは咄嗟にカタナを逆手に持ち帰ると一歩踏み出し、柄頭をクレアの鳩尾へと押し込んだ。

 

「ぐっ……!?」

 

 息が止まるほどの鈍痛を受け、クレアは後方へと吹き飛ばされる。あまりにも勢いが強かったため、彼女はそのまま壁へと背中を打ち付けられた。

 力なく床へと突っ伏すクレア。気を失いかけたが、どうにか保った彼女は床に手をつけ、急いで顔を上げる。

 

 だが──その時にはもう、首筋に冷たい感触を覚えていた。

 

「まだ立つつもりか?」

 

 目の前には、冷酷な目で見下ろすバージルがいた。動いたら斬ると、カタナを彼女の首筋へと当てて。

 どちらが勝ったかは、一目瞭然であった。

 

「……クッ」

 

 悔しさに耐えるように唇を噛み、クレアは武器から手を離す。カランと床に落ちる金属音が虚しく響く。

 彼女が負けを認めた意思を確認したバージルは、カタナを離して鞘に納める。クレアは未だ、床に膝を付けたまま。

 

「飼い慣らすには、鎖が脆すぎたな」

 

 項垂れるクレアへと放つように告げると、バージルはそのまま修練場の出口へと向かう。

 

「ちょっと、どこに行かれるんですか!?」

「用は済んだ。先に帰らせてもらう」

 

 レインの呼び止めにも応えようとせず、バージルは王女達の前から姿を消した。

 

 

*********************************

 

 

「本日はご足労いただきありがとうございました。そして仲間の度重なる非礼、申し訳ございません! 特にあの、貴族を前にしても相手を愚弄し、あまつさえ刃を向け、更には勝手に帰ってしまう男には、私からキツく言っておきますので……!」

「い、いえ。もともと手合わせを頼んだのは私です。ダスティネス卿がお気になさることはありません」

 

 バージルが去った後、そのままお開きとなった今回の会食。ダクネスとクレアが話す傍ら、アイリスは横に立つレインへ耳打ちする。

 

「剣の腕は、噂に違わぬ見事なものでした。貴族に対し傲慢の極みを貫く姿勢には感心しませんが……と仰せです」

「本当に! 本当に申し訳ありません!」

 

 顔には出さずとも、王女様はご立腹だったようだ。レイン経由のお怒りの言葉を聞き、ダクネスは必死に頭を下げ続ける。

 普段は欲望のままに絡んでバージルに意図せずストレスを与えていたダクネスであったが、どうやら今回は立場が逆転したようだ。最後まで傲慢スタイルを徹底していた彼を独り恨む。

 

「私は、アイリス様お付きの騎士として恥じないよう、日々鍛錬を続けていました。しかし……あれほど実力差を見せつけられたのは、ミツルギ殿と剣を交えた時以来です」

 

 初めて会った時と比べ、明らかに覇気のないクレア。バージルに完敗したのが余程堪えたようだ。

 

「是非とも王都でその力を振るっていただきたい。バージル殿も、手合わせをして力を示せば検討するとの意思を手紙で返してくださったので、今回勧誘できたらと考えていましたが……」

「そうだったんですか。まぁでも、引き入れなくて正解だったと思いますよ。あの人、誰かの下に付くのは死んでも嫌だってタイプの人間ですから」

「あの男は狂犬です。我が爆裂魔法ですら砕けぬ頑丈な鎖に繋げるか檻に閉じ込めでもしなければ、飼い慣らすのは不可能でしょう」

「しかし、貴方がたはバージル殿を仲間だとおっしゃっていた。一体どうやって勧誘したのですか?」

「あー……実はちょっと語弊がありまして。俺達は仲間だと思ってるんですけど、バージルさんにとってはあくまで協力関係なんです。どんな契約を交わしたかは機密事項なんで言えませんけど」

 

 全てはそこの、本性を隠して貴族を全うしている女のせいだと言ったら、王女様はどんな顔を見せるのだろうか。気になりはしたがバージルとダクネスの尊厳を守るべく、全ては明かさずにカズマは語る。クレアもそれ以上詮索することはしなかった。

 

「カズマ殿も、この度はアイリス様に数多くの素敵な御話を語ってくださり、感謝致します。あそこまで目を輝かせて熱心に耳を傾けているアイリス様の姿は、初めてお目にかかりました」

「いえいえ、気に入ってもらえたのなら光栄ですよ」

「事故とはいえ、最後にレインの下着を剥ぎ取ったのはあれですが……」

「その件に関しては本当に申し訳ございません」

 

 カズマは姿勢を正し、ダクネスよりも綺麗なお辞儀で謝罪する。

 バージルとクレアの手合わせが終わった後、カズマの実力も見せてほしいとアイリスからお願いされた。意気消沈しているクレアに代わり、レインがカズマの相手をすることに。

 ミツルギにどのように勝ったのか、という証明だったので、カズマはすかさず『スティール』を披露。相手が女性である以上、結末は見通す悪魔でなくとも予想がつくものであった。

 

「では、我々はこれで城に帰るとします。皆様方、大変ご迷惑をおかけしました」

「こちらこそ、あまりお構いもできませんでしたが……アイリス様、また城に参じた時にでもお話しましょう」

 

 別れの言葉を交わすクレアとダクネス。その横で、アイリスはじっとカズマを見つめている。

 カズマとしてはもっと仲良くなりたいところであったが、本来ならお目にかかることすら叶わない身分。後ろ髪を引かれる思いで別れを受け入れ、アイリスに声を掛けた。

 

「王女様、またいつの日か俺の冒険話をお聞かせに参りますので」

 

 レインが杖を床へ軽く突き、アイリス達の足元に魔法陣が浮かぶ。詠唱を唱える内に光は増していき──。

 

「なら、もっと私に冒険話を聞かせて」

「へっ?」

 

 瞬間、アイリスは自らカズマを引っ張り魔法陣の中へ。突然のことに困惑するカズマであったが、その時にはもう光は最高潮まで達していた。

 

「『テレポート』!」

「ちょ、ちょっと待っ──!」

「カズマ!?」

 

 仲間三人を残し、カズマはアイリス達と共に姿を消した。

 

 

*********************************

 

 

 王女様来訪から数日後。バージルは今日ものんびりと詩集に読み耽っていた。

 カズマが王女に攫われたらしく、めぐみんとダクネスは慌てていたが、そのうちホームシックになってひょっこり帰ってくるとアクアは楽観的な考えを示していた。

 めぐみんからその件で相談を持ち帰られたが、バージルもアクアと同意見を出した。結果、めぐみん達は大人しく屋敷でカズマの帰りを待っている。

 

「(一度、王都に足を運ぶのも悪くはないが……奴等が絡むと観光もままならん)」

 

 アルカンレティア、紅魔の里での経験をもとに王都行きを見送ったバージル。王都絡みの依頼が無ければいいがと思いながら、ページを捲る。

 とその時、店の扉が開かれる。だがバージルは来客に顔を合わせずとも、誰が来たのかを理解していた。

 

「久しぶりだな。独りで神器回収に勤しんでいたか」

「というよりは、その為の情報収集に専念してたところですね」

 

 女神エリス、もとい盗賊クリス。入店してきた彼女は、そのまま歩を進めてバージルの前に立つ。

 バージルが紅魔の里から帰ってきてから三日後辺り、彼女は単独でアクセルの街を出ていった。バージルを誘わなかったのは、彼女一人でも行えるものだったのだろう。

 

「つまり、貴様が今目的としている神器はまだ回収できていないと?」

「はい。で、察しのいいバージルさんならもうお分かりかもしれませんが……」

「……場所はどこだ?」

 

 明確に言葉を交わさずとも察したバージルは、目的地を尋ねる。クリスは目を合わせ、おもむろに口を開いた。

 

「王都にある、貴族の屋敷です」

 

 王都行きの便は、否が応でもバージルを乗せたいようだ。

 




クレアさんとレインさんも、今後このファンで使えるようになれたらいいなって。


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第63話「この王都に銀髪集団を!」

「──盗賊団?」

 

 聞き返すバージルの前には、協力者かつ依頼人として訪れていたクリス。机越しに立っていた彼女はバージルに背を向け、ゆっくり歩きながら言葉を続けた。

 

「冒険の最中で命を落とし、持ち主を失った神器が高値で市場に出回っていることがあります。その多くは、貴族の方に買い取られているんです」

「値の張る珍しい物に目がないのは、この世界の貴族も同じか」

「なので私は、よく貴族の邸宅にお邪魔して神器を探していました。ついでに、悪い事をして溜め込んだ金銀財宝もいただかせてもらってます」

 

 クリスは足を止めると、再度バージルへと向き直る。

 

「義賊としてね」

 

 いつの間にかくすねていた、机上に飾っていた筈の赤と青の宝石二つを自慢気に見せながら。

 デキる盗賊アピールが鼻についたバージルであったが、彼女から宝石を奪うことはせず言葉を返す。

 

「国教として名の知れた女神の実態が、悪事を働く賊とはな」

「今の私は盗賊クリスですよ。それに、奪うのはあくまで悪い噂を聞く貴族から。お金も全額エリス教の孤児院に寄付していますし。で……どうでしょうか?」

 

 あくまで善行だと譲らないクリス。彼女は返答を求めてきたが、バージルは乗り気ではない表情を見せる。

 

「バージルさんはまだ王都に行かれたことがなさそうでしたから、この機会にと思ったんですが……気が進みませんか?」

「カズマが王都にさえいなければ良かったのだが」

「えっ?」

 

 

*********************************

 

 バージルはクリスに、彼女が不在の間に起こっていた出来事を話した。

 王侯貴族直々の来訪と、王女様によるカズマ誘拐事件。そして、カズマはまだアクセルの街に帰ってきていないことを。

 

「アハハ……カズマさんは本当によく巻き込まれる人ですね」

「不思議と人を引きつける男だと思っていたが、王女まで手にかけるとはな」

 

 話を聞いたクリスは、巻き込まれ体質のカズマに同情を見せる。

 

「王女直々の招待だ。今も城で悠々自適な生活を送っていることだろう」

「運がいいのか悪いのか……でもそのうち、アクセルの街が恋しくなって帰ってくるんじゃないですか?」

「俺も最初はそう思っていた。しかし未だ帰郷する気配もなく手紙の一つも寄越さん辺り、問題児共から開放された不自由のない城での暮らしに満足し、移住するつもりでいる可能性は大いにある」

 

 芯があるかと思えば流されやすく、怠惰に身を委ねたがる。それが佐藤和真という男。

 クリスはバージルの言葉を否定できず、ただただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

「今王都に行けば、もれなく奴の厄介事に巻き込まれる危険性がある。悪いが今回はパスだ」

「うーん……私としては、バージルさんも来てほしいんですけど」

「貴様にしては食い下がるな。余程の大物が相手か?」

 

 食い下がってくるクリスを珍しく思ったバージルは、ターゲットが気になり彼女に尋ねる。クリスは一歩前に出ると、真剣味を帯びた表情で答えた。

 

「潜入先のひとつは、王都に建てられたアルダープさんの別荘です」

 

 ターゲット名は、バージルの興味を引かせるには十分なものであった。彼はクリスの言葉に耳を傾ける。

 

「アルダープさんの住んでいた屋敷が、木っ端微塵に吹き飛んでしまった事件は覚えていますか?」

「機動要塞の動力となっていたコロナタイトをウィズが『ランダムテレポート』で飛ばしたが、転移先は奴の屋敷だった。で、指示をしたカズマが国家転覆罪の容疑をかけられた一連の騒動だろう?」

「はい。屋敷を失ってしまったアルダープさんは、王都の別荘に今も住んでいます」

「そこに、貴様が目星をつけている神器が隠されていると」

 

 バージルの言葉に、クリスは静かに頷く。

 

「他の貴族の屋敷も探りましたが、目的の神器は見つかりませんでした。残るはアルダープさんの別荘ともうひとつ……それに、カズマさんの裁判であった違和感の原因も見つけられそうだと思いませんか?」

 

 アルダープによってカズマが国家転覆罪の容疑をかけられた裁判。終盤でカズマの罪を軽くする流れになっていたが、アルダープの一声で唐突に裁判官は判決を死刑にした。

 その際にアクアも感じていた、邪悪な気配。バージルには見当がついていたものの、果たして『どっち側』なのかまではわからずにいた。

 

「……いいだろう。カズマが気がかりだが付き合ってやる」

 

 面倒事に巻き込まれる危険性とアルダープの謎解明を天秤にかけた末、バージルは結論を出した。望んでいた回答だったのか、クリスの表情がパッと明るくなる。

 

「決まりですね。では早速詳しい話を──」

「したい所だろうが、その前に来客だ」

 

 話を進めようとしたクリスだったが、それを遮りバージルは正面扉に目を向ける。

 音も立てず静かに閉ざされていた扉であったが、向こう側から駆ける足音が聞こえた後、勢いよく開かれた。

 

「剣士! 剣士のダンナはいるか!?」

 

 なだれ込むように入ってきたのは、にるにるであった。彼女の背後にはゆんゆん、タナリスの姿も。

 

「あっ、クリスさん! お久しぶりです!」

「しばらく顔を見なかったけど、何をやっていたんだい?」

 

 にるにるが真っ先にバージルのもとへ詰め寄る傍ら、ゆんゆんとタナリスはクリスに話しかけてくる。

 だがクリスは言葉を返せず、口をあんぐりと開けたままであった。何事もないように振る舞う、銀髪少女と化したゆんゆんを見て。

 

「え、えっと、クリスさ──」

「どうしちゃったのゆんゆんちゃん!?」

「ひゃあっ!? な、何ですか!?」

「何ですかじゃなくて、その髪と服! アタシの知らない所でゆんゆんちゃんの身に何が起こったの!?」

 

 ここで初めてゆんゆんの銀髪姿を見たクリスは、彼女の両肩に手を置いて詰め寄る。まるで先生と瓜二つのカラーリング。真っ先にクリスはバージルに疑いを掛けた。

 

「ちょっとバージル! まさかゆんゆんちゃんに色変えを強要なんてしてないよね!?」

「ち、違いますよ! 私が自分から染めたんです!」

「本当に? そう言えって命令されたりしてない? 服はまだしも、髪は女の子にとって命の次に大事だって言われてるんだから、こういうのは正直に言うんだよ?」

 

 母親のように詰め寄るクリス。ゆんゆんはどうしていいかわからずタナリスに助けを求めたが、タナリスはただただ愉快そうに笑って傍観していた。

 来店早々に喧しい彼女達を尻目に、バージルは残る来客のにるにるへ目を向ける。

 

「で、何の用だ」

「そうそう! タナリスから聞いたんだけど、アンタ結構セレブなんだって!? ならさ、高純度のマナタイトを大量に買ってやってくれないか!?」

 

 声を掛けられたにるにるは、机に乗り出さんとばかりにバージルへ詰め寄り、そう依頼してきた。

 

「ジュウをゆんゆん専用に改良してるんだが、魔弾を撃つ度に魔力を込めていたら消費が激しいし、いざって時に魔法を使う魔力が残ってなかったら本末転倒だ。そこで私は考えた。ジュウに使う分をマナタイトで補えるように設計すればいいんじゃないかって!」

 

 本来、銃には弾薬を必要とする。弾の種類は銃によって様々だが、魔弾となれば種類を考える必要はない。

 恐らくにるにるは、魔力石をマガジンのように交換式で取り付ける考えなのであろう。故に、大量のマナタイトが必要になると。

 

「理想を言えば永遠に魔力を引き出せる魔石だけど、そんな夢みたいなアイテムありゃしない。つーわけで剣士のダンナ! 可愛い生徒の為を思ってさ! 頼むよ!」

「も、もういいよにるにるさん。あまり連射はしないよう使うから……」

「アンタが良くても私がダメなんだよ! あの武器の可能性は無限大だ! その道を閉ざすわけにはいかない!」

 

 迷惑になるからと促すゆんゆんを退け、にるにるはバージルに頼み込む。

 事実、稼ぎのあるバージルならばマナタイトを大量購入するのは訳ないことであった。マナタイトを発注ミスで大量入荷してしまった店にも心当たりがある。

 だがバージルはしばし考えた後、クリスの方へ顔を向けて口を開いた。

 

「以前ダンジョン探索した時に、一定量の魔力を引き出せる魔石があっただろう。あれを使わせてやれ」

「えぇっ!?」

 

 まさかの発案にクリスは声を出して驚く。ダンジョン崩壊を招きながらも回収した、あの神器である。クリスはバージルの隣へ移動すると、彼に耳打ちで言葉を返した。

 

「確かにあったけど、神器だから渡すわけには──」

「一個使われたところで問題ないだろう」

「あるからアタシがせっせと回収してるんでしょ!」

 

 持ち主がいない神器は弱まっているとはいえ、元々が世界のバランスを崩壊しかねない能力を持つ物もある。放置はできない。人間に与えるなんてのは以ての外だ。

 女神として、この提案だけは通すわけにいかないのだが──。

 

「なら俺が使っている獣の面はどう説明するつもりだ?」

「うぐっ……あれはバージルなら悪用しないだろうって……ていうか、君が勝手にくすねて使ったのがそもそもの発端だからね!?」

 

 既に神器を人間に与え、回収せずにいる事例がクリスにはあったため、強く反対することができずにいた。

 そんな時、クリスを端から観察していたタナリスが自ら歩み寄ってクリスに話しかけてきた。

 

「売り飛ばすならまだしも、知人に渡すぐらい構わないじゃないか。それとも君には、ゆんゆんが悪い子に見えるのかい?」

 

 話題に上がっていた魔石が神器だと察しての追い打ち。これにもクリスは言い返せずに口籠る。

 やがて、諦めたようにため息を吐くと、にるにるの方へ顔を向けて答えを出した。

 

「わかったよ。ただ今すぐは用意できないから、また今度ね」

「マジかよ! 助かるぜ銀髪のダンナ! これで私の子はもっと高みを目指せる!」

「ねぇ、銀髪のダンナってバージルのことだよね? アタシじゃないよね?」

 

 期待していた返答を聞き、飛び跳ねて喜ぶにるにる。クリスの声も今の彼女には届かない。

 

「そうと決まれば早速構想を練らなきゃな! 魔力を無限に引き出せるとなったら、魔力不足問題の解消だけじゃない! あれやこれも、色んな機能が実装できるぞ! くふぅー!」

 

 興奮状態のにるにるは、扉を突き破る勢いでバージルの家から出ていった。扉はキイキイと音を立てながら、反動で開閉を繰り返す。

 残された四人はしばし呆然としていたが、タナリスがクリスの方へと顔を向けて口を開いた。

 

「ところで、クリスはバージルと何を話してたんだい?」

「せ、先輩にはあまり関係のない話かと」

「なんだいつれないなぁ。教えてよ。ゆんゆんも気になるよね?」

「あっ、いえ……お邪魔になるなら私は帰りますから」

「友達を邪魔だなんて思うわけないさ。そうだろうクリス?」

 

 友達という言葉を強調して、タナリスは問いかけてくる。その一方でゆんゆんは申し訳無さ半分、期待半分でクリスを見つめている。

 子供にはまだ早い依頼内容なので聞かれたくはないが、かといって邪魔になると言ってしまえばゆんゆんが傷付くのは明白。心優しい性格のクリスにはとても追い出すことはできなかった。

 

「わかりました。ただし、この事は誰にも言わないでくださいね?」

 

 

*********************************

 

 

「盗賊団か。中々楽しそうじゃないか」

「貴族のお屋敷に……でも、世のため人のためならいいのかな」

 

 話を聞き終え、タナリスは興味を惹かれた様子を見せる。ゆんゆんも全肯定ではないが、気になっているようだ。

 

「アタシとバージルで事足りるとは思いますけど、先輩のスキルは使えそうですし、一緒にどうですか?」

 

 状態異常スキルを多く持つダークプリーストならば、敵との対峙や逃走時に役立つ筈。そう思いクリスは誘ったが──。

 

「可愛い後輩の為に一肌脱いであげたいところだけど、夜は酒場のバイトが入ってるからなぁ」

「なんとなくそんな気はしてました。というか、先輩いっつもバイト入れてますよね」

「お金集めならクエストよりバイトが効率いいからね」

「冒険者として口にしたらいけない発言だと思うんですけど」

 

 案の定タナリスにはシフトが入っていた為、勧誘は叶わなかった。予想していたクリスは特に残念がることもなく、すんなりと諦める。

 

「おまけに、今は武器をおじいちゃんの所に預けてるからね。にるにるも手を加えてくれるみたいだし、完成するまではクエストにも行けなさそうだよ」

「なら仕方ないですね。予定通りアタシとバージルで──」

「だからゆんゆん、僕の代役よろしく」

「へっ!?」

 

 が、タナリスは自然な流れとばかりに、突っ立っていたゆんゆんの肩へ手を置いてそう告げた。

 まさか自分に話を振られるとは思っておらず、ゆんゆんはその場でアワアワと慌て出す。

 

「む、むむむ無理だよ! 盗賊なんて私には──」

「友達の君にしか頼めないんだ。不甲斐ない僕の代わりに、クリスを手伝ってやってくれないかい?」

 

 断ろうとするゆんゆんの両肩に手を置き、タナリスは目を合わせて頼み込む。

 友達にしか頼めない。押し文句としては弱いように思えるが、友達を渇望するゆんゆんにとっては大金やレアアイテムを積まれるよりも、強烈なお願いの仕方であった。

 

「私にできることなら何でもやります! 不束者ですが、よろしくお願いします!」

「流石は僕の友達だ。というわけでクリス、ダークプリーストよりも優秀なアークウィザード一名盗賊団に加入で」

「……先輩には良心がないんですか?」

「信じられる友に頼ることも、生きていく上では大切なことさ」

 

 

*********************************

 

 

 バージルを盗賊団に誘ってから数日。クリスはバージルの自宅に通い詰め、依頼に関する打ち合わせを行った。当然のようにゆんゆんも加わって。

 本当に一緒に来るのかとクリスは会う度に確認したのだが、ゆんゆんは「友達の為に頑張ります!」と元気に返してきた。そんな彼女をあしらう厳しさを持っていなかったクリスは何も言えず。

 

 そして依頼から一週間後。いよいよクリス達は王都へと向かうことになった。

 

「……ねぇ、本当にゆんゆんちゃんも連れていっていいのかな? こういう犯罪まがいのことはさせたくないんだけど」

 

 アクセルの街のメインストリートを進みながら、クリスは隣で歩くバージルへひっそりと尋ねる。

 二人の五歩後ろからは、多くの旅行グッズが入っているであろうリュックを背負って、常に距離を保ってついてきている。

 

「義賊活動を善行面で話していたのはどこの誰だ?」

「そういう問題じゃなくて、ゆんゆんちゃんはまだ子供だから、こういう大人の世界には関わらせたくないというか……」

「だったら良い機会だ。社会勉強代わりにもなる」

 

 バージルはゆんゆんを連れて行くことに賛成、というよりどちらでもいいのだろうが、反対はしていない様子。

 

「前々から思ってたんだけど、もっと先生としてあの子の面倒見たほうがいいよ」

「子守の依頼を受けた覚えはない。そこまで目にかけているのなら、貴様がやればいいだろう」

「アタシは神器回収や天界の仕事で留守にすることが多いから……君、依頼受けてない時は寝てるか本読んでるかだし、余裕はあると思うんだけど。アタシもちょくちょく顔出すからさ」

 

 放任主義な教育に、心配性なクリスは苦言を呈する。しかし、バージルは一考する素振りも見せない。

 話を聞いてくれない彼に、思わずため息が出てしまうクリス。と、背後から視線が。振り返ると、そこには静かについてくるゆんゆんがいるのだが……太陽の光に照らされる銀髪に負けないほど、赤い両目をキラキラと光らせ二人を見つめていた。

 

「……えっと、どうしたの?」

「い、いえ! お構いなく! 私のことはついてくる野良猫だと思って続けてください!」

 

 声を掛けられたゆんゆんは、ブンブンと手を振りながら言葉を返す。クリスは不思議に思い首を傾げるだけで、特に掘り下げることはしなかった。

 

 時折会話を交えながら、街中を進む三人。向かった先は街のテレポート屋。駆け出し冒険者の街なのだが、そこでは王都への往復便が用意されていた。

 昔は無かったそうだが、王都からアクセルの街へ行き来できるようにして欲しいと、王都在住の男性冒険者からの要望が多かったため、王都で活動するのに適したレベルという条件付きで始めたとのこと。

 料金でいえば馬車の方が安上がりだが、バージルがいるので金銭面の問題はなし。レベル条件も三人とも達成できていた。

 街中では珍しい銀髪三人衆を、住民は珍しげに見てくる。その視線を感じながらもテレポート屋へ足を運び、三人は王都へと転送させてもらった。

 

 

*********************************

 

 

 テレポートの光に包まれ、目の前の景色が白く染まる。やがて光は薄まっていき──三人は王都に足を踏み入れた。

 数多くの冒険者や礼服を着こなした住民が道を歩き、高い建物がズラリと並んでいる。アクセルの街と比べ遥かに発展した街並み。

 

「ここが王都だよ。ベテラン冒険者が集まる街でもあり、魔王軍と最前線で戦っている場所」

「流石に栄えているな。冒険者が多いのを考えると、治安までは判断しきれんが」

「確かに冒険者が多い分荒くれ者もいるけど、それを取り締まる騎士もいるからどっちとも言えないね。アタシ的にはアクセルの街が人が少ない分のどかで好きかな」

 

 テレポート位置に被らないよう横にはけながら、バージルは王都についてクリスと言葉をかわす。

 

「さて、潜入は明日の夜だから今日はゆっくりできるけど、どうしようか。アタシが案内するから、軽く観光してみる?」

 

 王都を見渡す二人へ、クリスは観光を提案する。今日の予定は、宿を取ること以外は特に決められていない。

 どういった街なのか。純粋に興味を示していたバージルは「そうだな」と同意の声を返す。そんな時だった。

 

「ゆんゆん? もしかしてゆんゆんか? おーい!」

 

 遠方からゆんゆんを呼ぶ声が。バージル等がそちらに顔を向けると、駆け寄ってくる二人の冒険者を捉えた。

 一人は顔にバツ印の傷を負った男性。一人は妖麗な印象を受ける女性。男はゆんゆんの傍に寄ると気さくに話しかけてきた。

 

「よう! 悪魔討伐以来だな!」

「レックスさんにソフィさん! お、お久しぶりです! テリーさんはいないんですか?」

「クエストでヘマしちゃったから宿で療養中よ。貴方、私達とは二、三回しかパーティー組んだことないのに覚えてくれてるなんて、お姉さん嬉しいわ」

「はい! 今みたいにバッタリお知り合いと会った時に名前を忘れて嫌われないように、一回パーティーを組んだ人や仲良くなった人の名前は絶対に忘れないよう手帳にメモして毎日音読して覚えてますから!」

「お、おう……頑張ってんだな」

 

 ゆんゆんは頭を下げて挨拶する。レックスと呼ばれた男性はゆんゆんの必死過ぎる努力に苦笑いを浮かべて言葉を返す。

 会話のやり取りを聞くにゆんゆんとの関係性は良好だと判断したクリスは、警戒を解いて会話に交ざった。

 

「知り合い?」

「以前、アクセルの街付近で上位悪魔が出没した時にご一緒させてもらったんです!」

「あー、あの悪魔ね。ゆんゆんちゃんも戦ってたんだ」

 

 思い当たりのある敵だったようで、クリスは手をポンとつく。上位悪魔という単語を耳にしてバージルが顔をしかめたが、すぐさまクリスが耳打ちで「こっちの世界の悪魔だから」と伝えた。

 

「服も髪もガラッと色を変えちまって、どうしたんだ?」

「ま、まぁ色々と……レックスさんは王都で活動されてるんですね」

「バリバリ前線で戦ってるぜ。つっても、大きな手柄はほとんど『勝利の剣』に持ってかれてるけどな」

「『勝利の剣』?」

 

 聞き馴染みのない言葉について、静かに耳を傾けていたバージルが聞き返す。

 

「知らねぇのか? 今王都で大活躍中の三人さ。息ピッタリなコンビプレーを見せる槍使いと盗賊。そして魔剣の勇者で構成されたパーティー。どんなに苦しい戦況でも三人が来れば必ず勝利をもたらしてくれることから、そう言われてるんだ」

「特に魔剣の勇者。彼の圧倒的な強さと洗練された剣技の前では、数多の魔王軍も敵じゃない。おまけに非の打ち所がない性格なうえ超イケメン。王都ではブッチギリで人気の冒険者よ」 

 

 レックス達が話した『勝利の剣』と呼ばれる三人。バージルの脳裏には、思い当たる人物達の顔が浮かんでいた。王女お付きの騎士も彼の話をしていたのを考えると、想像以上の活躍を見せているようだ。

 

「『勝利の剣』を知らねぇってことは、王都は初めてっぽいな。知り合いのよしみだ。案内してやろうか?」

「お誘いはありがたいけど、アタシが何度か王都を歩いてるから大丈夫だよ」

 

 親切にもガイドを名乗り出てきたレックスであったが、今回は盗賊団として王都に来た身。夜には屋敷の下見もあるため、クリスはやんわりと断る。

 そのまま二人と別れて……と思われたその時、ゆんゆんが何かを思いついた表情を見せると、珍しく声を張って提案してきた。

 

「クリスさん! 私はレックスさんと街を回ってきますので、先生のご案内をお任せします! 私のことは気にせず観光してください!」

「へっ?」

 

 自ら別行動を取ると言ってきたゆんゆん。クリスは困惑した様子だが、彼女はお構いなく続ける。

 

「ではレックスさんお願いします!」

「ど、どうしたんだ急に。三人ならまだしもお前だけって──」

「いいから早く行きましょう! クリスさん! また夕暮れ時にここで!」

「……そういうことね。いいじゃないレックス。あの二人はゆっくりさせてあげましょう」

「お、おう? よくわかんねぇけど、まぁいいか」

「いやいやいや!? ちょっと待ってゆんゆんちゃ──!」

 

 ゆんゆんに背中を押され、レックスはクリスのもとから離れていく。クリスが慌てて呼び止めようとするも、瞬く間に住民の中へと紛れていく。

 取り残されたのはクリスとバージルのみ。まさかゆんゆんがここまで突飛な行動をしてくるとは考えておらず、クリスは困ったように頬の傷を掻きながらバージルへと振り返る。

 

「えーっと……どうしよっか?」

「貴様の神器回収に協力する代わりに、この世界について聞かせてもらう。それが条件だった筈だ。案内は貴様に任せる」

「そ、そっか。そうだよね。ただゆんゆんちゃんが心配だけど……」

「奴自身が選んだことだ。好きにさせればいい。それに、貴様が思うほど奴も子供ではない。自衛の術も持ち合わせている」

「うーん……まぁ二人ともいい人そうだったし、任せても大丈夫なのかな」

 

 ガラの悪い男に絡まれても、腕っぷしの立ちそうな男冒険者がいる。ゆんゆんを狙うその手の輩に迫られても、女冒険者が上手くあしらってくれるだろう。

 自分が心配性過ぎるのかと思う反面、独り行ってしまったゆんゆんに後ろ髪を引かれながらも、クリスはバージルと二人で王都の街を歩き出した。

 

 




レックスって誰? という方は、原作このすばのめぐみんスピンオフを最後の方まで読んでいただけたらと(ダイマ)
あとアイリス様の本名を知って、誠に勝手ながら運命を感じました。


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第64話「この銀髪少女と初デートを!」

「あそこが王都の冒険者ギルドだよ。冒険者が多いとあってか、建物も大きいね」

「酒場と案内所しかないアクセル支部とは違い、鍛冶屋や鍛錬場、様々な食事処と、施設が充実しているそうだな」

「入ったことは無いからアタシはわからないけど……って、よく知ってるね。初めて来た筈なのに」

「事前準備も兼ねて、観光雑誌に目を通していただけだ」

 

 王都を歩きながら会話を交えるクリスとバージル。多種多様な住民のいる王都だが、それでも銀髪は珍しいのか、街行く人々は二人をチラ見している。

 積極的に話しかけていたクリスだが、二、三回言葉が返ってくるだけで、会話が弾んでいるとは言い難い。もっともバージルの性格を考えれば、十分弾んでいる方なのだが。

 

「(案内役を自分から引き受けたけど、バージルさんが好んでいきそうな場所ってどこだろう……読書を好んでますし、やっぱり図書館? でも折角王都に来て立ち寄るのが図書館っていうのも……)」

 

 互いに無言でいる間を使い、クリスは次にどこへ寄るかプランを立てる。

 思い返してみれば、バージルの趣味嗜好にあたる情報を読書以外全く知らない。強いて言えば戦闘もあるが、果たして趣味といっていいのだろうか。

 やはりゆんゆんを引き止め、彼女の行きたい所に付き添う形が良かったかと後悔しながら足を進める。

 

 と、傍を歩いていたバージルが不意に立ち止まった。

 

「どうしたの?」

 

 振り返り、バージルのもとへ歩み寄るクリス。バージルは言葉も返さず横に視線を向けたまま。気になるお店でも見つけたのかと、クリスはバージルの視線の先を見る。

 道端に他の店と並んで建てられていたのは、バージルのような堅物とは無縁の可愛らしい外装の建物。入り口近くには『カップル限定スイーツやってます』と宣伝が書かれた、花で飾られた立て看板が。

 『喫茶スゥイート甘々亭』──聞くだけで歯が痛くなりそうな名前の喫茶店が、そこにはあった。

 

「なんというか、オシャレなお店が多い王都では凄く攻めてるね。インパクトは抜群だけど」

 

 きっと嫌悪感に満ちた表情でこの店を見つめているのだろう。クリスはそう思いながらバージルの顔を覗くが、彼の表情は特に変わっていない。どころか、少し真剣味を帯びているような。

 どうしたのだろうとしばし様子を伺っていると──彼は表情を変えず、喫茶店へと直行した。

 

「えっ!? ちょ、ちょっとバージル!?」

 

 予想だにしなかった行動を前に、クリスは慌ててバージルの後を追う。彼は追いかけるクリスに目もくれず、迷いなく取っ手を掴んで扉を開けた。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 ドアベルの音と共に聞こえてきたのは、受付をしていた店員の、店の外観に相応しい甘々ボイス。クリスも思わず引き気味の表情を浮かべる。

 

「二名様ですかー?」

「あっ、いや、間違えて入店しちゃって──」

「空いている席はあるか?」

「ええっ!?」

「テーブル席が空いてますよー。ご案内しますねー」

「頼んだ」

「えぇええええっ!?」

 

 まさかまさかのバージル希望。クリスがただただ驚く傍ら、バージルは店員に案内されて店の奥へ。受付前で突っ立っているわけにもいかず、クリスもついていく。

 店内にいるスイーツ好きの女性冒険者が、通り過ぎるバージルを二度見する中、バージルは気にせず案内された席に着く。クリスも向かいの席に。

 しばらくして、別の店員が水入りコップとおしぼりを乗せたトレイを片手にやってきた。

 

「ご注文はいかがなさいますかー?」

「この店のオススメは?」

「そーですねー。やっぱり今が旬のイチゴを使ったパフェやタルトですね」

 

 コップとおしぼりを配り終え注文を伺う店員と、バージルは慣れたように言葉を交わす。その様がクリスには信じられず、開いた口が塞がらない。

 と、店員は二人を交互に見る。そして何かを察したかのように「なるほど」と零すと、店員は声を小さくして二人に提案した。

 

「男女ペアのお客様でしたら、カップル季節限定メニューのジャンボイチゴパフェが当店一番のオススメですよ」

「へっ!?」

 

 店員の気遣いとは裏腹に、クリスは声を大にして驚く。男女が二人で喫茶店に。更にはお揃いの銀髪。カップルと思われても不思議ではない。

 クリスは顔を赤らめながらも、すぐさま関係性を否定した。

 

「アタシ達はそんな関係じゃ──!」

「それをひとつ」

「ふぇっ!?」

 

 またしても想定外。バージルがカップル限定メニューを迷いもなく頼んだのを聞いて、クリスは三度驚く。

 店員は「かしこまりました」と営業スマイルを崩さず承ると、奥には帰らずそのまま言葉を続けた。

 

「ではカップルと証明していただくために、男性の方が女性の方へ『顎クイ』をお願いします」

「顎クイ?」

「俯く女性の顎をクイッと上げて、無理矢理目を合わせるモテテクニックです」

 

 未知の単語にバージルが聞き返したのを受けて、店員は簡潔に説明する。

 ちょっと強引だけどドキッとする、主に肉食系やドS系イケメン男子が習得している胸キュンスキル。

 もっとも、バージルのような馴れ合いを嫌う堅物がするとは思えないが──。

 

「面倒な……」

 

 全ては限定メニューのため。バージルは舌打ちを交えながらも席を立ち、クリスのいる隣の席へと移動する。

 

「ちょ、ちょっと──!」

 

 急に迫られアタフタするクリス。そんな彼女を逃すまいとばかりにバージルは窓へ右手をつけてクリスを追い込む。

 顎クイなど彼は知らない筈なのだが、手慣れたものとばかりに壁ドンも使い、空いた左手でクリスの顎をクイと上げた。

 必然的に、クリスの視線がバージルと交わる。目の前で起きている出来事に理解が追いつかず、クリスは思考停止状態でバージルと目を合わせたまま。

 徐々に思考が追いつき、すぐにでも視線を逸らしたくなるほど気恥ずかしくなったが、バージルの瞳に吸い込まれているかの如く視線を動かせない。

 

「……これで満足か?」

 

 やがてバージルの方から離れると、店員に判定を問う。横から二人の顎クイシーンを堪能していた店員は、満ち足りた表情で言葉を返した。

 

「はい! 問答無用で迫る男性に、嬉し恥ずかしだけど目を逸らせない女性のリアクション! 完璧でした! いやー良い物見させていただきました! では約束通り、ジャンボイチゴパフェをご用意致しますねー!」

 

 店員はテンションもそのままに店の奥へと駆けていった。見届けたバージルは小さくため息を吐くと、何事もなかったかのように元の席へと戻る。

 その対面で、顔に熱が残るクリスは両手で顔をパタパタと仰ぐ。更に手元の水を飲んで気持ちを落ち着かせると、言葉を詰まらせながらもバージルへ話しかけた。

 

「そ、その……なんていうか、意外だね」

「何がだ?」

「こういうスイーツ食べるんだなって。見た目的にバージルとは無縁の物だと思ってたからさ」

「人は見かけによらんと貴様も言っていただろう」

 

 クリスとは対照的にバージルは平然とした様子で応え、窓に目を反らす。

 それ以上会話が続くことはなく、クリスも気恥ずかしさ故に彼から目を背けて静かに水を飲む。しばらくして、オーダーを受けた店員がトレイを片手に戻ってきた。

 

「お待たせしましたー。こちらご注文のジャンボイチゴパフェになります」

「う、うわぁ……想像してたより多い」

 

 運ばれてきたのは、パフェ用のガラスコップに目一杯詰められ、かつクリームによって固定することで丁寧に飾られたイチゴのパフェ。

 一人で食べるには余りある量を目の当たりにし、クリスも驚きを隠せないでいる。

 

「スプーンを二つご用意していますので、お二人でお楽しみください。なんだったらお互いアーンをしてもらっても構いませんよ」

「えぇっ!? い、いやいやいやいやっ!? 流石にそこまではしないって!?」

「カップルなんだからいいじゃないですか。顎クイがいけたんですからアーンもいけますって」

「だから、アタシ達はそういうんじゃなくて──!」

 

 グイグイ迫る店員に、クリスは再び顔を赤く染めながらもお願いを断る。騒がしい二人の手前、注文したバージルはというと──。

 

「フム、旬のイチゴも悪くない」

 

 ジャンボイチゴパフェを自分の方へと引き寄せ、独りで堪能していた。

 

「……あのー、お客様?」

「何だ?」

「もしかしてですけど、一人で食べるおつもりですか?」

「俺が頼んだ物だ。当然だろう」

「彼女さんと食べさせあったりとかは──」

「コイツはコイツで頼めばいい」

 

 食べさせあう気は毛ほども無いようだ。バッサリ断ったバージルは、止まっていた手を進める。

 彼がそういう真似をしない男なのはわかっていた。顎クイしたのも、ジャンボイチゴパフェを食べる為に仕方なく、クリスを利用しただけなのだろう。

 にも関わらず、顎クイで独り舞い上がってしまった自分を恥じるように、クリスは残る水をグイッと飲み干すと、力任せにテーブルへとコップを叩きつけた。

 

「すみません! シュワシュワ一杯!」

「ウチの店には置いてませんが……」

「じゃあオススメの飲み物! 何でもいいから!」

 

 

*********************************

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 喫茶店での一時を終えた二人は、店員の別れ言葉を背に店から出る。

 

「まさかタルトやケーキまで頼むなんてね。見てるだけでお腹いっぱいになったよ」

 

 ジャンボイチゴパフェでは飽き足らず、他に数点スイーツを注文していたバージルに、クリスは感心半分呆れ半分といった様子。

 いくらスイーツ大好き女子でも胃がもたれそうな量を平然と平らげたバージルは、独りで何やら考え込んでいる。

 

「(季節限定のスイーツか。メニューに増やしてみるのもいいかもしれん)」

 

 その実態は行きつけのサキュバス喫茶店での新たなメニュー考案なのだが、クリスは特に聞き出すことはしなかった。

 

「さて、少しお腹も膨れたし、次はどこに行こっか」

「貴様に任せる」

「りょーかい」

 

 顎クイイベントを経てもなお、バージルは素っ気なく言葉を返すだけ。クリスはちょっぴり不満げになりながらも足を進める。

 バージルが後ろからついてくる中、クリスは懐から冒険者カードを取り出して習得スキル一覧を眺めた。

 

「(スイーツ作りのスキル……なんて、盗賊職にはありませんよね)」

 

 

*********************************

 

 

 甘い一時(おやつの時間)を過ごした二人は、王都の街をぶらり歩く。

 先程はバージルに半ば無理矢理付き合わされたため、今度はクリスの用事に合わせることに。

 

「実は服屋さんを探しててね。オシャレ用じゃなくて、潜入時の変装に使えそうな服がないかなーと思って」

「アクセルの街にも服屋はあるだろう」

「うーん、良いのがあんまりなくってさ」

 

 会話を交えつつ服屋を探す二人。しかし歩いてるのは表通りではなく、人口の多い王都でも人通りが少ない裏道。

 クリス曰く、人の出入りが多い店で変装用の服を買うと足がつき、そこから身元を特定される危険性があるため、なるべく王都内でも知られていない服屋がいいとのこと。

 

「けど、こんな所で開けてる店なんてそうそう無いよね……あれ?」

 

 諦め半分で探していたクリスであったが、前方に気になる店を見つける。

 看板は見当たらない。人の出入りも無い。しかしガラス窓の向こう側にはマネキンで飾られた服が確認できる。

 お目当ての服屋が見つかったかもしれないと、クリスは足早にその店へと駆けていく。バージルは何も言わずにクリスの後を追う。

 

「ごめんくださーい」

 

 クリスは声を掛けながら扉を開ける。店内の明かりは点いているため開店しているのだろうが、店主らしき姿は見られない。

 代わりに彼女等の目に映ったのは、ハンガーラックに掛けられた様々な衣服。それもメイド服やタキシード、修道服、更にはモンスターを模したパーカー等、種類は様々。

 服というよりは衣装と言ったほうが正しいか。風変わりな服屋だが、クリスの要望である変装用には使えそうな物が揃っている。掛けられた衣装を眺めながら店内を歩いていると、店の奥から女性の声が。

 

「いらっしゃい。こんなへんぴな店に来てくれるなんて、物好きがいたものね」

 

 来客に言葉を返しながら出てきたのは、黒髪セミロングの女性。見た目の年齢は30代から40代といったところ。

 

「あっ、こんにちわ。ちょっと服を探してて──」

「……んんっ?」

 

 クリスが対話しつつ店主と思わしき人物に近寄る。と、相手の女性は目を細めてクリスを凝視してきた。

 

「え、えーっと……?」

 

 クリスは戸惑いの色を隠せずにいる一方、女性は指で四角を作りつつ様々な角度から、品定めするようにクリスを見る。

 やがて納得したように頷くと、女性はクリスの両肩に力強く手を乗せた。

 

「イイッ! 貴方凄くイイわッ! 最高のモデルよ!」

「えぇっ!?」

「そこの彼氏さん、この子ちょっと借りてもいいかしら?」

「俺はただの付き添いだ。好きにしろ」

「止めようともしないの!?」

 

 我関せずのスタイルで返すバージル。承諾を得た彼女はクリスの手を引いて店の奥へ。クリスはなされるがままに連れ去られていった。

 

 

*********************************

 

 

 クリスが店主に連行されてから数分後、バージルは独り陳列された衣装を眺める。

 男性が着れそうな衣装もあるが、ほとんどは女性用と思われる。数少ない男性服のコーナーを歩いていると、奥から店主の声が。

 

「やっぱり私の見立てに狂いはなかったわ! そのまま背中を向けて、こっちを振り返ってみて!」

「えっと、こう?」

「素晴らしいわ! 百点満点の角度! 見返り美人!」

「アハハ……そんなに褒められると悪い気はしないね」

 

 何やら二人で盛り上がっている様子。カメラのようなシャッター音も幾度と鳴っている。気になったバージルは声が聞こえた方へ。

 

「あら、丁度良い所に。良かったら貴方の感想も聞かせてくれる?」

 

 バージルに気付いた店主は横にはけると、目の前にあった試着室を手で差す。カーテンは開けられており、そこにはクリスの姿が。

 

「ど、どう……かな?」

「ニホンという遠い国では女性が夏に着ることで有名な、浴衣という衣装よ」

 

 しかし纏っていたのはいつもの服装ではなく、白い生地の上に薄紫色の五弁の花が散りばめられ、紺色の帯で着付けされた、日本における夏の風物詩ともいえる衣装であった。

 クリスは気恥ずかしさの混じった表情で、頬の傷を掻く。一方でバージルはというと、普段とは一風違ったクリスの姿を見てか日本に縁のある衣装を見てか、興味深そうに見つめていた。

 

「気に入ってくれたようね。それじゃあクリスちゃん、今度はこれ着てみて!」

「えぇっ!?」

 

 店主は迷いもなく陳列された中からひとつ衣装を取り、クリスに差し出す。まだまだ衣装替えするつもりでいる店主にクリスは驚く。

 

「クリスちゃんほど色んなコスが似合う人はそうそういないの。お願い! もっと撮らせて頂戴!」

「うぅん……そうやって褒められると弱いなぁ」

「ありがとう! あっ、着替えるからそこの貴方は後ろ向いててくれる? 終わったら声掛けるから」

 

 恥ずかしさはある一方で褒められて悪い気はしなかったクリスは、店主から衣装を受け取る。指示されたバージルは素直に応じて背中を向けた。

 

 

*********************************

 

 

 しばらくして、試着室のカーテンが開かれる音が。

 「いいわよ」と店主から合図を受けたバージルは振り返り、着替え終わったクリスを見た。

 

「この衣装、恥ずかしいんだけど……」

 

 頭には黒いウサギの耳。身なりは赤と黒を基調とした、カジノのディーラーを彷彿とさせる服装。

 クリスとしては空いた胸元が恥ずかしいのか、片手で隠そうとしている。

 

「うんうん! 普通ならおっぱいが大きくないと合わない服だけど、貴方なら予想通り問題無し! 逆にスレンダーな女性も有りだと思わせてくれる魅力があるわ!」

「そ、そう?」

 

 小さな胸を肯定してくれる褒め言葉に気を良くしたのか、クリスは腰に手を当てて控えめながらポーズを取る。

 バージルが変わらない表情で二人を見つめる中、店主は手に持っていたカメラと思わしき道具で、様々な角度からクリスを撮影していった。

 

 

*********************************

 

 

「この衣装可愛くて良いね。アタシこれ好きかも」

 

 続けてクリスが着替えたのは、丈が膝より短い紺色のスカートに白いシャツと赤いネクタイ。茶色い靴に黒い長ソックス。

 店主曰く、ニホンと呼ばれる国で未成年の女性が学校で着る、制服というものだった。

 

「銀髪に制服! アンマッチに見えるけど逆にそれが良い! 突如転校してきた謎の銀髪美少女って感じ!」

 

 店主のテンションもヒートアップ。先程より多いシャッター音で制服姿のクリスを撮っていく。

 またクリスもおだてられて上機嫌のようで、アクセサリーで渡されたカバンを肩に担ぎ、さながらモデルのようにポーズを取っていった。

 

 

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「お帰りなさいませ、御主人様……なんてね」

 

 次に試着室から現れたのは、黒を基調としたメイド服を着こなしたクリス。ノリノリでセリフを言いながら、スカートの端を両手で持ってお辞儀する。

 

「ベストマッチ! 王道と言ってもいい銀髪メイド! お世話をしながらもイタズラしてくれそうな茶目っ気のある笑みもグッド!」

 

 興奮が収まらない店主はクリスを褒めちぎりながら撮影を続行。クリスも様々なポーズでカメラの光を浴びる。

 そんな中で彼女はチラチラとバージルに目を向ける。まるで感想を求めんばかりに。一言も喋らずにクリスのコスプレ会を見ていたバージルであったが、ここに来てようやく口を開いた。

 

「先程から気になっていたが、貴様が使っているのは『魔導カメラ』か?」

「こっちはガン無視!?」

 

 メイドクリスよりも店主の持つ魔道具が気になった彼は、店主にそう尋ねた。

 『魔導カメラ』──名前に魔導と付いているが、使い方はカズマやバージルのいた世界にあったカメラと同じ。しかし──。

 

「えぇそうよ。もう年季モノだけどね。これがどうかしたの?」

「魔導カメラはレンタル料ですら高額と聞いているが」

 

 借りる際には高い料金が必要となる。買うとなれば貴族でない限り手が出せない代物。

 しかし、店主は見た目からして貴族とは思えない。庶民の彼女がどうやって魔導カメラを手に入れたのか。

 

「これはね、昔良くしてくれた貴族の人が使っていた物なの」

 

 魔導カメラについて尋ねられた店主は我が子のようにカメラを撫で、懐かしみながら語り始めた。

 

「私がまだ若かった頃ね、コスプレイヤーとして活動していたの。今のクリスちゃんみたいに衣装を着て、カメラに撮られるのが主な仕事よ。聞き馴染みないかもしれないけど、私がいた国ではたくさんのコスプレイヤーがいたわ」

「へぇー。店主さんだったら色んな衣装似合いそうだし、人気も出たんじゃないですか?」

「あら嬉しい言葉。でも現実はそう甘いものじゃなかった。元いた国でコスプレイヤーとして有名になるには、あまりにも壁が高すぎたの。で、紆余曲折あって私は王都に来て、同じようにコスプレ活動をしていたら、私のことを魔導カメラで熱心に撮ってくれる人が現れた」

「その人が、良くしてくれたっていう貴族?」

 

 クリスの言葉に、店主はコクリと頷く。

 

「私にとって初めてのファン。だから私もあの人に気に入られようと色んなコスプレをして、あの人もその度にたくさん褒めながら撮ってくれて……気付けば私達は、コスプレイヤーとカメラマンの関係から、互いを意識し合う男女の関係になっていた」

 

 若かりし頃の恋話を、店主はポツリポツリと語っていく。クリスは温かい眼差しで傾聴し、バージルも横槍は入れず黙って話を聞く。

 しかし、貴族と思わしき人物がこの店におらず、カメラだけが残されている現状を見るに、ハッピーエンドにはならなかったようだ。

 

「でも、貴族が庶民と結ばれるのはご法度だった。あの人は追い出されても構わないと言ってくれたけど、私は彼の人生を狂わせたくなかった。そしたら彼は、せめてこれだけでも持っていて欲しいと、私に魔導カメラを託したの。あれから十年も経ったけど、あの人とは一度も会っていないわ」

「店主さんのカメラは、二人にとって大切な思い出だったんですね」

 

 若干女神モードがオンになっているクリスの言葉に、店主は嬉しそうに微笑む。

 

「流石に三十路超えてコスプレは色々とキツかったから、私もあの人のように撮影を始めてみたの。今まで使ってきた衣装はモデルさんに着せる用に……そうしてできたのが、このお店ってわけ」

「じゃあ、これまでにもお店に来て撮影した人が?」

「数は少ないけどね。写真も飾ってあるわよ」

 

 店主はそう答え、店の入り口方面へ歩き出す。他の来客がどんな衣装を来ているのか気になったクリスは、メイド服のまま店主の後を追う。バージルも黙って二人の方へ。

 出入り口横には掲示板が設置されており、そこに店主の言った通り、様々な衣装を来た来客の写真が何枚も貼り出されていた。

 

「職業病って言うのかしら。素材の良い子を見ちゃうとついつい衣装を着させたくなっちゃって。同じ子でも写真がいっぱいあるでしょう?」

「確かに……この桃色髪の子とか特に枚数が多いですね」

 

 クリスは一つの写真を指差しながら話す。写っているのは、桃色の髪をツインテールにした、自身の可愛い角度を知り尽くしているとばかりに様々なポーズを取っている女性。

 

「その子ならよく覚えてるわ。名前はエーリカちゃん。可愛い服というより、可愛い服を着こなす可愛い自分が好きだからって、自ら衣装をいっぱい着てくれたわ。事実可愛いから私もバンバン撮っちゃった」

 

 印象に残っている客だったのか、店主は名前も特徴もあげて紹介する。写真に移るエーリカの表情も、本気で自分が可愛いと思っていなければ出せないノリノリなもの。

 

「エーリカちゃんと一緒にいた子達も可愛かったわね。このキリッとした表情をしてるのがリアちゃんで、その横にいるのはシエロちゃん。三人は踊り子ユニットとして活動してるそうよ」

「踊り子かぁ。こんなに可愛い子達なら、すぐに人気が出そう」

「貴方も良い目を持ってるわね。まだ世に知れ渡っていないけど、彼女達を導いてくれる先導者がいてくれたら爆発的に人気が出るのは間違いないわ。先走ってサインも書いてもらっちゃった」

 

 踊り子ユニットについて語り始める二人。バージルも踊り子については全く知らなかったが、特に気に留めることもしなかった。

 

 

*********************************

 

 

「んー、楽しかった。コスプレだったっけ。初めてしてみたけど案外いいかも」

 

 店主に付き合わされる形ではあったが、コスプレを楽しんだクリスは満足げな様子。

 そもそもの目的は潜入に使う服の調達であったが、今回は下見だけで購入は明日となった。

 

「次はどこに行こっか? アタシの用事はもう済んだし、バージルの行きたい所でいいよ」

「ならば図書館を探したい。調べたいこともある」

「やっぱりそこに行き着くんだね……まぁいいけど」

 

 バージルの希望にクリスは気落ちするが、仕方がないと割り切って王都の図書館を探すことに。

 裏通りをそのまま進み、大通りへ出ようと歩いていると──。

 

「待て! 宝石泥棒! 止まりなさい!」

「クソッ! なんて素早い連中だ!」

 

 大通りの方角から騒がしい声が。気になった二人は駆け足で裏通りを進み、開けた道へ出る。

 静止の声を掛けながら走っている騎士二人の前方では、宝石が詰まっているであろう袋を抱えて走る盗賊が二名。懸命に追いかけているが、重い鎧を纏った者が軽装の者を追うのは分が悪く、差を縮められないどころか広がり続けている。

 

「この昼下がりに王都で宝石泥棒を働くなんて、大胆だねぇ」

「貴様が言えたことか?」

 

 バージルの指摘に何も言い返せず、クリスは頬の傷を掻きながら笑う。とそこで、クリスは視線の先にいたある人物を捉えた。

 

「あれ? あそこにいるのって──」

 

 

*********************************

 

 

「ハッハー! 必死こいて追いかけてきやがるがおせぇんだよ! 歩いても逃げ切れそうだぜ!」

「全くだ! 王都の警備も大したことねぇな!」

 

 宝石泥棒の二人は遠のいていく追手の騎士を尻目に、速度を緩めず道を走る。

 あとはこのまま大通りを進み、五つ先の曲がり角を曲がって裏通りに入りアジトへ直行。もはや勝利したも同然。

 

「おらおらぁっ! ボーッと突っ立ってると怪我すっぞ!」

 

 声を荒げながら大通りを突っ走る二人。街行く住民は驚きながら思わず道を開けていく。

 そして四つ目の曲がり角手前、男達はラストスパートとばかりに速度を上げる。阻むのは、道の真ん中を歩いていた冒険者と思わしき人物達。

 中でも一番背の小さい、銀髪の少女に目を付けた男は、その少女を脅しながら接近していく。

 

「退きな嬢ちゃん! さもなきゃこのナイフでブスリと──」

「やぁっ!」

「ゲブフォッ!?」

 

 が、その選択は過ちであった。よりにもよってその少女から、振り向きざまのハイキックを右顔にプレゼントされてしまった。

 華奢な身体から繰り出されたとは思えない、体重の乗った蹴り。脳を揺らされた男は走ってきた勢いを殺され、そのまま横へと蹴り飛ばされた。

 

「んなっ!? テメェよくも俺の仲間を──!」

 

 もうひとりの盗賊が怒ってナイフを抜く。しかしその時には既に、銀髪の少女は男の懐へと潜り込んでいた。

 

「たぁっ!」

「ぐふっ……!?」

 

 少女は右ストレートを男の鳩尾に一発。先程の蹴りと同じく、少女のものとは思えない一撃に男は悶え、思わず宝石の入った袋を手から離して地面に膝を付ける。

 一方で少女は男の背後に回り込むと、左手で首を、右手で背中を押し、両手を背に回させつつ男をうつ伏せの形で倒した。蹴り飛ばされた方の男は他の冒険者が確保していたが、未だ気絶したまま。

 

「──ふぅ」

 

 レックス達と王都を歩いていたゆんゆんは、偶然鉢合わせた逃走中の盗賊を見事に迎撃した。一部始終を見ていた周りの住民からは、華麗に撃退したゆんゆんへ拍手が送られる。

 注目されて恥ずかしくなり、ゆんゆんは顔を俯かせる。やがて騎士達がその場に到着し、盗賊の身柄は拘束された。

 

「ご協力、大変感謝致します。この事は上の者に伝え、必ず謝礼をお渡しします」

「だ、大丈夫ですから!? 咄嗟に手が出ちゃっただけなので──」

 

 手をブンブンと振り、謝礼を断るゆんゆん。騎士達は深くゆんゆんに頭を下げると、捕まえた盗賊を連れてその場を去った。

 少し疲れたと彼女は息を吐く。と、自分達のもとへ駆け寄ってくる見知った人物が。

 

「ゆんゆんちゃん! 大丈夫!?」

「あっ、クリスさん! 先生も!」

 

 別行動をしていたクリスとバージル。自分から離れていったのだが、寂しさを感じていたゆんゆんは、二人の姿を見て安堵を覚える。

 

「言っただろう。奴は自衛の術を持っていると」

「確かにそうだったけど、心配なものは心配なの! とにかく、怪我がなくてよかったよ」

 

 無事を確認したクリスは、ゆんゆんの頭を優しく撫でる。ゆんゆんは照れて俯いているが、少し嬉しそうにはにかんでいた。

 とそこに、ゆんゆんと行動を共にしていたレックスとソフィが駆け寄ってきた。

 

「お前、そんなに強かったんだな。見ててビックリしたぜ」

「アークウィザードらしからぬキックとパンチだったわね。レックスでも勝てないんじゃないかしら」

 

 出会った頃はアークウィザード然としていたのだろう。ギャップのあったゆんゆんの勇姿に、二人は驚きを隠せずにいる。

 

「二人とも、ゆんゆんちゃんの付き添いありがとう。こっちはもう大丈夫だから」

「お、おう。観光案内しかしてやれなかったけどな」

「じゃあね、ゆんゆんちゃん。またどこかで会いましょう」

 

 お役御免となった二人の冒険者は、ゆんゆんに別れを告げてその場から去っていった。

 合流したゆんゆんはバージル等と行動を共にすることに。ひとまず彼の探している図書館へ行くべく、足を進めた。

 

 

*********************************

 

 

 何事もなく図書館に行き着いた三人だったが、バージルは長くなるとのことで独り図書館で籠もることに。

 彼を待つだけでは暇だったので、クリスはゆんゆんと王都の街を歩くことに。無口なバージルと違い、ゆんゆんは積極的に会話を弾ませてくれたので、クリスも楽しく二人の時間を過ごした。

 

 それからあっという間に日は落ち、夕方。図書館を出たバージルを迎え、三人は近くの宿へ。

 クリスとゆんゆんは二人部屋に、バージルは一人部屋での宿泊に。その後夕食も入浴も済ませたクリスとゆんゆんは、宿泊部屋にあるベッドに座り寛いでいた。

 

「初めての王都、どうだった?」

「アクセルの街やアルカンレティアよりも人がいっぱいいて、レックスさん達と危うくはぐれそうにもなりましたけど、この髪のおかげかすぐに見つけてもらえて、色んなお店や観光名所に案内してもらいました!」

「そっかそっか。楽しんでくれたようで何よりだよ」

 

 ゆんゆんの話を親身に聞くクリス。二人とも寝間着に着替えており、後は寝るだけの状態。

 しかし、女の子二人のパジャマトークはそう簡単に終わらない。

 

「クリスさんは、先生との観光どうでしたか?」

「えっ?」

 

 ゆんゆんからの質問を受け、クリスは今日の出来事を振り返る。

 冒険者ギルドを案内し、次に喫茶店……とそこで顎クイを思い出し顔が火照るも、誤魔化すように襟口を掴んで仰ぐ。

 

「観光になったのかなぁ。一緒に行けた施設は三つぐらいで、喫茶店なんかアタシは無理矢理付き合わされたし」

「あぁ……先生、スイーツ好きですからね」

「そうそう。自分のばっかり頼んでアタシには一口もくれないんだよ? 別に期待はしてなかったけど、ちょっとぐらい気を遣ってくれても……って、ゆんゆんちゃんバージルのスイーツ好き知ってたの!?」

「はい。私がスイーツの話をしてたら、前のめりになるほど食いついてくれて。よくアクセルの街にある行きつけの喫茶店で嗜んでるらしいですよ。場所は教えてくれないんですけど」

「へ、へぇー……」

 

 ゆんゆんは楽しそうに初耳バージル情報を話す。自分には一度も話してくれなかったのにと不満を覚えたが、バージルにとっては聞かれなかったから話さなかっただけであろう。

 バージル行きつけの喫茶店。気になったクリスは今度こっそり尾行してみようと考えたが、彼にはすぐに見破られそうだと思い、却下した。

 

「あ、あの……単刀直入に聞いてもいいですか?」

 

 と、ゆんゆんが改まった態度でおずおずと尋ねてきた。急にどうしたのだろうとクリスは思いながら、ゆんゆんと顔を合わせる。

 すると、ゆんゆんは姿勢を前のめりにし、紅い目を輝かせながら言葉を続けた。

 

「クリスさんと先生って、やっぱりそういう関係なんですか!?」

「……へっ?」

 

 ゆんゆんから発せられた質問。クリスは一瞬何を言っているのか理解できなかったが、時間を置いてその意味を理解すると、彼女の顔に再び熱が。

 

「もう! ゆんゆんちゃんまで! アタシとバージルはそんなんじゃないってば!」

「そうなんですか? とってもお似合いな二人だと思うのに……たびたび無茶な真似をする先生を、大丈夫だとわかっていても心配するクリスさんが寄り添って──」

「ストップストップ! 本人がいる目の前で妄想を始めないで!」

 

 両手を胸の前で重ねて空を仰ぎ、仲睦まじい二人を想像するゆんゆんだったが、クリスの声でハッと我に返る。

 疲れたように息を吐いたクリスは、気になっていたことを尋ねた。

 

「もしかして、アタシとバージルを二人きりにさせたのも?」

「えへへ……実は、キューピット役にも憧れてて……」

 

 王都に到着してすぐに見せた、ゆんゆんの突飛な行動。積極的には自分の意見を出そうとしないのが彼女だとクリスは思っていたので、珍しい行動だった。

 しかしこれまでの話を聞いて、彼女の行動に納得がいったクリスは再びため息を吐く。

 

「恋のキューピットがしたいなら、アタシ達じゃなくて丁度いい二人がいるじゃん。ほら、カズマ君とめぐみんちゃん。最近二人良い感じじゃない?」

「ら、ライバルであるめぐみんの恋を応援するのはちょっと違うというか……応援したら自分が負けを認めてしまうような……」

 

 ライバルだが親友でもある。身近にもそんな関係性の人がいたなと、クリスは先輩女神の姿を思い浮かべる。

 時には仲良く喧嘩して、時には協力して……その関係を少し羨ましく感じながらも、彼女は別の話題を振った。

 

「ちょっと気になったんだけど、ゆんゆんちゃんといる時のバージルってどんな感じなの? よかったら教えてくれない?」

 

 あくまで純粋に気になったから。そうクリスが言い聞かせている前で、ゆんゆんは先程のキューピット云々を引きずっているのか目を再び輝かせると、喜んでとばかりにバージルとの話を語り始めた。

 

 

*********************************

 

 

 同じ宿、クリス達とは階の違う一人部屋。

 バージルはコートを脱いだ軽装で、ベッドに仰向けで寝転がっていた。しかし眠りはせず、天井の照明をじっと見つめたまま。

 

 街でゆんゆんと合流した後、クリス等と別れて図書館に出向いていた彼は、直近の問題である悪夢について調べていた。

 悪夢を見せるモンスターや呪い、魔導具等と目を通していったが、解決の糸口は見つからなかった。ついでにスパーダの伝承や元いた世界の悪魔についても調べたが、どの書籍にも記されておらず、どれも徒労に終わった。

 夕食も風呂も済ませたのでさっさと寝ようと思っていたのだが、例の悪夢を考えると眠る気が起きない。バージルは思わず舌を鳴らす。

 

 目覚めの悪い夢を見るとわかっていていながらも眠るよりは、寝ない方がマシだ。半人半魔なので、一夜二夜起き続けていても何ら支障はない。

 こんな事なら暇つぶし用に幾つか本を持ってくればよかったと後悔していると、部屋の外から駆け足で廊下を走る音が。

 徐々に音は近付いてくる。こちらに向かってきていると見たバージルは、上体を起こして待っていると──他の宿泊客など知ったことかとばかりに扉がバンと開かれた。

 

「バージル! 君はゆんゆんちゃんになんて危険な授業つけさせてんのさ!?」

 

 入ってきたのは別室にいる筈のクリスであった。後ろからは追いかけてきたゆんゆんが。

 

「いくら魔力に長けた紅魔族といっても人間なんだよ!? 君の基準に合わせてたら命が幾つあっても足りないから!」

「部外者である貴様に授業内容をとやかく言われる筋合いはない」

「だったら今から保護者代理として言わせてもらうよ! もっと授業の難易度を下げて!」

「一応はゆんゆんのステータスに合わせて課題を与えてやっているつもりだが」

「それでもだよ! 崖から落とすにも限度があるから! 君がやってるのは人間界から魔界に落としてるようなもんだからね!?」

「大丈夫ですよクリスさん! 私はなんとかついていけているので──」

「いいやダメだよゆんゆんちゃん! 命を落としたら元も子もないんだから! こういうのは第三者がビシッと言ってやらないと!」

 

 クリスは決して引き下がろうとせず、ゆんゆんの授業内容についてバージルに文句をたれ続ける。

 鬱陶しそうな顔を見せるバージルに、ガミガミと怒り続けるクリス。仲裁すら許されなかったゆんゆんは二人の姿を、どことなく両親に似ていると思いながらも見守った。

 二人の言い合いは、隣の宿泊客に怒鳴られるまで続いたという。

 

 




もしタイミングがあったら、何かのエピソードか番外編かでこのファン勢も出せたらいいなと。
ダニエルとチャーリーは無理そうだけど。


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第65話「この貴族屋敷に潜入を!」

 白いカーテンの隙間から、淡い陽の光が差し込む明朝。

 王都の宿屋で一晩過ごしたクリスは、既に寝間着から着替えて普段の服装に身を包んでいた。

 黒いグローブを手にはめ、隣のベッドに目を移す。ぐっすり眠っていたゆんゆんであったが、クリスの着替える物音で目が醒めたのか、上体を起こして目を擦っていた。

 

「おはよう、ゆんゆんちゃん。よく眠れた?」

「ふぁい……おはようございます……早いですね」

「早起きには慣れてるからね。アタシはバージルを起こしてくるから、ゆんゆんちゃんはゆっくり準備してたらいいよ」

 

 眠たげなゆんゆんを横目に、クリスはそう伝えてから部屋を出る。

 この時間帯に起きてくる人は少ないのか、廊下に通行人は見当たらない。寝ている宿泊客を起こさないよう、静かに廊下を歩く。

 階段を下り、ひとつ下の階へ。バージルが泊まっている部屋へ着いた彼女は、コンコンと扉を軽くノックする。

 

「鍵なら開いている」

 

 扉の向こうからバージルの声が。許可を得たのでクリスは扉を開け、部屋の中に入った。

 

「おはようございます。バージルさん」

 

 細い通路を抜けて、ベッドのある場所へ。バージルはまだ青いコートを羽織っていない軽装でベッドに腰掛けていた。

 いつもと変わらない表情。しかしクリスは、彼の微細な違和感に気付いていた。

 

「どうかされましたか? 顔色が少し悪いような……」

 

 心配そうに言葉を掛けてくるクリス。本人ですら気付かなかった変化を指摘され、バージルは少し面食らう。だが、思い当たる節はあるようで。

 

「ここ最近、目覚めの悪い夢を見る」

 

 相手がクリスだからか、バージルはその理由を語った。

 

「どこぞの悪魔かモンスターの仕業と睨んでいたが、気配は感じられない。悪夢について調べてもみたが、解決の糸口すら見つからなかった。アクセルの街を離れればと思い、昨日も眠りについたが……」

 

 結果はご覧の通り、だったのだろう。バージルは行き場のないイラつきを表すように舌打ちをする。

 女神といえど、夢にまで介入することはできない。彼に加護をかければ何か変わるかもしれないが、王都にいる今、たとえ二人しかいない部屋の中でも女神の姿を晒すのは避けたい。

 何もできない自分にもどかしさを覚えながらも、クリスは歩み寄るとベッドに腰掛け彼の隣へ。

 

「今の私にはどうすることもできませんが……お話ならいくらでも聞きますから」

 

 クリスは彼の右手を両手で優しく包み込むと、バージルの目を真っ直ぐ見つめる。その淡い光を持つ彼女の瞳に吸い込まれているかのように、バージルは顔を見合わせたまま。

 

 もうひとりの同行人が入ってきたのは、そんな時だった。

 

「すみません! お待たせしました!」

 

 扉がバンと音を立て、寝間着から着替えて髪も整えたゆんゆんが急いだ様子で二人の前に現れた。が、目に映った情景に彼女は言葉を失う。

 バージルとクリスがベッドに腰掛け、超至近距離で、クリスはバージルの手を握っている。かたやバージルはコートを羽織っていない。

 全てを理解したゆんゆんは、顔を真っ赤にしながらも咄嗟に頭を下げた。

 

「お、おおおお邪魔してすみませんでした! すぐに出ていきますので、ごごごごごゆっくり!」

「待ってゆんゆんちゃん! そういうのじゃない! そういうのじゃないから!」

 

 

*********************************

 

 

 ゆんゆんの誤解をどうにか解いた後、三人は朝食を済ませて宿を出た。

 今日の夜、いよいよ決行となる屋敷への潜入。その為の準備として、クリスは二人を連れてある場所へ。

 

「こんにちは店主さん」

「あらクリスちゃん、昨日ぶりね」

 

 前日にバージルと訪れていた衣装屋である。掛けられていた服を整理していた店主にクリスは挨拶をかわす。

 

「今日はどうしたのかしら? またコスプレしに来てくれたの? メイド服にする? 制服にする? 貴方ならドレスも似合いそうだけど、どう?」

「いや、今日は服を調達しに──」

「というかその子は誰!? まだ幼気のある顔立ちなのに発育抜群な美少女は!? 紅い目ということは紅魔族かしら!? ねぇ君! ちょっとだけでいいからコスプレさせていい!? ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから!」

「へっ!? え、えっと、こすぷれ? っていうのは知りませんけど、ちょっとだけでいいなら──」

「店主さん落ち着いて! ゆんゆんちゃんも勢いに押されない! 今日は、気になる服があったから買いにきたんです」

 

 興奮する店主を宥め、脱線しかけた話を戻すクリス。魔導カメラも構えて準備万端な店主であったが、我に返ったことでカメラを下ろす。

 

「あらごめんなさい。可愛い子を見るとついつい興奮しちゃって。服なら好きなだけ見ていって頂戴」

 

 そう言って店主はクリス達の前から退く。許可を得たところで、バージルはメンズコーナーへ。ゆんゆんは物珍しい服屋に興味を示したのか、自ら衣装を見て回り始めた。

 残ったクリスも欲しい服を買うべく動き出そうとしたが、ここで店主がクリスのもとへ近寄り、耳打ちで伝えてきた。

 

「安心して。貴方達のことを警察から聞かれても黙っておくから。カメラで撮った写真もバレないよう隠しておくし」

 

 店主の言葉に、クリスは思わずドキッとする。こちらが盗賊であり、衣装購入もその為だと明らかに見破っていての発言。

 しかしそれでもこちらの肩を持ってくれている。良い服屋に巡り会えたなと感謝しながら、クリスは小さく会釈した。

 

 

*********************************

 

 

 店内にあった立ち鏡の前、着替え終えて試着室を出ていたクリスは、前だけでなく背中側も確認する。

 

「うん、やっぱりこれが一番いいかも」

 

 彼女が纏っていたのは、昨日コスプレした衣装の内のひとつである、黒を基調としたメイド服。

 動きやすさは流石に普段の服装より劣るも、こちらは道具を仕込める場所が多い。屋敷に潜入した際に見つかっても、研修中のメイドだと言えば上手くやり過ごせるかもしれない。

 最後に口元を隠す為に使う、いつものマフラーを巻く。自分のを仕立てたところで、クリスは試着室の方へ。

 

 カーテンは閉まっており、前には店主がカメラを手に今か今かと待ち構えてる。

 やがてカーテンが開かれると、そこから着替え終わったゆんゆんが姿を現した。

 

「ど、どうでしょうか?」

「イイッ! 凄くイイわ! 黒の制服に丁度いい長さの銀髪! 紅魔族を象徴する紅い目に合わせた赤のリボンとマフラー! 闇夜に駆ける謎の現役女子高生戦士! 最高にクールだわ!」

 

 ゆんゆんが選んだのは、黒い制服の女子高生衣装。年齢も日本でいえば女子中学生か高校生なので違和感もない。店主も興奮した様子で制服姿のゆんゆんをカメラで収めている。

 

「でも、胸周りがちょっとキツくて……」

「それが制服の中では一番大きいサイズなの。クリスちゃんみたいにちっぱいだったら問題ないんだけど」

「あ、アタシのは小さいんじゃなくて、スレンダーっていうの!」

「気を悪くしたのならごめんなさい。別に悪い意味で言ったわけじゃないのよ。ちっぱいだって需要はあるんだから」

 

 飛び火で胸の小ささを弄られクリスは声を荒げる。それ以上は噛みつかなかったが、少々ご機嫌斜めな様子で口を尖らせている。

 そんな時、もうひとりも合流してきた。

 

「着替えは済んだか?」

 

 背後から聞こえてきたバージルの声。クリスはそちらを見て声を返そうとしたが、彼の姿を見て思わず言葉を呑んだ。

 象徴とも言える蒼の要素はどこにもなく、代わりに纏っていたのは黒いコートと黒いマフラー。裾も腰元より少し下までしかない。

 コートを変えてマフラーを巻いただけなのにここまで雰囲気が変わるのかと、クリスは感心すら覚えた。

 

「あら、男性物は少なかったのに随分合うのがあったわね。記念に一枚撮ってあげる」

 

 男のコスプレには興味を示さないのか一途なのか、店主はクリスやゆんゆんの時と比べると随分冷めた様子で写真を撮る。バージルもがっつかれないで幸いだと思ったのか、特に何も言わなかった。

 三人の潜入用衣装が決まったところで、クリスはゆんゆんの分も含めて、バージルはバージルで衣装代を支払い、店を後にした。

 

 

*********************************

 

 

 衣装を買い終えた三人は、夜の潜入作戦に向けて会議をするべく場所を移す。

 宿に戻って宿泊部屋でするのが一番かとクリスは考えていたが、ゆんゆんから行きたい所があると要望を受けた。

 行き先に対して、バージルは反対せず。クリスも彼女のお願いを断ることはできず、彼女の言う目的の場所へ向かった。

 

 

 

「お待たせしましたー! イチゴのケーキにひとくちチョコアイス、フルーツ大盛りスペシャルパフェになりまーす!」

 

 訪れたのは、昨日クリスとバージルが立ち寄った喫茶スィート甘々亭であった。

 店の一番奥の席に着いた三人の前に、店員が注文を受けたスイーツを置いていく。ゆんゆんにはホール状だが小さめサイズのケーキ、クリスにはお手軽アイス、バージルには大きなパフェ用ガラスにこれでもかと敷き詰められたパフェが。

 ゆんゆんはケーキを頬張ると、ほっぺに手を当て幸せそうな表情を浮かべる。バージルも淡々と食べてはいるが味を噛み締めている。絵面だけ見れば、ほんわか楽しいスイーツ会に見えなくもないであろう。

 

「それじゃあ、早速打ち合わせしていこうか」

 

 運ばれてきたチョコアイスを指で摘んで口に放り込んだクリスは、自ら仕切りを担当して話し合いを始めた。

 

「今日潜入するダンジョンにはモンスターの見張りがある。潜入方法はアタシだけとバージルも同行しての二パターンを考えてあったんだけど、折角アークウィザードのゆんゆんちゃんがいるんだから、新しいパターンを考えたいんだよね」

 

 周囲にバレないよう、潜入先はダンジョンだと偽って話を進める。

 冒険者が酒場や喫茶店等でクエスト出発前の打ち合わせをするのは何ら不思議ではない。店員や他の客からは怪しまれている様子は無い。

 いや、怪奇の目で見られてはいたのだが、それは別の原因なので無視することに。

 

「ゆんゆんちゃんは、潜入に使えそうな魔法って覚えてる?」

「え、えっと、気付かれないようにってことなら『ライト・オブ・リフレクション』がありますけど」

「それってどんなの?」

「光を屈折させて、一定範囲から外にいる相手からは自分を見えなくさせる魔法です」

「透明になれるってこと!? 超うってつけだよそれ!」

 

 一発目から相性ピッタリの魔法が出たことで、クリスは思わず声量を上げて反応する。

 

「それにアタシの『潜伏』を加えたらもう透明人間だよ! 流石だねゆんゆんちゃん!」

「でも、中で明かりは灯せないので、暗い場所を歩く時には使えないんです」

「心配御無用! アタシの『暗視』スキルがあれば真っ暗闇でもへっちゃらさ。索敵も『敵感知』スキルと、バージルの察知能力があるし」

「そ、そうですね! もし敵と遭遇しても私と先生で叫ばれる前に沈めてしまえば──」

「うん、鉢合わせないように潜入するから沈めるとか怖いこと言わないで」

 

 明らかに教師の悪影響を受けているゆんゆん。やる気を見せているところで悪いと思いながらクリスは言葉を返す。

 

「あっ、そうですよね。ごめんなさい……にるにるさんから貰った武器は試せそうにないなぁ」

「武器? あの銃か?」

 

 俯いていたゆんゆんの呟きが聞こえたバージルは、既に三分の一まで食べていたパフェへの手を止める。

 

「いえ、それとは別で作ってくれたんです。魔王軍幹部のシルビアと戦っていた時に、私が斬った触覚を使っているらしいんですけど」

「ほう、悪魔もどきの奴を素材にしたか」

「ちょっと待って。凄く危ない単語が聞こえたんだけど」

 

 完全ではないが、悪魔の力を宿していたシルビアを素材にした武器。それはバージルの知る『魔具』に似た物であろう。

 

「どうやらシルビアが取り込んでいた魔術師殺しの能力も備わったみたいで、魔法を相殺することができるんです!」

「使うのは勝手だが、精々力に飲まれんことだな」

「魔術師殺しを取り込んだ悪魔もどきの魔王軍幹部を素材にって どれだけ物騒な武器持たされたの!?」

 

 独り会話についていけず取り残されるクリス。それから紅魔の里での話へと発展し、喫茶店での打ち合わせは予定より大幅に遅れることとなった。

 

 

*********************************

 

 

 喫茶店での打ち合わせを終えた三人は、ひとまず宿に戻り休息へ。夕食もそこで済ませ、時間を待つ。

 そして、月が昇り住民が夢の中へと誘われた夜更け。クリス達は、目的地であるアルダープの屋敷へ向かっていた。

 

「静かに……ゆっくり行けば大丈夫だよ」

「は、はひっ」

 

 今回が初ミッション故に緊張を隠せないゆんゆんへ、クリスは落ち着かせるように語りかける。

 一方でバージルは一切言葉を掛けることはせず、静かにクリス等と歩を合わせて進む。

 三人は離れず固まり、ゆんゆんはクリスの右手を強く握り、バージルはクリスの左肩に手を置いている。クリスの『潜伏』を二人にも付与させるためだ。

 打ち合わせ通り、ゆんゆんは『ライト・オブ・リフレクション』を使用。バージルは感覚を研ぎ澄ませて索敵。即席の盗賊団であったが、潜入にはこれ以上ない組み合わせであった。

 

「順調順調。これもゆんゆんちゃんのおかげだよ」

「い、いえ。少しでもお役に立てたのなら幸いです」

 

 警備の目を潜り抜け、三人は屋敷の側面の壁まで辿り着く。屋敷内に明かりは灯っていない。

 クリスは慣れた手付きで窓の鍵を開けると、最終確認を行った。

 

「じゃあ打ち合わせ通り、バージルはこの窓から。アタシはゆんゆんちゃんと反対側に回って潜入」

「で、私は『ライト・オブ・リフレクション』をかけたまま待機ですね」

「その通り。魔力をあまり消費させないよう手早く済ませるつもりだけど……」

 

 クリスはそう言うと、目の前に立つ屋敷を見上げる。

 

「なーんでだろうね。確かにお宝の気配は中から感じるんだけど、それ以上に嫌な予感がするというか」

「私も同じことを思ってました。というか覚えのある魔力を感じていて……」

「だが、退くわけにもいかん。先に行かせてもらうぞ」

 

 第六感でただならぬ気配を感じ取っていた三人であったが、行かなければ事は進まない。

 バージル自ら先陣を切り、クリスが開けた窓から屋敷内に入っていった。

 

 

*********************************

 

 

 クリスとゆんゆんの気配も遠ざかっていったのを感じたバージルは、窓から屋敷内へと目を向ける。廊下に通じていたが、人の気配はない。

 しかし、彼は感じ取っていた。屋敷内にある魔力。ひどく覚えのある、明るく眩しく鬱陶しい自称妹の魔力を。

 

「(何故奴がここに……いや、奴だけではあるまい)」

 

 彼女がいる時は大抵、残りの三人もセットで付いてくる。内一人は王城生活を満喫していると思っていたが、どういう経緯でアルダープの屋敷に行き着いたのか。

 だが、彼等と鉢合えば面倒な事態になるのは火を見るより明らか。特に今感じている魔力の主には合わないよう、屋敷内を歩き出す。

 

 彼に盗賊の持つ『宝感知』はない。故に直感で、当然人の気配がない部屋を探索していく。

 しかし、どこにも例の女が持つ神器以外の魔力は感じられない。もう一つの目的でもある例の気配もない。気になる物があったとすれば、何故か鏡面が砕かれガラスの散っていた部屋のみ。

 二階に上がり、ここに無ければ屋敷を出るかと考えながらバージルは扉を開ける。訪れたのは、他の部屋よりも豪勢な装飾が施された広い寝室。

 扉を閉め、バージルは部屋の中央へ。感覚を研ぎ澄ますも、部屋の中に神器らしき魔力は見つからない。

 

「(収穫はゼロか)」

 

 盗賊に付き合ってやった意味がないなと思いながら、彼は部屋の中を歩く。と、彼はある物を見つけた。

 壁に取り付けられた、巨大な鏡。曇りない鏡面は、窓から差し込む月の光をもって、鏡面の前に立つバージルの姿を映し出す。

 以前、クリスと行ったダンジョンにもあった鏡だが、結界の類ではない。鏡に触れるが何も起こらない。

 何の変哲もない身支度用の鏡なのだが──。

 

「……チッ」

 

 最近見る悪夢の影響か、その鏡はバージルにとって嫌な記憶を掘り起こさせていた。

 思い浮かべるは、王室にあった鏡の前に立つ自分と瓜二つの男。雷を纏う剣を背に、軽口を叩く紅き男。

 その男の前に立つ、漆黒に身を縛られた──。

 

「──ッ!」

 

 刹那、バージルは咄嗟に鏡から視線を外して部屋の扉を見る。

 感じたのは人の気配。この部屋の主であろう。徐々にこちらへ近付いている。バージルは静かに歩を進めて扉の前へ。

 敵に見つからないのが最善であるが、たとえ見つかっても、声を出される前に気絶させればいい。息を殺して相手を待つ。

 廊下を歩く足音は次第に大きくなり、やがて止んだ後、ドアノブを回す音が鳴り扉が開かれる。瞬間、バージルは扉を開けた人物へと襲いかかった。

 

 ──が、彼は人並み外れた反射神経で襲おうとした手を止めた。いや、止めてしまったというべきか。

 

 彼の前に現れたのは、あまりにも露出の多いネグリジェ姿に身を包んだ、女性として理想の体型を誇る金髪の女性。

 

「ば、バージル……なのか?」

 

 鉢合わせたくなかった内の一人、ダクネスであった。彼女は酷く驚いた様子でバージルを見つめている。

 すぐに逃げるべきか、それとも気絶させるか。彼が生理的抵抗感と戦っている最中、ダクネスは冷静さを取り戻し、自分が置かれている現状を把握する。

 この夜更け、自分が泊まっている寝室に、どういうわけかバージルが侵入し、ネグリジェ姿の自分を襲おうとしてきた。

 導き出される答えは、ただひとつ。

 

「まさか、眠っている私にあんなことやこんなことをするべく夜這いをしにきたのか!?」

「damn it!」

 

 彼は、人生で何度目かの窮地に立たされた。

 




そういえばラッキースケベイベント書いてなかったなって。


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第66話「この蒼い悪魔に長い夜を!」

 アルダープの屋敷一階、キッチンにて。

 

「事情は概ねわかったけど……どさくさに紛れてセクハラするのはホントに良くないと思うよ」

「仕方ないだろ。こちとら盗賊を捕まえようとしてたんだ。下手したら命のやり取りになってた。相手を気遣う余裕なんか持ってられるか」

「正論ぶってるけど、途中からガッツリ胸を揉みにきてたからね君」

 

 潜入していたクリスであったが、運悪く屋敷にいたカズマに見つかってしまった。

 相手が女性だろうと知ったことかとばかりに押し倒してきたカズマであったが、クリスだと知るとすぐに退いてくれた。

 

 王城に連行されたと聞いていたカズマが何故アルダープの屋敷にいるのか。クリスは本人から事情を簡単に聞き出した。

 王女アイリスとの時間を少しでも長く過ごしたかったカズマは、王都で噂になっていた義賊を捕えて手柄を立てることを発案。悪い貴族の屋敷に現れるとのことで、彼等は真っ先にアルダープの屋敷へ向かった。

 貴族が大勢いるどころか王女の前で、カズマは堂々と宣言したそうだが──。

 

「もう一回聞くけど、義賊のメンバーは?」

「アタシとゆんゆんちゃんとバージルだよ」

「無理ゲーじゃねぇか」

 

 どうしてこういう時に限ってバージルと対立する羽目になるのか。カズマは天を仰ぐ。

 ちゃっかりゆんゆんのことも話したのは、他言しないと信頼しているからだ。鬼畜のカズマと謳われている彼だが、相手は選ぶ。比較的信頼を置いているゆんゆんを売る真似はしないであろう。

 バージルも同様だ。友好度というよりも、敵に回したら恐ろしいとわかっているからであろうが。

 

「けど、まさかダクネス達まで来てるなんて……特にダクネスには、こういう事してるってバレたくないんだよね。怒ったら怖いし」

「ダクネスだったら正直に理由を話せば許してくれそうだけど……ていうか、そんな敵なしパーティーを組んでまでクリスは何を狙ってるんだよ?」

 

 噂の義賊と義賊を捕まえる護衛という関係は一旦忘れ、カズマはそう尋ねてくる。

 義賊仲間以外には語るべからずなのだが、クリスはその質問を待ってましたとばかりに答えた。

 

「君には真実を伝えておくよ。その方が事が進みそうだし。実は、アタシが狙ってるのはお宝じゃなくてじん──」

「待った! やっぱり言わなくていい! そして早くここから出てってくれ!」

 

 が、カズマはそれを拒否。被せるように声を上げて彼は両耳を塞いだ。

 

「君が聞いてきたんじゃないか!? 折角答えてあげようとしてるのに!」

「俺は騙されないぞ! どうせ秘密を知ったからには協力してもらうよとか後出しするつもりだろ!?」

 

 聞く耳を持たないカズマはクリスに問いかける。どうやら苦労した経験を糧に勘が培われていたようだ。

 そう、当たりである。まさにカズマへ義賊勧誘の話を持ちかけようとしていたのだ。

 

「盗賊スキルだけじゃなくて色んなスキルを持ってる器用貧乏な君なら、アタシが目星をつけてる神器を手っ取り早く回収できると思うんだ! お姫様の世話係って役職も使えるし!」

「神器だのお姫様だのと不吉すぎる言葉が聞こえたような気がしたけど俺は何も聞いてないからな! あと器用貧乏って褒め言葉じゃないからな!」

「お願いだよ! この国の平和の為に──!」

「その前に俺の平和が乱されそうなんだよ! いいから出ていけ! 五秒以内に出ていかなかったら『スティール』連発の刑だ! メイド服だろうが関係ねぇ! ごーよんさんにーいちハイ時間切れスティ──!」

「きょ、今日のところは勘弁してやらー!」

 

 パンツどころか全衣類剥ぎ取られる危機を感じたクリスは、全力でアルダープの屋敷から逃げ出した。

 

 

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 最初に恐怖を覚えたのは、いつだったか。

 地獄の鍛錬をつける父を見た時か、本気で怒った母を見た時か。それとも、全てを失い悪魔として目覚めたあの日か。

 恐怖を意識しなくなったのも、あの日からだろう。戦いにおいて、恐怖などという人間らしい感情は邪魔でしかない。

 では恐怖を覚えなくなったのかと言われたら、違うのだろう。どこまでいっても半分は人間だ。きっと心のどこかで恐怖を抱き、悪魔としての自分が溢れぬよう蓋をしていたのだろう。

 

 でなければ──今抱いている感情に説明がつかない。

 

「何故アルダープの屋敷に突然現れたのか。いつもと服が違うのか。聞きたいことは山程あるが、今はそんなことどうでもいい!」

 

 眼前に立つのは、薄いネグリジェ姿のダクネス。彼女はバージルを逃すまいと扉に鍵を掛ける。

 彼女の目は明らかに正常ではない。瞬きすら忘れているほどに見開き、その碧眼はバージルを捉えている。

 悪魔、悪霊に取り憑かれているのではと疑うほどの目。しかし彼女を知る者からすれば、何を馬鹿なことを思うのであろう。

 そう、これがダスティネス・フォード・ララティーナなのだ。

 

「寝込みを襲うとはなんと卑劣な……! だが運が悪かったな! そう簡単に私の身体を弄ばせると思うなよ! さぁかかってこい!」

 

 聖騎士たるもの、敵に背を向けはしない。ダクネスは意志を固めて構える。だが身体は両手を左右に広げたウェルカムポーズ。

 鳥肌が立つのを感じ、バージルは後ずさる。これ以上屋敷を探索することは不可能。どうにかしてダクネスを黙らせてここを去らなければと思考を働かせる。

 

「どうした? そっちから侵入しておきながら来ないのか? ならば私から行くぞ!」

 

 とその時、痺れを切らしたのかダクネスはバージルを狙って駆け出した。よもや向こうから襲いかかってくるとは想定しておらず、バージルは驚きながらも咄嗟に後ろへ退く。

 ──が、ダクネスは何も転がっていない平らな絨毯の上で躓き、バージルの前で倒れた。

 

「な、なんだこれはー。急に眠気がー。このまま寝てしまったら、襲われてしまうー」

 

 大根役者もビックリな棒読み演技。ダクネスはバージルに聞こえるように言い、目を閉じる。勿論狸寝入りなので、ダクネスはチラリと片目を開けてバージルの様子を伺ってくる。

 金髪美女からの熱烈なアプローチと言えば聞こえはいいであろう。それを受けていたバージルは、選択肢はこれしかないと意を決する。

 

 

 彼は、ガラスの窓を破ってアルダープの屋敷から脱出した。

 

 

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 屋敷潜入作戦から時間が経った深夜。

 

「聞いてないですよ! 私を置いて二人だけ行っちゃうなんて!」

「ホントにゴメン! こっちも切羽詰まっててさ。わが身可愛さで少しでも早くあそこから出たかったんだ」

 

 追っ手もなく宿に戻れた三人は、クリスとゆんゆんが泊まっている部屋に集まり、情報交換兼反省会を行っていた。

 ほぼ同時に屋敷から脱出したクリスとバージル。どちらも慌てたあまりにゆんゆんの存在を忘れ、敷地内から出ていってしまった。

 バージルが盛大に音を立ててしまったことで、屋敷内は警備も集まり騒動に。取り残されたゆんゆんは『ライト・オブ・リフレクション』で警備の目を掻い潜り、どうにか一人で脱出したのだった。

 

「で、アタシはカズマ君に、バージルはダクネスに見られたわけだけど、こればっかりはカズマ君の判断に委ねるしかないね」

「王都では噂にもあがる義賊の実態が、こうも行き当りばったりだとはな」

「まさかカズマ君達がいるとはね。今回ばかりはアタシのリサーチ不足だったよ。でも、窓をぶち破って逃走した君にだけは言われたくないね」

 

 ジト目で睨んできたクリスに対し、バージルはそっぽを向く。いつも通り反省の色は見られない。

 クリスは呆れてため息を吐くと、反省会はここまでとして情報交換に話を移した。

 

「まず目的のお宝だけど、アタシはロクに探索もできなくて……バージルはどうだった?」

「ある程度見て回ったが、それらしき物はなかった」

「うーん、アテが外れちゃったかぁ」

 

 バージルからの報告を受けたクリスは背中を倒し、腰掛けていたベッドに仰向けで寝転がる。

 先程屋敷へ行った際、神器の気配は確かに感じていたが、カズマパーティーがいたことを考えると先輩女神の持つ羽衣と勘違いしていたのであろう。

 

「で、次はどうする?」

「んー?」

「貴様が言っていただろう。目星をつけているのはもう一つあると」

 

 壁にもたれて腕を組んでいたバージルが呆れ気味にクリスへ告げる。

 彼の言う通り、狙っている神器はもうひとつあった。事前準備で聞かされていなかったゆんゆんは「そうだったんですか!?」と驚く様子を見せている。

 バージルの問いかけを聞いたクリスは、困ったように頬を掻きながら返答した。

 

「よく聞いてるなぁ。バージルとゆんゆんちゃんには潜入が難しそうだと思って、詳しく言わないでおくつもりだったんだけど」

「先生でも難しいなんて、潜入先はいったい何処なんですか?」

「貴族の屋敷なんかよりも警備がキツい、お姫様の住む王城だよ」

「王城って……えぇええええええええっ!?」

 

 まさかの潜入先を聞いて、ゆんゆんは時間帯も考えず大声を出して驚いた。慌ててクリスが人差し指を口の前で立てると、ゆんゆんは両手で自身の口を塞ぐ。

 

「アタシが今探しているお宝は二つ。ひとつは、ランダムにモンスターを対価無しに召喚できる魔道具。もうひとつは、他者と身体を入れ替えることができる魔道具」

「そ、そんなに凄い魔道具が……」

「最初に手にした所有者にしか、本来の力を発揮できないよう施されてるらしいけどね。といっても対価が必要になったり制限時間が設けられたってだけで、力の本質は変わってないんだけど」

 

 ゆんゆんがいるのを考慮し、あくまで強力な力を持っている魔道具として話を進める。

 

「ある貴族が二つとも買い取ったっていう情報を手にしたから、お宝の気配がある屋敷をしらみ潰しに探していたんだ。で、残ったのは二つ。けどアルダープ家の別荘はハズレだった。残るひとつなんだけど……」

「そこが王城というわけか」

 

 バージルの言葉に、クリスは小さく頷いた。改めて目的の場所を聞き、ゆんゆんは息を呑む。

 

「騎士団や近衛兵がどの程度の実力か知らんが、俺が遅れを取るとでも?」

「思ってないからこそだよ。必要以上に暴れられたら大問題になるし」

 

 たとえ王城の全勢力を差し向けられても撃退できそうな力を持ってるが、発揮してしまえば王都から目をつけられるのは明らか。最悪指名手配されかねない。

 本人は返り討ちにする気満々でいたのか、言い返そうとせず窓の外へ視線を移した。

 

「でも、アタシ一人じゃ厳しいのも事実なんだよね。兵士に包囲でもされたらなんにもできないし」

「回りくどい。要するに、屋敷潜入と同じく戦闘は極力避けろということだろう」

「そういうこと。バージルには引き続き協力してもらうとして……ゆんゆんちゃんはどうする?」

 

 クリスはゆんゆんと向き合い、このまま義賊活動に付き合うか否かを尋ねた。

 屋敷潜入に使用した『ライト・オブ・リフレクション』だけでなく『スリープ』や『パラライズ』など足止めに便利な状態異常魔法も使用できる。

 しかし潜入先は王城。アルダープの屋敷とはリスクの高さが比べ物にならない。危険な目に遭わせたくない気持ちもあったクリスは、本人に判断を委ねた。

 怖さもあるのだろう。対面する形でベッドに腰掛けていたゆんゆんは俯き、鼓動を抑えるように胸に手を当てている。だがしばらくして顔を上げると、意を決した表情で答えた。

 

「わ、私も行きます!」

「……本当にいいの?」

「ここで退いたら、と、友達のタナリスちゃんに顔向けできませんから! 最後までお供します!」

 

 数少ない友達から頼りにされた。ゆんゆんの原動力はそれだけで十分。

 揺るぎない紅い瞳。その圧に押されてしまったクリスは、諦めたように息を吐いた。

 

「それじゃあ引き続きよろしくね。アタシもサポートするから」

「は、はい!」

 

 クリスから任を受け、ゆんゆんは力強く返事をする。が、再び大きな声を上げてしまったことに気付き、彼女は慌てて口を塞いだ。

 

「これでメンバーは三人。で、実はもうひとり連れていきたい人がいて──」

「カズマか?」

「うん。色んなスキル持ってる上に王城暮らしの経験もあるから、是非とも引き入れたいんだよね」

「屋敷での勧誘は断られたと聞いたが」

「たった一回で諦めるほどクリスさんは根性なしじゃないよ。明日カズマ君の所に行って、もう一度勧誘してみるよ」

 

 カズマも義賊メンバーに引き入れるつもりでいたクリス。彼にはセクハラまがいの事をされた記憶が残るゆんゆんは、少し微妙な表情。

 バージルも、何かと厄介事を引き寄せてくる彼にはあまり近付きたくない。しかし潜入において便利な駒なのは確か。どちらも反対はしなかった。

 

「じゃ、時間も遅いしそろそろ寝よっか。明日はまた自由行動ってことで」

 

 今後の予定を決め終えたところで反省会はお開きに。バージルは壁から背を離し、部屋から出ていった。

 と、その後ろ姿を見送っていたクリスは思い出す。今朝、彼が悪夢に苛まれていたことを。

 しかし、今の自分にはどうすることもできない。考えあぐねたクリスは、就寝の準備を進めているゆんゆんに声を掛けた。

 

「ねぇゆんゆんちゃん。ぐっすり寝られるようなアイテムとかって持ってたりしない?」

「えっ? 急にどうしたんですか?」

「いやー、最近寝付きが悪くってね。聞けばバージルもそうみたいで、鞄に旅行アイテムいっぱい詰め込んで持ってきたゆんゆんちゃんなら、何か持ってないかなーと思ってさ」

 

 本人のプライドの為にも悪夢のことは言わず、自分も寝付きが悪いとして話を進める。するとゆんゆんは、脇に置いていた鞄をすかさずベッドの上に置き、様々な物を嬉々として取り出しながら話した。

 

「そう聞かれても大丈夫なように、安眠グッズも持ってきてたんです! 安眠枕、心地良いメロディーが流れる魔道具、抱き枕、ぬいぐるみ、他には──」

「ア、アハハ……自分から聞いといてなんだけど、予想以上だね」

 

 次々とアイテムを出すゆんゆんに、クリスは苦笑いを浮かべる。そんな中、ゆんゆんは動物を象ったガラスの置物を取り出した。

 

「あと、王都へ行く前にタナリスちゃんから貰ったんですけど、夢見の像という魔道具で、これを枕元に置いて寝ると良い夢が見れてぐっすり寝られるそうですよ!」

「良い夢を……」

 

 ゆんゆんが見せてきた魔道具。タナリス経由というのが怪しいが、効果は今のバージルに最適な物。

 これならもしかしたら──クリスはゆんゆんから、夢見の像を受け取った。

 

 

*********************************

 

 

 部屋に戻り、簡単にシャワーも済ませたバージル。ベッドに寝転がったまま、フックに掛けた黒いコートを見る。

 このまま眠りにつけば、再び悪夢を見る可能性は高い。ここは寝ずに朝を迎えるのが得策であろう。

 幸い、今日は夜更けまで活動していた。数時間も待てばあっという間に朝日が昇る。寝ないことを決めたバージルは、視線を天井へと移す。

 

 と、部屋の扉からノックする音が。訪問者が誰かはわかっていた。

 

「空いている。入りたければ入れ」

 

 バージルはそれだけ告げる。扉はゆっくりと開けられ、通路を通って訪問者が姿を現した。

 今朝と同じ、クリスであった。しかしその手には見慣れないガラス製の飾り物が。

 

「何だそれは?」

「ゆんゆんちゃんから貰った、夢見の像という魔道具です。枕元に置いて眠れば良い夢を見れる効果があるそうで、お借りして持ってきたんですが……」

 

 ガラスの置物を見せながら、クリスはそう説明する。動物が象られていたが、その姿には見覚えがあった。バク、と呼ばれる動物である。

 元いた世界では姿が似た(バク)という生物が、人の夢を喰う者として古来より伝えられていた。この世界にもバクは存在しているのか、転生者が作った魔道具なのかもしれない。

 夢を喰らう者が夢を見せるとは奇っ怪だなと思うバージル。それよりも、これを使えば悪夢に悩まされずに済むのではないだろうか。

 

「一晩、借りさせてもらう」

 

 出自は怪しかったが、それよりも悪夢をどうにかしたい気持ちが勝ったバージルは、クリスから夢見の像を受け取った。少しでも力になれて嬉しいのかクリスは微笑む。

 

「ではバージルさん、おやすみなさい。良い夢を」

 

 最後にクリスは祈るようにそう言い残し、部屋から出ていった。部屋の外まで見送ったバージルは扉を閉めてベッドへと戻り、脇の机に置いていた夢見の像へ目を向ける。

 ゆんゆんが持ってきた魔道具だと彼女は言っていた。もしこれで悪夢問題が解決したならば、スイーツのひとつでも奢ってやろう。

 バージルは再びベッドに横たわると枕に頭をつけ、眠りへ誘われるように目を瞑った。

 

 

*********************************

 

 

 その頃、アクセルの街にて。

 

「すまんな。バイトの身であるお主をこんな時間まで働かせてしまって」

「構わないっすよ。お給料をキッチリ払ってくれるなら」

「そこは任せておくがいい。新人には低賃金で働かせ、勤務年数が多いというだけで高給を支払う無能経営者と違い、働き者には相応の対価を支払う。無能には我が破壊光線で焼かれてもらうがな」

 

 近隣の建物が全て明かりを落としている中、唯一灯りがあったウィズ魔道具店。二人は商品を数えては紙にメモし、在庫数を記録している。

 二人は棚卸しの真っ最中であった。幾多の街に支店を置くような大手と違い、個人経営でこじんまりとした店。棚卸しはすぐに終わるものと思われたが、進めていく度にバニルの把握していない商品が出ること出ること。

 その全てが売れそうにない商品。我慢ならなかったバニルは元凶である店主のウィズへ破壊光線を放った。使い物にならなくなったウィズを横目に、二人は会話を交えながら手を進めていった。

 

「はて、ここに確か置いてあった像はどこにいった?」

「夢見の像ですか? 僕が知り合いにあげましたよ」

「そうであったか。まぁあれは中古も中古の品で売れる気配ゼロであったので、良しとしよう」

「あれってそんなに使い古されてたんですか?」

「うむ。あれは使用者に良き夢を見せる快眠アイテムであるが、低確率で悪夢を見せることがあってな。更に悪夢の内容は、それまでに良い夢を見せてきた数だけ重くなる。つまり使えば使うほど、時たま見せられる悪夢で酷くうなされるのである」

「へぇー。ってことは、ゆんゆんに渡した夢見の像は──」

「既に多くの夢を見せてきたおつとめ品であろうから、次に悪夢を見る者は災難であるな」

 

 バニルが話した夢見の像の実態。それを聞いたタナリスは、やってしまったと頭を掻く。

 

「ゆんゆんにそのこと言ってないや。大丈夫かなぁ」

「さみしがり小娘の運次第であろう。もっとも余程運の無い者でなければ悪夢は見ない確率と聞いている。床に転がっている幸薄店主にも黙って試したが、悪夢を見てはいなかった」

「んー、なら大丈夫かな」

 

 リスクはあるが当たる確率は低い。今度会った時に説明すればいいかとタナリスは楽観する。

 もし見てしまったのなら、お詫び代わりにクエストでも付き合ってあげよう。そう考えながら、棚卸しの手を進めた。

 

 

*********************************

 

 

 

 

 

 

 瞼の奥から差し込む、微かな光。それに起こされた彼は、おもむろに目を開ける。目に映ったのは、灯りのないシャンデリアが付けられた天井。

 朦朧としていた意識が次第に鮮明になる。やがて、宿泊していた王都の宿につけられた物ではないと気付いた。

 

「……ここはどこだ?」

 

 バージルはゆっくりと身体を起こす。身体に問題はない。あるとすれば、脱いでいた筈の青いコートをいつの間にか着ていたこと。

 ベッドの上からバージルは辺りを見回す。大人二人は容易く入れそうなキングサイズのベッドに高級な家具。貴族の寝室と思わしき部屋。

 明らかに寝泊まりしていた部屋ではない。だが、酷く覚えのある部屋でもあった。

 

 バージルはベッドから降り、寝室を出る。迷う様子すらなく廊下を歩いてひとつの部屋に入ると、リビングらしき場に出た。

 窓際のソファー。その上に置かれた本。木製のテーブルと椅子。壁に掛けられた絵画。柔らかい絨毯。そのどれもが、記憶に残っている。

 

 そこは、かつてバージルが家族と住んでいた屋敷であった。しかし住民は、バージル以外誰もいない。

 

「これが良い夢だとでも?」

 

 彼にとってはどっちとも取れない内容の夢。バージルはそう零して足を進める。

 屋敷のエントランス。入り口正面にある階段の奥には、大きな額縁で飾られている家族を描いた絵が。

 一瞥し、彼は背を向けて扉を開ける。外も記憶にある風景と同じ、近隣に建物がない平原であった。

 名残惜しさもなく、バージルは屋敷から離れるように歩く。ここでスパーダに鍛錬を受けた日々、ダンテと剣を交えた思い出が蘇ったが、浸ることはしない。

 

「……ムッ」

 

 と、彼は視線の先にある物を見つけた。それは、だだっ広い平原には似つかわしくない、ポツンと置かれた木製の椅子。

 普段なら罠だと警戒するが、バージルは誘われるように歩を進め椅子の傍へ。彼は椅子に腰掛けて正面を向く。

 視界に広がるのは、変わらず何もない平原。だがしばらくすると、彼から数メートル離れた場に黒い霧がどこからともなく現れる。

 やがて黒い霧はバージルの視界を覆う。彼は目も瞑ることなく様子を伺っていると、霧は次第に晴れていった。

 

 代わりに現れたのは、バージルの対面で木製の椅子に座っていた男。服装はバージルと同じだが、コートの色は黒い。

 そしてバージルと違った、細い顔立ち。肌は病人のように白く、左右に流した黒い髪が風で揺らぐ。

 更にその奥。人の形をしているが、男と比べ一回りも二回りも巨大な身体を持つ、人ならざる者。その者の左胸はポッカリと穴が空いており、退屈そうに頬杖を付いて巨大な椅子に座っていた。

 

「貴様は誰だ?」

 

 バージルは静かに尋ねる。当然の質問だ。夢を見ていると思っていたら、目の前に見たことのない男が現れたのだから。

 しかし不思議なことに、バージルはそう尋ねてから野暮な質問だと感じた。向こうの男も同じことを思ったのか、小さく笑って言葉を返した。

 

「『名前などない。まだ生まれて二日目だもの』」

 




DMC5には繋がりませんが、どうにか二人を出したいと思い、こういう形になりました。


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第67話「V ~バージル~」

「……冗談だ。それとも、名前があったほうが話しやすいか?」

 

 何もない平原。二人の男が鏡合わせのように対面し、黒き男の背後には人ならざる者。

 相手の問いかけにバージルは応じず、しばし目を合わせてから逆に問いかけた。

 

「貴様が悪夢を見せていたのか?」

「好きに捉えてもらって構わない」

 

 男はニヒルな笑みを浮かべる。試されている物言いで癇に障ったが、バージルは何も言わず視点を上に。

 後ろの怪物は変わらず退屈そうな様子。彼が怪物へ目を向けていることに気付いた男は、安心させるように伝えてきた。

 

「コイツのことは心配するな。見た目はアレだが襲いはしない。前は元気そうだったが、今では見る影も無くなった」

 

 まるで友達のように怪物を紹介する黒い髪の男。一方で怪物は何も反応を見せない。生きているのかと疑うほどだ。

 

「俺はその真逆だった。お前が元の世界にいた頃……いや、お前が悪魔として生きることを決めたあの日から、俺という存在が消え始めた」

 

 男は話を続ける。男も怪物も、どちらもバージルには見覚えがない。だが彼は、二人がどういう存在なのかを既に理解していた。

 

「お前が悪魔として生き、人間らしさを捨てていく度に、後ろの怪物は力を増し……気付けば俺は、いつ消えてもおかしくない灯火のような、微かに揺れ動くだけの存在になっていた」

「では何故貴様は身体を保ち、俺の前にいる?」

「お前が力を失ったからさ」

 

 男の言葉に、バージルの眉がピクリと動く。

 失った力。思い当たるとすれば閻魔刀だが、男はその考えも見通しているかのように言葉を続けた。

 

「目に見える物ではない。正確には悪魔の心。お前は、自分でも気付かない内に失っていたんだ」

「悪魔にも心があると? そんなジョークが言える奴だとは思わなかったな」

「何をもって心と捉えるかだ。奴等の持つ残虐性、快楽、憎悪。それらを心と捉えるならば、悪魔にも心はあると言えるだろう」

 

 弱者を殺戮し快楽を得る者。人間、悪魔を喰らい満足を得る者。主を討たれ復讐を誓う者。

 おおよそ良い感情とは言えないものばかりだが、男の言う通りそれらが悪魔にとって心と呼べるものであろう。

 稀だが、人間のような悪魔もいる。自身の父、魔剣士スパーダがそうであったように。

 

 悪魔に心がある理屈は納得した。だが自分がそれを失っていることは、バージルには半ば信じがたかった。力が弱まっているとも思えず、目の前の男がでまかせを言っているだけなのではと。

 そんなバージルの思考を見透かしているように、男は告げた。

 

「失っていなければ、女神の首を斬れた筈だ」

 

 男の言葉に、バージルは目を開かれた。

 彼が、女神の審判を受けた日。歩み寄る彼女を、バージルは拒絶できなかった。

 その理由をバージルは見い出せずにいたが、答えはここにあったのだ。

 

「姿を騙る盗賊、勝手に弟子を名乗る魔剣使い、真似事を続ける魔法使い共を切り離そうとせず、更には喧しい四人組とも仲良くやっている。証拠なら幾らでもあるさ」

「勘違いしているようだが、奴等が勝手に近寄ってくるだけだ。特にあの問題児共は鬱陶しいことこの上ない」

「だが拒もうとしていないだろう? 少なくとも昔のお前なら、有無を言わさず斬っていた」

 

 言い返したものの、心当たりのある反論を受けてバージルは言葉を詰まらせる。

 過去と比べて腑抜けたと自身も感じていたが、悪魔の心を失っているからだとは思いもしなかった。バージルは男の言葉を信じ、考え込む。

 

「俺はどこで……」

「さあな。奴に負けた時か、異世界へ旅立った時だろう。同時に俺の存在も戻り、今ではこの通りさ。逆にコイツは、戦い以外では起きすらしない怠け者になってしまった」

「取り戻すことはできないのか?」

「無理を言うな」

 

 男は間髪入れず言葉を返す。嘘を言っている様子も、真実を隠している素振りもない。

 元いた世界へ行く場合、手っ取り早いのはエリスの手を借りることだが、果たして彼女が協力してくれるであろうか。

 第一、失くした悪魔の心など何を頼りに探せばいいのか。世界を渡ってから時間も経っている。元いた世界へ行けたとしても、手がかりすら見つからないであろう。

 思考が止まり、バージルは息を吐く。と、黒い髪の男は言葉を続けた。

 

「しかし、記憶で補うことは可能だ」

「記憶だと?」

「心のままに動き、積み重なった記憶によって心は形を変える。心が記憶を生み、記憶が心を構築する。であれば、失われた心を記憶で補うことも可能な筈だ」

 

 男は言葉を続けながら、前方に手をかざす。男の手から黒い霧が発生する。

 霧はゆらりと動き、バージルと男の間の地面へ沼のように広がっていく。同時に黒かった男の髪が、次第に白く染まっていく。

 男の髪が真っ白に塗り替わった頃には、黒い沼はバージルを誘うように渦を巻いていた。

 

「失った悪魔の心を補うには、お前が積み重ねてきた負の記憶……悪夢と言った方がいいか? それを追体験する必要がある」

「夢の中で夢を見るとはな」

 

 悪夢を見ない為にと夢見の像を置いて眠った筈が、自ら悪夢を見に行く羽目に。

 この夢から醒めた後、ゆんゆんにはクレームの一つでも言っておかねば。バージルは静かに席を立つ。

 グルグルと渦を巻き、今か今かと待ち構えているかのような黒い沼。しばし渦の中心を見つめていると、黒い男は小馬鹿にしたように笑う。

 

「怖いか?」

「まさか」

 

 男の煽りにバージルは短く返し、沼の中心目掛けて跳躍する。

 そして、黒い沼に吸い込まれるようにバージルの姿は消えていった。

 

 

*********************************

 

 

 どこまでも下へ続く、黒く沼。深い眠りへ誘われるように、バージルは堕ちていく。

 やがて、微かな光がバージルの堕ちる先に見える。彼はそのまま光の中へ。

 

 黒い深海から逃れ、訪れた先に見えたのは地面であった。

 バージルは重力に従って着地する。と、彼は自身の体に違和感を覚えた。

 手を見ると、身に付けていたグローブが無くなっているどころか、手自体が一回り小さく見える。

 自分の身体が小さくなっていると気付くのに、時間はかからなかった。バージルは顔を上げる。

 

 前方に広がっていたのは、墓地に蔓延る無数の骸骨。彼等は武器を手にこちらへ迫ってきている。

 その奥、空に立ち昇る黒い煙。この情景に、バージルは見覚えがある。

 

「ダンテ……母さん……」

 

 意図せずバージルの口から言葉が溢れる。と同時に、心の内から湧き起こる強い感情。

 夢だとわかっている筈なのに、心の内にある炎は燃え盛っていく。奴等を倒せと、魂が吠えている。

 遂にバージルは立ち上がる。そして、知らぬ間に左手で握っていた鞘から刀を抜き、鞘を捨てた。

 『閻魔刀』──かつての武器を手に、バージルは悪魔の軍勢へと駆け出した。

 

「ハァアアアアアアアアッ!」

 

 雄叫びを上げ、力のままに刀を振る。敵は一太刀で真っ二つに分かれて地面に倒れる。

 迫りくる魔の群衆。鎌、剣、槍を携えて命を奪わんと襲いかかる。だがバージルは臆することなく刀で応戦し、返り討ちにしていく。

 この程度の有象無象を屠るなど、バージルにとっては朝飯前。そう──先程までのバージルであったならば。

 

「(身体が……重い!)」

 

 今のバージルは、過去の姿。父や弟と剣を交えただけで、悪魔と対峙したことのない無知な少年。

 身体能力もあの頃と同じ。自身の想像通りに動かない身体に、バージルは歯痒い思いを抱く。

 今の彼に、相対する悪魔の軍勢を殲滅できる力は無かった。

 

「ぐぁっ……!?」

 

 剣の振りが鈍くなってきた頃、彼の横腹に剣先が食い込む。痛みに耐えながらも刀を振り続けるが、当たらない。

 逆に連鎖するように、敵の攻撃が当たり出す。剣で肉を斬られ、槍で腹部を貫かれ、鎌で胸に深い傷を負う。血反吐で地面を赤く染めながらも、バージルは戦い続ける。

 現実と錯覚するほどの痛みが彼を襲う。何度も何度も何度も何度も。

 

 ──気付いた時、彼は墓石に背を預ける形で座り込み、その身体には幾つもの剣と槍が突き刺さっていた。

 あれほどいた筈の悪魔は一匹もいない。彼の視界に映ったのは、屋敷の方角を見ている黒い服の男。

 

「『母は呻き、父は泣いた。危険な世界へ、私は踊りこんだ』」

 

 男はポツリと口にすると、横で串刺しにされていたバージルを見下ろした。

 

「お前にとって初めての敗北。母どころか、自分の身すら守れなかった愚か者が主役の第一幕だ」

「……今更、こんなもの見せて何になる」

「言っただろう。お前の心を補うには、記憶を遡らなければならない」

 

 バージルを心配する素振りは一切なく、黒い服の男は淡々と続ける。

 

「ただの記憶では無意味だ。お前にとって忘れられない記憶。葬り去りたい過去。数々の敗北の歴史。悪夢のテーマにはもってこいだ」

「俺は……負けていない」

「いいや負けたさ。母は守れず、弟と生き別れ、お前は負けた。そして、人間であることを放棄した。その時点で、お前はダンテにも負けたんだ」

「何だと……?」

「認められないか? では第二幕に進むとしよう」

 

 そう言って、男は指を鳴らす。と、バージルを支えていた墓石の感触も、刺さっていた武器の痛みも無くなり、バージルは後ろへ倒れ込む。

 水の中へ落ちるように飛沫が上がり、バージルは再び闇の深海へ。彼は上を見上げたまま海の底へ落ちていく。

 やがて、海の底へと辿り着き──底は天井となり、彼の身体は飛沫を上げて天井の水を突き破り、宙へ放り出された。

 彼は咄嗟に身体を翻して着地する。下も水辺になっていたようで、再び飛沫が上がる。

 息が上がっているのを感じながら、自分の手を確認する。左手には見慣れたグローブがはめられ、右手にあった筈の閻魔刀は消え、代わりに握られていたのは西洋の剣。

 ここはどこなのか。辺りを確認すべく顔を上げようとした時──決して忘れたことのない声が聞こえてきた。

 

「どうした。それで終わりか? 立てよ。あんたの力はそんなもんじゃない」

 

 声を聞いて、彼の思考が止まる。相手を逆撫でする憎たらしい声。バージルはおもむろに顔を上げる。

 その手にはドクロが施された大剣。紅いコートに二丁拳銃。彼の弟──ダンテがそこにいた。

 

「ダンテ……」

「終わりにしよう、バージル。俺はあんたを止めなきゃならない。あんたを殺す事になるとしても」

 

 あの時間を再現するように、ダンテは台詞を吐く。当然だ。これは追体験なのだから。

 わかっている。知っている。だがバージルは剣を──フォースエッジを強く握って立ち上がる。

 追体験ならば、結末も見えている。それでも彼は剣を振りかざし、走り出した。

 

「ダンテェエエエエエエエエッ!」

 

 激流の川をバージルは駆ける。下流にいたダンテも同じく駆け出す。己が魂の咆哮に身を委ねて。

 互いが交わる時、二人は剣を横に薙いだ。

 

 

「ダン……テ……」

 

 結末は、変わらなかった。バージルの剣はダンテに届かず、ダンテの一振りによって深い傷を負う。

 

「『父よ、どうして私が愛し得ようか? 貴方を、兄弟の誰かを、私以上に』」

 

 そんな時、再び男の声が耳に入ってきた。

 

「人間であることを捨て、誰よりも悪魔として力を求めた結果、お前はダンテに負けた」

 

 三度剣を交え、決した勝敗。この結果を、バージルは受け入れていた。

 女神エリスにもそう打ち明けた。ダンテが勝利したのは、彼が人間の力を手放さなかったからだと。

 

 なのに──内からこみ上げてくるこの感情は一体何なのか。

 

「……ッ!」

 

 自分は、負けっぱなしで終わるような男では、断じてない。

 倒れる寸前でバージルは踏ん張り、後方に立つダンテを捉える。

 

「Haaaaaaaaaaa!」

 

 あの時手放してしまった父の剣を握り、振り向きざまにダンテへ斬りかかった。だがダンテは即座に振り返り、バージルの剣を受け止める。

 再び散る火花。二人は剣を幾度も剣を交え、一瞬の遅れも許されない剣撃が続く。

 やがて二人は剣をぶつけ、鍔迫り合いに持ち込む。剣の隙間から互いの目を捉えて押し合う。

 歯を食いしばり、痛みを堪えてバージルは拮抗する。

 

 だが熱情虚しく、ダンテはバージルの剣を弾いた。バージルの手から剣が離れて宙を舞う。

 そして、剣が地に落ちる瞬間──ダンテの剣は、バージルの肉体を貫いた。

 

「ガハッ……!」

 

 痛烈な痛みを伴い、バージルは血反吐を吐く。

 目の前にいた筈のダンテは消え、代わりに剣を握っていたのは黒い服の男であった。

 

「今のお前ではどう足掻いてもダンテに勝てないと、お前が一番理解している筈だろう」

 

 冷たい声が頭に響く。男が発した言葉をバージルは否定も肯定もせず、男を睨む。

 その表情を男はどう捉えたのか。彼はうっすら笑うと言葉を続けた。

 

「人間を捨て、魂を否定され、お前は三度堕ちていく。そら、第三幕の始まりだ」

 

 男はバージルを貫いていた剣を抜く。バージルは後方へと倒れ、水に背中を打ち付ける。

 そこに地はなく、彼の身体は再び暗闇の海へ沈む。胴体に空いていた穴はいつの間にか塞がっていたが、横腹に与えられた傷は癒えていない。

 やがて、前と同じように水を突き破り、彼は空中へと放り出される。重力に従って着地するも、傷が痛み彼は顔を歪ませる。

 荒れていた呼吸を整え、彼は身体を起こして辺りを見渡す。

 

 彼が立っていたのは、血の海。そこらに墓石と思わしき残骸が点在している。この光景にも、バージルは覚えがあった。

 黒い男は言っていた。これは敗北の歴史だと。悪魔の軍勢、ダンテとくれば──バージルは振り返る。

 

 自身より遥か巨大な神像。天使のような羽に人を模した顔。その姿は天界の神にも見えるが、実態はその逆。

 魔界の神──魔帝ムンドゥス。

 

「スパーダ……あの裏切り者、悪魔の血を人間の胎なぞで汚さなければ、多少は骨のある息子が生まれたろうに」

 

 神像から聞こえる重い声。異世界に降り立ち、ダンテが倒したと聞いて、失いかけていた憎悪を思い出す。

 バージルは、再び手にしていた閻魔刀を抜き、鞘を捨てて魔帝に刃を向けた。

 

「御託は終わりか……俺はまだやれる」

 

 刹那、バージルは魔帝へと駆け出す。宿敵へ刃を振りかざす為に。

 有象無象は現れない。横腹に受けた傷の痛みなどとうに忘れ、血の海上を走り続ける。

 魔帝との距離が縮まったところで、彼は高く跳躍する。そして、閻魔刀を魔帝へと振り下ろす。

 

 が──その直前、彼の回りに光の矢が幾つも現れ、瞬く間に彼の身体を貫いた。

 

「ガッ……!?」

 

 もはや彼に戦う力は残されておらず。バージルの手から刀が落ち、血の海へ突き刺さる。

 バージルの身体は重力に従って落ち、構えていた魔帝の手の中へ。

 

「救ってやろう。その弱さから」

 

 彼の回りに、黒い何かが現れる。それは瞬く間に増えていき、バージルの身体を覆い始める。

 目に映るのは、黒い何かに埋め尽くされる彼を見てほくそ笑む、魔帝の姿。

 

「自我も記憶も要るまいよ。新しい名をやろう。この魔帝の新たな下僕に」

 

 記憶はあれど、思い出したくもない悪夢。彼はいくら足掻こうと、彼を取り巻く悪夢は逃さない。

 彼の肉体は、黒い鎧によって覆われていく。魂を閉じ込める牢獄のように。

 身体に流れ込む憎き者の魔力。あれほど力を欲していた筈の彼は、与えられた力を拒み続ける。

 だが、拒む力すらも魔帝の前では無意味。自我も、記憶も、魂も封じられ、彼は舞い降りた。

 

「お前の名は──」

 

 ──黒い天使(ネロ・アンジェロ)として。

 

 

*********************************

 

 

「ハァッ……ハァッ……!」

 

 バージルは酷く荒れた呼吸を整える。額には汗が流れ、長く苦しい戦いを終えた後のよう。

 彼がいるのは、元いた平原。そして前方には、対照的に涼しい顔を見せている黒い服の男。白髪だった髪は黒髪に戻り、後方に鎮座する怪物は変わらず頬杖をついていた。

 

「第三幕は楽しめたか?」

「おかげで吐きそうな気分だ」

「それはなによりだ」

 

 夢の中で掘り起こされた、忌まわしき記憶。

 魔帝に囚われ、ネロ・アンジェロとして駒にされ、マレット島でダンテに倒されるまで。その時間を、彼は濃厚なまでに追体験させられた。

 抗おうとも服従させられる屈辱。生きながら死んでいる虚無。彼にとって敗北の象徴であった記憶は、忘れることがないよう脳裏に焼き付けられていた。

 

 ようやく息が整ったところで、バージルは顔を上げる。視線の先には、男の背後にいる怪物。

 怪物の胸にあった筈の空洞は、黒い霧によって埋められていた。それを確認したバージルは黒い服の男へ目を向け、尋ねる。

 

「これで、心は補われたのか?」

「さあな。自分の胸に聞いてみるといい」

「貴様が言い出したことだろう。まさかここまで来て無意味だったとでも?」

「無意味ではない。が、補えるかどうかはまた別の話だ」

 

 男は木製の椅子に座ったまま、話を続ける。

 

「ピースは上手くはまっていても、形が不完全であればパズルは完成しない。心は依然欠けたままだ」

「まだ、悪夢が足りないと?」

「もしくは、悪夢ではない別の何かか」

 

 バージルの問いに、男はそう返す。答えは彼にもわからないようだ。

 

「さて、お前が追体験してきた敗北の歴史も、次で幕を閉じる」

 

 そこで、男は話を切り替える。追体験はもう終わったものだとばかり思っていたバージルは、彼の発言に疑問を抱く。

 悪魔の軍勢、ダンテ、魔帝、ネロ・アンジェロとしての記憶。彼にとって敗北と呼べるものは全て追体験してきた。他に思い当たるものはない。

 だが男は手を前にかざすと、髪の色は再び白く染まり、同時に手のひらから黒い霧が勢いよく吹き出した。

 霧は瞬く間にバージルを覆う。霧の勢いにバージルは思わず両腕で顔を防ぐ。やがて肌に感じていた風が無くなったところで、バージルは目を開ける。

 

 辺りは星空のような空間で、下の床は白黒の市松模様。この場所も、バージルは覚えがあった。

 元いた世界で死を迎え、導かれた先。女神タナリスと出会った場所だ。しかしこの場に、タナリスの姿は無い。

 代わるように立っていたのは、髪が長く、女性と思わしき顔立ちの人物。しかし白い光に包まれているため、ハッキリと確認できない。

 だがバージルは、その女性を見るやいなや、意図せず口から言葉が漏れた。

 

「……母さん?」

 

 わからない。断定できない。しかしバージルには、前に立つ人物がそう思えたのだ。

 まるで幼い子どものように母を呼び、歩み寄ろうとする。だがそこで、バージルは見た。

 

 母と思わしき女性の背後に立つ、巨大な怪物。先程まで、退屈そうに座っていた筈の怪物。

 女性を見下ろしていた怪物は、おもむろに右手を上げ、拳を握る。高く振り上げられた拳は宙で止まり、間を置いて女性目掛けて振り下ろされた。

 

 ──気が付けば、バージルは手に持っていた刀を抜き、振り下ろされた怪物の手を斬っていた。

 無意識だった。選択する余地もなく、咄嗟に身体が動いていた。この女性を守るために、バージルは刀を抜いていた。

 

「『考えることが生命であり、力であり、呼吸であるなら。考えないことが死であるならば、私は幸せな蝿だ。生きていようと、死んでいようと』」

 

 男の声が聞こえた途端、バージルの見ている景色は一変した。

 振り抜いた筈の刀は、女性を斬らんと刃を立てていた。しかしその刃は、傍に立っていた黒い服の男が指で摘み止めていた。

 

「今のお前にとって最後の敗北。そして愚か者が辿り着いた終着点であり、始まりの場所」

 

 男は刀から指を離す。刀が自由を聞くようになっても、バージルは女性を斬ろうとせずに鞘へしまう。

 この光景を忘れたことはない。悪魔として生きた自分が、刃を振れず、罰を受け入れた日。

 となれば、光に包まれているこの女性は──。

 

「さて、良い子はそろそろ起きる時間だ」

 

 そう男が口にした時、バージルの視界が徐々に白く染まっていく。同時に思考もぼんやりとしていき、まるで眠りに落ちる時のよう。

 

「俺が悪夢を見せていると言ったな。だが、そこで見てきた記憶、得た感情は全てお前のものだ。いや、悪夢すらもお前の中にある」

 

 男の姿も白い靄にかかっていく。されど声は届き、男は言葉を続ける。

 

「人間と悪魔、過去と未来、光と影、罪と罰、恐怖と平穏、憎悪と親愛、記憶と悪夢。全てお前だ。忘れるな」

 

 やがて男の顔が見えなくなり、視界が白い世界に包まれた時──うっすらと残る意識の中で、最後の声を聞いた。

 

「『子羊に、神の祝福があらんことを』」

 




夢の中に出てきた二人の出番はこれっきりとなります。


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第68話「この王都で休息を!」

 心すらも通り抜ける穏やかな風が、一面に広がる緑の草をなびかせる。

 見上げれば青い空を点在する雲が隠し、風向きに沿って流れている。

 街を歩けば聞こえる雑多な音も、モンスターの鳴き声もない。天国のように安穏な空間。

 そこに、草を踏みしめて立つ人物が一人。肩に白い羽が施されている紺色の羽衣に身を包んだ銀髪の女性。

 

「ここは……どこでしょうか?」

 

 女神エリスは、困惑した様子で周囲を見渡す。

 下界──にしては物静か過ぎる。モンスターどころか、人の気配すらない。この空間にはただ一人、自分しかいないと思わせられるような静けさ。

 おまけに、思考も寝起きのようにぼんやりしている。ここで横になれば、あっという間に眠れそうだ。目を擦り、感じている眠気を覚まそうと試みる。

 とその時、うつらうつらしていた自分を覚まさせるように、強い風がゴウッと吹いた。エリスは思わず被り物とスカートを抑える。

 

 風の目論見通りか、エリスの思考は先程よりもハッキリしたものに。ここが何処なのか不明だが、歩かなければ何も始まらない。

 エリスは風の向くまま気のむくままに、広い草原を歩き出した。

 

 

*********************************

 

 

 どれくらい歩いただろうか。それとも大して時間は経っていないのか。エリスはただひたすら真っ直ぐ歩き続ける。

 普段ならばすぐさま天界へ戻る選択肢もあったであろう。しかし、その思考に至ることすらなくエリスは歩く。そして、ようやく広がっていた景色に変化が訪れた。

 

 地平線から徐々にではなく、幻のように突如として前方に現れたのは、一本の立派な木。遠くから見ても把握できるほど太い幹を持ち、おびただしい量の緑によって、草原に影を作っている。

 エリスは誘われるように木の方へ。一度木陰で休もうかと考えていたが、先客がいるのを確認した。

 木の根本で座っているのは、小さな少年。足を伸ばし、静かに本を読んでいた。掻き上げられていた少年の髪は、エリスと同じ銀色に染まっていた。

 

「(この子は……)」

 

 見覚えのある姿。思い当たる人物に思考が辿り着くまで、時間は掛からなかった。

 だとしたら、何故これほど幼い姿になっているのか。エリスが不思議に思っていると、本を読んでいた少年はエリスの存在に気付いたのか、顔を上げて口を開いた。

 

「母さん? どうしたの?」

「へっ?」

 

 聞こえてきたのは、想定すらしていなかった言葉。エリスはすぐさま辺りを見渡す。

 彼が母と呼ぶ人物は一人だけ。しかし、この場に彼女の姿は無い。エリスは再び少年へ視線を戻す。

 少年の目が向く先にいるのは、エリスただひとり。エリスは恐る恐る自分を指差すと、少年はコクリと頷いた。

 

「えぇええええっ!?」

 

