私の自信は、あなたが保証してくれる。


ナオミとアリサのスポ根もの。
※このSSはナオミが2年生であるという説にもとづいています

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エースで四番を諦めて

 アリサ。

 お前が与えてくれたこの状況に、私は応えてみせる。

 私はエースだ。

 そのプライドは、お前が保証してくれる。

 私は実力を証明してみせよう。

 

 *

 

 勝利は時間の問題と思われた。

 本隊からの連絡を聞いて、敵はなすすべがないと信じ込んでいた。

 

 向こうは高地に陣を張りフラッグ車を取り囲む。ハリネズミのように砲を四方に向けた、持久戦の構え。

 一向に動かない相手に、こちらはフラッグ車の直掩から車両を引き抜いて、火力の増強を図った。

 地形的に手薄にならざるを得ない地点を集中砲撃。特火点を作り、硬い殻にひびを入れる狙いだ。

 私はフラッグ車の守りのうちの1両として、前線からはるか後方にいた。

 いくらかの敵車両撃破の報告に私たち直掩隊が湧くなか、アリサはこちらに不穏な連絡を入れてきた。

 

『もうすぐ破れそうだけど、どうも反撃がルーズだわ。ナオミ、気をつけて』

 

 予感はすぐに的中した。

 1分後、通信機からフラッグ車の車長の絶叫。

 

『9時方向、敵車両を発見! クルセイダー、数は4両!』

 

 敵は戦力を一部抽出し、背後を大回りしてフラッグ車を狙いに来たのだった。

 リスキーな選択だ。猛攻を受けている守備陣に穴を開け、こちらに差し向けるとは。

 向こうは守備陣形によっぽど自信があるのか、それほどいい陣地を得たのか。――あるいは、派遣した部隊に自信をもっているのか。

 直掩を3両攻勢に振り分けてしまったので、残るはこちらも4両。

 だが、フラッグ車には下がっていて貰わざるを得ないから、実質的な戦力は私の車両ともう2両だ。

 3対4、フラッグ車を半分と見積もって3.5対4といったところか。

 ランチェスター法則の戦力2乗則にのっとって言えば、12.25:16。ざっくりこちらの戦力は向こうの3/4。

 戦場では3割の損害を全滅と表現する。では1/4差は? 用語は知らないが、非常に不利、ということだけは明確だ。

 大兵力で押しつぶす、を標榜するサンダースのドクトリンからしたら、即座に撤退が頭をよぎる状況。

 だが、ここでみすみす攻撃中の本隊に吸収されに行き、一度後退して布陣を立て直す、というわけにはいかない。

 相手の守備陣地は高所に在している。無邪気に自軍の懐に逃げ込んだら、敵は側面攻撃部隊と呼吸を合わせて挟みこみにくるだろう。

 ましてやここでの後退は、長い時間かけて痛めつけた敵の守備陣地に回復の時間を与えることであり、これまでの苦労をゼロにすることだ。

 こちらにも損害は出ている。ここでおめおめと下がったら、士気の低下は避けられない。

 逃げきれるかも疑問だ。敵は快速クルセイダーMk.III。アレの速さは一度一緒に戦ったからわかる。カタログスペックすら疑いたくなる速さ。

 フラッグ車を先に逃げさせたりしたら、あっさり私たち直掩を置き去りにキツネ狩りの始まりだ。

 ここで食い止める。そうすれば、戦力の落ちた敵防御陣を主攻隊が突き抜いてくれる。それが間に合わなければ、終わり。

 ここの攻防に、この試合の勝敗の全てがかかっていると言っても過言ではない。

 アリサは援護を求めるフラッグ車に、ギリギリまで耐えるよう伝えてきた。

 わかっていたことだが、直掩隊に不安が垂れ込める。しかし、昔よりはるかに強くなった彼女はそれを切って捨てた。

 

『10分稼いで! それまでに向こうの殻を割ってスクランブルエッグにしてやるわ!』

 

 恐れは晴れない。だが、私達の指揮官(マム)は10分持たせろと言った。ならば聞き分けのいい子どもたちは、死に物狂いでここを死守してみせるしかない。

 

「守備隊全車、フラッグ車を守りつつ後退!」

 

 フラッグ車の車長の命令で、ファイアフライは猛然とバックする。つい今しがた車体があったあたりに着弾。

 レティクルの向こうが土煙で遮られるが、まだまだ砲音は続く。

 車体が止まるまでは、こっちが撃っても当たりやしない。経験でわかってはいてもトリガーにかけた指に力が篭もる。いきり立つ人差し指に、左手を重ねる。

 

「丘の下にハルダウン! 潜ったら、応射を開始せよ!」

 

 ハルダウン。車体を斜面の下に隠し、砲門だけを覗かせること。こちらからは敵をよく捉え、向こうから見える投影面積を減らせる。

 だが、それは待ちの姿勢だ。もしタコツボに篭っている私達を無視、迂回して攻勢本隊への側面打撃を目指したら? 主攻部隊を撃退して、敵本隊と合流、反攻に出る。ありえない話ではない。

