南の島の大冒険!! -Alola Generation- 作:natsuki
僕の大試練が終わったあと、入れ替わるように舞台へ上がったのはハウだった。
「じっちゃん、遠慮しなくていいからねー」
「もちろんですぞ」
「俺も遠慮しないよー」
「それも当然ですな」
そんな会話をしながら二人が向かい合う様子を舞台の外から眺めていると、ほんの少し前まで自分があの場所に立ち、ニャビーと一緒に必死になって戦っていたことが、もう随分昔の出来事だったような不思議な感覚になった。
僕の腕の中では、そのニャビーがすっかり疲れ切った様子で身体を預け、普段なら触れればすぐに身じろぎをするくせに、今は目を閉じたまま大人しくしている。
本当ならすぐにポケモンセンターへ連れていった方がいいのではないかと思ったのだけれど、ククイ博士から「少し休ませてからでも大丈夫だよ」と言われたこともあり、僕はニャビーを抱えたまま舞台の脇に残り、これから始まるハウの大試練を見ることにした。
「モクロー、お願いー!」
ハウが勢いよくモンスターボールを投げると、その中から飛び出したモクローは頭上を一度だけ大きく旋回し、最後にはハウの目の前へ軽やかに着地した。
「ホー!」
「今日こそ本気でいくよー!」
何故「今日こそ」なのかは僕にはよく分からないし、そもそも島めぐりを始めてからそれほど多くの本格的なポケモンバトルを経験しているわけでもないはずなのだけれど、ハウにとってはそういう細かい部分はあまり重要ではないのだろう。
「ハウらしいですね」
いつの間にか隣へ来ていたリーリエが、そんなハウを眺めながら小さく笑った。
「うん。さっきまで緊張していたのにね」
「舞台へ上がったら、もういつものハウですね」
確かにその通りで、僕たちがここへ来るまでモンスターボールを必要以上に強く握っていた姿など嘘だったかのように、今のハウは戦うことそのものを楽しみにしているように見える。
ハラさんが取り出したモンスターボールから現れたのは、先ほど僕と戦ったマケンカニではなくワンリキーだった。
恐らく、大試練に挑む相手やポケモンに合わせて使用するポケモンを変えているのだろう。
「それでは、始めますぞ!」
ハラさんが腕を上げた瞬間、ハウはほとんど間を置かず声を上げた。
「モクロー、たいあたり!」
「ホー!」
モクローは地面すれすれを滑るように飛び、真正面からワンリキーへ向かって突っ込んでいく。
「いきなり真正面から……」
僕が思わず呟くと、反対側に立っていたムーンがこちらへ顔を向けた。
「ハウは昔からあんな感じなの」
「昔から?」
「考えてから動くというより、動いてから考えるというか」
「それって褒めてるの?」
「一応」
一応なのか。
けれど、戦いを見ているうちに、ムーンが言おうとしていたことが何となく分かってきた。
僕はニャビーがどう動くのかを見ながら、その次に自分が何をすればいいのかを考えていたけれど、ハウにはそういう迷いがほとんどない。
モクローが動けばハウも動き、ハウが叫べばモクローも迷わず応える。
考えるというより、二人とも同じ勢いで戦場へ飛び込んでいくようだった。
「かわして、けたぐり!」
ハラさんの指示を受けたワンリキーが身体を横へ滑らせると、突っ込んできたモクローの足元へ鋭く蹴りを放つ。
「飛んでー!」
「ホー!」
ハウが声を上げるより少し早くモクローは翼を広げ、その蹴りを避けながら上空へ舞い上がった。
「そのまま、木の葉!」
モクローの周囲に無数の葉が舞い、それが一斉にワンリキーへ向かって降り注いでいく。
「なるほどね」
僕たちの少し後ろで戦いを見ていたククイ博士が、腕を組みながら感心したように頷いた。
「ハウとモクローは、本当に相性がいい」
「相性ですか?」
「そう。ポケモンにもトレーナーにも、それぞれ戦い方の癖があるからね」
博士は舞台から視線を外さないまま続けた。