 エリスは驚嘆の声を上げる。当然だ。幼き頃の彼であろう少年から、母と呼ばれたのだから。

 理解が追いつかない摩訶不思議な出来事。しかし少年は何も疑ってなさそうな顔でエリスを見ている。

 いつから自分が彼の母親になったのか。それとも彼が見間違えているのか。いや、髪の色からして真逆なので間違える筈がない。

 様々な考えが頭を巡った結果、これは夢だという結論に至り、しどろもどろになりながらもエリスは返した。

 

「え、えーっと……ここで何をしているのかなー?」

「本を読んでるんだ。見ればわかるでしょ」

「あっ、そ、そうだね。うん。あー……お、お母さんも一緒に読んでもいい?」

 

 慣れない演技で、エリスは母親のように言葉を交える。エリスがそう尋ねると、少年は言葉を返さずコクリと頷き、本へと目線を落とした。

 許可の意を示したのだろうと捉えたエリスは、そそくさと木のもとへ駆ける。そして、少年の隣へ腰を下ろした。

 

 座高も自分の半分しかない少年。頭を撫でたくなる衝動に駆られたが、彼は嫌いそうだと自制し、上げていた手を降ろして、少年が読んでいた本にエリスも目を落とす。

 書かれていたのは、元いた世界では見慣れない文字の羅列。隣のページには絵が載せられている。先輩女神との交流もあって異世界の文化にも触れていたエリスは、彼がいた世界、国での言語だと理解する。

 

「ねぇ、なんて書いてあるの? お母さんに教えてみて」

 

 気になったエリスは、少年に尋ねる。少年は不思議そうにエリスを見たが、すぐに本へ視線を戻すと、おもむろに口を開いた。

 

「『それは昼も夜も成長を続け、やがて輝く林檎の実を付けた』」

「林檎の実……」

 

 彼が口にした詩を聞き、エリスは空を仰ぐ。見えるのは空を覆い隠す緑の葉と、偶然にも赤く実った林檎がひとつ。

 エリスは立ち上がり、林檎を取らんと手を伸ばす。が、思っているより高い位置に実っており、手を伸ばしただけでは届かない。

 跳び上がり、更に高く手を伸ばす。しかしそれでも林檎に手は届かない。幾度も跳んで挑戦するも、あと少しの所で自分の身体が落ちてしまう。

 そんな彼女を見かねたのか、少年は本を閉じて草原に置くと、器用に木を登り、枝に実っていた林檎を落とした。エリスは慌てて両手で受け皿を作り、林檎を受け取る。

 

「あ、ありがとう」

 

 小恥ずかしい気持ちを覚えながら、エリスは再び腰を降ろし、果実に口を付ける。中身は甘く、果汁が口の中に広がる。

 少年も木から飛び降りると同じく腰を降ろして、本を再び取ることはなく前方を見つめた。

 林檎を食べる手を止めて、エリスは少年に顔を向ける。彼にも林檎を食べさせようかと迷っていると、少年はポツリと零した。

 

「本当は──」

「えっ?」

 

 エリスは少年に耳を傾ける。少年はエリスに顔を合わせることなく、広い草原を見つめて言葉を続けた。

 

「本当は、俺も守って欲しかった」

 

 彼の声は空虚なようでいて、どこか悲哀を感じるものだった。

 

 

*********************************

 

 

 ぼんやりとした思考。視界も虚ろであったが、次第にハッキリと見え始める。

 目に写ったのは、隣のベッドで眠るゆんゆんの寝顔。スースーと穏やかな寝息を立てて、未だ眠りの中にいる。

 そんな彼女より一足先に目覚めたクリスは、のそりと上体を起こす。カーテンの隙間からは太陽の光が漏れていた。

 

 夢を見ていた。広い草原の中を歩き、そこで誰かと出会ったのだが──記憶はおぼろげで思い出せない。

 幸せでいて、どこか悲しい夢であった。クリスは夢の内容を思い出せずにいると、不意に何かが頬を伝う感触が。

 

「……えっ?」

 

 それが涙と気付くのに、時間は掛からなかった。気付かない内に涙を流していた自分に驚きながらも、手で涙を拭う。

 夢といえば、悪夢問題解消の為にバージルへ夢見の像を渡していた。果たして効果はあったのか。

 もう一眠りする気持ちもなかったクリスはベッドから降り、顔を洗うべく洗面所へと向かった。

 

 

*********************************

 

 

 顔を洗い、寝間着から着替えているとゆんゆんも起床した。着替え終えたクリスは、ゆんゆんの支度が整うまで部屋で寛ぐ。

 窓から部屋の外を覗くと、既に多くの住民が街を歩いていた。眠りについたのが深夜だった故か、どうやら目覚めも遅かったようだ。

 ゆんゆんの準備が整ったところで、二人は部屋を出る。バージルのことが気になるとクリスは伝え、彼の部屋へ。だが部屋の鍵は閉まっており、ノックや声掛けをしても返答がなかった。

 バージルを探すべく、二人は宿のロビーへ。受付の者にバージルが宿を出ていったか確認したが、見ていないと受付は答えた。

 宿を出ていないのなら、急ぐ必要はない。二人は捜索を止め、一旦宿内にあった食事処に行き、朝食を済ませた。

 軽く腹を満たし、二人は食事処を出る。部屋に帰っているかもしれないと考え、再度バージルの部屋へ行こうとした時だった。

 

「あっ! クリスさん! あそこにいますよ!」

 

 ゆんゆんが指差したのは、ロビーに備え付けてあった共用の休息エリア。そこにあったソファーに独り、普段の青いコートを着て腰を降ろしていたバージルの姿が。

 二人は駆け足で彼のもとへ向かう。バージルも気付いたようで、窓の外を眺めていた顔をこちらへ向けた。

 

「おはようバージル。よく眠れた?」

「あぁ。夢見の像とやらのおかげでな」

「ホントですか!?」

 

 バージルの感想を聞き、持ってきた本人であるゆんゆんは胸を撫で下ろす。クリスも気にかけていたので、ホッと一息吐いた。

 と、バージルはおもむろに立ち上がり、ゆんゆんの前へ。彼は空いていた右手を上げると──ポンと優しく、その手を彼女の頭上に置いた。

 

「礼を言う。ゆんゆん」

「へっ!? えっ、ちょっ、先生!? 急にどうしたんですか!?」

 

 頭ポンからのお礼という、バージルが繰り出したとは思えないコンボ。これには受けていたゆんゆんも驚く。

 横で見ていたクリスも、珍しいどころか何か悪い物でも食べたのではと疑う程に驚いていた。その一方で、ほんのちょびっと羨ましい気持ちを覚えながら眺めていたが──。

 

「……あの、先生? なんだか頭に痛みを感じるんですけど。というかどんどん痛くなってるんですけど!? ちょっと待って痛い痛い痛い痛い! 頭が割れるぅううううあああああっ!?」

「何やってんの!? ホントに何やってんの!?」

 

 頭ポンに見せかけたアイアンクローによって、ロビーにゆんゆんの悲鳴が響き渡った。受付係や他の宿泊客が何事だと様子を伺ってきたが、仲間内でのことだとクリスは伝えた。

 アイアンクローから開放されたゆんゆんは痛そうに頭を擦り、隠れるようにクリスの背後へ。危うく警察沙汰になる所であったが、バージルは反省の色を見せないまま、ゆんゆんに尋ねた。

 

「夢見の像を、貴様はどこから手に入れた?」

「うぅ……た、タナリスちゃんから貰いましたけど……」

「となれば、出処はあの魔道具店か。どうりで欠陥品なわけだ」

「欠陥品って、もしかして──」

 

 クリスの言葉に、バージルは頷いて返す。

 

「おかげで最悪の目覚めだ。どんな夢だったかは、もう覚えてすらいないがな」

「ご、ごめんなさい……私がタナリスちゃんから説明を詳しく聞いていれば……」

「謝るのはアタシだよ。バージルに勧めたのはアタシなんだから」

 

 責任を感じて謝るゆんゆんに、クリスは優しく言葉を掛ける。そんな彼女を見兼ねてか否か、バージルは言葉を続けた。

 

「この像に象られているのは、獏という生き物だ」

「ばく?」

「この国ではどうか知らんが、人の夢を喰らい生きると伝えられている。悪夢を見た場合は、その夢を獏にやると唱えれば同じ悪夢を見ずにすむらしい」

「じゃあ、もし夢見の像にも同じ効果があったら、バージルがまた悪夢を見ることはないってこと?」

「そうであって欲しいがな」

 

 悪夢はもううんざりだと、バージルは零す。

 何度も見せられる悪夢に参っている様子に見えたが、その一方で、どこか付き物が落ちたようにスッキリしたようだと、不思議とクリスは感じていた。

 しかしその答えが出ることはなく、先にバージルが話題を切り替えた。

 

「で、今日はどうする? 自由行動でいいと貴様は言っていたが」

「うーん、そうだね。アタシは昨日みたいなヘマしたくないから、情報収集に専念するよ」

「わ、私にもできることがあればお手伝いします!」

「ありがとう。でも気持ちだけ受け取っておくよ。本業のアタシにお任せあれってね」

 

 ゆんゆんの頭を撫で、クリスは優しく断りを入れる。彼女も納得したのか、それ以上前に出ることはしなかった。

 バージルに朝食はどうしたのかと尋ねると、既に済ませた後であった。二人も食べ終えた直後だったので、このまま各自別れることに。

 

「じゃあアタシは先に行くね。好きに過ごしてもいいけど、あんまり目立つような真似しちゃダメだよ。勿論危ないこともしないように」

「世話焼きな奴だ。さっさと行け」

 

 鬱陶しそうにバージルは手を払う。母親のように言いつけを残したクリスは、一足先に宿を出ていった。

 残ったゆんゆんとバージル。自由行動といっても、観光は初日で終えている。どうしようかと思いゆんゆんがバージルに視線を送ると、バージルはそれに気付き、彼女に言葉をかけた。

 

「ゆんゆん、予定はあるか?」

「へっ? い、いえ、特に決めてないですけど……」

「なら少し付き合え」

「付き合えって、どこに行くつもりですか?」

「気分転換だ」

 

 バージルは短く答える。その手には、刀が一本。

 彼は悪夢を見させられて、気分が優れていない。更に悪夢を見せた原因は、ゆんゆんが持ってきた夢見の像にある。

 ここまで考え、ゆんゆんは彼がどこに行こうとしているのかを予測した。彼は気分転換と称しているが、そんな生ぬるい物では決して無い。

 危ないことはしないようにとクリスからは言われていた。しかしゆんゆんは断る勇気が出ず、怯えながらもバージルの後について行った。

 

 

*********************************

 

 

 お昼時の、王都の城下町。道は住民、冒険者、騎士達によって彩られている。

 冒険者と騎士は、皆レベルの高い者ばかり。そんな中、まだ王都の標準レベルにも満たない冒険者が、仲間を連れて歩いていた。

 

「カズマ、そう気を落とさないでください。捕縛こそできませんでしたが、犯行は未然に防いだんですから」

「慰められると逆に辛いんだけど。それと、別に王城での暮らしに固執してたわけじゃないからな?」

「ハイハイ、わかりましたから。今日は一日ゆっくりして、明日にはアクセルの街に帰りましょう」

 

 アイリスとの暮らしを長引かせる為に、王都で暗躍する賊を捕まえると豪語したカズマ。

 だが、よりにもよって義賊の正体はクリス、ゆんゆん、バージルの三人。そのまま捕えて突き出す真似などできず彼は見逃し、正体は明かさず、交戦するも逃してしまったと報告。

 まだ一緒に暮らしていたいのはアイリスも同じだった。彼女は果敢に戦ってくれたとフォローをしたが、側近でありカズマを目の敵にしていたクレアは聞く耳持たず。早々に城から追い出され、彼はトボトボと街を歩いていた。

 

「本当だ! 私が寝泊まりしていた部屋に、黒いコートを着たバージルが寝込みを襲いに来たんだ!」

「ダクネスったらまだ言ってるのね。昨晩見た夢を皆に自慢したいのはわかるけど、あんまりしつこいと嫌われるわよ?」

「夢じゃない! 部屋の窓ガラスも割れていただろう!」 

「部屋に入ってきた義賊をバージルさんと見間違えたか、お前が寝ぼけて割っちまったんだろ。なんにせよ妄言なのは確かだな」

「そこまで寝相は悪くない! それにあの男は間違いなくバージルだった! 幾度もプレイを交えてきた仲だからこそ断言できる!」

 

 どうやらバージルはダクネスと鉢合わせてしまったようだが、日頃の行いのおかげか、ダクネスの話は誰からも信じてもらえてなかった。

 カズマも見間違いではないとわかっていたが、言ってしまえば義賊の正体がバレるので、皆に合わせてダクネスをあしらっていた。我ながら演技派だなとカズマは思う。

 クリスは手伝って欲しいと言っていたが、これ以上厄介事に巻き込まれるのは御免被る。さっさと王都から退散するが吉。

 脳裏に過る、アイリスの寂しそうな表情に後ろ髪を引かれる気持ちをしまい込み、カズマは足を進める。

 

「サトウカズマ! サトウカズマじゃないか! 女神様もお久しぶりです!」

 

 とそこへ、カズマを呼ぶ若い男性の声が道の先から聞こえてきた。カズマは顔を上げて前を見る。

 歩み寄ってきたのは、カジュアルなスーツを着こなす、いけ好かない顔立ちの男。

 彼はキラキラとしたエフェクトが舞っていそうな笑顔をアクアに見せる。対するアクアは、彼の顔をしばらく見つめてから言葉を返した。

 

「どちら様でしたっけ?」

「えっ」

 

 彼の存在は、すっかり頭から抜けていた。哀れに思ったカズマは、アクアに彼のことを説明する。

 

「覚えてないのか? こいつは確か……マチリガだったっけ?」

「ミツルギだ! ミツルギキョウヤだ! もはやその間違え方は覚えていなきゃできないだろう!?」

「ミツルギ……はて、そんな人いたかしら?」

「女神様!? 僕の名前を聞いても思い出せないのですか!? 貴方に魔剣グラムを託された者ですよ!」

「あぁ魔剣の人ね! やっと思い出したわ!」

 

 どうやら彼女の中では魔剣の人でしか認識されていないらしい。その事実にミツルギはショックを受けている様子。

 

「ねぇねぇ、あの人って魔剣の勇者じゃない!?」

「ミツルギ様ー! こっち向いてー!」

 

 そんな時、道端にいた女性二人がミツルギに黄色い声を送った。ミツルギは笑顔でそれに応えると、二人は嬉しそうに飛び跳ねる。

 アイリスやクレアから聞いていた通り、アクセルの街でも名を馳せていた魔剣の勇者君は王都でも人気のようだ。その事実を目の前で見せつけられたカズマは、わざとらしく手をポンと叩いた。

 

「あー俺も思い出したよ! 魔剣の勇者ミツルギ君かぁ! 勇者候補筆頭のソードマスターでありながら、最弱職の冒険者であるこの俺、サトウカズマに自ら勝負を挑んで、二度も敗北を喫したミツルギ君かぁ! アクセルの街で会った時以来だねー! 俺に二回も負けた、魔剣の勇者ミツルギキョウヤ君?」

「き、君という奴は本当に……」

 

 どれだけ彼が有名になろうと、自分が彼に二回も勝った事実は覆らない。それを強調するように、そして住民達へ聞こえるように大声で話しかけた。

 負けず嫌いなカズマに、ミツルギは怒り半分呆れ半分といった表情。後ろにいためぐみん、ダクネスも大人げないカズマに呆れていた。

 

『となれば、アクセルの街に襲来し貴様を恐怖で震わせた俺が、この中で最強ということだな』

「んっ?」

 

 その時、ミツルギでもカズマでもない男の声が耳に入ってきた。カズマ達は辺りを見渡すが、それらしき人物は見当たらない。

 しかし程なくして、その正体は自らカズマ達の前に現れた。

 

『こっちだ馬鹿者共! よもや、この俺を忘れたとは言うまい?』

「わっ!?」

 

 ミツルギの背後からにゅっと出てきたのは、おたまじゃくしのような形をした人魂。その顔部分は、灰色の甲冑の下で赤い目を光らせている。

 特徴的な頭を持つ奇妙な存在を目の当たりにしたカズマは、しばらく顔を見つめてから口を開いた。

 

「どちら様でしたっけ?」

『うぉい!?』

 

 見覚えはあったのだが、名前までは思い出せなかった。相手は意外だったようで酷く驚いている。

 一方で、後ろにいためぐみんとダクネスは覚えていたのか、慌てた様子でカズマに声を掛けてきた。

 

「忘れたのか! こいつは、戦いながら私の鎧を少しずつ剥がしたり、呪いをかけて城に連行しようとしてきたド変態デュラハンだ! 名前は確か……ベルシア!」

「我が爆裂魔法によりまんまとおびき出された、間抜けな魔王軍幹部ですよ! その名は……えっと……バルディアです!」

『ベルディアだ! そして間抜けでもなければド変態でもない! 勝手に属性を付け加えるな!』

「あー、そういえばそんな奴もいたっけ。知らない所でバージルさんに討伐されてたから、他の幹部に比べて印象薄いんだよな」

『本人の前で印象薄いとか言うな! 呪い殺されたいか貴様ぁ!』

 

 名前を覚えられていなかったベルディアはお怒り状態。しかしその姿は小さな人魂なので、怖さは微塵も感じない。

 

「ていうか、なんでベルディアがミツルギと一緒にいるんだよ。その様子じゃ、生き返ったって感じでもなさそうだし」

「修行の成果と言うべきかな。僕がベルディアの剣を師匠から授かったのは、君にも話しただろう?」

 

 ミツルギの確認を聞いて、カズマは記憶を掘り起こす。

 魔剣を失った彼と再会したのは、機動要塞デストロイヤー迎撃作戦の日。その夜、彼からベルディアの剣について聞かされたのをカズマはうっすらと覚えていた。

 

「あの剣には、ベルディアの魂が宿っていてね。あの時は剣を触った者としかベルディアは意思疎通ができなかったけど、修行を積み重ねていく内に──」

『俺は剣を離れ、ゴースト的な存在となって自由に対話することが可能となった。魔力のほとんどは剣に残している故、今の俺に戦う力は無いがな』

 

 ベルディアは自慢げに語る。アクセルの街で目撃して以来だったが、よもやこんな形で再会するとは思いもしなかった。

 アンデッド族のデュラハンがゴーストになるとは奇妙な話があったものだと、ユラユラ揺れるベルディアをカズマはまじまじと見つめる──そんな時だった。

 

「『ターンアンデッド』!」

「『うぉおおうっ!?』」

 

 唐突に、横で話を聞いていたアクアが魔法をベルディアに向けて放った。これをミツルギとベルディアは咄嗟に避ける。

 

「ようやく思い出したわ! アンタ、私のことを無視した不届き者ね! しぶとく生きてたみたいだけど、ここで余生を終わりにしてあげるわ!」

『まさか貴様、この俺が女騎士にかけた『死の宣告』を解いたというアークプリーストか! 待て! 俺はもう魔王軍幹部ではないぞ!』

「そうやって油断させておきながら寝首をかくつもりでしょ! 私には全てお見通しなんだから! 観念しなさい!」

「アクア、コイツはこんなになっても一応元魔王軍幹部なんだし『セイクリッド・ターンアンデッド』の方がいいんじゃないか?」

「サトウカズマもけしかけるな! 待ってください女神様! ベルディアはもう僕達の味方です! 僕にとっても無くてはならない相棒なんです! 浄化するのはおやめください!」

 

 放つ気満々のアクアに、ミツルギとベルディアは制止を呼びかける。嘘を言っているようには思えない。

 対して珍しく話を聞き入れたのか、アクアは渋々魔法を放とうとした手を下ろす。それを見て、ミツルギとベルディアは安堵の息を漏らした。

 

「ベルディアが味方になったとしてもよ、元魔王軍幹部をそうやって引き連れてるのを知られたらマズイんじゃないか? 城の連中は何も言ってこないのか?」

「それなら心配ないよ。ベルディアは僕の使い魔だと伝えてある。流石に最初は疑われたけど、王都で魔王軍と戦い続けていたら、王女様のお墨付きで認めてくれたんだ」

 

 ミツルギは安心させるように答える。ダスティネス邸での会食でも、アイリスとクレアはミツルギのことを高く評価していた。

 加えて、街行く住民はミツルギの傍で浮いているベルディアを見ても驚く素振りは見られない。彼等には見えていないのか、それともベルディアを侍らせていること自体が日常風景なのか。

 とにかく、ベルディアが味方だという事実は信じてもいいのだろう。カズマがそう思っていると、ベルディアはグイッとカズマに顔を近付かせ、釘を刺すように言ってきた。

 

『この男は使い魔だと言っているが、あくまで便宜上、王都で不便なく暮らす為に仕方なく使い魔になってあげているんだ。決してこのヤサ男にへーこらする落ちぶれた元魔王軍幹部などと勘違いするんじゃないぞ? いいな?』

 

 魂だけの存在になったベルディアだが、譲れない部分はあるようだ。彼はそう伝えると、再びミツルギの傍に戻る。

 

「ところでサトウカズマ、今空いているか?」

「何だよ急に。空いてるけどさ」

「君に大事な話があるんだ。少し付き合ってくれ」

「俺、別にお前と仲良くする気ないから断ってもいい?」

「大事な話と言っているだろう!?」

 

 面倒臭いことこの上なかったが、ミツルギがあまりにもしつこかったのでカズマは仕方なく折れた。

 自分達には関係のない話だと考えためぐみんとダクネスは別行動を取ることに。カズマは話を聞くべく、アクアを連れてミツルギの後を追った。

 

 

*********************************

 

 

 ミツルギに案内され、街道沿いに建てられた喫茶店に入ったカズマとアクア。壁際の席に座り、ミツルギの奢りで注文を頼む。

 品が運ばれるまでの間にミツルギはアクアへ、非常に高価であろう指輪を箱付きでプレゼントしたが、サイズが合わなかったのを理由にアクアはその指輪をハンカチで覆い、一瞬で消すマジックを披露した。

 どこに移動したのかと尋ねると、アクアは消えたんだからどこにもないと返答。ミツルギはショックを受けていたが、女神様の為になったのならとどうにか笑顔を繕った。

 宴会芸を披露して気が乗ったのか、喫茶店にいる他の客にも見せてくると席を離れた。楽しそうなアクアを微笑ましい目で見送った後、カズマに視線を戻す。

 

「じゃあ早速本題に入ろうか。まず一つは、君にも他人事じゃない話だ」

「もったいぶらずに早く話せよ」

 

 カズマは出されていたお冷に口を付け、ミツルギの話に耳を傾ける。

 

「アクセルの街に魔王軍幹部だったベルディアが襲撃してきたのは覚えているかい?」

「あぁ。ウチの馬鹿が招いたせいで大変だったよ」

「確かに襲撃の原因は彼女にあったが、それよりも前に、ベルディアはアクセルの街から遠くない古城に移住してきた。どうしてだと思う?」

 

 ミツルギの問いを聞いて、カズマはハッとさせられる。

 レベルの高い冒険者と戦う魔王軍幹部が、駆け出し冒険者の集まる街付近に現れるなど、確かに不可解な話だ。

 考えられる線は、魔王軍幹部が出張るほどの冒険者がアクセルの街に現れたこと。思い当たる人物は二人。

 

「きっかけは、アクセルの地に大きな光が舞い降りたと、魔王軍の預言者が言い出したことらしい」

「大きな光ってもしかして……」

 

 カズマは店内の賑わっている方角を見る。その中心には、宴会芸で場を盛り上げている女神アクア。

 視線を戻すと、ミツルギは小さく頷いて話を続けた。

 

「魔王は半信半疑でベルディアを派遣したけど、師匠に討たれた。続けて送った仮面の悪魔も行方不明。更に二人の魔王軍幹部も討たれたと聞いている」

「そ、それって……」

「話は王女様から聞いている。そして君はさっきベルディアのことを、他の幹部と比べて印象が薄いと言っていた。どうやら、魔王に興味を持たれているパーティーは君達で間違いないようだね」

「ちょっと待てよ!? 俺達魔王に目つけられてんの!?」

『魔王軍幹部が立て続けに倒されたんだ。おまけに機動要塞デストロイヤーを消滅させているときた。当然だろう』

 

 ぬるりと出てきたベルディアから冷静に言葉を返され、カズマは何も言えず口を閉じる。

 

「そのパーティーが拠点としている街に、また何かが攻めてくるかもしれない」

「魔王軍が本気で襲撃してくる可能性も?」

「無いとは言い切れない。今、魔王軍は目立った動きを見せていないが……用心しておいた方がいいだろう。女神様と師匠がいても、だ」

 

 ミツルギは念を押すように忠告してくる。余程心配しているのだろう。

 先に待つ未来を憂うカズマであったが、こういう時、人は現実逃避をしたくなるのであろう。彼は別の話題へと話を持っていった。

 

「そ、それで他の話は?」

「あぁ……もう一つは、王都で貴族を騒がしているという義賊についてだ」

 

 ミツルギが次に話し出したのは、カズマにとってもタイムリーな話題であった。

 

「実は、義賊捕縛に協力してくれないかと頼まれてね。どうやら君は昨晩、義賊と出くわしたそうじゃないか。よければ君が得た情報を話してくれないだろうか?」

 

 情報提供をミツルギは提案してきた。これに対し、カズマは腕を組んで熟考する。

 義賊の正体。カズマと義賊の関係。そしてミツルギとの関係を整理した後、カズマは彼に手のひらを見せながら言葉を返した。

 

「十万」

「……はっ?」

「情報料として十万エリスだ。まさかタダで教えてもらおうだなんて思ってないよな?」

「僕はさっき大事な情報を話しただろう! なのに君は金を取るっていうのか!?」

「そりゃあお前が勝手に話してくれたからな。それとこれとは別問題だ」

『やられたなミツルギ。この男、悪魔よりも悪どい輩だ』

 

 後出しでやり込められたミツルギはぐぬぬと唸っているが、世の中には情報を売る情報屋も存在する。有益な情報は金になるのだ。

 カズマとしては正当な要求と思っているので、悪びれる様子もなく言葉を続けた。

 

「言っとくが値下げは受け付けてないぞ。キッチリ十万払えるっていうなら話してやる」

「君がそこまで言うってことは、十万エリスに見合う情報を持っていると考えていいんだな?」

「勿論。ただし、俺から得た情報は決して口外しないこと。どうしても言わなきゃいけない場合は、絶対に俺から聞いたとか言わないこと」

「……いいだろう」

 

 交渉の末、ミツルギは購入を承諾。自身の財布から紙幣を取り出し、カズマに渡す。

 数えてみると、確かに十万エリスであった。サラッと大金を出されて癇に障ったものの、躊躇することなくカズマは受け取った。

 カズマは一度周囲を見渡す。店内はアクアの宴会芸で盛っており、客も店員もアクアのもとに集まっている。アクアもノッているようで、こちらに戻る気配はない。

 盗み聞きされる心配がないことを確認したカズマは、小声でも聞こえるように席を近付かせてから話した。

 

「俺が掴んだのは義賊の正体だ。人数は三人。そして、お前も知っている人物だった」

「僕の知っている? 一体誰だ?」

「一人は、クリスという銀髪の盗賊。そして残る二人は……ゆんゆんとバージルさんだ」

「なんだって!?」

 

 思いもよらぬ事実を聞いて、ミツルギはたまらず席を立った。

 慌ててカズマは人差し指を立てて静かにするよう伝える。幸いにも、アクアの宴会芸を見た観客が感嘆の声を上げ拍手を送っていたタイミングであったので、ミツルギが立てた音と声はかき消されていた。

 ミツルギはすまないと一言謝り、席に座る。

 

「ゆんゆんと師匠が、どうして……」

「詳しい経緯は俺も知らないけど、何か探してるみたいだったぞ。流石に知り合いをとっ捕まえて差し出すわけにはいかなかったから、俺は敢えて見逃してやったってわけ」

 

 巻き込まれたくないのが第一であったが、そこは伏せてミツルギに話す。

 彼はバージルを師として敬っている。その生徒であるゆんゆんとも交流はある。事実を知っても、口に出すことはしないであろう。そう見据えてカズマは彼に話したのだ。

 

「あの二人が悪事に加担するとは思えない。クリスという盗賊も、悪魔の討伐戦では前線に立ってくれていた。信頼に足る人物なのは間違いない。きっと事情がある筈だ」

『簡単に信じていいのか? コイツが嘘を吐いている可能性だってあるだろう?』

「確かに彼は卑劣極まりなく冒険者の風上にも置けない男だが、仲間を陥れるような嘘を吐く人間ではない。少なくとも、今は信じていいだろう」

『ふーむ……まぁ確かに、コイツにあのバージルを嵌める度胸は無さそうだからなぁ。見た目からしてヘタレっぽいし』

「二人揃って俺をディスるのやめてくれる?」

 

 棘のある言い方にムッときたカズマであったが、否定はできない。特にベルディアの言葉に関しては。

 彼を嵌めたら、どんなしっぺ返しが来るかわからない。余程の馬鹿でもなければ手出ししないであろう。

 

「俺が得た情報は以上だ。何度も言うけど、絶対誰かに話すなよ? 俺から聞いたとか絶対言うなよ?」

「あぁ、有益な情報をありがとう。君のことだから騙し取ってくると構えていたが、十万エリスどころか三十万エリスでも余り有る情報で驚いたよ」

 

 ミツルギは素直にカズマへ礼を述べてくる。

 一方でカズマは、そんなこと言ってくれるならもっと値上げすればよかったと、独り後悔していた。

 

 

*********************************

 

 

 時間は過ぎ、太陽が山の奥へと隠れた夜。

 宿では、くたびれた様子でクエストから帰ってきた者、夕食にありつく者、ひとっ風呂浴びて湯気を立たせる者が見える時間帯。

 

「ふぅ、今日も美味しい夕食でしたね」

「アクセルの街と比べると質が違うな。流石に王都で構えているだけのことはある」

 

 王都での自由行動を済ませて宿に帰ってきたバージルとゆんゆんは夕食を食べ終え、休憩所でひと息吐いていた。

 バージルに「気分転換」と称して付き合わされた筈のゆんゆんであったが──。

 

「そうですねぇ。色んなお店でスイーツを食べ回ったけど、どれも甘くて美味しかったし。こ、今度はめぐみんも連れて、来てみようかなー……なんて」

 

 その実態は、王都スイーツ巡りだった。スイーツ専門店、喫茶店、お土産屋など、スイーツがありそうな場所をくまなく探し、バージルの奢りで食べ歩いた。

 一体何をされるのかと、最初は怖がっていたゆんゆんであったが、内容を知った後は喜んで同伴。もはや王都のスイーツグルメ本を出せそうなほど、彼女はスイーツで満たされた。

 

「スイーツを好んで食べる女とは思えんがな」

「先生がそれを言うんですか。一応、めぐみんとは学校帰りや休みの日に、喫茶店で過ごしたこともあるんですよ。確かにめぐみんはスイーツよりも、お腹にたまる料理を頼んでた覚えがあるけど……」

「紅魔の里にある喫茶店か。復旧後、スイーツを食べに立ち寄ったが、さしてレベルは高くなかった」

「王都の物と比べられたら流石にそうなりますよ。あっ、でも私が王都で見つけたスイーツを教えてあげれば……いやでも、私なんかが言い出しても聞いてくれないかな……」

「貴様は族長の娘だろう? 貴様の父に頼めば、ある程度の融通は効くと思うが」

「はっ! た、確かに! ていうか、もし私が族長になったら、紅魔の里にスイーツ専門店を置くことも……!」

 

 長としての権力を、スイーツ欲のために振りかざそうと思案する次期族長候補。

 バージルにしては汚い手段と思われるかもしれないが、紅魔の里にスイーツ店ができれば、紅魔族流のスイーツが生まれる可能性もある。スイーツの幅が広がることは、彼にとっても望ましいことなのである。

 

「(それにしても、クリスの姿が見えんな)」

 

 ゆんゆんがブツブツと独り言を呟く傍ら、バージルは周囲を見渡しながら思う。

 受付にも確認したが、宿には帰ってきていなかった。まだ情報収集に勤しんでいるか、カズマの勧誘に向かっているのだろう。

 どのみち、今は大人しく宿で待機するしかない。もう少し寛いだ後、風呂に入ろうかと考えていたバージルであったが──。

 

『魔王軍襲撃警報! 魔王軍襲撃警報! 現在、魔王軍が王都近辺の平原に展開中! 騎士団は出撃準備! 今回は魔王軍の規模が大きいため、王都内の冒険者各位にも参戦をお願い致します! 高レベル冒険者の皆様は、至急王城前へ集まってください!』

 

 けたたましい警報と共に、協力を仰ぐアナウンスが二人の耳に届いた。急な出来事にゆんゆんは驚嘆すると同時に我に返る。

 

「ま、魔王軍の襲撃!? これからお風呂に入ろうとしてたのに!」

「丁度良い。スイーツだけでは物足りなかったところだ」

 

 ゆんゆんは突然の襲撃に驚いている様子だが、ここは魔王軍と最前線で戦っているベルゼルグ王国の首都。むしろ襲撃が無い日の方が珍しいのである。

 

「最近音沙汰無しと思っていたが、急に来やがったな!」

「幹部級の敵はいるのか!? 真っ先に俺が倒してやるぜ!」

「ここで戦果を上げれば、僕も騎士団に……!」

 

 宿で寛いでいた冒険者達も、目の色がガラリと変わる。忙しなく部屋へ戻る者もいれば、宿に帰ってきたばかりで装備を整えていたので一足先に出ていく者も。

 早速バージルも動き出そうとしたが、ここでゆんゆんが気付いたように声を上げた。

 

「あっ! で、でも、クリスさんからは目立つ真似をしちゃダメって言われてたような……」

「奴の言いつけなど、いちいち守っていられるか。それに、ここで参加しなければ逆に怪しまれる危険性もある」

「そ、そうですね……イチ冒険者として、ここは前線に出て戦わなきゃ!」

 

 言いくるめられたゆんゆんは、独り気合を入れる。クリスを待つことなど、バージルはとうに選択肢から外していた。

 二人は急いで部屋へと戻り、装備を整える。そして、我先にと駆け出す冒険者の流れに乗って宿から出ていった。

 

 




自由を得たベルディアさんですが、剣にいない時はほとんど力が無いので他人に憑依したりはできません。


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第69話「この戦線で共闘を!」

 不穏な事態を表すように、暗雲が空を覆う王都の夜。

 その中心である王城の門前。魔王軍襲来警報を聞きつけた冒険者達が、そこに集められていた。

 集いし冒険者は、王都で活躍する高レベルの猛者ばかり。その中に、バージルとゆんゆんの姿もあった。

 慣れない人混みにゆんゆんが忙しなく周囲を見渡している横で、バージルは腕を組んで静かに待っている。

 やがて、二人の前に王都のギルド職員と思わしき女性が歩み寄ってきた。

 

「では、冒険者カードの提示をお願いします」

 

 職員の指示に従い、バージルとゆんゆんは冒険者カードを取り出して渡す。

 冒険者に協力を仰いだが、相手は魔王軍。危険な戦いになることは必至。その為、上級職でない限りレベル30以下の者は参加を認められないと職員から説明を受けていた。

 

「ありがとうございます。お二方の活躍に期待しております」

 

 バージル、ゆんゆん共に上級職。条件が満たされていたのを確認した職員は、二人に冒険者カードを返却した。

 ゆんゆんがペコリと頭を下げる傍らで、バージルは言葉を返さず冒険者カードを取って懐にしまう。

 

「貴方はもしや、バージル殿か!?」

 

 とそんな時、彼に声を掛ける者が。二人はそちらに顔を向ける。

 彼等のもとに歩み寄ってきたのは、青い鎧に身を包んだ金髪碧眼の女性騎士。王女の付き人、クレアであった。

 

「何故貴方がここに……もしや、王都へ拠点を移すと考え直してくださったのか!」

「都合の良いように解釈するな。観光がてら立ち寄っていただけだ」

「そ、そうだったか……」

 

 喜ぶクレアに水を差すようにバージルは答える。早とちりをしたクレアは少し落ち込んだが、すぐに切り替えて言葉を返した。

 

「しかしバージル殿がいれば心強い。活躍を期待している。それと……隣にいる子は?」

「は、はい! 私は……じゃなかった! わ、我が名はゆんゆん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、バージル先生の教えを習う者!」

 

 視線が合い、ゆんゆんは忘れずに紅魔族流の挨拶で名乗った。耐性のなかったクレアは面食らった表情を見せたが、はたと気付いたようにゆんゆんへ尋ねてきた。

 

「君が、街で盗賊を捕まえたという銀髪の少女か?」

「えっ? ど、どうしてそれを──」

「ある騎士が熱心に語っていてな。華奢な少女が大柄な盗賊を蹴りと拳で、それも一撃で仕留めたと。どんな人物か気になっていたが、まさか魔法を得意とする紅魔族だとは……」

「あ、えっと……盗賊を捕まえられたのは、体術が得意だったっていうのと、先生に鍛えてもらったおかげでして……」

 

 バージルの授業、魔王軍幹部との戦いを経て実力は身に付いていたが、ぼっち気質は変わらぬまま。ゆんゆんはクレアに目を合わせず、尻すぼみな声で答える。

 弟子を取っていることが意外に思ったのか、クレアは少し驚いた表情でバージルを見る。だがバージルは何も答えず。

 

「話を聞いた上でも、にわかに信じ難いが……どちらにせよ、紅魔族のアークウィザードは貴重な戦力だ。職員の説明にもあったように、討伐数に応じて報酬も出す。頑張ってくれ」

「は、はい!」

 

 期待を込めて言葉を送るクレア。ゆんゆんは背筋をピンと伸ばして返事をする。クレアとは初対面。人見知りな彼女にしては頑張って話せたほうであろう。

 バージルは彼女等からそっぽを向き、集まる冒険者を一瞥する。その中にクリスの姿はない。人が出張っている今を好機とし、情報収集に勤しんでいるのか。あるいは、もう一つの役職の為に空の上で待機しているのか。

 

「……むっ? 何やら騒がしいな」

 

 とその時、クレアが遠方に顔を向ける。バージルとゆんゆんも気になり同じ方向を見ると、何やらギルド職員と冒険者が揉めている様子。

 クレアはツカツカと騒ぎの中心へ向かう。二人にとっては関係ない事なので無視しても構わなかったが……揉めている冒険者は、二人もよく知る人物であった。

 

「ど、どうしましょう?」

「なるべく顔を合わせたくないが、戦場で遭遇して変に絡まれるよりは、今の内に会っておいた方がいいかもしれん。話なら奴が合わせてくれるだろう」

 

 迷った挙げ句、二人も出向くことに。リスクを考えれば下手に動かないのが安牌であるが、バージルは直感に従い、クレアが向かった先へ歩いていった。

 

 

*********************************

 

 

「ですから、説明で申し上げた通り上級職でない方はレベル30以上でないと参加を認められませんので、カズマ様には街の防衛を手伝っていただけたらと──」

「そこを何とかお願いしますよ! 確かにレベルはまだ20台の冒険者ですけど、上級職であるコイツ等のリーダーを担っているんです! それはもう上級職とほぼ同義でいいんじゃないですか!?」

「カズマ、悔しい気持ちはわかるがどうにもならないことはある。私達を心配してくれているのは嬉しいが──」

「ねぇねぇダクネス。きっとカズマさんは心配なんかしてないと思うの。なんだったら私達をダシにして交渉してるのがイラッとくるんですけど」

「しかし、私達が基本カズマの指示で動いているのも事実です。カズマの言い分もわからなくはないかと……」

 

 騒いでいたのは、カズマを中心とするアクセルの街随一の問題児軍団であった。人目も気にせず騒ぎを起こす四人を見て、バージルとゆんゆんは呆れたように息を吐く。

 そんな彼等のもとへ真っ先に辿り着いたクレアは、カズマとギルド職員の間に割って入るように発言した。

 

「構わない。その男は数々の功績を上げた腕利き冒険者だ」

「クレア様……」

「サトウカズマ。お前の活躍には、貴族の者達も注目している。今回の功績次第では、処遇を考え直してやってもいいだろう。功績を挙げられたら、の話だがな」

 

 二人の間に一体何があったのか。バージル等には見せたことのない、厭味ったらしい顔でカズマへと告げ、その場から離れていった。

 カズマが今にも背後から『スティール』を放ちそうになっている横で、めぐみん達がバージル、ゆんゆんの存在に気付くと、こちらに歩み寄ってきた。

 

「誰かと思えば、紅魔族の長を目指す者でありながら紅魔族とは思えないカラーに身を染めて、紅魔族随一の変わり者の名をほしいままにしているゆんゆんではありませんか。どうして貴方が王都に?」

「変わり者って言わないで! 私は、先生が王都へ観光に行くって聞いたから、課外授業も兼ねて一緒についてきたのよ」

 

 紅魔族同士で話し合う二人。その後、一日一爆裂を王都でも行っていることについてゆんゆんは詰め寄ったが、めぐみんに反省の色は見られなかった。

 そして、忘れてならないのがもうひとり。

 

「フフフ……こんなに早く再会できるとは思わなかったぞ。さぁ! もう一戦といこうではないか! バージル!」

 

 見ようによっては醜く、色っぽくもある息の荒い表情で、いつでも来いと両手を広げるダクネス。

 周りの冒険者は引いた様子でダクネスを見ているが、もはや彼女の目にはバージルしか映っていない。

 否が応でも言葉を返さなければならない状況。これにバージルは、ダクネスの後方にいる人物へ視線を送ってから口を開いた。

 

「カズマ、コイツは何を言っている?」

「バージルさんが出てきた夢を、現実で起きたと本気で思い込んでる可哀想な子なんです。そっとしてやってください」

「んなっ!?」

 

 バージルの予想通り、カズマも一芝居打ってくれた。ダクネスが驚嘆する傍ら、アクアも近寄って口を挟む。

 

「ダクネス……本人も巻き込むのは流石に良くないわよ。ごめんねお兄ちゃん。ウチのダクネスが迷惑かけちゃって」

「ま、待ってくれ! 本当に会ったんだ! なぁバージル! 今のは嘘だろう!? 照れ隠しなんだろう!?」

「貴様の夢に出てきた俺は、さぞ悪夢のような苦しみを味わっただろうな」

「ほらダクネス、もう満足しただろ? 本人が違うって言ってんだから、いい加減夢自慢は終わりにしようぜ」

「そんな筈は……まさか、本当に夢だったのか……?」

 

 周りから夢だと諭され、本人もそう思い始めた様子。アクアまで乗ってきたのは予想外であったが、恐らくダクネスの証言が周りから信じられていなかったのであろう。

 昨日の問題はどうにかなりそうだと息を吐くバージル。と、アクアがダクネスを構っている所を見計らってカズマが近寄り、バージルに耳打ちしてきた。

 

「バージルさん、実は頼みがありまして……」

「何だ」

「さっきのイヤミ女が言ってましたけど、訳あって俺は功績をあげなきゃいけないんです。なので、それに協力してくれたらなーって」

「……いいだろう。貴様には借りがある」

 

 カズマの依頼を、バージルは二つ返事で承諾した。義賊の正体を握られている以上、カズマの方が優位な立場にある。

 それをカズマも理解しているようで、バージルがアッサリ引き受けたことに驚きはしなかった。

 

 

*********************************

 

 

 王都郊外、平原地帯にて。

 

「目的は魔王軍の撃退及び討伐だ! 騎士団と合流し加勢せよ! 進め!」

 

 指揮を取るクレアの声に呼応し、増援の冒険者達が武器を掲げて鬨の声を上げる。その勢いのまま、彼等は地を駆け出した。

 魔王軍との交戦地では、先行していた騎士団が既に戦っている。鎧を纏った王都の騎士達に、ゴブリン、コボルト、スケルトンなど多種多様な魔王軍。そこに冒険者が加わり、交戦は熾烈を極める。

 そんな、松明の炎によって赤く照らされた夜の戦場を、弓兵や魔法部隊が待機する高台にて見下ろす銀髪の冒険者が二人。バージルとゆんゆんである。

 

「人とモンスターでいっぱいですね.....めぐみんが血迷って爆裂魔法撃ち込まないか心配だなあ」

「爆裂狂いな奴のことだ。虎視眈々とチャンスを狙っているやもしれん」

 

 騎士団、冒険者、魔王軍で埋め尽くされた戦場を見下ろし、二人は会話を交える。

 

「戦力は向こうが上のようだが、貴様はどう見る?」

「冒険者の合流で、今はこちら側に勢いがあります。押し切れば勝てそうですけど、消耗は大きいでしょう。もしもそれが敵の狙いで、増援が控えていたとしたら……最悪の状況になりかねないかもしれません」

「ならばどうする?」

「消耗を最小限に抑える為に、魔王軍を指揮しているリーダーを倒して、撤退させるのがベスト……ですか?」

 

 部隊を率いる者の討伐、及び撃退。言うのは簡単であるが、即ち敵の多い場所へ乗り込むということ。無策に飛び込めば返り討ちに遭い、戦況を悪化させかねない。

 余程実力に自信のある者でなければできない手段。だがゆんゆんには、それを実行できる程の実力と勇気を兼ね備えていた。

 

「おい! アンタ達増援の冒険者だろ!? そんな所で突っ立ってないで加勢に向かってくれよ!」

 

 弓を放っていた弓兵の男が二人へ促す。悠長に喋っている暇はないと悟り、バージルはゆんゆんへ言葉を返した。

 

「特に何も言わん。貴様の好きに戦え。俺は俺で動く」

「わ、わかりました!」

 

 指示を受けたゆんゆんは、腰元の短剣を抜く。そして足を踏み出し、高台から身を投げ出した。

 生身の人間が落ちれば、骨折どころか命を落としかねない高さ。隣で見ていた弓兵は目玉が飛び出るほど驚いていたが、バージルは気にせず別の所へ視線を移す。

 

「奴は……あそこか」

 

 バージルが向かえばあっという間に終結する戦いだが、彼にその気はない。敵の大将以外に目ぼしいターゲットはいないが、それはゆんゆんともう一人に任せる考えでいた。

 その為、彼は頼まれていたサポートをするべく、カズマの位置を視認する。どうやら仲間とは別行動を取っており、愛刀ちゅんちゅん丸を片手にコボルトを追い回していた。

 少しでも戦果をあげるべく奮闘しているようだが、彼が向かうその先には──。

 

「世話の焼ける奴だ」

 

 バージルはため息を吐き、刀の緒を解く。そしてゆんゆんと同じように高台から飛び降り、弓兵を再び驚かせながら落ちていった。

 

 

*********************************

 

 

 冒険者、騎士団、魔王軍が入り乱れる戦場。その中に、レベルの伴わない冒険者である佐藤和真もいた。

 王都での生活を経て、彼にとって一国の王女でもあり妹のような存在となったアイリス。彼女と少しでも一緒に時を過ごしたい。その為には、ここで討伐数を稼ぎ、戦果をあげなければならない。

 しかし、まだレベル20台前半の自分が魔王軍の強敵を狩れる筈もなく。そこでカズマは、中でも雑魚に分類されるコボルトに目をつけた。

 

 『潜伏』を使って動き、単独行動をしていたコボルトを発見。今更コボルト如きで遅れを取るカズマさんではないと、腰元に据えたちゅんちゅん丸を抜いて交戦。

 勝てないとわかってか、コボルトは背を向けて逃げ出した。みすみす逃すわけにはいかないと、カズマはコボルトを追い回す。

 目先の手柄に意識を削がれ、行く先が何処なのか想像すらせずに。

 

 

「アハハ……こ、こんにちわ」

 

 戦場には似つかわしくない呑気な挨拶をカズマはかわす。しかしその声は震えており、冷や汗もダラダラと流れている。

 彼の眼前に広がるのは、追い回していたコボルトが一匹、二匹、三匹……数えるのも億劫な、コボルトの軍団。

 相手は様々な獲物を持ち、にじり寄ってくる。対するこちらは、特に何の能力もない刀一本。使えるスキルは数あれど、敵を一掃できるド派手な物は無い。

 単独行動で突っ走っていたため、能力だけは高い仲間もいない。

 

「もうそちらのお仲間を追いかけたりはしませんので……見逃してやってくれませんかね?」

 

 乾いた笑い声を交えながら、カズマはコボルト達へ交渉する。たとえ相手に言葉を理解する知能が無くとも、何となくで察してくれるかもしれない。

 微かな希望を抱くカズマに対し、コボルト達は一度仲間同士で顔を見合わせ、意見の一致を確かめるようにコクリと頷く。

 そして、カズマの言葉に返答するように──彼等は武器を掲げ、一斉に襲いかかった。

 

「チクショオオオオオオオッ!」

 

 勝てるわけがない。彼に待つのは、コボルトの集団から袋叩きにされて迎える死のみ。

 その未来を悲観し、カズマは泣き叫びながら頭を抑えて身を屈める。

 

 が、訪れる筈だった未来を捻じ曲げるように、彼は現れた。

 

Scumbag(クズ共が)

 

 カズマの目前に迫ったコボルトに、青白い雷光が走る。彼等は時を止められたかのように静止し──束の間、毛深い肉体は血を吹き出しながら真っ二つになって崩れ落ちた。

 突然のことに、後方で待機していたコボルト達がどよめく。一方でカズマは、聞き馴染みのある声を聞いて、ハッとした表情のまま顔を上げる。

 

「欲に眩み、選択を誤るとは貴様らしくもないな」

 

 刀を納め、こちらを見下ろしているバージルの姿を見た。

 

「ばぁじるさぁああああん! ありがとうございますぅうううううううう!」

「喧しい。顔を近付けるな」

 

 涙と鼻水でグチャグチャになったカズマを、バージルは汚らわしそうに手で抑える。あの時貸しを使ってサポートを頼んでいなければ、今頃彼は女神エリスのもとへ導かれていたであろう。

 カズマは鼻をすすり涙を腕で拭う。彼がいれば百人力。あれだけ恐ろしく思えたコボルトの軍勢も、今や雑魚の集まりだ。

 

「おらかかってこいやコボルト共! 一匹たりとも逃さねぇからな! 覚悟しやがれ!」

 

 まさに虎の威を借る狐。カズマは態度をガラリと変えて刀を差し向ける。調子のいい奴だと呆れてか、バージルは何も言わず自らコボルトのもとへ歩み寄る。

 突如現れては仲間を纏めて葬った剣士を前に、コボルト達は狼狽える。だがそれよりも仲間への思いが勝ったのか、二匹のコボルトが剣を片手に飛び出した。

 

「巣で見かけた奴等より知能はあると思っていたが、見当違いか」

 

 バージルは素早く刀を抜き、ほぼ同時に左右から襲いかかってきたコボルトの剣を弾く。そして左側にいたコボルトの身体を、逆袈裟で斬りつけた。

 刃先であったため致命傷には至らず、コボルト二匹は距離を取る。バージルは周りを囲んでいたコボルトを一瞥し、挑発的な笑みを浮かべる。

 

「『愚者は愚者らしくしていた方が賢明だ』」

 

 言葉は理解できずとも意志は感じ取ったのか、数匹のコボルトがバージルへと襲いかかった。バージルは刀を抜き、敵を迎え撃った。

 

「グルル……」

 

 数では勝っている。しかし相手の剣士はそれを物ともしない。コボルト達は理解が追いつかない現状に戸惑うばかり。

 果敢に剣士へ立ち向かう仲間の後方で控えるコボルト達は、固唾を呑んで見守っている。

 先程まで追い詰めていた、貧弱そうな冒険者の存在など忘れて。

 

「『ドレインタッチ』!」

 

 声が聞こえた時にはもう遅い。一匹のコボルトが後ろから首を掴まれ、魔力と生気を吸い上げられた。

 やがて、背後に回っていた者は手を離す。敵襲を受けたコボルトには立っている力すら奪われ、うつ伏せで倒れる。

 そして、奇襲を仕掛けてきた男──カズマは刀を抜き、倒れているコボルトの首を斬った。

 

「油断大敵ってヤツだ」

 

 彼はそう言って邪悪な笑みを浮かべる。魔王軍の者ですら真似しない外道な奇襲を、何の躊躇も無くやった男に、付近のコボルト達は恐怖を抱く。

 しかし、集団で袋叩きにすれば容易に勝てる相手。コボルトはジリジリと男に歩み寄ったが──。

 

「俺なんかに構ってていいのか? 後ろを見てみろよ」

 

 男が後方を指差した時──詰め寄ろうとしていた一匹に、雷光が落ちた。

 コボルト達は慌てて振り返る。そこには、遠方で他の仲間と戦っていた筈のバージルが、一匹のコボルトを両断していた。

 彼と戦っていた仲間は何をしていたのか。いや、そもそも既に狩られてしまったのか。剣士を前にして、コボルト達に緊張が走る。

 

「奴が言っていただろう。一匹足りとも逃さんと」

 

 剣士は刀を差し向ける。彼等の脳裏に過ぎったのは、あの貧弱そうな冒険者の男。そこでふと彼の存在を思い出し、再び振り返る。

 が──あの男の姿は忽然と消えていた。気配も感じられない。

 

「戦って死ぬか、抵抗もなく殺されるか。ふたつにひとつだ」

 

 剣士と戦えば、数秒も経たない内に身体を斬り刻まれる。待機していれば、影から忍び寄る魔の手に命を奪われる。

 最強のソードマスターと最弱の冒険者。二人を相手にした時点で、コボルト達に逃げ場は残されていなかった。

 

 

*********************************

 

 

 魔王軍との交戦地、王都側から離れた敵軍の多い平地。そこには軍を指揮する大将もいる。

 そんな危険な場へたった一人で乗り込み、多くの敵を斬り伏せ、大将のもとへ辿り着いた冒険者がいた。

 

「ふぅ……流石に手強いな」

 

 魔剣の勇者、御剣響夜。彼は息を整え、魔剣ベルディアを構え直す。

 前方には、今回の襲撃部隊を率いる大将がいた。黒い髪に中性的な顔立ち、胸には魔王軍を示す紋章が刻まれており、むき出しの背中には漆黒の羽が。

 

「この俺を相手にたった一人で、ここまで戦い続けるとは。魔剣の勇者は噂だけの男ではなかったか」

『おい貴様! 俺がいることを忘れるな! むしろ俺がいなければコイツはボンクラ同然だ!』

 

 魔剣から霊体のベルディアがにゅるりと飛び出し、敵の言葉に文句をぶつける。しかし相手は小馬鹿にしたように笑う。

 

「アンデッドを経て魔剣のゴーストになった、幾度も生へ縋り付く者など数にも入らん」

『こ、このガキィ……! 元魔王軍幹部である俺に対して、なんという生意気な態度だ!』

「元だからこそだ。そもそも、無能なアンデッド如きが幹部の座に居座っていて気に食わなかったんだ。消えてくれてせいせいした」

 

 敵は依然として見下した態度を崩さず。整った顔立ちも相まって憎たらしく、ベルディアは怒りでワナワナと震える。

 

『そのプライド、貴様の無駄に高い鼻ごとへし折ってやる! 行くぞミツルギ!』

 

 こうなれば力を持って叩き潰すのみ。ベルディアは剣へと戻り、魔力を高める。

 彼の私情に付き合うのは嫌だったが、相手を撃退しなければこの戦いは終わらない。ミツルギは剣を握り直す。

 

「ならばこの俺も、少しばかり本気を出してやろう。この炎獄にどこまで耐えられるかな?」

 

 相手は手のひらをミツルギへ差し向ける。その手に、太陽が如き光の力が集まる。

 

「『クリムゾン・レーザー』!」

「くっ!」

 

 魔法が唱えられた途端、集った魔力は赤い熱線となり、ミツルギの心臓目掛けて直線的に飛んできた。

 これをミツルギはすんでの所で横に回避。だが息吐く間もなく次の熱線が飛んでくる。

 

「クハハハハッ! さぁ逃げ惑え! 一度でも足を止めれば俺の炎が貴様の身体を貫くぞ!」

 

 敵は高笑いを響かせて熱線を放ち続ける。魔力切れは期待できない。ミツルギは一本の熱線を避けた後に地面を強く蹴り、相手へ向かって駆け出す。

 次に来る熱線は、身体を翻して避けつつ接近するつもりでいたが、相手は熱線を放つのを止め、下からすくい上げるように手を振った。

 

「『ファイアーウォール』!」

 

 瞬間、ミツルギの眼前に炎の柱が下から現れる。ミツルギは驚きつつもブレーキをかけて勢いを殺し、後方へ跳ぶ。

 

「焼き尽くせ!『インフェルノ』!」

 

 相手は手をかざし、ミツルギへ広範囲の炎を放ってきた。

 避けるには大きすぎる炎。剣撃を飛ばして炎を払うべく、ミツルギは剣を構える。

 

 そんな時であった。龍のように迫りくる炎の前、銀の光が視界に飛び込んできたのは。

 ミツルギは咄嗟に剣を振ろうとした手を止める。光のように見えたのは、炎に照らされた銀色の髪。

 

「ハァッ!」

 

 銀髪の者は、手に持っていた武器を蛇のようにしならせ、炎へと打ち当てる。すると炎は蛇に丸呑みされたかのように、一瞬にして打ち消された。

 

「馬鹿な……俺の魔法をかき消しただと?」

 

 突然の乱入者によって自慢の魔法を打ち消され、相手は驚いた様子。一方でミツルギは、その乱入者から目を離せずにいた。

 見とれてしまうほどの美しい銀髪に、青い服装。彼の頭に過るのは、師である魔剣士。だが彼と比べて、あまりにも体格が小さく、華奢な身体は女性のもの。

 やがて、乱入者である女性はミツルギの方へと振り返る。見覚えのある幼い顔立ちに、特徴的な赤い目。

 

「ゆ、ゆんゆん!? 君、ゆんゆんかい!?」

「お、お久しぶりです」

 

 彼のもう一人の弟子、紅魔族のゆんゆんであった。彼女の一変した姿に、ミツルギは驚きを隠せない。

 髪だけでなく、元は赤を基調としていたリボンやネクタイ、ソックスまでも色が変わっている。その姿はまるで──。

 

「えらく変わったというか、師匠みたいになったね」

「色々ありまして……思い切ってイメチェンしてみました」

『一瞬あの男が女になったのかと度肝を抜いたぞ。しかし成程、好きな男に合わせるタイプの女だったか』

「違いますよ! 私と先生はそんな関係じゃ……ってひぇえっ!? お、おおおおお化け!?」

 

 お化けは苦手系女子だったようで、ミツルギの魔剣からにゅるっと出てきたベルディアを見て、ゆんゆんは涙目になって距離を取る。

 

「お、落ち着いて。コイツはベルディアだよ。魔剣に宿っていた魂が表に顔を出せるようになったんだ」

「あっ、そ、そうだったんですか。ビックリしたぁ」

『飛び出た俺に怯える貴様の表情、悪くなかったぞ。俺のSな部分を程よく刺激してくれて痛ぁつっ!? 急に魔剣を叩きつけるな!』

「だったら流れるようにセクハラをするな。それよりも、さっきの炎はどうやって打ち消したんだい?」

「それは、この武器で……」

 

 ゆんゆんは手に持っていた武器をミツルギに見せる。細長い縄のような獲物を持った白い武器。冒険者が使うには珍しい、鞭というものであった。

 

「紅魔の里を襲ってきたシルビアの触覚を元に作ってもらったんですけど『魔術師殺し』を取り込んでいたからか、魔法無効化のスキルも付与されたみたいで……」

「ちょっと待って。情報量が多いから整理させて。シルビアって、あの魔王軍幹部のシルビアかい?」

「はい。めぐみんと一緒にカズマさん達も連れて里帰りにいった時に、丁度襲来してきて」

「サトウカズマがシルビア討伐に関わった話は聞いていたけど、ゆんゆんもいたとは……で、ベルディアは急に怯えだしてどうしたんだい?」

『そ、その鞭には俺みたいに魂が宿ってたりしないよな!? 大丈夫だよな!?』

「えっ? 特に魔力は感じないので、大丈夫だと思いますけど……」

『フゥ、良かった。またトラウマを植え付けられるかと……しかし、アイツに触覚なんてあったか?』

「経緯はわからないんですけど、シルビアは悪魔の力も取り込んでいたみたいで、そのせいかもしれません」

「悪魔の力!? それってどういう──」

「オイ貴様等ぁ!」

 

 シルビアについて深く聞いていこうとした時、向こう岸から怒声が届いてきた。そちらに顔を向けると、腕を組んで律儀に待っていた相手の姿が。

 

「急に乱入してくるやいなや、俺を無視して談笑するとはどういうつもりだ! そこの銀髪女! お前に言っているのだ! まずは名乗れ!」

「あっ! ご、ごめんなさい!」

 

 魔王軍の大将に注意されて謝る冒険者ゆんゆん。数回頭を下げた後、彼女は息を整え、相手にも聞こえる声量で名乗りを上げた。

 

「我が名はゆんゆん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、やがて紅魔族の長となる者!」

「誰が偽名でふざけろと言った! ちゃんと名乗らんか無礼者!」

「こ、これでも本名なんです!」

 

 馬鹿にされるのは目に見えていたが、偽名呼ばわりされるのは納得がいかず、ゆんゆんは顔を真っ赤にしながらも言い返す。

 と、相手の大将は途端にバツが悪そうな顔へ。

 

「そうだったのか。失礼した」

「あ、いえ……変な名前だとは私自身感じているので、そこまで重く受け止めてもらわなくても……」

「それでも親から授けられた大事な名であろう。勘違いとはいえ、侮辱してしまったことは謝る。すまなかった」

 

 頭を下げるまではいかずとも、相手はゆんゆんへ謝罪の言葉を述べる。魔王軍とは思えない誠実さ。あの男に爪の垢を煎じて飲ませたいと、傍らで見ていたミツルギは思う。

 

「では、俺からも名乗らせてもらおう。我が名は堕天使デューク! 魔王軍の凶星としてこの戦場に舞い降りし者!」

 

 デュークは背中の黒い翼を見せつけるように広げ、ゆんゆんへ名乗り返した。

 同時に、相手から風圧と共に魔力が溢れ出る。ミツルギとゆんゆんは咄嗟に身構えて対峙する。

 

「魔剣の勇者に、魔王軍幹部シルビアの討伐に関わったという紅魔族! 貴様等を俺の手で倒せば、魔王軍幹部の座に手が届きそうだ。そして、いずれ魔王の座すらも……!」

『貴様……君主たる魔王様に歯向かうつもりか?』

「今の魔王は、人間に対してあまりにも温すぎる。冒険者のみならず、全て蹂躙してしまえばいいものを……俺が魔王となった暁には、手始めに王都の人間共を一人残らず殺してやろうぞ!」

 

 底の見えない野心を示すデューク。その言葉に、魔王への忠誠心は欠片も感じられない。

 今は幹部でなくとも、ベルディアには仕えてきた過去があった。恩義があった。その魔王を侮辱するデュークに、彼は怒りを抱いていた。

 

『ミツルギ! いつまで出し惜しみをするつもりだ! あんな小童、さっさと片付けるぞ!』

 

 ベルディアはそう急かしてから、魔剣へ戻る。彼の怒りが、魔剣を握る手から魔力として直に伝わってくる。

 現在ミツルギは『ソウルリンクLv(レベル)1』を維持している。敵の力量が計れず、魔法によって攻めあぐねていた為、次の段階は開放せずにいた。

 しかし、増援としてゆんゆんが来てくれた。魔法に対抗できる武器も持っている。攻めるなら、今しかない。

 

「あぁ、すぐに終わらせるさ!」

 

 ミツルギは剣を握り直し、デュークを見据える。そして深く息を吸い、唱えた。

 

「『ソウルリンク──Lv(レベル)2』!」

 

 

*********************************

 

 

「(ようやく、本気を出したか)」

 

 堕天使デュークが見据える先には、大幅に魔力を上げた魔剣の勇者ミツルギ。隣には短剣を構える紅魔族ゆんゆん。

 魔剣の勇者の情報は事前に得ていた。元魔王軍幹部、ベルディアと共に行動していること。彼と魂を共鳴させ、力を増幅させることも。

 最大で二段階。しかしミツルギはまだ一段階までしか見せていなかった。堕天使の自分を相手にしているにも関わらず、だ。

 余程自信があるのか、何かしらの理由があったか。どちらにせよ、甘く見られていることは確か。その事実にデュークは怒りを覚えていた。

 

 向こうが本気を出してきたら、更に強大な自身の力で叩き潰すつもりでいた──が、ここで誤算が生じた。

 

「(ちょっと待て……人間如きが魂を共鳴させただけで、これほどの魔力を放つだと?)」

 

 肌に感じる魔力は想定していたよりも遥かに大きく膨れ上がっており、デュークは信じ難いと目を疑う。

 やがて、増幅したミツルギの魔力の波が落ち着くと、彼は魔剣を水平に構えて腰を落とす。

 

 刹那、ミツルギの姿が消えた。

 

「なっ──」

 

 思いがけぬ出来事にデュークは面を食らう。束の間、ミツルギはデュークの懐へ入り、魔剣を横に薙ぎ払わんとしていた。

 デュークは咄嗟に後方へ飛び退く。だが少し間に合わず、腹を剣先で斬られ血が流れる。

 ブレーキをかけつつ地面に着地したデュークは、まるで『テレポート』でもしたかのように現れたミツルギを睨む。

 

 否、消えてなどいない。彼は真っ直ぐ駆け出していた。それが、デュークには消えたように見えたのだ。

 つまり、人間である筈のミツルギの動きを、堕天使であるデュークが捉えられなかったということ。

 

「馬鹿な……ありえん! 認めてなるものか!」

 

 相手か、はたまた自分にか。デュークは苛立ちを如実に出した表情で手をかざし『インフェルノ』を放った。

 ミツルギに再び炎の龍が襲いかかる。しかしミツルギは避けるどころか、防御の構えも取らない。

 

「はぁっ!」

 

 代わりにゆんゆんがミツルギの前へ駆け付け、渦を巻くように白い鞭を打った。

 たちまち『インフェルノ』は掻き消され、消え去る炎の隙間から無傷の二人が見える。またしても自慢の魔法を容易く消され、デュークの苛立ちは更に募る。

 が、それを発散させる間も与えないとばかりに、今度はゆんゆんが迫ってきた。短剣を手にしているのを見るに、接近戦をお望みのようだ。

 

「甘い!『フレイム・スラッシュ』!」

 

 当然、やすやすと近づけさせない。デュークは手を横に薙いで、炎の斬撃を前方に飛ばす。風を切り、斬撃はゆんゆんへ迫りゆくが、これを見たゆんゆんは高く跳び上がった。

 彼女は浅葱色の剣を魔力で形成し飛ばしてきたが、上手く狙いが定まらなかったようで、デュークのいる場所より後方へ飛んでいった。

 

「さらばだ!『エナジー・イグニッション』!」

 

 好機とばかりにデュークは空中のゆんゆんへ手をかざし、果実を握りつぶすように手を閉じた。

 瞬間、ゆんゆんのいる場所を中心として爆炎が上がった。爆発の音が鳴り響いた後、空中に漂った煙が次第に晴れていく。

 そこに、ゆんゆんの姿は見えなかった。文字通り木っ端微塵になったか──そう思っていた時だった。

 

 前方にいたミツルギが、魔剣を手に駆け出してきた。先程より速度は遅い。デュークは迎撃の魔法を唱えるべく手をかざす。

 

「今度こそ消し炭にしてやる! インフェル──!」

「『パラライズ』!」

 

 魔法を唱える直前、後方から声が聞こえたとほぼ同時に、デュークの全身に痺れが。馬鹿なと、デュークは驚愕する。

 振り返らずともわかる。今の魔法はゆんゆんが唱えたのであろう。自身の目を掻い潜り、いつの間にか背後へ回ったことで。

 

 アークウィザード如きの『パラライズ』など、堕天使であるデュークには僅かな時間しか効果がない。しかしそれこそが彼女の目的。

 デュークの前には迫り来るミツルギ。彼が再び懐に入って剣を振るには、十分過ぎる時間であった。

 

「ハァッ!」

 

 ミツルギは逆袈裟でデュークの身体を斬る。先程よりも深く刃が入り、血が吹き出す。

 そこからミツルギは勢いのまま身体を回転させ、横に薙ぐつもりでいたが──。

 

「ぬぁああああああああっ!」

 

 間一髪『パラライズ』が解け、デュークは高く飛び上がって剣を回避した。

 黒い翼をはためかせ宙に浮かび、人間ではどれだけ高く跳び上がっても到底届かない距離まで離れる。

 

「クソッ、人間風情が……」

 

 この程度の傷なら少し経てば治る。だがそれよりも、人間如きが堕天使に気高い血を流させた事実に、デュークの怒りが膨れ上がっていた。

 更にあの魔剣に宿っているのは、人間よりも下等なアンデッドの魂。内なる怒りの炎は更に燃え盛る──その時であった。

 

「グゥッ──!?」

 

 突如として右腕に鋭い痛みが。視線を横に向けると、前腕に見慣れない浅葱色の剣が突き刺さっていた。

 これは一体──そう思った束の間、彼の視界に人の姿が飛び込んできた。地上にいた筈の魔法使い、ゆんゆんである。

 

「何っ!?」

 

 手出しできない高さだと思っていたばかりに、デュークは思わず声が出てしまうほど驚く。その隙をゆんゆんは逃さなかった。

 ゆんゆんは左手と両足を使ってデュークにしがみつくと、右手に持っていた短剣をデュークの左胸へと深く突き刺した。

 

「この小娘が……!」

 

 痛みに顔を歪ませ、デュークは抵抗して身体を振り回す。しばらくしがみついていたが、やがてゆんゆんの方から短剣を抜き、デュークの身体を強く蹴って宙に身を投げ出した。

 痛手を負ったが、同時に好機が訪れた。宙を舞うゆんゆんに向けて魔法を放つべく顔を上げる。

 

 だが──ゆんゆんが飛んでいく後方には、これまた地上にいた筈のミツルギが待ち構えていた。

 まさか、ここまで自力で跳び上がったとでもいうのか。信じられない光景を目の当たりにするデュークの前で、ゆんゆんはミツルギのもとへ。

 ミツルギがゆんゆんの両手を取る。まるで舞踏会で踊るように二人は空中で回ると、勢いのままミツルギはゆんゆんをこちらへ投げ飛ばしてきた。

 デュークが三度驚く中、あっという間にゆんゆんはデュークのもとへ。彼女はすれ違いざまに短剣でデュークの横腹を斬りつけた。

 

「チィッ!」

 

 デュークは血が流れる横腹を抑えることもせず振り返る。通り過ぎていったゆんゆんはクルリと身体をこちらに向けると手をかざし、浅葱色の剣を連続で飛ばしてきた。

 が、どれもデュークには当たらず後方へ。しかしそれが彼女の狙いだと、デュークは理解していた。

 先程彼女は、浅葱色の剣が腕に刺さった後、瞬時にその場所へ現れた。『エナジー・イグニッション』を避けたのも同じからくりであろう。

 となれば、次に彼女が現れるのは浅葱色の剣が飛んでいった方向。彼女の『テレポート』類のスキルを見切ったデュークは、手に魔力を溜めつつ振り返る。

 

「なっ!?」

 

 そこで彼は、何度目かわからない驚嘆の声を上げた。彼の目に映ったのは『テレポート』したゆんゆんではない。

 ゆんゆんが飛ばした浅葱色の剣を蹴って渡り、魔剣を握ってこちらに迫ってきているミツルギであった。

 人間離れした身体能力で次々と剣の足場を渡っていくミツルギ。だがデュークは、既に魔法を放たんとしている。

 想定外であったが構わない。デュークはそのまま手を前にかざし、魔法を放った。

 

「くたばれ魔剣の勇者!『インフェルノ』!」

 

 デュークの手から、特大の炎龍が飛び出した。全てを飲み込まんとばかりに龍はミツルギへ迫り来る。

 龍の牙がミツルギにかかる──瞬間、炎龍は渦へ飲み込まれるように消え去った。

 思わぬ出来事にデュークは目を疑う。だがそれを証明するように、ミツルギの手にはゆんゆんが持っていた筈の、魔法を打ち消す白い鞭が握られていた。

 ミツルギは鞭を手放し、再び魔法の剣を渡ってデュークへ迫る。もう一発魔法を打ち込む余裕はない。デュークは接近戦で迎え撃つべく、手刀に魔力で剣を型取り構える。

 デュークは翼を羽ばたかせ、自らミツルギへと突っ込んだ。

 

「死ねぇ!」

 

 両者が肉薄した瞬間、デュークが先に手刀の剣を振り下ろした。ミツルギの身体を鎧ごと引き裂かんと魔力の刃が迫る。

 ──が、剣は虚しく空を斬った。ミツルギは空中で身体を翻し、デュークの剣を避けつつ横へ。

 

「断ち切る!」

 

 刹那、ミツルギがすれ違いざまに魔剣を振り下ろし──デュークの片翼を切り落とした。

 デュークは背中に形容し難い痛みを覚える。視界の端に見えたのは、地上へと落ちていく自身の黒い翼。

 

「ば、馬鹿な……!?」

 

 翼がひとつになったことでバランスが取れず、上手く飛行ができない。その隙を突くように、ミツルギは縦に身体を回転させ、デュークへ踵落としを繰り出した。彼の蹴りはデュークの背中に強く当たり、真っ逆さまに落ちていく。

 受け身も取れず、地面に強く身体を打ち付けるデューク。翼以外にも受けた傷はまだ癒えていない。痛みに耐えながら立ち上がり空を見上げる。

 自身の翼を切り落としたミツルギが、重力に従って落ちると同時に、更なる追撃とばかりに脳天を狙って剣を振り下ろしていた。

 

「クッ!」

 

 これ以上の傷は負えない。デュークは魔法で防ぐこともせず後方に跳んでミツルギの兜割りを回避する。

 そのままデュークは地面に足を付ける──筈であったのだが、彼が感じたのは足が引きずり込まれる感覚であった。

 デュークは自身の足元へ目を向ける。彼の両足は、いつの間にか仕掛けられていた泥沼の中へ。

 

「『泥沼魔法(ボトムレス・スワンプ)』か……!」

 

 あの紅魔族の魔法であろう。まんまと罠に嵌められたデュークは脱出を図るが、片翼を斬られた今は力が入らず抜け出せない。

 その時、前方に強い魔力を感じ取った。デュークは咄嗟に顔を上げる。

 

 魔剣を背に戻し、腰元の剣を抜いたミツルギ。彼はその剣に魔力を込めて構えている。

 更にその隣には、いつの間にか移動していたゆんゆん。彼女も右手に魔力を溜めており、周囲に稲妻が走る。

 二人の放つ魔力の圧に、デュークは戦慄を覚える。しかし足元に広がる泥沼が、彼を逃さない。

 

 やがて魔力が最高潮まで達し、二人は刃を振った。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

「『ルーン・オブ・セイバー』!」

 

 ゆんゆんの手から雷の刃が、ミツルギの剣から光の刃が、交差する斬撃となって飛び出す。

 瞬く間に斬撃はデュークのもとへ。泥沼から抜け出すことは叶わず、彼の身体にバツ印の傷をあたえるように斬撃が当たった。

 

「ぐぁああああああああっ!」

 

 斬撃を受け、デュークは悲鳴を上げる。そこで泥沼魔法が解け、デュークは危うく倒れそうになった身体を踏ん張って支える。

 こちらの魔法を尽く避け、逆に幾度も刃を通し、あまつさえ堕天使の象徴ともいえる黒い翼を片方切り落としてきた。デュークは前方に立つ二人を睨みつける。

 

「どうする堕天使デューク。まだ続けるつもりか?」

 

 ミツルギは剣を差し向けてくる。隣のゆんゆんも短剣を構えており、とことん付き合うつもりでいるようだ。

 ここまでコケにされて、尻尾を巻いて逃げるなどプライドが許さない。戦う力もまだ十分残っている。デュークは最後まで戦い抜くつもりでいたが──今の立場が、それを許してくれなかった。

 

 彼は隊長として、大勢の部下を従えてここに赴いていた。部隊の全指揮は自分にある。

 しかし、敵軍は騎士団に加えて冒険者が援軍に駆け付けている。どれも手練ばかりで、数では勝っていても個々の強さは向こうが上。このまま持久戦に持ち込めば、部隊の全滅は免れない。

 最悪の場合、ここにいる敵軍全員を自分が相手しなければならない事態に陥る。それは流石に骨が折れる。

 そして、遠方から感じていた底知れぬ魔力の主。堕天使である自身の本能が、危険信号を大音量で鳴らしていた。奴だけには遭遇してはならないと。

 

 彼は独断で部隊を率いて襲撃を仕掛けた。功績を上げられないとわかった以上、下手な損失は避けねばならない。

 血が出るほど強く下唇を噛み、デュークは反発する自身のプライドを無理矢理抑え込んだ。

 

「貴様等を少々侮っていた。今回は一旦退くとしよう」

 

 デュークは戦闘態勢を解き、上空に青い光を放つ。魔王軍で決められている撤退の合図である。

 指揮官の合図を受けた部下達は戦闘をやめ、敵に背を向けて王都から反対方向へと駆け出した。

 屈辱の敗走。ある程度の部下がこちら側へ戻ったところで、彼は慣れない片翼で飛行する。そして、己の翼とプライドを傷つけた二人の冒険者を見据えてデュークは強く誓った。

 

「此度はあくまで前哨戦だ。次は数倍の軍勢を率いて、王都を灰燼に帰してやろう! ミツルギキョウヤ! ゆんゆん! この借りは必ず返して──!」

「『エクスプロージョン』!」

「「「えっ」」」

 

 刹那、彼等の視界は赤き爆炎に包まれた。

 敵が集まっていたところに突如として発生した巨大な爆発。ミツルギとゆんゆんは直撃こそしなかったが、遅れて吹いてきた突風に耐えきれず、後方に飛ばされる。

 二人はそのまま地面に転がり倒れる。堕天使をも退けた冒険者二人を地に伏せさせたのは、彼等の前に仁王立ちする、たったひとりの魔法使い。

 

「我が名はめぐみん! アクセルの街随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操る者! 灰燼に帰したのは、貴方達の方でしたね……ふへぇぁ」

「めぐみんのばかぁああああああああ!」

「爆裂魔法……恐るべし……」

 

 

*********************************

 

 

 おいしいとこどりとばかりに撃ち込まれた爆裂魔法を受けながらも、まだ生き残っていた堕天使デュークと数少ない部下達はスタコラサッサと逃げていった。

 撃退という形で勝利を収め、勝利の雄叫びを上げる騎士団と冒険者達。まだ戦い足りない者もいれば、疲弊して座り込む者もいる。

 

「最後はアレだったけど、どうにか終わって良かったよ。それにしてもゆんゆん。前に会った時よりも更に強くなったね」

 

 王都に向かって歩くミツルギは隣にいたゆんゆんへ、先程の戦闘について率直な感想を告げた。ゆんゆんは顔を上げ、ミツルギに言葉を返す。

 

「全然まだまだです。魔法と短剣ばかりで、折角にるにるさんに作ってもらったこの鞭も、防御にしか使えてなかったし……」

「防御だけでも十分だったよ。あれがあったからこそ、相手の魔法に対抗できたんだ」

『その鞭を貴様は空中で放り捨てていたがな』

「あ、あれは仕方がなかったんだ。鞭を持ちながらだと剣は振りにくいから……ごめんよ、ゆんゆん。君の大事な武器を粗末に扱ってしまって」

「気にしないでください。咄嗟に鞭が落ちる地点へ瞬間移動したので」

『……あの男から直々に指導を受けているだけのことはあるな』

 

 一般の冒険者からすれば高次元過ぎる反省会を行う二人。ゆんゆんはため息を吐いて嘆く。

 

「先生みたいに、もっと臨機応変に武器や戦い方を切り替えていけたらいいのになぁ」

「あはは……普通の魔法職だったら頭に過りもしない悩みだね」

『魔法職固定で接近戦を極めるとか一種の縛りプレイだぞ。さっさと前衛職に転職してしまえ』

「そ、それだけはダメです! 紅魔族の長になるためにも、立派なアークウィザードにならなきゃいけないんです! そ、それに……めぐみんのライバルだって堂々と言えなくなっちゃうし」

 

 魔法の剣と瞬間移動に、短剣と体術による接近戦。魔法無効化の鞭に加え、ミツルギは知らないが魔弾を放つ銃もある。彼女は魔法使いとして一体どこに向かおうとしているのか。

 ミツルギは思わず苦笑いを浮かべたが、本人は真剣に悩んでいる様子。お人好しな彼は少しでも助けになろうと、彼女に言葉を掛けた。

 

「そうだな……ゆんゆんは色んなことをいっぺんにやろうとするから、頭がこんがらがっちゃうんじゃないかな?」

「えっ?」

「師匠みたいに使い分けるのもいいけど、今はゆんゆんにできることから、できる範囲で戦えばいいと僕は思うよ」

 

 そう言う僕もまだ未熟だけどと、ミツルギなりに助言を送る。

 

「私にできることから……」

「そう。例えば、さっきの戦闘で使ってた魔法の剣。あれの扱いをもっと極めるとかさ。それこそ、師匠に負けないぐらいに」

『因みにあの男は、俺を剣で斬り刻みながら四方八方に出現させて、最後はアイアンメイデンも生ぬるいほど串刺しにしてきたぞ。あれは痛かったなぁ』

 

 彼女にとって良いアドバイスであったのか、口に手を当ててブツブツと呟き始めるゆんゆん。聞いていないことを察したミツルギは口を閉じ、思い出に浸っているベルディアを見る。

 師匠は元気にしているだろうか。再会した時はまた手合わせをしたいと空を仰ぐ。とそこで、ミツルギは思い出した。

 

「ところでゆんゆん、君が王都に来ているということは、師匠もここに?」

「えっ? あ、はい。えっと、その……か、観光で一緒に来ました」

 

 ゆんゆんは歯切れの悪い返事をする。が、その理由をミツルギは知っている。カズマから聞いた義賊の話である。

 何故彼女とバージルは義賊に協力しているのか。本人に聞き出すのが手っ取り早いが、この場で切り出すのは流石に危険だ。

 推測であるが、盗賊クリスはバージルに依頼をする形で義賊に勧誘。ゆんゆんはバージルに習う形で協力しているのであろう。

 なら、聞き出す相手は深い事情を知っていそうなバージルだ。目を泳がせるゆんゆんとは対照的に、ミツルギは自然に振る舞って言葉を続けた。

 

「よかったら師匠の所に案内してくれないかな。久しぶりに話がしたいんだ」




『ルーン・オブ・セイバー』は、このすばゲーム『この素晴らしい世界に祝福を! ~希望の迷宮と集いし冒険者たち~』より引用しました。
スペシャルエディションもといプラス版も好評発売中だそうですよ。


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第70話「この魔剣士と相談を!」

 魔王軍との抗争後。騎士団と冒険者は王都へと凱旋。彼らは住民達の拍手と歓声に包まれた。

 王城前で待っていた王女アイリスやその他貴族の手前で、クレアは戦いに参加した者達を労う目的として、明日の夕刻に宴を開くと発表。冒険者達は歓喜の声を上げる。

 その中にもいたカズマパーティー。ダクネスは瞬く間に貴族に囲まれ、アクアは戦場で傷を治した者達をアクシズ教へ勧誘するべくカズマのもとから離れていった。残されたカズマは、爆裂魔法で力を使い果たしためぐみんをおんぶして王城内へ。

 そこで再会したアイリスの「お兄様」呼びでめぐみんと一悶着ありながらも、彼等はカズマが使用していた部屋へ。アイリス曰く、戦いに参加した礼として一泊だけは許してもらえたとのことであった。

 

 添い寝を期待したカズマの期待虚しく、めぐみんは別の部屋で宿泊。その間、アイリスはカズマが王城に在住できる期間を増やしてもらうよう、クレアへ打診することに。

 朗報が届くことを願い、カズマは眠りについたが──翌日。

 

「……ダメだったか」

「申し訳ありません。何度もクレアにお願いしてみたのですが……」

 

 カズマの部屋に訪れたアイリスの表情は、とても明るいとは言えないものであった。ベッドに腰掛けていたカズマは、ため息を吐いて空を仰ぐ。

 

「駆け出しの冒険者にしては結構頑張ったと思ったんだけどなぁ」

「私もそう伝えました。けれどクレアは、上級冒険者にへばりつく寄生虫となって討伐数を稼ぐような小物に、でかい顔で王城を歩かせるわけにはいかないと……」

「確かにコバンザメみたいなやり口だったけど、いくらなんでも言い過ぎだろあの白スーツ」

 

 憎たらしい顔で言い放つクレアが容易に想像でき、アイツには一度『スティール』で赤っ恥をかかせてやりたいとカズマは思う。

 

「でも、なんとなく予想はできてたよ。悪いアイリス。俺の力が及ばないばっかりに……」

「そんなことありません! お兄様は文字通り、命懸けの戦いに赴いたのですから! 及ばないのは、私の方です……」

 

 余程カズマと一緒にいたかったのか、アイリスの目に涙が浮かぶ。

 彼もまだアイリスと時間を過ごしていたい。しかし、こればかりはどうしようもなかった。カズマはバツが悪そうに頭を掻く。

 

「……また私は除け者ですか。いつまでもイチャイチャと。流石はアクセルの街随一のロリコン冒険者ですね」

「流れでなんつー肩書を口にしてんだロリっ子紅魔族! 違うからな!? 妹のような存在のアイリスとそんな空気にはなんないから……おいなんだよアイリス!? 悲しそうな目でこっちを見るな!」

「それよりも先程から気になっていたのですが、王女様が身に着けているそのネックレスから、並々ならぬ魔力を感じますね」

「自分から振っといて話題をすぐ切り替えんな! せめて弁明できる時間をくれよ!」

 

 慌ててロリコン疑惑を否定するカズマを無視し、めぐみんはアイリスが首に下げていたネックレスを見つめる。

 

「これは、私の本当のお兄様へ献上されたネックレスらしいのですが、遠征中のお兄様に代わり、私が預かっているのです」

「そうだったのですか。流石は王族ですね。そのような神器級の魔力を持つ物を貰えるとは。で、いったいどのような力があるのですか?」

「それが、まだ使い方は解明されていないのです。定められたキーワードを唱えれば力が発動するのではと言われておりまして、裏面にそれらしい文字は彫られているのですが、城の学者達でも解読に至らず……」

「へぇ、どれどれ……」

 

 話を横で聞いていて気になったカズマは、アイリスが手に持つネックレスの文字を覗き込む。だがその文字は、カズマにとって馴染みのある言語であった。

 

「ってこれ、日本語じゃないか」

「えぇっ!? お兄様、この文字が読めるのですか!?」

「あぁ、えーっと……」

 

 アイリスが驚嘆する前で、カズマはネックレスに彫られた文字を読み上げた。

 

「『お前の物は俺の物。俺の物はお前の物。お前になーれ!』……なんだコレ、馬鹿にして──」

 

 カズマが読み上げて束の間、ネックレスから強烈な光が放たれた。あまりの眩しさにカズマ達はたまらず目を瞑る。

 部屋の中を満たすほどの光に三人が包まれる。やがてその光が徐々に収まっていき、瞼の裏でそれを感じた三人はおもむろに目を開けた。

 

「……特に何も起きていませんね。なんだったのでしょうか?」

 

 三人とも身体に異変は見られず、風景も変わらない。拍子抜けだとめぐみんは溢す。

 が──その眼前で、アイリスが酷く慌てた表情でめぐみんに話しかけてきた。

 

「いや何言ってんだめぐみん! 今まさにとんでもないことが起きてんぞ!」

「えぇっ!? ど、どうしたんですか王女様! 急に呼び捨てで……って、私の方がお姉さんなんですから、呼ぶのならお姉様と──」

「あ、あの……」

 

 ガラリと口調が変わったアイリスとめぐみんが言い合っている前で、大人しかったカズマがおずおずと手を上げ、二人に告げた。

 

「私がアイリスなのですが……」

「……えっ?」

 

 

*********************************

 

 

 魔王軍撃退を祝うように晴れた、昼過ぎの城下町。冒険者と商人で賑わう街の中、ある店に訪れた男がひとり。

 

「ベルディア。ここで間違いないよな?」

『あぁ。俺と貴様の記憶が正しければ、ここで待ち合わせの筈だ』

 

 黒い私服を着こなしたミツルギと、霊体としてフワフワ浮いているベルディア。二人は顔を見上げて、店の看板を確認する。

 『喫茶スゥイート甘々亭』──とても、男が一人で訪れるような店ではなかった。

 周りの住民は離れた場所から、奇っ怪な視線を送っている。彼自身、こういう店には仲間の二人に連れ込まれる形で訪れた経験はあったが、お一人様は初体験であった。

 若干の恥ずかしさを抱きながらも、意を決して店内に入る。ドアベルの音が鳴ったのに気付き、フリフリの制服を纏った店員が駆け寄ってきた。

 

「いらっしゃいませー! 何名様で……ひぇえっ!? ま、ままま魔剣の勇者様!?」

 

 当然と言うべきか、店員にも顔は知られていた。彼女は思わぬ有名人の来訪にパニックを起こしている。

 そんな彼女を落ち着かせるように、ミツルギは優しい口調で、笑顔も忘れずに言葉を返した。

 

「席の案内は大丈夫だよ。待ち合わせが先に来ている筈だから。それと──」

「ひゃうっ!?」

 

 彼は何の躊躇もなく、彼女の襟元に手を伸ばす。突然のことに店員は硬直状態。

 解けかけていた首元のリボンを結びなおし、襟元を正す。顔が至近距離まで迫り、顔が火のように赤くなった店員とは対照的に、ミツルギは平然とした表情。

 

「うん、これでよし。それじゃあ、接客頑張ってね」

「は、はひ……」

 

 イケメンにしか許されない行為。ミツルギはそれだけ告げて店員の前から離れる。一方で身も心も骨抜きにされた店員は、ヘナヘナとその場へ座り込んだ。

 

『ミツルギ』

「んっ?」

『死ね』

「なんで!?」

『存在自体が罪だからだ。死ね。オークの群れに囲まれて惨たらしい結末を迎えて死ね』

 

 これでその気無し、ただのお節介だからタチが悪い。ベルディアは思わず本音を漏らすが、ミツルギにはその理由が理解できず。

 ベルディアからの妬みを受けながらミツルギは店内を歩く。そして店の奥まで辿り着いたところで、二人は目的の人物を発見した。

 

「本当にいたね。師匠」

『めちゃデカイパフェをすまし顔で食ってるぞ。これはツッコんでいいのか?』

 

 一番奥の席で、フルーツとクリームがこれでもかと盛られた特大パフェを、たったひとりで堪能していたバージル。

 彼が抱くバージル像からは想像できない絵面だが、人の趣味嗜好にとやかく言うのは良くないと思い、そのままバージルがいる席へ。

 

「……来たか」

「すみません、ご堪能中に」

 

 ミツルギは対面の席へ座る。バージルもこちらに気付いて一度手を止めたが、すぐにスプーンを動かしてパフェの続きを楽しんだ。

 昨晩、ミツルギはバージルへ義賊について尋ねるべく、ゆんゆんに彼のもとへ案内してもらった。そこでバージルと久しぶりに再会し、日々冒険者として精進していること、ベルディアが魔剣から霊体として飛び出せるようになったことなど、積もる話を交わしあった。

 そして、義賊の事は隠しつつ「折り入って相談がある」と話を持ちかけると「明日聞いてやる」と返され、場所も指定された。それがこの喫茶店である。バージルの口から喫茶店の名前を聞いた時、ミツルギは三回ほど聞き返した。

 

「ご、ご注文はいかがなさいますか?」

 

 ミツルギは席に着いたのを見計らって、先程とは別の店員が注文を取りにきた。どういうわけか顔が赤く、ミツルギは熱でもあるのだろうかと心配する。

 ひとまずアイスコーヒーをひとつ注文。店員が店の奥へ行くと、さほど時間はかからずにミツルギのもとへアイスコーヒーを持ってきた。

 机に置かれたところで、ミツルギは優しく微笑んで礼を告げる。その時に店員はふやけたように倒れ、本当に風邪ではないかとミツルギは声を掛けたが、店員は逃げるように離れていった。

 その際にまたもベルディアから嫉妬の念を送られたが、やはりその理由は理解できなかった。

 

「それで、話とは何だ?」

 

 あっという間に半分まで食べ終わったところで、バージルが手を止めて話を進めてきた。

 こんなに食べて糖尿病にならないかと思ったが、彼は半人半魔。そういった病気とは無縁であろう。ミツルギはアイスコーヒーを一口飲み、早速話を始めた。

 

「師匠は、王都に潜む義賊をご存知ですか?」

「悪い噂を持つ貴族の屋敷に忍び込み、宝を奪っていくと聞いている」

「一昨日の夜にはアルダープ家の屋敷に現れたそうです。で、そこに目星をつけて張っていたサトウカズマは、遭遇したものの逃してしまったとか」

 

 ミツルギは話しながらバージルの様子を伺う。が、相変わらずの仏頂面で感情は読み取れない。

 

「サトウカズマの怠慢っぷりには呆れるばかりですが……気になるのは、義賊について彼が何も明かしていないこと」

「相手は王都の騎士ですら手に余る盗賊だろう。姿を目撃する暇すら与えられず、返り討ちにあったとしてもおかしくはない」

「確かにそうでしょう。ただ僕には……あのサトウカズマが、こうもあっさり負けてしまったとは考えられないんです」

「……目の敵にしていると思っていたが、随分と買っているようだな」

「なにせ、僕を一度ならず二度までも負かした男ですから。次こそは勝ちますけど」

 

 言動、素行は褒められたものではないが、咄嗟の機転と作戦の組み立て、スキルの応用、リーダーとしての指揮力等はミツルギも一目置いている。それがあったからこそ、数々の魔王軍幹部を撃退できたのであろう。

 

「暗くて見えなかったという線もありますが、あの姑息なサトウカズマなら『暗視』スキルを習得していても不思議じゃない」

「つまり、カズマは義賊の姿を見ていた可能性が高いと」

「はい。そして……何か事情があって、明かせないのではないかと」

 

 そして、義賊の話は本題へと移る。ミツルギは一度アイスコーヒーで喉を潤してから、言葉を続けた。

 

「実は、気になる証言がありまして。誰にも聞いてもらえず、仲間にすら妄言として扱われているそうですが……屋敷にいたサトウカズマの仲間の一人が、ある冒険者の姿を見たと」

 

 ミツルギはバージルの顔を注視する。僅かながら眉が動いたのを、ミツルギは見逃さなかった。

 

「彼女の言う冒険者は、僕にとって恩師と呼べる存在です。彼女の話を聞いた時は流石に耳を疑いましたが、もし本当だとしたら……サトウカズマが黙秘するのも納得がいく」

「で、その恩師とやらを貴様はひっ捕らえて突き出すと?」

「いいえ。どうして義賊に協力しているのか、尋ねるつもりです。きっと何か事情がある筈。むしろ、僕も協力していいとすら思っています」

「理解できんな。その冒険者の実態が、救いようのない大罪人だったらどうするつもりだ?」

「僕はそう思いません。信じていますから。理由はそれだけで十分です」

 

 真っ直ぐと、バージルの目を見据えて伝える。嘘偽りないミツルギの思い。

 どこまでも呆れた奴だ、とでも思ったのだろう。バージルは小さく息を吐いてから言葉を返した。

 

「これを食べ終えたら場所を移す。少し待っていろ」

「全部食べるつもりだったんですね」

「当たり前だろう」

 

 

*********************************

 

 

 義賊の話を一度途切れさせ、バージルは残っていたパフェをぺろりと完食。ミツルギは見ているだけで胃がもたれそうになった。

 それから二人は喫茶店を後にし、王都の街を歩く。声を掛けてくる住民に笑顔で挨拶を交わしながらバージルの後をついていくと、訪れたのは人通りの少ない裏路地。

 密会をするにはもってこいの場所。バージルは歩く速度を落としつつ、後を追ってくるミツルギへ話しかけた。

 

「先程の話、出どころはカズマか?」

 

 全てお見通しだと言わんばかりの質問。だがミツルギは、カズマから聞いたと言わないようにと、カズマ本人から口酸っぱく言われていた。どう答えたものかとミツルギは迷う。

 

「まぁいい。質問を変えよう。貴様は、身体を入れ替える神器に聞き覚えはあるか?」

 

 しかし、それすらも見透かしているような素振りをバージルは見せ、先程の質問を引っ込めて別の質問を尋ねてきた。

 バージルの質問を聞いて、ミツルギは首を傾げる。

 

「身体を入れ替える? いえ、僕にはさっぱり……」

「その神器が今、王都のどこかに隠されているそうだ。奴は今、それを探している」

 

 バージルのいう『奴』とは、カズマが話していたクリスという盗賊であろう。

 義賊の正体にこちらが気付いていることは、十中八九バージルも感づいている。周囲に人の気配がないことを確認してから、ミツルギは尋ねた。

 

「目的はいったい何なんですか? そもそも、どうしてそのような神器が王都に?」

「どこかの貴族が買い取ったそうだ。そして奴は、使用される前に回収するつもりでいる」

「それはやはり、危険な代物だからですか?」

「どれほどの性能か知らんが……場合によっては、永遠の命を手中に収めることも可能だろう」

「えっ?」

 

 バージルの言葉にミツルギは首を傾げたが、その理由にミツルギは程なくして気付く。

 

「そうか、もし入れ替わった状態で片方が死んでしまったら……」

「恐らくな。まして所有者が貴族となれば、王族に近付ける機会もある。そこで神器を使えば、新たな肉体のみならず絶対的な権力すらも……」

「とてつもなく危険じゃないですか! 早く回収しに行かないと!」

 

 神器の危険性を理解し、ミツルギは焦り出す。誰にも気付かれず王族に成り変われるだけでも脅威だが、もしその貴族が魔王軍と繋がりのある者だった場合、ベルゼルグ王国が乗っ取られかねない。

 もはや協力も惜しまない。その思いをバージルに伝えようとしたが、そこでバージルはミツルギから顔を背け、進行方向をジッと見つめていた。

 どうしたのかとミツルギは同じ方向を見る。視線の先には、ゴロツキと思わしき男が三人と、彼等に絡まれている二人の男女。

 

「あそこにいるのは……サトウカズマ?」

 

 二人は、見知った冒険者であった。カズマの隣にはトンガリ帽子を被った魔法使い、めぐみんの姿もある。

 何があったのか不明だが、少なくともゴロツキの被害に遭っているのは間違いない。二人を助けるべく、ミツルギは彼等のもとへ駆け寄った。

 

「そこの君達、ちょっといいかな」

「あぁん!? なんだテメェ!」

 

 ミツルギが声を掛けると、体格のいいゴロツキ三人は睨みを効かせてこちらに振り向く。

 が、日夜相手にしているモンスターと比べればかわいいもの。ミツルギは動じることなく言葉を返した。

 

「そこにいる二人のちょっとした知り合いさ。彼等に手を出すつもりなら、僕が相手になろう」

「んだとぉ! ガキが調子に乗ってんじゃ──」

「あ、兄貴! コイツはマズイですって!」

 

 真ん中の男が殴りかかろうとしてきたが、側近の男が慌てて止めた。

 

「なんだよ。このガキがなんだってんだ?」

「コイツ、魔剣の勇者ですよ! たった一人で数多の魔王軍を屠ってきたという、最強の冒険者! ここは大人しく逃げた方がいいですって!」

「ざけんな! こちとら散々コケにされて腸煮えくり返ってんだ! このままおめおめと帰れるかってんだ!」

 

 男は側近の静止を振り切り、ミツルギの前に出る。口で言ってもわからないかとミツルギは呆れる。

 

「死ねやぁ!」

 

 怒りに任せて男は拳を振る。それをミツルギは、咄嗟に片手で受け止めた。

 容易く防がれたことに男は驚嘆する。体格だけならゴロツキに軍配は上がるが、レベルはミツルギが圧倒的に上を行く。まさに天と地ほどの差が二人にあった。

 出してしまった拳を引こうにも、ミツルギが離してくれない。必死に拘束から逃れようとするゴロツキに対し、ミツルギは空いている左手を握りしめ、男の鳩尾に重い一発を食らわせた。

 

「おぐっ……!?」

 

 腹の中から全部吐き出してしまいそうなほど、男はえづく。ミツルギが受け止めていた男の拳を離すと、男は腹を抑えながら後退し、やがて意識を手放してその場に倒れた。

 ミツルギは倒れた男から残る側近二人に視線を移し、鋭い眼光を見せて警告した。

 

「どうする? これ以上続けるのなら、僕も加減ができなくなるけど」

「ひ、ひぃいいいいっ!」

 

 まだ二十歳もいかない子供が放っているとは思えない威圧感。側近二人は恐怖で震え上がり、倒れた男を運び尻尾を巻いて逃げ出した。

 ミツルギはふぅと息を吐くと、カズマ達へ振り返る。

 

「サトウカズマ。君が、あの程度のゴロツキ相手に遅れを取るとはね。さて、怪我はないかい? お嬢さん」

 

 カズマへ苦言を呈してから、めぐみんへ声を掛けた。やたら自分へ風当たりが強いカズマの仲間だが、今回で少しは見直してくれたであろう。

 そんな期待を抱きながら言葉を待つミツルギ。俯いていためぐみんはバッと顔を上げ、ミツルギに言葉を返した。

 

「誰が助けてくれと頼みましたか! 本当に余計なことしかしない男ですね!」

「えぇっ!?」

『うーむ、このパターン前にもあったような』

 

 めぐみんはお怒りであった。予想外の展開にミツルギは驚き、ベルディアはデジャブを覚える。

 

「ぼ、僕は君達がゴロツキに絡まれて困っていると思って──」

「絡まれている? 私達が喧嘩を売っていたのですよ! 普通、女が男と街を歩いていたら、ゴロツキというのは良い女連れてるじゃねぇかと絡んでくるものだというのに、彼等は私を一瞥するだけで何も言わなかったんです! だから私はこの根性無しと散々罵倒していたんですよ!」

『コケにされてるって言ってたのはそういうことだったのか』

「最後に王女さ……カズマがコテンパンに倒す流れだったのに、貴方はそれを台無しにしたんです! どうしてくれるんですか!」

「え、えーっと……」

 

 めぐみんの主張を聞かされ、ミツルギは苦笑いを浮かべる。

 どうやら非があったのは彼女の方であったようだ。ゴロツキ達には少し悪いことをしたかなとちょっぴり思う。

 

「こうなったら、貴方に相手をしてもらいましょう! 覚悟はいいですか!」

「ちょっと待って! どうしてそうなるんだい!?」

 

 もはやゴロツキよりもタチが悪い絡み方。喧嘩上等のめぐみんにミツルギはたじろぐばかり。

 そんな時、横で見ているだけだったカズマが、独り盛り上がっているめぐみんへと耳打ちした。

 

「め、めぐみんさん。本当に戦うのですか? 王都で貢献してくださっている魔剣の勇者様に手を上げるのは心苦しいのですが……」

「そんな甘っちょろい考えではいけませんよ。いいですか? 冒険者というのは舐められたら終わりです。このままでは、あの男にゴロツキから助けられた冒険者止まり。恥さらしもいいとこです。それを払拭する為には、ゴロツキを倒したあの男を、完膚なきまでに打ち負かすしかないのです」

「なるほど……冒険者というのは厳しい世界なのですね。わかりました」

 

 何やら相談していたが、ミツルギの耳には届かず。それよりも、カズマの様子が少しおかしいことに、ミツルギは訝しむ。

 

「さぁ王女さ……カズマ! この空気が読めない男に制裁を!」

 

 彼の思考を遮るように、めぐみんはカズマへ指示を出す。一体どうしたものかとミツルギは悩む。

 とその時、ミツルギの背後から場に割って入る男の声が。

 

「勝負するには人数が足りていないな。気晴らしに俺も入ってやろう」

 

 声の主は、遅れてやってきたバージルであった。彼の姿を見た途端、めぐみんは鶏の首を絞めた時のような、高く短い奇声を上げる。

 

「貴様がカズマと戦うのなら、俺の相手はめぐみんか」

 

 ミツルギに目をやってから、バージルはめぐみんに視線を移す。彼の鋭い眼光を受けて、めぐみんはわかりやすく狼狽える。

 

「ば、バージルまで現れるとは想定外でした。しかし、今回私は戦うつもりはありませんので」

「貴様ともあろう者が逃げる気か。とんだ腰抜け魔法使いだな。もっとも、今の貴様にはピッタリな二つ名か」

「おい、紅魔族として不名誉な二つ名を一体誰に付けるつもりなのか聞いてやろうじゃないか!」

 

 バージルのあからさまな挑発に、めぐみんはあっさり乗った。

 冒険者は舐められたら終わりと啖呵を切った手前、退くわけにはいかない。帽子の下から見える紅い目を光らせ、めぐみんは手に持っていた杖を差し向ける。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、いずれ爆裂魔法を極めし者! 我を縛る因縁もここで終焉を迎える! 蒼き剣士の命を刈り取るのは、この紅き宿命を背負う大まほ──」

「そうか」

 

 めぐみんが格好良い口上を入れる中、バージルは一歩前に出る。

 彼の動きはカズマにも、横にいたミツルギにも見えなかった。当然、口上に意識がいっていためぐみんにも。

 バージルは瞬く間にめぐみんの目の前へ行き、彼女の杖を容易く奪った。

 

「あっ!?」

 

 声を上げてめぐみんが驚く中、バージルは後方に杖を放り捨てる。そして彼女の頭を片手で抑え、もう片方の手で──。

 

「だから! どうしていつもいつも眼帯を引っ張るのですか! 奪った杖で叩くとか手刀を当てるとか色々あるでしょう! 戦闘では色んな技を使うくせに、どうして私の時だけワンパターンなんですか!」

「この手段が貴様に一番堪えるからだ。どこまで紐を伸ばせるか感覚も掴んできた。最長まで伸ばした最大威力を食らわせてやろう」

「眼帯の下は封印を施した魔眼となっている! 下手に刺激を与えれば封印が解かれ、秘められし我が力が暴走する危険も──!」

「ほう、それは興味深いな。貴様に眠る力がどれほどのものか、俺が見定めてやろう」

「すみません! ごめんなさい! 謝りますからこれ以上伸ばすのはやめてください! いっそ伸ばしまくって紐を千切ってもらえれば──!」

You Trash(散れ)

「ぎゃあああああああああっ!」

 

 最長記録まで紐を伸ばした眼帯パッチンが、めぐみんの左眼を襲った。めぐみんは悲鳴を上げて道端でのたうち回る。

 早々に勝敗を決したバージルは襟元を正し、道の脇に移動して壁にもたれる。

 

「こっちは終わった。あとは貴様等だけだ」

「うぐぐ……何をぼさっとしているのですか! 私の仇を討つのです! まずはあのモツルギとかいう男をぶっ倒してください!」

「モツルギじゃなくてミツルギなんだけど……」

 

 残すはミツルギ対カズマ。ほとんど巻き込まれた形でミツルギは思わずため息を吐いたが、すぐに対峙するカズマを睨む。

 

「不本意な流れだが、君とはいずれ決着をつけなければならないと思っていた。丁度良い機会だ」

 

 私服で出かけており剣も所持していなかったため、ミツルギは格闘戦とばかりに構える。

 相手は絡め手で勝利を掠め取ってくる男。身体能力はこちらが上だが、相手にはミツルギの知らないスキルがある。前回の腕相撲もそれで敗北を喫してしまった。

 油断は禁物。こちらから仕掛けようとはせず、ミツルギは相手の出方を待つ。一方でカズマはアタフタとしていた様子であったが、やがて覚悟を決めたのか、こちらを向いて同じく構える。

 だが──。

 

「サトウカズマ……その女性のような構えはなんだ?」

 

 脇は締められ、内股気味。まるでか弱い女の子が勇気を出して戦闘態勢を取っている様。ミツルギの言葉に、カズマは何故かギクリといった反応を見せる。

 

「おまけに君の目……これまでの君とはまるで違う。汚れを知らない純粋無垢な少女のように澄んだ目だ。いつもの君は死んだ魚のように腐った目だった筈なのに、君の身に何があった?」

「お兄さ……わ、私はそんなに酷い目をしてはいません!」

 

 更には口調まで女性のようだときた。それがカズマの姿と声で発されているので、ミツルギは少し吐き気を覚える。

 いよいよ違和感を見過ごせなくなり、一旦戦闘態勢を解くべきかと考えたが──。

 

「いや待て……そうか、わかったぞ。普段と違う素振りを見せて、僕を油断させるつもりだな。で、心配して近寄った所を殴りかかる。君の考えそうなことだ」

 

 これはカズマの罠だと判断し、ミツルギは警戒心を解かずに構え直す。相手のカズマは変わらず女々しい構え。

 ミツルギはカズマの目を見据える。彼の目に変化は見られず、未だ幼き少年少女のもの。嘘臭さは微塵も感じられない。

 これが演技ならば大したものだ。冒険者など辞めて俳優になれば主演男優賞間違いなしであろう。

 

「……やめだ」

「えっ?」

「どうやら、いつもと様子が違うのは本当のようだ。そんな君に勝ったところで意味はない」

 

 そう言って、ミツルギは構えを解いた。疑いよりも、彼が嘘を吐いているようには思えない印象が勝ったのだ。

 カズマは少し驚いている様子で、構えを緩めている。ミツルギは彼へ歩み寄ると、事情を聞くべく話しかけた。

 

 カズマの目が、純粋無垢な子供の目から、汚れを知る無気力な大人の目に変わったと気付かずに。

 

「サトウカズマ、君は一体──」

「だっしゃらぁああああっ!」

「ぐふぉあっ!?」

 

 瞬間、カズマの右ストレートが飛び出した。間近で、それも予想すらしていなかった一撃を避けられるわけもなく、ミツルギは顔面に受け、そのまま彼は道端に倒れた。三度目の敗北である。

 ミツルギは痛みに耐えながらもすぐに上体を起こしてカズマに目をやる。どういうわけか、カズマは怒りに満ちた表情でこちらを見下ろしていた。

 

「き、きききき君って奴は……!」

「あと少しでお楽しみタイムだったのに、なんでお前が目の前に出てくるんだよ! もうちょっとでアイツ等の一糸纏わぬ姿を合法的に見れた筈なのに! 絶対許さねぇ! スティールで身ぐるみ全部剥がして雌オークの群れに放り捨ててやる! 覚悟しやがれ!」

「いや待て! 僕が何をした!? というかなんで急に怒り出したんだ!? 情緒不安定過ぎるぞ!」

 

 普段の口調と態度に戻っているが、先程と打って変わって怒り心頭。理解が追いつかない展開を前に、ミツルギは困惑する。

 が、問答無用とばかりにカズマは『スティール』を放つべく右手を広げた。

 ミツルギは思わず目を瞑る。しかし、一向に『スティール』の光を瞼の向こう側から感じない。疑問に思い、ミツルギはおもむろに目を開ける。

 彼は確かにこちらへ手を向けていたが──そんな彼の腕を、傍観していた筈のバージルが掴んでいた。

 

「あ、あれ? バージルさんまでなんでここに?」

「答えてやるが、その前に貴様の方で何があったか聞かせてもらおう」

 

 バージルはそう伝えてカズマの腕を離す。ようやく落ち着きを取り戻した様子のカズマは、バージルの指示通り、彼の身に何が起きたのかを話した。

 

 

*********************************

 

 

 事の発端は、王女アイリスがつけていたペンダントだった。

 ペンダントに記されていた言葉をカズマが声に出すと、ペンダントから光が放たれ、気付いた時にはカズマとアイリスの身体が入れ替わっていた。

 しばらくすれば元に戻るであろうとカズマは推測。それを聞いたアイリスは、折角なので家臣を連れずに外を歩きたいと提案した。入れ替わっているとしても、流石に一人で歩かせるわけにはいかなかったので、めぐみんがアイリスに付き添う形に。

 一方でアイリスと入れ替わったカズマは、城の住民にバレないようやり過ごしていたそうだが──。

 

「本当にどこまでも見下げた男だなサトウカズマ! アイリス様の立場を利用して、セクハラ行為に及ぼうとするとは……!」

「いや、俺も最初はそんなつもりじゃなかったんだよ。気付いたら自然とそういう流れになってたというか──」

「大方、城の住民にアイリスとしてチヤホヤされて、自分は何をしても許される気分にでもなったのでしょう。流石は、正当な理由さえあれば平気でセクハラできるクズマですね」

『なぁおい少年よ! 見たのか!? 鎧の下に隠されていた二人の全てを! 見たのなら詳細を! さもなくば貴様を呪い殺す!』

「むしろ俺に教えて欲しいよ。ここから先は十八歳未満の方は閲覧できませんとばかりに元の身体に戻ったからさ」

 

 カズマは残念そうにため息を吐く。そんな彼にミツルギは怒り、めぐみんは想定の範囲内だったか呆れるのみ。ベルディアは血眼になってカズマに詳細を求めたが、期待する答えは返ってこなかった。

 そんな中、カズマの話を聞いていたバージルは独り考える仕草を見せていた。

 

「(まさか、向こうから尻尾を出してくれるとはな)」

 

 アイリスが身につけていたという、入れ替わりの能力を持ったペンダント。クリスの探していた神器なのは間違いないであろう。

 思わぬ収穫に小さく笑うバージル。と、ミツルギがカズマ等のもとから離れてこちらに歩み寄ってきた。

 

「師匠。サトウカズマの話していたペンダントは、もしかしたら……」

 

 ミツルギは小声でバージルに伝える。彼も感づいていたようだ。

 バージルはカズマの方へ目を向ける。どうやら話題はめぐみんの方に移り、自らチンピラへ喧嘩を売った彼女にカズマは説教していた。

 こちらに意識を向けていないことを確認し、バージルはミツルギへ告げた。

 

「義賊を追う貴様に朗報だ。奴等は今宵、王城に現れる」

 




この二次小説書いている間にDMC5どころかDMC5SEまで出てしまった。発売おめでとうございます。


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第71話「この王城に盗賊団を!」

 空に満月が昇る夜。王城から少し離れた位置にあった、冒険者の利用者が多い宿屋の一室。

 

「チクショウあの女! 最後まで嫌味ばっか言いやがって! そりゃあ俺も悪かったけど! むしろ俺が悪かったけどさ! 精一杯やったところは評価してくれていいじゃんかよぉ!」

 

 ベッドの上で、カズマは行き場のない怒りに苦しめられていた。

 その原因は、数分前の出来事にあった。

 

 王城では広間にパーティ会場が設けられ、魔王軍撃退に貢献した者達を労る宴が開かれた。

 王女アイリスを中心に貴族、騎士、特に功績をあげた冒険者が集められ、そこにはカズマ達の姿もあった。

 どんな傷でも瞬く間に、それも多くの兵士達を治癒魔法で回復させたアクア。爆裂魔法で敵を一網打尽にしためぐみん。自ら壁となりてクルセイダーとしての努めを果たしたダクネス。

 仲間が貴族や騎士から讃えられる中、三人と比べて大した功績をあげられなかったカズマは、広間の隅で独りぼっちであった。広間にいる者達からは、義賊捕縛に失敗した口だけ男とヒソヒソ声で蔑まれていた。

 また、アイリスと入れ替わってダクネスとクレアの裸を合法的に見ようとしていたことがばれ、ダクネスとクレアから酷い仕返しを受けた。

 アイリスにも怒られてしまい、カズマは酷く傷心。そんな彼に差し伸べられたのは、慰めようとする仲間の手ではなく、さらなる追い打ちをかけようとするクレアの手であった。

 

 二度の失敗をこれでもかと突いてこられ、その上言い返すことができず、カズマの心は傷つくばかり。

 トドメに「今日だけは最後の晩餐を楽しむといい。楽しめるだけの戦果をあげたのならな?」と、ぶん殴りたくなるほどの嫌味ったらしい顔で言われ、やはり言い返せなかったカズマは泣いて王城から逃げ出した。

 

「クソ! もう知るか! アクセルに帰って遊んで暮らしてやる!」

 

 見たくない現実から目を背けるように、カズマは布団を深く被る。

 バニルとの商談で大金が入る未来は約束されている。アイリスのことは忘れて、アクセルの街で気楽なニート生活を送るのだと自分に言い聞かせる。

 が、眠れない。例のボードゲームで決着をつけていないこと、怒らせたままでキチンと謝れていないことなど、アイリスのことが頭から離れない。

 古典的だが羊でも数えるかと思った、そんな時であった。

 

「ねぇ」

「うわっ!?」

 

 不意に女性の声が耳に入り、カズマは思わず声を上げて驚く。声が聞こえた方へ顔を向けると、満月の夜空を背景にクリスが窓を開けて部屋の中に侵入していた。

 

「今日はパーティーじゃなかったの? 随分早いお帰りだね」

「なんでそのこと知ってるんだよ。ていうかまた来たのかよ! 何度来ても答えは同じだからな! 一応、手に入れた情報は教えてやるけど!」

 

 間違いなく義賊への勧誘に来たのであろう。カズマは先に断ってから言葉を続ける。

 

「お仲間のバージルさんから聞いてるかもしれないけど、身体を入れ替える神器をアイリスが持ってた。でも入れ替わっていられる時間は短いし、そんなに危険じゃないと思うぞ。じゃ、あとはそっちでやってくれ」

 

 もう面倒事に巻き込まれたくないと伝えるように、クリスへ背を向ける形で寝返りを打つ。

 このままクリスは夜の街へと消えてくれると期待していたが──。

 

「あの魔道具はね、入れ替わってる最中に片方が死ぬと元に戻れなくなるんだよ」

「……おい、今なんて言った?」

 

 彼女の言葉を聞いて、微かに感じていた眠気が一気に吹き飛んだ。

 

「あれは使い方によっては永遠の命だって手に入れられる凄い物なんだよ。自分の身体が衰えてきたら、若くて健康的な人と入れ替わった後に、相手を殺せばいいんだから。入れ替わる前に自分の財産を相手に渡しておけばなお良しだね」

「おいおい、そんなのシャレにならないぞ。いやでも、神器の力を知られないように黙っておけば……」

「あれはね、最初はどこかの貴族に買われた筈なんだ。それがどうして今は、王女様の手元にあるのかな? 一体誰が、何の目的で王族の元にあれを贈ったんだろうね?」

 

 クリスは疑問を問いかけてくる。しかし先程彼女が話した内容を踏まえれば、目的はカズマでも容易く想像できた。

 

「そんなの決まってるだろ。この国の最高権力者と入れ替わって……おい! マジでシャレになってねーぞ! 早く国のお偉いさんに報告しないと──!」

「やめたほうがいいね。神器の存在が知られたら、まず間違いなく国中の貴族が狙ってくるよ。それどころか、王族ですら悪用する可能性も……女湯潜入とか、ちっちゃな悪事じゃなくってね」

「はうっ」

 

 バージルから神器のことを聞いた時に、カズマの悪行も聞いたのであろう。クリスの冷たい視線を受けて、いたたまれなかったカズマは目を逸らす。

 だが、クリスが話した貴族の悪行と比べれば可愛いものだ。下手すれば国の存亡すら左右しかねない事態。そして、あのアイリスがそれに巻き込まれてしまう可能性。

 しかし、自分には何もできない。このままクリス達に任せるべきだと思う一方、こみ上げてくる謎の熱情。使命感、とでも言うべきか。

 そんな彼の心を見透かしているかのように、クリスは告げた。

 

「君、王女様の遊び相手係なんだよね? じゃあさ、今から王女様のところへ遊びに行かない?」

 

 

*********************************

 

 

 街の住民が寝静まり、城下町の明かりが消え始めた頃。

 

「……遅い」

「カズマさんの勧誘、上手くいくんでしょうか?」

 

 残る盗賊団のメンバーであったバージルとゆんゆんは、先日訪れた服屋の裏手で待機していた。

 今日ならカズマ君を勧誘できそうだと言い、クリスは彼を探しに出かけた。彼は王城でのパーティーに参加すると聞いていたが、どうやって接触するつもりなのか。

 因みにバージルとゆんゆんにもパーティーのお誘いはあったが、仕事が忙しいとの理由で断った。

 

「王城でのパーティー、本当に行かなくて大丈夫だったんですか? もし王城で見つかったら、その場を凌げたとしても後から怪しまれるんじゃ……」

「その為の変装だろう。顔も隠すよう仮面も渡されている。奴はどこまで考えているのか知らんが……一応、こっちで保険は用意してある」

 

 保険という言葉に、ゆんゆんは首を傾げる。しかしバージルはそれを明かそうとせず、自身の服へ目を落とす。

 黒コートに黒いマフラー。先日アルダープの屋敷に潜入した時と同じものである。ゆんゆんも黒いセーラー服を着て、赤いマフラーで口元を隠している。

 更に、バージルはブラッドファングと呼ばれるモンスターの仮面を、ゆんゆんは初心者殺しの仮面を被っていた。どちらも背面にある服屋で調達したもの。

 また、二人とも武器は所持していない。バージルの刀やゆんゆんの短剣、鞭は先の魔王軍との戦いで騎士に見られていたからだ。

 

 魔王軍を撃退し宴を開くほど浮かれているため、この日は騎士も警戒が緩くなっている。そのため、今宵潜入決行となった。

 しかし、クリスを待ってしばらく経つが姿は見えない。少し苛立ちも覚えてきた頃、ゆんゆんが話しかけてきた。

 

「そういえば、悪夢の件はどうなったんですか?」

「さあな。見たかどうか覚えてすらいない。だが……少しは寝覚めが良くなったようには感じている」

「ホントですか!?」

「夢見の像か偶々か知らんが、このまま寝覚めが悪くないようであれば、貴様が持ってきた像のせいで最悪の寝覚めを一度味わった件はチャラにしてやる」

 

 スイーツ巡りと魔王軍との戦いで幾分ストレスは発散されたと思われたが、どうやら根には持ち続けていたようだ。バージルに睨まれ、ゆんゆんはしゅんとする。

 

「……ムッ」

 

 と、バージルは何かに気付いたように道の先へ視線を移す。ゆんゆんも同じ方角へ顔を向ける。

 やがて駆ける足音が聞こえ、暗い夜道から二人の人間がこちらへ向かってきているのを確認した。

 

「ごめん、お待たせ」

「あぁ、バージルさんだったのか。仮面付けてる上に服も違うから遠目だと全然気付かなかった。ゆんゆんも何故かセーラー服着てるし」

 

 どうやら勧誘は無事成功したようで、クリスはカズマを連れて来ていた。カズマは動きやすい黒装束に黒いマフラーと、盗賊らしい格好。

 顔を見られるのを防ぐため、彼も仮面を被っていたのだが──。

 

「貴様、その仮面は……」

「バージルさんもよく知る魔道具店の店員から貰いまして……」

「こんなセンスの欠片もない仮面はやめたほうがいいってアタシも言ったんだけどね」

 

 半分白く半分黒い。貼り付いた笑顔を思わせる細い目の下には星マーク。

 あの、人を馬鹿にする能力は他の追随を許さない悪魔と同じ仮面であった。

 

「あっ! バニルさんそっくりですね!」

「これを被ってると、満月の夜には身体の調子が良くなるとか何とか言ってたけど……って、ゆんゆんもバニルのこと知ってんの?」

「はい。ちょっとした知り合いといいますか、タナリスちゃんがあそこの魔道具店で働いているので、私もよく顔を出してるんです」

「ゆんゆんちゃん。あまり交友関係に口出しするつもりはないけど、あの悪魔とだけは友達になっちゃダメだよ。会った後は必ず浴場で身体を清めて」

「そ、そんなにしなくても……バニルさん、毎朝ゴミを漁るカラスを撃退してて、主婦の間ではカラススレイヤーのバニルさんとして好かれてるらしいですし」

「騙されちゃダメだよ! それは人間界に溶け込もうとするただの擬態で、自分のこと以外どうでもいいと思ってるのがアイツの腐りきった本性なんだから!」

 

 特に仮面の悪魔を嫌っているクリスは、バニル側に引き込まれようとしているゆんゆんを心配する。もっともバニルにそんなつもりは無く、杞憂なのだが。

 バージルも彼の仮面は快く思わなかったが、魔力はあまり感じられない。それに、カズマは王城で顔を知られている。となれば彼に仮面は必須。

 

「無いよりはマシだ。準備ができたなら、さっさと行くぞ」

 

 バージルは特に咎めることもせず、クリスを急かす。だがクリスは「ちょっと待って」と止めて、二つの小瓶をポーチから取り出した。

 

「はい、バージルとゆんゆんちゃんはこの香水をつけて」

「えっ!? 私、そんなに臭いましたか!?」

「違う違う。これは魔力に対する香水だよ。魔法職みたいな鼻が利く相手には、二人の正体がバレちゃう危険性があるからね。魔王軍との戦いで知名度も上がっちゃってるみたいだし」

 

 魔力の量は勿論、質も人によって違いはある。魔力の質を『匂い』で例える者もいる。

 アークウィザードのような魔法に長けた才を持ち、魔法に造詣が深い者であれば、魔力の量と質で人を見分けることも可能となる。

 バージルとゆんゆんは、先の魔王軍撃退戦にて活躍した二人。彼等の魔力を覚えている者もいる可能性は否定できない。納得した二人はクリスから香水を受け取り、身体に吹きかけた。

 

「そんな香水もあるんだな。お頭、俺には無いんですか?」

「助手君には必要無いんじゃないかな。魔力量は少ないし」

「そっすか」

 

 こういった異世界ならではのアイテムに憧れたカズマであったが、ストレートに言葉を返されて少し落ち込む。

 一方でクリスは、二人が香水をかけ終えたのを確認すると小瓶を回収し、ポーチに入れた。

 

「さて、我らが『銀髪盗賊団』の準備が整ったところで、早速王城に向かうとしますか」

「そっすねお頭。いざ『仮面盗賊団』の晴れ舞台へ!」

 

 クリスの言葉に合わせるようにカズマは呼応する。しかし方向性の違いが生じてしまったようで。

 

「……ねぇ助手君、その名前は仮面を持ってないアタシへの当てつけなの? 普通に考えて仮面盗賊団より銀髪盗賊団の方が格好いいと思うんだけど」

「そっくりそのままお返ししますよ、お頭。俺だけ銀髪じゃないのに銀髪盗賊団ってのはおかしいでしょう。俺だけハブるんですか? 新手のいじめですか?」

 

 どちらも譲る気は無し。カズマとクリスは睨み合って火花を散らす。

 名前などどうでもよかったバージルは、話し合いが早く終わってくれることを願う。そんな中、ゆんゆんが控えめに手を挙げた。

 

「そ、それなら『銀髪仮面盗賊団』というのは、どうでしょうか?」

「……そりゃあゆんゆんとバージルさんは二つ持ってるからいいけどさ。俺とお頭は片方無いんだけど」

「そ、そういう意味で言ったんじゃないんです! 私は、銀髪でも仮面どちらでもいいようにと思って──!」

「アタシと助手君、どっちも仲間外れにならないよう考えてくれたんだね。ありがとうゆんゆんちゃん。アタシは良いと思うよ。銀髪仮面盗賊団」

 

 二つの間を取った案を聞いて、クリスは満足そうに頷く。

 これで盗賊団の名前も正式に決まり、ようやく王城へと潜入に──と思われたが。

 

「あの、先程から気になっていたんですが……どうしてカズマさんを助手君と呼んでて、クリスさんはお頭って呼ばれているんですか?」

 

 変わった名前で呼び合っているのが気になり、ゆんゆんは尋ねる。クリスは話し忘れていたことにはたと気付き、理由を説明した。

 

「潜入中に本名で呼び合ってたらバレるでしょ? だから、こうして別の呼び名にしているんだ」

「助手君呼ばわりは不本意だけど、ジャンケンで負けたから仕方なくな。俺、ジャンケン誰にも負けたことなかったのに……」

 

 クリスが話す横で、カズマはため息を吐いて項垂れる。よほどジャンケンに負けたのが悔しかったのであろう。

 一方でクリスの説明を聞いたゆんゆんは、赤い目をキラキラと輝かせて食いついていた。

 

「凄いです! 格好いいです! 素敵です!」

「そ、そう? じゃあ折角だし、ゆんゆんちゃんとバージルにもつけてあげるよ」

「ホントですか!? ありがとうございます! 私、こういう仲間内だけの呼び方とかにすっごく憧れてたんです!」

 

 ぼっちの彼女には無縁の存在であったあだ名を付けてくれると知り、ゆんゆんは興奮状態。そんな彼女とは対照的に、冷えた視線を送っていたバージルはため息を吐いていた。

 

「やっぱり特徴を捉えた方がいいよね。ゆんゆんちゃんは……」

 

 クリスは顎に手を当てて、ゆんゆんのコードネームを考える。隣にいたカズマも協力的なのか、一緒に考え込む。

 

「レッドアイ、アカメ、クリムゾン……うーん、呼びやすい方がいいかなぁ」

 

 候補を口に出すが、どれもクリスにはしっくり来ず。逆にゆんゆんとしては全部満足のいくもので、嬉しそうにはにかみながら待ち続ける。

 中々良い名前が思い浮かばないクリス。とそんな中、隣で考えていたカズマが声を上げた。

 

「ニュー……とかどう?」

「にゅう?」

 

 紅い目や魔法使いといったゆんゆんの特徴とは結びつかない名前。ゆんゆんとクリスは首を傾げる。

 だが、どうしてその名前に至ったのかを理解できる者が、カズマ以外にもうひとりいた。

 

「アナグラムか」

「あなぐらむ?」

「文字を入れ替え、新たな言葉を作ることだ。ゆんゆん(Yun Yun)の名前の一部を、とある文字で入れ替えるとニュー(Nyu)になる。そうだろう?」

「えっと……そ、そうっすね」

 

 バージルの言葉に、若干歯切れが悪かったもののカズマは肯定する。

 

「とっても格好いいです! 大満足です! カズマさん、ありがとうございます!」

「ニューちゃんね。アタシもいいと思うよ。呼びやすくて可愛いし」

「あ、あはは……」

 

 カズマの考えたコードネームは大好評のようで、ゆんゆんは勿論クリスも気に入った様子。その中でカズマは乾いた笑いを上げる。

 決して『巨乳』の(にゅう)から連想したと言ってはいけない。彼は心の中で固く誓った。

 

「それじゃ、バージルはどうする?」

「必要ない」

「でも、あったほうが話しやすいでしょ。無いよりはマシだよ」

 

 バージルは拒否したが、相手にその気は無いようで。クリスは再び考える仕草を見せる。

 

「バージル、ばーじる、じるば……ねぇ助手君、なんか良い案ない?」

「すぐ俺に振ったな。そうだなぁ……バージルさんって、英語だとどうやって書くんですか?」

「頭文字はV。次にE、R、G、I、Lだ」

 

 カズマに質問され、バージルは素直に答える。英語について異世界の住民が知る筈もなく、傍で聞いていたゆんゆんは不思議そうに二人を見ている。

 またアナグラムで作る気かとバージルは予想していると、カズマは思いついたように手をついた。

 

「……あっ、呼び名それでいいじゃん」

「えっ?」

「Vだよ、ブイ。バージルさんの頭文字だ。短くてわかりやすいし」

 

 出てきた呼び名はバージルの予想を裏切り、実に安直な物であった。しかし、覚えやすさと言いやすさは合格ラインを十分に超えている。

 本人的にも思いの外しっくり来ていたのだが、決してそれは口に出さず。

 

「助手君が考えた名前、バージルはどう思う?」

「言った筈だ。貴様等で勝手に決めればいい」

「オーケー、じゃあブイ君で決まりだね」

 

 本人の許可も得て、盗賊団内でのバージルの呼び名は『(ブイ)』と正式に決まった。

 

 

*********************************

 

 

 諸々が決まったところで、銀髪仮面盗賊団は王城へと向かう。城壁を越え、城の敷地内へ。

 クリスの見立て通り騎士の警備は緩くなっており、彼等は問題なく正門とは別の扉まで潜入することに成功した。

 バージル等が周囲を警戒している間に、閉ざされていた扉をクリスが手際よく解錠。四人は王城内に潜入。

 

「順調に潜入できてるな……順調すぎて怖いぐらいに」

 

 王城暮らしの経験と『敵感知』『暗視』を使えるカズマが先行し、四人は廊下を進む。ここまで見張りの騎士とは一人も遭遇せず、カズマは安心とは逆に不穏を抱く。

 

「パーティーで浮かれて皆酔いつぶれちゃった……ってことなら楽でいいんだけどね。罠を張って待ち構えてる可能性もあるから、気を付けて」

 

 盗賊の勘を働かせ、一層警戒心を高めるクリス。カズマも感覚を研ぎ澄ませて『敵感知』を続ける。

 ──と、カズマは前方に人の気配を感じ取った。

 

「噂をすれば誰か来たな」

「よし、そこの物陰に隠れよう。助手君は『潜伏』を忘れないでね」

 

 クリスも『敵感知』で見張りの接近を感じたようで、冷静に指示を出す。

 二人は即座に物陰へ身を隠す。程なくしてカツカツと歩く靴の音が。見つからないようジッとするべき場面であったが──。

 

「ちょ、ちょっと助手君!? 顔が近いんだけど!?」

「静かに、お頭。騒いでたらバレますよ。念の為もうちょっと奥に」

「これ以上は無理だって! 色々と当たってるんだけど!?」

 

 カズマはクリスを押し込むように物陰へ隠れようとし、やり過ぎだとクリスが騒ぎ立てた。

 それでもカズマは構わず押し込み続ける。やがて、接近してきた見張りがランタンの灯で彼等の所を照らしたが『潜伏』スキルによって見つかることはなかった。

 

「気のせいか……」

 

 見張りはそう呟いて、カズマ達が隠れている所から目を背ける。足音が遠のいていったのを確認してから、カズマは物陰から出た。

 

「ふぅ、間一髪でしたねお頭。俺の用心が無ければここでゲームオーバーでしたよ」

「……助けてくれたことには礼を言うけどさ。あんまりアタシにセクハラすると女神エリスの罰が下るからね」

 

