目を開く。白い空間に俺はいた。知らない場所だ。
しかしここが何処か疑問に思う前に瞬間的に気づく。
(...あぁ、夢か)
あのあと俺はカップラーメンに文句をいってきた姉を適当に受け流し、自室に戻って疲労感たっぷりの体をベッドに投げ捨てたはず。
夢遊病でもない限り、目を開けた俺が見える景色は自室の天井だけのはず。
つまり、これは夢だ。
(...変な夢だな)
あらためて俺の周りを見渡せば白しかなく、それ以外の色は見当たらない。
それはまるで俺を異物としてキャンパスに描いてるように...
(...なに考えてンだ、俺は)
この頃特に憂鬱な自分の心に葛を入れ、夢のなかで夢から覚める方法について考える。
その時、白い空間からふと画面が現れ、ある光景が流れた。
『瀬谷くんが金目川さんのこと...』
「ッッッ!!!」
反射的に、生理的に、本能的に、俺はその流れてくる動画の光景から目を剃らし、耳を塞ぎ、心を閉ざす。
嫌いなやつを見ると反射的に目をしかめるように、
猫がネズミを本能的に嫌うように、
ボッチがリア充を生理的に嫌うように、
流れてくるその光景は、俺にとっては耐え難い地獄。
先程まであった余裕ある心は、いまではまるで拳銃を目の前に突きつけられているような絶望に変わる。
...ろ
思えばこのときからだろう。
...めろ
俺が他人を信用できなくなったのは。
...やめろ
俺が自分以外の人間に嫌悪感しか持てなくなったのは。
「やめろッッッ!!!」
そして俺は、あの地獄ような夢から、目を覚ました。
「はぁはぁ...」
シャツが汗によって肌に引っ付き気持ち悪い。
手のひらを見ると、ここ最近出したことのない量の汗がびっしょりと付いている。
「...チッ」
先程から沸き上がってくる先日と同じ嫌な感情を舌打ちで打ち止める。
(...5時か)
手のひらの汗を適当に拭き取り、ケータイを開いて時刻を確認する。
悪夢のせいでいつもよりもかなり早く起きてしまった。
当時は毎日のように見ていたが、この頃は全く見てなかった。そのせいでかなり取り乱してしまい、さらに自己嫌悪。
「...はぁ」
何故あのような夢を見てしまったのか。
先日の平塚女史との会話のせいであろうか。
疑問はつきない。しかし...
「風呂、入るか...」
俺はその疑問をすべて投げ捨て、とりあえず今なすべきことだけを頭で考え、片付けるため行動に移す。
その行動が悪夢の内容を思い出さないようにするためかは、今の俺には分からないし、考えたくもなかった。
つうか...
ガチャッ
「......あ」
「...さっきからあんたは何をしてンだよ」
先程から人の気配を感じていたドアを開け、その先に聞き耳をたてていたのは俺の姉、瀬谷蒼子だった。
「いやー、壮介の部屋から大きな声が聞こえたから、なんだろうって思って、つい...」
姉は頭をかき、空笑いをしながらそう言う。
「壮介...もう、大丈夫だよね?」
「............」
俺は心配そうに言う姉の姿を見て、先程とは違う嫌な感情が体の中で生まれてくるのに気付いた。
(また、心配かけさせたか...)
