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ハンスは鉄の棒──先端が赤く塗装され、九十度曲がった鉄のバールのようなものである『エクス・カリ・バール』で肩を叩きながら目の前の様子をうかがっていた。この『バールのようなもの』は剣の分類に入るのに打撃系武器というちょっと謎がある武器であり、ハンスが個人的に開催していた──掲示板では『ドキッ!ゾンビだらけのハロウィン前夜』と名付けられた──イベントの報酬に大量に用意している物である。因みに、ギルドに入る前も、入ってからも10月29日の夜に決まって開催していた個人イベントである。参加報酬はエクス・カリ・バールとカボチャヘルムである。初めは初心者救済用に始めた武器と防具配付イベントなのだが、いつからか上級者も含めて参加しはじめた。本人は知らないが、密かに人気がある個人イベントである。翌日の10月30日にあるハロウィンイベントの仮装としてカボチャヘルムを被る者は少なくないほどだ。また、ゾンビ(主催者)がバールのようなものを落とすということでゾンビ系のホラゲー愛好家は見学しに来る。
内容は大量に召喚されたゾンビを倒すだけで良いという経験値も貰えて、ゾンビの最大レベルは五という初心者仕様ときた。また、あからさまな上級者が多いとハンス自身が出張るという。また、タブラ・スマラグディナは毎年参加した。途中から──ハンスがギルドに入ってから──は主催側へ替わった。
と、そんな思い入れがある(?)エクス・カリ・バールだが、攻撃力がそこそこ高い以外に特にはない。
なぜこんなことを思い出したかと言えば、目の前にはカボチャヘルムを被った子供が二人いるからだ。パペットマントと呼ばれる黒いマントもサービスであげた。
「────、───」
ほっこりすると言えば良いのか、どこか心が暖かくなる。
ジエットはカボチャヘルムを外してベッドにいる母と話し、ネメルははしゃいでいる。ハンスはといえば、扉の横の壁に背を預けて、部屋の様子をうかがっていた。
「ハンス様」
扉が控えめに開けられて、男が顔を覗かせる。意図的に嫌な表情を作り、バールのようなもので肩を叩いていた手を止める。
「何度も言ってますけど、呼び捨てで構いませんよ」
「そんな、畏れ多い」
深々と頭を下げる。
リアルでは頭を下げる事が多かったから、下げられる側というのは最初は新鮮だった。そう、最初は。
このやり取りは何度目かわからないほどしている。かなり鬱陶しい。ヴルスト様からハンス様にさせるまで時間が掛かった。目標は敬称をなくすことである。いや、せめてさん付けでも妥協しょう。
「で、なに?」
「はい。我々は戻らなくてはなりませんので、今一度、考え直して頂きたく」
わざとらしくため息をつく。
呼び方ほど多くはないが、この話も何度目だったか。
金髪に顔に傷があるこの男──ニグン・グリッド・ルーインはここ、竜王国の人間ではないらしく、スレイン法国から秘密裏に竜王国への援助をしているのだとか。
なぜそんな国同士の極秘事項を話してくれたかと言えば、彼らの信仰する神──六大神は“プレイヤー”らしい。
その内の一人、なんとか聖典が信仰するのはアーラ・アラフと言う。残念ながら、ハンスはその名を聞いた覚えはない。
そして、ニグンが言っているのは帰国しなくてはならないから一緒に来てくれないかと言う事だ。対してハンスは竜王国を観ておきたいので断った。
「考えは変わらないよ。それとごめん。なに聖典だっけ? よんこう?」
「六色聖典が一つ、陽光聖典でございます」
理由があって聞いた訳ではない。覚えられなかっただけである。この世界の事、法国、六大神、六色聖典に王国に帝国、現在いる竜王国。情報が多すぎて一度整理しなくては覚えきれないだろう。
そういう意味も込めて、窓から夕焼け空を眺めながら思い出す。
この
────────── 1
ジエットが泣き止み、事情を聞いてその母を助けに行くには二人も連れて行く必要があった。
家の特定が不可能であるからだ。見た限りでは石造りの家ばかりが並び、判別は屋根の色くらいだろうがそれも多色ではなく、四つほどでほぼ似通っている。
そんな理由から連れて行く必要があるが……問題は足だ。
怪我等の意味ではなく、単純に速さである。
ビーストマンの進行速度が不明ではあるが、急ぐに越したことはない。ならばハンスは全力で走りたいが、それでは二人は付いてこれない。
ハンスが抱えれば良いのだろうが、それでは戦闘になった時に足手まといになる。いままで出会ったビーストマンは弱かった。しかし、すべてが弱いと確定したわけではないのだ。用心はすべきであり、保険はかけておくべきだろう。