 クリスは少し怒った顔でカズマに言いつける。彼も少し本能に従い過ぎたと反省した。

 とにもかくにも危機は去り、引き続き潜入を続けたいところであったが、ここでカズマはふと気付く。

 

「あれ? バージ……ブイさんとニューはどこだ?」

 

 

*********************************

 

 

「ふぁあっ……」

 

 城内を見回る甲冑に身を包んだ騎士は、眠気に誘われて思わずあくびをする。

 この階の見張りは自分一人しかいない。普段は二人か三人で回っているのだが、今日は魔王軍撃退を祝う宴があった。

 騎士団の多くも宴を楽しみ、酒に飲まれて今はベッドでお休み中であった。彼も女性冒険者に酒を勧められたが、夜の見回りがあったため、惜しみながらも断った。

 

「他の奴等はいいよなぁ。たらふく食って呑んでぐっすり寝れて。俺も楽しみたかったよ」

 

 豪勢な食事と高級な酒が忘れられず、彼は酔いつぶれた他の騎士達を羨ましく思うと同時に呆れを覚える。

 最近では貴族の屋敷に義賊が現れたという報告を受けている。もしこの日に義賊が王城へ忍び込みに来たらどうするのか。

 もっとも、国を敵に回すような真似を、たかが義賊にできるとは思えないのだが。男は嘲るように鼻で笑う。

 

 ──コツと、背後で足音が響いた。

 

「うおっ!?」

 

 油断していた男は騎士らしからぬ情けない声を出し、振り返ってランタンをかざす。しかし人の姿は見られない。

 気のせいだろうか。内心怯えながら様子を伺っていると、今度は別の方向から足音が。

 

「だ、誰だ!?」

 

 気のせいではない。男は周囲をランタンで照らしながら警戒する。人の影は無い。だが足音は確かに聞こえた。

 確証は持てていないが救援を呼ぶべきか。判断に迷っていると、不意に鎧越しに肩を捕まれた。

 

「ヒィッ!?」

 

 男は思わず悲鳴を上げる。束の間、後ろにいるであろう謎の人物によって、被っていた頭の鎧を取られた。

 更に、後ろから伸びてきた手によって口を塞がれた。男は声を上げて抗うが、声は抑えられ拘束も強い。

 そして──彼の前に、仮面を付けた華奢な少女が突然姿を現した。

 

「『スリープ』」

 

 少女は男の顔へ手をかざし『スリープ』を唱える。たちまち睡魔が襲いかかり、男の足元がふらつく。

 深夜帯で眠気も帯びていたこともあり、男は瞬く間に眠りの世界へと誘われた。

 

 

*********************************

 

 

「ちょっとちょっと! 何やってんの二人とも!」

 

 クリスは慌てて駆け寄る。その先には、先程の騎士を眠らせたゆんゆんと、騎士を容易く肩に担ぎ上げていたバージル。

 姿が見えないと思っていたら、まさか自ら仕掛けていたとは。心臓の悪い行動をしでかした二人のもとへ辿り着くと、バージルが先に口を開いた。

 

「この階層にいる見張りはコイツ一人だ。眠らせるか拘束しておいても問題ない」

「眠そうにしていた所に『スリープ』をかけたので、朝までは大丈夫ですよ」

「だとしても、わざわざ危険を犯してまで眠らせなくても良かったんじゃ……」

「まぁいいじゃないすかお頭。こうして作戦は上手くいって見張りが一人減ったんですし」

 

 勝手な行動に出た二人に不満を覚えるクリスに、カズマが落ち着かせるように声を掛ける。

 大胆に動くことも盗賊としては大事だが、彼等──特にバージルは大胆に動き過ぎるので、見ている側はたまったものではない。

 

「ところでブイさん、ソイツはどうするつもりなんすか?」

 

 カズマがバージルの抱えている騎士を指差して尋ねる。眠っているとはいえ、このまま放置するわけにはいかない。それはバージルもわかっていたようだ。

 

「俺が適当な場所に隠しておく。貴様等は先に行け。後で追いつく」

 

 バージルはそう伝えてカズマ等に背を向ける。

 構造も把握しきれていない場所に、潜入経験の浅い新人を置いていくなど以ての外だが、バージルなら魔力を頼りに後を追うのも可能だ。

 それよりも、不安な点がひとつ。

 

「……変なこと考えてないよね?」

 

 クリスは眉を潜め、疑り深い目つきでバージルを見る。しかし彼は何も答えようとしない。

 

「何言ってんですかお頭。ブイさんが人目のつかない所に男を連行して、口では言えない事をする人に見えるんですか?」

「えぇっ!? せ、せんせ……ブイさんはそんな破廉恥なことしません!」

「貴様こそ何を言っている」

 

 おかしなことを口走るカズマに、バージルは冷静にツッコミを入れる。それで追及する気が削ぎれたのか、クリスはため息を吐くとバージルへ伝えた。

 

「必ず後で追いついてね。それと、対敵しても戦闘は極力避けること。いい? お頭からの命令だからね?」

「いいからさっさと行け」

 

 釘を刺すように言いつけるクリスを鬱陶しく思ったのか、バージルは手を払って先へ進むよう促す。

 どうしても拭いきれない嫌な予感を抱きながらも、クリスはカズマとゆんゆんを連れて次の階へと進んだ。

 

 

*********************************

 

 

 バージルを置いて先に進んだ銀髪仮面盗賊団。

 カズマの『暗視』『敵感知』スキルで見張りとの遭遇を避け、見つかってしまった場合は騒がれる前にクリスの『バインド』とゆんゆんの『スリープ』で無力化。三人は順調に進んでいた。

 

「あの、本当に『ライト・オブ・リフレクション』は使わなくて大丈夫ですか?」

「今の所、アタシと助手君の『潜伏』でどうにかなってるからね。ニューちゃんは『スリープ』用に魔力温存してて」

 

 不安そうに尋ねてきたゆんゆんに、クリスは大丈夫だと安心させる。

 あのスキルは潜入に最適だが、前回の屋敷と違ってここは広い王城。下手に迷えば、彼女の魔力を無駄に消費させてしまう。

 

「アイリスは多分一番上の階だ。当然見張りも厳しくなってくるだろうから、用心しないとな」

「でもここまで順調だし、案外すぐに王女様のところに行けたりしてね」

「やめてくださいよお頭。そういう発言はフラグって言って、不吉なイベントを招いたりするんですから」

 

 口ではそう言うが、仲間と会話を交えられるだけの余裕はあった二人。周囲を警戒しながら廊下を進んでいたら、上に続く階段を発見。

 早速登ろうと階段に足をかけた──次の瞬間。

 

「『バインド』!」

 

 彼等の耳に女性の声が届き、一拍置いて縄が飛んできた。侵入者の彼等を捕縛せんと縄は襲いかかる。

 だがそれを、ゆんゆんが咄嗟に『ウインドカーテン』で風を発生させ、縄の進路を防いだ。

 

「おっしぃー! もうちょっとで噂の義賊を捕まえられそうだったのに!」

 

 悔しそうに唸る女性の声。カズマ達はすぐさま顔を向ける。

 視線の先に立っていたのは、赤髪の女性に緑色のポニーテールの女性。うっすら見覚えがあるとカズマは思った時、ゆんゆんが小声で伝えてきた。

 

「彼女達は、ミツルギさんの仲間です」

「あぁ思い出した。両隣にいた口うるさい取り巻きか。アイツ等だったら俺の『スティール』脅しで──」

「二人はミツルギさんと一緒に前線に立っていると聞きました。ミツルギさんの実力を考えると、二人の実力も相当のものかと」

「……マジで?」

 

 カズマにとって二人の姿は、ミツルギの隣でギャーギャーと騒ぐ印象のまま。そんな二人が力を身に着けていると知って、カズマは本当なのかと疑う。

 しかし、ゆんゆんの声色はいつになく真剣なもの。確信を得るにはそれだけで十分であった。

 

「あの二人は私が引きつけます。クリ……お頭と助手さんは先に行ってください」

「一人じゃ危険だ。三人で戦ったほうが──」

「恐らく、足止めも目的の一つです。ここで戦っている間に上への道を塞がれてしまうかもしれません」

 

 カズマの言葉を遮り、ゆんゆんは譲らない意志を見せる。

 本音を言えば二人だけでは心許ないからだが、ゆんゆんの意見も無視できなかった。

 

「大丈夫です。いざとなったら『テレポート』でお先に避難しますので」

 

 心配する二人を安心させるように、ゆんゆんは話す。もはや、何を言っても聞かないであろう。

 

「作戦会議は終わったかしら?」

「早くしないと、騒ぎを聞きつけて護衛が集まっちゃうよー?」

 

 余裕で捕まえるつもりなのか。親切にも相手は待ってくれている様子。盗賊団のリーダーであったクリスは悩みに悩んで、ゆんゆんの意見を尊重することに決めた。

 

「わかった。ここはニューちゃんに任せるよ。でも無茶だけはしないで。危なくなったらすぐ逃げてね……『ワイヤートラップ』!」

 

 再三釘を指した後、クリスは階段を登る。カズマも登った後、クリスは階段の入り口を塞ぐようにワイヤーを張った。ワイヤーの向こうで、ゆんゆんは構えて敵二人と対峙する。

 ゆんゆんは自分が思っているよりも強い。きっと大丈夫だ。そう自分に言い聞かせ、カズマはクリスと共に先へ進んだ。

 

 

*********************************

 

 

 バージル、ゆんゆんの二人と別れ、先を急ぐカズマとクリス。先程の騒ぎが聞きつけられてしまったようで、見張りの騎士に見つかってしまった。

 逃げつつ追手を撒いて、王城内を走り回る。一階、更に一階と上がり、順調に進んでいく。

 

「助手君! 最上階まであとどのくらい!?」

「もう二階ほど上だ! ここら辺なら俺もよく歩いてた! 最短距離で行こう!」

 

 悠長にはしていられない。カズマは記憶を頼りに廊下を走っていく。背後から追ってくる騎士はいない。

 先にある曲がり角を過ぎ、行く先に次の階段が見えた。早る気持ちを胸に足を進めたが──そう簡単には行かせてくれなかった。

 

「ここから先は通行止めだよ」

 

 カズマとクリスは慌てて足を止める。突如として道の脇から現れ、彼等の進路に立ち塞がったのは、浅葱色の大剣をこちらに差し向ける青年。

 

「大人しく捕まってくれるのなら話は早いが……その気は無さそうだね」

 

 魔剣の勇者、ミツルギ。どうしてコイツはタイミングの悪い時にしか出てこないんだと、カズマは心の中で悪態を吐く。

 真正面から戦って勝てる相手ではない。彼に三勝しているカズマも、それは理解していた。この場を切り抜ける策はないかと頭を回転させる。

 

 その時──ガシャンと、鎧が動いた時のような音が背後から聞こえた。

 カズマとクリスは咄嗟に振り返る。そこには、槍と盾を持った王城内の騎士が一人。

 

「どうやら退路も塞がれたようだね。残念だけど、君達はここでゲームオーバーだ」

 

 最悪の状況に陥ってしまった二人。勝利を確信したのかミツルギは剣を下ろし、ジワジワと歩み寄ってくる。

 

「(……よし、そのまま近づいて来い。捕まえようとした所に『ドレインタッチ』で弱らせてやる)」

 

 油断している今が好機。一か八かの策を思いついていたカズマは、いつでもスキルが発動できるよう心の中で構える。

 

 刹那──カズマとクリスの間に風が吹き、彼等の前で大きな金属音が鳴り響いた。

 背後にいた筈の騎士は、捕縛対象である筈の二人を瞬く間に通り過ぎ、ミツルギへと襲いかかっていたのだ。

 

「……えっ?」

 

 予想外の出来事に、カズマは思わず声を漏らす。目で追えない速度であったがミツルギは反応できていたようで、大剣で槍の突進を防いでいた。

 

「き、君……! どういうつもりだ!」

 

 競り合いながらミツルギは問いかけるが、騎士は答えない。押し切れないと見てか、騎士は後ろへ下がる。

 その隙を突くようにミツルギは大剣を振りかざす。しかし騎士はそれを盾で押し出すように防ぎ、ミツルギの体勢を崩した。

 続けざまに盾でミツルギを殴る。ミツルギは後方へ殴り飛ばされるも、すぐに顔を上げる。だがその時にはもう、騎士は彼の眼前に立っていた。

 騎士はランスを右へと薙ぐ。ミツルギは大剣で防いだが勢いは殺せず、通路横の大きなガラス窓を割って外へ。それを追うように騎士も外へ出ていった。

 刹那的に起きた出来事に理解が追いつかず、足が止まる二人。やがて我に返ると、カズマは今しかないとクリスに声を掛けた。

 

「なんだかわからないけど、とにかくこれで邪魔者はいなくなった! 先に進みましょうお頭!」

「う、うん……」

 

 背中を押されるように返事をし、クリスは前を走るカズマの後を追う。

 階段まであと少し。ここを登ればアイリスのいる場所は目前であったが、刺客はミツルギだけではなかった。

 

「止まれ! ここから先は通さんぞ!」

「げっ!」

 

 階段を降りて現れたのは、白いスーツに身を纏ったクレアであった。更にレインもおり、近衛騎士も数名立ち塞がっている。

 仮面の下で、カズマはたまらず顔をしかめる。数では圧倒的にこちらが不利。一旦退いて撒くべきかと考えたが、いつ背後から追手が来るかもわからない。

 ゆんゆんとバージルの増援も期待できない。つまり、カズマとクリスだけでこの場を凌がなければならない。

 

 そんなの無理に決まってる──と、いつもの彼なら逃げ出していたであろう。

 彼自身も不思議に思っていた。どうしてクリスの提案に乗り、こうして追われる羽目になっても逃げようとしないのか。

 明日には王都を追い出されるから、という理由もある。しかし、面倒事を嫌う彼にとっては願ったり叶ったりの筈だ。

 

 なのにどうして、こうも必死になっているのか。自分は熱血キャラでも選ばれた勇者様でもないというのに。

 アクセルの街に帰れば遊んで暮らせる。ここで逃げ出して、自分の屋敷でのんびり過ごせばいいというのに。

 

「私……貴方のような人に会ったのは初めてなんです。他の者がかしずく中、一人だけ物怖じもせず、無礼で、あけすけで……」

 

 彼の頭に過るのは──世間知らずの王女様。

 

「挙げ句、王族の私におかしなことを教え込み、そして大人気なく全力で勝ちにきたり……」

 

 気に入った所を話して欲しいと言えば、まるで気に入らない所のように聞こえる答えを返した彼女。

 

「えぇ、気に入った理由を話しているんですよ?」

 

 短い間だが、自分を兄だと慕ってくれた──純粋無垢な少女の笑顔。

 

「──お頭」

 

 カズマは後ろに控えていたクリスに声を掛ける。

 美しい満月だからか。負けられない理由があるからか。彼の頭はいつも以上に冴えており、視界も良好。身体も良く動く。

 今宵のカズマは──すこぶる調子が良かった。

 

「俺、たった今から本気出すわ」

 




カズマとアイリスの描写が少ないため、原作未読勢の方がいらしたら「んっ?」って思われるかもしれませんが、ご了承ください。
それか原作文庫を読んでください。漫画版もあるよ(ダイマ)


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第72話「Dance of the sword ~剣の舞・紅~」

「無茶だけはしないで。危なくなったらすぐ逃げてね……『ワイヤートラップ』!」

 

 クリスとカズマが階段を登った後、入り口を塞ぐようにワイヤーが張られる。

 それを横目で確認したゆんゆんは、対峙するクレメアとフィオを睨む。二人はクリス達を追いかけようとせず、ゆんゆんと向き合っていた。

 

「紅い瞳の初心者殺しだなんて珍しいわね。通常個体と比べて性格は穏やかって聞くけど」

 

 クレメアの言葉に、ゆんゆんは内心ドキッとする。紅魔族の特徴である目を見られたが、相手がゆんゆんだとは気付いていない様子。

 

「一人で私達を相手しようだなんて、随分と舐められたものね。フィオ、さっさと捕まえちゃいましょう」

 

 どうやら負ける気はさらさら無いらしく、余裕を見せてクレメアは横に立っているフィオへ顔を向けて話しかける。

 その一瞬を、ゆんゆんは逃さなかった。

 

「えっ──」

 

 クレメアは咄嗟に気付いて前を向く。だがその時にはもう、ゆんゆんは目の前まで迫っていた。

 先に攻撃性の高いクレメアを無力化すべく、ゆんゆんは彼女の顔に手をかざして魔法を唱えた。

 

「パラライ──」

「『スキルバインド』!」

 

 それを遮るように、フィオが『スキルバインド』を唱えた。ゆんゆんは麻痺魔法を唱えたつもりでいたが、クレメアに変化は見られない。

 魔法が無効化された事実に気付いた時、クレメアが狙っていたとばかりに笑みを浮かべて仮面へ手を伸ばしてきた。ゆんゆんはすんでのところで身を引き、クレメアの手をかわして距離を取る。

 

「ちぇっ、仮面の下にどんなかわいい顔があるか見てやりたかったのに」

 

 口ではそう言っているが、余裕のある表情は崩れない。まんまと誘われてしまったと、ゆんゆんは反省する。

 おかげで『スキルバインド』により、こちらの魔法を禁じられてしまった。魔法を主体とする魔法職には致命的。だが、彼女には鍛え上げた体術がある。

 心を落ち着かせるようにゆんゆんは深く呼吸をし、両拳を握って構える。

 

「へぇ、魔法を封じたってのにまだやる気?」

「よっぽど自信があるみたいだけど、捕まっちゃっても知らないよ?」

 

 クレメアは楽しそうに笑って腰に据えていた剣を抜く。一般的な片手剣の長さで、彼女の髪と同じ若緑の剣身が光る。

 隣にいたフィオも同じく剣を抜いた。クレメアの物より短く、剣身は所持者と同じ赤色で染まっている。

 

「私は槍が得意だけど、ここで振るには狭すぎるわ。だから、この剣で相手してあげる」

「少しだけ痛い目に遭ってもらうわね」

 

 二人は身を低く構え、戦闘態勢を取る。ゆんゆんは息を呑み、相手が動くのを静かに待つ。

 暗い廊下を、窓から差し込む月の光が照らした時──クレメアが先に動いた。

 

「うりゃっ!」

 

 駆け出したクレメアが剣を振りかざす。それをゆんゆんは最小限の動きで避け、後ろへといなした。

 二人がすれ違う形になった後、遅れてきたフィオが剣を振り下ろさんとしていた。が、ゆんゆんは相手と腕をかち合わせることで防ぎ、そのまま腕を払った。

 すかさずフィオの懐へと潜り込み、勢いを乗せたまま背中で体当たりを繰り出した。フィオを後方へと吹き飛ばし、距離を置かせる。

 

「こんの──!」

 

 攻撃をいなされたクレメアが再度仕掛けてきた。ゆんゆんは足を上げ、剣を振り下ろそうとしたクレメアの手を蹴りで弾く。

 クレメアが防御できない今を逃さず、ゆんゆんは軸足を変えると相手の鳩尾に真っ直ぐ蹴りを入れた。クレメアの表情が苦痛に歪み、後方へ蹴り飛ばされる。

 しかしすぐに体勢を立て直し、再び斬りかかってきた。反対側のフィオも同様で、今度は同時に攻撃を仕掛けてくる。

 いなすも防ぐも不可能。故に、ゆんゆんは高く跳び上がることで回避した。背後から来ていたフィオの頭上を越えて、華麗に着地する。

 

 全て避けられるどころか反撃すら入れられてしまった。間抜けな自分と余裕をかます相手への怒りを込めるように、クレメアは床を強く蹴って駆け出す。

 フィオも追いかける形でゆんゆんに向かう。ゆんゆんは二人の攻撃を見切ると、軽やかな身のこなしでかわし続けた。

 

「くっ……!」

 

 暗闇に目が慣れ、クレメアの表情に焦りが浮かんでいたのをゆんゆんは見る。やがて相手の二人はゆんゆんから一度距離を取った。

 

「私がアイツを抑えてる間に、フィオはアレをお願い」

「わかったわ」

 

 短く言葉を交わした後、再びクレメアが迫ってきた。フィオはその場を動かず。『潜伏』で気配を消してから、もう一度『スキルバインド』をかける算段なのであろう。

 このまま持久戦に持ち込まれた場合、いずれ護衛の騎士が来て包囲される。最悪の事態を避けるべく、ゆんゆんはフィオから目を離さないよう接近する。

 しかしクレメアも迫っている。彼女の相手をしていたら、その間に『潜伏』で身を隠されてしまうであろう。

 クレメアを一発で行動不能にし、フィオを捕える。ゆんゆんは足を止めずクレメアへと接近し──右手をかざした。

 

「『フラッシュ』!」

 

 瞬間、ゆんゆんの右手から眩い光が放たれた。目を閉じるのが間に合わず、間近で受けたクレメアは思わず目を抑える。後方で動向を伺っていたフィオも同様であった。

 

 アークウィザードになる紅魔族は、学校で魔法について様々な授業を受ける。当然、厄介な『スキルバインド』についてもそこで学んでいた。その効果時間も。

 スキルレベルが最大での効果時間は、クレメア達の攻撃を避けている間に過ぎていた。魔法を放つタイミングを伺っていたゆんゆんであったが、どうやらドンピシャだったようだ。

 ゆんゆんはクレメアの横を通ってフィオのもとへ。彼女の背後から首を掴むと『スリープ』を放った。途端にフィオは眠りに誘われ、糸が切れた人形のように倒れる。

 カランと、フィオの手から剣が落ちる。ゆんゆんはそれを手に取り、重さを確かめる。にるにる製のジュウと同じく、魔力を幾らか込めるようだ。

 ゆんゆんは剣からクレメアへと視線を移す。もう視界は戻ったようで、クレメアはゆんゆんを睨んでいた。

 

「ただの義賊と思って甘く見てたわ。初心者殺しどころか上級者殺しよりも厄介ね」

 

 緑色の剣をクレメアは差し向ける。ゆんゆんも左手に握る剣を構えて対峙する。

 

「でも、アンタの動きはある程度わかった。こっからは本気を出させてもらうわ……『身体強化』!」

 

 

*********************************

 

 

 『身体強化』でステータスを向上させたクレメアは、同じく剣を構える仮面の少女を睨む。

 彼女の足元には、眠らせられたフィオが倒れている。彼女を起こせば再び『スキルバインド』が使えるが、その隙を相手が与えてくれるとは思えない。

 このまま一人で続行が最善。むしろその方が好ましい。クレメアは剣を強く握りしめて駆け出した。

 

「ハァッ!」

 

 クレメアは剣を振り下ろす。『身体強化』によってその速さは数段速くなっている筈であったが、相手によって弾き返された。 

 すかさず逆袈裟や横薙ぎ等、相手に反撃の隙を与えないよう攻撃を続ける。それでも剣は相手に届かない。

 振って駄目ならと、クレメアは一度身を退いて突きを繰り出す。対して仮面の少女は、身を翻して突きをかわした。

 少女とすれ違う瞬間、彼女はクレメアの背中に手をつけてきた。『パラライズ』を警戒したが、相手は何も放たず距離を取った。

 クレメアは振り返って少女に身体を向ける。少女は息吐く間もなくこちらに向かってきていた。相手の出方を待ち、クレメアは身構える。

 

 次の瞬間、少女の姿が消えた。

 

「ッ!」

 

 これにクレメアは驚く──とほぼ同時に背後へ振り向いた。しかし少女の姿は無い。

 なればとクレメアは振り返った勢いを止めず、再び少女が消えた方角を向くように剣を振る。

 刹那、金属音が鳴り響く。消えた筈の少女は既にクレメアの眼前へと迫り、鍔迫り合いをしていた。

 

「残念だったわね!」

 

 仮面の下に見える目から吃驚の色が見える。『身体強化』もあって筋力ではこちらが上回ったようで、クレメアは鍔迫り合いに押し勝った。

 体勢が崩れた相手にクレメアは追撃を狙う。だが仮面の少女は咄嗟に後方へ飛び退いた。好機を逃すまいと、すぐさま追いかける。

 

「はぁっ!」

 

 相手は、クレメアが間合いにも入っていないにも関わらず剣を横に薙いだ。すると赤く光った剣から、紅蓮の炎が波状で飛び出す。

 クレメアは面食らったが、すぐさま足を止めて剣を振るう。と、緑色に光る剣から風の刃が放たれ、相手の炎をかき消した。

 

 クレメアとフィオが所持していた剣は、過去に討伐した『炎嵐の飛竜(フレイムストームワイバーン)』を素材に作られた。

 製作者であるアクセルの街在住の鍛冶屋曰く、魔力を込めれば炎と風を発生させることができる。彼はミツルギにと二つの剣を作成してくれたが、ミツルギはそれを仲間の二人にプレゼントしてくれた。二人が喜ぶ前で鍛冶屋は不満そうな顔であったが。

 

「私でも使い慣れるまで苦労したってのに、そうあっさり使いこなされるとムカつくわね」

 

 それほどまでに相手の実力、センスが自分より上回っている。悔しいが、その事実は認めざるをえない。

 おまけに相手は先程の斬撃を除いて、魔法による飛び道具を一切使っていない。その余裕がクレメアを更に苛立たせる。

 

「アンタだけは……私が倒す!」

 

 だったら嫌でも魔法を使わせるまで。クレメアは剣を構え直す。相手は息も切らしておらず、静かに剣を構える。

 まだ『身体強化』は切れていない。ここでかけ直しておくべきかと考えていた、その時。

 

「こっちだ! 早く賊を捕えるぞ!」

 

 男の声と共に、複数の足音が聞こえてきた。その正体を察したクレメアは、舌打ちして構えを解く。

 

「どうやら時間切れみたいね」

 

 クレメアがそう呟いたのを聞いて、仮面の少女は振り返る。騒がしい足音と共に廊下の先から駆けつけてきたのは、護衛の騎士達であった。

 

「そこにいるのはクレメア殿に……貴様! 一体何者だ!」

「オイ! 階段がワイヤーで塞がれているぞ! 早く取っ払え!」

 

 数は八人。その内半分がワイヤーの除去に向かい、残りが仮面の少女へ矛先を向ける。

 挟み撃ちにされて逃げ場はない。だが仮面の少女は動揺する様子も見せず、ゆっくりと構えを解く。

 クレメアへ差し出すように、少女は剣を水平に持つ。降伏かと思われた矢先、彼女は握っていた剣を手放した。

 剣は重力に従って落下する。クレメアと騎士達がそれに視線を寄せる中、剣は音を立てて床に落ち──同時に、仮面の少女は騎士のいる方向へ駆け出した。

 

「ヌッ!? 逃がすか! ここでひっ捕らえ──!?」

 

 自ら突っ込んできた少女を捕まえるべく騎士達は身構えたが、少女は彼等の予想を超える動きを見せた。

 彼女は避けるように横の壁に向かったかと思えば、なんとその壁を走ったのだ。少女は騎士達の頭上を越えるように壁を駆ける。

 そして壁を強く蹴って宙に身を投げると、空中で身体を翻し、瞬く間に騎士の包囲を越えて着地した。彼女はそのまま逃げるように廊下を駆ける。

 

「ま、待て!」

 

 驚きのあまり動きが止まってしまった騎士達は、慌てて少女を追いかける。残されたのはワイヤーを除去する騎士とクレメアのみ。

 クレメアは床に置き捨てられたフィオの剣を拾う。剣の柄に残る少女の熱が手に伝わってくる。

 

 捕まる前に敵前逃亡。端から見ればそうであろう。しかしあの時、少女の前にいたクレメアだけは違っていた。

 やるならとことん付き合う──そんな意志が宿った、紅く光る少女の目を見たのだから。

 

「上等じゃない!」

 

 クレメアは笑い、再び『身体強化』をかける。そして、少女が駆けていった方向へとクレメアも走り出した。

 

 

*********************************

 

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 クレメアは荒くなった呼吸を整えながら前を見る。視線の先に立つのは仮面の少女。流石に息は切れているが、クレメアよりも余裕は見られる。

 彼女等がいる場所は、城壁の上。仮面の少女は軽やかな身のこなしで窓から外に出て、ここまで逃げてきた。追いつけたのはクレメアただひとり。

 騎士達がここまで来るには時間がかかるであろう。クレメアは深く呼吸をし、相手の少女を見据えた。

 

「ったく、ホントに腹が立つわ。アンタにも、私自身にも」

 

 クレメアは仮面の少女へ語り始めた。対する少女は何も言わず耳を傾けている。

 

「私は、キョウヤの仲間として頑張ってきた。レベルも上げて、スキルもいっぱい習得して、技術も磨いて、魔王軍と最前線で戦って……でもね、その度に痛感するの。私とキョウヤの差を」

 

 クレメアが最も尊敬し、愛する男。そして、最も遠い存在。

 

「追いつけないことぐらいわかってる。キョウヤは天才なんだから。でもね……私は、どんな時でもキョウヤの隣に立ちたい! 彼と一緒に戦っていたいの!」

 

 それでも彼女は、彼を追いかける。彼との未来を歩む為に。

 

「だから私は……アンタなんかに負けるわけにはいかないのよ!」

 

 クレメアは両手に持った剣を握り締め、仮面の少女と対峙する。彼女の強い意志を受けてか、今まで黙っていた少女はクレメアから目を逸らさず言葉を返した。

 

「私も、負けるわけにはいかないんです」

 

 夜空に浮かぶ満月よりも輝く、少女の紅い瞳。彼女の目を見て、クレメアの脳裏に二人の男の姿が過る。

 クレメアの先に待つ、近いようで遠い存在。そして、そんな彼が追い求める更に向こう──頂きに立つあの男。

 

 そこでようやく、クレメアが我に返る。その時にはもう、仮面の少女は魔力を高めていた。

 魔法を警戒して身構えたが、相手は一向に放ってこない。少女は両手を広げ、魔力を集中させる。

 

 そして──少女の両手に、浅葱色の剣が二本出現した。

 魔力で形成された剣から、青い光が炎のように揺らぐ。自分と同じ二刀流。仮面の少女はそれを逆手に持って静かに構える。

 彼女が発現させた魔法剣を見て──クレメアは笑った。

 

「勝つのは……私なんだから!」

 

 クレメアは仮面の少女に向かって駆ける。右手の風剣を振り下ろすが、魔法剣によって防がれる。間髪を入れず炎剣を横から振るも同様。

 攻めあぐねた彼女は一度離れる。だが仮面の少女は距離を詰め、素早い連撃を仕掛けてきた。クレメアは冷静に剣で防ぎ続ける。

 お互いの剣がぶつかる中で、クレメアは違和感を抱く。少女の力は、風剣を扱っていた時よりも弱かった。しかし相手が疲れているようには見えない。

 もしやと、クレメアは攻撃を防ぎながら時を待つ。数えられないほど剣を交わした末、仮面の少女は撫で斬るように右手の剣を振り下ろす。

 

「やぁっ!」

 

 ここだと、クレメアの目が開かれる。迫る魔法剣を狙い、クレメアは二本の剣で同時に振りかぶる。

 風炎の二刀が魔法剣とぶつかり合い──少女の魔法剣は、ガラスのように砕け散った。

 

「やっぱり強度はイマイチみたいね!」

 

 読みが当たったクレメアは、仮面の少女へと剣を水平に薙ぐ。一本の魔法剣では防げない。相手は咄嗟に飛び退いて避け、再び発現させようと右手を開く。

 

「させないわよ!」

 

 チャンスは今しかない。クレメアは隙を与えないよう迫る。仮面の少女は避け続けるが、構わず追いかける。

 魔力を集中させる少女に駆け寄り、バツ印を描くように二本の剣を振り抜いた。対する少女は避けるように後方へ飛び退く。

 

「これならどうかしら!」

 

 クレメアは二本の剣に魔力を込め、少女を狙うように思い切って振り抜く。剣から撃ち出された炎と風がうねるように交じり合い、風炎の龍が仮面の少女を喰らわんとする。

 少女はギリギリで飛び上がってこれを避ける。クレメアは咄嗟に瓦礫の床を蹴って、少女よりも高く飛び上がった。空中で対面した少女は魔法剣による突きを狙ってきたが、クレメアは二本の剣を水平に無いで、残る一本を粉々に砕いた。

 空中で無防備になる少女。クレメアは相手の腹に強く蹴りを入れた。蹴り飛ばされた少女は瓦礫の床へ背中を打ち付ける。

 クレメアが着地する頃、少女は身体を起こしていたが、その手に魔法剣は無い。クレメアは風剣の刃先を少女へ向ける。

 

「私の勝ちね」

 

 少女に逃げ場はない。肩で息をしながらも、クレメアは相手へ勝利宣言を告げる。

 だが、未だ闘志の消えない目を見せる仮面の少女は、おもむろに口を開いた。

 

「ひとつ、忘れてませんか?」

 

 返してきた言葉と共に──少女の姿が消えた。

 クレメアの息が止まる。何故という疑問を浮かべたが、その答えはすぐに見つかった。

 城内での戦いの最中、仮面の少女が自身の背中に手をつけた。それに気付いた時、クレメアの身体は無意識に動いていた。

 咄嗟に背後を見て、左の炎剣を振る。だがその剣は虚しく空を切る。

 

 そして──後方へと飛び退いたであろう仮面の少女が、右手に雷を宿しているのを見た。

 ここでクレメアは気付く。相手は今まで、魔法剣を出す為に魔力を集中させていたのではなかったと。

 間に合わない。その思考とは裏腹に、クレメアは床を蹴って駆け出した。だが、少女へと刃が届くよりも早く詠唱が耳に入る。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 少女は右手を横に薙ぐ。その手から、雷の刃が飛び出した。

 思考よりも先に防衛本能が働き、クレメアは両手の剣を同時に縦へ振り下ろす。雷の刃とクレメアの剣がぶつかり、風圧が起こる。

 

「負けて……たまるかぁああああっ!」

 

 剣から伝わる、雷の刃に宿りし魔力の圧。クレメアは力を振り絞り、雷の刃を断ち切った。

 あと少しでも遅れていたら間に合わなかった。窮地を脱したクレメアは顔を上げる。そこに少女の姿は無い。

 

「しまっ──」

 

 少女を見失い、危険を察知する。だがその時にはもう手遅れであった。

 首の後ろに、少しの熱と感触を覚える。背後から首を掴まれていると気付くのに時間はかからなかった。

 誰がいるのか振り返らずともわかる。剣を強く握り締めるが、振れない。敗北という事実を突きつけられ、身体が小刻みに震える。

 

「ほんっとムカつく。ここまでやっても負けるだなんて。魔法も全然使ってこなかったし。アンタはいったい、どんだけ先に行ってるのよ」

 

 努力だけでは辿り着けない境地。それを見せつけられ、悔しさのあまりクレメアの目から涙が零れる。

 が、諦めはしない。全ては彼の隣に立つ為に。この思いを胸に、目の前にある崖など飛び越えてやろう。

 

「今回も、アンタの勝ちでいいわ。でも次こそは勝ってみせるんだから」

 

 クレメアは背後の少女へ言葉を掛け、目を瞑る。彼女との再戦を誓うように、少女は唱えた。

 

「『スリープ』」

 

 

*********************************

 

 

 ゆんゆんは空を仰いで呼吸を整える。足元を見ると、そこには安らかに眠るクレメアが。

 フィオ、そしてクレメアと戦ったゆんゆん。特にクレメアは強敵であったが、どうにか無力化することに成功した。

 先の戦闘で彼女もだいぶ疲弊していたであろう。となればしばらく目覚めることはない。

 

「まさか、クレメアさんがここまで強くなっていたなんて……」

 

 過去に戦った時とはまるで別人。『身体強化』を施した彼女は、力もスピードも自分より上を行っていた。

 魔法を放つ機会を伺っていたが、その隙も与えてくれなかった。辛うじて最後に『ライト・オブ・セイバー』を当てられたのみ。

 もし、クレメアが最初から『身体強化』と二刀流で、フィオと共に攻めてきていたら……どう転んでいたか想像もつかない。

 

「もっと強くならないと……」

 

 これではダメだ。里を守れる紅魔族の族長となるためには、まだ力が足りない。

 あの時共闘したミツルギの実力はこんなものではなかった。あれほどの実力……いや、あれを超える程の力と技が無ければ届かない。

 ゆんゆんの憧れる英雄。大切なものを守れる力を持った魔剣士のようになるためには。

 

「いたぞ! あそこだ!」

 

 考えに耽っていた時、男の声が聞こえてゆんゆんは我に返る。

 城壁から見下ろすと、護衛の騎士が数名こちらを見上げていた。自分を追いかけてきた者達であろう。

 

「そうだ! クリスさ……お頭さんと助手さんを助けに行かなきゃ!」

 

 二人が目的の魔道具を盗み出した後、ゆんゆんの『テレポート』によってここを脱出する手筈になっている。その為に魔力もいくらか残していた。

 下の騎士達を眠らせるのは容易いが『テレポート』時に魔力が無ければ本末転倒。ここからは戦闘を極力避けるべきだろう。

 早々にここを離れるべく顔を上げる。城壁の上を伝えって移動できる場所を探す中、ゆんゆんは横目で眠っているクレメアを見る。 

 

 彼女との戦いの中で、ゆんゆんは『幻影剣』を使った。あのスキルを使えるのは、彼女が知る限りでは自分とバージルしかいない。

 おまけに紅魔族の特徴である紅い目を見られている。その状況下で『幻影剣』を使うのは、もはや自ら正体を晒してしまうようなもの。

 それはゆんゆんも理解していた。その上で使用したのだ。

 

 戦闘中のクレメアの言葉、動きを見て、独り抱いていた疑問──そして、彼の言っていた『保険』があったために。

 

 




念の為言っておきますが、ゆんゆんの職業は変わらずアークウィザードです。


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第73話「Dance of the sword ~剣の舞・勇~」

「本気出すって……助手君、何か策があるの?」

「えぇ。お頭はとりあえず俺についてきてください」

 

 カズマは手短にクリスへ指示を出す。立ち塞がるのは、クレア率いる近衛騎士。

 手前にスピアを持った騎士が三人、奥に杖を持つ魔法職らしき者が二名と、レイピアを構えるクレア。対してこちらは盗賊と最弱職の冒険者。

 ハナから勝ち目はないように思えるが、今のカズマはどうにも負ける気がしなかった。

 

「よくここまで来たと褒めてやろう。が、命運尽きた! 俺が貴様等をとっ捕まえてやる!」

 

 威勢のいい騎士が前に出る。それを見たカズマは、まずはコイツかと標的を決める。

 カズマは騎士に対して言い返すでも攻撃するでもなく、おもむろに歩み寄って手を差し伸べた。

 

「な、なんだ? 投降か? 案外物分りがいいじゃないか」

 

 騎士は困惑したが武器を下ろして、差し出されたカズマの手を握る。

 

「さぁ、そこの銀髪男もだ。大人しく従えば命だけはとらなぁああああっ!?」

 

 こっそり発動したカズマの『ドレインタッチ』により、接触した騎士の魔力が吸われていった。突然騎士が悲鳴を上げたことに、後方で控えていたクレア達が驚く。

 搾り取られた騎士はヘナヘナとその場に倒れる。他の敵が呆気に取られている今こそチャンス。

 

「お頭! 一気に切り抜けますよ!」

「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 カズマはクレア達に突っ込む形で駆け出した。少し遅れてクリスも追いかける。

 強行突破を試みてきた義賊にクレアは面食らった様子であったが、すぐに騎士達へ指示を出した。

 

「後衛は魔法を放つ準備を! 前衛は迎え撃て!」

「はっ!」

 

 クレアの指示通り、騎士二人がカズマ達に襲いかかる。だがその時カズマは、既に魔法を放たんとしていた。

 

「『ウインドブレス』!」

 

 カズマは握っていた手を広げて風を起こす。と同時に『クリエイトアース』で生成した砂を吹き飛ばした。砂は甲冑の目の隙間から中に入る。

 

「ぐあぁっ! 目に砂が……!」

 

 目潰しを食らった騎士二人の動きが止まる。カズマとクリスは足早に騎士の横を駆けて先へ。

 

「おのれ賊め! 小賢しい真似を!」

 

 だが彼等の道をクレアが阻む。腰元のレイピアを抜き、カズマへと襲いかかってきた。

 真正面から迫るレイピアの切っ先。普段ならば腰が引けて後退する場面だが、カズマは足を止めない。

 クレアの突きをギリギリまで引き寄せ──刺さる直前、華麗な身のこなしで避けた。

 

「なっ!?」

 

 通常のカズマのステータスでは不可能な動き。しかし潜入前にクリスから会得していた『逃走』スキルが、それを可能としていた。

 まさか避けられるとは思わなかったであろう。驚嘆しているクレアを置き去りにしてカズマは走り続ける。

 残るは魔法職の二人。あっという間に前衛を突破されて慌てていたが、魔法を放つ準備はできている様子。

 

「『スキルバインド』!」

 

 しかし先にクリスが先手を打った。魔法職の二人は魔法を唱えたが、発動されず困惑している。

 

「ナイスですぜお頭!」

「助手君だけに任せてたらリーダー失格だからね!」

「それじゃあついでに、階段登ったらワイヤーお願いします!」

 

 瞬く間に壁を突破したカズマは、駆け抜けながらクリスに指示を出す。急ぎ足で階段を登ったところで、クリスは入り口を塞ぐように『ワイヤートラップ』を放つ。

 

「ま、待て!」

 

 逃さまいとクレアが迫るが、それよりも早くワイヤーが張り巡らされていく。その隙間からクレアの顔を見たカズマは、おもむろに手をかざす。

 今まで散々見下げられたお返しだと、カズマは仮面の下で、悪魔もドン引きする邪悪な笑みを浮かべて唱えた。

 

「『スティール』」

 

 

*********************************

 

 

「ふぅ、どうにか突破できたね」

 

 無事にワイヤーを張り終え、クリスは額の汗を拭う。念入りに張ったので、すぐに追いつかれることはないであろう。

 安堵の息を漏らし、クリスは隣のカズマを見る。仮面をつけていて口周りしか見えないが、それでも表情が伺えるほど口角がつり上がっていた。

 そんな彼の手には──どこかで見たことのある白いズボン。

 

「ねぇ助手君。今手に持ってるそれって……」

 

 クリスは青ざめた顔でカズマの手にしている物を指差す。と、その時だった。

 

「きゃああああああああっ!?」

 

 ワイヤーの向こう側から、女性の悲鳴が届いてきた。カズマが手に持つズボンを考えると、悲鳴の主は恐らく彼女であろう。

 悲鳴を確認してカズマは「ヨシ」と頷くと、ワイヤーから背を向ける。彼が進む先には、踊り場にあるグリフォンを模した石像。

 

「本当はパンツを狙いたかったけど、正体が俺だってバレる危険を考慮してズボンにしたんだ」

 

 その首にズボンをかけ、紐のように強く縛りながらそんなことを口にする。傍で聞いていたクリスは背筋が凍るような恐怖を覚え、守るように自分の肩を抱く。

 完成したのは、ほんのり生暖かいズボンをマフラーのように巻くグリフォン像。それを二歩後ろに下がって見ていたカズマは、満足そうに頷いていた。

 

「み、見るな! 私を見るなぁああああ!」

 

 ワイヤーの向こうでは、怒りと羞恥が混じった彼女の悲鳴が。それを堪能するように目を閉じて聴いた後、カズマはようやくクリスに顔を向けた。

 

「さ、追いつかれる前に行きますよお頭」

「……君だけは絶対敵に回したくないよ」

 

 

*********************************

 

 

 カズマとクリスがクレア等と対峙していた頃、城の庭園にて。

 

「くっ!」

 

 空から落ちてきたミツルギは、宙で身を翻して着地する。すぐさま身体を起こして剣を構える。

 彼の正面に立つのは、ランスと盾を装備した王城の近衛騎士。否、それに扮した誰か。

 

「油断していたよ。まさか騎士に変装するとはね。でも、慣れない鎧だと動きにくいんじゃあないかい?」

 

 あくまで機動力はこちらが上だと、ミツルギは剣先を差し向けて告げる。だが相手から反応は返ってこない。

 

『どうやら向こうは、お前とお喋りなんかしたくないようだな』

「つれないな。なら、早く始めるとしようか」

 

 ミツルギはベルディアと短く言葉を交わし『魂の共鳴(ソウルリンク)Lv1』を発動。放出された魔力により風が起こり、庭を埋める緑の草が強く揺れる。

 だがそれでも相手に動きは見られない。ミツルギは腰を落とし、地面を強く蹴って駆け出した。

 

「ハァッ!」

 

 接近し、魔剣を横に薙ぐ。相手は盾を構えて防いだ。金属のかち合う音が鳴り響く。

 十分に勢いを乗せた一撃であったが、相手はびくともしない。それだけで、現時点で単純な力の強さでは向こうが上だと判断できる。

 ミツルギはもう一度剣を振る。一撃目よりも強く盾にぶつかったが相手は冷静に防ぎ、反撃の突きを狙ってきた。

 ミツルギは咄嗟に後ろへ飛び退く。着地した後にすかさず距離を詰め、突き攻撃(スティンガー)を繰り出す。

 

 魔剣は相手の盾と衝突し、その振動が剣を伝って身体に感じる。と、相手は盾を押し出して魔剣を跳ね除けて再び突きを狙った。

 これをミツルギは飛び上がって回避しつつ騎士の後方へ回る。かつ魔剣に魔力を込め、着地して間も空けず『ソードビーム』を放った。

 地を這うように斬撃が騎士へ飛ぶ。対する騎士は盾ではなく、ランスを横に薙ぐことで斬撃を斬り伏せた。

 騎士の前には、既に剣を構えるミツルギの姿が。

 

「ここだ!」

 

 斬撃を追いかける形で駆け出していたミツルギは逆袈裟を狙う。しかし騎士は身体一個分後ろに退いて、反撃を狙った。

 再び襲いかかる騎士の突き。避けられないと見たミツルギは魔剣の剣身で防ぐ。ランスの先端が魔剣に突き当たり、魔剣越しに強い力を受けたミツルギは後方へ吹き飛ばされた。

 

「ぐうっ……!」

 

 身体にかかる圧を感じながらも足で踏ん張り、勢いを止める。すかさず相手に目を向けたが、追撃は狙ってこなかった。いつでも倒せる、とでも言うかのように。

 

『そう簡単には崩せそうにないな。悔しいが、力押しでは勝ち目がなさそうだ』

「……ベルディア、一段階上げるよ」

 

 真っ向勝負では勝てない。ベルディアの言葉を聞いて、ミツルギは気持ちを落ち着かせるように深く呼吸する。

 そのまま魔力と神経を集中させ『ソウルリンクLv2』に移行。ミツルギを中心に風が吹き荒れるが、相手に動揺は見られない。

 開放された魔力が落ち着きを取り戻した所で、ミツルギは魔剣を静かに構える。

 

『素早い動きで翻弄し、僅かな隙を狙う作戦か。確かに速さではこちらに分がありそうだが──』

「ベルディア、ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね」

『はっ?』

 

 ベルディアにそう告げた後、ミツルギは地面を蹴って騎士へと突撃した。Lv1の時とは比べ物にならない速さ。

 

「ハァアアアアッ!」

 

 ミツルギは魔剣を両手で強く握り締め、力のままに振り下ろした。魔王軍幹部ですら目で追えない剣であったが、相手の騎士はそれすらも盾で防いだ。

 強大な力がぶつかり、耳を塞ぎたくなるほどの音が鳴り響く。ミツルギは力を弱めることなく、剣で押し続ける。

 

「押してダメなら──!」

 

 やがて、騎士の盾にヒビが入り──魔剣は振り抜かれ、盾はガラスのように砕け散った。

 どれだけ本体が強かろうと、鎧と武器は近衛騎士と同じ物。その強度では、今のミツルギの剣を防ぐには脆かった。

 防御の手段を失った騎士を狙い、ミツルギは水平に薙ぐ。これを騎士はランスで受け止めようとせず後ろに飛び退いた。

 

「ついでに武器もと思ったけど、そうさせてはくれないか」

『おいミツルギ貴様ァ! 俺に何の相談もなく魔剣を力任せにぶつけやがって! 咄嗟に気を張ったから痛くなかったが、滅茶苦茶ビックリしたぞ!』

「ごめんごめん。話してたら相手にバレそうだと思ってさ」

『こっちにも心の準備とかいるんだ! やるなら俺にひとこと言ってからやれ! いいな!?』

 

 ベルディアからのクレームを受け、ミツルギは苦笑いで返す。魔剣側にもそれなりに苦労はあるらしい。

 それよりも、先程の一撃で盾を壊した。相手の騎士は武器の調子を確認するようにランスを見ている。

 こちらの攻撃を防ぐには、避けるかランスで防ぐしかない。このまま武器も鎧も壊せればいいがと、ミツルギは様子を伺いながら剣を構える。

 

 ヒビが無いことを確認したのだろうか。相手はランスから目を離すと片手で構え──こちらへ投げ飛ばした。

 

「なっ!?」

 

 予想外の攻撃にミツルギは仰天するも、咄嗟に魔剣で弾いた。ランスは空を舞い、地面に突き刺さる。

 一方で騎士はミツルギに向かって駆け出す。迎え撃つべく、ミツルギは相手の接近を見て魔剣を振り下ろした。

 が、これを騎士は避けようとせず、鎧を纏っているとは思えない軽快な動きで回し蹴りを放った。騎士の蹴りと魔剣がぶつかり、その衝撃に耐えられなかったミツルギは思わず魔剣を手放してしまう。

 

「しまった!」

 

 魔剣は遠方の地面に刺さる。咄嗟に拾おうと動くが、それを相手が許してくれる筈もなく。騎士は拳を握り、彼の顔面を狙って殴りかかってきた。

 拳が巨大に見えるほどの圧。並の冒険者では戦意を失い呆然としてしまうであろう。

 

「くっ!」

 

 だがミツルギは屈することなく、腰に据えていたもう一つの剣を左手で抜き、拳を受け止めた。

 相手の重い一撃が剣を通して伝わってくる。それでもミツルギは退かず、笑みを浮かべる。

 

「魔剣を手放せば木偶の坊になると思ったかい?」

 

 自身の身体能力、魔力を格段に向上させる『魂の共鳴(ソウルリンク)』であるが、以前は魔剣を手放せば途切れてしまっていた。これではあの男と再戦した時、魔剣を奪われ本領を発揮できないまま負けてしまうのは必至。

 だからこそミツルギはベルディアとの絆を深め、手元に魔剣が無く、一定の距離まで離れていても『魂の共鳴(ソウルリンク)』が途切れないようにしたのだ。

 

「行くぞ!」

 

 ミツルギは受け止めていた拳をはねのける。魔剣を取りにいくことはせず、そのまま手元の剣で攻撃を続けた。

 魔剣より剣身は短いが、素早く振れる聖剣。相手に反撃の隙を与えないようにと、疾く、そして正確に剣を振る。

 だが相手の騎士はそれすらも見切っており、時には腕で防ぎ、時には華麗な身のこなしで剣を避けていく。

 このままでは体力を消耗するだけ。魔剣を『コマンドソード』で呼び戻すべきかと思案しながら、聖剣を振り下ろす。

 対する騎士はミツルギの一振りを滑らかな動きで横に避け、ミツルギの側面に移動した。

 

「なっ!?」

 

 これにミツルギが驚く中、騎士は拳を後ろに引いて一撃を放てる体勢に。

 反撃が来る。咄嗟に危険を察知したミツルギは防御を選択。コンマ一秒遅れて、騎士がストレートに拳を撃ってきた。

 

「ぐぅっ……!」

 

 先程受け止めた時よりも重い拳。横からというのもあり、ミツルギは耐えきれず右方向へ吹き飛ばされる。

 何度か地面を転がったが受け身を取り、顔を上げる。騎士は既に上空へ飛び上がっており、ミツルギに向かって蹴りを放ってきた。

 流星のように速い飛び蹴りであったが、ミツルギは辛うじて後ろに飛び退いて避ける。更に『コマンドソード』で魔剣を呼び戻し、右手に魔剣を、左手に聖剣を握った。

 

『ほれ見たことか。さっさと俺を取りに行けば、アバラは無事で済んだろうに』

「攻め時だと思ったから、呼び戻す時間も惜しかったんだ」

『いいや違うな! 貴様は、魔剣無しでも戦えるんだぞカッコいいだろアピールをしたくなって突っ込んだんだろ! 貴様の身体能力が向上しているのは俺の力ありきだというのに!』

「瞬きする間も惜しい中で、そんな煩悩を浮かべられるのはお前くらいだよ」

 

 肉体的ダメージは大きいが、ベルディアと軽口を叩ける程度には余裕があった。ミツルギは言葉を交わしながら騎士の動きを警戒していたが、先程までの猛攻が嘘のように相手は動かない。

 無策に突っ込めば手痛いカウンターが待っている。どう攻めるべきか考えていた時だった。

 

「ミツルギ殿! ご無事ですか!」

 

 二人の間へ割って入るように、城内から数十人護衛の騎士が庭に駆け込んできた。

 ランス、片手剣、大剣と多種な武器を手にしていた騎士達は、ミツルギと対峙していた偽物の騎士を捉える。

 

「ここは我らにお任せください。その間にミツルギ殿は城内へ」

「いや、僕も戦う。君達は下がって城内の警備を固めてくれ」

「ミツルギ殿のような御方が、城に紛れ込んだ蛮族如きを相手にする必要はありません。我々で対処してみせましょう」

「待ってくれ! 君達の手に負える相手じゃないんだ!」

 

 ミツルギと偽物騎士の戦いを見てはいなかったのか、加勢に来た騎士は聞く耳持たず。ミツルギを離れさせた後、逃さないよう偽物騎士を円状に囲む。

 

「俺達に化けるとは考えたみたいだが、後のことまで頭が回らなかったようだな」

「貴様の仲間についても、とっ捕まえて牢にぶち込んだ後にたっぷり聞かせてもらうぞ!」

 

 一番槍を打って出た二人の騎士。ランスを構え、左右から偽物騎士へと突っ込んでいく。

 息を合わせ、左右同時にランスを突き出す。これを相手は避けると読み、次の狙いを定めていたが──偽物の騎士は、両側から襲ってきたランスの先端を手で掴んだ。

 

「「なっ!?」」

 

 まさか止められるとは思わず、騎士二人は目を丸くする。しかし驚くのはまだ早い。

 偽物の騎士はランスを握る手に力を入れ、身体を捻る。すると、甲冑を纏っている二人の身体は軽々と浮き上がり、偽物の騎士は相手の騎士二人を振り回した。

 強い遠心力に武器を放しそうになる二人だが、それよりも先に偽物の騎士が二人を放り投げた。彼等の身体は水平に飛び、待機していた他の騎士にぶつかり倒れる。

 

「こんの──!」

 

 大剣を持った騎士一人が果敢に飛び出した。身の丈以上の大剣を振り上げて、相手の脳天目掛けて振り下ろす。だが偽物の騎士はそれすらも片手で受け止めた。

 力を入れて押し込むが、剣は一切動かない。その傍ら偽物の騎士は空いていた左手を握り、腹に拳を入れた。騎士は痛みに耐えきれず剣を手放し、後方へ吹き飛ぶ。

 

「くそっ!」

 

 ミツルギは騎士の静止を振り払い駆け出し、その勢いのまま偽物の騎士へ魔剣による突きを放った。

 が、相手は奪った大剣を即座に持ち直し、剣身で防いだ。攻撃が間に合わなかったのを見て、ミツルギは深追いせず後方へ退く。

 増援として駆けつけた騎士団であったが、優勢になるどころか、相手に武器を与えてしまう結果に。騎士達は自身らの不甲斐なさを悔やみ、相手の偽物騎士を睨む。

 

 どう出るかを皆が注視する中──偽物の騎士は、奪った大剣を地面に突き刺した。

 不思議な行動に周りの騎士達は戸惑っていたが、その答えは、突如として起こった突風と共に示された。

 

「何だ!?」

 

 襲ってくる風に負けじと騎士達は踏みとどまる。風は偽物の騎士を中心に発生し、同時に相手の魔力が増幅し始める。

 この庭どころか王城すらも飲み込んでしまうような、膨大な魔力。その圧に負けて騎士達は尻もちをつきそうになる。それはミツルギも同じであった。

 彼は一度、似たような魔力をその目で見たことがある。相手が何者であれどねじ伏せてしまう、圧倒的な力。その片鱗を。

 

 ここで目の当たりにしているのも同じ──ではなかった。

 

「あ、あれは一体……?」

 

 やがて魔力の波が収まり、風も吹き止む。突風に思わず目を瞑っていた騎士は目を開け、そう口にした。

 中心にいた偽物の騎士の姿は無かった。代わりに立っていたのは、護衛の騎士が纏っている物とは真逆の色に染まった鎧の騎士。

 突き刺していた大剣も同じ色に染まり、騎士はおもむろに剣を引き抜く。その者には、禍々しい角が二本。

 突如として現れた人ならざる者に、対峙していた騎士達とミツルギは戦慄した。

 

 彼等が感じていたのは、破壊神をも滅ぼす力ではない。永遠とも思える苦痛、恐怖、絶望──負の感情が、心に入り込んでくる。

 すぐにでも目を逸したいのに逸らせない。逃げたくても逃げられない。微かに差す光が閉じていき、深い闇の底に落ちていく感覚。

 唯一表せる言葉があるとすれば──『悪夢』以外に何があろうか。

 

 ミツルギが我に返った時──黒騎士は、居合の構えを取っていた。

 黒騎士は地面を蹴り、ミツルギに向かって突撃する。今までとは比べ物にならない速度であったがミツルギは咄嗟に反応し、相手の居合斬りを魔剣で防ぐ。

 ぶつかってきた力は想像以上に強く、ミツルギの身体は水平に吹き飛び城壁へと突っ込んだ。城壁は音を立てて崩れ、ミツルギの姿は瓦礫の中へ。

 周りの騎士は何が起こったのかすら理解できなかったであろう。ミツルギの姿が消えたことに戸惑いつつも武器を構える。

 

 だが、動けなかった。黒騎士を前にして恐怖し、身体は震え、立ち向かう意思はとうに消え失せていた。

 できるなら今すぐにでも逃げ出したい。だが黒騎士から感じる魔力の圧か、この場に貼り付けられたように足が動かない。

 このままでは皆殺しにされる──誰もがそう思った時であった。

 

「貴様が、城を騒がしている義賊の一人か」

 

 騎士達の耳に入ってきた男の声。目をやると、黒騎士に悠々と歩み寄ってくる騎士の男が一人。

 茶色い短髪に、幾多の戦場を潜ってきたことを示す傷跡が残った厳つい顔。彼の手には、騎士団の中でも位の高い者しか握ることを許されない剣。

 

「アンドック騎士団長!」

 

 彼は、多くの騎士を率いる立場にいた男であった。団長の姿を見て、騎士達を抑えつけていた恐怖が和らぐ。

 そんな中、アンドックは瓦礫の山に目をやり言葉を吐いた。

 

「何が魔剣の勇者だ。そもそも前から気に食わなかったんだ。俺より若造のくせに騎士団を差し置いて戦果をあげ、我らがクレア様にも気に入られているのがな」

 

 聞こえないのをいいことに、ミツルギへ悪態を吐くアンドック。彼は瓦礫から目を離し、黒騎士へ視線を移す。

 

「所詮奴は相手の力を見誤り、自ら死ににいく三流の戦士だったのだ。その点で言えば貴様等は、相手の力を感じ取り恐怖を抱くことのできる二流の戦士といえるだろう」

 

 黒騎士へと少しずつ歩み寄りながら言葉を続ける。相手の黒騎士に動きは見られない。

 

「だが俺は違う。相手への恐怖を乗り越えて立ち向かえる、真の戦士だぁああああ!」

 

 アンドックは両手に剣を持って振り上げ、黒騎士の脳天を狙い振り下ろした。

 対する黒騎士はその手の大剣を使う素振りも見せず、アンドックの剣を片手で受け止めた。

 驚愕するアンドック。すぐに離れようとしたが、相手の剣を掴む力が強く、剣を抜けない。

 それどころか──黒騎士は小枝のように、アンドックの剣を折った。

 

「な、何ぃ!?」

 

 非常に固いとされるアダマンタイト程ではないが、それに匹敵する鉱石によって作られた剣を、いとも容易く折られてしまった。アンドックは思わず声に出して驚く。

 剣の破片が地面に落ち、黒騎士も手にしていた剣の先端をその場に落とし、アンドックを見下ろす。

 メンテナンスは欠かしていなかったつもりだが、気付かぬ綻びがあったのだろうか。剣を折られたのは想定外であったが、戦う術を失ったわけではない。一度下がって他の騎士から武器を渡してもらうべきかと、アンドックが頭を働かせていた時──。

 

「ハァアアアアッ!」

 

 声と共に、一人の男が彼等の間に割り込んできた。彼は上空から剣を振り下ろしたが、黒騎士はそれよりも先に後方へ避けた。

 黒騎士と入れ替わるようにアンドックの前に現れた男。その手に浅葱色の魔剣を持つ、瓦礫に埋もれていた筈のミツルギであった。

 

「……フンッ、しぶとく生きていたか。だが貴様の出番はもう終わっている。さっさと城へ戻って仲間の女共にチヤホヤされていろ」

 

 彼が生きていたことにちょっぴり安堵を覚えたが、決してそれは口に出さず。アンドックはミツルギの前に出ようとする。

 が、それをミツルギは手で静止させ、アンドックに告げてきた。

 

「ここは僕に任せて。アンドック騎士団長は、この場にいる騎士全員を連れて城に戻ってください。あの黒騎士以外にも義賊の仲間がいます」

 

 騎士団長である自分に、一介の冒険者が指示を出す。その無礼さに腹が立ったが、それ以上に彼の怒りを買う言葉が。

 

「……つまり、黒騎士とは貴様一人で戦うと? 我等騎士団はお荷物だから必要ないと?」

 

 アンドックの問いかけに、ミツルギは何も答えない。その反応を肯定と捉えたアンドックは、怒り心頭で言葉を返した。

 

「自惚れるのも大概にしろ! 我等は王女アイリス様をお守りする騎士団だ! たかが蛮族一人を相手にしっぽを巻いて逃げるなど──!」

「つべこべ言わずにさっさと行け!」

 

 ミツルギの声に、アンドックは思わず狼狽える。あの、誰にでも優しい態度を取る優男から発せられたとは思えない怒号。

 一方でミツルギはふと我に返ったように頭を振ると、普段の口調で言葉を続けた。

 

「貴方には軍を指揮し、鼓舞し、導ける力がある。僕にはない力です。こんな所で死んでいい人間じゃない」

 

 視線は依然として黒騎士へ向けたまま。アンドックの方に一瞥すらしなかったが、彼の言葉に嘘偽りは無いとアンドックは感じていた。

 そして、自分がこれ以上何を言っても、ミツルギに退く気は一切無いことも。

 

「この場にいる全騎士団員に告ぐ! 魔剣の勇者に黒騎士は任せ、城へ退避! 他に紛れ込んでいる賊を捕らえよ!」

 

 下唇を噛み締めた後、アンドックは騎士達に大声で指示を出す。騎士団長の登場とミツルギの復活により黒騎士の呪縛から逃れることのできた彼等は、指示に従い城へと走って行く。

 全員が城内に入ったのを確認し、アンドックも城へ駆ける。が、城へ入る前にミツルギの方へと振り返った。

 

「ミツルギ! 貴様は、魔王討伐を期待されている勇者候補であることを忘れるな! 貴様が死ねば多くの民が嘆き悲しむ! これは命令だ! 絶対に生き延びろ!」

 

 彼はベルゼルグ王国にとって、希望となりうる存在。本来ならば彼を生かす為に、自分達が盾となるべきであろう。

 しかしそれをミツルギ自身が拒んだ。自ら死を選んだのか──否。彼にはきっと考えがあり、その為には盾が邪魔なのであろう。

 ならば自分達は彼を信じ、王女様を守る為に動くことが最善。アンドックはミツルギに強く言いつけ、城内へと姿を消した。

 

 アンドックならび騎士団員が城内に入ったのを確認したミツルギは、ふうと息を吐く。

 

「これなら全力が出せそうだ」

 

 ミツルギは魔剣を両手で握り、身体の前に構える。精神を集中させ、己の中にある魔力を、魂を震わせる。

 徐々に彼を中心に風が吹き、荒れる魔力の波を示すように突風へと変わる。

 

『実戦で使うのは初めてだというのに、貴様は意外と博徒だな。せいぜい飲まれるなよ?』

 

 頭の中に声が響く。言ったのは彼か自分か、魔力が引き上がるにつれてわからなくなる。

 自分は彼であり、彼は自分。ミツルギに宿る二つの魂がより近づき、共鳴する。

 更なる高みを、力を求めて──ミツルギは魔剣を天に掲げ叫んだ。

 

「『ソウルリンク──Lv(レベル)3!』」

 

 ミツルギから放たれた魔力の波動と風が黒騎士を襲う。背のマントが風でなびくが、黒騎士はミツルギを静かに見つめ続ける。

 掲げた魔剣を下ろし、ミツルギは目を閉じて深く呼吸をする。彼の心は、風波ひとつ立たない海のようでいて、激しく燃え盛る炎のようでもあった。

 おもむろに目を開け、黒騎士の姿を捉えたミツルギは魔剣を差し向ける。

 

「さぁ、もう1ゲームといこうか!」

 

 かの首なし騎士のように赤黒く染まった左目は、彼の隠しきれない闘争心を表すように光を放った。

 




ミツルギ強化したいけど、原作みたいなムーブもさせたいジレンマ。


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第74話「Dance of the sword ~剣の舞・魔~」

 魔剣の勇者、ミツルギは稀代の剣士であった。

 レベル上げと共に剣の腕も磨いてきた彼が王都へ訪れた頃には、騎士団どころか王女様の側近であるクレアでも敵わないほどに成長していた。

 しかし、彼が理想とする剣士にはまだ程遠い。更にこれ以上成長できる兆しが見えず、彼は独り思い悩んでいた。

 仲間に心配はさせたくないので相談はできず。かといって闇雲に修行を続けていても意味はない。

 どうしたものかと魔剣を見つめながら考えていた時──ミツルギは、ひとつの案を思いついた。

 

*********************************

 

 

「ハァッ!」

 

 ミツルギは思い切り聖剣を振り下ろす。と、一瞬間を置いて金属のぶつかる音が鳴り響いた。

 彼の前には、自身と鍔迫り合いをする骸骨騎士が一人。更にその奥にある玉座では、首なし騎士がどっしりと座っていた。

 

 ここは、かつてベルディアが住んでいた古城。その最上階にある玉座の間。

 が、現実の世界ではない。ミツルギの夢の中で、ベルディアの記憶から形成された空間であった。

 

 ミツルギが剣の指導を頼んだのは、他でもないベルディアだった。

 かつてベルディアは『勇者殺し』の異名を持つ騎士であった。そしてミツルギの剣技を、誰よりも傍で見てきた。教えを乞うのに彼以上の適任があるだろうか。

 しかしこれは、ベルディアに身体を奪う機会を自ら与えているようなもの。それでもミツルギは彼に頼んだ。彼を信頼しているからこそできる修行法だと。

 ベルディアはミツルギの本気と信頼を感じ取ったのか、渋ることなく引き受けてくれた。以来、こうして夢の中で剣の修行に励んでいた。

 

「くっ!」

 

 鍔迫り合いをやめて二人は剣戟に移る。剣のぶつかり合う音が絶え間なく響き続ける。

 相手の骸骨騎士はミツルギと同等の力とスピード。真っ向勝負では埒が明かない。

 ミツルギは剣戟に付き合うのをやめて後方に退いた。当然、骸骨騎士は距離を詰めてくる。

 対してミツルギは聖剣を相手に投げ飛ばした。二人の距離は然程遠くなかったが、骸骨騎士は咄嗟に剣で防ぐ。

 弾かれた聖剣は宙を舞う。その先には、既に跳び上がっていたミツルギが。

 

「終わりだ!」

 

 空中で剣を取り、ミツルギは剣を『兜割り(ヘルムブレイカー)』を放った。骸骨騎士の身体は骨ごと真っ二つになり、骨がその場に崩れ落ちた。

 今ので十体目。数は少ないが、どれもミツルギにとって苦戦を強いられる相手だった。疲れがどっと身体を襲い、彼は耐えきれず仰向けで倒れる。

 

「……頃合いか」

 

 そんな彼を品定めするように見ていたベルディアは、おもむろに玉座から立ち上がり、倒れているミツルギのもとへ歩み寄った。

 

「ようやく半人前といったところか。出会った頃に比べれば、随分と成長したものだ」

「……それ、褒めてるのかい?」

 

 様々な冒険者や騎士に技術を学び、戦場で磨いてきたが、ベルディアに言わせれば未だ半人前とのこと。

 ミツルギは息を落ち着かせてから、見下ろしてくるベルディアに尋ねた。

 

「一人前の剣士になるためにはどうしたらいい?」

 

 世界を救う勇者は、半人前の剣士ではなり得ない。ミツルギが理想とする、あの剣士のようになる為には何が必要なのか。

 自分で考えろ、と足蹴にされるかと思っていたが、これに対してベルディアは間を置いて答えた。

 

感覚(センス)に頼れ」

「……はっ?」

「言葉通りの意味だ。余計な思考を排除し、自分の感覚だけを信じて剣を振れ。それができてようやく、一人前の剣士になれるだろう」

 

 返ってきたベルディアの答えにミツルギは耳を疑った。それもその筈。

 

「もっと考えて剣を振れって、ベルディアから言われた気がするんだけど?」

 

 まだ『ソウルリンク』を会得したばかりの頃に、ベルディアからそう助言を受けていた。しかし今聞かされたのは真逆のもの。

 一体どういうつもりなのかと言葉を待っていると、ベルディアはため息混じりに口を開いた。

 

「それは貴様がまだ剣士として未熟だったからだ。そんな奴が何も考えず剣を振っていて、勝てるわけがないだろう」

「うぐっ……」

 

 魔剣頼りだった頃の記憶が蘇り、ベルディアの言葉が深く突き刺さる。

 

「しかし貴様はここまで様々な鍛錬を積み、戦場を生き抜いたことで、センスも磨かれてきた筈だ」

「あの頃よりは成長していると僕も思いたいけど……それでも、感覚にだけ頼るのは危険じゃないか?」

「人間相手なら申し分ないだろう。だが、目にも留まらぬほどに速いモンスターが相手だった場合、考えながら戦っていてはどうしても遅れが生じてしまう」

 

 意見を出したミツルギであったが、ベルディアの返答を聞いて納得させられた。

 反射的に動くのと、相手を見て思考を働かせてからでは、僅かに時間の差が生まれて隙となる。それを埋めるにはベルディアの言う通り、感覚に身を委ねて剣を振るしかない。

 

「自分の感覚(センス)を信じて……か」

 

 脳裏に浮かぶのは、力の意味を教えてくれた蒼い剣士。

 いつか彼のようになるために──ミツルギは聖剣を強く握り締め、立ち上がった。

 

 

*********************************

 

 

 時は戻り、現在。

 魔剣ベルディアを握るミツルギは、深く呼吸をして前方を見る。その先には、静かにこちらの様子を伺う黒騎士がいた。

 

 先程、黒騎士に睨まれた時は負の感情に乱されたが、今のミツルギの心は静かでありながらも、内なる闘争心は激しく燃えているた。

 ミツルギは腰を落とし、魔剣を水平に構える。強い衝撃を覚悟し、魔剣を握る力が強まる。

 相手の黒騎士は防御の姿勢すらない棒立ちだが、隙を一切感じられない。生半可な攻撃では容易く返り討ちに遭うであろう。

 

 だがミツルギは臆することなく地面を蹴り──ほんの一瞬で距離を詰め、お返しとばかりに居合を繰り出した。

 剣がかち合う刹那、二人を中心に風圧が起こる。黒騎士はミツルギの居合を正面で受け止めたにも関わらず、勢いに押されて後退した跡もない。

 ミツルギは鍔迫り合いをやめ、猛攻を仕掛けた。『ソウルリンクLv2』から更に疾さを増した剣であったが、黒騎士は涼しい顔で受け止め続ける。

 正面がダメならと、ミツルギは一度後方へ距離を取る。そして再び黒騎士に向かい、相手の眼前で飛び上がった。

 ミツルギは空中から『兜割り』を繰り出す。が、それも黒騎士は容易く受け止めた。そのまま弾かれ、ミツルギは黒騎士の背後へ回る。

 

 黒騎士が振り返ったのを見計らい、ミツルギは空いた手で招く動作を行う。すると、先程まで彼が倒れていた瓦礫の中から聖剣が飛び出した。

 聖剣の刃は風を切り、黒騎士の背後から狙う。だが黒騎士は振り返ることもせず剣を背に回し、剣身で聖剣の突進を弾いた。

 奇襲は防がれたが、隙は生まれた。ミツルギは咄嗟に黒騎士の懐へ潜り込み、魔剣を斬り上げる。

 防御は不可能──と思われたが、黒騎士はおおよそ大剣とは思えないほどの速度で振り戻してきた。ミツルギは面食らいながらもそのまま斬り上げ、真正面から受け止める。

 

「ぐぅ……!」

 

 『ソウルリンクLv3』でも力は向こうが上。ミツルギは後方へ吹き飛ばされ地面を転がる。受け身を取って起き上がると、黒騎士は既にこちらへと迫ってきていた。

 相手の刃が再びミツルギを襲う──その直前、二人の間に割って入るように、ミツルギの聖剣が落ちてきた。

 聖剣は黒騎士の脳天へと振り下ろされる。これを黒騎士は咄嗟に防いだ。弾かれた聖剣は宙を舞ったが地には落ちず、まるで姿の見えない剣士がいるかのように、黒騎士へ攻撃を続けた。

 

 無論、透明人間が現れたわけではない。ソードマスターのスキル『コマンドソード』によるものだ。

 しかし『コマンドソード』で自在に操るなど、スキルレベルを高めていたとしても、相当な集中力が無ければ成し得ない御業。それを、ミツルギはもうひとりの剣士と魂を共鳴(リンク)させることで可能にしていた。

 

 聖剣の猛攻が黒騎士を襲う。黒騎士がどれだけ弾き返しても、聖剣は後退を知らない。

 相手の注意が聖剣に向けられている今が好機。ミツルギは地面を蹴り、黒騎士の背後へ回った。

 

「ハァッ!」

 

 再び地面を蹴り、黒騎士へ一直線に向かいつつ魔剣を水平に薙いだ。聖剣を防ぎ、がら空きになっていた黒騎士の背中を魔剣が狙う。

 刃が届く──その瞬間、黒騎士の姿が消えて魔剣は虚しく空を切った。

 

「何っ!?」

 

 ミツルギはこれに驚くも、すぐに辺りを確認する。相手の黒い魔力を感じ取り、彼は顔を上げた。黒騎士はいつの間にか城壁の上に。

 逃すまいとミツルギは駆け出す。しかし相手も容易く近づけさせはしないと手をかざし、魔弾を放ってきた。

 ミツルギは魔剣を振るわず、宙に浮く聖剣を操作し魔弾を斬った。ミツルギは直進し城壁前へ。

 彼は速度を緩めることなく壁に突っ込み、そのまま壁を垂直に走り出した。ここに騎士団がいれば、誰もが度肝を抜かれたであろう。

 

 瞬く間に城壁の上へと到達し、そこにいた黒騎士へ『兜割り』を繰り出す。これを黒騎士は横に避けた。

 ならばとミツルギは、既に魔剣へ溜めていた魔力を『ソードビーム』として放った。青い斬撃は疾風のように飛んでいったが、黒騎士は素早く反応して斬り伏せる。

 攻撃は与えられていないが、僅かに流れが傾き始めている。畳み掛けるなら今しかない。ミツルギは黒騎士へと駆け出す。黒騎士は横薙ぎが来ると見たか、空中に跳び上がった。

 しかしミツルギは、それを読んでいたかのように跳び上がっていた。結果、黒騎士はミツルギと空中で対面する。

 

「喰らえ!」

 

 今しかないと、ミツルギは力を込めて魔剣を振った。黒騎士に再び魔剣が襲いかかった──が、またも黒騎士の姿が消えた。

 魔剣が空を切ると同時に、ミツルギは黒騎士が真下にいたのを確認する。先程の跳躍は、相手の騙し技(トリック)だった。

 

 ミツルギは咄嗟に聖剣を操り、黒騎士に攻撃を仕掛ける。聖剣は容易く弾かれたが、僅かでも時間を稼いだことで隙は埋められた。

 何度目かの『兜割り』を狙う。急降下と共に黒騎士の頭上から魔剣が振り下ろされたが、黒騎士は滑らかに避けてミツルギの側面へ回り、大剣を水平に薙いだ。

 反応するのがやっとだったミツルギは、魔剣で相手の攻撃を受け止める。勢いまでは殺せず城壁から吹き飛ばされ、再び城の庭へ転がり落ちた。

 

 ミツルギは受け身を取りつつ起き上がる。黒騎士は城壁から降りてきたが、攻撃を仕掛けようとはせず。

 

「……まだ先は遠い、か」

 

 攻撃の手が緩んだことで『ソウルリンクLv3』による疲労が一気に押し寄せてきた。呼吸も荒れており、危うく魔剣を手放しそうになる。

 一方で相手は傷一つ付いていない。鎧の下では疲労の色すら感じられない涼しい顔を浮かべているのであろう。

 力の差は歴然。それでもミツルギは魔剣を握り直し、ゆっくりと迫り来る黒騎士を睨む。

 彼の目から光は失われていない。それどころか、赤黒く染まった左目はより一層輝いていた。

 

「でも、やられっぱなしで終わるつもりはない!」

 

 

*********************************

 

 

 城に黒騎士が現れる少し前のこと。

 酒に酔い潰れて熟睡している騎士が多い中、彼等の安眠なぞ知ったことかと廊下を駆ける者達が。

 

「出てこい仮面の男! 今すぐぶっ殺してやる!」

「クレア様! 落ち着いてください!」

 

 普段の淡麗な彼女とは別人と思える鬼の形相で、義賊を探し回っていたクレア。そんな彼女の後を騎士達が必死に追いかける。

 しかし無理もない。彼女はあの義賊にズボンを剥ぎ取られ、羞恥に苛まれたのだから。ご丁寧にグリフォン像の首に巻かれていたのも彼女の怒りを更に煽った。

 クレアは周りの騎士に「今見たことは全て忘れろ」と命令していたが、男にそれは無理な相談だった。彼女を追いかけている騎士は皆、クレアが履いているパンツの色をハッキリと答えられるであろう。

 また彼等は、クレアのズボンを奪った仮面の男にほんのちょっぴりだけ感謝していたのだが、誰も口にはしなかった。

 

「絶対に逃してなるものか! 奴を捕まえ、先程の借りを数倍にして返してやる!」

 

 もはや騎士の声はクレアの耳に届かず。彼女は廊下を走り続ける。

 いかにしてこの私怨を晴らしてくれようか。そう考えながら義賊を探していた、その時だった。

 

「──ッ!?」

 

 疑うほどに強い魔力を感じ、クレアは足を止めた。止めさせられた、と言ったほうが正しいか。

 強大な魔力だけではない。何倍もの重力が上からかかっているかのようなプレッシャー。そして、心の全てを飲み込む黒い感情。

 対敵したわけでもない。魔力を感じただけなのに、クレアの額から汗が流れる。先程まで仮面の男に抱いていた気持ちは、とっくにどこかへ消えてしまっていた。

 

 まずクレアの頭に過ぎったのは、魔王軍の侵入。義賊のいざこざに紛れてきたか、端から義賊と手を組んでいたか。

 もし後者であり、逃した二人の義賊が王女のもとへ向かっているのだとしたら危険だ。すぐに自分も戻ってアイリス様をお守りしなければ。

 が、彼女の傍にはもうひとりの側近であるレインがいる。そして、先の防衛戦で活躍した三名の冒険者も。彼女達なら義賊を捕えるなど容易い筈。

 

 では、もう一つの問題はどうか。突如として現れた謎の敵。正体は掴めないが、強大な敵であることは間違いない。

 しかしこちらには魔剣の勇者がいる。もしかしたら既に交戦中なのかもしれない。彼ならばきっと倒してくれると信じているが、増援は無いに越したことはない。

 

「私はアイリス様のもとへ向かう。皆は先程の魔力の主を探し出し、敵であれば交戦せよ!」

 

 クレアはすぐさま周りの騎士に指示を出す。が、普段なら返ってくる返事が無い。

 どうしたとクレアは振り返る。指示を受けた筈の騎士達はその場から動かずにいた。

 

「何をしているんだ! 突っ立っていないで早く──!」

 

 喝を入れようとした時、クレアは彼等に起こっていた異変に気付く。

 騎士達の身体は震えていた。得体の知れない何かに怖がって怯える子供のように。

 彼等は、強大な魔力の主に恐怖しているのだと彼女はすぐに悟った。幾多のモンスター、魔王軍と戦っている筈の彼等が、だ。

 

「ええい! なら私が行く! お前達は引き続き賊を追え!」

 

 騎士達が動けないなら自分が動くしかない。クレアは先程とは真逆の指示を出し、踵を返す。

 襲いかかる魔力の圧に心が押しつぶされそうになる。しかし、その主と戦っているであろう魔剣の勇者の存在が、彼女の心を守ってくれていた。

 クレアは呼吸を整えながらも、黒い魔力を辿って足を進めた。

 

 

*********************************

 

 

 再び、黒騎士が出没する少し前のこと。

 クレアがいる場所とはまた別の廊下を駆ける者が二人。絶賛逃走中のカズマとクリスである。

 

「フハ! フハハハハハッ! なんだか知らんが絶好調! 今宵のカズマ様はひと味違うぞ!」

「笑い方が仮面の悪魔に寄せられちゃってるよ!? やっぱりそれ今すぐ外したほうがいいって!」

 

 仮面の力か深夜テンションか。いつにも増して調子がいいカズマ。ここに来るまで何人もの騎士を無力化してきた。その手際は本職であるクリスも息を呑むほど。

 最後の階段を二段飛ばしで駆け上って廊下を突き進み、いよいよアイリスがいる部屋の前へ。クリスのお宝センサーも同じ場所を示していた。

 追手を警戒してクリスに『ワイヤートラップ』を張らせてから、カズマは目の前にある扉を見る。

 

「(アイリス、お兄ちゃんが来たぞ……)」

 

 思えばここまで長かった。結局ゆんゆん、バージルとは合流できなかったが、二人なら大丈夫だろう。

 脳裏に浮かぶ、可愛い妹の笑顔。カズマは深呼吸をしてから、おもむろに扉を開いた。

 

「よくぞここまで辿り着いたな、侵入者よ。だが、この私がいるからには王女様に指一本触れさせない」

 

 カズマとクリスを迎えたのは、王女様ではなかった。同じ金髪であるが白い鎧で身を固めた、王女様をお守りする者。

 

「民を守り、国を守り……そして王族を守るのがダスティネス一族の使命! 覚悟しろ!」

 

 聖騎士ダクネスが、カズマ達の前に立ち塞がった。

 

 

 カズマはそっと扉を閉じ、クリスと共にその場を離れた。

 

「閉めるなー! 貴様等は一体何しにここへ来たのだ!」

 

 逃すまいとダクネスは扉を勢いよく開けて飛び出してきた。

 それに、退路は追手を近づかせないようにとクリスの『ワイヤートラップ』で塞いでしまっていた。仕方なくカズマとクリスはダクネスの方へ振り返る。

 対するダクネスは剣を構えて、義賊二人を睨みつける。が、その表情が徐々に変化していき、最後は酷く驚いた表情で二人を指差した。

 

「お、おおおお前達は……!?」

「お頭、これ完全にバレたパターンじゃないですかね」

「うん、間違いなくそうだね。これは後で怒られそうだなぁ……」

 

 明らかに気付いた反応を見せるダクネスに、カズマ達はどうしたものかと悩み始める。クリスはともかくカズマは普段と違う格好の筈だが、長い付き合い故に気付けるものがあったのだろうか。

 

「ダクネスどうしたのです! 賊相手に何を手こずっているのですか!」

 

 すると、ダクネスに続いて今度はめぐみんが部屋から出てきた。杖はしっかり持っていたが、城内で爆裂魔法をぶちかませる筈もないので今は飾りに過ぎない。

 それよりも問題なのは、彼女にも気付かれることだ。名前を叫ばれる前に例の目潰し戦法を仕掛けるべきかと作戦を組み立てている中、めぐみんがカズマ等へと視線を向けた。

 瞬間、衝撃を受けたようにめぐみんの目が見開かれた。やはり気付かれたかと思っていると、めぐみんは二人を見たまま──というより、カズマの姿を見つめたまま声を出した。

 

「か、格好良い……!」

「えっ?」

 

 めぐみんの口から溢れた予想外の言葉を聞いて、隣にいたダクネスが素っ頓狂な声を出す。

 

「どうしましょうダクネス! この義賊はよくわかっています! こんな格好良い仮面をつけて、しかも黒装束ですよ!」

 

 めぐみんは興奮した様子で、ダクネスの身体をユサユサと揺らしながら熱弁する。少なくともカズマ等の正体には気付いていないようだ。

 格好良いと言われて、うっかり正体を明かしたい衝動に駆られたカズマであったがグッとこらえる。一方でダクネスは非常に思い悩んだ表情を浮かべてから、剣を握り直して前に出た。

 

「お、おのれぇ賊めー。ここから先に行かせはしないぞー」

「お頭、どうもダクネスは何か意図があるんだろうと理解して、俺達に合わせてくれてるみたいっすね」

「ダクネスにはちゃんと後で説明しなきゃだね」

 

 誰が聞いても棒読みに思えるダクネスの声を聞いて二人は察した。空気を読んでくれたダクネスに感謝しつつカズマ達は動き出す。

 

「わ、我が渾身の一撃を受けてみよー」

 

 変わらずの棒演技でダクネスは剣を振り上げる。この埋め合わせは必ずするからと思いつつ、カズマは『バインド』を唱えた。

 飛び出したロープはダクネスのもとへ飛んでいき、ダクネスは抵抗も見せず縛られる。ちょっと嬉しそうなのはいつものこと。

 めぐみんは今も仮面の義賊にお熱の様子。彼女はスルーし、部屋へ入ろうとしたカズマ達であったが──。

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 魔法を唱える女性の声が響き、ダクネスを縛っていたロープが解けた。部屋の前に立ち塞がった敵を見て、カズマ達は思わず足を止める。

 

「一体何しに来たのか知らないけど、私がここにいたのが運の尽きよ。あなた達を捕まえれば、また高い酒を貰える筈だわ! さぁ! 大人しく私に捕まりなさいな!」

 

 残る一人の問題児、アクアであった。いつも役に立たない癖にどうしてこんな時だけと、カズマは心の中で悪態を吐く。

 だが、悠長にしている暇もない。塞いでいるワイヤーは追手の騎士によって取り除かれ始めている。このままでは挟み撃ちだ。

 アクアも義賊の正体には気付いていない様子。やるなら今しかないと、意を決してカズマはクリスと共に駆け出した。と、それを見たダクネスは自ら前に出てきた。

 

「聞け、賊どもよー。我が渾身の横薙ぎの一振りで葬り去ってくれるー」

 

 ご丁寧に攻撃の仕方まで教えてくれたので、カズマとクリスは姿勢を低くしてダクネスの横薙ぎを避ける。

 

「何やってるのよダクネス! 今からどんな攻撃するのか叫んだら意味ないじゃない! せめて詳細がわからない技名にしなさいな!」

 

 ダクネスはカズマ達に合わせて行動してくれているのだが、アクアがそれを知るはずもなく。攻撃を外したダクネスを責める。

 おかげでアクアの注意が逸れた。カズマとクリスはそそくさと走り抜け、いよいよ部屋の中へ。障害は全て乗り越えたかと思われたが──。

 

「ここまで突破されるとは思いませんでしたが、アイリス様はこのレインがお守りします!」

 

 カズマ達の前に、王女側近の魔法使いレインが立ち塞がった。レインの後ろにアイリスは控えていたが、彼女も剣を抜き戦闘態勢に移っている。

 足を止めざるを得なかったカズマとクリス。だが、背後からはアクアが拳を鳴らしながら迫ってきている。

 

「(クソッ! あとちょっとだってのに……!)」

 

 ここまで来て逃げるわけにはいかない。必死に頭を働かせるが、打開策は思いつかない。

 隣のクリスに目を配るも、彼女の表情には焦りが。現状を打破できる手札は持っていないようだ。

 万事休すか──そう思われた時だった。

 

「な、何ですか!? この魔力は!?」

「えっ?」

 

 こちらを睨んでいたレインが、酷く驚いた様子で窓の外に顔を向けた。彼女だけではない。背後のアイリスも、隣にいるクリスも同じ方向へ顔を向けている。

 

「私の悪魔センサーが反応をキャッチしたわ! どさくさに紛れて侵入してきたみたいね!」

 

 アクア曰く、現れたのは悪魔のようだ。更なるハプニングにカズマは慌てる──と思われたが、彼にはひとつの可能性が見えていた。

 我らが銀髪仮面盗賊団のメンバーに、一人だけ当てはまる人物がいる。そして彼は侵入前、魔力の匂いを変える香水をかけていた。悪魔であることは気付かれたが、それが誰かまではアクアに気付かれていない。

 レイン達が感じている魔力の主は恐らく彼であろう。というかこれ以上の面倒事は嫌なのでそうであって欲しい。カズマはその可能性に賭け、隣のクリスへ話しかけた。

 

「お頭、皆の注意が俺達から逸れてる今がチャンスですぜ。一気に駆け抜けましょう」

「あっ、そうだね! ナイス判断だよ助手君!」

 

 カズマの声で我に返ったクリスは、彼と共にアイリスのもとへ駆け出す。

 盗賊の接近を感じてレインは前方に顔を向けたが、その時にはもう彼女の横を通り過ぎ、アイリスの前へ。

 アイリスは何かに気付いたような表情を見せたが、剣を振るう隙も与えない。カズマとクリスは同時に手を開いた。

 

「『スティール』!」

 

 アイリスとすれ違いざまに『スティール』を発動。カズマの手中には、小さくて固い何かの感触が。

 

「盗りましたかお頭!」

「うん! でも確認してる暇ないよ!」

 

 幸運値の高い自分達なら間違いないであろう。クリスの言う通り、カズマは手を開くこともせず周囲を見回す。

 逃げ場を探していると、バルコニーへ続くガラス扉を発見。そして扉の向こう側には、見覚えのある銀髪仮面女子高生が。

 

「お頭! あそこにニューが!」

「ニューちゃんナイスタイミング!」

 

 別行動を取っていたニューことゆんゆん。クリスはガラス扉に向かって『解錠』スキルを発動。鍵が開いた音を聞いて、ゆんゆんがたまらず扉を開けた。

 

「お頭さん! 助手さん! こっちです!」

 

 カズマ達は急いでゆんゆんのもとへ。バルコニーへ移ったカズマは手すりから見下ろすが、地上まではかなり高さがある。飛び降りるのは難しいであろう。

 

「ちょっと待ってろ。確かロープが──」

「ニューちゃん、アレお願いできる?」

「はい! 魔力はまだ残ってるので問題ありません!」

「それじゃあ助手君、飛び降りる準備はいい?」

「オーケー、なわけねぇだろうが!」

 

 当たり前のように飛び降りる選択肢を迫ってきたクリスに、カズマは思わず声を荒げた。

 

「この高さを見ろよ!? 落ちたら即死は決定的! 蘇生してくれる奴もいない! 追い詰められ過ぎてトチ狂ったか!?」

「アタシはいたって冷静だよ。大丈夫、ニューちゃんが何とかしてくれるから」

「いやそう言われても──」

 

 一度は更に高い崖から飛び降りた彼なのだが、あれは極限に追い込まれてしまったからこそ。今もピンチではあるが、生死を分かつ程の危機的状況ではない。

 故に踏ん切りがつかないカズマであったが、いつまでも選択を待ってくれるほど現実は甘くない。

 

「待ちなさい! それが何なのか知らないけど、そのまま持って行かせたりしないわよ! 封印してあげるわ!」

「ええいアイツは最後の最後まで!」

 

 逃亡しとうとするカズマ達に気付き、アクアが開いた手をかざす。

 もはや迷ってはいられない。カズマは腹をくくり、バルコニーの手すりに足をかける。

 

「封──印ッ!」

「くそったれぇええええええええ!」

 

 背後から眩い光が放たれるのを視界の端で感じながら、三人の盗賊は宙へと身を投げ出した。

 短い放物線を描いた後、身体は重力に従って落下する。真正面から強い風圧を受け、顔が歪みそうになる。

 ピンチを前に覚醒して空を飛ぶ能力が発動する、なんてお約束もあるわけがない。カズマは迫りくる地面に恐怖を抱きながら、ゆんゆんを信じて待つ。

 そして──彼の願いは届いた。

 

「『グラビティフェザー』!」

 

 地面まであと僅かだった時、ゆんゆんの詠唱が耳を貫く。その直後、カズマの落下がピタリと止まった。正確には、極限まで緩やかになった。

 クリスとゆんゆんも同様だった。彼等は羽のようにふわりと落下し、地面に身体をつける。痛みは一切感じられない。

 クリスは身体を起こすと手で服を払い、安堵の笑みを見せた。

 

「無事、脱出成功だね」

「……こういうスキルがあるなら、先に言ってもらえませんかね」

「ごめんごめん。説明する暇も惜しいと思ったからさ」

 

 何はともあれ、五体満足で逃れることができた。身体を起こしたカズマは、疲れたように息を吐く。

 周囲を見渡すが、追手はいない。安全を確認したところで、手に握っていた物を見る。

 

「何だこれ? 指輪か?」

「こっちはネックレスだよ。どうやらアタシの勝ちみたいだね」

 

 目的の神器であるネックレスを、自慢気に見せるクリス。先のジャンケンといい、どうにも彼女と運勝負で勝てる気がしない。

 

「さ、さっきの部屋にめぐみんもいましたよね!? 私の姿見られちゃったかな……アクセルの街で会った時に問い詰められたらどうしよう!?」

 

 一方でゆんゆんは、台詞と違ってはにかんだ表情を浮かべている。めぐみんにいっぱい話しかけられる未来が見えて嬉しいのであろう。

 もっともめぐみんは、変装したカズマにご熱心だったので、ゆんゆんの存在に気付いていたかどうかも怪しかったが。

 

「さて、あとは敷地内から出るだけ……と言いたいところだけど」

 

 クリスは振り返って城を見る。彼等の脳裏に浮かぶのは、残る一人のメンバー。

 そして、突如出現した巨大な魔力。カズマはイコールで繋がると思っているのだが、クリスとゆんゆんは断定できずにいるようで。

 

「この魔力はVさん……なんでしょうか?」

「香水をつけてるから匂いは変わってるけど、それだけじゃない。何か……今までと違う気がする」

 

 魔力を感じられないカズマは、二人の言葉に首を傾げるばかり。ただ、魔力の主がとてつもなくヤバイことは理解していた。

 似たような感情をゲームで抱いたことがある。フィールドを歩いていたら突然現れる、超強い特殊モンスター。ゲーマーである彼は、初見のゲームでも特殊モンスターの出現を察知するスキルを会得していた。

 その、特殊モンスターの気配を感じた時の、どっと汗が吹き出る緊張感。絶対に遭遇してはならないと、彼の本能が危険信号を鳴らしている。

 すぐにここから立ち去りたい。そんな彼の思いを察したのか、クリスはカズマに指示を出してきた。

 

「助手君はニューちゃんを連れて外に出て。アタシは様子を見てくる」

 

 それだけ伝え、クリスはカズマのもとから離れていった。遠のいていく背中をカズマは見送る。

 ゆんゆんは不安そうであったが、ここはリーダーに任せるのが吉。カズマはゆんゆんを諭し、二人で外を目指して走り出した。

 

 

*********************************

 

 

 普段よりずっと長く感じる廊下をクレアは走る。すると、進行方向から走ってくる騎士団長のアンドックとバッタリ出会った。

 一体何があったのか尋ねると、騎士を騙る賊の相手を魔剣の勇者に任せて、他の賊を探しに来たと彼は言った。ミツルギ自身にそう命じられたとも。

 アンドックの言う偽物騎士が、この魔力の主だと見て間違いないであろう。そして、魔剣の勇者はその敵とたったひとりで戦っている。

 だが、もし相手の騎士が魔剣の勇者を上回っていたら──最悪のビジョンを浮かべたが、かき消すように頭を振る。クレアはアンドックを置いて足を進めた。

 

 彼ならきっと大丈夫。『勝利の剣』の呼び名通り、数多の戦場に勝利をもたらしてきた彼ならば。クレアは自分に言い聞かせて魔力を辿る。

 そうして一階まで駆け降り、城の中庭へと着いた彼女は──信じがたい光景を目の当たりにした。

 

「……えっ?」

 

 頭の整理が追いつかず、クレアは震えた声を出す。

 中庭は酷く荒れていた。城壁は所々崩れており、地面にはクレーターがいくつもできている。

 そして、庭に咲いた花を赤い鮮血が彩っていた。血の色はまだ新しい。クレアは鮮血を流した者を見る。

 魔王軍との戦場では傷一つ付いていなかった鎧はボロボロに。今にも倒れそうな彼の額からは、中庭を染めていた血が流れており、片目は赤黒く染まっていた。

 魔剣の勇者は、かつて見たことがないほど追い込まれていた。

 

「ミツルギ……殿?」

 

 彼ですら劣勢に立たされている状況を、クレアは受け入れられずにいる。だが、そんな現実を直視させるように、クレアの視線が相手へと移る。

 禍々しい角に、漆黒の鎧と大剣。魔剣の勇者とは対照的に、相手はダメージを負った形跡すらない。あれが魔力の主であり、アンドックの話していた偽物騎士であろう。

 クレアは腰に据えていたレイピアを抜く。魔剣の勇者が敵わない相手にどこまでやれるか。彼女は息を呑んで黒騎士の動きを見る。

 やがて、魔剣の勇者だけを捉えていた黒騎士の視線が、クレアにも向けられた。

 

「──ッ!」

 

 視線が合った。ただそれだけにも関わらず、クレアの身体は硬直した。

 心を、黒い何かに覆われる。今の彼女に見えていたのは──黒騎士の手で殺された、自分自身の姿。

 握っていたレイピアが、その手から落ちる。死を目の当たりにして呆然とするクレアに、黒騎士はその手に魔力を込め、魔弾として放った。

 青白い炎の魔弾がクレアに迫る。だが彼女は動けなかった。やがて、クレアの視界が白い光に包まれる。

 

 刹那、彼女の視界は紺色へと切り替わった。と同時に、何かがぶつかる音が耳に届く。

 その音で我に返ったクレアは、ようやく自分の身に起きていた出来事を理解した。

 

「ぐぅっ……!」

 

 クレアに迫っていた魔弾を、ミツルギが大剣で防いでいた。彼は力を振り絞り、受け止めていた魔弾を跳ね返す。

 魔弾は城壁へと飛んでいき、当たった場所は音を立てて崩れていく。間一髪で助かったクレアへと、ミツルギは声を掛けてきた。

 

「クレアさん、大丈夫ですか?」

「それはこちらの台詞です! ここは一度退いて回復を──」

「僕のことなら心配しないで。まだ……戦える」

 

 クレアの静止も聞かず、ミツルギは大剣を構えて黒騎士と対峙する。

 これほどまで傷を受けているにも関わらず、どうしてあの黒騎士に立ち向かえるのか。死そのもの──悪夢のような存在を見てもなお、どうして恐れず立ち上がれるのか。

 彼の背中はすぐ目の前にある筈なのに、手を伸ばしても届かないほど遠くに見えた。

 

「ハァッ!」

 

 ミツルギはボロボロの身体に鞭を打って走り出す。迫りくるミツルギを見て、黒騎士は静かに剣を構える。

 お互いが剣の間合いに入ったところで、ミツルギは浅葱色の大剣を下から振り上げた。これを黒騎士は真正面から剣で受け止める。

 強大な力の衝突を表すように、剣のぶつかり合う音が鳴り響く。ミツルギは懸命に押し続けているが、黒騎士は微動だにしない。

 このままでは勝てない──クレアがそう思った時、異変が起きた。

 

 割れるような高い音と共に、黒騎士の剣にヒビが入った。程なくしてヒビは広がり、黒騎士の剣はガラスのように砕け散ったのだ。

 まさかの出来事にクレアは驚く。それはミツルギも同じであった。だが彼は止まることなく剣を握り締め──。

 

「でやぁああああっ!」

 

 力いっぱい、剣を振り下ろした。黒騎士のガードは間に合わず、彼の剣は黒騎士の角に直撃する。

 時が止まったような静寂が辺りを包む。それを破ったのは、再び響く何かがひび割れる音。

 そして──ミツルギの渾身の一撃は、黒騎士の左角を折った。剣はそのまま黒騎士の肩に当たり、そこで刃が止まる。

 黒騎士は拳を握りしめると、ミツルギの腹へ一発入れた。重い一撃にミツルギの身体は後方へ飛ばされる。

 地面に仰向けで倒れるミツルギ。クレアはたまらず彼のもとへ駆け寄った。

 

「ミツルギ殿! ご無事ですか!?」

「ゲホッ! ゴホッ! へ、へへ……ようやく一撃ってところかな」

 

 ミツルギは血反吐を吐きながらも、楽しそうに笑っていた。赤黒い片目もあって、狂気を感じさせる彼の姿にクレアはゾッとする。

 

「一体何が……」

「相手の鎧と剣は、元々は近衛騎士の物。魔力でコーティングされる前に僕の突き攻撃でヒビを入れていたのもあるけど、力に耐えきれなかったようだね」

 

 ミツルギは息を整えて身体を起こす。もはやクレアには目もくれず、彼は再び漆黒の騎士を捉える。

 

「クレアさんは下がってて。このまま攻撃を続けていけば、いずれ鎧も壊せる筈だから」

 

 戦う意思は消えないどころか、更に燃え盛っていた。ミツルギの指示に大人しく従い、クレアは数歩下がる。

 彼等の戦いを邪魔できる者はいないだろう。そう思われた矢先──問答無用で割って入る者が現れた。

 

「見つけたわよクソ悪魔! この女神アクア様が成敗してあげるわ!」

「あ、アクア様!?」

 

 最上階で王女アイリス様の護衛を担っていた筈のアークプリースト、アクアであった。彼女の登場にミツルギは目を丸くして驚く。

 クレアも驚いたが、タイミングとしては完璧だ。彼女は急いでアクアへと知らせた。

 

「アクア殿! ミツルギ殿へ回復魔法を!」

 

 アクアは先の魔王軍迎撃戦でも、数多の騎士や冒険者を回復してくれた。彼女ならミツルギの傷も瞬く間に回復してくれるであろう。

 クレアの声を聞いたアクアは彼女等に目を向ける。そしてボロボロのミツルギに気付いたのか、彼女はミツルギへと手をかざして魔法を唱えた。

 

「『セイクリッド・ターンアンデッド』!」

「おほぉおおおおおおおおっ!?」

「ミツルギ殿ー!?」

 

 まさかの浄化魔法を放たれ、ミツルギは悲鳴を上げた。通常、人間には効かない魔法だが、彼は魔剣に宿る元魔王軍幹部と魂を共鳴させ、身体能力を向上させるスキルを持っている。それを使っていた故にダメージを受けてしまったのであろう。

 回復どころかトドメの一撃を受け、ミツルギはその場に倒れる。一方でアクアはひと仕事終えたかのように額を腕で拭った。

 

「アンタ、元アンデッドで現ゴーストのアイツに乗っ取られかけてたから浄化しといたわよ。あら? まだしぶとく生きてるようね。ならダメ押しにもう一発放って──!」

「待ってくださいアクア殿! 彼はデュラハンの魂と共鳴して力を高めていたのです! 浄化魔法はおやめください!」

「えっ、そうなの? うわー、あんなヤツと魂レベルで仲良しとか引くわー」

 

 アクアは鼻を摘んでミツルギに軽蔑の目を送る。彼とアクアの距離が縮まる可能性は万に一つもないようだ。

 と、アクアが走ってきた方向から他にも人が。彼女の仲間であるアークウィザードのめぐみんとダスティネス卿。更に道中で出会ったアンドック騎士団長率いる騎士が数名。そして──。

 

「アイリス様!?」

「クレア! 大丈夫ですか!?」

 

 最上階にいる筈の王女アイリスと側近のレインの姿もあった。アイリスとレイン、騎士団はクレアのもとに駆け寄る。

 

「クソッ、やはり満身創痍ではないか! 何故貴様は無理をしてでも戦い続けようとするのだ……!」

 

 トドメを刺したのは向こう側にいるアークプリーストなのだが。拳を震わせるアンドックに、クレアは何も言わずアクア達に目を向ける。

 

「なんですかあの黒騎士は! 超格好良いです! あれも義賊の仲間なのでしょうか!? 先程の仮面を付けた人といい、この義賊は私の琴線を激しく刺激してきます! ヤバイです!」

「一撃で捻り潰されてしまいそうな威圧感だ。ぜひともあの黒騎士の攻撃を味わってみた……いやダメだ! アイリス様の手前で欲に溺れては……!」

 

 流石は数々の魔王軍幹部を討ってきた冒険者。黒騎士を前にしても臆していなかった。言動については理解できなかったが。

 ともかくこれで数は優勢になった。クレアは落としていたレイピアを拾い上げる。魔剣の勇者が勝てなかった相手に、この人数でどこまで戦えるか。

 クレア達は相手の動きを静かに待つ。そんな中、漆黒の騎士はおもむろに拳を天に掲げた。

 

 刹那──強い揺れが彼女達を襲った。

 

「こ、これは……!?」

 

 地面の振動にバランスを崩しそうになるクレア達。それだけではない。大気の揺れ、収束する魔力。それらは全て黒騎士から発生していた。

 黒騎士が強力な攻撃を仕掛けてこようとしているのは、誰の目にも明らかだった。

 

「た、退避! 退避ー!」

 

 アンドックは黒騎士から離れるよう指示。皆が急いで離れる中、アンドックは倒れていたミツルギの肩を担いでから退避する。

 クレアはアイリスを咄嗟に抱きかかえ、レインと共に走る。バリアを張る余裕もない。

 

「ねぇ待って! 明らかにヤバそうなんですけど!? 他の人達と一緒に早く逃げたほうが良さそうなんですけど!?」

「あぁ……闇を連想させる色をした鎧とマントに二本の角! 完璧なフォルムです! アクア、今度はあの黒騎士を紙パックで作ってください!」

「こんな時に何言ってるのめぐみん!? 後でいっぱい作ってあげるから今すぐ逃げましょうよ! ほらダクネスも!」

「ええい、もう辛抱ならん! 私が壁になるからアクアとめぐみんは私の背後に! さぁ黒騎士よ! この私を満足させる一撃を放ってみろ!」

「逃げる気ゼロじゃない!? そういうのはちゃんと時と場所を選ぶってダクネスが言ってたのに! あーもうー! 助けてカズマさぁああああんっ!」

 

 先程までの威勢は何処へやら。黒騎士から視線を外さない二人とは対照的に、アクアはその場で泣きじゃくる。

 強さを増す大地の揺れと共に、黒騎士の魔力は高まる。そして、拳が一瞬眩い光を発した時──黒騎士は拳を振り下ろした。

 

Rest in peace(安らかに眠れ)

 

 壮絶な光の中に、彼女達は飲み込まれた。

 

 

*********************************

 

 

 王城の外。城壁から軽やかに飛び降り、人気のない場所へ降り立つ影がひとつ。

 

「……Humph」

 

 ひと仕事を終え、城から脱出した銀髪仮面盗賊団のメンバーであったV。もといバージル。

 

 城の一階でクリス達と別れた彼は、眠らせた騎士を担いで城壁の上に移動し、そこで鎧を奪った。

 その後カズマ達と合流したが、ミツルギに道を阻まれていたため、彼の相手を自ら請け負った。

 

 そして戦いの最中、バージルは己の悪夢を解き放った。それが、あの姿である。

 思い出したくもなかった筈の記憶。心の奥底にしまい込んでいた記憶は、あの悪夢より目覚めた時から鮮明になっていた。

 悪夢の内容は覚えていなかったが、今までと明らかに違っていた。ぼんやりと記憶に残っていたのは、自分を覆わんとしていた闇が手中に収まったような感覚。

 今ならば、悪夢すらも力にできるのではないか。そう思い、行動に移した結果──彼は見事、悪夢を支配した。

 

 もう少し試したかったが、人が集まり過ぎた。その為、彼は衝撃波(ヘルオンアース)でまとめて吹き飛ばした。

 敵が全員倒れた隙に城壁の上へ退避。丁度その時、騎士の鎧が悪夢の力に耐えきれなくなり、大剣と同じように崩れ落ちた。

 バージルは隠していた黒コートとマフラー、仮面を回収。あれだけの騒動が起きても夢の中だった裸の騎士を横目に、城の外へ脱出したのである。

 

「……ムッ」

 

 城から離れるように道を進んでいると、行く先に人影を発見。夜でもハッキリ見える銀色の髪に、浅葱色のマント。クリスであった。

 彼女は不安そうにバージルを見ている。その表情で、先程の黒騎士姿を見られていたのが容易に想像できた。バージルは歩み寄り、いつもの調子で声をかける。

 

「目的の物は盗めたか?」

「こっちは上手くいきましたけど……その……大丈夫ですか?」

「何ら問題はない。奴等にも手心は加えておいた。貴様には、俺が我を失っているように見えたか?」

「だってあの姿は、貴方にとっての悪夢そのもの……だから、貴方の心が悪夢に押し潰されてしまったのかと、本気で心配してたんです」

 

 彼女はバージルのことを、世界を脅かす敵になると危惧していたのではなく、ただただ身を案じていた。クリスの潤んだ瞳が、それを物語っていた。

 

「……無用な心配だ。悪夢なら、とっくに見飽きている」

 

 もう悪夢に心を乱されることはない。バージルの言葉を聞いたクリスは、安堵するように息を吐いた。

 クリスは流しそうになっていた涙を腕で拭って顔を上げる──と、彼女はその表情をご機嫌斜めなものに切り替えた。

 

「それはそれとしてバージル。アタシ、極力戦闘は避けるようにって言わなかったっけ?」

 

 腰に手を当て、前のめりの姿勢でクリスが問いかけてきた。王城潜入の作戦会議や潜入直前、クリスから口酸っぱく言われていたことをバージルは思い出す。

 では、実際はどうだったか。彼はミツルギと派手にドンパチやりあい、最後は手加減していたといえ、王女様も含めて盛大に吹き飛ばした。潜入と呼ぶには、あまりにも目立ち過ぎていた。

 

「言い訳なら聞いてあげるけど、説教は覚悟しておいてね」

 

 クリスの言葉に、バージルは何も言い返すことができなかった。

 




次回で今章エピローグになります。


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第75話「この義賊騒動に終焉を!」

 王城での義賊騒動から一夜が明けた。

 手練れの盗賊二人、白銀の魔術師、そして漆黒の騎士。城を大いに騒がせた盗賊団の姿はどこにもあらず。

 全て悪い夢だったかのよう。しかし城内に残る熾烈な戦いの跡、失われた王女アイリスのネックレスと指輪が、夢ではないことを物語っていた。

 

 また、城で眠っていた者は口を揃えて悪夢を見たと証言した。地を揺らすほどの衝撃があっても起きなかったのは、悪夢にうなされていたからであろう。

 これをクレア達は漆黒の騎士によるものだと推測。同時に、強大な力と禍々しい姿を鑑みて、種族は悪魔だと暫定された。

 強力な悪魔を従えるには召喚以外に方法は無いとして、義賊の中にいた白銀の魔術師の使い魔だと推測されている。

 

 一刻も早く義賊を捕えなければ。誰もがそう思っていた時、奪われたネックレスについてアクアとめぐみんが進言した。

 曰く、あのネックレスは他者と身体を入れ替えられる魔道具だと。義賊もそれに目を付けて侵入してきたのであろうと。

 だが、義賊に逃げられる寸前に封印を施したので大丈夫だとアクアは自信満々に話した。同じくめぐみんも、あれほどの魔道具は誰にも作ることはできないであろうと。

 もしかしたら義賊はそれを知っていて、アイリスを助ける為に盗みを働いたのではないか。義賊の評判を聞く者達はそう考えた。

 

 しかし、紛れもない犯罪なのは事実。アクア達が王都を去った後、騎士団と貴族が集められ、義賊について話し合いが行われた。

 

 城の最奥にある謁見の間。玉座にはアイリスが座り、両隣には側近のクレアとレインが。

 通路を空けるように立つ騎士団とその他貴族。彼等の視線の先には王女の前で膝を付くミツルギ、クレメア、フィオの姿があった。

 

「申し訳ありません、アイリス様。我々が城内にいておきながら賊の侵入を許し、大切にされていた指輪とネックレスを奪わせてしまいました」

「気に病む必要はありません、魔剣の勇者様。ネックレスはさておき、指輪については私から父上へ話しておきますので」

 

 自身の失態を謝るミツルギに、アイリスは優しく言葉を掛ける。

 相手の義賊──特に白銀の魔術師と漆黒の騎士は、ミツルギ達をも上回る実力であった。

 あの夜、二人を目の当たりにした者はミツルギ達を責めはしなかったが──。

 

「『勝利の剣』と謳われていた者共が、たかが賊に遅れを取るなど聞いて呆れる」

「義賊の捕縛に失敗したというあの男と変わらんではないか」

「そんな調子で魔王を倒せるのかね?」

 

 昨夜は城に泊まり、グッスリ眠っていてミツルギ達の戦いを知らなかった貴族達は、ここぞとばかりに陰口を叩いていた。彼は王女に認められているだけでなく、貴族の女性にも人気が高い。それを妬む者が中心となって責めている。

 対するミツルギは特に反応せず。その一方、同じく小言を耳にしていたクレアが彼等を一瞥した。その目つきは鋭く、睨まれた貴族達は小さく悲鳴を上げる。

 

『勝てば称賛、負ければ批難か。いつの時代も貴族は変わらんな』

 

 ベルディアも快く思っていない様子。彼の発言にミツルギは内心焦ったが、どうやら自分にしか聞こえていなかったようだ。

 

「城に現れた賊は私ですら遅れを取る手練だった。そして白銀の魔術師と黒騎士……『勝利の剣』が敵わないとなれば、危険度は特別指定モンスター及び魔王軍幹部並と見ていいだろう」

 

 クレアは重々しい表情で話を続ける。

 聞けば盗賊の二人組、白銀の魔術師、黒騎士と三種類の手配書が発行される予定で、どれも高額の懸賞金が掛けられるとのこと。

 

「早急に調査隊を組み、捕縛に向かわせるべきだと考えている。その時は再びミツルギ殿の力を借りることになるだろう」

 

 義賊捕縛の協力を仰ぐクレア。それを受けたミツルギは、何も言わず静かに頭を下げた。

 

 

*********************************

 

 

 会議が終わり、謁見の間から退出したミツルギ達。フィオは疲れたように伸びをする。

 

「あそこにはちょくちょく行ってるけど、今日は一段と疲れたわね」

「とりあえずぶつくさ言ってた貴族は後でぶん殴りにいかなきゃ」

『奇遇だな。俺も同じことを考えていた。なんなら特別に力を貸してやってもいいぞ?』

「お願いだからやめてね? ベルディアも焚き付けないで」

 

 自分達を馬鹿にした貴族にカチコミする気でいた二人。ミツルギは宥めながら、彼女は最近血の気が多くなってきてるなとひとり思う。

 三人は階段の近くまで来たところで、今日の予定を話し始めた。

 

「昨日が昨日だったし、今日はもう休みたいわ。早く宿に戻りましょ」

「キョウヤも宿に戻る? どこか買い物に行きたいなら、私はついていくわよ」

「あっ! ズルいわよクレメア! だったら私も行く!」

「えーっと……悪いけど、二人は先に宿へ戻っていてくれるかな? 実は、会議が終わったらアイリス様のもとへ行くよう言われててね」

 

 デートをする気満々でいた二人の気持ちを裏切るように、ミツルギはそう告げる。

 二人は不満そうな顔を浮かべたが、王女様が相手なら仕方がないと自ら引き下がった。二人はミツルギを置いて城から出ていく。

 仲間を見送ったミツルギはふぅと息を吐き、振り返る。視線の先には王女の側近、レインの姿があった。

 

 

*********************************

 

 

「すみません。皆さんの交流を邪魔する形になってしまって……」

「いえ、気にしないでください。二人には後で埋め合わせをするつもりでいますので」

『どうしてもというのであれば、嫌そうな顔を見せながらスパッツを脱いで貰えると助かる。と、ミツルギが心の中で思っていたぞ』

「ちょっとベルディアは黙っていようか」

 

 レインと会話を交えながら廊下を歩くミツルギ。余計な茶々を入れるベルディアは、霊体の姿でフワフワとミツルギの傍を浮いている。

 やがて、二人は一つの部屋の前に辿り着く。先程いた謁見の間とは別の場所。王女アイリスの部屋である。

 

「アイリス様、クレア様。ミツルギ様をお連れしました」

 

 レインは扉をノックしてから声を掛ける。どうやらクレアもいるようだ。

 しばし間を置いて、レインは扉を開けてミツルギに入るよう手で指す。「失礼します」とミツルギは一声かけてから、アイリスの部屋に入った。

 部屋にいたのは、アイリスとクレアのみ。アイリスは椅子に座り、その横にクレアが立っていた。二人の前に来たミツルギは静かに頭を下げる。

 

「お呼び立てして申し訳ない、ミツルギ殿。先程の議題にもあった義賊について、詳しくお話を聞きたかったので……」

「そうでしたか。僕が対敵したのは黒騎士のみでしたが、それでもよろしければ何なりと」

 

 ミツルギはそう答えながら、ある物へ視線を向ける。アイリスの横にある丸机。その上に置かれていた、ベルが取り付けられた物(嘘を見破る魔道具)

 それに注目していると、背後からカチャリと物音が聞こえた。『ロック』の魔法をかけたのであろう。ミツルギは視線を二人に戻す。

 

「なに、返答次第ではすぐに済む」

 

 表情こそ変わりないが、声色が僅かに厳しくなったのをミツルギは感じた。横に浮くベルディアは口を挟もうとせず、黙って見守っている。

 

「昨晩の侵入は我々も想定外だった。おまけに祝勝会で気が緩み、多くの騎士が酒に潰れ眠ってしまった。義賊もそこを狙っていたのだろう」

 

 クレアの話す通り、昨晩は起きている騎士が少なく警備は手薄になっていた。油断大敵とはまさにこのこと。

 しかし、義賊を城に侵入させてしまった原因はそれだけではない。そうミツルギへ示すように、クレアは言葉を続けた。

 

「だだ、私の記憶が正しければ……ミツルギ殿の仲間である二人が、積極的に騎士達へ酒を勧めていた筈だ」

 

 クレアの目つきに鋭さが増す。ミツルギとベルディアは何も言葉を返さず、耳を傾ける。

 

「そして黒騎士と相対した時……貴方は笑っていた。まるで黒騎士との戦いを楽しんでいるかのように」

 

 クレアの言葉と、机に置かれた魔道具。彼女が何を問いたいのかは、既に理解していた。

 

「ミツルギ殿、正直に答えてください。あの義賊は何者ですか?」

 

 義賊の正体を知っていて、協力関係にあるのではないか。

 尋ねられたミツルギは、どう返したものかと悩む。下手に嘘を吐けば魔道具に見破られる。

 

「安心してください。この部屋には防音の結界も張っています。声が外に漏れる心配はありません」

 

 そんな彼の心境を察したのか、クレアがそう伝えてきた。ミツルギは視線を魔道具に移すが、反応は見られなかった。

 自分は、サトウカズマのように口八丁な男ではない。嘘を吐けない性格なのは自覚していた。故にミツルギは、ありのままの事実を話した。

 

「お察しの通り、彼女達の行動は僕の指示。義賊が侵入しやすいよう手引していました。当然、義賊の正体も知っています」

「……何故、そのような事を?」

「義賊の一人から、アイリス様のネックレスについて聞きました。どうやって調べたのかは不明でしたが、放置すればアイリス様の身に危険が及ぶ代物だと理解できました」

「それで、義賊に協力を?」

「はい。僕が進言したとしても、すぐに渡していただくことは難しい。その話を聞いた者に悪用される危険もある。なら、誰にも知られない内に盗んでしまった方が早いと判断しました」

 

 ミツルギの話を聞きながらクレアは魔道具に目を移す。魔道具から音は鳴らない。

 

「しかし、犯罪に手を貸してしまったのは事実です。どんな処罰も受けます。その代わり、クレメアとフィオは見逃していただけないでしょうか?」

 

 ミツルギは頭を下げて頼み込む。嘘は見破られ、黙秘も許されない。嘘を吐けない自分には正直に話す以外選択肢はなかった。

 せめて仲間の二人だけでも見逃してもらえれば。ミツルギが祈りながら言葉を待っていると、クレアは小さく息を吐いた。

 

「貴方の姿勢、他の貴族にも見習って欲しいものだな」

 

 彼女の呟きを聞いて、ミツルギは顔を上げる。先程までの警戒した表情とは変わって、クレアの顔は普段の柔らかなものに変わっていた。

 

「確かに盗みは犯罪だが、結果アイリス様を救ってくださった。ミツルギ殿も、彼等の行動が正しいと思ったからこそ協力したのだろう。騎士としては見逃せないが、私個人としては君を責めるつもりはない。それはアイリス様も同じだ」

 

 クレアがそう話す横で、アイリスは小さく頷く。会議では義賊捕縛を優先としていたが、本心では彼等を善と思ってくれているようだ。

 

「実のところ、黒騎士と銀髪の魔術師、仮面の盗賊の正体はおおよそ見当がついている。もし合っているのなら、共に行動していた銀髪の盗賊も悪い人間ではないのだろう」

「……やはり、お気づきになられていましたか」

「ミツルギ殿を上回る剣士で悪魔の力を使うとなれば、思い当たる人物は一人しかいない。銀髪の魔術師は目が紅かったと聞いている。そして仮面の盗賊……あの卑劣で外道極まりない手口は、あの男以外考えられない」

 

 仮面の盗賊についてはミツルギも知らなかったのだが、彼等が仲間に引き入れたのだろう。当然、その正体も容易に予想がつく。

 その男に対して怒りに拳を震わせているクレア。彼女がここまで怒るとは、一体何をしでかしたのか。

 

 また黒騎士についてだが、ミツルギは内心あの姿を見て驚いていた。彼の知る悪魔の姿ではなかったので当然だろう。

 しかし、まだ彼が黒騎士に変身する前──城内で近衛騎士に化けた彼とぶつかった時、彼は小声で「契約通り、今回は貴様に付き合ってやる」と伝えてきた為、本人だと確信していた。

 彼の新たな力。その片鱗に触れられたことをミツルギは喜ばしく思うと同時に、一人前の剣士になる日はまだ遠いことを痛感させられた。

 

「もし捕まった場合は、魔王軍との戦いに協力することを条件に釈放するつもりでいる。ミツルギ殿の事もここだけの話にしておく。その為に防音の結界も張ったのだからな。全てはアイリス様のご判断だ」

「……ご厚意、誠に感謝致します」

「『勝利の剣』には幾度も助けられてきました。少しでもお力になれたのなら幸いです」

 

 アイリスの広い心に感服し、ミツルギはその場で片膝をついて頭を下げる。彼女がここまで義賊に肩入れしてくれるとは思っていなかった。

 とにかく、ミツルギ達の身の安全は保証された。義賊も捕まったとしても重い刑を処されるわけではないと知り、ミツルギは安堵する。

 

「この話、義賊の方達にも伝える予定は?」

「あぁ、後日レインをアクセルの街へ向かわせる予定でいる」

「でしたら、それは僕に任せていただけませんか? 実は、近々アクセルの街に戻ろうと考えていたんです」

「えっ?」

「恐らく魔王軍は、アクセルの街に目を付けています。数々の幹部を討ち取った彼等がいる街に。次に大きな襲撃が起きるとすればあの街だと、僕は考えています」

 

 以前サトウカズマにも話した、魔王軍襲来の予感。あの街は駆け出し冒険者の街。冒険者になる者は、誰もがあの街から始める。

 もし魔王軍によって潰された場合、冒険者が生まれなくなると言っても過言ではない。それは人間側にとって大打撃となる。

 それはアイリスも懸念していたのだろう。悩む様子もなく、彼女は言葉を返した。

 

「わかりました。『勝利の剣』はアクセルの街へ拠点を移し、魔王軍の襲撃に備えてください。王都の事は大丈夫です。ここには、数多くの優秀な騎士と冒険者が揃っていますから」

「ありがとうございます。アイリス様」

「アイリス様がそうおっしゃるのであれば、私も構いませんが……寂しくなりますね」

 

 笑顔で送り出すアイリスとは裏腹に、クレアは少し残念そうな表情を見せる。

 

「拠点を移すとはいっても『テレポート』を利用すればいつでも来れますので、何かあればいつでも駆けつけますよ」

「そういう意味ではないのですが……」

 

 しばらく会えなくなるわけではないとミツルギは言葉を返したが、それでもクレアは浮かばれない様子。ほんのりと頬が染まっていたが、ミツルギがそれに気付くことはなかった。

 

「そうだ。アイリス様が大切にされていた指輪、返してもらうよう僕から彼に伝えておきましょうか?」

 

 ふと指輪の事を思い出したミツルギは、アイリスに提案する。しかしアイリスは静かに首を横に振った。

 

「いえ、いつかまたお城へ来られた時に私から聞いてみます。本当は、大切に持っていて欲しいですけど……」

 

 尻すぼみになり、最後は自分にしか聞こえないほど小さな声で呟くアイリス。ミツルギにも聞こえなかったが、頬が僅かに赤く染まったアイリスの顔を見て、彼は察した。

 何故、アイリスが義賊をここまで気にかけてくれていたのかも。

 

「本当に、君という男は……」

「えっ?」

「いえ、なんでもありません。指輪の件はアイリス様にお任せします」

 

 ミツルギは特に何も言わず微笑む。アイリスは不思議そうに見つめていたが、彼女もそれ以上尋ねることはしなかった。

 

「ではその代わりに、私からもう一つ頼んでもいいだろうか?」

 

 二人のやり取りを静観していたクレアが頼みを入れてきた。彼女は懐から一枚の紙を取り出し、ミツルギに渡す。

 受け取った彼は紙に記されていた内容を読むと、思わず息を呑んだ。

 

「こ、これは……」

「期限は問わん。だが必ず果たすように、と伝えておいてくれ」

 

 宛先は、黒騎士の中の人。

 そして、ミツルギも見ただけで冷や汗をかくほどの金額が記されていた。

 

 

*********************************

 

 

 密会が終わり、城を後にしたミツルギ。クレメアとフィオの姿は城門前には見えなかったため、宿を目指し歩いていた。

 

『しかし、いきなりアクセルの街に戻ると言い出すとはな。魔王軍襲来の恐れがあるとは伝えたが、まだ先の話だろう?』

 

 横でフワフワ浮いていたベルディアが、アイリスにも報告した魔王軍の話題について話しかけてきた。

 彼の言う通り、すぐに襲来の危機が訪れるとは考えにくい。魔王軍幹部を数名失っている今、軍としては守りを堅めるのが先決であろう。

 アクセルの街に戻る理由は他にもあるのではないか。暗にそう尋ねてきたベルディアに、ミツルギは快晴の空を見上げつつ言葉を返した。

 

「もしこの世界が一つの小説だとしたら、君は誰を主役に置く?」

『……お前、無自覚ナルシストだけに飽き足らず激痛ポエム野郎になるつもりか?』

「割と真剣に聞いたんだけど……」

 

 ドン引きして自ら距離を空けるベルディア。ミツルギにはカッコつけたつもりなど一切無かったので、ベルディアの反応にただただ困惑する。

 程なくしてベルディアはミツルギの近くへ戻ると、考える素振りを見せてから返答した。

 

『ウィズのパンツを見せてくれるのなら、お前だと答えてやってもいいが』

「まだ諦めてなかったのか」

『当たり前だ! 幹部時代、魔王城でどれだけウィズのパンツを覗くことに俺が精を出していたか! もう一度覗くまでは絶対に成仏せんからな!』

 

 ウィズのパンツに向けられた彼の情熱。どれだけ魂を共鳴させようとも、この部分だけは理解したくないとミツルギは心底思う。

 ひとしきり語ったのか、ベルディアはふぅと息を吐く。彼が落ち着いたのを見て、ミツルギは話を戻した。

 

「この世界を舞台にした主演……僕の頭には、二人の候補が挙がっている」

『一人は想像がつくが、もうひとりは誰だ?』

「さっきアイリス様との話でもあった、仮面の義賊だよ」

 

 ミツルギの返答を聞いて、ベルディアの脳内に一人の冴えない男の顔が浮かぶ。

 おおよそ勇者とは言い難い風貌の彼が、何故主人公と呼べるのか。

 

「彼が女神様と共に現れてから、この世界……少なくともこの国の情勢は大きく変化した。魔王軍幹部の討伐、機動要塞デストロイヤーの破壊。そのような偉業を、彼は一年足らずで成し遂げている」

『といっても、それは仲間の力が大きいだろう?』

「その仲間を指揮しているのが彼なんだ。僕は一度彼の仲間を勧誘したが、頑なに応じようとしなかった。彼への信頼が高い証拠だろう。悔しいけど……女神様もそうだった」

 

 王都でバッタリ出会ったが、彼等の様子は変わりなかった。とても仲良さそうに、女神は彼と話していた。

 

「彼は不思議と周りの人間を引きつける。女神様も、師匠も、果てには一国の王女様すらも……主役として置くには十分だろう?」

『性格はアレだがな。で、もうひとりを選んだ理由は?』

「ほとんど同じ理由さ。数々の偉業を成し遂げた、絶対的な力を持つ冒険者。そして、あの人に惹かれる人間が僕を含めて何人もいる」

『なるほどな。あっちも性格はアレだが』

 

 ベルディアの感想に、ミツルギは返す言葉も見つからず苦笑いを浮かべる。二人とも性格が良ければ、誰もが手放しで主人公だと認められるのだが。

 

「そして、物語は主役の周りで展開される。だから僕も、二人がいるアクセルの街に戻るのさ」

 

 魔王軍襲来が無かったとしても、何か別の大きな出来事が起きる。ミツルギはそう予感していた。

 仲間の二人にも帰郷する旨を伝えておかなければ。ミツルギは歩みを早め、宿へと向かった。

 

『ところでミツルギ、クレアの変化に気付いたか?』

「えっ? 何が?」

『死ね』

「なんで!?」

 

 

*********************************

 

 

 同日──アクセルの街、バージルの家にて。

 

「えぇっ!? じゃあ最初から魔剣の勇者君と結託してたってこと!?」

 

 クリスの驚嘆する声が響き渡る。家の中にいるのはクリスと、ソファーに座っていたゆんゆんとカズマ。そしていつもの席に座るバージル。銀髪仮面盗賊団のメンバーが揃っていた。

 

「奴に護衛の数を減らすよう頼んでおいた。そして交換条件として、奴からのリベンジマッチを引き受けた」

「先生の言ってた保険って、やっぱりそれだったんですね。だからクレメアさんはあんなに……」

 

 バージルの話を聞いて、ゆんゆんは独り納得した表情を浮かべる。その一方で、不満げな顔を見せる者が一人。

 

「そういう大事な話は最初に言っておいてくれませんかね」

「結果何事も無かったのだから構わんだろう」

 

 カズマはジト目で睨んだが、バージルは全く気にせず。言っても聞かない性格なのは理解しているので、彼は諦めたように息を吐いた。

 

「それで、手に入れた神器はどうなった?」

「アクア曰くガッチリ封印を施したらしいっすけど……」

「うん、この分なら誰かに悪用される心配はないね。念の為、誰にも見つけられない場所に隠しておくつもりだけど」

 

 クリスは所持していたネックレスを見せる。感じられる魔力はアクアのものであり、一切の穴が無いよう綺麗にコーティングされていた。

 紅魔族としては興味深い代物なのか、まじまじと見つめているゆんゆん。と、彼女は思い出したかのようにカズマへ尋ねた。

 

「そういえば、カズマさんも何か盗ってましたよね?」

「何の変哲もない指輪だったよ。クリス曰く魔力も無い無害な物だから、俺が預かってるけど」

「でも、王女様の物なんですよね? 魔道具じゃなくても大切な物だったら大変ですし、こっそり返しに行ったほうがいいんじゃ……」

「できることなら今すぐ返しに行きたいよ」

 

 重いため息を吐くカズマ。義賊だとバレないよう返却するには、再び城へ忍び込む他ない。

 が、向こうも賊の侵入を許すまいと警備を固めているであろう。なれば、ほとぼりが冷めるまで待つしかない。

 

「じゃあ、ミツルギさんに頼むのはどうですか? 私達の事情を知ってるなら、指輪の返却も協力してくれるかも」

「それは俺も考えたけど、これをアイツに渡すのは何か嫌だから却下。こっちからお願いしますって頭下げるのも嫌だ」

 

 ミツルギを経由しての案を出したゆんゆんであったが、カズマは即却下する。私情ありまくりの理由を聞き、ゆんゆんは乾いた笑いしか出ない。

 

「ただの指輪として質に入れれば、多少は金になると思うが」

「急になんちゅうこと言ってんですか。売ったお店で足がついたらやばいでしょう。いや売る気は無いんだけど」

「なら畑にでも埋めて肥料の足しにすればいい」

「いや、埋めちゃうのもちょっと心が引けるというか……」

 

 すぐにでも返したいと言っておきながら、バージル等の案は全て却下するカズマ。どっちつかずな奴だと思っていると、クリスがバージルの傍に寄り耳打ちしてきた。

 

「あの指輪、王族が婚約者に渡すものらしいんだ。正体を偽って返しにいったとしても、口封じに始末されるかもって」

「……その話、誰から聞いた?」

「ダクネスだよ。昨日バッタリ会った時に、彼女だけには正体を感づかれたっぽいから、事情を説明しに行ってたんだ」

 

