昼休み。学校の屋上で俺は本来持ってくることが禁止されている携帯を手に、記憶の片隅からとある番号を引っ張り出して電話をかけていた。
プルルルル……プルルルル。なかなか相手が出ない。
「はぁ……早く出てくんないかな」
空を見上げれば、今日も今日とて穏やかな青空。とてもではないが二週間後、この空が暗雲に覆われるとは思いたくない。
『…………』
どうやら電話が繋がったらしい。だが、相手は無言でこちらの様子を窺っているようだ。吐息だけが受話器から漏れ聞こえてくる。
「こんにちは、佐倉杏子さん」
『……誰だテメェ』
「なに、しがない一般人ですよ」
今の状況では佐倉には見滝原にくる理由がなかった。巴さんが亡くなって、ここら一帯の縄張りが空席になるわけでもなし、たまたまフラリと立ち寄っている様子もない。
だったらこちらから招くしかない。
『そのしがない一般人様とやらがアタシに何の用だい? しょーもないことだったらただじゃタダじゃおかねぇからな』
「おお、恐い恐い。ただちょっと招待状をお届けしたいと思いましてね。と言っても、電話という形ですが」
『招待状……?』
知らない番号からの通話。俺のことを疑うのは当り前のことだ。
「ええ。とても大きな舞台会場があるのですが、あなたにはその舞台を彩る女優の一人になって欲しいんですよ」
その巨体は他の魔女の追随を許さないほどの大きさだ。佐倉を除いた三人だけでは間違った意味で役者不足なのだ。
『アタシは回りくどいのは嫌いだ。ハッキリ言いな』
声からハッキリと殺気立っていることがわかる。
俺って一般人のつもりなのに、なんでこんなことがわかっちゃうんだろうな……。
「ああ、すいません。怒らせるつもりはなかったんですよ。つまりこういうことです。およそ二週間後、ワルプルギスの夜が見滝原市に出現します。俺たちはあなたのチカラをお借りしたい」
『見滝原といえば……マミの奴の縄張りじゃん。手が足りないならそっちに頼みな』
「いえ、巴さんも勘定に入れてもまだ足りないんですよ。他に新人の魔法少女も参戦させて合計3人の魔法少女でワルプルギスの夜に戦いを挑むとしても、それでもまだ勝てそうもない。だから、巴さんに次いでここら一帯で魔法少女としての経験の長い佐倉杏子さんにお願いしているという状況なんです」
俺の言ったことをよく吟味しているのか、しばらく佐倉は無言で考えていたようだが、三十秒ほどで口を開いた。
『信用なんねぇな』
「どうしてです?」
『そもそも何故、お前はワルプルギスの夜が二週間後に出現するとわかる? それに出現位置まで特定してみてぇじゃねーか。その根拠を提示してもらわない限り、アタシはお前を信用できねぇ』
たしかにもっともな切り返しだ。
キュゥべえを見習ってみたんだけどな。俺程度では相手が冷静な状態なら気づかれるのは無理ないか。
「根拠はそうですね……秘密かな」
『ハァ!?』
受話器の向こうから素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「こんなこと言うのも頼む側として情けないんですが、今この状況であなたに根拠を口頭で説明してもとてもではないですけど、理解してくれそうもありません」
俺は未来からきた。
そんなことを電話越しにまだ会ったことのない人から言われても信じる人はそうはいないだろう。
「ですが、これであなたは見滝原に興味が出てきたでしょう? 今回お電話させて頂いたのはそれが目的なんですよ」
『どういうことだよ』
やや呆れた風な口調だ。
「あなたが少しでも興味を持ってくれて、それが見滝原に来る切っ掛けになってくれればと思いまして。俺たちとしてはあなたという戦力が欲しくて欲しくて堪りませんので、少しでも可能性の底上げをと」
『……アンタ、喰えねぇヤローだな。名前は?』
「向井キリトです。もし見滝原に来た際は俺のところに来て下さると助かります」
『まー、考えておいてやるよ』
ここでプツリッと通話が切断される。
「はぁ…………」
