生物とは一人で生きていけばいくほどにその限界性能をあげられると考えられる。
それは崖に落とされた百獣の王がしかり、人外魔境で生まれた食虫植物しかり。
孤独という環境は生物の本能を極限まで刺激させ、本来ある進化を促す効果があると推測できる。
そしてそれは人間にも当てはまって当たり前の話でもある。いや本来、思考という行動がとれる人間こそ真っ先にこの論理に気づかなければならないはずだ。だがしかし現代社会がその事に全く気付かれていないのは、然るに人間が孤独という環境に恐れを抱いているからであろう。
しかし、人間の進化のためにはその孤独に立ち向かわなければならない。故に人は皆、孤独に適応されなければならないのだ。
結論を言おう。
ボッチこそ......正義である
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「瀬谷...これは本当に君が書いたのかね?」
「......」
現在放課後の職員室。
俺は古文の教師、平塚静女史よりありがたくもない長い説教をされている真っ最中だった。
「君がこんな支離滅裂な作文を出すとは夢にも思わなかったが。まさか私が提示した作文のテーマを忘れたか?」
「...確か、高校に入学しての感想とこれからの目標について、でしたっけ」
面倒極まりない説教を話し半分で聞き流しながら、平塚女史の質問に適当に答える。
「あぁそうだ。なのに何だこれは?感想は書かれてない他、君はこの高校生活で何になるつもりなんだ?」
「...孤独に過ごしたいんじゃないんですか?別に望んでませんけど」
君が書いた作文だろうが...、とぼやきながら平塚女史はため息をはいて、懐からタバコを取り出した。
...俺は別に気にしないが生徒の前でその行為はいかがなものなんだ?まぁ、俺たち以外誰もいないが。
「...私はこんな残念な作文を書く生徒をもう一人知っているんだがね。たしか名前は「ひ」から始まる男だったはずだ」
その話を聞いて、俺は平塚女史に気付かれないぐらいに小さいため息をはいた。もうバレてるという確信をもった諦めのため息だ。あと、やはり頼むんではなかったという後悔の念も入っている。むしろこちらの方が多い。
「その反応ではやはり彼が書いてたか...意外だな、彼に一年の知り合いがいたとは。
まぁ、それについては今はどうでもいい。瀬谷、君は部活に入っているか?いないな。よしついてこい。」
平塚女史は返す暇も与えないほどの早口で話を終わらせ自分のデスクから立つと、既に回れ右をしてエスケープを試みようとしていた俺の襟首をもち、強引に引っ張っていった。
「...暴力反対だ」
「暴力ではない、折檻だ。それに君は宿題を他人に任せるという罪を犯したんだからな。罪には罰を与えないと」
「...笑いながら言うな、生き遅れ女史」
「あぁ?なにか言ったかい、瀬谷?」
「...いや、何も」
般若のような顔を一瞬見せた平塚女史に俺はもうなにも言えなくなった。
そのあとも結局俺は平塚女史に抵抗できないままおとなしくついていくしかなかった。
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「さて、着いたぞ。」
「ここ、どこだよ...」
平塚女史につれてこられた場所は、いつもの俺なら全く寄り付くこともない特別棟の校舎の中だった。
そして目の前には詳細不明の謎な教室。中からは時折声が聞こえてくるが、壁越しのため男女の区別すらつかん。
はっきり言うと怪しさ満点である。
「なに。少し君に教師の忙しさと言うものを教えてやろうと思ってな」
そういうと平塚女史はおもむろに目の前の教室のドアを開き、ずかずかと入り込んだ。
「はぁ...」
もはや何も言うまい。平塚女史に目をつけられることをしてしまった俺が悪いのだ。
そう思いつつもやりきれない感情をため息と共にはき、俺は平塚女史に続いて教室の中へはいった。
「失礼するぞ、雪ノ下」
「...ノックを、といつも言っているのですが。平塚先生。」
教室の中へ入っていくと凛とした美しい女性の声がまず聞こえた。しかし、その声の中には若干の諦めと呆れが入っており、似合わない哀愁漂わせるものとなっていた。ていうかこの特徴的な声...
「...なんで雪ノ下雪乃がここにいんだよ」
俺は斜め前にいる平塚女史の背中を睨み付けながら独り言のように呟く。(実際独り言だが)
雪ノ下雪乃。その存在はこの総武高校の生徒で知らないものはほとんどいないだろう。実力テストでは毎回学年一位。国際教養科に在籍して、過去に留学経験もあり、父は建設会社の社長と、もはや非の打ち所の無いエリートの中のエリートである。
因みにソースは俺がこの教室に入ってきてからずっと驚いて俺を見ている、目の腐ったあの男からだ。
つうかその目でこっち見んな。こっち来んな。
「おまえ、なんでここに...って、もしかして国語の担当平塚先生だったのか。てことはあの作文見られて...」
「やっぱてめぇに任せたのが間違いだった...
