この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を! ((´・ω・`))
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プロローグ 転生 プロローグ1「Son of Spada ~バージル~」

出だしからこのすば要素皆無です。クロスオーバーとは(哲学)



 今からおよそ二千年前。

 

 人間界の平和は、魔界の進攻によって砕かれた。戦いが日常と化した混沌の世界の住人に、平和な世界で暮らしてきた人間が勝てる筈もなく、悪魔達は殺戮を繰り返す。勇気ある者ほど早死にし、人々は救いを求めて祈ることしかできない。

 だが、そんな人間達の祈りに応えるように──ひとりの悪魔が正義に目覚め、魔界の軍勢に立ち向かった。

 

 彼の名は、スパーダ――伝説の魔剣士。

 

 圧倒的な力で迫る悪魔をねじ伏せ、魔界の軍勢を率いていた魔界の王──魔帝ムンドゥスを封印し、人間界に勝利をもたらした。彼は英雄として、人々から讃えられた。今や彼を知る者は数少ないが、それでもなお、おとぎ話として語り継がれている。

 人間界を救った後、彼は人間達の平和な世界を影から見守り続けた。その中で、彼と、彼が愛した女性──エヴァの間に双子が授けられる。

 

 弟はダンテ──兄はバージルと名付けられた。

 

 平和な人間界で、幸せな家庭を築いていくスパーダ。しかし、彼は突如として家族の前から姿を消した。「彼はすぐに帰ってくる」と、母のエヴァは双子に語りかける。また家族四人で食卓を囲める日を待ち望む、ダンテとバージル。

 

 が──その日が訪れることはなかった。

 

 赤い月が昇った夜、彼等のもとに魔帝の差し向けた悪魔が現れた。双子は協力して果敢に立ち向かったが、悪魔によって力を二分される。

 家から離れた墓場に移され、悪魔に心臓を刺されたものの一命を取り留めたバージル。彼は刀を杖に家へ向かう。二人が生きていることを願ったものの、進んだ先で見たのは、崩壊した家と血の跡。そして──彼へ見せしめるように残った、首から下が消されていた母の頭部。

 無残に殺された母の亡骸を見て、バージルは心に誓った。

 

「母さんを守れなかったのは、俺が弱かったからだ。愚かだったからだ。力こそが全てを制する。力がなくては何も守れはしない。自分の身さえも──ならば求めよう。親父から──スパーダから受け継いだ、悪魔の力を──」

 

 バージルは、悪魔として生きる道を選んだ。全てはスパーダを超える力を得るために。邪魔をする者は、誰であろうと容赦はしない。悪魔だろうと、人間だろうと、子供だろうと、女だろうと、協力者だろうと。

 

 

 たとえ──血を分けた兄弟であろうとも。

 

 バージルは力を得るために。ダンテは兄を止めるために。スパーダの血を受け継いだ二人は剣を交えた。家族として生きていた、あの頃の兄弟喧嘩とは違う。己の全てを賭けた魂の戦い。

 

「俺達がスパーダの息子なら、受け継ぐべきは力なんかじゃない。もっと大切な──誇り高き魂だ! その魂が叫んでる。あんたを止めろってな!」

「悪いが俺の魂はこう言っている──もっと力を!」

 

 吠える二人の魂。互いの全てをぶつけ合う戦いは、人間界のみならず魔界をも揺らした。何者も介入することのできない熾烈な戦い。長く続いた彼らの戦いは、剣の一閃で終わりを迎える。

 

 

 勝ったのは──誇り高き魂だった。

 

「これは誰にも渡さない。これは俺の物だ。スパーダの真の後継者が持つべき物──」

 

 敗れたバージルは母の形見を手に、魔界の底へ堕ちようとする。それを止めようとダンテは駆け寄るが、バージルは刀を向け、彼の助けを拒んだ。

 

「お前は行け。魔界に飲み込まれたくはあるまい。俺はここでいい。親父の故郷の──この場所が──」

 

 差し伸べられたダンテの手を払い、バージルは魔界に残った。

 地の底に落ちたバージルは、傷を押さえながら立ち上がり、黒雲たちこむ魔界の空を見上げる。そして──彼は遂に対面した。

 かつて、父が封じ込めた魔界の王。自分から母を奪った元凶──魔帝ムンドゥスと。

 

「魔界の王とやり合うのも悪くはないか。スパーダが通った道ならば──俺が通れない道理は無い!」

 

 単身、魔帝に立ち向かったバージル。しかし、魔帝を討つために必要な魔剣スパーダがない上に、ダンテとの戦いで負った傷を抱えたまま。今の彼に勝機はなく、数多の悪魔を切り伏せてきた閻魔刀さえも折られ、魔帝に敗れた。

 しかし魔帝は、バージルを消滅させなかった。魔帝は、まるでスパーダを侮辱するかのように彼を操り改造し、新たな悪魔として迎え入れた。

 

 漆黒の鎧を身に纏い、巨大な剣を振るう黒き天使(ネロ・アンジェロ)として。

 

 あの世へ行くことも許されず魂を囚われ、魔帝の駒となってしまった彼は、数年の時を経て、マレット島と呼ばれる場所で再びダンテと剣を交える。

 過去にバージルを倒した時よりも成長したダンテと、互角の戦いを繰り広げるバージル。三度の死闘を経て、遂に決着が訪れる。

 

 バージルは再び、ダンテに敗北した。

 

 バージルが断末魔を叫ぶ中、彼の肉体は消滅していく。残されたのは、彼が肌身離さず持っていた金色のアミュレット。

 

 そして──魔帝の呪縛から解放された、消えゆくバージルの魂だった。

 

 薄れゆく意識の中、彼は見た。二つのアミュレットと剣が合わさり、魔帝を討つ剣──魔剣スパーダの誕生と、父によく似たダンテの姿を。

 かつての大戦を再現するように、ダンテは魔剣を手にして魔帝に立ち向かうのだろう。彼の未来を見たバージルは微笑み、目を閉じる。

 

 

 こうして、彼の魂はこの世から完全に消え去った。

 




駆け足なダイジェストでしたが、DMC初見の方に少しでもその雰囲気を感じ取ってくれたのなら幸いです。


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プロローグ2「Reincarnazione ~転生~」

プロローグその2。
プロローグ1のラストの時点で察した方もおられるかと思われますが、原作よりバージルが少しだけ柔らかくなってます。少しだけ。
また、オリキャラも登場します。ご了承ください。


「……ムッ」

 

 ふと気がついたバージルは、眼前に広がる景色を見て目を疑った。

 まるでチェス盤のような白黒の市松模様の床が広がり、壁も天井も無いように見える薄暗い空間。ダンテとの死闘を繰り広げた広間から、いつの間にか場所が移っていた。

 

「(あの時、俺は確かに死んだ筈。だが……)」

 

 彼は目線を下に落とし、身体を確認する。見覚えのある手袋に、青いコートに黒のインナー。まだ、自身が魔帝に操られる前の服装であった。あの頃と違う点があるとすれば、肌身離さず身につけていたアミュレットと、相棒とも呼ぶべき刀がないことか。

 先程、ダンテとの戦いに負け、肉体は消滅した。魂となり、消えていった感覚も記憶に残っている。あの時、間違いなく死んだ筈。とすれば、今自分がいるこの場所は──。

 

「(死後の世界、か)」

 

 命が絶たれ、肉体を失った魂の向かう先──冥界。生前に良き行いをした者は天国へ。そうでないものは地獄へ。そもそも天国、地獄は存在せず、魂は無と帰るか、新たな魂として生まれ変わるか。死後の世界は、書籍によって様々な見解がある。果たして自分はどこに行き着くのか。真っ暗闇の空を見上げながら、バージルが考えていた時だった。

 

 

「おーい、そこのキミー」

 

 背後から突然、声が聞こえてきた。自分のことだろうと思ったバージルはおもむろに振り返る。そこにいたのは、黒い椅子に胡座をかいて座る、首のところまでしか伸びていないツンツンの黒髪ショートに透き通った白い肌を持つ、黒いワンピース

に白い羽衣を纏った、幼げな顔立ちの女性。

 

「とりあえず、横の椅子に座ってくれるかな?」

 

 彼女はバージルの右隣を指差す。バージルは横に目をやると、いつの間にか茶色い木製の椅子が置かれていた。彼は黙って用意された椅子に座る。バージルと向き合う形になった彼女は、コホンと1回咳払いをしてから口を開いた。

 

「初めまして、バージル。僕は死者の魂を導く女神のタナリス。残念だけど、君の短い人生は終わりを迎えてしまった」

「そうか」

「おや、驚かないね? 大抵の人はここでビックリ仰天するんだけど」

「俺が死んだことは理解していた。それに、ここが死後の世界だと薄々察しがついていたところだ

「ふーん……ま、その方が話は早くて助かるけどね」

 

 女神タナリスは胡座をかいたまま、右横に設置されていた机に手を伸ばす。机上には一枚の紙と、ホチキスで止められた紙束があり、彼女は紙を右手で取ると顔の前に移し、紙に視線を向けたまま話を続けた。

 

「死んだ人間がどうなるか、魂はどこへ行き着くのか。君は知っているかな?」

「天国か地獄か。無か。輪廻転生か……」

「んー、一番と三番が正解だね。ちゃーんと良い子に育ってくれた人は天国に行って、縁側にいるおじいちゃんみたいなのんびりタイムを過ごすか、記憶をリセットして、同じ世界に新しく生まれ変わるか。悪い子は地獄に行って、自由の無い贖罪タイムを受け続け、浄化されてから転生される。君の場合は残念ながら地獄行きだね」

「随分とあっさりした判決だな」

「死後の世界だって気付いていた君なら、地獄行きなのもわかっていたのかなーと思って。あっ、もしかしてドキドキしたかった?」

「いや、さっさと決めてくれて助かる」

 

 自分が天国へ行けるような人間ではないことは、悪魔として生き始めた時からわかっていた。ドキドキもクソもない。バージルは無表情で答えると、タナリスは不満そうな顔を見せる。

 

「つれないなぁ……まぁいいや。判決が下された君は、このまま僕によって地獄へ送られ、気の遠くなるような長い間、生前に犯した罪を償うことになる」

 

 彼女は淡々と話を進めていく。前置きはいいからさっさと地獄に送ってくれと思いながらも、黙って話を聞き続けるバージル。

 

 

「筈だったけど、君にはもう1つの道が用意された」

「……なんだと?」

 

 が、このまま地獄行きの特急列車に乗り込むものかと思いきや第二の選択肢を提示され、バージルは耳を疑った。ほんの少しだが表情を変えた彼を見て、いたずらを成功させた子供のように笑ったタナリスは、少し間を置いてから言葉を続ける。

 

「君がいた世界とは全く異なる場所、異世界に行って、そこにいる魔王を倒すっていう、冒険者としての道だ」

「異世界の……魔王?」

「その世界は、魔王の侵略で人口が減っていてね。最近は減少傾向にあるらしいけど……ともかく、現状を見かねた天界のお偉いさんは、他世界から若くして死んだ者を転生させ、移民させると同時に、魔王を討つ冒険者を募ることにしたんだ」

「転生……ということは、記憶は無くなるのか?」

「その通り。稀に前世の記憶が残っている人もいるけどね。けど、全消去は嫌だって人がいっぱいいてねー。異世界転生の話を持ちかけても、断る人が多かった。だから、記憶も力も姿も、何もかも引き継いだ状態での異世界転生を特別に許可したんだ。その世界の言語がわかるようになる翻訳機能付きで。人間もワガママな子が多くて困るよ」

「なるほど」

 

 タナリスからの説明を聞き、納得するバージル。記憶をリセットされるニューゲームか、記憶と肉体をそのままにした強くてニューゲームか。どちらがいいかと言われたら、多くの人は後者を選ぶだろう。

 

「で、君はどうする? 地獄に行って懺悔の日々を過ごすか、異世界に行って冒険者になるか……どっちがいい?」

 

 彼女は説明を終えると、すかさずバージルに問いかけた。バージルは両目を閉じ考える。

 先程までは、地獄に行こうが構わないと思っていたが、彼女の提案を聞いて気持ちが揺れた。自分がいた世界とは全く別の世界。もしかしたら、魔帝どころかスパーダさえも知らない世界かもしれない。そこならば──。

 

 

「──異世界の魔王とやりあうのも悪くはない」

「うん、そう言うと思ったよ」

 

 目を開き、不敵に笑って答えたバージル。異世界行きを決めた彼を見て、タナリスは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「じゃあ善は急げだ。バージル、これを見てくれるかい?」

「……何だこれは?」

 

 彼女は先程まで持っていた紙を机上に再び置くと、次に紙束を手に取り、フワフワと浮かせながらバージルのもとに移動させる。一般人から見たら紙が浮いただけでも驚く場面なのだが、魔法の類など見慣れていたバージルは、ノーリアクションで紙束を手に取る。

 

「異世界行きを決めてくれた君に、僕からのプレゼント。ひとつだけ、異世界に持っていける物を何でもいいから選んでいいよ。敵を一撃で仕留められる最強の剣でも、攻撃を一切通さない最強の鎧でも、女神でも何でもね。その紙は参考リストだよ」

 

 タナリスからの解説を聞きながら、バージルは紙に目を通す。リスト内には、先程タナリスが口にした最強の剣や鎧を始め、ぶっといチャージバスターが撃てる銃、最強の格闘家になれる赤いハチマキ、狩りのオトモから主人のお世話まで何でもやってくれる猫など、単純明快なものから特殊な物まで、様々な種類のものが書かれていた。

 

 どれも気になる物だったが、バージルはリストから目を離すと、真正面でまだかまだかと身体を左右に揺らして待ちわびているタナリスに声を掛けた。

 

「おい、女」

「ターナーリース。人を呼ぶときは、ちゃんと名前で呼ぶよーにっ」

「……タナリス、このリスト以外の物でも可能か?」

「お気に召す物がなかったかな? さっきも言ったけど、ひとつだけなら何でも可能だよ。形や名前がわかっている物なら、目を閉じて頭の中で思い描いてみて。目の前に現れる筈だから」

「そうか」

 

 それを聞いたバージルは、手に持っていたリストをぶっきらぼうに放って床に落とす。タナリスがマナーうんぬんで怒っていたが、バージルは気にせず目を閉じた。

 

「(何でもいい、か……ならば呼び寄せる物は決まっている)」

 

 彼が思い描くのは、悪魔として生き始めた時から決して手放さなかった、父から授かりし刀。幾多の悪魔を切り裂いてきた退魔の剣。その名は──。

 

 

「(──ッ!)」

 

 しかし、彼は思わずその思考を止めた。

 ここへ呼び寄せようとしたのは、魔帝に敗れるあの日まで手放すことのなかった魔剣──閻魔刀(やまと)

 しかし閻魔刀は、魔帝との戦いで折れてしまっている。もしここへ閻魔刀を呼び寄せ、折れた状態で出てきたらどうする? 使えないことはないかもしれないが、本来の力は発揮できないだろう。最悪の場合、折れたことで力を全て失い、普通の刀と変わらない代物になっている可能性もある。

 しかし、女神は何でもいいと言った。本当に何でも、ということであれば『魔帝に敗れる前の、折れていない閻魔刀』を思い浮かべれば問題ない。

 

 それでも踏みとどまったのは──閻魔刀を思い出そうとした時、とある街に置いてきた、黒い布に包まれた1人の赤子が脳裏に浮かび──異型の右手で閻魔刀を握る、見たこともない白髪の青年の後ろ姿が見えたからであった。

 

「(何だ……今の男は……それに先程の赤子……まさか……)」

 

 以前の彼だったら「そんなもの知るか」と、バッサリ迷いを断ち切って閻魔刀を選んでいただろう。しかし今の彼には、先程のイメージを無視することができなかった。

 

 あの背中は、彼が現世から消える直前に見たダンテの背中──かつての父を思い出す背中と、よく似ていた。

 

 

「(……閻魔刀はやめるか)」

 

 結局彼は、閻魔刀を呼び寄せるのをやめた。そもそも自分は魔帝に負け、操られた身。そんな自分に、再び閻魔刀を持つ資格はないとバージルは結論付ける。『複製を作る』方法もあっただろうが、それは閻魔刀に対する冒涜となるため、ハナから選択肢に入れていなかった。

 

 では何を呼ぶべきか。母の形見であるアミュレットは、現在ダンテが魔帝を討つべく、魔剣スパーダを振るうために使っているだろう。なのでアミュレットも選べない。閻魔刀とアミュレット以外で、何か良い物はあっただろうか?

 

「(そういえば、奴はアレを使っていなかったな)」

 

 ふと、バージルはマレット島でのダンテとの戦いを思い出す。

 操られてはいたが、彼はダンテとの戦いを覚えていた。あの時ダンテは剣だけでなく、炎を纏う籠手の魔具を使っていた。その使い方は、魔帝に操られる前、ダンテと魔界で戦った時に、いつの間にか拾われていたアレの使い方とよく似ていた。というかほとんど一緒だ。

 

 もし、今はあの武器を使っていないのだとしたら、勝手に持ち出しても問題ないだろう。というかアレは元々自分が使っていたものだ。それをダンテは勝手に拾い、勝手に使っていた。謂わば借りパクだ。ならば、持ち主が勝手に取り返しても文句は言えまい。

 呼び寄せる物を決めたバージルは、そのイメージを頭に浮かべた。

 

 

*********************************

 

 

 その頃一方、とある質屋にて。

 

「あっれぇー? おっかしいなぁー。ダンテから預かってた魔具がひとつなくなっていやがるぜ。もしや……盗みか? へっへっへっ。このエンツォ様の店で盗みを働こうたぁ、いい度胸してるじゃねぇか。犯人の野郎、とっ捕まえてメッタメタにしてやるぜ!」

 

 派手な格好にサングラスをつけている、お腹がポコンと出た情報通にして質屋、そして仲介業者であり、家族思いな一面もある男──エンツォは不敵な笑みを浮かべて外へ出た。

 が、丸一日探し回っても犯人の情報どころか、魔具の在処さえ見つからなかった。もしかしたら現場を見ているかもしれないと思い、売れ残っていた口うるさい双剣に尋ねると「光って消えた」「突然消えた」と答えるだけで、彼には全く理解できなかった。

 

 

*********************************

 

 

 しばらくして、突如バージルとタナリスの間に眩い光が現れた。

 

「うわっ! 眩しっ!」

「……来たか」

 

 思わず目を閉じるタナリスとは対照的に、バージルはゆっくりと目を開けると、目の前にある光──それに包まれていた武器を見た。

 かつて自分がテメンニグルにいた頃、何故かボロボロの状態で襲ってきた悪魔を切り殺し、魂を奪って我が物にした、光を操る籠手と具足の魔具──閃光装具(せんこうそうぐ)ベオウルフ。

 

「それが君の選んだ物かい? へぇー、格好良いなぁ」

 

 光に目が慣れたのか、タナリスが物珍しそうにベオウルフを見つめている。一方で、バージルは静かにベオウルフへ右手を伸ばす。光に包まれた魔具は吸い込まれるようにバージルのもとへ行き、右手に収められたと同時に再び光を放つ。すると、先程まであった光の魔具は姿を消していた。

 

「ほほう、身体の中にしまい込むこともできるんだ。さっきの武器にはどんな能力があるんだい?」

「貴様に話す意味はない。特典は選んでやった。さっさと異世界とやらに送れ」

「せっかちだなぁ。少しくらい教えてくれても──」

 

 タナリスはむーっとバージルを睨んできたが、バージルは無反応。両腕を組み、黙ってタナリスを睨み返す。

 

「……ハイハイ、わかったよ。じゃあ席を立って、一歩前に出て」

 

 もう自分と話す気はないのだろう。バージルの睨みから感じ取ったタナリスはため息を吐き、異世界転生の最終段階に事を進めた。バージルは素直に従って動く。彼が移動したのを確認したタナリスは目を瞑ると、両手をバージルが立っている床にかざした。床には青い魔法陣が映し出され、バージルの周りが半透明な青い壁で覆われる。

 

「数ある冒険者の中から、君が魔王を討ち取る勇者となれることを祈っているよ……君の異世界冒険者生活に祝福を」

 

 タナリスが別れの言葉を口にした瞬間、バージルの身体が浮き始めた。天へと昇っていくバージルは視線をタナリスから外し、昇る先に向ける。先程まで光もない真っ暗闇な天井であったが、バージルの真上にだけ丸く白い光の穴が空いていた。光の先には、父さえも知らない世界が広がっているのだろう。

 

 

 悪魔として生きた彼の人生は、終わったように思えた。しかしまだ続きがあった。ダンテの魂に負け、魔帝に敗れ、操られ、ダンテによって解放された彼は、スパーダも魔帝も存在しない未知の世界で何を見、何を求めるのか。

 

 否──悪魔として生きていた頃も、ダンテと死闘を繰り広げた頃も、ダンテにアミュレットを託して死に、異世界へと旅立とうとする今でも、彼が求める物はただひとつ。

 

 

I need more power(もっと力を)──!」

 

 

*********************************

 

 

「……ふぅ」

 

 バージルが異世界に飛び立つのを見送ったタナリスは、背もたれに背中をつけて一息吐く。

 

「バージル、か。なかなかどうして、面白い男じゃないか。もっと色々話してみたかったなぁ」

 

 名残惜しそうに、彼の名前を呟くタナリス。彼女は横にあった机についていた引き出しに手を伸ばす。そして、中に置かれていた手鏡を取り出した。何の変哲もない手鏡を、彼女はジッと見つめ続ける。すると手鏡はひとりでに白い光を纏い、彼女の顔が映し出されていた鏡の中が揺れ動き──タナリスの顔ではない、別の女性の顔を映し出した。

 

「さっき話した通り、そっちの世界に彼を送ったよ。後のことはよろしくね」

「よろしくね、じゃありませんよ! なんってことをしてくれたんですか!?」

「おぉ、怒ってる怒ってる」

 

 手鏡に映し出された女性にタナリスが話しかけると、鏡に映る彼女は声を大にしてタナリスに怒り始めた。タナリスは彼女の様子を愉快そうに笑いながら見守る。

 

「魔王を討つ可能性を秘めた男を送るからって聞いたので、先輩から転送された彼の資料を拝見しましたが、とんでもない大罪人じゃないですか!? しかも半分とはいえ悪魔だなんて……! 現世で数多くの人を殺した大量殺人鬼や、人々を混乱に陥れた大罪人は、問答無用で地獄に送る! 天界規定で決められているんですよ!? 忘れたのですか!?」

 

 タナリスを先輩と呼ぶ彼女は、怒りを顕にして怒鳴りつける傍ら、顔は青ざめていた。対してタナリスは、反省する素振りなど一切見せない。

 

「勿論知っているよ。伊達に何年も女神やってないからね」

「だったら何故!?」

「面白そうだったから」

「はい!?」

 

 まさかの理由を聞き、相手の女性は酷く驚いた様子を見せる。

 

「だって、あの魔剣士スパーダの息子だよ? って、君は知らないか……君の世界で言うなら、魔王以上に力を持り、悪魔でありながら人間界を救った英雄さ。そんな彼の息子を、ただ地獄送りにするのは勿体無いし面白くない。だから、君の世界に転生させたんだ」

「そんな理由で──!?」

「刺激があるから人生は楽しい。君も、彼という超イレギュラーな男と出会って、退屈な女神生活に刺激を与えるといい。丁度、君は別任務でちょくちょくその世界に降りることがあるんだろう? 良い機会じゃないか」

「私としては即死級に強すぎる刺激なんですけど!? 既に体力七割以上持っていかれたんですけど!?」

「三割も残っているならいいじゃないか。残りの体力で頑張ることだね。それじゃあ、彼のことは任せたよ。上げ底女神さん」

「上げ底言わないでくださ──!」

 

 長引きそうだと思ったタナリスは、強制的に通信を遮断し、手鏡を引き出しにしまう。その後、何回か引き出しから光が漏れていたが、タナリスはこれを全スルー。

 

「このことが上にバレたら、僕は追放されるだろうなぁ。それだけで済めばいいけれど」

 

 天井を見上げ、彼女は小さく笑う。何かあれば天界規定天界規定と注意するお偉いさん達に、少し不満が溜まっていたところだ。これを機会に女神の肩書きを捨て、別の世界に行って羽を伸ばすのも悪くないだろう。

 

「もし追放になったら、バージルの様子を見に行ってやろうかな。ま、処分はまだ先になるだろうし……それまではちゃんと女神として仕事をしますか」

 

 訪れるであろう未来に期待を膨らませた彼女は、先程まで机に置いていた紙を引き出しの中にしまう。次に、机上に新しく現れた紙を手に取り、まだまだ溜まっている仕事を再開させた。

 




プロローグなのに思ったより長くなってしまいました。
今回でてきたオリキャラ、僕っ娘女神タナリスは先輩と言われていましたが、この物語で出てくる例の駄女神とは同期になります。


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第1章 新米冒険者の異世界生活 第1話「この新米冒険者に祝福を!」

前回女神が言ったとおり、言語に関しては問題ありません。バージルは英語で喋っているつもりですが、自動翻訳機能で言葉も通じます。便利。


 女神タナリスによって異世界に送られることとなったバージル。昇っていく先で眩く光る白い光はどんどん近づき、やがて視界全体が光に覆われたが、しばらくすると光は次第に弱まっていった。

 やがて光は消え、景色がガラリと変わる。上を向いていた彼の視線の先にあったのは、澄み切った青い空。バージルは顔を下げて辺りを見渡した。

 

「ここは……」

 

 周りには、赤い屋根と茶色い壁でできたレンガ製の家が立ち並んでいた。耳をすませば、川の流れる心地よい音が聞こえてくる。女神と対面していた薄暗い空間とは打って変わり、まるで中世ファンタジー作品にありそうな街――その中の人気のない場所に彼は立っていた。

 高層ビルが立ち並ぶ都会でも、ゴロツキが集まる治安の悪い街でも、数え切れない程の悪魔が住む荒廃した魔界でもない。自然が残され共存しているこの町並みは、彼にとって新鮮なものだった。

 

 周辺を確認したバージルは、次に身体を見る。服装はタナリスと話した時と変わっていない。あの場で再び手にした魔具の力と、己に宿る魔の力も感じる。ネロ・アンジェロとしてダンテと戦い敗北したこと、女神タナリスと話したこと等、先程までの体験をハッキリと覚えている。彼女の言った通り、本当に記憶と肉体をそのままに転生されていた。

 

「(どうやら、嘘ではなかったようだな)」

 

 異世界に転生されたのだと自覚したところで、バージルは自分が置かれている現状を頭の中で整理し始めた。

 タナリスは、この世界では魔王を倒す冒険者になれと言っていた。しかし今の自分には、魔王についての情報どころか、ここはどこなのか、冒険者は他にもいるのか、そもそも自分は冒険者になっているのか等々……情報が圧倒的に足りていない。

 何も知らないまま外に出るのは愚行だ。まずはこの世界について調べなければ。情報を得られそうな場所を探すため、バージルは止めていた足を進める。

 

 ──と、その時だった。

 

「もし、そこの君」

 

 五歩ほど歩いたところで後ろから声を掛けられた。バージルは無視することなく、おもむろに振り返る。

 立っていたのは、金髪のポニーテールに碧眼、黒いインナーの上に白と黄色を主としたデザインの鎧を身にまとい、バックに剣と思わしき物を付けた、まさに正統派騎士のような女性。バージルが黙って見つめていると、金髪の女性は言葉を続けた。

 

「この街では見かけない人だったのでな。もしや、初めてこの街に来た冒険者かと思い……っと、すまない。申し遅れた。私はダクネス。この街に住む冒険者の1人だ。何やら辺りを見渡していたようだったが……道がわからないのなら私が案内しよう」

 

 話しかけてきた女騎士のダクネスは自ら名乗り、バージルに提案する。異世界に来たばかりで、街の右も左もわからぬ彼にとって、これほどありがたい申し出はなかっただろう。

 

 

「確かにこの街には初めて来たが、貴様に案内される必要はない。失せろ」

「──ッ!」

 

 しかし、バージルは彼女の申し出を自ら断った。彼女に道案内してもらえば情報は一気に集まっただろうが、彼女の馴れ馴れしい態度、善意のみで動こうとするその姿勢が彼は気に入らなかった。

 冷たい言葉を放ち、彼女に背を向けて歩き出すバージル。親切に道案内をしようとした初対面の人間に失せろはどうなんだと思うかもしれないが、これが彼の平常運転である。

 

「し、しかし、何も知らず歩くよりは、街を知っている者と歩いた方が――ッ!」

 

 まだ退くつもりはないのか、ダクネスは彼を引き留めようと駆け寄る。が、彼女はすぐさま足を止めることとなった。

 

 バージルが突如出現させ、ダクネスの首元に突き立てた――浅葱色の剣を見て。

 

「失せろ。三度は言わん」

「あっ……」

 

 彼はダクネスに目を合わせず、先程よりも冷たく重い言葉を放つ。もはや彼の目に、彼女は人間として映っていない。人の姿をしたゴミでしかなかっただろう。

 声が詰まり、固まるダクネス。もう突っかかってこないだろうと思い、バージルは右手に握っていた剣を強く握ってガラスのように砕き、ダクネスに再び背を向けて足を進める。彼の予想通り、彼女がこれ以上追ってくることはなかった。

 

 

*********************************

 

 

 バージルが立ち去った後も、しばらくその場に立ち尽くしていたダクネス。やがて身体から力が抜けると、彼女はその場にへたりと座り込んだ。

 

 彼のことは何も知らなかった。本当に、道がわからず困っている冒険者だと思い込んで、親切心で話しかけたのだが、まさかあんな洗礼を受けるとは思っていなかった。

 彼が見せた目は、まさに養豚場の豚を――否、それよりも酷いだろう。心底自分に興味を持っていない目だった。もしあの場で自分を殺しても、彼は虫を一匹潰したのと同じ程度にしか思わないだろう。

 一歩間違えれば自分は死んでいた。彼から感じた、身体の芯まで凍るような死の恐怖に、ダクネスは思わず身体を震わせていた。

 

 

 ──わけではない。

 

「(凄く……イイッ!)」

 

 喉元に剣を突きつけられ、彼に冷たい目で見られた彼女は、なんと悦びを覚えていた。

 先程立ち尽くしてしまったのは、予想だにしていなかったご褒美を与えられて言葉を失うほど悦んだから。力なく座り込んだのは、あまりにも刺激的で腰に力が入らなくなったから。身体が震えるのは、彼女曰く武者震いというヤツだ。実を言うと、彼に一回目の「失せろ」を言われた時点でかなりキていた。そして彼女は半分親切心で、半分それ以上のご褒美を期待して、再度話しかけた。結果はご覧の通り。

 

「(わ、私は、とんでもない男を見つけてしまった……!)」

 

 青いコートに銀髪の男。もう一度彼に会うために。彼に冷たい目で見下されるために。真性のマゾヒストであったダクネスは、恍惚とした表情を浮かべながら、彼の容姿を脳裏に焼き付けていた。

 

 

*********************************

 

 

「……ふむ」

 

 バージルは興味深そうに唸りながら、本のページを進める。

 しばらく街を歩き、彼は偶然にも街中にあった無料の図書館に辿り着いた。本には様々な情報が記されている。ここでなら、この世界や冒険者についての情報も得られる。そう考え、バージルはここへ足を踏み入れて長い時間本に目を通していた。

 書かれていた文字は彼が今まで見たこともない物だったが、タナリスが言っていたように自動翻訳機能があるのか、難なく解読することができた。読書は彼の数少ない趣味。バージルは苦を覚えることなく本を読み進め、様々な情報を得ていく。

 

 この世界には彼が知らなかった文化、文字、技術で溢れている。特に元いた世界と大きく違っていたのは、ここでは『モンスター』が存在していることだった。

 動物や生物とは違う、非現実的かつ非科学的な存在を、この世界ではモンスターと定義されている。バージルのよく知る『悪魔』も、モンスターの一種として捉えられているようだ。

 そしてもう一つ。多くの本を読み漁ったが、どこにも『魔帝ムンドゥス』と『スパーダ』の存在が見当たらなかった。彼がいた世界ではおとぎ話にもなっていたため、それらに関する本もいくつか読んだが、どこにも名前は記されていない。

 それだけではない。元いた世界では、どこにでも嫌というほど悪魔の臭いが鼻についた。たとえ人間界であっても、道を歩けば行く先々に悪魔が現れ、何度も襲いかかってきた。が、ここに来るまでの間、悪魔が現れる様子どころか、その気配も臭いも一切しなかった。これは、バージルにとって異常なことだった。

 

「(親父も魔帝も知らない世界か……面白い)」

 

 何もかもが真新しい世界だと知り、珍しく心を躍らせるバージル。手に取っていた本が最後のページを迎えたところで、本を元あった場所へ戻し、彼はここで知り得た新しい情報を頭の中で整理し出す。

 

 この街の名はアクセル──駆け出し冒険者の街とも呼ばれている。その名の通り、冒険者になってからまだ日も浅い、新米冒険者達が集う街だ。城壁に囲まれた円形の街で、冒険者は街の中心にある『ギルド』と呼ばれる場所に行き、クエストを受けている。

 『冒険者』とは『冒険者ギルドに所属し、冒険者稼業を行う者』を指す。冒険者になるためにはギルドに行き、登録を受けなければならない。クエストを受けたら目的地に移動し、指定されたクエストを達成することで報酬を得られる。また、討伐クエストだけでなく採取クエスト、捕獲クエスト、緊急クエストなど、その種類は様々。街の中で問題を解決するような物もあり、言ってしまえば便利屋稼業のようなものだ。

 といっても、本業はあくまでモンスター狩り。それが主な収入源となる。モンスターには人間と共存する者もいれば、人間を脅かす化物もいる。その脅威の筆頭に立っているのが『魔王』だ。過去に多くの冒険者が魔王城に乗り込んだが、ロクに探索もできず満身創痍で帰ってくるか、二度と帰らぬ人となるかのパターンが多い。中にはソロで魔王討伐に向かう者もいたが、一度は何故か泣きながら帰ってきたものの、二度目の突入後、帰ってくることはなかったという。

 

「(今は冒険者になるのが最優先……か)」

 

 現状をある程度把握でき、今なすべきことが見えた彼は図書館から出る。

 

「(酒場は街の中心。まずはそこに行くべきか)」

 

 現在地もギルドへの方向も、図書館に置いてあった無料で持ち出しOKの地図で確認できている。女神曰く自動翻訳機能のお陰で会話も問題ない。道に迷えば、そこらにいる住人に聞けばいいだろう。日が真上に昇っている中、バージルは酒場へと向かっていった。

 

 

*********************************

 

 

「……ここか」

 

 目的の場所を見つけ、バージルは独り呟く。彼の前には、他の建物よりは目立つ外装の建物がひとつ。目印なのか、彼が本で見たギルドの紋章が記されていた。街は円形でギルドの場所は街の中心だったため、図書館から難なく移動することができた。

 扉からは多くの人間が出入りしている。装備を固めていたので、恐らく冒険者だろう。ここがギルドで間違いないと確信したバージルは地図を懐にしまい、止めていた足を動かした。

 

 

「いらっしゃいませー! お食事の方は空いたお席へどうぞー! お仕事探しの方は奥のカウンターへー!」

 

 扉を開けて中に入った瞬間、強い酒の臭いが鼻に付いた。思わず顔をしかめるバージル。挨拶をしてきた赤髪の女性の手には、シュワシュワと音を立てる黄色い液体に白い泡が盛られた、まるでビールのような飲み物の入ったジョッキが握られていた。

 

 数多の冒険者が集うギルド。正面に騎士が剣を地面に突き立てている石像が飾られているこの場所では、クエスト案内と同時に酒場も経営している。冒険者達は木製の席に座り、他愛もない世間話をしながら楽しそうに仲間と酒を交わしており、クエストが貼られているであろう掲示板の前では、何人かの冒険者がクエストを物色していた。

 

「おい、そこの銀髪の青い兄ちゃん」

「……ムッ」

 

 じっと石像を見つめていた時、左側から声が聞こえてきた。銀髪に青。十中八九自分のことだろう。バージルは声が聞こえた方へ顔を向ける。

 視線の先にいたのは、出入口付近の席に座って飲んでいた、上半身裸の上に肩パッドとサスペンダー、そしてモヒカン頭でヒゲと、かなり世紀末感溢れる巨漢。恐らく冒険者の一人だろう。

 

「あんた、冒険者かい?」

「今からなるところだ」

「へっ、そうかい命知らず。ようこそ地獄の入口へ! ギルド加入は、そこの奥にあるカウンターだ!」

 

 バージルは正直に答えると、険しい表情で睨みつけていた世紀末男はニヤリと笑い、大声で歓迎の言葉を告げた。男が親指で指した方向へ目を向けると、そこには確かに受付らしき窓口が幾つかあった。受付係らしき金髪ロングの女性が、クエストの紙を持ってきた冒険者の相手をしている。

 

「そうか。礼を言う」

 

 バージルは簡単に男へ礼を返すと、すぐさまカウンターへと足を運んだ。

 

 

*********************************

 

 

「こんにちわー。どういったご用件で?」

 

 人がいなくなったのを見計らい、カウンターに歩み寄ったバージル。彼に気付いた受付嬢は優しい笑顔で挨拶をする。早速バージルは、冒険者志願の意を口にした。

 

「冒険者になりたいのだが」

「冒険者志望の方ですね。それでは、登録手数料の千エリスをお支払い願えますか?」

「……なんだと?」

「はい。千エリスを支払っていただけないと、冒険者になることはできません」

 

 このままスムーズに冒険者へ……と思いきやまさかの展開。バージルは思わず耳を疑う。

 この世界の金の単位が、国教である『女神エリス』から取っていることは、本に書いてあったため彼は知っていた。しかしまさか登録手数料がかかるとは思っていなかった。もしかしたら、うっかり読み落としていたのかもしれない。バージルは自分の失態に苛立ち、小さく舌打ちをする。彼はつい先程、この世界へ来たばかり。当然、この世界の金なんて持っているわけがない。

 

「(あの女神、自分から冒険者になれと言っておきながら……気の利かん奴だ)」

 

 不親切な黒髪僕っ娘女神に心の中で悪態をつく。しかし、こうなってしまったものは仕方がない。さてどうするかと、バージルは顎に手を当てて考える。目の端に入ったのは、酒に酔い談笑している冒険者達。

 

「……ふむ」

「あのー、お客様?」

「千エリスだったな。すぐに用意する」

「えっ?」

 

 彼女が恐る恐る声を掛けてきた時、バージルは受付嬢にそれだけ伝えると、カウンターから離れていった。

 

 

*********************************

 

 

「──おい、そこの金髪」

「あんっ? お前は……どちらさんだ?」

 

 カウンターから酒場に移動したバージルは、席に座っていた一人の男に声を掛ける。同席しているのは男が二人と女が一人。恐らくパーティーメンバーだろう。仲間と飲んでいた短い金髪の男はバージルに顔を向ける。酒が回っていたようで、顔がかなり赤く染まっていた。

 

「あれっ? この人、さっきカウンターにいた……どうしたんですか? 今日、私達はここへ食事に来ただけで、装備も持っていないからクエスト同行はできませんけど……」

 

 彼がカウンターで受付嬢と話しているを見ていたのか、金髪男の隣に座っていた赤髪ポニーテールの女性が自らバージルに話しかけてくる。

 

「いや、冒険者志望の者だ」

「そうだったのか。もしや登録でわからないことがあったか? それなら俺が──」

「いや待てテイラー。俺にはわかったぜ。お前……さては無一文だな? 登録手数料払えないから、俺達に恵んで欲しいって魂胆だろ?」

 

 茶髪に紫のハチマキをつけた男の声を遮るように、酒に酔って顔を赤くしていた黒髪の軽薄そうな男が、相手を小馬鹿にするような笑みを見せつつ絡んできた。その声を聞いて、金髪の男も同じくニヤニヤと笑い出す。

 

「なるほどねぇ。そーいうことなら、この惨めな僕に千エリス恵んでくださいダストさまぁーって、床に頭をつけて頼んでくれたら、分けてあげないこともないぜ?」

「ちょっとダスト! キースも挑発しない! ごめんなさい、この人達酔っちゃってて……千エリスぐらいなら私が出すから──」

 

 ダストと呼ばれた金髪の男は、黒髪の男キースと共にバージルを挑発し始める。彼等の態度を快く思わなかった仲間の女性は、バージルに謝りながらポケットを探り出したが──。

 

「貴様の言う通り、登録手数料も払えない無様な無一文だ。かといって恵みを受けるつもりはない」

「ならさっさと、日雇いでも探して稼いでくるんだな」

「いや、誰かの下で働くことも性に合わん。今ここで、貴様から金を巻き上げた方がずっと楽だ」

「……ほほーう?」

 

 それを止めるように、バージルは無表情のまま堂々と言ってのけた。彼の言葉を挑発と受け取ったダストは、額に青筋を浮かべながら席を立つ。

 

「三分間の勝負だ。三分間、貴様は俺に攻撃し続けろ。それを俺は避け続ける。一発でも当てられたら貴様の勝ちでいい。土下座でも何でもしてやろう。ただし当てられなかったら……そうだな。五万エリス払ってもらおうか」

「えぇっ!?ちょっ――!?」

「何を考えているんだ君!?」

「ヒュー、強気だねアンタ」

 

 この世界の貨幣価値は、ギルドに来る道中で見た、売店にある商品の値札でバージルは大体把握していた。五万エリスもあれば、先程の登録手数料のような不測の事態でクエストが受けられなくなっても、一日分の食事と宿泊は簡単にまかなえる筈。そう考えての賭け金だった。

 強気に喧嘩を売ってきたバージルを見て、仲間の女性とハチマキの男は慌てふためき、キースは意外な展開にワクワクした様子を見せる。

 

「へぇへぇ、俺に勝負を挑もうってか。新米冒険者が……いいぜ。乗った。喧嘩には自信があるんでな。何なら一分でもいいんだぜ?」

「俺は五分でも十分でも構わんが、無駄な時間は過ごしたくない主義でな」

「……言ってくれるじゃねぇか」

 

 逆にバージルから挑発を返され、ダストは顔をヒクつかせる。怒りのボルテージが溜まっていく中、ダストはバージルと睨み合いながら、騎士の石像が飾られている前に場所を移した。

 

「おっ? なんだなんだ喧嘩か?」

「やってんのはダストと……誰だ? 見ねぇ顔だな?」

「お前どっち賭けるよ?」

「そりゃダストに決まってんだろ!」

「お客様ー! ギルド内での喧嘩はやめてくださーい! ……って聞いてないし」

 

 酒場にいた冒険者達は、険悪なムードで勝負をおっぱじめようとする二人を見て、続々と周りに集まり始める。一分も経たない内に、ダストとバージルは野次馬に囲まれた。ギルド職員は大声で喧嘩を止めようとするが、野次馬の声にかき消されて届かない。もっとも、彼女の声が届いても二人が喧嘩をやめることはないのだが。

 

「こらっ! やめろダスト! 聞いているのか!」

「ダメだよテイラー。アイツ、完全に頭に血が上っちゃってる」

「まぁいいじゃねぇかリーン。元々、喧嘩ふっかけてきたのは向こうなんだ。おーいダスト! 時間は俺が測ってやるから、ちゃっちゃと決めてくれよー!」

 

 ハチマキを巻いた青年テイラーは勝負をやめるよう呼びかけるが、ダストの耳には届かない。簡単に挑発に乗ってしまう彼に呆れるリーン。周りで見物する冒険者の中には、心配そうに見る者、やれやれーと二人を煽る者、どちらが勝つかで賭けを始める者もいる。

 

「んじゃ早速行きますか! アクセルファイト! レディー……ゴー!」

「アクセルファイトって何っ!?」

 

 鳴らされた戦いのゴング。ダストは両拳を閉じてファインティングポーズを取った。

 

「パンチ一発で沈めてやんよスカシ野郎。泣いて謝るなら今のうちだぜ?」

「戯言はいい。さっさと来い」

「その減らず口──今すぐ黙らせてやる!」

 

 挑発に乗ったダストは、自らバージルに仕掛けた。まずは勢いをつけた右ストレート。伊達に冒険者生活で鍛えていない。かなりの速度で繰り出されたパンチだったが、バージルは軽く横に避ける。

 

「オラァッ!」

 

 続けて左ストレート。しかしバージルは一発目と同じように難なく避ける。一発で決める筈だったダストは、全力パンチを二発ともヒラリとかわされたことに驚きつつ、すぐさまバージルと向かい合う。

 

Humph(フン)……What's wrong(もう終わりか)?」

「んのっ──舐めんなぁああああああああーッ!」

 

 そこへ、余裕そうに挑発を見せるバージル。溜まっていた怒りが頂点に達したダストは、力任せにバージルへ連続攻撃を仕掛け始めた。1発1発が全てフルパワーのラッシュ。並大抵の冒険者でなければ、かわすことはできない速さだったが──。

 

「おいおい……アイツ全部避けてんぞ」

「い、一発も当たらねぇ……」

「ダストー! 何手加減してんだよー!」

「いやでも、アイツ結構マジな顔してね?」

 

 ダストの怒涛の攻撃を、バージルは無表情のままかわし続けていた。彼の繰り出すパンチは、バージルに掠りすらしない。

 

 ダストは、ここアクセル街のギルドでは名の知れた冒険者だった。といっても、素行が悪くいつも警察のお世話になっているという関心しない内容だが。彼は喧嘩に強いことも多くの者が知っていた。そんな彼が、名も知らない冒険者志望の男に、一切攻撃を当てられていない。その異様な光景を前に、ギルドにいた野次馬はざわつき始める。

 始まる前の騒ぎはどこへやら。気付けば、騒いでいた野次馬の冒険者とギルド職員達は、二人の勝負の行く末を黙って見守っていた。

 

 

*********************************

 

 

「ハァッ! ハァッ──クソッ!」

 

 立てなくなるほどに疲労したダストは、ドンッとその場に座り込む。彼の額には汗がダラダラと流れており、息もかなり上がっていた。パンチが一切当たらなかったため、彼は蹴り技もパターンに入れたのだが、それも全てかわされた。真正面でも、背後からでも、どこから攻撃しようとも、彼には一切触れることができなかった。

 酒の酔いはいつの間にか消え失せ、赤く染まっていた彼の顔は、青ざめた表情に一変している。しかしバージルは、汗一つ流していない。彼は青いコートを軽く手で払うと、首元を少し直し、ポカンと口を開けていたキースに声を掛けた。

 

「おい、そこの黒髪。時間は?」

「えっ? あっ……三分……経ちました」

「タイムアップだ。約束通り、五万エリス渡してもらおうか」

「ぐっ……!」

 

 勝負が終わったことを確認し、バージルはダストに約束の金を出すよう命令する。軽薄な男ではあるが、冒険者としては頼りになるダストの力をよく知っていたパーティーメンバーの三人は、開いた口が塞がらない様子。それは酒場にいた他の冒険者、ギルド職員も同じだった。

 ここにいる全員、この勝負は十中八九ダストが勝つと予想していた。しかし蓋を開けてみればどうだ。ダストは汗まみれで床に尻をつけ、冒険者志望の謎の男は涼しい顔で立っている。全く予想だにしていなかった展開を見て、ギルド内がどよめく。

 

「お、お前……何者だよ……」

「ただの新米冒険者だ。いや、まだ志望者か。それよりも約束の物だ」

「チッ! そらよ!」

 

 ダストは舌打ちをしつつも懐から札を五枚取り出し、行き先のない怒りをぶつけるかのように札を強く放り捨てる。ひらひらと舞い降りて床に落ちた一枚一万エリスの札をバージルは無表情で拾うと、床を睨みつけているダストに話しかけることなく、黙って奥のカウンターへ足を運んだ。

 

「登録手数料だ。釣りも頼む」

「は、はい……」

 

 先程貰った五万エリスの内、一万エリスをバージルはカウンターに置いて受付嬢に差し出す。

 無一文で帰るのかと思えば、冒険者に勝負を挑んで必要以上の金を巻き上げた。今までにない登場を見せた新米冒険者。ダストとの勝負をコッソリ見ていた彼女は、得体の知れない男に恐怖を抱きながらも一万エリスを受け取り、バージルにお釣りを返した。

 

 

*********************************

 

 

「で、ではまず、この冒険者カードについてご説明します」

 

 登録手数料を受け取った後、受付嬢はまるで隠されたお宝の場所が記されているかのような、古びた紙に見えるカードを手に受付から出て、バージルの前に来た。一応、冒険者についての知識は本で知り得ていたのだが、登録手数料のように見落としている点があるかもしれない。バージルは腕を組み、彼女の話に耳を傾けた。

 

「このカードは、冒険者の身分証明書となるカードで、冒険者には必ずこれを所持してもらうよう義務付けられています。このカードがなければクエストを受けることはできません。冒険者カードには様々な情報が記載されており、冒険者様の名前からレベル、職業、ステータス、所持スキルポイント、習得スキル、習得可能なスキル、冒険者になってからの経過日数、過去に討伐したモンスターの種族、数などが自動的に更新され、表示されます。偽造は禁止しておりますのでご注意ください。また、紛失された場合はギルドに申し出てください。お金はかかりますが、再発行いたします」

「(……本で見た時も思ったが、便利なものだな)」

 

 見た目はただのボロボロな紙だが、その機能はバージルがいた世界でも見たことがない超便利なもの。もしこの技術が元いた世界でも実現すれば、世の中は大きく変わることだろう。

 

「全てのモンスターには魂が宿っており、人はモンスターを倒せばその魂を吸収し続けます。そして、ある一定の量まで吸収したところで、人は急激に成長することがあります。これを俗にレベルアップと言います。レベルを上げるとスキルポイントがたまっていき、こちらを消費することで新たなスキルを覚えることができます。なお、素質次第ではレベル1の時点で多くのスキルポイントを取得できます。新たにスキルを獲得する際には、冒険者カードを操作し『習得可能スキル一覧』に出ているスキルを押してください……ぼ、冒険者カードについての説明は以上です」

「ふむ」

「……えーっと……で、では、まずこちらの書類に必要事項を記入していただけますか?」

 

 反応は示してくれるものの、ほぼ無表情で何を考えているのかわからない。ルックスはいいのだが、あまり話したくないタイプだと受付嬢は思いながら、バージルに一枚の紙とペンを渡す。

 バージルは無言のままペンを取ると、書類に自分の名前、身長、体重等々……必要事項を記入していった。出身地を聞かれた際はどうしようかと考えていたが、どうやら必要なかったようだ。

 

「はい、お名前は……バージル様ですね。ではお次に、こちらの水晶に手をかざしていただけますか?」

 

 書類を受け取り内容を確認した受付嬢は、カウンターに置かれていた水晶の下に冒険者カードを置いた。綺麗な水色に輝く水晶の周りには、見たこともない機械が取り付けられている。

 

「(これは……手をかざすことでステータスが判明する水晶か)」

 

 水晶についても本を読んだことで知っていたバージルは、特に質問することもなく無言で水晶に右手をかざした。すると水晶はひとりでに輝き出し、周りについていた器械が動き始めた。そして、下に置いていた冒険者カードにレーザーを放ち始め、この世界の文字を記していく。

 カードの冒険者氏名欄にバージルの名前が記されると、次にレーザーはステータス欄へ移り、続けて文字を記し始める。

 

「なっ──なんですかこれぇええええっ!?」

「ムッ?」

 

 すると突然、隣で見ていた受付嬢が大声を出して驚いた。彼女はカッと目を見開き、食い入るように作成途中の冒険者カードを見つめている。あまりにも大声だったため、ギルド内にいた冒険者達がカウンターへ顔を向けると、何事かと集まってきた。

 

「何か問題でもあったか?」

「問題なんてもんじゃないですよ! 筋力 魔力、知力、俊敏性……運以外のステータス全てが、大幅に平均値を超えてます! ていうかこんな高い数値初めて見ました! それに見たこともないスキルが……貴方何者なんですか!?」

「(……運は低いのか)」

 

 受付嬢は先程までの怯えた表情からガラリと変え、目を輝かせてバージルを見つめてくる。さらっと不運ステータスであることを告げられてバージルは少し不機嫌になったが、本によると運は冒険者にとってほぼ不要のステータスらしい。特別問題視することではないだろう。

 

「マジかよ! こりゃスゲェな!」

「あのアークプリーストに続いて二人目か!」

「魔王討伐の日は近いかもな!」

「ハハッ……そりゃ俺が勝てねぇわけだよ」

 

 突然の大型ルーキー登場に、酒場にいた彼らは歓喜の声を上げる。最初は妙な男だと警戒していた冒険者達とギルド職員は、バージルに笑顔と歓声を浴びせていた。先程勝負をしたダストは、バージルがとんでもない素質を持っていたと知り、乾いた笑い声を上げている。

 

「このステータスなら、最初から上位職は勿論のこと、どんな職業にだってなれますよ! アークプリースト、アークウィザード、クルセイダーだって!」

「そうか」

 

 あまりの高ステータスを見て興奮を抑えきれない受付嬢とは対照的に、バージルは顎に手を当てて静かに思考する。

 本を見て、冒険者がなれる職業は全て把握した。習得できるスキルは職業によって違う。となれば、自分に合った職業を選ばなければならない。『悪魔狩人(デビルハンター)』という職業があれば真っ先にそれを選んでいただろうが、残念ながら存在しないようだ。それ以外で、自分に合う職業は──。

 

 

「では──ソードマスターにしよう」

 

 ソードマスターバージル、誕生の瞬間であった。

 




バージルが選ぶならこれしかないと思いました。DMCにも同じ名前のスタイルがありますし。

名前は出ているけど、詳しい能力は未だ判明していない職業がいくつかありますが、この作品では判明している情報と名前をもとに、私の解釈で設定を決めております。
以下、簡単な冒険者の職業紹介欄です。


・冒険者
基本職かつ最弱職。
習得ポイントが高くなるものの、全てのスキルを習得できるオールラウンダー。
該当者:カズマ

・盗賊
盗みのことならお任せあれ。
俊敏性と知力に長けた職業。
気配を消すスキルもあるため、潜入でも活躍できる。
該当者:クリス、フィオ

・戦士
冒険者より攻撃力が高め。
攻撃系スキル多めの職業。
該当者:ダスト、クレメア(文庫版とアニメ版?)

・ランサー
槍の扱いに長けた職業。
前線向け。
該当者:クレメア(web版と漫画版?)

・アーチャー
弓の扱いに長けた職業。
中衛~後衛で活躍する。
該当者:キース

・ウィザード、アークウィザード
魔法使い。
アークウィザードが上位職。
知力と魔力が高くないとなれない。
ウィザード該当者:リーン
アークウィザード該当者:めぐみん、ゆんゆん

・プリースト、アークプリースト
僧侶。
回復魔法に長けた、RPGでは欠かせない回復担当。
アークプリーストが上位職。
プリースト該当者:不明
アークプリースト該当者:アクア

・ダークプリースト
アークプリーストの逆バージョン。
呪いや状態異常をかける攻撃ができる。
プリースト派生のため、一応ヒールを使うことは可能。
該当者:不明

・ナイト、クルセイダー
最高の防御力を誇る、前衛に出てモンスターを引き付ける囮となりパーティーを守る職業。
王都や城での護衛につく者は軒並みこの職業。
某所でよく言われる「メイン盾」のイメージ。クルセイダーが上位職。
ナイト該当者:不明
クルセイダー該当者:ダクネス、テイラー

・ルーンナイト
いわゆる魔法剣士。剣術と魔法を匠に使って戦う。
該当者:不明

・ソードマン、ソードマスター
最高の攻撃力を誇る、剣の扱いに長けた職業。
ソードマスターが上位職。
ソードマン該当者:不明
ソードマスター該当者:ミツルギ、バージル

・エレメンタルマスター
精霊(エレメンタル)使い。
精霊に呼びかけることができ、精霊と協力して戦う。
該当者:不明

・クリエイター
その場の土や水を使い、壁や武器などの物を形造ることができる。
直して戻せるッ!
該当者:不明


web版、文庫版、アニメ、wiki情報をもとに考えました。もしかしたら間違っているかもしれません。
他の職業を知っておられる方がいらしたら、教えてくださると嬉しいです。


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第2話「この大型ルーキーに初クエストを!」

またもや新たなオリキャラが登場します。このすばキャラを差し置いて。



「ソードマスターですね! ソードマンの上位職、強力な剣技で立ちふさがる敵を切り裂いていく剣のスペシャリスト! 見たところ、まだ剣は装備していないようですが……四万エリスもあれば一式揃えられますよ!」

 

 まだ興奮が冷めていないのか、受付嬢はグイグイ顔を近付けて話を続ける。

 

 この時彼は、消去法で職業を選んでいた。まず消したのはウィザードやアーチャーのような中衛、後衛の職業。バージルの得意とするスタイルは、自ら敵陣に飛び込んで敵の攻撃をいなしつつ殲滅していく超前衛型。中衛後衛は彼の戦い方に合わなかった。

 続けて消したのは戦士、盗賊、ソードマンのような下位職。上位職が選べるなら、わざわざ選ぶメリットなど皆無。

 そして残った前衛型の上位職。その中から彼は、一番攻撃に特化していると思われるソードマスターを選んだ。これならば余計なスキルを覚えずに、自分の力を高められるだろう。

 

 

「──ハイ! 職業登録完了です! これで貴方は晴れて、ギルド所属の冒険者になることができました! ギルド職員一同、バージル様のお力になれるよう、全力で協力していきます! バージル様に、女神エリス様のご加護があらんことを!」

 

 職業が新たに記された冒険者カードを、受付嬢から受け取る。ギルド内にいた多くの冒険者達がバージルを囲み、ギルド職員全員が頭を下げると同時に、拍手喝采で新たな冒険者を迎え入れた。ファンタジーな世界に転生したら誰もが憧れるシチュエーション。

 

「ではクエストを受けさせてもらおう。モンスター討伐クエストだ」

 

 しかしバージルにとってはそんなことよりも、少しでも早くモンスターと戦いたかった。この世界に住むモンスターの力──この世界のレベルがいかがなものかを知りたかったのだ。

 

「早速ですね! かしこまりました! バージル様が現在のレベルで受けられるモンスター討伐クエストは……」

 

 クエスト受注の意を示したバージルの声を聞き、受付嬢はダッシュで掲示板の前へ行き、クエストを探し出す。

 いくら高ステータスといえど、彼はまだレベル1。モンスター討伐となれば受けられるクエストは限られてくる。条件に見合うクエストをすぐに見つけた彼女は、掲示板から1枚の紙を引っ剥がし、ダッシュでバージルのもとに戻ってきた。

 

「では、こちらのクエストはどうでしょうか! 三日間でジャイアントトード3匹の討伐! 三日間以内であれば三匹以上討伐しても問題ありませんし、その分報酬が増えますよ! また、三匹以上討伐したのなら一日目、二日目でクエストクリアの報告ができます! 初めての方にはオススメです!」

 

 ジャイアントトード──四足歩行の巨大な怪物で、こちらから刺激しなければ比較的温厚な部類に入るモンスターだが、繁殖期には人が住む町に近づき、長い舌で家畜や人を丸呑みにし捕食するという。行方不明者が出る事例もある有害なモンスターだと、彼が読んだ本には記されていた。また、その本にジャイアントトードの姿は描かれておらず、特徴だけが書き記されていた。クエストの紙に描かれた絵を見ても、どんなモンスターなのかは判断しきれない。

 モンスターの中では下級に分類されているが、この世界のモンスターのレベルを計るのには持って来いかもしれない……が。

 

「……トードか」

 

 ジャイアントトードの名前を聞くと、何故かバージルは嫌そうな表情を浮かべた。ノリノリで受けるかと思いきやクエスト受注を前に渋るバージルを見て、受付嬢は首を傾げる。

 

「他のクエストがよろしいですか? しかし、今のバージル様の条件に見合うクエストは、今日はこちらしかご用意できておりませんが……」

「いや、構わん。それで頼む」

 

 これしかないというのであれば仕方ない。バージルは渋々ながらもジャイアントトードのクエストを受けることにした。彼の返答を聞いた受付嬢は、次にクエスト参加人数へ話を進める。

 

「かしこまりました! では何人で参加なされますか?」

「一人だが?」

「えぇっ!? ソロで行かれるのですか!?」

 

 バージルは何のためらいもなく答えると、受付嬢は口に手を当てて驚いた。彼女だけでなく、周りにいた冒険者達も驚愕している。中には呆れ顔を見せる者もいた。

 

「オイオイあんちゃん……素質が高いって知って舞い上がる気持ちはわかるけど、そいつは流石に身の程知らずってヤツだぜ?」

「これから装備を固めるつもりだと思うが、初討伐クエストでソロは危険だ。まずは仲間と一緒に行くのがセオリーだぞ」

「なんなら私達のパーティーと一緒に行くー?狩りのお手本ってヤツを優しく教えてあげるよー?」

 

 周りの冒険者達は口を揃えて、ソロでの討伐しに行くのは危険だと忠告する。当然だ。いくら高ステータスで、街の周辺は比較的安全であっても、何が起こるかわからないのが冒険者生活。ステータス診断で高い素質だと言われ、調子に乗ってソロ討伐に挑み、初日で亡くなってしまった冒険者を彼等は何人も見てきたのだ。

 期待の新人を死なせたくない。その気持ちを込めて冒険者達はバージルに強く言ったのだが──。

 

「ソロでいい」

「し、しかしソロは危険で――」

「ソロでいいと言っている。さっさと許可を出せ」

「は、はいぃいいいいっ!」

 

 彼に冒険者達の言葉は一切届かなかった。心配そうに受付嬢も忠告するが、彼女を睨みつけながら冒険者カードを出して命令してきたバージルに怯えて、せっせとクエスト受注の準備を進めた。

 

「じゅ、準備ができました……壁外へはギルドを出て真っ直ぐ進んだ先です……こ、幸運を祈っております」

「フンッ」

「(や、やっぱりこの人……怖い)」

 

 クエスト受注を終え、冒険者カードを返してもらったバージルは懐にしまう。カウンターから踵を返し、カツカツと足音を立てて出入り口まで歩く。彼の威風堂々たる歩みを見て、思わず道を開けてしまう冒険者達。

 

「ク、クエストの前に、装備をご購入なさるのをお忘れなくー!」

 

 受付嬢は念のため装備を購入するよう大声で伝えたが、彼は返事をすることなく、黙ってギルドから出て行った。

 

 

「……アイツ、どう思う?」

「どうもこうも、ありゃ同じパターンだ。最悪の場合、ジャイアントトードに飲まれちまうだろうよ」

「いや、案外無事に帰ってくるかもよ? ……ジャイアントトードが何匹も出てくるような異変に遭わなければ」

 

 バージルがギルドから立ち去った後、冒険者達は彼の初クエストの行く末を予想する。純粋に心配する者もいれば、先程のダストとの勝負の時と同じように、彼が帰ってくるか否かで賭ける者もいた。

 ただ、ここにいる誰もが、討伐クエストをソロで、それもレベル1で挑むのは無謀だと思っていた。彼はきっと、冒険者の世界の厳しさを身を持って体験することになるだろうと。

 

 

*********************************

 

 

 街から少し離れた、ひらけた草原地帯。どこまでも続いていそうな緑色の地面に、澄んだ青い空と白い雲が広がる晴れた空。どこを写真で収めても芸術品になりそうな場所にいたのは、青いコートを風でなびかせている銀髪の男──バージル。

 

 クエストを受け、受付嬢に言われた通りギルド正面から真っ直ぐ歩いた先にある門から、この草原フィールドに出た彼は、周りの美しい景色を眺めながら歩いていた。

 ギルドを出ようとした時、装備を買うようにと言われたが……彼は攻撃の要となる武器どころか、身を守る防具ひとつ身につけていない。冒険者からすればキックされても文句を言えない地雷行為だが、武器はこの世界に来る前に手にし、今は己の内に隠されている。防具はそもそも身に付ける必要がない。彼は、ずっとこのスタイルで戦ってきたのだから。

 

「(……ムッ)」

 

 しばらく歩いたところで、彼はピタリと足を止める。歩く先に、彼が探していたクエスト討伐対象モンスター──ジャイアントトードを見つけたからだ。

 草原の上に一匹だけポツンと立っている、遠くから見てもわかる巨体。四本の足を地面につけ、喉元を膨らませている怪物。

 

 

 ──超巨大な緑のカエルが。

 

 ジャイアントトードは緑の体色の個体が多く、長い舌を持つ四足歩行の怪物。本で目にした時、バージルはカエルによく似た特徴だと思ってはいた。しかし、まさか外見までソックリそのままだとは思っていなかった。

 標的を見つけたバージルは、クエスト受注前と同じように顔をしかめる。いつもの彼なら、笑みを見せてモンスターに突撃するところなのだが、バージルは足を止めて動こうとしない。

 

 

「(……まさか本当にToad(カエル)だとはな)」

 

 実はこの男──見かけによらず、なんとカエルが苦手だった。

 そうなったきっかけは覚えていない。幼少期、葉っぱについていたカエルを観察していたら顔面に飛びついてきた時か、手の中からカエルが飛び出すイタズラをダンテにやられた時か(その後ダンテはダァーイされた)、スパーダにカエルを握らされるドッキリを仕掛けられた時か、食卓でカエルの丸焼きがでてきた時か(母は嬉々として食べていた)……原因は不明だが、とにかく嫌いだった。あの独特の形が、ネッチョリとした感触が、彼には受け付けられなかったのだ。

 

「(気色悪いが、そうも言ってられん。奴の腹は物理攻撃を吸収すると聞く。ベオウルフの攻撃が効くかどうか……んっ?)」

 

 嫌々ながらも、彼はジャイアントトードと戦うことにする。腕を組み、本で得た情報をもとにどう戦うか考えていると、バージルは見つけたジャイアントトードがこちらを見ていたことに気付いた。

 ピョン、ピョンと跳ねながら、ジャイアントトードはバージルにゆっくりと近づいてくる。かなりな巨体のようで、跳ねる度に地面が揺れており、その揺れは次第に大きくなっていく。

 ジャイアントトードは、バージルから十歩ほど離れたところまで近づいて動きを止めると、何を考えているかわからないつぶらな瞳でジッと彼を見つめ始める。

 

 

 次の瞬間、ジャイアントトードは突然口を開け、長い舌を彼に伸ばしてきた。

 

 カエルは長い舌を持ち、それを瞬時に伸ばして狙った獲物を捕食する。

 超巨大版であるジャイアントトードも例外ではなく、自慢の長い舌を鞭のようにしならせ、獲物を巻きつけ捕らえて捕食するのだ。ジャイアントトードはいつものように、バージルへ舌を伸ばして巻きつけ、口の中へ放り込むつもりだった。長い舌は、突っ立っているバージルへ真っ直ぐ向かっていく。

 

 が──舌が当たるすんでのところで、彼の姿が消えた。

 獲物を捕らえられなかったジャイアントトードは舌を口の中に戻し、キョロキョロと辺りを見回して獲物を探す。

 頭上を見上げた時――先程の場所から、いつの間にか空中に移動していた獲物を見つけた。

 

 彼の十八番である『エアトリック』の技の1つ『トリックアップ』で攻撃をかわしつつ、ジャイアントトードの頭上に移動したバージル。彼は敵を睨みながら、己の中に眠る力を呼び出す。

 瞬間、彼の両手両足から、上空で世界を照らす太陽に負けず劣らずの眩い光が現れた。同時に、白い光を放つ黒き籠手と具足――閃光装具(せんこうそうぐ)ベオウルフが、バージルの両手足に装備される。

 ジャイアントトードが見上げてバージルを視界に入れる傍ら、バージルは空中で体勢を変える。両膝を曲げつつ、ターゲットに足先を向け──。

 

「──ハァッ!」

 

 相手にめがけて急降下しつつ、破壊力のある蹴り──『流星脚』を、ジャイアントトードの眉間にめがけて放った。ジャイアントトードは舌を出して迎撃しようと思い、口を開こうとしたが間に合わず、眉間にバージルの蹴りが当たる。

 下級悪魔ならば一撃で塵と化す強力な技。ジャイアントトードは一発でノックアウトし、その場に仰向けで倒れた。

 

「チッ……汚らわしい」

 

 華麗に着地した後、バージルは吐き捨てるように呟く。よほどカエルが嫌いなのか、ジャイアントトードに触れた右足を、まるで汚物でも踏んだかのように地面へこすりつけていた。

 

「……んっ?」

 

 と、その時だった。彼の周りの地面が次々と膨れ上がる。何事かと思い見ていると──そこからボコボコと、何匹ものジャイアントトードが現れた。バージルの周りは、あっという間にジャイアントトード達によって囲まれる。

 

「(……三匹以上討伐しても構わない、だったか)」

 

 逃げ場などありはしない、大量のジャイアントトードによる包囲網。大抵の駆け出し冒険者ならば絶体絶命のピンチに慌てふためくのだが、バージルは呑気にも討伐報酬のことを考える。それを知ってか知らずか、ジャイアントトード達は一斉にバージルへ舌を伸ばす。

 

「……気は乗らんが、金のためだ」

 

 何本もの舌が襲いかかってくる中、バージルは独り不敵な笑みを浮かべた。

 

 

*********************************

 

 

「つまらん」

 

 バージルは退屈そうに呟き、ベオウルフを光らせて己の内にしまう。

 彼の周りには、一匹、二匹、三匹……何匹ものジャイアントトードが、白い腹を空に向けて転がっていた。

 この世界に住むモンスターのレベルを把握する目的もあったのだが……バージルにとってジャイアントトードは弱過ぎた。余裕があった彼は、試しにベオウルフのパンチを、物理攻撃が効きにくい敵の腹に当てたが、結果から言うと効いた。物理『無効』ではなく『吸収』だったため、吸収量にも限度があったのだろう。悪魔を数発で消し去ることもできるベオウルフの攻撃に、下級モンスターが耐えられる筈もなかった。

 

「……ムッ」

 

 現れたジャイアントトードは全て狩り尽くした……と思いきや、うっかり狩り忘れていたのか敵の運がよかったのか、二匹のジャイアントトードがクルリと起き上がり、バージルから逃げるように遠くへ跳ねていった。この男には絶対に勝てないと、本能で理解したのだろう。

 

 普段なら彼は追いかけて仕留めに行くのだが、相手は苦手なカエル。わざわざ追いかける気にもなれなかったバージルは、逃げ去っていくジャイアントトードに背を向け、来た道を帰った。

 

 その翌日、幸運にも蒼き悪魔から逃れることができた二匹は、蒼き女神を食べようとした際に、仲間の新米冒険者によって狩られることになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

*********************************

 

「いらっしゃいませー! お食事の方は──あぁっ! 青い人帰ってきた!」

「何っ!?」

 

 バージルは報酬を得るため、ギルドへと戻ってきた。中に入った途端、ギルド職員が彼の姿を見て驚き、冒険者達が席を立ってゾロゾロと集まってくる。

 

「よかったぜあんちゃん。無事に帰ってこれたみてぇだな」

「って君! 武器も何も身につけていないじゃないか!?」

「どうだ? ジャイアントトードは狩れたか?」

「いや、この様子じゃ1匹も狩れずに戻ってきたって感じだろ。だからソロじゃキツイって忠告してやったのに」

 

 冒険者達は次々とバージルへ言葉を掛けてくる。皆、ソロで行ってしまったバージルの初クエストの行く末が気になり、こうしてギルドで待っていたのだ。バージルと勝負したダストと、そのパーティーメンバーも残っている。

 しかし、バージルは冒険者達と話そうともせず、スタスタと奥にあるカウンターへ歩いていく。彼に怖い印象を受けていた受付嬢は、バージルの姿を見た瞬間に思わず背筋をピンと伸ばす。

 

「クエストを終えてきた。報酬を頼む」

「えっ!? もうですか!?」

 

 カウンターに着くと同時にクエスト達成報告をしてきたバージルに、受付嬢は声を上げて驚く。三匹とはいっても、まだクエストを受注し出て行ってから間もない。初クエストにしてこの仕事の速さには、冒険者達も驚いていた。

 

 冒険者カードには討伐したモンスターの数も記される。狩ってきた証明として、バージルは懐から冒険者カードを取り出し、手渡した。受付嬢は彼からカードを受け取り、討伐数を確認すると──受け入れがたい数字を目の当たりにし、目を見開いて大声を上げた。

 

「ご──五十匹っ!?」

「ハァッ!?」

 

 あまりにも現実離れした数字を耳にし、冒険者達とギルド職員は仰天する。カードに記された彼のレベルもガンと上がっており、所持スキルポイントも最初期より増えていた。

 

「う、嘘だろ!? こんな短期間に一人で五十匹も!?」

「ていうか、ジャイアントトードってそんなにいたんだ……」

「い、インチキじゃねぇのか?」

「いやでもカードに偽造はできない筈……」

 

 予想だにしなかった彼の初クエスト結果を知って、ギルド内はまたもやざわつき始める。ほんの一時間も満たずに、これだけの数を、何の武器も防具も無しに、レベル1でやってのけた。あまりにも非現実的過ぎたため、信じきれていない者もいる。

 しかし、冒険者カードに偽造は不可なのは周知の事実。彼は本当に、たった一時間で、一人でジャイアントトードを大量に狩ってきたのだ。しかも、傷一つ負っていない。

 

「いつまで呆けている。報酬を出せ」

「えっ? あっ、し、しかし……報酬金には討伐したモンスターの買取金額も含まれておりまして、も、モンスターの回収をギルドが終えるまでは、お渡しすることができませんが……」

「……チッ」

「(し、舌打ちされた!? やっぱり怖いぃ……)」

 

 歯ごたえががない上に嫌いなカエルと戦ってイライラが募っていたのか、報酬が受け取れないことを聞いて思わず舌打ちする。そこらのガタイのいい強面冒険者より威圧感がある彼と対面していた受付嬢は、恐怖のあまり年甲斐もなく泣きそうになっていた。

 周りの冒険者が奇怪な目で見てくるが、バージルは知ったことか言わんばかりにカウンターを離れ、誰とも話すことなくギルドから出て行った。

 

「……俺、とんでもねぇ奴と喧嘩してたんだな」

「やっべぇ……酒に酔った勢いで色々言っちまったような……忘れたことにしよう! うん!」

「恐ろしい冒険者が現れたな。リーン」

「ホントにそうよ。未だに土木やってる冒険者の男とは大違い」

 

 

*********************************

 

 

 ギルドを後にしたバージルは、アクセルの街中を歩いていた。が、何の目的もなくブラブラとふらついているわけではない。彼は、あるものを探していた。

 

 ジャイアントトードとの戦いでは、ベオウルフを使った肉弾戦をしていたが……格闘術は、彼の最も得意な戦法ではない。テメンニグルでベオウルフを手に入れた時も、たまたま手に入った上に使い心地が良かったので、ダンテとの戦いで試しに使ってみただけ。

 彼の本領を発揮できる戦法、武器は──剣。その中でも、居合術を主とした刀だ。

 悪魔として生きることを決意したあの日以来、彼の左手には常に刀が握られていた。しかし、転生特典としてベオウルフを選んだため、彼の手元に刀はない。その空虚感が、どうにも落ち着かなかった。

 

 ジャイアントトードを大量に狩った報酬は、後に手に入ることが確定している。なので今回は下見として、自分にしっくりくる刀を探すために、アクセルの街にある武具屋を回っていたのだが……どの店にも、片刃で反りのある刀は見つからなかった。店主に尋ねても、刀という名前を聞いて首を傾げていた。もしかしたら、この世界には存在していないのかもしれない。

 

 何件か武具屋を回ったところで、バージルは探し方を変えた。この世界に存在しないのであれば──作らせればいいと。

 幸い、この世界にも鍛冶屋という職業は存在している。一から刀を作らせる方向にシフトさせた彼は、立ち寄っていた武具屋の店主に鍛冶屋の場所を尋ねた。

 

「ひとつ聞きたい。この近辺に鍛冶屋はあるか?」

「鍛冶屋っすか? こっから一番近いのは、この道を真っ直ぐ進んで、川に当たったら左に曲がって、川沿いを進んでったら左手にあるけど……」

「あー、そこはやめときな」

 

 武器商人の話を聞いていた時、横から武器を物色していた男の冒険者が入ってきた。酒場にはいなかった冒険者だったのか、バージルへ気さくに話しかけてくる。

 

「あそこは頑固ジジイがいるところだ。作るかどうかはワシが決める、なんて言って気に入らない奴には絶対に武器も防具も作ろうとしない。ここらじゃ古株だし、腕は確かだろうけど……お前も門前払いを受けるだけだ。行くだけ無駄だって」

「……ほう」

 

 冒険者は忠告として教えていたが、バージルは逆に興味を抱く。こういう専門職のプロには、変わり者が多い。腕が確かならば、試しに行ってもいいだろう。

 

「助かった。礼を言う」

「おうっ……ってオイ! そっちはそのジジイがいる方向……って行っちまったよ」

 

 

*********************************

 

 

 日が暮れ始めた頃、武具屋から聞いた通りの道を進むバージル。しばらく歩くと、確かに鍛冶屋らしき建物が見えてきた。

 草むらが生えた地面の上、白い煉瓦の壁に黒煉瓦の屋根と白い煉瓦で作られた煙突が設置されている建物。建物の周りは木の柵で囲まれており、少し広い庭もある。庭には積み立てられた木材と煉瓦が置いてあった。

 入口に立てられた看板には『鍛冶屋ゲイリー』と書かれている。話で聞いた鍛冶屋で間違いないだろう。バージルは無言で門を潜り、建物に歩み寄る。中を覗き込むと、パイプをふかす短い白髪の老人が座っているのを見た。老人はバージルの視線に気づき、目を細めて見返してくる。

 

「……んんっ? 誰だおめぇ?」

「冒険者だ。武具屋から近くにある鍛冶屋を聞き、ここに来た」

「ほほお。もうこの街じゃワシのトコに来る物好きはおらんと思っとったが……おめぇさん、さては新米だな?」

 

 老人は重い腰を上げ、片手にパイプを持ったままバージルに近寄る。年老いているにしては背筋が伸びているが、それでもバージルの胸元までしか身長はない。

 

「いかにも、ワシはここで長いこと鍛治屋をやっとる死にぞこない、鍛冶屋のゲイリー・アームズだ。おめぇさん、名は?」

「……バージルだ」

「バージルか。来て早々悪いが、ワシは武器も防具もまともに扱えんへなちょこ新米冒険者に作ってやるつもりはない。立ち去れぃ」

 

 白髪の老人、ゲイリーはバージルの前に仁王立ちし、武器を作る意思はないと吐き捨ててパイプをふかす。しかしバージルは立ち去ろうとする素振りも見せず、無言で懐から冒険者カードを取り出し、ゲイリーに差し出した。

 

「おんっ? こりゃおめぇの冒険者カードか。見せてもなーんも変わんね……おおんっ!?」

 

 馬鹿にするようにケッと笑うゲイリーだったが、彼の冒険者カードを見るやいなや、ギルドの受付嬢と同じく、細めていた目をカッと見開いた。

 

「このレベルでこのステータス……いや、それよりもまだ冒険者になって一日も経っていないのにこの討伐数……おめぇ一体……」

 

 低レベルなのに高ステータスだけならまだしも、冒険者になってから日も浅いのに多すぎる討伐数。デタラメな数値を見たゲイリーは、黙って腕を組むバージルを見上げる。

 

「この街には長いこといるが、おめぇさんみてぇな型破りは見たことがねぇ……気に入った! おめぇさんなら、ワシの作ったモンを授けてやってもいいぜ!」

 

 この男になら、自分の作った武器、防具を預けられる。そう確信したゲイリーは、バージルに冒険者カードを返して告げた。どんな頑固者かと思えば、カードを見ただけで簡単に態度を変えたゲイリーに拍子抜けし、バージルはため息を吐く。

 

「で、おめぇさん。何を作って欲しくてここに来たんだ?」

「刀、という武器だが」

「カタナ? あー……そういやだいぶ昔に、そんな名前の武器を作ったことがあんなぁ」

「何っ? 本当か?」

 

 ゲイリーにも刀のことを知っているか尋ねると、思いもよらない答えが帰ってきた。てっきりこの世界には存在しないと断定していたバージルは、少し前のめりになりながら聞き返す。

 するとゲイリーは、「ちょっと待っとれい」と一言伝えてから、鍛冶場の奥へ移動した。しばらくして、彼は一枚の丸めた大きな紙を持ってバージルのもとに戻り、作業台に紙を広げた。紙を覗き込むと、そこにはバージルのよく知る片刃の剣と鞘――刀の設計図が書き記されていた。

 

「珍しいモンだったんで、設計図を取っておいたんだが……おめぇさんが作って欲しいカタナってのはコレのことか?」

「あぁ、間違いない。この武器を作ってくれ。できれば切れ味がよく、刃の耐久性が高いものを頼みたい」

 

 自分の知っている刀だと確信したバージルは、ゲイリーに刀を作ってもらうよう、ついでに追加注文をしながら頼んだ。

 以前使っていた閻魔刀は、スパーダの──悪魔の力が宿っていたからか、魔帝に負けるまでは絶対に折れることはなかった。ダンテと戦った後でもだ。しかし今回作るのは、悪魔の力が宿っていない普通の刀。使い続ければいずれ折れると見たため、バージルはなるべく折れにくいものをと考えた。

 バージルの依頼を聞いたゲイリーは鼻息を鳴らし、自慢げに胸を張って答える。

 

「舐めてもらっちゃこまるぜ! ワシゃあ何年も鍛冶屋やってんだ。おめぇさんの満足いくカタナを作ってやんよ! ……って張り切りながら鍛冶場に向かいてぇトコだが、生憎コレ作るためには素材が足りねぇな」

「素材だと?」

 

 と思いきや、ゲイリーは申し訳なさそうに今は作れない節を話した。バージルバージルが尋ね返すと、ゲイリーは再び奥へ移り、棚から1枚の小さな紙とペンを取り出し、作業机の前に戻る。

 

「切れ味も耐久性もいい武器ってなったら……この鉱石素材がこんだけ必要になるぜ」

 

 紙にスラスラと書き記し、ゲイリーはそれをバージルに手渡す。紙には鉱石らしき名前がいくつか書かれており、横には数字が。鉱石の個数だろう。

 

「この鉱石なら、ギルドの背面側から真っ直ぐ行って出た先の洞窟で取れる筈だ。ギルドからも採取クエストは出てるだろーし、それ受けるついでに行ってくるといい」

「採取クエストか……わかった」

「だが、ひとつ気をつけておけ。洞窟内は低レベルモンスターしかいねぇが……とある場所だけは別だ。洞窟の中には『修羅の洞窟』っつうダンジョンがある。奥に行けば行くほど高レベルのモンスターが出てくるそうだ。しかも途中で抜け出したら、また最初っからのオマケ付き。最深部にゃあ特別指定モンスターが待ち受けているらしい。何人もの低レベル冒険者が痛い目を見てると聞くぜ」

「……そうか」

「(……今このあんちゃん、良い事聞いたって顔しなかったか?)」

 

 修羅の洞窟は危険だと忠告するゲイリーとは裏腹に、バージルは何かを企んでいるような、不敵な笑みを浮かべる。いくらなんでも、流石にこのレベルで修羅の洞窟には行かないだろう。そんな命知らずではない筈だと、彼の企み顔を見たゲイリーは自分に言い聞かせる。

 

「ではまた後日、ここに素材を持って来る」

「おうっ……っておい兄ちゃん。まさか何にも持たずに採掘行くつもりか?」

「……そのつもりだが?」

 

 早速洞窟に行くためにこの場を立ち去ろうとするバージルだったが、それをゲイリーが呼び止めた。武器も何も持たずに、という意味だと捉えてバージルは平然とした表情で返したのだが、どうやら違ったようだ。

 

「バカタレィッ! そんなんじゃ採掘できねぇだろうが! ちょっと待ってろ。確かここら辺に……」

 

 ゲイリーは大声でバージルを叱りつけると、どこだどこだと言いながら鍛冶屋内を探し始めた。早く洞窟に行かせてくれと思うバージルだったが、口には出さずに腕を組んで待ち続ける。

 

「……っと、あったあった! ほれっ! 採掘にはこれを使え!」

 

 探し物が見つかったのか、ゲイリーはバージルのもとに駆け寄り、一本の道具を渡す。それは、金色に輝いた船の錨のような形をしたもの。

 

「……これは?」

「ピッケルだ! しかも、普通のピッケルより耐久性が高いグレートなモンだ! それがありゃあ採掘できる! このベルトも使いな!」

「……そうか。すまない」

 

 採掘には欠かせない道具、ピッケル。バージルにとってはあまり見慣れない物だったため、珍しげに見ながらもベルトを使ってピッケルを背中に背負う。

 ゲイリーへ礼を告げた彼は、見送られる形で鍛冶屋を後にした。空を見ると、日は既に山の中に沈み始め、もうすぐ夜に姿を変えようとしている。

 

「(採掘など一度もしたことはない……が、何とかなるだろう)」

 

 人生初の採取クエストを受けるために、バージルは足早にギルドへと向かっていった。

 




オリジナルキャラに加え、オリジナルダンジョン、そしてオリジナルボス……あれ?このすば要素は……?


