夜、外は鈴虫が鳴き始めるようになり涼しさを感じる季節になった。鎮守府内にあった風鈴はすべて取り除かれて寝間着も暖かめなものに変わっていっている。
葛城はタブレット端末からインターネットを見ていた。彼女らが艦であった時代には発達していなかったこういった技術はとても目新しく、葛城はタブレットを手に入れてからのめり込むようになっていた。SNSもはじめたが無論、軍人としての側面もあるために情報を漏らすことはないし投稿内容のチェックも厳重になされている。
艦娘は見た目が麗しいためにアイドル的人気がある。様々な理由で彼女らを否定する人間もいるが、大半が好意的に見ている。上もそういったことを考慮してもっと好意的に、身近に感じてもらおうと情報発信に積極的だ。そのため厳重なチェックはあるものの、興味を持った艦娘のSNS利用を拒むことはない。
葛城も何故か人気の艦娘の一人であり『今日は瑞鶴先輩と加賀先輩とランチ』みたいな投稿をすれば即座に反応が返ってくる。
「あら葛城、なにを見ているの」
縁側に腰を掛けていた葛城に声がかかる。落ち着いたその声色は加賀だ。振り返ると、普段とは異なりサイドポニーを下ろした彼女がいた。艦娘が居住しているところには食堂以外にもいくつかお洒落な多人数での使用を目的とした部屋がある。会議室などがほとんどだが、いまこうやって葛城がくつろいでいる場所もその1つ。
柔らかいソファに身を沈めている葛城を見下ろす形で加賀はいた。
「加賀先輩お疲れさまです。ネットですよ、インターネット」
「そう、私も興味はあるのだけれど難しいわ」
「私達からしたら未知の技術ですしね」
「赤城さんは詳しいのだけれど、教えてもらってもなかなかに理解が追いつかないわ」
残念そうに語る加賀。彼女の言うとおり赤城はインターネットを熟知している。加えて電子機器に対する勉強も進めているため、そこら辺の技術者と平然と会話もできるレベルにはある。
戦いにおいて使えるものを十二分に使おうとする赤城らしいといえば赤城らしいと葛城は思った。もともとパソコンというものは軍事利用からの転用である。インターネットまた同じ、赤城が興味を示すのは火を見るより明らかだ。
でもちょっと検索履歴見てみたいかも、と葛城は赤城の検索履歴がレビューサイトなどで埋まっていることを想像した。葛城が想像したのは何のレビューかは語らずともいいだろう。
「でも普通に使う分には不自由無いんですよね」
「それはもちろん。連絡のつきやすさが以前とは段違いね」
深い理解がある赤城を見ているからか加賀は苦手と語るのだけれど、実際は一般人並には使用することができている。
「それでどのようなサイトを見ているのかしら」
「私たちについて語ってるサイトですよ」
「葛城たち……?」
「ああ、いえ加賀先輩もですよ。艦娘について思い思いに好き勝手書き込んでいる掲示板です」
ほら、と葛城が加賀に見せたサイトは彼女が言うとおりに艦娘たちについて語っている掲示板だった。その掲示板はあまり健全なサイトとは言えないものの、様々な人達の情報源や雑談の場として活用されている。さらにまとめサイト、なんてものがあり抽出された情報だけを見ることだって可能なのだ。もっとも、様々な理由で嫌われていたりすることもあるのだけれども。
メディアなどに露出するようになって、艦娘は世間からの人気が格段に上がった。特に自分から積極的に出ていこうとする那珂などはかなりの話題になっている。また、広告塔として最近よく顔を出すようになった鹿島も人気がうなぎのぼりだ。
鹿島に同じく広告塔としてはやはりその特徴的なルックスの島風、美人で明るい金剛も人気だ。島風を広告塔として起用するのには様々な問題があったのだが、それは別の話。
ざっと掲示板を眺めるとその広告塔として活躍している艦娘についての話題が多くを占めていた。
「ここね、知っているわ。赤城さんも情報収集に有用でいて有用じゃないと語っていたわ」
「矛盾してますね」
「敵にしたくないけれど味方にもしたくない、と」
掲示板サイトについての赤城の評価に首をひねることしかできない。どういうことなのだろうかと二人が言葉をかわしていると、瑞鶴がやってきた。
