ひとしきり俺以外(巴さんと美樹)が鹿目の持ってきたノートで笑い終わった後、巴さんの先導で俺たちは昨日の使い魔たちと戦闘をしたショッピングモールの改装中のフロアに足を運んでいた。
巴さんが自らのソウルジェムを俺たちに見やすいように手に持つ。
「――見てこのソウルジェム。光ってるの分かる?」
巴さんの言う通り、ソウルジェムは淡く光っている。その光源は昨日見た時と同じ黄色だ。
「はい」
巴さんの問いかけに対し、鹿目が代表して返事をする。そしてそれを確認してから巴さんは鹿目と美樹にソウルジェムを見せた理由を話し始める。
「この光が昨日の魔女が残していった魔力の痕跡。つまり魔女の魔力に反応しているの。基本的に魔女探しはこの反応を頼りにするのよ。こうしてソウルジェムが捉える魔女の気配を辿って行くわけ」
すでに俺は昨日同じような説明を聞いたから特になにを思うわけでもなく知っている情報の確認がてらに聞いていたが、美樹が素直に自分の思った事を口にする。
「わー……意外と地味ですね……」
コイツは現実に何を求めているんだろうな。現実は現実で、ファンタジーの世界とは違うんだぞ。何もかもが派手で煌びやかなモノではないんだよ。いくら魔法少女とか魔女とかアニメの世界の単語が出てきたってここは現実なのだ。
俺の置かれている状況だって、他人からすれば認識することのできない地味なモノでしかないしな。
巴さんは苦笑いを浮かべながら「いきましょうか」と魔女を求めて俺たちを先導し始めた。
*****
街には傾いてきた太陽のオレンジ色の陽射しが降り注いでいる。俺たちが魔女を探し始めておよそ二時間。見滝原町を当ても無く歩き続ける俺達をあざ笑うかのように一向に巴さんの手に持つソウルジェムに反応はない。
「光、全然変わらないッスね」
何も変わらないこの状況に、さっきまで上がっていたテンションを無理矢理落とされてしまった美樹が愚痴を零す。簡単に魔女が見つかればそれに越したことはないが、こうも早く見つかるわけがないだろうに。
「取り逃がしてから一晩経っちゃってるからね。足跡も薄くなっているわ」
巴さんは、「しょうがなわよ」とブーブー言っている美樹を宥めている。そんな二人を見守るように俺と鹿目は少し後方で並んで歩いていた。因みにキュゥべえは前方のグループにいる。
それにしても鹿目と並んで歩くのは少し気まずい。というか、思春期の少年には異性と並んで歩くの自体気まずいわけで。
掛ける言葉がないと言うか、それで無言になってしまう。もしも美樹みたいにあちらから喋りかけてくれるタイプならば無言になってしまうことが無くて非常に助かる。だが、鹿目はそんなタイプではないので現在進行形で困っている。
「あ、あの……向井君」
と、そんな風に気まずい空気に内心嘆いているとなんと鹿目の方から喋りかけてきた。
「なんだ?」
「……ありがとう。わたし向井君のおかげでほむらちゃんに謝ることできたんだ」
「ああ、そうか。そりゃよかったよ」
昼のことを思い出す。鹿目は暁美ほむらに聞いてはいけない質問をした。それは魔法少女にとっては聞かれたくないだろう事だった。
だから俺は彼女に怒った……いや、忠告したんだ。
それで鹿目が自分のやったことに対して謝ることが出来たのなら僥倖だ。
「でも、ほむらちゃんからあんまりいい返事もらえなかったんだ。わたし嫌われちゃったのかな?」
「どうだろな、そこのところは俺にも分からん。だがな、もしも鹿目が何もかも嫌になったら俺に言ってくれ。そうしたらお前の進むべき道を教えてやるよ」
そう、もしも鹿目が何かに迷ったら俺が進むべき道を教えてあげよう。俺を救済すると言う道を……。
「へっ? どういうこと?」
「いや、なんでもない。もしもの話だよ」
