狂暴なる一年生による雪ノ下雪乃襲撃事件が雪ノ下雪乃による証言一つにより全貌が明かされ、奉仕部内で闇に葬り去られた後日。
「はぁ...」
珍しくも茅ヶ崎が俺と同じようなため息を吐いている放課後。
実は朝からこのテンションであったため、どうせ面倒事なんだろうなと思い、今まで放っておいたが、ここまで落ち込まれるともはや聞かない方が失礼なのではないかと考えを改め、俺は重く閉ざしていた口を小さく開いた。
「...茅ヶ崎、いつも以上に暗いが何かあったのか?」
「え、俺っていつもそんなに暗い「...それはどうでもいいから理由を言え」
...バイト先のレストランが潰れたんだよ」
「...唐突すぎんだろ」
茅ヶ崎の気落ちの理由を聞き、若干感情が驚愕に浸る。
そりゃバイト先が急に潰れたらため息も吐きたくなるものだ。
「いや、次のバイト先は店長から紹介されてんだけど...そこが何故か高級ホテルのバーなんだよ」
しかも夜勤入ってるし...と泣く寸前の絶望顔で現状を報告する茅ヶ崎。
つうか...
「...ンだよ、別に次のバイト先決まってんならいいじゃねぇか」
同情して損したと心のなかで少し愚痴り、ため息をはく。
「でも瀬谷!!高級なんだぞ!?怖い人が機密の話とかしちゃうかもなんだぞ!?」
「...お前メンタル弱すぎだろ」
高級にどんだけ偏見を抱いてンだよ。普通なら良いバイト先に切り替えられて喜ぶところだろうが。
まぁそんな茅ヶ崎は想像できんが。
つうか泣きながらこっちにすがりよるな、助けを求めるな。
そして女子たちよ。俺らを見てキャーキャー騒ぐな、写メを撮るな。
「...はぁ」
悪化していく頭痛を我慢しつつ、やはり話しかけるんではなかったと後悔の念をため息と共にはく。
「え、何々、茅ヶ崎バイト変えるの?どこか教えてー。遊びにいくから」
「高津、空気読んでくれ...」
茅ヶ崎の悲痛の心の声が聞こえたときには、俺はすでに茅ヶ崎を振りほどき、教室から逃げていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「......ン?」
教室からエスケープした俺の足はそのまま奉仕部の教室へ向かおうと動くが、例のごとくまたその歩が止まる。
「あ、せやっち。やっはろー♪」
「.........」
廊下の角よりキョロキョロと首を動かしている由比ヶ浜結衣が現れたのだ。つうか...
「...そのあだ名やめてもらえねぇスか」
とてつもなく屈辱的でハズい。もし高津などに聞かれたならば、記憶を消去するほどに蹴らなければならないほど。
「えー、いいじゃん。かわいいと思うけど?」
「...男にそんなステータスはいらん」
いやーまぁそうだけど、とまだそのあだ名を諦めようとしない由比ヶ浜結衣に軽く呆れ、
小さくため息を吐くと、俺の目の前にいるスペシャルネームメイカー様が何かを思い出したかのように手を叩いた。
「...そういえばせやっち、ヒッキー見なかった?」
「.........」
この女は本当に人の話を聞いていたのだろうか?
いや、もうなにも思うまい...
「...ミテイマセンガ」
俺は諦めの境地にたち、適当に由比ヶ浜結衣の質問に答える。
「そっか...だったらいっしょに探しに「死んでも断る」なにその速すぎる拒否反応!?どんだけ嫌なの!?」
当たり前の反応だ。何故俺があんなやつを探すなどという労力を費やさなければならないのだ。
そんな役目はどこぞの猫や犬にでも任せればいい。なんならそれでも勿体ないほどだ。
「うぅ~、分かったよ、私探しとくから先部室に行っといて」
由比ヶ浜結衣は残念そうな顔をしながら俺を奉仕部の方へと促した。
しかし別にこの先輩が汗をたらし、あの腐った魚を探す必要性もあまりないと感じる。
何故ならば...
「...メール送りゃいいんじゃねぇの」
そう。現代高校生ならば誰もが持っているであろう便利な電子機器を例に漏れずあの腐った魚も持っている。ならばそこに直接連絡すればいいものの...
「いや、私ヒッキーのアドレス知らないし」
「.........」
マジか。
おそらくあの男と由比ヶ浜結衣は一ヶ月ぐらいあの奉仕部で一緒に活動していたのであろう。
そうであるのにまだ連絡先すら知らないとは...