全身からチカラが抜け、その場にへたり込む。
想像以上に疲れた。もしもこれで佐倉が見滝原に来てくれなかったら、マジで無駄な労力だ。そうはなって欲しくはないところだが。
空を見上げて精神の回復を図っていると、ガチャリと屋上と校舎を繋ぐ扉が開く音がした。
無論のこと、俺の視線が自然と向けられる。
「はぁ、はぁ、はぁ……。やっと見つけたよ、向井君」
全力疾走した後のように息を荒げた鹿目だ。
俺は立ち上がって鹿目が落ち着くまで少し待って応対する。
「どうかしたか?」
「向井君は知ってたの? ソウルジェムが魔法少女の魂だってこと」
「ああ、知ってたよ」
どうやら真実の一端に辿りついてしまったらしい。幸いなのは魔女のことをまだ知られてないことだろう。
「だったらなんで、さやかちゃんに契約を勧めたのっ! そのせいでさやかちゃんはあんなに悩んで……」
「なんで、ってそりゃ、美樹が恭介の身体を治したいと望んでたからだぞ」
「いくらさやかちゃんが望んだからって、何の説明なしになんて酷いよっ!」
そんなことを言われてもな……。
全てはお前を助けるため、とか言ったら鹿目はどんな反応をするのだろうか。そんなことしたらほむらに怒られてしまうのですることはないが、鹿目は自分がどれだけ守られているか一度知るべきだ。
「酷いか……まぁ鹿目の視点ではそう映るかもしれないな」
しょせん、人間は自分で見聞きしたことがその人の世界の全てなのだ。
それを否定するのはちょっとばかしメンドクサイ。
「だがな、例え全てを代償にしても好きな人を助けたい。それが愛ってもんじゃないのか。美樹はその果てに魔女と戦う宿命を背負った。人間のままでは、すぐに死んでしまうかもしれないが魂をソウルジェム化させれば死ににくくなる。それはある意味幸せなことじゃないか。その美樹の想いまでを鹿目は否定するのか?」
「……ッ」
口を噤む鹿目。お前はみんなに守られるお姫様らしくしていてくれ。じゃじゃ馬姫じゃ、助けられるものも助けられなくなっちまう。
「まぁ、美樹のことは俺に任せておいてくれ。一応、俺の責任だからな」
じゃーな、と手を振り屋上を後にする。ちょうど昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。
てか、この調子じゃ巴さんもヤバいかもしれないな。とりあえず五時間目は遅刻するつもりで巴さんの教室を覗いておくことにする。
チラッと三年生の教室を覗いてみたが巴さんの姿はなかった。
あの人には心が弱いところがある。だからその隙間を埋めてあげなければならない。そして、彼女には俺たちのチカラになってもらわないとな。
と、その前に鹿目とした一方的な約束を守るために美樹の方を何とかしなければならない。
三年生が固まっている階層から自分の教室に戻る時に、ついでに美樹の教室を確認したが、ほむらと視線があって「まどかに何したのよ……?」みたいなことを言われたような気がして速攻で逃げた。鹿目が絡んだ時のほむらは恐いのだ。ちなみに美樹の姿はなかった。
「と言うわけで、放課後遥々美樹の家にやって来ては見たわけだけど……」
どうしようか。女の子の家のチャイムを鳴らす勇気がない。これは大問題だ。
ここまで来ておいてどうしようかと悩んでいると、不意に二階のカーテンが開けられた。
「あっ……」
交差する視線。パジャマを着たあちらさんも俺と同じように唖然としている。
とりあえず手を上げて、コミュニケーションを試みる。すると美樹は窓を開け、「ちょっと待ってて」と言ってきた。
どうやって美樹を呼び出そうかと悩んでいた俺は、これ幸いと待つことにする。
五分ほど経って、パジャマから動きやすそうな格好に着替えた美樹が玄関から出てきた。
「今日休んでたんだってな」
「……うん」
表情は暗い。まぁ、真実とはいつも残酷なものだ。
これまでも、美樹は何度となく真実の前に屈してきた。それを近くで見てきた俺は心苦しくて仕方がなかったのだが、今回の美樹は乗り越えられるだろうか。それでも俺の前に出てきてくれたということはそこまで思い悩んでないと感じる。