俺の言葉に鹿目は疑問を持ったようだがここはまだ教えるわけにはいかない。
「巴さん、反応ありましたか?」
だから俺は巴さんに話しかけることで強制的に話題を変更させる。
「まだ反応はないわね」
「そうですか。でしたら昨日言っていたように自殺現場を回った方が効率良いんじゃないですか?」
「そうね。その方が良いのかもしれないわね」
俺の助言にすぐさま肯定する巴さん。
すると美樹が、
「ねぇ、マミさん。自殺現場ってどういうことですか?」
「魔女の呪いは人を自殺へと追いやってしまうこともあるの。あんまり気分の良いものではないけど、自殺現場を回ってみるのも魔女探しには必要なことだわ」
「そんな……」
「他にも魔女の呪いの影響で交通事故や傷害事件が起きるような大きな道路やケンカの起きそうな歓楽街じゃ優先的にチェックしないといけないわ。それと 病院ね」
「病院ですか……」
「ええ。病院に魔女が取り着くと、ただでさえ弱っている人達から生命エネルギーを吸い上げられてかなりマズイことになるかもしれないから注意が必要ね」
「病院……」
やたら病院と言う単語を気にする美樹。病院に知り合いでも入院しているのだろうか?
俺も知り合いが入院しているがそれほど気にもならない。その知り合いを心配するぐらいなら今の自分を心配したい。
そんなやり取りをしているとタイミングの良い事にソウルジェムが黄色く光り出した。
巴さんはすぐさまそれに反応する。
「かなり強い魔力の波動だわ。近いかも」
「「え!?」」
同学年の女の子二人組は突然の展開についていけてなさそうだ。仕方ないので俺が導いてやることにする。
「どっちですか?」
「こっちよ!」
ソウルジェムが反応する方向へ巴さんは駆けだす。
「ほら、お前たちもついてこい」
俺は鹿目たちに声をかけて、彼女たちが駆けだすのを確認すると俺も巴さんの後に続いた。
巴さんに導かれるまま俺たち中学二年生トリオはその背中を追って行く。
迷惑そうな視線を向けてくる通行人たちに心の中で謝りつつ大通りを駆け、途中の小道に入りやがて俺たちの目の前には人の気配のまったくない廃ビルが現れた。
「ここですか?」
代表して俺が巴さんに確認を取る。
巴さんは自らのソウルジェムを確認してから、
「ええ、ここで間違いはないわ。きっとこの廃ビルの中に魔女がいるはずだから、みんなは気を引き締めてちょうだいね」
「わかってますよ」
……最低限俺だけは、ですけど。
イマイチ、俺は鹿目と美樹が考えていることがわからない。きっとそれは性別の違いからくるものだろうから、未来永劫俺には理解出来ないんだろうな。
「……あっ!?」
俺たち全員で魔女が潜んでいる廃ビルの全体像を確認していると、美樹が何かを発見したような声をあげる。
「マミさん、屋上に誰か……!」
美樹に言われてみて、視線をビルの屋上へと向ける。
お世辞にも人が居そうにもない廃ビルの屋上に、OLだろうか、地上から見る限りスーツを着た女性が屋上にあるはずの柵を乗り越えて今にも飛び降りてきそうな状態で居た。
案の定と言っても良いのだろうか、あまり予想が当たってもらいたくはなかったが女性がフラフラとした足取りで屋上の淵まで歩いて行き、全身から力を抜くように前のめりに倒れ、そのまま地上へと重力に身を任せながら真っ逆さまに下降し始める。
「ッ!!」
声にならない叫び声をあげる鹿目。
もうダメかと思った瞬間、巴さんが魔法少女へと変身し、黄色く光る魔力のリボンで女性を受け止めた。流石としか言いようがない人命救助である。
「マミさんっ!」
「大丈夫、気を失っているだけみたいだから」
巴さんが鹿目と美樹を安心させるように優しい声色で現状を伝えた。それを聞いて二人は、ホッと胸を撫で下ろす。