となれば、別の足。付いて来れるくらいの足が必要だ。
ハンスはアイテムボックスから羊皮紙──スクロールを八枚取りだし、三枚、四枚、一枚と順に発動させる。
「《
羊皮紙が燃え上がると、魔法陣が地面に浮かびあがる。
灰色の狼に似た姿を持つ
鎖を身にまとい、二本の角が生えている
総八枚の翼を持ち、白と金の鎧を纏い両手に真紅の槍を持つ
「ふむ。上限はないのかな」
ユグドラシルでの召喚系スクロールの同時使用上限である。『ドキッ!ゾンビだらけのハロウィン前夜』ではスキルとスクロールを使用してゾンビを三千体召喚しようとした事があったが、それは現状ではどのように表示されるのか等々、他にも調べたいが後回しにする。
魔狼の1体にジエットとネメルを乗せて案内させ、二体は左右に追尾させて不意な横槍への壁に。悪霊犬の4体は先程倒したビーストマンを運ばせる。死人に口無しと言う通りだが、さすがにただ殺すのは勿体ないので、幾つか試したいスキルの実験台の為に手短に気絶させたに過ぎない。頭を狙えば気絶か朦朧状態になるのは基本だが、二体ほど頭は狙っていない。その二体には別のスキルで麻痺させた。スキル使用に問題はないが、総てを試すためにも実験台は必要だった。
「
頷くと天使は消えた。《
魔狼に乗せたジエットに案内させて、ハンス達はジエットの家へと向かった。
が、魔狼が速すぎて家を通りすぎる等の事もあり、速ければ良いわけではない事をハンスは思い出すように痛感した。
~~~
母親を助けてジエットとネメルをその家に置いて、ハンスは連れてきていたビーストマンと途中で遭遇したビーストマンを捕縛してジエット達の家の向かい側の家に引きこもった。
──ぐちゃと生々しい音が暗い部屋に響く。
「……これくらいかな」
ハンスは呟き、最後の1体のビーストマンだった物を見下ろす。
所有スキルを試し、効果に変更がないか確認する作業はあらかた終わった。
それと同時に種族にあるいくつかのスキルは発動すべきてはない事を理解した。まず、これは使用して試していないが発動すべきではないスキルの一つ、<死と腐敗のオーラ>だが。相手に即死と能力値ペナルティを与えるパッシブスキルだが、この場では発動と同時に都市にいる全ての生物が死に絶えるだろう。それは別にどうでもいいが、その中にはジエットとネメルを含まれるので使用は厳禁だ。ユグドラシルの時からOFFにしているのが幸いして今の今まで発動されなくてよかった。あとは──
「……」
床に跪くのは狼のような頭にがたいのいい体の
この
スキル<
武器を使用しない(ガントレット等の防具も含む)で倒したモンスターを確率(自身よりもレベルに差があると成功率アップ)でゾンビへと変えて復活させる。というパッシブスキルである。ちなみにレベル差が1につき成功率1%アップで、「
簡単に言ってしまうと
それでも、このスキルで復活させたモンスターはレベルがそのままで、指示もきるという強味がある。しかも、種族によるゾンビ化なので、人間種は動死体、竜であればドラゴン・ゾンビとなる。であれば、ビーストマンであればどうなるか。答えはハンスの目の前にあった。
「そろそろジエットの母親にここの情報を聞こうかな」
問題だらけの
家を出ると向かい側の家の扉前には二体の
不意に影が頭上を通りすぎ、反射的に頭を上げれば白い天使が飛んでいた。その姿には見覚えがある。
「
ハンスが呟くのとほぼ同時に天使は反転して道の真ん中辺りで止まった
いつもなら無視するところだが、せっかくスキルで作った手駒を失うわけにはいかない。そもそものスキル発動率云々があるので勿体ないのだ。
「やっぱり
聞いたところで天使は喋らないので、召喚者を手っ取り早く見つけ出そうとハンスは悪霊犬に指示を出す。
そうしてすぐに召喚者を捕らえられた。
「さて、この天使は君が召喚したのかい?」
「は、はい」
「この天使は
「そ、そうです」
全身黒い衣服に身を包み、潜水服のような被り物をした
通りの真ん中──はまずいのでスキルの実験に使用した家の中で拘束はせずに椅子に座らせて、質問のようなある意味拷問のような感じて聞いていた。すぐ隣にはビーストマンの残骸が転がっているが衛生面の配慮はしない。
ハンスは
「あの」
「なんだい?」
「あのビーストマンはあなたが?」
ビーストマンの残骸を指差しながら聞いてきたのでハンスは肯定する。どういう経緯で殺ったかは言わないが、
「是非とも我々にお力をお貸しください!」
