魔法少女まどか☆マギカ★マジか?   作:深冬

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第八話

「あれが……アイツのせいでほむらは永遠とも思える時間の中を繰り返してきたのか」

「ええそうよ。あれを私が倒さない限り、私たちの時計の針は進まない」

 

 ――ワルプルギスの夜

 

 それは激しい嵐の中、悠然と見滝原市の宙に浮いていた。

 巨大な歯車に、ドレスを着た人形を逆さに吊るしたような姿。あまりにもその魔女の大きさが馬鹿げているぐらいに大きすぎて、こんなのを本当にほむらが倒せるのか心配してしまう。

 そんな俺の心情が顔に出ていたのだろう。ほむらが俺に微笑みかける。

 

「大丈夫よ。私は何度となくあれと対峙してきた。こんどこそ倒して、私とあなたの時間を進められるように努力するわ。だから……」

「ああ、わかってる。アイツのことは俺に任せておけ。成功を祈ってるよ」

 

 ワルプルギスの夜に向かって駆けてゆくほむらの背を見届ける。

 さて、俺も俺のするべきことをしなければな。

 

 彼女がいるであろう避難所に指定されている体育館目指して歩いていると、その進路上を逆走するように目的の人物が他一名と連れだって息を切らせながら走って来た。

 大雨の中、よくもまぁ傘も差さずにご苦労なことであるが、俺からしてみれば彼女がここにいると言うだけでナンセンスだ。

 

「そんなに急いでどこ行くつもりだ――鹿目?」

「む、向井君!?」

「向井こそなんでこんなところにいるんだよ!? 今がどういう状況かわかってるんだろ!」

 

 俺がここにいるだけで驚く鹿目に対して、美樹はその手に一振りのサーベルを握っており、マントを羽織った騎士のようなその服装からも美樹が魔法少女であると言うことが窺い知れる。

 

「ああ、だから美樹、お前はこの先に進むと良い。だが鹿目、お前を先に進ませるわけにはいかない」

「どういうことだよ向井!? まどかはあたしの仲間だ。それにまどかが一緒にいてくれるからあたしはあたしのままで戦えるんだ!」

 

 俺は美樹には進んで良いと言ってるのに、何故か鹿目も一緒に通せと美樹がうるさい。完全に鹿目は置いてきぼりの状況で、あわあわしている。

 

「そんなに魔女化を恐れてるのか?」

「ッ……」

 

 魔法少女は魔法を使う度にソウルジェムに穢れを貯める。普通ならその穢れは魔女が落とすグリーフシードを使って吸収するのだが、それをせずに穢れを貯め続けると魔法少女は魔女へと変貌を遂げる。

 

 あの時は大変だった。

 失恋から自暴自棄になった美樹が闇雲に魔女や使い魔を倒していった。それだけなら何の問題も無いのだが、美樹は死ぬつもりだったらしくグリーフシードを使ってソウルジェムの穢れを吸収しなかった。

 それを近くで見ていた鹿目がほむらに相談して、やむなく俺たちが――と言っても、ほむらが鹿目経由で美樹に真実を伝えることでなんとか魔女化を止めさせることが出来た。

 その後、なんか色々と鹿目がいたから自分は魔女にならなかったとか勘違いした美樹が鹿目にベッタリで、現在進行形で非常にめんどくさいことになっている。

 

「そんな言い方は良くないと思うよ」

 

 黙った美樹に代わり、鹿目が喋り出す。

 

「こんなのどうでも良いじゃんかよ」

 

 俺のするべきことは美樹には関係していない。だからこそ、美樹なんてどうでも良い。

 

「どうでもいい、って……」

「それよりも鹿目、お前はどうなんだ? お前がこの先に進めば確実に足手まといになる。もしかしたらそのせいで美樹が、そしてお前自身も死ぬことになるかもしれないんだぞ」

「わたしは……」

「まどかはあたしが護るッ!」

 

 俺の問いかけに対して答えようとした鹿目だが、言い始める前に美樹が大声を張り上げて言わせなかった。

 その行為がどうしようもなく俺を不快にする。美樹さえいなければ、俺がやるべきことは割と簡単に済みそうなのに。

 

「護れるのか……? この先にいる魔女はほむらでも勝てるかどうかも怪しい相手だぞ。ほらむにさえ簡単にあしらわれるお前に、本当に鹿目を護りながら戦えると思うのか?」

「っ……!? だったら、なおさらあたしが行かないといけないじゃんかよ。転校生一人じゃ倒せないんだろ? だったらあたしが加われば――」

 

