ドゥリーヨダナは転生者である (只野)
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生前1

よろしくお願いします


突然だが、オレには前世の記憶のようなものがある。

 

ようなもの、と随分曖昧な言い方をするのはオレ自身その記憶が前世のものかどうかが疑わしいからである。小さい頃は頻繁に見たものの大きくなってからは滅多に見ることがなくなったし、そもそもニホンという国の名前をオレは夢以外で見たことも聞いたこともなかった。99人いる弟達に至っては長子がまた面白いことを思いついたのかと目を輝かせて「ドゥリーヨダナ兄上!それはなんの遊びですか?!」と聞いてくる始末である。それを幾度となく繰りかえすうちに自然と、オレは夢のことを口にすることがなくなった。そんな色々考えても答えがでないことを考えるよりも愛する弟達と遊ぶ方がよっぽど有意義だったし何より楽しかったからである。

 

とはいえふとした時に前世の記憶がぼんやりと脳裏に蘇ることはその後も何度かはあった。パーンダヴァ兄弟の三男たるアルジュナと初めて会った時などは後少しで何か得られそうなところまで思い出しかけたが、その直後にパーンダヴァ兄弟の次男であるビーマが弟達をいじめ始めた為殴りかかったことで思い出しかけたナニカを忘れてしまった。アイツ絶対いつか潰す。

 

そんな決意を胸に秘め日々あいつらを蹴落とそうとしていたオレを含めた百人兄弟は御前試合の自分の出る種目を各々終えた今、絶賛暇をもてあましていた。「兄上、暇ー」「もう帰ってよくない?」「俺もいい加減帰りたい」「なー、飽きたよな」などとあちらこちらで不満を言い募り、長男であるオレに期待を込めた眼差しを送ってきている。正直オレとしても帰りたい。けど一応これ御前試合だから。オレが王になるまでの我慢だと思って欲しい。

 

「ドゥリーヨダナ兄上がそう言うなら…」

「でもアルジュナがすごいって言って終わりだろ」

「俺達だって頑張ってんのにな」

「師範、アルジュナの奴が特にお気に入りだからな」

 

いつもは聞き分けがいい弟達も、パーンダヴァ兄弟が絡むと話は別らしい。軽く諌めたもののそれでも不満を漏らす弟達にオレは苦笑した。オレ自身、パーンダヴァ兄弟が絡むと途端に理性がきかなくなってしまうし人のことを言えたものではない。それに師がアルジュナ贔屓なのを不服に思うのはオレ達全員であった。贔屓されているアルジュナが気まずそうな顔をするのもまた腹立つ。いっそのこと「この私が寵愛を受けるのは当然でしょう?」ぐらい言ってみせろ。いやそれはそれで腹が立つけど。

 

「うわー、すげー歓声…」

「兄上ー、いっそ俺達は罵声浴びせる?」

「俺達百人揃えば結構な声になるんじゃないかな」

「あのすまし顔腹立つよな」

「うわ、相変わらずえげつねー腕前…」

 

口々に言いながらも弟達の視線はアルジュナからは外れない。弟達だけではない、オレを除く、その場の誰もがその腕前に見惚れていた。師に至っては始める前から賞賛している。いや、それは流石に駄目だろう。

 

(…ん?)

 

そんな風に一人冷めていたからだろう、オレはその場にいた人間の中で唯一、一人の痩せた男が弓を手に取ったことに気づいた。

お世辞にも身分の良さそうな人間には見えない。しかしオレはその男の瞳が爛々と輝いているのを、あのアルジュナのバケモノ染みた腕前を見た上で目を輝かしてみせたその男を面白いと思った。いっそ帰ってやろうと思って上げた腰を下ろし、頬杖をつく。

 

 

 

そうして、その男はアルジュナと同等…いやそれ以上の腕前を披露してみせた。

 

 

 

オレはさっきとはうってかわって、上機嫌でその男を褒め称えた。すげえ、こいつ、すげえ!その心意気に伴った腕前を持ってやがった!律儀にぺこりと頭を下げるその素直さもいいじゃないか。ん?アルジュナになんか話しかけてるな。勝負でも挑んでんのか!こりゃますます気に入った!

 

「ちょっとオレ、あいつをナンパ、違ったスカウトしてくる!」

「兄上、ちょいちょい変な言葉混ぜるのやめて下さい。…勧誘するなら私も行きましょうか?」

「いや、オレ一人で十分だからいい。あ、でもアイツら来たら潰すの手伝え」

 

横にいたドゥフシャーサナに一応声をかけて、オレはアルジュナとその痩せた男のもとへと上機嫌に歩を進めた。しかしその機嫌も近づくにつれ聞こえる、その男に対し投げかけられる侮蔑を含んだ物言いによって急降下した。どんな身分だろうがなんだろうが、この男は堂々と挑んであれだけの腕前を大勢の前で見せつけた。また、この御前試合そのものが”身分を問わず”開催されたものである。よってたかって痩せた男を責める者達の方が身分はどうであれ品位のなさを表していた。

 

「!ドゥリーヨダナ!貴様、何をしにきた!」

 

その男に一番に食ってかかっていたビーマがオレに気づくと同時に声を荒げた。相変わらず五月蠅い男である。その問いに笑みをもって返し、罵倒されるがままになっていた男を見上げる。整ってはいるもののその表情の乏しさから冷たささえ感じさせるその男の瞳は、太陽のように美しかった。

 

 

「オレはドリタラーシュトラ王の長子、ドゥリーヨダナという。太陽をその目に宿した男よ、お前の名はなんだ」

「…カルナだ」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

ドゥリーヨダナがその笑みを浮かべた時、パーンダヴァ兄弟の全員が警戒心を高めてその男を注視した。幼き頃から度々衝突を繰り返した兄弟達の、長男であるその男が艶やかさを滲ませた笑みを浮かべる時は必ず碌でもないことを仕出かすことを長年の付き合いから知っていたからだ。カルナと名乗った男にたいして身分を問うていたことも忘れ、その場にいた全員がその男の一挙一動を見守る。「ほう、カルナか。…おい、パーンダヴァ兄弟、また先程からこの者を責め立ていた者達よ。この男、カルナが良家の出ではないというだけでパーンダヴァ兄弟が三男、アルジュナと戦えないというなら」と低くもないが高くもない落ち着いた声が響き渡った。

 

 

 

 

 

「このオレがカルナをアンガ国の領主に任命する。―――そら、これで問題はないだろ」



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生前2

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ドゥフシャーサナの唯一の兄であるドゥリーヨダナという男は、人に説明するという行為が昔から苦手であった。周りに理解を求めるという行為を無意識的に避けている、とすらドゥフシャーサナは思っていた。彼は確かに弟達を愛していたが、自分という人間を知られることを嫌う節があった。それが100人もいる王子の中でたった一人、生まれながらに呪われた子どもだと言われた存在であるからかどうかは分からないが、弟達はそんな兄こそを慕っていたので、彼の言うがままを受け入れていた。

 

「ドゥリーヨダナ、お前は小心者だな」

「…おいカルナ、お前オレに喧嘩売ってんのか?というかなんだよいきなり」

「喧嘩は売っていない。…お前と友になったのはいいが、今までそういったものと縁がなくてな。そこでお前がつけてくれた師に聞いたところ、『友とは思っていることをなんでも言い合える存在』だと言われた。その助言を受けて早速お前の印象を言ってみたのだが…ドゥリーヨダナ、何故溜め息をつく」

「いいかカルナ、オレの生涯の友よ。オレとお前が知り合ってまだ日が浅いがこれでも99人の弟を持つ身だし、生まれながらに不吉な子として扱われたこともあって人を見る目にゃ自信がある。だからお前が悪意をもって言ってない位分かっちまって、そのせいで怒りきれないというかなんというかだな…!」

 

だからこそ、弟達は「なんだかんだでコイツ親友になったから!」と満面の笑みを浮かべた兄に半ば引きずられるようにして連れてこられた男、カルナを、前の身分がどうであれ”ドゥリーヨダナの親友”として受け入れた。カルナ自身が何を思っていようが長男がそう彼を扱うなら右に倣うだけだ。故にカルナの不遜ともとられる物言いを咎める者は99人の中で誰一人としていなかった。

 

「…俺は昔から、口を開けば何故か怒られていた。やはり一言多いのだろうか」

「一言多い…うーん、確かに多いっちゃ多いかもしんねぇけどな…?」

「初めて出来た友を怒らせるのは本意ではない。俺は今後黙ろう」

「やめろ、カルナが黙ってたらオレ一人で喋ってる馬鹿に見えるだろ」

「?お前は小心者で厚顔ではあるが馬鹿ではない」

「何故一言増やした?!」

 

むしろカルナが兄の友となってくれて良かったとさえドゥフシャーサナは思う。なにせここ最近の兄はずっとピリピリしていた。大方、百王子の代表として参加した御膳試合の打ち合わせで自分達について色々と周りから言われたのだろう。…人の身でしかない自分達の力量を、神の血を受け継ぐ五王子と比較し嘲笑っている者はこの城の中ですら少なくなかった。

 

それでもドゥフシャーサナ達が屈託なく笑えているのはドゥリーヨダナがいたからだ。

 

カルナの言う通り、兄は小心者で厚顔だ。調子にのってへまをすることも多々あり、王として”能力”で選ぶのならばパーンダヴァ兄弟の長子たるユディシュティラに劣っているだろう。

 

だが、ドゥフシャーサナ達は知っている。自我が芽生えるのがとりわけ早かった兄が、五王子と比較し自分達を蔑むものの声をかき消すように、小さな手で楽器をかきならし自分達をあやしていたことを。目の見えぬ父とそれにならった母の目のかわりに、自分達ひとりひとり見守り愛していることを。

 

ドゥリーヨダナはパーンダヴァ兄弟のように”完璧な”人ではない。

 

―――しかし”完璧”ではない兄だからこそ、自分達を救うことが出来たのだとドゥフシャーサナ達は知っていた。

 

だからドゥフシャーサナ達は、兄が小心者であろうがなんだろうが構わずついていく。

 

 

 

その先が例え地獄だとしても、兄が笑っているならばそれでいいのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 

ドゥリーヨダナのその表情を、カルナはずっと忘れはしないだろう。

 

 

 

「ごめん、カルナ、ほんとごめん。オレ、お前に嫁さん与えて、お前に幸せになって欲しかっただけなんだ。なのに、ごめん、くそあいつらカルナを馬鹿にしやがって…!」

 

いつも笑っている男だった。パーンダヴァ兄弟の暗殺に失敗する度に悔しそうに地団太を踏んでいた時でも、次の機会に向けて最後には笑みを浮かべていた。だからカルナは、カルナの為に泣きながら憤る目の前の男を、どうすればいいのか分からなかった。

 

カルナにとって今回の出来事は仕方がなかったことであるとしか言い様がない。

 

元々カルナがドラウパディーの婿選びの催しに参加したのはドゥリーヨダナがカルナに望んだからであって、カルナ自身は婿になれなかったことをなんとも思っていない。そもそも生まれた身分を最も重要視するこの時代において、「御者の息子の嫁になんかなりたくない!」と叫んだドラウパディーを責める者はいないだろう。『ふん、美女と名高いと聞いていたが、とんだ醜女だな。これほど醜い女は、世界中を探してもいないだろうとも。カルナ、このオレが唯一隣に立つことを許した友よ。オレはやはり、今回も運がいいらしい。お前程素晴らしい男にこんな女を与えてしまっては、後の時代において”あの偉大なドゥリーヨダナの唯一の失敗は、カルナに史上最低の女を与えたことである”と記されてしまうところだったからな!』とカルナを庇いドラウパディーを罵ったドゥリーヨダナの方が、この時代においては珍しい存在だった。

 

「今回のことに関してお前に非はない。だから泣き止んでくれ、ドゥリーヨダナ。俺はこういうことに不得手なんだ」

 

カルナはおろおろと視線を彷徨わせて、ドゥフシャーサナが帰り際に渡してくれた布を男に手渡した。なんの為に使うものか分からないままに受け取ってしまったが、こういう為とは。内心で納得しながら、ドゥリーヨダナが乱暴に涙を拭う様を見守る。もうその目には涙は残っておらず、泣いたことで赤く充血しているものの爛々と輝いていた。切り替えの早さはドゥリーヨダナの数少ない良いところだとカルナは思っている。

 

「カルナ、あいつら絶対殺す」

 

不意に、ドゥリーヨダナがいつもの見慣れた笑みを浮かべて、いつもの口癖を口にした。最早聞き慣れた言葉だ。しかしカルナはその短い言葉にどれだけの思いが込められているかを知っている。

 

だからカルナはいつも、その口癖にこう答えることにしていた。

 

 

 

「…そうか。ならば友として、俺はお前に尽くそう」

 

 

 

 

友達とは多分、そういうものなのだろうから。



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生前3

賭け事も課金もほどほどに。
でもネロは欲しいよね!(ガチャガチャ


ユディシュティラは心底呆れたような顔を隠しもしないドゥリーヨダナの顔から目をそらした。

 

「お前…宝石とか賭けるのはまだいいけど弟賭けるとか馬鹿か。それでも長男か」

「うるさい、大体シャクニを代理にするとかずるいと思う。君との勝負なら僕が絶対勝ってたもの」

「…お前ほんっとナチュラルに人見下すよな、潰すぞ?大体オレ最初に戦う相手が叔父上だって言ったからな。それで断らなかったのはお前だ」

「クシャトリヤとして勝負を挑まれた以上、断る訳にはいかないことを知っておいて誘ったのは君だけどね」

「そうじゃなくてもお前は賭け事に参加してたと思うがな。そもそもがお前賭け事好きだし。『ドゥリーヨダナ、僕は今日アルジュナが寝返りを打つに今日のおやつを賭ける!』とか嬉々として言ってたし、思えばあんな小さな時から賭け事好きだったんだな」

「人の黒歴史を暴露するとか、君には人としての情はないのかい」

「お前のその顔まじ愉悦」

「この僕を馬鹿にするのは世界広しといえども君だけだよ!」

 

ドゥリーヨダナの馬鹿にしきったその態度にユディシュティラはプルプルと身体を震わせた。とはいえドゥリーヨダナの言っていることは正しかった。ユディシュティラにはこの勝負を断るという選択肢があったのだ。

 

ドゥリーヨダナは卑怯な手を度々使う男だが、ある意味では正々堂々としていた。そもそもユディシュティラ達を殺したいなら凶手を雇って食事で毒でも仕込む方が殺せる確率は高いのに、あくまでも自分の手でやり遂げようとする時点で卑怯とは言い切れなかった。だからユディシュティラ達は彼等が現れない時は思い思いに過ごすことが出来ているのである。それは、逆に言えばドゥリーヨダナが現れた時は何かしら企んでいる時であるから警戒しなければならないということでもあった。実際兄弟も今回の勝負を断るように何度もユディシュティラに進言したのだが、その進言を退け勝負を受けることを選んだのはユディシュティラである。

 

……勝負の内容を聞いて受けると決めたのも、まあ、その、事実だ。

 

「で、もうやめるか?お前もう賭けるもんないだろ」

「いや、まだだ、まだなんかあるはずだよ」

「流石にないだろ…。時代が時代なら課金で身を亡ぼすタイプだぞお前」

「訳の分かんない言葉で僕を愚弄する癖、まだ治ってないんだね。そんな暇あったら一緒に考えてよ、昔一緒に暮らした仲でしょ」

「オレもよく言われるけど、お前も大概面の皮厚いよな。…もう賭けられるもんなんてお前自身しかないんじゃないか?」

 

ユディシュティラはパチパチとその大きな瞳を瞬いてドゥリーヨダナの顔を見つめた。普段のユディシュティラなら絶対にしない反応だった。それだけドゥリーヨダナの言葉は衝撃だったのだ。

 

「僕初めて、君が頭がいいと感じたよ!」

「オレは改めてお前という男を憎いと思ったわ!」

 

 

 

***

 

 

 

「…おい」

「言わないで、頼むから言わないで」

「いやあえて言わせてもらう。お前馬鹿だろう」

「言わないでって言ったのに…!」

「お前等みたいな奴を得たオレの身にもなれ。お前等戦う以外使い道ないし、まだあのクソ女の方が下女として使えるんじゃな…おい待て馬鹿、やめろ、恥の上乗りする気か!おい、そこで突っ立ってる馬鹿パーンダヴァ兄弟、コイツを止めろ!」

 

確かに今回の『賭け事に弱い一番目を嵌めて、身包み剥がして笑ってやろうぜ』作戦の計画を練ったのはオレである。しかしユディシュティラの賭け事好きをオレはなめていた。こんなんでこいつらに勝っても今までの苦労はなんだったんだとしか思えない。だからこそオレは小声でユディシュティラに忠告していたのだが、結局はユディシュティラにいらんことを言ってしまっただけだった。横にいるパーンダヴァ兄弟に至っては「こんなの兄上じゃない…!」と現実逃避までしている。いいからコイツを止めろ、神の血を引くせいか馬鹿力を生まれ持つユディシュティラを止めるのは命がけなのだ。なんで勝ってる側のオレが命賭けなきゃならんのだ!

 

「ドラウパディーを、僕は賭けよう!」

 

オレの奮闘むなしく、そう高らかに宣言するあの馬鹿に頭を抱えた。異母兄弟であるユユツの視線が突き刺さる。そういえばアイツはオレの計画に最後まで反対していた。反抗期なのかと密かに思っていたが単にユディシュティラが賭け事狂いであることを知っていたらしい。ごめん、お前の忠告を聞き入れなかった兄ちゃんが悪かった。

 

「しかもお前、あんなに自信満々に言って負けんなよ…。どうすんだよ、周りにこれだけオレ達以外の人間が集まってるんだ、うやむやには流石のオレも出来んぞ。大体なんでこんな人だかりが出来るような場所を選んだんだよ」

「僕、注目された方が頑張れるんだよね」

「んなどうでもいい理由だったのかよ!」

「だって君ごときが不正しても見抜ける自信あるし」

「お前いっぺん『謙虚』って言葉学んで来い」

 

なんでこの状況でも強気なんだお前は。

 

「忌々しいが、あの女がごねることを願うしかないな。そうすりゃここにいる奴らも今の状況がいかに異常であるか気づくだろ」

「その心配は不要だろう。…それよりもドゥリーヨダナ、お前は怒りに身を任せることが多い。気をつけろ」

 

どういうことだ、とカルナへの忠告に返答する前にオレの耳に女の金切声が聞こえてきた。ドラウパディーを誰かが連れてきたらしい。あの女声も耳障りだな。思わず顔を顰めるオレの耳元で「兄上、角が立たないように僕が貴方を糾弾するよ。そしたら僕のおねだりに負けたって感じでこの勝負をなしにしてやって。多分それでうまくまとまるよ」と弟の一人であるヴィカルナが囁く。と、同時に「また貴方ですのねドゥリーヨダナ!このわたくしに惚れたことは仕方ありません、ですがわたくしアルジュナ様を愛してますのでどんな手を使っても貴方のものにはなりませんわ!どうせさっき弟とひそひそ話していたのもわたくしを手籠めにする算段でしょう!」とドラウパディーが眦を釣り上げてオレの目の前に姿を現した。

 

「ドゥリーヨダナ、」

「ああ、カルナ、オレの最も大事な友よ。オレの耳はちゃーんとお前の忠告を聞いていたさ。でもな、今のオレをどうか止めてくれるな」

 

咎めるように名を呼ぶカルナには悪いが、オレの頭の中はこの女をどう貶めるかでいっぱいになっていた。そんなオレの様子に小さく息を吐き、カルナが一歩後ろに下がる。ドラウパディーもようやく自分の言葉のなにかがこちらの忌諱に触れたことが分かったのだろう、世間で散々もてはやされたであろうその美貌が恐怖に歪んだ。

 

けれどもう遅い。

 

この女はオレの逆鱗に触れた。

 

オレの弟を、ましてやこんな女を庇おうとした優しい弟を侮辱した。

 

オレは嘲笑して、女が一言も聞きもらさないようにゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「お前みたいな自惚れ女に惚れるだと?馬鹿をいうな、お前みたいに醜い女を目にしている今でさえ気持ちが悪くて吐きそうだ。おい女、お前はかつて友に言ったな、『低い身分のくせに、わたくしに話しかけるとは身の程知らずな』と。お前は知らないようだからオレが直々に教えてやろう。お前の夫であるユディシュティラはお前の身分ですら賭け、そして負けた。今のお前はこの場にいる誰よりも身分が低い。ーーーお前には、この場にいる誰にも話しかける資格はない」

 

女はオレの言葉を聞いて、助けを求めるように自分の夫達を見やり、そうして項垂れた。五人の中で一番プライドが高いアルジュナでさえ黙っていることに気づいた彼女はオレの言葉が全て真実であることを悟ったのだ。そこまでは馬鹿ではなかったらしい、と内心で少しだけだが女を見直す。だが、それだけだ。

 

「パーンダヴァ兄弟の長男は衣服を賭け負けた、その女の衣服も賭けの対象だ!」

 

周りに集まっていた奴らの一人がそう声をあげれば、同調するように他の者もドラウパディーに衣服を脱ぎ捨てるように囃し立て始めた。その一人が、百人の中で実は一番気の弱いドゥフシャーサナの背を促すように押し出す。不意の衝撃に耐え切れずあの女を巻き込む形で倒れこんでしまったドゥフシャーサナは自分のしてしまったことに気づき、意識を手放した。まずいな、両方気絶したか。オレは更なる波乱を予想して溜め息をついた。

 

「ヴィカルナ、ドゥフシャーサナを連れて先に帰れ」

「…あの人は、どうするの」

 

優しい子だと思う。オレを盲目的に慕う次男とは違い、自分の頭で考え、そして行動することが出来る子だ。自分が侮辱されようが、正しいことを為そうと努力することが出来る子だ。だからオレはこの優しい弟に「知らん。だがあいつは殺す」と答えてやった。

 

「なっ、兄上?!」

「ドゥリーヨダナ、貴様…!」

「ヴィカルナ、ビーマ、落ち着きなよ。ドゥリーヨダナが殺すと言っているのはドゥリーヨダナの弟の背中を押し出した、あの男のことだから」

 

…本人には絶対に言ってやらんがこういう時、オレはユディシュティラを長男だなと感じる。王族の長子に求められるのは武芸もだが、一番は観察力だ。そうでなければ国を治めることは出来ない。「ふん、正直あの女も殺したいがな。だがまずはあの男だ。お前も気づいているんだろ、一番目」と鼻をならしながら言えば「まあね。これは僕の推測だけど、ドラウパディーを連れてきたのもあの男の仲間なんじゃないかな」とユディシュティラが肩を竦めた。美形だからか様になっているのがムカつく。絶対殺す。今はあの男が最優先だが。

 

「率先して周りを煽っていたしな。あの女、相当あの男に恨まれてるぞ。」

「それも彼女の魅力だよ。それよりドゥリーヨダナ、僕達の妻のお陰で無事収まりそうだね」

「馬鹿かお前は。心優しいドゥフシャーサナのお陰だろうが。可哀想に、あんな女なんかに触ってしまって。うちの弟が女性恐怖症になったらどう責任と…待て、おい、なんでまたサイコロを握っている」

「さっきのはチャラになったんだろう?ならもう一度勝負に挑むのがクシャトリヤだ」

「世間ではそれはただの賭博狂いっつーんだよこんの馬鹿!」

 

さっきあの男を殺すのが最優先だとオレは思ってたが訂正だ。この男を止めるのが最優先だ。世の中には殴っても止めなければならない馬鹿というものが存在するって本当なんだな。これがオレのいとことか泣けてくる。カルナ、悪いがコイツ止めるの手伝ってくれ。もうオレ一人の手には負えない。

 

 

「承知した、友よ。死力を尽くしてユディシュティラを止めてみせよう」

「待ちなさい、ユディシュティラ兄上を止めるのは弟であるこのアルジュナだ」

 

 

 

…もうお前ら全員帰れ。



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生前4

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すまないさん強くね…?何回やっても倒れないんですが。


ドゥリーヨダナ、少しいいか。そうビーマが躊躇いがちに声をかけてきたのは、周りにいた奴らを蹴散らして一息ついた時だった。普段は荒々しくオレの名を呼ぶ男の滅多にない声に、「なんだ、喧嘩なら今日は買わん。お前の兄のせいで疲れたからな」と顔すら見ずに言葉を返す。実際オレは疲れていた。この男のこと自体が、昔から殺したい位に嫌いだというのも勿論あるが。

 

「元々お前が売った喧嘩だろう。そうではない、ドゥフシャーサナのことだ」

「…気が変わった。内容次第では今ここでお前を殺す」

 