「サンとニャビーは、お互いが何をしようとしているのかを見ながら次の手を決めるタイプだと思う」
「はい」
「でも、ハウとモクローはたぶん逆なんだ」
「逆?」
「考えるより先に動く」
やっぱり考えていないらしい。
「でも、それは決して悪いことじゃないよ」
僕の表情を見たのか、博士は楽しそうに笑った。
「迷わないというのは、それだけで一つの強さになる。相手に考える時間を与えないし、自分自身も余計な迷いに捕まらないからね」
確かに僕だったら、今の場面でも攻撃するべきか避けるべきか、一瞬くらいは考えてしまったかもしれない。
けれど、ハウにはそれがない。
「モクロー、そのままいっけー!」
「ホー!」
舞い散る木の葉の中へ、モクロー自身が勢いよく飛び込んでいく。
ワンリキーも両腕を構えて迎え撃ったものの、二匹が正面からぶつかった次の瞬間には大きな音が響き、ワンリキーの身体がそのまま後方へ倒れた。
「ワンリキー、戦闘不能ですぞ!」
「やったー!」
ハウは両手を思い切り空へ突き上げ、モクローもまた主人の周囲を飛び回りながら嬉しそうな鳴き声を上げる。
「やるね、ハウ」
「サンもすごかったけどねー!」
僕が舞台へ向かって声を掛けると、ハウは満面の笑みを浮かべた。
「でも、俺の方が早かったよー!」
「時間を競ってたの?」
「今決めた」
「それはずるいよ」
思わず苦笑してしまったけれど、ハラさんもそのやり取りを楽しそうに眺めていた。
「勝負の楽しみ方というものもまた、人それぞれですな」
そうしてハウも無事に大試練を乗り越え、最後に舞台へ上がったのはムーンだった。
「アシマリちゃん、行くよ」
「アウ!」
腕の中から飛び出したアシマリが舞台へ着地すると、ムーンの表情から先ほどまでの柔らかさが消え、相手を静かに観察するような目へ変わった。
ムーンの戦い方は、僕ともハウとも全く違っていた。
すぐには攻めず、相手がどう動くのかをよく見ながら距離を保ち、少しずつ相手の動ける範囲を狭めるように技を使っていく。
「アクアジェット!」
アシマリが身体を水で包み込み、そのまま一直線にハラさんのマクノシタへ突っ込んでいく。
「受け止めなさい!」
マクノシタが両腕を大きく広げ、正面からアシマリを受け止めようと構える。
しかし、ムーンは焦らない。
「右へ!」
ぶつかる直前、アシマリが身体を傾けて進路を変え、そのままマクノシタの横を一気に通り抜けた。
「なにっ」
「バブルこうせん!」
背後を取ったアシマリが振り返り、ほとんど無防備になったマクノシタへ大量の泡を浴びせる。
まともに攻撃を受けたマクノシタは身体を押し流されるようにして舞台の端まで下がった。
「……強い」
思わずそう呟くと、先ほどまで舞台に立っていたハウが僕の隣へやってきた。
「ムーンちゃん、昔から器用だからねー」
「そうなの?」
「勉強も出来るし、料理も出来るし、運動も結構出来るし」
「へえ」
「でも、方向音痴」
「ハウ!」
舞台の上からムーンの声が飛んできた。
「聞こえてるから!」
「戦いながら聞いてるのー?」
「今のは言わなくていいでしょ!」
怒っているにもかかわらず、マクノシタが放った攻撃はきっちりアシマリへ避けさせているのだから、本当に器用なのかもしれない。
それからしばらくして、再びアシマリのバブルこうせんが決まり、マクノシタは舞台へ倒れ込んだ。
「マクノシタ、戦闘不能ですぞ!」
「よしっ!」
勝利を確認したムーンは舞台から降りると、すぐにアシマリを抱き上げた。
「やったね、アシマリちゃん!」
「アウ!」
嬉しそうに鳴くアシマリの姿を眺めながら、僕は少しだけ不思議な気持ちになっていた。
僕たちは同じ日にポケモンを受け取り、同じ島めぐりを始めたというのに、三人とも戦い方はまるで違っている。
僕とニャビーは互いの動きを見ながら戦い、ハウとモクローは迷う前に身体を動かし、ムーンとアシマリは相手をよく観察しながら確実に勝負を組み立てていく。
