南の島の大冒険!! -Alola Generation- 作:natsuki
水面から姿を現したヨワシは、僕が知っている魚のポケモンとは比べものにならないほど巨大で、何十匹もの小さな身体が寄り集まって一匹のポケモンを形作っているという説明を聞いても、目の前でゆっくりと尾びれを動かしている姿からは、どうしても一つの生き物にしか見えなかった。しかも、その身体が僅かに動くだけで水面には大きな波紋が広がり、岸辺の岩へぶつかった水が飛沫となって舞い上がるのだから、あれを相手にニャビー一匹でどう戦えばいいのか、すぐには答えが出てこなかった。
「サン、大丈夫ー?」
少し離れたところからハウが声を掛けてきたので、僕はヨワシから目を離さないまま頷いた。
「大丈夫、だと思う」
「何だか自信なさそうだねー」
「だって、あんなに大きいとは思わなかったし……」
「それは俺もびっくりしたよー」
ハウは笑っていたけれど、その隣に立っているムーンは腕を組んだまま、ヨワシの動きを注意深く観察していた。
「サン、あれだけ大きいと普通の攻撃じゃ簡単には倒せないと思う。まずは相手がどう動くのか確かめた方がいいんじゃない?」
「うん、そうする」
僕が答えると、スイレンさんが釣り竿を抱え直しながら微笑んだ。
「相談は終わりましたか?」
「はい」
「それでは、始めましょう。私の試練は、あのヨワシを倒すことです。ただし、相手は野生のポケモンですから、危険だと判断した場合には無理をせず、いったん距離を取ってくださいね」
「分かりました」
僕はニャビーへ視線を落とした。
ニャビーは水辺から少し離れた岩の上に立ち、巨大なヨワシを睨みつけている。炎タイプにとって水は苦手なはずなのに、逃げ出そうとする様子はなく、むしろ僕が指示を出すのを待ちきれないとでも言いたげに、前足で岩の表面を軽く引っ掻いていた。
「ニャビー、まずはひのこ!」
「ニャア!」
ニャビーが大きく息を吸い込み、口から放たれた火の粉が水面へ向かって飛んでいく。ところが、ヨワシは避けようともせずに身体を僅かに傾けただけで、炎はその表面へ届く前に跳ね上がった水飛沫に包まれ、白い蒸気を残して消えてしまった。
「えっ、今の……」
「水を使って防いだんだね」
ムーンの言葉に頷きながら、僕はもう一度ヨワシを見た。
あれだけ大きな身体を持っているのだから、多少の攻撃なら受け止められるはずなのに、わざわざ水を跳ね上げて炎を消したということは、相手もこちらの攻撃を警戒しているのかもしれない。
「だったら、もう一回!」
ニャビーが続けてひのこを放つと、ヨワシは今度こそ大きく身体を動かし、尾びれで水面を叩きつけた。
次の瞬間、僕たちの方へ向かって大量の水が押し寄せてきたので、ニャビーは岩から飛び降りて避けようとしたものの、勢いよく広がる水流は想像以上に速く、着地したばかりの小さな身体をそのまま飲み込んでしまった。
「ニャビー!」
水が引いたあと、ニャビーは濡れた地面に四肢を踏ん張って立っていたけれど、全身の毛が水を吸って重たくなり、いつものような軽快な動きが出来なくなっているように見えた。
「大丈夫?」
「ニャ……!」
ニャビーは身体を震わせて水滴を飛ばすと、僕を一度だけ振り返った。
その目を見れば、まだ戦えると言っていることくらい分かる。
「分かった。でも、無理はしないでね」
「ニャア!」
返事と同時に、ニャビーは再び岩場へ駆け上がった。
ヨワシは水中にいる。
こちらは陸の上にいるのだから、相手が直接攻撃するためには水を飛ばすか、水面から身体を出さなければならない。そう考えると距離を取って戦うのが正しいようにも思えるけれど、ひのこを簡単に防がれてしまった以上、遠くから攻撃を繰り返しているだけでは勝てそうになかった。
「サン、相手の身体をよく見て!」
ムーンが声を上げた。
「身体?」
「一匹のポケモンみたいに見えるけど、全部が同じ動きをしているわけじゃないでしょ?」
言われて目を凝らすと、確かにヨワシの身体を作っている小さな魚たちは、完全に一つになっているわけではなかった。大きな尾びれが動く時には、その付け根にいるヨワシたちが僅かに位置を変えており、頭の部分でも何匹かが周囲を泳ぎながら全体の形を保っている。
「……そうか」
