魔法少女まどか☆マギカ★マジか?   作:深冬

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第六話

 もう迷わない、と決心してからおおよそ一週間。

 願いの為なら己の全てを賭けると思っていても、結局は今までと変わらず日々を過ごしていた。と言っても、巴さん主催の『魔法少女体験コース』とやらに参加していたのでデンジャラスな日々であったが。

 そんな日々であったが、危険な事は少なかった。

 なぜなら、俺たち一般人(少々道を外した)に危険が及ぶ前に、すべて専門家がそれを排除してしまうのだ。巴さんがこの体験コースを開いているから当然のことだと思うが、それで勘違いしてしまうヤツもいる。

 

「やっぱ、マミさんはカッコ良いッスよ!」

 

 使い魔を華麗に倒した巴さんに美樹が称賛の言葉を贈る。別にそれ自体が悪い事ではない。

 あまりにも楽観視しているのだ。

 

「もう! 見世物じゃないのよ。危機感も持ってもらわないと困るんだから」

 

 変身を解いた巴さんが美樹を窘める。

 そう、そうなのだ。使い魔と言えども俺たち一般人にとっては危険なのだ。それなのに美樹はまるで映画館に来ているかのようにこの状況を楽しんでいるように思える。

 

「イエース、分かってますって! いざとなったらコイツがあるんで大丈夫ですよ」

 

 そう言って、美樹は右手に持つ金属バットを掲げた。

 ……まだ持っていたのか。そろそろ学校に返さないと盗難の被害届が国家権力の方に届けられてしまうんじゃないか? まぁ、たかだかバット一本でそんなことにはならんとは思うが一応ね。

 

「グリーフシード落とさなかったですね」

「まぁ、今のは使い魔だったしそれを期待するだけ無駄じゃないのか」

 

 鹿目がポツリと零した言葉に俺が答えてやる。どうやら使い魔がグリーフシードを落とさないことを知らなかったらしい。

 

『そうだね。今のは魔女から分裂した使い魔でしかないから、グリーフシードは持ってないよ』

 

 俺の言葉にキュゥべえが補足をした。

 

「ここんとこハズレばっかじゃない?」

 

 美樹はブーブーと頬を膨らませる。もしかしたら魔女退治を遊びか何かと勘違いしているかもしれない。敵キャラを倒してドロップアイテムを期待する気持ちは理解できるが、ここは現実なんだぞ。

 別に俺はどうってことないが、美樹は死ぬことが恐くないのか?

 

「放っておくわけにはいかないわ。使い魔だって成長すれば魔女になっちゃうもの」

 

 確かに使い魔は魔女になる。そしてその魔女が人を襲うことが、巴さんにとっては許せないことなのだろう。だからこうして街を歩いてパトロールしているのだ。

 

「そういえば二人とも、何か願い事は見つかった?」

 

 と、思い出したかのように巴さんが口を開く。

 

「いやぁ、まだ……。まどかは?」

「あはは、わたしもまだかな」

 

 二人は顔を向き合わせて乾いた笑い声を出した。

 

「そうだ! マミさんは……」

 

 何かを閃いたのか、鹿目は口を開いたが、全てを言い終わる前に口を噤んだ。大方、巴さんにどんな事を願ったのか訊こうと思ったのあろう。だけど、俺に忠告されたことを思い出して咄嗟に口を閉ざしたと。

 

「何かしら、鹿目さん?」

 

 巴さんが喋りかけてきたはずの鹿目が急に黙りこくった事に疑問を投げかける。

 さて、鹿目はどうするのかねぇ……。

 

「あっ、いえ、その……」

 

 もうどうして良いのか分からなくなって、鹿目は言葉を上手く紡ぎだすことが出来なくなっていた。

 

「大丈夫よ。言いづらいことなら言わなくていいけど、怒ったりしないから言ってくれても良いのよ」

 

 巴さんは勘違いしているのか、いつもの柔和な雰囲気で言った。それが巴さんの長所であり、欠点でもあると俺は思う。

 鹿目は巴さんの言葉を聞いて、意を決したようにあわあわさせていた口を動かす。

 

「言いにくいのなら別に良いんですけど、マミさんはどんな願い事をしたんですか?」

 

 結局、鹿目は訊くんだな。俺としても気になることではあるが、とてもではないが合ってそこらで訊ける内容では無い。

 まぁ、いつもならこうして鹿目がやらかした場合は美樹がフォローに回るのだが、その美樹さえも「どうしよう、どうしよう……」と慌てていてフォローどころではなく、助け船が来ない状態だったから進むしか無かったのだろうが。