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第3話「このソロプレイヤーに洞窟探検を!」

残念ながらまだカズマ達は出ません。徐々に近づいていますが。



 アクセルの街から北へ歩いた先に、何の変哲もないひとつの洞窟があった。

 冒険者達は『洞窟あるところにお宝あり』の信条をもとに、我先にと向かっていき──『修羅の洞窟』と呼ばれる、どこまでも深い地下へと繋がるダンジョンを発見した。

 四人までしか同時に入ることができず、誰かが中で朽ち果てるか脱出するかしない限り入れない。最初は低レベルのモンスターとしか遭遇しないが、奥へ進むにつれて敵のレベルも上昇。最深部に現れるモンスターはとりわけ強力で、特別指定モンスターにあたる敵も確認されていた。

 そして、このダンジョンの最大の特徴──モンスターが絶滅しない。しばらく時間が経つと、突破した階層のモンスターが復活しているのだ。

 これに目をつけた冒険者──特に、駆け出しでありながらステータス診断の時点で高い能力を持つ者、強力な武器を持つ者、見たこともないスキルを使う者──主に黒髪か茶髪の冒険者達は「経験値美味しいです」と口を揃え、修羅の洞窟へ向かった。

 そこらの雑魚モンスターなら一撃で倒すことができる冒険者達。きっと彼等は、格段にレベルを上げて戻ってくるのだろう。

 

 しかし、一番最初に修羅の洞窟をクリアして戻ってきた者達は、酷く怒っていた。

 入った者は「騙された」と怒りの声を放ち、二度と修羅の洞窟に入ろうとしなくなった。後に続いた者達も同じだった。

 

 それから約十年の時が経ち、誰も最深部の探索を目指そうとする者がいなくなった頃──人知れず洞窟の最深部を目指す、一人の盗賊がいた。

 

 

*********************************

 

 

「──っと」

 

 高い崖をゆっくりと、縄を使って降りていく一人の少女。無事に底まで辿り着いた彼女は、ピョンと跳ねて地面に足をつける。

 銀色の髪に、白く透き通った肌。右頬にはモンスターとの戦いで負ったであろう傷跡が一つ。上半身は胸元しか隠していない黒のインナーに緑色のマントと浅葱色のマフラー、下半身は膝下にも届かないスパッツとホットパンツのみという、少々……いや、かなり露出度の高いラフな格好。

 

 彼女の名はクリス。アクセルの街に住む冒険者。職業は『盗賊』──隠密行動に長けたクラス。洞窟の最深部にあるお宝を求めて、地道に探索を続けている最中だ。

 

「まだ続くのかな……この先が最深部だったらいいんだけど」

 

 あまりの長さに、彼女は独り不満を呟く。しかし、ここまで来て後に退こうとは思わない。彼女はよしと意気込んで足を進めた。

 

 クリスは、アクセルの街に住む冒険者の中ではレベルは高く、実力も折り紙付き。しかし、修羅の洞窟下層を探索する目標レベルには達していない。そんな彼女が、何故ここまで生き延びているのか。それには彼女の持つ盗賊スキル『潜伏』が大きく関わっていた。

 『潜伏』──周囲から気配を断つスキル。これを使い、ほぼ全てのモンスターとの戦闘を回避してきた。故に、体力も気力もまだ十分に残っている。

 

 だがもうひとつ──彼女自身も怪しんでいる要因も絡んでいた。

 

「(またモンスターの死体……やっぱり、私以外に誰かがいる?)」

 

 自分の行く先にいるモンスターが全て、既に倒されていたのだ。

 不眠不休で洞窟を進むのは流石に骨が折れるので、彼女は『特別な方法』で数日ダンジョンを離れ、つい先程戻ってきて探索を再開させたのだが……以降、彼女を阻むモンスターが現れなくなった。見つけたとしても、既に地面でのびている状態だった。

 モンスターの死体には何かで殴られたような跡と、鋭利な刃物で刺されたような跡が。モンスターか冒険者か不明だが、何者かが自分より先に進みつつ、モンスターを倒しているのは確かだ。

 

「(おかげで探索が楽になってるからありがたいけど……一体誰が?)」

 

 奥まで光の届かない洞窟を、彼女は松明をつけて歩く。現在、彼女は『潜伏』を解いているのだが、それでも敵は襲ってこない。

 もしかしたら今日、どこかの誰かさんのおかげで最深部に辿り着き、最終目標のお宝回収もやり遂げられるかもしれない。クリスは期待に胸をふくらませつつも、緊張は解かずに歩き続ける。

 

 と──その時だった。

 

「グォオオオオオオオッ!」

「ッ!」

 

 突然、謎の咆哮が聞こえたと同時に、地面が激しく揺れ動いた。思わずバランスを崩してクリスは尻餅をつく。何事かと思い顔を上げると、先程まで暗闇一色だった道の先から、眩い光が差し込んでいた。

 この先に何があるのか。怖くないといえば嘘になるが、それ以上に知りたかった。クリスは息を呑み立ち上がる。『潜伏』を使い、壁に手を伝いながら慎重に足を進めていった。

 

 歩みを進めるごとに、奥から差し込む光が強く輝く。クリスは松明を消してから、目を細めて進み続け、光の先にあった光景を見て──言葉を失った。

 

「……えっ?」

 

 道を抜けた先に広がったのは、広大な円形の空洞。彼女の立つ場所から先は道が続いておらず、数十メートルはありそうな崖の下に地面が。まるでダンジョンのボスが待ち受けていそうな空間。

 否、まさにその通りだった。先程の咆哮を上げたであろうボスが、そこにいた。

 体長はおよそ20メートル以上。禍々しい両角と天色の鱗に純白の翼膜を持つ、青白く神々しい光を放つ怪物──特別指定モンスターであろう『ライトニングドラゴン』が、翼をはためかせて飛んでいた。

 対面しただけでも肌で感じる、圧倒的な威圧感。相対する者全てを一瞬で滅ぼしかねない満ち溢れた魔力。よほど力と経験を身につけた冒険者でない限り、かの者を見ただけで足がすくみ、恐怖で身体が動かなくなるだろう。

 

 

 しかし、クリスが驚いたのは『それ』ではなかった。

 

「嘘!? ソロの冒険者!?」

 

 彼女の視線の先にいたのは、高レベルの冒険者が束になっても勝てないと言われていた怪物に、たった一人で戦っている、青いコートを身にまとい、白く光る籠手と具足という見たこともない武器を装備して戦う、銀髪の男。

 恐らく彼が、この洞窟にいる道中のモンスターを狩ってくれたどこかの誰かさんだろう。自分よりも早く最深部へ辿り着き、特別指定モンスターと一戦交えているのだと。

 

「(あの人は……)」

 

 特別指定モンスターにソロで挑むなんて、命知らずだと皆は言うだろう。何もできずに瞬殺されるのがオチだと。

 だが彼女は、ドラゴンと真正面から対峙している彼の戦いを、静かに見守った。

 

 

*********************************

 

 

「ギュオオオオオオオッ!」

「──フッ!」

 

 空気が揺れるほどの大咆哮をドラゴンが上げると、地面にいくつもの青白い光がうっすらと映し出された。次の瞬間、そこへ大きな音を立てて青白い雷が。ドラゴンと対峙していた銀髪青コートの男──バージルは、華麗な身のこなしでそれを避ける。

 絶え間なく放たれる雷に気を取られていると思ったのか、ドラゴンは翼を二度はためかせてから、バージルに突撃した。ドラゴンは口を開き、彼を噛み砕こうと鋭い牙を向ける。

 

「ハァッ!」

 

 しかしバージルはそれを許さない。ドラゴンが背後に迫ってきた瞬間、彼はベオウルフによる右回し蹴りを繰り出し、ドラゴンの顔面にぶつけた。手痛い反撃をもらい、ドラゴンはバージルの左方向に吹き飛ばされる。そこへ、バージルは自身の周りにドラゴンへ剣先を向けた『急襲幻影剣』を出現させ、同時に地面を蹴り、ドラゴンめがけて飛びかかった。

 幻影剣はドラゴンに向かって真っ直ぐ飛んでいったが、全て敵の雷によって砕け散る。バージルはベオウルフで更なる追撃を仕掛けようとするが──。

 

「グォオオオオオオオオオオオオッ!」

「ヌゥ……ッ!」

 

 ドラゴンは再び吠えると、自身を包み隠すように円球の光を身体から放った。防御と攻撃を兼ね備えた技を食らい、バージルは咄嗟に防御するも地面へ吹き飛ばされる。

 彼は空中で体勢を立て直し地面に着地したが、仕返しとばかりにドラゴンが追撃を繰り出した。

 突如、バージルの立つ場所から半径10メートル範囲の地面が光り──雷を纏う光の中に彼は飲まれた。

 どんなに強いモンスターであろうと、大勢で攻められようとも、以前現れた人間達も、この技で全て葬り去った。ドラゴンは勝利を確信したのか、追撃をせずに光が弱まるのを待つ。

 

 しかし、光の中から現れたのは丸焦げの死体ではなかった。

 

This may be fun(楽しめそうだな)

 

 光に飲まれた筈の男は平然と立っており、あまつさえ楽しそうに笑っていた。

 これまで戦ってきたモンスター、人間とも違う。得体の知れない敵を見て恐怖を覚えたのか、はたまた久々に骨のある奴だと感じて楽しくなってきたのか。ドラゴンは再び大咆哮をあげた。

 

 

 ──鍛治屋から去った後、バージルは冒険者ギルドにて洞窟採取クエストを受注。彼は洞窟内を進み、ゲイリーの言っていたダンジョン『修羅の洞窟』を見つけると、迷うことなく中に入った。武器も防具も装備せず、ピッケルを背負って修羅の洞窟に入る姿は、冒険者からしたら自殺志願者にしか見えなかったことだろう。

 バージルは採掘そっちのけで、修羅の洞窟を猛スピードで攻略し始めた。序盤の低レベルモンスターは瞬殺。高レベルモンスターも難なく殴り倒してきた。そうして辿り着いた最深部であったが──。

 

「(まさか、空想の存在と相まみえるとはな)」

 

 待ち受けていたのは、彼が元いた世界でも空想の種族でしかなかったドラゴン。思ってもみなかった展開に、バージルは珍しく心を躍らせていた。

 相手もドラゴンと呼ぶに相応しき力を持っており、道中にいたモンスター達とは一線を画す。元いた世界の上級悪魔にも引けを取らないかもしれない。

 だからこそ狩ってみたい。バージルはドラゴンに幻影剣を放ちつつ、雷の攻撃をかわしながら、冷静に勝つための手段を考える。

 ドラゴンは先程まで宙を舞って飛び道具を放ち、隙を見て突撃をしてきた。が、先程の回し蹴りによる反撃を食らったからか、ドラゴンは近づくのを警戒し、雷でしか攻撃してこない。バージルも対抗して幻影剣を飛ばしているのたが、ドラゴンの身体に刺さる前に、幻影剣は雷によって壊されていた。

 

「(刀と剣があればいくらでも近づく手段はあるが、今の武器はベオウルフのみ。幻影剣は奴に届かない……ふむ)」

 

 今持ち合わせている力でどう立ち回るか。どう攻撃を与えるか。戦いながらバージルは考え続ける。そして彼は、ひとつの策を思いついた。

 

 

「(『奴』にできるのであれば、俺ができない道理はない)」

 

 それは、修羅の洞窟でベオウルフを使い続けている内に考え始めていたこと。実践するのは初めてだが、やる価値はある。バージルはやるべきことを決め、空中で雷を放ち続けているドラゴンを睨みつけた。

 

 

*********************************

 

 何度も雷を放っているのに、全て避けられてしまう。このままではこちらの力が尽きてしまう。そう考えたドラゴンは、一気にケリをつけることにした。

 ドラゴンは雷を放つのをやめ、口の中に己の魔力を溜め始める。何かが来ると感じたのか、相対する男は攻撃の手を止め、様子を伺っている。

 魔力を溜めに溜めた後、ドラゴンは地上に向けて超圧縮された雷弾を放った。男を狙わず、真下に放たれた雷弾は猛スピードで飛び、地面に当たる。

 

 瞬間──地面は青白い光で包まれた。陸に立つ者全てを一撃で葬り去る、ドラゴンの超範囲技。地面に足をつけている者は例外なく、雷を浴び丸焦げにされる。

 しかし男はすぐさま地面を蹴り、飛び上がってこれを回避。そして空中で右手を後ろに下げると、彼の右手が輝き出した。

 

「フンッ!」

 

 彼が右手を前に突き出した途端、先程の雷弾に匹敵する弾速で、光の弾が飛んできた。ドラゴンは避けられず顔に直撃。しかし、大したダメージではなかった。ドラゴンは顔を振ると、目を開けて前方を確認する。

 

 

 ──ブスリと、何かが突き刺さる音がした。

 

「──ッ!? ギュオオオオオオオッ!?」

 

 痛々しい音が聞こえたと同時に、ドラゴンの左目は視力を失った。刺さっていたのは──金色に輝く採掘道具。

 

 バージルは、ベオウルフによる光弾(ゾディアック)で目くらましを仕掛け、ピッケルをドラゴンに向かって投げ飛ばしていたのだ。ピッケルはブーメランの如く回転し、精密なコントロールによってドラゴンの左目に突き刺さった。ドラゴンが前を見た時には、既にピッケルの先端が目先まで迫っていたため、避けようがなかったのだ。

 いくらドラゴンといえども、目を攻撃されるのは痛手だった。

 

「ハァッ!」

 

 怯んだドラゴンを見たバージルは『トリックアップ』でドラゴンより高い位置に移動し『流星脚』を繰り出した。ドラゴンは目に負ったダメージに気を取られ回避することができず、顔面に一発食らう。だが、まだ終わらない。彼は蹴りを当てると同時にドラゴンの頭を踏みつけて飛び上がり、再び『流星脚』を繰り出した。何度も何度も何度も何度も──『エネミーステップ』による連続流星脚を、容赦なくドラゴンに浴びせた。

 数発食らわせたところで、彼はドラゴンの目に突き刺さっていたピッケルを抜き取り──。

 

Take this(砕け散れ)!」

 

 空中で『月輪脚』を繰り出した。勢いの乗ったカカト落としがドラゴンの頭に直撃し、常に空中に舞っていたドラゴンは地面に叩きつけられる。

 巨大な身体が地面に打ち付けられ、洞窟内が激しく揺れる。その傍らでバージルがドラゴンの顏前に着地すると、身の危険を感じたドラゴンは力を振り絞ってすぐさま飛び立とうとする。

 

Don't move(動くな)

 

 が、逃すまいとバージルは先手を打った。『五月雨幻影剣』をドラゴンの上から降らせ、地面に固定させる。身動きが取れず困惑するドラゴンの前で、バージルは左手を後ろに下げ、魔力を溜める。

 

「フンッ!」

 

 左手の篭手が一瞬光った瞬間に、バージルは拳を当てた。ベオウルフの力を最大限まで溜めた一撃。あまりの衝撃に、再び洞窟内が揺れる。しかしまだ終わらない。

 

「ハァッ!」

 

 続けて、同じく最大まで力を溜めた右ストレート。そして流れるように二段蹴りを食らわせた。彼の攻撃が当たる度に、洞窟内が揺れ動く。

 彼の連続攻撃が終わった瞬間、ドラゴンを縛り付けていた幻影剣が砕け散った。強力な連撃だったが、まだ体力は残っていたドラゴンは再び飛び立とうとしたが、遅かった。再び『五月雨幻影剣』がドラゴンに降り注ぎ、その場に縛り付けられる。

 その傍ら、バージルは姿勢を低く落とすと、右拳にこれでもかと魔力を溜め──。

 

Vanish(消し飛べ)!」

 

 二度光った瞬間、バージルは二発の連続アッパー(ドラゴンブレイカー)を放った。下級悪魔なら一撃で、上級悪魔でも数発で仕留められるベオウルフの溜め攻撃。それを全て顔面に食らったドラゴンが、無事で済む筈がなかった。身体に刺さっていた幻影剣が砕け散った後、ドラゴンは力なくその場に倒れる。

 まだ辛うじて生きていたが、立ち上がる力はもう残されていない。朦朧とする意識の中、ドラゴンは残った右目でバージルを見上げる。バージルはベオウルフを消すと、幻影剣を一本出現させて左手に持ち──。

 

This shall be your grave(これが貴様の墓標だ)

 

 ドラゴンの右目へ、深く突き刺した。そして、微かに残っていたドラゴンの命の灯火は──消えた。

 

 

*********************************

 

 

 ドラゴンとの戦いが終わり、バージルは一息吐く。強いモンスターがいると聞いて入った修羅の洞窟。道中はあまり強いモンスターがおらず拍子抜けしていたが、最後のドラゴンは別だった。久しく骨のある者と戦えて、彼は少し満足感を覚える。

 

 今回試した、ベオウルフの溜め攻撃──それは、ダンテが見せていた戦い方を真似たものだった。光弾による飛び道具も同じだ。拘束技となった『五月雨幻影剣』は、漆黒の騎士として戦っていた経験をもとに編み出したものだ。

 新たに技を生み出すことに成功し、自分の技術にはまだ先がある。まだ力を求めていけることを感じたバージルは、独り笑う。

 

「(奴の真似事をしてしまったのは不服だが──)」

「君凄いね! ドラゴンを一人でやっつけちゃうなんて!」

「──ッ!」

 

 憎たらしい弟の顔を思い浮かべていた時、不意に後ろから声が聞こえてきた。バージルはすぐさま後ろを振り返る。知らぬ間に背後に立っていたのは、線の細い身体に銀髪、右頬に傷跡があり、アメジストのような紫色の瞳を持つ女性。

 

「見てたよ! 何あの武器!? 見たことないヤツだったけど──」

「動くな」

 

 こっちに歩み寄ろうとしてきた女性に、バージルは言い放つ。彼女の周りには、既に幻影剣が設置されていた。少しでも不審な動きを見せたら突き刺すと警告するかのように。

 

「答えろ。貴様は何者だ? いつからそこにいた? 何故ここにいる?」

 

 気配は全く感じなかった。どうやって彼女は接近したのか。得体の知れない女を前に、バージルは警戒心を高めて問いかける。

 彼の質問を聞いた女性は納得した表情を見せると、幻影剣の脅しに臆することなく答えた。

 

「ごめんごめん。『潜伏』を解き忘れてた。えっと……アタシの名前はクリス。アクセルの街に住む冒険者だよ。職業は盗賊。君がアタシに気がつかなかったのは、盗賊のスキル『潜伏』を発動していたから。この洞窟に来たのはお宝探しの為だよ」

 

 銀髪の女性──クリスはキチンとバージルの質問に答える。ポケットから一枚のカードを取り出すと、ほらっ、と言ってバージルに見せた。

 それは、バージルが持っている物と同じ冒険者カード。偽造はできないとギルドから言われ、本でもそう書かれている。

 

「『潜伏』だと?」

「そう。盗賊が覚えられるスキルのひとつ。周囲から気配を消すことができるんだ。この洞窟じゃ強力なモンスターがいるから、なるべく戦闘を回避するために使っていたんだ。勿論、さっきのドラゴン相手にも使うつもりだった。そしたら、既に君が戦ってたからビックリしたよ。ヤバイ雰囲気だから、巻き込まれないよう気配を消してたんだけど……」

 

 クリスは隠すことなく『潜伏』について話す。得体の知れない女だったが、彼女からは殺意を感じられない。幻影剣を前にして臆さない態度は気になるが……特別警戒する必要はないだろう。

 そう考えたバージルは、彼女に向けていた幻影剣の剣先を下に向けて地面に突き刺す。少し間を置いて幻影剣は砕け散った。信用してくれたと思ったのか、クリスはニコッと笑う。もっとも、彼はほんのちょっぴり警戒心を解いただけで、少しでも不審な動きを見せたら幻影剣で刺し殺すつもりだったが。

 

「アタシがここに来るまでの道中、ほとんどのモンスターが倒されていたんけど……あれってもしかして、全部君が?」

「……そうだ」

「かなり高レベルなモンスターだった筈だよ? よくソロで倒しきれたねー。あまつさえ特別指定モンスターも倒しちゃうなんて……君のレベルっていくつ?」

 

 クリスにレベルを尋ねられた彼は、口で説明するより見てもらったほうが早いだろうと思い、懐から取り出した自分の冒険者カードを彼女に見せる。

 

「どれどれ……うぇえっ!? こ、このレベルで最深部まで来たの!? ていうかステータス高っ!? しかもまだ冒険者になって一日しか経ってない!?」

 

 クリスは腰を曲げて顔をカードに近づけると、受付嬢やゲイリーと同じ反応を見せた。バージルは特に何も言わず、懐へカードをしまおうとする。

 

「(……? どういうことだ?)」

 

 そこで自身の冒険者カードを見たことで、今と修羅の洞窟に入った時――そのレベルが一切変動していないことに気付いた。

 あれだけモンスターを倒し、あまつさえ特別指定モンスターと思わしき敵も討伐した。なら、経験値が上がっていてもおかしくない筈。なのにバージルのレベルは、ダンジョンへ入る前と何ら変わっていない。

 何故なのかとバージルは疑問に思ったが、今は判断材料が少ない。ひとまずこのダンジョンがそういうものなのだということにし、それ以上は考えなかった。

 

「ふーん、なるほどねー……」

 

 バージルは懐に冒険者カードをしまうと、前にいる彼女は考える仕草を見せ、バージルを興味深そうに見つめていた。警戒心は未だ解かず、バージルはクリスを睨みつける。若干目障りにバージルが思う中──クリスは、突然こんなことを提案してきた。

 

 

「ねぇ君。アタシと仲間にならない?」

「……何だと?」

「うん! アタシとパーティーメンバーになろうよ!」

 

 彼女が持ちかけてきたのは、パーティーへの勧誘。彼の戦闘力を間近で見て、是非とも仲間に引き入れたいと思ったのだろう。

 そしてバージルは、未だこの世界に詳しい仲間を持たない。世界について知るためには、是非ともこの世界の仲間が欲しいところだが──。

 

「断る。俺は誰とも馴れ合うつもりはない」

 

 これを彼は即答で断った。悪魔として生き始めた頃から、彼は常に一人で生きてきた。互いを助け合うために徒党を組んだことなど一度もない。あっても一時休戦かその場だけの共闘、利害一致の同盟など。

 これからも、仲間を得ることはハナから考えていなかった。それでも彼女がしつこく食い下がろうとするなら、あの女騎士にやったように追い払うまで。そう考えながら、バージルはクリスの反応を待つ。

 

 

「うーん……じゃあ、協力関係ってのはどう?」

「何っ?」

 

 しかし彼女は、バージルにとって予想外の提案をしてきた。仲間ではなく協力関係。彼女が敢えてそう言い換えた時点で、バージルに提案した二つの意味はまるで違うことが伺える。

 

「アタシ、冒険者をやってる一方で、ちょくちょく今日みたいにお宝探しをしてるんだ。ただ、お宝が眠っているところには危険な場所も多くって……でも君が一緒なら、そんな危険もなんのその。お宝集めがよりスムーズになると思うんだ。と同時に、君にもメリットがある。冒険者になりたてってことは、まだ知らないことも多いでしょ? そんな君に、アタシが色々と教えてあげちゃおうってわけ。お宝探しを手伝ってくれる代わりにね。どう?」

 

 クリスは協力関係における互いのメリットを話す。協力関係と言えば聞こえはいいが、彼女が話したその実態は、バージルの力とクリスの知識を互いに利用するというもの。この提案を受けたバージルは、先程のように即答はせず、考える仕草を見せる。

 

 彼女のレベルを見る限り、見た目は若いが長いことアクセルの街で冒険者をしていると思われる。オマケに盗賊としてお宝を探しているのであれば、アクセルの街以外にも様々な場所に訪れている筈。この世界についての情報量は期待できる。

 

「……いいだろう、女。貴様の誘いに乗ってやる」

 

 彼女の持つ情報量が、彼女のお宝探しの手伝いをするのに相応しい対価であると判断したバージルは、クリスと協力関係を結ぶことにした。また、相手のことを利用しようとするその姿勢。あの女騎士よりも少し好感が持てていたのも理由の一つだった。

 バージルが提案を呑んでくれたのを見て、クリスはニコッと笑──ってはおらず、何故か不服そうに頬を膨らませていた。彼女の反応を見て、バージルは首を傾げる。

 

「クーリース。相手を呼ぶときは、ちゃんと名前で呼ぶように」

「ムッ……」

 

 既視感を覚えるやり取りに、バージルは少し戸惑いを見せた。

 

 

*********************************

 

 

「ところでバージル。背中にピッケル背負っているけど、採掘もしに来てたの?」

 

 協力関係を結んだ後、クリスは不思議そうにバージルが背負っているピッケルを見ながら尋ねてきた。いつの間に名前を知ったのかと疑問に思ったが、先程彼女に冒険者カードを見せていた。その時に見たのだろうと彼は思い、話を進めた。

 

「この紙に書かれた鉱石素材を得るために、洞窟へ来ていた。修羅の洞窟に入ったのはついでだ」

「さ、採掘のついでに特別指定モンスター倒しちゃうんだ……えーっとどれどれ……」

 

 たかだか数個の鉱石採掘に来たオマケで倒されてしまった、彼の背後で倒れるドラゴンを哀れみながらも、クリスはバージルが見せた、鉱石素材の名前と個数が書かれた紙を覗き込む。

 

「あっ! この鉱石が取れる場所ならアタシ知ってるよ!」

「何っ?」

 

 採掘に関してはほとんど知識はない。さてどう探したものかとバージルが考えていた時、クリスが思わぬ朗報を口にした。

 

「これ取るなら、まず修羅の洞窟から出なきゃだね……こっからならアイテム使ったほうがいいか。ちょっと待ってね」

 

 そう言うとクリスは、懐から青く光を放つ綺麗な結晶を取り出す。元いた世界では見たこともない結晶だった。様々な色の種類があるぶちゃいくな血の結晶はあったが。

 

「それは?」

「使った人をワープ可能な場所まで運んでくれるワープ結晶だよ。高いけど超便利なアイテムとして有名なんだ。それじゃあバージル、アタシの肩に手を置いて」

 

 聞いてみれば、かなり利便性の高いアイテムだと知り、バージルは興味深そうに結晶を見つめる。もしかしたら、これから役立つアイテムになるかもしれない。

 クリスに促され、バージルは彼女の肩に黙って手を置く。それを確認したクリスは、空いた手をドラゴンに当てつつ、手にしていた結晶を天に掲げた。

 

「それじゃあ、外の草原フィールドまでワープッ!」

 

 そのまま彼女が口にした瞬間、青く光っていた結晶はよりいっそう光を増し、バージルとクリスを青い光で包み出す。

 そして──二人の姿と倒れていたドラゴンの死体は影も形もなくなった。

 

 

*********************************

 

 

 クリスと洞窟から脱出した後、バージルはクリスと共に本来の目的であった鉱石採掘をようやく始めた。

 彼にとって人生初の採掘。華麗な採掘姿を見せてくれる……と思いきや、ドラゴンとの戦いで見せた動きは何処へやら。姿勢はいいのだが、どこかぎこちない動きでピッケルを使う彼の姿は、スタイリッシュとはかけ離れていた。言うなればモッサリッシュといったところか。モッサリッシュ採掘を見せるバージルの姿はあまりにギャップが激しく、クリスは笑いを堪えきれなかった。

 

 無事採掘を終えた後、二人は洞窟から出ると、既に外は真っ暗になっていた。バージルが洞窟に入った時から、いつの間にか丸一日経っていたのだ。もっとも、たった一日で修羅の洞窟を攻略したこと自体が、冒険者からすれば有り得ない話なのだが。

 

 二人はドラゴンを草原地帯に残し、ギルドに戻る。どうしてドラゴンも連れてきたのか尋ねると、クリスは「報酬には、報酬金と共にモンスターの買取額が支払われる。そのためには、ドラゴンの死体をギルドが回収しなきゃいけない。だから、わざわざギルドが修羅の洞窟に潜らなくてもいいように、あの時ドラゴンも一緒にワープさせた」と答えた。

 その後、受付嬢にクエストをクリアしたことを報告。採掘クエストに行ったかと思えば、まだ冒険者になって日が浅いにも関わらず、特別指定モンスターを狩ってきた報告を受け、受付嬢は声に鳴らない悲鳴を上げた。

 前回のジャイアントトードの時と同じように、ドラゴンの死体の回収に時間がかかると踏んだバージルは、明日報酬を取りに来るとだけ言ってカウンターから離れた。受付嬢は冒険者に声をかけられるまで固まっていたという。

 

 クエストクリア報告を終え、二人はギルドから出た。その途中に見た掲示板に、クリスも思わず苦笑いをしてしまうような、逆に引っかかる奴を見てみたいぐらい、もの凄く怪しいパーティーメンバー募集の紙が貼られているのを見かけたが、バージルは気にも止めなかった。

 外はもうすっかり真っ暗闇。良い子はもう夢の中にいる時間。鍛冶屋は既に閉めているだろうと思い、バージルは素材をゲイリーに渡すのは明日にして、今日は宿泊施設で泊まることにした。

 

 

「じゃーねー! お宝探しの時はよろしくー!」

「あぁ」

 

 元気よく手を振って別れの言葉を告げるクリスに、バージルはそれだけ言って彼女から背を向け、振り返ることなく歩き続ける。

 遠くへと離れていく彼の背中。クリスは振っていた手を止めると、街中に消えていく彼に向けて呟いた。

 

 

 

「大罪人の貴方が、この世界にどのような影響をもたらすのか……見させてもらいますよ」

 




このすばとクロスオーバーしている筈なのに、このすば成分がクリスしかない件。


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第4話「このソードマスターに刀を!」

新武器取得イベントだけなのでわりと短め。



 修羅の洞窟を攻略した翌日、バージルはギルドへ赴き受付嬢のもとへ。受付嬢は、驚きのあまり固まって渡しそびれてしまったジャイアントトード、また雷撃の龍(ライトニングドラゴン)討伐の報酬金とドラゴンの素材──それらが入っている二つの大きな鞄を渡した。

 

 バージルが修羅の洞窟をクリアし、特別指定モンスターを討伐したことは既に街中の噂になっていた。昨日、固まっていた受付嬢が我に返った後、冒険者達へその事実を話したが、彼は冒険者になってまだ二日目。いくらジャイアントトードを短時間で大量に狩った男でも、流石にそれは無理だろうと、冒険者達は信じなかった。

 

 が──街の城壁付近に搬送されたドラゴンの死体を見せられ、否が応でも信じざるをえなかった。冒険者達は是非ともバージルをパーティーに引き入れたいと考えたが、彼の近寄りがたい雰囲気を前に一歩踏み出せず、結局誰も話を持ちかけようとはしなかった。

 

 冒険者生活を始めて、たった二日で大富豪となったバージル。報酬金と素材が入った大きな鞄を受け取った彼は、早速鍛冶屋へと出向いた。指定された鉱石だけでなくドラゴンの素材、更には前金にしては多すぎる金を渡すと、ゲイリーはあまりにも驚いて昇天しかけたという。

 しばらくして意識が戻ったところで、ゲイリーは仕事をを開始。特別指定モンスターの素材を使える上に、久々の刀作り。ゲイリーはバージルに「一日待ってくれ」と告げ、鍛冶場に篭もり始めた。預かっていたピッケルを返そうとしたが、ゲイリーはスペアを持っていたのか、くれてやると言ったため、バージルはありがたく貰うことに。

 

 その後、バージルは有り余る金を使い、住居の準備に取り掛かった。

 駆け出し冒険者の街と言われているが、煉瓦でできた道と建物、自然の残った街並み。この街独特の雰囲気をバージルは気に入っていた。また、ここにはゲイリーの鍛冶屋もある。刀を作り終えた後も、修復や強化で世話になるかもしれない。ならば、ここを拠点とするのも悪くない。

 そうと決めたバージルは、街中を歩いて見つけた建築業者に、家を建てるよう依頼。札束をポンッとくれてやると、睨みつけていた業者はコロッと表情を変え、喜んで引き受けた。家が建てられる場所は、郊外の自然溢れる場所。隣には広い庭を持つ巨大な無人屋敷がポツンと建てられていたが、バージルは気に止めなかった。

 

 

*********************************

 

 

 報酬を得た日から翌日──そろそろ刀が完成したであろうと、バージルは鍛冶屋に向かっていた。

 

 

「おぉっ! 当たりも当たりっ! 大当たりだぁあああああああああっ!」

「いやぁああああっ!? ぱ、パンツ返してー!?」

「イィィイイイイイイイイイヤッハァアアアアアアアアッ!」

「な、なんという鬼畜の所業! やはり私の目に狂いはなかった!」

 

 

「(今の声……クリスか?)」

 

 鍛冶屋へ向かう途中、聞き覚えのある声を耳にしてバージルは足を止める。何やら悲鳴を上げていたように聞こえたが──。

 

「(まぁいい。俺には関係のないことだ)」

 

 クリスとは、あくまで協力関係。プライベートにまで首を突っ込むような馴れ合いをするつもりはなかった。彼は再び足を進め、寄り道せずに鍛冶屋へと向かった。

 

 

*********************************

 

 

「ゲイリー。どうなった?」

 

 鍛冶屋に到着したバージルは、ゲイリーを呼びながら鍛冶場を覗き込む。視線の先には、初めて出会った時と同じように、パイプをふかして座っていたゲイリーが。ゲイリーは彼と目を合わせると、待ってましたと言わんばかりに笑った。

 

「完成したのか?」

「あぁ、ちょっと待ってろぃ」

 

 よっこいせと重い腰を上げ、ゲイリーは鍛冶場の奥へ。間を置いて、彼は一本の鞘に納まれた剣を両手で支えながら現れ、それを作業机の上に置いた。バージルは机に近づき、机上に置かれた剣をまじまじと見つめる。

 青い表面に白いひし形が並べられたデザインの柄と紺碧の鍔。天色の鱗で作られた鞘に純白の下緒。彼は柄と鞘を握り、おもむろに持ち上げると少し引き抜いて刀身を見た。銀色に輝く刃が、バージルの青い目を映し出す。

 

「おめぇさんが持ってきた鉱石とドラゴンの素材をふんだんに使って、じっくりと作らせてもらったぜ。お陰で雷属性を付与できた。どう使うかは、おめぇさん次第だ」

 

 刀身を鞘に納めると、横でゲイリーが自慢げに鼻を鳴らした。刀からは、あの時狩ったドラゴンの力をひしひしと感じる。偶然にもその感覚は、彼が所有している悪魔の魂が宿った『魔具』と似ているように思えた。

 

「勿論おめぇさんの要望通り、より固く、より切れるようにしている。カタナを作るのは久しぶりだったが、中々イイもんができたと思うぜィ……っておい? どこ行くんだ?」

 

 ゲイリーが刀について説明している中、バージルは左手で鞘を持ち、黙って鍛冶場から出た。不思議に思ったゲイリーはすぐさま彼を追いかける。

 庭の中心に立っているバージル。一雨きそうな空の下、横から風が吹き抜ける。後方でゲイリーが静かに見守る中、バージルはゆっくりと柄に右手を添え──。

 

「フッ!」

 

 彼は素早く、かつ滑らかに刀を抜き、斜めに斬り下ろした。その姿勢でしばし静止した後、彼は刀を振り回す。力強く、速く、滑らかに……ただデタラメに振り回しているのではないと、ゲイリーにも伝わっていた。彼が、刀の使い手だということも。

 ひとしきり振った後、バージルは最後に刀を右へ振り抜く。彼の剣技に呼応するように、刀身に青白い雷が走る。バージルは刃を鞘に当てると両目を閉じ、慣れた動作で刀身を鞘に納めていく。唾と鯉口がかち合う音を立て、刀身は鞘の中へ。

 

「──悪くない」

 

 バージルは目を開き、刀を実際に振ってみた感想を口にした。

 これに自身の魔力を上乗せすれば……流石に閻魔刀には劣るが、それでも悪魔を一刀両断するには申し分ないだろう。この刀ならば自分の力に、技について来られるだろう。

 

「気に入った。この刀を買わせてくれ。いくらだ?」

「あんな剣舞を見せられたんだ。おめぇさんにはタダでやるぜっ! ……ってカッコイイこと言いてぇところだが、生憎こちとら商売でやってるからなぁ……まぁでも、前金で受け取った二十万エリスで十分だな」

 

 支払いは前金で得た金で十分だとゲイリーは話す。支払おうとしていたバージルは、懐から取り出していた茶色い金袋を再びしまった。

 彼の左手には、一本の刀。魔帝に敗れたあの日から覚えていた空虚感が消えたのを感じ、バージルは珍しく笑みを見せる。とそこへ、ゲイリーがパイプをふかしながら尋ねてきた。

 

「んで、その刀の名前は何にすんだ?」

「……名前?」

「大抵の冒険者は、自分が愛用する武器には名前をつけているぜ。意味を込めたもの、語感で決めたもの、面白可笑しな名前をつけるのもアリだ」

 

 武器の名前──その話を聞き、バージルはふと昔のことを思い出した。

 彼の父、スパーダが相棒として使っていた剣は勿論のこと、彼が愛用していた二丁拳銃にも名前はあった。幼い頃はその意味がわからなかったが、成長して知識を得たことで、拳銃の名前にも意味があったことを知った。

 もしかしたら、この世界では新たな相棒になるかもしれない刀。名前を付けておくのも悪くないだろうと思い、バージルは早速名前を考え始めた。

 名は体を表す──以前使っていた相棒、閻魔刀はその名に恥じぬ力を持っていた。バージルは顎に手を当て、この力に見合う良い名前は何かないかと模索する。

 

 そんな時──昔読んだことのあった、とある国の神話に出てきた武器の名前が頭に過ぎった。

 

 

「──アマノムラクモ」

「おんっ? むらくも?」

 

 バージルは静かに、思い浮かんだ名前を口にした。聞き慣れない名前を耳にして、ゲイリーは首を傾げる。何故この名前なのか説明するために、彼は武器の名前に由来する、とある神話について話し始めた。

 

「俺の世界……いや、ここから遠い位置にある国のおとぎ話に、ヤマタノオロチ伝説というものがあった。ヤマタノオロチとは、八つの首を持つ大蛇……(ドラゴン)と言ってもいいだろう」

「ほぉー、八つ首のドラゴン……聞いたこともねぇ怪物だな」

「そいつは強大な力を持っていた。その国を支配する程のな。しかし、とある一匹の狼と一人の勇者によって倒された。狼の頭には、小さな虫がいたと聞く」

「へぇ、一匹と一人でねぇ……」

「その時だ。ヤマタノオロチの死体から、一本の剣が出てきたそうだ。剣には雷の力が宿っていた。剣の名は──天叢雲劍(あまのむらくものつるぎ)

「なるほど。そこから取ったってわけかィ」

 

 ドラゴンを素材にした、雷の力を持つ刀。連想した先に、かつて世をあまねく照らしたと言い伝えられている太陽神が使っていた、三種の神器と呼ばれる物の一つ──天叢雲劍を、バージルは思い浮かべたのだった。

 

「雷の力を持った刀……雷刀アマノムラクモか。それっぽい名前でワシはいいと思うぜ。んじゃ早速襲名といくか」

 

 ゲイリーはポケットから一枚の白い紙を取り出すと机に置き、ペンで名前を書き記す。そして紙を刀の柄に貼り付けると、紙は瞬時に燃え、紙に書かれた文字を柄に焼き付けた。

 雷刀アマノムラクモ──この世界での、新たな相棒となる刀の名を。

 

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト!』

「ッ!」

 

 と、その時だった。突如、街中にあるスピーカーからけたたましい警報音が鳴り響くと共に、アクセル街の全冒険者達へ向けるアナウンスが流れ始めた。

 

『冒険者各員は、至急正門に集まってください! 繰り返します! 冒険者各員は、至急正門に集まってください!』

「……そうか。もうそんな時期か」

 

 バージルが黙ってアナウンスを聞く横で、ゲイリーはポツリと呟く。バージルは新たに手に入れた刀を強く握り締め、黙って歩き出した。

 

「行く気か?」

「丁度良い機会だ。早速、この雷刀の切れ味を試してみるとしよう」

 

 パイプをふかしながら呼び止めたゲイリーに、バージルは振り返らず応える。行くなと忠告したにも関わらず、真っ先に修羅の洞窟へ入った男だ。どうせ止めようとしても無駄だろう。そう思ったゲイリーは、一言だけバージルに告げた。

 

「奴らは強ぇぞ」

「願ってもないことだ」

 

 ゲイリーの真剣な眼差し。余程力のあるモンスターが現れたのだろう。バージルは不敵な笑みを浮かべ、鍛冶場を後にした。

 

「さってと……今日は店じまいにするかね」

 

 バージルが立ち去っていくのを見届けた後、ゲイリーはやれやれとため息を吐きながら、鍛冶場の奥へ姿を消した。

 

 

*********************************

 

 

 緊急クエストが発令されてから数分後。アクセルの街正門には多くの冒険者が集っていた。世紀末から来たかのような風貌の男や、ダストとそのパーティーメンバー。中には金髪ポニーテールの女騎士、赤い目を片方眼帯で隠している魔法使い、清楚な印象を受ける水色の髪を持つ女性という、冒険者と言われても違和感がない面子の横に並ぶ、冒険者にしては違和感のあるジャージ姿の男もいた。正門前に立つ彼らは皆、前方を鬼気迫る表情で睨みつけている。

 冒険者達の視線が一箇所に集まる中──人知れず、バージルは正門城壁の上に立っていた。白い下緒で結ばれた刀を杖のように突きたて、冒険者達と同じように前方を見据えている。

 

「(冒険者が束にならなければ勝てない程の相手ということか……面白い)」

 

 彼の下で集まっている冒険者達を見て、更に期待を高める。もしかしたら、あのドラゴンと同じ特別指定モンスターかもしれない。

 恐らく捕獲も視野に入れているのだろう。城壁近くには檻が設置されている。複数あるのを見る限り、敵は一体ではないようだ。

 

「──来たぞ!」

 

 その時、一人の冒険者が皆へ呼びかけるように大声を上げた。正門前に視線を向けていたバージルは顔を上げる。

 遥か前方からは、おびただしいほどの小さな緑が、まるで大群の虫が空を飛ぶように、こちらへと迫ってきていた。その数は優に百を超えているだろう。しかし強大な魔力は感じられない。小さな軍隊アリが巨大な象を殺すように、集団で力を発揮するタイプなのかもしれない。

 あのドラゴンとはまた違った強敵を視界に捉え、バージルは笑う。徐々に敵は接近し、その姿が鮮明に見え始めた。

 

「(集団戦闘か。刀を試すには良い……きか……)」

 

 バージルは──自身の目を疑った。

 遂に捉えた敵の姿。それは丸く、頭から体色と同じ色の羽を生やしている。あのジャイアントトード以上に何を考えているのかわからないつぶらな瞳と、新鮮で美味しそうな淡い緑色の葉と白い茎を持った空飛ぶモンスター。

 

 

 

「キャベキャベキャベキャベ……」

 

 飛んできたのは──紛れもなくキャベツだった。

 

「収穫だぁああああああああああああああああああああああああっ!」

「マヨネーズ持ってこーい!」

 

 冒険者達は一斉にキャベツ目掛けて走り出した。戦争開始の合図であるホラ貝が吹き鳴らされて飛び出す兵士達のように。相手はキャベツだというのに。

 

「みなさーん! 今年もキャベツ収穫の時期がやってまいりましたー! 今年のキャベツは出来がよく、一玉の収穫につき一万エリスです! できるだけ多くのキャベツを捕まえ、この檻におさめてください!」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 ギルドにいた金髪の受付嬢がメガホンで冒険者達に朗報を知らせ、冒険者達は更に士気を上げる。想像もしていなかった展開を前に、バージルは刀を立てたまま、全く動こうとしなかった。否、動けなかった。

 さも当然のように空を飛ぶキャベツ。それらを大将の首を討ち取るかのような勢いで狙う冒険者達。緊急クエストと聞いてどんなモンスターが来るのかと期待してみれば、待っていたのはバージルも思わず真顔になってしまう異様な光景。

 

 スパーダも魔帝も知らない未知の世界だと知り、確かに彼の胸は躍った。修羅の洞窟に潜った時も、歯ごたえのあるドラゴンと戦えた。鍛冶屋に新たな刀を作ってもらった時も、閻魔刀とまではいかなくとも使い心地のいい刀を得ることができた。

 だが、目の前で繰り広げられているキャベツ収穫祭を見て、バージルはこう思わざるをえなかった。

 

 

「(俺は……来る世界を間違えたのかもしれない)」

 




作中に出た「ヤマタノオロチ伝説」は様々な解釈があると思いますが(ぶっちゃけ私はよく知らない)
バージルがいた世界で伝えられていた日本神話の数々は……天道太子と聞いてお察しした通り、全てあの「わんこが世を照らした世界」そのまんまです。なので、天叢雲劍もわんこが使っていたヤツと同じく、雷の力を宿した剣という設定にしています。


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第5話「このキャベツ祭にスタイリッシュを!」★

ようやく主要人物の4人が登場。ある意味ここが一話なので、ここから読んでもいいかもしれません。


 時は少し前に遡る。

 冒険者ギルド内にある酒場一席にて、とある一人の冒険者が、これからの冒険者生活を左右するほどの大事な局面に立っていた。

 

 

「防御力は人一倍高いし、いざとなったら君たちも守ってくれる強い盾になる。よかったら、ダクネスと仲良くしてやってくれないかな?」

 

 柔らかい口調で話すのは、銀髪にアメジストの目を持つ冒険者、クリス。視線の先には、冒険者と呼ぶには違和感を拭えない、実に防御力の低そうな服装を纏う男。

 

 

「た、盾役ですかー。そうですかー。それは強そうですねー。あ、あはは……」

 

 彼の名は、()(とう)(かず)()──通称カズマ。身長は高くもなければ低くもなく、中肉中背に茶髪と茶色い目と、これといって特徴のない男。

 元々彼は『日本』と呼ばれる国に住んでいた、何の変哲もない引きこもり少年だったが……ひょんなことから、16歳という若さで死亡。その死因は、本人的にはできれば触れて欲しくないものだとか。

 死後、彼は女神の導きにより『異世界転生』という、ラノベやゲームでよくある展開で、肉体も記憶もそのままにこの世界へ現れた。

 

 これから多くの仲間と共に戦い、自身の隠された能力を覚醒させ、魔王討伐に向け旅立つ、想像しただけで心躍る異世界ファンタジーが待ち受けているのだろう──が、全ては空想に過ぎなかった。

 

 待ち受けていたのは、日本のブラック企業もビックリな厳しい冒険者生活。

 モンスターが討伐できなければ報酬も得られない上に、パーティーで倒すと報酬金は分配されてしまう。隠された能力は一切無し。無駄に高い運以外は平均以下なステータスだと診断されたカズマが高難度クエストを受けられる筈もなく、低レベルモンスターを狩って少ない賃金を稼ぐことしかできなかった。

 低収入に加え不安定。これならば、厳しいけどアットホームな職場だった土木建築で稼いでいた方がマシだった。

 

 結果、家を買うどころか宿代さえ払うことができず、この世界に来てからずっと格安の宿──馬小屋での生活を余儀なくされていた。冒険者とは。

 

 そんなファンタジーもクソもない悲惨過ぎる冒険者生活に頭を悩ませているカズマだったが……もう一つ、彼を悩ませる種があった。むしろ、こちらが彼にとっては大きな問題だった。

 

 それは──仲間。冒険者にとっての仲間とは、本来お互いを助け合い、高め合い、絆を結んでいくものである。

 が、カズマのパーティーにいる二人の仲間は、助け合うどころか足を引っ張りまくり、高め合おうとせず勝手に突っ走る「絆? 何それ美味しいの?」を地で行く問題児だった。

 

「いいじゃないカズマ。クルセイダーってことは強いんでしょ? 断る理由なんてないじゃないの」

 

 一人目は、カズマの左隣に座っている青い羽衣を着た水色の髪を持つ女性。名はアクア。

 彼女は『アクシズ教』と呼ばれる宗派が崇める女神で、カズマが元いた世界の、日本の年若い死者の魂を導く仕事をしていた。

 何故、女神である彼女が異世界で冒険者をしているのか。その原因は横にいるカズマ──そして(本人は決して認めないが)アクア自身にあった。

 

 死んだカズマと初対面した際、カズマのあまりにもマヌケな死因に耐え切れずアクアは爆笑してしまった。異世界行きを決めて特典を選んでいる時は、ポテチ食いながら退屈そうに待つという舐めくさった態度を取る始末。

 当然、それを快く思わなかったカズマは、ほとんど八つ当たりで特典としてアクアを選び、強制的にカズマと共に異世界転生させられた。紛うことなき自業自得である。また、死者を導く仕事は後輩の天使が引き継いだ。

 

 第一印象は最悪だったが、腐っても女神。もしかしたら頼りがいのある仲間になるかもしれない──と思っていたがそんなことはなかった。

 能力自体は、最初から上位職のアークプリーストになれるほど高かったものの、話は聞かない、調子に乗る、泣き喚く等、主に性格の方に大きな問題を抱えており、終始カズマの足を引っ張っていた。しかも無駄に食べるわ酒は飲むわで、その姿はまさに穀潰し。寝ているアクアの顔を見て、蹴り飛ばしてやりたいとカズマは何度思ったことか。

 女神の品性の欠片もない、カズマ曰く『駄女神』だけでも大変なのだが……もう一人、カズマの頭を悩ませる仲間がいた。

 

「そうですよ! クルセイダーといえば、攻撃と防御を兼ね備えた矛にも盾にもなる上級者向けの職業です! 是非とも仲間にしましょう!」

 

 アクアと対面する形で座っている、黒マントに黒ローブ、トンガリ帽子と典型的な魔法使いの格好をした、黒髪に赤い目を持ち、左目を眼帯で隠している少女──めぐみん。ふざけた名前に聞こえるが、れっきとした本名である。

 彼女は昨日、カズマとアクアが出していた仲間募集の張り紙を見て仲間に志願。高い魔力と知力を兼ね備えたアークウィザードと聞いてカズマの期待は高まったが……蓋を開けば、アクアに負けず劣らずの問題児であった。

 

 彼女は『爆裂魔法』しか愛せない中二病であった。

 『爆裂魔法』──膨大な魔力を消費することで超強力かつ広範囲の爆発を繰り出す強力な魔法。しかし消費魔力が高過ぎる故に、発動すらできないか、発動しても一発で魔力がスッカラカンになるかの二択。魔法に精通している者からもネタ魔法と評価を下さていた。

 その魔法をめぐみんが習得したところ、幸か不幸か、爆裂魔法を撃つことができてしまった。当然、その後彼女は魔力切れを起こし倒れてしまう。魔力が回復するまでは、魔法を放つどころか動くことすらできないお荷物と化す。

 更に、彼女は決して爆裂魔法以外を覚えようとしない。一日一発は爆裂魔法を撃たなければならない身体になってしまうほど、爆裂魔法に魅了されていたのだ。よくもまぁカズマはこのような子を(策略に嵌ったとはいえ)仲間に迎え入れたものである。

 

 話を聞かず突っ走る駄女神に、爆裂魔法を撃てばお荷物になる中二病。このままでは自分の身がもたない。カズマが明日に不安を抱えていた時……そこへ一人の女性が仲間になりたいと現れた。

 

 それが、今カズマの目の前にいる女性──ダクネスである。彼女は昨晩一人でいたカズマにパーティーへ入れて欲しいと声を掛けたが、その時カズマは飲みすぎたと言って話を切り上げた。だが、こうしてまたカズマのもとに姿を見せてきた。

 また、ダクネスと一緒にいたクリスから盗賊スキル『窃盗(スティール)』をカズマが教わった時に、クリスとひと悶着あったのだが……あまりにも破廉恥過ぎる内容であるため、ここでは割愛させていただく。

 

 カズマが引き起こした騒動が落ち着いたところで、再びダクネスをパーティーに迎え入れるか否かで話し合いが始まったのだが、彼女の職業は攻守を兼ね備えた上級者向けの職業、聖騎士(クルセイダー)。相当な実力がなければ就けない職業だと、一緒に話を聞いていたアクアとめぐみんも知っていたため、二人はダクネス加入に賛成していた。

 

 しかし、この場でカズマだけが回答に迷って──否、既に答えは断ることを決めていた。

 

「(お前らは知らないからそう言えるんだ! この人の……どんな恥辱プレイにも快感を覚えてしまう、隠された本性を!)」

 

 彼は知っていた。ダクネスは、真性のマゾヒストであると。

 昨晩、ダクネスがカズマへパーティーに入れて欲しいと志願したのは、彼女が偶然街でグチョグチョに濡れている美少女二人を連れたカズマを見て、一体どんなプレイを二人にしたのか、自分もされてみたいと思ったから。仲間になりたいと言いながら、顔が恍惚に歪んでいるダクネスを見たカズマは、瞬時に彼女がどういう人間なのかを察した。彼女も、アクアやめぐみんと同じ問題児にしかならないと。

 その為、カズマは昨晩やんわりと断ったのだが……彼女には全く伝わっていなかったようだ。

 

「(これ以上俺のパーティーに問題児は不要! 過労死で俺が死ぬ!)」

 

 たとえ周りが歓迎ムードになろうとも、ここで退いてしまっては未来が危うい。カズマは意を決して、ダクネスに断りの言葉を告げようと顔を向ける。

 

「……あれ? どしたの?」

 

 しかしダクネスは、何かを探すようにギルド内を見渡していた。彼女の様子を見てカズマは首を傾げる。と、クリスが慌ててダクネスに注意した。

 

「ちょっとちょっとダクネス。今はカズマ君と交渉している最中だよ?」

「あっ……すまない。少し気になってな……今日も『彼』はいないか」

「彼? 誰のこと?」

「私の探し人だ。銀髪のオールバックに、青いコートを着た男なのだが……」

「あっ! それってもしかして、今アクセルの街で噂になっている冒険者ですか!? えっと確か……そう!『蒼白のソードマスター』!」

 

 アクアに尋ねられたダクネスは探し人の特徴を話すと、めぐみんが耳にしていた人物と特徴が合っていたのか、彼女も会話に入ってきた。

 

 『蒼白のソードマスター』──その男は、突然ギルドに現れて冒険者から登録手数料以上の金を巻き上げるという荒々しい登場をしたかと思えば、ステータス診断で信じられない数値を叩き出した挙句、レベル1、無装備、ソロであるにも関わらず、短時間でジャイアントトードを五十匹も倒すという、誰も成し遂げたことのない快挙を無傷でやってのけた。

 以降、ギルドには一回だけ採取クエストを受けに姿を見せたが……クエストをクリアして彼が帰ってきた同時期、街の外れにある洞窟の入口付近に、天色のドラゴンの死体が転がっていた。聞けばそれは、特別指定モンスターとして登録されているドラゴンだったという。ギルドの受付嬢が言うには青コートの男が狩ったそうだが、彼が冒険者になったのはつい三日前だったため、信じきれていない者が大半だった。

 

「あぁ。君は何か知らないか?」

「いえ、私は噂だけしか……でも、特別指定モンスターを倒しちゃうぐらい強いのなら、もうこの街にはいないのではないでしょうか?」

「やはりそうか……できればもう一度会いたかったのだが……」

 

 めぐみんの推測を聞き、ダクネスは残念そうに肩を下ろす。

 蒼白のソードマスターの噂は、カズマとアクアも知っていた。といっても、この街に住んでいれば嫌でも耳にするだろう。魔王を倒しうる可能性を秘めた『勇者候補』と呼ばれる冒険者の一人。どんな男なのだろうとアクアが天井を見上げて考えている横で、カズマは──。

 

「(ケッ、なーにが蒼白のソードマスターだ。どうせ超強い特典武器使いまくりのチートプレイヤーだろ。俺だって……このクソッタレ駄女神さえ連れてこなけりゃあ、俺だってぇ……っ!)」

「……な、なんで私を睨んでるのよ?」

 

 隣に座るアクアへ、親の仇を見るかのような憎しみMAXの視線を浴びせながら、顔も名も知らぬソードマスターに嫉妬していた。異世界ファンタジー生活で出だしから躓き、馬小屋生活で、少ない賃金をやりくりして何とか凌いでいる自分を差し置いて、武器に物言わせるスタイルで無双しているであろう冒険者が、カズマには憎くて羨ましかったのだ。

 もっとも、女神を腹いせで連れてきてしまったのは何を隠そうカズマ本人であり、そのことは深く反省しているし後悔もしているのだが。

 

「ハァ……」

「……ダクネス。多分だけどその冒険者――」

 

 探し人が既にこの街にいないかもしれないと知り、ため息を吐くダクネス。それを見たクリスがダクネスの肩をポンポンと叩き、何かを話そうとした──その時だった。

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 冒険者各位は至急正門へ集まってください!』

「──ッ!?」

 

 突然、ギルド内に設置されていたスピーカーからサイレンが鳴り響き、続けて受付嬢の声が響き渡った。突然のことにカズマ達は驚き、席を立つ。

 

「な、何だ!?」

「そうですか、もうそんな時期でしたか……緊急クエストですよ、カズマ。急いで正門へ行きましょう!」

「えっ!? えっ!?」

 

 緊急クエストの知らせを聞いた冒険者達が慌ただしくギルドから出ていく中、めぐみんがカズマへ呼びかける。いつの間にかアクア達は既に外へ出ており、声をかけためぐみんも外へ走り出していた。突然のことで状況が飲み込めていなかったが、ひとまずカズマはめぐみんの後を追った。

 

 

*********************************

 

 

 場所は変わり、正門前。既にアクセルの街に住む冒険者達が集まっており、鬼気迫る表情で前方を見ている。その先には、山の方から物凄い速度でこちらへ向かってくる『緑色の雲』があった。

 謎の物体を見て、カズマはゴクリと息を呑む。まだジャイアントトードしか狩れていない新米冒険者の彼だったが、何かヤバイ敵が来ると本能で理解していた。

 

「何だ!? 何が来るんだ!?」

「皆は私が守る。カズマも私から離れないように」

 

 昨晩の欲望をさらけ出した顔とは打って変わり、ダクネスは真剣な顔つきで周りの冒険者とカズマに呼びかける。

 街にいる冒険者が総出しなければならないほどの事態。もしかしたら、自分たちが束になっても敵わない強大な敵が現れるのではないだろうか。

 

「き、緊急クエストって何だ!? モンスターの襲撃か!?」

 

 緊張で心臓が波打ちながらもカズマはダクネスへ尋ねる。するとそこへ──この緊迫感に似合わぬ気楽な声が聞こえてきた。

 

「言ってなかったっけ? キャベツよキャベツ」

「……はっ?」

「今年は荒れるぞ……」

「嵐が……来る!」

「えっ?」

 

 木でできたカゴを何故か抱えているアクア。アクアといい周りの冒険者といい、彼等はは何を言っているんだと思いながらも、カズマは目を細めて前方を見る。

 雲のように見えていたのは、敵の群衆だった。まるで大群をなす虫のように舞いながら、こちらへ向かってきていた緑色のモンスター。

 

「キャベキャベキャベキャベ……」

「なんじゃこりゃああああああああああああああああっ!?」

 

 否、キャベツだった。

 

「収穫だぁああああああああああああああああああああああああっ!」

「マヨネーズ持ってこーい!」

 

 空飛ぶキャベツ達が目前に迫った時、冒険者達は大声を上げて一斉にキャベツ目掛けて走り出した。奇しくもその光景は、生前にネット上の写真や動画で見かけた『コミケ』と呼ばれるイベントで、目的の物を得るために己の全てを懸けて走るコミケ参加者の勇姿と一致しているように思えた。

 

「みなさーん! 今年もキャベツ収穫の時期がやってまいりましたー! 今年のキャベツは出来がよく、一玉の収穫につき一万エリスです! できるだけ多くのキャベツを捕まえ、この檻におさめてください!」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「いやちょっと待って!? なんでキャベツが飛んでんの!?」

 

 おかしい。何か色々とおかしい。ツッコミ所は多々あるが、カズマは真っ先にキャベツが飛んでいる摩訶不思議現象にツッコミを入れた。それを聞いたアクアが、静かな口調で説明を始める。

 

「カズマ、この世界のキャベツは……飛ぶわ。味が濃縮してきて収穫の時期が近づくと、簡単に食われてたまるかとばかりに……街や草原を疾走する彼らは大陸を渡り、海を越え、最後には人知れぬ秘境の奥で、誰にも食べられず、ひっそりと息を引き取ると言われているわ。それならば、私達は彼らを一玉でも多く捕まえて、美味しく食べてあげようってことよ!」

 

 食べられまいと飛んでいくキャベツ達を、冒険者達は全力で狩りにいく。緊急クエストが発令された時のレイドボスを前にしたかのような緊張感はどこへ行ったのか。自分の想像していたビジョンとかけ離れた現状を見て、カズマは真顔で口にした。

 

「……俺、もう帰って寝てもいいかな?」

 

 

*********************************

 

 

 数多くの冒険者がキャベツに意識を向けている中、彼らが待機していた正門城壁の上で、キャベツを見たまま動こうとしない冒険者がいた。天色の刀を立て、銀色の髪と青いコートをなびかせている男──バージルである。

 彼はキャベツ祭が始まってから、一切動こうとせず、無表情でキャベツ達を睨んでいる。

 

 

「──っと。こんな所で何してんの?」

 

 そんな彼の背後から声をかける者が現れた。冒険者を始めてから四日目。彼のことを知り、気安く話しかけてくる人物は一人しかいない。

 

「……クリスか」

「折角のキャベツ収穫祭だよ? 参加しないの?」

 

 バージルと同じく銀髪の冒険者、クリス。彼女の声を聞き、バージルは振り返らずに声を返す。先程までクリスはキャベツ回収に勤しんでいたのだが、ふと城壁を見上げると見知った顔が見えたため、キャベツを一玉抱えてバージルのもとへ来たのだった。

 

「ひと玉一万エリスだよ? 収穫すれば大金持ちに……って、君は既になってたっけ。じゃあ君が参加するメリットはあんまりないか。でも、意外と楽しいよ? ちょっとでもいいから参加してみたら?」

 

 クリスはバージルをキャベツ祭に誘う……が、内心で期待は薄いと思っていた。あのドラゴンと一人で渡り合ったこの男が、キャベツに興味を持つとは思えない。下らない茶番だと思っているのだろうと、クリスは思っていた。

 その予想は当たっていた。こんな下らない茶番に付き合うぐらいなら、帰って寝ていたいとバージルは思っていた。

 

 ──ついさっきまでは。

 

「(このキャベツ……かなり数が多い。冒険者に自ら当たっていく攻撃性もある……意外と刀の鍛錬に役立つかもしれん)」

 

 バージルは魔帝に敗れ、ネロ・アンジェロとなってから手にしていたのは、身の丈ほどの長さを持つ大剣のみ。長い間刀を振るっていなかった。もしかしたら、集団の敵を前にした刀での立ち回りも鈍っているかもしれない。このキャベツ達をリハビリに使うのもアリかもしれないと、彼は真面目に考え始めていたのだ。

 

 新しく手に入れた雷刀アマノムラクモの最初の獲物がキャベツなのは少し……否、かなり不服であったが。

 

「……んっ? どうしたの?」

 

 不意に、バージルが刀に結んでいた下緒を解いたのを見て、てっきり背を向けてアクセルの街に帰るつもりだと思っていたクリスは、不思議そうに尋ねる。対してバージルは、振り返ることなく言葉を返した。

 

「気が変わった。少しだけ遊んでいってやろう」

「えっ?」

 

 それだけ伝えるとバージルは地面を蹴り──人間とは思えない跳躍力で城壁から飛んでいった。

 

 

*********************************

 

 

「なんでっ! 俺がっ! こんなことをっ!」

 

 その頃一方、キャベツ祭に参加していたジャージ姿の新米冒険者ことカズマは、文句を言いながらもせっせとキャベツを回収していた。

 正直、帰って寝たい気持ちは滅茶苦茶あるのだが、キャベツは一個につき一万エリス。しかも自分が回収した分だけ報酬が得られ、分配されることはない。懐が常に寂しいことになっていたカズマにとっては見過ごせないチャンスだった。カズマは盗賊のクリスから教わったばっかりの『潜伏』を使って気配をを消してキャベツに近づき、背後から『窃盗(スティール)』で怯ませ、その隙にキャベツを回収していく。

 

 一方で、仲間のアクアは必死にキャベツを追いかけ、めぐみんは爆裂魔法を使う機会を伺っている。皆は私が守ると豪語していたダクネスは、キャベツによって鎧を破壊され、冒険者達にあられもない姿を晒し──とても悦んでいた。

 対抗するべく剣を振るってはいるが、驚くことに一切当たっていない。掠りすらしない。命中率がマイナス値いっているんじゃあないかと思うほどに当たらない。そんな彼女の姿を見て、カズマは絶対仲間にしてはいけないと心に誓った。

 

 キャベツ収穫祭が始まってから、しばらく時間が経った頃。まだまだキャベツは飛び回っているが、そろそろ佳境だろう。そう思いながらカズマがキャベツを見つめていた時──。

 

「……あれ?」

 

 その中心に立つ、一人の人間を見た。遠目で見てもわかるほど目立つ銀髪のオールバックに、青いコートを着た男。正門前に集まっていた冒険者の中にはいなかった人だった。いつの間に現れたのか。カズマはキャベツを回収していた手を止めると、目を細めて彼を観察する。

 

「(……んんっ? ちょっと待て? 銀髪オールバックに青コートって……)」

 

 アクアやめぐみん、ダクネスに負けず劣らずの、どこにいても目立ちそうな容姿──それに聞き覚えがあった。もしや彼は──。

 

「オ、オイ! あそこにいるのって……!」

「ま、間違いねぇ! 蒼白のソードマスターだ!」

「(やっぱり……!)」

 

 アクセルの街で最も噂になっていた人物──蒼白のソードマスターその人だった。

 キャベツにボロボロにされ悶えていたダクネスも、目を見開いて彼を見ている。遠くへ行ってしまったと思っていた探し人が現れ、驚いているのだろう。カズマは一旦キャベツ収穫をやめて、正門の方へ向かう。

 カズマが移動している間、男は微動だにしなかった。その姿がよく見える位置に移ったカズマは、再び彼を観察する。

 

「(ぐっ……! 予想はしていたが、かなりのイケメン……!)」

 

 彼の整った顔立ちを見て、カズマは更に嫉妬心を燃やす。現に何人かの女冒険者が見惚れており、もし自分が爆裂魔法を使えたのなら、是非ともあの男に直撃させてやりたいとカズマは思った。日本人の顔立ちではないことに少し驚いたが、異世界転生を行っていたのは日本だけではなかったのだろう。

 男の左手には、青い輝きを放つ剣──カズマが生前の世界で見たことのある武器、刀が握られていた。アレが、この男を最強たらしめているチート武器なのかとカズマは推測する。

 

「か、カズマカズマ! 噂になっていた冒険者が! 蒼白のソードマスターがあそこにいますよ!?」

「あぁ、俺も初めて見た。で、アクアは珍しく真剣な眼差しで見てるけど……何か知っているのか?」

「あの青色で固められたデザインの服と武器……まさかアクシズ教徒!?」

「全世界の青色好きに謝れ」

「なんでよ!?」

 

 文句を言ってくるアクアをスルーし、カズマは再度彼に目を向ける。彼の周りにはキャベツ達が飛び回っていた。じっとしているだけで何もしてこない彼を不審に思っているのか、中々彼に向かって突撃してこない。

 

「……あっ!」

 

 しかしその時、勇気あるキャベツが彼に向かって突撃した。思わずカズマは声を上げる。切込隊長のキャベツに触発されてか、複数個のキャベツも追随した。

 幾つものキャベツが、彼に向かって一直線に飛んでいく。しかし彼は避けようともせず、キャベツが来るのをじっと待っていた。やがて、キャベツが顔先にまで迫った──その瞬間。

 

「──フッ!」

 

 彼は左手に握っていた刀を納刀されたまま振り、キャベツを鞘で迎撃した。幾つかのキャベツを叩き飛ばした後、彼は右手で柄を持ち、刀を引き抜く。

 

「ハァッ!」

 

 鞘からキラリと光る刃が見えた──と思った束の間、彼は既に刀を抜き、前方にいたキャベツを真っ二つに斬っていた。続けて彼は流れるように刀を二度振り、複数のキャベツを同時に斬ると、雷が走っているように見える刃を静かに納刀する。

 突如動き出して仲間を屠った男にキャベツ達は狼狽えたが、偶然にも攻撃性の高いキャベツが集まっていたのか、再び彼に向かって突撃した。しかし彼は表情を一切崩さない。

 

「フンッ!」

 

 キャベツの突撃を軽く避け、背後から向かってくるキャベツを鞘で弾いた後に横で一閃。流れるままに二度刃を振ると、瞬時に刀を逆手に持ち替えて前方のキャベツを斬る。最後は、五個ものキャベツを同時に横へ斬った。

 何者も近づくことを許さない神速の刃。仲間が目まぐるしいスピードで切り刻まれていくのを見て、絶対に敵わないと本能が訴えたのか、キャベツ達は彼から逃げるように飛び始める。

 納刀していた彼は逃げていくキャベツを視界に捉えると、再び右手で柄を持った。姿勢を低く構えると、キャベツに向かって動き出し──。

 

So slow(遅い)

 

 いつの間にか、彼は逃げ出したキャベツよりも先に立ち、雷纏う刃を納めていた。すれ違ったキャベツ達は、気付かぬ内に真っ二つに斬られていた。

 観戦していた冒険者達には、彼が何をしたのか理解できなかった。視認することすらできなかった。

 常人にはおろか、高レベルのモンスターでさえも目で追えない神速の居合術──彼の十八番である『疾走居合』を目の当たりにし、冒険者達は口を開けて驚いていた。その一方で、蒼白のソードマスターは次々とキャベツを狩り続ける。

 

 速く、力強く、滑らかに……彼の華麗な剣技を見た冒険者達は、思わずキャベツを収穫する手を止めていた。剣を武器として戦うダクネスは勿論のこと、剣には詳しくないめぐみんやアクアも。そして、先程まで彼に嫉妬の視線を送っていたカズマさえも。

 

 あの男は、チート武器で敵を簡単に一掃するものだとカズマは思っていた。しかし、彼が見せたのは圧倒的な力ではない。見る者を魅了する技だ。またそれは一朝一夕で得たものではなく、長い年月をかけて磨き上げられたものだと、カズマは直感で理解していた。

 

「……スタイリッシュ」

 

 舞うように刀を振るう彼の姿を見て、カズマは思わず呟いた。

 

 

「(だけどシュールッ!)」

 

 相手がキャベツでなければ、ここまでシュール過ぎる光景にはならなかっただろうに。

 

 

*********************************

 

 

「……フンッ」

 

 しばらくして、青コートの男──バージルは、遠方へ逃げていくキャベツ達を尻目に刀を納めた。

 彼の周りには、数えるのも嫌になるぐらいの、綺麗に真っ二つに斬られたキャベツが転がっている。周りに飛んでいるキャベツはおらず、キャベツ収穫祭が終わったことを物語っていた。

 

 今回、バージルは刀を振るう戦闘のリハビリとしてキャベツを相手にしたのだが……意外と得られるものはあった。

 まず、自身の剣技は全く衰えていなかった。長いこと刀を握っていなかったが、恐らく身体が覚えていたのだろう。

 そして──彼の十八番の一つであった剣技『次元斬』が使えなくなっていた。何度も試そうとしたが、どうにもこの刀ではできそうにない。あの技は、勿論バージルの居合術によるところもあったのだが、閻魔刀の力が大きかったのだろう。

 自身の得意技の一つが使えなくなったのは手痛いが、代わりにこの世界では自分の知らないスキルが山ほど存在する。もしかしたら刀のように、次元斬に変わる飛び道具が得られるかもしれない。

 

 次元斬が使えなくなったことをあまり悲観することなく、バージルは正門に顔を向ける。多くの冒険者がこちらを見て固まっていたのだが……その中に一人だけ、バージルに向かって走ってきている者がいた。銀髪にラフな格好の冒険者、クリスだ。

 

「ハァ、ハァ……もう、いきなり大ジャンプしたかと思ったらキャベツ収穫に参加したからビックリしたよー」

 

 クリスはバージルのもとに辿り着くと、膝に手を置いて息を整える。彼女もまたバージルが魅せていた剣舞に見入っており、ふと我に返った時にはキャベツ収穫祭が終わっていたため、慌てて彼に駆け寄ってきたのだった。

 

「それにさっきの剣舞。とても冒険者になって四日目の人が見せる動きじゃなかったよ。ていうか、いつの間にそんな武器持ってたの? ドラゴンと戦った時の不思議な光る武器と剣はどうしたのさ?」

「これは先程、鍛冶屋にドラゴンの素材を使って作らせた物だ。今回は、この武器の試し斬りが目的だった。だから以前見せた武器は使っていない」

「……お試しでここまで斬っちゃうのは、多分君くらいじゃないかな」

 

 クリスは苦笑いを浮かべ、周りに転がっているキャベツを見る。これを全部売り払えばどれだけお金が手に入るだろうか。最後はバージルの剣舞で手を止めてしまい、例年よりも収穫できなかったクリスは、大量のキャベツを狩ったバージルを羨む。

 それを知ってか知らずか、バージルはクリスに自ら声を掛けた。

 

「ここに転がっているキャベツは、全て貴様にやる」

「……えっ!? い、いいの!?」

「俺が参加したのは、あくまで試し斬りの為だ。収穫するつもりはない。金には困っていないからな」

 

 予想外の言葉を聞き、クリスは驚いてバージルに振り返る。しかしバージルはクリスに顔を向けずにそう続ける。人が狩った物を総取りしてしまうのは少し気が引けたが、本人がいいと言っているならいいのだろう。クリスはありがたくバージルが斬ったキャベツを収穫することにした。

 もっとも、バージルが彼女にキャベツを全部あげた理由は、回収するのが面倒だったからなのだが。

 

「……ムッ?」

 

 と、その時だった。バージルの耳に何かが迫ってくる音が聞こえ、彼はすぐさまそちらへ顔を向ける。クリスも聞こえていたのか、顔を上げて同じ方向を見る。

 二人のもとに駆け寄って来たのは──何故かボロボロになっている鎧を纏った金髪の女性。

 

「クリィイイイイイイイイイッス!」

「ダ、ダクネス!?」

「(奴は……あの時の女か)」

 

 この世界に来た時に初めて出会った女騎士、ダクネスであった。彼女の姿を見たバージルは、心底興味がなさそうな顔を見せる。

 興味のない人物は記憶の片隅にも留めないのだが、彼女は初めて出会ったこの世界の住人であることと、特徴的な外見だったから姿は記憶に残っていた。名前はすっかり忘れていたが。

 ダクネスは二人のもとへ辿り着くと、息を整えてから顔をあげる。

 

「ク、クリス! 何故この者と親しげに話しているのだ!? 仲間だったのか!? 知っていたなら、どうして教えてくれなかったのだ!?」

「お、落ち着いてダクネス!? か、彼とは仲間というより協力関係で……それにさっき酒場で教えようとしたけど、緊急クエスト発令で遮られちゃったから……!」

 

 クリスの肩に両手を置き、ゆさゆさと揺らしながらダクネスは必死に尋ねる。互いに名前で呼び合っている二人を見て、バージルは内心驚いた。

 まさか、あの時追っ払った女騎士が、唯一の協力者であるクリスと知り合いだったとは思っていなかった。思わぬ再会を前に、バージルは小さく舌打ちをする。

 もしかしたら、場合によってはこの女騎士とも関わり合いにならざるをえないかもしれない。失せろと言った筈なのに、また自分に近寄ってきた、お人好しの女騎士と。

 彼が嫌悪感を抱いている中、二人の話し合いが終わったのか、ダクネスはクリスから手を離し、バージルの方へ身体を向けていた。

 

「まぁいい! それよりもだ! 貴殿に一つ頼みたいことがある!」

「……何だ?」

 

 ダクネスの声を聞いて、バージルは顔だけを彼女に向ける。

 といっても、その内容は大方予想が付いていた。恐らく、自分と手合わせしてくれと言い出すのだろう。もしくは私も仲間に入れてくれ、か。

 また、答えも既に決めていた。もし勝負を挑んでくるのならば、彼女が持つ剣をへし折る。仲間にしてくれと言うのなら即刻断るまで。

 バージルは静かに彼女の言葉を待つ。対してダクネスは胸元に右手を当て、真っ直ぐバージルを見つめて口を開いた。

 

 

 

「私を──あの時と同じように、冷たい目で見下してはくれぬか!?」

「……ッ!?」

 

 その言葉は、バージルの予想を遥かに上回るものだった。いや、斜め上にと言ったほうが正しいか。

 冷たい目で見下してくれ。何言ってんだコイツで終わる内容だが、バージルは……彼女の前にいた彼だけは、彼女の目的を理解していた。

 

 ダクネスの顔は、初めて会った時に見せた正統派女騎士とはかけ離れた──まるで餌を待ち焦がれる雌豚のよう。

 彼女がそのような顔を見せ、何のために見下してくれと頼んできたのか。それがわからないほど彼は女に疎くはない。が、このような場面に遭遇した経験はなかった。

 どう返せばいいのか判断しかねていたバージルは、近くにクリスがいたことを思い出し、助け舟を求める。

 

「おい、クリ……ス?」

 

 しかし──クリスの姿は影も形もなかった。周りにあるのは転がったキャベツと、未だ息の荒いダクネスのみ。

 自分を助けてくれる者がいなくなったのを知り、バージルはゆっくりとダクネスに顔を向ける。もう待ちきれないのか、彼女は一歩バージルへ歩み寄り、それを見たバージルも一歩下がる。

 

「っ……近寄るな」

「……っ!んんっ……!」

「……ッ!?」

 

 バージルはただ一言。先程までとはまた別の嫌悪感を彼女に抱きながら告げただけで、ダクネスはいやらしい声を上げて両手に肩を回した。思いもよらぬ反応を前に、バージルはただただ驚く。

 

「あ……あの時の、ゴミを見るような目も良かったが……い、今の……気色悪い物を見るような目も……イイッ……」

 

 ダクネスは両目を閉じ、息を荒くして意味不明なことを呟く。はだけた鎧で頬を染め興奮している彼女の姿は、男冒険者からしたらテメンニグルも即イキリタツものだろう。

 バージルは、ダクネスという人間を理解した。そして彼の本能が、心が……魂がこう言っていた。

 

 

 コイツは『狂った人間(H E N T A I)』だ。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「その目もイイ……イイのだが、やはり私としては、あの冷たい目で見られる感覚をもう一度味わいたい……できればあの言葉もプラスして──」

 

 しばらくバージルから受けた快感に浸った後、ダクネスは再度バージルに頼みつつ目を開ける。

 

「……なっ!?」

 

 が、彼女の前にバージルの姿はなかった。ダクネスは慌てて正門方向へ顔を向けると、正門に向かって全力で走り、自分から逃げていくバージルの姿を捉えた。

 

 もう一度言おう。バージルがダクネスから逃げていた。あのバージルが、ダクネスから全力で逃げていた。

 あの──幾千万の悪魔を斬り伏せ、悪魔の軍勢を率いる魔帝を前にしても逃げずに立ち向かっていったバージルが、たった一人の女騎士から逃げ出したのだ。

 

「ようやく……ようやく会えたのだ。今度は絶対に逃がさない!」

 

 正門に集まる冒険者の中に隠れたバージルを見て、ダクネスはすぐさま彼を追いかけ始めた。

 

 

*********************************

 

 

「……あっ、ダクネスがこっち来た」

 

 先ほどのやり取りを遠くから見ていたカズマは、ダクネスがこちらへ全力で向かってきたのを視認する。因みに、蒼白のソードマスターも先程横切って街の中に消えていったのだが、彼の表情はかなり必死に見えた。

 

「カズマー! 先の青コートの男はどこへ行ったー!?」

「街の中を真っ直ぐ進んでった」

「そうか! ありがとう!」

 

 尋ねてきたダクネスに、カズマは正直に男が去っていった方向を指差して答える。ダクネスは簡単に礼だけ告げると、陸上競技で金メダル狙えるほどのスピードを維持し、青コートの男と同じように街の中へ消えていった。

 

 あの男とダクネスが何を話していたのかは、遠くにいたために聞こえなかった。しかし、必死な表情で逃げる男と、恍惚で歪んだ顔で追いかけるダクネスを見て、カズマは何が起こったのかを悟った。

 

「(……ガンバレ。蒼白のソードマスター)」

 

 カズマは二人が消えていった街の方へ顔を向け、心の中で蒼白のソードマスターにエールを送った。

 




挿絵:のん様作

悪魔も逃げ出す女騎士がいた。


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第6話「この蒼き冒険者に自己紹介を!」

プロローグ除いて5話目にしてようやくクロスオーバー先の主人公登場


 波乱のキャベツ収穫祭が終わった夜。冒険者達は酒場に赴き、捕獲したキャベツがふんだんに使われた料理を食べ、酒を交わしながらキャベツ収穫祭について語り合っていた。

 例年通り、収穫したキャベツの個数で競う者、キャベツの味を語る者、キャベツとは何なのかと哲学じみたことを熱く語る者はいたが、今年はキャベツよりもホットな話題が挙げられていた。

 

 キャベツ収穫祭が佳境に差し掛かった時、乱入してきた噂の冒険者──蒼白のソードマスター。

 噂には聞いていたものの、姿を見たことがない冒険者は多く、戦う姿は誰ひとり見たことがなかった。故に、彼が本当にドラゴンを倒す程の実力者なのか半信半疑な者は多かったが……大群の攻撃をものともしない華麗な立ち回り、強く滑らかに振るわれた雷を纏う刀。見る者全てを魅了する戦い方は、強者だと認めざるをえないものだった。

 多くの冒険者は、彼のスタイリッシュな戦い方を振り返っていたり、刀について話していたり、彼のルックスにときめいたりしている。

 アクセルの街中心にある酒場が、蒼き剣士一色で盛り上がっていた中──出入口の扉が開かれた。

 

「いらっしゃいませー! お食事の方は空いたお席へ──」

 

 赤髪のギルド職員は、いつものように挨拶をしつつ顔を見──危うく飲み物を溢しそうになるほど驚いた。彼女だけではない。食事をしていた冒険者達も、入ってきた客を見て目を丸くしていた。

 

 

「ハァ、ハァ……くっ」

 

 話題の中心となっていた蒼白のソードマスターことバージルが息を切らし、額に汗を掻きながら入ってきたのだから。

 

「オイ! あれって蒼白のソードマスターじゃ……!?」

「なんで汗だくになってんだ? キャベツ切ってた時は汗一つ流してなかったのに……」

 

 普通ではない彼の様子を見て、冒険者とギルド職員がざわつき始める。そんな中、バージルは周りの声を無視して酒場のカウンターへ。

 

「……水をくれ」

「えっ? あっ、は、はいっ!」

 

 カウンターへもたれかかるように手をついたバージル。金髪のギルド職員が慌てて水の入ったコップを渡すと、沙漠を歩き続けてようやくオアシスを見つけたかのように、バージルは天を仰いで水を飲み干した。

 ドンと音を立ててコップをカウンターに置き、バージルは息を整える。心配そうにギルド職員が見つめていた、その時。

 

「見つけたぞー!」

「……ッ!」

 

 ギルドの扉が開かれると同時に、女性の声が響き渡った。冒険者とギルド職員は一斉に出入口へ顔を向け、バージルは苦虫を噛み潰したかのような顔で、恐る恐る振り返る。

 

「フフフ……追い詰めたぞ!」

「Damn it!」

 

 そこにいたのは、バージルを恍惚に満ちた表情で視界に捉えていた、金髪ポニーテールの真性マゾヒスト女騎士、ダクネス。

 キャベツ収穫祭で彼女に目を付けられ、身の危険を感じた彼は凄まじい速度で街の中へ逃げ出したのだが……後から追いかけてきている筈のダクネスは、自分の行先に現れてきた。逃げても逃げてもバージルの先を行く。これぞ、変態の成せる技であろう。

 

 何度か刀で脅してやろうと考えたが、本能が呼び止めた。彼女に触れることすら危険だと。バージルはやむを得ず、ダクネスと鬼ごっこを続けるしかなかった。

 長い長い鬼ごっこの果てに酒場へたどり着いたバージルだったが、どうやら彼には休憩する暇も与えてくれなかったようだ。

 

「感動の再会なのに、逃げるなんて酷いじゃないか……さぁ! もう一度私をっ! あの目でっ!」

「ぐっ……!」

 

 ダクネスは息を荒げて、じりじりとバージルへ詰め寄ってくる。ダクネスはそう言っているが、バージルにとっては悲運の再会でしかない。

 たった一人の人間──それも女に、ここまで追い詰められることがあっただろうか。バージルにとってはダンテに敗北する以上に、魔帝に敗北し操られる以上に屈辱であった。

 

 斬り捨ててしまいたいと思う彼であったが、先も言ったように本能が彼女に触れることを危惧している。彼女は、それすらも悦びに感じてしまう変態だと。

 冒険者とギルド職員が見守る中、バージルはどう対処すべきか頭をフル回転させて考える──と。

 

「ハイストーップ」

「あうっ!?」

 

 突然、聞き覚えのある女性の声がバージルの耳に入ってきたかと思うと、ダクネスは小さく声を上げて頭を抑えた。痛そうに頭を擦るダクネスから視線を外し、バージルは彼女の背後に立っていた女性を見る。

 

「クリス……どこに行っていた」

「ごめんごめん。バージルが倒したキャベツの回収に手間取っちゃって──」

「そうではない。コイツが平原で俺に絡み始めた時、貴様はどこに身を隠していた?」

「……面白い物が見れそうだなーと思ったから『潜伏』を使って、キャベツの中に隠れてました……えへっ」

 

 いつの間にか姿を消していた、バージルの唯一の協力者でありダクネスの友、クリス。舌をペロッと出して頭をコツンと叩く彼女の姿を見て、バージルは静かに刀の柄に手を置いた。

 

「ご、ごめん! 謝るから剣を引き抜こうとしないで!?」

「貴様があの時隠れていなければ……」

「だからごめんって!? ほ、ほらっ! こうしてアタシが止めたんだからいいでしょっ!? ねっ!?」

「……フンッ」

 

 自分を一人残してダクネスを押し付けたことを許すつもりはなかったが、彼女がダクネスの暴走を止めたのも事実。バージルはわずかに鞘から出していた刃をしまい、柄から手を離す。丁度その時ダクネスが顔を上げ、邪魔してきたクリスに突っかかった。

 

「何をするんだクリス! 千載一遇のチャンスを潰すつもりか!?」

「落ち着きなってダクネス。彼、困ってるからさ」

「これが落ち着いていられるか! クリスは、三日三晩探してようやく出会えたレアキャラを自ら見逃せというのか!?」

「いや意味わかんないから。それよりまずは着替えてきなよ。その姿じゃ……ねっ?」

 

 よっぽどバージルに見下されたいのか、ダクネスはボロボロになった服を気にせずクリスに猛抗議する。いくら知り合いといえど、暴走状態の彼女を抑えるのは難しいのか、クリスは押され気味の様子。

 と、そんな時だった。再び酒場の扉が開く音が聞こえたかと思うと、カウンター前で騒いでいる二人に話しかける者が現れた。

 

「あっ、いましたいました。ダクネスさーん。クリスさー……んおわぁっ!? か、カズマ! あの人! 蒼白のソードマスターですよ!」

「あぁ……結局捕まっちゃったのか」

「ふーん、こうして近くで見ると物騒な顔してるわねー」

 

 話しかけながら近寄ってきたのは、冒険者には見えない服装をした茶髪の男と、いかにも魔法使いらしい服装で身を固めている赤目の女性。そしてどこにいても目立ちそうな水色髪の女性。

 魔法使いは、バージルがダクネスと一緒にいることに驚いたのか仰天している。隣の男は哀れみの目をバージルに送り、水色髪の女性は目を細めてバージルの顔を見ていた。

 一方でバージルも、水色髪の女性を興味深そうに見つめていた。

 

「(あの女が放つ光と力。どこかで……)」

「あっ、カズマ。それにめぐみんとアクアさんも」

「知っているのか?」

「うん、今日知り合った冒険者達だよ。茶髪の子がカズマで、魔法使いの子がめぐみん。残る一人がアクアさん」

 

 バージルに尋ねられ、クリスは簡単に3人のことを紹介する。と、何かを思い出したかのように大きく声を上げた。

 

「あっ! そういえばダクネスを仲間にする話が途中だった!」

「あの、クリスさん。お話はありがたいんですけど俺は──」

「立ち話もなんだし、夕食を食べながら再開しよっか。バージル、よかったら一緒にどうかな? 君のことも紹介したいし」

「……いいだろう」

 

 クリスに誘われたバージルは、珍しく誘いに乗る。茶髪の男が何か言いたげにしていたが、誰一人として気付くことなく食事の場へ向かった。

 

 

 

*********************************

 

 

 酒場の隅にあった席。バージルは窓際の席に座し、左隣にクリス、更にその隣にはダクネスが。

 バージルと対面する形で座っているのは、魔法使いの少女めぐみん。クリスの前にはカズマが、ダクネスの前にはアクアが座っていた。テーブルには野菜炒め、サラダ、ロールキャベツ等、キャベツをふんだんに使った料理がズラリと並んでいる。

 

「お待たせしましたー! シュワシュワ四つにオレンジジュース一つ、お冷一つです! ごゆっくりどうぞー!」

 

 そこへ酒場担当のギルド職員が、お盆に乗ったジョッキ四つとコップ二つを慣れた動作で持ち運び、バージル達のテーブルへ手早く置いた。水を頼んだバージルとオレンジジュースにされためぐみん以外には、シュワシュワと呼ばれた飲み物が。子供扱いされて不服なのか、めぐみんは不満げに頬を膨らませていた。

 また、酒場にいた冒険者達が気になってバージルに視線を送っていたが、冷たい目で睨み返された途端、すぐさま視線を外した。料理が出揃い、落ち着いた所でクリスが自ら切り出した。

 

「じゃあカズマ君。話の続きをしたいところだけど……気になって仕方ないだろうし、この人の紹介から始めようか」

「……お願いします」

 

 突然現れた噂の冒険者。アクアとめぐみんも気になるのか、ジッと彼を見つめていた。一方でバージルは、全く気にせず水を一口飲んでいる。

 

「クリスは駆け寄って話しかけていましたが、知り合いだったのですか?」

「うん。つい最近会ったんだ」

「ダクネスは探し人だって言ってたけど……」

「その理由はアタシも知らないんだよね。ダクネス、どうして彼を探してたの?」

 

 クリスも知らなかったようで、隣にいるダクネスに尋ねる。話を振られた彼女は胸に手を当てつつ目を伏せ、過去の情景を思い出しながら語り始めた。

 カズマ達とまだ出会っていなかった頃、アクセルの街で偶然見つけた、来訪者らしき男。道案内をしようと声をかけたら、冷たい目で見られた挙げ句剣を突き立てられた──蒼白のソードマスターとの邂逅を。

 

 

*********************************

 

 

「──という熱烈な出会いがあったので、私は必死に彼を追いかけていたんだ」

「いやちょっと待ってください!? 話の途中で殺されそうになっていませんでしたか!?」

「あぁ、確かに殺されかけた。しかしあの時は、彼の気持ちも知らずに関わろうとした私にも非がある。あのようなごほう……んっ……仕打ちを受けてもっ……仕方のないことだ……っ」

 

 バージルの衝撃的な出会いを平然と語るダクネスに、めぐみんは思わずツッコミを入れる。顔を言葉が合っていないぞと、カズマは呆れ顔を見せていた。

 

「そんなことがあったんだ……ていうか君、初対面の人に剣を向けるなんて物騒にも程があるよ。以後、気をつけるように」

「……深く反省している」

 

 同じくダクネスの話を聞いていたクリスは、まるで母親のようにバージルへ言いつけた。普段のバージルであれば「知るか」の一言で済ますのだが、今の彼は過去の行動を酷く悔やんでいた。

 よもやあの脅しが、彼女に目をつけられるきっかけになるとは思ってもみなかった。できることなら、転生前に戻って一からやり直したいと心の底から願っていた。

 

「ダクネスも、人が嫌がることをしないように。わかった?」

「うぐっ……すまない」

「それで良し。じゃあこの件はここまでにして、そろそろ紹介に移ろうか。彼の名前はバージル。蒼白のソードマスター御本人だよ。ソロでドラゴンを倒したって噂も本当。アタシこの目で見たもん」

「おぉっ……!」

 

 バージルの紹介を聞いて、めぐみんは赤い目をキラキラと輝かせる。そこで、二人の関係が気になったカズマが自ら質問した。

 

「クリスとバージルさんは仲間なんですか?」

「違うよ。あくまで協力関係。どうもバージルは遠い国から来た人らしくって、ここら辺のことはなーんにも知らないんだ。だから、アタシが色々と教える代わりに、アタシの仕事を手伝ってってお願いしたの。決して仲間だとは思わないでね。彼、怒っちゃうから」

「……フンッ」

 

 しっかりと仲間ではないと明言するクリス。耳を傾けていたバージルそれを聞いて、特に突っかからず窓の外へ目を向けた。

 

「アタシのことは皆に紹介済みだから……じゃあ次は、君達のことをバージルに教えてくれるかな? いいよね、バージル?」

「勝手にしろ」

「というわけだから、皆さん自己紹介よろしくっ」

「えっ!? あー、えーっと……」

「なら、まず私から行こう」

 

 本人は全く喋っていない自己紹介を終え、次はカズマ達の紹介へ。緊張故かカズマは上手く言葉を出せなくなっていた時、ダクネスが自ら声を上げた。

 

「名前は言ったかもしれないが……私はダクネス。アクセルの街に住む冒険者で、カズマのパーティーメンバーだ。職業はクルセイダーだが……剣に関してはまだまだ未熟者だ」

「いやあれ未熟者ってレベルじゃ……っておいちょっと待て!? 何サラッと仲間になってんの!? 認めた覚えないんだけど!?」

 

 さりげなくパーティーメンバーだと言い張ったダクネスに、カズマはすかさず反論する。だが、隣に座っていたアクアとめぐみんが、何を言っているんだとばかりにカズマへ話した。

 

「アンタまだ反対してたの? 私はもう仲間に迎える気でいたんだけど?」

「私もです。護衛担当の方がいれば、私も爆裂魔法が撃てますから。ダクネス、よろしくお願いします」

「防御には自信がある。盾役なら望むところだ。何なら囮にして私をモンスターの軍団の中に放置してくれても構わない。あぁ……想像しただけで武者震いが……」

 

 カズマの反論に対し、問題児達は聞く耳持たず。もはや何を言っても無駄だと諦めたのか、カズマは席に座って俯いた。一方でバージルは、身を震わせ頬を染めるダクネスを疎ましそうに見ていた。

 

「ダクネスを仲間にするか否かが本題だったんだけど……決まったのならまぁいっか。じゃあ自己紹介の続きよろしく」

「次は私が行きましょうっ!」

 

