今日は散々な日である。
鹿目たちとテレパシーが切れた後、タイミングを見計らっていたのではないかと勘繰ってしまうほど完璧なタイミングで、同じクラスの友人が俺の席までやって来て「テメェ、巴先輩といつお近づきになったんだ!」と詰め寄られた。
ある程度は予想していたのだが、やはり巴さんはこの学校の一部の男子生徒からは大変知名度が高いらしい。俺としては二年も通っているのにその話が初耳だったことにある種の悲しみが襲ってきた。
そこまで俺は友人関係が狭かったけなぁ……?
しかしまぁ、落ち込んでいても仕方が無いので、「偶然知り合っただけだよ」と返してみるも、「じゃあ、なんで待ち合わせしてたんだチクショー」と反撃を食らう。本当のことを言っても良いのだが、それだとまた孤独になりそうだったので愛想笑いで場を繋ぐしかない。
『実は巴さんって魔法少女なんだ。それ関係で知り合ってな』そんな事を言った瞬間に俺の学校生活は脆くも崩れ去ることになるだろう。すでに一度同じようなことを言って孤独になった経験がある。いわゆる経験者は語るってヤツだ。その時も目の前のコイツは俺のことを突き放しているから信用は出来ない。
その後もウザいぐらいに俺を問い詰めてくる友人から助けてくれたのはHRの開始を告げるチャイムでは無く、その後に入って来た担任だった。チャイムが鳴ってもしつこく追及してきた友人だったが、強面で有名な担任から注意されれば引きさがるしか無い。
しかし、担任は強面と言っても、俺が引き籠もっている時には何度となく俺の家まで来てくれていたので本当は良い教師なのである。まぁ、それだけで信用に値するかどうかは別として。
「お前って少し前と雰囲気変わったよな」
昼休みに入り早々に巴さんのことを問い詰めに来た友人が、そんなことをポロっと口から零した。
そりゃ、何ヶ月……何年もの時間が経てば変わるさ。それに俺は変わらないと先に進めないんだ。
「そうか? あんまり実感は無いんだけど」
ここは惚けておく。あまりにも急激な変化は人を孤独にするからだ。
その後、二、三分の間少し問答があったが、それは俺のことを呼ぶ声が聞こえてきて終わりを迎えることになった。
「おーい、向井ーっ!」
「ちょっと、さやかちゃん……」
手をブンブンと振って自己主張の激しい美樹と、それをなんとか宥めようとしている鹿目が教室の出入り口のところにいた。鹿目の努力は認めるが、そもそもこの教室に来る前に何とかして欲しかった。
「オイイイイ!! 巴先輩だけじゃなく、いつあんな可愛い女子二人となんか知り合いになったぁあああああ!!」
うるさい。目の前で叫ばないで欲しい。
お前が叫んだせいで鹿目が怯えてるんだけど。まぁ、美樹の方は「可愛いなんてそんなぁ」ってクネッてるけど。
全くもってメンドクサイ状況である。
急激な変化は人を孤独にする……そんなことを思った直後にコレだよ。女子と知り合いになる。それは思春期の男子にとっては急激な変化と言えよう。
「とりあえず呼ばれたみたいだから行ってくんな」
席を立ち二人の元へ行く。背後から怨念のような叫びが聞こえてくるが、スルー一択である。
「なんか用か?」
先ほどまでは引き戸の陰になっていて確認出来なかったが、キュゥべえもいた。おそらく二人はキュゥべえに俺のクラスのことを聞いて来たんだろうな。
「あの、よかったらわたしたちと一緒にお昼ごはん食べようよ」
「ほらほら、うら若き乙女のあたしらと一緒に昼飯食べられるんだ。もちろん良いよな?」
「別に良いけど。はぁ……、ちょっと待ってろ」
一度自分の席まで戻り、朝買っておいたコンビニのパンを持って彼女たちの元へと再度行く。またしても背後から呪詛が聞こえてくるが無視に限る。
「で、どこで食べるんだ?」
「屋上だよ。風がとっても気持ち良いんだ」
「ああ、了解。つか、」『今度から俺を呼び出すときはテレパシーにしてくれ。またバカが騒ぎだすからな』
俺がテレパシーのことで喋りかけると鹿目と美樹は「ハッ」とした顔になった。こりゃ完全に忘れていたな。
『あ、えっと、その、ごめんね』
『うわぁ、失念してた。あたしらがここに来るまでも無かったのか』
ガビーンと悔しがる美樹。なんかそれ古いぞ。
そんな感じテレパシーで会話をしつつも屋上を目指して歩きだす。生徒でごった返している廊下を潜り抜け、屋上へと続く階段を上る。