 彼が奪った指輪は、価値があるどころの話ではない物であった。クリスの話を聞いたバージルは、なるほどと納得しカズマへ目を向ける。

 

「国の主になるつもりか」

「マジで何言ってんですかバージルさん」

 

 少し前までは駆け出し冒険者だった彼が、今や事実上この国の王女様の婿。未来の王と言っても差し支えなかった。本人にその気は無いようだが。

 この話には関わるべきではない。危険センサーが察知したところで、バージルはおもむろに立ち上がる。

 

「貴様がその指輪をどうするかなど、俺には関係ない。話が終わったのならさっさと帰れ。仕事の邪魔だ」

 

 早く家から出るよう三人に促してから、バージルは書斎へ足を運ぼうとする。が、それをクリスが腕を掴んで止めてきた。

 

「何ちゃっかり逃げようとしてるの? アタシ言ったよね? 帰ったらみっちり説教してあげるって」

 

 クリスの表情は笑顔そのものであったが、声には激しい怒りの色が伺えた。それを見てバージルの脳裏に蘇るのは、幼きに頃に見た怒れる母の顔。

 それと重ねてしまったからか、バージルは手を振りほどくこともできず、大人しく席に戻った。

 

「えーっと……俺はお邪魔みたいなんで先に失礼しますね」

「待ってくださいカズマさん! 国の主になるってどういうことですか!? 王様になっちゃうんですか!? あの城で王女様と一体何があったんですか!?」

「あぁもう! めんどくせぇな!」

 

 こっそり脱出を試みたカズマであったが、ゆんゆんが興奮した様子で迫ってきた。おまけに少し勘違いもしている様子。

 その後カズマは誤解を解くため、指輪のことは明かさないようにしながら弁明した。小一時間経ってようやくゆんゆんは納得してくれた一方で──。

 

「戦闘は避けるようにって何度も言ってたよね! なのに早速攻撃を仕掛けるどころか、最初っから戦う気でいたって何なの!? アタシに報告する気ゼロだし! そもそも、あれだけ派手に暴れる必要あった!? 魔剣の勇者君と戦うだけならまだしも、アクア先輩や騎士団、王女様まで吹き飛ばすって何考えてんの!? 下手したら国家転覆罪だよ! そんなにあの力を試したかったの!? 後からいくらでもクエストで試せるでしょ! ちょっと聞いてるの!?」

「……Humph」

 

 クリスの説教はまだまだ続いており、反論する余地もなかったバージルはクリスからそっぽを向いていた。




本気で怒った母エヴァは子バージルを泣かすほどらしいです(ダンテ談)


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Secret episode7「続・この物語にくだらない小話を!」

<chapter8:声>

 

 アレクセイ・バーネス・バルターは悩んでいた。

 

 彼は養子として迎え入れられた、アレクセイ家の長男。それ故か、父のアルダープとは似ても似つかぬ人間であった。

 容姿端麗、有智高才、温厚篤実。貴族の鑑といっても過言ではない男。家臣からの信頼も厚く、アルダープより彼に仕えたいというメイドは多い。

 

 ある日そんな彼に、見合いの話が持ち込まれた。だがそれは父アルダープが強引に取り付けたものだったので、最終的に彼は断る気でいた。

 しかし、その見合いが行われた後──彼は、相手の貴族を本気で好きになってしまった。

 

 彼女の名は、ダスティネス・フォード・ララティーナ。ダスティネス家の令嬢でありながら、冒険者として日々クエストをこなす女性。

 職業である聖騎士の通り、どんな力にも屈さない強靭な肉体と精神を持つ。そんな彼女に、バルターは惚れてしまった。

 しかし彼女は、見合いの際に連れてきた冒険者、サトウカズマに最も信頼を寄せている様子だった。自分の入り込む余地が無いほどに。

 見合いではサトウカズマへ譲るように自ら身を退いたが、諦めきれない思いが彼にはあった。

 せめて、ララティーナ様のお気に召す人間にならなければ。

 

「とは考えたものの……僕にこれが出来るだろうか」

 

 バルターは一冊の本を読みながら、不安を口にする。

 『相手を見下す口調を覚えよう』──本の表紙には、そう書かれていた。

 

 彼女は自分のような人間とは真反対の、常に相手を見下す悪徳貴族のような男が好みだと言っていた。

 悪徳貴族に成り下がるつもりは毛頭ないが、せめて口調だけは練習してみようと思い、バルターは書斎へ。そして、今の自分にうってつけな本を見つけたのだった。

 本に書いてあるのは、口に出すのも恐ろしい粗暴な言葉ばかり。ご丁寧に目線や手の仕草まで解説してあった。

 本音を言えばやりたくないが、彼女に見合う男になるためには必要な知識。あくまで勉学だと自分に言い聞かせ、彼は自室にあった全身鏡の前に立つ。

 

「親指を立てたら、自分の首を掻っ切る動作を見せて……」

 

 本に書かれていた内容通りに動きを模倣。どんな意味があるのかわからないが、下品ということだけは理解できた。

 次に、立てた親指が下へ向くように手首を捻り、自分なりに悪い表情を作って台詞を発した。

 

クズが(Scum)!」

 

 最後は相手を小馬鹿にした笑みも忘れず。鏡で挑発する自身の姿を見たが、教科書通りにはできていたように思う。

 終わった後、彼は小一時間の厳しい稽古が終わったかのように重い息を吐いた。

 

「本当に、ララティーナ様はこのような暴言を吐く男が好きなのだろうか……」

 

 一回試しただけなのに、大切な何かを失ったと錯覚するバルター。これでも本によればまだ初級編であり、その事実がバルターを更に疲れさせる。

 ひとまず今日はこれだけにしよう。そう思いバルターは鏡から背を向けると──。

 

「ご、ご主人様……」

「うわぁっ!?」

 

 部屋の扉から入ってきていたメイドの姿を見て、バルターは驚きのあまり本を宙に放り投げてしまった。本はそのまま曲線を描いて落ち、メイドの足元へ。

 彼女は本を拾い上げるとパラパラとめくり、納得がいったような表情を見せていた。

 

「いや、その……違うんだ。書斎で本を探していたら、たまたまこれが目に入って──」

「わかっておりますよ、ご主人様。ダスティネス家のご令嬢の件でしょう」

 

 まるでいけない本を見られた男のような慌てっぷりのバルターであったが、メイドは全て理解しているとばかりに頷く。

 

「あの方が求められていた男性像は、ご主人様とは真逆のものだったと聞いております」

「あ、あぁ。そうなんだ。だから、せめて口調だけでもと考えていたんだが……僕には厳しい世界だ。むしろこれで踏ん切りがついた。彼女のことはもう忘れ──」

「諦めるにはまだ早いですよ、ご主人様」

 

 バルターの言葉へ被せるようにメイドは進言する。メイドからの意外な励ましに、バルターは顔を上げた。

 

「ご主人様はアレクセイ家の長男として恥じぬよう、弛まぬ努力を積み重ねてこられました。その努力は必ず実を結びます。陰ながら見守っていた私が保証します」

 

 メイドはバルターの背中を押すように言葉を掛ける。彼が家臣を大切にするように、家臣も主を想っている。その証拠であろう。

 ──と思われたが。

 

「私が相手役を担います! 今度はこの言葉を練習してみましょう!」

「えぇっ!?」

 

 メイドはやたらと興奮した様子で、教科書を手にバルターへ迫ってきた。

 

「ご主人様のお声は優しい言葉だけでなく、相手を威圧する台詞も似合うと前から思っていたのです! この『失せろ!』とか『砕け散れ!』とか!」

「ま、待ってくれ。今日はもう終わりにしようと──」

「アルダープ様で慣れておりますので、私相手ならいくらでも罵詈雑言を浴びせてかまいません! むしろご主人様の罵声ならご褒美なので望む所です! あぁもう想像するだけでヨダレが! さぁ早く! 私にご主人様の言葉の鞭を!」

 

 例の彼女と同じ嗜好を持ち合わせていたメイドに迫られ、バルターは困惑するばかり。

 結局みっちり一時間、ドMメイドによる熱いドS言葉講座が続いた。

 

 

<chapter9:神に縋る者>

 

 アクセルの街に、ひっそりと経営しているバーがあった。

 住民で知る者は少なく、訪れるのは常連客ばかり。お忍び貴族、冒険者を引退した者、情報屋。その種類は様々。

 そんなバーに、一人の常連客が訪れた。

 

「マスター、今日はまだ開いてますか?」

「いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思って開けたままだよ」

 

 扉が開き、マスターはいつものように挨拶を交わす。

 入ってきたのは、長い黒髪に眼鏡が似合う目つきの鋭い女性。アクセルの街に移動してきた王国検察官、セナである。

 

「いつものでいいかい?」

「えぇ。後でもうひとり来ますので、二つお願いします」

 

 セナはマスターに言葉を返すが、その声色には疲れが見える。先程まで仕事ずくめだったので、無理もない。

 彼女の注文を聞いたマスターはカウンターから姿を消す。それを見送ったセナはカウンター席に座り、疲労を吐き出すようにため息を吐いた。

 

 しばらく待っていると、再びバーの扉が開かれた。

 

「セナさん、もういらしてたんですね」

「ルナさんも、思っていたより早かったですね」

「今日は普段より仕事の量が少なかったので」

 

 現れたのは、この街の冒険者ギルドで受付嬢を務める金髪美人、ルナ。彼女等は時折、こうして酒を交わす仲であった。

 セナの隣へルナが座る。と、タイミングを合わせたようにマスターが戻り、二人にワインの入ったグラスを差し出した。

 二人はグラスを手に取り、乾杯の音を小さく鳴らす。ワインを一口飲んだのを見てマスターは隅の方へ移動し、グラスを磨き始めた。

 

 彼女等が交わす話題は様々だ。お互いの仕事について、街の噂話、魔王軍の動き、セナのとある趣味についてなど。職業柄か、二人とも敬語を崩さずに話し続ける。

 しかし、中でも熱量を感じさせる共通の話題がひとつ。

 

「そういえば……ギルドの通りにある武器屋の娘さん、結婚されたそうですよ」

「私も聞きました。相手は男冒険者だと」

「あの子、まだ二十代なのに……」

 

 二人は、婚期が危うい年齢(マストダイ)であった。

 顔も良く、プロポーションは多くの男が鼻の下を伸ばす程に優れている。しかし彼女達が求めているのは、自分の外面ではなく内面を見てくれる男性。

 欲を言えばイケメンで羽振りがよく、どんな危険からも守ってくれる強さを持った人。これらの条件を満たす者として挙げられるのは、勇者候補であるミツルギとバージル。

 だが彼等は、アクセルの街に住む女冒険者に聞いた『一緒にパーティーを組みたい男冒険者ランキング』でトップを争う程の人気。当然、倍率は高い。

 羽振りだけでいえばカズマの名も挙げられたが、セナとルナには下心しか抱かなそうなのと、いざという時に自分達を盾にして隠れそうだと容易に想像でき、却下された。

 

「私の婚期は、とっくの昔に過ぎてしまったのでしょうか……」

「諦めないでください! きっとセナさんの魅力に気付いてくれる男性が現れますよ! 女神エリス様は、諦めない人に手を差し伸べてくださるという言い伝えもありますから!」

「女神……そうですね。やはりもう、私が頼れるのは神しかいない」

 

 ルナの言葉を受け、セナは乾いた笑いを浮かべ、ポケットから一枚の紙を取り出す。

 不思議そうにルナが見つめる隣で、セナはおもむろに紙を開く。そして彼女の手にある紙の正体を知り、ルナは絶句した。

 

 『私はアクシズ教に信仰を捧げます』──アクシズ教への入信書であった。

 

「ここのバーへ寄る途中に、熱心なアクシズ教徒から受け取ったんです。彼女は言っていました。アクシズ教に入れば、運命の人と出会えること間違いなしだと」

「考え直してくださいセナさん! 貴方は今、人の道を踏み外そうとしているんですよ!?」

「でも……私が結婚するには、これ以外に方法が無いんです!」

 

 友人がアクシズ教徒に堕ちてしまうのを黙って見過ごせるわけがなく、ルナは必死に説得する。しかしセナの覚悟も堅い。

 自身の不甲斐なさに涙を流し、肩を震わせるセナ。そんな彼女にかける言葉が見つからず、ルナが焦っていた時だった。

 

「お困りのようだね」

 

 彼女等の耳に誰かの声が届いた。ここにいるのはルナ、セナ、マスターの三人だが、その声は誰のモノでもなかった。二人は声が聞こえた方へ顔を向ける。

 目に入ったのは、二人から数席空けてカウンター席に座る黒髪の女性。彼女は、二人にも面識のある人物であった。

 

「タナリスさん! どうしてここに!?」

「ここは僕がバイトで働いたことのあるバーでね。久しぶりに顔を出しに来てたんだ」

 

 タナリスの話を聞いてセナはマスターの顔を見る。彼は静かに頷くだけ。

 

「そういえばギルドってまだバイト募集してる? 最近短期のが一個終わったから、またそっちで働けそうなんだ」

「本当ですか!? 丁度人手不足で困っていたんです! タナリスさんなら歓迎ですよ!」

「えっ? タナリスさん、ギルドでも働いていたんですか?」

「はい、彼女は雑務から酒場のウエイトレスまで幅広く仕事をこなしてくださってたんです。他にもいろんな所でバイトをしていて、その何処でも評判がいいことから、バイト戦士なんて呼ばれているんですよ」

「やだなぁ、褒めたって何も出ないよ」

 

 ルナの褒め言葉にタナリスは得意げに笑う。職業は冒険者の筈であったが、話を聞く限りではいっそ冒険者を辞めた方が幸せになれるのではないか。

 そうセナが思いながら見つめていると、その視線に気付いたタナリスは席を立ち、セナの隣へ移動してきた

 

「ねぇセナさん。アクシズ教に入信するのが嫌なら、ここはどうかな?」

 

 タナリスは一枚の紙をセナに渡す。それはセナが持っていた物と同じ入信書であったが、その宗教名には『タリス教』と記されていた。

 

「女神タナリスを崇めるタリス教。祈りは一日一回でも一ヶ月に一回でもいい。エリス教やアクシズ教は敷居が高くて入りにくいって人にオススメだよ」

「タリス教……初めて聞きました」

「女神の名前はタナリスさんと同じなんですね」

「僕の両親が熱心なタリス教徒でね。何を思ってか、女神様と同じ名前を付けちゃったんだ。アクアと似たようなものかな。流石に女神を自称したりはしないけど」

 

 タナリスの説明を聞いて、二人は納得のいった表情を見せる。

 しかし、女神の名は今まで聞いたことがない。つまり超が付くほどのマイナー宗教。そこに入信するのは少し勇気がいる。

 セナが入信書を前に躊躇していると、タナリスは囁くように彼女へ告げた。

 

「タリス教のメインは入信者同士の交流。定期的に交流会なんかも開かれててね。そこで出会った武器屋の娘と男性冒険者が最近結婚したとか」

「「入信します!」」

 

 二人のタリス教徒が誕生した。

 

 

<chapter10:魔剣の行方>

 

 アクシズ教団、アクセル支部。その教会に一人の少女が来訪していた。

 

「セシリーさん、来ましたよー」

 

 とんがり帽子にローブ、眼帯。アクセルの街随一の魔法使いことめぐみんである。彼女は友人の家に来たかのような軽さで教会の中へ入る。

 すると、彼女の声を聞きつけた教会の主が奥の方からドタドタと足音を立てて駆けつけてきた。

 

「いらっしゃいめぐみんさん! 最近ロリっ子成分を補給できていなくて困ってたの! さぁ、セシリーお姉ちゃんの胸に飛び込んで、私にめぐみんさんの芳しい香りを嗅がせて!」

「そんなことのために呼んだのなら帰りますね」

「あぁ待って! 今のはほんのご挨拶だから!」

 

 出会って数秒でセクハラ発言をかましてきたセシリーに呆れ、めぐみんは踵を返そうとしたが、セシリーが慌てて止めてきた。

 事の始まりは数時間前。朝、屋敷でくつろいでいた所にセシリーが訪問し、めぐみんに頼みがあると伝えてきた。詳しい話は教会で話すとのことであったので、彼女はこうして足を運んできたのだ。

 

「で、頼みとはなんですか? 先に言っておきますが、勧誘の手伝いはしませんよ。ウチの隣にある便利屋にでも頼んでください」

「そこには既に頼んだわ。手伝うくらいなら草むしりでもしていたほうがマシだって足蹴にされたけど。ホント乱暴な方ね、あの便利屋さん」

 

 頬を膨らませて怒るセシリー。彼女の話を聞いて、そうなるだろうなとめぐみんは内心思う。

 しかし勧誘以外に頼みがあるとすれば、彼女の好きなところてんスライム関連であろうか。めぐみんが予想していると、セシリーは「ついてきて」と伝え、教会の奥へ。

 扉を開けて先に進むと、厨房に繋がっていた。やはりその類かと思っていたが、セシリーが手で指したのは部屋の片隅。そこに立てかけられてた、一振りの剣であった。

 

「この剣は……」

 

 見た目は上物に思える両刃剣。どこか見覚えもあったのだが、めぐみんは思い出せずにいる。

 

「あの魔剣の勇者様がかつて持っていた魔剣よ! 何故か道端のお店で売られていたのを発見して、それを購入したチンピラ冒険者に美人プリーストたる私の色気を見せたら、タダで譲ってもらえたの!」

「つまりチンピラ冒険者にしつこく絡んで、根負けした相手が魔剣を置いて逃げていったと」

 

 魔剣よりも身の安全を選んだのであろう。流石は魔王軍より恐ろしいと噂のアクシズ教徒といったところか。

 因みにめぐみんは、魔剣の勇者という言葉を聞いてようやく剣の名前を思い出した。所持者の顔と名前は一向に出てこなかったが、今はどうでもいい情報だと判断して思い出すのをやめた。

 

「魔剣グラムと、あの男は言っていました。それに、女神様から授かったとかなんとか……」

「アクア様から!? 言われてみれば確かに、この魔剣からアクア様の御加護をそこはかとなく感じる気がするわ!」

 

 女神と聞いただけで女神アクアだと断定するセシリー。もっとも彼は同名のアクアにご熱心だったので、間違いではないのだろう。

 

「それで、この魔剣がどうかしたのですか? そもそも、何の為に魔剣を手に入れたのですか?」

「これを使ってあのイケメン君を脅せば、アクシズ教に勧誘どころか私と結婚して存分に甘やかしてもらえると考えていたのだけれど、肝心の彼がいないのよ」

 

 ちゃっかり彼にとってはた迷惑な計画を企てていたセシリー。脅すことに罪悪感を一ミリも抱いていない彼女に、めぐみんは内心呆れる。

 

「まずは彼をこの街に、この教会へ誘い込む必要があるの。そこでめぐみんさん、何かいい案はないかしら?」

「帰っていいですか」

「お願い待って! アクシズ教団へ様々な勧誘方法を授けたというめぐみんさんの知恵が必要なの! めぐみんさんの功績を街の人々にも伝えて、めぐみんさんを称えるよう促すから!」

「わかりました! 引き受けますよ! その代わり、今の話は絶対に言いふらさないでくださいね!」

 

 アクシズ教の被害を受けた住民からフルボッコされる未来を阻止すべく、めぐみんは慌てて頼みを引き受けた。セシリーが落ち着いたところで、めぐみんは魔剣を前に独り考える。

 

「どう? 何か思いつきそう?」

「そうですね……やはりこの教会で魔剣を預かっていると広めてしまうのが早そうですが、それだけでは紅魔族的にナンセンスです」

 

 せっかくなら紅魔族らしい演出を。魔剣を活かした設定をすぐに考えついためぐみんは、マントを翻してセシリーに向き直った。

 

「この教会に魔剣を封印するのです!」

「へっ?」

「女神より授けられた魔剣が悪しき者の手に渡らぬよう、同じく女神の恩恵を受ける聖職者が封印し、守り続けるのです。真の勇者が現れるその日まで。そのためには剣を刺せる台座か、丁度いい大きさの岩が必要ですね。場所は木のそば辺りがよさそうでしょうか」

 

 我ながら良い設定を思いついたものだと自画自賛する。一方で話を聞いていたセシリーは口を開けてポカンとしていたが、しばらくして彼女は両目を輝かせた。

 

「そういうことね! 流石だわめぐみんさん!」

「フッ、私にかかればこの程度──」

「封印されし魔剣をダシに宣伝すれば、魔剣欲しさに教会を訪れる人が増える! その挑戦者はアクシズ教徒のみに限ると条件を設けて、魔剣は絶対に抜けないよう細工をすれば、入信者を増産させる装置の完成ってわけね!」

「えっ? いや、私はそんなこと言ってな──」

「で、いずれ魔剣の噂を聞きつけた彼が教会を訪れた時には、魔剣を抜けるようにしておく! そして魔剣を抜いた彼に私はこう言うの。この魔剣を抜いた真の勇者と、魔剣を護りし女神の使いは古来より結ばれる運命にあると……結果、あのイケメン君はアクシズ教に入信した上に、私を甘やかしてくれるお婿さんになってくれる! なんて完璧な計画なの! めぐみんさんの才能が恐ろしいわ!」

 

 めぐみんとしては封印された魔剣とそれを守護する聖職者、という設定を出しただけなのだが、セシリーはその先まで見据えてしまったようで。

 

「アクア様! 私、幸せになります!」

 

 もはやめぐみんの声は届かない。セシリーは魔剣の勇者と結ばれた未来を想像し、だらしない顔を浮かべている。

 自分は犯罪に近い行為に加担してしまったのかもしれない。そんな罪悪感をめぐみんは抱いたが──。

 

「(まぁ、この街の住民のガードは固いですし、最終的に犠牲になるのがあの男なら問題ありませんね)」

 

 もし問い詰められても、自分は原案を出しただけでほとんどの脚色はセシリーがつけたと主張すればいい。

 妄想の世界へ旅立ったセシリーを放置し、めぐみんは教会から去っていった。

 

 

<chapter11:剣の名は>

 

 

 王都の昼下がり、とある喫茶店。

 仲間と街を歩いていたカズマはミツルギとバッタリ出会い、彼から話があるということで喫茶店に案内された。

 そこで魔王軍の近況、王都を騒がす義賊等の話を交えた後、そろそろアクアを連れて出るかとカズマが考えていた時だった。

 彼等が座る席に、冒険者と思わしき若い女性が近寄ってきた。普段なら自分にもファンができたかと勘違いしてしまうカズマであったが、今回は違う。

 

「あの!『勝利の剣』のミツルギさんですよね! ずっとファンだったんです! 握手してください!」

 

 今、自分の隣には女性から圧倒的な支持を受けるミツルギがいた。女性は勇気を振り絞ってミツルギに手を差し出す。

 

「ありがとう。服装を見るに、君も冒険者かな?」

「は、はい! ミツルギさんに憧れて、ソードマスターに転職しました!」

「あはは、なんだか照れるな。正直、僕は剣士としてまだまだだけど……君なら強い剣士になれるよ。頑張ってね」

「へぁ、あ、ありがとうございしゅ!」

 

 対するミツルギは迷うことなく手を握り、優しい笑顔で女性に言葉をかけた。女性は真っ赤に染まった顔を隠すように頭を下げ、そそくさと店から出ていった。

 どう見ても照れ隠しなのだが、それに気付かないミツルギは「言葉を間違えたかな」と反省していた。そんな彼を、カズマとベルディアは面白く無さそうな顔で見つめていた。

 

「俺に魔剣を盗られたら返せと懇願して、腕相撲では俺に速攻で負けた魔剣の勇者さんが、随分と人気者になったな」

『全くだ。俺の力が無ければ一般人よりちょっと強い程度の小僧が図に乗りおって』

「つーかなんだよ『勝利の剣』って。いつの間にそんな二つ名貰ってたんだよ」

「王都で魔王軍と戦っていたら、知らない内にそう呼ばれるようになったんだ。その戦場に必ず勝利をもたらすからって理由らしい。それだけ王都に住む人々から期待されているってことなのかな」

 

 ミツルギは自分の手に目線を下ろし、決意めいた表情を浮かべる。別に理由を聞いたつもりはないんだかと、勝手に自分語りされてカズマは更にムカついた。

 

「魔剣グラムを失った時は絶望したけど、今の僕には新たな魔剣と聖剣がある。あとは、剣を最大限に扱える力さえれば……」

「そういやお前、二刀流で戦ってたな。魔剣はベルディアのだとして、聖剣はどっから手に入れたんだ?」

「元は普通の剣だったよ。強化を重ねていく内に、聖剣になったってところかな」

「へぇー」

 

 てっきり強力な聖剣を高い金で買い取り、聖剣で無双(俺TUEEEE)しているのかとカズマは思っていたが、彼なりにイチから努力しているようだ。

 一方、ミツルギはカズマに向き直るとそのまま言葉を続けた。

 

「剣の名は、聖剣ミツルギ」

「はっ?」

 

 彼の口から飛び出したのは、聖剣の名前。それがあまりにも予想外過ぎて、カズマは思わず聞き返した。

 

「この剣は、僕にとって新たな始まりだった。そして、僕と共に成長してきた。この剣は僕そのものだ。だから自分の名前を付けたんだ」

 

 カズマが困惑していることなどいざ知らず、ミツルギは名付けた理由を話してくる。隣のベルディアはこれに何も言わない。むしろウンウンと頷いている。

 剣に自分の名前を付ける。普通に考えれば痛い奴だが、ここは異世界。サンマは畑から収穫し、キャベツが空を飛ぶ世界だ。痛い奴を具現化したような紅魔族も、他の種族からは変なノリ程度にしか思われていない。

 むしろ冒険者にとっては浪漫なのかもしれない。自身の名を冠する剣が、邪悪なドラゴンや魔神を倒したとして後世に語り継がれる。まさに王道ファンタジーだ。

 しかし、どうしてもひとつ引っかかる点があり、カズマは尋ねた。

 

「お前の名前って、漢字でどう書くの?」

「漢字か、懐かしいな。名字は確か御の字に剣で──」

 

 長い異世界生活。漢字のことなどすっかり頭から離れていたのだろう。ミツルギはそこまで話したところで、ハッとした表情を見せる。

 カズマの言わんとしていることに気付いたのであろう。聖剣の名前の、重大な欠点に。

 

「ってことは、聖剣()(けん)? うわ、ダッサ……」

「やめろサトウカズマ! 音読みに直すな!」

 

 もうひとつの正しい読み方で聖剣の名前を口にされ、ミツルギは怒りと羞恥が入り混じった表情で声を荒げた。音読みも漢字も知らないベルディアは、二人の会話に首を傾げるばかり。

 

「いやまぁ、いいんじゃないか。他の人からすればかっこいいだろうし。これからも頑張ってくれよ。魔剣ベルディアと聖剣()(けん)で戦う魔剣の勇者もとい勝利の剣の()(けん)キョウヤ君……ブフッ!」

「ミツルギだ! ミツルギキョウヤ! 本当に君という男は……! 今度勝負する時が来たら容赦しないからな!」

 

 今度こそ完膚なきまでに叩きのめす。腹を抱えて笑うカズマに、ミツルギはそう誓った。

 翌日、彼は記念すべき三敗目を叩きつけられることになるのだが。

 

 

<chapter12:恋心>

 

 王都の中心に建つ王城。先日の義賊騒動を受けて、騎士団がいっそう気合を入れて鍛錬に励んでいた昼下がり。

 

「ハァ……」

 

 城の最上階。廊下を歩いていたクレアが小さくため息を吐いた。その隣にいたレインは、クレアの様子が気になり声を掛ける。

 

「どうされましたか? 先程から浮かない顔ですが……」

「いや、大丈夫だ。気にしないでくれ」

「もしかして、ミツルギ様の件ですか?」

 

 あたりをつけて尋ねると、クレアは否定せず目を背ける。そして、僅かながら頬が染まっていたのをレインは見逃さなかった。

 その理由は聞かずともわかる。レインは微笑みながら言葉を続けた。

 

「寂しいですよね。クレア様も彼と談笑されている時は楽しそうにしていましたから」

「わ、私は別にそういう気持ちを抱いているわけでは──!」

「そういう気持ちってどういう気持ちですか?」

 

 慌てて否定したクレアへ、レインは被せるように詰め寄った。墓穴を掘ったと自覚したのか、クレアの顔が更に赤く染まる。

 普段は貴族としての上下関係から、弄ることなどしないレイン。珍しいクレアの姿を見ていて楽しくなり、ニヤニヤと笑う。

 

「クレア様も、アイリス様のように素直になってもいいと思いますよ」

 

 身分を気にせず、対等に話してくれた彼へ恋い焦がれる少女のように。クレアの本心を打ち明けさせるべく、レインは優しく言葉を掛ける。

 と、クレアは何かに気付かされたかのような表情を見せ、口を開いた。

 

「そうだ! 私にはまだアイリス様がいる! むしろそれが私の本望だった筈だ!」

「えっ? あれ?」

 

 想定外の反応を見せてきたクレアに、レインは困惑する。しかしクレアの興奮は留まることを知らず。

 

「たとえミツルギ殿と会えなくなろうと、アイリス様の御尊顔を毎日拝めるだけで私は幸せなのだ! あの透き通った瞳に艶やかな金色の髪、花畑にいるかのような香りに、思わず抱きしめてしまいたくなる小柄さ! あぁ、アイリス様……!」

「クレア様!? 顔が色々と危ないことになっていますよ!?」

「アイリス様は汚れを知らぬ純白の少女だった! だというのにあの男は、アイリス様に変な知識を与え、あまつさえお兄様と呼ばれるなど……!」

 

 アイリスへの歪んだ忠誠心を露呈したと思えば、今度はアイリスの新しいお兄様への激しい怒りを放出させた。

 

「確かあの男は、アイリス様と身体を入れ替えて私を浴場へ誘い込んだ。その時に奴は間違いなく、アイリス様のあられもないお姿を……! 断じて許せん! 次に会った時は私の復讐も兼ねて、絶対にぶっ殺してやる!」

 

 怒りの感情を爆発させるクレア。賊として対峙した時に酷い事をされたとだけは聞いていたが、彼は一体何をしでかしたのか。

 こうなっては手がつけられない。レインは苦笑いを浮かべると共に、ミツルギを見送ったのは間違いだったのではと後悔した。

 

 

<chapter13:心の器>

 

「あー……ひもじい」

 

 アクセルの街、ギルド併設の酒場。ダストは野菜スティックを口に加えたまま嘆いていた。

 彼と同じ席に座っているのは、パーティーメンバーであるリーン、キース、テイラーの三人。彼等の前には野菜炒めや肉料理と酒が並んでいる一方で、ダストの前には野菜スティックが入ったコップとお冷のみ。

 

「なんで俺だけ貧相なんだよ」

「アンタがここのツケを一切払わなかったからでしょ」

 

 文句を垂れるダストへ、リーンが切り捨てるように告げる。その言葉を聞いた仲間の二人も、ゆっくりと頷いた。

 酒を飲んでおきながら「今は手持ちが無いから」とツケにする。収入が不安定な冒険者の間ではよくある話なのだが、ダストに関しては酷かった。

 ツケるだけツケておいて金は一切払わない。クエストで稼いだかと思えば、何に使ったのか翌日には所持金ゼロ。更には仲間から金を借りっぱなし。アクセルの街随一のクズは誰かと聞かれれば、ほぼ全ての住民がダストを挙げるであろう。

 結果、ツケていた店からは出禁や注文制限を食らい、この酒場では野菜スティックとお冷しか頼めなかったのである。

 

 こんなことなら、あの女に意地でも魔剣を譲るんじゃなかったと、ダストは数日前の出来事を悔やむ。と、目の前で野菜炒めを頬張っていたリーンが話を振ってきた。

 

「おいしい料理にありつきたかったら、少しでも返済しときなさいよ。今日クエストで稼いだでしょ?」

「嫌だね。コイツの使いみちはもう決まってんだ。その為なら酒も肉も我慢してやるさ」

「俺の記憶が正しければ、お前が似たような事を言った翌日は所持金が無くなっていたと思うのだが。大方ギャンブルで大負けしているのだろう?」

「確かにギャンブルに使う時もあるけど、今回はちげーよ」

「じゃあ何に使うつもりだ? 寄付なんて見え透いた嘘は通用しないぞ」

「寄付、ね……鈍そうに見えて意外と鋭いじゃねぇか」

 

 逃げ出そうとした野菜スティックを咄嗟に捕まえ、含みのある言葉でダストは返す。信じられていないのか、テイラーとリーンからは疑いの目を向けられる。ただ一人、真実を知る同胞のキースを除いて。

 そう、彼等は寄付をしている。とあるお店で働く訳ありの住人達へ。そのお礼として、良い夢を見させてもらう。それだけだ。やましいことなど何もない。

 

「おまたせしましたー。シュワシュワおかわりでーす」

 

 とそこへ、ウエイトレスが追加のシュワシュワを三杯持ってきた。シュワシュワを受け取ろうとリーン達はウエイトレスへ顔を向ける。

 そして、自分達のテーブルへ来たウエイトレスが見知った顔であったことに気付いた。

 

「あれ? タナリスちゃん?」

「君がその格好でここにいるということは……」

「うん、またここでバイトさせてもらってるんだ」

 

 現れたのは、ウエイトレスの格好に身を包んだタナリスであった。以前もギルドでバイトしているのをダスト達は見かけたことはあったが、どうやら再雇用されたようだ。

 

「お給料も悪くないし、冒険者からいろんな情報を聞ける。ついでにタリス教への勧誘もできちゃう。一石二鳥どころか一石三鳥だよ」

「いや、流石にバイトで勝手に宗教勧誘しちゃうのはマズイんじゃ……」

「ところがどっこい、ギルドのお姉さんから許可を貰ってるのさ。むしろドンドンやってくださいって」

 

 タナリスはシュワシュワの入ったジョッキをリーン達の前に置く。当然のようにダストには何も渡さなかった。

 

「なぁタナリスちゃんよ。知り合いのよしみってことで、今日だけ一杯奢ってくんねぇか?」

「僕たちそこまでの仲じゃないよ。ちょっとでもツケを払ってくれるのなら考えてあげるけど」

 

 ダメもとでダストは奢りを頼んでみたが、あっさりとタナリスに返された。ダストは小さく舌打ちをする。

 

「さっきの話、聞いてたよ。クエストで稼いだんだってね?」

「この金はもう先約が入ってんだ。払ってほしけりゃ順番は守りな」

「ちゃんと列には並んでるよ。君が列を無視して誰かさんを贔屓してるから、いつまで経っても順番が来ないだけさ」

「知り合いや顔なじみに割引したりするだろ? あれと同じだ。そっちが何かしら特典でもつけてくれるってんなら、優先してやらないこともないぜ?」

 

 断固として支払う意思を見せないダスト。さらに上から目線で見返りを求める姿勢に、仲間達はドン引きする。

 やがてタナリスはため息を吐く。諦めてくれたかと思ったが、彼女はダストにひとつ提案をしてきた。

 

「それじゃあ、僕と勝負をしないかい? 時間は三分。君が一回でも僕にタッチできれば勝ちってルールで」

「俺が勝ったらどうなるんだ? 今までのツケを取り消してくれるのか?」

「もちろん。逆に君が負けたら、今あるお金を全額ツケの支払いに回す。悪くない条件だと思うけど」

 

 勝てばツケ取り消し。負ければ全額没収。勝負内容もこちらに十分勝ち目がある。ダストは引き受けようと口を開きかけたが──。

 

「いや、やっぱりお断りだ。そもそも俺がバージルに負けた時のルールじゃねぇか。その時点でキナ臭ぇ」

 

 何か裏があると読み、ダストは勝負を断った。

 タナリスは、一見華奢な女性だがレベルは高い。腕相撲で男冒険者をなぎ倒していったアクアのように、見た目だけでは計れないステータスを持っている。

 無策に挑んでも、バージルの時と同じく一度も触れられずに終わる。ならばいっそ、挑まないという選択肢を取るのが吉だ。

 

「この好条件でも動かないなんて、ごうつくばりだなぁ。じゃあ……」

 

 タナリスは呆れたように呟くと、スカートの裾を指で掴み、ほんの少しだけ裾を上げながら告げた。

 

「タッチした数に応じて、脱いであげるよ」

「乗った」

 

 その一言で、ダストの重い腰は軽々と上がった。一連の流れを聞いていたリーンは、嫌悪すら感じさせる眼差しをダストに送っていた。

 タナリスの発言を聞いていた周りの冒険者は一様に鼻の穴を広げて二人に目を向ける。二人は睨み合いながら、掲示板前のひらけた場所へ移動する。

 

「俺は女相手でも勝負なら容赦なくやらせてもらうぜ。今更やめようなんて言わせねぇぞ」

「君の噂はバイト先でよく聞いてたからご心配なく。服の枚数以上にタッチできたら、好きなようにしてもらって構わないよ」

 

 断るどころか、男の欲望を更に掻き立てる言葉で挑発してきたタナリス。ダストはスティール前のカズマのように、手をいやらしくワキワキさせる。

 相手に作戦があることは百も承知。そしてダストは、既にひとつの策を考えていた。

 目の前で軽く準備運動をするタナリス。両者の距離はおよそ5メートル。野次馬の男冒険者達がダストを応援する中、彼女はダストに向き直った。

 

「早速始めようか。よーい──」

「スタートォッ!」

 

 タナリスの声に被せるようにダストは開始の合図を出し、かつタナリスへ向かっていった。

 先手を打たれる前に奇襲で終わらせる。それがダストの策であった。このまま捕まえてしまえばタッチし放題。ツケは取り消され、タナリスをあられもない姿にして好き放題できる。

 その夢を掴むようにダストは手を伸ばす──が、タナリスは予想通りとばかりに広角を上げ、ダストへ手をかざした。

 

「『パラライズ』!」

「あぐっ!?」

 

 至近距離で麻痺魔法を放たれ、あと一歩のところでダストの動きが止まった。身体は痺れ、必死に手を伸ばそうとするも言うことを聞かない。

 

「て、てめぇ! 魔法使うなんて卑怯だろ!」

「誰も魔法禁止だなんて言ってないよ。因みに、超至近距離かつ魔力も込めて放ったから、三分は動けないんじゃないかな」

 

 動けないダストを嘲笑うかのように、タナリスはわざと顔を近づけさせる。タナリスの話が本当なら、このまま何もできず負けてしまう。

 何やってんだと野次を飛ばす観客達。気合でなんとかならないかとダストは踏ん張るが、現実は非情なり。指一本すら動かない。

 

「リーン、悪いけど僕の代わりにダストの財布を取ってくれるかな。捕まりたくないからさ」

「……ま、自業自得ね」

 

 タナリスに言われ、リーンはやれやれと立ち上がる。動けないダストのもとへ近寄った彼女は、ダストのポケットに手を入れた。

 

「おいリーン! 俺達仲間だろ!? こういう時は助け合うもんじゃねぇのか!?」

「欲に負けた惨めな変態を助ける義理なんて私にはないから」

「俺の寄付で笑顔になってるあの子達を悲しませちまうんだぞ! それでもいいのか!?」

「アンタ、まだその嘘が通じると思ってるの? 真っ当に寄付してるエリス教のプリーストに謝りなさいよ」

 

 辛うじて動く口で助けを求めるが、リーンは一切受け取らない。彼のポケットから財布を取り出し、タナリスへ渡す。

 今晩の良い夢となる筈だった金が財布から抜き取られるのを見て、ダストはたまらず叫んだ。

 

「お前、いつの間にそこまで非情な女に堕ちちまったんだよ! 胸だけじゃなく心の器まで小さくなったら、誰にも見向きされなくなるぞ!」

 

 ──空気が凍った。

 興奮していた野次馬もどこへやら。辺りは静まり返り、ダストの声だけがこだまする。

 何故急に周りが静かになったのかダストは疑問に思っていたが、すぐにその原因は判明した。

 

「ねぇ、今なんて言った?」

 

 背筋も凍る冷たい声で尋ねながら、リーンはダストへ振り返った。彼女の声と表情で、ダストはようやく自分が犯してしまった過ちに気が付いた。

 微笑んでいるが、目は笑っていない。こういう時のリーンはヤバイ。過去の経験からダストは身を持って理解していた。今の自分にできるのは弁明のみ。

 

「心の器が小さいと……」

「うんそっちは聞いた。もうひとつ、何が小さいって?」

「し、身長です」

「正直に答えて。次また嘘吐いたら魔法撃ち込むから」

 

 誤魔化しは通用しない。あのバージルと同等、もしくはそれ以上の気迫を感じさせるリーンに、ダストは恐怖で震え上がる。

 今すぐここから逃げ出したい。しかし『パラライズ』をかけられているため逃げられない上、嫌でもリーンの顔から目を背けない。

 『パラライズ』をかけたタナリスは、苦笑いを浮かべて二人を見守っている。視界に映る野次馬は皆、怖さのあまりか下を向いていた。

 

「大丈夫よ。ちゃんと答えてくれるだけでいいから。器が小さいことは反省してるの。だから、私の何が小さいのか教えて」

 

 すると、リーンはダストを安心させるように告げる。正直に話せば何もしない。そう受け取れる言葉を。

 自分に残された選択肢はひとつしか残されていない。ダストは僅かな希望を願い、真実を伝えた。

 

 

「おっぱい」

死ね(Die)

 

 

 数分後、ギルドの外にはゴミのように捨てられ一文無しになったダストの姿があった。

 

 

<chapter14:悪夢>

 

 王都のとある宿屋。そこに宿泊していた冒険者がひとり。

 

「ベルディア、ちょっといいかい」

『ムッ?』

 

 魔剣の勇者ミツルギ。王都で活躍中のソードマスターであるが、近々王都を離れてアクセルの街へ戻ろうと考えていた。

 その、王都を離れる前日の夜。ミツルギは呑気に窓の外を眺めていたベルディアへ声を掛ける。

 

「ゆんゆんの持っていた鞭を覚えているかい?」

『あぁ、お前が使ってポイしたアレか』

「事実だけどその言い方はやめてくれないかな」

 

 堕天使との戦闘でゆんゆんが使用していた、魔法を無効化する武器。

 彼女曰く、とある者の素材が使われたという。『魔術師殺し』という兵器を取り込み、悪魔の力を宿していたという魔王軍幹部。

 

「シルビア──その名前を聞いた途端、やけに怯えていたけど何があったんだい?」

『チッ……余計なことを思い出しおって』

 

 ミツルギの質問を聞いて、ベルディアは不快そうに言葉を吐く。

 

『奴には悪夢を見せられた。この俺が恐怖で震え上がるほどのな。悪いが言えるのはここまでだ。正直、思い出したくもない』

 

 窓の外に映る星空を眺め、ベルディアは語る。『勇者殺し』と呼ばれる程の男である彼が見た悪夢。

 本人はこれ以上掘り起こされたくない様子であったが、ミツルギはそれでも諦めなかった。知らなければならない理由があった。

 

「その記憶を、僕にも見せてくれないかい?」

『なんだと?』

「お前の記憶は『魂の共鳴(ソウルリンク)』の影響でいくつか見てきた。でも、今話した記憶は知らない。だから僕は、お前の見た悪夢の中へ飛び込みたいんだ。さらなる高みを目指すために」

 

 ベルディアの悪夢を知れば、二人の魂はさらに共鳴し、今以上の力を得られる筈。そう考えての提案であった。

 ベルディアは正気かと釘を刺す。しかし、本気を感じさせるミツルギの顔を見てか、彼は諦めたように息を吐いた。

 

『いいだろう。俺が味わった悪夢を、お前の記憶に刻み込む。今日は長い夜になるぞ』

「覚悟の上さ」

 

 ミツルギは部屋の電気を消し、ベッドに寝転がる。

 怪しく光ったベルディアの目を確認し、ミツルギは深い眠りへと堕ちた。

 

 

 

 それから時間が経ち──翌日。

 ミツルギも泊まっていた宿屋のエントランス。そこで雑談を交える女性が二人。彼のパーティーメンバーであるクレメアとフィオだった。

 二人が昨日の街中ぶらり旅について語り合っていると、彼女等のもとに歩み寄る人物が。足音に気付き、二人はそちらへ顔を向ける。

 

「キョウヤ! おはよう! よく眠れた?」

「あ、あぁ……二人ともおはよう」

 

 元気に笑うクレメアとは対照的に、ミツルギは静かなテンションで返す。笑顔は見せているが、どことなく疲れを感じさせる。

 先日の黒騎士戦による疲れがまだ取れていないのであろう。そう推測したフィオは、ミツルギに近寄りながら提案した。

 

「昨日ね、クレメアと王都を散策してたら美味しいスイーツのある喫茶店を見つけたの。喫茶スゥイート甘々亭っていうんだけど、そこではカップル限定メニューなんかもあって──」

 

 一緒に行こうと伝えようとしたフィオであったが、彼女はある事に気付き、思わず声も足も止めてしまった。

 

 自分が近寄ろうとした時、それを拒絶するようにミツルギが退いたのだ。

 突然の出来事にフィオは目を疑ったが、確かめるようにもう二歩足を進める。が、同じくミツルギも二歩下がった。

 これ以上僕に近寄らないでくれ──そう言いたげな、彼の暗い顔をフィオは見てしまった。

 

「キョウヤ、どうして……?」

 

 普段なら抱きつきにいっても嫌な顔ひとつ見せなかったのにと、ショックのあまりフィオの目に涙が浮かぶ。

 一方で、二人の間に何が起こっているのか理解できてなかったクレメアは、困惑した様子で二人を交互に見ている。

 しかし、依然としてミツルギは口を閉ざしたまま。それを見かねたのか、ミツルギの背後からニュルリとベルディアの霊体が姿を現した。

 

『一から説明すると面倒なので省くが、わけあって今のミツルギは、胸が大きい女性に激しい抵抗を覚えている』

「はっ?」

 

 突如出てきたかと思えば、ワケのわからないことを口走るベルディア。拒絶された悲しみもあって理解が追いつかず、フィオは混乱する。

 と、ベルディアの話を聞いていたクレメアが恐る恐るミツルギへ近寄る。しかしフィオの時とは違い、ミツルギは逃げようとしない。

 それどころか、クレメアが彼の隣まで近寄れた時、ミツルギは安心したように呟いた。

 

「不思議だな……どういうわけだか、クレメアの傍にいると心が落ち着くよ」

 

 その言葉は、フィオを絶望のどん底へ突き落とすには十分過ぎた。

 

「キョウヤ……! やっぱり小さい胸の女性がタイプだったのね! そうよね! 胸が大きくても良いことなんて何ひとつないんだから!」

「ち、違う! 違う違う違う! キョウヤは胸の大きさで態度を変えたりしないわ! こんなのキョウヤじゃない! キョウヤはそんなこと言わないもん!」

 

 完全に告白されたと思い込み、舞い上がるクレメア。一方でフィオは現実から目を背けるように声を荒げる。

 やがて、その怒りの矛先はフワフワ浮いているゴーストへ向けられた。

 

「ベルディア! キョウヤに一体何をしたのよ!?」

『アイツの望むがままに、俺の記憶を一部見せただけだ』

「ホントに何してんの!? ていうか胸の大きな女性を嫌がるようになる記憶って何なの!?」

『俺から言わせれば、あれでもかなり頑張ってるほうだぞ。豊満な女性を見れば一週間はトラウマで泣き叫ぶほどのショックを受けた筈だが、奴は距離を空けるだけで留まっている。心の強さは人間だった頃の俺以上かもしれんな』

「感心してないでキョウヤを元に戻してよ! こんなの耐えられない!」

 

 フィオは縋るようにベルディアへ頼み込んだが、あとは本人次第なのでいつまでかかるかわからないと返された。

 結局、ミツルギがメンタルリセットするまで五日かかり、その間フィオは自分だけミツルギに近寄れない虚無の時を過ごした。

 そして彼が復活したと思いきや、今度はフィオがメンタルブレイクされており、王都を発つ予定は十日ほど遅れてしまった。

 

 

<chapter14:Worst nightmare ~真の悪夢~>

 

 

 冷たい風が、辺りの木々や草を揺らす。

 建物も何もない殺風景な平地。そこに立つ、一人の男がいた。

 

「ここは……」

 

 銀髪に青いコートがトレードマーク、バージルである。目を開けた彼は周囲を見渡す。

 王都からアクセルの街に帰り、クリスの声が耳にこびりつくほど長い説教を聞き終えた夜。自宅のベッドで眠り、気が付いたら彼はここにいた。見覚えのあるこの場所に。

 夢の続きを見るように、彼は次第にここで起きた出来事を思い出していく。今回は椅子が用意されていないのを確認すると、バージルはここにいるであろう人物へ声を掛けた。

 

「終幕まで見終えたつもりだが、カーテンコールまで見せるつもりか?」

 

 バージルがそう言って振り返った先にいたのは、黒いコートを纏う黒髪の男。その後ろには怪物もいたが、今回は椅子に座っておらず、立った状態で辺りを見回している。

 黒髪の男は気だるそうに息を吐き、バージルと目を合わせる。そして、困ったように肩をすくめた。

 

「俺にもわからん」

「……どういうことだ」

「言葉通りの意味だ。何故お前がここにいて、俺達もいるのか。悪夢の見逃し回は無い筈だが……」

 

 彼にとっても不測の事態。バージルは男から目を離し、再び周囲を確認する。三人以外は誰もいないと思われたが──。

 

「見ろ、あの先に誰かいる」

 

 バージルは視線の先に人影を見つけ、それを伝えるべく指差した。黒髪の男と怪物はそちらへ顔を向ける。

 誰もいなかった筈の方角から、こちらへ近付いてくる者が一人。バージル達は身構えて接近を待つ。

 やがて、その人物の姿が明確に見えるほど接近した時──彼等は戦慄した。

 

 かの者は、女であった。

 かの者は、白い鎧を纏っていた。

 かの者は、金色の髪をなびかせていた。

 かの者は、恍惚とした表情を浮かべていた。

 

 かの者は──ダクネス(ドM変態騎士)であった。

 

「バカな!? 何故、奴がここに……!」

 

 黒髪の男が酷く狼狽えた様子でダクネスを見る。隣りにいた怪物も驚愕している。

 黒髪の男と怪物がどういった存在なのか、バージルは理解していた。故に、彼等がダクネスを知っていることに疑問は抱かなかった。

 そして、何故この空間にダクネスが現れたのかも、バージルは既に察していた。

 

「成程、これも悪夢か」

 

 バージルにとっての悪夢は、たび重なる敗北の歴史。前回の悪夢で、黒髪の男はそう話していた。

 であるならば、ここにダクネスが現れるのは必然といえる。彼女もまた、敗北をもたらした者なのだから。バージルは決して認めたくなかったが。

 そうこう話している内に、ダクネスとの距離は縮まっていく。黒髪の男は後ずさりしながらもバージルに言った。

 

「あの女の扱いはお前が一番得意だろう。始末は任せたぞ」

「断る」

「よし、ならさっさと行って──なんだと?」

 

 想定外の返事だったのか、黒髪の男はバージルに尋ね返す。

 

「さっき貴様が言っていただろう。見逃した悪夢は無い筈だと。しかし今、忘れられていた悪夢が姿を現した。こうなった原因は貴様の不始末だ。なら貴様が片付けるのが道理だろう」

 

 バージルは戦わない意思を示すように腕を組む。

 本来なら前回の悪夢で見なければならなかった内容。それを飛ばしてしまったが故に、こうしてダクネスが彼等の前に立ちふさがっている。つまり責任は黒髪の男にあると、バージルは主張してきた。

 わりと正当だった主張に、黒髪の男は口ごもる。しかし相手したくないのは彼も同じ。バージルはもうテコでも動かないであろう。

 結果、責任の押し付けは残る怪物に向けられた。

 

「お前なら一発で倒せるだろう。さっさと行け」

 

 黒髪の男から命令されて、怪物は人間のようにビックリしたリアクションを取る。

 だが、痩せこけた黒髪の男と巨大な怪物。力を持っているのは怪物であることは明白で、お互いに理解していた。

 拒否権はないぞと、黒髪の男は強く睨む。しばらくオロオロしていた怪物であったが、やがて意を決したようにダクネスへ向かって飛び出した。

 彼は一瞬でダクネスのもとへワープする。ダクネスが足元にいるのを確認すると、怪物は狙いを定め、思いっきり蹴った。

 彼女はさぞ満足げに笑っていたであろう。怪物渾身のローキックを食らったダクネスは弾丸のように吹き飛び、地平の彼方へ消えていった。

 たった一度蹴っただけなのに、怪物は疲弊した様子で膝に手をつける。そんな彼のもとへバージルと黒髪の男が歩み寄り、ダクネスが蹴り飛ばされた方角を見た。

 

「……やったか?」

 

 黒髪の男が額に手をかざして遠くを見ながら呟く。何気ない言葉であったが、それを聞いてバージルはひどく胸騒ぎを覚えた。

 きっとここにカズマがいたら真っ先にツッコんでいたであろう。「その発言はフラグだ」と。

 結果、その予感は大当たりすることとなる。

 

 ダクネスが消えた地平の先から、黒い影が再び現れる。しかも今度はひとつではない。百や千では収まらない、数え切れないほどの黒き悪夢。

 最奥には一際巨大な黒い影が。その中から赤い光が怪しく光ると同時に、黒い影は実体を得る。

 

 白い鎧に長い金髪──ダクネス(変態)の軍勢が、バージル達の前に姿を現した。同様に最奥の巨大な影もダクネスの姿を得て、恍惚に歪んだ顔を嫌でも彼等に見せつける。

 この世の終わりとも言える光景を見て、バージルは激しい頭痛を覚える。風邪を引いた時でもここまで酷い夢は見ないであろう。

 

「おいお前! 蹴り以外に何かできないのか!? 悪魔なら奴等を一斉に薙ぎ払えるビームでも出してみろ!」

 

 黒髪の男はひどく慌てた様子で怪物に命令するが、怪物は目の前に広がる地獄絵図を見て立ちすくんでいる。

 何かしら出せたとしても、怪物一人では手に余る。仕方がないと、バージルは強く一歩を踏み出して左手を前にかざす。

 すると、彼の手から眩い光が放たれ──収まった時、その手には鞘に収められた一振りの刀が握られていた。

 

「阻むのなら倒すまでだ。こんなふざけた悪夢など、さっさと終わらせる」

 

 刀越しに、ダクネス(変態)の軍勢を睨みつけるバージル。悪夢からは逃れられない。ならば選択肢はひとつ。ひとり残らず斬り伏せるのみ。

 そんなバージルの覚悟を感じ取ったのか、怪物もまた覚悟を決めて構えた。バージルは残る一人、黒髪の男に視線を向ける。

 

「まさか、俺にも戦えと言うつもりか?」

「当たり前だろう。もとはと言えば貴様の責任だ。最後まで付き合ってもらうぞ」

 

 そう言ってバージルは刀を下ろし、空いている右手を前にかざす。そして、先程と同様に光が放たれる。

 夢の世界だと認識すれば空を飛ぶことも可能となるように、武器を生成することもできる。因みに、どうにかダクネスが消えないかバージルは試していたのだが、悪夢だからなのか、その願いは叶わなかった。

 やがて光が収まり、右手に武器が握られる。それをバージルは黒髪の男に放り渡した。

 

 黒髪の男に渡されたのは、早朝の散歩をするご老人が愛用していそうな杖であった。

 

「……どうして杖なんだ?」

「短剣も持てないほど非力そうな貴様には、これぐらいが丁度いい」

「杖でどうやって戦えと?」

「奴等が俺の記憶通りなら、攻撃を受ける心配はない。杖だけでも十分に戦えるだろう」

 

 困惑する黒髪の男だったが、バージルの説明に渋々納得して杖を受け取る。戦いの準備ができたところで、バージルは再び前方に顔を向ける。

 かつて魔界に堕ちた時を思い出させる光景。さしずめ巨大なダクネスは魔帝役といったところか。

 

「親父が通った道ならば──」

 

 変態との対峙を通ったことがあるかは別として、彼はあの日を再現するように言葉を吐き、刀を抜いた。

 

「俺が通れない道理はない!」

 

 黒髪の男、怪物と共に、バージルは鞘を捨てて走り出した。

 

 

 

 

 悪夢から覚めた彼は、丸一日家に引きこもった。

 




最後はBury the lightを聴きながら書きました。


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第9章 分かつ力
第76話「この脇役達に招集を!」


 陽に照らされた広大な地に、狩人が足を踏み入れた。

 狩人の目的はひとつ。この地に眠る獲物を狩ること。彼等の足元が、長く続いた草原から赤茶色の地面へ移り変わる。

 それは、獲物の縄張りを示す色。その地に侵入した途端、眠っていた獲物達が目を覚ました。

 彼等は一様にして侵入者を見る。狩られると、本能で理解したのであろう。彼等は侵入者を敵とみなした。

 

 ここから立ち去れ。さもなくば、我らの怒りが災いとなりて、貴様に降り注ぐであろう。

 そう警告するように、彼等は侵入者へ威嚇する。しかし侵入者の足は止まらず。

 話し合いは通じない。ならば望み通り、力を以って理解させるしかない。彼等は侵入者に向かって襲いかかった。

 

 が──彼等は途端に動きを止めた。否、止まらざるをえなかった。

 

 彼等の前に立つ、青き衣を纏った狩人は、武器を持っていなかった。戦う姿勢も見せていなかった。

 であるにも関わらず、狩人はたったひと睨みで、彼等の動きを封じたのだ。

 

 彼等は理解させられたのだ。狩人の力を。数多の獲物を屠ってきた狩人の凄みを。

 束になっても勝てない。圧倒的な力の差を、彼等は本能で理解した。

 

 絶対強者の前に弱者ができる行動は二つ。命欲しさに逃げるか、助けを乞うか。

 だが、その二つも彼等にはできなかった。狩人からは逃げられないと理解していたからだ。

 彼等は静かに目を閉じ、せめて楽に死ねるようにと祈ることしかできなかった。

 

 

 

「いやぁ、助かるぜ剣士のダンナ! 睨むだけで大人しくなるから、収穫も楽でいいや!」

 

 バージルは、依頼を受けて農家の手伝いに来ていた。

 彼の睨みで動けなくなった農作物を、冒険者顔負けの肉体を持つ農家のおじさんがせっせと回収していく。

 

 この世界の野菜や果物は意思を持ち、攻撃性もある。故に農家は総じて強靭な肉体を有していた。中級冒険者よりレベルが高い農家がいるのも、よくある話である。

 が、楽して収穫ができるなら誰だってそうしたい。そのため、畑を荒らすモンスターの討伐だけでなく収穫も冒険者へ依頼されることもある。丁度、今のバージルのように。

 

 選り好みする上、討伐以外に興味を示さないタイプの彼が、何故このような依頼を受けたのか。理由はただひとつ。

 

「ほいよ! 報酬分のメロンだ! 持っていきな!」

 

 ここの農家は、メロンを育てていた。

 カゴいっぱいに詰められたメロンを見て、バージルは満足するように頷く。

 

 季節は初夏に入った頃。今が旬のメロンを育てている農家の依頼をギルドで発見。バージル自ら農地に赴いた。農家曰く、この季節のメロンは気性が荒いため収穫も大変とのこと。

 バージルは二つ返事で依頼を受けたが、ひとつ条件を出した。報酬は金ではなく、メロンにすること。これに農家は、形が悪い規格外の分ならいくらでもと条件を呑んだ。

 

「ブサイク揃いだが、中身はいい子ちゃんだ! 俺が保証するぜ!」

 

 農家がカゴを軽く叩いてバージルに話す。隙を見て逃げ出そうとする子もいたが、バージルに再度睨まれることで大人しくカゴに戻った。

 バージルは「そうか」とだけ返し、かなりの数が詰め込まれているカゴを軽々と担ぐ。彼はそのままメロン畑を後にした。

 

 メロン入りのカゴを担いだまま草原を歩いていく。道中でモンスターが襲ってきたが、バージルはカゴからメロンを溢すことなく撃退。特に問題なくアクセルの街へ帰還した。

 正門から堂々と入っていったが、門番から止められることはなく、むしろ慣れた事のようにバージルへ会釈するのみ。

 ここ最近、依頼を受けたバージルが農作物を担いで帰ってくる事は多い。初めこそ驚かれたが、今では朝に轟く爆裂魔法のように当たり前の出来事となっていた。

 

 大通りを抜けて、裏通りを迷わず歩くバージル。その足は自宅ではなく、とある店に向けられていた。

 問題児ともバッタリ会わず順調に進んでいると、前方に一人の女性を発見した。彼女は誰かを探すように周囲を見回している。

 普段なら無視一択なのだが、彼女が見知った人物であるのと、彼の目的に関する者であったので、バージルは自ら彼女のもとへ。やがて足音に気付いたのか、女性はバージルの方へ振り返った。

 

「あっ! いたいた!」

 

 どうやら探し人はバージルだったようだ。彼女は顔を明るくさせ、バージルのもとに駆け寄る。

 普段とは違い、服装は村人の女チック。スカートが長いのは、彼女の特徴である長いモノを隠すためであろう。薄い桃色のショートヘアが風になびくが、頭にあった筈の小さなアレは隠されていた。

 

「今日は非番か」

「だったんですけど、急遽ヘルプを求められちゃったんですよ。サキュバスだって休みは欲しいのに」

 

 彼女は、サキュバス喫茶店のロリ枠担当であった。そしてバージルが向かっていた先も、サキュバス喫茶店だった。

 先方から出向いてくれたのなら話は早い。バージルは担いでいたカゴを、ロリサキュバスの前に下ろす。

 

「農家から貰ったメロンだ。好きに使え」

「わっ! こんなにたくさん! いつもありがとうございます!」

 

 サキュバス喫茶店の常連であった彼は、依頼の報酬で得た果物をこのように彼女等へ提供していた。全ては美味しいスイーツを食べるために。

 因みに、バージル推しであったサキュバスが誰よりもスイーツ作りに力を入れており、独学でありながらプロ顔負けのスイーツを作れるようになっていた。

 

「ちょうどメロンのスイーツを作りたいって、あの子が話してたところだったんですよ。バージルさんはどんなスイーツがお好みですか?」

「なんでも構わん。だが、素材の味を最大限に活かせ。そして中身だけでなく外見も整えるようにと、奴に伝えておけ」

「わかりました。試食品ができあがったらまた呼びますねー」

 

 もはやサキュバスの本業を忘れていそうなスイーツ担当への伝言をロリサキュバスに託し、バージルは踵を返して彼女のもとから離れていった。

 

「……って違う! 待ってくださいバージルさん!」

 

 が、ロリサキュバスは慌ててバージルを引き止めてきた。コートの裾を掴まれた彼は、息を吐いて振り返る。

 

「その程度の量なら、貴様一人でも運べる筈だが」

「いや無理ですよ! 私、どこからどう見てもか弱い乙女じゃないですか!」

「だったら頭を使え。サキュバスなら、その辺のゴロツキに頼むぐらい朝飯前だろう」

「あっ、確かに」

「理解できたか。なら帰らせてもらう」

「はーい。お元気でー……ってそうじゃない!」

 

 再び去ろうとしたバージルであったが、ロリサキュバスがしがみつく形で止めてきた。

 どさくさに紛れて逃れようとした作戦が失敗に終わり、バージルの顔が忌まわしそうに歪む。

 

「私達の店にバージルさんを探してる人が来てて、その人のせいで営業がままならない状態なんです! 早く引き取りに来てください!」

 

 

*********************************

 

 

 頼みを聞かない限りロリサキュバスが離れようとしてくれず、バージルは渋々引き受けることに。

 メロンのカゴを担いで、ロリサキュバスとサキュバス喫茶店に向かったバージル。店の外は普段と変わりない様子であったが、中に入るとロリサキュバスの話していた事を理解させられた。

 

「ミツルギさん、貴方はどんなのが好みかしら」

「お姉さんたちと甘い時間を過ごさない?」

「いっぱい堪能させてあげるから、ミツルギさんのも食べさせて欲しいなぁ」

「いえ、遠慮しておきます」

『ハイハイハイ! お姉さんの大きなメロンを俺に食べさせてください!』

「ごめんそこのゴーストには聞いてないから」

 

 複数人のサキュバスに囲まれていたのは、王都にいた筈のミツルギであった。戸惑うミツルギとは対照的にベルディアは興奮していたが、誰からも相手にされていない。

 ほとんどのサキュバスがミツルギを構っているので、来客の男冒険者達は怒りに満ちた目でミツルギを睨んでいる。これではロリサキュバスの言う通り、営業どころではない。

 面倒に思いながらもバージルはそちらへ歩み寄る。するとバージルの存在に気付いたミツルギが立ち上がり、その場から逃げるように駆け寄ってきた。

 

「師匠!」

「そこのサキュバスから、俺に用があると聞いたが」

「はい、ですがここでは会話もままならないので、ひとまず移動しましょう」

『なんだよ! もうちょっとゆっくりしていこうぜ! せめてお姉さんたちのをたっぷり味わってから──』

「すみません、お騒がせしました」

 

 ベルディアのねだりを無視し、ミツルギは迷惑をかけたサキュバス達に頭を下げる。

 おさわりも叶わない霊体のベルディアは、ミツルギの身体を使うつもりでいたのだろう。しかしミツルギにその気が一切無いと知り、ベルディアは泣く泣く諦めてサキュバス達から離れた。

 バージルも早々に引き上げるべく、メロンを置いてミツルギ達と共に店を出た。

 

「街で師匠を探していたら、冒険者から師匠の通っているお店を紹介してもらったんです」

 

 サキュバス喫茶店から離れ、二人は路地裏の道を歩く。

 

「あの店ではサキュバスが店員をしていましたが、この街のギルドは知っているんですか?」

「表では人間を装っている。正体を知っているのは男冒険者だけだ」

『流石の結束力だな。俺も人間だったら毎日通ってたのになぁ』

 

 惜しそうに喫茶店を眺めながら、ベルディアはアンデッドさながらの願望を口にする。

 

「なるほど、男性用のお店ということですか」

『いやどう考えてもそうだろ。さっきまでどこ見てたんだ貴様』

「俺も何度か食べているが悪くはない。貴様も暇があれば行くといい」

『おいぃ!? 何度か食べてるだと!? その話詳しく! あの子達はどんなサービスをしてくれたんだ!?』

「わかりました。また今度来てみます」

『おぉう!?』

 

 ミツルギの返答に、傍で騒いでいたベルディアが盛大に驚いた。ミツルギは首を傾げてベルディアに尋ねる。

 

「何をそんなに驚いているんだい? 僕、変なこと言ったかな?」

『相当変な発言だったぞ! いや男としては間違っていないんだが、貴様というキャラを考えたら……』

「確かに、ああいう店には進んでいったことはないけど、師匠がオススメするなら寄ってもいいのかなって」

『み、ミツルギ……! 貴様、いつからそんなグイグイ行ける男に……!』

 

 ベルディアは非常に感銘を受けた様子で声を震わせる。そんなベルディアをミツルギは不思議そうに見つめる。

 結局、サキュバス喫茶店のもうひとつのサービスをお互い知ることなく、話は切り上げられた。

 

「それで、話とは何だ? わざわざ雑談する為に王都から来たわけではあるまい」

「はい。しかし話があるのは師匠だけではなく、ゆんゆんとクリスさんもなんです。なので、まずはその二人を探したいんですが……いそうな場所って心当たりありませんか?」

 

 バージルから本題を振られたミツルギは、声量を小さくして話した。彼の口から出てきた面子の名前を聞いて、バージルは話の内容を察する。

 自分だけでなく二人も知っておくべき話であろう。バージルは思い当たる場所を頭に浮かべ、ミツルギに話した。

 

「クリスは知らんが、ゆんゆんならギルドの隅で、一人二役でボードゲームをしている姿をよく見かける」

「あっ……そうなんですね」

『ぼっちだという話は聞いていたが、そこまでとは……』

 

 

*********************************

 

 

 バージルの話を受けて、まずはゆんゆんを探すべく二人はギルドに向かった。

 冒険者の中でも一、二を争う人気の二人が並んで歩いているのを住民や冒険者が物珍しく見つめてくる。慣れたように笑顔で手を振るミツルギとは対照的に、バージルは一貫して無表情。

 ゴロツキに絡まれることもなく、二人はギルドに到着する。併設されている酒場を見渡し、ゆんゆんの姿を探す。

 と、隅っこの席に銀髪を発見。そこに移動すると、銀髪の主は案の定ゆんゆんであったのだが──。

 

「アークウィザードを前へ移動。さて、次はどうするゆんゆん?」

「ムムム……やるわねタナリスちゃん! なら私はクルセイダーを前衛へ移動よ!」

「堅実に守りを固めてきたかい。じゃあここでソードマスターを召喚だ」

「だったら私は盗賊を召喚するわ! 迂闊に攻めたら痛い目を見るわよ!」

「へぇ、流石に一人でやり込んでるだけあるね。アクアの脳筋プレイとは全然違うや」

 

 予想に反し、ゆんゆんはお友達と仲良く遊んでいた。

 

「師匠、あの少女は……?」

 

 二人の姿を見たミツルギは、耳打ちでバージルに尋ねてきた。そういえば会っていなかったかと気付き、簡単に紹介した。

 

「奴はタナリス。貴様がアクアに導かれたように、俺は奴によってこの街へ誘われた」

「アクア様……ということは、彼女も?」

「奴が言うには同期だそうだ」

 

 タナリスの正体がアクアと同じ女神だと聞き、ミツルギは驚いた様子。しかし周りに悟られないようにか、声を上げることはしなかった。

 興味深そうにタナリスを見つめるミツルギ。するとその視線に気付いたのか、タナリスがこちらへ手を振ってきた。

 

「タナリスちゃん! 今は私と遊んでるんだからよそ見しないで!」

「あぁごめん。見知った顔がいたからね」

「えっ? ……あっ!」

 

 どうやらゆんゆんも二人の存在に気付いたようだ。それを確認してから、バージルとミツルギは彼女達のもとへ歩み寄った。

 

「やぁバージル、今日も仏頂面が似合ってるね。そしてお隣の君は、初めましてかな?」

「はい、ミツルギキョウヤといいます」

「あぁ、君がミツルギか。噂でよく耳にしてるよ」

 

 流石に有名人なだけあってか、タナリスの耳にも届いていたようだ。彼女は嫌味ひとつない表情で言葉を続けた。

 

「あのエンシェントドラゴンを討伐した魔剣の勇者でありながら、カズマには一度も勝てたことがないんだってね? カズマが酒場で自慢げに語ってたよ」

「うぐっ……」

 

 知らぬところで広まっていた、対カズマ三連敗の屈辱エピソード。しかし事実であることは確かなので、ミツルギは何も言い返せなかった。

 

「ま、女性冒険者からはまるで信じられてないけどね。そんな魔剣君は僕達に何か用かい?」

「ミツルギです。用があるのはタナリスさんではなく、ゆんゆんの方です」

「えっ? 私ですか?」

 

 早くボードゲームの続きがしたくてソワソワしていたゆんゆんであったが、ミツルギから用があると告げられて、彼女もそちらに顔を向ける。

 そして残る一人の名前をミツルギが口にしようとした時、背後から不意に声を掛ける者が現れた。

 

「皆揃って何してるのかな?」

 

 明るい印象がある女性の声、と同時に聞き馴染みのある声。タイミングのいいヤツだと思いながら、バージルは振り返る。

 

「やぁクリス。クエスト帰りかい?」

「はい、少しダンジョンでお宝探索を」

「君ひとりで?」

「いえ、仕事仲間と一緒に」

 

 丁度ミツルギが挙げようとしていた人物、クリスであった。報酬が入っているであろう金貨入りの袋を手に、バージル達の間へ入ってくる。

 

「四人でボードゲームしてたの? アタシも入っていい?」

「悪いね、このゲームは二人用なんだ。トランプがあれば皆で遊べるんだけど」

「あっ! わ、私持ってます! 五人もいたらババ抜きも大富豪も、七並べだってできますよ!」

『六人だ! 俺がいることも忘れるな!』

「おぉうビックリした。急に出てきたけど誰だい?」

 

 たまらずミツルギの身体から飛び出してきたベルディアを、タナリスは興味深そうに見つめる。

 

『我が名はベルディア。元は魔王軍幹部だったが、訳あって今は魔剣の霊となっている』

「へぇー……バージルから話は聞いてたけど、ホントにデュラハンからゴーストになったんだね」

『トランプでの勝負なら自信があるぞ。かつて魔王城にいた頃、部下のアンデッド相手にやりまくっていたからな』

「魔王軍って意外とアットホームなんだね。同僚とも遊んでたのかい?」

 

 タナリスの質問に、ベルディアは何も答えず下を向くだけ。どこか哀愁を感じられる様を見て彼女は察したのか、それ以上突っ込むことはしなかった。

 

『とにかく、俺も参戦させてもらうぞ。というわけでミツルギ、代役頼む』

「えぇ……?」

「じゃあベルディアは魔剣君とのペアということで。バージルもやるかい?」

「ポーカーなら相手してやっても構わんが」

「えー、アレ難しいじゃん。せめてブラックジャックにしようよ」

「チッ……まぁいいだろう」

「勝負には乗るんだ……くだらんとか言って即帰りそうだと思ってたのに」

 

 意外にもトランプ勝負を受けたバージル。そんな彼をクリスは物珍しそうに見つめていた。

 

「ブラックジャックですね! 私もルールはわかりますよ! こういう時のために、トランプで遊べるゲームのルールは全部覚えてるんです!」

「それは頼もしいね。じゃあ早速始めようか。ほら、魔剣君も座って座って」

「は、はぁ……あとミツルギです」

 

 全員参加のブラックジャックをさせられることとなり、ミツルギは困惑しながらも用意された席に座った。

 魔剣の勇者、勇者殺し、蒼白のソードマスター、白銀の紅魔族、幸運の銀髪盗賊、漆黒のバイト戦士と、名だたる戦士がギルドの隅っこでトランプしているのを、周りの冒険者は奇っ怪な目で見ていた。

 

 

*********************************

 

 

 結局五回も行われたブラックジャックは、すべてクリスがトップ、バージルがビリという結果に終わった。

 納得がいかなかったバージルはその後ポーカーでクリスに挑んだが、運なし男が幸運の女神に叶う筈もなく。オーバーキルとばかりにロイヤルストレートフラッシュを出されて完敗した。

 

 約一名が不機嫌になったところで、ミツルギはクリス達に話があることを伝えた。他の人には聞かれたくない話のため、バージルの家へ移動することに。

 大所帯の移動で住民から注目はされたが、彼等は特に問題もなく家に辿り着いた。その中にはタナリスの姿もあった。

 ミツルギは「彼女には聞かれたくない」とバージルに耳打ちしてきたが、彼女も例の騒動については事情を把握していると返した。

 バージルはいつもの席に、タナリスは机に腰掛ける。バージルの隣にはクリスが、タナリスの隣にはゆんゆんが立ち、各々が定位置に着いたところで、ミツルギは本題に入った。

 

「既に察しているとは思いますが、まずはこれを」

 

 そう言ってミツルギは丸めた紙を取り出す。机上で広げると、そこから三枚の紙が顔を見せた。バージル達は紙に書かれている内容を覗き込む。

 

「銀髪と仮面の盗賊二人組、白銀の魔術師、漆黒の騎士。これってもしかしなくても……」

「王都を騒がせた義賊……皆さんの手配書です」

 

 簡易的に特徴を現したイラスト付きの手配書。その下にはそれぞれ高額の懸賞金が記されていた。

 

「アタシとカズマ君がセットで二億エリス、ゆんゆんちゃんが三億で、バージルは七億……」

『因みに俺は幹部時代、五億エリスの懸賞金がかけられていたぞ。それを踏まえるとバージルの懸賞金は破格だな』

「師匠の力を考えれば十億はくだらないと思っていましたが、直接死人を出さなかったことで控えめにされたそうです」

「流石に十億は言い過ぎ……いや、そうでもないのかな」

 

 伝説の魔剣士の息子。その力を鑑みると十億どころでは済まないかもしれない。そう思いながらクリスは自分の手配書を手に取る。

 バージル、ゆんゆんとは違い、自分はカズマとセット。おまけに自分よりも仮面を付けたカズマの方が前面に描かれている。その事実にクリスはちょっとした敗北感を覚えた。

 

「あ、あの……」

 

 すると、今まで黙っていたゆんゆんが自分の手配書を手にしたまま声を上げた。その表情には戸惑いが感じられる。

 まだ二十にも満たない少女でありながら、多額の懸賞金をかけられたのだ。怖くなるのも無理はない。

 そうクリスは思っていたのだが、どうやらゆんゆんが着目したのは別の箇所だったようで。

 

「どうして私の絵だけ、他の二枚と描き方が違うんですか? なんというか、私のだけやたら力が入っているような……」

 

 ゆんゆんは他の皆にも見えるよう、机上に手配書を置いてミツルギに尋ねる。

 手配書には『白銀の魔術師』として、バージル達と同様にイラストが描かれていたが……そのイラストが、他の手配書と一線を画していた。

 

 風になびいた銀髪に、黒い制服の上からでもハッキリ見えるスタイル抜群の女性。

 仮面は外していない筈だったが、イラストでは何故か外した仮面を手に持ったポーズとなっており、顔も身体も、ゆんゆんとは似ても似つかない大人な女性が描かれていた。

 更にはご丁寧に月夜をバックにした背景がつけられており、とある世界では『神絵師』として拝まれていそうなクオリティとなっていた。

 

「聞いた話だと、手配書を書いた男は女性の絵だけ異常に力を入れているそうで、気が付いたらここまで描き込んでいたと」

「そ、そうなんですね……」

「ちょっと待って。じゃあなんでアタシはこんな簡単に描かれてるの?」

『それはまぁ……そういうことだろうな』

「むしろ仮面の方に力が入ってるね」

「アタシ泣いていいかな?」

 

 盗賊だけでなく女としてのプライドまで傷つけられ、クリスの心は砕け散りそうになった。

 一方でゆんゆんは、少し引きつった顔で自分の手配書を再度確認する。ほぼ別人ではあったが、特徴の銀髪と赤目はしっかり描かれていた。

 

「これを見た人から、私だって気付かれちゃうかな?」

『顔とスタイルが全然違うから、案外バレないと俺は思うぞ』

「怪しまれても、この女性に憧れて銀髪にしてみましたーとか言えば大丈夫じゃない?」

 

 友達からの助言でゆんゆんの心には少し余裕ができた様子。不安げであった表情から安堵の色が浮かび上がった。

 

「で、アタシはテキトーに描かれてて、カズマ君は仮面を付けてて、バージルは鎧の姿。これなら周りにバレる心配はなさそうだね」

「それに王都の調査団は、わざわざアクセルの街にまで調査の手を伸ばすことはしないでしょう」

 

 ミツルギから補足の情報を聞いて、クリスはホッと胸を撫で下ろす。

 

「この話、カズマには?」

「いえ、彼にはまだ……というより、話しにくいといいますか」

「どうして? 彼には言いにくい事情でもあるのかい?」

「そういうわけではないんですが……個人的な理由であまり会いたくないというか」

「あー、そういうこと。ミツルギ君もカズマ君も同じ冒険者なんだから、仲良くすればいいのに」

 

 クリスの言葉にミツルギは返す言葉が見当たらず、苦笑いを浮かべるのみ。かといって会えば例の三連敗を弄られるのは明白。

 

「じゃあカズマ君にはアタシ達から伝えておくよ。それでいいかな?」

「すみません……」

「話はそれで終わりか?」

「いえ、まだもうひとつありまして……今度は師匠だけに」

 

 バージルが尋ねると、ミツルギは別件がまだ残っていると伝え、今度は別の紙を取り出した。彼は折りたたまれた紙を広げ、バージルに手渡す。

 

「王都のクレアさんからです。期限は問わない。だが必ず果たすように、とのことです」

 

 ミツルギの言葉を聞き入れながら、クリス達はバージルが受け取った紙を覗き込む。

 そして──彼女等は皆、一様にして酷く驚いた。

 

「わぁお」

「私達の懸賞金の合計よりも高い……」

 

 紙の正体は、城の修繕費の請求書であった。金額は、かつてアルダープが請求してきたものより遥かに高い。これを受けて、流石のバージルも眉を潜めていた。

 

 高難易度クエストを軽々こなせる力量を持っていながら、アクセルの街から拠点を移していない。そしてアクセルの街は駆け出し冒険者の街なので、高難易度クエストが貼られる機会はそうそうない。

 個別に依頼を持ち込まれてはいるが、気が乗らないものはたとえ高額報酬でも断っている。更に受けた依頼では高確率で器物破損を起こしているので、報酬が差し引かれている。

 そして最近、彼はお金ではなく物品で報酬を受け取っているケースが多い。先のメロンもそう。故に貯金も貯まらず、請求書の金額をすぐ支払うことはできなかった。

 

「もうひとつ、クレアさんから伝言です。王都には報酬の高い高難易度クエストが多い。気が変わればいつでも移住してもらって構わない、だそうです」

「……いちいち回りくどい連中だ」

 

 クレアからの伝言を聞き、バージルはバカ高い請求書の真意を悟った。

 相手はハナから支払いなど求めていない。バージルと何かしらの繋がりを持っておくことが目的なのだと。

 バージルを王都に呼び出したい時、これを利用することも可能。返済期限が無いのもその為であろう。またクレアからの伝言の通り、金を稼ぐために王都へ移住させる狙いもある。

 が、バージルは王都に移住するつもりなどない。となれば彼にできるのは、王都には行かず金を稼ぐことだけだ。

 

「しかし、元はと言えば僕が師匠に勝負を挑んだのが原因です。なので支払いには僕も協力します」

 

 するとミツルギ自ら、修繕費の負担を申し出た。本人が言うならわざわざ断る意味もないとバージルは思ったが──。

 

「その必要はないよ。このお金はバージルに、キッチリ全額支払ってもらうから。クレアさんって人にそう伝えといて」

 

 バージルの返答よりも先に、クリスが身を乗り出しながら言葉を返した。まさか彼女が口出ししてくるとは思っていなかったようで、ミツルギは困惑する。

 

「そもそもバージルの暴れ過ぎが問題なんだから、ミツルギ君は気にしなくていいよ」

「いや、僕も城の破損を気にせず戦ってしまったので──」

「とにかく、君はお金を払う必要ないから。バージルもそれでいいよね?」

 

 ミツルギの言葉を遮りながら、クリスはバージルへ同意を求めてくる。声の圧からしてYES以外は求めていないようだ。

 王城での潜入で好き勝手に動いた事を余程怒っているのであろう。そしてバージルもまた怒るクリスが苦手なのか、言い返そうとはしかなった。

 

「金は払う。だが貴様等の犬になったつもりはないと伝えておけ」

「は、はぁ……」

 

 バージルは請求書を机に置き、ミツルギに伝言を伝える。クリスの圧に押されている彼の姿が珍しく、師匠でも勝てない人はいるんだなとミツルギは独り思った。

 

「話は終わったかい? ならゆんゆん、ボードゲームの続きをしようか。僕が十勝九敗だったよね」

「あっ、うん! 早速準備するね……ってまだ九勝九敗だよ! ちゃっかりズルしないで!」

「ここを貴様等の遊び場と許可した覚えはない」

「じゃあ仕事の依頼だ。内容はここで遊ばせてほしい。依頼主は僕とゆんゆんで」

「報酬として一千万エリス出せるのなら受けてやっても構わん」

「随分とお高いね。王都の一級ホテルに泊まったほうが安く済みそうだ」

 

 食い下がるタナリス、断固拒否のバージル。そんな二人をゆんゆんはオロオロと交互に見ている。

 これはどちらかが折れない限り終わらないだろう。そう思ったクリスが、少しくらいならいいのではと口を挟もうとした時、バージルは「それに」と付け加えて言葉を続けた。

 

「もうひとり、招かれざる客が来たようだ」

 

 バージルはタナリスから目を離し、玄関扉を見た。つられて他の者達も扉に顔を向ける。

 扉が開く様子はない。しかし耳を澄ますと、砂利を擦る足音が少しずつ大きくなっていることに気付く。そして、バージル以外で来訪者の正体に一番早く気付いた者が声を漏らした。

 

「このイヤーな感じは……」

 

 彼の隣にいたクリスであった。正体を悟った彼女の表情に、これでもかと拒否反応が表れている。

 やがて近づいてきた足音は止まり、一拍間を置いて玄関の扉が勢いよく開かれた。

 

「おやおや、しがない脇役が勢揃いではないか。ボードゲームで暇を潰すほどオファーが無いのであれば、我輩が見繕ってやってもよいぞ?」

 

 開口一番に感情を逆撫でしながら来店したのは、白黒仮面がチャームポイントのお喋り悪魔、バニルであった。




このすば新作アニメおめでとうございます。
映画だとしたらやっぱり王都編でしょうか。


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第77話「この脇役達に役割を!」

「こっちは楽しく遊んでたところなの。悪魔からのオファーなんて受ける暇ないから出てって」

「開口一番に出てけとは、あの蛮族女神といい勝負であるな。男だと間違えられる運命を背負った悲しき女よ。第一、貴様は便利屋の従業員ではなかろうに、何の権限で断っておるのだ」

「ならば俺からも言っておこう。依頼を出したいなら態度を改めて出直すといい。口うるさい悪魔の討伐依頼なら歓迎だ」

「便利屋を名乗るなら自らの態度を改めるが吉であるぞ、かつてのお隣さんと負けず劣らずの借金を背負うことになった器物破損男よ」

 

 出会って数秒で喧嘩腰のバージルに対し、バニルは一貫して道化のような笑みを崩さない。隣のクリスはバニルの挑発もあってか、威嚇の声が聞こえてきそうなほど睨んでいる。

 一方、彼とは良好な交友関係を築いているタナリスが、ボードゲームの準備を止めて話しかけた。

 

「あれ? 僕、今日シフト入ってた?」

「いいや、今日貴様は休みであるゆえ、友達を作ったらやりたいことを百個以上綿密に計画していたそこのぼっち娘と仲良く遊んでいるがいい」

「バニルさん! 勝手に私のこと見通してバラさないでください! それと今は二百個に突入してます!」

「君そんなに僕と遊びたいのかい。シフトが入ってなかったらいくらでも付き合ってあげるけど」

「えっ!? ほ、ホントに!?」

 

 すんなりオーケーを出したタナリスに、ゆんゆんは声が裏返るほど喜ぶ。きっと今夜は三百個目まで計画を作り上げることであろう。

 

「そして、魔剣の勇者と呼ばれるわりには暇そうにしておるな。目の敵にしている男に勝負でも実績でも負けている、なんちゃって勇者よ」

 

 各々と会話を交えたバニルは、最後にミツルギへと振り返った。対する彼はバニルの姿を見て呆然としている。彼の横に浮いていたベルディアも同様であった。

 が、それも当然の事。サトウカズマによって討伐されたと聞いた仮面の悪魔が、アクセルの街にある魔道具店であくせく働いているなど、彼等は微塵も知らなかったのだから。

 

『な、何故貴様がここに……!? というかなんで生きているんだ!?』

「開いた口が塞がらないといった様子であるな。自身を半殺しにしたポンコツリッチーの下着をしつこく覗き、あわよくば踏んで欲しいと願っていた首なし騎士よ。おっと、今は顔だけ変態幽霊であったか」

『誰が変態だ! 俺は今も昔も濁りなき心を持つ紳士だ!』

「下着の件は否定しないんですね……」

 

 ベルディアの変態エピソードを聞き、ゆんゆんが蔑んだ目で彼を見る。傍で聞いていたミツルギも、どうしようもない奴だと顔に手を当ててため息を吐いた。

 そしてバージルは、いつまでも会話を楽しんでいるバニルに痺れを切らして自ら声をあげた。

 

「ここは遊び場でも休憩場でもない。雑談目的なら今すぐ去れ」

「知り合いと会えば、会話のひとつやふたつ弾むものであろう」

「貴様の無駄話に付き合うほど暇ではない。さっさと用件を言え」

「どう見ても暇そうに思えるが、まぁいい。既に察しているであろうが、我輩から貴様にひとつ依頼を出したくてな」

「依頼を出したいなら態度を改めろと言った筈だ。貴様の記憶力は鶏並みか?」

「話は最後まで聞くがいい。レタス並みに気の短い男よ」

 

 挑発に挑発で返され、バージルは今にも刀を抜きそうな剣幕に。非常食と評すバージルの悪感情を食したバニルは、そのまま話を続けた。

 

「これからこの街で、とあるイベントが起こる。それを円滑に進めるためには、貴様の存在が邪魔でな」

 

 強調するように、バージルを指差す。それを受けてバージルよりも先にクリスが突っかかりそうになったが、すんでのところで彼女は抑える。

 

「前にも話したが、我輩の見える未来は辿り着く可能性が極めて高い未来。力ある者が介入すれば、辿るべき道は捻じ曲げられ、別の未来へと向かってしまう」

「つまり、そのイベントにバージルは関わらないで欲しいってこと?」

「そういうことであるが、早く終わらそうと最後まで話を聞かずに要約するのは悪印象であるぞ。壁面女よ」

「もう一回アタシのこと壁呼ばわりしたら、特注ダガーで仮面をズタズタに切り刻むから」

 

 臨戦態勢でダガーに手をかけるクリス。一触即発の空気にゆんゆんとミツルギは緊張し、タナリスは面白そうに見守っている。

 そして、バニルからの依頼内容を聞いたバージルは一度目を伏せる。程なくして目を開いた彼は、再度バニルを睨みつけた。

 

「何を企んでいるのか知らんが、悪魔の手掛けた舞台に立つほど落ちぶれていない。かといって、貴様の脚本通りに事を進めるのも癪だ」

 

 俺は俺で勝手にさせてもらうと、バージルは言葉を返した。隣で聞いていたクリスは激しく同意するように頷く。

 バージルからの返答を受けたバニルは、彼の顔を見たまま固まっていたが──やがて、堪えきれないように笑い出した。

 

「く、クククッ……フハハハハハッ!」

「何が可笑しい」

「可笑しいに決まっておろう! よもや貴様がここまでの勘違い男であったとは!」

 

 バニルは腹を抱えて笑い続ける。今すぐバラバラにして可燃ゴミで捨ててやろうかと、バージルは本気で考え始める。

 収まる様子が見られないのでクリスが声を挟もうとした時、バニルがそれを遮るようにしてバージルを指差した。

 

「貴様はこの舞台(世界)の役者どころか、招かれた客ですらない」

 

 バニルの声色が低くなると共に、空気が一変した。文句を言おうとしていたクリスも思わず気圧されて口を紡ぐ。

 

「招かれざる客、と呼ぶのもおこがましい。劇場に許可なく立ち入り、勝手に舞台へあがり、さも主役のように演じ始める超絶勘違い大迷惑部外者である」

 

 バージルとクリスだけではない。その場にいたミツルギ、ベルディア、ゆんゆん、タナリスも黙ってバニルの言葉に耳を傾ける。

 

「しかもその勘違い男は無駄に力があるので、警備の者も追い出せない。結果、物語は勘違い男の好きなように展開され、客は見たかった話が見れず、本来の役者も出番を食われ、誰も得しない改悪劇の誕生である」

「じゃあ僕も部外者になるのかな?」

「然り。だが貴様は立場をわきまえて極力舞台にあがろうとしていないので、まだマシな方である」

 

 話の意図を汲み取ったタナリスが自分を差して尋ねるが、バニルは仕事仲間というのもあってか、あまり気にしていない様子。

 唯一、バージルの事情を知らないゆんゆんは困惑するばかり。一方で事情を知るミツルギは自ら前に出てきた。

 

「なら僕とサトウカズマも勝手に舞台へあがり、脚本を変えてしまった人間ということかな」

「自惚れもそこまでいくとあっぱれであるな、超絶勘違いナルシストなんちゃって勇者よ。貴様程度のひ弱な存在なら警備員一人でも十分だが、脚本変更を余儀なくされるほどの演技力もないので、あえて放っているのである」

 

 とんだ思い違いだと指摘され、ミツルギは羞恥と怒りが入り混じった表情を見せる。彼の悪感情をしっかりと堪能したのか、満足げに頷いてからバニルは言葉を続けた。

 

「むしろ貴様より、無駄に眩しい迷惑女神を連れ回す冴えない男のほうが影響力大だ。しかし奴の演技力は中々のもの。巻き込まれ体質男を軸に脚本を書き直したほうが、より愉快な劇が生まれること間違いなしである」

 

 一方でカズマのことはべた褒めするバニル。遠回しにお前はサトウカズマより劣っていると言われたように感じ、ミツルギの悪感情が更に増す。

 

「というわけで、貴様はしばらくこの街を離れて金稼ぎをするが吉である」

「報酬も提示せずに依頼とは常識知らずだな。悪魔に常識を求めるのも無理な話だが」

「世にも珍しい、爆発するポーション一年分はいかがかな? かつて大魔道士であった店主のイチオシ商品であるぞ」

「在庫処分の依頼なら他所を当たれ」

「なら報酬は外から調達してくるとしよう。安心しろ、我輩の目はポンコツ店主のように腐っておらぬ」

「それ以前に、誰が依頼を受けると言った」

 

 最近、食い下がられると自ら折れてしまうことの多いバージルだが、バニルにだけは負けてはならないと、お断りの姿勢を突き通す。

 このままではテコでも動かないと察したのか、バニルは呆れたように息を吐いてから尋ねてきた。

 

「関われば未来が変わり、汝の求める真実も得られなくなるが構わんか?」

「……何っ?」

 

 バニルの口から出た意味深な発言に、バージルは思わず反応した。ここまでの流れも見通していたかのように、バニルは仮面の下で不敵に笑う。

 

「未来を知ると、未来が変わってしまう可能性大であるため中身は言えぬ。ただひとつ話せるとすれば、今の貴様が最も欲する情報である。どうだ? 依頼を受けたくなったであろう?」

 

 購買意欲を掻き立てるセールスマンのように、大事な部分をチラつかせるバニル。

 事実バージルも、今の発言で興味を惹かれていた。相手の言い方には終始腹を立てているが。

 

「やっぱハッタリだよバージル。こんなデタラメインチキ悪魔の話なんか聞く必要ない」

 

 しかしそこでクリスが口を挟んできた。彼女はバニルのもとへ歩み寄り、彼と至近距離で睨み合う形で反論する。

 

「前に言ってたよね。力ある者の未来は見通せない、バージルの未来は見えないって。なのにどうしてそんなことがわかるのさ」

「頭を柔らかくして考えれば理解できる話であるぞ、頭でっかち思考停止盗賊よ。我輩が見通せないのは、其奴が好き勝手に動くからである。つまり、大人しくしていれば未来を見通すことも容易となる」

「そもそも、信じられると思ってるの? 人を騙して代価を支払わせる極悪非道な悪魔の言葉をさ」

「契約内容を人間側が間違って解釈している事が原因だというのに、悪魔側へ責任転移か。流石は悪魔嫌いの女神信奉者であるな。我輩は嘘を吐かぬ。事実、近所の御婦人方からは『裏表のない素敵なバニルさん』と親しまれておるからな」

「今の発言こそ真っ赤な嘘に聞こえるんだけど。バージル、さっさとこんな悪魔追い出しちゃおうよ」

 

 悪魔と女神から板挟みになってしまったバージル。その二人と、静かに聞いていた他の皆から視線が集まる中、彼はおもむろに顔を上げて返答した。

 

「いいだろう、仮面の悪魔。貴様の話に乗ってやる」

「はぁっ!?」

 

 先程とは一転、バージルは依頼を受ける意思を告げた。これにクリスは大層驚く。

 

「正しい判断であるな。食い下がられたらついつい折れてしまう男よ。我輩の指示に従えば、汝の求める答えに辿り着けるであろう」

「勘違いするな。俺が、貴様の企てるくだらん茶番劇に仕方なく付き合ってやるだけだ」

「あくまでも上から目線を突き通すか。仕事を貰える立場でありながら無駄にプライドが高い傲慢男よ」

 

 終始どちらも高圧的な態度を崩すことはなく、今も二人の間に火花が散る。しかしバージルが仕事を受ける事実に変わりはない。

 それに不満を抱いていたクリスが、彼のもとに詰め寄ってきた。

 

「こんな嘘つき悪魔の話を信じるっていうの!?」

「奴を信用しているわけではない。だが話には興味がある。それが俺の求める答えとまで断言されれば尚更な」

「やめたほうがいいよ! コイツの言ってる答えも、どうせろくでもないモノなんだから!」

「その時は、こちらの気が晴れるまで付き合ってもらうだけだ。余分な残機が無くなってスッキリするだろう」

 

 悪魔との契約には代価が必要。代価が払えなければ、相応の罰を負う。それはバニルも理解している筈。バージルの言い分を聞いて、クリスは渋々だが自ら引き下がった。

 バージルは脅しの意味も含めて忠告したが、バニルは気圧された様子を一切見せず。承諾を確認したところで、彼は依頼について詳しく話し始めた。

 

「先も話したとおり、貴様はしばらく街を離れて好きに動くがいい。三週間そこらで構わん」

「話の流れでいくと、僕も出てったほうがいいかな?」

「不安要素は取り除きたいので、貴様も離れてもらおう。あとの演者共はアドリブで構わん。街を出るもよし、残るもよし。好きに演じるがいい。ただし、部外者半魔が戻ってきたら再びこの場に集え。我輩が次の演目を発表する」

 

 タナリスの質問にバニルは答える。すると、不機嫌そうに腕を組んで聞いていたクリスが口を挟んできた。

 

「バージルのこと部外者って呼んでるのに、演目内容は教えてくれるんだね」

「誰も舞台に上がらせるとは言っておらぬぞ、揚げ足取り女神の信奉者よ。追い出してやるのも可哀想だから、舞台の後始末くらいはさせてやろうと思ったまでである。慈悲深き我輩に感謝するがよい」

「慈悲深い悪魔か。この街にいる駆け出し冒険者の方がまだ面白い冗談を聞けそうだ」

「ここは素直に礼を言っておく場面であるぞ。近所の子供達より礼儀がなってない無礼千万男よ」

 

 クリス、バージルとのいがみ合いは今も変わらず。睨みつける二人を鼻で笑った後、バニルは彼等に背を向ける。

 

「ひとまず話は以上だ。我輩はこれにて失礼する。三週間後を楽しみにしておくがよい」

 

 そう言い残し、バニルは扉へと向かう。クリスが煙たがるようにシッシと手で払う中、彼はそのままバージルの家から出ていった。

 バニルが去るのを見送った後、ここまで静かにしていたゆんゆんが困惑した表情で口を開いた。

 

「あの、何がなんだかわからなかったんですけど……」

 

 この中で唯一、バージルやミツルギの秘密(異世界出身)を知らないゆんゆん。未来を捻じ曲げる云々の話も終始ついていけなかったであろう。

 それを察した友達のタナリスは、彼女に優しく教えた。

 

「要はこの街でイベントがあるらしいから、その間僕とバージルは街を離れる。ゆんゆん達は好きに動いても大丈夫ってこと」

「イベントって、いったい何が起きるの?」

「楽しいお祭だったら僕の分まで楽しんでね。魔剣君とヘスティアも」

「ミツルギです」

『ベルディアだ。誰だヘスティアって』

 

 慣れたようにすかさず突っ込むミツルギとベルディア。彼女は二人から目を離し、クリスに向ける。

 

「クリスはどうするんだい?」

「アタシは街に残って様子を見守ります。仮面の悪魔が魔王軍を街へ呼び込むために、バージルを追い出そうとしてるのかもしれませんから」

 

 悪魔な上に嫌いなタイプというのもあって、バニルを一切信じていないクリス。一方で、彼と比較的交流のあるゆんゆんがクリスの言葉に疑問を抱いた。

 

「バニルさんって今も魔王軍幹部なんですか?」

「一回倒されて契約が切れたから、魔王軍ですらないってバイトしてた時に聞いたけど」

「だとしても、仮面の悪魔は警戒すべきです。再び魔王軍に入っている可能性も十分にあります」

「確かに僕も思いました。彼の言うイベントも、魔王軍襲来を指しているのかもしれません」

『いや、どうだろうな』

 

 クリス達の話に、これまた黙っていたベルディアが自ら入ってきた。

 

『奴は人間の悪感情を糧としている。人間は貴重な食料だ。それを自ら手放す真似をするとは思えん』

「じゃあ、魔王軍襲来の可能性は低いってことかい?」

『魔王軍が保守派と過激派で別れていた時、奴は保守派だったからな。因みに俺もだ』

 

 さり気なく魔王軍の内部事情を明かしたベルディア。彼の話す通りなら、バニルには人間を襲うメリットが無いということ。

 それを聞いてゆんゆんとミツルギが納得する一方、クリスは不服な顔を見せる。

 

「ま、なるようになるしかないね」

 

 この話を続けていても答えは出ないと感じたのか、タナリスが話を切り上げた。彼女はそう告げた後、バージルに顔を向けて声を掛けてきた。

 

「クリス達は街で待機として、僕達はどうしようか。脚本家が言うには、お金稼ぎをするが吉らしいけど」

 

 バニルにも見通されていたが、バージルは膨大な額の請求書を抱えている。支払うためには稼ぐしかない。

 しかし、依頼を受けるだけでは時間がかかる。王都に行けば割のいいクエストもありそうだが、それこそ相手の思うツボ。

 アクセルの街から拠点を変えずに金を稼ぐとなれば、方法は限られる。バージルは顔をあげて言葉を返した。

 

「ダンジョンに行く」

「お宝探しか、いいね。ちょうど新調した武器を試したかったんだ」

「えっ!? タナリスちゃんの新しい鎌、完成したの!?」

「つい先日さ。にるにるの手が加わって、画期的な機能も搭載されたよ。あの子は将来有望な魔道具職人だね」

 

 バージルの発案にタナリスは意欲的な反応を見せる。武器を預けていると聞いていたが、どうやら準備万端の様子。

 各々の行動が決まったところで会議はお開き。それで構わないかとバージルがクリスの顔を伺うと、彼女は口に手を当てて何やら考えている。

 

「どうした」

「ダンジョンでお宝探しをするんですよね」

「そう、宝石見つけて一攫千金。ついでにモンスター倒してレベルアップ。もしやクリスも行く気になったかい?」

「いえ、さっきも言いましたけど、アタシは街で待機しますので」

「そっか、盗賊の君がいればお宝探しも捗りそうだけどなぁ」

「えぇ、ですので──」

 

 クリスは組んでいた腕を解くと、バージルとタナリスに告げた。

 

「代わりに、アタシの仕事仲間を紹介します」

 

 

*********************************

 

 

 その後、クリスは「少し待ってて」と言い残してバージルの家から退出。しばらくしてから戻ってくると、彼女はバージルとタナリスを連れて場所を移動することに。

 街で待機勢だったミツルギ、ゆんゆんは同行するわけにいかず、そこで解散となった。彼等を見送った後、三人はバージルの家から出る。

 そうして連れてこられたのは、街の中心に位置する冒険者ギルド。中では冒険者が酒を飲みながら話し合い、職員が働くいつもの風景が広がっている。

 

「あっ、いたいた」

 

 施設内を見渡して目的の人物を見つけたのか、クリスは「ついてきて」と二人に伝えてから足を進めた。バージル達は素直に従って彼女の後を追う。

 ギルド併設の酒場のカウンター席。独りお酒を嗜んでいた女性のもとへクリスが近寄った。それに気付いた女性が振り返ると、面倒臭そうな声色でクリスに話しかけた。

 

「急に呼び出して何なのよ。私も暇じゃないんだけど?」

「ごめんごめん、ちょっと手を借りたくてさ」

 

 深い紫色の髪を手でなびかせる、妖艶な印象を抱く女性。美しい顔立ちに豊満な胸、白い肌、色っぽい腰つきと、女性の美を体現したかのような容姿を持っており、露出度高めな服装もあってか、鼻の下を伸ばして彼女を見る男冒険者も多い。

 そんな彼女と知り合いの様子であるクリスは、バージル等に振り返った。

 

「紹介するね。この人はアタシの仕事仲間で凄腕のトレジャーハンター、メリッサさんだよ」




このファン勢初参戦キャラはメリッサさんになりました。


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第78話「このトレジャーハンターとお宝探しを!」

「トレジャーハンター? この街じゃ聞かない職業だね」

 

 クリスの紹介を聞いて、タナリスは興味深そうにメリッサを見る。

 

「ダンジョンを探索したり、時には屋敷に侵入してお宝を手に入れる、お宝探しのプロですよ」

「盗賊と大して変わらんな」

「全くの別物よ。一緒にしないでくれる?」

 

 バージルの言葉が気に障ったのか、メリッサが強く睨んで訂正してきた。対するバージルは知ったことかと鼻で笑う。

 出会って数十秒だというのに睨み合う二人。これはマズイと思ったのか、クリスは慌てて二人の紹介へと話題を移した。

 

「この人はタナリスさん! 職業は状態異常魔法を得意とするダークプリースト!」

「初めましてメリッサさん。僕の後輩が世話になってるみたいだね」

「後輩って、まさかクリスのこと?」

「そうだよ」

「どう見ても貴方のほうが後輩っぽいけど。ていうかクリスに先輩なんていたのね」

「あ、あはは……」

 

 実は女神の先輩後輩なんだと明かせるわけもなく、クリスは笑って誤魔化す。

 

「で、こっちはバージル。蒼白のソードマスターって言えばわかるんじゃないかな?」

「へぇ、貴方が……」

 

 次にバージルを紹介すると、メリッサの表情が一変。無関心だったものから、興味深そうにバージルを見つめ始めた。

 

「うん、悪くないわね」

 

 しばらく品定めの目でバージルを観察した後、メリッサは評価を下した。彼女なりに気に入ってもらえたと感じたクリスは、早速本題へと移った。

 

「でね、二人はこれからダンジョンでお宝探しの予定なんだけど──」

「私に手伝ってもらいたいってわけ?」

「そうそう。二人の実力は折り紙つきだから、メリッサ一人じゃ難しいダンジョンも楽々攻略できる筈だよ」

 

 お宝探しはメリッサが、道中の敵は二人が。役割分担することで効率よくダンジョン探索ができる。事実、クリスもバージルと組むことで神器探しを捗らせていた。

 メリッサにとっても悪くない話の筈。そう思いながら返答を待っていると、メリッサは僅かに微笑んで言葉を返した。

 

「いいわよ、特別に連れて行ってあげる。せいぜい足を引っ張らないように頑張りなさい」

 

 答えはYESであった。クリスは晴れた表情でバージルに顔を向ける。彼は変わりない無表情であったが、メリッサの言葉を受けて口を開いた。

 

「断る」

「ちょっ!?」

 

 返答はNOであった。これにクリスは大層驚く。

 

「クリスから多少使える奴がいると聞いていたが、口先だけの喧しい女だとはな。これ以上話すのは時間の無駄だ」

 

 どうにか承諾を得たクリスの心境などいざ知らず、バージルはため息混じりにメリッサを侮辱する。それを聞いてメリッサが黙っている筈もなく。

 

「自分の立場がわかってないようね。今すぐここで土下座して謝れば、さっきの発言は聞かなかったことにしてあげるわよ」

「ならばもう一度言ってやろう。貴様を連れて行くぐらいなら案山子を持っていった方がマシだ。いちいち癇に障る声を聞かずに済む」

 

 先程よりも更に圧のある声色でメリッサが土下座を求めてきたが、バージルは屈む素振りすら見せず、侮辱の弾をもう一発放った。

 バージルの態度にクリスが唖然としている中、傍観していたタナリスが彼女のもとへ近寄って耳打ちしてきた。

 

「どうして彼女をバージルと会わせたんだい? 会う前から相性最悪ってわかりそうなもんだけど」

「逆に意外と気が合いそうかなって……」

「この世界では水と油が混ざるのかな?」

 

 女神と悪魔、グリフォンとマンティコアなど、世の中には絶対に反りが合わない組み合わせというのがある。

 磁石のS極とS極がどう頑張ってもくっつかないのと同じく、ドSとドSが仲良くすることは不可能なのである。

 

「だったら好きにしなさい。私は他の店で飲み直してくるから。せっかくのお酒がゴミのせいで台無しだわ」

 

 これ以上口喧嘩する気すら起きなかったのか、メリッサはわざとらしく深いため息を吐いて席を離れた。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 それをクリスは慌てて引き止めた。彼女に腕を掴まれたメリッサは、振り返ることもせず不機嫌な声色で告げる。

 

「離しなさいクリス。私はこれ以上ゴミの空気を吸いたくないの」

「気分を悪くしたのはホントにゴメン! でもバージルの腕は確かだから! 口の悪さは直しようがないから大目に見てあげて!」

 

 絶対に損はしないとクリスは念押しする。メリッサは鬱陶しそうに彼女を見つめたが、再びバージルへと視線を移す。

 気分は害されたが、彼の実力自体は気になっているのであろう。やがて彼女は諦めたようにため息を吐いて言葉を返した。

 

「いいわ、なら一日だけお試ししてあげる。私の寛大な心に深く感謝しなさい」

「それで寛大だと思っているなら、言葉の意味を辞書で調べ直すといい」

「わぁああああっ!」

 

 二人を引き合わせるのは早計だったかもしれない。自分で呼んでおきながらクリスはそう思った。

 

 

*********************************

 

 

 クリスの必死な説得もあって、一日レンタルされることとなったバージルとタナリス。

 もし二人の働きっぷりを気に入ったら、そのまま三週間ほど借りてもいいとクリスは伝え、彼等と別れた。

 

 その後、メリッサはまずテストも兼ねて、アクセルの街からそう遠くないダンジョンに行きたいと二人に告げた。

 馬車でダンジョン付近の街へ向かうとメリッサが話した時、それよりも早い方法があるとタナリスが進言。

 ここでは場所が悪いので、街から少し離れた草原に移動することに。メリッサは彼女の言葉を不信に思いながらもついていった。

 

 そして目的の場所に辿り着いた三人。タナリスは周囲を見渡して誰もいないことを確認してから、バージルに振り返った。

 

「それじゃあバージル、ダンジョンまでよろしく」

「俺を便利なタクシーだと思っているのか?」

「そう堅いこと言わずにさ。運賃ぐらいは払ってあげるから」

「……高くつくぞ」

 

 嫌な顔を見せたバージルはであったが、最後は舌打ちしながらも承諾し、コートの下からお面を取り出した。

 

「いったいどういうつもり? まさかその男が私達を担いで走るだなんて言い出さないわよね?」

「鋭いね。正確には僕らが乗ってバージルに走ってもらうのさ」

「はっ?」

 

 話の意図が見えず首を傾げていたメリッサだが、タナリスの言葉でますます困惑した様子に

 一方でバージルは手に持っていたお面を顔につけ、魔力を込める。瞬間、彼の身体がまばゆい光に包まれた。

 思わず目を瞑るメリッサ。彼女が目を開いた時には光が収まり、バージルの姿が忽然と消えていた。

 代わりにあったのは、銀色のたてがみが輝く青い狼。狼化した(ウルフトリガー)バージルであった。

 

「これが馬車よりも早い超特急便さ。乗車人数は二人まで。乗り心地は好みによるかな」

 

 狼バージルを手で差してタナリスは紹介する。よもや人間が狼に変身できるなど思いもしなかったであろう。メリッサはバージルの姿を見て言葉を失っている様子。

 サプライズが成功したところで、タナリスは狼化について説明を始めた。

 

「驚いたかい? バージルはお面を被ることで狼に──」

「もふもふぅううううっ! きゃわわわわー!」

「うおっ」

 

 刹那、メリッサは別人のような声を出し、狼バージルへと飛びかかった。

 向かってくるメリッサの、恍惚に満ちた顔を見て悪寒に襲われたバージルは、咄嗟にメリッサの突撃を避けた。モフモフたてがみに埋もれる筈だったメリッサの顔は空を切り、草原の地に落ちる。

 バージルはすかさず狼化を解除。メリッサが顔を上げた時には狼の姿はなく、彼女は必死に辺りを見回す。

 

「さっきのもふもふワンちゃんはどこ! どこに行ったの!?」

「ここにいるよ。さっき言いかけたけど、バージルはもふもふワンちゃんになれる魔道具を持ってるんだ」

「狼だ」

 

 興奮している様子のメリッサに再び説明する。しかし彼女の興奮は収まらず、顔についた土を払うことも忘れてバージルに迫ってきた。

 

「どうしてそれを早く言わなかったのよ! その魔道具はどこで手に入れたの!? ひとつしかないなら言い値で買うわ!」

「鼻息荒くしてるところ悪いけど、これはバージル専用の魔道具らしいんだ。買ったとしても使えないよ」

 

 メリッサを落ち着かせるようにタナリスは間に入って話す。神器であることは当然明かせないので、彼にしか使えない魔道具であると説明した。

 それを聞いてメリッサはわかりやすく落ち込んだが、やがて何かに気付いたように目が見開かれた。

 

「つまりダンジョンまで、さっきのワンちゃんに乗せてもらえるの!?」

「そういうこと」

「大好きなモフモフを好きなだけモフモフできるのね! 最高じゃない! はわわーっ!」

 

 どうやら彼女はモフモフに目がない系女子だったようだ。人格が変わったように、メリッサはモフモフワンちゃんに大興奮している。

 

「バージル、ギルドでは悪かったわね。不躾な態度は頭にきたけど、モフモフワンちゃんになれるなら全部許してあげるわ」

 

 そしてバージルに対して熱い手のひら返し。モフモフさえ堪能できればなんでもいいとメリッサは告げる。

 しかし、それを聞いてバージルが進んでモフらせてくれる筈もなく。

 

「今日の便は運休だ。ダンジョンには馬車で行く」

 

 狼化した途端に突撃してきたメリッサの顔。それが例の聖騎士にどことなく似ており、身の危険を抱いた彼は狼化を拒んだ。

 

「えーっ? また街に戻るの面倒だよ。それに、馬車でわざわざ村に寄ってから徒歩でダンジョンに行くよりも、君が狼になって直接行った方が数倍早いでしょ」

「貴様はともかく、そこの女を乗せる気はないと言っている。想像しただけでも悍ましい」

「モフるとしてもたてがみでしょ? 人間感覚で言えば髪を撫でられる程度なんだから、それくらい我慢しなよ」

「だとしても、好き好んで人に髪を触らせる趣味はない」

「意固地だなぁ。じゃあメリッサさん、悪いけど乗ってる間はモフるの我慢してくれるかな。この子、撫でられるのはあまり好きじゃないみたいでさ」

 

 折れる気がないと見たタナリスは、メリッサに提案を持ちかけた。モフモフを目の前にしながらモフることを禁じられる。モフモフ好きにはさぞ辛い条件であろう。

 メリッサは苦悶の表情を浮かべていたが、やがて声を絞り出すように答えた。

 

「わ、わかったわ。私にとってはモフモフに乗せてもらえるだけでも御の字だし」

「ということでバージル、これなら構わないよね?」

 

 触られる問題は解決したと、タナリスはバージルへ向き直った。彼女の後ろにいるメリッサは、期待に満ちた表情でバージルを見ている。

 確かに解決はしたが、モフられる危険性が完全に無くなったわけではない。しかし、狼になって走れば効率よくダンジョンを回れるのも事実。

 

「少しでも触った場合、貴様等をまとめて放り捨てる。それでも構わないならさっさと乗れ」

 

 バージルも苦渋の決断を下し、狼化を選択した。彼は再びお面をつけ、狼の姿へと变化する。

 再びもふもふワンちゃんの姿を拝められ、メリッサは声にならない歓喜の悲鳴を上げたが、モフりたい衝動をグッと堪えるように深呼吸をした。

 

「えぇ、精一杯努めるわ。その代わり……お耳をプニプニしてもいいかしら?」

「その手を噛み千切られる覚悟があるならな」

 

 警告を残し、バージルは彼女から視線を逸らす。乗ってもいいという合図だと理解した二人は、メリッサが前に、タナリスが後ろになるよう狼バージルの背に跨った。

 

「はふぅあ……!」

「感動してるところ失礼するけど、ホントに速いからたてがみにでも掴んでいた方がいいよ」

「えぇっ!? い、いいの!?」

「おい」

 

 乗って早々タナリスからお触りを促されたメリッサ。約束が違うとバージルは文句を言おうとしたが、彼の言葉を遮るようにタナリスが話してきた。

 

「安全運転してくれるなら掴む必要はないけど、どうせそのつもりはないんだろう? それともシートベルトでも用意してくれるのかい?」

 

 彼女の言葉にバージルは口ごもる。彼としてはさっさと降りて欲しいので早くダンジョンに行きたいが、その為に乗客の二人は猛スピードに耐えるべくしがみつかなければならない。

 速度を落として進むならしがみつく必要はないが、その場合メリッサを乗せる不愉快な時間が長く続いてしまう。

 バージルの選択肢は二つに一つ。熟考した彼は、絞り出す声で答えた。

 

「……たてがみだけは許す。だが少しでも変に触ろうとしたら降りてもらう」

「だってさ。やったねメリッサさん」

「ほ、ホントにいいのね! じゃあ遠慮なく……」

 

 バージルから許可を貰ったメリッサは、恐る恐るたてがみに触れた。

 

「も、もふもっ……! もふもふ……!」

 

 モフモフを直に触って声を震わせるメリッサ。バージルはその声を聞き、全身の毛がゾワリと立つ感覚を抱く。

 顔を見ていなくともわかる彼女の表情。きっと例の変態聖騎士と同じ、恍惚に歪んだものとなっているであろう。

 やはり彼女を乗せるのは間違いだったかもしれない。バージルは今更ながらに後悔を覚えた。

 

 

*********************************

 

 

 メリッサ案内のもと、二人を乗せてダンジョンにひた走ることとなったバージル。

 走っている間、約束通りメリッサはたてがみ以外触ろうとはしてこなかったが、彼女の変態チックな声が度々背後から聞こえていた。

 この不愉快な時間を少しでも早く終わらせるべく、メリッサの示した方向へ最短距離で走ったバージル。その間、彼のフラストレーションは溜まるばかり。

 そして、ダンジョンに着くまでに溜まりに溜まったフラストレーションは──。

 

Vanish(消え失せろ)!」

 

 ダンジョンに蔓延るモンスターへ向けられた。

 人間形態に戻っていた彼は、道を阻むモンスター達を刀で次々斬り裂いていく。その姿はまさに鬼神の如し。

 ダンジョンに深く潜れば潜るほどモンスターのレベルも高くなっている筈だが、バージルは変わらぬ速度で敵を狩っていった。

 

 その様子を少し離れた場所で見ていたメリッサとタナリス。大好きなモフモフに触れたからか、メリッサの顔艶は出発前より良くなっていた。

 

「噂には聞いてたけど……強すぎない?」

「これでもまだ序の口さ。もっと広い場所で敵も多ければ本領発揮できそうだけど」

「特別指定モンスターをソロで討伐したって話も、どうやら間違いじゃなさそうね」

 

 バージルの実力は御眼鏡にかなったのか、メリッサは感心した様子でバージルの戦闘を見守る。

 そこらの冒険者とは一線を画す実力の持ち主。顔も整っている。そしてモフモフのワンちゃんになることができる。

 

「(蒼白のソードマスター……これは是非とも手に入れたいお宝ね)」

 

 トレジャーハンターとしての本能を刺激され、メリッサは獲物を狙う目でバージルを見ていた。

 

 

*********************************

 

 

 バージルの殲滅力、メリッサのお宝探索能力を駆使して、あっという間に最初のダンジョンを攻略した三人。因みにタナリスは何もしていなかった。

 時間に余裕があったので次のダンジョンへ向かうことになり、再びメリッサ達を背に乗せてバージルは走った。

 その間にフラストレーションが溜まり、ダンジョンで発散し、また移動で溜まり……その繰り返しとなった初日。

 

 四つのダンジョンを攻略したところで引き上げとなり、三人は最寄りの村へ。そこの宿に泊まることとなった。

 夕食も風呂も済ませ、宿泊する一人部屋に戻ったバージル。彼はベッドに腰を下ろし、深く息を吐いた。

 

「(……疲れた)」

 

 半人半魔の驚異的な回復能力は、精神的疲労には効果がなかったようだ。

 ダクネスのプレイに付き合わされた後と似たような疲労感に襲われていた彼は、さっさと寝るべくベッドで横になる。

 しかしその時、それを阻むように部屋の扉からノックの音が鳴り響いた。

 

「バージル、まだ起きてるかしら?」

 

 扉の向こうから聞こえてきたのはメリッサの声。たまらずバージルは舌打ちをする。

 その音を聞いてか、メリッサは返事も聞くことなく扉を開けて部屋に入ってきた。

 

「貴方の働きっぷり、見事だったわ」

 

 メリッサは彼を褒めながら近寄り、隣に座る。見せつけるように足を組んでいたが、バージルにお色気攻撃は通じない。

 

「一日だけって最初は考えてたけど、撤回するわ。引き続き、私のダンジョン探索に付き合ってくれるかしら」

「俺は一日だけでも構わんが」

「つれないこと言わないで。貴方達だけじゃお宝探しは苦労するし、お宝の価値もわからないでしょ」

 

 メリッサの言葉にバージルは言い返すことはせず。彼女は自身を名だたるトレジャーハンターだと自負していたが、その実力は持ち合わせていた。

 お宝のある場所を素早く感知し、トラップの察知も早い。そしてお宝の良し悪しも、彼女には判断できていた。

 

「貴方のことを買ってるのよ。今回だけでなく、これから先も私と協力してくれると嬉しいわ」

 

 そんな彼女から協力関係の締結を持ちかけられた。妖艶な彼女から甘い声で頼まれたら、普通の男ならば喜んで首を縦に振ったであろう。

 バージルはメリッサから視線を外しつつ返答した。

 

「宝探しの人材なら間に合っている」

「……クリスのことかしら?」

 

 バージルには既に協力関係の盗賊がいる。メリッサがいなければ彼女に宝探しを手伝ってもらえばいい。

 しかしメリッサも簡単に引き下がるつもりはないようで。

 

「あの子より私の方がお宝について詳しい。利用価値は高いと思うけど?」

「いちいち煩い貴様よりはマシだ。それに、奴には借りがある。剣士が欲しいなら他を当たれ」

 

 彼女が下手に出ようとも、バージルの意見が変わることはなく。彼は冷たく彼女を突っぱねた。

 これ以上しつこく絡むつもりなら無理矢理追い出してやろうとバージルは考えていたが──。

 

「ふぅん……そういうこと。いいわ、さっきの話は忘れて。知り合いのモノを奪うほど悪趣味じゃないし」

 

 先程とは打って変わって、メリッサはあっさりと引き下がった。バージルは不思議に思ったが、大人しく帰ってくれるのならそれに越したことはない。

 

「話は済んだか」

「いえ、もうひとつあるわ」

 

 が、メリッサの目的はまだ残っていたようだ。むしろここからが本題なのか、彼女の表情が真剣なものに切り替わる。

 真面目な話だとみたバージルは、外していた視線をメリッサに戻す。メリッサは意を決するように息を呑んでから、バージルに告げた。

 

「モフモフさせて」

「帰れ」

 

 聞くだけ無駄な話であった。当然、バージルの返答はNO一択。

 

「ほんの少しでいいの! お金なら幾らでも払うわ! 一分で千エリス、いえ一万エリス出すわ! だからお願い! あのモフモフワンちゃんのモフモフたてがみをモフモフさせて!」

「一億エリス積まれようと無駄だ。移動中以外では一切触らせん。そして狼だ」

 

 これはしばらく引き下がらないと見たバージルは、メリッサの首根っこを掴んでベッドから引きずり下ろす。そのまま扉の前まで歩き、扉を開けると彼女を部屋の外へ放り捨てた。

 即座に扉を閉めて鍵をかける。バージルは扉へ背中を預けると、深くため息を吐いた。

 

「……この世界には狂った奴等が多過ぎる」

 




全部合わせてもう90話近くですが、どうしてバージルとこのすばを絡ませようと思ったのか未だに思い出せません。


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第79話「この獣人達と野菜狩りを!」

 メリッサの御眼鏡にかない、引き続きダンジョン探索を手伝うこととなったバージルとタナリス。

 アクセルの街から離れるにつれ、モンスターの強さとダンジョンの難易度も高くなっていったが、彼等は難なくこなしていった。

 見つけたお宝は、メリッサが最初にめぼしい物を取り、残りをバージルとタナリスが貰う形に。

 これにバージルは不満を溢したが、メリッサから「ひとつあげる代わりにモフらせて」と交換条件を出されたので、素直に引き下がった。

 

 その為、メリッサは行動を共にしてから一切モフらせてもらえず。移動中に触るのはたてがみのみと、約束を守っていた。

 一方でバージルは、メリッサの熱視線に耐えながらの移動が常であった。幾度背中に乗せようと、彼女の荒い息と悶える声が収まることはなく。

 これに一々不快感を抱いていては、ストレスで頭がどうにかなりそうだったので、移動中は感情を無にすることを心がけた。彼がこの世界で編み出していた、変態への対処法である。

 

 こうして彼等は次々とダンジョンを攻略していき──気付けば三週間が過ぎていた。

 

 

*********************************

 

 

 本日の最終ダンジョンを攻略したバージル達は、最寄りの村に訪れていた。アクセルの街からは北の方角に位置し、気温も街と比べて少し涼しい。

 村の小さな宿屋に一泊し、翌日。バージルはタナリスと宿屋の食処で朝食を取っていた。

 

「そういえば、もう三週間経つんじゃない?」

 

 配膳された料理の中から焼き魚を箸で取りつつ、タナリスが話しかけてきた。バージルは野菜炒めを口に運びながらも耳を傾ける。

 

「お宝も大量。しばらくバイトしなくても生きていけそうだよ」

「すっかり宝を受け取る気でいるようだが、貴様にはやらんぞ」

「おっと聞き捨てならないね。手に入れたお宝は、仲間内で山分けするのが当たり前だろう?」

「では聞くが、貴様はダンジョンで何をしていた?」

「君達を応援してたよ。がんばれがんばれって」

「それが答えだ。怠け者に支払う報酬などありはしない」

「僕はまだ駆け出し冒険者なんだ。こういう時は先輩冒険者が、かわいい後輩に恵んであげるべきだってカズマも言ってたよ」

「恵みが欲しければ他をあたれ。俺はカズマほど甘くない」

「なるほど、君はカズマよりもケチだと」

 

 タナリスの言い方にバージルはカチンときたが、ここで乗せられては相手の思う壺だと判断し、黙って箸を進める。恵んでもらえないとわかったのか、タナリスは諦めたように息を吐いた。

 

「にしても、メリッサさん遅いね。外の魔道具屋さんを覗きに行くって言ったっきり戻ってこないけど」

「掘り出し物でも見つけたのだろう。面倒だが、迎えに行く必要があるか」

 

 別行動を取っていたメリッサは未だ姿を現さず。三週間街を離れる目的を達していた為、そろそろ街に戻る旨を彼女に伝えなければならない。

 ようやく変態の呪縛から開放されると実感を得てか、バージルは溜まりに溜まった精神的疲れを表すように深くため息を吐いた。

 

 

*********************************

 

 

 朝食を食べ終えたバージルとタナリス。宿屋から出た二人は、メリッサを探すべく村を歩く。

 

「こんな村にも魔道具店ってあるんだね。モンスターが強いからかな」

 

 村を見回しながらメリッサを探すタナリス。バージルとしてはいっそ黙って帰ってもよかったのだが、後々面倒になりそうだったので、仕方なく探していた。

 もし魔道具店にいなければ宿屋に戻って待つべきかと考えていた、その時。

 

「きゃぁああああっ!?」

 

 彼等の耳に、女性の悲鳴が届いた。二人は咄嗟に悲鳴が聞こえた方角へ向く。

 

「トラブル発生かな。どうする?」

「奴も気になり、向かっている可能性はある」

 

 騒ぎのもとなら人も多く、メリッサも来ているかもしれない。人混みに紛れているだろうが、彼女は比較的探しやすい格好をしている。

 行ってみるだけ価値はあると見て、バージルとタナリスは悲鳴が起こった方向へ歩いていった。

 

 

*********************************

 

 

 騒ぎが起きた場所は、彼等がいた場所からそう遠くなかった。既に何人か野次馬が来ており、騒ぎの中心を見てざわついている。

 バージルとタナリスも人の間を縫うように進み前列へ。そして、騒ぎの中心にいた三人の女性を目撃した。

 

「お願い! これ以上いじめないで!」

「や、やめろぉ! 耳と尻尾を触るなぁ……!」

「なんてかわいいモフモフちゃんなのかしら! モフモフな上にプニプニしててとってもきゃわわわわっ!」

 

 獣耳と尻尾を生やした獣人の女性が二人。そのうち小柄な方の子が、恍惚に歪んだ顔のメリッサに獣耳を尻尾をモフモフされていた。

 

「奴のお楽しみを邪魔するのも無粋だ。先に帰るぞ」

「関わりたくない気持ちはわかるけど、知り合いの僕等じゃないと止められなさそうだよ」

 

 タナリスが周囲を見渡しながら話す。問題事に首を突っ込みたくないのは同じようで、誰もメリッサを止めようと動き出さない。

 息を荒くして少女にお触りするという、字面だけなら即通報案件であったが、触っているのは大人の美女。むしろ二人が触れ合う様を、男達は息を呑んで傍観していた。

 このまま放っておけばお触りタイムが続くこと間違いなし。それを無視して帰ったら、きっと寝覚めは悪いであろう。

 どこぞの苦労人冒険者の性格が感染ったのか、バージルは舌打ちをしながらも歩き出した。

 モフモフに夢中なようで、背後から迫るバージルには一切気付かない。やがて彼女の真後ろに立ったところで、バージルはドアを軽くノックするように頭を小突いた。

 

「もふゅっ!?」

 

 不意に頭を叩かれたメリッサは悲鳴を上げ、ようやく獣耳少女から手を放す。うっかり力加減を間違えてしまったか、メリッサは痛みを堪えるように頭を抑えてその場をのたうち回った。

 一方で、解放された獣耳少女は逃げるようにメリッサのもとから離れ、もうひとりの獣人の傍へ。女性は獣耳少女を抱きしめ「怖かったわね、よしよし」と、少女の頭を優しく撫でた。

 無事解決したところで、タナリスが遅れてやってくる。少女を撫でていた獣人はバージル達に顔を向けると、すかさず頭を下げた。

 

「助けてくれてありがとう。なんてお礼を言ったらいいか……」

「いやいや、僕等のほうこそ仲間が迷惑かけたみたいでごめんね。この人、モフモフに目がなくってさ」

「うぅ……なまら怖かったぞ」

 

 コミュニケーション能力皆無のバージルに代わり、タナリスが獣人と言葉を交える。

 と、ようやく痛みが引いてきたのか、メリッサが頭を擦りながら立ち上がる。あまりにも痛かったようで涙目になっていたが、彼女は文句ありげにバージルを睨んだ。

 

「せっかくモフモフを堪能してたのに何するのよ! それとも貴方が代わりにモフモフさせてくれるっていうの!? だったらさっきのは水に流してあげないこともないわよ!」

「まだ正気に戻っていないようだな。次は強めに叩くべきか」

 

 もう痛いのは勘弁願いたいようで、バージルの返しにメリッサはたまらず頭を抑える。

 

「で、何がどうなってああいう状況になったんだい?」

「彼女達から声を掛けられたのよ。冒険者の方ですかって。それで振り返ってみたら、とんでもなくかわいいモフモフちゃんがいたの」

「そしてたまらずモフモフしちゃったと」

「最近、誰かさんの放置プレイのせいで欲求不満になっていたもの。あの子のかわいいお耳と尻尾をもっとプニプニしてモフモフしてハムハムしたかったわ」

「うん、ハムハムの前に止めて正解だったね」

 

 危うく、良い子には見せられない絵面になってしまうところだった。それを期待していたのか、野次馬の男達は残念そうに肩を落として散っていく。

 ひとまずメリッサを連れて宿に戻るかとバージルが考えていると、大人な方の獣人がおずおずと声を掛けてきた。

 

「おふたりも冒険者なのかしら?」

「うん、アクセルの街に住む駆け出し冒険者さ」

 

 タナリスはそう口にしつつ、証明書でもある冒険者カードを取り出した。駆け出しと名乗っていたが、記載されているレベルとステータスは高い。これに獣人の女性は口に手を当てて驚く。

 

「そういえば、メリッサさんの話だと冒険者を探してるんだったね。お困りごとかい?」

「えぇ、私達だけでは手が足りないから、なるべく腕が立つ人を探していたの」

 

 どうやらステータスの高い冒険者でなければ難しい依頼のようだった。後ろで聞いていたバージルとメリッサも興味を持ち、顔を向ける。

 獣人の女性は三人の顔をそれぞれ見た後、彼等に依頼内容を告げた。

 

「脱走したお野菜達を一緒に探して欲しいの」

 

 

*********************************

 

 

 場所は代わり、村の宿屋。詳しい話を聞くべく、五人は宿屋の一室に移動していた。

 手狭な宿泊部屋のため、獣人の二人をベッドに座らせ、メリッサとタナリスは椅子に座り、バージルは壁にもたれる形で話を聞くことに。

 お互い名前も知らない状態だったため、まずは自己紹介から始まった。

 

「私はメリッサ。トレジャーハンターよ。この二人は仲間というより協力者ね」

「タナリスだよ。二人ともよろしくね。そこにいる怖い顔のお兄さんはバージル。アクセルの街じゃ名の知れた冒険者さ」

 

 先にタナリス達が名前を告げる。彼女から紹介があってもバージルは何も言わず、獣人達を見つめるのみ。

 その視線を受けてか、温和な獣人の女性が口を開いた。

 

「私の名前はエイミー。北の大地サムイドーから来たの。この子はミーアちゃん」

「ミーアだ! よろしくな!」

 

 優しい声色でエイミーが名乗った後、獣耳少女ことミーアが元気よく声を出した。活発な性格を表すように、八重歯を見せて明るく笑う。

 聞き慣れない地名を聞いてバージルは記憶を遡ったが、思い出すことはできず。大まかな地図では省略されるような、辺境の地なのであろう。

 