 だから、こっちに食らいついて貰わなければならない。私たちを後ろに置き去りにするのは危険だと知らしめる。

 私たちはダンスのお相手をさせてもらう。10分間だけ。キツネ狩りは御免だ。

 地面の凹凸に素直に従ってゆらゆら揺れるレティクルの視界。小さなガラス窓の中の敵戦車を睨む。

 早く、早く止まれ。

 貧乏ゆすりが酷くなる。奥歯で味のなくなったガムがぺちゃんこになる。

 まだだ。まだ。

 砲弾が装甲をかすめたのか。大きな金属音と揺れ、車内に緊張が充満する。しかし私はレティクルから目を離さない。

 目前のクルセイダーのなんと早いことだろう。私たちのファイアフライはぬかるみの中を這っているようだ。

 早く車体を隠せ。早く姿勢を安定させろ。早く撃たせろ。

 早く。早く。早く。

 

「―― 全車後退完了!」

『了解! 砲撃開始!』

 

 だが、解放はまだだ。

 

 小さなトリガーの0.1ミリ上で、私の砲手としての冷徹な判断力が、人並みの焦燥と鍔迫り合いを起こす。

 撃とう。

 近づいてくるクルセイダーの想定外のスピード。ズレた計算を修正。

 撃とう。

 さっき食らった砲弾の衝撃で、まだ車体が揺れている。

 撃とう。

 まだ、俯角が0.1度浅い。

 撃とう。

 隣の車両はもう発砲したぞ。

 撃とう。

 車内の全員が私の指先を注視している。

 撃とう。

 レティクルの中心に、特徴的な形の砲塔を捉えた。

 撃つ。

 ――撃った。

 

 車内が轟音で満たされ、車体がガクンと後ろに後退する。

 鉄火の雨に打たれるがままだったファイアフライのまばゆいマズルフラッシュが、レティクル越しに目を灼く。

 誰もが何かに掴まっている。私はトリガーガードにかけた指一本でその衝撃を耐えて、吹き飛ぶクルセイダーの回転を見つめていた。

 次は。

 砲の閉鎖器が開く音。それに紛れて、車長の嬉しげな声。

 

「2号車が敵1両撃破!」

 

 直後着弾音。今度は隣から。

 ぐぁあん、という金属の拳に殴りつけられた音。

 車内の誰もが、右側の内壁に顔を向けてしまう。

 

『Goddamn! 4号車、戦闘不能! 隊長、すいません……!』

 

 通信機から漏れ出る声。ああ、これでおあいこになったな、と思った。

 誰もがため息を吐きかけて、誰もが飲み込む。

 そして戦闘行動を思い出す。

 装填手は8秒とかからず次弾を込めてみせた。

 車長はハッチから頭を出し、残りのクルセイダー隊の方向を指示。

 向こうが転進したと聞いて、一瞬私達を無視したのかと思ったが、機動からしてハルダウンした私達が見える位置まで回りこむつもりらしい。ここで私たちを獲る気だ。

 通信手が私に声をかける。

 

「隊長からです」

 

 私は狭い狭い銃眼の中に次の獲物を探しながら、マイクロフォンを手探りに掴みとった。

 

『ナオミ、状況は?』

 

 甲高い、しかし昔のようなヒステリックさは捨て去った、私たちの指揮官の声。

 

「11分、いけると思う」

『了解。いざとなったら攻撃隊の方に逃げ込んできなさい』

「いや、持たせてみせる」

『ナオミ』

「……イエス・マム」

『頼んだわよ、オーバー』

「オーバー」

 

 マイクを通信手に返す。

 660秒。稼いでみせるが、それ以上はどうだろう。

 

 *

 

 その夜、私はいい気分だった。

 上機嫌で、ピザボックスとコーラ、それとちょっとしたドリンクの入った袋を下げて寮の自室のドアを開けた。

 ちょうどベッドの上で荷造りをしていたアリサに、ピザの箱を見せながら声をかける。

 

「隊長殿! 夕飯はまだ食べてないでしょ?」

 

 今日の練習後のミーティング。ケイは正式に次期隊長をアリサに指名した。

 明日までに、ケイは隊長専用の個室を明け渡す。それからは、一般隊員と同じように3年生寮に入って卒業までを過ごすことになっている。

 というわけで、抱えてきた品物は追い出しパーティーのパーティーディッシュというわけだ。

 寮監の爺さんには6本パックの1本でお目こぼしいただいて、茶色い瓶の飲み物も持ち込ませて貰った。

 爺さんが、「あの嬢ちゃんにおめでとうって伝えといてくれ」って言ったのも、私の上機嫌に拍車をかけていた。

 

「マジノやアンツィオみたいなオードブルとはいかないけど、ピザが安くてデカイのはうちのいいとこだと思うんだ」

 