群れになっているから巨大なのだ。
それなら、群れであることそのものが弱点になる可能性だってある。
「ニャビー、もう一度ひのこ! 今度は顔じゃなくて、尾びれの方!」
「ニャア!」
ニャビーが岩の上から炎を放つと、ヨワシは先ほどと同じように水を跳ね上げて防ごうとしたけれど、その間にニャビーは別の岩へ飛び移り、続けざまにひのこを撃ち込んだ。
炎そのものはほとんど届かなかったものの、水面に広がった蒸気の向こうでヨワシの尾びれが僅かに乱れ、そこにいた何匹かが群れから離れて泳ぎ出すのが見えた。
「やった!」
「まだだよ、サン!」
ムーンの声と同時に、ヨワシの身体が大きく沈んだ。
次に水面が盛り上がった時には、離れていたヨワシたちも再び群れへ戻っており、巨大な身体は何事もなかったかのように元の形を取り戻していた。
「そんな……」
「群れを崩しても、すぐに集まっちゃうんだねー」
ハウが感心したように言う。
僕も同じことを考えていたけれど、あの動きを見ているうちに、もう一つ気になることが出てきた。
ヨワシたちは群れから離れても、すぐに元の場所へ戻っていく。
けれど、その動きは決して無秩序ではなく、まるで何かの合図を受け取っているかのように、離れた個体が一斉に同じ方向へ泳いでいた。
「ろとろと、ヨワシってどうやって仲間と連絡を取ってるの?」
「目から出す光で仲間を呼ぶロ! 危険を感じたヨワシが光を出すと、周りのヨワシが集まってくるんだロ!」
「光……」
その説明を聞いた途端、僕は先ほどろとろとに表示された『02』という数字を思い出した。
ヨワシたちが集まり始めた時、ろとろとはまた正体不明の信号を受信していた。
カンタイシティではほしぐもちゃんが光った直後に同じような現象が起きている。
ただの偶然かもしれないし、そもそもヨワシが仲間を呼ぶために使う光と、ろとろとが受信した通信に何の関係があるのかも分からない。それでも、二つの出来事がほとんど同時に起きたことだけは気になっていた。
「サンさん!」
スイレンさんの声で我に返る。
「考え事をしていると、危ないですよ!」
ヨワシが水面から大きく跳ね上がっていた。
巨大な身体が空中へ現れたかと思うと、今度はそのままこちらへ向かって倒れ込むように落下してくる。
「ニャビー、逃げて!」
僕の指示より早く、ニャビーは岩を蹴って横へ跳んでいた。
その直後、ヨワシの身体が水面へ叩きつけられ、辺り一面に激しい水飛沫が広がる。
僕も思わず腕で顔を庇ったけれど、次に目を開けた時、ニャビーの姿が見当たらなかった。
「ニャビー?」
返事はない。
岩場の向こうを探そうとしたところで、水際から小さな鳴き声が聞こえた。
「ニャ……」
ニャビーは岸辺の岩に前足を掛け、どうにか水の中から這い上がろうとしていた。
さっきの水飛沫に巻き込まれたらしい。
「ニャビー!」
思わず駆け寄ろうとした僕の前で、ニャビーは自分の力で岩の上へ登り、濡れた身体を震わせながら立ち上がった。
その足元には水が溜まっていて、呼吸も少し荒くなっている。
「もういいよ。戻ろう」
僕がモンスターボールへ手を伸ばすと、ニャビーは激しく首を振った。
「ニャア!」
「でも、これ以上水を浴びたら……」
「ニャ!」
怒ったような鳴き声に、僕は言葉を止めた。
ニャビーは僕ではなく、目の前のヨワシを見ている。
ハラさんとの大試練でもそうだった。
僕はニャビーが傷つくのを怖がって、まだ戦いたいと思っている気持ちを見落としそうになった。
もちろん、無理をさせていいわけではない。
けれど、ニャビーが自分の意思で戦おうとしているのなら、その気持ちを信じることもトレーナーの役目なのだろう。
「……分かった」
僕はモンスターボールから手を離した。
「もう少しだけ、一緒に頑張ろう」
「ニャア!」
ニャビーが力強く鳴いた。
とはいえ、気持ちだけで勝てる相手ではない。
水の中にいるヨワシへ近づけば、ニャビーは不利になる。
だからといって遠くからひのこを撃っても、水で防がれてしまう。
何か方法はないだろうかと周囲を見回していると、水辺に並ぶ岩の配置が目に入った。
ヨワシのいる場所から少し離れたところに、大きな岩が三つほど続いている。
その岩の間は狭く、巨大なヨワシが身体を入れることは出来ない。