「サムイドーでは野菜を育ててるんだ! サムイドーの野菜はなまらうめぇんだぞ!」

「のびのび育てているから、元気な子も多いの。ただ……元気過ぎる子もたまにいて」

「その元気モリモリな野菜が脱走したってことかい?」

「えぇ、収穫した中で一番大きなトマトが先陣を切って、他のお野菜達も引き連れて森の中に逃げてしまったの」

「自由に育て過ぎるのも考えものだな」

 

 野菜達の大脱走。異世界転生者からすれば耳を疑う話だが、バージルもすっかりこの世界にも馴染んできたようで。驚くこともなく耳を傾けていた。

 

「大きなトマトさえ捕まえれば、他の子も一緒に帰ってきてくれると思うのだけれど……ひとつ心配なことがあるの」

「なんだい?」

「村長さんから聞いた話だと……お野菜達が逃げた森は、強力なモンスターの縄張りなの」

「ほう」

 

 強いモンスターの存在を聞いて、バージルは興味を示す。乗り気になってくれた彼を確認して、タナリスはモンスターについて尋ねた。

 

「そのモンスターの名前は?」

「鮭よ」

「……何だと?」

 

 野菜が空を飛んでも動じなくなったバージルであったが、これには彼も耳を疑った。

 

「鮭って……魚の?」

「えぇ、森に住んでいる鮭よ。とっても縄張り意識が強くて、森に侵入してきたよそ者を集団で襲いかかるそうなの」

 

 しかしこの世界の住人であるエイミーは、鮭の生息地が森であることを当然であるように話す。

 もっとも、ここはサンマが畑から収穫される世界なので、鮭が森にいてもなんら不思議ではない。理解するのに少し時間はかかるが。

 

「それにお野菜達もやんちゃで怖いもの知らずな子が多くて、どんなモンスターが相手でも向かっていくの。きっと今も、お野菜達は森の中で鮭と争ってるに違いないわ」

「鮭と野菜の抗争ってわけか。カズマも連れてくるべきだったなぁ。良いリアクションしてくれそう」

「同感だな」

 

 この世界の野菜と魚の習性に未だ疑問を抱いている彼が知ったら、どんな反応を見せてくれるだろうか。バージルはタナリスの言葉に頷く。

 

「お野菜達を捕まえるだけなら良かったけど、凶暴な鮭を相手にするのは私達だけじゃ難しくて……」

「だから冒険者を探していたのね」

「それにこの村の村長さんから、ついでに鮭を追い出してくれないかって頼まれてしまったの」

「野菜収穫に鮭狩りか。一介の農家さんじゃ骨が折れるね」

 

 攻撃的な野菜を捕まえるだけでも難しいのに、凶暴な鮭の撃退も並行して行わなければならない。上級冒険者でも苦戦する高難度な依頼だ。

 そんな時、偶然にも村を訪れていた手練れの冒険者に出会えたのは幸運だったであろう。

 

「森に生息する鮭の力がどれほどのものか、確かめるのも悪くはない」

 

 森の鮭に興味を示していたバージルは、依頼を引き受けた。期待していた返答を聞き、エイミーの顔が明るくなる。

 

「僕も構わないよ。その代わり、報酬は後払いでお願いね」

「私への依頼料は高くつくわよ? 払えなかったら、身体で支払ってもらおうかしら」

「ひっ!?」

 

 メリッサの熱視線を感じたのか、ミーアが小さく悲鳴を上げて耳を隠す。どうやらまだモフり足りなかったようだ。 

 怯えているミーアを横で見ていたエイミーは、意を決した表情で声を上げた。

 

「メリッサさんへの代価は私が支払うわ。だからミーアちゃんには手を出さないで」

「……いいわ。貴方も中々モフりがいがありそうだし」

 

 エイミーの身代わりを、メリッサは快く受け入れた。彼女はエイミーのモフモフな尻尾とお耳を見て舌なめずりをする。

 そんな彼女達を見ていたバージルは、モフモフの標的が自分から二人に移ってくれたことに独り安堵していた。

 

 

*********************************

 

 

 話し合いが終わった後、すぐにでも野菜達を捕まえるべく、バージル達は森へと向かった。

 獣人の二人もある程度戦えるようで、エイミーは杖を、ミーアは三叉槍を持って同行。周囲を警戒しつつ森を進む。

 話にあった通り、鮭の縄張りになっているからか、モンスターの姿は見られない。バージル達を狙う気配もない。

 抗争が起こっている割には静かだと感じていたが、やがて森の中枢まで歩いた頃、彼等は抗争の跡を目の当たりにした。

 

「これは……人参か?」

「こっちにはじゃがいもが落ちてたよ。けど、どれも大人しいね。みんなしてお昼寝かな?」

 

 見つけたのは、地面に転がっていた数々の野菜。その中には思い出深いキャベツもあったが、元気に空を舞っていたあの姿はどこへやら。しんと静まり返って動きもしない。

 バージルとタナリスが拾って確認する中、エイミーの哀調を帯びた声が響いた。

 

「きっと鮭との争いで敗れてしまったんだわ。だから……この子達はもう動かない」

 

 彼等は、抗争で敗れ去ってしまった者達であった。エイミーが野菜のひとつを優しく拾い上げ、哀れむように目を閉じる。

 よく見れば倒れている野菜の中には、身を何かに齧られたような痕があり、抗争の苛烈さを表していた。

 傍にいたミーアも悲しそうに顔を伏せており、メリッサもいたたまれない様子。争いが生むのは犠牲と悲しみ。それは野菜とて同じであった。

 

「早いとこ止めないとね」

「でも、本当に止められるのか? 相手はなまら怖いあの鮭なんだぞ?」

「もっと怖い人がいるから大丈夫さ」

 

 タナリスは安心させるように答えながらバージルに目線を送る。彼は特に何も言わず、朽ちた野菜をよけて足を進める。

 他の四人も静かに彼の後を追う。進むにつれて地面に落ちた野菜の数も増えているが、鮭の姿はない。力では鮭が上なのであろう。

 少しでも多くの野菜を守るために争いを止めなければ。足早に森の中を進んでいると、やがて甲高い鳴き声とぶつかり合う音が聞こえてきた。

 まだ抗争は続いている。バージル等は茂みをかき分けつつ声が聞こえた方角へ。そして、彼等はようやく抗争の場へと辿り着いた。

 

「トマトマトマトマトマトー!」

「シャケーッ! シャケシャケシャケー!」

「ナスナスナスナスー!」

「キャベキャベキャベー!」

「シャァアアアアケェエエエエッ!」

 

 そこでは、色とりどりの空飛ぶ野菜と、人間のような足で地を踏みしめる鮭が、激しい抗争を繰り広げていた。

 空からの突進を仕掛ける野菜達。一方で鮭達は軽やかな動きでよけ、木を器用に登っては飛び上がって反撃を試みる。

 拮抗しているように見える戦いであったが、木々が集まる森では飛行能力が存分に発揮できないのか、鮭の攻撃を避けられず齧られてしまう者もいた。

 

「……なんだこれは」

 

 異世界でしか見られない異様な光景に、バージルはどう反応すればいいかわからなかった。

 

「みんな! もう争うのはやめて! 鮭さんもお願い! この子達をこれ以上傷つけないで!」

 

 エイミーは声を張って野菜達の説得を試みる。が、彼等は争いによって周りが見えなくなっているのか、エイミー達のことを見ようともしない。

 話し合いでは解決しない。それを理解したところで、タナリスが前に出た。

 

「初めての獲物が鮭なのは予想外だけど、まぁいいか」

 

 彼女はそう言って、右手を自身のスカートの下に入れる。そして、ダガーほどの短い棒を一本取り出した。彼女はそれを握り、強く横に振る。

 棒は空を切る音と鳴らすと、瞬時にその身を槍ほどの長さに伸ばした。更に、棒の先が淡く光り、そこから紫色の刃が飛び出た。

 

「新調した鎌というのはそいつのことか」

「うん、にるにるさん渾身の一作だよ。伸縮可能で持ち運びも便利。カズマから聞いた『ケイボー』って武器の仕組みを取り入れたんだって」

 

 新しい鎌をタナリスが自慢気に見せてくる。紫色の刃は彼女の魔力で形成しているのであろう。魔法に造詣がある紅魔族ならではの武器となっていた。

 

「それに、こんなことだってできるんだ」

 

 タナリスは鎌を両手で持ち、争っていた鮭に狙いを定めて振り下ろす。すると、先端から魔力の刃が勢いよく飛び出した。

 斬撃となった魔力の刃は一直線に進み、鮭の尻尾を掠める。斬撃を受けた鮭の尻尾は地面に落ち、鮭は血を吹き出しながら悲鳴を上げた。

 そこでようやく、鮭達がバージル等の存在に気付く。彼等は野菜から標的を変え、こちらへと走ってきた。その後ろからは野菜達が追いかける。

 

「ちょっと! 貴方のせいで全部いっぺんに来ちゃったじゃない!」

「野菜達はまだ続けるつもりなんだね。根性あるなぁ」

「な、なまら怖い……でも、ミーアは負けないぞ! けっぱって野菜達を守るんだ!」

「ミーアちゃん……! なんて勇敢なのかしら!」

「そっちはそっちで感心してる場合じゃないでしょ!?」

 

 ピンチだというのに、気張るミーアを見て感動を覚えるエイミー。そんな二人にツッコミを入れながらメリッサは武器を構える。

 

「ま、こっちにはバージルがいるから大丈夫ね。頼んだわよ」

「そうだな、雑魚は貴様等に任せた。俺は先に行く」

「えぇ、それじゃあ……ってちょっと!?」

 

 共闘するつもりでいたメリッサは、バージルの返答に思わずひと回り大きな声を上げた。

 しかしバージルは彼女の静止も聞かず走り出し、向かってきた鮭達を避けるように迂回していった。

 後方からメリッサの怒号が聞こえた気はしたが、彼は振り返らず。森の中を突き進む。

 

 鮭と共に向かってきた野菜の中には、発端である巨大トマトの姿がなかった。

 エイミーの話では、そのトマトを捕まえれば野菜は静まる。雑魚の相手をして時間を無駄にするより、そちらが先だと判断しての行動であった。

 あわよくば巨大トマトと鮭のリーダーが争っていれば、トマトを捕まえつつ鮭のリーダーを狩り、どちらも沈静化させられる。

 道中で襲いかかる鮭はすれ違いざまに斬り、飛んでくる野菜は避け、森の中を突き進む。彼が足を止めたのは、木々が倒れている開けた場に出た時であった。

 

「トォオオオオマァアアアアトォオオオオッ!」

「シャケシャケシャケシャケシャケシャケェエエエーッ!」

「……当たりか」

 

 予想通り、そこでは標的であった巨大トマトと、リーダーらしき鮭が激しい戦いを繰り広げていた。

 どういう環境で育ったのか、トマトはモンスターと見紛うほど巨大で、ジャイアントトードでも丸呑みするのに一苦労しそうなほど。

 一方で鮭のリーダーも巨大な肉体を持ち、地面を踏みしめる足には鍛え抜かれた筋肉がついている。空からトマトが、地上から鮭が互いに咆哮する様は、この世界における自然の理を象徴しているようであった。

 

「騒がしい具材どもだ。皿に盛り付ければ、少しは大人しくなるか」

 

 食材ごときが無駄に吠えるなと、バージルは二体に歩み寄る。

 彼の殺気に気付いたのであろう。吠えあっていた鮭とトマトは同時にバージルの方を見る。どちらも威嚇するように吠えると、先に鮭が向かってきた。

 丁度いいと、バージルは不敵に笑って刀に手を置く。太い足で地面を鳴らし、さながら恐竜のように走る鮭。やがて、鮭の凶刃がバージルの首を噛み千切らんと迫った瞬間。

 

Cut off(断ち切る)

 

 バージルは刀を抜いた。彼は鮭の前から姿を消し、気付けば鮭の後ろ側へ。バージルは静かに息を吐きながら刀を鞘に納める。

 鮭は時間が止まったかのように動かない。その中で刀の鍔と鞘が音を立てた時、鮭の肉体は弾けるように地を吹き出した。

 両足と頭はそのままに、鮭の身体は綺麗な切り身となって、地面に鈍い音を立てて落ちた。自分達のリーダーが一瞬で殺されたのを、周りの鮭が怯えた様子で見つめる。

 バージルは横目に鮭達を見る。その視線に死の恐怖を感じたのか、鮭達は野菜との抗争を忘れて一目散に逃げ出した。

 鮭の討伐は完了した。バージルは鮭の死体を確認しようともせず、巨大トマトに目をやる。

 

「スライスになる覚悟があれば、貴様も来るがいい」

 

 バージルは巨大トマトへと歩を進める。対するトマトは睨みを効かせていたが、先程のように吠えはしなかった。

 抵抗したいのに身体が動かない。そんな煩わしさを示すように、トマトの身体が震えている。

 

 巨大トマトは、力で他の野菜を率いていた。巨大トマトが絶対強者であるとわかっていたから、他の野菜も従った。

 恐ろしい鮭が相手でも怯まなかったのは、自分が絶対的な力を持っていると知っていたから。だからこそ脱走を起こし、鮭への抗争を仕掛けた。

 いずれは森を飛び出し、人間の村やモンスターの縄張りを蹂躙していたであろう。このトマトには、その力があった。

 

 しかしこの時、彼は思い知った。自分がいかに矮小な存在であったかを。

 そして理解した。目の前にいるこの男こそが、真の強者であることを。

 力こそが絶対──その理の頂に、彼は立っていることを。

 

「そうだ、それでいい」

 

 トマトは、まるで見えない力に押さえつけられるように地面へ落ちた。リーダーであるトマトが跪かせられたのを、周囲の野菜達は驚いた様子で見ている。

 だが、誰も助けに行こうとはしなかった。自分達ではあの男に敵わないと、彼等は既に理解していたからだ。

 食させる運命を受け入れるように、野菜達は目を閉じた。

 

 

*********************************

 

 

 朝の野菜騒動から時間が経ち、昼下がり。村の宿屋にて。

 

「今日は本当にありがとう。皆のおかげで、お野菜達を見つけられたわ」

 

 野菜を捕まえて森から帰ってきたバージル達は、エイミーから野菜料理を振る舞われていた。

 無論、捕まえた野菜を使っているわけではない。料理に使われたのは、道中で倒れていた野菜達である。

 「森で寂しい思いをさせるくらいなら、せめて私達が」と、エイミーは倒れた野菜を拾い集めて調理した。ついでに鮭も使われており、焼き鮭に色とりどりの野菜料理がバージル達の前に並んでいた。

 

「お安い御用さ。それに、お礼代わりに美味しい手料理を食べさせてもらってるし」

「野菜の質もあるだろうが、街の食処に出される物と比べれば悪くない」

「そうだろそうだろ! エイミーの料理は、なまらうめぇんだ!」

「にしてもミーアちゃん、すごい食べるね。その小さな身体にどれだけ入るんだい」

「笑顔でいっぱい食べるミーアちゃん、とっても可愛いわ……」

 

 大量に並べられた料理を、凄まじい速度で食べていくミーア。その姿にまたもやエイミーは心酔している様子。

 そんな中、ひとり不機嫌そうに食事を進めている人物が。ジト目でバージルを睨む、メリッサである。

 

「ひとまず解決したけど、貴方が勝手に飛び出してからは大変だったのよ? 鮭は襲うわ野菜は飛ぶわの大混戦。その状況で鮭だけを倒すんだから、余計に神経使っちゃったわ」

「五体満足で生きているのなら問題はないだろう」

「といった感じで、彼は結果オーライで済ませちゃうタイプだから」

「まったく……クリスの苦労している姿が目に浮かぶわ」

 

 反省の色を一切示さないバージルに、メリッサは呆れたようにため息を吐く。

 クリスと神器探しに出向いた時、彼が勝手に行動して危険な目にあった後は、決まってクリスからの説教を受けていた。もっとも、その説教は微塵も響いていなかったようだが。

 

「でも、貴方がすぐにトマトのもとに駆けつけてくれたおかげで、多くのお野菜達が救われたわ」

 

 彼等の話を聞いていたのか、エイミーが優しくバージルに話しかけながら彼の左隣に座る。バージルは彼女を横目で見たが、小さく鼻を鳴らして食事を進める。

 

 その時、彼の頭上にフワリと何かが乗った。

 

「よしよし」

 

 それは、エイミーの手であった。彼女は聖母のような眼差しを向けつつ、バージルの頭を優しく撫でる。

 突然のことにバージルは一瞬固まったが、すぐさま彼女の手を払った。

 

「ご、ごめんなさい……ナデナデは嫌いだった?」

「その子、あんまり頭を撫でられたくないそうよ。噛まれないだけ良かったわね」

「僕は、なんの躊躇もなく頭を撫でにいったエイミーさんに驚いたよ。急にどうしたんだい?」

「私、人の頭を撫でちゃう癖があって。頑張ってくれたバージルさんを見てたら、つい……」

「……気を付けろ。二度は言わん」

 

 申し訳ない表情のエイミーを見てか、バージルは必要以上に怒ることはせず。彼女をひと睨みするのみで食事を再開した。

 もっと怒るものだと思っていたのか、タナリスは珍しそうにバージルを見つめる。

 

「ずるいぞバージル! ミーアもたくさんけっぱったから撫でて欲しい!」

「あらあら、ミーアちゃんったら」

 

 そこで羨ましそうに見ていたミーアが声を上げる。エイミーは優しく笑って席を立ち、ミーアの隣へ。

 慣れたようにミーアの頭を撫でるエイミー。ミーアは気持ちよさそうに顔を綻ばせている。まるで母と子のような二人を、バージルは静かに見つめていた。

 

「もっと撫でて欲しかったのなら、エイミーさんにお願いしたら?」

「貴様もこの鮭共のように斬り刻まれたいのなら、遠慮せずに言うがいい」

「僕の切り身は、君の口には合わないと思うよ」

 




メリッサに続いてミーアちゃんとエイミーさんも登場させました。
このファン勢でバージルと絡ませるならこの三人かなと思って。


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第80話「この脇役達に再招集を!」

 エイミーの手料理を食べ終えたバージルとタナリス。

 野菜騒動も終わり、無事メリッサとも合流できたので、そろそろ街へ戻る旨を彼女に伝えた。

 

「いいわよ。想定より早くダンジョンを回れたし、モフモフも満喫できたから」

 

 すると彼女は、バージルの進言をあっさり承諾した。相手も頃合いだと思っていたのであろう。

 メリッサの了承も得られたので、バージルは宿屋から出ていく。一方でタナリスは獣人の二人にも別れの挨拶を告げていた。

 

「野菜、美味しかったよ。アクセルの街で売ったら人気出るんじゃないかな」

「あら、それじゃあ今度はその街にお邪魔してみようかしら」

「歓迎するよ。僕とバージルは勿論、街の愉快な仲間達がね」

「アクセルの街にも美味いもんあるのか!?」

「僕の親友のパーティーメンバーに、ここらじゃ珍しいニホン料理というのを作れる人がいるから、楽しみにしてるといいよ」

「おぉっ! 行く行く! ミーア絶対にその街行くぞ!」

 

 美味しい料理の話に目を輝かせるミーア。きっと今頃、とある男のくしゃみが屋敷に響いたであろう。

 

「ところでエイミー。私との約束、忘れてないわよね?」

 

 そんな中、ミーアのものとは違った期待の眼差しをエイミーに向けた。エイミーは怯えた声を上げたが、すぐに覚悟を決めた表情に。

 

「ミーアちゃん、私はちょっとメリッサさんとお話をしてくるから、ここで待っててね」

 

 エイミーはそれだけ伝えると、メリッサと共に宿屋の階段を上がっていった。ミーアは不思議そうに見つめていたが、すぐにタナリスの方へと振り返る。

 

「じゃあなタナリス! アクセルの街に来た時はよろしくな!」

「うん、それじゃあね」

 

 タナリスは微笑みながら手を振り返し、宿屋から出た。宿屋の前には、既にテレポート水晶を手に持っていたバージルが。タナリスは彼のもとへと歩み寄る。

 

「さっき、メリッサさんとエイミーさんがお部屋に戻っていったよ。気にならないかい?」

「興味がない。さっさと帰るぞ」

「堅物だなぁ」

 

 彼なら気配を消して聞き耳を立てそうなのにと、タナリスは零しながらバージルの服を掴む。

 しかしバージルは一切聞く耳を持たず、テレポート水晶を掲げて村を後にした。

 

 その一時間後に宿屋の部屋から、顔が艶々になったメリッサと、息の荒れたエイミーが出てきたのだが、部屋の中ではいったいどのようなお話を交えたのであろうか。

 

 

*********************************

 

 

 アクセルの街、バージルの家。その玄関前に突如として光が出現する。

 薄れゆく光の中から現れたのは、テレポートで自宅前に帰ってきたバージルとタナリスであった。

 

「さてさて、街はお祭りで盛り上がってるかな?」

 

 バニルの話では、バージル達が街を離れている間にイベントが起こった筈。ここは街の中でも郊外に位置するので、賑わいは感じられない。

 ひとまず街の様子を見に行くべく、二人は家に背を向けるようにして踵を返す。

 

「おや?」

 

 そこで二人は、前方から家に近づいてくる人物がいたのを発見した。小柄な少女で、髪は銀色。どことなくバージルと似た配色の服。彼女はバージル達の姿に気付いたのか、顔を明るくして駆け寄ってきた。

 

「先生! タナリスちゃん!」

「やぁゆんゆん、三週間ぶりだね。イベントは楽しめたかい?」

 

 訪ねてきたのはゆんゆんであった。久々の再会であったが、ゆんゆんに変わった様子は見られない。

 

「街にいる冒険者全員駆り出されて大変だったのよ! あ、でも皆で一緒にクエストできたから、私としては楽しかった……かな」

「冒険者総出で? それは大規模なイベントだったねぇ」

「魔王軍の襲撃か?」

「いえ、大型モンスターの討伐で……と、とりあえずクリスさんとミツルギさんを呼んできますね!」

「仕事が早くて助かるよ。ちょうどいいタイミングで来てくれたし」

「えへへ……ギルドにいても、トランプタワーか一人ボードゲームしかやることがなかったから、いつ二人が帰ってきてもいいように、先生の家の前を彷徨っていたの」

「……そうか」

 

 サラッと出てきたぼっちエピソードに、バージルは少し困惑しながらも短く言葉を返す。しかし彼女は悲しい表情を見せることなく、嬉々としてクリス達を呼びに向かった。

 

 

*********************************

 

 

 ゆんゆんに呼び出され、バージルの家へ来たクリスとミツルギ。

 ひとまずバージルとタナリスがいない間に何が起こったかを、三人は話した。

 

「クーロンズヒュドラの討伐かぁ。そっちはそっちで強そうなモンスターと戦ってたんだね」

 

 大物賞金首、クーロンズヒュドラ。アクセル付近の山に棲んでいたモンスターで、魔力を蓄積するために湖の中で眠っていた。

 魔力蓄積には十年の歳月がかかる。そして前回眠りについたのがおよそ十年前だったため、討伐クエストが貼り出された。

 バージルも最近はギルドに足を運んでおらず、貼り出されたのも街を離れてからのことだったので、彼もクエストの存在を知らなかった。

 

「私達が街の様子を伺っていたら、カズマさんが冒険者の皆に声を掛けてたんです。クーロンズヒュドラの討伐を手伝って欲しいって」

「聞けば、ダクネスが頑なに討伐を諦めようとしなかったんだって」

「いつもの奇行だろう。カズマなら放っておきそうなものだが」

「カズマ君も最初はそう考えてたらしいけど、どうも自分で倒すことに執着してたみたいでさ。ホントにこのまま続けたら危ないと思ったから、協力を仰いだんだって」

 

 どうやら、ダクネスの趣味に巻き込まれたという話ではないようで。バージルは頬杖をついて耳を傾ける。

 

「騎士団の派遣も依頼したようですが、王都を騒がせた盗賊団事件の後始末で忙しいと断られたみたいで……」

「誰かさんが必要以上に暴れまわったからね」

 

 忘れたとは言わせないよと、クリスが強めの口調で告げる。しかしバージルは顔を背けるだけで謝りはしない。クリスは諦めるようにため息を吐く。

 

「アタシもカズマ君から声をかけられたけど、街の様子を伺いたかったから待機してたよ」

「僕も街に残りました。街から冒険者がほとんどいなくなったタイミングで、魔王軍が襲来する危険もあったので」

「だから、この中で参加したのは私だけでした。強いモンスターで大変だったけど、カズマさんの的確な指示もあって無事討伐できました」

 

 ここは駆け出し冒険者の街だが、何故かレベルの高い男冒険者が多い。そして能力だけは優秀な問題児達。

 そこにカズマのリーダーシップが加われば、賞金首モンスターですら討伐可能であったようだ。

 

「街の方も、特に動きはありませんでした」

「そっちはどうだった? メリッサさん、頼りになるトレジャーハンターだったでしょ?」

「能力は申し分ないが、あの女と組まされるのは二度と御免だ」

「あとは野菜と鮭の抗争を止めたよ」

「そうでしたか……えっ? 鮭?」

 

 やはり転生者には信じがたい出来事なのだろう。ミツルギは思わず聞き返す。

 旅先で何があったのかを語り始めるタナリス。クリス達が興味深そうに聞いている中、バージルは会話に入らず腕を組む。

 それ故か、再び足を運んできた来客に気づけたのは、バージルだけであった。

 

「脚本家気取りの悪魔が来たようだ」

「えっ?」

 

 腕を組みながらバージルは呟く。その声を聞いたクリス達は振り返ると、扉がおもむろに開かれた。

 

「これはこれは、ちゃんと言いつけを守って再集結してくれたようであるな。忠実に演じられるのは役者として上々であるぞ、脇役諸君」

 

 ノックの音も立てず扉を開けて入ってきたのは、仮面の悪魔バニル。彼の白黒仮面を見た途端、クリスは嫌悪感を露わにする。

 

「面白い話大会なら我輩にも自信があるぞ。ポンコツ店主のポンコツ冒険者時代によるポンコツ話はいかがかな?」

「悪魔の語りに興味はない。さっさと本題に移れ」

「せっかちな男であるな。ではご要望にお答えして早速、と話し始めるその前に」

 

 バニルは彼等に背を見せると、閉めた扉のそばに移動する。そして扉に手を当てた時、隙間から僅かに光が漏れた。

 

「バニルさん、今のは?」

「外部からの干渉を遮断する結界を張った。防音は勿論、外部から結界の中を見れないので覗き対策もバッチリ。ポンコツ店主のポンコツセレクションから唯一まともなのを選んだ、我輩セレクションの魔道具である」

 

 ゆんゆんの問いにバニルは手を離しつつ答える。刹那、クリスが皆を守るように前へ出て、バニルにダガーを差し向けた。

 

「ようやく本性現したね! この結界の中でアタシ達を皆殺しにするつもりなんでしょ! 残虐非道な悪魔の考えそうなことだよ!」

「ほほう、そのような使用法があったとは微塵も思いつかんかったわ。暗殺業に向いてるやもしれぬぞ、猛々しいプッツン盗賊娘よ」

 

 小馬鹿にした笑みを浮かべるバニル。が、確かにクリスの早とちりであったため、クリスは言い返すことができず、唸ってバニルを睨みつける。

 

「落ち着きなって。ほら、バージルも話が進まないからイライラしてるよ?」

 

 そこへタナリスが言葉を掛けてきた。振り返って見てみると、バージルは腕を組んだ姿勢を崩していないが、トントンと動いている指が苛立ちを表していた。

 彼の気を害したくはないので、クリスは怒りと共にダガーを納めると、バージルの隣へ移動する。そして、彼と同様に腕を組んでバニルを睨み続けた。

 自分の勝ちだと告げるように鼻を鳴らしたバニルは、壁際にあったソファーに我が物顔で座り、用件を話し始めた。

 

「脇役諸君、まずは第一幕ご苦労であった。演目は滞り無く進み、無事第二幕へと進んだようである」

 

 わざとらしく拍手を贈り、バージル達を労う。主に二人からの視線が強くなる中、バニルは足を組みつつ言葉を続ける。

 

「続く第二幕であるが、程なくしてこの街にめでたいニュースが舞い込む。その吉報は、脇役諸君もよく知る人物に関するものである」

「私達が知ってる人の?」

「手放しで祝福できるかどうかは、人によるであろう。なんなら、それを快く思わない人物が貴様へ協力を求めに訪れる」

「その依頼を引き受けろと?」

「真逆である。第三幕が始まるまで、貴様は断り続けるのだ。大根役者でもできる簡単な役であろう?」

 

 バージルを指差しつつ、バニルは演目内容を告げた。近い未来に起こるイベント。それを妨害せんとする者の依頼を断ること。

 仮面の悪魔による未来予知なので確実であろうが、肝心な部分が抜けている。

 

「僕達の知る人物とは誰なんだい? そして、それを快く思わない誰かというのは?」

「じきに判明する事実である故、ここでは省略させていただく。初めから何もかも知っていてはつまらんであろう」

 

 イベントの中心人物は誰なのか。ミツルギが尋ねるも、バニルははぐらかして答えようとしない。

 

「部外者コンビ以外も、イベントの当日である第三幕が始まるまで大人しく待機が吉である。当日は好きなように動いて構わんがな」

「その第三幕がいつ始まるのかぐらい、教えてくれてもいいと思うんだけど?」

「それもいずれ分かることよ。ただし、お願いしますバニル様と泣いて懇願すれば教えてやらんこともないぞ、偽りの胸を持つと噂の女神を崇拝する貧しい女よ」

 

 さらにクリス、ミツルギ、ゆんゆんの三人も遠回しに行動を制限された。そのついでに煽られたクリスは耐えきれずにバニルへ飛びかかるが、華麗に避けられソファーにダイブする。

 

「では脇役諸君、素晴らしき演技を期待しておるぞ」

 

 無様なクリスの姿を再び鼻で笑った後、バニルはバージル等に背を向けて扉に向かう。

 が、彼は扉に手をかけようとせず出ていかない。どうしたのかと周りが伺っていると、バニルは思い出したように彼等へ告げた。

 

「そうそう、我輩が魔道具で張った結界だが、ちと欠点があってな。結界が解除されるまで、約一ヶ月ほどかかる」

「はぁっ!? 一ヶ月!?」

 

 まさかの欠点を聞いて、クリスが驚嘆しつつ顔を上げる。つまりそれは、一ヶ月もここに閉じ込められたということ。

 ゆんゆん達とだけならまだしも、仮面の悪魔と一ヶ月共同生活を送るなど地獄である。それはバージルも同じ。

 

「しかし何も問題はない。裏技ではあるが、結界を解く方法がひとつある」

 

 そんな彼等の思考を読んでか、バニルは安心させるようにそう告げた。クリスが懐疑の目を向ける中、バニルは扉から三歩下がる。

 彼は右腕を垂直に、左腕を水平にした構えを取ると、仮面の目を光らせて唱えた。

 

「『バニル式破壊光線』!」

 

 瞬間、構えた手から光線が飛び出した。光線はそのまま扉に直行し、ぶつかった瞬間爆発が起こる。

 部屋に煙が充満し、思わず煙たがるクリス達。煙が晴れた時、そこにあった筈の扉はなく、ポッカリと空いた穴からは外の庭がよく見えていた。

 

「このように、無理矢理穴を開けさえすれば結界は消滅する。少々硬いが、魔力を込めれば問題ない。もっとも、結界は建物を覆うようにピッチリ張られる故、必然的に建物の破壊は避けられん」

 

 バニルは服を軽く払った後、空いた穴から外に出る。そしてバージル等に振り返り、悪意満点のピースを決めた。

 

「在庫はたっぷりあるので、お気に召したら是非ともウィズ魔道具店へ。ではさらば!」

 

 風のように走り去るバニルを、バージルとクリスは殺意をもって追いかけた。

 

 

*********************************

 

 

 逃げ足だけは速く、結局バニルを捕まえることはできなかったバージルとクリス。二人は消化できない苛立ちを抱えながら家に戻る。

 当然、家の玄関はポッカリと空いたまま。風通しが良くて夏には快適だが、あまりにも不格好なので、建築業者に依頼して扉を直すことに。

 非常用として裏口にも扉があったので、クリス達はそこから帰って行った。修理の音が響く中では寝ていられないので、バージルは一晩宿へ泊まることにした。

 

 そして三日後の朝、バージルは家へ帰ってみると、扉はたちまち元通りになっていた。流石はこの街で長年働いている建築家と言うべきか。

 業者に依頼料を支払った後、バージルはいつもの席で紅茶を嗜みながら新聞に目を通す。ざっと目を通したが、バニルの言うめでたいニュースらしきものは見当たらない。

 もっと詳しい話を聞くついでに、扉のお礼として残機を減らしにいってやろうかと考えていた時、新調した扉からノックの音が。

 

「バージルさん、クリスです。入ってもいいですか?」

 

 来客はクリスであった。構わんとバージルは短く言葉を返し、それを聞いたクリスが扉を開けて中に入る。

 彼女の顔には真剣味が帯びており、談笑しに来たわけではないようだ。バージルは新聞を机に置き、クリスと向き合う。

 

「仮面の悪魔が話していたニュースが何なのか、私なりに街を歩いて調べてみたんです」

 

 クリスは真面目な表情のまま話し始める。その様子から察するに、彼女はニュースのネタを何か掴んだのであろう。

 

「例の悪徳貴族、アルダープを覚えていますか?」

「あの下賤な豚か。奴がどうした?」

「近々、彼は貴族の人と結婚をするそうで、その結婚式がアクセルの街で行われるそうです」

「奴と結婚する物好きがいたとは驚きだな」

 

 アレクセイ・バーネス・アルダープ。この街を含む領地の領主で、かつてバージルにも請求書をふっかけた男。

 結婚となれば確かにめでたいニュースであるが、彼が自分達にとってよく知る人物かと言われたら、首を横に振るしかない。

 

「で、その物好きの名前は?」

 

 となれば、相手が自分達の知る人物なのではないか。バージルはクリスに尋ねる。

 クリスは気持ちを整理するように息を呑んだ後、おもむろに口を開いた。

 

「ダスティネス・フォード・ララティーナ」

 

 大貴族ダスティネス家の娘であり、バージルもよく知る聖騎士の冒険者──ダクネスの名が告げられた。




ちなみに建築業者は、転生直後にカズマ達がお世話になった親方達です。
詳しくはアニメ版第一話を見てね。


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第81話「この悪魔と交渉を!」

 盗賊団が王都を騒がせた日から、少し経った日のこと。

 とある屋敷の地下。石造りの螺旋階段をひとりの男が降りていく。

 階段を照らすのは、男が持つカンテラの淡い灯火。しかし階段の先は、足を踏み外せば吸い込まれてしまいそうな、黒い影に包まれている。

 一段、また一段と降りるにつれて、闇の奥から風を切る音が聞こえてくる。近づく者を誘うように。

 この場にいれば、多くの人間は恐怖を抱くであろう。しかしこの男──アレクセイ・バーネス・アルダープは、歩みを止めることなく降り続けた。

 闇の底へと足をつけ、辿り着いたのは何もない部屋。その中心には、少年が寝転がっていた。少年からは、階段を降りる時にも聞こえた風切音が発せられている。

 その不快な音を止めるように、アルダープは少年の身体を蹴った。

 

「おい! 起きろ、マクス!」

「ヒュー、ヒュー……んん」

 

 乱暴に蹴られた少年は痛がる素振りもなく、身体を起こしてアルダープを見た。

 眼鏡をかけた少年は、恐ろしいほどに整った顔立ちだが、感情の見えない空虚な表情で、得体の知れない薄気味悪さを与えてくる。

 そして、少年の後頭部。くり抜かれたかのように失われ、中は脳も骨も見えない黒き闇。そこから、例の風切り音が鳴っていた。

 

「やあ、アルダープ。僕に何か用なのかい? 今日も心地良い感情を発しているねアルダープ!」

「用が無ければ、貴様なんぞのもとに来るか! この能無し悪魔め!」

 

 見下されているように感じたアルダープは、少年の顔を容赦なく蹴る。

 彼と会う度、アルダープは溜まった怒りをぶつけていた。しかし少年の顔には痣一つとして見当たらない。

 きっと痛みすら感じていないのであろう。当然だ、彼は悪魔なのだから。

 

 始まりは、アルダープがひとつの魔道具を手にしたことであった。

 それは、ランダムにモンスターを呼び出して使役することができる魔道具。彼は嬉々として使用したが、出てきたのはこの少年。

 彼はマクスと名乗った。種族は悪魔で、辻褄合わせの能力が使えること。それ以外は何の役にも立たなかった。

 魔道具で呼び出せる程度の下級悪魔。おまけに命令してもすぐに忘れてしまう脳無し。しかしアルダープには、この壊れた悪魔の力を有効的に使える能があった。

 

 貴族として成り上がるため、数え切れないほど悪事に手を出した。もし街に名探偵でもいれば、いとも簡単に暴かれるほど。

 しかし、誰も彼の悪事を暴けなかった。彼は悪事を働く度に、マクスの力を使ったのだ。

 他者の記憶や思考を、都合のいいように捻じ曲げる。辻褄合わせの強制力。その力を使い続けた結果、彼は今の地位に立っている。

 

 が、悪魔の力には代価が付き物。当然、マクスも代価を求めてきた。

 それを受けたアルダープは「代価ならもう払っている。お前が忘れているだけだ」と、嘘を吐いた。

 普通なら通用する筈のない嘘。しかし相手は壊れた悪魔。忘れやすい彼は、アルダープの言葉を毎回鵜呑みにしていた。現にアルダープは、一度も代価を払っていない。

 

 代価を踏み倒して使い続けられるのは利点だが、それが無ければすぐにでも捨ててやりたい。そう思いながらもアルダープは命じた。

 

「仕事だ、マクス。ワシの神器がどこかの盗賊に盗まれた上に封印を施されたらしい。それを取り返し、封印を解くのだ!」

「ヒュー……無理だよ、アルダープ」

「なんだと?」

 

 アルダープの命令を拒んできたマクス。そんなことは今まで一度もなかった。マクスは変わらず耳障りな音を立てながら理由を話す。

 

「神器の場所がまず分からないし、本当に封印が施されたのなら、僕にはどうしようも──」

「そんな事もできないのか! この役立たずめが! 貴様はいつになったらワシの願いを叶えてくれるのだ!」

 

 言い訳を始めたマクスを、アルダープは更に強く蹴りつける。

 

 彼が大金を叩いて手に入れた神器。それは、他者と身体を入れ替える力を持つ。発動には呪文が必要だが、それも手に入れていた。

 その神器を、彼は王族へと献上した。目的はひとつ。この国の第一王子であり、民からの信頼も厚く、容姿も優れ、比類なき才を持つ、ジャティス王子へと成り代わる為に。

 王子の手に神器が渡りさえすれば、呪文を唱えて身体を入れ替え、元の身体を壊すだけで全てが手に入る。が、つい先日。その計画は瞬く間に崩れ落ちた。

 突如王都に現れた盗賊団が、よりにもよって神器を盗み出したのだ。おまけに、盗み出される直前にプリーストが封印を施したという。

 マクスの力で神器を取り戻せないとなれば、捜索には時間がかかる。全てが上手く行っていれば、今頃は王城の玉座に腰を下ろしていたであろうに。

 

「(クソッ! こんなことなら、もったいぶらずに息子のバルターと入れ替わっておけばよかった!)」

 

 悔やみきれない気持ちを発散するように、アルダープはマクスを蹴り続ける。

 

 そもそもバルターとララティーナの見合い話が上手く進んでいれば、バルターと入れ替わることで、少なくともララティーナは手中に収められた。

 しかしどういうわけか見合いは破綻。バルターに彼女と結婚する気がないのなら、彼を養子として拾った意味がない。

 計画は失敗。だがそれでも彼の欲望は尽きず。

 

「ララティーナ! お前はワシの物だララティーナ!」

 

 彼の飽くなき欲望が、地下室にこだまする。それをただひとり聞いていたマクスは歪に笑う。

 

「素晴らしい、素晴らしいよアルダープ! 欲望に忠実で、残虐で……そんな君が好きだよアルダープ!」

 

 息を荒らし、おもむろに立ち上がる。その表情は恍惚に歪み、熱のある視線がアルダープに送られる。

 

「早く君の願いを叶えて、報酬が欲しいよアルダープ! さあ僕に仕事をおくれよアルダープ! 僕の愛しいアルダープ!」

 

 彼の全てを受け入れるように、マクスは両手を広げて願いを待つ。

 報酬はいつも通り、既に払ったと嘘を吐けばいい。アルダープは壊れた悪魔へ願いを告げた。

 

「ワシの願いはたったひとつ! ララティーナを連れてこい! アレはワシの物なのだ!」

 

 

*********************************

 

 

 時は戻り、現在。アクセルの街にあるウィズ魔道具店は、今日も閑古鳥が鳴いていた。

 店の前には人っ子ひとり通らない。たとえ来たとしても、美人店主を見に来るだけの見物客か、仮面の悪魔目的の夢魔のみ。

 そんな魔道具店に足を運ぶ、ひとりの男がいた。彼は店の扉を開けて中に入る。

 カランとドアベルが鳴って束の間、店内にいたバイトの少女が元気よく挨拶をした。

 

「へいらっしゃ……なんだ、バージルじゃないか。どうしたんだい?」

 

 来客はバージルであった。とある目的があって魔道具店に足を運んだのだが、彼は目的を告げるよりも先にタナリスへ質問した。

 

「なんだそれは?」

「どれのことだい?」

「貴様の前にある悪趣味な像以外に何がある」

 

 入店して真っ先に視界へ入ってきた、カウンターの側に置かれている砂像。色がついていなくてもわかる仮面のデザインにタキシード。仮面の悪魔バニルがモデルになっていた。

 バニルを模したそれは両手を受け皿のように作り、その上に布を被せられ、どういうわけかそこに卵が置かれていた。

 

「僕もよく知らないけど、副店長がカズマから預かってくれって頼まれたらしいよ。孵化もさせなきゃいけないから、こうして抜け殻作って温めてるんだってさ」

 

 どうやら元の持ち主はカズマのようだ。バージルはバニル像に近づき、卵をまじまじと見つめる。

 

「それ、聞いた話によるとドラゴンの卵らしいよ」

「どう見ても鶏の卵にしか思えんな。異世界出身だとしても、奴なら卵の区別ぐらいつきそうなものだが」

「アクアが訪問販売で所持金叩いて買ったんだってさ。因みに、ドラゴンの卵って主張してるのはアクアだけだったらしいよ」

「そういうことか」

 

 女神のくもりなきまなこは健在であったようだ。バージルが納得していると、タナリスが思いついたと手を叩く。

 

「君、アクアとお隣さんでしょ? この卵預かっといてよ」

「断る。何故俺が孵化作業を手伝わねばならん」

「孵化させてとまで言ってないよ。あの子は預けてることをちゃっかり忘れてそうだから、アクアやカズマが君の家にでも来た時に返しといて欲しいんだ。正直、仕事の合間にちょくちょく見るの面倒なんだよね」

 

 要は面倒事を代わりに受けて欲しいということ。何の躊躇もなく押し付けてくる彼女の図太さにはバージルも呆れる。

 どうせ断っても食い下がるつもりなのであろう。それに例の件で、カズマ達がバージルの所に来る可能性もある。バニルの脚本通りであるならば。

 

「依頼料は取らせてもらうぞ」

「ありがとね。あぁでも預かっている間はちょくちょく温めるのを忘れないでよ。すこーし魔力を送るだけでもいいから」

 

 結局バージルは卵の預かり依頼を受けた。卵の件が片付いたところで、バージルは本題へと入る。

 

「仮面の悪魔はいるか」

「副店長かい? 奥にいるから呼んでくるよ」

 

 バニル像の件が解決したところで、バージルは本来の目的へ。タナリスはそそくさと店の奥へ移動する。

 バージルは近くにあった椅子をカウンター前に置いて座る。それから程なくして、店の奥からタナリスとバニルが出てきた。

 

「一日と経たず報復しにくると読んでいたが、思っていたより我慢強いではないか」

 

 出会って早々、バニルはこちらの神経を逆撫でする口調で話しかけてくる。

 しかしバージルは挑発に乗ることはせずに言葉を返した。

 

「貴様への報復は幾つも考えたが……貴重な貸しだ。使わん手はない」

「ほう、脳筋女神と同等の思考回路を持つ脳筋半魔にしては考えたな。小狡さではこの街どころか王国一やもしれぬ隣人小僧の爪の垢を煎じて飲んだか?」

 

 口を開けば相手を貶す言葉が幾つも飛び出すバニル。それに一々反応していたらキリがないので、バージルはそのまま言葉を続ける。

 

「俺の質問に答えてもらおう。そうすれば、扉の件は水に流してやる」

「それだけで良いとは、これまた意外にも無欲であるな」

「ならば扉の修理代を支払うか? 俺への詫び金も足して一億エリスだ」

「随分と割高なお詫び代であるな」

「金が払えないのなら、残機で補ってもらう他ない。残機ひとつで一万エリス。貴様に払えるか?」

 

 最初の選択肢以外を選ばせる気はないと、バージルは脅しとも言える交渉を持ちかけた。バニルは考える仕草を見せつつも、バージルの前に座った。

 

「近々、この魔道具店の未来を左右する大事な交渉が控えているので、一億の損失は厳しい。かといって我輩の残機をくれてやる気はないので、大人しく貴様の質問に答えてやろう」

 

 言葉とは裏腹に、バニルの薄笑いは消えぬまま。バージルが交渉を持ちかけてくることは、未来を見通せずとも彼にとっては想定済みであったのだろう。

 どこまでも気に食わん悪魔だと、バージルは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「丁度、ポンコツ店主は外回り中だ。帰ってくるまでは何でも答えてやろう。バイト戦士も休憩がてら話を聞くがいい」

「はーい」

 

 バニルに指示を受け、タナリスは棚整理をしていた手を止める。彼女が窓際の席に座ったところで、バニルはバージルと向き合った。

 

「さて、何が聞きたい?」

「貴様の目的だ。何故、今回の騒動に首を突っ込んでいる?」

「その口ぶりだと、此度のイベントの概要を知ったようであるな」

 

 バニルの言っていたイベント。それは、ダクネスとアルダープの結婚。既に街ではその話題で持ちきりになっていた。

 

「勘は悪くない貴様ならわかるであろう。何故我輩が、あの欲しがり貴族の結婚に目を向けているのか」

 

 一見バニルとは無関係に思えるイベント。彼とアルダープを繋げる物は何か。

 

「悪魔の存在か」

 

 バージルの返答を聞き、バニルは小さく笑った。

 カズマに国家転覆罪の容疑がかけられた裁判で、裁判官がいきなり意見を変えた時、悪魔の気配を感じ取っていた。

 バージルはしばらく様子を伺っていたが、意外な所で繋がったようだ。

 

「奴が保有している悪魔は、我輩の知り合いでな。其奴を助けるためには、まず式を挙げさせなければならん」

「わざわざ遠回りをせずとも、直接奪いに行けばいいだろう。第一、あの男が悪魔を使役できると思えんが」

「厄介な魔道具によって呼び出されたのだ。契約も結ばれているので迂闊に手が出せん。肝心の代価はどうにかして誤魔化しているのであろう。あの悪魔は忘れっぽいのでな」

 

 やれやれとバニルは肩をすくめる。しかし言い換えれば、バニルの目的の為にダクネスが犠牲になるということ。これを知れば、カズマ達が黙っているとは思えないが──。

 

「案ずるな。滞り無く事が進めば、演技派主演小僧によって式はぶち壊しになる。あの堅物娘も無事救われるであろう」

 

 どうやらその先も見通しての行動であったようだ。それとも、全ては彼の書いた脚本通りなのか。

 アルダープの結婚とバニルの関係がわかったところで、バージルはまだ残っている疑問を尋ねた。

 

「目的は理解した。だが、俺が貴様に協力するメリットが見当たらんな」

「以前も伝えたであろう。貴様の求める真実を知ることができると」

「その内容を今聞かせろ。はぐらかそうものなら、その仮面が細切れになると思え」

 

 求める真実という曖昧な言葉だけでは、協力する気にはなれない。実際は大した真実ではなく、騙されている可能性も否定できない。

 答えを聞くまでここを退くつもりはないと、バニルを睨む。しばらくの間沈黙が続いたが、バニルは諦めたように息を吐き、情報の詳細を告げた。

 

「各地での悪魔出現。その騒動を引き起こしている犯人が式の場に現れる。その人物は、どうやら貴様とも知り合いであるようだ」

 

 それは確かに、バージルが求めているものであった。更には、バージルが出会ったことのある人物だという。

 

「犯人の名前は?」

 

 バージルは上体を前に乗り出しつつ問いかける。その横でタナリスも耳を傾けている中、バニルはその名を二人に告げた。

 

 

*********************************

 

 

 クーロンズヒュドラ討伐から翌日。ダクネスが姿を消した。

 数日後にカズマのもとへ送られてきた手紙には『貴族としてのやむを得ない事情ができたため、パーティーを抜ける。私の代わりに前衛職を仲間に入れてくれ』と、カズマ達への感謝と共に記されていた。

 あのダクネスが直接何も言わず、このような形で辞めるのはおかしいとめぐみんは主張。カズマとダスティネス家へ訪ねたが、門前払いを受けてしまった。

 

 手紙の通り、代わりの前衛職としてダストと共にクエストを受けたが、上手く行かず。攻撃は当たるが、盾役としてはどうしてもダクネスより劣る。

 ダクネスを説得するか、きっぱり諦めるか。煮え切らない思いを抱えながら過ごしていると、彼の耳にとある噂が届いた。

 

 ダスティネス家の令嬢、ダスティネス・フォード・ララティーナが、この街の領主であるアルダープと近々結婚する。

 これを受けて、カズマは無理矢理にでもあの馬鹿から事情を聞き出してやると決断した。

 

 彼女の趣味が悪いのは重々承知しているが、だとしてもあの醜悪男を自ら選ぶとは思えない。彼女の父親も止める筈。

 それに、ダクネスがクーロンズヒュドラのクエストを持ってくるよりも前のこと。商品開発の件でバニルのもとへ伺った時、ダクネスに破滅の相が出ていると告げられていた。

 ダクネスの家、父親が大変な目に遭う。そして自身が犠牲になることで全てが解決すると思い、短絡的な行動に出るだろうと。

 もしあの占いが事実ならば、彼女は家を守るために、アルダープとの結婚を申し出たのではないだろうか。

 

 悪魔の言葉をホイホイ信じるのも如何なものかと思うが、彼は未来を見通す。信憑性が高いのは事実。

 どちらにせよ、ダクネスに話を聞くまでは納得できない。ということで、カズマ達は夜にダスティネス家への潜入を決行。

 アクアにかけられた宴会芸スキル『ヴァーサタイル・エンターテイナー』が想像以上に役立ったのと、王都での義賊経験が活き、カズマはダクネスとの接触に成功。そこでもひと悶着あったが、どうにか落ち着かせてから事情を聞いた。

 

 ダスティネス家は、あのアルダープから金を借りていた。父親が返済していく予定であったが、突如として彼の容態が悪くなった。今も治る見込みはない。

 そこでアルダープが催促をしてきた。父の存命中に返しきれるのかと。もしダクネスが嫁に来るのなら、借金をチャラにしてやってもいいと。

 故に彼女は、結婚を引き受けたのであろう。自分が犠牲になることで家が救われるのならと。

 

 同時にカズマは、何故彼女が頑なにクーロンズヒュドラの討伐を諦めなかったのかも理解した。しかし、冒険者に協力を仰いだことで報酬は山分けになってしまった。

 自分も金を出すとカズマは告げたが、カズマの財産では払いきれる金額ではない。それ以前に、一介の貴族が庶民の金で借金を返すつもりはないと断られた。

 

 その後、流れでダクネスといい雰囲気になったが、カズマの余計な一言で崩壊。ブチ切れたダクネスから追われる羽目に。

 すると、急いで隠れた部屋にはダクネスの父が床に伏していた。顔は痩せこけ、腕も細い。お見合いの時にカズマは出会っていたが、ひと目でわかるほど容態が悪化していた。

 彼が言うに、借金は娘の意思で出来たもの。色々と手を尽くして借金自体なくせるところであったのだが、娘であるダクネスが先走って身売りを選んでしまった。

 病も原因は不明。プリーストの回復魔法は効かず、病で倒れた者を蘇生魔法で生き返らせることはできない。カズマは毒を盛られたと疑ったが、毒は検出されず。

 もう少し話を聞きたかったが、そこでダクネスが追いついた。最終的に、カズマはダクネスと喧嘩別れする形でダスティネス家を去った。

 

 

*********************************

 

 

「もう知らん!アイツの事は泣きついてくるまでほっとけ!」

 

 翌日、カズマは不貞腐れた顔でソファーに寝そべっていた。そこにアクアとめぐみんが心配そうな顔で近寄ってくる。

 

「一体何があったのですか。ダクネスの説得は出来たのですか?」

「そもそも、なんであの子がお嫁に行くことになったのよ?」

「借金だよ借金! アイツの家には莫大な借金があって、領主と結婚すればチャラになるんだとさ」

 

 尋ねてきた二人に、カズマは事情を話す。自分達の貯金を使えばと相談するが、庶民のはした金ではどうにもならない。

 

「アイツが決めたことなんだからもうほっとけって! 俺はアイツが泣いて謝ってくるまで何もしないからな!」

「カズマ、拗ねてる場合ですか! ダクネスがお嫁に行っちゃうんですよ! 本当にいいんですか!?」

 

 めぐみんは納得いっていないようだが、カズマは何も答えず。意地を張った彼はてこでも動かない。しかしそれは彼女も同じ。

 

「私は諦めませんよ。こうなったら無理矢理にでもダクネスを屋敷から連れ出してやります!」

「次の日から牢屋暮らしになりそうだな。一応聞くけど、爆裂魔法しか能の無いお前が、俺の協力無しでどうやって誘拐するつもりだ?」

「誰もカズマに手伝って欲しいとは言ってませんよ。カズマのような貧弱者では、この作戦は遂行できませんから」

「おい、俺だって本気を出せばそこそこやれるんだぞ」

 

 めぐみんの言い方にカズマは身体を起こして文句を言う。と、話を聞いていたアクアが気乗りしない表情で口を挟んできた。

 

「もしかして私が突撃役? 痛いのは勘弁なんですけど」

「アクアでもありません。サポート役として来てくれるなら心強いですが」

「じゃあ誰がやるんだよ」

「我が作戦に必要な人材は、絶対なる力を持つ者。そこで、荒事に長けた便利屋さんの出番ですよ」

 

 めぐみんは帽子のつばをクイッと上げつつ答えた。それを聞いて、カズマの脳裏に浮かんだ人物は一人。

 

「まさか、バージルさんに頼む気か?」

「事情を話せば、バージルも協力してくれる筈です」

「その自信はどっから来るんだ」

「私達とは一年にもなる付き合いです。口に出さずとも、思いはきっと同じ筈」

「いや、そもそもあの人がダクネスのことを一番嫌ってるんだが」

 

 二人の相性はある意味バッチリであるが、ダクネスが一方的に仕掛けているだけで、バージルからすればこの街でなるべく会いたくない人間第一位であろう。

 しかしそれでも、めぐみんに引き下がる気はないようで。

 

「まだ会ってもいないのに、何がわかるというのですか! とにかく私は行きますよ!」

「お兄ちゃんの所に行くの? なら私も行くわ」

「あっ、おい!」

 

 カズマの静止も聞かず、めぐみんは部屋から飛び出していった。続けてアクアもめぐみんの後を追う。

 追いかけるべきか迷ったカズマだが、バージルが彼女の依頼を引き受けるとは到底思えない。門前払いにされて帰ってくるのがオチだろう。

 自分が止めに行くまでもないと判断し、再びソファーに寝転がるカズマ。だがそこで、ひとつの考えが彼の頭を過ぎった。

 

「(そういえば、バージルさんも前衛職だよな)」

 

 ダクネス抜きでクエストに赴いたカズマは、そこで初めてダクネスの盾役としての優秀さを、このパーティーには必要不可欠であることを思い知った。

 しかし、バージルならどうだろうか。戦闘力は勿論のこと、耐久力もある。めぐみんの話では、爆裂魔法にも耐えたという。

 いや、そもそも盾の役割すら必要ない。防ぐ前に倒せるのだから。

 

「(苦手なダクネスがいない今なら、交渉の余地はあるかも)」

 

 せめて次のメンバーを探す間だけでもと言えば、案外引き受けてくれるかもしれない。

 ついでに二人を連れ戻すため、カズマは重い腰をようやく上げて、バージルの家へ向かうことにした。

 

 

*********************************

 

 

 カズマ達の屋敷から五分と経たずに辿り着ける便利屋、デビルメイクライ。いつもの緑マントを羽織り出かけたカズマはそこへ足を運ぶ。

 建物の中からは彼女と思わしき騒ぎ声が聞こえる。現在進行系で行われているやり取りを容易に想像できたカズマは、ため息を吐きつつ扉を開けた。

 

「牢屋に行きたければ一人で行け。俺は知らん」

「どうしてですか! ここは何でも仕事を引き受ける便利屋でしょう!?」

「やっぱり」

 

 案の定、依頼を断られてめぐみんが文句をぶつけていた。バージルは当然のように聞く耳持たず。

 一方でアクアは来客用のソファーに座っており、その対面には見知った人物が二人いた。

 

「ゆんゆんも来てたんだな」

「あ、カズマさん。めぐみんを止めに来てくれたんですね」

「当然のように僕のことは無視か、サトウカズマ」

「今話しかけようとしたところだよ……カタツルギ」

「ミツルギだ! それに一文字増えてる! 間違えるなら四文字にしてくれないか!?」

『哀れだなミツルギ。いっそ判りやすいものに改名したらどうだ?』

「お前もいたのか。元魔王軍幹部の……ベルなんとか」

『ベルディアだ! なんとかは流石に酷くない!? わざとでもいいから言い間違えてくれよ!』

 

 バージルと比較的交流の深い、ゆんゆんとミツルギ。ついでに幽霊が一匹。クリスとタナリスの姿はなかった。

 二人と軽く挨拶をかわしたところで、カズマはアクアに目を向ける。

 

「で、お前は何やってんだ」

「見てわかるでしょ。卵を温めてるの」

「それ、確かバニルに預けてた筈だろ? なんで今お前の手元にあるんだよ」

 

 布の上に置かれた卵を手で優しく包み、魔力で淡い光を当てていたアクア。アクアが訪問販売に騙されて買った、どう見ても鶏のものとしか思えないドラゴンの卵である。

 クーロンズヒュドラ討伐では邪魔になるので、バニルに預けていたのだが──。

 

「先生が、タナリスちゃんから預かったらしいんです。アクアさんがすっかり忘れてそうだから、代わりに返しといてって」

 

 どうやらたらい回しにされ戻ってきたようだ。バージルが引き渡し役を受けたのは意外であったが。

 

「ヒュドラやダクネスのことがあって、すっかり忘れてたわ。いつ生まれてもいいように、私がちゃんと温めなきゃ」

「アクア様が育てれば、きっと魔王も目じゃない最強のドラゴンになりますよ!」

 

 母のように優しい眼差しを卵へ向けるアクアに、熱弁するミツルギ。アクア信者の彼も、本気でドラゴンの卵だと思いこんでいるようだ。

 おめでたい連中だと思ったカズマだが、魔力を注いでいるアクアを見て、ひとつ気になる点が頭に浮かぶ。カズマはそれを確かめるべく、ゆんゆんに耳打ちした。

 

「もしかして、バージルさんも預かってる間に卵温めてた?」

「はい、私がここへ来た時にも手をかざして魔力を送ってましたよ」

 

 どうやらバージルも少しばかり手を貸したようで。カズマはまじまじと卵を見つめる。

 ドラゴンが生まれる可能性は万に一つもないであろうが、女神と悪魔の力を捧げられたこの卵からは、下手したらドラゴンをも越える最強の鶏が生まれるかもしれない。

 

「ダクネスともう会えなくなるかもしれないんですよ! それでもいいんですか!?」

「願ったり叶ったりだ」

 

 とそこでめぐみんの騒ぎ声が耳に入り、カズマはようやくここに来た目的を思い出す。彼はアクア達から離れ、めぐみんの隣に立った。

 

「言っただろ。バージルさんが引き受けてくれるわけないって」

「ぐぬぬぬ……」

 

 カズマが予想した通りの展開になり、めぐみんは悔しそうに唸る。

 

「ようやく保護者のおでましか。さっさと連れて帰れ」

「ウチの子達がホントすみません。ついでといってはなんですが、俺からもバージルさんに頼みがあって──」

「パーティーには入らんぞ」

「あっハイ」

 

 食い気味にパーティー加入の話を断られ、カズマは粘ることもせず引き下がった。

 

「それにあの変態がいない以上、貴様と契約を結んでおく必要もないだろう」

「えっ? 契約って何のことすか?」

「貴様との協力関係だ。俺が出した条件、忘れたとは言うまい」

 

 契約に覚えがなかったカズマであったが、バージルの言葉を聞いて徐々に思い出していった。

 バージルと初めて会った夜、ダクネスに追い回された彼は暴走するダクネスを抑えて欲しいとカズマに願い、代わりに協力関係を結ぶことを約束してきた。

 

「あー……」

 

 今や当然のように行動を共にしていたので、カズマはすっかり忘れていた。

 バージルも特に何も言ってこなかったので、てっきり無かったことにされたのかと思われたが、どうやら相手はしっかり覚えていたようだ。

 

「悪魔との契約には代価が必要だ。しかし最近の貴様は、あの変態が暴走しても止めようとしなかった」

 

 バージルの冷たい視線がカズマに刺さる。命の危機を感じてか、カズマの心臓が大音量で鳴り出す。だがバージルはすぐに目を伏せた。

 

「代価の不払いには相応の罰が与えられるが、初回契約サービスだ。チャラにしてやろう」

「あ、はい……ありがとうございます」

 

 なんだかんだで優しいのか、お咎めなしとなった。カズマはホッと胸を撫で下ろす。

 

「だが二度目はない。もっとも、再契約を受ける気はないがな」

 

 釘を刺すようにバージルは告げた。見逃された安心感でうっかり聞き流しかけたが、彼の言葉を言い換えれば、困りごとがあった時にバージルを頼れないということ。

 

「(あれ? もしかして相当マズいんじゃないか?)」

 

 これまで何度もバージルに助けられてきた。そこでフワフワ浮いているなんとかディアも、彼が倒していなければ再びアクセルの街に襲来していただろう。

 バージルとの契約破棄が及ぼす影響を考えていると、隣にいためぐみんが突如として声を上げた。

 

「こうなったらゆんゆん! 貴方が突撃役になってください!」

「えぇっ!? で、でも犯罪に手を貸すのは……」

「困った時には手を差し伸べるのが友達でしょう! さっさと行きますよ!」

「友達って言えば何でもやるわけじゃないのよ!? ちょ、引っ張らないでー!」

 

 ヤケになっためぐみんにゆんゆんは手を引っ張られる。そのまま扉を乱暴に開け、バージルの家から出ていった。

 友達の頼みに滅法弱く、王都潜入の経験もあるゆんゆんがいれば、本当に誘拐を成し遂げてしまうかもしれない。一抹の不安を抱いたカズマはため息を吐く。

 

「とりあえず止めに行くぞ。お前も来い」

「私、卵を温めるのに忙しいんですけど」

「あーはいはいそうですか。でもここじゃバージルさんの邪魔になるから、せめて家でやってくれ」

「わかったわよ。それじゃねお兄ちゃん、タナリスにもよろしく言っといて」

 

 一緒に来なくてもいいから家に帰ってくれと言われ、重い腰を上げるアクア。それを確認してから、カズマはめぐみん達を追いかけるべくバージルの家を出た。

 

 

*********************************

 

 

「あの卵からは、きっと女神様によく似た神々しきドラゴンが生まれるんだろうなぁ」

『俺はあの卵からドラゴンが生まれると本気で信じてるお前に驚きだわ』

 

 アクア達を見送り、彼女の育てる卵の未来を想像するミツルギ。呆れたベルディアは、彼から離れてバージルのもとへ移動する。

 

『ゆんゆんは爆裂娘に連れて行かれたが、大丈夫なのか?』

「保護者が向かった。放っておいても問題はあるまい」

 

 めぐみんのことはカズマが取り押さえてくれるだろう。バージルは特に心配することなく、机に置いていた読みかけの本を手に取る。

 と、背後からガチャリと扉の開く音が。

 

「やっぱりアタシとしては、悪魔の話を鵜呑みにしたくないんだけど……」

 

 書斎に通じる扉から出てきたのは、クリスであった。

 彼女は、カズマ達がダクネスと出会う前からパーティーを組んでいた。いわばダクネスと一番交流が深く、説得役にはもってこいの人物である。カズマ達もそこに目をつける可能性があったので、念の為隠れていたのだ。

 

「仮面の悪魔が言ってた、結婚式当日のこと……本当なんだよね?」

「いずれわかることだ。とにかく今は、奴の脚本通りに大人しく従う他ない」

 

 バージルは脚本家に背く姿勢を見せず、静かに読書を始める。クリスは複雑な面持ちだが、彼が信じるのならと引き下がる。

 バニルの見通した未来。それを見据えるように、バージルは机に置かれていたひとつの魔道具に目を向ける。

 それは、バニルがここへ訪れた際に使用した、外部からの干渉を遮断する結界を張れる魔道具であった。

 

 

*********************************

 

 

 めぐみんの暴挙は勿論カズマによって止められ、牢屋生活は回避できた。

 ダクネス一人じゃ何もできず、きっと自分達に助けを求めにくる筈だ。そう言い聞かせたことで、めぐみんは渋々納得してくれた。

 しかし数日が経ち──ダクネスから助けのお願いが来ることもなく、結婚式当日を迎えた。

 

 

「カズマ、行きますよ! もう結婚式なんてぶっ飛ばしてやりましょう! 我が爆裂魔法で式場もろとも!」

「マジでやめろ馬鹿! 犯罪者になる上に多額の借金背負わされんぞ!」

 

 いよいよ我慢できなくなっためぐみんが、またもや馬鹿なことを言い出した。カズマは冷静になれと彼女を宥める。

 しかし彼女の興奮は収まらず、紅眼を光らせてカズマに詰め寄った。

 

「カズマはダクネスがこのまま結婚してもいいのですか!? あの領主に好きにされてもいいんですか!?」

「良いわけねーだろうが!」

 

 我慢できなくなったのは彼も同じであったようだ。騒ぎ立てるめぐみんよりも大声で、カズマはようやく本音をぶつけた。

 

「俺だって嫌だよ! あんな奴に持っていかれるのは! 外見がどうとかじゃなく評判だって悪い! 目につけた良い女を、あのおっさんはどんな手を使ってでもモノにするんだ! それで飽きたら少ない手切れ金渡してポイだとよ! タチが悪いのは、そんな好き放題にやってるのに決定的な証拠が何も出てこない事だ!」

 

 カズマの声が、二人以外誰もいないリビングに響き渡る。溜まりに溜まっていた怒りを発してか、息を切らしたカズマは落ち着くようにゆっくり呼吸をする。

 

「すみません……あの領主のこと、ちゃんと調べてたんですね」

「あぁ、アイツは想像以上にロクでもない奴だよ。俺も何とかしようと色々考えたが、今回ばっかりはどうにもならない」

 

 ソファーに座り、落胆の声をこぼすカズマ。彼の話を聞いていためぐみんは、どこか安心したように笑う。

 

「カズマもダクネスの為に考えてくれていた。それだけで私には充分です」

 

 彼女はマントを翻すと扉に向かい、そこで再びカズマへと振り返った。

 

「私は自分で考え、後悔しない道を行きます。カズマもよく考え、そして後悔しない道を行かれるように」

 

 そう言い残し、めぐみんはリビングから出ていった。一端の魔法使いみたいなこと言いやがってと思いつつ、カズマは扉からソファーの前にある机に視線を移す。

 机上に置かれていたのは、数々の道具。それらは全て、カズマが元いた世界で見たことのあるモノばかり。彼が現代知識を使って開発した商品である。

 バニルと進めていた商談。それは、彼が元いた世界にあったモノを作り、この世界で売ること。ダクネスがいない間も、彼はせっせと商品開発に精を出していた。

 

 その理由は二つある。ひとつは当然バニルから億にものぼる報酬金が得られること。

 もうひとつは、バニルがダクネスの未来を占った時に『汝、満足することなく売れ筋商品を沢山作っておくが吉。汝の頑張り次第では鎧娘の災いもどうにかなるやもしれぬ』と、言われていたからだ。

 そして今日、バニルが商談のためにこの屋敷へやってくる。

 

「そろそろかな……」

 

 窓の外を眺めながらカズマが呟いた時、めぐみんが出ていった扉が再び開かれた。

 

「助けに行きたくて仕方ないが、鎧娘に拒絶されるのを恐れる男よ。商談の準備はできておるようだな」

「もののついでに見通すのやめてくれません?」

 

 予定通り、商談相手のバニルが現れた。彼の手にはアタッシュケースが提げられている。

 彼は商品が置かれている机に近付くとソファーに座り、早速品定めを始めた。

 

「ほうほう、これは中々。やはり貴様は面白い物を作ってくれるな」

「お前のことだから大丈夫だとは思うけど、相応の額は持ってきたんだろうな」

「モチのロンである。汝は全ての知的財産権と引き換えに、この鞄の中身を所望するであろう」

 

 商品を手に取りながら、バニルは自信ありげに答える。毎日が火の車な魔道具店にいながら、どうやって金を稼いできたのか。

 そんな疑問を抱いたカズマであったが、彼が実際に尋ねたのは別の疑問であった。

 

「なぁ、お前って色んなことが分かるんだろ?」

「全てとは言わんが、大概のことは見通せるな。例えば、貴様が気にしている鎧娘の身に起こっていることなど」

「それって、どのくらい見通せてるんだ?」

「何故あの娘が領主に莫大な借金をしているのか。助ける方法はないのか。何故あの領主はあれだけの事をやらかしているのに証拠のひとつも出ないのか。貴様さえよければ教えてやっても構わんぞ」

 

 こちらの考えはお見通しとばかりにバニルは答えた。それどころか、自ら教えてくれるとまで言ってくれた。

 

「お前、悪魔なのに──」

「悪魔なのに何故ここまで協力的なのか。勿論我輩も企んではいるが、貴様とは利害が一致したのでな」

 

 バニルは品定めの手を止め、カズマと対面する。カズマが息を呑んで言葉を待つ中、バニルは事の真相を語り出した。

 

「あの娘が借金をした理由は──」

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

 

 刹那、どこからともなく聞こえてきた詠唱と共にバニルの足元から聖なる光が発現した。

 

「華麗に脱皮!」

 

 しかしバニルは即座に仮面を光の外へ投げ捨てる。身体は一瞬で砂となって消えたが、床に落ちた仮面から再び新たな身体が形成された。

 

「不意打ちとは悪魔以上に卑劣であるな、蛮族女神よ」

「嫌な臭いがしたと思ったらやっぱりアンタね! 今度こそ消し炭にしてあげるわ!」

 

 退魔魔法を放ったのは、勿論アクアである。朝の支度を終えたばかりの彼女は、治っていない寝癖も気にせずバニルと対峙する。

 

「カズマを洗脳して何するつもりか知らないけど、この私が来たからには──」

「やめんかこの脳筋女神!」

 

 女神と悪魔の大決戦が始まろうとしていたが、そこをカズマが止めに入った。彼はアクアの頭に拳骨を入れる。

 

「わぁああああっ! 助けてあげたのにカズマさんがぶったー!」

「うるせー! お前は毎度毎度余計なタイミングでいらん事しやがって! バニルと大事な話の最中だから、そこで大人しく座ってろ!」

 

 頭を叩かれて泣き出すアクアに、カズマは強く言いつける。カズマをこれ以上怒らせたくなかったのか、アクアは仕方なくソファーの端に座った。

 

「悪いバニル、続けてくれ」

「手のかかる子供の世話は大変であるな。では話を進めよう」

 

 アクアの邪魔が入ったが、仕切り直しとバニルはカズマ達の対面に座り、ポツポツと話し始めた。

 

「鎧娘の借金だが、事の発端は貴様等冒険者が機動要塞デストロイヤーを倒したことに起因する」

 

 開口一番に告げられたのは、忘れられる筈もない厄災の名前であった。カズマは目を見開き、バニルに確認する。

 

「デストロイヤーって、あの……?」

「然り。今までの街ならばデストロイヤーに蹂躙され、領主は土地を失い、街の住人は焼け出され、皆仲良く路頭に迷う。しかしこの街はそうならなかった」

 

 通った後はアクシズ教徒以外何も残らない。そうギルドの職員から聞かされていた。襲来の報せを聞いたら、街を捨てて逃げるしかないと。

 だがこの街には守るべきものがあった。冒険者達は一丸となって戦い、誰も成し得なかった機動要塞の破壊に成功したのだ。

 しかし、彼等が守ったのはアクセルの街だけ。それまでに機動要塞が通った道は、通説どおりの有様になったようで。

 

「冒険者の活躍によって街自体に被害は出なかったが、街へと続く地域は犠牲となった。デストロイヤーの進行方向にあった様々な物は破壊、蹂躙された」

「まぁ……そうだよな」

「となると、農業に携わっていた者達は仕事を失ったも同然。荒らされた穀倉地帯は簡単に復興しない。そこで、その者達は領主に助けを求めた」

 

 とここで、バニルの口から領主の名前が出てきた。カズマは嫌な予感を覚えながらも耳を傾ける。

 

「領主は助けを求める者達にこう告げた。『贅沢を言うな。命が助かっただけでも儲けものだろう』と」

「悪代官も真っ青だな」

「うむ、今回の件は責務を放棄した強欲な領主以外、誰も悪くないのかもしれぬ」

 

 予想通り、領主は住民を見放した。悪徳貴族とよく言うが、彼はその中でも悍ましいほどに真っ黒な貴族であろう。

 

「しかし、これでは被害にあった住民達の未来は暗い。そこで彼等は、貴様等と関わりの深いダスティネス一族に泣きついた。慈悲溢れるダスティネス様、どうか我らにもお情けをと」

 

 そして次に出てきたのは、ダスティネス家。王家の懐刀と呼ばれるほどの大貴族

 領主がダメなら、アクセルの地方と関わりが深いダスティネス家に縋るのは必然と言えるであろう。

 

「だがダスティネス家は、既に領主から多額の請求を受け続け、資産の大半を失っている状態であった」

「ちょっと待て。資産の大半を失うほどの請求を、しかも領主からってどういうことだよ?」

「言葉通りの意味だ。どこからともなく飛来したコロナタイトによる大爆発で吹き飛んだ屋敷の弁償代や、どこぞの冒険者が暴れに暴れて半壊していた古城の修繕費など、名目は様々である」

 

 バニルが例に出したのは、彼にも覚えがある請求であった。しかし前者はバニル討伐の報酬で、後者はバージルが支払っていた筈。

 そう考えていたカズマを見通したのか、バニルは先に答えを告げた。

 

「貴様等が支払ったのはあくまで一部である。まず領主はダスティネス家へ請求し、それを鎧娘が引き受けて支払った」

「なんでアイツの所に請求が行くんだよ!? しかも素直に支払ったって──!」

「確かにダスティネス家が負うべき請求ではなかった。だが鎧娘は何の疑問も抱かずに支払った。そうさせる力を、あの強欲貴族は持っていたのである」

 

 どう考えてもおかしい。ダクネスの理解できない行動に、カズマは頭を抱える。

 

「手持ちの財産では住民を助けられない。それでもあの鎧娘は見捨てず、責務を放棄した領主に頭を下げ、金を借りたわけだ」

「もしかして、ダクネスがわざわざアルダープに金を借りるようにしたのも……」

「やはり察しがいいな。強欲貴族の摩訶不思議な力のおでましである。どんなに歪な脚本でも、役者に最後まで演じさせる。そして役者は脚本の歪さに一切気が付かない」

「どういう能力なんだよ……」

「簡単に言えば、都合のいいように事実を捻じ曲げる、辻褄合わせの力である。奴が悪事を働いても一切証拠を出さないのも、不思議な力のおかげである」

 

 アルダープが持つ、辻褄合わせの能力。その話を聞いて、カズマはようやくひとつの出来事に納得がいった。

 カズマが国家転覆罪の容疑で裁判にかけられていた時。アルダープの一言で、彼の都合が良い方へ裁判官達は意見を変えた。あれが辻褄合わせの能力なのであろう。

 更にアクアはその時こう言っていた──邪な力を感じたと。

 

 アルダープの使っている力の正体。それに勘付いたカズマを見てか、バニルは不敵に笑って言葉を続けた。

 

「そして領主は、条件つきで鎧娘に金を貸した。もしダスティネス家の当主に何かが起こり、返済が困難になった場合には、担保としてその身体で支払ってもらうと」

 

 バニルの話を聞いてカズマの脳裏に浮かんだのは、ダスティネス邸で床に伏せていたダクネスの父。

 原因不明の病と言っていたが、もしそれが、アルダープの不思議な力による呪いだったとしたら。

 全てが、アルダープの歪な脚本による舞台劇なのだとしたら。

 

「バニル」

 

 カズマはバニルの目を真っ直ぐ見つめ、静かに尋ねた。

 

「ダクネスの借金の額はいくらなんだ?」

「お客様の持つ資産にこの鞄の中身を合わせると、ちょうど同額になります」

 

 バニルは脇に置いていた鞄をポンと叩いて答える。仮面の下には、きっと意地悪な笑みが浮かんでいることだろう。

 やっぱり悪魔は性根が悪い。カズマは心底そう思ったが、今だけはバニルに感謝した。

 

「では早速商談をと思っていたが……どうやら小僧の中では既に成立しているようだな」

 

 めぐみんの言う通り、奴の茶番劇をぶち壊してやろう。

 ダクネスを助ける為に、カズマは自ら舞台へ立つことを決意した。




この二次創作ではベルディア再来の件が無く、アクア様の洪水で建物が壊した借金も無いので、既に領主から別の名目で、辻褄合わせの力を使って支払いをさせていたことにしました。


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第82話「この聖なる式に再会を!」

「とてもお綺麗ですよ、お嬢様!」

 

 メイドの二人が感嘆の声を漏らす。

 視線の先には、彼女達が仕えるダスティネス家の令嬢、ダスティネス・フォード・ララティーナの、白いウエディングドレスに包まれた花嫁姿があった。

 

 ダクネスは今日、結婚する。相手はアレクセイ家の当主、アレクセイ・バーネス・アルダープ。

 本来なら結婚とはめでたいものだ。しかし此度は、アルダープによって課せられたダスティネス家の借金問題を解消する為のもの。酷く言えば身売りである。

 自分の前にいるメイドは、仕えてまだ日が浅い。花嫁姿を見て素直に喜んでいるが、きっとこの結婚は父も手放しで喜んではくれないであろう。

 誰も喜ばない選択。だが、これ以外に方法は無かった。どうしようもなかったのだと、ダクネスは自分に言い聞かせる。

 

「なぜ花嫁に会ってはいかんのだ! もう待ちきれんのだ! 早くワシのララティーナに会わせろ!」

 

 すると、彼女がいる部屋の外から怒号が。声からしてアルダープであろう。

 神聖な式の前だというのに、彼はもう本性を隠す気が無いようだ。

 

「ここはダスティネス家の控え室ですので、当家の者しかお通し出来ません」

「式が終われば貴様等の主はワシだ。それを理解できているんだろうな!」

「貴方はまだ我々の主ではありません。お引取りください」

「……チッ、貴様等の顔は覚えたぞ。式の後、どうなるか覚悟しておけ」

 

 扉の前に待機していたダスティネス家の従者と、アルダープのやり取りが聞こえてくる。入室は諦めたようで、彼の物であろう乱暴な足音が遠ざかっていった。

 

「ドアの外の者を呼んでくれないか。礼を言いたい」

 

 ダクネスは傍のメイドに伝えると、メイドはすみやかに扉へ向かい、扉を開ける。そしてアルダープの相手をしてくれた従者の男二人が、控え室に入ってきた。

 

「二人ともすまなかったな」

「いえ、自分達が仕えるのはダスティネス家だけですから。お嬢様が嫁がれた後は、辞めるつもりです」

「お嬢様が認めた男になら、仕えても良いのですが」

 

 従者の言葉を聞いて、ダクネスの頭にあの男の顔が過る。

 屋敷に侵入したかと思えば逃げ回り、その挙げ句捨て台詞を吐きながら窓から落ち、痛みで転げ回っていた彼の姿。

 思い出した今でも可笑しく、彼女はクスリと笑う。それを見てか、従者は言葉を続けた。

 

「その笑顔が最後に見られて、私は幸せ者です。ただ……差し出がましいようですが、あまり激しい一人遊びはなさらぬようご自愛ください」

「はうぁっ!?」

 

 思いがけない忠告に、ダクネスは羞恥を覚えて顔を俯かせる。

 あの男が夜這いを仕掛けてきた時のこと。いったいどこで覚えたのか、彼の卓越した声真似によって、従者達にあらぬ誤解を抱かせてしまった。

 今すぐあの男をとっちめてやりたいと、握り拳を震わせるダクネス。だが、もう彼とは会えない。その事実を理解してか、すぐに怒りは収まった。

 

「(……カズマ)」

 

 ダクネスの人生が大きく変わったのは、あの男に出会ってからだった。

 ジャイアントトードのヌルヌルプレイにパンツ強奪。彼の鬼畜さに惹かれてパーティーに入り、盾役として数多の攻撃を受け止めてきた。

 結局最後まで攻撃はロクに当たらなかったが、それでも彼は自分を見捨てようとせず、盾としてガンガン使ってくれた。おまけにバリエーション豊富な罵倒も浴びせてくれて、彼との生活は本当に居心地が良かった。

 

 アクアは問題ばかり引き起こしてカズマに度々怒られていたが、その実力は確かだった。アルカンレティアで見た彼女の神光は、鮮明に覚えている。

 めぐみんの爆裂魔法には、何度も助けられてきた。一度巻き込まれてみたいと思っていたが、結局叶わなかった。さぞ激しい痛みを味わえたことだろう。

 

 痛みと言えば、彼を忘れてはいけない。

 祈りを済ませて教会から帰っていた道中、なんとなく立ち寄った路地裏で見つけた男、バージル。彼との初対面はまさに衝撃だった。

 原石を見つけたという言葉があるが、それで例えるならあの男は、コロナタイトの原石だ。

 常に人を見下しているような、冷たい眼差し。そして特別指定モンスターを単体で上回る力の持ち主。

 彼へ依頼したことで体験した、嬲られ蔑まれたあの時間は、一生の思い出になるであろう。

 

 しかし、全ては彼女との出会いが無ければ始まらなかった。

 エリス教の教会へ、共にクエストへ行ってくれる友達が欲しいと願った日、風のように現れた盗賊少女。

 ダクネスにとって初めてのパーティーメンバーであり、親友──クリス。

 王都の一件で指名手配になったからか、あれ以来姿を見かけていない。クーロンズヒュドラ討伐の時もおらず、この日まで会うことはできなかった。

 親友として、別れの言葉だけでも言っておきたかったなと、ダクネスは少し後悔する。が、時計の針は戻らない。この部屋を出て式場に向かい、誓いを立てれば、二度と彼等とは会えなくなる。

 

 それでも──たったひとつだけ、願いが叶うのならば。

 もう一度、彼等に会いたい。

 

 

*********************************

 

 

 アクセルの街にあるエリス教の教会から、祝福を示す鐘の音が鳴り響く。だが白い鳩は羽ばたかず。

 教会の前には、ダクネスの花嫁姿をひと目見ようと冒険者がごった返していた。しかし教会の中に入れるのは貴族のみと、領主の部下によって警備が施されていた。

 教会内にいる貴族達は緊張感もなく好きに喋っていたが、扉の開かれる音を聞いた途端、彼等はしんと静まり返った。

 新郎新婦の控え室、その扉が同時に開かれ、片方からは白いタキシードを着たアルダープが、もう片方からは父の代理である執事に手を引かれている、花嫁姿のダクネス。

 アルダープも含め、貴族達はダクネスの姿に見惚れる。しかしベールの下に隠されたダクネスの表情は、物悲しげなものであった。もっとも、彼女の身体しか見ていないアルダープが気付くわけもなく。

 

 執事の手から離れたダクネスは、アルダープと共にヴァージンロードを歩き出す。パイプオルガンの音を背景に、貴族達の注目を浴びながら。

 アルダープはいつまでもダクネスの身体を見続け、ダクネスは俯いたまま。おおよそ新郎新婦とは思えない二人は、誓いを立てるべく祭壇の前に立つ。祭壇にはフードを被った司祭が一人と、その脇に同じ格好をした者が一人。

 司祭を務めるのは、この街一番のプリーストだと執事は言っていた。それを聞いて思い浮かべるのは彼女しかいないが、ここはエリス教の教会。アクシズ教徒である彼女が来るわけがないだろうと、ダクネスは顔を上げようともせず司祭の言葉を待つ。

 やがて新郎新婦の前に立っていた司祭は、纏っていたフードを取りながら言葉を掛けた。

 

「えー、汝ダクネスはこの豚みたいなおじさんと結婚し、流されるまま夫婦になろうとしています。貴方はいかなる時も豚おじさんを愛することを誓いますか? 私はやめたほうがいいと思うから、このまま一緒に帰って一杯やりましょ?」

 

 いる筈のないアークプリーストの声が、静まり返っていた教会に響いた。

 ダクネスはたまらず顔を上げる。祭壇の前には、羽衣を纏っていたアクアがいた。何故か片手には卵を持っている。ダクネスは思考が追いつかず、アクアの顔を見て固まったまま。

 そんな彼女よりも先に、王都にてアクアとも面識のあったアルダープが声を上げた。

 

「お、お前はワシの屋敷で散々迷惑掛けていった女! ここで何をしている!?」

「何って、そこの執事さんに司祭役を依頼されたから来たのよ。それよりもアンタ臭いんですけど。ちゃんとシャワー浴びてきたの? できれば半径五メートル以内に近づいて欲しくないんですけど」

「司祭が新郎にかける言葉とは思えんのだが!? 大体その卵はなんだ!」

「私の大事なドラゴンの卵よ! ちょっとでも孵化作業をサボると生まれなくなるんだから、片時も離さず温めてるの!」

「ドラゴンの卵がそんな小さいわけないだろう!」

「そもそもなんでエリス教の教会で結婚式を挙げるのよ! ダクネスも言ってくれれば、私からセシリーに頼んでアクシズ教の教会を貸し切りにしてあげたのに!」

「大事な結婚式を野蛮なアクシズ教の教会なんぞで挙げられるか! 守衛は何をやっている! さっさとこの偽プリーストをつまみ出せ!」

 

 口を開けたまま固まるダクネスの前で、口喧嘩を始めるアクアとアルダープ。そこでようやく事態を把握できたダクネスは、慌ててアクアに声を掛けた。

 

「アクア、これは冗談などで済まされないぞ! 今ならまだ間に合うから──!」

 

 早く帰れと、アクアに告げようとした時であった。アクアの隣にいた人物がフードを取りながら飛び出し、ダクネスの腕を掴んだ。

 

「うっせーこの大バカ女が! お前こそバカなことばっかりしやがって!」

 

 式場に響いた、忘れられない彼の声。

 冴えない顔の茶髪男。普段はヘタレだが、仲間が危ない時は腹をくくって助けてくれる、なんだかんだで頼れるリーダー。

 サトウカズマが、そこにいた。

 

「か、カズマ……?」

「頼んでもないのに俺の尻拭いまで勝手にしやがって! 女房気取りか! 俺の事が好きならそう言えよな!」

「ななな何を言っている!? お前まで何しに来たのだ!」

 

 感動の再会とはいかなかったようで、二人はここが式場であることも忘れて口喧嘩を始める。

 これも演出なのかと席にいる貴族達がざわつく中、カズマの登場にポカンとしていたアルダープが我に返り、彼へ怒号を発した。

 

「小僧! 貴様まで結婚を邪魔しにきたのか! お前のような一般庶民はすっこんでろ!」

「それよりもまず私に謝りなさいよ! アクシズ教徒を野蛮だなんて言ってごめんなさいって! 私のことを偽プリーストとか言ってごめんなさいって謝って!」

「ええいまだいたのか! いいかよく聞け小僧! お前の大好きなララティーナはこのワシに莫大な負債があるのだ! この女が欲しいなら、相応の金を用意しろ! できるならの話だがな!」

 

 喚くアクアを無視して、アルダープはカズマへと告げる。この事情は彼が屋敷へ来た時に話していた。庶民ではどうにもできない金額であることも。

 何をするつもりなのかとダクネスが見守る中、カズマはその言葉を待っていたと笑みを浮かべた。

 

「言ったな? 約束は守れよ!」

 

 カズマはそう言うと祭壇の裏へ。アクアの足元に置かれていたのはひとつのアタッシュケース。

 彼はそれを持ち上げると鍵を開け、中身をアルダープへ向けてぶちまけた。

 

 アルダープの頭上から──億千万にもなる銀貨の雨が降り注いだ。

 

「ダクネスが借りた金、エリス魔銀貨でキッチリ全額だ! 文句無いな! あと別に大好きだなんて事はねーよ! 大事な仲間ってだけだから!」

 

 領主の言葉を訂正しつつカズマは告げる。様々なハプニングが同時に起こり、アルダープは呆然としていたが、吸い寄せられるように地面の金へ。

 

「こ、この金はワシのモノだ! 拾え! 拾ってくれ!」

「よし今だ! このままずらかるぞ!」

「待って! まだ私謝ってもらってない!」

「そんなのどうでもいいから早く来い!」

 

 アルダープが床に散らばった銀貨を集めている隙に、カズマはダクネスをお姫様抱っこの形で抱え上げた。

 

「か、カズマ! これはいったいどういうことだ!? あの金はどうやって──!」

「売った。俺の思いつく限りの知識と権利を全部。それと今までの貯金足したらちょうど借金と同額になった。おかげでひもじい生活に逆戻りだ。お前は自由になったけど」

「バカ者! 誰がそんな事を頼んだ! お前は……お前という奴はっ!」

「ガタガタ言うな! お前はもう俺の所有物になったんだ! 俺がはたいた金の分、身体で払ってもらうから覚悟しろ!」

「ふぁ……ふぁいっ!」

 

 カズマに最高の言葉で怒鳴られたダクネスは、それはそれは嬉しそうに顔を歪ませた。

 その表情があまりにも酷かったのか、カズマは一切目を合わそうとせず走り出す。遅れてアクアも追いかける。このまま外に出ようと試みたが──。

 

「いかん! ララティーナを逃がすな! なんとしても捕まえろ!」

 

 ここでアルダープが逃走するカズマ達に気付き、指示を受けた守衛がカズマ達の前に立ちふさがった。

 

「流石に数が多いな……アクア! 今こそゴッドなんちゃらの真価を発揮する時だ!」

「なんちゃらって何よ! ていうか私、卵温めてるですけど! 戦ってる最中に卵が割れたらどうするのよ!」

「じゃあその卵を相手に投げろ! 目潰し程度には使えるから!」

「酷い! どういう生き方をしたらそんな発想が生まれるのよ! あそこの豚おじさん以上に鬼畜だわ!」

 

 彼にとっては最善の選択肢であるようだが、その指示は受けられないとアクアは反対する。

 ダクネスは未だカズマの腕の中。自分も降りて加勢すべきかと思っていた矢先であった。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 扉の向こうから詠唱の声が聞こえると、扉を含めた壁に丸く亀裂が入り、一泊置いて壁が吹き飛んだ。

 その衝撃に巻き込まれた守衛が何人か倒れる。ポッカリと空いた教会の入り口には、外の光を背景にポーズを決める、二人の少女。

 

「悪い魔法使いが来ましたよ」

 

 ド派手に登場した、めぐみんとゆんゆんであった。ダクネスを抱えていたカズマを確認して、口元を綻ばせる。

 

「守衛はゆんゆんが引き受けてくれます! 私達は早くここから逃げますよ!」

 

 めぐみんの指示に、カズマは迷わず頷く。ゆんゆんはクーロンズヒュドラ相手でも臆せず戦っていた。守衛の一人や二人、訳ないであろう。

 カズマ達は急いで教会の外へ。冒険者達が道を作るように脇で見守っており、階段を降りた先には再び守衛が待ち構えていた。

 

「逃がすか!」

 

 カズマ達が階段を降りた所で、守衛の一人がこちらへ向かってきた。と同時に、冒険者の中から一人の男が守衛の前に飛び出した。

 突然のことに守衛は立ち止まれず、男にぶつかる。すると冒険者の男はぶつかった肩を手で抑え、その場に倒れた。

 

「いってぇええええっ! 肩の骨が折れたぁああああっ!」

「はっ!? いや、そこまで強くぶつかってないだろ!」

「大丈夫かキース! てめぇ、よくも俺の仲間を!」

 

 痛がるキースに駆け寄ったのは、彼のパーティーメンバーであるダスト。仲間を傷つけられた彼は、守衛を強く睨みつける。

 

「俺は最近、とある貴族にエラい目に遭わされたんだ! お前らで鬱憤晴らしてやんよ!」

 

 守衛にとっては言いがかりも甚だしいが、ダストは怒り心頭で守衛達に襲いかかった。倒れていたキースもすぐに立ち上がり、他の荒くれ冒険者も加勢する。

 

「自分勝手に嫁に行こうとしたお前を、ヒュドラの時みたいに皆が助けてくれたんだ。ちょっとはその固い頭を柔らかくして反省しろよ?」

「……そうだな。皆には感謝してもしきれない。本当にありがとう。私は今、人生で一番幸せだ」

 

 カズマの言葉を聞き、ダクネスは嬉しそうに涙ぐむ。彼女の泣き顔が見ていられなかったのか、カズマは一息入れてからダクネスに告げた。

 

「ところで、そろそろ降ろしてもいい? お前、筋肉ついてるから地味に重いんだよ」

「んなっ!? お、おおおお前という奴は本当に!」

 

 雰囲気ぶち壊しである。しかしカズマよりもダクネスの方が筋肉量は上であることは事実。カズマはそっとダクネスを下ろした。

 相変わらず締まらない男だなと、痛そうに腰を叩くカズマを横目に見ながら、ダクネスは走りやすいようドレスの裾を引き裂く。

 

「ララティーナ! 待ってくれ、ワシのララティーナ!」

 

 後方から、アルダープの呼び求める声が届いた。ダクネスは教会の方へ振り返り、アルダープを見る。

 

「ワシのもとへ戻ってこい! お前はワシの花嫁だろう! ララティーナ!」

 

 教会の前にいた彼は必死に手を伸ばし、ダクネスを呼び続けている。しかし彼女を縛っていた鎖は、既にカズマの手で壊された。

 もう、あそこへ帰る理由は無い。帰るべき場所はあそこではない。過去の自分と決別するように、ダクネスはアルダープに背を向けた。

 

 

*********************************

 

 

「ララティーナ! ララティーナ!」

 

 アルダープは愛しき花嫁の名を叫ぶ。しかし彼の隣に花嫁の姿は無い。

 この国の主に成り代わる道が断たれた今、せめてララティーナだけは手に入れる。それが、あと少しで叶う筈だった。

 あの男が、全てを台無しにした。下劣で低俗な庶民の癖に、彼女と親しくしているあの男が。

 

「待ってくれ、ワシのララティーナ!」

 

 アルダープは縋るように手を伸ばす。ようやく彼の声が届いたのか、ララティーナがこちらを見た。

 裁判の時と同じように、辻褄合わせの強制力を使えば、きっと彼女は戻ってくる。そう願い、アルダープは彼女へ命じた。

 

「ワシのもとへ戻ってこい! お前はワシの花嫁だろう! ララティーナ!」

 

 今にもララティーナは踵を返し、自分の隣へ来てくれるだろう。アルダープは彼女の反応を待つ。

 だが──戻ってくるどころか、彼女は自分に対して背を向けた。

 

「なっ!?」

 

 辻褄合わせの能力が効かない。肝心な時に使えない奴だと、アルダープは役立たずな使い魔に悪態を吐く。

 このままでは、ララティーナが行ってしまう。奪われてしまう。ララティーナは自分の物だ。誰かに奪われていいわけがない。

 が、この場に彼の願いを叶えてくれる者はいない。アルダープの叫びは虚しく響き渡るのみ。

 

 ──その筈だった。

 

「お前は……お前はワシのモノだ! ララティーナ!」

 

 彼の憎悪と強欲に呼応するかの如く。

 アルダープの影から、闇が溢れ出した。

 

 

********************************

 

 

「お、おい! なんだアレは!?」

 

 冒険者の一人が、教会の方を指差して驚愕の声を上げた。声を耳にしたカズマは思わず振り返る。

 彼の目に映ったのは、教会の前にいたアルダープが、大量の闇に覆われる様であった。

 

「カズマカズマ! 急激な魔力の高まりを感じます! 爆裂魔法の準備をした方がいいですか!?」

「クッサ! ひっどい悪魔臭だわ! あの豚おじさん、ずっと鼻につく臭いがすると思ったら、悪魔を従えてたのね!」

「はっ?」

 

 焦るめぐみんに、鼻を摘むアクア。カズマはアクアの口から出た単語に、嫌な予感を抱く。

 バニルは言っていた。魔道具によってアルダープは悪魔を従えていると。であればこの現状は、その悪魔による仕業と見ていいだろう。

 だが、拭いきれないこの違和感は何なのか。

 

「グァアアアアッ!?」

 

 アルダープは悲鳴と共に闇の中へ消えていく。彼を飲み込んだ闇は増幅し、徐々に形が作られていく。

 腕は丸太のように太く、オークを彷彿とさせる巨大な体格は冒険者達を圧倒する。

 やがて姿を覆っていた闇は晴れ、その下に隠されていた顔が顕になった。

 アルダープの面影は金色の髪しかあらず、彼の顔は醜い豚の物へと変わり果てていた。

 

「こんなの聞いてないんだけどぉおおおおっ!?」

 

 捻じ曲げる能力があるとは聞いていたが、主に悪魔の力を与えるなんて話はバニルも言っていなかった。

 魔獣と化したアルダープを見て、カズマは届くことのない叫びを上げた。

 

「ど、どうしようカズマ! もうヤツの所には戻らないと決めたのに、あの醜い魔獣に囚われたい欲求が収まらない!」

「意志ブレブレじゃねーか! 反省しろって言った傍からお前ってヤツは!」

 

 パニックになっているカズマの気持ちも知らず、ダクネスは魔獣に興奮している模様。やっぱり助けない方が良かったのではないかと少し後悔する。

 だが、ダクネスよりも先に相手が動いた。魔獣は四足歩行の姿勢を見せると、カズマ達に向かって突進した。

 

「ララティーナ! ララティーナァアアアアッ!」

「いやぁああああっ!? こっち来たんですけどー!?」

「待ってください! まだ爆裂魔法の準備が──!」

「ここは私が前に出る! カズマ達は後ろに隠れていてくれ! ハァ、ハァ……さぁ来いアルダープ! お前の重い一撃を見せてみろ!」

 

 パニックになるアクアとめぐみんを見てか、本能に従ってか。ダクネスはいつものように盾役を買って出た。

 アルダープの狙いは当然ダクネスだ。彼女をみすみす盾にするのは、相手にわざと差出しているようなもの。だが、彼女以外にあの突進を止められる術がない。

 カズマが頭をフル回転させている中、魔獣は一直線に突っ込んでくる。進行方向にいた冒険者や守衛達は慌てて脇に避ける。

 そして、両手を広げて待つダクネスに魔獣が突っ込もうとした──その時であった。

 

「ハァッ!」

 

 二人の間に、割って入る者が現れた。

 ぶつかる衝撃音と風圧が起こり、ダクネスの数歩手前で魔獣の突進が止まった。

 カズマ達の前にいたのは、浅葱色の魔剣で魔獣を食い止める、青い鎧の勇者候補。

 

「お前は……ベルルギ!」

「『混ぜるな!』」

 

 魔剣の勇者、ミツルギであった。姿は見えないが、ベルディアのツッコむ声も聞こえた。

 ミツルギは魔獣の動きを止めながら、カズマへ言葉を掛けてきた。

 

「君のことを少し見直したよ、サトウカズマ。後は僕等に任せてくれ。君は女神様達を連れてここから逃げ──」

「本当に貴様という男は! 尽く私の邪魔をしてくれるな!」

「えぇっ!?」

 

 しかしダクネスはお怒りであった。お楽しみを直前で取り上げられたのだから、激怒するのも無理はない。

 もっとも、そのお楽しみを理解できないミツルギは理不尽な怒りを受けて困惑する。

 

「久しぶりに強い一撃を受けられると思っていたのに、この収まりがつかない興奮はどうしてくれるのだ!」

「どうもしないでいいから下がってろ! そんでアクア! ボサッとしてないで早く退魔魔法をぶちかませ!」

「わかったわ! セイクリッド──!」

『待て待て待て待て! 俺まで巻き込むつもりか!?』

 

 退魔魔法で決まると思われたが、ベルディアの必死な呼び止めによって不発に終わった。

 今は退魔魔法を撃てない。爆裂魔法も彼等を巻き込んでしまう。助けに来てくれたのはありがたいが、めんどくせぇなとカズマは思う。

 

「ララティーナァアアアアッ!」

「力比べかい? だったら僕にも自信がある!」

 

 未だ突進を続ける魔獣に押されないよう、ミツルギは更に力を入れる。

 とにかくここは彼に任せて、なるべく遠くへ離れるしかない。そう判断し、カズマがダクネス達の手を取ろうとした時であった。

 

「キョウヤー! 教会内にいた人、全員外に出したわよー!」

「キョウヤ早く! 守衛達が来る前に!」

 

 教会の方角から、ミツルギを呼ぶ声が。そこには、彼の仲間であるクレメアとフィオの姿があった。

 二人の声を聞いたミツルギは小さく頷くと、後ろにいたゆんゆんを横目に見た。

 

「ゆんゆん! 今だ!」

「はい!『グラビティ・フェザー』!」

 

 指示を受けたゆんゆんは、戸惑いもせずに魔獣へ魔法を唱えた。

 対象の重力を軽くする魔法だが、それが動く人やモンスターとなれば、必要となる魔力量も多くなる。

 軽くできても数秒が限界。しかし、彼には数秒あれば十分であった。

 ミツルギは飛び上がると魔獣の後ろへ。魔獣に生えていた金色の髪を掴むと、彼は教会に向かって走り出した。

 軽くなっていた魔獣は抵抗もできず、ミツルギに引っ張られていく。そのまま二人は教会の中へ。

 それを確認したゆんゆんは、彼等を追いかけるように教会へ。

 

「あっ、ゆんゆん!」

 

 めぐみんの呼び止める声も届かず、ゆんゆんは教会の中へ。取り残されたカズマ達は唖然としたまま。

 アルダープの魔獣化に、タイミングよくミツルギは現れたかと思えば、手際よく彼の仲間が貴族達を避難させ、ゆんゆんも打ち合わせていたかのように参加。

 彼等がどういう意図を持って魔獣討伐を引き受けたのかは不明だが、これでようやく邪魔が消えた。

 

「なんかよくわからないけど、守衛の注意があっちに向いてる今こそチャンスだ! 早くここからずらかるぞ!」

「あ、あぁ……でも一回でいいから、あの突進を受けてみたかったなぁ」

「私も爆裂魔法をあの魔獣に撃ち込みたかったです! 中途半端に高まってしまった私の魔力はどうすればいいんですか!?」

 

 カズマは仲間達に指示を出すが、ダクネスとめぐみんの二人は消化不良のようで。

 しかしカズマとしてはこれ以上危険な目に遭いたくない。魔獣の相手なんてもってのほかだ。

 本末転倒だが、彼女等を置いて自分だけ逃げてやろうか。そんな考えすら浮かんでいた時、アクアが二人を落ち着かせるように告げた。

 

「ここはゆんゆん達に任せましょう。あれから更に進化するパターンとか無ければ、彼女達だけでも大丈夫よ」

「お前はフラグを建てないと気が済まないのか!?」

 

 もはや様式美にすら思えるアクアのフラグ発言。嫌な予感しかしないカズマは、一刻も早くここから立ち去るためにめぐみんとダクネスの手を掴む。

 しかし運命は、そう簡単に彼等を逃さない。魔獣の物と思わしき奇声が聞こえたかと思うと、ポッカリと空いた教会の入り口から、一本の触手がカズマ達に向かって伸びてきた。

 

「ほらやっぱりだチクショォオオオオッ!」

 

 仮面の悪魔による占いと等しく当たる、アクアのフラグ。カズマは二人を引っ張って走り出す。

 が、強い力に引かれて彼は逃げられず。何事かと思い確認すると、ダクネスが触手を食い入るように見て、その場を動こうとしていなかった。

 

「何やってんだよ! ホントに何やってんだよお前!?」

「す、すまないカズマ! 私も逃げるべきだと頭ではわかっているのだが、あの触手を見た途端に足が動かなくなったんだ! こ、これはあの魔獣による呪いなのだろうか!?」

「全部お前のせいだよ! ヨダレ垂らして心底嬉しそうな顔で何言ってんだ!」

「こんな時に口喧嘩を始めないでください! というか、カズマに手を掴まれていたら必然的に私も動けないのですが!」

 

 触手が迫っている今でも、性騎士としての本能を優先させるダクネス。カズマは必死に説得するが、触手は待ってくれない。

 彼等のもとへ辿り着いた触手はその身体を曲げ、ダクネスを捕えた。ついでに手を繋いでいたカズマとめぐみんも巻き込まれる。

 

「あ、あぁ……! どうしようカズマ! 冒険者達が触手に襲われる私を見ている! 本当に今日は、人生で一番幸せな日だ!」

「このド変態クルセイダーがぁああああっ!」

「か、カズマさーん!」

 

 アクアを除き、カズマ達は触手によって再び教会の中へと引きずり戻された。

 

 

********************************

 

 

 時は少しばかり戻って、教会内。

 

「うぉおおおおっ!」

 

 魔獣を引っ張ってきたミツルギは、勢いのまま奥の祭壇に向かって魔獣を放り投げる。

 羽のようにフワリと飛んだ魔獣だが、そこで『グラビティ・フェザー』の効果が切れ、床に落ちる。

 ミツルギは剣を構え直し、魔獣と対峙する。土埃が晴れた後には、立ち上がる魔獣の姿が。

 

「ミツルギさん!」

 

 とそこに、後から追ってきたゆんゆんが合流してきた。隣に立った彼女は短剣を抜いて戦闘態勢に。

 

 ここまでは脚本通り。アルダープの結婚が失敗に終わることも、その果てに魔獣と化すことも、全て脚本家から聞かされていた。

 サトウカズマによる救出劇は成功する。だが、舞台を乱そうとする者が現れる。それを排除するのが、ミツルギ達に与えられた役であった。

 アルダープの魔獣化は、部外者による勝手な演出。元凶である部外者の相手は、彼に任せているので問題ない。

 とにかく今は、魔獣の暴走を止めることが最優先。こればかりは、自分達の力次第である。

 

「ゆんゆん、作戦通りこの教会に結界を張ってくれ!」

 

 ミツルギは再び指示を出す。声を聞いたゆんゆんは、一枚の札を取り出した。

 以前バニルが所持していた、防音覗き見対策バッチリの結界を張れる魔道具である。

 入り口に穴を空けてしまっているが、出る時に強い力で破壊しないといけないだけであって、結界を張る際は建物が一部破損していても構わないとのこと。

 建物に札を貼るだけであったが、それよりも先に倒れていた魔獣が起き上がった。

 

「ワシノモノ……スベテ、ワシノモノダァアアアアッ!」

 

 魔獣が雄叫びを上げる。魔力が高まるのを感じた時、魔獣の背中を突き破るように一本の触手が生えた。

 束の間、触手がこちらに目掛けて伸びてきた。ミツルギは咄嗟に避ける。そのまま懐へ潜り込もうとしたが、ここで違和感を抱いた。

 自分を狙っていた筈の触手は伸び続け、教会の外へ。触手が向かう先には何があるのか。ミツルギは、振り返らずとも答えに気付いた。

 

「まだ諦めていないのか!」

 

 アルダープが欲するモノはひとつしかない。ミツルギは飛び込むのをやめて、伸びる触手を斬ろうと剣を振り上げる。

 その時だった。魔獣の背中からもう一本触手が生え、ミツルギを阻むように攻撃を仕掛けてきた。ミツルギは咄嗟に剣で触手を防ぐ。

 

「ぐっ……!?」

 

 だが触手の攻撃は、先程受けた突進よりも重くなっていた。突進よりは軽い一撃だと見ていたミツルギは耐えきれず、教会の外へ吹き飛ばされた。

 少しばかり滞空した後、勢いのまま地面を転がる。受け身を取って起き上がった時には、教会から遠く離れていた。

 

「くそっ、油断した」

『飛ばされている途中、小僧共が触手に捕まって教会に連れ去られていくのも見えた。ひとりだけ物凄い嬉しそうだったが……』

 

 カズマ達ともすれ違ったとベルディアは話す。どうやらダクネスだけでなく、カズマ達も巻き込まれたようだ。

 となれば、敬愛する女神様はどうなったのか。ミツルギは周囲を確認する。彼のいる場所からそう遠くない所に、アクアの姿は見えたのだが──。

 

「あーもー! なんで私ばっかり狙ってくるのよー!」

 

 騒ぐアクアの周囲にいたのは、猿のようなモンスター。だがその禍々しい見た目と魔力、そして魔獣とほぼ同時に現れたのを考えると、悪魔であるのは間違いない。

 悪魔は他の冒険者達に目もくれず、アクアに襲いかかっていた。文句を言いながらも、アクアは向かってくる悪魔を蹴り飛ばす。その一発で悪魔が消滅していくのを見て、流石女神様だとミツルギは敬う。

 しかし、彼女の手には大切なドラゴンの卵が。戦闘に巻き込まれて卵が割れてしまえば、女神様の努力も水の泡になってしまう。

 いや、そもそも彼女を助けることに理由なんていらない。ミツルギはすぐさまアクアのもとへ。アクアに飛びかかろうとした悪魔を斬りつつ、彼女の前に降り立った。

 

「アクア様! 僕がお守りします!」

「アナタは……えーっと……マチラギさん?」

「ミツルギです!」

 

 相変わらず名前は覚えてもらえないが気にしない。ミツルギは剣を構える中、悪魔達の獲物を狩る目がミツルギへと向けられる。

 悪魔を警戒しながら、ミツルギは教会を横目に見る。教会の前には守衛が集まっていたが、誰も中に入ろうとしない。どうやら守衛に入られる前に、ゆんゆんが結界を張ったようだ。

 魔獣の相手をゆんゆんと、中で待機していたもうひとりに任せる事になってしまったが、仕方がない。今は女神様を守ることが先決だ。

 

「女神様には指一本触れさせない! 僕が相手だ!」

 

 敬愛する女神様を守る為に、ミツルギは剣を奮った。

 

 

********************************

 

 

「うわぁああああっ!?」

 

 外へと吹き飛ばされたミツルギと代わるようにして、触手に捕まったカズマ、めぐみん、ダクネスが教会に入ってくる。

 一方、建物に魔道具の札を貼ろうとしていたゆんゆんであったが、ミツルギがいなくなり、カズマ達が囚われた現状を見て手が止まってしまう。

 更に教会の外では、守衛達がこちらに向かってきていた。魔獣との戦いに彼等を巻き込むわけにはいかない。

 

「ごめんなさい!『フラッシュ』!」

 

 ゆんゆんは咄嗟に教会の外へ眩い光を放つ。守衛達が目を眩ませて足を止めた隙に、ゆんゆんは札を壁に張った。

 瞬間、空いていた入り口の穴に光の壁が出現し、外の景色は見えなくなった。窓の外も同じ。

 本来ならミツルギも中で戦う予定であったが、彼を待つことはできなかった。ゆんゆんは振り返り、魔獣と対峙する。

 

「ゆんゆん! 早く助けてくれ!」

「ヌメヌメして気持ち悪いです!」

「わ、私はお構いなく……」

 

 触手に掴まれたカズマ達が助けを求めてくる。まずはあの触手を切り落とすべきだと考えた、その時であった。

 

「やあっ!」

 

 教会の隅から、声と共に銀色の光が飛び出した。光はカズマ達を捕えていた触手を切断する。

 銀色の髪に淡く光るダガー。カズマ達を助けてくれたのは、この教会内で待機していたクリスであった。触手から開放されたカズマ達は教会の地面に落ちる。

 

「カズマ君! ダクネス達をお願い!」

「助かったぜクリス! ほらお前ら、こっちに来い! また触手に捕まりたいとか言い出したら一生ララティーナ呼びするからな!」

「なっ!? わ、わかった! わかったからそれだけはやめてくれ!」

 

 カズマの脅しに屈したダクネスは、彼と共にゆんゆん達の後ろへ移動する。クリスも魔獣から離れてゆんゆんの隣へ。

 

「今は結界を張ってて外には出られないんだ。だからカズマ君は『潜伏』を使ってダクネス達と身を隠してて」

「待ってください! 二人だけで戦うつもりですか!?」

「ここじゃめぐみんの爆裂魔法は使えないでしょ。それにダクネスさんは狙われてる身。戦わせるわけにはいかないわ」

「だそうだぞダクネス。変に気を起こして飛び出そうとするなよ?」

「うぅ……」

 

 クルセイダーとしての使命を果たせないからか、それともおあずけを食らったからか。ダクネスは悲しい声を出す。

 めぐみんも爆裂魔法が撃てない事は理解してるようで、それ以上声をあげようとはしなかった。

 

「悪いクリス、ゆんゆん! 任せたぞ!」

 

 カズマは二人に声を掛けてから、めぐみん達を教会の隅へ。そして『潜伏』を使い気配を消した。

 ダクネスの姿が見えなくなったからか、魔獣が困惑したように辺りを見回す。残る二人が何かしたと考えたのか、魔獣はゆんゆん達に敵意を向けた。

 

「ミツルギ君がいないのは予定外だけど、やるしかないね!」

「はい!」

 

 クリスとゆんゆんは共に武器を構え、魔獣と対峙した。

 

 

********************************

 

 

 教会で魔獣騒ぎが起きている頃──正門の上に、黒い服を着た男が立っていた。

 男は静かに街を見つめる。魔獣が現れている教会の方向を。

 

「遮断された? 何かの結界によるものか……欲望の権化となった彼がどのような進化を遂げるのか、興味深かったのだがな」

 

 息を吐き、男は残念そうに呟く。やがてその視線は正門の下へ。そこには、こちらを見上げる一人の男が。

 片方は青く、片方は赤いその両眼で、男は見下ろしたまま語りかけた。

 

「君もそう思うだろう? バージル」

 

 蒼いコートに刀を携えた、彼にとって懐かしい人物へと。

 一方、正門の前に立っていたバージルは、殺意の込もった目で男を睨む。

 

 これまで悪魔を呼び出し、騒動を引き起こした元凶。舞台を乱す、招かれざる者。

 かつて自分を嵌めた存在であり、魔剣士の力を手に入れようとした、愚かな男を。

 

「道化役が好きなようだな、アーカム」

 




もう既におわかりだったかもしれませんが、9章にしてようやく黒幕登場です。


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第83話「Dark clown ~暗躍~」

 アクセルの街、正門前。刀と両刃剣を携えていたバージルは、鋭い眼光を正門の上へ向けている。

 門の上に立つのは、かつての協力者であり裏切り者、アーカム。彼にまんまと騙された無様な自分を思い出し、怒りがフツフツと沸き起こる。

 とそこへ、正門の門守がバージルに話しかけてきた。

 

「誰かと思ったら蒼白のソードマスターさんじゃないか。今日はララティーナお嬢様の結婚式だろ? アンタは行かなくていいのか?」

 

 上にいるアーカムには気付いていないのであろう。門を見上げて動かないバージルを、門守は不思議そうに見る。

 一方でバージルは門守に目を向けず、その場で膝を曲げる。彼は地面を軽く蹴り、高く跳び上がった。

 彼の身体能力に見慣れていた門守は少し驚くのみ。そのまま門の上に移動したバージルは、眼光をそのままに隣のアーカムへ目を送った。

 

「ここに来てから、つくづく世間の狭さを感じさせられる。行く先々で見知った顔に出会っていたが、ついに死人もお出ましとは」

「感動の再会と言うべきだろう。もっとも、君と会うのはもう少し後にしておくつもりだったのだが、なぜ私がここにいると?」

「口は悪いが当たると評判の占い師がこの街にいる。半信半疑で試したが、腕は確かなようだ」

 

 再会を分かち合うように挨拶を交わした後、アーカムはバージルへと向き直る。服装は以前と同じ黒装束。本を片手に持っているが、前の物とは別。

 そして、明らかに変わっている点がひとつあった。アーカムの額──そこに埋め込まれていた、第三の目。

 彼の青い右眼とも赤い左眼とも違う、黄金色の瞳。彼のモノではない異質な眼が凝視してくる中、バージルは問いかけた。

 

「貴様も導かれたか」

 

 その言葉を聞いて、アーカムは不敵に笑った。

 異世界へ渡る方法は、判明しているもので二つ。ひとつは異世界転生で天界の者に導かれること。もうひとつは、強い力の衝突によって世界の壁に穴を開け、異世界と繋げること。

 アーカムが単独で後者の方法を取ったとは考えにくい。となれば、この世界へ渡った方法は前者と考えた方が自然であろう。

 

「この世界に来たのはいつだ?」

「機動要塞とやらがこの街に襲来する少し前だ。君も来ていると聞いていたが、丁度留守にしていたので観光させてもらったよ。いい買い物もできた」

 

 バージルの質問に、アーカムは濁さず答える。

 彼の言葉を鵜呑みにすると、アーカムはバージルよりも後に異世界転生をしたということ。

 しかしバージルがこの世界に来たのは、マレット島でダンテに倒された後のこと。アーカムと戦ったのは何年も前になる。

 あの後、運良く生き延びてバージルよりも後に死んだか。それとも地獄に堕ちた後、引き上げられたのか。

 

「機動要塞が襲撃した際、私は傍観に徹していたが、そこに偶然君が現れたのでね。少し挨拶をさせてもらったよ」

「やはり、あの悪魔を呼び寄せたのは貴様か」

「今の私は、上位悪魔だろうと召喚が可能だ。数にも制限が無い」

「それが貴様の『特典』か」

 

 アーカムは、悪魔について造詣が深かった。バージルの読めなかった魔剣文書を解読する程に。

 それでも、悪魔を召喚できるほどの力は持っていなかった。従えるとしても下級悪魔のみ。バージルが出会った悪魔には氷兵(フロスト)化け蛙(バエル)のような、中位以上の存在もいた。

 しかし、その力が異世界転生時に授かる恩恵だとしたら、全て納得がいった。

 アーカムは特に答えようとせず、話を続けた。

 

「目的は君への挨拶だけではない。彼女の力をもう一度見ておきたかった」

「彼女?」

「君があの場へ現れる前に、街の住民は機動要塞を止める為に奮闘していたが、そこで私は目にしたのだ。人間とも悪魔とも違う、別の力を」

 

 だがここで、彼の口から意外な言葉が出てきた。

 人間と悪魔以外の力。それを持つ存在は、バージルが思い当たる中では三人いる。

 しかし、一人はアーカムよりも後にこの世界へ来た。もう一人は正体を隠して人間界へ降りている。となれば、挙げられる人物は一人しかいない。

 

「人間と思えない強大な魔力で、彼女は機動要塞の結界を打ち破った。私が召喚した悪魔も、容易く蹂躙していった。戦い方は野蛮極まりなかったがね」

「奴はただの粗雑なアークプリーストだ。貴様が思うほどの女ではない」

「隠しても無駄だ。この世界に、同名の女神が存在していることは把握している。何故現世に降りているのかまでは不明だが」

 

 アーカムが目を付けたのが、彼女なのは間違いないであろう。悪魔に心酔していた彼だが、どうやら女神──天使の力にも興味を示しているようだ。

 

「アルカンレティアに訪れたのも、奴を知るためか」

「そうだ。もっとも、熱心な教徒のおかげで街を歩くのは一苦労だったがね」

「一苦労で済んだのならまだ幸いだ。それで、腹いせに山へ悪魔を放ったか?」

「それもあるが、女神の動きを見る為でもあった。力の源とも言える街に変化があれば、いずれ現れるであろうと。そして、彼女は来てくれた」

「買いかぶっているようだが、貴様が思うほどあの女は繊細ではない。事実、奴は信徒から話を聞くまで気付いていなかった」

「どちらにせよ、彼女があの街に訪れたことに変わりはない。思惑通り、女神の力も再び見せてくれた」

 

 アーカムは、アルカンレティアで見た光景を思い出すように空を仰ぐ。

 

「彼女の力は、私の想像を遥かに超えていた。蔓延っていた悪魔は瞬く間に滅び、魔の瘴気は浄化され、山は元の姿へと還った。まさに奇跡──そう言わざるをえない」

 

 アーカムは嬉々とした表情を見せる。かつて悪魔について語った時のように。

 悪魔に魅せられた彼は、その力を得るために家族を生贄に捧げた。とすれば再び彼を魅せた天使の力も、手中に収める気であろう。

 アルカンレティアでの経緯を理解したところで、バージルは話を進めた。

 

「次に貴様は、紅魔の里にいた魔王軍幹部に接触を図った。奴に悪魔の力を授けた理由は?」

 

 紅魔の里でシルビアと交戦した際、彼女はある男から悪魔の力を授かったと言っていた。その人物もアーカムであろう。

 

「単なる実験だ。悪魔とは違う魔物がさらなる力を得て、どのような進化を遂げるのか」

 

 アーカムは視線を戻し、紅魔の里での件を話し始めた。

 

「アルカンレティアでは、スライムの種族が私の召喚した悪魔を喰らっていた。どうやら魔王軍幹部と呼ばれる者だったらしいが、彼は中々興味深い進化を見せてくれた」

「それで、他の魔王軍幹部を狙ったということか」

「紅魔の里という場所で、魔王軍が度々交戦していると聞いたのでね。国の中心部からは離れた場所だったので都合が良かった。おまけに目的の魔王軍幹部も発見し、更には君達も来てくれた。私の運も捨てたものではないらしい」

 

 どうやらバージル達が紅魔の里へ訪れ、悪魔化したシルビアと対峙したのは偶然であったようだ。

 

「ついでに女神の力をもう一度見ておきたかったが、アルカンレティアほどの力は見せてくれなかった」

 

 アーカムは残念そうに方をすくめる。バージルは依然として睨みを向けたまま。

 

「あの貴族に悪魔の力を植え付けたのも、貴様の実験か」

「彼は強欲に満ちていた。負の感情が巨大であれば、闇もまた大きく膨れ上がる。魔の力を注げば、彼は欲望の権化たる悪魔へなれるだろう。その進化を見届けたかったのだが、誰かに幕を閉ざされたようで残念だ」

 

 ここからアルダープのいる教会までは距離がある。魔力を通じて視覚を共有できるのだろう。

 アーカムの言葉から察するに、教会側の彼等へ渡した魔道具が予定通り使用されたようだ。

 

「しかし、折角君と出会えたのだ。この機会を逃す手はない」

 

 アクセルの街襲撃から此度の騒動まで。その暗躍を語ったアーカムは、ここでバージルに向き直ってきた。

 いつでも刀を抜けるよう柄に手を添えるバージル。だがアーカムは、まるで敵意がないかのように手を差し伸べてきた。

 

「私と共に来い。バージル」

 

 彼が告げたのは、勧誘であった。

 アーカムと接触を図っていたシルビアも、同じくバージルへ勧誘を試みていた。魔王の指示と思っていたが、どうやら違うのかもしれない。

 もっともバージルからすれば、どの口が言っているのだと思う発言であるが。

 

「見ない間に、冗談が上手くなったな」

「君の力……伝説の魔剣士の血を絶やすのは惜しい。君は再び私の仲間となり、剣を振るうべきだ」

「俺を一度裏切ったことをもう忘れたか? その相手に、再び手を差し伸べる貴様の神経は理解できん」

「安心しろ。君を裏切る真似はもうしない」

「目的すら明かさん相手を信用しろと?」

 

 そして、未だ不明なのは彼の目的。アーカムはこの世界で何を成そうとしているのか。

 

「君ならば、私の目的にも察しがつきそうに思えるが」

 

 アーカムはバージルから目を離すと、街の方角から背を向けて草原側へ移動する。崖の端に立ったところで、彼はバージルへと振り返った。

 

「私の夢は、今も昔も変わっていない」

「……神、か」

「私がこの世界へ訪れたのも、この力を扱えることも、君と再会できたことも……全ては、私が神へと至る道に過ぎない」

 

 夢見る子供のように、アーカムはその両眼を輝かせていた。

 元の世界では叶わなかった彼の夢。話を聞いたバージルは、その夢を侮辱するように軽く笑った。

 

「どうりで予測がつかんわけだ。貴様が、一度破れた夢を性懲りもなく追いかけるほど無様で愚かな男だったとは」

「あの時は不完全な力しか得られなかった。だが今は違う。私は、魔帝をも超える神となる」

 

 余程の自信があるのか、諦めるつもりはないアーカム。彼は再びバージルへ手を差し伸べる。

 

「君は便利屋を営んでいるのだろう? 依頼として受けてくれても構わない」

 

 アーカムから差し伸べられた手。刀を構えながらその手を見つめるバージルだが──彼の脳裏に浮かんでいたのは、かつての父の姿であった。

 

 魔剣士スパーダは、元は魔帝の側近であった。

 しかし彼は魔帝を裏切り、戦った。人間界を守るために。

 裏切った理由はわからない。既に人間への情を抱いていたのか、単なる気まぐれだったのか。

 

「俺は便利屋として、それなりに仕事をしてきた。中には一風変わった依頼もあったが──」

 

 ただ、同じ血を受け継いだ息子として、ひとつ推測できる理由がある。

 

「気に食わない依頼人の仕事は、全て断ってきたつもりだ」

 

 スパーダはきっと、魔帝が気に入らなかったのだ。

 バージルは差し出された手を握ることはせず、アーカムに視線を戻した。アーカムは差し出した手をおもむろに下げる。

 

「ようやくこの街にも住み慣れてきたところだ。行きつけの店もある。貴様のくだらん夢と比べれば、どちらを優先すべきかは考えるまでもない」

「残念だ。君ともあろう者が、見ない間に随分と落ちぶれたな」

「貴様ほどではない」

 

 交渉は決裂。バージルの、刀を握る手に力が入る。

 

「お互い、話題が尽きたようだ。そろそろ始めるとしようか」

「本当にいいのかね? 私と共に来れば、この世界の覇者として君の名を轟かせることができる。君の求める力も、手に入るのではないかな」

「くどい男だ。態度を改めて何度頼まれようとも、引き受けるつもりはない。貴様がここで自害するのなら、考えてやらんこともないが」

 

 端から協力する気はないと、バージルは言葉を返す。ようやくアーカムは諦めたかと思われたが、彼は不敵に笑って告げた。

 

「強くなりたいのではなかったのかね? 母を守れなかった、弱き自分を変えるために」

「──ッ」

 

 アーカムの言葉を受け、バージルは無意識に刀を抜いた。

 彼の刃は正確にアーカムの首を狙ったが、当たる直前にアーカムの姿が消え、空を切った。

 バージルは咄嗟に草原の方へ目を向けると、アーカムの姿を確認。バージルは正門の上から飛び降り、草原に降り立つ。

 

「貴様……」

 

 悪魔の道を選んだあの日のことを、何故アーカムが知っているのか。

 バージルの警戒心が増す中、アーカムは笑みを崩さない。先に仕掛けるべきかと考えていると──。

 

「よっと!」

 

 バージルの横から、紫の斬撃が飛び出した。斬撃はアーカムに向かっていったが、彼は驚く様子もなくかわす。

 程なくして、バージルの隣に鎌を持つ少女が立った。

 

「感動の再会はどうだった?」

「最低の気分だ」

「あらら、折角空気を読んで邪魔しないであげたのに」

 

 バージルと共にここへ来ていた、タナリスである。彼女は鎌をアーカムへ向ける。

 

「初めまして、君のことはバージルから聞いてるよ。噂通りの極悪人顔だね」

 

 タナリスはいつものように、アーカムへ軽口を叩く。

 しかしアーカムは何も返さず、突如現れたタナリスを興味深そうに見つめている。一方のタナリスも、アーカムを──正確には、彼の額に埋め込まれた第三の目を注視していた。

 

「あれ? 君の目、どこかで……」

「この力……成程、君が堕天したという女神か」

 

 意味ありげな言葉をアーカムは呟く。どうやらタナリスのことも既に把握しているようだ。

 アーカムは納得したように頷くと、バージル達に向けて手をかざした。

 すると、バージル達の回りに光が出現。と同時に感じた、鼻につくこの臭い。

 アーカムが放った光からは、光とはおおよそ無縁な闇の住人──悪魔が現れた。

 

「スパーダの力は惜しいが、仕方がない。より容易な選択を取ればいいだけのこと」

 

 悪魔に囲まれたバージル達を確認してから、アーカムは懐からひとつの水晶を取り出す。

 それは、バージルも見覚えのある魔道具──テレポート水晶であった。

 

「天使の力もいずれ手に入れる。全ては、私が神となるために」

 

 彼はテレポート水晶を手のひらに乗せる。水晶は光を放ち、テレポートの準備を始める。

 何故あの魔道具を持っているのか。疑問を抱いたバージルであったが、それよりも今はテレポートを阻止しなければ。

 バージルはアーカムのもとへ走る。だが、鎌を持つ悪魔達がそれを許さない。彼等は一斉にバージルへ襲いかかった。

 

Be gone(失せろ)!」

 

 もっとも、下級悪魔の有象無象では足止めにもならなかった。バージルによる神速の斬撃で、悪魔達は瞬く間に塵となる。

 バージルはアーカムの姿を捉える。まだテレポートは完了していない。奴を斬るのは今しかないと走り出そうとしたが──。

 

「バージル! 街に悪魔が!」

 

 不意に、タナリスの呼び止める声が聞こえてきた。バージルは咄嗟に街の方角へ振り返る。

 アーカムが新しく召喚したのか、トカゲの悪魔はバージル達に目もくれず、街に向かって走っていた。横目にタナリスを見るが、彼女は悪魔達と戦闘中。

 

「チッ」

 

 街に侵入させるわけにはいかない。バージルはすかさず進行方向を変えて地面を蹴る。

 刹那、バージルの姿が消える。続けてトカゲの悪魔達に突風が横切ったかと思うと、既にバージルが悪魔達の進行方向に立っていた。

 彼は抜かれていた刀を鞘に納める。つばの当たる音が響いた後、走っていた悪魔の身体が音を立てて崩れ、草原に血の色を塗った。

 

 バージルは前方に目をやる。が、既にアーカムの姿は消えていた。気配も感じられない。まんまと逃げられたことに怒りを覚え、こちらに歩み寄る悪魔達を睨む。

 現在感じている悪魔の気配は、バージルと対峙している者達と、街中の教会方面。だが後者は段々と数が減っている。

 教会側を優先すべきであろうが、街への侵入を防ぎつつの討伐で、この数をタナリスひとりに任せるのは心許ない。

 と、戦っていたタナリスが悪魔の包囲網から抜け、こちらに合流してきた。飛び退いた彼女はバージルの隣に立つ。

 

「置き土産にしては数が多いなぁ」

「先程、街に走っていく門守が見えた。緊急警報を鳴らされ、冒険者に駆けつけられては面倒だ」

「モタモタしちゃいられないってわけかい。それじゃあ10分で片付けちゃおうか」

「いいや」

 

 タナリスと言葉を交わす傍ら、悪魔達が二人に襲いかかる。

 しかしバージルは焦りの色など微塵も見せず、刀に手を添えながら小さく笑った。

 

「5分もあれば十分だ」

 




女神アーカムという言葉が少しでも頭に過った人、正直に手を挙げなさい。


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第84話「Sacred ~分かつ力~」

 アクセルの街、エリス教会前。

 

「ハァッ!」

 

 ミツルギの魔剣が、猿の悪魔を断ち斬る。二分された悪魔の肉体は地に落ちた後、溶けるように消えていった。

 彼は息吐く間もなくアクアへ目を向ける。と、再びアクアへ襲いかかろうとしている悪魔の姿が見えた。

 

「くっ!」

 

 ミツルギはすかさず飛び出し、勢いのまま悪魔を斬ろうとしたが──。

 

「『クリスタルプリズン』!」

 

 女性の唱える声が聞こえ、発生した冷気が悪魔を襲った。悪魔は一瞬で凍結。教会前に綺麗な氷のオブジェを作り上げた。

 危うくまとめて氷漬けになるところだったミツルギは、冷気を放った人物を見る。長い茶髪で白い肌の女性。デストロイヤー迎撃作戦でも見かけた魔法使いで、ベルディアもよく知るウィズであった。

 

「アクア様! 大丈夫ですか!?」

「ちょっとウィズ! この悪魔、アンタがけしかけたんじゃないでしょうね!」

「違いますよ!?」

「ならあの性悪仮面悪魔だわ! いよいよ本性を現したようね! 今もどこかで見てるんでしょ! 出てきなさい!」

 

 仮面の悪魔へ目星をつけて、アクアは大声を挙げて誘い出そうとする。そんな彼女を落ち着かせようとウィズは試みるが、彼女の聖なる光に当てられてか傍まで近寄れずにいる。

 ウィズの実力はベルディアの記憶を通してよく知っている。彼女に任せても大丈夫であろう。ミツルギはようやく息を吐いて周囲を確認する。

 街中に突然悪魔が現れたとなればもっとパニックになるものだが、出現した猿の悪魔は、光に誘われる羽虫の如く、アクアにしか襲いかかっていなかった。

 離れたところには守衛と争う冒険者達もいたが、彼等には目もくれず。この状況に、ミツルギは違和感を覚えていた。

 

 この場から離れて人間を襲おうとする悪魔が一匹もいない。街に逃げることもせず、無鉄砲にアクアへ向かうばかり。

 狡猾で、血と殺戮を好む悪魔らしくない行動。避けるべき女神の力に引き寄せられているのも、悪魔にとっては自殺行為だ。

 そして、先程から感じていた視線。教会の上から、この戦況を傍観している者がいる。

 

