「さっきの川崎沙希って...」
小町の学友、川崎大志の悩みを聞いた俺たちは、雪ノ下雪乃の一言でこの件を奉仕部の依頼として捉えた。
腐った魚はかなり渋っていたが、部長である雪ノ下雪乃の発言に逆らえるはずもなく、やむやむ折れていた。(かくいう俺もそうであるが)
そして川崎大志が依頼の受理に対し、感謝の意を述べると俺たちはその場で自由解散となった。のだが、元々勉強会に来ていた雪ノ下雪乃や由比ヶ浜結衣ら、そして俺たちは店から出る必要がないらしく、結局帰路についたのは比企谷兄妹と川崎大志だけだった。
そんな内輪なのかそうでないのか分からないメンバーのなか、茅ヶ崎が俺に声をかけてきた。
「部外者だからなにも言わなかったけど、俺のバイト先にも同じ名前の先輩がいるんだけど...ほら、前話したあの人」
「...覚えてないが」
「ーーそれは本当かしら?」
茅ヶ崎のその話に俺が忘却の意を示せば、食い付いてきたのは雪ノ下雪乃。
当の茅ヶ崎は俺に話をかけたのに雪ノ下からリアクションがあったので少し挙動不審になっている。まぁ当然の反応である。
「え、えっとはい、今年の四月から入ったらしいので、時期も合うからもしかしたらって...」
「そう...茅ヶ崎くんといったかしら?その店の連絡先、教えてくれないかしら?」
雪ノ下雪乃が茅ヶ崎に詰め寄っていると、茅ヶ崎の方より救援の視線がこちらに寄せられてくる。
そして俺はその視線を由比ヶ浜結衣へと回す。
すると由比ヶ浜結衣もその視線に気づき、雪ノ下の肩を掴んだ。
「ゆきのん近いって。せやっちの友達困ってるから」
「あ...ごめんなさい。少しはしたなかったわね」
「いえ...気にしてませんので」
そういう茅ヶ崎の顔は少し赤みがかっていた。意外だな、光合成系男子のこいつも異性を気にすることがあるのか。
普段は怪しくなるほど女っ気ないのに。
だがそれもつかの間に茅ヶ崎は自分のノートを少しちぎると、そこにどこぞの住所と電話番号を書いていって、それを雪ノ下雪乃へ渡した。
「あのこれ、店の場所です。夜にしかやってないんで、時間に気を付けてください」
「...貴方はそんな店で働いているの?」
「すいません...突っ込まないでやってください」
茅ヶ崎が泣きながら謝れば、雪ノ下もそれ以上追求するのを止め、大人しく住所のかかれた紙を受け取った。
そうすれば今度は由比ヶ浜結衣がこちらへと話しかけてくる。てかこいつらテスト勉強する気あんのか?
「でもやっぱり意外だよねー、せやっちに友達いたのって。しかも結構どっちも高スペックだし」
おい、だから俺をあいつと同格に表すな。俺だって人並みにはコミュニケーション能力もってんだよ。
人以下のあいつと同価値扱いされたら生きる気力無くすぞ。
「...別に高スペックでも欠落商品なんてのは結構あるぞ。こいつらがその例だ」
「あれ、今誰かが俺をけなした気が...」
「高津、犯人目の前にいるから...」
俺の皮肉に気づかない高津と、気付いて否定しない茅ヶ崎。
確かにどちらも顔は並み以上ぐらいはあるが、指してそれほど特質すべき顔でもないだろう。
というかどちらかと言えば由比ヶ浜、お前の対面に座るそいつの方がヤバイと思うのだがな。
「でも由比ヶ浜さんの言うとおり、やっぱり憧れちゃうよね。僕もそんな顔がよかったな~」
「...あぁ、俺も男でそんな顔には生まれたくはなかったと思う」
男か女か分からない(どちらかと言うと女)中性的な顔をした男、戸塚彩加の言葉に困惑しながら同意する。
この男女には奉仕部の部室内で何度か会ったことはあるが、やはり一向に慣れない。
腐った魚に至っては意味もわからず戸塚ルートなるものに踏み込んでいるらしい。
社会不適合者から変態に成り下がるつもりなのだろうか。すこぶるどうでもいいが。
「いやー誉めてもなにも出ませんよ先輩方。ところで小腹空きません?ケーキ奢りますよ」
「え、いいの!!ヤッター♪食べる食べる!!」
「...単純なやつらだな、おい」