ガチャリと開いた校舎と屋上とを隔てる重い扉の向こうには、十月の蒼天が俺達を迎えてくれた。扉を開いた瞬間に校舎に吹き込む風がまた気持ちいい。
手頃なベンチに座り、昼飯を食べ始める。俺はコンビニの袋からパンを取り出しパクつく。鹿目と美樹は弁当のようだ。
美樹が一人で騒いで、それに鹿目は苦笑しながらも反応する。そして俺は無言で食べる。時々俺に話を振られるのだが、一言二言で会話が詰まる。やはり同年代の女子と喋るのにはまだ時期尚早のようだ。
各自食べ終わり、食後の駄弁りタイムに移行する。
「ねー、まどか。願い事、なんか考えた?」
「ううん。さやかちゃんは?」
「あたしも全然だわー。なんだかなぁ……、いっくらでも思いつくと思ったのになぁ。欲しい物もやりたい事もいっぱいあるけどさ、命懸けってところでやっぱ引っかかっちゃうよね。そうまでするほどのもんじゃねーよなーって」
「うん」
「向井には命懸けでも叶えたい願いってある?」
「あるぞ」
繰り返しか解き放たれたいっていう唯一の願いが。それさえ叶えられるのなら、他のどんな物を対価に支払っても良い。命なんて安いもんだ。
「ホント? どんな願いなの?」
「昨日も言ったが俺の願いを叶えてくれるのなら、俺の願いのことを教えてやっても良い」
今はまだお前たちに言うわけにはいかないんだ。
「ちぇ、参考にしようと思ってたんだけどなー」
俺の願いは参考になんてならんよ、と内心苦笑する。それにしても昨日、俺は巴さんの家で空気を重くしてしまったハズなのに、彼女たちは普通に接してくれている。それがなんだか怖かった。
『意外だなぁ……。大抵の子は二つ返事なんだけど』
ああ、俺だったら二つ返事だよ。
「まぁきっと、あたしたちがバカなんだよ」
「そ、そうかな……?」
「そう、幸せバカ」
美樹はここで言葉を切り、立ち上がってフェンスの向こう側に視線を向ける。ガシリと握ったフェンスがギィギと音を立てる。
「別に珍しくなんて無いハズだよ、命と引き換えにしても叶えたい望みって……。そういうの抱えている人は世の中に大勢いるんじゃないのかな。現に向井にもあるみたいだし」
「そうだな」
「だから、それが見つからないあたしたちってその程度の不幸しか知らないってことじゃん。恵まれ過ぎてバカになっちゃってるんだよ。なんで、あたしたちなのかな……」
それはお前たちが少女だからだよ。生物学上、男と分類されていないからこそ、奇跡を願う権利が与えられているんだ。それが堪らなく羨ましいよ。
「不公平だと思わない? こういうチャンス、本当に欲しいって思っている人は他にいるハズなのにね」
「さやかちゃん……」
美樹の独白はもっともだった。だったら俺にそのチャンスをくれとは言えずに、さすがの俺もだんまりを決め込むしかなかった。
ここら一帯に沈んだ空気が感染してしまったかのように、一同が黙りこむ。見るからに元気印の美樹も、鹿目も、そして俺も……。
別に俺は沈黙が悪い事だと思ってはいない。ただ単に自分がここにいて良いのかと不安になるだけだ。ここ最近、俺の行く先々で沈黙が生まれているような気がするのがより一層俺を追いこみ、口を固く閉じさせる。
不意に空を見上げてみれば、一面の水色の空が迎えてくれるが、ただそれだけだった。
そんな中、そいつは現れた。タンタンタンと上履きが屋上のタイルを踏みならす音が聞こえてきて、一同の視線は自然とそちらに向けられる。
「ちょっといいかしら」
「アンタ……」
「ほむらちゃん……!」
その長くて艶やかな黒髪を吹き抜ける風になびかせ、見滝原中の制服で身を包み俺たちの目の前に登場したのはあの黒髪の魔法少女だった。
彼女は俺たちの顔をそれぞれ一瞥し、最終的には鹿目へと視線を戻す。
『どうすんだよ、おい。これはかなり不味い状況じゃないの?』
美樹がだらりと冷や汗を流す。そりゃそうだよな。俺としてはあまり実感がないが、美樹たちは一度このほむらって子に襲われているから危機感を抱くのは当り前だ。
俺からしてみれば、今この状況でコイツが俺達を襲ってくるなんて思えない。
『どうするもこうするも普通に話しかけられただけの様な気がするから大丈夫じゃないのか』
思った事をそのまま伝えてみる。特に他意は無かったのだが、どうも美樹は俺の言葉が気に入らないらしく顔をしかめる。
