南の島の大冒険!! -Alola Generation- 作:natsuki
ライチさんと別れたあと、結局ハウの強い希望に押し切られる形で僕たちはカンタイシティのマラサダショップへ立ち寄ることになり、船に乗る前にも船の中でも何かを食べていたはずのハウが三つ目のマラサダへ手を伸ばしたところで、さすがにムーンから食べ過ぎだと止められた。
「だって、アーカラ島のマラサダだよー?」
「だから何が違うのよ」
「アーカラ島で食べてる」
「場所の話しかしてないじゃない」
「でも美味しいよー」
「それは否定してないけど」
そんな二人のやり取りを聞きながら、僕も買ったばかりのマラサダを一口齧ると、揚げたての生地から甘い香りが広がり、確かにハウが何個も食べたくなる気持ちだけは少し分かった。
もっとも、それを認めたら四つ目を買いそうだったので口には出さなかった。
「ニャビーも食べる?」
「ニャ」
足元にいたニャビーへ少しだけ差し出してみたものの、匂いを嗅いだだけで顔を背けられてしまった。
「甘いのは好きじゃないのかな」
「ニャア」
「やっぱり分からない」
「サン、さっきからニャビーに食べ物の好みばっかり聞いてるねー」
「だって気になったから」
「ポケマメをいろいろ試してみれば?」
ムーンに言われて、なるほどと思う。
「それなら分かるかも」
「ニャビーの好きな味が分かったら、サンも少しはトレーナーらしくなるかもしれないね」
「今は?」
「まだニャビーに世話してもらってる感じ」
「そんなことないよ」
「ニャア」
「ニャビーまで肯定しないでよ」
ムーンとハウが同時に笑い、それを見たニャビーまでどこか満足そうな顔をしたので、僕だけが納得出来ないまま店を出ることになった。
その後はククイ博士とリーリエがカンタイシティに残ることになり、僕たち三人はライチさんから教えてもらった最初の試練を目指して、せせらぎの丘へ向かうことになった。
「博士は一緒じゃないんですね」
「ここから先は君たちの島めぐりだからね。それに、僕はちょっと調べたいこともある」
博士がそう答えた時、僕はろとろとに残っている正体不明の通信を思い出した。
「さっきの信号ですか?」
「それもあるよ」
ククイ博士は普段と変わらない調子で笑っていたけれど、ろとろとから通信のことを聞いた時に一瞬だけ見せた表情を、僕は覚えている。
「何か分かったら教えてください」
「もちろん。その代わり、君も変な通信を受け取ったら消さずに残しておいてくれよ」
「分かりました」
「ボクがちゃんと保存しておくロ!」
ろとろとが胸を張るように身体を反らした。
「それじゃあ、島めぐりを楽しんでおいで。スイレンの試練は、見た目ほど簡単じゃないからね」
「見た目ほど?」
「行けば分かるさ」
意味深な言葉だけを残し、博士はリーリエと一緒に町の中心部へ戻っていった。
リーリエは別れ際にも何度かこちらを振り返っていたけれど、僕ではなく、僕の隣を飛んでいるろとろとを見ていたような気がする。
『ウルトラ』という言葉を聞いた時の彼女の反応は、今でも気になっている。
けれど、話せる時に話してくれればいいと自分から言った以上、今は待つしかない。
「サンー、置いてくよー!」
「あ、待って!」
いつの間にか先へ進んでいたハウを追い、僕はニャビーと一緒に走り出した。
カンタイシティを出ると、景色はすぐに変わった。
建物が並んでいた町並みは少しずつ背後へ遠ざかり、代わりに道の両側には南国らしい濃い緑が広がっていく。メレメレ島にも自然は多かったけれど、アーカラ島の緑はもっと深く、山の方角を見れば森が幾重にも重なるように続いていて、時折その奥から聞いたことのないポケモンの鳴き声が響いてきた。
