南の島の大冒険!! -Alola Generation-   作:natsuki

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第二十二話 VSしまクイーン・ライチ

 

 港を離れてカンタイシティの中心部へ向かうにつれ、船の上から眺めていた時には一つの風景としてしか見えていなかった町が少しずつ細かな輪郭を持ち始め、通りの両側に並ぶ色鮮やかな看板や、土産物を手に歩く観光客、仕事の途中なのか大きな荷物を抱えて忙しそうに行き交う人々、その足元を当たり前のようについて歩く様々なポケモンまでが目に入るようになった。

 メレメレ島のハウオリシティにもたくさんの人がいたけれど、この町にはそれとは少し違う活気があり、見慣れない場所へ来たのだという実感が、歩けば歩くほど強くなっていく。

 

「サン、あれ見てー!」

 

 前を歩いていたハウが急に立ち止まって道の向こうを指差したので、そちらへ目を向けてみると、黄色い身体をした見覚えのないポケモンが長い鼻を器用に使いながら、大きな荷物を背中へ載せようとしていた。

 

「ろとろと」

「分かってるロ!」

 

 僕が名前を呼び終えるより早く、ろとろとは待っていましたと言わんばかりに飛び出すと、そのポケモンへ画面を向けた。

 

「マクノシタだロ!」

「……違わない?」

「ロ?」

「どう見てもマクノシタじゃないと思う」

 

 僕が指摘すると、ろとろとの画面が一瞬だけ固まり、何事もなかったようにポケモンへ近づいて角度を変えながら観察し始めた。

 

「ちょっと待つロ」

「間違えたの?」

「間違えてないロ。確認してるだけロ」

「それを間違えたって言うんじゃない?」

「データベース更新中ロ!」

 

 僕から逃げるように距離を取ったろとろとは、しばらくしてから勢いよくこちらへ戻ってきた。

 

「判明したロ! マクノシタじゃなくてドロバンコだロ!」

「やっぱり間違えてるじゃない」

 

 ムーンが呆れたように言うと、ろとろとは画面を左右へ振った。

 

「似てたロ!」

「どこが?」

「雰囲気ロ!」

「図鑑が雰囲気で判断しないでよ」

「ボクもこれから成長するロ!」

 

 完全に開き直ってしまったろとろとを見ながら、僕は思わず笑ってしまった。

 昨日までなら、こんなやり取りもただ騒がしいだけだと思っていたかもしれないけれど、知らない町を歩きながらろとろとが間違え、それを僕たちが指摘し、そうやって新しいポケモンを一匹ずつ知っていくことまで含めて旅なのだと思えば、こういう時間も悪くない。

 

「でも、本当に知らないポケモンが多いね」

 

 僕がドロバンコを眺めながら言うと、ククイ博士は歩みを緩めてこちらを振り返った。

 

「アーカラ島はメレメレ島より広いからね。それに、同じ島の中でも環境がかなり違っていて、海岸もあれば牧場もあるし、森や火山もあるから、生息しているポケモンも場所によって大きく変わるんだ」

「そういう違いも島めぐりで見るんですか?」

「もちろん。ポケモンを知るというのは、技やタイプを覚えることだけじゃないからね。どんな場所で暮らし、何を食べ、どうやって人間や他のポケモンと関わっているのかまで実際に見て初めて、そのポケモンを知ったと言えるんじゃないかな」

 

 博士の話を聞きながら、僕は足元を歩いているニャビーへ目を向けた。

 技や戦い方についてなら少しずつ分かってきたつもりだけれど、それ以外のこととなれば、僕はまだニャビーについて知らないことばかりで、何を食べるのが一番好きなのかということさえ自信を持って答えられない。

 

「そういえば、ニャビーは何が一番好きなのかな」

「ニャ?」

 

 突然名前を呼ばれたニャビーが僕を見上げた。

 

「食べ物とか。これを出されたら絶対に食べる、みたいなのない?」

「ニャア」

「それじゃ分からないよ」

「ニャア」

「二回言っても分からないって」

 

 僕が困っていると、隣を歩いていたムーンが吹き出した。

 

「でも、前よりずっと仲良くなったんじゃない?」

「そう見える?」

「少なくとも、最初の頃のニャビーなら今みたいにサンのすぐ横を歩いてなかったと思う」

 

 言われてみれば確かに、以前のニャビーは僕より少し前を歩き、こちらから距離を縮めようとすれば何となく離れていくことが多かったのに、今は足元からほとんど離れずに歩いている。