 

 鹿目の発言で先ほどまでの空気が凍りついた。

 しかし、巴さんは先ほど自らの言葉で自分の首を絞めていたので喋るしか道は残されていなく、暫しの沈黙の後、巴さんはポツポツと口を開く。

 

「…………そうね。私は……」

「え!? あ、いや、言いにくいなら別に……」

「ううん、いいの。自分が言ったことには責任を持たないとね」

 

 年上としての義務と言うか、意地と言うか。俺の思っていた以上に巴さんはある意味で頑固者だった。

 

「……数年前になるわ。家族でドライブに行った時、大規模な交通事故に巻き込まれてね。そこでキュゥべえと出会って――」

 

 語られたのは、不幸な一人の少女の話。

 その話を聞いて、その少女――巴さんと俺は少し似てると感じた。自らが原因では無く、ただただ巻き込まれただけなのだ。

 ただ、俺と巴さんとでは決定的に違うことが一つだけあった。

 その不幸を自らで解消出来るか出来ないかの違いである。

 目の前にキュゥべえ(希望)が存在したのにもかかわらず、一方は少女だという理由で願いは叶えられ、一方は少年だからという理由で願う権利すら与えられなかった。

 

「――考える余裕さえなかった、ってだけ」

 

 考える余裕がなかった?

 良いじゃないか、例えそうだとしても願いは叶えられたじゃないか。

 

 巴さんが息継ぎの為に話を区切ると、鹿目と美樹からゴクリと唾を飲み込む音が聴こえた。

 

「だからね、選択の余地があるあなた達にはきちんと決めてほしいの。私にできなかった事だからこそね。もちろん、向井君もね」

 

 俺もだと……? 願うことすら叶わぬ俺にいったい何を選択する余地があるというのだ。

 巴さんの言葉に俺は戸惑いを憶える。

 

「……あ、あのさ、マミさん!」

 

 これまで事の成り行きに身を任せていた美樹が口を開いた。

 

「願い事って自分の為の事柄じゃないと駄目なのかな?」

「え?」

「例えば、例えばの話なんだけどさ。あたしなんかよりずっと困っている人がいて、その人の為に願い事をする……とか……できるのかなって……」

 

 それは可能だ。むしろ可能でなければ、俺がお前たちとこうしてつるむ意味すらなくなってしまう。

 しかし、自らの願いを叶えてもらった相手は、普通なら真実を知ったら後悔するだろう。自分のせいで、一人の少女の人生を台無しにしてしまったって……。

 

『うん、可能だよ。前例もないわけじゃないし』

 

 キュゥべえが美樹の質問に答えた後、意味深に俺へと視線を向けてきた。

 ああ、わかってる。俺はもう迷わない。

 

「でも、あんまり感心できた話じゃないわね」

「どういうことです?」

「美樹さん。あなたはその人の夢を叶えたいの? それとも夢を叶えた恩人になりたいの?」

 

 厳しくも、美樹のことを心配する優しい言葉。巴さんは他者を気づかい過ぎて呆れてしまいそうになる。

 巴さんの言葉に美樹は顔をしかめる。

 

「他人の願いを叶えるのなら、なおのこと自分の望みをはっきりさせておくべきだわ。同じようなことでも全然違うことよ、これ」

 

 もしも俺の願いを叶えてくれたのならどっちでも構わない。そう、俺を助けてくれるのなら。

 

「……きつい言い方でごめんね。だけど、そこを履き違えたまま進んだらきっとあなたは後悔することになると思うから」

 

 亀の甲より年の功……って言うのは、たった一つしか違わない巴さんに失礼か。それでも巴さんと俺たちの人生の密度は全然違うんだろうな。

 

「………………うん、そうだね。あたしの考えが甘かった。ごめん!」

 

 暫しの沈黙の中で何か解答を導き出したのか、美樹はきっぱりと謝罪を述べた。コイツの性格から言えば有り得ないことのように思えてならない。

 

「難しい事よね。焦って決めるべきじゃないわ」

『僕としては早い方がいいんだけど』

 

「だめ! 女の子を急かす男は嫌われるぞ? 向井君はキュゥべえみたいに女の子を急かしちゃだめよ」

「わかってますよ」

「あはは……」

 