けれど、ニャビーなら簡単に通り抜けられるはずだ。
「ニャビー、あの岩まで走って!」
「ニャ!」
ニャビーが勢いよく駆け出す。
ヨワシはすぐに反応し、尾びれで水を跳ね上げてきたけれど、ニャビーは岩の陰へ飛び込むことで直撃を避けた。
「そのまま右!」
ニャビーは岩から岩へと飛び移り、水面に近い場所まで移動する。
ヨワシも身体を向け直そうとしたものの、巨体が邪魔をしているのか、岩の間にいるニャビーを正面から捉えることが出来ない。
「今だ、ひのこ!」
ニャビーの口から炎が放たれる。
狙ったのはヨワシの身体ではなく、水面だった。
岩と岩の間へ落ちた炎は水に触れて消えたものの、その周辺には一瞬だけ白い蒸気が広がり、ヨワシの視界を遮る。
「ニャビー、もう一回!」
続けて放たれたひのこが、今度はヨワシの頭の近くへ飛んでいく。
ヨワシは水を跳ね上げて炎を消したけれど、ニャビーはその間に別の岩へ移動していた。
「なるほどね」
ムーンが小さく呟いた。
「ヨワシの身体が大きいから、細かく向きを変えるのが難しいんだ」
「そういうこと!」
僕は頷いた。
ヨワシの攻撃は強力だけれど、どれも大きな身体を使うため、攻撃する方向を変えるまでに少し時間が掛かっている。
その隙にニャビーが岩場を移動し続ければ、少なくとも一方的に攻撃されることはなくなるはずだった。
「ニャビー、左の岩へ!」
「ニャア!」
ニャビーは僕の指示に合わせて跳び、ヨワシが身体を向けるより早く次の場所へ移動する。
そして、相手が追いつこうとするたびにひのこを放ち、少しずつ群れの形を乱していった。
何度か同じ動きを繰り返しているうちに、ヨワシの身体を作っていた小さな魚たちの一部が群れから離れ始めた。
「効いてる!」
「でも、まだ数が多いよー!」
ハウの言う通り、ヨワシは依然として巨大だった。
それでも最初と比べれば身体の輪郭が少し曖昧になっており、特に尾びれの辺りでは小さなヨワシたちが頻繁に位置を変えている。
もう少しだと思った。
ところが、僕が次の指示を出そうとした瞬間、ヨワシはそれまでとは違う動きを見せた。
水面へ深く潜り、巨大な影が一度だけ消える。
「……どこへ?」
ニャビーも動きを止めた。
その直後、岩場の下から激しい水流が噴き上がった。
「ニャビー!」
避ける間もなく水を浴びたニャビーは、岩の上から吹き飛ばされ、地面を転がってようやく止まった。
「ニャ……!」
立ち上がろうとしているものの、足元がふらついている。
僕は唇を噛んだ。
こちらが岩場を利用することを覚えたように、ヨワシもまた、僕たちの動きを見て戦い方を変えてきたのだ。
「サンさん」
スイレンさんが静かに声を掛けてきた。
「ヨワシは一匹一匹では弱いポケモンですが、群れになればとても強くなります。ただ、群れを作ることには、単に身体を大きくする以上の意味があるんですよ」
「どういうことですか?」
「仲間と力を合わせるということです。たくさんのヨワシが集まっていても、それぞれが勝手に動いていたら、あんなに大きな身体を保つことは出来ませんから」
その言葉を聞いて、僕は水面に浮かぶ巨大な影を見つめた。
ヨワシたちは一匹一匹が考え、動き、互いに位置を調整しながら一つの身体を作っている。
つまり、あの巨大なポケモンは単にたくさんのヨワシが集まっただけではなく、互いの動きを理解し、協力することで初めて成り立っているのだ。
それは、僕とニャビーの関係にも少し似ている気がした。
「……そうか」
僕はニャビーを見る。
ニャビーはまだ立っていた。
身体は濡れ、呼吸も荒いけれど、僕の指示を待つようにこちらへ視線を向けている。
僕が考えた作戦だけでは、もう勝てない。
相手は僕たちの動きを読んでくる。
だったら、僕もニャビーの動きをもっと見なければならない。
「ニャビー」
「ニャ?」
「次は、僕の指示を待たなくてもいいよ」
ニャビーの耳が動いた。
「君が動きたいように動いて。僕もちゃんと見てるから」
「ニャア!」
ニャビーは嬉しそうに鳴くと、再び岩場へ向かって走り出した。
ヨワシが水を跳ね上げる。
けれど、ニャビーは僕の指示を待つことなく横へ跳び、着地と同時に別の岩へ移動した。
その動きはさっきまでよりもずっと速く、僕が考えていた道筋とは違っていたけれど、ニャビー自身が一番動きやすい場所を選んでいるのだと思えば、無理に修正する必要はなかった。