 ほんの小さな変化なのだけれど、それに気付いた途端、昨日の大試練で得たものが勝利やカクトウZだけではなかったことを改めて実感して、少しだけ嬉しくなった。

 

「ところで博士、ライチさんのところってまだ遠いの?」

 

 ムーンが前方へ視線を向けながら尋ねると、博士はすぐ近くにある一軒の店を指差した。

 

「もう着いてるよ。あそこがライチさんの店さ」

「しまクイーンって、お店もやってるんだ」

 

 店先や窓際には色とりどりの石やアクセサリーが並べられており、陽の光を受けた石の表面がきらきらと輝いている。

 

「ライチさんは石が好きなんだよー」

 

 ハウが得意そうに説明する。

 

「いわタイプを使うから?」

「それもあるかもしれないけど、普通に宝石とかも好きなんじゃないかなー」

「本人の前で適当なことを言わない方がいいと思うよ」

 

 ムーンがそう注意した直後、まるで会話を聞いていたかのようなタイミングで店の扉が開いた。

 

「あら、誰が適当なことを言ってるのかしら?」

「ライチさん!」

 

 店から出てきた女性はハウを見ると少し驚いたように目を丸くしたあと、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ハウじゃない。ずいぶん大きくなったわね」

「そうかなー?」

「前に会った時よりはね。それに、そっちの子はムーンでしょ?」

「お久しぶりです」

 

 ムーンが軽く頭を下げるところを見ると、二人とも以前からライチさんとは面識があるらしい。

 やがて彼女の視線が僕へ移り、そのまま足元のニャビーまでゆっくりと下がっていった。

 

「それで、あなたがサンね」

「僕のこと、知ってるんですか?」

「ハラさんから連絡をもらってるもの。メレメレ島の大試練を越えた新しい島めぐりの挑戦者が三人、こっちへ向かっているってね」

 

 ライチさんはそう言いながらしゃがみ、ニャビーへ視線を合わせた。

 

「あなたがニャビーね。なかなかいい顔してるじゃない」

「ニャア」

 

 ライチさんが手を伸ばそうとした途端、ニャビーは反射的に一歩だけ僕の後ろへ下がった。

 

「すみません」

「あら、謝ることじゃないわよ。警戒心が強いのね」

 

 無理に触れようとはせず、ライチさんはそのまま立ち上がった。

 

「こういう子と仲良くなるのは時間がかかるけど、そのぶん一度信頼してもらえた時は嬉しいものよ」

「はい」

 

 昨日の大試練で、自分から僕へ身体を寄せてきたニャビーの姿を思い出しながら答える。

 

「それで、三人ともアーカラ島の試練へ挑むのね?」

「もちろんー!」

 

 ハウが真っ先に答え、ムーンも迷わず頷いたので、僕も二人に続いた。

 

「僕も挑みます」

「いい返事ね。それなら、まずはせせらぎの丘を目指すといいわ。そこで待っているのがキャプテンのスイレンよ」

「スイレンさん……」

「水タイプのポケモンを得意にしている子だから、サンは少し考えて挑んだ方がいいかもしれないわね」

 

 ライチさんがニャビーへ視線を向けたことで、その意味はすぐに分かった。

 

「ニャビーが炎タイプだからですか」

「そういうこと。でも、相性が悪いから勝てないなんてことはないわ。相性を知ったうえでどう戦うのかを考えるのもトレーナーの仕事だし、何より島めぐりは一匹のポケモンだけで最後まで進まなくちゃいけない旅でもないからね」

 

 その言葉を聞いて、僕は自分がまだニャビー以外のポケモンを一匹も捕まえていないことを改めて意識した。

 アローラへ来てから何匹ものポケモンと出会ってきたけれど、ニャビーと出会ったばかりだったこともあり、まずはこの子のことを知りたいという気持ちが強く、次の仲間を探そうとはあまり考えてこなかった。

 

「新しい仲間も、そろそろ考えた方がいいのかな……」

「必要だから捕まえる、という考え方だけじゃなくてもいいのよ」

 

 僕の呟きを拾ったライチさんが、穏やかな声で続けた。

 

「旅をしていれば、この子と一緒に行きたいと思えるポケモンに出会うことがあるし、向こうからあなたについて行きたいと思ってくれることだってある。その時に考えればいいんじゃない?」

「はい」

「さて、真面目な話はここまでにしましょうか。せっかくカンタイシティまで来たんだから、少しくらい町を見ていったら? せせらぎの丘は逃げないわよ」

「それ、昨日も似たようなことを言われた気がする」

 

