南の島の大冒険!! -Alola Generation- 作:natsuki
船がメレメレ島を離れてからしばらくすると、最初のうちは後方にまだはっきり見えていた島影も少しずつ小さくなり、やがて青い海と空の境目へ溶け込むように消えていった。
「見えなくなっちゃったねー」
甲板の手すりへ身を乗り出していたハウが、少しだけ残念そうな声を出す。
「また戻るんでしょう?」
ムーンが隣から言うと、ハウはすぐに笑顔へ戻った。
「もちろん戻るよー。じっちゃんにも、また勝負してもらいたいし」
「もう次の勝負のことを考えてるの?」
「強くなったら、また戦いたいじゃん」
それは確かに分からなくもない。
僕も昨日の大試練を思い返すと、勝てたという嬉しさだけではなく、もう一度ハラさんと戦ったなら今度はどんな戦い方が出来るのだろう、と考えてしまうところがあった。
ニャビーとの関係も昨日までとは少し変わったけれど、それで全部が分かったわけではないし、むしろこれから知りたいことの方が増えたくらいだった。
「それにしても、気持ちいいねー」
ハウが大きく背伸びをする。
海の上を吹き抜ける風は陸地にいた時よりも少し強く、それでも湿った嫌な感じはなく、頬へ触れるたびに頭の中までさっぱりしていくようだった。
「サンは船、平気?」
ムーンが僕を見る。
「平気だと思う。今のところは」
「今のところって何」
「急に酔うかもしれないから」
「そういうことを考えてると本当に酔うよー」
ハウが笑いながら言う。
「気持ちの問題なの?」
「たぶん」
「たぶんばっかりだね」
僕たちがそんな話をしていると、足元にいたニャビーが小さく鳴いた。
「ニャア」
「どうしたの?」
しゃがんで顔を覗き込むと、ニャビーは海ではなく船の進行方向をじっと見ていた。
耳が僅かに前へ向いている。
「何か見えるのかな」
「どれどれロ!」
すぐ近くを飛んでいたろとろとが勢いよく前へ飛び出し、画面を海の向こうへ向ける。
「島影を確認したロ!」
「本当?」
「間違いないロ!」
それを聞いたハウが手すりから身を乗り出す。
「アーカラ島だー!」
「危ないから落ちないでよ」
「大丈夫だってー」
遠くへ目を凝らしてみると、確かに水平線の向こうに陸地らしいものが見え始めていた。
最初は霞んだ影にしか見えなかったけれど、船が進むにつれて輪郭がはっきりし、やがて山や木々らしいものまで分かるようになってくる。
メレメレ島とはまた少し違う。
同じアローラ地方の島なのだから大きく変わることはないのだろうと思っていたのに、遠くから見ただけでも緑の濃さや土地の広がり方が違って見えた。
「アーカラ島にはねー」
ハウが急に説明を始める。
「牧場とか、火山とか、ジャングルとか、いろんな場所があるんだよー」
「火山?」
「そう。ヴェラ火山公園っていうところ」
「そこも試練?」
「うん。カキさんの試練があるよー」
「カキさん?」
「キャプテン」
知らない名前が次々と出てくる。
「ほかにもスイレンさんとかマオさんとかいるよ」
「三人も?」
「アーカラ島には試練が三つあります」
僕たちの会話へ入ってきたのはリーリエだった。
いつもの大きな帽子を片手で押さえながら、風に飛ばされないようにゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「メレメレ島より多いんだ」
「はい。ですから、少し長い滞在になると思います」
「じゃあ、いろんなところに行けそうだね」
「そうですね」
リーリエは微笑む。
けれど、その笑顔が僅かに曇ったような気がした。
「リーリエ?」
「はい?」
「何か心配?」
「……いいえ」
一瞬だけ間があった。
「ただ、ほしぐもちゃんが少し落ち着かないようなので」
リーリエは抱えていた鞄へ視線を落とす。
確かに、先ほどからときどき中で何かが動いている。
「船が苦手なのかな」
「それなら良いのですが」
「違うの?」
「分かりません」
リーリエは鞄へそっと手を添えた。
「メレメレ島を出てから、何度か外へ出たがるような動きをしているんです」
「外に出してあげたら?」
そう言ったのはハウだった。
けれど、リーリエはすぐに首を横へ振る。
「駄目です。人の多い場所では、出来るだけ外へ出さないようにしていますから」
「そうなの?」
「はい」
理由は語られない。
僕も聞こうとは思わなかった。
リーリエが話したくないのなら、何か理由があるのだろう。
ただ、鞄の中にいるほしぐもちゃんが、僕たちの知らない何かを感じ取っているのだとしたら、それが少しだけ気になった。
「サンくんたちー!」
船の上部からククイ博士の声が降ってくる。
見上げると、博士が階段の途中からこちらへ手を振っていた。
「もうすぐカンタイシティに着くよー!」
「カンタイシティ?」
「アーカラ島の港町だよ」
ハウが教えてくれる。
「ハウオリシティみたいなところ?」
「似てるけど、ちょっと違うかなー」
「どっちなの」
「行けば分かるよー」
説明する気がないらしい。
それから間もなく、船は港へ入っていった。
カンタイシティは、船の上から眺めた時点でもメレメレ島の町とは明らかに雰囲気が違っていた。
