強制執行システムの元を後にして、隔壁が再び閉じてから、無機質なAIの声が話しかけてきた。
《……フロイト。俺が協力を要請されたのは、通信傍受装置の実地テストだと聞いていたのだが》
ミサイルをモチーフにしたエンブレムが、モニタを占領して苦情を言う。わざわざ通信形式で喋る必要はないだろうから、一度こちらの行動を止めておきたいのだろう。
親から指導を受けたのか、それとも判定の変化があったのか、この作戦前くらいから呼び方が変わっていた。一方的に親しみを覚え始めていたAIなので、少しばかり嬉しい。
ともあれ、今回はRaDから借り受けた“人材”だ。もっともな言い分に頷いた。
「ああ、そちらもこの後やるつもりだ。お前を連れてきて正解だったな。さすがに戦闘しながらハッキングなんて芸当は無理だ。標準ツールが役に立ちそうにもない」
《心中させられるのではないかと肝が冷えた。次は、先にボスへ了解を取ってくれ》
「冷える肝があるのか」
《比喩の使い方は間違っていないはずだ。俺には、バックアップがない》
予想外の発言に目を丸くした。
頭目はこのAIを、手塩にかけた存在だと言っていたはずだ。わざわざ危険を冒す理由がわからない。バックアップがない状態であちこちに本体データを移していれば、いつかどこかで不用意に喪われかねないだろうに。
疑問が伝わったのか、“チャティ”・スティックが変わらない口調のまま続けた。
《ボスは俺に、俺自身が『唯一』であることを望んだ。それがボスの望みなら、それに従うのは当然のことだ》
「……わからないな。人間だって予備が作れるなら欲しがるだろうに」
《自己同一性の維持が困難になるのだと聞いている。……だが、興味深い意見だ、フロイト。お前は、お前ではないお前が存在すると仮定したら、そいつをどう思う》
「自分ではない自分」と聞いて、反射的に気分が高揚してしまった。
とんでもなくわくわくする。普通に楽しそうだ。浮足立ったその勢いのまま答えた。
「そうだな、とりあえず戦ってみたい」
《……どうやら質問の方向性を誤ったようだ。修正する》
「だって面白そうじゃないか。できの悪いシミュレーションじゃなく、完全な複製なんだろう? コピーした後の成長は絶対にズレが出るしな。どう違うのかワクワクする」
《そうか。……質問を再算定した。お前が同時に複数存在し、レイヴンは一人しかいないとしたら、彼女は、どちらをどのように選ぶだろうか》
とたん湧き上がった不快感に、思わず口を曲げた。
AIが訥々と続ける。
《複製が可能である以上、お前がオリジナルであるという証明は不可能だ。レイヴンがお前ではないお前を選ぶ可能性も――》
「わかった。撤回する。コピーは無しだ」
《ボスの考えに共感できたようで何よりだ。……ただ、実際、俺自身の見解は少し違う》
「へえ、そうなのか。聞いてよければ聞かせてくれ」
問いかけてから、ふと、不思議に思って首をひねった。
知りたい理由が自分でもわからない。拒否されれば素直に引くつもりだったが、彼は淡々と答えてきた。
《大昔のフィクションに、組織を支える丸いサポートメカがいた。不可解に無駄の多い似たようなパーソナリティで、多少ばかりの個性を持つ、量産型のAIだ。……それくらいに増えて、ボスを手助けできたら、もっと賑やかで愉快だとは思わないか》
拠点内で相手をしていたAC「サーカス」のミニチュアを思い浮かべる。
あれがあちこちうろうろ溢れかえっていたら、さぞかし邪魔くさいことだろう。面白そうではある。
じっくり時間をかけて考えて、ひとつ頷いた。
「いいんじゃないか。提案してみたらどうだ?」
《ボスの気持ちを、ないがしろにすることにはならないだろうか》
「どうだろうな。そうならない気はするんだが、根拠を問われると答えに困る」
《そうか》
「まあ、うまく言え。弟か妹が欲しいとか、そのあたりだな」
ぱちりと目を瞬くような間があった。
予想外だ、という気持ちをたっぷりと込めて、AIが《予想外だ》と口にする。
《俺がそれを言っても、
「同属を求めるのはどんな存在だって同じだろう。俺もそうだし、フランケンシュタインの怪物だって似たようなことを言っていた」