「...はぁ」
奴のコミュ力の低さについて再確認しながら、それでも納得のいかないため息を吐く。
そうすれば俺は目の前のケータイから電話帳を開いてメールの新規作成を行う。
その相手は言わずもがな、である。
「...ホラよ。あいつのアドレスに繋がってるから適当に打てよ」
「え?せやっちってヒッキーのアドレス知ってたんだ」
「...不本意ながらな。つうかとっとと済ませろ」
「あ、うん。分かった」
俺があいつのアドレスを知っていることに驚く由比ヶ浜結衣に催促をかける。
すると逆に由比ヶ浜結衣はこちらが驚く速度でメールを打ちこんでいく。
現代の女子の本気を今改めて思い知った。
「...よし、終わったよ。ありがとね」
「...あぁ」
俺がイマドキ女子について驚愕の意を感じていると、打ち込みが終わったのであろう、由比ヶ浜結衣がケータイを返してきた。
「でもあれだねー。連絡先知らないとこんなことになるから大変だね。あ、後でヒッキーからアドレス教えもらわなきゃだね!」
「...あぁ、そうだな」
なにやら意気込み始めた由比ヶ浜結衣に若干の違和感を感じるが、どうせとるに足らないことと推察し、その足をやっと奉仕部の方へと向けて進める。
横に由比ヶ浜結衣を連れて。
「...あいつ探すんじゃなかったのか」
「いや、せやっちのケータイからかけたんだから、せやっちのそばから離れられないじゃん」
「.........」
正論であるが、現在いるのは一年の教室前廊下。そんなところで普通に美人である二年生などを連れていれば...
ジーッ
「...はぁ」
周囲の一年生からの目線が強くなり、さらに居心地が悪くなったので、ため息を吐き、その歩調を早くする。
勿論由比ヶ浜結衣は隣でついてきた。
「そうすればせやっち。前から思ってたんだけどなんでいつもヒッキーのこと毛嫌いしてんの。あれじゃヒッキーがかわいそうだと思うよ」
「...雪ノ下だって暴言はいてんじゃねぇか」
「いやー、ゆきのんはほら。不可抗力っていうか...」
「...なんだそりゃ」
奉仕部へと向かう道中、そんな会話が終始続けられた。
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ガラガラッ
「あぁ!!こんなところにいた!!」
「...テメェなんでここにいんだよ」
奉仕部の部室につきドアを開ければ、腐った魚のような目をした男がそこにいた。
つうかメール返信しろよ。
「あなたがいつまでたっても部室に来ないから探しにいっていたのよ。由比ヶ浜さん...と瀬谷くんもかしら?」
「...俺は違うに決まってんだろ」
とてつもなく失礼なことを、しかも倒置法で強調して言ってきた雪ノ下雪乃に即座に訂正を入れ込む。誰がこんな奴のために貴重な労力などを使うものか。
「ていうと、もしかしなくともさっきの変なスパムってお前らのだったのか...」
「...てめぇ俺のアドレスをスパムにしてやがったのか」
「い、いや違ぇよ。この前機種変して間違えてお前のアドレス消しちまって 「ドゴォ!!」 ゴフゥ!?」
「ヒ、ヒッキー!?」
言い訳をする目の前の男の脇腹に蹴りをいれると見事に決まり、男は膝を床に付け突っ伏す。
そんな状況に慌てふためく由比ヶ浜結衣。
別に何事もなく、ただ読書を続ける雪ノ下雪乃。...つうかあんたはもっとこっちに興味を示せよ。
「うぐぅ...お前の蹴り食らったの結構久しぶりな気がするぜ」
「...一々覚えてんなよ。気持ち悪い」
「え、なんなの!?二人って本当にどんな関係なの!?ゆきの~ん!!」
「...ここも騒がしくなったわね」
そりゃすまねぇな。
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結局あのあと俺の蹴りより立ち直った腐った魚は由比ヶ浜結衣とアドレス交換を行った。
その際腐った魚の重い過去の歴史が語られたが、前に聞いたことのあるネタだったので、俺は椅子に座りそのまま新しい曲作りに専念した。
その際、雪ノ下雪乃が俺の方を凝視することももうなかった。
そして現在。
「「「「.........」」」」
いつも通りに作られる、奉仕部の無言の空気。
雪ノ下雪乃と腐った魚は本を読み、
由比ヶ浜結衣はケータイを弄り、
俺はタブレットで作曲する。
いつも通りに繰り広げられる奉仕部。
俺は案外この空気が好きだった。
お互いに干渉することもなく、ただ思い思いにしたいことをするだけ。
実に楽だ。他人に気を使わない、ただそれだけのことが。
「うわぁ...」
そんな似合わないことを思っていると、ふと由比ヶ浜結衣がケータイを見ながら顔を歪めているのが視界に入った。
「どうかしたのかしら、由比ヶ浜さん」
「いや、ちょっと変なメール来ただけだから。気にしないで」
変なメール...まさか。
「比企谷くん、裁判沙汰になりたくなかったら、今後そういう卑猥なメールを送るのやめなさい」
「内容がセクハラ前提でしかも犯人扱いかよ...つうかそんなんだったら瀬谷の方が怪しいんじゃねぇのか?目付き悪いし」
「...他人に自分の罪を擦り付けるとは、ついにそこまで落ちたか...