これから旅を続け、もっとたくさんのポケモンと出会い、数え切れないほどのバトルを経験していけば、その違いはますます大きくなっていくのだろう。
けれど、それは悪いことではないと思う。
同じ場所から旅立っても、同じ強さを目指す必要はない。
それぞれが自分なりの強さを見つけていけばいいのだ。
「さて、これで今年島めぐりへ挑む三人全員が、メレメレ島の大試練を乗り越えたことになりますな」
全ての戦いが終わったところで、ハラさんが僕たち三人を舞台の前へ集めた。
「やったー!」
ハウがまた嬉しそうに両手を上げる。
「ということは、次は……」
ムーンが期待するようにハラさんを見ると、彼は大きく頷いた。
「アーカラ島ですな」
その名前を聞いた瞬間、僕の胸の奥で小さく何かが弾けたような気がした。
まだ見たことのない島であり、当然そこには知らない景色が広がり、知らない人々が暮らし、そして今まで一度も出会ったことのないポケモンたちが待っている。
「アーカラ島へは船で行くんですか?」
「もちろんだよ」
僕の質問へ答えたのはククイ博士だった。
「アローラは島で出来ているからね。島から島へ移動するなら、基本的には船になる」
「泳いでいくわけじゃないんですね」
「サンくん」
「はい」
「どうして泳いでいけると思ったのかな」
「思ってないです」
「安心したよ」
博士は楽しそうに笑った。
「ハウオリシティからアーカラ島へ向かう船が出ているから、明日の朝には出発出来るようにしておこう」
「明日ですか?」
思っていたよりも早かったので聞き返すと、博士は当然だと言うように頷いた。
「島めぐりというのは、そういう旅だからね。一つの場所にずっと留まるわけじゃないし、次へ進めるようになったなら進めばいい」
その言葉を聞いた時、楽しみなはずなのに、胸のどこかに少しだけ寂しさが生まれた。
メレメレ島へ引っ越してきてから、まだそれほど長い時間が経っているわけではない。
それでも、ここでは驚くほど多くの出来事があった。
ハウと出会い、ムーンと出会い、ククイ博士やリーリエ、イリマさん、ハラさんとも知り合った。
スカル団とも遭遇したし、グラジオという妙な少年とも出会った。
そして何より、僕はニャビーという初めてのパートナーを手に入れた。
まだ旅の始まりに過ぎないというのに、メレメレ島にはもう簡単に置いていくことの出来ない思い出がいくつも出来ている。
「サン」
そんな僕の気持ちを察したのか、ハウが肩を軽く叩いてきた。
「また戻ってくればいいんだよー」
「え?」
「島めぐりが終わったからって、メレメレ島がなくなるわけじゃないし」
あまりにも当たり前のことを言われて、僕は一瞬だけ言葉を失った。
けれど、確かにその通りだった。
「それに、私たちも一緒に行くんだから」
ムーンも笑いながらそう言った。
「そうだね」
僕もようやく笑う。
「じゃあ、明日からまたよろしく」
「もちろんー!」
「こっちこそ」
そうして、その日の大試練は終わった。
夕方になって家へ戻ると、お母さんはいつもと変わらない様子で僕を迎えてくれた。
「おかえり」
「ただいま」
「どうだった?」
「勝ったよ」
「あら、やっぱり」
「それだけ?」
「だって、勝つと思ってたもの」
「朝は負けてもいいって言ってたのに」
「それとこれとは別よ」
どういう理屈なのか僕にはよく分からなかったけれど、お母さんが嬉しそうにしているのは見れば分かった。
「それで、次はどこへ行くの?」
「アーカラ島。明日の朝には出るって」
「ずいぶん早いのね」
「うん」
そこで一度会話が止まり、お母さんは何も言わず僕の顔を見た。
僕も何となく目を逸らすことが出来ず、そのまま見返した。
「……寂しい?」
少し迷ったあとで聞いてみると、お母さんは意外にもすぐに頷いた。
「少しはね」
「そっか」
「でも、それ以上に楽しみよ」
「何が?」
「サンが帰ってきた時、どんな話をしてくれるのか」
そう言いながら、お母さんはいつものように笑った。
