因みに文字数はいつもの2倍程あります。それでは、ごゆっくりお楽しみ下さい。
「…私、いつの間に……あれ?沢芽市のインベスはどうしたの?」
「俺が片づけた。それより、聞きたがってたよな。城乃内がどういうヤツか」
初瀬は前を向いたまま、姉に語り掛ける。
「え……?うん」
「教えてやるよ。城乃内のこと」
未だ戸惑う一葉を他所に、初瀬は話し始めた。彼と城乃内の始まりの物語を。
1.
「キミが初瀬君かァ。理工学部の学部長にスカウトされて入学したんだって!?」
初瀬亮二は心底ウンザリしていた。こういった反応をされるのは、大学に入って何回目だろう。
彼は私大の名門、天樹大学の沢芽キャンパスに通っている。
この日もあまり興味をそそられない一般教養の講義が終わり、初瀬は教授に出席票を提出するために学生達の列に並んでいた。その最中に緑色の眼鏡をかけた小柄な男に声をかけられたのだ。
「なんだアンタ……」
「オレ、政経3年の城乃内秀保。いやー君のこと噂には聞いてて、話してみたかったんだけどさぁ、ほら、君いつも直ぐに教室出て行っちゃうから」
城乃内はヘラヘラと笑いながらそう答える。初瀬はその笑顔を見ただけで今すぐにでもその眼鏡をへし折ってやりたくなった。
「話したかった?」
「君天才なんでしょ!?」
初瀬が無愛想に問いかけると、城乃内は相変わらず馴れ馴れしい話し方で応えた。
「俺が知るかよ」
初瀬亮二はそう言うと、学生達の列から外れて歩き出す。後ろで城乃内が何か言っているが無視した。
その日、初瀬はまだ機械工学科の講義が残っていた。正直、他人の講義を聞くのは好きではないので帰りたかったが、大学の成績が悪いと推薦で免除された学費を自分で負担しなければならなくなる。初瀬は重い足を引きずる思いで次の講義に向かった。
初瀬は自分が「天才」と言われてもイマイチ実感が湧かなかった。学校の勉強を面白いと思ったことはほとんどなかった。小学生のころに近所の駆紋重工業の工場から廃材を持ち出しては、「5歩いただけで両足を挫くシューズ」、「たい焼きを高速で焼くためのパワードスーツ」など凄いのか凄くないのかもよくわからない機械を作って時間を潰していた。
それが高じて高校生なったときには「遠隔操作型マシンガン&放水機能付きドラム缶ロボット(仮)」など、性能云々以前に明らかに法を逸脱したマシンを創るまでになった。
ただ、ロボットを作っているときも、熱中して楽しんでいたというわけではない。ただ単純に、他人と交流することに興味のなかった彼が持て余した時間を潰すのにちょうどよかったのだ。
そんな彼を心配していた両親は、初瀬の高校の卒業式の1か月前に事故で他界した。初瀬亮二に積極的に関わろうとする人間は、彼の姉の一葉しかいなくなってしまったのだ。
「あれっ、また会ったね。初瀬ちゃん」
案の定退屈だった機械工学の講義が終わり校舎を出ると、目の前に先ほど絡んできた眼鏡男がいた。
───『初瀬ちゃん』ってなんだよ。
初瀬が心の中で突っ込みながら通り過ぎようとすると、城乃内は彼の隣に付いてくる。
「なんかサークルとか入ってんの?」
「別に……」
「へぇ意外だねぇ!やっぱり、機械工学科って研究とかで忙しいわけ?」
───コイツしつこいな。
初瀬は口には出さなかったが、態度にはその意思が十分に表れていたはずだ。
「面白そうなことがないだけだ。面白そうなヤツもいないしな」
「あぁ確かに理工って、ガリ勉でつまらなそうな奴ばっかだからな」
───少なくともお前よりはマシだチビメガネ。
この言葉に関しては、ほとんど喉元まで出かかっていた。
「そういえば最近、俺ビートライダーズのチームを立ち上げたんだ」
城乃内は初瀬の隣を歩きながら自分勝手に喋りだす。
「あっ、ビートライダーズっていうのは、沢芽市公認のダンスチーム。俺のチームはチーム・インヴィット!イタリア語で『無敵』『無敗』って意味の『インヴィット』ね。イカすでしょ?」
初瀬が黙っていると城乃内は勝手に解説を始めた。
