「...広ぇ」
今回俺たちは由比ヶ浜の私物と被らないプレゼントを探すために、少し遠目のショッピングモールへ行くことになった。腐った魚や雪ノ下は近場で済まそうとしていたようだが、小町がそれを却下し、こうして船橋まで電車で行くこととなった。
そして電車に揺られほとんど喋らずに数十分間を過ごすと、南船橋駅に着き、そのまま目的地まで直行し今に至る。
「...人が群れてる」
私生活で日常的にあまりこういったモールを利用していないせいか、その広さに圧倒される。しかも人まで多い。
まずい、すげぇ帰りたくなった。
「驚いたわ...かなり広いのね」
見れば隣の雪ノ下もこのショッピングモールよ広さに圧倒されていたようで言葉に驚愕の色を乗せている。
というか雪ノ下以外のやつはそれほど気にもしていない様子で、小町は物知顔でこのモールの概要を雪ノ下に話しているし、腐った魚もいつも通りに腐った目で地図を見ていた。地図が腐らないか心配である。
「よし、効率重視で行くか。無駄に広いしなここ。じゃあ俺はこっち回るから」
...あ?
「ええ、では私はその反対側を受け持つわ」
「よし、じゃあ後は小町が奥の方を、瀬谷が書店の方を...」
「...いや待て」「ストップです♪」
「痛っ!?」
意味のわからない提案に堪えきれず、俺が腐った魚の爪先を踏み、小町が案内板に指されていた指を折る。
その手と足への同時攻撃に腐った魚もたまらずその場にうずくまった。
その間にも小町はアメリカのコメディ映画のように両手を肩ぐらいまで上げ、首を横に振りながらため息をはく。
いや、リアクションがオーバーすぎるだろ...気持ちは分かるが。
しかし未だにうずくまっている腐った魚はともかく、雪ノ下もその行動を不可解に思ったようで軽く首を傾げている。
「なにか問題でもあるかしら?」
「...問題はないな。ただ一般的な範疇の考え方からかけ離れているだけだ」
俺がそう言っても雪ノ下はまだ理解できないようで小町の方を見る。腐った魚の方は...あぁ、この顔は理解したが納得していないときのやつだな。とりあえず蹴っとこう。
「お兄ちゃんも雪乃さんもナチュラルに単独行動を発想しすぎです。せっかく皆で揃っているんですからお互いアドバイスしあって選んだ方がお得じゃないですか」
「でもそれでは全部回りきれないんじゃないかしら...」
小町の意見にそう言う雪ノ下だが、なぜそうも発想が極端なんだろうか...
大体由比ヶ浜辺りが好みそうな物が置いてそうなところなどは俺でも見当がつく。(ほぼ姉の買い物の影響のせいだが)
経験則も合わせれば...
「大丈夫です!小町の見立てだと、結衣さんの趣味的にここを押さえておけば問題ないと思います!」
そう言って小町が案内板に指を指したのは一回の奥の方で主に中高生の女子向けの商品を取り扱うところだった。が、雪ノ下も腐った魚もそういうことに疎いらしくとりあえずは一番由比ヶ浜の感性に近いであろう小町の意見に従うようだった。もちろん俺も小町に従う。
男の俺が女子向けの商品のことに口出しなどしたら気持ち悪いことこの上ないだろうしな。
結局小町が指定したエリアへ行くこととなると、俺たちはそのまま世間話もせず歩き始めた。
図らずしも最後尾を歩くこととなった俺は暇になったのでとりあえず前を行く知人の行動を観察していった。
まず腐った魚は他に目移りすることもなく、時折チラチラと回りを見ること以外は歩くことしかしていなかった。いや、時々雪ノ下の方も見ている。好意の目ではないが好奇の目ではあった。やはりストーカーか。
次にその雪ノ下を見ると、やはりあまりこういった場所に来たことがないようで、歩くたびに過ぎ行く店に視線を与えていた。挙げ句には一つの店にふらふらと立ち寄りデスティニーランド産のくまのマスコットを手に取って肉球を触っているまである。あっ、店員が近づいてきたら戻した。
確かに一人で店内物色しているときに話しかけられるのはよくある。あれは俺も嫌いだ。雪ノ下もそうなのだろう。店員はあれをやる意味とかあるのだろうか。俺たちからしたらただ不快なだけなんだが。
そして最後に小町を見ると...さっきまで俺の少し前を歩いていた小町がいない。 周囲を見渡しても小町らしき影はいない。どこ行った?もしやあの愛らしさのせいでさらわれたか?