十九世紀に書かれた怪奇小説だ。生みの親たるフランケンシュタイン博士を追い詰め、名すらも与えられなかった怪物はこう迫った。
“おれの伴侶は、おれと同じ生き物、同じ
今なら、あの台詞がよくわかる。
欲しいのは瑕疵なく完璧な「理想の存在」などではない。自分と「同じ」存在だ。違いすぎることをやっと思い知ったからこそ、一番大事な部分が「同じ」であることを、この上ないほど
ACが好きであること。お互いとの戦いを楽しめること。道義的におかしかろうが人道に反していようが、何度やり直しても、きっとそこだけは変わらない。変わらないと信じられる。
こんなもの、運命以外の何物でもないだろう。片割れの存在があるだけで、この人生は退屈と無縁だ。
チャティが思案げに沈黙し、ややあって訊ねてきた。
《……きょうだいではなく、伴侶を求めるべきなのか》
「どうだろうな。まあ、どちらであっても言えるのは一つだ。自分が欲しいわけじゃないならやめておけ」
《興味深い意見だ……。しばらくの間、検討してみよう。感謝する》
「感謝か。それはいいな。俺も大分成長したと思わないか?」
《そのようだ》
淡々と肯定されてしまったので、今さら冗談だとは言えずに肩をすくめた。
「……思いのほか長話になったな。そろそろ仕事に戻るか」
《了解した。先に、仕事の内容で一つ確認を行いたい》
「何だ?」
《“寄り道”の理由だ。俺も、オールマインドと同様の疑問を持っている》
「何をしに来たのか、か?」
《そうだ》
単なる興味ではなく、協力組織としての問いかけだろう。
返事の内容はどちらであっても変わらない。チャティが会話表示を隅に移動させたので、機体の広域レーダーを作動させながら答えた。
「聞いたままなんだが、『システム』の反応だの感触だのを見たかった。目的は……そうだな、交渉可能な相手かどうか、あたりか」
《それをボスに言わなかった理由は、ただの怠慢だろうか》
「鋭いな。当たりだ」
勝手にシステムとの交渉にまで入るつもりはなかったが、事前に申告していたらあれこれケチをつけられたことは想像に難くない。けろりと答えると、沈黙したチャティが、二秒置いてため息を返した。
オールマインドより抑揚がない一本調子だというのに、こちらのほうが人間めいた感情を感じさせる。不思議なものだ。
《ボスには発言どおり報告させてもらう。仕事を進めよう。……一つ上の階層に熱源反応がある。相当数での乱戦のようだ》
「乱戦? この時期にか」
《アーキバスとベイラムの両勢力によるもののようだ。大多数はMTだが、ACと思われる反応も複数。……解析完了、まずはアーキバスの回線を傍受する。続いてベイラム回線の取得と解析に移る。切り替える際には指示をくれ。予測では187秒後に可能となる》
「わかった」
いつも思うのだが、この手の秒数はどの時点からカウントするのだろう。話し始める直前だろうか。
それはさておいても、RaDのサイバー戦能力は舌を巻くレベルだった。アーキバスの通信について情報漏洩は一切行っていないにもかかわらず、いとも簡単に部隊間通信を傍受してみせたらしい。
前回敵対した際、オーバーシアーを相手に後手後手に回らせられた理由がわかろうというものだ。
僅かなノイズを挟み、通信回線の音声が、狭いコクピットに響き渡った。
《V.――、第5……の投入を確認! 12秒後に接触します!》
《ユニットを崩すな! 孤立せず数的多数を維持するように!》
切迫した叫びは女のものだった。ヴェスパーの紅一点、V.Ⅵ メーテルリンクだ。
レイヴンに足踏みを要求した影響でいまだレーザー防壁は破られておらず、ヴェスパーの隊長格が参加するような作戦は耳に入っていない。ざらつくような違和感を覚えたとき、オペレーターが押し殺すような声で報告した。
《G1 ミシガン、「ライガーテイル」の機体反応――予測座標を表示します!》
《来たか……! 全機、交戦距離を維持! 追わせてミサイルの波を味合わせてやりなさい!!》
思わず身動ぎした。
ミシガンの相手を第6部隊にさせているというのか。博打だろう、と思わずスネイルの判断を疑う。レーダーが捉えた機体反応の数も尋常ではない。
――まさかの、決戦といった様相だ。
レイヴンや
自分抜きでこんな面白いことをやられるのは度し難い。俺でいいだろう、という