 続けて声を上げたのは、落ち込んでいるカズマとは対照的に元気ハツラツな魔法使い、めぐみん。彼女は勢いよく立ち上がり──。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とする紅魔族であり、地に立つ有象無象を塵と化す史上最強の『爆裂魔法』を操る、この街随一の魔法使い! この世を支配せしめんとする魔王を討つべく、横にいるカズマと血の盟約を交わした冒険者である!」

 

 洗練された動きでポーズを決め、過去に黒い歴史を持つ者が見たら頭痛に悩まされそうな台詞を口にした。めぐみんの横にいたカズマは、真っ赤になった顔を両手で覆い隠している。

 このテンションでくるとは想定していなかったため、バージルは少し面食らったが……しばし間を置いて、気になった言葉を聞き返した。

 

「紅魔族?」

「紅魔の里って村に住んでいる民族だよ。紅魔族は皆、生まれつき高い魔力と知性を持っている人間で、一定の年齢になると魔法の修行を始めるぐらい魔法に長けた種族なんだ。アークウィザードってのは魔法使い職、ウィザードの上位版。高い魔力と知力がなければ就けない職業だね」

「おぉっ! よくご存知ですね!」

「伊達に冒険者やってないからねー」

 

 紅魔族──『魔』という言葉から連想し、もしや悪魔関連ではないかとバージルは推測していたが、クリスは人間だと話した。それに、めぐみんからは悪魔が放つ独特の臭いがない。この世界の悪魔とは臭いが違う可能性もあるが……ひとまず、今は人間と見ても問題ないだろう。

 そうバージルが考えていた時──眼前にいためぐみんは、不敵な笑みを浮かべながらバージルに話しかけてきた。

 

「バージルさん……貴方からは、私と近しい物を感じます。いや、断言します! 貴方は、こちら側の者だと!」

「……ほう」

 

 人間ではあるが、クリスが話した通り魔力と知力に長けていることは間違いないようだ。故に、バージルがそちら側の者──『魔』に通ずる者だと見抜いたのだろう。

 出会って間もない自分の姿を見抜いてきためぐみんに、少し興味を持ったバージル。彼が見つめる中、めぐみんはゆっくりと右手を上げ──コップを持っていたバージルの手を指差した。

 

「両手に着けている指ぬきグローブッ! それが何よりもの証明!」

「……グローブ?」

 

 何故ここでグローブに話が繋がるのか。全く理解できなかったバージルは、思わず自分の手元に目を落とす。

 このグローブは、元の世界で常時身に着けていたものだ。着けている理由は特に無く、どこで得たのかも覚えていない。ただ気に入ったから買っただけなのかもしれない。

 どういうことだと思いつつ、バージルは視線を再び前に向ける。めぐみんは独り納得したように両腕を組んで頷いており、何故かカズマが机に顔を伏せていた。

 

「これに何の意味が──」

「おおっと! 大丈夫です! 言わずともわかりますよ。えぇ……どうやら私達は波長が合う者同士。いずれ貴方とは、良い酒を飲みながら語り合えそうです」

「……そうか」

 

 こちらは二人で飲む気にもならないのだが、ひとまずバージルは、この世界で魔に通ずる者は皆、指ぬきグローブをするものだと結論付けた。あながち間違いではないのだが。

 

「あー……それじゃあ次はカズマ君、よろしく」

「……はい」

 

 終始苦笑いを見せていたクリスは、机で突っ伏していたカズマに声をかける。カズマはゆっくりと顔を上げると、目の前にあったシュワシュワを一度口にしてから自己紹介を始めた。

 

「えっと……佐藤和真です。こんなナリですけど、魔王倒すために頑張ってる冒険者です……はい」

「ダメですよカズマ。自己紹介はもっと大胆にしなければ。そう! 私のように!」

「君はちょっと黙っててくれるかなー?」

 

 指導をするめぐみんに、カズマは引きつった笑みで言葉を返す。めぐみんと比べ地味な紹介だったので、バージルは特に反応を見せなかったが……ようやくまとな人間が来たと、内心ホッとしていた。

 

「じゃあ最後は私!」

 

 カズマの自己紹介が終わった途端、待ちわびたかのようにカズマの隣に座っていたアクアが立ち上がる。酔っているのか、ほんのり赤く染まった顔をバージルに向け、めぐみんに負けず劣らずの元気な声を発した。

 

「私はアクア! アクシズ教徒が崇める水の女神、アクア様よ!」

「……女神?」

「を、自称しているカワイソーな子なんです。自分が女神だと思い込んでるイタイ子なんです……そっとしてやってください」

「ちょっとカズマ! 誰が自称女神よ!? 私は正真正銘女神様なの!」

 

 カズマの補足に対し、そっちこそ嘘を吐くなと言い返したアクアは再び腰を降ろし、バージルに視線を戻す。

 

「まぁいいわ。それよりもバージル」

「なんだ」

「貴方の剣技、中々のものだったわ。で、私から一つ提案があるの」

 

 真剣な表情のアクア。バージルだけでなく、他の四人も彼女の言葉をじっと待つ中、アクアはおもむろに口を開いた。

 

 

「わ──」

「断る」

「まだ何も言ってないじゃないのよぉおおおおっ!?」

 

 彼女の言わんとしていることが予想できた瞬間、バージルは超食い気味に断った。当たっていたのか、アクアはまたも立ち上がってバージルに突っかかる。毎度毎度大声を上げるバージル達の席が気になるのか、周りの冒険者達はバージルに睨まれないようコッソリと見つめていた。

 

「俺は誰とも馴れ合うつもりはない。無論クリスともだ」

「な、なんという即答……カズマのも良かったが、これもまた……んんっ!」

「ほう、孤高を自ら望むとは……」

 

 仲間に誘おうとしたアクアをバージルは冷たくあしらう。そんな彼の姿を見て、ダクネスは何故か悦びを覚え、めぐみんは何を勘違いしたのか感心を示していた。そしてカズマは、嫌な予感を覚えながらも様子を見守る。

 

「この女神たる私が、ぼっちのアンタに手を差し伸べてあげているのよ!? それを自ら断るなんてどういう神経してんのよ!?」

「いやお前がどういう神経してんだよ!? あの実力を見ても上から目線で頼むとか身の程知らずにも程があんだろ! 今すぐ謝れ! バージルさん青筋ピキピキ浮かべてんぞ!?」

「クソボッチヒキニートのカズマは黙ってて!」

「お前が黙れよクソビッチ穀潰し駄女神!」

 

 予感的中。女神を自称しているとは到底思えない粗暴な口調で、アクアはバージルに文句をぶつける。彼女のようなやかましい女は嫌いなタイプだったのか、バージルはアクアを睨んで顔に青筋を浮かべていた。

 このままでは喧嘩が始まる。そう悟ったカズマは慌ててアクアを止めようとしたが、彼女はそれでも止まらない。

 

「バージル! 私と勝負よ! どっちが多くキャベツを収穫できたかで勝負しなさい!」

「いいだろう」

 

 アクアが売ってきた喧嘩を、バージルは即座に買った。彼女は何を言っても無駄なタイプだろうと思ったのだろう。クリスにキャベツを回収させたことを覚えていたバージルは、彼女に自分が斬った個数を尋ねる。

 

「クリス、俺が斬ったキャベツは何個だ?」

 

 目測であるが、百個以上斬ったのは間違いない。勝負にもならんだろうと思いながらクリスの言葉を待っていたが──彼女が発したのは、予想だにしない報告だった。

 

「それなんだけど……どうもバージルが斬ってたのって、ほとんどレタスだったみたい」

「……何っ?」

「だから、バージルが斬ったキャベツは全部で……三個」

 

 まさかの結果を受け、バージルは言葉を失う。

 何故レタスが混じっていたのか。そもそもレタスも飛ぶのか。理解が追いつかず固まってしまったバージル──とその時、勝負を持ちかけた女神からクスクスと笑い声が漏れた。

 

「プッ…! あ、あれだけ大量に斬ってたのに、ほとんどレタスとか……もうダメ! 笑い堪え切れない! プークスクス!」

「貴様ッ……!」

 

 よほどツボに入ったのか、アクアは目に涙を浮かべて腹を抱えて笑う。そこでバージルは確信した。彼女は、ダクネス以上に嫌いなタイプの女だと。

 バージルは怒りのこもった目でアクアを睨みつけるが、笑いは止まらず。カズマも手に負えないと感じたのか、我関せずとばかりにキャベツを食べていた。

 

「もう私の勝利は確実ね! ちょっとー! 受付の人ー! こっち来てー!」

 

 しきりに笑ったアクアは、シュワシュワを一気に飲み干した後、大声でギルド職員を呼ぶ。酒場のヘルプに入っていた金髪の受付嬢は、すぐさまアクアのもとに駆け寄った。

 

「はい、いかがなさいましたか?」

「私の収穫量! いくつよ!?」

「えっと……キャベツのことですか?」

「それ以外に何があるのよ! バージル! 耳かっぽじってよーく聞きなさい! 圧倒的な力の差ってヤツを見せつけてあげるわ!」

 

 自信満々に言葉を待つアクア。カズマ以外の者が耳を傾ける中、受付嬢はアクアの収穫量を発表した。

 

 

「0個です」

「……へっ? 0個?」

「はい、0個で──」

「ハァアアアアアアアアアアアアアーッ!?」

 

 予想外の数値を聞いて、しばし固まったアクアは我に返り、勢いよく立ち上がって受付嬢の胸ぐらを掴んだ。

 

「ちょっと待って!? ゼロってどういうことよ!?」

「そ、それが、どうもアクア様が回収したものは、全てレタスだったみたいで……!」

「全部!? 私が汗水垂らして必死こいて回収したやつ全部が!? おかしいから!? そんなのありえないから!?」

「ほ、本当なんですって!?」

「私のお金は!? 一攫千金狙えると思って、有り金全部使っちゃったんですけど!? どうしてくれるのよー!?」

「そ、そんなこと言われましても……!」

 

 受け止めたくない事実を知り、アクアは必死に受付嬢へ抗議する。回収した物全てがレタスだったのは運がなかったとしか言えないが、有り金を全て失ってしまったのは誰がどう見ても自業自得である。

 半ば八つ当たりでアクアが受付嬢に突っかかる傍ら、バージルはギリギリ勝てたことに内心ホッとしていた

 

 

*********************************

 

 

「あのー、ちょっと気になったんですけど……バージルさんのステータスを見せてもらうことってできますか?」

「ムッ?」

 

 未だアクアが受付嬢に八つ当たりしている傍ら、カズマが控えめにバージルへ話しかけてきた。話すより見せた方が早いと思ったバージルは、懐から冒険者カードを取り出して机に置く。気になっていたカズマ、めぐみん、ダクネスの三人はカードを覗き込み──皆一様に驚嘆した。

 

「な、なんですかこの数値は!? デタラメにも程がありますよ!?」

「ここまで高いと、特別指定モンスターを討伐できたのも頷ける」

「すっげー……俺もこんな数値を叩き出したかったなぁ」

 

 受付嬢やゲイリー、クリスと同じ反応。と思いきや、ここでダクネスが一つのステータスに目をつけた。

 

「しかし、運ステータスだけは酷く低いな」

「ホントですね。かなりの不幸体質ですよ」

「随分と酷い言われようだね。あっ、だからほとんどレタスだったのかな?」

「……フンッ」

 

 ダクネスとめぐみんの言葉を聞き、クリスが茶化すように話しかけてきた。バージルは不機嫌そうにそっぽを向く。そんな中、カズマは黙って運のステータスを凝視していた。

 

「(平均数値は50……で、バージルさんの数値は7。アクアの数値は確か……1)」

 

 筋力、俊敏性、体力、魔力等のステータスで、冒険者にとって最も不要だと言われているのが、運だ。しかし大概の冒険者はレベル1でも50以上はある。アクアやバージルのような、一桁台の数値を叩き出す者は希少だと、アクアの冒険者カードを見ためぐみんが話していた。それが何を意味するのか。

 カズマはゆっくりと顔を上げ、窓の外を見ているバージルを見る。視線を感じたのか、バージルは顔を合わせてくる。そしてカズマは、親指を立てて彼に伝えた。

 

「バージルさん……頑張って!」

「何故励ます」

 

 

*********************************

 

 

「あんの堅物サムライィ……次は絶対仲間にしてやるんだからぁ……ヒック」

「お前まだ諦めてないのかよ。うっ、酒くっさ……」

 

 月と星が光る夜空の下。顔を真っ赤にして目を虚ろにさせているアクアを背負い、酒の臭いに顔をしかめながらもカズマは夜道を歩いていた。

 夕食会がお開きとなった後、バージルは真っ先に席を立ってギルドから出た。めぐみんはキャベツ収穫祭でうっかり爆裂魔法を撃ち忘れていたと、ダクネスとクリスを連れて夜遅くにも関わらず街の外へ行った。先程大きな爆裂音を耳にしたので、二人の前でぶっ放したのだろう。住民からすれば睡眠妨害も甚だしいとカズマは思う。

 

 そして残ったアクアだが……キャベツを一個も収穫できなかったことを悔やみ、泣きながらやけ酒をしていた。借金なんか知るかとばかりに。その時のアクアを指して「彼女は女神です」と言っても、信じる者は誰一人としていないであろう。

 結局、自分では立てなくなるほど酔ってしまったので、カズマが背負って帰る羽目に。顔とプロポーションだけは良いのだが、それを帳消しにする程の性格を知っていたカズマは、背中に柔らかい物が当たっている現状を嬉しく思わなかった。感情のままに背負い投げしたいぐらいだ。

 

「(けど、アクアの言う通り……あの人を仲間にできたら心強いよなぁ)」

 

 歩きながら、ふと蒼白のソードマスターとの出会いを思い返す。性格面は堅物で融通が効かなそうだが、それを鑑みてもお釣りが返ってくるほどの力と技を持っている。彼がいれば、魔王討伐も夢ではないだろう。

 

「(それに……もしかしたらバージルさんも、俺と同じ転生者かもしれないし)」

 

 彼が転生者だと感じた理由は二つ。一つは、この世界について何も知らないとクリスが言っていたこと。もう一つは、チートアイテムでも使わない限り出せることのできないトンデモ数値のステータス。もし本当に転生者なら、転生者にしか分かち合えないような悩みや愚痴も打ち明けられる、良き相談相手になってくれるかもしれない。

 是非とも仲間に引き入れたいが……本人が嫌と言っているならしょうがないと、カズマはため息を吐く。

 

「──おい」

「んっ?」

 

 その時だった。不意に後ろから声を掛けられ、自分に向けているものだと思ったカズマは振り返る。

 そこにいたは、青いコートに銀髪のオールバックの男──蒼白のソードマスターことバージルだった。

 

「うおぁうっ!?」

「あイタァッ!? 頭がっ!? 頭蓋骨がーっ!?」

 

 まさかの再登場にカズマは思わず声を上げて驚き、うっかり背負っていたアクアを地面に落とす。アクアは後頭部と背中を打ち付け、小さく悲鳴を上げて後頭部を抑えながら転がっている。

 

「何をそんなに驚いている」

「い、いや、まさかバージルさんだとは思わなくって……」

「いったー……ちょっとカズマ! いきなり落とすなんて酷いじゃな……ってあーっ! さっきの堅物サムライ!」

 

 無表情で見つめるバージルに、カズマはアタフタしながらも答える。その後ろで痛そうに後頭部を摩っていたアクアだったが、バージルの姿を見るやいなや大声を上げて彼を指差す。痛みで酔いが少し覚めたのか、目も虚ろではなくなった。

 

「貴様、確かサトウカズマといったな」

「は、はいっ!」

「後ろにいる女は、女神を名乗っているそうだな」

 

 思わず背筋を伸ばすカズマ。するとバージルは、アクアが女神を自称していた件について触れてきた。彼が同じ転生者ならば、女神を知っていてもおかしくない……が、あくまで推測。念のため、アクアが女神である事実を隠して答えた。

 

「そ、そうなんです! この子は自分が女神だと思い込んでいる頭がアレな子で! 何度も病院に行けって言っているんですが……」

「んなっ!? だから私は自称女神じゃなくて、本物の女神なの!」

「ほらっ、こうやって頑なに女神だと──」

「その話、信じてやってもいい」

「えっ!?」

 

 信じてもらえるとは思っていなかったのか、アクアが驚きの声を上げる。やはり彼は──カズマが息を呑む中、バージルは言葉を続けた。

 

「俺も女神によって、この世界に転生させられた身だからだ。貴様もそうだろう? サトウカズマ」

「……ッ!」

 

 だが、カズマが転生者であると見抜いてくるとは思わず、カズマも目を見開いて驚いた。一方でバージルは腕を組み、カズマをじっと見つめる。全てお見通しだと言わんばかりに。

 恐らくこの男に嘘は通じない。隠すことは不可能……いや、そもそも隠す必要はもうないだろう。そう思ったカズマは、バージルへ真実を話すことにした。

 女神アクアによってこの世界に転生したこと。転生特典として、アクアを連れてきてしまったこと。日本という国に住んでいたことを。

 

 

*********************************

 

 

「──と、いうわけなんです」

「日本……」

 

 カズマが全てを話した後、バージルはそう口にし、何やら考える仕草を見せ始めた。見た目は外国人だが、日本についても知っているのだろうかと勝手に思っていると──。

 

「スパーダ、そしてムンドゥスという名前に聞き覚えはあるか?」

「……はい?」

 

 突然尋ねられた、謎の質問。聞き覚えのない単語を聞き、思わずカズマは首を傾げる。隣にいたアクアも「スパーダ? 何それ? 車の名前?」と全く知らない様子。

 

「成程……概ねわかった。今の質問は忘れてくれ」

「は、はぁ……」

 

 するとバージルは自分から質問を取り下げてきた。結局質問の意図はわからず、カズマも釈然としないままだった。

 

「あっ、じゃあ俺からも一つ質問していいっすか?」

「何だ?」

 

 とそこで、今こそ気になる点について聞くチャンスなのではないかと思い、バージルへ質問した。バージルは静かにカズマの言葉を待つ。

 

「多分ですけど、転生する時に女神様から……特典を選んでくれって言われませんでした?」

「確かに言われたな」

「じゃ、じゃあ! その時に選んだのってもしかして……今持ってる刀だったりします?」

「いや、この世界で鍛冶屋に作らせたものだ」

「(……あれ?)」

 

 てっきりカズマは天色の刀が転生特典であり、それがステータスを向上させているものだと予想していたのだが、のっけから外れてしまい彼は困惑する。

 

「俺が選んだのは、元の世界にあった武器だ」

「……! な、ならその武器って、自分の力が全体的にグーンと上がったりします?」

「そんな性能はないが?」

「(……あっれー?)」

 

 転生特典で武器を選んだとも話したが、それもステータスとは関係ないらしい。出会って間もまい相手であるが、嘘を吐くような男には見えなかった。だがもしも、彼が口にした言葉を真に受けてしまった場合──。

 

「(……まっさかねぇ)」

 

 バージルは『素』でこの強さという、トンデモプレイヤーということになる。明らかに人間の彼が──だ。

 もっとも、その可能性が無いわけではない。自分が生前住んでいた世界と、この世界以外にも異世界があり、バージルがその異世界出身で、この世界に負けず劣らずのファンタジー感に満ち溢れていたのなら。

 だがそれでも、あの強さは異常に思えた。何か──秘密がある筈だ。

 

「質問は終わりか?」

「えっ? あっ、はい」

 

 気になる要素が更に増え、もっと突っ込んだ質問をしたい気持ちはあったが、夜も遅い。今日はこれぐらいにして、また後日聞ける機会があれば尋ねよう。そう思ったカズマは、もう質問はないと答えた。

 このままバージルは背中を向けて帰るのかと思われたが──背を向ける素振りすら見せず、話を続けた。

 

「ではサトウカズマ。貴様に提案がある」

「提案? なんですか?」

「仲間になるつもりは毛頭ない……が、貴様とは協力関係を結んでやろう」

「えっ……えぇっ!?」

 

 その内容は、カズマを驚かせるには十分過ぎるものだった。

 仲間ではないが、協力関係ならば味方になってくれるのは間違いない。あの目にも止まらぬ剣技を見せた、特別指定モンスターでさえも倒してしまう実力者が、だ。

 言うなれば、二周目以降から仲間になる隠しキャラを一周目の最序盤で仲間にしてしまうような、チートでも使わない限りできないイベント。それを目の当たりにしたカズマは、あまりにも現実味を感じられず言葉が出ない。

 

「ちょっと!? 神聖な女神たる私が頼んでも即断ってきたのに、なんでたかがヒキニートのカズマには自分から仲間になるって志願してるのよ!? 私じゃ不服だって言うの!?」

「貴様は黙っていろ。それと仲間ではなく協力関係だ」

「どっちも同じじゃない!」

「い……いいんですか?」

 

 大声で怒りをぶつけるアクアをバージルがあしらう中、カズマはやっと出た言葉で念を押す。

 

「そう言っているだろう。だがその代わり、貴様には一つ仕事をやってもらう」

「……ッ!」

 

 どうやら、タダでは力を貸さないようだ。そもそも協力関係とは、互いに対価を払って初めて成立するもの。何かを要求されるのは至極当然のことだ。

 

 一体どのような仕事なのか。もしかしたら、高難易度クエストを攻略するよりも難解な、一筋縄ではいかないものかもしれない。カズマは息を呑み、バージルの言葉を待つ。

 バージルは歩き出し、カズマの隣に立つと──カズマにだけ聞こえるよう小声で伝えてきた。

 

 

「あの変態が暴走し出したら、貴様が止めてくれ。俺では手に負えん」

「……善処します」

 

 バージルの切実な頼みを聞き、カズマはすぐさま承諾した。カズマの返答を聞いたバージルは、黙ってその場から去っていく。

 

「ねぇカズマ。バージルを何を話してたのよ?」

「男同士の固い約束だ」

 

 やたらキメた声で話すカズマだったが、アクアは頭上にハテナを浮かべる。

 かくして二人の異世界転生者は出会い、互いに協力することを誓ったのだった。




バージルがやたら喋っているように思えますが、3の頃より少し柔らかくなったからだと思ってやってください。


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第7話「この冒険者と共にコボルト狩りを!」

クリスとバージルの話を書いていた筈なのに、クリスの出番がほとんどなくなった件。


 年に一度のキャベツ収穫祭から翌日。天気は雲ひとつない快晴で、空飛ぶモンスターは元気に宙を舞っている。絶好のクエスト日和だと、アクセルの街に住む駆け出し冒険者達は装備を固めてギルドに足を運んでいる。

 そして、つい先日この街──この世界へ降り立った男、蒼白のソードマスターことバージルは──。

 

「……ふむ」

 

 今日も今日とて、図書館で本を読み続けていた。多方面の本が並ぶ棚の前に立ち、静かにページを進める。

 

 ジャイアントトード五十匹と、特別指定モンスターの討伐報酬。しばらく遊んで暮らしても問題ないほどの大金が舞い込んだが、バージルにその気はない。かといって、すぐにクエストへ行こうともしなかった。強大な力を持ってはいるが、あくまで以前の世界での話。

 この世界の全体図や地名、モンスターの名前と特徴、国々の交友、対立関係などなど……未知の部分が多い。無知を晒してクエストに行くのは愚行だと判断し、情報収集に専念しているところだった。

 書かれている内容を頭にインプットした彼は本を棚に戻し、一つ隣にあった本を手に取ろうとする。

 

「あっ、いたいた」

「ムッ」

 

 とその時、図書館の入口付近から聞き覚えのある声が聞こえてきた。本を取ろうとした手を止め、バージルは声の主に目を向ける。

 

「……クリスか」

「やっほ」

 

 この世界で初めて得た唯一の協力者、盗賊クリス。彼女は手を挙げて挨拶をすると、図書館に入ってバージルに歩み寄る。

 

「朝から図書館で読書? 勉強熱心だねー」

「前置きはいい。宝探しへ誘いに来たのだろう?」

 

 無駄な話に付き合うつもりはないと、バージルは言葉を返す。ある意味コミュニケーション能力が乏しい彼を見たクリスは、小さくため息を吐きながらも本題に入った。

 

「ここから南方面……前に行った洞窟の場所を過ぎた先に山があって、その中にフーガダンジョンってのがあるんだけど、最奥にまだお宝があるらしいんだ。今回はそこに行くつもりなんだけど、どうかな?」

 

 フーガダンジョン──アクセルの街から南へ進んだ先にある遺跡型のダンジョン。数十年昔、そこは冒険者の住処とされていた。

 今や下級モンスターの蔓延る、初心者向けダンジョンとなっており、トラップも仕掛けられている。お宝は根こそぎ駆け出しの冒険者が持ち出していると思われたが……かつて、そこに住んでいた冒険者によって隠されたお宝があるとの情報をクリスは得ていた。 

 

「フーガダンジョン……往復で一日はかかるか」

「もう地名と場所まで覚えてたの?」

「まだこの街周辺だけだがな」

 

 物覚えの早いバージルに、クリスは少し驚く。知能も高い上、歯向かう敵をものともしない力もある。冒険者として、これほど心強い味方はそうそういないだろう。

 

「なら話は早いね! いざ、お宝探しへレッツゴー!」

 

 探索が捗れば、流石に日帰りはできないが明日の夜までには帰って来れるだろう。クリスはテンションを上げながら図書館を出る。その後ろを、バージルは黙ってついていった。

 

 

*********************************

 

 

 ギルドにてフーガダンジョンの探索クエストを受け、二人は早速ダンジョンへと向かった。二人だけでダンジョン探索と聞いて受付の者は心配したが、隣にいたバージルを見るやいなや笑顔で送り出した。

 道中の下級モンスターも軽く捻り、二人は順調に進んでいたのだが──。

 

 

「うわちゃあー……こりゃまた大変そうだね」

 

 森の中、クリスは崖下を覗き込みながら憐れむように呟く。二十メートルはある崖の底には、フサっとした体毛に覆われた、二本足で歩く犬のモンスター『コボルト』が十匹、二十匹……否、それ以上の数が群れをなしていた。

 

 一体一体ならば、駆け出し冒険者でも倒せるほどのモンスターだが、彼らには知能がある。一匹では格上に勝てないと考えた彼等は、群れることで力を示していた。

 たちまち囲まれてしまえば、中堅冒険者でも苦戦は必至。ベテラン冒険者でも、一人で倒せとなれば難しいだろう。

 群れで行動している時はあまり鉢合わせたくないモンスター。幸い、向こうはこちらに気付いていないので、見なかったことにしてこの場を去りたいところだが……。

 

 

「ねぇ無理だって!? やっぱこの量無理だって!? もう帰ろうよ!?」

「ダメだ! 逃げ場がない以上戦うしかない!」

「ちっくしょーっ! こんなにいるとか聞いてねぇぞ!?」

「こじんまりした巣の調査かと思ったら、とんだ大家族じゃねぇか!?」

「(確か……酒場にいた奴等か)」

 

 壁際に追い込まれ、危機敵状況にいた冒険者達。バージルは彼等に見覚えがあることに気付いた。

 彼等はバージルがこの世界に降りた日、酒場にて喧嘩をし、バージルに金を巻き上げられたダストと、そのパーティーメンバーであるキース、テイラー、リーンであった。もっとも、彼自身名前は一切覚えていなかったが。

 いずれ殺されるであろう彼等にバージルは哀れみすら覚えず、立ち上がってこの場を後にしようとする。

 

「ねぇバージル、ちょっくらこれ使って、コボルト達を退治してきてくれない?」

「……なんだと?」

 

 が、横に居たクリスが突然、赤橙色の粉が入ったビンを見せながらそう頼んできた。

 

「これは、敵を寄せ付ける効果を付与できる粉だよ。自分の身体にかけたら、コボルト達は敵意剥き出しで君に襲いかかってくる。かなりの数だけど、特別指定モンスターを軽々倒せちゃう君なら大丈夫だよ!」

 

 アイテムの説明をするクリスを、バージルは眉間に皺を寄せて睨む。彼女の言葉を言い換えれば、身を挺して下にいる冒険者を助けてきてくれ、ということ。

 当然、バージルの答えはNOだった。何の得にもならないのに、何故わざわざ助けてやらねばならんのだと。

 

「この下……コボルトの住処に、お宝の匂いがするんだよねぇ。アタシの『宝感知』がそう言ってる」

「ムッ……」

 

 しかし、クリスの言葉を聞いてバージルは開けかけていた口を閉じた。

 『宝探知』──名前の通り、宝の在処がわかるスキル。クリスが言うのなら、崖下エリアにお宝があることは間違いない。

 そしてバージルは、クリスからこの世界での知識を教わる代わりに、お宝探しを手伝う契約のもと、協力関係を築いている。「これもお宝探しの一環だから」と言われれば、協力者であるバージルは従わざるをえないのだ。

 

「チッ……面倒な……」

 

 この世界の知識は本でも得られるが、実際に世界を歩き、体験してきた者の知識、情報は本に書かれていない有益な物も多い。世界を知らない自分には、世界を知るクリスがまだ必要だ。

 人助けじみたことをするのが癪に障るが仕方ないと、バージルは乱暴にクリスから瓶を奪い取り、刀の下緒を解き──当然のように崖から飛び降りた。

 まさかダイブするとは思っていなかったのか、後ろでクリスは仰天しながらも、落ちていくバージルを見る。

 

「……こうでも言わないと、貴方は助けに行かないでしょうから」

 

 

 

*********************************

 

 

「はぁっ!」

「くっそ……マジで何匹いやがんだよ!」

「『ファイアーボール』! ねぇもう魔力切れそうなんだけどー!?」

 

 テイラーが剣でコボルトを撃退する中、後方支援のキースが弓を引く。三人に守るように囲まれていたリーンは、涙目になりながらも魔法を放っていた。

 

「焦んな! 鞄ん中に魔力回復のアイテムがあっただろ! それ使え! キースも愚痴ってねぇでバンバン射抜け!」

 

 テイラーと同じく前線にいたダストは、弱気になっていた二人のケツを叩くように声を張る。が、敵のコボルトは倒しても倒しても、次々と穴から出てくる。

 コボルトの巣の調査──難易度は高くもなければ低くもないのだが、あくまで『調査だけ』ならばの話。彼等と真正面から立ち向かい、討伐するとなれば難易度はグッと上がる。そこを履き違えていたダストは、こうして窮地に立たされる羽目になったのだ。

 

「クソッタレがっ……!」

 

 こんなことなら、もっと用心してクエストを選ぶべきだった。ちゃんと情報を得てから来ればよかった。仲間の忠告を聞かず、余裕をかましてクエストを受けた自分に怒りながらも、迎えくるコボルトと対峙する。

 ピンチだが、絶体絶命ではない。何とかこの包囲網を突破し、一度避難さえできれば──そう考えていた時だった。

 

「Cut off!」

 

 空で、青い閃光が走った。

 高速で上から何かが落ち、砂埃が上がる。その中では、青白い雷がバチバチと光っていた。

 突然のことに、辺りのコボルト達はピタリと動きを止める。一方で、砂埃が晴れた後にダスト達は恐る恐る目を開けると──目の前に現れた者を見て驚愕した。

 

「あ、アンタは──!」

「死にたくなければそこを動くな」

 

 蒼白のソードマスター、バージル。彼はダストに一言だけ告げると、真っ二つに斬ったコボルトを通り過ぎ、無言で彼等から離れていく。その傍らで、未曾有の敵を見たコボルト達は、威嚇しながらもバージルを睨み続ける。

 ある程度離れたところで彼は周辺を見渡すと、片手に持っていた瓶を開け、頭からかぶるように粉を自分にかけた。

 

「あれは……まさか、一人で相手取るつもりか!?」

 

 彼の使ったアイテムを見て、テイラーは彼が何をしようとしているのかを察する。その時、周りにいたコボルト達が動き始めた。先程まで狙っていたダスト達からそっぽを向き、一斉にバージルの元へ走り出す。

 あっという間に四方八方を囲まれたバージルだったが、表情は変わらない。彼が左親指で鍔を持ち上げた瞬間──背後に迫っていたコボルトが、バージルの脳天目掛けて片手剣を振り下ろした。

 

 が──既に彼の姿は在らず。立っていた場所から、彼は数メートル先にへ瞬時に移動していた。コボルト達は驚きながらも視線を移す。

 バージルの手には、先程よりも刀身が鞘から出ていた刀が。彼は静かに息を吐くと、ゆっくりと鞘に刀を納めていく。

 そして、キンッと金属が当たる音を立てて納められた瞬間──斬りかかった筈のコボルトは血を流して倒れた。

 斬る瞬間どころか、刀を抜いた動作さえ見えない神速の刃。彼の居合術を目にしたコボルト達は、一体何が起こったのかわからず困惑する。

 

「鈍い」

 

 気付いた時にはもう遅い。バージルは刀を構えて駆け出し──通り際にコボルトを数匹斬った。技は見えないが、正面きって戦うのは自殺行為とだけ判断した一匹のコボルトは、彼の背後から襲いかかる。

 

「ハッ!」

 

 だがバージルは、左手に持っていた鞘を後ろに投げ、襲いかかってきたコボルトを迎え撃った。彼の手から離れた鞘はコボルトの腹を突き破り、更にその後ろにいたコボルトの腹に刺さり、数匹巻き込みながら後方へ飛んでいく。

 速い上に予想の付かない攻撃。コボルト達はバージルに狼狽え始める。その隙をバージルは逃さない。

 

「フッ!」

 

 バージルは鞘を投げた方向へ、コボルト達を斬り倒しながら駆け出した。

 刀を振り抜いた勢いで彼が刀から手を離すと、刀は回転しながら空中を舞い、コボルト達を斬り刻む。

 投げた刀がブーメランの如くバージルのもとへ戻ると、身体の方向を反転させて左手でキャッチし、同時にコボルトを斬った。背後には、未だコボルトの腹を刺している、投げた筈の鞘。

 

「ハァッ!」

 

 バージルは逆手で持っていた刀を、コボルトに刺さっていた鞘へ真っ直ぐ納める。と、刀身が完全に隠れる瞬間に衝撃が加わり、鞘に刺さっていたコボルトの何匹かが後方へ吹き飛ばされた。

 最後に彼はコボルトから鞘を引き抜く。同時に、彼と対峙したコボルト達は身体から血を吹き出し、その場に倒れた。

 

「……弱い」

 

 バージルは右手で髪をかきあげ、退屈そうに呟く。挑発と感じたのか粉の影響か。普段なら強者と対峙すれば逃げ出すコボルト達は、果敢にもバージルと戦い続けた。

 

 

*********************************

 

 

「……つえぇ」

 

 バージルの剣舞を見ていたキースは、思わず呟く。彼だけでない。テイラーとリーン、そしてダストも同じだった。

 キャベツ収穫祭で見せた彼の剣技。改めて見て、その凄みを理解する。これほどの力──特別指定モンスターを倒したと噂されるのも頷けた。

 

「よっ……と。4人とも大丈夫?」

「へっ? あ、貴方は確か……えっと……」

「クリスだよ。盗賊のクリス」

 

 バージルのコボルト狩りに四人が見入っていた時、不意に背後から声をかけられた。振り返ると、そこには銀髪ショートの盗賊──クリスが、崖の上から吊るされた縄を片手に立っていた。話したことは少ないが、彼等とは面識があった。

 

「今、バージルがコボルト達を引きつけているから、その間にあっちの岩陰に隠れよう。アタシが『潜伏』を使うから、四人はアタシの身体に触れてて」

 

 クリスは少し離れた所にある岩を指差しながら、ここから移動するよう四人に促す。

 『潜伏』は勿論自分に使えるスキルだが、誰かが自分の身体を触っていれば、その者にも『潜伏』の効果を与えることができる。

 

「クリスさんは、あの人と仲間だったんですか?」

「んー、仲間というより協力者だね。ま、その辺は気にしないで。早く行くよ」

「お、おう……しかしキャベツ祭の時も思ったけど、アイツ鬼のようにつえぇな」

「全くだ。あの数のコボルトを一人で相手取るなんて、一流冒険者でも至難の技だぞ」

 

 とにかく今は彼女の言う通り、身を隠すべきだ。そう考えたリーン、キース、テイラーの三人は、クリスの肩に手を置く。

 

 が──ダストだけは、バージルが戦っている場を見たまま、動こうとしなかった。

 

「んっ? どうしたダスト?」

「お前も姉ちゃんと一緒に隠れようぜ。ほらっ、こっち来いって」

「……ダスト?」

 

 止まっていたダストを見て、仲間の三人は声を掛ける。しかしダストは振り向こうとしなかった。

 

「……ッ」

 

 ここは大人しく引き下がり、バージルがコボルト達を殲滅するのを待つのが、最善の判断だろう。自分もそう思っている。

 しかし、このまま彼に任せて退いてしまうのは──。

 

 

「かっこわりぃじゃねぇかぁあああああああああっ!」

「「「ダストッ!?」」」

 

 男のプライドが、許さなかった。ダストは剣を強く握り締め、呼び止める声も聞かず駆け出した。

 

 

*********************************

 

 

「──フッ!」

 

 飛び上がったバージルは空中で回転し、四方八方から飛びかかってきたコボルト達を斬り刻む。そして、前にいたコボルトを踵落としで地面に叩きつけ、着地と同時に刀で真っ二つにたたっ斬った。彼は刀を鞘に納め、未だ周りを囲むコボルト達を睨む。

 

 もう百は狩っただろう。しかしコボルト達はまだ絶えない。粉の効果が切れ始めたのか、武器を捨てて逃げ出す者も現れた。が、多くの者はバージルに向かってくる。大将の首を狙う兵士が如く。

 

「次から次へと……」

 

 いい加減鬱陶しくなってきたバージルはため息を吐く。隙に見えたのか、周りを囲んでいた一匹が再びバージルの背後から襲いかかった。その戦法も飽きたと、バージルは刀を抜こうと柄を掴む。

 

「うおぉらっしゃぁああああっ!」

 

 その時、男の雄叫びが耳に入り──背後に迫ったコボルトは、乱入してきた者の剣に刺された。バージルは刀を握ったまま、横入りしてきた者に顔を向ける。

 

「さがっていろと言った筈だが?」

「うっせぇ! どうしようと俺の勝手だ!」

 

 コボルトから剣を引き抜いたダストは、喧嘩腰でバージルに言葉を返した。

 

「元々これは俺が引き受けたクエストだ! 俺がやんなきゃ意味ねぇんだよ!」

「壁際に追い詰められていた男がよく言う」

「追い詰められてねぇ! あそこから逆転するつもりだったんだよ!」

 

 ダストの反論に、どうだかとバージルは思ったが、声には出さずコボルト達に視線を戻す。

 

「とにかく! コイツ等は俺が倒してやらぁ!」

 

 ダストは剣を握り締め、一匹のコボルトに突っ込んだ。向かってきたダストを見て、コボルトは手に持っていた剣で防御の姿勢を取る。

 

「誰が剣で攻撃するっつったぁ!」

 

 しかしダストは接近した瞬間に姿勢を変え、スライディングでコボルトの足元を狙った。コボルトはそれに対応できず足を取られ、うつ伏せで倒れる。ダストはすかさず起き上がうと、倒れたコボルトの心臓部を背中から剣で突き刺した。仲間を倒したダストを見て、数匹のコボルトが彼にターゲットを変える。

 

「あめぇよ!」

 

 対するダストはコボルトの剣を防ぎ、時にはかわしつつ、歯向かうコボルト達を斬っていく。

 何匹か倒したところで、ダストの前方から木製の棍棒を持つコボルトが突進し、ダストの心臓目掛けて突きを繰り出してきた。しかしダストは横にかわし、左手で敵が持っていた棍棒を握る。

 

「棍棒ならセーフだよな……ちょっくら借りるぜ!」

 

 ダストは小さく呟いた後、いたずらっ子のように笑い、棍棒を持ったままコボルトを右足で蹴った。コボルトの手から棍棒が離れたのを見てダストは剣を納めると、棍棒を両手で持って構える。

 続けてコボルトがダストに攻撃を仕掛けるが、ダストは彼等の攻撃を防ぎつつ、反撃を繰り出していった。

 

「あらよっと!」

 

 前から剣で横向きに斬りつけてきた攻撃も、ダストはひらりとジャンプでかわし、着地すると同時に棍棒で敵を叩きつける。着地を狙って後ろから襲いかかったコボルトも、すかさず棍棒の先で喉元を狙い迎撃。

 ふと、周りのコボルト達が徐々に近づいていたのを見たダストは、棍棒を長く持ってリーチを伸ばし、横薙ぎで敵との距離を空けた。一匹狼狽えたのを見たダストは、棍棒を強く握り締めてそのコボルト接近し、敵に強烈な百裂突きを繰り出す。

 

「おらららららららら──らぁっ!」

 

 最後は強く踏み込み、て強く一突き。攻撃を受けたコボルトは後方へ吹き飛ばされ、白目を向いて倒れた。

 刀使いほどではないが、侮れない力を見せるダストをコボルトは睨み、同じくダストも棍棒を構えて睨み返す。

 

「ほう……」

 

 その様子を、片手間にコボルト達を斬りながら見ていたバージルは、ダストに関心を示していた。駆け出し冒険者の街に住む冒険者にしては、身のこなしが軽やかだ。武器が棍棒なのに対し、戦い方が槍のそれであったのは気になったが。

 

「ふっ! っと……マジでキリねぇなコイツ等! あそこに立ってるリーダーさんぶっ殺したら、尻尾巻いて逃げてくんねぇかな?」

 

 ダストはバージルの横へ後退し、そんな願望を呟きながら前方へ──赤いスカーフを首につけたコボルトに目をやった。

 多くのコボルトが未だ自分達に向かってくるのは、奥に控えた大将がいるという絶対の安心感、信頼感があるからではないだろうか。

 なら──頭を討てば、それに従う兵士は諦めて敗走してくれるのでは?

 

「なら、さっさと終わらせるまでだ」

「んっ? 何か言った……ってあぁっ!?」

 

 瞬間、バージルは奥に立っていたリーダー目掛けて走り出した。勝手に突っ込むバージルを見て、ダストは驚きながらも怒ったように声を上げる。

 

「おい待て! アイツは俺の獲物だ! くっそ……『身体強化』!」

 

 ダストは慌てて自分の筋力、俊敏性を一時的に上げる『身体強化』を発動。棍棒を槍のように構えたまま、急いでバージルの後を追った。

 

 

*********************************

 

 

 スカーフを着けたコボルトは、前方から向かってくる敵を睨む。一方で青き剣使いは、目に見えぬ速度で刀を振り、立ち塞がるコボルトを斬り倒しながら向かってきていた。

 あの男は強い──が、全戦力を注ぎ込めば勝機はある筈だ。強大な力と相対した時、自分達はいつだってそうして勝ち続けてきた。リーダーのコボルトは決して逃げようとせず、腰元に据えていた剣を抜く。

 

 刹那──バージルの背後から、ひとつの影が飛び出した。

 

「──ッ!」

 

 リーダーは空高く飛び上がった者を視界に捉える。が、その先にあった太陽の光で目が眩んだ。太陽と重なるように浮かぶ者は──金色の髪に赤い眼の男。

 

「チェックメイトォッ!」

 

 男は叫び、握り締めていた棍棒を力のままに投げた。風切り音を立て、棍棒はリーダーの心臓めがけて飛んでいく。が、耳に入る風切り音と勘を頼りに、リーダーは寸でのところで横へ飛び、横腹を掠らせながらもかわした。

 

「だぁーっ! そこ避けんのかよー!?」

 

 男の悔しそうな声が聞こえる。徐々に視力が回復してきたリーダーは、おもむろに目を開いて男を睨む。危機から一転好機へ。リーダーはコボルト達に金髪の男を攻撃するよう指示を出した。

 

 瞬間──彼の背中に悪寒が走った。

 幾多の窮地を脱し、乗り越えたが故に鍛えられ、研ぎ澄まされた彼の防衛本能。リーダーは男から目を離し、即座に槍が投げられた方向へ振り返る。

 

 先程まで前にいた筈の蒼い剣使いが、棍棒を持ってリーダーを睨んでいた。窮地に立ったリーダーは、いつ投げられてもいいよう回避体勢を取る。

 金髪の男は仲間に任せればいい。この男は何とか自分が引きつけ、その間に仲間が金髪の男を倒せば、多対一の有利な状況に持っていける。

 この男の攻撃はほとんど見えない。が、自分の勘を経験を信じれば、必ず避けられる筈だ。頭をフルに回転させながら、リーダーは相手の行動を待つ。

 

 彼の攻撃は、そんな甘ったるもので避けられるものではないと知らずに。

 

Checkmate(チェックメイトだ)

 

 気付いた時には──リーダーの身体に、投げられた混紡によって穴が空けられていた。リーダーは白目を向き、胸から血を流してその場に倒れる。

 ほんの瞬きした一瞬で、リーダーが倒された。信じがたい光景を見て、部下のコボルト達に動揺が走る。

 そんな中、バージルは刀を握り締めてコボルト達を睨んだ。これ以上歯向かうなら、リーダーと同じく一瞬で殺してやると警告するかのように。

 

 リーダーの存在があったからこそ、柱があったからこそ、今まで怯えず、果敢に立ち向かえていた。

 しかし、柱が折れれば建物はあっという間に崩れ落ちる。彼らは即座に武器を捨て、逃げるように走り去っていった。

 

 

*********************************

 

「……フンッ」

 

 コボルトの巣から一匹残らず住民が消えた後、所詮は下級モンスターかとバージルは少しばかり出していた刀を納める。とそこへ、ダストが怒りながらバージルに突っかかってきた。

 

「おいっ! あそこは俺が格好良くトドメを刺す場面だったろうがっ!?」

「知らん。攻撃を外した貴様が悪い」

「あれは、敢えて避けさせといて油断したところを狙う作戦だったんだよ!」

 

 ダストがやいのやいのと騒ぎ立てているのを、バージルは無視し続ける。と、岩場に隠れていたクリス達が駆け寄ってきた。

 

「二人とも無事か! ……と、聞くまでもないか」

「おつかれー。流石だね、バージル」

 

 バージルに傷一つないのは当然と言えば当然だが、ダストも傷を負わなかったのは驚くべきことであった。そう思っていたのか、キースが興奮気味にダストへ話しかける。

 

「けどよ、ダストも凄かったぜ! 特に棍棒使ってた時! お前剣じゃない方が強いんじゃねーの?」

「えっ? マジ? あん時の俺そんなに決まってた? そうかそうか……フッ、地道にレベル上げてたのがようやく花を咲かせたか。リーンも、ちょっとぐらい褒めてくれたって損はしないぜ?」

「ハァ……ったく、少し褒められただけですーぐ調子に乗るんだから」

 

 キースの言葉で鼻を高くした彼は、バージルへの怒りも忘れて上機嫌に。そんなダストにリーンは呆れてため息を吐いた。

 

「……あっ! そうだお宝! バージル! 早くダンジョンに行こう!」

 

 とそこで、クリスがふと思い出したかのように声を上げた。確かに、ダンジョンへ向かう途中だったのだが……。

 

「ここに宝があったのではないのか?」

 

 クリスは、ここにもお宝の反応があったと言っていた。だからこそバージルは、わざわざコボルト達を狩っていたのだ。そのお宝は回収しないのかと尋ねると、クリスは少し残念そうな顔を見せて言葉を返す。

 

「本当はそれも欲しいところだけど……どうやら、ダスト達が先に調査しに来てたみたいだからね。ここは、先に来た彼等に譲るとするよ。アタシ達の本命はここじゃないし」

 

 クリスの話を聞いて、やはり無駄な時間だったかとバージルは息を吐く。一方で気にしていない様子のクリスは、早く早くとバージルを急かしながら、先程縄で降りてきた場所へ走っていった。

 

「そうだった! テイラー! リーン! ダスト! ちゃっちゃと終わらせようぜ!」

「おい待てキース! 一人で先に行くな!」

「えっと、今回は本当にありがとうございました!」

 

 クリスの言葉を聞いて、すっかりクエストを達成した気でいたキースは、慌ててコボルト達の住んでいた穴へ走り出す。その後をテイラーは慌てて追いかけ、リーンはペコリとバージルへお辞儀をしてか後を追った。残ったのは、バージルとダストのみ。

 

「あー……バージル」

「……なんだ?」

 

 話しかけられたバージルは黙って言葉を待つ。ダストは小っ恥ずかしそうに頬をポリポリ掻くと、目を背けながら言葉を続けた。

 

「その……悪かったな」

「何のことだ?」

「酒場で初めて会った時、色々言っちまっただろ? 酔ってたのもあったけど、馬鹿にして悪かった。それと今回は……サンキューな」

 

 バージルが冒険者になる前、酒場にてダストがバージルを馬鹿にした発言のことだろう。そのことを思い出したバージルは、依然変わらぬ表情のまま言葉を返した。

 

「別に構わん。むしろあの発言で、貴様が一番勝負に乗っかる奴だと確信できた。それと、助けたわけではない。クリスがここの宝を狙っていたから、邪魔な奴等を斬っただけだ……無駄足に終わったがな」

「……お前、やな奴だな」

 

 バージルの言葉を聞き、ダストはジト目で彼を見つめる。しかし一度息を吐いた後に笑顔を見せると、バージルに向き合って親指を立てた。

 

「まぁあれだ! 魔王討伐目指して頑張りな! 勇者候補さんよ!」

「ッ……」

 

 ダストはそれだけ言うとバージルに背中を向け、先に走っていったパーティーメンバーの後を追った。彼の後ろ姿を見て、バージルはフンと鼻を鳴らす。

 

「(勇者候補……か)」

 

 『勇者候補』──基本的には、黒髪か茶髪の、変わった名前を持つ、高い能力や強力な武器を持った者──恐らくカズマのような異世界転生者を指すが、バージルのように上記の条件は満たしていなくとも、強い力を持った冒険者もそう呼ばれることはある。

 候補とはいえ、よもや自分が世界を救う勇者──英雄などと呼ばれる日が来ようとは、思ってもみなかった。

 

「(親父もまた、勇者と呼べる存在……か)」

 

 かつて、人間界を救った英雄。伝説の魔剣士スパーダ。人間にとって英雄以外の何者でもないだろう。この世界で言うなら、まさしく魔王を倒した勇者だ。

 しかし、バージルにとっては父であり、超えるべき存在──手の届かない境地。

 自分とスパーダ、一体どこが違うのか。何故届かないのか。

 

 何故──『(ダンテ)』は『勇者(スパーダ)』に成り得たのか。

 

「(俺と親父……俺と奴……何が違う?)」

 




原作では不明、スピンオフでは名前だけ明かされたけどその他は不明。けどダストさんは、冒険者の中でも上位レベルだと思ってます。


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第8話「このダンジョンでお宝探しを!」

ダンジョンと言えばプレイヤーの進路を阻む様々な仕掛けのイメージが強いですが、こういう人の心理を読み取った仕掛けは某ピンク玉のゲームが1番印象深いです。



 ダストとのコボルト狩りを終え、再びダンジョンへ向け足を進めるバージルとクリス。

 まだ時刻は太陽が頂点に到達した頃だったが、コボルト狩りで無駄な時間を過ごしたとバージルは思い、少しでも遅れを取り戻そうとしていた。

 彼としては、さっさとダンジョンに到着したいところだったのだが……。

 

 

「おうおうテメェ等っ! 生きてここを通りたけりゃあ、金目のモンは置いていきな!」

 

 不運なのか幸運なのか、モンスターが蔓延るこの世界ではかなり珍しい存在とされている山賊に、道中で絡まれてしまった。

 バージルより高身長でガタイのいい3人の男は、クリスとバージルを脅すように、手に持ったキラリと光るナイフを見せつける。

 が、バージルは勿論のこと、クリスさえも相手の脅しに畏怖する様子を見せない。

 

「抵抗するなら俺のナイフでズタズタに――おぉ? こりゃあいい姉ちゃん引き連れてんじゃねぇか……」

 

 山賊はナイフをペロリと舐めて挑発する――と、表情が一変。

 バージルの横にいるクリスを見た途端、彼等の目が変態の目に変わった。

 

「こりゃあいいモン見つけたぜ……真っ平らなのがちと不満だが、最近溜まってっからな。この際文句は言うまい」

 

 真ん中の山賊はクリスを舐めまわすように見て、主に胸辺りに不満を抱きながらもジリジリ近寄り始める。

 すると、彼の言葉に少しカチンときたのか、クリスは腰元からナイフを取り出し、いつ襲われてもいいよう戦闘態勢を取った。

 

 見た目はか細い女の子だが、これでも世界の各地を見て回ってきた冒険者。山賊に遅れを取るような女ではない。彼女の表情も、どこか余裕があるように見える。

 バージルが手を出さずとも、クリスがあっさり倒してしまうだろう。事実、バージルもそう思っていたのだが――。

 

「……? バージル?」

 

 彼は無言でクリスの前に出ると、山賊に向き合った。

 別に任せても問題ないが、クリスが片付けるよりも自分でやった方が早い。バージルはそう考え、自ら前に出たのだ。

 クリスと自分の間に入られた山賊は、機嫌を悪くしてバージルへ怒号を放つ。

 

「あぁん!? テメェに用はねぇんだよスカシ野郎! 邪魔するってんならテメェもっ――!?」

「「――っ!?」」

 

 が、山賊は途中で言葉を止め、残る2人の山賊は目を丸くして驚いた。

 

 ――バージルは、しゃしゃり出た山賊を腹パン1発で黙らせた。

 殴られた山賊は、苦しむ素振りすら見せずに気絶し、その場にうつ伏せで倒れる。

 体格差があり、力もこちらが上だと思っていた2人の山賊は、異質な者を見るようにバージルへ目を向ける。

 

「……失せろ」

「「ヒ……ヒィィィィィッ!?」」

 

 そして放たれた、バージルからの警告。背筋が凍るような冷たい声を聞いた山賊は震え上がり、のびていた山賊を2人で引きずり、すたこらさっさとこの場から立ち去った。

 背中を見せて敗走する山賊を見て、バージルは小さくため息を吐く。

 

「……無駄な時間を食った。さっさと行くぞ」

「あっ……うん……」

 

 バージルはクリスにそれだけ告げ、再び歩き出す。

 クリスは少し戸惑いながらも返事をし、黙ってバージルの後を追いかける。

 

「……」

 

 背後からクリスが物珍しそうに見ている中――バージルは、自分の右拳に目を落としながらも、ダンジョンに向けて足を進めた。

 

 

*********************************

 

 

 ――山の中をしばらく歩き、空に浮かぶ太陽が頂点から西へ落ち始めた頃。

 

「……ここか」

 

 木々が開けた場に出ると、バージルは目前にある物を見てポツリと呟く。

 バージルとクリスの眼前にあったのは、今や古くなり苔や草の生えた石で構成された――遺跡。

 これこそが、今回の目的地――フーガダンジョンの入口だった。

 

「うん、ここで間違いないよ。バージル、準備はいい……って、聞くまでもないか」

「フンッ」

 

 本来、駆け出し冒険者ならば初ダンジョンを前にゴクリと息を呑む場面だが、この男は既に修羅の洞窟――俗に言うEXダンジョンをソロで攻略した身。

 違いがあるとすれば、モンスターが出てくるだけでほぼ1本道な修羅の洞窟とは正反対に、内装は入り組んでおり、いくつか罠が仕掛けられているところだが……それも『生前で』経験済だった彼には、緊張もクソもない。

 

「それじゃ早速行くとしますか。ひとまずバージルはアタシの後をついてきて」

 

 少し緊張感のないダンジョン潜入だが、クリスはバージルにそう指示を出して先頭を歩く。

 バージルは黙ってついていき、クリスと共にフーガダンジョンへ足を踏み入れた。

 

 

*********************************

 

 

「道中のモンスターは君がいるから問題ないだろうけど、罠は別だよ。こういうのは思いもよらない所で、ワッと驚かすようにくるからね」

 

 壁に手を当てつつ階段を降りながら、クリスは後ろで松明を持っているバージルへ忠告する。

 確かにバージルは強い。が、ただ強いだけで冒険者は務まらない。こういったダンジョンにある罠を察知し、掻い潜れるようにならなければと、クリスは先輩風を吹かせるように話す。

 目前には、下り階段の先にある扉。クリスは扉を開き、先にあった部屋を進みながら自信満々に言ってのけた。

 

「でも、このアタシがいれば大丈夫! どんな罠だろうと華麗に回避しにゃわっ!?」

 

 ――瞬間、バージルの前からクリスの姿が消えた。

 バージルは無言のまま、視線を下ろす。

 

「……こ、こんな最序盤から罠を仕掛けるなんて……やるじゃないの……」

「……」

 

 そこには、危うく落とし穴に落ちそうになりながらも、何とか両手で崖を掴んでいるクリスの姿があった。

 どんな罠だろうと回避できる。そう言ってのけた直後にこれである。流石に恥ずかしかったのか、クリスは顔を真っ赤にしながらもよじ登る。

 バージルは無言で落とし穴を避けて移動すると、視線をクリスから落とし穴へ向ける。

 

「さ、最初はちょーっと油断してたけど……こっからは大丈夫! アタシの『罠発見』スキルで……って、バージル? どうしたの?」

 

 クリスは汚名返上だと意気込むが、後ろにいたバージルがジッと落とし穴を見ていたことに気付く。

 一体どうしたのかと思い、クリスは後ろを振り返ってバージルに声を掛ける。

 

「クリス、松明を持っていろ」

「えっ? あっ、うん」

 

 バージルはそれだけ言って、クリスに松明を預けてきた。

 彼の行動を疑問に思いながらも、松明を受け取るクリス。刀だけを手に持ったバージルは、足元にある落とし穴を見つめ――。

 

 ――自ら、落とし穴に飛び込んでいった。

 

「うえぇ!? ババババババージル!?」

 

 突然トチ狂った行動を見せたバージルに、クリスは慌てて手を伸ばすも届かず。バージルは穴の底へ落ちていく。

 しばらく待っても、穴の底から音が聞こえない。かなり深い穴なのだろう。

 何故こんな自殺まがいのことを、思い立ったようにしたのか。だが、彼が考えなしに行動を起こすような男とは思えない。

 ひとまずクリスは落とし穴に顔を覗かせ、心配しながらも待っていると――。

 

「……んっ? 何か近付いて来て――ってうわぁっ!?」

 

 穴の底から、何かが湧き上がるように接近してくる――と思ったのもつかの間、ソレは穴から勢いよく飛び出してきた。

 危うくソレを顔面に受けそうになりながらも、クリスは尻餅をついて顔を上げる。

 彼女の前に立っていたのは――先程落とし穴に自ら飛び込んだ筈の男、バージル。

 

「穴の底にモンスターの気配を感じて降りてみたが……つまらん。ただの雑魚ばかりだ」

「そ、そっか……」

 

 バージルは退屈そうに呟くと、埃のついた服をぱっぱと払う。

 傷一つ負わず戻ってきたことに安堵するクリスだったが、一つ疑問が。

 

「……ていうか、どうやって戻ってきたの? 戻る用のジャンプ台とかがあったの?」

「……? 跳んだだけだが?」

「……あっ、そう」

 

 平然と、とてつもない深さであろう穴に飛び込み、そこからジャンプして戻ってきたバージルに、クリスは呆れて物も言えなかった。

 確かに、彼の型破りな身体能力は度々目にしているが、こういったダンジョンでも実際に使われるのを見ると……もはや、探索する意味もないのではと思ってしまう。

 

 そんな時、クリスの顔を見ていたバージルは、思い出したかのように懐へ手を入れる。

 

「ひとつ、底で気になる物を見つけた。宝かどうかわからんが、一応貴様に預けておく」

「えっ?」

 

 するとバージルは右手をクリスへ差し出し、手のひらに乗っかっている宝石を見せた。

 バージルの服とは対照的に赤く光り、うっかり落とせば見失いそうなぐらい、小さな宝石。

 クリスは考えるように口へ手を当てると、四方八方から宝石を観察する。

 

「『宝感知』に反応しないってことは、お宝じゃない……けど、もしかしたらこのダンジョンで使えるアイテムかもしれないね。オーケー、アタシが貰っておくよ」

 

 ダンジョンの仕掛けを解くために必要なアイテムの可能性もある。長年培ってきた盗賊の勘がそう告げていた。

 クリスはバージルから宝石を預かると、腰元に下げていたポーチに宝石を入れる。

 初っ端の落とし穴に少々時間を取られてしまったが、クリスとバージルはダンジョンの探索を再開させた。

 

 

*********************************

 

 

 フーガダンジョン――アクセルの街からそう遠くないといえど、油断すれば命を落とす危険なダンジョン。

 数多く住み着いているモンスターだけでも厄介なのに、進路を阻むように罠が仕掛けられている。

 そこそこレベルを上げ、初心者から脱した中級冒険者でも手こずる場所なのだが――。

 

「フンッ……雑魚共が」

「潜伏する間もなくやっつけちゃった……」

 

 低級モンスターが立ち塞がれば、特別指定モンスターさえも倒したバージルが容易く屠り、

 

「……ッ! ストップバージル。ここに罠が仕掛けられてるよ」

「ムッ……」

「これなら……私の『罠解除』でなんとかなりそう。ちょっと待っててね」

 

 罠があれば、幾多のダンジョンを探索してきたクリスが察知し、難なく回避する。

 モンスターはバージルが、罠はクリスが。たった2人で役割分担し、それを難なくこなす。

 これほどまでに、ダンジョン攻略にもってこいのコンビは、アクセルの街どころか国中探してもそうそういないだろう。

 

 

 ――気付けば2人は、フーガダンジョンの最奥らしき部屋まで来ていた。

 

「うーん……ないなぁ」

 

 かつてここに住んでいた冒険者達の部屋と思える場所に来たクリスは、いくつか引き出しを開けて残念そうに呟く。

 思い当たる場所を考え、しらみ潰しに探しているが、未だ下に降りる階段や穴らしき物、またはそれを開くためのスイッチは見つかっていない。

 しかし、どこかに隠されている筈だ。盗賊の勘がそう告げている。

 

「どっかにスイッチ的なのがあると思うんだけど……バージルはどう思う?」

 

 クリスは振り返りつつバージルに声を掛けるが、彼は言葉を返さず、黙って別の部屋に入る。

 寡黙な冒険者は何人も見てきたが、ここまで無駄な会話をしようとしない人は初めてだ。

 彼の寡黙さに、クリスは呆れるようにため息を吐きながらも、傍にあった扉を開けて中に入る。

 

 ここに住んでいた冒険者達の食事所か会議室か。大きな円卓が部屋の真ん中に置かれていた。

 クリスは扉を閉めると、くまなく部屋の探索を始める。机の裏、花瓶の底、絵画の裏など、隠されていそうな場所をとことん探す。

 まだ調べていないのは、この部屋と先程バージルが入った部屋のみ。どちらでも見つからなければ、一度戻って見落とした場所がないか探そう。

 見つからなかった場合の行動も考えつつ、円卓の周りに置かれた椅子を調べていた時――。

 

「……んっ?」

 

 1番奥に置かれた椅子に、クリスは違和感を覚えた。クリスは足を止め、目を細めて椅子を注視する。

 ――そこで、椅子の背もたれ部分の裏に、小さな丸い凹みがあることに気付いた。

 再び盗賊の勘が告げる。これがスイッチではないだろうか、と。

 まるで何かをはめるかのように作られた凹み。ここにはめられそうな物は持っていただろうかと、クリスは頭を働かせる。

 

「……そう言えば……」

 

 と、そこで何かを思い出したクリスは、下げていたポーチに手を入れ、1つの物を取り出した。

 それは、赤く光る小さな宝石――ダンジョンの最初、バージルが落とし穴の底で見つけたものだった。

 もしや――クリスはゴクリと息を呑み、宝石を持って慎重に動かす。

 大きさも形もピッタリ。赤い宝石は、椅子の裏にあった凹みにはまった。

 

 

 ――その瞬間、扉からカチャリと音が立った。

 

「えっ!?」

 

 音を聞いたクリスは、慌てて扉へ駆け寄りドアノブに手をかける。

 ガチャガチャと音を立てるだけで、押しても引いても扉は開かない。施錠されてしまったようだ。

 まさか、スイッチと見せかけた罠だったのでは――と、最悪のパターンが頭に過ぎる。

 しかし、この部屋へ入る際に『罠発見』スキルを使ったが、何も反応しなかった。今も使っているが、未だ反応を示さない。

 とすれば、やはりこれは――そう考えた時、クリスの立っている場がグラリと揺れた。

 

「うわっ!?」

 

 突然の揺れに対応できず、クリスはバランスを崩して床に尻餅をつく。

 円卓の部屋はそのまま揺れ続け、壁に飾ってある絵画や棚の花瓶がいくつか床に落ちる。

 クリスは円卓に手をかけ、揺れに耐えながらも立ち上がった。

 

「(これってもしかしなくても……降りてる?)」

 

 凹みに宝石をはめたのが本当にスイッチだったとしたら、この揺れにも説明がつく。

 扉がロックされたのを見るに、恐らくこの部屋ごと移動しているのだろう。フーガダンジョン、真の最奥――お宝が眠る場へと。

 とすれば、移動先には確実にいるのだろう。ダンジョンではお決まりとも言える存在。

 

 ――お宝を守りし番人(ボス)が。

 

 そこまで考え、先程の自分は軽率だったとクリスは反省する。

 スイッチらしき物を見つけた際に、まずはバージルを呼ぶべきだった。そうすれば、番人の待つ部屋へ、何の不安もなく行けただろうに。

 今、クリスの横にバージルはいない。つまり――この先に待つ番人を、クリス1人で相手取らなければならない。

 

 しばらくして、部屋の揺れがおさまる。そして、施錠された扉から再びカチャリと音が立った。ロックが外れたのだろう。

 クリスは、一度戻ることはできないだろうかと思い、宝石を取って再度はめるが、何も起こらない。

 一方通行のエレベーターだったことに、不親切だなと不満を呟きながらも、クリスは扉へ目を向ける。

 

 来てしまったものはしょうがない。今回はなんとか、自分だけの力で番人を倒してやろう。

 そう意気込んだクリスは、腰元からナイフを取り出し、『潜伏』を使ってから扉に近付く。

 一体どんな敵が待ち構えているのか。緊張で身体に力が入る反面、気持ちは不思議と高ぶっていた。

 この、ダンジョン最奥に待つボスのもとへ行く前の高揚感。これも、ダンジョン探索の醍醐味の1つと言えるだろう。

 ゴクリと息を呑みながら、クリスはドアノブに手をかけ――ゆっくりと扉を開いた。

 

 ――案の定、部屋の外はガラリと変わっていた。

 壁には永遠に光を放つとされる鉱石が灯りとしてつけられており、さっきまでいた部屋とは打って変わって明るい。

 灰色のレンガで作られた床と壁。真四角と思われるこの空間は、まさにボス部屋と言える場所だろう。

 

 ――当然の如く、そこには番人(ボス)がいた。

 前方20メートルほど先にいるのは、まるで扉を守るように立ち塞がる、鋼鉄製の守護者――アイアンゴーレム。

 部屋に入ったクリスは、目に入ってきた情景を見て驚く。

 

 ――が、それはアイアンゴーレムを見たからではない。

 

「……」

「(バ、バージル!?)」

 

 アイアンゴーレムの前に、ここにはいない筈の男、バージルが立っていたからだ。

 彼の倍近くはある高さのアイアンゴーレムを、バージルは黙って見上げている。

 一体どれほど睨み合っていたのか。赤い目を光らせたアイアンゴーレムは、手に持っていた巨大な斧をバージル目掛けて振り下ろす。

 

Get out of my way(そこを退け)

 

 が――斧が下ろされるよりも早く、バージルは刀を抜いた。

 彼がそう呟いた瞬間には、既に刀は鞘から抜かれており、刃先を上に向けた刀に小さな雷が走る。

 バージルの前で斧を持ったまま静止するアイアンゴーレム。彼は器用に刀をクルッと回転させ、刃先を鞘に差し込む。

 そして、刀がカチッと音を立てて納められた瞬間――アイアンゴーレムは文字通り真っ二つにされ、左右にその身体を分って倒れた。

 

「少しは楽しめると思ったが……ただのガラクタだったか」

 

 刀の柄から手を離すと、バージルは心底興味のなさそうな目で、再起不能になったアイアンゴーレムを見下ろす。

 とその時、ふと背後に気配を感じ取ったバージルは、クルリと後ろを振り返る。

 そこには、いつの間にか開いていた扉の前に立つクリス。先程まで気配を感じなかったのは『潜伏』スキルを使っていたからだろう。

 バージルはアイアンゴーレムに背を向けて、クリスのもとへ歩み寄る。

 

「貴様も来ていたか」

 

 クリスの前に立ち、バージルは彼女に声を掛ける。

 しかし、クリスは依然とその場に立ったまま――何とも微妙な顔でバージルを見ていた。

 

「……どうした?」

「いや……倒してくれたのはありがたいんだけどさぁ……」

 

 確かにクリスは、バージルがいてくれれば問題ないだろうと思っていた。

 しかしこうもアッサリと、しかも自分がボスと戦うのを楽しみにしていた前で、ボスを倒されるとは思っていなかった。

 まるで――ラスボス一歩手前でセーブし、さぁ帰ったらラスボス戦だと胸を弾ませて帰宅したら、勝手に兄がラスボスを倒してクリアしたのを見た時のような――なんとも形容し難い空虚感をクリスは覚えていた。

 

「……まぁいいや。それよりも、バージルはどうやってここに来たの? 私は、部屋の中にバージルが拾ってくれた赤い宝石をはめ込むスイッチがあったから、それ使って部屋ごと降りてきたとこなんだけど……」

 

 過ぎたことは仕方ない。クリスは虚しさを抱えながらも、自分がどのようにここへ来たのかを話しながら、バージルにも尋ねる。

 

「……調べていた部屋に1つ、何かしらの魔力で結界が張ってある鏡があった。それを破ると鏡は消え、奥に螺旋階段が続いていた。そこを降りていくと……ここに辿り着いた」

 

 そう答え、バージルは横に目を向ける。そこには、壁とカムフラージュしていたであろう扉が開けっ放しになっていた。

 彼はサラリと説明したが、よくもまぁ魔力で作られた結界を自力で破れたなとクリスは思う。魔力の扱いに長けた一流の魔法使いでも結界を破る、解くのは容易くない。

 が、バージルならできそうだなと思う自分もいた。仕舞いには、刀で次元を斬り裂いたりするのではないだろうか。

 

 ……それよりも。

 

「隠し通路が見つかったなら、教えてくれてもいいじゃん……」

 

 クリスより早く来ていたバージルは、恐らくクリスがスイッチを探していた最中に鏡を見つけ、クリスをほったらかしにして先に進んでいたのだろう。

 ほう(報告)れん(連絡)そう(相談)を忘れ、勝手に動いていたバージルに不満を覚え、頬を膨らませるクリス。自分も人のことは言えないのだが、どうにも彼からは反省の色が見られない。

 モンスターをものともしない戦闘力に、高い知力。協力者としてはこれ以上にない存在だが、自分勝手に行動する、融通が効かないなどの扱いづらさがたまにキズだなと、クリスはしみじみと感じていた。

 

「ま、とにもかくにも、これで門番は倒したわけだし、後はお宝を回収するだけだね」

 

 ひとまずその話を切り上げたクリスは、今や守る者がいなくなり、出入り自由になった奥の扉へ向かい始める。バージルも、黙って彼女の後をついて行く。

 見るからに重そうな、アイアンゴーレムと同じ鋼鉄製の扉。アイアンゴーレムを倒したことで鍵が開いたのか元々開いていたのか不明だが、鍵はかかっていなかった。

 女手では開けることが不可能な重さだったため、バージルに頼んで扉を押し開けてもらう。

 

 重い筈の扉を軽々と開け、中に入るバージルとクリス。

 先程の部屋とは違い、真っ暗な部屋だったが――唯一、部屋を照らす光を放つ物があった。

 

「……見つけた」

 

 奥の台座に置かれた、黄金色に輝く丸い宝珠。暖かな印象を覚える光を前に、クリスも思わず見とれそうになる。

 

「これが宝か」

「うん、間違いなくじん……お宝だね。それも超がつくほどの」

 

 クリスは台座に近寄り、まじまじと鉱石を見つめながらバージルと話す。

 

「(魔力を放出しているが、一定の量から一向に減っていない……成程、興味深い宝珠だ)」

 

 クリスがゆっくりと宝珠へ傍ら、バージルは興味深そうに宝珠を見つめていた。

 

 この世界には、高密度に魔力が込められた『マナタイト』と呼ばれる宝珠があると聞く。

 魔法を得意とする者の中には、そのマナタイトから魔力を引き出し、魔力を肩代わりさせて魔法を使う者もいると、バージルは本で知っていた。

 となれば、目の前にあるこの宝珠はマナタイトの上位互換――完成形と呼べるだろう。

 一見、魔力はそこまで高くないように思えるが、その実態は底のない深き井戸。今バージルが見ているのは、あくまで井戸の表面に過ぎない。

 

 ――とそこで、バージルに1つの疑問が過ぎった。

 フーガダンジョンは、元々冒険者が住処として使っていた場所だ。この宝珠も、恐らく過去に住んでいた冒険者の所有物だろう。

 なら――当時の冒険者は、何を思って宝珠をここに置いた?

 少人数では到底開けられるとは思わない扉。そこを守る番人。まるで、絶対にここを通してはならないと言うかのように。

 そしてこの宝珠は、今もどこかへ魔力を送っている。まるで――家主が不在の時でも、工事でもない限り常に送られ続ける電気のように。

 

「待て、それは――」

「んっ?」

 

 咄嗟に、バージルは止めるようクリスへ声をかける。

 しかしその宝珠は――既にクリスの両手に納められ、台座から離れていた。

 

 ――その瞬間、バージル達のいる場が酷く揺れ始めた。

 

「うわっと!?」

「Damn it……!」

 

 強い揺れを受け、危うく宝珠を落としそうになるも、なんとか手のひらに納めてクリスは安心するように一息つく。

 その横で、バージルは予想通りの展開を前に顔をしかめる。

 

「……やっぱり、こうなっちゃうよね……!」

「……何っ?」

 

 そしてクリスは、まるで宝珠を取ればこうなることがわかっていたかのように呟いた。

 

 ――この宝珠は、今もなお魔力を放ち、このダンジョン全体に送っていた。罠は勿論のこと、クリスが乗ったエレベーターやバージルが突破した鏡の結界――そして、ダンジョンの維持に。

 倒れそうな建物を、下から支えていたのがこの宝珠だ。ならばそれが、突然ポンと消えたらどうなるか? 当然、支える者はいなくなり、程なくして建物は倒れて崩れ去る。

 崩れかけていたダンジョンは時を越え――今、再び崩壊しようとしていた。

 

「貴様……知っていながら取ったのか?」

「いや、知らなかったよ。でも、多分こうなるだろうなってのは経験則でわかってた。伊達にダンジョン探索やってないからね」

 

 ダンジョン崩壊が始まっているというのに、至極冷静な様子を見せるクリス。

 ここまで落ち着いていられるということは、何か策でもあるのだろうか。そう考えたバージルは、1つ思い当たる節を口にした。

 

「……前に持っていたワープ結晶でもあるのか?」

「無いよ。あれ結構値段張るから、こういうそこまで深くないダンジョンには使わないの」

「……ならば何故……」

 

 以前、修羅の洞窟でクリスが使ったワープ結晶があれば、ダンジョンの崩壊などものともせず脱出できる。

 それを持っているのだと予想したが、どうやら外れたらしい。

 では、どうしてここまでクリスは冷静なのか。バージルが疑問に思っていると――クリスはニッと笑い、親指を立ててこう口にした。

 

 

「さぁ! ダンジョン探索のトリを飾る脱出劇、いってみよう!」

「……」

 

 答えは簡単。慣れっこだから。

 崩壊の危機を前に慌てないどころか、むしろ楽しんでいる様子のクリスを見て、バージルは呆れるようにため息を吐いた。

 

 

*********************************

 

 

 宝珠をポーチにしまい、最奥の部屋から出た2人は、バージルが来た道の螺旋階段を上り、急いで出口を目指す。

 道中に仕掛けられていた罠は、動力源の魔力を失ったことで機能しなくなり、道中で邪魔をするモンスターはバージルが一瞬で斬り倒す。

 2人は少しもスピードを緩めることなく、ダンジョンを駆け上がっていった。

 そして――。

 

「バージル! 出口が見えたよ!」

 

 2人が上る階段の先に、外の景色が見えた。

 今もまだ揺れ続けており、時間が経つ度に揺れが強くなる。刻一刻と迫る崩壊を前に、クリスとバージルは急いで階段を駆け上る。

 入口が塞がれる前に脱出したい。前を走るバージルを追い越そうと思い、速度を上げようとするが――。

 

「ッ! しまっ――!?」

 

 その時、クリスの走っている階段が突如として崩れ落ちた。

 彼女の下にあるのは、どこまでも続く奈落の底。

 しかし、こんなピンチは幾度となく体験してきた。故に、この対策もちゃんとしてある。

 クリスは咄嗟に、腰元に据えていたロープへ片手を伸ばす。

 

 

 ――よりも早く、彼女の落下は止まった。

 

「……えっ?」

 

 クリスは信じられない出来事を前にして、思わず声を上げる。

 それは、自分の落下が止まったからではない。

 

 

 ロープを取ろうとしたのとは逆の手を――バージルが無言で掴んでいたからだ。

 クリスの手を掴んでいたバージルは、無言で彼女を引き上げる。

 そして彼は、悠長に話している場合じゃないと言いたいのか、クリスに何も言わず、即座に出口へ向かって走っていく。

 その背中を、クリスは慌てて追いかけていった。

 

 

*********************************

 

 

 ダンジョンから飛び出し、木々に囲まれた場に出たクリスとバージル。

 その瞬間、揺れはより一層強さを増し、背後にあったフーガダンジョンは大きな音を立て――崩壊した。

 入口は瓦礫で完全に塞がれ、入ることさえできない。入れたとしても、中はまともに探索できる状態じゃないだろう。

 間一髪、2人はダンジョンから生き延びることができたのだった。

 

「ハァ、ハァ……ふぅっ」

 

 クリスは安堵の息を吐き、その場に座り込む。ポーチの中を確認すると、そこにはちゃんとダンジョンから回収した宝珠が入っていた。

 それを確認したクリスは、お宝から視線を外して前を見る。

 その先には――自分に背を向けているバージル。

 

 

「……」

 

 バージルは自分の右手を見つめ、情景を思い浮かべていた。

 脳裏に浮かぶのは――アイアンゴーレムを斬った時。

 あの時自分は、アイアンゴーレムをなんの躊躇もなく刀を抜き、斬ることができた。

 敵を斬った理由は1つ。相手が自分の行く道を塞いでいたからだ。

 

「(……何故……あの時は斬れなかった?)」

 

 しかし――同じく道を塞ぐように現れた山賊には、刀を抜かなかった。

 以前の世界なら、自分の邪魔をする者は悪魔だろうと人間だろうと、容赦なく殺してきたというのに。

 そんな自分が、どうしてあの時は刀を抜くことができなかったのか?

