本日は雨天。だけれどもよく訓練された駆逐艦は海へと出ていった。やはり駆逐艦はすごい連中だ、嵐なんてものともしていない。むしろ突っ込むくらいの勢いである。一体誰のせいか、天気が良くなると残念そうにして大荒れになればなるほど機嫌が良くなるどこぞの川内型のせいだろう。
天気予報だと大荒れ、艦載機を飛ばせないので室内で弓の扱いについて手取り足取り教えてもらっていた葛城。だいぶマシになってきたかなと思いながらもまだまだ先輩には遠く及ばないと気を引き締め直す。巻物を飛行甲板にしている空母などが湿気ないように注意しているのを横目に葛城はのんびりと歩いていた。
雨が窓を叩く。けっこう降っているな、と思いつつざあざあという音を聞いていると綺麗な和傘が視界に映った。その和傘に心当たりがあり迷惑にならない程度に廊下を駆けて玄関へと向かうと、傘を閉じようとする加賀が葛城の予想通りにそこにはいた。
「加賀先輩、おかえりなさい」
「あら葛城……ただいま帰りました。はぁ」
帰ってきた加賀はどこか憂鬱そうな雰囲気を漂わせている。特段疲れた様子も見えないし雨だからだろうかと推測を立てる。だが彼女が雨で憂鬱そうにしているのを葛城は今まで見た覚えがない。葛城は疑問に思って問いかける。
「加賀先輩どうしたんですか、扶桑姉妹みたいな表情になってますよ」
「ほら、いま艦隊とキャンペーンをしている牛丼屋あるでしょう」
「そう言えばそうでしたね。提督が青葉さんと写真撮りに駆け回ってました」
葛城は思い出す。クソ提督、と罵りながらも浴衣を着て写真を撮っていた曙や頭に丼を載せていた秋津州。そして赤城や他に数人も写真撮影していた。赤城はこういった食べ物系でのキャンペーンだとしょっちゅう引っ張り出されているので提督が彼女をどう思っているのか分かるというものだ。食いしん坊キャラだとでも思っているのだろう。
ちなみに赤城は一部界隈では大和煮さんとして有名。
さてそのキャンペーンと加賀の憂鬱はどういう関係があるのだろうか。葛城は薄々と感じ取っていた。キャンペーンで赤城関連のグッズを手に入れられなかったのだろう、と。
赤城さん、赤城さんと加賀はかなりの頻度で赤城を気にかける。それこそ翔鶴が瑞鶴を気にするくらいには気にしている。さすがにそれは言いすぎだろうが。
「葛城は私が昨日までどこに行っていたか知っているかしら」
「佐世保でしたっけ」
「そう。そして少し自由になったから牛丼屋を探したの。そしたら」
スッと加賀は右手の人差し指を立てる。
「九州に対象店舗一つだけだったわ。しかも熊本」
「あぁ……」
「遠征中にキャンペーンが始まったから、もう残ってないかもしれないわね」
つまり加賀は赤城のグッズを手に入れられなかっただけでなく、そもそもキャンペーンをしている牛丼屋にすら行けなかったのだ。なんということだろう、しかも長崎の佐世保から一番近いのが熊本で、それも陸地も陸地という行ったら艦娘の仕事をほぼ放棄しているような形になる場所だ。多忙な艦娘がわざわざ行けるような距離ではない。
加賀は残念そうに赤城さんのグッズ、オークションとかで手に入れるしかないわねと語る。すると玄関の戸が開き瑞鶴が外から帰ってきた。彼女は傘を持つ手とは反対の手に何かを持っている。彼女は加賀の背後から声をかけた。
「あれ、加賀さんじゃんおかえり」
振り返り自分を視界に入れた加賀に対して片手を軽く上げる瑞鶴。先輩に対するものとは思えない気安い挨拶だった。だが加賀はそれを咎めることはなく、別のものに意識が向いていた。
瑞鶴の持っているそれ、ビニール袋。その中に加賀の追い求めているものがあるような気がしたのだ。だから加賀は瑞鶴に詰問する。
「……五航戦、あなたが手に持っているものは何かしら」
「牛丼屋コラボの赤城さん3Dカード」
「ころしてでもうばいとる」
「ぎゃあみかたごろし」
加賀は瑞鶴に襲いかかった。