「とりあえず公園でも行くか」
このまま立ち話もなんだし、美樹の家にお邪魔させてもらうのも悪いし、近くにあるそこそこ大きな緑豊かで開放感がある公園に向かうことにした。
ベンチの端と端。まだ隣り合って座るほど仲が良いわけでもないので、人ひとり座れる隙間を空け座る。
「魔法少女になって後悔しているのか……?」
グダグダと機嫌を窺っていても仕方がない。
「わかんない。でもね、こんなゾンビみたいな身体になっちゃったのは少し後悔してるかな。だって、こんな身体を恭介に抱きしめてなんて言えないよ……」
「それで今日学校を休んだのか。ちっぽけな悩みだな」
その程度のことで悩むなんて元気印の美樹らしくないじゃないか。俺は、美樹がそんな悩みなんて吹き飛ばした未来を知っている。その姿がダブって見えて仕方がない。
「ハハッ……ちっぽけな悩みか。たしかに魔法少女じゃない向井から見たらそう映るかもしれないね。でも、あたしは悩んでるんだ。そりゃ、恭介の身体を治せたのは嬉しいけど、こんなあたしなんかがその隣にいて良いのかなって……」
俯き、ボソボソと言葉を吐き出す美樹。
そんな彼女に俺は言ってやる。
「良いに決まってるじゃん」
「えっ……?」
「美樹が恭介のことを好きなら何の問題もないじゃないか。お前のその首から提げられた魂はその程度のことで曇っちまうのか?」
美樹の首から提げられたソウルジェムはちゃんと穢れをグリーフシードに吸収させているようで綺麗な青色だ。
そうであるなら、あとは美樹の気持ちの問題だ。
「あたしの……魂」
美樹はソウルジェムを掬うように持ち上げ見つめる。
「俺の知り合いにさ、一人の魔法少女がいたんだよ」
いきなり語り出した俺に美樹が視線を上げる。
「そいつはお前と同じように好きな相手の夢が叶うようにキュウべえに願ったんだ。そのくせ用量悪くてさ、その好きな相手になかなか告白できないんだよ」
まぁ俺のせいでもあったんだけどな、と付け加える。
「それで、その子は好きな相手に告白できたの?」
「いや、死んだよ。魔女に戦いを挑む前に、アイツを倒したら告白するなんて言ったのが悪かったんだろうな」
あの時はそんな気持ちで戦うんじゃなくて、戦う前に告白して幸せな気持ちで戦うべきだったんだ。
希望や幸福。そういった善の気持ちが魔法少女にチカラを与える。
もちろん、告白が成功する事前提だけど、あの時告白してたら絶対に一組のカップルが生まれていたと俺は確信している。
「……そんな。それじゃあ、その子は自分の想いを伝えられなかったんだね」
「ああ、だから俺はお前にはアイツみたいになって欲しくないんだよ」
俺の見通しの甘さのせいで死なせてしまった彼女。贖罪と言うわけではない。今もあの時と同じ気持ちだから。
「そんなわけだから、今度恭介に告ろうぜッ!」
「えっ!?」
いきなり過ぎたかもしれない。だけど、そんなことは知らない。俺は俺の思った通りに、最善の選択肢だけを選んでいくんだ。
「でも、あたしの身体は――」
「気にするな。その身体は人間のモノだ。人間の身体に魂、この二つがあるんだから、美樹は人間だよ」
例え魂をソウルジェム化させたとしても、その身体は人間のモノと変わりない。老いもするし怪我もする。
もっとも、魔法で老化を止めたり怪我を治療したりできるようだが、そこら辺は俺にはよくわからん。
とにかく、魔法少女だって人間の身体なんだよ。
「告白する場所を決めたり、シナリオだって考えてやっても良い。土壇場になって緊張しても俺が時間を稼いでやる。とにかく俺は美樹に後悔して欲しくないんだよ」
ついでに遅刻しそうになったら、ほむらに頼んで間に合わせるようにしても良いな。それだけ、俺は美樹と恭介の仲を応援している。
「あはは、向井は意外と強引だったんだね」
「そうだよ。俺は身勝手で我が侭で強引なんだ」
そのせいで、ほむらには色々と背負わせてしまった。
だけど、そんな身勝手なところが美樹の役に立てるなら嬉しい。