 いつもなら「奴等を斬らなかったのは殺す価値もない人間だったから」「刀を抜く気さえ起きなかったから」と、バージルは結論付けただろう。

 しかし今は、どうにもそう思うことができない。

 

 

 ――彼は、落ちそうになっていたクリスを見て、咄嗟に手を伸ばしていたのだから。

 

「……ッ」

 

 バージルは開いていた右手を強く閉じ、顔をしかめる。

 その後ろ姿を見ていたクリスは――助けてくれたバージルを、男として気になり始めるわけでもなければ、仲間意識を持つこともなく。

 

「(……何故……?)」

 

 信じられない――そう心の中で呟き、バージルの行動に疑問を抱いていた。

 




DMCにあった仕掛けを再現しようとしたら、まずPS2が使えなくなって確認できなかったという悲しみ。


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第9話「この大罪人と共に救出劇を!」

第1章だけで9話もかかりましたが、アニメ基準でいうとまだ3話しか終わってないっていうね。



 今回の目的だった、フーガダンジョンの最奥に眠るお宝を回収したクリスとバージル。

 ダンジョン崩壊に巻き込まれそうになるも、無事ダンジョンから脱出することができた。

 ふと見上げれば、太陽は既に身を隠し、星が点々と輝く夜空に色を変えていた。

 少しばかり眠気も覚えていたクリスは、バージルに野宿を提案する。断られるだろうかと思いながらの提案だったが、バージルは特に文句も言わず承諾してくれた。

 

 そして今、2人は休息のできる場所を探していた。

 クリスは『敵感知』『暗視』『千里眼』を使い、モンスターとの戦闘を避けながら山の中を歩く。

 無駄な戦闘を避けつつ、歩き続けて1時間後――2人が歩く下り坂の先に、ほんのり明るい光と空に昇る煙を見つけた。

 

「誰かが焚き火を焚いてる……人? 冒険者かな?」

 

 視線の先、パチパチと音が立つ場を見ながら、クリスは目を細めて呟く。

 彼女の後をついていたバージルも、同じくそこへ目を向ける。

 バージルは半分が悪魔なため、五感も人より優れている。こういった夜道でも、遠くにいる相手の顔を視認することができていた。

 

「(……奴等は……)」

 

 そして、焚き火がされている場所に見知った人物がいることに、バージルは気が付いた。

 

「――あっ! あの人達は――!」

 

 暗視と千里眼を併用して見ていたクリスも気付いたのか、そう言って焚き火の場所へ駆け出す。

 その後ろを、バージルは黙ってついていった。

 

 上り坂の先、焚き火をしている場へ駆け寄るクリス。揺れる草木の音で向こうも接近を察知し、敵だと思ったのか、そこにいる者達は警戒態勢を見せる

 しかし、クリスが茂みから出て、相手の顔がわかった途端――相手は驚いて声を上げた。

 

「ダスト! キース! テイラー! リーンちゃん!」

「クリスじゃねぇか! なんでここに……ってバージルもか!」

 

 焚き火をしていた4人は――ダンジョンに来る途中で遭遇した冒険者達、ダストとそのパーティーメンバーだった。

 ダスト達は構えていた武器を降ろし、クリスは4人のもとへ駆け寄る。少し遅れてきたバージルは静かに歩み寄った。

 

「まだ山の中にいたの?」

「あぁ、巣の調査が終わったついでに、ここら辺をもうちょっと探索しようと思ってよ。気付いたらこんな時間になっちまった」

「だから私は早く帰ろうって行ったのに……」

「ま、まぁいいじゃねぇか。レア素材も手に入ったんだしさ」

 

 やれやれとため息を吐くダストを見て、後ろにいたリーンが不満そうに呟く。

 ダストがリーンに睨まれてたじろぐ傍ら、キースがクリスに尋ねてきた。

 

「んで、アンタ達はなんでここに?」

「アタシ達は、さっきダンジョン探索を終わらせてきたところ。一旦野宿して帰ろうかと思って、場所を探してたんだ」

「そうか、なら俺達と一緒に野宿をするのはどうだ? 見張り番のこともあるし、人数は多い方がいい」

 

 キースの質問に答えると、テイラーが共に野宿するのはどうかと提案してきた。

 クリスとしては、むしろこちらから同じことをお願いをしようと思っていたところだったので、願ってもない提案だ。

 

「さっすがテイラー。話が早いね。バージルもそれでいい?」

「……あぁ」

 

 一応バージルに確認を取ると、別段問題ないと彼は答える。テイラー側も、バージルがいるならば安心だと思っていたのだろう。彼の返答を聞いて、テイラーは満足そうに笑う。

 そしてクリスとバージルは、ダスト達と共に野宿をすることにした。

 

 

*********************************

 

 

「はへぇー! じゃあさっきの揺れはダンジョン崩壊が原因だったのか!」

「よく無事に脱出できたな……」

「いや、わりとギリギリだったよー。私もバージルも何とか出れたって感じ」

「そっちも大変だったんだなー。で、手に入れたお宝はどんなだ?」

「クリスちゃんのポーチから魔力を感じるんだけど……もしかして?」

「おっ、リーンちゃん正解! 流石魔法使いやってるだけのことはあるね。ま、どんなのかは教えてあげないけどね」

「なんだよー。ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃんかよー」

「ざんねーん。禁則事項でーす」

 

 火を囲み、クリスは今までダンジョン探索に潜っていたことをダスト達に話す。

 4人と楽しく冒険者話を語る傍ら、クリスは木にもたれかかって座るバージルを横目で見た。

 が、彼は自分の右手に目を落として黙り込んだまま。ダンジョンを出てからずっとこの調子だ。

 

 いや――ダンジョンでクリスを助けた時からか。

 

「ふぅ……さってと」

「んっ? どこに行くんだリーン?」

 

 そうやってバージルの様子を気にしていた時、聞き役になっていたリーンがふと立ち上がった。

 それを見たキースは、あの時狩ったコボルトの、いい感じに焼かれた肉をゴクリと飲み込んでから彼女に尋ねる。

 

「確か、この近くに小川があったでしょ? そこで身体洗ってこようと思って」

「「――ッ!」」

 

 身体を洗ってくる――その言葉を耳にした途端、ダストとキースの耳がピクリと動き、目つきが鋭くなった。

 しばらく固まっていたが、2人は武器を片手に立ち上がると、いつになくマジな顔をリーンに見せる。

 

「1人じゃ危険だ。ここは責任を持って、俺が付き添ってやるよ」

「待て。2人だけじゃ心許ない。ここにはバージルがいるし、テイラーとクリスのことは任せて、俺もダストと一緒に護衛してやるよ」

「当然のようについてこようとすんな変態」

「ハァ……お前等な……」

 

 キリッとした表情で同行すると告げる2人に、リーンは心底軽蔑する目を向け、テイラーは呆れるように呟いた。それを見ていたクリスは苦笑いを浮かべる。バージルは興味がないのか、依然自分の右手に視線を落としたまま。

 

「クリスちゃん、悪いけど付き添い頼んでもいいかな? 1人じゃ不安だから……」

「そりゃま、単独行動は危険だからね。任せて」

 

 当然ながら、付き添いは同じ女性のクリスとなる。リーンから頼まれたクリスは快く承諾し、スッと立ち上がって服についた土を軽く払う。

 

「馬鹿! 女の子2人とか尚更危険だ! ここは俺達も行かねばなるまい!」

「あぁ! 俺の千里眼なら遠くにいる敵も狙撃できるし、遠方からサービスシーンを覗くこともウオッホンッ! とにかく護衛なら任せな! テイラーとバージルはここの守護を頼むぜ! んじゃあ行ってくる!」

「クリスちゃん、2人が後ろからついてきてたら遠慮なく教えて。ライトニングぶちかますから」

「アハハ……ま、まぁここは私に任せて、皆は大人しく待っててね」

「テイラー、ダストとキースの監視は任せたよ」

「うむ、了解した」

 

 それでも食い下がる男達だったが、リーンからバッサリと断られる。前科でもあったのか、信頼するつもりはサラサラないらしい。

 クリスも思わず乾いた笑みを浮かべながらも、そう言ってリーンと共に歩き出す。

 が、それでも不安なのか、リーンは立ち去る時にテイラーへ監視役を任せておいた。

 

「……バージルはいいんだ?」

「だってバージルさん、見た目からしてそんなことする人には見えないし」

「うんまぁ……そうだね」

 

 イケメンは正義と言うべきか。ダストとキースもイケメンの部類に入るのだが、バージルと比べてしまうと、どうも見劣りしてしまう。性格も含めれば尚更だ。

 クリスはリーンと言葉を交わしながら、チラリと振り返ってバージルの様子を伺う。

 流石に周りの騒がしさを鬱陶しく思ったのか、彼は自分の手を見つめるのをやめ、腕を組んで目を瞑っていた。

 

 

*********************************

 

 

「で、アイツ等には絶対に来るなって言ってるのに、毎回あの手この手で覗こうとするのよ! ホント最低!」

「そこは、パーティーに入ってる女冒険者の辛いところだねぇ」

「ハァ……クリスちゃんはいいなぁ。バージルさんみたいな人とパーティー組めてさー」

「いやー、これでも結構苦労すること多いよ? 勝手に行動するし融通きかないし、時にはこっちの心臓が持たないようなことやっちゃうし」

「……クリスちゃんも大変なんだね」

 

 森の中、クリスとリーンは女冒険者ならではの苦労話をしながら川辺へ進む。

 冒険者はパーティーを組むのが定石だが、そこに女性が1人でもいた場合、衣食住を共にする男冒険者は、どうしても悶々としてしまう。悲しきかな男のサガ。

 もし、下着を何も着ていないように見える際どい美少女と、見る者全てを萌えに引きずり込む魔性の美少女と、出るとこ出てるスタイル抜群の美少女に囲まれるようなパーティーに、男1人投入されて衣食住を共にしたら、男の悶々も並々ならぬものになるだろう。

 

「(……今のところ罠は無し……敵感知は……)」

 

 そして、雑談しながらもクリスは警戒を緩めない。

 常に『罠感知』と『敵感知』を使い、周囲の様子を伺いながら進む。

 

「あっ! 小川が見えてきたよ!」

 

 リーンの嬉しそうな声がクリスの耳に入る。

 あと少しで目的地に到達する――そんな時、クリスは不意に足を止めた。

 

「……? どうしたの?」

 

 突然止まったクリスに気付き、隣で歩いていたリーンもクリスから少し離れたところで足を止める。

 不思議そうに見つめながら尋ねてくるリーンに、クリスは小さな声で答えた。

 

「……敵が1匹、こっちに近付いてくる」

「えっ!?」

 

 その言葉を聞き、リーンは驚きながらも杖を構える。

 『敵感知』に引っかかった1匹。ソイツがいる方向へクリスは正面を向けると、ナイフを抜いて警戒態勢を取る。

 『暗視』と『敵感知』を同時に使い様子を見る。ゆっくりとだが、敵は間違いなくこちらに近付いている。

 20メートル――15メートル――10メートル。そこまで敵が近付いてくると――。

 

 ――敵は、急加速してこちらに――リーン目掛けて走ってきた。

 

「ッ! リーンちゃん! 逃げ――!」

「きゃあっ!?」

 

 慌ててクリスはリーンに駆け寄ろうとするが、それよりも敵の方が早かった。

 脇の茂みから飛び出してきた敵は、リーンを片手で捕まえると脇に抱え、クリスと向かい合う。

 

「ヒッ……!?」

「くっ……!」

 

 敵に拘束されたリーンを見て、クリスは悔しそうに顔を歪めた。

 自分がいながら何という醜態だ。事前に助けられなかった自分を恨みながら、現れた敵を睨む。

 

 同時に『敵感知』で周りを確認。目の前にいる1匹以外反応しないのを見る限り、襲ってきたのは1匹だけのようだ。

 しかし、すぐにでも仲間を呼ばれるかもしれない。ここは早々にリーンを助け出し、2人でバージル達がいる場所へ戻るのがベスト。

 助け出した後の行動は決めた。あとは、如何にしてリーンを助けるか。

 

 ロープを使い『バインド』で動きを止めるか。木々に隠れ、『潜伏』を使い陰から襲いかかるか。一か八か『スティール』でリーンを奪い取るか。

 様々な作戦を頭の中で立てるクリスの前で――リーンを脇に抱えた敵は、おもむろに口を開いた。

 

 

「安心して。貴方達を傷付けるつもりはないわ」

 

 

*********************************

 

 

「悪いテイラー、ちょっとトイレに」

「俺も」

「行かせん」

 

 その頃一方。ダストとキースは同時に立ち上がると、股間を抑えながら茂みの中へ移動し始める。

 が、テイラーは即座に立ち上がると2人の首根っこを掴み、トイレへ行こうとする足を止めた。

 

「だったらなんで、わざわざリーン達が行った方へ行こうとする?」

「ど、どこでションベンしようが俺達の勝手だろ!?」

「そうだよ! 別に、用を足すついでに2人の様子をコッソリ見に行くとか、そんなつもりはサラサラないからな!?」

「やっぱり見に行くつもりだったじゃないか」

 

 諦めの悪い男達に、テイラーは呆れるようにため息を吐く。

 リーンとクリスが小川へ向かってから、かれこれ10回以上2人を止めている。一体どれだけ2人のサービスシーンを覗きたいのか。

 クリスとリーン、共に(どこがとは言わないが)貧しい。が、もしアクセルの街で美少女コンテストを開催すれば、恐らく上位に食い込めるほど顔面偏差値は高い。つまるところ美少女なのだ。

 そんな美少女2人が、生まれたままの姿で水を浴びるサービスシーン。たったそれだけでも、男というのは惹かれてしまうものだ。

 

「テイラー……よく考えろ。あの2人が、何も身につけていない姿で、小川にいるんだぞ? 本当にそれを見たくないのか?」

「お前だって男だろ!? だったら、俺達の熱い思いもわかる筈だ! だからテイラー! 頼むからそこを退いてくれ!」

「開き直って覗きを正当化しようとするんじゃあない」

 

 ここで行かなきゃ男じゃないと、テイラーを説得しようと試みるダストとキース。

 が、そんな悪魔の囁きに屈する男でなかったテイラーは、至極真っ当な正論を返す。

 

「……」

 

 そんな賑やかな連中を前にしても、バージルは終始黙っていた。

 一時、彼は目を開いてリーンとクリスが行った先を見たが、すぐに目を閉じていた。

 バージルは腕を組んで目を瞑ったまま、静かに2人が来るのを待つ。

 

「――ムッ」

 

 ――とその時、バージルの目が再び開き、茂みの方へ目を向けた。

 そこから少し間を置いて、バージルが見た方向から茂みをかき分ける音が聞こえる。

 騒いでいた3人も気付いたのだろう。ダスト達はピタリと騒ぐのをやめると、咄嗟に武器を取って音がする方向を見る。

 近付いてくる何かに警戒を高め、じっと待っていると――茂みから4人の見知った人物が現れた。

 

 

「――ダスト! キース! テイラー! バージルさん!」

「リ、リーン!?」

 

 茂みから出てきたのは、息を荒げて戻ってきたリーンだった。

 彼女はダスト達の前に出ると、膝に手をついて息を整え始める。

 そこに、彼女と一緒に小川へ行った筈の、クリスの姿はない。

 

「どうした!? 敵か!?」

「ていうか、あの盗賊の姉ちゃんはどこに……」

 

 テイラーはすかさず駆け寄り、心配そうに声を掛ける。キースはクリスがいないことに気付いたのか、リーンにそう尋ねる。

 息を整えられたのか、リーンは顔を上げると、酷く慌てた様子で4人に告げた。

 

 

「クリスちゃんが……オークに拐われちゃった……!」

「んなっ……!?」

 

 オーク――それは、豚の頭を持つ二足歩行型のモンスター。

 ファンタジー物では性欲溢れる者として描かれることの多いモンスターだが、この世界も例に漏れず、欲望に忠実な生き方を貫いていた。

 そんな凶悪モンスターに、見た目は年端もいかない女性のクリスが拐われたのだ。誰彼構わず女と身体を交わすイメージの強いオークに。

 もしここに、異世界物に精通したオタクがいたら、その者は容易く想像しただろう。

 バッドエンドとも言える最悪のビジョン――数多のオークに囲まれ、あられもない姿を晒して女性のプライドを傷つけられるクリスを。

 

 バージルも、放っておけばそうなるだろうと予想していた。元の世界で「オークは繁殖力が強く、人間の女が犠牲者として描かれることが多い」と知っていたからだ。

 だからといって、その未来を悲観はしない。ただの協力者が犠牲になるだけで、彼の感情が揺さぶられることはないのだから。

 

 リーンは再び息を整えると、今にも泣きそうな顔のまま言葉を続ける。

 

「それで……彼女を取り返したければ、南方に山を降りた先にある集落に来いって……!」

「「「……ッ!」」」

 

 彼女の言葉を聞き、ダスト、キース、テイラーの3人は酷く顔を歪めた。

 3人の表情の変化がバージルは気になったが、特に気にすることでもないかと結論付ける。

 

「よりによってオークか……とんでもないモンスターに拐われてしまったな……」

「どどどどうしよう……!」

「んなもん、助けるに決まってんだろうが。一筋縄じゃいかねぇのはわかってるが……助けられた恩もあるしな」

 

 険しい表情で両腕を組むテイラーを見て、一層焦りだすリーン。

 オークは、中級冒険者でも苦戦するという話だ。そのオークが何体も住んでいる集落。そこに突っ込むのはかなり危険だ。

 が、彼女は同じ街に住む冒険者で、コボルトから『潜伏』を使って助けてくれた恩もある。彼等は、ここでクリスを置いて逃げ出すような薄情者ではなかった。

 キースはそう言って、チラリと横を見る。同じくダスト、テイラー、リーンもそちらへ目を向ける。

 

 オークの集落へ潜入し、クリスを救出。難易度は高いが、ダスト達4人ならば可能だろう。

 しかし、もし――バージルが協力してくれるのならば、その難易度もグッと下がる。

 コボルトをものともせず戦った彼なら、オークの集団とも渡り合えるのでは――そんな期待を抱きながら、ダスト達はバージルを見つめる。

 その視線を受けていたバージルは、しばし4人と視線を交えると――ため息を吐き、こう口にした。

 

「……世話の焼ける女だ」

 

 バージルの答えは、YESだった。

 そう言いながら立ち上がるバージルを見て、4人の顔に歓喜の色が浮かぶ。

 

 ――実はこの男、クリスとリーンが敵と遭遇したことに気付いていた。

 半人半魔故に優れた感覚で、2人の近くに敵が接近していたことに気付き、彼は目を開けて様子を伺っていたが、敵は1匹。そこまで強くない魔力だったので、クリスが遅れを取ることはないだろうと考え、再び目を閉じていた。

 しかし、結果クリスは拐われてしまった。何故捕まってしまったのかを疑問に思いながらも、バージルは刀の下緒を解いた。

 

 

*********************************

 

 

 バージル達が野宿をしていた場所から南方へ、山を降った先。

 そこには、木材と藁、石で作られた家が立ち並び、松明につけた火で夜を照らしている集落――オークの住処があった。

 よほど自信があるのか無防備なのか、どうぞお通りくださいと言わんばかりに門は開かれており、門番も見張り番もいる様子はない。

 その、開けっ放しな集落を――門の正面にある茂みから、ダスト、キース、テイラー、リーン、バージルの5人が見ていた。

 

「さっきも言ったように、作戦はシンプル。まずバージルが正面から突っ込んで囮になる。で、警備が薄くなったところを俺達4人が潜入。で、捕まってるクリスを探し出す。以上」

 

 最終確認として、ダストは4人に作戦内容を告げる。

 1人を囮にするなど、普通は考えられない行為だが、囮役となるのはバージル。彼の強さを知っているからこその配役だ。

 それを聞いたバージルも、その方が性に合うと不敵な笑みを浮かべて賛同した。何故かバージルの返答を聞いて、ダスト達は心底驚いた様子を見せたが。

 

「んじゃあ……キツイ戦いになると思うが、頼むぜバージル」

「フンッ」

 

 託すように告げるダストに、心の中で望むところだと呟きながら、バージルは動き出す。

 彼は茂みから出ると、左手に刀を握り締めて歩き、堂々と集落の正門から入っていった。

 

 本当に見張り番もいないのか、バージルは難なく正門を潜り、集落内を歩き続ける。

 左右に家が並ぶ一本道を通り抜け、集落の広場らしき場所に出たところで、バージルは足を止める。

 

 眼前に広がるは――待ってましたと言わんばかりに、武器を構えて立ち並ぶオーク達。

 イメージ通り豚の顔をした者ばかりだったが――オーク達は、犬耳だったり猫耳だったりうさ耳だったりと、自己主張の激しいものを皆が身につけていた。

 多種多様過ぎるオーク達を見て、バージルは少しばかり面食らう。

 そんな中、1匹のオークが前に出ると――心底嬉しそうな声で、バージルに話しかけてきた。

 

「ウフフ……まさか貴方が1人で来てくれるなんて、願ってもないことだわ」

「……何っ?」

 

 思わず顔を歪めてしまうような、酷く耳につく甲高い声。所謂萌えボイスでそう話したオークに、バージルは反応を示す。

 

「どうして俺のことを? って顔してるわね。それは、貴方のことを仲間から伝え聞いていたからよ」

 

 表情からバージルの内を読み取ったオークは、得意げに笑いながら話を続ける。

 

「山の偵察に行っていたオークから、山の中にあるコボルトの巣で、コボルトを相手に1人で無双した男がいたと報告を受けたわ。青いコートに銀髪……貴方のことよね?」

 

 バージルがコボルトと戦っていたところのを見た仲間から、バージルのことを伝え聞いていたと話す。

 確認を取ってくるオークに、バージルは頷きもせず無言のまま睨み返す。

 その反応を肯定と見たオークは、舌なめずりをして話を進めた。

 

「何人か勇ましい男はいたけど、貴方は別格だって聞いたわ。私達がマークしてたコボルトのリーダーもやっつけちゃったそうじゃない」

「それを聞いて、興味が沸いた私達は……貴方達を誘い出すために、貴方達の仲間を捕えたんだニャン」

「……誘い出すだと?」

「そうニャ。仲間を捕えれば、必ず助けに来るだろうと踏んでニャ。まさか、大本命が1人で来てくれるとは思ってニャかったけど」

 

 リーダーらしきオークの言葉に続くように、猫耳のオークが前に出て、語尾付きでそう話した。

 バージル達は、クリスを助け出すためにここへ来たのだが、それこそがオーク達の目的だった。

 捕えたクリスはあくまで餌。狙いは、助けに来るバージル。今の彼は、オーク達が吊るした餌にまんまと騙されて食いついた魚と言えるだろう。

 だが彼は、焦る様子を一切見せないどころか、余裕有りげに笑う。

 

「成程……で、どうするつもりだ?」

 

 やるならば受けて立つ――そう伝えるかのように、バージルは刀を握る。

 口調と声からして、このオーク達は恐らく雌だろう。そんな彼女等は、バージルの力に興味を持ち、闘争本能を刺激された身だと、バージルは推測していた。

 力を振りかざすだけの、低脳なモンスターの考えそうなことだ。バージルは心の中で彼女等を見下す。

 

 

 ――が、その予想は少し外れていた。

 彼女達が刺激されたのは――『闘争本能』ではない。

 

 

「そりゃあ勿論――貴方なら私達の『プレイ』に耐えてくれるでしょうし、存分に楽しませてもらうわ」

「ウフフ……想像したら濡れてきちゃった……」

「――ッ!?」

 

 その瞬間――バージルは戦慄した。無意識の内に、片足を後ろへ下げてしまう程に。

 立ち塞がる彼女達の目が――強者を求める、力に溺れた者の目ではないことに気付いて。

 

 

 彼女達が――あのダクネス(HENTAI)と同じように、自分を性的な目で見ていることに。

 

「「「さぁ――私をイカせて!」」」

「……How repulsive(悪趣味な)……!」

 

 

*********************************

 

 

 オーク――ファンタジー物では、ある意味欠かせない存在となっているモンスター。

 名前を聞けば、ファンタジー物の作品を知るほとんどの者が想像するだろう。美しい女騎士、女戦士を捕え、欲望のままに身体を交える姿を。

 

 しかし、この世界のオークは違う。雄ではなく雌が、欲望に忠実なのだ。

 欲望を満たそうと幾多の雄と身体を交えるも、雄の方が耐え切れず干からびる。気付けばオークの雄は絶滅危惧種と化していた。

 生まれることは生まれるのだが、赤子から成長し、世間一般で言うショタの時期になると、雌が耐え切れずハーレムおねショタプレイを開始。そんな地獄に子供が耐え切れる筈もなかった。

 

 もはや、同じ種族に自分達を満たしてくれる雄はいない。そう思った彼女等は――なんと他種族にまで手を出した。

 犬だろうと猫だろうと、リザードランナーだろうとコボルトだろうと何だろうと。彼女達は欲望のままに突き進み、子孫を残してきた。オークなのに獣耳が生えているのはそのせいである。

 聞いただけなら、なんと羨まけしからんと思うだろうが、彼女達はオーク。つまりどうあがいても豚顔なのだ。

 声はブヒれるほどかわいらしいので、目を閉じれば脳が溶ける甘いボイス天国だが、目を開ければ一転、豚顔が息を荒げてムスコを狙ってくる地獄と化す。

 余程の物好き絶倫ケモナーでもない限り、彼女達の愛を受け止めるのは不可能だろう。

 

 

「アナタ素敵! 私と良い事しましょっ!」

「うぉおおおおおおおおっ! 狙撃狙撃狙撃狙撃ィイイイイイイイイッ!」

「そのハチマキも厳つい顔に似合ってチャーミング! 嫌いじゃないわ!」

「ぬぉおおおおおおおおっ! お断りだぁああああああああああああっ!」

「貴方は……女か。ま、仕方ないから相手したげる」

「物凄く残念そうな顔されて超腹立つんですけど!?」

 

 彼等もまた、オークの愛を受け止められない者達だった。

 迫り来るオーク達をキースは一心不乱にアーチャースキル『狙撃』で撃退し、テイラーも珍しく大声を上げて剣を振りかざす。女のリーンはハズレ枠として扱われ怒り気味。

 

「あぁ……イイッ! イイわ! 貴方の剣が、私の中にズブズブ入ってぇ、頭おかしくなっちゃうぅううううううううっ!」

「気持ち悪ぃ声上げてねぇでさっさとくたばれやぁああああああああああっ!」

 

 そしてダストも、1匹のオークのドテッ腹に剣を突き刺して、強い拒絶感を顔に出しながら叫んでいた。

 バージルが暴れ、守りが薄くなったところで4人は潜入したが、薄くなっただけでゼロではない。

 4人は、待機を命じられていただろうオーク達と遭遇、彼女等と戦いながら進んでいた。

 

「(バージル……すまねぇ! もう少しだけ耐えてくれ!)」

 

 集落内を突き進みながら、ダストは心の中でバージルに詫びる。

 オークを相手に囮作戦。危険だと思ったが、クリスを早急に助け出せ、かつバージルの力を最大限に発揮させるには、これが1番だった。

 恐らくバージルは、1人で戦う方が力を存分に振れるタイプだろう。そう見抜いていたダストは、自分達と共に進むよりも、別れて行動させた方が良いと考えた。

 

 しかし、あのオーク相手に囮として出すのは、同じ男として気が引ける。嫌と言われたら、すぐさま別の作戦を考えるつもりだった。

 だが彼は、まるで4人を心配させまいと、嫌がることなく囮役を買って出た。楽しそうに、不敵な笑みを浮かべて。

 自分達を気遣っての演技か、戦えるなら誰でもいい変態なのかわからないが、本人がそう言うなら仕方ないということで、この作戦を決行したのだ。

 

 バージルはコボルト軍団も簡単に蹴散らす実力者だが……今回の相手は、あのオークハーレム地獄。上級冒険者の男も、そこに飛び込むならアクシズ教徒になった方がマシと言うほどだ。

 同じ男として、その苦しみを理解していたダストは、クリスを見つけたら、すぐにでもバージルと合流して離脱しようと決意を固め、足を進めていく。

 

 そして――いくつかの家を通り過ぎ、集落の奥地にまで来た時。

 

「――あっ! いた!」

「何っ!?」

 

 リーンが右方向を指差し、歓喜の声を上げる。すかさずダスト達は足を止め、リーンが指した方向を見る。

 視線の先には、鋼鉄の檻が地面にドンと置かれており、その中には――銀髪の女性、クリスが座り込んでいた。

 4人は急いでクリスのもとに駆け寄っていく。彼女も4人に気付いたのか、こちらに目を向けた。

 

「みんな……」

「クリス! 無事か!」

「クリスちゃん! ごめん……ごめんねっ……! 私がもっとしっかりしてたら……!」

「ううん……私の方こそごめん。敵を確認した時点で逃げるべきだった。それと……助けに来てくれてありがとう」

 

 テイラーとリーンが駆け寄り、クリスの無事を確認する。リーンはクリスが拐われたことに責任を感じていたのか、泣きながら謝ってくる。

 クリスも、リーンを危険な目に合わせ、自分が拐われたのは自分の責任だと言い、謝罪の言葉と助けに来てくれたお礼を告げる。

 

「ダストとキースも、助けに来てくれてありがとう。オーク相手に大変だったでしょ?」

 

 しかしクリスは、すぐにいつもの調子に戻し、後方にいた2人にも礼を告げる。

 対するダストとキースは、檻の中にいたクリスをしばし目を合わせると――。

 

 

「なんで裸じゃねぇんだよぉおおおおおおおおおおっ!」

「そこは剥がれた姿を見られて嬉し恥ずかしになる場面だろぉおおおおおおおおおおっ!」

「最っ低! アンタ達ホント最低! いっぺんオークに囲まれて死ね!」

「全く、お前達は……」

「ア、アハハ……」

 

 クリスが、お決まりの服を剥がれて捕まっているパターンではないことを知り、酷く悲しみに打ちひしがれた。

 それを見てリーンは激怒し、いつものことなのかテイラーは呆れるように息を吐く。その様子を、クリスは苦笑いを浮かべて見ていた。

 

 

*********************************

 

 

 その後、クリスからダストが道中で倒したオークが鍵を持っていたと聞き、また起き上がってくるんじゃないかと恐怖しながらも、死体となったオークから鍵を回収。

 無事にクリスを救出でき、喜びを分かち合う4人。そんな彼等の前で、クリスはキョロキョロと辺りを見渡しながら尋ねる。

 

「あの……バージルは……」

「彼は今、囮役として動いてもらっている。恐らく今は……あのオーク達を相手に1人で戦っていることだろう」

 

 クリスの質問に、テイラーは北の方角を見て答える。すると、それを聞いていたダストが思い出したかのように声を上げた。

 

「そうだ! バージル! こうしちゃいられねぇ! 早くバージルを探すぞ! 一刻も早くオークハーレムから脱出させるんだ!」

 

 彼はすかさず武器を持つと、前を走りながら4人を急かす。

 男として、これ以上苦しませるわけにはいかない。その思いを同じ男であるキースとテイラーも察したのか、コクリと頷いてダストの後を追う。

 

「クリスちゃん、私達も行こう」

「……うん」

 

 リーンはクリスの手を引くように、彼女へ声を掛ける。対するクリスは、どこか歯切れの悪い返事をし、ダスト達を追いかけた。

 

 

*********************************

 

 

「凄くイイッ! 貴方凄く逞しいわ! 何が何でも手に入れたいィイイイイッ!」

「フッ!」

「お願い! 先っちょだけ! 先っちょだけでいいから合体させましょ!」

「ハァッ!」

「すごーい! ねぇ! 私と毎晩良い事し合うフレンズになりましょ!」

Fall(堕ちろ)scum(クズが)!」

 

 オークが住む集落の中心、広場にて。バージルは雷刀アマノムラクモを振るい、女の目をして襲いかかるオーク達を次々と斬り倒していく。

 彼女等と戦闘を始めてしばらく経つが、未だ敵のオークは尽きず。だが、周りを見る限り今ここにいるオーク達で最後だろう。

 

 状況は、この間のコボルト狩りと同じ一対多だが、彼女等はコボルトと違い、仲間達をいくら斬り殺そうとも退こうとしない。

 むしろ、更に欲情して攻撃の激しさが増す始末である。仲間を殺されても何とも思わず、力を求めて襲いかかるのは悪魔と同じだが、欲情はしなかった。

 欲望のままに襲い来るオーク達を見て、一刻も早くここから抜け出したい気持ちに駆られながらも、バージルは刀を振っていた。

 

「このままだと全滅ね……皆! アレ行くわよ!」

「「「えぇ!」」」

 

 このままでは負けてしまうと危惧したオークが、大声で周りの仲間に声をかける。それ合わせ、仲間達も声を上げる。

 彼女等は一度バージルから離れると、彼を四方から囲むよう円上に並び、すかさずバージル目掛けて走り出す。

 そして――助走をつけて飛び上がり、一斉にバージルへ襲いかかった。

 

「さぁ! 私達のラストアタックを受け止めて!」

 

 四方八方からバージルへ向かい来るオーク達。まるで恋する乙女の如く、彼女達は最後の攻撃を仕掛ける。

 

 が――ケリをつけようと思っていたのは、バージルも同じだった。

 彼は右手に持っていた抜き身の刀を逆手に持つと、刃先を地面と垂直になるよう向け、刀に魔力を宿らせていく。

 高まる魔力に呼応するように、刀身は青く光り始め、バチバチと青白い雷が走る。

 そして――この刀が許容できる最大限まで魔力が充填した瞬間、

 

It's over(終わりだ)!」

 

 魔力が込められた刀を地面に刺し――バージルを包み込むように、ドーム状の青白い光が放たれた。

 それは、雷刀アマノムラクモの素材となった、雷を操る天色のドラゴン――彼がバージルに放った技と、同じものだった。

 高出力、高圧縮の雷でできた光をモロに浴びたオーク達は、身体を真っ黒に焦がして四方八方に吹き飛ぶ。

 地面をえぐりながら転がる者、木をへし折りながらも吹き飛び続ける者、建物に突っ込んで崩壊させる者。吹き飛び方を見るだけでも、その威力は相当のものだとわかる。

 次第に光は薄れていき、その中心を映し出す。

 

「――身の程を知れ」

 

 雷光に包まれていたバージルは、無傷のまま刀を納めていた。

 もうバージルへ向かってくるオークは1匹もおらず、先程吹き飛ばされたオークも動く様子を見せない。

 

「……ムッ」

 

 その時、気配を感じたバージルは後ろを振り返る。

 広場の入口、バージルが入ってきた入口とは別の場所には――口をあんぐりと開けて立つダスト達がいた。

 彼等の傍には、クリスの姿もある。目的達成を確認したバージルは、足元に転がるオークの死体を踏み越えて、彼等のもとに歩み寄る。

 

「そっちも終わったか」

「終わったけどよ……今の何だよお前……心配してた俺の気持ち返せよ……」

「囮役が殲滅させるって……それもう囮じゃねぇよな」

「テ、テイラー……ソードマスターのスキルってあんなのがあるの? 今、スッゴイ魔力を感じた気がするんだけど……」

「さぁ……少なくとも俺は見たことがない……」

 

 軽くひと仕事終えた感じで話しかけてくるバージルに、4人は困惑の色を見せる。

 彼の力は、4人ともコボルトと戦っていた時に確認していた。そして、男として脅威ではあるだろうが、オーク達にも引けは取らないと。

 そう思って来てみれば、彼は囮役でありながらもオーク達を殲滅し、最後は見たこともないスキルでトドメを刺した。

 彼は規格外過ぎる冒険者だ。そう、4人は改めて理解した。

 

「ならさっさと帰るぞ。もうここにいる意味はない」

「あ、あぁ……そうだな。もう当分オークは見たくねぇ……早く野宿したとこ戻ろうぜ」

 

 クリス救出という目的を達成できた今、この集落に用はない。バージルは早く野宿した場所に戻ろうと提案する。

 ダストも同じ意見だったのか、オークの集落を探索する気にもなれず、疲れたように息を吐く。

 

「そこに帰って寝るのか? もう日が明けそうだぜ?」

「えっ?」

 

 その中で、キースが東の方角を指さしながらダストにそう告げてきた。

 キースの言葉を聞いた周りの4人は、彼が指差す方向へ目を向ける。

 夜空に煌く星は身を隠し、東側がほんのりと明るみを増している。いつの間にか、夜明けを迎えていたようだ。

 

「マジか……そういや、オークと戦ってたからかすっかり眠気も覚めちまったなぁ」

「私も……早く街に帰ってお風呂入りたい……」

「なら、野宿するのはやめて、早く街に戻るとしよう」

 

 夜明けを告げる薄明かりの空を見て、ため息混じりにそう話すダスト。リーンも眠気はないものの疲れはあるようで、女の子らしい愚痴を溢す。

 テイラーも同じく眠たくないのか、早朝の内に山を進んで街に戻ろうと提案する。それを聞いたダスト、キース、リーンの3人は同時に頷いた。

 

「ま、どっちにせよテント回収しなきゃなんねぇから、あそこに戻らねぇとな。バージルとクリスはどうすんだ?」

 

 自分達の予定を決めたダストは、黙って聞いていたバージル、クリスにこれからどうするのかを尋ねる。

 ダストの質問を聞いたバージルは、無言のままクリスに目を向ける。

 「お前に任せる」とアイコンタクトを受け取ったクリスは、ダストに目を向けて答えた。

 

「私達も正直眠くないし、このまま帰ろうかな」

「そっか、そんならアクセルの街まで一緒に帰ろうぜ。その方がお互いに安心だ」

「そうだね」

 

 ダスト同様、朝早い内に街へ帰るとクリスは答える。

 それを聞き、ダストは街まで団体行動を取ろうと提案し、それに異存はなかったクリスは承諾した。

 

「っしゃ! ならさっさとテント回収しに行こうぜ! ほら歩けリーン! そもそも、お前が身体洗いに行く時にちゃんと護衛をつけてたら、こんな面倒なことにならなかったんだからな!」

「うっ……それは悪かったって思ってるわよ……」

「気にするなリーン。コイツは、これに乗じて覗きを正当化しようとしてるだけだ」

「馬鹿野郎! 俺達は心の底からリーンの身を案じているだけだ!」

「本当は?」

「護衛という正当な理由をつけて堂々とガン見したいです!」

「……サイッテー」

 

 駆け出すキースを皮切りに、ダストとその仲間達は、楽しそうに会話をしながら集落を後にする。

 女性がいるにも関わらず、ダストとキースによるにセクハラ談義が始まっているが、これが彼等のいつも通りなのだろう。

 

「……俺達も行くぞ」

「……うん」

 

 遠ざかっていくダスト達の背中を見て、バージルはクリスへ声をかける。

 クリスはすぐに言葉を返したが、どこかぎこちないものだった。

 

 

*********************************

 

 

「……意外だね」

「ムッ……?」

 

 オークの集落を出て数分、再び山の中を歩いて北へ歩くバージルとクリス。

 前方でダスト達が騒いでいるのとは対照的に、2人は無言のまま街に向かっていたが、その沈黙をクリスが破ってきた。

 

「正直言うと……バージルが助けに来てくれるとは思ってなかったの。多分、見捨てて帰っちゃうんじゃないかなーって……」

「……」

 

 バージルが助けに来てくれたことが意外だと、クリスは話す。

 

 しかし――それはバージルも同じだった。

 過去の自分なら、きっとクリスを見捨てて先に帰っていただろう。もしダスト達が連れて行こうとするなら、彼らに刃を向けていただろう。

 そんな自分が、クリスを見捨てず助けに来た理由は――。

 

「……今回、宝探しに付き合った分の情報を、まだ貴様から貰っていない。貴様を助けた理由など、ただそれだけだ」

 

 クリスがバージルにとって、利用価値のある者だから。この世界を知る上で必要な者だからだ。それ以外に理由は存在しない。

 そう――あの時、落ちかけたクリスの手を咄嗟に掴んだのも、そして今回――「助けない」選択肢を端から考えなかったのも、彼女がただの協力者だったからだ。

 

「(……俺は……)」

 

 自分は悪魔だ。今までも、そしてこれからも変わることはない。

 ましてや、人間を助ける――人間に歩み寄る――人間を求めることなど、あってはならないのだ。

 

 たとえそれが――『(ダンテ)』が『勇者(スパーダ)』になり得た理由だとしても。

 

「……フフッ」

 

 その内を知ってか知らずか、クリスはバージルの言葉を聞いてクスリと笑う。

 

「何を笑っている」

「ううん、なんでもない」

 

 そもそもこうなった原因は貴様だろうと、バージルは目で訴えたが、クリスには通じていないようだ。

 クリスは、活発な彼女らしくニッと歯を見せて笑うと、バージルに告げた。

 

「ありがとう、バージル」

「……フンッ」

 

 彼女のお礼を聞いたバージルは、特にこれといった反応を示すわけでもなく視線を前に戻した。

 

 

*********************************

 

 

「いや、私もオーク1匹なら1人でもなんとかなると思ったんだよ? でも、相手がリーンを人質に取っちゃってさー」

「……? ならば何故貴様が捕まった?」

「リーンちゃんが捕まるよりも私が捕まった方が、脱走できる可能性があると思って。で、私が直接オークに交渉したの。代わりに私を捕えてくれって」

「脱出はできたのか?」

「ぜーんぜん。監視の目がキツイのなんのって。女だから甘く見てくれると思ったんだけどねー」

「……貴様という奴は……」

 

 街への帰り道、クリスは自分が捕まった経緯を話しながらバージルと歩く。

 行きの時とは違い、クリスはいつもより話しかけていたが、バージルは呆れながらも話に乗ってくれている。

 まるで、互いの溝を埋めるかのように。バージルにその気はないだろうが、少なくともクリスは彼に歩み寄ろうとしていた。

 

 

 ――端から見れば、の話だが。

 

「(……貴方がどういう人なのか、確かめさせてもらいますよ)」

 

 バージルが前方を見つめて歩く中、クリスは独り決意を固めていた。

 




HENTAIはこのすばにて最強。


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第2章 悪魔と人間 第10話「この剣使いに新技を!」

章タイトル、正直もっと捻った物がよかったんですけど、全く思いつきませんでした。発想力の無さが悔やまれる。




 アクセルの街から少し離れた、とある森林地帯。

 街付近には強いモンスターはおらず、この辺りを冒険者が歩いても、道沿いに進めば無傷で森林地帯を抜け出すことができるほどだ。

 

 ただしそれは――あくまで『道沿いに進めば』の話。

 

 ひとたび森の中へ入ってしまえば、高確率で猪型のモンスター達が縄張りとしている場所に侵入してしまい、たちまち包囲され、容赦ない突撃攻撃を食らう羽目になる。

 下級モンスターであるが、多勢に無勢と言うべきか。たとえ中堅の冒険者であっても、猪軍団には苦戦を強いられてしまう。だからこそ、好き好んで自ら森の中へ突っ込む者はほとんどいない。いるとすれば、余程痛めつけられたい変態か命知らずの死にたがりな大馬鹿だろう。

 

 ――の筈だったのだが、そこへ問答無用に土足で踏み込んでいる、2人の冒険者が現れた。

 

 

「おっと! 危ない危ない!」

 

 猪の突撃をひらりとかわしつつ、手に持っていた短剣で敵の身体を斬りつける。口ではそう言っているが、その顔はとても楽しそうに笑っている。

 余裕を見せながらも、猪相手に華麗に立ち回っているのは、透き通った肌をこれでもかと露出しているかなりラフな格好の銀髪盗賊――クリス。

 

「チッ……鬱陶しい」

 

 そんなクリスとは対照的な冒険者がもう1人。猪の突撃を真正面から受けたかと思いきや、軽く片足で突撃を止め、それに猪が驚いたところを素早く天色の鞘から刀を抜いて、猪の身体を真っ二つに切り裂いた。

 サラリと人間離れした技を見せているのは、銀髪オールバックに青コートが特徴の新米冒険者であり、蒼白のソードマスターと呼ばれる男――バージル。

 

 目の前にいた猪を斬った後、バージルは視線を横に向ける。そこには、突撃するチャンスを伺っている猪が数匹固まっていた。恐らく、残っている敵はあれで全部だろう。

 そう睨んだバージルは猪達に身体を向けると、剥き出しになっていた刀を一度鞘にしまい、刀を握る力を強めていく。左手に持つ天色の鞘から青白い光が輝き始めると――。

 

「――ハァッ!」

 

 バージルは、勢いよく刀を横へ振り抜いた。と同時に、刀身からバチバチと鳴る青白い雷を纏う斬撃が飛び出し、目にも止まらぬスピードで猪達に飛んでいった。

 突如放たれたバージルの遠距離攻撃に、彼らのような下級モンスターが対応できる筈もなく、向かってきた斬撃をモロに受ける。そして猪達は、たちまち真っ赤な血しぶきを上げると、胴体を横に真っ二つに切られ――息絶えた。

 

 ここにいる全てのモンスターを討伐でき、周りに敵がいないのを確認したバージルは、静かに雷を纏っていた刀を鞘に納める。

 

「イェイ! 殲滅完了! バージル! ハイタッチハイタッチ!」

「やかましい。そんなことよりも、早く宝を回収しろ」

「もうっ、釣れないなぁ……」

 

 向かい来る敵を倒せたことに喜び、クリスは嬉しそうにハイタッチを求めたが、それにバージルが乗る筈もなく、冷たくあしらわれた。ノリの悪い彼を見て、クリスは不満そうに頬を膨らましながらもお宝を探し始める。

 

 

 ――バージルがこの世界に来てから、既に1ヶ月が過ぎようとしていた。

 クリスと協力関係を結んでいたバージルは、契約通りクリスのお宝探しに付き添い、様々なところへ足を運び、クリスの解説付きでこの世界について学んでいった。

 知れば知るほど、ここには元いた世界にはなかった技術、種族、文化がある。元々、知識を深めるために進んで本を読むタイプだったからか、気付けば、この世界の知識を得ることを一つの楽しみにしていた。

 

 そんな彼を見て、クリスはバージルが心を許し始めていると感じたのか、最近は前よりもバージルによく絡んでくようになった。正確には、始めてお宝探しに出向いた日からか。

 もっとも、バージルは心を開いているつもりはないので、いつも今回のように軽くあしらっているのだが。

 

 

「……あっ! あったあった! お宝はっけーんっ!」

 

 バージルが後方で腕を組んで待っている中、クリスは地面を少し掘って、地面の中に埋まっていたお宝を見つけ、どこからか効果音が聞こえてきそうなポーズで、高らかに天へ掲げる。

 土で汚れているものの、傷つけないよう綺麗にすれば高くつきそうな、手のひらに乗るほどの大きさを持つ虹色の結晶。彼女は軽く土を払い、嬉しそうに結晶を両手に乗せて笑う。

 

「こんな街の近くにも、宝が埋まっているとはな」

「埋まっていたっていうより、多分埋められていたんだと思うよ。どこかのモンスターが拾ってコレクションとして埋めていたか、冒険者がここへ隠すために埋めて……回収する前に死んじゃったか、本人も隠した場所を忘れたか、だね」

 

 無事今回の目的だったお宝を見つけ、二人はどうして土の中にお宝が埋まっていたのかを推測する。しかし、その答えは埋めた者のみぞ知る。クリスは回収したお宝を、懐に持っていた袋の中に入れた。

 

「けど、アタシの盗賊スキルがあれば行方不明のお宝もなんのその! 土の中だろうと海の中だろうと、お宝なんてすぐ見つけちゃうよ!」

「……スキルとは、本当に便利だな」

「それ言ったらバージルのだってそうだよ。さっきの敵に向かって飛ばしたソードビーム。あれってソードマスターのスキルだよね? いつの間に習得してたの?」

 

 先の集団戦闘でバージルが猪達に放った『飛ぶ斬撃』――あれは、バージルが元々持っていたスキルではない。ソードマン及び上位職のソードマスターが覚えられる剣スキル『ソードビーム』だ。

 

 『ソードビーム』――その名の通り、剣による飛び道具。剣に己の魔力を込めて振ると、溜められた魔力が斬撃となって前方に飛んでいく。魔法が存在する異世界に行って剣を握った者なら、誰もがやってみたい技ナンバーワンといっても過言ではないだろう。

 当然だが、魔力が切れてしまえば使えなくなる。しかし逆に言えば、魔力が高ければ何度も連発することも可能となる。もっとも、ソードマン及びソードマスターに就く者は平均的に魔力が低く、ソードスキルの中ではわりかし魔力消費が激しいので、そうポンポン出せるものではないが。

 

 そしてもう一つ。この世界のスキルには『レベル』がある。『熟練度』と言ってもいいだろう。

 それは、単に敵を倒して経験値を集めれば上がるものではなく、身体に染み込ませるようにその技を何度も使うか、スキルを覚えるために必要な『スキルポイント』を消費することで上げられる。

 が、わざわざスキルポイントを消費してまでレベルを上げるよりも、何度も使ってスキルレベルを上げ、その過程で溜まったポイントで新たなスキルを覚える方が断然お得なので、レベルを上げるためにスキルポイントを使う者は、余程ポイントに余裕がある者しかいない。

 

 当然、スキルレベルを上げれば、そのスキルがより強力なものとなる。

 魔法なら、威力が上がったり攻撃範囲が広くなったりする。回復魔法なら回復量が、攻撃技なら威力が、強化技なら効果の持続時間延長や強化倍数の上昇など。

 

 勿論、このソードビームにもスキルレベルはある。レベルが上がれば威力が上がるのは勿論のこと、斬撃の飛距離上昇、速度上昇と、様々な物が上がっていく。

 更に使いこなせば、その場その場において様々な斬撃が出せるようになる。剣の振り方一つで、飛び出す斬撃の種類は変わる。大きさ、速さ、威力と、まさに多種多様の飛び道具と化すのだ。

 

「三日前だ」

「そんな最近!? いやでも、それにしてはやたら自然と出していたような……スキルレベルはいくつ?」

 

 いつ習得したのかというクリスの質問に、バージルは正直に答える。しかし、ほんの三日前に取得したにしては、かなり自然とソードビームを出していたように見えた。気になった彼女はバージルにスキルレベルを尋ねる。

 口で説明するより見てもらった方が早い。バージルは彼女と初対面した時のように、懐から身分証明書と化した冒険者カードをクリスに見せる。

 彼女はまじまじとバージルのカードを見ると……眉間に皺を寄せて口を開いた。

 

「……ねぇ、本当に最近習得したの?」

「そうだと言っているだろう」

「スキルレベルがラスボス一歩手前の冒険者並なんだけど? どうやったら最近習得してここまで上がるのかな? スキルポイント使ったの?」

「いや、修羅の洞窟で上げただけだ」

「……あぁ、なるほど……」

 

 まるで「どうやって痩せたんですか?」と聞かれて「運動した」とさも当然のように答えるバージル。それを聞いて、クリスはただただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

 修羅の洞窟では、不思議なことに一度クリアしても翌日には最深部のドラゴンを除いて道中のモンスターが復活している。

 仕組みはわからないが、これに目をつけたバージルは、何度も修羅の洞窟に潜って現れる敵を全てソードビームでバッサバッサと斬り、重点的にソードビームのレベルを上げていた。

 

 ソードビームは、ソードスキルの中では魔力消費が多いので容易に連発できるものではない……が、魔力が高ければ話は別。それこそ魔法使いが魔法を繰り出すように、ソードビームをポンポン出すことができる。

 加えてバージルの魔力は、無尽蔵と言っても過言ではない。なのでバージルは魔力の心配などせず、休む間もなく修羅の洞窟に潜り、1日1周のペースでクリアしつつ、スキルの使い方を覚えながらスキルレベルをガンガン上げていた。だからこそ、スキルレベルが異常なまでに高くなり、異様に使いこなしていたのだ。

 

 スキルレベルを上げるには、打って付けの方法かもしれない。しかし、奥に行けば高レベルでの冒険者でも苦戦を強いられるモンスターが蔓延る修羅の洞窟を、スキルレベル上げに使う者など、後にも先にもバージルぐらいだろう。

 

「……あれ? よく見たらソードマスターのスキルがコレしかないね……他のスキルは習得しないの?」

「このスキルを、徹底的に上げておきたかった」

「どうして?」

「……一つ、試したいことがある」

「試したいこと?」

 

 どうして他のスキルは習得しないのかと尋ねると、バージルは左手に持っている刀に目を落としつつ、そう答えた。毎度毎度規格外なトコを見せる彼が、一体何をしでかすつもりなのか。気になったクリスは、首を傾げながら再度尋ねる。

 対するバージルは、彼女の質問に答えようと――。

 

「――ッ!」

「? どうしたの?」

 

 答えようとした時、バージルは咄嗟にクリスから目を離し、別方向を睨み始めた。謎の行動を見せたバージルを、クリスは不思議そうに見つめる。しかし、バージルは黙って同じ方向を見つめ続けている。

 彼が感じ取ったのは、巨大な魔力。それが感じられる方向を、じっと見つめていると――。

 

 

 ――巨大な爆発音と共に、突風が真正面から吹いてきた。

 

「わっ!?」

「……」

 

 突然の爆発音にクリスは思わず耳を塞ぎ、風に飛ばされまいと身を少し屈めた。木々に止まっていた鳥達は、逃げるように木から飛び立っていく。

 目を瞑って突風を受けるクリスとは対照的に、バージルは依然としたまま魔力が感じられた――巨大な爆発が起こった先を見つめていた。

 

 しばらくすると、次第にこちらへ吹いてきた風が止み、バサバサと荒く音を立てていたバージルの青コートが落ち着きを取り戻す。

 するとバージルは、黙って爆発音が聞こえてきた方向へと歩き始める。

 

「えっ? あっ、置いてかないでよー!」

 

 自分を置いてスタスタと先へ歩こうとするバージルを見て、クリスは慌てて彼の後を追いかけた。

 

「(さっきの爆発音……もしかして……)」

 

 

*********************************

 

 

 先程の大爆発。そして直前に感じた巨大な魔力。あの魔力は爆発が起こった後、微塵も感じられなくなった。そこから、あの魔力を発していた者が爆発を引き起こしたのだろうと推測し、バージルは大きな魔力を感じられた場所へ向かう。

 自分達がいた位置からそこまで遠くなかったのか、少しばかり歩くと、先程感じた魔力があった筈の場所に辿り着くことができた。

 そしてバージルは、あの大爆発を引き起こした張本人を見つけ――真顔を見せていた。いや、冷ややかな目を向けていると言ったほうが正しいか。

 

 

「今日の爆裂は中々良かったぞ。骨身に染み渡るほどの音響。絶妙なタイミングで遅れてやってくる爆風と振動。そして何より爆炎の形と大きさ。80点ってところだな。ナイス爆裂だ、めぐみん!」

「フフ……カズマも爆裂魔法を見る目が良くなってきましたね……ナイス……爆裂……」

 

 そこにいたのは、先ほどの爆発によって削れたのか少し半壊している古城を見て、まるで評論家のような口ぶりで評価を下していたカズマと、地面に突っ伏してサムズアップをしている魔法使い、めぐみんだった。

 

 かなり魔力の高い敵が現れたのかと思ってワクワクしながら来たのに、蓋を開けてババンと現れたのはこの二人。別段カズマやめぐみんのことは嫌ってはいないのだが……バージルは2人を見て、あのキャベツを見た時と似たような、何とも言い難い残念感を覚えていた。

 横に立っているクリスも、2人の姿を見てハァーと呆れ顔でため息を吐いている。

 

「……んっ? ってうおぁっ!? バージルさん!? それにクリスまで!?」

「おや……そこにいるのはもしや……我が同族の……バージルではありませんか? 貴方も……我が爆裂魔法を……見に来たのですか? しかし……残念ながら……今日はもう撃ってしまったので……また今度に……」

 

 後ろに立っていたバージルとクリスの視線に気づいたのか、カズマが振り返り、2人の姿を見て驚く。めぐみんはうつぶせのまま顔を横に向け、元気のない声で話しかけてきた。

 

「やーっぱり君だったか……」

「知っていたのか、クリス」

 

 隣にいたクリスが額に手を当て、呆れ顔でめぐみんを見ている。クリスにはどうやら予想がついていたようで、何故わかったのかとバージルは彼女に尋ねる。

 

「アタシ、めぐみんの爆裂魔法1回見たことあるんだ。キャベツ祭が終わった後、めぐみんに半ば強制的に付き合わされてね。1日1回爆裂魔法を撃たなきゃ夜も眠れないって言われて」

「……何故付き添う必要がある?」

「それは……」

 

 爆裂魔法を撃つだけなら同行など必要ないのではないか。彼女は見せたがりなのかと思いながらバージルが尋ねると、クリスは苦笑いを浮かべ、視線を再びめぐみんへ向けて答えた。

 

「ではカズマ……いつもの……お願いします」

「ハイハイ」

「あの娘、1発撃ったら動けなくなっちゃうから」

「……」

 

 視線の先には、カズマにおんぶをされているめぐみん。これにはバージルも言葉を失った。

 確かに彼女は自己紹介の時、爆裂魔法をこよなく愛する魔法使いだと話していた。爆裂魔法が大量の魔力を消費することも、クリスから聞いている。その時バージルは、めぐみんがとてもそんな風には見えなかったが、きっと爆裂魔法を使いこなせるほどの魔力があり、隠しているのだろうと思っていた……が、現実はこれだ。

 めぐみんは身の丈に合わない強力魔法を取得し、あまつさえそれを毎日放っては魔力切れを起こし、人の手を借りないといけない木偶の坊になっているのだった。

 

「……Foolish girl(愚かな女だ)

 

 あの時出会った4人の中でも、めぐみんはカズマと並んで比較的まともな部類かと思っていたが、見当違いだった。

 彼女もまた、アクア、ダクネスと同じレベルの問題児だ。それを知ったバージルは、思わずポツリと呟いた。

 

 

*********************************

 

 

「さってと……あっ、クリス。俺達はもう街に帰る予定だけど……そっちはどうするんだ?」

 

 なすがままにめぐみんはカズマに背負わされ、少し眠たそうに目を細めている。そんなめぐみんを背負いながら、カズマはここへ来たクリスとバージルにこれからの予定を尋ねた。

 

「アタシ達もここら辺での用事は済んだし、同じく帰るつもりだったよ」

「なら、一緒に帰らないか? この通り、この状態で敵と遭遇すると逃げることしかできなくって、いつも帰りは敵に遭遇すると大変だから……」

「なるほどね。オーケー。用心棒なら任せてちょーだい」

「あざっす!」

 

 クリス達も帰る予定だったと聞いたカズマは、アクセルの街までの帰り道に付き合ってもらいたいと提案する。

 確かに、一歩も動けない少女を背負った状態で敵と遭遇すれば、もし武器を出して対抗しようものならめぐみんが危なくなるため、逃げることしかできない。たとえ比較的安全なエリアでも、何が起こるのかわからないのが冒険者稼業。初心者殺しや特異個体とバッタリ会ってお陀仏になる可能性もあるのだ。

 

 それを危惧したクリスは、即座にカズマへOKを出した。こちらには、最強の用心棒ことバージルがいる。彼がいれば、何が来ようとも問題なく突破できるだろう。

 カズマは二人に頭を下げると、いつもよりリラックスした気持ちで帰路を歩き出した。そしてクリスも彼を追うように歩き始め……ようとしたが、ピタリと足を止めて後ろを振り返る。

 

「……おーい、バージルー? アタシ達もう帰るけど、バージルは帰らないのー?」

 

 視線の先には、何故か立ち止まって動こうとしないバージル。クリスの呼びかけに答えず、彼はじっと一方向を見つめ続けている。

 何か用事でもあるのだろうか。そう思いながら彼を見ていると……バージルは依然黙ったまま、クルリと睨んでいた方角から背を向け、クリスのもとへ歩いてきた。

 少し様子が気になったが、ひとまず一緒に帰るのだと受け取ったクリスは、特に何も言わずにカズマの後を追って歩き始める。

 

 その後ろをバージルは――先程めぐみんが爆裂魔法を放っていたであろう古城から背を向けて、クリスの後を追っていった。

 

 

*********************************

 

「今気付いたけどカズマ……いつの間にか新しい服になってるね。なんというかこう……冒険者らしくなったって感じ?」

「そうでしょうそうでしょう。この前のキャベツ収穫で稼いだ金を使って、装備を整えてみたんすよ」

「……その剣もか」

「勿論。まぁ駆け出し冒険者の街で売ってる安物ですけどね」

「最初は誰しもそんなものだよ。お金を稼げるようになったら、バージルみたいに武器を作ってもらったら?」

「元からそのつもりだ。俺、いつかバージルさんのヤツみたいな、カッコイイ刀を作ってもらうんだ……!」

「その時は私が、超カッコイイ名前をつけてあげますよ」

「やめろ。絶対にやめろ。お前の名前からでもわかるネーミングセンスだと、絶対名乗るのも恥ずかしい名前をつけられる」

「おい、私の名前に言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」

 

 街までの道中、バージル達は雑談をしながら帰路を歩いていた。

 クリスとしか関わっていない上に、最近は洞窟にこもりっぱなしだったバージルは、街の現状やカズマの身の回りについて全く知らなかったため、カズマから色々と教えてもらっていた。

 

 まず、アクセルの街の現状だが、駆け出し冒険者の街であるにも関わらず、ギルドの掲示板に張り出されているのは高難易度クエストばかりになっているそうだ。なんでも最近、アクセルの街付近に魔王の幹部らしき者が古城に住みつき、近隣の低級モンスターは皆怯えて隠れてしまっているのだとか。

 それを聞いた時、バージルは独りニヤリと笑い、クリスはチラチラと後方を見ながら冷や汗を流していたのだが、カズマとめぐみんはそれを知らない。

 

 まだレベルの低いカズマ達が高難易度クエストを受けられる筈もなく、ひとまずクエストに行くのはやめ、彼らは各々自由に行動を取っていた。

 ダクネスは実家に帰って筋力トレーニングに励み、アクアは日雇いのバイトへ。めぐみんは1日1爆裂できたらそれで生の喜びを知ることができるため、毎日カズマを連れてあの古城に爆裂魔法を放っていたのだった。

 

 クリスも、最近はバージルと一緒にお宝探しをしていたことをカズマに話し、その中でのバージルの様子を自慢気に語っていた。大量に蔓延っていたコボルト相手に無双したことや、襲ってきた山賊を見事に撃退したこと、お宝を守っていたボスを一刀両断したことなど……それをカズマと少し回復して目が覚めてきためぐみんは興味津々に聞いており、バージルは特に反応せず歩いていた。

 

 そうやってお互いのことを話しながら歩き、もう少しで森の道を抜け出せるところまで来た――その時だった。

 

「……クリス、あれって……」

「うん、敵モンスターだよ。1体だけみたいだね」

 

 カズマ達が歩く先に、野犬のようなモンスターが1匹立ち塞がっていた。敵は1匹。こちらは4人……未だ行動不能のめぐみんを除けば三人。

 相手は低級モンスター。恐らくカズマでも時間をかければ倒せるレベルだろう。

 あれなら1人でも十分。そう思ったクリスは、腰元に下げていた短剣を握り、戦闘態勢に入る。

 

 

「……待て。俺がやる」

「……えっ?」

 

 が、ここでクリスの隣を歩いていたバージルが、自らクリスの前に出てきてそう言った。まさか彼が自ら出てくるとは思っていなかったのか、クリスは少し驚く。

 

「珍しいね。君が自分から出てくるなんて……どうして?」

「……試してみたいことがあると言っただろう。それを試すのに、ヤツは絶好の的だ」

「あー……そういえば言ってたね。なら、よろしく」

 

 理由を尋ねると、バージルはめぐみんの爆裂魔法が起こる前にクリスへ話していたことを持ち出す。それを覚えていた彼女は納得した表情を見せると、短剣から手を離し、素直にバージルへ譲るように、少し後ろへ下がった。

 

「えっ? バージルさんどうしたんだ?」

「なんか、試したいことがあるんだって」

「……もしや、バージルも我と同じ爆裂魔法を――!?」

「いやそれは絶対ない。第一あの人ソードマスターだから魔法覚えられないだろ」

 

 後ろで待機していたカズマの隣に立ち、クリスはそう説明する。バージルが何をしようとしているのか、未だに背負われているめぐみん、そしてカズマは期待の眼差しでバージルを見守る。

 

 バージルは黙って、鞘に結ばれた下緒を解く。数メートル離れた位置にいるモンスターは、バージル達には気付いている筈なのだが、バージルを警戒しているのか、唸り続けているだけで近づこうとしない。対するバージルは静かに下緒を解くと、視線を前方にいるモンスターに向ける。

 すると、彼が左手で握っていた刀が青白く光始め――。

 

「――フッ!」

 

 ある程度光が強まった瞬間、彼は姿勢を低くして右足で地面を蹴り、少しばかり後ろに下がりつつ右手で柄を握ると、すぐさま彼は刀を引き抜いた。

 

 ――瞬間、前方にいた敵は、バージルが刀を抜いたのとほぼ同時に身体が切り刻まれ、血飛沫を上げながらその場に倒れた。

 

「「「……はっ?」」」

 

 あまりにも短い出来事。気付けばバージルは刀を鞘に納めており、いつもの無表情で手元の刀に目線を落としていた。斬られたモンスターは、立ち上がる様子すら見せない。

 バージルが刀を抜いたと思ったら納めており、遠くにいる敵は切り刻まれた……一体何が起こったのか。クリス、カズマ、めぐみんは間近で見ていたにもわからず、ポカンと口を開けている。

 

「……何をしている。さっさと帰るぞ」

「「「いやいやいやいやいやいやいやいやいやっ!?」」」

 

 三人が固まっている間、独り下緒を結び終え、三人にそう告げてから歩き出そうとするバージルだったが、ふと我に返ったカズマ達は慌ててバージルを止めた。

 

「今の何っ!? ていうか何したの!? 何やったのか全っ然見えなかったんだけど!?」

「……ヤツを斬っただけだが?」

「いや斬るにしても遠すぎるでしょうよ!? 明らかに刀が届かない位置にいたんですけど!?」

「そうですよ! 魔法を唱えたようにも見えなかったし、一体どうやったら遠くの敵を攻撃できるのですか!?」

 

 さも当然のように答えるバージルだったが、それだけでは納得できないカズマ達は更に突っかかる。

 カズマの言う通り、先程斬られたモンスターは、バージルが持つ刀の刀身では絶対に届かない場所にいた。しかし、バージルは刀を引き抜いたのとほぼ同時に、敵を斬ったのだ――まるで、直接そこを刀で斬ったかのように。

 詰め寄ってくる三人をうざったく思うバージルだったが、説明しなければしつこく食い下がってきそうだと思った彼は、仕方なく説明することを決め、ふところから冒険者カードを取り出してカズマ達に見せた。

 

「……冒険者カードがどうかしたんですか?」

「そこにソードマスターのスキル、ソードビームがあるだろう」

「はい、確かにありますね。スキルレベルが異常に高いですが」

「それを使った」

「……はい?」

 

 バージルは正直に、自分がやったことを話した。が、それでもカズマとめぐみんには理解できず、頭にハテナを浮かべている。

 そんな中、彼が何を言いたいのかわかったクリスが、頭を抱えながらバージルに質問をしてきた。

 

「つまりバージルは……ソードビームを出してモンスターを斬ったってことだよね? でも、アタシ達は斬撃のざの字も見なかった気がするんだけど?」

「それは単に、貴様等には見えなかったからだ。俺はあの時、確かに斬撃を飛ばし、敵を斬った」

「……えっ? つまりそれって――!?」

 

 そこまで聞いてようやく、カズマ達はバージルが言わんとしていることを……あの時彼が何をしたのかを理解した。

 もっともそれは、常識の範疇を超えた、とても人にはできない芸当なのだが。

 

 ――ソードビームは、剣の振り方次第で様々な形を見せる。これは先程も説明しただろう。

 遅く振れば速度の遅い斬撃が。速く振れば速度の速い斬撃が。強く振れば遠くまで飛ぶ斬撃が。軽く振れば飛距離の短い斬撃が。溜めた魔力を一気に出して強力な斬撃を出したり、魔力放出を小分けにして連続で斬撃を出すこともできる。

 

 では――もし、常人には見えないほどの速度で剣を振れば、斬撃はどうなるか?

 速く振れば速度の速い斬撃が。もっと速く振ればもっと速い斬撃が。

 

 剣を振ったことすら見えない速度で振れば――目で追うことすらできない神速の斬撃が飛ぶ。

 

 しかし、剣を抜いたのかどうかさえわからないスピードで剣を振るなど、人間には不可能な技である……が、彼にはできる。

 幼い頃から刀を持ち、神速の居合術で歯向かう敵を屠ってきた――バージルならば。

 神速で剣を振りつつ、溜めた魔力を小分けにして斬撃を飛ばすなど、彼にとっては造作もないことだったのだ。

 

 こうしてバージルは――あまりにも早すぎて見えない斬撃を飛ばし、あたかも直接その空間を切ったかのように見える技――『模擬次元斬』を出すことに成功したのだった。

 

「(予想通りだ……これならば、次元斬の代わりになりうる)」

 

 驚きっぱなしの三人から目を外し、バージルは手元の刀に目を落とす。

 彼は、ソードビームのスキルとその効果を知った時、使い方によっては次元斬の再現も可能なのではないかと考えた。だからこそ、このスキルレベルを徹底的に上げつつ、使い方を身体に染みこませていたのだ。

 そしてある程度上がりきり、使いこなせるようになってから試してみると――結果はご覧の通り。

 

「……もう、君がこれからトンデモ行動をしても驚かないことにするよ……」

「私の目をもってしても見抜けぬ居合とは……し、しかし! 派手さやカッコ良さでいえば、我が爆裂魔法の方が勝っています! そうですよねカズマ!?」

 

 バージルの行動にいちいち驚いているこっちがもたないと思ったのか、クリスはため息を吐きながらそう話す。

 その横でめぐみんは、バージルの次元斬を見て思わず唸ってしまったが、まだ自分の爆裂魔法の方がカッコイイと主張し、カズマに同意を求める。

 

「めぐみん、ちょっと邪魔だから降ろさせて。えーっとソードビームソードビーム……あった! 見てたからやっぱ俺も覚えれるようになってる! スキルポイントは3……よし、習得完了!」

「なっ! 私の爆裂魔法を散々見ておきながら、そっちを真っ先に覚えるとはどういうことですか!? 私と共に爆裂道を歩む約束は忘れてしまったのですか!?」

「結んだ覚えもないし、結んでいたとしても即刻破り捨ててやるわそんな約束! こっちの方が実用的だし、この剣に日の目を浴びせられそうな技なんだよ!」

 

 しかし、カズマは即座にめぐみんをその場に降ろすと、懐から冒険者カードを取り出して、爆裂魔法に目もくれずソードビームを覚えた。

 爆裂魔法よりソードビームを優先したことに文句を言うめぐみんだが、カズマは言い返しながら、意気揚々と近くにあった木に身体を向ける。

 

「……話には聞いていたが、本当に冒険者という職業は、他者が出したのを見ただけでスキルを覚えるのだな」

「ん、そうだよ。まぁ普通に覚えるよりポイントが1.5倍増えちゃうのが難点だけどね。その代わり、職業なんて関係なしに全てのスキルを覚えられるよ」

 

 カズマがソードビームを試そうと準備している傍ら、バージルは興味深そうに呟き、それを聞いたクリスが補足するように話す。

 ポイントは高くなるが全てのスキルを覚えられるのならば、あえて職業を冒険者にしてもよかったかもしれない。ふとバージルはそう考える。

 が、まだソードマスターのスキルは1つしか覚えていない。冒険者にクラスチェンジするのは、ソードマスターのスキルをある程度覚えてからでも問題ないだろう。もしクラスチェンジしてスキルが失われるのなら、ソードマスター固定になるが。

 バージルがそう考えている中、カズマは独り一本の木を睨みながら、姿勢を低くし、腰元にある剣の柄を右手で持つ。

 

「(コレだよコレ! こういうのを待ってたんだよ! 主人公が必殺技にするような、王道ファンタジー感溢れる技を! よし……!)」

 

 ソードビームはカズマの求めていたファンタジーらしさの条件を満たしていたのか、心の中で喜びながらも集中力を高める。

 頭の中でイメージを――やたら私服がオサレな漫画に出てくる、連載が進むにつれて顎が尖ってきた人が飛ばす黒いアレみたいな感じで――カズマはそんなイメージを反芻すると、柄を握っていた手に力を込め――。

 

「――ソードビィイイイイイイイイームッ!」

 

 スキル名を叫び、引き抜いた剣を横へ思いっきり振った。

 

 

 

「……うん、出たには出たけど、飛距離がほんのちょびっとしかなかったね。しかも木に届かなかったし」

「しょっぱっ!?」

 

 だがしかし、剣から放たれたのは、1メートル飛んだかどうかすら怪しい飛距離の短い緑色の斬撃。剣から放たれたソレは、2、3メートルほど離れた木に当たることなく、空中で小さくなって消えた。

 それも当然のことだろう。カズマが習得したソードビームのレベルは1。加えてカズマはまだ剣の扱いにてんで慣れていないド素人。自身のパワーもあまりなく、魔力もそこまで多くない。だからこそ、今のカズマが使ってもしょっぱい斬撃にしかならなかったのだ。

 

 だが、それでもソードマンやソードマスターが扱うソードビームに変わりはない。

 そして、忘れているかもしれないが――このスキルはソードスキルの中でも『魔力消費が激しい』

 

「あっ……ちょっと待て……これ……ダメだわ……」

 

 魔力が少ないにも関わらず、魔力のコントロールなど知るかと言わんばかりに魔力をありったけ込めた剣を思いっきり振ってしまったカズマは、先程の斬撃で自分が持っていた魔力を一度に全部使ってしまい、爆裂魔法を使っためぐみんのように、仰向けで倒れてしまった。

 めぐみんと同じ末路を辿ってしまったカズマを見て、クリスは苦笑いを浮かべ、バージルは呆れるようにため息を吐く。

 

「フフフ……たった1発で魔力をスッカラカンにするなんて情けないですね。素直に爆裂魔法を覚えないからそうなるんですよ……ざまぁみやがれです」

「お前にだけは……言われたくねぇよ……あと爆裂魔法は覚えないから……」

 

 ついさっきの自分と同じ様になってしまったカズマを見て、カズマに降ろされて地面に乙女座りで座っていためぐみんは、勝ち誇った笑みを浮かべる。しかし、今のカズマには鋭いツッコミを入れる気力も残されていないのか、元気のない声で言葉を返した。

 

「ていうか、カズマが倒れてしまったら、誰が私を運ぶのですか? 少しずつ回復はしていますが、私まだ歩けませんよ?」

「……あっ」

 

 そして、めぐみんに帰りのことについて指摘され……カズマは固まった。

 今の彼には、当然めぐみんを背負うどころか1人で歩く気力もない。全く動けない状態で、どうやって二人は街まで帰るのか?

 

 

 ――カズマとめぐみんは、凄く申し訳なさそうな顔でクリスとバージルを見た。

 

「……めぐみんはアタシが背負うから、バージルはカズマをお願いね」

「……あぁ」

 

 歩けない2人と目が合ったクリスとバージルは、ため息を吐きながらも応じることにした。

 クリスはめぐみんを背負い、バージルはカズマを片手で担ぎ、カズマとめぐみんは2人に身を委ね、森林地帯を抜け出してアクセルの街へと帰っていった。

 




つまり何が起こったかというと、次元斬の見た目と仕様が3から4SE仕様になりましたよってことです。


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第11話「この駆け出し冒険者の街に襲来を!」

皆大好き、あの変態という名の紳士騎士が登場します。DMC3では、両壁に歯車が回っているところに登場してきましたが。


 ――太陽が頂点を超え始めた、昼過ぎのこと。

 相も変わらずアクセルの街の中心に建っているギルド内の酒場は賑わっており、まだ昼だというのにシュワシュワを飲みに来る冒険者もいる。といっても夜ほどは忙しくないので、ギルド職員も暇を持て余している者が何人かいる。

 しかし、酒の席が騒がしいソコとは対照的に――クエストの貼り紙が貼られている掲示板の前で、たった1人で静かにクエストを物色している冒険者がいた。

 

「……フム」

 

 無表情でクエストの貼り紙を見ている青コートと銀髪オールバックが特徴的な男――バージルである。彼の視線の先にあるのは、どれもこれも高レベルなクエストばかり――というより、それしか貼り出されていなかった。

 

 先日、カズマと街の外で偶然会った時に、現在アクセルの街のギルドで出されているクエストは、高難易度なものしかないという話を聞いた。

 その原因も聞いている。低レベルのクエストが貼り出されていないのは――最近、アクセルの街付近にある古城に『魔王軍の幹部』が1人住みつき、周辺の低級モンスターが魔王軍幹部を恐れ、身を隠しているからだ。

 

 ここアクセルの街は、駆け出し冒険者の街とも呼ばれるほど低レベルの冒険者が多い。当然、そんな駆け出し冒険者が高難易度クエストに挑むわけもなく、現在アクセル街ギルドの掲示板前は寂しいことになっていた。受付嬢も暇なのか、カウンター内に座りながらもコクリコクリと眠りかけている。

 

 しかし、バージルにとっては何の関係もない。冒険者達がゆっくり休んでいる傍ら、彼はいつものようにクエストへ行こうと、掲示板に貼られている紙を物色していた。

 

 ――この世界のレベルは、何度か修羅の洞窟に潜ったことである程度把握できた。はっきり言うと……以前の世界よりレベルは低い。

 数々の冒険者が苦戦すると言われる高レベルモンスターは、元の世界にいたアビスやヘル・バンガードのような中級悪魔と善戦できるぐらいだろう。

 

 だが――この世界で『特別指定モンスター』と呼ばれているモンスターは別だ。以前、バージルが戦った修羅の洞窟最深部に潜んでいたドラゴン……あれは間違いなく、上級悪魔に匹敵するレベルだった。もし、特別指定モンスターが皆あれほどのレベルなら……そして、魔王軍幹部も同じレベルだとしたら……存外、この世界は侮れないのかもしれない。

 

 そう考えていたバージルは、掲示板に特別指定モンスター討伐クエストはないかと探していたのだが……残念ながら今日は貼り出されていないようだ。一応他のクエストも見ているが、どうやら高難易度なのは討伐に限った話ではないらしく、別の街までの護衛、魔術の実験体募集、レア素材の納品などもあった。が、バージルには討伐以外に興味が沸かない。

 

「(ブルータルアリゲーターの討伐……まともなのはコレぐらいか)」

 

 少しばかりクエスト掲示板と睨めっこをしていたバージルは、貼り出されていた唯一の高難易度討伐クエストを見つけ、妥協案だがこれにしようと決めた。

 そして、貼られていたその紙を取ろうとした時――。

 

「クエストに行くのか?」

「……ッ!」

 

 背後から、自分に声をかけてくる者が現れた。透き通った女性の声――聞き覚えがあり、そしてできれば聞きたくなかった声。バージルはゆっくりと後ろを振り返る。

 

「……貴様……実家に帰ったのでは……」

「カズマから聞いたのか? 実は昨日帰ってきたばかりでな。筋トレの方ならバッチリだぞ。己の身体をじっくりと痛めつけてきた」

 

 恐らくこの世界で……いや、以前の世界も含めて最も苦手とする人物――ダクネスだった。彼女は凛とした表情でバージルと向き合っている。

 カズマからは筋トレをするために実家に帰ったと聞いていたが、どうやら既にここへ帰ってきていたようだ。バージルにとってはできればそのまま帰ってきて欲しくなかったのだが。

 

「今日はクリスと一緒ではないのか?」

「知らん。今日は奴の姿を見ていない」

「そうか……それよりも、高難易度のクエストに行くつもりだったのだろう? なら私も一緒に――」

「断る。貴様と行動するなど吐き気が出る」

「はっ……んんっ……! あ……相変わらず容赦のない言葉だな……安心したぞ……ふっ……くうぅっ……!」

「……っ」

 

 自分も行きたいと言い出そうとしたダクネスに、バージルはすかさず断りを入れる。するとダクネスは頬を染め、身を震わせながら自身の身体に手を回し、悦びを覚えた。快感を味わっているダクネスを見て、バージルは心の中でしまったと呟く。

 

 バージルは、いつも通り接しているつもりだ。先の罵倒も、バージルの口から自然に出たもの。しかしその『いつも通り』が、どうやらドMクルセイダーのダクネスにとって大好物らしく、ちょっと言葉を交わしただけでこうなってしまう。

 彼が引き気味に彼女を見ている中、しばらくしてダクネスは息を落ち着かせると、再びバージルに話しかけた。

 

「っ……ふぅ。そうだ、バージル。実家で筋トレをしている時に、筋力をアップさせながら精神も高める効率の良いトレーニング方法を思いついたんだ。君が手伝ってくれるとありがたいのだが……」

「……」

「それは……腕立て伏せをしている私の背中に座りながら、先程のような容赦のない罵倒罵声を浴びせ――ってあっ!?」

 

 これ以上話を聞いていたら危険だ。そう感じたバージルは、クエストの紙を取るのも忘れて掲示板のもとから離れていく。

 そそくさと自分から離れ始めたバージルを見て、ダクネスは驚きながらも慌てて彼の後を追った。

 

 

*********************************

 

「見て見てカズマー! めぐみん! これっ! 花鳥風月! 水の女神たる私にピッタリのスキルじゃない!?」

「おおっ! 綺麗な水と虹がどこからともなくっ! 凄いですアクア!」

「(宴会芸じゃねぇか)」

 

 その頃一方、酒場にて。覚えたての宴会芸スキル『花鳥風月』を自慢気に見せるアクア。それを見てめぐみんが驚く傍ら、カズマは呆れて物も言えなくなっていた。

 

 カズマの思うとおり、花鳥風月は扇子から水を出すという正真正銘の宴会芸スキルだ。しかもスキルポイントが詐欺じゃあないかってぐらいバカ高い。冒険者からしたら、ポイントの無駄遣いでしかないスキルだろう。

 もうこの駄女神は、本来の目的である魔王討伐を忘れているのではないだろうか。そう危惧しながらも、カズマはクエストが貼り出されている掲示板の方へ顔を向ける。

 

 

「そう逃げなくてもいいではないか! 私はただ、今より更なる高みを目指すために筋トレの効率を上げたいだけなんだ!」

No talking(話しかけるな)

「(あぁ……早速絡まれてるよあの人……)」

 

 視線の先に見つけたのは、昨日帰ってきたダクネスに早々から絡まれていたバージル。彼は逃げるように、早歩きでカズマのもとへ向かってきている。

 同じくバージルも、視線の先にカズマがいることを確認したのか、アイコンタクトで後ろの変態を止めてくれと伝えてきた。

 カズマとは、力を貸す代わりにダクネスが暴走したら止めてくれという契約で、協力関係を結んでいる。バージルからのアイコンタクトを受け取ったカズマは、自らバージルとダクネスの間に割って入った。

 

「おーっとダクネスー。その辺にしといてあげようねー」

「なっ!? 止めるなカズマ!」

「どうせ、昨日俺にも話した筋トレのことをバージルさんに頼もうとしたんだろ? その筋トレには俺が付き合ってやるから……なんなら、罵倒罵声に加えて蹴りもプラスしてやるぞー?」

「……っ!? か……カズマがそこまで言うのなら仕方ない……や、約束だからな?」

「ハイハイわかってるから……(後で適当な理由つけて忘れたことにしよう)」

「ムッ! 現れたわね青サムライ! 見なさい! この私の華麗な花鳥風月を! そして私を女神と崇め、ついでに仲間になりなさい!」

「おや、我が同志ではありませんか。よかったらこの後、私の散歩に付き合いませんか? まだお見せできていない我が爆裂魔法、とくとご覧にいれて差し上げましょう!」

「……そうか、わかった」

「くぉらぁあああああああーっ! 私を無視すんなぁああああああああー!」

 

 カズマがダクネスをおさえている傍ら、バージルにスルーされたアクアが怒りを露にして大声を上げる。

 酒場内にいる冒険者達は騒ぎ立てるアクア達を見て、「またあいつらか」と思いながら視線を外すも、そこに意外過ぎる人物ことバージルがいるのを知って思わず二度見する。

 ひとまず、ダクネスの魔の手から逃れて一息吐くバージルだったが――。

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは戦闘態勢で街の正門に集まってください!』

「ッ!?」

 

 その時、キャベツ祭の時にも聞いた、けたたましい警報音が酒場内に鳴り響き、受付嬢のアナウンスが冒険者達に伝えられた。

 予期せぬ出来事にカズマ達が驚く中、バージルは驚く素振りも見せずスピーカーに目をやる。

 

「何だ!? またキャベツか!?」

「いえ、キャベツ収穫祭は年に一度の筈……しかも戦闘態勢が前提とは……カズマ、これはホントにホントの緊急事態が起こっているかもしれません」

「キャベツ収穫祭などのイベント以外で起こる緊急クエストは……大概が強力なモンスターの襲来だからな」

「マジで!?」

 

 突然のことに慌て出すカズマに、めぐみんとダクネスが今回はマジにヤバイ緊急クエストであることを口にし、カズマは再度驚いた。

 アクセル街に住んでいる二人が言うのなら間違いないだろう。彼女達の言葉を聞き、カズマに緊張が走る。

 しかしその一方で……ようやく異世界ファンタジーっぽいイベントが発生したことに、彼は喜びを覚えていた。

 

「こうしちゃいられない! 俺達も急ぐぞ! バージルさんも早く!」

 

 緊張とは裏腹に高ぶる気持ちを抑えながら、カズマも冒険者達の後を追おうと走り出し、バージルにも声を掛ける。

 ――しかし、めぐみんの近くにいた筈のバージルは、忽然と姿を消していた。

 

「あれ? バージルさんは?」

「アイツならカズマがアワアワしてる間にギルドから出て行ったわよ?」

「早いなっ!?」

 

 

*********************************

 

 ――アクセルの街正門前。そこにはキャベツ祭の時と同じように、街の冒険者達が勢ぞろいしている。違うのは、城壁近くに捕獲用の檻がないのと――前方を見ている冒険者達が、強ばった表情を見せていたことだ。

 そんな中、いつもと変わらぬ――いや、少し険しい表情で前方を睨んでいる男が1人。ご存知、銀髪青コートの男――バージルである。

 

「――あっ! いたいた! バージルさん!」

「……ムッ」

 

 最前列で他の冒険者と同じように前方を見ていた時、背後から自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、バージルはチラリと後ろを見る。

 アクセルの街から出てきて、正門前にある人ごみを避けながらバージルの横に来たのは、さっきまで一緒にいたもう一人の協力者、カズマ。彼のパーティーメンバーであるアクア、めぐみん、ダクネスもいる。

 

「一人で先に行かないでくださいよー……で、緊急クエストのターゲットは?」

「……奴だ」

 

 カズマに尋ねられたバージルは、一言そう答えて前方を見る。同じくカズマも視線を前に向け――あまりにもやばそうな敵を目撃し、思わず息を呑んだ。

 冒険者達の前方――積み上げられた石の上に立っているのは、黒い身体に赤い毛を持つ馬に乗っている、灰色の甲冑とマントで身を纏い、浅葱色の大剣を持った騎士。

 そこだけ見れば冒険者かと勘違いしそうだが――1つ、明らかに異質な点があった。そしてそれが、冒険者達を最も驚かせていたと同時に、奴が敵であることを瞬時に理解させていた。

 

 ――相対する馬と騎士には、首から上がなく、騎士に至っては頭を左手に抱えていたのだ。

 

「……俺はつい先日、この近くの城に越してきた魔王軍の幹部の者だが……」

「魔王軍の……幹部……ッ!?」

 

 冒険者達が目の前の敵に恐怖を覚えている中、首なし騎士は重く低い声で自ら話し始める。彼の言葉を聞き、カズマは酷く驚いた。

 とんでもない敵が現れるとは予想していたが、まさかこんなところでボスの一人と対面することになるとは思っていなかったのだ。

 カズマの緊張が更に高まる傍ら――それとは対照的に、隣に立っていたバージルは不敵な笑みを浮かべていた。

 

「(奴が魔王軍幹部……向こうから出向いてくれるとは、手間が省けたな)」

 

 先日、カズマからアクセルの街付近に魔王軍の幹部が住み着いたことを聞いた時――彼はその時点で、魔王軍幹部と戦うことを決めていた。

 実はそろそろ噂の魔王軍幹部がいると睨んでいた城に乗り込むつもりでいたのだが、その前に敵が自ら現れてくれて、自分から出向く手間が省けた。

 しかも、目の前にいる首なし騎士からは強い魔力を感じられ、以前のキャベツのようなハズレ枠ではないことを知り、バージルは気持ちを高ぶらせる。

 早く戦いたい衝動を抑えながらも、バージルは首なし騎士の言葉を待つ。全冒険者が静かに待機している中、首なし騎士は左手にある頭の甲冑から見える赤い目を光らせ――大声で冒険者達に告げた。

 

 

「――毎日毎日毎日毎日!おお俺の城に爆裂魔法を撃ち込んでく頭のおかしい大馬鹿は誰だぁあああああっ!?」

「……はっ?」

「……」

 

 魔王の幹部は――それはもうお怒りだった。

 

「爆裂魔法……?」

「爆裂魔法を使える奴って言ったら……」

 

 魔王軍の幹部が口にした爆裂魔法という言葉。それを聞き、正門前にいた冒険者達は条件に当てはまる人物を連想する。

 まず魔法を放てる時点で、職業はウィザード系に絞られる。加えて爆裂魔法なんて上級魔法を扱うなら、上位職のアークウィザードでなければ不可能だ。

 そして、レベルの低い駆け出し冒険者が集まるこんな街の中で、爆裂魔法を覚えている、頭のおかしいアークウィザードは――1人しかいない。

 

「……ギクリッ……」

「(今口で言ったぞコイツ)」

 

 バージルとカズマに挟まれる形で立っている、爆裂魔法大好き中二アークウィザードとしてわりと顔が知れている冒険者、めぐみんだ。

 冒険者達が一斉に彼女へ目を向ける中、めぐみんは――まるで自分じゃないですよとアピールするかの如く、近くにいた赤髪の魔法使いに目を向ける。

 

「な、なんで私が見られてんの!? 爆裂魔法なんて使えないよぉっ! 私まだ駆け出しで……信じてください! まだ死にたくない! 小さい弟たちだっているのに……うわーんっ!」

「むぐぐっ……」

 

 しかし、他人に罪をなすりつける作戦は失敗したようだ。赤髪の魔法使いはわんわんと泣き出し、めぐみんに集まっている周りの冒険者達からの視線は外れない。

 行き場をなくしためぐみんは、少し涙目になりながらも両隣の男達にアイコンタクトで助けを求めたが……カズマはおろか、バージルまでもが目を背けていた。

 二人は問題児と関わる中で培われた直感で理解していたのだ。これは、関わったらロクなことにならないイベントだと。

 

 結局――というより最初から逃げ場などなかったのだが、追い詰められためぐみんは、覚悟を決めるように両手で自身の頬を叩くと――果敢にも、自ら魔王軍幹部のもとへ歩いて行った。

 

「……ッ! お前が……ッ!」

 

 魔王軍の幹部から少し離れたところに立っためぐみん。彼は憎しみがこもりにこもった目でめぐみんを睨みつける。あまりの威圧感と恐怖に尻もちをつきそうになったが、めぐみんは負けじと睨み返す。

 そして、最近キャベツ収穫祭で稼いだお金で新調した、マタナイト製の色艶を見せる杖を、魔王の幹部に向けながら口を開いた。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードにして爆裂魔法を操る者! 気高き紅魔族の者にして、この街随一の魔法使いである!」

「めぐみんって何だ! バカにしてんのか!?」

「ち、違うわいっ!」

 

 めぐみんは強気な姿を見せ、バージルやカズマの前で見せた時のように自身の名を名乗る。しかし、カッコイイ台詞に反して、誰が聞いても女子高生の友達がつけるようなかわいい系のあだ名にしか聞こえない本名を聞き、魔王軍幹部は思わずツッコミを入れた。

 この状況に陥ってもなお、彼女は自分をバカにしていると思ったのか、魔王軍幹部の怒りのボルテージが更に上昇していく。

 

「こんのガキャァ……まぁいい! お前! 俺が幹部だと知っていて喧嘩を売っているなら、堂々と城に攻めてくるがいい! その気がないなら街で震えているがいい! ねぇなんでこんな陰湿な嫌がらせするのぉっ!? どうせ雑魚しかいない街だと思って放置しておれば調子にのってポンポンポンポン撃ち込みに来おって! 頭おかしいんじゃないのか貴様ぁっ!」

「誰が頭のおかしいアークウィザードですか! それに、いくら上位職でも私は駆け出し冒険者! そんな私が、爆裂魔法の練習をするのがいけないと言うんですか!? 初心者が強くなるために練習するのを、貴方は禁止するのですか!?」

「練習だったらもっと他の場所でしろよ!? なんでウチなの!? 百歩譲って7日に1回ぐらいなら俺だって許したよ! あぁもう1週間過ぎたのかって目安にもなるし! けど1日1回クッソデッカイ音の爆裂魔法を放たれてみろ!? そりゃノイローゼにもなるわ! 俺が魔力で固定してるからいいものの、それがなかったら城がおじゃんになってたぞ!?」

「7日に1回!? それは無理です! アークウィザードは1日1回は爆裂魔法を撃たなきゃ夜も眠れない身体なんです!」

「流れるように嘘を吐くな! そんな話聞いたことないぞ!?」

 

 数多くの冒険者達が心配そうにめぐみんを見つめている中、めぐみんは魔王軍幹部と醜い言い争いをおっぱじめた。といっても、めぐみんが苦し紛れの言い訳を言い、魔王軍幹部がぐうの根も出ないド正論で返すという、本当に醜いものだったが。

 ダクネスとアクアが呆れた様子で、カズマが物凄く申し訳なさそうな顔で魔王軍幹部を見ている中、隣にいたバージルは――。

 

 

「(……帰りたい)」

 

 早々に帰りたくなっていた。

 

 別にあの魔王軍幹部が弱そうだからではない。むしろ強い魔力を持っているのを見る限り、強者なのは間違いない。戦っても、キャベツ祭のようなガッカリ展開にはならないだろう。

 しかしバージルは、魔王軍幹部がめぐみんと言い争っているのを見て、一気にやる気が失せていた。そりゃあもう溜めに溜めたスタイリッシュランクが数回の攻撃で一気にSSSからDまで落ちる速度の如く。

 魔王軍幹部と戦いたくないわけではない。しかし、今日は戦う気になれなかったバージルは、帰りたい気持ちになりながらも2人のやり取りを見続けた。

 

「信じられないのなら信じなくても構いません。どちらにせよ貴方は……ここで倒される宿命なのだからっ!」

「サラリと話をすり替えるな! まずは謝罪しろ謝罪!」

 

 めぐみんはあくまで強気の姿勢を保ったまま、魔王軍幹部に挑発を見せる。そんなことよりも謝罪を求める魔王軍幹部だったが、めぐみんの耳には一切届かない。

 

「私が貴方の城に爆裂魔法を放ち続けていたのは、貴方をおびき出すための作戦……こうしてまんまと1人で出てきたのが運の尽きです!」

「さっき練習のためって言ってたよなお前!?」

「それも兼ねてです!」

 

 そしてめぐみんが、今まで古城に爆裂魔法を撃ち込み続けていたのは、全ては魔王軍幹部をここへ引きずり出すための作戦だったと言い張った。魔王軍幹部から即座に突っ込まれたが。

 ニヤリと笑っているめぐみん。その後ろ姿を見て……カズマとダクネスは、終始呆れ顔を見せていた。

 

「……今、彼女はサラッと作戦だったことにしていなかったか?」

「よくもまぁ咄嗟にそんな嘘が吐けるなアイツは……横のチンパンジー並みの知力しかない駄女神は見事に騙されてるし」

「なるほど! 全ては陽動作戦だったのね! 最初は呆れてたけど撤回するわ! やるじゃないめぐみん!」

「(……帰るか)」

 

 カズマとダクネスはあっさりめぐみんの嘘を見抜いていたが、お隣のアクアはすっかり騙されている様子。そしてバージルはもう付き合いきれんと言わんばかりに、一足先に正門前から去ろうと背を向けた。

 この騒動が収まるまで宿で寝ていよう。そう考えながらアクセル街へ向けて歩き出そうとした、その時――。

 

 

「今この街には、水を自在に操る高い魔力とそんじょそこらの戦士にも負けないパワーを持ったアークプリーストと、特別指定モンスターを倒すほどの力と剣術を持った蒼白のソードマスター! 駆け出しでありながらも、魔王に届きうる刃となりえる二人の冒険者がいるのです! 二人にかかれば、貴方のような魔王の下っ端など塵に等しい!」

「……What?」

 

 めぐみんは正門前に集まっていた冒険者達を――正確には、そこにいたアクアとバージルを指差し、大声でそう告げた。

 早速帰ろうとしていたところで、まるで逃がさまいと言わんばかりに巻き込まれてしまったバージル。予想していなかった展開に、彼は思わず固まってしまう。

 しかしその横では、バージルとは対照的に、待ってましたと言わんばかりにアクアはニヤリと笑っていた。

 

「フフフッ……ここで私を呼ぶなんて粋な計らいね、めぐみん。さぁ行くわよバージル! 私についてきなさい!」

「知るか。貴様1人で行け」

「ば、バージルさん!?」

 

 彼女はどこからか先端に花が付いた杖を取り出して、意気揚々とバージルに声を掛けるが、これ以上茶番に付き合うつもりなどなかった彼は、背を向けたまま吐き捨てるように告げる。

 巻き込まれたのは同情するが、それでもバージルが行けばすぐに事が済むと期待していたカズマは、彼が行かない意思を見せたことに驚き、焦りを見せる。

 周りの冒険者も驚いているが、そんなこと知るかと言わんばかりにアクセル街へ向けて歩き出そうとするバージル。その傍ら、バージルの言葉を聞いたアクアは――。

 

 

「へぇー……逃げるんだ?」

「……何だと?」

 

 案の定――帰ろうとしたバージルを見てニヤニヤと笑い、憎たらしい顔で煽ってきた。

 

「めんどくさそうに言ってるけど、内心じゃあの敵にビビりまくってるんでしょ? ププッ……まぁあんな雑魚っぱ私1人で十分だし、アンタはさっさとお家に帰って独りベッドの中でアイツが去るまでガタガタ震えてなさい。ほらっ、ハウスハウス」

「(コイツいつか斬られるんじゃないだろうか)」

 

 百人が見たら百人はリアルインパクトで腹パンしたくなるような煽り顔でアクアはバージルを挑発し、最後はシッシと手で払う。

 ドラゴンを倒したと言われ、その上彼の実力を直に見た上でこの挑発ができるアクアに、カズマはある意味尊敬を覚えていた。と同時に、近い未来彼女はア/ク/アになってゴミのように捨てられるんじゃないだろうかと思った。

 そんなアクアの煽り度MAXな挑発を受けたバージルは――。

 

「……誰があんな雑魚に怯えていると? 貴様こそ、ボロを出して役立たずになる前に立ち去るがいい」

「プププッ、強がっちゃって……後であの敵に泣いて赦しを請う姿が目に浮かぶわ」

「ほざけ」

 

 クルリとアクセルの街正門から敵の魔王軍幹部に身体の向きを変え、不機嫌な声でアクアに言い返しながら刀の下緒を解いた。

 いつもなら安い挑発になど乗らない彼なのだが……何故だろう。アクアだけには――彼女に馬鹿にされるのだけは、バージルにとって我慢ならなかったのだ。

 バージルとアクアは互いに言い合いながらも、共に魔王軍幹部と対峙するめぐみんのもとに向かう。

 

「(……アクア、ナイス挑発!)」

 

 その様子を見ていたカズマは、冗談抜きに初めてアクアが役に立ってくれたことに感動を覚え、この世界に来て初めて、彼はアクアに感謝した。

 

 

*********************************

 

「この街に私がいる時に襲ってきたのが運の尽きね! アンタを私の神聖な魔法で消し去ってあげるわ! 覚悟しなさい!」

「フフフ……アークプリーストにソードマスター。そしてこの私、爆裂魔法を持つアークウィザード……いくら魔王軍幹部と言えども、上位職三人を相手取るのは不利と言えるでしょう。逃げるのなら今のうちですよ?」

 

 アクア、めぐみん、バージルと並び立ち、アクアは対峙していた魔王幹部に挑発を見せる。

 心強い味方2人が来たと途端、めぐみんは先程よりも更に強気な姿勢を見せている。虎の威を借る狐とはまさにこのことか。

 女性陣二人が魔王幹部相手に余裕の表情を見せる。何よりもこのアークウィザードに怒りを覚えていた魔王幹部なら、ギリギリと歯ぎしりをしながらボルテージを更に上げてもおかしくない場面だが――魔王幹部は、二人に言葉を返さなかった。

 

「……」

「……ほう」

 

 彼は、2人の挑発に目もくれず――めぐみんの隣に立ってこちらを睨んでいるバージルを、興味深そうに見つめていた。

 

「ちょっと! アンタ聞いてんの!?」

「……んっ? あぁ、すまない。聞いていなかった」

「ムッキーッ!」

 