『ぐぬぬ……今日のウィズのパンツが何色か確かめたいが、今足元に滑り込めば、あのおっかなプリーストに消される危険がある。俺はどうすればいいんだ……!』

 

 ベルディアは心底どうでもいいことを熱心に悩んでいるようで、視線には気付いていない。

 

「キョウヤ! 加勢に来たわよ!」

「キョウヤ、怪我はない!?」

 

 と、ミツルギのもとに仲間のクレメアとフィオが駆けつけてくれた。彼女等とウィズがいれば、残りの悪魔は容易に片付けられるであろう。

 

「すまない、ここは君達に任せるよ」

『うぉっ!?』

「えっ? ちょっとキョウヤ!?」

 

 クレメアの呼び止める声も聞かず、ミツルギは場所を移動する。無論ベルディアも強制的に連行。

 ミツルギは教会の横に行くと、軽々と跳び上がって屋根の上へ。魔剣を構えて周囲を警戒する。だが、教会の上にはミツルギ以外誰もいなかった。

 

『おい貴様! 人が真剣に悩んでいる所で勝手に移動しおって!』

「悩む必要が無くなったんだから良かったじゃないか。それよりも、確かに視線を感じた筈なのに……」

 

 ベルディアの文句を流し、警戒を続ける。しかし敵が現れる気配はない。僕の勘違いだったかと、ミツルギは剣を下ろす。

 

「お探し物は、もしかしなくてもオレのこと?」

 

 刹那、ミツルギの耳元でねっとりとした声が聞こえた。悪寒を感じたミツルギは咄嗟に飛び退き、剣を構えて振り返る。

 そこに立っていたのは、教会には縁のない、道化師らしき人物だった。

 

「そんなに引かなくてもいいじゃない! ずーっと一人で寂しかったんだからさ! こっちきてオニイサンと仲良く話しましょ!」

 

 道化師は軽快な口調で絡んでくるが、彼の赤と青のオッドアイからは不気味な印象を抱く。

 それに、道化師の気配を一切感じられなかった。危険信号のように心臓が鳴る中、ミツルギは息を呑んでから尋ねた。

 

「何者だ?」

「おっと失礼、自己紹介が遅れちまった。オレはジェスター。見ての通り、愉快で可愛いピエロちゃんさ」

「ここにいる悪魔を召喚したのはお前か?」

「勘が鈍そうに見えて意外と鋭いねぇ坊や。でも残念! 半分アタリで半分ハズレ! 坊やには近くのお店からくすねてきたこの魔石をプレゼントしよう」

 

 ジェスターはどこからともなくマナタイトを取り出した。しかしミツルギは剣を構えたまま返答せず。行き場を失った魔石は、やがてジェスターの口の中へ放り込まれた。

 

「今のオレに与えられた役は、あそこにいるピカピカ眩しい女神サマの観察。サングラスもせずに見てたから目が痛くて痛くてたまったもんじゃないね」

 

 魔石を丸呑みしたジェスターは、片手に持っていたステッキで地上にいるアクアを指す。

 

「ホントは豚ちゃんとの対戦カードを予定してたけど、どこかの誰かさんに邪魔されちゃったから、急遽お猿さん達を呼び寄せたってワケ」

「女神様を狙うとは、一体何が目的だ!」

 

 敵の狙いがアクアだと知り、ミツルギの剣を握る手に力が入る。対するジェスターは道化らしい笑みを浮かべたまま。

 

「女神サマの力がどんなモンかもう一度見たかったけど、あそこにいるメカクレちゃんも悪くないね。坊やも中々イイ線いってるよ。バージルに鍛えられたのかな?」

 

 そして彼の口から、またも意外な人物の名前が飛び出した。ミツルギが目を見開いて驚く傍ら、ジェスターは言葉を続ける。

 

「なんで知ってるのかって? そりゃ知ってるさ! オレとバージルちゃんは友達だったんだから!」

「師匠がお前のような悪党と手を組むわけがないだろう。道化なら、もっとマシな冗談を吐いてみるんだな」

 

 ジェスターの言葉を鵜呑みにしようとせず、ミツルギは言葉を返す。しかしジェスターの笑みは崩れず、ミツルギに問いかけてきた。

 

「なら坊やは、ここへ来る前のバージルを知ってるのかな?」

 

 ジェスターの問いに、ミツルギははっと息を呑んだ。彼は言葉を返せず言い淀む。

 

「さて、そろそろ帰らないと叱られちまう。それじゃあ坊や、バージルによろしく言っといて。Bye bye!」

「ま、待て!」

 

 と、ジェスターが豪快に手を振り出したのを見て、ミツルギは慌てて飛び出す。そのままジェスターを斬ろうと剣を振り下ろしたが、虚しく空を斬った。

 ミツルギは周囲を見渡すが、道化の気配は感じられない。アクアのいる場所も確認するが、姿は見えなかった。

 

 ジェスターと戦うことは叶わず、実力を把握できなかったが、少なくとも中位以上の悪魔だと感じた。

 一切気配を悟らせず接近し、人間のように喋り、底の見えない恐怖を放っていた。

 そして、ジェスターの知るバージルの過去。彼は本当に、あの悪魔と手を組んでいたことがあるのか。

 

『所詮、悪魔の戯言だ。聞き流すぐらいが丁度いい』

「……あ、あぁ」

 

 思い悩むミツルギを察してか、ベルディアが落ち着いた声で諭してきた。

 ジェスターは去ったが、悪魔の危機が去ったわけではない。迷いを払うようにミツルギは頭を振り、教会の上からアクア達を確認する。

 女神様を狙っていた悪魔は全員倒されたのか、落ち着いている様子。ひとまず教会前の騒動は解決したようだ。

 残る問題は、教会の中。魔獣アルダープの沈静化。

 

「ッ!」

 

 不意に、教会が重い振動で揺れた。今もまだ教会内で魔獣との戦いが続いているのであろう。

 教会内にいるのは、ゆんゆんとクリス。そして触手に捕まって引きずり込まれたカズマ達。少なくともカズマ達は既に触手の手から逃れていることであろう。

 結界を張られている以上、侵入はできない。無理矢理壊すこともできなくはないが、それでは結界を張った意味がない。

 

「ゆんゆん、クリスさん、どうか無理はしないでください。そしてサトウカズマ……悔しいが、君に任せたぞ」

 

 悪魔相手でも引けを取らなかったゆんゆんとクリス、仲間と共に幾多の危機を乗り越えてきたカズマ。彼等が魔獣を倒してくれると、ミツルギは祈ることしかできなかった。

 

 

*********************************

 

 

 アクセルの街、エリス教の教会内。

 

「『ファイアーボール』!」

 

 ゆんゆんの詠唱と共に火球が放たれた。火球は一直線に飛び、魔獣の顔にぶつかる。

 火煙が魔獣の視界を奪ったところで、クリスが走り出した。彼女は魔獣の背に移動すると、背中から生えていた黒い触手を根本からダガーで斬った。

 断面からは黒い瘴気が吹き出し、床に落ちた触手は溶けるように消える。魔獣は乱暴に腕を振り下ろしてきたが、クリスはすかさず飛び退いて回避。

 続けてゆんゆんが『ライト・オブ・セイバー』を放つ。雷鳴轟く光の刃が、悪魔の触手を断った。

 

 豪勢なパイプオルガンは潰され、壁はヒビだらけ。椅子も座れそうな物がひとつもない。先程まで結婚式が行われていたとは思えないほど、教会内は滅茶苦茶になっていた。

 

「今更ですけど、教会をこんなに荒らしちゃって大丈夫なんですかね……?」

「心配無用! 女神エリスは寛大だからね! 悪魔退治のためならきっと許してくれるさ!」

 

 不安を口にするゆんゆんに、クリスが安心させるように声を張って返す。

 魔法を使えるゆんゆんが遠距離攻撃を放ち、彼女に注意が向いたタイミングでクリスが仕掛ける。盗賊と紅魔族のコンビは、今のところ順調に戦いを進めていた。

 そんな魔獣討伐を、もうひとりの紅魔族と欲求不満のクルセイダー、まとめ役の冒険者ことカズマは、大人しく見守っていた。

 

「ぐぎぎ……ここが室内でさえなければ、我が爆裂魔法であの魔獣を灰燼に帰してやりたいのに!」

「な、なぁカズマ。クルセイダーである私が前衛に立ち、攻撃を一身に受け止めておけば、二人も戦いやすいのではないだろうか!」

「お前ら全然我慢できてないな。今のところスムーズに事が進んでるっぽいから、マジで何もするなよ。フリとかじゃないからな?」

 

 おあずけを食らっているめぐみんとダクネスを、カズマは飼い主のように待てと命ずる。終始『潜伏』を使用し隅でじっとしているが、魔獣に気付かれてはいない。

 クリスのダガーが特注製なのか、魔獣には効いているようだ。現に八本はあった触手も、今や残り二本となっていた。

 このまま何事も無く魔獣を討伐してくれればいいのだがと、カズマが期待を胸に抱いた時であった。

 

「ララティーナ……ララティーナァアアアアッ!」

 

 魔獣が教会を揺らすほどの雄叫びを上げた。カズマ達は思わず耳を塞ぐ。

 そして、魔獣の身体が小刻みに震え──斬られた筈の触手6本が、再び魔獣の背中から生えた。

 

「そんな……!?」

 

 復活した触手を見て、ゆんゆんは驚いている様子。当然カズマも、絶望を感じるほどに驚愕していた。

 悪魔の回復能力が高いことは、カズマもよく知っている。ファンタジー作品ではよくある設定だ。

 しかし、ここは教会。悪魔の力が弱まる場所である。クリス達もそれを考慮して、教会内に引きずり込んだのであろう。

 しっかり結界も張っている。魔獣の力も弱まっていい筈だが、一向にその気配がないどころか、逆に増しているように思える。

 どうなっているんだと、カズマはクリスに視線を移す。魔獣を観察していたクリスだが、その表情から焦りの色が伺えた。

 

「これは、計算が狂っちゃったかもね……!」

「ど、どういうことですか!?」

「負の感情が強いほど、悪魔の力は増す。多分、教会の効力よりも、魔獣の本体であるアルダープの憎しみが強いんだ」

 

 ゆんゆんの問いにクリスが答える。丁度、カズマが疑問に思っていたことであった。

 アルダープの憎しみがある限り、魔獣は消えない。むしろ憎しみが増していく度に、魔獣の力も膨れ上がる。

 朝から姿を見ない彼のような、魔獣を圧倒できる力を持つ者はここにいない。唯一可能性がある爆裂魔法も、この狭い空間では使えない。

 となれば、魔獣との戦いは消耗戦となる。悪魔を相手に消耗戦は悪手。このままでは全滅だ。

 

「カズマカズマ! 雲行きが怪しくなっています! やはりここは無理にでも撃った方がいいですか!?」

「カズマ! 早く突撃の許可をくれ! これ以上はクルセイダーとしても黙っていられないぞ!」

「いいからお前らは落ち着け! どうにかできないか俺も考えてる最中だから!」

 

 後ろで不安の声を上げる二人を、カズマは諭す。しかし何もしないままでは、状況が悪化していくばかり。

 

「(クソッ! なんで肝心な時にいないんだアイツは!)」

 

 悪魔に対して効果抜群な駄女神様も、幸か不幸か触手に掴まれなかったため教会の外。

 女神の力さえあれば、魔獣を瞬く間に沈静化させられるというのに──。

 

「……あれ?」

 

 と、カズマはここである事に気が付いた。

 女神──その言葉が浮かんだ時にカズマの脳裏を過ったのは、記憶に新しい『彼女』との会話であった。

 

 

*********************************

 

 

 それは、ダクネスに誘われてカズマ達が初めてのクーロンズヒュドラ討伐に向かった時のこと。

 

「すんませんエリス様、また来ちゃいました」

「友達の家へ遊びに来た感覚で言わないでください」

 

 カズマは再び、女神エリスのいる魂を導く間へ訪れていた。

 賞金首モンスターなので危険なのは承知の上だったが、めぐみんの爆裂魔法でどうにかなるだろうと考えていた。

 しかし、クーロンズヒュドラは想定していた以上に巨大だった。おまけに爆裂魔法を喰らわせても、すぐに首が再生するという反則付き。

 結果、倒せたと思って油断していたカズマはパックリいかれ、この場所へ誘われたのだ。

 

「冬将軍にリザードランナー、今回で三度目ですかね」

「三回もここへ来ること自体、普通はありえないんですよ? 死んでいるというのに動じもせず、寛いで座ってることも」

「この世界で三回、元の世界で一回死んでますから。そりゃ慣れもしますよ」

「慣れないでください。まったく、規約を曲げて現世へ送り返す私の苦労も知らないで……」

 

 呆れたように息を吐くエリス。すみませんとカズマは軽く頭を下げるが、ちょっと怒った彼女の顔も可愛らしく、無意識に笑みが溢れる。

 

 それからカズマの遺体について話題が移った。彼女曰く、ダクネス自ら口の中に入って回収し、アクア達と共にクーロンズヒュドラから離れて安全な所にいるとのこと。

 アイツも無茶するなぁと思ったが、遺体の損傷が酷ければ蘇生はできない。胃液に放り込まれていたら確実にアウトだったであろう。

 エリスから「三割方無くなっちゃいましたがなんとかなります」と聞いた時は、流石に肝を冷やした。

 

「あの、ダクネスをあまり責めないでくださいね? 自分で無理を言って受けた討伐依頼で、カズマさんを亡くされたことに責任を感じているようですが、依頼を受けたのは彼女も理由があっての事ですから。一番ショックなのは、亡くなったカズマさんなのでしょうが……」

 

 カズマとダクネス、両方を慰めるように告げるエリス。彼女は本当に優しい人だなとカズマは痛感する。

 ゆんゆんにウィズと、優しい女性は他にもいるが、エリスには心の底からの抱擁感、安心感がある。慈愛という言葉は、彼女の為にあるのだろう。

 惜しむらくは、彼女と会えるのは死んだ時限定なこと。例のサービスを使えば会えないこともないが、アレは自分の幻想に過ぎない。

 もっと彼女と話していたい。どうにか方法はないかと考えていると、カズマの頭にひとつの案が浮かんだ。

 

「エリス様は、アクアみたく地上へ遊びに来たりしないんですか? 偉い人にはバレないようお忍びとかで」

 

 逆に下界へ来てくれればいいのだ。それが可能なら、彼女と会える機会も一段と増す。

 それに、女神であるアクアが下界にいて問題なく活動できているのなら、エリスも降り立つ事は可能な筈だ。

 もっとも、アクアは強制的に連れてこられた身。異例中の異例であろう。女神が下界へ降りること自体禁止されているかもしれない。

 仮に許可が出たとしても、女神としての仕事が多忙であれば降りることすら叶わないであろう。

 

 だが、口に出さなければそもそもフラグは立たないのだ。淡い期待を胸に、されど表情には出さぬよう返答を待つ。

 提案を聞いたエリスは少し驚いた様子だったが、やがていたずらっ子のように笑って告げた。

 

「実は、もう地上で何度も会ってるんですよ? カズマさんならそろそろ気付きそうだと思ってましたが」

「えっ?」

 

 彼女の返答は、カズマも予想していなかったものであった。

 既に下界へ降り立っていたどころか、カズマとも面識がある。その事実が信じられず、カズマは途端にパニックを起こす。

 

「あ、会ったことがある? えっ? いつですか!? アクセルの街でですか!? 話したことってありますか!?」

 

 幾多のギャルゲーを歩んできた自分が、こんな超特級美少女とのフラグを見逃すわけがない。カズマは必死に記憶を探るが、突然のカミングアウトによる動揺もあって出てこない。

 アタフタしているカズマが面白おかしく思えたのか、エリスはクスクスと笑うと、続けてカズマに伝えた。

 

「ではヒントです。地上での私は、今と違う外見です。それにもっと活発で、言葉遣いだって違います」

「性格は活発、言葉遣いも違う……?」

 

 エリスからのヒントを得て、カズマは更に記憶を遡っていく。

 

「そして私は女神ですが、先輩のようにアークプリーストをやっているとは限りませ──」

「あぁっ、わかった! キースに『エリス教のプリーストは信仰心の高さと胸の大きさは反比例するんですね』ってからかわれて、キースの鼻を拳でへし折ったマリスさん!」

「違います」

「じゃあ『女神エリスの胸はパッド入りって噂を聞いたけど、その教徒巨乳だなんて罰当たりじゃね? そもそもそれって本物なのか? ひょっとしてパッドなんじゃねーの?』って絡んできたダストをボコボコにしたセリスさん!」

「違います」

 

 エリス教徒に絞って答えを出したカズマだが、どちらも違っていたようだ。エリスは変わらずニコニコ笑っていたが、声には怒りが帯びている。

 答えがわからず、カズマは首を傾げる。他に思い当たる人物がいないか記憶を掘り起こそうとしていた、その時。

 

「カズマー! もう蘇生は済んだから早く戻って来てー! 酸っぱい臭いのダクネスがすっごく落ち込んでるの! はやくきてー!」

 

 時間切れを知らせるように、空気の読めない女神の声が響き渡った。

 結局答えは出ないまま。しかしこのままでは帰れない。カズマはエリスに頭を下げて懇願する。

 

「エリス様! ギブ! ギブアップです! なので答えを教えてください! でないと俺、知らない間にエリス様に失礼なことしちゃったら罰が当たるじゃないですか」

「失礼な事とか、罰とか今更……そもそも初対面であんな事してきたのに……」

「えっ? 今なんて?」

「なんでもありません。正体は内緒です」

 

 エリスの声が小さくカズマは聞き返したが、彼女は口に人差し指を当てる。

 そして指を鳴らすと、カズマの前に現世への扉が開かれた。

 

「あと、先輩の言葉は鵜呑みにしないでくださいね? い、一応今の状態でパッドは入れてませんから!」

 

 エリスはそそくさとカズマの背後に回ると、彼の背中を押して現世の扉へ移動させる。

 

「ちょ、エリス様すみません! 怒ったんですか? 拗ねてるんですか? いやだって、本当に胸の大きさを気にしてるなんて──」

「それでは佐藤和真さん! 今度は貴方が天寿をまっとうした時か、私の正体がわかった貴方に会えますように! さあ行ってらっしゃい!」

 

 カズマの弁明も聞こうとせず、エリスはぐいぐい押してくる。やがて中央に昇る光の柱へとドンと背中を押されて放り込まれる。

 慌ててカズマは後ろを振り返ってエリスを見る。彼女の顔は羞恥で朱に染まっており、その影響か、彼女の右頬にうっすらと白い筋があることに気が付いた。

 

「あれ? エリス様、頬に何か──」

 

 カズマがそれを指摘しようとした途端、彼の視界は光に包み込まれ、そのまま現世へと還された。

 

 

*********************************

 

 

「……そうだ」

 

 時は戻り、再び現在。カズマは女神エリスと三度再会した時のことを思い出した。

 彼女は言っていた。地上にいる時はもっと活発で、言葉遣いも違う人物になっていると。

 そして今、女神エリスとは違う性格と言葉遣いだが、女神エリスとよく似た髪色のエリス教徒が、カズマの前にいた。

 

 盗賊クリス──名前も似ている。

 また、女神エリスの頬にうっすら見えた跡。それと似た傷が、クリスの頬にもあった。

 他にも、アクアにだけは敬語を使っていた。女神アクアは女神エリスにとって先輩と現世では伝えられている。

 そして、彼女は盗賊として神器を集めていた。神器とは一般的に強力な魔道具を指すが、実際はオツルギが持っていた魔剣やアイリスの持っていたペンダントなど、女神から授けられた転生特典である。

 

 点と点が瞬く間に繋がり、どうして今まで気付かなかったんだとカズマは悔やむ。

 だが、今気付けたのは幸いであった。彼女の力さえあれば、この状況を打破できる。問題は、どうやって伝えるか。

 大声を出せば魔獣に気付かれる。それに伝えたとしても、クリスが即決してくれるとは限らない。限られた人数だが、隠していた正体がバレることになるのだから。

 つまり、魔獣の気を逸らしながら、クリスに決断させる時間を作る必要がある。

 魔獣の気を一番引かせられるのは、ダクネスであろう。しかし敵の狙いである彼女をみすみす差し出すわけにはいかない。

 

 ならば答えはひとつ。自分が引き付ければいいのだ。それを可能とする術を、彼は既に会得していたのだから。

 しかし、彼にとっては非常に危険な橋だ。蘇生担当のアクアもここにはいない。アクアの代わりに彼女が蘇生してくれるのなら気は楽になるが、それを頼む時間もない。

 

「(クソッ! こんな目に遭うってわかってたなら、バニルから買い取った聖水をありったけ持ってきたのに!)」

 

 どうしていつも想定外の流れで強敵と出会い、戦う羽目になるのか。

 特に悪魔は、何かしらの形で毎回出てくるので縁すら感じる。もっとも悪魔との付き合いは、キャベツ収穫際の時から始まっているのだが。

 

「(あーもう! しょうがねぇなぁっ!)」

 

 うだうだ考えても仕方ない。方法はこれしかないのだからと、カズマはようやく腹を括る。

 今までも、なんだかんだで窮地を乗り越えてきた。数多の魔王軍幹部を倒し、デストロイヤーを破壊し、ほんの一時だがあの魔剣士に立ち向かったこともあった。

 きっと今回も上手くいく。そう信じ、カズマは傍にいためぐみん達へ振り返った。

 

「めぐみん、ダクネス。ちょっといいか」

「な、なんですか? もしかして何か策を思いついたんですか?」

「察しがいいな。その通りだ。まず、俺が囮になって魔獣の注意を引く。その間にめぐみんとダクネスはクリスの所に移動してくれ」

「なっ!? 囮役を独り占めするとはズル……じゃなくて、私の役目だろう! カズマが危険な目に遭う必要はない筈だ!」

「そのお前が狙われてるんだって何回言ったらわかるんだ単細胞クルセイダー! 囮つっても少しの間だけだから大丈夫」

 

 予想通り反対してきたダクネスを、カズマは叱って言い返す。それでもダクネスは納得いかない様子だったが、話が進まないと察してか、めぐみんが間に入ってきた。

 

「私達はクリスの所に移動した後、何をすればいいのですか?」

「俺からの伝言をクリスに伝えてくれ。伝言についての詳細は言えないが、すぐにクリスが教えてくれる」

「クリスが?」

 

 混乱を防ぐために、今は彼女の正体を伝えられない。

 めぐみん達には悟らせず、そしてクリスには伝わるように、カズマはめぐみんへ伝言を預けた。

 

 

*********************************

 

 

「ララティーナァアアアアッ!」

 

 魔獣が雄叫びを上げ、教会内の大気を震わせる。彼から放たれる魔力は、初めに対峙した時よりも増幅していた。

 クリスは臆することなくダガーを構える。しかし、心の内では焦燥に駆られていた。

 元々はクリス、ゆんゆん、ミツルギの三人で行う筈だった作戦。三人の力と教会の効力があれば、すぐに魔獣を鎮められると考えていた。

 が、ミツルギはここにいない。更には、魔獣の動力源であるアルダープの怨念と憎悪が想像以上に肥大で、教会の効力を上回ってきた。

 このまま戦えば長期戦は必至。そうなればアルダープは、悪魔に呑まれてしまうであろう。

 

 それだけは、なんとしても避けなければならない。彼女達が担った役割は、魔獣の討伐とアルダープの救出なのだから。

 彼を生かして舞台から降ろす。理由は聞けなかったが、それがハッピーエンドの条件だとバージルは言った。すべてバニルから言われた事なのだろうが、今は推察してる暇などない。

 それにクリスは、この状況を打破できる術を持っていた。悪魔に対抗しうる力──女神の力である。

 

 だがそれをここで使ってしまえば、女神の正体がバレてしまう。

 ミツルギとゆんゆんに知られるのなら構わなかった。ミツルギは転生者なので、女神への理解もある。ゆんゆんも秘密を守る子なので、ちゃんと話せばわかってくれる。

 しかしここにはカズマ、めぐみん、そしてダクネスがいる。特にエリス教徒で一番の友達であるダクネスに正体を知られてしまうのは、クリスとしては避けたい。

 女神の力を使うべきか決められずにいた、その時であった。

 

「アルダープ! お前の狙いは私だろう! 私はここにいるぞ!」

 

 突如として教会に、ダクネスの声が響いた。これにクリスとゆんゆんは驚いたが、一番反応を示したのは当然魔獣であった。

 

「ララティーナ! ララティーナ!」

 

 魔獣はクリス達に背を向けると、声が聞こえたであろう方向へ触手を伸ばす。触手は勢いよく瓦礫の山に突っ込み、土煙をあげる。

 

「どこを狙っているんだアルダープ! お前の愛はそんなものか!?」

 

 再び響いたダクネスの声。それに釣られ、魔獣は別の方向へ触手を伸ばした。姿は見えないが、きっと魔獣の注意を引き付けているのであろう。

 

「(って何してるのダクネス!? カズマ君もなんで行かせちゃってんのさ!)」

 

 魔獣の狙いであるダクネスが、自ら囮役を買って出た事実に困惑するクリス。保護者である彼は何をしているのか。

 

「クリス!」

 

 現状についていけなかった時、クリスを呼ぶ声が。そちらに顔を向けると、駆け寄ってきた女性が二人。隠れていためぐみんに、現在囮役を担っている筈のダクネスであった。

 彼女の姿を見たクリスは驚く。ゆんゆんも、ダクネスの声が聞こえた方向を交互に見て混乱する。

 

「あれ!? ダクネスさん!? でも、向こうでダクネスさんの声が聞こえて、えっ!?」

「落ち着いてくださいゆんゆん。あと魔獣にバレるので騒がないでください。今囮になっているのはカズマですよ」

「カズマ君が? でも聞こえてきたのは確かにダクネスの声だったよ?」

「アクアから教わったという宴会芸スキルを使っているんだ。声だけなら本物と区別がつかない。私もあのスキルには散々苦しめられたのでよく知っている」

 

 どうやら囮役を担っているのはカズマのようだ。ダクネスが言うスキルも、以前タナリスに見せられたことがあったので、クリスも納得した。

 だが、何故カズマは急に囮として動き出したのか。彼は無策で行動を起こす人間ではない。何かしらの考えがあってなのであろう。それを示すように、めぐみんが言葉を続けた。

 

「クリス、カズマから伝言を預かっています」

「アタシに?」

 

 魔獣の動きを気にしながらも、めぐみんに耳を傾ける。するとめぐみんは、伝言を告げるにはオーバー過ぎる紅魔族独特のポーズを取って口を開いた。

 

「汝、今こそ永劫より封印されし力を解き放ち、常世に混沌をもたらす根源の闇を滅する時!」

「えぇっ!?」

 

 カズマの伝言は、めぐみんの紅魔族フィルターに掛けられて難解なものとなっていた。

 ゆんゆんが「ふざけてる場合じゃないでしょ!」と怒るが、めぐみんは至って真面目な様子。横にいるダクネスもツッコもうとしないあたり、伝言の内容は間違っていないのであろう。

 クリスは口に手を当て、めぐみんの伝言を読み解く。簡単に言い直すなら、クリスの持つ力を解放して魔獣を倒してくれ、ということ。

 魔獣を倒しうるクリスの力。それをカズマが知っているということは──。

 

「(やっと気付いたんですね。それも凄いタイミングで……)」

 

 正体を隠して下界に降りている女神の姿。カズマはようやく答えを得たようだ。

 そして、クリスなら魔獣を倒せると知った彼は、作戦を伝えるべく自分が敵を引き付けている間にめぐみんを使って──。

 

「もしかして、カズマ君から聞いちゃった?」

 

 そこまで考えて、カズマがめぐみん達にも正体を話してしまったのではないかとクリスは気付いた。確認として二人へ尋ねる。

 

「カズマはクリスが教えてくれると──」

「何重に封印を施そうとも、深淵をも覗く真紅の眼に映るは万象の理! 紅蓮の導きにより、汝を縛りし呪詛の鎖を断ち切らん!」

 

 ダクネスの声に被せてめぐみんが答える。彼女の言葉を解釈するに、どうやら知っているようだ。

 力を使うか否か、迷う時間さえ与えてくれないようだ。それが彼の狙いなのか。クリスはたまらずため息を吐く。

 特にダクネスとは付き合いが長いので、自分からちゃんと伝えるつもりだった。早く伝えなかった自分の責任でもあるのだが。

 

「……うん、わかったよ」

 

 選択肢はひとつしかない。それに結界のおかげで、外にいる人達に見られる心配はない。やるしかないのだ。

 覚悟を決めたクリスは、ダクネスに目を合わせる。

 

「今まで隠しててごめんね、ダクネス。それと、今まで友達でいてくれてありがとう」

「クリス? 何を言っ──」

「いやぁああああっ!?」

 

 その時、魔獣がいる方向から甲高い悲鳴が。クリス達は咄嗟に顔を向ける。

 

「キサマガ……! ワシノララティーナヲォオオオオッ!」

「違います違います人違いです! 俺はたまたま教会で掃除をしてたマリスさんです! だからお願い食べないでぇええええっ!」

 

 見えたのは、魔獣の触手に捕まっているカズマの姿。慌てているせいか、声真似もできていない。

 

「カズマさん! 今助け──!」

「ゆんゆんちゃん!」

 

 咄嗟に飛び出そうとしたゆんゆんを、クリスは呼び止める。足を止めてくれたゆんゆんを確認し、クリスが代わるように前へ出る。

 カズマへの怒りが強いのか、魔獣はこちらを向こうとしない。魔獣に近付いたクリスは、その場で祈るように手を握って目を瞑った。

 程なくしてクリスの身体が淡く光る。光は徐々に力を増すと、クリスの身体を包み込んだ。

 

 優しい光のベールが剥がれた時、盗賊クリスの姿はそこになかった。

 足元に届きそうなほど長く美しい銀髪。天使の羽を思わせる肩の装飾がついた青紫色の修道服。

 魔獣の暴走を止めるべく──女神エリスが舞い降りた。

 

「グゥウッ!?」

 

 悪魔とは相反する女神の魔力に反応したのだろう。魔獣がようやくこちらを見た。光が眩しいのか、後方のダクネスには気付いていない。

 エリスは祈りの手を離し、前方にかざす。すると魔獣の足元に魔法陣が浮かび、光を帯びていく。

 

「アレクセイ・バーネス・アルダープ。貴方の憎悪につけこみ、魂を喰らわんとする闇を払いましょう」

 

 魔獣へ優しく語りかけたエリスは、アルダープの魂を救うべく、強く唱えた。

 

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

 

 刹那、魔獣の足元にあった魔法陣から膨大な光が放たれた。魔獣の身体は瞬く間に光へ包まれる。

 全ての魔を滅する聖なる光。魔獣の断末魔が教会に響き、その声はアルダープを覆っていた魔と共に静まっていく。

 やがて光が収まった時、魔獣は完全に消え去った。残ったのは元の姿に戻ったアルダープと、巻き込まれたカズマ。人間には無害なので問題はない。

 アルダープには見られぬよう、エリスは再び身体から光を放ち、クリスの姿へと戻った。

 

「ぬぅう……ワシは一体何をして……ララティーナはどこに……?」

 

 正気に戻ったアルダープだが、意識がハッキリとしていないのか、ふらふらとしながら周囲を見渡す。ダクネスにもまだ気付いていない。

 クリスはアルダープのもとへ歩み寄ると、こちらに気付いたアルダープが顔を合わせてきた。

 

「だ……誰だ貴様は?」

「ダクネスの友達だよ。お目覚めのところ悪いけど、友達を代表して言わせてもらうね」

 

 女神としての務めは果たした。今度は、ダクネスの友達として──。

 

「二度とダクネスに近付くな!」

 

 退魔魔法を放った時よりも気持ちを込めて、アルダープの頬を叩いた。乾いた音が教会に響き渡る。

 目覚めたばかりで強い一発を貰ったアルダープは、そのまま気を失って倒れた。クリスはアルダープに背を向けて、ダクネス達に向き直る。

 

「ゆんゆんちゃん、この変態おじさんが起きないよう『スリープ』をお願い」

「えっ? あっ、は、はい!」

 

 固まっていたゆんゆんだったが、クリスに言われて慌てて駆け出し、アルダープに『スリープ』をかけた。瞬く間に眠りの世界へ誘われたアルダープは、汚い寝息を立てる。 一息吐いたクリスは、ダクネスのもとへ。

 めぐみんとダクネスは呆然としている様子だったが、クリスはそれに気付かないまま。ダクネスの前に立つと、彼女は頬の傷を掻きながら──改めてダクネスに名乗った。

 

「アタシの名前はクリス。アクセルの街にいる冒険者で、職業は盗賊。というのは仮の姿で、本当の私は……女神エリスなんです」

 




ここで女神バレしてしまったので、以降は原作と違う展開になっていきますが、よろしくお願いします。


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第85話「Show's over ~悪魔達は夜更けに嗤う~」

「揺れが……収まった?」

 

 教会の屋根上。様子を見守っていたミツルギは、ふと教会の揺れが収まったことに気付いた。

 魔獣が生きていれば揺れが収まることはない。即ち、教会内での戦闘が終わって魔獣を無事鎮圧できたという知らせ。心の内にあった焦燥感も和らいでいた。

 クリスとゆんゆんで倒したのか、カズマの機転が効いたのか。ミツルギは安心して胸を撫で下ろす。

 

『なぁミツルギ。見晴らしのいい場所なのはわかるが、俺的にはずっとピリピリするからさっさと降りたいんだが』

「あっ」

 

 とここで、ベルディアからの小言を受けてミツルギはハッとした。教会に居続けられるのは、ゴーストである彼にとっては苦行でしかない。

 ごめんと一言謝りながら、ミツルギは屋根から降りる。悪魔の脅威も去ったので、彼は仲間のいる場所へ。

 

「あっ、キョウヤ! どこ行ってたのよ!」

「ごめんよクレメア。少し気になることがあってね。二人ともお疲れ様。助かったよ」

 

 こちらを発見するなり駆け寄ってきたクレメアとフィオ。ミツルギは労いながら二人の頭に手を乗せると、彼女達は幸せそうに顔を綻ばせた。

 横で見ていたベルディアがわざとらしく耳元で舌打ちをしてきたが、ミツルギには彼の行動の意味が理解できなかったのでスルーし、女神様へ声を掛けた。

 

「女神様、ご無事ですか」

「あら、魔剣の人。あの程度の悪魔なら、この子を守りながら戦うぐらいなんてことないわ! だって私は麗しく強い女神様なんだから!」

「えぇ、流石です女神様」

 

 片手に傷一つないドラゴンの卵を持ったアクアが、自慢気に胸を張る。彼女の無邪気で素敵な笑顔を見れば、戦いで蓄積された疲労も全て吹き飛ぶというもの。

 

「それにしても、あの悪魔はどこから湧いて出たのでしょうか?」

「だから、仮面悪魔が呼び出したって言ってるでしょ! それ以外考えられないわ!」

「バニルさんがこんな真似をするとは思えないのですけど……」

 

 アクアはバニル黒幕説を強く推すが、ウィズはそうでもない様子。事実、バニルも見通してるだけであって関与はしていない。本人の話を聞く限りでは。

 事実、悪魔を率いていたのはジェスターと名乗る道化師だ。しかし彼は、自らが召喚しているわけではないと話していた。

 そして、あの道化師とバージルの関係。戯言だとベルディアは聞き流していたが、今もミツルギの頭には残っていた。

 

「どうやら、こっちも終わったみたいだね」

 

 と、彼等の耳に女性の声が届いた。ミツルギ達は一様にして振り返る。

 こちらに近付いてきたのは、この場にいなかった二人の冒険者。タナリスとバージルであった。

 

「あっ……」

 

 バージルの顔を見て、ミツルギは思わず固まる。一方で、道化師のことなど知らないアクア達は彼等へ駆け寄った。

 

「二人ともどこに行ってたのよ! こっちは大変だったんだから! 熊豚おじさんが魔獣になったり、悪魔が執拗に私を狙ってきたりして!」

「ごめんよアクア。こっちも用事があったんだ。お詫びとしてシュワシュワ一杯奢るからさ」

「一杯だけじゃ見合わないわ! 最低でも十杯奢りなさいな!」

「そんなに呑んだら、またギルドの裏口でゲロっちゃうよ? 酒臭い君を介抱するの嫌なんだけど」

 

 文句をぶつけるアクアを、親友のタナリスが慣れたように対応する。女神二人の横をバージルが通り過ると、ミツルギの前へ。

 まだ彼へ心を許してはいないのか、フィオはミツルギの背後に隠れて、クレメアは前に立って猫のように威嚇する。だがバージルは微塵も気にせずに声を掛けてきた。

 

「この場にも悪魔の気配を感じていたが、既に片付けた後のようだな」

「は、はい。そちらはどうでしたか?」

「奴の言う部外者は見つけた。愚かにも逃してしまったが、次は無い」

 

 どうやら脚本通り、悪魔を召喚した犯人とは出会えたようだ。あのバージルから逃げおおせるとは、相手も相当の実力者だと推測できる。

 

「ところで、何故貴様がここにいる? アルダープはどうした?」

 

 事前の打ち合わせでは、ミツルギも教会内で魔獣化したアルダープと戦う予定になっていた。指摘されたミツルギは、ここで起きていた出来事をバージルに伝えた。

 魔獣の攻撃によってミツルギは弾かれ、入れ替わるようにカズマパーティーがアクアを除いて教会内に引き込まれたこと。

 教会前に湧いた下級悪魔との戦い。そして、ミツルギが出会った道化師──ジェスターの存在も。

 

「何故あの道化師がここに……いや、それすらも喚び出したか?」

 

 ジェスターの名前を聞いて、バージルは口に手を当てて考え出す。彼も道化師を知っているのは間違いないようだ。

 また、道化師がバージルを友達と呼んでいた事実は伝えていない。道化師との関係を迫れば、必然的にバージルの過去を知ることとなる。その勇気は、今の彼には無かった。

 

「師匠はあの道化師を知っているのですか?」

「……奴については後で話す。それよりもアルダープだ。奴はまだ中にいるのか?」

 

 長い話になるのであろう。バージルは話題を変え、クリス達について尋ねてきた。ミツルギもこれ以上聞こうとはせず、現状を報告する。

 

「ゆんゆんが例の結界を張り、クリスさんと共に戦ってくれていますが、先程教会の揺れが収まりました。恐らく、無事に倒せたのだと思います」

「そうか」

 

 報告を受けたバージルは、短く言葉を返してミツルギの前から移動する。ミツルギも追いかけようとしたが、傍にいたクレメアに引き止められた。

 

「ちょっとキョウヤ、さっきから何の話をしてるのよ? 道化師って?」

「キョウヤのこと信じてるから何も言わず手伝ったけど、あの魔獣は何なの!? 悪魔もいっぱい出てきたし!」

「あー、えっと……」

 

 仲間二人から質問攻めに遭い、ミツルギはどこから答えたものかと悩む。その間にも、バージルは教会の方へと歩いていった。

 

 

*********************************

 

 

 エリス教の教会内。祈りを捧げる筈の神聖な場所は、今や瓦礫だらけで足の踏み場も少ない。

 中心に立つのは、銀髪少女のクリス。そんな彼女を、めぐみん、ダクネス、ゆんゆんは呆然とした表情で見つめている。

 無理もない。街に住む気さくな盗賊で、自分達とも親しかった人が、あの女神エリスだと知ったのだから。

 自称するだけなら、アクアのように流していたであろう。だが彼女達は見てしまった。目の前で姿を変え、女神の力を行使したクリスを。

 

 固まる三人に、独り困惑するクリス。その光景を、寝息がうるさいアルダープの隣でカズマは見ていた。

 危うくアルダープに握り潰されるところであったが、土壇場でクリスが決断してくれて本当に助かった。

 思えば、エリスがこの場にいる状態で死んだ場合はどうなるのか。エリスが戻るまであの空間で一人きりなのか、スルーしてあの世に直行か。

 もし後者だとしたら……カズマは身震いし、これ以上想像するのはやめておいた。

 ひとまず、めぐみん達にも説明が必要だろう。カズマは立ち上がって、クリスの隣に移動する。

 

「そういうわけだ。エリス様は盗賊に扮して、下界に降りていた。その盗賊がクリスだったんだ」

 

 再度確認させるように、カズマはめぐみん達へ伝える。視線がカズマに集まる中、一番に口を開いたのはめぐみんであった。

 

「カズマは……知っていたのですか?」

「クーロンズヒュドラで死んだ時に会って、本人から実は下界に降りてるって聞かされたけど、気付いたのはついさっきだよ」

 

 カズマは簡潔に答える。と、横で聞いていたクリスが驚いた表情でこちらを見てきた。

 

「えっ? カズマさん、私の秘密は既に皆さんへ話していたんじゃ……?」

「いや、話してないですよ? 急にクリスの正体は女神エリスだって言っても、パニックになるか信じてもらえないと思ったし」

「でもめぐみんさんは、私の力を見抜いていると──」

「クリスが魔獣を倒せる力を隠してるから、それを使うように伝えてくれって頼んだだけですけど……めぐみん、お前どういう伝え方したんだ?」

 

 てっきりクリスが決断してくれたものだと思っていたが、話を聞く限りでは彼女が勘違いを起こしていたようだ。

 カズマの話を聞いたクリスは、めぐみん達にか、はたまた自分に対してか。呆れたようにため息を吐く。

 

「でも、一番驚いてるのはダクネスだろうな。エリス教徒な上に、クリスとは長い付き合いだったんだから」

 

 カズマはそう言ってダクネスを見る。彼女は口を力なく開け、クリスを見つめて固まったまま。

 こうなるのも仕方ないかと思いながらも、カズマは彼女に近づき、肩を揺らす。しかしダクネスから反応はない。

 手を離してみると、ダクネスの身体はゆっくりと後ろへ傾き、痛がる声も上げることなく仰向けに倒れた。

 

「き、気絶してる……」

 

 どうやら衝撃が大き過ぎたようだ。原因となったクリスは申し訳無さそうに笑う。

 あのダクネスにも受け止めきれない物はあるんだなと思っていると、同じく固まっていたゆんゆんが何かに気付いたように声を上げた。

 

「ま、待ってください! クリスさんが本当に女神エリス様だとしたら、カズマさんと一緒にいるアクアさんも、もしかして──!?」

 

 高い知性に勘のいい紅魔族故であろう。ゆんゆんは、散々女神を自称していたアクアの正体にまで疑問が行き着いたようだ。

 カズマはどうすべきか迷ったが、既にクリスの秘密は知ってしまった。ならついでにアクアの秘密も、下手に隠すより明かした方がいいだろう。

 

「その通りだ。周りからは自称女神だなんだと言われてたけど、アイツも正真正銘、本物の女神だよ」

「えぇええええっ!?」

 

 カズマの返答を聞いて、ゆんゆんは驚嘆の声を響かせた。その一方でめぐみんも一瞬目を見開いたが、どこか納得した表情に移り変わった。

 

「やはりそうでしたか」

「……お前、まさか気付いてたのか?」

「カズマを何度も蘇らせたり、デストロイヤーの結界を一人で解除したり、アルカンレティアにいた悪魔を瞬く間に消し去ったり……薄々感づいてはいましたよ。凄腕アークプリーストでは収まらない力でしたから」

「そ、そうか」

「気絶しているので聞けませんが、きっとダクネスも気付いていると思いますよ? アクアの力を間近で見たのですから」

 

 めぐみんは、横で倒れているダクネスに目線を移す。アルカンレティアでのことであろう。確かにあの力を目の前で見れば、女神と言われても納得せざるを得ない。

 それでもアクアを女神と認識しなかったのは、彼女の気遣いかマジで気付いていないか。後で聞いてみるかとカズマは思う。

 

「結界を張ったのも、正体を隠す為ですか?」

「本当は魔獣化したアルダープを教会に閉じ込めて戦う為だったのですが、結果的にはそうなっちゃいましたね」

 

 服を払って立ち上がっためぐみんがクリスに尋ねると、彼女はいつものように気さくに笑って、されど口調は女神のまま答える。

 魔獣の暴走にも耐えうる強度で、外部から盗み見盗み聞きされないようプライバシー保護も完備。このような魔道具をどこで手に入れたのか。

 

「ところで、この結界ってどうやって解くんだ? 魔獣はどうにかなったし、もう解いてもいいんじゃないか?」

 

 ふと気になったカズマはクリス達に尋ねる。すると、ゆんゆんがとても申し訳無さそうな表情で、おずおずと答えた。

 

「この結界は、丸一日経たないと解けない仕様になってて……」

「はっ?」

 

 ゆんゆんの返答に、カズマは耳を疑う。強力な性能だが、大きなデメリットが付与されていたようだ。

 とても既視感のある展開。現にカズマは、魔道具の入手先に察しがついていた。もはやため息すら出てこない。

 

「無理矢理壊したりとかは?」

「強い衝撃を与えれば壊せるんですけど、私の魔法でも壊せないほど頑丈で……」

 

 つまり、結界が解けるまでこの半壊した教会で過ごさねばならない。

 本当なら今頃、屋敷に戻って夜逃げの準備をしていた筈なのに。どうしてこうなったのかとカズマは天を仰ぐ。

 が、ここで彼は気付いた。今教会内にいるのは自分と、めぐみん、ゆんゆん、ダクネス、そして女神エリス様。

 アクアを抜いて、ゆんゆんとエリス様を入れた、屋敷とはまた違う。男一人と女四人の素敵なハーレム生活になるのでは。

 

「そうかそうか、なら仕方ないな。ここで一日生活するとしよう。広間はだいぶ荒れたけど、奥の部屋とかは多分大丈夫だろ」

 

 カズマは運命を受け入れた。邪魔者のアルダープがそこで寝転がっているものの、縛って隅に置いとけば問題ないであろう。

 慣れたようにアルダープへ『バインド』を放ち、ロープで縛る。『スリープ』で眠っているが途中で起きられては困るので、後でかけ直してもらわねば。

 

「アルダープは放置として、問題は食料だな。炊き出し用に取ってある分がどっかにあればいいけど」

「……カズマさん、一応ここに女神本人がいるのですが」

「そう固いこと言わないでくださいよエリス様。飢えを凌ぐ為なんですから」

 

 炊き出しの食料をいただこうとするカズマにクリスは難色を示していたが、明日の他人よりも今日の我が身だ。仕方ないことだとカズマは話す。

 

「そういえば、この教会に浴室ってあるかな? あと寝室のベッドが複数個あればいいけど、ひとつしか無かったら……うん、しょうがないよな」

「あの……変なこと企んでません?」

「いや全然」

 

 ゆんゆんから疑いの目を向けられたが、カズマは即答で答える。現にやましいことなど何も考えていない。

 魔法で風呂を沸かしてもらったら、魔力節約のために全員で入る。女性を床で寝かせるわけにはいかないので、ベッドは皆で共有する。限られた設備で一夜を過ごす為には、我慢も必要なのだ。

 生活必需品を探すべくカズマが動こうとした時、めぐみんが声を上げた。

 

「結界なら、アクアがデストロイヤーへ放ったように『セイクリッド・ブレイクスペル』をエリス様が使えばいいでしょう」

「あっ、確かにそうですね」

 

 何故か不機嫌な声色のめぐみん。クリスはうっかり忘れていたと手を叩くが、聞き捨てならなかったカズマは咄嗟に反論した。

 

「いやいやめぐみん何言ってんの。エリス様は魔獣との戦いでお疲れなんだ。それに結界を解除したタイミングで外にいる人達にエリス様の正体がバレたらどうすんだよ」

「だったら我が爆裂魔法で、結界などぶち壊してやりますよ! 焦らしに焦らされた今なら最高火力で撃てそうです!」

「マジで何言ってんの!? ここにいる俺らごと消し炭にするつもりか!?」

 

 声を荒らげ、入口側に向かって杖を構えるめぐみん。カズマは慌てて駆け寄り、後ろから羽交い締めにする。

 なんでコイツはこんなに怒ってるんだと不思議に思う中、めぐみんはカズマを振りほどこうと暴れる。

 ここは『ドレインタッチ』で魔力を奪って沈静化を──と考えていた時であった。

 

 突如、入り口方面から強い衝撃音が響き、教会全体を揺らした。暴れていためぐみんも驚いて動きが止まる。

 やがて張られていた結界にヒビが入ると、ガラスのように砕け散った。結界の外に立っていたのは、青いコートを着た男。

 

「邪魔するぞ」

 

 盛大に遅刻して登場の、バージルであった。彼はズカズカと教会に足を踏み入れる。

 

「アルダープはどこだ?」

「あ、えっと、そこに寝転がってます」

 

 彼の圧に押されたカズマは、すぐさま寝ているアルダープを指差す。発見したバージルは黙って近付き、彼を縛っていたロープを持ち手にしてバッグのように持ち上げる。

 正面出入り口だと人の目があるからか、バージルは教会の裏口に向かわんと奥へ歩き出す。

 

「バージル」

 

 その時、クリスが彼を呼び止めてきた。声を聞いたバージルは振り返ってクリスを見る。

 クリスは何も言わず、バージルの目をじっと見つめていた。どうしたのかとカズマは二人を交互に見る。

 やがてバージルは、クリスの伝えたい事を感じ取ったのか、静かに応えた。

 

「あるべき場所へと返してやるだけだ」

 

 彼はそれだけ伝えると、床に積まれた瓦礫を飛び越えて教会の奥へ姿を消した。クリスは追いかけようとせず、彼が消えた先から視線を外す。

 一方、バージルが来てから動きが止まっていためぐみんは、ぼーっとしていたカズマに声を掛けた。

 

「無事結界も壊れたようですし、さっさとここから出ましょう」

「お、おう……そうだな」

 

 カズマの妄想は、結界と共に砕け散った。残念に思うカズマであったが、文句は言わずにめぐみんから離れる。

 が、このままでは収まりがつかないので、例のサービスを利用する時に今の妄想を再現しようと、カズマが決意をした時だった。

 

 ──パキパキと、ひび割れる音が聞こえた。

 

「んっ?」

 

 音を耳にしたカズマは周囲を見渡す。めぐみん達にも聞こえたようで、同じく辺りを確認している。

 その正体は、既に彼等の視界へ入っていた。同じ音が響いたかと思うと──教会の壁に、亀裂が入ったのだから。

 魔獣との戦いで荒れた教会。いくら結界を張ったとしても、建物自体にダメージは入っていたのであろう。そしてバージルによる結界を壊すほどの衝撃が、トドメとばかりに加えられた。

 この後、何が起こるのか。未来を見通したカズマは、大きく息を吸って声を響かせた。

 

「走れぇええええっ!」

 

 カズマの命令とほぼ同時に、めぐみん達は外に向かって走り出す。カズマもすかさず脱出しようと駆け出したが──。

 

「カズマさん! ダクネスがまだ起きない! 運ぶの手伝ってください!」

 

 ダクネスを起こそうとしていたクリスに呼び止められた。最後の最後まで世話のかかる奴だと心の中で文句を言いながら、眠れるダクネスのもとへ。

 カズマは再びダクネスをおんぶし、クリスは後ろから支えて教会の外へ。教会の前には、参列していた貴族や見物客の冒険者、気絶しているアルダープの守衛が。

 

「ここから離れろー! 崩れるぞー!」

 

 カズマは全力で走りながら、皆へ警告を放つ。彼の後ろでは、教会がみるみる内にひび割れていく。

 貴族や我先にと教会から離れていく。流石に見殺しにはできないと、冒険者達は気絶させた守衛を背負ってから逃げた。

 

 やがて教会は限界を迎え──大きな音を立てて崩れた。おびただしい量の白煙が辺りに広がる。

 崩壊の音を背後に、カズマはダクネスの重さに耐えながら走る。お姫様だっこをした後におんぶなど、クエスト以外ではめっきり動かない彼には過酷な運動だ。

 しかし、火事場の馬鹿力というものか。カズマは後ろで支えていたクリスも追いつかない速さで、かつ一人でダクネスを背負って走る。明日はきっと筋肉痛で寝たきりになるであろう。

 それでも白煙からは逃れられず、カズマ達を覆い隠す。しばらくして、崩壊の音が止んだ。

 カズマは咳き込みながら教会の方へ振り返る。視界を覆っていた白煙は徐々に晴れていき──華々しい結婚式が行われていた教会は、もうどこにもなかった。

 

「あっぶねー……」

 

 瓦礫の山を見て、カズマは安堵の息を漏らす。もしあのまま教会にいて、結界も壊せていなかったら、全員まとめてあの世送りであった。

 バージルが結界を壊してくれて、本当に助かった。もっとも、教会にトドメを刺したのも彼なのだが。

 

「いやー、派手に壊れちゃったね」

「ごめんなさいごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

「いいんだよゆんゆんちゃん。言ったでしょ? 女神エリス様は寛大な神様だって」

 

 エリス教の教会崩壊を前に、クリスは頬を掻きながら笑う。彼女の正体を知ってしまったゆんゆんはひたすら謝るが、クリスは気にしていない様子。

 ゆんゆんを宥めたクリスはカズマへ近寄ると、彼に耳打ちして告げた。

 

「それよりもカズマ君、皆が教会の方に注目してる内に、ダクネスを連れて逃げたほうがいいよ。ここはアタシ達に任せてさ」

 

 クリスは教会とは逆方向を指差す。崩壊寸前の教会からは、カズマ達が飛び出してきた。となれば、中で何が起きたのか問い詰められるのは間違いなく自分達だ。

 そこで守衛に見つかれば、またダクネスを奪われる危険もある。クリスの言う通り、自分たちは一刻も早くこの場から離れるべきであろう。

 

「めぐみん! ここからずらかるぞ!」

「は、はい!」

 

 カズマは近くにいためぐみんへ告げ、再び走り出す。めぐみんも慌ててカズマを追う。

 彼が向かう先は、残るもう一人の仲間。彼女の周りにはウィズ、魔剣の人とその取り巻きが。崩壊した教会を見ていた彼女達がこちらに気付いたのを見て、カズマはすかさず声を上げた。

 

「アクア、早く逃げるぞ! 後のことは魔剣の人に任せた!」

「行きますよアクア!」

「わわっ!?」

「め、女神様ー!?」

 

 手の空いていためぐみんがアクアを引っ張り、ミツルギ達の間を突風のように駆け抜ける。ミツルギの叫ぶ声も無視して走り続ける。

 

「ちょっと待って! 急に何なのよ!?」

「守衛に気付かれる前にここを離れるんだよ! いいから走れ! それと俺に『身体強化』お願いします! ダクネスがマジで重いから!」

 

 戸惑うアクアへ簡単に状況説明をして、ついでにバフを頼む。先程の全力疾走で、カズマの身体は既に悲鳴を上げていた。

 全ては飲み込めていないであろうが、アクアは「わかったわ!」とカズマに強化魔法を唱える。身体が軽くなったのを感じたカズマは、ラストスパートとばかりに速度を上げた。

 

 やがて教会から遠く離れ、人気のない路地裏まで来たところで彼等は足を止めた。

 

「こ、ここまでくれば、大丈夫だな……」

 

 追手がいない事を確認してから、カズマは背負っていたダクネスを地面に降ろす。ようやく肩の荷が下りた彼は、その場で大の字に倒れた。

 普段よりも心臓の音が響いて聞こえ、喉は潤いを求めている。『身体強化』のおかげでもあるが、俺ってこんなに走れる人間だったんだなぁと自分を褒める。

 

「カズマ、ちょっといいですか?」

 

 と、めぐみんがこちらに近寄ってきた。彼女は立ったままなので、頑張ればスカートの下に広がる世界を見れそうだったが、その視線に気付いたであろうめぐみんはスカートを抑え、中を見られないようにしつつカズマの横に座る。

 そして、カズマにしか聞こえない声量で伝えてきた。

 

「ダクネスのお父さんの病、もしかしたら……アクアなら治せるのではありませんか?」

「へっ?」

「推測でしかありませんが、もし原因不明の病が悪魔による呪いだとしたら……」

 

 めぐみんの言葉により、カズマの目が見開かれた。

 ダクネスの父親は病に侵され、プリーストの回復魔法も効かず、毒も検出されず。手の施しようはないと思われていた。

 それが、めぐみんの推測──悪魔による呪いであるならば。ここに解決可能なアークプリーストが一人いる。

 

 おまけにバニルの話では、領主がダクネスへ金を貸した際にこう言っていた。もしダスティネス家の当主に何かが起こり、返済が困難になった場合には……と。

 アルダープは悪魔の力を使って、彼の都合がいいように物事を運んできた。ダクネスの父親が病気になったのも、その力による物であるならば。

 

「ダクネス、起きろ! いつまで気絶してんだ!」

 

 希望が見えたカズマは身体を起こし、未だ目を伏しているダクネスを揺らす。しかし反応はない。

 だったら無理矢理起こすまで。カズマは彼女の首に触ると、躊躇なく唱えた。

 

「『ドレインタッチ』!」

「んにゅうううううっ!?」

 

 何度も行ってきたドレインタッチプレイで、ダクネスの意識が覚醒した。奇声を上げ、彼女の身体が跳ねる。当たり前だが頬は赤い。

 ようやく目覚めたダクネスは起き上がり、周囲を確認する。

 

「こ、ここはどこだ? 確か私は、教会にいて──」

「整理するのは後だ! お前の親父さんのところに行くぞ! もしかしたら助けられるかもしれない!」

「な、何だと!? どういうことだ!?」

 

 景色が変わっていたかと思えば、カズマから信じがたい言葉を受け、起きたばかりのダクネスは混乱している様子。

 しかし、一から説明している時間はない。手遅れになる前に、ダクネスの屋敷へ急がなければ。

 

「アクアも来い! 久々にお前の駄女神パワーが役立つ時だ!」

「あーっ! また駄女神って言った! いい加減にしないと私の聖なるグーで殴り倒すわよ!」

 

 アクアの文句を受け流し、ダクネスへ屋敷への道案内を頼む。

 状況についていけないダクネスであったが、カズマがそう言うならと彼を信じ、四人はダスティネス邸へ向かった。

 

 

*********************************

 

 

 期待を胸にダスティネス邸へと駆け込んだカズマ達。早速アクアに診てもらうと──めぐみんの推測は大当たりであった。

 悪魔に呪いを掛けられていたので、アクアが解除を施す。床に伏していたダクネスの父が光に包まれ、やがて収まった後、痩せこけた病弱な父の姿は無く。

 血色も戻り、痩せこけていた顔も元通り。見違えるほど元気になった父親を見て、ダクネスはたまらず抱きついた。

 お付きの執事曰く、いつ亡くなってもおかしくない状態だったとのこと。間に合ったのは幸運だった。

 

 色々とあったが、ダクネスを取り戻すことができ、彼女の父親も助かった。

 カズマ、ダクネスを中心に繰り広げられた舞台劇は、誰もが認めるハッピーエンドで幕を閉じたのであった。

 

 たったひとりを除いて──。

 

 

「クソッ! クソッ! クソッ!」

 

 手元のランタンで灯された螺旋階段を、やや駆け足で酷く足音を立てながら進む男。

 暗い地下とは正反対の、白い正装に身を包んだ彼の名は、アレクセイ・バーネス・アルダープ。つい先程、結婚式を終えたばかりである。

 おめでたい式の後だというのに、何故彼はこんなにも怒っているのか。ずっと欲しかった、金髪の花嫁を手に入れたというのに。

 

 否、そうならなかったからだ。結婚式は妨害され、花嫁は連れ去られてしまった。あの低俗で下劣な庶民に。

 その直後、彼は何かに飲み込まれたのだが、その記憶は朧げで、嫌な夢を見ていたかのよう。辛うじて覚えているのは、何度も花嫁の名を叫んだことと、何者かによって強く頬を叩かれた感触。

 気付けば彼は、アレクセイ家の屋敷にある自分の部屋にいた。まさか今までの出来事は夢だったのかと一瞬思ったが、身につけられた白色の正装が現実だったと物語らせる。

 酷く疲れていた身体を起こすと、彼は屋敷にいた従者に何があったのかを尋ねた。

 

 アルダープを発見したのは、屋敷の敷地内を見回りしていた守衛であった。アルダープは、屋敷の裏手に縄で拘束されていたという。

 今は結婚式に出ている筈なのにと疑問に思いながらも彼を部屋へ運び、プリーストを呼んで診てもらったが異常は無かった。

 やがて、結婚式での護衛に出ていた者達が帰ってくると、彼等は信じがたい報告を挙げてきた。

 

 結婚式は突如として現れた冒険者によって中断され、花嫁を拐われた。追いかけようとした守衛達であったが、他の冒険者によって妨害に遭う。

 すると、教会の前にいたアルダープが闇に飲まれ、巨大な魔獣が姿を現した。魔獣はその後、突如として現れた冒険者によって教会の中へ。

 教会には結界が張られ、中には侵入できず。その後、疑いの目を冒険者達に向けて再び取っ組み合いとなったが、数に圧倒され全員もれなく気絶させられた。

 

 気が付いた時、一体何があったのか。結婚式が行われていた教会は無惨な瓦礫の山と化していた。

 既に魔獣は倒されたとの話であったが、主であるアルダープの姿は無い。

 守衛達が瓦礫の中と教会周辺を捜索していた時、魔獣と戦ったという冒険者を発見。主の行方を問いただすと、彼等は隠すことなくこう告げた。

 

 式に出席していたアルダープは、悪魔が扮した偽物であり、本物はアレクセイ家の屋敷に囚われていると。

 彼等の話は、守衛達はにわかに信じがたい内容であった。守衛達が接していた主は、いつもと変わらない様子だったのだから。

 しかし冒険者の中には、かの有名な魔剣の勇者がいた。更には式で司祭を担っていたプリーストも「どうりで臭いと思ってたのよ!」と声を上げた。

 ひとまず捜索の手は止めず、かつ数人を屋敷へ向かわせた。そして彼等の言っていた通り、主が屋敷にいることを確認したのであった。

 

 だが、アルダープには悪魔に捕まった記憶など無い。逆に式場での騒動はハッキリと覚えている。あれは紛れもなく現実なのだ。

 ではアルダープが魔獣となった原因は何か。彼の頭に浮かぶのは、屋敷の地下に閉じ込めている壊れた悪魔。辻褄合わせの力しか持たないと思っていたが、そのような芸当ができるとは。

 これで花嫁を奪い返せたのであれば褒美のひとつでもくれてやっただろう。しかし、そうはならなかった。主をも巻き込んで失敗した役立たずに、アルダープは怒りで身を震わせる。

 

 どうして魔剣の勇者等がそのような嘘を吐いたのかわからないが、教会での事は全て悪魔のせいにできて都合が良かったので、アルダープは否定せず。

 しばらく休むと従者達に告げ、自身の部屋へ戻る。外を見れば、もう夜になっていた。

 睡魔も襲ってこないほど怒りに満ちていた彼は部屋の隠し通路に入り、自分以外誰も知らない地下室へと向かっていたのであった。

 

「マァアアアアクスッ!」

 

 激昂した声を上げながら、地下室の広間に足を踏み入れる。その中心にいるのは、不快な風の音を鳴らす壊れた悪魔。

 

「ヒュー……やぁアルダープ。今日はとってもいい悪感情を放ってるけど──」

「このポンコツがっ!」

 

 話しかけてきたマクスの顔を、アルダープは躊躇なく蹴った。更に追い打ちをかけるように、倒れたマクスの頭を上から踏みつける。

 

「お前がもう少し使える悪魔だったなら、ワシのララティーナを奪われることはなかった! おまけにワシを勝手に魔獣化させておきながら失敗するとは、どこまで使えない悪魔なんだ!?」

「魔獣? 何のことだいアルダープ? 僕が持っているのは辻褄合わせの強制力だけだよ?」

「自分のやったことすら覚えていないのか! この阿呆め!」

 

 すっとぼけるマクスの声が苛立ちを助長させ、アルダープは頭を踏み潰す勢いで力を入れる。しかしマクスは痛がる様子を一切見せない。

 

「力を使ってララティーナを呼び戻そうとしても、奴は帰ってこなかった! お前の強制力はそんなにちっぽけな物なのか!」

「ヒュー……教会では悪魔の力が弱くなるんだ。それとアルダープ、呪いが何者かに解かれたようだよ」

「何だと!?」

 

 マクスの言う呪いとは、ダスティネス家の当主にかけたものだ。当主を動けない身体にして、ララティーナから選択肢を奪う為に。

 ロクに呪い殺すこともできない能無しを、アルダープは罵声を発しながら蹴り続ける。これまで何度も使えない奴だと感じていたが、今回ばかりは失望した。

 物事をすぐ忘れてくれるので代価を誤魔化して使役してきたが、そろそろ捨てるべきか。そう思いながらも、アルダープは彼に命じた。

 

「だったもう一度ダスティネスの当主に呪いをかけろ!」

「無理だよ、アルダープ。ヒュー……呪いを解いた光が強すぎるんだ」

 

 マクスから返ってきたのは、拒否であった。予想もしていなかった言葉に、アルダープは耳を疑う。

 今まで何を望もうとも、無理と言われたことはなかったのに。救いようのない無能に成り果てたマクスを、アルダープは見限るように強く蹴りつけてから言い放った。

 

「もういい! 貴様なぞ契約解除して他の力ある悪魔を呼び出してやる! これが最後の命令だ! お前の強制力で今すぐララティーナをここに連れてこい! そうすれば、貴様に代価を払ってやる!」

「代価?」

 

 その言葉を聞いた途端、マクスは悪魔らしい歪んだ笑みでアルダープを見た。

 

「ヒュー! 代価を払ってくれるの? ヒュー! ヒュー!」

「あぁ勿論だとも。お前は馬鹿だから、ワシが何度も払っているのを忘れているのだ。今回もちゃんと払ってやる」

 

 興奮するマクスに、アルダープは諭すような口調で告げる。マクスから発せられる風の音が、彼の喜びを表すように強く鳴る。

 無論、代価などびた一文と払ってやるつもりはないのだが。アルダープは強く願うように、再度マクスへ命じた。

 

「さあやれマクス! ララティーナをワシのもとへ! アレはワシの物なのだ!」

 

 アルダープの強欲な願いが地下室に響いた、その時。

 

「領主殿はいるか? 今日の件で謝罪に来た」

 

 入れ替わるように聞こえてきたのは、澄んだ女性の声。間違えようのない、彼が最も欲していた者の声。

 たまらずアルダープは振り返る。階段を降りてきたのは、薄いネグリジェに身を包み、豊満な身体をこれでもかと見せつける金髪の美女。

 彼の望んでいた、ララティーナの姿がそこにあった。

 

「よ、よくやったぞマクス! 褒めてやる! 約束通り代価を払ってやろう! 契約も解除だ! 貴様を自由にしてやろう!」

「ヒュー……どうして? 僕はまだ何も──」

 

 疑問を抱くマクスの声など、今のアルダープには届かず。彼はすぐさまララティーナのもとへ駆け寄る。

 歩を進める度に揺れる二つの果実。麗しい顔立ち。夢で何度も見た彼女の姿に、アルダープの目は釘付けとなる。

 

「申し訳ありません、領主殿。式での事は謝ります。なのでどうか我が身と引き換えに、仲間の助命を……」

 

 更にあろうことか、ララティーナは自ら身体を売ってきた。細い腕でその両胸を押し上げ、柔らかな乳房を強調させる。

 どうして彼女が地下室のことを知っていたのか。そんな疑問を浮かべることもなく、アルダープは欲望のままに手を伸ばした。

 

「いいだろう! 仲間は見逃してやる! だからララティーナ、お前はワシが──!」

 

 ようやくララティーナが手に入る。彼の執着とも言える夢が叶おうとした、その瞬間。

 

 現実へと引き戻すように、ララティーナの身体がぐにゃりと歪んだ。

 

「えっ……?」

 

 突然のことにアルダープは理解が追いつかず。気が付けば、そこにいた筈のララティーナは幻のように消え去り。

 代わりに立っていたのは、タキシードを来た白黒仮面の男。

 

「ララティーナだと思ったか? 残念我輩でした! フハハハハッ! これは実に美味な悪感情! ご馳走様である!」

 

 男は愉快そうに笑い、アルダープを見下す。先程のララティーナが偽物だとようやく理解したアルダープは咄嗟に仮面の男から距離を離す。

 

「貴様、一体何者だ! いや待て、このゾクゾクする感じ……マクスと同じ悪魔か!」

「ほう、貴様のような人間にしては察しがいい。いかにも、我輩は何でも見通す仮面の悪魔、バニルである」

 

 男が口にした名前に、アルダープはたじろいで足を一歩引いた。魔王軍幹部にも、同様の名前を持つ悪魔がいる。既に討伐されたと聞いていたが、何故生きていて、この場に現れたのか。

 身の危険を感じたアルダープは、後ろにいたマクスへ助けを求めた。

 

「マクス! この汚らわしい悪魔を殺せ!」

「ヒュー……バニル。なんだろう、とても懐かしい響きだよ。君とはどこかで会ってたのかもしれないね?」

 

 そのマクスはというと、バニルを攻撃するどころか、久方ぶりに会った友人のように接していた。対するバニルは、胸に手を当ててマクスへと頭を下げた。

 

「貴公に自己紹介をするのは何百回目か何千回目か。では今回も初めましてだ、マクスウェル。辻褄合わせのマクスウェル。真実を捻じ曲げる者マクスウェル」

 

 マクスウェル。アルダープがマクスと出会ってから、一度も聞いたことのない名前。彼の本当の名であると、間に立っていたアルダープは理解する。

 一方のマクスウェルは、僅かに記憶が残っていたのか、バニルと出会えたことを素直に喜んでいる様子。

 

「貴公は、記憶を失ったまま地上にやってきた我が同胞である。我輩は、貴公が在るべき場所へ連れていくため迎えに来たのだ。真理を捻じ曲げる悪魔マクスウェルよ。地獄へ帰ろう!」

「ま、待て! そいつはワシの下僕だ! 勝手に連れていくな!」

「下僕? 我輩と同じく、地獄の公爵の一人であるマクスウェルが?」

 

 マクスが連れ去られようとしてアルダープに、バニルは嘲笑しながら告げた。僅かだが怒りも帯びているように感じた彼の声に、駆け寄ったアルダープの足がすくんで止まる。

 

「悪運のみが強い傲慢で矮小な男よ。召喚したのが他の悪魔ならば、代価を持たない貴様は瞬時に引き裂かれていたであろう。しかし、力はあるが頭は赤子のマクスウェルを貴様は引き当てた。結果、貴様は代価も払わずにその地位にまで上る事ができたのだ。全てはマクスウェルのおかげである。深く深く感謝するがいい!」

 

 地下室を出ようとした足を止め、バニルは高らかに告げる。いつものアルダープならば、自分がマクスの力を上手く使ってやったからだと言葉を返していたであろう。

 しかし、相手がかなり上位の悪魔らしいと知った今では、迂闊に反論できなかった。歯向かえば殺されると、本能で感じていた。

 

「そして貴様はマクスウェルにこう言ったな。約束通り代価を払ってやろう。契約も解除だ。貴様を自由にしてやろう、と」

「ぬぐっ!?」

 

 次にバニルが告げたのは、マクスが願いを叶えてくれたと思い、咄嗟に出てしまったアルダープ自身の言葉。

 バニルがしっかりと聞いていた以上、目の前で反故にはできない。自分を嵌めた仮面の悪魔が憎く、拳を震わせるアルダープ。そんな彼へ、バニルは追い打ちをかけるように告げた。

 

「貴様とマクスウェルの間に交わされていた契約が実に面倒だったのでな。いやはやまったく、大層回りくどい事をしてしまった」

「回りくどい……? き、貴様まさか──!」

「おっとやはり察しがいいな。その通り。我輩があの小僧に借金返済の都合を付け、貴様の事を教えてやったのだ」

 

 ララティーナが手に入る筈であった結婚式を台無しにした、生意気なあの男。彼の背後にいた存在が、今目の前にいる仮面の悪魔だという。

 どうにかなってしまいそうな程の怒りを覚えたが、生物としての本能が手を出すことを許さない。アルダープの拳は未だ握られたまま。

 

「こ、こんな事をしなくとも、最初から正体を明かして言えば返してやったのに……そうすれば、ワシもあんな恥を晒すことなど……!」

「この方が面白いからに決まっているであろう! 愛しの花嫁を、あと少しで手に入ると思った瞬間に拐われた時の貴様の悪感情! このまま滅ぼされてしまっても良いと思える程の美味であった!」

 

 実に愉快と、バニルの笑い声が地下室に響く。此度の結婚式にとって主役であった筈の彼は、花嫁を拐うあの男を引き立たせる為の、舞台を作った脚本家を楽しませる為の、可笑しく踊らされる道化でしかなかったのだ。

 できることなら仮面の悪魔を気が済むまでぶん殴ってやりたいが、叶わぬ夢。マクスウェルもこのまま彼に連れて行かれるであろう。

 まさかマクスがそこまで強力な悪魔だったとは。奴がいなくなった後は、悪事の証拠をどうやってもみ消すか。マクスの奪還を諦め、震えていた拳を解いた時。

 

「バニル! 帰る前に僕はアルダープから代価を貰わないと! さっき言ってくれたんだ! 代価を払ってくれるって!」

 

 マクスウェルが、見た目相応の無邪気な笑みでこちらに近付いてきた。代価代価とうるさかったが、一度も払ったことはないので、何を持っていくのかアルダープは知らない。

 幸い、金なら腐るほどある。好きなだけもっていけと、アルダープは目を伏せる。

 

 暗い地下室に、何かが折れる鈍い音が響いた。

 同時に、自分の腕に違和感を抱く。彼は閉じていた目を開く。

 

 マクスウェルに握られていた彼の腕は、あらぬ方向へと曲がっていた。

 

「ぐっ……!? ぐぁあああああっ!?」

 

 今まで感じたことのない激しい痛みに、アルダープはたまらず悲鳴を上げる。

 苦痛に顔を歪ませるアルダープとは対称的に、マクスウェルは恍惚に浸った表情を見せ、風の抜ける音も激しさを増している。

 

「マクスウェル、続きは地獄に帰ってからやればよい。この男がツケにツケた代価は凄まじい量になっている」

 

 興奮するマクスウェルに、バニルが宥めるように話す。しかしその口元は楽しそうに笑っており、彼の視線は痛がるアルダープへ向けられた。

 

「その代価は、マクスウェルの好む味の悪感情を決まった年月分放ち続けること。我輩が見るに、残りの寿命では到底払いきれるものではなかろう。そして代価の支払い義務は契約者にのみ請求される。家の者を代わりに差し出そうと考えているのなら無理な相談である」

「なっ……!?」

 

 頭に浮かんでいた逃げ道を塞がれて、アルダープは絶望する。このままでは地獄に引きずり込まれ、その先に待ち受けているのは死のみ。

 痛みに耐えながら思考を働かせ、この場から逃れる術を探していた時。

 

「悪趣味な奴等だ」

 

 地下室に、バニルでもマクスウェルでもない、男の声が響いた。アルダープは咄嗟に顔を上げる。

 入り口の階段から降りてきたのは、アルダープにとって見覚えのある人物であった。青いコートを着た銀髪の冒険者──蒼白のソードマスター、バージル。

 

「口ではそう言っておきながら、気になって見に来るとは。調子に乗って全財産はたくんじゃなかった本当に身体で払わせてやろうかあの女と、現在自宅で悶々と悩む男に負けず劣らずのムッツリであるな」

「金にもならん下劣なショーを見に来たつもりはない。貴様の言う友人とやらの顔を拝みに来ただけだ」

 

 地下室に入ってきたバージルへ、バニルが気さくに話しかけた。バージルは目を合わせず言葉を交わす。

 助けに来てくれたと希望を見たアルダープであったが、顔見知りのように話す二人を見て思考が止まる。

 

 刹那──アルダープの横に風が過った。

 一拍置いて、地下室に乾いた音が響き渡る。何が起こったのかアルダープには見えなかったが、気付いた時には後ろにいた筈のマクスウェルが前に移動し、バージルに拳を止められていた。

 

「僕のアルダープを汚したのは、君?」

 

 マクスウェルの表情は伺えないが、声に怒りが帯びている。一方のバージルはというと、悪魔でも上位の存在であるマクスウェルの一撃を、顔色も変えず片手で受け止めている。

 しばし睨み合っていた二人だったが、マクスウェルが自ら離れた。バージルは挑発的な笑みを浮かべてマクスウェルに言葉を返す。

 

「だとしたらどうする?」

「ヒュー! ヒュー! ぐちゃぐちゃにしてあげるよ! 僕の気が済むまで!」

 

 煽られたマクスウェルは怒りのままに再度バージルへ突撃する。携えていた刀に手を掛けようとしたバージルだが──。

 

「落ち着けマクスウェルよ。此奴はそこの強欲貴族を魔獣化させた犯人ではない」

 

 間に入ったバニルがマクスウェルの突撃を、彼の額に指を一本当てて簡単に止めた。マクスウェルは興奮冷めやらぬ様子でバニルに尋ねる。

 

「本当に? 嘘じゃない?」

「我輩は友人に嘘を吐かぬ。貴公の大切な物を汚した男は近い未来捕まえて差し出す故、貴公の怒りはその時まで取っておくといい」

 

 バニルは指で押さえたままマクスウェルを諭す。マクスウェルも彼に信頼を置いているのか、振り上げていた拳を下ろした。

 その様子をアルダープは呆然と見ていたが、彼等の意識がこちらに向いていないと気付いてハッとする。逃げるなら今しかないと、アルダープは痛みを堪えて声を押し殺し、立ち上がって移動する。

 

 が──彼の前にマクスウェルが一瞬で移動し、もう一方の腕をへし折ってきた。

 

「があぁああああっ!?」

「ごめんよアルダープ! 寂しい思いをさせちゃったね!」

 

 倍増した痛みに耐えられず、アルダープは膝をつく。年甲斐もなく涙が溢れ、股下が濡れるのを感じる。

 悪魔の目を逃れて地下室から脱出する事は不可能。ならば、助かる道はひとつしかない。アルダープは掠れた声でバージルに助けを求めた。

 

「た、助けてくれ! 貴様は冒険者だろう! ここにいる悪魔を退治するのだ!」

「報酬も提示せずに、冒険者が依頼を受けてくれると?」

「金ならいくらでもある! だから──!」

「資産ならばマクスウェルが地獄へ帰る事により、悪事が全てバレて全財産を没収される。貴様はもはや無一文である」

「……だそうだ」

 

 割って入ったバニルの言葉に、本日何度目かの絶望を味わう。だが諦めきれないアルダープは助けを懇願し続ける。

 

「家の者を好きなだけ差し出してやろう! 従者はワシ選りすぐりの美女ばかりだ!」

「カズマなら食いついただろうが、俺の家は従者が必要なほど広くはない。それに、俺が望む物はもう手に入れた」

 

 バージルはそう言って、コートの下からある物を取り出す。短い線の模様が一本入った石のような物。彼の手にあるそれを見て、アルダープは目を見開いた。

 アレはただの石ころではない。決められた合言葉を唱え、モンスターをランダムに召喚して使役できる魔道具──マクスウェルを喚び出した神器であった。

 

「俺の知り合いが、この魔道具を欲しがっていてな」

「わかった! その魔道具を報酬としよう! 今すぐワシの依頼を引き受けて──!」

「何故その必要がある?」

 

 一筋の光明を見たアルダープであったが、対するバージルは助ける様子も一切なく、不思議そうな目でこちらを見ていた。

 

「俺は、この魔道具を盗みに来た。宝の持ち主に許可を得てから持っていく盗賊がいると思うか?」

 

 バージルは神器を再びコートの下にしまう。アルダープの切なる願いを斬り捨てるように、彼は背を向けて階段へと歩き出す。

 

「用は済んだ。貴様の顔もこれで見納めだ」

「ま、待って──」

 

 去ろうとする彼を、アルダープは急いで呼び止めようと声を上げたが──束の間、彼を襲ったのは思わず息が止まるほどの恐怖。

 数歩進んだところで、顔だけアルダープへと振り返った彼の目は、身も凍りつくような冷たいものであった。

 同時に感じたのは、抗いようのない絶望。心臓を握られ、少しでも力を加えられたら潰されてしまいそうな感覚。マクスウェルと、バニルにも抱いたものと同じ感覚。

 そして裁判の時に見せた、底知れない恐怖を思わせるバージルの目。アルダープの中で、点と点が繋がった。

 

「ま、まさかお前も……」

 

 声を震わせるアルダープの問いに、バージルは答えを示すように不敵な笑みを浮かべた。 

 

「せいぜい地獄を楽しむといい」

 

 そう言い残し、彼は地下室から出ていった。遠ざかっていく彼の後ろ姿を、アルダープは放心した顔で見ていた。

 

「これは中々の悪感情であるが、我輩の好みではないな。絶望の悪感情はマクスウェルが好む味だ」

 

 絶望するアルダープを見てバニルが愉快そうに笑う。もはや怒る気力さえも沸かない。

 ほんの僅かな希望を胸に、アルダープは恐る恐るマクスウェルへと振り返った。

 

「ワシは、今まで酷い事をしてしまった……頼む、助けてはくれんか? こう見えて、ワシはお前の事が嫌いではなかったのだよ! 本当だ!」

 

 あれだけ痛めつけた主人を大悪魔が許すと思えないが、アルダープは一か八かの賭けに最後の望みを懸ける。

 彼の贖罪を聞いたマクスウェルは一瞬驚愕したが──彼は今まで一番の、喜びに満ち溢れた表情を見せてくれた。

 

「僕もだよアルダープ! 地獄に連れて帰ったら、僕がずっと傍にいてあげるよアルダープ! ずっとずっと、君の絶望を味わわせてよアルダープ! ヒュー! ヒュー!」

 

 マクスウェルの歓喜に満ちた声が、強く風の抜ける音と共に響く。恋い焦がれ、ようやくその偏愛が実ったかのように。

 アルダープはおもむろにバニルへ顔を向けたが、既に彼の姿は無かった。マクスウェルと二人きりになった彼は、救いのない未来を思い、生まれて初めて神に祈った。

 

 どうか、この壊れた悪魔が私を嬲るのをすぐに飽きて、楽に死なせてくれますように──。

 

 

*********************************

 

 

「此度はご苦労であったな。初めての裏方役にしては上々だ。いっそ劇団員になって経験を積んでみてはどうだ?」

 

 アルダープの屋敷から離れた街の路地裏。帰路を歩いていたバージルへ、追いついたバニルが労いの言葉を掛けてきた。

 

「貴様の舞台を手伝うのは、今回が最初で最後だ」

「なら安心するといい。我輩が貴様に依頼を出すのも最初で最後であろう」

 

 お互いに馴れ合うつもりはない。共通認識を再確認する二人だが、バニルはそのまま彼の隣に移動して言葉を続けた。

 

「裏方諸君とパッとしない主役小僧の活躍のおかげで、我輩の友人も助けることができた」

「貴様の本命は、奴から特大の悪感情を得ることだったように見えたがな」

「フハハハハッ! 我輩が何の悪感情も得られないイベントの脚本を書くわけがなかろう!」

 

 バニルにとっては悪感情が唯一の嗜好。目的を聞いた時は奴らしくないと内心思っていたが、しっかりと行動理念に沿って動いていたようだ。

 

「どのみち、ここまで事を運ぶには貴様の協力が不可欠であった。素直に礼を言っておこう。地獄の伯爵からの礼など、滅多に受けられるものではないぞ? じっくり味わうといい」

「まだ野菜炒めの方が味わい深い。礼はいらん代わりに、ひとつ答えてもらおう」

「何故あの男がテレポート水晶を持っているか、であるな?」

 

 尋ねようとしていたバージルの質問を、バニルが先に告げた。見通されたバージルは気に食わない奴だと舌打ちをする。

 

「我輩が魔道具店に就職する前のことだ。あのポンコツ店主は一度売れたテレポート水晶を、愚かにも再び仕入れたのだ。すると、一億年に一回とも言える奇跡が起きた」

「二個目のテレポート水晶が売れたか」

「然り。恐らくその時の客であろう。物々交換といって、テレポート水晶の半分にも満たない価値である退魔の聖水をいくらか貰ったそうだ。因みにその聖水は、悶々小僧が行きつけの店に放り込まれる未来を危惧して買い占めておる」

 

 全くあのポンコツ店主はと、バニルは気苦労が感じられる息を吐く。シルビアとの戦いで、ゆんゆんが使っていた聖水もカズマが買い占めたものであろう。

 まさか出処がアーカムだとは。時期を察するにまだこの世界に来て間もない頃であろうが、どうやってその聖水を手に入れたのか。

 足を進めながら考えていたが、答えは出ず。やがてバニルが再び話しかけてきたことにより、思考は止められた。

 

「さて、依頼の報酬であるが後日渡すとしよう。口約束をして当日ドタキャンする女神と違い、悪魔は約束を守る。そしてポンコツ店主とは違って我輩には見る目がある。期待して待っておくといい」

「言った筈だ。悪魔の礼などいらんと」

「高貴な悪魔の面子を保つ上では、約束を反故にできん。気に入らなければ捨てたらよい」

 

 足を止めてバニルに断りを入れたが、拒んでも送りつけてくるつもりのようで。バニルはぶつぶつと呟きながらバージルの前を歩く。

 

「ここは無難に金にもなる宝石か、珍しい魔道具か……我輩としては朝の目覚ましにもなるバニル人形がイチオシなのだが……」

 

 どうやら報酬には期待できないらしい。どのみち何を送られようとも、燃やして捨てるかカズマに渡すつもりでいたのだが。

 遠ざかっていくバニルから目を外し、バージルは振り返って空を見上げる。

 

 悪魔が嗤った夜の空。紅く染まった丸い月が、街を妖しく照らしていた。

 




アニメでここのシーンが見れると思うと、今から楽しみです。


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第86話「この冒険者達に懐かしの日常を!」

 魔王軍幹部襲来に機動要塞デストロイヤー迎撃戦、賞金首クーロンズヒュドラの討伐作戦と、駆け出し冒険者の住む所とは思えないイベントが時たま起こるアクセルの街。

 そしてつい最近もまた、号外が撒かれる程の一大イベントが発生した。

 

 ダスティネス・フォード・ララティーナの結婚式。その日、突如として式場に魔獣が出現。式場にいたアルダープは、悪魔が化けた偽物であった。

 正体を突き止めていた冒険者が式場に現れ、魔獣と対峙。その後、魔獣はサトウカズマを中心としたパーティーが討伐。魔獣以外に出現した悪魔は魔剣の勇者とアークプリーストのアクア、魔道具店店主のウィズ等が対処した。

 

 彼等による迅速な対応が無ければ、魔獣の牙は住民に向けられ、街には甚大な被害が及んでいた。

 ギルドは、式場での悪魔討伐に貢献したサトウカズマ達に報酬を渡すと約束。同刻、正門前にも出現した悪魔をバージルとタナリスが討伐していたので、二人にも報酬が約束された。

 

 本物のアルダープは魔獣討伐の後、屋敷の者が発見。しかし結婚式の翌日、彼は忽然と姿を消した。

 と同時に、アルダープがこれまで隠していた悪事の証拠が次々と発覚。これを恐れていた為に、アルダープは独り失踪したと推測される。

 自動的に当主となったひとり息子のバルターは、被害を受けた方々に返還すると表明。また、バルター自身は不正に関与していなかったとして咎められず、これからはダスティネス家の補佐として尽力すると誓った。

 

 しばらく慌ただしかったアクセルの街であったが、魔獣出現から一週間後。ようやく平穏な日常が戻りつつあった。

 

 

*********************************

 

 

 アクセル郊外にポツンと建てられた一軒の便利屋、デビルメイクライ。そこに訪れていたタナリスは、号外新聞を広げてソファーに座っていた。

 

「カズマ達の活躍が大々的に取り上げられているのに、僕等はほんの数行じゃないか。なんだか贔屓を感じるね」

「鬱陶しい記者に囲まれる心配がないと思えばラッキーだ」

 

 口をとんがらせるタナリスに言葉を返しながら、バージルは朝の紅茶に口を付ける。

 

 魔獣騒動の後にミツルギから聞いた話では、カズマ達は魔獣討伐に巻き込まれた形の筈であったが、記事では彼がリーダーとして戦ったことにされているようだ。

 デストロイヤー迎撃戦で指揮を執っていた姿が、記者の印象に残っていたのであろう。また、直前の結婚式では主人公さながらの登場で乱入し、悪徳貴族から華麗にダクネスを救い出した。

 一方でバージルとタナリスは、五分と経たず悪魔を討伐。故に目撃者も少なく、報酬金もカズマ達より少ない。二人よりもカズマ達に注目が集まるのは仕方のないことであった。

 

「冒険者をやってたら、一度は取材を受けてみたいけどね。バイトのプロフェッショナルとして聞かれたことはあったけど」

「いっそ冒険者から職人に転職すればいい。今の倍は稼げるだろう」

「バイトで稼ぎながら、時々冒険するのが僕のライフスタイルさ。誰に言われようと変えるつもりはないよ」

 

 タナリスは新聞を閉じ、前の机に放り捨てる。後ろに体を倒してソファーに背を預け、バージルに顔を向けた。

 

「しかし君は災難だったね。折角の報酬が全部パーになるなんて」

 

 タナリスの言葉を受けて、バージルの眉がピクリと動く。

 彼女の言う通り、今回の悪魔討伐で得た臨時報酬は全て消えた。どこぞの多重債務冒険者のようにカジノで溶かしたわけではない。原因は、バージルの机に置かれた一枚の紙にある。

 全壊してしまったエリス教教会の修繕費──その請求書であった。その額は、悪魔討伐で得た報酬を上回る。

 

 教会に多大なダメージを与えていたのは、魔獣化したアルダープ。本来ならアレクセイ家が支払うべきもの。

 しかし世間では、式場にいたアルダープは偽物とされている。彼が悪魔を使役していた事実を明かさない為に。

 おまけにあの日、バージルのパンチ一発が決定打となって教会が崩壊したのを、大勢に見られていた。故に教会を壊した責任は、バージルにあるとされたのだ。

 

 だがバージルは、この事実に不満を覚えているわけではない。悪魔のいざこざを表に出さない為には必要な経費だと納得していた。

 では、何故彼が請求書を見て不機嫌になっているのかというと──。

 

「でも良かったじゃないか。ダンジョンで見つけたお宝の換金分も合わせたらキッチリ支払えたんだし」

「それが気に食わんのだ」

 

 悪魔討伐の報酬金とダンジョン探索で得た収入。それらを合わせた金額と請求額が、一桁も違わずピッタリ合っていたからだ。

 もともとダンジョン探索は、バニルの助言を受けて起こした行動。つまりバニルはあの時点で、ここまで見通していた可能性がある。

 最後までバニルに踊らされていた事実を知り、バージルは怒りを覚えていたのだ。きっとバニルは今頃、新商品の準備に取り掛かりながらほくそ笑んでいることであろう。

 これがプレゼントだと言うなら、お返しとして彼の仮面をズタズタに斬り裂いて燃えるゴミに出してやろうと考えていた時。

 

 木の軋む音と共に、正面の扉がおもむろに開かれた。訪れた来客にバージルとタナリスは視線を向ける。

 入ってきたのは、二人もよく知る銀髪の盗賊──もとい、それに扮した女神であった。

 

「やあエリス。教会で会った時以来だね」

 

 タナリスが手を挙げて声を掛ける傍ら、エリスは扉を閉めてバージルの前に移動する。魔獣騒動の後、彼女はしばらく姿を見せていなかった。

 

「今までどこに行っていた?」

「少しの間、天界で待機していたんです。上からの叱責があると思ったので」

「どうしてだい?」

「私自ら、規定を破ったからです」

 

 彼女は立ったまま、今まで天界にいた理由を語り始めた。

 

 女神エリスは魔獣化したアルダープを止めるべく、下界で女神の力を行使した。更にその正体を、教会内にいたカズマ、めぐみん、ダクネス、ゆんゆんの四人に知られてしまった。

 この方法以外無かったとはいえ、女神が下界で力を使うのは規定違反。お叱りを受けると思った彼女は、しばらく天界に戻っていた。

 が、予想と反して罰は与えられず。生真面目な彼女は自ら報告したが、上からは叱責すら無かった。

 因みにアクアとタナリスは、かたや転生特典として強制連行され、かたや堕天という名の追放。彼女等は特例として下界で力を使うことを認められている。

 

「女神の力……か」

 

 バージルは壁にかけていた聖雷刀に視線を移す。

 あの男も目をつけた、聖なる力。人を照らし、魔を滅ぼす光。人と魔を分かつ力。

 

「君は滅多に規定を破らないんだろう? なら、数回ぐらい破っても構いやしないってことだよ」

 

 流石に破り過ぎたら僕みたいになるけどと、タナリスは軽く笑ってエリスに語りかける。エリスは苦笑いを浮かべた後、再びバージルに顔を向けた。

 

「それで……バージルさん。いったい何があったのですか?」

 

 真剣味を帯びた表情で、エリスは尋ねてくる。彼女が何を聞きたいのかを、バージルは既に理解していた。

 故に彼は話した。隠された真実──アルダープの末路を。

 

 この場にいる三人以外で真相を知っているのは、ミツルギ、ゆんゆん、カズマの三人。

 ミツルギとゆんゆんには、口外しないことを前提としてバージル自ら話していた。二人は驚いた様子だったが、最後は納得してくれた。ミツルギだけ、どこか晴れない表情であったが。

 そしてカズマは、アルダープが失踪した翌日にバージルのもとへ訪ねてきた。アルダープがその後どうなったかを聞く為に。

 彼は、バージルがアルダープを教会から連れ出したのを見ていた。更に、アルダープが悪魔の力を利用している事情も知っていた。結婚式当日、バニルから聞いたという。

 そこまで知っているのなら隠す意味はないと判断し、カズマにも真相を告げた。公にする話ではないと判断したカズマは、同じく教会の場でバージルを目撃していためぐみんには上手いこと伝えておくと言って、屋敷へ戻っていった。

 

 事の顛末を聞き、エリスはたまらず下を向く。全てが悪魔の仕組んでいたことなら、悪魔許すまじと怒りを顕にしていたであろう。

 しかし今回は、アルダープが代価も払わず悪魔の力を使い、その代価を払うために連れて行かれた。自業自得という言葉以外に言い表せない。

 更に彼は、彼女の親友ダクネスの心を傷付けた。人間クリスとしては許せない相手だ。

 が、彼女は同時に──慈愛の女神でもある。

 

「本当に……救える道は無かったのですか?」

「奴を救える者がいるとしたら、よほど奴に惚れ込んでいる盲目女か、何も考えずに誰彼構わず救いの手を差し伸べる馬鹿ぐらいだろう」

 

 やるせない気持ちを顕にするエリスへ、バージルは冷たく言い返す。エリスは俯いて反論しようとせず。

 三人の間に沈黙が漂う。それに耐えかねたのか、タナリスは口を開いた。

 

「人間のような悪魔もいれば、悪魔のような人間……救いようのない人間もいるってことさ。転生特典で好き放題悪魔を召喚してる彼みたいにね」

「……アーカムか」

 

 話題はアルダープからアーカムへと切り替えられた。

 デストロイヤー襲撃時、アルカンレティア、紅魔の里、そして此度の結婚式。その全てに現れた悪魔の元凶。

 その名前を聞き、俯いていたエリスが顔を上げた。反応を見せた彼女に目をやり、バージルは説明する。

 

「俺の記憶を見た貴様なら知っているだろう。奴が、この世界に転生を果たしていた」

「少なくとも異世界転生を選択できる善人ではない筈なのに、それも転生特典を持っているだなんて、どうして……」

「どこかの女神さんがうっかり転生させちゃったんだろうね。何度も言うけど僕じゃないよ。だからそんな怖い顔で睨まないでよバージル」

 

 鋭い視線に気付いたタナリスが、無実を主張してくる。しかしバージルは目を反らさない。

 バージルが最後に転生させた人物だと彼女は言うが、それをタナリス以外に主張する者がいないので、疑うなと言われるのも無理がある。

 アーカムとタナリスが出会った時はお互い初対面のように思えたが、演技の可能性も否定できない。

 

 だが、タナリスを疑っていると決まってエリスが突っかかってくる。現にエリスがこちらを睨んでいた。

 もしタナリスが犯人だとしても、ここで問い詰めたところでボロを出すとは思えない。

 

「今は見逃しておいてやる。だがもし貴様が黒幕で、本性を表した時は……人間界からも追い出される覚悟をしておくがいい」

 

 尋問ではなく泳がせる選択を選び、バージルはタナリスから目を離した。疑いが晴れたとは言えないがひとまず保留になったところで、話を聞いていたエリスが自ら提案した。

 

「私が先輩の世界に行って、転生させた女神を探してきましょうか?」

「その女神がアーカムと繋がっている可能性もある。やめておけ」

「おまけにあっちの天界は魔女探しで血気盛んになってるからね。なんなら手伝えって言われるかもしれないし。天使狩りの魔女にお仕置きされたいなら止めないけど」

 

 エリスの提案は即却下された。タナリスの忠告を聞いて、以前魔女の話を聞いていたエリスは身震いして自分の肩に手を回す。

 

「それに、彼の額に埋め込まれていた目……どっかで見た覚えがあるんだよね」

「アーカムを転生させた女神のモノである可能性は?」

「うん、僕もそこに絞って考えてるんだけど、全然思い出せなくて……誰だったかなぁ」

 

 腕を組んで天を仰ぎ、悩める姿を見せるタナリス。このまま待っていても思い出してくれなさそうだったので、バージルはため息を吐く。

 

「ひとまず話は以上だ。アーカムの件はミツルギとゆんゆんにもいずれ話すが、カズマ等には黙っておけ。より厄介な事態になりかねん」

 

 アーカムがどこにいるかもわからない。彼を転生させたという女神の目的も不明。これ以上考えていても、憶測の域は出ないであろう。

 バージルは机に置いていた本に手を伸ばそうとしたが、家から出ようとせず目の前で立ったままのエリスに気付く。

 しばらく様子を伺っていると、エリスは神妙な面持ちでバージルに尋ねてきた。

 

「もし、再び出会った時……バージルさんは、彼をどうするつもりですか?」

「決まっているだろう。二度と蘇らないよう、地獄の底に叩き落とす」

 

 エリスの問いに、バージルは迷わず答える。今回はみすみす逃してしまったが、次は無い。

 彼の揺るぎない意志を聞いて、エリスは何か言いかけるも口を閉じる。そのまま彼女はバージルの家から出ていった。

 質問の意図が気になったが、エリスを追いかけようとはせず。と、横で見ていたタナリスが思い出したように言った。

 

「そういえば、話さなくてよかったのかい?」

「何がだ?」

「アーカムが女神の力を狙ってるって話。彼が目を付けてるのはアクアだけどさ」

 

 悪魔の力を求めていたアーカムは、この世界では女神──天使の力を欲していた。

 標的はアクアだが、いずれエリスの存在に気付く可能性もある。クリスの正体を見破ったバージルのように。

 彼女の安全を考えるなら伝えるべきであろう。しかしバージルはあえて伝えずにいた。

 

「手にする前に奴を殺せばいいだけのことだ。伝えるまでもない」

 

 バージルは手に取った本を開きながら返答する。素っ気ない態度だったのだが、それを聞いたタナリスは何故かニヤニヤと笑っていた。

 

「君はホントに素直じゃないねぇ」

「口うるさいエリスがいない今、貴様をここで尋問してやってもいいが」

「ごめんごめん。ちょっとからかっただけさ。だから僕の周りに浮かべた魔法の剣を消して欲しいな」

 

 

*********************************

 

 

 バージル、タナリスと話した後、バージルの家から去ったエリスは浮かない表情のまま道を歩く。

 彼女の脳裏にあるのは、バージルが放った言葉。アーカムをこの手で殺すという、明確な殺意。

 

 バージルの記憶を通して見たアーカムの印象は、はっきり言って最悪だった。

 悪魔の力を得るため、自らの妻を生贄に捧げた。魔界を開くためにバージル等を騙し、娘にすら手をかけた。

 最後はスパーダの力を扱いきれず、双子によって彼の企みは止められた。

 人間でありながら、悪魔以上の残忍さを持つ男。地獄に堕ちてしかるべき人物だ。

 

 それでも、彼を殺してほしくないと願う自分がいた。

 決して、アーカムにも救いの手を差し伸べようと思ったわけではない。

 バージルに、人を殺してほしくないのだ。

 

 この世界ではあらゆる存在が、他の存在を倒すことでその者が持つ魂の記憶を一部吸収し、糧とする。

 人間はそれを経験値と呼び、一定以上吸収することで進化を遂げる(レベルアップする)

 つまり人間が異種の存在を殺めることは、進化の過程で必要なため、罪とは数えられない。悪意を持って殺している場合は別であるが。

 

 しかし同種の存在──人が人を殺せば罪となる。どんな事情があろうとも。それがこの世の理だ。

 相手の心がどれだけ悪に染まっていようと、救いようのない者でも。

 たとえ──悪魔に魂を捧げ、世界を混沌に陥れようとした人間であっても。

 

 この世界において、バージルはまだ人を殺していない。だがアーカムを殺してしまった場合、彼は再び罪を犯してしまう。

 それをエリスは望んでいなかった。深い理由があるわけではない。ただ、彼には人を殺して欲しくない。罪を犯してほしくないと、彼女自身が思った。

 この願いを伝えれば、きっと彼は怒るだろう。だから言えなかった。それにこの願いは、世界の安寧を望む女神として抱いてはいけない我儘だ。

 

 ならばいっそ、バージルが手を下すその前に──。

 

「おーい、エリス様ー」

「ふぁっ!?」

 

 不意に女神の名で呼ばれ、エリスの身体が跳ね上がる。顔を上げて前方に見えたのは、こちらに歩み寄ってきたカズマとダクネスであった。二人の姿を見たエリスは胸を撫で下ろす。

 

「急に女神の名前で呼ばないでよ。びっくりしたぁ……」

「もう知らない仲じゃないでしょう俺達。おまけにエリス様の可愛い反応も見れたから眼福ですよ」

「あんまり女神様をからかってたら、バチが当たるよ?」

「エリス様の天罰ならむしろご褒美なので大歓迎です」

「んぅ……そこまで真剣な顔でハッキリ言われるとは思わなかったよ」

 

 目を逸らさず答えてきたカズマに上手く言い返せず、エリスは困ったように頬を掻く。

 彼へイタズラな質問をしても、逆にこっちが痛い目を見そうだ。そう判断し、エリスは話題を切り替えた。

 

「この道を通ってるってことは、バージルに何か用でもあるの?」

「俺はただの付き添い。バージルさんに用があるのはこっち」

 

 カズマは隣に立っていたダクネスに目を移す。エリスも彼女へ視線を向けると、ダクネスはエリスの顔を見て固まったまま。

 そこでふとエリスは思い出す。教会で正体を見られた後、ダクネスは衝撃のあまり気絶した。それから程なくしてエリスは天界に戻ってしまった。

 女神として再会するのはこれが二回目。また気絶されない内にと、彼女はダクネスと向き合って再び名乗った。

 

「今まで黙っててごめんね、ダクネス。教会でも言ったけど、アタシの正体は女神エリスなの」

「え、エリス……様」

「けど、盗賊クリスであることに変わりはないから。これからも親友として接してくれたら嬉しいかな。だから、アタシのことは今まで通りクリスって呼んでね」

 

 改めてよろしくと、エリスは握手を求める。差し伸べられた手を見て、ダクネスは酷く驚いた。

 まだ、親友が女神だった事実に戸惑っているのであろう。エリスは手を戻そうとせず、微笑んだままダクネスを待つ。

 中々手を取ってくれずにいたが、やがてダクネスは決意したように右手でエリスの手を握り──。

 

 更にもう片方の手でエリスの手を包み、地面に両膝をつけた。

 

「クリス様ぁああああああああっ!」

「えぇっ!?」

 

 親友としての絆も、神への敬意も、彼女には捨てることができなかった。

 

「エリス教の信徒であるにも関わらず、数多の冒険でクリス様に迷惑をかけてしまいました! どうか、罪深き私に天罰を!」

「様付けはもっとやめて!? 街の人に聞かれたら色々と誤解が生じるから!」

「私は、聖騎士として恥じぬよう鍛錬を続けて参りました! どんな罰も受けます! 苦しみにも耐えます!」

「うんよく知ってるし罰も与えないから顔を上げて! カズマ君も見てないで止めてよ!?」

「すみません、アタフタしてるエリス様がとても可愛らしかったので」

「君ホントに天罰与えるよ!?」

「喜んで」

 

 

*********************************

 

 

 結婚式騒動から翌日。ダクネスがカズマ達のもとに帰ってきた。

 彼女は一度パーティーを離脱したことを気にしていたが、カズマ達のパーティーにおいてダクネスは必要不可欠だと、離脱期間中に思い知らされた。

 それがなくとも、ダクネスが大事な仲間であることに変わりはない。三人は温かく彼女を迎え入れた。

 

 更に、彼女から嬉しい知らせを聞いた。今回、ダクネスを買い取るために用意した二十億が返ってくるというのだ。

 領主アルダープの不正が次々と発覚し、それらで得た彼の財産が没収され、国の補填も合わせて被害者へ返還することに。

 それはカズマの払った二十億も同じ。元々その額は、ダクネスがアルダープに抱えていた借金だ。その借金が無かったことになるので、二十億を払う必要もなくなる。

 これまでダスティネス家がアルダープへ払っていたお金も返される。今まで何故こうも領主の言い分を信じていたのかダクネスは疑問に思っていたので、事実を捻じ曲げる悪魔の効力が無くなったからだろうとカズマは察した。

 

 アルダープは消息を絶ったそうだが、彼はその真実を知っていた。ダクネスが来る前、バージルの家に言って聞いてきたからだ。

 勿論、三人には言っていない。ダクネスの話を聞いても、カズマは持ち前の演技力で知らない風を装った。

 

 それから、結婚式でのダクネス所有物宣言の話で詰められたり、ダクネスの結婚歴についてひと悶着あったりした後。

 ダクネスは、此度の騒動で迷惑をかけた人達に謝罪とお礼を言いたいと告げ、街中に出向いた。付き添いは必要ないと言われたので、カズマは屋敷でクエストにも行かずのんびり過ごしていた。

 しかし数日後、ダクネスはカズマに同行を求めてきた。バージルの所に行きたいのだが、自分だけでは話も聞いてくれず追い出されてしまうから、付き添いが必要だという。

 その絵が容易に浮かんだカズマは、重い腰を上げて屋敷を出た。バージルの家に向かって歩いていたら、クリスとバッタリ会ってしまい──今に至る。

 

「とにかく、エリス様もクリス様も禁止。普段通りの呼び方を心がけるように。わかった?」

「しょ、承知した。クリスさ……ん」

「さん付けもナシ」

 

 ようやく落ち着きを取り戻したダクネスに、クリスが釘を刺すように言いつける。その様子をカズマはジッと見つめていた。正確にはクリスを。

 これまでは活発でボーイッシュな子という印象だったが、正体がエリス様だと知ってからは、彼女の一挙一動が全て可愛く見える。女神補正というものか。

 カズマの視線に気付いたのか、クリスがジト目でこちらを睨んできた。その姿すらも愛くるしい。

 

「で、話は戻るけどバージルに何の用があったの?」

「その……今回の一件で多くの人々に迷惑をかけてしまったので、その謝罪と礼を伝える為に回っていたのだ。バージルも、式場前での魔獣騒動とは別で正門前に現れた悪魔を討伐したと聞いたからな」

「ダクネスったらどこまでも律儀だねぇ。それが良いところでもあるんだけど」

「クリスにも、心配をかけてすまなかった。そして魔獣を倒してくれて、本当にありがとう」

「いいってこと。アタシ達は最初から魔獣討伐が目的だったし。でも心配させたことは……シュワシュワ一杯で手を打ってあげる」

 

 クリスの明るい笑顔を見て、ダクネスもようやく普段の調子を取り戻してきたのか、口に手を当ててクスリと笑う。

 彼女等の間に入ろうとする男がいれば、一定層からタコ殴りにされるであろう。紳士なカズマは、友情を育む二人を温かく見守っていた。

 

「バージルならまだ家にいると思うから、行ってきなよ。タナリスさんも一緒にいるし」

「ありがとうクリス。ところで……何か思い悩んでいる様子だったが、相談ならいつでも乗るぞ?」

「あぁごめん。顔に出ちゃってたかな? でも、今回は気持ちだけ受け取っておくよ」

 

 ダクネスの言う通り、向かいから歩いてきた時の彼女は元気が無いよう思えたが、クリスは詳細を話そうとはせず。

 クリスは別れを告げるように手を振り、街中方面へと歩いていった。遠のいてく彼女の姿を見ながら、カズマは口を開く。

 

「俺、エリス様の方に行っていい?」

「おい待て! 私の付き添いをしてくれる約束だろう!」

「これはエリス様ルート突入のイベントに違いない! だから少しでもエリス様と接して好感度を上げておきたいんだよ!」

「何を訳の分からない事を言っているんだ! そもそもお前は相談に乗るよりも、懺悔の方が先だろう!」

「いやそれこそ何言ってんの? 俺はエリス様に謝るようなことなんて──」

「白昼堂々パンツを奪ったあの鬼畜プレイを忘れたか!?」

「アッ」

 

 口論の末に出てきた懐かしき記憶。それを思い出し、カズマの息が一瞬止まった。

 カズマのパンツ脱がせ魔という異名が広まった原因。初めて『スティール』を覚えた時、ギルドでの宴会、ゆんゆんパーティーとの対決と、カズマはクリスのパンツを三度奪った。

 そして、クリスと女神エリスは同一人物。つまりカズマは──女神エリスのパンツを奪ったということ。

 

「(ルート突入どころか好感度最悪じゃねぇか!? 何やってんだあの頃の俺!)」

 

 いつの間にか神への冒涜を犯していたカズマは、その場で頭を抱える。

 パンツを奪われて好感度が上がるヒロインなど聞いたことがない。当然エリス様の好感度はゼロ、どころかマイナス値の可能性もある。

 しかし、死後に会った時は嫌われているように思えなかった。それにカズマの裁判でクリスが証言台に立った時、パンツ強奪については水に流したと話していた。なら、彼女はそこまで気にしていないと捉えていいのでは。

 今すぐにでもエリス様に謝りに行きたかったが、ダクネスは行かせてくれず。今回は仕方なくダクネスの用事に付き合うとして、今度エリス様に会った時はキチンと謝ろう。

 そう決意したカズマは抵抗をやめ、ダクネスと共にバージルの家へ向かった。

 

 

*********************************

 

 

 クリスと別れてから程なくして、二人は便利屋デビルメイクライに到着。

 開店中を示すプレートが下げられているのを確認して、扉を開ける。中にはクリスの言っていた通り、バージルとタナリスがいた。

 二人を見て、というよりはダクネスの顔を見てだろう。露骨に顔を歪めたバージルが先に口を開いた。

 

「カズマはともかく、そこにいる迷惑客は出禁の筈だが」

「お前出禁になってたのかよ」

「カズマがアイリス様に拐われていた時期のことだ。依頼をできなくなったのは痛いが、乱暴に追い出されるだけでも私は十分だ」

「余計に質が悪いな」

 

 胸を張って話すことではないだろとカズマは思う。バージルが舌打ちをする傍ら、ソファーに座っていた彼女がこちらに手を上げた。

 

「やぁバツネス、久しぶり」

「おい! 誰からその話を聞いた!?」

「ついこの間、アクアから。その歳でバツイチとは災難だねぇ」

「や、やめろぉ!」

 

 タナリスから想定外の弄りを受け、羞恥に耐えられずダクネスはたまらず耳を塞ぐ。

 この国では、挙式の日の朝に入籍の書類を役所に提出する。つまり結婚式の前に入籍は果たしている。

 が、結婚式は破綻。相手のアルダープも失踪。結果ダクネスはバツイチとなり、カズマからはバツネスという不名誉なアダ名を付けられてしまったのだ。

 

「用がないならさっさと去れ。読書の邪魔だ」

 

 と、黙って見ていたバージルが苛立ちの声を上げた。これ以上怒らせたら自分も出禁にされかねないと思い、カズマはダクネスの肩をポンと叩く。

 目的を思い出したであろうダクネスは、落ち着きを取り戻すように咳払いをし、バージルと向き合う。一方でバージルは手に持っていた本を机に置き、ダクネスを見上げた。

 

「貴様のいない数日は実に平和だった。大人しく奴に嫁いでくれたのなら、祝儀のひとつは出してやろうと思っていたのだが」

「また君は心にもないことを言って。ホントはダクネスがいなくてちょっぴり寂しかったんじゃないの?」

 

 冷たい態度を取るバージルにタナリスが横槍を入れてきたが、また口を開いたら殺すと脅しの目つきで睨まれ、タナリスは肩を竦める。

 

「今回は色々と迷惑をかけてすまなかった。私のことで、めぐみんが押しかけたと聞いたが……」

「貴様に謝られる筋合いなど無い。もっとも、保護者の迎えが少しでも遅ければ、奴の眼に地獄の痛みを刻み込んでやるところだったが」

「それに結婚式があった日は、正門前に現れた悪魔をタナリスと共に討伐してくれて……魔獣を止めるようクリス達に言ったのも、バージルだったのではないか?」

「魔獣も悪魔も元から狙っていた獲物だ。結婚式と同時に現れたのは単なる偶然でしかない」

 

 謝罪を受け取る気はないと、腕を組んでダクネスから目を逸らすバージル。しかしダクネスも退くことはせず。

 

「それでも、迷惑をかけたことに変わりはない。本当に申し訳なかった。そして……ありがとう」

 

 彼女は謝罪と感謝の言葉を告げて、頭を下げた。そんな彼女をバージルが黙って見つめる。ダクネスは頭を下げたまま何も言わない。

 いつもと違う彼女に調子が狂ったのか。やがてバージルはため息を吐いた。

 

「次また出ていく時があれば、せめてカズマに一言告げてからにしておけ。まためぐみんが俺の所に押しかけてきては面倒だ」

 

 謝罪の言葉だけは受け取っておくと、バージルは告げる。返事を聞いたダクネスは顔を上げ、誓うように強く頷いた。

 

「これで用は済んだだろう。さっさと家に帰れ」

「いや、すまないがもうひとつ用件があるのだ。聞いてくれるか?」

「……早く済ませろ」

 

 どうやらまだ用事は終わっていなかったようで。バージルは鬱陶しそうな顔を見せながらも耳を傾ける。

 カズマも謝罪の件しか聞いていなかったので、急にどうしたのかとダクネスを見守る。

 

「クーロンズヒュドラや結婚のことでバタバタしてしまったが、ようやく落ち着くことができた。だからバージル」

 

 話を続けたダクネスは、バージルを真っ直ぐ見つめる。彼の名を口にしたところで一呼吸置くと、自身の胸に手を当て──。

 

「久しぶりに、私を痛めつけてはくれないだろうか!?」

「ッ──!?」

 

 熱に浮かされた表情で、バージルにいつものプレイを頼んだ。珍しくしおらしかった姿から普段のドM騎士へと豹変したダクネスに、バージルの顔が拒否反応を見せる。

 

「思えば王都で会った時から、ずっと焦らされっぱなしだったのだ! クーロンズヒュドラや魔獣のおかげで些か欲求は満たせたが、お前の激しい痛みと比べると、どうしても物足りなく感じてしまう!」

 

 此度の騒動については反省したが、性癖を直すつもりは雀の涙も無いようだ。もっとも反省していたのなら、あの時魔獣に捕まったりしていないのだが。

 

「カズマは巧みかつ多種のプレイで楽しませてくれるが、物理的な痛みはバージル! お前以外に考えられない!」

「誤解を生む表現やめてくれません?」

 

 ここが公衆の面前でなくてよかったと思うカズマ。さてどうなることかとバージルに目を向けると、彼がこちらを見ていることに気付いた。

 

「何をしているカズマ。さっさとこの変態を止めろ」

「てことは、再契約ってことでいいんですかね?」

「……何だと?」

 

 カズマの返答を聞いて、バージルが珍しく驚いた表情を見せた。一方でカズマはどうしたのだろうかと不思議に思いながら言葉を続けた。

 

「だってバージルさん言ったじゃないすか。俺との契約は解除だって。つまり、バージルさんがダクネスに絡まれてても助けに入らなくていいってことですよね?」

 

 カズマとバージルは、協力関係を結んでいた。バージルがカズマを助ける代わりに、ダクネスがバージルに絡んできた時は彼女を剥がして欲しいという契約で。

 しかし,ダクネスが屋敷を去った後にめぐみんがここへ押しかけた日。彼から契約破棄を申し出てきた。ダクネスがいない今、契約を結んでいても無駄だと。

 元はといえば、ダクネスが彼へ絡みに行ってもあまり助けようとしなくなった自分に非があるのだが。しかし契約解除を言い出したのはバージルなので、彼自身にも原因はある。こちらに強くは言えない筈だ。

 恨みのこもった目つきで睨まれて内心ガクブル状態だったが、ハッタリが十八番の彼は顔に出さず返事を待つ。

 

「剣で痛みを与えながら私の鎧を少しずつ破壊していくプレイも捨てがたいが、やはりあの装具を使った重い一撃が堪らない! 吊るされて無抵抗の私を、サンドバッグのように痛めつけて……くぅんっ!」

 

 が、目の前にいるダクネスは我慢の限界が近い。彼女がドMである以上、自分から襲いかかることはまず無いのだが。

 これ以上彼女を視界に入れたくなかったのか、バージルは椅子から立ち上がると──瞬間移動(エアトリック)で玄関前へ。

 カズマに返答することもなく。扉を開けた彼は、ここの家主であるにも関わらずカズマ達を置いて家から逃走した。

 

「待て! どこへ行くバージル! これ以上のおあずけはもう我慢ならんぞ!」

 

 当然、ダクネスも黙って見ている筈がなく。開けっ放しの扉から家を出て、遠ざかっていくバージルを全速力で追いかけた。

 この光景もなんだか懐かしいなぁと、飛び出していった二人を見送るカズマ。もう一人、残されたタナリスがカズマに話しかけてきた

 

「ねぇねぇ、契約って何のこと?」

「バージルさんとの協力関係だよ。力を貸してもらえる条件として、ダクネスに絡まれそうになるのを俺が防ぐことになってたんだ。言い出したのはバージルさんからだったな」

「へぇ、よっぽどあの子に絡まれるのが嫌だったんだね。けどその契約が無かったら、彼はもう君に協力してくれないってことだけど、いいのかい?」

「俺はこれから先、クエストには行かずのんびり過ごすつもりなんで。街に襲撃があった時は、流石にバージルさんも契約関係なしで手伝ってくれるだろうし」

 

 二十億の金が返ってくるとわかった今、わざわざ危険を犯してクエストで金を稼ぐ意味などない。クエストに行かないのなら、バージルの協力も特に必要はない。

 それに先程の再契約の話も、承諾されないことは想定していた。プライドの高い彼が、カズマに頼み込む形で契約を結んでくれるとは思っていなかったからだ。

 どうしても協力が必要な場合は、依頼として引き受けてもらえればいい。彼が仕事を受けるどうかは、その時の交渉次第だが。

 

 とにかくこれでダクネスの用事も終わり、自分も自由の身。早速エリス様へ謝りに行こう。これからの予定を決めたカズマはタナリスへ尋ねる。

 

「さっきここにクリスが来てたらしいけど、どこに行ったか聞いてないか?」

「いや、特に何も。けどこの時間だったら、ギルドにクエスト探しかシュワシュワを呑みに行ってるんじゃないかな?」

 

 クリスの行き先の候補を聞いたカズマは、一言お礼を告げてバージルの家を出る。

 周囲を見渡しながら道を歩くが、バージルとダクネスの姿は見当たらない。街の方で追いかけっこをしているのであろう。

 

「(そういえば、クリスの正体を知ってるのか聞き忘れたな)」

 

 ふと、尋ね忘れていた質問を思い出す。女神エリスがすぐ側にいることを気付いているのであろうか。

 タナリスはアクアと同期であるため、当然知っている筈。問題はバージルだが、彼ほどの洞察力なら既に気付いていてもおかしくない。

 それならば、クリスは正体を知られながらもバージルと行動を共にしていることになるが、その理由は何か。

 

「(エリス様は、下界にある転生特典(チートアイテム)を回収してた……バージルさんは転生者で、存在自体がチートみたいなものだから、その監視とか?)」

 

 持ち主がいなくなった転生特典は、性能にロックがかかっていても強力な物はある。悪者に利用されれば、世界の秩序を乱す危険がある。

 そしてバージルだが、彼は元から持っている力が桁違いで、その気になれば街ひとつ破壊することも容易く可能。

 存在そのものが世界のバランスを崩壊しかねないので、女神エリスが直々に監視している……と考えれば、納得がいった。

 

「(ま、直接聞いてみればいいか)」

 

 ひとまず彼女に会うのが先決だ。カズマは謝罪の言葉を考えながら、冒険者ギルドへと向かった。

 

 しかしその後、ギルドに行ってもクリスとは会えず。下手に街を探し回ればバージルと鉢合わせになる危険があったので、クリスの捜索を断念。

 なので教会で叶わなかった妄想を叶えるべく、昼間から例の店へ。ワクワクしながら店内に入った時、偶然にもその店に逃げ込んでいたバージルと感動の再会。

 カズマはサービスを申し込む間もなくバージルに連れ出され、アイアンクローで地獄のような痛みを味わった後、ダクネスの対処を無理矢理任されることになったそうな。

 




とりあえずアニメ3期で放送されるであろう巻までは進められた……筈。


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Secret episode8「この悪魔狩人に仮面の悪魔を!」

 今にも雨が降りそうな灰色の空。

 街の住人は曇天も気にせず歩き、今日も平和に過ごしている。

 大通りとなれば人の数も多いが、そこから外れた先の路地裏では人もまばらになる。

 野良猫が道の真ん中を我が物顔で進み、やせ細った人間が寝床にし、時にはガラの悪い屈強な男達のたまり場に。

 様々な顔を見せる路地裏だが、中でも一風変わった者がいた。

 

 路地裏では派手に映るタキシードを纏い、顔の口元以外を隠す白黒の仮面。

 見た目だけでも個性が強い彼の名は、バニル。ウィズ魔道具店に勤めている商人で、とある目的のためにこの都会の街へ訪れていた。

 商品のアイデア探しも兼ねて観光もしたかったが、あまり長居はできない。ここまで来るのに、何度か面倒な輩に絡まれて時間を潰してしまっていた。

 

「血気盛んな輩の多い街であるな」

 

 バニルは呆れ口調でぼやき、服を軽く払う。そんな彼の前にあるのは、ぐったりと倒れた動かぬ人間。否、人間だったもの。

 動きやすい軽装の下に隠されていたのは、赤黒く染まった異形の肉体。ソレは、人間に化けていた悪魔であった。

 同族とてあまり手を出すことはしない彼だが、あまりにも絡みがしつこく、更に聞く耳を持たず。軽く威圧しても実力差を理解しない愚か者だったので、望み通り死をくれてやった。

 

「バニル式破壊光線」

 

 周囲を確認してから手を構え、死体に向かって光線を放つ。悪魔の死体に青い火が付くと、その肉は瞬く間に焼け、悪魔が着ていた服もろとも炭となった。

 残ったのは地面に残った黒い焼け跡。証拠を消したバニルは焼け跡から目を離す。

 折角の遠出だというのに、のんびり過ごす時間もない。もっとも、売れない珍商品を見定める才に恵まれたポンコツリッチーにいつまでも店番させるわけにはいかないので、一日と経たず帰るつもりであったが。

 

 気を取り直し、バニルは足を進める。今は路地裏なので問題ないが、大通りを歩けばこの姿では目立ってしまうであろう。姿を変える必要がある。

 ゴロツキが多いこの街に馴染めそうな、素行が悪く年中金に困っていそうなクズ男が、知り合いにいなかっただろうか。

 

 

*********************************

 

 

 太陽が落ち、暗闇の空から雨が降り出した夜。

 街の片隅にあったひとつの店。明かりは付いていないが、部屋の中には火の灯ったランタンを机に置き、項垂れるように椅子へ座っている男がいた。

 

「はぁあああ……今日も収穫ナシかぁ」

 

 椅子に背中を預けてため息を吐いた男の名は、エンツォ。彼の周囲には、多種多様な武器と道具が飾られている。

 とある筋から手に入れたが、そのほとんどがただの武器や道具ではない。魔具と呼ばれる、悪魔の力が宿りし物。

 数年前は、人ならざる者の存在を毛ほども信じなかった彼だったが、とある事件に巻き込まれたことをきっかけに一転。この世には人間以外の存在もいるのだと、身をもって知らされた。

 

 そのため魔具の危険性も把握していたのだが、ある日のこと。保管していた魔具の一つが、忽然と姿を消した。

 命知らずによる盗みと考えて彼なりに調べていたのだが、犯人の情報どころか盗みの痕跡すらも掴めなかった。

 今日も仕事ついでに魔具探しを進めていたものの、結果は先程彼が零した呟き通り。魔具は見つからず、元情報屋だった彼のプライドを傷付けられてのダブルパンチ。項垂れたくもなる。

 

 一応、魔具の元所有者にも相談した。流石に怒るだろうかと思っていたが、彼はいつもの調子で「家出でもしてるんだろ。そのうち寂しくなって帰ってくるさ」と、咎めはしなかった。

 仕事の合間に探しておくとも言っていたが、彼からの報告はない。あの魔具は、いったいどこへ消えたのか。

 葉巻に火を付け、暗い天井をぼんやりと見つめるエンツォ。当然解決策が浮かぶわけもなく、ため息代わりに煙を口から吐いた。

 

「何かお困りみたいだな」

「うぉっ!?」

 

 その時、室内でエンツォではない男の声が響いた。不意に声を掛けられたエンツォは、驚いた拍子に咥えていた葉巻を落とす。

 いつも愚痴に付き合ってくれる彼等の声でもない。エンツォはランタンを手に取り、慌てて店内を確認する。

 暗い部屋を橙の光で照らしていくと、入り口付近に立っていた、くすんだ金髪の男を見つけた。

 

「驚かしてわるかったな。急に降られたから雨宿りついでに入らせてもらったぜ」

 

 男は気さくに話しかけてくる。エンツォは男の顔をジッと見つめるが、この街では見た覚えのない人物だった。

 エンツォの店を知っている人物は限られる。誰かの紹介でこの店に辿り着くのが主なルートだ。少なくとも、気軽に雨宿りで立ち寄るような場所ではない。そもそも──。

 

「(俺、店の鍵閉めてたよな?)」

 

 店の戸締まりを忘れるほどボケたつもりはない。しかしこの男は、現にこの店へ入っている。一切物音を立てずに。

 見た目はそこらのゴロツキだが、何かがおかしい。エンツォはたまらず息を呑み、緊張の汗も頬を伝う。

 しかし、新顔に舐められるわけにはいかない。感じる恐怖を相手に悟られまいと、強気な口調で返した。

 

「柔らかいベッドと熱いシャワーがご希望なら他を当たりな。煙草の一本ぐらいならサービスしてやってもいいけどよ」

「タバコとやらにも興味を引かれたが、今は商品が気になるな」

「悪いが見ての通り今日は店じまいだ。また明日出直してこい」

「明日にはこの街を出なきゃいけないんだ。図々しいのは承知の上。どうにか売ってもらえないか?」

「随分とお急ぎのようだな。恋人へのプレゼントか? だったら店を間違えてる」

「相手が珍品にしか興味を持たない変わり者でな。ただの指輪じゃ興味すら持たれないんだ」

「変わった恋人をお持ちのようで。一応聞いとくが、どんな物を探してんだ? 言っておくが、ここにまともな商品はひとつも無いぜ? あるのは──」

「悪魔絡みの商品……魔具だろう?」

 

 どうやら男は、最初から魔具が目的でこの場所に訪れてきたようだ。

 この店を知る者はそう多くない。誰かの紹介で来たのだろう。帰ってくれる様子もない。

 

「魔具をお求めのようだが、金は用意してんだろうな? そこらのゴロツキじゃあ到底稼げない金額になるぜ?」

「何しろ急だったんで手持ちが無くてな。代わりに珍しい情報と交換でどうだ?」

「どんな情報だ? ただし俺は、余程デカい情報じゃなけりゃ喜ばねぇぞ?」

 

 エンツォは男の声に耳を傾ける。ここまで話を聞いた限りでは普通の男だが、未だ違和感は拭えず。

 客の男は目を細めた後、彼が持つとびきりのネタをエンツォに披露した。

 

「手足が光る装具の形を成す、強力な一撃を繰り出せる魔具の在り処だ」

 

 男が持っていた情報は、エンツォを驚かせるにはあまりにも大きかった。エンツォが思わず立ち上がった拍子に、椅子が鈍い音を立てて床に倒れる。

 魔具の特徴は、エンツォが盗まれ、その後手がかりすら掴めなかった物と同じだった。偶然の一致とは思えない。

 思惑通りの反応だったのか、男の口角が再び上がる。

 

「アンタの店で扱っていたが、盗まれたんだってな。魔具の行方も判らず仕舞い。今のアンタにとっては喉から手が出るほど欲しい情報じゃないか?」

 

 更には、魔具についての詳しい事情まで把握しているときた。

 エンツォの情報網をもってしても掴めなかった魔具の在り処。それを知っていると豪語するとは、情報屋として相当優秀なのであろうが、エンツォにはそう見えなかった。

 それ以外で可能性が高いのは、この男が魔具を所持していること。つまり、彼こそが魔具を盗んだ犯人ということだ。

 しかし彼が本当に犯人だとしたら、もうひとつの可能性──今もエンツォの脳裏にある予感が真実味を帯びてしまう。

 

 あの魔具は、どれだけ探しても見つからなかった。盗まれた痕跡すらなかった。魔法で綺麗に消えたかのよう。

 現場を見ていた喋る双剣も「光って消えた」と供述。エンツォはその証言を微塵も信じなかったが、見つからない日々が続いた頃には本当に消えたんじゃないかと思えてきた。

 こういった摩訶不思議な出来事は大概『奴等』の仕業であることが多い。そして犯人と思わしき男から感じる、底知れない恐怖。

 

「お前……一体何モンだ?」

 

 エンツォの口から出たのは、犯人を問い詰める脅し文句ではなかった。彼の言葉を聞いて、相対する男は不敵な笑みを浮かべたまま。

 一歩、男がこちらへ迫った。エンツォはたまらず足を後ろへ引いたが、程なくして壁に背中が当たる。一方で男は着実に歩み寄ってくる。

 息が荒れ始め、嫌な汗が滝のように流れ出す。大音量で警鐘を鳴らすが如く鼓動が響く。しかし逃げ場はない。

 やがて、男がエンツォの眼前まで歩み寄り、おもむろに手を上げようとした──その時。

 

 恐怖で満たされた空間を壊すように、店のドアが大きな音を立てて吹き飛んだ。ドアは店の奥にぶつかり、へしゃげた姿に。

 

「ようエンツォ、邪魔するぜ」

 

 エンツォでも、目の前にいる男でもない声が店内に響く。エンツォは壊れたドアから声の主へ視線を移す。

 店の入口に立っていた男は、ドアを蹴ったであろう足を降ろす。彼を象徴するのは、闇夜に栄える銀髪と赤いコート。

 

「──ダンテ!」

 

 かつての仕事仲間であり腐れ縁。そして、ここに置いている魔具の元所有者である。彼を見て、恐怖に押し負けそうになっていたエンツォの顔が晴れる。

 ダンテは雨に濡れた髪を乾かそうと頭を振る。立派な赤コートもズブ濡れだが、水も滴るいい男という言葉の通り、その姿も様になっていた。

 

「さっきまで酒飲んで気分も良くなってたのに最悪だ。しばらくここで雨宿りだな」

 

 ドアを壊したことを悪びれる様子もなく、ヅカヅカと中へ入る。そして、先にこの店へ訪れていた男の前に立った。

 

「見ない顔だが、アンタもそのクチかい?」

「あぁ、たまたま雨宿りで入った店だったんだが、俺の探してたプレゼントを扱っててラッキーだったよ。今日の俺は運がいい」

 

 話しかけるダンテに、男は変わらぬ様子で言葉を交わす。ダンテは「へぇ」と声を漏らした後、気さくに笑って言葉を返した。

 

「じゃあここで、アンタの運は尽きたな」

 

 刹那──耳をつんざく発砲音が鳴り響いた。エンツォはたまらず目を閉じて耳を塞ぐ。

 少し間を置いて、何かが床に倒れる鈍い音が。恐る恐る目を開けると、さっきまで怪しげに笑っていた男の姿は無く。

 額に丸い穴がポッカリと空き、目を開いて動かなくなった金髪の男が床に倒れていた。その対面には、いつの間にか銃を構えていたダンテが。

 

「Bingo」

 

 彼は銃口を軽く吹いて煙を消し、ホルスターへしまう。エンツォはおもむろに近づくと、倒れている男の顔をまじまじと見つめた。

 ダンテの放った弾は正確に頭を撃ち抜いた。しかし男の額からは血が流れておらず。それを見てようやく、エンツォは男の正体に確信を持てた。

 

「なぁ、やっぱりコイツも──」

「その通り。といっても、こっちは汚い土人形だったがな」

 

 ダンテの言葉を聞いて、エンツォは倒れた男に再び目をやる。程なくして、男の顔にヒビが入った。

 ヒビは顔に留まらず、身体どころか纏っていた服にまで走り、やがて男は音を立てて崩れた。床に残ったのは、かつて人間だった土の残骸。

 先程まで喋っていた男の変わり果てた姿に唖然とするエンツォ。と、彼の耳にパンパンと軽い音が届いた。エンツォは音に釣られて顔を向ける。

 

 開けっ放しの入り口に立っていた、優雅に拍手をする人物が一人。黒いタキシードに白黒の仮面を付けた、これまた見慣れない人物であった。

 既にダンテはそちらに気付いており、銃口を仮面へ向けていた。彼は軽い口調で仮面の男に話しかける。

 

