南の島の大冒険!! -Alola Generation- 作:natsuki
ほどなくして、僕たちはリリィタウンへ到着した。
昨日と同じ舞台。
けれど、今日はその周囲に多くの人が集まっていた。
島めぐりを始める子供たちが、しまキングへ挑む。
それは、この島の人々にとって特別な出来事なのだろう。
舞台の上にはハラさんが立っていた。
昨日と変わらない落ち着いた表情。
僕たちが近づいてくるのを見つけると、両腕を広げて迎えてくれる。
「よく来ましたな」
「じっちゃん、おはようー」
「おはようございます」
「おはようございます」
三人がそれぞれ挨拶をする。
ハラさんは大きく頷いた。
「顔を見る限り、皆、覚悟は出来ているようですな」
「もちろんだよー」
「はい」
ハウとムーンが答える。
僕も遅れて頷いた。
「よろしい」
ハラさんは僕たちの後ろへ目を向ける。
そこにはククイ博士とリーリエ、それからイリマさんが立っていた。
「やあ、サンくん」
ククイ博士が手を振る。
「調子はどうだい」
「たぶん、大丈夫です」
「たぶんかい」
博士は笑った。
「でも、それくらいでいい」
「え?」
「絶対に勝てると思っている人間より、自分が負けるかもしれないと思っている人間の方が、相手をよく見るからね」
それは励ましているのか、それとも本当にそう思っているのか。
博士の表情から判断することは出来なかった。
けれど、相手を見る。
その言葉は覚えておこうと思った。
「サン」
リーリエが僕の名前を呼ぶ。
「頑張ってください」
「ありがとう」
「ニャビーさんも」
彼女はそう言って、僕の腰につけられたモンスターボールへ頭を下げる。
僕もボールへ触れた。
やはり。
ほんの少しだけ。
中でニャビーが動いたような気がした。
「それでは、大試練を始めましょう」
ハラさんの声が、リリィタウン全体へ響く。
周囲の人々が静かになる。
風が止まったように感じた。
「本来であれば、挑戦者は一人ずつ戦うものですが、今年は三人同時に島めぐりへ挑むという珍しい年となりました」
ハラさんは僕たち三人を順番に見る。
「故に、誰から挑むかは、皆で決めるとよいでしょう」
「俺、最初でもいいよー」
ハウがすぐに手を上げる。
「待って」
ムーンがそれを止めた。
「どうしたの」
「最初はサンがいいと思う」
「僕?」
突然名前を出されて、思わず聞き返す。
「サンはアローラへ来たばかりでしょう」
「それがどうしたの」
「だからこそ、一番最初にアローラの大試練を受けるべきだと思うの」
理屈が分かるような。
分からないような。
「俺も賛成ー」
ハウまで同意する。
「サンがどう戦うのか見たいし」
「僕は二人がどう戦うかを見たかったんだけど」
「それじゃ、終わるまでずっと決まらないよー」
確かにそうだった。
誰かが最初に戦わなければいけない。
それが僕であってはいけない理由もない。
「分かった」
僕は舞台へ上がる。
一歩。
また一歩。
舞台の中央へ近づくたび、周囲から向けられる視線が増えていき、胸の鼓動もそれに合わせるように速くなっていった。
ハラさんと向かい合う。
近くで見ると。
やはり大きい。
身体も。
存在感も。
まるで目の前に大きな岩が立っているようだった。
「サン」
ハラさんは静かに僕の名前を呼ぶ。
「はい」
「島めぐりとは、強さを示すためだけの旅ではありません」
「……」
「己を知り、ポケモンを知り、アローラを知る。そのすべてを通して、昨日までの自分を越えていくための旅です」
ハラさんはモンスターボールを取り出す。
「この大試練もまた、その一歩」
僕もモンスターボールを握る。
「君が、君のポケモンとどのような道を歩むのか」
ニャビー。
僕はまだ。
君のことを何も知らない。
何が好きなのか。
何が嫌いなのか。
どんな戦い方をしたいのか。
どうすれば僕のことを信じてくれるのか。
分からないことばかりだ。
だけど。
だからこそ。
これから知っていけばいい。
「我が全力をもって、確かめさせてもらいましょう」
「はい」
僕はモンスターボールを投げた。
「ニャビー、お願い!」
赤い光が舞台へ広がる。
光の中から姿を現したニャビーは、地面へ着地するとすぐに身体を低くし、真正面に立つハラさんを鋭い目で睨みつけた。
毛づくろいもしない。
僕の方も見ない。
今まで見たことがないほど真剣な表情だった。
戦う気だ。
ニャビーも。
僕と一緒に。
「よい目をしておりますな」
ハラさんは笑う。
「では、こちらも参りましょう」
モンスターボールが投げられる。
「マケンカニ!」
飛び出してきたのは、両手に大きな鋏のような拳を持つ紫色のポケモンだった。
先ほどまで僕の中にあった不安が。
その姿を見た瞬間。
すべて消えた。
いや。
消えたわけではない。