 自分達をガン無視していると感じたアクアは、魔王幹部に怒鳴り声を上げる。その声でようやくアクアに気がついた魔王軍幹部は、まるでお前など眼中にないと言わんばかりに答え、アクアはますます怒りを露にした

 

「お前達は既に戦う気でいるようだが……俺は今日、争いをしにここへ来たわけではない。そこの爆裂魔法を毎日撃ち込みに来る馬鹿に注意をしに来ただけだ」

「だ、誰が馬鹿ですか誰が!」

「貴様に決まっているだろう」

「酷い!? 我が同志まで!?」

 

 めぐみんに視線を戻した魔王軍幹部は、今の自分に戦う気はないと伝える。ついでに馬鹿にされためぐみんはすぐさま言い返すが、隣にいたバージルに冷たくツッコミを入れられる。

 

「フンッ、御大層な登場をしたわりにはアッサリ退くのね」

「しかし、言葉による注意だけでは、お前はまた忘れた頃に爆裂魔法を撃ちにきそうだからな……」

「アンタわざと私のこと無視してない!?」

 

 アクアの言葉をことごとく無視する魔王軍幹部は、そう言いながら大剣を背中に背負い、頭を抱えていない右手の方を上げる。すると、その手に禍々しい色を見せる魔力が集まり始めた。

 ただならぬ気配を見せる魔王軍幹部を前に、アクア、めぐみん、バージルの三人は警戒心を高める。そんな中、魔王軍幹部は真ん中にいためぐみんを睨みつけ――。

 

「――お前には、キツーイお灸を据えてから去るとしよう!」

「――ッ!」

 

 赤い目を光らせ、めぐみんめがけて右手を突き出し、右手に溜まっていた魔力の塊を発射させた。

 魔力の塊は目まぐるしいスピードでめぐみんに向かっていく。それに加えて、お互いの距離がかなり短い。

 もはや回避など不可能。当たってしまう――そう思っためぐみんは、思わず両目を閉じる。

 

 

 ――しかし、彼女に当たることはなかった。

 いつまで立っても痛みが訪れない。何が起こったのかと思い、めぐみんは閉じていた目をゆっくりと開けると――戦慄した。

 

 

「……グッ……ううっ……!」

「だっ……ダクネス!」

 

 めぐみんの前に、彼女を守るように両手を広げて魔王軍幹部の攻撃を受けた――ダクネスがいたからだ。

 近くで見ていたアクアは驚き、バージルは小さく舌打ちをする。

 

 魔王軍幹部が繰り出した攻撃――バージルは止めようと思えば難なく止められた。しかし、後ろから急接近してきたダクネスに気を取られてしまい、攻撃を許してしまったのだ。

 攻撃を受けたダクネスはうめき声を上げながら、片膝を地面につける。彼女の左胸からは、先程魔王軍幹部が放ったのと同じ、禍々しい色をした煙が立っていた。

 その様子を見ていた魔王軍幹部は、フッと笑ってめぐみんに語りかける。

 

「まさかこのような結果になるとは思っていなかったが……まぁいい。よく聞け、めぐみんよ。今お前を庇ったそこの騎士が受けたのは、我がスキル『死の宣告』……断言しよう。そこの騎士は1週間後に死ぬ。お前の大切な仲間は、死の恐怖に怯え苦しむことになるのだ……貴様のせいでな!」

「――ッ!」

 

 『死の宣告』――文字通り、この技を受けた相手には死が訪れる呪いの技。

 魔王軍幹部から衝撃的な事実を告げられ、めぐみんは驚くと、絶望した顔を見せて俯く。

 ダクネスは――自分のせいで死ぬことになってしまった。その事実が、彼女の心をギュッと締めつける。

 

「辛いだろう? 苦しいだろう? しかし、もう死の宣告は止められない……仲間の苦しむ様を見て、自らの行いを悔いるがいい! クハハハハハハハッ!」

 

 魔王軍幹部は、絶望するめぐみんを見て高笑いを見せる。

 仲間の死が決定的となったことに戦慄するめぐみんの横で――魔王軍幹部の言葉を聞いたバージルは、いつにもまして真剣な表情を見せ、口を開いた。

 

 

「……そこの魔王軍幹部……悪いことは言わん。今すぐここから逃げろ」

「……ムッ?」

 

 バージルから飛び出した言葉は、あまりにも予想外なもの。てっきり怒りを覚えて剣を向けてくるものかと思っていた魔王軍幹部は、彼の言っている意味がわからず、困惑する。

 しかし、バージルの顔は依然真剣なもので、おまけに冷や汗もかいている。まるで何かを危惧しているかのように。

 

「ダクネスー!」

 

 その時、正門前からダクネスを呼ぶ男の声が聞こえた。冒険者達が立っているところから駆け寄ってきた男――カズマである。

 ダクネスがひとりでに飛び出し、めぐみんを庇って死の宣告を食らってしまったことに驚き、固まってしまっていた彼だったが、ようやく我に返り、慌ててダクネスのもとに駆け寄っていた。

 

「――来るな! カズマ!」

 

 しかし、心配して駆け寄ろうとするカズマをダクネス本人が止めた。彼女の声を聞き、思わずカズマは足を止める。

 めぐみんとカズマが心配そうに見つめる中、ダクネスは剣を杖代わりにして立ち上がり――。

 

「そこの魔王軍幹部……つまり貴様は、この私に死の呪いを掛け、呪いを解いて欲しくば俺の言う事を聞けと……そう言いたいのだろう!?」

「……ファッ?」

 

 ――ダクネスは、予想の斜め上過ぎる発言を口にした。

 トチ狂った言葉を口走ったダクネスを見て、魔王幹部は思わず変な声を上げる。

 そして、駆け寄ろうとしていたカズマは、ダクネスが何を言わんとしているのかを瞬時に理解してしまい、ダクネスに冷ややかな目を向けていた。心配になって走り寄っていた筈なのに、カズマの足は彼女から離れるように後ろへ下がろうとしている。

 めぐみんの隣にいたバージルは、危惧していた事態が起こってしまったのか、やってしまったと言わんばかりに額へ手を当てている。

 

「見ろ! 奴の兜の下から見えるいやらしい目を! あれは私をこのまま城へと連れて帰り、呪いを解いて欲しくば黙って言う事を聞けこのメス犬がと、凄まじいハードコア変態命令を要求する変質者の目だ!」

「何あらぬ誤解を口走ってんだお前はぁあああああっ!? そして後ろにいる冒険者達は信じるんじゃあない!! そんな目で俺を見るな!?」

「くっ……! わ、私は、呪いなんかでは屈しない! 私の身体は好きにできても、心までは自由にできると思うなよ!」

「(な、何この女……メッチャ嬉しそうに笑いながら言ってる……きちぃっ……!)」

「ぐっ! 行きたくはない、行きたくはないが……仕方ない! ギリギリまで抵抗してみせるから、カズマ達は邪魔をしないでくれ! では……行ってくりゅうううううううっ!」

「話を聞けよ変態女ぁあああああっ!? こっち来んなぁあああああっ!?」

 

 ダクネスは恍惚に満ちた表情で、魔王軍幹部のもとへ意気揚々と駆け寄った。

 この女に近付かれるのは危険だ。本能でそう感じた彼は大声で止まるよう訴えるが、それでもダクネスは止まらない。

 

「――がふっ!?」

「あうっ!?」

「っ!?」

 

 ――筈だったのだが、魔王軍幹部のとこまで辿り着いてしまう前に、ダクネスは倒れてしまった。

 彼女はうつぶせで倒れ、その上には――本性を現したことで彼女に近づきたくなくなって足を止めていた筈のカズマが、ダクネスに覆いかぶさるようにうつぶせになって倒れていた。

 

「うぐぐ……何をするのだカズマ! 私は今、奴によって城に囚われ、魔王の手先に理不尽な要求をされる女騎士という予想外に燃えるシチュエーションに飛び込もうとしているのだ! いきなりこのような圧迫祭りをしてくれたのは嬉しいが、邪魔をしないでくれ!」

「えっ……こんな危機的状況であるにも関わらず、カズマは自分の欲求を見たすことを最優先としているのですか? ……変態です」

「うっわー……引くわー。カズマさん引くわー。冒険者どころか敵までも見てる中で野外プレイするとかマジで無理ですわー……」

「予想通りお前完全に行く気満々だったな!? そしてそこの二人は勘違いすんな! 俺だっていきなりバージルさんに投げ飛ばされたんだよ! 不可抗力だ!」

 

 カズマの下敷きになってるダクネスは、ちょっと嬉しそうな声を出しながらもカズマに怒りを見せた。

 近くにいためぐみんとアクアは、所構わず本能を剥き出しにするケダモノを見るかのような目でカズマを見て、すかさずカズマは無理矢理この形にされたと主張する。

 それを聞いた魔王軍幹部は、目線をカズマ達から少し後方に移す。そこには確かに、1人ポツンと立っているバージルがいた。

 

 これ以上放置していたら、ダクネスの暴走がカズマでさえも手に負えないほどに止まらなくなってしまう。そう直感したバージルは、すかさず後方で立ち止まっていたカズマにエアトリックで近づき、ダクネスめがけてぶん投げ、強制的に止めたのだった。

 そして彼は、何やら真剣な表情で魔王軍幹部に視線を向けている。まるで、今すぐここから逃げろと言わんばかりに。

 

「……! すまない! 蒼白のソードマスターよ!」

 

 彼の目が何を訴えているのか。それをすぐさま理解した魔王軍幹部は、バージルに礼を告げてからカズマ達に背を向ける。

 

「そ、そこの魔法使い! 言い忘れていたが、死の宣告を解きたくば城へ来るがいい! 果たして無事に俺のもとへ辿り着けるかな!? ハハハハハハーッ!」

 

 そして魔王軍幹部は、最後にめぐみんへ重要なことをかなり早口で話し――逃げるように早々とこの場から消えていった。

 

 

*********************************

 

「うぅ……折角の女騎士なら誰もが憧れるシチュエーションが……」

 

 魔王軍幹部が自ら立ち去ってくれたことで、なんとかこの街を脅威から守ることはできた。1人不服な者はいるが。

 魔王軍幹部に拉致監禁される機会を逃し、ダクネスは体育座りをし、いじけるように地面にのの字を書いている。

 そんなダクネスを冷ややかな目で見るカズマと、自分のお陰で敵を払い除けたと思ってドヤ顔を見せているアクア。

 

 そして――独り俯き、悲しそうな表情を見せているめぐみんがいた。

 

 早口ではあったが、彼は最後に言った。死の宣告を解く方法はあると。そのためには、彼が住む城に行かなければならないと。

 魔王軍幹部が住む城――つまりは敵の巣窟だ。そこに、爆裂魔法を1回しか使えない自分が行くのがどんなに危険なことか……それがわからないほど馬鹿ではない。

 

 しかし――何もしないまま指を咥えて、ダクネスの死を待つよりは断然マシだ。

 溢れそうになっていた涙を腕で拭うと、めぐみんは意を決した顔で前を見、立ち上がる。

 

「……ちょっと城まで行って、あの魔王軍幹部に直接爆裂魔法をぶち込んで、呪いを解かせてみせます」

 

 めぐみんは力強く、怯える自分を隠すようにそう話す。はっきり言って、奴の所に行くのは怖い……もしかしたら、自分も死ぬかもしれない。

 しかし、行かなければならない。ここで行かなければ――自分は本当にロクデナシになっていまう。

 その様子を横目で見ていたカズマは、めぐみんのもとに寄り、普段は見せないような優しい声で話しかけた。

 

「俺も一緒に行くよ。お前1人じゃ、雑魚相手に使ってそれで終わっちゃうだろ? そもそも、俺も毎回一緒に行きながら幹部の城だって気付かなかったマヌケだしな」

「……カズマ……」

 

 自分も行く――その言葉を聞いためぐみんは、嬉しさのあまり少し頬を染めて笑う。

 しかし、自分のために仲間の2人を危険に晒すのを良く思わなかったダクネスは2人の会話を聞いて立ち上がり、引きとめようと声を上げた。

 

「よせ二人とも! 私のために――!」

「大丈夫だってダクネス。呪いは絶対なんとかしてやるからな。お前は安心して筋トレでもしながら待っとけ」

「しかし! カズマとめぐみんが行くには、魔王幹部がいる城など危険過ぎる!」

「あぁ、確かに危険だ――俺達だけならな」

「……えっ?」

 

 心配して2人に声をかけたが、カズマはニッと笑って安心させるように答えた。

 

「……俺達には、幹部どころか魔王すら目じゃない協力者がいるだろ?」

「……!」

 

 そう言って、カズマはめぐみんに目を向ける。カズマが何を言っているのか――それを理解しためぐみんはコクリと頷き、カズマと共に正門へ向けて走った。

 

 

「――バージルさん!」

「……」

 

 そして――アクセル街に向けて歩き出していたバージルを、カズマは呼び止めた。カズマの声を聞いたバージルは、振り返らずに足を止める。

 

「俺達……今から城に行くことにしました。でもコイツは、爆裂魔法を1発撃てば1人で歩くこともできなくなるし、それ以外の魔法を覚えようともしない、どーしようもない奴で……俺は盗賊のスキルしか扱えない新米冒険者……多分……いや、絶対俺達だけで行ったら危険だと思うんです」

 

 カズマの話を、バージルは足を止めたまま黙って聞く。背中を向けているため、バージルの表情はわからない。どんな気持ちでカズマの話を聞いているのかもわからない。

 決してこっちを向こうとしないバージルが少し怖かったが――それでも横に居ためぐみんは意を決し、バッと頭を下げた。

 

 

「報酬はいくらでも出します! 私と共に城に行っ――!」

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

「……はっ?」

 

 その瞬間、カズマ達の後ろから声が聞こえたと同時に、眩い光が現れた。

 カズマとめぐみん、そしてバージルが何事かと咄嗟に後ろを振り返ると、そこには暖かそうな光に包まれているダクネスと――彼女に向けて花が咲いた杖を構えているアクア。

 しばらくダクネスが光に包まれていると――彼女の身体からから出てきたドクロベエが、小さな天使に引っ張られながら天へと昇っていった。

 光が消えたところで、アクアは杖を持ったままニコッと笑う。

 

「この私にかかれば、アイツの呪いの解除なんて楽勝よ!」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 『セイクリッド・ブレイクスペル』――それは、対象にかけられた魔法や呪いを解除するアークプリーストのスキルの一つ。

 自身のレベルが高ければ高いほど、確実に解除できるようになるのだが……逆に魔法や呪いをかけた者のレベル差が自身より高いと、このスキルは無効化される。

 先の魔王幹部もそうだ。普通なら、並みのアークプリーストでも彼がかけた死の宣告を解くのは難しい筈だが……どうやら彼女は腐っても女神らしい。

 なんとアクアは、ダクネスにかけられた死の宣告を、まるで服についたホコリを取るかのように、いとも簡単にやってのけたのだった。

 

「……バージル」

「……何だ?」

「さっきの私達の話……聞かなかったことにしてください……」

「ウチのアークプリーストが……ホントすみません」

「……あぁ」

 

 その様子を、カズマ達は何とも言えない気持ちを抱えながら見ていた。

 言えることはただ一つ――俺達の盛り上がりを返せ。

 

 

 ――こうして、突如アクセルの街を襲撃してきた魔王軍の幹部を、一人の犠牲を出すこともなく撃退することができた。

 

 (ぶっちゃけ特に何もしていないが)撃退の立役者となっためぐみん、アクア、ダクネス、バージルの4人には報酬が支払われ、こんなことになるなら自分も前に出ればよかったとカズマはブツブツと文句をたれていた。

 そしてダクネスは、アクアが本当に呪いを解いたようで、1週間経っても死ぬことはなかった。しかし彼女は魔王軍幹部のもとで女騎士の役割を全うできなかったことを未だに悔やんでいるらしい。

 

 なにはともあれ――アクセルの街は、今日も平和な街として賑わっていた。

 

 

 ――そして、魔王軍幹部が襲来してから2週間が過ぎた。

 

 

*********************************

 

「――おっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいっ!」

 

 魔王軍の幹部、デュラハンの人ことベルディアは――それはそれはもう激おこプンプン丸だった。

 

 毎日毎日爆裂魔法を撃ちにくるから、あの頭のおかしい魔法使いにお灸を据えてやろうと死の宣告をかけようとし、誤って仲間の女騎士にかけてしまったが、アドリブでそいつを助けて欲しくばこの城に来いと告げ、この城の最上階で待ち続けてから――もう2週間だ。

 

 最初の1週間以内に来ないのはまだわかる。恐らくここへ乗り込むのが怖くて、結局タイムリミットまでに行けなかったのだろう。しかし1週間後――つまりは死の宣告が発動し、あの女騎士が死んだ後なのに、未だあの魔法使いは現れない。

 

 ……だが、それだけならまだわからなくもない。もしかしたら、女騎士の弔い合戦に向けて万全の準備をしている最中なのかもしれないからだ。ならば何故彼はこんなにもおこになっているのか。

 

 

 ――それは、あれだけ忠告したにも関わらず、この城に爆裂魔法を毎日撃ち込まれているからだ。

 

 撃ち込んでいるのは間違いなくあの魔法使いだ。あの女騎士に呪いをかけた翌日から今日まで、まるで反省の色など微塵も感じられないほど、遠慮なくポンポン撃ちまくっている。もう彼女がここへ来る気など全くないことが、その行動だけで理解できていた。

 だからこそ、彼は激おこプンプン丸どころかカム着火ファイヤーに至るほどまでに怒っていた。それはもう、瓦礫の破片を自分で組み合わせてちゃぶ台を作り、毎日ひっくり返さなきゃあ気が収まらないほどに。

 

「あんの魔法使いぃ……っ! そしてその仲間共ぉ……っ! アイツ等には人の心というのがないのか!? 普通仲間が死にそうになったら躍起になって止めようと俺を倒しにくるだろ!? 普通仲間が死んだら仇を討つために俺を倒しにくるだろ!? なのに何だ!? そんなの知りませーんと言わんばかりに爆裂魔法を撃ち込むし、ここに来ようともしないし! 悪魔かアイツ等は!?」

 

 ベルディアは、思わず自分の頭を思いっきり床に叩きつけてしまうほど怒り、頭のおかしい魔法使いとその仲間達に対する文句を口にする。

 まるで冒険者を迎え撃つボスには見えないような言葉を発しているが、それもその筈。彼は『元人間』であり、その頃は真っ当な正統派騎士だったからだ。

 

「もう我慢ならん! 今日はもう遅いから……明日! 明日にアクセルの街を襲撃してやる!」

 

 あの魔法使いには何を言っても無駄だ。そう確信したベルディアは、明日に再びアクセルの街を襲撃し、あの魔法使いに地獄を見せてやると意気込む。

 

 ――と、その時だった。

 

「……むっ?」

 

 ベルディアは、ふと我に返ったかのようにバッと前方を見る。この城の最上階――ここ、玉座の間に通ずる扉を、彼はジッと見つめ始める。

 

「(……何者かが、ここへ来ようとしている。この魔力はあの魔法使いではない……これは……もしや……)」

 

 誰かが――この城に侵入し、ここへ来ようとしていた。近づいてくる魔力を感じ取ったベルディアは、そこから誰が来たのかを推測する。

 ひとまず彼は、ひっくり返されたちゃぶ台を隠し、奥に設置してある王座に律儀に座って、ボスらしく侵入者を堂々と待ち始めた。

 

 

*********************************

 

 ――ギィィッ、と扉の開く音が響き渡る。玉座の間へ繋がる唯一の扉が開かれた。

 ベルディアはジッと見つめ、この部屋に入ってきた侵入者の姿を確認すると――ニヤリと笑った。

 

「やはり貴様だったか……蒼白のソードマスター」

「……」

 

 ここへ現れたのは、銀髪のオールバックに青いコートで身を包み、手に天色の刀を持った男――あの時、アークプリーストと共に前に出てきた、蒼白のソードマスターだった。

 彼は、あの女騎士が変態的な目を見せながらこっちに来ようとしてきたのを止めた恩人でもある。彼があの魔法使いや人でなしの仲間とは違い、こうして自分を倒そうと来た、まともな男であったことにベルディアは心の中で安堵する。

 しかし、現れたのは彼1人。あのにっくき魔法使いの姿は見えない。気になった彼は、ソードマスターにその事を尋ねた。

 

「あの魔法使いの姿は見当たらないようだが……」

「あぁ、ここへ来る必要がないからな」

「……むっ? それはどういう意味――」

「貴様がかけた死の宣告は、あのアークプリーストが解除した」

「……ヴァッ?」

 

 ソードマスターが口にした言葉を聞き、ベルディアは思わず固まる。

 死の宣告は、かなりレベルの高いアークプリーストでもない限り解くことは不可能の筈。事実、仲間が死の宣告を受け、必死に治そうとするも失敗し絶望するアークプリーストを何人も見てきた。

 それを――あの見るからにアホそうなアークプリーストが解除したと、彼は言ったのだ。

 

「……マジ?」

「マジだ。あの女騎士も生きている」

「……あそこってホントに駆け出し冒険者の街?」

「そう呼ばれているがな」

「……」

 

 ――危うく、自信とプライドが砕かれそうになったベルディアであった。

 

「そ、そうか……では、貴様は何故ここに?」

 

 自信が砕けそうになって狼狽えたベルディアは、もう死の宣告については触れないことにし、別の話題へ切り替える。

 

「あれから、未だに爆裂魔法を撃たれ続けているだろう?」

「……あぁ、反省も後悔もしてませんって堂々と言うかのようにな……」

「そして、貴様は我慢できずにまたあの街へ来るつもりだと睨んだのだが……」

「……さっき思ってた」

「……そうか」

 

 あれだけ忠告したにも関わらず、性懲りもなく爆裂魔法を放たれているのだ。恐らく、今のベルディアに同情しない者などほとんどいないだろう。

 予想がドンピシャだったのか、目の前のソードマスターは同情の目を向ける。しかしすぐさま話の流れを変えるように咳払いをすると、蒼白のソードマスターは真剣な表情を見せ、ベルディアにこう告げた。

 

 

「貴様がまた襲撃すれば厄介事になる……その前に、貴様を滅ぼしてやろうと思ってな」

「……! ほほう……俺を倒しに……しかも1人でか」

 

 自信ありげにそう宣言したソードマスターを見て、ベルディアは再度ニヤリと笑った。

 彼が自分を倒しに来ていたことは、彼から感じる殺気を見た時点で理解していた。そして――数々の部下が蔓延っていたにも関わらず、無傷でここまで来たのを見て、彼が本当に強者であることも理解していた。

 

「なら――まずはこの者どもと戦ってもらおうか!」

 

 しかし、それはあくまで予想の話。彼の強さを実際に見るまでは確信できない。そう考えたベルディアは、座ったまま右手を前へかざす。

 するとその瞬間――ベルディアの前に、何体ものアンデットが現れた。

 

 魔王幹部、ベルディア――彼の種族は『デュラハン』――アンデッド族の一種で、その中でも高い戦闘能力を持つ。と同時に、多くのアンデッドを召喚し、使役する力があった。

 

 召喚されたアンデッド達は低いうめき声を上げると、棒立ちだったソードマスターに向かって、一斉に襲いかかった。

 一瞬にしてソードマスターがアンデッドに囲まれる中、ベルディアは得意そうに笑ってソードマスターに告げる。

 

「ただのアンデッドと思って甘く見ぬことだな。そいつらはたとえ手足を切られようが首を刎ねられようが、貴様を喰らうために襲いかか――」

「雑魚に用はない」

 

 しかし、ベルディアの言葉を遮るようにソードマスターの声が聞こえた時――彼に襲いかかっていたアンデッド達に一瞬、バチバチと青白い雷が走った。

 しんと静まり返る玉座の間――そして次の瞬間、アンデッド達は一瞬にして細切れになった。たとえ不死のアンデッドでも、立ち上がることもできないほどに。

 

 その中央に立っているのは――あれだけのアンデッドを相手にしたにも関わらず、傷一つ受けていない蒼白のソードマスター。彼は殺意のこもった目で、ベルディアを睨みつけている。

 対して、アンデッド達の猛攻をものともしなかった彼を見たベルディアは――武者震いを覚えた。

 

「ククク……気に入ったぞ。蒼白のソードマスター。ならば……この俺自らが相手するとしよう!」

 

 彼は紛れもなく強者だ。そう確信したベルディアは、横に立てかけていた巨大な剣を右手に持ち、蒼白のソードマスターに向けて言い放つ。

 

「我が名はベルディア――不死のアンデッドを束ねるアンデッドの騎士、デュラハンである!」

「デュラハン……『悪魔』ではないのか?」

「……むっ?」

 

 高らかに自身の名を話すと、それを聞いたソードマスターがそう尋ねてきた。

 

 『悪魔』――この世界に存在する一つの種族。

 数ある種族の中でもトップクラスの力を持ち、低級悪魔ですら冒険者達が倒すのに苦労する強敵だ。

 

 悪魔なのか否か――ソードマスターに尋ねられたベルディアは、少し考える仕草を見せると、ソードマスターに向けていた剣を下ろし、ニヤリと笑って答えた。

 

「正確に答えるならば――俺は悪魔ではない。デュラハンと呼ばれるアンデッド族だ。だが……『天使か悪魔か、人間か悪魔か』と問われたら……俺は間違いなく悪魔だと答えるだろうな」

「……そうか」

 

 ベルディアがそう答えると、蒼白のソードマスターはフッと笑った。恐らく、彼が求めていた返答だったのだろう。

 それを見たベルディアは、今度はこちらから1つ質問することにした。

 

 ――あの時、初めてこの男を見た時から感じ、非常に興味を引かれた――奇妙な感覚。

 

 

「しかし、俺から見れば貴様の方がよっぽど謎めいた種族に思えるがな……貴様……『混ざっている』のか? それとも……」

 

 蒼白のソードマスターから感じていたのは――紛れもなく『悪魔』の力。彼がよく知る悪魔とは少し違う感覚だが。

 それと同時に――不思議なことに、『人間』の力も感じていたのだ。

 悪魔と人間の力を同時に持つ種族など、少なくとも彼は聞いたことはない。自身も元人間であったが、デュラハンとなった今では、あの頃持っていた人間の力は微塵も残っていない。

 

 彼は何者なのか……疑問に思いながらも、彼なりに推測していた。彼は、人間でありながら悪魔の力を植えつけられたか。もしくはその逆か。

 

 ――それとも、『悪魔と人間の間に生まれた半人半魔か』

 

「……俺の身体の半分は人間であり、半分は悪魔だ……生まれた頃からな。だが……『人間か悪魔か』と問われたら……俺は悪魔と答えるだろう」

「……そうか」

 

 ベルディアの問いに、ソードマスターは冷たく答える。どうやら彼の正体は、半人半魔と見て間違いないようだ……彼は、人間ではなく悪魔だと答えたが。

 彼の返答を聞いたベルディアはフッと笑い、再び剣先をソードマスターに向ける。

 

「名を聞こう――蒼白のソードマスター」

「……バージルだ」

「そうか……ではバージル、早速始めるとしよう」

 

 ベルディアは蒼白のソードマスター――バージルの名を聞くと、剣を握る手に力を入れ、バージルに向かって飛び出す。

 対するバージルは、左手に持っていた刀の柄を手にし、攻撃に合わせるように素早く引き抜く。

 

 

「いざ――尋常に勝負!」

 

 そして――ベルディアの大剣とバージルの刀が交わった。




お察しの通り、次回は彼との戦闘回になります。おまけに予告していた通り、ギャグ要素ドコーな回になります。


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第12話「The power of the devil ~悪魔の力~」

ようやく、ここまでは最低書くぞという目標にしていた回まで来れました。
このすばクロスオーバーでシリアスとか馬鹿じゃねぇのかスティールぶちかますぞと思われるかもしれませんが、ご了承ください。



 ――空に昇っていた太陽が山の向こうに落ちた頃、アクセルの街の中心に建つギルド、もとい酒場にて。

 数々の冒険者が夕食を食べようとここへ集い、楽しく話しながら冒険の疲れを癒している中――同じく酒場の席に座り、大きな声で夕食を嗜んでいたパーティーが1組いた。

 

「あっ! アクア! 今私の肉を取っただろう!? 返せ!」

「いいじゃないのー。肉の一つや二つぐらい。同じパーティーメンバーなんだし」

「むむっ……アクアがそう来るのであれば……これは私が頂く」

「あーっ!? 私が楽しみに取っておいたデザート!? 返しなさいダクネス!」

「コイツ等は黙って食うってことができんのか……」

「いいじゃないですかカズマ。楽しく団欒しながら過ごす食事があっても」

「いやそこは構わないんだけど、せめて座って食べろよな……一緒にいる俺までマナーがなってない奴だって思われるし」

 

 人目も気にせず、今日も酒場を賑わしている問題児集団こと、カズマ達だった。

 ダクネスとアクアは食事中でありながらも取っ組み合いを始め、それをめぐみんは楽しそうに、カズマは呆れた目で見ながら料理に手を伸ばしている。

 カズマとしては食事の時ぐらい大人しくして欲しいのだが、それでも騒ぎをやめないのが彼女達。特にアクアだ。彼女は寝る時以外はいつも騒ぎ立てている印象がとても強い。うっかり彼女が女神だということを忘れそうになるほどだ。

 

「……そういや、あの魔王軍幹部が襲来してからもう2週間が経ったけど、本当に死の宣告は解かれてたんだな」

「んっ? なによカズマ。まだ私が呪いを解除できていたか疑ってたの?」

「そりゃあな」

「即答しましたね」

 

 そんな時、ふとカズマは以前この街に襲撃してきた魔王軍幹部のことを思い出し、アクア達に話題を振った。

 

 今から2週間ほど前、めぐみんによる1日1回爆裂魔法の城ドン(めぐみん達は魔王軍幹部が住む城だと気付いていなかったが)を受けて、ストレスMAXになった魔王軍幹部がこの街に襲来し、醜い論争の挙句、最後はダクネスに1週間後に死ぬ呪いをかけて帰っていったのだが、その呪いはアクアによっていとも簡単に解除された。

 それから1週間どころか2週間経ったのだが、どうやら本当に死の宣告は解除できていたようで、今でもダクネスはこうしてピンピンしている。元気過ぎてこっちが困るくらいだ。

 

「ん、心配しなくとも、私は生きている。こうして今でもカズマ達と話せているのは、全てアクアのお陰だ。ありがとう、アクア」

「私にかかればあんな安っぽい呪い、チョチョイのチョイよ。そしてダクネス! 私に感謝の気持ちがあるのなら、そのスイーツを今すぐ返しなさい!」

「それとこれとは話が別だ」

「ムッキー!」

 

 胸に手を当て、心からアクアへ感謝の言葉を伝えるダクネス。それを受けたアクアはドヤ顔であんなの朝飯前だと言ってのけ、再びダクネスとスイーツを巡った取っ組み合いを始めた。

 騒ぐのをやめない二人にため息を吐くカズマだったが……それでも、ダクネスを救ってくれたことには感謝していた。しかし感謝の言葉を伝えたら絶対調子に乗ってアレやコレや命令してきそうなので、絶対に言わないが。

 

「私も感謝しています。こうしてダクネスの命が奪われることがなくなったので、私も心置きなくあの城に爆裂魔法を放てていますから」

「……んっ?」

 

 聞いてはいないだろうが、めぐみんもアクアに感謝の言葉を告げる……が、その言葉の中に引っかかるものがあったのを、カズマは聞き逃さなかった。

 めぐみんもうっかり口にしてしまったのか、バッとカズマから目を逸らす。

 

「……おい、今なんつった?」

「……ワ、ワタシハナニモイッテマセン」

 

 ジーッとめぐみんを睨みながら問い詰めると、彼女はカズマから顔を逸らしたまま見事な棒読みで言葉を返す。それを聞いたカズマは――彼女の両頬を手で思いっきり引っ張ってやった。

 

「お、ま、え、なぁー! あんだけ怖い目に合わされて、まーだ性懲りもなくやってんのか!? またあの人が来たらどうするつもりだったんだよ!?」

「いふぁいいふぁいいふぁい! ふぁなしてふだふぁい!」

 

 グリグリと両頬を引っ張りながらカズマはめぐみんに説教をする。気の済むまで引っ張ってから手を離してやると、めぐみんは両頬を痛そうにさすり、涙目になりながらも理由を話した。

 

「だ、だって……今までは平原の上でするだけで満足だったのに、カズマと一緒に行ったあの日からは、硬くて大きいモノじゃないと満足できなくなって……」

「誤解を生むような発言を頬染めながらするなよ!? つーか、付き添いの俺がいないのにどうやって行ってきた!? 誰か付き添いがいるだろ!?」

 

 もじもじと恥ずかしそうに話すめぐみんに、カズマは慌ててツッコミを入れる。当然の如く、周りの冒険者から勘違いされて白い目で見られているが、カズマは気にせず共犯者が誰なのかをめぐみんに尋ねた。

 

 めぐみんは、爆裂魔法を一度使えば歩けなくなる。その問題点は今でも変わっていない筈だ。ならば、1人で城の近くまで行けるわけがない。必ず、めぐみんと一緒に行った共犯者がいる筈だ。

 カズマが再度めぐみんを睨んで問い詰めていると――その横で、何故か取っ組み合いをやめて固まっているアクアとダクネスが視界に入った。

 

「……おい、お前ら……」

 

 共犯者の話をした途端に固まった二人を見て、怪しく思ったカズマは視線を2人に向ける。ジーッと見続けられたアクアとダクネスは、冷や汗を垂らし――。

 

「……ヒュー、ヒュー」

「……フー、フー」

 

 ――物凄く下手な口笛を吹いた。

 

「お前らかぁああああああああっ!」

「「アイタタタタタタタタタタタッ!?」」

 

 この問題児2人が共犯者だと確信したカズマは、身を乗り出して前の席に座っていた二人の頭を掴み、精一杯の力でアイアンクローを繰り出した。

 

「だ、だってアイツ、バージルのことは見ておきながら、一緒に出た私のことを無視したんだもん! そんでムカついたから、アイツにちょっかい出してやろうと思ってめぐみんを使ってイタァアアアアアアアッ!?」

「お前が元凶かこの駄女神! なんでお前はそう毎回毎回トラブルを引き起こそうとするんだ!?」

「あっ! あぁっ! そ、そんないきなり頭を握られては……なんと大胆な……んんっ!」

 

 アクアが命令してやったことだと知り、カズマはアクアの頭を持っていた手に更に力を加える。

 その隣にいたダクネスが案の定ご褒美として感じ始めたが気にしない。カズマは気が収まるまでアイアンクローを味あわせてから、二人を解放してやった。

 

 

「……そういえば、バージルの姿が見当たりませんね」

「んっ? あぁ……そういやそうだな」

 

 アクアが痛そうに、ダクネスが名残惜しそうに頭をさする中、アクアの言葉を聞いてふとバージルのことを思い出しためぐみんが、酒場内を見渡しつつ話す。

 

 この時間帯、いつもバージルはここへ食事をしに来る筈なのだが、彼は一向に現れる気配を見せない。

 クエストが思ったより長引いているのか、夜限定のクエストに行っているのか……バージルがどこに行ったのか女性陣三人が気にしている中、カズマはちょっとした冗談を口にしてみた。

 

「……人知れず、魔王軍幹部のとこへ行ってたりして」

「バージルがですか? しかし1人では流石に……いやでも、あのステータスならソロでも魔王軍幹部に勝てるかも……」

「確かに……それにバージルはソロで修羅の洞窟の最深部にいた特別指定モンスターを倒したと、クリスは言っていた……」

「……そういえばアイツ、あの幹部がこの街に来た時、魔王軍幹部を見てニヤリと笑ってたような……」

「……」

 

 流石に1人で魔王軍幹部のところに行きはしないだろう。ジョークのつもりで口にしたカズマだったが……アクア達は、その可能性はあるかもしれないと各々は口にする。

 三人の意見を聞いたカズマは少し黙り込み、同じくアクア達も黙り込む。

 

 

「「「「……ありえる……」」」」

 

 初めて4人の意見が一致した瞬間だった。

 

 

*********************************

 

 ――カズマ達が楽しく夕食タイムを過ごしていた頃、話の話題にも上がっていた魔王軍の幹部。その者が根城としている古城。その最上階にて――。

 

 

「――ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

「――フッ!」

 

 城の主であり、魔王軍の幹部の1人――ベルディアと、青いコートに身を包む蒼白のソードマスター――バージル。2人の魔剣士による激しい死闘が繰り広げられていた。

 

 ベルディアは右手だけで大剣を軽々と持ち、力強くバージル目掛けて振り続ける。そのひと振りひと振りが全て、隙あらばバージルの命を奪わんとする、狙いを研ぎ澄まされた攻撃。

 

 しかしそれをバージルは難なく受け止め――否、受け流していた。

 バージルが持っているのは、ベルディアが持つ大剣と比べればあまりにも小さく細い、雷を纏った刀。ベルディアの剣を真正面から受け止めようとすれば、たちまち真っ二つに折れてしまうだろう。だからこそか、この男は武器を折らないためにも、ベルディアの攻撃をいなす様に刀を振っていたのだ。

 

 戦う前からわかっていたことだが、ベルディアは実際に剣を交えることで改めて確信した――コイツは剣の扱いに――そして戦いに長けた冒険者だと。

 相手の攻撃をいなす――言葉にしてみれば簡単だが、実際にやろうとするとかなり難しい。そのためには、相手の動きを予測し、更に力の流れを読み、そして正確に剣を振らなければならない。レベルの高いソードマスターでもスキルを使わない限り難しい技だ。

 

 それをこの男は――ソードマスターのスキルを一切使わず、いとも簡単にやってのけると同時に、ベルディアに攻撃を仕掛けていた。

 

「(コイツの剣筋……この俺の目をもってしても見えんとは……っ!)」

 

 傍から見れば押しているのはベルディアだ。しかし、攻撃を受けているバージルには傷一つ付かず、逆に自身の鎧に刀で切られた跡がどんどん増えていく。

 

 ベルディアが纏っている鎧は、ただの鎧ではない。自身が仕える絶対君主『魔王』――彼から特別な加護を受けている、レベルの高い冒険者の攻撃でさえものともしない、超強化された鎧だ。

 特に、自身の弱点でもある神聖属性に対する耐性はかなり高められており、同じく他の耐性も底上げされている。

 

 なのに――だ。なのにこの男は、自身の弱点ではない雷属性の武器を操りながら――強力な浄化魔法を受けた時と同じぐらいダメージを与え続けている。

 その原因は、この男が刀に纏わせている『魔力』だ。彼は自身の魔力を刀身に纏わせ、剣の威力と強度を底上げしているのだ。

 幾多の勇者を倒してきたベルディアが、恐ろしく思う程に。

 

「(このままではやられる……仕方ない、『アレ』を使うか)」

 

 バージルの攻撃を受け続けていては、いずれ自分が負けてしまう。それを危惧したベルディアは、一度バージルの刀を弾いてから玉座のある後方へ飛んで退避する。

 対するバージルは、ベルディアが何かしてくると睨んだのか、追撃はしようとせずに刀を納め、ジッとベルディアを見続ける。

 

「……少し、本気を出してやろう!」

 

 そんな中、ベルディアはニヤリと笑うと――左手に持っていた自身の頭を、斜め上前方方向へと放り投げた。

 投げ飛ばされたベルディアの頭は、丁度バージルの真上で止まると――甲冑の下から見える赤い目を光らせ、このフロア全体を覆うように黒い幕がベルディアの頭から広がっていった。

 まるで天井からこの部屋を見下ろすように浮かんでいるベルディアの頭。バージルは柄に手をかけたまま顔を上に向けている。

 

「よそ見とは余裕だな!」

「ッ!」

 

 そしてベルディアは自身の魔力を少し開放すると、見上げていたバージル目掛けて一直線に突っ込んだ。こちらの接近に気付いたバージルは、すかさず刀を抜いてベルディアの攻撃を防ぐ。

 

 再び交わり、火花を散らす2人の剣。ベルディアは先程よりも魔力を開放しているため、先程よりも速度や攻撃力がはね上がっている。

 加えて、今まで片手で剣を使っていたのが、頭を手に持たなくなったことで両手が使えるようになっている。並大抵の冒険者が相手だったら、即身体を一刀両断にされていたであろう。

 

 ――しかし、それでもこの男には届かない。

 

「フンッ!」

 

 ベルディアは大剣を横へ薙ぎ払う。対してバージルはさっきと同じように刀でいなす――ことはせず、ベルディアの攻撃を真上にジャンプして避けた。

 

 突然、今までとは違う行動をしてきたことにベルディアは内心驚いたが、同時にチャンスだと判断する。バージルが空を飛ぶ魔法や翼を持っていたのなら話は別だが、そうでなければ地上に足をつけているこちらの方が俄然有利。空中にいると、足に踏ん張りを効かせて剣を振ることができなくなるからだ。

 絶好の好機を逃すまいと、ベルディアはすぐさま剣を両手で握り締め、上へ斬り上げる。ベルディアの大剣がバージルの目前まで迫った時――。

 

 ――バージルの姿が、一瞬にして目の前から消えた。

 

「何っ!?」

 

 確実に当てたと思った一撃をかわされた挙句、バージルの姿が消えたことに驚くベルディア。

 

 その背後で――バージルは刀を持つ右手に力を込めていた。

 瞬時にベルディアの真後ろに移動していたバージルは、気付かれぬ内に死角から斬りつけようと、ベルディアに向けて刀を振るう。

 

 

 ――が、その攻撃はベルディアによって防がれた。

 

「ッ!」

「見えているぞ!」

 

 完全に死角からの攻撃だった。しかしそれを、ベルディアはまるで本当に見えていたかのように咄嗟に剣で背中を防御し、バージルの攻撃を防いだのだ。

 これにはバージルも驚いたのか、少し目を丸くする。今こそチャンスだと考えたベルディアは、防いでいた大剣でバージルの刀を弾き、その勢いで両手で持った剣をバージルに向けて横に一閃。

 バージルは咄嗟に後ろへ下がって剣を避ける――が、少しばかり遅れてしまったのか、バージルの腹に剣先が当たり、傷を負ってしまう。

 

「チッ……」

「まだ終わらんぞ!」

「ッ!」

 

 玉座が置いてあるところまで下がったバージルは、斬られた腹を見て少し顔を歪ませながら舌打ちをする。が、そこへ休む間もなくベルディアの声が響いてきた。

 バージルはバッと前を見ると、ベルディアはいつの間にか左手に魔力を溜め込んでおり、バチバチと音を鳴らして彼の手に魔力の塊が形成されていく。

 

「――ハッ!」

 

 そしてベルディアは、バージルに向けて左拳を突き出し――目にも止まらぬスピードで魔力の塊を射出した。

 ベルディアから放たれたソレは、目にも止まらぬスピードでバージルの目前まで迫ると――つんざくような音を立てて爆発した。

 

「……少し、やりすぎてしまったか」

 

 自身の放った飛び道具がバージルに当たって盛大に爆発し、玉座の間が煙で満たされる中、ベルディアは惜しむようにポツリと呟く。

 

 その上で、ベルディアの頭は依然として天井に張り付くように浮いている。先程バージルの死角からの攻撃を防げたのは、この頭のお陰だった。

 バージルにとっては死角を突いた攻撃だったであろうが、ベルディアにとっては違っていた。あの時確かに、ベルディアはバージルの攻撃が見えていたのだ――上から玉座の間を見ていたから。

 

 これこそ、頭と身体が切り離されたデュラハンだからこそできる芸当。これを利用してバージルから隙を作ったベルディアは、あの時女騎士に放った死の宣告とは違う、自身の魔力を固めた魔弾を放ったのだった。

 

 いくら悪魔の力を半分持っている人間だとしても、これをまともに受けてしまえばただでは済まない筈。ベルディアは静かに、この部屋に広がった煙が消えるのを待つ。

 

 

「……なっ……!?」

 

 しかし――煙が晴れて見えた光景は、ベルディアが予想していたものと全く違っていた。

 あの時、自身の魔弾を食らった筈のバージルは――まるで何ともなかったかのように立っていたのだ。

 先程ベルディアが負わせた腹の傷は既に癒えており、いつの間にか刀を鞘に納め――こちらに向けて突き出した右手に、見たこともない光る装具をつけていた。

 

「(な、なんだあの武器は!? それにあの、魔弾を放った俺と同じように突き出した構え……まさか、相殺したというのか!?)」

 

 ベルディアは見たこともない武器を目にして驚くと同時に、バージルが何をしたのかをバージルの構えを見て瞬時に理解した。

 

 あの時放ったベルディアの魔弾は、バージルには当たっていなかった。当たる直前、バージルは刀をしまい、瞬時に右手だけに装具をつけ、魔弾を打ち消すように右手から同じ魔弾を放ったのだ

 驚きのあまり固まってしまったベルディアを前に、バージルは何も言わずに右手に装着した装具を消す。

 

「チィッ! ならこれはどうだ!」

 

 ベルディアは再び右手に魔力を込めると、バージル目掛けて再び右手を突き出して魔弾を放つ。しかし今度は1発だけではない。3発――ベルディアは連続してバージルに向けて放った。

 バージルに向かって真っ直ぐ飛んでいく魔弾。それを見ていたバージルは、納められた刀の柄を握ると――予想の斜め上を行く避け方をしてきた。

 

「んなぁっ――!?」

 

 あまりにも予想外過ぎる出来事に、ベルディアも大声を出して驚いた。

 刀を振り抜き、魔弾を一刀両断したのならまだ頷ける。しかしバージルはあろうことか――自身の前で刀を扇風機のように回転させ、ベルディアの魔弾を巻き取ったのだ。

 3つ全ての魔弾を巻き取られ、バージルの刀にベルディアの魔力が一緒くたに固まる。するとバージルは、勢いをつけてベルディア目掛けて刀を振り、巻き取った魔弾をひとまとめにして返してきた。

 

「ぐっ――ハァッ!」

 

 いくら自分の放った魔弾といえど、まとめて返されたソレを受ければダメージは必至。ベルディアは咄嗟に大剣を両手で握り、迫ってきた魔弾を縦に一刀両断する。二つに分かれた魔弾は、ベルディアの後方で大きな爆発を起こして消えた。

 しかし――安堵する間もなく彼は襲いかかってくる。

 

「――ッ!」

 

 先程返した魔弾は、あくまで囮――そう言わんばかりに、ベルディアが剣を振ったのとほぼ同時にバージルが目の前に飛び込んできた。

 剣での攻撃が来る。そう予感したベルディアだったが、目の前に現れたバージルは――先程の光る装具を、いつの間にか両足にだけ装着していた。

 

「――フンッ!」

 

 バージルは、まるで先程のお返しと言わんばかりにベルディアの腹に右足で蹴りを入れ、思いっきり真上に蹴り上げた。

 その攻撃を受けたベルディアは――真上に浮かんでいた自身の頭もろとも天井を突き抜け、空高く飛んでいった。

 

 数々の星が光る夜空をバックに、ベルディアは背中についていた自身の頭を左手で握り、真下にある古城に顔を向ける。

 するとそこから――恐るべきスピードでこちらに向かって飛んできているバージルを見た。

 

「(追撃か……! 空中では上手く剣が振れん! 反撃せずに、ここは防御を……!)」

 

 反撃か防御か。わずかな時間でベルディアは判断し、向かってくるバージルの追撃を耐えるように剣で防御の構えを取る。

 ベルディアを睨みつけたまま迫ってきたバージルは、ベルディアの前まで来ると――瞬時に姿を消した。

 

「なっ!? 消え――ガッ!?」

 

 追撃してくるかと思いきや、またも姿を消したバージル。先程と違い、ベルディアの頭は左手が手にしているため、今度はバージルの姿を本当に見失ってしまった。それに驚いていると――ベルディアの背中に、先程の蹴り上げと同じ激しい痛みが走った。

 

 ――瞬時にベルディアよりも更に上へ移動したバージルが、ベルディアの背中目掛けてかかと落としを繰り出したために。

 

 更なる追撃を受けたベルディアは、先程真上へ飛ばされた時よりも更に速い速度で、隕石の如く真下に墜落する。そして、先程突き破ってできた城の天井の穴に入り、そのまま床を何度も突き抜け、城の地下まで落とされた。1番下の床で落下が食い止められ、ベルディアはうつ伏せで倒れる形になる。

 かなりキツイ2撃だったが、それで倒れてしまうほど彼は弱くない。ベルディアは痛みに耐えながらも立ち上がり、穴の空いた天井を睨む。

 

「まさか、剣術だけでなく体術にも長けているとは……それにあの光る武器、たった数発でこれほどの威力を……」

「よそ見とは余裕だな」

「――ッ!?」

 

 その時、背後から冷たい声が聞こえ、ベルディアは咄嗟に振り返る。

 そこには、先程自分を蹴り落とした筈のバージルが、いつの間にか背後に立っていた。

 ベルディアは咄嗟に右手で持っていた剣を振るが、バージルは容易く左手で防ぐ。その手には鞘に納められた刀が握られていると同時に、光る装具が身につけられていた。

 

 剣を防いだバージルは、装具が着いた右足でガラ空きになっていたベルディアの腹に蹴りを入れる。ベルディアは勢いよく後方へ吹き飛ばされ、壁に背中を打ち付けられた。

 しかし、それでもまだベルディアは立ち上がり、前方にいるバージルを睨みつけ――。

 

 ――瞬間、ベルディアの身体が切り刻まれた。

 

「ガハッ……! な、何が……!?」

 

 一体何が起こったのか。ベルディアにはわからなかった。バージルはいつの間にか左手に装着していた装具を消しており、刀の柄に手を置いている。斬った――にしては距離が離れ過ぎている。

 まるで――直接その場を斬ったかのようだ。

 

 予想外の攻撃を受けてよろめくベルディアを見て、バージルは瞬時にベルディアの前へ移動すると、装具を着けていた右足で、再びベルディアを思いっきり蹴り上げた。

 

 バージルの蹴りをまともに食らったベルディアは、またもや天井を突き抜けていき――玉座の間まで来てようやく勢いが止まり、彼はそこに足をつける。

 何度もバージルに攻撃を許してしまいズタボロになってしまったベルディアは、また追撃されないよう場所を移動し、玉座を背にして、先程自分が突き破ってできた入口付近の穴を睨む。

 

 するとそこからバージルが飛び上がり、玉座の間に現れた。もう追撃するつもりはなかったのか、両足にはあの光る装具は装備されていない。

 バージルはベルディアがいるのを確認すると、ゆっくりとベルディアがいる方向に身体を向ける。

 

「クフフ……まさかここまでやるとは思っていなかった……もう手加減はせん! 魔力を全て開放し、貴様をたたっ斬る!」

 

 為すすべもなくコテンパンにされた挙句、こっちが与えられたのは腹に掠らせた傷のみ。それで黙っていられるような男ではなかった。ベルディアは怒りに声を震わせ、まだ隠していた魔力を開放する。久しく表に出すことのなかった、自分の全力だ。

 

 この場にいる者どころか、城の外にいても感じられるほどの巨大な魔力を放つベルディアを見て、バージルは――楽しそうにフッと笑った。

 

「ほう……俺の魔力を前にしても笑っていられるか……」

「いや、すまない。久々に骨のある奴が現れたと思ってな……魔王軍幹部が全て貴様のような者であるなら、『この世界』もまだ捨てたものではないのかもな」

「……むっ?」

 

 その時、バージルが意味深な言葉を口にしたのを耳にし、ベルディアは思わず聞き返した。この世界……彼は一体何を言っているのか。ベルディアが疑問に思っている中、バージルは更に言葉を続けた。

 

 

「冥土の土産に教えてやろう。俺は――この世界の住人ではない」

「……何っ?」

 

 バージルから告げられたのは――思わず耳を疑ってしまうような言葉。彼は、この世界の住人じゃない――『異世界』から来た者だと、彼自身がそう言ったのだ。

 

 異世界が存在しているなど、ベルディアにはにわかに信じがたいことだった……が、どうにもバージルが嘘を吐いているようには思えない。ベルディアは黙ってバージルの言葉を待つと、彼は自ら異世界のことについて話し始めた。

 

「俺がいた世界には、人間界、天界、魔界が存在していた……無論、悪魔もだ。そしてその中でも、飛び抜けて強い力を持った悪魔がいた。その名は――スパーダ」

「スパーダ? 聞いたこともない名前だな……」

「当然だ。この世界の悪魔ではないからな。奴は魔界を支配する王の右腕とも呼ばれるほどの力を持っていたが……魔界が人間界の侵略を始めた時、突如スパーダは反旗を翻した。そしてスパーダは人間界を守らんと戦い、魔界の王を封印した。この世界で言うなら、貴様が仕える魔王と何千何万といる部下に、たった1人で立ち向かい勝利した……といったところか」

「ほう、そのような悪魔が貴様の世界にいたというのか……是非とも戦ってみたいものだな」

 

 バージルが話したのは、バージルがいたという世界について、そしてスパーダという悪魔の存在とその力。彼の話を聞いて異世界の悪魔、スパーダに興味を持ったベルディアは、もし会うことがあれば1戦交えてみたいと素直に思ったことを話す。

 

 そんなベルディアの言葉を待っていたかのように、バージルはニヤリと笑ってこう告げた。

 

 

「なら――望み通り見せてやる」

「んっ? 見せるとは何を――ッ!?」

 

 彼が口にした言葉の意味がわからずベルディアが首を傾げる中、バージルは右手を自身の顔前に出すと、力強く握り締めた。

 すると――突然、2人が戦っている古城が激しく揺れ始めた。かなり大きい揺れに古城の壁や天井が崩れ始める。しかし――ベルディアが驚いたのはソレではない。

 

 ――バージルの魔力が、尋常じゃないまでに膨れ上がり始めているのだ。

 

 まるでそこの空間が歪んでいるかのように、紫色の球体に覆われたバージルを中心に風が吹き、周りではバチバチと雷が走り始め、城の揺れは収まるどころか更に酷くなっていく。

 

You will not forget this devil's power(悪魔の力を思い知らせてやろう)

 

 ノイズのかかった声でバージルはそう告げて、更に魔力を高めていく。もっと上へ、上へ――目の前にいるバージルの魔力が、恐ろしいほどに膨れ上がっていく。

 想像以上に高まっていく魔力を前にベルディアが一歩も動けずバージルを見ている中――バージルは溜め込んでいた魔力を開放するかのように、握り締めた拳を横へ振り払った。

 

 

「――This is the power of Spada(これがスパーダの力だ)!」

 

 

*********************************

 

「――うおっ!? 何だ!? 地震!?」

 

 アクセルの街にあるギルドこと酒場にて。夕食を食べ終えて雑談をしていたカズマ達だったが、突然酒場内が大きく揺れ始めた。酒場にいた冒険者達とギルド職員は皆パニックに陥る。

 地震大国こと日本に住んでいたカズマだったが、ここまで大きな揺れを見せる地震は体験したことがない。だからか、カズマも冒険者達と同じようにパニックになっていた。

 

「み、みなさーん! 揺れが収まるまで、近くの机の下に隠れてくださーい!」

 

 この世界でも地震が起きれば机の下に隠れて落下物から頭を守る風習はあったのか、ギルド職員が大声で冒険者達に促す。それを聞いた冒険者達は、急いで酒場に多く設置された机の下に隠れた。

 机の上に乗っていた皿やカウンターの棚に並べられていたガラスコップが落ちて割れる音が鳴り響く中、カズマも急いで机の下に避難する。アクア、めぐみん、ダクネスの三人はカズマより先に机の下に隠れていたようだ。

 

「お、おいダクネス! この時期は地震が起きやすいのか!?」

「いや、そんな筈はない! そもそも、ここら辺は地震など滅多に起きないんだ!」

「じゃあこの揺れは何なんだよ!?」

「わ、私に聞くな!」

 

 前にいたダクネスへ地震について尋ねるが、どうやらこの地震はイレギュラーな事態のようだ。いくら痛みに喜ぶ変態といえどもやはり女性なのか、未だ続く揺れを前にして泣きそうになっている。

 

 しばらくおさまりそうにない地震に2人が慌てふためく中――横にいためぐみんとアクアは、人知れず険しい表情を見せていた。

 

「(……ここから離れた位置に、超巨大な魔力が……ていうか大き過ぎませんか!?)」

「(この感じ……まさか……悪魔!?)」

 

 

*********************************

 

 ――しばらくして、古城を中心に発生していた揺れは次第におさまっていった。

 その古城の最上階に位置する玉座の間――バージルが突然身体を光らせ、ベルディアはその眩い光を目にして思わず目を閉じていた。

 まぶたの向こうから光がおさまるのを感じ取り、揺れもいつの間にか静まっていたことを知ったベルディアは、おもむろに目を開く。

 

 ――その視線の先に、先程まで戦っていた銀髪青コートのバージルの姿はなかった。

 

 そこにいたのは、青い鱗を纏うコートのようなものを身につけており、左手には刀のような物が腕と同化している。

 頭は銀色に光り、緑色に光る目の下では、人間のものとは思えない鋭い歯を剥き出しにしている。

 その姿を見た者は、誰もがこう口にするだろう。

 

 

 ――『Devil(悪魔)』と。

 

「……ハ……ア……」

 

 その時ベルディアは、戦闘前に交わしたバージルの言葉を思い出していた。彼は自分のことをこう言っていた――自分は、人と悪魔の間に生まれた子だと。

 

 そして、理解した。目の前にいるこの悪魔は、他の誰でもない――『Devil Trigger(悪魔の引鉄)』を引いたバージルなのだ。

 

 ――恐ろしいまでに増幅された彼の、圧倒的な『魔』を前にして、ベルディはそう確信した。

 

 彼のような、どう足掻いても覆すことのできない力を前にした者の行動は単純だ。ある者は足がすくみ、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。ある者は逃げ出し、ある者は命乞いをし、ある者は死を悟って武器を捨てる。

 そして、悪魔であろうとも恐怖し、ひれ伏す彼の姿を見たベルディアは――。

 

 

 

「ハ――ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 ――笑った。死を前にして狂い始めた笑いでもなければ、乾いた笑いでもない。彼は、心の底から嬉しそうに笑ったのだ。

 

「そうか! それが貴様の力か! バージル! 素晴らしい! 素晴らしいぞ! その力……是非とも味わいたくなった!」

 

 ベルディアは、確かに元人間ではあるが、今は違う。彼自身も言っていた――人間か悪魔かと問われれば、悪魔だと答えると。自分は悪魔寄りの存在だと。

 だからこそだろうか。バージルの圧倒的な力を見て――彼が人間をやめた頃から持ち始めた、魔に連なる者の本能――闘争本能が刺激されたのだ。

 

 ベルディアは高らかにそう話すと、高めていた自身の魔力を更に――最大限に高める。まるで、ここが最後の戦場だと言わんばかりに。

 前方に佇む悪魔が静かに刀の柄に手を添える中、ベルディアは右手に持っていた大剣に力を込める。

 

「行くぞ! バァアアアアアアアアジルゥウウウウウウウウーッ!」

 

 そして、大剣にありったけの魔力を溜めたベルディアは、悪魔に向かって一直線に飛び出した。

 未だ動こうとしない悪魔に向けて、ベルディアは力を込めて大剣を悪魔の頭目掛けて振り下ろす。

 

 ――が、その剣が悪魔に届くことはない。

 

「……あ……?」

 

 その場に似合わず、ベルディアは呆気ない声を上げる。目の前にいる悪魔は、いつの間に抜いたのか、刀を右手に持って剣先を上に向けている。

 それを見た時、ベルディアは自身の右側に違和感があることに気付いた。ベルディアは、ゆっくりと自分の右側に目を向ける。

 

 ――大剣を振るっていた筈の右腕は、宙に舞っていた。

 

「――ガッ!?」

 

 いとも簡単に斬り離された自分の右腕に気を取られていた時、悪魔は斬り上げた刀を素早く斬り下ろした。鎧越しに深い傷を負い、うめき声を上げるベルディア。

 しかし、悪魔の容赦のない攻撃は終わらない。悪魔は刀を鞘に納めず構えると――。

 

「――You shall die(死ぬがいい)

 

 ノイズのかかった声でそう口にし――ベルディアを斬り刻み始めた。

 何度も何度も何度も何度も――彼が斬りつけると同時に、ベルディアを全方位から囲むように、浅葱色の剣が剣先をベルディアに向けて設置されていく。

 まるで永遠に思えるほど長い、怒涛のラッシュの果て――悪魔は横に一閃すると、ベルディアから背を向け――。

 

「――Rest in peace(安らかに眠れ)

 

 ――刀を鞘に納めると同時に、ベルディアの身体に浅葱色の剣が一斉に突き刺さった。

 

 

*********************************

 

「……フ……フフ……見事だ……」

 

 ボロボロになった古城。その最上階に位置する玉座の間。そこにいた魔王幹部――ベルディアは、掠れた声で満足そうに話す。

 

 彼の自慢の鎧は、今の古城のようにボロボロになっており、右腕は取れ、近くの床に突き刺さっている大剣の横に転がっている。左手で持っていた頭は手から離れ床に転がっており、甲冑の下からは赤い目の光が弱々しく光っている。

 

 もはや戦う気力など残されていないベルディアを――青コートを着た銀髪オールバックの男、バージルは黙って見下ろしていた。

 

「満足だ……久しく……満足な戦いだった……最後に……貴様のような者と戦えて……誇りに思う……」

「……」

 

 弱々しくもどこか安らいだ声で、ベルディアは満足そうに笑って話す。その様子を、バージルはただただ黙って見守り続ける。

 するとベルディアは、ゆっくりと左腕を上げ、その手に自身の魔力を溜めていく。そして――近くの床に突き刺さっていた大剣に向けて放った。

 ベルディアの放った魔力が大剣に当たると、魔力が大剣を覆うように纏われる。

 

「餞別だ……そこの大剣を持っていけ……貴様になら……預けてもいい……」

 

 残っていた魔力を振り絞り、その全てを大剣に授けたベルディアは、糸が切れた人形のように上げていた左腕をパタリと落とす。

 赤い目の光が次第に弱まっていく中――ベルディアは、バージルを真っ直ぐ見つめて口を開いた。

 

「……最後に1つ……聞かせてくれ……」

「……何だ?」

「貴様は……人間か……? それとも……悪魔か……?」

「――ッ」

 

 それは――ベルディアと戦う前に、話の中に出てきた問い。

 人間か悪魔か――どちらかと聞かれたら、ベルディアは悪魔と答えるだろうと言った。その答えはバージルも同じだった。

 自分は今まで悪魔として生きてきた――そしてその生き方は、これからも変わることはない。

 

 そう――変えられる筈がない。

 

「……悪魔だ」

 

 ベルディアの問いかけに、バージルは少し間を置いてから答える。彼の返答を聞いたベルディアは小さく笑うと――最後にポツリと呟いた。

 

 

「……惜しいな……」

「……何っ?」

 

 ベルディアの呟きを聞き、バージルは思わず聞き返す。しかし、ベルディアから声は返ってこない。

 甲冑の下から見えていた赤い目は――二度と光を放つことはなかった。

 

「……」

 

 ベルディアが物言わぬ屍になってしまったのを見たバージルは、彼の頭に向けていた視線を横に向ける。その先には、ベルディアが魔力を残していった大剣が床に突き刺さっている。

 バージルは静かに大剣の傍へ近寄ると――大剣の柄を持ち、力を入れて引き抜いた。

 

 ベルディアが振るっていた大剣――大きさはかつて自分がネロ・アンジェロだった頃、魔帝に握らされた大剣と同じぐらいの大きさだろうか。

 そしてこの大剣からは、確かにベルディアと同じ力が伝わってきていた。その感覚は、バージルが持っているベオウルフ――魔具と同じ感覚だった。

 

「――フンッ!」

 

 しばらく大剣を見つめていたバージルは、大剣を両手で持つと、力を込めて振り始めた。

 バージルの身の丈より大きい大剣は空を斬り、ひと振りする度に強い風圧が沸き起こる。

 試すように何度も空を斬り、しばらくしてバージルは動きを止める。

 

「(……俺が使うには大き過ぎるかもしれんな)」

 

 ネロ・アンジェロだった頃は、この大剣も難なく扱えていただろう。しかしあの頃は魔帝により身体を改造され、肉体もかなり大きくされていた。今、改造される前の頃と同じ肉体となった今では、この大剣は大き過ぎるように思えた。

 

 しかし、だからといって捨てるつもりはなかった。バージルはベルディアの力が込められた剣――『魔剣ベルディア』を手にし、古城から立ち去っていった。

 

 

「(……人間か……悪魔か……)」

 

 

*********************************

 

 ――バージルは古城から出て、独りアクセル街に向けて歩いていく。

 

「……っ」

 

 その後ろ姿を――1人の女性が見ていた。短い銀髪にアメジストの瞳を持つ彼女は、森の中へと消えゆくバージルを見つめ続ける。

 バージルは一切気付くことはなかったが、彼女はバージルがアクセル街から出たのを見て、気配を消してコッソリ後を追っていた。

 そして、ベルディアとの戦いで彼女は見てしまった――彼の、悪魔の姿を。

 

「……バージルさん」

 

 しかし、そのことに彼女は驚いていない。彼女は知っていた――彼が人間と悪魔の間に生まれた半人半魔であり――異世界の住人であることも。

 彼女の脳裏に浮かんでいるのは――戦いの後、彼がベルディアと交わしていた言葉と、それを口にした時の――彼の顔。

 

「貴方は……本当に悪魔なんですか……?」

 

 闇の中に消えてしまったバージルへ向けるように、彼女は寂しそうな顔で呟いた。




ベルディアさんはなんだかんだ残念に行き着くイメージが固まってますが、ここでは残念になりませんでした。


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第13話「この駄女神にお兄ちゃんを!」

自分でも謎過ぎると思うタイトルですが、ぶっちゃけタイトル見ただけで今回の展開が丸わかりだと思います。



 ――突如森林地帯で起こった大地震は、アクセルの街に爪痕を残していた。

 

 といっても、避難民が出たり物資が無くなるような深刻な被害は出ておらず、酒場に置いてあった大量のガラスコップが割れたり、家にあったコレクションが全部落ちて台無しになったと嘆く人が出たりと、地震が起こったわりには平和だった。

 

 その一方でギルドは、大きな地震によって目覚めたモンスター達の襲来を危惧して厳戒態勢を取っていたが、何故かモンスター達は地震が起きた時、皆何かに怯えるように隠れてしまったらしい。

 

 そして冒険者達――特にウィザード系の魔法を得意とする冒険者達からは、『地震が起こった時に街の外の森林地帯から大きな魔力を感じた』という報告が相次いだ。

 それを聞いたギルドは、いつどきかアクセルの街に襲来してきた、近隣に住み着いた魔王軍幹部の仕業だと睨み、国から手練の冒険者を派遣してもらい、魔王軍幹部が住み着いていると思われる古城へ調査に向かわせた。

 

 しばらくして調査に向かった冒険者達が帰ってきて、彼等から受けた報告は――なんと『魔王軍幹部がいたとされる古城ではモンスターが全滅しており、その最上階では、以前アクセルの街に襲来してきた魔王軍幹部のデュラハンが、何者かによって既に倒されていた』というものだった。

 人知れず魔王軍幹部が倒されていた突然の朗報を聞き、アクセルの街はお祭り騒ぎに。皆、誰かはわからないが魔王軍幹部を倒してくれた者に感謝した。

 

 そして、アクセルの街がまた平和な日々を取り戻すことができてから――数日後。

 

 

「(……フム)」

 

 魔王軍幹部を人知れず倒した冒険者であり、あの大地震を引き起こした張本人――バージルは、そんなこと知らんと言わんばかりに呑気に本を読んでいた。

 足を組み、木造の椅子の背もたれに体重をのせているバージルは、常人が真似したら指がつりそうなやたらスタイリッシュな持ち方のままページを進める。

 彼の前には椅子と同じく木造の長机が置いてあり、机上には3冊ほど分厚い本が積み重ねられている。バージルの背後にある白い壁には、以前手に入れた魔具『魔剣ベルディア』が飾られていた。

 

 バージルは――ようやくアクセルの街に建てられた新住居で、独り寛いでいた。

 地震の影響で作業に支障はきたしたが、その時点で完成は間近に迫っていたため、バージルがベルディアを討伐してから7日後には新住居が完成していた。

 アクセルの街でも人気のない自然地帯。その中にある大きな無人屋敷の隣に建てられたのは、レンガでできた2階建ての住居。内装は木造を中心にデザインされており、白い壁と木造の床、リビングにある階段を登ると、上から1階を見下ろすことのできる2階に行ける。

 浴室、トイレは勿論のこと、冒険者には欠かせない物置部屋も完備している。食事は酒場でしろということなのか、キッチンは用意されていない。

 建築業者から完成した家をお披露目され、特に不満点などなかったバージルは、早速住居の準備をすることにした。

 ベッド、机、その他備品……建築業者へ更に金を払うことで内装も手伝わせた。意外と気にするタイプなのか、家具の配置にはかなり時間をかけていたが。

 

 読んでいた本が最後のページを迎えたのを見て、バージルは静かに本を閉じる。そして椅子から立ち上がると、机に置いていた三冊も一緒に持って奥へ移動する。

 奥の扉を開けると――ズラリといくつもの本が並ぶ書斎に入り、手元の4冊の本をキッチリと元あった場所に戻した。

 ここにある本は全て、バージルがこの世界に初めて来た日、偶然見つけた図書館から買い取った物だ。建物も古く、利用者もほとんどいなくなっていたため、図書館の管理人は二つ返事でOKを出し、全てこの書斎に移動させていた。ちゃっかり書斎の部屋も作られてあったのは、建築業者に依頼する際に頼んでおいたからだ。

 本を返したバージルは、書斎からリビングに戻る。リビングの真ん前にある外への扉からは日差しが漏れており、まだ外は明るいことを知らせてくれる。

 

「(……ギルドに行くか)」

 

 ひとしきり自宅で寛いだバージルはそう思い立ち、壁に立てかけていた雷刀アマノムラクモを手にする。以前のベルディアとの戦いで少し刃こぼれしてしまったが、既にゲイリーのもとで修復してもらったため問題ない。むしろ修復に必要な鉱石集めで苦労したが。

 そして、壁にかけてあった魔剣ベルディアに視線を向ける。以前使っていた両刃剣より一回り大きいため、あまり使う気になれず未使用のままだったが……1回ぐらいは試し切りをしてもいいだろう。

 そう思ったバージルは、魔剣ベルディアを手に取って背中に背負う。その時、まるで使われることを喜ぶかのように魔剣に宿っている魔力が少し高まった気がした。

 扉から外に出ると、強い日差しを受けてバージルは少し目を細める。彼はしっかり戸締りをしてから、ギルドに向けて歩いて行った。

 

 

*********************************

 

「……チッ」

 

 バージルは小さく舌打ちをする。彼の前にあるのは、いくつかクエストの紙が張り出されている掲示板。

 ギルドに行く途中、もしクリスがどこからともなく現れてお宝探しに誘ってきたのであればそっちに行くつもりだったが、今回彼女は現れず、何事もなくギルドに到着してしまった。

 今日はクリスが来ない日だと踏んだバージルは、クエストに行こうとギルドにあるクエスト掲示板に目を通していたが……彼の探している、特別指定モンスター討伐のクエストは張り出されていない。それを見て、彼は舌打ちをしたのだった。

 しかしそれも当然のこと。ここは駆け出し冒険者の街だ。低レベルの冒険者が集まる街の掲示板に、駆け出しではどうしようもできないクエストが張り出されるのもおかしな話だろう……わりと駆け出しにはどうしようもできなさそうな高難易度のクエストは張り出されているが。

 今日はクエストは受けずに帰ろうか。そう思いながら掲示板に目を通していた時――1つのクエストが目に止まった。

 

 『湖に蔓延るブルータルアリゲーター10匹の討伐』――ベルディアがこの街に襲来した日、バージルが行こうとしていたクエストだ。どうやらまだ残っていたようだ。

 『ブルータルアリゲーター』――ジャイアントトードの例でいくなら、バージルの世界にもいた『Alligator(ワニ)』の姿をしたモンスターと見て間違いないだろう。本で読んだ特徴もワニそっくりだった。

 性格は獰猛で、ひと度奴等のいる水の中に入ってしまえば、四肢を引きちぎられて食われてしまう。そして、奴等は汚染された水のある場所を住処にしているそうだ。モンスターの中では危険度がかなり高いらしい。

 

「(……これにするか)」

 

 特別指定モンスターではないため歯ごたえはなさそうだが、退屈しのぎにはなるだろう。そう考えたバージルは、ブルータルアリゲーター討伐クエストの紙を無造作に取る。

 幸い、ダクネスの邪魔も入らないどころか、ギルド内にはアクアやめぐみんの姿も見えない。恐らくカズマと一緒にクエストに出ているのだろう。

 今回は何事もなくクエストを進められそうだと思いながら、バージルはクエストカウンターに向かった。

 

 

*********************************

 

「――ハイ、確かに受注しました。では行ってらっしゃいませ」

 

 カウンターにてクエストの受注処理を済ませ、カウンターで受付をしていた金髪ボイン姉ぇ受付嬢――ルナは、そう言ってバージルに冒険者カードを返す。

 相も変わらず無表情だったバージルは、速やかに立ち去ろうとするが――それをルナが呼び止めてきた。

 

「あの、バージルさん」

「……何だ?」

 

 バージルは振り返り、呼び止めたルナに用件を尋ねる。彼と出会った当初はこの睨みに怯えていた彼女だったが、流石は年季の入った敏腕受付嬢と言うべきか、彼の睨みにすっかり見慣れてしまっていた。

 こちらに目を向けたバージルを見たルナは、内緒話をするかのようにバージルへ小声で告げた。

 

「魔王軍幹部の討伐報酬……こちらのクエストをクリアしたら、後日クエスト報酬とご一緒にお渡ししますね」

「……ムッ」

 

 彼女は、バージルが魔王軍幹部を人知れず倒した冒険者だったことに気付いていた。その理由はただ1つ――冒険者カードの討伐済モンスターの欄に、デュラハンの名前が記されているのを見たからだ。

 ギルドの調査により、あの古城に住んでいた魔王軍幹部はデュラハンというアンデッド族だと判明していた。それを受付嬢は耳に入れており、だからこそバージルの冒険者カードにデュラハンの名前があるのを見た時――やっぱり、と思ったのだった。

 彼は、特別指定モンスターを採掘ついでにサラリと倒した冒険者だ。人知れず魔王軍幹部が倒されたと聞き、彼女はもしかしたら彼が……と予想していたのだが、どうやら見事に的中したようだ。

 しかし、彼女はその事に関しては全然驚いていなかった。彼がやることなすことに一々驚いていたらこっちの心臓が持たないと、彼女は既に悟っていたからだ。

 そして、バージルに討伐報酬のことを小声で話したのは、長年の勘からか、彼は騒ぎたてられるのを嫌う人だと感じたからだ。だからこそ、誰にもバレないよう、コッソリ報酬を渡すことを提案したのだった。

 

「……あぁ、頼む」

 

 そしてルナの考えもバージルは理解していたのか、彼女にそれだけ言うと再び前を向いて歩き出し、ギルドから出て行った。

 

 

*********************************

 

 上には白い雲がゆっくりと流れていく青空が、下には心地よい風に揺られる黄緑色の草原が。

 以前、ジャイアントトードを討伐した場所から更に奥へ進み、草原の坂を登りきった先に、1つの湖が広がっていた。湖の奥には森林地帯と山が続いている。今回のクエストで指定されている場所だ。

 しかし、湖と呼ぶにはあまりにも汚れていた。湖は一面茶色く濁っており、周りに広がる美しい風景とは相反している。目的地の汚れた湖に辿り着いたバージルは独り顔をしかめていた。

 

 ――が、顔をしかめている理由は――湖ではない。

 

 

「おーいアクアー! 湖の浄化はどんなもんだー!?」

「浄化は順調よー!」

「トイレ行きたくなったら言えよー!」

「ア、アークプリーストはトイレなんて行かないし!」

「因みに紅魔族もトイレなんて行きませんから」

「私もクルセイダーだからトイレは……トイレは……うぅ……」

「……お前らは昔のアイドルか」

 

 陸地近くの水辺には、何故か檻に入れられて体育座りをし、まるでダシを取られているティーバッグのようになっているアクアと、それを遠くで見ているカズマ、めぐみん、ダクネスという、意味不明な光景を見てしまったからだ。

 

「(……またこいつらか……)」

 

 以前の爆裂魔法の件に続いて2回目の遭遇。しかも今回は最も嫌っているアクアと最も苦手とするダクネスも一緒というオマケ付き。ギルドでは4人の姿を見なかったが、まさか今回のクエストの目的地に来ているとは思ってもみなかった。またも彼らとバッタリ会ってしまい、バージルは頭痛を覚える。

 見なかったことにして帰ろうかと一瞬頭に過ぎったが、もう1回ここへ来るのも面倒だ。仕方なく、本当に仕方なく、バージルは彼らのもとに歩み寄る。

 何故ここにいるのか。どうしてアクアは檻に入れられているのか。ツッコミ所は山ほどあるが、ひとまずバージルはカズマに話しかけた。

 

「……オイ」

「んっ? 誰……ってバージルさん!? なんでここに!?」

「クエストの目的地がここだからだ」

 

 背後からカズマに声をかけると、カズマはバージルの姿を見るやいなやビックリ仰天する。横に居ためぐみんも同じく驚いており、ダクネスは思わぬドSの登場に喜んでいたが、バージルは当然無視。

 3人がバージルに視線を向けている中、バージルは1人檻の中でブツブツと鉄格子の棒の数を数え始めたアクアを見ながら、バージルはカズマに尋ねた。

 

「……廃棄物を不法投棄しに来たのか?」

「あっ、やっぱそう見えます?」

 

 

*********************************

 

 ――それからカズマは、どうして自分達がここに来ていたのかをバージルに話した。

 最近、稼ぎを増やすことができずにいた彼らは、少々無茶をしてでも高難易度クエストに挑むべきだと考えた。

 しかし、高難易度クエストに挑むにはレベルも装備も乏しく、無策で行っても返事がないただの屍になってしまうのがオチだ。アクア、めぐみん、ダクネスは喜々として凶暴なモンスターの討伐クエストを持ちかけてきたが全て却下した。

 その時、アクアの目に1つの高難易度クエストが止まった。その内容は『湖を浄化する』だけという、高難易度には似つかわしくないものだが、湖には危険なモンスター『ブルータルアリゲーター』が潜んでいるため、高難易度クエストに分類されていたのだ。

 湖の浄化なんてどうやるのかとカズマは疑問に思ったが、宴会の神様もとい水の神様だと言い張るアクアは、自分クラスの女神なら水に触れているだけで浄化できると自慢げに話した。

 それを聞いたカズマは、アクアがモンスターに殺される危険もなく、安全にクエストをクリアできる方法を思いついた。

 

 それが――檻の中にアクアを入れるという作戦だった。

 ギルドから借りた檻は本来モンスター捕獲用に使われるもので、捕獲された悪いモンスターは皆この檻の中にしまわれる。脱出されたら檻の意味がなくなるので、滅多なことがない限り壊れることはない強度を持っている。

 キャベツ祭の時にも使われていた檻のことを覚えていたカズマはこれに目をつけ、逆にモンスターから身を守る道具にしようと考えたのだ。ギルドから貸し出して台車に乗せたかと思いきや、アクアが自ら檻の中に入ってそのまま街から出たのを見て、ギルド職員や街の住民はさぞ驚いたことだろう。

 そのまま目的地の湖まで来たカズマ達は、アクアがしまわれた檻を水辺に置き、しばらく放置していたら――そこにバージルが来て、今に至ったのだ。

 

「しかし、今のところモンスターが現れる様子はないので、案外あっけなく終わるかもしれませんね」

「ばっ!? お前、そういうフラグくさい台詞を言うなって!?」

 

 安全のために檻を用意してきたが、もしかしたら檻無しでも行けたのではないか。そう思って安心しきった様子を見せるめぐみんに、カズマは何故か慌ててめぐみんを咎める。

 何のことかわからず首を傾げるめぐみん。その様子をバージルが見ていた――その時だった。

 

「ひぃやぁああああああああっ!? なんか来た!? ねぇなんかいっぱい来たぁああああああはぁああああああああっ!?」

 

 バージル達の耳に、アクアの甲高い悲鳴が入ってきた。何事かと思い全員が一斉に湖の方へ目を向けると――檻の中のアクアを狙わんと赤い目を光らせ、人喰いザメの重い音楽が聞こえてきそうな速度でゆっくりと近づく巨大ワニ――ブルータルアリゲーターが1匹、2匹、3匹……15匹もアクアに迫ってきていた。見事なフラグ回収である。

 アクアの目前まで迫ったブルータルアリゲーター達は、人を簡単に丸呑みできそうな大きな口をカパッと開き、檻を噛み砕かんと噛み付いた。何匹ものブルータルアリゲーターが噛み付き、盛大に檻が揺らされ始める。

 

「ひゃぁああああああああああああいやぁああああああああああああっ!? カズマさーん! カズマさぁあああああああああああああああああんっ!」

 

 パニック映画さながらのシーンに巻き込まれているアクアは、ブルータルアリゲーターの恐怖を前に涙を流し、カズマの名を呼びながらもグワングワンと揺らされている。

 そんな絶体絶命のピンチに遭っているアクアの様子を見ていたカズマ達は――。

 

 

「……ほう、あれだけ攻撃を受けても壊れんとは」

「超硬い鉱石を素材に作られているらしいですからね。流石はギルドが保証する捕獲用檻といったところでしょう」

「あの中、ちょっと楽しそうだな……」

「……行くなよ?」

「あっ、そうそう。長くなりそうだと思ってお昼ご飯を持ってきたんでした。バージルもいかがですか?」

「そうか、なら1つもらおう」

「んじゃあ、俺達は昼食タイムにしますか」

「くぅ……私もあの中に入ればよかった……」

 

 4人ともアクアを心配する様子など微塵も見せず、あろうことかモンスターに襲われているアクアを前に昼食を取ろうとしていた。いくら檻が頑丈だとわかっているとはいえ、これはひどい。

 バージルはブルータルアリゲーター討伐のために来ているので、本来ならアクアの湖の浄化を待つ意味はないのだが……ブルータルアリゲーター達に弄ばれているアクアを見ていると、日頃溜まりがちだったストレスが解消されるような、悪くない気分になれたので、敢えて手は出さず浄化を待つことにしていた。

 バージルを除く3人は草原に座り、バージルは立ったまま、めぐみんがバスケットに入れていたサンドイッチによく似た食べ物を各々口にしながら、アクアが湖を浄化し終えるのを待ち始めた。

 

 

*********************************

 

「ピュリフィケーション! ピュリフィケーション! ピュリフィケーション! ピュリフィケーひぃいいいいいいいいいいっ!?」

 

 ブルータルアリゲーターが現れてから4時間後。アクアは一刻も早くこの危機的状況から抜け出したいのか、女神としての浄化能力だけでなく、アークプリーストが覚える浄化魔法『ピュリフィケーション』を一心不乱に使いまくっている。

 しかし、敵もそれを黙って見過ごすわけがなく、ブルータルアリゲーター達はアクアを喰うために必死に檻を壊そうとブンブン振り回したり、檻を咥えて身体をスクリュー回転させたりしていた。

 

「……まだか」

「浄化魔法も使っていますが、モンスターに邪魔されているので……まだ時間は掛かるかもしれませんね」

「……チッ」

 

 その様子を、昼食を食べ終えてしばらく立って見物していたバージルは、めぐみんからまだ時間がかかりそうだと聞いて、不機嫌そうに舌打ちをする。

 最初はまだ待てていたのだが、ブルータルアリゲーターの攻撃に一々叫んで作業の手を止めるアクアを見ている内に、徐々にイライラが募ってきて、ストレスが解消するどころか逆に溜まり始めていた。

 カズマ達はまだ呑気に待っているのだが……この男、意外と短気である。待たせているのがこの世界で1番嫌いな煽り神ことアクアなのもあるが。

 

「おーい! ギブアップならそう言えよー! 湖から檻ごと引っ張り上げてやるからー!」

「ひぃああああああっ!? 今っ!? 今檻からメキャッって音が!? 聞こえちゃいけない音が聞こえたんですけどぉおおおおおっ!?」

「……私達の声が聞こえていないな」

「うーん……1回引っ張り上げるべきか?」

 

 一応、緊急用として檻に縄を結んでおり、いつでも湖から引っ張り上げられるようにしていたため、カズマはアクアに引っ張りあげようかと尋ねたが、深刻なパニック状態に陥ってカズマの声が聞こえないのか、変わらず悲鳴を上げている。

 一度湖から戻し、一旦落ち着かせるべきかとカズマは考えるが、アクアの浄化能力がどういったものか詳しく知らないため、もしかしたら湖の浄化がまた最初からになってしまう可能性もあるかもしれない。どうするべきか悩んでいた、その時――。

 

「(……もう我慢ならん)」

 

 隣にいたバージルの我慢の限界が早々に来てしまった。

 バージルは組んでいた腕を解くと、隣にいたカズマをチラリと見て、口を開いた。

 

「カズマ、刀を持っていろ」

「へっ? いいですけど……どうしたんすか? バージルさん?」

 

 バージルはそう言ってカズマに半強制的に雷刀アマノムラクモを預けると、どうしたのかと尋ねてくるカズマを無視して、独りブルータルアリゲーターが暴れている湖へと歩いていった。

 取り残されたカズマ、めぐみん、ダクネスの3人は、黙ってスタスタと歩くバージルの背中を見て、ポツリと呟いた。

 

 

「……バージルが背負っている大剣……どこかで見たことがあるような……ないような……」

「奇遇ですね、ダクネス。私もあの大剣とソレが秘めたる魔力は既視感を覚えてました。しかし、どこで……」

「ていうかバージルさん、あの剣どうやって背負ってんの? 背中にくっついてんの?」

 

 

*********************************

 

「ピュリフィケーション! ピュリフィケーション! ピュチョッギプリィイイイイイイイイイッ!?」

 

 アクアは必死に湖へ浄化魔法をかけるが、ブルータルアリゲーター達もこの女が湖を綺麗にし、自分達の住処を奪おうとしていることに気付いたのか、今まで以上に荒い攻撃を仕掛けてくる。

 檻を囲む棒はへしゃげ、歯型がつき、天井もベコっと凹んでいる。滅多なことがない限り壊れないと言われていた檻だが、このケースは滅多なことに入るのか、今にも壊れそうになっていた。

 それをブルータルアリゲーターは理解したのか、暴れているブルータルアリゲーターの集団にいた1匹が檻から遠く離れ始める。

 

「ピュリフィケーション! ピュリフィケーション! ピュリフィケ……いやぁあああああああっ!? こっちきたぁあああああああああっ!?」

 

 そして遠く離れた1匹は、まるでラストアタックと言わんばかりに、助走をつけるように檻へ向けて全速力で泳いできた。

 この突進を食らったら終わる。本能でそう感じたアクアは、もう自分の魔力がなくなってもいいぐらいに浄化魔法を連発する。しかし、ブルータルアリゲーターの突進は止まらない。

 周りのブルータルアリゲーターも道を空け、1匹がとてつもない速度で檻に近づいていく。迫り来る恐怖を前にして、アクアは思わず目を瞑る。

 そして、ブルータルアリゲーターの突進攻撃が檻に――。

 

Be gone(失せろ)!」

 

 檻に直撃するその直前、唐突に声が降ってきたかと思うと、アクアの前で強い衝撃が起こり、水面を大きく揺らした。

 一体何が起こったのか。アクアは恐る恐る目を開けると――目の前に立っていた者を見て驚き、目を見開いた。

 檻の前には、身体を真っ二つに切られ血を流して死んでいる、先程檻に向かって突進してきた筈のブルータルアリゲーター。

 そして――青いコートを身に纏い、身の丈以上の長さを持つ浅葱色の大剣を持った男。

 

「……バー……ジル……?」

 

 蒼白のソードマスター――バージルであった。

 どうして彼がここにいるのか。何故ブルータルアリゲーターを倒してくれたのか。色んな疑問が浮かぶが頭が上手く回らず、掠れた声でバージルの名を口にする。

 すると目の前にいたバージルはアクアに背中を向けたまま、何故か不機嫌そうに聞こえる声で告げた。

 

「……貴様の悲鳴が耳障りだ。さっさと湖を浄化しろ。コイツ等は俺がやる」

「……ふぇ?」

 

 気持ちの整理が追いつかず、思わず変な声を出してアクアは首を傾げる。しかしバージルは再度言おうとはせず、水面に叩きつけた大剣を手にブルータルアリゲーター達を睨む。

 突然現れたかと思いきや、仲間を一刀両断した謎の男。ブルータルアリゲーター達は警戒心を高めながらも、一斉にバージルに向かって襲いかかった。

 

「――フンッ!」

 

 しかしバージルは大剣を両手に持ち、左から右へと横に薙いでブルータルアリゲーター達を迎撃。敵を吹っ飛ばしたのを見て、バージルは瞬時にエアトリックで移動し、追撃を仕掛ける。

 身の丈以上の大剣を巧みに振りつつ、敵の攻撃を難なくヒラリとかわす。底の深いところに行ったかと思えば、バージルはブルータルアリゲーターを足場にして立ち回っていた。

 バージルの華麗な戦いに少し見入っていたアクアはハッと我に返ると、すぐさま湖の浄化を再開させる。

 が、それをブルータルアリゲーターは見逃さない。バージルに傷を負わされながらも、彼の目を掻い潜り水中に逃げた1匹は、バージルにバレないよう静かにアクアのもとへ移動する。

 

「ピュリフィケーション! ピュリフィケ……ヒッ!?」

 

 そして檻の前まで行くと姿を現し、檻を壊さんと大きな口をガバッと開けた。突然現れた敵に驚き、アクアは小さな悲鳴を上げて浄化の手を止める。

 

「――ギュオッ!?」

 

 しかし、その敵は檻に噛み付く前に悲鳴を上げると、その場に仰向けで倒れた。

 その前方では――左手を突き出したバージルがいた。彼はすぐさまアクアから顔を背けると、周りのブルータルアリゲーター達との戦いを再開させる。

 