「仮面舞踏会へのご参加かい? なら招待状はお持ちで?」

「ほう、そのような催しがこの街にはあるのか。商人として社交場に出るのも悪くはない。しかし我輩の踊りを気に入ってもらえるだろうか」

「自信がないなら俺がレクチャーするぜ。剣の(ダンス)で良ければな。アンタが動けなくなるまで付き合ってやるよ」

 

 ダンテの挑発を受けた仮面の男は愉快そうに笑う。そして、胸に手を当てて紳士らしくお辞儀をした。

 

「我輩は何でも見通す仮面の悪魔、バニルである。しかしこちらでは無名なので、愉快な商人バニルさんと名乗らせていただこう」

 

 仮面の男──バニルは自ら正体を明かした。ほぼ確信は得ていたが、実際に悪魔だと知ってエンツォは息を呑む。

 一方のダンテは笑みを崩さず。頭を上げたバニルは、向けられた銃口に臆することなくこちらへ歩み寄ってきた。

 

「貴様のことは粗方知っておる。普段は仕事を全くせず、いざ依頼を受けたと思えばもれなく器物破損もセットで付いて回る万年借金男よ」

「随分と詳しいな。俺のファンか? 相手が美女だったら、サインのひとつでも書いてやったんだけどな」

「お望みなら今ここで用意してやってもよいぞ。異国の金髪貴族か、黒髪赤目の魔法使い。好きな方を選ぶといい」

「悪いが金髪の美女も黒髪のお嬢さんも間に合ってるんでね。それに、中身が土じゃあハグする気も起きないな」

「ふむ、どこぞの銅像みたいに顔の動かん無表情男に比べると、貴様は話せる男であるな」

「アンタもそのダサい仮面を外して喧しい口を塞いだら、イカした男になれると思うぜ」

 

 軽口を叩き合う二人。バニルはこれまた愉しげに笑った後、今度は自身に敵意がない旨を示すように両手を挙げた。

 

「先程も名乗ったが、今の我輩はただの商人。お客様のお眼鏡に叶う商品を見つけるべく、遠い国からやってきたのである。出張先で騒ぎを起こそうとは思っておらん」

「それは遠路はるばるご苦労なことで。お帰りは地獄への片道切符で良かったか?」

「まだ帰るには早い時間なので結構である。まったく、血の気が多いのはこちらも同じか」

 

 撃つ気満々でいるダンテに、バニルは呆れた声を出す。彼は挙げていた手を降ろしたが、こちらに攻撃は仕掛けず話を続けた。

 

「此度のお客様は悪魔事情に詳しい男でな。悪魔関連のモノでなければ満足しそうにないのだ。悪魔の魂が宿る武器などがあればと思い、この街に来たのだが」

「プレゼントにはオススメしないぜ。寝てる間にうっかり串刺しにされてもいいなら、構わないけどよ」

「お客様は既に魔具を所有しておる。それこそが、後ろの男もよく知る光り輝く装具である」

 

 と、バニルの口から例の魔具について言及された。ここまで静かにしていたエンツォだったが、ダンテが側にいる安心感もあってか強気な言葉で割り入った。

 

「お前が盗んだんだろうが! この期に及んですっとぼけやがって!」

「盗人扱いは心外であるな。最近妻と喧嘩して一緒のベッドで寝られず寂しい夜を過ごしている小太り気弱男よ。文句なら魔具を盗んだお客様に言うがいい」

「おまっ、なんでそれ知って……!?」

 

 誰にも言ってない家庭事情をバラされ、エンツォはわかりやすく狼狽える。一方で隣のダンテは、そんなことよりバニルの言うお客様に興味を持ったようで。

 

「あの暴れウマを乗りこなすとは中々やるな。どんな奴か顔を拝んでみたいもんだ」

「残念ながら、我輩達の国に行くのは困難であるぞ」

「魔界なら何度か観光に行ったさ。リゾート地もホテルもありゃしない、どこもかしこもゴミ溜めみたいに臭い場所だったけどな」

「確かにこっちの魔界は酷いものであったな。力だの強者だのとうるさい連中ばかりで実に野蛮である」

「自分は他の奴等と違いますってか?」

「決まっているであろう。我輩は別の魔界から来たのだからな」

 

 バニルの言葉にダンテは首を傾げる。エンツォも話についていけず頭上にハテナを浮かべていたが、バニルは彼等に構わず話を続けた。

 

「正確には異世界。魔王軍と人間共が争い、ドラゴンやワイバーン、野菜が空を舞う別次元の世界である」

「こいつは驚いた。仮面の踊り手かと思いきや、ファンタジー小説家だったとは」

「理解できぬ物を空想と決めつけるか。まぁ信じろというのも無理な話であるな」

「けど、ネバーランドよりは楽しそうだ。是非とも連れて行って欲しいもんだね」

「向こうへ渡れば、貴様が好んで食べる料理と会えなくなるかもしれぬぞ?」

「Humph……そいつはちょっと困るな」

 

 ダンテは悩ましいと頭を掻くが、銃は降ろさない。隣で話を聞いていたエンツォは、空飛ぶ野菜とやらを詳しく聞いてみたかったが、話が大幅に脱線しそうなので尋ねることはせず。

 

「我輩はただ、ここにある魔具を売って欲しいのだ。しかしこの国の貨幣は持っていないので、物々交換になるが構わんか? 我輩のオススメはこちら、悪魔トラブルにお困りの方へピッタリなバニル人形である」

「一応聞くが、どういう代物なんだ?」

「我輩の仮面の欠片を埋め込んだ、魔除けの人形である。枕元に置いておくと効果抜群であるぞ」

「へ、へぇー……」

 

 薦められた商品に少し魅力を抱くエンツォ。その隣でダンテも考える仕草を見せていたが、バニルの商品を買おうか悩んでいるわけではないだろう。

 やがて答えを出したのか、彼はずっと構えていた銃をおもむろに降ろした。

 

「ちょっと待ってな」

 

 そう言ってダンテはクルリと背を向け、店の奥へと移動する。てっきりドンパチやり合うのだと思っていたエンツォは、予想外の展開に困惑しながら様子を見守る。

 何かを漁る物音が聞こえた後、ダンテがこちらへ戻ってきた。彼の手には紫色のエレキギターと、冷たい氷色のヌンチャク。更に双剣を背負っている。

 それらは全て、エンツォがダンテから預かっていた魔具であった。彼は右手に握っていたギターを縦に向けと、呼びかけるように名を口にした。

 

「ネヴァン」

 

 その時、呼応するようにギターが眩い光を放った。光の中でギターは形状を変え、長身のダンテと劣らぬ高さの人型へ。

 やがて光が収まると、彼が持っていたギターと入れ替わるように、黒いドレスを纏う赤髪の美女が姿を現した。

 

「久しぶりね、ダンテ。てっきり捨てられちゃったのかと思ったわ。最近は、金髪の美女にお熱のようだし」

「折角姿を戻してやったんだ。そう拗ねるなよ」

「貴方の血を少し吸わせてくれるなら、許してあげようかしら」

「また腹に鉛玉を食らいたいなら、いくらでも吸わせてやるさ」

「うーん……とっても吸いたいけど、痛そうだしやめておくわ」

 

 ダンテが腕に抱いているネヴァンと呼ばれた女性は、彼と親しそうに話す。

 魔具は、悪魔が姿を変えた物。この女性が魔具の本当の姿だとエンツォが気付くまで、時間はかからなかった。

 

「で、久々に解放してくれたのはどういう風の吹き回し?」

「そこにいる仮面野郎が言うには、盗まれたベオウルフが異世界って所にあるそうだ。俺が迎えに行ってやろうと思ったが、ピザとストロベリーサンデーが無い生活はゴメンだ」

 

 ダンテはネヴァンの後ろに立つバニルを顎で指して説明する。ネヴァンが振り返ってバニルの姿を舐めるように見ている傍ら、ダンテは言葉を続けた。

 

「だから、お前達が代わりに様子を見に行ってやりな」

「私達ってことは、貴方が抱えてる子も含めてかしら?」

「お利口なワンコにおしゃべり兄弟。旅のお供にもってこいだ。それにアイツも、顔見知りがいたら寂しくないだろ」

 

 俺が行ったら喧嘩になりそうだしなと付け加え、ダンテはネヴァンに指令を出した。だがそれは、バニルの要望通り魔具を差し出すことになる。これをエンツォが黙って見ていられるわけもなかった。

 

「待てよダンテ! アイツの信憑性のない空想話を信じるってのか!?」

「考えてみれば魔界だってファンタジーだろ。なら、異世界とやらがあっても不思議じゃない」

 

 エンツォは説得を試みるが、ダンテは軽いノリを崩さずに切り返す。

 

「魔具をやるだけでアイツが大人しく引き下がるんなら構わねぇさ。それにコイツ等も、店の隅で埃を被るよりは誰かに使ってもらった方が嬉しいだろ」

「いや、そもそもこの魔具はお前が質草として俺に預けてた分だろ! ソイツに渡すんだったらまず金を返して──!」

「前に助けてやった礼で借金はチャラにした筈だぜ、エンツォ」

「うぐっ……!」

 

 徐々に説得の熱を増していくエンツォだったが、ダンテに指摘されたところで言葉を詰まらせた。

 彼はエンツォから金を借りており、その質草としてダンテから魔具を預かっていた。だがその分の借金はダンテの言う通り、訳あってチャラに。

 因みにダンテ経由で手に入れた魔具のうち、喋る双剣だけは質としてではなく「やかましいから」という理由で直接売り払われていた。買い手は未だ見つかっていない。

 

「その子達には聞かなくてもいいのかしら?」

「コイツ等は忠実だからな。俺が行けと言ったら素直に行くさ。それにお前も、エンツォの愚痴に付き合うのは飽きてきただろ?」

「そうね。塔の中から出られたと思ったら、今度は狭い小屋に置き去りだもの。そろそろ羽を伸ばしたいわ」

 

 ダンテの提案にネヴァンも乗り気の様子。エンツォの言い分虚しく、魔具は大人しくバニルへと引き渡されるようだ。

 諦めの意思を示すようにエンツォはため息を吐く。それを横目に見てか、ダンテは交渉相手へと向き直った。

 

「つーわけだ、仮面野郎。特別サービスで三つもくれてやるんだ。クレームはご遠慮願いたいね」

「その心意気に深く感謝である。これだけあれば、あのごうつくばり堅物脳筋男も満足するであろう。礼として、このバニル人形に加えて魔道具店オススメ品である女神のダシ汁、新商品のライターをプレゼントしてやろう」

 

 バニルは上機嫌に話しながら両ポケットに手を入れ、右手には水の入った小瓶を、左手には馴染みのあるライターを乗せて差し出してきた。

 エンツォは警戒していたが、ダンテは気にせず二つの道具を取る。代わりに双剣を渡し、ネヴァンにヌンチャクを持たせると、彼女はバニルの隣へ移動した。

 

「此度は実に良い出張であった。低俗な輩に絡まれることを除けば、この街も存外悪くない」

「移住するつもりならやめときな。ここには俺以外に、おっかない悪魔狩りの女が二人いる。新しく店を開けても、次の日には更地になってるだろうぜ」

「それはなんとも、悪魔に当たりが強い街であるな。あのトチ狂った宗教団体が住む街より安寧ではあるだろうが」

 

 ダンテの忠告を素直に受け取るバニル。彼はクルリとダンテ達へ背を向けると、別れの挨拶を告げた。

 

「ではこれにて失礼する。縁があればまた会えるやもしれぬな」

「アンタみたいなおしゃべりでプライベートも無視する悪魔とは、金輪際会いたくないね」

 

 再会を期待するバニルとは対照的に、それは御免被るとダンテが手を払う。バニルは言葉を返さず短く笑うと、ドアのない開けっ放しの出入り口から外へ出ていった。その後、ネヴァンがこちらに顔を向ける。

 

「それじゃあねダンテ。貴方みたいなイイ男が見つかることを期待するわ」

「血を吸おうとして、腹に剣をぶっ刺されないよう気をつけな」

 

 ダンテと別れの挨拶を交わしたネヴァンは、バニルを追いかけるように店の外へ。

 彼女を見送ったダンテはエンツォへ振り返り、壁際の無惨な姿になったドアを指差しながら告げた。

 

「アレの修理代は、今回の礼金と立て替えで頼むぜ」

「それは構わねぇけどよ……本当に良かったのか? あの悪魔を見逃した上に魔具も渡しちまって」

「お前に預けたモンの中から一番マシな奴等を選んだ。心配ねぇさ」

「ていうか、ホントに異世界なんて突拍子もない話を信じてるのか? 相手は悪魔だぜ?」

「別に何から何まで信じちゃいないさ。ただ魔界に帰っただけかもしれないしな」

 

 心配に思い尋ねるエンツォに対して、ダンテは一貫して問題ないと断言する。続けて彼は「それに」と付け加えて言葉を続けた。

 

「アイツと殺り合うのに、ここは狭過ぎる」

 

 出会い頭は一触即発の雰囲気だった二人。しかしどうやら、ここで戦う気はなかったようだ。

 悪魔同士がやり合えば、明日からは長期休業を余儀なくされていたであろう。おまけに他の魔具も巻き込まれたら、何が起きるかわかったものではない。

 もっとも、今更喚いたところで何かが変わるわけでもない。エンツォは肩を落として深くため息を吐いた。

 

「結局、消えちまった魔具は戻らないままか。俺の今までの苦労は何だったんだ……」

「安否がわかっただけでも上々だろ。きっとアイツの言ってたお客さんが、大切に使ってくれてるさ」

「ならせめて、面だけでも拝ませて欲しいもんだぜ。人のモノを勝手に盗みやがって」

 

 なんなら使用料もふんだくってやりたいと目論むエンツォ。全て叶わぬ夢見事であるが。

 

「ひとまず今は、この悪趣味な人形とライターで我慢しな」

「割にあってんのかわからねぇ代物だな。ライターも安物っぽいし。その小瓶はどうすんだ? 女神のダシ汁とか言ってたけど、ただの水じゃないか?」

「俺が貰っとく。隠し味に使えるかもな」

「少なくともピザには合わないと俺は思うぜ。どんな味か知らねぇけどよ……んっ?」

 

 人形とライターを受け取った後、エンツォは床に光る何かが落ちていることに気付いた。ダンテも同じく見えたようで、小瓶をポケットにしまうと落とし物に近付き、手を伸ばした。

 彼が拾ったのは、銀色の硬貨。どこの国のデザインか不明だが、少なくともエンツォは見たことがないものであった。

 

「アイツの忘れ物か?」

「だろうな。仮面野郎が残してった物の中じゃあ一番まともそうだ」

 

 ダンテは気に入った素振りを見せる。銀貨も彼が受け取るつもりなのだろう。エンツォもそれに文句を言う真似はせず、疲れた身体を預けるように再び椅子へ座る。

 今宵、枕元に置いたバニル人形が奇っ怪な笑い声を上げたことで妻がもっと不機嫌になってしまうのだが、ただの人間である彼がそんな未来を見通せるわけもなく。彼は一向に止まない雨を窓越しに見つめる。

 その傍ら、ダンテも外の雨を見ながら独り呟いた。

 

「……まさかな」

「んっ? 何がだ?」

「いや、こっちの話さ」

 

 気になったエンツォが尋ねるも、ダンテは答えようとせず。彼は右手にあった銀貨を親指で跳ね上げた。

 

 

*********************************

 

 

 人間界の店に立ち寄った後、魔界へ移動したバニル達。彼はダンテから渡されたヌンチャクを持ったまま魔界を歩く。

 その後ろを、ネヴァンは静かについて来ていた。彼女は手に双剣を持ち、文句も言わず後を追う。

 下級悪魔にも会わずしばらく歩いたところで、バニルはふと足を止めた。合わせてネヴァンも止まる。

 

「フム、ここらでよいか」

 

 バニルは周囲を確認したかと思えば、手に持っていたヌンチャクをその場に置いた。次に彼はネヴァンへ視線を送る。

 魔具を置けと言われているのだと察した彼女は、双剣を地面に突き刺す。それを見たバニルは数歩前へ移動するとネヴァン達に振り返った。

 

「異世界へ渡る前に連絡事項が幾つかある。その姿のままでは意思疎通が不便な故、本来の姿に戻るといい」

 

 バニルが魔具へと呼びかけた。するとヌンチャクは眩い光を放ち、双剣からは炎嵐が吹き荒れ、本来の姿を顕現した。

 氷を纏う三つ首の巨大狼と、剣を握る二人の首なし巨人。狼の名はケルベロス、赤い剣を持つ者はアグニ、青い剣を持つ者はルドラという。

 

「これから貴様達を異世界の魔界へ連れていき、人間界へ移動する。が、人間界への移動の際に網目を通らねばならぬ為、貴様達の魔力は本来より弱まるであろう」

 

 姿を現した悪魔達を見ても特に驚かず、バニルは話を続けた。彼の話をネヴァン達は黙って聞く。

 

「人間界へ渡った後、再び魔具の姿へと戻り、お客様のもとへ我輩が届ける流れだ。ここまでに質問がある者はおるか?」

 

 簡潔に話し終えたところで、バニルは悪魔達へ問いかけた。すると、ここまで沈黙を保っていたケルベロスが口を開いた。

 

「我らの目的は、異界にいる同胞の安否だ。貴様の命令に従うつもりはない」

「おやおや、随分と好戦的な犬コロではないか。しかし現段階での主は我輩である。すぐに新たな主のもとへ引き渡すつもりだがな」

「我が認めた主はただ一人だ。貴様ではない」

 

 ケルベロスは身構えて唸り声を鳴らす。それに続いて、双子の兄弟も剣を差し向けてバニルに言い返した。

 

「我ら兄弟も同じだ。我が主の頼み以外は聞けぬ」

「認めさせる方法はひとつ。我らにその力を示すのみ」

 

 悪魔の道理は至ってシンプル。力こそが正義。強者こそ絶対。

 故に、力の見えないバニルをまだ主と認めるわけにはいかない。それはネヴァンも同意見であったため、彼女も交戦の構えを取った。

 

「やれやれ、あちら側の悪魔は実に野蛮であるな。力を示すのは別に構わんが──」

 

 従う気のない彼等を見て、バニルは肩をすくめた後──不敵に笑ってこちらを見た。

 

「──貴様等の命は保証できぬぞ?」

 

 刹那、ネヴァン達を襲ったのは圧倒的な『魔』であった。

 身体が動かないほどの重圧。目の前にいる人物は絶対的強者であると示すように。

 ほんの一瞬だったが、彼等はその時確かに『死』を実感した。

 

「お客様へ渡すプレゼントに傷をつけたくはない。大人しく我輩に従うのが吉である」

 

 既に魔力を抑えていたバニルは、変わらぬ口調で話しかけてくる。

 自分達が塔と共に封印され、人間界に魔具として存在していた間に、彼ほどの大悪魔が生まれていたとは。それとも本当に異世界とやらが存在し、こちら側へ渡ってきたのか。

 彼を倒すとなれば、ダンテでも簡単にはいかないであろう。きっとあの場でやりあっていたら、あの店どころか街にも被害が及ぶ。それを見抜いていたから、ダンテは敢えて見逃したのかもしれない。

 ケルベロス達を横目に見る。彼等は警戒こそすれど攻撃を仕掛けようとはしない。強者はどちらか、既に理解しているようだ。代表してネヴァンが答える。

 

「いいわ。今は貴方についていく。でも、どうやって異世界に移動するのかしら?」

「我輩の同胞に頼んでちょいと次元に穴を開け、そこを異世界への扉としたのだが、そう長くは持たん。もう既に閉じられているであろう。つまり、もう一度穴を開ける必要がある」

 

 ネヴァンの問いかけに対し、バニルは困ったように唸る。サラリととんでもない行動を明かしていたが、彼なら造作もないことなのであろう。

 

「どれ、ちょいと失礼」

 

 様子を伺っていると、バニルは突然こちらに歩み寄って顔を覗き込んできた。ネヴァンは思わずたじろいだが、バニルは気にせず顔を見続ける。

 

「フム、どうやら無事辿り着いてはいるようだ。このまま歩けば、いずれ道が開けるであろう」

 

 しばし見つめ合った後、バニルは口元に笑みを浮かべた。彼はネヴァン達から離れると、気の向くままにと歩き出す。

 彼には一体何が見えたのか。ネヴァン達は互いに顔を見合わせるが答えは出ず。今は大人しく彼に従う他無い。

 ダンテから聞いた時は話を合わせていたが、異世界とやらが本当に存在するのか。半ば疑いながらも、彼等はバニルの後を追っていった。

 




ケルベロス君、木端微塵ルート回避です(DMC5前日譚文庫より)


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第10章 人ならざる者達
第87話「この冒険者達に束の間の休息を!」


 眩い太陽が街を照らし、木々は緑を彩り地面に陰を作る。アクセルの街は夏真っ盛りの時期。

 しかし気温は春頃より少し高い程度で、心地良い風が街を吹き抜ける。風をじっくり堪能したい人には、建物が少ない郊外地域がオススメであろう。

 そこに、風を一身に受ける大きな屋敷がひとつ。主の名は、街中の知名度なら魔剣の勇者や蒼白のソードマスターを超えるかもしれない男──サトウカズマ。

 彼の朝は常人より遅く、太陽が空の頂点を過ぎてからでないと目覚めないのだが、今日は珍しく早起きであった。

 早起きする理由で多いのは二つ。朝の当番を任されているか、仲間とクエストに行く約束をしていたか。此度は後者であった。

 

 先の結婚式乱入にてめぐみんはカッコイイ登場を果たしたものの、以降目立った活躍は無く。突如現れた魔獣も女神エリスの手で倒されたので、爆裂魔法も不発に終わった。

 屋内だったから仕方ないと納得はしていたが、不満が無くなるわけではない。めぐみんは溜まった爆裂欲を満たす為にクエストへ行こうとカズマを誘ったが、彼はこれを拒否した。

 

 冒険者がクエストを受ける目的は、主に金だ。金が無ければ明日を生きていけない。しかし逆を言えば、金さえあればクエストに行く必要はないのだ。

 そしてカズマには金がある。正確には返ってくる。ダクネスを取り戻す為に叩いた二十億エリスが。

 元の世界では自宅を守る英雄(引きこもりニート)だった彼が、一生遊んで暮らせる大金を約束された。結果、働かない(クエストに行かない)冒険者がここに誕生した。

 彼女の爆裂欲は日課の一日一爆裂で我慢してもらっていたのだが、自堕落な生活を送り続けるカズマを見ていられなかったようで。半ば強引に約束を取り付けられた。

 ダクネスもクエストに行きたい派だったのでめぐみんに賛同。カズマも、このクエストを終えたらまたしばらくゴロゴロさせてもらうと条件を出し、引き受けることにした。

 

「ふぁあ……クエストめんどくさいなぁ」

 

 あくび混じりで、冒険者にあるまじき言葉を口にするカズマ。いつもの一張羅に袖を通し、愛刀ちゅんちゅん丸を携える。

 弓一式、アイテム、その他諸々持ち物をチェック。最近は悪魔との遭遇率がやたら多いため、バニルから買い占めた聖水を一個ポーチに詰めておいた。

 準備が整ったところでリビングへ移動。そこでは、既にめぐみんとダクネスが準備万端で待っていた。

 

「遅いですよカズマ! 目ぼしいクエストを先に取られたらどうするのですか!」

「その時はジャイアントトードで我慢してくれ。ちゃんとベトベトになる前に助けてやるから」

「私にとっても久々のクエストだ。ヌルヌルプレイもどんと来いだが、やはりここは強力なモンスターの重い一撃を浴びておきたい」

「ひとっ風呂浴びるみたいに言わないでくれる?」

 

 まだ出かけてもないというのに頭が痛い。やっぱり自室にこもるべきだったろうかとカズマは後悔する。

 ちゃっちゃと終わらせて帰ろう。しょうがねぇなと零した後、彼は残るひとりの問題児に目を向けた。

 

「で、お前はどうすんだ?」

「行かない」

 

 カズマの問いに即答したのは、リビングのソファーに背を預けていたアクア。彼女の手には小さな卵。

 

「いつ生まれるかわからない状態なの。この子が殻を破るまで、私は母としての使命を全うするわ」

 

 彼女がドラゴンの卵だと信じて疑わない、商売人から騙されて買い取った鶏の卵。一時期バニルに預けていたが、バージルの手に渡った後、たらい回しで彼女の下に返ってきた。

 アクアは立派なドラゴンに育てる気満々のようで、リビングには彼女お手製の小屋も用意してあった。

 小屋のネームプレートに記されていた名は『キングスフォード・ゼルトマン』──アクアが言うに、縮めてゼル帝と呼ぶらしい。

 滅多に本を読まない彼女が『ドラゴンの正しい飼い方』と記された本に目を通してまでいた。ここまできたら、指摘するのも野暮というもの。

 

「なら大人しく留守番してろよ。言っておくが、クエストの報酬はお前に分けないからな」

「なんでよ! パーティーメンバーなんだから報酬金は折半でしょ!?」

「働かざるもの食うべからずだ」

「カズマが言ってはいけない言葉だと私は思うのですが」

 

 横でめぐみんが何か言っていたが、カズマは気にせず。アクアには帰った後にシュワシュワでも奢れば機嫌を直してくれるであろう。

 騒ぐアクアを無視して部屋の外へ。そのまま屋敷から出てしばらく待つと、アクアを静めてくれたであろうめぐみんとダクネスが遅れて出てきた。二人が傍に来たところでカズマは口を開く。

 

「ギルドへ行く前にウィズの店へ寄るぞ。バニルに権利を渡した発明品が、その後どうなったか気になるからさ」

「なるほど、それで無理にアクアを誘わなかったのですね」

 

 めぐみんが納得したと声を上げる。アクアとバニルはまさしく犬猿の仲。彼女がいては腰を落ち着かせてビジネスの話をすることもままならない。

 しかし、アクアは唯一の回復担当。彼女がいない今回のクエストは、回復禁止で蘇生も不可となる。

 

「クエストでの作戦は……ダクネスが時間を稼いで、めぐみんの爆裂魔法をぶちかます。その後、俺がめぐみんをおぶって即帰還。見るからにヤバい敵が現れたら戦わず全力で逃げる。よし、これでいくか」

「つまりはいつも通りですか」

「アクアがいない状態で深追いが禁物なのはわかっている。だが、危険な敵がいた場合……一撃だけなら構わないか?」

「ダメに決まってんだろ」

 

 ダクネスのおねだりをバッサリと断る。その容赦の無さにダクネスが顔を赤らめて感じていたので、忠告より欲望を優先するだろうなとカズマは思う。

 街周辺にいる、そこそこのモンスターで我慢してもらおう。カズマは大きく欠伸をしながら、まずはウィズ魔道具店へと向かった。

 

 

*********************************

 

 カズマを先頭に街を歩く三人。途中でクエストに行く気を失くしてくれたらとカズマは淡い期待を持ったが、二人はやる気を削ぐどころか、久々のクエストに心を躍らせていた。

 彼女等のクエストプランを聞き流していたら、最初の目的地であるウィズ魔道具店に到着。カランとドアベルを鳴らし店内へ。

 

「いらっしゃいませー。あら、カズマさんにめぐみんさん、ダクネスさんも」

 

 受付に立っていた店主のウィズがお出迎えの言葉を掛けてきた。窓際の丸テーブルでは、ピンクのエプロンを着たバニルが細かなパーツを手に作業を行っていた。

 

「格好を見るに、クエスト前のご準備ですね? しかし、アクア様のお姿は見えないようですが……」

「アクアは孵化作業に忙しいっつうから置いてきた。あとここに寄ってきたのは、前にバニルへ受け渡した発明品がどうなったのか気になってさ」

「我輩の一語一句に一々突っかかる騒音女神がいては会話もできぬ。正しい判断であったな。これだけ長いこと一緒に住んでいたら夜這いのひとつでも仕掛けてくれてもいいのにとこっそり期待して鍵を開けたまま寝ている妄想猛々しい男よ」

「おおおお思ってねーからそんなこと! ちゃんと鍵も閉めてるから! 最近はちょくちょく閉め忘れてただけだから!」

 

 バニルにとっては挨拶代わりなのだろう。スラスラと出てきた彼の暴露をカズマは慌てて否定する。仲間の二人がどんな顔してこちらを見ているか知りたくもないので、振り返ろうとはせずカズマは咳払いをして話を切り替えた。

 

「で、どうなんだ? 発明品の売れ行きは」

「実に好調であった。木材を加工して作った『孫の手』という便利グッズを最近売り出したが、近所のマダム達からも評判が良い」

 

 正確には、現代知識を使って日本の商品を再現したモノだが、どうやら売れ行きは上々のようだ。

 この世界では既に日本からの転生者がいるため、同じことをしている輩はいそうだと考えていたが、転生特典を持った日本人は足早に街を出ていくからなのか、まだこの街に日本の商品は広まっていなかった。

 

「順当に売れていけば、貴様に払った資金も難なく回収して利益を上げていたであろう……そこのポンコツ店主が余計な真似をしなければな!」

「はうっ……!」

 

 経営は順調かと思っていたが、またウィズがやらかしてしまったようで。バニルはわざとらしく声を張って吐き捨て、受付にいたウィズがビクリと反応する。

 一体何が起こったのか、見通す力が無くともカズマには容易く予想できていた。

 

「バニルが上げた利益を使って、ウィズがまた変な物を取り寄せたのか?」

「変な物じゃありませんよ! 絶対に売れると確信して仕入れたんです! 今度こそ売れる筈なんです!」

「その台詞はもう聞き飽きたわ! 我輩がちょっと街から出ている隙に店の金を勝手に使いおって! おまけに返品もできない! おかげさまで我輩の完璧な事業計画が台無しだ!」

「店主の私が、お店のお金を使っちゃいけないんですか!? そんなのあんまりです!」

 

 悪いのは一方的にウィズなのだが、彼女はお店の為を思って、そして本気で商品が売れると信じて仕入れている。それを非難されたウィズは臆せずバニルへ反論した。

 これにバニルも怒り、バニル式破壊光線を放とうと立ち上がる。ウィズはすかさず悲鳴を上げて目を閉じたが、彼からおしおき光線が放たれることはなく。バニルは諦めたように息を吐くと、席に座って項垂れた。

 

「それで、ウィズが仕入れたのはどういった物ですか?」

 

 気になったのか、静かにしていためぐみんがウィズへ尋ねる。チャンスだと思ったのか、ウィズは目を輝かせて商品を紹介してきた。

 

「飲むだけでステータスがグンと上がるポーションです! レベル1の冒険者が飲めば効果テキメンですよ!」

「レベルアップポーションのようなものか。駆け出し冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しい代物のように思うが……」

 

 ダクネスが関心を示すが、そんな便利過ぎる物をノーリスクで使えるわけがない。カズマは疑いの目を向けながら口を挟んだ。

 

「ポーションの副作用は?」

「ステータス上昇と引き換えに年を取るらしく……飲んだ量にもよるのですが、一本丸々飲んだら百歳進んでしまうそうです」

「呪いのポーションじゃねぇか!」

 

 想像以上に恐ろしい副作用だった。仲間の二人も思わずたじろぐ。

 

「で、ですが! すこーし飲んでも効果は出るんです! 騙されたと思って一口だけでも!」

「人間にとっては一つ年を取るだけでも大きな意味を持つ。年齢を一切気にしなくなった超絶大年増リッチーの価値観と合うわけがなかろう」

「待ってください! 私はそんなに年を取ってません! というか、悪魔のバニルさんにだけは言われたくないですよ!」

 

 女性として年齢は弄られたくないようで、ウィズが声を大にして言い返す。しかしバニルはその声を無視して再び作業へ戻った。

 ひとまず発明品の現状報告は聞けた。実を言うと、目的はもうひとつあったのだが──。

 

「ところで今日、タナリスは?」

「バイト戦士なら非番である。今頃、綿密に建てられたプランをもとに友人と仲良く過ごしていることであろう」

「そっか。せっかくならクエストに誘おうと思ってたんだけどな」

 

 回復魔法は使えない代わりに状態異常魔法を使える元女神。アクアの代わりにはなると思い、立ち寄ったついでにパーティへ誘うつもりでいた。

 が、留守なら仕方ない。魔道具店から立ち去ろうとカズマがドアに手をかけた時、ちょっと待てとバニルが呼び止めてきた。

 

「そういえば、貴様等に渡そうと思っていた物があったのだ」

 

 バニルは作業を中断すると店の奥へ。しばらく物音を立てた後、彼は重たそうな魔道具らしき物を持ってカズマ達のもとへ戻ってきた。

 

「出張先で見つけた珍しい武器である。ちょうど三つあったので、貴様等に授けてやろう」

 

 受付のテーブルにドンと置き、カズマ達へ見せてきた。まさかのプレゼントに驚きながらも、三人は武器のもとへ近寄る。

 置いてあったのは、氷のように冷たい色をした三叉のヌンチャクに、青い剣と赤い剣。そして紫色の、おおよそ武器とは思えない形状をした物。

 その形の名称を、カズマだけは知っていた。彼が元いた世界で、ロックバンドのアーティストが使っていた、エレキギターと呼ばれる物だ。

 

「か……かっこいいです! それに、ただならぬ魔力を感じます! 本当にもらっていいのですか!?」

「構わん。駆け出し冒険者の街で、こんな風変わりな武器を欲しがる者はそうそういまい」

「お前からのプレゼントって、嫌な予感しかしないんだが……」

「悪魔を疑うのは良い心がけであるが、これは我輩からの純粋なプレゼントだ。素直に喜んで受け取るが吉である」

 

 バニルの言葉を聞いてますます疑心が強くなるが、目の前の武器に惹かれているのもまた事実。カズマはまじまじと二本の剣に目を向ける。

 これらを指して三つとバニルは言っていたので、双剣を捉えていいのだろう。どちらの剣にも、柄頭に顔が施されている。もの言いたげな目でこっちを見ているような気がして、怖くなったカズマはたまらず目を逸した。

 

「ぐぁああっ!」

「うぉっ! ど、どうした!?」

 

 その時、突然ダクネスの悲鳴が聞こえた。カズマは慌てながらダクネスの様子を確認する。

 彼女の手には、青白いヌンチャクが握られている。まさか武器に仕掛けがあったのではと心配したが、彼女の顔を見てすぐに杞憂だとわかった。

 

「な、なんという冷たさだ……! グローブ越しでも伝わる冷気と共に感じるこの痛み! 良い! とても良いぞ!」

 

 どうやらダクネスのお気に召したようだ。息を荒くした彼女は熱視線をヌンチャクに向けている。

 怪しさは拭い切れないが、ひとまず受け取っておくことに。カズマが双剣を、めぐみんがギターを、ダクネスがヌンチャクを手にする。

 バニルとウィズに見送られながら。カズマ達は魔道具店から出ていった。

 

 

*********************************

 

 

「なんだかんだで貰っちゃったけど、これ本当に大丈夫なヤツか?」

 

 住宅街の道を歩きながら、カズマは両手の双剣に目線を落とす。目を合わせるのが怖かったので、柄の顔が地面を向くように持っている。

 めぐみんと違って魔力を感知することはできないが、ただならぬ雰囲気は肌で感じられる。おまけに悪魔からの贈り物だ。何かしらの呪いがかかっていてもおかしくない。

 が、今のところカズマの身に変化はない。めぐみんとダクネスも変わらず元気で前を歩いていた。

 

「さぁカズマ! ギルドに急ぎましょう! この新しい杖でどんな爆裂魔法を撃てるのか早く試したいです!」

「攻撃もしつつ痛みも味わえる武器に出会えるとは……しかしこの武器、どのように扱えばいいのだろうか?」

 

 本当は楽器なのだが、ギターを知らないめぐみんは変わった形の杖に見えたようだ。一方でダクネスはヌンチャクを離さぬようしっかりと握っている。 

 はやる気持ちを表すように、二人との距離が空いていく。ますますクエストへの気持ちが高ぶっているようだ。

 とここで、カズマはふと気づく。もしかしてバニルの狙いはこれだったのではと。クエストへ行かない選択肢は、もはや彼女等の頭に無い。どうにかクエストへ行かない方法は無いかと、入店前は考えていたのに。

 バニルはこっそり思考を覗いて、こうなるように仕向けたのだろう。まんまと嵌められたカズマは怒りで剣を握る手に力が入る。

 

「……ったく、しょうがねぇな」

 

 が、悔しいことに双剣を試したい自分もいた。カズマはため息混じりに呟き、仲間を追いかけるべく駆け足で道を歩き出した──そんな時。

 

「あのっ、少しよろしいでしょうか?」

 

 カズマの耳に、誰かから呼ばれる声が届いた。カズマは足を止めて声の主に顔を向ける。そこに立っていたのは、茶色いフードを被った小柄な人物。フードの下は鎧を纏い、腰元には鞘に納められた剣が。

 めぐみんと似たような体格に、声の高さから考えて女性であろう。フードを被っているので顔はよく見えないが、青く澄んだ目がチラッと見えた。

 

「私、この街に来てまだ日が浅く……ギルドの場所を知りたいのですが、教えていただけませんか?」

 

 どうやら駆け出し冒険者だったようだ。この世界に来てから半年以上は経つが、こういった冒険者らしいイベントはとんとなかった。

 内心嬉しく思っていたカズマは先輩冒険者を装うべく、声色を低めにしてフードの少女に言葉を返した。

 

「俺でよければいくらでも。けど、この街はゴロツキが多くて危険だ。ギルドまでエスコートしてあげよう」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

 少女は喜んで頭を下げる。素直にお礼が言える良い子じゃないかと感心していると、ダクネスもフードの少女に気付いたのかこちらへ近寄り、相手へ優しく話しかけた。

 

「私の名前はダクネス。丁度私達も、クエストを受けにギルドへ赴くところだったんだ」

「そうだったのですか! えっと……もしよかったら、私もパーティーに入れていただけないでしょうか?」

「気持ちは嬉しいのだが、駆け出しの君には難しいだろう。私達が相手をするのは危険なモンスターだ。そして私は皆の盾となることで、敵の攻撃を一身に受け……くぅんっ!」

「高難易度は行かないって何回も言ってるだろ。それに、駆け出しでこの街に来たばかりってことは、冒険者としての登録も済んでないんじゃないか? まずはそれからだな」

 

 ひとり盛り上がっていたダクネスへ釘を刺しつつ、カズマは少女へと教える。駆け出しの子も連れていくとなれば、今回は優しいクエストにした方が良いだろう。

 

「めぐみん、パーティーに一人追加だけどいいか? クエストも初心者向けになるけど」

 

 残る仲間のめぐみんへ、カズマは確認を取る。文句を言い出さないか心配だったのだが、めぐみんは冷静な表情のまま。少女のもとへ近付くと、フードの下に隠れた少女の目をジッと見つめながら口を開いた。

 

「その前に、何故アイリスがこの街にいるのか聞きたいのですが」

「……えっ?」

 

 めぐみんの口から出たのは、予想もしていなかった人物の名前。カズマとダクネスは間抜けな声を上げ、フードの少女へ目をやる。

 一方の少女はというと、クスリと笑ってから被っていたフードを取った。

 

「めぐみんさんには気づかれちゃいましたか」

 

 フードの下から現れたのは、丁寧に手入れされたサラサラの長い金髪。幼気のある顔立ちの碧眼少女。

 この国の第一王女、アイリスその人であった。

 

「アイリス!? なんでアクセルの街に!?」

「どうしても一人で、お兄様のいる街に来てみたくて……クレアとレインには黙って来ちゃいました」

 

 仰天するカズマに、アイリスは無邪気に笑って理由を話す。彼女の理由を要約すれば、お兄ちゃんに会いたかったから。妹の健気な思いに、カズマは涙が出そうになる。

 と、カズマが感傷に浸っている隣で、驚きのあまり固まっていたダクネス。しばし間を置いて事態を理解したのか、慌ててその場に片膝をついてアイリスに頭を下げた。

 

「もももも申し訳ありません! まさかアイリス様だとは気付かずに無礼な口を──!」

「構いませんよ、ララティーナ。むしろ貴方の珍しい姿が見れて嬉しいです」

 

 変装に気付かなかったとはいえ、王女様にタメ口で話してしまった。アイリスは気にしていないようだが、ダクネスは冷や汗をダラダラと流している。

 

「それで、アイリスもクエストに参加したいというわけですか」

「本当はお兄様とアクセルの街をまわるつもりで来たのですが、一緒にクエストへ行くのも面白そうです!」

 

 アイリスは目を輝かせ、クエストに興味を示す。彼女がどれほど強いのか未知数だが、そもそも王女様をクエストに連れ出すこと自体が問題なのではないか。

 アイリスの身に、もしものことがあれば牢屋行きは確実。最悪死刑になりかねない。そんなリスクを背負ってまでクエストへ行く勇気は、カズマに無かった。

 

「うん、よく考えたらクエストへ行くにはまだ早い時間帯だな。ちょっとアクセルの街を観光して、昼に腹ごしらえをしてからでもよさそうだ」

「カズマ!?」

 

 ギルドへ向かう足を完全に止めたカズマ。急に何を言い出すんだとめぐみんがこっちを見てきたが、彼女には目を合わせずダクネスに向ける。

 

「ダクネスもそれでいいよな? 王女様直々のお願いなんだ」

「あ、あぁ。勿論だ」

 

 王女様の手前、わがままは言えないであろう。ダクネスはすぐさま頷いてくれた。同意を確認できたところで、カズマは視線をアイリスへ戻す。

 

「よし、それじゃあまずはアクセルの街を案内するよ。ギルド以外で行きたいところはあるか?」

「あの、お兄様……本当にクエストは行かなくてもよろしいのですか?」

「大丈夫、急いで行く必要もなかったし。そうだろ、めぐみん?」

「いいわけないでしょう! 私は、一刻でも早く爆裂魔法を撃ちたい気分なのです! 今にも爆裂しそうなこの気持ちはどうしろというのですか!?」

 

 流れで行けるかと思っていたが、めぐみんは案の定大反対であった。怒りによる興奮か、紅い眼をより輝かせてこちらに詰めてくる。

 ひとまず彼女を落ち着かせないと話は進まないので、カズマは一旦めぐみんと共にアイリスのもとから離れ、小声で告げた。

 

「別に行かないとは言ってないだろ。ただ、アイリスを連れてクエストに行くのはヤバい気がするんだよ」

「王族というのは、カズマが思っている以上に高ステータスの持ち主です。クエストを共にしても問題はないと思いますが」

「だとしても、万が一ってことがあるだろ。街をある程度一緒に回ったら、アイリスには城に帰ってもらうよう伝えるから。それまでクエストは我慢してくれ」

「……約束ですよ? 後で嘘だと言ったら、この新たなる杖でぶん殴りますからね」

 

 サラリと約束を破った時の恐ろしい罰を決められたが、どうにかめぐみんにも納得してもらえた。安堵したカズマはアイリスのもとへ戻る。

 

「めぐみんもついてきてくれるってさ。アクセルの街について、お兄ちゃんがいっぱい教えてやるぞ」

「……はい! よろしくお願いします、お兄様!」

 

 不安な顔色を見せていたアイリスだったが、自分達と街をまわれることが決まって嬉しいのか、とびきりの笑顔を見せてくれた。我ながら良い妹を持ったなとカズマは思う。

 バニルから貰った武器は手にしたまま、カズマ達はアイリスを連れてアクセルの街を案内し始めた。

 

 

*********************************

 

 

 その頃一方、アクセルの街にあるギルド。様々な冒険者が行き交う街の中心部だが、そこに一際目立つ二人がいた。

 一人は魔剣の勇者と呼ばれし者、ミツルギ。もう一人は蒼白のソードマスター、バージル。この街で指折りの冒険者が同時にギルドへ訪れていた。

 

 事の始まりは朝。ミツルギがバージルのもとへ訪れてきた。彼は折角だから一緒にクエストへ行きたいと、バージルを誘ってきた。ミツルギとのクエストは、成り行きでワイバーン討伐を共にした時のみ。

 基本的にクエストは一人で行く。同行するのは、ゆんゆんへ授業をつける時か、クリスの神器捜索に協力する時のみ。カズマから頼まれたとしてもバッサリ断るであろう。

 しかしバージルは、ミツルギの申し出を引き受けた。そして二人はギルドへ赴き、クエストを物色している最中であった。

 

 掲示板の前でミツルギがクエストを探しているも、紙に手を伸ばそうとはせず。良いクエストが無かったのか、彼は何も取らずにバージルが待つ隅の席へ移動した。

 

「目ぼしいものは無かったか」

「冬と違って強力なモンスターは少ないですからね。難度の低いモンスター討伐依頼は、他の冒険者が取っているようです。ここは初心に帰って、採取クエストや畑仕事の手伝いを受けるのもいいかもしれませんね」

「今の時期ならスイカが旬と聞いているが……それよりも」

 

 ミツルギが前の席に座ったのを確認すると、バージルは窓の外に向けていた視線を彼に移して言葉を続けた。

 

「クエストを受けるためだけに誘ったわけではあるまい?」

「──ッ!」

 

 睨みを効かせて尋ねると、ミツルギは端から見てもわかる程に狼狽えた。どうやら図星だったようだ。

 

「大方察しはつく。貴様が会った道化についてだろう」

「……はい」

 

 バージルの問いにミツルギは静かに頷く。彼の目からは、疑惑の色が伺えた。ギルド内では人が多いので、バージルは声を少し抑えめにして話を続ける。

 

「奴に何を吹き込まれた?」

「自分は師匠の友人だと、道化師が……僕は嘘だと思っているのですが、ずっと頭の中に引っかかったままで……だから直接お伺いしようと思ったんです」

「勝手に道化から友人扱いされるとは実に心外だ。今度会った時は、奴の無駄に長い鼻をへし折っておくか」

 

 ミツルギがジェスターから告げられた内容を知り、バージルは嫌悪感に顔を歪ませる。一方でバージルの返答が望んだもので安堵したのか、ミツルギの顔から少し緊張が解れていた。

 

『だから言っただろう。悪魔の戯言をぐだぐだと気にしおって。俺も幹部時代、俺の部下がパワハラで相談に来ていたとバニルに告げられて、一ヶ月ぐらい引き摺ったことはあったが』

「その悩みとは一緒にしてほしくないんだけど」

 

 そこで机にかけていたミツルギの魔剣からベルディアがにゅるりと現れ、口を挟んできた。ミツルギは鬱陶しそうにあしらってから、バージルに視線を戻す。

 

「あの道化師はいったい何者なのですか?」

「各地で悪魔を召喚していた男の、もうひとつの姿だ。性格も口調もまるで別人だがな」

「結婚式の時に、師匠が正門前で会っていたという人物ですね。師匠の前から消えた後に、教会の方へ現れたのか……」

「そう考えるのが自然だろう。あるいは……」

 

 正門前にアーカムが、一方で教会側にジェスターが現れた。アーカムがテレポート水晶で転移し、姿を変えて教会へ移動した。その可能性が一番高いが、バージルはもうひとつの可能性について考える。

 彼は、どんな悪魔も召喚できると言っていた。その言葉通りなら──彼の半身、悪魔の分身すらも可能ではないだろうか。

 独り考えていたが、これ以上は憶測の域は出ない。バージルは思考を一旦止めるとミツルギに向き直る。

 

「他に奴は何を話していた?」

「道化師は、女神様の力を狙っているようでした。式場に魔獣を出現させたのも、女神様の力を見る為だと……」

「俺が会った男も同じことを言っていた。奴は本気で神の力も掌握できると思いこんでいるらしい。生前と変わらず愚かな男だ」

「そのことを女神様には?」

「話していない。知っているのはタナリスだけだ。変に動かれては面倒だからな」

 

 特にあのじゃじゃ馬女神は、とバージルは付け加える。思い当たる人物は一人しかおらず、ミツルギも苦笑いを浮かべるのみ。

 ミツルギから聞き出せる情報はもうないであろう。だがその一方で、ミツルギは何か悩んでいるようで、まだ話し足りない様子。

 

「……あの、師匠」

 

 案の定、ミツルギから再び話しかけてきた。バージルは黙って耳を傾けようとしたが──。

 

「バージルさん! ミツルギさん! 丁度いいところに!」

 

 彼の話を遮るように、ギルド受付嬢のルナがこちらに駆け寄ってきた。バージルは彼女に目を向け、ミツルギも話すのをやめてルナを見る。

 

「これからクエストに向かわれるご予定ですか?」

「はい、ですが目ぼしいクエストが掲示板に無かったので、これからどうするかと話していたところで……」

「でしたら、是非ともお二方に手伝っていただきたい討伐依頼があるんです。他の冒険者にも声をかけて、既に多くの男性冒険者が現場へ向かっているのですが、お二方がいてくれたら更に心強いです!」

「わかりました。僕でよければいくらでも。師匠はどうしますか?」

「いいだろう。退屈しのぎになればいいが」

 

 話を聞くに、大人数で対処しなければならない相手だろう。ゆんゆんがカズマ達と戦ったという、クーロンズヒュドラのようなモンスターを想像し、バージルは依頼を引き受ける。

 

「ありがとうございます! では準備ができましたら街を出て森に向かってください!」

 

 ルナは頭を下げ、そそくさと受付へ戻っていく。彼女を見送った後、バージルはミツルギに視線を戻す。

 

「それで、話の続きは?」

「いえ、また次の機会にします。今は一刻も早く森に向かいましょう」

 

 ミツルギは何か聞こうとしていたが話すのを止め、彼は魔剣を手に取って足早にギルドから出ていった。

 何を話そうとしていたのか気になったが、それよりもまずはモンスター討伐だ。バージルはコップに残った水を飲み干し、刀を手にしてギルドから出ていった。

 

 

*********************************

 

 

 バージルとミツルギは街を出て、指定通り森の中へ。道なりに進むとその先には、ルナの言っていた通り男冒険者達が集まっていた。

 二人の大物冒険者の参戦に周りがどよめく中、一人の男冒険者が話しかけてきた。バージルと共に戦ったことのある、ダストであった。

 

「ようバージル。お前も来てくれたんだな。やっぱあの店を知る人間としては見過ごせねぇよな」

 

 ダストはまるで同士のように寄り添ってきたが、彼の話している意味が理解できず、バージルは首を傾げる。

 

「で、まさか魔剣の勇者様までおいでとは。普段から高難度モンスターを倒して稼いでるアンタにとっては、小銭稼ぎにしかならないぜ?」

「僕は街の平和を守る為に、モンスターを倒しに来たんだ。君のように報酬金目当てで来たのではない」

「あぁそう。ならせいぜい前線で気張ってくれや。そしたら俺達も楽に戦える」

 

 ミツルギとダストの二人はカズマの裁判にて面識はあったのだが、相性が悪かったようで。お互い喧嘩腰で言葉を交わす。

 このまま続けていればエスカレートしそうだったが、冒険者達の前に立つギルド職員が声を張って皆に呼びかけてきた。

 

「森に発生したモンスター討伐は責任重大です! この夏を快適に過ごせるかは、皆さんの腕にかかっています! 是非とも増えすぎたモンスター駆除にご協力を!」

 

 職員の呼びかけに応え、男冒険者達の野太い声が森に響き渡る。何故夏を快適に過ごすことに繋がるのか、バージルは疑問に思う。

 ギルド職員は、隣にあった木造の机に置かれた小瓶をひとつ手に取り、再び冒険者へ告げた。

 

「では、防御に自信がある方はモンスター寄せのポーションを身体に塗ってください。後方で支援してくださる方は殺虫剤を! 格下の昆虫型モンスターばかりですが、数が多いので油断はしないようお願いします!」

「えっ? 昆虫型?」

 

 そこで明かされたモンスターの詳細に、ミツルギは呆気にとられる。バージルも頭上にハテナを浮かべており、たまらず近くにいたダストへ尋ねた。

 

「おい、ここの連中は何の目的で集められた?」

「あっ? さっき言ってただろ。森にいる昆虫型のモンスター討伐だよ。アイツ等がいたら、森の蝉取り業者が仕事できなくて、蝉が街に飛来しちまうだろ。お前もそれを知ってて来たんじゃないのか?」

 

 ダストは当然のように言葉を返してきたが、おかげでバージルの頭上で更にハテナが増えた。

 だがその隣でミツルギが、何かに気付いたように「そういうことか」と呟いていた。バージルは彼に目を向けると、視線に気付いたミツルギが説明してくれた。

 

「僕もこのせか……この国へ来た時に聞いたことがあります。この国の蝉は師匠や僕が知る蝉よりも、鳴き声が数倍になっていて……それが昼夜問わず、命尽き果てるまで鳴き続けると」

「……何だと?」

 

 この世界に存在する蝉の特徴を聞き、バージルは耳を疑った。

 元の世界にて、都会の街で見かけたことは少なかったが、幼少期に住んでいた屋敷近くの森ではその声を聞いた覚えはある。やけにやかましい虫だと記憶していた。

 その虫の鳴き声が数倍にもなり、夜であろうと鳴き続ける。ダストの話した通り蝉が街に飛来すれば、彼等の命が燃え尽きるまで安眠できる日は訪れない。

 そしてダストの言う店というのは、サキュバスの店であろう。彼等に夢を見せてもらうためには眠りが必要となる。その眠りが妨げられれば、サキュバスのサービスを受けられない。どうりで男冒険者が多いわけだと、バージルの中で合点がいった。

 

「冒険者のみなさーん! モンスター第一陣が迫ってきています! 早急に駆除の準備を!」

 

 とその時、ギルド職員の警鐘が耳に届いた。彼が指差す方向に注意を向けると、聞くだけで不快な羽虫の音が森に響き出し、視線の先に蠢く黒い影を見た。

 否、影ではない。膨大な数の黒い点が集まり、ひとつの影を作っていた。やがて黒い点の正体が、バージル達の目にも鮮明に映る。

 カブトムシ、クワガタ、ハチ、その他諸々──数多の羽虫がこちらへ向かってきていた。

 

「来るぞ! 全員構えろ!」

「一匹足りとも逃がすな!」

「俺達の夜を奪わせてたまるか!」

 

 身体にポーションを塗った冒険者が、雄叫びを上げて走り出す。後方支援の冒険者達も、己を鼓舞して殺虫剤を構える。男冒険者達の、魂を賭けた戦い。

 

「僕も行きます。街の皆が安心して眠れる日々を守る為に!」

「たかが羽虫如きが思い上がるな。全て駆除してやろう」

 

 ミツルギは街の皆の為に。バージルは数少ない安寧の時間を邪魔されない為に。二人は剣を取り、最前線へと駆け出していった。

 

 

*********************************

 

 

 カズマ達がアイリスに街を案内し、バージル達が昆虫駆除に汗水垂らしている頃。

 ベルゼルグ王国の要である王都。その城下町にあるひとつの喫茶店に、二人の冒険者が訪れていた。

 

「うん、このプリンもなかなかイケるね。ちょうどいい甘さと濃厚な味わいだ」

「そうでしょ! 先生と色んなスイーツ店を回ったけど、私はここが一番好きかなーって」

「店の名前もインパクトあったし、これで一番人気じゃないのが驚きだよ。ところで君の頼んだチョコタルトも美味しそうだね。僕にも一口ちょうだい」

「えぇっ!? も、もう、タナリスちゃんったらしょうがないなぁ」

 

 アクセルの街ではバイト戦士の呼び名で有名なタナリスと、彼女の友達であるゆんゆんだった。ゆんゆんは口ではそう言いながらも顔を綻ばせて、チョコタルトの乗った皿を差し出す。

 

 彼女等が王都に足を運ぶきっかけとなったのは、ゆんゆんの一言からだった。

 ゆんゆんは、友達と一緒に遊ぶことを渇望していた。もはや彼女の夢といっても過言ではない。

 故に、彼女から遊びに誘うことは相応の覚悟が必要な行動であった。それこそ、高難度のモンスターや魔王軍幹部と対峙する以上の覚悟が。

 急に誘ったら嫌われないだろうか、距離を置かれたりしないだろうかと、不安に押しつぶされそうになったが、ゆんゆんはそれらを振り切り、勇気を振り絞ってタナリスに告げた。因みにお誘いの言葉は、何十通りも考えていた物から一番良さそうな言葉を前日に徹夜で決めていた。

 

 結果、タナリスはあっけない程に軽く承諾してくれた。ゆんゆんは再三聞き返して嘘ではないと知り、喜びに打ち震えた。

 バイトが休みの日に行くこととなり、ゆんゆんは約束の日まで熱心にプランを練った。まるで初デート前のような意気込みであったが、彼女にとって友達と遊ぶことは同等の価値があった。

 あっという間に時は過ぎて、当日。ゆんゆんは緊張のあまり寝られず朝を迎えたが、テンションは最高潮。いくつも考えたお遊びプランも全て頭に入っている。

 どこに行きたいか尋ねると、タナリスは「美味しい物でも食べに行きたい」と答えた。そのパターンも想定していたゆんゆんは、数あるプランの中から該当する物を選んだ。

 

 冒険者ギルドで朝食を済ませた後、ゆんゆんのテレポートで王都に移動。そして前回の王都来訪時にバージルと行った喫茶店を回る。スイーツ巡りプランである。

 完璧に練ったプランに従い、二人は朝食を終えた後に王都へテレポートしたのだが、そこに来て初めて、ゆんゆんはこのプランに穴があったことに気付いた。

 

 銀髪仮面盗賊団の一員として指名手配を出されていたゆんゆん。ミツルギも、王都内にて騎士団が捜索していると話していた。そのことをすっかり忘れていたのだ。

 友達と遊びに行けることに舞い上がって、プランを作っている時は頭に過りすらしなかった。早くもプラン崩壊である。

 ゆんゆんは酷く慌てながらタナリスに小声で相談したが、彼女は「手配書と全然姿が違うし大丈夫でしょ」と楽観的に答え、王都の街を歩き出した。ゆんゆんは涙目になるほどパニックに陥っていたが、友達の言葉を信じて彼女の隣を歩く。

 周りの視線を気にしながら歩いていたが……タナリスの予想通り、騎士団とすれ違っても声を掛けられることはなかった。服と仮面もあるが、手配書と比べるとまだ子供の姿だからか。

 

 それに、王都の住民で銀髪仮面盗賊団の衣装に身を包む者がチラホラ見かけられた。コスプレ、と呼ばれるものだという。

 元々、盗賊団は悪事に手を染める貴族へ盗みに入る義賊と知られており、更に王城へ現れたのも王女を救う為だったという話が住民にも広まっていた。そんな、盗賊団を善と考える者が中心に衣装を真似て街を歩いていた。他にも単にカッコイイからという理由でコスプレする者も。

 騎士団の捜索は難航。手がかりも見つからず諦め半分だという。おかげでゆんゆんも、盗賊団に憧れる者の一人としか見られず怪しまれることはなかった。

 最初はビクビクしながら街を歩いていた彼女だったが、何軒も喫茶店を回り、昼頃に『喫茶スウィート甘々亭』を訪れていた今では、すっかりリラックスしてスイーツを楽しんでいた。

 

「ふぅ、こんなにスイーツを食べたのは初めてだよ。今度はアクアも連れてこようかな」

 

 口元をナプキンで拭いて、タナリスは満足そうに話す。彼女の口から出たアクアの名前に、ゆんゆんはピクリと反応する。

 まだ記憶に新しい、教会での魔獣討伐戦。そこでゆんゆんはクリスの正体が女神エリスであること、同時にカズマの仲間であるアクアも女神だと知った。

 にわかには信じがたいが、この目で見た紛れもない現実だ。クリスは「今まで通り接してくれればいい」と言っていたが、相手が女神となればどうしても緊張してしまうものだ。

 

「そういえば、ゆんゆんはアクアやクリスの秘密も知ったんだっけ?」

「えっ?」

 

 二人の女神について考えていると、タナリスからも同じ人物について話題を振られた。秘密というのは、女神についてであろう。

 ゆんゆんは小さく頷く。するとタナリスは手元のコーヒーを一口飲んでから、友達と軽く雑談するノリのまま伝えた。

 

「ならもう察してるだろうけど、僕も女神なんだ。こっちじゃ無名も無名だけど」

「……えぇええええええええっ!?」

 

 サラッとお出しされた友達の秘密を聞き、ゆんゆんは驚きのあまり椅子から立ち上がった。

 響き渡ったゆんゆんの声に反応し、喫茶店にいた他の客や店員がこちらを見る。注目されていることに気付いて我に返ったゆんゆんは、顔を真っ赤にして席に座る。

 

「ナイスなリアクションだったね。勘の良いゆんゆんならてっきり気付いてると思ってたんだけど」

「う、ううん、全然……」

 

 楽しそうに笑っているタナリスを前に、ゆんゆんは脳が追いつかず呆然とする。

 タナリスはアクアと昔からの友達だと言っていた。クリスも、タナリスのことは先輩だと。ならばタナリスもまた同じく女神であっても不思議ではない。何故今まで気付かなかったのか。

 しかし彼女が女神と知った今、これからどう接すればいいのかとゆんゆんは悩み始める。自分なんかが気安く接していいのだろうかと。そんな彼女の心を見透かすように、タナリスは告げた。

 

「けど気にしなくていいよ。今まで通り僕等は友達さ。改めてこれからもよろしくね、ゆんゆん」

「た、タナリスちゃん……!」

 

 それは、今のゆんゆんが一番欲しかった言葉であった。感動のあまり、ゆんゆんの目から涙が溢れ出る。大げさだなぁとタナリスは笑うが、ゆんゆんにとってはそれほど大きな意味があった。

 タナリスの秘密を知ったことで、またひとつ絆を深めた二人。彼女等の間に男が割り込もうものなら、百合の花を好む紳士達が黙っていないであろう。

 

「さて、次はどこのお店に行く?」

「えっと、タナリスちゃんはどんなお店に行きたい?」

「うーん、ちょっと今はスイーツでお腹がいっぱいだから、服屋さんか魔道具店に寄ってみたいかな」

「そ、そうね! なら、少し変わった物を揃えてる服屋さんがあるから紹介するわ!」

「もしかして、クリスやバージルも寄ったっていうお店かい? 僕に似合う服があるといいなぁ」

 

 タナリスの意見を聞き、ゆんゆんは次の行き先を決める。まだ友達との初お出かけは始まったばかり。

 服屋に行った後は魔道具店に寄って、噴水広場で喋りながら寛いで、それから──と、ゆんゆんがこれからのプランを想像してニヤけている、そんな時であった。

 

『魔王軍襲撃警報! 魔王軍襲撃警報! 現在、砦を突破した魔王軍が王都近辺の平原にて進軍中! 騎士団は出撃準備! 高レベル冒険者の皆様も王城前へ集まってください!』

 

 二人の仲を引き裂くように、けたたましい警鐘が王都へ鳴り響いた。

 放送を聞いて、喫茶店にいた冒険者はすぐさま会計を済ませて外へ。タナリスはやれやれと肩をすくめ、しばし固まっていたゆんゆんはその場で頭を抱える。

 

「どうして、こんな時に限って襲撃してくるのよぉっ!」

「ホントに無粋だね。けど、食後の運動には持ってこいかな」

 

 タナリスは既にやる気のようで、席を立ち上がった彼女は準備運動のように腰を捻る。

 そしてゆんゆんも、魔王軍襲撃の報せを聞いて、気にせず街を歩ける性格ではなかった。彼女は怒りを覚えながら立ち上がる。

 王都の平和を乱し、そして友達との大切な時間を邪魔した者達を倒すべく、二人は喫茶店から出ていった。

 

 

*********************************

 

 

 王城前での説明を受け、騎士団に遅れて戦場にやってきたゆんゆんとタナリス。

 相手は以前と同じく武装したゴブリンやスケルトン、コボルト等だったが、前回よりも手強くなっているのか、騎士団との戦いは拮抗していた。

 

「それじゃ、とっとと片付けて観光の続きだね。行くよ、ゆんゆん」

「うん!」

 

 二人は武器を構えて走り出す。戦火をくぐり抜け、騎士団の少ない敵の中心地へ。

 冒険者の、それも年端も行かぬ少女二人だけで敵の包囲網に飛び込むなど自殺行為。途中ですれ違った騎士達から呼び止められたが、彼女等の耳には届かない。

 むしろこれが、二人にとって戦いやすい状況なのだから。

 

「グァアアッ!」

 

 好機と見た敵が一斉に襲いかかる。だが二人は動じることなく、その手にある武器で敵を斬りつけた。

 タナリスは流れるように鎌を振り、時には魔力の塊となっていた鎌の刃を敵に飛ばす。ゆんゆんは短剣を素早く振りつつ『幻影剣』も駆使して、次々と敵を倒していく。

 

「ッ!」

 

 遠方から魔力の集まりを感じ、咄嗟に目を向ける。ローブを纏った魔法使いのモンスターが魔法を放つ準備をしていた。

 食らえばダメージは必須。ゆんゆんはすぐさま空いていた右手を腰元へ移動させ──。

 

「させない!」

 

 腰のホルスターにしまっていた銃を抜き、相手の脳天を狙って引き金を引いた。刹那、銃口から鋭い形の魔弾が放たれ、相手が魔法を放つよりも先に脳天へ直撃。魔法使いは仰向けでその場に倒れた。

 続けざまにコボルトが二匹飛びかかってきたが、ゆんゆんは正確に照準を合わせて連続で撃ち抜く。三発撃ったところで銃を腰元のホルスターへしまった。

 

 タナリスとのお出かけ日より数日前、にるにるに依頼していた魔銃がようやく完成した。見た目は以前と同じ黒い銃身だが、ゆんゆんの二つ名『雷鳴轟し者』を意識した銀の線がデザインされている。

 銃身の角には宝石が埋め込まれていたが、これはバージルから譲り受けた、一定数の魔力を放ち続ける魔石が削られたもの。削った影響か放つ魔力も減ってしまい、ゆんゆんの魔力消費無しで連続で撃てるのは三発まで。魔石から魔力が充填されたら、再び三発撃てるようになる。

 以前と同じく、ゆんゆんの魔力を込めて撃つことも可能。ゆんゆんの魔力に合わせてカスタマイズされているので、魔力オーバーで壊れることもない。魔法を組み合わせれば、特殊な弾も撃てるという。

 名は、魔銃ボルヴェルク──にるにる曰く、紅魔の里に封印されていた邪神の名前がカッコよかったので、それに響きが似た名前を考えたという。

 

 再び魔力を感知し、ゆんゆんは振り返る。先程とは別の魔法使いが魔力を溜め、火の弾を放ってきた。対してゆんゆんは腰の裏へ手を回し、そこに束ねていた魔鞭シルビアを取り出す。

 素早く鞭をしならせると、迫る火の弾を打つ。魔術師殺しの効果により、火の玉は瞬時に消え去った。驚く魔法使いにゆんゆんは迫り、鞭を容赦なく打ち付ける。

 そこを隙と見たのか、ゴブリンが剣で切りかかってきた。これをゆんゆんは左手に持っていた短剣で防ぎ、弾いた後に左足でゴブリンを蹴り飛ばした。

 やがて離れて戦っていたタナリスがこちらへ戻り、ゆんゆんの隣に立つ。

 

「やるじゃないかゆんゆん。百戦錬磨のアークウィザードって感じだね。もう紅魔族の族長を継いでもいいんじゃない?」

「ううん、今の私じゃまだまだ届かない。だからもっともっと強くならなきゃ!」

 

 現状に甘んじず、さらなる高みを目指すゆんゆん。同時に族長のハードルが凄まじい勢いで上がっているのだが、これを現族長である彼女の父はどう思うのか。

 最初は勢いのあった敵達だが、二人が束になっても敵わない実力者だと知り、無闇に飛び込もうとせず様子を伺っている。

 来ないならこちらか行くべきか。ゆんゆんがそう考えて踏み出そうとした──その時。

 

「おや、あれは何だろう? 火の玉?」

 

 何かに気付いたタナリスが上空を見上げながらそう口にした。ゆんゆんも同じく空を見る。

 曇天がかかった空には、火の玉がひとつ。それはやがて巨大になっていき──否、こちらへと向かってきていた。

 

「タナリスちゃん!」

 

 ゆんゆんはタナリスの腕を掴み、急いでその場から退避する。数秒遅れて火の玉が地面に着弾し、轟音と共に炎が押し寄せてきた。

 

「『ウインドカーテン』!」

 

 風のバリアを張り、迫る炎を防ぐ。逃げ遅れた敵達は皆炎に包まれ、瞬く間に黒い死体となって倒れる。

 敵幹部による魔法攻撃かと思ったが、程なくして間違いであると気付いた。炎の中に、巨大な肉体を持つモンスターの影を見たが故に。

 その者が雄叫びを上げ、彼を纏っていた炎が晴れたことで姿が顕になる。

 

 黒く染まった肉体に熱を帯びた紅い手足と尻尾。禍々しい二本の角。

 ミノタウロスのようにも見えたが、モンスターの足は四本あった。更にその者の手には、身の丈ほどの巨大な大剣。

 どのモンスターにも該当しない、自然の理から外れた異形の怪物。それを呼べる名はひとつしかない。

 

「悪魔……!」

「見た目的に上位かな? これはちょっと大変かもね」

 

 炎獄から生まれ出でし悪魔が、二人の前に立ち塞がった。

 




爆焔アニメ化を聞きつけ、炎獄の覇者(おらなんだ)さんが駆けつけてくれました。
あとゆんゆんの銃の名前が某ワンコ使いと同じですが、あくまで邪神ヴォルバクが元ネタという設定です。つまり偶然の一致。


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第88話「この戦場に悪魔の集いを!」

 アクセルの街、街の噴水広場にて。

 

「どうだアイリス、これが庶民の料理代表格の唐揚げだ。城では溶けるほど柔らかい肉ばかりだから、硬い肉は新鮮だろ?」

「はい、とっても美味しいです! 歯ごたえのあるお肉にサクサクの衣、お城では食べたことのない味です!」

 

 カズマ達は、カエルの唐揚げを嗜んでいた。

 普段は城で過ごしているアイリスには、街にあるもの全てが新鮮に映り、目を輝かせて色々と聞いてきた。カズマも可愛い妹の為ならと次々と紹介。あっという間に時は過ぎて、気付けば昼になっていた。

 ひとしきりアクセルの街を案内したので、カズマは昼食として商店街にある唐揚げを購入。人が多い商店街では身バレの危険がある為、場所を移動して昼食を取っていた。

 ベンチに座り、幸せそうに唐揚げを口に含ませるアイリスを見て、カズマも自然と笑みが溢れる。が──アイリスとは対照的に、どんどん不機嫌になっていく人物が一人。

 

「カズマ……腹ごしらえも済ませて、街も充分案内しましたよね? ならば、そろそろクエストに出かけてもいいのでは?」

 

 爆裂欲を発散できず、イライラが顔に出ているめぐみん。眉間にシワを寄せてこちらを睨んできている。

 しかし、今はアイリスの笑顔をもっと見ていたい。カズマはめぐみんに顔を合わせないようにしながらアイリスを見つめる。

 すると視線の端で、めぐみんは紫のギターを両手に持って大きく振りかぶり──。

 

「って待て待て待て!? 無視したのは謝るから! それで殴るのはやめろ!」

 

 生命の危機を感じたカズマは慌ててめぐみんを宥める。彼女の我慢は限界のようだ。

 アイリスに城へ帰るよう伝えなければ。まだ一緒にいたい自分の気持ちをぐっと抑えて、カズマが切り出そうとした時。

 

「ずっと気になっていたのですが……お兄様方が持っている武器はどこで手に入れたのですか?」

 

 アイリスは、カズマ達が手に入れた新武器について触れてきた。カズマは両手に持っていた双剣を見せながら説明する。

 

「変わり者の店員に変わった商品しか置いてない、この街の魔道具店からだよ」

「どれも強い魔力を感じます。もしかしたら、私の聖剣なんとかカリバーと似た神器なのかもしれませんね」

「マジで? アイツどこからこんなもの仕入れて……えっ? なんとかカリバー?」

「はい、なんとかカリバーです」

 

 鞘に納められた剣を指差して聞き返したが、アイリスは当然のように答えた。

 詳しく聞くと、先祖代々受け継がれてきたもので、所有者をあらゆる状態異常や呪いから守ってくれるという。

 カズマのように大海原を航海(ネットサーフィン)していた者なら誰もが知る名前。間違いなく日本人の転生特典であろう。

 そんな神器に近い物を三つも、バニルはどうやって入手し、何故自分達にプレゼントしたのか。何か裏があるとしか思えず、今からでも返しにいった方がいいのではとカズマは不安を抱く。

 

「ほほう、やはり相当な代物のようですね。あー、早く試したいですねー。いつになったらクエストに行かせてくれるのでしょうか?」

 

 と、話を聞いていためぐみんがわざとらしく声を上げて、顔を覗き込んできた。対応に困るカズマだったが、傍にいたダクネスが言い聞かすようにめぐみんへ伝えた。

 

「めぐみん、気持ちはわかるがアイリス様の御前だ。今は我慢して──」

「なんなんですかダクネスまで! 最初はあんなに乗り気だったと言うのに! 貴方もこの杖で叩かれたいのですか!?」

「それなら望む所──って違う!」

 

 危うくダクネスの素が出そうになったが、アイリスの前では見せられないと彼女は慌てて訂正する。

 ダクネスでも止めることはできない。もはやめぐみんは、今ここで爆裂魔法をぶっ放しそうな勢いだ。

 すると、これを見兼ねたアイリスが唐揚げを飲み込んだ後、ベンチから立ち上がってカズマに進言してきた。

 

「お兄様、この街は充分堪能させていただきました。今度は、私も冒険者のようにクエストへ出かけてみたいです」

「えっ!?」

 

 ゴネるめぐみんを気遣っての発言であろう。よくできた妹だと思うカズマだが、今は静かに待っていて欲しかった。

 

「いや、それはちょっと……」

「ダメ……ですか?」

 

 即決できず言い淀むカズマに、アイリスが上目遣いでおねだりしてくる。あまりの可愛さに「はい喜んで」と言い出しそうになったが、頑張って喉の奥にしまい込んだ。

 アイリスの援護射撃を聞いためぐみんも、紅い瞳をかっ開いて睨んでくる。ダクネスはどっちつかずの状態で、アワアワと二人を交互に見ている。

 アイリスとまだ遊んでいたいが、クエストについて行かせるわけにはいかない。かといって城に戻れと言ってアイリスを泣かせたくない。しかしクエストに行かないと、めぐみんの堪忍袋の緒が切れて大爆裂を起こしてしまう。

 どうにか穏便に済ませられる手はないか。カズマが頭をフル回転させて考えていた時──。

 

「アイリス様ぁああああっ!」

 

 救いの手を差し伸べるように、第三者の声が響いた。カズマ達は声の主へ顔を向けると、こちらに全力疾走で迫る女性がひとり。

 群青色を基調とした鎧を纏った、金髪に青いメッシュがかかった女性。王女側近の騎士、クレアである。彼女は駆け寄るないなやアイリスに飛びつき、大事そうに抱きしめた。

 

「クレア!? どうしてここに!?」

「どうしたもこうしたもありませんよ! アイリス様が城から抜け出したと知って、きっとこの街にいるのではと思い駆けつけたのです!」

 

 お怪我はありませんかとアイリスの様子を確かめるクレア。顔の様子から足先まで、隅々見て無事を確認して彼女は安堵の息を吐く。

 そして、近くに立っていたカズマを怒りと嫉妬に塗れた目で強く睨んできた。

 

「サトウカズマ、貴様がアイリス様に悪影響を与えたことでこのような事態が起きたのだ。どう責任を取るつもりだ!」

「八つ当たりが酷すぎるだろ! 俺だってアイリスが城を抜け出してまで街に来るなんて思いもしなかったよ」

「しかし、よく私達の場所がわかりましたね。王都ほど広くはないですが、頻繁に移動していたというのに」

「アイリス様直属の騎士を舐めるな。ここが王都であろうが、私ならアイリス様の匂いを辿って探し出せる」

 

 サラッととんでもない能力(変態発言)を告げたクレアに、流石のカズマもドン引きする。

 しかし、クレアが来てくれて助かった。自分が言い出さなくとも、このまま彼女はアイリスを城に連れ戻してくれるであろう。

 

「さぁアイリス様、城へ戻りましょう。従者も守衛も皆心配しております」

 

 予想通りアイリスへ城に戻るよう促したクレア。このまま事が進むのかと思われたが──。

 

「ごめんなさいクレア。ですが城へ戻る前に一度だけ……お兄様とクエストに行ってみたいのです!」

 

 アイリスの好奇心は、そう簡単には収まらなかった。アイリスは声を大にして我儘をぶつける。

 

「なりません、アイリス様。早く城に戻って座学の続きを──」

「クレア、どうしても……ダメですか?」

「はうあっ……!?」

 

 本日二度目の上目遣い。カズマよりも体験しているであろうに、クレアはアイリスの潤んだ目を見て狼狽え、悶える。

 騎士としての責務か、王女様のおねだりか。優先すべき事をクレアは悩みに悩んだ末、押し出すような声で答えた。

 

「わかりました……一度だけなら許可します。しかし、まずは城に戻って従者達を安心させましょう。それから私も同伴でクエストに向かいます」

「本当ですか! ありがとうクレア! 大好きです!」

「ぐふぅあっ……! だ、だいす……き……!」

 

 クレアから直々にOKを出され、アイリスは心の底から喜んだ。一方でクレアはアイリスの直球な好意を受け、悶え死にそうになっていた。

 口を挟まず事の成り行きを見守っていたカズマだったが、結局クエストへ行く羽目になってしまい、どうしたものかと独り悩む。

 だが、クレアの許可を得た上に彼女も同行するので、勝手に出かけて死刑される未来は消えた。それなら大丈夫かとカズマは結論づける。

 

「なら、俺達はアクセルの街で待ってるから」

「何を言っている。貴様も王都に来い。王都近辺なら、めぐみん殿やダスティネス殿にも相応しいレベルのモンスターがいるだろう」

「えっ」

 

 クレアは表情を瞬時に切り替え、そう告げてきた。まさかの展開にカズマは脳が追いつかず固まる。

 

「それはいいですね。この時期、街の近辺では歯ごたえのあるモンスターが少ないですから」

「クレア殿がそうおっしゃるのであれば、お言葉に甘えて王都に向かわせていただこう」

「ちょっ」

 

 さらには仲間の二人も賛成してきた。もはや逃げ場はない。おまけにアイリスが見てる前で、自分は嫌だと言い出せるわけがなく。

 嫌な理由はそれだけではない。現在王都では、銀髪仮面盗賊団の捜索を行っていると聞いていた。クーロンズヒュドラで騎士団の要請できず自分達で狩る羽目になったのもその為である。

 下手に王都を歩けば即お縄になりかねない。が、ここで自分から正体を明かせば牢屋直通便だ。どう切り出すべきかと、カズマは再び頭を回転させる。

 そんなカズマの様子を見ていたクレアは、ツカツカとカズマへ歩み寄ると、彼の耳元でこう囁いた。

 

「今は捜索網も薄くなっている。万が一を考えるなら、王都の外で待っているといい。私に屈辱を与えた黒装束の仮面よ」

「行きます」

 

 完全にバレていた。もはや脅しに近い彼女の囁きを聞いて、カズマは即決する。

 街近辺の手頃なモンスターで済ませる筈が、何故か王都の危険なモンスターを相手しなければならなくなった。アイリスが喜んでいる前で、カズマはやっぱり部屋に引きこもっていればよかったと酷く後悔していた。

 

 

*********************************

 

 

 その後、カズマ達はまずギルドへ向かうことに。クレア曰く、もう一人の側近であるレインをそこで待たせているという。

 アイリスとめぐみんが上機嫌で歩く中、わかりやすく肩を落としながらついていくカズマ。程なくしてギルドに到着して中に入る。

 ギルド内では変わらず職員と冒険者が行き来しているが、カズマは普段と様子が違うことに気付いた。

 席についているのは、女冒険者のみ。むさ苦しい男達がいないのだ。ギルドに来たらいつも座っているモヒカン男の姿もない。

 

 そんな中、ひと際目立つ人物が一人。アイリス達と同じ金髪に群青色の帽子を被った女性。アイリスの付き人である魔法使い、レインだった。

 レインはギルドに入ってきたアイリスに気付くと、すぐさまこちらに駆け寄ってきた。

 

「アイリス様! ご無事でしたか?」

「はい……それとごめんなさい、レイン」

「構いませんよ。アイリス様も年頃の女の子ですからね。我儘のひとつやふたつ、可愛いものです」

「おいレイン、あまりアイリス様を甘やかすな。また勝手に城を抜け出してしまうだろう」

 

 釘を刺すクレアの後ろで、どの口が言ってんだとカズマは思う。レインも同じことを思ったのか、注意されているにも関わらずクスクスと笑っている。

 アイリス達が話している中、カズマは独り離れてギルドの受付へ。カウンターの向こうにいた受付嬢のルナに話しかけた。

 

「今日は男冒険者が全然いないけど、何かあったのか?」

「男性の冒険者は、現在森でモンスター討伐をされてますよ。カズマさん達にもお願いしようと思っていましたが、丁度バージルさんとミツルギさんが来ていたので、お二人に協力を依頼しました。もうそろそろ帰ってくると思うのですが……」

 

 どうやら男総出で森に出ていたようだ。おまけにバージルと魔剣の人まで駆り出されているという。男として自分だけハブられたことに寂しくなったが、面倒事に巻き込まれなくてラッキーだったと思うことにした。

 王都でのクエストにバージルも連れて行こうかと考えたが、魔剣の人もセットでついてくるであろう。彼にアイリスとの時間を邪魔されるのは嫌だったので、ギルドで待たずにテレポートしようとカズマは決めた。

 

「ところでカズマさん……あそこにいらっしゃるのって、本物の王女様なのですか? どうしてカズマさん達と一緒に……?」

「あ、えーっと……ダクネスに用事があって来たらしくて、俺とめぐみんはその付き添い的な?」

 

 王女様が自分に会うためだけにお忍びでやってきた、なんてちょっと口に出したくなったが、カズマは適当な理由で誤魔化した。

 これ以上話してボロが出てしまわないよう、カズマはすぐさま受付嬢から離れる。それから彼等はギルドを後にして、テレポートで王都に向かうこととした。

 

 

*********************************

 

 

 クレアのテレポートと、街のテレポート屋で王都に移動したカズマ達一行。

 彼を包む光が収まり、視界が一変する。眼前には、アクセルの街よりも荘厳な王都の門。

 王都内で待つか外で待つか、仲間と相談しようと思ったのだが──。

 

「なんか、慌ただしくね?」

 

 正門前の平原では、冒険者や騎士団がひっきりなしにいた。門は閉ざされ、空気もピリついているように感じる。

 平原の先をよく見れば、戦火が上がっていた。もしかしてとカズマが悪い予感を抱く中、クレアのもとに騎士がひとり駆け寄ってきた。クレアは真剣な面持ちで騎士に尋ねる。

 

「報告を」

「はっ! 現在、王都近辺の平原地帯にて魔王軍と交戦中! 更に敵軍の中心部には未確認の巨大なモンスター、悪魔と思わしき存在を確認!」

「やっぱり魔王軍と悪魔絡みだチクショウ!」

 

 予感は的中。騎士の報告を聞いたカズマは頭を抱える。自分が遠出した時はいつもこうだ。もはや呪いに掛けられているのではとカズマは疑う。

 一方で、報告を聞いたクレアは恐れる素振りも見せず、レインに指示を出した。

 

「レイン! 今すぐアクセルの街に戻ってバージル殿とミツルギ殿を探せ!」

「承知しました!」

 

 指示を受けたレインはすぐさまテレポートを唱えてこの場を去る。二人はまだ街に戻ってないと伝えようとしたが間に合わなかった。

 

「アイリス様、ここは我らにお任せを。危険ですので城にお戻りください」

「いえ、私も戦います。先陣で戦い、民を守ることが王族の務めです。丁度、装備も万全ですから」

「ですが……いえ、わかりました。なればこのクレア、全力でお守りします」

「えぇ、頼りにしていますよ。クレア」

 

 アイリスを城に戻そうとしたが、彼女もやる気満タンのようで。クレアも止めることはせず、共に戦うと決意。

 王女様を前線で戦わせるのはマズイんじゃないかと思ったが、王族は総じてステータスが高いとめぐみんは言っていた。むしろ王族こそ前線に出ることが、この国では普通なのかもしれない。

 

「良いタイミングですね。我が爆裂魔法で、悪魔もろとも魔王軍を塵にしてみせましょう!」

「魔獣の一撃は受け損ねたが、今回はいっぱい攻撃を受け止めて……いや! クルセイダーとして、皆の盾になるのが私の務めだ!」

 

 めぐみん、ダクネスも当然やる気になっていた。王女様の前でダクネスの本音が漏れかけたが、敵を前にしたら本能の赴くままに突撃するであろう。

 高らかに宣言した後、二人がこちらを見てきた。カズマはどうするのかと目で訴えられたが、アイリスの前で逃げ出すような真似はしたくない。選択肢などありはしなかった。

 

「あーもう! しょうがねぇなぁっ!」

 

 結局、カズマは再び戦いへ巻き込まれることとなった。

 

 

*********************************

 

 

 少し時間は戻って、王都から離れた敵の中心部。

 独断専行で敵地に自ら突っ込んだゆんゆんとタナリス。友達とのお出かけを再開すべく速やかに片付けようと思っていたが、誤算が起きた。

 辺りにいた敵は全て焼き尽くされ、代わりに現れたのは炎の悪魔。一筋縄ではいかない敵だと、誰が見てもわかる図体と威圧感。

 ゆんゆんは敵の迫力に圧倒されたが、戦意は失っていない。これまでの冒険や厳しい授業を経て、彼女は戦いの術だけでなく勇気も得ていた。

 

 距離を離していても感じる相手の熱。敵の身体に触れればたちまち焼き殺されてしまいそうだ。

 どのみち、自分の短剣では刃が通らないであろう。鞭による攻撃も期待はできない。そこまで考え、ゆんゆんは右手に魔銃を、左手に短い杖を持った。

 隣にいるタナリスも鎌を構えて臨戦態勢を取る。やがて前方に立つ炎の悪魔は周囲を確認すると──。

 

「……フム、あれが王都とやらか。人間風情の駒になるのは誠に遺憾だが、仕方あるまい」

 

 ゆんゆん達に一切気付くことなく、王都の方角を向いて歩き出した。

 敵とすら認識されていなかったのか、単に気付いていないのか。口ぶりからして王都を狙っているのは間違いないので、止めるべきなのであろう。

 しかし、この場にいるのに気付かれなかったことで、かつて学生時代に二人組みを作るように言われて自分だけ余ってしまった過去を掘り起こされ、ゆんゆんは胸に痛みを覚える。

 その一方で、無視されるのは心外だったタナリスが駆け出し、悪魔と並列するように移動しながら大声で話しかけた。

 

「ちょっとー? ここに冒険者が二人もいるんだけどー? わざと無視するのはやめてほしいなー」

 

 タナリスは何度も声を掛けているが、悪魔からの反応はない。彼女は不満げに頬を膨らませると、力任せに鎌を振って斬撃を飛ばした。

 斬撃は見事に悪魔の顔面へ命中。流石に気付いたようで、悪魔はおもむろにタナリスの方へ顔を向けた。

 

「おっ、やっと見てくれた」

「なんだ貴様は? 人間の、それも小娘如きが我と戦うつもりか?」

「ここの人間は案外侮れないよ? あそこにいるゆんゆんだってそうさ」

「ほう、我を前にしても臆さぬとは。ならば少しだけ相手をしてやろう!」

 

 タナリスの挑発を受け、悪魔はその手にある大剣を振り下ろしてきた。タナリスは咄嗟に避けた後、ゆんゆんの隣に戻ってきた。

 

「口ではああ言ったけど、僕だけじゃ難しい。ゆんゆん、準備はいいかい?」

「う、うん! 任せて!」

 

 タナリスからの言葉を受け、ゆんゆんは武器を握る手に力を入れる。それを確認してから、タナリスは再び悪魔に向かっていった。

 悪魔は大剣を横に薙ぐ。これをタナリスは軽々と飛び上がって回避し、再び斬撃を悪魔の顔面に飛ばす。悪魔は再び剣を振るも、タナリスはしゃがんで避けて悪魔の側面へ移動する。

 

「ほらほら、ちゃんと見ないと当たらないよ? それともこの距離すら見えないほど目が悪いのかな?」

「羽虫如きがちょこまかとッ!」

 

 苛立った様子で悪魔はタナリスを狙う。しかしどれも空振り、タナリスは時折斬撃と挑発を交えて立ち回っていた。彼女が注意を引いている間、ゆんゆんは悪魔を観察する。

 

「(炎系の相手なら、有利な属性は水か風……私の魔法がどこまで通用するか)」

 

 かつてアクセルの街付近で戦った上位悪魔には、上級魔法でも敵わなかった。めぐみんの爆裂魔法でようやく倒せたほど。

 今回の悪魔はあの時以上の強さかもしれない。だが、自分もあの頃より強くなった。悪魔の力を宿した魔王軍幹部とも渡り合った。今ならきっと──。

 

「『ハイドロクラッシュ』!」

 

 ゆんゆんは杖を悪魔に向けて唱えると、水の波動が放たれた。凄まじい勢いで飛び出した魔法は、タナリスに気を取られていた悪魔の背中へと直撃した。

 モンスター相手ならダメージは必須。だが、水の波動が当たった悪魔の背中は蒸気を発するだけ。ゆんゆんは同じ魔法を続けて放つが、手応えはない。

 

「貴様も、我が剣の贄となりたいと見える」

 

 とそこで、悪魔の注意がゆんゆんに向けられた。悪魔はタナリスの攻撃を無視し、こちらを見る。

 ゆんゆんはすぐさま『幻影剣』を四本出現させて放った。その内三本は悪魔の身体に刺さり、一本は身体を掠めて悪魔の後方へ。やはりダメージが通ったようには見えない。

 悪魔はその手にあった大剣を、ゆんゆん目掛けて強く振り下ろした。しかしゆんゆんは動じることもなく、大剣が迫るのを待ち──。

 

「今っ!」

 

 ギリギリのタイミングで『テレポート』した。悪魔の剣は空振り、平原を熱く焦がす。

 ゆんゆんの姿は悪魔の背後へ。そして彼女の隣では、ゆんゆんが飛ばして外れた一本の幻影剣を握っていたタナリスが。

 見失っている今が好機。ゆんゆんは右手の魔銃を悪魔に向け、既に溜まっていた魔力と自身の魔力を放つべく、唱えた。

 

「『カースド・ライトニング』!」

 

 ゆんゆんがトリガーを引いた次の瞬間、けたたましい轟音と共に銃口から魔弾が飛び出した。

 魔弾は雷のように速く飛び、一筋の閃光となって──悪魔の脳天を貫いた。

 今度は手応えのある一撃。ゆんゆんは息を呑んで様子を見守る。

 

 貫かれた悪魔の傷は、瞬く間に塞がった。

 

「くっ……!」

 

 ゆんゆんは咄嗟に悪魔から距離を取る。タナリスも同じく後方に飛ぶと、彼女等の予見通り、悪魔は剣を振りながら跳び、ゆんゆん等の方へ向き直った。

 

「その程度で我と渡り合えると思っていたか?」

 

 身体から放たれる炎は今も燃え盛り、悪魔はゆんゆん達を睨みつける。

 今の自分でも、上位悪魔には届かない。その現実を突きつけられたように感じ、ゆんゆんは無力な自分に怒りを抱く。

 

「ゆんゆん、今の良い一撃だったよ。僕が続けてアイツを引き付けるから、次もお願い」

 

 そんな自分の心情を察したのか、タナリスは親指を立てながら小声で褒めてくれた。そのまま彼女は返答も待たず、悪魔へと突撃する。

 

「ホントは強がってるんじゃないの? 痛いなら素直に言いなよ」

「口の減らん奴だ。やはり貴様から殺してやろう!」

 

 再び悪魔の視線がタナリスに向けられる。タナリスは物怖じせず悪魔の付近を動き回り、鎌で肉体を斬りつける。が、傷は浅い。

 タナリスが使える魔法は状態異常か呪い系のみ。大きなダメージを与えるには、やはりゆんゆんの魔法が必要となる。

 しかし、回復能力の高い悪魔に重い一撃を加えるとなれば退魔魔法か、爆裂魔法のような威力でなければ届かない。そして、ゆんゆんにその手札はなかった。

 

 が、だからといって諦めるわけにはいかない。戦いはどちらかが倒れるまで終わらないのだから。

 一撃でダメなら、何度も撃ち込むまで。ゆんゆんは杖を空に掲げ、魔法を唱えた。

 

「『ライトニング・ストライク』!」

 

 彼女の声に応え、悪魔の頭上から白い雷が轟き落ちた。悪魔の身体に雷光が走る中、ゆんゆんは続けて魔法を放つ。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 杖を剣に見立てて横に薙ぐ。杖から雷の斬撃が飛び出し、悪魔の身体を薙いだ。その時、悪魔の身体が僅かに揺らいだ。

 確かにダメージは通っている。その実感をタナリスも得たのか、好機とばかりに悪魔の真正面へ飛び上がり、その手の鎌を強く振り下ろす。

 

 ──が、それを狙っていたかのように悪魔は左手を伸ばし、彼女を掴んだ。

 

「うぐっ!」

「タナリスちゃん!」

「ようやく捕まえたぞ小娘。このまま捻り潰してやろう!」

 

 悪魔に握り締められ。タナリスが苦しむ声を上げる。ゆんゆんはたまらず叫ぶが、それで悪魔が手を止めてくれるわけもない。

 今すぐ助けなくては。悪魔の左手首を狙い、再び『ライト・オブ・セイバー』を唱えようとした──その時。

 

「『エクステリオン』!」

 

 刹那、眩い光の斬撃が飛んできた。それは悪魔の左手首へ正確に当たり、悪魔は苦悶の表情を浮かべる。と、握られていたタナリスが開放された。

 ゆんゆんは斬撃が飛んできた方向を見る。そこに立っていたのは、自分と変わらない小柄な金髪の女性。

 

「炎の悪魔! ここからは私、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスが相手です!」

 

 この国を治める王族の第一王女、アイリスであった。

 

 

*********************************

 

 

 再び魔王軍と悪魔騒動に巻き込まれたカズマは、仲間と共に戦場を駆けた。

 アイリスとクレアが先導し、魔王軍のモンスターを容易く蹴散らしていく。王族はステータスが高いという話は本当だったようだ。剣術のレベルも同様。

 カズマ等は『潜伏』を使いながら後をついていくだけで、難なく戦場を通り抜けられた。雑兵は騎士達に任せ、彼等は巨大な悪魔がいる場所へ。そして、既に交戦中であったゆんゆんとタナリスを発見した。

 タナリスが悪魔に握り潰されようとしていたのを見て、アイリスは一気に速度を上げて駆け出し、悪魔に一撃を浴びせてタナリスを救ったのだった。

 

「アイリス様!」

 

 追いついたクレアがアイリスに駆け寄る。ゆんゆんもタナリスに近寄って安否を確かめるが、本人は痛そうに身体を擦るのみで、大事には至らなかったようだ。

 カズマは悪魔に目を向ける。悪魔は一撃を浴びせたアイリスを睨んでおり、カズマ達には気付いていない。

 ここまで走りながら、カズマは『千里眼』で悪魔の姿を先に観測していた。その時点でカズマはある気持ちを抱いていたが、目視で確認できるほど近付いたことで更に強く思った。

 

「(早く帰りたい!)」

 

 どこぞの白黒仮面タキシード悪魔と違い、その姿は生前にファンタジー作品で見てきたような、悪魔らしい風貌。ゲームなら終盤に出てくるような敵だ。

 魔力の強さはてんでわからないが、心臓はバクバクと危険信号を鳴らしていた。かつて、冬将軍を相手にバージルが悪魔の姿を見せた時と同じ感覚。

 こんなの敵うわけがない。今すぐここから離れて街に帰りたい。カズマはそう思っているのだが──。

 

「か……かっこいいです! まさに炎獄から生まれし悪魔! 紅魔族のイメージにもピッタリです! カズマカズマ! あの悪魔を紅魔の里に連れていきましょう!」

「なんと巨大な敵だ。あの大剣から浴びせられる一振りは、どれほど重い一撃になるだろうか……!」

 

 案の定、仲間達は悪魔に一目惚れであった。ここから逃げる気など微塵もないであろう。かといって自分だけ逃げたら、二人が何をしでかすかわかったものではない。

 それに、ここには自分達だけでなくアイリスにクレア、ゆんゆん、タナリスもいる。四人を中心に戦えば、なんとかなるかもしれない。

 カズマは腹を括り、相対する悪魔を見上げる。と、カズマは何かに気が付いた。

 

「……なんだアレ? 火の玉?」

 

 悪魔越しに見る上空にあった、赤い火球。太陽と見紛うソレは徐々に巨大になっていき──否、地上に落ちようとしていた。

 火球はカズマ達や悪魔がいる場所から少し離れた場所に着弾。轟音を上げて落ちたソレは平原を燃やし、盛る火の中に何かがいた。

 黒い影は火の中から現れ、その姿を見せる。外見は蜘蛛だったが、白い外殻は大理石のようで、その節々にはマグマのような赤い肉。

 炎の悪魔と同じく、自然の理から外れた異形──悪魔だと、誰もが確信した。

 

「ふざけんなチクショォオオオオッ!」

 

 無理ゲーにもほどがある。カズマはたまらず叫んだ。

 

「馬鹿な! 悪魔が二体も同時に出現するなど……いや、そもそも魔王軍にこのような敵がいたという情報も聞いていない!」

 

 クレアも驚愕を隠せないようで、隣のアイリスも顔色から焦りが伺える。

 

「か、カズマ! 私はどちらに爆裂魔法を撃ち込めばいいのでしょうか!? 私としては四本脚の悪魔を生け捕りにしたいのですが!」

「あちらの悪魔も良い一撃を浴びせてくれそうだな……カズマ! 私はどちらに向かえばいいのだ!?」

 

 一方でめぐみんとダクネスは相変わらず。めぐみんには少し焦りの色が見えたが、悪魔を生け捕りにしたいと思える余裕はあるようだ。

 仲間から指示を求められ、カズマは二体の悪魔を交互に見て、どちらを優先して狙うべきか思案する。二体とも一筋縄ではいかない相手だ。

 騎士団も魔王軍の手下に手こずっていて増援は来ない。戦況を左右する場に立たされ、決断できずカズマが悩み続けていた、そんな時だった。

 

「──小僧。おい、小僧」

「えっ?」

 

 不意に、誰かの呼ぶ声がすぐ傍で聞こえた。声質は男性だったが、周囲にはカズマ以外に男はいない。

 

「こっちだ小僧。下を見よ」

 

 再び声が聞こえた。まさかと思い、カズマは手に持っていた双剣の柄、そこに施されていた顔を見る。

 

「約束の時は来たれり」

「今こそ魂を解き放つ時」

「ひぃいいいいやぁああああっ!?」

 

 喋りだした双剣にカズマは悲鳴を上げ、思わず放り投げた。双剣は宙を舞うと、顔がこちらを向くようにして地面に突き刺さった。

 

「我が名はアグニ」

「我が名はルドラ」

「雷を司る者の名はネヴァン」

「氷を司る者の名はケルベロス」

「さぁ、我らの名を」

「さすれば我らが力を示そう」

 

 双剣──アグニとルドラはカズマ達へ告げる。話を聞くに、ダクネスが持っている氷属性っぽいヌンチャクの名がケルベロスで、残るめぐみんのギターがネヴァンなのであろう。

 正体はわからないが、察することはできる。きっとコイツ等も悪魔だ。やっぱりロクな代物じゃなかったと、渡してきたバニルを恨む。

 しかし、今はキャベツの手も借りたい状況。カズマは意を決し、めぐみん達に告げた。

 

「聞いたか!? 名前を呼んだら助けてくれるんだとよ! コイツ等にも手伝わせるぞ!」

「あ、あぁっ!」

「いいでしょう! 紅魔族として一度は召喚をやってみたかったのです!」

 

 ダクネスは困惑しながらも、めぐみんはノリノリで承諾する。かくいうカズマも悪魔の召喚には、不安を抱く一方でワクワクもしていた。

 カズマは突き刺さった双剣に手のひらを向け、ちょっと声を作って彼等の名を呼んだ。

 

「現れろ! アグニ&ルドラ!」

「た、頼んだぞ! ケルベロス!」

「雷を司りし魔の者よ。我が真紅の導きに従い、深淵より顕現せよ! 雷光纏いし悪魔、ネヴァン!」

 

 ダクネスはヌンチャクを、めぐみんはしっかり召喚の言葉を謳ってからギターを空へ放った。

 瞬間、地面に刺さった双剣から炎と風が発生し、剣を包むように吹き荒れる。宙に放たれたヌンチャクとギターは、放物線を描きながら光に包まれる。

 二つの光が地面に落ちた時には炎風も静まり──カズマ達の前に、その姿を現した。

 

 ギターだったものは、黒いドレスを纏った妖艶の魔女。

 ──ではなく、めぐみんよりも小さい赤毛の黒ドレス少女へ。

 

 ヌンチャクだったものは、氷を纏いし巨大な地獄の番犬。

 ──ではなく、三つ首ではあるものの氷は纏っていない青き中型犬へ。

 

 双剣の前には、番人を彷彿とさせる首なしの巨人。

 ──ではなく、剣身と同じかそれ以下の肉体を持つ、どちらも首のない赤鬼と青鬼。

 

 二体の巨大な悪魔を見た後では、なんというか──。

 

「……ちっさ」

 

 とてもスケールの小さい悪魔達であった。

 

「ちょっと何よアンタ達。随分と可愛らしくなっちゃって」

「そういう貴様もだ。魔力もかなり落ちているぞ」

「あらホントだわ。網目を通って人間界に来た影響かしら?」

 

 どうやら彼等も想定外だったようで、ロリ少女は自分の姿を見て驚いている。二体の敵が上位悪魔なら、彼等は下位悪魔と呼べるほどの差だ。

 

「ま、なってしまったものは仕方ないわね。それで、私達はどっちを狙えばいいのかしら?」

「えっ? えーっと……」

 

 彼女がネヴァンというのだろう。舌っ足らずな口調でカズマに指示を聞いてくる。

 カズマは奥の敵悪魔に目を向けると、既に四本脚の悪魔はアイリスと戦っていた。一方で蜘蛛の悪魔は、クレアが足止めをしているもののかなり苦戦している様子。

 

「蜘蛛だ! 蜘蛛の方を頼む!」

 

 カズマは慌てて悪魔達に指示を出した。するとケルベロスという中型犬が、何も言わず真っ先に蜘蛛のもとへ駆け出した。

 遅れてネヴァンも後を追う。アグニとルドラはどうにか突き刺さった剣を抜き、重たそうに持ちながら走っていった。

 

「ホントに大丈夫なのだろうか?」

「知らねぇよ! とにかく今はアイツ等に任せよう。俺達はアイリスの加勢に行くぞ!」

「むぅ……紅魔の里に封印して新たな観光名所にと思っていましたが、仕方ありませんね。我が爆裂魔法でその炎すら消し飛ばしてみせましょう!」

「お前マジで捕まえるつもりだったのか?」

 

 馬鹿なことを考えていためぐみんに突っ込みつつ、カズマ達はアイリスを助けるべく四本脚の悪魔のもとへ向かった。

 

 

*********************************

 

 

 ケルベロス達が人間界へ移動する前、バニルはこう告げた。

 

「貴様等の新たな主が行く先に、二体の悪魔が現れるであろう。その時こそ、貴様等が力を振るう時である。新たな主に名を呼んでもらうがいい」

 

 悪魔にとっては力こそが正義。故に、自分達よりも遥か格上であるバニルの命令は無視できなかった。

 その為、彼等は大人しく魔具となって人間界に移動。が、そこで網目に引っ掛かった。魔具となって移動すれば問題ないかと思われたが、見逃してくれなかったようだ。

 元の世界では人間界に出現したテメンニグルから網目を通らず外に、魔具としてダンテに持ち出されたので力もそのままだったが、今回は網目を通ることで従来より魔力は削がれることとなった。この姿もそのせいであろう。

 

 人間界へ来た後、エンツォの店といい勝負の汚い店に移動。そこで彼等は新たな主に出会った。

 紅目の少女は見込みアリだが、他二人は魔力も大したことのない人間。主には相応しくない。金髪の女が自分を手に取ったので、ケルベロスは反抗的に魔力を放ったのだが──。

 

「(我が冷気を味わって喜ぶとは……あの笑みには狂気すら感じた。あの女はいったい何者だ? まさか人間ではないのか?)」

 

 いくら魔力が落ちているといえど、人間程度では触れられない冷気は発していた。しかしどうだ。金髪の女は離すどころか、息巻いて逆に強く握り締めてきた。

 その後も一切離すことはなかった。魔力は少ないが、あの女も只者ではないとケルベロスは感じていた。

 

 そしてバニルの予言通り、彼等の前に二体の悪魔が立ち塞がった。人間界へ来る前にアグニとルドラへ名を伝えていたので、無事に名を呼ばれてケルベロス達は解放された。あのアホ兄弟に任せるのは些か不安だったが、ちゃんと覚えてくれていたようだ。

 しばらく走って、ケルベロスはようやく敵の眼前へと辿り着く、先に戦っていた女の騎士が、ケルベロスの姿を見て大層驚いた。

 

「な、何者だ!? 魔王軍の新たな手先か!」

「脆弱な人間は退いていろ。主の命に従い、この蜘蛛は我が引き受ける」

 

 ケルベロスは騎士にそう吐き捨てると、蜘蛛の悪魔に向かって突撃した。相手は巨大なハサミの手で胴を狙わんとしたが、ケルベロスは途中でブレーキを掛け、攻撃を避けつつ蜘蛛の真横へ。

 地面を蹴り、前足で蜘蛛の横腹を引っ掻いた。が、金属音が鳴るのみで外殻には傷ひとつ付かない。ケルベロスは咄嗟に飛び退くと、口に魔力を溜めて氷弾を放った。

 氷弾は蜘蛛の外殻に直撃したが、ダメージが通ったようには見えない。蜘蛛の悪魔はおもむろに身体の向きを変えると、六つの青い眼でこちらを見た。

 

「なんだこのチビは? お前のような犬ッコロが、この俺に敵うとでも?」

 

 蜘蛛の悪魔は低い笑い声を響かせる。元の姿であれば一瞬で氷漬けにしてやれたのにと、ケルベロスは弱体化した自分を恨む。

 敵がジワリジワリとにじり寄ってくるのを、いつでも飛び退けるよう構えて待っていると、突然敵の上空から雷が落ちた。蜘蛛の動きは止まったが、やはり効いたようには思えない。

 気付けば追いついたネヴァンが隣に立っていた。遅れてアグニとルドラも来たが、着いたタイミングでアグニが転けていた。もはや戦えるのかどうかも怪しく感じる。

 

「全然堪えてないわ、あの蜘蛛。どうやら私達、想像以上に力が落ちてるみたいね」

「その上、奴の外殻は物理にも魔力にも強いようだ。生半可な攻撃では傷一つ付かんだろうな」

「情けない話だけど、ここは力を合わせてってヤツかしら」

「我等の力、今こそ示してやろう!」

「炎と風が織り成す地獄を思い知れ!」

「雷と氷も忘れないでね」

 

 ケルベロスとネヴァンは共同戦線を張ると言葉を交わし、アグニとルドラも剣を構えて蜘蛛の悪魔と対峙する。

 眼前に並ぶ四体の悪魔を見てもなお、蜘蛛の悪魔は焦りを見せることなく言い放った。

 

「虫ケラ共がゾロゾロと沸きおって。いいだろう! このファントムが、地獄の業火で焼き殺してやる!」

 

 

*********************************

 

 

「ゆんゆん! タナリス!」

 

 悪魔達と別れたカズマは、ゆんゆん達のもとへ駆け寄る。こちらに気付いたタナリスは、地べたに座ったまま無事を伝えるように手を挙げた。

 

「やぁカズマ、奇遇だね。君もあの悪魔退治に加勢してくれるのかい? なんだか悪魔に縁があるねぇ」

「こっちは勝手に縁を結ばれていい迷惑だよ」

 

 彼女は痛そうに脇腹を擦っていたが、見た目よりも大丈夫そうだ。カズマはひとまず安堵する。

 そして、会話を交えている間もたった一人で悪魔と戦っている少女に目を向けた。

 

「『エクステリオン』!」

 

 悪魔の一振りを避けた後、アイリスは剣を斬り上げる。またも剣から斬撃が飛び、悪魔の肉体に再び傷を負わせた。

 しかし、相手の回復力も侮れない。少し経てば傷も塞がり、悪魔の炎も燃え盛り続けている。

 

「死ねぇっ!」

 

 悪魔は大剣を引くと、アイリス目がけて突きを繰り出す。それをアイリスは避けようとせず──。

 

「やぁっ!」

 

 悪魔のモノと比べて実に小さい剣を突き出し、剣先をぶつけ合った。お互いに退かず、やがて力の反発で二人は同時に離れた。

 

「やるな、小娘。二千年前の人間界には、貴様のような人間はおらなんだ」

「まだまだこれからです! 王国の剣として、一歩も退く気はありませんよ!」

 

 相手の悪魔も認めるほどの技量。アイリスは剣を構え直し、再び悪魔へと突撃した。勇敢に戦う妹の姿を間近で見て、カズマは思わず呟いた。

 

「……もうアイリス一人でいいんじゃないかな」

「何を言っているのだ馬鹿者! 王女様にだけ戦いを任せるなど見過ごせない! 私は先に行くぞ!」

「あっ、おい!」

 

 アイリスを助けたい一心か、早く悪魔の一撃を浴びたいのか。チラッと見えた顔が恍惚に歪んでいたので両方であろう。ダクネスは一足先に飛び出した。

 もはや悠長に話している時間はない。カズマは頭の中で状況を整理し、めぐみん達に指示を出した。

 

「ゆんゆんは俺の隣で待機していてくれ! タナリスはいけそうならアイリスの加勢を頼む! で、めぐみんは爆裂魔法の準備!」

「久々の相手が上位悪魔とは実に燃える展開です! 我が爆裂魔法で灰燼に帰して、悪魔を屠りし者(デビルハンター)の名を轟かせてやりましょう!」

 

 めぐみんはマントを翻し、杖を構えて高らかに宣言する。その満ち溢れる自信を表すように、彼女の眼は紅く輝いていた。

 同じく指示を聞いてタナリスは腰を上げるが、彼女を遮るようにゆんゆんが慌てて進言した。

 

「待ってください! タナリスちゃんはまだダメージが残って──!」

「ゆんゆん、心配ありがとう。でも大丈夫、女神は頑丈なんだ。おっと、今は堕女神か」

「で、でも……」

「それに、やられっぱなしじゃあ気が済まない。せめて一発は浴びせてやらないとね」

 

 心配をかけまいと、タナリスは軽い口調で応える。その後、身体を捻ったり筋を伸ばしたりと準備運動をしてから、彼女は悪魔に向かって駆け出した。

 サラリと自分が女神であることを明かしたが、ゆんゆんは驚いていない様子。タナリスから既に聞いたのであろう。

 ゆんゆんは不安げにタナリスを見つめている。そんな彼女にカズマはお願いするよう優しめに告げた。

 

「ゆんゆんは、めぐみんが爆裂魔法を撃つまで護衛を頼む。ダクネスが勝手に行っちゃった今、俺だけじゃ流石に心許ないからさ」

「……わ、わかりました」

 

 ゆんゆんは何か言いたげだったが、素直に指示を受けた。タナリスが心配で、自分も加勢に行きたいのであろう。しかし彼女まで行ったらこちらが手薄になる。

 あとは爆裂魔法が準備できるまで、アイリス達が耐えてくれたら──と考えていた時。

 

「行きたいのならさっさと行けばいいでしょう! こんな時まで自分の意見を出さずにいて、それでも紅魔族の長を継ぐ者ですか!?」

「えぇっ!?」

 

 痺れを切らしたように、めぐみんがゆんゆんへ言い放った。カズマも、そして言われたゆんゆんもビクリと驚く。

 

「私の護衛はカズマだけで構いません。ライバルに守ってもらうなど、こちらから願い下げです! なので貴方は早くアイリス達の所に行って、私の前座として少しでも場を盛り上げておくがいい!」

「ぜ、前座って何よ失礼ね! そんなこと言うんだったら、めぐみんが爆裂魔法を撃つ前に私達で倒してやるんだから!」

 

 めぐみんの発破を受けたゆんゆんはいつもの調子で、めぐみんに宣言してから悪魔のもとへ向かった。

 カズマは呼び止めようと声を掛けたが、彼女の耳には届かず。離れていくゆんゆんを尻目に、めぐみんへ文句をぶつける。

 

「お前、勝手に──」

「今のゆんゆんに、私の護衛をさせるのは酷ですよ。あの子はああ見えて負けず嫌いですから」

 

 めぐみんはゆんゆんの背中を見送りながら語る。タナリス達が心配だから自分も加勢したいと思っているのかとカズマは捉えていたが、どうやらそれだけではなかったようで。幼馴染だからこそ感じ取ったのか。

 お前も素直じゃないなと思いながらも、カズマはぶつけようとしていた文句を飲み込み、めぐみんの肩に手を置く。

 

「一応『潜伏』は使っておくぞ。魔力までは隠し切れないかもしれないけど」

 

 どうか悪魔がこちらに気付きませんように。そう願いながら『潜伏』を使用。めぐみんはクスリと微笑んで、引き続き魔力を集中させた。

 

 ……彼女が気にするので口にはしなかったが、爆裂魔法で仕留めきれない可能性もある。

 その時はアイリス達が仕留めるか、機動要塞の時と同じく、もう一度爆裂魔法を撃たせるために『ドレインタッチ』で誰かの魔力をめぐみんに分けるか。

 もしくは──アクセルの街へ向かった彼女が、彼を連れて来さえすれば。

 

 

*********************************

 

 

「そこっ!」

 

 アイリスは聖剣を突き出し、悪魔の肉体に深く刺す。悪魔が空いた手で捕まえようとしたが、すぐさま剣を引き抜いて後ろへ下がる。

 傷口から血が流れるも、次第に再生して傷口を塞ぐ。悪魔は大剣を横に薙いできたので、アイリスは剣で弾こうと構えたが──。

 

「アイリス様!」

 

 突如、横から入ってきた者が一人。聖騎士であり同じ貴族のララティーナ、もといダクネスだ。彼女は自分の前に出ると、悪魔の一振りを一身に受けた。

 

「ぐぁああっ!」

「ララティーナ!」

 

 たまらずアイリスは叫ぶ。しかし、ダクネスの身体が分断されることはなく。鎧が一部砕けた程度で、今もなおアイリスの盾として立っていた。

 

「やはり、とても重い一撃だ……! さぁどうした悪魔! もっと私に攻撃してみろ! 何度でも受け止めてやろう!」

「我の一振りをまともに受けて、立っていられるとは……加えてその笑み。さては貴様、人間ではないな?」

「何を言っている! 私はれっきとした人間だ!」

 

 悪魔から人間かどうか疑われるほどの防御力。これほど強力な盾はないであろう。アイリスは剣を構え直し、悪魔と対峙する。と、遅れてもう一人の参戦者が。

 

「やぁ、さっきはよくも痛めつけてくれたね」

「なんだ、先程の小娘か。性懲りもなく我に殺されに来るとは命知らずめ」

「今度はそう簡単に捕まらないよ。王女様に最強の盾がついてるんだからね」

「タナリス!? 身体は大丈夫なのか!?」

「問題なし。でももう一回握られたくはないから、その時はカバーよろしくね」

 

 タナリスと呼ばれた黒髪の少女は、刃が魔力で形成された鎌を構えて隣に立った。先程、銀髪の少女と一緒に戦っていた者だ。

 ダクネスとは知った仲のようで、彼女は「望むところだ!」と何故か喜びながら言葉を返す。

 

「タナリスちゃん!」

 

 と、再び後方から追加で現れたのは、タナリスと戦っていた銀髪の少女。彼女のことはアイリスも知っていた。ミツルギと共に魔王軍と最前線で戦ってくれた紅魔族。名はゆんゆん。

 彼女もまた戦ってくれるようで、杖と見慣れない武器を持って構える。そこでカズマ達の様子が気になったアイリスは、後方を確認した。

 姿が見当たらず、どこに行ったか見失ったように思えたが、よく目を凝らすとカズマとめぐみんが並んでいるのに気付いた。めぐみんは魔力を集中させており、その魔力量からして大技を放つつもりであろう。

 自分も負けてはいられない。アイリスは再び悪魔へ目を向けると、聖剣に魔力を集中させ始めた。

 

「皆さん! 私が魔力を溜めている間に注意を惹きつけてください! 合図を出したらすぐに離れて!」

 

 悪魔にダメージを与えるには、一撃で──かつ特大の攻撃を浴びせる必要がある。

 アイリスの指示を聞いて、ダクネス達は頷く。前衛にタナリスとダクネスが飛び出し、二人と自分の間にはゆんゆんが立った。

 

「そうらっ!」

 

 先程まで握り潰されそうになっていたにも関わらず、タナリスは軽やかな身のこなしで悪魔の攻撃をよけ、鎌で斬りつける。

 悪魔はタナリスに目を向けると、彼女を再び掴まんと手を伸ばした。その時、誰よりも早くダクネスが動いてタナリスの前に出た。

 

「ぐぁああっ!」

 

 悪魔に握り締められたダクネスは悲鳴を上げる。若干声が上ずっているように聞こえたが。

 その隙にタナリスは素早く悪魔の眼前へ飛び上がると、鎌で悪魔の片目を斬った。

 

「ヌゥッ! 小娘の分際で……!」

 

 悪魔はたまらずダクネスを離し、手で片目を抑える。乱暴に剣を振ったがタナリスには当たらない。

 タナリスとダクネスが充分に敵の注意を引き付けてくれたおかげで──今、聖剣に魔力が溜まった。

 

「お待たせしました!」

 

 アイリスは仲間に伝え、聖剣を構える。聖剣に宿る魔力を危険に思ったのか、悪魔がこちらに向かって飛びかかろうとしたが──。

 

「『ボトムレス・スワンプ』!」

 

 その瞬間に、ゆんゆんが悪魔の足元へ泥沼魔法を放った。地面が突如泥沼に変わったことで踏ん張りが効かず、悪魔は体勢を崩す。

 タナリスとダクネスが退避したのを確認すると、アイリスは一直線に駆け出して悪魔の足元へ。眩い光を放つ聖剣を強く握り締め、振り上げた。

 

「『セイクリッド・エクスプロード』!」

 

 彼女の全身全霊を込めた一振りが、悪魔の肉体を深く斬りつけた。飛び上がったアイリスはそのまま着地し、すぐに悪魔の傍から離れる。

 

「おーい! こっちも準備完了だ! 今すぐそこから離れてくれー!」

 

 と、後方からカズマの声が。アイリスは振り返ると、めぐみんから膨大な魔力が溢れ出ているのを見た。

 彼の声を聞き、ダクネス達は急いで悪魔から離れ始めた。アイリスも彼女等を追いかけるように走る。

 王都でめぐみんから何度も聞かされた例の魔法──史上最強の魔法を放つべくめぐみんは唱えた。

 

「我が真紅の瞳が輝く時、炎獄より顕現せし爆焔が地を燃やし、悪魔は恐れ慄き泣き叫ぶ! 唱えたるは起源にして頂点の禁呪! 穿て!『エクスプロージョン』!」

 

 悪魔を捉えた魔法陣が、めぐみんの詠唱に呼応し──悪魔を爆焔に包み込んだ。

 耳をつんざく轟音が響き、アイリスは突風に耐えながら耳を塞ぐ。視界を覆っていた黒い煙は、やがて晴れて地面を映し出す。

 平原には巨大なクレーターが作り出され、その中心には悪魔が横たわっていた。身体から吹き出していた炎は消え、身体の節々はまだ熱を持っているのか僅かに赤い。

 

「久々の爆裂……大満足……でぇす」

 

 爆裂魔法を唱えためぐみんは、満たされたようにその場で倒れた。カズマはやれやれと息を吐くと、慣れたようにめぐみんを背負った。

 彼の近くまで移動していたアイリス達は、倒れている悪魔を見る。動き出す気配はない。目を細めて見ていたタナリスは、安堵したように零した。

 

「……やったかな?」

「アクアがいないから大丈夫と思ってたらこんの馬鹿! 元女神はフラグ発言をしないと気が済まないのか!?」

 

 タナリスの言葉にカズマが過剰に反応する。ダクネスは首を傾げていたが、ゆんゆん、そしてアイリスはまだ警戒を解いていなかった。

 悪魔から、燻る魔力を感じていた為に。

 

「グォオオオオッ!」

 

 次の瞬間、倒れていた悪魔は雄叫びを上げ──彼を中心に巨大な爆発が起きた。

 爆裂魔法を思わせる爆風がアイリス達を襲う。やがて爆風が収まった時、悪魔は既に起き上がっており、クレーターから地上に這い出た。

 悪魔の肉体からは、再び炎が吹き出ている。アイリスが負わせた傷は残っていたが、瀕死にまでは追い込めなかったようだ。

 アイリスはすぐさま飛び出して悪魔と対峙する。めぐみんはもう動けない様子で、ダクネスとタナリス、ゆんゆんにはこれ以上無理をさせられない。戦えるのは自分だけだ。

 

「今のは流石に驚いたぞ。褒美に我の名を聞かせてやろう」

 

 悪魔は大剣をこちらに差し向ける。アイリスが聖剣を再び握る中、悪魔は言葉を続けた。

 

「我は炎獄の覇者、ベリアル! 人間でありながら、ここまで傷を負わせたのは貴様等が初めてだ。我が剣の糧となることを誇りに思うがいい!」

 

 ベリアルと名乗った悪魔は、アイリスの命を狙うべく大剣を振り下ろした。それに立ち向かうべく、アイリスは剣を振り抜こうとした──その時だった。

 

 アイリスの視界を、青い影が覆った。間を置いて、金属のぶつかる音が響く。

 その者は、悪魔の大剣を一本の剣で受け止めていた。それだけではない。彼は剣に力を入れると、いとも容易く悪魔の大剣を押しのけた。

 やがて、視界に入っていた青い影が布だと気付く。それを見たアイリスは、無意識に声を零した。

 

「兄上……?」

 

 カズマと等しく尊敬する、実の兄でありこの国の王子。しかし目の前にいる男の髪は、白銀に染まっていた。

 マントに見えた布は、その者が纏う青いコート。右手には氷のように白い剣。左手には鞘に納められた剣。

 カズマ達と共に数多の強敵を退けたという、蒼白のソードマスター。

 

「貴方は……」

「コイツは俺が狩る。貴様は下がっていろ」

 

 アクセルの街の冒険者、バージルであった。彼は振り返ることもせず、アイリスに吐き捨てる。

 

「アイリス様! ご無事ですか!?」

 

 と、背後からまた別の男の声が。振り返ると、こちらに駆け寄ってきた男がいた。

 アイリスもよく知る、勝利の剣にして魔剣の勇者。ミツルギであった。彼はバージルの隣に立って魔剣を構える。

 

「レインさんに呼ばれて、遅れながら参上しました。後は僕等に任せてください」

 

 どうやらアクセルの街に向かったレインが、無事彼等を探し出してくれたようだ。ミツルギも同様に、この場から下がるようアイリスへ促す。

 しかし、彼女もまた王都を守る剣。自分はまだ戦えると、二人の隣に立つべく前に出ようとした時──ポンと、彼女の肩に手を置く者が。

 

「ここはお言葉に甘えて、二人に任せてあげよう」

 

 振り返ると、いつの間にかタナリスが傍にいた。彼女の言葉を受けてアイリスは思い悩む。

 確かに彼等は強い。王都で剣を奮っていたミツルギは勿論、その上を行くというバージルも。

 しかし相手は上位悪魔。一筋縄では行かない相手だ。戦力は多い方がいい。アイリスはそう伝えようとしたが、先にタナリスは言葉を続けた。

 

「魔剣君はよく知らないけど、バージルなら心配ないさ。なんてったって、悪魔退治のプロだから」

「ぷ、ぷろ?」

「とにかく大丈夫。ほら、早く行こう」

 

 首を傾げるアイリスの手を、タナリスは無理矢理引いて悪魔から離れ始めた。

 アイリスは戸惑っていたが、手を振り払おうとはせず。彼女がそこまで言うなら信じてみよう。アイリスは遠ざかっていくバージルとミツルギを見て、彼等の無事を祈った。

 

 

*********************************

 

 

 顔には一切出ていないが、バージルは困惑していた。

 

 無駄に数が多かった森での害虫駆除を終わらせた後、報告をすべくバージルとミツルギがギルドへ向かうと、そこには王女様側近の魔術師であるレインが、何故か待ち構えていた。

 顔を合わせることも多かったミツルギが話を聞くと、現在王都にて魔王軍が襲来し、更には悪魔まで現れたという。それで二人の力を借りるべく、急いでアクセルの街に来たと。

 王都の危機を受け、ミツルギも力になると即断。一方でバージルは『ある条件』をレインに吹っかけ、レインもそれを承諾したので同行することに。

 

 レインの『テレポート』で移動し、戦場を駆けて悪魔のもとへ。そこで見たのは、バージルも思わず固まる光景だった。

 大剣を持つ悪魔は知らないが、もう一体の蜘蛛は記憶にあった。魔帝の部下だったファントムという悪魔。

 更にファントムと争っていたのは、かつてテメンニグルにいてダンテの魔具となっていた悪魔達。姿がかなり変わっているが、間違いない。クレアの姿もあったが、悪魔同士の激しい戦いについていけずにいた。

 そして案の定、カズマ達もこの場にいた。よく巻き込まれる男だと感心すら覚える。アクアだけ不在なのは意外であったが。

 

 ファントムの方はひとまず置いておき、バージルは自身の名を高らかに名乗っていたベリアルという悪魔へ。アイリスを下がらせ、彼はベリアルを睨みつける。

 一方でベリアルもバージルの顔を凝視すると、怒りを表すように身体の炎が勢いを増した。

 

「このニオイ、この力……忘れはせん! 逆賊スパーダの血!」

「……スパーダ?」

 

 隣にいたミツルギは首を傾げているが、バージルにとっては忘れることのない悪魔の名。どうやら父を知る者のようだ。バージルはベリアルを睨んだまま、ミツルギへ指示を出す。

 

「どうやらコイツは俺がお望みらしい。貴様は蜘蛛がいる方へ行け。倒すべき敵はクレアに聞けばわかるだろう」

「……わかりました」

 

 ミツルギは構えを解くと、すぐさまファントムがいる方角へ走り出す。それをベリアルは止めることもせず、バージルに熱視線を送っていた。

 

「我が同胞の仇! 今こそ晴らしてくれようぞ!」

「異世界でも親父の尻拭いをさせられるとはな。だが……羽虫だけでは物足りんところだった」

 

 カズマに色々と聞きたいが、今は眼前の悪魔が最優先。バージルは魔氷剣を、炎獄の覇者へと差し向けた。

 

Come on(来るがいい)

 

 




現在ネヴァンさんの身長はこめっこちゃんと同程度です。ロリb(ry


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第89話「You are not human, are you? ~人ならざる者~」

(プロローグや番外編も含めると)今回で100話目なんですって。
まだ話は続きますが、お付き合いいただけたらと思います。


 バージルと別れたミツルギは、彼の指示通り蜘蛛の悪魔がいる方向へ。

 蜘蛛の悪魔と戦っているのは、三つ首の犬一匹と子鬼が二体、少女が一人。数は後者が有利なのだが、実力差が大きいのか攻めあぐねている。

 どちらが倒すべき敵なのか。まずはそれを確かめるべく、戦いに参加できずにいたクレアのもとへ駆け寄った。ミツルギの接近に気づいたクレアがこちらに顔を向けると、不安と焦燥に駆られていたその表情に光が宿った。

 

「ミツルギ殿!」

「レインさんから話を聞き、遅れながら参上しました。師匠もあちらで戦っています」

 

 ミツルギは話しながら、クレアに目立った負傷が無いことを確認する。そして肝心の敵について尋ねた。

 

「見慣れない者達が戦っているようですが……彼等も敵なのですか?」

「わからない。ただ、私が蜘蛛の悪魔と戦っている最中に三つ首の犬が割り込み、戦い始めたのだ。いったいどこから現れたのか……」

 

 クレアの話を聞き、ミツルギは考える。敵か味方か不明だが、蜘蛛の悪魔と対立しているのは確かだ。

 ならば、明確に敵として対峙している蜘蛛の悪魔を優先的に倒すべきであろう。ミツルギはそう決めて、クレアに指示を出す。

 

「蜘蛛の悪魔は僕が倒します。クレアさんはアイリス様のもとへ。悪魔との戦いでかなり消耗しているようです」

「……すまない。ミツルギ殿にはいつも助けられてばかりだな」

「困っている人を助けるのは当たり前ですよ」

 

 当然のように言い切り、ミツルギは彼女に背を向ける。その背中をクレアが羨望の眼差しで見ていたのだが、本人が知る由もなく。彼は悪魔のもとへ駆け出した。

 

 

*********************************

 

 

「喰らいなさい!」

 

 ネヴァンが手をかざし、ファントムへ白い雷を落とす。敵は狼狽える素振りを見せているも、本人に手応えはなかった。

 ファントムが接近し、凶爪でネヴァンを引き裂こうと振りかざす。ネヴァンはその場で回転すると、同時に黒い刃が発現して彼女を中心に回り、ファントムの攻撃を弾いた。

 次にケルベロスがファントムの足元へ氷の息吹を繰り出す。たちまち地面は凍り、ファントムの足も地面に固定させた。

 

「今こそ好機!」

 

 そこへルドラが飛び上がり、ファントムの顔を狙わんと刃を振り下ろした──が。

 

「舐めるなよ小童ども!」

 

 ファントムの腹部が変化した。丸まった腹部から鋭い棘を持った尻尾へ。その尻尾で、飛びかかっていたルドラの小さな肉体を貫いた。

 

「ぐぉおっ!?」

「弟よ!」

 

 ルドラの刃が届くことはなく、彼の手から剣が溢れて地面に突き刺さる。尻尾に貫かれた肉体はやがて消滅した。

 

「機を見誤った……すまない兄者よ」

「構わぬ、弟よ。次は我ら兄弟の力を合わせるぞ」

 

 しかし何ら問題はない。彼等の本体は剣なのだから。ルドラに言葉を返したアグニは剣を前にかざし、柄についた顔の目を光らせる。

 それに呼応し、地面に刺さっていたルドラの剣はひとりでに動き出す。そのままアグニのもとへ飛んでいき、アグニは片方の手でルドラの剣を取った。

 アグニとルドラは二人で一人。二刀流となったこの状態こそが、彼等の真価を発揮できるのだ。

 

 ……が、二刀流となったアグニはその場で仁王立ちしたまま動かない。

 

「ちょっと、どうしたのよ?」

 

 疑問に思ったネヴァンが声を掛ける。ケルベロスも不思議そうに見つめている中、アグニとルドラは答えた。

 

「どうやら今の身体では、剣を一本持つのでやっとのようだ」

「その状態で剣を二本持ったらどうなるのか」

「腕が全く上がらぬ」

「でくの坊になってしまった」

「バカじゃないの?」

 

 ネヴァンが呆れて物も言えなかった。異世界にいってもこの兄弟は馬鹿なままだった。

 

「ネヴァン! 前だ!」

 

 とその時、ケルベロスの呼びかける声が聞こえた。ハッと気付いて前を見ると、ファントムは既に口へ炎を溜めており、程なくしてネヴァンに向けて放出した。

 凄まじい速度で向かってくる炎弾。弾き返すのは難しい。ネヴァンは避けるべく構えた時──彼女の前に男が割り込んできた。

 

「ハァッ!」

 

 男は大剣で炎弾を断ち切った。風で翻った紺色のマントがしばらくして収まり、男の顔が見えた。

 ダンテほどではないが、整った顔立ち。もう少し年を重ねればイイ男になれる将来有望な若い男だった。

 そして一番気になるのは、彼から二つの魔力を感じること。ネヴァンは探りを入れるついでに男へ話しかけた。

 

「へぇ、こんなに早くイイ男と会えるなんて思わなかったわ。それに貴方、ただの人間じゃないわね? 名前は?」

「僕はミツルギ。ミツルギキョウヤだ。そしてこっちが──」

『ベルディアだ。今はこんなナリだが、元魔王軍幹部であり元デュラハンだ』

 

 ミツルギと名乗った男の身体からニュルッと現れたのは、ベルディアという首だけの甲冑幽霊。突然出てきてネヴァンは少し驚いたが、これが魔力二つある理由かとすぐに理解した。

 甲冑幽霊のベルディアはミツルギの中に戻らず、フワフワ浮いたままこちらを見つめていた。その視線に気付いたネヴァンは、赤い髪をかきあげて妖艶に笑う。

 

「まだ出会ったばかりなのに随分と熱視線ね。でも首だけの幽霊じゃあ吸える血も無いし、残念だけど私の好みのタイプじゃなさそうだわ」

『あっ、お構いなく。ロリは俺の好みじゃないから。もっと成長してボンキュッボンになればいいが……そのナリじゃあ期待できないな』

「はっ?」

 

 思わぬカウンターに面食らうネヴァン。一方でベルディアは興味を失せたのか、ネヴァンの返答も待たずミツルギの中へ戻った。

 目が合ったミツルギは苦笑いを浮かべるのみ。ネヴァンはおもむろにケルベロスへ顔を向けたが、彼は何も言わず目を反らした。

 

「(……何なのよこの敗北感!)」

 

 戦いに敗れた時とは違った、羞恥と屈辱に塗れた敗北に、ネヴァンはただ俯いて拳をプルプルと震わせることしかできなかった。

 

「何かが割り込んできたかと思えば人間か。羽虫が一匹紛れたところで気にもならんわ」

 

 そこで、ファントムの嘲る声が響いた。ネヴァンは味わった屈辱を一旦忘れて戦いに集中する。

 

「この国の虫を甘く見ていたら、痛い目を見るよ?」

 

