進撃! 犬耳機動部隊   作:神谷萌

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Chapter-47

 ミルン湾の連合軍拠点壊滅の一報を、ウィリアム・フレデリック・ハルゼーJr.はニューカレドニアのヌーメアで受け取った。

 アメリカ合衆国第61任務部隊(Task Force 61)は、()()()()() ()Battle of South Solomon sea(第二次珊瑚海海戦)() は開店休業状態だったが、11月に入って、空母『ワスプ』と『レンジャー』が配属されてきて、体裁が整ったところだった。『ワスプ』の復帰は急がれていたが、第一次珊瑚海海戦で大破した『ヨークタウン』を強引に復帰させた結果、ミッドウェイ沖海戦であっさり喪失する結果になったことから、『ワスプ』の復帰は突貫工事ながら慎重を期する結果になった。

「これだけの大艦隊が動いていたにも関わらず、情報部は何をしていた! レッドマンの野郎は口だけか!!」

 第一報を受けたハルゼーは、激昂した様子で荒い声を張り上げた。

 ジョン・ローランド・レッドマン大佐は、海軍作戦部長室海軍通信第20部Gセクション(OP-20-G)の戦闘情報セクションのリーダーだ。暗号解読セクションのジョセフ・ヌマ・ウェンガーとともに、10月から対枢軸全般の海軍通信情報の解析を担当している。

 それ以前は、HYPO、太平洋艦隊無線部がそれを担当していた。しかし、2月頃から生じていたOP-20との権力争いにより、徐々に立場を危うくされていた。ミッドウェイと南ソロモン海での敗北は、それを決定的にした。

 ハルゼーは、ミッドウェイでの敗北に関してはHYPOを擁護する立場にいた。HYPO自体は仕事をやり遂げていたからだ。 “神のいたずら” があの海域にチハーキュ艦隊を呼び入れなければ、ここまでの惨敗とはならない可能性は充分にあった。

 だが、南ソロモンでの敗北の直後、HYPOのリーダーだったジョセフ・ジョン・ロシュフォートが提出した報告書は、彼とHYPOの運命を決めてしまった。

「太平洋方面の枢軸軍は、地球のどの言語にも属さない言語で通信している」

 これがロシュフォートの、そのレポートの端的な要約だった。

 これを聞いてなお、ハルゼーはロシュフォートに同情的だった。何もおかしい事がなかったからだ。

 犬人間(パピー)共は異世界からやってきた。異世界の言語で会話している事は、当然に考慮にあって然るべきだ。むしろ、平文通信を傍受したときに、日本語でくっちゃべっている事の方が不自然なのである。

 

 ──── 実際何が起きたのかと言うと……日本海軍の暗号の管理の杜撰さは、潜水艦への意識の低さと同じぐらいチハーキュ帝国陸海軍の頭痛の種になった。

 なにせ、本来一斉に交換する事が前提のコードブックを、順次交換を行ってしまって、結果、新旧のコードで同じ内容を送信したりしているものだから、せっかくコードブックを刷新してもすぐに破られた。

 よく、日本はドイツのエニグマ暗号機をベースとした九七式暗号機を過信しすぎていた、と言われるが、実際に次から次へ破られるのはこれが原因である。同系統の暗号機を使っていながら、日本陸軍はコードブックの管理が厳密だったため、連合軍は海軍に比べると遥かに苦労させられていた。

 この有り様だから、チハーキュ帝国陸海軍は自前の統一192年型暗号機の地球での運用を躊躇った。

 この暗号機も、エニグマなどと同じ機械式暗号機だが、ローター部分が紙パンチディスクと接触ピンでできている事が特徴だ。

 換字2ディスクと転置1ディスクで構成されるこの紙パンチディスクは、コード刷新時にはディスクごと交換する。

 紙パンチディスクには硬化・高保存処理が施されているが、遺棄が必要になった場合は、処理が施されているとは言っても所詮は紙なので、火を()ければ燃えるし、火が使えない場合は硬化処理層に傷を入れて水に浸ければふやけてしまって正確な読み取りが不可能になる。

 段数の少なさがウィークポイントではあったが、チハーキュ帝国陸海軍、及び外務省はこの暗号機に絶大な信頼を寄せていた。寄せていたが、だからこそ、コードディスクの管理は常に厳格に行われていた。