『向井ってさ、緊張感ってものが欠けてるよね』
そんなのは自覚しているよ。そもそも仮に今俺が殺されたって、また繰り返すんだ。そしたら、ほらまた初めの日に戻るだけだよ。こんな状態では失敗なんて恐れるはずもない。だから緊張感なんて俺には無縁なものだ。
さて、どうやって美樹を宥めようかと思っていると、
『大丈夫よ』
と、どこからともなく巴さんの声が聞こえてきた。周囲を見渡してみると、その姿は隣の棟の屋上にいることが確認出来た。
どうやってこの状況に気付けたのかとか、どうやってこの短時間であそこにやって来たのかと疑問が浮かんできたが、今はそんなことどうでも良いか。
『ほら見ろ、巴さんもいるみたいだし大丈夫だろ』
『マミさんがいるなら……大丈夫か』
『そ、そうだよね。ほむらちゃんは危ない人なんかじゃないよねッ!』
そんなこんなで話がまとまり、美樹が強気に出る。
「なんの用だよ、昨日の続きかよ?」
おい、先ほどまでの少し弱気お前はどこに行ったよ。やはり巴さんの存在が大きいのか?
「いいえ、そのつもりはないわ。そいつが鹿目まどかと接触する前にケリをつけたかったけれど、今更それも手遅れだし……」
強気な美樹に対してほむらは冷静にあしらう。そしてキリッとキュゥべえを睨んだ。どうやら彼女はキュゥべえに対して敵意を抱いているらしい。
俺からしても、キュゥべえは胡散臭いところがある。まぁそれでも俺にとっては利用価値があるのでそこには目を瞑っている。
「で、どうするの? アナタも魔法少女になるつもり?」
彼女は鹿目に視線を戻して言い放つ。昨日もそうだったが、彼女は鹿目に対して何かあるのかもしれない。
「わたしは……」
言い淀む鹿目。未だ決めきれていないと言った風に眼を泳がせる。
そんな鹿目を庇うように美樹がほむらに噛みつく。
「アンタにとやかく言われる筋合いはないわよ!」
しかし、ほむらは美樹に目もくれずに鹿目をその瞳で見続ける。完全に美樹のことは相手にしないつもりのようだ。
「あなた昨日の話憶えてる?」
「え……うん」
「そう、なら良いわ。そいつの甘言に耳を貸して後悔することがないようにね。忠告が無駄にならないように祈ってるわ」
周りにいる俺たちのことなんて初めからいなかったかのように鹿目だけにそう言い残して、ほむらはくるりと俺たちに背を向け歩きだす。
「あ……、待って、ほむらちゃんっ!」
鹿目の呼びかけに彼女はこちらに振り返る。
そのことを確認したのち、鹿目は言葉を紡ぐ。
「あの……、ほむらちゃんはその……どんな願い事をして魔法少女になったの?」
愚直な質問だった。あまりにも真っ直ぐすぎて、愚かな質問だ。
だが、鹿目は分かっていない。鹿目が訊いた事は、魔法少女になって魔女と戦ってまで叶えたかった願い事で、その人を形成する上で根幹に関わるモノだ。
俺だって昨日巴さんと話していた時、少し気になったけどあまりにも失礼過ぎて質問なんて出来なかった。
「…………っ」
ほむらは言葉に言い表せないといった風に顔を歪ませ、さっきのくるりという優雅なターンとは違い、タッと焦ったように背を向け俺たちの目の前から立ち去るために止めていた足を動かし始めた。
「わたし怒らせちゃったのかな……?」
「なんだよ、教えてくれたっていいじゃんかよ」
はぁ……、仕方ない。
鹿目は困惑気味だし、美樹は軽い逆恨み。そして巴さんは端からあの子に対して敵意むんむんと。キュゥべえに至っては傍観している。
ここは俺が動くしかないな。
「ちょっと行ってくる」
そう言い残して俺は駆け足でほむらの後を追う。鹿目と美樹は俺のことを止めようと声をかけてきたが、背後からの言葉はスルー一択だってお前たちが俺のことを呼びに来た時に決まったんだよ。ある種の自業自得ってヤツだ。
「なぁ、待てよ」
「なにかしら?」
ほむらはちょうど屋上から降りる階段の中ほどで足を止めて振り返る。俺は階段の上からそれを見下ろすという構図だ。
「その、なんだ。鹿目には悪気があったわけじゃないんだ。アイツは昨日初めて魔法少女と出会って、まだその意味を知らないんだよ」
「そんなことはわかっているわ。あの子がそんな子じゃないってことぐらい……。それで、もう行っていいのかしら?」
「ああ、分かってくれているならいい。俺は向井キリト。お前は?」