 アリサがどっかから持ってきた小さめのコーヒーテーブルは、ピザの箱を置くだけでいっぱいになった。

 飲み物の袋はとりあえず椅子に置いておく。

 瓶の口を留めているゴムバンドを外して、王冠の蓋をコーヒーテーブルの端で引っ掛けて開ける。何度もこれをやったせいで、テーブルの縁はもうギザギザだ。

 

「ほら、乾杯しよう」

 

 そう言って瓶を持って振り返る。

 

「――アリサ?」

 

 アリサは、ぼんやりとしていた。

 見れば、ベッドの上で口を開けたキャリーバッグにはまだなにも収められていない。

 呼ばれて、茫洋とした目で私を見やる。赤く腫れぼったい目。泣いていたのか。

 顔色は悪い。蒼白というか、不健康な色合い。黒く塗りつぶしていたほうがまだ生気があるような顔だ。

 とても、隊長就任を喜んでいるような顔じゃない。

 ああ、クソ。どうして気づいてやれなかったんだろう、ルームメイトなのに。

 私は両手に持ったボトルを床において、アリサのベッドに腰掛ける。2段ベッドだから、私の座高だと天井が近くて息苦しさを感じる。

 

「どうした、また馬鹿みたいな風紀委員の噂でも聞いた?」

 

 とっさに思いついたのはこの話題だった。

 第63回全国戦車道大会1回戦。そこでのサンダースの失態は、マイナー競技ながらスポーツ紙を軽く賑わせるほどのものだった。

 副隊長にアリサを任命したケイも、理事会に呼ばれて人選の意味を問われることにすらなった。

 世間での話題こそ大洗の奇跡の優勝に奪われていったが、大きく学校の威信を損ねた、ということで一時は放校処分まで検討されていたらしい。

 だが、そこは我らが"ビッグ・マム"ケイ。あっという間に戦車道部内の意見を取りまとめると、通信傍受機の使用自体はルール上問題なかったこと、敗北につながった一部車両の待機は自分が命じたことだと抗弁し、処罰するならば自分ごと処分してみろとギロチン台に首を投げ出してみせた。

 もはやケイの人柄や人望は、戦車道界を越えてサンダースの校風を世に知らしめる広告塔となっている。誰も英雄の首切り人など行いたがらず、ケイが差し出した隊長職の早期退任というプランを飲む形で折り合った。実際のところ無傷と言っていい。

 とはいえ、早くから見込まれていたアリサの隊長昇格については根深くくすぶるものがあった。

 理事会に近い風紀委員の奴らなんかは、いまだ口さがないことを言っている。大会敗退直後ぐらいは、それが漏れ聞こえてくるたびアリサは沈鬱な顔をしていた。

 今、まるでそんな表情をしている。

 

「……違うわ」

「うそだ、そんな顔」

「ううん、本当に違うの」

「じゃあなんで」

「……言うのも恥ずかしいようなベタな理由よ」

 

 ベタな、と言われて思いついたのは失恋だった。

 だが、確か大洗と連合して戦った大学選抜戦の直後には、タカシがチア部のクイーンビ―と付き合ってるのがわかって灰になっていたはずだ。

 それから2月も経っていまさら涙にくれるような奴でも……あったか?だけど、そうだとしたら私の手から酒瓶を奪い取って、飲んで愚痴って寝るわかりやすい奴だ。

 友達に恋愛相談をされて泣いたりもするようなやつだけど、それならここまで気落ちした表情をするのもおかしい。

 ケイとの別れを惜しむのもいくらなんでも早すぎる。

 荷造りにヒントがある気がする。

 そうなると……、と考えて顔が熱くなった。こいつがそれほど私との同居生活に思い入れがあるとは思わなかった。

 こっ恥ずかしいやつめ。だが私はこいつの友達として、その気持ちに答えてやる必要があるだろう。

 

「あー……なんていうのかな? 私達、わりと……仲いいわけだし、今更別の部屋になったぐらいで……なんだ、その、変わる関係じゃないしさ」

「は?」

「ほら、会えない時間が愛育てるって言うし……いや、愛ではないけど、まあ友愛?みたいな、」

「……」

「えっと……それに隊長の部屋って広いんだから、なんだったらマットレス持ち込んで……」

「……なに言ってるかわかんないんだけど」

「え?………………あ、そう」

 

 心底冷静な目で意味を聞かれてしまった。

 恥ずかしいという気持ちと、勝手な期待をしておきながらの落胆が交錯する。

 

「それじゃあ、なんなんだよ」

 

 少しイライラとしながら、床においたビールを拾う。

 ぐいっと半分煽ったところで、ようやくアリサは口を開いた。

 

「……プレッシャーに、負けたのよ。隊長なんて、私の柄じゃないなって」

「ハァ?」

 

 思わずオーバーなリアクションをとってしまう。よく他校の生徒に真似される、肩をすくめて両手を広げる、あのアレだ。

 

