南の島の大冒険!! -Alola Generation- 作:natsuki
一つにする。
その言葉が胸へ刺さる。
今。
僕とニャビーは、ようやく互いを知り始めたばかりだ。
それに対して。
ハラさんとマケンカニは。
何年も。
何度も。
共に戦ってきたのだろう。
その差が。
光として目の前に現れている。
「サン!」
ククイ博士の声が飛ぶ。
「よく見るんだ!」
「……はい」
「Zワザは強い! だけど、ただ強いだけじゃない!」
博士は僕たちを真っ直ぐ見つめていた。
「そこには、必ず使う者の意志がある!」
意志。
ハラさんの意志。
マケンカニの意志。
それが一つになって。
これから、僕たちへ向けられる。
「ニャビー」
僕は名前を呼ぶ。
ニャビーはこちらを見ない。
目の前のマケンカニを見たまま。
それでも。
耳だけが、僕の方へ向いた。
「避けられるかな」
「ニャア」
短い返事。
出来る。
そう言っているのか。
それとも。
やるしかない。
そう言っているのか。
分からない。
けれど。
不思議と怖くなかった。
「分かった」
僕はニャビーを見る。
「信じるよ」
ハラさんの動きが止まる。
同時に。
マケンカニを包んでいた光が、一気に膨れ上がった。
「マケンカニ!」
ハラさんの声が響く。
「全力無双激烈拳!」
マケンカニが消えた。
そう見えるほどの速さだった。
「ニャビー!」
気付いた時には。
マケンカニはもう、目の前にいる。
拳が一つ。
二つ。
三つ。
連続して振るわれる。
ニャビーは避ける。
右。
左。
後ろ。
けれど。
速すぎる。
一発目は避けた。
二発目も。
三発目は身体を掠める。
「ニャッ!」
ニャビーの身体が僅かに浮く。
そこへ。
次の拳。
「避けて!」
間に合わない。
そう思った。
けれど。
ニャビーは空中で身体を捻ると、振り下ろされた拳を蹴るようにして、さらに上へ跳んだ。
「なにっ」
ハラさんの目が見開かれる。
ニャビーは。
避けるのではなく。
マケンカニの攻撃を足場にした。
「そのまま!」
僕は叫ぶ。
何をするべきか。
ニャビーも分かっている。
「ひのこ!」
空中から。
炎が放たれる。
マケンカニの顔へ直撃する。
しかし。
Zワザは止まらない。
マケンカニは炎を受けながら。
最後の拳を引いた。
これまでのすべてを上回る。
最大の一撃。
ニャビーはまだ空中。
逃げる場所はない。
受ければ。
終わる。
「ニャビー!」
僕は叫ぶ。
「前へ!」
自分でも。
どうしてそんな言葉が出たのか分からなかった。
避けろではない。
守れでもない。
前へ。
ニャビーは。
一瞬も迷わなかった。
空中で身体を丸める。
そして。
マケンカニの拳へ向かって飛び込んだ。
「サン!」
誰かが名前を呼ぶ。
けれど。
今は、何も聞こえない。
拳と。
ニャビー。
二つが正面からぶつかる。
その直前。
「ひのこ!」
ニャビーの口から炎が放たれた。
拳の正面。
至近距離。
炎が爆発する。
大きな音。
光。
煙。
衝撃が舞台全体へ広がり、僕は思わず腕で顔を覆った。
「ニャビー!」
煙で何も見えない。
返事もない。
僕は目を凝らす。
少しずつ。
煙が薄くなる。
最初に見えたのは。
倒れているマケンカニだった。
「マケンカニ……」
ハラさんが静かに名前を呼ぶ。
マケンカニは動かない。
そして。
その少し離れた場所。
ニャビーもまた。
地面へ倒れていた。
「ニャビー!」
僕は駆け寄ろうとする。
けれど。
試合はまだ終わっていない。
審判もいない。
どちらが先に立つか。
それで。
決まる。
「立って……」
僕は拳を握る。
「ニャビー」
マケンカニの腕が動いた。
地面へ拳をつく。
身体を起こそうとしている。
ニャビーは。
動かない。
「ニャビー」
僕の声が。
届いているのか。
分からない。
それでも。
呼ぶことしか出来ない。
「もう一度だけ」
勝ってほしいからではない。
大試練を越えたいからでもない。
「僕のところへ戻ってきて」
ニャビーの耳が。
ほんの僅かに動いた。
「……」
前足が地面を掻く。
身体を持ち上げようとする。
一度。
崩れる。
それでも。
もう一度。
「ニャビー!」
立った。
四本の足は震えている。
今にも倒れそうだった。
けれど。
ニャビーは立っていた。
対するマケンカニは。
片膝をついたまま。
身体を起こそうとして。
そのまま前へ倒れた。
静寂。
誰も、すぐには声を出さなかった。
やがて。
ハラさんがマケンカニへ近づく。
その身体を抱え上げると、ゆっくりと頷いた。
「マケンカニ、戦闘不能」
そして。
僕を見る。
「この大試練」
一拍。
間を置いて。
「サンとニャビーの勝利ですぞ!」
歓声が上がった。
リリィタウン中が揺れるような、大きな声。
「やったー!」
ハウが飛び跳ねる。
「サン!」
ムーンも手を叩いていた。
ククイ博士。
リーリエ。
イリマさん。
周囲の人たち。
皆が笑っている。
けれど。
僕はすぐには喜べなかった。
ニャビーのところへ駆け寄る。
「大丈夫?」