そんな二人を暖かそうな目で見た後、巴さんは俺にも視線を向けてきてニッコリを微笑んだ。きっと俺も知らず知らずのうちに心配そうな影が顔に出ていたんだ、とその時初めて気づいた。
巴さんが意識の無い女性の髪をかき上げて、首もとを確認する。
「魔女の口づけ……やっぱりね」
俺は巴さんの言葉を受け、そちらに視線を向ける。なにやら丸い痣のようなモノが確認出来た。
「口づけ?」
「詳しい話は後! 魔女はビルの中よ、追い詰めましょう!」
「「はいっ!」」
俺としては『魔女の口づけ』について詳しく聞きたいところだったが、女子二人がビルの中に突入する気満々だったので、空気を壊さないようにするために諦めることにする。
ま、魔女を倒してからでも遅くはないさ。
廃ビルに突入する。建物の中は廃ビルらしく至る所に瓦礫が点在し、壁に穴があいていたりととてもではないが何故取り壊されてないのか不思議に思ってしまうレベルだ。
廃ビルの中をズンズン進む。もちろんのこと先頭は巴さん。そんでもって次に鹿目と美樹。そして最後尾に俺と言う布陣である。
巴さんが一番前なのは言わずもがな唯一戦闘能力を有しているからだ。俺が最後尾なのは男だからという理由である。
巴さんが美樹の持つ学校から拝借してきたという金属バットに触れる。すると、金属バッドが黄色く輝き出すと棍棒へとクラスチェンジを果たした。
「うわぁ!」
いきなりの出来事だったから美樹が驚く。それを見た巴さんが「ごめんなさいね」と謝りつつも口を開く。
「これでよし。気休め程度だけど身を守れるはずよ」
「おおっ」
俺が見た感じだと、巴さんは金属バットに魔力を込めたといったところなんじゃないかな。そうすることによりただの金属バットで殴るより物理攻撃の力が上がるとかなんとかそんなところだろう。
何も武器を持ってこなかった自分に軽く苛立ちながらも平常心を心掛ける。
「使い魔の群れを突破出来れば魔女のところに在りつけるわ。それじゃあ行くわよ!」
その掛け声とともに俺たちは魔女の結界の中に侵入する。
結界の中は昨日の髭の生えた丸いヤツが進化したような、蝶の羽を生やした目が四つあるヘドロみたいな使い魔がうじゃうじゃいた。ちなみにではあるがコイツも髭を生やしている。
巴さんはそいつらをマスケット銃で次々と撃ち倒していく。時たま俺たちの方にまできた使い魔は、美樹が元金属バットである棍棒で殴って撃退していた。
もっとも男の俺が何もしないのは気が引けたため、途中からそこら辺に転がっていたゾンビゲームに登場しそうな手頃なパイプを手にして美樹と同じ作業を始めたわけだが。つまり何もせずにただただついて来ているのは鹿目だけと言うわけだ。特に他意はない。
「恐くないかしら?」
巴さんが使い魔に発砲しながら訊いてきた。
俺以外の二人は「大丈夫です」とか「全然ッ!」とかまったく恐がっていないようだ。やはり巴さんの存在が大きいのだろうな。
俺はと言うと、
「俺が死への恐怖を感じると思いますか?」
俺が唯一恐怖するのは永遠に時間が繰り返しい続けること。ある意味、死と言う概念は俺にとっては救済される一つの方法だ。
もしも死ぬだけで時間の繰り返しから解き放たれるのなら俺は進んでこの命を差し出そう。
「愚問だったわね。ごめんなさい」
「いえ、気にしないでください」
笑って返す。それぐらい今の俺にとってはそれすらもどうでも良い事だ。些細な憤りを感じるぐらいなら時間の繰り返しから抜け出す手段を考える方が良い。
「ここね」
結界の中を進み続け、一枚のドアの前で巴さんが足を止める。
どうやらこの先に魔女がいるらしい。魔女ってどんな姿をしているんだろうな。使い魔がアレな感じだから魔女も似たような姿をしているんだろうか?