「本当に広いんだね」
「まだ入口みたいなものだよー」
ハウは慣れた様子で歩いている。
「せせらぎの丘まで、このまま行けるの?」
「途中でオハナタウンを通るよ。牧場もあるし、その先がせせらぎの丘」
「結構遠いんじゃない?」
「歩いてれば着くってー」
「その説明、何の役にも立ってないよ」
ムーンに呆れられてもハウは気にせず、道端にいたポケモンへ話しかけたり、木になっているきのみを見つけたりしながら先へ進んでいく。
僕も最初は周囲を眺めながら歩いていたけれど、やがてニャビーが何度も同じ方向へ顔を向けていることに気付いた。
「どうしたの?」
「ニャ」
ニャビーが見ているのは、道から少し外れた草むらだった。
風が吹くたびに草が揺れているだけに見える。
「何かいる?」
問いかけると、ニャビーの耳がぴくりと動いた。
次の瞬間、草むらから小さな影が飛び出した。
「うわっ!」
反射的に一歩下がった僕の前を横切り、反対側の茂みへ飛び込もうとしたのは、小さな茶色いポケモンだった。
「ろとろと!」
「任せるロ!」
すぐにろとろとが飛び出す。
「ツツケラだロ! くちばしで一秒間に十六連打することが出来るポケモンだロ!」
「十六回?」
「木をつついて穴を開けたり、仲間と合図を送ったりするロ!」
ツツケラは僕たちを警戒しているらしく、少し離れた枝へ止まると、こちらをじっと見ていた。
「捕まえてみる?」
ムーンが尋ねる。
「え?」
「新しい仲間。ライチさんに言われてたでしょ」
「うん。でも……」
ツツケラを見る。
可愛いとは思う。
一緒に旅をすれば頼もしいかもしれない。
飛行タイプなら、これからの戦いでニャビーとは違うことも出来る。
けれど、モンスターボールへ手を伸ばそうとしても、何となく違う気がした。
「今はいいかな」
「どうして?」
「分からないけど、今じゃない気がする」
「そっか」
ムーンはそれ以上何も言わなかった。
ツツケラも僕たちに襲われないと分かったのか、やがて枝から飛び立ち、森の奥へ消えていく。
「欲しいポケモンが決まってるのー?」
ハウが尋ねてきた。
「そういうわけじゃないよ」
「じゃあ、出会ったら分かるんじゃない?」
「ハウもそう思う?」
「俺はお腹空いたら分かるよー」
「何の話?」
「食べたいもの」
「ポケモンの話してたんだけど」
全然参考にならなかった。
それでもライチさんの言葉を思い出すと、焦って仲間を増やす必要はないのだろうと思えた。
ニャビーと出会った時だって、最初からこの子を選ぶと決めていたわけではない。
いつか、そういう出会いがもう一度あるのかもしれない。
オハナタウンを抜け、その先へ進む頃には太陽もかなり高くなっていた。
道の傾斜が少しずつ増し、やがて遠くから水の流れる音が聞こえてくる。
「そろそろだよー」
ハウが言う。
進むにつれて水音は大きくなり、木々の間から川面が見え始めた。
せせらぎの丘という名前から、小さな川が静かに流れている場所を想像していたけれど、実際には思っていたよりずっと広く、水辺に沿って緩やかな丘と岩場が続いている。
澄んだ水の中にはポケモンらしい影がいくつも泳いでおり、時折水面が小さく揺れた。
「綺麗だね」
「でしょー?」
「ハウが自慢することじゃないと思う」
ムーンが言った時だった。
「あら、島めぐりの方ですか?」
水辺の方から声がした。
振り向くと、青い服を着た女の子が釣り竿を手にこちらへ歩いてくる。
穏やかな笑顔を浮かべているけれど、その目は僕たち三人を順番に観察するように見ていた。
「スイレンさん!」
ハウが手を振る。