日々の任務で掃討するような深海棲艦に対して瑞鶴のような主力をわざわざ出すまでもない。そのため今現在出撃の回数が減少している。それは加賀も同じで、前に比べたら明らかに海に出る回数が減っている。だがそれは逆に言うと葛城のような経験不足な艦が多く海へと出ているということ。
つまり瑞鶴と加賀は比較的暇で、葛城は忙しいのだ。したがって暇を持て余していた瑞鶴はその時間で牛丼を食べに行っていた。
暇が増えたのにピンポイントで任務に出されていた加賀は、その恨みもあったか分からないが瑞鶴の手からカードを奪い取ることに成功する。
「赤城さんは譲れません」
「ひどくない?」
強引に奪われた形になったが、しかし葛城は知っている。
「瑞鶴先輩、加賀先輩のために確保したんでしょう?」
「葛城黙って」
「瑞鶴……」
「なんか今までにないくらい感謝されてる気がすんだけど。なんか納得行かない」
さらっと暴露された瑞鶴は少し気恥ずかしそうにしながらも納得がいかない様子であった。これまで加賀からこのように感謝されたことあるだろうか。
なお瑞鶴はキャンペーンが始まってから毎日通い、5日ほどたったこの日ようやく赤城を手に入れた。
「私の奢りで牛丼を食べに行きましょう」
「レシートが欲しいんですね加賀先輩、分かります」
「赤城さんのポスターも譲れません」
もしかして加賀さん、一部で噂されているとおりなんじゃないのと瑞鶴は疑念を抱く。
とりあえず玄関で話すのやめて移動しようか、ということでそこをあとにする。強めの雨だったために傘をさしていても濡れてしまっていたが床を汚すほどではない。葛城がお持ちします、と加賀の荷物を預かりしばらく歩いて加賀と赤城の部屋へとたどりつく。
赤城はちょうど艦載機の整備に向かっているようで、やはり赤城らしいと瑞鶴と葛城は思ったのだけれど先日の加賀の暴露が頭から離れない。日々の鍛錬や整備も食事のためなのだろうか。
さすがに本人に聞くのは気がひけるのでやっていないが、どうなのだろうという好奇心は二人の中に燻っている。
加賀がシャワーを浴び部屋着に着替えて戻ってくる。濡れた髪をタオルで拭く彼女は色っぽく、大人の女性といった様子であり葛城は見惚れていた。
そして瑞鶴は妙にニコニコして期待した表情で両手を差し出していた。
「瑞鶴、その手は何かしら」
「おみやげちょうだい加賀さん」
「そんなものは無いわ」
誰が貴女に買ってくるものですか、といった表情だった。ムッとした瑞鶴はずいっと顔を加賀に近づける。
「カステラの恨み、忘れてないんだけど」
「ああ。カステラなら先に大鳳に渡しに行ったわ」
「なんで大鳳なのよ」
先日佐世保へと出発しようとした加賀に「カステラのこと忘れてないから」と言外に要求していたのだけれど彼女は買ってこなかったようである。ちなみにカステラは長崎の名物ということもあっておねだりしていた様子。
加賀からカステラを受け取った大鳳はいつもありがとうございます、と笑顔だった。ちなみに加賀が買ってきたカステラは大鳳の買ってきたそれとは別の店のもの。
「加賀先輩、私には?」
「もちろんあるわ。はい、葛城の分よ」
「やった、ありがとうございます!」
やっぱり長崎はカステラですよねー、と葛城は嬉しそうに加賀から渡された細長い包みを受け取る。
長崎といえば佐世保バーガーというものも戦艦だったか誰かが話していたので聞いたことがある。果たして自分はそれを食べ切れるのだろうかと葛城は試してみたいが、姉の天城が「見てごらん葛城、ラーメンよ」と山になった野菜の写真を見せて虚ろな目をしていたのを思い出す。
ヤサイマシマシだか呪文を唱えるラーメン屋に興味を示した天城を蒼龍が連れていったのだ。結果はご覧のありさま。常連客が引く速度で完飲した蒼龍が助け舟を出さなかったらどうなっていたことだろう。あまり迂闊なことを言ってはいけない、葛城はそう胸に刻みこんだ。
姉に襲った悲劇を思い出している葛城をよそに瑞鶴は加賀にくってかかっている。
「葛城にあって私の分はないの!?」
「落ち着きなさい瑞鶴。ちゃんと貴女にも買ってきてあるわ」