小町の失踪に唖然としていると、突然誰かから袖を後ろから引っ張られる。何事かと思い首だけを振り返らせれば、そこには先程から探していた小町がいた。いや、いつの間に後ろ回り込んだんだよ。
「ちょっとソウくん、こっち来て」
「...あん?」
袖をつかんだまま小町はそう言うと、俺の返事を待たずに雪ノ下たちが歩いている方向とは別の方向へ歩いていった。
そして袖をつかまれている俺も必然的に小町の方に引っ張られ、みるみるうちに雪ノ下たちの姿は遠くなっていった。いや、てか気づけよあいつら。
雪ノ下たちの姿をようやく見失った頃、小町もずっとつかんでいた袖を離し、顔をこちらへ向ける。
「...どういうつもりだ。あいつら二人だけにして」
「や、昨日言った通りお兄ちゃんには青春ポイントが足りないと思ってね。妹として手伝いをしたまでなんだけど」
小町はそう言って意地の悪そうに笑う。だがその笑顔も長くは保たなかった。
「あと、ソウくんにも謝りたかったから」
少し言いにくそうに小町はそう言うと、俺へと向けていた視線を明後日の方向へ向けた。
「...言ってんだろ、お前はなにも悪いことはしてねぇって」
「そうだとしてもさ、あのことが噂されてから話さなくなったのは事実だし、そのせいでソウくん孤立してたから...」
小町が言うあのこと。前に平塚女史が話題に出した...俺がいじめの主犯角にいたという噂。
中学二年生の秋頃、あることがきっかけでその噂が流れ、俺は結果的に学校内で孤立した。事実は、俺がいじめをしたという確信と証言のとれないままうやむやになっていったが。
だが人の噂というのはそのようなくだらない結果に対しては関心がとても薄く、相対するようにインパクトの大きい過程に対して興味はとても高い。つまりは一度大海へ放たれたその、『瀬谷壮介がいじめをしたかもしれない』という噂は、尾ひれ背ヒレと生やして成長していき、やがてはいわれのない大罪へと進化していったのだ。
そして俺はその大罪を犯した罪人として、学校中より後ろ指を指される立場へとなっていった。
必然、そんな立場になった俺の周りはどんどんと人がいなくなっていった。小町も例外ではない。いや、比企谷小町だったからこそ真っ先に俺のそばを離れていった。その当時からひねくれていたあいつが、最愛の妹をそんな噂の渦中の人物の側へ置いておくわけがない。いつの間にか、ごく普通で当たり前のように、比企谷家と俺との中学での交流はなくなっていった。
そこには遺恨なんてものはなく、お互いの納得と妥協によって成り立った空気だけがあった。だから、小町が非難をうけるなんてことは決してない。
「...あのとき俺の側にいたとしても、小町は何も出来なかったはずだ。だからあのときのお前の行動はあれでいいんだよ」
「でも...それじゃあ私は納得できないよ」
明後日へと向いていた小町の顔は、だんだんと俯いていく。
「...仕方ないんだよ。俺はなにもしていない、だが回りのやつらはそれを認めないんだ。俺が孤立すれば済む話なら...」
「そういうところ、本当にお兄ちゃんと似てるね」
は?
いつのまにか顔をあげこちらを向いていた小町のいきなりの、しかもあまりに不本意な言葉に思わず口を開いて唖然としてしまう。
しかし小町はそんな俺に構わず言葉を続けた。
「でもね、お兄ちゃんは自分の非のないところはきちんと否定してるよ。ほら、お兄ちゃんって事故防衛能力だけは高いじゃん」
「...あぁ、それはとてつもなく知っている」
なんなら高すぎて時々墓穴掘っていることすら知っている。何で知ってんだよ俺。
「だからね、私はソウくんに怒ってもいるのですよ」
「...謝りたいとか怒ってるとか、忙しいなお前も」
「はい!そこ揚げ足とらない!」
俺の指摘を小町が鋭く遮断すると、俺に指を指してきた。おい、人に指を向けるな、失礼だろうが。
「だから私が言いたいのは、私はいつでもソウくんの味方でいてあげるってことなの!」
「......」
力強く小町はそう言うと、指を下ろし、そっぼを向くと言葉を続ける。
「だからソウくんも、やってないってことはきちんと言ってね。黙ったまんまじゃ私だって怒るんだから」
「............」
結局、小町は小町なりの答えを出していた。
意地になっていたのは俺とあいつだけだったのかと今、改めて思い返される。
いや、俺も答えを出せていたはずだ。だがそれを認められなかったのは、それは意地じゃなく弱さだった。
「...やっぱお前ってすげぇんだな」
「ん? フフフ、ようやくこの小町さまの凄みに気づくなんて、いったい何年幼なじみやってると思ってるの?」
そうだ、付き合いだけは深かったんだ。それを俺たちはバカみたいに他人行儀に...
「...あぁ、こんな人混みのなかでそんな恥ずかしいこと言えるとは、お前すごいわ。あと、もう少し離れてくれ。知り合いに思われんだろ」
「あっ...」
これだから俺もあいつもぼっちなんて言われんだよ。
雷ちゃんとケッコンカッコカリしたい