瑞鶴といえばつい最近に姉の翔鶴と共にオーケストラにゲストで参加していたことで多少話題が上がっている。もっとも彼女はそれ以前から『弓道(?)のうまい芸人』としての地位を確立していたのだが、その原因はここにいる葛城が担っている。
「二人してタブレット覗き込んで、なにかおもしろいのでもあるの?」
「お疲れさまです瑞鶴先輩」
「葛城がいかがわしいサイトを見ていたのだけれど……」
加賀のその言葉に瑞鶴は顔を引き攣らせた。
「か、葛城もそんなものに興味を持つ年になっちゃったのね……」
「信じないでくださいよ」
「じゃあ見せてよ」
「いいですけど」
はい、と渡されてざっと目を通す。以前、彼女たち軍艦というものは男子の憧れのような、国の強さのあらわれのように捉えられてきた。だからこそいまのアイドルのような扱いに違和感があるし、むず痒い思いをしている。
「なんていうか、こう違和感」
「瑞鶴の言うとおりね。アイドル扱いだなんて那珂だけで充分」
那珂はもちろん海に出るがステージに上がる頻度も相当なものがある。そのルックスは普通のアイドルに引けを取らないレベルであるにもかかわらずアイドルならNGとするような企画にも出演して、さらにライブでは必ずファンメイドの曲を歌うというファンサービスも。
ファンサービスは那珂のモットーらしい。いま最も熱いアイドルである。
「加賀先輩もけっこう人気ですよね。やっぱり歌を出してたりするからですかね」
「えーっと、加賀さんについて。『美人』『声が綺麗』『牛丼食ってるとこみた』……って、見られてるぞ~?」
「照れるわね」
そして那珂と似た方向性で人気が出ているのがこの加賀である。和装美人が可憐に演歌を歌う姿は人々のハートをキャッチしたのだろうか。
「『彼女にしたい』、わおド直球。こいつ彼氏にしちゃいなよ」
「彼氏……あまり興味ないわ」
普段と変わらない声色で加賀はそう返したが
「いや、デートは彼氏持ちよ。つまりタダ飯が――」
「彼氏、いいものね」
「食べられるかも。って、ひどい手のひら返しを見た」
瑞鶴の台詞に食い気味で反応した。色気より食い気らしい、いまの加賀にとっては。ちなみにデートは彼氏持ちという価値観は現代では通用しないのだけれど、とは葛城は思ったが口にはしなかった。もし加賀の食べる分をすべて出したのならと葛城は想像した。
美味い飯を知っておくべきでしょ、とは提督の言葉。今現在、深海棲艦に対抗できる戦力は艦娘しかおらず艦娘の数もそこまで多いというわけではない。そのこともあって、大型艦は尋常じゃないレベルの食費がかかるといってもお金は浮いているのだ。だからこそ加賀は高い給金をもらい、それで好きに美味いものを食べることができている。
もし彼氏が食事代を出すとしたならば、加賀の肥えた舌を満足させる質と量を達成させるためには莫大な費用がかかることは明らかだ。手を合わせてご冥福をお祈りするしかできない。
酷いことになるのがわかったので想像するのをやめたが、ふと葛城は思い出す。
「でもちょっと前に加賀先輩、男の人と喫茶店いましたよね」
「そんなことあったかしら。どこ?」
「以前、加賀先輩に教えてもらったあのお店ですよ」
加賀は首を傾げながら何かあったか、と思い出そうとしている。だが彼女より先に瑞鶴が思い当たった。
「ん? それって2週間前くらい?」
「はいそうです」
「あぁ、それ」
「瑞鶴先輩知っているんですか?」
葛城の問いに瑞鶴は苦笑いで返す。
「うん。あの男の人、かわいそうだったなあ」
「な、何があったんですか」
葛城が詳細を瑞鶴に聞こうとしたところで加賀が思い出したように声を上げた。
「ああ、あの親切な男性のことね」
「し、親切って。あ、あはは……」
瑞鶴はその日のことを思い出して乾いた笑いしか出てこなかった。加賀の世情への疎さと歯牙にもかけられていない件の男性のことを思うと、やるせない気持ちになって仕方がなかった。
その2週間前、葛城は加賀から教わったお気に入りの喫茶店に天城と入ろうとしたのだが、窓際の席で男性と向かい合って座っている加賀を見つけたので急遽その場を離れたのだった。加賀に彼氏がいるなんて聞いたことがなかったので、隠しているのだろうと気を使ったのだ。