「お前が隊長になるなんてわかってたことだろ。お前以上の車長はいないし、みんな祝福してた」

 

 檀上で格式張った喋り方をするケイに敬礼して任を受けたこいつへの拍手は、まじりっ気なしの本物だった。

 前隊長からの握手を受けて、そのままハグをされたとき、こいつは恥ずかしそうに笑っていたはずだ。

 私たちの間に沈黙が落ちる。私がもう一口、ビールを含んだところで、アリサは耐えかねたようにとつとつと喋り出す。

 

「そりゃあ隊長になるって言われたときは……確かに嬉しかったわ。ケイに握手されて、肩をだかれて、本当に誇らしいと思った」

「じゃあ、」

「でも、この部屋に帰ってきて、この2段ベッドを見て、思ったの。私が隊長で、――そうしたら副隊長はナオミ、あなたになるわよね」

「まあ、そうなるだろうな」

 

 ケイは2年生だった私たちに副隊長をまかせてくれたが、別に下の世代に任せないといけないという決まりはない。

 どうもケイは、将来のサンダースのための育成に重点を置いているフシがあった。

 サンダースらしい精神を根付かせることへの熱心さはそこに起因していた、ような気がする。

 

「私には……実力が、無いのよ。打倒黒森峰を目指して持ち込んだ傍受機も、大洗にあっさり逆用されて。大学選抜と戦った時だって、ほとんど何も……」

「何もって言うなら、私だってそうだ。それに、後半はほとんど向こうの隊長の蹂躙劇に為す術もなかった。そうじゃなかったのはあの姉妹ぐらいだろ」

「そう、あの姉妹――というか妹。あの子は、並み居る天才ぞろいの連合チームを上手く指揮してみせたわ、各大学の選抜選手を相手に」

「そうかぁ……?」

 

 彼女の指揮はたしかに卓越していたが、それだけでどうこうなっていたとは思わない。あれは、個々の才能が偶然の化学反応を起こした例だ。

 アレを参考にするのは、あまりまっとうではない。冷静な頭で考えれば明白なこともわからないぐらい参っているらしい。こらえてこらえてこらえつづけて来たものが今、コップから溢れだしたのか。

 アリサは続ける。

 

「私、この数ヶ月、アンタほどの天才を使える指揮力なんて無いってずっと思っていたの。私は天才でも、ケイみたいにみんなを惹きつけるカリスマでもない。しょせん私は、参謀格がお似合いなのよ」

 

 ハ、と鼻から笑いがこみ上げる。

 

「じゃあ、他に誰がいるって言うんだよ」

「……アンタよ、ナオミ」

 

 はぁ? と今度はとぼけた声が出た。

 

「みんな、担ぐんなら自分には及びもつかないような才気があって、超然としてる。そんなリーダーを望むのよ。私は、そんなものには絶対なれない」

 

 何言ってんだこいつ。本当に馬鹿げてる。

 63回大会の敗戦のあと散々打ちのめされて、ベコベコになったときのネガティブさを取り戻してしまったのか。

 ここは、重責を担った人間の気の迷いと流してやるのが大人な態度だろう。だが、私はその言葉を笑い飛ばすには若すぎる。

 

「……ヘイ、なにウチの隊長馬鹿にしてくれてんだお前?」

「は? ケイのことなんてなにも、」

「違うだろバカ。隊長はお前だ。参謀格がお似合い? 十分じゃないか。私なんて一兵卒だよ。砲手だ。嫌いじゃないけどな」

「車長だって一兵卒よ。アンタに指揮は求めない。ただ、トップにいてくれればいい。ふんぞり返っていてくれれば、あとは私が作戦を立てるわ」

「そんなの嫌だ。単にお飾りじゃないか。侍従がいなきゃ靴も履けないような王様になれって?」

 

 持っていた瓶を床に置いて、アリサの胸先に指を突きつけながら、噛んで含めるように言う。

 

「いいか。私たちの隊長は、指揮官は、お前だ」

「まだよ。隊長就任は、明日部屋を明け渡されるまでは確定してない。規則にだって書いてある。サンダース戦車隊隊員規則第3編16条A項、『権限の移譲について』。『隊長職、及び権限の移譲は、全隊員参加の会議にて告示された後――」

「もう黙れ」

 

 胸ぐらを掴み上げる。

 張り合いなく私に引かれるがままのアリサは、本当に、ぶん殴って活を入れてやりたくなるような情けなさだ。

 拳を入れたい気分を抑えて、ぺちぺちと頬を張ってやる。

 

「いいかアリサ。こっち見ろ、見ろって。そう。いいか?お前は、とっくの昔にリーダーなんだよ」

「だから、」

「私が昔、砲手兼任車長を目指していたことは知ってるか?」

「……覚えてるわよ」

 