...もう二度と俺に話しかけんなよ」
「てめぇまで俺を犯人扱いかよッ
証拠出せ、証拠を」
「「(...)その言葉が証拠といってもいいだろ(わね)」」
「暴言はくときだけ息ぴったりだな、お前ら...」
図らずとも重なってしまったその言葉をこいつがそう評価する。
その後は雪ノ下が犯人フラグや死亡フラグについて持論を語ったが、その話についてはそこまで興味もなかったので思考を作曲の作業へ戻す。
しかし...
コンコンッ
「...あン?」
部室のドアより何かがぶつかる音が二回...一般的にノックと言われる行為が耳には言ってきたことにより俺の作業は再び中断された。
しかし、少し驚いた。律儀にノックをしてくる人間がまだこの高校にいたとは。
俺の回りにはそんな器用なことができるヤツはあまり見受けられない。(雪ノ下を除く)
ガラガラッ
(...誰だこいつ?)
奉仕部のドアを開けた人物はいつもの喫煙教師ではなく(そもそもあの教師にノックなどという気遣いはできない)、
無駄に爽やかそうな雰囲気を醸し出している、無駄にイケメンの男子だった。
「あ、ちょっとお願いがあってさ。奉仕部ってここでいいんだよね?」
その男子は俺の方を一瞥すると、またもや無駄に爽やかな笑顔をもって会釈をし、そのまま二年のメンバーの方へ向かっていった。
この様子から、この男子が二年で由比ヶ浜結衣か雪ノ下雪乃のどちらかと面識があると予測ができた。
ちなみに、あの腐った魚にこんな知り合いがいるとは最初から思ってはいない。先程から愛想笑いしかしていないしな。
「平塚先生から悩み相談するならここだって言われて来たんだけど...」
「.........」
先程から会話を聞いていると、この男どちらかというと、由比ヶ浜結衣と同じで俺たちとは違う種族に属している人間と見える。
あくまで主観で、決して口には出さんが。
「能書きはいいわ。用があるからここに来たんでしょう、葉山隼人くん」
いい加減前振りにうっとおしくなってきたのだろう、雪ノ下雪乃が本題を催促する。
「...つうか、あんたらお互い面識あンのか?
さっきから顔見知りと話すように会話を進めているが、俺がおいてけぼりにされているんだが」
つうかそのことでさっきから悩んでいるのだが。
「あぁ、そっか。せやっちは学年違うから知らないもんね。普通にタメられてるから実感なかったわ~」
「いや、由比ヶ浜。それただ俺たちがなめられてるだけだから。
気にすべき所だから」
「...彼は葉山隼人くんといって、比企谷くんと由比ヶ浜さんのクラスメイトよ」
由比ヶ浜結衣と腐った魚がなかなか本題に入ってくれないので、雪ノ下雪乃が代わりに紹介をする。
つうかあいつはクラスメイトに愛想笑いしてたのかよ。
相変わらずの負け犬根性だな、おい。
「よろしくね、えっと...」
「...瀬谷壮介」
「あぁ、よろしく。瀬谷くん」
「.........」
葉山隼人はおそらく誰にでも見せるのであろうその笑顔を俺にも見せる。
しかし、何故だろう。
こいつのこの笑顔が、どこか張り付いているように感じるのは。
俺だけなのだろうか?
(どうでもいい、か...)
とるに足らないこと。
そう結論付け、俺は深く考えるのはやめた。
「で、相談のことなんだけど...」
葉山隼人が本題を戻すと、おもむろにケータイを取りだし、それを由比ヶ浜結衣に見せる。
「あ、変なメール...」
由比ヶ浜結衣はそのメールと自分のメールを見比べる。
「...チェーンメールか」
「そう、みたいね...」
雪ノ下雪乃もその内容をみて、俺の意見に賛同する。
そして俺はおそらく今日最大の大きいため息を吐いた。
めんどくさいことに巻き込まれたという、怠惰な感情を込めたため息だ。
(...やっぱ、入んじゃなかった。こんな部活)
後悔の念は、まだ溜まっていく。