 抜け穴を見つけた風に勝ち誇った表情をする美樹。だけれどもコイツは何もわかっていない。

 

「だから言ってんだろ。美樹、お前は先に進んで良いってさ。ほら行けよ。お前がほむらに加勢してくれれば勝てる可能性が高まるからさ」

 

 バカだバカだとは思っていたが、ここまでバカだとは思ってもみなかった。美樹の鹿目に対する執着心はすでに病的な盲信にまでなっているのかもしれない。

 

「ダメだダメだダメだっ、まどかがいないとダメなんだ!!」

 

 美樹の叫びを聞いた次の瞬間、感じる死の感触。

 それは初めて感じる感触だった。

 

「グッ……」

 

 まさかサーベルで腹を刺されるとは思わなかった。

 

「向井が悪いんだからな。そう、向井が悪いんだよ」

 

 美樹は、俺にサーベルを突き立てた態勢で自分の行為を正当化する言葉を呟いていた。

 

「さやかちゃん!?」

「さぁ行こうか、まどか。邪魔者はいなくなったよ」

 

 美樹がサーベルから手を離すと、俺の身体は呆気なく地面に崩れ落ちる。

 

「大丈夫、向井君!?」

 

 鹿目が駆けよってきて俺のことを抱きあげ涙を流してくれるが、それに応えることすらできない。

 

「なんで……なんで、向井君にこんなことするの、さやかちゃんっ!!」

 

 俺の視界からは確認できないが、言葉から察するにきっと鹿目は美樹を睨みつけているのだろう。

 

「あはは、なんでまどかがそんな顔してるの? あたしたちの邪魔者が消えたんだよ? もっと喜ばなくちゃ」

 

 狂ったように美樹が笑う。そんな美樹を鹿目が拒否して、鹿目は美樹に殺された。

 これでずっと一緒だね、と鹿目の死体を抱きしめる美樹を最後に確認して、俺の意識は完全に終わりを迎えることになる。

 

 ごめん、ほむら。

 今回はお前の願い、叶えられなかった。

 

 ――鹿目まどかを死の運命から救い出す

 

 たったそれだけのことなのにな。

 だけど、その願いはほむらが幾度となく改変させようと繰り返しても成し得られなかった願いでもある。

 

 鹿目がワルプルギスの夜と相対せばキュゥべえと契約して魔法少女になり、そして魔女になる。

 もしもワルプルギスの夜に相対さなくても何かしらの原因で鹿目は死ぬことになる。

 

 そのことをほむらから訊いた時は若干信じきれなかったが、今なら完全に信じられる。

 何故なら俺の目の前で鹿目が死んだからだ。

 

 どうしてほむらが鹿目を救おうとしているのかは知らない。

 だけれども、俺はほむらの願いを叶えるために鹿目を救わなくてはならない。

 

 それが、彼女に苦しみを背負わせてしまった同じ時間を生きる俺にしか出来ない贖罪だから。

 

 

 *****

 

 

 何度となく、俺とほむらはこの一ヶ月を繰り返した。

 時には巴マミと共闘し、美樹さやかと共闘し、未だ語った事はない佐倉杏子とも共闘したりしたが、それでもあの最悪の魔女『ワルプルギスの夜』にはまるで歯が立ちそうな気配が微塵も無かった。

 

 他にも俺たちの目的である鹿目まどかを死の運命から救い出すことを否定してきたイレギュラーである美国織莉子、呉キリカの存在もあった。

 その平行世界では美国織莉子が魔法少女として現れ、彼女の持つ未来を見通す魔法で鹿目まどかの魔女化した未来を知り、それを阻止するために同じく呉キリカとともに鹿目まどかを殺そうとしてきた。

 もちろん、俺とほむらも黙って見ていたわけではない。なぜなら俺たちの目的は鹿目まどかを救うことだからだ。

 しかし、最終的には俺たちは美国織莉子の執念に負けてしまった。

 せっかくワルプルギスの夜に勝つことが出来そうな戦力が揃ったと思ったのに、鹿目まどかが殺されてしまってはほむらの願いは果たせないので、やむなく俺たちは次の時間へと旅立った。

 あの時のほむらの悔しそうな表情は見てられなかった。

 次こそは……と意気込んでみるも、その後は美国織莉子も呉キリカの姿を確認出来た時間軸は存在しなかった。

 