つうか最初から異常だと分かってんならこんなもん書いてんじゃねぇよ...」
俺は片手に持っていた謎のボッチ進化論についての作文をそいつに投げつけるとそいつはハッ、と鼻で笑って謎の持論を言い出した。
「おまえが押し付けてきたんだろうが。いいか、俺はなにも関係ないからな?ただ目付きの悪い不良な1年から脅されて仕方なくかいたってことだからな?」
「おい、てめぇ...」
そんな持論に納得する俺でもなく、逆にこいつに若干の呆れを覚え、視線を平塚女史達の元へ戻すと、雪ノ下雪乃がこちらを怪訝そうな目で見ているのが目にはいった。
「ところでさっきから気になっていたのですが、そちらの目付きの悪い人は誰ですか?見れば、比企谷君と同じ種族に属してそうですが」
「...おい、俺をこんな人生駄目男といっしょにすんじゃねぇ。俺は全うな人生送ってるぐらいの自覚はあんだよ。あと、目付き悪い言うな」
「待て、それじゃあ俺が全うな人生すら送ってないみたいだろ」
「あら、比企谷君は人の世の中だけでなく哺乳類の範囲でもまともな生き方をしているとは思わないのだけれど」
「人の括りからでさえはずしてんじゃねぇよ。あと万が一俺が全うでなくても、一人でそんな全うじゃない世の中生きてるんだぜ。逞しく生きてんじゃねぇか。さすが俺」
「また屁理屈を捏ねて...
自分で自分を哀れみないその歪んだ...いえ、腐った根性だけは認めてあげるわ」
「...あ?」
俺はこの時、少しばかり違和感を感じた。
俺の知っているこいつが異性に対してこんなに饒舌な訳がないのだ。
ましてや雪ノ下雪乃のような超絶美少女には噛むかどもるか言葉に詰まるかのどれかのはずだ。
なのに先程から噛まないどころかいつもより舌が回っているようにも見える。
(雪ノ下雪乃の仕業か?)
そのような考えに至るが、なにしろ俺はこの奉仕部の実情を知らない。
知らないことを語るのも考察するのも恥ずべきことだ。
(気にしたら負け、か...)
とりあえずそのように考えをとどめておき、俺は流れに身を任せることにした。
「話を戻すのだけれど彼は誰なのですか?まだなにも聞いていないのですが」
「ああ、そうだったな。彼は瀬谷壮介。一年生だ。素行不良に加え授業怠慢と比企谷とは違ったどうしようもない生徒でな。少しここで反省させようと思ってる」
「そうですか...しかしこういう人間は自分の欠点弱点弱み所をを自覚すればすぐに更正するでしょう。どこかの腐った目をした人と違って」
平塚女史と雪ノ下雪乃はそう俺を評価し、遠慮も礼儀もなく俺を哀れんだ目で見てくる。というか授業中に寝て、制服を少し乱して、宿題を他人にやらせただけでなんでここまで言われなければいけないんだ。というかあいつは更正の余地すらないのかよ。もはや生きてる意味ねぇだろ。なんなら犬の方がまだ役に立つ。
「...つーか全く話についてこれねぇんだが、まずここはどこなんだ?
話聞いてる限りじゃなんかの部活なのか?」
俺は先程から気になっていた質問を平塚女史に吐く。すると平塚女史はおもむろに自分の腕時計を見てそういえば、と呟いた。
「まだ君になにも説明してなかったな。しかしこのあと少し用事があってな、挨拶がてらに雪ノ下や比企谷にでも聞いてくれ。あ、あと比企谷。君には後日、そのレポートのツケを払ってもらうからな」
「か、勘弁してください...」
「それは無理だ。では、仲良くやれよ」
そういうと、平塚女史は颯爽と翻り、教室の外より出ていった。
「.........」
そして残ったのは僅かな沈黙。
その沈黙を破ったのはもしかしなくとも俺だ。
「...それじゃ、俺帰るから」
「待ちなさい」
俺の帰宅宣言に対し、間を与えずに制止を呼び掛けたのは雪ノ下雪乃のよく透き通る声だった。
「私は平塚先生からあなたを更正するように頼まれたのよ。勝手に帰ってしまっては少し困るのだけれど」
「...じゃあ、俺の更正は無事完了したってことにしてくれ。俺はここで厄介になるつもりはない」
「頼まれた依頼は中途半端にさせないのが私の持論なのよ。それに私は虚言が嫌い。故にあなたの更正は完璧に完成させて完了させるわ」
「...はぁ」
まためんどくさい女に絡まれたな。
今日は女難の相でも出てんのか?
つーか...