自分から自己紹介していて、恥ずかしくなった。だが、彼女には逆光で俺の顔の赤みなんて識別できないだろう。
彼女は振り向かせていた頭を正面に戻しつつ、
「……暁美ほむらよ」
視界の先で悠々と階段を降りていく彼女を見下ろす。
――暁美ほむら。
よし、憶えた。どこかその名前を聞いたことのあるような気がしたが、まぁどうせ過去の知り合いに似たような名前が居たんだろうなと自己完結することにした。
暁美ほむらが上履きで階段を踏み鳴らしながら降りていく様子を見届けてから、俺は鹿目たちのところに戻ることにした。
視界の端で別の棟の屋上にいる巴さんの様子を窺うと、すでにその姿は無かった。きっと暁美ほむらが俺たちの目の前からいなくなって、安心してこの場を離れたんだろうと当たりをつける。
「どうして向井はあの子のこと追いかけたのよ。あんなヤツのことなんか放っておけばよかったのに」
「まあまあ、さやかちゃん落ち着いて」
本当にコイツらは何も分かっていない。さっき鹿目が質問したことがどれだけ魔法少女にとって訊かれたくないものかと言うことを。
「いいか、俺は暁美ほむらじゃないが一つだけ忠告しておいてやる」
「ちょっといきなりどうしちゃったのよ。そんな真剣な表情向井らしくない」
言葉から察するにどうやら美樹はたった一日で俺のことが理解できるらしい。ハハッ、思い上がりも甚だしいな。それだけで俺の何度、いや何十度の繰り返ししてきた全てを理解出来るわけないじゃないか。
俺の中の何かが爆発しそうになるが、ここはグッと堪える。
「特に俺が忠告したいのは鹿目、お前だ」
先ほどの暁美ほむらに倣って美樹をとりあえず無視して鹿目に視線を向ける。
「わ、わたし……?」
そうだよ。お前だよ、鹿目。
「お前たちは魔法少女がどういう存在か本当に理解しているのか?」
「当り前じゃん。魔法少女ってのは、魔女を倒す正義の味方なんでしょ。そうだよね、まどか?」
「え? う、うん。たぶんそうだと思うけど……」
ダメだコイツら。魔法少女を正義の味方とか認識していたのか。まぁ、確かにやっていることは魔女退治というアニメで見る魔法少女モノの勧善懲悪の物語のようだよな。
だけど、現実を見てみれば魔法少女は全然これっぽちもそんな生易しいモノじゃない。
「いいか、魔法少女ってのは義務なんだよ。いつか死ぬまで永遠に魔女と戦わせられる憐れな道化でしかないんだ。そうだろ、キュゥべえ?」
『そんな風に言って欲しくはないなぁ。僕らとしては魔女と戦かってもらう対価として、どんな願いでも叶えてあげると言う奇跡を提供しているんだ。僕は物事を一面からしか解釈しない君の考え方はどうかと思うよ』
「と言うことだ。キュゥべえが言ってるんだから間違いない。コイツは嘘だけはつかない」
キュゥべえは信頼は出来ないが、信用は出来る。自分が利益を損ねることは言わないだろうが、コイツは真実しか言わない。それは昨日既に証明されている。
「契約したら本当に死ぬまで戦わなくちゃならないの……?」
美樹が恐る恐ると言った感じでキュゥべえに訊く。鹿目も心配そうな顔でキュゥべえを見る。俺の脅しが効いたようで何よりだ。
まぁそもそも、説明された良い部分だけを自分の知識として吸収するのはよくない。知識とは悪い部分まできちんと把握して、それを理解した上で良い部分を自分で活用出来るように吸収しなければ意味はないのだ。
『簡単に言えばそういうことになるね。でもよく考えてみなよ。全ての生物は時が経てば死ぬんだ。それが早いか遅いかの違いだけじゃないか。それに魔法少女になれば上手くすれば君たち人類の寿命よりもずっと長生きできるかもしれないよ』
「そ、そんな……」
相変わらず、キュゥべえはなんて事ないように言う。実際、俺からしてみてもなんて事はない。それぐらいの対価なら……と思えてしまう。
しかし、鹿目や美樹は違う。彼女たちにとって、いや人間にとって死が恐ろしい物だからだ。
死んだら全てが終わり。きっとそう思ってしまってるんだろう。その終わりこそ俺が求めて已まないものだとは知らずに……。
「これが奇跡を望む対価なんだよ。魔法少女になって命懸けで魔女と戦うまでして叶えたい願い……それはその人にとって重いものなんだろうな」
俺だったらこの繰り返しから解き放たれたい。そう願う。
だけど巴さんの願いは? 暁美ほむらの願いは?