 ほむらは何も俺には教えてくれなかった。

 俺は彼女の願いを叶えるのを手伝っているというのにだ。しかしそれでも俺は全然構わなかった。

 それは勝手に俺が言い出したことなので、それなのに色々と教えてもらおうなんて厚かましいにもほどがある。

 だから俺は、様々な事を知ろうと動きまわった。

 これから語るのは俺が体験したほんの一部の記憶である。

 

 

 *****

 

 

「ふぅん、これが鹿目の部屋か」

 

 初めて入った鹿目の部屋を見渡す。壁にはデザインを意識したのか十二本の突起が飛び出している奇怪な時計やタペストリーが掛けられており、ベッドの上にある台にはいくつもの可愛らしいぬいぐるみが並べられていて、女の子の部屋に入ったんだなと実感する。

 勘違いして欲しいわけではないのだが、女の子の部屋に入るのはこれが初めてのことではない。むしろ、ほむらが住むアパートにはよく出入りしていたりするのだが、あの部屋は魔法でその内装が変えられており、上から見れば時計盤のような部屋だ。これ以上は説明し難いので勘弁願うが、とにかくアレを女の子の部屋とは俺は認識してはいない。

 

「あはは、はずかしいからあまり見ないで欲しいんだけど……」

「悪い悪い。配慮が足らなかったよ」

 

 鹿目に促されるように俺は勉強机に備え付けられていたイスに座り、鹿目自身は自分のベッドへと腰を降ろした。

 

「それで、何の用?」

 

 だいたいの見当はついていたが、確認ついでに本人の口からしゃべってもらうことにする。

 

「……あ、あのね。向井君ってほむらちゃんとなかよしなんだよね?」

「仲が良いって言うのかな……? よく一緒にいることを仲が良いって言うなら仲は良いんじゃないか」

 

 俺とほむらは仲が良いのだろうか?

 イマイチ、自信を持って答えられない自分がいた。俺たちの関係を例えるなら共犯関係とでも言うのだろうか。同じ目的のためにそれ以外のすべてを見捨てられる。そう言った意味では共犯関係が近いかもしれないが、なんか違う気がしないでもない。

 

「うん、それはなかよしだと思うよ」

 

 何故か鹿目からお墨付きをもらった。

 

「で、俺を自分の部屋まで招いておいて話はそれだけなのか?」

 

 自分で話を逸らしておいてなんだが、話を戻すことにする。

 鹿目は少しの間顔を伏せて、やがて決心したのか顔を上げ、俺と目を合わせてから口を開く。

 

「向井君は恐くないの?」

「恐い?」

「マミさんだけじゃなくて、さやかちゃんも杏子ちゃんもみんな死んじゃった」

 

 初めに巴さん。彼女は油断し過ぎた。

 次に美樹。彼女は自分に絶望した。

 最後に佐倉。彼女は、美樹の後を追って行った。

 

「そうだな。魔法少女が辿り着く先は死だけだよ」

 

 己の魂であるソウルジェムを砕かれれば魔法少女は死ぬ。魔法を使い過ぎてソウルジェムに穢れを溜め過ぎたら魔女へと魔法少女はその姿を変える。

 

「このままじゃ、ほむらちゃんも死んじゃうことになるのに、どうして向井君はそんなにも平気そうな顔をするの? わたしには全然わからないよ」

 

 顔見知りの死。それは悲しいことだ。

 未だ中学生である鹿目にはそれが堪えられないのだろう。

 だから彼女の長所である他人を思いやる優しさが、ほむらの安否に注がれる事は自然の成り行き上予想しやすいことであった。

 ハハッ、互いに互いの安否を気にする仲か。良かったじゃないか、ほむら。

 

「俺は……俺とほむらには目的があるんだよ。それさえ叶えられるのならば俺たちは自分の命なんていくらでも対価として捧げても良いと思ってる」

「そんな死んでも良いなんて言っちゃだめだよっ! わたしはほむらちゃんにも向井君にも死んでほしくないよ!」

 

 消極的な鹿目には珍しく、腰を降ろしていたベッドから勢いよく立ち上がり、俺へと詰めかけてきた。

 

「お願いだからそんなこと言わないでよ……。お願い……お願いだから……」

 

 今にも泣き出しそうな鹿目の表情が見てられなかったが、グッと堪える。

 

「……そんなこと言われても、俺たちの決意は変わらないぞ」

 

 心が痛い。本当は鹿目にこんな事は言いたくなかったが、非情になるしかないんだ。

 

「…………」

「…………」

「……そっか。だったら最後にほむらちゃんの家に連れてってもらえないかな?」

 