巴さんが勢いよくバタンと扉を開ける。
魔女が居ると思わしき部屋の中には数え切れないぐらいの無数の蝶が、視界一杯に宙を漂っていた。
俺たちへの確認を込めて巴さんが言葉を発する。
「……出たわ。あれが『魔女』よ」
蝶が飛び交うこの部屋の中央で、異様なほどに存在感を醸し出す存在があった。
シルエットで見た感じだとその体躯はキリンのような四足動物で、背中には蝶の羽。そして頭から泥を被ったような奇怪な頭部。さらにそんな頭部にバラの花がいくつも咲いており、その異質さを際立てていた。
「うわ、グロい……」
「あんなのと戦うんですか……?」
女子二人はその見た目から魔女に対しての拒否反応を起こしているようだ。それは仕方のない反応かもしれない。男の俺の目でさえ、あの魔女は気持ち悪く映っている。女の目線で見たあの化け物はどんなふうに映っているかなんて察するに余りある。
今日この時、魔女を見るまで俺は、魔女はいくら超常的な存在とは言え、その姿は人型を保っているんだとばかり勝手に思っていた。
だが現実はどうだろう。今俺の目の前にいる魔女は、昨日見た使い魔や、ついさっき先に進むためになぎ倒していった使い魔たちを進化させたような、とても人型には見えない姿だ。
気持ち悪い。それが素直な感想だった。
「大丈夫、負けるもんですか」
俺たちの心配に応えるように平気な顔をして、その手にマスケット銃を召喚する巴さん。
別に俺は心配なんてしていなかったが、巴さんに声をかける。
「危なくなったら逃げてくださいね」
「ふふ、わかっているわ。向井君は二人のことお願いね」
「ええ、それこそわかっていますよ」
俺が鹿目と美樹を守るのは当然だ。
今現状、俺の願いを叶えてくれそうな存在はこの二人だけだ。彼女たちがもしも死んでしまったら次の機会を待つしかなくなってしまう。
「さがってて」
巴さんが魔女の待つ戦いの舞台へとふわりと踊り出る。その時に先制に一発と発砲するも巨大な椅子のようなモノで防がれる。
ここで巴さんは一礼。まるで社交ダンスで相手のことを誘っているようだ。
しかしそんなものはお構いなしにと魔女は巨大な椅子を巴さん目掛け投擲。巴さんはその巨大な椅子を新たに召喚したマスケット銃で撃ち落とす。
戦争だ……。
戦闘が今始まったばかりなのにそう思ってしまうほどに、それは常軌を逸していた。例え日本の自衛隊や米国の軍隊がここに現れたとしてもあれに介入する事は叶わないだろう。
巴さんは次々と地面にマスケット銃が突き刺さるように召喚し、それを引き抜いて魔女目掛けて発砲しては投げ捨てる。それを繰り返し繰り返し実行していた。圧倒的な物量である。
しかし、魔女はその体躯から想像できないほどに身軽ですばやく、なかなか巴さんが放った銃弾が当たることはない。
「あっ……」
隣で巴さんと魔女の戦闘を観戦……いや、彼女の中では見守っているといった方が正しいか。鹿目が悲痛な叫び声をあげる。
その原因は巴さんが魔女の使い魔に拘束されたからだ。使い魔は魔女との戦闘に集中していた巴さんの背後から忍び寄りその身体を蔓へと変容させ、巴さんの身体に絡み付き下半身の動きを束縛する。
巴さんは堪らず顔を歪めるがそんなこと知った事ではないというように、蔓はそのまま巴さんの身体を空中へと持ち上げた。しかしそんな状況でも巴さんは魔女へと発砲を止めない。しかしその弾丸は魔女に当たることはなく、巴さんは壁へと打ちつけられてしまう。