「『無敵』?『誰にも相手にしてもらえない』、の間違いだろ」
ついに口に出してしまった。しかし、ここまで言えば向こうも黙るだろうと考え、初瀬は歩を進めたが……
「ハハ!初瀬ちゃん面白いこと言うねぇ。折角だからうちのチームのダンス、ちょっと見てみない?」
城乃内はそう笑いながら、初瀬の目の前に回り込んだ。
───マジかコイツ、どういう神経しているんだ……
初瀬もさすがに怖くなってきた。まるで日本語が通じない。宇宙人と話しているような感覚だ。
「あぁ~城乃内さんだ!」
「ほんとだ~。城乃内さんだ~」
遠くから妙に軽薄な声を上げる女たちが寄ってきった。彼女達は、なぜか全員共通でカーボーイ風のファッションを身に纏い、真っ赤な眼鏡かけている。
初瀬は続々と現れる、未知の文化に生きる人々に気圧されてきた。
「おお~、めいちゃん、ちいちゃん、なっちゃん~」
「一緒にステージ行きましょうよ~」
寄ってくる女たちに城乃内は上機嫌で声を掛ける。
彼女たちは城乃内のチームメイトなのだろう。それにしても、城乃内の態度は先ほどよりもさらに馴れ馴れしくなる。初瀬は彼らに生理的な嫌悪感を覚えた。
「ちょっと早いけど行っちゃうか~」
城乃内のこの言葉に初瀬もほっと胸を撫でおろす。ようやく目の前からうるさいやつらが消えてくれる。
そう思って歩き出そうとする初瀬の肩に、城乃内が腕を回してきた。
「こいつ、初瀬ちゃんね。ウチのチームに興味あるらしいよ」
「へえ~初瀬ちゃんか~かわいい!」
「初瀬ちゃん、うちのチーム入りたいの~?かわいい!」
初瀬は城乃内たちの思考がさっぱり理解できなかった。どうしてここまで、無神経でいられるのか。
「じゃ!初瀬ちゃんも、ステージに行っちゃおう!」
「イエーイ!行っちゃおー!」
「やったー!男の子のメンバー増えふえますね!」
城乃内の発言を受けて、女たちも騒ぎ出す。初瀬は、今すぐこの場から逃げ出したかった。
チーム・インヴィットは半ば強制的に初瀬を目的地のステージに連れていく。
───やりたい放題か、こいつら。
初瀬は何度も毒づいたが、城乃内たちには何を言っても無駄だった。
2.
初瀬とチーム・インヴィットのがステージに着くと、別のビートライダーズがダンスを披露していた。
男女混成の8人ほどのチームで、全員が青を基調としたカジュアルな服装をしている。
後列中央で踊る大学生と思しき青年以外は、全員高校生に見えた。
軽快なデジタルサウンドに合わせて踊る彼らを顎で示して、城乃内が初瀬に解説を始める。
「こいつらはチーム・鎧武。ダンスのジャンルはヒップホップで、ウチと同じ最近できたチームだ」
ダンスの知識がほとんどない初瀬にとって、チーム・鎧武のダンスにどう魅力を感じれば良いのか、全くわからない。彼らのダンスを見ていると、この場から立ち去りたいという欲求が強くなる。
「よう鎧武。もうステージ降りたら?オーディエンスも退屈してるけど?」
城乃内がステージで踊るチーム・鎧武に野次を飛ばす。正直、初瀬も城乃内と同じ意見だった。
「ちょっとうるさい!あんたら、順番まだでしょ?邪魔しないで!」
チームのセンターで踊っていたキャップを被った黒い長髪の少女が、ダンスを中断して城乃内に噛みつく。城乃内は彼女の剣幕などどこ吹く風といった調子でヘラヘラと野次を続けた。
「なんならダンスで勝負する?観客を盛り上げた方が、今日の鎧武とインヴィットの時間ステージで踊り放題。どう?」
「ッ!やってやろうじゃない!鎧武が勝って、アンタらの時間も踊らせてもらうから!」
城乃内の安っぽい挑発に、キャップの少女は簡単に乗ってしまう。彼女の隣で踊っていたショートカットの少女が、キャップの少女を慌てて宥めに入った。
「ちょっと舞!?それじゃアタシ達の体力が保たないってっ!」
「いいの!どうせこの後、裕也も来て一緒にレッスンする予定だったんだから。勝ってこのステージで練習しよう!」
『舞』と呼ばれた少女は簡単に引き下がるつもりはないらしい。