「うん。いいよ。あたし、恭介に告白するよ」
その笑顔だ。やはり、美樹には笑顔が似合うよ。
陽が沈み始め、オレンジ色に染まる公園で、俺たちは作戦を立て始めた。
――もう心配いらない。
自らの家に向かって去っていく美樹を見送りながら俺はそう思った。
ただ少し、自分の気持ちに素直になれなかっただけなのだ。自分の身体がもう人間のモノじゃないと思いこんで、そんな自分が恭介の隣にいるのはおかしいって、そういう風に美樹は感じていた。
本当は大好きなのに、抱きしめ合いたいのに、自分の気持ちを殻に閉じ込めようとした。
だけれども、美樹はもう心配いらないのだ。
自分の気持ちに素直になって想いを告げると言った。あの笑顔に心配なんてしようがない。
「だとすると、あとはあの人だけか」
すっかり陽が落ちて街灯の光が辺りを照らしている。早く帰らないと母親に怒られてしまうが、今となってはそれさえも慣れたモノだ。繰り返すようになって、門限破った数は百を軽く超えているんだから。
そんなわけで、とあるデザイン性の高いマンションにやってきた。
エレベーターの胃の内容物が競り上がるような気持ち悪い感覚に堪えて、目的の部屋の前に着いてチャイムを鳴らす。
「こんにちは」
誰かが出たはずなのに反応がなかったから挨拶をしておくと、「……少し待ってってね」とか細い声が聞こえてきた。
そしてガチャリと鍵が開けられ、部屋の住人が姿を現す。
「もてなしはできないけど、入って」
「お邪魔します」
俺を部屋に案内する巴さんの表情は暗い。
いつも通りおしゃれな内装。だけれども、今日はどこか寂しく感じる。
俺たちは向かい合うように絨毯の上に腰を降ろした。
「あなたたちは知ってたのね」
「ええ」
「知っていたのに、美樹さんを巻き込んだ」
「ええ、必要なことでしたので」
美樹は単純な火力としては期待できないが、彼女の治癒魔法は味方の怪我を治療したり、美樹自らが壁役となって他の魔法少女の大技の準備のための時間稼ぎに最適だ。
「必要?」
「およそ二週間後、この見滝原にワルプルギスの夜が襲来します。俺とほむらの目的はヤツを倒す事だけなんです」
「そう、ワルプルギスの夜が……」
巴さんは窓の外の暗闇を見やる。どこか心ここにあらずと言った様子だ。
「そんなにご自身の身体のことが気がかりですか?」
その問いに巴さんは首を振る。
「ううん、そういうわけではないの。あの時私は死ぬはずだったのに、こうしてキュゥべえと契約を結んだことで生き長らえている。だから私は魔法少女になってしまったことを感謝しても後悔はしていないわ」
何度も巴さんの口から聞いた、彼女が魔法少女になることになったきっかけの交通事故を思い出す。
楽しいはずの家族揃ってのディナーに向かうドライブ。それなのに生き残ったのはキュゥべえと契約した巴さんだけ。
きっと、あんなことを言っていても巴さんは心の底で後悔しているだろう。なぜあの時、自分の身だけではなく、家族全員が助かることを願わなかったのだろう、と。そのせいで他人とコミュニケーションを取ることを恐れて独りになった。
「そうですか。それは良かった」
良いわけない。だが、俺の考えをそのまま伝えても巴さんの精神は壊れてしまう。それだけ彼女の心は脆かった。
「でもね、それと同時に私は恐れているの」
「何をですか?」
続けられたその言葉に俺は疑問を投げかける。
「今まで長いこと魔法少女として生きてきたけど、ソウルジェムが魂の結晶化したモノだったって昨日初めて知ったの。だからまだまだ私の知らないことがありそうで、何もかもが恐くなった。本当に私たちは生きていていいのかなって」
「ありますよ。巴さんが知らない真実なんて沢山あります。知りたいですか?」
おそらく俺とほむらは人類の仲で一番インキュベーターのことを知っているだろう。俺みたいな冴えない男子中学生がNASAみたいな国家機関よりも宇宙の真実に近いなんて笑えない冗談だ。