思い出したくもない、中学二年のときの記憶が、頭のなかでフラッシュバックを起こす。
「...はぁ」
俺はため息を一つ吐くと、姉と同じように頭をかきながら、言葉を紡ぐ。
「...昔の夢見ただけだ。だから大丈夫だ。
...今の俺はもう間違えねぇから」
俺は本心をそのまま言い、姉から顔を背ける。
身内とはいえ、少しばかり気恥ずかしい。
「...そっか。壮介がそう言うんなら、私は信じるよ」
「.........」
姉はそれだけ言うと、自室へと戻っていった。
戻っていく後ろ姿は昔から俺が尊敬していた、姉の後ろ姿そのままだった。
「あ、壮介。起きてるんなら朝ごはんよろしくね。」
「.........」
尊敬していた(?)姉のはずだ。
「...はぁ」
一つため息を吐き、着替えを持って風呂場へと向かう。
心なしか俺の体を蝕んでいた感情が先程より小さくなっているような、そんな気がした。
ーーーーーーーーーーーーーー
「おぉ、茅ヶ崎がすげぇ疲れた顔してる」
「...そっとしといてやれよ」
悪夢を見てから早三時間が経ち、現在朝の総武高校。
あのあと風呂に入った俺は他になにもすることがなかったので作曲作業へ移った。
作曲作業中は皮肉にも、心が病んでれば病んでるほどに、完成形のメロディが頭のなかに浮かんでき、いつもよりもはかどった。
そのせいで結局朝飯は姉が作ってしまったが。
そしていつも通り登校し、
いつも通り偶然通学路で高津と会い、
いつも通り偶然高津といっしょに教室に入れば、
まず目にはいってきたのは、先程の高津の言ったとおり、まるでセミの脱け殻のように魂の抜けた状態の茅ヶ崎の姿であった。
きっと昨日言っていたバイト先でなんかあったんだろう。
残念だったな...どうでもいいが。
「よう、茅ヶ崎。なんかあったの?」
「...ほっとけって言っただろうが」
人の話を聞かない高津に小さいため息をつき、仕方なく俺も話題に参加する。
「.........あ。瀬谷、高津。おはよう」
「...おい、茅ヶ崎、本当に大丈夫だろうな?」
いつもよりも三割増しの笑顔と、やつれた頬を見せてくる茅ヶ崎にかなり違和感をおぼえ、思わず様態を確認してしまう。
それほどまでに今の茅ヶ崎は疲労感を見せていたのだ。
「...うぅ、聞いてくれるか瀬谷~」
「............」
すると茅ヶ崎はまるで緊張の糸が解けたかのごとく涙腺を崩壊させると、昨日と同じようにこちらに体をすがりよらせてきた。
...まずい、墓穴掘ったか。
「...おい、ちょっと離れろ茅ヶ崎」
「瀬谷~、実はな~、バイト先の先輩がな~」
「.........」
まずい、本格的に聞く耳持たなくなってきている。
...仕方ない、不本意だがあいつに助けを求めるか。
「...おい高津」
「あ、ケイコちゃん。どうしたの、こんな朝早くから」
「.........」
不本意に助けを求めた先を視界に入れれば、タイミングを見計らったかのごとく通話中。
一瞬その携帯を壊してでも茅ヶ崎の相手を任せようかと思ったが、高津はともかくケイコちゃんとやらが不憫なのですぐにその考えを打ち払う。
「......はぁ」
ため息を吐きながら仕方なく、本当に仕方なく茅ヶ崎の話に相づちを打つ俺だった。
...だから女子たち、写メをとるな。
ーーーーーーーーーーーーーー
「...つまり、その川崎というバイトの先輩がお前にパワハラしてくるわけだな」
「いや、だから違うって...」
あのあと結局茅ヶ崎の愚痴らしき話にホームルームが始まるまで俺は付き合い、現在昼休み。(ちなみに茅ヶ崎の様子はもう普段通りになっている)
泣きながら話していたため全く聞き取れなかったが、内容は要約して要約すればそんな感じだと思ったんだが...