ショートカットの少女の隣にいた茶髪でセミロングの少女は、あたふたしながら後ろにいたこのチームの最年長であろう黒髪の青年を振り返った。
その青年は溜息を吐いて、舞に話しかける。
「無茶言うなよ舞。みんなのことも考えろって」
「紘汰は黙ってて。まだアンタのことサブリーダーって認めたわけじゃないから!」
『紘汰』と呼ばれた青年に対する舞の当たりは、城乃内に対するそれよりずっと強い。しかし、城乃内秀保に対する態度とは違って、どこか親しみが感じられる。
絋汰の左隣の金髪の少年が「またか」っといった態度で頭を掻く。
「あぁ…まだそのこと根に持ってんのか……」
「ラット、それ地雷だから」
『ラット』と呼ばれた少年が愚痴っぽく言うと、茶髪の少女が彼を肘で小突いた。
「あっ……」
ラットが舞に目を向けると、彼女は自分を睨みつけている。
チーム・鎧武の様子を見ていると初瀬はますます白けた気分になってきた。どうして知らないダンスステージにまで連れて来られて、子供の喧嘩を見せられないといけないのか。
「じゃあ、まずはオレ等ね」
城乃内はチーム鎧武のやり取りを無視して、巨大なスピーカにカードを入れる。するとクラブで流れていそうな激しいデジタルサウンドが流れ、その音楽に合わせてステージに上がってきたチームイ・ンヴィットのメンバー達が城乃内を中心に据えて踊りだす。
そのダンスはあまり激しいものではなく、左右へのステップと両腕の動きを組み合わせた軽妙な動きが中心だ。
───えっと……これ、なんか見たことあるぞ。
初瀬は必死に頭の片隅から記憶を探る。
───確か……『パラパラ』? えっ?なんで女に交じって男がパラパラ踊ってんの?
それまでも十分彼らには引いていた初瀬だが、ここで文字通りこの場から身を引いた。
ステージ上で踊る城乃内たちに背を向け初瀬は歩き出す。そんな初瀬を他所に、チーム・インヴィットはパラパラのデジタルサウンドに合わせては踊り続けた。
3.
初瀬がステージから離れてしばらく歩くと、さびれた路地裏で踊る集団が目に入った。それは見たことがないダンスだ。上半身を激しく振り乱しているが、その動きはどこか整然としているように見える。
彼らのダンスは決して華やかなものでも、カッコいいものでもない。しかし、初瀬はそのダンスに圧倒的なエネルギー、情熱を感じた。
────なんだか分かんねぇけど、スゲーな。
初瀬は今までにないほど自分が興奮しているのを感じ、自分で気が付いたときには彼らに駆け寄っていた。
「スゲーなそのダンス!お前らビートライダーズか?」
「えっ…?違いますよ」
初瀬にいきなり肩を掴まれた太ったメガネの男は戸惑いながらも何とか言葉を返す。
「でも、どうせ踊るならあそこのステージ使えばいいだろ?こんな所で踊らなくても」
「あそこ、ビートライダーズじゃないと踊っちゃいけないんですよ。てゆうか人前で踊るつもりもないですし」
初瀬の問いかけに太った男は下を向いたまま目も合わせずこたえた。
「もったいねぇな。インヴィットや鎧武のダンスなんかよりずっといいと思うぞ」
「どうせ俺たちのヲタ芸なんて、客に見せても引かれるだけですって」
彼らは先ほど踊っていた時とは打って変わって女々しい態度になる。そんな彼らの様子に初瀬は自分の中で何かがはじけるのを感じて叫んだ。
「しゃらくせぇ奴らだな!決めた!俺がこのチームのリーダーになる!でダンスの世界のテッペンをとる!その前にまずはビートライダーズのテッペンだ!このチームの名前は?」
「ちょっと!何勝手なこと言ってんですか!?」
太った男がなぜか声の音量を落として初瀬を宥めようとするが。初瀬は止まらない。
「名前は?」
「ズッ…ズキューンあぉ…」
「レイドワイルドだな!」
「ちょっと!」
ダンサー達は最後の抗議をしようと声を上げるが、初瀬はなおも彼らに詰め寄る。
「レイドワイルドだな!」
「はい……」
こうして初瀬亮二は半ば……いや誰がどう見ても強引にビートライダーズ、チーム・レイドワイルドを結成した。
4.