 

「(……なるほど、これがコイツの能力か)」

 

 先程、アクアを食べようと密かにバージルのもとから離れていたブルータルアリゲーターが水面から現れた時――バージルは彼女に背を向けていた。しかし、檻に近づいたブルータルアリゲーターは見えていた。

 何故後方の敵も見えていたのか。それは、彼が振るっている大剣――魔剣ベルディアの能力によるものだった。

 以前ベルディアと戦った時、彼は頭を空中に浮遊させ、空中からの視点でバージルと戦い、バージルの背後からの攻撃を防いでみせた。その時のベルディアの力――『空中からの視点で戦う』能力が、この剣にも宿っていた。だからこそ、後方でアクアを襲おうとするブルータルアリゲーターを空中からの視点で捉えることができたのだ。

 左手から放った魔弾もそうだ。大剣から送られる魔力を左手に固め、ベオウルフで放つ光弾のように放ったもの。ベルディアも戦いの中で見せていたものだ。

 剣を扱う冒険者としては、後ろからの攻撃にも対応できる視点で戦えるのは大きなアドバンテージだろう。剣の魔力を使った魔弾も、平均的に魔力が少ない剣士には自身の魔力を心配せず放てる飛び道具として重宝できる。が……。

 

 

*********************************

 

「(……俺にはあまり意味がないな)」

 

 ため息を吐き、バージルは右手に握っていた大剣を背中に背負う。

 この魔剣が持つ力は、一般冒険者からしたら喉から手が出るほど欲しい代物だろう。しかし、ベオウルフで光弾が撃て、普段から殺気や気配などで背後からの攻撃にも対処しているバージルにとっては、そこまで使える武器には思えなかった。

 刀と一緒に振れたのならまだよかったが、そのためにはこの剣は大き過ぎる。もう少し小さいサイズであれば二刀流で扱えたのだが……。

 しかし、常に空中からの視点で戦う感覚は新鮮かつ貴重なものだった。戦っている中で、自分のイメージと微妙にズレがある攻撃や立ち回りも見つかった。剣を抜かずともこの力が扱えるのであれば、今度は背負ったまま刀を振るってみるのも面白いかもしれない。

 そんなことを考えながらもバージルは踵を返し、カズマ達がいる方向へ歩き始める。

 

 湖は、最初に見た時とは見違えるほどに綺麗になっており、湖の底も見えるぐらいに透き通った水で満たされていた。

 そして湖の外では、無残にも切り殺されたブルータルアリゲーターが1匹、2匹……ここに現れた全15匹、草原の上に転がっていた。ブルータルアリゲーターは、死んだ時に毒素を撒き散らす習性を持っており、それも湖の浄化の難易度を上げていた理由にもなっていたのだが、アクアにかかれば毒素で溢れた湖もなんのその。1匹死んで毒素が湖に入っても、その毒素もまとめて浄化していった。

 そんな、毒にも負けない浄化能力を持った者――未だ檻の中にいる女神アクアの前で、バージルは足を止める。バージルがいることに気付いたアクアは、ゆっくりと顔を上げてバージルを見る。

 涙で顔はクシャクシャに、髪も酷く乱れており、服もビシャビシャに濡れている。酷く荒れたアクアを見下ろし、バージルは口を開いた。

 

「……言っておくが、貴様を助けたわけではない。貴様がさっさと浄化を終わらせなかったから――」

「……わ……かった……」

「……?」

 

 バージルが話している途中、アクアが小さく何かを呟いた。それを耳にしたバージルが思わず言葉を止めると、目の前にいたアクアは――。

 

 

「うわぁあああああああああああんっ! 怖かったよぉおおおおおおおおおおっ!」

「(……騒々しい)」

 

 目に溢れていた涙が一気に放出され、アクアは大声を出してエンエンと泣き始めた。

 

 

*********************************

 

 ――場所は変わり、アクセルの街にて。

 

「ねぇ聞いてよお兄ちゃん。アイツ等ったら酷いのよ? 私が武器も装備もしてない奴だからっていい気になって、檻ごと私をぶん回したり叩きつけたり、しまいにはスクリュー回転させられたのよ!? スクリューよスクリュー! デスロールよ!」

「……」

「ま、それだけ私を食べようと躍起になってたってことでしょうけど。私の可憐で美しい美貌を見て、さぞ美味しい肉だろうなーって思ったんでしょうね。でも私は女神なのよ!? 女神を食べようだなんて不届き者にも程があるわ! お兄ちゃんもそう思わない?」

「……おい、アクア」

「んっ? なぁにお兄ちゃん?」

「その呼び方をやめろ……虫唾が走る……」

「えーっ? 別にいいじゃない。お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだから」

「……っ」

 

 かなりボロボロになった檻の乗った台車を馬が引っ張り、その横をカズマ、めぐみん、ダクネスが歩いている前方で、アクアはバージルの隣を歩いて自ら話しかけていた。バージルは青筋を浮かべているが、アクアはお構いなしに絡んでいく。

 バージルがアクアを助けた(形になってしまった)後――どういうわけかアクアはバージルを『お兄ちゃん』と呼ぶようになってしまい、こともあろうに前よりも懐かれてしまった。

 そうなってしまった原因は――あのタイミングで、バージルがアクアを助けるようなことをしてしまったからである。

 もしあのままアクアを放置し、浄化が無事終わっていれば、アクアは檻の外が怖くなるほどの廃人になるだけで済んでいただろう。

 しかし、しばらくアクアがブルータルアリゲーターの恐怖を味わったタイミングで退治してしまったがゆえに、人間不信になりかけるほど追い込まれていたアクアにバージルは絶大な安心感を与えてしまい、この結果になってしまったのだ。

 アクアが襲われる前にブルータルアリゲーターを討伐していれば、恐らくこうはならなかっただろう。つまるところこの現状は、バージル自身が招いてしまったもの。謂わば自業自得である。不運ステータスの効力もあるだろうが。

 今までとは違う形でしつこく絡んでくるアクアを鬱陶しく思いながらも、バージルは一時の感情で動いてしまったこと――ダクネスの道案内を好き嫌いで断ってしまった時と同じ失態を犯してしまったことを深く反省し、後悔していた。

 

「……それにしてもビックリですね。まさかアクアのお兄さんがバージルだったなんて」

「いや違うから。アクアがそう呼んでるだけだから。まぁなんでそう呼び始めたのかは俺もわかんないけど……」

「か、カズマ……これはもしかしたらもしかしなくても……間違いなく調教というヤツではないか!? くぅー……そんな羨ましいことをしてもらえるなんて……やはり私も檻に入ればよかった……」

「そしてお前は相変わらずだなオイ。ていうかそれでいくなら、調教したのって檻に入ることを提案した俺にならね?」

「……ハッ!? た、確かに……ならカズマ! 次は私に同じのを頼む! もっとドギツイものでも構わないぞ!」

「やらねーよ?」

 

 その後方で、3人はアクアとバージルの様子を見守りながら話をする。1名はとんだ勘違いをしているが、いつものことなので何の問題もない。

 めぐみん、ダクネスと言葉を交わしながら、カズマは前方で仲良く?話している2人をジッと見つめる。

 

 ――共に異世界へと旅立った美少女が、突然現れた別の異世界転生者である男に懐く。

 異世界転生者主人公としては、相手の男を妬むべきイベントだろう。ラノベなら間違いなく読者から反感を買い、人気が急転落下するほどのものだ。

 そんなイベントを目の当たりにするどころか、直に体験していたカズマは――。

 

 

「(これは……チャンスだ。普段から問題児を抱えながらも苦労して頑張っている俺に、神様が与えてくれたチャンスだと……俺は受け取った)」

 

 アクアに懐かれたバージルに嫉妬しないどころか、逆に感謝していた。

 確かに、傍から見ればアクアはカズマのメインヒロインに見えるだろう。しかしその実態は知ってのとおり酷いものだ。話は聞かないし文句は言うし足を引っ張るし金遣いは荒いし宴会芸とかいう無駄スキル覚えるし不運だし。控えめに言って、彼女はヒロインの風上に置けないレベルで酷い。

 当然、彼女に好かれようという気持ちはカズマの中に毛ほども無く、逆にどうにか彼女の呪縛から逃れられないだろうかと悩んでいた……そんな時に起こったのがこのイベントだ。

 

「(バージルさん……すまない! 俺のために生活費的な意味で死んでくれ!)」

 

 幸運なことに、バージルはカズマに普段変態から助けてもらっている貸しがある。今回、アクアを鬱陶しく思いながらも1人で先に行こうとしないのは、カズマからお願いされたからだ。

 カズマとは協力関係を持っている上に、変態の暴走を止める件でかなり世話になっている。だからこそバージルは断ることができず、こうして嫌々ながらも一緒にギルドへ向かっているのだった。

 これに目をつけたカズマは、バージルとの協力関係を利用してアクアと一緒にいる時間を増やし、徐々にアクアの中のバージルへの好感度を上げさせ、自分からバージルへ貧乏神を擦り付けることを決めた。全ては自分がこの世界で生き残るため。この男と貧乏神を擦り付け合うゲームをやれば、リアルファイトは必須であろう。

 カズマが人知れず駄目神オサラバ計画を企てながらも、皆とギルドへ向かっていた――その時。

 

「女神様!? 女神様じゃないですか!?」

「んっ?」

 

 突然、男の声が横から聞こえてきた。何かと思ったカズマは馬を止め、声が聞こえた方向に顔を向ける。

 

 

「どうして女神様がこんなところに!?」

「(……なんだろう、ムショーに殴りたい奴だ)」

「(……早く帰りたい……)」

 

 そこには、青と金色でできた鎧と黒いマントを纏い、腰元に剣を納めている茶髪の爽やか系イケメンが立っており、傍には緑色のポニーテールで腰元に剣を装備した露出度の高い服を纏った美少女と、同じく露出度高めの服を纏う赤髪の三つ編み美少女を侍らせている。

 突然現れたイケメンを見て、何故かカズマは殴りたい衝動に駆られ、バージルは帰りたい気持ちでいっぱいになっていた。

 




これにてアクア様に駄女神、穀潰し、宴会の神様に加え、干物妹という称号が加えられました。
青い、美形、プライド高い、敵を煽る、話し合いより先に手が出る、自分は悪魔だ女神だと言い張る、不運と、なんだかんだ似てますからね。


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第14話「この魔剣の人に鉄槌を!」

何とかに鉄槌を下せっていうタイトル、DMCにもありましたよね。4の子作りおばさんだったかな。



「……?」

「まさかこんなところで再び会えるなんて……ところで女神様、隣にいる男は……?」

 

 突然話しかけてきた茶髪の男性を見て、アクアは不思議そうに首を傾げる。しかし男性はお構いなく話を続け、隣にいたバージルについて尋ねてきた。

 彼の質問を聞いたアクアは、茶髪の男性から視線を外してバージルの顔を見る。1回バージルと目を合わせたアクアは、再び茶髪の男に視線を戻して口を開く。

 

 

「お兄ちゃんだけど?」

「お兄さん!?」

「オイ」

 

 案の定というか、アクアはハッキリとバージルのことを兄だと称し、それを聞いた茶髪の男はビックリ仰天した。

 

「そう呼ぶのはやめろと何度言えばわかる」

「えーっ? 別にいいじゃないのよー」

「(驚いた……女神様に兄がいるなんて……でもそれにしては似てないような……髪の色も違うし……)」

 

 バージルは青筋を浮かべ、アクアに兄と呼ぶのはやめろと言い聞かせるが、どうやらアクアに呼び方を変える気はないらしい。

 そんな中、茶髪の男はアクアの言葉を鵜呑みにしていたのか、似てない兄妹だと思いながら2人をまじまじと見つめている。

 

「(それに、銀髪のオールバックに青いコート……どこかで聞いたことがあるような……)」

 

 そしてバージルを見ている内に、茶髪の男は彼の容姿に聞き覚えがあることに気付いた。

 あれは、アクセルの街を歩いている時だった。アイテム屋で物色している冒険者達がその容姿を口にして盛り上がっていたのを見たが……どんな内容だったかは思い出せない。

 思い出せないということは、さして重要な話ではなかったのだろう。そう結論付け、男は次にアクアの後ろにいる人達について尋ねた。

 

「で、では……女神様の後ろに立っている人達は?」

「んっ? あぁ、後ろにいる3人は私のパーティーメンバーよ」

「パーティーメンバー……って、女神様ここで冒険なさっているんですか!?」

「そうだけど?」

 

 サラリとパーティーメンバーであり自分も冒険していると言われ、茶髪の男はまたもやビックリしながら聞き返すが、アクアはさも当然のように答える。

 よほど衝撃的な事実だったのか、アクアの言葉を聞いて茶髪の男は固まっている。それを見たアクアは、再度首を傾げながら男に問いかけた。

 

 

「ところで、貴方は誰?」

「ヴェイッ!?」

「知らなかったのかよ!?」

 

 男はまたまたビックリしすぎて変な声を出し、後ろにいたカズマも思わずアクアにツッコミを入れた。

 すると茶髪の男は、慌てながらも腰元に添えていた剣を取り出すとアクアに見せつつ、自分について思い出させようと自己紹介をした。

 

「ぼ、僕ですよ! ほらっ! 貴方にこの『魔剣グラム』を託されてこの世界に来た『()(つるぎ)(きょう)()』ですよ!?」

「(……魔剣?)」

 

 その時、『魔剣』という言葉を聞いたバージルが反応を示し、ミツルギに目を向ける。

 彼の脳内は先程まで早く帰りたい気持ちでいっぱいだったが、思いもよらぬ単語を耳にして、彼は魔剣グラム――そして魔剣を授かっていたミツルギに興味を持ち始めた。

 

「……あー……確かそんな人もいたようないなかったような……多分いたわね、うん」

「思い出してくれましたか!?」

「(いや思い出せてねーぞソイツ。多分って言ったし)」

 

 一方アクアは、魔剣を見せられてもミツルギのことを思い出せないのか、それとも記憶の片隅にも残されていなかったのか、アクアは困ったように頬をかきながら言葉を返す。

 だが、最後の言葉で思い出してくれたと勘違いしたのか、ミツルギは嬉しそうに笑って話を続けた。

 

「女神様、貴方の仰せのままに、僕は魔剣グラムを手に魔王討伐を目指しています。何度か危険な目に遭いましたが、この魔剣グラムと……そして、素晴らしい仲間達が助けてくれました。ほらっ、2人共挨拶を」

「私はクレメア! 職業は戦士よ! アンタがキョウヤの言ってた女神様って人? いくら女神様でも、キョウヤは渡さないからねっ!」

「わっ!? やめろよクレメア! よりにもよって女神様の前で!?」

「いいじゃん別にっ」

「むー……あっ! 私はフィオ! 職業は盗賊! 皆はなんて名前なの?」

 

 ミツルギは心臓に手を置き、アクアのために魔王討伐のため日々努力していることを報告すると、仲間の2人に紹介を促した。

 緑色のポニーテールの女性――クレメアは名乗ると、アクアに見せびらかすようにミツルギの腕に抱きつく。

 そんなクレメアを、赤髪の三つ編み少女――フィオは羨ましそうに見ながらも名乗り、アクアを含めた5人に名前を尋ねた。

 

「私はアクアよ。職業はアークプリースト。で、隣にいるのがお兄ちゃ――」

「バージルだ。職業はソードマスター」

「あっ、やっと喋れる感じですかね。スゥー……我が名はめぐみん! この街随一のアークウィザードであり――」

「カズマっす。佐藤和真。冒険者っす」

「私はダクネスだ。職業はクルセイダー。3人ともよろしく」

「カズマっ! 私の名乗りを邪魔するとはどういうつもりですか!? 爆裂魔法で爆裂四散したいんですか!?」

「お前の名乗りは一々長いんだよ。あと相手が引く」

 

 自己紹介を促されたカズマ達は、各々の名前と職業を口にする。

 5人の自己紹介を聞き終えると、ミツルギは何やら気になる素振りを見せ、カズマを見ながら口を開いた。

 

「ふむ……後ろにいるカズマ以外は全員上位職なのか……まさか君、女神様のご好意につけ込んで、上位職に囲まれながら楽に甘い蜜を吸っている害悪寄生冒険者じゃないだろうな?」

「(あっ、やっぱコイツやな奴だ)」

 

 カズマ以外の4人は全員上位職。その中に1人最弱職とも言うべき冒険者が混ざっている。

 傍から見れば違和感バリバリな組み合わせを不思議に思ったミツルギは、もしかしたらカズマが俗に言う『寄生冒険者』なのではないかと睨んでいた。

 ここで言う『寄生』とは、レベルの低い冒険者がレベルの高い冒険者のパーティーに入り、クエスト時は自分だけ隠れて何もせず、何の労力もなくレア素材や報酬を得ることを指す。仲間内でない限り、数多くの冒険者から嫌われる行為である。

 そんな行為をしているのではないかと、出会ったばかりの人にカズマは言われたのだ。ミツルギが自分と合わない人間だというのは、彼が美少女に抱きつかれたのを見た時どころか、初めて出会った時から感じていたが、改めてムカつく男だと感じ、カズマは思わずムッとする。

 確かにミツルギの言う通り、傍から見れば寄生に思えてしまうのも仕方ないだろう。しかし――。

 

「(楽な思い? 甘い蜜? そんな経験……一度もっ! したことがっ! ないんだがっ!)」

 

 その実態は、話を聞かず突っ走る穀潰し駄目神と、一度放てば動けなくなる爆裂魔法以外を覚えようとしない中二病と、自ら危険に突っ込む命中率ゼロなドMという、むしろ上位職が足を引っ張りまくっているもの(バージルは仲間ではないのでノーカウント)

 そんな苦労も知らず、恐らく転生特典で貰ったであろうチート武器こと魔剣グラムを使い、ラクーに冒険者生活を堪能してきた男に言われるのは、流石のカズマも黙ってはいられなかった。

 

「そんなクソみたいな行為やったことないんですけど。つーか、このパーティーじゃ俺がリーダーだし」

「何っ? 君が?」

 

 不機嫌になったカズマは、少々口調が荒くなりながらもミツルギに言葉を返し、自身がリーダーであることを主張する。

 それが信じられなかったミツルギは、本当なのかと尋ねるように、カズマの側にいためぐみんとダクネスに顔を向けた。

 

「はい、パーティーを結成してからずっと、指揮権はカズマが握っています」

「今回もカズマの素晴らしい案で、ブルータルアリゲーターが住む湖の浄化を終わらせてきたんだ」

「あの高難易度クエストを? 一体どうやって?」

 

 めぐみんとダクネスは共にカズマがリーダーであることを認め、ダクネスは先程カズマの妙案で高難易度クエストをクリアしてきたことを話した。

 高難易度だった湖の浄化クエストについてはミツルギも把握しており、ブルータルアリゲーターの脅威も知っていた彼は、一体どうやってクリアしたのかを尋ねる。

 すると横にいたアクアが、ボロボロの檻を指さしながら答えた。

 

「私が檻の中に入って、檻ごと湖に放り込んで、私の力で湖を浄化したのよ」

「……ハァアアアアアアアッ!?」

 

 それは、ミツルギが崇拝する女神をモンスター捕獲用の檻に入れ、あろうことかブルータルアリゲーターの住む湖にブチ込むという、あまりにも危険で無礼極まりないものだった。

 アクアの話を聞いたミツルギは酷く驚き、いてもたってもいられずカズマの胸ぐらを掴む。

 

「君っ! 女神様を檻に閉じ込めて湖に漬けるなんて、一体何を考えているんだ!? バカなのか!? 脳みそがクソになっているのか!?」

「ちょ、ちょっと! 結果上手くいったんだから別にいいのよ! 確かに襲われた時は怖かったけど、お兄ちゃんが助けてくれたし!」

「助けたわけではない。貴様がさっさと浄化しないからだ。そして兄と呼ぶな」

 

 ミツルギがグワングワンとカズマを揺らす中、カズマは鬱陶しそうに嫌な顔を見せる。それを見兼ねたアクアは、ミツルギを鎮めようとフォローを入れる。

 バージルがキッチリ訂正を入れていたが、ミツルギには怒りのあまり2人の声が届いていないのか、カズマを掴んだままアクアに顔を向けた。

 

「女神様! こんな残虐非道な作戦を平気でする男と一緒にいるのは危険です! 早く元の世界にお帰りください!」

「いや、帰りたくても帰れないんですけど。私、カズマに無理やり転生特典としてこの世界に連れてこられたんだから。帰るためには、魔王を倒さなきゃいけないの」

「……はっ?」

 

 こんな男と、そしてこんな世界にいさせるのは危険だ。そう思ったミツルギはアクアに元の世界へ帰るよう言ったが、アクアは帰ることができない理由――この男の手によって危険な世界に来させられ、魔王を倒さなければ帰れないことを話した。

 アクアがサラリと話した本日何度目かの衝撃の真実を知り、ミツルギは思わず言葉を失う。そして、ギギギッと音が聞こえてきそうな動きでカズマに顔を向ける。

 

「……き、君……」

「本当だよ。むしゃくしゃしてやった」

「このど畜生がぁああああああああああああああああっ!」

「や、やめてよ! 私としては結構楽しく暮らしているし、ここに連れてこられたことはもう気にしてないし!」

 

 吐き捨てるように答えたカズマを見て、ミツルギの怒りが頂点に達した。彼は大声を上げてまたもカズマをブンブン揺らし始める。

 アクアは別に気にしていないとフォローを入れるも、ミツルギの怒りは収まらない。彼は声を震わせながらも、再度アクアに尋ねた。

 

「……因みに、寝泊りはどこで?」

「カズマと二人で馬小屋に――」

「ゴルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「(あーもうコイツめんどくせー……)」

 

 トドメの一言を貰い、ミツルギの怒りが大噴火を起こした。大声で怒号を発し身体を揺さぶってくる彼を、カズマは心底鬱陶しく思う。

 しばらく揺すると、ミツルギはバッとカズマから離れ、カズマに憎しみMAXの目を向けながら口を開いた。

 

「ダメだ……君のような鬼畜外道に女神様を預けるわけにはいかない。 女神様、魔王討伐が目的ならば、こんな男から離れて僕と一緒に行きましょう。パーティーメンバーの方と義兄さんもどうです? 僕は彼のように冷酷無比なことはしないし、仲間を大切にします。僕と一緒に冒険へ行きましょう」

 

 カズマの側に自分の崇拝する女神様を置いていては、いずれあんなことやこんなことをされて汚される。

 そして いずれ後ろにいるパーティーメンバーもカズマから非道なプレイを受けてしまうだろう。そう危惧したミツルギは、アクアとめぐみんとダクネス、ついでにアクアの兄であるバージルにも自分のパーティーに勧誘した。

 ミツルギの提案を受けた、カズマを除く4人は――。

 

 

「……ねぇカズマ、この人思った以上に痛いんですけど。ぶっちゃけ行きたくないんですけど」

「撃っていいですか? 爆裂魔法撃っちゃっていいですか? いいですよね?」

「私でさえも攻めに回って殴りたくなるような男だ……」

「何を勘違いしているのか知らんが、俺はコイツ等のパーティーメンバーではない。そして兄でもない」

「と、いうわけで全員アナタのパーティーには入りたくないそーでーす」

 

 見事に全員否定派だった。

 アクアはあまり関わりたくないオーラを出し、めぐみんは爆裂魔法をぶっぱなしたい衝動に駆られ、ダクネスは軽蔑の眼差しで見ている。自己紹介した時とは酷い落差である。そしてバージルは通常運転。

 しかし、自分の都合の悪いことは聞こえない耳なのか、その報告を受けたミツルギはカズマを睨んで話を進める。

 

「そうか……ならばカズマ、君に1つ提案だ」

「(あー、この後の展開が手に取るようにわかる)」

「カズマ……僕と勝負しろ。僕が勝てば、女神様と後ろのめぐみんさん、ダクネスさんをこちらに貰う。いいな?」

「(ハイ予想通りー)」

 

 ミツルギはカズマに、とても自然な流れで決闘を申し込んだ。意地でも引き入れるつもりのミツルギを見て、アクア、めぐみん、ダクネスの3人は流されていないトイレを見るかのような目を見せる。

 サラリとバージルがハブられていたが、本人は気にも止めていない様子。そして、喧嘩を売られたカズマは――。

 

「そうかそうか、俺と勝負か……やってやるよ勝負開始じゃオラァッ!」

「うおうっ!?」

 

 カズマは数歩ミツルギに歩み寄ると、腰元に据えていた短剣でいきなり切りつけた。カズマの不意打ちをミツルギはなんとか避ける。

 

「き、君っ! 不意打ちなんて卑怯卑劣にも程があるぞ!? 冒険者として恥ずかしくないのか!?」

「うるせぇナルシスト! 所詮この世は勝利が全てなんだよ――スティイイイイイールッ!」

「ッ!?」

 

 カズマの短剣ラッシュをギリギリ避けながらも説教をするミツルギだが、そんなこと知るかと言わんばかりにカズマは反論する。

 そして、ミツルギが短剣を後ろに避けて距離を離した瞬間、カズマはミツルギに向けて盗賊スキル『スティール』を放った。

 スティール発動時の光を見て、ミツルギは思わず目を瞑る。そして光が収まった時、カズマの手に握られていたのは――。

 

 

「……おぉ、やっぱ俺って持ってるぅー」

「……なっ!?」

 

 あろうことか、ミツルギが腰元に据えていた魔剣グラムだった。

 盗賊スキル『スティール』は、発動した対象の所有物を1つ強制的に奪うことのできるスキル。盗賊には欠かせないスキルの1つである。

 しかし、奪える物は自分で選ぶことはできない。スキルレベルが上がれば自分の狙った物を奪える成功率は上がるが、それでも100%にはならない。相手が所有物を多く所持していれば、成功率はガクッと下がる。

 そんな時、スティールの成功を左右させるのは――冒険者には不要と言われていた、運ステータスである。

 運の数値が高ければ高いほど、相手のレベルがあまりにも高くなければ、たとえスキルレベルが1だろうと狙った物を奪える成功率は高まる。その逆も然り。

 そしてカズマの運ステータスは、バージルとアクアの運ステータスを足して倍にしても届かないほどメチャ高い。だからこそ、カズマはこの場面でミツルギから魔剣を奪うことに成功したのだ。

 

「か、返せ! それは僕の剣だ! 頼む! 返してくれ!」

 

 ミツルギは魔剣を奪われた途端、急に弱腰になりながらカズマに魔剣を返すようせがむ。

 しかし、カズマにその気は一切ない。これで自分もチート武器を使って、順風満帆な冒険者生活に駆り出せる……そう考えていた時、不意に後ろからめぐみんが話しかけてきた。

 

「カズマ……それ、本当に魔剣なのですか?」

「んっ? コイツが散々魔剣魔剣って言ってたし、そうなんじゃないか?」

「しかし、その剣からは何の魔力も感じられませんよ?」

「えっ?」

 

 『魔』と名前がついているぐらいなら、この剣自体に魔力が宿っていてもおかしくはない。というか魔剣はそういう物の筈だ。

 しかし、今カズマが手にしている魔剣グラムからは、一欠片も魔力を感じられない。それをめぐみんは疑問に思っていた。

 めぐみんにそう言われたカズマは、まじまじと魔剣グラムを見つめるが、魔力も少ないカズマが魔力を感じられる筈もない。

 さっぱりわからないと首を傾げるカズマ。すると前にいたミツルギが、情けない声を出しながら魔剣グラムについて話した。

 

「それは僕にしか使えないようになっているんだ! 僕以外の人が持っても、魔剣グラムに宿る力は扱えない!」

「えーっ……マジでー?」

「そうだ! 君が持っていても意味はない! だからお願いします! その剣を僕に返してください! 何でもしますから!」

「んー……」

 

 魔剣グラムがチート武器になりえないことを知り、カズマは落胆する。その反応を見たミツルギは、最後には敬語を使って頭を下げ、返してもらうよう頼み込んできた。

 チート能力が使えないのであれば、これはそこらにある剣と何ら変わりはないだろう。精々、序盤でもらえる無属性で切れ味のいい武器にしかならない。

 だが、ミツルギが今何でもするって言ったので、これをいいことに高値の武器やアイテムを買ってもらい、色々と毟ってやるのもいいかもしれないと、独りゲスな思考をカズマは張り巡らせる。

 

 ――と、その時だった。

 

「……? バージルさん?」

 

 ミツルギが弱腰になってからずっと静かにしていたバージルが、突然カズマの前に出た。彼はカズマとミツルギの間に入るように、ミツルギの前に立つ。

 自分の前に出てきたバージルを、ミツルギは見上げる形で目にする。しばし無言のまま2人が見つめ合っていると――。

 

 

 ――バージルは、ミツルギの鳩尾に強烈なパンチを入れた。

 

「ガフッ……!?」

 

 いきなり前に出ては1発キツイのをおみまいしてきたバージルに、ミツルギの後ろにいたクレメアとフィオどころか、カズマ達も思わずビクッと驚く。

 そして、バージルのパンチを鎧越しでありながらもモロに食らったミツルギは、バージルが手を離した瞬間――その場にうつ伏せで倒れた。

 

「キョッ……キョウヤ!?」

「キョウヤ! しっかりして!」

 

 クレメアとフィオは気絶したミツルギにすかさず駆け寄り、彼の身体を揺らすが、ミツルギは依然気絶したまま。ノーガードだったとはいえ、鎧越しにパンチを食らわせて気絶させるなど、怪力もいいとこである。

 ……もっとも、バージルが本気でパンチを繰り出せば、身体にポン・デ・リングもビックリなポッカリとした穴が空くので、これでもかなーり手加減したほうであるが。

 気絶したミツルギを見たバージルは、そのまま何も言わず立ち去ろうとする。しかし、大好きなミツルギに暴力を加えたバージルに文句を言いたかったクレメアは、キッとバージルを睨んだ。

 

「ちょっとアンタ! いきなり何してんのよ!? 怪我でもしたらどう責任取るつもり――!」

 

 ――が、彼女はそこで言葉を止めた。

 

 

「……」

「「ヒッ……!?」」

 

 バージルが――人を見ているとは思えないほど冷たく、かつ酷く怒りのこもった目で睨んだから。

 彼の目を見て、クレメアとフィオは小さく悲鳴を上げる。彼女達だけではない。その後ろにいたカズマ達でさえも、バージルの目を見て恐怖を覚えていた。

 怯え切った2人を見たバージルは、何も言わず目線を前へ向け、再び歩き出す。しばらくして、クレメアとフィオはミツルギを抱えると、逃げるようにこの場から去っていった。

 

「……お、おい……お前がしつこくお兄ちゃん言うから、バージルさんキレちまったんじゃ……」

「えっ!? 私のせい!? で、でもでも! ここに来るまでお兄ちゃん全然怒らなかったじゃん! 私悪くないもん!」

「確かに、アクアの呼び方が嫌なら、もっと早くキレてもいい筈……私には、あのミツ……ミツ……なんとかさんが出てから怒ったように見えましたが……」

「私もあの男には少々怒りを覚えはしたが……あそこまでではなかったな……正直、あの目では見て欲しくないな……」

 

 取り残されたカズマ達は、バージルが歩いて行った方向を見たまま、動こうとしなかった。

 

*********************************

 

 それから時間は経ち――翌日の朝。アクセルの街に住む冒険者達が集まるギルドにて。

 

「なんでよぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

「やめてください! そんなに揺らしたら……溢れちゃっ……!」

 

 朝から甲高い声で悲痛の叫びをあげ、ギルドの受付嬢ルナの胸ぐらを掴んで揺らしているのは、昨日檻にしまわれて浄化クエストをやり遂げた水の女神、アクア。

 目に涙を浮かべているのを見る限り、また何か自分の不利益になるようなトラブルが起こったらしい。

 アクアにガンガン揺らされて、ルナの豊満なアレは今にもこぼれそうになっており、酒場にいる男冒険者達はその瞬間を拝もうと視線を向け、前かがみになっている。

 そんな中、アクアの声を聞いてため息の漏れる声が出た席が1つ。アクアをパーティーメンバーであるカズマ、めぐみん、ダクネスが座っているカウンター席である。

 

「今の声、アクアだったな」

「まーたか。アイツは騒ぎを起こさないと気が済まないのか?」

「そう言いながら受付嬢の胸をガッツリ見ないでください。変態です」

「みみみ見てねーし!? いつまでも叫んでるアクアを見てるだけだし!?」

「大体、あんな肉の塊のどこがいいというのですか。重くて邪魔だし服のサイズも合わなくなるし歳を取ったら垂れる運命にしかならないし――」

「ムッ、アクアがこっちに戻ってきたぞ」

 

 アクアを見るついでに受付嬢の決定的瞬間を見ようとジーッと見ていたカズマに、朝食を取っていためぐみんは軽蔑の眼差しを向け、独りブツブツと巨乳に対する不満を呟き始める。

 すると、アクアはルナから手を放したかと思いきや、トボトボと重い足取りでカズマ達のところに戻ってきた。

 彼女はカウンター席に座るとしばらく目をウルウルさせ――机に顔を伏せてエンエンと泣き始めた。

 

「どうしたのだアクア?」

「湖浄化の報酬30万……檻の修理費を差し引かれて10万エリスだって……私が壊したんじゃないのにぃいいいいいっ!」

「あの檻そんなに高かったのか……」

「うぅ……この行き場のない怒りと悲しみ……どこにぶつければ……」

 

 湖浄化クエストの報酬が半分以下になってしまったことをアクアは嘆き、カズマは檻が思っていた以上に高価なものだと知って驚く。

 かなり硬い鉱石をもとに作られているため、普通はあんなに破損することはないのだが……カズマ達は正しい用法を守らなかったため、そのツケが回ってきたのだ。

 顔を上げたアクアは、20万エリスを失ってしまった悲しみと怒りを込め拳を握りしめる――と、その時だった。

 

「――っ! いた! 探したぞ佐藤和真!」

「んっ? あっ、昨日の痛いやつ――」

「っしゃあ丁度いいサンドバック発見! ゴッドブロォオオオオオオオオオオッ!」

「はぁあああああああんっ!?」

「「キョウヤー!?」」

 

 突然、背後からカズマに声をかける者が現れたが、カズマは振り返ってその男を見た途端、アクアがすかさず立ち上がって彼の顔めがけて女神の怒りと悲しみを乗せた『ゴッドブロー』を食らわせた。

 情けない悲鳴をあげながらぶっ飛ばされたのは、昨日カズマに魔剣グラムを貢いたミツルギ。ちゃっかり一緒にいたミツルギの取り巻きであるクレメアとフィオが驚く中、彼女の渾身のパンチを食らったミツルギはその場に仰向けで倒れる。

 

「ちょっとアンタ! 私のこと崇拝してるっていうんなら、今すぐ私に30万エリス払いなさい! 30万よ30万! それ以下は認めないわ!」

「ハ、ハイ……すみません……」

「(ちゃっかり増やしてる……)」

 

 そしてミツルギの胸ぐらを掴み、アクアはミツルギにちゃっかり檻の修理費20万にプラス10万した金額を請求する。その姿はまるでカツアゲをするいじめっ子のよう。

 対するミツルギは相手がアクアだからか、すんなり懐から30万エリスをポンとアクアに渡した。魔剣グラムというチートで散々楽してきたからなのか、お金は持っていたようである。

 

「フンフン……OK、キッチリ30万頂いたわ! すみませーん! シュワシュワとカエルの唐揚げ山盛り、おっねがいしまーすっ!」

 

 ミツルギから30万エリスを巻き上げたアクアは、檻の修理費の帳消しどころか更にプラスされたお金を貰い、先程とは打って変わって上機嫌になった。

 ニッコニコでカウンター席に座り注文するアクアの横で、自分に用があると言って突っかかってきたミツルギに、カズマは席を降りて近付いて話しかけた。

 

「おーい、俺のこと探してたって言ってたよな? 何か用か?」

「いつつ……ハッ! 佐藤和真!」

 

 カズマに声を掛けられたミツルギは、カズマの顔を見て我に返ると、すぐさま立ち上がってカズマと向かい合う。

 そしてミツルギは、昨日と同じようにバッと頭を下げてカズマに用件を話した。

 

「頼む! 昨日君が奪った魔剣を返してはくれないか!? その代わり、店で1番良い剣を買って――」

「まずこの男が既に魔剣を持っていない件について」

「……へっ?」

 

 しかしそこへ、横から女性の声が聞こえた。何かと思いミツルギが横を向くと、いつの間にかミツルギの横にトンガリ帽子の魔法使い、めぐみんがいた。

 彼女はそう言ってカズマを指差す。めぐみんの言う通り、カズマが装備している物には、昨日ミツルギから奪った魔剣グラムの姿は影も形もない。

 

 ――最悪のビジョンが見えたミツルギは、恐る恐るカズマに尋ねた。

 

「さ、佐藤和真……ぼ、僕の魔剣グラムは……?」

「んっ? あぁ、あの魔剣?」

 

 ミツルギに尋ねられたカズマは懐に手を入れて、そこから取り出した物を見せ――平然とした表情で答えた。

 

 

「売った」

「ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「「キョ、キョウヤー!?」」

 

 ふくよかになったカズマの財布を見せられたミツルギは、涙を流しながらその場を全速力で走り去っていった。取り巻きの2人も慌ててミツルギを追いかける。

 泣きながらギルドを出て行くミツルギとその取り巻きを見て、周りの冒険者達は困惑の色を見せる。

 終始情けない姿を見せる羽目になった彼だったが、それでもアクセルの街ではかなりの有名人で、魔剣グラムの力のおかげもあるが、その人の良さから多くの冒険者達から好かれていた。主に女性から。

 そんなミツルギが泣いてどこかへ行く姿は珍しいもので、酒場にいた冒険者達は何があったのかとミツルギを心配していた。

 

 

「……チッ……」

 

 そしてその様子を、酒場の2階席から見下ろしていた男――バージルは、独り舌打ちをした。

 

 

*********************************

 

 ――それから更に時間は過ぎ――夜。アクセルの街、人気のない通路にて。

 

「グスッ……もうだめだ……戦えない……冒険者失格だ……」

 

 人っ子1人通らない通路の脇にヘタリと体育座りで座り込み、子供のように泣いている冒険者――ミツルギ。

 彼の傍にはパーティーメンバーであるクレメア、フィオがおり、必死にミツルギを泣き止まそうと励ましている。

 

「そんなことないって! 剣ならまた買えばいいじゃない! 幸いまだお金はあるわけだし、私達と一緒に良い武器を探しましょ!」

「そうよ! キョウヤなら魔剣グラムがなくったって大丈夫! 私達も頑張ってサポートするから! ねっ!?」

「ダメなんだ……魔剣グラムじゃなきゃ駄目なんだよぉ……」

 

 しかし、カズマに魔剣を奪われたどころか売りさばかれたダメージはかなり深刻なものだったらしく、一向にミツルギは回復する兆しを見せない。

 ひとまず今日は、2人でミツルギを抱えて寝床まで帰るしかない。そう考えた2人はミツルギを立たせようと屈み込む――その時だった。

 

「――ミツルギキョウヤ」

「……へっ?」

 

 不意に、ミツルギを呼ぶ男の声が三人の耳に入った。カズマの声ではない。

 誰だろうと思った3人は、共に声が聞こえた方向を見る。通路の先にある暗闇から現れたのは――。

 

 ――銀髪のオールバックに青いコートを着た、左手には天色の刀を、右手にはそこらの武器屋で売ってあるような剣を、そして浅葱色の大剣を背負っている男――バージル。

 

「「ヒッ……!?」」

「ッ! あ、貴方は……女神様の義兄さん……」

「兄ではない。何度も間違えるな」

 

 彼の姿を見た瞬間、ミツルギには思い出したくもない強烈な痛みが、クレメアとフィオには彼の冷たい目が脳裏に浮かび、3人は怯え始める。しかし、バージルは構わず話を続けた。

 

「……少し顔を貸せ」

「へっ!? えっ、いや……」

「いいからついてこい」

「「「は、はいぃっ!」」」

 

 バージルは3人にそれだけ言うと、クルリと背中を向けて来た道を戻ろうとする。

 3人は戸惑ったが、少し声を低くしてつべこべ言わずついてこいとバージルに脅され、3人はすぐさま立ち上がった。

 一体どこに連れて行かれるのか。下手したら死ぬんじゃないか。3人は酷く怯えながらも、バージルの後を静かについていった。

 

 

*********************************

 

 為すがままについていくと、バージルはそのまま街から出て、星が点々と輝く星空が上空に広がる夜の平原に出た。

 アクセルの街周辺は安全かつ、夜にクエストへ出る冒険者も少ないからか、ミツルギ達がいる場所には人どころかモンスターさえいない。

 ゆるやかな夜風が4人に吹く中、ミツルギに肩を貸していたフィオが恐る恐る声を上げた。

 

「あの……私達に何か用でしょうか……?」

「……魔剣グラム、売りに出されたそうだな」

「は、はい、奪っていったあの男が……」

 

 魔剣グラムが売られたことを確認してきたバージルに、フィオは正直に答える。

 その横で、魔剣グラムという言葉を聞いたミツルギは、魔剣を奪われた挙句売られたショックを思い出したのか、独り顔を俯かせる。

 

 ――すると、バージルの口から信じられない言葉が飛び出してきた。

 

 

「その魔剣――俺が取り戻しに行ってやってもいい」

「……えっ?」

 

 彼の言葉を聞き、ミツルギはバッと顔を上げる。横にいた2人も驚いていた。

 

「ほ……本当ですか!?」

「ああいった高値が付きそうな『お宝』に詳しい奴を1人知っている。そのツテを使えば、魔剣の在り処もわかるだろう」

 

 思わず聞き返すと、バージルは魔剣を取り戻す方法がちゃんとあることも話してくれた。

 思いもよらない転機を前に、ミツルギは思わず笑顔を見せる。一度手放してしまったあの魔剣が、再びこの手に取れる。再び魔王討伐に向けて歩き出し、女神様のために戦えることを喜んでいた。

 

 しかし――タダで手に入るような、うまい話ではないらしい。

 

「だがそれは――貴様等と俺、3対1で戦い、貴様等が勝てばの話だ」

「「「ッ……!」」」

 

 バージルはクルリと後ろを振り返るとミツルギと向き合い、右手に持っていた剣をミツルギの前に放り落とし、そう告げた。

 彼の冷たい眼差しを見て、クレメアとフィオは再び怯え、ミツルギも思わず気圧されてしまう。

 しかし――この戦いに勝てば、魔剣グラムが返ってくる。戦う理由はそれだけで十分だし、自分に勇気をもたらしてくれた。

 

「いいですよ。その勝負――受けて立ちましょう!」

 

 魔剣が戻ってくると知ってすっかり元気になったのか、ミツルギはニッと笑うと、バージルが渡してくれた剣を拾い、鞘を抜いてバージルに剣先を向けた。

 魔剣グラムと同じぐらいの大きさを持つ両刃剣。魔剣グラムのような力は出せないが、剣を振るう面では問題ないだろう。

 それに、相手は自分と同じソードマスターだが、容姿に聞き覚えはあるものの、アクセルの街で自己紹介されるまで知らなった無名の冒険者。にしてはやたら風格があるように見えるが……。

 それでも、様々な場所で冒険をし、数多の強力なモンスターを倒してきたこちらの方が場数を踏んでいる筈。剣の扱いも、こっちが先を行けるだろう。

 一度、彼には鳩尾を殴られて1発KOさせられたが、あれは油断していた上にノーガードだったからだ。それでも鎧越しに相手を気絶させられる力は厄介なものだが、それにさえ気をつけていれば問題ない。

 加えて3対1。本当は1対1でもいいのだが、これは魔剣グラムを取り戻すための戦い。つまり、今後の冒険者生活を左右するターニングポイントだ。ここは相手の言葉に甘え、遠慮なく3人で行くのがベスト。

 

「うぅ……正直怖い……けど! キョウヤとならたとえ火の中水の中草の中森の中! どこまでも一緒についていくよ!」

「私達3人なら大丈夫! 一緒に魔剣を取り戻そう!」

「あぁ! 僕達の力を見せてやろう!」

 

 勝負を受ける意志を見せたミツルギを見て、横にいたクレメアとフィオも意を決し、各々の武器を構える。

 魔剣を奪われた時のテンションとは打って変わって、ミツルギは自信に満ち溢れた顔で剣を強く握る。

 今にもミツルギ、クレメア、フィオの魔剣奪還戦が始まろうとしていた時、前で武器を構えていたミツルギを見て――。

 

 

「(実に……醜い……)」

 

 まるで怒りを抑えられないかのように、バージルは眉間に皺を寄せていた。




相手はミツルギであるにも関わらずシリアスします。すみません。


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第15話「The power of the human ~人間の力~」

相手がミツルギであるにも関わらずシリアスになるDMCマジック。シリアスアレルギーの方は今すぐブラウザバックしましょう。



 ――御剣(みつるぎ)響夜(きょうや)

 

 彼は『日本』と呼ばれる国に住む、どこにでもいる普通の高校生だった。

 昔から、困っている人は放っておけない性格で、たとえ自分が犠牲になろうとも相手を助けるために動く、正義感に満ち溢れた少年。

 高校生になってもそれは変わらず、不良に絡まれている同級生の女子や、トラウマを抱えていた女子、自分と対立する女子……数えたらキリがない。とにかく彼は真正面から立ち向かい、多くの人々を救ってきた。

 加えて(本人は自覚していないどころか酷い部類だと思い込んでいるが)学校でも1、2を争うイケメンで、女子からの人気は凄まじく、彼が救ってきた女子達はもれなく彼に惚れ、彼の隣に立ちたいと願い、日々猛アタックしてきた。

 

 しかし彼は、ハーレムになろうとも彼女達の気持ちに一切気付かない、超鈍感であった。一緒に風呂に入ってきたり夜這いされたりなどの猛アピールも、友達のスキンシップとしか見ていないほど。

 それ故か、逆に男からの人気は低かった。毎日のように、彼に嫉妬した男達が襲いかかるが、彼は(特に鍛えてはいないが)喧嘩が強く、またハーレムの中に喧嘩が鬼のように強い不良系女子がいたこともあり、男達はいとも簡単に撃退された。

 

 正義感が強く仲間思いなイケメンで、美少女達から囲まれるが彼女達の気持ちに気付かない鈍感で、モブとも呼ぶべき男達から喧嘩を売られる。

 御剣響夜はラブコメ作品から飛び出してきたかのような、『主人公』と呼ぶべき存在だった。

 

 そんな、ラブコメ主人公ライフを無意識に過ごしていたミツルギだったが――高校2年生の春、彼は若くしてこの世を去った。

 通学途中、彼はトラックに轢かれそうになっていた女子を助ける代わりに、自身がトラックに撥ねられてしまった。

 周りが悲鳴を上げる中、彼は意識を手放し、世界が暗転する。

 

 ――次に彼が目を覚ましたのは、見知らぬ空間だった。

 自分は木造の椅子に座っており、目の前には――見る者全てを魅了するような、水色の羽衣を纏った清楚で可憐な女性が座っていた。

 彼女は、日本で若くして亡くなった魂を導く女神だと名乗り、ミツルギは死んでしまったことを告げられた。

 重くのしかかる『死』という言葉。二度と学校の友達や家族に会えないことを知り、途方もない悲しみに打ちひしがれるミツルギ。しかし女神曰く、ミツルギが最後に助けた女性は無事だったようで、自分の死が無駄ではなかったことに彼は安堵を覚える。

 そんな彼に――女神は3つの選択肢を与えた。

 

 天国――何もない場所でのんびり老人のようなゆったりとした時間を過ごすか。

 転生――記憶も身体もリセットし、元の世界で生まれ変わるか。

 

 異世界転生――自分がいた世界とは異なる世界に行き、魔王を倒す冒険者となるか。

 

 女神が異世界と呼ぶ場所では、魔王軍の侵略によって日に日に人間が減り続けており、加えてその世界で死んだ魂のほとんどが「あんな過酷な世界にいたくはない。あんな酷い死に方は二度とゴメンだ」と生まれ変わりを望まず、人口減少に拍車をかけている。

 それを危惧した天界は特例として――記憶も身体も引き継いだ、異世界からの転生を許可した。

 

 しかし、それでも魔王を倒す者は未だ現れず。このままでは世界が魔王によって支配されてしまうと、女神は泣きながら話した。

 死した者に訪れる大きな転機。多くの者は思考に時間をかけるが――ミツルギの決断は早かった。異世界に行き、魔王を倒す冒険者になることを決めた。

 全ては、魔王に怯える人々を守るため――そして、女神の涙を止めるため。

 その後ケロッと女神が泣き止んだことにはビックリしたが、彼女は喜んでくれたのでミツルギは気にしなかった。

 

 すると女神から、転生特典として何でも好きな物を1つ持って行ってもいいと告げられた。伝説の剣だろうが盾だろうが、特殊能力だろうが何だろうが。

 それを聞いたミツルギは、1つの物を思い浮かべた。漫画やアニメによく出てくるような、自分だけの武器――自分にしか扱えない、強力な力を秘めた剣。

 そして、彼は手にした。幾万の敵を一振で殲滅し、強大なボスでさえ一刀両断できるほどの力を持った神器――『魔剣グラム』を。

 魔剣を手に、彼は心の中で女神に誓う――必ずや魔王をこの手で倒し、世界を救ってみせると。

 

 ――そして彼は異世界へと旅立ち、ミツルギの異世界生活が始まった。

 魔剣グラムの力により、レベルが低いにも関わらず強力なモンスターを次々と薙ぎ倒し、あっという間にレベルを上げていくミツルギ。そんな大型ルーキーに、注目が集まらない筈がなかった。

 持ち前の人の良さもあってか、冒険者達からはすぐに受け入れられ、特に女性からは何故か人気を得始めた。

 1ヶ月も経った頃には――彼は新米冒険者から、アクセルの街の切り札とまで呼ばれるようになっていた。

 

 そして、仲間もできた。本当に強い奴かどうか確かめると言われて勝負を持ちかけられ、勝負に勝つと仲間になり、優しく接している内に何故か過剰にスキンシップを求めるようになってきた緑髪ポニーテールの戦士――クレメア。

 盗みを働いていた子を捕まえて説教してやると、動けない両親を楽させるために盗んでいたと重い事情を話し、彼女を助けるために自ら動き問題を解決すると、仲間になるどころかクレメアと同じくスキンシップを取るようになった赤髪三つ編みの盗賊――フィオ。

 2人とも、自分が異世界から女神によって転生させられた身だという突拍子もない話を聞いても、自分を信じてついてきてくれた。

 更に――驚くべきことに、アクセルの街にて、あの女神と再び会うことができた。

 魔剣グラム、クレメアとフィオ、アクセルの街の人々――そして女神。

 大切な仲間と、大切な人と共に、これからも順風満帆な冒険者生活を送るものかと思われた矢先――。

 

 ――彼は、とある鬼畜王の所業により、魔剣を手放してしまった。

 奪われるどころか売りさばかれてしまい、手の届かないところまで行ってしまった魔剣グラム。そのショックは非常に大きく、彼の冒険者生活を破綻させるには十分過ぎた。

 もう二度と、魔王を倒すための旅に出ることはできない。そう落ち込んでいた時――思いもよらぬ形でチャンスが訪れる。

 

 女神と再会した時、一緒にいた女神の兄――バージルと名乗る冒険者から、勝てば魔剣グラムを返してくれるという、3対1の勝負を挑まれた。

 武器はバージルから渡された両刃剣しかないが、こちらは3人。何より、再び魔剣を手にするためには戦うしかない。ミツルギはこれをすぐさま引き受け、剣を取った。

 相手がモンスターならまだしも、3人に囲まれるのは刀と大剣を持った――人間。傍から見れば、3人側が非常に有利なものに見えるだろう。決着も早々に着くだろうと。

 

 

 ――しかし、現実はまるで違っていた。

 

 

 *********************************

 

「ハァ、ハァ……くそっ!」

 

 ミツルギは肩で息をし、剣を握る力を強めて前方を睨む。両隣にいるクレメアとフィオも同じく疲れが見えており、悔しそうな顔で前を見ている。

 彼らの視線の先にいるのは――ミツルギ達とは対照的に、涼しい顔で静かにミツルギ達を睨んでいる、左手に刀を持ち、背中に大剣を背負って棒立ちしている男――バージル。

 3人は幾度となく攻撃を仕掛けた。1人だけの突撃だけじゃない。2人、3人同時に仕掛けた。しかしこの男は、3人の攻撃をものともせず刀1本で防ぎ、避け、蹴り飛ばしていた。

 

 ――勝負を始めてから今まで、一切その場から動かずに。

 

「(ようやく思い出した……銀髪に青コート……蒼白のソードマスターか……!)」

 

 ミツルギは、アクセルの街で冒険者達が盛り上がって話していた内容をようやく思い出し、無名の冒険者だと思っていた数分前の自分を殴りたい衝動に駆られる。

 彼は、駆け出し冒険者なんかではない。ステータス診断で高ステータスを叩き出し、デビューして間もなく特別指定モンスターを狩った超大型新人――蒼白のソードマスターだった。

 

Hum(フン)……disappointing(つまらんな)……」

「んのっ――舐めるなぁああああっ!」

「クレメア!」

 

 退屈そうにため息を吐くバージル。それを見て怒りを覚えたクレメアは、叫びながらバージルに向かって走り出す。1人では危険だと判断したミツルギも、後を追うように走り出した。

 走りながら、クレメアはスキル『身体強化』を使い、自身の俊敏性を高める。一気に加速し、その勢いで装備していた片手剣をぶつけるが、バージルはこれを難なく刀で受け止める。

 続けてクレメアは連撃を仕掛けるも、バージルは刀で弾きつつ、彼女の剣をかわし続ける。後から来たミツルギも斬りかかって2対1に持ち込むが、それでもバージルに傷を与えることができない。

 

「――フッ!」

「ぐあっ!」

 

 しばらく2人の攻撃を受けていたバージルは、ミツルギを後ろへ押し出すように剣を弾き、彼と距離を取る。

 強い力で押され、ミツルギが体勢を崩している内に、バージルは横から仕掛けてきたクレメアの攻撃を刀で受け止め、彼女を蹴り飛ばした。

 クレメアがバージルの右横方向に飛ばされ、草原の上を転がる。蹴り飛ばしたクレメアから目を外すと、バージルはミツルギに視線を向ける。

 蹴り飛ばされたクレメアを心配しながらも、ミツルギは負けじとバージルを睨み返す。

 

 ――バージルの背後に忍び寄るフィオを、決して見ないようにしながら。

 クレメアの猛攻撃とミツルギによる攻撃で、バージルが2人に注意を向けている間、フィオは盗賊スキル『潜伏』で気配を消し、バージルの目を盗んで彼の背後に回っていた。

 2人が注意を引き付け、フィオが背後に回る。彼らのコンビネーション攻撃の1つだ。

 まだ、バージルがフィオに気付く素振りは見せていない。フィオは息を殺し、腰元に据えていた短剣を逆手に持つ。

 そして、決して声は出さずにバージルの背中めがけて斬りかかった。

 

 

 ――が、バージルは振り返ることなく、咄嗟に背中へ刀をまわしてフィオの攻撃を防いだ。

 

「なっ!?」

「気付かないとでも思ったか?」

 

 まさか防がれるとは思っていなかったのか、斬りかかったフィオ、そして仲間のミツルギとクレメアは思わず声を出して驚く。

 バージルは彼女の攻撃を簡単に止めると、彼女の腹部に蹴りを入れ、後方に蹴り飛ばした。先程のクレメアと同じく草原の上を転がったフィオは、苦しそうに咳き込む。

 倒れたフィオから目を離したバージルは、再びミツルギを睨む。ミツルギはさっきと打って変わり、彼の睨みを見て思わず尻餅をつきそうになっていた。

 こちらには、まだコンビネーション攻撃のバリエーションがある。しかしバージルは恐らく――まだ一度も全力を出していない。

 バージルは、最初に立っていた場所から1歩も動いていないし、背負っている大剣は一切抜いていない。刀もこちらの攻撃を防ぐ時にしか使っておらず、蹴りでしかダメージを入れていない。

 しかし、その蹴りのダメージも侮れない。何度か蹴られたことでダメージは積み重なっており、このままではこちらが体力を消耗し、負けてしまう。

 どうにか打開策はないかと、ミツルギは必死に頭を回す。もう1回仕掛けるか、自分の影にクレメアを潜ませ近付き、ギリギリでクレメアを飛び出させるか、フィオのスティールで刀を奪ったところを狙うか。

 様々なパターンを思い浮かべる……が、どれもバージルに止められるような気がして他ならない。何をしても無駄ではないかと。

 それほどまでに――この男は強かった。

 

「どうした? もう終わりか?」

 

 ミツルギを睨んだまま、バージルは挑発する。何とか形成を逆転させたいところだが、その方法が思いつかない。

 クレメアとフィオが痛みに苦しむ表情を見せる中――バージルを相手に何もできずにいる自分の無力さを痛感し、ミツルギは思わずポツリと呟いた。

 

 

「……魔剣グラムさえあれば……」

 

 

 

 

 ――その瞬間、ミツルギは自身の腹部に違和感を覚えた。

 バージルの後方にいるフィオ、右方向にいるクレメアは目を見開いてこちらを見ている。

 何故あんなにも驚いているのか。不思議に思ったミツルギは、ゆっくりと違和感を覚えている腹部に目を落とす。

 

 

 ――ミツルギの腹には、バージルが持っていた刀が深く突き刺さっていた。

 

「ッ――!?」

 

 そこで初めて自分が刺されていることに気付き、激しい痛みが襲いかかる。

 刀はかなり頑丈な筈の鎧を突き破り、ミツルギの身体を抜け、彼の背中から剣先が飛び出している。

 刺されている部分が血で生暖かくなるのを感じていたミツルギは、痛みに耐えながらも顔を上げる。

 目の前にいる、ミツルギに刀を突き刺した張本人――バージルは、見る者の心を凍らせるような、冷たい目でミツルギを見ていた。

 

「愚かだな、ミツルギ」

「グハッ……!?」

「――愚かだ」

 

 バージルは、ミツルギの身体に刺していた刀をさらに深く突き刺す。ミツルギは口から血を吐き、腹部から溢れる血と共に下の草原を赤く染める。

 

「力こそが全てを制する。力なくては何も守れはしない」

 

 更に激しい痛みが全身を駆け巡るミツルギに、バージルは淡々と言葉をかける。

 彼の言葉を聞き、腹を刺されている筈なのに、ミツルギはまるで心臓を刺されたかのような感覚に陥った。

 そしてバージルは、目を見開き固まっているミツルギの肩に手を置くと――。

 

「――自分の身さえもな」

 

 ――その手でミツルギを突き飛ばすと同時に、彼の身体から刀を引き抜いた。

 ミツルギは、力なくその場に仰向けで倒れる。辛うじてまだ意識はあるのか、痛みを感じる腹部に手を当てながら――まるで興味がなくなった物を見るかのような目で、自分を見下ろしているバージルを見た。

 

「キョ……キョウヤァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「そ……そんな……」

 

 草原に倒れ血を流すミツルギを見て、クレメアは悲鳴を上げる。フィオも信じられない、信じたくない光景を目の当たりにし、身体を震わせていた。

 ミツルギの血で赤く染まったバージルの刀。剣先から血が滴り落ちる中、バージルはミツルギを見下ろしたまま口を開く。

 

「貴様はそのまま、仲間とやらを守れず殺されるのを見て、自身の無力さを悔み、嘆きながら死ぬがいい。愚か者にはふさわしい末路だ」

「……ッ!」

 

 彼の言葉を聞いて、ミツルギは思わず閉じかけていた目を見開く。

 バージルは確かに言った――今ここで、自分の目の前で――仲間を殺す、と。

 

「よくも……よくもキョウヤをぉおおおおおおおおおおおっ!」

「っ……やめろ……クレメア……!」

 

 ミツルギが刺されたのを見て、怒りのあまり我を忘れたクレメアが、バージルに向かって走り出す。ミツルギは掠れた声で呼び止めるが、彼女にその言葉は届かない。

 クレメアは再び自身の速度を上げ、素早くバージルに斬りかかるが、先程のソレとは違い、今度は策もなく無闇に突っ込んだもの。そんな攻撃が、バージルに通用する筈もなかった。

 バージルはヒラリと横にかわすと、クレメアの腹部に膝蹴りを入れる。うめき声を上げ、動きを止められたクレメアに、今度は肘打ちで地面に叩きつける。

 草原の上にうつ伏せで倒れるクレメア。その横に立っていたバージルは、未だ血に濡れた刀の剣先を下に向け――。

 

「ッ――!? ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 ――ミツルギの目の前で、クレメアの右足にブスリと突き刺した。稲妻が走るかのような激痛が走り、クレメアはたまらず悲鳴を上げる。

 しかし、バージルはそれを聞いても何とも思っていないのか、無表情のまま右足から刀を抜くと、今度は左足に刀を突き刺した。

 

「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

「クレ……メア……ッ!」

 

 またも響き渡るクレメアの悲痛な叫び声。それをミツルギは、刺された痛みを伴いながら、彼女を助けられず、ただ見ることしかできなかった。

 しばらくして、彼女の叫び声がおさまる。バージルが左足の次に右腕、左腕を刺したところで――クレメアは声を発さなくなっていた。

 バージルは血で濡れた刀を横に振り、草原に血を飛ばし落としてから鞘に納めると、独り草原で座り込んでいたフィオに顔を向け、そちらへ向かって歩き出す。

 

「あっ……あぁっ……」

「に……げろ……フィオ……!」

 

 このままでは彼女が殺される。ミツルギは逃げるように声を絞り出して告げるが、フィオは恐怖のあまりに腰が抜け、立つことができずにいた。

 バージルは無言のまま歩き、フィオの前で足を止める。フィオは涙を流して怯えていたが、バージルはそんなこと気にも止めず手を伸ばし――彼女の首を絞め、そのまま片手で持ち上げた。

 

「グッ……アッ……!」

 

 地に足がつかず、宙ぶらりんのまま吊るされたフィオは苦しそうにもがく。バージルの手をバンバン叩こうとも、彼は手の力を一切緩めようとしない。

 クレメアが刺され、フィオが絞め殺されそうになっている――のに、ミツルギは何もすることができない。

 このままでは仲間の2人が殺され、最後は自分も死んでしまう。それなのに、今の自分は何もできない。

 

「(……あの魔剣があれば……!)」

 

 せめて――せめて魔剣グラムがあれば、2人を助け出せるのに。あの男を倒せるのに。

 幾多のモンスターを狩ってきた、無敵の魔剣がありさえすれば――。

 

「(魔剣グラムがあれば……あれ…ば……?)」

 

 だが――その魔剣は、今はもうない。たとえ心の底から願おうとも、運良く神様が持ってきたり、突然ここに現れることはない。

 

「(……いや……)」

 

 魔剣グラムがなければ、モンスターを倒す力もない。バージルの言う通り、誰かを守ることもできない。2人を守ることができない。

 

 

「(……違う……!)」

 

 だが――2人を『守らない』理由にはならない。

 そう考える頃には、既に身体が動いていた。ミツルギは右手に持っていた剣を再び握り、傷を抑えながら立ち上がる。穴の空いた鎧から血が流れ落ちるが、彼は構わず前へ歩き出す。

 クレメアは、未だに起き上がる様子を見せない。バージルに首を絞められているフィオも抵抗をやめ、両手をブランと力なく垂らしている。

 もしかしたら、もう手遅れなのかもしれない。しかしそうとも限らない。まだ2人を助けられるのなら――どこまでも自分を信じてついてきてくれた2人を守れるのなら――。

 

「(僕が……2人を……守るんだ……!)」

 

 たとえ――この身が朽ち果てようとも。

 

 

「やめ……ろ……」

「……」

 

 1歩、1歩と、ミツルギは歩みを進める。頭もボーッとして、目の焦点も合わない。それでもミツルギは真っ直ぐに、バージルに向かっていった。

 ミツルギが近づいているのに気付いたのか、バージルはフィオの首から手を放し、向かい来るミツルギに身体を向ける。彼の背後で横たわるフィオは、目を開ける様子を見せない。

 

「これ以上……2人に……手を出すな……」

「愚かな……力を持たない貴様に、今更何ができる?」

「守る……僕が……守るんだ……」

「言った筈だ。力がなくては何も守れはしない、と。貴様では誰も守ることはできん」

「っ……」

 

 バージルの言葉が、ミツルギに重くのしかかる。

 確かに、今のミツルギには誰かを守れるほどの力はない。むしろこっちが足でまといになるだろう。ミツルギ自身もそれはわかっていた。

 しかし、それでも――。

 

「それでも……僕が……守るんだぁああああああああああああああああっ!」

 

 ミツルギは力を振り絞るように叫び、足に力を入れて地面を踏みしめる。腹の傷が一層痛むのを感じながらも、ミツルギはバージルに向かって駆け出した。

 静かに刀を構えるバージル。ミツルギは彼に向かって、力のままに剣を振る。が、その攻撃はバージルにいとも簡単に刀で止められた。

 しかしミツルギは構わず、バージルへ何度も斬りかかる。力む度に傷が痛むが、ミツルギは気合でそれを跳ね除ける。

 彼は全力で剣を振っている……が、バージルにとってその剣は酷く遅いもの。一般冒険者でも難なく避けられるほどだろう。

 それをバージルは刀で受け止め、弾き返し、ミツルギの身体を斬りつける。ミツルギは痛みに顔を歪ませるが、彼は決して手を止めなかった。

 

「ぐっ――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 ミツルギは叫び、めいっぱいの力で斬りかかる。それをバージルは真正面から刀で受け止めた。

 2人のつばぜり合い。交差する剣は火花を散らし、お互いに睨み合う。

 

「今の貴様に力は残されていない。なのに何故貴様は剣を振る? 勝てないとわかっていながら、何故貴様は立ち向かう?」

 

 剣を交えながら、バージルはミツルギへ問いかけてきた。どうして今剣を振るうのか。無謀だと知っていながらも、どうして戦い続けるのか。

 彼の問いに、ミツルギは感情のままに――魂の叫びを放った。

 

「……2人が……大切な仲間だからだ……! その仲間が……殺されそうになって……黙ってられるわけ……ないだろ……!」

「……ッ!」

 

 ミツルギの剣が、バージルの刀を押し始めた。これにはバージルも驚いたのか、少し目を見開いている。

 

「……守るんだ……! 僕が……僕がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 そして――ミツルギは魂の咆哮と共に、バージルの刀を弾き返した。

 バージルの身体がガラ空きになる。チャンスは今しかない。そう感じた時には、既にミツルギは剣をバージルの胴体めがけて振り下ろそうとしていた。

 

 

「――フンッ!」

「ッ――!」

 

 が――剣は届かず。

 ミツルギがバージルの身体に当たる直前――バージルは、今までとは比べ物にならないほどの速さで刀を振るい、逆にミツルギの剣を弾き飛ばした。

 ミツルギの手から離れた剣は宙を舞い、草原の上に突き刺さる。

 剣を弾かれた勢いで、身体が後ろに傾く。もはや踏ん張る力すらも残っていなかったミツルギは、再び草原の上で仰向けに倒れた。

 

「クッ……チクショウッ……!」

 

 守れなかった――今の自分には、剣を取りに行くどころか、再び立ち上がる力すら残っていない。最後の抵抗も、バージルには届かなかった。

 目の前には、剥き出しの刃を手に自身を見下ろすバージル。今から、あの刀で自分は無残にも斬り殺されるのだろう。そして、彼の言った通り、自分の無力さを嘆いて死にゆくのだと。

 もはや、意識を保つ力もない。ミツルギは2人を守れなかった自身を恥じ、悔み――そこで彼の意識は途切れた。

 

 

 *********************************

 

 

 

「……?」

 

 ふと気がついたミツルギは、閉じていた瞼をおもむろに開く。しばし目の焦点が合わず瞬きを2、3回して見えたのは、小さな光が点々としている真っ暗な空。

 ゆらりと上体を起こし、下には緑が生い茂る草原が広がっていたことに気付く。最後に意識を手放した場所と、全く同じ所だった。

 

「……生きて……いるのか……?」

 

 あの時、自分には立ち上がる力も残っていなかった。もしや既に自分は死んでいて、霊体にでもなっているのだろうか。

 そんなことを考えていた、その時――。

 

「「キョウヤァアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」

「ゴホフッ!?」

 

 突然、女性の声が耳に入ってきたかと思うと、背後からキツめの衝撃を受けた。あのバージルの蹴りといい勝負かもしれない。

 背中の痛みに耐えながらも、一体何事かと思いミツルギは後ろを見る。

 

「……ク、クレメア? それに……フィオ……」

「よかった……よかったぁああああああっ!」

「私達、キョウヤが死んじゃったんじゃないかと思って……」

 

 背後にいたのは、目から涙をこれでもかと流して目元を赤くしているクレメアとフィオ。

 2人とも、バージルに気を失うほどの傷を負っていた筈なのに、今の2人はピンピンとしている。

 守れなかったと思っていた筈の2人。泣きながら自分の心配をしてくれている彼女達の姿を見たミツルギは――。

 

 

 ――2人を包み込むように、両腕で強く抱きしめた。

 

「キ、キキキキキョウヤッ!?」

「どどどどどうしたの!?」

「……えっ? あっ! ご、ごめんっ!」

 

 無意識の内に2人を抱きしめてしまったミツルギは、慌てて2人から離れる。突然抱きしめられた時は2人とも顔を真っ赤にして慌てたが、いざ離れられると名残惜しそうな顔を見せる。

 そしてミツルギは、彼女達の後方に見知った壁があるのに気付く。モンスターから街を守るために、囲うように作られたアクセルの街の城壁だ。

 ここは天国でもなければ地獄でもない。紛れもなく、自分達がいた世界だ。

 

「僕達、死んでない……のか?」

「多分……武器もちゃんと触れるし……」

「クレメアなんてあんなに酷い傷だったのに、いつの間にか癒えてるし……ほらっ、キョウヤもお腹刺されたけど、綺麗に塞がってるよ?」

「えっ? あっ、ホントだ……」

 

 フィオに腹の傷のことを指摘され、ミツルギはようやく自分の傷が綺麗サッパリなくなっていたことに気付く。

 鎧に穴は空き、所々切り刻まれているが、そこから見える肌に傷は見当たらず、まるで回復魔法をかけられたかのように塞がっている。

 一体誰がと、ミツルギは辺りを見渡す。しかし、周りにはミツルギ、クレメア、フィオの3人以外誰も見当たらない。

 そう――あのバージルの姿も見えなかった。

 

「……んっ?」

 

 その時、近くに何かが落ちていたことに気付く。気になったミツルギは立ち上がるとそこに近づき、落ちていた物を拾った。

 落ちていたのは、空になった瓶が三つ。体力回復や魔力回復の粉を入れる時に使われる瓶だ。

 ボロボロになった筈なのに、3人とも回復。そして傍には空き瓶が3つ。推測するに、誰かが回復アイテムで自分達を助けてくれたのだろう。

 ――では――誰が?

 

「……まさか……」

 

 ミツルギは空き瓶を手に持ったまま、アクセルの街を見る。

 彼の頭に浮かんでいるのは、意識を手放す前に見た、最後の光景。

 

 

 ――少し満足そうに笑い、刀を納めたバージルの姿。

 

 

 *********************************

 

 アクセルの街、正門前――ポツポツと灯りが点っている街へ入ろうとしている男が1人。銀髪オールバックに青コートの男――バージルである。

 バージルは黙って歩き、正門へ向かっていた時――視線の先に、1人の人間がいることに気付いた。

 正門の壁にもたれてこちらを見ているのは、銀髪ショートにアメジストの瞳を持つ女性――バージルの数少ない知り合いであり協力者、盗賊クリスである。

 

「おかえり、バージル」

 

 入口手前まで近付くと、彼女は優しい声で出迎えの言葉をかけた。何かハッピーなことでもあったのか、とても嬉しそうな笑顔でバージルを見ている。

 もっとも、どうして彼女が笑顔を見せているのか、バージルは既に勘付いていたのだが。

 

「……見ていたのか」

「知らない3人を連れて外に出るのが見えたから、潜伏スキルを使って隠れつつ、最初っから最後まで見させてもらったよ」

「……チッ」

 

 初めてクリスと出会った時から思っていたが、やはり厄介なスキルだとバージルは心の中で呟く。

 あの赤髪三つ編み盗賊の潜伏に対しては、恐らく彼女のレベルが低く気配を消しきれていなかったから気付けたが、クリスの潜伏スキルはかなりレベルが高いのか、バージルでさえもスキルを使われたら察知できない。

 潜伏だけではない。他にも厄介なスキルは数多くあるだろう。もっとスキルについて知らなくてはと思いながら、バージルは正門から街へ入る。

 そんなバージルの後ろをクリスはついていきながら、彼との話を続けた。

 

「あの男の人に刀を突き刺した時は、何やってんの!? って自分の目を疑ったけど……最初からあの人を鍛えるのが目的だったんだね」

「鍛える? 馬鹿を言え。奴が魔剣を扱う者として愚かな姿を晒し続けているのが見るに耐えなかったから、叩き直してやっただけだ」

 

 クリスの言葉を聞き、バージルは決して鍛えるのが目的ではなかったことを主張する。

 彼の話を聞いたクリスは、まるでわかっているかのようにクスッと笑う……が、すぐさま顔をムッとした表情に変えた。

 

「けど、あそこまでやる必要はなかったんじゃないかな? 下手したら死んでたかもしれないよ?」

「奴にはあれぐらいが丁度いい」

「いやでも……まぁ最後は回復してくれたから、私も見なかったことにしてあげるけど……」

 

 クリスとしては、ミツルギと仲間の2人をあそこまで傷付けたのが腑に落ちないようで、少し怒り気味に話す。

 が、バージルからしてみればミツルギを叩き直すためにはあれぐらいでなければ駄目だと思っているようで、反省する様子を微塵も見せない。

 本当はギルドに冒険者同士の流血沙汰があったと報告しなければならないところなのだが、バージルは協力者だからなのか、今回のことは見逃すとクリスはため息を吐きながら話す。

 

「……で、叩き直した結果、どうだった?」

 

 最後に、クリスは実際にミツルギと手合わせをし、どう思ったのかをバージルに尋ねる。対してバージルは、ミツルギと剣を交えて感じたことを包み隠さず口にした。

 

「……魔剣を扱う者として、あまりにも技術が乏しすぎる。剣の腕はにわか仕込みもいいとこだ。いかに魔剣の力に甘えていたかが手に取るようにわかる」

 

 バージルの口から出たもの。そのどれもがミツルギを辛く評価するもので、彼の話を聞いていたクリスは思わず苦笑いを見せる。

 

 

「だが……最後のは悪くなかった」

 

 しかしバージルは最後に、ポツリとそう呟いた。

 声の調子はいつもと同じもの。しかしクリスは、今バージルが発した言葉に少し優しい印象を覚えた。嬉しそうに笑う時のような、そんな声。

 彼の言葉を聞いたクリスは、バージルの後ろ姿を見ながら、心の中で呟く。

 

「(バージルさん……やっぱり貴方は――)」

 

 

 

「……」

 

 夜のアクセルの街中を、バージルは黙って歩き、まだ取っていない夕食を食べるため、ギルドに向かって行く。

 その道中、バージルは1つの情景を思い返していた。

 

 ――あの時、ミツルギが最後に見せた力。手加減はしていたものの、彼は一度バージルの刀を押しのけた。

 彼は自分に向かってきながら、がむしゃらに戦っていた。2人を――仲間を――大切なものを守るために。

 あの時に見せた彼の目、気迫、力を思い出し、バージルは心の中で呟く。

 

「(……人間の力……か)」

 

 斬られていない筈の横腹を、右手で抑えながら。

 




自分で書いてて思いました。誰だお前(主にミツルギ)
また、二次創作SSでは色んな解釈のバージルがいますが、ここでのバージルはこんな感じで進めていこうと思います。キャラ崩壊してるけど気にしない。


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第16話「この協力者達に真実を!」

もうすぐこのすば2期が始まりますが、ここでの話は未だに1期の6話までしか進んでいません。2期の話はいつになることやら……。



 ――太陽は既に山の向こうへサヨナラし、数々の家の灯りがともされて一種のアートを見せている、夜のアクセルの街。

 その中心に建つ冒険者ギルド――もとい酒場は、今日も盛んに盛り上がっていた。

 多くの冒険者が夕食として酒を飲みに来る時間帯。酒場内のギルド職員は忙しく働いており、席に座る冒険者達の間を料理や酒を持って移動している。

 しばらく賑やかな様子を見せるであろう酒場――その隅っこの席に座っているパーティーメンバーがひと組。

 

「ぷはーっ! やっぱシュワシュワはいつ飲んでもうめーっ! って、どうしたアクア? 全然飲んでないじゃんか? 頭でも打ったか?」

「私がシュワシュワを飲んでないのがそんなに意外っ!? ただ今日はちょっと、昼に飲みすぎたから控えてるだけよ!」

「アクアはいつも、朝昼晩必ずシュワシュワを飲んでいたように思えるが……めぐみんもどうしたのだ? 食べてはいるが、ジュースに手をつけていないではないか」

「むぐむぐ……まずは我が空腹を大いに満たしてから……ていうかなんでまた私だけジュースなんですか」

 

 個性溢れる冒険者の中でも一際異彩を放つ冒険者、カズマのパーティメンバー。

 彼らの前には豪勢な食事と冒険者の休息に欠かせない代物、シュワシュワが3人分並んでいた。

 カズマはソレが入ったジョッキを手にグイっと飲み、40半ばのおっさんのような声を出す。

 「お酒は20歳になってから」と日本では定められていたが、ここは異世界。法律など知らんとばかりに、カズマは豪快にシュワシュワを飲む。

 

 因みに、食事のほとんどはアクアが注文したもの。今日の朝、ミツルギから30万エリスを巻き上げたことが、余程彼女の気分を良くしたようで、滅多に奢らない彼女が気前よく奢ったのだ。

 ……その無駄遣いこそ借金生活を招く原因の一端なのだが、それを彼女が知ることは未来永劫ないだろう。

 

「いつもは真っ先にグイッと飲むクセに……ホントに何かあったのか?」

 

 夕食を取り始めて30分経つが、未だにアクアは一口も飲んでいない。カズマからすれば、これは非常に珍しいケース。というか今回が初だ。

 カズマが1杯目を飲む頃には、いつもアクアは2杯目にいっているのだが……何か飲めない事情でもあるのだろうかと、カズマは尋ねる。

 それを聞いていためぐみんは、向かい側の席に座っていたアクアに目線を送る。アクアもめぐみんを見ていたのか、両者目が合い、お互いにコクリと頷くと、ここにいる4人にしか聞こえない声で答えた。

 

「実は、私とアクアから、カズマとダクネスに話しておきたいことがあって……2人にしか話せないことなので、酔っている内に話を忘れたり、勢い余って大声で話さないよう、アクアにはシュワシュワを控えてもらっていました」

「……何だ?」

 

 めぐみんの表情から、わりと真面目な内容だと察したカズマは、空になったジョッキを机に置き、めぐみんに耳を傾ける。

 カズマは意外と酒に強いのか、1杯飲んだだけではまだ酔っておらず、ほんのり顔が赤くなっているものの、まだ意識はハッキリしていた。ダクネスも同じなのか、食事の手を止め、向かい合う形で座っているめぐみんを見る。

 これでしょーもない話だったら、また眼帯を引っ張ってバチーンッてしてやろう。

 そう思うカズマの前で、めぐみんは一度キョロキョロと酒場内を見渡して周りを確認してから、先程よりもボリュームの小さい声で話した。

 

「……少し前に起こった、大地震についてです」

「大……地震?」

 

 今から2、3週間前――かつて、魔王軍幹部を名乗るデュラハンがアクセルの街に襲来してから2週間経ち、丁度今の時間帯に突如アクセルの街を襲ったのが、めぐみんの言った大地震。

 大して高い建物もなく、長く続く揺れじゃなかったからか、街が半壊するような被害は出ていないものの、多くのアイテムや武器を扱っていたところの被害は酷く、営業を再開するまでにかなり時間がかかったとか。

 

 そして、大地震が起きて数日、多くの魔法使い職から森林地帯――丁度、めぐみんが爆裂魔法を撃ち込みにいっていた古城であり、魔王軍幹部の住処辺りから、強大な魔力を感知したとの報告が相次いだ。

 地震の原因を調べるため、国から派遣された冒険者達が調査に向かったところ、震源地と推測される古城の最上階で、魔王軍幹部のデュラハンが何者かに倒されていたのを発見した。

 

 思いもよらぬ朗報を聞き、アクセルの街は大盛り上がり。風の噂では、古城をデュラハンに乗っ取られた領主が古城奪還のために派遣冒険者を雇っていたが、それが何者かによって無駄金に終わり、デュラハンを倒した謎の人物を酷く恨んでいるらしい。

 

「あれほどの揺れは初めて体験したな……恥ずかしながら、年甲斐もなく泣きそうになった」

「いやお前フツーに泣いてただろ……そういや、めぐみんってアークウィザードだよな? なら、お前もその時に魔力を感じたりしたのか?」

「えぇ……とびきりドデカイのを」

 

 大地震の際、多くの魔法使い職が大きな魔力を感じたという話を思い出したカズマは、同じく魔法使い族であり、その中でも優秀なアークウィザードであるめぐみんに尋ねてみる。

 カズマの質問を聞いためぐみんは、珍しく真剣な表情のまま答える。その様子を、アクアも珍しく料理に手を付けず見守っていた。

 

「巷では、デュラハンが魔力を開放して地震を起こし、その拍子に落ちてきた瓦礫に頭を打って死んだのではないかという噂もあるが?」

「いえ、それはありえません。確かにデュラハンの魔力が高まっていたのは感じましたが、それをかき消してしまうぐらいの膨大な魔力を発する者が、確かにそこにいました」

「まぁ流石にアイツが瓦礫で死ぬなんてことはないだろうしなぁ……」

 

 ダクネスが耳にしていた噂を、めぐみんは即座に否定し、断言する。デュラハンは何者かによって殺されたのだと。

 それを聞いたカズマは、地震が起きたあの日……ふと自分が話したジョークを思い出し、笑いながら口にした。

 

 

「……もしかして、本当にバージルさんがやっちゃったんじゃね?」

「……」

「……えっ、なんで黙ってんの……えっ?」

 

 今、ここにはいない冒険者――バージルの名前を出すと、めぐみんは表情を崩さないまま口を閉じた。

 彼女の反応を見て、カズマは思わず戸惑う。しかし、めぐみんの顔を見て、何を言いたいのかを理解したカズマは、恐る恐る尋ねた。

 

「……マジ?」

「マジです。昨日、バージルがブルータルアリゲーターと戦っていた時に感じた魔力……規模はまるで違いますが、その質は酷似して……いえ、全く同じでした。それに、バージルが背負っていた大剣からは……あのデュラハンの魔力を感じられました」

「えっ? ……あっ!」

 

 あの時、バージルがどうやって背負っているのかわからない大剣から、めぐみんはデュラハンの魔力を感じていたことを聞き、カズマはハッと思い出す。

 浅葱色に輝く大剣――デュラハンがアクセルの街に襲来してきた時に見た、デュラハンが持っていた大剣そのものではないか。

 ダクネスもソレを思い出したのか、カズマと同じ表情を見せ、口に手を当てている。

 

「そうか、あの剣……どこかで見たことがあると思っていたら……あのハードコアな要求をしてきたデュラハンの物だったか……」

「湖で見た時、私もどこかで感じたことのある魔力だと引っかかってました……で、夜寝ている時にようやく思い出したんです。あの巨大な魔力もバージルのだと気付いたのも、その時でした」

 

 ダクネス、めぐみん共に、湖でバージルを見た時に、あの大剣に既視感を覚えていたことを話す。

 2人の話を聞いたカズマは、アイツはそんな要求していないぞと心の中でツッコミを入れながら、思っていたことを口にした。

 

「……でも、それってそこまで真剣になって話すことか? 確かにバージルさんがデュラハンを倒したって聞いた時は驚いたけど……」

 

 自分の言っていた冗談が本当になったのは驚きだが、バージルが魔王軍幹部を倒すのは、考えられない話ではない。

 

 現に彼は、クリス曰く特別指定モンスターをソロで倒すほどの実力を持っている。しかも高レベル冒険者も苦戦するようなダンジョン……謂わばクリア後にしかいけないようなEXダンジョンに1人で潜り、そこに潜むラスボスより強いボスを倒しているのだ。

 

 何故そこまでの力を初期ステータスの時点で持っているのかはわからないが……彼なら、あのデュラハンをソロで倒したとしても不思議じゃない。というか既に、蒼白のソードマスターが倒したのではないかと、街では噂になっていた。

 もっとビックリ仰天な話が来るのかと身構えていたカズマは、これだけで話は終わりなのかとめぐみんに聞く。

 

「……カズマ、あくまでここまでは『前置き』です。本題はここから……ではアクア、お願いします」

「わかったわ」

 

 するとめぐみんは、いつにもましてシリアスな雰囲気のまま、ここからが本題だと話すと、今まで黙って様子を見ていたアクアと語り手を交代した。

 事前に打ち合わせでもしていたのだろうか、アクアはすぐさま承諾すると、真正面にいるカズマと向かい合う。

 

「(えーっ……コイツが話すと全部嘘っぽく聞こえるんだが……)」

 

 その傍ら、真剣な話の最中であるにも関わらず、カズマは心の中で本音を呟いた。

 

 めぐみんは、爆裂魔法という燃費は酷く悪いものの、上級のアークウィザードにしか覚えられないような魔法を持っている、謂わば実力はそれなりにあるため、まだ信頼が持てるのだが、アクアはアークプリーストでありながら無駄でしかない宴会芸スキルを覚え、最近は魔王討伐の目標を忘れかけているなんちゃって女神。

 加えて、普段のとても女神とは思えない行動や発言を見ているから、どうしてもアクアの話を信じられそうになかった。

 

 しかし、カズマが不安げな眼差しで見ていることなどいざ知らず、アクアは胸に手を当てて口を開いた。

 

 

「こんな形で私の秘密を話すことになるなんて思わなかったけど……めぐみん、ダクネス。私は女神なの」

 

 

「……めぐみん、これは突っ込んでいいのか? 出だしから子供でもわかる嘘を吐かれたのだが……」

「私も最初聞いた時は、うっかり爆裂魔法を撃ちそうになりましたが、今だけはこの嘘に付き合ってあげてください。でなければ話が進みません」

「アクア、このシリアスムードを自前のギャグでぶち壊そうとしているなら、今からグーで殴るからな。男女平等パンチ食らわせるからな」

「なんで2人とも信じてくれないのよ!? あとそんなつもりないから!? 私も真剣に話してるつもりだから!?」

 

 出鼻をくじかれたアクアは、2人が女神だと信じてくれず半泣きになった。いきなり雰囲気ぶち壊しである。

 

「……うむ、すまないアクア。自称女神であることは一応信じてやるから、続きを話してくれ」

「だそうですアクア。私も貴方が自称女神なのは一応信じていますので、気兼ねなく続きをお話ください」

「ほら自称女神。カワイソーなお前の嘘にわざわざ2人が付き合ってあげてるんだ。さっさと話せ」

「自称女神じゃなくて本物の女神なのー! そしてカズマ! 今に見てなさいよ! いつか必ず2人に、私がマジモンの女神だってことをわからせてやるんだから!」

 

 

*********************************

 

「……まず、貴方達は天界、魔界、人間界について知っているかしら?」

「それなりに……」

「私も……」

「俺もだな(設定だけはゲームで熟知してるけど黙っとこう)」

 

 目から溢れそうになっていた涙を拭った後、アクアはコホンを1回咳き込んでから、話を再開させる。

 アクアの問いに、めぐみん、ダクネス、カズマの順で答える。彼らの返答を聞いたアクアは、念のため簡単に3つの世界について説明した。

 

「天界……天国と言ってもいいわね。そこでは、死んだ者達の中でも良き働きをした魂と、それを管理する天使、女神が住んでいるわ。人間界は、今私達がいる現世ね。そして魔界……地獄と言ってもいい。そこでは、生前悪い働きを行った魂や魔物、悪魔がひしめき合っているクソ溜めみたいなところよ」

「魔界好きな人に怒られるぞ」

 

 説明の中でさりげなく魔界をディスるアクアに、カズマはツッコミを入れる。

 しかし、アクアは魔界を馬鹿にしたことなど気にする素振りを見せず、説明を続けた。

 

「で、天国と地獄、天界と魔界、天使と悪魔……2つの関係は、謂わば縄張り争いをしているマンティコアとグリフォン、つまりは絶対に分かり合えない仲なの」

「わかりやすいようでわかりにくい例えだな……」

「そして、あまりに嫌いなもんだから、天使達は悪魔寄りのクズ達には敏感になっているの。敵感知センサー的なアレがね。勿論、女神たる私も例外ではないわ」

「ふーん……で、その女神ことアクア様は、何か感じ取ったとでも言うんですかー?」

 

 最後にアクアが女神の部分を強調して、フフンと自慢げな顔を見せる傍ら、カズマは皮肉を込めて様をつけながら尋ねる。

 するとアクアは――まるでここからが話の核心だと示すかのように、珍しく真剣な顔で答えた。

 

「えぇ、感じたわ……あの大地震の時、とびきりどでかい悪魔の存在を。あの古城があった辺りから」

「……ッ」

 

 あの大地震が起きた日――人知れず魔王軍幹部が倒された日、アクアは多くの魔法使い職が巨大な魔力を感知したという場所から、悪魔の存在を感じたと話した。

 

「……それは、あの魔王軍幹部の物ではないのか?」

「違うわ。アイツはアンデッドであって悪魔じゃない……私が感じたのは、アイツとは別の……悪魔の力」

 

 ダクネスは勘違いではないかと尋ねるが、アクアは違うと断言する。

 そこまで聞いてカズマは、アクアとめぐみんが何を話そうとしているのかを察した。が、口には出さず、彼は黙ってアクアの言葉を待つ。

 

「もし、そこにいたのが悪魔だとしたら……」

 

 めぐみんの話を真実だと仮定したら――あの日、魔王軍幹部を人知れず倒した男、バージルは――。

 

「魔王軍幹部を倒したお兄ちゃんは……人間じゃなくて……」

 

 ――悪魔。

 

「……バージルさんが……」

「えぇ……でも不思議なのは、お兄ちゃんと一緒にいても、悪魔特有の不快感を覚えなかったの……そこだけはまだわからないわ……」

 

 アクアはまだ解決できていない疑問を口にするが、カズマはそれを耳に入れておらず、独り俯く。

 

 彼女の話は、あまりにも飛躍した話だ。カズマはアクアに悪魔感知センサーがあると聞いても半信半疑だったが、バージルが悪魔だと聞いた時……カズマは妙に納得してしまった。

 彼が悪魔であるならば、あのデタラメなステータスの数値と、戦い方が人外レベルなのに説明がつく。

 

 そして――昨日の夕方、ミツルギを腹パンで倒した後に見せた、あの冷たい目。

 背筋が凍りつくような恐怖を感じたあの目が、悪魔の片鱗だとしたら。

 ふと、めぐみんとダクネスに目を向けると、2人も俯いていた。顔は見えないが、恐らく自分と同じことを思っているのだろう。

 

 ――いつか、バージルが悪魔の姿を見せ、自分達に襲いかかるのでは?