「あぁ、ああ……」
「マミさああああああんっ!!」
鹿目が叫ぶ。美樹も信じられないといった風な目をしている。
俺からしてみればどこにそんな心配する必要があるのだろうかと疑問に思ってしまう。戦闘が始まる前に俺が巴さんに危なくなったら逃げてくださいって言ったじゃないか。それに巴さんは了解の言葉を述べた。だからあの状況はまだ危ない状況じゃないハズなんだよ。
巴さんは蔓によって真っ逆さまの格好で吊るされているがこちらに顔を向けるといつもの優雅な巴さんの表情をする。それでこそ巴さんだ。
「大丈夫……、未来の後輩にあんまり格好悪いところ見せられないものね!」
巴さんが放って魔女に当たることはなかった銃弾から、飛び降り自殺しようとした女性を助けた時と同じ魔力で出来た黄色く光るリボンが続々と飛び出してきてお返しとばかりに魔女を拘束する。
その隙に巴さんは自らの胸元のリボンを外すとそのリボンで蔓を切断して自由の身になる。
「惜しかったわね」
どういう原理かは理解出来ないが、巴さんは重力に身を任せながら蔓を切断したリボンをその身の三倍もあろう巨大な大砲へと変化だか召喚をして魔女へと狙いを定める。
「ティロ――フィナーレッ!!!」
耳を
今まで俺が見てきた巴さんの物量重視の戦闘スタイルとは一線をかいた、高威力の一撃だった。
巴さんは消えゆく魔女に視線を向けつつ、優雅に床へと着地する。それに少し遅れてカランと何かが落ちる音が鳴り響いた。
「勝ったの?」
「すごい……」
魔女が消滅すると結界が崩れ、景色が元の廃ビルへと揺らめくように戻っていった。
「これがグリーフシード。魔女の卵よ」
巴さんはさきほど音を立てて落ちたモノを拾って俺たちに見せてきた。
「た、卵ぉ!?」
美樹が驚く。俺も魔女が卵から生まれる存在だと知って驚いた。もっとも美樹のように表面に出すことは無かったが。
「運が良ければ、時々魔女が何個か持ち歩いていることがあるの」
『大丈夫。その状態では安全だよ。むしろ役に立つ貴重なモノだ』
今まで居たかどうかすらあやふやだったキュゥべえが心配そうな顔をしていいた鹿目と美樹の為に補足の説明をする。
「魔法少女は戦ったりすると魔力を消耗するの。私のソウルジェム、昨夜よりちょっと濁っているでしょ」
言われてみれば昨日見た時よりも輝きが薄れているように感じる。昨日今日の戦闘で濁ったということだろうか。
「そういえば……」
「でも、グリーフシードを使えば……ほら」
巴さんはグリーフシードを自らのソウルジェムに近付ける。するとソウルジェムから黒い靄のようなモノが出てきてグリーフシードに吸収される。
「あ、綺麗になった」
「ね。コレで消耗した魔力も元通り。前に話した魔女退治の見返りっているのがコレなのよ」
そこまで言い終えると巴さんはそのグリーフシードを宙に放り投げる。その先には誰かが居たようでうまい具合にキャッチした。
「「はっ!?」」
「あと一度くらいは使えるはずよ。貴女にあげるわ。暁美ほむらさん?」
その長い黒髪を揺らしてカツカツと床を鳴らしながら現れたのは暁美ほむらだった。
「あいつ……」
「それとも人と分け合うのは不服かしら?」
「あなたの獲物よ。あなただけモノにすれば良い」
何かが気に入らなかったのか、暁美ほむらはグリーフシードを巴さんに投げ返した。
「そう、それが貴女の答えね」