「遠慮しておくわ。君の表情を窺う限りでは気持ちの良い話ってわけでもなさそうだし」
あなたの精神がほぼ確実に壊れます。はい。
そんなことは言えるはずもない。
「なんか今なら、あの時の君の言葉が理解できそうだわ」
「ん? ああ、あの時のキュゥべえよりも俺の方が巴さんのチカラになれるってヤツですか」
一瞬、何のことかわからなかったが、今回は巴さんとの接点が少なかったのですぐに思い出せた。
「当り前じゃないですか。俺と巴さんは人間なんですから、キュゥべえなんかよりもわかり合えるんですよ」
だが、キュゥべえは悪ではない。
俺たち人類には到底理解出来ないことかもしれないが、アイツらにもアイツらなりの正義があるのだ。俺はそれを否定してはいけないと思う。
だけど、ほむらは敵意満々なんだけどさ。まぁ、モノの捉え方は人それぞれだし、些末な問題でしかない。
「そうね……うん、私は人間なのよね」
「ええ、巴さんは人間ですよ。そこでお願いがあるんですけど……」
うんうんと頷く巴さんを見てこれはいけると思ったので話を切り出そうとする。
「ワルプルギスの夜のことね。それなら私も手伝うわ」
「おお、話が早くて助かりますよ」
「たしか……向井君だったかしら?」
「向井キリトです。どうぞお好きに呼んで下さい」
「改めて自己紹介するわ。巴マミよ。よろしくね、向井君」
互いに手を取り合い握手する。
これでも残りは佐倉が見滝原に来てくれるかだよな。まぁ、それはアイツの気まぐれに賭けるしかない。ダメだったら次に賭ければ良いことだし。
「ところで、もう九時だけど門限はないのかしら?」
巴さんに言われ、壁時計に視線を動かすと、巴さんのいっていた通り午後九時。これは完全に夕飯抜きが確定された。
「あはは……、まぁなんとか大丈夫そうです」
帰りに自腹でコンビニ弁当を買えば問題ない。というわけで、俺たちにとって良い話を持ち帰ることにした。
というか、話がトントン上手い方向に進み続けている気がする。
とくに今まで以上に頑張ったわけでもないし、むしろ今までよりも頑張ってないかもしれない。なのにどうしてこんなに状況が良い方良い方に進んでいくのだろうか。
これは一度気を引き締めておかないと危ないかもしれない。
*****
「ハァァァッッ!!」
美樹は手に握るサーベルで自らに迫りくるツタを斬り裂く。しかし斬った傍から別のツタがやって来てキリがない。
今美樹が戦っているのは、髪の毛がツタになっているという異形な姿の人型の魔女だ。まずは基礎的な経験を学ぶためにこうして一人で魔女と戦わせている。
「ほら、気を抜いては駄目よ」
ツタに拘束されそうになった美樹を助けるようにマスケット銃から弾丸が放たれる。基本的に美樹の教育は巴さんが担当することになっている。
それもこれも、ほむらと美樹の仲が微妙に悪いことが関係している。
少しは仲が縮まったハズなんだけどな……。
思い出すのは二日前。美樹が恭介に一世一代の告白をした日のことだ。
ガチガチに緊張した美樹を見かねたほむらが、自分の想いを伝えることの大切さとやらを彼女に説いた。さすがは何度も経験している猛者は違うな。
で、あるハズなのに、二人の仲は一向に縮まってくれない。その原因はほむらのコミュニケーション能力の欠如と言っても良いほどの不器用さなのは間違いない。
「はぁ……」
戦っている美樹から視線を隣に立つほむらへと向ける。
「なにかしら?」
「なんでもないよ」
本当に不器用すぎだろ。もしも俺がいなければ、他の魔法少女三人をそろえることなんて出来そうにないぐらいに。
「なにか、失礼なこと考えているわね」
突きつけられる拳銃。
おお、恐いな。例え殺す気がなかったとしても、そんな物を向けられたら、ひ弱な一般人である俺には恐怖の感情しか湧いてこないぞ。
「まぁ、気にするな。別にほむらの信念をバカにしているわけじゃないよ」
「なら、いいわ」
拳銃が下げられたことに一先ず安心する。
「で、ほむらから見て、今回の美樹はどうだ?」
視線を再び戦場へと戻し、歴代の美樹を知るほむらに意見を乞う。