 日本海軍にこれを預けて、世代の違うディスクで同一の電文を送られるなどしてはたまらない。

 そこで、しばらくは日本海軍との通信は、基本の暗号は日本のものを使い、通信原文をチハーキュ帝国第1公用語であるカムイガルド語にして、相手を撹乱することにした。

 連合軍側で突然暗号解読ができなくなった、と誤認識したのはこれが原因である。 ──── 閑話休題。

 

 だが、このロシュフォートのレポートは、HYPOの情報解析能力が不充分であると、対立する勢力の主張の正当化に使われてしまった。

 そうして情報収集の一本化をしたOP-20-Gだったが、レッドマンと彼に加担した勢力が、米海軍以外の情報部門との情報共有に否定的だった事が、一本化による効率の向上を妨げる結果になっていた。

 そのような背景もあって、ハルゼーは、情報収集不足による実際の損害以上の苛立ちを感じていた。

「いや……」

 激昂の様子を見せていたハルゼーだったが、ひとしきり怒りを発散すると、思考を巡らせた。

「ミルン湾の施設に対して、攻撃は施したが、上陸はしていないということは……」

「南下を企図したものではない、と」

 ハルゼーの参謀長、マイルズ・ラザフォード・ブラウニング大佐は、その言葉を先読みするかのように、眉を歪ませながらそう言った。

「そうだ」

 ハルゼーは、満足したような表情をブラウニングに向けて、そう言った。

 オーストラリア本土方面への進攻が目的であれば、ミルン湾へ陸上戦力を上陸させるのがセオリーだ。

 そうではないとしても、同時にポートモレスビーや点在する連合軍基地に、 Re4(Helga) ……──── Knockoff B-17による爆撃も開始されるはずだ。

 そうなると ────

「ガダルカナル島の完全再占領作戦だ!」

 ハルゼーは、そう結論付けた。

 ラバウルからガダルカナルまでの航路を攻撃し得る、連合軍拠点を潰してまわり始めた、そう考えるのが合理的といえた。

「そうすると、次はここ(ヌーメア)ということになります」

 ハルゼーの司令部のスタッフが、少し驚いたような顔をしながら言う。

「すべての艦を出港させる」

 ハルゼーは、落ち着いた声でそう指示した。

「ハワイに上申しろ。戦艦をリーの元に集めろと」

 現状、この付近で活動している米海軍の戦艦は、ノースカロライナ級の『ノースカロライナ』『ワシントン』と、サウスダコタ級のネームシップである『サウスダコタ』の3隻が、第61任務部隊下の各群と、ウィリス・オーガスタス・リー少将の指揮する第64任務部隊に分散配置されていた。

 ハルゼーは航空主兵論者だが、今手持ちにある空母戦力は甚だ心許なかった。ミルン湾に押し寄せた枢軸軍機は250~300機と見積もられていた。少なくとも大型空母4隻が動いている計算だ。ワスプとレンジャーの2隻では、牽制することがせいぜいだろう。

 ハルゼーとしては不本意ではあったが、艦隊決戦で敵に損害を与えて、敵が撤退することを期待する以外にない。

「しかし……────」

 ハルゼーの意図を察しつつ、口の中が乾ききった様子で、ブラウニングが言う。

「敵の戦艦は6隻、うち2隻は、ティモール交渉で確認された “モンスター”(ユリン級) の可能性が極めて大です……」

 数だけでも、倍の差がある。それに加えて、ノースカロライナ級、サウスダコタ級は海軍軍縮条約明けの新しい艦だが、大きさではシルヴァーナ級と大差がない。主砲口径も同じ40cm。

 建造時期はほぼ同じだが、排水量で2万トン以上巨大なユリン級は、より強大な存在であることは用意に想像がついた。

 空母戦力の較差も考えれば、退避・撤退を優先に考えなければならないところだが ────

「ガダルカナル島には2万人近い味方が上陸している」

 ハルゼーは、乾いた、硬い口調で言う。

「これを見捨てて逃げ出すわけには行かない」

 注ぎ込んできている戦力、そのリソースを考えれば、ガダルカナル島完全再占領か、あるいは新たな戦力目標への進攻である、と考えるのは自然だった。

 実際には、この時点では戦闘による消耗と、物資欠乏、伝染病への罹患、等により、ガダルカナル島の連合軍兵力は7,500名強にまで減っていた。通信も混乱していて、マッカーサーの司令部もこれを正確に把握していなかった。