「それから俺は大学にはろくに行かなくなって、ダンスに明け暮れるようになった」
「はっ!?あんたバカでしょ」
それまで初瀬の話を黙って聞いていた一葉だが、ここで我慢できずに口を挟んだ。
「えっ?」
「えっ?じゃないでしょ!行かなくなった?大学に!?」
一葉は鬼の形相で弟に詰め寄る。
「ああ。それからダンス一筋だけど……」
この一言で、一葉の怒りが爆発した。
「ざけんじゃないわよ!いくら特待生で学費免除でも、生活は大変だろうからって……新入社員の私は、少ない給料から、なけなしの5万円毎月仕送りしてたのよ!」
「いや悪かったって」
初瀬が形ばかりの謝罪をしたところで、一葉の怒りは収まらない。
「何に使ってたの?」
「えっ?」
「私の給料を何に使ったの!!」
「えーと。チームの衣装とか機材とか。あと、初めてステージで踊った時はサクラ雇ったんだけどさ……そのときは結構役に立ったぜ」
「……」
一葉は黙り込むと、自分のスーツを触って何かを探しだした。思わず初瀬は声を掛ける。
「どうかしたか?」
「ない……」
「なにが?」
初瀬が呆けた声でそう言うと、一葉は心底慌てた様子で弟に顔を向けた。
「変身してアンタをぶっ飛ばそうと思ったんだけど……あれっ!?」
「ごめんて!マジごめん」
「いやそれより…ベルトも錠前もなくなってる!」
一葉のゲネシスドライバーとロックシードは光実が奪っているのだが、一葉にはその記憶が欠落している。この場をどう取り繕うか、初瀬は必死に頭を巡らした。
「あぁ。アレ、少し時間が経つと、消えちまうんだ」
「はぁっ!?先に言いなさいよ!戦ってる時にベルトが消えたらどうすんのよ!?」
初瀬が咄嗟に考えついた言い訳を言うと、一葉はまた弟に怒鳴り散らした。
「ごめん……」
初瀬は一それだけ言って黙り込む。
「……?」
一葉もどこか弟の様子がおかしいことを察してか、左手を差し出し、穏やかに語り掛けた。
「ほら……新しいベルト」
初瀬は目を瞑って答えた。
「いや昨日、力を使いすぎてもう作れねぇ……」
一葉はしばらく弟を睨むが、彼がそれ以上何も話そうとしないと悟ると、溜め息をついて諦めたように小さな声で言った。
「もういいから……話を続けて」
「ああ……」
初瀬はどこか気まずそうに話を再開した。
5.