IFF情報がレイヴンのものでなければ、実際そうしていたかもしれない。
ぶつかるようにシートにもたれる。苛立ちに任せて舌打ちしたところへ、ミシガンのダミ声が響いた。
《V.ⅠでもG13でもなく、ただの小娘をこの俺に差し向けてくるとはな! 貴様らの指揮官はよほど嗅覚が鈍ったと見える。思い上がりのつけを支払ってもらおうか!!》
おそらく、敵への挑発であり味方に対する鼓舞であったのだろう。
その発言だけで戦況を察するのは難しかった。豪胆な性格に似合わず慎重な男だ。仮に圧倒的優勢であっても、同じことを言うだろう。
対するメーテルリンクの冷笑は、明らかに、味方を意識した計算的なものだった。
《……その小娘が率いる精鋭を相手に、どれだけの損害を出したと? 実に滑稽だな。カビの生えた精神論だ》
誰かを思わせる煽り文句だった。
ミシガンには効かないだろうが、レッドガンのMT部隊には効果覿面だろう。
案の定膨れ上がった殺気とともに機体反応の動きが増す。それはミシガンとG2が抑制の声を飛ばさなければならないほどで、レッドガンという体面を重視する組織の性質を、如実に顕していた。
ただの勘でものを言うなら、これでようやくイーブンだ。
支援特化のG2を伴っている以上、ミシガンに死角はない。ただでさえ、切り札の無人僚機を既にこの二人へお披露目してしまっているのだ。第6部隊の有人ACは隊長であるV.Ⅵと、同じくMUM-T計画に参加している副隊長のみ。鹵獲したばかりのLCが数機配備されたと聞いているが、機種転換から大して時間が経っていない。押し切れるかどうかは微妙なところだ。
つくづく、理解に苦しむ。
無謀な作戦の目的が見えない。それとも欲目で過大評価でもしているというのか。――あの男に限って、そうもわかりやすい計算違いを起こすとは思えないが。
戦況は拮抗していた。一進一退、機体反応が消えるペースで見るならアーキバスがやや有利か。思った以上によくやっている。
一度傾いた機嫌がだんだん回復してきてしまったほどだ。そういえば、今の第6部隊を相手に単騎で模擬戦をしたことはなかった。
「なあ、カメラ映像は取れないか?」
《ボスなら可能かもしれないが、俺の手には少々余る》
「そうか……」
せめてこっそり遠くから見たいものだと思ったが、さすがに気づかれないのは無理だろう。
――いや、レイヴンのふりをして、気づかれたら何食わぬ顔で仕事を受けるというのはありだろうか。ありかもしれない。
《……フロイト。乱入するつもりならACを強制停止させる》
「なんだと? いつの間に仕込んだ」
《俺をこの機体に招いた時点で予想はできたはずだ。今はレイヴンの危地でもない。自重を要求する。……この機体の出どころがRaDだというのは明白だ。今の時点で、お前の関与を示す証拠は残せない》
「喋らなければいいだろう」
《それでバレないと思っているのはお前だけだ》
あまりに淡々とした断言だった。なぜ自分が関わる存在はことごとく仕事ができるのか。
憮然として黙り込み、大人しく通信に耳を傾けた。
《遠距離支援MTの損耗率、60パーセント……V.Ⅵ、これ以上は……!》
《ユニットを2つに変更、B-2-1! 最優先目標は変わらない。必ず落と――……》
蹴飛ばすような音が鼓膜を叩く。
唐突に、通信が途切れた。
妙なノイズが直前に走ってはいたが、傍受に気づかれたわけでもないだろう。
怪訝に思った瞬間、広域レーダーに映る機体反応が、軒並みロストした。
――何かが起きた。どうしようもなく破滅的な、
《フロイト、これは……》
「……レーダー妨害ではないな」
《……ああ。機体反応が実際に消えている。生体反応はいくつか拾っているが、ごく、わずかだ》
言葉に迷うような一秒が、AIの気遣いを感じさせた。
シートに
胸にわだかまるような何かがそうさせた。言い表すには難しく、気のせいだと思うには存在を主張してくる。
「……アーキバスに戻る。……その前にRaDか。連絡を入れておいてくれ」
《承知した》
- / - -
戻った進駐拠点は騒然としていた。
隊長格が喪われるのは久々だ。情報収集と機体の回収手配に追われているのだろう。あちこちで上がる怨嗟は、ベイラムと惑星封鎖機構に向けられていた。そのどちらかだと断定しているようだ。