考えている余裕がなくなったのだ。
目の前に相手がいる。
僕の前にはニャビーがいる。
今は。
戦うことだけを考える。
「大試練、開始ですぞ!」
ハラさんの声と同時に。
マケンカニが地面を蹴った。
その大きな拳を振り上げながら、真っ直ぐニャビーへ迫ってくる。
「ニャビー、避けて!」
僕の声に反応して、ニャビーは横へ跳ぶ。
マケンカニの拳が地面へ叩きつけられ、舞台全体が僅かに揺れた。
当たっていたら。
そう考えるだけで、背中に冷たいものが走る。
「驚くにはまだ早いですぞ」
ハラさんが腕を振り下ろす。
「追いなさい、マケンカニ!」
マケンカニは地面に突き刺さった拳を引き抜くと、すぐにニャビーへ向き直った。
速い。
身体の大きさからは想像出来ないほど。
「ひのこ!」
ニャビーが口を開く。
小さな炎が次々と放たれ、マケンカニへ向かって飛んでいく。
しかし。
「受け止めなさい!」
マケンカニは両腕を顔の前で交差させる。
炎が身体に当たる。
けれど。
止まらない。
煙を突き破りながら、さらに前へ進んでくる。
「そんな」
効いていないわけではない。
身体には焦げた跡が残っている。
それでも、マケンカニは攻撃を恐れていなかった。
こちらへ進むことだけを考えている。
しまキングのポケモン。
これが。
大試練。
「ニャビー、もう一度避けて!」
僕は叫ぶ。
けれど。
ニャビーは動かなかった。
「ニャビー?」
マケンカニが迫っている。
今からでは間に合わない。
「どうして……」
その瞬間。
ニャビーは前へ飛び出した。
逃げるのではなく。
自分からマケンカニの懐へ。
「ニャビー!」
マケンカニの拳が振り下ろされる。
しかし、ニャビーの小さな身体はその下を潜り抜け、マケンカニの足元へ入り込んでいた。
そして。
鋭い爪を振るう。
ひっかく。
マケンカニの身体が僅かに傾いた。
「そうか……」
ニャビーは分かっていた。
避け続けるだけでは勝てないことを。
僕が命令するよりも先に。
自分で考えて。
自分で動いた。
「見事ですな」
ハラさんが笑う。
「ですが」
マケンカニが身体を捻る。
「近づいたからこそ、逃げられぬ攻撃もある」
大きな拳が。
ニャビーの身体を捉えた。
「ニャビー!」
鈍い音が響く。
ニャビーの小さな身体が宙へ浮かび、そのまま舞台の端まで飛ばされていった。
地面を転がる。
一度。
二度。
そして、動かなくなる。
「……ニャビー」
呼びかける。
返事はない。
胸が締めつけられる。
僕の命令が悪かったのか。
もっと早く止めるべきだったのか。
そもそも。
僕が最初に戦うべきではなかったのか。
次々と考えが浮かぶ。
けれど。
「サン!」
ハウの声が聞こえた。
「まだ終わってないよ!」
分かっている。
それでも。
「ニャビー、もういいよ」
気付けば。
そんな言葉が口から出ていた。
「無理しなくていい」
負けてもいい。
お母さんもそう言っていた。
勝つためだけの試練ではない。
ここまで戦えた。
それで十分なのかもしれない。
「戻っておいで」
モンスターボールを向ける。
その瞬間だった。
ニャビーの耳が動いた。
「……」
ゆっくりと。
地面へ爪を立てる。
身体を起こそうとしている。
「ニャビー」
震えている。
立つだけでも苦しいはずなのに。
それでも。
ニャビーは立ち上がった。
そして。
こちらを見た。
初めてだった。
戦いの途中で、ニャビーが僕の顔を真っ直ぐ見つめたのは。
その目は。
まだ終わっていないと。
そう言っているように見えた。
「……戦いたいの?」
「ニャア」
短い鳴き声。
でも。
はっきりと聞こえた。
「分かった」
僕はモンスターボールを下ろす。
「最後まで一緒に戦おう」
ニャビーは前を向く。
マケンカニもまた、拳を構え直していた。
力では勝てない。
速さだけでも勝てない。
僕はニャビーのことを知らない。
けれど。
ニャビーも僕のことを知らない。
なら。
今。
この戦いの中で。
お互いを知ればいい。
「ニャビー」
僕は小さく息を吸う。
「次は、君の好きに動いて」
ニャビーの耳が僅かに動く。
「僕が合わせる」
ハラさんが目を細めた。
「ほう」
マケンカニが走り出す。
大きな拳。
真っ直ぐ迫る攻撃。
ニャビーは動かない。
僕も。
まだ命令しない。
距離が縮まる。
あと三歩。
二歩。
一歩。
その瞬間。
ニャビーが身を低くした。
「今だ!」
何を命令するのか。
考えるより先に。
言葉が出た。
「足元へ、ひのこ!」
ニャビーはマケンカニではなく、その目の前の地面へ炎を放った。
舞い上がる煙。
マケンカニの視界が塞がれる。
ニャビーは煙の中へ飛び込んだ。
姿は見えない。
けれど。
分かる。
ニャビーがどこへ向かっているのか。
「右から、ひっかく!」
煙の向こうで。
鋭い音が響いた。