誉められて上機嫌な高津と、ケーキに喜んでいる由比ヶ浜を見て思わず言葉がこぼれる。
こいつら将来悪徳金融に騙されるんじゃないか考察しているとまたしても雪ノ下がこちらに話しかけてきた。
「ところで聞きそびれてたのだけれど、あなたたちは何でここに?勉強会...というには少し準備も少ないようだし」
「...今更な疑問だなそれ。まぁあれだ、こいつのデート用の服の買い出しで、これはその延長的なやつだ」
その問いにそのまま今日の予定のことについて話せば、返ってきたのは雪ノ下の意外そうな顔。
「何でしょうね...年下に先を越されるのは多少なりとも嫌な気分なのね。平塚先生の気持ちも少し分かったわ」
「...やめとけ。その気分味わったら平塚女史のこと二度と馬鹿に出来なくなるぞ」
「ふ、二人とも平塚先生に失礼だよ」
どうやら名状し難い敗北感に襲われたらしい雪ノ下と平塚女史について話していれば、戸塚彩加がストップをかけてきた。
確かにこれ以上喋っていたらどこからともなく現れそうだしな、あの人。
「それに二人だったらすぐにそういう人見つかるんじゃないかな。二人とも美男美女だし」
「別に私は欲求的意味で話していたわけではないのだけれど」
「...横に同じ。というか雪ノ下はともかく俺にはそんな浮いた話一つもないがな」
俺が話しかけると怯えられるし、変な誤解生まれるし...はぁ。
するとさっきから話を聞いていたらしい茅ヶ崎がフォローを挟んでくる。
「そういえば戸塚さんも奉仕部の部員何ですか?だとすれば奉仕部ってかなり華やかですね」
「あの...僕男の子だから、ね」
「えっ?まさか...」
「もうっ!だから僕は男なんだって!」
現実を理解しきれていない茅ヶ崎に戸塚彩加がもう一度言い返すが、その姿には男らしい力強さは一欠片もなかった。逆に女らしくはあるのだが...
「もう休憩はいいでしょう。勉強をしましょう勉強を。由比ヶ浜さんたちもケーキを買って戻ってきたわけだし」
そんな不毛な会話を続けていれば雪ノ下が話の打ち止めを謀ってきた。
丁度話題の方向がカオスになりかけになっていたため、いいタイミングである。
すると由比ヶ浜が目を点にして雪ノ下を見つめた。
「あれ?ゆきのん勉強すんの?」
「由比ヶ浜さん...私たちは元々勉強会をしにここに来たのでしょう?」
「ん?あれ?...あっそうだったね!うん、そうだった!」
忘れてたのかよ。ていうかお前が考案したことなんだろうが。
もはや目的が変わっていた先輩方の勉強会に心のなかで突っ込みながら、俺は鞄を肩に掛けて帰り支度を済ました。
「...じゃあ俺は帰る」
時計を見ればすでに短針が七を通りすぎていたのでそろそろ家に帰らなければならない。
連絡はしてあるが、いつも帰りが遅すぎると姉貴が赤飯炊いてきやがるので、なるべく早く戻るように心掛けているのだ。
すると俺が帰ることを悟り、茅ヶ崎と高津も席を立った。
「じゃあ俺たちも帰るんで、先輩たち頑張ってくださいね」
「瀬谷のこと、これからよろしくお願いします」
茅ヶ崎が何故か俺のオカンのごとく何か言っているのが聞こえたが、持ち前のスキルでスルーする。
とりあえず帰路につくのが現在の俺の優先事項なのだ。
「じゃあねー♪.........せやっちの友達ってなんか変だったね」
「個性的、と言い直した方が良いと思うのだけれど」
「一年生はやっぱり活力溢れてるよね」
この場合一番おかしいのは、女子の会話に簡単に混ざっている戸塚なのだと、この時は誰も気がつかなかった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「...で処置の方法にこれって、お前なめてんのか」
「然るべき手段だと自負しているのだけれど」
翌日、テスト前にも関わらず奉仕部活動を遂行するため、やむを得ず部室へ集まった部員一同。(何故かそのなかに戸塚彩加の姿もあったが気にしないことにした)
そこで雪の下より提案された案がアニマルセラピーなるものだった。
