「記憶」 〜戦争体験者の言葉〜 作:マッポ
夜ご飯を食べ終え自室に戻り本を開く。どうもこの話から書き方の形式が変わっているらしい。曰く「艦娘へのインタビューを録音したものを文字起こしにする形式から艦娘が実際に日記や手帳、戦闘詳報に記された内容をそのまま掲載する。」
…艦娘の想いがそのまま綴られている。これの意味するところは大きい。なぜならこれまで以上に記された内容はさらに
戦後50年の月日は人々から戦争に関する記憶をゆっくりと、しかし確実に、失わせつつある。一部地域の教育機関では戦史を扱っているところも存在する。
が、学校現場で教えているのは
ときに記憶の歴史というものは非人道的であった出来事を美談に昇華させてしまうこともある。しかし記録の歴史が作られてきたのは記憶の歴史あってこそのものだと僕は考える。うまく言葉では言い表せないが記録の歴史という
…だからこそ、僕は伝えていきたいと思う。先人が遺した、、、
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-航空母艦 加賀 八八艦隊計画によって
航空母艦として進水後海軍の主力として第一航空戦隊所属となる。太平洋戦争開戦時には真珠湾攻撃にも参加。その後もいくつかの海戦に参加し活躍するもミッドウェー海戦にて赤城、飛龍、蒼龍と共に撃沈。
私の意識の中に最初に流れてきたのはこんなものだった。
そして次に流れ込んできたのは映像。空母の甲板から戦闘機が離陸していく光景がしばし映った後に視点が空に移った。そこから見えたのは黒煙。そして大きな鉄塊が炎上している様子だった。よくみると燃えているのは一隻だけでなく他にも二隻は燃えているのが見えた。そしてその中の一隻が私─加賀だと気付いたとき、視界は暗転し意識が遠のくを感じたのだった。
「航空母艦、加賀です。貴方が私の提督なの? それなりに期待はしているわ。」意識が戻ったとき、自然とそう言葉に出ていたわ。そして同時に目に入ったのは白い軍服を身にまとった男。一目見て提督だとわかり同時にやらかしたとも思った。
目の前に立っているのは自分を指揮する上官よ。そんな人間に対して初対面で「期待しているわ」など吐いてしまった。なかなかに気まずい状況だけにこの状況をどう切り抜けようかと考えた結果私は完璧な結論に行き着いたわ。
それは「無」。さも何事もなかったかのように表情をほとんど変えずに接すれば問題はないと判断したの。おかげでその場は切り抜けた―けど後に艦隊の仲間が増えたときに提督が「加賀はいつも無表情だし何言うかわからないから気をつけろよ。」と笑いながら私の方を見て言ったときに「してやられた」と思ったわ。見事にし返されたなと思ったけれどそこで変な対応はできない。結局「だから何なのですか?艦隊として動ければ問題はないわ。」と言ってしまった。
しまいにはこの一件のせいで加賀=無表情・毒舌などいう風評被害が起こったわ。私は感情の起伏は激しい方よ。「加賀」
―閑話休題。こんなことを書いても無駄でしたね、時の経過とは早いものです。
私が最初に所属したのは横須賀鎮守府─俗にいう四大鎮守府ね。当時の戦況はどうにか防衛線を南西諸島沖の方まで戻したというあたりで、かろうじて領海を守る程度の防衛力はあるという有様で特に航空戦力が不足していました。なんてったって私が建造された時の航空戦力が祥鳳ただ一人だったのですからすごいものです。
しかも当の祥鳳は先の南西諸島防衛線*2の戦で大破し使い物にならない状態。そこに
こうしてどうにか戦力になる状態になった私は大本営の意向に従い沖ノ島海域へと出撃したわ。そこは日本の広大なEEZを確保するのに重要だったから出撃したのでしょうけど…国際社会が混乱に陥って機能していない状況だったから意味はなかったと思うわ。
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攻略は結果から言うと快勝―空母の優位性を存分に見せつける戦いになったわ。深海棲艦には高火力を備えた戦艦がいたけれど私の子の前にその自慢の火力は鳴りを潜めていたわ。やはり大艦巨砲主義ではなく空母運用による三次元的攻撃が有効だということをひしひしと感じる戦いでした。手っ取り早く敵首魁を片付けた後帰投しようかというときそれは起こったわ。
─ドロップ
ドロップ自体の説明は受けていた。しかしその確率は非常に低いものだとわかっていたし、ドロップする艦名はおろか艦種さえわからないというものだった。
ドロップした艦の姿が見えたとき私は意識が遠のいてまたあの
航空母艦「赤城」かつて加賀とともに栄光の一航戦と呼ばれたもミッドウェー海戦で沈没。もう見ることは無いと思っていた存在を前に私は我を忘れていたわ(もちろん後でこのことは提督に笑われた)。かなり気分が高揚していた私は意気揚々と帰投、赤城さんのドロップを報告したわ。赤城さんは初めて確認された艦娘ということで大本営で性能テストを行うということで3日ほどいなかった。この間私はあることについて考えたわ。