 まあ、良いさ。とにかく俺は目の前の事からやっていくしかないんだ。

 

 

 *****

 

 

 かったるい授業を終え、学校から帰宅することにする。

 今日は『魔法少女体験ツアー』なる男の俺が何で参加しているか分からないモノは休みだそうで、少し調べたい事があるのでショッピングモール内にある書店へと足を向けていた。

 何故、図書館に行かないのかと訊かれれば、あの無数に人がいるのに静かな空間に俺が堪えられないからである。まぁ、調べ物って言ってもそこまで真剣に調べなければならないわけでもないし、まぁいいかって感じだ。

 

「魔法……魔法……魔法……」

 

 本が痛まないように空調設備の行き届いた大型の書店で、人差指で新書コーナーの本棚にキレイに並べられた書籍をなぞりつつ、知りたい情報が書かれているだろう本を探す。

 

「おっ、『現代科学による魔法考察』か……」

 

 そう、俺が調べたかったこととは『魔法』についてである。

 こんな方法で間違っているだろう方法を調べるよりも、巴さんやキュゥべえに訊いた方が手っ取り早いわけだが、例え間違っているとしても知ることに意味があると思っている。

 可能性が低くても、選択肢が多い方が良い。

 

 そのままレジに直行してから書店を出る。

 

「……今日も何も変わらないか」

 

 どんな些細なことでも良い、どんな小さなことでも良いんだ。

 日常の裏側にある非日常さえ俺の目の前に現れてくれたら、俺はそれに飛びこむだろう。存在するかもしれない可能性を求めて。

 

 目的のモノは買ったので、それを読むために帰宅することにする。

 別に公園とかで読み耽っても良いが、最近は暗くなるのが早いので家に帰ってから読み始めることにした……が、どうもそういうわけにはいかないらしい。

 

「向井君、おねがい来てっ!」

「うわぁ、ちょ、待て!?」

 

 何故だかよく分からないが、全力疾走の鹿目が俺の腕を取り、そのまま連れだって行こうとしたのだ。急いでいるみたいなので、仕方ないと諦めて俺は鹿目に腕を掴まれながら並走することにした。

 

「詳しい話は後でするから今は急ぐわよ!」

 

 というか、巴さんまでいる。これは何か起こったということで間違いないだろう。望んでいた非日常の始まりだが、もう少し穏便な方法で誘(いざな)って欲しかったものである。

 

 あっ、せっかく買った本落とした……。

 

 

 鹿目に先導されて走ることおおよそ十分。

 俺と巴さんはそれほどでもなかったが、鹿目は途中から走るスピードが落ちてきて最後の方は俺が逆に引っ張る形となった。

 

 息を切らせながらも鹿目は、

 

「はぁ、はぁ……マミさん……ここです!」

「ええ!」

 

 巴さんはソウルジェムを掲げる。すると空間がぐにゃりと歪んだ。

 なるほど、鹿目が焦っていたのはそういうことか。この先に魔女がいると……。

 

「キュウべえ、状況は?」

『大丈夫、すぐに孵化する様子はないよ』

 

 巴さんが空間の歪んだ場所に話しかけると、いつもの無感情のキュゥべえの声と言うかテレパシーが聴こえてきた。どうやらこの魔女の結界の中にいるらしい。

 キュゥべえと話始めた巴さんを横目で窺いつつ鹿目にどう言う状況なのか訊く。

 

「えと、さやかちゃんといっしょにグリーフシードを見つけて……、そうしたらさやかちゃんがここに残るって言って、マミさんを連れて来なくちゃいけなくて……でもそれはもう終わったんだけど、その途中で向井君を見つけて無理矢理連れてきちゃったんだけど、ごめんね」

 

 うん、とりあえず鹿目の言っていることは分かった。とにかく魔女の結界の中に美樹がいると言うわけだな。

 

「落ち着け」

 

 色々と頭の中が纏まりきっていない鹿目の両肩に手を置く。

 

「鹿目は良くやったよ。ここまで巴さんを連れてきたんだろ? それで良いじゃないか」

「えっ……う、うん。いきなり連れてきちゃってごめんなさい」

「気にしてないから安心しろ。むしろありがとうと言いたいところだ」

「え……? でもわたし……」

「良いから気にするなって」

 

 聞きわけの無い鹿目の頭を乱暴に撫でる。突然の事態に鹿目はあわあわし始めた。

 