「そのまま!」
僕はニャビーの動きを追いながら、次に何が出来るかを考えた。
ヨワシが身体を向ける。
ニャビーはそれを見て、岩の上から高く跳び上がった。
「今だ、ひのこ!」
空中から放たれた炎が、ヨワシの頭部へ向かって飛んでいく。
ヨワシは水を跳ね上げようとしたものの、今度は間に合わなかった。
炎が群れの一部へ届き、そこにいたヨワシたちが驚いたように散らばる。
「やった!」
僕が声を上げると、ニャビーは着地した岩を蹴り、さらに別の場所へ移動した。
そのまま二度、三度と攻撃を繰り返すうちに、ヨワシの身体は目に見えて小さくなっていく。
水面を覆っていた巨大な影が少しずつ崩れ、群れから離れたヨワシたちが周囲へ泳ぎ去っていく。
「あと少し!」
僕は思わず身を乗り出した。
ニャビーも勝利が近いと感じたのか、最後の力を振り絞るように岩の上へ駆け上がり、口を大きく開いた。
「ひのこ!」
「ニャアア!」
放たれた炎がヨワシの頭部へ命中した。
次の瞬間、群れの形が大きく崩れ、それまで一匹の巨大なポケモンに見えていた身体が、無数の小さなヨワシへ分かれていく。
水面にはたくさんの波紋が広がり、やがて一匹、また一匹とヨワシたちが水の奥へ消えていった。
最後に残った一匹も、僕たちを振り返るように水面から顔を出したあと、ゆっくりと泳ぎ去っていく。
「……終わった?」
僕が呟くと、スイレンさんがにっこり笑った。
「はい。お見事です、サンさん」
その言葉を聞いた途端、身体から力が抜けた。
「やった……!」
ニャビーのところへ駆け寄ると、ニャビーは僕を見上げ、疲れたように小さく鳴いた。
「ニャア……」
「ありがとう。頑張ったね」
しゃがんで頭を撫でると、いつもなら少し嫌がるニャビーが、今日はそのまま僕の手へ頭を預けてきた。
全身が濡れているせいで毛並みは普段よりずっと重たくなっていたけれど、その温かさを感じた途端、勝てたこと以上に、最後まで一緒に戦えたことが嬉しくなった。
「サン、おめでとー!」
「ありがとう、ハウ」
「途中はどうなるかと思ったけど、最後は上手く戦えてたね」
ムーンも笑いながら近づいてくる。
「ニャビーが自分で動き始めてから、かなり変わったと思う」
「僕もそう思う」
「でも、だからって何でも任せればいいわけじゃないからね。ちゃんと見てないと、今度はニャビーの方が困るんだから」
「分かってるよ」
ムーンの言うことは正しい。
ニャビーを信じることと、全部を任せきりにすることは違う。
僕はその違いを、これからもっと覚えていかなければならないのだろう。
「サンさん」
スイレンさんが近づいてきた。
「こちらをどうぞ」
差し出されたのは、青い光を帯びた小さなZクリスタルだった。
「ミズZです。私の試練を突破した証として、お渡しします」
「ありがとうございます!」
僕は両手で受け取った。
メレメレ島でハラさんからカクトウZを受け取った時にも感じたけれど、Zクリスタルはただの綺麗な石ではなく、試練を越えたという実感を形にしたもののように思える。
「これで、アーカラ島の最初の試練は終わりですね」
「はい。ただし、ここから先も簡単ではありませんよ」
スイレンさんは微笑んだ。
「次はヴェラ火山公園にいるカキさんの試練です。炎タイプのポケモンを得意としている方なので、サンさんのニャビーにとっては、また違った戦いになると思います」
「炎タイプ同士か……」
水タイプが相手だった今回は不利だったけれど、同じ炎タイプならどうなるのだろう。
少なくとも、今回とは違う戦い方を考える必要がありそうだった。
「それと、サンさん」
「はい?」
「一つだけ、聞いてもよろしいですか?」
スイレンさんの声が、少しだけ真面目になった。
「先ほど、ヨワシたちが群れを作る直前に、何か変わったことはありませんでしたか?」
僕は思わずろとろとを見た。
「変わったこと、ですか?」
「はい。普段のヨワシたちは、危険を感じると仲間を呼びます。でも、今日は皆さんが近づく前から、何かに反応しているように見えたんです」
「……実は」
僕はろとろとに起きたことを説明した。
カンタイシティで受信した正体不明の通信。
そこに残っていた『01』という数字。