「お久しぶりです、ハウさん。ムーンさんも」
「お久しぶりです」
ムーンが答える。
やっぱり二人は知り合いらしい。
「ということは、あなたがサンさんですね」
「はい」
「お話はライチさんから聞いています。メレメレ島の大試練を突破されたとか」
「昨日ですけど」
「それはおめでとうございます」
スイレンさんは丁寧に頭を下げ、それから僕の足元へ視線を落とした。
「そのニャビーが、サンさんのパートナーですね」
「はい」
「炎タイプですか」
口元に小さな笑みが浮かぶ。
「これは、試練が楽しみですね」
やっぱり水タイプとの相性を言っているのだろう。
「試練って、ここでバトルするんですか?」
「いいえ」
スイレンさんは首を横へ振った。
「私の試練では、せせらぎの丘にある水場を調べてもらいます」
「調べる?」
「最近、水面が不自然に泡立つことがあるんです。野生のポケモンが原因だとは思うのですが、いつもと様子が違っていますので、その正体を確かめてください」
「それだけ?」
ハウが聞くと、スイレンさんはにっこり笑った。
「それだけですよ」
「何か怪しい」
ムーンが小声で言う。
「聞こえていますよ」
「やっぱり怪しい」
スイレンさんは笑顔を崩さない。
「それでは、まず一つ目の水場へご案内します」
僕たちはスイレンさんについて、水辺に沿って歩き始めた。
道の片側には川が流れ、反対側には岩肌と木々が続いている。
水の中には時々ポケモンの影が見え、そのたびにろとろとが嬉しそうに飛び回った。
「コイキングだロ!」
「それは僕でも分かるよ」
「じゃあ、あれはどうロ!」
「え?」
「ニョロモだロ!」
「答え言ってるじゃない」
「図鑑の仕事ロ!」
そんなことを繰り返しながら歩いていると、前を行くスイレンさんが立ち止まった。
「ここです」
川の一部が、確かに不自然に揺れていた。
風はほとんど吹いていないのに、水面の一箇所だけが激しく波打ち、中心から次々と泡が浮かんでいる。
「何かいるね」
ムーンが水面を覗き込む。
「近づいてみますか?」
スイレンさんに言われ、僕は水辺へ一歩近づいた。
その途端だった。
水面から何かが飛び出し、僕の顔のすぐ横を勢いよく通り過ぎた。
「うわっ!」
「ニャ!」
ニャビーがすぐに僕の前へ出る。
飛び出してきたものは地面へ落ちる前に身体を捻り、再び水の中へ入っていった。
「今の何?」
「ろとろと!」
「もう調べてるロ!」
水面へ近づいたろとろとの画面に、一匹の魚のようなポケモンが表示される。
「ヨワシだロ! 一匹だととっても弱くて、危険を感じると目から光を出して仲間を呼ぶポケモンだロ!」
「ヨワシ……」
名前まで弱そうだ。
「それが水面を荒らしてたの?」
「どうでしょう」
スイレンさんは意味ありげに答えた。
水面を見ると、さっきまで激しく揺れていた場所が少しずつ静かになっていく。
「逃げた?」
「おそらく上流へ向かったのでしょう。次の水場へ行ってみましょうか」
僕たちは再び歩き出した。
ところが、二つ目の水場でも同じことが起きた。
水面が激しく泡立ち、近づくとヨワシが飛び出し、僕たちを見るなり上流へ逃げていく。
「なんだか誘導されてない?」
ムーンが言った。
「誘導?」
「私たちが近づくたびに同じ方向へ逃げてるから」
「確かに」
僕も気になっていた。
スイレンさんを見る。
「どう思います?」
「どうでしょうね」
「絶対何か知ってますよね?」
「私はただのキャプテンですから」
「答えになってないです」
スイレンさんは微笑んだまま、先へ進む。
どうやら自分たちで確かめるしかないらしい。
さらに奥へ向かうにつれて、川幅は少しずつ広がっていった。