それは赤城さんがドロップした理由。このころ大本営は日本近海の防衛圏を確実なものとした後で東南アジア方面へ進出するか、それともアメリカを目指して太平洋へと漕ぎ出すかで意見が割れていた。東南アジア方面へ進出すれば莫大な資源が手に入り周辺の国にも多大な恩を売れる。しかしその海域には多数の潜水艦が跋扈していることがわかっていた。当時は潜水艦が全くいなかったからこの案は見送られ、未知の海域の調査も兼ねて太平洋方面へと進出することが決まろうとしていたわ。
そしてそうなると攻略の足掛かりになるのは北太平洋戦域─AL・MI諸島。そう…因縁の場所ね。そこの攻略が決まろうとしているタイミングでの赤城さんのドロップ。
─これはもはや海の「意思」なのではないかと思ったわ。まるで私たちに
思えば、ここで気付いておくべきだったのでしょうけどね
一航戦。第一航空戦隊と呼ばれたそれはかつての日本軍の誇りと驕りを象徴するもの。何の因果か、こうして再び現世に立ったからにはあのようなことには絶対にしないという強い意志が私と赤城さんの中にはあったわ。来るべきAL・MI諸島攻略へ向けて私たち二人の戦意は高揚していったわ。
2023年 2月 17日 大本営発
AL/MI諸島を占拠する中間棲姫の撃破を本目標とした北方海域の大規模掃討戦を命ず
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ついにときはきたわ。私たちだけでなく、艦隊のみんなも、大本営も、みんなが戦意に満ちていた。ほとんどの者が起こるべくしてこの戦いは起こったのだと思っていたに違いないわ。私たちは破竹の勢いで敵艦隊を撃破していった。特に赤城さんは艦隊の誰よりも
覚醒というのはある一定の条件下で艦娘に何か不思議な力が宿る現象のことよ。有名なところだと第二次レイテ沖海戦*4での五航戦のうるさい方が有名なんじゃないかしら。当然、赤城さんには劣りますがね。他にはB環礁での長門(本人は否定)、南太平洋空母棲姫を撃破した戦い(名称は忘れてしまったわ)での翔鶴何かが有名なのではないかしら。赤城さんはあまり有名ではないわ。なぜかって?簡単よ。
赤城さんは
話をAL/MI海戦に戻すわ。チートといっても過言ではない赤城さんの存在...当然AL/MI諸島の攻略は楽勝…と、思われた。しかしそんなことはなかったわ。
深海棲艦側も艦娘が攻めてくることは容易にわかったであろうこの海域では深海棲艦による防衛線が何重にも貼られていたわ。
進んでも、進んでも見えるのは深海棲艦というなかで深海棲艦の取りこぼしは当然できない。とりこぼした深海棲艦に後ろから魚雷を撃たれればひとたまりもないからよ。
しかし処理に時間がかかれば後方からの支援部隊が到着して形勢は一気に逆転する。そんな海域での戦いを強いられたの。
私と赤城さん、飛龍、蒼龍は空を、川内や北上、妙高、長門などは水上艦同士での殴り合い。電や時雨といった駆逐艦は対潜と、一瞬たりとも気を抜けない戦いがおよそ半日は過ぎようかというタイミングで赤城さんの飛ばしていた艦載機から「敵首魁と思わしき部隊を確認」と報告があったわ。ついに敵の本丸にたどり着いたわけよ。
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中間棲姫をはじめとする艦隊はそこはかとない不気味さを持ち合わせていたわ。なにか強烈な目的意識に支配されているような感じだったわね。でもそんなことは時雨から発せられた「回避行動!魚雷がくるよ!」の声で搔き消された。同時に北太平洋海域を巡る最後の戦いの火蓋は落とされたわ。
戦闘が始まるとこれまでにないほどの攻撃が私たちに降り注いだわ。
おそらく私達の未探索の海域に配置していたであろう少なくとも姫級3体分と推定される戦闘機からの機銃掃射,次々と投下される爆弾。幾度となく周囲をかすめた至近弾。油断していると一撃で水底へ沈む魚雷の
しかし私たちもいつまでも圧されているわけではなかった。赤城さんを筆頭に川内、北上、時雨*5とこちらも大本営の最高戦力が揃っていたわ。
ちなみにこの作戦では通常の大規模作戦時のように各鎮守府内で艦隊を組んで戦うのではなく、横須賀、呉、舞鶴、佐世保の鎮守府から優秀な艦娘を選抜し一つの艦隊を組んだわ。間違いなく当時の最高戦力だったはずよ。この方法での攻略がとられたのは第一次ハワイ征討*6のときと第二次レイテ沖海戦での対深海鶴棲姫戦のときだけね。
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私たちの艦隊は電が大破、蒼龍や妙高が中破、私や時雨、川内が小破しながらも敵艦隊をじわじわと追い詰め、ついに残るは中間棲姫のみになった。そして「そんな!退路がふさがれているなんて!」という赤城さんの言葉が聞こえてきたのはほぼ同時だったと記憶しているわ。