白い壁の建物が並び、港の周辺には観光客らしい人々が行き交い、その向こうには背の高いホテルや研究施設らしき建物まで見える。
自然の豊かさという意味ではメレメレ島と変わらないけれど、こちらの方が少し都会に近いのかもしれない。
「着いたー!」
船から降りた瞬間、ハウが両腕を上げる。
「アーカラ島ー!」
「大声出さなくても島は逃げないよ」
「分かってるってー」
ムーンは呆れたように笑いながらも、周囲を見回す目はどこか楽しそうだった。
僕も同じだったと思う。
見えるものが全部新しい。
知らない店。
知らない道。
知らないポケモン。
少し離れた場所では、見たことのないポケモンを連れたトレーナーが歩いている。
「ろとろと」
「呼んだロ?」
「あのポケモンは?」
「検索するロ!」
ろとろとは僕の前へ飛び出し、少し離れた場所を歩くポケモンへ画面を向ける。
「イワンコだロ!」
「イワンコ?」
「メレメレ島でも見たロ!」
「あ」
言われて思い出した。
ハウの家にもいた、同じ種類のポケモンだった。
「場所が変わると、同じポケモンでも違って見えるね」
「それが旅の面白いところロ!」
ろとろとは得意そうに答えた。
「同じポケモンでも環境によって生活の仕方が違うロ! そういうこともいっぱい記録していくロ!」
「頼りにしてるよ」
「任せるロ!」
胸を張るように画面を反らす。
ロトム図鑑に胸があるのかは分からないけれど。
「さて」
全員が船を降りたところで、ククイ博士が僕たちの前へ立った。
「まずは島めぐりの案内役に会いに行こうか」
「案内役?」
「アーカラ島のしまクイーンだよ」
「もう会うんですか?」
「もちろん。アーカラ島で島めぐりをするなら、まずは挨拶しておかないとね」
「どんな人?」
ムーンが尋ねる。
「ライチさん」
ハウが答えた。
「すっごく強いよー」
「じっちゃんより?」
「うーん」
ハウが珍しく考え込む。
「同じくらい?」
「適当ね」
「だって戦ったことないもん」
それでは比較出来るはずがない。
「ライチさんは、いわタイプを得意とするトレーナーだ」
ククイ博士が補足する。
「そして、アーカラ島のしまクイーンでもある」
「いわタイプ……」
僕は足元のニャビーを見る。
炎タイプ。
相性が良くない。
「そんな顔をしなくても、すぐ大試練をするわけじゃないよ」
博士に見抜かれた。
「まずは三人のキャプテンの試練を乗り越えなくちゃいけない」
「スイレンさん、カキさん、マオさんね」
ムーンが確認するように名前を挙げる。
「そういうこと」
博士が頷く。
「だから、ここからがアーカラ島の島めぐりの始まりだ」
その言葉を聞くと、改めて胸が高鳴った。
メレメレ島では一つだった試練が、ここには三つある。
それだけたくさんの戦いが待っているということだ。
ニャビーを見る。
「頑張ろうね」
「ニャア」
短い返事。
以前なら、それが肯定なのかどうかも分からなかった。
今は。
何となく。
分かる気がする。
「それじゃあ、行こうか」
ククイ博士が歩き出す。
僕たちもその後を追う。
港から町へ続く道を歩き始めたところで、リーリエが突然足を止めた。
「……?」
「どうしたの?」
振り返る。
リーリエは答えなかった。
鞄を見ている。
中で、ほしぐもちゃんが、明らかに動いていた。
「リーリエ?」
「ほしぐもちゃん……?」
リーリエが小さく呼びかける。
その直後だった。
鞄の口が僅かに開き、そこから淡い光が漏れた。
「え……」
僕も。
ハウも。
ムーンも。
足を止める。
光は一瞬だけだった。
本当に。
瞬きをしたら見逃してしまうほど。
それでも。
確かに見えた。
淡い光。
そして。
同じ瞬間。
僕の腰にいたろとろとの画面が乱れた。
「ろっ……?」
「ろとろと?」
「い、今……変な電波が入ったロ」
「電波?」
「知らない信号ロ」
ろとろとの画面に、一瞬だけ砂嵐が走る。
僕は思わず研究所で起きた通信の異常を思い出した。
あの時も。
同じように。
知らない信号だと言っていた。
「また?」
「またロ」
ろとろとは自分の身体を調べるように何度か回転した。
「でも、もう消えたロ」
「故障じゃないよね?」
「失礼ロ!」
すぐに怒った。
「ボクは健康そのものロ!」
「図鑑に健康ってあるの?」
「あるロ!」
本当かどうかは分からない。
「何かあったのかい?」
先へ進んでいたククイ博士が戻ってくる。
「ろとろとが、また知らない信号を受信したみたいです」
「また?」
博士の表情が、ほんの少しだけ変わった。
笑顔は消えていない。
でも。
「……そうか」
博士はろとろとを見る。
「ログは残ってる?」
「一部だけロ」
「あとで見せてもらっていいかな」
「いいロ!」
「ありがとう」
そこで博士は普段の笑顔へ戻った。
「まあ、今は島めぐりだ。機械のことは僕に任せて、みんなは旅を楽しむといい」
「はい」
僕たちは歩き出す。
リーリエも、鞄を強く抱きしめながら。
だけど。
僕は。
一度だけ振り返った。
港。
船。
青い空。
何も変わったものは見えない。
それなのに。
何故だろう。
あの通信の向こうに。
誰かがいるような気がした。