「鹿目は目の前の自分に出来ることをしたんだよ。それは他人が責めるべきことじゃないし、それに俺を連れてきたくれたことに関しては、俺自身としてもありがたいと思ってるんだ」

 

 そこまで言い終えると巴さんの方から「二人ともそろそろ行くわよ」とお声が掛かった。むろん、連れていかせてもう俺たちはそれに従うしかないので、俺は鹿目の背中をポンッと軽く叩き、言外に行くぞと言ってやる。

 鹿目もバカではないので、巴さんの後に続いて魔女の結界の中に入っていった。それに俺も続く。

 

 相変わらず、魔女の結界は異質な空間だった。今回は病院の中みたいな空間だ。

 ああ、そう言えばここは病院だったか。魔女の結界に入る前に見た景色を思い出す。

 しかも恭介が入院している病院とか状況が最悪過ぎる。

 もしも恭介に何かがあったら……。

 

 ――良いじゃないか、どうせまた繰り返すんだし。

 

 ふと頭に浮かんだ言葉が俺に重く圧し掛かる。

 俺は何を考えているんだ。これでは、諦めてしまったようじゃないか。

 頭を振ってその考えを無理矢理振りほどく。

 

「――待ちなさい」

 

 巴さんを先頭に結界内を進む俺たちの背後からそんな声が聞こえてきた。

 

「何かしら?」

 

 あくまで冷静に巴さんが返す。振り返った先には一人の少女がいた。

 暁美ほむら。現状の俺には魔法少女であると言う事実しか知らない一人の少女だ。

 彼女は巴さんの射抜くような視線なんて気にもしない風に淡々と口を開く。

 

「今日の獲物は私が狩る。もちろん結界内の二人の安全は保証するわ」

「だから手を引けって言うの?」

 

 何故だかよく分からないが、巴さんは暁美ほむらに対しての当たりが強いように感じる。いつもの優しくて柔和な巴さんから想像できないぐらいに、暁美ほむらに対して敵意をむき出しにしていた。

 

「信用すると思って?」

 

 言いながら、巴さんは腰を屈め右手を地面に向ける。

 すると、暁美ほむらの足元から巴さんの拘束魔法である黄色く光る魔力のリボンが現れ、暁美ほむらを拘束する。

 リボンによって不意打ちで拘束された暁美ほむらは苦悶の表情を浮かべ、

 

「な……ッ!? ば、バカッ。こんな事やっている場合じゃ……」

「怪我させるつもりはないけど、あんまり暴れたら保証しかねるわ」

 

 殺す覚悟も辞さないとでも言うように冷徹に巴さんは言い放つ。

 

「行きましょう、鹿目さん、向井君」

「……はい」

 

 暁美ほむらに背を向け結界の奥に歩き始めてしまった巴さんの後に鹿目が続く。俺もそれに倣い歩きだす。

 

「待ちなさい! 今度の魔女は……これまでとは訳が違う!!」

 

 背後からは悲鳴に近い俺たちを制止する暁美ほむらの声。

 そうだ、今なら……。

 

「巴さん。すいませんが、俺は少し戻ってきますね」

 

 決めたのなら即実行。それに今じゃないとこれから先、いつ暁美ほむらと話を出来るかわからない。拘束されている彼女となら無理矢理にでも話すことが出来るだろう。

 

「わかったわ。でも、気をつけなさいね。いくら拘束していると言っても、相手は魔法少女なんだから」

「はい。だからこそ、戻るんですよ」

「ふふ、そうね。向井君には向井君の願いがあったのよね」

 

 巴さんは、言葉に出さなくても俺のやりたい事が分かってくれている。別に分かってくれなくても良いのだけれども、鹿目みたいに困惑の表情浮かべるのは止めてもらいたいな。

 

「巴さんの近くにいれば安全だから心配するなよ鹿目」

「でも向井君は……」

「俺の事も心配するな。俺は俺の意思で俺自身の為に行かなくちゃならないんだ。例え無駄な事でも無意味じゃないんだ。無駄を積み重ねればしっかりとした土台は作れるんだよ」

 

 「それでは」と巴さんに告げてから俺は彼女たちの進むべき方向から逆走し始める。

 さて、暁美ほむらは何を知っているのだろうか?

