夜。ついにやってきた今回の最後のイベント、肝試し。
予定通りに留美ちゃん達の班を自然に、さりげなく最後のグループになるよう進行しているのは比企谷君の妹の小町ちゃんだった。比企谷君の性格とは反対と言えるくらい明るい彼女だからできる事だろう。
僕はそれを見届けながら人知れず森の中へと入る。
隼人君達が彼女達を脅すポイントはわかっている。おそらく比企谷君、雪ノ下さん、由比ヶ浜さんもそのポイント付近で事の成り行きを見守る予定だろう。ならば僕は、さらにそれも含めて観察する位置に行く事だ。
しばらく静かに森を歩いていると、案の定一緒にいる比企谷君達と、平然とスタンバイしている隼人君達が見えた。
ちらりと比企谷君に視線を向けると何やらスマホを確認していた。あの様子からするに、小町ちゃんから連絡が入ったのだろう。ということは、もう間も無く留美ちゃん達がここに来る。
じっと、舗装された道を眺めていると彼女達は姿を現した。
「あ、お兄さん達だ」
隼人君の姿を確認するや否や、パタパタと嬉しそうに駆け寄って行った。普段の格好でいることと、見知った顔がいた事に安堵したのだろう。彼女達はこれまでよりも一層くだけた感じで彼らに絡んで行く。
が、戸部君はそれを乱暴に振り払い、まさにヤンキーのそれとも言えるような比較攻撃的な声で吠えた。
「あ? お前、何タメ口聞いたんだよ?」
「ちょっと、あんたらチョーシ乗ってんじゃないの? 別にあーしら、あんた達の友達じゃないんだけど?」
「え……」
昼間の時とは違う、突然の豹変ぶりに戸惑いを隠せない彼女達。そしてその表情は次第に怯えるように震えるだけとなった。
誰かが謝罪の言葉を述べても、戸部君達はそれを許さない。じりじりと追い詰められて行く彼女達は隼人君、戸部君、三浦さんの剣幕に怯え、最終的には彼らに三角形のように囲まれることとなった。
そして、そんな中で隼人君は提案する。
「こうしよう。半分は見逃してやる。後の半分はここに残れ。誰が残るか、自分たちで決めていいぞ」
ある意味それは、死刑宣告みたいなものだ。誰かは助かり、誰かは助からない。正直後々問題になりかねない行動だが、比企谷君の狙いはここにある。
絶対にまず、ハブられている留美ちゃんが犠牲の一人になる。が、それでも後二人はこの場に残らなければならない。
本物の友達ではない、絆も信頼も存在しない薄い関係性しか彼女達にはないのだ。お互いがお互いを攻め合うまで、そう時間はかからなかった。
「……
「由香のせいじゃん」
「そうだよね……」
誰かが名前を挙げればそれに続く声が上がる。庇うものなんて誰もいない。何故なら今の彼女達は、自分が助かることしか頭にないのだから。
「違う!
「あたし、何も言ってない! 何も悪くない!
「はぁ? 私? 普段のことなんて関係ないでしょう? 最初が仁美でそのあと由香だったじゃん。なんで私のせいになってるの?」
「もうやめようよ。みんなで謝ろうよ……」
彼女達の争いは引きそうにない。ついには泣きじゃくる子まで現れ始めた。しかしながらそんな同情に惹かれるはずもなく、「三十秒だけ待ってやる」という残酷な言葉に彼女達の怯えはより一層顕著なものとなる。
そうしてついに、二人目の生贄が選ばれた。先程由香と呼ばれていた子だ。当の本人は何が起きているのかわからない、という風だった。
「……ごめん、でもしょうがないから」
誰かがぽつりとそう呟く。
しょうがない。そうさ、しょうがない。
誰もが空気や雰囲気には逆らえない。そこに子供も大人も関係ない。何故なら、みんながそうするから。みんながそう言うから。みんなが。みんなが。みんなが……。
そのみんなっていうのは、いったいどこにいる? いや、どこにもいないんだそんなものは。集団という魔力が作り出した幻想だ。まやかしだ。個人が持つ悪意を隠すための亡霊だ。
誰かの犠牲の上で成り立つ世界。そんなものはーー
『ごめんね、悠里……』
ーーそんなものは、ただの
「十、九……」
隼人君のカウントは非情にも刻一刻とタイムリミットまで迫る。
そのカウントに紛れるのは焦りによる怒号と、諦めによる啜り泣く声。どうやらもう潮時のようだ。
あとは比企谷君がこれがドッキリだったと告げれば終了。お互いの本心がわかった今、これ以上こんなことを続ける必要もない。
比企谷君は非難されるかもしれないが、ほんの少しだけフォローしてあげれば多少なりとも非難は緩和することができるだろう。