 その頃の私は思い上がっていた。地元長崎の戦車道リトルリーグで、私よりも上手い砲手も、車長もいなかった。

 ひと学年上のノンナが、プラウダで1年生にして砲手兼任車長になったと月刊戦車道で読んで、ならば私にだってできる、と信じていた。

 その頃はカチューシャの名前なんてまったく知られていなくて、世間は将来のプラウダ隊長はノンナが務めると思っていた。私もそうなってやろうと夢想したのだ。

 邪推はあった。いくらノンナが優秀とはいえ、きっと隊長になったら兼任砲手はできやしない。でも、私の才能ならできる。

 実績もあった。砲手レーティングはノンナと同じ年の頃と比べて、私が僅かに上回っていた。

 名門サンダース大学附属の隊長は、なんと砲手兼任車長!格好いいと思った。

 

「じゃあ、ケイが意図してお前を私のルームメイトにしたっていうのは知ってたか?」

「え、(kidding)

ほんとだよ(no kidding)

 

 入学して、新入生「歓迎」訓練期間を終えて最初の練習で、私は当時副隊長をしていたケイに直訴した。

 砲手課程と車長課程の訓練を並行させて欲しい、私にはできる、と。

 ケイは少し考えたあといたずらっぽく笑いながら、「じゃあ、見込みのある子をルームメイトにしてあげる。その子に引っ張って貰いなさい」と言って、アリサを同室にしてくれた。

 まったく、今にして思えばケイの思いやりは素晴らしかった。

 

「ケイがどんなやつを私の同室に選んだのかって思って、部屋でワクワクしながら待ってたよ。そしたら、来たのは新入訓練でもブービーのお前でさ」

 

 見込みがある、と言われて紹介された奴が、ぱっとしないおもしろみのないチビで、私は心底がっかりした。ケイに担がれたんだと思った

 寮の部屋で初めて対面したとき、私は腹立ちまぎれにそのチビの頭を撫でて「ジュニアハイスクールの子かな?」とからかってみせた。

 そのチビはちょっと顔をしかめてから私の手を払いのけると、荷物を二段ベッドの下の段に置いた。既に私の荷物が置いてあるところに。

 そして、「あんたうすらでかいんだから上に荷物置いてもすぐ届くでしょ。上のベッドに移りなさいよ」と言ってのけた。

 自分より遥かに小さい奴にそんな口を聞かれて驚いて、怒る気もなくしてベッドを明け渡した。

 

「アリサ。私はお前のことを本当に見くびっていた。基礎訓練課程ではフィジカルの差が明確に出て、いつもお前はビリッケツだったしさ。車長講習で隣の席になったとき、お前のノートをみたらグッチャグチャに書き込みがしてあって、なんだこいつって思った。コーチの些細な思い出話だの小ネタだのまでメモってて、本当に要領の悪いやつだと思ってた」

 

 聞けばアリサは中学の2年から戦車道を始めたという。どうりで同じ佐世保出身なのに名前を聞いたことが無いわけだと思った。

 もう、この頃は完全にケイに馬鹿にされたんだと思っていた。何も知らない一年坊が、思い上がるな、という高笑いを聞いた気がした。

 小中とエースで4番をやってきた私が、こんな周回遅れにいまさら何を学ぶというのか。

 私とアリサは寮の部屋でもずっと口を聞かなかった。私は友達の部屋を遊び歩いて、寝るときだけ自分の部屋に帰った。

 部屋に帰るとアリサはだいたい机に座って本を読んでいた。いかにもナードっぽくって、心底見下していた。

 

「でも、先にギブアップしたのは私だった。2つの講習の両立が上手くいかなくって、砲手に専念したんだ。車長課程を辞めたとき思ったよ。『このチビ、砲手と兼任してた私よりも下手くそなのに続けるのか』って。哀れだとすら思った」

 

 アリサの目はヒビだらけのガラス球のようだった。すぐにでも慰めてやりたいけど、最後まで言ってやらないと気がすまない。

 

「そのあと暫くは課程が完全に別れちゃったから、お前が何をしていたのかなんて全くわからなかった。それからちょっとしたら、私は1年で一軍に呼ばれて大会前の追い込み。演習場も違ってたし、一軍はトレーニングキャンプ泊りだったし。――でも、次にお前の指揮する姿を見たとき、別人みたいだった。お前が2軍の序列を踏みしめるように登っていたなんて知らなかった」

 

 大会が終わり、次の世代を見据えてチームを再編成するためのトレーニングマッチで、私はアリサ車の砲手になった。

 

「お前は格段に変わっていたよ。びっくりした。指揮はもはや私には及びもつかないぐらい上手くなってた。私よりも下手くそだったやつに抜かされたのなんて初めての経験だったんだ。だから声をかけたんだ、改めて」

 

 上手くなったんだな、と声をかけたとき。こいつはあっけにとられたような表情をしていた。

 それから顔を赤くしてバシバシ背中を叩いてきて、私たちはようやく友達になった。

 

