瑞葛
2つはたまに見るけどこれ合成したらどうなるのだろうか気になった次第。
本日は快晴、艦載機を飛ばすのには絶好の天気である。いつも元気な瑞鶴は機嫌良さそうにツインテールをぴょこぴょこと揺らしながら外を歩いていた。可愛い女の子が楽しげに歩くその光景はもし世の男性が見ていたのであれば魅力的に映っていたのだろうが、しかしここに男性はいない。というよりかは一般人自体がまずいない。
ここは鎮守府、そして彼女は艦娘。トップクラスの軍事機密の塊である。
さて機嫌良く歩いていた瑞鶴は、ふと建物の影からぬっと出てきた人影に眉をひそめて、そしてその人影が周囲を伺った後に自分の方へへと身体を向けたのを見てうげえ、と声を漏らした。二人の視線が交差する。完全にロックオンされてしまった、いまさらどこかに逃げるのは不可能だろうなあ、と思いながらさっきまでの気分が急降下したのを感じた。
「今日も後ろ姿美人ね、瑞鶴」
向こう側から歩いてきた加賀は瑞鶴と目と鼻の距離までくると挨拶をした。向かい合っている瑞鶴に後ろ姿美人ね、と加賀は言ったのであるが決して彼女は背面歩行というものはしていないし普通に歩いていた。つまり加賀は瑞鶴に対して前を向いているのか後ろ向いているのか分からない、といったことをほのめかすような非常に失礼なことを言っている。
出会うたびにちょっかいを出してくる加賀に瑞鶴はジト目で対応する。また加賀さんは胸が薄いことをネタにしている、と思いながら。というかこの人はこれ以外でイジるネタを持っていないのか。一度ウケたネタを性懲りもなく、何度も何度も繰り返す芸人のようだ。さらに全然面白くないのが更にたちが悪い。
「あのね加賀さん、いま瑞鶴たち向き合ってるでしょ」
「あらごめんなさい。見分けがつかなかったわ」
この一航戦は、と大声を出しそうになったが。だが言ったら言ったで喜々として更にちょっかいをかけてくるのが分かりきっていたので、瑞鶴はヒクヒクと痙攣する頬を抑えながら大人な対応を心がける。このひとはいつもこうやって楽しんでいるのだ。
しかし大声を出しても出さなくても、目の前の一航戦はあれこれつついてくるのだ。正直なところ面倒くさい。
「まったく失礼な一航戦ね」
「それほどでも」
「褒めてないから!」
無視をすればいいというのに、こうやっていちいち反応してしまうから加賀は面白がる。彼女の鉄面皮の下はおそらくニヤニヤ笑いが隠れているのだろう。
もともと加賀はこんなことをする人ではなかったと瑞鶴は思う。いつからこういう関係になったのだったか、昔まではただのこちらを異様に敵視する先輩だったと彼女は記憶している。確かに加賀の言動はあまり褒められたものではなかった。他人との会話というものが苦手で、それで色々とこじれていたのだ。本当は情の深い人だと今では知っている。
加えて加賀には自分たちのせいで彼女らは、という思いがあったらしいのだが瑞鶴は知らない。姉の翔鶴は薄々気付いていたみたいではあるが。
いろいろとあって少し前までのとっつきにくい先輩ではなく、少し不思議でズレた面白い先輩だなあと瑞鶴は加賀に対して認識している。鬱陶しいことが多いけれども。いや多いんじゃなくて常に鬱陶しい、構ってちゃんかアンタは。いいや実際彼女は構ってちゃんなのである。
「そういえば先日撮影をしたのだけれど」
「露骨に話を逸らしたわこの人」
「着物があまり似合わなかったようで、いつもの服装で撮影することになったの」
「はあ」
一体なにを言いたいのだろうか、と思いながら続きを促す。
「瑞鶴のように細身だったなら良かったのに」
「それって嫌味?」
加賀は実際豊満である、瑞鶴とは違うのだ。恨めしそうに瑞鶴は加賀の一部分を睨みつける。視線だけでこいつをいただけたら、とすごい形相であった。これは外には見せられないし、乙女のしていい顔ではない。
「それで着物を綺麗に着こなすべくダイエットを始めたのだけれど」
「嫌味? ねえ、嫌味でしょ加賀さん」
「ダイエットをしているはずなのに体重が増えてしまったわ」
はあ、とわざとらしいため息をついて彼女は胸に手を当てる。あまり動かない表情筋を総動員していかにも私は困っていますよ、というような表情を作ろうとするがあまり普段と変わっていない。しかしそれを指摘する気力がなくなってきた瑞鶴は薄々感づいていることに問いを投げる。