 いずれにせよ、海軍が自身の保全を優先して撤退したとなれば、全軍の士気に関わる。政治的な問題にもなるだろう。あるいは降伏して大量の捕虜を取られれば、プロパガンダに利用されかねない。

「戦艦の連中にだけ、死んでこいと言うかね?」

「いえ」

 ハルゼーが、引きつった笑みを浮かべて問うと、ブラウニングは視線を下へ反らした。

 

 

 11月11日(枢軸軍基準)、正午ごろ。

 ルイジアード諸島、バナチナイ島南方沖。

 チハーキュ帝国海軍第71任務部隊は、ミルン湾での消費を補充していた。

 戦艦ユリンも、ミスリオラ級補給艦『スピネルナ』と並走しながら、弾薬の受取を行っている。ミスリオラ級は基準排水量では16,200トンで、国際海運協会推奨規格9,850トン型(総トン)の、エボールグの科学同盟圏における規格型貨物船をベースにしている。

「チハーキュは軍艦の補給も機械力か……」

 年間最低気温も20℃を割ることのほとんどない熱帯の日差しを浴びながら、観戦武官として乗り込んでいた辻政信大佐は、その様子を甲板上に出て見学させてもらいながら、呟いていた。

「並走時鋼索懸垂機方式と言いまして」

 ユリン艦長、フリーデルン・エミーリア・ドラーケンフェルト大佐は、感心した様子で見上げている辻に、そう説明する。

 2隻の間に軌道となるワイヤー2本が渡されて、それに搬送機がぶら下がるロープウェイを構築されている。それが、2対、スピネルナのホイールボックス前後に設けられた作業デッキから、ユリンに伸びている。

「我が海軍は同盟圏の安全のため、遠征することも多いですから、このような方法も開発されたのです」

 スピネルナは機帆併用だが、当然、風の影響を受けないようにするためと、作業に干渉しないようにするため、帆は全て畳んでいる。

 周囲が遠目にしか島の見えない大海原の上、ユリンの巨体では感じにくいが、スピネルナのセミインボードの外輪がゆっくり回っていることで、微速で進んでいる事が解る。6ノット、約11km/hで、人間が生身で駆け足している程度の速度だ。

 ユリンとスピネルナの間には、機関指示器(エンジン・テレグラフ)をスピネルナの方で総括指令するための信号線も渡されている。両艦の艦橋では操舵手が緊張した面持ちで舵輪を軽く握っている。

 この方式で1時間に55トンの荷物を一方へ運ぶことができた。

「順番が逆になったかな?」

「え?」

 搬送機が行き来している様子を眺めながら、辻がボソッと呟くと、それを聞き取り損なったフリーデルンが反射的に聞き返す。

「いえ。我が帝国陸軍にもこのような技術があればと考えただけですよ」

「ああ、なるほど」

 フリーデルンは、辻の苦笑交じりの発言に疑問を抱いた様子もなく、微笑みを浮かべてそう言った。

 疑問を抱くも何も、日本もチハーキュも敵前上陸の任務は陸軍の受け持ちなのだ。海軍も拠点防衛用に陸戦隊を持っているから勘違いされやすいのだが、これらの規模はアメリカやイギリスの海兵隊に比べて遥かに小さい。

 辻の言葉には、大日本帝国陸軍としてより深い内省が込められていたが、フリーデルンに通じるのはとりあえず、表面的なものだけで充分だった。

 一方、ユリンの戦闘艦橋。

 チハーキュの大型艦の艦橋は、作戦指揮に充分な容積が確保できるように奥行きが深い。装甲の下の司令部公室もあるが、一度戦闘が始まったらこの戦闘艦橋で全ての情報がやり取りできるようになっていた。

「第72任務部隊、アリーネ中将より入電。『まもなく補給完了見込み、予定通り出発する』以上です」

「了解」

 通信内容を伝えられたカティナは、まずは短く、オペレータに返答してから、

「こっちも遅れるわけにいかないわよ、補給ばかりじゃなくて、艦もいつでも作戦に入れるように準備しといてね」

「了解!」

 

 

 第71任務部隊の補給地点から、ほぼ真東に150km。

 シュパッ!