誘導があったのだとわかりやすいほどに、明確に。
騒ぎを横目に拠点内を歩いていると、こちらを見つけた副官が足早に近づいてきた。
隣に並び、低い声でささやく。
「……お戻りでしたか。ご無事で何よりです」
足を止めず、ちらりと目だけを向けた。傍を歩く副官が、わずかばかりその肩を持ち上げる。
ウォッチポイントに潜り込んでいたことを察していたのだろう。勘のいい男だ。
地中深くの紛争地など生身で入る場所ではない。ロックスミスはデポに取られているこの状況だ、ACを別に用立てたことも気づかれていたか。
「ただの新兵器開発にしては、時間をかけすぎです。おそらくスネイル閣下も気づいていますよ。……シュナイダーの次はRaDですか。今度はどんな変態機だったんです?」
「わりと地味だった」
新型機ではないのだから当然だ。嘘はついていない。
それを“期待外れだった”と受け取ったのか、苦笑が返ってきた。
状況が状況だ。すぐに口元を引き締めて視線を戻したが。
「第6部隊の件、お聞き及びかとは思いますが――」
「ここでしていい話か?」
「時間がありませんので。……把握されているようですね」
潜めた声が苦々しく絞り出した。
スネイル肝いりのMUM-T計画の中核をなしていたこともあり、今の第6部隊は色々と優遇されていた。それが壊滅した。状況が錯綜しているにも関わらず早々にそう断定され、アーキバスは救援ではなく、後始末を方針として動いている。
あちらはG1とG2という、主力中の主力が揃っていたのだ。このタイミングでベイラムがレッドガンを処分するとは考えられない。惑星封鎖機構の攻撃に巻き込まれたというなら理解はできるが、それならば先遣隊の時点では攻撃を行わずに見過ごし、両企業の戦闘を予想して、好機を待っていたということになる。
どちらであっても、違和感のある話だ。
そしてもう一つ、もっとわかりやすい可能性がある。
それを副官は直接口にせず、押し殺すように言った。
「想定の上を行きました。あまりに不可解で、他人事とするには不穏が過ぎます。……隊長、自分は――」
不意に、副官が口を噤んだ。
足を止めて敬礼を向けた先には、神経質な戦域指揮官殿の姿があった。
常と変わらない冷ややかな表情だ。だからこそ違和感を覚えた。――わかりやすすぎる。
どうやら上層部との通信中のようで、声だけは慇懃だった。
「……ええ、ええ。分かっております。ご心配は無用だと近く証明いたしましょう。レッドガンの排除に成功した今、残る障害は、惑星封鎖機構のみです。……ええ、お力添えに期待しています。コーラルは必ずや、アーキバスの手元に」
最後のフレーズには真情がこもっていた。
通信を切ったスネイルが、目を眇めてこちらを見る。
「戻りましたか、フロイト。そろそろ遊びを切り上げてもらいましょう」
「やっとロックスミスを返す気になったか?」
「先行調査要員がレーザー障壁の破壊に成功しました。状況が動きます。ブリーフィングルームへ同行を」
肩を竦めて副官を見た。表情を消した副官が、無言で目礼して立ち去る。それを少し見送り、踵を返してスネイルについていった。
お忙しい指揮官様が、わざわざ通信ではなく出迎えに来たのだ。今回は逃がさないという確固たる意思を感じる。
逃げるつもりは特になかったが、まあ、日頃の行いというやつだろう。
扉が閉まり、勝手に椅子へ座って、投げ出すように訊ねた。
「ミシガンは死んだのか」
スネイルが目を眇め、ブリーフィングルームのモニタへ情報を示した。
「――コクピットは空でした。出血量からして、生存の可能性は低いでしょう」
「そうか」
映像は鮮明だ。採掘場にも似た空間が一面焼け焦げ、あちこちに散らばる破損機は原型を留めていないものが多い。多少の戦略核程度ではない、高威力な範囲攻撃に曝されたのが見て取れた。
「ケートス」を屠った多薬室原子砲と、印象は似ていた。
無残な残骸の一つ、レッドガンの緑がかろうじて残る4脚ACがピックアップされる。ハッチが開いていた。
G2の死亡は確認できたのだろう。レッドガンはあの状況で、弔うために死体を回収するほど感傷的な組織ではない。だったら、おそらくミシガンは生きている。――生きて「いた」、の可能性もあるが。