俺にはさっぱり分からなかったが巴さんには何かが伝わったようだ。
そのまま暁美ほむらはくるりと俺たちに背中を向け去って行った。
「くぅ~、やっぱり感じ悪いヤツ!」
「仲良くできればいいのに……」
「お互いにそう思えれば……ね」
意味深な巴さんの言葉。いったい何が何なのだろうか。
魔法少女の中には俺たち一般人にはわからない専門用語でもあるというのだろうか。
「向井君、お疲れ様」
「へっ?」
最近、考え事をしている時に声をかけられることが多くなった気がする。おかげでいつも変な返事をしてしまっている。
「えっと、どういうことです?」
「ほら、二人のことお願いしたじゃない」
ああ、そういうことか。
「マミさん。向井のヤツ何もしてなかったですよ」
美樹が俺の怠惰を巴さんに報告する。
「ふふっ、あなたたちは気付かなかっただけで向井君はずっと周囲に気を張っていいたのよ。そういう言い方をしてはダメよ」
「そうなのか、向井?」
若干、怪しむような視線で俺を見てくる美樹だったが、巴さんが言ったことで少しだが信じているように思える。
確かに俺は巴さんの戦闘中、周囲の使い魔たちが襲って来ないかと気を張っていたが、それは巴さんが頼んできたという理由ではなく、俺個人的の理由からだ。
だから少し心苦しい。
「まぁ……、うん」
「ありがとう、向井君」
鹿目の感謝の言葉がチクリとこの身を刺した。
その後、俺たちは魔女の呪いのせいで投身自殺をしてしまいそうになったOLさんを宥めることになった。と言うのも、目を覚ました彼女は半ば発狂状態で、自分が何故投身自殺なんてしてしまったのかと、訳が分からなくなってしまっていた。
そんな彼女を巴さんは優しく抱きしめ、「大丈夫、大丈夫」と言葉をかけていった。
見る限り、巴さんは慣れたように宥めていたので、以前にもこういう経験があったのかもしれない。
きっと始めての時は一時の俺たちみたいに、どうしたらいいのか分かんなくてワタワタしてしまっていたんだろうな。
なんとかOLさんを元気づけて帰宅させると時刻はもう夜に差し掛かろうとしていた。あと二十分もすれば陽は完全に沈むだろう。
すでに俺は皆と別れ、とある目的地を目指して、一人夕日が照らす街中を歩いていた。
「で、なんでお前がついて来てんだよ?」
『別に良いじゃないか。僕が君について行って何か不都合な事でもあるのかな、と逆に問いかけたいよ』
「……まぁ、特にないんだけどさ。ただ、これから俺が行くところにお前がついて来たって、何ら有益なことは起こらないと思うぞ」
『それは僕が自分で判断することだよ。君が無益だと思っていても、僕からしてみたら有益な事なんて星の数ほどあるはずさ」
「そんなもんかねぇ……」
相変わらず、キュゥべえの言っていることは回りくどくて理解し難い。どこか言い包められているようで気分は良くないが、その口(実際にはテレパシーだが)から紡がれている言葉はいつだって嘘偽りの無いモノのハズだ。
キュゥべえの目的が分からない以上、特に俺から何かをする訳にもいかず、済し崩し的についてくることを許可する形になってしまった。
俺がキュゥべえを伴って歩くこと三十分。目的地であった白い建物が視界で確認できるまで近づいてきた。
『誰か知人でも入院しているのかい?』
「ん、まーな。なんか今日、久しぶりに会いたくなっちゃってさ」
いったい、いつぶりに合うことになるのだろうか?