留美ちゃんに視線を向けると、じっと静かに目を瞑っていた。首から下げたデジタルカメラをお守りのようにぎゅっと握りしめているその手は、僅かに震えているように見える。
一応昼間に僕達ボランティア組が肝試し中に策を出す、とは伝えていたけど流石にこんなことだとは予想していなかったんだろう。きっと今ではそのことも忘れてしまっているに違いない。
「ん?」
カウントが迫る中、いっこうに比企谷君達が動き出す気配がない。いったいどうしたのいうのか。
「五、四、三……」
「あの……」
隼人君の声を遮るように留美ちゃんが手を上げた瞬間のことだった。
隼人君の他の二人の視線も、なんだ? と留美ちゃんに集まったその時。
強烈な閃光が弾けた。連続で鳴る機械音から察するに、おそらく留美ちゃんが首から下げていたデジカメからだろう。
「走れる? こっち。急いで」
明滅する視界の中、留美ちゃんの声だけが聞こえた。そして数人の走る足音が聞こえる音が僕が隠れている木々の横を通り過ぎていく。
こっちの道に来たってことは、どうやら昼間の帰り際、ふと話したスタート地点に戻る最短ルートを行ったようだ。
いや、それにしても……
「自分だけでもなく、誰かでもなく、
もしあの時、僕も留美ちゃんと同じような選択をしていればあるいは……
「……なんて、ifの話なんてしても仕方がないか」
彼女の選んだ答えは見届けた。もうここにいる理由もない。
僕は留美ちゃん達の後を追うように、スタート地点へと戻っていった。
*
「いやぁ予想外の結果だったねぇ比企谷君」
「……雨宮か」
「まさかみんな助けるだなんて。優しいことこの上ないねぇ」
「ーー鋳型に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです。だから油断ができないのです」
「……へぇ。夏目漱石か。その理屈で言うと、鋳型に入れたような善人もいないし、いざという間際に急に善人に変わるようなことだってあるかもね」
「ああ、そうだな」
まさか夏目漱石をここで入れてくるとは。そういえばデータに国語学年三位とか書いてあったな。それなら納得だけど。
でも、例えそれで善人に変わることがあったとしても、そんなものは一時の感情に過ぎない。そもそも、善人なんてこの世の中にいないんだから。
軽く挨拶を交わしてから誰もいない方へと歩いていく。適当なところで腰を下ろすと、僕の横に誰かが座る。ふと視線を向けると、そこにいたのは留美ちゃんだった。
「……ありがと」
「んー? 何が?」
「少しだけ、だけど。前よりは楽になったから」
「そっか」
「……やり方は最低だったけど」
うっ。それを言われるとぐうの音も出ないけど、そもそもあんな策考えたのは僕じゃなくて比企谷君だし。僕は悪くないし。
しかし、そう言う留美ちゃんの顔はどこか晴れ晴れとしていて、見違えたかのように見える。
彼女達の薄っぺらい友情関係は壊してしまったけど、その気になればまた一から作り直すこともできる。完全に終わったわけじゃない。その証拠がきっと、さっきの留美ちゃんの行動だったかもしれないから。
「はい、これ」
「……何?」
「僕の連絡先。なんか留美ちゃん僕の妹に似てるし、ほっとけないからさ。何か困ったことでも暇なときでもいいや。いつでも連絡して」
「もしかして悠里、ロリコンなの?」
「あっはっは。妹みたいって言葉聞こえなかったのかなぁこのちっちゃいお耳は」
指で留美ちゃんの耳をぺちぺちと叩くとくすぐったそうに顔を背ける。すると留美ちゃんは少しだけ頬を赤らめながら、僕の方を向いた。
「……ありがと、悠里」
「……別に。僕は何もしてないよ」
「連絡、絶対するから。その、妹にも会わせてよね」
「もちろん!」
ぱたぱたと走り去っていく留美ちゃんを眺めながら一つため息を吐く。
……きっと、自己満足なんだろうな。僕が留美ちゃんに対してここまでするのは。妹みたいっていうのは、嘘じゃない。でも本当は違う。留美ちゃんが、あの時の辛そうな表情が、どこか
「……みんなのところ行くか」
花火片手に盛り上がっているボランティア組の方へと足を向ける。
その時見上げた夜空には儚くも力強く、数多の星々が爛々と輝いていた。
この調子で明日も投稿できればいいけど、FGOの新しいイベント来るからなぁブレイバー。夜ずっとそれやってそうでもう。