 レムリアスの着艦制動策をアレスティング・フックで掴み、Se12が着艦した。

 その双尾翼には、まだ所属が描かれていない。

 航空主兵を主体に置くにあたって、空母の継戦能力の維持が問題になった。

 どれだけ損害を小さく抑えても、出撃を繰り返せば、空母の作戦能力は徐々に減っていく。

 そのため、ホワイトアローの24機で始まって、トヨカムネア級は72機、レムリアス級は96機、イステラント級でついに108機の大台に達する、と、大型化による搭載機数の増加は、単純に能力の向上だけではなく、ある程度の損失を飲み込むことが可能なようにしてきたわけだが、これには限界がある。

 そこで、遠征を主眼に入れたチハーキュ帝国海軍では、航空機と搭乗員を運び、後方から分隊(2機)単位で空母に補充する艦を用意した。

 そうして建造されたアズライトゥス級航空機輸送艦は、 …………まぁ、チハーキュの感覚でも「なんじゃこれ」

 船体は他の輸送艦同様、推奨規格型9,850トン型だが、飛行甲板を張れば当然、帆走は諦めることになる……のが嫌なので、飛行甲板の取り付け方をずらして、艦首と艦橋後部に大小2つの円筒帆を取り付けた代物が出来上がった。

 この円筒帆は、地球ではマグヌス効果と呼ぶ、回転する円筒に風があたったときに発生する力を利用するもので、地球ではフレットナー・ローターともいう。

 チハーキュでは理論だけはわかっていたが、補助電源程度でいいとは言えローターを回す動力が必要なので、試作レベルに留まっていたが、船の全幅から張り出すことがないので、この用途に使えないかな、という事を思いついてしまった

 結論から言えば、大成功とは言い難かった。やはり一番の不満は動力全喪失の時に使えないということである。また発艦はどうやってもカタパルトに頼るしかない。

 だが、アズライトゥス級の艤装の設計は、現在建造中のノルザレイア級空母の飛行甲板の設計に大きく影響を与えることになった。

 とはいえ、アズライトゥス級それ自体は、思い切って帆走を廃止したセレスタイア級が続いて建造された後は、場所取り扱いされていて、それ故に地球派遣に選ばれてしまったのだが。

 あ、ついでに言っとくとアズライトゥス級もセレスタイア級も当然のようにセミインボードの外輪である。民間船に設計を求めるとでかい船ほど外輪だからしょうがない。 ──── 閑話休題。

「全艦、補充機収容完了しました」

「了解」

 レムリアスの戦闘艦橋で、アリーネは報告を受けた。

「さて、アメリカの空母は、出てくるとすればワスプとレンジャーの2隻か」

 アリーネは、窓ガラス越しに飛行甲板の様子を見下ろしながら、呟くように言う。

「ミルン湾への攻撃で、こちらの規模はある程度解ったでしょうから、戦力差が大きすぎると見て、出てこない可能性はありますが……」

 エミリアの指揮官補、地球では参謀長と呼ばれることが多いその立場のエミリア・ハミルトン・ベロー准将が、眉を潜めるようにしつつ、そう言う。

「空母は今回、獲物じゃないから」

 アリーネは、視線を飛行甲板から、海面に移しつつ、言う。

「ブル・ハルゼーか……エボールグと地球、生まれてくる世界を間違えたんじゃないかって気がするけど、闘将と呼ばれているそうだけど、どうするかな?」

 そこまで言ってから、アリーネはエミリアの方を向きつつ、とぼけたような笑顔を見せた。

 





並走時鋼索懸垂機方式、地球にもあります。
CONREP (CONnected REPlenishment)、石油燃料は横引き給油法(broadside-refueling method)、その他はハイライン移送法と呼ばれるものです。
…………が、これ本格的に使われるの1944年末からなんですね。

ちなみにチハーキュの空母は右舷側艦橋でも左舷側にも受け入れ設備があるとゆー……


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チハーキュ帝国海軍軍装、どちらがいい?(絵のリンクは Chapter-12 あとがき)

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