「そうじゃなくて、川崎さんは良い人だったんだよ。俺に仕事のノウハウ教えてくれたし、自分の学費のために一生懸命働いてるし...」
「...じゃあなんで朝あんなに落ち込んでたんだよ」
つうかなんでお前は泣きじゃくりながらそんな良い人の話してたんだよ。普通に勘違いするだろうが。
「...だって昨日カクテル二回もこぼしそうになったし、オーダーも何回か間違えそうになった...バイト初日からこんな体たらくじゃ絶対やめさせられるよ俺!!」
「...こぼしてねぇし、間違えてねぇのに辞めさせられる訳ねぇだろうが。どんだけ悲観的なんだよ、お前」
卑屈よりはまだマシだが。
そんな感じで茅ヶ崎と駄弁りながら飯を食っていれば、ふと肩を誰かが叩いてきた。
振り返ればそこにいたのは少し顔がにやけた高津だった。
...まぁ、この教室で俺に話しかけれる人物などこいつと茅ヶ崎以外いないが。
「...ンだよ、気持ち悪い顔して肩叩くな。知り合いだと思われンだろ」
「瀬谷って高津に対してはすごい毒舌だよな...」
そんな茅ヶ崎の評価を耳に入れつつ、高津が一方の手の親指で教室のドアの方を指し示しているのが目にはいり、そちらの方を向くと、いかにも待ってます的な雰囲気を醸し出している雪ノ下雪乃の姿があった。
「いやー、まさか瀬谷にあんな美人な先輩の知り合いがいたとは...友達として鼻が高いな!!なぁ茅ヶ崎」
「ていうかあの人、国際教養科の雪ノ下さんじゃ...」
二人がそんなことを言っている間に、俺は刹那の速さで雪ノ下雪乃のもとまで行く。
理由は簡単。教室のやつらに知り合いと思われたくないからである。
「ん?茅ヶ崎あの人知ってんの?」
「いや、知らない方が珍しいというか...ってあれ、瀬谷は?」
「あれ、さっきの人もいなくなったな...まさか逢い引きか!?」
「いや、あり得ないから...」
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「いきなり人の手を掴んで、尚且人目のつかないところへ連れていくなんて...通報されても言い訳できない所業よ、瀬谷くん」
「...あんたが前予告なしに俺の教室に来るからだろうが」
いきなり教室に現れた雪ノ下雪乃と共に昇降口まで進みながら愚痴を言い合う俺と雪ノ下。
なんでも昨日の葉山隼人の依頼についてミーティングを行うらしい。
そのため奉仕部全員を集めようとしたのだが、如何せん俺のメアドを知っているやつがいなかったらしく、(唯一持っていたあいつも消したので)仕方なく雪ノ下雪乃が俺の教室まで迎えに来てくれたらしいのだ。
何ともありがた迷惑である。
「...つうか俺なにも仕事ねぇんだから欠席でもいいだろうが」
「あなたは自分でなくともできる仕事を人に押し付けるなんてできるのかしら?」
「...できねぇだろうな」
理詰めで真理を突いてくる雪ノ下になにも反論できなくなり、それ以上はなにも言わず到着した昇降口で残り二人の奉仕部を待つ。
そして数分もしないうちにその二人が現れれば、ミーティングの開始である。
「ごめん!女子たちに聞いたんだけど分かんなかった!」
「...いきなり躓いてんじゃねぇか」
由比ヶ浜結衣から報告される結果に少し落胆する。
こうやって自分に関係ないことでも失敗の報告をされると、若干気落ちする部分もあるものだ、ソースはないが。
「...じゃあお前は?」
由比ヶ浜結衣がダメだったのだから聞くまでもないが、俺は腐った魚に一応聞いておく。
「あ?あぁ、俺はこれからするんだよ」
「...まだなにもしてねぇのかよ」
予想よりも斜め下を突いてきたその腐った魚に、もはや呆れしか出てこない。
将来こいつに責任ある仕事は持たせてはいけないと思いながら、俺はため息をはく。
「...せめて草よりは役に立てよ」
「今の一言でお前が俺をどんな風にみていたか分かってしまった自分が憎い...」
落ち込んだか。
そこまで純粋なキャラじゃないのにな。
「あ、そうだ。せやっち、またこういうときに連絡とりにくいのも面倒だからさ、メアド教えて」
「...あぁ、分かった。
つうか、こいつが俺のメアド消してなければこういうことにもなんなかったんだけどな」
由比ヶ浜結衣の提案に賛同しつつ、俺のメアドを消した腐った魚を睨む。
「に、睨むなよ...じゃあ俺とも後で交換するか?」
「...いらん」
何が悲しくて怯えた男からメアド貰わねばならないのか。
スパムの方がまだマシだ。
「では、今度は放課後に部室でミーティング。よろしく頼むわね」
メアドを交換し終えた俺たちは、その雪ノ下雪乃の言葉を皮切りに解散していった。
結局、成果のないままに...