確かに川崎弟からの情報で昔は優しく真面目だったなどというものがあったが、それが現在でも残っているかどうかなど確かめる余地などない。というかそんな感情があったら夜中にバイトなどしないだろうに。
そんな俺の推測を他所に、雪ノ下雪乃はすでに小町によって届けられている比企谷邸の首領、カマクラを愛でながら計画を建てていった。
「まず戸塚くんは職員室前に、由比ヶ浜さんは駐輪場に、瀬谷くんは裏門で川崎さんが来ないか見張っておいて。小町さんはそれぞれの連絡役をお願いできるかしら。比企谷くんは...終わったらこの段ボールを片付けておいてくれるかしら」
「おい、俺だけなんか役割おかしくぞ。差別か」
「被害妄想もほどほどにしてしてくれないかしら?本来なら仕事があるだけマシなのよ」
雪ノ下の計画に文句を垂れる腐った魚と雪ノ下雪乃のじゃれあいを呆れのため息で評価しつつ、俺は持ち場へと向かった。
横目では同じく配置に向かう由比ヶ浜結衣と戸塚彩加の姿も写る。
(...裏門っつっても誰も来ないだろうが)
総武高校の裏門と言ったら、人目がつかず色々と噂のたつ悪い意味で有名な場所である。
ちなみに裏門より帰る生徒はほとんど...というか一人もいない。基本的に避難用に作られたもので、そこから出ても四方に見えるのは千葉特有の空き地のみ。
この頃では告白のスポットとして使われてもいるらしい。
(...そんな現場に遭遇したら最悪だな)
そんなことを思いつつ目的地、裏門へと到着。
危惧していた想像とは反し人気は全く持ってなかった。
「デュフフ...我が大いなる称号、剣豪将軍の名より今現れよ古代の魔刀デスミョルニール!!そして喰らえ!!我が絶対なる最終奥義にして新必殺技!!トライデント・バルガゲイズ!!」
「.........」
しかし誠に遺憾ながら聞き覚えのある無駄にいい発声が近くより聞こえ、そのまま来た方向へと回れ右をして退散する準備をとる。
だが不覚にも足下の木の枝を踏みつけてしまい、音が出てしまった。
「ヒィッ!?な、何奴!!...っと何だ瀬谷殿ではないか」
「...喋るな話すな俺を認識するな俺を見てほっとするな近くにあいつがいないか探すな俺が知り合いだと思われる行為を一切するな以上だ俺は帰る」
「まぁ待て。お互い知らぬ仲ではなかろう、そうだ。新しくプロットが完成したのだ、見させてやらんこともないぞ、デュフフフ...」
ちっ...不覚だ。一々勘に触る喋り方をするあの腐った魚以上に知り合いとも思いたくない男、材...中二病患者に見つかってしまった。
この男とは何度か奉仕部で会ったことがある。
その時はお互い全く無関心を通していたが、一度こいつから小説のプロットというやつを配られ、読む気になれず高津に渡せば、感想とダメ出しがかかれた紙を翌日高津より渡され、それをこいつに見せたことによりこうして態度が変わっていった。
今では校舎内で見かけられただけで、このうっとうしい喋り方で話しかけられるほどだ。
つうか、普通にウザい。早くこの場より立ち去ろう。
心の中で即決し、俺は校舎へと一目散へ逃げた。後ろでは中二病患者が何やら騒いでいるが、あの巨体では追い付けはしないだろう。
俺はそう願いながら走るのを止めなかった。
ブルルッ
「...あン?」
校舎へつくとポケットの携帯が震えているのに気づく。
見れば着信のようで、相手は由比ヶ浜結衣だ。作戦の開始まではまだ時間があるので緊急の報告であろうか?
とりあえず俺は携帯を開き、電話に応じた。
「...なんかようか?」
『うわっ、ノーモーションで喋んないでよせやっち。驚いたじゃん』
「...喧嘩売ってンのか、要件があるのか、どっちだ...」
『いや、喧嘩なんか売ってないし!?何でそうなんの!?怖いよ、特に声色!!』
「...いいから言うべきことだけ話せ、じゃなきゃ切るぞ」
話が全く前に進まないのでこちらより要件を切り渡す。というか怖い言うな。
『あっ、ごめんごめん。実はさ...川崎さん、猫アレルギーみたいなんだ』
この数秒後、俺が盛大なため息をついたことは、俺しか知らない。