永遠とも思える繰り返しの中で、俺の体内時計は壊れきっているので、イマイチいつぶりなのか把握できない。
病院内に入り、まだ面会時間が残っているか受付で確認する。
面会時間は午後八時までとのこと。今はまだ午後六時を回ったところだから余裕がある。
一応、確認がてらに目的の知人が入院している病室を受付で訊き、自分の記憶と相違ない事を確認したのち、その病室へと向かう。
「よっ。暇だから来てやったぞ」
ノックも無しに無遠慮に扉を開いて病室に入る。この病室の入院患者さまは身体をビックと震わせたが、俺の存在を知覚すると頬を緩ませてリラックスしたような顔になった。
「なんだキリトか。いきなりやって来たからビックリしたじゃないか」
「いや、久しぶりに恭介に会いたくなってな。もしかして邪魔だったか? それなら今すぐ帰るんだが」
「ちょうど僕も暇をしていたところさ。それよりも二日ぶりなのに“久しぶり”ってどういうことなのさ」
ハハッ、と恭介は笑った。
コイツは上条恭介。病院に入院しているところから察せられると思うが、所謂他人から同情を買われ憐れみの目で見られる可哀想な少年だ。
将来を有望視されたヴァイオリニストだったが、三ヶ月ほど前に交通事故に遭ってしまい、治療も虚しく身体に麻痺が残ってしまった。特にヴァイオリニストの命である指の回復の見込みはないと言われてしまって、俺とは違う絶望を味わっている。
恭介とは中学に入学した時からの知り合いで結構仲良くしていたが、あの事故の直後の彼には近づき難く、それでも今こうして彼が笑顔を出せていることにホッとしている。
「あれ? そうだっけか?」
あははっ、と俺も恭介につられて笑う。今日は色々なことがあったが、友人と談笑するこの時間が一番楽しい。
巴さんにしても、鹿目にしても、美樹にしても……もちろんキュゥべえにしても今だ俺は信じきれない。そのせいでずっと緊張を張り巡らせていたが、今はそんな事をする必要はなく、自然体の自分が出せた。
「なぁ、恭介」
「なんだい?」
恭介と会話をする中で、ふと気になった。
系統は違うとはいえ、言葉上では同じ“絶望”を知る友人に俺は問いかけたくなった。
「もしも、だ。もしも、奇跡や魔法があったらどうする?」
いきなりの突拍子もない質問だったが、恭介は十秒ぐらい考えてから答えてくれた。
「もちろん、この指を治すさ。例えどんな対価を払っても良い。僕はヴァイオリンが好きなんだ。僕の魂と交換だって言われても了承してしまうんじゃないかな……」
麻痺の残る手を持ち上げて、それを見ながら言う恭介。
「そうか……、やっぱりお前もそういう答えに辿り着くよな」
恭介の言葉を聞き、心のどこかにあった罪悪感が消えていく。これまで自分を雁字搦めに拘束していたそれは最後の防波堤だったのかもしれない。
だけど、それを俺は否定することにした。
――叶えたい願いがあるのなら、己の全てを賭けるつもりにならなければいけない。
そうだな。うん、そうだ。そうに決まっている。
「急にこんなこと訊いてくるなんてキリトらしくない。どうかしたのかい?」
「ちょっと悩んでることがあってな。恭介のおかげでスッキリしたよ」
「そうか、それなら良かったよ。もしかして僕の心の傷を抉ってきたんじゃないかと思ったよ」
「……悪い。そんなつもりはなかったんだけどさ」
「わかってるよ。キリトはいつだって僕のことを心配してくれたよね。ただ気を使うだけじゃなく、敢えて僕の現状を説明してきたりして、一時は僕をいじめて楽しんでいるんじゃないかと思った時もあったけど、今はそれが優しさからきたものだってちゃんと理解しているよ」
そんな大げさなモノじゃない。ただ、数少ない友人のことを気にかけていただけさ。
「……あっ、そろそろ面会時間が終わるみたいだね」
恭介に言われ時計を確認してみると、確かにもう少しで午後八時になるところだった。
「そうみたいだな。また来るわ」
「うん、待ってるよ」
恭介の病室を後にする。ぴょこぴょことキュゥべえが俺に続き病室から出てくる。
『なんかお前にとって有益なモノでもあったか?』
病院内と言うことでテレパシーで話しかける。
『まぁ、それなりにね。僕の事なんかよりも君も収穫があったんじゃないか?』
おおっ、バレてるわけね。病室ではおとなしく俺が腰かけたお見舞い用の椅子の下にいた癖に、ちゃっかり聞いていたんだな。
『ああ、もう俺は迷わない』
悪魔と罵られようが、何としてでもこの繰り返す時間から這い出てやる。
そう、例え無垢な少女を欺くことになったとしても……。
俺には、俺の叶えたい願いがあるのだから。