Lyrical NANOHA The Lord 〜契約せし魔法使い〜 作:vegatair
第7話です!
深夜。雲一つない夜空には星々が煌めき、その黒いキャンパスのような空を彩る。そんな星々よりも輝き、暗くなった街を照らす月明かり。その明かりの下、人気なのない路地を歩く小さな人影が一つ。
この月夜に映える淡い水色の癖のある髪。服装は胸元に赤いリボンが付けられた白いシャツに赤いスカートを着た幼い少女だ。
少女は路地をとぼとぼと俯き加減に歩いていた。目的地などないかのようにあてもなく歩いている少女の前に複数の大人の影が現れる。
「お嬢ちゃん、こんな夜に一人で歩いてどうしたのかな?」
「迷子なら俺たちが家まで連れて行ってやろうか? それともこのまま飯にでも行っちゃう?」
ニタニタと笑いながら少女にそう言う男達。対する少女はいきなり現れた男達に驚き、肩をビクつかせて数歩後ずさる。
「あ、あの…私やることがあって…だから……」
震える声でそう言う少女。男達を見上げるその青い双眸は不安気に揺れ、その小さな体も僅かに震えている。
そんな少女の小動物のような反応に男達はさらに笑みを深める。
「んなことよりも、俺たちと一緒に遊ぼうぜ」
「ご、ごめんなさい……」
そう言って少女は男達に背を向けてその場を去ろうとする。だがそんな少女の腕を一人の男が掴み
「は、離して…ください……」
「まぁまぁ、んなこと言わないでちょーっとだけ遊ぼうぜ。それともお兄さんといいことでもするか?」
「ひゃははっ、お前本当にロリコンだな!」
少女は抵抗するも男はその手を離さず、そのまま強引に自分の元に引っ張ろうと力を込める。少女は諦めず前に前に足を進め、目に涙を浮かべながら男達に向けて叫ぶ。
「お願いします…離してください。これ以上は……」
「大丈夫大丈夫、す〜ぐに終わるから」
「違います、そう言うことじゃ──っ!!」
すると突如、少女は声を途切らせ目を見開くと動きを止める。動きを止めたことで少女は男に引っ張られ尻餅をつく。そして男達は少女を囲むように移動し、その中心で胸を押さえる少女を見下ろす。
「はぁっ…はぁっ……!」
「おいおい泣いてるぜこの嬢ちゃん。ちょっと強く引っ張りすぎたんじゃねーの?」
「ちげーよ、お前の顔が怖いんだよ」
「……て……さい……」
「ん? おい、このガキ何か言ってるぞ」
その男の言葉に、他の連中も話を中断し少女の言葉に耳を傾ける。
「お願い…です……早く逃げて…くだ、さい……っ!」
「あ? 逃げろって、嬢ちゃん何言って──」
「──いいから早く逃げて!!」
声を大にして叫ぶ少女に男は一瞬後ずさる。だが見た目小学生な女の子にそう言われて引き下がるなど、男の小さなプライドが許すはずもなく
「嬢ちゃん、この状況をわかって言ってんのか? あんまし舐めた口きいてっと、ちょっとばかり痛い目見てもらうぞ」
そう言って一人の男が少女の手を掴み持ち上げる。少女はその双眸から涙を流しており、目の前の男に震える声で言う。
「はや、く…逃げて……」
「チッ、このガキまだ言ってやがる」
「もう…だめ……っあああ!!」
少女は慟哭にも似た叫び声をあげ、一瞬身体中の力が抜けたかのようにぐったりとする。何事か、と男が少女の顔を覗き込んだ瞬間、少女の口元が怪しく弧を描いたと思ったら──男の視界に真紅の何かが映り込む。
「──は?」
真紅のそれが何なのかわからず男が視線をそこに向けると──男の腹部から
それから数秒、その真紅が何なのかを理解した男は苦痛に顔を歪め腹部を抑える。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
「お、おい!? 何があったんだ……って、お前その血!」
男の絶叫に周りの連中も騒ぎ出し、男から流れる血を見て驚愕する。
「──くくくっ、ははははっ!」
するとそんな男たちの耳にそんな笑い声が届く。その笑い声の方向へ視線を向けると、そこには左手で前髪を掻き上げた少女が