 

「……以上で話は終わりよ。わかってると思うけど、お兄ちゃんに直接言っちゃダメだからね?」

 

 そこでアクアは話を締め、最後に絶対にバージルには言わないよう3人に釘を指す。

 彼女の言葉を聞いたカズマ、めぐみん、ダクネスの3人は、絶対に言わないと約束するようにウンウンと頷く。それを見たアクアは、真剣なムードが続いて疲れたのか、フゥと息を吐く。

 そして、彼女はようやくシュワシュワに少しだけ手をつけると、ちょっとドヤった顔を見せた。

 

「フフフッ……これで、少しは私が女神だって信じてくれたかしら?」

「あぁ、最初は女神とは程遠い、とんだ愚かな女だと思っていたが、少しはできるようだな」

「でしょー! さぁ、これを期に私を女神と崇め奉り――」

 

 

 ――空気が凍った。

 アクアに同調するように話した者。カズマの声ではないが、聞き覚えのある声。

 カズマ達は、ギギギッと油のさしてないロボットのように、声が聞こえた方向へ顔を向ける。

 

 

「……悪魔共を貶すのは構わんが、周りには気を付けろ。奴等はどこで聞き耳を立てているかわからんぞ」

「「「「――ッ!?」」」」

 

 腕を組み、いつものしかめっ面で話す、先程の話の本題になっていたバージルの姿を見て、4人は思わず叫びそうになった。

 バージルの後ろにはクリスもおり、アクアの話を聞いていたのか、驚いた顔でバージルとアクアを交互に見ている。

 危うく大声を出しそうになったカズマは、咄嗟に口を塞いだ手を降ろし、恐る恐るバージルに聞いた。

 

「い……いつから?」

「アクアが話し始めた辺りだ」

「(わーお……)」

 

 つまり、アクアがバージル悪魔説を唱えていたところをガッツリ耳に入れていたということ。話していたアクアも、まさか本人が気づかぬ内に近づいていたとは知らなかったのか、ダラダラと冷や汗を流している。悪魔感知センサーとは何だったのか。

 もはや言い訳して逃げ出すことなど不可能。どう切り出そうとカズマが必死に頭を回していた時、ダクネスが声を小さめにして口を開いた。

 

「……バージルは、その……本当に……アレなのか?」

 

 ダクネスが隠した部分――それが何を意味するのか、アクアの話を聞いていた者達はすぐに理解した。

 幸い、バージルとクリス以外には聞こえていなかったようで、酒場にいる冒険者達は酒を交わして談笑している。

 彼女の質問を聞いたバージルは、一度酒場内を見渡すと、カズマ達にだけ聞こえる声で言葉を返した。

 

「……ここは人が多い。食事が終わった後、貴様等は外で待っていろ。俺とクリスの食事が終わり次第、人気のない場所へ行く。そこで話すとしよう」

 

 バージルは一方的にカズマ達へ告げると、踵を返して空いているカウンター席に向かっていった。バージルの後ろにいたクリスは、カズマ達とバージルを交互に見つつも、最終的にはバージルの方へ駆け寄っていく。

 酒場は変わらず賑わっているが、カズマ達がいる席だけはしんと静まり返っていた。カズマがほのかに感じていた酔いも、とうの彼方へ飛んでいた。

 

「(……あぁ……終わったかも……)」

 

 バージルは全く表に出していなかったが、多分アレは怒っている。そう感じたカズマは、心の中で死を悟った。

 しかし、もしかしたら怒っていないかもしれない。その僅かな望みにかけながらも、カズマは止めていた食事を重々しくも取り始めた。

 

 

*********************************

 

 ――あの後、終始無言で夕食を取り終えた4人は、バージルの言われた通りギルドの入口で待機した。そろそろ秋が近づいてきているのか、夜風が少し肌寒い。

 15分ほど経ったところで、夕食を取り終えたであろうバージルとクリスがギルドから出てきた。カズマ達がいるのを確認したバージルは、「ついてこい」とだけ言って先頭を歩き始め、カズマ達は言われるがままにバージルの後を追う。

 ギルドから、住宅街から離れて郊外に出た6人はしばらく歩き、1つの2階建ての家に辿り着いた。バージルはノックも何もせず入ったので、カズマ達も黙って中に入る。

 外はレンガで作られていたが、中は木造になっており、2階へと続く階段、奥の部屋へ続く扉もある。

 

「貴様等を家に入れたくはなかったが……仕方がない。ここなら、部外者を気にせず話せるだろう」

 

 バージルはそう言いながら、背中に背負っていた大剣を壁にかけ、いつも持っていた刀を自分の傍にかけた。そして長机の傍にあった椅子に座り、腕を組んでカズマ達を見た。

 まさかバージルの家に行けるとは思っていなかったのか、カズマ達だけではなくクリスまで、落ち着きがなさそうにキョロキョロと家の中を見ている。

 5人が物珍しそうに家の中を見ている中、バージルは自ら話を切り出した。

 

「……で、早速本題に入るが……確か……俺が悪魔か否か……だったな?」

「……ッ」

 

 バージルが確認する形で尋ねた瞬間、カズマ達の視線が一斉にバージルへ向けられる。その中で、ダクネスは応えるようにコクリと頷く。

 全員が固唾を呑んで待つ中――バージルは目を閉じ、静かに答えた。

 

 

「貴様等が懸念している通り、俺は悪魔だ……半分はな」

「……えっ? 半分?」

 

 返ってきたのは、カズマ達が予想していたものと少し違うものだった。

 半分とはどういう意味なのか。カズマが思わず聞き返すと、バージルは懐に手を入れながら話を続ける。

 

「親父は悪魔……母さんは人間……その間に生まれたのが俺……つまり、悪魔と人間の間に生まれた、半人半魔だ」

 

 自分を半人半魔だと称したバージルは、そう言いながら懐から取り出したものを机の上に置く。一見古びた紙のように見えるが、かなりの性能を持っている、冒険者になくてはならない物――冒険者カード。

 それを見たカズマは、バージルの行動を不思議に思いながらも冒険者カードを手に取り、近寄ってきたアクア達と一緒に見る。

 何故冒険者カードを見せたのかと疑問に思っていたが……とある名前を目にしたところで、カズマはその意味を理解した。

 

 スキル一覧にある――『Devil Trigger(デビルトリガー)』と書かれた文字。

 内容はどういったものかわからない。しかしカズマは、このスキルがバージルの内なる悪魔を引き出すスキルなのだと、直感で理解していた。

 

 カズマはゴクリと息を呑み、恐る恐るバージルに視線を戻す。

 悪魔と人間のハーフなんて、それこそゲームや漫画でしか見たことのない存在だ。それが今、目の前にいる。

 バージルの秘密を知ったカズマは、一層彼に恐怖を抱いた。

 

 何故なら、カズマが日本で見てきた二次元の人外と人間のハーフは――大概、人外の力を暴走させている。

 

 もし、バージルが悪魔の力を暴走させてしまった時、止められる奴などいるのだろうか。魔王軍幹部さえも1人で倒してしまう彼を。

 カズマが独り、バージルに危険性を感じていた時――その横から小さく声が漏れた。

 

「なるほど……確かにあの、人を人として見ていない目は、悪魔にしかできない所業だ……」

「……ムッ?」

 

 声を上げたのは、バージルが自身を半人半魔だと言った時から俯いていた、ダクネス。

 彼女は小さな声でそう呟くと、下を向いていた顔をバッと上げ――。

 

 

「なっ……ならっ! これからはバージルの悪魔的な仕打ちを期待してもいいのだな!?」

「……っ!?」

 

 とてもとても嬉しそうな顔で、ヨダレを垂らしながらそう聞いてきた。彼女の顔を見てバージルは引いた表情を見せ、カズマは呆気に取られる。

 そんな中、ダクネスの両隣にいた人物――めぐみんはキラキラと紅い目を輝かせてバージルを見て、アクアは両腕を組み、何故か納得した顔でウンウンと頷いていた。

 

「やはり……やはりバージルは我が同胞だった! 何か隠された力を抑えているとは常々思っていましたが、まさか悪魔だったとは……! さぞや、日々右腕や目の疼きに苦しんでいることでしょう!」

「そっか、なーんでお兄ちゃんからは悪魔から感じる不快感がないのかなーと思ってたら、人間が混じってたからなのね。納得納得」

 

 2人とも、目の前にいる男が半人半魔だったと判明したにも関わらず、身の危険など微塵も感じていないような反応を見せている。

 反応は違うが、どれも全く危機感のなさすぎる3人を見て、クリスは苦笑いを浮かべ、バージルは呆れたようにため息を吐いた。カズマも、自分だけ怖がっていることが馬鹿らしくなってくるほどだ。

 

「悪魔なら、呪いの1つや2つは持っているのだろう!? なら私にかけてくれ! あのデュラハンがかけた物よりハードコアでバイオレンスでクレイジーな物でも構わないぞ!」

「貴様の期待しているような技は持っていないしするつもりもない」

「バージル! 今度私と一緒に眼帯を探しましょう! バージルに似合いそうな青い眼帯がある筈です!」

「必要ない。戦闘の邪魔になるだけだ」

 

 少し興奮気味に話してくる2人を、バージルはいつものように軽くあしらう。しかし、2人のテンションが収まる様子は一向に見受けられない。

 やがて相手するのもが面倒になってきたのか、バージルが2人から視線を外し、3人の様子を見ていたカズマを見た。

 バージルと目が合ったカズマは、3人のせいで彼に対する恐怖などとうに消え失せた状態で言うのが、正直申し訳ないと思いながらも、控えめにバージルへ尋ねる。

 

「……俺達を襲ったりはしない……ですよね?」

「……貴様だけはまともでいてくれて助かる……」

 

 怖がりながら聞いてくるカズマを見て、バージルは安堵するようにそう呟いた。

 すると、先程まで頷いていたアクアが、バージルを危険視している発言を聞き、ため息混じりに話し出した。

 

「何言ってんのカズマ。お兄ちゃんがそんなことする筈ないわ……けど、悪魔の力が暴走する可能性は否定できないわね」

 

 バージルが自発的に人を襲うことなどする筈はないと、バージルを信じきった意見を話す。余程あのブルータルアリゲーターから守られたことで信頼度がガッツリ上がったのだろう。

 しかし、もしバージルの中に宿る悪魔が意図せず暴れ出せば、人々を傷つける暴徒と化す。その危険性もなくはないと、先程カズマが危惧していたものと同じことを話す。

 アクアを除く5人が黙ってアクアに視線を向ける中、そう話したアクアはカズマからバージルへ顔を向けると、ビシッとバージルを指差し、声高らかに告げた。

 

「だからっ! 女神を代表してこの私がお兄ちゃんを監視するため――!」

「断る」

 

 が、まるでバージルが得意とする居合の如く、バッサリと断られた。

 一刀両断されたアクアは少し固まると……机を迂回し、バージルのもとへ行き彼にすがりついた。

 

「お願ぁああああいっ! もう馬小屋生活は嫌なのぉおおおおっ! 寒くなる前に屋根のあるあったかーい家で住みたいのぉおおおおっ!」

「何故俺が貴様の面倒を見なければならん」

「可愛い妹を見捨てないでよお兄ちゃぁああああんっ!」

「兄ではない」

 

 アクアは泣きながら泊めてもらうよう懇願するも、バージルは意見を変えようとしない。

 本当に女神とは思えない醜態を晒すアクアを見て、呆れ顔を見せるカズマ。しかし、しばらくその様子を見ていた彼は、何か大事なことを思い出したかのようにハッとすると、バージルに話した。

 

「ま、まぁまぁ……俺も、いつまでもアクアを馬小屋にいさせるのは、女の子として色々と良くないと思いますし……ここは1つ、アクアの頼みを聞いちゃくれませんか?」

「……いくら貴様の頼みであろうとも無理だ」

「そう言わずに……ほらっ、普段の貸しを返すと思って――」

「それとこれとは話が別だ」

「むぐっ……」

 

 カズマはアクアを泊めてもらうよう頼むが、それでもバージルは意見を変えない。アクアを気遣うかのように交渉しているのに、アクア達が気色悪い物を見るかのような目でカズマを見ているだけで、カズマが日頃彼女達からどのように思われているのかが伺える。

 しかし、カズマはそんなこと気にせずバージルの傍へ寄ると、お互いにしか聞こえないよう耳打ちで話し始めた。

 

「……いいんですか? 協力関係破棄しちゃっても。あの変態からもう守ってやりませんよ? それでもいいんですか? 変態から追われているのを見ても、俺は知らんぷりしますよ?」

「……確かに、奴に絡まれるのは極力避けたいところだ……」

「でしょ? なら――」

「だが、そこは我慢するしかあるまい」

「えっ」

 

 自分はバージルと、ダクネスから守る代わりに力を貸すという契約を交わしている。その切り札をカズマはここで切ったが、予想外の返しをしてこられ、カズマは思わず声を上げた。

 そこで、カズマは少し冷静になって考えてみる。もし……もし、ここでそのまま契約を破棄したとしよう。バージルにとってはダクネスの脅威に晒される機会が増えてしまうが……デメリットはそれだけだ。バージルの言う通り、我慢するだけで何とかならなくもない。

 では、自分はどうだろうか。バージルをダクネスから守る役目を放棄できるが、ダクネスは自分と同じパーティーメンバー。自分とバージル、標的にされる数は今でも自分の方が多い。たとえ協力関係を破棄しても、自分がダクネスの標的にされることは今後も変わらないだろう。

 それに、アクアもいつも通り自分と馬小屋生活になることに変わりはない。協力関係を破棄すれば、それこそ自分達とは無関係になり、そんなアクアを泊めてといっても、バージルはOKするとは思えない。

 そして、特別指定モンスターや魔王軍幹部をソロで倒せるほどの、悪魔の力を持ったバージルという、これ以上ない助っ人がいなくなってしまう。これは非常に大きな損失だ。

 

 

「……すみません、今の話はなかったことに」

「賢明な判断だ」

 

 どちらが引き下がるかは明白だった。

 

「(クソッ、ここでアクアを本格的に擦りつけられると思ったのに……いや、焦るな佐藤和真。まだチャンスはある筈だ。じっくりと機会を待つんだ)」

「(この女を俺に当てつけるつもりだったろうが、そうはいかん。いくら貴様と言えど……な)」

 

 

*********************************

 

「なんで!? なんでお兄ちゃんが悪魔だってことは信じるのに、私が女神だってことは信じないの!?」

「大丈夫だ。わかっている。わかっているさアクア。君は正真正銘の女神だ」

「まさか事前にバージルが悪魔だと調べておいて、あたかも自分が女神の力を使って見抜いたかのように演出するなんて……流石、女神を自称するだけのことはありますね」

「信じてないでしょ!? それ明らかに信じてないわよね!?」

「もう諦めろ駄目神。自称女神であることは信じてもらえたんだから。あっ、お邪魔しましたー」

 

 しばらく時間が経ってから、アクア達はやいのやいのと騒ぎながらバージルの家を出る。最後の最後まで騒がしい連中である。

 残ったのは、未だ椅子に座っているバージルと、猛抗議をするアクアを見て苦笑いを見せるクリス。

 扉が閉まり、少ししてアクアの声が聞こえなくなった後、クリスは腰に手を当ててため息を吐く。

 

「にしても……まさかバージルが半人半魔だったなんてねー……でも納得かな。君の抜刀術と、ドラゴンと戦ってた時の動き。アレ絶対人間やめてるって思ったもん」

 

 バージルが半人半魔だと判明した時、クリスは終始黙っていたが、カズマと同じように恐怖を覚えていたわけではないようで、独り納得したように呟く。

 その中で、クリスはチラリとバージルを見るも、彼は扉の方を向いたまま黙っている。クリスは横目でそれを確認すると、バージルに聞こえるよう声をかけた。

 

「それじゃ、アタシも帰ろっかな。明日からもよろしくね、バージル」

 

 あまり深く聞くべきではないと思っているのか、特に悪魔については聞こうとはせず、クリスはそれだけ言ってバージルの家から出ようと動く。

 ぐーっと両腕を上に伸ばすと彼女は笑ってバージルに手を振ってから、外へ出ようと扉に向かって歩き――。

 

 

「待て」

「……?」

 

 扉に手を掛けた時、ずっと黙っていたバージルがクリスを呼び止めてきた。

 クリスは扉から手を離し、クルリと後ろを振り返ってバージルと目を合わせる。

 

「貴様にはまだ用がある」

「アタシに? ……ま、まさか!? 自宅に連れ込んだのをいいことに、アタシにあんなことやこんなことをするつもりじゃ……!?」

 

 バージルにそう言われ、クリスは不思議そうに首を傾げる……が、しばらくすると何か察知したのか、自分の身体を守るかのように肩へ手を回し、怯えた顔を見せる。

 対してバージルは、あんなことやこんなことに全く興味がなさそうな顔でジッとクリスを見つめると、少し間を置いてから口を開いた。

 

 

 

「俺は奴等に真実を話した……そろそろ貴様も、隠し事をするのはやめたらどうだ……女神」

「……ッ!」

 

 まるで――相手のことを全て見透かしているかのように。

 バージルに女神だと呼ばれたクリスは、口を閉じて黙っている。

 黙秘するつもりだと捉えたのか、バージルはクリスを睨んだまま、クリスを女神と称したその理由を話した。

 

「初めて貴様と出会った時から、貴様に違和感を覚えていた。他の人間とは違う……妙な力を貴様は隠していた。そして……俺をこの世界に送った女神、それとアクアからも微量だが、同じ力を感じた」

「ッ!」

 

 バージルの推測を聞いたクリスは、酷く驚いた素振りを見せた。目は見開き、声を上げそうになったのか口を手で隠している。バージルの推測が当たっているか否かは明らかだった。

 クリスの正体を暴いたバージルは、今まで以上に鋭い目でクリスを睨む。それは、バージルがクリスと初めて出会った時と同じ、怪しい動きを見せれば殺すと警告するかのような――敵を見る目。

 その目で見られたクリスは、少し寂しそうな顔を見せると、扉から離れてバージルに近付き、机越しに彼の正面に立つ。

 

「……これでも、バッチリ隠したつもりだったんですけどね」

 

 そう呟いた瞬間、クリスの身体が暖かい光に包まれた。バージルは特に動こうとはせず、しかし警戒は解こうとせず、横にかけていた刀を握り、黙って目の前にある光を見続ける。

 次第に光は弱まっていき――光の中から、1人の女性が現れた。

 先程までクリスが着ていた露出度の高い衣装と打って変わり、長袖に膝下まで隠されたスカートという露出度の低い、白と明るい紺色でデザインされた衣装に包まれ、獣耳のような物がついているベールで頭を隠し、そこからはクリスと同じ銀髪だが、腰より下まで伸びた長髪が見える。

 そして――姿はまるで違うものの、クリスと全く同じ顔を持っていた。

 突如、目の前に現れた神聖な雰囲気を纏う女性は、クリスと同じアメジストの瞳でバージルを見ると、手を前に組んで軽くお辞儀をし、口を開いた。

 

 

「初めまして、バージルさん。私はこの世界で亡くなった魂を導く女神……エリスです」

 

 お辞儀をして顔を上げた彼女――エリスはそう名乗り、ニコッと微笑んだ。

 女神エリス――この世界では知らない人はいないであろう、国教にもなっている女神。

 慈悲深く、そして愛に満ち溢れた女神と言い伝えられており、数ある女神の中でもダントツに信者の数が多い。

 クリスの正体が女神なのは勘付いていたが、まさか1番メジャーな女神エリスだとは思っていなかったのか、バージルは少しだけ驚いた。

 

「ほう……まさか女神エリスだったとはな。で、何故貴様は女神であることを隠し、俺に近づいた?」

 

 バージルは椅子に座ったまま、エリスに問いかける。

 彼女が真の姿を見せた瞬間、彼女の力が飛躍的に上がった……が、それでも自分より力は劣る。戦闘になっても、力だけ見れば確実に勝てるだろう。

 しかし、相手は悪魔の対となる存在……その中でも上位に位置する女神だ。悪魔では抵抗できない、予期せぬ力で消しにかかる可能性もある。バージルは刀を握る力を強め、エリスの言葉を待つ。

 するとエリスは、前に手を組んだまま、決してバージルを襲う素振りは見せず答えた。

 

「……貴方がこの世界に来た時、私は貴方を送った女神から、貴方に関する情報を見させていただきました……人間界を救った英雄、伝説の魔剣士の息子でありながら、魔界を開き、人々を混沌の渦に巻き込んだ大罪人……バージル」

「……」

 

 エリスは決してバージルから目を逸らさず、彼を真っ直ぐ見つめたまま話す。

 伝説の魔剣士、そして大罪人という言葉を聞き、バージルは少し眉を潜めるも、彼女の話を黙って聞き続けた。

 

「本来なら、そのような大罪人は問答無用で地獄に送る……そう、天界規定で決められていた筈なのに、あの人はどうして天界規定を無視してこの世界に送ったのか……それを知るために、そして貴方が不審な行動を起こさないよう監視するため、貴方に近づきました」

「俺と協力関係を結んだのもその為か」

 

 エリスは、少し間を置いてからコクリと頷く。

 

「その中で、貴方の力をしかと見させていただきました……悪魔の力も……」

「……ベルディアとの戦いも見ていたか」

「……はい」

 

 あの戦いをのぞき見していたのかと聞くと、エリスは申し訳なさそうに俯きながら答えた。

 悪魔の力――バージルがデビルトリガーを引いた姿を、彼女は見たのだろう。

 ならばわかっている筈だ。如何にバージルが強く――危険な力を持っているのかを。

 

「貴方の力は……強大です。もし貴方が魔王軍に寝返ったらと思うと……ゾッとします」

「フンッ、ならば今の内に地獄へ送るか?」

 

 流石の女神でも、あの悪魔の力には恐怖を覚えていたのか、エリスは怯えたように話す。

 彼女が話したように、バージルが魔王軍側につきでもしたら、この世界は三日と経たない内に魔王に支配されるだろう。

 それを止める方法は1つ。バージルが魔王軍へ寝返る前に、彼をこの世界から追放すること。

 きっとエリスは、それを最終目的としているのだろう。そう考えていたバージルは、エリスを挑発するかのように自ら案を出す。

 バージルの言葉を聞いたエリスは、下唇をキュッと噛むと、俯いたまま言葉を返した。

 

「……そう……ですね。確かにそれがいいのかもしれません……しかし、そのためにはまだ、知らなければならないことがあります」

「……?」

 

 悲しそうに、そして寂しそうにエリスが話した言葉を聞いて、バージルは不思議に思いながらエリスを見つめる。

 てっきりエリスは、自分を地獄に送る気満々でいるのかと思っていたが、どうにも今の彼女を見て、そうは思えなくなってきた。

 話が予想と外れた方向に行き始めたことを疑問に思うバージルを他所に、エリスは小さく深呼吸をして顔を上げる。

 薄暗い空間の中で光る、アメジストの瞳にバージルが映し出される中、彼女は口を開いた。

 

 

「貴方の話を……聞かせてくれませんか? 貴方がどのように生きたのか……最初から最後まで……貴方の口から、聞きたいんです」

 

 あの世界で、バージルは何を見、何を得、何を失ったのか――エリスは澄んだ瞳でそう尋ねた。

 沈黙する2人――この空間が少しの間静寂に包まれた後、彼女の願いを聞いたバージルはおもむろに口を開く。

 

「……いいだろう」

 

 どういう目論見かはわからないが、バージルは敢えてエリスの願いを聞き入れてやった。彼は腕を組み、刀を持ったまま両目を閉じる。

 そして、彼はポツポツと語り始めた――元いた世界で――悪魔が潜むあの世界で繰り広げた――バージルの物語を。

 




こんな感じで終わってますが、1回番外編挟みます。


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Secret episode1「Eris and Vergil ~慈愛の女神と悪魔の子~」★

今回はちょっとした裏話になります(長くないとは言っていない)
なので話自体は進んでいません。あと、個人的解釈が含まれますのでご注意を。
タイトル考えた時に元ネタの女神エリスを調べたところ、どうやら慈愛には程遠い不和(戦争大好き)な女神だったそうで。これアクア様じゃね?と思いましたが、聞いたところアクアとエリスの文字を合わせて並び替えたら、スポーツ選手には欠かせない物となるそうです。偶然の一致。


 ――いつもと変わらない朝を迎えた日のこと。

 今日も平和な1日でありますように、と願ったのも束の間――まるでその願いを全力で跳ね返した挙句ぶつけてくるかのように――それは突然やってきた。

 

 

「……な、な、なっ……!?」

 

 白と黒の市松模様が広がる床に、天井も壁もない薄暗い空間。そこの一部分だけ明るい場所で、白い椅子に座っていた1人の女性。

 彼女は1枚の紙を持ち、それを酷く動揺した様子で見つめている。そして紙に書かれている内容を、誰が聞いているわけでもないのに、彼女は声を震わせて読み上げた。

 

「魔界の王を封印した英雄……人間を愛した悪魔の息子でありながら、人間を何人も殺し、魔界の門を開いた大罪人……えっ……えぇええええっ!?」

 

 銀色の長髪にアメジストの瞳を持つ女性――エリスは大声を出して驚いた。

 

 

*********************************

 

 女神エリス――天界で『女神』として生まれた彼女は、とても温厚で慈悲深い性格の持ち主で、それは心体共に成長し、女神としての仕事を本格的に始める頃になっても変わらなかった。

 女神は、各々が様々な世界に配属され、そこで死んだ者の魂を導くのが主な仕事。エリスも例外に漏れず、とある世界に配属された。

 

 そこは『魔王』と呼ばれる邪悪なる者が人間界の支配を進めており、それに対抗するべく人間の冒険者達が戦っているという、中世ファンタジーのような世界。

 余程被害が甚大なのか、この世界の人口減少を危惧した天界が、この世界へ異世界からの転生をさせるという特例も出されていた。

 きっと、魔王軍の手によって常に死者の絶えない、過酷な世界なのだろう。話を聞いて心を痛めながらも、エリスは「志半ばで死を遂げた冒険者達の傷を少しでも癒せたら」と意気込み、その世界に旅立った。

 

 ……が、ビックリするほど仕事が来なかった。魂を迎える場で暇を持て余し、本当に魔王はいるのかと思ってしまうほどだ。

 しかし、だからといって決して仕事に手は抜かない。死者の魂が訪れれば、その魂としっかり向き合い、祝福を送っている。

 魂を導く仕事に加え、転生者のチェック、とある世界から転生された者の手から離れたチートアイテム、もとい『神器』の回収。

 仕事は多いが、彼女は文句も言わず上から任された仕事をキッチリこなしていった。

 

 ――それから時が経ち、彼女がその世界で国教として崇められ、その世界での信者数ナンバーワンになり、順風満帆な女神ライフを送っていた――そんな時だった。

 

 長い間連絡を取っていなかった先輩から、突然エリス宛に連絡が来た。何事かと思い連絡を受けると、先輩は「そっちの世界に魔王を討つ可能性を秘めた男を送るから」と言って、1枚の紙を送ってきた。

 先輩は相手をおちょくるのが好きな人だが、嘘は吐かない。一体どんな転生者なのだろうと、エリスはいつも通り転生者の情報が書かれた紙をチェックし――言葉を失った。

 

 本来なら、天界規定によって即刻地獄に送られる筈の大罪人――その男をこの世界に転生させたのだ。

 少しばかり感じていた眠気もどこへやら。エリスは驚きのあまり金魚のように口をパクパクさせている。

 と、その時、彼女の左側にあった机から光が漏れ出した。それを見たエリスは、すぐさま机の引き出しを開け、中に入っていた手鏡――今天界で流行中の通信道具を手に取った。

 彼女は両手で持ち、手鏡を見つめる。鏡にエリスの顔は映っておらず、代わりに彼女とは別の――黒いショートヘアの先輩女神が映し出された。

 

「さっき話した通り、そっちの世界に彼を送ったよ。後のことはよろしくね」

「よろしくねじゃありませんよ! なんってことをしてくれたんですか!?」

「おぉ、怒ってる怒ってる」

 

 平然とそう言ってのけた先輩に、エリスは青ざめた顔で怒りをぶつける。

 先輩はそれでも楽しそうに笑っていたが、エリスはお構いなく話を続けた。

 

「魔王を討つ可能性を秘めた男を送るからって聞いたので、先輩から転送された彼の資料を拝見しましたが……とんでもない大罪人じゃないですか!? しかも半分とはいえ悪魔だなんて……! 現世で数多くの人を殺した大量殺人鬼や、人々を混乱に陥れた大罪人は、問答無用で地獄に送る! 天界規定で決められているんですよ!? 忘れたのですか!?」

「勿論知っているよ。伊達に何年も女神やってないからね」

「だったら何故!?」

「面白そうだったから」

「はい!?」

 

 どうしてこんなことをしでかしたのか。その理由を尋ねると、先輩は予想外過ぎる答えを返してきた。

 

「だって、あの魔剣士スパーダの息子だよ? って、君は知らないか……スパーダは、僕の担当する世界で知らない者はいなかった。君の世界で言うなら、魔王以上に超有名で力を持った男だよ。そんな彼の息子を、ただ地獄送りにするのは勿体無いし面白くない。だから面白くなるように、君の世界に転生させたんだ。未だ進展のない君の世界に、僕自ら刺激を与えたってわけ」

「そんな理由で――!?」

 

 それっぽい理由を述べてはいるが、要は先輩が気まぐれで大罪人を送ったということ。

 そんなことでこの世界が危機に晒されるなんて、はた迷惑もいいところである。

 

「刺激があるから人生は楽しい。君も、彼という超イレギュラーな男と出会って、退屈な女神生活に刺激を与えるといい。丁度、君は別任務でちょくちょくその世界に降りることがあるんだろう? 良い機会じゃないか」

「私としては即死級に強すぎる刺激なんですけど!? 既に体力7割以上持っていかれたんですけど!?」

「3割も残っているならいいじゃないか。残りの体力で頑張ることだね。それじゃあ、彼のことは任せたよ。上げ底女神さん」

「上げ底言わないでください!」

 

 しかし、先輩は反省する様子を一切見せず、楽しそうに笑ってそう話す。

 ちゃっかり弄られたくないところを弄られて、エリスは思わず言い返すが、先輩からの言葉は返ってこない。手に持っていた手鏡も、先輩ではなく自分の顔を映し出していた。

 エリスはすぐさま手鏡に念を送り、先輩に繋げようとする。しかし、いつまで経っても先輩の顔が映し出されることはない。

 無視されていると悟ったのか、エリスは静かに手鏡を机上に置くと――今にも泣きそうな顔で頭を抱えた。

 

「ど……どうしよう……!」

 

 

*********************************

 

 ――先輩が大罪人を送ってから1日経ったが、まだこの世界に異変は起きていない。いくら大罪人といえど、転生してすぐ問題を起こすとは思えないが、それでもエリスは心中穏やかではなかった。

 そんなに心配なら監視すればいいじゃあないかと思うだろうが、女神とて万能ではない。下界にいる特定の人物を、天界から四六時中監視するには多くの魔力が必要となる。

 彼女の魔力ならば問題なくできるが……彼女には下界に残された神器を回収する仕事もある。いざ仕事の時間になった時に疲れていては、仕事が捗らない。

 

 また、彼女が心底不安に思っているのは、彼が大罪人だからだけではない。彼は、半分だけとはいえ悪魔なのだ。悪魔は総じて悪、滅ぶべき存在だと断定している彼女にとっては、自分の愛する世界に悪魔がいるのは看過できることじゃない。

 今すぐにでもその者のもとにいって消し去ってやりたいとこだが、残念ながらそうはいかない。相手は、魔界を統べる者を封印するほどの力を持った悪魔の息子。たかが女神1人で手に負える者ではないだろう。

 事が事なので、彼女は創造神にもこのことを相談した。しかし創造神は「見守れ」とだけしか言ってくれなかった。

 

「ハァ……ホント、どうして先輩はこんなことを……」

 

 エリスはため息混じりに呟く。が、愚痴ったところで何かが変わるわけでもない。

 もう嘆いていても仕方ないと思ったのか、エリスは頭をブンブン振ると、パンパンと両手で自分の頬を叩く。

 

「さて! お仕事お仕事! まだ魂の導きはないみたいですし……神器回収の続きをしますか」

 

 気を取り直し、エリスは仕事をしようと動き始める。今やるべき仕事を決めたエリスは、白い椅子から立ち上がり、数歩前に出る。

 そして上を向くと、上空には眩い光が、彼女の足元には青い魔法陣が現れた。彼女はフワリと浮き上がるとグングン上昇していき――光の中へ消えた。

 

 

*********************************

 

 

 一般の駆け出し冒険者からは高難度だと言われ、チート持ちの異世界転生者からは詐欺ダンジョンだと憎まれ、多くの冒険者から避けられているダンジョン、修羅の洞窟。元は、2人の冒険者が『楽に経験値を稼ぐ』ために作られたダンジョンだった。

 洞窟の構造をそのままに作り、モンスターの出現には『登録したモンスターを魔力を使って出現させる』神器を使用。そして、討伐されたモンスターの魂は討伐者の経験値に……はならず、『魂を使用者に吸収させる』神器によって、神器使用者のもとへ送られる。こうして、自分が苦労することなく、経験値を稼ぐことができるのだ。

 

 しかし、重大な欠点が1つ。それは神器を使える者は神器を与えられた者のみ。つまり、経験値を得られる者は『魂を吸収する』神器を持つ者だけだった。ダンジョンが完成するまでその仕様を2人は知らなかったのか、事実が判明した時に2人は揉め合いに。その流れでダンジョン内にあった高い崖から落ち、2人とも死亡してしまった。

 

 結果、このダンジョンには誰もいなくなり、残るは主を失った神器が二つ。神器は使用者以外が使う、また使用者が亡くなると効果が半減される仕組みになっている。『登録したモンスターを魔力を使って出現させる』神器は『登録したモンスターを魂を使って出現させる』神器に、『魂を使用者に吸収させる』神器は『魂を近くの物に吸収させる』神器となった。

 そして、二つの神器は偶然にも噛み合い、討伐されたモンスターの魂は討伐者の経験値とならず神器に渡り、それを媒介として新たなモンスターを生み出す。こうして、修羅の洞窟は永遠にモンスターが出現する、経験値の入らない誰得ダンジョンとなったのだった。

 

 今や誰も入ろうとしない修羅の洞窟。その中で、眩い光が放たれる。光の中から現れたのは、露出度の高い服でありながらも、短い銀髪にアメジストの瞳を持つ女性――盗賊クリスに姿を変えたエリスが、ここに眠る二つの神器を回収するため、下界に舞い降りた。

 国教にもなっている女神が街人に発見されたら大パニック間違いなし。だからこそ、こうして仮の姿で降りる必要があった。もっとも、下界に降りようと決意したのは別の理由があり、ちゃっかり口調を変えたりして盗賊クリスを演じて冒険するのを、わりと楽しんでいるのだが……。

 

「さってと……続きを始めようかね」

 

 エリスは軽く準備運動をしてから、洞窟内を歩き始める。

 彼女が下界へ降りる場所は、前回下界に降り、最後に天界へ戻った場所になる。ボス部屋手前で一端天界へ戻れば、次下界に降りる時はボス部屋の前となる。

 つまり、彼女はいつでもどこでも途中退場(セーブ)することができ、途中退場(セーブ)した場所から再開できるのだ。それは、途中で抜け出したらまた最初から攻略を進めなければならなくなる、修羅の洞窟も例外ではない。

 エリスは松明に火をつけ、盗賊スキルの『潜伏』と『敵感知』を使い、慎重に洞窟内を進んでいった。

 

 

*********************************

 

 ――修羅の洞窟、最深部。現在は特別指定モンスターが出現していると言われている場所。

 そこの入口でエリスは身を屈め、最深部にあった大広間をジッと見つめていた。

 

「ギュオオオオオッ!」

 

 大広間にいたのは、最深部にいると噂されていた特別指定モンスター、雷を操る天色の鱗を持つ巨大なドラゴン。

 

「――This may be fun(楽しめそうだな)

 

 そして、そのドラゴンとたった1人で戦っていた、初めて見る武器を身に付けている――銀髪青コートの男。

 1人と1匹による戦いを、クリスは黙って見守り続ける。その視線は、常に青コートの男に向けられていた。

 それもその筈。今まさに、ドラゴンと戦っている男こそ――先輩が異世界から転生させた、大罪人なのだから。

 

「……ッ」

 

 エリスは最深部で繰り広げられている戦いを見て、思わずゴクリと息を呑む。

 まさか、こんなに早く大罪人をエンカウントするなんて思ってもみなかったが、それよりも驚いたことが1つ。

 

「(ていうか……強過ぎません?)」

 

 大罪人が、常識外れのパワーとスピードを見せていることだった。

 しかしそれもその筈。彼は――伝説の魔剣士と呼ばれる悪魔と1人の人間から生まれた――半人半魔なのだから。

 が、いくら魔界の王を倒せるほどの悪魔の力を持っているとはいえ、高レベルの冒険者を一瞬で塵にするほどの力を真正面から受けても無事だなんて、ぶっ壊れもいいとこだ。

 

 やはり、彼の力は危険だ。もし彼が災厄を起こしてしまえば――冒険者は勿論のこと、下手したら魔王ですら手に負えなくなる。

 彼の父親は、資料を見るに人間の味方をしたそうだが、結局は悪魔。悪魔は例外なく滅ぶべき存在と考えている彼女には、彼が魔王を倒す勇者になってくれるとは到底思えない。かといって自分だけでは消すことはできない。

 ならばここは戦闘を避け、創造神の仰せの通りに、女神たる自分が責任を持って監視しなければ。そう考えていた時――ふと、彼女の頭に1つの案が浮かびあがった。

 

「(……ふむ。監視ついでに、神器回収も手伝わせてみますか)」

 

 彼の力を利用して神器回収を手伝わせる。そしてそれを口実に近づき、彼をある程度監視する。まさに一石二鳥だ。

 その中でもし彼が不審な動きを見せたら即消滅……はできそうにないので、どうにかして封印するとしよう。

 そこまで考えたエリスは、次にどうやって彼を神器回収に協力させるかを考える。ここは1つ、何か彼に貸しを作らせて……。

 

「(……彼が転生者なら、恐らくこの世界についての知識は皆無の筈。よし、これを使いましょう)」

 

 その方法を決めたエリスは、よしっと独り意気込んで前を見る。

 既に、彼はドラゴンを地に伏せており、今にもドラゴンにトドメを刺そうとしていた。

 そして、彼が浅葱色の剣を手にしたところで、エリスは潜伏スキルを使って飛び降り、殺意を抑えて背後から彼に近付いた。

 

 

 ――そして、紆余曲折ありながらも、計画通り彼と協力関係を結ぶことに成功した。出会い頭に大量の剣を向けられた時は、表には出しておらずとも泣きそうになったが。

 洞窟から抜け、ギルドにクリアの報告を伝えた後、彼女は男と別れ、街の中へ消えていく男の背中を見ながら呟く。

 

「……大罪人の貴方が、この世界にどのような影響をもたらすのか……見させてもらいますよ」

 

 異世界の大罪人――バージルを見て。

 

 

「……ってあぁっ!? 神器回収するの忘れてた!?」

 

 

*********************************

 

 

 ――それからエリスは、バージルとお宝探しに出向いた。

 予想していた通り、バージルの力は凄まじいものだった。道中のモンスターは軽く屠りたとえ優に百を越えるコボルトに囲まれても、一切の傷を負わず蹴散らした。

 勿論、もう1つの目的であるバージルの監視も忘れてはいない。女神として、彼の行動を注視している。

 しかし――その日、彼女の中に疑問が生じる。

 

 その原因の1つは――ダンジョンに向かう道中、運悪く山賊に絡まれた時。

 

 

「おうおうテメェ等っ! 生きてここを通りたけりゃあ、金目のモンは置いていきな!」

「抵抗するなら俺のナイフでズタズタに――おぉ? こりゃあいい姉ちゃん引き連れてんじゃねぇか……」

「こりゃあいいモン見つけたぜ……真っ平らなのがちと不満だが、最近溜まってっからな。この際文句は言うまい」

 

 山賊の3人が、クリスの姿に扮したエリスの身体を舐めまわすように見て、ジワリジワリと近づいてくる。

 ガタイのいい男3人が相手だが、こちとら何度も危険なダンジョンに潜ってお宝を探してきた盗賊だ。

 それに、気にしているところをため息混じりに言われてカチンときたので、スキルを使って3人を軽く捻ってやろう。

 そう考えたエリスは姿勢を低くし、いつでも動けるように構えた――その時だった。

 

「……? バージル?」

 

 山賊が絡んできた時から、彼女の横でずっと黙っていたバージルが、静かにエリスの前に出た。

 エリスと自分の間に入ってきた男を見て、真ん中の山賊が機嫌悪そうにバージルへ怒号を放つ。

 

「あぁん!? テメェに用はねぇんだよスカシ野郎! 邪魔するってんならテメェもっ――!?」

「「――っ!?」」

 

 ――が、バージルが彼の腹にパンチを1発入れたことで、その山賊は口を閉じた。

 彼は苦しむ素振りも見せることなくすぐに気絶し、その場にうつ伏せで倒れる。

 これには両隣にいた山賊も驚き、体格差のある男を腹パン1発で仕留めたバージルを奇怪な目で見ている。

 

「……失せろ」

「「ヒ……ヒィィィィィッ!?」」

 

 一声、バージルが警告を放った途端、残った2人の山賊は酷く怯えた声を上げ、バージルの前でのびている山賊を2人で引きずり、逃げるようにこの場から去っていった。

 山賊が見えなくなったところで、バージルは小さくため息を吐き、エリスに声をかける。

 

「……無駄な時間を食った。さっさと行くぞ」

「あっ……うん……」

 

 

 彼は――決して人を殺さなかった。

 モンスター相手には容赦のない攻撃で命を狩り取るが……人間相手だと、手は上げるものの、決して一線を越えようとはしなかった。

 その姿は、先輩女神から渡された資料とはまるで違っていた。資料には『悪魔だろうと人間だろうと、邪魔をする者は全て斬り伏せる』と記されており、彼が生前に殺した人間の数もかなり多かった。

 なのに、この世界に送られてきたこの大罪人は、決して罪を犯そうとしなかった。

 

 もう1つは――ダンジョンから脱出していた時。

 

「バージル! 出口が見えたよ!」

 

 崩壊するダンジョンから脱出するために、クリスとバージルは階段を上る。

 進む先に出口を確認したクリスは、急ぐ気持ちが出たのか、バージルを追い越そうと速度を上げる。

 

「ッ! しまっ――!?」

 

 が、その足を止めるように、クリスの足場が崩れ落ちる。

 突然のハプニングに、冒険者なら焦る場面だろう。しかしこれも経験済みだったクリスは、腰元に据えていたロープへ片手を伸ばす。

 

 

 ――とその時、彼女の手が誰かに握られた。

 

「……えっ?」

 

 クリスは顔を上げ、握られた手を見る。

 この場でクリスの手を握り、助けられることができる人物など1人しかいない。

 

「……」

 

 クリスと共にダンジョン探索に来た男――バージルだ。

 彼は無言で彼女を引き上げると、すぐさま出口にむかって走り出す。

 クリスも慌てて走り出し、彼の後を追う。

 

「(……何故……?)」

 

 ――大罪人である筈なのに、彼は人を助けた。

 生前、彼は多くの人を殺し、混乱に陥れたというのに。

 そんな男が、咄嗟に自分を助けてくれたことが信じられなかった。

 

 資料とはどこか違う――そんな大罪人の姿を見て、エリスは疑問を抱いていた。

 

 

*********************************

***

 

 そんな彼女のもとに――1つの機会が訪れる。

 それは、ダンジョンから脱出した後、道中で出会った冒険者と野宿を共にすることになった夜。

 

 

「安心して。貴方達を傷付けるつもりはないわ」

 

 ダストのパーティーメンバーであるリーンと一緒に小川へ行っていた際、オークに接近を許されてしまい、リーンを拘束されてしまった。

 エリスは即座に身構えるが、現れたオークは安心させるようにそう話す。

 

「……どういうこと?」

「ちょっとばかし、私達の『趣味』に付き合って欲しくってね。この子を拐わせてもらうわよ。大丈夫、絶対に危害は加えないし、食べるつもりもないわ」

 

 オークは余裕のありそうな笑みを浮かべ、リーンを拐おうとしていることと、その目的を話す。

 彼女等オークが言う趣味――それは、男。性欲に溢れた雌のオークは、種族など関係なしに男達を性的な意味で食っている。

 となれば、自分達を狙ってきた目的は――。

 

「貴方達がコボルトと戦ってるのを覗き見させてもらったけど……彼等、すっごく魅力的じゃない……特に、青コートの彼」

 

 ダスト、キース、テイラー、そして――バージル。

 

「あのコボルト軍団を前にして一歩も退かないどころか、逆にリーダーをぶっ刺して全員敗走させちゃうなんて……久々にゾクゾクしたわぁ」

 

 オークは空いている片方の手を頬に当てると、はふぅと官能的な息を吐く。

 

「で、彼等が気になった私達は、彼等を呼び寄せるために、お仲間さんの貴方達に協力してもらおうと思ってね。仲間を拐えば、彼等は助けに来てくれる筈。それを、私達が集落で出迎えるの。良い作戦でしょ?」

 

 リーンは、男達をおびき寄せるための餌。本命は助けに来る者だとオークは話した。

 嘘を吐いているようには見えないが、相手はあくまでモンスター。人質は絶対に傷つけないと言っているが、それも信用できるかどうか。

 エリスは警戒を解かず、相対するオークを睨み、どうにかリーンを助けようと思考を働かせる。

 

 ――が、そこでエリスは懸念を抱いた。

 

「(……本当に……助けに来るのかな……)」

 

 捕まった仲間を助けに、バージルは動いてくれるのだろうか?

 コボルトに冒険者が包囲されていたのを見た時も、自分の誘導がなければ、彼は無視しようとしていた。

 そんな彼が本当に、自分から助けにきてくれるのか?

 

 

「――待って」

「うんっ?」

 

 エリスは武器を降ろし、オークに声を掛ける。

 興味有りげに視線を向けるオーク。未だ脇に抱えられたリーンが涙目で見てる中、エリスは口を開いた。

 

「拐うなら――私を拐って」

「クリスちゃん!?」

 

 もし自分が捕まっていたら、彼は助けに来てくれるのか。エリスは、オークの作戦を利用してバージルを試してみることにした。

 何を言っているんだとリーンは訴えるが、エリスは発言を撤回しようとしない。

 オークを真っ直ぐ見つめ、エリスは言葉を待つ。その様子をオークはジッと見つめていると――。

 

「……いいわ。貴方の方が、大人しく待っててくれそうだし」

 

 彼女は、クスリと笑ってエリスの提案を呑んだ。

 

 

*********************************

 

 ――そしてエリスはオークに大人しく従い、集落の奥で檻の中に入れられた。

 正直、策があると疑われて提案を呑んでくれるとは思っていなかったから、あそこでオークがアッサリ提案を呑んだのは予想外だった。

 とにもかくにも結果オーライ。エリスは檻の中で、両膝を抱え込んだ姿勢で座って待つ。その傍には、見張り役として自分を拐っていったオークがいた。

 

「……」

 

 エリスは黙り込んだまま、ジッと檻の外を見つめる。未だ、集落に異変は起こっていない。

 脳裏に浮かぶのは――崩壊するダンジョンで、自分を助けてくれたバージルの姿。

 どうして大罪人である彼は、人助けをするような行為を咄嗟にしたのか。彼の心の内が、この作戦で少しでも見えればいいのだが……。

 そう思っていた時、見張り番として立っていたオークが、唐突に話しかけてきた。

 

「ねぇ、銀髪の子猫ちゃん」

「……? 私?」

「貴方以外に誰がいるのよ」

 

 慣れない呼び方で呼ばれ、少し困惑を覚えるエリス。

 その姿が初々しいと思ったのか、オークは楽しげに笑うと、彼女に問いかけた。

 

「何か悩み事?」

「えっ……?」

「あら、わかりやすい反応ね」

 

 まるで心を読まれたかのような質問を聞き、エリスは驚きを隠せず声を上げる。

 

「な、なんで……」

「貴方の顔が、昔の私に似てたからよ。もしかしたら、同じ悩みなんじゃないかしら?」

 

 気になったエリスは、どうしてわかったのか理由を尋ねる。

 それに答えたオークは、自分の記憶を思い出すかのように夜空を見上げ、言葉を続けた。

 

「そう……気になる人がいるけど、どうやってその人のことを知ればいいのかわからない……みたいな?」

「――ッ!」

「あらまたわかりやすい反応。ドンピシャだったかしら?」

 

 そして、自分が抱えている悩みもピタリと言い当てられ、エリスはまたも驚いた。

 余裕ありげな佇まいにどこか大人の魅力が感じられる雰囲気。きっと彼女は、長いこと生きているオークなのだろう。

 

「……あの、青コートの彼?」

「……はい」

 

 オークに尋ねられたエリスは、正直に答えてコクリと頷く。

 

「彼が何を考えているのか……わからないんです。彼は何を思って行動しているのか……」

「うーん……彼、外見からして堅物そうだものねぇ。苦労する気持ちはわかるわ」

 

 クリスとして演じることも忘れたエリスは、目線を落としつつもオークに相談する。

 本来なら、人間に危害を加えるモンスターに心を許してはならないのだが、何故かこのオークには話したくなっていた。

 オークはエリスの相談に乗り、バージルの姿を思い浮かべてそう呟く。

 

「なら、そんな貴方に私から1つアドバイス」

「えっ?」

 

 するとオークは、ピッと人差し指を立ててそう告げた。

 顔を俯かせていたエリスは、顔を上げてオークを見る。

 

 

「相手の心を開こうとする時は、まず自分から。心を開かないまま接しても、相手の心は開けないわよ」

「……っ」

 

 自分から歩み寄らねば、相手のことなど知れる筈もない。

 まるで、エリスの全てを見透かしているかのように、オークは助言を伝えてきた。

 

「こんな回りくどいことはせず、気になる相手に猛アタック! 最初は拒まれても、いつか思いが届く筈よ。貴方も、積極的にアタックしてみなさいな」

 

 オークは最後にウインクをし、助言を伝え終える。

 まさかオークに人生のアドバイスをされるなんて思ってもみなかったが……彼女の言葉は、エリスの胸に深く突き刺さった。

 エリスは再び顔を俯かせ、オークの言葉を心の中で復唱する。

 

「(……ってあれ? 今、こんな回りくどいことはせずって――)」

 

 先程のオークの言葉――まるで、エリスがバージルを試すために自ら捕まったことを知っていたかのような発言が引っかかったエリスは、咄嗟に顔を上げてオークを見る。

 彼女の視線を受けたオークは、全てわかっているかのように微笑みを見せた。

 ……きっとこのオークは、自分が想像するよりもずっと経験豊富なのだろう。

 

「……さて、ようやくお客さんが来たみたいね」

「えっ?」

 

 すると、オークはそう呟いて前を見た。

 それを聞いたエリスは、同じく前方――集落の入口方面を見る。

 

「(――ッ!)」

 

 その瞬間――彼女が見ていた方向から、強い魔力を感じた。

 

「(この魔力は……まさか……)」

 

 本来は女神の彼女だが、今は仮の姿。魔力関連に長けてはいない。

 しかしそれでも感じ取れてしまう、オークの集落に侵入してきた者の強大な魔力。

 

「(バージル……さん……)」

 

 間違いない。これはバージルだ。彼が――ここに来てくれたのだ。

 

「……さってと」

「ッ! あ、あの――!」

 

 バージルが来たことに驚いている傍ら、見張り番だったオークが武器を構え直す。エリスは彼女に目を向ける。

 こんな自分の相談に乗ってくれた、心優しきオーク。彼女なら、話し合いができるのではないだろうか。そう思い、エリスは彼女へ声を掛ける。

 

「おっと、止めようとしないでね? 勇ましい男達が私を待ってるの」

 

 が、そんな心情さえも理解していたのか、オークはエリスに目を向けず釘を刺してくる。

 片や、人間に被害を及ぼすモンスターを討伐する冒険者。片や、男の人間を殺すまで絞り尽くすモンスター。立場上、2人は決して手を取り合うことはできない。

 

「じゃあね子猫ちゃん。生まれ変わったらまた会いましょう」

 

 そしてオークはエリスへ再度ウインクをし、武器を握り締めてこの場を去っていった。

 遠くなっていく背中。自分へ助言をしてくれたオークに、エリスは独り両手を合わせ、祈るように心の中で呟く。

 

「(ありがとう、名も知らないオークさん。生まれ変わったら、今度は人間としてお会いできますように)」

 

 

*********************************

 

 しばらく待っていると、前方からダスト達が現れた。

 バージルの姿が見えなかったため、彼はどこにいるのか尋ねると、彼は囮としてオークを相手にしていると話した。

 ダスト達と様子を見に行くと、確かにバージルはいた。広場でオークと戦っていたのか、彼の周りにはおびただしい量の死体が転がっていた。

 

 ――その後、もう日が昇り始めていたので野宿するのはやめ、ダスト達と共にアクセルの街へ帰ることにした。

 

「……意外だね」

「ムッ……?」

 

 帰りの道中、2人はしばらく沈黙していたが、エリスは自らバージルに話しかける。

 

「正直言うと……バージルが助けに来てくれるとは思ってなかったの。多分、見捨てて帰っちゃうんじゃないかなーって……」

 

 バージルが目だけこちらに向けている中、エリスは思っていたことを話す。

 彼は、人間を何とも思わず殺せる大罪人だ。仲間なんて無価値だと断言する男だ。そう、書面には書かれていた。

 なのにどうして、彼は助けに来たのか。その本心を知りたい。

 エリスはチラリとバージルの顔を見る。するとバージルは、目を再び前方へ向けてこう答えた。

 

「……今回、宝探しに付き合った分の情報を、まだ貴様から貰っていない。貴様を助けた理由など、ただそれだけだ」

 

 エリスを助けたのは、あくまで協力者だったから。契約上仕方なく助けたのだと。

 彼の返答を聞いたエリスは俯き、独り考える。

 

 そうだ。バージルはそういう男だ。人間と関わる時は、あくまで利用目的でしかない。先輩から貰った書面にも書かれていたことだ。

 ――しかし、それが本心だと思えない自分もいた。

 確証はない。だが、ここで決めつけてしまうのはよくないと、エリスは考えていた。

 

「……フフッ」

 

 そう考えていた自分を笑うように、エリスは笑い声を漏らす。

 いつもなら自分は、問答無用に地獄へ送っていただろうに。いつの間にか考え方が変わっていた自分に、エリスは思わず笑ってしまった。 

 

「何を笑っている」

「ううん、なんでもない」

 

 バージルにも聞こえていたようだ。ジト目で見てくる彼に、エリスは言葉を返す。

 相手を知るなら、まず自分から……バージルを知るためには、自分から歩み寄る必要がある。

 

「ありがとう、バージル」

「……フンッ」

 

 だが、彼は大罪人だ。地獄行きの者に心を開くのは、天界規定で禁じられている。だから開くのは、ほんの少しだけ。

 人間らしい自分と関わる時、彼はどう出てくるのか。彼は人間を酷く嫌っていると資料に書いてあった。ダクネスからも、最初は喉元に剣を突きつけられたと聞く。

 もし資料通りならば、人間らしく振舞う自分を見て彼は嫌悪感を覚え、いずれ刃を振りかざしてくるだろう。

 ――見極めねばならない。

 

「(……貴方がどういう人なのか、確かめさせてもらいますよ)」

 

 彼は、この世界にとって――善か悪か。

 

 

*********************************

 

 そしてエリスは、バージルに人間らしく接し、積極的にスキンシップを図り始めた。暇な時は自ら話しかけ、時にはハイタッチを求めたり、自分でもビックリするぐらいに。

 

 自分が絡んでくる度に、バージルは今まで以上に鬱陶しそうな顔を見せた――が、彼は未だに自分へ刃を向けようとしない。

 まだ足りないのだろうか。そう思い、彼女は決してそれをやめようとせず、バージルと接していく。

 

 そして――人間らしく振る舞い始めてから、1ヶ月が過ぎようとした頃。変化が訪れたのはバージルではなく、エリスだった。

 

 

*********************************

 

「……今日はバージルとお宝探しに行かないのか?」

「そうしたいのは山々なんだけどねー。肝心のバージルがいないの」

 

 とある日の昼下がり、アクセルの街ギルド内にある酒場にて、カウンター席に座っていたエリスは、水が入ったコップを片手にため息を吐く。

 彼女の横に座っているのは、エリスの大親友、ダクネス。彼女も水を少し口にしては、机の上にコップを置き、エリスの話を聞いている。

 

「いきなりいなくなってて、どこにいったのか受付嬢に聞いてみたら、1人でクエストに行ったんだって……別に行くのは構わないけどさー、私に一言ぐらい言ってくれてもいいじゃん! 協力者なんだよ!?」

 

 プンプンと怒り気味に話すエリスの話を、ダクネスは苦笑しながらも聞き続ける。

 

「バージルがいるなら難関ダンジョンもなんのそのーって思って色々計画してたのに……早く帰ってこないかなぁー」

 

 今すぐにでもお宝探索に行きたいのか、エリスは頬杖をついてため息混じりに呟く。

 パタパタと足を動かし、退屈そうにしているエリスを見たダクネスは――楽しそうにクスリと笑った。

 

「……何っ? こちとらお宝探しができなくて暇なのに……」

「いや、すまない……クリスはバージルと一緒にいるのが、とても楽しいのだろうなと思って……」

「……えっ?」

 

 ダクネスにそう言われて初めて、エリスはようやく気付いた。

 自分は、笑っていた。大罪人である筈の、バージルの話をする時に……そして、バージルとお宝探しをする時、自分はいつの間にか、心の底から楽しんでいたのだ。

 

「……っと、そろそろ行かねば。クリス、私は明日から実家に戻って筋トレをしてくる。今からカズマにもそのことを伝えてくるよ」

「……うん……」

 

 ダクネスが別れの言葉を告げて立ち去る中、エリスは上の空で返事をする。

 

 魂を導く女神は、大罪人に心を開いてはならない。

 心を開けば、本来地獄に送らねばならない魂を、そのまま天国に行かせるか、転生させてしまうからだ。

 そうなれば、天国は荒れ始め、新たな大罪人を生み出すきっかけになってしまう。だからこそ、天界規定で禁じられているのだ。

 しかし、それを無意識の内に破ってしまい、バージルへ心を開き始めていたエリスは――こう思ってしまった。

 

「(バージルさんは……本当に大罪人なのでしょうか……?)」

 

 

*********************************

 

 その日から数日後、バージルが帰ってきたということで、久しぶりに彼と神器回収に出向いた。

 いつも通り彼と接していくが……お宝探しが終わる頃には、ダクネスに言われた通り「楽しい」と思っている自分がいた。

 ふと、あのオークの言葉が頭に過ぎる――『心を開かないまま接しても、相手の心は開けない』

 では、彼に心を開き始めている自分なら……バージルの内面を覗けるのではないだろうか?

 

 そう思った時に――彼女は見てしまった。

 

 ――想像を絶する悪魔の力で、魔王軍幹部を殺したバージルを。

 

「……ッ」

 

 クリスに姿を変えていたエリスは、魔王軍幹部が住処としていた古城、その最上階の部屋の前。彼女は潜伏スキルを使い、息を殺して部屋の中を見ている。

 夜、独りバージルが街の外へ行くのを見かけたので、気になった彼女は、バージルに気付かれないよう後を追ってきたのだが……まさか、このような場面に出くわすとは思っていなかった。

 部屋の中では、鎧はボロボロに、片腕を失くした魔王軍幹部のデュラハンが倒れており、それをバージルは静かに見下ろしている。

 

 今は人間の姿に戻っているが……彼が悪魔の力を解放した時、それは凄まじく恐ろしい力を発揮していた。こう見えて、彼女も長年女神として生きているが、これほどまでに身の毛がよだつ存在を見たのは、生まれて初めてだった。

 あの姿を見るまで、彼女は「バージルは本当に大罪人なのだろうか?」と疑問に思っていたが、あの姿を見てしまった今、こうも思ってしまった。

 

 ――あれが、彼の本当の姿なのか――と。

 そう思っていた時――。

 

「貴様は……人間か……? それとも……悪魔か……?」

 

 倒れていたデュラハンが、今にも消えそうな声でバージルに尋ねた。

 それを聞いたバージルは少し間を置くと、静かに口を開く。

 

「……悪魔だ」

「――ッ!」

 

 バージルがそう答えた時、彼女は少し驚いた。

 もしかしたら見間違いかもしれない。でも、エリスにはそう思えなかった。

 きっとデュラハンも気付いていないだろう。自分にしか――この世界で、誰よりも彼と関わってきた自分だからこそ気付けたこと。

 

「(どうして……そんなに寂しそうなんですか……?)」

 

 バージルは――寂しそうに、悲しそうに答えていたように見えた。

 生前、彼は悪魔として生きたと、資料には書かれてあった。ならば、デュラハンの質問に悪魔と答えるのはごく自然なこと。

 なのに何故、彼はあんな顔を見せたのか――エリスにはわからなかった。

 

「貴方は……本当に悪魔なんですか……?」

 

 

*********************************

 

「……」

 

 死者の魂を導く間――エリスは終始俯き、椅子に座っていた。

 あれからずっと、彼女は神器探しの仕事に手をつけていない。どんな顔でバージルと会えばいいのか、わからなくなっていた。

 今日も死者の魂がほとんどこない暇な日で、彼女はずっと椅子に座ったまま動かない。もし魂が来たとしても、今の状態ではキチンと魂を送り届けられる自信がない。

 

「……バージルさん……」

 

 もう今日で何度目だろうか。エリスはポツリと彼の名前を呟く。

 脳裏に浮かぶのは、彼がデュラハンの質問に答えた時に見せた顔。

 どうして彼は、あんな顔を見せたのか。悪魔として生きてきたにも関わらず、何故あんなにも悲しそうで、寂しそうだったのか。

 

 

「(……知らなきゃいけない……もっと……バージルさんのことを……)」

 

 どうして、彼は悪魔として生き始めたのか――この世界に来る前、元の世界で彼はどのように生き、死んだのか。

 先輩から渡された資料には、彼の簡単な情報しか書かれていなかった。あれだけでは、バージルの全てを知ることはできない。

 彼のことをもっと知れば、彼のことを探れば――何かわかるかもしれない。

 そう思ったエリスは、自分の横にあった机の引き出しを開け、中にあった手鏡――通信道具を取り出した。

 彼女は両手で手鏡を持ち、手鏡へ念を送る。通信相手は勿論、バージルをこの世界へ送ってきた張本人。

 

 

「――やあ、エリス。刺激のある女神ライフを楽しんでいるかい?」

 

 まるで、自分が連絡するのをわかっていたかのように笑う、黒髪の先輩女神――タナリスだ。

 

「刺激が強すぎてこっちが疲れましたよ……先輩も、お変わり無いようで何よりです」

「うん。てっきりバージルを送った後は、すぐにでも女神をやめさせられるのかと思ってたけどね。引き継ぎの女神がいないのかな?」

「ま、まぁ……先輩の担当はおっかない場所ですし……」

「そう? 慣れれば楽しいと思うんだけどねぇ」

 

 先輩女神であるタナリスと、エリスは互いに言葉を交わす。

 彼女も詳しくは知らないが、タナリスは余程の物好きでもなければ務まらない世界を担当しているらしい。それも、彼女自ら志願したのだとか。

 昔から、彼女の考えていることはわからない。子供のような無邪気な笑顔を浮かべているが、その裏では何を考えていることやら。

 

「……で、どうかしたのかい? 何か用があって連絡してきたんだろう?」

「……はい」

 

 談笑を切り上げ、タナリスから本題に話を持っていく。

 それを聞いたエリスは、一度気持ちを落ち着かせるように深呼吸をすると、鏡越しにいるタナリスと目を合わせ、用件を話した。

 

 

「……バージルさんの記憶を、見させてもらえませんか?」

 

 大罪人は、即刻地獄へ送るのが天界規定に定められている。当然、大罪人と向き合う――相手に歩み寄るなどもっての外だ。

 きっと今の自分を見たら、過去の自分は怒り心頭で止めにくることだろう。

 これが女神として正しいことではないのはわかっている。しかし、この気持ちを抑えることはできなかった。

 

「……どういう風の吹き回しかな? あれだけ、大罪人は即刻地獄行きー! って主張してたのに、あろうことか大罪人の記憶を知ろうとするなんて」

「えっと……色々ありまして……」

 

 何故かニヤニヤと、自分をからかうように聞いてくるタナリスに、エリスは声が少し小さくなりながらも答える。

 彼女の言葉を聞いたタナリスは、しばらく「ふーん」と言いながら笑った後、エリスが見ている手鏡に映るように、彼女は指を鳴らした。

 瞬間、彼女の横にあった机の上に1冊の本が現れた。酷く古びた茶色い表紙の分厚い本で、まるでどこかの神話が書かれているような物だ。

 

「こんなこともあろうかと、彼の記憶をコピーして1冊の本にまとめておいたんだ。日頃から辺境地で頑張っている可愛い後輩に、僕からのプレゼントだよ」

「……先輩、私がこうしてくるってわかってました?」

「さぁ、どうだろうね?」

 

 あまりにも用意が良すぎる。エリスはジト目で尋ねるが、彼女は何のことやらとばかりに首を傾げる。

 ……やはり、彼女の考えていることはわからない。

 

「とにかく、そこにバージルの生前の記憶が最初から最後まで載っている。大事にするんだよ? ……っと、死者が来たみたいだ。そろそろ切らせてもらうよ」

「はい。ありがとうございます、先輩……お仕事、頑張ってください」

「君も頑張りなよ、最近パッドを新調したエリスさん」

「パ、パッドのことは言わないでください! ていうかなんで新調したこと知って――!? ……切れてる」

 

 別れ際にまたも胸のことを弄られ、すかさずツッコミを入れるものの、またも届かず。手鏡は光を失い、自分の顔を映し出していた。

 先輩は変わってないなと思いながら、エリスは引き出しの中に手鏡をしまう。そして、タナリスから送られた1冊の本に目をやった。

 

「ここに……バージルさんの記憶が……」

 

 エリスはゴクリと息を呑む。

 地獄行きの者や大罪人の記憶を知るのは、場合によっては情が移ってしまう危険性もあるため禁止されているのだが、今のエリスはそんなことを気にも止めず、本を手に取る。

 そして――ゆっくりと、最初の1ページを開いた。

 

 

*********************************

 

 ――とある国の辺境に建てられた、1つのお屋敷。その庭に、4人の家族がいた。

 エリスの腰元までしか身長のない、髪も顔もそっくりな、赤い服と青い服を着た銀髪の双子。2人は木製の剣を握り、1対1で戦っている。

 その様子を、両腕を組んでジッと見つめている1人の男性。バージルによく似た髪型で、左目にモノクルを着け、紫色のコートを纏っている。一見厳つい顔つきだが、どこか暖かい印象も覚える。

 そんな彼の横に、芝生の上に座って双子に声援を送る女性が1人。上半身は大きな赤いストールで包み、下半身は黒いスカートで隠しており、下の芝生に届くほどの長い金髪を持っている。

 

「(あの人達は……)」

 

 その様子を遠くから見ていたエリスは、4人が誰なのかをすぐに理解していた。

 双子が言い合う度に笑顔を見せている女性は、バージルの母――エヴァ。その隣にいる男性は、バージルの父――伝説の魔剣士、スパーダ。

 そして、騒ぎながらも剣を振っている、赤い服を着た子供は、バージルの弟――ダンテ。対して彼の攻撃を受けながらも口喧嘩を買っている、青い服を着た子供――バージル。

 バージルの幼き日――まだ彼が悪魔ではなかった頃の記憶だった。

 今では見る影もない彼の幼少期を見て、エリスは思わず笑顔になる。彼にも、こんな時期があったのかと。

 

 父の、思わず目を背けたくなるような地獄の鍛錬。母の、エリスでさえも心安らいでしまう子守唄。双子の、事あるごとに起こす兄弟喧嘩。

 父が悪魔で、双子が半人半魔であることを忘れてしまうような、幸せな家庭がそこにあった。

 誕生日には、母からアミュレットを、父から身の丈以上の剣を……どこを切り取っても幸せそうな4人を見て、エリスの心が温まる。

 

 しかし、ある日――突然、父が家族の前から姿を消した。

 厳しい鍛錬をするも、時には優しい一面を見せてくれた父。そんな彼が何も言わず消えてしまったことに、双子は母のもとで泣いている。

 そんな双子を優しく包むように、母は言った。

 

「あの人は仕事でちょっと遠くに出かけたのよ。大丈夫、彼はすぐに帰ってくるわ」

 

 いつか必ず、彼は帰ってくる――いつかまた、4人で楽しく幸せな日々を過ごせると。

 父の帰りを待つ3人を見てエリスは、ここが記憶の世界であることも忘れ、3人へ祝福を送っていた。

 

 

 ――が、その願いは無情に、そして残酷な形で砕け散ることとなる。

 3人がいつも通り、そして父の帰りを待っていた時――。

 

 

 ――悪魔が、現れた。

 

 彼らの父、スパーダは、人間界を守るために魔界の軍勢と立ち向かい、勝利を収めた英雄だ。

 しかし、悪魔側から言わせてみれば、自分達を裏切った上に、魔界の王である魔帝さえも封印した、魔界史上最悪の反逆者。これに、悪魔達が怒りを覚えない筈がなかった。

 突如としてバージル達のいる屋敷を襲った悪魔達は、スパーダに復讐すべく、彼に連なる者――家族である3人に襲いかかった。

 双子は母を守るため、父から教わった剣術で襲いかかる敵と戦った。彼等はまだ10にも満たない子供だが、それでもスパーダの血を受け継ぎし者。侮ることはできない。

 

 そこで悪魔達は、スパーダの力――双子を二分することにした。刀を持っていた方、バージルを屋敷から転移させ、少し離れた墓場へ。

 バージルを待ち受けていたのは、武器を手にした幾多の骸骨。彼は交戦しつつ、急いで屋敷に戻ろうとするが、悪魔達はそれを許さない。

 彼等はバージルを墓場から逃さまいと、その手に握られた武器で、彼の心臓を突き刺した。そこがお前の墓だと告げるように、バージルは1つの墓に打ち付けられ血反吐を吐く。

 

「ゴフッ……!?」

「あっ……ああっ……」

 

 エリスは助太刀に行こうとしたが、ここは記憶の世界。過去の出来事。彼の過去に干渉することはできず、彼女はただ見ることしかできなかった。

 バージルは呼吸もままらないまま、地面に刺さる閻魔刀へ縋るように手を伸ばす。そして視線の先に、煙が上がっているのを見た――自分達の屋敷、母と弟がいる筈の屋敷から。

 

「……ダンテ……!」

 

 掠れた声で弟の名を叫ぶ。しかし、今の彼にもう戦える力はあらず。

 バージルは伸ばしていた手を地面に落とし、両目を閉じた。

 

「コロシタ?」

「アア、スパーダノ女――コロシタ」

 

 無慈悲な悪魔の会話を、確かに聞きながら。

 

 

 ――しばらくして、バージルは目を覚ます。

 墓場には彼以外おらず、あの悪魔達もいない。バージルが死んだと思い、この場を去ったのだろう。

 空は雨雲が覆い、血を洗い流すように降り続ける。意識を手放す前に見た煙は、消えていた。

 

「……母さん……ダンテ……」

 

 彼は心臓に刺さっていた槍を引き抜いて立ち上がり、地面に刺さっていた閻魔刀を抜くと鞘に納め、杖がわりにしながら屋敷があった方へ歩く。

 もしかしたら、2人とも助かっているかもしれない。そんな淡い希望を抱いていたが、屋敷に戻ってくると、それは脆くも崩れ去った。

 屋敷は既に半壊し、燃えていたのか所々炭になっている。そして、いたるところに赤黒い血が飛び散っていた。

 バージルは屋敷の中を少し進み、ピタリと足を止めて足元を見る。

 

 床に転がるのは、母エヴァの頭。首から下は既に無くなっていた。

 

「……母を守れなかったのは、俺が弱かったからだ。愚かだったからだ。力こそが全てを制する。力がなくては何も守れはしない。自分の身さえも……」

 

 バージルは亡き母へ、そして自分自身へ誓うように呟く。

 屋敷の屋根は壊れ、そこから雨が降り注いでいる。彼は濡れた髪に手をかけると――。

 

「ならば求めよう。親父から――スパーダから受け継いだ、悪魔の力を――」

 

 決意を表すように、片手でかきあげた。

 

 

*********************************

 

 

 その日を境に、バージルは悪魔として生き始めた。

 人の心などとうに捨て、邪魔する者は全て、悪魔は勿論のこと、人間でさえも手にかけた。

 しかし、それでも一度は人間に歩み寄ろうとした。とある街で出会った女性と身体を交わし、子を授かった。

 が……運命が彼を人間側から引き離すかのように、その女性は悪魔に殺された。まるで、かつての日を再現するかのように。

 そして彼は、人間と関わることをやめた。残された赤子は孤児院の前に黒い布を巻いて捨て置き、ひっそりと街から去っていった。

 

 その後――彼は生き別れた弟と、数年ぶりの再会を果たす。

 

「あまりに久しぶりだと、兄弟でもわからねぇときた。あんたにこんな趣味があるとはな……死体と悪魔? デートにしちゃシケてるぜ」

「長らく会わなかった……お互い理解できずとも仕方はあるまい」

 

 弟は感動の再会に喜んでいたのだろう。上機嫌そうに、バージルへ話しかける。

 しかし――その時にはもう、手遅れだった。

 

「魔界を開く――俺の手で」

 

 彼は、魔に魅了されていた。

 最初は、母を殺した悪魔に復讐するため、という目的もあっただろう。しかし、悪魔として生き続けていく内に目的を忘れ、『力を求める』ことを目的とする修羅になってしまった。

 いつの間にか、守りたかった母を、自分が人間であることを嫌でも認識させられる存在だと憎み、弟を、元は1つだったスパーダの力を二分させ、その半分を持っている存在として憎んだ。

 その果てに、父が守った人間界でさえも犠牲にして力を得ようと動き出した。魔界の門となる塔を復活させるため、同じく魔に魅了されていた1人の男と同盟を組んでいた。

 

「俺は魔界へ行く。邪魔をするなら誰だろうと斬る」

「あんたほどの男が悪魔の手先に成り下がるとはな。哀しいね」

 

 彼は、弟との再会を喜びはしなかった。それどころか、彼は弟さえも手にかけようとした。

 ダンテを圧倒的な力で打ち負かすと、彼は我が道を進み、7つの封印を解き、塔を復活させた。恐怖を生み出す土台――テメンニグルを。

 バージルは更なる力を得るために。ダンテは兄を止めるために。2人は、復活した塔の上で再び出会う。

 

「感動の再会って言うらしいぜ、こういうの」

「――らしいな」

 

 

 ――とうに涙など枯らしたバージルを見て、エリスは独り泣いていた。

 

【挿絵表示】

 

 

「こんなっ……こんなのって……っ!」

 

 彼が悪魔となったきっかけを、そして悪魔となってしまった彼を見るのは、慈愛に満ち溢れ、あの世界でバージルと関わってきた彼女にとっては、とても辛いものだった。

 流れ出た涙はいくら拭っても止まらず、目元は真っ赤に染まっている。そんな彼女を他所に、記憶の世界は進み続ける。

 

「いいだろう。お前もスパーダの血筋。貴様を殺してその血を捧げるとしようか」

「どうやら俺の命がお望みらしい――そう簡単にやる気はないけどな!」

 

 塔の最深部――双子は再び剣を交える。あの頃の兄弟喧嘩とは違う、本当の殺し合い。

 たとえその後、奪われた力を取り戻す為に弟と協力したとしても、あくまでも一時的なもの。この双子は、決してわかりあうことはできなかった。

 

「俺達がスパーダの息子なら、受け継ぐべきは力なんかじゃない。もっと大切な――誇り高き魂だ! その魂が叫んでる。あんたを止めろってな!」

「悪いが俺の魂はこう言っている――もっと力を!」

「――双子だってのにな」

「あぁ――そうだな」

 

 薄暗い、鍾乳洞のような場所――魔界の底で、双子は己の力をぶつけ合う。話し合いなど通じない。ダンテがバージルを止めるには、バージルが力を得るためには――こうするしかできなかった。

 

 ――やがて、壮絶な双子の戦いは終わりを迎える。

 バージルは――ダンテに斬られ、剣を手放した。

 

「これは誰にも渡さない。これは俺の物だ。スパーダの真の後継者が持つべき物――」

 

 バージルは水の中に落ちた物、母から誕生日に貰ったアミュレットを手に、ダンテから遠ざかる。

 彼の背後には、崖が――その下は、どこまで続くかわからない魔界の奈落。

 

「ッ……バージルさん!」

 

 彼が何をしようとしているのかを悟ったエリスは、思わずバージルの名前を叫ぶ。それよりも先に、ダンテがバージルに駆け寄った。

 ――が、ダンテの喉元に刀が突きつけられる。これ以上先に来るなと、警告するかのように。

 

「お前は行け。魔界に飲み込まれたくはあるまい。俺はここでいい。親父の故郷の――この場所が――」

 

 そして――バージルは後ろへ倒れこむように、奈落の底へ落ちていった。

 助けようと伸ばしたダンテの手を――刀で切り払って。

 

「ッ……バージル……バージルさんッ……!」

 

 エリスはその場に座り込み、両手で顔を覆い隠す。両手は溢れ出た涙で濡れ、流れ落ちた涙は水の中へと消えていった。

 しばらく泣き、ゆらりと顔を上げると――また場所が変わっていた。床は血のような色で溢れた水面。所々に、墓石のような物が置いてある。

 そして、その中心に――腹に深手を負い、苦しそうに立ち上がるバージルがいた。

 

「バ……バージルさん!」

 

 彼の姿を見たエリスは、すぐさま彼の傍に駆け寄ろうとする。が、いくら走っても彼の傍に近づけない。

 やがて、立ち上がった彼はエリスに顔を向けることなどなく、上空を見上げる。エリスも同じくその方向を見ると――上空には、禍々しい光を放つ三つの目が浮かんでいた。

 記憶の世界の筈なのに、エリスはその三つ目を見た瞬間、心臓を掴まれたような感覚を覚えた。足がすくみ、思わず座り込んでしまう。

 そして、本能で理解する。あそこにいるのは――魔界の頂点に立つ者だと。

 

「魔界の王とやり合うのも悪くはないか。スパーダが通った道ならば――俺が通れない道理は無い!」

「ッ! ダメッ! バージルさん!」

 

 魔帝と向かい合ったバージルは刀を抜き、鞘を捨てて走り出す。エリスは手を伸ばすが、彼は止まらない。

 

「嫌っ……嫌ぁあああああああああああああああああああっ!」

 

 

 ――しかし、いくらスパーダの血族といえど、手負いの彼では魔帝を倒すことはできず、バージルは魔帝に殺された。

 それどころか、魔帝は彼を自身の手で改造し、漆黒の天使――『ネロ・アンジェロ』という悪魔として、配下に置いた。

 彼は死んだにも関わらず、未だ魂は囚われたまま。死者を、そしてバージルの魂を弄ぶ魔帝を、エリスは深く憎んだ。彼女がここまで誰かを憎むことなど、一度もなかっただろう。

 それもその筈。魔帝はバージルを殺し、魂を捕えて部下にしただけには飽き足らず――。

 

 

「掃き溜めのゴミにしちゃ、ガッツありそうだな」

「……」

 

 ――悪戯に、ダンテと再会させたのだから。

 成長したダンテは、相対する悪魔が兄と知らず、剣を交える。

 一度の死闘だけで決着はつかず、二度――そして三度。

 

「マジにガッツあるな。気に入ったぜ。掃き溜めには勿体ねぇ」

 

 魔帝へと近づいているダンテを殺すべく、ネロ・アンジェロは力を引き出し、全力で襲いかかる。

 しかし、彼がかつて求めていた悪魔の力をもってしても、成長したダンテには敵わなかった。

 ダンテに敗れた彼の肉体はその場から消え、残されたのは金色のアミュレット――母の形見。

 そして――ダンテには見えていないであろう、解き放たれたバージルの魂だった。

 涙でくしゃくしゃになっていた顔を上げ、天に昇りゆく彼の魂を見る。彼が見下ろす先には、2つのアミュレットを手にするダンテ。

 そして、2つのアミュレットと1つの大剣が合わさり、その空間が歪むほどの魔力を放つ、真の姿を見せた大剣――魔剣スパーダをダンテが背負った時、

 

「……あっ……」

 

 バージルは――確かに笑った。ダンテの後ろ姿を見て、安堵するかのように。

 

 

*********************************

 

 ――気付けば、エリスは魂を導く間に戻ってきていた。

 手元にある本は、いつの間にか閉じられており、彼女は横の机にそっと置く。

 一言では言い表せない、残酷で悲劇的な彼の物語。悪魔に堕ちた彼を思い出し、またも涙が頬を伝う。

 

 ――しかし、彼は悪魔として生き続けた果てに、何かを得たように見えた。

 ダンテに一度敗れた時、彼は父の形見ではなく、母の形見を選んだ。魔界に落ちる時、彼は弟を逃がした。魂が解き放たれた時――彼は笑っていた。

 そして死後、彼はこの世界にきて、自分達と協力者になってくれた。決して自分達を、人間を斬ろうとはしなかった。

 デュラハンの問いに、彼は寂しげな顔を見せながらも悪魔だと答えた。

 

「……バージルさん……」

 

 誰もいない部屋で、彼女はポツリと彼の名前を呟く。

 

 ――女神エリスは、数々の魂を見、送り出してきた、慈悲深き女神だ。

 バージルのような……それ以上の悲劇もあったかもしれない。幾百年と生きてきた彼女は魂の記憶を見る度に心を痛め、涙を流していた。

 しかしそれは、生前に良き働きをした、天国に行ける魂のみ。地獄に堕ちるべき、大罪人の記憶は見たことがなかった。大罪人の魂は問答無用で地獄に送ると、天界規定で決められていたからだ。

 何故、そう決められているのか。それは、もしも大罪人の記憶が悪そのものではない、悲劇により悪へと堕ちてしまったものだった場合――。

 

「(あの人はまだ……救うことができる!)」

 

 彼女のように情が移り、救おうとしてしまう者が現れるからだ。

 エリスは椅子から立ち上がると部屋の中心に立ち、下界に降りる準備をする。

 

 確かにバージルは、決して許されることのない罪を犯した大罪人だ。

 されど――再び罪を犯す悪人ではない。彼の記憶を見て、エリスはそう確信していた。

 加えて、彼女は下界にて彼と出会っている。手を伸ばせば彼に届くのだ。そう考える内に、彼女はいても立ってもいられなくなった。

 天から差し込む光に手を伸ばし、エリスは願う。

 

「(バージルさんを……救けたい……!)」

 

 

*********************************

 

 下界に降りたエリスは、すぐさまクリスに変装し、アクセルの街中でバージルを探し始めた。

 時刻はもう夕食時だろうか。街を出歩いている冒険者は少なく、家の中にある灯りが夜の街を照らしている。

 その中を走り――正門前付近まで来た時だった。

 

「ッ! いた! って……あの3人は……誰?」

 

 バージルが、見知らぬ3人を引き連れて正門から出て行くのを発見した。1人は女性からすこぶるモテそうな茶髪の男性。1人は緑色ポニーテールの女性。1人は赤髪三つ編みの女性。

 こんな時間にどこへ行くというのか。疑問に思ったエリスは、潜伏スキルを使って静かにバージルの後を追う。

 その果てに――彼女は信じがたい光景を見た。

 

 

「グハッ……!?」

「キョ……キョウヤァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「そ……そんな……」

 

 バージルが――人に刃を向け、傷つけていた。

 バージルに腹を刺されたキョウヤと呼ばれる男性は、腹から血を流してその場に倒れる。それを見て怒りを顕にしたポニーテールの女性が剣を向けるも、あっさりバージルに伏せられ、両腕両足に刃を突きつける。

 残った三つ編みの女性は、バージルに首をしめられ、最後は力なくその場に倒れる。

 

 その様子を、エリスは信じられないとばかりに口を抑えて見ていた。

 もう、同じ罪を犯さないと信じていた。なのに彼は今、目の前で再び人殺し()を犯そうとしている。

 本来ならこの時点で、彼女は救いの手を引き、バージルを悪人と見なして地獄へ送らねばならない。だが――。

 

「(何か……何か意味があるんですよね?)」

 

 最後まで希望を捨てきれなかった彼女はバージルを信じ、傷を負う剣士に心を痛めながらも、その様子をジッと見守った。

 

 

*********************************

 

「クッ……チクショウッ……!」

 

 仲間であろう2人を傷つけられ、2人を守るべく立ち上がり剣を振るった男だったが、あと一歩のところでバージルに届かず、彼は地面に仰向けで倒れる。

 そして、彼が意識を手放して目を閉じた時、彼を見下ろす形で立っていたバージルは――。

 

 

「……それが、貴様の力か」

 

 どこか満足そうに笑うと、刀を納めた。そして懐から瓶を3つ取り出し、3人の身体に瓶の中に入っていた粉を振りかける。

 あれは、回復効果のある粉だ。それを瓶の中身が無くなるまでかけたバージルは、空になった瓶を捨て、この場から立ち去っていく。

 

「……バージルさん……」

 

 独り立ち去っていく彼の後ろ姿を見て、エリスは笑顔になる。

 あぁ――やっぱり彼は、罪を犯さなかった。

 そして彼女は潜伏スキルを使ったまま、バージルにバレないよう先回りしてアクセルの街に向かっていった。

 もう一度、久しぶりにバージルと話すために。

 

 

「おかえり、バージル」

 

 

*********************************

 

「……で、叩き直した結果、どうだった?」

「……魔剣を扱う者として、あまりにも技術が乏しすぎる。剣の腕はにわか仕込みもいいとこだ。いかに魔剣の力に甘えていたかが手に取るようにわかる」

 

 アクセルの街、エリスはバージルの後ろを歩きながら彼と話をする。

 先程の男について聞いてみると、口から出たのは、どれも本人が聞いたら耳が痛くなるような辛口評価ばかり。

 相変わらずだなぁと苦笑しながら聞いている中、バージルはそこから少し間を置くと、

 

「だが……最後のは悪くなかった」

 

 バージルは、最後にポツリとそう呟いた。

 背中を向けているため表情はわからないものの、彼の言葉にエリスは少し優しげな印象を覚え、またも笑顔が溢れた。

 

「(バージルさん……やっぱり貴方は――)」

 

 心の中で、エリスは呟く。

 ほとんど確信に近いものだったが、まだそう言い切ることはできない。

 あの時、タナリスから渡されたものは、あくまでバージルの記憶。あれからは、彼の『心』が読み取れない。

 それを知るためには、聞く必要がある。もう一度――それも彼の口から、彼の物語を。

 いつか聞けたらいいなと思いながら、彼女はトコトコとバージルの後をついていく。

 

 

 ――今宵、その機会が訪れるとは知らずに。

 




ちゃっかり坊やの母親について書いていましたが、公式設定が出たら即変えるつもりです。
そして、多分わかりきっていると思うので言いますが、今作のメインヒロインはエリス様です。
二次創作では高い確率でメインヒロインになっている気がしますが、ここも例に漏れずそうなりました。
彼女と同じく聖母なキリエは無事結ばれましたが、エリス様はどうなるか未定です。


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第17話「This trashy world ~このくだらない世界で~」★

正直、投稿し始めた時はこんなシリアスするとは思ってなかったのですが、そのシリアスも今回で一旦終わります。



 ――今からおよそ2千年前。

 人間界の平和は、魔界の進攻によって砕かれた。戦いが日常と化している混沌の世界で戦い続けてきた悪魔達に、平和な世界で暮らしてきた人間が勝てる筈もなく、為すすべもなく人間達は殺され続ける。

 もはや魔界の勝利は決定的と思われた時……1人の悪魔が正義に目覚め、魔界の軍勢に立ち向かった。

 

 彼の名は、スパーダ――伝説の魔剣士。

 

 彼は、たった1人で悪魔達に立ち向かい、圧倒的な力で彼らをねじ伏せた。そして、魔界の軍勢を率いていた魔界の王――魔帝ムンドゥスを封印し、人間界に勝利をもたらす。

 その後、彼は人間界に残り、人間達の平和な世界を見守り続けた。その中で、彼と、彼が愛した女性――エヴァの間に2人の子供が生まれる。

 

 1人はダンテ――1人はバージルと名付けられた。

 

 平和な人間界で、幸せな家庭を築いていくスパーダ。だがしかし、彼は突如として家族の前から姿を消す。

 母のエヴァと双子は、再び家族4人で食卓を囲む日を待ち望む。

 