「……なんで胸に手を当ててるの」
「他意はないわ。それはそうと瑞鶴、あなたはちっとも成長していないわね」
「他意ありまくりじゃない!」
このひとは瑞鶴の胸をフルフラットとでも言いたいのか、これでも一応は成長したんだぞ。そう思いながらなんて言ってやろうか考えていたのだが、ふと加賀の後方から駆けてくる姿が見えた。あの見慣れた同類は葛城だ。加賀と同じく瑞鶴を弄ってくる後輩である。
葛城とは雲龍型の末娘。色々あって実戦をあまり経験していない娘。航空母艦の末っ子ということもあり目をかけられることの多い雲龍型の中でも特に可愛がられているのがこの葛城という空母。世の男性が血涙を流して羨ましがるような甘やかされ方を空母たちからされているのだが、それはさておき。
葛城はちょっと前までは挨拶するだけでガチガチに緊張していて、少しは楽にしてくれたらいいのにと瑞鶴は思っていたのだが今は楽にするどころか加賀に悪乗りしてくる。なんという後輩だろうか、先輩のことをなんだと思っているのか。自分のことを棚に上げて瑞鶴はそう考えている。
「おはようございます加賀先輩、瑞鶴先輩」
「なんで加賀さんが先なのよ」
「一番上を敬っただけですよ。ね、加賀先輩」
「そうね、私が一番上ですもの」
むふー、と鼻から息を吐いてちょっと自慢気に胸を逸らす加賀。
「だからなんで胸に手を当てるかな」
加賀は大層自分の身体に自信があるようだ。それはまあ、確かにすばらしいプロポーションではあるのだが瑞鶴は納得がいかない。世の中は不公平だ、自分も改二改装のときにあの五十鈴みたいに大きくしてくれたって良かっただろうに。
昔のほとんど無いなだらかな丘からそれなりの山は出来たものの、こうやって大きい連中が身近にこう何人も入れば腹が立ってくる。お風呂に入ったときなど蒼龍から連なる系譜に血涙を流した。きっとこの葛城も将来は大きくなるのだろう。知っている、瑞鶴は知っているのだ。
葛城の姉である雲龍に天城。そして姉というか母みたいな存在の飛龍とほぼ姉妹のような蒼龍、みんな加賀に勝るほどのものをお持ちである。ああ神様、どうして瑞鶴はこうなのでしょう。
「他意はないわ。それはそうと見なさい葛城。ダイエットダイエットとうるさく体重を落とし続けた結果、この子は成長が止まったの。雲龍や天城のように育つためには瑞鶴の真似をしては駄目よ」
「昔は瓜二つだった翔鶴先輩と随分と差がついてます、悔しいでしょうねぇ」
葛城からの煽り、的確であった。なんという姉妹間格差か、姉の翔鶴は人妻のような色気があるというのに瑞鶴はどう背伸びしても新人OLくらいにしかならないしヘタすれば女学生である。本当に、昔は二人が並べば区別がつかないくらいだったというのにどうしてだ。
最近顔芸を覚えてきた葛城をジトッと見つめる。
「ねえ葛城って実は瑞鶴の事嫌いでしょ」
「そんなことありません! けど、まあ加賀先輩みたいな胸部装甲は憧れちゃいます、仕方ないですよね」
「確かにそうだけどさ」
ここで意地を張っても仕方がないので瑞鶴はしぶしぶ認めた。
「さすがに気分が高揚します」
「おだてたら戦意高揚とか間宮要らずでチョロいよね」
「もっと褒めてもいいわ」
加賀はおかわりを要求してくるが、最近先輩に対して辛辣になってきた葛城が正直な感想をこぼす。
「けれど無駄に重くて正直邪魔そうですよね」
「頭にきました」
「可愛い後輩の言葉なんだから少しは寛容になろ、加賀さん」
クールで感情の起伏があまりなさそうな癖にその実誰よりも激情家な加賀、一瞬で火が付いたようだ。いや別に怒るような内容ではないだろう、と瑞鶴は思うものの持たざるものには分からないのだろうか。そういえば姉の翔鶴が肩がこるようになったと言っていた気がする、と瑞鶴は思い出す。
加賀は瑞鶴の言葉にしばし首を傾げ、そして瑞鶴をじっと見つめながら口を開いた。
「可愛くない後輩の言葉だから仕方がないわ」
「言われてますよ、瑞鶴先輩」
「私なの!?」
瑞鶴が言った可愛い後輩とは葛城のことなのに、加賀は瑞鶴を見つめながら可愛くないと言い放ったのだ。まあ確かに後輩ではあるけれど、後輩だけれど!