初瀬はチーム・レイドワイルドを結成してからダンスに明け暮れた。同時期に結成された鎧武やインヴィットとは何度も揉め事を起こした。
女性だけで構成されるPOP UPに合同イベントを申し込むと「キモオタと同じ空気吸うとかマジないから」と一蹴され、帰り道で「三次元の女はダメなんだ!」と盛り上がり、チーム蒼天のステージにゲリラで乱入したときに観客も巻き込み大乱闘になったのも、今の初瀬にとっては良き思い出だ。
多少のいさかいはありつつも、当時のビートライダーズ間の関係は良好だった。しかし、ビートライダーズに激震が走る事態が起きる。当時沢芽市でナンバー1とされていた、チーム・ナックルの解散だ。
当時リーダーを務めていたアザミはチームを去り、チーム・ナックルは残ったメンバーと新たなリーダーによって、新たなチームとして生まれ変わった。そして、そのチームと、初瀬や他のビートライダーズの出会いは最悪なものだった。
「どけ。今からこのステージは俺たちチーム・バロンが使わせてもらう」
ある日、東西南北の4つのステージのうちの一つ、東のステージで城乃内とチーム・レイドワイルド、チーム鎧武が揉めていた時のことだ。
見慣れない衣装を着た集団が他のビートライダーズを蹴散らし、勝手にステージでダンスを始める。彼らの衣装は黒い生地に赤い刺し色が入ったもので、どこか気高さを感じさせる。
彼らをよく見ると、先ほどチーム名を宣言した男以外は全員チーム・ナックルにいたメンバーだ。
ナックル時代の彼らのダンスは、ブレイクダンスを中心としたアクティブなパフォーマンスが特徴だった。
しかし、チーム・バロンのダンスは気高さと力強さにあふれたクールな動きが主体で、見ているだけひれ伏してしまいそうになる。
怒りも忘れチーム・バロンのダンスに見入っていた城乃内だが、曲が終わると我に返ってチームの中心で踊っていた男に野次を飛ばす。
「たくっ、何なんだ、お前!?ナックルの奴ら引き連れて、どういうつもりだよ?」
「駆紋戒斗。このチーム・バロンのリーダーだ。文句があるならいつでも掛かってこい。捻りつぶしてやる」
戒斗はドスを利かせた声でそういうとステージから降りた。他のメンバーも後についている。
初瀬は、やや遅れて戒斗についていく小柄な青年の肩を掴む。
「どういうことだよ?」
「ほっとけよ……」
彼は通称「ペコ」。チーム・ナックルのリーダーだったアザミの弟だ。ペコは初瀬の手を振りほどくと。他のメンバーの後を追う。
「なにがバロンだよ。これじゃただの暴君だ」
チーム・バロン様子をみて、城乃内は吐き捨てるように言った。初瀬もそれに続いて毒づく。
「あんな野郎に好き勝手やらせてたまるか」
余談だが、彼らも直前までチーム・鎧武のダンスを野次で妨害していた。
6.
チーム・バロンがステージを去った後、初瀬と城乃内は北のステージで踊るチーム・蒼天のパフォーマンスを見ていた。二人ともチーム・バロンが去った後のステージで踊る気には、どうしてもなれなかったのだ。
しばらく蒼天のパフォーマンスを見ていると、観客の様子がどうもおかしいことに二人は気づく。よく見るとチーム・バロンのメンバーたちが観客の達の真ん中を突き進んでいる。彼らはやがてステージに上がりダンスしている蒼天のメンバーを蹴散らしていった。ある程度の空間をステージ上に確保すると戒斗が声を上げる。
「このステージは俺たちチーム・バロンがもらう」
「おいっ!縄張り争いはダンスでするのが、ビートライダーズのルールだろ!」
そう言って掴みかかってきた蒼天のメンバーの一人に戒斗は前蹴りを食らわせる。蹴られた男がその場でうずくまると、戒斗は言葉を続けた。
「誰が決めたルールだ?無駄な争いを避けたいなら、おとなしくステージを明け渡せばいい」
そう言い放つ戒斗にチーム・蒼天のリーダーを務める男が語り掛ける。
「おい、戒斗。テメーのお友達のせいで、ウチのメンバーが死んだらしいな?落とし前ぐらいしっかりつけたらどうだァ?」
「あいつが死んだのは他の誰でもない、弱かったあいつ自身のせいだ」
どうやら戒斗とチーム・蒼天のリーダーは顔見知りらしい。戒斗の言葉を聞いた蒼天のリーダーはヘラヘラと笑っている。
「おお?責任転嫁か?」
「それはお前の方だろう?なぜあいつが俺を襲ってきたのか……その落とし前ぐらい付けようとは思わないのか?」
「踊れないあいつにチャンスをやったんだ。よそ者のお前にとやかく言われる覚えはねえ」
戒斗はチーム・蒼天のリーダーを睨みつけながら、彼を鼻で笑った。
「ああ、その通りだ。あいつはビートライダーズのルールに負けて死んだ。だがこのルールは腐っている。周りの目に怯えて生まれた弱者のルールだ。俺はそんなルールに縛られるつもりはない」
「なんだかんだ言って復讐が目的かよ。付き合ってられねえな」
「復讐?違うな。俺はこのビートライダーズのルールも、そのルールの中で強者を名乗る貴様らも気に入らん。貴様らを踏みにじる理由はそれだけで十分だ!」
目の前で繰り広げられた会話の内容に初瀬も城乃内も思わず息を呑んだ。人が死んだ?