「私はその試合中に、ようやく気づいたんだ。ケイがお前をルームメイトにしてた理由。その時まで、私はケイに砲手兼任車長なんてできるわけがないってバカにされたんだと思ってた。それで避けていたんだけど、謝りに行ったんだ」

 

 ケイは、「謝りに来るまでずいぶん遅かったわね」と言った。今思えば、彼女らしくないねちっこい言い草だ。

「わたし、本当に兼任砲手に期待していたのよ」と言われた。「だから、ナオミがあっさり車長課程を辞めたって聞いた時は本当にがっかりしたわ」とも。

 

「ケイが、どうしてお前を私のルームメイトに選んだか、聞いたことは?」

「……知るわけないでしょ。今の今までケイが手引きしたってことも知らなかったのに。」

「そっか、だよな。……ケイは、お前にはグリットがあるって言っていたよ」

(grid)? 逮捕歴なんて無いわよ?」

「違う、グリット。G・R・I・T。気概とか、闘志とか――ようするに、根性があるって言ったんだ」

 

 その言葉を聞いたアリサは、あからさまにがっかりしたような表情を見せた。

 

「根性根性って、そんな、スポ根ものじゃあるまいし」

「いや、それこそが私に足りなかったんだ。その時ようやく、諦めの早さが欠点だって思わされた。なにをやっても上手くいってきた分、うまくいかないことはそういうものだと流してしまっていたんだ。それを悪いとも思ってなかった。人にはみんな才能があって、流れに逆らわず、才能の言うままに人生を送ることだけが成功への近道だと感じていたんだ」

 

 ケイがそれを見つけたのは、新入生訓練の荷重長距離走でのことだったという。

 40kgのザックを背負って、定刻までに目的地を目指すロングウォーク。

 

「私、1位でゴールしてからタイムオーバーまで待ってろって言われて、心底飽き飽きしてたんだよ。なんで終わった自分が待ってなきゃいけないのかなって。そのとき、教官役だったケイに声をかけられたんだ。『そんなに余裕なのに、なんで遅れてる子のバッグを持ってやらなかったの』って聞かれた。私は、『これは振り落とすための訓練ですよね?』って」

 

 ケイはため息をついてから、「もしも自分が遅れた側なら、なんて言っていたのかしら」と言った。

「泣き言言わず、諦めますよ」と答えた覚えがある。

 

 私は水筒の水を飲みながら、タイムオーバーが確定した瞬間、ゴールの直前で崩れ落ちる奴らを眺めていた。見終わったあとは、さっさとキャンプに戻った。

 ケイは、最後の一人が帰ってくるまでそこにいた。そして彼女を見た。タイムオーバーが宣告されても、ゴールに辿り着くまで崩折れずに歩ききった、小柄な少女の姿を見つけていた。

 

「私はアリサと比べて、グリットが無いって気づいたんだ。自分より劣っていると思った人間に、勝っていると思った分野で追い越されて、ようやく気づいた。私は砲手の飛び抜けた才能を自覚していたから、兼任車長もできると思った。できなかったから、車長の才能はないと思って辞めた。それだけだった。お前は、無い才能を自覚しながら、突き進む意志力があった」

 

 アリサ、お前にはそれがある。ロケットエンジンのような推進力。

 

「ケイの『その子に引っ張って貰いなさい』って言葉、今はずっと身に沁みてる。お前は人を引っ張って(リードして)いけるやつだよ。その意志力で」

「……だから、リーダーって?」

「そうだ。お前が成りたかったリーダー像とは違うかもな。お前はケイみたいにフェアじゃないし、人の失敗をすぐ見つけるし、勝つためならときに手段を選ばない。柔軟すぎる発想だと思ったよ、傍受機なんて。でもさ、あれはお前の勝ちたいっていう意志の洪水が、ルールブックの穴からこぼれ出た結果だったって思うんだ。洪水は勝つことだけを志向していたから、穴を見つけられた。良くも悪くもな」

「……そんなこと言って、隊長に怒られるわよ」

「いいんだ。今はお前が隊長だ。それに、それがダメだって分かってる今のお前は、次をすぐ考えるよ」

 

 信じてる。信奉していると言ってもいいかもしれない。

 私が養ってこなかった、「こうありたい」を成し遂げてみせる意志。それはきっと、私の才能を一番適した場所に運んでくれると、信じている。

 私は、胸ぐらを掴んでいた手を離して、アリサの両肩に置く。華奢な肩幅。この子に、500人を超える隊員の期待がかかっている。それは重すぎるものかもしれない。でも、

 

「不思議なやつだよ、お前。好きな男には結局声もかけられなかったくせに、隊員への指示は強気で傲慢でさ。自分が嫌われるかも、なんて考えもしない。でもみんな、お前のピットブルみたいな獰猛さにあてられちゃってさ。傍受機を持ち込むときだって、あの車両のみんなで組み立てしてたんだろ? 馬鹿な奴らとは思ったけど、でもみんな責めはしなかったよ。アリサの車両に乗ってたらみんなやったさ」

