嫌顔至上主義   作:嫌至ξ紳士

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坂柳有栖【女王様】

 坂柳有栖は、Aクラスを率いる女王である。

 そんな彼女は今日、他クラスのとある男の子を呼び出していた。

 それは最近、学年で話題となっている、変態である。

 

「あなたが最近有名な方ですか。どうぞ初めまして、私の名前は坂柳有栖と申します。では、そちらのお名前は?」

 

 彼を呼んだ理由は単純。

 坂柳の張り巡らした情報網によると、何やら数多くの女子生徒が彼に“愉快”なことをされているらしく、その行動の真意を尋ねるためだ。

 

「そうですか……いい名前ですね。では単刀直入に本題に入っても?」

 

 目の間の男に有無を言わせない圧力をかけ、坂柳有栖は話をすすめる。

 

「あなたの噂になっている行為……その目的を教えてはいただけませんか?」

 

 目の前の男子生徒からは、どこか謎の迫力を感じる。

 つい先日まで、こんな生徒がいたとは彼女自身、情報が入っておらず知らなかった。

 だから、少しは楽しめるかもしれないと思ったのだ。

 そして早いうちにその存在を見極め、芽をつぶすか、手懐けてしまおうと考えていた。

 

「ふむ……『下着が見たいから』、本当にそれだけでしょうか?」

 

 彼が開口一番に言ったのは、とても本能的な願望であった。

 しかしそれは、どこか疑わしい。

 このクラス間闘争の中、彼がわざわざクラスポイントのリスクを背負ってまでも、そのような変態的行動をするとは、到底対価と見合っておらず理解ができない。

 何か裏があるに違いない、と、坂柳はそう思った。

 

「では質問を変えましょう。あなたが女子生徒たちに、ただ下着を見せてもらうためだけに声をかけているとおっしゃいますが、それで満足しているのですか?」

 

 坂柳有栖は、男の冷静な表情に不気味さを感じながらも、目を逸らさずに問いかけた。

 

「……ふむ、私の情報網が間違っているとは思いませんが、下着を見ることで不必要に噂にさせるとは考えにくい。何か、もっと別の目的があるのでは?」

 

 男は微動だにしない。

 まるで、坂柳の疑念をすべて見透かしているかのように、静かに佇んでいる。

 その無言の存在感が、彼女を少し苛立たせた。

 

「あなたが何を考えていようと、私はすべてを見抜きます。Aクラスのリーダーとして、この学園での秩序を無駄に乱す者を見過ごすわけにはいきませんから」

 

 坂柳は一瞬、冷たい微笑を浮かべた。

 しかし、その瞬間、男の目がわずかに悪い輝きを帯びたのを感じ取る。

 

「それで……私にも下着を見せてもらいたい、とでもいうのでしょうか?」

 

 彼女の言葉には挑発が込められていた。

 しかし彼は、まるで坂柳の言葉を全く意に介していないかのように立っていた。

 坂柳は、しばらくの沈黙の中で自らの策を練り直す。

 

「ほら、ここにあなたの望むものがありますよ? 今ここで真意を話すというのなら、考えてあげないこともありませんが……。そうですね、『わん』とでも鳴いてみては?」

 

 それは彼女にとって最大限に愉快な侮辱の言葉であった。

 もしこれで、今まで静寂を保っていた男が、プライドを傷つけられ、怒りにまかせて何かしらのアクションを取ってくれば一歩前進だ。

 つまりブラフである、相手を揺するのがまずは基本だ。

 そう簡単には『わん』と鳴かないだろう、男の自尊心というのは高いらしいのだから。

 

――わん。

 

「……はい? 今あなた、もしかして」

 

――わん。

 

「……その、予想外ですね。私としてはもっとこう、別の反応を期待していたのですが」

 

――わん。

 

「もういいです。やめてください」

 

 男の自尊心とは、彼に限って言えば、とても儚いものであったようだ。

 そして彼女は同時に思い出す、先ほど自身が言ったことを。

 

――おパンツを見せてくれるのだな?

