本当に申し訳ございません。
日は経ち、中間試験考査全日程を終えて休みをはさんだ答案返却当日。クラスはまさに一喜一憂の雰囲気に包まれていた。
首をうなだれ落ち込んでいるものもいれば、それを励ますものもいる。隣人の点数を褒めるものもいれば、謙遜し、首を横に振るものもいる。
担任の教師はそれらのリアクションを宥めつつ、高校初のテストを終えた俺たちに激励を与えてくれた。
本日の授業は答案返却と解説のみで、それが終われば部活生徒以外は帰宅である。そんな俺も部活に入っている身であるが...
「あれ?瀬谷部活ねぇの?」
「...今日は休みだ」
まっすぐ帰宅しようと向かった先の昇降口で、何故か居た高津より質問を投げ掛けられた。つうかお前さっきまで茅ヶ崎と教室で話してただろうが、なんでここいんだよ。
先程言った通り、今日の奉仕部は無しだ。理由は簡単、二年生たちが今職場見学に行っているためだ。
顧問の平塚女史も同伴で行っているので、俺だけに奉仕部を任すのは致すところなく、テスト期間前に雪ノ下が決めていたのだ。
「ふーん、じゃあこれからカラオケ行こうぜ。クラスで打ち上げするんだってさ」
「...断る。つうか俺呼ばれてねぇし、行く気もねぇ」
高津の誘いを断り、そのまま学校を出る。
現在正午前。日差しが強く差し込んでくる。
ふと気がつくと、隣にさも当たり前かのように高津が立っていた。
「...お前、カラオケ行くんだろ」
「うーん、瀬谷は来ないし茅ヶ崎も行かないって言ってたから、参加してもつまんないかなーって」
「...あっそ」
高津の言葉に特に感慨を持つこともなく、歩き始める。
高津は変わらず隣を歩く。
「なぁ、点数いくらだった?」
「...そういう会話は嫌いなんだよ」
とりあえず聞いてくるだろうと思っていたため、ポケットへ突っ込んでいた教師より配られた点数表をそのまま渡す。
高津もその俺の行動に動じることもなく、書かれている数字を目で追っていっていた。
「数学高いな~、これ学年何位だよ。あ、でも現国と古典が低いな」
「...国語力なんて日本語喋れてりゃそれでいいんだよ」
「平塚先生が聞いたら怒りそうだな」
高津の言葉に不意に目線を正面から剃らしてしまう。こんな台詞、あの暴力教師に聞かれれば、おそらくすぐに右ストレートが飛んでくるだろう。容易に想像できてしまうだけ怖いものもない。
「...赤点無いだけマシなんだよ」
「目標低いな~。俺なんて今回ケイコちゃんが付きっきりで教えてくれたから答案解いてるときも幸せだったわ~♪」
「...そうか。それはどうでもいいが、お前いつ埋葬されるんだ?」
通常運行の高津へ同じく通常通りの暴言を吐いて帰路へ着く。
そしてもうそろそろで高津と別れる三叉路に着くとき、不意に高津が尋ねてきた。
「なぁ、なんか嫌なことでもあったのか?」
「...あン?」
唐突の、しかも意図が分からないその質問のせいか、俺は歩くのを止めた。高津は俺より数歩進んだ先で止まり、そして振り替えってまた聞いてきた。
「いや、なんかいつもより暴言に切れがなかったから。それに今日全くため息ついてないだろ?」
「.........」
言っていることは曖昧で適当。この会話のみで俺の心を読んだわけでもなく、ただ高津の直感がそう感じただけなのだろう。
しかしその指摘は見事に的を指しており、俺は口を閉ざした。
だがそれも一瞬だけ。
「...何故ため息の数が俺の機嫌の度合いを測る物差しになっているのかは知らんが、別に変わりねぇよ。一つ思い当たる節をあげるなら、お前のノロケ話がうざいぐらいだ」
「え~そうかな~。そんなに俺の話すケイコちゃんが可愛かったってことか~♪」
「...お前の耳が機能を果たしてないことはどうでもいいが、お前の帰り道は向こうだ。さっさと帰って永眠しろ」
「あ、本当だ。じゃ、瀬谷また今度な~、悩みあったら友達として聞いてやるからな~」
そう言い残し、手を振りながら去っていく高津。
去り際に置いていった『友達』という言葉に、ふと頬の筋肉が緩まる。
「...あいつは本当にそう思ってんだろうな」
だが。しかし。そうであっても。
「...俺は、お前を信用できないんだよ」
高津に非はなく、その他の誰にも非はなく、ただ理由もなく。
俺はそう感じていた。
ーーーーーーーーーーー
中間考査より数えるほどの月日が経った本日。
現在、放課後の奉仕部部室内では不穏な空気が入りみだっていた。例えるならあの腐った魚が空気になったような感じ...いや、あいつは元々空気のような存在か。
その空気清浄機ならぬ、空気沈殿機の役割を果たしているのが、他でもない雪ノ下雪乃であった。
その手に持っているのはいつもの文庫本ではなく、由比ヶ浜結衣辺りが好みそうなファッション雑誌。時折携帯を開いてはため息をはく始末。
明らかに普段の様子とは異なるものである。
思わずこちらもため息を吐いてしまうほどだ。
「...はぁ」
現在部室にはこの空気をいつも緩和してくれる存在、由比ヶ浜結衣がいないため普段より増した重い空気に変化している。おそらくこれ以上重くなれば質量のある残像が出来るかもしれない、試す気はないが。
しかしまぁ、何が問題かは明確だ。
先程も言った通り、由比ヶ浜が来ないのだ。中間試験の答案返却当日から。もっと詳しく言えば、二年生たちが職場見学に行ってから。もっと詳しく言えば、あの腐った魚といっしょに職場見学に行ってから。
これにより自ずと原因となる人物も分かるだろう。
そんなことを考えていると、奉仕部のドアが開く音がし、無意識に俺と雪ノ下はそちらの方へ顔を向けた。そこにいたのは...