そんな男達へ少女は口の両端を釣り上げ狂気にも似た笑みを浮かべ──
『昨夜未明、ミッドチルダ北部で若者が数人大怪我を負い意識を失って倒れているのを一般市民が発見しました。彼らはいずれも大怪我は負っていますが命に別状はなく、意識が覚め次第事情を聞くとのことです』
「……なんともまぁ、物騒な世の中なこって。しかもこの辺りって言うのがなぁ」
ワイバーンとの戦闘から数日。あれから新手のファントムも現れず平和な日常を送っているトオルは、朝食のトーストを
「トオル、この世界ではこんなにも日常的に事件が起こるものなのですか?」
トオルと共に朝食を食べているエルピスは、毎日のように流れる事件のニュースを見てトオルへそう尋ねる。彼女の問いにトオルは頬杖をつき、彼女を横目で見ながら答える。
「まぁ
「けれどこの世界には魔導師がいるのでしょう? 彼らならすぐに事件を解決できると思うのですが」
エルピスの言葉にトオルは視線をテレビへ向け言葉を続ける。
「管理局……ああ、魔導師達の組織のことな。その管理局は次元世界って言って、この世界以外にも多くの世界を管理してるんだ。
もちろん、人間程度がそんなでかいもんを管理しきれるはずがねぇ。まぁ簡単に言えば人手不足なんだよ、自分の世界も完璧に管理できないほどにな」
「なんといいますか大変なんですね、この世界の人たちも」
「そうそう、大変なんだよ」
そう言ってトオルは最後の一口を口に運び咀嚼し飲み込む。そしてカップに入ったコーヒーを飲み干すと「さて」と言い椅子から立ち上がる。
「今日も工場の方へ行くんですか?」
「いや、今日は近くの町に足りない部品を買うだけだ。『大した仕事も入ってねぇし今日はそれだけでいい』っておやっさんから連絡もあったしな」
そしてトオルは食器を片付け出かける準備を整える。そしていざ出掛けようと玄関へ向かうと、そこには私服に着替えたエルピスが待っていた。
どこからどう見ても行く気満々なように見えるが、念のためにトオルは彼女へ確認をする。
「エルピス、お前もついてくるのか?」
「はい。私も荷物持ちくらいはできますし、お役には立てるかと」
「いやいや、女に荷物持ちなんてさせられっかよ。まぁついて来たいってんなら構わねぇが……多分退屈だぞ?」
買い物と入っても工場で使う部品を買いに行くのだ。女性がついて来て楽しいとは到底思えなく、トオルはエルピスに念を押すように言う。しかしエルピスはにこりと花が咲くような微笑みを浮かべ
「どこに行こうと、トオルと一緒なら大丈夫です」
「……そっか」
そんなことを言われてしまえば断るにも断れない。トオルとエルピスはマンションを出ると目的の町へと向かって歩き出す。
トオルが向かったのは、マンションからバスで15分の場所にある小さな町。クラナガンのような高層ビルが立ち並ぶような町とは違い、レンガ造りの家が立ち並ぶ西洋風な町だ。
クラナガンとは違った風景をを見回しながらエルピスはトオルへ行き場所を尋ねる。
「トオル、目的のお店とはいったいどこですか?」
「んーもうちょっとしたら……あったあった、あそこだ」
そう言いトオルが指差した先には、町の風景に溶け込んだ赤レンガ造りの一軒家。そんな一軒家を見てエルピスははて、と首を傾げる。
「トオル、話を聞いたところ部品を買いに来たのですよね? 見たところあの家は普通の民家のように見えるのですが……」
「見た目は、な……本当に、見た目と同じであってくれたらどれほど良かったことか……」
どこか遠くを見つめ、沈んだ声音で言うトオル。そんなトオルの様子にエルピスは再び首を傾げながら、その一軒家の扉の前へと移動する。
そして扉の取っ手に手を掛けようとしたその時
「あ゛あ゛!? 金は耳揃えて持って来いって言ったやろ! 喧嘩売っとんのかおどれはぁ!?」
「す、すみまぎゃああああ!?」
扉の向こうから聞こえてきたヤクザのようにどすの効いた女性の声と男の悲鳴。エルピスは取っ手を握ろうとした手を止め、恐る恐る胸の前まで戻しトオルへ顔を向ける。