葛城と共にその現場を見た天城は「加賀さんが男性と密会!?」と一人で大盛り上がりしていた。
瑞鶴がその喫茶店で加賀を見つけたのは葛城がその場を離れて一時間後だった。彼女もそこに向かっていたら、窓際の席で優雅にカップを傾ける加賀と対照的に顔が死んでいる男性がいたのだ。野次馬根性もあってワクワクしながら入店したのだが、まさかあんなことになっているとは想像できなかったと瑞鶴は回想する
「街で『お茶しませんか』と誘われたからちょうど気に入っているの喫茶店の近くだったので」
「それってナンパ」
ナンパの常套句で誘われたという加賀。彼女もそこそこ有名になっているために普段の服装とは異なり、眼鏡なんてお洒落にかけて街を歩いていたのだ。帽子も被って変装は万端。しかし彼女の美貌はいつもそのままで、ナンパに引っかかったというわけだ。
別にお茶だけなら、と了承した加賀。「加賀さんって世間知らずね」とはその日瑞鶴が彼女に語った言葉。そのうち悪い男に引っかかって最悪なことにならなきゃいいけれど、と瑞鶴は密かに警戒している。
ちなみに最悪なことになるのは悪い男。どうなるのかは瑞鶴は想像もしたくなかった。
「彼が自分が出すから好きなのどうぞ、というから」
「加賀さんは遠慮を知らないのよ」
「かなり頼んだのだけれど全額支払ってくれましたし、親切な方でした」
嬉しそうに語る加賀。また彼と一緒にお茶したいものだわ、と語るがそんな日はもう来ないだろう。艦娘御用達ということでお高めな喫茶店、そこで遠慮なく加賀が注文するということは酷いことになるに決っているし、現に酷いことになっていた。男性の顔面が死んでいたのも納得できる。
世の男性のために加賀に一般常識を教えなければ、と瑞鶴は考えているが実際どうすればいいのだろうと頭を悩ませている。
「現代の日本人って優しい人が多いのね。何度か同じように奢ってもらったわ」
「瑞鶴先輩、これマズいですよ」
「うげ、前に何度かあったのか似たようなこと」
なお瑞鶴はガードが固いのと、大体遊びに行くときには翔鶴やほかの艦娘と一緒にいることが多いのでナンパされたことはあまりない。葛城の場合は物欲もあまりないためか外出自体の頻度が少ないし、外出するとしても母を自称する飛龍やその他空母と一緒か提督とだ。ナンパの付け入るスキがない。
罪のない男性の財布が大破しそうなのをさすがに瑞鶴は見ていられなかった。
「さすがにかわいそうだったから私が払ってあげたわ」
「追い打ちやめてあげてくださいよ」
ナンパした女性には遠慮なく注文され、泣く泣く支払おうとしたら女性の知り合いという女の子に代わりに代金を支払われた。情けなくて3日くらい涙で枕を濡らしそうな出来事だったのではないだろうか。
瑞鶴もまた、加賀と同じく無自覚で他人の傷をえぐっていたのだった。
「あ、そうだ写真撮るので寄ってくださいよ」
「えー、ネットに上げるんでしょ? 瑞鶴お化粧してないんだけど」
「アプリで盛るから大丈夫ですよ、多分」
「たぶんって何よたぶんって」
加賀が中央になるように三人ならんでぱしゃり。『先輩方と夜のお茶会~♪』と文章を付けて画像と一緒に送信、然るべきチェックが行われてしばらくしたらSNSに上げられるはずだ。
「けどやっぱネットて下世話な話題も多いわね」
葛城のタブレットを三人で覗き込みながら瑞鶴はつぶやく。『艦娘に彼氏はいるのか』とか『艦娘の制服は誰が決めているのか』などなど。公に出ながらも秘密にするところはきちんと秘密にする。そうすることで人々はもっと艦娘のことを知りたいと思って彼女らのことを調べ始めるだろう。そこから理解が深まって戦う彼女らへの寄付や応援につながるのだ。
大本営はそこまで考えていたのだ、きっと。
「『艦娘に街でナンパしたらひどいことになった件』……ねえ葛城これって」
「ええ瑞鶴先輩、きっとこれ」
二人して加賀に顔を向ける。二人からの視線に加賀はどうしたの、と首を傾げた。
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