ようやく顔を上げた姉貴と少し世間話をしたあと、姉貴は俺たちの支払いも持ってすぐに雪ノ下姉を追っていった。
去り際に耳元で呟いた、良かったじゃん、はおそらく小町とのことを示していたのだろう。軽くイラッときたが、支払いの件もあるため抑える。誰だって金の恩には弱いのだ。
そして、そこから数分たって現在。俺と小町は何をするでもなく、ただひたすらに周りの店をひやかしていた。
「...なぁ、マジで帰っちゃダメか?」
「えー...いやまぁ小町もちょっと飽きてきたけどさぁ」
俺の言葉にぶつくさ言う小町だが雪ノ下やあいつがうろついているため、女性ものコーナーに立ち寄れず、若干手持ちぶさたになっている。
そういう俺も特に見たいものがあるわけでもないため、こうして興味もない電器店や書店をうろついてるわけだが。
「あっ! そうだソウくん! 楽器屋行こうよ!」
「...ンでだよ、別に今備えで足りないもんはないぞ」
小町の申し出に難色を示すが、小町は俺の袖をつかんでブンブンと降る。やめろ、脱臼する。
「そうじゃなくて。そういうとこって試し弾きとかできるんでしょ? ソウくんの歌今聞きたい!」
小町は目をキラキラ輝かせながらおねだりする。
まぁ確かにできるにはできるが...
「...買う気もねぇのに邪魔すんのは失礼だろ。あといちいちチューニングすんのもめんどい」
「むぅ... 変なところで律儀だな、ソウくんは」
「...普通だ普通。千葉県民はモラルを守るんだろ」
「でもソウくん関西出身じゃん」
「...モラル守るんはどこも同じやろが」
「うわっ! 久しぶりに聞いた!ソウくんの関西弁!」
またどうでもいい俺の秘密がばれたところで、結局俺たちはなにも買わず、どこもよることなく、千葉の方へと帰っていった。
しかし、今日の出来事のおかげか、小町に振り回され俺の体は疲れているはずなのに、俺の心中はとても晴れやかだった。
帰りの電車のなかでは、小町の笑顔がはっきり見えたのは気のせいではなかっただろう。
ーーーーーーーーーー
「...はぁ」
家に帰り服そのままでソファへ体を落とす。
まどろみのなかで今日、小町が言った言葉を思い出す。
俺の味方でいてくれる。それが小町が出した答え。
その答えを心のなかで何度も唱える。それは俺の大きな支えとなるだろう。あの小町が、世界一かわいい妹であろう小町が俺の味方でいてくれるのだ。これほど頼もしいことはない。
しかし、それでも俺の中の罪悪感が消えることはない。
それは俺の側にいると小町に迷惑をかけるだとか、あのとき小町を避けてしまったとか、そんな自己嫌悪的なものではない。
この罪悪感は事実に即し、覆そうもない現実に起きてしまったことに対するものだ。
例えあの小町が側にいてくれても、俺を許してくれても、それが俺に俺を許させない。許してはいけないと嘯いてくる。
だから俺はこの罪を絶対に捨ててはいけない。
「...そうだろ。金目川」
呟いたところで答えは返ってこない。それが当たり前のことだと分かりながら、俺は気分を晴らすため、ソファに座り直してポケットに入れっぱなしだった携帯をのぞくと、意外な人物からメールが来ていた。
「...高津か」
見ると着信も来ていた。小町との買い物(なにも買ってない)で気付かなかったようだ。メールを見ると着信しろの一言のみ。メールで伝えろよ。ケイコちゃんとやらといつもやってんだろが。
悪態をつきながらも一応リダイアルをかける。
「...俺だ。何か用か?」
『オォ!瀬谷から電話なんて初めてじゃん! どうしたん?』
「...切るぞ」
1コールで出てきた高津へ早々に本題を問いかけるが、その当人がとんちんかんなことを言い放ってきたのでとりあえず通話を切った。慈悲はない。
何かの満足感が心を満たし、先程までの罪悪感が薄まっていった。あいつも時々役に立つものだなと、高津へ1ミクロほど感謝の意を示していると着信がかかった。高津だ。
「...ちっ、何のようだ?」
『着信早々舌打ちはさすがの俺も傷つくぞー、瀬谷ー』
「...何故そういう態度をされるのか自分の心に聞いてみろ。で、何のようだ?切るぞ」
『いや待って!さっきのはほんっとうに俺が悪かったから!切らないで、おねがい!』
「...分かったから早く用件を言え」
電話口からうるさく謝ってくる高津を宥め本題を促す。つうかうるせぇ、あとうぜぇ...