 

「いや、あの……。えっと、その。何のことでしょうか?」

 

 男が迫真の様子でこちらに迫ってくる。 

 それに身の危険を感じた坂柳は、ポケットに入った携帯に手を取ろうとし――。

 

「あっ……え? 私の携帯はどこに」

 

 何故かすでに彼の手元に、自分の携帯がおさまっていることに気づくのだ。

 

 警戒心を一段階と上げる、坂柳。

 正直にいって、相手を舐めていたようだ。

 いつのまに盗られているとは、相当な手練れであるのだろう。

 

――坂柳と言ったな、おパンツを見せてくれ。

 

 そして、この言葉。

 噂の源泉を目の前にすると、なんともいえない緊張が走った。

 坂柳有栖は深呼吸をすると、この場を打開する方法を考える。

 

「見せるとは言っていないでしょう? それに、この場には監視カメラがついています。万が一あなたが私にそのようなことをしたら、訴えてこの学校から消します」

 

 それは相手に届いたのか、たしかに、と頷いているようだ。

 よし、上手くいっている、と彼女は自身を中心に盤面が動き出したことを認識する。

 

「……はぁ、まったく結構。とるに足らない人でしたね。では、私はもう行きますので。精々惨めな学生生活を送ってくださいね、変態さん」

 

 そして、颯爽とコツンコツンと杖の音を鳴らしながら去っていこうとする坂柳。

 だがそんな彼女に、聞き捨てならない言葉が、耳に入ってくる。

 

――勝負から逃げるのか?

 

 “勝負”そして“逃げる”。

 本能からかピクリと眉が動き、怒りが湧いてくる。

 この私が逃げる? 何をいっているのだろうかこの男は。

 坂柳有栖は嘲笑うかのような表情を浮かべながら、再び彼の方を向いた。

 

「何をおっしゃっているのでしょう。私はあなたと勝負した覚えも無ければ、負けることもないでしょうに。実際、あなたは自身の望みを叶えられない。そうでしょう?」

 

――だから言っているんだ。逃げるのか? 自分から『わん』と言わせておいて。

 

「内容がいまいちよくわかりませんね……。『わん』と提案したのは冗談、そして私は逃げていない。違いますか?」

 

――俺は『わん』と言ったんだ。吠えられておいて勝負から逃げるのか?

 

「負け犬の遠吠えですね……。それに、先ほどから勝負、勝負とは一体何のことでしょうか。意味がわかりません」

 

 坂柳はだんだんと苛立ちを見せ始めた。

 言葉が通じていないというか、自分を侮られているというか、とにかくストレスだ。

 そんなとき、

 

――チェスをしよう。

 

 彼の短い一言に、坂柳は思わず眉をひそめた。

 

「……チェス? この状況で? 急にそんな話を持ち出すとは。あなたは本当に、残念な脳みそをしているようですね」

 

 彼女の冷ややかな声にも、男は全く動じない。

 まるで自分の勝利を確信しているかのように、静かに微笑んでいる

 

――なんだ、つまり逃げたってことでいいのか?

 

 坂柳は、彼の言葉にさらに苛立ちがふつふつと湧き上がり……愉快な気持ちになった。

 自分の得意領域に上がってきた愚かな虫けら。

 絶対に、この男を負かして嘲笑ってやろうと。

 

「ふっ、ふふふ。いいでしょう。その勝負、お受けいたしましょう。万が一にも私が負けたら、あなたの望みを叶えてさしあげましょう」

 

「そのかわり、もし貴方が負けたらPPは全て没収。そして私の犬になってくださいね?」

 

 にやり、お互いにお互いを彼らは嘲笑った。

 そして今ここに、勝負の約束が決まったのである。

 

 

 

ξ

 

 

 場面は変わり、空き教室。

 

「ここは以前まで、文芸部が使っていた部室のようですが、今は別の教室に移ったので誰もいません。ちょうどいいでしょう」

 