 あわよくば、俺の知りたい情報であって欲しいモノだ。

 

「よう」

 

 俺は目の前で拘束魔法によって捉えられている暁美ほむらの姿をしっかりと確認してから、彼女に声を掛けた。

 暁美ほむらの方も、俺の存在には気づいていたようで、淡々と口を開く。

 

「何か用かしら? 用がないのだったら、私の身体を拘束している巴マミのこのリボンをどうにかして欲しいところだわ」

「うん、無理だ。たかだか巻き込まれただけの一般人の俺に魔法のことをどうにか出来るわけないだろうに。お前もわかってて言うなよ」

「ええ、そうね。それであなたの私に何の用があってここまで戻ってきたのかしら? まさか拘束されている私を見て善がりに来たとでも言うの?」

 

 自分では身動きとれないハズなのに、暁美ほむらの双眸は毎度のこと見てきた冷静な視線でこちらを射抜いてきている。

 まったく、俺が何かするとか考えないのかねぇ……。仮にも俺は男で、暁美ほむらは女だ。身動きとれない女が目の前にいれば普通の男なら何かいやらしい事でもする可能性が高いだろう。俺はしないけど。

 

 俺は大きなため息をつき、壁に寄りかかる。

 

「そんなことをするために俺は戻ってきたわけじゃない。俺は魔法少女である暁美ほむらと少しばかり話があるんだ」

「そう。でも私にはあなたと話すことなんて無いわ」

「ハハハ、まぁそんなこと言うなよ。これから先、長い(・・)付き合いになるかもしれないんだしさ」

「それはどういう意味かしら?」

「ああ、気にするな。こっちの話だから」

 

 よくよく考えてみれば、今こうして焦る必要はないのではないかと思ってきた。

 現状では、俺と彼女は敵対している。しかし、これから先の繰り返された時間のいずれかは敵対していない関係になっているかもしれない。そう考えれば焦る必要なんて無いのかもしれない。

 諦めに似た考えかもしれないが、魔法と出会った今回だけで俺が救われるとは思ってはいない。

 

「……そうかもしれないわね。あなたとは長い(・・)付き合いになるかもしれないわ」

「んぁ? それはどういう意味だ?」

「向井キリト。あなたには関係ない話よ」

 

 ほぅ……暁美ほむらはなかなかに口が悪いようだ。これはまともに話せるようになるまで時間が掛かるかもな。

 

「まぁいいさ。今回はここで引く事にするよ。また今度、二人きりで話がしたいよ」

 

 壁に預けていた背を浮かせて俺は暁美ほむらに背を向ける。

 

「あなたと二人きりなんてごめんだわ」

 

 背後から悪態が飛んできた。

 俺は上半身だけ振り返り、

 

「そうだな。確かに今みたいな状況じゃないと二人きりは俺の身が危ないな」

 

 少し特殊な存在とは言え、あくまで俺は一般人から毛が生えた程度の存在。だけど、アチラさんは魔法少女なる非常識な存在。

 今はこうして巴さんの拘束魔法のおかげで身の安全は保障され、更には話すことが出来ているけれど、それがなければ俺の話なんて聞いてもらうことすら叶わないだろう。

 

「じゃあ、またな」

 

 今度こそ俺は暁美ほむらに背を向け、戻ってきた道を更に逆走する。

 

 ……暁美ほむら。

 確かに俺は彼女の事を知らないのだが、どこかで会ったような気がする不思議な魔法少女。

 とりあえず、彼女のことは後回しだ。

 

 先に進んだ巴さんと鹿目に追いつく。

 

「どうしたんですか?」

「ううん。なんでもないの」

 

 明らかに巴さんの様子がおかしかった。目元に涙を溜め、目は真っ赤に充血していた。それで何でも無いと言われても説得力なんてありゃしない。

 

「私のことは良いから、向井君はあの子とお話をして何か収穫はあったのかしら?」

「ええ、まぁ」

 

 今はとても話せる状況ではないと言うことがわかりましたよ。いつになったら暁美ほむらとまともに会話できるかわからないけど、それはきっといつか実現するような気がしていた。だから俺は先ほど引いたのだ。

 その後は二・三問答があったが、それはキュゥべえの緊急を知らせる声で中断させられる事になった。

 

『マミ大変だ! グリーフシードが動き始めた! もうすぐ孵化する……急いで!』

「ええ、わかったわ。だったらもうコソコソする必要もないわね!!」

 

 そう言うと、巴さんはそれまで着ていた見滝原中の制服から魔法少女のコスチュームへと変身する。

 

「行くわよ、二人とも!」

「あ、はいっ」

「ええ」

 