『あ、そうそう。その事な。確か瀬谷って奉仕部ってところに所属してるんだろ?』
「...あぁ、不本意ながらな」
高津の質問に素直に返すが、この時ふと疑問に思う。確かにこいつは川崎の依頼のときに奉仕部の存在を知っている。だが何故今それを聞く?いや、分かってる。答えはひとつしかない。
『俺さ、奉仕部にひとつ依頼したいんだけど』
「...はぁぁぁ」
電話口の高津に聞こえるだろう大きいため息を一つつく。相手に聞こえるほどのため息など失礼以外のなにものでもないが、その相手はあの高津だし別にいいだろう。
「...で、どんな依頼だ?」
『いや、そんなため息ついたのに引き受けんの?』
「...断ってもよかったのか?」
『ダメ』
「...だったら、余計な手間かけるよりかはこっちの方が楽だ」
確かに、と高津の微かな笑い声が返ってくる。
ただ、理由はそれだけではない。これは今の由比ヶ浜結衣の状況への対処のためでもある。
確かに由比ヶ浜は部室に来ていない。だがしかし、由比ヶ浜はまだ奉仕部を辞めてはいない。それは今までに依頼がなく、由比ヶ浜が来なくても別に構わない状況にあったからだ。
しかし、この高津の依頼を引き受ければ、
少なくとも由比ヶ浜を奉仕部へ引っ張り出す口実にはなる。
別に俺がこんなことをする必要などない。いや、するべきではない。由比ヶ浜が自分の意志で奉仕部に来なくなったのだ。それを俺が無理矢理連れてこようなんて図々しいにも程がある。
だが、由比ヶ浜をこのままにしておいたら、小町が買ったプレゼントはどうなる。小町の気持ちはどうなる。俺の味方でいてくれると言ってくれた、あの幼なじみはどんな顔をするのだ。
自分のためじゃない、由比ヶ浜のためじゃない、雪ノ下のためなんかじゃない。ましてやあいつのためなんかにこんな面倒なことをしてやるものか。
俺はただ、こんなどうしようもない赤の他人である俺の味方と言った、あの素敵な妹に恩を返したいだけなんだ。
「...そんで、どんな依頼だ?」
『おう。って言っても、実は困ってんのは俺じゃなくて、俺の遊び友達なんだよ。何か今日ゲーセンでめんどくさい人に絡まれたらしくてさー。しかもその人総武高校の先輩だったらしくて、今度校内で話し合うみたいなんだよ。それの仲介役? みたいなのを誰かにしてほしいんだって』
なるほど。大体わかった。いや、全く事情は理解できんが、状況は把握した。
だから解せない。
「...それ、お前じゃダメなのか?」
『なんか二人ほしいんだって』
仲介になんで二人必要なんだよ。つうか二人?ちょっと待て。
「...おい高津。この依頼、他のやつらには...」
『あ、そうそう! いい忘れてた! この話なんだけど、雪ノ下先輩とかには内緒な。何かそいつらも大事にはしたくないみたいでさー。あっごめんケイコちゃんからキャッチ入った詳しくは明日話すからじゃあなーおやすみ』
「...おい待てやゴラ」
いい終える前に通話は切れていた。キャッチ入ったあたりから早口でまくし立てていたところからケイコちゃんとやらに優先順位が移ったのだろう。明日蹴る。
つうか雪ノ下たちには言うなって...
「...依頼受けた意味ねぇじゃねぇか」
先程よりも大きなため息をつくと同時に疲れが一気に体に襲いかかってくる。今日は色々と有りすぎた。
問題を先伸ばすかのように、俺は体をソファへ預け重いまぶたを落とす。
きっと明日は今日より疲れるだろう。
さまざまな問題のなかで何故かそれだけは確信できた。
アニメのふいんき(なぜか変換できない)大分変わりましたけど前の画風でこのシリアス展開も描きにくいですよね。とても楽しませてもらっています。
感想批評待っています。