オレの言葉にその場のどこか抜けた空気が瞬時に張り詰めた。言い争いをしていたアルジュナ達も、シャクニに勝負を挑むユディシュティラを止めようとした弟達も、今や全員が己の得物を手にとっていた。それらをぐるりと見渡したビーマが「今日は戦うつもりはない。俺はただ、誓いをたてたいだけだ」と宥めるように言った。

 

「戦うかどうかを選ぶのはオレだ。大体、誓いをたてるんならオレじゃなくてドゥフシャーサナにするのが筋ってもんだろう」

「確かにそうだ。だが、お前はこの誓いを知っておくべきだ」

 

ふん、とオレはその言葉に鼻を鳴らした。こいつら兄弟のこういうところがオレは嫌いだった。上から目線を地で行きやがって。そっぽを向くオレをよそに「ドラウパディーは、俺が人生で三番目に好きになった人なんだ」と語り出すビーマ。だからなんだとオレは心底思った。しかもそこは一番じゃないのか。オレがドラウパディーなら「君は人生で三番目に好きになったんだ」とか言われたら夫だろうがなんだろうが殺してる自信がある。

 

オレが胡乱な目で見ていることに気づいたからだろう、流石に切り出し方がまずいと分かったのか「いいから最後まで話を聞け!」と焦ったようにビーマが怒鳴った。うるせえ。なんだか聞く気が失せたので、オレは無言でビーマに背を向ける。

 

そんなオレの腕をビーマが掴んだ。

 

「だからだな、俺は例え事故であれ、ドゥフシャーサナを許すことが出来ない。過程がどうであれ、アイツは妻を”辱めた”からだ。―――俺はお前の弟を、あの男を殺すことを、ここに誓う。俺はいつか、ドゥフシャーサナの胸を裂いて、その血を飲むだろう!」

 

 

 

オレが到底許せはしない誓いを、言いながら。

 

 

 

***

 

 

 

思えば、オレ達が何度殺そうとしても、パーンダヴァ兄弟はオレ達を積極的に殺そうとはしなかった。

それはあいつらが無意識に此方側を”見下している”ということも確かにあったが、最初に殺される原因を作ったのはあちら側であることを上二人は知っており、それに負い目を感じているからだ。

 

―――だが今回、ビーマはオレ達の間にあった暗黙の了解を破り、オレに弟を殺すと誓った。

 

ぶるりとオレの身体が震えた。あろうことか、オレは恐怖を抱いてしまった。後ろにドゥフシャーサナとカルナの気配を感じていなければその場に倒れていたかもしれない。

 

 

オレはこの男の恐怖を、百人の中でただ一人覚えていた。

 

 

それでもオレは長男だから、不遜に見えるように大声でその誓いを笑ってやった。お前なんかに、オレの大事な弟を一人だってくれてやるもんか。ちょっと震えてしまったが、これは偽りのない言葉だ。

 

うめき声一つすらあげることが出来ずに気を失っている弟の姿は、未だオレの瞼の裏に焼き付いている。

 

「…お前なら多分、そう言うと思っていた」

 

オレの答えを聞いて、今まで見たこともない顔で笑ったビーマが知ったようにそう呟いた。そのままするりと手を伸ばし、オレの頬を撫でる。昔は親譲りの馬鹿力を振り回していたくせに、いつのまにこんな力加減が出来るようになっていたのか。オレは多分その時初めて、目の前の、世界で一番気に食わない男をちゃんと見た気がした。

 

 

でも、何もかもが遅すぎた。

 

 

オレはかつて、こいつらを殺すと宣言し、そして実行してきた。そして今回ビーマはオレの大切な弟であるドゥフシャーサナを殺す誓いをたてた。クシャトリヤである以上、誓いは絶対だ。オレ達の殺し合いはもう、どちらかが滅ぶまで終わらないだろう。

 

けれどそれが運命だった、とは言わない。

仕方がないことだったとは言わない。

 

 

―――全部、このオレが選んだことだ。

 

 

「気安く触れんなばーか。お前の顔すら見たくねーんだよオレは」

 

 

そう笑ってぺちんとビーマの頬を叩いたオレは「ドゥリーヨダナ…!いいことをいった!シャクニ、次は『負けたほうが、兄弟とともに12年間、森に追放される』ってのはどうだろう」と言い出した馬鹿に拳骨を振り落したのだった。

 

 

 

お前はいい加減賭け事から身を引け!



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生前5:ビーマ

パーンダヴァ兄弟の次男、ビーマには弟達にはいえぬ秘密が一つある。

 

 

 

 

ドゥリーヨダナ本人だけは断じて認めていないが、昔のドゥリーヨダナはそれはそれは可愛らしい容姿をしていた。真珠のようにふっくらとした頬。長い睫の額縁におさめられた、きらきらと輝く星を散りばめた瞳。紅く熟した果実のような唇から鈴の鳴ったような、これまた可愛らしい声で「ドリタラーシュトラ王の長子、ドゥリーヨダナと申します」と自己紹介された時、ビーマはその可愛らしさに頬を染め兄の後ろに隠れた。

 

今思い返せばなんとも忌々しいことだが、純情だったビーマは”少女”に一目惚れしてしまったのだ。

 

「…ふーん、君がそうなんだ。僕達のことはもう知ってるでしょ。ならいいよね」

 

そんな自分の反応とは裏腹に、兄はどこか冷たい目でその可愛らしい”少女”を見下ろしてそう言い放った。母がマントラという普通ではないやり方で初めて神から授かった子ということもあって、”人の子”というより”神の子”としての傾向が強い兄は、しばしばこういう目で他人を見ることがあった。幼少時のビーマはそういう兄を見る時、自分がいつそんな目で見られるか、と畏れを抱いたものだ。兄は「お前が”正しく”ある限り、そんなことはないよ。そしてそれは有り得ない。僕らは”正しい”存在だからね」と笑ったが。

 

「…ええ、”いい”ですよ」

 

兄のそっけない一言に、がらりと少女が纏う空気を変えたのが分かった。にっこり笑みを浮かべているものの、ビーマが見たかったものとはどこか違うと思った。「父上、私の敬愛するお方。もう弟達のところへ行ってもよいですか。顔合わせはこれで充分でしょう。そろそろ弟達が起きだす時間なので行ってやりたいのです」と可愛らしい仕草で父であるドリタラーシュトラ王にねだるドゥリーヨダナに目の前の兄がますます機嫌を悪くするのが分かる。兄は自分が中心的存在であることを自覚している分、自分をおざなりに扱われると不機嫌になるところがあった。

 

「おおドゥリーヨダナ、私の最も愛しい子。ああいいとも、行っておいで。お前の可愛らしい声をあの子達は特に好んでいる」

「私の父上、愛情深き方。私の声を父上は好んで下さらないのですか?」

「ドゥリーヨダナ、私の大事な子。そう可愛らしいことを言って、私を困らすのはおやめなさい。私も勿論好んでいるに決まっているだろう」

 

目の前の言葉遊びのようなやりとりに「この僕を茶番に付き合わせるとはね」と兄が小さく吐き捨てた。少女が喋る度にドリタラーシュトラ王の機嫌は良くなり、反対に兄の機嫌が悪くなる。しかしビーマは初恋の少女の声をもっと聞きたいと思っていたから、兄の言葉に頷かなかった。兄は、こんな自分を間違っていると言うだろうか。それだけは不安に思った。

 

結局が少女が大広間を出ていくまで、ビーマは随分と落ち着かない思いをした。

 

「ねえ、ビーマ」

「っはい!なんですか兄上!」

 

小さくなっていく背中を熱心に見つめていたビーマにユディシュティラが声をかけた。慌てて兄を見上げる弟に、ユディシュティラが切れ長の目を細める。「お前は…いや、いいや」とは珍しく言葉を濁した彼をビーマはきょとんとして見上げた。兄が最後まで言い切らないのを見るのは初めてだった。

 

「兄上?」

「…まあ、お前の好きにしたらいいんじゃないかな。僕は”アレ”とは関わるつもりないけど。そんな暇な時間もないしね」

 

既に王となる為に様々な教育を受ける日々を過ごしていたユディシュティラはそう言って、ビーマに背を向けたのだ。

 

 

 

***

 

 

 

次の日からビーマの遠巻きに眺める日々が始まった。

 

彼女は王族としての教育を受ける以外はいつも、弟達をうんと甘やかしていた。

弟の一人が転んで泣いていれば駆け寄って、抱き起こしてその涙を小さな手で拭ってやった。たまに抱き起すのに失敗した時は必ず自分が下になるように倒れこみ、悪戯げに微笑んで抱きしめた弟に頬ずりをした。弟達の昼寝の時間には、自分の目をしぱしぱさせながらもちょっぴり下手な子守唄を奏でてやったりもした。

 

そうやって”いつか一族を滅ぼす一人”と”それ以外の九十九人”はどこにでもいる子ども達のように、きゃらきゃらと笑い声が絶えない毎日を送っていたのをビーマは一人きりでずっと見ていた。

その毎日の終わりを告げたのは、二週間ぶりにみる兄だった。「お前も飽きないね」と子どもらしからぬ溜め息をついたことを大人になった今でも覚えている。明日には元の王宮に帰る旨を淡々と告げた兄は少しだけ考えるように目を伏せた。

 

「ねえアレとはもう喋ったの?」

「いえ、まだです。…あの子はいつも弟達に構ってばっかりで、その、一人でいることは殆どないから」

「で、それを黙って見てたわけか。一人にさせたらいいのに。そこまでする価値はアレ自体にはないけど」

「…兄上はあの子が嫌いなのですか?」

「嫌いというか、気に食わないね。アレは絶対に”正しいこと”が出来ない存在だから」

 

それでもお前はアレに会いたいんだろう、と兄が苦く笑った。

 

「全く、アレは本当に面倒な存在だよ。本人の意思がどうであれ、いるだけで周りを間違えさせる。でも僕らは”正しい”から、アレに間違わせられることなんてない筈だ。…うん、だから僕はお前がアレに会うことを止めないよ」

 

今なら王宮の東にある湖にいるから行っておいで、と言った兄がどんな顔をしていたのか、ビーマは覚えていない。けれどこの時の兄はどこか祈るような切実な響きが伴っていた。

 

 

 

 

兄に礼を言って駆け出したビーマが汗だくで湖に着いた時、焦がれた彼女はおらず彼女の弟の一人だけがそこにいた。

彼女の沢山いる弟達の名前はまるきり覚えていなかったが、毎日見ていれば彼女以外に興味がないビーマでも顔は覚える。確か、舌足らずな口調でドゥリーヨダナの周りをウロチョロしよく彼女に抱き付いていた甘ったれだ。…自分なんか彼女に触るどころか喋ったのもあの自己紹介の時だけだったのに。ビーマは彼女に会えると期待していた分、目の前の子どもに腹をたてた。

 

「へーえ、あなたがユディシュティラが会わせようとした誰かですか」

 

一方、腹を立てたのはドゥリーヨダナを密かに待ち伏せしていたドゥフシャーサナもだった。いつも王宮ですれ違ってもユディシュティラはドゥリーヨダナ達をいないものとして扱うのに、今日に限って自分の兄に近づくなり「夕没前に王宮の東にある湖に来て。ああ、返答はいらないよ」と囁いていたのをこっそり聞いていたのだ。何かを企んでいると思っていたが、こんな奴に会わせる為だとは。そのせいで前から約束していた弓の練習がおじゃんになったことをドゥフシャーサナは許せない。

 

「…お前には関係ないだろ」とビーマが言った。

「あの人は私の大事な人だ。血を分けた人でもある。あなたこそ関係ないでしょう」とドゥフシャーサナがせせら笑った。

 

―――怒りに溺れたビーマを我に返らせたのは、ずっと会いたかった少女の初めて聞く悲痛な声だった。

 

「ドゥフシャーサナ!おい、ドゥフシャーサナ!返事をしろっ!おい!」

「どうしよう、ドゥフシャーサナ兄上が死んじゃう!」

「馬鹿を言うな!こいつはまだ、何もしていないんだぞ!何も知らないんだ!死なせてたまるか!くそ…お前達!泣いてる暇あったらドゥフシャーサナを早く診せに行けっ!足に自信がある奴は先に行って治療の準備をさせとけ!」

 

突如与えられた理不尽に泣き叫ぶ声と抗う声がぐわんぐわんとビーマの鼓膜を揺らす。

 

 

ビーマはその時、ようやく己が”神の子”だということを自覚した。

生まれながらに力を持つ、選ばれた子どもだったことを。

 

 

ただ、怒りに任せて相手の腕を握っただけだ。それだけで、羽をやられた小鳥がもがく様に、目の前の少年が苦しみ、そして気を失った。

 

大人のドゥフシャーサナなら鼻で笑い飛ばすような痛みだ。彼は兄と同じように、どんな勇敢な戦士でも裸足で逃げだす過酷な修行を、根性と努力とその他諸々(兄に頼られたいというちょっとした下心とか絶対パーンダヴァ兄弟殺すという執念とか)だけで堪え切った男だった。

しかしこの時のドゥフシャーサナは兄に甘やかされた、普通の子どもだった。王族の血のお陰で他の人間と違って丈夫ではあったが、それでも神の血を直接引く者に比べればごく普通の子どもだった。

 

「お前…私の弟に何をした」

 

何時の間にか、この場にいるのは二人きりになっていた。

なのにちっとも嬉しくないのはビーマが焦がれた瞳も、声も、何もかもが冷たい怒りで染まっていたからだ。

こんなのが見たかったんじゃない。ビーマが求めていたのはこんな、冷たい目じゃない。

 

気が付けば、ビーマの口は勝手に動いていた。

 

「ひゃ、百人もいるんだ。一人ぐらい減ったって変わらないだろう」

 

次の瞬間バチン、と乾いた音がした。ドゥリーヨダナがビーマを叩いた音だった。普通の子どもならわあわあと泣いてしまう程に、幼いながらも鋭いビンタだ。けれど、丈夫な身体を持つビーマにとっては痛くもかゆくもないビンタだった。

 

ビーマにとっては、ドゥリーヨダナのその泣き顔の方がよっぽど痛かった。

 

「ふざけるな!お前は、お前等は、命をなんだと思ってるんだ!」

 

―――ドゥリーヨダナの怒りは、”自分ではない誰か”の記憶に基づくドゥリーヨダナの倫理観においては正しかった。だがこの時代においての倫理観とは決定的に違った。

 

そもそもこの時代において命の価値はそれほど高いものではない。神の子であるならまだしも、ただの人の子である以上どれが欠けても最終的に残ったいくつかが血を残せばそれでいいと思うのが当たり前だった。

 

だからビーマは自分の言葉のなにがドゥリーヨダナの逆鱗に触れたかが分からなかった。

ただ、ドゥリーヨダナをそんな顔にしたのが自分だということだけが分かっていた。

 

「―――いつか、お前を殺してやる!いいや、お前の兄、いつか生まれるであろう弟達をも私は、オレは全員殺してやる!ああそうとも、オレ達がいるんだ、お前達がいなくても変わりはしないだろうさ!」

 

ほろりほろりとその美しい瞳から真珠のような涙が零れ、頬を濡らす。

 

拭おうと伸ばした手はぱしんと払いのけられた。

 

「オレに触れんな!―――消えろ、消えてしまえ!お前の顔すら見たくない!」

 

 

 

こうしてビーマは、初恋のつぼみを散らしたのだ。

 

 

 

***

 

 

 

賭けに負けた帰り道、兄が「お前もようやくちゃんと終わらせられたようだね」と笑った。自分がどうしてあの男に誓いをたてたのか、本当の意味を知っていたのは多分兄だけだ。もう一生引きずっていくのかと思ったよ、と笑う兄にあまり大きな声で言わないで欲しいと小声で返す。今こそ吹っ切れたが、あの初恋はビーマの黒歴史の1つだ。しかも後日、水遊びをしていたドゥリーヨダナに「女が肌をさらすな!」と言って「オレは男だこのビーマ野郎!」と池に投げ込まれるというおまけもある。

 

「あの時中途半端に終わっちゃったからねー。ちゃんと振られて終わるか、男と知って終わるかのどっちかならお前も引きずらなくて良かったんだろうけど、よりによってあんな終わり方だったし。いっそのことあいつが益荒男!男のなかの漢!って成長してったら良かったのに、あの雰囲気残したまま育つから余計お前も燻ってたんだろ」

 

兄の言う通りだった。枯らされる前に自分の手で自ら散らしてしまった、初恋の花。芽吹くこともなく、けれど枯れることもないその花は時折ビーマを苦しめ苛んだ。まるで忘れるなとでもいうように。その度に兄の忠告染みた言葉が脳裏を過った。兄には、この未来が分かっていたのだろうか。

 

「いや、ボクは正しいことかどうかしか分からないよ。今も昔も」

 

しかも年々分からなくなってくるし、とぼやく兄は昔の兄より人染みていた。今の兄の方が好ましいとビーマは思う。しかし「未来が分かったら便利だよねー、賭け事にも勝てるし」という言葉には頷けない。兄は賭け事に弱いことをいい加減自覚すべきだ。

 

「…あいつはね、”間違っている”べき存在なんだ。そういった意味では”選ばれた”モノではある」

 

それでもあいつは自分が選んだというんだろうね、と兄が囁くように呟いた。時折、兄はこの世の誰よりもドゥリーヨダナを理解したようにいうことがある。

 

「あいつは”一族を滅ぼす子”と予言されて生まれてきた。僕なりに色々やったけど、悲しいことに戦いは避けられないだろう。けれどそれもまた、ドゥリーヨダナが”選んだ”ことなんじゃないかな。その選択に口を出す資格は誰にもない。…僕達が出来ることはきっと、あいつを戦士として殺してあげることだけだよ」

 

そこまで言って、兄は微笑んだ。オレも多分笑っていた。

もうオレはあの日のことを思い悩むことはないだろう。あの男を見て複雑な思いを抱えることもないだろう。

 

 

 

オレはようやっと、あの殺意を真正面から受け止めることが出来るようになったのだ。




長男➡主人公
ムカつくけど神の子も間違えることがあるのだと教えてくれた点では感謝している。その点にしては認めてやらなくもない。「今度また賭博行くなら誘って欲しい」
次男➡主人公
今回やっと吹っ切れた。今後は弟ともども殺したい。「兄を二度と賭博に誘わないで欲しい」
三男➡主人公
カルナの主であり友、としか思っていない。「カルナとの勝負を邪魔しないことに関しては評価しています」
四男&五男➡主人公
兄の意外な一面なんて正直知らないままでいたかった。「「意外に常識人だこの人」」

主人公➡兄弟
「全員殺す」


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生前 最終話

オレ達の殺し合いにたくさんの人間や神の思惑が絡みあい、最早誰にも止められない戦争が始まった。

オレは先陣をきって、棍棒を片手に走り続けた。

 

大切にしていた弟達が何人も死んでいった。

あまりそりは合わなかったものの「お前のその根性と努力と生きようとする意思だけは認めよう」と言ってくれた師も死んでいった。

 

そして今日、友が死んでいった。

 

器用に生きることが出来ない、馬鹿な男だった。

人というより神に近い感覚を持っている癖に、誰よりも人に寄り添おうとした不器用な男だった。

 

オレの、たった一人の友達だった。

 

カルナを知らない奴はきっとあいつを”惨めな人生で、惨めな最後を送った”英雄だと称するだろう。

それでもオレはあいつがあいつなりの信念をもって”選び続けた”と知っている。

そして”選び続けた”結果を今日、受け入れただけだということも知っている。

 

……でも、悪いなカルナ。お前はいつもオレの選んだことを尊重してくれたが、オレにはどうもそれは無理みたいだ。クリシュナ達は殺したい程憎いし、―――お前がもうこの世のどこにもいないことが、悲しくて哀しくて堪らないんだ。

 

 

 

オレはその日の夜の間ずっと、わあわあと小さな子どもが泣きじゃくるように大声で泣き続けカルナの死を悼んだ。

 

 

 

***

 

 

 

ビーマがオレの弟達を全員殺した時、オレはついにこの戦いが終わることを悟った。兵士たちは四方八方に逃げ、自軍の人間はオレ一人だけだった。逃げるのかい、とユディシュティラが口火を切った。

 

「お前ってそういうとこあるよな。逃げるだなんて微塵も思ってない癖に。で、やるんだろ?誰からだ」

「君が選んでいいよ。殺される相手を選ばせるくらいの情は君に持っているから」

「お前本当腹立つな…とりあえずクリシュナは嫌だ。後お前も嫌だ。ねちっこい」

「君だって腕折れようが血だらけになろうがしぶとく戦うじゃない。クリシュナが君と戦うの大変だから気をつけてねって忠告するって相当だよ?あ、じゃあアルジュナとかどう?僕のおすすめだよ」

「今日のおすすめ言うようなノリでアルジュナ勧めんなよ…すげー戸惑ってるじゃん。それに弓より棍棒で戦いたいから嫌だ」

「我儘だなー。より取り見取りな好物件に文句言うのなんて君だけだよ。泣いて喜ぶとこだよ?」

「んな訳あるか。もうお前が決めたらいいんじゃねーの」

「駄目。君は”選んできた”んだろ」

 

少し投げやりに言えばピシャリとユディシュティラがそれを却下した。最期まで選んでよ、と声なき声で訴えかけてくる目が、オレを見下ろす。オレは溜め息をついて髪をかき上げた。母譲りの我ながら気に入っていた髪は、戦場を駆けまわったせいで随分埃っぽくなっていた。

 

「今なら前言撤回受け付けるよ?…僕が、相手してもいいんだよ」

「んな顔してる奴の顔を最期に見るとかお断りだね。…ビーマ、頼めるか。お前はオレの大事な弟達を殺した。お前を殺すことが出来れば敵討ちになるし、殺せなくてもあいつらと同じになれるだろうから」

 

此方の敗戦は開幕前から薄々分かっていたのに、それでも最後に自分を”選んでくれた”弟達を思い出しながらそう言えば、ビーマが静かに頷き了承の意思を示した。

 

―――そんなビーマに変化が起きたのは、オレとあいつが打ち合ってしばらく経ってのことだった。

 

オレは長子として色んな武芸を身に着けたが棍棒術を最も好み、また得意とした。

気合と根性で乗り切りやすい、というのも勿論理由だが、一番は”勘”で大体の攻撃が読めるからだ。

読み取りにくいのはクリシュナみたいに”人からかけ離れた”存在だけだった。

必然、成長するにつれ”人の子”となっていったビーマの攻撃を読み取るのはたやすい。

オレは満身創痍だったが、打ち合いを続けるにつれビーマの先手を行くようになっていった。

 

なのに、突如読めなくなったのだ。まるで、”誰か”がビーマを”操った”ように。

 

そしてそれを此方が問いかける暇もなく、ビーマは禁じ手を躊躇うことなく使った。

 

大腿骨を砕くという、手段を選ばなかったオレでも使わなかった最大の禁じ手だ。

 

「お前…ビーマじゃない、な」

 

致命傷を負って地面に倒れこみながらもなんとか絞り出した声に答えず、オレの頭を足で踏みつけるビーマ。「何をしているんだ、やめろビーマ!」とユディシュティラが叫ばなければオレはそのまま頭蓋骨を足で砕かれて死んでいただろう。オレは荒い息を吐いて、痛みをじっとやり過ごした。

 

(まだ、考える頭がある。棍棒を握り振るうことが出来る手がある。右足はやられたが、立ち上がる左足がある。まだ―――終わっていない。オレはまだ、戦うことを”選ぶ”ことが出来る)

 

オレは棍棒を杖のようにしてなんとか立ち上がろうとしたが、突き刺すような痛みに思わず呻き声をあげてその場に崩れ落ちる。ユディシュティラの軍の兵士がそんなオレを囃し立てて嘲笑った。

 

無様だなと誰かが言った。さっさとくたばっちまえと誰かが罵った。顔は綺麗なんだ、ひん剥いてやろうぜと誰かが下品な声をあげた。女みたいな顔をしているんだ、どういう反応するのか楽しみだと誰かが嗤った。

 

全くとんだ物好きがいたものである。大体、そんな目にあう位ならオレは死を”選ぶ”。

 

しかし舌を噛み切ろうとしたまさにその瞬間、クリシュナが「やめなさい、勇敢なる兵士達よ。この子は負けそして死んでいくのだから。死んでいくこの子を嘲笑うことをしてはいけない。例えこの子が愚かで卑怯で厚顔で、予言通りに破滅を招いたとしても、この子を辱めることはいけないことだ」と静かに兵士達を咎めた。

 

―――オレは、人生で一番キレた。

 

お前が言うのか。それを、お前が言うのか!!