 散乱し、様々な遊戯物の置かれたその教室には、もちろんチェスボードも置いてあった。

 

「さて、余計な言葉は入りません。さっさと始めてしまいましょう」

 

 男は言葉少なに、チェスボードを取り出し、テーブルの上に広げた。その動作はあまりに自然で、まるで既に準備が整っていたかのようだった。

 

 坂柳は彼の前に座り、慎重に駒を並べた。

 彼女にとって、チェスは人生そのものである。

 このような奇妙な相手に負けることなど考えられなかった。

 

 サイコロを振って偶数。

 坂柳が先行だ。

 彼女は哀れみの視線を向けると、優しく微笑んだ。

 

「さて、ゲームを始めましょう」

 

 ゲームは始まった。

 

 

――チェックメイト(即落ち)

 

 ゲームは数十分の応戦のうちにようやく終わる。

 その内容は語れば長く、涙の坂柳、冷や汗汁増し増しといったところ。

 彼女の計算通りにいかない展開に、坂柳は苛立ちを隠せなかった。

 何度も男の動きを読み直そうとするが、彼の策略は次々と新しいものに変わっていく。

 

 最後の一手で、男は坂柳のキングを仕留めた後、坂柳は呆然とし、目の前のチェス盤を見つめたまま動けなくなった。

 

「……私が、負けた?」

 

――わん、と言いなさい。

 

 坂柳は、悔しさと屈辱に苛まれながらも、男の言葉を受け止めた。

 彼女が完全に負けたという現実を、否定することはできなかった。

 

「……わかりました、私が負けました……わん」

 

 坂柳有栖の口から「わん」という言葉が静かに漏れた瞬間、彼女の誇り高きプライドが音を立てて崩れ落ちたように感じた。

 しかし、すぐに彼女はその屈辱感を押し殺し、冷静さを取り戻そうと努めた。

 これ以上、この男に振り回されるわけにはいかない。

 まるで余裕があるかのように、彼女はこう続ける。

 

「さて……では次は、私が約束を果たす番ですね。あなたの要求は『下着を見せてもらうこと』でしたね?」

 

 彼女の声には、若干の苛立ちが滲んでいたが、それでも自分の威厳を失わないように努めていた。

 男は無言のまま、静かに頷いた。

 その無言の圧力が、坂柳の胸中にさらに嫌悪感を植え付けた。

 

 そして、坂柳はため息をつきながら、自分のスカートをちょんと摘んだ。

 手に取ったそれを見つめながら、彼女の表情には明らかに困惑の色が浮かんでいた。

 

「本当に、こんなことを望んでいるのですか? これがあなたの目的だなんて、信じられません……理解できません……」

 

 しかし、男の視線はスカートに釘付けで、彼女の言葉は全く届いていないようだった。

 その様子を見て、坂柳はさらに苛立ちを感じながらも。

 

 

 無言のままスカートをゆっくりと持ち上げ、彼の目の前で見せた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

イーンはキングを守らなくてはならない。

○○○かしその駒が上に立ってもいい、

○○○○○も負けては意味がない。

○○○○○○想郷は高貴なる色。

○○○○○○○王様坂柳有

 

 

 

 

「……ほら、これがあなたの望みだったのでしょう? 満足ですか?」

 

――最後に命令です。

――ざ〜こっ、と言いなさい。

 

 坂柳有栖は、一瞬その言葉の意味を理解できなかった。

 彼女の完璧な仮面が崩れ去るのを防ぐように、冷静さを保とうと努めたが、その無茶な要求に、怒りが心の奥底から湧き上がってきた。

 

 だが同時に、自分が負けた悔しさよりも彼の面白さの方が勝っていた。

 

「ふっ、はははっ! 本当に、救いようがない人ですね。一回だけですよ?」

 

 坂柳は、深いため息をつき、冷たい目で彼を睨んだ。

 そして、彼女は心の中でこの屈辱的な快楽を永遠に記憶に刻み込みながら、ついにその言葉を口にした。

 

 

 「……ざ〜こっ

 

―END―

 




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