嫌顔至上主義 作:嫌至ξ紳士
堀北鈴音は困惑していた。
とても、とても渋い顔を浮かべていた。
そして静かに、落ち着いて、声を発する。
「私の下着をみたいなんて……貴方、正気?」
視線は鋭く、穢らわしいものを見る目で。
口元をそっと隠しながら、そう言った。
ξ
それはいつかの夏の頃。
蝉の鳴き声さえ聞こえない猛暑の中、彼女――堀北鈴音はとある友人の部屋にいた。
窓から差し込む太陽の光が部屋を照らし、熱気が漂っていた。
その友人、彼は彼女にとって古い付き合いのある幼馴染である。
そして同じ学舎に通う仲間でもある彼に、「大事な話がある」と連絡が来たものだから、堀北鈴音は何の用かと、男の部屋に訪れたのだ。
「それで? あなたが私を部屋に呼ぶなんて何が起きたのかしら?」
黒髪でストレートなロングヘアが、部屋のカーテンから差し込む光に照らされる。
スタイリッシュな体型で整ったプロポーションの彼女は、毅然とした態度で男に問う。
「……の前に。私を呼んでおいて、こんな暑い日なのに部屋の冷房をつけていないとは、一体どういうつもり?」
彼女の冷静でクールな雰囲気は、周囲の熱気をも凍らせるかのようだった。
しかし、額には仄かに汗が浮かんでいる。
少し苛立った様子でこちらを睨みつける堀北鈴音に、男は慌てて冷房をつけた。
涼しげな風がようやくこの部屋を包み込む。
彼女は一息つき、再び彼に視線を戻した。
「それでよし。……それで? 早速本題に入るわ」
一体なぜ自分を部屋に呼んだのか問い詰めてくる彼女。
それに対し、男も毅然とした態度で対応する。
――おパンツを見せてほしい。
瞬間、部屋の空気が凍った。
絶対零度のその空間は、いまだ冷房は動き出したばかりだというのに、確かに氷点下を超えていた。
堀北鈴音は目を細め、彼を見据えた。
ニコリと能面のような作り笑みを浮かべて、彼女は再び問う。
「聞き間違いかしら……。今、あなたが私に非常に不敬なことを言った気がするのだけど」
冷蔑の視線を混ぜながら、こちらを強く睨みつけてくる彼女。
その視線は鋭く、冷たかった。
しかし男は視線を逸らすことなく、真剣な表情で彼女を見つめ返す。
残念、今のは聞き間違いなどでは断じてないのだ。
――おパンツを、下着を見たいんだ。
対面に立つ男の腹に向かって、堀北鈴音はその脚をつかって蹴り上げる。
ぐっ、と呻くのような声が部屋に響き、どんと床が鳴る。
必然と、男の身体はうずくまるような姿勢になっていた。
「あら、失礼。つい身体の方が先に動いてしまったみたい」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、しかし冷ややかな視線のまま、彼女はそう言った。
そしてそのまま、床に肘をついて腹を抑える、彼のもとに近づくと。
「いい? 私の耳には間違いでなければこう聞こえたわ。『愚かにも貴方様の下着を見せては頂けませんでしょうか?』とね」
耳元でそっと、おぞましいくらい優しく、囁くのだ。
「……残念ね、私はそんな簡単な女ではないのよ」
堀北鈴音は、囁きながらも厳しい目つきで男を見下ろした。
彼女の声は冷たく、部屋に漂う空気はさらに重くなった。
「でも、まぁ……」
彼女の口元に小さな笑みが浮かぶ。
その笑顔は、冷酷さの中にわずかな遊び心を含んでいるようだった。
「あなたがどうしても、って言うのなら。考えがないわけでもないわね」
突然、堀北鈴音は意外なことを言い始めた。
男は期待の眼差しを彼女に向ける。
その姿勢のままでは、本来見えてしまいそうだが、そこは対策済み。
すでに彼女は股元の見えないよう、スカートを左手でぐっと押さえていた。
「もし本当に私の下着が見たいのなら、“条件“があるわ」
不敵に笑うその姿は、まるで純情な少年少女が無垢にも生命を弄ぶかの様子。
ぞっと男の背筋が凍るが、引くに引けない、もう進んでしまったのだ。
「私と賭けをしましょう」
堀北鈴音は静かにそう言った。
そして、窓際に歩み寄り、外の景色に目をやりながら続けた。
「この賭けに勝ったなら……そうね、もしかしたら見せてもいいかもしれないわ。でも、負けたらどうなるか、分かっているわよね?」
一体どんな目に遭わされてしまうのだろうか。
「あなたが負けたら、今後あなたの学校生活でのポイント、行動。全て私が管理することになるかしら……。喜びなさい?」
残酷に微笑む彼女。
それはあたかも勝ちを確信しているかの様子。
「賭けの内容はシンプルに。今度の小テストで、私より点数を取って見せなさい」
堀北鈴音の言葉が、静寂の中に厳かに響いた。
男は息を飲み、かすかに震える手で拳を握りしめた。
「もちろん……簡単なことではないわよ? 私がトップクラスであることは、承知よね?」