縄張り争いはダンスの延長だと思っていた初瀬と城乃内にとって、彼らの思考は全く共感できるものではなかった。二人が呆然としているうちに、チーム・バロンとチーム・蒼天は激しい抗争を始めている。
バロンのサブリーダーと思しき長身の男・ザックは自慢の拳で二人の敵を相手取っている。ペコは他のメンバーの殴り合いから距離を取り、木材に輪ゴムを括り付けたパチンコでチーム・蒼天のメンバーを狙い撃つ。
ほかのバロンのメンバーも善戦しているが、その場で最も目を引いていたのが駆紋戒斗だ。立ち向かってくるチーム・蒼天のメンバーをその長い足を生かした蹴りでほとんど一人一撃のペースで仕留めている。仲間のメンバーが一人また一人と倒れていくようすを目の当たりにして、チーム・蒼天のリーダーはわずかに後ずさった。
「くそっ」
蒼天のリーダーはそう言うと、戒斗に背を向けて逃げ出そうとする。しかし、上着の後ろ襟を誰かに掴まれて強引に振り向かされる。男が振り向くと、戒斗が顔を近づけていた。戒斗は胸倉を掴み自分の顔を近づけて言い放つ。
「やはりな。貴様に強者の資格はない!」
その言葉が終わると、戒斗はチーム・蒼天のリーダーの顔面に思い切り拳を叩きこんだ。殴られた男はその場で伸びてしまう。
抗争が終わると、観客は皆逃げていなくなっていた。戒斗はチーム・バロンのメンバーを引き連れてその場を立ち去ろうとするが、その場に残った城乃内と初瀬のに目を向ける。
「さっきのステージにもいたやつらだな。なにか用か?」
戒斗がそう問いかけると、初瀬が声を上げた。
「チーム・レイドワイルドの初瀬亮二だ。ただテメーらが気に食わねぇってだけだよ」
「さっきも言ったぞ。用があるならいつでも相手をする。ちょうどいい、明日潰すのはお前らだ。精々震えて待っているんだな」
戒斗は再び歩き出す。彼の背中を睨み続ける初瀬に城乃内は恐る恐る声を掛ける。
「初瀬ちゃん、これマジでやばくない?」
城乃内を無視して初瀬は歩き出した。
7.
初瀬と城乃内はバロンの宣戦布告を受けてからしばらく歩き、行きつけのフルーツパーラー・ドルーパーズに入った。すぐに店主の阪東が二人に声を掛ける。
「おう!城乃内と初瀬か」
「阪東さん、俺は今日のお任せで」
「チェリーサンデーを頼む」
「あいよ。すぐできるからな」
城乃内と初瀬が立ったまま注文を済ませると、カウンター席に座っていた茶髪の女性が二人に声を掛けてきた。
「随分深刻な顔してるね」
「アザミ……」
城乃内は彼女の顔を見るなりそう呼んだ。彼女はチーム・ナックルのリーダーだったアザミ。それが彼女のファーストネームなのかファミリーネームなのかは定かではないが、ビートライダーズ達の間ではそう呼ばれている。
本名は詮索し合わないのが、ビートライダーズの間では不文律となっているのだ。
「バロンに挑まれたんだって?お気の毒ね」
おそらく弟のペコから仕入れた情報だろう。初瀬が何も言わずにカウンター席についたので、城乃内がアザミに応える。
「俺は関係ないよ。挑まれたのはレイドワイルドだけ」
城乃内はそういって、アザミと初瀬の中間の席に着いた。
「でも、戒斗は南のステージはレイドワイルドとインヴィットの共用だから一緒に潰す、って言ってたらしいよ?あなたも初瀬と一緒に北のステージにいたんでしょ?」
ビートライダーズの保有ステージは頻繁に移り変わる。紆余曲折を経て、南のステージは現在チーム・インヴィットとチーム・レイドワイルドが保有している。とばっちりを受けたことを知って城乃内はカウンターに倒れこんだ。
「マジかよ~」
「ほらできたぞ。これ食って元気出せ」
