時刻はお昼に差し掛かり、調理実習と称したカレー作りが各々始まった。僕らボランティア組はそれぞれの班での小学生達のサポートをするというものだった。皆んなが楽しそうに作業している中、僕は人知れず少し上の方にある場所まで歩き、腰を下ろす。
力強く立ちすくむ木に背を預けぼーっと眺めていると、隼人君が例のハブられ少女に声をかけていた。
ーー悪手、だな。
僕らボランティア組の中でも目立つ隼人君があんなに堂々と声をかけてしまっては、ハブられ少女にとっては迷惑極まりない行為だ。
憧れの高校生を体現している隼人君の人気は、彼が動けば周りの小学生達も付いてくるくらいにはある。つまり隼人君がハブられ少女の元へ行けば必然的にその小学生達も付いてくるわけだ。あれじゃあ軽い公開処刑だな。
「……どうしてこうも変わらないのかなぁ世の中は。馬鹿ばかりだ」
「ほんと、馬鹿ばっか」
ふと声のした方に視線を向けると、いつの間にかハブられ少女が隣までとぼとぼ歩いてきていた。まぁあの場所にはいたくないから逃げてきたんだろうな。他と違って一人離れたところにいる僕のところに。
「僕は雨宮悠里。君は?」
「……
「そっか、よろしくね。留美ちゃん」
「ん……」
お互いの自己紹介を済ませてから、しばらくの沈黙が流れる。
すると流石に沈黙に耐えられなくなったのか、僕の隣に腰かけた留美ちゃんは口を開いた。
「なんか、悠里はあの人達と違うね。私も違うの、あのへんと」
「違う?」
「周りは皆ガキなんだもん。くだらないし、一人でも別にいいかなって」
「……でも、それで中学に上がったとして、多分君の今の状況は変わらないよ。それこそ、別の学校から来た奴らも含めて、ね」
「やっぱりそうなんだ……。ほんと、馬鹿みたいなことしてた」
そういう留美ちゃんの表情はどこか辛そうで、それでも話を続ける留美ちゃんの言葉に僕はしっかりと耳を傾けた。
「誰かがハブられるのは何回かあってね、でも一時的なもので、いつも誰かが言い出して、なんとなくそういう雰囲気になんの」
よくある話だ。僕が小学生の時にもそういうことがあった。僕はそれに参加したことも、ましてや標的になったこともなかったけれど、そういった風潮というか雰囲気が嫌いだった。
結局は、皆確かめたいだけなのだ。自分の立ち位置を。
小学生、それも高学年となれば自我というのもある程度形成され始める時期だ。だからこそ自分と他人との立場や、他人と比べての優位性なんかを確かめたくなる。そうして自分は誰かの上に立っているということを確認して、安心したいのだ。それは、無意味な行為だとも知らずに。
その後の話は、簡単に纏めてしまうとこうだった。
留美ちゃんと仲の良かった子がハブられ始め、そして気が付けば今度は自分がそうなっていたと。
「中学でも、こういう風になっちゃうのかなぁ」
嗚咽の入り混じった震える声音、ぎゅっと握りしめられ震える小さな拳。
平気そうなふりをして、どうでもいいかのようなふりをして。それでも彼女の心には自分がハブられているという事実が、この先も続くのかという不安が、彼女の小さな体にのしかかっていたんだ。
「……え?」
ぽん、っと留美ちゃんの頭に手を置くと優しく撫でる。いきなりのことにきょとんとした表情を向ける彼女に僕は笑顔を向ける。
「明日、確か自由行動の時間があったよね」
「う、うん……」
「じゃあその時間、僕とプチデートしよっか」
「……へ?」
クールだった彼女の口から気の抜けた声が聞こえ、僕はくすりと笑った。
*
本日の日程も無事終了し、ボランティア組である僕達は少し遅めの夕飯の時間となっていた。みんなで集まりご飯を食べていると言うのにどこか重苦しいこの空気は、おそらく留美ちゃんの一件ゆえだろう。
そうなれば当然、話題もその話になる。彼女の問題に対してどう動くか。
「俺は、出来れば、可能な範囲でなんとかしてあげたいと思います」
隼人君が言ったその言葉は、彼らしいと思った。
とても優しい言葉だ。やんわりとした言葉。責任なんてない言葉。みんなの人気者葉山隼人としては満点解答だ。でもーー
ーーそんなんじゃ誰一人救えない。
隼人君が考えている以上に、この件は面倒なものだ。そんなちょっと僕らが何かしたからって状況が良くなることでもないし、ましてや解決なんてしない。むしろ下手すれば更に悪化してしまう可能性だってある。
中途半端な覚悟でやるなら、関わらないことこそが本当の優しさだ。
「あなたでは無理よ。そうだったでしょう?」
雪ノ下さんの冷たい声が場の空気に突き刺さる。それはまるで、過去にもそうであったかのように。
「そう、だったかもな。……でも、今は違う」
「どうかしらね」
なんとも言えない空気が二人の間を流れる。それは当然周りにも伝播して、この場には重い沈黙がのしかかった。
ーーこれ以上、話すことは僕にはない。そもそも、何か話した記憶もないけれど。
唐突に席を立った僕に全員の視線が集まる中、僕はロッジに向けて足を進める。
「どうした雨宮」
「いえ、少し気分が優れないので先にお休みさせていただきます」
「そうか。無理しないようにな」
「はい、ありがとうございます先生」
勿論嘘だ。多分、このまま話し合っても何も決まらない。ならば、そんな無駄な時間を過ごすことはない。明日には留美ちゃんとのプチデートの予定も入っているし、もう一度ルートを確認しておくのと体調は万全にしておかないと。多分比企谷君あたりが解決策、ないし解消策は何か思いつくだろうけど、念のためもしもの時のために出来るだけ体を休めておかねば。
ぽつぽつとまばらに後ろから聞こえる「おやすみ」の言葉に手をひらひらさせて返事をしながら、僕は淡々と歩いていった。
なんか戸部はどうでもいいけど戸塚全然といっていいほど出て来てない……。近いうちに戸塚とお話しする回も書かないとなぁ。なんて。