窓の外を見つめる彼女の背中は、凛とした威厳を纏っている。
差し込む光が、彼女の長い黒髪を柔らかく照らし、その姿は高貴な彫像のように美しい。
「でも……もしも、勝てたら。私の“下着”考えてあげる。どう、悪くない取引でしょう?」
コクリと頷く。
それは決して負けられない男の矜持として。
「いい返事ね。じゃあ、次のテストまで、楽しみにしているわ」
余裕そうに、哀れみの笑みを浮かべて。
堀北鈴音は男の部屋から涼しげに去っていた。
ξ
――しかし、壮絶な努力を下着に向けた獣に勝てる生命はいない。
即落ち、男が勝ってしまった。
「どうして……ありえない。私が負けるなんて、そんなの、何年振りのことよ!」
そして再び場面は小テストを終えた後の、男の部屋に移る。
堀北鈴音は暗い顔を浮かべながら、しかし顔を紅らめつつ、歯を食いしばっていた。
「ね、ねえ? やっぱり前の約束はなしってことには……その、お互い冗談よね?」
彼女は男の方をちらちらと伺いながら言葉を紡いでいる。
だが残念、契約書に今までの内容は全て記されている。
その上、その書類を作ったのは彼女自身だ。
今更言い逃れなんてできるわけがない。
ちなみに、彼女が契約違反をした場合は、男に言ったことをそのまま成さねば‘ならない契約なので、行動の管理という条件で、同じことをできてしまう。
恐るべし、契約の力……まるで悪魔の所業。
「ほら、私たちって幼馴染じゃない? 久しぶりに、昔話でもしない……しませんか?」
――いや、おパンツでいい。おパンツを見せてくれ
堀北鈴音は、再び絶望的な表情を浮かべた。
彼女の理性は、次第に追い詰められていく。
「なぜ、どうしてこうなったの……」
彼女は幼馴染である男を見つめ、ぎこちない笑みを浮かべながらも、その視線には確かな動揺が見え隠れしていた。
彼女が誇り高き存在であることは、誰もが知っている。
だからこそ、このような屈辱を受けることは耐え難いものだった。
「あなた、まさか本気で……その、下着を……」
彼女は言葉を噛み締めながら、自分の敗北を認めざるを得なかった。
男は無言で彼女を見つめ、返事を待っているようだった。
堀北鈴音は、どうにかしてこの場を逃れようと必死に考えたが、約束は約束。
自分が定めたルールに従わなければならない。
「くっ……なんてこと……」
彼女は小さくため息をつき、最後の抵抗としてもう一度、男に懇願するように紡いだ。
「わ、分かったわ……でも、これを最後にして。もうこんなこと、二度としないわよ?」
彼女は渋々承諾し、立ち上がると、少しだけ恥じらいを見せながら手を伸ばしてスカートを掴む。
その動作は緩やかで、時間が止まったかのように感じられた。
彼女の動きには、彼女なりの誇りが込められていたが、確かにその瞬間は近づいていた。
「……本当にこれで満足するのかしら?」
その言葉と共に、彼女は最後のプライドを胸に秘めながら、男に向かって静かに歩み寄った。
そして――
「見せるわよ、でも……」
鈴音の声が最後の警告のように響く。
彼女の視線は冷たく、男に再び問いかけるようにしていた。
その目には、何かを思い直させるような強い意志があった。
「これで終わりよ。次はないわ」
堀北鈴音は静かに深呼吸をし、微かに眉を寄せたまま男を見据えた。
その表情には、未だ譲れない誇りと覚悟が滲んでいる。
「……覚悟して、見なさい」
彼女は最後の一歩を踏み出し、手元に触れたスカートの裾をわずかに持ち上げた。
その瞬間、鈴音の顔は再び厳しいものへと戻り、鋭い目つきで男に釘を刺すような視線を送った。
「ただし、これを見るからには、あなたも覚悟を決めなさい。もう二度と、こんなふざけたことは口にしないこと。いいわね?」
鈴音の声には冷ややかな威圧感があり、彼女の決意は揺るがなかった。
彼女にとって、これは自分の信念と誇りを守るための最後の警告でもあった。
男は一瞬、彼女の真剣な眼差しに圧倒され、口をつぐんだ。
――彼が何かを言おうとする前に、すっとスカートをたくし上げられた。
○そのクールさは皆が目を惹かれる爽やかさ。
○○○黒髪ロングな艶やかさは誇りの証、
○○○○○強さとは気高き心のこと。
○○○○○○理想郷は夏の空模様。
○○○○○○○幼馴染堀北鈴音
「これ以上の要求は許さないわ。私の寛容さにも限界があるの。次は本気で後悔させることになるかもしれないから、そのつもりで」
堀北鈴音はそれ以上何も言わず、静かに部屋の出口へ向かい、戸を開けた。
その背中には揺るぎない自信と、最後に残された彼女の尊厳が漂っていた。
「次はないわ。忘れないで」
最後にそう言い残して、堀北鈴音は部屋を去っていた。
紅くなった頬を誰にも見られないよう、風のように。
―END―
恥ずかしがる少女、ゆえにハッピーエンド