 申し訳ない気持ちでいっぱいだった俺は、その鹿目のお願いを「それぐらいなら……」と、叶えてあげることにした。

 

 今にして思えばこの時に周囲を警戒してなかったのが失敗だったのだろう。まさかキュゥべえがこの時の俺たちの会話を盗み聞きしていたとは思ってもみなかった。

 最終決戦の最中、俺たちの目の届かないところで彼女の優しさに浸けこんで契約を結び、鹿目まどかは魔法少女になった。

 

 

 *****

 

 

「ワルプルギスの夜……噂に違わぬ巨大さね」

 

 巴さんはポツリとそう言葉を漏らした。

 それもそうだろう。俺もアレとの邂逅は何度も経験しているが、それでもその超弩級の巨体に慣れることはなく、見ただけでもの凄くプレッシャーが圧し掛かってくる。

 

「……勝てますか?」

 

 ワルプルギスの夜を見上げている巴さんに問いかける。

 

「もちろん。だって私たちはそのためにここにいるんですもの。そうよね、暁美さん?」

「ええ、何としてでも倒すわ。それが私のやらなければならないことだから」

 

 ほむらが巴さんの問いかけに返す。

 二人とも、なんと心強い言葉を出してくれるのだろうか。応援することぐらいしか出来ない俺からしてみれば、逆に何も出来なくて申し訳ない気持ちになってくる。

 だけれども人には領分と言うモノがある。

 俺に出来るのは記憶を持ち越して次の時間軸に移動できるだけで、魔女に対する戦闘能力は全くの皆無。そちらは魔法少女である二人に任せて、俺は後ろで勝てるように見守ろう。

 

「いくわよ、暁美さん」

 

 巴さんがワルプルギスの夜に向かって駆け出す。

 その進路上にはワルプルギスの夜の使い魔なのか魔法少女に酷似した影のような存在がどこからともなく涌き出てくるが、巴さんはマスケット銃を片手にその中を突きぬけてゆく。

 

「私も行くわ」

「ああ、いってらっしゃい。今度こそ倒せるように健闘を祈ってる」

 

 ほむらも行ってしまう。

 最後の話し合い手がいなくなり、本当に見守るしかなくなったので手頃な瓦礫に腰を降ろすことにする。

 

『やってくれたね、向井キリト』

 

 どこからともなく聴こえてくるキュゥべえの声。相変わらず神出鬼没なヤツだ。

 

『まさか、一度精神が壊れてしまったマミをあんな方法で正常な精神に回復させるなんて思ってもみなかったよ』

「なに、孤独を埋めてあげだけだよ。それほど驚くことでもない」

 

 巴さんは寂しかったのだ。その寂しさの渇きを埋めるために、魔法少女体験ツアーなるものを開催して後輩との繋がりを求めたり、頼れる先輩を演じてあそこまで俺たちにお節介を焼いてくれていたのだ。

 その原因は彼女が魔法少女になる原因になった交通事故によるところが大きい。

 数年前に家族で夕ご飯を食べに行くドライブ中、自動車事故で自分以外の家族を失い、しかも自身も瀕死の状態に合った中、命を繋ぐためにキュゥべえと契約を交わし魔法少女になった。だけれども、彼女には遠縁の親戚しかおらず、中学生であるのにもかかわらず独り暮らしをしていたそうだ。

 自分の周りにいる存在は消えて行ってしまう、そんな風に巴さんの心の中に強い不安感や孤独感が生まれ、だんだんと精神が脆くなっていったようだ。

 

「まぁ、俺たちにも似たような経験があるからな」

 

 他者に依存することは楽なのだ。

 だから俺はそれを巴さんに示してあげただけ。なんてことない、たったそれだけなのだ。

 

 視線の先ではほむらが左腕に装着している楯からグレネードを取り出し、ワルプルギスの夜目掛けて照準を合わせている。次の瞬間にはいくつものグレネード弾がワルプルギスの夜目掛けて殺到していた。

 ほむらが扱う魔法は時間操作。時間停止と一ヵ月前まで時間を遡らせる時間遡行だけしか出来ないが、それでも強力な魔法だ。

 さきほど使用したのは時間停止を用い、その間にいくつものグレネードを楯から取り出しては撃ち、取り出しては撃ちを繰り返し、同時にワルプルギスの夜に直撃させたのだ。これにより、高威力を生み出す。

 グレネード弾がいくつも直撃したワルプルギスの夜だったが、その身体に損傷は見受けられず、わずかにノックバックしただけという結果になった。

 