そんな彼女の心の中を理解しているトオルは静かに頷くと、彼女の代わりに扉を開けた。カランカラン、と扉に付けられた鈴が鳴り、エルピスは店の中へと目を向ける。
中はテーブルと椅子が幾つか並んでおり、奥へと続く扉の前に簡易的なカウンターが設けられていた。そしてカウンターの前では、胸倉を掴まれ怯える男とそんな男へ怒声を浴びせる女性が一人。
「ヤクさんちわ──」
「今は取り込み中や、後にせえ!」
「──すゲバッ!?」
トオルがこの店の主人へ挨拶をした瞬間、叫び声と共に銀の何かが高速で飛来しトオルの頭へ直撃、トオルは後方へ勢いよく倒れる。
「トオル!? だ、大丈夫ですか!?」
エルピスは倒れこんだトオルへ駆け寄る。見ればトオルの額は赤く腫れ上がりたんこぶの様なものができていた。そしてトオルのすぐ側には、先ほどトオルを吹き飛ばしたであろう銀の銃弾の形をしたネックレスが転がっていた。
エルピスがそのネックレスを手に取ると
《ありがとな、お嬢ちゃん》
「ひゃっ!?」
そのネックレスがピコピコと点滅したかと思うと、なんとエルピスへお礼を言ったではないか。突然の出来事にエルピスはネックレスを手放してしまうが、ネックレスは重力に逆らうかの様に浮遊しエルピスの目の前でふわふわと漂う。
エルピスがそんな奇怪なネックレスへ視線を向けていると
「そ、そいつはインテリジェントデバイスっつってな、 人工知能がついた魔導師に必要なツールだ」
そんな彼女へ痛みに顔を歪めたトオルが額を押さえながら起き上がるとそう説明をする。するとネックレスはトオルの前へと移動し
《大丈夫かトオル?》
「あ、ああ……それで、今回は何があったんだデストルーク」
デストルーク。トオルはネックレスをそう呼び、ことの次第を尋ねる。するとデストルークは機械染みた声にどこか困った様な感情を含ませ、目の前の惨事についての説明へと移る。
《依頼品の代金が足りないそうだ。やれやれ、その程度のことなら少しは待っててやればいいものを……》
「ああ、そういうことか」
「人間 一度言ったことは死んでも守らんかい! 金が足りんのやったら腎臓なりなんなり売ってでも用意せぇや!!」
室内に響き渡る怒号。まぁ怒りの理由はわからなくはないが、それくらい多少は目を瞑ってやってもいいだろう、トオルは
「わ、わかりました! す、すぐに持ってきますぅ!」
男は涙目になりながらそう言い、逃げる様にして店の外へと飛び出していった。男がいなくなったことで店内は初めて静けさを取り戻し、女性は「ふぅ」と息を一つ吐くとトオルへ顔を向け
「お? トオル、いつの間に来とったんや? それにその額、どっかで頭でも打ったんか?」
まるで今気づきましたと言わんばかりの声音でトオルへそう尋ねる。エルピスはその時、初めて女性の容姿をその目に映す。
腰まで届きそうな淡い茶髪の髪は頭の上で一括りにされ、同じく茶色の右目はまるで獲物を襲う虎の様にギラギラとしている。反対の目はその瞼を閉じ、縦一文字の深い傷があった。
そんな彼女にトオルは痛みとは別に額を手で押さえると、疲れたような声音で言う。
「ヤクさんがあの男の人を痛めつけている時からな。ったく、店に入ってきた客にデバイスをぶん投げるんじゃねぇよ。しかもあんたの相棒だろ?」
「えーと……ああ、そう言えばなんか投げたなぁ。いやいや、あの男に説教するのに夢中で気付かんかったわ! はっはっはっ、すまんなぁ!」
全く悪びれた様子もなく豪快に、それでいて快活に笑う女性。もうその辺の男よりもよっぽど漢らしいその様に、トオルは深い溜息を吐きジト目を向ける。
すると女性はトオルの後ろに立つエルピスの存在に気付き、少し驚いた様に目を見開かせ
「なんやトオル、女なんか連れ回して……もしかしてこれか?」
そう言い右手の小指を突き立てる女性。エルピスはその意味がわかっていないのか、首を傾げるとトオルと彼女を交互に見る。
「あんたは親父か。言っとくけど、こいつとはんな関係じゃねぇよ。こいつはただの居候だ、い・そ・う・ろ・う!」