 

 ――しかし、その日が来ることはなかった。

 

 突如、彼らのもとに魔帝が差し向けた悪魔が現れ、襲撃を受ける。双子を逃がそうとする最中、エヴァが悪魔によって殺害された。

 なんとかダンテを逃がし、悪魔との戦いを終えた後、殺された母の亡骸を見て、バージルは心に誓う。

 

 ――悪魔の――スパーダの力を得ることを。

 

 そしてバージルは、悪魔として生きる道を選んだ。邪魔をする者は、誰であろうと容赦はしない。悪魔だろうと、人間だろうと、子供だろうと、女だろうと、協力者だろうと。

 

 

 ――たとえ、血を分けた兄弟であろうとも。

 

 バージルは力を得るために。ダンテは兄を止めるために。スパーダの血を受け継いだ2人は剣を交えた。

 家族として生きていた、あの頃の兄弟喧嘩とは違う。己の全てを賭けた魂の戦い。

 人間界のみならず魔界をも揺らした2人の戦い。3度の死闘を経て、その戦いは終わりを告げる。

 

 勝ったのは、誇り高き魂を受け継いだ者――ダンテだった。

 

 彼に敗れ、魔界に取り残されたバージルは、その奥底で対面する。

 

 魔界の王――魔帝ムンドゥスと。

 

 彼は魔帝に立ち向かったが、魔帝を討つために必要な魔剣スパーダがない上に、ダンテとの戦いで傷を負っている。そんな彼に、勝機など存在しなかった。

 数多の悪魔を切り伏せてきた閻魔刀さえも折られ、バージルは魔帝に殺される結果となった。

 しかし、魔帝は死亡したバージルを消滅させなかった。惜しい力だと考えた魔帝は、まるでスパーダを侮辱するかのように、彼を操り改造し、新たな悪魔として迎え入れた。

 

 漆黒の鎧を身に纏い、巨大な剣を振るう悪魔騎士――ネロ・アンジェロとして。

 

 あの世へ行くことも許されず魂を囚われ、魔帝の駒となってしまった彼は、数年の時を経て、マレット島と呼ばれる場所で再びダンテと剣を交えることとなる。

 過去にバージルを倒した時よりも成長したダンテと、互角の戦いを繰り広げるバージル。3度の死闘を経て、遂に決着が訪れる。

 

 ――バージルは再び、ダンテに敗北した。

 

 バージルが断末魔を叫ぶと共に、彼の肉体が消滅していく。残されたのは、彼が肌身離さず持っていた金色のアミュレット。

 

 ――そして、彼の魂はこの世から完全に消え去った。

 

 

*********************************

 

「……その後、俺は女神に導かれ、この世界に来た」

 

 どれだけの時間、話していただろうか。この世界には時計という物がないから時間を確認できないが、優に1時間は経っただろう。

 それほどまでに長く、そして濃密されたバージルの物語。話し終えた彼は、フゥと息を吐く。

 彼の前に立っていた女神エリスは、終始優しく微笑んだまま、黙ってバージルの話を聞いていた。

 

 ――何が目的で、生前の話など聞いてきたのか。

 大方、地獄送りにするか否かの判断材料として聞いたのだろうと、バージルは推測する。

 そして彼の口から出たのは、とても良き働きをしたとは言えない、大罪人の物語。そもそもこの世界に来る前に、タナリスから地獄行きだと伝えられていた。

 

 きっとこの女は、今にも女神の力を使って自分を地獄に強制連行するだろう。

 そう思っていた彼は、いつ攻撃されてもいいように、ずっと刀を握っていたのだが……。

 

「(……地獄……か)」

 

 それも一興か――と、バージルは刀を握る力を弱めた。

 この世界には、魔界の連中のような歯ごたえのある敵は数少ない。それならば、悪魔どもがひしめき合っている地獄の方が楽しめるだろう。

 まだ見ぬ魔王や特別指定モンスター、魔王軍幹部を狩れないことと、新しく手にした刀を手放すのは惜しいが、仕方のないことだ。

 途中、ふとカズマ、アクア、めぐみん、ダクネス、そしてクリスの顔が浮かび上がったが……奴等など知ったことかと、バージルは自分に言い聞かせる。

 

 地獄に行く覚悟は決めた。やるならさっさと送ってくれと思いつつ、エリスを睨む。

 すると、バージルと目を合わせていたエリスは、ゆっくりと目を伏せ――。

 

 

「……よかった」

「……?」

 

 両手を胸に当て、安堵するかのように息を吐き、そう呟いた。

 何故彼女は安心したのか。今の話を聞いて出た感想が「よかった」とはどういうことなのか。

 彼女の言動を不思議に思っていると、エリスは伏せた目を開き、バージルを真っ直ぐ見つめて言葉を続けた。

 

 

「やっぱりバージルさんは……人を求めていたんですね」

「……何だと?」

 

 それは、予想だにしていなかった言葉。

 エリスの言葉を聞いてバージルは眉を潜めるが、彼女は構わず話を進める。

 

「この世界に来る前、貴方は悪魔として生き続けた……しかしダンテさんとの戦いを通じて……悪魔として生き続けた果てに、人間を知ったのではないですか?」

「……」

「本来なら、そこで貴方は地獄へ行く筈だった……しかし、タナリス先輩によって思わぬチャンスが訪れた。この世界で、ダンテさんが得た人間の力を知り、手に取ることができるチャンスを……本心ではそう思っているのに、悪魔として生きた自分がそれを許さない……それが、今のバージルさんなんですね」

「……笑い話(ジョーク)のつもりか? 俺は一度も人間の力など求めたことはない」

 

 自分を看破したつもりでいるエリスに、バージルは冷たい声で言葉を返す。

 

 彼が最も嫌っていること。それは、自分が人間だと言われることだ。

 人間は脆弱な生き物だ。1人では自分の身を守れる力さえ持たないにも関わらず、誰かを守るなどと豪語する、身の程知らずで愚かな生き物。

 だから自分は強さを求めるために、弱さを――人間を捨てた。

 

 なのにこの女は、自分が人間の力を求めているなどと、馬鹿げたことを言ってきたのだ。

 これ以上自分を侮辱するつもりならば、今すぐ刀を抜いて彼女の首を斬り落とすまで。

 

 

 ――そう、思っていたのに。

 

「ならどうして、貴方は父の剣ではなく、母のアミュレットを選んだのですか?」

「……ッ!」

 

 エリスが放った言葉に、バージルは初めて動揺を見せた。

 彼女が言っていることは他でもない。あの時、初めてダンテに負けた時――父の剣『フォースエッジ』を捨て、母のアミュレットを選んだ、魔界の底に落ちる前のこと。

 しかし、そのことをバージルは話していない、彼女が知っている筈のないことだった。

 

「貴様……何故それを……」

「すみません……勝手ながらここへ来る前に、貴方の記憶をタナリス先輩から見させてもらいました」

「……チッ」

 

 どうしてそのことを知っていたのか。その理由を聞き、余計なことをしてくれたタナリスを恨むように、バージルは舌打ちをする。

 

「それにバージルさん、ダンテさんが自分を倒したことを話す時……憎たらしそうに話してましたが、どこか少し……嬉しそうでした」

 

 そう話し、エリスはクスリと笑う。

 何故自分の記憶を知っていながら、生前の話を聞いてきたのか、彼女の言葉を聞いてその疑問が晴れた。

 彼女は、バージルの話を聞いていたのではない。話す時に見える、彼の心を見ていたのだ。

 笑顔で見つめてくるエリスを見て、バージルは黙って彼女から目を逸らす。

 

「そして、バージルさんは話しませんでしたが……あの世界から去る直前、笑っていましたよね? 父のように、悪魔と人間の力を持ったダンテさんを見て……」

「……」

 

 エリスにそう問われたが、バージルは口を開かない。肯定もしなければ、否定もしない。

 

「ダンテさんと何が違うのか。どうしてダンテさんは強かったのか……もう、わかっているんじゃないですか? だから、人間に歩み寄ろうと……」

「戯言を。俺が人間に歩み寄るなど――」

「ならどうして、私達を斬ろうとしないんですか?」

「……ッ」

 

 否定しようとすれば、エリスは矛盾を突いてくる。

 まるで、バージルの全てを見透かしているかのように。

 

「どうして、人間を斬ろうとしないんですか? どうして、私達と一緒にいてくれるんですか?」

「……貴様等が、まだ利用価値のある人間だからだ。不必要になればいつでも斬り捨てる」

 

 エリスの問いかけに、バージルは少し間を置いて答える。彼女から目を背けたまま。

 バージルの返答を聞いたエリスは、小さくため息を吐くと、もう一度問いかけた。

 

「では何故、デュラハンに悪魔だと……貴方は寂しそうな顔で答えたんですか?」

「……ッ!」

 

 それは、バージルがベルディアと戦った後、ベルディアが死ぬ間際に問いかけてきた時のこと。

 彼の問いに、バージルは少し間を置いて答えていた。まるで、迷いを見せるかのように。

 

「迷って……いるんじゃないですか? 本心と、悪魔として生き続けた自分……どちらを選ぶか……」

「……俺は……迷ってなどいない。俺はこれからも悪魔として生き続ける。人間の力など……」

「なら、どうしてあの剣士の力を見て、刀を納めてくれたんですか?」

「……ッ」

 

 バージルは、どこか歯切れが悪そうに答える。するとエリスは、畳み掛けるようにすかさず次の質問をぶつけてきた。

 

 あの剣士――ミツルギの最後の意地。人間の力を見たバージルは、満足そうに笑って刀を納めた。それどころか、彼を含む3人の傷を治してくれた。

 

「彼の話をした時……最後のは良かったと、少し嬉しそうに言ってました」

「……黙れ……」

「バージルさんは、自分に正直になれていないだけなんです。だから――」

「黙れッ!」

 

 ガタリと、バージルは椅子から立ち上がる。勢いで椅子が後ろに倒れたことなど気にも止めず、バージルは机を迂回してエリスの前に立つ。

 

「これ以上、俺を侮辱するつもりならば……斬る……」

 

 今まで見たことのない――殺意を剥き出しにした目を見せて。

 バージルは右手で刀の柄を持ち、鞘からキラリと光る刀身を見せる。彼の神速を越える抜刀術には、悪魔だろうと天使だろうとついてくることはできない。

 しかし、エリスは怯えるわけでもなければ警戒するわけでもなく、ただただバージルを優しく見つめている。

 

 そして、両手を胸に当てると――慈愛に満ちた微笑みを見せ、口を開いた。

 

 

「……素直に……なりましょう?」

「――」

 

 

 ――気付けば、バージルは刀を抜いていた。

 

 

*********************************

 

 ――誰もが寝静まっているであろう夜。街の外からは一切の物音が聞こえない。

 その街の中にある、静けさが立ちこむ1つの家。2階の窓から月の光が差込み、1階の床を照らしている。

 光の中心に立つのは、神秘な雰囲気を纏う、月の光に包まれ微笑む女神――エリス。

 それとは対照的に、月の光が届かない暗闇に立っている男。

 

 

「……グッ……!」

 

 抜いた刀を、エリスの首元ギリギリで止めていた――バージル。

 否、止めているのではない――動かせないのだ。

 

「(何故だ……何故斬れない……!?)」

 

 バージルは必死に刀を持っている手と腕に力を込めているが、刀はピクリとも動かない。

 エリスが女神の力を使っているわけではない。彼女は一切魔力を使わず、その場に突っ立っている。

 

 まるで――ここから先に踏み込めば、もう二度と帰ることはできないと、目に見えぬ誰かが警告しているかのように。

 

 ダンテに負ける前の彼ならば、容易く彼女の首を撥ねることができただろう。

 しかし、彼には――ダンテが持つ人間の力を見、相対したことで迷いが生じている今の彼には、斬れなかった。

 

 

 ――かつての母と同じ笑顔を見せるエリスを、斬ることはできなかった。

 

「……ッ」

 

 しばらくして、バージルは刀をエリスのもとから離すと、左手に握っていた鞘の中に納める。

 それを見たエリスは、まるでバージルが最初からそうするとわかっていたかのように、ニコリと笑った。

 気に食わん女だと思いつつも、バージルは刀を持ったまま、机に腰掛けるようにもたれる。

 

 ――ここまで真正面から、自分と向かい合ってきた女は、母、フォルトゥナで出会った女に続いて3人目だ。

 だからだろうか、それとも彼女が女神だからなのか。もう隠すことができないと思ったからだろうか。

 それとも――今を逃せば、もう二度と機会は訪れないと感じたからなのか。

 

 

 バージルは――あの日からずっと隠してきた本心を、エリスに打ち明けた。

 

 

「……俺の記憶を見たのならば、知っているだろう。俺が何度、ダンテと剣を交えたか」

 

 バージルの言葉を聞き、エリスは静かにコクリと頷く。

 

「……最初に奴と戦った時は、何もかも俺の方が上だった。奴が悪魔の力を開放した後でも、それは変わらなかった……しかし、最後の戦いだけは別だった」

 

 バージルは、自分の右横腹に手を置く。

 魔界のどこか――激流が流れる鍾乳洞のような場所。あの戦いは……あの時のダンテの力は、今でも脳裏に焼き付いている。

 

「奴は、遥かに強くなっていた。いくら奴が悪魔の力をコントロールしようとも、たった半日であそこまで力の差を埋めるなどありえない。しかし、俺が悪魔の力を使い、全力でぶつかろうとも……奴は、俺を超えてきた」

 

 ダンテとバージル――スパーダの力を受け継いだ2人の力、センス、成長速度……どれもが同じだった。

 唯一違ったのは性格。バージルは真面目に鍛錬に励み、ダンテは時々サボろうと父親から隠れていた。

 そこで生まれた力の差は、お互いに成長した頃も変わらなかった。バージルが悪魔として力を身につけていたのもあるだろうが、塔の上で戦った時――塔の地下で戦った時、確かにバージルの方が力は上だった。

 ならば何故、ダンテは最後にバージルを超えることができたのか?

 

「この世界に来てから、俺は何度も考えていた……何故、奴はあれほどまでに強くなったのか……しかし、辿り着く答えはいつも同じだった」

 

 その答えはただ1つ。

 バージルは捨て――ダンテは受け継いだ物。

 

「奴は、俺にはない力を得ていた。かつて俺が捨てた力……人間の力を。くだらない力だと思っていた……人間の力など、悪魔の力と比べれば脆弱で価値のない物だと……だが俺は、そのくだらない力に負けたのだ」

 

 ダンテとバージルは、悪魔であるが人間でもある。その人間の部分をダンテは切り捨てず、受け継いだのだ。

 弱くて脆い人間の力――しかしそれは、かつて魔界の軍勢と1人で立ち向かい、魔帝を封印することができたスパーダが、人間界で得た力そのものだった。

 

「本来ならばそこで、俺の生は終わりを迎えていた。しかし、あの女の気まぐれで、俺は再び生を受けた。記憶と身体をそのままにな」

 

 だが、それを知った時にはもう彼は死んでいた。魔帝に殺され、操られ、そして成長したダンテによって魂が解放され、地獄へと行く筈だった。

 なのに、彼は女神タナリスによって、もう一度生きるチャンスを与えられた。憎たらしくも、記憶も身体も引き継いだ状態で。

 

「その時から俺は考え、迷っていた……人の力とは何か? 何故ダンテは得られた? ……そう考える内に、心のどこかで人間の力を求めていたのだろう」

 

 ダンテは人間の力を受け継ぎ、自分を超える程に強くなった。スパーダも、人間の力を持っていたからこそ魔帝を封印できた。

 ならば自分も、人間の力を得れば強くなれるのだろうかと、人間の力に気付いた彼は迷っていた。

 だが――。

 

「しかし……悪魔として生きてきた俺が、それを認めなかった。許さなかった。今更人間を求めるなど……おこがましいにも程があるとな」

 

 自分は悪魔として生き、多くの人間を殺してきた。何人殺したか数えるのも億劫になるほどだ。

 そんな自分が、別の世界で心機一転して人間の力を求めて生きるなど、できるわけがない。許される筈がないのだ。

 

 バージルが初めて語った本心。それを親身に聞いていたエリスは目を伏せ、口を開く。

 

「……確かに、バージルさんは生前、あまりにも多くの人を殺め、混沌に陥れようとしました……その罪は、決して許されるものではありません」

「……」

 

 エリスの言葉を聞き、そうだろうなとバージルは心の中で呟く。

 この罪を償う方法は1つ――地獄へ行き、贖罪を受けるしかない。

 

 

 

「だから――女神としてこの私が、貴方に罰を与えたいと思います」

「……何っ?」

 

 その筈なのに、エリスは伏せていた目を開けると、自ら罰を与えるとバージルに宣言した。

 地獄へ行くものかと思っていたバージルは、内心少し驚きながらもエリスに尋ねる。

 そしてエリスは、降ろしていた両手を再び胸に当て、優しい声でバージルに告げた。

 

 

「この世界の冒険者として生き……その力を、人のために使ってください。決して、自分のためだけに使おうとしないでください……それが、この世界で一生受けていく罰です」

 

 ――生きて、と。

 

「嫌だ、なんて言わせませんよ。これは私が女神として、大罪人である貴方に課した、れっきとした罰なんですから」

 

 願いのように聞こえる罰を告げた彼女は、バージルに近寄りながら言葉を続ける。

 

「けど……今すぐに、とは言いません。少しずつでいい……この世界の人間達に、歩み寄ってください。大丈夫、バージルさんならできますよ」

 

 エリスはバージルの右手を両手で持つと、彼の手のひらを上に向かせ、包み込むように自分の手を置く。

 

「自分の歩んでいる道が間違いだったと気付き、正すことができるのは、人間の素晴らしいところです。そしてバージルさんは今、間違いに気付き、正そうとしている」

 

 バージルの手を包んだまま、エリスは母親のように優しく語りかける。

 

「――『Blessing(祝福を)』」

 

 彼女がそう呟いた途端、2人の手の間から白い光が漏れた。

 手のひらからは暖かい感触を覚え、バージルでさえも少し心地よさを感じるほどだ。

 しばらくして光が収まると、エリスはスッと手を離す。

 

「そして、悪魔でありながら人でもあるバージルさんにしかできないことを……道を歩んでいけると……私は信じています」

 

 バージルの手のひらに――蒼い宝石と、それを包むような銀色の天使の羽で装飾された――アミュレットを置いて。

 そのアミュレットには、微かに女神の――目の前にいる、女神エリスの力が宿っていた。

 女神からのささやかなプレゼント――いや、贖罪者の印とも言うべきだろうか。

 それを渡したエリスは照れくさそうに頬を染め、ニコリと笑っている。

 

 この世界で生きる――罰を受けるべきか否か。もっとも、大罪人であるバージルに選択権などなかったのだが。

 エリスに罰を言い渡された時、彼は心のどこかで――ホッとしてしまった。その時点で、答えはもう決まっていた。

 

「……女神であるにも関わらず、大罪人を現世に残し、更には罰と称して悪魔へ祝福を送るとは……」

 

 エリスから受け取ったアミュレットに視線を落としつつ、バージルは呆れるように呟き――。

 

「……愚かな女だ」

 

 魔剣スパーダを手にしたダンテを見たときのように――笑った。

 

 

*********************************

 

 ――夜の街を照らしていた月は姿を隠し、日はまた昇る。

 山の向こうから顔を出した太陽がアクセルの街を照らし、そこで暮らしている人々が次々と目を覚ます中――。

 

「……ムッ……」

 

 この男――バージルも目を覚ました。

 バージルはベッドから起き上がると、傍にかけてあった青いコートを手に取り、階段を降りていく。

 

 昨日の夜――話を終えたエリスは、クリスの姿になって家を出た。やましいことなんて何一つしていない。もっとも、この男はその気など全くなかったのだが。

 バージルは青コートに袖を通しながら1階へ降りる。

 いつもと変わらない朝――しかし、ここまで清々しい朝は、この世界に来てから……いや、以前の世界も含めて初めてだった。

 

 ――とその時、扉を軽く叩く音がバージルの耳に入る。

 

「……?」

 

 こんな朝早くに来客とは珍しい。クリスだろうかと思いながら、バージルは扉に向かって歩く。

 そして扉を押し開け、ノックをしてきた来客を見た。

 青と黄色の装飾の鎧を身にまとい、腰元に1本の剣を付けた茶髪の男。

 

「……貴様は……」

「昨日ぶりです、バージルさん」

 

 昨日、バージルが叩き直してやったソードマスター、御剣響夜だった。

 彼の後方10メートル先では、何やら怯えた表情でバージルを見ているミツルギの取り巻き2人が待機している。

 一方は刺し殺しかけられ、一方は締め殺しかけられたのだ。バージルにトラウマを持っていても無理はないだろう。

 

「これ、落し物ですよ」

 

 しかし、同じく殺されかけた筈のミツルギは、決して怯える様子を見せず、懐から3つの空き瓶を取り出してバージルに見せてきた。

 それは、バージルが3人を回復させるために使った、回復の粉が入っていた瓶。これを返すためだけにわざわざ来たのだろうか。

 

「そんな物は知らん」

「そうですか……なら、僕達が預かっておきますね」

 

 バージルの返答を聞いたミツルギは、わかっているかのようにイケメンスマイルを見せて、瓶を再び懐にしまう。

 用はそれだけかと思い、バージルが扉を閉めようとした時――ミツルギは、バージルに頭を下げてきた。

 

「バージルさん、ありがとうございました」

 

 頭を下げたまま、ミツルギはバージルに礼を告げる。

 

「バージルさんと戦ったお陰で、いかに自分が魔剣に頼っていたかを思い知りました……まともに戦える力も無しに、仲間を守るだなんて言い張って……身の程を知れって話ですよね」

 

 頭を上げたミツルギは、あの時の自分がいかに無力であったかを、自分に言い聞かせるように話す。

 ……もっとも、あの戦いは相手が悪すぎたとしか言えないのだが……。

 そんなミツルギを見たバージルは、扉を閉めようとした手を止め、黙って彼の話を聞き続ける。

 

「なので、今日からまた……この街から、3人で旅をやり直そうと思っているんです。武器も防具も見直して……本音を言えばレベル1からやり直したいんですけど、レベルドレインなんてスキル持ってる味方キャラなんて、この街にはいないでしょうし」

 

 再び駆け出し冒険者からやり直すと、バージルの前でミツルギは宣言する。

 そう話した彼の顔は、以前見た時とはまるで別人になっており、どこか清々しさを覚えた。

 

「後ろの2人にはこれから話すところで……まずはバージルさんに話したいと思って、街の人にバージルさんの家を聞き、伺わせてもらいました」

「……そうか」

「……改めてバージルさん、本当にありがとうございました。またいつかお会いしましょう」

 

 ミツルギは再び頭を下げると、別れの言葉を告げてバージルに背を向ける。

 そして、ミツルギが後方で待機していた仲間のもとへ行こうと歩き出し――。

 

「待て」

「……はい?」

 

 バージルは短く言葉を発し、ミツルギを呼び止めた。

 呼び止められるとは思っていなかったのか、ミツルギはどうしたのかと疑問に思いつつ後ろを振り返る。

 彼が足を止めたのを見たバージルは、ミツルギから背を向けて家の中に入っていった。ミツルギは首を傾げながらもその場で待つ。

 しばし待っていると、再びバージルが家の中から出てきた。

 

 両手に、浅葱色の大剣――魔剣ベルディアを持って。

 

「……この魔剣を貴様にやる」

「えっ!?」

 

 まさかのプレゼントを目の当たりにし、ミツルギは目を見開いて驚いた。

 バージルが持ってきたのは、昨日の夜、戦っていた時も彼が背負っていたもの。

 しかし、まさか自分が持っていた物と同じ、魔剣と呼ばれる物だとは思っていなかった。

 

「えっ……い……いいんですか!? いやでも、僕は魔剣に頼らない力を身に付けると誓って――」

「いいからさっさと受け取れ」

「は、はいぃっ!」

 

 これを受け取るべきか否か。バージルの前で葛藤していたミツルギだったが、脅すように黙って取れとバージルに言われ、すぐさま受け取ることにした。

 太陽の光が反射してキラリと光る魔剣を見て、ミツルギはゴクリと息を呑む。そして、ゆっくりと魔剣に手を伸ばし――。

 

「――渡す前に言っておく」

「……?」

 

 魔剣が手に触れる直前、バージルが忠告を促すように言ってきた。

 ミツルギは魔剣を取ろうとした手を止め、バージルの言葉を聞く。

 

「この魔剣には、魂が宿っている。それも厄介な魂がな」

「魂……ですか?」

「奴は、真の強者しか認めない男だ。この剣を扱う者が奴の気に入らない者であれば、魔剣は一切力を貸さん。それどころか、逆に魔剣を扱う者の意思を乗っ取り、身体を支配しようとするだろう」

「うっ……」

 

 バージルの話を聞いて、ミツルギは思わず伸ばした手を引っ込めそうになってしまう。

 目の前にあるのは、使用者の意思を取り込み、肉体を奪ってくるという、謂わば呪いの剣だとバージルは言う。

 こんな自分が、本当にそんな魔剣を扱えるのだろうか。

 

 ――だが、そんなミツルギを激励するように、バージルは言った。

 

「決して、魔剣の力に溺れるな。己が力に変えろ。力を支配しろ。その時にこそ、この魔剣は力を貸すだろう」

「……ッ!」

 

 魔剣を扱える力がなければ、強くなればいい。魔剣が身体を奪おうとするなら、抗い、逆に乗っ取ればいい。

 全ては、大切な仲間を守るために――。

 

 ミツルギは意を決し、魔剣の柄を握る――瞬間、ミツルギは一瞬背筋が凍るような感覚に陥った。

 レベルはそれなりに高いものの、魔力に関してはまだまだ未熟な彼でも感じる――絶大な魔。

 今の自分では、いとも簡単にこの魔力に飲まれてしまうだろう。しかし――決して力には溺れたりしない。

 自分には――守るべき者がいるのだから。

 

「――はい! 師匠!」

「ムッ……」

 

 ミツルギは魔剣ベルディアを強く握り締め、元気よく声を上げる。予想だにしていなかった呼び方で呼ばれ、バージルは少し驚いた。

 その間に、ミツルギは魔剣を手にしたまま仲間のもとへ走っていく。

 

「ちょっとちょっとキョウヤ!? アイツ私達のことぶっ刺してきた奴だよ!? なんであんな仲良さそうに話してんの!?」

「そ、それにその剣……あの人が背負ってたヤツだよね……それ多分ヤバイやつだよ! 別の剣に替えようよ!?」

「ハハ……まぁヤバイといえばヤバイかな……でもこれじゃなきゃダメなんだ。それと、一旦宿に帰ってもいいかな? 2人に話しておきたいことがあるんだ」

 

 ミツルギは仲間の2人と話しながら、バージルのもとから離れていく。

 遠くなっていくミツルギの背中を見ながら、バージルはため息を吐いた。

 

「……師匠……か」

 

 そんな風に呼ばれる日が来ようとは思ってもみなかった。前の世界では弟子を取るどころか、誰かに何かを教えるなどしたことがない。

 ましてや、あのように誰かへ授け……人間と関わりを持つことなど。

 

 ――しかし――。

 

「……悪くない」

 

 バージルはフッと笑いながら呟き、扉を閉めて家の中に戻る。

 そして、今日もクエストへ行くために支度を始めた。

 

 

*********************************

 

 ――ダンテに敗れ、魔界に落ちたバージルは、単身魔界の軍勢に挑むも敗北。彼は魔帝に操られ、ネロ・アンジェロとなり、数年後、マレット島にて再びダンテと剣を交える。

 3度の死闘を経て、再びダンテに敗れたバージル。魔帝から開放された彼の魂はこの世から消え去り、地獄へいくのもかと思われた。

 

 ――が、彼の魂は地獄に行かず、1人の女神のもとへ呼び寄せられる。

 女神は言った。「地獄へ行くか、異世界へ行くか」

 伝説の魔剣士の息子であり、人々を混沌の渦に巻き込んだ大罪人。冒険者として彼は求める。

 

 

 ――悪魔の力を――人間の力を。

 

 

「――I need more power(もっと力を)!」

 

 

 このくだらない(素晴らしい)世界で――。

 




最終回みたいな勢いですが、私もそのつもりで書きました。エタった時の予防線ともいう。
というわけで、第2章最終回でした。これにてシリアスは一旦終わります。次回からはいつも通り……あれ?いつも通りって何だっけ……?

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とりあえず、こんな感じで日常回を書いていきたいと思います。
因みにこのラフ画はのん@挿絵描くマン様が、挿絵を依頼した際に勝手に描いてくださいました。マジで何考えてんだ(ありがとうございます)
私のページの画像管理にURLを貼り付けておりますので、絵の感想は是非ともそちらへ。


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第3章 守る力と闘う力 第18話「この異世界に新店舗を!」★

アニメでいくと、本来ならミツルギの後はベルディア戦ですが、ベルディアはもう倒されたのでカット。


 ――秋。それは食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋と、人によって様々な色を見せ、冬の知らせを待つ季節。

 この世界にも秋が到来し、冒険者達は寒い寒い冬に備えるため、今日もクエストに出かけている。対するモンスターも、冬眠に備えて活発に活動していた。

 そんな、あちらこちらも騒がしい季節の時期。

 

 

「……Humph……」

 

 この男――バージルはとても困っていた。

 特別指定モンスターどころか魔王軍幹部さえもソロで倒せる、もうあいつ1人でいいんじゃないかなと言える実力を持ちながら、高い知力を合わせ持つ彼に、困ることなんてあるのだろうか。

 

 否――1つだけある。

 

 

「(……鉱石が足らん……)」

 

 刀の維持に使う為の、鉱石だった。

 雷刀アマノムラクモは、バージルの要望通り頑丈な設計がなされているが、一切傷がつかないわけではない。使い続ければ刃が綻び、欠けることもある。

 

 そう、以前バージルが使っていた愛刀――閻魔刀のようにはいかないのだ。

 うっかり閻魔刀を使う感覚で、魔力を込めて振ったこともあり、刀が追いつかず壊れることもしばしば。

 その度に、バージルは鍛冶屋ゲイリーのもとへ行って修復してもらうのだが……そのためには、多くの鉱石と電気系のモンスターの素材が必要となる。

 

 モンスター素材は問題なく回収できるのだが……そう、鉱石が集まらない。まるで、物欲センサーに四六時中監視されたハンターの如く。

 石ころや鉄鉱石ならたんまりあるが、当然そんな物はアマノムラクモの修復に使えない。

 完璧主義なバージルとしては、少しの欠けも気になるので、すぐにでも直したいところなのだが、鉱石がなければどうすることもできない。

 

「(……他の奴から集めるか……)」

 

 そこで、バージルは考え方を変えてみる。自分で集められないのならば、他の冒険者から集めればいい。

 1番手っ取り早いのは、鉱石を高く買い取ることだが……鉱石にあまり金は使いたくないので除外。まだまだ大量に金はあるのに。この男、意外と守銭奴である。

 金以外の等価交換で鉱石を得るとしたら何が良いか……そう考えていた時、1つの案が頭を過った。

 

「(……また、奴の真似事になるのは癪だが……)」

 

 それは、かつての自分なら即刻消していただろう案。

 しかし、今の自分には必要だと思える案を。

 

 

*********************************

 

 

 ――コンコンッと、バージルが住む家の前にいた人物は、軽く扉をノックする。

 しかし、家の中からは声が聞こえず、扉も開かれる様子を見せない。

 

「おかしいなぁ……鍵は開いているから、バージルさんもいると思うんですけど……失礼しまーす」

 

 そう呟いた銀髪ショートの女性――クリスに扮したエリスは、一声かけてから家の中に入る。

 整理整頓された清潔な部屋を見渡すが、バージルの姿は見当たらない。やはり留守なのだろうか。

 

「バージルさーん。いませんかー?」

 

 しかし、几帳面な彼が鍵をかけ忘れて外出することは考えられない。エリスは部屋の中でバージルを呼んでみる。

 するとその時、部屋の奥から物音がしたと思いきや、その先にあった扉がガチャリと開いた。

 

「……エリスか」

「あっ、バージルさ――」

 

 そこから、バージルの声が聞こえてきた。彼の声を耳にしたエリスはそちらへ顔を向け――。

 

「――って、ななななんで上半身裸なんですかーっ!?」

 

 バージルの鍛え上げられた身体を目撃してしまい、顔を真っ赤にして叫び、すぐさまバージルから目を背けた。

 風呂にでも入っていたのだろうか。彼の髪は乾いておらず、いつものオールバックな髪も降ろされ、彼の弟と瓜二つな髪型になっている。

 そして、上半身は何も着ていないトップレスで、あるのは首にかけたタオルとエリスが渡したアミュレットのみ。結果、奥様もウットリな引き締まった身体をガッツリ露出させていた。

 一応、しっかり下は履いているのだが……この女神様には、上半身だけでも刺激が強過ぎたようだ。

 

「……何をそんなに動揺している?」

「いいから早く服着てください! 早く! 今すぐにっ!」

 

 

*********************************

 

 

 しばらくして、バージルは髪を乾かしいつものオールバックに戻すと、黒い服と青いコートを纏って浴室から出る。

 バージルが椅子に座る前で、エリスは季節が秋であるにも関わらず、両手でパタパタと顔を仰いでいた。

 

「で、何の用だ」

「なんでそんな普通に話せるんですか……もうっ……」

 

 あんな事が(バージルにとっては何でもない事だが)あったにも関わらず、平然と話を進めるバージルに、エリスは呆れるようにため息を吐く。

 もう文句を言っても仕方ないだろう。そう思ったエリスは気持ちを切り替え、バージルに用件を話し始めた。

 

「今日も『神器回収』を手伝ってもらおうと思いまして」

 

 『神器回収』――それは、以前までエリスが『お宝探し』と称していた仕事だ。

 バージルは、クリスが女神エリスだということを知っている。ならば、彼にはもう隠す必要がないだろうとエリスは判断し、お宝探しの真の目的を話していた。

 

 この世界に転生させられた者達――その中でも、とある異世界の、エリスの先輩が管理していた国の若者達。

 彼らが転生前に女神から、様々な武器や防具を特典として受け取っているが、その中でもとりわけ強力な物を『神器』と呼ぶ。

 それらは、この世界のバランスを崩す程に強大な力を秘めている。そういったチートじみたものを転生特典にするのはダメだと天界規定で言われていた筈なのだが、どうやらエリスの先輩は忘れていたらしい。

 一応、神器は持ち主にしか扱えないように施されているのだが、完全に使えないわけではない。少し能力が低下するものの、他者にも扱うことができるのだ。

 

 そして、この世界には持ち主が死亡した、または不意の事故で手放す羽目になり、持ち主のもとから離れてしまった神器が数多く存在する。

 完全に力は引き出せないにしろ、その片鱗だけでも強力な神器。それが邪な者の手に渡れば、必ず災いが起きてしまうだろう。

 その為、エリスは盗賊に扮して下界に降り、お宝探しと称して神器を回収していたのだ。

 

 ……因みに、ちゃっかりバージルはクリスのことをエリスと呼び、エリスはクリスの格好でありながら口調が素になっているが、彼女が女神だと他の者にバレてしまうのは混乱を招くので、こういう2人だけの時にしかやっていない。

 2人きりに限り呼び方や口調を変えるなど、傍から見れば恋人のそれである。もっとも、バージルにその気は雀の涙ほどもないだろうが。

 

「悪いが今日は忙しい」

「あら、珍しい……理由を聞いてもいいですか?」

 

 神器回収の誘いには必ず乗ってくれた彼だったが、今日は珍しく断られた。気になったエリスは、その訳を尋ねてみる。

 対するバージルは、いつものように腕を組みつつ答えた。

 

 

「――便利屋を開こうと思ってな」

 

 

*********************************

 

 

「……で、鉱石を集めるのを主な目的とし、報酬は金以外でも構わん便利屋を経営しようと考えた」

「(鉱石集め、だなんて言ってるけど……バージルさんなりに、人と接しようとしているんですね……素直じゃないなぁ)」

「……何を笑っている」

「いえいえ、なんでもありませんよ」

 

 バージルが便利屋を開くことになった経緯を聞き、その真意を汲み取っていたエリスは小さく微笑む。

 そんな彼女が気に食わないと思ったのか、バージルはフンッと鼻を鳴らした。

 

「とにかく、今はその準備で忙しい。店の名前もまだ決めていないからな」

「名前……ですか……」

 

 店の名前は、謂わば顔だ。親しみやすく覚えやすい名前ならば、街の人にもすぐ覚えてもらえるだろう。その逆も然り。

 今日は邪魔しちゃいけないだろう。そう思ったエリスは、しばらく神器回収は1人でやろうと考え、この場から去ろうと動き出す。

 

「エリス、何かいい名前はあるか?」

「……えっ?」

 

 とその時、バージルから名前の案がないかと尋ねられた。それを聞いたエリスはその場で固まる。

 長いこと女神として生きているが、こういった何かの名前を決めるのは、あまり経験したことがない。

 正直言うと、自信はない……が、折角バージルからお願いされたのだ。女神として、協力者として、ここは1つ自分も名前を考えなければ。

 元から断れない性格の彼女は、思いつかないと言わず、バージルが経営する便利屋にピッタリな名前を考え始めた。

 

 

*********************************

 

 

 ――5分後。

 

「(やっぱりバージルさんの要素を織り交ぜたいですよね……となれば青をイメージさせるような……)」

「……」

 

 

 ――10分後。

 

「(ブルーローズ……ちょっと違うかな? なら今度は悪魔路線の方で……)」

「……オイ」

 

 

 ――15分後。

 

「(ダンスウィズデビル……うーん、なんか違う……悪魔……デビル……うぅーっ……)」

「……思いつかんのなら構わんが……」

 

 あれからかなり熟考しているが、中々良い案が頭に思い浮かばない。

 いい加減待つのが面倒になってきたのか、頭から湯気が出ているように幻視させるエリスを見かねて、バージルは声を掛ける。

 

「――あっ!」

「ムッ?」

 

 とその時、何か名案でも思いついたかのように、エリスはパァッと顔を明るくして両手をパンッと叩いた。

 バージルが少し驚く中、エリスは人差し指を立てると、思いついた名前を告げた。

 

 

「『デビルメイクライ』……なんてのはどうでしょう?」

「……『Devil may cry』?」

 

 彼女が口にした名前案をバージルが復唱すると、エリスは「はい」と言って頷く。

 

「悪魔は、どんなことがあっても泣くことのない種族だと聞いたことがあります。そんな悪魔が……もしかしたら魔王でさえも、泣いて許しを請いてしまうほどの力を持つ、バージルさん……そんな意味を込めてみたんですが、どうでしょうか?」

 

 「血も涙もない悪魔」という言葉を聞いたことはあるだろうか。

 血も涙もないとは、人間とは思えない、残酷で無慈悲な行動や言動を行った者によく言われる言葉だ。それに合わせて、悪魔がよく挙げられている。

 しかし、それは紛れもない事実。エリスが話した通り、悪魔には人間らしい感情など一切ない。怒りや喜びはあれど、悲しみや恐怖は一切ない。当然、それを感じて流す涙などある筈がない。

 そんな悪魔を、恐怖で泣かせてしまうほどの圧倒的な力――その意味を込めた名前。それが『デビルメイクライ(悪魔も泣き出す)』だ。

 彼女の解説を聞いたバージルは、顎に手を当てて少し考える。

 

「……悪くない名前だ」

 

 すると、その名前が気に入ったのか、彼は小さく笑って感想を口にした。

 その言葉を聞いたエリスは、とても嬉しそうにニッコリと笑う。

 

「(本当は……いつかバージルさんが、誰かのために泣ける悪魔になれますように……という意味なんですけどね)」

 

 

 まさかその名前が、既に――しかも、彼の弟が使っていたことなどいざ知らず。

 ここに『デビルメイクライ異世界ベルゼルグ王国アクセル支店』が誕生した。

 

 

*********************************

 

 

 ――それから数日後。バージルはせっせと開店準備を進めていた。

 業者に頼んでもらい、扉の上にこの世界の文字で「デビルメイクライ」と書かれた看板を立て、事務所は完成を迎えた。

 無事開店したところで、エリスは「早速友達に紹介してくる」と言って、街の中へ駆け出した。

 そう、口コミというヤツである。

 クリスから発信し、その知り合いから知り合いへ、またその知り合いから知り合いへと、アクセルの街にオープンした便利屋の名は、段々と広まっていくだろう。

 いずれ来るだろう客人を待つため、バージルはクエストに行かず、ゆったり本を読むことにした。

 

 

 ――そして、エリスが口コミを始めてから数時間後。

 

「……ムッ」

 

 バージルが読書を進めていた時、扉をノックする音が聞こえた。

 まだ1日も経っていないのに、もう依頼人が来たのだろうか。バージルは本を机に置き、扉の前へ移動する。

 そして彼は扉を開け、家の前に現れた人物を見た。

 

 

 ――白と黄色の鎧を纏う、金髪ポニーテールの女性を。

 

「やあ、バージル」

「帰れ」

 

 ダクネスを見た瞬間、バージルは即座に扉を閉めて鍵をかけた。

 

「なっ!? 開けてくれ! バージルが何でもやってくれる便利屋を始めたと聞いて、すっ飛んできたんだ!」

「今日はもう閉店だ。帰れ」

「まだ昼だぞ!?」

 

 ダクネスは扉をガチャガチャと構い開けようとするが、絶対に開ける気はないとバージルは告げる。

 そういえば、彼女はエリス……いや、クリスの知り合いだった。となれば、彼女がダクネスにバージルの便利屋を紹介するのはごく自然なこと。

 ダクネスのことを失念していた自分を恨むように、バージルは独り舌打ちをする。

 

 ――と、もう諦めたのか、扉を開けようとする音が静まり、ダクネスの声は聞こえなくなっていた。

 しかしまだ安心できない。ここで開ければホラー映画よろしくバンッと隙間から手を出し、扉をこじ開けてくるかもしれない。

 バージルは鍵をかけたまま扉から離れ、再び椅子に座る。そして、先程まで読み進めていた本へ手を伸ばした。

 

 

「折角依頼しにきたのに締め出すなんて、嬉しいことをしてくれるじゃないか」

「……ッ!?」

 

 不意に、横から聞こえない筈の、そして聞きたくなかった声が聞こえ、バージルは酷く驚いて横を見る。

 そこには、腕組みをして立ち、凛々しい顔で変なことを話す――さっき締め出した筈のダクネスが。

 

「貴様……どうやって……」

「裏にあった浴室の窓の鍵、空いていたぞ?」

「……チッ!」

 

 どうしてこの非常事態に限って、鍵を閉め忘れていたのか。自分の失態にバージルは再び舌打ちをする。

 もっとも、たとえ鍵が空いていてそこから潜入したとしても、バージルに悟られることなく横に立つことは、潜伏スキルでも使わない限り不可能なのだが……HENTAIとは恐ろしい生き物である。

 

「貴様の依頼など聞き入れるつもりはない。失せろ」

「んっ……ま、まぁそう邪険にせず……まずは報酬だけでも見てくれ」

 

 彼女の依頼は絶対ロクでもないことに違いない。バージルは両目を閉じて腕を組み、さっさと帰るよう冷たく言い放つ。

 ダクネスは少し頬を染めながらも、机周りを迂回してバージルの正面に立つと、片手に持っていた大きめの袋を机に置いた。

 バージルは目を開けて様子を見る。ダクネスは縛っていた紐を解くと、バージルに袋の中身を見せた。

 

「ッ……これは……」

「鉱石に困っているとクリスから聞いてな。これが報酬だ」

 

 それは、バージルが掘っても1日に1個取れるか否かの、青く輝く鉱石。

 刀の修復に必要な鉱石の1つだ。それがギッシリと詰められていた。

 バージルでさえも、思わずゴクリと息を呑んでしまうほどの量。彼はしばし鉱石を見つめた後、ダクネスに目を向ける。

 

「……話は聞いてやる」

 

 鉱石の欲に負けたバージルは、せめて話だけでも聞くことにした。

 彼の返答を聞いたダクネスはフッと笑うと、胸に手を当て、バージルに依頼内容を話す。

 

「……私に、剣の稽古をつけてくれないか?」

 

 それは、彼女にしてはえらくまともな内容の物だった。

 騎士として強くなるために、同じ剣の使い手であるバージルから教わりたい。その思いを胸に、ダクネスはバージルに稽古をつけるよう依頼した。

 

 

 ――と、彼女を知らない者が見たら、誰もがそう思うだろう。

 

「罵倒罵声を浴びせつつ……か?」

「流石バージル。よくわかっているじゃないか」

 

 やっぱりこの女はダメだった。

 

「何故俺が貴様の変態趣味に付き合わなければならん。帰れ」

「んっ……! 変態……趣味っ……!」

 

 ダクネスの依頼を下衆な趣味だと、バージルはハッキリと言い切って断りを入れる。

 その容赦ない言葉に、ダクネスは感じて身体を震わせる。その姿には、バージルも思わずゾッとしていた。

 しばらくして、ダクネスは落ち着きを取り戻すと、未だ荒い息を吐きながら、バージルにこう告げた。

 

 

「な、ならっ……この10倍は払う……と言ったら?」

「……ッ!?」

 

 10倍――目の前にある大量の鉱石の、10倍の数を払うと。

 ダクネスは紛う事なき変人だが、嘘を吐く女ではない。短い期間だが、ダクネスと関わっていたバージルは、彼女の性格を見抜いていた。

 素直。実直。そして欲望に忠実。彼女は本気(マジ)に10倍の数を払うつもりなのだ。バージルと稽古をするためだけに。

 

「頼む! バージル! ほんの1時間だけでもいい!」

「……ッ」

 

 最初は絶対に受けるつもりはないと構えていたが、ここでバージルに迷いが生じた。

 依頼を受ければ一気に鉱石が溜まる。しかしその代わり、大切な何かを失ってしまいそうな気がする。

 ダクネスの依頼を受けるべきか否か。バージルは目を閉じ、しばらく熟考する。

 彼が選ぶのは、自身のプライドか――鉱石か。

 

 

「……1時間……だけだ」

 

 

*********************************

 

 

「寝ている暇があるならさっさと立て、クズが」

「んんっ……! あぁっ……! 倒れているところを蹴り上げるなんて……!」

 

 

「そんな剣裁きで騎士を名乗るだと? 呆れて物も言えんな」

「くぅぅ……っ! ま……まだまだぁっ!」

 

 

「どこを見ている。俺の身体に掠りすらせんぞ? やる気があるのか?」

「ふっ……! くっ……! ハァ、ハァッ……!」

 

 

「っ……どうした? もう終わりか?」

「あっ……あぁあああっ……! 顔を地面につけられ、その上から足で踏まれるなんてぇええええ……っ!」

 

 

*********************************

 

 

 ――1時間後。

 

「ハァ……ハァ……しゅごいぃ……」

 

 アクセルの街近くにある平原。その上で、鎧が所々壊れ、下に着ていた黒いボディスーツも破れ、土で汚れた肌を露出させたダクネスが横たわっていた。

 彼女の顔はとても幸せそうで、情けなくヨダレを垂らし、ビクンビクンと身体を脈打たせている。その目は半ば虚ろだが、心なしかハート型になっているように見える。

 その近くにいるのは、小さな岩の上に腰を置き、刀を杖のように立て――後悔するように、柄の底に額をつけているバージル。

 

「(……俺は何をしているんだ……)」

 

 どう見ても事後です。本当にありがとうございました。

 

【挿絵表示】

 

 

*********************************

 

 

 ――デビルメイクライが開店してから、初めての依頼を受けた翌日。

 バージルは、今日も静かに自宅で本を読みつつ、依頼人を待っていた。

 昨日あんなことがあったのに、よく冷静でいられるなと思うだろうが、逆だ。バージルは本に没頭することで、昨日のことを忘れようとしていた。

 

「……ムッ」

 

 とその時、真正面にあった扉がガチャリと開く。デビルメイクライ、2人目の依頼人だ。

 バージルは本から目を離し、開いた扉へ向ける。

 中に入ってきたのは、緑色のスカーフと白い服に茶色い靴を身につけた、どうにも冴えない茶髪の男。

 

「ども、バージルさん」

「カズマ……貴様か」

 

 バージルの協力者の1人、カズマだった。彼は大きめの袋を背負い、店に入ってくる。

 彼は、バージルと協力関係なのをいいことに、バージルへアクアを擦り付けようとしたが、それに目を瞑れば、あの4人の中では1番まともな男だろう。

 ダクネスの時と違い、バージルはすぐに店を閉めることなく、本を閉じて机に置き、机の前に来たカズマと向き合う。

 

「クリスから聞きましたよ。便利屋開いたって……バージルさんがそんな店始めるなんて、珍しいっすね。しかもデビルメイクライなんてシャレオツな名前つけて。ウチの中二病にも見習って欲しいですよ」

「……そうだな」

 

 カズマの言葉に、バージルは同意するように呟く。わかっていると思うが、ネーミングセンスが壊滅的な中二病のことではない。

 

 バージルは、まさか自分がこのような仕事を始めるとは思ってもみなかった。生前は悪魔として生き、人間を殺してきた自分が、だ。

 しかし、これは自分で選んだ道。便利屋を開こうと思ったのも、人間に歩み寄ろうと思ったのも……エリスの与えた罰もあるが、結局は自分で決めたこと。

 だからこそ、バージルは後悔していなかった(初めての依頼から目を背けつつ)

 もしもダンテが今のバージルを見たら――

 

「なんだよバージル。見ない間に随分と良い子ちゃんになったな。ようやく反抗期が終わったか?」

 

 ――と、いつもの相手を小馬鹿にした顔で笑い、バージルを弄り倒すことだろう。兄弟喧嘩勃発待ったなしである。 

 

「それと……ダクネスからも聞きました。その……お疲れ様です」

「……その話は触れるな……思い出したくもない……」

「そっすよね……すんません……」

「で……何の依頼だ?」

 

 危うく封印していた記憶が掘り起こされそうになりながらも、バージルは話を進める。

 カズマが何の用もなく、店だけを見にここへ来たとは思えない。それは、彼が持っている大きめの袋からでもわかることだった。

 バージルに尋ねられたすカズマは、キリッと真剣な表情を見せると――勢いよく頭を下げた。

 

 

「お願いします! 1日だけ俺と代わってください!」

「断る」

「うぐぅっ!?」

 

 カズマの依頼内容を聞いた瞬間、バージルはバッサリと断った。

 

「た、たった1日だけでいいんです! 安らぎが欲しいんです! アイツ等に振り回されない平和な1日を過ごしたいんです!」

「貴様の気持ちは十分にわかる。だが、奴等と共に行動するのは無理だ。諦めろ」

 

 カズマは涙目になりながら、一生に一度のお願いと言わんばかりに頼み込むが、バージルは断る姿勢を崩さない。

 1日カズマと代わる。つまり、1日もあの問題児3人と行動を共にしなければならないということだ。それならば、まだ魔界に行って悪魔達と四六時中殺し合った方がマシというもの。

 いくらカズマに恩があるとしても、そして彼の気持ちが痛いほど理解できるとしても、それだけは受け入れられなかった。

 

 何度頼まれても断固拒否する――そう思っていた時、カズマは頭を上げてこう告げた。

 

「報酬を見ても……ですか?」

「ムッ……?」

 

 まるで駆け引きをするように、カズマは報酬の話を持ち出してきた。

 カズマは背負っていた袋を、ドンッと音を立てて机上に置く。

 そして、てっぺんで結ばれていた紐を解き、中身をバージルに見せた。

 

「ッ……こ、これは……」

 

 なんということか――袋に入っていたのは、まさにバージルが欲していた、刀の修復に必要な鉱石――その中でも使用数が少ない、つまりは希少価値の高い緑色の鉱石が、たんまりと入っていた。

 バージルがいくら掘ろうとも、全然掘り起こすことができない代物。1週間に1個取れれば良い方だ。

 それを、カズマがこれほどまでに所持している事実に、バージルは驚きを隠せずにいた。

 

「これが報酬です。依頼内容は、1日だけ俺とバージルさんの生活を入れ替える。どうですか?」

「……ッ」

 

 狙い通りだったのか、劣勢から一転攻勢へ。カズマはニヤリと笑って、バージルにもう一度依頼内容を告げる。

 バージルは目を閉じ、じっくりと考える。

 あの問題児達と行動するのは、ロクなことにならないのが目に見えているため、断りたいところだ。

 しかしこの依頼をこなせば、欲しかった鉱石がたんまりと手に入る。

 昨日に引き続き、バージルはまたも選択を迫られる。自分の気持ちか、鉱石か。

 バージルは悩みに悩み続け――答えを出した。

 

 

*********************************

 

 

 ――場所は変わり、ギルドのクエスト掲示板前。

 

「というわけで、今日1日だけ、俺の代わりにバージルさんがお前達と行動することになったから」

「「「……えっ?」」」

 

 バージルの横でカズマがそう話し、目の前にいた3人――アクア、めぐみん、ダクネスは素っ頓狂な声を上げた。

 




挿絵:のん様

因みにバージルが掘っても掘っても掘れない鉱石は、モンハンでいうとマカライト鉱石レベルの物です。それを、バージルは上位クエストに行っているにも関わらず掘り当てられません。ほとんど石ころか鉄鉱石。よくて大地の結晶。つまりはそういうこと。


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第19話「この問題児達とクエストを!」

日常回なら1万字超えないだろうと思ったらそんなことはなかった。


「今から24時間……そうだな。今の時間が昼過ぎぐらいだから、明日の昼頃までバージルさんが俺と代わって、お前達と一緒にいてくれるから」

 

 横に立っているバージルへ3人の視線を集めつつ、カズマは1日だけバージルと交代することを話した。

 無表情で立つバージルを、アクア、めぐみん、ダクネスの3人はまじまじと見つめる。

 アクアとめぐみんはいつもと同じ服だが、ダクネスだけは黒のタイトスカートに黒い服で、背中に大剣を背負っていた。

 昨日、バージルと稽古(意味深)した際に鎧が壊れてしまったので、修理に出しているそうだ。

 

「(ここで……そんなーっ! カズマさんがいないなんて寂しいですぅーっ! って悲しんでくれたら、まだ好感が持てるけど……)」

 

 普段いる筈の者が、1日だけだがいなくなる。子供にとっては親が、ブラコン気質の妹にとっては兄がしばらく留守にするというもの。間違いなく号泣ものだろう。

 そんな可愛げな一面を、3人も見せてくれればと、カズマは淡い期待を胸に彼女達へ目を向けるが……。

 

 

「ってことは……お兄ちゃんとクエストに行けるの!? ひゃっふぅーっ! テンション上がってきたー!」

「フフフ……ようやく、なんだかんだでまだお見せできていなかった、我が爆裂魔法を披露する時が来ましたね!」

「き、昨日のような体験をまたできるのか……んっ……! 想像したら……武者震いがっ……!」

「ッ……」

「(こいつらは、こういう奴等だからなぁ)」

 

 誰ひとりとしてカズマが一時離れることを気にせず、テンションを上げていた。

 

 アクアは相変わらずバージルをお兄ちゃんと呼び、めぐみんは爆裂欲求を、ダクネスは変態欲求を高めている。

 悲しんでくれると少しばかり期待していた反面、こういう反応になるだろうなとも、カズマは思っていた。予想通りの反応をする3人を見て、カズマは小さくため息を吐く。

 

 まぁ、喜んでくれるのは構わない――それよりもだ。彼女達に、これだけは言っておかなければ。

 

「お前等、バージルさんは俺のようにいかないからな? くれぐれも迷惑かけるなよ?」

「フフンッ、私を誰だと思ってるの? 卑猥な盗賊スキルしか扱えないどこかのヒキニートとは違うのよ」

「1つだけだがソードスキルも使えるっつの。最近新しいスキルも覚えたし。あと、そのお前がどこかのヒキニートの足を散々引っ張っているんだが?」

 

 カズマはアクアへ釘を刺すように言いつけるが、自分が足を引っ張ることはないと、自信満々に彼女は言い返す。

 コイツは何を言っても駄目だ。彼女の態度を見てそう思ったカズマは、残る2人の問題児に目を向ける。

 

「お前達もだ。爆裂魔法ぶっぱなして倒れたり、モンスターの大群に1人で突っ込んだりしたら――」

「バージル! 今日の私はすこぶる調子がいいです! 有象無象を一撃で屠る我が最強の魔法、その目に焼き付けて差し上げましよう!」

「モンスターに襲われて助けを求めるも、そこを無残に見捨てられる……そのシチュもありだな……フフフ……」

「(……コイツラもダメだー……)」

 

 が、その2人も話を聞かない問題児だった。

 めぐみんは既に爆裂魔法を使う気満々であり、ダクネスはどんなシチュエーションを楽しもうかと妄想していた。

 最早忠告など無意味。そう思える3人に呆れるように再度ため息を吐くと、カズマはバージルに顔を向ける。

 

「……とまぁこんな奴等ですが、一応は俺のパーティーメンバーです。死なない程度に守ってやってください」

「あぁ……貴様も店番を頼む。その間に依頼人が来ても、依頼は受けなくて構わん」

「了解っす」

 

 余程カズマはこの3人に苦労しているのだろう。バージルは彼に同情の目を向けながらも、3人を命の危険に晒させないことを約束した。

 

 バージルがいれば、滅多なことがない限り大丈夫だろうが、その滅多なことをやらかすのがこの3人だ。

 無意味だとわかっているが、カズマは念を押すように3人へ声を掛ける。

 

「そんじゃ……お前等、本当に本当にホントーに迷惑かけんなよ?」

「しつこいわねー。私達なら大丈夫だって。ほらっ、アンタはヒキニートらしくお兄ちゃんの自宅警備員やって来なさいな」

「お前達だから何度も言ってんだよ……じゃ、後はよろしくお願いします。バージルさん」

 

 アクアはさっさと行けと言わんばかりに、カズマをシッシと手で払う。

 それに対し、お前が問題児筆頭なんだよと心の中で突っ込みつつも、カズマは独りギルドから出て行った。

 

 

*********************************

 

「(……さて、どうしたものか)」

 

 カズマが去った後、クエスト掲示板の前で小さく息を吐くバージル。

 そんな彼の前には――掲示板から剥ぎ取った紙を、目を輝かせながら見せてくるめぐみんとダクネスがいた。

 

「バージル! このクエストに行きましょう! 大型コカトリスの討伐! コカトリスの群れもいるそうなので、ダクネスのデコイを使って敵を集め、私の爆裂魔法でボスもろともぶっ飛ばす作戦です!」

「いや! こちらのダンジョンクエストだ! ここには女の冒険者を好んで捕獲する主がいるらしい! で、もし私が捕まったら……て、手を差し伸べようとはせず、食料用に捕獲されるモンスターを見るかのような冷たい目で見捨ててはくれぬか!?」

「却下だ」

 

 2人の手には、ドクロマークが何個も付けられた高難易度クエストの紙。それを見て、バージルは即座に却下する。

 バージル1人ならば難なくこなせるだろう。しかし今は、カズマの足を終始引っ張っているらしい問題児3人組がいる。

 3人ともじっと待ってくれるならば、まだ可能だろうが……果たして彼女達は、言って聞かせられるような大人しい人間だろうか?

 少なくとも、今の彼女達を見てそう思える者はいないだろう。

 

「折角お兄ちゃんがいるんだし、普段は絶対行けないようなクエストにも行きたいけど……1日だけって言ってたから、今回は短時間でもクリアできそうな討伐クエストがいいわね」

「ムッ……」

 

 そんな中、執拗に高難易度クエストへ行こうとせがむ2人の横で、アクアが掲示板を物色しながらそう話した。

 この女も、2人と同じようにせがむものかと予想していたバージルは、少し意外だと思いながらも、アクアの様子を見守る。

 同じく、手を止めてアクアを見るめぐみんとダクネス。3人の視線を受ける中、アクアは1つのクエストの紙の前で足を止めた。

 

「というわけで――」

 

 そして彼女は、掲示板からその紙をビリっと取り、3人に見せつけた。

 

 

「いざ――リベンジマッチよ!」

 

 

*********************************

 

 ――アクセルの街から、そこまで離れていない草原地帯。

 チラホラと雲が見える空に、丁度いい感じに冷たく心地よい秋の風。そんな絶好のクエスト日和に、モンスター討伐へ出向いたパーティーが1組。

 アクア、めぐみん、ダクネス、バージル――全員が上位職という、駆け出し冒険者の街には不相応な4人だ。

 草原の上に立つ4人は、前方へ視線を向け、今回のターゲットを捕捉する。

 

 

「……よりにもよって奴等か……」

 

 それは、巨大な身体とつぶらな瞳を持つ、四足歩行の化物カエル――ジャイアントトードだった。

 

 冬、決まって冬眠をするジャイアントトード達は、それに控えて食事をするため、秋頃には活発に活動している。

 捕食対象には家畜のみならず人間も含まれる。放置すれば危険なモンスター。そのため、ギルドから個体数を減らす目的で討伐依頼が出されていたのだ。

 相変わらずカエルが苦手なバージルは、草原に佇む数匹のジャイアントトードを見て、不愉快そうに顔を歪ませる。

 

「これはこれは、中々いい数が揃ってますね……爆裂魔法を披露するには申し分ないです」

「つ、遂に私もヌルヌルプレイを体験できるのか……! っ……くぅっ!」

「(……まぁ、この程度の敵に引けは取らんだろう……)」

 

 隣には、赤い目をキラリと光らせやる気満々なめぐみんと、汚らしくヨダレを垂らして興奮を覚えるダクネス。

 いくら問題児といえど、彼等は上級職。それなりに力はある筈。流石にこのような下級モンスターに苦戦するほどではないだろうと、バージルは2人を見て考える。

 

 しかし、彼は忘れていた。アクアは「リベンジマッチ」と称し、このクエストを選んでいたことを。

 

「……? アクアはどこに行った?」

 

 その時、いつの間にかアクアの姿が消えていたことにバージルがふと気付く。

 

「アクアですか? アクアなら――」

 

 バージルの声を聞いた聞いためぐみんは、彼の質問に答えながら、ピッと前方を指差した。

 

 

「ここで会ったが百年目! 今日こそ私の方が強いってことを本能レベルで刻ませてやるわ!」

「先に、ジャイアントトードへ向かって突撃しましたよ」

「……」

 

 初っ端からこれである。

 

 カズマに散々釘を刺されていたにも関わらず いきなり単独行動をしたアクアに、バージルはため息を吐いた。

 しかしアクアは足を止めることなく、まん丸な目でアクアを見ている1匹のジャイアントトードへ突っ込む。

 

「あの時はビクともしなかったけど、今日ならいけそうな気がするわ! 喰らいなさい! ゴッドブロォオオオオーッ!」

 

 アクアは右手を光らせると、勢いを乗せたままジャイアントトードの腹に、渾身の『ゴッドブロー』を喰らわせた。

 『ゴッドブロー』――それは、神々にしか扱うことのできない、神の怒りと悲しみを拳に乗せた一撃必殺(アクア談)のワンパンチ。相手は死ぬ。

 

 

 ――ジャイアントトードのような、打撃の効きにくい敵を除いて。

 

「……あ、あれ? おっかしいなぁー……?」

 

 『ゴッドブロー』をまともに喰らったにも関わらず、ジャイアントトードは痛くも痒くもないとばかりに、表情を変えず突っ立っていた。

 

 ジャイアントトードの腹は、物理ダメージを吸収する。それはアクアの『ゴッドブロー』だろうと、バージルの『ベオウルフ』で放たれる通常攻撃だろうと。

 連発する、または溜め攻撃で許容量オーバーのダメージを食らわせられたら話は別だが、そんな面倒なことをするよりも腹以外を狙う、または魔法で攻撃する方が早い。

 因みにアクアは、以前ジャイアントトードと戦った時も、腹に攻撃して負けていた。まるで成長していない。

 

 微動だにしないジャイアントトードを見上げ、アクアはダラダラと冷や汗を流す。

 そんなアクアを無表情で見ていたジャイアントトードは、ノコノコやってきたエサことアクアを食すべく、カパリと大きな口を開けた。

 

「チッ……」

 

 その瞬間、バージルは強く地面を蹴り、人間には到底不可能な速度でアクアのもとに駆け付ける。

 

「ままま待って! 少し話し合いましょう!? だから私を食べるのはやめ――わうっ!?」

 

 そして――食べられる直前のところで、バージルはアクアを脇に抱えて助け出した。

 飛んできた勢いのまま、アクアを食べようとしたジャイアントトードから、少し離れた場所に着地する。

 バージルは視線をジャイアントトードに向けたまま、脇に抱えたアクアを地面に置いた。

 

「ハッ……ハッ……!」

「……世話の焼ける……」

 

 まさしく九死に一生。一歩遅ければジャイアントトードの口の中だったアクアは、青ざめた顔でバクバクと鳴る心臓を抑える。

 呆れと疲れが混じったため息を吐くと、バージルはアクアから視線を外して、離れた場所にいるダクネス達に向けた。

 

 

「くっ……こ、来い! たとえお前達の粘液で、身体はグチャグチャのヌレヌレに汚されようとも、私の心は汚されない!」

「……あの変態がッ……!」

 

 その先に、いつの間にか複数のジャイアントトードに囲まれ、嬉しそうに笑いながらも抵抗する素振りを見せるダクネスがいた。

 クルセイダーには『デコイ』という敵の注意を引きつけるスキルがある。恐らくそれを使ったのだろう。ジャイアントトードは皆、ダクネスへ視線を向けている。

 一難去ってまた一難。バージルはまたも舌打ちをすると、先程のように地面を蹴り、アクアを置いてダクネスのもとに向かった。

 

「ハ、ハァッ……ハァッ……! これから私は、お前達の口で、たらい回しにされながら汚されるのだろう……くっ! だ、だが……私は騎士だ! その程度のヌルヌルプレイで、私が屈することは――!」

「戦いの場にも変態趣味を持ち込むな。クズが」

「にゃうっ!?」

 

 ジリジリとジャイアントトードが詰め寄ってきた時、飛び込んだバージルがダクネスを脇に抱え、即座にその中心から離脱した。

 大剣を持っているのもあるが、アクアと比べてダクネスは中々に重いなとバージルは感じたが、半人半魔の力があればなんのその。彼女を抱えたまま、高く飛び上がることも容易だった。

 

「な、何故助ける!? そこは私を、汚らわしい女だと見捨てて立ち去るところだろう! そ、それとも何か!? 助けてやった礼に、あんなことやこんなことを要求するつもりか!? くっ……! 昨日激しいプレイをしたばかりだというのに、貴様という男は……!」

「俺自らが望んでやったように捏造するな。貴様が依頼してきたから、仕方なく引き受けただけだ。そして二度と昨日のことは話すな」

 

 ダクネスと言い合いをしながらも、バージルは高いジャンプでジャイアントトードの包囲網から抜け出し、草原の上に着地する。

 まだ『デコイ』の効果が持続しているのか、ジャイアントトードは一斉にこちらを向く。

 

「ナイスですバージル! お陰で味方を気にせず遠慮なく撃つことができます! 我が爆裂魔法、とくとご覧あれ!」

「ムッ……」

 

 その時、少し離れた場にいためぐみんが、紅魔族を象徴する紅き目を更に輝かせ、ジャイアントトードへ杖を向けた。

 バージルが注目する中、めぐみんはゆっくり息を吸うと――自身に宿る魔力を、徐々に高めていった。

 

「闇より暗き漆黒よ。我が真紅の光と融合を果たし、むぎょうの歪みと成りて現出せよ。我が魂の叫びに応え、地上の全てを業火で包め!」

「……ほう……」

 

 爆裂魔法の詠唱をするめぐみんに、バージルは関心を示す。

 流石は、魔法に長けた紅魔族といったところか。その魔力量と質には、バージルさえも目を見張るものがある。

 そして、彼女魔力が最高潮に高まった時、めぐみんは近付くジャイアントトード達を見据え――声高らかに唱えた。

 

 

「――『エクスプロージョン』ッ!」

 

 瞬間――ジャイアントトードのいる場が光り、つんざく音を立てて爆発し、灼熱の炎に包まれた。

 

 これぞ、彼女が持つ最強魔法『爆裂魔法(エクスプロージョン)』である。

 その名に相応しき、巨大な爆発を起こす魔法。その威力も侮れない。

 

 遅れてきた突風に、未だバージルの脇に抱えてられていたダクネスは思わず両腕で顔を防ぐ。バージルのコートは激しくなびき、彼は爆発した先をジッと見つめる。

 しばらくして、爆裂魔法の爆風が収まると――敵が密集していた場所は、クレーターができるほどの焼け野原に変わり果てていた。

 そこに、ジャイアントトードの姿はどこにもない。文字通り、粉微塵になって死んだのだ。

 

「(成程、これが爆裂魔法……攻撃魔法最強と謳われるだけのことはある)」

 

 馬鹿にならない威力を見たバージルは、爆裂魔法について考えていた。

 「習得スキルポイントが無駄に高いネタ魔法」と、バージルが読んでいた本には書かれていたが、実際目にすると、スキルポイントが高いのも頷ける。

 下級モンスターだったが、塵一つ残さないその威力。たとえバージルでも、この魔法を連続で受け続けたら、ダメージは免れないだろう。

 

 まさしく最強魔法――そう、威力だけ見れば。

 

「……はふぅ……」

 

 爆裂魔法を1発放って魔力をすっからかんにしためぐみんは、とても満足そうな声を上げながら、うつ伏せでその場に倒れる。

 するとその時、めぐみんがいる付近の地面が盛り上がり、そこから1匹のジャイアントトードが出てきた。先ほどの爆裂魔法に反応し、出てきたのだろう。

 徐々にめぐみんへ近付くジャイアントトード。今すぐその場から逃げ出さなければならない状況だが――。

 

「……あの、バージル。もう私動けないので、早く助けて欲しいのですが……ジャイアントトードが近づいているんで早めにお願いします」

「(……これではな……)」

 

 攻撃力は第1位。ただし燃費はワースト1位。本で読んだネタ魔法という評価は妥当だなと、バージルは思った。

 バージルはダクネスを脇に抱えたまま、めぐみんのいる場へ駆け寄ると、彼女を左脇に抱え、飛んできたジャイアントトードの舌をジャンプして逃れる。

 

「おぉ、なんという運動神経。カズマには絶対真似できませんね。流石は我が同志です」

 

 人間のカズマにはできない高さのジャンプを見せるバージルに、めぐみんは抱えられたまま感心する。

 

「ところで……アクアは大丈夫なのですか?」

「ムッ?」

 

 そして地面に着地した時、めぐみんはアクアの安否を確認するように尋ねてきた。

 そういえば忘れていたと、バージルは2人を抱えたまま、アクアを置いてきた場へ目を向ける。

 

 

「さっきはよくもやってくれたわね! 今度こそアンタをひき肉にしてやるんだから! 喰らいなさい! ゴッドブロォオオオオオオオオッ!」

「――Scumbag(このクズが)!」

 

 一度ならず二度までも。

 アクアは先程自身を食べようとしていたジャイアントトードへ、仕返しと言わんばかりに再びゴッドブローを繰り出した。腹に

 2回目は効く、なんて都合の良い事は起こらず、ジャイアントトードはケロッとした表情でアクアを見下ろす。

 それを見て、バージルは酷くイラつきを覚えながらも、すかさず二人を抱えたまま駆け出した。

 

 

*********************************

 

 冬眠前だからか、春時よりも多く現れたジャイアントトード。

 最初は、美味しそうなエサを見て身体も心もぴょんぴょんしていたが……今や、平原の上で仰向けに寝転がり、ピクリとも動く様子を見せない。

 

 その、ジャイアントトードの死体を背景に――バージルは腕を組み、仁王立ちで見下ろしていた。

 彼の前には、女の子座りで平原に座るアクアと、うつ伏せながらも顔だけバージルへ向けるめぐみん、正座をするダクネスの3人が。

 

「貴様……待つということができんのか?」

 

 バージルは顔に青筋を浮かべ、非常に不機嫌な様子でアクアに話す。

 後ろにいるジャイアントトードは、全てバージルが倒したもの――勝手に行動するアクアを守りながら、だ。

 めぐみん、ダクネスは脇に抱えているため、勝手にどこかへ行くことはなかったのだが、アクアだけは少し目を離した隙にジャイアントトードへ自ら突っ込み、何度も食われそうになっていた。

 

「だ、だって! 私もお兄ちゃんみたいに、アイツ等をギャフンと言わせてやりたいんだもん!」

「ならば何故、馬鹿の一つ覚えのように、物理攻撃の効かない腹へ殴りにいく?」

「私は女神なのよ!? その力が、低級モンスター如きに効かないなんておかしいわ! 私の攻撃は絶対効く筈なのよ!」

 

 女神たる自分の攻撃でさえ吸収できるのはおかしいと、アクアは主張する。どうやら反省する気は全くないらしい。

 頑なに自分の非を認めないアクアに、バージルのイライラはどんどん溜まっていく。

 

 

 ――それ故に、気付けなかった。

 普段の彼なら、即座に気付けただろう。しかし、彼女達に散々振り回され、イライラと疲れが酷く溜まっていたからか。

 アクア、めぐみん、ダクネスの3人が――途端に慌てふためく顔を見せた意味に、彼は気付けなかった。

 

「バ、バババババージル! 後ろ後ろっ!」

「話を逸らそうとするな。それに貴様等2人もだ。好き好んで敵に包囲され、リスクも考えず魔法を放ち――」

「早く逃げろ! バージル!」

 

 めぐみんが警告するように言ってきたが、バージルは説教から逃れるための嘘だと判断し、説教を継続させる。

 が、ダクネスも切羽詰まった顔で伝えてきた。それを見兼ねたバージルは、仕方なく後ろを振り返る。

 

 

 ――ぱくり。

 

「「「あぁっ!?」」」

 

 バージルが振り返った瞬間、彼の上半身はカエルの口の中にスッポリとハマってしまった。

 

 密かに、死体の山からムクッと現れたジャイアントトード。地面に潜ることで攻撃を回避していた1匹は、ほとぼりが冷めた所で姿を現し、バージルが説教している間に後ろへ接近していたのだ。

 3人が驚嘆する中、バージルを食べたジャイアントトードは、嬉しそうに口を上に向け、少しずつ口の中へ入れていく。

 ピンと出ていた足も少しずつ口の中に吸い込まれ――彼の身体が、完全に口の中へしまわれた。

 

「おおおおお兄ちゃんがっ!? お兄ちゃんが食べられたんですけどー!?」

「おちおちおち落ち着いてください! ダクネス! 早くこのジャイアントトードを倒してください!」

「まままま待ってくれ! 今剣を――あぁっ!」

 

 まさかの非常事態を目の当たりにし、3人は酷く慌てだした。ダクネスは早く助けようと剣を手に取るも、焦りのあまりに剣を落とす。

 その間、ジャイアントトードは顔を3人に向け、じっと固まっていた。

 

 ――そう、目の前にいる格好の獲物を食べようとせず。

 

「……あれ?」

 

 微動だにしないジャイアントトードを、3人は不思議そうに見つめる。

 よく見ると、ジャイアントトードはどこか苦しそうな顔をしており、口からタラリと赤い液体――血が流れていた。

 まさかバージルの――3人がそう思った瞬間――。

 

 

「――Go to hell(堕ちろ)!」

「「バージル!?」」

「お兄ちゃん!?」

 

 ジャイアントトードの頭を突き破るように、刀を上に向けたバージルが飛び出した。

 頭から血しぶきをあげたジャイアントトードは、無表情のままその場に倒れ、バージルはジャイアントトードの前に着地する。

 パクリといかれたものの、消化されず帰ってきてくれたバージル。ジャイアントトードの血で濡れて少々グロテスクになっているが、彼の姿を見た3人は安堵する。

 

 ――無傷かどうかは別として。

 

「……バージル……ベトベトになっちゃいましたね」

 

 ジャイアントトードの口の中に全身入ってしまった彼は、ジャイアントトードの血だけでなく、粘液で全身ベトンベトンになっていた。

 ゆっくりと垂れて平原に落ちる粘液と、それを纏っているバージルを見て、めぐみんは苦笑いを浮かべる。

 そんなバージルは、無言のままその場に立ち尽くしていた。

 

「「「ッ!」」」

 

 するとその時、4人から少し離れた位置の地面が盛り上がる。そこから新手のジャイアントトードが3匹、それぞれ別方向から現れた。

 それを見たアクアとダクネスは咄嗟に立ち上がり、武器を構える。めぐみんはまだ魔力が回復しておらず、立ち上がることはできない。

 

「まだいたのねクソガエル! ならアンタ達で、お兄ちゃんをベトベトにした仇を討ってやるわ! 覚悟しなさい!」

 

 あれだけ食われそうになってたいたにも関わらず、まだジャイアントトードとやる気のようだ。アクアは自信満々な顔を見せ、ジャイアントトードを待ち構える。

 同じくダクネスも武器を持ち、アクアが見ているのとは別のジャイアントトードと向かい合う。

 となれば、残る1匹はバージルが。彼は無言で3匹のジャイアントトードを見て、武器を構える。

 

 

 ――ことはせず、ひょいと後ろからアクアの首根っこを掴んだ。

 

「うぇ? お、お兄ちゃん?」

 

 地面から足を浮かし、宙ぶらりんの状態になったアクアは、不思議そうにバージルを見る。

 しかしバージルは何も答えず、アクアを掴んだまま歩き出す。ダクネスとめぐみんも声を掛けるが、彼は足を止めようとしない。

 

「どうしたのお兄ちゃん? 無表情なのにとても怖く見えるのは気のせいかしら? ていうか首元が生暖かいんですけど……はひぃっ!? い、今っ! 背中にツーッて! 生暖かい何かがツーッて!?」

 

 背中に粘液が入ったのだろうか、アクアはビクッと身体を震わせる。しかしバージルは気にも止めず、そのまま歩き続ける。

 その先には――まるで酒場で料理が運ばれるのを待つ客のように、跳ぶのをやめてジッと待っているジャイアントトードが1匹。

 

 ――アクアは、最悪の未来を想像した。

 

「ちょっと待って? お兄ちゃんまさか? まさかまさかそんなことしないよね? か弱い妹を差し出すような真似しないわよね!? なんで何も答えてくれないのお兄ちゃん!?」

 

 アクアは半泣きになりながら暴れ、抜け出そうとする。しかしバージルの拘束から逃れることはできない。

 遂には、ジャイアントトードが目と鼻の先に。ジャイアントトードの綺麗な瞳にアクアの姿が映り、同じくアクアの涙溢れる瞳にジャイアントトードが映った。

 

「お願いします! 調子に乗って突っ走ったことは謝るから! もう二度と勝手に行動しないから! それだけはやめて! お願いお兄ちゃん許し――!」

 

 ――ぱくっ。

 

 まるで「ええ加減にせい」と言うかのように、ジャイアントトードはアクアの頭を口に入れた。

 口に入れられた途端に黙ったアクア。ジャイアントトードは顔を上に向けると、ゆっくりと口の中に入れていく。

 

 そんなジャイアントトードの前にいたバージルは、両手両足を光らせ――『ベオウルフ』を装着した。

 ジャイアントトードは、捕食している最中は食べることに集中してしまうため、その場から動けない。

 ジャイアントトードが捕食を続ける前で、バージルは左手に力を込め――。

 

「――フンッ!」

 

 物理攻撃を吸収するジャイアントトードの腹に、ベオウルフの一撃を与えた。

 しかしそれでは終わらず、続けて右パンチ、左足による百烈キックを加えていく。

 全て一度、ベオウルフに力を溜めてから。その姿はまるで、サンドバッグでストレスを発散する男のよう。

 そして最後にバックステップすると、右手に力を込め――。

 

「――ハァッ!」

 

 前へ移動すると同時に拳を叩き込む『ストレイト』を、ジャイアントトードの腹へ喰らわせた。

 いくらジャイアントトードの腹でも、この連撃には耐え切れなかったのか、口の中に含んでいたアクアをぺっと吐き出し、大きな音を立ててその場に倒れた。

 吐き出されたアクアはコロコロと地面を転がり、仰向けになったところで勢いが止まる。

 無論――身体はバージルと同じようにベトベトになっていた。

 

「うぅっ……汚された……お兄ちゃんにまで汚された……ひぐっ……」

 

 アクアは両腕で目を隠し、えぐえぐと嗚咽を漏らす。

 しかし、そんなアクアを気にもとめず、バージルは再びアクアの首根っこを掴むと、無言のまま引きずっていく。

 そして、めぐみんとダクネスがいる場所まで戻ると、ゴミを捨てるようにパッとアクアを離してやった。

 

 

 ――そのまま空いた手で、めぐみんの首根っこを掴んだ。

 

「……えっ?」

 

 まさか掴まれるとは思っていなかったのか、めぐみんは驚いて声を上げる。

 しかしバージルはまたも無言のまま、別のジャイアントトードへとめぐみんを持ったまま向かっていった。

 

「ちょちょちょちょっと待ってください。まさか貴方は、魔力が切れて抵抗することもできない私を、先程のアクアのようにするつもりですか? まさかそんな鬼畜なことはしませんよねっ? ねっ?」

 

 めぐみんはダラダラと冷や汗を垂らしながら尋ねるが、バージルは無言のまま。少しずつ、ジャイアントトードとの距離が近づいていく。

 

「やめてください! 私あれに1回食べられたことあるんです! もうグチョグチョにはなりたくないんです! お願いします! 何でもしますから――!」

 

 ――ぱっくんちょ。

 

 

*********************************

 

「……貴方は悪魔です。鬼畜です。鬼いちゃんです」 

 

 ジャイアントトードの粘液でベトベトになっためぐみんは、バージルに引きずられながら文句を呟く。

 先程と同じように食わせ、ベオウルフで助け出したバージルは、未だ無言のまま歩いていた。

 未だにアクアが泣いている場所へ戻ると、バージルはめぐみんから手を離す。

 

 ――残るは、1匹。

 

「(つ、次は……私かっ……!)」

 

 その様子を見ていたダクネスは、今か今かと自分の番を待ち望んでいた。

 嫌がる女を問答無用でジャイアントトードの口に放り込む、バージルのヌレヌレプレイ。恐らくカズマとはまた違う、そして負けず劣らずの鬼畜プレイだろう。

 アクア、めぐみんと来れば、必然的に次は自分となる。2人のように、無慈悲にジャイアントトードの口の中へ連れて行かれると思うと、ダクネスは武者震いを抑えられなかった。

 

 ――そんなダクネスに、バージルが無言のまま顔を向ける。

 

「っ……! こ、今度は私にまで、2人にしたような罰を受けさせるつもりか!? あの汚らわしいジャイアントトードの口の中に……! くっ……しかし、私がバージルの足を引っ張ってしまったのもまた事実。ならばその罰――甘んじて受け入れようっ!」

 

 ダクネスは騎士らしく潔いセリフを吐くが、当然ながら顔と言葉が一致していない。内から溢れる悦びを抑えきれず、恍惚の表情を浮かべて両手を広げる。

 そんなダクネスと、しばらく目を合わせたバージルは――。

 

 

 ――ダクネスから顔を逸らし、残ったジャイアントトードに次元斬を放った。

 物理攻撃ではない、見えない斬撃もとい魔力の塊を受けたジャイアントトードは、1発の次元斬でその場に倒れる。

 

「……あれっ?」

 

 それを見て、ダクネスは呆けたように声を上げた。

 次元斬のことを知らない彼女は、今どうやってジャイアントトードを倒したのか疑問に思っていたが……それよりも、自分にヌレヌレプレイが訪れなかったことに困惑を隠せないでいる。

 バージルはクルリとジャイアントトードから背を向けると、固まっていたダクネスに告げた。

 

「……帰るぞ」

「ッ!?」

 

 

*********************************

 

 太陽が、山の向こうへと身を隠そうとしている夕時。

 アクセルの街に住む人々は皆家へと帰り始め、冒険者達は夕食を食べに酒場へ集まり始める。

 住宅街では、夕食を買い終えた奥様方が世間話に明け暮れていた。

 

 ――が、そんな奥様達が話をやめ、子供や冒険者達でさえも釘付けになってしまう、珍妙な光景があった。

 

 

「「「「……」」」」

 

 グチョグチョに濡れたバージル、アクア、めぐみんと、1人だけ何ともないダクネスが無言で歩く姿だった。

 先頭をバージルが歩き、その後ろにめぐみんを背負ったアクアが、最後尾にはダクネスがいる。

 歩く度にネッチョリとした音が立ち、その様子を見ていた街の人々は「うわぁ……」と声を上げて引いていた。

 

「おい、アイツって蒼白のソードマスターだよな……」

「あぁ……そんで後ろにいる連中は、カズマさんのパーティーだ。なんであの男と一緒に……カズマさんはどうしたんだ?」

「あの粘液って多分……ジャイアントトードだよな……上級職で、あんなモンスターに苦戦したのか?」

「やっぱ特別指定モンスターを倒したのって嘘なんじゃ……」

「そもそもなんで後ろの人だけ……」

 

 無言で歩き続ける4人を見て、街の人々は4人に聞こえないようコソコソと話し出す。

 バージルさえもジャイアントトードの犠牲になったのは、主に3人のせいなのだが……注意力を散漫にしていたバージル自身にも非があるため、彼らの言葉を否定しきれない。

 そんな噂話がなされている中で、後ろにいたダクネスがポツリと呟く。

 

「私だって粘液まみれになりたかったのに、あんなおあずけを食らうなんて……けどそれもまたいいかも……」

 

 本音を言えば、自分もアクア達と同じ目に合わせて欲しかったが、バージルは自分だけそうさせなかった。ある意味おあずけと言えるだろう。

 そのおあずけ、もとい焦らしプレイに少し興奮を覚えているダクネスは、本音と焦らしプレイの間で葛藤する様子を見せていた。

 

 何故か1人だけ良い思いをしているダクネス。彼女は独り言のように呟いたが、他の3人は黙っていたので丸聞こえ。

 彼女の呟きを聞いたバージルは、無言で後ろを振り返る。

 

 ――何かを伝えるように、後ろにいたアクアを見て。

 彼の視線に気付いたアクアは、顔を上げてバージルと目を合わせる。

 言葉もジェスチャーもない、アイコンタクトのみの指示。しかしアクアは、まるで本当の兄妹であるかのように、バージルの言いたいことを理解した。

 

 そして――アクアはお得意の泣き真似を始め、バージルはそれに合わせて口を開いた。

 

「うぅ……酷いわダクネス……まさか貴方が、私達にこんな鬼畜プレイをするサディスティックだったなんて……」

「なっ……!?」

「全くだ……俺達の声を聞かず、無理矢理奴等の口に放り込むなど、人間の所業とは思えん」

「なななっ……!?」

 

 この粘液まみれは、全て最後尾にいるダクネスがやったこと。そう周りに教えるように、アクアは涙を流して話した。

 バージルも、ちゃっかり自分がやったことを擦り付け、あたかも全てダクネスのせいであるかのように呟く。

 

「ちょっと待て!? それをやったのはバージルだろう!? 私は何もしていない! むしろ私はやられるのを期待して――!」

「あぁー、私達はダクネスに汚されてしまいましたー。これでは一生お嫁に行けませんー」

「めぐみんまで!?」

 

 ダクネスは慌てて嘘だと話すが、この流れを読んだめぐみんは、悪乗りするかのように演技をした。

 3人に言われ、ダクネスは必死に否定する……が、彼女は粘液まみれになっておらず、他の3人は粘液まみれ。

 

 

「マジか……あのお嬢ちゃん、見かけによらずえげつないなぁ……」

「蒼白のソードマスターさえも手にかけるとは……恐ろしや恐ろしや……」

「――ッ!?」

 

 この状況を見ている人達がどう思うかは、明らかだった。彼らはダクネスを畏怖するように、怖い怖いと言いながらダクネスを見る。

 

「ち、違っ……そんな目で見ないでくれ!」

 

 ダクネスは涙目になりながら周りに告げる。それは、いつもの恍惚とした表情ではない。つまり興奮を覚えていない。

 そう、これこそバージルの考えた、ダクネスに与えられる罰――属性反転。闇属性に光魔法、アンデッドに回復魔法。

 そして、ドSだと思われる――真性のマゾヒストであるダクネスにとってそれは、酷く耐え難いものだった。

 

「こんな……こんなの……私は求めてなぁあああああああああああいっ!」

 

 ダクネスの悲痛な叫びが、アクセルの街に響き渡った。




バージルがジャイアントトードに食われるわけないだろと思ったけど、まぁプレイヤー操作だったらダンテもネロもカエルに食われることあるし、ということで。それと真のラスボスと謳われるギャグ補正さんのせい。


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第20話「この問題児達と反省会を!」

タイトルと反して、反省会らしいことは一切していないっていう。



 ――夕刻、今日も騒がしいギルド内の酒場にて。

 

「ヒッグ……グスッ……」

「もー、いつまで泣いてんのよー」

「まさかここまで効果有りだとは思いませんでしたね」

 

 冒険者達が夕食を食べに集う中、アクア達はいつもの席に座り、夕食タイムに入っていた。

 ギルドから少し歩くが、この街には大浴場があり、アクア達は粘液まみれだった身体をそこで洗い流していた。

 因みに服は魔法で洗濯、乾燥してもらった。魔法とは便利なものである。

 

 お風呂で温まった後はあったかいご飯。勿論、お供にはシュワシュワを侍らせている。めぐみんはまたジュースだったが。

 アクアは、シュワシュワを飲んでほんのり赤くなった顔を、反対側の席に座っていたダクネスに向ける。ダクネスの隣に座っているめぐみんは、少しやり過ぎてしまっただろうかと心配しながらダクネスを見る。

 そしてダクネスは――道中でのドS認定が余程効いたのだろう。机に突っ伏し、顔を隠して泣き続けていた。

 そんな、全てを快感と昇華させるダクネスに、一切の興奮を覚えさせず、泣かせる程のオシオキをした男は――。

 

「あっ、お兄ちゃんやっと来たー」

「……早いな」

「バージルが遅いんですよ。長風呂派なんですね」

 

 今しがた、風呂から上がって酒場に戻ってきた。