 だが、その隙を窺っていたように、巴さんが召喚魔法で何百と言う数のマスケット銃を規則正しく上空に展開し、それらの全ての撃鉄を鳴らした。

 吹き荒ぶ暴風にも負けない轟音。だけれども、それさえもワルプルギスの夜にダメージが通った気配がない。

 

『ほむらとマミだけじゃ、おそらくワルプルギスの夜は倒せないだろうね』

 

 キュウべえが目の前で起こっている戦闘の結末を予想する。

 

「……かもしれないな」

 

 俺自身も、彼女たちを送り出す前からそんな気がしていた。

 送り出す時は健闘を祈ってるとか言ってはみたものの、心のどこかでまだまだ戦力が足りないと思っていた。

 

 ほむらには本当に悪いと思っている。

 彼女は、繰り返してきた全ての時間軸で真剣にワルプルギスの夜を倒そうとしてきたのだ。なのに手伝うとか言っておきながら、諦めの入った気持ちのままで望むことは失礼に当たる。

 

「もっと戦力が必要か」

 

 せめてほむらがワルプルギスの夜との真っ向から戦闘を集中出来るように使い魔たちを足止め出来る存在が欲しい。

 今の状況は、巴さんが戦いに参加しているとは言え、それでもなお、隙あらば使い魔たちはほむらに対して攻撃を仕掛けてくる。そのことは元来、魔法少女は単独で魔女と戦ってきた存在なので即席の連携では上手く噛み合わないことも起因する。

 その辺りのことも次からは考えなくてはならないな。

 

『戦力なら君たちのすぐそばにいるじゃないか』

「鹿目のことか?」

『そうさ。まどかにはどんな運命を覆すことを可能にする力があるんだ』

 

 運命、ね。

 たしかに鹿目にはそれを覆すだけの力があるかもしれない。いや、実際にそのか弱い少女の身体に宿っているだろう。

 それはこの俺は目で見てきた。キュゥべえと契約してワルプルギスの夜を一撃で粉砕するその姿を。

 だが、鹿目にはどんな(・・・)運命をも覆してしまえる力はないと思う。もしもあったのなら、俺たちが繰り返してきた意味が無くなってしまう。鹿目が自分の死の運命を覆すことが出来ると言うのなら、俺とほむらの努力は一体なんだったのだろうか?

 

「それだけは絶対にしないぞ」

 

 キュゥべえに俺たちの意思をハッキリと伝える。鹿目を魔法少女にする事はほむらが許さない。だから俺も許さない。

 視線の先の戦闘中のほむらと巴さんの表情が芳しくない。戦闘に関しては素人の俺でさえもわかってしまえるほど、コチラ側が不利な状況に立たされていた。

 

『どうしてだい? このままでは君たちの住むこの見滝原市が壊滅してしまうよ』

 

 起死回生を狙った巴さんのティロフィナーレ。ほむらが囮となり、巴さんが巨大な大砲を召喚し砲弾を放つもワルプルギスの夜にかすり傷をつけられた程度。

 しかも巴さんのティロフィナーレを放った後の硬直した時の隙を窺っていたかのように使い魔たちが巴さんに殺到し、黄色のソウルジェムを破壊してしまった。

 超弩級大型魔女『ワルプルギスの夜』。あまりにも敵が強大過ぎた。その力の差は圧倒的で、どうしようもないくらいに無慈悲な存在だった。

 

「駄目だったか……」

 

 瓦礫から腰を浮かせ、しばらく待つ。

 

「行こうか、ほむら」

 

 戻って来たほむらは悔しそうな表情をしていたが、すぐさま気持ちを切り替えたのかいつもの無表情になる。精一杯の強がりだ。

 

 ――ガチリッ

 

 時間軸を切り替える音。

 その発信元はほむらの楯だ。その音に嫌な思い出も沢山あるが、今はもう、次へ旅立つための合図でしか無い。

 

『フフッ、なかなか面白い状況になってきたじゃないか』

 

 次の時間軸へ旅立つ瞬間、聴こえてきたキュゥべえの言葉が嫌によく響いた。

 

 

 *****

 

 

「こんな時になんなんだけどさ、向井にはホント感謝してるんだ」

 

 ほむらを先頭にワルプルギスの夜の出現予測地点に向かう中、俺の隣で歩く美樹はえへへと恥ずかしそうに顔を綻ばせた。

 

「急にどうしたんだ?」

 