阪東が城乃内と初瀬の目の前にそれぞれのパフェを差し出す。城乃内が注文した日替わりパフェは、パインとイチゴ、オレンジのミックスパフェだ。レモンフレーバーを利かせたホイップクリームが味のアクセントになっている。
初瀬のチェリーサンデーはアメリカンチェリーがふんだんに使われたフルーツサンデーだ。ソフトクリームにもアメリカンチェリーの果汁が使われており、酸味の利いたサクランボジャムが味をギュッと引き締めている。サクランボ好きにはたまらない逸品だ。
「ていうか、お前は悔しくねえのか?リーダーだったのにチーム乗っ取られてよ」
今度は初瀬がサンデーを食べながらアザミに毒づいた。しかし、アザミはあまり気にした様子はない。
「ナックルは、誰のモノでもなかったのよ。あのチームがどこにも行き場のない人の居場所であれば、私はそれでいいの。シュラが追い出されたのは気の毒だったけどね」
アザミはコーヒーが入ったカップを見つめて淡々と語った。今度は城乃内が口を開く。
「あのチームが居場所になるのか?」
「戒斗は弱い人間の敵っていうわけじゃないわ。彼の敵は強くあろうとしない人間よ」
「どういう意味だよ」
「さあね。二人も頑張って。応援してるから」
そういってアザミは席を立ち、会計を済ませると城乃内たちに軽く手を振って店を出た。
城乃内は今度は初瀬に話しかける。
「ねぇ、初瀬ちゃん。俺と組まない?戦いは数が多い方が有利でしょ?」
「はっ?なんでテメーと組まなきゃいけねぇんだよ。お断りだ」
「初瀬ちゃんのせいでインヴィットも巻き込まれてるんだ。責任とってよ」
「知るか」
そういって初瀬もサンデーを平らげ席を立った。城乃内も慌ててパフェを口の中にかき込み彼についていく。
8.
初瀬が向かったのは南のステージだ。初瀬は黙って観客の空間からステージを見つめている。
城乃内はズボンのポケットに手を突っ込んだまま初瀬の前に回り込んだ。
「マジな話さあ、レイドワイルドだけじゃバロンに潰されるのは目に見えてる。初瀬ちゃんのチーム、喧嘩慣れしてる奴いないでしょ?」
「だったらなんだ?」
初瀬は面倒臭そうに目を逸らす。
「それはインヴィットだって同じだ。だから力を合わせて戦おうよ」
「お前みたいなヤツと手を組むなんて死んでも御免だね」
初瀬の返事を聞くと城乃内はステージ下の段差に座りこんだ。
「へえ。初瀬ちゃんにとってレイドワイルドってその程度の存在なんだ…なんか見損なったよ」
「あっ?今なんつった?」
初瀬は城乃内を睨みつけるが、城乃内も初瀬を見返した。
「バロンの奴ら、この縄張り争いに命懸けてるよ。初瀬ちゃんはそんな奴らに啖呵をきったんだ。スゲー覚悟だと思ったよ。でも実際はただの見栄張りだったってことでしょ?正直がっかりだね」
「もう一回言ってみろ」
初瀬は城乃内の胸倉を掴み強引に立ち上がらせる。顔を近づけてくる初瀬に城乃内は真剣な声で訴えかけた。
「俺はインヴィットを守りたい。そのためだったらどんな手でも使うよ。初瀬ちゃんはレイドワイルドを守りたくないの?」
城乃内と初瀬はしばらく黙ってにらみ合っていた。そんな彼らが突然、「何か」に突き飛ばされる。
「痛って…!!」
「なんだよ!?」
自分たちを突き飛ばした相手を見た二人は目を見開いた。
「ガゥゥ…」
巨大な頭部をもった灰色の怪物が城乃内と初瀬の目の前に立っていた。
「おい、なんだよこのでっかいインベス…」
二人を突き飛ばし灰色の怪物は、当時沢芽市に出回り始めた錠前で呼び出すデジタルクリーチャー「インベス」とそっくりだった。
「とにかく逃げなきゃ!」
城乃内と初瀬は突如現れた異形の生物から逃げようとすると、青いカミキリムシと赤いトナカイの様な等身大の化け物が二人の行く手を塞ぐ。混乱しながら初瀬は声を漏らした。