「ニャア……」
弱々しい鳴き声。
それでも。
いつものように。
僕の手から逃げようとはしなかった。
僕はニャビーを抱き上げる。
軽い。
思っていたよりも。
ずっと。
「ありがとう」
その言葉しか出てこなかった。
「最後まで戦ってくれて」
ニャビーは僕の腕の中で目を閉じる。
それから。
一度だけ。
僕の手に顔を擦りつけた。
「……」
ほんの少し。
けれど。
それだけで。
十分だった。
「見事でしたぞ」
ハラさんが、マケンカニをモンスターボールへ戻しながら近づいてくる。
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらです」
「え?」
「よい戦いでした」
ハラさんは笑う。
「最初、サンはニャビーへ命令することばかり考えていた」
「……はい」
「そして、ニャビーはサンの命令を聞くことより、自分で戦うことを優先していた」
何も言い返せない。
その通りだった。
「ですが、最後は違った」
ハラさんが僕とニャビーを交互に見る。
「サンはニャビーを信じ、ニャビーもサンの言葉を信じた」
「……」
「互いに知らぬ者同士だったからこそ、この戦いの中で、一歩を踏み出すことが出来たのでしょう」
一歩。
昨日。
僕は大試練を、次の島へ行くための第一歩だと思っていた。
でも。
違ったのかもしれない。
これは。
僕がニャビーと歩くための。
最初の一歩だった。
「サン」
ハラさんは懐から、小さな石を取り出した。
白く。
不思議な模様が刻まれている。
「これは?」
「カクトウZですぞ」
「カクトウZ……」
「大試練を乗り越えた証です」
ハラさんはそれを僕へ差し出す。
「そして、Zパワーを使うために必要なものでもある」
僕は両手で受け取った。
小さな石。
けれど。
不思議な重みがある。
「僕にも、さっきの技が使えるんですか」
「今すぐ使えるとは限りません」
ハラさんは首を横に振る。
「Zワザは、石を持っているだけで使えるものではありません。トレーナーとポケモンの心が一つになった時、初めてその力を引き出すことが出来る」
心が一つ。
僕は腕の中にいるニャビーを見る。
まだ。
僕たちは何も知らない。
今日。
ようやく一歩を踏み出したばかり。
「いつか」
僕はカクトウZを握る。
「使えるようになります」
「その日を楽しみにしておりますぞ」
ハラさんは大きく笑った。
「ですが、忘れてはなりません」
「はい」
「これは、サン一人の大試練です」
ハラさんは舞台の下へ視線を向ける。
そこには。
ハウとムーンがいた。
「次は俺だねー!」
ハウが元気よく手を上げる。
「その次は私」
ムーンもアシマリを抱え直す。
「二人とも、頑張って」
僕が声を掛けると。
「もちろんー」
「サンには負けないから」
二人は笑った。
僕は舞台から降りる。
リーリエがすぐに近づいてきた。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
「ニャビーさんも」
「ニャア」
ニャビーは目を閉じたまま、小さく返事をした。
「すごかったです」
リーリエはそう言ったあと。
少しだけ。
寂しそうな顔をした。
「どうしたの?」
「いえ」
彼女はすぐに首を横に振る。
「ただ」
胸元の鞄へ手を添える。
「ポケモンと一緒に戦えるというのは、きっと、とても素敵なことなのだと思って」
鞄の中で。
何かが動いた。
ほしぐもちゃん。
僕はまだ。
あのポケモンのことをよく知らない。
どうしてリーリエが鞄へ隠しているのか。
どうして戦わせないのか。
ククイ博士は何も言わない。
リーリエも話さない。
だから。
僕も聞かなかった。
「リーリエも」
僕は言う。
「いつか一緒に戦えるといいね」
「……はい」
リーリエは微笑む。
けれど。
その笑顔は。
どこか遠いものを見ているようだった。
「サン!」
ハウが舞台の上から叫ぶ。
「ちゃんと見ててよー!」
「見てるよ」
「俺はもっとすごい勝ち方をするからねー!」
「それはどうかな」
ムーンが言う。
「ハウはすぐ油断するから」
「しないってー!」
二人の声。
周囲の笑い声。
アローラの風。
腕の中にいるニャビーの温もり。
僕は。
この場所へ来て良かったと思った。
ほんの少し前まで。
ここは知らない土地だった。
引っ越してきただけの場所。
でも。
今は違う。
ここには。
一緒に旅をする仲間がいる。
共に戦うポケモンがいる。
そして。
まだ知らない景色へ続く道がある。
アーカラ島。
次の島。
次の試練。
僕は、掌の中にあるカクトウZを見つめる。
まだ使うことの出来ない力。
いつか。
ニャビーと本当に心を一つに出来た時。
その時。
僕たちは。
今日よりも。
もっと強くなれるのだろう。
「ニャビー」
「ニャア」
「次も、よろしくね」
ニャビーは目を開ける。
僕を見つめると。
今度は逃げることなく。
もう一度だけ。
僕の腕へ顔を擦りつけた。
それが。
大試練を乗り越えたことよりも。
何より嬉しかった。