矛先が向かったのを涼し気な表情で葛城は眺めている。こんちくしょう、あの時も同じように涼し気な顔をしていたわねと少し昔のことを思い出す。ああそうだ。あの時から私達の関係が今のように気安いものになったのだった、と瑞鶴は思い出した。葛城が加賀にそそのかされて瑞鶴を弄ったときから、こんな風に軽口を叩き合うようになったのだ。
そうだ、こいつが原因だ。すべての元凶はこいつだ。
「いや悪いのは葛城よ!」
「後輩に押し付けるのはどうかと思うわ」
「可愛い後輩のためと思って。ね、瑞鶴先輩!」
「加賀さんこいつ可愛くない!」
両手を合わせて上目遣いでウインクする葛城。もしそこいらの男が同じことをされたらコロッと騙されてしまうほどの魅力があった。男であったのならば可愛らしい後輩がこうやってねだってくるのを無下にはできないに決っている。が、瑞鶴は女であり葛城を懲らしめてやろうと心に決めている。簡単にやられるわけがないのだ。すこしグラッときたけれども。
こんな可愛くない後輩は痛い目に合うべきだ。そう思っていたのだけれど
「可愛くない先輩に似てかわいそうに」
加賀のその言葉にムッと来る。彼女の言う可愛くない先輩とは瑞鶴のことだと一瞬で理解した。瑞鶴の怒りの矛先が葛城から加賀へと向かう。心なしか彼女の無表情が瑞鶴をあざ笑っているかのように見えた。
「私も可愛くない先輩に似ちゃったからなあ、シカタナイナー」
「うわすごい雑な棒読みですね」
誰もがわかるような棒読みだった。全くもって仕方ないと思っていないのがまるわかりだった。瑞鶴は葛城に先輩への尊敬の念が足りない、と言っているが瑞鶴の加賀に対するそれもなかなかなものである。一応フォローするならば、以前まではそれなりにどころか相当の尊敬をしていたのだけれども色々あって雲散霧消してしまったのだ。
瑞鶴の台詞を聞いた加賀は(彼女の中では)沈痛な面持ちで悲しそうな声色を作る。
「確かに赤城さんは大飯ぐらいで戦闘マシーンだから可愛いとは程遠いけれど、酷いこと言うわね瑞鶴」
「たしかに赤城さんも先輩だけど! というか加賀さんのほうが酷いこと言ってるから!!」
「瑞鶴先輩、さすがにどうかと思います」
「ねえ、私葛城に何かしたっけ。ねえ?」
瑞鶴は心のなかで泣いた。どうして葛城はこうなっちゃったの、と。
(後輩への教育、どこか間違ったのかな……。教えてよ提督さん、翔鶴姉……)
ちなみに聞いた場合、提督は「仲が良いんだしいいことだろう。一時期本当に心配したんだから」と笑い翔鶴も「聞くと良さそうな先輩後輩関係じゃない。私も混ぜさせてほしいわ瑞鶴」と答える。瑞鶴の求める答えをくれる人材はおそらくいない。
この空母トリオは最近の名物なのだ。どこでも漫才じみた掛け合いを行っていて、初見では喧嘩していると思ってもしばらくたてばまたやってる、という感想になる。
「これが人徳の差ね」
「私は加賀さんからなにかしてもらった記憶無いんだけど」
ちなみにこれは嘘。瑞鶴は色々と加賀に良くしてもらってきたし、彼女が気づかないところでも加賀は加賀なりのフォローをしている。
「ダイエットに勤しむあなたのために、冷蔵庫にあったカステラを代わりに食べておいてあげたわ」
「あんたの仕業かあぁぁぁっ!」
「やりました」
遠方からのおみやげとして大鳳が持ってきたカステラ、あとで食べようと半分ほど残して冷蔵庫にしまっておいたのだがいつの間にか無くなっていた。同室の翔鶴はそんなことをする姉ではないのは分かりきっていたので、だれかが侵入して食べたのだろうと瑞鶴は思っていたのだけれど、薄々想像していた女が食べていたようだ。
だが食べていたのは加賀だけではないらしい。
「美味しかったですよね」
「葛城、あんたもなの……ねえ瑞鶴なんか怒らせることしたっけ」
「瑞鶴先輩がペアルックやめるから……」
シュンとした表情で告げる。少し前まで瑞鶴は葛城と同じく迷彩柄であったのだが、今は紅白に戻っている。葛城はそれを憂いているのだと瑞鶴は思った。だがそれについては瑞鶴にも言い分はある、というか非は一切ない。瑞鶴の服装、というか艤装についての決定権を握っているのは提督なのだ。今現在装甲空母として運用したいと考えている提督のため、現在甲状態でいる。そこに瑞鶴の意思はない。
以上のことを葛城に説明しようとする。
「い、いや迷彩柄をやめたのは私の意思じゃなくて提督さんが」
「先輩だけ胸が成長して! 裏切り者です!」
「ペアルックてそこなんだ!」
艤装のことではなかったのに瑞鶴は驚いた。
「私を裏切った装甲空母なんて知りません……正規空母についていきます」
「寝取りました」
「加賀さんちょっと黙ってて」
無表情でダブルピースをしてきた加賀。もうなんでいつもいつも、と思いながらも付き合ってあげている瑞鶴はけっこう優しい子であった。