 

「お前に卑怯とか厚顔とか一番言われたくねーよ!裁判だったら訴えて即勝てるレベルだわ!弁護士だってお前につかねーわ!よくも、んなダイナミック棚上げが出来たな!オレだってその面の皮の厚さに驚き桃の木山椒の木だわ!

大体なーにが卑怯だ、お前も卑怯な手使ってウチの大切な兵士達を殺しただろーが!さっきのやつだって最後ビーマを乗っ取りやがって!ビーシュマじいさんと戦う時も、じいさんの性格を知った上で弱点を聞きに行くよう兄弟を唆し、実行に移すよう促したのもお前だ!ドローナ師を嵌めるためにユディシュティラに嘘を言わせたのもお前だ!身動き出来なくなったオレの友を、カルナを殺すようアルジュナを焚き付けたのも、全部全部お前だ!

よーくこれだけのことしといてオレを”滅びの子”呼びが出来るな!オレからしたら、お前の方がよっぽど滅びをもたらす存在だわこんの”人のなりそこない”!」

 

思いつく限りの罵倒をしたオレはそこで一旦言葉をきり、ゲホッと地面に血を吐いた。多分オレはもう長くはない。けれど、このまま死ぬのは癪に障る。まだまだこの、神の化身のくせに片方の陣営…というか一人の人物に偏りまくった愛を貢ぐ目の前の屑野郎には言いたいことがあるのだ。

 

「ドゥリーヨダナ、私の力が及ばない哀れな人。貴方に私を責める権利はどこにもない。貴方が言った通り、私は確かに卑怯な手段を用いたとも。でもそれは貴方が”間違っている”からだ。貴方がそもそも間違わなければ、私が間違うことはなかった。貴方が私に”間違わせた”のだよ」

「うわーここにきてオレのせいにするとかマジねーわー。馬鹿じゃねーの、どんな経緯や思惑があったにせよ最後に”選んだ”のはお前だ。お前の”選んだ”結果をオレになすりつけんなこのタコ。あーやだやだ、アルジュナ、お前友達はちゃんと選んだ方がいいぞ」

「…貴方はいつもそうやって”選んだ”と口にするね。本当は”選ばされた”というのに」

 

その答えにオレは初めて、他人を可哀想だと感じた。哀れだと感じた。人にも神にもなりきれないコイツを、悲しい存在だと思った。怒りはいつのまにか消え失せていた。

 

「いいや、クリシュナそれは違う。オレはちゃんと”選んだ”のさ。おい、クリシュナ。人という存在を愛し守るものだと考えている、大馬鹿者。人はいつか神の手から離れるぞ。誰かがお前達と人を切り離すんじゃない。可能性を信じて、人がお前達から離れるんだ。子どもが大人になり独り立ちをするようにな。いらない訳じゃない。必要ない訳じゃない。ただそばで見守っていてくれば、充分だと思う時代がくるんだ。…いつかインドラの雷をも誰しも扱う日が来る。英雄の存在が過去になり、誰もが輝ける可能性を秘めた時代がやってくる。神が誰かを選ぶのではなく、人が人を選びまた選ばれる時代が必ずやってくる」

ずっと、前世の記憶がおぼろげながらでもなぜあるのかを不思議に思っていた。

オレは多分、こいつにこのことを伝える為に前世の記憶を持っていたのかもしれない。

…いやそれはそれでなんか嫌だわ。

うん、オレの前世の記憶は弟達の為にあった。そういうことにしとこう。あの子達に愛されるということがどういうことかを教える為にあった。うん、これでおっけー。

 

「………強欲で嫉妬深くも、誇り高きドゥリーヨダナよ、貴方の言うことはどれもあってはならない、間違っていることだ。さあお眠りなさい、勇猛なる戦士よ。貴方の生まれながらの罪は、この戦争の苦しみでようやく赦された。貴方はやっと正しくあれるのだよ。貴方は英雄として死に、天へと行くだろう。貴方はようやく、幸せを得ることが許される」

 

せり上がる吐き気。零れ落ちる赤い血。霞む視界。聞こえる淡々としたクリシュナの声。

死の足音がもうすぐ傍にまで来ている。

 

まだだ、あと少しだけ。あと少しだけでいいから猶予をくれ。

一度目の生は殆ど覚えていないが幸せだった。

二度目のこの生も、家族や友に囲まれ幸せだった。

ならこの幸せを最期ぐらいなら、例え気に食わない奴でも、まあ分けてやろうかななんて思うんだ。

 

「クリシュナよ、お前はまだ分からないのか。オレはこの地に生を受けてからずっと幸せだった。その幸せを否定することはオレ以外誰も許されない。

クリシュナよ、お前はまだ分からないのか。勝つことだけが幸せではないのだと。だからお前にはアルジュナがどうしてあんな辛そうな顔をしているのか分からないんだ。ユディシュティラが笑っていないことに気づかないんだ。死んだ人を思い、苦しみ悲しむことは生きているから得るものだ。自分が選んだものならともかく、お前に押し付けられた”勝利”という選択の結果を、どうしてこいつらが耐えられようか。お前はどれだけ残酷なことをこいつらに強いたのかを未だに分かっていない。子の為に親がなんでもするのは間違っていると、まだ気づいていない。

クリシュナよ、オレはお前の言う通り英雄として死に、息絶えるだろう。

 

けれどそれもまた、オレがした”選択”なんだ」

 

最期の力を振り絞ってそう言い切れば、天から花が降ってきた。今までオレを嫌ってばかりいた神々が降らした、花の雨だ。いつものオレなら、今更だと怒鳴り罵っていただろう。けれどオレはそれを笑って受け入れることにした。そんな気力もなかったのも確かだが、それだけが理由じゃない。

 

―――舞い散っていたのは、前世のオレが愛していた梅の花びらだった。

 

オレは春の訪れを告げるこの花が一番好きだった。春に咲き誇る桜もいいが、暗く寒い冬にちょっとした幸せを教えてくれる梅が一番好きだった。

 

なら、まあ、いけ好かない神々のこの計らいを、今回ばかりは許してやらなくもないかと思ったんだ。

 

(ああ、でも、少し…ほんのちょっとだけど少し、疲れたな…)

 

 

思えば、二度目の人生は好き勝手やってばっかりで脇目も振らずに走り抜けてきた。

 

………二度あることは三度あるという。

 

一度目はゆっくりと歩いていた。

二度目はずっと走り抜けてきた。

 

なら、三度目があるのなら、今度は休み休み走るのもいいかもしれない。

 

―――どこからか、オレを呼ぶ声が聞こえた。

 

カルナでもなく、弟達でもなく、前世のオレの知っている人でもない、聞いたこともない少年の若い声だ。

 

 

『抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!』

 

 

…ああ、行ってやろう。オレを”選んだ”お前を、オレも選ぼう。

 

でもな、流石のオレも今回はちょっとだけ疲れたんだ。

寝たら、ちゃんとお前のところにいくからさ。

ちゃんと起きて、お前のところに行くから。

 

今は、もうちょっとだけ、待っててほしい。

 

ちゃんと、お前を”選ぶ”から。

 

(だから、今は、少しだけ―――)

 

 

はふ、と欠伸にも似た最期の吐息が唇からこぼれ落ち、眠気に誘われるように目を閉じる。

 

 

 

 

オレはそうして、二度目の生を終えた。

 

 

 

 

***

 

 

 

俺が初めて呼んだサーヴァントは「お前がオレを眠りから起こしたマスターか。オレはドゥリーヨダナ、クラスはバー…は?」と名乗りの途中でポカンと口を開けて、呆然としたようにこちらを見つめてきた。まるで信じられないものを見るような目つきに俺とマシュが顔を見合わせる。

 

次の瞬間、ドゥリーヨダナが頭を抱えて唸り始めた。

 

「(ええーマジかよまさかのGOかよfateかよー!えっあっじゃあカルナってああああマジかということはアルジュナもあああああマジか道理で既視感あった訳だわ爆死した奴らじゃねーか!んだよかつてなく前世の記憶がはっきりしてんだけど正直2回目の時に思い出したかったああ)あああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

「ば、バーサーカーだからでしょうか?」

「いや、どっちかというとベッドの上で自分の厨二病思い出して悶える、みたいな?」

 

 

 

 

 

「聞こえてるぞマスター!あーごほん、取り乱して悪かったな、ちょっとこっちの都合で色々あったんだ。改めて名乗らせてもらおう。

 

―――オレはドゥリーヨダナ、クラスはバーサーカーだ!オレはお前が”選んだ”サーヴァントだ、そしてお前はこのオレが”選んだ”マスターだ!お前が選び続けた先がどんなものになるかを、どうかオレにみせてくれ!」



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彼の死後:ユディシュティラ

今日は4話投稿しました。
後日少し修正するかもしれません。

次回からはやっとカルデア編です。
主人公の宝具はまだ未定です。
宝具名とかどうやって考えるの…


人は忘れる生き物である。それは神を父に持つ僕らも同じ。最初は声だった。次は顔だった。

 

最後に残ったのは、あの下手くそな子守唄だけだった。

 

 

***

 

 

僕はほたほたと降る雪を横目に一人玉座に座っていた。最近は一人になることを望むことが多くなった。眠りにつくたびに、僕はこのまま起き上がらなくなればいいのにと思っていた。

 

でもそう思う度にどこからかあの男の下手くそな子守唄が聞こえてくる。音も拍子もどこかずれた、間抜けな子守唄だ。他の楽器はなんでも扱えた男だったのに、弦楽器の類の扱いは得意じゃなかった。本人は弦楽器が一番得意だと思っていた節があったけど、僕が知る限りあそこまで弾きこなせないのは才能に近いものがあると思う。ただ弦を弾くだけなのになんであそこまで下手に弾くことが出来るのだろう。あんな音程のなってない子守唄でアルジュナは良く寝ていたものだ。

 

―――冬のような、男だった。

―――春を知らせる為だけに、生きなければならなかった男だった。

―――生まれながらに”間違えていた”存在だった。

 

父が正義と法を司る神だからか、僕は小さい時から人と違ってなにが正しいのかが分かっていた。正しいことは善いことだということも知っていた。だから僕はあの男が本来なら存在してはいけない”正しくない”存在であることも一目見て分かった。あの男の父が愛してしまった故に”間違え”、生かしてしまった子ども。その時点であの男は生きているだけで”正しい”存在になれないことが決定づけられたのだ。

 

僕が一人きりだったら、決して大人になっても声をかけたりはしなかっただろう。けれど、あんな男だが昔は確かに可愛らしい容姿をしていたので、うぶなビーマが気にするのは仕方ないと思った。だから僕は知らんぷりをした。

…そんな風に知らんぷりしたこと自体が間違いだった。ビーマはあの男の逆鱗に触れ、彼等兄弟と僕達兄弟に修復不可能な亀裂が出来てしまった。

僕はそこで初めて自分も間違えることがある存在であることを悟った。

 

僕は神の子ではあったが、神ではなかったのである。

 

僕はそれを知って、ようやく人として生きていくことを覚えた。

どうでもいい存在だったあの男を、まあ気が向いたら気にかけてやろうかなと思うようになった位には、その点に関しては認めている。

 

それからの僕の暫くの人生において、あの男はちょくちょくと現れて、僕の兄であったらしいカルナを追いかけるように消えてしまった。こちらの都合も考えずにかき乱しておいて、まさかの放置。この僕をそんなぞんざいに扱ったのは結局あの二人だけだった。カルナに至っては僕のたった一人の兄なのに、僕をちゃんと認識していたかすら怪しい。でも母に聞くまで自分もあの男の友を名乗る変わった男だとしか思ってなかったからおあいこかもしれない。

 

思えばあの男はそういう、ここぞという時は間違えない男だった。僕が歌っても泣き止まなかったのに、あの男の下手くそな子守唄でアルジュナが笑ったように。誰からも馬鹿にされていた兄を庇った時のように。だからこそ僕はあの男を思い出すと何が正しくて間違っているのかが分からなかった。

 

僕は知らずとはいえ兄を殺してしまった。間違っていることだ。してはいけないことだ。

 

なのにそれでもみんなは僕が正しいと言うのだ。心優しいと褒め称えるのだ。

 

―――あの男なら、僕を罵り、怒鳴りつけただろうに。

 

でも、あの男はどこにもいない。あの男を愛し、また愛された者達ももう殆どいない。あの大戦で大多数は死んだし、あの男の父と母はめっきり口を開かなくなった。「兄は『お前がそう”選んだ”のなら何も言わない。…あいつは嫌いだが、オレの弟だからと言ってお前を邪険に扱うような狭量な男じゃないしな』と言いました。僕は、貴方についていきます」と言って、あの男の弟の中で唯一此方側についたユユツも、何かに思い悩むことが多くなった。

 

 

あいつが死に際に言った通り、僕達の得た勝利は苦しく悲しいものだった。

 

 

民たちの中には、あの男がしていないことまでもあの男がしでかしたと信じて、そうしてあの男達を殺し倒した僕達を褒め称えるものまでいる。彼等が僕達に望んでいるのは正しくあることだからだ。間違えるだなんてことはあってはならないなんて思っている。だって僕らは彼等が信じる神の血を持つ、選ばれた存在だからだ。

 

しょうがないな、と思う。それが生まれた時からの役割で、正しいこと。そして正しいことはいいことだ。

 

うん、多分、あいつの言葉を借りるなら。

 

 

―――僕はそう、”選んだ”んだ。

 

 

不思議と、その言葉はすとんと僕の胸の中に落ちた。うん、なるほど、中々いいんじゃない。あいつが良く使っていた言葉ってのがちょっと、いやかなり癪に障るけど。でもまあ最近ずっと落ち込み気味だったし、感謝してやらなくもない。

 

少しだけ笑って、押し寄せてきた眠気に身体を預けるようにゆっくりと目をつむる。

 

 

 

 

 

その日以降、僕は下手くそな子守唄でさえも思い出すことが出来なくなった。

 



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閑話*真の英雄は眼で殺す

主人公の名前を型月記載に従いドゥリーヨダナに変更しました。
誤字報告、感想、お気に入り登録ありがとうございます。
宝具を考えて下さった方々もありがとうございました。
詳しくは活動報告にて記載させて頂きます


まるで女が自分に贈られた宝石を愛でるように艶やかな、それでいて子どもが宝箱にしまいこんだ石を見つめるように無邪気さを秘めた瞳の奥が、うっとりととろける。悪魔でさえも魅了するようなその眼差しを一心に注がれている男―――カルナは顔色一つ変えずに目の前の友人に「…満足したか」と口を開いた。

 

「んー、もうちょっとだけ…って言いたいとこだが、お前も首疲れたろ。付き合わせて悪かったな」

「お前が望むなら応えるまでだ」

 

椅子にかけたドゥリーヨダナが見やすいように、絨毯の上に座っていたカルナはそう言いながら少しだけ乱れた衣服を無造作にととのえた。王族に仕える者としては華やかさが足りないものだったが、よく見れば上質な物であることは目が肥えた者なら一目見て分かる代物だ。もしこの場に女官が居合わせていれば、その無頓着さに顔を顰め、所詮は御者の子だと嘲笑ったであろう。しかしドゥリーヨダナもそういうことにこだわらない方だったので、カルナの様子を何とはなしに眺めるだけだった。

 

「…お前の瞳は不思議だよなあ。なんつーか、本当に太陽みたいだ」

 

手持無沙汰にしていたドゥリーヨダナが不意にしみじみと呟いた。それに「そうか」と、照れるでもなくカルナは淡々と返す。ドゥリーヨダナとは短い付き合いだが、この男が何の下心もなく自分の瞳を誉めていることをもう既に知っていたからだ。美醜に拘らないカルナにとってはあまり理解が及ばないことではあるが、友人が喜ぶならそれはそれでいいと思っていた。

 

「んー、なんでだろうな。オレ、この手の勘外したことないんだよな…。光線が出そうな程鋭いからかね?」

「光線?」

「ほらー、あれだよ、目からビームみたいな」

「びーむ?」

「『真の英雄は眼で殺す』とか」

「理解しがたいな」

「ん?どこが分からなかったんだ?」

 

ドゥリーヨダナはきょとんとした顔でカルナに問いかけた。人を突き放すような物言いを気にする素振りは全くない。何故なら彼にとって、カルナは何も知らない子どもも同然だったからである。勿論人間離れした身のこなしや容姿に伴うように、高潔な魂をもった思慮深い男だとは思っている。しかし差し伸べられた手にどう行動をとればいいのか戸惑う時点で、ドゥリーヨダナは要情操教育対象者リストのトップにカルナを記すことを決めたのだ。99人を育てきった男である、今更自分よりちょっと年上位の男を人並みにするぐらい苦にも思わない。そこまで思ってドゥリーヨダナは遠い目をした。

……オレ、結婚もしてないのに年々子育てスキル上がってる気がする。全然嬉しくない。

 

「全てだ。びーむとはなんだ?王族特有の言葉か?『真の英雄は眼で殺す』とはなんだ?」

「もう一回言ってみて。真の英雄はってとこから、気持ち強めに」

「『真の英雄は眼で殺す』」

「んん?なんかすげー思い出しそうで思い出せねえ…。なんでだ…荒ぶる鷹のポーズのお前がなんで脳裏を過ったんだ…」

「ドゥリーヨダナ」

「はいはいちゃんと答えるから裾引っ張んな。くそ、オレでさえ父上におねだりする時の最終手段をあっさり使うとは。カルナなんて恐ろしい子…」

 

ぶつぶつと呟いて、鬱陶しそうにドゥリーヨダナが髪をかき上げた。少し癖の入った暗闇色が風に遊ばれゆらゆらと揺れる。耳当たりの良い声がカルナの耳朶を打った。

 

「ビームってのは、なんかこんな感じでシュッといく光線みたいなもんだ。多分。『真の英雄は眼で殺す』はなんか決め台詞的な?オレもなんでこんな台詞を思い出したかどうか分からん」

「真の英雄なら出来るのか」

「出来るんじゃないか?お前も出来そうだよな」

「…お前がそう望むなら、俺はその期待に応えるまでだ」

「いやまて、軽い気持ちで言っただけだ、おい!どこ行くつもりだ!」

「鍛錬場だ。ここでやればお前の部屋を壊してしまうかもしれない」

 

心なしかきらきらと目を輝かせているカルナにドゥリーヨダナは悟った。あ、これ止めるの無理だわ。カルナが時折こういった無理難題に嬉々として挑む癖があることをドゥリーヨダナは既に学んでいた。出来るまで励むのも勿論知っていた。ドゥリーヨダナは腹を括った。そもそも自分の軽率な一言が招いたことである。後ビームも見たい。ビームは男の浪漫だ。

 

「…オレも行く」

 

 

 

***

 

 

 

二人は宮殿から遠く離れた湖の畔へとやってきた。動きやすいように装飾品は出来るだけ外し、念の為に持ってきたそれぞれの得意とする得物を木に立て掛ける。鍛錬場じゃないのか、と独り言にも似た問いにドゥリーヨダナは肩を竦めた。

 

「ここはなんもないから好きに暴れられるんだよ。父上の許可も貰ってるし、近隣住民も野生の獣くらいだ。お前この前アルジュナと戦って周りを壊して、師に怒られたばっかだしな。あの後オレとユディシュティラで直したんだぜ?監督責任云々言われて」

「…すまなかった。次は壊さないように努める」

「あーいいよいいよ、んなもん気にすんな。大体下手に手加減して挑める相手か?何よりお前は本当にそうしたいか?お前がそう選ぶならオレは何も言わないが」

「……そうか。感謝する」

 

ふ、と息を吐くような小さな笑みをカルナは漏らした。既に自分の在り方が他人と違うと分かっていたカルナにとって、自分の在り方を受け入れてくれたこの友人の言葉は胸をぽかぽかと温めた。そんなカルナの様子を少しだけ訝しみながらも「で、どうやって出すつもりだ?」と促すドゥリーヨダナ。その言葉に「気合でなんとかなるだろうか」と疑問でカルナが返せば「…お前意外に脳筋なんだな」と少し呆れた顔をしたドゥリーヨダナががしがしと頭を掻いた。

とは言ってもドゥリーヨダナに具体的な案自体はない。だって目からビームである。古代インドだからってそんなことが出来る訳が「…あ」

 

「おい、今なんか出たよな?!」

「ドゥリーヨダナ、出来たみたいだ」

「はやっ!お前、流石に早すぎだわ!このスーパーインド人め!すごいけど!流石はカルナだけど!」

 

ドゥリーヨダナは考えることを放棄してカルナを褒めた。この時代色々と深く考える方が負けなのである。現実逃避ではない。ないったらないのだ。

 

「これなら万が一、弓を失っても戦えるだろう」

「それは一理あるけどよ…うわー、でもこの眼から今のビーム出たのな。でも待てよ、これ制御出来んのか?」

 

ぺたぺたと興味深げにカルナに触れるドゥリーヨダナの疑問は尤もだった。使いこなせていない武器程恐ろしいものはない。自分ならまだしも、仲間を傷つける可能性があるからだ。「ふむ、確かにお前の言う通りだ。もう一度やってみるとしよう」とカルナが頷いて、眼力を籠める。

 

 

そしてまさに放とうとしたその瞬間、その場を通りがかったアルジュナ達が「…貴様ら、こんなところで何をしている」「どうしたのアルジュナ、ってドゥリーヨダナじゃん。君またなんか企んでいるの?」と声をかけた。

 

 

―――………一言で言うならば、『間が悪かった』のである。

 

 

 

「「あ」」

 

カルナとドゥリーヨダナの、どこか気の抜けた声が重なった。声の方に思わず顔を向けたカルナの瞳から出たビームがアルジュナに直撃したからだった。「えっ、なに今の」と驚くユディシュティラの横でプスプスと煙をあげながらプルプルと怒りに身体を震わせているアルジュナ。

 

この後の展開を悟ったカルナは無言で得物を構え、ドゥリーヨダナは距離を置いて耳を塞いだ。

 

 

 

「………カルナアアアアアアア!」

 

 

 

一拍後、我にかえったアルジュナの怒りの声が辺りに響き渡ることとなる。



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彼の死後:アシュヴァッターマン

邪ンヌきません(血涙
フレポ教から改宗しようかな…

いつも感想、誤字報告、お気に入り登録ありがとうございます。


いつも何かに飢えていた。

いつも何かを求めていた。

 

くるくると風に巻き上げられた花びらが宙を舞う。

天と地の境目が分からなくなる程の花吹雪の中、青年が口を開いた。

 

―――道理で自分の手元にないわけだ。

 

探し求めていたものはずっと、この人が持っていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

ドローナの息子であるアシュヴァッターマンが幼かった頃、家はとても貧しかった。その貧窮ぶりは今からは考えられない位のもので、ミルクでさえも調達出来ない程だった。幼いながらも賢かった彼なりに唇を小麦と水で濡らすことでミルクを飲んだ気になろうと工夫をしたりして空腹を紛らわしていたが、それでもアシュヴァッターマンは常に飢えていた。その頃のアシュヴァッターマンにとって足りないものは、生きる為に必要なご飯だった。

 

ならば今は何が足りないのだろう、とアシュヴァッターマンは一人ごちる。あの頃満足に食べることの出来なかったご飯はたらふく食える。着るものも困らない。王子達の教育を担う父から兵法も学んでいる。あの幼少期に比べなくても満ち足りている筈だ。

 

それなのに、何かが足りなかった。

 

「何してんだ、こんなとこで」

「ドゥリーヨダナ王子…」

 

切り株の上に座っていたアシュヴァッターマンの視界一杯に、女と見紛う程美しい顔立ちをした男の顔が広がった。父であるドローナが”災いの子”と評する、カウラヴァ百王子の長兄だ。彼を生まれ故に嫌う者は少なくなかったが、アシュヴァッターマン自身は彼本人のことを好んでいた。良くも悪くも身分を気にしない彼は、アシュヴァッターマンをバラモン階級の人間としてではなく同じ師を仰ぐものとしてしか接しなかったからだった。

 

「少しだけ休んでたんです」

「あんまりにもボーっとしてたから魂飛ばしてるかと思ったわ」

「あの、父は」

「良い子ちゃんのアルジュナんとこ」

 

覗き込む姿勢をやめ横に座りながら、吐き捨てるようにドゥリーヨダナが言った。彼がパーンダヴァ兄弟を妬んでいるのは周知の事実だった。実際舌戦だけではなく実戦も繰り広げているらしく、父親が怒鳴っているのを何度か見ている。とはいえアシュヴァッターマン自身も最近はパーンダヴァ兄弟、というよりアルジュナに良い感情を持っていない。咎めることも出来ず彼は曖昧に笑った。