 ほむらと美樹の格好は魔法少女装束。藍色のような濃い青のほむら、水色のような薄い青の美樹。魔法少女のイメージカラーとはその人の心の中を映しているようだ。

 すでに二人はワルプルギスの夜との戦闘の為に気持ちを静めているかと思っていたんだが、急に美樹からそんなことを言われたので少し驚いてしまった。

 

「もしもあの時、向井があたしを勇気づけてくれなかったら、今ここにあたしはいなかったなーって思っちゃってさ」

 

 あの時ね……。

 特に何かをしたと言う憶えはない。俺はただ、友達である恭介のために行動した。恭介の隣にいるのは美樹が相応しいと思ったから、俺は志筑仁美よりも美樹を応援したいと思った。

 

「そんなに恭介のことが好きなのか?」

「うん……ってこんなこと言わせんなよ! なんか恥ずかしくなっちゃったじゃん!」

「いやいや、先にお前が振ってきたことじゃないか」

 

 美樹は顔を真っ赤に染めてぶんぶんと振って恥ずかしさを紛らわしている。って、おい。いくら鞘に納まっているとはいえサーベルを振り回すなよ。危ないじゃないか。

 ひとしきり恥ずかしさを紛らわす行為をした後、美樹は顔を引き締めた。

 

「あたし、この戦いが終わったら恭介に自分の気持ちを伝えるよ」

 

 そうなのだ。ここまで惚気ておいて美樹はまだ恭介に告白していない。

 これはこちらの事情を優先してもらった結果で、申し訳なく思っている。

 

「……悪いな」

「どうして向井が謝るんだよ。むしろあたしは向井に感謝してるくらいなんだよ?」

「だってさ、この一週間美樹が恭介に告白する機会はいくらでもあったのに、対ワルプルギスの夜を想定したほむらとの連携訓練ばっかりさせた。ホント悪いな」

 

 巴さんの時の教訓を生かして、今回は一週間ほど前から二人の連携訓練を行なってきた。成果は上々。この前現れた魔女には可哀想になるぐらいに圧勝している。

 

「ううん、いいんだ。だってワルプルなんとかってのを倒さないと見滝原がメチャクチャになるんだよね?」

「そうだな」

「だとしたら、恭介の身も危ないってことになるよね。それにまどかや仁美やクラスのみんな、あたしの家族だって危ないんだ。いっちょ、その元凶を倒して、みんなを助けないとね。あたし自身のことはそれをしてからでも遅くはないと思う」

 

 そのせいで志筑仁美に一歩リードされているとしても?

 ……とは、口が裂けても言えなかった。そんなこと美樹は百も承知だろうし、こんな時に言うべきことでもない。

 

「そういえば気になってたんだけど、あんたたちってどういう関係なの?」

 

 美樹のその言葉に先を黙々歩いていたほむらがピクリと反応する。

 

「この一週間ぐらいあんたたちと一緒にいるけど、恋人って感じでもないし、親友……って感じでもないか。でも友達って間柄でもないよね」

「…………」

 

 返答に困った。ほむらはこちらに聞き耳を立てたまま前を向いて前進し続けている。助け船は期待できそうにも無い。

 とりあえず考えてみることにする。

 まず恋人と言う選択肢が排除される。そもそも付き合ってないのだから当然だ。

 次に親友も無い。別に仲良くしているわけでもない。それと同じ理由で友達も選択肢から排除されることになる。

 

「あれれ? 訊いちゃいけない質問だった……?」

「いや、別に問題無いんだが……どう答えたら良いのか決めあぐねていてな。ほむらは俺たちの関係って何だと思う?」

 

 助け船を期待できないのなら、救援筒を焚いて無理矢理船を来させれば良い。

 先を歩くほむらに問いかける。すると、彼女は立ち止り二・三秒考え顔だけ振り返り俺の眼を見て一言。

 

「……仲間よ」

 

 ほう、そんな選択肢もあったのか。

 同じ目的に向かって一緒に進み続ける関係。確かに、それが一番近いかもな。

 

「だ、そうだ」

 

 ほむらの視線をスライドさせるように、俺は美樹へと視線を滑らせた。

 

「そっか。頑張れよ、向井ッ!」

「いってぇえええええッ!!」

 

 何故か、バチンと背中を叩かれた。

 

「何すんだ、美樹! 俺はただの一般人なんだぞ!? 魔法少女のバカぢからで叩くんじゃねーよっ!」

「いーじゃん、いーじゃん」

 