そして、ヨワシたちが一斉に動きを止めた時、今度は『02』が表示されたこと。
話を聞き終えたスイレンさんは、しばらく考え込むように水面を見つめていた。
「それは、少し気になりますね」
「スイレンさんも何か知ってるんですか?」
「いいえ。ただ、最近この辺りでは、野生のポケモンが普段とは違う行動をすることがあるんです。急に同じ方向を向いたり、何もない場所を警戒したり……」
「何もない場所?」
「はい。私たちには何も見えないのに、ポケモンたちだけが何かを感じ取っているようなことがあるんですよ」
僕はさっきのヨワシたちを思い出した。
群れを作る直前、全てのヨワシが同じ方向を向いていた。
あの時は巨大な群れになるための準備だと思っていたけれど、もし別の理由があったのだとしたら。
「それって、いつ頃からですか?」
「はっきりとは分かりませんが、ここ数日でしょうか。最初は気のせいだと思っていたんですけど、何度か続いたので気になっていました」
「……そうですか」
僕はろとろとを見る。
「ろとろと、今の話も記録しておいて」
「分かったロ!」
ろとろとは元気よく返事をしたものの、すぐには画面を消さず、何かを確認するように何度か表示を切り替えていた。
「どうしたの?」
「ちょっと気になることがあるロ」
「何?」
「さっきの『02』なんだけど、数字が変わっただけじゃないロ」
「どういうこと?」
「『01』と『02』は、別々の通信じゃないかもしれないロ」
ろとろとは画面へ二つの波形を並べた。
「最初に受信した時と、今回受信した時で、同じ部分があるロ。だから、もしかしたら一つの信号を違う場所で受信しているのかもしれないロ」
「じゃあ、どこかからずっと通信が出てるってこと?」
「それはまだ分からないロ。でも、普通の通信なら発信元を探せるはずなのに、これはどうしても見つからないロ」
僕には専門的なことは分からなかったけれど、ろとろとが困っているのは伝わってきた。
「ククイ博士に調べてもらおう」
「そうするロ」
ろとろとは頷き、ようやく画面を閉じた。
その時、僕は何となく空を見上げた。
せせらぎの丘の上には、雲一つない青空が広がっている。
何かが起きているようには見えないし、少なくとも僕の目には、いつものアローラの空と何も変わらなかった。
それでも、スイレンさんが言っていた『何もない場所を警戒するポケモンたち』という話を聞いてしまうと、あの青空の向こうにも僕たちの知らない何かがあるのではないかと思えてしまう。
「サンー!」
ハウの声が聞こえた。
「そろそろ戻ろうよー! 俺、お腹空いたー!」
「また?」
ムーンが呆れた声を上げる。
「だって、バトル見てたらお腹空くじゃんー」
「戦ったのはサンとニャビーでしょ」
「応援も体力使うよー」
「それなら私だってお腹空いてるはずだけど」
「ムーンは我慢強いからー」
「そういう問題じゃない!」
二人のやり取りを聞いているうちに、僕は思わず笑ってしまった。
さっきまで考えていたことが急に遠くなったような気がしたけれど、今はそれでいいのかもしれない。
分からないことは、まだたくさんある。
けれど、僕たちには島めぐりがあるし、次の試練も待っている。
何より、今はニャビーを休ませてあげたい。
「分かったよ。僕もそろそろ戻りたいし」
「じゃあ決まりー!」
ハウが嬉しそうに歩き出す。
僕はニャビーを抱き上げようとしたけれど、ニャビーは自分で歩くと言いたげに首を振ったので、仕方なくその隣をゆっくり歩くことにした。
せせらぎの丘を後にする時、もう一度だけ川の方を振り返る。
水面はすっかり穏やかになり、先ほどまで巨大なヨワシがいたとは思えないほど静かだった。
その向こうで、一匹の小さなヨワシが水面から顔を出した。
僕たちを見ているのか、それとも別の何かを見ているのかは分からない。
ただ、そのヨワシが一度だけ空へ目を向けたように見えたことが、何となく気になった。
そして僕が視線を戻した時、隣を飛んでいたろとろとの画面が、ごく短い時間だけ明滅した。
今度は数字も文字も表示されなかった。
代わりに残っていたのは、さっきの二つの通信を重ね合わせた時にだけ現れる、奇妙な波形だった。
それが何を意味しているのか、僕たちはまだ知らなかった。