 

「…父は、アルジュナ王子を良く褒めますから」

「褒めるなんて可愛いもんじゃねーだろありゃ。息子のお前の前でこう言うのは良くないだろーけど、あからさま過ぎんだよ依怙贔屓がよ。…オレ達だけならまだどうにかなったさ。オレと、ひっじょーに癪だがあの馬鹿長男は、それぞれ弟達を統率出来るからな」

 

だが諸国から集まった他の王族は違う、と呟くドゥリーヨダナ。まさに彼の言う通りだった。父に対する不満の声は決して小さくなく、むしろ年々大きくなっていた。ドゥリーヨダナが表だって父に不服を申し立てていなければ、矛先はアルジュナに向かっていたかもしれない。ドゥリーヨダナが父とアルジュナに「まーたアルジュナ贔屓ですか。おーおー、お前はいつでもどこでも可愛がられるな!お前弓よりそっちの道に才能あるんじゃねえのぉ?どうやって先生に取り入ったかオレ達に教えてみろよ」と突っかかる度にせいせいしているのはアシュヴァッターマンもだった。

 

それ程までに父はアルジュナを可愛がっていたのだ。

 

アシュヴァッターマンは自分に何が足りないのかが分からなかった。アルジュナは全てにおいて、アシュヴァッターマンを勝っていたからだ。どうすれば良かったのだろう、と思う。アルジュナ程、全てに恵まれている男をアシュヴァッターマンは知らない。そんな男に、”足りない”自分が敵う筈もないのだ。アルジュナの前ではアシュヴァッターマンはいつも俯くばかりだった。アルジュナを真っ直ぐ見つめて文句を言えるのは隣の男位だった。

 

「ドゥリーヨダナ王子はアルジュナ王子が怖くないんですか」

「ムカつくだけだな。あのすまし顔が本当腹立つ」

「父の弟子の中で、ユディシュティラ王子は戦車の才能が、ビーマ王子と貴方は棍棒の才能が、アルジュナ王子とカルナは弓の才能が、ナクラ王子とサハデーヴァ王子は剣の才能がそれぞれ突出しています。けれど、武芸全般で言えばやはりアルジュナ王子が一番才能を持っていると父が言ってました」

「才能はあるかも知れんがオレはあいつらが嫌いだ」

「…父は僕よりアルジュナ王子を好んでいるみたいです」

「は?!それはないだろ?」

 

驚いたように振り向いて、ドゥリーヨダナが否定する。しかしアシュヴァッターマンの口は止まらなかった。

 

「いいえ、絶対そうです。家に帰ってもアルジュナアルジュナ、そればっかりですから。最近なんか、僕と話す時間さえ惜しいとばかりにアルジュナのところへいそいそと行くんですよ?」

「でもな、あの人オレに『ウチの息子を毒牙にかけてみろ、殺す』って脅してくる位にはお前を大切にしてるぞ?風評被害も甚だしい、誰もんなことしてないって言っても聞き入れなかったし」

「いつか僕は捨てられるんです。きっとアルジュナの方が息子だったら良かったのにとか言われるんだ」

「…それは流石に考えすぎじゃないか?」

「じゃあ何故父はあの男にだけブラフマシラーストラを収める方法を教えたのです?!」

 

声を荒げたアシュヴァッターマンはぜえぜえと肩で息をした。こんなに声を荒げたのも、感情を高ぶらせたのも人生で初めてだった。でもこれは、アシュヴァッターマンの紛れもない本心の叫びだった。

 

ドローナの息子は自分だ。ドローナの後継者も自分だ。なのに父はアルジュナにはブラフマシラーストラを収める方法は教え、自分にはお前は知らなくていいと言って教えてくれない。発動の仕方を教えてもそれを収める方法を知らなければ、何度も使うことが出来ないというのに。使うことも出来ないものを教えて貰っても何になるというのか。

 

―――何より、自分が存在する意味は本当にあるのか。

 

父が教える価値もないと判断を下した自分は、「僕は、どうすればいいんですか…」

 

そう言って途方にくれたような顔をして俯くアシュヴァッターマンに、事もなげにドゥリーヨダナが言った。

 

「んじゃさ、お前ウチに来いよ」

 

……その言葉が彼にどれだけの衝撃を与えたかを、ドゥリーヨダナは一生知らないだろう。本人としては軽い気持ちで言った何気ない一言だったからだ。けれども、父への不信、アルジュナへの嫉妬、未来への絶望をその小さな身体に溜め込んでいたアシュヴァッターマンにとって、その言葉は渇いた喉を潤す美酒にも等しかった。

 

「もしお前がどうすれば分かんなくなったら、ウチに来ればいい。お前は強いだけじゃなく、人としていい奴だからな。勿論強制はしない。選ぶことが出来る道が一つ増えたとだけ今は覚えてればいい。ま、オレとしては是非来て欲しいけどな」

「…アルジュナと違って、僕は父に選ばれなかった人間なのに?」

 

そう聞きながらもアシュヴァッターマンの目は縋るように目の前の男を見ていた。求めているものをこの人なら与えてくれると彼は直感していた。そんなアシュヴァッターマンの気持ちを知ってか知らずか、ドゥリーヨダナが花のような笑みを咲かせる。落ち着いた声が、鼓膜と心を震わせた。

 

「オレは、お前を”選んだ”んだよ」

 

 

―――欠けたなにかが、ようやく埋まった気がした。

 

 

アシュヴァッターマンはその言葉に唇を歪めた。そうしなければ叫んでしまうくらいに嬉しかった。

父や母からの愛でも、自分でも補うことが出来なかったモノ。他人からしか得ることが出来ないモノ。

 

それをアシュヴァッターマンはようやく手に入れることが出来たのだ。

 

人生で初めてと言っても過言でないくらいに満たされた気持ちのまま、アシュヴァッターマンは微笑んだ。「ならその時は貴方の下に行かせて頂きます」と返した声は少し震えていた。

 

「そろそろ戻るぞ。風も強くなってきたし」

「はい。さっきの風もすごかったです」

「なー、花が舞って綺麗ではあったんだが…あーやっぱり髪についてら。見るのは好きなんだけどなー」

「…貴方には、花が良く合うと思いますよ」

「え、やだ。オレどっちかというと格好いい路線がいいんだけど。目指すは渋いイケてるオジサマ」

 

そう答える男の背中を追いかけながら勿体ないなと思う。

 

 

 

この世のものと思えない、先程の光景は鮮明に彼の瞼に焼き付いていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

(…やっぱり、貴方には花が合いますよ)

 

眠るように死んでいる男を見下ろして、先程まで過去に思いを馳せていたアシュヴァッターマンは泣き笑いのような笑みを浮かべた。

 

花の似合う男だった。むしろ、花みたいな男だった。誰かに認められないとすぐ揺らいでしまう自分と違って、自分の選んだことに自信と覚悟を最期の時まで持ち続け、見事に大輪の花を咲かせてみせた人。散り際でさえも魅了してやまない、アシュヴァッターマンの心を唯一埋めることが出来た人。

 

でももう、この心が満たされることはない。

 

「…僕、頑張りましたよ。沢山沢山頑張りました。本当はいけないことをしたって分かってます。でも今の僕にはこうやってしか、アルジュナ達に一矢報いることが出来ないから」

 

―――パチパチと炎が弾ける音がする。女が泣き叫ぶ声がする。憎い男達の罵る声がする。

 

それらにうっそりと笑って、アシュヴァッターマンはドゥリーヨダナの遺体を抱えてその場を後にした。

 

 

…もしも、腕の中の男が生きていたらこんな自分を褒めてくれるだろうか。よくやったと、言ってくれるだろうか。

 

 

 

―――流石はオレが選んだ男だと、笑ってくれるだろうか。

 

 

 

 

ただ、それだけを思って。




*アシュヴァッターマン
自己承認欲求を満たしてくれたことで主人公に懐く。
褒められた行為ではないと自覚しながらも夜襲を実行し、多くの人間を殺した。

「もっと、僕を褒めてもいいんですよ?」

*ドローナ
息子可愛さに危険な奥義を教えなかったら不信感抱かれちゃった、ある意味可哀想な人。一族を滅ぼすと予言された主人公に大切な息子を関わらせたくなかったのに、むしろ懐いていて辛い。

「反抗期か?反抗期なのか?」


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生前:シャクニ

いつも誤字報告、感想、お気に入り登録、評価をありがとうございます。
今回の話は主人公の周りの人間シリーズ第2弾です。
次回はアルジュナかユユツです。
カルデア編はもう少々お待ち下さい。
時期としてはクルクシェートラ戦争のちょっと前。


ふふ、と花のような笑みを浮かべるシャクニをドゥリーヨダナは氷の如き冷たい眼差しで見やった。そんな彼に構わず、返り血すら浴びずにターゲットを殺してみせた最高作品をとろりと見つめる。賭け事と同じ位、いつまでも不完全であり続ける青年のことをシャクニはとても好んでいた。

 

「な?オジサンが提供した情報通りだったろう?」

「…あの男が私の弟達を減らせと声高に父に進言していたことを教えてくれたことには感謝しています。ーーーけれど、それだけです」

 

頬をゆっくりと撫でる無骨な手をドゥリーヨダナは無遠慮に払い、吐き捨てた。先程殺した男に撫でまわされたことを知った上で、思い出させるように撫でてくるこの男のこういうところを彼は気に食わなかった。シャクニは時々、気に入ったものを敢えて傷つける悪癖があった。

 

「私の可愛い甥っ子、ドゥリーヨダナよ。だから言っているだろう?お前が王になればいいのだと」

「…知恵の回るお方、私の叔父上。貴方はいつもそう仰いますね。だがあえて言わせて頂きます。私が貴方を重宝するのはその良く回る頭を買っているからです。その頭を父や私達に使ってみろ―――殺すぞ」

 

少し動けば唇が触れてしまう程の距離で、ドゥリーヨダナは暗器をシャクニの首に当てながらそう囁いた。傍から見れば、とても仲がいい叔父と甥の触れ合いである。だが、そこには確かに命のやりとりがあった。

 

シャクニは思わず大声で笑った。このどこまでも人を惑わす青年の、こういう一面を知っているのは自分だけだった。肉親や、彼が親友であると公言しているカルナでさえ知らないだろう。そして、凶手としての才能に満ち溢れているこの青年をそう育てたのは他ならぬ彼なのだ。それは男に限りない優越感を抱かせた。

 

「私の最高傑作、人を惑わす才能に長けた子よ。お前は未だに足掻いているが、この流れは止められない。もうお前達の殺し合いでは済まない話になっていることを気づいているのだろう?賽はもう振られたのだよ」

「そう仕向け、周りを煽ったのは貴方でしょう。貴方が賽を振らせたんだ」

「愛しき姉の子、ドゥリーヨダナ。私が振ったのではない。お前が生まれる前に、とっくに神々によって振られていたのだから」

「…どういう意味だ」

 

もう二度と見る事が出来ない、最愛の姉と同じ色の瞳に剣呑な光が宿る。シャクニはこういった時のドゥリーヨダナの瞳を最も好んでいた。

 

「おや、私としたことがお喋りが過ぎていたようだ。いけないね、お前の囀りは小鳥のように、いつまでも聞いていたくなる」

「話を紛らわすな。可笑しいとは思っていたんだ。オレとあいつら兄弟の争いなのに、あまりにも大事になり過ぎている。…まるで誰かがそう仕向けたみたいにな」

「……それを知ってお前はどうする?今更だろう?」

 

私達が出来ることは命を賭けるということだけだ、と恋人に睦言を囁くように言えば「気持ち悪い」と叔父の言葉をドゥリーヨダナが切り捨てる。小さな頃の姉を思い出すその表情に思わずシャクニは相好を崩した。今でこそよき母となっているが、昔はドゥリーヨダナのように言いたいことをズバズバ言っていたものだ。シャクニも、その当時沢山いた兄も、何人もそれに泣かされた。―――生き残っているのはもう、自分と姉だけだが。

 

「ドゥリーヨダナ」とシャクニは世界で一番大切な人である姉の子であり、世界で一番憎い男の子でもある青年の名を万感の想いを込めて呼んだ。神々の計画の要となる子。全ての罪を背負わされる可哀想な子。それでも立ち続ける、馬鹿で愛しい甥っ子。ドゥリーヨダナのお陰で長年シャクニが望んでいた舞台がやっと整った。後は自分達も賽を振るだけだ。

 

それが吉と出るか凶と出るかはお楽しみである。

 

「これだから賭けはやめられないんだよなあ」と嗤う男の隣で、ドゥリーヨダナは「賭博狂いめ」と吐き捨てたのだった。

 

 

 

***

 

 

「…なるほどな」とオレはぽたぽたと前髪から垂れる水滴を布で拭いながら、オレの信頼する凶手からの報告に顔を顰めた。水浴びして折角人心地ついたというのに、内容が内容なだけに顔色が曇るのが分かった。正直、あんな軽薄な叔父にこんな過去があるとは思わなかった。

 

なんでも、自分の母であるガーンダーリーは山羊と結婚させられていたらしい。流石古代インド、発想の斜め上を平気でいきやがる…と思わず戦慄したが、聞けば占いでそうすれば災厄から免れることが出来ると言われたからだとか。オレなら鼻で笑ってその占いを無視するところだが、この時代だ、母はちゃんと…と言っていいものか、とにかく山羊の妻となったという訳だ。父はその事実を知って、烈火の如く怒った。どっちに怒ったかどうかは分からない。オレと同じで結構カッとするタイプだった父は怒りに任せ母の家族を牢獄へ送ったという。

 

その中の末っ子がシャクニ叔父だった。

 

せめて一人だけでもと僅かしか与えられぬ食糧をかき集め、シャクニに与え死んでいった家族。そんな家族の死に様があの男を形作ったのだろうということは明白だった。何かを企んでいるとは思っていたが、まさか。

 

(しくじったな…あの軽薄さに騙されていた訳か)

 

誰かの計画に便乗する形で、自分の復讐をやり遂げる。

 

…なるほど。確かにあの男は頭が良く回る奴だ。

 

「あの男を如何なされるおつもりで?」

「今は捨て置け。叔父上の望みはあくまでも戦いを起こし、この国に遺恨を残すこと。その望みが叶った以上、こちら側に尽くすだろう。そういうお人だ」

 

オレは深く溜め息をついて、目を閉じた。

 

可哀想だとは思わない。憐れだとは思わない。

 

そういうことが過去にあった。だから叔父は復讐を選んだ。

 

―――ただ、それだけだ。

 

「…弟達の様子はどうだ」

「何人か凶手が手配されていましたが、全員返り討ちにしておりました。流石は貴方の弟君達ですな、気配に敏く毒への耐性も高い」

「そうじゃなきゃ、生き残れなかったからな」

「ただ、気がかりなのはユユツ王子です。彼だけ貴方へ反抗心を持っておられるようですが、どうされます?」

「…あいつがそう決めたんならオレはそれを尊重するだけだ。お前の見立てでは後何日だ?」

「三日以内には離反の意思を伝えるでしょうな」

「…そうか」

 

男の言葉にオレは静かに頷いた。それが過ぎればオレはユユツと敵になり、殺し合いをしなければならなくなる。

 

 

 

 

 

この仮初の安寧の期限は、すぐそばまできていた。




シャクニ

ドゥリーヨダナの叔父。唯一残された姉の幸せを願ってはいるものの家族を奪った王を許してはいない、賭け事好きの執念深い男。それもあって主人公のことが愛しくて愛しくて、憎い。百人の中で最も姉の面影が色濃いドゥリーヨダナの容姿自体は気に入っている。甥の立場を、ひいては姉の立場を揺るがす五兄弟とその母を脅威に感じている。

「あいつらが来てから随分と、君のように敬愛する我が姉上を蔑ろにする馬鹿が増えたみたいだね?あんの糞王に従って、あの美しい眼を閉じた姉上に対する仕打ちにしてはあんまりじゃないか。君もそう思うだろう?―――ああ、もう聞こえていないのか」


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閑話*英雄アルジュナ

いつも誤字報告・感想・お気に入り登録ありがとうございます。

今回は『閑話*真の英雄は眼で殺す』のドゥリーヨダナの台詞「お前この前アルジュナと戦って壊して、師に怒られたばっかだしな。あの後オレとユディシュティラで直したんだぜ?」の時の主人公の話。アルジュナに対する認識の話でもあります。

メイド礼装落ちません。後一枚なんや…。


神々しい程に美しい男が物憂げに息をついた。絹のように艶やかな髪は片方へ緩やかに纏められており、その身分に相応しく華美な装飾品が、人の域を離れたその男の美貌を飾りたてている。誰もがひれ伏すような威厳を保ちながらも愛嬌を添える、男の甘く垂れた目は今は不満そうに細められていた。

そんな、尊き神の血を如実に現した美男―――ユディシュティラの頭をドゥリーヨダナがぞんざいに叩いた。

 

「手を動かせ、馬鹿。日が暮れちまうだろ」

「でもさー、なんでこれ僕らがやんなきゃいけないワケ?」

「お前んとこの三男とウチのカルナが暴れたからだろ」

「じゃああの二人にやらせればいいじゃん。なんでこの僕が尻拭いしなきゃならないのさ?」

「お前はいちいち癇に障ること言いやがって。ドローナ師がアルジュナを気に入っているからだろ。お陰で、色々企んでる奴らをおびきよせるいい餌になってる」

 

頬をひくつかせながらもどこか淡々とした物言いの幼馴染にユディシュティラがムッと薄い唇を尖らせた。わざわざ分かっていることをあえて言うあたりがこの男らしい。しかも自分の弟を堂々とまき餌宣言とか。「何人か消えてるの、やっぱ君の仕業なんだ?」とかまをかけてみるものの「さてな」と言葉を濁されたユディシュティラは不貞寝するように地面に転がった。アルジュナとカルナが暴れたせいで地面のそこかしこに抉れたような穴があったが、ドゥリーヨダナとユディシュティラが(といっても八割以上がドゥリーヨダナだが)せっせと埋めたので、鍛錬場はすっかり元の姿を取り戻していた。この分なら明日からはまた通常通り使えるだろう。

 

それを満足そうに眺めてから、ドゥリーヨダナはそんなユディシュティラを軽く蹴飛ばす。そうして「何すんのさ!」という言葉を無視して物陰へと鋭い視線を向けた。

 

「…で、お前はいつまでそこにいるんだ」

 

 

 

***

 

 

 

ドゥリーヨダナの言葉に「……気づいていらしたのですか」と少しの沈黙を置いて現れたのはアルジュナだった。罰が悪そうな青年に対しドゥリーヨダナは「お前達の気配は色々普通じゃないからな」と吐き捨てる。気配に敏いドゥリーヨダナにとって、神の子である彼らの気配は強烈すぎた。

 

「あの、これを」

 

躊躇いがちにアルジュナが差し出した清潔な布に「おお、流石僕の弟!気が利くね!」とはしゃいだような声をユディシュティラがあげた。そのまま「じゃ、ドゥリーヨダナよろしく」と当然のように頼む男の顔に、アルジュナからひったくるように奪った布をドゥリーヨダナが投げつける。「なにすんのさ!」と抗議する声は「てめえで拭けこの馬鹿!」という怒声に一刀両断された。

 

「これが自分の弟だったら拭く癖に…」

 

ユディシュティラはぶつぶつと言いながら乱暴に自分の手足を拭った。肌触りの良い布はちゃんと水で湿らしており、アルジュナの細やかな気遣いが伺える。流石は僕のアルジュナだ、とユディシュティラは僅かに唇を綻ばせた。

 

そんなユディシュティラに水をさすように、「アイツらは可愛い。お前はまっったく可愛くない」とにべもなく言うドゥリーヨダナ。その言葉に、ふんだんに布を使って泥を落としていたユディシュティラは薄く整った唇を尖らせた。この僕が、あのどれがどれだか分からない99人より劣るだって?頭おかしいんじゃないのほんと。

 

「こんな美男子つかまえて良く言うよね」

「お前らの顔はことごとく気に入らねー」

「君ってほんと、あーいえばこーいうよね!ねえアルジュナ!」

 

ユディシュティラに突如同意を求められたアルジュナは曖昧に頷いた。持ってきた布はドゥリーヨダナの分もあったのだとはついぞ言い出せなかった。おまけに長兄が使った布を綺麗に畳み直し渡してくれる始末である。生真面目なアルジュナはどうすればいいものかと僅かに視線をうろつかせ、なんとか話題を変えようと試みた。

 

「あ、兄上と仲がよろしいんですね…?」

「その目は飾りか?」

 

なんとか絞り出した出したものの、ドゥリーヨダナにすげなく返されたアルジュナは恥じ入ったように視線をそらした。この私としたことが、何たる不覚。もっとこう、他に話題があっただろう自分…!「ちょっとドゥリーヨダナ、アルジュナが頑張って君と話そうとしてくれてるんだよ?例えそれが頓珍漢なことでもそこはさーもう少し年上として振る舞ってやってよね?アルジュナが可哀想じゃん」という兄の言葉が心に痛い。

 

「今追い打ちかけてんのは絶賛お前だけどな」

「はあ?追い打ちなんてかけてないよ、意地悪な君とは違うんだから。ねえアルジュナ?」

「無自覚なあたりが救いようねえな…」

 

呆れた顔をもはや取り繕いもしないドゥリーヨダナが首を横にふった。この男には昔からこういうところがあった。「細かいことに拘らない、器の大きい男」と世間で評されているらしいが、ドゥリーヨダナからしてみればただの無神経男である。なにせビーマが弟達を水遊びと称して10人以上も仮死状態にした時も、抗議したドゥリーヨダナに「でも子どもって、やんちゃなものじゃないの?」と首を傾げて見せた程だ。それに盛大にキレてビーマ共々毒を盛り川に流したことをドゥリーヨダナは全く後悔していない。むしろ何故それだけにとどめた、当時のオレよ。年々成長するごとに殺すの難しくなってるんだが。

 

(…とはいえ、これはアルジュナにはキツイだろうな)

 

ドゥリーヨダナが思うに、アルジュナは確かに武芸に人離れした才能を秘めているものの本質としては五人の中では一番人の子に近い。さらに言うならば、あの兄弟のなかでは珍しく思慮深く繊細な人間だ。一言で言うなら自分の中に溜め込んである日爆発するタイプ。しかも本人が溜め込んでいるとあまり自覚しない感じの。基本大枠でしか考えない兄弟ばかりでよく保っているものだ、とドゥリーヨダナは妙なところで感心した。あのいけ好かないクリシュナを盲目的に慕っているのはそれもあるかもしれない。

 

だがあの、人の感覚からずれまくりだろランキングで不動の一位を誇っているクリシュナだ。あの男なりにアルジュナの好意に応えるだろうが、それにあくまでも人の感覚を持つアルジュナがいつまで耐えきれるかどうかは分からない。抱える爆弾をもう一つ増やす可能性すらある、とドゥリーヨダナは思っていた。ああいう神に近い人間は大局的に物事を見るあまり『個』への意識がとことん低いものだ。逃げ場にはあまり相応しくないタイプだろう。よりによってそんな男を選ぶとは、というのがドゥリーヨダナの正直な感想だった。

 

「…なんですか」

「べっつにー。ただ、人を見る目がないなーって思ってただけ」

「…どういう意味ですか」

「そんなことよりドゥリーヨダナ、明日久しぶりに一緒に稽古しない?最近周りにかまけてばっかりじゃない」

「絶対やだ。お前暴走族並に無茶苦茶に戦車乗り回すし。ドローナ師がお前の使った後の戦車はいつもガタガタになるって嘆いてたぞ」

「戦車の質が悪いんでしょ、僕のせいじゃない」

「明らかにオメーのせいだわ」

 

アルジュナは険のある目つきで従兄弟を見たが、ドゥリーヨダナはそんな彼を気にもとめずにユディシュティラとの下らない会話に興じ続けた。とはいえ年長者である兄の話を遮って問い質す訳にもいかず、アルジュナは悶々とした思いを胸に抱えながらも唇を閉ざす。

 

 

 

がり、と心の何処かをドゥリーヨダナの言葉が無遠慮に引っ掻いた感覚だけが残っていた。



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閑話*巻き込まれ体質

英雄って巻き込まれ体質だよねっていう話。


河の畔を、息を呑む程美しい顔立ちをした男が一人歩いていた。

その眼差しは射るように鋭く、その容貌も相まってどこか排他的な雰囲気を纏っている。男の歩調に合わせゆらゆらと揺れる可憐な白の花束がその人間離れした男の異質さを際立たせていた。

 

「よお、カルナ。お前街に下りてたんじゃ…なんだそれ?」

 