 良くねーよ……と内心思いながら諦めることにする。もしかしたら、これが美樹なりの緊張のほぐし方かもしれない。

 これから彼女が立ち向かうのは超弩級の大型魔女であるワルプルギスの夜。幾度となくほむらが挑戦し、それと同じくらい敗北してきた存在。ほむらによれば、俺がこの繰り返しに参加する前に一度倒したことがあると言うのだが、詳細は聞いていない。繰り返し続けているこの現状がすでに答えなのだから。

 

「お出ましのようよ」

 

 すでに出現予測地点についていたらしい。ほむらのその言葉とともに一面の空が灰色雲で覆われていた見滝原に突如として暴風が吹き荒れた。

 俺はこれを何度も経験しているから反応することはないが、今回の美樹はこれが初めてなので、現れた存在に目を限界まで見開き有り得ないようなモノを見るように驚きを表している。

 

「あはは、あたしが予想していた以上のデカサとは……向井たちの言ってた通りだったんだね」

 

 あれだけ何度も言い含めていたのにも関わらずに、美樹は俺たちの言葉を信じきれていなかったらしい。でもまぁ、誤差の範囲なので気にしないことにする。

 

「いくわよ、美樹さやか」

「よっしゃ、とっととアイツ倒してあたしたちの街を護るんだ!」

 

 魔法少女二人を見送る。

 俺には戦う力がなく、ただただ結末を見届けることしか出来ない。だけれどもそれを悔しいと思うことはない。

 人には領分と言うモノがあって、俺にはそちら方面で頑張る必要はないからな。

 

「……いっちまったのか」

 

 この場には俺以外誰にも居ないはずなのに聴こえてきた声。その音源へと顔を向ける。

 

「付き合いきれねぇってどっか行ったんじゃないのか?」

「う、うっせぇ。ちょっと見学に来てやっただけだ!」

 

 佐倉杏子。真紅のように綺麗な赤髪をポニーテールにし、その勝気な性格を表したかのような八重歯が特徴の魔法少女だ。チャイナ服を西洋風にしたような自らの髪と同じ赤色の魔法少女装束を着ている。

 

「だけど駄目だな。圧倒的に経験がたらねぇ。あンなんじゃとてもじゃねーが勝てねぇよ」

 

 美樹が契約したのはおよそ二週間前。経験不足は百も承知だったが、今回の戦力は彼女しかいなかった。

 美樹がその身に宿す強力な治癒魔法を用いて壁となり、ほむらが必殺の一撃を叩きこむ。それが今回の作戦だった。

 

「一応壁としての役割はできてるみてぇだが、あれはそのうち押し切られて終わるな」

「だったら、加勢してくれないか? 魔法少女としての経験が長い佐倉が入ってくれればまともな戦いになると思うんだが」

「アタシは他人のために戦うアイツらとなんて一緒に戦いたくねぇよ。悪りぃーな、負ける戦には参加しない主義なんでね」

 

 それだけ言い残して佐倉は俺の前から消えていった。

 

 それにしても経験か……。

 魔法少女として戦い続けてきた経験がなければ、連携を練習しただけではワルプルギスの夜は倒せないようだ。

 それを証明するように視線の先では美樹の犯した小さなミスからどんどん戦局が悪くなってきている。

 

「次はそれも考えないとな……」

 

 俺に出来るのは、色んなことを考えてほむらが選べる選択肢を多くすることだけだ。

 

 

 *****

 

 

 佐倉杏子と言う少女がいる。

 自己の利益のみを重視し、他人の利益を一切考えようとしない身勝手な主張をしている利己主義者だ。

 魔法は自分の望みだけを叶えるためだけに使うべきだと、彼女は主張する。

 

 だが、そんな彼女が見滝原市の市民を護るために、魔法を――その身に宿る魔法少女としての力を惜しみなく使っていた。

 自分とは相反する信条を持つ美樹と対立していた佐倉であったが、美樹と関わるうちに自分の過去を美樹と重ねていった。

 そして美樹が死に、美樹が護ろうとしていたものを護るため、佐倉はその力を奮っている。

 

「うぉおおおおおおおおッ!!!」

 

 その手に握る槍でワルプルギスの夜の使い魔たちを休むことなく切り刻み続けている。その背後からほむらも援護するように、ロケット砲やグレネードを撃ちこむ。

 それを離れたところから双眼鏡を用いて見守る俺は落胆の色を隠せなかった。

 

「……こんなものか」

 

 これまでの中では一番善戦しているかもしれない。

 だけれども、こんなものではワルプルギスの夜を倒すことは出来ない。そう、戦闘に関して素人である俺にも理解出来てしまえるほど、戦況は芳しくなかった。

 