「だから、行ってらっしゃい」
「まだ明日だよ」
「予行練習よ」
「何それ」
「大事なのよ、こういうのは」
相変わらずよく分からない。
けれど、僕も自然と笑っていた。
「じゃあ、行ってきます」
「まだ早いわよ」
「予行練習」
「真似しないの」
そんなやり取りを最後に、その日は早めに眠ることにした。
◇◇◇
翌朝、ハウオリシティの港へ向かうと、朝の光を受けた海が眩しいくらいに輝き、その向こうには僕たちをアーカラ島まで運んでくれる大きな船が停泊していた。
潮の香りとポケモンたちの鳴き声が混ざり合い、行き交う人々の声も重なって、港全体が朝から賑やかな空気に包まれている。
「サーン!」
声のする方を見ると、先に着いていたハウが大きく手を振っていて、その近くにはムーンとリーリエも立っていた。
「おはよう」
「おはようー!」
「おはよう、サン」
「おはようございます」
僕は三人のところまで歩いていき、そこでリーリエがいつもの大きな鞄を抱えていることに気付いた。
「リーリエも一緒に行くの?」
「はい。ククイ博士のお手伝いで、私もアーカラ島へ行くことになりました」
「そっか」
その答えを聞いて、少しだけ嬉しくなる。
リーリエとはまだ知り合ったばかりだけれど、これから先も一緒に旅をするのだと思うと、それだけで心強いような気がした。
「博士は?」
「もう船の中です」
「早いね」
「一時間くらい前からいらっしゃいます」
「早すぎない?」
「楽しみだったみたいです」
そう言われると、何となく納得出来てしまう。
すると、ちょうどその博士が船の上から僕たちを見つけ、大きく手を振った。
「みんなー! 早く乗らないと置いていくよー!」
「一時間前から待ってた人が言う言葉じゃないよねー」
ハウが笑いながら言い返す。
僕たちはそのまま船へ向かって歩き出し、タラップを一段ずつ上っていった。
船へ乗り込む直前、僕は何となく足を止め、振り返ってメレメレ島を眺めた。
アローラへ来たばかりの頃には、ただ知らない土地だった場所が、今ではもう自分にとって大切な場所の一つになっている。
初めてハウと出会った道も、ククイ博士の研究所も、ニャビーと出会ったリリィタウンも、遠くからでは見えない。
それでも、この島で過ごした時間だけは、確かに僕の中に残っている。
「サン?」
先へ進んでいたムーンが振り返る。
「どうしたの?」
「何でもないよ」
僕はもう一度だけ島を見てから、前を向いた。
「行こう」
「うん」
僕たちが全員乗り込んでしばらくすると、船は低い音を響かせながらゆっくりと港を離れ始めた。
海面を白く泡立たせながら進む船の後方で、メレメレ島の姿が少しずつ小さくなっていく。
「サン!」
腰につけていたロトム図鑑が急に飛び出し、僕の顔の横まで浮かんできた。
「次の島ロ!」
「うん」
「新しいポケモンがいっぱい待ってるロ!」
「そうだね」
「いっぱい記録するロ!」
「そのための図鑑だからね」
「任せるロ!」
ろとろとはよほど楽しみなのか、僕の周囲をくるくると回り続けている。
一方、足元にいるニャビーは船の揺れが少し気になるらしく、いつもより慎重に足を運びながら僕の近くを離れようとしなかった。
「大丈夫?」
「ニャア」
しゃがんで声を掛けると、ニャビーは一瞬だけこちらを見上げたあと、自分から僕の足へ身体を寄せてきた。
昨日までなら、こんなことはしなかった。
僕は少し迷ってから、そっと頭へ手を伸ばした。
ニャビーは逃げない。
目を細めながら、そのまま撫でられていた。
水平線の向こうには、まだアーカラ島の姿は見えていない。
けれど、あの先には次の試練があり、新しい出会いがあり、僕たちの知らない出来事がいくつも待っている。
そう思うと、少し前まで感じていた寂しさよりも、これから先への期待の方がずっと大きくなっていった。
僕たちの島めぐりは、メレメレ島を越え、いよいよ次の場所へ進んでいく。