それは願った本人と聞き届けたキュゥべえにしか分からない。そもそも訊いてはいけないのだ。
魔法少女にとって願った奇跡とは、その人そのモノと言っても良いぐらい重要なモノで、もしかしたら忘れてしまいたい事のなのかもしれない。
それを他人が気軽に訊いて良いハズはない。
「どうしよう、さやかちゃん……。わたし、ほむらちゃんに訊いちゃいけないこと訊いちゃったッ!?」
「ど、どうしようって……謝るしかないんじゃない?」
二人はようやく事の重大さが理解出来たらしく、どうやって暁美ほむらに謝るかああだこうだとどうやって謝るかと話し合い始めた。
そんな彼女たちを見守る俺にキュゥべえがテレパシーで話しかけてきた。内容からして俺だけにしか聞こえないようにしているのだろう。
『いいのかい?』
『何がだ?』
『二人にマイナスイメージを植え付けるようなことをしてだよ。これじゃあ、彼女たちに君の願いを叶えてもらえなくなっちゃうんじゃないのかな?』
キュゥべえに言われてみて初めて自分が犯したバカな行為に気づく。確かになんで俺は二人に魔法少女となることに抵抗を抱かせるようなことを言ってしまったんだろう。
他の方法を模索中とはいえ、一番確実なキュゥべえに願えない俺の代わりに奇跡を願ってもらうという選択肢を自ら潰しているみたいだ。
『何でだろうな、気づいたらそうしてたんだ。もしかしたら奇跡を願う権利を持っている二人が、あまりにも危なっかしくて見ていられなかったからかもしれないな』
『僕には君の思考が理解できないな。自分の願いとは逆方向の考えを実行するなんて正気の沙汰とは思えないよ』
『自分でもそう思ってるよ』
自分が自分を分からない。
いったい何時からなんだろうな。俺が俺のことを理解出来なくなったのは?
俺の願いはただ一つ。
そう、たった一つなんだからそれに突き進んでいけばいいのに。
どうして俺は……。
その後、わたわたする鹿目と美樹の作戦会議は、昼休み終了を告げるチャイムが合図となって結局良い案も浮かばずに強制的に終了する運びになった。まぁ、俺は関係ないから別に彼女らがどうなろうと知った事ではないが。
それにしても怒らせてしまった人がいる教室に帰らなければならないから、心境としては最悪だろうな。
とぼとぼと歩く二人を置いてきぼりにしてさっさと自分の教室に戻る。これで遅刻なんてしたくはないからな。
そして始まるのは聞いたことのある内容の授業。とてつもなく退屈で仕方がなかった。
「――さて、それじゃあ魔法少女体験コース第一弾。はりきっていってみましょうか」
巴さんは「準備はいい?」とニッコリとした笑顔で俺たちに訊ねてきた。俺たちと言うのはもちろんのこと俺と鹿目と美樹である。
すでに学校終わりの放課後で、現在地は学校近くのファーストフード店である。
ちょっと待て。どうしてこうなった?