 こうして俺たちは駆けだした。

 途中で出現する使い魔は巴さんのマスケット銃によって撃たれ、時には銃身で殴打され、その身を滅ぼされていった。

 

「お待たせっ!」

「ま、間に合った……!」

 

 美樹の元へとなんとか辿りつく。

 視界一面に巨大なケーキやらクッキーやらプリンやらが埋め尽くす、ある意味夢の空間ではないだろうか。しかし、だからこそこの空間には異質さしか存在しなかった。

 

 巴さんが異質の中心へと目を向ける。

 どうやらグリーフシードは孵化してしまったようだ。愛らしいぬいぐるみのような魔女が俺たちを可愛らしく見ていた。

 しかし、巴さんは非常にもそんな魔女へと銃弾を放つ。撃っては新たなマスケット銃を召喚し、次々と銃弾は愛らしい魔女へとヒットしていく。

 

 巴さんは止めとばかりに暁美ほむらへも使用していた黄色い魔力のリボンで魔女を拘束し、マスケット銃を魔女へと向ける。

 

「これで終わりよ」

 

 圧倒的な力の差がそこにはあった。

 少し前からしか巴さんのことは知らないが、それでもいつもの巴さんよりも強さを感じた。何故かはわからない。だけど、それでも強かったのだ。

 

 パンッと乾いた銃声が鳴り響く。

 真っ直ぐ空気を切り裂いて突き進んだ銃弾は拘束されて身動きのとれない魔女の胴体に吸い込まれるように命中した。

 

「え……?」

 

 この場にいる誰もが巴さんの勝利を確信していた。

 鹿目も美樹も、そして当事者である巴さん自身も。

 だから巴さんは反応できなかった。愛らしいぬいぐるみのような魔女の口から顔のついた黒くて長い蛇のようなヤツが這い出てきた事を。

 

 しかし、俺だけがそいつに反応することが出来た。

 何故なら俺は誰も信じていないからだ。そう、自分さえも信じていない。だから巴さんの勝利を確信しつつも、それを信じられない自分がいて、そいつが俺の身体を動かした。

 

「ゴフッ」

 

 大丈夫ですか巴さん、……確かにそう言おうとしたのに俺の口からは血が吐き出された。

 信じられないと言った巴さんの表情。まぁそれもそうか。今、俺の右腕から右上半身に掛けてあの魔女に食われちまったんだからな。咄嗟に巴さんの事を左手で押して助けた対価ってヤツだ。何ら後悔はしていない。

 何故自分がこんな事をしたのかはわからない。だけれども、今は魔女に殺されたらこの連鎖から解き放たれるんじゃないかと思って少し期待していた。

 

 ほんの少しの間だけ呆然としていた巴さんだったが、彼女の魔法少女としての役割と言っていいのかわからないが、俺の右上半身をバリバリと咀嚼している魔女に向けてマスケット銃の撃鉄を鳴らした。

 

 そこまで確認して俺の意識は遠のき始めた。

 

「向井君!?」

 

 徐々に遠のく意識の中、俺の視界一面には必死な形相の巴さんの顔が見えた。

 身体が暖かく感じた。おそらく、巴さんが治癒魔法でも使ってくれているのだろう。しかし、巴さんの表情を見る限り、俺が助かる事は無いんだろうなと思った。

 まぁ別に俺は命が助かる事自体にさして興味は無いのだからどうでも良い事なのだが。

 

 美樹が目を白黒させて驚いている。鹿目の目からは大粒の涙が堪えず流れ出て、俺に何かを伝えようと叫んでいる。

 もはや断片状にしか彼女たちの声は聞こえてこない。

 

「ねぇ、キ■■え! ■■■を■■ることはで■■いの!?」

 

 鹿目がキュゥべえに縋るように詰め寄った。何を言っているのかは聞き取れない。しかし、その内容はなんとなくわかった。

 おいおい、そんなことはしなくても良いんだよ鹿目。魔女に殺される事で、この永遠とも言える繰り返す時間の呪縛から解き放たれるかもしれない。今回、俺はその可能性を試す事にしたんだよ。だから頑張らなくても良い。どうか死なせてくれ。

 

『もちろん可能だよ。なに、簡単な事さ。君にはその願いを可能にする力があるんだ』

 

 いやにクリアなキュゥべえの声。頭に直接語りかけているのだから当然のことかもしれないが、今の俺にはそれが苦痛でしか無かった。

 待て、キュゥべえ。お前は何を……。

 

「■■に……?」

『もちろんだよ。だから、僕と契約して魔法少女になってよ!』

 

 止めろ……止めてくれ鹿目。お前は俺に可能性を試させてくれる事すら許さないとでも言うのか?