 巴さんの広域殲滅型の戦闘スタイルではほむらとの連携が難しい。

 美樹とでは連携しやすかったが、圧倒的に魔法少女としての経験が足らない。

 

 だから両者の欠点を補うために、ほむらとの連携が取りやすく、経験豊富な魔法少女である佐倉を苦労して生かす事に成功したと言うのに、この光景を見る限り遣る瀬無い気持ちでいっぱいになる。

 

「やはり鹿目を除く全員で挑まないと駄目なのかな……」

 

 その考えは実質不可能だと言える。

 巴さんが死ぬからこそ佐倉は見滝原市にやって来るので、その時点で全員そろえることは出来ない。それに、美樹だってキュゥべえと契約して魔法少女とならなかった時間軸もあった。

 他にもワルプルギスの夜に全員で挑むことが出来ない理由なんて少し考えただけでも沢山出てきた。

 

「どうすれば良いって言うんだよ。もっとも成功率が高いと思って望んだ末の結果がこれじゃあ、諦めたくなってくるじゃんか」

 

 愚痴を零しながらも、俺は諦めることは出来ないと自分を鼓舞する。

 双眼鏡越しで戦っているほむらを見ると、その表情は今も明日を願っている。そんな彼女を見ていると、諦めようとしていた自分が嫌になってくる。

 

「だけどどうすりゃいいんだろうな……」

 

 座った状態で背中から倒れ、空を仰ぐ。

 一面の灰色。時々青い線が灰色のキャンパスに走り、ゴゴゴッ、と重低音を響かせている。風も強く、台風がやって来る前兆みたいだ。

 頬にポツッと水滴が当たる。それを皮切りに、バケツをひっくり返したような雨が見滝原市を襲った。

 そんな状況の中でも彼女たちは戦い続けている。

 

「ご苦労さん……だな」

 

 ひとまず起き上がり、屋根のある場所まで退避する。

 

「こりゃ双眼鏡は無意味だな」

 

 あまりにも雨量が凄過ぎて双眼鏡を覗いても何がなんだか状況が把握できなかった。

 仕方ないので肉眼で見守ることにする。幸いなことにワルプルギスの夜は巨大で、ワルプルギスの夜を見ているだけでもその動き次第でほむらたちの攻撃が通っているかどうかわかる。

 もっとも、攻撃を受けて仰け反ることはそう何度も起こらなかったけど。

 

 しばらくザーザーと降りしきる雨音に耳を傾けながら、ほとんど決まり切った結果を待つ。

 時折響く爆音は、ほむらが使用する爆弾や重火器だろう。それらをもってしても、毎度のことながらワルプルギスの夜には勝てる気配がない。

 

 ぴちゃぴちゃぴちゃ、と水浸しの地面を歩く音がする。その足音はだんだんと近付いて来て、俺の前で止まる。

 その姿を確認すると予想通り先ほどまでの戦闘でボロボロになったほむらの姿だった。

 

「駄目だったわ……」

「……そうか」

 

 長く艶やかな髪に雨が染み込み、いつも無愛想なほむらの顔を隠していた。俺からではその表情を窺うことが出来ない。

 

「それじゃあ、作戦タイムと行こうか。ほら、いつまでもそこに突っ立ってないでここへ座りなよ」

 

 俺が座っている段差のすぐ隣をぺちぺち叩き、早く座るように促す。このまま立ち尽くしていても何も始まらないからな。

 彼女が座るのを待ち、先ほどまで俺が考えていたことをそのまま話す。

 

「そうね。まどかを助けるためには、それしか方法は残されてないかもしれないわ」

 

 考えつく最大の戦力。この見滝原市にいる全ての魔法少女を集め、ワルプルギスの夜に挑む。

 もしもこのパーティーで負けるどころか、勝機を見出すことが出来なかったら、ほむらの心は完全に折れてしまうかもしれない。そう考えられるほどの最後の手段と言っても良いくらいだ。

 

「ただ問題は、全員をそろえることなんだよな……」

 

 こればかりは神に祈るしかない。そう思えてきた自分がいた。

 上着の上から首から提げた十字のネックレスを握り締める。

 

 神よ。

 俺はアンタを信じちゃいない。だけどさ、必死になって頑張っている女の子のことぐらい助けちゃくれないか。

 俺のことなら気にしなくても良い。だからほむらのことを……。

 

 ――ガチリッ

 

 薄れゆく意識の中、俺は神に祈り続けた。


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