 僕が呟くと、ムーンが可笑しそうに笑った。

 

「サン、すぐ先へ進もうとするからじゃない?」

「そうかな」

「そうだと思う」

「俺は先にマラサダ食べたいー!」

 

 ハウが唐突に言い出したので、ムーンは今度こそ呆れた顔をした。

 

「船に乗る前にも食べてたでしょ」

「船でも食べたよー」

「じゃあ、どうしてもうお腹が空いてるの?」

「港からここまで歩いたからかなー」

「ほとんど歩いてないけど」

「でもさー、アーカラ島で食べるマラサダは、メレメレ島で食べるマラサダと違うかもしれないよー」

「同じじゃないの?」

「それは食べてみないと分からないってー」

 

 そう言われると、僕まで少し気になってしまう。

 

「サンまでそんな顔しないでよ」

 

 ムーンがすぐに気付いた。

 

「僕、何も言ってないけど」

「食べたいって顔してる」

「……ちょっとだけ」

「ほらー!」

「何が、ほら、なのよ」

 

 三人でそんな話をしていると、ライチさんが楽しそうに声を上げて笑い、それからククイ博士と何か話し始めたので、僕たちは少し離れたところで待つことになった。

 ハウは早くも近くの店を覗き込み、ムーンはそんなハウが勝手にどこかへ行かないよう見張っている。

 その二人から少し離れたところで、リーリエはいつものように大きな鞄を胸元へ抱えていた。

 

「リーリエ、ほしぐもちゃんはもう大丈夫?」

「はい。今は落ち着いています」

 

 船を降りた直後のことが気になって尋ねると、リーリエは鞄へそっと視線を落とした。

 

「さっき光ってたけど、あれはよくあることなの?」

「ほしぐもちゃんが光ること自体はあります。でも、さっきのように何かへ反応しているような様子は、あまり見たことがありません」

「何に反応したのかは?」

「それが分からないんです。ただ……」

 

 そこでリーリエは言葉を切り、周囲を気にするように一度だけ視線を動かした。

 

「メレメレ島でも、一度だけ似たことがありました」

「似たこと?」

「はい。ほしぐもちゃんを連れて遺跡の近くへ行った時、急に鞄の中で落ち着かなくなって、外へ出ようとしたことがあったんです。その時はカプ・コケコが近くにいたので、それに反応したのだと思っていました」

「じゃあ、今回は?」

「分かりません。この近くにカプがいるとも思えませんし、それに……」

 

 リーリエは鞄の上からほしぐもちゃんを守るように手を重ねた。

 

「さっきは、どこかへ行きたがっているというより、何かに呼ばれているように見えました」

 

 呼ばれているという言葉が妙に耳へ残った。

 僕は港で起きた出来事を思い返し、ほしぐもちゃんが突然光った直後に、ろとろとが正体不明の信号を受信したことを考える。

 二つの出来事がほとんど同時に起きた以上、完全な偶然だったとはどうしても思えなかった。

 

「ろとろと、さっきの信号ってまだ残ってる?」

「ログなら残ってるロ」

「見せてもらえる?」

「いいロ!」

 

 ろとろとの画面にいくつもの文字と波形のようなものが表示されたものの、僕にはその意味がほとんど分からなかった。

 

「これがさっきの信号?」

「そうロ。ただ、すっごく短かったから完全には記録出来なかったロ」

「声みたいなのは入ってなかった?」

「今回はなかったロ。でも、ちょっと変なんだロ」

「何が?」

「普通の通信だったら、発信元とか使ってる周波数とか、何かしら手掛かりが残るはずなんだロ。でもこれは、それがないロ」

 

 ろとろとは画面の波形を拡大する。

 

「正確に言うと、ないんじゃなくて、ボクが知ってる通信の形と合わないロ。遠くから飛んできた電波とも違うし、近くの機械が出した信号とも違うロ」

「じゃあ、どこから来たの?」

「分からないロ」

 

 いつもなら自信満々に答えるろとろとが、珍しく声を小さくした。

 

「ただ、受信した瞬間だけ、位置情報がおかしくなったロ」

「位置情報?」

「ボクは今ここにいるのに、ほんの一瞬だけ『ここじゃない場所にいる』って表示されたロ」

 

 背中に、理由の分からない寒気が走った。

 

「故障じゃなくて?」

「違うロ。すぐ元に戻ったし、ほかの機能は正常だったロ」

 

 ろとろとの画面には、受信時刻と一緒に位置情報らしい数字が表示されていたけれど、その一部分だけが記号のように崩れ、読み取れなくなっている。

 