 ファントムの挑発にミツルギは笑って言葉を返し、剣を構える。

 彼が小さく何かを呟いた束の間、二つの魔力が一つとなり──否、一つと見紛う程に重なり合った。

 と同時に、彼から感じる魔力が何倍にも膨れ上がった。その大きさにはネヴァンも興味を惹かれるほど。

 ミツルギは地を蹴り、ファントムに向かって駆け出した。瞬きをする間に敵の懐へ入り、剣を振り下ろす。しかし彼の剣でもファントムの外殻を砕くことはできず、金属音を鳴らして弾かれた。

 

「マヌケがッ!」

 

 体勢を崩したミツルギに、ファントムの鋭い爪が襲いかかる。彼の身体が真っ二つに切断されるかと思われたが、そこで腰元に据えていた剣が独りでに動き出し、相手の爪を弾いた。

 攻撃を凌いだ時にはもう体勢を立て直しており、ミツルギは高く飛び上がってファントムの真上へ。彼は剣先を下に向け、敵の背中に刃を突き刺した。

 

「ヌゥッ!?」

 

 どうやら外殻の隙間を狙ったようで、ファントムが苦悶の声を上げる。ファントムの爪を弾いた剣が再び動き出すと、今度は尻尾が格納されていた赤い体皮を斬りつけた。

 ダメージもしっかり通っている。ファントムが振り落とさんと身体を振るいつつ、背に乗っているミツルギを尻尾で狙う。危険を察知した彼は咄嗟に背中から離れ、ネヴァン達の所へ戻った。自動で動いていた剣も主のもとへ帰り、ミツルギの手に納まる。

 

「背中と尻尾の付け根が狙い所のようです。僕はこのまま攻撃を仕掛けますので、援護をお願いします」

「驚いたわ。ただの人間じゃないとはわかっていたけど、あそこまで動けるなんて。いったい誰に教わったのかしら」

「僕の師匠──悪魔も恐れる魔剣士からですよ」

 

 ミツルギの言葉を聞きながら、ネヴァンは横目でもうひとつの戦場を見る。

 もう一体の悪魔と戦っている人物は、ネヴァン達にも馴染みのある男。彼がこの世界にいる事実にはかなり驚いていた。挨拶にも行きたかったが、今はファントムを倒すことが最優先だ。

 ネヴァンは視線をファントムへ戻す。一太刀浴びせた人間へか、傷を負った自分に対してか、彼の青い目は怒りで赤く染まっていた。

 

「人間風情が調子に乗るな!」

 

 ファントムが怒号を発した時、ミツルギの足元が真っ赤に染まった。ミツルギがすぐにその場を移動すると、彼が立っていた場所から炎の柱が立った。

 一度だけではなない。執拗にミツルギを狙って柱が立ち、ミツルギはひたすら避け続ける。その時、ファントムが炎を口へ溜めていた。

 気付いた時にはもう遅い。ファントムの口から炎弾が勢いよく飛び出した。炎柱を避けるのに気を取られていたミツルギを狙い、炎弾が一直線に飛んでいったが──。

 

「ソイヤッ!」

 

 彼に着弾する直前、どこからともなく風の刃が飛んできて炎弾を打ち消した。ネヴァンが風の発生源に目を向けると、そちらにはカカシより役に立たなくなった筈のアグニ&ルドラが。

 アグニはその剣身を地面に突き刺し、両手で風を操るルドラの剣を持って振り抜いていた。

 

「二刀同時に扱えぬのなら」

「一刀だけ振るえばいい」

「小癪な……!」

 

 足りない頭を使って必死に考えてくれたようだ。攻撃を邪魔されたファントムの目が更に赤く染まる。

 そして、彼等に気を取られた一瞬をミツルギは逃さなかった。彼は浅葱色の剣を構えてファントムへ一直線に向かう。接近に気付いたファントムが迎え撃とうと爪を振り上げる。

 ファントムの足元が、白く染まっていたことにも気付かずに。

 

「痺れなさい!」

 

 ネヴァンが両手を振り下ろした瞬間、ファントムの全身を電撃が襲った。魔法も通さぬ外殻を持つ彼には少し痺れる程度のモノであろう。だがそれこそがネヴァンの狙い。

 少し動きが止まった間に、ミツルギはファントムの眼前へ。彼は剣を水平に構えると、突撃した勢いを乗せて剣を突き出し、ファントムの口に突き刺した。

 

「ガァッ!?」

 

 どうやらそこも弱点であったようだ。ファントムは苦しい声を上げながら、目の前にいるミツルギを突き刺さんと尻尾の先端を向ける。

 そのまま尻尾で串刺しに──と思われた刹那、ケルベロスが動いた。彼は既に溜めていた魔力を放ち、ファントムの尻尾へ氷の息吹を放った。

 相手の熱が強く完全に凍らすことはできなかったが、尻尾の動きを鈍らせ、ミツルギが追撃する猶予を作るには充分であった。

 

「うぉおおおっ!」

 

 ミツルギは相手の口に刺していた剣を引き抜くと、怒涛の連続突き(ミリオンスタッブ)を放った。身の丈ほどある大剣を右手一本で持ち、目にも止まらぬ疾さで突き続ける。

 最後に強くひと突きして、ミツルギはファントムから距離を取った。弱点へ必殺の攻撃。流石にダメージが大きかったのか、ファントムはその場に突っ伏して倒れている。

 だが、敵の魔力は未だ消えず。光を失っていた目が再び光を放つと──ファントムの咆哮と共に身体が赤く燃え上がった。

 

「ガキの遊びはもうやめだ! やりたい放題やってやる!」

 

 ファントムの声からは憤怒が色濃く表れていた。彼の凶爪は炎を纏い、魔力も更に高まっている。

 ミツルギが剣を構え直し、ネヴァン達もより一層気を張って身構える。そんな中、ファントムの魔力が急激に高まり──彼の背から巨大な火球が何発も飛び出した。火球は放物線を描き、ミツルギを狙うように降り注ぐ。

 

「くっ!」

 

 食らったらひとたまりもない。ミツルギは落下してきた火球を避けるが、更に地面から炎の柱が飛び出し、ミツルギの行動範囲を狭めていった。

 

「どうした虫ケラ! 無様に逃げ回ることしかできんか!」

 

 それだけでは終わらないと、ファントムの口に熱が溜まり始める。炎の包囲網に気を取られている隙に、再び火球を放つつもりであろう。

 先程よりも更に長く溜め、最大火力が放たれようとした時──ミツルギが、ファントムを見据えた。

 

「流石は上位悪魔だ。でも僕は、君よりずっと強い人を知っている」

 

 人間の領域を越えた者。人ならざる者だと示すように、ミツルギの左目が赤黒く染まった。

 瞬間、彼の魔力が爆発的に増した。その巨大さは──上位悪魔に匹敵する。

 ミツルギは包囲網の隙間を狙って、ファントムのいる方向目がけて地を蹴った。魔力と共に身体能力も飛躍しており、ファントムが火球を放つよりも早く接近。

 その勢いを乗せて、ミツルギは再びファントムの口へ突きを繰り出した。放たれようとしていた火球は出口を失い、ファントムの身体の中で爆発を起こす。

 ミツルギは続けざまに剣を振り、斬り上げると共に飛び、力のままに兜割り。そのまま攻撃を続けようとしたが、ファントムの尻尾が狙ってきたのですかさず飛び退いた。

 

「貴様ァアアアアッ!」

 

 ファントムの咆哮が響き、再び背中から火球を打ち上げた。その攻撃は見切ったと、ミツルギは華麗に避けていく。

 よほど彼の怒りを買ったのであろう。ファントムは執拗にミツルギを狙い続けた。ネヴァン達には目もくれずに。

 

「人間ばかり狙ってこちらは無視か……冗談じゃない。このままコケにされてなるものか!」

 

 悪魔としてのプライドが許さないのか、ケルベロスは果敢にファントムへと向かっていった。彼は魔力を振り絞って氷を放つが、今のファントムには冷や水にもならない。

 かくいうネヴァンも、無視されたままでは癪に障るので加勢に向かおうとしていた。その前に、彼女は横で突っ立っている小鬼に話しかける。

 

「私もあっちに行くけど、貴方達はどうするの?」

「行きたいのは山々だが」

「弟の肉体を出せぬのだ」

「つまり動けないってことね。いいわ。そこで呑気に休んでなさい」

「待て、コウモリ女よ」

 

 馬鹿兄弟を放置して行こうとしたが、アグニが呼び止めてきた。もう名前を忘れたのかと呆れたが、そこは突っかからずに話を聞く。

 

「こちらに向かってる小僧がいるぞ」

「我等の新たな主が向かってくるぞ」

「えっ?」

 

 ネヴァンはアグニとルドラから目を離し、ファントムがいる場所とは真逆の方向を見る。その方角から走ってきていたのは、茶髪の冴えない男。

 バニルから自分達を引き取った、新たな主となる男であった。

 

 

*********************************

 

 

「……なんかヤバくない?」

 

 蜘蛛悪魔とミツルギ達の戦いを遠巻きに見ていたカズマは、思わず呟く。

 ミツルギの介入で攻守逆転し、悪魔達の協力を得て攻撃を食らわしたまではよかったのだが、蜘蛛悪魔が第二形態とやらに入ったのか、再び防戦に。炎まみれでよく見えないが、苦戦しているのは確かだ。

 バージルは悪魔と戦っており、アイリスも回復できていないので増援は望めない。二人以外に悪魔と張り合えるのはミツルギぐらいなので、ここで彼に深手を負わせたくはない。性格は気に食わないが。

 今からでもゆんゆんかレインにテレポートを頼んで、アクアを連行した方がいいだろうか。彼女の退魔魔法でダメ押しすればきっと──。

 

「……待てよ?」

 

 そういえばと、カズマはその場にしゃがんでポーチを開く。その中にあった、青白く光る水の入ったアイテムを取り出した。

 バニルからまとめて買い取り、念のためと出かける前にポーチへ入れていた聖水である。女神の力と同様に、退魔の効果がある。

 ハンス戦、シルビア戦で効果は確認済み。シルビアへの使用は直接見たわけではないが、後でゆんゆんから聞いた話では確かなダメージを与えられたようだ。

 トドメの一撃にはならないだろうが、戦況を好転させるには充分。どっちの悪魔に使うかは、考えるまでもない。

 

「流石は魔剣の勇者。相手の炎を掻い潜り、確実に一撃を与えています。このまま押し切れば、きっと勝てるでしょう」

「これが、黒騎士と戦った時に見せたミツルギ殿の本気なのか……」

 

 アイリスとクレアが観戦しながら何か言っている後ろで、カズマは深呼吸をする。

 この聖水で大ダメージを与えて、すかさずミツルギがトドメを刺す。彼のサポート役になるのは気に食わないが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 聖水を投げる前に気付かれて自分に標的を向けられたら、ネヴァン達に守ってもらおう。覚悟を決めたカズマは、蜘蛛悪魔のいる方へ身体を向ける。

 

「ダクネス、俺ちょっと行ってくるわ。ここは任せたぞ」

「カズマ? 急に何を言って──お、おい!」

 

 ダクネスの返事も聞かず、カズマは走り出した。クレアやアイリスの呼び止める声も聞こえたが、足を止めることはせず。

 道中に敵はおらず、カズマは走りながら戦況を確認する。現在蜘蛛悪魔はミツルギ、ケルベロスと戦っているが、どうやらミツルギにしか目が向いていない様子。

 そこから少し離れた場にネヴァンが立っていた。どっちがアグニでどっちがルドラか覚えていないが、双剣の兄弟もいる。ネヴァンはこちらに気付いたのか、振り返ってカズマと目を合わせた。

 

「何しに来たの? 貴方程度じゃあ足手まといにすらならないわよ?」

「そんなことわかってる。だからコイツを持ってきた」

 

 警告をするネヴァンに、カズマは手に握っていたアイテムを見せる。悪魔故か、これが何の効果をもたらすのか瞬時に理解できたようだ。

 

「貴方、一体どこでそれを……」

「知り合いの魔導具店からだよ。とにかくコイツをあの蜘蛛にぶつける。で、弱ったところへミツルギがトドメを刺すって寸法だ」

「悪魔祓いの聖水か」

「今の我等にはとても危険な代物だ」

「……わかったわ。ワンちゃんには私から警告しておくわね」

 

 カズマの作戦を承諾したネヴァンは、ケルベロスにもその旨を伝えるべく飛んでいった。カズマは蜘蛛悪魔の方へ向き、緊張を解すように深呼吸する。

 しばらくして、ネヴァンがケルベロスを引き連れて蜘蛛悪魔から離れた。蜘蛛悪魔はミツルギにご熱心のようで、ケルベロス達には気付く様子も無し。ミツルギもカズマがいる方向には目もくれずにいた。

 彼にも伝えるべきか迷ったが、人間には効かないので大丈夫であろう。下手に伝えようとして蜘蛛悪魔に気付かれるリスクもある。

 何か忘れているような気もしたが、今は頭の片隅へよけて作戦に集中。カズマは聖水を握ると、過去にテレビで見た野球選手のイメージを下ろし──。

 

「『狙撃』ッ!」

 

 力の限りブン投げた。弓ではないので『狙撃』を唱えても意味はないのだが、問題ない。彼の運はすこぶる良いのだから。

 風のあおりも計算の内かのように聖水は飛んでいき、燃える柱の間を抜け──火球を口に溜めていた蜘蛛悪魔と、口を狙うべく突撃していたミツルギの眼前へ。

 

「「えっ」」

 

 彼等が呆気に取られる中、水晶は地面に落ち、聖水を覆っていたガラスが割れる。

 刹那、聖水は眩い光を放ってミツルギと蜘蛛悪魔を覆った。離れていたネヴァン達もたまらず目を瞑るほどの強い光。

 

「グァアアアアッ!」

 

 耳をつんざくほどの悲鳴が響き渡った。光をモロに浴びた蜘蛛悪魔は、苦しそうにもがいている。カズマの期待通り、大きなダメージを与えられたようだ。

 ……実のところ、これで倒して経験値がっぽり稼げるのをちょっとだけ期待していたのだが。

 

「よし今だカツラギ! さっさと蜘蛛悪魔をぶっ倒せ!」

 

 ともかく、あとは彼に任せるのみ。カズマは振り返ってミツルギに指示を出す。

 であったのだが──何故かミツルギは、地面に突っ伏して動かなくなっていた。

 

「おいっ!? なんでこんな時に倒れてんだよ!」

 

 強烈な光で目をやられた様子ではない。まるで悪魔と同じく聖水でダメージを負ったかのよう。

 聖水は人間に無害の筈。いったいどうして──と考えていた時、カズマの口から「あっ」と声が漏れた。

 

「(首なし幽霊のこと忘れてた!)」

 

 完全にベルディアの存在が頭からすっぽ抜けていた。ミツルギは彼と一心同体。そして聖水は、ベルディアに対して大きな効果をもたらしたのであろう。

 そのダメージがミツルギにも影響を及ぼしたのか、この有様となってしまった。最後の最後でやらかしたとカズマは頭を抱える。

 だが、現実は反省する時間も与えてくれない。ズシンと、カズマの前で重い足音が響く。恐る恐る顔を上げると、そこにはドロドロのマグマとなって溶けかけている蜘蛛悪魔が、赤い複眼で見下ろしていた。

 

「絶対二許サンゾ! 虫ケラ風情ガァアアアアッ!」

「ひぃいいいやぁああああっ! 助けて女神エリス様ぁああああっ!」

 

 たまらずカズマはその場でしゃがみ込み、神に祈る。まだ形を残している蜘蛛悪魔の爪が、彼へ振り下ろされる──その寸前だった。

 

「『エクステリオン』!」

 

 少女の唱える声が、カズマの耳に届いた。しばらく経っても、身体に痛みはない。カズマは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。

 彼の前にいたのは、青い鎧を纏った金髪少女──アイリスであった。その向こうでは、爪を構えたまま動かなくなった蜘蛛悪魔。

 悲鳴を発することもなく蜘蛛悪魔の肉体は溶けていき、地面に残ったマグマも魔法のように消滅していった。アイリスは剣を鞘に納めると、カズマの方へ振り返る。

 

「大丈夫ですか、お兄様?」

「あ……アイリスぅううううっ!」

 

 嬉しさのあまり、カズマはたまらずアイリスへ抱きついた。兄の威厳なぞ知ったことかと、カズマはワンワン泣き続ける。

 また、不意に抱きしめられてアイリスは嬉し恥ずかしの顔を浮かべていたのだが、彼が知る由もなく。

 しばらくして泣き止んだカズマは、ふと我に返って慌ててアイリスから離れた。この距離ならめぐみん達には見えていない筈。もし見られていたら、またロリマ呼ばわりされるところであった。

 

「さ、サトウカズマ……」

 

 その時、背後から掠れたうめき声が。振り返ると、倒れていたミツルギが起き上がろうとしていた。

 さっきのは見られてないよなと不安を抱きつつ、悟られないようカズマは平常を保つ。ミツルギは魔剣を杖にして立ち上がると、カズマに怒りの目を向けた。

 

「君という男は……あんな攻撃をするなら、事前に言っておいてくれないか!? 危うく死にかけたぞ!」

「いや悪かったよ。完全にデュラハンさんのこと忘れてたんだ。俺の中じゃ存在感薄かったから」

『また言った! 本人の前でまた影薄いって言った! しかも名前を思い出すこと放棄して種族名で呼んだ! マジで呪い殺してやろうか貴様ァッ!』

 

 魔剣からニュルリとベルディアが出てきて、赤黒い目を光らせながら怒声を浴びせてきた。思っていたよりも元気なようだ。

 何はともあれ、無事悪魔を討伐できた。カズマは安堵の息を漏らした後、遠方へ顔を向ける。

 

「さて、もう一体の悪魔は……」

 

 

*********************************

 

 

 ミツルギがまだファントムと戦っていた頃、少し離れた別の戦場にて。

 

「死ねぇっ!」

 

 ベリアルが大剣をバージルへ振りかざす。それを彼は軽く飛び上がって回避し、刀を抜いてベリアルの顔へ『次元斬』を放った。続けて『エアトリック』で相手の眼前に移動。

 素早く顔を斬りつけ、真下に降りつつ一刀。ベリアルが前足で踏み潰そうとしたが『トリックダウン』で後ろに避けた。

 

「逃さん!」

 

 ベリアルは大剣を横に薙ぎ、巨大な炎の斬撃を飛ばした。それは地を焦がし、憎き逆賊のもとへ。

 対してバージルは、既に魔力を溜めていた背中の魔氷剣を握ると、同じく横に薙いで凍てつく斬撃を飛ばす。炎と氷は真正面からぶつかり合い、大きな炸裂を起こして消えた。

 かすり傷ひとつ受けていなかったバージルは、睨んでくるベリアルに向けて嘲笑いつつ言葉を送る。

 

「炎獄の覇者が笑わせてくれる。この程度の炎では、マシュマロすら満足に焼けんだろうな」

「侮辱する気か! 逆賊め!」

 

 ベリアルは片手に炎を纏わせると、怒りのままに地面へ拳を叩きつけた。するとバージルの足元が赤く染まり、一拍置いて炎の柱が飛び出した。

 一度避けても、追いかけるように炎の柱が出続ける。しかしバージルは涼しい顔で回避し続けた。その間、ベリアルは足元に纏う炎の出力を上げると、バージル目がけて飛びかかった。

 

「Too late《遅いな》」

 

 柱に気を取られた隙に、と思っていたのであろう。ベリアルの両足が迫る中、バージルは相手と交錯するように地を蹴った。

 彼がベリアルの背後へ回った時、右手には振り抜かれた刀が。ベリアルが斬られたと気付いたのは、バージルが背後にいると知った時であった。

 

「グゥウウッ!」

 

 刀には女神の聖なる力。ベリアルは苦痛に顔を歪ませる。その後ろでバージルは追撃を加えようとせず、ベリアルに背を向けたまま刀を見ていた。

 

「……頃合いか」

 

 バージルは、刀が限界を迎えようとしているのを悟った。

 ヒビが入ったわけではない。刀を振るう時に感じた微細な違和感。魔力の伝わり。このまま使い続ければ、確実に壊れてしまう。

 またゲイリーの世話になりそうだと、バージルはため息を吐いて鞘に戻す。それに、選手交代するには良いタイミングだ。

 

「貴様も暴れたいようだな」

 

 刀を『ソードコントロール』で腰元に固定させると、バージルの両手両足が光り輝いた。

 閃光装具ベオウルフ──向こうでかつての同郷が戦っているのを見て触発されたのか。魔具から強い闘志を感じ、バージルは装具を身につけた。

 ベリアルもこちらへ向き直り、再び相対する。バージルは一歩前へ出ると──またも相手の眼前へ瞬間移動(エアトリック)した。

 

「ハァッ!」

 

 バージルは左拳でベリアルの顔面を殴る。彼の拳は、ベリアルの身体を大きく揺らした。

 彼は重力に従って着地すると、右拳に魔力を溜める。ベリアルが真下にいるバージルへ視線を戻した瞬間、バージルは飛び上がってアッパーを繰り出した。

 彼の拳はベリアルの下顎へ当たり、ベリアルの頭を再び揺らす。相手の頭上にいたバージルは身体を翻すと、ベリアルの頭へ踵落としを浴びせた。

 ベリアルの身体が前方へ倒れる。たった三発であったが、そのどれもが必殺の一撃。刀によるダメージも重なり、ベリアルの身体から吹き出していた炎が消えた。

 地面に降りたバージルは、倒れているベリアルを見下すように告げる。

 

「どうした? もう燃料切れか?」

「おのれ……ッ!」

 

 ベリアルは片手を地面につけて起き上がろうとするも、力が入らず。無様だなと鼻で笑ったバージルは、右足に魔力を集中させる。

 最大限まで魔力が溜まった瞬間、バージルは身体を回転させ、ベリアルの顔面へ後ろ回し蹴りを放った。その一撃は、バージルより何倍も巨大なベリアルの身体を吹き飛ばす程に強烈なものであった。

 飛んでいった重たい身体が地面を揺らし、彼の手から大剣が落ちた。バージルはベオウルフを解除し、様子を伺う。しばらくしてベリアルは立ち上がったが、身体の炎は消えたまま。

 

「少しは歯ごたえのある敵かと期待していたが、拍子抜けだったな」

 

 興味の失せたバージルは、冷たい目でベリアルを見る。彼が来るよりも前にベリアルはゆんゆん等と戦い、最後は爆裂魔法を受けていた。それらが体力をある程度奪っていたのであろう。

 しかし、ベリアルがこのまま引き下がる筈もなく。彼は剣を拾うこともせず、バージルに目を向ける。

 

「このままでは終わらんぞ。貴様もろとも地獄へ引きずり込んでくれる!」

 

 ベリアルは最後の力を振り絞るように咆哮を上げる。そして、彼の身体が赤く染まり──巨大な爆発と共に、ベリアルの顔がバージルに向かって飛び出した。

 死なばもろとも。ベリアルにとって最後の一手であろう。しかしバージルは顔色ひとつ変えず魔氷剣の柄を握り──。

 

Freeze(凍てつけ)!」

 

 氷の刃(ドライブ)を二発放った。それは迫りくるベリアルに向かって飛び、炎と氷は再び激突した。

 両者の決着は一瞬であった。衝突による炸裂が起きた後、煙の中から現れたのは──氷漬けになったベリアル。

 バージルは魔氷剣を背に戻すと、腰元に据えていた刀を再び握り、氷像へ刃を振った。

 目にも止まらぬ疾さの剣。何度氷像に刃が通ったか。やがてバージルは刀を振り抜くと、静かに鞘へ戻す。

 キンと鞘に納まる音が響いた後、氷像はガラスのように砕け散った。ベリアルの魔力も消え、地面に落ちていた大剣は炎に包まれ、やがて鎮火と共に消えた。

 地面へ降り注ぐ氷の欠片を背景に、バージルは歩き出す。向かう先はミツルギと戦ってるもう一体の悪魔。

 

「これも奴の差金か」

 

 気配を探るが、アーカムらしき人物は感じられない。離れた場で観察しているのであろう。

 何を目的として王都を狙ったのか。それとも、標的がたまたま王都にいたからなのか。

 どちらにせよ、さっさと片付けるのみ。バージルはファントムを狩るべく歩を進めたが──彼が到着する頃には、既に倒されていた。

 

 

*********************************

 

 

「あっちも終わったみたいだな」

 

 バージルがこちらに歩いてきたのが見えて、カズマは安堵の息を漏らす。無論、心配などしていなかったが。

 今の悪魔達が敵の大将だったのか、騎士団と争っていた魔王軍が次々と撤退し始めていた。

 戦が下火に向かっている中、バージルがカズマ等の傍まで来ると、カズマの後ろで剣を杖にして立つミツルギに目を向けた。

 

「無様な姿だな。少しはマシになったかと思っていたが、見当違いだったか」

「どこかの誰かが僕に相談もなく聖水を投げて、危うくベルディアもろとも消されそうになったので……」

 

 ミツルギによる恨みの視線がカズマの背中を刺す。結果倒せたんだからいいだろと思いはしたが、ベルディアから本気で呪いをかけられそうなので口に出さず。

 しばらくして、離れていたネヴァン達もこちらへ戻ってきた。ネヴァンがバージルの傍へ寄った時──バージルは刀を抜き、彼女の首元へ刃を向けた。

 

「何故貴様等がここにいる?」

「あら、結構姿が変わっちゃったのに気付いてくれるなんて嬉しいわ。お礼にハグでもしてあげようかしら」

「質問に答えろ。さもなければ全員まとめて地獄に送る」

「ちょちょちょっ! 急にどうしたんすか!?」

 

 出会い頭に険悪ムードを漂わせるバージルに、カズマは慌てて間に入る。口ぶりからして知り合いのようだが。

 止めに入ったカズマを見たネヴァンは、彼を指差しつつ言葉を返した。

 

「愉快な商人さんに連れられてこっちに来たのよ。で、今の私達の主はそこの坊やと女の子二人。ワンちゃんは納得してないみたいだけど」

 

 ネヴァンの返答を聞いたバージルは、彼等に向けていた冷たい目線をカズマに送った。カズマはたまらず小さな悲鳴を上げる。すぐにネヴァン達を手に入れた経緯を話そうとしたのだが──。

 

「アイリス様ぁああああっ!」

 

 遠方からアイリスの名を叫ぶ女性の声が。皆がそちらに顔を向けると、全力疾走で駆け寄ってくるクレアを見た。彼女はバージルやネヴァンに目もくれず、アイリスへ抱きついた。

 

「ご無事ですかアイリス様! いきなり飛び出したので心配しましたよ! 魔力も消耗しているというのに──!」

「ごめんなさいクレア。お兄様に危険が迫っているのを見たら、身体が勝手に動いて……」

 

 心配をかけてしまったクレアへ、アイリスは素直に謝る。彼女達のいる場からここまで結構な距離の筈だが、アイリスはどれだけ速く駆けてきたのか。

 無事を確認してクレアは安堵の息を吐く。と、今度はカズマに鋭い視線を送ってきた。

 

「アイリス様の助けがなければ、今頃貴様は身体も残っていなかった。アイリス様に深く深く感謝するがいい」

「言われなくても感謝しまくってるよ。でも、魔剣の人だって放っておいたら危なかったんだ。アイツを助けたことは褒めてくれてもいいんじゃないか?」

「甘く見るな。貴様が介入せずともミツルギ殿は勝っていた。むしろ貴様が介入したせいで事態がややこしくなったように見えたが?」

 

 クレアから棘しかない言葉を返された。おまけに言い返せる余地もなかったので、カズマはぐぬぬと唸るのみ。

 

「そして先程、貴様はアイリス様に抱きついていたな! むしろこちらの方が罪深い! 私の許可もなくアイリス様に触れるとは極刑に値する!」

「見えてたのかよ!? 殺されそうになったところを助けられたら誰だってああなるだろ……っておい待て待て剣を抜くな!」

 

 今にも襲いかかりそうなクレアをカズマは必死に宥める。本日何度目かの危機であったが、傍にいたアイリスがクレアを呼び止めてくれたことで事なきを得た。

 やれやれとカズマは息を吐く。そこで、すっかりバージルのことを忘れていたと思い出し、慌てて彼に顔を向けた。

 

「すみません、この悪魔達についてでしたよね?」

「……いや、街に帰った後でいい。ここでは騒がし過ぎる」

 

 乱入してきたクレアに気を削がれたのか、バージルは聞き出すのを止めた。どうやら彼とも知り合いのようなので、込み入った話になりそうだとカズマは思う。

 と、バージルに気付いたクレアが彼に向き直ると、カズマへ見せていた軽蔑と怒りの混じった顔とは正反対の、感謝と尊敬を感じる顔で話しかけた。

 

「バージル殿、此度の協力には誠に感謝する。よければこの後、祝勝会にも顔を出してくれないだろうか? 上位悪魔をたった一人で討伐した貴殿の話を是非とも聞かせて欲しい」

「言った筈だ。国の犬に成り下がるつもりはないと。貴様が用意した鎖も、レインという女に外してもらった」

「……うん? どういうことだ?」

 

 バージルの発言にクレアは首を傾げる。するとミツルギがゆっくりと彼女の傍に寄り、言葉の意味について説明した。

 

「実は、今回の悪魔討伐を師匠は依頼として受けていたんです。報酬は、師匠に課した借金と同額。つまり、借金を全額チャラにしてもらうことが条件。それをレインさんは、緊急事態だからと承諾してくれて……」

「何だと!?」

 

 ミツルギの話を聞いた彼女は声を大にして驚く。彼が借金を抱えていた事実も知らなかったカズマには、ついていけない話であった。

 バージルは「そういうことだ」と残して、この場から離れていく。その背中をクレアは慌てて追いかけていった。よほど彼を王都に置きたいようだ。

 ミツルギも自分のペースで歩いていき、ネヴァン達はめぐみん等がいる方へ向かった。

 

「私達も行きましょう、お兄様」

「お、おう」

 

 アイリスから促され、カズマもようやく足を進める。歩きながら空を仰ぎ、雲の隙間から日の光が差し込んできたのを見る。

 めぐみんの爆裂欲求を満たす為に手頃なクエストを受ける筈が、上位悪魔二体同時発生というイカれた展開に巻き込まれてしまった。

 今日は帰ったら一日中寝ていよう。そして明日も明後日も絶対クエストには行かずゴロゴロしよう。カズマは固く決心した。

 

 

*********************************

 

 

 二体の上位悪魔が倒され、魔王軍が撤退を始めた頃、カズマ等がいる場所から遠く離れた平原地帯にて。

 王都侵略を指揮していた堕天使デュークは、怒りで拳を震わせていた。彼はその矛先である人物へ目を向ける。

 デュークの隣に立つ、黒い服装に身を包んだオッドアイの男。名はアーカムと言った。

 

「貴様が召喚した悪魔に任せておけばこの有様……どう責任を取るつもりだ?」

 

 リベンジに燃えていたデュークは、魔王の許可もなく軍を引き連れて王都に向かった。

 そもそも、前回の侵略もデューク独断によるものであった。城に戻った後、魔王から「勝手な行動を取るな」と厳重注意を受けたのだが、彼の復讐の炎がそれで鎮まる筈もなく。

 元々彼は、人間を徹底的に攻撃しない魔王へ不信感を抱いていた。故に彼は独断行動に走った。王都を落としさえすれば、魔王も強く言えないであろうと考えて。

 

 王都に軍を送り、戦場にミツルギキョウヤとゆんゆんが再び現れたら自分も出るつもりでいた。だがそんな時、隣にいるこの男がどこからともなく現れた。

 アーカムはデュークに協力を申し出てきた。人間如きに何ができると思っていたが、彼はいとも容易く上位悪魔を二体も召喚してみせ「彼等に任せておけばいい」と戦場に送った。

 悪魔の協力を得るなどデュークにとって腹立たしいことこの上なかったが、上位悪魔の力は今のデュークより上回っていた。力無き者が意見できる筈もなく、大人しく戦況を見守ることに。

 が、終わってみればどうだ。上位悪魔は倒され、魔王軍は敗走。結果は最悪でしかない。

 

「あわよくば彼女が持つ女神の力を見れると思っていたが……それとも使うことができないのか?」

 

 デュークの視線に気付く素振りもなく、アーカムは地平を眺めて独り呟いている。その態度に腹が立ったデュークは彼の前に立ち、胸ぐらを掴んだ。

 

「どう責任を取るつもりだと聞いている!」

「……では、今の君が戦場に出て何ができたのかね?」

 

 人間である筈のアーカムは堕天使のデュークに臆することなく、挑発的な言葉を返した。デュークの中で更に怒りが沸き立つものの、言い返せずにいた。

 戦場にミツルギが現れた時、デュークも参戦しようとしたが足を止めた。ミツルギが、あの時に見せた以上の力を解放したために。

 短い期間で急激に成長したのか、それとも本気を隠していたのか。どちらにしろ今のミツルギには敵わない。デュークは弱い自分への怒りで頭がどうにかなりそうだった。

 

 そして、上位悪魔をたった一人で蹂躙した男。以前の戦場で遠くに感じていた強大な魔力は彼であろう。

 怒りすら沸かない、絶対的な力の差。どうあがいても彼には勝てないとデュークは感じていた。アーカムの言う通り、自分が行ったところで何も変えられなかった。

 デュークは乱暴に手を離し、自身の黒い髪を掻きむしる。魔王の許可無しで進軍し、部隊を半分失った。このまま城に帰れば大目玉を食らうのは確実。最悪、魔王軍からの追放にもなりかねない。

 

「魔王軍幹部になる筈だったこの俺が、何故このような目に──!」

「ほう、魔王軍幹部になりたいと。ならば私についてくるといい」

「……はっ?」

 

 絶望するデュークに掛けられたのは、アーカムの突飛過ぎる言葉であった。デュークはたまらず聞き返す。

 

「近い未来、私はこの世界の魔王として君臨する。その暁には、君を幹部として招き入れよう」

「貴様のような人間が魔王だと? 笑い話をするなら時と場所を考えろ」

「……いや、訂正しよう。魔王になるのは通過点でしかない。私は、この世界を統べる神となるのだから」

 

 馬鹿な話だと突っぱねたが、アーカムは更にスケールの大きい夢を語ってきた。デュークは呆れて物も言えなかったが、彼の目が本気だと告げていた。

 

「私についてきてくれるのなら力を授けよう。君も、さらなる力を欲しているのではないかね?」

 

 アーカムは誘うように手を差し伸べてくる。人間が魔王に、神になるなど夢のまた夢。信じられる訳がない。

 その筈だが──目の前に伸ばされたアーカムの手から、デュークは目を離すことができずにいた。

 

 

*********************************

 

 

 カズマ達が王都の戦いで山場を迎えていた頃──アクセルの街に残った一人の女神も、山場を迎えていた。

 屋敷の広間、ソファーに座り魔力を集中させるアクア。彼女が手をかざす先には、布に置かれた純白の卵。

 もう少しで生まれる予感がしたので、アクアはカズマの誘いを断って孵化作業に専念。カズマ達が王都に向かったことなど知る由もなく、卵と向き合っていた。

 今頃カズマ達は何をしているのか。高級シュワシュワを片手に帰ってきてくれないかしらとアクアが期待していた時──それは突然やってきた。

 

 アクアが手に持っていた卵から、音がしたのだ。内側から叩く音が。アクアは焦りながらもゆっくりと、机に布越しで卵を置いて様子を伺う。

 念を飛ばすように手をかざし、卵が壊れない程度に魔力を送る。頑張れ頑張れと、新たな生を授かろうとする者に祈りを捧げて。

 固唾を飲んで運命の時を待ち続け──ついに、白い殻にヒビが入った。

 

 ピシピシと殻の破れる音が静かな広間に響いたかと思うと、殻の中からクチバシが飛び出た。クチバシは次々と殻を破り、その姿を顕にする。

 黄色くフワフワな羽毛を纏った、小さき雛。その愛くるしい姿に、アクアは目を奪われた。真心込めて育てたのだから尚更だ。

 身体についた殻をブンと振って飛ばした雛は、生まれ落ちたこの世界で産声を上げた。

 

「フゥーッ、ようやく外に出られたぜ! 気が付いたら真っ暗闇ン中で明かりもねェ。空気も薄いし狭いし暑いしでルームサービスも無し。俺様自慢のクチバシで壁をブチ抜かれても文句は言えねぇよな!」

「……えっ?」

 

 まんまる可愛い雛から発せられたとは思えない、流暢で口の悪い声を聞いてアクアの思考が止まった。口を開けたまま、ポカンとした顔で雛を見つめる。

 そこで雛がアクアの存在に気付いたのか、こちらに顔を向ける。すると雛は、その小さな翼で慌てて顔を覆った。

 

「眩しっ! 真っ暗闇からこの眩しさは目がイカれちまう! 何なんだアンタ……ってオイオイオイ、人間にしちゃあデカくネーか?」

 

 太陽を直視したかのようなリアクションを取ったが、次第に目が慣れた雛はアクアとまじまじと見つめ、不思議そうに首を傾げている。

 キャベツが空を飛んでも畑の土からサンマが顔を出していても当然のように思っていた彼女であったが、この光景には流石に驚きを隠せなかった。

 やがて脳処理が追いつき、雛がペラペラと喋ってる事実が間違いではないと理解するアクア。とここで、彼女の記憶に残っていた本の一文を思い出した。

 

 眠たい目を擦りながら読んだ『正しいドラゴンの飼い方』──その本曰く、高い知能を持つドラゴンは人の言葉を理解し、更には話せるという。

 だがそれは、成長したドラゴンのみ。ましてや赤子、産まれた瞬間に喋るなどありえない。である筈なのに、この雛は産声と共に人語を話している。つまり──。

 

「(生まれながらの超天才(エリート)……ってコト!?)」

 

 魔王も悪魔も取るに足らない最強のドラゴンが誕生した。この期に及んでもドラゴンだと信じて疑わないアクアはそう確信し、喜びに打ち震えた。

 

「凄いわ! 貴方はこの世界で一番強いドラゴンになれる素質を持った子よ!」

「ドラゴンだぁ? 何を言ってんのかよくわかんねーが、俺様はグリフォンだ! ドラゴンなんて屁でもねぇ大悪魔よ!」

 

 雛は小さな翼を広げて、自らをグリフォンと名乗った。更には大悪魔だと。

 産まれたばかりだというのに、どこで種族名を覚えたのか。魔力を送っていた時に、自分の記憶も流れていったのだろうか。

 この子は、まだ自分が何者なのか理解できていないのであろう。それに悪魔を自称するのは女神としていただけない。ここは母として、しっかり教え込まなければ。

 

「違うわ! 貴方はドラゴンの王となる宿命を背負った私の可愛い子供! キングスフォード・ゼルトマンよ!」

「……イカしてる気はすっけど、チョイとなげぇな。もう少しコンパクトに頼むぜ」

「ならゼル帝ね」

「短くしたらクソダッセェ! つーか、俺の名前はグリフォンだっつってんだろ! 本人の承諾も無しで改名させんな!」

 

 グリフォンと名乗る雛はアクアの命名に猛反発し、羽ばたいて飛びかかろうとする。

 が、パタパタと羽を動かすだけで身体は一切浮かばない。いくら超天才といえど、生後十分も満たない状態で飛ぶのは難しかったようだ。

 やがてバランスを崩し、机の上でコテンとコケた。その姿も愛らしく、アクアは微笑ましく思いながら見つめる。が、当の本人は酷く混乱している様子。

 

「な、なんで飛べねぇんだ!? 力も全然入らねぇ! ていうか、俺の毛ってこんなに黄色かったか!?」

「仕方ないわよ。貴方はまだ産まれたばかりなんだから」

「……はっ? 産まれた?」

 

 どういうことだと雛が聞き返してきた時、アクアは「そうだわ!」と手を叩き、ソファーから立ち上がった。

 広間を移動し、インテリアとして置いていた卓上の丸鏡を取ると、雛に鏡面を向けて机に置いた。

 

「ほらっ! これが今の貴方よ! まだ私の手のひらに収まるぐらい小さいけど、いつか私を背中に乗せて飛べるぐらい、大きなドラゴンになれる筈よ!」

 

 自分は何者なのかを理解するには、自身の姿を見てもらうのが一番早い。そう考え、アクアは雛に鏡を見せた。

 鏡に映る自分の姿を初めて見た雛は、ワナワナと身体を震わせ──。

 

「な……なんじゃこりゃあぁアアアアアアアアアアアアッっ!?」

 

 その小さな身体から発せられたとは思えない叫び声を、屋敷中に響き渡らせた。

 




(プロローグや番外編も含めて)100話目にして、味方陣営の悪魔が一気に増えました。
今後ともよろしくお願いします。


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第90話「この悪魔達と再会を!」

 王都近辺で勃発した魔王軍との戦いは、此度も王都側が勝利を収めた。

 序盤はやや劣勢だったものの、アイリスとクレア、魔剣の勇者が合流したことで軍の士気が向上。勢いに乗ったまま魔王軍を撃退。

 突如現れた二体の上位悪魔も、サトウカズマを中心としたパーティーにより討伐。彼等の功績がまたひとつ増えることとなった。

 祝勝会のお誘いもあったが、これをカズマは拒否。盗賊団のこともあるが、これ以上厄介事に巻き込まれたくなかった。

 アイリスとお別れになるのは惜しかったが、今日は午前中にたっぷり遊べたので良しとして、アクセルの街へ帰った。

 バージル、ミツルギも同じく街へ。ネヴァン達はそのままの姿で街に入ったら騒ぎになりそうだったので、再び武器の姿に戻ってもらった。

 

 『テレポート』で街に戻った後、ネヴァン達を手に入れた経緯についてバージルが尋ねてきた。

 バニルからもらったと正直に答え、今後のことは一旦持って帰ってから考えるとバージルに告げると、彼は「そうか」とだけ言って一足先に街の中へ。

 彼がネヴァン達と面識がある事について聞きそびれたが、今はとにかく家でゴロゴロしたい気分だったので、彼を追いかけることはしなかった。

 

 

*********************************

 

 

 通行人が思わず道を空けるほど、足早に街中を歩くバージル。向かう先は当然、ウィズ魔導具店。

 もはや見慣れた街道を進み、目的の店を発見した彼はノックもせずに扉を開ける。店頭に立っていたのは、店主のウィズ一人だった。

 

「いらっしゃいませー……あら、バージルさん」

「バニルはいるか?」

「はい、今呼んできますので少し待っていてくださいね」

 

 ウィズに用件を告げると、彼女はそそくさと店の奥へ。しばらくしてウィズが店頭に戻ってきた後、ピンクのエプロンを着たバニルが姿を現した。

 

「なんだかんだで貴様も常連であるな。更にポンコツ店主セレクションの珍品を買ってくれたならば、我輩も丁重なおもてなしをしてやれるのだが」

 

 店の奥から出てきたバニルは、いつもの調子で喋りながら歩み寄る。一方、バージルは何も返さずバニルを見ると──。

 

「フンッ!」

 

 目いっぱいの力で彼の腹へ拳を放ち、エプロンごとその身体を貫いた。

 

「ほぇええええっ!?」

 

 傍で見ていたウィズはたまらず悲鳴を上げる。呑気していたところに目の前で仕事仲間が腹を貫かれたのだ。驚くなというのが無理な話である。

 

「き、貴様、いったいどういうつもりだ……!」

 

 バニルは手を震わせ、苦しそうに声を上げる。対するバージルは拳を抜くこともせず言葉を返した。

 

「粗末な演技を晒す余裕があるなら、俺の質問にさっさと答えろ。貴様のことだ。質問内容には既に目を通しているのだろう?」

 

 指摘された途端、バニルの苦しむ声がピタリと止まった。苦痛に歪んでいた口元も、何事も無かったかのようにスンと戻る。

 やがてバニルはため息を吐くと、仮面を取ってバージルの後ろに放った。瞬間、バージルに貫かれていた身体は崩れ落ち、穴の空いたエプロンがはらりと落ちる。そして仮面が落ちた場所からは、いつものタキシードを纏った新しい肉体が形成された。

 

「やれやれ。たまには貴様に華を持たせてやろうと我輩なりに気を遣ってやったのだが」

「まともな心すら持たん悪魔が気を遣えるとは思えんな」

「少なくとも貴様よりは心得ておるぞ。近所付き合いが隣のお騒がせ冒険者しかいないコミュニケーション拒絶男よ」

 

 あっという間に肉体を復活させたバニルは、挑発的な言葉を返してくる。ならば次は仮面をへし折ってやろうかとバージルが思った時。

 

「いきなりお腹を貫くからビックリしましたよ! またバニルさんが粗相をしたのなら私がキツく言っておきますので、今はこの紅茶を飲んで落ち着いてください!」

 

 紅茶を手にしたウィズが彼等の間に割って入った。彼女はバージルへ紅茶を勧め、仲裁を試みてくる。その圧に少しバージルが押されている傍ら、バニルが異議を唱えた。

 

「今のは聞き捨てならんぞポンコツ店主よ。まるで我輩がどこぞの蛮族女神と同じく、しょっちゅう問題を起こしている厄介者のように聞こえるではないか」

「まさにその通りだな。むしろ貴様の方こそ質が悪い」

「ふむ、酷くご立腹の様子であるな。我輩セレクションのプレゼントがお気に召さなかったか?」

 

 どうやら来訪した理由は既に把握しているようだ。バージルはウィズから差し出された紅茶を受け取ると席に座り、早く話せと視線を送る。

 バニルは床に落ちていたエプロンを拾った後、バージルに魔具を手に入れた経緯を話し始めた。

 

「アイデア探しも兼ねて都会に出張したはいいが、プレゼント探しが難航してな。貴様は宝石の類で心を動かすロマンチストとは思えぬ。無難なスイーツは帰るまでに傷んでしまう。悩みに悩んだ結果、我輩と戦った時に見せていた魔具とやらがベストと判断した」

「その中で選ぶなら宝石が正解だったな」

「魔具も悪くない選択であろう? 新たに入手した光る装具をウキウキで試していた男よ」

 

 バニルから煽られてバージルは咄嗟に手を出そうとしたが、今は話を進めるのが先決だと判断し、グッと堪えて紅茶に口をつける。一方で悪感情を得たであろうバニルは僅かに口角を上げていた。

 

「奴等をどこで手に入れた?」

「都会の街に構えていた、知る人ぞ知るマニア向けの店である。やたら魔力が集まっていたので入ってみれば、期待通り魔具を扱っていた。そこの小太り店主と交渉し、我輩選りすぐりの商品と等価交換してもらったのである」

「……待て、店にあっただと?」

 

 黙って聞くつもりであったが、バージルはたまらず尋ねた。

 あの魔具は確かにダンテが所有していた。それが何故、別の者の手に渡り、更には店に置かれていたのか。聞かれたバニルは包み隠すことなく答えた。

 

「我輩が見通した情報によると、どうやら魔具の所有者が店の者に質草として預けていたそうだ。質草分の借金はチャラになっていたらしく、我輩は所有者の許可を得て頂いたのである」

「質草……」

「因みに貴様が持っている装具も同様であったそうだ。魔具の所有者は、この街一番の貧乏チンピラ冒険者と等しく金に困っていたと伺える」

 

 知られざる魔具の末路。バージルは何も言えず頭を抱えた。

 怒ればいいのか呆れたらいいのか。彼の生活スタイルは知らない上に微塵も興味なかったが、金欠となって魔具を質に出す弟の姿は何故か容易に想像できた。

 アーカムや魔王の件が片付いたらエリスに転移を頼んで、一発ぶん殴りにいった方がいいかもしれない。彼の中にいるベオウルフも、そうだそうだと言っているであろう。

 

「所有者曰く、良い子ちゃんばかりを選んだそうだ。おまけにこちらの地上へ出た際に弱体化している。さほど危険はないであろう」

 

 バニルの言葉に、バージルもそうだろうなと同意を示す。

 彼等は姿だけでなく、魔力もかなり下がっていた。位で言えば中位相当といったところか。あの程度ならミツルギ、ゆんゆんでも対処できるであろう。

 ネヴァン達がこちらへ来た経緯は理解できた。が、話で気になる点がひとつ。バージルがそれについて尋ねようとした時、遮るようにバニルが口を開いた。

 

「客商売は信頼関係が第一。お客様のプライベートを口外する真似はせん。無論、貴様の名前も一切出していないので安心するがいい」

「好き勝手に人の過去を見通す貴様から、そんな言葉を聞けるとはな」

 

 彼の口ぶりからして、恐らくダンテと会っている。そこでバージルの名前を出せばややこしくなると、バニルも理解していたようだ。

 彼等がどのようなやり取りをしたのかは興味なかったので、それ以上聞き出そうとせず。バージルは紅茶を飲み干して席を立った。

 

「ウィズ、タナリスは今日ここに来るか?」

「いえ、今日は非番ですね。ゆんゆんさんかアクア様のところへ遊びに行っているかもしれません」

「そうか」

 

 彼女とも話を整理しておく必要がある。ウィズから魔導具店には来ないと聞き、バージルは店を出ようとドアノブに手をかける。が、そこでバニルが呼び止めてきた。

 

「魔具だけで不服ならばこれも追加でくれてやろう。向こうの魔界から帰る際に見つけたものである」

 

 バニルはそう言って手のひらをバージルに見せた。その上に乗せられていたのは、小さな金属の破片。

 ふざけているのかと、この場面に直面した者なら誰もが言うであろう。事実バージルも言いかけたのだが、差し出された欠片から目を離せずにいた。

 欠片は僅かに魔力を帯びており、何故か懐かしさを感じていた。誘われるようにバージルは手を出すと、バニルから彼の手へ欠片が移される。

 この欠片は何なのか──直に触ったことで、バージルはその正体に確信を得た。

 

 次の瞬間、バージルは目の前にいたバニルの首を掴んだ。

 

「ほぇえええっ!?」

 

 カウンターにいたウィズが本日二度目の叫声を上げる。バージルは首を掴んだままバニルの身体を持ち上げ、絞め殺す勢いで力を込める。

 しかしバニルは平然とした様子で、首を締められているにも関わらず言葉を返した。

 

「中々の食いつきであるな。余程このプレゼントが気に入ったと見える。念のために拾っておいて正解であったな」

「答えろ。何故貴様がこれを持っている?」

「我輩を下ろすのなら話してやろう。このままでは喋りづらくて敵わん」

 

 何事もなく喋っていながら何を言っているのかとバージルは思ったが、彼は素直にバニルを下ろした。

 ついでに慌てて紅茶を準備していたウィズに「紅茶はいらん」とだけ伝え、バニルに視線を戻す。バニルは胸元を軽く払うと、欠片を手に入れた経緯について話した。

 

「出張先を無事離れたが、帰りの便が無くて困っていた時であった。ガラの悪い輩に絡まれたので我輩がお灸を据えてやると、其奴からこの欠片がこぼれ落ちた。魔力を宿していたので試しに使ってみると、なんとこちらへ繋がるゲートが開き、我輩は無事帰ってこれたのである」

 

 軽く身振りも加えてバニルは語る。彼の後ろで聞いていたウィズは頭上にハテナを浮かべていたが、バージルは今の説明で理解できていた。

 

「こちらへ帰ってきた時にはほとんど魔力を失ってしまったので、単なる破片にしかならんがそれでもよいのか?」

「……あぁ、構わん」

 

 バージルは受け取った欠片を握り締め、バニルに背を向ける。ウィズの声を背中に浴びながら、彼は魔導具店を後にした。

 

 

*********************************

 

 

 郊外の草原地帯、自宅へと向かっていた道中。バージルは足を止めて視線を落とす。右手を開き、バニルから受け取った欠片を見つめた。

 感じられる魔力は僅かだが、間違いない。時を経て、世界を越えて、再びこの手に戻ってくるとは思いもしなかった。

 

「……閻魔刀」

 

 かつてバージルが手にしていた、父から譲り受けし魔剣。人と魔を分かつ刀。

 閻魔刀を最後に握ったのは、魔帝との戦いだ。魔帝を超えることは叶わず、刀は折れ、彼の手から離れてしまった。

 その後どうなったかは知らないが、散った破片を魔帝が拾い分け与えたか、野良悪魔が拾ったのであろう。

 バージルは当たり前のように扱っていたが、次元を容易く切り裂けるほどの魔剣だ。たとえ欠片であっても魔力はかなりのもの。上位悪魔でようやく扱える程であっただろう。

 

 その欠片を持った悪魔とバニルが偶然出会い、欠片はバニルの手へ渡った。地獄の公爵を名乗るほどの悪魔なら、欠片程度であれば扱えても不思議ではない。

 帰り道に困っていたバニルは、閻魔刀の欠片を使って次元を裂き、元の世界へ帰ったのだ。そして欠片は魔力を失い、巡り巡ってバージルのもとへ。

 

 バージルは欠片を見つめたまま、使用用途を考える。今の刀に素材として組み込めればいいが、ゲイリーに任せるのは危険だ。彼の腕は申し分ないが、悪魔絡みの素材を扱うとなれば魔界の武器職人でもない限り難しい。

 眠りについているかのように、魔力の波が感じられなかった。魔力を引き出せたとしても、期待以上の効果は得られそうにないであろう。

 が、決して捨てるつもりも誰かに渡すつもりもない。バージルは欠片を握り、止まっていた足を進めた。

 

 かつてタナリスに見せられた映像──異形の手で閻魔刀を握る白髪の少年を、頭の隅へと追いやりながら。

 

 

*********************************

 

 

 郊外区域を歩き、何事もなく自宅へ辿り着いたバージル。

 閻魔刀のことはシャワーを浴びつつ考えようと思っていたのだが、バージルは自宅へ入る前に足を止めた。

 玄関前には一人の来客が。緑の軽装(ジャージ)を着た茶髪の男、サトウカズマ。扉をノックしようか迷っていた彼に、バージルは背後から声を掛けた。

 

「何の用だ」

「うぉうっ!?」

 

 声を掛けられたカズマはその場で跳ねるほど驚き、慌てて振り返った。

 バージルの姿を見た彼は安堵の息を漏らす。バージルは話を聞くべく歩み寄ったが、大方予想はついていた。彼が手に入れた魔具のことであろう。バージルも後で詳しく聞こうと思っていたので丁度いい。

 

「バージルさん、ちょっと屋敷に来てもらってもいいっすか?」

「例の悪魔共についてか」

「あー……それもあるんですけど、とりあえず見てもらいたい子がいて」

 

 が、予想とは違った展開へ。カズマの言葉にバージルは首を傾げる。

 カズマは「とにかく来てください」と言って屋敷の方へ向かう。バージルも言葉の意味を確かめるべく、閻魔刀の欠片はポケットにしまってカズマの後を追った。

 

 

*********************************

 

 

 カズマ達の屋敷一階にある客間。そこに通されたバージルは、カズマが残した言葉の意味を理解した。

 ソファーにはめぐみんとダクネス、更にはタナリスも座っていた。傍にはネヴァン達もおり、王都でも見た姿のまま寛いでいる。

 彼等の視線が集まる先には、騒ぎ立てる一人と一匹が。立ち上がったまま怒鳴るアクアと──机の上にちょこんと乗った、まん丸フワフワな黄色いヒヨコ。

 

「何度も言ってるでしょ! 貴方はクソッタレな悪魔なんかじゃない! 女神の使いに相応しき高貴なドラゴン、キングスフォード・ゼルトマンなのよ!」

「俺様の名前はグリフォンだっつってんだろ! テメェこそなんべん言ったらわかるんだ! 頭がニワトリ以下なのか!?」

「こらっ! 母親に向かってテメェなんて言わない! 私のことはお母様と呼びなさいな!」

「死んでも呼ぶかアホ女! まずはテメェの間抜け面をマシにしてから出直してきな! いっそ顔面白塗りに赤鼻付けて愉快な服装も着たら、その間抜け面も活かせるかもナ!」

「ちょっと! エンターテイナーの大先輩たるピエロを馬鹿にするのは見過ごせないわ! 謝って! 私を含めて、芸の道を極めんとする全てのエンターテイナーに謝って!」

「なァんだ、そういうことか。そいつは悪かった。テメェの間抜け面は天性のモノだったってわけだ! イッヒッヒッヒッ!」

「なんですってぇええええっ!」

 

 ヒヨコは当たり前のように口を開き、その見た目からは想像できない流暢かつ粗悪な口調でアクアに言い返している。その光景を見て、バージルは思わず固まった。

 この世界に来てから、バージルもしばらく経った。空を飛ぶ野菜や果物、地を駆ける魚にも見慣れ、余程の事では驚かなくなっていた彼であったが、口の悪いヒヨコは流石に想定外だったようだ。

 

「おーい、バージルさん連れてきたぞー」

 

 喧嘩を続ける一人と一羽にカズマは声を掛ける。と、睨み合っていたアクアとヒヨコは同時にこちらを見た。

 

「あっ、お兄ちゃん! ちょっと聞いてよ! 私とお兄ちゃんで大事に育てた卵から産まれたドラゴンの子が、あろうことか悪魔を自称してるの! お兄ちゃんからも何か言ってあげて!」

「おいバージル! テメェが余計な魔力を送り込んだせいで俺様はこんな姿になっちまったんだ! 責任取りやがれ!」

 

 あろうことかそのヒヨコはバージルを知っており、更に発端は自分にあると言ってきた。周りにいるめぐみん達や隣のカズマから、説明を求む視線が送られる。

 

「……カズマ、タナリスを少し借りるぞ」

「無視したい気持ちはよくわかりますけど、話を聞いてやってください」

 

 見なかったことにして帰ろうとしたが、カズマに腕を掴まれて止められた。タナリスもソファーから立ち上がろうとしない。

 閻魔刀の欠片とは別ベクトルの衝撃展開。感じていた目眩を堪えた後、バージルはグリフォンと名乗る小鳥に向き合った。

 

「貴様のような鳥小僧など知らん」

「オイオイそりゃネェだろ! かつてのテメェと同じ、あのクソッタレ野郎の配下だったグリフォン様を忘れちまったか!?」

「……確かにそんな名前の鳥頭はいたな。俺の記憶が正しければ、もう少し悪魔らしい姿だったが」

「テメェが卵に魔力を注ぐついでに、俺まで送り込んじまったからだろ! どうしてくれんだ!」

 

 名前を聞いて薄々察しはついていたが、どうやら本当に魔帝の配下であったグリフォンのようだ。

 しかしバージルは卵に魔力を送りながら温めていただけで、グリフォンが言っているような、魂を送り込んだ真似はしていない。

 

「バージル、卵を温めている時にグリフォンのことを思い浮かべたりなんかした?」

 

 バージルが首を傾げていると、タナリスがそう尋ねてきた。本を読む片手間にやっていた事なのであまり覚えていなかったが、バージルは記憶を掘り起こす。

 アクア曰くドラゴンの卵だとタナリスから伝え聞いていたが、バージルにも鶏の卵にしか見えなかった。温めたところで元気なヒヨコが産まれるだけだと。

 面倒に思いながらも、魔力を送りつつ卵を温めて──。

 

「……そういえば、あの島に口うるさい鳥頭がいたなと頭に過りはしたが」

「それ! それだよ! テメェがそん時にうっかり俺の事を思い出しさえしなけりゃあ、俺はこんなチビ鳥にならずに済んだんだ!」

 

 どうやら温め最中にグリフォンを思い出した事で、彼の魂がうっかり流れてしまったようだ。グリフォンは声を荒らげて文句をぶつけるが、如何せん見た目がヒヨコなので迫力に欠けていた。

 彼が産まれた経緯は理解したが、それでも疑問が残っていた。バージルは腕を組み、まだ羽根も無い翼をパタパタさせているグリフォンへ尋ねた。

 

「何故俺の中に貴様がいた? 入室を許した覚えは無いが」

「そっちから誘ったのに、侵入者呼ばわりは心外だぜバージルちゃんよぉ?」

「招き入れた覚えはない」

「ヤることヤッたらあとはポイッてか! ヒッデェ男だ……おっと待て待て。冗談だって。俺が悪かったから、そのコワーイ目で睨むのはやめてくれよ。なっ?」

 

 小間切れになる危機を感じたのか、グリフォンは自ら引き下がった。あと少しでバージルも幻影剣を飛ばすところだったが、アクアに文句を言われるのも面倒だったのでやめておいた。

 また、何かに食いついたダクネスが目を見開いてグリフォンとバージルを交互に見てきたが、バージルは一切目を合わせようとしなかった。

 

「テメェがダンテと最後に()り合った時、辺りの魔力を吸収しただろ? いや、悪夢か? そん時に俺の思念っつーか残滓っつーか? それが混じってたんだよ」

 

 グリフォンの言うダンテと戦った時は、恐らくマレット島でのことであろう。ネロ・アンジェロとして剣を交えた最後の時。

 バージルは魔力を高めただけのつもりだったが、無意識の内に周囲の魔力を吸い込んでいたようだ。

 と、静かに話を聞いていたタナリスが「なるほど」と呟く。

 

「で、バージルの中にいた君がうっかり卵に流れて、元悪魔の喋れるヒヨコちゃんが誕生したんだね」

「はた迷惑な話だぜ! イカしたドラゴンに転生できればよかったのによ!」

「だから、貴方は立派なドラゴンだって何度も言ってるじゃない!」

「テメェの目は腐ってンのか!? このフワッフワな身体を見ろよ! 怒りで逆立てる鱗もありゃしねぇ!」

「諦めちゃダメよ! アヒルの子が最後は白鳥になって飛び立った童話もあるんだから、ゼル帝もきっと大きなドラゴンになって空を飛べるわ!」

「ドラゴンの子ってのはそんなにヒヨコと似てんのか!? 童話も理解できてねぇお子ちゃまは、まず絵本を読んできな! おっと、読み聞かせも必要か?」

「お子ちゃまはそっちでしょ! 貴方こそ、私をお母様と呼ぶことから始めなさい!」

 

 アクアとグリフォンが再び口喧嘩を始める。ただでさえ騒がしいのに更に騒がしくなったとバージルがため息を吐くと、横にいたカズマがおずおずと声を掛けてきた。

 

「あのー……まったく話についていけなかったんすけど」

 

 魔帝やダンテのことなど知る由もないカズマ達には、バージルとグリフォンが何を言っているのかまるで理解できなかったであろう。

 が、説明したら長くなることは必至。そもそもバージルには自ら話すつもりもなかった。

 

「知る必要のないことだ。それよりも……」

 

 バージルは話を反らしつつ、視線をネヴァン達へ向けた。

 

「この悪魔共を、本当に住まわせるつもりか?」

「あら、今にも串刺しされそうな熱い視線ね。そんなに私達のことが信用ならない?」

「貴様等が悪魔でさえなければな」

 

 王都からの帰り道、元魔具の悪魔達をどうするのかカズマに尋ねたところ、ひとまず屋敷へ連れて帰ってから考えると彼は答えた。

 共に敵を倒したとはいえ、彼等は悪魔だ。信じ切ることはできない。バージルが警戒心を向けていると、ネヴァンは髪の毛先を指で弄りながら言葉を返した。

 

「心配しなくても、私達から主に手を出すことはしないわ。ダンテにも怒られそうだし」

「今の貴様等には関係のない男だろう」

「我が真に認めた主はダンテだけだ。あの男が人間を殺める者を是としなかったように、我もいたずらに手をかける真似はせん」

「我ら兄弟も同じ」

「主を守る剣となろう」

「それに、ずっと塔暮らしからのボロ屋暮らしだったせいかしら。人間の血にそこまで興味が湧かないのよね。貴方みたいに強い男ならそそられるけど」

 

 ネヴァンに続いてケルベロス、アグニ、ルドラも危害を加えない意思を示す。

 悪魔の言葉を信じるつもりはない……が、所有権はカズマ達にある。悪魔達を手放すか否かは、彼等が決めることだ。

 因みに王都からの帰り道で聞いたところ、めぐみんとダクネスは手放す気がないという。残るアクアをどう説得するかカズマは悩んでいたが──。

 

「言っとくけど、私は完全に認めたわけじゃないからね。変な気を起こそうものなら、私の聖なるチョップで成敗してやるんだから」

 

 どうやら既に説得は終わっていたようだ。アクアは渋々といった様子であったが。

 彼女は頭がお粗末であるものの、女神としての実力は確かだ。今のネヴァン達が束になっても敵わないであろう。彼女の力がわからないほど、ネヴァン達も馬鹿ではない。

 ならば、今は彼等に預けておこう。しばらく睨んでいたバージルだったが、やがて自ら視線を外した。

 グリフォンと魔具の話は一段落ついた。これ以上話が無ければタナリスを連れて出ようと考えていたが、そこでめぐみんが不意に尋ねてきた。

 

「先程から気になっていたのですが、ちょくちょく名前が出てくるダンテというのは誰のことですか?」

 

 彼女の口から発せられた名前に、バージルの眉がピクリと動く。彼は無視しようと思っていたのだが──。

 

「あら、知らないの? バージルの弟よ」

「えぇっ!? お兄ちゃんに弟いたの!?」

 

 先にネヴァンからアッサリと明かされた。声を上げて驚いたアクアだけでなく、他の三人からも目を向けられる。

 バージルと同じ半人半魔の弟。気にならないわけがない。しかし先も言ったように、バージルがダンテについて自ら話そうとするわけもなく。

 

「タナリス、王都の悪魔について聞きたいことがある。ついてこい」

 

 バージルはタナリスに声を掛けてから広間を出る。後ろからカズマの呼び止める声も聞こえたが、気にせず足を進めていった。

 カズマ等が追いかけてくることもなく、彼は屋敷の外へ。ある程度屋敷から離れたところで振り返ると、遅れてタナリスも屋敷から出てきた。

 

「あの悪魔達とはお久しぶりだったんじゃないの? もう少しゆっくり話していったらいいのに」

「知った顔だとしても、悪魔と旧知を温める気にはならんな」

「それと例の喋るヒヨコさん、口はアレだけどカワイイ子じゃないか。言ってみれば君とアクアの子供みたいなモノなんだし、お父さんとして面倒見てあげたら?」

「ほう、そんなに雛鳥が羨ましいか。ならば俺が手伝ってやろう。雛鳥に生まれ変われるかは貴様の運次第だ」

「興味はあるけどまだいいかな。だから僕の首を狙って出した幻影剣はしまっていいよ」

 

 脅しで出現させた八本の幻影剣は、しばらくタナリスの首周りをクルクルと回っていたが、バージルが握り潰す動作をしたと同時に砕け散った。

 ほっと胸を撫で下ろしたタナリスは、バージルから呼び出された件について話を進めた。

 

「で、王都に出てきた悪魔についてだったね」

「上位悪魔二体は、貴様が王都へ向かってから現れたのか?」

「そうだよ。魔王軍襲来警報が鳴って、僕とゆんゆんも加勢しに行ったら突然出てきたんだ。蜘蛛の悪魔はカズマ達が合流してから出てきたよ」

「アーカムの姿は?」

「見てないね。魔剣君が出会ったっていうピエロの方もいなかったよ」

 

 彼女もアーカムは見かけていないという。が、アーカムが召喚したのは間違いない。今回は自ら姿を現さなかったようだ。

 魔王軍と共に現れたのなら、彼等に加担している可能性が高い。これから魔王軍の襲撃があった際は、アーカムの関与を警戒していた方がいいだろう。

 バージルが情報を整理していると、タナリスが自分を指差しながら尋ねてきた。

 

「もしかして、僕また疑われてる?」

 

 バージルから疑われた、アーカムとタナリスの繋がり。クリスにとやかく言われるため口に出すことはしなかったが、疑いはまだ晴れていない。

 

「王都に行ってたのは、ゆんゆんから提案してきたことなんだ。気になるなら後で本人に聞いたらいいよ。今日はなんだか疲れてる様子だったから、明日にしたほうがいいね」

 

 悪魔の出現に関与していないとタナリスは主張する。しかし、彼女が足を運んだ途端に悪魔が現れたのもまた事実。

 バージルは両腕を組むとタナリスに向かい合い。彼女に告げた。

 

「恐らく奴は、貴様の正体にも気付いている」

「えっ?」

 

 疑いの言葉を掛けられると思っていたのであろう。タナリスは首を傾げる。

 

「悪魔をけしかけたのも、貴様の実力を見るためだったのかもしれんな」

「……つまり?」

「背後には気をつけておけ。奴は神出鬼没だ」

 

 バージルから送られたのは助言であった。タナリスは口をポカンと開けていたが、やがてニヤニヤと笑いながら顔を覗き込んできた。

 

「もしかして心配してくれてる? さっきもカズマ達に危険が及ばないか警戒してたし、案外優しいんだねぇ」

「雛鳥に生まれ変わる決意ができたようだな」

「お気遣いは嬉しいけど、まだ遠慮しとくよ。だからそんなに怖い顔しないでって」

 

 

*********************************

 

 

「お兄ちゃんキャラがやたらしっくりくるとは思ってたけど、まさかホントに弟がいたなんてなぁ」

 

 バージルとタナリスが去っていった広間で、カズマはしみじみと呟く。

 ダンテがどんな男か想像もつかないが、バージルの弟だ。とんでもない強さなのは間違いないであろう。

 

「バージルも私と同じで下の子がいたとは驚きでした。妹として絡むアクアの扱いに慣れていたのも、それが理由だったのでしょう」

「ねぇねぇ、お兄ちゃんの弟から見て私は姉と妹、どっちにあたるのかしら? 私はお姉ちゃん希望なんですけど」

「やはりバージルと同じく、強烈な一撃を浴びせてくれるのだろうか……」

 

 ダンテについて、めぐみん達も想像を膨らませている。いっそ弟もこの世界に来てくれたらとカズマは思ったが、何故か借金倍増の未来が待ち受けている予感を覚えたので、これ以上想像するのはやめておいた。

 それにきっと、バージルも望んではいないであろう。

 

「ダンテのことをバージルに聞く気なら、やめておいたほうがいいわよ。微塵切りにされたいなら止めはしないけど」

「そう話すということは……弟とはあまり仲が良くなかったのですか?」

「喧嘩するほど仲が良いって言うだろ? そういう意味じゃあ、あの兄弟は大の仲良しだぜ! 会う度に激しくヤり合っちまうほどにな!」

「は、激し……!?」

 

 グリフォンの言葉に、ダクネスが驚きながらも興味津々とばかりに目をかっ開いてグリフォンを見つめる。

 兄弟喧嘩ぐらいよくある話だが、彼等は半人半魔。ただの喧嘩で終わる筈がない。きっとダクネスが想像するよりも遥かに過激で、危険なものであろう。

 バージルの前では、名前を出すのも控えたほうがよさそうだ。一番やらかしそうなアクアには、後で口酸っぱく言っておこうとカズマは決めた。

 

「ネヴァン達は、ダンテという人物について詳しいのですか?」

「勿論よ。だって私達の元主だもの」

 

 バージルに聞けないなら彼等に聞くまで。めぐみんが尋ねると、ネヴァンは素直に答えてくれた。更には、床に伏せていたケルベロスが顔を上げて会話に入ってくる。

 

「奴は我等を巧みに操り、数多の悪魔を蹂躙していった。我も奴の力を認めたからこそ、魔具となる道を選んだのだ」

「つまりその男は、様々なプレイで楽しませてくれるというのか!?」

「ぷれい? ぷれいとは何だ?」

「ぷれいというのは──」

「そこの変態と双剣はお口チャックな」

 

 話が脱線しそうだったので、一人と二本にカズマは釘を刺す。

 

「けど彼は、金に困ったところで私達を質草として知り合いに預けたのよ。そのくせ経営してる便利屋は、週休六日で滅多に働こうとしないんだとか」

 

 その知り合いの愚痴から聞いた話だけどと、ネヴァンはため息混じりに語った。どうやらバージルと違って不真面目な男だったようだ。話を聞いたカズマは、ダンテという男にとてつもない親近感を覚える。

 一方でめぐみんはネヴァンから視線を外すと、机上を歩いていたグリフォンにも尋ねた。

 

「ぐりぽんもダンテを知っているのですか?」

「あぁ、俺を鳥頭とか抜かしておちょくりやがったムカつくヤローだ! ま、実力は認めてやるけどよ……おい待て嬢ちゃん。今俺のことナンて呼んだ?」

「ぐりぽんです」

「ダッッッッセェッ!」

 

 サラッとめぐみんに命名されたが、本人は不服だったようだ。低評価を付けられためぐみんは驚き、抗議とばかりに机を叩く。

 

「何を言ってるのですか! ゼル帝を気に入ってないようだったので、私がカッコいい名前を考えてあげたというのに!」

「今の名前のどこにカッコよさがあるってんだ! 却下だ却下!」

「ならば……ぽんぽん!」

「原型すら残ってネェ! せめてグリは残しやがれ!」

「では……ぐりぐり! どうですか! これなら文句は無いでしょう!」

「グリを残せばいいってもんじゃネェよ! さっきからガキがテキトーにつけたような名前ばっか言いやがって! ネーミングセンス皆無か!」

「ほう! まだ生まれて一日と経たない小鳥が私を子供扱いとは良い度胸ですね! 売られた喧嘩は買うのが紅魔族の流儀! どこからでもかかってくるがいい!」

 

 話題はいつの間にやらグリフォンの名前決めへ。いくつも案を出すも全て却下され、更に紅魔族のセンスを侮辱されためぐみんは、ヒヨコ相手に喧嘩腰で構える。

 

「待ちなさいめぐみん! いくら仲間といえどこの子に手を上げるのは母として見過ごせないわ! やるなら私をやりなさい!」

「いや、それこそ私の出番だ! めぐみん、その怒りは全て私が引き受けよう! さぁ! 力のままに思い切りやってくれ!」

「……さっきから思ってたが、そこのネーチャンは美人のクセしてヤベー趣味してんな」

 

 アクアとダクネスがグリフォンを庇うようにめぐみんと対峙する。周りの悪魔達は我関せずと傍観していた。

 カズマも名前ぐらい何でもいいだろと思いながら聞いていたが、似合いそうな名前がふと降りてきたのでグリフォンに提案してみた。

 

「グリル焼きとかいいんじゃね?」

「悪魔! フツーな顔してアイツ一番ヤベェ奴だ!」

「誰が平凡顔だ。じゃあ……唐揚げか焼き鳥は?」

「全部食される運命じゃねーか!? 悪魔が人間に食われるなんて笑い話にもなりゃしねぇぜ!」

 

 良い案だと思ったのだが、あえなく却下されてしまった。あまつさえ仲間達からも引いた目で見られている。

 ペットに食べ物の名前を付けるのはあるあるの筈だが、そこまで引かれるものなのかとカズマは首を傾げた。

 

「そもそも、この子の名前はゼル帝よ! 母親は私なんだから、私が付けた名前で呼びなさいな!」

「テメェこそいい加減にしやがれ! 俺の名前はグリフォンだ! ゼル帝でもぐりぽんでも焼き鳥でも鳥頭でもネェ!」

 

 そして名前の案は再びふりだしへ。アクアとグリフォンはお互い譲らない様子。

 しょうがねぇなとため息を吐いた後、カズマは二人の間へ割って入った。

 

「お前はグリフォンのままが良くて、アクアはゼル帝がいいんだよな?」

 

 カズマが二人に尋ねると、どちらも首を縦に振る。しかしこの世界には既にグリフォンという種族がいる。先約があるので、名前変更はやむなしだ。

 が、全く別の名前でもダメ。アクアも譲る気はない。ならば、折衷案で我慢してもらうしかない。

 

「じゃあ間を取って、ぐり帝で」

「異議アリ!」

 

 どっちの名前も取り入れた案だったが、真っ先にグリフォンが物言いをつけてきた。

 しかし周りにいたアクア達は、カズマの案を聞いて考え込む素振りを見せ──。

 

「ふむ……親しみもあって呼びやすい名前だな。めぐみんはどう思う?」

「紅魔族的にも悪くないセンスですね。私が最初に上げたぐりぽんにも近しいモノを感じますので、文句は言いません」

「しょーがないわね。帝は残してくれたし。それじゃあ貴方の名前は、ぐり帝に決定よ!」

「待て待て待て待て! ナンで俺の意見も聞かず勝手に話を進めてんだ!?」

 

 仲間達も納得してくれた。騒ぐグリフォンを無視して、カズマはネヴァン達へ顔を向ける。

 

「一応そっちにも聞いておくけど、コイツの名前はぐり帝でいいか?」

「かわいらしい名前でいいんじゃない? 小鳥さん」

「悪魔にとっての名は実の姿よりも真実に近い、魂の形と言えるものだ。大事にするといい」

「新たな名を刻まれし小鳥よ」

「我等もその名を記憶に刻もう」

「悪魔にも味方がいやがらねぇ! 誰か一人ぐらい反論しろよ! お前らだって勝手に改名されたら嫌だろ!?」

 

 悪魔達からも賛成の声が上がった。グリフォンは必死に助けを求めるが、彼等の耳には届かない。

 力こそが正義と言うが、時として数こそが正義になりうるのだ。

 

「つーわけでよろしくな、ぐり帝」

「フッザケンナ! 俺に選択権はねぇのかよ!? 悪魔にもそれぐらいあってもいいんじゃねーの!?」

「いいと思うぞ。お前は鳥だから関係ないけど」

「ギィッ!」

 

 グリフォン改め、ぐり帝がここに誕生した。

 

 

*********************************

 

 

 夕刻。場所は代わってアクセルの街にある冒険者ギルド。

 冒険者が酒と飯を求めに集う中、先に腹ごしらえを終えて寛いでいたパーティーがいた。

 

「ねぇフィオ。あの受付嬢、いったいどういう生活を送ったらあんな身体になれるのかしら」

「気になるなら聞きにいってみたら? 良いアドバイスが貰えるかもしれないよ?」

「別に胸をおっきくしたいなんて思ってないわよ! それにキョウヤは貧乳が好みなんだから、むしろ大きくてカワイソーだなぁって」

「あ、あの時はベルディアの変な記憶を見せられたからそうなっただけよ!」

『変な記憶って言うな。俺だって二度と思い出したくないのにわざわざ掘り起こして見せたんだぞ。まぁ今の俺は巨乳へのコンプレックスを克服し、デカい奴こそ正義と思えるようになれたが』

「アンタの趣味は聞いてないわよ」

 

 王都では『勝利の剣』と呼ばれる、人間三人と幽霊が一体の愉快なミツルギパーティーである。

 アクセルの街に帰ってきたミツルギは仲間と合流。森の害虫狩りから始まって王都の悪魔狩り。休息も取れていなかったのでクエストには行かず街で過ごし、今に至る。

 クレメア、フィオ、ベルディアがやんやと騒いでいる中、ミツルギは、静かに水を飲んでいた。

 いつもなら間に入って落ち着かせる場面なのだが、彼は止める素振りも見せず。コップを机に置き、中で揺らぐ水をじっと見つめる。

 

 彼が思い返していたのは、王都で現れた炎の悪魔。自身と対峙した蜘蛛の方ではない。バージルと戦っていた、大剣を振るう四ツ足の魔物。

 戦場に着いたバージルを見て、あの悪魔が放った言葉。

 

「(逆賊スパーダの……血)」

 

 スパーダ──逆賊という言葉から察するに、悪魔なのは間違いない。

 四ツ足の悪魔は、バージルから逆賊の血の匂いがすると言っていた。つまりスパーダは、バージルと血で繋がった者だということ。

 そしてミツルギには、スパーダという名前に聞き覚えがあった。いったいどこで耳にしたのか。街を歩きながら記憶を掘り起こし、夕暮れ時になった頃にようやく思い出した。

 

 正確には、ミツルギの記憶ではない。彼の中にいた、ベルディアの記憶。

 彼がバージルと対峙した時、バージルはこの世界の住人ではないと自ら明かした。更には異世界の存在と──スパーダの名を。

 人間の為に剣を握り、魔帝と呼ばれる存在を封印した伝説の魔剣士。ミツルギもいつか、スパーダについてバージルに聞いてみたいと思っていた。どういう繋がりを持つ人物なのかを。

 否、薄々はわかっていた。それが四ツ足の悪魔から聞いた言葉で、確信に変わった。

 

 バージルはスパーダの子孫──それどころか、実の父親なのかもしれないと。

 

「(スパーダの力(The power of Spada)……か)」

 

 ただの半人半魔では収まらない力。その正体を知り、ミツルギはバージルの強さに納得した。

 と同時に浮かぶ疑問。彼は何故、女神によってこの世界へ導かれたのか。

 自分やサトウカズマと同じく、バージルも異世界転生したと語っていた。言い換えれば、彼は一度死んでいるのだ。圧倒的な強さを誇る彼が。

 その理由をミツルギは知りたかった。彼が元の世界でどのように生き、死を迎えたのか。

 彼の過去を知ればきっと──未だ小骨のように引っ掛かっていた道化師の言葉も、無くなってくれるのではないだろうか。

 

「……ヤ。ちょっとキョウヤ! 聞いてるの!?」

「わっ!? ご、ごめん。どうしたんだい?」

 

 クレメアの声が聞こえて、ミツルギは思考を中断して顔を上げる。対面の席に座っていたクレメアは、頬を膨れさせてご立腹の様子であった。

 

「どうしたって、さっきから何回も声を掛けてたのに全然見てくれなかったじゃない!」

「なんだか思い詰めてるようだったけど……悩みがあるなら私達がいっぱい聞くよ?」

 

 隣に座っていたフィオが心配そうに顔を覗き込んできたが、ミツルギは「大丈夫だよ」と微笑んで言葉を返す。

 と、フワフワ浮いていたベルディアがミツルギの前に移動し、からかうように笑ってきた。

 

『コイツは純一無雑に見えて相当のムッツリだ。あのボインボインな受付嬢が気になって仕方ないんだろう?』

「キョウヤはアンタやサトウカズマみたいな、胸だけで女の価値を決める変態じゃないわよ!」

『おっと、この俺を例の小僧と同格に括られるのは心外だな。奴が変態なら俺は紳士だ。チラチラと隠れて見たりはせず、堂々とガン見するのが紳士の流儀!』

「うん、紳士じゃなくてド変態ね。そういえば魔導具店で女神のダシ汁っていうのを買ったんだけど、魔剣にぶっかけたら少しは大人しくなるかしら」

『おいやめろ馬鹿! いつの間にそんなおぞましいモノ手に入れてたんだ!? 絶対するなよ! もしやったら、何回風呂に入っても取れないほどのアンデッド臭が腋から出る呪いをかけてやっからな!?』

 

 ベルディアの一言から再び口喧嘩が始まり、周りの視線も気にせず仲間達は騒ぐ。ミツルギは喧嘩を見守りながら、バージルについて再び考える。

 彼の過去について聞くのは本人が一番だが、簡単には話してくれないであろう。「貴様には関係ないことだ」と返される未来が容易に想像できる。

 そもそも、死因を直接聞きに行くのは気が引ける。ならば、彼の次に知っていそうな人物に尋ねるしかない。候補に上がる人物はただ一人。

 バージルをこの世界へと誘った者──女神タナリス。

 

「(明日、聞きに言ってみよう)」

 

 クレメアとフィオには悪いが、また留守番をお願いしよう。

 予定を決めたミツルギは、コップに残った水を一気に飲み干した。

 

『……ところで、前にここでトランプをした時にも思ったんだが、街の冒険者が俺の顔を見ても無反応なのはどういうことだ? 俺、元幹部なんだけど? 街にも襲撃に来たんだけど?』

「記憶に残ってないからじゃない? 私は話でしか聞いてないけど、警告だけして逃げるように帰ったんでしょ?」

「街から離れた城で、人知れず討伐されたんだよね? オマケにその後、デストロイヤー襲来っていうインパクト大のイベントがあったんだから、ベルディアの事は覚えてない人が多いのかも。下手したらキャベツ襲来よりも……」

『やめろ! それ以上言うな! キャベツより影が薄いのは流石の俺でも心折れるから!?』

 




このすば王都編アニメ化&DMCネトフリアニメ化おめでとうございます。


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第91話「この仲間達に秘密の共有を!」

 アクセルの街、冒険者ギルド。時刻は昼を迎え、併設された酒場では冒険者達が昼食を済ませに訪れていた。

 反面、掲示板の前に人は少なかった。先日の害虫駆除で懐が潤った者も多く、クエストの紙が剥がされる音も聞こえない。

 おかげで酒場ではウエイトレス達が忙しなく働いていた。そんな中でも笑顔を絶やさず、冒険者の間を駆ける者が一人。

 

「はい、ご注文の野菜炒めに唐揚げ定食、ネロイドのジョッキが四つね」

「サンキュー、タナリスちゃん。相変わらず手際がいいねぇ」

「褒めたって何も出ないよ。ついでに貼り出されてるクエストにも行ってくれたら嬉しいな」

「タナリスちゃーん、こっちの料理はまだー?」

「そう急かさないでも持っていくよ。その野菜スティックをチマチマ食べながら待っててね」

「なぁタナリス、俺にもその料理をひと口──」

「君にはツケを払うまで何も食べさせないよ、ダスト。掲示板のクエストを全部やってくれたら、唐揚げ一個あげてもいいけどね」

「報酬が割に合わなさ過ぎるだろ!?」

「だったら早くツケを払うんだね。前に貰ったお金を差し引いても、まだまだ残ってるんだから」

 

 器用に料理を運び、冒険者との会話も欠かさない。ついでに迷惑冒険者の対処もする。黒きバイト戦士ことタナリス。

 一人で三人分の働きと言われているほど、彼女の仕事は評価されていた。ギルドから何度も正規の契約を迫られたが、本職は冒険者だからと断っている。

 バイトは基本的に短期で受けるスタイルだが、ギルドでのバイトは長く続けていた。お給料が良いことは勿論だが、理由はもうひとつ。

 

「タナリスちゃん、次の集会っていつだっけ?」

「タリス教の集まりかい? 確か五日後の昼だったかな」

「その日はタナリスちゃんも来るの?」

「あーごめんね。その日は八百屋のバイトが入ってるんだ」

「忙しいねー。タナリスちゃんも来てくれたら楽しいのに」

「行けそうな日があったら行くよ。楽しんできてね」

 

 女神タナリスを信仰するタリス教への勧誘、及び教徒との交流である。

 仕事中の宗教勧誘は厳重注意されるのだが、このギルドの実質的な責任者でもある受付嬢ルナから直々に許可を得ているので問題ない。

 料理を運び終え、タナリスは厨房へ。と、その場にいた職場の先輩から声を掛けられた。

 

「タナリスちゃん。ちょっと休憩してきたら? 昼から入ってずっと動きっぱなしでしょ?」

「んー……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 本当はまだまだ動けるのだが、先輩のご厚意は素直に受け取っておくもの。タナリスは軽く頭を下げて裏口に向かった。

 人気のない裏通りに出た彼女は、壁にもたれて空を見上げる。夏を知らせるくっきりとした雲を眺めた後、視線を下に落として懐から数枚の紙を取り出した。

 

「今日で新しい入信者は三人か」

 

 入信者の名前が記された、タリス教の入信書であった。名前を見つつ勧誘した相手の顔を思い出し、記憶に残す。

 タリス教はアクセルの街にしか浸透していないが、エリス教と比べて敷居が低く入りやすいのもあり、信者の数はそこそこ増えていた。中にはアクシズ教の勧誘を断る口実として入信する者も。

 浅く広く、アクシズ教とは真逆のスタイル。しかし街だけでは限度があるので、いっそ紅魔の里や王都でも勧誘しようかと思案する。

 

 教徒の祈りは女神の力となる。しかしタリス教は教徒同士の交流がメインであるため、アクシズ教やエリス教と比べれば祈りの数は少ない。

 が、多かろうと少なかろうと、今のタナリスには全く意味を成さなかった。女神の力を封じられているからである。

 冒険者カードでステータスを確認してみるが、数値に変化はない。己に宿る魔力も、レベルアップ以外で変化した実感は得られず。

 それでも彼女は勧誘を続けていた。はっきりとした目的は無い。強いて言えば、何かあった時の保険であろうか。

 

「くぁ……」

 

 眠気を感じたタナリスは小さくあくびをする。少し一眠りしようかと思っていた時。

 

「タナリスさん」

「んっ?」

 

 自分を呼びかける男性の声が聞こえ、タナリスは顔を向ける。そこにいたのは、いつもの鎧ではなく軽装に身を包んだ魔剣の勇者であった。

 

「やぁ、ミから始まる魔剣の君。ギルドに用があるなら、入り口はこっちじゃないよ?」

「ミツルギです。それに僕は、タナリスさんに聞きたいことがあって来たんです。職員の方に尋ねたら、裏口で休憩されてると聞いたので」

「お悩み相談かい? ならカウンター席で聞いてあげるよ。ついでに高めのお酒でもどうだい? 魔剣の勇者ならボトル一本ぐらいポンと──」

「すみません……あまり聞き耳を立てられたくない話なので」

 

 どうやら、ただの相談ではないようだ。タナリスは手に持っていた入信書を懐にしまうと、壁に背中を預けてミツルギの話に耳を傾けた。

 

「タナリスさんは女神で、師匠をこの世界に誘った……そうですよね?」

「バージルから聞いたのかな? その通りだよ。僕が彼をこの世界へ導いた」

「若くして亡くなった者を異世界へ導いていると、僕はアクア様から聞きました。つまり師匠も、僕やサトウカズマと同じく若い年齢で命を落とした」

 

 真っ直ぐ見つめてくるミツルギから、タナリスは目を逸らさず。やがて彼は意を決するように息を呑むと、タナリスに尋ねた。

 

「教えていただけませんか? 師匠は何故死んでしまったのか。元の世界でどう生きたのか」

「……どうして君が知りたがるんだい?」

「剣士として前に進むために、必要なことなんです」

 

 強い剣士になるため。そう口にはしているが、彼の表情を見るに理由はまだありそうだ。

 話さないのは訳ありだからか。突っ込んで聞くべきか迷った時、ミツルギの背後からニュルリと甲冑の幽霊が出てきた。

 

『俺からも頼む。一度剣を交えた者として、奴の過去には興味があるのでな』

「おや、シロ君もいたのかい」

『ベルディアだ! せめて思い出す努力をしろ! ペットによくある適当な名前で呼びおって!』

 

 簡素な呼び名にベルディアは異議を唱える。彼のおかげで張り詰めていた空気が和らぎ、タナリスはいつものようにクスリと笑う。

 どうやら二人とも退く気はないらしい。しょうがないなと彼女は零した後、ミツルギ達へ告げた。

 

「そのためには、まずスパーダについて話す必要がありそうだね」

「スパーダ……」

「そうだ、いっそカズマ達にも話しておこう。遅かれ早かれ、あの小悪魔ちゃん達から聞きそうだし」

 

 名前を呟くミツルギを余所に、タナリスはポンと手を叩く。スパーダについては自分よりも彼女達の方が詳しいだろう。

 知るのはカズマ達だけではない。彼女はミツルギから視線を外すと、裏道の先へ顔を向けた。

 

「それと、あそこにいる彼女にも」

「えっ?」

 

 タナリスの言葉を聞いて、ミツルギも同じ方向を見る。その先には、建物の陰からヒョコっと顔を出していた銀髪紅眼の少女、ゆんゆんであった。

 見つかったと気付いたゆんゆんはすぐさま隠れる。が、しばし間を置いて自ら出てくると、おずおずとこちらに歩み寄ってきた。

 

「ゆんゆん? いつからあそこに?」

「ずっとタナリスちゃんに話しかけたくて酒場の端っこで待っていたら、厨房の奥に行ったっきり戻ってこなくて、いつも通り休憩で裏口にいると思ってこっちに来たら、ミツルギさんが先に話してて……」

「えっと……なんか、ごめん」

『この場合、こっちが謝らなければいかんのか?』

 

 呆れた声で呟くベルディア。初めて会った時から随分強くなった彼女だが、友達への接し方は上手くならないままのようだ。

 

「ゆんゆんも僕にお悩み相談かい?」

「あっ、わ、私のことは気にしないでいいよ。また日を改めて、タナリスちゃんがギルドでバイトしてる時に来るから……」

「わざわざギルドへ来なくても、休日は一緒に遊ぼうってまた誘ってくれればいいのに」

「えぇっ!? い、いいの!?」

「前の休日は悪魔の邪魔が入って中途半端に終わったからね。僕もまた遊びたいと思ってたし」

「た、タナリスちゃん……!」

 

 タナリスは何気なく発した言葉であったが、余程心に響いたようだ。ゆんゆんは感激のあまり紅い眼を潤わせる。

 

「あの、タナリスさん」

 

 とそこへ、ミツルギが割って入るように声を掛けてきた。百合の花を好む紳士諸君が怒りのあまり杖でタコ殴りにしそうな悪行だが、彼に悪気はない。

 

「ごめんごめん、話の途中だったね。でも今日はバイトがあるから、さっきの話はまた後日でいいかな?」

「……わかりました。その時はどのように集まりますか? サトウカズマにも話すと言ってましたが」

「クリスがバージルを連れてお宝探しに出かけることがちょくちょくあるから、その時に集まろう。バージルに聞かれる心配もないし」

 

 皆にスパーダの事を話した後、バージルにはなるべく話さないようにと釘を刺す間もなく、特にアクアとめぐみんが即バージルの所へ駆け込んでしまうであろう。

 それを防ぐ為にも、彼が街を出ている時に話すのが吉とタナリスは考えた。ミツルギも特に異論を挙げることはせず。遠巻きに見ていただけで話の内容まで聞こえてなかったゆんゆんは首を傾げていたが、また集まった時に伝えておこう。

 そろそろ休憩から上がらねば。タナリスは二人に別れを告げると、ぐっと伸びをしてから裏口の扉を開けて職場に戻った。

 

 

*********************************

 

 

 数日後、昼を過ぎた頃のカズマパーティーの屋敷。

 

「うーん……」

 

 屋敷の主であるサトウカズマは、未だベッドの上でゴロゴロと休息を取っていた。

 カーテンの隙間から溢れる光は朝よりも強くなっているが、その程度で筋金入りのニートである彼をベッドから引きずり出せるわけもなく。

 眠気は薄まりつつあったが、起き上がるのが面倒だ。カズマはカーテン側から背を向けるように寝返りを打つ。

 

「弟よ、新たな主がこちらを見たぞ」

「まだ眠りについたままのようだ」

 

 身体を向けた側には、壁に立てかけてある双剣の兄弟ことアグニ&ルドラがいた。

 双剣の新たな主となったカズマは武器を部屋に置いていたが、このように彼等は隙あらば口を開く。鬱陶しいことこの上ない。

 本当は起きているのだが、カズマは目を開けようとせず狸寝入りへ。一向に起きない主を見ていた双剣は、引き続き会話を続けた。

 

「他の人間は既に起きているというのに、何故我らの主は起きぬのか」

「ダンテも中々起きぬ男であった」

「一日中部屋から出ぬこともあったな」

「怠惰の極みと誰かが言っていた」

「新たな主も怠惰を極めし者であるのか?」

「確かに、怠惰が似合いそうな風貌である」

「怠惰の才はダンテをも上回るやもしれん」

「楽しみよのぅ」

「楽しみよのぅ」

「うるせぇなぁああああっ!」

 

 耐えきれずカズマは叫びながら起き上がった。アグニとルドラは口をポカンと開けたまま固まったが、程なくして再び喋り出す。

 

「新たな主が目覚めたぞ」

「夜まで眠るのかと期待していたのだが」

「人が気持ちよくゴロゴロしてる時にずーっと喋りやがって! あと全然働かないわけじゃないからな!? 土木工事のバイトだって経験したし、今は金があって働かなくてもいいだけだから!」

「聞いたか弟よ。新たな主は金が無いと働くようだ」

「金が無くとも働かないダンテの方が怠惰であったか」

 

 嬉しくもない怠惰対決の結果にカズマは喜びもせず。すっかり眠気も消えてしまったため、腰掛けていたベッドから立ち上がる。

 クエストに出かけるつもりは毛ほどもないので、普段着のジャージから着替えず部屋を出る。自分達も連れていけと双剣は訴えてきたが、聞こえないフリをした。

 朝食──といってもすっかり昼だが、それを済ませるべく食卓へ移動。カズマは空いたお腹を擦りながら食卓の扉を開けた。

 

「んなー!」

「いい加減諦めてくれねぇかネコちゃんよォ! 屋敷育ちにはキャットフードがお似合いだっての! だから俺を食べようと追いかけてくんな!」

「待ちなさいちょむすけ! 私の可愛いドラゴンの子を食べさせはしないわ!」

 

 全力疾走するぐり帝とエサを追いかけるちょむすけ。狩人を追うアクアの光景が食卓で繰り広げられていた。昼食の当番で来ていたダクネスは、走り回る彼らを心配そうに見守っている。その足元には、我関せずと狸寝入りを決め込むケルベロスもいた。

 バタバタと慌ただしかったが、カズマは咎めることもせず席に着く。ちょむすけがぐり帝と初めて会った時から、日常風景になっていたのだ。

 

「捕まえた! 何度も何度も懲りない子ねってイタタタタッ!? なんで私には引っ掻くのよ!」

 

 最後はアクアが捕まえ、ちょむすけは彼女に爪を立てて拘束から脱出。その後はぐり帝を追いかけようとはせず食卓を去っていく。これもいつもの光景だ。

 引っ掻かれた痕をアクアが『ヒール』で治す傍ら、ぐり帝は床にペタンと座り込む。

 

「ハァ、ハァ……飽きねぇネコちゃんだな。おかげで毎日がサバイバルだ。魔界にいた時よりもハードな生活だぜ」

「ぐり帝が大きくなってドラゴンらしい姿になったら、あの子も食べようとはしなくなると思うんだけど」

「いい加減現実を見た方がいいぜ、自称女神サマよ? 固い鱗ひとつも生えやしねぇ。立派なニワトリになれるのも時間の問題だな」

「もしかしたらウィズの所に、成長を早めるポーションなんか売ってるかもしれないわね。早速探しに行かなきゃ! ぐり帝、お出かけの時間よ!」

「聞いてンのかオイ!? テメェの用事に付き合うつもりはねェぞ!」

「貴方を置いてったら、またちょむすけに狙われるじゃない。それと、テメェじゃなくてお母様でしょ! まったく、言うことを聞かない子なんだから」

「だとしたらテメェに似たんだろうよ! カワイイ息子だと思ってんなら話くらい聞きやがれ! オイ離せ! テメェの手に乗せられたら身体がピリピリすんだよ!」

 

 アクアは床に座っていたぐり帝を拾い上げる。ぐり帝は抵抗すべくアクアの手をクチバシで突くが、ちょむすけの引っ掻きに比べればカワイイものだ。

 ぐり帝の抵抗虚しく、アクアに連行される形で食卓から去っていった。ようやく落ち着いたかと、カズマは思わずため息を吐く。

 

「おはようございます、カズマ」

 

 と、背後から自分を呼ぶ声が。座ったまま振り返ると、いつものローブは外した普段着のめぐみんが食堂に入ってきていた。

 彼女は空席の中からわざわざカズマの隣を選んで座る。これにカズマはドキッとしたものの、悟られないよう前を見る。

 ここ最近、めぐみんが距離を詰めているようにカズマは感じてた。俺に気があるのかと直接聞きたいが、恥を掻くのは目に見えている。ギルドの差し金で新人女冒険者から言い寄られてまんまとその気になった失敗を繰り返してはいけない。

 絶対に惑わされないぞと自分に言い聞かせてから、めぐみんの方を見て話題を振った。

 

「よう、日課の朝爆裂は済んだのか?」

「カズマが気持ちよく眠っている頃には済ませましたよ。最近はアクアもダクネスもついてきてくれないので少し寂しいですが」

「二人も同行しないって……お前、どうやって帰ってきてるんだ?」

「ネヴァンに担いでもらって空を飛んできました。空からの景色はいいですよ。世界が我が物になった気分を味わえますから」

 

 雷を操るコウモリ女ことネヴァン。めぐみんの使い魔となって数日経つが、どうやらめぐみんの運搬係となっていたようだ。

 そのネヴァンは今どこにいるのか尋ねると、彼女は「少しひとりにさせてほしい」と言ってどこかへ行ったそうだ。愛想をつかされなきゃいいがと、自慢げに語るめぐみんを見ながらカズマは思う。

 

「二人とも、昼食ができたぞ」

 

 と、カズマ達の前にナポリタンが差し出された。カズマにとっては朝食になるのだが。

 二人に料理を出したダクネスは、食卓の片隅にいたケルベロスの前へ。大きな肉が入った器を三つ、目の前に差し出した。

 

「ほら、ケルベロスの分だ。実家から取り寄せた霜降り肉だぞ」

「我に食事など必要ない。が、くれるというなら食べてやろう」

「待てよ、お前ペットにそんな良い肉食べさせてんの?」

「誰がペットだ小僧」

 

 犬のエサには上質過ぎる肉。カズマはたまらず突っかかったが、ダクネスは「どこがおかしいのだ?」と首を傾げている。

 貴族の彼女にとって、霜降り肉など食卓で当然のように出てくる代物なのであろう。カズマが呆れて息を吐くと、めぐみんが高級肉を羨ましそうに見ながら話した。

 

「冷蔵庫に余っていたジャイアントトードの肉を試しに食べさせようとしましたが。見向きもしてくれませんでした」

「わがままワンちゃんに育ってんじゃねぇか」

「悪魔にとって食事は、人間で言うところの趣味でしかない。我が肉に釣られたと思っているなら大きな勘違いだ」

「二つの口でガツガツ食べながら言われても説得力皆無なんだが」

 

 味を占めたのか食感が良いのか。ケルベロスはカズマのツッコミを無視して、霜降り肉を食べ続けた。

 一頭で三頭分の食事とは贅沢な奴だと心の中で悪態をつきながら、カズマは料理と一緒に出された水の入ったコップを手に取る。

 

「ところでカズマ、聞きたいことがあるのですが」

「んっ?」

 

 昼食に手をつけず、隣のめぐみんが話しかけてきた。大した用ではないだろうと思いつつ、カズマは水を飲みながら耳を傾ける。

 

「異世界って何ですか?」

「ブッ!?」

 

 予想を遥かに超えた単語が飛び出してきて、カズマはたまらず飲んでいた水を吹き出した。

 横にいためぐみんはカズマの反応に驚いたが、すぐに怪しんだ目で彼を見る。

 

「どうやらカズマは知ってるみたいですね」

「さ、さぁー? 何のことかサッパリだなー」

 

 めぐみんから詰められるも、カズマは濡れた机上を布巾で拭きながらシラを切る。が、自身の心臓は激しく鼓動を鳴らしていた。

 まさか急に異世界のことを聞かれるとは思いもしなかった。そもそも誰から異世界について聞いたのか。異世界事情を知るのは自分とアクア、クリス、タナリス、バージル……名前は思い出せないがあと一人。

 と、カズマの抱えている疑問へ答えるようにめぐみんが話した。

 

「ネヴァンから聞いたのですが、彼等は異世界と呼ばれる場所から来たそうです。海の向こうでも空の彼方でもない、次元の壁を越えた異界から」

 

 最近、カズマ達と住み始めた悪魔達。驚くことに彼等はバージルと知り合いだった。そのバージルは異世界転生者。つまり彼等も、異世界からの来訪者となる。

 意外な線からめぐみんは異世界を知ってしまったようだが、カズマも異世界出身だとは気付いていない様子。ならここは自分にとって無関係な話だと思わせるべく、カズマは知らない風を装って言葉を返した。

 

「へー、そうなんだー。想像もつかない話だなー」

「しらばっくれても無駄ですよ。カズマも異世界から来たと、アクアから聞きましたので」

「ハァッ!?」

 

 めぐみんの返しを聞いてカズマはたまらず声を上げた。と同時に、しまったと彼は思う。

 もはや答えを言ってしまったようなもの。現にめぐみんとダクネスはじっと見つめたままこちらの言葉を待っている。

 

「……因みに、アクアからはどのくらい聞いた?」

「若くして死んだ者を異世界へ転生させていて、カズマも異世界のニホンという国から来たと」

 

 異世界どころか転生のことまでしっかりと聞いていたようだ。カズマは諦めたように息を吐く。

 

「その通りだよ。俺はひょんな事から命を落として、異世界転生したんだ。で、ちょっとした事故でアクアもこっちへ来ちゃって、魔王を倒すまでアクアは元の世界に帰れなくなったんだ」

 

 アイツは忘れてるかもしれないけど、と付け加えてカズマは話す。実際、自分もうっかり忘れかけていたのだが。

 カズマの話を聞いて、二人は少し驚いた顔を見せる。転生特典のことは一応伏せておいたが、いずれ知ることにはなるだろう。

 しかし、今まで明かさないようにしていたのを、どうして彼女は急に明かしたのか。ダクネス達が女神だと気付いてくれて、調子に乗って話したのだろうか。

 とりあえずアイツは後ではっ倒すとカズマが思っていると、ダクネスは頬を指で掻きながら言葉を続けた。

 

「正直、現実味がない話でどう受け取ればいいか困惑しているのだが……女神や悪魔がいるのだ。異世界とやらが存在していても不思議ではないのだろう」

「むしろその方がロマンがあって燃え上がりますね! 魔王を倒し、この世界の頂点に立った後は数多の異世界に渡り、我が名を轟かせてやりましょう!」

 

 異世界について、わりとすんなり受け入れてくれたダクネス。一方でノリノリのめぐみんは、手に持ったフォークを天井へ向けて高らかに宣言していた。

 ひとまず、異世界事情がバレても二人はいつも通りでいてくれてカズマは安堵する。スケールが大き過ぎて飲み込みきれていないだけなのかもしれないが。

 それよりも──。

 

「(こういう重要な設定ってさ、魔王の城へ突入する前の夜とか、もっと大事な場面で明かされるものじゃないの?)」

 

 少なくとも、昼食の片手間に済ませるような話ではない。主人公っぽい設定をあっさり流された事実に、カズマはなんとも言えないもどかしさを感じていた。

 

 

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 ダクネスお手製のナポリタンを食べ、朝食兼昼食を済ませたカズマは再び自室へ戻る。クエストに行きたそうな目でめぐみん達が見てきたが、ガン無視した。

 とにかく今日はゴロゴロすると決めたのだ。部屋の扉を開け、ベッドに向かって一直線。そのままベッドの上で仰向けになった。

 

「弟よ、主が部屋に帰ってきたぞ」

「またベッドで寛ぎ始めたぞ」

「このまま夜まで寝続けるのか」

「ダンテを上回る、怠惰の極みを見せてくれるのか」

「楽しみよのぅ」

「楽しみよのぅ」

 

 部屋に置きっぱなしだった双剣がうるさいが、一々突っかかるのも面倒だ。カズマは彼等の声を無視して背を向ける。

 そういえば、最近はサキュバスの店に顔を出せていなかった。久々に例のサービスも利用したいところ。三時間ほど寛いだ後に行ってみようか。

 今回はどんな夢を見せてもらおうかと、鼻の下を伸ばして想像していた時──部屋の扉をノックする音が響いた。

 

「カズマ、まだ起きているか?」

 

 扉を越えてダクネスの声が届いてくる。妄想を邪魔されたカズマは舌打ちをして、されど無視はせずベッドから起き上がると部屋の扉を開けた。

 

「今日もクエストには行かないからな。行くなら散歩ついでにワンちゃん連れて──」

 

 先手を打つようにカズマはダクネスの顔を見るなりクエスト拒否の意を示したが、途中でカズマは言葉を止めた。

 彼の目に映ったのは、ダクネスの隣に立っていた黒髪少女の御客人。

 

「やぁカズマ。お寛ぎのところ邪魔しちゃったかな?」

「タナリス?」

 

 アクアの同期女神、堕女神ことタナリスであった。

 

「アクアに用事か? アイツならウィズの店に行ったと思うけど」

「さっきダクネスからも聞いたよ。けど今日は違うんだ。むしろアクアがいないのは好都合かもしれないね」

 

 てっきり目的はアクアだと思っていたが、そうではないようだ。おまけに少し含みのある言い方。

 面倒事に巻き込まれる予感を察知したカズマは、顔をしかめてタナリスに返した。

 

「さっきはダクネスに向けて言ったけどクエストには行かないし、頼みを聞くつもりもないぞ」

「別に何かお願いしようって腹じゃあないよ。ただ談笑に付き合ってほしいだけで──」

「そう言っておきながら、話を聞いた以上断れない頼みを後出ししてくるんだろ! その手には乗らないからな!」

 

 威嚇する猫が如く、カズマは声を荒らげる。対してタナリスは、小さくため息を吐いてから告げた。

 

「ちょっとした昔話を聞いてほしいだけさ。これからひと眠りするのなら、子守唄代わりにいいかもしれないよ?」

 

 

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「ホントに話を聞くだけだからな? 面倒事になりそうな気配がしたら即部屋へ帰るからな?」

「わかってるって。随分と警戒するねぇ」

「行く先々で魔王軍や悪魔との戦いに巻き込まれてたら嫌でも警戒するわ」

 

 結局、話を聞くだけならという条件でカズマは部屋を出た。双剣はうるさいので置いてきた。

 タナリスに連れられて屋敷を移動するカズマとダクネス。行き先は二階にある大広間。扉を開けて入ると、既に先客がソファーに座っていた。

 めぐみん、ネヴァン、ケルベロス。そして銀髪赤眼少女ことゆんゆんと、いけ好かないイケメン野郎。

 

「ゆんゆんはいいとして、なんでお前もいるんだよ……M男」

「ミツルギだ! 名前を間違えることすら放棄するかサトウカズマ!」

 

 いつものように怒号をぶつける魔剣の人。どうやら来客はタナリス一人ではなかったようだ。

 既に面倒な事になりそうな予感はしていたのだが、昔話の導入だけは聞いてやるかと、カズマはソファーに腰を落とす。

 

「で、話って何だよ?」

「実は、ある人物の昔話を聞かせて欲しいと、そこのミスターM君から熱烈な要望を受けてね。で、カズマ君達も遅かれ早かれ知ることになりそうだから、いっそ話してあげようと思って」

 

 タナリスはミツルギを手で指しながら話す。発端が彼だと知ってカズマは恨みの込もった目で相手を睨んだが、ミツルギは一切気付かずタナリスに耳を傾けている。

 対面のソファーに座っているタナリスは、姿勢を前のめりにしてカズマに尋ねてきた。

 

「まず聞きたいんだけど……スパーダって知ってるかい?」

 

 彼女の口から出たのは、聞き慣れない名前であった。隣に座っていためぐみんは知らないと示すように首を傾げる。

 一方でダクネスは聞き覚えがあったのか、記憶を掘り起こすようにブツブツと名前を呟いている。その横にいるカズマも同じだった。誰かからその名前を聞いた気はするのだが、思い出せない。

 そんな中、スパーダという名前を聞いて明確に表情を変えた者が二名いた。悪魔のネヴァンとケルベロスである。

 

「貴様、何故その名前を知っている?」

「僕も君達と同じ所から来た……って言ったらわかるかな?」

 

 ケルベロスから睨まれるも、タナリスは笑みを崩さず答える。

 その傍ら、話を聞いていためぐみんが何かに気付いた素振りを見せると、手を顔の前にかざしてポーズを取りながらタナリスへ告げた。

 

「つまり、タナリスも世界の隔たりを越えし者ということですね」

「えっ?」

 

 めぐみんの言葉に、タナリスは少し驚いた様子。いつの間にか異世界事情を把握していたのだから、無理もないだろう。補足するようにカズマは話した。

 

「二人とも、悪魔が異世界から来たって知って、アクアに聞いたらアイツもベラベラ喋ったみたいなんだ。因みに俺も異世界出身だってバレてる」

「……口が滑りやすい子なのは知ってたけど、異世界のことまで喋るなんてね。エリスが知ったら顔を真っ青にして倒れそうだ」

「話していた時のアクアはお酒でかなり酔っていたので、異世界の事は半信半疑だったのですが、カズマに聞いたらわかりやすく反応してくれた上に自ら明かしてくれて、私達もようやく信じることができました」

「はっ?」

 

 めぐみんから後出しされた初耳情報を聞いて、カズマはたまらず声を上げる。

 つまりアクアは酔いで口が滑りやすくなっていたということ。それを知っていたなら異世界の話も、酔いどれ女神の戯言だと言い逃れできたのに。

 

「お前、なんで先に言わないんだよ……」

「教えてしまったらカズマは、酔ってるアクアが適当に言ってるだけだからと話を流しそうに思ったので」

「ぐっ……!」

 

 見事に考えを言い当てられて、カズマは何も言い返せず。

 しかし、アクアが酔っていたのなら異世界の話をうっかり明かしてしまったのも頷ける。きっと彼女は自分から話した記憶もないであろう。

 情状酌量の余地はあるということで、今回はアクアが屋敷にストックしている酒を全没収で許してやるかとカズマは決めた。

 

「なら、こちらも隠す必要はなさそうだね。実は僕もサトウカズマと同じく、女神アクア様に導かれた──」

「ハイハイ異世界出身ですね。貴方のことはどうでもいいので結構です」

「えっ」

 

 ついでにミツルギも異世界出身だと明かしたが、恐ろしく起伏のない声でめぐみんに遮られた。昼食がてらに明かした自分の方が些かマシかもしれない。

 とりあえずこれで全員が異世界事情を知る者になった。と思っていたのだが──。

 

「あ、あの……異世界ってどういうことですか? それにカズマさんもミツルギさんも異世界出身って……えっ?」

「……あっ」

 

 ゆんゆんだけが、異世界について何も知らなかったようだ。うっかり彼女のことを忘れていたと言ったら泣き出しそうなので、カズマは心の中に留めておく。

 

「異世界のことは後でタナリスか隣のナントカカントカさんから聞いてください。それよりもタナリス、先程のスパーダとは何ですか?」

「ナントカカントカさんって……」

 

 説明するのは面倒に思ったのか、めぐみんはタナリスに話の続きを促す。ミツルギが邪険に扱われる傍ら、タナリスは背中をソファーに預けて話した。

 

「異世界では名の知れた人でね。おおよそ二千年前、魔帝と呼ばれる厄介な悪魔が人間界を侵略しようとしたんだけど、腹心だったスパーダが突然裏切って人間側に立ち、悪魔の軍勢と戦った」

「サラッと話してるけどかなり壮大な昔話だな」

 

 その設定だけでゲーム一本作れるんじゃないかと、スケールの大きさにカズマは驚いた。横のめぐみんは紅魔族の琴線に触れたのか、目を輝かせて話を聞いている。

 

「魔帝をも上回る力を持った彼は戦いに勝利し、魔帝を封印。自分の名前を冠する魔剣を用いて魔界への入り口を閉じた。後に伝説の魔剣士と呼ばれることとなった、まさに最強の悪魔だよ」

「昔話というよりは神話だな。信仰の対象となっていてもおかしくはない」

「実際、スパーダを崇拝する宗教もあったよ。けど肝心のスパーダ本人は行方不明になったんだ。二人の、魔剣士の血を持つ子供を残してね」

「子供?」

 

 タナリスが語る昔話は、スパーダの子供について話が進んだ。導入だけ聞くつもりだったカズマも、今や眠気も忘れて耳を傾けている。

 

「スパーダはとある人間を伴侶にして、人間界で平穏に暮らしていたんだ。そして彼の血を継いだ双子の兄弟が生まれた。その一人は、君達もよく知る男だよ」

 

 そして、スパーダが残した子孫はカズマ達も知っている人物だと彼女は語った。皆は驚きながらも、魔剣士の子孫について考える。

 最強の悪魔と謳われる者の血を継いだ、半人半魔。カズマ達の脳裏に、同じ人物の顔が浮かんだ。

 

「そう、バージルさ」

 

 タナリスが出したのは、予想通りの名前であった。最近は兄弟である事実も判明した。彼以外に誰がいようか。

 明かされたバージルの父。その繋がりを知った時、カズマとダクネスが共に声を上げた。 

 

「思い出した! バージルさんと初めて会った日に聞かれたんだ! スパーダの名前を知ってるかって!」

「私も思い出したぞ。確かバニルに操られていた時だった。バニルはバージルに対して、スパーダの血族と言ったんだ。あの時は何のことかサッパリだったが……」

「二人は名前だけ聞いてたんだね。バニルさんが知ってたのは、多分過去を見通したのかな?」

 

 聞き覚えのあった名前をどこで知ったか思い出し、喉に刺さった小骨が取れるのはこういうことかとカズマは実感する。

 

「けど、なんで俺達にスパーダの話を?」

「さっきも言ったけど、魔剣君から要望を受けてね。で、君達もそこにいる悪魔達から遅かれ早かれスパーダについて聞きそうだから、いっそのこと全員まとめて話しちゃえと思って」

 

 タナリスはネヴァンとケルベロスへ視線を送りながら答える。カズマも彼等を見ると、視線が合ったネヴァンは自ら話した。

 

「私は会ったこともあるけど、かなりイイ男よ。結ばれた人間が羨ましいわ」

「魔帝をも超える伝説の魔剣士。奴の力を語るのに、これ以上の言葉は必要ないだろう」

 

 横にいたケルベロスも答える。とにかくスパーダというのは、悪魔の中でもトップクラスに強いのであろう。

 とはいえ昔話、それも異世界でのことだ。現実味を感じないというのが率直な感想であったが、息子のバージルは確かに存在している。

 彼の、単なる半人半魔では説明できない強大な力。父親が最強の悪魔と聞いて、カズマはようやく納得がいった。

 

「……んで……」

 

 そんな時、隣にいためぐみんから声が漏れた。よく見れば身体が小さく震えている。どうしたのかと様子を伺っていると──。

 

「なんでもっと早く言ってくれなかったんですか!」

 

 彼女は突然立ち上がり、広間に響くほどの大声を上げた。

 

「バージルもです! こんなにカッコいい設定を持っていながら、誰にも明かそうとしないとは! あまりにも愚行!」

 

 その声には激しい怒りが込もっており、収まる気配もなく。めぐみんはその場から移動し、扉の方へ早歩きで向かう。

 嫌な予感しかしない。カズマは咄嗟に動き、めぐみんの腕を掴んで止めた。

 

「おい待て! どこに行こうとしてんだ!」

「バージルのところです! 何故今まで黙っていたのか問いただしてやります! 答えるつもりがなければ、あの時よりも更に進化した我が爆裂魔法を撃ち込んで──!」

「あの人なら耐えそうだけどやめろ馬鹿!」

 

 めぐみんはカズマの腕を振りほどこうと必死にもがく。どうしてそこまで怒るのか理解に苦しむが、彼女の眼は紅い光を強く放っていた。

 このまま行かせたらコイツはマジでやる。八つ当たりに等しい特攻を仕掛けようとするめぐみんを止めるべく、カズマは彼女の脳天に手刀を叩き込んだ。

 短く唸り、めぐみんは頭を抑えてしゃがみ込む。めぐみんの暴挙を防いだところでカズマが息を吐くと、傍観していたタナリスが告げてきた。

 

「バージルなら今はクリスと街の外に出かけてるから、本人に聞くのはまた今度にしたらいいよ」

「そっか。でもこの話を俺達にすることって、バージルさんには伝えてあるのか?」

「言ってないよ。知られたら後で僕が怒られそうだけど、君達は気にしなくていいからね」

 

 物怖じしてないのか慣れっこなのか、タナリスは笑って話す。しかし彼女がシメられるとわかって聞きに行くのは気が引けるので、気軽に尋ねるのはやめておこう。後でめぐみんにも強く言っておかねば。

 足元でうずくまるめぐみんを横目に見ながらカズマが考えていると、ソファーに座ったままのダクネスがタナリスへ尋ねた。

 

「では、何故バージルはこの世界に?」

「カズマ君と同じく、女神の手で異世界転生したんだ。因みにその女神は僕ね」

 

 自分を指差し、オマケの感じで女神であると明かすタナリス。しかし対面にいたダクネスから大きなリアクションは見られなかった。

 アクアとタナリスが友達であり、そのアクアが女神だと知った。となれば必然的にタナリスも女神関係だと推測できる。故にそこまでの驚きはなかった。本人も薄めの反応になるとわかっていたのか、タナリスは自分に向けた指を静かに下ろす。

 が、一人だけタナリスの言葉に食いついた者が。カズマの傍にいためぐみんである。彼女は咄嗟に立ち上がると、タナリスに詰め寄りながら尋ねた。

 

「ちょっと待ってください。それはつまり、バージルも元の世界で死を迎えたということですか?」

「うん、そうだけど? 僕何か変なこと言ったかな?」

「変なことというか、想像し難いというか……我が爆裂魔法にも耐えうる、あのバージルですよ?」

「……あっ」

 

 めぐみんにしては変な質問だなと思ったカズマであったが、彼女の二言目を聞いて質問の意図を理解した。

 彼はカズマと同じ異世界転生者。つまり、カズマと同じように一度死んでいる。伝説の魔剣士と呼ばれる者の血を引く、半人半魔の彼が。

 上位悪魔すら赤子同然の彼が負ける姿など想像できない。無難な線でいけば老衰だが、転生するのは若くして死んだ者。老衰ではこれに該当しない。

 この場にいる皆が次の言葉を待っていると、タナリスは困ったように頬を掻きながら答えた。

 

「残念だけど、彼の死因までは話せないかな。バージルに怒られるどころじゃ済まなくなりそうだし」

 

 彼女の口から真相が語られることはなかった。その返答を聞いて、何故かミツルギだけ驚いた反応を見せる。

 

「というわけで、昔話はここまで。次回公演は予定してないから悪く思わないでね」

「あっ、ちょっと!」

 

 ソファーから立ち上がり、タナリスは返事も聞こうとせず広間から去っていく。その背中をミツルギが慌てて追いかけていった。

 カズマは天井を見ると、二人の足音が遠ざかっていくのを耳にしながら振り返る。

 今日だけで色んな事実が明らかになった。カズマとバージルが異世界転生者だとめぐみん達にバレて、バージルはとんでもない悪魔の血筋だと判明。

 半人半魔だけでなく、伝説の魔剣士の息子というオマケつき。紅魔族も喉から手が出るほど欲しい設定だ。先程は咎めてしまったが、どうして隠していたんだとめぐみんが怒るのも仕方ない。

 生まれた時から悪魔と戦う運命にあるような背景。タナリスは明かさなかったが、彼の死因は想像がつかないほど壮絶なモノだったのであろう。

 

「確かに、死因まで聞くのは配慮に欠けていたな」

「むぐぐ……魔と混沌に満ちた物語が聞けると思っていたのですが、仕方ありません」

 

 気になりはするものの、ダクネスとめぐみんはタナリスを追いかけようとはせず。爆裂狂とドMにもデリカシーという概念が存在していたようだ。

 と、ダクネスはこちらに視線を向けて話しかけてきた。

 

「カズマも無理に生前の話をする必要はない。だが……もし話せる時が来たら、私達が知らないカズマの物語を聞かせてくれないだろうか? ニホンという国にも興味がある」

「そ、そうだな。うん」

 

 カズマの生前の話に興味を持つダクネスへ、カズマは苦笑いを浮かべて言葉を返す。

 トラクターに轢かれそうになってショック死したなんて話せない。アクアがうっかりバラしそうだが、その時は彼女の羽衣を雑巾代わりに屋敷中を掃除してやろう。

 

「(でも……コイツ等に日本を紹介するのも悪くなさそうだな)」

 

 魔王軍やら悪魔やらのゴタゴタが片付いて、冒険者として特にやることも無くなったら、アクアのツテで日本に行けないだろうか。

 後でそれとなくエリス様に聞いてみよう。想像を膨らませながらカズマは思った。

 

「アクアから聞きましたが、ニホンには音速で走る鋼鉄の蛇や空を舞う鋼の巨大鳥がいるそうですね! 我が爆裂魔法にも耐えうる肉体なのか、ぜひ確かめてみたいです!」

「日本で爆裂魔法はやめてくれよ? 冗談抜きで」

 

 やっぱり行かせない方がいいようだ。

 

*********************************

 

 

「タナリスさん! 待ってください!」

 

 カズマの屋敷の外、玄関の扉を出たミツルギは先を歩くタナリスを追いかける。

 一方でタナリスは足を止めず、前を向いたままミツルギへ言葉を返した。

 

「やっぱり、アレじゃ納得してくれないかな?」

「僕が聞きたいのは、師匠が元の世界で死んでしまった理由、そこに行き着くまでの過去なんです。話すと約束してくれたじゃないですか!」

 

 彼の過去を語る上でスパーダの話は欠かせない、というのは先に聞いていた。それが終わればバージルの過去について聞かせてもらえる筈であったのに、彼女はそこでトンズラした。

 ここまで来て引き下がるわけにはいかない。ミツルギはどこまでも追いかけるつもりでいた──が、不意にタナリスが歩みを止めて振り返った。

 

「なら、今度は隠し事無しで答えてもらうよ。どうして君はそんなに知りたいんだい?」

 

 彼女の問いを受け、ミツルギは言葉を詰まらせた。

 全てを見透かすようなタナリスの黒い瞳。彼女の前では、どんな嘘も見抜かれてしまうであろう。

 

「……やっぱり、僕は嘘が下手みたいだ」

「女神時代も含めて、人の顔はよく見てきたからね。中でも君は飛び抜けて下手だなぁとは思ったけど」

『ポーカーフェイスとは無縁の男だな。前にやったトランプゲームでも顔で手札がバレバレだったぞ』

 

 タナリスだけでなく、カズマの屋敷では静かにしていたベルディアも中から飛び出してこちらを小馬鹿にしてくる。

 カズマ達にイジられるのが嫌だからという理由で出てこようとしなかったクセに、と言い返したくなったが、話が進まなくなるのでグッとこらえる。

 彼は落ち着かせるように息を吐くと、タナリスの目を真っ直ぐ見つめながら真実を告げた。

 

「魔獣討伐作戦の日、ジェスターと名乗る道化師と会いました。その道化師が言っていたんです。師匠とは友であったと」

「まさか、ピエロの言うことを鵜呑みにしてるのかい?」

「いいえ。後で師匠にも聞きましたが、友でないことは確かだと。しかし……知り合いではあった」

「なるほどなるほど。だからバージルの過去を聞こうとしたわけだ」

 

 タナリスは納得したように頷く。理由は話した。今度こそ話してくれるであろうと、ミツルギは息を呑んで言葉を待つ。

 

「先に言っておくけど、君が想像するような英雄譚じゃない。一国を救ったとか、お姫様を助けたとか、ロマンチックな展開はひとつもないよ。それでも聞くかい?」

 

 彼女は警告とばかりに伝える。しかし引き下がるつもりはない。彼の過去を聞かなければ、剣を思うように振ることもかなわない。

 ミツルギはゆっくりと頷く。対してタナリスは諦めたように息を吐いた後、ミツルギに語り始めた。

 

「なら話してあげるよ。バージルの過去……地獄に堕ちる筈だった男の話をね」

 

 

*********************************

 

 

 カズマ達の屋敷で話を聞いた後、独り宿屋へ戻ったゆんゆん。

 ベッドの上で膝を抱えて座り込んでいた彼女は、部屋に響くこともない小さな声で呟いた。

 

「魔剣士スパーダ……」

 

 タナリスの話に出てきた、伝説の魔剣士とも呼ばれた悪魔。

 異世界云々の話も驚きではあったが、特に彼女の記憶へ強く刻み込まれたのは彼の名だ。

 ゆんゆんは目線をベッドの傍にある机へ移す。机上にあるのは、家から持ってきた昔話の絵本。

 

 最初は聞き間違いだと思っていた。しかしタナリスが語るスパーダの伝説は、ゆんゆんが持っていた絵本の内容と合致していた。

 最後のページに見たことのない文字で書かれた名前を見て、バージルは確かにスパーダの名を口にした。

 

 彼の父親は、魔帝をも超える伝説の悪魔。彼もまた『特別』だったのだ。

 

「……ッ」

 

 無意識に、彼女の両手に握り拳が作られる。

 思い返していたのは、王都での戦い。上位悪魔と戦ったが、自分は手も足も出なかった。

 戦えていたのはバージル、ミツルギ、アイリス、タナリスの四人。そして──めぐみん。

 バージルは魔剣士の血を継ぐ半人半魔。アイリスは勇者の血を継ぐ王族。タナリスは女神。めぐみんは他の魔法を捨て、爆裂魔法に全てを捧げている。

 彼等は皆、特別な力を持っていた。自分には無い力を。

 

 では──ミツルギは? 彼はどうやって『向こう側』へ辿り着いた?

 勇者候補と呼ばれる一人だが、それはカズマも同じ。異世界からの転生者という『特別』だが、それだけでは『向こう側』へ渡れない。

 となれば思い当たるのはひとつ。ベルディアの存在だ。彼の力が合わさることで、ミツルギも強者となった。

 

「人ならざる……者」

 

 ゆんゆんは、自分と彼等の間にある壁が、ハッキリと見えていた。

 それを飛び越える為に、何が必要なのかも。

 

 

*********************************

 

 

 カズマ達が屋敷でタナリスの話を聞いていた頃、街からそう遠くない、大きな湖がある草原地帯。

 

「……うん、大丈夫そう」

 

 湖を一瞥して確認を取っていたのは、銀髪盗賊ことクリス。そして彼女の隣にはもう一人の銀髪。付き添いで来ていたバージルである。

 クーロンズヒュドラが眠っていた湖に回収済の神器を沈め、封印していた彼女は、時折封印に不備がないか確認しに足を運んでいた。そのお出かけに、バージルも誘ったのである。

 アルダープの一件から、彼とは少し距離を置いてしまっていたので、封印の確認ついでに一緒にどうかと誘ってみると、彼は渋ることもなく了承してくれた。

 

「ヒュドラのいた湖に神器を隠していたとはな」

「倒された後からですけどね。寄り付く人も少ないですし、封印を施してあるので盗まれることはまずないでしょう」

 

 バージルと会話を交えつつ、湖を眺めていたクリスはその場で伸びをする。

 折角ならここでゆっくり寛いでいきたいが、彼はそんな気など毛頭ないであろう。わざわざ聞かなくともわかる。

 どうして彼が、神器探しでもない自分の日課に付き合ってくれたのかも。

 

「あの、バージルさん」

「何だ」

「私に何か用事があるんじゃないですか?」

 

 彼はきっと、何かしらの用件を済ませるために会うつもりでいた。

 そんな時に相手から出向いてくれたので、用事を済ませるついでに誘いを受けてくれただけ。

 

「察しがいいな」

 

 予想的中であった。長い付き合いなのでわかってはいたが、クリスは少し不満を抱く。

 モヤモヤを抱えるクリスの横で、バージルは手に握っていた刀を見せてきた。

 

「王都で悪魔と対峙したことは知っているな」

「はい、カズマさん達からも聞きました。上位悪魔まで現れたと……」

「あの程度では取るに足らん相手だ。しかし……刀の方が先に悲鳴を上げていた」

 

 バージルはおもむろに刀を抜くと、太陽の光に照らされた刀身を見る。クリスも目を向けるが、刃こぼれしている箇所は見当たらない。

 と、ここでクリスは刀の不備に気付いた。表面上ではない。刀に宿っていた魔力──女神アクアが施したという加護が、以前よりも薄まっていたのだ。

 刀自体はかなりの強度にしてもらっていたと聞いている。が、悪魔相手となるとそれだけでは足りない。悪魔と対になる天使の力を施すことで、悪魔だろうと躊躇なく斬れる聖剣となるのだ。

 

「アクア先輩の加護がだいぶ薄まっていますね」

「あぁ、奴が勝手につけたものだが、悪魔相手には少なからず役に立っていたようだ」

「加護が強まれば、上位悪魔相手に振るっても砕けることはなくなりそうですが……アクア先輩には頼まないんですか?」

「当たり前だろう。何故俺があの女に頼まなければならん」

「でも、そのおかげで刀も壊れずにいたわけですし……あっ、それじゃあ私から頼んでみましょうか?」

「その必要もない。これ以上奴の加護が増えでもしたら、刀を握る手が腐ってしまう」

 

 クリスの提案もバージルは即座に突っぱねる。しかし、彼女の加護があったからこそ刀も壊れずにいたのも事実。

 いったいどうするつもりなのかと思っていると、バージルは刀を再び鞘へ戻してクリスに告げた。

 

「だから、貴様に任せる」

「……えっ?」

「アクアのように、貴様が魔力を与えろ」

「えぇっ!?」

 

 クリスの驚く声が、草原地帯に響き渡った。

 まさか自分に加護の付与を託されるとは思ってもいなかった。戸惑うクリスはすぐに返答できず。

 

「で、でも……」

「下界で力を行使するのが、貴様の大好きな天界規定とやらに抵触するか? 一度は使った身だろう」

「それもありますけど……アクア先輩じゃなくていいんですか?」

「さっきも言った筈だ。あの女の加護を付ける気はない」

 

 どうやらアクアに頼む選択肢は最初から無いようで。バージルはハッキリと答える。

 その後、彼は「それに」と付け加えてクリスに告げた。

 

「まだ貴様の加護の方が手に馴染む」

 

 真っ直ぐ目を見つめられながら聞いた、彼の言葉。それを受けてしばらく固まっていたクリスだったが、徐々に自身の体温が上がっていくのを感じ、目線を逸らすように彼の刀を見る。

 自分の加護を付けたら、アクア先輩が怒らないだろうか。天界規定を再び破って、流石に上からお叱りを受けないだろうか。次々と心配事が浮かんでくる。

 だがそれ以上に──彼から、必要とされたことが嬉しかった。クリスは息を整え、バージルに向き合った。

 

「しょうがないですね。特別サービスですよ?」

 

 バージルからの頼みを、クリスは喜んで引き受けた。彼女の返答を聞いたバージルは「そうか」とだけ言って顔を逸らす。

 

「……帰るぞ」

 

 湖を背に、バージルは街の方角へと歩き出した。お礼のひとつでも言って欲しかったが、彼に期待するだけ無駄であろう。

 刀に魔力を与えるだけでも、天界規定を破ることになる。しかし、今は異世界からの悪魔が平和を乱そうとしている。彼等を倒すためなら、創造主もきっとお許しくださるだろう。

 アクアに怒られるかどうかだが……そもそもエリスの加護がついていることに気づかない可能性もある。なら、きっと大丈夫だ。

 

「うんと魔力を込めてあげますからね。バージルさん」

 

 この力がいつか、彼の助けになれると信じて。クリスは軽快な足取りでバージルの後を追った。

 




唐突な異世界転生バレ。
ですがめぐみんとダクネスのカズマに対する接し方はそんなに変わりません。


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