「そうね……間違いなく今までの彼女よりはチカラを手にしているわ。それだけ彼女の心は希望に満ち溢れているのね」
そうか、それなら良かった。
「それは僥倖だな」
「ええ。あなたのおかげよ」
「俺の……?」
「あなたがいなければ、ここまでの戦力を集めることはできなかった。感謝しているわ」
その言葉に思わず俺は苦笑する。
「オイオイ、まだ佐倉が来てないぞ。それなのに感謝されても困るんだが」
俺たちの目標は四人の魔法少女でワルプルギスの夜に立ち向かうこと。そこからがスタートだが、便宜上これを目標としているハズだ。
なのに、何故ほむらはそんなことを言うのだろうか。
「心配いらないわ――」
ほむらのその言葉と同時に切り絵のような魔女の結界内に一迅の風が走った。
「ほら、佐倉杏子ならあそこにいるじゃない」
先ほどまで美樹が苦戦していた魔女をいとも容易く槍で斬り刻む、紅いチャイナ服を西洋風にしたような服装を赤髪の少女の姿があった。
美樹は唖然とし、巴さんは知り合いなので若干驚きながらもその姿を認めた。
佐倉は槍を担ぐと俺の方へと身体を向け言う。
「アタシがわざわざ来てやったのに、話が違うじゃンか」
「何がですか?」
「コイツだよコイツ」
槍の穂先で美樹を指す。
「なんで、こんな駆けだしのヒヨっ子みたいなヤツと、一緒に戦わなくちゃいけないわけ?」
「ど、どういうことよ!」
美樹が佐倉に噛みつく。まぁ、あそこまで言われたら当り前だけど。
なんとか巴さんが美樹を止めることで話が再開する。
「そうですかぁ? ちゃんと新人の魔法少女もいるって伝えたと思うんですけどね」
「たしかに聞いた憶えはあるが、ここまでヒデェとは聞いてねーぞ。仮にもワルプルギスの夜に挑むンだろ? こんなのがいたら、逆に足手まといになっちまいやしねーか?」
「ほら、そこはベテランの佐倉さんが美樹のことを指導してくれたら良いじゃないですか。それなら足手まといにならないでしょう?」
「……ったく、そーいう腹積もりかっつーの」
俺が佐倉と交渉事の真似ごとをしていると、巴さんが会話に割って入ってくる。
「久しぶりね、佐倉さん。もしかして、あなたも今度の戦いに参加するのかしら?」
「あン? なんだ、何も話してなかったのか」
「佐倉さんが本当に見滝原に来てくれるかすら未定でしたからね。まぁ、そういう事なので、巴さんよろしくお願いします」
「つーわけだ。短い間だけど、共闘といこうぜ」
「そうね。噂に聞くワルプルギスの夜は強力な存在だそうだしね。よろしくね、佐倉さん」
巴さんと佐倉が握手を交わし、共闘の意を表す。よかったよかった。過去に嫌な別れ方をしていたはずだが、なんとかなったようである。
「え? ちょ、もしかしてあたし置いてきぼり!?」
そんな美樹の叫びが聞こえるが、佐倉が味方に加わってくれたことは本当に良かった事なのだ。
いままで成しえなかった異業とも言える今回の成果。あとは個々の美樹のレベルアップと、連携の練習のみだ。
「……私もいるのだけれど」
うん、そうだ。俺には何も聞こえなかったんだ。
俺の隣にはどこか寂しそうなほむらがいるわけがない。そうに決まっている。
そんなこんなあり、最後のピースがそろった。
それからは佐倉の美樹強化特訓という名の扱きが行なわれ、美樹も普通の魔女なら苦戦することもなく倒せるまでに成長した。
ところどころ惚気てくるものだからその度に佐倉がキレ、言い合いになってケンカが始まるが、それもまた美樹のレベルアップの一環となっている。それほどまでに愛のチカラは偉大だ。なんせ、美樹がギリギリとは言え、佐倉とまともにやり合えるぐらい善戦出来ているのだから。
連携の方も割と何とかなっている。
基本的には近接武器の二人が前衛となり使い魔を蹴散らし、後衛の残りの二人が最大火力で攻撃を加える。
一応そのつもりで連携を練習しているが、それだけでは予測不能の事態になった時に困るので他の連携も色々と試している。
さて、俺たちの努力は報われてくれるんだろうか……?