「ライガーテイルの鹵獲には成功しました。破損状況がひどく、大した情報は得られそうにありませんが……多少の足しにはなるでしょう」
「へえ」
「あれは一応、ベイラムの最高性能機です。貴方も興味があるのでは?」
紛れもないエース機だ。興味のありなしでいうなら勿論ある。
ライガーテイルはかなり好きなACだが、今のところは、会いに行こうという気分にはならなかった。本人が死んだのならまだしも、家主の留守に押し入るような真似だ。気が乗らない。
無言で肩をすくめる。
スネイルは眉を顰め、咳払いをして続けた。
「……もう一点、G3が軍門に降りました。戦力としては大して価値がありませんが、レッドガンを壊滅させるために十分な『手土産』を持ち込んでいます」
「へえ」
「上位三名が立て続けに失われた以上、ルビコンにおける作戦の継続は不可能。ベイラムはここを引き時と判断するでしょう」
「そうか」
立て続けの生返事にスネイルが顔を引きつらせたが、長く重く、苛立ちの篭もったため息を深々と吐き出すだけで終えた。
小言も言わず、怒鳴りもしない。
椅子に凭れたやる気のない体勢のまま、その神経質な顔を見上げた。
「前置きはそのくらいでいい。それで? お前は、俺をどう使う気なんだ?」
「……惑星封鎖機構の増派艦隊到着は時間の問題です。それを踏まえ、貴方には残存勢力の追討作戦を任じます」
「なるほど。合理的だな」
「受け入れ態勢が整っているか否かで、序盤の作戦展開速度が大きく変わります。遊びの余地はありません。徹底的な蹂躙を」
自分とレイヴンが襲撃作戦に参加しなかった影響か、アーキバスが惑星封鎖機構に与えた打撃は以前ほど大きくない。
さっそく惑星封鎖機構とやり合うことになるが、この辺りは向こうも織り込み済みだろう。残存勢力は一箇所に集中しているわけではない。初めの作戦地でスネイルの要望通り「徹底的な」攻撃をじっくり仕掛けていれば、その間に別拠点を動かすはずだ。
諜報情報と作戦内容を一通り確認し、特に修正を入れずに受諾して、席を立った。
ふと、足を止めて振り返る。
「MUM-T計画は放棄するのか?」
「いいえ。第8部隊にて継続します」
「無駄が多いな。……なあスネイル。多分お前、自分で思っているよりポーカーフェイスがうまくはないぞ」
「……何の話です」
「これだけの損害を出したんだ。いつものお前なら、もっと機嫌が悪い」
スネイルが無言で眼鏡を押さえた。
無自覚だったとは恐れ入る。
「お前らしいと言えばそれまでだが、わからないな。このタイミングで第6部隊を捨て石にする必要があったか?」
「……捨て石などと、人聞きの悪い。彼らは最大限の成果を上げたのです。相応に報いるべきでしょう」
「死人に報いてもなあ」
「遺族に施せば体裁は整います」
“
徒労を感じながら、とりあえず続けた。
「俺でも、四番でも良かっただろう。……あいつは、お前に忠実だったと思うが」
「分をわきまえない手駒は無能者よりも有害です。貴方もよく知っているでしょう、フロイト」
一瞬、言葉の意味を掴み損ねた。
唖然としてスネイルを見た。きっと目が丸くなっていただろう。
感情を排した無表情が、努めて冷然と見返してきた。
――“処分”だったのか。
哀れみに似た感情を覚えた。あれほど心を砕いて、スネイルのために
「……ドン引きしたのは久々だ。すごいな、お前」
「心外ですね。駄犬と楽しく殺し合っている貴方に、常識を説かれるとは」
「殺し合ってはいない」
「同じことです」
きっぱり返されて一瞬納得しかけたものの、やっぱり違うんじゃないかと思い直した。
殺したいわけではない。今はもちろん、前回だってそうだった。
レイヴンが敵に回ったところで、それを裏切りだの何だのだと感じることはなかった。立ち位置と遊び方が変わっただけだ。どうあろうが自分にはあの女が必要で、執着と愛着は、離れても変わらずそこにあった。
……ちょっとうっかり、全人類を巻き込んでしまう遊びに興味を持ってしまったから振られただけで。まあ、それも結構楽しかったのだが。
その「遊び」に勝ったのがレイヴンだったというだけだ。メーテルリンクと比べるには、元より根本が違いすぎる。
