南の島の大冒険!! -Alola Generation- 作:natsuki
次の日。
昨日までとは少し違う朝だった。
窓から差し込む光も、遠くから聞こえるポケモンたちの鳴き声も、家の外を通り過ぎていく人々の話し声も、何一つとして普段と変わらないはずなのに、目を覚ました瞬間から胸の奥に小さな石でも置かれているような重みがあって、それが緊張というものなのだと理解するまでには、そう長い時間は必要なかった。
「……今日なんだな」
僕はベッドから起き上がると、枕元に置いていたモンスターボールへ手を伸ばした。
中にいるのはニャビー。
アローラへ来てから初めて自分の手で選び、初めて僕のことをトレーナーとして受け入れてくれたポケモンであり、まだお互いに分からないことばかりではあるけれど、それでも昨日まで一緒に歩き、戦い、眠る時間を重ねてきた、僕にとって最初のパートナーだった。
「今日はよろしくね」
モンスターボールへ向かって話しかける。
返事があるはずはない。
それでも、ボールがほんの僅かに揺れたような気がした。
「おはよう、サン」
部屋を出ると、お母さんはすでに朝食の準備を終えていて、テーブルの上には焼いたパンと木の実、それから見慣れない色のジュースが並べられていた。
「おはよう」
「今日は大試練なんでしょう」
「うん」
「緊張してる?」
「……少しだけ」
本当は少しではない。
けれど、正直にそう言ってしまえば、緊張しているという事実がさらに重くなってしまうような気がして、僕は椅子へ腰を下ろしながら曖昧に頷くことしか出来なかった。
お母さんはそんな僕の顔を見て、何かを察したように笑う。
「負けてもいいのよ」
「え?」
「もちろん、最初から負けるつもりで戦いなさいって言っているんじゃないわよ」
お母さんはジュースの入ったグラスを僕の前へ置く。
「でも、試練っていうのは勝つためだけにあるものじゃないと思うの」
「……」
「いま自分に何が出来て、何が出来ないのか。それを知るために戦うんじゃないかしら」
それは、昨日ククイ博士から言われたことと少し似ていた。
信頼は、一日で出来るものではない。
毎日少しずつ積み重ねるもの。
ならば、今日の戦いもまた、その積み重ねの一つなのだろう。
「分かった」
「それなら、しっかり食べなさい」
「うん」
パンを口に運ぶ。
普段ならすぐに食べ終わるはずなのに、今日はなかなか喉を通らなかった。
それでも無理に飲み込み、ジュースを流し込む。
甘い。
少し酸っぱい。
味を感じたことで、ようやく自分が本当に起きているのだという実感が湧いてきた。
夢ではない。
今日。
僕はしまキングと戦う。
そして、その試練を乗り越えることが出来れば、次の島へ進むことが出来る。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
家の扉を開ける。
外へ出た瞬間、暖かな風が頬を撫でていった。
アローラの朝。
青い空。
白い雲。
眩しい太陽。
そのすべてが、まるで今日の僕を待っていたかのように見えた。
「遅いよー、サン」
家の前では、すでにハウが待っていた。
隣にはムーンもいる。
ハウはいつも通りの笑顔だったけれど、よく見るとモンスターボールを握る指には少し力が入っていて、きっと彼も僕と同じように緊張しているのだろう。
「おはよう」
「おはよう、サン」
ムーンは笑顔でそう言った。
けれど、その腕の中にいるアシマリを何度も撫でているところを見ると、やはり彼女も平静ではないらしい。
「みんな緊張してるんだね」
僕がそう言うと。
「俺は全然緊張してないよー」
ハウはすぐに否定した。
「そういうことを言う人が一番緊張していると思う」
ムーンが言う。
「えー、そんなことないって」
「じゃあ、どうしてモンスターボールをそんなに強く握ってるの」
「……これは」
ハウは自分の手へ視線を落とす。
「落とさないようにしてるだけ」
「苦しい言い訳ね」
「ムーンちゃんだって、さっきからずっとアシマリを撫でてるじゃん」
「これはアシマリちゃんが可愛いからよ」
「苦しい言い訳だねー」
「二人とも同じじゃないか」
僕がそう言うと、ハウとムーンは同時にこちらを向いた。
「サンだって緊張してるでしょ」
「サンも緊張してるよねー」
「……うん」
誤魔化す意味もない。
僕が素直に頷くと、二人は一瞬だけ目を丸くして、それから声を上げて笑った。
どうして笑われたのかは分からない。
でも。
その笑い声を聞いているうちに、胸に置かれていた重たい石がほんの少しだけ軽くなった気がした。
三人で歩き出す。
向かう先はリリィタウン。
昨日、僕たちがそれぞれのパートナーを受け取った場所であり、今日、大試練が行われる場所でもある。
道を歩いているあいだ、ハウはこれからどんな技を使うつもりなのか何度も話していたし、ムーンはそれを聞きながら、自分ならどうするのかを真剣に考えているようだった。
僕はあまり話さなかった。
何をするべきか。
どう戦うべきか。
頭の中では何度も考えていたけれど、考えれば考えるほど自分がニャビーのことをよく分かっていないという事実を突きつけられるようで、戦い方を決める以前に、僕たちは本当にしまキングを相手に戦えるのだろうかという不安ばかりが大きくなっていた。
「サン」
突然。
腰につけていたロトム図鑑が声を上げた。
「顔が暗いロ」
「そうかな」
「そうロ」
ろとろとは僕の前へ飛び出し、顔を覗き込んでくる。
「体調が悪いロ?」
「違うよ」
「お腹が痛いロ?」
「違う」
「船酔いロ?」
「まだ船に乗ってないよ」
「だったら大丈夫ロ」
「どうしてそうなるの」
「分からないロ」
自信満々に言われても困る。
けれど。
たぶん、ろとろとなりに僕を元気づけようとしてくれているのだろう。
「ありがとう」
「何のことロ?」
「何でもない」
僕が笑うと、ろとろとも画面に笑顔を浮かべた。