「...はぁ」
「おい、人の顔見た瞬間にため息はくのやめろ。あと雪ノ下もあからさまにがっかりした表情をするな、隣の席になった女子の顔を思い出すだろが」
入ってきたのは腐った魚だった。まぁ最近来ていないのに今日だけ来るというのもおかしいとも思うが。
「...横に腐った魚のような男がいるんだからがっかりするのも仕方ねぇだろ」
「ンだよそれ、そんなの俺の隣を引いちゃった自分のくじ運を嘆けっつの」
「自分の隣が最悪ということは認めてしまうのね...」
「最悪とは言ってねぇよ、それお前の主観もはいってんだろ」
「ごめんなさい、無意識って怖いわね」
「...謝る必要はねぇよ。俺もこいつなんかの隣は最悪だ」
「おい、せっかくの雪ノ下のフォローを台無しにするな。そしてなんでまた俺が悪いみたいになってんだよ」
そうため息をはきつつ愚痴るこいつ。まぁそんなことよりも気になることがあるのだが。
「...由比ヶ浜は一緒じゃないのか?」
「えぇ私も由比ヶ浜さんかと思ってしまったから、うっかり本音を出してしまっただけよ」
「ふーん、そういうことか...って本音だったことの方がもっと失礼だっつの」
意図に気づいたこいつはそれでも事をあまり重要視していないようで、相変わらずの阿呆面をさらすのみだった。
「一昨日も、昨日も家の用事...」
「...明らかに普通じゃないな」
立て続けの一身上の都合、テンプレートなサボる理由。何かあったのは確実だろう。
要因はおそらく、いやほぼ確実だが目の前に立っているこいつだろう。
「...お前、由比ヶ浜と何かあっただろう」
「いや、何も」
即答だった。だがそれではおかしい。
「なにもなかったら由比ヶ浜さんは来なくなったりしないと思うのだけれど。喧嘩でもしたの?」
「いや、してない、と思うが」
間があった。確実に何かあったな。
「いや、というか喧嘩ってのは仲がいいもの同士が何かをめぐってするもんだろ。俺たちはそんな仲良くないし、何かをめぐってもいない。だからあれは...」
「いさかい、とか?」
「近いけどちょっと違うか。当たらずとも遠からずってところだな」
「じゃあ戦争?」
「当たってないし遠くなったな」
「なら、殲滅戦」
「話聞いてた?遠くなったよ」
「...音楽性の違い」
「音楽の話題無かったよな、一番遠いし」
つかなんでこんなクイズみたいな形式になってんだよ。
こいつの性格だったら誰とでも仲を悪く出来るし、由比ヶ浜もその例外でもないだろうに。
「では...すれ違い、というやつかしらね」
「あぁ、それだな」
「...すれ違い?」
なんともボッチとは縁のない言葉なのに、よくも当てはまるものだ。
つうかお前も雪ノ下も、ましてや由比ヶ浜もはすれ違う前に同じ道を歩んでいないだろう。
我が道を突き進んで、時々誰かとの道と交差する点でトラウマを生む。この腐った魚の今まで辿ってきた道はこの連鎖で、同じ志を持つものなどいない。ましてや由比ヶ浜なんてのはあり得ない。だからすれ違いなんてのは、おかしい。
(...いや、だとしたらこいつが変わったつうことか。それこそあり得ないが)
「そう、だったら仕方ないわね」
「...まぁ、仲違いなんてお前に経験できただけでも奇跡だな」
「その言い方はさすがに失礼だろ...」
そしてそれ以降、雪ノ下は腐った魚に問いかけることはせず、こいつもそれっきりなにも言わなくなった。
こいつらにとっての普通の距離感へと戻っていったのだ。これがいつもの光景、通常運転、普遍な日常。
しかし...
「はぁ...」
雪ノ下は小さくため息をはき、
トットットットッ
こいつは貧乏ゆすりを絶えずしている。
これはさすがにこいつらにとっての普通ではないだろう。
結局のところは、こいつらも人との繋がりと言うものに未練を持つ者なのだろう。
(...じゃあ俺はどうなんだろうな)
そんなことを悩む性分でもないがふと考える。だがそんな暇は結局俺には与えられなかった。
奉仕部のドアを開き、羽織っている白衣を翻した、どこぞの暴力教師の乱入によって