こいつはどっちなんだろうな、と首を捻った。
最初から自分以外の誰をも信用していないのか。価値を感じてはいなかったのだろうか。結果的にやむを得ず選んだか、それとも、弱味を消すために切り捨てたのか。
これは、いわゆる身辺整理ということになるのだろうか。
まだコーラルを手に入れる目処など立っていないだろうに、気の早いことだ。
「……まあ、お前が決めたことだ。お前がそれでいいならいいんじゃないか」
「わざわざ貴方の許しを得る必要も感じませんね」
「だろうな」
だったらなぜ喋ったのかと思わないでもないが、批難する筋合いもない。
必要だからそうしたまでだと、冷徹を装った態度が言っていた。この男らしい話ではあった。
ままならないものだ。
これ以上の問答は無価値だろう。改めて部屋を後にしようとしたとき、通信が入った。
《――スネイル。首席隊長もそこにいるね。少し、話がしたい》
V.Ⅴ ホーキンスは、いいだろうかとは訊ねなかった。
この上なく苦々しい声で続ける。
《君の判断は尊重したいところだが、さすがに度が過ぎているよ、スネイル。……こんな方法を取る必要は無かったはずだ。ロックスミスを押さえてまで、どんな目的でこの作戦を採用したんだい》
「貴方が口を出すような案件ではありませんが……まあ、いいでしょう。それが最善の手だったからです。それ以上に何があるというのです」
《“最善”? 無用な犠牲を払うことを、君は、ルビコン戦域指揮官として、“最善”だというのか》
「何をもって無用だというのです。……第6部隊はとうとい犠牲でした。しかし、それに見合う成果をもたらした。彼らの功績を侮辱するつもりですか、V.Ⅴ」
空々しい言葉に、ホーキンスが息を震わせて吐き出した。
スネイルの冷淡さにも、ホーキンスの憤りにもいまひとつ理解や共感を覚えられないまま、二人の応酬を聞く。
《……組織を作るのは人間だ。この選択が、君個人の利益を追求したものではないと胸を張って言えるのかい? ……ヴェスパー内にも動揺が広がっている。君の部下たちは、君が思っているほど、都合のいい愚か者ばかりではないんだ》
「愚かでないというならば、この成果を評価することでしょう。それができない人間は、ただの愚者です」
《……スネイル。君はV.Ⅱだ。……意味も薄く切り捨てられるのが、君自身だったとしても、同じことを言えるのか……?》
「馬鹿馬鹿しい。“アーキバス”にとって、私を切り捨てる以上の不利益など存在しません」
大した自信だと舌を巻いた。空気もわきまえず笑ってしまいそうになったので、かろうじて口元を押さえる。
ホーキンスが沈黙した。
それは、あらゆる意味で、返す言葉を失ったせいだ。
自分でさえわかることを、スネイルは理解しない。いや――理解する価値を感じていないから、軽蔑して切り捨てる以外の選択肢がないのだ。
やがて、ホーキンスは大きく息を吐いた。
《……よく、わかったよ。……無駄口を叩いて悪かったね、スネイル。時間の浪費を謝罪しよう》
「結構。貴方は、貴方の仕事をすることです」
何一つ察しないままスネイルが応じる。おそらくは、鷹揚さを示したつもりで。
――メーテルリンクは、これに気付いていたのだろう。
前回と今回で、変わった人間は多い。だが、スネイルは変わらなかった。変化したのは判断材料だけだ。この男はただひたすらに、この男にとっての合理性に基づいて生きている。不合理を含んだ、足を引っ張る他人を見下して、なぜ思うように動かないのかと苛立ちすら覚えながら。
これこそを哀れむべきなのだろうが、なぜだろうか、うまく行かなかった。
不思議に思いつつ、何もなかったかのように自分も話を切り上げる。
「スネイル、30分後に第1部隊でブリーフィングをやる。作戦の詳細を送っておいてくれ。開始は明日以降だ。お前が決めていい」
「……いいでしょう。そのように」
周囲の忠告も嫌悪も、嫉妬や好意も、すべて切り捨てて上り詰めてきた男だ。
だからこそ、
こちらはこの男が望む戦果を、この男はこちらが望む快適な環境を。お互いに、望むものを与えあえていたからこそ続いたバランスだった。
釣り合っていた利用価値が崩れたとき、この男の傍らには、何が残るのだろうか。