椅子から立ち上がるとハンスの肩をつかんで迫ってくる。変な被り物をしているとはいえ、顔が近い。
「内容と報酬次第です」
この場合の報酬は情報だ。第3位階魔法までしか使えない彼には期待できないかもしれないが、「我々」と言っていたので他の者にも聞けるかもしれない。
「わかりました。では、隊長のもとまで」
そう言って即ささと家を出ていく。ついて来いという意味なのだろうが、まさかハンスには拒否権がないようだ。
ジエット達には一声かけてから
その先でニグンと出合い、アンデットだとわかると戦闘になったが
────────── 2
「どういうことだ!」
モモンガの自室に隣接した執務室に怒声が響く。
「も、申し訳ございません!」
執務室にはプレアデスと執事であるセバス達がモモンガのいる机の前に跪き、頭を深々と下げていた。
怒声はモモンガから発せられるが、精神が安定化される。
「……で、今の話は誰にもしていないだろうな?」
モモンガの問いにセバスが代表して口を開く。
「はい。私とプレアデス以外にはこの場の者達しか知り得ません」
その話とは、セバス達が地上探索に出る前に玉座の間への扉前で嗅いだ匂いについてだ。
口元を押さえて考える素振りをするモモンガに対してセバス達は黙って言葉を待つ。
(セバス達の話が本当ならハンスさんが来ている可能性がある。なら、転移直前のあの音は幻聴じゃない? とすればウルベルトさんと建御雷さんも? いや、どちらにしろ、確認すべきだ。でもどうやって? 探索部隊を編成? いやダメだ。外がどのような状況かが問題だ。一般的なレベルも確認しないといけないし……まずは──)
「セバスにプレアデス達よ。この話は以後、私の許可なく誰にも口外してはならん」
『はっ!』
「ではこの話は終わりだ。それと、デミウルゴスとコキュートスをここに呼んできてくれ。その二人には話すべきだろう」
『はい。かしこまりました』
すぐに行動を開始して部屋からセバス達が出ていくのを見送ってから、モモンガは机の上へ視線を落とす。
「ハンスさん、ウルベルトさん、建御雷さん…」
誰にも聞こえないほどに小さく呟く。
(あれ? 今の話をウルベルトさんはデミウルゴスに、建御雷さんはコキュートスに話すのでいいとして、ハンスさんは誰に話せば良いんだ? 創ったNPCは確か四体居たはずだし……8階層に二体、6階層と2階層に一体ずつだったっけ。NPCが動いていると彼らはどうなっているんだろう? とりあえず8階層と6階層の……あのNPC達には近付きたくないなー)
そう考えている時、扉がノックされた。
────────── 3
「じゃあ、竜王国の大都市を見たらすぐにもそっちに行くよ」
馬の手綱を引くニグンに言うと、その場に跪き、感激に震えかの如く涙すら流しだす。
「ありがとうございます。本国には私から話を通しておきます!」
「う、うん」
竜王国の大都市へは観光みたいなもの故、ここまて感謝されると背徳感が込み上げる。
観光が終わったら早々に法国へ向かうべきだろう。
「では、私どもはこれで失礼いたします」
「ああ、待った。これ、あげる」
アイテムボックスからあるアイテムを取り出してニグンに差し出す。
「……よろしいのですか?」
「うん。教えてくれた事はかなり有力だったからね。お礼かな」
「そんな! 我々に天使を貸してくださったことで亜人共を殲滅できたのです。それだけても……」
「はいはい。そういうのはいいから、貰ってくれないと困るんだけど?」
跪いたまま両手で恭しく受け取るとハンカチで包み、懐へ仕舞った。
その後に馬にまたがって湖の方へ向かう。そこから湖を渡って法国へ帰還する経路だ。
走り出してからしばらくして振り向けば、ハンスはまだいた。
「隊長、よかったのですか?」
部下の一人が馬を寄せて聞いてくるがそれはニグンも感じていることだった。
「一緒には行けないと。恐らく大都市にて何かやらなくてはならないことができたのだろう。その用が終われば本国へは来てくださるそうだ」
「そうでしたか」
残念そうに、納得しかねるように返答する部下に苦笑いを浮かべる。
「しかし、あれ程のものをくださるとは……六大神様と同格の“ぷれいやー”というのは間違いないようですね」
「……疑っていたのか?」
ニグンは憤怒を圧し殺した声で、部下を睨みながら問う。
敵対したにも関わらず許し、降臨させた天使を貸し、あまつさえあれほどのアイテムをくださった方に対するのは感謝はあれど疑いなど──
「そ、そういうわけでは……」
「ならよい。しかし、本国から帰還命令とはな」
「全貌は聞いてませんが、なんでも王国関連らしいです」
後編なのに終わらない不思議