あれだけ壮絶な戦いの中で傷1つ付けず、さらには広域の偵察もしていたとはさすが赤城さんというところだったのだけれども、それよりも退路が塞がれているというのことのほうが大問題だった。
私たちの帰るべき道がないのだ。さらに赤城さんから退路に続々と深海棲艦が集まってきていると聞いたとき、私は終わったと思った。
赤城さんも険しい表情をしていたし、艦隊全員が沈むかもしれないという危機感をあの瞬間は持っていたはずだ。そんななか、一人の声が響いた。
「皆さん!まずはあの中間棲姫を倒しましょう!ここまで追い詰めてここでみすみすと撤退してしまっては意味がありません!退路の話はあとです!」
声の主は、飛龍だった。
どう動くかを決めかねていたあの状況での飛龍の一言は艦隊を動かすに十分すぎたわ。再び艦隊は動き出し、見事に中間棲姫を撃破したわ。
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中間棲姫を撃破したのもつかの間、帰れなければ意味はないわ。赤城さんからの報告で退路を塞ぐ深海棲艦の数はゆうに200を超えることがわかっていたわ。これだけの数を処理するのは流石に骨が折れる。しかも深海棲艦の中には姫級、鬼級も複数混じっていた。中間棲姫との戦いの中で消耗した私たちには荷が重かった。
「私が殿をつとめます。」先ほども聞いた声がした。
声の主はやはり、飛龍。
殿をつとめることは死を意味する。誰もがそれはわかっていたし、飛龍は最も理解していたはずだ。長門が考え直すよう口を開いたが、それを遮って飛龍はいったわ。
「皆さんは、生きてください。
そういう飛龍の目は澄んでいて、潤んでいた。そして起つ足は震えていた。
死は誰であっても怖いのだ。
しかし飛龍は言い切った。彼女の中でどんな葛藤があったのかはわからない。しかし彼女は言い切ったのだ。その覚悟を、無駄にするわけには、いかなかった。
「…わかりました。あなたの覚悟は無駄にしません。」ほんの数秒の沈黙を破って赤城さんが言った。
「艦隊は飛龍を殿に撤退を開始!落伍者を出さずに生還しますよ!」赤城さんの声で、艦隊が勢いづく。
艦隊は撤退を開始した。
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撤退戦は私が経験した戦いの中で最も厳しい戦いの一つとなったわ。
味方艦隊からの支援は望めない。艦隊は傷だらけ。そして諦めれば海の底。生きるためには戦うしかなかった。
しかし厳しかったのは数の暴力と、艦隊が十全ではなかったことが大きいわ。中間棲姫という指示役を失った深海棲艦は有象無象の集まりになっていた。しかしそんな中でも数の暴力は厳しいものがあった。
けれど、飛龍は一人動きが違かったわ。彼女は覚醒していたわ。見た目も変わっていた。いつの間にか鉢巻を巻いていたわ。
飛龍の回避行動、艦載機の操り方、その他の行動全てが赤城さんと同じくらいの技量になっていた。飛龍と赤城さんを中心に駆逐艦や軽巡級の深海棲艦を蹴散らし、空母棲鬼も撃破。このまま撤退できようかというときに悲劇はおきた。
瀕死の戦艦棲姫の放った砲弾が、飛龍に直撃したのだ。あっという間に飛龍は大破してしまった。そして同時に艦隊の空気も凍り付いた。
しかし飛龍はなお強く、「かすり傷です!まだ!まだ戦えます!」と言い切り、さらに艦載機まで出した。
「立ち止まっては駄目です!進みましょう!」そんな飛龍の声で艦隊は前進し始めた。
けど、飛龍の航行速度は落ちていて少しづつ私たちの距離が離れていくのがわかったわ。艦隊のみんなはそれが分かっていたと思うわ。誰も後ろを振り返らなかったから
私たちの後ろでは激しい砲撃が繰り広げられていたのが音でわかった。
迫りくる魚雷をよけながら、ふと後ろを振り返った私は、速度を落としながらも戦い続ける飛龍が見え、一瞬、目があったような気がした。
しかしいつまでも
「前に...進んで!」と、涙交じりの声が聞こえたのだった。
私たちは帰還した。作戦は成功した。
飛龍は帰ってこなかった。
AL/MI海戦が終了後も、大本営は支配地域奪還の手を緩めることはせず、私と赤城さんは連日のように出撃したわ。AL/MI諸島を拠点としていたおそらく深海棲艦のなかでの幹部級であろう存在の中間棲姫を撃破した後に深海棲艦の活動が一時的に沈静化したのも大きかったはずよ。
ちなみに...蒼龍は飛龍の後を追うように作戦の2か月後に沈み、妙高は本土防衛戦の大規模空襲で、川内は第二次レイテ沖海戦での夜戦の中で安否不明に、時雨は第一次レイテ沖海戦のときに波間に消えた。生き残っているのは...
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私と赤城さんは幾度となく戦い、殊勲をあげ、進んできた。もはや運命共同体ともいえる私たちの中には「真の一航戦」としての矜持があった。他の鎮守府にいる赤城、加賀には絶対に負けないというね。
そして私たちに大きな大きな転換点が訪れる。