瑞鶴は不機嫌そうに自分の分を尋ねた。瑞鶴の分もあると聞いて「なんだあるんじゃない」と思ったのだが、これまでの流れからして自分が要求したカステラなんぞ絶対に買ってきていないし、何やら変なものを持ってきていてもおかしくはないと身構える。
瑞鶴の想像はぴったりそのまま合っていて、加賀は面白いものを買ってきていた。
「あるならさっさと出しなさいよ」
「貴女にはこれよ」
「……はい?」
例えるならレトルトカレーの箱の大きさ。丁寧にラッピングされた包装紙を剥ぐと、そのままレトルトカレーの箱が出てきた。なんというものを持ってきたんだこの一航戦は、と瑞鶴が固まっていると横から彼女の手元を覗き込んだ葛城が書かれた文字を読み上げる。
「佐世保の海軍カレー、ですか」
「やっぱり艦娘にはカレーね瑞鶴。……あら、嬉しくて声も出ないの?」
「そういえば今日は金曜日ですね。ちょうどいいです!」
加賀と葛城が楽しげに会話をしているのだが、瑞鶴はプルプルと震えていた。なんだこれは、手の込んだ嫌がらせだろうか。いや、もちろんお土産があるのは嬉しいのだが海軍カレーはどうなんだ海軍カレーは。
もし瑞鶴が艦娘ではなかったのならこの海軍カレーは喜んで受け取っただろう。しかし瑞鶴は艦娘であり、こういったレトルトカレーのオリジナルを作る側でもあるのだ。だというのになぜ加賀はわざわざ海軍カレーなんぞ買ってきたのか。
別に深く考えることもなく瑞鶴は思い当たる。この人、からかうために買ってきたんだと。
「いやなんでわざわざレトルトカレー買ってきたの!? というか海軍カレーなら私達のレシピがオリジナル!!」
「でも艦娘によって出来上がるカレーは全く違うわ」
「そうですよ、もしかしたら私達の食べたことのない誰かのカレーがオリジナルかもしれませんし」
葛城のいうことは最もである。たしかにそうだ、このカレーのレシピが知らない艦娘のものかもしれない。
艦娘によって作るカレーは十人十色。姉妹艦で似ていたり、料理での師弟関係で酷似することが多いがそれでも各々オリジナルレシピを持っている。艦娘の間でコンテストをすることもあってか完成度も高い。
「たしかにそうだけど……あ、金剛さんのだ」
箱をあけると金剛のブロマイドがはらりと落ちた。いつもどおりのドヤ顔で指を三本たてている。どうしてピースではないのかと瑞鶴は考えたけれども答えは出なかった。あとこの金剛、先の牛丼キャンペーンでも写真撮影をしている。明るく親しみやすい性格もあって広告塔的な存在だからひっぱりだこだ。
ちなみに世間様は練習巡洋艦の鹿島にお熱である。元祖看板娘の島風や金剛も人気はあるが、今現在鹿島がぶっちぎっている。果たして巻き返しはあるか。
とりあえず落ちたブロマイドを箱に戻す。金曜日はカレーだと決まっているが、このレトルトカレーを食べるかどうかは担当の艦娘が誰かによる。数名ほどやる気が空回りして変なカレーになってしまうのがいるからだ。
「そういえば当番誰だっけ、カレーの」
「比叡さんですよ、補佐で磯風ですね」
「……加賀さんグッジョブ!」
比叡に磯風もから回って変なカレーを作る艦娘だった。というかなんでこの組み合わせなのか、この組み合わせを考えた提督はバカなのか、死にたいのか。色々と言いたいことはあるけれども瑞鶴は偶然にも加賀が持ってきたレトルト食品のお陰で飢えを耐え忍び地獄から逃げ出せることに一瞬喜ぶ。だが、加賀が瑞鶴の気付いていなさそうなことをぼそりと呟く。
「でもそれ、一食分よ」
「あ」
ここにいるのは三人。全員で食べたら絶対に足りない。かといって瑞鶴が一人で食べても全く足りないのは目に見えているし加賀が許さないだろう。一人だけ逃げるのはダメ、と絶対に道連れにしてくる。瑞鶴だってそうする。
仕方がないのでこのあとめちゃくちゃ比叡カレーを食べた。
マイナスとマイナスの掛け算でものすごく美味いものが食べられたとその日の夜瑞鶴は語る。そして食が細い葛城は食べすぎて寝付けず、たくさん食べて満足した加賀はぐっすりと眠っていた。
大好評で調子に乗った比叡によって起こされる大惨事の数日前のお話。