「...見る限りじゃ、そこの死んだ魚の男の更正も終わってそうにないじゃねぇか。俺のことはいいからそいつをどうにかしろよ。そいつは変わらなきゃ社会的に不味いレベルだ」
「あら、良かったわね比企谷くん。後輩から心配されてるわよ。あなた達がどんな関係なのか全く知る由も無いもないのだけれど、貴方なんかを心配してるのだからそれはもう親密なのね、羨ましい」
「はっ、別にそんな仲良くなんてねぇよ。知り合いなのは認めてやるが、親密な関係なんて鼻で笑えるな。そういうことは海老名さんの思考のなかだけでいいっつうの」
「...その海老名つう人については知らねぇが、失礼な勘違いはやめてくれ。俺はこいつとは知り合いたくもなかったんだからな...」
「意見が合うわね。確かに比企谷くんと関わっても得なことなんてないわ。いいえ、むしろ知りたくもない残念な過去を知ってしまい逆に損をしてしまう。本当にあなた生きてる意味をもっているの?」
「もはや存在意義すらも否定させられたか...!?
つうか俺だって好きでこんな過去背負ってンじゃねぇよ。むしろ放りだしてぇよ、投げ捨ててぇよ、なんなら記憶喪失にでもなりてぇよ!」
「そう叫ばないでもらえるかしら。
貴方の聞きがたい声が耳に残ってしまったらどうしてくれるの?もはや苦行じゃないかしら」
「...苦行っつーより地獄だな」
「おい、ダブルパンチの罵詈雑言は俺でもきついところがあるぞ」
閑話休題
「...つうか、更正って世間一般の高校生が普段使う言葉じゃねぇぞ。いったいここは何してるところなんだよ」
「そう...ではクイズを「奉仕部だよ」...比企谷くん」
俺からの問いにクイズで答えようとした雪ノ下雪乃は、自分の話の途中で割り込んできて、しかもその答えを言ってしまったそいつに対し、強い睨みを送りこんだ。
「いや、お前のそれ分かりにくいしほぼノーヒントじゃん。答えられんのよっぽどひねくれてるやつか頭いいやつだけだぞ」
「ひねくれてる貴方が言える台詞ではないわね」
「うっ...まぁ実際答えられなかったわけだが」
「...奉仕部ねぇ」
その名からして恐らく問題の生徒や悩みを抱えた生徒に対して何らかの奉仕をする...というのが主な活動内容だろう。
なるほど、あの平塚女史が好きそうなことだ。熱血教師に憧れるあの人ならヤンキー母校に帰れずとも、こうやって悩みを抱えた生徒を助けることをしたいのだろう。今の俺にとっては全くもって迷惑でしかないが。
「...つまりは俺はこの奉仕部とやらで何をすればいいんだよ」
「あら、物分かりがいいのね。誰かとは大違い」
「...そういうのはいいから質問に応えろ」
この女のあいつに対する突っかかりたい衝動は一体なんなんだ。一々暴言吐かなきゃ生きていけねぇのかと心のなかで愚痴る。
「そうね...基本的には奉仕部は悩みを抱えた生徒を手助けしてあげることが活動の内容。でも時々手に余る問題を抱えた生徒がいるから、そんな生徒を部員にさせ、その性格の改善に掛かる、というのがもうひとつの内容よ」
「...回りくでぇな。つまりは俺はその問題児でこの奉仕部とやらにはいって性格の改善に勤めろっつーことだろうが」
「...本当にあなた物分かりが良いのね、意外だわ」
「物分かりよすぎて気持ち悪いときあるがな」
黙れ、腐った魚。
「はぁ...」
きっと俺がもし異論反論抗議質問抗弁口応えしたところで、あの熱血女教師もどきにこの生真面目女生徒のことだ。無理矢理にでもここに置いていくだろう。
それならばここで言い訳するのももはや億劫。適当に高校生活を過ごす分には支障はないと察し、俺は諦めの境地にたち、近くの椅子を引っ張り出して座った。
「...やりゃあいいんだろうが、やりゃあ」
「諦め早すぎんだろ、お前」
「あなたと違って物事の空気が読めるだけでしょ。それにそれはとても良いことよ。誇っていいわ」
「...ソレハヨーゴザンシタ」
高校を入学し一ヶ月ほどしたある日、俺のだるく面倒で億劫な部活動はこうして始まっていった。
しかし、どうしても思わずにはいられないことは...
「心こもってねーな、おい。あと雪ノ下、俺は空気を読めないんじゃねぇ。自分の意思を曲げないだけだ。そこんとこ間違えんな」
「そこを誇られても返しに困るのだけれど...」
つまり俺のこれまでの平穏生活は幕を閉じたということだった。
(だりぃ...)
椅子に深く深く腰を掛けながら、俺はそれ以外の感想を絞り出すことはできなかった。