そんな男―――カルナに無遠慮に声をかける者がいた。ドリタラーシュトラ王の長子、ドゥリーヨダナだった。誰かと喧嘩でもしていたのか、僅かに頬は腫れ所々に痣が出来ている。もしこの場に彼の弟達がいれば大騒ぎになっていたに違いない。無言のカルナの視線に気づいたのか、ドゥリーヨダナは自慢するように「ああ、これか?さっき馬鹿を河に叩き落としたとこだ」と笑った。

 

「ビーマか」

「正解ー。良く分かったな」

「お前がムキになり、かつ互角の戦いを繰り広げられる者は限られている」

 

率直すぎるカルナの言葉にドゥリーヨダナは口元をひくつかせた。この率直な物言いは彼の友人の美点であったが欠点でもあった。お前もうちょっと物言いどうにかなんねーの、と思わなくもないがそれもカルナの個性だと思えば強く言えない。子どもの個性は大切にしましょうが、ドゥリーヨダナの教育方針だった。嘘をつかない素直な子と思えばいいのだ。…多分。

 

「…あんの馬鹿の話は放っておこう。それよりカルナ、それなんだ」

「花だ」

「…そりゃ見れば分かるっての。オレが言ってんのはそれどうしたってこと!お前が摘んだ訳じゃないだろうし…誰かに貰ったのか?いや待て、そういやお前今日街下りてたな。んじゃいつもみたいに人助けでもして、御礼にとか言って貰ったって感じか?」

「俺には不要なものだと言ったのだがな…。お前の言った通りあの年頃の女性の押しの強さは、時に目を瞠るものがある」

「おばちゃんは世界共通で強いもんだからな…」

 

二人はそろって遠い目をした。多分武芸を極めても勝てない気がする。あれは自分達では至れない強さだ。尊敬はするが目指そうとは思わない。

 

「で、困ったからオレんとこに来た訳か」

「アシュヴァッターマンに『その花ならドゥリーヨダナ王子に似合うと思いますよ』と言われたからな。生憎と俺はそういうことには疎いからよく分からないのだが、あの男がそう言うのなら多分そうなのだろう」

「…あいつオレが男だってちゃんと知ってるよな?なんでやたらオレに花飾らせようとすんの?つーかお前もそれで来るなよ。女にでもやればいいだろーが」

「そういう相手は互いにいないだろう。…ならばやはり食うか」

「この前教えた蜜吸い、実は気に入ったんだな?駄目だ駄目だ、この花はどっちかというと酸っぱいからな」

「………そうなのか」

「そんな残念がるなよ…。でも、どうしたもんかなー。母上はこういうキツイ匂いの花は好まないし…」

 

ドゥリーヨダナは鼻孔をくすぐる芳しい匂いに、脳裏に母を浮かべながらそう唸った。父に従い目を閉ざした母にとってせっかくの数少ない楽しみなのだから、どうせなら母好みの匂いのものを贈る方がいいだろう。かといって年の離れた妹に贈れば「お兄様、花を贈る女もいないの?」と鼻で笑われるに違いない。何故か最近妹が冷たいのだ。昨日なんて「私、お兄様より正直あっちのお兄様達の方がカッコイイと思うわ」とまで言われてしまった。それもあってドゥリーヨダナはビーマを河に突き落としていたりする。

 

それを世間では八つ当たりという。

 

「こんなところでいい歳をした男二人が何をやってるんですか」

 

そんな男二人に声をかける者がいた。後にマハーバーラタの大英雄と評されるアルジュナだった。

 

良くも悪くもこの男は生真面目で優しい人間であった。例え普段敵対している人間であろうが、困っているのなら手を差し伸べずにはいられない人間だった。彼は英雄の素質を生まれながらに持っていたのである。

 

 

 

***

 

 

 

 

「ああ?んだよお前一々うっせー…あ?」

 

アルジュナは何かを閃いたような顔つきをしたドゥリーヨダナを見て声をかけたことを後悔した。こういう顔をした時は碌でもないことを考えている時だと長い付き合いから学んでいたからだった。だが自分が踵を返すよりも早く飛んだ「カルナ、アルジュナを押さえろ」という指示と同時に視界が回り、強い痛みが両腕を襲う。カルナが自分を地面に押さえつけたのだと瞬時に理解したアルジュナは「何をする!離せ!」と声を荒げた。

 

「おお我が友よ、流石のお手並み、見事としか言いようがない。いっそ惚れ惚れするぐらいに鮮やかだ」

「そうか。それはそうとドゥリーヨダナよ、何をするつもりだ」

「ふっふっふ、それは後でのお楽しみってやつだよカルナ君」

「お前が何しようが構わないが、俺とてこの男を押さえるのは些か骨だ。そこは考慮して欲しいのだが」

「おー了解。にしてもカルナにそこまで言わせるってすげーな。ってあぶねーな!噛みつこうとするか普通?!」

 

自分の頭上でテンポ良く繰り広げられる言葉の応酬にアルジュナはますます怒りに身を震わせる。責めるような目つきを向けてくるドゥリーヨダナを詰りたいのはアルジュナの方だった。ちょっとした親切心に対してまさかこういう仕打ちで返すとは、つくづく卑劣な奴らである。アルジュナは「離せ!私に何をするつもりだ!」と、カルナの強靭な手から逃れようと足掻きながら罵った。

 

「はいはいそんなに暴れない。うわ、髪さらっさらだな。どこまでも腹立つ野郎だな」

 

そんな彼を軽くあしらい、ドゥリーヨダナは慣れた手つきでアルジュナの髪を一房掬って花を編み込みながら飾りたてていった。「手慣れてるな」「そりゃ昔妹にねだられてやってたからな。後でお前にもやってやろうか?お前顔良いし、似合うと思うぞ?白より赤がお前には映えると思うけど」と言葉を交わしながらもその動きは止まることはない。気がつけばアルジュナはその毛繕いのごとき指を、猫のように目を細め甘受していた。弓術の鍛練の疲れもあってドゥリーヨダナの指が丁度マッサージとなって気持ちが良かったのだ。

 

しかしそんなアルジュナも自身を興味深そうに見下ろすカルナの視線によって我に返った。ちょっと待て何を流されているんだ自分。確かに母のようなこの手つきは夢の世界に誘うが如く心地良かったが、あくまでもこの手はあのドゥリーヨダナである。調子にのって池ポチャしたことがある、あのドゥリーヨダナである。この私としたことが何たる不覚。いっそのこと嗤うか、いつものようにずけずけと無遠慮に言えばいいものの何故何も言わない。…まさか、情けをこの私にかけるというのか?!

 

アルジュナは屈辱に身を震わせた。

 

とはいえカルナは特に意図があってアルジュナを見た訳ではない。彼は知らなかったがカルナは好奇心が強く、ただ花を編み込むという初めてみる作業を感心して眺めていただけだった。「お前が良いのなら。…お前はやらないのか?」とこの男にしては珍しく声が弾んでいるのはその為である。

そんなカルナに「この年でお揃いはちょっとなぁ…。それにオレ見るのは好きだけど、あんま身につけるのは好きじゃねーんだわ」とドゥリーヨダナはぼやいた。彼はしょっちゅう花を贈ってくるアシュヴァッターマンに心底参っていた。悪意がないのが本当ツライ。花もらう度に父親の視線が突き刺さってくるのもツライ。全て母親好みのものの為今のところは横流しすることによって事なきを得ているけれど、一度直接言った方がいいのかもしれない。

 

「よし、こんなものか」

「…ふむ。俺はまた、友の数少ない長所を知ったようだ」

「お前それ褒めてねーからな?」

 

アルジュナの髪紐を片手で器用に解き最後の一輪をその紐で固定したドゥリーヨダナは満足そうに頷いて、手を離した。本人の容姿も相まって、絵心がある者ならばその美をこの手で残したいと競って筆をとったであろう精巧な美術作品がそこに完成していた。美醜に拘らないカルナでさえ思わず感嘆の声を漏らす程の出来であった。ドゥリーヨダナ作『今日も腹立つアルジュナ~おばちゃんから貰った花を添えて~』はそんな彼らの反応を一蹴し、普段より数段階低い声で慇懃に言い放った。

 

「―――気は済んだようですね」

「おっと、花にも命はあるんだ。むしろうとすんなよ」

「………これで帰れと?」

「?おかしいか、カルナ?」

「いや、俺はそうは思わない。良く分からないが、これが似合っているというやつではないのか?」

「だよなあ?」

 

心底不思議そうにお互いの顔を向き合わせて言い合う二人に、この中で唯一の常識人であるアルジュナはこめかみをひくつかせた。だが言っても無駄だろうこともアルジュナには分かっていた。この屈辱は違う時に晴らせばいい。今日は厄日だった。そう思えばいいだろう。

 

「ドゥリーヨダナ、そういえば俺達はアルジュナの好みを聞かずに飾り付けた。それに怒っているのではないだろうか。ならばこちらに非がある」

 

………そう、厄日だと、思えば、

 

「はあー?マジかよ、我が儘なヤツだなー!」

 

………思えば、

 

「すまなかったな。こちらの配慮が足りていなかったようだ。次はお前の希望を聞くように心がけよう」

 

…………。

 

 

 

 

「殺す!」




カルナに悪気はない。
主人公は後先考えないで思いついたことをやらかすタイプ。大抵後でしっぺ返しくらってる。


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カルデア:冬木終了後のマスター

待っていた方がいらしたのなら、長らくお待たせしてすみません。
カルデア編、ようやくスタートです!

福袋はエレちゃんでした!!


ドゥリーヨダナと話していると、時折自分が最後のマスターであることを忘れてしまうことがある。

 

 

 

***

 

 

 

「下らない話ばかりするからかなあ?」

「このオレの話を下らない扱いするとはどういう了見だ?ああ?この口か?そんなことを言うのはこの口なのか?」

「いひゃいいひゃい!」

 

冬木から戻って、やっと一息ついた俺がベッドに寝転びながらながらそう言えばみょーんとドゥリーヨダナが頬を引っ張ってきた。とっても痛い。涙目になりながらも訴えれば彼はそんな俺の反応に満足したように笑ってぱっと離す。うつ伏せになって、未だ引っ張られる感覚が残る頬をさすっていれば「まー、中身がない話が多かったのも事実だけどな」と笑いを含んだ声が降って来た。えー…結局下らない話じゃんか…。もしかしなくても俺、抓られ損?

 

「いや、それは違う。いいかマスター、オレの選んだ大事な主よ。中身がないのと下らないとでは意味はまた別だ」

「そんなものかな?」

「少なくとも、オレはそう思うぞ。下らないってのは、聞く価値もないってことだ。具体的にはそうだな、あくまでもオレ的にはだが、価値観の押しつけや思いこみでの説教とかだな。で、中身が無いってのは頭をからっぽにしても支障のない話のことだ。今がまさにそれだな。…悩むのも、悔やむのもいい。だがな、マスター、死を悼むことが出来る人よ。なにも考えずに休むことも、時にオレは大事だと思うぞ」

 

ドゥリーヨダナの、その指摘に俺はぎくりとして身体をこわばらせた。所長のことは、未だ俺の中に暗い影を落としていた。でもそれは自分なりに隠して悟られないようにしていたつもりだったのに。もしかして、何もかもを―――俺すら気づいていないことまでも見透かしているんじゃないかと恐る恐る彼を見上げる。が、予想に反してドゥリーヨダナはガチャガチャと食器を鳴らしながらお茶の準備に奮闘していた。…そういや、初召喚でちょっと失敗したということもあって、ある程度は現代知識があるが、ところどころ欠けているものもあるらしいって自己申告してたっけ。とりあえず手伝おうとベッドから身を起こせば、寝てろと一蹴された。

 

「多分大丈夫だ。…多分…」

「えっ、さらに不安が増したんだけど」

「いーからいーから。おおー、めっちゃいい香り。良い茶葉使ってんなあ」

「そうなの?」

「いや知らん」

 

言ってみただけだ、と悪戯がばれた子どものように笑うドゥリーヨダナにつられるように俺は笑った。ドゥリーヨダナが言っていた頭をからっぽにする、ということは多分こういう何気ない日常のことなのかもしれない。渡されたコップを両手で受け取り、口に含む。ちょっと…いやかなり渋くなっており、お世辞にも美味しいとは言えないけど。これはこれで俺は好きだと思った。

 

「ん?なんだこの分厚いの。…ああ、マハーバーラタに、ケルト神話か」

「ああ、ドクターに頼んで借りてきたんだ。俺、恥ずかしいけど本当一般人で知識もなくてさ。マスターなのにドゥリーヨダナのこともキャスターのことも全然知らないんだ」

「へえ、お前は随分と勉強熱心だな」

 

 

「だってそうでもしないと、ドゥリーヨダナ達に釣り合わないだろ」

 

 

―――オレのその言葉に、ドゥリーヨダナが目を僅かに細めたのが分かった。

 

(…あ、多分、オレ、間違えた)

 

どきんと胸が鳴った。どうしよう、どうしよう。呆れられたかもしれない。失望して、見限られたかもしれない。俺が思ったもはまずそのことだった。

サーヴァントの協力なしに、マスターにはなり得ない。それも確かにあったが、俺は自分が見限られることの恐怖の方が勝っていたのだ。

 

マスター、とドゥリーヨダナが俺を呼ぶ。

 

不安に苛まれながらドゥリーヨダナを見れば、彼の両手が頬を包んだ。

 

「マスター、オレの大切な人。お前は優しすぎるから、何もかもを気負う癖がある。だからこそお前は良きマスターであろうと足掻き苦しむのだろう。けれどもマスター、愛しき主よ。最初に言っただろう?オレを”選んだ”お前を、オレもまた”選んだ”のだと。…まあ、つまりだ。釣り合う釣り合わないとか関係なく、オレはお前の声に応えたいと思ったからこそ応えたんだ。お前はただ、自分が思った通りにのみ選べばいい」

 

どこまでも、優しい声だった。小さな子どもに語り掛けるような、慈しみに満ちた大人の眼差しだった。笑みを浮かべたドゥリーヨダナの姿が涙で滲んでいく。「…じゃあ、逃げたいと言ったら。殺してって俺が言ったらどうするの」と掠れた声で足掻くように言えば「お前がそう選んだのなら、オレはその意思を尊重することを選ぼう」と微笑んだままのドゥリーヨダナが丁寧に俺の目尻を拭った。

 

「…俺、最後のマスターなのに?」

「らしいな」

「それでも、選んでいいのかな」

「選んではいけない奴なんて、この世のどこにもいないさ」

「…あのさ、ドゥリーヨダナ。俺はさ、こんなへっぽこだけど。守りたい女の子に守られてるような、情けないマスターだけどさ。それでも、マスターであることを選んでいいかなあ…!未来を取り返す為に戦うことを選んでもいいかなあ…!」

 

もしも、俺以外の魔術師がいたのなら。少なくとも、今の状況はより良いものになっていただろう。マシュだって、あんなに傷つかずに済んだのかもしれない。だって俺は、魔術というものすらよく分かっていないのだ。

 

それなのに、ドゥリーヨダナはそんな俺を肯定する。「勿論だ、オレの選んだ唯一の人よ。オレはその為にお前の声に応えた。お前が”選ぶ”ために、オレはお前の手をとったんだ」と、忠節を誓う騎士みたいに、恭しく礼呪が刻まれた方の手をとって微笑む。

 

―――陽だまりに似たその笑顔は、俺の心をひっそりとあたため溶かした。

 

「…あのさ、ドゥリーヨダナ。マハーバーラタを一緒に読まない?マスターだからとかじゃなくて、ただドゥリーヨダナのことが知りたいと思う」

「そりゃいいが…オレらのことを書いてるとこなんて、そこまで多くないぞ?しかもどっちかというと悪役だしな」

「うん、だから俺はドゥリーヨダナと読みたい」

「…まあ、読み聞かせ自体なら弟達にもしてたしな。んじゃまー、オレの知ってることと照らし合わせてみるか。あ、ちなみに下ネタグロネタ無しの方がいいか?それとも無修正?」

「無しがいいかな!」

「ええー、即答かよ、まあ分かるけど」

「ね、マシュも呼んでいい?」

「おう、呼んでこい」

「…あのさ。ドゥリーヨダナ」

「なんだ?」

「これからもよろしくね」

 

無造作に指を離したドゥリーヨダナの手を掴み、笑いながらそう言えば、彼はパチパチと目を瞬たきながら俺を見下ろした。いつもの妖艶さは立ち消えて、あどけない印象すら受ける。多分、これがドゥリーヨダナの素の表情なんだろうなと思った。

 

「…ああ、任せろマスター!」

 

 

 

―――この日、俺は本当の意味でマスターとなった。

 




主人公のスタンス

サーヴァントとはマスターが何をしたいか選ぶ為の手段でしかないと思っている。例えマスターが非情で自害を命じたとしても「オレの選んだマスターがそう選ぶなら、オレはそれを尊重するまでだ」と思うだけ。

能力や人格など全てに優れたマスターの召喚には”絶対”応じない。

…調子にのりやすく、やらかすことが多々あるので、マスターの技量次第なところがある。


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カルデア:盗賊退治

誤字報告・感想・お気に入り登録ありがとうございます。
待っていて下さった方がちらほらいらっしゃってくれて、本当嬉しい。


―――その女は、遠目から見ても美しい女だった。

 

たっぷりとした色香をその身に纏いながらも、憂いを帯びた眼差しが女の横顔に清楚な美しさを添えており、そのアンバランスさがその女の華をより美しく月光の下に咲かせていた。

その美しい女が甘えるように顔を寄せている男もまた、端整な顔立ちをした青年であった。

その容貌は清廉で王子のごとき気品があり、その眼差しは腕の中の女にのみ注がれている。

 

遠巻きにそんな二人を見つけた男は下唇をペロリと舐めて笑った。

 

(こりゃとんでもなくいい獲物じゃねえか…)

 

奪ってやりたい。一枚の絵画のように寄り添うあの二人を、引き裂いてやりたい。そしてあの女を恋人の前で手折り愛でてやるのだ。あの極上の女は男を思い、きっとかぼそく頼りない声をあげるだろう。いや、もしかすると恐怖に涙を零しながらも気丈に睨みつけてくるかもしれない。その時あの顔の整った男はなにを思うだろうか。目の前で大切な女を奪われるという絶望に、あの腹がたつ程整った顔を歪めるかもしれない。

 

(そして、それを与えるのはこの俺だ)

 

男は、加虐心に満ちた笑みを浮かべ仲間に合図を出した。

 

「おーおーこんなとこで逢い引きたぁ兄ちゃん感心しないねぇ」

「ここ最近ここらを盗賊が仕切ってるってのを知らなかったのかあ?」

「まあそれがオレらなんだけどな!」

 

ぎゃはは、と低俗な笑いと共に、男達―――盗賊達は女達を取り囲んだ。不安そうに、縋るように傍らの男を見上げる女を、盗賊の頭である男が味わうように上から下まで眺めた。緩やかなラインの服さえなければさぞかし美しい曲線美を眺めることが出来ただろうに、と男は頭の片隅で残念に思った

 

「姉ちゃん、震えてるぜ?俺が温めてやろうか」

「なーに、俺達とちょーっとイイコトするだけだ」

「なんなら兄ちゃんにも見せてやろうかー?」

「まー見るだけだけどな!ぎゃはは!」

 

笑いながら、盗賊の一人が女の腕を掴む。

 

「現行犯逮捕ー!!!!」

 

次の瞬間、盗賊の男は空を飛んでいた。

 

 

 

***

 

 

 

ドゥリーヨダナは現在、とても上機嫌であった。会心の演技を披露出来たこともそうだが、マスターである立香に褒められたことが嬉しかったからだ。とはいえ、立香もだてにドゥリーヨダナと絆を深めている訳ではない。鼻歌をこぼしながら景気よく棍棒を片手に次々と盗賊達を空へと打ち上げるドゥリーヨダナに「存分に暴れていいけど、殺しちゃだめだからね!」としっかりと釘をさす。案の定、力加減の調節をうっかり忘れていたドゥリーヨダナは視線を泳がせた。そ、そんなことしねーし。オレ超気配りできるサーヴァントだし!そうだよな、ジークフリート!

 

「…………すまない」

「…待て、なんで謝った?!」

 

心底申し訳なさそうに謝ってくるのが一番心にくる。いったいこのオレのどこに不満があるというのだ。まさか今回の配役並びに演技に文句があるというのか。かよわく震えて見せたり、不安な顔を装おって見せたりと中々名演技だったと思うんだが。

先程の上機嫌ぶりとは裏腹に、そうぶつぶつと文句を垂れるドゥリーヨダナを「うふふ、とっても素敵だったから、きっと照れてるんだわ」と、ほぼ同時期に召喚されたこともあり、扱いに慣れてきたマタ・ハリが慰めた。最初こそ、人の上に立つもの特有のオーラを身に纏っているドゥリーヨダナに気後れをしていた彼女だが、数々のやらかし―――時には『肉食ってマスターを元気づけよう!ない?そこにドラゴンがい・る・だ・ろ!さあ野郎ども、一狩りいこうぜ!』事件のように、結果としてカルデアやマスターの益になることもあるが、それはごく稀である―――を目の当たりにし、時には巻き込まれたこともあって、そんな気持ちは今では露ほども残っていなかった。召喚直後、『マタ・ハリ―――陽の眼を持つ女、か。ああ、確かに美しい目をしている』と悠然と微笑んでいたのは本当にドゥリーヨダナだったのだろうか。少なくとも、「いーやマタハリ、あの目は絶対そんなんじゃねえ。とてつもなく残念なもの見る目だった!」と訴える、この男からは想像出来ない。マタ・ハリがそんなことを考えているとは露知らず、彼女の慰めによって少し気を取り直したドゥリーヨダナが慣れた手つきで盗賊達を縄で縛り上げていった。

 

「ドゥリーヨダナ、なんか手馴れてる?」

「あー、オレの親友が良くこういう荒事引き受けてたからな。本当あいつ断んねぇんだよ。結構近くにいた、このオレですら断ってるとこを見たことねーもん」

 

苦笑するドゥリーヨダナの言葉に立香はなるほど、と頷いた。つまりはお人好しってことだろうか。そう言えば、「お人好し…?いや、あれは単に公平なだけだと思うぞ」とドゥリーヨダナがやんわりと立香の言葉を修正する。そしてどこか誇らしげに、それでいてどこか悲しそうにドゥリーヨダナは続けた。

 

「いいかマスター、オレの理解者であり、尊き人よ。オレの友であり、味方であり、そしてただ一人の英雄であるカルナという男は、あんまり感情的に動く奴じゃない。そりゃ両親を詰られた時は盛大にキレていたが、そんなことは滅多にはなかった。基本的に、あいつは、あいつなりの筋に基づいて行動をする。そういう在り方を良しとし、実行し続けた男だ。…だからな、マスター、人類最後の希望の人よ。もしもあいつと…カルナと、万が一敵として出くわすことがあったら、即逃げろ。いいか、あいつ相手に並のサーヴァントが戦えると思うな」

 

 

―――あいつは、オレと共に生きていた時からの、筋金入りの英雄だ。

 

 

 

その忠告に込められた意味を、立香が身をもって知るのは、もう少し未来のことである。




五章導入編。次回から五章に入ります。


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北米神話大戦:1話

いつも感想、誤字報告、お気に入り登録ありがとうございます。


―――夢を見た。

 

その部屋は闇に包まれていた。

外から僅かに差し込んでいる月の光が届かない場所に、その人物は横たわったナニカに縋りついて泣き叫んでいた。

 

―――夢を見た。

 

灯りをつける為のものは部屋の隅に追いやられており、よく見れば叩きつけられたように壊れ、床に散らばっている。素人目でも一級品の代物と分かる物にも関わらず、無残に砕け散ったそれはその人物の心を表しているようだった。

 

―――夢を見た。

 

男とも女ともつかぬ、悲痛な泣き声が絶え間なく暗闇に吸い込まれては消えていく。

 

 

 

―――夢を、見た。

 

 

 

***

 

 

 

「待ってくださーい!!!ストップ!!その人は違うんです!」というマシュの切羽詰まった叫び声がテントの中から響いてきた。ドゥリーヨダナは引き攣ったような笑みを浮かべ、マスターの無事を祈った。なにせ出会い頭に消毒液をぶっかけてくるような女傑である、マスターである少年の手足を切り落としても不思議じゃない。

 

(というか、良く生きていたな)

 

レイシフト先である北米大陸に無事着いたのはいいものの、来て早々に巻き込まれた挙句見事なキリモミ回転を披露しても生きている自らのマスターを思い返す。マスターの時代の人間ならとっくに死んでいるだろうに、流石は主人公といったところか。古代インド人もびっくりのタフさだ。