トオルは女性へそう説明すると、今度はエルピスの方へと振り返り
「この
「初めまして、エルピスと申します。トオルの家でお世話になっています」
「うちはサクヤ・シドウや、こっちこそよろしゅうな」
差し出されたエルピスの手を握り返し握手をするサクヤ。するとエルピスは今までの話の中でふと、疑問に思ったことを口に出す。
「トオル、彼女の名前はサクヤですよね? なぜトオルは彼女を『ヤクさん』と呼んだのですか?」
「ああそれはな、さっきまでのやり取りを見てたらわかると思うが……この人、ヤクザみたいだろ? だからついつい『サクヤ』じゃなくて『ヤクザ』って──」
そこでトオルの言葉は途切れる。いや、サクヤの右拳がトオルのど突き、その言葉を無理やり止めたのだ。
再び地面へ倒れ伏すトオルを横目に、サクヤは少しばかり声を大にし
「ったく、んなこといちいち説明せんでええやろ。見てみぃ、この嬢ちゃんも怯えて……ないなぁ」
「ヤクザというものが何かは知りませんが、なんだかカッコイイです!」
ヤクザと、その響きにどこか惹かれるものがあったらしく、エルピスはキラキラとした眼差しでサクヤを見つめる。
対しこんな反応が返ってくるとは思ってもみなかったサクヤはというと、その向けられた眼差しに対して照れ臭そうに頬を掻きそっぽを向くと
「なんともまぁ、世間知らずな嬢ちゃんやなぁ。純粋というか真っ白というか……ちょっと苦手やなぁ」
ぼそぼそと言ったので聞きとれなかったエルピスは不思議そうな視線を向ける。そんなエルピスへ「なんもないなんもない」と言い、ひらひらと右手を振るサクヤはようやく起き上がったトオルへ視線を移し
「どうせ旦那から頼まれて来たんやろ? せやったらちょい待っといてや」
そう告げるとサクヤはカウンターの奥の扉へと消えていった。サクヤがいなくなった後、エルピスは小さな声でトオルに耳打ちをする。
「トオル、彼女の左目に傷がありましたが、あれはどうしたんですか?」
「あーあれか、あれはなぁ……」
どこか言いにくそうな顔をするトオル。するとトオルの前に浮遊していたデストルークが彼の代わりに答える。
《あの傷はな、サクヤの誇りなんだよ》
「誇り、ですか?」
《ああ。だから彼女はあの傷を隠すことなく、堂々と他人に見せているのさ》
そういうデストルークの声はどこか誇らしげで、そして少しの悲しみも含まれていた。
《まぁ彼女の性格上、隠すということはしないと思っているがね》
そしてデストルークはトオルの前からエルピスの前へと移動し
《まだ会って間もない君には、サクヤの過去の話をそう簡単に話すわけにはいかない。今日のところはこれで我慢してもらえるかい?》
「ええ、それだけ教えていただければ十分です。ありがとうございます」
デストルークにお礼を言い、エルピスは満足げに笑顔を浮かべる。
すると以外と早く目的のものが見つかったらしく、サクヤが小分けにした袋をいくつか持って扉から出てきた。
「ほい、これが頼まれてたもんや」
「お、ありがとなヤクさん」
それらを受け取ったトオルは、これ以上この店にいる理由もないのでサクヤに別れを告げ店を出る。
「それじゃまたな、ヤクさん」
「どうも、お邪魔しました」
「おう、また来てな! 知り合いのよしみで安くしてやるで!」
《また会おう、トオルにお嬢ちゃん》
最後ににかっと笑顔を浮かべるサクヤを見て、トオルは店の扉を閉める。
「最初は怖かったですけど、なんだかんだでいい人達でしたね」
「俺はもう少しお淑やかだったらって思ってやまねぇよ。来るたび来るたびあのバカ騒ぎだしな」
そうボヤきながらも、トオルの口元は緩く綻んでいた。そんなトオルを見てエルピスもまた微笑み、荷物を持つ手に力を込める。
「さて、とりあえず荷物は明日おやっさんに渡すとして、時間もあるし街を見て回るか?」
「いいですね、それじゃあ行きましょう」
トオルの提案にエルピスは賛同し、二人は他愛ない話をしながらぶらぶらと街の観光を始めた。