「こいつもインベスなのか…?」
「初瀬ちゃん、後ろにいる灰色のインベス。あいつなら動きのノロそうだし抜けるんじゃない?」
初瀬は灰色のインベスに目を向ける。
「よっしゃ。乗った」
初瀬は城乃内に目を合わせると二人同時に走り出した。灰色のインベスの間合いに入る直前、今度は城乃内が初瀬に目を合わせた瞬間、二人はインベスの目の前をクロスするような角度で走る向きを転換する。灰色のインベスは獲物たちの予想外の行動に混乱したように両腕を振り乱してその場で地団太を踏んだ。
「よっしゃ!」
「やったぜ!初瀬ちゃん!」
しかし、インベスを抜いて逃げる城乃内と初瀬の向かう先には黒いスーツにタイトスカート桃色のブラウスを身につけた小柄な女性が立っていた。城乃内はインベスに追われていることも忘れ、女性の長くしなやかな足に一瞬見とれていると次の瞬間、自分の腹に激痛を感じる。
「がぁっ…」
見ると目の前にいたはずの女性が自分の腹に膝蹴りを入れていた。何が起こったのかわからないまま城乃内は意識を失ってしまう。初瀬はその光景に驚愕するが、すぐに我を忘れてその女性に殴りかかる。
「このっ!」
だが次の瞬間初瀬の視界からその女性は姿を消していた。それだけでなく自分の体が宙に浮いている。女性は初瀬が殴り掛かるのと同時に身をかがめ回し蹴りの要領で初瀬の足をすくったのだ。初瀬の体が宙に浮くと女性は一瞬で立ち上がり、初瀬の腹に踵落としを打ち込み地面に叩き付ける。
「くぁッ…」
身体の自由が封じられ受け身をとることもできない。初瀬は激痛の中で意識を失った。
それを確認すると女性は声を上げる。
「主任、プロフェッサー、あとはお任せします」
スーツ姿の女性がそう言うと、二人の男が現れた。一人はスーツにノーネクタイ、右ポケットに緑のスカーフをあしらった、顔の彫りが深い男。もう一人は白衣の下にネギシャツを着た男。黒髪の中に混じった一房の白髪が印象的だ。白衣の男が女性に声をかける。
「まったく、エゲつないねぇ。おっ、呉島主任。もう近くに人はいないぜ」
さらに皮肉な口調で言いながら現れたのは、ドブネズミのような顔をした怪しげな男だ。
彼は全身黒い柄モノの衣服に身を包んでいる。
「シド、ご苦労だったな」
スーツ姿の男がを労いの言葉をかけると、「シド」呼ばれた黒ずくめの男は黒いハットの鍔を指でなぞって、形ばかりの礼をした。スーツ姿の男はそれを気にせず、白衣の男に声をかけた。
「いくぞ凌馬」
「ああ。貴虎」
『貴虎』と呼ばれたスーツの男と、『凌馬』と呼ばれた白衣の男は、なにやらブレードの付いたバックルを腹にセットする。すると、二人の腰周りに黄色い蛍光色のバンドが現れた。
貴虎と凌馬は、それぞれフルーツの意匠が施された錠前を解錠する。
『メロン!』
『レモン!』
二人は錠前をドライバーにセットし、ブレードを倒す。貴虎と凌馬は一瞬顔を見合わせると、声を揃えて叫んだ。
「変身!」
『メロンアームズ!天下御免』
『レモンアームズ!
貴虎は純白のライドウェアにメロンの鎧を纏いしアーマードライダー・斬月に、凌馬は青いライドウェアにレモンの鎧を纏うアーマードライダー・デュークに、それぞれ変身を完了させた。
世界のすべての罪を背負おうとした男、呉島貴虎。
世界のすべてを手に入れようとした男、戦極凌馬。
やがて道を分かつ二人、思いを共にした最後の戦いが今、始まる。
ということで過去編は前後編となっています。
この話を投稿するかどうかは最後まで迷いました。
是非読者の皆さんの感想をお聞きしたいです。
辛口コメントも大歓迎です!