「ククイ博士には?」

「あとでログを見せる約束してるロ」

「そっか」

 

 それなら僕たちだけで考えても仕方がないのかもしれない。

 そう思ったところで、隣にいたリーリエが画面を見たまま動かなくなっていることに気付いた。

 

「リーリエ?」

「……今の通信は、前にもあったんですか?」

「あったよ。メレメレ島で一度だけ、ろとろとに知らない通信が入ったんだ。ほとんど途切れていて聞き取れなかったんだけど、いくつか言葉みたいなものが残ってて……」

「どんな言葉だったんですか?」

 

 リーリエの声から、先ほどまでの柔らかさが消えていた。

 

「確か、国際とか、アローラとか、それから……ウルトラ、って聞こえた気がする」

 

 その瞬間、リーリエの表情が明らかに強張った。

 今度は見間違いではなく、胸元の鞄を抱く腕へ力が入り、顔から血の気が僅かに引いていくのが分かった。

 しかも、それに呼応するように鞄の中でほしぐもちゃんが身じろぎし、布越しにごく淡い光が一度だけ滲んだ。

 

「ほしぐもちゃん?」

 

 リーリエが慌てて鞄を押さえる。

 光はすぐに消えたけれど、僕は今度こそ見逃さなかった。

 僕が『ウルトラ』という言葉を口にした直後だった。

 

「リーリエ、その言葉を知ってるの?」

「……」

 

 すぐには返事がなく、リーリエは何かを迷うように僕と鞄の間で視線を動かしたあと、申し訳なさそうに俯いた。

 

「すみません。今は、まだ話せません」

 

 知らないのではなく、話せないのだと彼女は言った。

 それなら何かを知っているということになるし、何より今のほしぐもちゃんの反応まで偶然だとは思えない。

 それでも、リーリエがこれほど怯えた顔をしているのを見てしまえば、ここで無理に聞き出そうとは思えなかった。

 

「分かった。リーリエが話したくなったら、その時に聞くよ」

「……聞かないんですか?」

「僕だって、話したくないことを無理に聞かれたら嫌だから。それに、今すぐ知らなきゃいけないことなら、たぶんリーリエの方から話してくれると思うし」

 

 リーリエは少し驚いたように僕を見つめたあと、張り詰めていた表情を僅かに緩めた。

 

「ありがとうございます」

「うん」

 

 それ以上は聞かなかったけれど、『ウルトラ』という言葉とほしぐもちゃん、そして正体の分からない通信がどこかで繋がっているのではないかという疑問だけは、以前よりもはっきりと僕の中へ残った。

 何より気になったのは、ろとろとの位置情報が一瞬だけ『ここではない場所』を示したということだった。

 遠くから届いた通信なら、まだ分かる。

 けれど、今いる場所そのものが一瞬だけ別の場所として認識されたのだとすれば、それは僕の知っている『通信』という言葉だけでは説明出来ないような気がする。

 

「サン、リーリエー! マラサダ行くよー!」

「だから勝手に決めないでって言ってるでしょ!」

 

 少し離れたところからハウの声が聞こえ、その隣ではムーンが怒っていた。

 

「僕たちも行こうか」

「はい」

 

 リーリエと並んで二人のところへ向かおうとしたところで、僕の横を飛んでいたろとろとが不意に速度を落とした。

 

「……ロ?」

「どうしたの?」

「何でもないロ」

「本当に?」

「本当ロ!」

 

 ろとろとは妙に慌てた様子で画面を消した。

 ただ、その画面が暗くなる直前、僕は信号の記録の末尾に、さっきまでは気付かなかった二つの数字が残っているのを見た。

 

『01』

 

 文章でもなければ誰かの名前にも見えず、それだけでは何を意味しているのか見当もつかなかった。

 けれど、その数字が表示される直前、一瞬だけ別の文字列が画面を横切っていたことにも気付いていた。

 ほとんどが壊れていて読むことは出来なかったものの、一箇所だけ、ろとろとが最初に受信した通信と同じ文字が残っていた。

 

『ULT――』

 

 そこで記録は途切れている。

 ウルトラという言葉を口にした時、リーリエは怯え、ほしぐもちゃんは光った。

 そして、ろとろとの中にも同じ言葉が残っている。

 それらが何を意味しているのかはまだ分からなかったけれど、少なくとも、僕たちの知らないところで何かが起きているのだということだけは、もう偶然として片付けることが出来なくなっていた。

 

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