ウマ娘駆兵は死んだ。
そう揶揄される様になったのは何時の時代からであったろうか。
古くはアレクサンドロスのヘタイロイから、ナポレオン時代の胸甲駆兵まで。その勇猛さで幾万の敵を打ち破り、可憐さでは荒む仲間を和ませ続け、二千年余の長きに渡り戦場の花であり続けたウマ娘駆兵。
その戦場に咲く花を決定的に摘み取ってしまったのは──人類が初めて経験した未曾有の大戦に違いない。
第一次世界大戦。
もっとも当時は
誰も想像だにしなかった。
フランス革命以後、勃興した《国民国家》。
それは国民の人権と選挙権を保証し、中世的な階級制度を完全に崩壊させた。そして国民が均一化された時、彼らは本来地球上に存在しない
産業革命以後、勃興した《資本主義》。
自由な富の流動はグローバリズムを促し、科学の進歩は従来と比較にならない程に加速した。便利に、もっと便利に! その熱量は、何時しか人間が人間らしく在るための哲学の歩みを追い越した。
これら人間社会を進歩させるための
《総力戦》の時代の到来である。
戦争とは前線に立つ貴族だけで完結するものではなくなった。銃後の国民生活──人的・物的資源を国中隅々までひっくり返し、前線に
「クリスマスまでには帰ってくる」
戦場に赴く兵士の言葉として、しばしば聞く表現である。
何をのんきしているのか、と思うなかれ。そう思えるのは、現代の我々に二回の世界大戦の悲惨さが骨の髄まで染み込んでいる故なのだ。
しかし、当時の人々は誰一人として《世界大戦》という大惨事を未体験であった。
クリスマスには戦場から帰還して、功名話を土産に家族と温かい食卓を囲む──そういう未来を、一兵卒から将軍に至るまで
こんなにぞっとする話もなかろう。
つまり、戦争の新しい形態と人民の認知の間には残酷なまでの隔たりがあったという事である。
戦場には古の英雄が示した様な、気高い《
ウマ娘に関しても事情は同じだった。というよりウマ娘こそ、この認知の差の被害者であったと言える。
さてヨーロッパウマ娘の多くは、寝物語に中世駆士の伝説を聞いて大きくなる。
最期の一兵卒になるまで奮闘し
欧州を蹂躙するウマ娘朝モンゴル帝国を稀なる軍略で撃退した、イングランドの大英雄マーシャル。
国家存亡の危機に立ち上がり遂には劣勢を覆し祖国を救済した、フランスの聖女ジャンヌ。
覇権を相争うイベリア半島に万人平等の理想郷を建てるべく奮闘した、スペインの愚者バビエカ。
いずれも国家の危機に毅然として立ち向かった英雄だ。俗に《中世四大駆士》と呼ばれる優駿らに、幼き日の憧憬を懐かないウマ娘など皆無であった。
そして各国の広報局もウマ娘たちの憧憬を重々承知で、それを戦争プロパガンダに利用した。無邪気なウマ娘は瞳を輝かせて戦場に趣き、そして絶望した。
塹壕戦の悲惨さは、ここでは詳しく記すまい。敢えて端的に著すのならば、
それでも兵士は逃げなかった。これもまた従来の戦争では考えられない事であった。
国民国家成立以前の戦争は、貴族と傭兵の戦争である。ある程度戦って、段々旗色が分かってきたら適当な所で逃げ出して、一つの会戦を終結させる事が出来た。
しかし
彼らは己の命より大切な想像上の存在(しばしば国家とか民族とか言われる)というものを信じ、共有していた。なれども近代国家の強さは、その点にこそ拠っており、切り離し難いものであった。
そうして世界は適当な戦争の辞め時というものを完全に見失ってしまった。
人間さんが逃げないのだから、ウマ娘も逃げなかった。
そもウマ娘という人類種は全体的に争い事を嫌っている。それに反してまで戦場に赴く動機は、人間さんが頑張って戦うのを支えたかったからである。決して国民国家などという想像上の産物のためではない。
何時の時代もウマ娘は地面に足を付けて、自分の手の届く範囲のもののために生命を懸けるのだ──そして、
ウマ娘兵の士気は塹壕の中で次々に崩壊した。
元来、ウマ娘兵の士気維持の難しさは昔から知られている。走る事はウマ娘の本懐だ。ただ待機して動かないというのは生物として土台無理がある。
昔の戦争であれば、はちみつを舐めさせるなど一時しのぎで間に合う場合も多かった。しかし辞めるに辞められない塹壕戦はそれも不可能にした。朝夕ともなく降り注ぐ砲弾も、音に敏感なウマ娘の精神を殊更にすり減らせた。
この一種の
事情はどの国も異なるという事がなかった。誰もが早期決戦を望んでいた。今にもシェルショックで戦闘不能になりつつある
即ち、
死んだ目をしたウマ娘兵は、銃剣を両手に次々に塹壕を飛び出して突撃した──そして敵の塹壕を突破する遥か手前で機銃掃射になぎ倒された。何度も何度も、陣営に関係なく、ひたすら繰り返された。
塹壕と塹壕の間には、散華した花が積もり積もった。
愚かだと思われるだろうか? しかし各国は、もはやそれしか戦術を持たなかったのだ。
塹壕とは、敵陣地を回り込もうと掘られる。当然それをさすまいと、相手も塹壕を伸ばす。それを回り込む様に更に塹壕を伸ばす。下手な囲碁を指す様に、無限に塹壕は伸びていき、遂には海岸まで進出してしまった。
国境線そのものが一つの塹壕になった──つまり敵を破ろうとした場合、
そんな事は皆が分かっていた。分かっていて、やるしかなかったのだ。
ウマ娘たちが為す術なく機銃掃射になぎ倒される光景は人間たちの目に焼き付いた。そして思った──
「嗚呼、ウマ娘駆兵は死んだ」と。