 

 そうじゃなかったら、ケイだって戦車道部一同の意見の取りまとめなんて出来なかった。

 お前は、ケイみたいに人を惹きつけるわけじゃないし、西住みほみたいに才覚で渡っていくタイプでもない。巻き込んでいくんだ。誰も彼もお前の目的意識に巻き込まれて、共犯者にされる。

 お前は本当に感情豊かだ。すぐに怒るし、すぐに慌てる。そして、悔しいことがあると、こっそり泣く。

 みんなお前がトイレに篭ってなにしてるかなんて知ってる。泣き声、ときどき漏れてるし。

 でも、だから愛される。

 確かに超然としたリーダーなんかじゃない。まったくもって違う。だけど。

 

 アリサはまだぐずっている。ふるふると、両目に涙を貯めて、こぼれないようにこらえて。

 まだ足りないのか。私も、もう随分恥ずかしいことを言ったんだけどなあ。

 オーケー。じゃあ、最後にもう一つだけ、言うつもりが無かったネタを披露しよう。

 

「――お前、昔、リトルリーグで全国大会にでた私を見て戦車道始めたって言ってたよな?」

 

 アリサの両目がカッと開く。とうとう、耐え切れずに涙が落ちる。ああ、結局泣かせてしまった。

 

「……え、嘘。わたしいつ言ったのそれ!?」

「お前がタカシに彼女がいるって知って、ベロベロに酔っぱらったときの話だよ」

「うっわー……」

 

 頭を抱える。おいおい待てよ。これからもっと恥ずかしいことを言うつもりなんだ。

 

「……忘れて」

「いいや、忘れられない。そのとき、本当に嬉しかったんだ。こんな――カッコいいやつが、カッコよくなった理由が、私のためだったなんて、本当に嬉しかったんだ。恥ずかしくって言葉にしなかったけどな」

 

 アリサは、真っ赤になって随分と生気の戻った顔を手で覆い隠しながら、私の話を聞いている。

 私も顔が熱くなっているのを感じる。呼吸を整えて、一気に言った。

 

「なあ、こう考えてくれないか?お前が憧れてくれていたやつが、今、お前に憧れているんだ。お前のために、私は才能を磨いている」

 

 顔を覆い隠した指の間から、私を覗くアリサ。

 ああ、なんていちいち動作がこっ恥ずかしい奴だ! お前も、私も!

 もうヤケクソだ! 全部、思っていることを言ってやる。

 

「アリサと、大学でも、その先でも一緒にやりたいんだ」

「……無理よ、そんなの。私、あんなことして……きっと内部進学なんてできないし」

「だから、優勝しよう。優勝して、文句なく推薦されてやるんだ。私がそのために全力をつくすよ」

 

 私は、500余人の期待のかかった小さな肩を抱きしめる。

 

「私を引っ張っていってくれ、アリサ」

 

 *

 

 回りこんできたクルセイダー。2両と1両に分かれて、私達のいる斜面を挟み込もうとする。

 フラッグ車の車長からの通信は焦りに満たされている。

 

『9時方向の1両はヤバい! あいつだけ機動が違う!』

 

 それは、さっき撃破された4号車の砲撃を間一髪で避けた車両だ。運か、センスか、経験か。

 私はあの戦車の車長に心当たりがある。クルセイダー小隊の、猪突猛進な小隊長。

 直掩の私たちはフラッグ車を挟んで、それぞれ反対側からやってくる敵に砲口を向ける。

 車長は、向かってくる相手に対して車体を斜めにするよう、操縦手に指示を飛ばした。

 さあ来い。

 砲塔が旋回し、クルセイダーの砲門と正対する。

 そろばん玉のような砲塔の6ポンド砲と、小さなガラス板越しに目が合う。

 

「撃てっ!」

 

 重なる発砲音。

 さっきと違って、砲の衝撃が履帯に対して斜めに襲いかかってくる。左斜め後ろに向かって体が引っ張られる。

 そして、コンマ0.01秒かそれ以下でファイアフライに着弾。逆方向に向かっての衝撃。ついに私の頭は照準器から引き剥される。

 白旗判定機の音はない。装甲を傾斜させたおかげで、砲弾を上手く弾いたのだろう。運が良かった。

 これで2両撃破。あとは反対側から迫っている2両を仕留めれれば、勝ち。

 だが、車体が揺れる中、私は恐ろしい言葉を聞く。

 

「嘘でしょ、―― 避けやがった」

 

 車長のつぶやき。衝撃で引っ張られた顔をレティクルに押し付けるようにしてそれを見る。

 クルセイダー、健在。

 嘘だ、どうやって? 外した――躱した? なんで? どの瞬間に?