水音も大きくなり、空気に含まれる湿気が肌へまとわりつくようになる。
そして三つ目の水場が見えたところで、ニャビーが突然足を止めた。
「ニャ……」
「どうしたの?」
毛が僅かに逆立っている。
これまでのヨワシを見た時とは違う。
明らかに何かを警戒していた。
「サン」
ムーンも気付いたらしく、声を低くする。
「水、見て」
言われて、水面へ目を向けた。
最初は何が違うのか分からなかった。
けれど、じっと見ているうちに気付いた。
一箇所だけではない。
あちこちで小さな泡が生まれている。
その下を無数の影が泳いでいた。
「これ……全部ヨワシ?」
「そうみたいだねー」
さすがのハウも、少しだけ声が真面目になっている。
「こんなにいるの?」
「ヨワシは危険を感じると仲間を呼ぶロ!」
ろとろとが僕の横へ飛んでくる。
「でも、これだけの数が集まるのは――」
そこで、ろとろとの声が途切れた。
「ろとろと?」
「……ロ?」
画面に一瞬だけ砂嵐が走った。
まただ。
「信号?」
「違うロ。今のは……」
ろとろとが言いかけた直後、水中のヨワシたちが一斉に動きを止めた。
まるで何かを感じ取ったように。
何十匹もの小さな身体が、同じ方向へ向く。
川のさらに奥。
僕たちがこれから向かおうとしていた方向だった。
「何かいる?」
僕が尋ねても、誰も答えなかった。
次の瞬間、ヨワシたちの身体が淡く光り始めた。
一匹だけではない。
水の中にいる全てのヨワシが同時に光り、その光が水面の下で線を描くように動き始める。
「何これ……」
「ヨワシの特性です」
それまで黙っていたスイレンさんが答えた。
「仲間を呼び、集まり、一つの大きな存在として戦う。それがヨワシの『ぎょぐん』です」
光が集まっていく。
小さな魚の群れだったものが、次第に一つの巨大な影へ変わっていく。
僕は思わず後ずさりしそうになったけれど、その足へニャビーの身体が触れた。
「ニャア」
見下ろすと、ニャビーは逃げるどころか、巨大になっていく影を真っ直ぐ見据えていた。
「……そうだね」
僕も逃げるわけにはいかない。
けれど、その時だった。
ろとろとの画面に、もう一度だけ砂嵐が走った。
『――02』
一瞬だけ表示された数字は、カンタイシティで見たものとは違っていた。
「ろとろと、今の!」
「ボクも見たロ!」
「01じゃなかったよね?」
「02だったロ!」
偶然ではない。
少なくとも僕には、そう思えた。
カンタイシティで『01』。
そして、せせらぎの丘で『02』。
しかも今度は、ヨワシたちが一斉に異常な反応を見せた瞬間だった。
「サン!」
ムーンの声で我に返る。
水面が大きく盛り上がり、集まったヨワシたちが巨大な一匹のポケモンのような姿を作り上げていた。
その身体が水面から姿を現すだけで大量の水が押し退けられ、波となって岸へ打ち寄せる。
「これが……ヨワシ?」
「ヨワシのむれたすがたです」
スイレンさんが静かに答える。
そして僕を見る。
「サンさん。ここからが、私の試練です」
「やっぱりそうなんですね」
「はい」
最初から分かっていたのだろう。
少しだけ恨めしい。
でも。
僕の前にはニャビーがいる。
相手は水タイプ。
こちらは炎タイプ。
相性だけを考えれば、明らかに不利だった。
ライチさんに言われた言葉を思い出す。
『相性が悪いから勝てない、なんてことはないわ』
その通りなのか。
確かめるには、ちょうどいい。
「ニャビー」
「ニャア!」
「やろう」
僕の声にニャビーが応え、巨大なヨワシへ向かって一歩踏み出す。
せせらぎの丘を揺らすような水音の中で、アーカラ島へ来て初めての本当の試練が始まろうとしていた。