 

(…それにしても北米大陸かー…)

 

思考を切り替えたドゥリーヨダナは感慨深く息を吐いて、砂埃が舞う大地に立ち並んだたくさんの粗末なテントを眺めた。北米大陸、それは一番目の人生でも二番目の人生でも、終ぞ訪れることが出来なかった大地だ。

 

―――そして、親友であるカルナが存在しているところでもあった。

 

ドゥリーヨダナは視線を彷徨せた。召喚に応じてからずっとこの特異点のことは頭の片隅にあった。しかしイベントなどの忙しさを言い訳に考えることを放棄していたこともあり、こうやってカルナのことをじっくり考えるのは初めてだった。

 

正直、どんな顔をしてカルナに会えばいいのかが分からない。

 

親友だからといって甘え過ぎた自覚はある。無茶ぶりもよくしたし、八つ当たりだってしたこともあった。調子に乗ってヘマした時もカルナは溜息つきながらも助けてくれたこともあった。よくぞあれだけの男が母親の説得にも応じず、最期までオレを選んでくれたものだと、カルナの過去を書物やデータで知った今でも思う。…アルジュナと戦いたかった、というのも勿論あるだろうけれど。

 

(つーかどんだけアルジュナと戦いたかったんだよ…)

 

ドゥリーヨダナも弟であるユユツと戦っているためあまり人のこと言えないが、カルナみたいに積極的に戦おうとは思わなかった。勿論クシャトリヤとして挑む以上、弟であろうが敵として自分の前に立つなら全力で殺すだろうが、それでも積極的には殺したくはなかったのだ。やっぱり、宿敵ってやつだからだろうか。

 

(…まあ、他の家庭の事情に首を突っ込むものじゃないか)

 

家庭の事情というものは時代に関わらず、複雑なものなのだ。

 

ドゥリーヨダナはそう結論づけ、1人頷いた。

 

…きっと、なるようになるだろう。そもそも今の自分はサーヴァントである。もう死んでいる身である以上、優先すべきは『今』を生きている彼と彼女の身の安全のみだ。自分の感情のせいで、マスター達に害が及んではならない。

 

―――たとえ、それがカルナ相手でも、だ。

 

サーヴァントとなっている以上、生前のカルナが持っていた力のほとんどは出せないと思っていいだろう。とはいえそれでドゥリーヨダナが勝てるかといったら、そんな可能性は万に一つもない。ドゥリーヨダナは秀才であっても、天才ではなかった。だからこそ自分の力量を、哀しいくらいに他の誰よりも正しく理解していた。それほどカルナという男は、ドゥリーヨダナが生きていた頃からずっと、彼にとって頼れる英雄であった。

 

(それでも…それでもオレは立香を守る為なら、カルナとだって戦える)

 

ドゥリーヨダナは自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。ドゥリーヨダナは立香を、人として尊い存在だと考えている。そして、父や母、弟やカルナなど生前の大切な者へとはまた違った感情を抱く、大切な存在でもあった。またドゥリーヨダナは彼が歩む道がどれだけ困難な道であるかも、ドゥリーヨダナとして過ごした前の人生を通しておぼろげながらも知っている。例えゲームの中でといえど、同じ『マスター』であった以上、助けになってやりたかった。

 

思えば、ドゥリーヨダナとして過ごした人生では、自分の大切な者達が死なないように、ずっと戦ってきた。

だから、今回もそれと同じようにすればいいだけだ。

 

 

―――オレは、慈悲深きドリタラーシュトラ王が長子、『災いの子』ドゥリーヨダナ。

 

 

 

マスターを守る為ならばその二つ名の通り、敵に災いをもたらしてみせよう。



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北米神話大戦:2話

今回は連続投稿です。


ドゥリーヨダナがキレるのを、マシュは呆然と眺めていた。ドゥリーヨダナは怒ったり笑ったりと喜怒哀楽が激しいサーヴァントだが、今は夜の湖畔のように静かな眼差しをしながらもその瞳は昏く濁っていた。

 

―――間が、悪かったのだと思う。

 

彼が違う場所で敵を一手に引き受けている間に、こちらには沢山のアクシデントがあった。沢山の出来事があって、マハーバーラタの英雄であるカルナがマスターと対峙したのだ。勿論ドゥリーヨダナがカルナの槍を受け止めていなければ圧倒的な力によってこの場にいた全員が気を失っていただろう。しかし、ドゥリーヨダナの深い怒りを間近で受けている身としてはよっぽど気を失っていた方がマシなのかもしれないと思った。

 

「ドゥリーヨダナか」

 

凍てついた冬に春が訪れたような、小さな笑みを浮かべてカルナがドゥリーヨダナの名を呼んだ。しかしそんなカルナを拒絶するようにドゥリーヨダナがぴしゃりと「敵が気安くオレの名を呼ぶな」と吐き捨てる。その反応に少し呆然としたカルナが「…待て」と声をあげた。

 

「なんだ」

「確かに俺とお前は今は敵かもしれん。しかしかつて共に過ごした時間は失われず、そしてこの友情も失われることはない筈だ。ドゥリーヨダナ、太陽の如く、人の持つ魅力に満ち溢れた友よ。お前は、違うのか」

 

その少し焦ったように問いかけてくるカルナの声にマシュは、施しの英雄であるカルナがドゥリーヨダナの友達だったことを思い出した。気遣いを含んだ眼差しをドゥリーヨダナへ向け、彼の動向を見守る。緊迫した空気の中、ドゥリーヨダナは気を失ったマスターを背に庇いながら言った。

 

「違わないさ、太陽の火をその身に宿しながらも人に寄り添い続けた英雄、カルナよ。しかし、今のオレはお前の友としてではなく、マスターのサーヴァントとしてここにいる。故にカルナ、オレの愛しき友。オレがお前に敵意を向けるのは、お前の父である太陽神スーリヤが大地を照らし恵みを与えることと同じように、当然なことなのだ」

「そうか、それなら構わない」

 

そのカルナの言葉にドゥリーヨダナが纏う空気を変えるのが分かった。いつもの、ドゥリーヨダナの雰囲気だ。とはいえ普段の彼とは違いその眼差しは真剣なままである。その事実が、カルナがそれほどまで警戒すべき実力の持ち主であると暗に知らせていた。

 

「…お前は真面目すぎんだよ。こんなもん喧嘩だ喧嘩。ってかオレ今お前にめっちゃムカついてるから。お前の事情がどうであれ、マスターを傷つけようとしたことは許さん」

「喧嘩か。…一度もやったことがないな。かつてのマスターが言っていた。喧嘩とは友情の必須イベントだと。しかし夕暮れ時でもないし、ここは河原でもないのだがいいのだろうか」

「おっとー?お前本当、意外に人の話聞かないよな!今のオレの話聞いてたか?なあ、ちゃんと聞いてたか?」

 

槍をしまい、どこか声を弾ませて構えるカルナにドゥリーヨダナはため息をついた。この男、明らかに喧嘩というものを何か勘違いしている。とはいえドゥリーヨダナとしては、マスターをカルナから引き離し態勢を立て直したいのも確かだ。この状況はドゥリーヨダナも望むものだった。いち早くドゥリーヨダナの意図に気づいたエミヤがマスターを抱き上げた。

 

「そちらは任せたぞ!」

 

何せギリシャの大英雄、ヘラクレスから生きて逃げた連中だ。追い付かれることはあっても死ぬことはないだろう。走り去っていく仲間達にひらりと後ろ手に手を振ってドゥリーヨダナは頭を屈める。刹那、すらりと引き締まった腕がその場所を抉った。

 

(あ、あぶねー!!!)

 

ドゥリーヨダナは顔を歪めた。何事にも全力で取り組むカルナの性格が今は仇となっていた。

 

「っの、このカルナ野郎!」

 

スキルの一つである、『災いの子』を発動し、神性特効のバフを己に盛ったドゥリーヨダナは怒声と共に目の前の男に叩きこんだ。半神であるカルナはその攻撃に僅かに呻いたが、それだけだ。僅かに態勢を崩したものの瞬時に蹴りを繰り出してきたカルナにドゥリーヨダナは舌打ちをした。やはり手足の長さが違う分、カルナに分があるか。このモデル顔負け体型め!

 

「ちょっとカルナ!危なくってよ!」

「すまない」

「ああ?このオレを放っておいて女と喋るとはどういうつもりだ?浮気か?」

「ええっ?!」

 

二人が拳をぶつけ合う度に巻き上がる風に辟易して叫んだエレナはドゥリーヨダナの言葉に驚きの声を上げた。そこらの女よりも整った顔に、均整のとれたしなやかな身体。黙っていれば深窓の姫君と勘違いしてしまうほどの男である。動揺し、まじまじと二人を見るエレナに、ドゥリーヨダナから距離をとったカルナが「誤解だ。ドゥリーヨダナ、お前の常套手段は通じない」と溜め息をついた。

 

「大方、彼女を自分のペースに巻き込みあのマスター達から意識をそらそうというのだろう」

 

その言葉に、ハッとしたようにドゥリーヨダナを見たエレナは唇を噛んだ。カルナが言わなければエレナがこのことに気づくのはもう少し後だっただろう。「…私は彼等を追いかけるわ。カルナ、彼をよろしく」と言い捨てその場を立ち去る彼女の背中を睨んだドゥリーヨダナが鼻を鳴らした。

 

「やっぱお前、敵になるととことん面倒くせえな。味方ん時は頼もしいけど」

「そうか」

「嬉しそうにすんな馬鹿ー!」

 

 

 

***

 

 

 

結局マスターを人質にされる形でカルナとの”喧嘩”をやめたオレは、気を失ったマスターを抱えていた。俺が持とうかと親切に声をかけてきたカルナの申し出は丁重にお断りさせて頂いた。いくらオレにとって大事な友でも、一応敵であるカルナに大事なマスターを渡す訳がないのである。ちなみにそんなやり取りをした直後、二人仲良くナイチンゲールに消毒液をぶっかけられた。マスターに触れる以上衛生的な処理が必要ですと言うなりバケツ一杯の消毒液をぶっかけにくるあたり、流石我らが婦長。目に入ったらしく未だに若干痛い。カルナのふわふわな髪の毛も消毒液を被ったことで萎れていて、水浴びをした直後の犬を思わせた。

 

「…ドゥリーヨダナ?」

「!起きたか」

「先輩、先輩…!良かった!起きました!」

「一体何が…」

 

困惑する立香に、淡々とナイチンゲールが今の状況をし始めた。簡潔ながらも、まとまった話し方はとても分かりやすい。なるほど確かに彼女は戦場の看護師だ。なにせ、情報をどれだけ早く正確に把握するかで被害の大きさは決まるのだから。生前なら真っ先に勧誘している人材だ。

 

とはいえ、状況は最悪としかいいようがなかった。

 

カルナさえいなければ、オレ達はやすやすと…まではいえないが、逃げ切ることは出来ただろう。マスターがひいひい言いながらも特異点を駆けずり回り霊気再臨素材を集めてくれたおかげで、最終再臨まで済ませたサーヴァントがオレを含んで数名いるからだ。なんなら、ここで一度オレと離れることをマスターが許可すれば、オレは思うままに暴れてこいつらを壊滅状態に追い込むことだって出来た。

 

しかし、カルナが加われば話は変わってしまう。

 

…先程の『喧嘩』は、あくまでも喧嘩であった。お互いの拳や蹴りの衝撃波によって風が吹き荒れ、大地が裂けたが、それだって生前の戦いと比べたらまだ可愛いものだった。だが次は間違いなく、戦わなければならない。カルナのスタンスは良くも悪くも、オレが―――いや、オレ達が時に這いつくばりながらも、それでも必死に生きていた、あの時となんら変わらなかった。

 

また、そんな不器用な生き方をするのか、と思う。死後ぐらい、自由に生きてみせればいいものを。でも、それがカルナなのだ。人というより神に近い感覚を持っている癖に、誰よりも人に寄り添おうとした、不器用であたたかい―――オレのとっての太陽。

 

「ドゥリーヨダナ、だったかしら?貴方はまだ諦めていないみたいね。でも貴方が最優先しているマスターはどうするのかしら」

 

それにしても、随分と挑発するような物言いである。分かってても腹が立つ。苛立ちを隠さないままに睨めば、青年になりきれていない声が「ドゥリーヨダナ、駄目だからね」とオレを止めた。

 

「…お前がそう選ぶのなら」

「はい、良い子良い子」

「やっぱ殺す!」

「ドゥリーヨダナ、さっき言った言葉を思い返したまえ」

 

呆れた顔のエミヤの言葉にぷいっとそっぽを向いた。いちいち喧嘩を売ってくるのはアイツだ。

 

「これから、貴方達にはこちらの王様に会ってもらうわ。その上で、どちらの味方になるか決めなさい。ま、そこのサーヴァント達は…特にドゥリーヨダナは無理そうね。そんなに睨まなくても分かってるわよ。…でも、マスターである貴方を説得出来れば、彼もこっちにつきそうね。王様もきっと喜ぶわ」

「あの、レディ・ブラヴァツキー。どうして、そこまで”王様”という方に肩入れしているのですか?」

「レディ!いいわね。あなた、とてもいい!礼節ってものを分かってる!」

「なんでそこでオレを見る!無礼に無礼を返しただけだろーが!」

「…あまりドゥリーヨダナをからかってやるな。この男は確かに図太く厚顔で取柄も少ないが、意外に繊細な一面を持っている」

「おいこらカルナ、実はオレのこと嫌いなの?」

 

勿論カルナのことだから他意がないのは分かっている。しかし、そこまで言う必要あったか?図太く厚顔で取柄も少ないとか、今それ言う必要あったか?

 

「?俺はお前のことを好ましいと思っているが」

「わー両想いー、じゃねーんだよ!オレもお前のこと大好きだけど、そういうことじゃねーんだよ!」

 

 

「じゃれあっているところすまないがね…気を引き締めたまえ。大統王とやらが来るらしい」

 

カルナとぎゃあぎゃあと言い合い―――といってもオレの一方的なものだが―――をしていれば、エミヤが佇まいを直し、静かに警戒を促してきた。とはいえオレとしてはその男の正体を知っている為終始微妙な顔である。そりゃ前々世の歌にもあった通り、エジソンは偉い人、そんなの常識だ。

 

けどこの世界では頭は―――ライオンだ。

 

(…倒したら新素材落としたりするか?)

 

そんなことを考えていたらカルナが横に立った。

 

「お前がそういう目をしている時は、大抵普通なら思いつかないような突拍子もないことを思いついている」

「…ンナワケネーシ?」

 

 

 

―――本当、敵に回すと厄介な友である。




次回は主人公の宝具公開予定。
多分予想ついている方もいる筈。。。


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北米神話大戦:3話

いつも感想、誤字報告、お気に入り登録ありがとうございます。
バレンタイン、フルボイスだってよ!!!!
皆さん、聞きたいキャラはちゃんと自カルデアにいますか?
自分はアルジュナもエドモンもいません(血涙


藤丸立香とエジソンが決別した、その瞬間。

ドゥリーヨダナとカルナはそれぞれの得物を手に、互いへと一歩踏み出した。

 

「マスター、機械化歩兵をどうにかしてここから即刻脱出しろ!」

 

ドゥリーヨダナはカルナのことを良く知っている。生前カルナに抵抗できるのは、神の子であるパーンダヴァ兄弟達ですらアルジュナしかいなかったことも、身をもって知っていた。例え己が生前の身で、カルナがサーヴァントだったとしても、勝てる見込みはないだろう。カルナはそれだけの実力を持った、英雄だった。

 

―――故に、ドゥリーヨダナは『カルナをこの場にとどめる』ということだけを目的に戦う。

 

「すまんが、魔力を回してもらうぞマスター…!」

 

神性特攻―――『災いの子』発動。

必中を自身に付与―――『王者の見識』発動。

 

カルデアの英霊召喚システム下で召喚された以上、サーヴァント一人ひとりに回される魔力は限られているため、スキルを無尽蔵に使うことは出来ない。それでも戦闘開始と共に使用しなければ、カルナと戦うことすら出来ない。故に迷うことなくドゥリーヨダナは、マスターから魔力を吸い上げた。

 

「無用だ、友よ」

「ああ、無用な足掻きだとも、わが友よ。だがカルナ、オレの最大の守り手であった人。オレがいまだかつて、オレのやりたいこと以外のことをやった覚えがあるか?」

「ないな。あったらお前の周りの苦労も減っただろう。才能だ、誇りに思うといい」

「…今のは、『それでも赦されるのはお前の人としての魅力があってからこそだろう。それはもはや才能だ。誇りに思うといい』であってるよな?」

「?そう言っただろう」

「言ってねーよ!」

 

互いの得物が起こす衝撃音や火花に負けないよう、声を張り上げて目の前の男に突っ込む。「ふむ、ジナコ…かつてのマスターに言われて以来、出来るだけ言葉を増やすようにしているのだが…」と困ったように僅かに眉根をよせたカルナにドゥリーヨダナは柳眉を上げた。

 

「ほう?お前ほどの大英雄が、なんて言われた」

「オレは、どうやら一言足りないらしい」

「………あー…あー…なるほど…。確かに言われてみれば…あー、なるほど…」

 

思い当たることがありすぎたドゥリーヨダナは、思わず手をとめて唸った。生前のカルナの言動を思い返せば、確かに一言が足りなかった。一言多いと思っていたが、逆だったか。ドゥリーヨダナは顔も見知らぬ、かつてのカルナのマスターの観察力に舌を巻いた。

 

「待て、その様子は薄々気づいていたのか」

「いやたまーに、なんかこいつ一言多いとは若干違うよーな、とは思ってたが…。なるほど…そうか、一言足りてなかったのか。カルナ、お前は良きマスターに恵まれたんだな」

「ああ。生前含めて、俺のマスター運は高いらしい」

「あーカルナ、そう言ってくれるのは嬉しいんだけどな?生前に限ると、多分、お前世間一般では最悪レベルだと思うぞ…」

 

心なしか誇らしげにするカルナにドゥリーヨダナは小声で訂正を入れた。なにせドゥリーヨダナの評判は、生きていた頃も、『マハーバーラタ』でも悪かった。勿論愛する家族や一部の人間は慕ってくれたが、基本的に良く言われることは少ない。むしろ陰口悪口ばかりだった記憶しかない。

 

ちなみに一番世間の評判が良かったのはアルジュナだったりする。おのれアルジュナ、許すまじ。

 

―――そう、ドゥリーヨダナが思考を飛ばした時。

 

「っマスター!!!!」

 

不意に上がったマシュの緊迫した声にドゥリーヨダナはカルナの背中越しに、立香が捕らえられたのを見た。

 

 

「…マス、ター…?」

 

 

みて、しまった。

 

 

「『人々は、文明により発展し、神々のもとから巣立つ―――』」」

 

薄く整ったドゥリーヨダナの唇から言葉が紡ぎ出されるごとに、彼から編み出される魔力によって室内にも関わらず風が舞い上がり、機械化歩兵を切り裂いていく。「ドゥリーヨダナさん、駄目です!!!今ここで宝具を展開しては、マスターにも危害が及びます!!!」と制止の声をマシュが上げたが、その声ももはやドゥリーヨダナには届いておらず。

 

大輪の花の如き美貌に据えられた両の瞳から輝きが、ついに消えた瞬間。

 

ドゥリーヨダナは、妖艶に微笑んだ。

 

「『故に人は選ぶ。オレは選ぶ。神々によって与えられた二つ名、『災いの子』として相応しく選んで見せよう――――来たれ、暗黒の時代よ(カリ・ユガ)』!!!!!!」

 

 

 

***

 

 

――――カリ・ユガ。

それは、神であるクリシュナが地球を離れることで訪れる暗黒時代。人間の文明によって、人々が神から遠ざかり、神秘を失う時代。神の干渉はなくなり、人は自らの手によって生きていかなければならなくなる。故に、神から与えられた力は振るえることは出来ず、神秘に頼ることも出来なくなる。

 

そして、それこそがドゥリーヨダナの宝具。

 

あらゆる神秘・呪い・祝福すらを打ち消し、全てのものを―――神ですらも、地に貶める。

 

―――それは、悪魔カリの化身と呼ばれた独りの男の、物質化した奇跡であった。

 

「な、なんなのこれは…!」

 

エレナは呆然と、ドゥリーヨダナで”あった”ものと、その周りを渦巻く黒焔を見て、恐怖に満ちた声を上げた。神秘を尊ぶ彼女だからこそ、ドゥリーヨダナの宝具の恐ろしさが分かった。

 

アレは、何。

とても許容できるものではない。

あれは、間違っているもの。

 

―――あれは在ってはならないものだ。

 

ドゥリーヨダナが棍棒を一振りするごとに、室内にも関わらず風が吹き荒れ、闇が満ち、黒焔が宙を舞う。

 

その姿はまさしく―――破壊を好む、悪魔そのもの。

 

生きている者であれば、誰もが怯え恐怖し、存在を否定するだろう”モノ”が、泣きながら笑い、暴虐の限りを尽くそうと棍棒を振るう。

 

だが、その状況下でも動く者がいた。

 

「令呪をもって命ずる―――!ドゥリーヨダナ、『止まれ!!』」

 

その中の一人である立香は、声を恐怖で震わせながらも張り上げた。カルデアの令呪は、通常の令呪とは効果が異なり、絶対的な命令権を持たないことは彼も知っていた。それでも令呪を使用することを選んだのは、ドゥリーヨダナと絆を育んだからこそ出来たことであった。

 

そして、その慟哭にも似た叫び声は奇跡的にもドゥリーヨダナ”だったもの”の動きを、止め。

 

その契機を、ドゥリーヨダナの唯一の友と称された男は見逃さなかった。

 

「感謝する、藤丸立香よ」

 

カルナは神から与えられた槍を捨て、拳を握った。「だめカルナ、あれに近づいてはいけない!」と悲鳴交じりの忠告の声が上がるが、それでもカルナの足は止まらなかった。

 

―――友が、泣いている。

 

それだけで、カルナが動くには充分だった。

 

「…悪く思え、生涯唯一の友、ドゥリーヨダナよ」

 

呟きと共に繰り出された拳が、無慈悲にドゥリーヨダナの胸を貫く。

 

 

 

「…だが、流石の俺もこんなことは二度はごめんだぞ、ドゥリーヨダナ」

 

 

 

苦悶の声を上げその場に崩れ落ちるドゥリーヨダナを支えながら、カルナは一人ごちた。



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北米神話大戦:4話

いつも感想、誤字報告、お気に入り登録ありがとうございます。
最終話まで書き終わりました。
第5章編、あと僅かですがどうそお付き合い下さい。


朝日が昇る、数刻前。ドゥリーヨダナが意識を取り戻した時、そばにいたのはカルナだけだった。

 

「起きたか」

「おー…カルナか…カルナ?!えっあれマスター達は?!」

「逃げた」

「逃げたー?!」

 

「えっもしかしてオレ置いて行かれた…?」とドゥリーヨダナは呆然と呟いた。心当たりがありすぎて、何も言えない。頭を抱えるドゥリーヨダナを励ますように、「お前のことは藤丸立香から託されている」とカルナが肩に手を置いた。

 

「うちの子がご迷惑をおかけするかもしれんがどうぞよろしく、と言っていた」

「マスター、オレのこと手のかかる子どもかなんかと勘違いしてねーか…?で、お前のことだ、どーせ『慣れている。お前の気遣いは不要だ』とかなんとか言っただろ」

「なんだ、起きていたのか?」

「起きてねーよ!」

 

ドゥリーヨダナはこめかみを揉みつつ、溜め息をついた。マスターである立香が捕らえられたのを引き金に、宝具を開放したことまでは、彼も覚えていた。しかし逆にいえばそれはその後のことを全く覚えていない、ともいう。なんでカルナに自分を託したかははっきりとは分からないが、暴走する己の抑止力としてカルナを選んだのだろうということは推測は出来た。

 

(とりあえず、まずは状況の確認からだな…)

 

ドゥリーヨダナは身を起こし、辺りを見回した。調度品の1つもない、簡素な部屋だ。無駄なものは何一つなく、生活感の欠片もない無味乾燥の部屋。これに似た部屋を、ドゥリーヨダナは生前に見たことがあった。ドゥリーヨダナは溜め息をついて、傍らの男を見上げた。

 

「相変わらず、なにもない部屋だな。せめて花の1つでも飾ったらどうだ」

「無用なものを飾ってどうする」

「そうかな、わが友よ。花はいいものだ、匂いで、色で、世界を彩る」

「…まあ、腹の足しには僅かになるな」

「お前…。…まあ、そんなことはどうでもいい。お前の主は、オレをどう処断した」

 

表情を消して、淡々と自らの処分について口にしたドゥリーヨダナ。そんな彼に、カルナもまた、端的に答えた。

 

「なにも」

 

 

 

***

 

 

 

「なにをそんなに驚いている。サーヴァントは、生前の力を出せないというが、観察力もなのか?…今の主は、お前に良く似た男だ。お前なら、俺の友に対して、どう対応する」

「え…そりゃお前の大事な人間だろ、どうしても敵対するようならば容赦しないが、そうじゃないならお前の傍に置いとく…あ」

「そういうことだ」

 

なるほど、エジソンという男は中々面白い奴らしい。思わず零せば、「ああ、お前と同じで退屈しない」とカルナが頷いた。お前ね、ほんっとそういうとこだぞ…。オレもオレでよく敵を作ってたが、お前もお前で敵作ってたの、本当そういうとこが原因だからな…。

 

「ドゥリーヨダナ、充分休んだだろう。そろそろ父も空を駆ける時間だ。城の案内をしよう」

「おう、助かる。頼んだわ」

「ああ、任せ…醜いな」

 

不意に聞こえた、珍しく嫌悪感を露わにした声にオレは思わず立ち上がろうとした動きをとめた。えっ、醜い?