確かに昨日、俺は巴さんから勧められて魔法少女の手伝いをする事になった。しかし何故、それを昨日の今日で実行に移しているんだ。
俺は準備なんてなんもしてないぞ。
「準備になってるか分からないけど、持ってきました! 何も無いよりはマシかと思ってさっき体育館から拝借させてもらってきたわ!」
そう言って美樹は、先ほどから何が入っているんだと俺が秘かに思っていた木刀や竹刀が入っていそうな縦に伸びた長い袋から金属バットを取り出した。ファーストフード店の店内でそんな物騒なモノを出すんじゃない。強盗だとでも思われたら厄介きわまりない。
それにしても女子中学生が金属バットを、じゃじゃーんと手に持っているのは違和感しかない。いや、美樹みたいにボーイッシュな女の子ならばアリなのか?
「うん、まぁ……そういう覚悟でいてくれるのは助かるわ」
俺と同様に巴さんも、金属バットを持って来たということよりも、この場でその金属バットを普通に取り出す美樹の神経に若干引いたようだ。というか、あの金属バットは学校からパク――いや、借りてきたのかよ。もしも魔女に破壊されたらどうするつもりだろうか。
「まどかは何か準備してきた?」
「え!? え、ええっと、わたしは……」
ニシシと笑いながら金属バットを袋に戻しながら美樹が訊くと、鹿目はどこか自信無さげに目を泳がせながらカバンの中にごそごそと手を突っ込んで何かを取り出そうとしている。
まぁそれもそうか、美樹の金属バットの次に何か出せって言われたら俺でも自信がない。もしも自信を持って出せるとしたらナイフだとか包丁だとか殺傷能力のある刀剣類を持ってきたらとかだな。こんな場所では金属バットよりも出してはいけない物であるけれど。
「あっ、そうだ。まどかにはトリを務めてもらうっつーことにして、さきに向井が何持ってきたか見せてもらうことにしようか」
「さ、さやかちゃん!」
「いーからいーから。まどかにはやっぱりトリを務めてもらわないとね。期待してるよ~。てことで向井よろしく!」
いや、俺は何も持ってきてないって。てか、そもそも今日こんな事あること自体初耳だったし。
俺は「何も持ってきてませーん」と両手を小さく広げて主張する。
「向井はダメダメだなぁ~。これからあたしたちは魔女退治に行くんだよ? 武器ぐらい持ってこないと」
「んなこと言ったって、結局戦うのは巴さんだけだろ。俺は後ろの方で傍観してるさ」
そもそも俺たちが魔女退治についていくだけで邪魔なんだから、そんな俺たちが危険なことしたら巴さんにとっての負担になるだろうに。まぁ、自分の身を守るためだけに武器を使うのだとすればまた意味が違ってくるが。
「たしかにそうだけど……まぁいいや。じゃあ最後にまどかいってみよー」
俺の言葉なんて端から考える気ないか。どうでもいいけど。
鹿目は「う、うん」と緊張した面持ちで先ほどからカバンに突っ込んでいた手を引き出す。取り出したのは一冊の大学ノート。
そしてそのノートをばばーんと勢いよく開いて俺たちに見せてきた。
「こんなの考えてみたんだけど……」
「うわ……」
「これは……」
……なんて言ったらいいのかな。鹿目が開いて見せてきたページには鹿目自身の絵が描いてあったと言えばいいのかな。それもどう見ても魔法少女の格好をした鹿目が。
武器は弓ですかー。そうですかー。
「と、とりあえず衣装だけでも考えておこうかと思って」
鹿目は静まり返った俺たちの様子を窺うように言った。まぁ、美樹が直前に俺に対して武器ぐらい持って来いと言っていたし、少し気まずいか。
そんな焦った風な鹿目を見て巴さんと美樹は噴き出す。
「え……? えぇ? えー?」
いきなり二人が笑い出して戸惑う鹿目。
ようやく一通り笑い終わった巴さんが、
「うん、意気込みとしては十分ね」
「こりゃまいった。アンタには負けるわ。あはは。さー! 準備も整ったし、行くかー! ぷくく」
「そうね! 行きましょう! くすくす」
「ひ、ひどいよぉーマミさんまで!」
憐れ鹿目。だが今の状況は自分で作り出したんだから我慢するしかないぞ。
「む、向井君っ!?」
だから俺に助けを求める子リスのような視線を向けてくるな。
まったく、今日は散々な日だよ。