 扁平な車体は予想していた偏差位置から僅かに後方へズレている。つまり、ギリギリのブレーキで躱してみせたというのか。

 そして私たちには着弾した。ということは、私の発射のタイミングを見切って躱し、躱す機動を計算に入れて照準を動かし、当てられたのだ。

 

「――ファック!!」

 

 エース砲手のプライドに傷がつく。

 私は高校戦車道界で一番の砲手だという自信があった。それが、揺らぎかける。

 だけどそれは懐かしい感覚だ。私が、アリサに抱いた感動と似た匂い。

 アクセルか、フルアクセルしか知らないスピード狂だと思っていた相手が、緩急を織り交ぜて私を翻弄している。

 彼女たちにもきっと、ここに至るストーリーがあったのだ。

 

「装填手!」

「オッ……ラァッ! 装填完了!」

 

 バチンと閉鎖機の閉まる音。それで私は息を吹き返す。

 そうだ、私は今、アリサのための一兵卒だ。

 砲塔を旋回させてクルセイダーを追うが、追い切れない。結局、私と相手はもう一発を撃つこと無くすれ違っていった。

 

「フラッグ車が敵一両を撃破!」

 

 通信手の叫び。期待していなかったキングの駒の活躍に、車内が湧く。

 車長が装填手の頭をバシバシ叩き、通信手はガッツポーズ。操縦手は大きく声を上げ、私も口角が釣り上がる。

 

『損害は!』

「2号車ありません!」

『6号車もなし!』

 

 これで向こうは2両、こっちは3両。

 凌げる。これで、時間まで逃げきれた。

 そんなヌルい計算に、一瞬でぶっかけられる冷水。

 

「――ああ、クソッ! さっき敵が来た方向から増援!」

 

 うちの車長の絶望的な報告。

 フラッグ車の車長が怒鳴り返す。

 

『正確に! 増援は何両で車種は!?』

「えっ……と、D7地点の方向から、2両! 車種は……ああ、そんな、――センチュリオン!」

 

 最悪のニュース。

 嘘だ、と言いたくなった。

 向こうの隊長がOB会と戦って、ようやく手に入れたという虎の子。それまでこっちに回してくるだなんて。

 掘った穴が一瞬で埋められた。また一からやり直し。それも、こちらは一両を失って。

 落胆と絶望が胸を覆いかけるが、同時にひらめき。

 向こうもなりふり構っていないんだ。行進速度に差がでた車両を置いてでも攻めてきた。つまり焦っている。

 戦力の逐次投入は戦略の最悪手の一つだ。本来ならば隊列を揃えて私達を揉み潰すべき。それを押してでも進軍スピードを早めて突っ込んできた。この攻勢に全てをかけているということだ。

 それが良いニュース。

 

 ここだ。

 ここに、私の才能の発露の場がある。

 アリサ。やっぱりお前は最高の指揮官だ。私の才能を一番適した場所に運んでくれた。

 天運は、力を見せてみろと言っている。私が、私たちの指揮官の信頼に足る存在か、試してやると言っている。

 

「上ッ等ォ……!」

 

 車長は通信手に、本隊へ状況を報告させる。周りは慌てる。通信手は半狂乱でマイクにがなる。

 だめだよ、それじゃあ伝わらない。私達が今やっていることを、アリサに教えてやれないじゃないか。振り返ってマイクを奪い取り、叫んだ。

 

「さらに2両! 向こうの守備から引き抜いてやった! 私達、こんなに離れたところから攻勢を援護しているぞ!」

 

 直後、攻勢本隊へ命令するアリサの声がハウリングしながら返ってくる。

 

『破った! 全車、二列縦隊でチャージ! フラッグ車を落としなさい!』

 

 絶望と希望が同時にぶちまけられ、車内の緊張感はここに来て究極まで張り詰めた。

 もはや真空のように息苦しい。だが、私はあえぐように笑ってみせる。

 

 状況は完成した。

 敵防御陣の崩壊は、クルセイダー、センチュリオンにも伝わったはずだ。

 もはや私たちを無視して本隊への強襲はありえない。間に合わない。

 やつらは全てをかけてフラッグ車を落としに来る。

 

 投げるように通信手にマイクを返し、ちらりと腕時計に目をやった。残り4分30秒。

 アリサの言った10分の、半分は過ぎた。

 だがもう半分は? やってみせる。ここを完璧に押さえて、試合をクローズさせてみせる。

 チームを引っ張る4番打者は諦めてしまった。だけど、私にはエースのプライドが残っている。私がここを0点に抑えれば、アイツが、アリサがなんとかしてくれる。

 

 迫るセンチュリオンの地響き。

 それに合流しようと大回りするクルセイダー。

 通信機から漏れる、アリサの甲高い声。

 

 最後に、もう一瞬だけ時計に目をやる。残り4分27秒。

 長いな。

 その言葉をガムと一緒に飲み込んで、私はすべての意識をトリガーに集中させた。

 

 

 

 

 了



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