思わず親友を凝視するも、視線は合わないままで。ややあって、カルナの視線の先をたどったオレは、ああ、と頷いた。そういえば、ビーマによって大腿骨についたこの傷はカルナの死後につけられたものだ。カルナにとって、知識で与えられても、実際に見たのは初めてだろう。

 

「マハーバーラタをあんまあてにすんな。事実と異なることも多い」

「ではビーマではないのか」

「…いやまあ、ビーマっちゃビーマだけど」

「そうか」

「…ビーマはクリシュナに操られただけだし、取った手段は誉められたものではないものの、クリシュナもまた戦っただけだ。お前がそんなに顔を怖くする必要もないさ」

 

労わるように傷をさするカルナにオレは苦笑した。昔からカルナはこういう奴だった。自分のことをどれだけ悪く言われようが、どれだけ理不尽に扱われようが気にしないくせに、両親やオレがそういう扱いを受けると、烈火のごとく怒る男だった。

 

「昔からお前は他人の為にしか怒らないな」

「…俺が何かを思う前にお前が怒る方が早い」

「ああ、そうだったな。オレが怒り、お前が率直な意見を述べて、あいつらが絡んできて…」

 

懐かしいな、とオレは呟いた。

 

なんだか不思議な気分だった。クルクシェートラの戦いが始まった後、オレ達はこんな風に落ち着いて喋る時間も余裕もなかった。そして、そのままにオレ達は死に別れた。なのに今、オレ達はサーヴァントとして、まだ仮初の平和に甘んじていたあの輝かしい青春時代のように、語らっている。

 

気が付けば、オレの唇から「…正直いうとな、オレはお前とどんな顔してしてあえば良いのか分からなかったんだ」と言葉が滑り出ていた。

 

「何故だ」

「いやその…ほら…」

「アルジュナのことか」

「あー…。その感じだと、マハーバーラタに書いてた通り、お前のおふくろさんから聞いたのか?」

「ああ。…ドゥリーヨダナ、こんな俺を友と呼んでくれる、我が王よ。俺はお前の信頼を裏切ってしまった」

「ええ、いつだよ?!」

 

オレは思わず非難の声を上げてカルナを見た。オレ、お前のことはずっと信じてたのに。どういうことだと、心底申し訳なさそうにするカルナににじりより、問い詰める。普段は恐ろしいほどに人を見つめる太陽の眼が、気まずそうにそらされた。

 

「…お前は、俺の武を取り立て、信頼をおいてくれた。しかし俺は、母と約束を交わし、アルジュナ以外を殺さないという誓いをたてた。…愚かにも、俺は、それがお前の信頼を傷つける行為であると、そういう認識すら、していなかった」

 

―――『結局、カルナさんは、ずっと一緒にいたドゥリーヨダナさんより、お母さんのお願いを聞いたんだね』

 

それは、とあるマスターの、何気ない一言だったという。しかしその何気ない一言は、カルナに深く刺さった、らしい。

 

「本当に、すまなかった。…いや、謝ってすむ話ではないだろう。しかし、どうしても、俺はお前に許しを乞いたかった」

 

そう、跪き頭を垂れるカルナの肩を、狼狽えつつも掴む。「おお落ち着け!お、オレとしては、お前がオレに義理立てて戻ってきてくれただけでも嬉しかったんだけど!」と言えば、「俺は落ち着いている。落ち着くのはお前の方だぞ、ドゥリーヨダナ」と淡々と返ってきた。お前、本当そういうとこだぞ。

 

「…しかし、妙な顔していただろう」

「妙な顔…?…って、おい」

 

一瞬首を傾げた後、ややあってその当時の全てを―――怒りすらも思い出したオレは青筋をたてながら、カルナの腕を掴んで無理矢理立たせた。お前、言うに事欠いて…!そもそも、だ!

 

「お前な!本当ふざけんな!沐浴するーって言って、帰ってきた親友が、血塗れで帰ってみろよ?!しかも黄金の鎧はあげた、槍もらった、あと色々あって詳しくはいえないがアルジュナ以外は殺せないとか糞どうでもいい報告はするくせに、痛いとか弱音の一言すらあげないんだぞ!妙な顔、じゃなくてあれは心配してた顔だ!あとオレの心配顔を妙とか言うな!」

「俺に美醜は良く分からん」

 

うぐぐ、と思わず唸り声が出た。オレが言いたいのはそこじゃない。

 

あの当時は戦争中ということもあって、オレは軍の指揮を執るのに忙しく、またカルナも将の一人として戦場を駆けずり回っていた。それ故その当時のカルナにかける時間はそこまでなかったため、この件も若干放置気味だったが…しかし、時間を割いてでもフォローすべきだった、とオレは今更ながらに後悔した。

とはいえ、この頑固者のことである、オレからの許しがない限り、この件についてずっと、する必要もない自責の念に駆られるのだろう。全く、なんでオレの周りにはこう、ある意味一途な奴が多いのか。「あーもう、分かった分かった。許す許すオレがちょー許す」と投げやり気味に告げれば、カルナが嬉しそうに笑った。

…たまーに、思う。こいつ、本当にオレより年上なんだろうか。

 

「……にしても、だ。マハーバーラタも、意外に事実書いてるんだな」

「事実と異なることも多く書いているがな」

「そりゃそうだろ、歴史は勝者が作るものだからな。マハーバーラタに書かれてるお前なんて、口悪いところもあるし。…でも、ああいうのが残っているからオレやお前がサーヴァントとして召喚されているんだろうし、一概に悪いとも言えないな」

「ふむ、そういうものか。…ああそうだ、ドゥリーヨダナ。マハーバーラタに関して聞きたいことがあった」

「あ?なんだ?」

「お前、泣いたのか」

「………は?」

「俺が死んで、泣いたのか」

 

オレは、その問いに頭の中が真っ白になった。なんとか言葉を返そうとしたが、失敗し、はくはくと喘ぐように呼吸を繰り返す。あの時、オレは、臣下の奴等には決して部屋に近寄るなと言ったはずで。だから、誰も知らないはずであって。マハーバーラタに書いてあったのか、とオレの掠れた声が無機質な部屋に響く。「それは些細なことだ。…泣いたのか」とカルナが、視線をそらそうとしたオレの顎をつかんだ。ずるい、やつだ。その眼にオレが弱いことを知っている癖に。

 

オレは、吹っ切れたようにカルナに叫んだ。

 

「……泣いたさ。ああ、泣いたとも!お前の人生だ。だから、お前の選んだことに誰であれどうのこうの言う資格なんてないってことぐらい知ってる!…それでもオレは、お前が選んだ結果を受け入れることが出来なかった!悲しかった!お前がもう生きていないということが、悲しくてたまらなかった!…分かってるさ。お前が後悔なんてしてない位。だってそれだけ一緒にいたんだ。でも、オレはお前に生きて欲しかった。お前に教えたいものがもっとあった。お前に感じて欲しいことが、もっとあったんだ。くっそ、勝手に死にやがって。ふざけんな」

 

言いたいことを、纏まらないままに感情に任せて叫ぶオレの背を、無骨なカルナの手が撫でる。その温もりがまた、オレの涙腺を緩ませた。

 

「すまん」

「許さん」

「すまん」

「謝ればいいと思ってんだろ…!」

「すまん」

 

ボロボロと涙を零すその涙をひとつひとつをカルナが丁寧に指で拭う。その間もオレの子ども染みた罵倒は続いていたが、それでもカルナは律儀に拭い続けていた。

 

「お前は普段は父のような素振りが多いのに、時折子どものように癇癪を起こす。…いい加減泣き止め。見ていられない」

「…ふん、自分が死んだら友達が泣くってことを覚えるいいチャンスだ」

 

心底参ったように言うカルナに、オレは不貞腐れながらそう言う。

 

 

 

 

「相も変わらず放っておけない男だな、お前は」と苦笑するカルナの姿が、また滲んで歪んだ。



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北米神話大戦:5話

二話続けての投稿です。


マスターと離れた現在、ドゥリーヨダナがやることは何もなく、カルナはカルナでエジソンの命により色々忙しなく働いていており、ドゥリーヨダナにとって暇を潰すものは何もなかった。

 

一言で言えば、ドゥリーヨダナは暇を持て余していた。

 

「…で、来たのかね」

「ああ、だから来たのだとも発明王」

「…私は忙しいのだが…」

 

エジソンは困惑をふんだんに含んだ声音で、くすくすと喉で笑う男に対し反論を試みた。しかしドゥリーヨダナは生まれながらの王族、それも長子である。時に神々からの忠告やバラモンの忠告すら聞き入れなかったドゥリーヨダナが、エジソンの小さな反論を気にする訳もなく、豊かな黒髪を背中に流して首を傾げる。「知っているとも、わが友の主にして、人々へ光を与えた人よ。これはオレの興味だ。なに、気にすることはない。そも、お前は集中すると周りが見えなくなる気質だろう」と鷹揚に笑って、エジソンの言葉をいなしてみせた男はその場にあった椅子に優雅に腰掛けた。

 

居座る気、満々である。

 

その意思を正確に汲み取った男は溜め息をついて、机の上を乱雑に片した。

 

「おや、仕事はいいのか?」

「何、貴方とのコーヒー1杯を嗜む時間くらいは作ってみせるとも」

 

悪戯げに微笑むドゥリーヨダナにそう言って、エジソンはオーバーに首をすくめてみせたのだった。

 

 

 

***

 

 

 

深みのある、どこか懐かしい匂いがドゥリーヨダナの鼻腔を擽った。一度目の人生ではよく飲んでいたっけ、とエジソンが器用にポットを取り扱っているのをぼんやりと眺めながら思い返す。二度目の人生が濃すぎて、正直殆ど覚えていないが、それでもその一度目の人生はしっかりとドゥリーヨダナの中に根付いていた。根付いていたからこそ、ドゥリーヨダナは災いの子としてではなく、ドゥリーヨダナとして生きることが出来たと言っても過言ではない。自己形成までの期間が短かったからこそ、周りの心無い言葉に傷つきながらも、生きることを諦めずに済んだ。抗うことを、諦めずに済んだ。ドゥリーヨダナはそのことこそが誇りだと思っている。

 

だからこそ、あの宝具がドゥリーヨダナの生きた証でもあった。

 

「…『カリ・ユガ』。神代に生きた貴方の宝具が、神々の否定だったとは思わなかった。…カルナ君が、私と貴方が似ていると言ったのも、道理かもしれない。私の宝具は、W・F・D(ワールド・フェイス・ドミネーション)。民の神秘への信仰を地に貶める、そういう宝具だから」

 

ふうふうと淹れたてのコーヒーを冷まそうと息を吹きかけていた男が、まるでドゥリーヨダナの思考を読んでいたかのように、言葉を零した。それに対し僅かに目を見開くも、一拍おいてゆるりと首を振る。「いいや、それはちょっと違う、美しき獅子よ」とドゥリーヨダナは幼子の質問に答えるかのように優しい声で答えた。

 

「オレの宝具は、確かに結果としてはお前と似ているかもしれない。しかしオレの宝具は、決して神々を否定する訳ではないんだ」

 

オレはただ人の可能性を信じただけだ、とドゥリーヨダナが、深く息を吐く。ゆらゆらと、コーヒーに映し出された己が揺れるのを視界におさめながら、言葉を紡いだ。

 

「…いつか、インドラの雷をも誰しも扱う日が来ることを信じた。英雄の存在が過去になり、誰もが輝ける可能性を秘めた時代がやってくることを信じた。神が誰かを選ぶのではなく、人が人を選びまた選ばれる時代がやってくることを信じた。人が、己自身で生きていく時代を訪れることを、信じた」

 

ーーードゥリーヨダナが、カルナが、神々の思惑など知らず、必死に生きていたあの時代。

ーーー今はもう、神話としてしか人々に認識されていないが、それでも確かに自分達が生きていた、あの時代。

 

空に瞬く星を、幼き弟たちと共に数えた日があった。

風に舞う小さな花びらを集め、父と母に捧げた日があった。

修行に明け暮れた後、アシュヴァッターマンと共に水遊びに興じていた日があった。

 

万物を照らす太陽を、カルナと共に仰ぎ見た日があった。

 

ーーー確かに、あの時代はあの時代なりの良さがあったのだろう。

 

しかし、神々という第三者の思惑のせいで、呪われた者がいた。失う者がいた。苦しむ者がいた。哀しみを与えられた者がいた。それが、どうにもドゥリーヨダナは許せなかった。

 

だからこそ、ドゥリーヨダナは感謝をしている。

 

「…ああ、だからこそマスターはお前のもとへとオレを置いたのだろうな」

 

―――『聖杯?叶えたい夢ならあるが…。…オレは死ぬ直前まで、神々からの巣立ちを願っていた。だからこそ、その一端を担ってくれたものは皆、名を残そうが残すまいがオレにとっての若き英雄だ。…そいつらに、一言くらい、賛辞を述べることが出来たら、と思う』

 

(こんな、覚えるに足らないささやかな願いを、覚えてくれていたのか)

 

全く、本当にサーヴァント想いの主だ、とドゥリーヨダナは困ったように唇に笑みを浮かべた。ドゥリーヨダナは生前『災いの子』として扱われていたこともあり、人のこういう純粋な好意―――勿論家族やアシュヴァッターマン、カルナは別としてだが―――を向けられるのはごく稀だった。だからだろうか、なんだか面映い。少しだけ頬を染めたドゥリーヨダナは、立香の好意を無駄にしないように目の前の、自分が死んだ後に生まれ落ち偉業をおさめた男に向き直った。

 

「トーマス・アルバ・エジソン。後の世に生まれた、オレが待ち望んでいた若き英雄、世界を照らした光よ。

 

―――お前がこの世に生まれ、偉業を成し遂げることを、きっと誰よりも昔から、ずっと待ち望んでいた」

 

 

 

***

 

 

「エジソンとちゃんと話せた?」という、悪戯染みた声にドゥリーヨダナは苦笑した。その顔のまま、「ああ、ちゃんと話せたさ」と久しぶりに見る立香の頭を少し乱暴がちに撫でる。良かったと安堵したように笑った少年が「カルナとも話せた?」と首を傾げた。

 

「ああ、マスターが配慮してくれたおかげでな」

「良かった、気になってたんだ」

「すまん、すぐお前に報告しようと思ってたんだが、マスターと合流した後は作戦会議やらなんやらで忙しくて、喋る時間すらあんまりなかったからな…」

 

重ねてドゥリーヨダナが詫びれば「でもドゥリーヨダナのこと信じてたから」と立香がにっこりと笑う。なんだろうこの好意100%の笑みは。眩しすぎて目が眩みそう。

 

「…ドゥリーヨダナ、身体とかは大丈夫?宝具使ったから、心配だったんだ」

「まあ、あれ本来なら自滅宝具だしな…」

 

なんせ、ドゥリーヨダナの今の存在自体が神秘の塊である。神々の否定どころか自己否定の宝具だ。今回は完全な宝具展開ではなかったため、今こうして存在出来ているが、本来なら即カルデアに帰還しているところである。

 

それに、先ほどまで話していたコサラの王ラーマにも言ったが、『あらゆる神秘・呪い・祝福すらを打ち消す』宝具ではあるが、基本的に生前の呪いや祝福には効かなかったりする。「なんだと…」と非常にがっかりされてしまったが、それに文句を言えないくらい、他の英雄が持っている宝具に比べるとささやか過ぎる…言葉を選ばずに言うならば、見劣りする宝具だ。敵のバフ、味方のデバフやスタンの解除くらいしか出来ない。殴って倒す、まさにバーサーカー向きと言われればそれまでだが、正直カルナにかかっている呪いを解いてあげたかったためドゥリーヨダナ自身、若干使えない宝具だなと思っている。

 

なによりこの宝具、神代に生きた英雄や神々、それにキャスター勢に非常に受けが悪い。

 

(…まあ、嫌われるのは慣れてるがな)

 

生きていること自体が罪だと、常に死に晒されて生きていた生前と違って、少なくとも積極的に突っかかってくる英雄は誰一人としていない。ドゥリーヨダナが居場所さえ弁えれば、非常にカルデアの居心地は良かった。本当に、マスターには感謝しかない。

 

先程のカルナにしても、そうだ。

 

「…マスター、カルナがアルジュナと戦うことを許可してくれてありがとうな。確かにカルナしかアルジュナを抑え込めないのもそうだが…やっぱり特別な相手なんだよ、カルナにとってあいつは」

 

関係性をわざわざ言葉にするほど野暮なことはないが―――それを踏まえても彼等の関係を言い表すならば、それこそ運命の相手ってやつなんだろう。カルナの友でしかないドゥリーヨダナでは、到底あの表情(かお)を引き出すことは出来ない。

 

―――それでいい。

 

それがいいのだ、と、ドゥリーヨダナとカルナは互いに手を取って、選んだのだから。

 

「行こうか、マスター」

 

ドゥリーヨダナは、立香に微笑んだ。

たった一人の友との別れが近づいていると知っていても、それでも微笑んでみせた。

 

―――ドゥリーヨダナは転生者である。

 

本来なら一度目の人生で全てが終わるはずだった存在は、二度目の人生で再度幸せを得た。

 

そして、三度目のサーヴァントとして(おまけ)の人生すら得た。

 

もう、充分だった。

 

充分ほどに、幸せだった。

 

―――これ以上、望むものなどなにもない。

 

「梅の、匂い?」

 

 

 

ふわりと宙に舞った一枚の花びらを視界に捉えながら、「気のせいさ、マスター」と男は嘯いた。



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北米神話大戦:最終話

いつも感想、誤字報告、お気に入り登録ありがとうございます。


『我が英雄、美しき太陽の人。オレは、お前と友達になれて良かった』

 

カルナはその言葉に、わずかばかり目を見開いて、それから微笑んだ。

その一言があれば、充分だった。

 

―――空には父が。

―――前には宿敵が。

―――そして、隣には親友が。

 

それが、カルナの幸せだった。

誰に理解されなくとも、それが確かにカルナの幸せだった。

 

『愛しき友、陽だまりの人。俺も、お前と友達になれてよかった』

 

 

 

―――それは、マハーバーラタには記されていない、カルナとドゥリーヨダナだけが知っている物語(過去の話)

 

 

 

***

 

 

 

誰しもが、物語()を綴っている。

時に悩みながら、時に投げ出したくなりながら、それでも物語()を綴っている。

その物語は、決して他人によって終わらせられてはいけない。

その物語は、決して他人によって汚されてはいけない。

 

特に、こいつらの物語(戦い)に関しては。

 

 

 

***

 

 

 

その攻撃にドゥリーヨダナが気づいたのは偶然であった。

 

ドゥリーヨダナは一度目の人生のことを、ドゥリーヨダナとして生きていた頃よりははっきりと覚えているが―――それでも細部までは覚えていない。当然、この物語(第5特異点)のこともぼんやりと覚えているが、細部までは覚えていなかった。カルナが途中で倒されるということは覚えていても、どうやって倒されたかまでは覚えていない、と言ったように。

 

だが、ドゥリーヨダナはその攻撃に気づいた。

気づいたからこそ―――ドゥリーヨダナは抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)を受け止めることにした。

 

カルナを残した方が、マスターの助けになるだとか。そんなのは、所詮後付けの理屈で。

 

―――ただ、湧き上がる衝動に身を任せただけだった。

 

「邪魔、すんじゃねーよ…!」

 

ふつふつと腹の底から湧き上がる怒りのままに、ドゥリーヨダナは吠えた。

 

一億と二千年前からとまでは言わないが。だが、あいつらはずっと待っていたのだ。この時をずっと待っていたのだ。あの時代を共に生きたドゥリーヨダナだからこそ、この奇跡がどれだけ尊いものかを知っている。

 

神々による祝福も、呪いも、なにもないこの瞬間をどれだけカルナとアルジュナが待ち望んでいたことか!!!