ーーーーーーーーーーーーーー
「瀬谷、もうホームルームも終わったぞ。いい加減起きろ」
「.............」
まどろみの中にいた俺の意識がだれかにより体を揺らされ、そのまま現実へ戻っていった。
あのあとミーティングを終えた俺はとてつもない疲弊感に襲われ、そのまま五、六限を睡眠によって潰して今に至る。
「...茅ヶ崎か」
「誰だと思ったんだよ、全く...
あのあと戻ってきて急に寝始めたから驚いたんだぞ」
いかにも怒ってますアピールをしてくる茅ヶ崎だが、やはり根が優しいからか全く反省の意を覚えない。
恐らくこれが平塚女史などであったならば、きっと殴りかかってきたのだろうが。
「...あぁ、悪いな。起こしてもらって」
「いや、別に良いけど...」
一応起こしてもらったことの感謝の意を示せば、茅ヶ崎がなにか言いたげな表情をするのが目に入った。
「瀬谷、俺も大概疲れてるけど、お前も大丈夫か?」
「............」
意外だった。
いつも自分のことで精一杯なあの茅ヶ崎が、俺の心配をしてくることに。
...いやそれ以上に俺がやつれていたということか。
「...気にすんな。俺の
「そうか...なら、いいんだけど」
茅ヶ崎はそういうとそのまま別れを告げて教室から出ていった。
「...で、お前は何か用か?」
「いや~別に♪」
そう返事しながら携帯を打つ高津。
おそらく相手はいつも言ってるケイコちゃんとやらだろう、腹が立つ。
「なぁ瀬谷、彼女も良いけど、友達も良いよな~」
「...だから何だよ」
「いや、特に意味無し。じゃあな~」
「.........」
そう言うと、同じく教室から出ていく高津。
(...友達、か)
そんな普段思わないことを考えながら、俺は部室へと足を進ませた。
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ガララッ
「瀬谷くん、ノックを...もういいわ」
部室に入ればまずかけられるのは雪ノ下雪乃によるノックの催促。
しかしもはや諦めたのか、もしくは呆れたのか一つため息をつき、言葉を切る。
つうか...
「...葉山もいるのか」
「ん?あぁ。なんでもヒキタニくんが俺にもいてほしいみたいでね」
「...あっそ」
「うわっ、せやっち自分で聞いといて興味無さそう」
俺はそう言う葉山隼人を尻目に、腐った魚の方をチラと見る。
その顔を見れば...
「...お前またろくでもないこと考えただろ」
「あ?いや別にそれほどのことじゃねぇよ。ただボッチ特有の人間観察とだな...」
「...あぁ分かった。すげぇどうでもいいことが」
この自慢げな顔と得意気な声はほぼ間違いない。
俺はこの顔と声を知っている。
「ま、一回聞いてみろよ。思ったより幼稚な事件だぜ、この事件」
「............」
気色の悪い笑みを浮かべながらそう言うそいつに、俺は一抹の不安...すらも抱かなかった。
その代わり思うのは、昔より変わらないこいつの性格への呆れ。
(...こいつは本当になにも変わらんな)
あの頃から全くな...
「...そんな事件に嬉々として解決取り組むお前も結構幼稚だからな」
「うっせぇ」
そう言うとこいつは他のやつらを呼び、今回の事件の顛末について話し始めた。
そして、確かにこいつの言った事件の概要はとても幼稚なものであった。