朝、目が覚めるとなぜか泣いている。そういうことが、私にはときどきあった。
ずっと、何かを探している。でも何を探しているのか分からない。胸のなかにぽっかり生まれた空洞だけがこの身に残る。いつからか、そんな日々を過ごしてきた。
自分でも理解できないこの喪失感に疲れ、もういいかな、と思う日もあった。
でも、もう少しだけ。
もう少し、が何かなのかも漠然としたまま、でも、もう少しだけ。
これは、そんなある日に唐突に訪れた、きっと運命の出会いの物語。
わたし、宮水三葉に、恋人ができました!
恥ずかしながら生まれてこの方、お付き合いというものをしたことがなかったワイが恋人をゲットした件。
しかしわたし、実は悩んでいるのです。
こういうとき、きっと心が弾んで毎日が幸せに感じられるのだろうと思っていました。
いえ、もちろん知らぬ間に顔がにやけていて同僚に気持ち悪がられたり、帰宅途中に気づけばスキップをしてしまってご近所の方に不審がられたりはしているのですが!
肝心の…か、彼氏(そもそもこの言い方が恥ずかしい…)の前ではうまく表現できず…。
彼氏さんと話していても妙に話が盛り上がらないのです。
男子との会話って無理ゲーじゃないですか!?><
でも、あの人と出逢ってから、あの心にぽっかりと空いた穴はどこかにいってしまった。
だから、大事にしたい。そのためにも一歩を踏み出したい。
今日も仕事が終わったあと、ご飯を食べることになっている。
今日は、今日こそは、ひとつ上のステージにいきます!
そう、彼氏-立花瀧くんを、瀧くんと呼びたいと思います!
梅雨前線がどうたらで列島は雨雫に濡れている。
ここ新宿も類に漏れず、JR南口の改札で天糸を眺めながらひとり決意を新たに-、と。
「あ、えっと…み、宮水さん、待った?」
「あ、た…、立花くん。お疲れ様!えっと待ちました…じゃなくいま来たところ…です」
もう何度も二人で会っているのに、その度に待ち合わせは緊張してモジモジしてしまう。なんだか、もしかしたら今まで会っていた彼は夢なんじゃないかって、なぜかそんなことを思ってしまって。
「えっと、じゃあ予約してる店があるから…。あっ、イタリアンで大丈夫っすか?」
彼はいかにもスーツに着られている社会人といった風体で、それでも本人はきっちり着こなしている様子だから、見るたびになんだか可笑しくなる。
「イタリアン、好きですよ」
家では和食ばかり食べている私だけど、イタリアンを食べるとふわっと心に浮かんでくる風景がある。行ったこともないレストランのホールや厨房。それがなぜだか懐かしい。私ってやっぱり想像力豊か!漫画家は無理でも小説家にはなれるかも?なんて思ったりするけど、不思議なことにそれがフランス料理や韓国料理となるとまるで想像力が働かない。
でも、何故なんだろう。彼が連れてきてくれたお店は、わたしの思い浮かべていたレストラン、そのままだった。
「ラ・ポエムって店で、俺が昔バイトしてたところなんだけど。美味しいんで。って-ええ!?」
大声で驚く彼。
お店に入ってから、自分でも気づかないうちに、私は涙を流していた。そうだ、ここだ。私はここで過ごしたことがある。それはとても忙しくて、でも暖かくて-。
ハッと彼を振り返る。私はいつからか、何が由来かも分からず感極まってしまうことがある。自分自身、説明することができず、もちろん今回も言えるわけがない。
「夢で見たレストランだ」なんて。妄言なんて言われるのがオチだ。
でも彼は、立花瀧くんは微笑んでいた。私の思い込みかもしれないけれど、まるで思い出を共にした人に向けるような笑顔をしていて。
「なんで…」
彼は目を伏しがちに、手を首に当てながら答える。
「たぶん変なこと言ってると思われるだろうけど、むかし一緒にバイトしたやつがいて。もうよく覚えてないんだけどバイト入れすぎとか言われて。み…宮水さん見てたらなんかそれ思い出して」
「そうなんだ…」
私の問いかけに何一つ答えていない、でも心から話しているのが分かる。きっとそのバイト仲間は私なんだ。いや、私はずっと糸守にいたし、こんなお洒落なレストランでアルバイトなんかしていない。でも、心のどこかでそうだって囁いている。
「だからその、なんていうか…。宮水さんが涙を流している理由は分からないけど、俺はこれから共有できる思い出をたくさん作っていきたいし、今までのこともこれからのことも共有したいと思ってる」
今までのこと、糸守のこと、私にはまだ話せていないことがたくさんある。でもこの人ならきっとすべてを受けいれてくれる。
「なんか意味不明なこと言ってるなって感じだと思うけど、きっと端から見たら変なことを言ってるんだろうけど。」
照れた彼の眼差しが、私の瞳と糸で結ばれるように真っすぐになる。
「もう少しだけ…今度こそ、み、三葉…さんと過ごしていきたい…です!」
真っ赤になった彼を見ながら、泣き笑いの顔で私は答える。
「た、瀧くん!私も…!」
「おおー!!!」
不意に沸き起こる歓声。ふと周りを見ると。
「おにいちゃん、がんばれよっ!」
やんやの合いの手、拍手。
私たちは、レストランのお客さん、店員さんがみんなこちらを見ているのに今さら気が付いたのでした…。