 それに俺の為に願ってくれると言うのなら、俺を生かすのではなく、存在を抹消してくれ。そうすれば俺は楽になれるんだ。

 

 喉が張り裂けそうなぐらい大声を出しているつもりなのに、俺の口はパクパクと陸に揚げられた魚類のようにしか動いてはくれない。

 

「駄目ぇえええええええええええええッ!!」

 

 不意に聞こえてきた、俺の言葉を代弁するような叫び声。その叫び声には冷静な彼女には窺い知ることが出来なかった感情と言うモノが俺に伝わってきた。

 きっと、それは俺と彼女が思っていることが同じだったからだろう。

 

 ――暁美ほむら

 

 俺と彼女は鹿目まどかにキュゥべえとこんな形で契約なんてして欲しく無かった。その想いが同じだからこそ、俺には感じ取れた。

 

 鹿目まどかはキュゥべえと契約した。

 つまり、巴さんの治癒魔法でも治す事が出来なかった俺の身体の損傷が完全に治ったと言う事だ。

 身体を起き上がらせると、鹿目が俺に抱きついて来た。

 

「向井君……。良かった……本当に助かって、良かった……!」

 

 俺に抱きついている鹿目の格好は、先ほどまで着ていた見滝原中の制服ではなく、ピンクと白を基調としたフリフリの魔法少女のコスチューム。

 涙を流して安堵する彼女は放っておいて、周りを確認する。

 

 巴さんはペタンと腰を降ろし、天を仰いでいた。

 美樹は溜め息をついて心を落ち着かせていた。

 

 そして、少し離れた場所で確認出来た暁美ほむらは――無表情だった。

 何もかもを諦めたように顔には全くの変化は無く、先ほどあれほどの叫び声をあげていた少女と同一人物だとはとてもではないが信じられない。

 

「どうして助けた?」

「え?」

「どうして俺を助けたんだ!?」

 

 鹿目を俺の身体から引き剥がして俺は言い放った。やり切れない気持ちばかりが先行する。

 

「だって、そうしないと向井君が死んじゃって……」

「そうだよ向井。まどかのおかげで向井は助かったんだよ」

「お前は黙ってろ美樹!」

 

 キッと美樹を睨みつけて黙らせる。

 

「な、なんだよ……」

 

 たじろぐ美樹を無視して更に俺は鹿目に対して詰問する。

 

「どうしてだ!? どうしてなんだよ? 俺はここで死んだところで全然良かった。なのになんで俺を中途半端に助けたんだ!?」

 

 俺自身の願いを彼女に話していないからこういう風になるのは当然かもしれない。理屈では理解していても、感情は納得してくれはしなかった。

 

 鹿目の目元から流れる涙は安堵のモノから別のモノへと変容していった。鹿目は横目で巴さんの事を見るも、巴さんは天を仰いだまま動く事は無かった。

 

 その時、

 

 ――ガチリッ

 

 どこからか聴こえてきたこの場に似つかわしくない音に、俺は視界から鹿目を外し、その音源の方向に視線を向けた。

 

「暁美ほむら……?」

 

 俺の見間違いでは無ければ、暁美ほむらを中心として空間が切り取られ始めていた。魔女の結界が崩壊していっているのかと思ったが、少し様子がおかしい。

 

『そうか。ほむら、君が時間を巻き戻していたんだね。これで一つの疑問に答えがでたよ』

「え……?」

 

 今、キュゥべえは何と言った?

 暁美ほむらが時間を巻き戻していただと……?

 

 もしそれが本当ならば……。

 

「暁美ほむらぁあああああああッ!!!」

 

 もう、俺の眼中には巴さんや美樹は当然のことだろうが、先ほど理不尽な怒りをぶつけていた鹿目すら映っていなかった。

 全ての元凶へと向かって駆けだす。

 

 お前が、お前が、お前が俺の時間を止めたのかッ!?

 

 問い詰めるつもりだった。いや、ぶん殴るつもりだったのかもしれない。

 頭に血が上っていて自分が何をしたかったのはわからない。

 しかし、結果から言ってそれが実現する事は無かった。

 

 ――俺の意識が暗闇へと飛んだ。


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