 

だからこそ、邪魔はさせない。そうするだけの力は、この手にある。

 

「すまんなマスター…宝具を、開放させてもらうぞ」

 

…ここで自分が消えたとしても、立香には他の英雄がいる。安心して、任せられる奴らがいる。

 

そうして、この特異点の歪みを直せたなら。

そうすれば、今度こそカルナとアルジュナは戦える。

 

それを見守ることが出来ないのは非常に残念ではあるが、―――ドゥリーヨダナは転生者である。

 

ならば他の人間より一度だけ多く人生を楽しんでいる分、こういう時くらい他の奴らに譲るぐらいはしてもいいだろう。

 

「堕ちた太陽の子よ、全て奪わせてもらうぞ…!『人々は、文明により発展し、神々のもとから巣立つ―――』」

 

 

―――誰に理解されなくても構わない。矛盾ばかりで、結構。

 

時に矛盾しながらも―――それでも歩みを止めないのがドゥリーヨダナ(人間)だ。

 

「『故に人は選ぶ。オレは選ぶ。神々によって与えられた二つ名、『災いの子』として相応しく選んで見せよう――――人よ、巣立ちの時が来た(カリ・ユガ)』」

 

静かな祈りと共に、梅の花が舞う。

静かな宣言と共に、ドゥリーヨダナが唯一愛した花が宙に舞う。

 

これこそが本当のドゥリーヨダナの宝具。

 

これこそが、ドゥリーヨダナの物語(生きた証)を現した奇跡だ。

 

―――斃すことは出来なくても一時撤退くらいには追い込むことが出来る、"未来を信じ、次に繋げる為の奇跡"。

 

「っ、てめえ…!!」

「そうら、抗ってみせろ堕ちた英雄、クーフーリン!この宝具は、普通の英雄には意味がない!だが、願いによって生まれ出たお前なら、この宝具の対象内となるだろうよ!」

 

そこまで言い切って、げほりとドゥリーヨダナは血を吐いた。せり上がる吐き気。零れ落ちる赤い血。霞む視界。何度だって、死ぬのは慣れない。

 

それでもドゥリーヨダナは笑う。無様に見えようが、笑ってみせる。

 

―――それが、ドゥリーヨダナの生き様。

―――神々に嫌われても、人間の可能性を信じた、紛れもない英雄の生き様だった。

 

「…なんだ、カルナ、お前妙な顔をして」

 

ふと、ドゥリーヨダナはカルナを見やって、呟いた。そんな顔は生前を含めて初めて見た、と口の端から血を零しながら途切れ途切れに呟く。霞む視界の中、目を凝らし―――ドゥリーヨダナは僅かに目を見開いた。

 

「…なんだ、お前、泣いているのか」

 

涙がその頬をつたっているわけではない。それでもドゥリーヨダナには、カルナが泣いているように見えた。

 

ドゥリーヨダナは手を伸ばした。

泣くことも出来ない、不器用で―――それでも人に寄り添い続けようとした男に、這いつくばりながらも懸命に手を伸ばした。

 

しかし、その伸ばした指先すら、梅の花びらへと変わり崩れていく。ドゥリーヨダナは、"おまけの時間"が終わることを悟り、手をおろした。

 

もう、僅かな時間すらも残されていない。

 

―――なら、ドゥリーヨダナがカルナに伝える言葉はたった一つだ。

 

ふ、と口の端に柔らかな笑みを滲ませた男は目を閉じる。

 

「ーーー勝てよ、カルナ」

 

 

 

その言葉を言い終わると同時に一陣の風が、その場を吹き抜け―――花が宙に舞った。

 

 

 

こうして、ドゥリーヨダナは第五特異点を去ったのだった。




次回、エピローグ。


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エピローグ

カルデア(5章)編はこれで完結となります。


手を伸ばす。

伸ばして、伸ばして、伸ばし続けて―――掴んだのは、たった一つの花びら。

 

それさえも、手の中から消え失せて。

 

目を大きく見開いたのち、男は咆哮した。

 

―――それは、泣くことを知らぬ男の嘆きだった。

 

 

 

***

 

 

 

立香が帰ってきた。それはすなわち、特異点を無事修正出来たことを意味する。小さく良かった、とドゥリーヨダナは胸をなでおろした。一足先にカルデアに帰ったはいいものの、ずっと気になっていたのだ。

カルナと、…本当に癪だが、アルジュナもいる以上、マスターに危険に及ばないと思っていたが。

 

(そもそも、アルジュナは世界救う側の奴だしな…)

 

誰よりも人と神に愛され愛し、寄り添いそして期待に応えようとした英雄、アルジュナ。非常に腹立つことではあるが、悪を打ち滅ぼし世界を救うということにかけては正直言ってカルナよりうまいだろう。あの男との縁が、マスターに出来たのは僥倖だった。もしあの男を召喚することが出来れば、よりマスターの安全が高まるというものだ。

 

(…まあ、ムカつく野郎には変わりないが)

 

評価と感情は別物である。サーヴァントとして召喚されている以上、生前と違って積極的に殺しにはいかないが、友好的な態度をとる必要もあるまい。ドゥリーヨダナは、生前にユディシュティラに「並の顔ならなんか企んでて気持ち悪いと言われるはずなのに、顔の造形が整っているせいで蠱惑的な笑みとか言われているのがほんと腹立つよねー」と評された笑みを浮かべて、そう一人で頷いた。

 

そんな男の部屋に、一人の少年が駆け込んできた。帰還したばかりのマスター、藤丸立香だ。

 

「ドゥリーヨダナ!言いたいことは、いっぱいあるけどとりあえず来て!」

「は?」

 

ぐい、と袖を引っ張る立香に、ドゥリーヨダナは目を瞬かせた。それよりお前メディカルチェックをだな、という言葉は視線一つで黙殺された。…すまんロマン。オレでは力不足なようだ。廊下をぐんぐんと歩くマスターを見下ろしながら、心の中でドゥリーヨダナはカルデアの苦労人に謝った。

 

(…それにしても、だ)

 

こんなに急いてまで、どこに行くというのだろう。

 

 

 

***

 

 

 

『藤丸立香、人類最後のマスターよ。これをお前に託そう。それを縁に俺はお前のもとへ辿り着こう』

 

―――言いたい言葉がある。

 

―――ずっと、ずっと言いたい言葉があった。

 

―――それは、男が生前言ってやることが出来なかった言葉。

 

―――その言葉を言う為には。

 

『…さあ、弓を取れ、アルジュナよ。この時は、わが友ドゥリーヨダナが俺のために守ってくれた奇跡の時間だ。聖杯が消えた以上、この世界の修正は既に始まっているが―――故に俺は最後まで全力で戦おう』

 

 

―――戦うしかないのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「マ、マスター、それって…」

 

ドゥリーヨダナはふるふると指を震わせながら、立香がカルデア制服のポケットからがさごそ取り出したものを見て戦慄いた。ドゥリーヨダナはそれがなにかを知っていた。知っていたからこそ、「第五特異点でカルナに託された触媒…ってやつかな」と首を傾げてみせた立香に叫んだ。

 

「いやいやそれってカルナの黄金の鎧の一部だよな?!そうホイホイ漫画貸すみたいに気軽に人に渡せるもんじゃないって知ってるか?!」

 

太陽神にしてカルナの父親であるスーリヤが、与えたもの―――それが、黄金の鎧。太陽の輝きを放つ、強力な防御型宝具。光そのものが形となった存在であるため、この鎧は神々でさえ破壊は困難とされる。だからこそインドラはバラモン僧に化けてまでその黄金の鎧を、アルジュナを勝たせるために奪った。それだけの代物なのだ。カルナが槍兵として存在していた以上、不死身の効能はないだろうが、それでも、他人に渡せるような、そんな代物ではない。

 

(それが、何故ここにある―――!!!!!)

 

ある意味それは、確定ガチャだ。だがお前、そんなほいほい貸してどーする。なんかもっとこう、ましな触媒は無かったのだろうか。

 

(…なかったんだろうな)

 

色々渡したが、不要だと切り捨てられ、それでも押し付けた品々は数知れず。それくらい物に頓着しない男だったことを、今更ながらに思い出したドゥリーヨダナは遠い目をした。戦化粧のための品々ぐらいじゃないだろうか、受け取ってくれたの。

 

(…それにしても、)

 

カルナは何故、そこまでしてカルデアに来たいのだろうか。

 

 

 

***

 

 

 

―――それは、カルナが唯一果たせなかった約束。

―――もはやドゥリーヨダナでさえ忘れているであろう、約束。

 

 

それでいい。例えドゥリーヨダナが忘れていても、カルナは憶えている。

 

 

―――だからこそ。

 

 

 

***

 

 

 

光の輪がくるくると回る。眩しい虹色の光が、部屋に満ち溢れる。

それはまさしく、希望。

それはまさしく、その英雄の魂の輝き。

 

光が一際輝いた後―――そこにいたのは一人の男だった。

その男を、ドゥリーヨダナが見間違えるはずがない。

 

―――太陽の如き眼差しがドゥリーヨダナを貫いた。

 

 

 

 

 

「―――勝ったぞ」

 

 

 

 

 

カルナはそう言って、手を伸ばした。伸ばして、驚いたように忙しなく目を瞬かせる親友に向かって拳を突き出す。

 

そう、その言葉こそが生前カルナがドゥリーヨダナに言うことができなかった、唯一の言葉。

 

『お前に勝利を捧げよう。必ず―――お前に「勝ったぞ」と言ってみせよう』

 

ずっと長い間、待たせてしまったが。それでもようやくその言葉を捧げることが出来た。

 

カルナは拳を突き出しながら、誇らしげに―――それでいて、まるで子どもが自分だけの秘密を打ち明けるかのように悪戯染みた笑みを浮かべた。

 

「―――流石だな、オレの友、オレの選んだ愛しき太陽」

 

そんな彼に共犯者の笑みを返し、ドゥリーヨダナはその拳に自らの拳を合わせた。

 

ドゥリーヨダナとカルナが数千年以上も前に求め、そして得られなかったもの。得ようと足掻いたものの、沢山の思惑に絡められ、届かなかったもの。その勝利を、直接目にすることが出来なかったことは非常に残念ではあったが、それ以上の喜びがドゥリーヨダナにはあった。

 

「よっし、お前に褒美を…」

 

上機嫌に言葉を続けようとしたドゥリーヨダナはそこで言葉を止めた。つい生前のノリでカルナに褒美を与えようとしたが、今はただのサーヴァントの身であることを思い出したからである。死んだ身であると割り切っていることもあって、生前に比べ己のモノをあまり持たなくなったのが仇になってしまっていた。この前ジャックやアステリオスと摘んだ、レイシフト先で摘んだ花数本とそれを飾る花瓶ぐらいしか部屋にはないだろう。

 

「…ふむ。ならその花を貰っても構わないだろうか」

「え?そりゃいいけどほんと、テキトーに摘んだ花だぞ?すんごく綺麗だとか、そういう花じゃねーぞ?」

 

「お前、そんな花好きだったか?」と不思議そうに言葉を続けたドゥリーヨダナを、カルナが見下ろす。お前に、花は似合わない。そうぼそりと呟いたカルナにドゥリーヨダナは目を瞬かせた。カルナが、似合う似合わないを気にした、だと…?

 

(そんなカルナに花が似合わないって言われるって、よっぽどじゃねーか!)

 

「えっ…マジで?えー…マジで?」とショックを受けたようにドゥリーヨダナは呟いた。なんだろうこの複雑な気持ち。似合うと言われても微妙な気持ちになるが、似合わないと言われたら言われたで微妙な気持ちになるんだが。「あくまでも俺の所感だ」と言葉を添えてくるその優しさが今は辛い。…じゃあ、オレには何が似合うと思うんだよお前は。そう不貞腐れたように吐かれた言葉に少し思案した後、カルナは答えた。

 

 

「…太陽、だろうな」

 

…たった一言だ。だがドゥリーヨダナはその言葉に、カルナの最大の賛辞を見た。

 

「お前は確かに臆病で、あつかましく、浅慮だが―――なぜか眩しい。その甘やかな光こそ、日の暖かさだと俺は思う」

 

 

 

***

 

 

 

「お前のその言葉はひっじょーに嬉しいが!嬉しいんだが!!!今の、臆病とかあつかましいとか浅慮とかいらなかったんじゃないか?!」とドゥリーヨダナが盛大に抗議する声が召喚室から響いてくる。ドア越しにそれ聞いた立香は小さく噴き出した。

 

(うん、やっぱりドゥリーヨダナは、あんな泣き声よりこんな声の方がいいや)

 

レイシフトする前に夢で聞いた、悲痛な泣き声。マスターはサーヴァントの記憶を時に夢として見ることがあるという。ならばあれはやはり、ドゥリーヨダナの記憶なのだろう。きっと誰にも見せるつもりがなかった、彼の心の奥底にある悲しみ。

 

―――だが今の彼の声にその陰りはない。

 

(…うん、やっぱりカルナに挨拶するのは後にしよう)

 

 

 

 

 

 

立香はそう、小さく笑みをこぼしてその場をあとにしたのだった。




お付き合いして下さった方々、ありがとうございました。


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カルデア番外:アルジュナ

カルデア編番外その1です


その日、アルジュナがユディシュティラを王宮の廊下で見かけたのは偶然だった。ドゥリーヨダナやカルナ達が死んだあの戦争以降、ユディシュティラは王としての責務に追われ、玉座にいるか自室で僅かばかりの休憩時間に身体を休めているかのどちらかだったからだ。兄がわざわざ動かなければならないほどの事態が起きたか、臣下の者が動くよりもユディシュティラが動いた方が早いと判断したか。いづれにせよ兄思いであるアルジュナが彼に声をかけない理由はなかった。

 

「ユディシュティラ兄上、どこに行かれるのですか?私で良ければ代わりに参りますが」

 

アルジュナは、気遣いを含んだ声をユディシュティラの背中に声をかけた。少し驚いたように振り返った兄が、僅かに困ったような笑みを浮かべる。どうしようかな、と逡巡するように珍しく口ごもったユディシュティラに、アルジュナは知らず見慣れぬ男を見るかのような眼差しを向けた。アルジュナの記憶が正しければ、この年の離れた長兄が言いよどむ姿を見たことがなかったからだ。自然、アルジュナは伺うように恐る恐る言葉を続けた。

 

「あの、兄上、もしかして私は声をかけなかった方が良かったでしょうか…?」

「…いや、お前の気遣いは勿論有難かったとも。うーん、そうだね…うん、お前も来るといい。アルジュナ、私についてきなさい」

 

「そんな面白いところじゃないけれどね」と肩を竦めて、すたすたとまた歩き出したその背中を、アルジュナは慌てて追いかけた。

 

 

***

 

 

 

ここだよ、と言ってユディシュティラが足を止めたのは王宮の庭のとある一角に生えている一本の木の前だった。「…この、木は」と呆然としたように呟くアルジュナに、「あいつ…ドゥリーヨダナが育てていた木さ」と、少し眩しそうに木を見上げながらユディシュティラが答える。「知っています」とアルジュナは掠れた声でそれに返答した。

 

そう、アルジュナは知っていた。

 

その木に実る、果実の味も。

 

その木の成長を、誰よりも誇らしそうに笑って喜んでいた男の表情も。

 

 

 

 

―――声変わりもしていない頃の、昔の話だ。

年の離れた双子の弟、ナクラとサハデーヴァは今でこそ剣術に優れた美しい双子と称されているが、幼い頃の二人は一言で言うならば"やんちゃ"だった。とはいえ、アルジュナにとって可愛い弟達であることには変わりはない。また年齢の関係もありユディシュティラとビーマに長年弟として可愛がられていたこともあって、自分に出来た初めての弟の存在は愛おしいものだった。アルジュナは二人の弟に目をかけ、世話を焼いてやっていた。

 

だからこそ、その日も二人がいないことに他の兄に比べて先に気づいたのである。

 

(なにか、嫌な予感がする…)

 

アルジュナは神の子である。神の子であるからこそ、人の子よりもこういった第六感に優れていた。ざわざわと不安にざわめく心をおさえ、二人の弟の姿を懸命に探す。そうして、ようやく見つけたはいいものの、二人がまさに赤く実った果実に手を伸ばそうとしている光景を目にしたアルジュナは思わず呻いた。よりによって、ドゥリーヨダナの弟達が育てている木の果実を狙うとは!

 

『あ、アルジュナ兄上!丁度良かった!』

『僕達じゃ、あとちょっとなんだけど全然届かなくってさ』

 

無邪気にアルジュナの登場に喜んだナクラとサハデーヴァは、熟れて赤くなった果実をとってくれるよう口々に頼んだ。甘やかしすぎた自覚はあった。しかしアルジュナは、弟達の誤った行いを正すことが出来る少年であった。悪びれた様子すら見せない弟二人の名を、アルジュナは嗜めるように呼ぶ。しかし、その声に被せるように、淡々とした声が響いた。

 

『オレの記憶が正しければ、ここはオレ達兄弟が、父であるドリタラーシュトラ王より賜りし土地である筈だが。―――その土地に無断で踏み入るだけではなく、なにをやってる貴様ら』

 

アルジュナとは違い、馬鹿にしたような物言いで喋るドゥリーヨダナしか知らなかったナクラとサハデーヴァが後ろでたじろいだのがアルジュナにも分かった。背で庇うアルジュナの服の端を握りしめる双子に、ドゥリーヨダナが鼻を鳴らす。「何をしているかと、聞いているんだ」と感情のみえない声が、言葉を続けた。

 

『なんだよ、だんまりってか?ああ、まさか盗みとは言わないだろうな?なんせ天下に名高い兄弟達だ、盗みなんて働くはずないよなあ?』

『…弟達が、すみませんでした』

 

ドゥリーヨダナの、嫌味がふんだんに含まれた言葉にアルジュナは謝罪の言葉を返した。『兄上!』と双子が戸惑いと非難を含んだ声を上げたが、視線でその声をおさえる。そもそも間違ったことをしたのは自分達である。例えその相手が、仲の悪い従兄弟達であろうとも、それは間違ったことをしていい理由にはならないとアルジュナは思っていた。なにより、アルジュナは兄だからこそドゥリーヨダナの怒りが分かってしまった。もし自分がドゥリーヨダナの立場だとして、ドゥリーヨダナ達にナクラとサハデーヴァのものを盗まれそうになった場合、同じく被害者の兄として怒るだろう。ならばドゥリーヨダナのこの怒りは正当なものだ、とアルジュナは甘んじてその怒りを受け入れた。

 

―――不意に、お腹がなる音がアルジュナの背から響いた。

 

『…おい、今のどっちのだ。生理現象だから仕方がないとはいえ、少しは空気読んだらどうだ。アルジュナがお前等のために頭下げてるの位は分かるだろーが』

 

先程までの感情のみえない妖艶な笑みと違い、呆れかえった顔をしたドゥリーヨダナが溜め息をついた。そしてそのまま少し離れた横に生えていた、一回り以上大きい木に生っている実を、身に着けていた髪飾りの宝石を使って次々に射落とす。反射的に果実を受け止めたアルジュナを横目に、こんなもんかとドゥリーヨダナが一人頷いた。

 

『よしお前等、それ食ったら帰れ』

『…いいのですか?』

 

アルジュナは弟達に果実を渡しながら、戸惑ったように目の前の従兄弟を見た。思えば、この男とのまともなやり取りはこれが初めてかもしれなかった。

 

『しょうがねーだろ、成長期は腹が減るもんだ。それに、これはオレが育ててる木の実だ。オレの気紛れと優しさに感謝するんだな』

『『…ビーマ兄上には怒ってたくせに』』

『は?大切に育てていた木をご自慢の怪力で勝手に引っこ抜いた挙げ句『ほとんど熟れてないな』と文句を言いやがったあの糞馬鹿に怒る以外に何をしろと?』

『『『ビーマ兄上がすみません』』』

 

―――いい兄なのだ。ただ、深く考えないだけで。

 

『あ、美味しい!』

『ほんとだ、意外に美味しい! 』

『お前等、本当に失礼極まりないな!なんなの、お前ら失礼がデフォルトなの?!』

 

弟たちの率直な物言いにぴしりと青筋をたてるドゥリーヨダナに礼を述べて、アルジュナは大地の恵みを含んだ果実に歯を立てた。『…礼を言われたら言われたで、なんか気味悪いな』と心底気味が悪そうな顔をしているドゥリーヨダナが気にならないほどに甘くーーーそして、何処か優しい味が口一杯に広がる。

 

 

ーーーアルジュナは、それ以上に美味しい果実を知らない。

 

 

 

 

「じゃあ、せっかく来たんだしアルジュナよろしくね」という長兄の声に、昔に思いを馳せていたアルジュナは目を瞬かせた。そしてそのまま、木の根元を指さすユディシュティラにぎょっと目を見開いた。アルジュナは聡明な男だったからこそ、ユディシュティラのその仕草が何を意味するものなのかを正確に読み取ってしまった。

 

「待って下さい兄上、それはあんまりな仕打ちです!」

 

アルジュナはたまらず制止の声をあげた。アルジュナは聡明な男であったが、慈悲に溢れる男でもあった。例え敗者であれ、情けをかけてあげるべきだと思った。なにより、自分達が勝者だとはいえ、敗者である男が大切に育てていた木をどうこうする権利は、ましてや抜く権利はないと思った。しかしユディシュティラは、そんなアルジュナを静かに窘めた。

 

「アルジュナ、あいつを憐れむのをやめなさい。それは侮辱以上に失礼なことだよ」

 

アルジュナは唇を噛みしめた。長兄の言うことを理解出来なかったのは、これが初めてだった。そんなアルジュナの思考を読んだように、アルジュナ達をいつも導いていた存在であるユディシュティラが微笑む。それにこれはあいつの頼みなんだよ、とユディシュティラが眩しそうに大木を見上げた。

 

「あいつがユユツを使ってよこした、ふざけた手紙に書いてあったんだ」

 

アルジュナはその言葉に、あの男の腹違いの弟であるユユツが自軍に加わった際、何かをユディシュティラに手渡していたのを思い出した。だが、内容までは知らなかった。「あれにはね、あいつが負けたときのことが書いてあったんだ」とユディシュティラが、アルジュナの疑問に答えるように呟いた。

 

「あいつの両親の待遇、自軍の兵士について、あいつが持ってた財産の扱い…そんなのが、全部書いてた。これもそのひとつだよ。自分が死んだら、自分が育てていた木で両親の為の杖を作って渡してくれって書いてたんだ」

 

「…まあ、僕もあいつに死んだ場合についての手紙を送ってたんだけどね」と悪戯がばれた子どものように肩を竦める長兄に、掠れた声で「なぜ、ですか」と問う。「僕とあいつが長子だからさ」とユディシュティラが唇の端にどこか疲れた笑みを浮かべた。

 

「争いました、はい勝ちました負けました、じゃ僕達は終われない。それが長子としての責務であり、いづれ王になる者の役割だ」

「…知りませんでした」

 

もっと正確に言えば、知ろうとも思わなかった。アルジュナは戦った後のことを考えたことすらなかった。そんなアルジュナの肩をユディシュティラは励ますように叩いた。

 

「それでいいんだよ、君は弟なんだから」

 

「そういうのは先に生まれた僕らの役目だし、何より僕達は弟達を愛しているからこそ、そうすることを選んだのだから」とユディシュティラが微笑む。

 

―――その笑みがどこか遠くて、アルジュナは―――

 

 

 

***

 

 

 

「おい、何そこでぼさっとしてやがる」という無遠慮な声にアルジュナは俯いていた顔を上げた。「ドゥリーヨダナ」と名を呼ぶ声が掠れる。懐かしき故郷の夜空に美しく輝いていた星を散りばめた瞳をした男が口を尖らせた。

 

「うーわ。お前に名前呼ばれるの、本当慣れねーな。げ、鳥肌たってやがる」

「…用がないなら、席を外しますが」

「は?馬鹿か?用が無きゃお前に声かけねーよ」

 

キョトンとした顔つきでそう言い切った従兄弟にアルジュナは溜め息をついた。煽りでもなく、本気でそう思っていることが表情から伺えた。そうだった、この男は社交的に見えて実質排他的な男だったと今更ながらに思い出す。生前は怨み、妬み、そして人の子であるというだけで弟達の生命が脅かされていたからこそ、アルジュナにも時折絡んできたドゥリーヨダナだったが、サーヴァントとなりそれさえもなくなった彼に、確かにアルジュナに絡む動機はない。愚問だったとアルジュナは首を横にふって、続きを促した。

 

「…そうでしたね、失礼。で、なんでしょうか」

「ああ、マスターが呼んでたぞ。部屋で待っているだとよ…ってなんだ、いいものもってんなお前。どうしたんだ?その果物」

 

アルジュナは「…レイシフト先で見つけたので、思わず」と言葉少なに答えた。この男の死後のことを、直接伝えるのはなんだか憚れた。そんなアルジュナに構わず、「へーえ。懐かしいな」とドゥリーヨダナが目を細める。「母上が好きだったやつだ」と続けられた言葉に「…貴方ではなく?」とアルジュナは驚いてドゥリーヨダナを見た。

 

「ああ。…オレ達兄弟は鉄のように固い肉の塊として生まれ落ちた為に、最初母上に捨てられそうになってな。結局ヴィヤーサ仙人の助言によって捨てずに育ててくれたんだが、どうしても罪悪感が抜けなくて、幼少期はオレ達に会うのを避けてた節があったんだ。死んだわけじゃないのに、愛していない訳じゃないのに、そんなことで家族が会えないのはなんか悲しいだろう?だから父上に相談して、これを育てて…んで、母上にこれを渡す名目ってことでようやく弟達を会わせることが出来たんだ」

「…知りませんでした」

「知ろうとしなかっただけだろ。まーオレら、互いに興味すら抱いてないからしょうがないが」

 

ドゥリーヨダナは、事実を述べただけだった。しかしそれは生真面目なアルジュナの口を鈍らせるには充分過ぎる言葉であった。「それは、」と思わず口ごもるアルジュナにドゥリーヨダナが首を傾げる。「あ?なんでそんな申し訳なさそうな顔してんだよ。お前はどんだけおこがましいんだ」と形の良い眉根が寄せられた。

 

「あのな、誰もがお前に興味を持つ訳じゃないし、誰もがお前を特別視する訳じゃない。お前は誰かにとって特別だったかもしれんが、オレにとっては特別じゃなかった。ただ、それだけだ。お前なんかついで枠だ、ついで枠」

「では、貴方にとってビーマ兄上は」

「次その不愉快な単語言ったら殺す!」

 

「…大体、この果実の木だって、あんの糞馬鹿が一回引っこ抜いたせいで枯れかけたんだからな?くっそ思い出しただけでも腹が立つ」とぶつぶつとその当時の怒りに身を震わせるドゥリーヨダナを横目に、アルジュナは内心で安堵の溜め息を零した。ユディシュティラと同じ笑みを浮かべて諭す彼に、思わず煽るように次兄の名前を出してしまったが、おかげでアルジュナが知るいつも通りの従兄弟が戻って来た気がした。なんだか見知らぬ男を見てしまったようで、非常に落ち着かなかったのだ。なんだかんだでこの男を理解していた長兄ならまた違った感想を抱いていたかもしれないが。

 

「それ、あげます。私にはもう不要なので」

「本当いちいち腹立つ言い方するな、お前等兄弟は!…まあ、果実には罪はないし、貰ってやるよ」

「ええ、そうして下さい。ではマスターが待っているので私はこれで」

 

アルジュナはそう言って従兄弟に背を向けた。きっとこの男とはこういう関係でいいのだ、と心の底からそう思えた。

 

彼が言ったようにアルジュナの特別にドゥリーヨダナはなれないし、ドゥリーヨダナの特別にアルジュナはなれない。

お互いが、気紛れに声をかけあうだけの関係。

 

不思議と、それがいけないこととは感じなかった。そんな縁があってもいいだろう、と思った。

 

(―――ああ、今なら、兄上の気持ちが少しだけ分かる気がする)

 

 

 

アルジュナはそう、擽ったそうに喉を鳴らして一人笑ったのだった。



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